腹の中に蛇が居る。
こう書いただけで意味が解る人間はそうそう居ないだろう。
だが、中には―――、そう、エアフィルターの外には、明らかに生物体系を無視した汚染獣なんてバケモノが跳梁跋扈しているのだから、体内に蛇を保有している人間が居ても可笑しくないだろう、などというかもしれない。
だいたい、ここを読んでいる人間の中には、頸脈なんてものを有したプチ人外もいるんだった。
そう考えればあまり大仰に書き出すべきでもなかったか。
今更今更。
因みに僕は、たとえ林檎を素手で握りつぶして当たり前なプチ人外の皆様だからといって差別とかはしない人間なのであしからず。
なにせ、僕もその一部だ。
武芸者だ。
珍しくは無いだろう?
特にこの、槍殻都市グレンダンでは、武芸者なんて履いて捨てるほど居る。
・・・本当に、履いて捨てるが如く居なくなっていくのも困りモノなのだが。
で、僕は武芸者で、腹・・・頸脈に蛇を飼っていて、ついでに孤児だ。
名前は、カテナ=ハルメルン。
ハルメルンという名前に聞き覚えがあるソコの貴方、それは正解だ。
僕はどうやら、奏楽都市ハルメルンの最後の生き残り、らしい。
拾われた時は赤子だったし、物心付いた時には劇団の舞台裏で錬金鋼を握っていたからピンとこないのだが、どうやらそうらしいのだ、蛇曰く。
因みにこの蛇の名前もハルメルン。
あ、意味が解らない?
ゴメン、正直ぼくにも良く意味が解らないんだ。だから、詳しい説明を求められても困る。
僕が今住んでいるのはグレンダンの片隅の小さな劇団。
団員全員が武芸者と言うちょっと変わった劇団だ。
グレンダンってのは年がら年中汚染獣と戦っている貧乏な都市だから、当然貧乏人なんかが演劇なんか見ているお金も無い。
劇団は儲からない。仕方が無いから補助金目当てで汚染獣退治に勤しむ。
だって孤児だし、行く中てないし。たまにさぁ、外郭部でトレーニングなんてしてると見つけちゃうんですよ、干からびた、ね。
だから冷や飯食っていると解っていても、ここを離れるって言う選択肢は出てこないんだ。
そうするともう、悪循環。
劇団の中の人である僕らもたまに、舞踊を披露する演劇団なのか、汚染獣退治をするための戦闘団なんだか良く解らない時がある。
舞の稽古より武の稽古の時間の方が長いんだもん。死なないためには仕方ないんだけどね。
死なないためには、やるしかない。
コレが又問題だったりする。
死なないために頑張って、さっき話した人たちの血まみれの下半身とか、何かが詰まったヘルメットとか、そういうのを見ないようにしながら生き残ったりするんだよ。
そしたらどうなると思う?
今度はもっと死に安いところに飛ばされるんだぜ。
勘弁してください本当に。
死にたくないと頑張れば頑張るほど、どんどん死に易い場所に飛ばされていく。
こっちも簡単に死ぬのイヤだからさ、必死こいて遠距離系の頸技覚えまくってたんだよ。
で、ちょっと遠くから周りの連中のサポートとかしてたら、気付くと小隊長待遇。僕まだ、十代前半だぜ?
小隊長ってなんか偉そうな感じがするけど、ヤバいのとかデカいのとか出てきたら、真っ先に足止めに借り出されるポジションだから。
この若さで殺されてたまるかって言うの。
しかも悪い事に、舞踊の方の稽古もあるから昇格のための闘技大会に出てる暇が無いから、何時まで経っても小隊長。
チクショウ、戦域司令とかになれればもっと楽が出来るのに。
もうたくさんだっちゅうねん。率いる部隊のメンツが毎回入れ替わってるのは。
この間なんか酷かったね。
馬鹿でかいのがグレンダン囲むように来て。天剣の人たちが来るまで必死こいて足止めですよ。
蛇君が力を貸してくれなかったら確実に死んでました。
そうそう、蛇君。正式名称ハルメルン君。普段は頸脈圧迫して、発頸しにくくて邪魔で仕方ないんだけど、僕が本気で死にそうになると力を貸してくれるんですよ。
なんか蛇君的に、ハルメルン(都市の方ね)最後の生き残りの僕を死なせたくないみたい。まぁ、自分の名前と同じ都市の生き残りだもんね。愛着も沸くか。
で、蛇君パワー、超強いです。
頸の量だけなら天剣の人並みに出てるんじゃないですかコレ。
ヤバイヤバイ、制御しきれない時あるし。まぁ、蛇君も僕には危険な事して欲しくないからって普段は力貸してくれないんですが。
そりゃぁね、そんなに強いところ見せてたらもっと危険な場所に回されちゃうものね。脳ある鷹は爪を隠すのだ。ははは、貧乏なんぼのもんじゃい。
・・・ところで、たまに蛇君のお友達らしいでっかい山羊だか狼だか見たいなのが遊びに来ますけど、アレはなんなのかなぁ。
つーか、蛇君は蛇君で浮いてるし羽生えてるし、ついでに光ってるし。
テレパシーみたいなので会話?してるみたいなんですが、何このファンタジー。
やだなぁ、コレ。ばれたらきっと研究施設とかに押し込まれるんだろうな。
やっぱり金がたまったらこの都市出よう。最近そんな事ばかり考えてます。
都市を出たいなってのは、昔から思ってました。蛇君もそうした方が良いって頭の中でうるさかったし。
このグレンダンね、狂ってるんですよ。
普通のレギオスって汚染獣を避けながら移動するじゃないですか。
グレンダンは逆。汚染獣を探して歩くの。そんなことしたら危ないっつーか、マジで死ねるっちゅうねん。
なんかね、蛇君がイグなんとかがどうとか、オーロラフィールドがどうとか、色々説明してくれるんですが正直解りませんし関わりたくありません。
精々死なないように死地を赴きながら、都市の脱出の算段を考えるだけです。
戦って死ぬなんて馬鹿のやることでしょ?
だってさ、グレンダンの中の人たちなんか、こっちが頑張っても感謝の一つもしませんもの。
もうね、汚染獣が来るのに慣れ過ぎちゃって、感性麻痺してます。
お悔やみの言葉とか言うのも、ぶっちゃけ割と事務作業的です。
何せ中の人達曰く、世界で一番安全な都市ですもの。笑うトコじゃないんです、本気で言ってるんですよコレ。
そりゃぁ、天剣持ってるようなマジで化け物五秒前みたいな連中なら良いさ。
あの連中、こっちがめっちゃ死に掛けるような状況をよそ見しながら解決するようなやつらだし。
脱皮済みの雄性体を片手で吹っ飛ばした時点で連中を人間だと思うのは辞めました。つーかむしろ、あの人たちが人間辞めてる。なんであの修羅場で笑いながら新技の練習とか言っちゃってるの?
まぁでも、あの人たちはあの人たちで色々あるのかなぁ。
ちょっと前の話だけど、新しい天剣が任命されたんですよ。
因みに天剣の人ってのは12人で決まってるらしく、それ以上は任命されず、力量に見合う人間が居ない時は歯抜けのままなんですけど、その時まで最後の一枠が歯抜けだったんですよ。
で、その最後の一枠。史上最年少天剣授受者のレイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフ卿。なんと僕の一歳下。
王宮のバルコニーでお披露目してさ、歓声やら紙ふぶきやらに包まれて、花火とかばんばか鳴らしちゃってさぁ、もうお祭り気分。
その真ん中でヴォルフシュテイン卿、顔が能面みたいなの。
アレはなんか、人生の楽しみの全てを捨てちゃってるような顔してるね。
だからこそ天剣授受者、そういう事なんだろうと思って、だから僕は、絶対にああはなりたくないって思った。
テレビ中継で一緒に見ていた劇団の仲間たちは、凄い凄い。俺もああなりたい、お前ももっと頑張れとか、勝手なこと言ってましたけど、頑張った結果があの能面みたいな顔だよ?
アレきっと、数年と経たずに壊れちゃうね。
それに僕にもっと頑張れって言ったそこの団長、この年で小隊長ってそれなりに凄い事だと思うんですけど?
なにせ、同期の連中、一人も生きてないんだから。
で、グレンダン脱出のプランを練るに当たって、色々考えた結果なんですけど、やっぱり自分が若いって事を最大限に利用するのが良い見たい。
この歳なら、普通の都市なら学生やってる年齢なんですよね。
そこで学園都市。そして特待生資格ですよ。
学園都市連盟主催の試験を受けて、各都市が要求する力量に見合う結果を出せば、幾許かの奨学金が支払われるっていう制度。
もうね、二段ベッドの上で隠れて必死で勉強しました。バレたら団長に握りつぶされるしね。
隠れて勉強して、隠れて試験受けて、んで、隠れて受け取った結果が、この学園都市ツェルニ行きの入学案内のパンフ。
特待生資格B。僕頑張ったよね?
それで今日、なけなしの貯金を払って買った都市間放浪バスのチケットを片手に、この住み慣れたオンボロ劇場を後にする。
今日は丁度、年に一度の天剣授受者の選定会で、都市中の視線がその会場に集中している。
逃げるには良い日だ。
提げ鞄に、着替えと、ツェルニの入学許可書を詰めて、それから、錬金鋼を、机の上に音を立てずに置く。
長年使い込んだこの錬金鋼は、置いていこうと思うんだ。
この錬金鋼は、劇団秘蔵の(それなりに歴史ある劇団なのだ、ココ)特殊な錬金鋼だったし、それを置き捨てていく事が僕の決意の表れとしたい。
テレビに噛り付いて、選定会の開始を待ちわびている弟達に、ちょっと出てくると声をかけて、僕は劇場を後にした。
気付かれて、無い。
僕は何食わぬ顔で放浪バスの駅を目指す。
途中該当テレビに映っていたのは、ああ、やっぱり選定会の会場だ。
其処には、王宮内にある屋外型武闘場が移っており、その中心に居るのは、能面みたいな顔をした、ヴォルフシュテイン卿の姿が見える。
あの、これから始まる戦いを前にしているとも思えない何も映していないような瞳を見てしまえば、それに挑もう何て馬鹿な考えをした人間に勝利がないことは解る。
開始までまだいくらかの時間はある。
結果など見る間でもない。僕は興味の全てを其処から外して、放浪バスに乗り込んだ。
※そんな感じで、後先決めずに書いてみたがどうだろうか。