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[8118] 奏楽のレギオス(鋼殻のレギオス・オリ主:全五十一話+後書き・完結+番外編一話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:4b5300d4
Date: 2010/01/01 15:29
 腹の中に蛇が居る。
 こう書いただけで意味が解る人間はそうそう居ないだろう。
 だが、中には―――、そう、エアフィルターの外には、明らかに生物体系を無視した汚染獣なんてバケモノが跳梁跋扈しているのだから、体内に蛇を保有している人間が居ても可笑しくないだろう、などというかもしれない。
 だいたい、ここを読んでいる人間の中には、頸脈なんてものを有したプチ人外もいるんだった。
 そう考えればあまり大仰に書き出すべきでもなかったか。
 
 今更今更。

 因みに僕は、たとえ林檎を素手で握りつぶして当たり前なプチ人外の皆様だからといって差別とかはしない人間なのであしからず。
 なにせ、僕もその一部だ。

 武芸者だ。
 珍しくは無いだろう?
 特にこの、槍殻都市グレンダンでは、武芸者なんて履いて捨てるほど居る。
 ・・・本当に、履いて捨てるが如く居なくなっていくのも困りモノなのだが。
 で、僕は武芸者で、腹・・・頸脈に蛇を飼っていて、ついでに孤児だ。

 名前は、カテナ=ハルメルン。
 ハルメルンという名前に聞き覚えがあるソコの貴方、それは正解だ。
 僕はどうやら、奏楽都市ハルメルンの最後の生き残り、らしい。
 拾われた時は赤子だったし、物心付いた時には劇団の舞台裏で錬金鋼を握っていたからピンとこないのだが、どうやらそうらしいのだ、蛇曰く。
 
 因みにこの蛇の名前もハルメルン。
 あ、意味が解らない?
 ゴメン、正直ぼくにも良く意味が解らないんだ。だから、詳しい説明を求められても困る。
 僕が今住んでいるのはグレンダンの片隅の小さな劇団。
 団員全員が武芸者と言うちょっと変わった劇団だ。
 グレンダンってのは年がら年中汚染獣と戦っている貧乏な都市だから、当然貧乏人なんかが演劇なんか見ているお金も無い。
 劇団は儲からない。仕方が無いから補助金目当てで汚染獣退治に勤しむ。
 だって孤児だし、行く中てないし。たまにさぁ、外郭部でトレーニングなんてしてると見つけちゃうんですよ、干からびた、ね。
 だから冷や飯食っていると解っていても、ここを離れるって言う選択肢は出てこないんだ。
 そうするともう、悪循環。
 劇団の中の人である僕らもたまに、舞踊を披露する演劇団なのか、汚染獣退治をするための戦闘団なんだか良く解らない時がある。
 舞の稽古より武の稽古の時間の方が長いんだもん。死なないためには仕方ないんだけどね。
 
 死なないためには、やるしかない。
 コレが又問題だったりする。
 死なないために頑張って、さっき話した人たちの血まみれの下半身とか、何かが詰まったヘルメットとか、そういうのを見ないようにしながら生き残ったりするんだよ。
 そしたらどうなると思う?
 今度はもっと死に安いところに飛ばされるんだぜ。
 勘弁してください本当に。
 死にたくないと頑張れば頑張るほど、どんどん死に易い場所に飛ばされていく。
 こっちも簡単に死ぬのイヤだからさ、必死こいて遠距離系の頸技覚えまくってたんだよ。
 で、ちょっと遠くから周りの連中のサポートとかしてたら、気付くと小隊長待遇。僕まだ、十代前半だぜ?
 小隊長ってなんか偉そうな感じがするけど、ヤバいのとかデカいのとか出てきたら、真っ先に足止めに借り出されるポジションだから。
 この若さで殺されてたまるかって言うの。
 しかも悪い事に、舞踊の方の稽古もあるから昇格のための闘技大会に出てる暇が無いから、何時まで経っても小隊長。
 チクショウ、戦域司令とかになれればもっと楽が出来るのに。
 もうたくさんだっちゅうねん。率いる部隊のメンツが毎回入れ替わってるのは。
 この間なんか酷かったね。
 馬鹿でかいのがグレンダン囲むように来て。天剣の人たちが来るまで必死こいて足止めですよ。
 蛇君が力を貸してくれなかったら確実に死んでました。

 そうそう、蛇君。正式名称ハルメルン君。普段は頸脈圧迫して、発頸しにくくて邪魔で仕方ないんだけど、僕が本気で死にそうになると力を貸してくれるんですよ。 
 なんか蛇君的に、ハルメルン(都市の方ね)最後の生き残りの僕を死なせたくないみたい。まぁ、自分の名前と同じ都市の生き残りだもんね。愛着も沸くか。
 で、蛇君パワー、超強いです。
 頸の量だけなら天剣の人並みに出てるんじゃないですかコレ。
 ヤバイヤバイ、制御しきれない時あるし。まぁ、蛇君も僕には危険な事して欲しくないからって普段は力貸してくれないんですが。
 そりゃぁね、そんなに強いところ見せてたらもっと危険な場所に回されちゃうものね。脳ある鷹は爪を隠すのだ。ははは、貧乏なんぼのもんじゃい。

 ・・・ところで、たまに蛇君のお友達らしいでっかい山羊だか狼だか見たいなのが遊びに来ますけど、アレはなんなのかなぁ。
 つーか、蛇君は蛇君で浮いてるし羽生えてるし、ついでに光ってるし。
 テレパシーみたいなので会話?してるみたいなんですが、何このファンタジー。
 やだなぁ、コレ。ばれたらきっと研究施設とかに押し込まれるんだろうな。
 やっぱり金がたまったらこの都市出よう。最近そんな事ばかり考えてます。

 都市を出たいなってのは、昔から思ってました。蛇君もそうした方が良いって頭の中でうるさかったし。
 このグレンダンね、狂ってるんですよ。
 普通のレギオスって汚染獣を避けながら移動するじゃないですか。
 グレンダンは逆。汚染獣を探して歩くの。そんなことしたら危ないっつーか、マジで死ねるっちゅうねん。
 なんかね、蛇君がイグなんとかがどうとか、オーロラフィールドがどうとか、色々説明してくれるんですが正直解りませんし関わりたくありません。
 精々死なないように死地を赴きながら、都市の脱出の算段を考えるだけです。
 戦って死ぬなんて馬鹿のやることでしょ?
 だってさ、グレンダンの中の人たちなんか、こっちが頑張っても感謝の一つもしませんもの。
 もうね、汚染獣が来るのに慣れ過ぎちゃって、感性麻痺してます。
 お悔やみの言葉とか言うのも、ぶっちゃけ割と事務作業的です。
 何せ中の人達曰く、世界で一番安全な都市ですもの。笑うトコじゃないんです、本気で言ってるんですよコレ。
 そりゃぁ、天剣持ってるようなマジで化け物五秒前みたいな連中なら良いさ。
 あの連中、こっちがめっちゃ死に掛けるような状況をよそ見しながら解決するようなやつらだし。
 脱皮済みの雄性体を片手で吹っ飛ばした時点で連中を人間だと思うのは辞めました。つーかむしろ、あの人たちが人間辞めてる。なんであの修羅場で笑いながら新技の練習とか言っちゃってるの?
 まぁでも、あの人たちはあの人たちで色々あるのかなぁ。
 
 ちょっと前の話だけど、新しい天剣が任命されたんですよ。
 因みに天剣の人ってのは12人で決まってるらしく、それ以上は任命されず、力量に見合う人間が居ない時は歯抜けのままなんですけど、その時まで最後の一枠が歯抜けだったんですよ。
 で、その最後の一枠。史上最年少天剣授受者のレイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフ卿。なんと僕の一歳下。
 
 王宮のバルコニーでお披露目してさ、歓声やら紙ふぶきやらに包まれて、花火とかばんばか鳴らしちゃってさぁ、もうお祭り気分。
 その真ん中でヴォルフシュテイン卿、顔が能面みたいなの。
 アレはなんか、人生の楽しみの全てを捨てちゃってるような顔してるね。
 だからこそ天剣授受者、そういう事なんだろうと思って、だから僕は、絶対にああはなりたくないって思った。
 テレビ中継で一緒に見ていた劇団の仲間たちは、凄い凄い。俺もああなりたい、お前ももっと頑張れとか、勝手なこと言ってましたけど、頑張った結果があの能面みたいな顔だよ?
 アレきっと、数年と経たずに壊れちゃうね。
 それに僕にもっと頑張れって言ったそこの団長、この年で小隊長ってそれなりに凄い事だと思うんですけど?
 なにせ、同期の連中、一人も生きてないんだから。

 で、グレンダン脱出のプランを練るに当たって、色々考えた結果なんですけど、やっぱり自分が若いって事を最大限に利用するのが良い見たい。
 この歳なら、普通の都市なら学生やってる年齢なんですよね。
 そこで学園都市。そして特待生資格ですよ。
 学園都市連盟主催の試験を受けて、各都市が要求する力量に見合う結果を出せば、幾許かの奨学金が支払われるっていう制度。
 もうね、二段ベッドの上で隠れて必死で勉強しました。バレたら団長に握りつぶされるしね。
 隠れて勉強して、隠れて試験受けて、んで、隠れて受け取った結果が、この学園都市ツェルニ行きの入学案内のパンフ。
 特待生資格B。僕頑張ったよね?

 それで今日、なけなしの貯金を払って買った都市間放浪バスのチケットを片手に、この住み慣れたオンボロ劇場を後にする。
 今日は丁度、年に一度の天剣授受者の選定会で、都市中の視線がその会場に集中している。
 逃げるには良い日だ。
 提げ鞄に、着替えと、ツェルニの入学許可書を詰めて、それから、錬金鋼を、机の上に音を立てずに置く。
 長年使い込んだこの錬金鋼は、置いていこうと思うんだ。
 この錬金鋼は、劇団秘蔵の(それなりに歴史ある劇団なのだ、ココ)特殊な錬金鋼だったし、それを置き捨てていく事が僕の決意の表れとしたい。
 テレビに噛り付いて、選定会の開始を待ちわびている弟達に、ちょっと出てくると声をかけて、僕は劇場を後にした。
 気付かれて、無い。
 僕は何食わぬ顔で放浪バスの駅を目指す。
 途中該当テレビに映っていたのは、ああ、やっぱり選定会の会場だ。
 其処には、王宮内にある屋外型武闘場が移っており、その中心に居るのは、能面みたいな顔をした、ヴォルフシュテイン卿の姿が見える。
 
 あの、これから始まる戦いを前にしているとも思えない何も映していないような瞳を見てしまえば、それに挑もう何て馬鹿な考えをした人間に勝利がないことは解る。
 開始までまだいくらかの時間はある。
 結果など見る間でもない。僕は興味の全てを其処から外して、放浪バスに乗り込んだ。

 







 ※そんな感じで、後先決めずに書いてみたがどうだろうか。
 
 
 



[8118] 二話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:4b5300d4
Date: 2009/04/17 00:10
 放浪バスに乗るのはコレが二度目、らしい。蛇曰く。
 
 詳しい事は良く解らないのだけど、僕が拾われたのは錆付いて機能停止寸前だった放浪バスの中かららしい。
 その時僕は一歳未満の赤ん坊だった。
 そんな赤ん坊が、運良く一人で生き残っていたのだから、普通怪しいものだと疑って掛かるべきなんだろうけど、まぁ、武芸者なんだからそういう事もあるかとか、適当にその辺は見過ごされたらしい。
 なんでも、生存本能で無意識に頸息を整えて仮死状態だったとか何とか。
 ・・・実際は、取り付いた蛇君が助けてくれたらしいんですがねー。

 そんなこんなで、人生二度目の放浪バス。一般人の方にしてみると狭いわ臭いわで評判最悪なんですが、いやはや、百聞は一見にしかずと言うか。
 普段粗食食ってるとたまにまともなものを食べるだけでご馳走に感じるといった方が正しいか。
 遮断スーツの密閉感、閉塞感に比べれば極楽浄土です、コレ。
 嫌な事思い出したけど、ストレスとかプレッシャーに負けて、戦闘中に遮断スーツ脱ぎだしたヤツとかいたっけ。アレ怖かったなぁ。そいつの皮膚が一気に破けて血が噴出して、そいつさらにパニックになるし。
 だからもう、実戦経験者から言わせて貰えば放浪バスサイコーです。
 まず広い。
 どのくらい広いって、もうコレ、バスって言うかちょっとしたマンション。
 マンションに足が着いた、早い話が小型のレギオス。
 レギオスをそのまま縮小したものだから、当然空気清浄機も小型化されてるわけで、その辺で換気が余り宜しくないのが評判の悪いところなんだけど、これ以上を望むのは贅沢ってものでしょう。
 
 そんな感じで一週間、割りと快適に過ごせました。
 何より、グレンダンで『お祭り』があったお陰で、客席が二割程度しか埋まってなかったのも幸運でした。余り話す機会も無かったけど、どうやら僕と同じく留学目的の人が多かった。・・・そういう時期だもんね。
 恐れていた汚染獣の襲撃も無く、無事にバスは中継地点の交通都市ヨルテムへ到着した。
 ここで一週間ほど逗留して、その後ツェルニ行きのバスに乗り換えるらしい。
 しかし、全ての放浪バスはヨルテムから旅立ちヨルテムに帰るとは言うけど、どういう仕組みなんだろうね。運転手さんに話を聞いてみても、実際に進路を決めているのはバス自身とか言ってたしねぇ。
 冷静に考えれば変な話だ。蛇君曰く、そういうレベルではなくこの世界は狂ってるとか言ってるけど。気にしてもしょうがないってことなんだろうな、きっと。

 ・・・・・ヨルテムすげぇ。

 放浪バスの停留所がある区画で、ちょっとした祭り、なるものがやっていたんですけど、その派手さがハンパ無いです。
 グレンダンの年に一度の祭りなんか目じゃない盛況ぶり。
 スモークとか電飾とか七色レーザーとか、どんだけ金余ってるんだこの都市。
 伊達に物流のメッカじゃねぇな。
 お陰で物価高で宿代もそれなりに掛かるのが困りモノです。
 しっかし、コレでちょっとした、か。
 通りを埋め尽くさんとばかりに露店が並び、広場ではなにやら舞台を組んでイベントなんかを開いている。
 聴けば、割と定期的に行われている行事らしいとのことだ。
 むしろ逆に考えると、どんだけグレンダンが貧乏だったか解るというものである。いやはや、家出して正解だったなコレ。
 なんかさぁ、このまま学校とか行かないで、ここで傭兵まがいの事始めた方が幸せに生きられるんじゃないかって気がしてきた。
 ちょっと昔のニュースのアーカイブとか調べてみたんだけど、やっぱり汚染獣の出現頻度がグレンダンに比べて断然少ないんだよね。
 数年に一度って、マジか。都市戦の回数の方が多いんじゃないだろうか。
 しかも汚染獣と言ってもデカブツはあんまりこないんだよ。
 いいなぁ、テキトーに芋虫みたいな幼生体を追っ払いながら、でかい屋敷に美人のお嫁さんとか。
 例えば、あの即席舞台で開かれてるミスコンの出場者の女の子とか、最高じゃない?
 いかにも『友達に無理やり申し込まれました~』みたいなオドオドした感じで、マニアックなスク水から胸がはちきれそうである。
 ロリ巨乳とか。何か泣きそうな顔が保護欲と言うか嗜虐性をそそります。

 とはいえ、本気でここに居座るわけにも行かないしなぁ。
 追っ手が来る確立は限りなく低いけど、無いわけではないし、こんな近場(自立移動都市に近場も何も無いのだが)に居を構えてはわざわざ連れ戻してくださいと言っているようなものだ。
 それに、学園都市を卒業すればそれが身分証明にもなる。
 しかもアレだ。ここに来て気付いたんだけど、武芸者だからって武芸者として生きなくても良いのね!
 びっくりしたよ、武芸者の人が普通に店開いたりしてるの。
 それが世の中の普通らしい。才能のある人間以外は別段戦闘に狩りだされる訳ではないのだ。そりゃ、数年に一度ペースでしか汚染獣来ないんじゃねぇ。一応戦時召集はあるらしいけど、それも一応ってレベルだし。
 都市戦のときだって、容赦なく質量弾ぶっ放すんだってさ。何処にそんな予算が眠ってるのさ?

 とにかく、こうして初めて外の都市を見ることが出来たお陰で、今後の方針は決定した。
 申し込んじゃった以上仕方が無いから学校は武芸科を卒業する。
 選択授業の時になるべく一般教養を取って知識をつけて、卒業してからはどこかの都市にでも移民するかなぁ。武芸者の移民ってのは歓迎されやすいらしいしね。
 テキトーに戦いながら、隙を見て何か別のことを・・・まぁ、グレンダンでなければそのまま武芸者やってる方が生き易いかもしれないけど。
 とにかく、まずは学園都市だ。同年代の死なない友達をたくさん作る事を目指そう。

 そんな感じで、僕のヨルテムでの滞在は幕を閉じた。
 再び放浪バスに乗り込み(今度は満席だった)、進路は学園都市ツェルニへ。


 ※あれ?入学からバイト決定とかまでの話の筈だったのに。
  設定とかはホント、思いつくままに書いてますので、実際のものとは随分違うんじゃないですかねー。
  因みに蛇君は、廃貴族にあるまじきやる気の無さを発揮しているため、他の連中と違って狂化による出力補正が掛かって無いと言う設定。ニーナ隊長とかについてるやつに比べたら当社比七割くらいのパワーなんでない?



[8118] 三話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:4b5300d4
Date: 2009/04/16 01:33
 学園都市の電子精霊は学園都市以外とは争う事は無いらしい、蛇曰く。

 放浪バスの中でペラペラと学校パンフを捲っていたら、蛇君がそんな話をしてくれた。仮に戦争があってもこっちも学生、あっちも学生。
 なんと、錬金鋼は刃引きしてあるから安心らしいぜ。頸込めて振るったら鈍器である事には何も変わらないと思うけど。
 それにしても戦争ねぇ。
 都市間の戦争ってのは二年に一度くらいのローテで起こるから、昨年戦争をしていたツェルニでは、今年は平和に過ごせる都市らしい。因みに昨年の戦績は一敗一分け。・・・ヤバくね?
 オイオイオイとあわててバスの座席についてた端末確認してみたら、ツェルニの保有するセルニウム(レギオスのエサみたいなものだ)鉱山は残り一つとか書いてあった。何だこの背水の陣・・・。
 
 ああ、そうか、だからか。
 道理で余り出来が宜しくない試験の手ごたえだったのに、奨学金ランクB判定なんてもらえたのか。
 武芸が盛んなグレンダンの武芸者だもんね。ピンチの時なら多少色つけてでも取りたくなるか。
 まいったなぁ。何か期待されてたら困るぞコレ。僕は可能な限り怪我をするような目にあうのは避けたいのだ。せっかくグレンダンを出たのに最前線送りとか、そういうのはゴメンだ。
 周りのレベルを見ないと何とも言えないけど、武芸の講習はそれなりに手を抜いてやる事を考えた方が良いのかもしれない。
 端末の電源を落として、ため息を一つついた。
 ツェルニに到着するのは明日だ。ヨルテムへの逗留が思いのほか長くなったせいで、入学式ギリギリに到着する事になってしまった。
 明日は忙しくなるなぁ。

 ・・・ところで与太話だけど。
 これはグレンダンに居たころに一度だけ都市戦に参加した時の話だ。
 元々グレンダンは狂ったように汚染獣の頻出地域をぶらついてるから、他の都市と遭遇する事が稀なんだけど、その年はたまたま運の悪い都市がグレンダンの視界に入ってしまったんだ。
 すぐさま非常呼集を掛けられた僕ら武芸者達は、戦闘衣を装備して外延部をぐるっと一周する様に敷かれたブルーシートに座らされた。
 ・・・そう、ブルーシートだ。遠足とかで敷物に使う。
 で、なんだかシュールな気分で相手の都市が近づいてくるのを眺めていると、頭の上を馬鹿でかい頸の矢(つーかレーザー、むしろ破壊光線)がすっ飛んでいった。
 矢は弧を描くように向こうの都市に吸い込まれていって・・・、その後、凄い火柱が上がった。
 何かね、動力部貫通したらしいよ?
 撃ったのは案の定天剣の人だってさ。
 後日聞いたところによると、日頃苦労を掛けている武芸者諸君に対する慰撫を込めた、ちょっとした余興だとかいうお達しが王宮からあったんだとか。

 本当に。家出してよかったなぁ。

 到着しました、学園都市ツェルニ。
 僕の新たな故郷と呼べるこの都市は、何とほぼ学生だけで運営されているらしい。一番偉いのが生徒会長、その下に生徒会役員が付くとか。戦闘部門は武芸科長。
 そんなので都市運営に支障を来したりしないのかねぇ。
 いちおう司法科とかもあるらしいけど、・・・学生、だろ。
 教師とかは・・・って、ああ、コレも上級学生が勤めるのか。
 都市に一歩下りてみると本当に学生の姿しか無いんですよ。頑張って探せば二十台半ばに見える人たちも要るけど、それ以上は居ないんじゃないかな。
 殆ど十台。スゲェ。十代の若者がこんなに集まってるところ初めて見た。
 何事も始めてみなければ解らないし、まずは学生課窓口・・・って何処だ?
 ああ、この人の波について行けば着くか。バスの乗客皆新入生だもんねー。

 「カテナ=ハルメルン君、グレンダン出身。はいはい、確認取れました・・・あ、ちょっと待ってください、コレ、記入しちゃってください」
 新入生でごった返した学生課で待つこと半時、漸く自分の整理券番号が呼び出されたので窓口へ出頭したら、一枚の書類を手渡された。
 何?武芸科の備品云々。

 『支給錬金鋼の基本アーキテクチャを指定してください』

 錬金鋼、か。
 武芸科の授業なんだから、当然得物も必要になる。武芸科生徒には一応、最低限の錬金鋼が支給されるらしいが、僕はその書類に記入し忘れていたらしい。
 この歳まで武芸者として生き延びてきていれば、何処の都市でもあっても一度は錬金鋼を握らされているだろう。だから悩む必要は無い、それまでに握った事のある得物を指定して書き込めば良いのだ。
 剣とか、槍とか、斧とか銃とか。細かい人は錬金鋼の素材も含めて。
 僕は戦場に出た事もあるわけだから、当然自分の得意な得物も決まっている。
 ・・・決まっているのだが。
 支給品、非カスタムタイプの流通品の錬金鋼に、僕が使うようなマイナーなデザインは組み込まれておるまい。
 それに、得意な得物で『僕Tueeeee!!』とかやってみようよ、きっと変な期待とかされて最前線に送られちゃうよ?
 しかも次は背水の陣だし、負けたらすっごい非難付きで。
 「ハルメルン君?」
 窓口の係員さん(この人も学生だ)が訝しげな目でこちらを見ている。忙しいんだから早くしろよと無言のプレッシャーを感じる。
 ええい、ままよ。
 重さと長ささえ同じなら、それなりに、のレベルで活躍できるはずだ。
 僕は書類にさらりとこう書き加えた。

 『鉄撥』

 ・・・どっちにせよ充分イロモノだったかなぁ、と後悔したのは後になってからだ。

 その後、奨学金の受給や、学校施設の使用に関する諸注意を受けた後で、制服と教材を受け取った。
 因みに僕の奨学金ランクはB。授業料は減免、教材その他、生活費は自腹を切れよ、と言うものだ。奨学金も返済義務ありだしなぁ、早めにバイト探そう。
 武芸科の制服は白地で、その他の科の制服は橙色。
 パーツ的には同じもののはずなのに、色だけで結構イメージ違うね。
 何か、武芸科の制服は無駄にエリートっぽい。武芸者ってのは戦場の恐怖をプライドで誤魔化してるような生き物だから、例え雛であってもその辺は変わらないのかもしれない。
 「プライドで飯が食えれば、どれだけ良いか」
 自分の今までの人生、つまり、恥も外聞も捨てて必死に生きながらえてきた毎日を鑑みてしまい、思わず呟きが漏れてしまった。
 周囲の人並みを確認したら、誰にも聞かれずに済んだらしい。
 うん、到着初日から独り言呟く根暗な人とかいう噂が出たら嫌だものね。
 
 「同感です」

 だから、耳元をそっと、囁くような。
 鈴を鳴らしたような声過ぎ去った時は本当に驚いた。
 あわてて立ち止まり、周りを見回す。
 通りの人の流れを止めてしまった僕を見る、訝しげな視線視線、視線。
 声の主は、・・・・・今、耳元を通り過ぎた、紅色の。コレは、花びら?

 それはふわりと浮かび上がり、都市の夕焼けの中に溶けて消えた。
 
 何だろうね、ホント。
 夕闇迫る見知らぬ通りで、耳元から囁き声。
 普通、薄気味悪いと思うところだろうに、僕は何故だか気分がよくなった。
 だってホラ、少なくとも、気が合いそうな人が一人は居るってことじゃないか。





 ※・・・おかしい、未だに学園生活が始まらない。そして三話にして漸く台詞がでました。この後どういう展開になるのかなぁ。なにしろレイフォン来るまであと一年あるしなー。
 


 
 



[8118] 四話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:778cfff7
Date: 2009/04/16 16:19
 学生武芸者も馬鹿にならない。

 ヨルテムでのカルチャーショックの影響もあったので、グレンダンの外の武芸者の事を少し舐めていた部分があったが、昨日の夕方の一件で考えを改めた。
 まさか気配も感じさせずに耳元まで念威端子を寄せられるような実力の持ち主が存在しているとは思わなかった。
 ・・・・・・それとも、外ではコレくらい出来て当然なのかな?
 アレか、実はグレンダンでは人の入れ替わりが激しすぎて、武芸者のレベルが一律低かったりとかいう現実があったりするのか。
 やだなぁ、天剣見たいな人がゴロゴロしてたりしたらどうするんだよ。

 ちらりと、周りを見渡してみると、僕と同じ色の制服を着た武芸科の新入生の皆様が見える。
 武芸者って割と脳が筋肉で出来てるところがあるから、武芸者だけを一箇所に集めると『俺とお前とどっちが強いよ』みたいな単純な社会構造が成立されやすかったりするんだよね。
 今もホラ、何人か頸滾らせて周りを威圧してるやつもいるし。ああいうヤツとは同じクラスになりたくないね。
 現在、入学式の最中。
 今壇上で挨拶している生徒会長は今年で二期目。現在五年生だとか。
 銀髪眼鏡のイケメンだけど、何かどう見ても腹黒そうな感じがするし、余り係わり合いになりたくない。
 隣に立ってる浅黒いマッチョの武芸長と並べると、映画に出てくるマフィアとかに見えてきて凄くいやな感じである。
 「って、あれ?」
 今、生徒会長こっち見た?
 眼鏡が反射して見間違いかと思ったけど、いやでも、確かに。
 そんな事を考えていたら隣から舌を打つ音が聞こえた。
 ちらと横を見てみると・・・いない、ああ、下だ。
 銀髪の小柄な少女が、すっごい不機嫌そうな顔をしている。
 銀色の長髪。壇上の眼鏡とそっくりである。身内の人かな。
 見るからに美少女、それにしても、僕より二つ三つ幼い感じだ。
 きっとアレだな、飛び級とかした天才少女で、お兄ちゃん心配で心配で仕方が無いんだろうな。
 ここで仲良くとかしたら内申良くなったりしないだろうか。いやいや、逆に変な虫扱いされて酷い目に合いそうだ。

 それにしても、この子も白服、つまり武芸科なのか。
 肉の付き方からして前線で殴りあうタイプには見えないし、後方支援、案外念威操者か何かかな。うん、見た目的にも似合うし。
 でも念威使う人はこんなに解り易い感情表現はしないよなぁ。
 あ、だからお兄ちゃん心配しているのかも。
 「先ほどから」
 おう?
 「先ほどから何やら不快な気配を感じるのですが」
 何か隣のお嬢さんが物凄い不機嫌な顔になってる。・・・って言うかどう考えても僕に言ってるよね、コレ。
 「ええとお嬢様、何かご不快な事でも?」
 とりあえず穏便に下手に出てみることにした。
 「・・・・・・今の貴方の発言で不快だった理由の八割は理解できました」 
 うわ、何かすっごい怒ってる。やっぱり、このくらいの歳の子は子ども扱いされると怒るのか?
 「何を誤解しているのか理解したくもありませんが、私は貴方と同学年、同年齢です」
 ・・・・・・マジで?
 そんな風に考えたのが思い切り顔に出ていたらしい。
 その顔止めろとばかりに睨み付けるついでに、足を思いっきり踏みつけられた。軽くて全然痛く無いけどさ、心が痛いわ。
 「それはその、何と言うか、ごめんなさい」
 「何を謝る事を考えていたとでも言うのですか、貴方」
 凄い一刀両断だな、おい。なんだか壇上から降りたお兄ちゃん(推測)が心配がる(推定)気持ちも解ったぞ。
 「まったくただでさえ無理やり武芸科なんかにさせられて不愉快だったというのに・・・」
 お嬢さんは、不機嫌な顔のままブツブツ呟いている。
 「はぁ、お嬢様は武芸科は不愉快でいらっしゃいますか」
 「・・・見知らぬ他人にお嬢様呼ばわりされるのがまず不愉快です」
 そりゃそうだ。ってか、独り言に突っ込まれて喜ぶ人はいないよな。
 「でもほら、昨日はお嬢様が声をかけてきた訳だし、そのお返しって事で」
 がばりと、周りが不審に思うくらいの仕草でこちらに振り向いてきた。
 「あ、当たりですか」
 「・・・貴方」
 やはり昨日の念威端子はこのお嬢さんだったらしい。ははは、ぼくは美人の声は一度聴いたら忘れないのだ。本当は蛇君がこっそり教えてくれたんだけどさ!
 「周りの連中に比べて、お嬢様は一人だけ何ていうか、洗練されてますからね。爪を隠すならもっと解り易いくらいやる気の無い感じにしないと」

 本当に。何かこの講堂に集められた、全部の武芸科新入生の中でこのお嬢さんだけ頸の流れが図抜けて整いすぎている。ああ良かった、こんなバケモノばかりの学校だったらどうしようかと思ってたけど、特別なのはこのお嬢さん一人だけらしい。
 したり顔で言う僕に、お嬢さんはニヒルに口元を歪め冷笑を浮かべてくれた。
 「それはつまり貴方のように、ですか?」
 ・・・。何となく、ここがこのお嬢さんとの運命の分かれ道な気がしてきた。行くべきか、行かざるべきか。否定をすれば、それで終わり。それ以外なら・・・。
 「さて、どうでしょうね。僕は基本的に、足掻くよりは流されるままを好みますから」
 「・・・木を隠すなら森」
 「若木が立ち並んでれば、腐りかけの倒木を意識する人もいませんしね」
 「例えそれが、巨木であっても?」
 何を話してるんだろうね、僕らは。何にしても一つだけ言える事は、昨日感じた感覚は間違いなかったと言う事だろう。
 「・・・お嬢様とは気が合いそうです」
 「そのしたり顔、非常に不愉快です」
 ついでにお嬢様と言う呼び方も、と言われたので、では何と?とたずね返した。
 お嬢さんはフェリ=ロスと言うのだそうだ。
 因みに僕はハルメルンです、宜しくロスさんと言ったら、じゃあ貴方の事は『おハルさん』と呼びますと返されてしまった。
 
 それでは、楽しい学園生活をお送りください、演壇の端で司会者がそんな事を言っている。
 式は終わり。本格的に、新しい生活の始まりって事で。
 楽しいかどうかは別として、きっと退屈はしないのだろうなと、我先とばかりに出口を目指すロスさんの小さな背中を見ながら、そんな事を思った。







 ※ よっしゃ入学まで持ってこれたぞ、なんとか。因みに、フェリは初めから武芸科に押し込まれた、と言う解釈で書き進めてます。・・・実際はどうでしたっけ。
 
 



[8118] 五話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:778cfff7
Date: 2009/04/17 01:15
 蹴られた脛が痛くて泣きたくなったら、蛇君に自業自得だと言われました。

 入学式も終わり、講堂の外に張り出されていたクラス分け表を見て(万単位のに人の名前が書いてあって凄く驚いた)、目当ての教室へ足を運んでみたら、窓際、教卓から見て一番後ろの席に、既にロスさんが陣取っていた。
 何となく隣に座って、一緒になって担任らしい教師の言葉を聞き流しながら、入学初日にあるまじきダウナーな空気を演出してみたりした。
 ここに、ツェルニ武芸科・やる気無し小隊が結成されたのかなぁとか、くだらない事を考えてしまった。
 そのまま無駄に長い担任の話に二人してブチブチ文句を言いながら過ごしていたら、そのままの流れで一緒に昼食を取る事になった。
 教室塔にほど近い、お値段やさしめのカフェテリアとかで、まぁ、ポツポツとお互いの事を話していたりした訳だ。
  で、ロスさんの愚痴っぽい話を聞いた後に一言僕はこう告げてしまった。

 「えっと、反抗期?」

 ヤベー睨んでる。このお嬢、超睨んでますよ。
 お昼の賑わい時に客を遠ざけるようなオーラ出すの止めようよ!
 でもさぁ、実際話を聞いてみるとそういう意見しか出てこないんじゃないかなぁ。そりゃ、本人にとっては死活問題ってのは理解できるんだけど。
 個人的に割り切るしか無い問題だから、アドバイスとかって出来ないんですよね。自分のコレまでの環境に照らし合わせて、とかしてみちゃうと、只の不幸自慢合戦が始まっちゃうし。
 いや、まいったまいったと、苦笑いしか出来ません。
 やりたくない時はやるべき時じゃないんですよとか、何かそんな感じの適当な誤魔化しをしながら話題をそらしたら、ロスさんちゃんと乗ってきてくれました。
 ・・・本人的にも誇れるような問題ではないって自覚はあったらしいです。
 じゃぁ後は納得するしかないんですけど、・・・やっぱ反抗期だよねコレ。僕も只の家で少年だから人のこと言えないんですが。
 
 会話が途切れて手持ち無沙汰になったので、教室で配布された錬金鋼をもてあそんでいたら、ロスさんがそれは何と言うような目線をよこした。
 見ますか、と復元して見せる。
 ロスさん、目の前で突然錬金鋼を復元されて驚いたような顔をしたけど、それがどんな形状であるか理解したら今度は眉をひそめた。
 「・・・警棒?」
 何処にでもある鋼鉄錬金鋼製の、長さ50cm程度の棒。
 そのまんま只の円柱であるから、警棒と違って先端に行くにしたがって細くなっていく事も無い。只の円柱である。
 「鉄製・・・ああ、錬金鋼製の撥ですよ。太鼓とか叩く、アレの金属版です」
 見た目は太い鉄の棒だから、店先で出しても余り迷惑にならない。
 「変わったモノを使うんですね」
 「いやぁ、実際使うのは初めてなんですけどね、鉄撥なんて」
 「・・・は?」
 むしろ今日始めて、手に取りました、とカラカラ笑っていたら、汚物を見るような目を向けられた。
 「使い慣れない武器に、無調整の支給品で、頸の通りが悪い錬金鋼。一々小賢しいですね、おハルさん」
 「失敬な。生活の知恵って言ってください」
 自分の錬金鋼を手にとって、ため息を付いている。
 ロスさんの持っている錬金鋼は、念威操者御用達の重晶錬金鋼だろう。しかも見た感じ、丁寧な装飾とかも為されているから、専門の錬金鋼技師が調整した特注品なんだろうな。
 あんな物を使いながら授業で手抜きをして見せたら、それこそ悪印象しか生まない。
 「・・・私も支給品を回してもらうべきですか」
 「それが上々かと」
 やる気無し小隊、初日から絶好調なのであった。

 幾ら刃が付いて無いからって店内で錬金鋼復元して見せたのは流石にまずかったらしい。店員さんのやわらか~いプレッシャーを受けた僕たちは、こそこそとカフェテリアを後にした。
 「・・・今日は家に帰りたくありません」
 発言だけ聞くと何だかとってもアレでソレである。まだ昼間だけど。
 大体この人の場合、帰りたくない理由があの眼鏡美形の生徒会長のお兄ちゃんと顔合わせたく無いからって言う理由なんだから、明日になっても明後日になっても帰りたくないってのは変わらないだろうに。
 「でしたら僕の、四畳一間、風呂無しトイレ共同の部屋に来ませんか、良い(消毒用)メチルアルコールがあるんです、とか言いたい処ですが」
 ダメなんですよね、用事あるからと結んだら、何の用事だ、むしろキャンセルしろとかいう目で見られた。
 ・・・なんだろうね、仲良くなったというか、下僕にされた気分なんですが。
 今更だけど選択肢間違えたのかなぁ、僕。このままこの人とつるみ続けてたら、どう考えても学業優秀、生活態度良好の優等生とか言う評価とは真逆のポジションキープする事になるよね。
 きっとあの腹黒そうな生徒会長にも目を付けられちゃうんだろうなー。
 「バイトの面接までまだもうちょっと時間ありますし、テキトーにブラつきますか?」
 そんな風に言ってみたら、生活用品揃えるから荷物持ちしろって言われた。
 お嬢様のお気の召すままにと軽愚痴を叩いたら、又脛を蹴られましたと、さ。
 うん、何というゴーイングマイウェイ。
 ロスさんは友達にするには面白いけど、恋人とかには絶対なりたくないタイプですね。この人に惚れられたりする人はきっと苦労するんだろうなぁ。
 
 


 ※ バイト開始はまだか・・・。
   漸くやる気無し小隊の結成までは行けました。一年後、期待の新人としてレイフォン君が加入予定。顧問はシャーニッド先輩。



[8118] 六話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:419a4d71
Date: 2009/04/17 16:55
 学園都市に到着して二日目の夜。
 僕は都市外装備を装着し、ランドローラーで荒野を爆走していた。
 視界には、遮断スーツのヘルメット越しに、チラチラと汚染物質が舞い散る枯れた大地が映る。

 あるぇ~~~~?
 ・・・おかしいなぁ。
 こういう風景を見たく無いからグレンダンから逃亡した筈だったのに。
 『指揮車より新人。調子はどうだ』
 耳元のスピーカーから野太い声が響く。
 「ヘルメットがかび臭いです。あと、スーツのサイズが合ってなくて動きづらい」
 『仕方あるまい。都市外装備なんて使うのは俺も初めてだ。あと、小さすぎて動いた時に破けてしまうよりは良いだろう』
 備品庫の奥から引っ張り出してきたものだからなー、などと豪気な笑い声が伝わってきた。オイ、虫食いで破けてたとかは勘弁してくれよ。
 『とにかく、目標までは後二キロを切った、ランドローラーのヘッドライトを消して、以下は手順どおり念威操者のサポートに従え』
 了解。ため息一つついて、スイッチ操作をしてヘッドライトを消すと、文字通り視界ゼロの漆黒の領域が誕生した。
 舗装などと言う言葉はどこかに置き忘れてきた荒れた大地にタイヤが食い込み、ランドローラーの車体がガタガタと揺れる。
 『サポート入ります』
 スピーカー越しにノイズ交じりの声が届く。
 視線を右上に傾けると、うっすらと発光する花びらのようなものが見えた。
 念威端子だ。
 『前方五百メイル、障害物確認できません。そのままの速度で進行して下さい』
 目標に悟られないため、明かりを消して念威操者のサポートだけを頼りにハンドルを握る・・・握るんだけど、ちょっと待とうよ。
 なして音声ナビだけやねん。
 視覚補正は?ねぇ、端子の映像データヘルメットのバイザー越しに投影するとか、念威サポートの基本じゃ無いの!?
 何が怖いって、周りに居る(筈)の先輩方がこの状況に何も文句を言っていない事が一番怖い。
 つまり、彼らにとって念威操者のサポートとはこのレベルが普通ってことだ。
 「・・・学生武芸者、ほんとに侮れねぇ」
 『・・・?な・・か、言・・・し、か?』
 「・・・・・別に何も」
 ため息を一つついて、僕はアクセルを握りこんだ。
 自分で意識を広げて獲物の気配を探った方がよっぽど早いって、どうなのさと嘆きながら。
 この荒野で頼りになるのは結局自分ひとりだって、今更ながらにそんな当たり前のことを思い出していた。

 「キミか、都市警で働きたいという新人は。武芸科?小隊に入って無いってことは訓練で拘束される事も無いからシフトの融通も利くだろ?おお、キミは実戦経験もあるのか。・・・何?都市外戦闘もアリ、と。よし、じゃぁ今日の仕事の件だが・・・」
 働くなら、自分の得意分野を生かした方が手っ取り早い。
 自分が得意なのは何かといえば、戦う事と舞う事くらいだが、生憎劇場の下働きの儲からなさは良く理解していた。
 そんな訳で、自分の得意分野を生かしつつ、余り頭を使わなくても良さそうな仕事と言う事で、都市警察を稼ぎ場所として選んでみたわけだ。
 ロスさんの家まで荷物を運んだ後(お兄ちゃんとは合わず終いだった)、都市警察の事務所に顔を出したら早速面接が始まった。
 面接官は課長補佐のフォーメッド=ガレン先輩。ごっつい見た目に反して養殖科の人だった。
 で、面接が始まった・・・始まったと、個人的に思っていたのだが、気付いたら今夜のガサ入れのミーティングが始まっていた。
 良いのかこんな適当でと愚図ってみたら、ガレン氏は俺は使えるものは使う主義だと豪快に笑っていた。良いなぁ、人生楽しそうで。でもどう見ても成人男性にしか見えないのですが、ホントに学生かアンタ。
 犯罪者の根城への強行突入においては、危険手当も出るらしいと聴けばこちらも特に否応は無い。若干、こっちの戦力がアレ過ぎる関係上、相手がプロの武芸者とかだったら怖いよなぁとか思いましたけど。
 
 『前方の崖下10メイル東側500メイル先、時速20キロで移動中の放浪バス確認。脚部の一部が動作不良。仕掛けは正常に作動した模様』
 『よし、予定通りだな。新人、やる事は理解してるな』
 「・・・・・50まで近づいたら崖下に急行。同時に片面の脚部を破壊して放浪バスを横倒し。その後先輩方が窓突き破って強行突入、ですよね?なーんで海とも山とも付かない新人に特攻隊長やらせますかね」
 しかも自分は指揮車にふんぞり返ってるし。錬金鋼を復元しながらため息を吐く。
 『使えるものは使う。出来るヤツがやる。それが俺の主義だ。コレでも人を見る目はあるつもりでな、お前さんは相当「できる」側だろう?』
 「・・・いざやる時に困らないように努力はしてます」
 『それだけ気の利いた返しが出来るなら心配は要らんだろう』
 ガレン氏はよろしく頼んだぞと言って通信を終えた。
 一日に続けて二人も変な人間に絡まれるって、今日は厄日か何かだろうか。まぁ、こういう明け透けな人間は嫌いではない。
 「だからといって、ねぇ」
 誰とも無く呟いて、復元した錬金鋼を弄ぶ。
 鉄撥。
 こんな事ならせめて刃物にしておくんだったと後悔している。
 刃物の形をしていれば、放浪バス相手にゼロ距離格闘とか挑まなくても、ここから斬頸飛ばして足をぶった切るだけで済んだのに。
 捻り込む要領で衝頸打てば旋風とか起せるだろうか?
 ダメだな、放浪バスを横倒しにするような旋頸を放とうとしたら、未調整のこの錬金鋼じゃ圧解する。
 それに頑張りすぎると、後々面倒な事になりそうだしねぇ。
 周りで同じように崖下を睨みながら待機している先輩方を見るに、この学園の武芸者のレベルが本当に、その、まぁ、たいしたこと無いってのが知れてくる。
 平穏無事に生きるためには、周りに合わせて適度にサボる事が重要なのだ。
 無理に頑張りすぎて、例えばグレンダンで言う天剣授受者みたいな信仰の対象にでもなったらたまらないものね。割に合わないよ。
 そんな事を考えているうちに、いよいよ目当ての放浪バスが見えてきた。
 待機している先輩方の頸が、緊張で絞まるのを感じる。
 
 今回の都市警察の獲物は、流通企業の輸送バスに偽装したデータ専門の密輸組織の本拠地となっている放浪バスである。
 都市内で抑えてしまうという手もあったが、いっそ外で仕掛けたほうが全員まとめて逃がさずに捉えることが出来て都合が良いと、こうして些か豪快な作戦が発動されたのだった。
 『作戦開始まで、後54・・・53・・・52・・・1、作戦開始』
 思考を閉じる。頸だけに体を委ねるように。
 全身を走る頸路に過分無く頸を漲らせ、10メイルの崖を滑り降りる。
 崖下に落着と同時に放浪バスに向かって突撃。バスの内部で発頸を確認。
 無視だ。どうせ遮断スーツを着ていなければ何も出来ない。
 一直線にバスの足元に駆け込み、鉄撥を振りかぶりながら頸を一気に練りこむ。
 衝頸。
 
 「強奪された全データは奪還。犯人は全員検挙して、罪印を押して放浪バスに置き捨ててきた。しかし、バスの応急修理をしてやったのは慈悲が過ぎたかもしれんなぁ」
 無事、作戦を成功させてツェルニに帰還した僕ら特攻部隊を、崖の上から悠然と眺めていたガレン氏は満面の笑顔で労った。
 「連中が別の都市でかき集めていた秘蔵データも手に入った、ついでに都市間犯罪シンジゲートの構成図も解析できたから、これは都市間警察連盟に高く売れるぞ。オマケに使える新人まで手に入って、万々歳じゃないか、なぁ?」
 ・・・ここまで割り切った考え方をされるといっそ清々しい。
 この手のタイプは貸しておけばしっかり返してくれるタチだし、仲良くしておいて損は無いだろう。
 「それじゃぁ、本部に帰還したらヘリッドとか言う偽装商店のガサ入れの件を――――――――」

 ・・・・・・損は無い、よねぇ?
 そう言えば新人、キミなんて名前だっけと肩を叩くガレン氏を横目に、僕は安易にバイト先を決めたことを後悔し始めていた。





 ※とりあえずバイトまで決定。来年の死亡フラグ頻出期に向けて、徐々にフラグを積み立てていくのであった。
  ところで、都市警察って良く解らんけど、やっぱ全員武芸者ではあるんだよね?
  後、感想板で指摘のあった、新入生は帯剣不可って言うのは、来年から学則に変更があったってことにして置いてくださいorz
  もしくはアニメ設定で。


 
 
 
 



[8118] 七話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:419a4d71
Date: 2009/04/18 01:42
 あの人、本当に人を見る目が合ったのか・・・。

 後日クラスの人間と話をしていた時に、実は都市警察は毎年志願者が殺到しており採用倍率は非常に厳しいものだったと聞いた。
 まーねー。戦場の現実を知らない武芸者の卵の皆様だと正義の味方っぽい仕事に憧れるだろうしねー。
 そんな事情があって、クラスの端っこで常にロスさんに付き合ってダウナーな空気をかもし出している僕に、周囲の人間が向ける目はますます微妙なものになっていった。うん、順調に理想の学園生活が遠のいていく。
 もう、友達百人出来るかなとか言ってる場合じゃねぇなチクショウ。
 因みにロスさんにガレン氏の即断即使用と言う奇行の件を話したら、類は友を呼ぶというヤツですねおハルさん、とか言いやがってくれました。
 ありがとう類の友と笑顔で言い返してやったら、案の定、脛を蹴られましたが。

 当然、学生なのだから授業と言うものがある。
 何時かグレンダンで見た武芸学校を舞台にしたテレビドラマで、学校が舞台の筈なのに何時まで経っても授業風景が映らなかったと言う作品を見たことがあるが、現実はそうは往かない。
 授業は当たり前のように存在する。
 そして僕は武芸科であるから、当然武芸の授業もある訳で、翌日に遂に入学以来初の武芸の授業を控えた僕は、鈍った体を解す為に錬武館のトレーニングルームで軽く汗を流しているのだった。
 いや、うん。鈍った体も何も、入学初日からこっち、毎夜の如く不良学生相手に大立ち回りしてるじゃんとか言われると全く持ってその通りだったりするのですが。しかも初日なんか都市外戦だもんねー。錆びを落とすどころか、実戦感覚取り戻しかけましたよ。
 だからまぁ、ホントの理由は別にある。
 因みに入学初日から、錬武館での基礎トレーニングは毎日続けている。
 何故だと思う?
 その理由は到って単純。武芸科生徒は錬武館の施設は自由に使用許可が出ているのだ。
 そしてここが重要だが、錬武館には共用のシャワーがある。・・・そして僕の部屋には風呂が無い。
 生活の知恵、まったく持って生活の知恵だ。

 で、まぁ錬武館では僕以外の武芸科の人とかも出入りしているわけで、闘技場なんかを見ていると実戦形式の組み手なんかが見れたりして中々飽きない。
 今日なんか特に面白いものが見れた。
 両手足に装備された紅玉錬金鋼の装甲。其処から繰り出される化錬頸。
 いかにも武芸者然としたガタイのでかい男と、野生の動物を思わせる赤毛の少女。両者が繰り出す技はグレンダンで良く見かけるものだった。
 ルッケンス流。グレンダンの名門ルッケンス家の技だ。
 しかし、まさかツェルニでグレンダンの武芸を見ることになるとは思わなかった。やっぱり天剣を排出するような流派だけあって都市間でもメジャーなんだろうな。今組み合っている二人も、学生レベルである事は違いないけどしっかり型が出来てるし。
 特に男の方なんか基礎がしっかり出来てる。ルッケンス家の血に連なってたと言われても全く驚かないな。まぁ、ルッケンス本家で現役で天剣貼っている化け物に比べれば全然未取りするし、有って分家の坊ちゃんか何かだろう。
 ・・・しかし、何だか段々組み手というよりは男女のじゃれ合い見たいになってきてないかアレ。
 僕と同じように周りで見ていた人たちも、気まずそうな顔している。
 一人で見ていると恥ずかしくなってきたので僕は闘技場を後にした。シャワー浴びて帰ろう。
 
 走る走る、ひたすら走る。
 舗装されていないデコボコのあぜ土の上を、黙々と走り続ける。
 真上から降り注ぐ太陽の日差しの下、僕を含めた武芸科一年生の集団は野戦グラウンドを駆けずり回っていた。
 朝早くからそろそろ三時間?いや四時間くらいか。
 戦闘服に着替えて野戦グランドに集合を掛けられた僕らは、モニター室辺りで監視してる教官役の上級生たちの命じるまま、西へ東へ駆けずり回っていた。
 何せ休み無しで、暑苦しい戦闘服を着たまま走り続けているのだから、流石に時間も経ってくれば始めは一つの集団だったものも段々バラけて来る。
 幾つか上げてみるが、まずはへばって既にダウンしている者達。それなりの速度で走らされているが(遅いと念威端子から耳元で怒鳴りつけられるのだ)、わずか一時間でダウンしたヤツは流石にどうかと思った。
 しかもアレ、同じ放浪バスに乗ってたヤツじゃないか?
 次に、一番多いのが荒い息を吐いてペースが落ちてきている者たち。大小複数の集団が出来上がっている。
 最後に俺は平気だお前らとは出来が違うとばかりに、全くペースを乱さずに走り続けている集団がはるか前方に見える。
 僕はと言えば、ペース落ちた集団の一つに混じって適当に流していた。
 ・・・まずいなぁ、コレ。
 教官役がモニター室に居るって事は、ようするに剄の流れとか測定器でチェックされてるって事だろ?
 組み手とかで『上手に』負けるのは結構簡単だったりするんだけど、こういうしっかりとした剄息が出来ているかとか、基礎の基礎の部分を調べられると誤魔化しようが無い。
 何しろ剄息なんて物は寝ても起きても、腕を切断されて意識が飛んでいる時ですら途切れさす事が無いくらい無意識で行っているものだ。
 最早自分でも止める事が出来ない。何せ、戦闘中に血を流した場合に、剄息さえ出来ていれば血流をコントロールして流血を止める事が出来るけど、剄息が途切れて出血が止まらなければそのまま死ぬのだ。
 例えどんな状況であったとしても、自身の生存本能が剄息を止める事を由としない。
 そしてまずいのが、周りの生徒だ。錬達の武芸者ともなれば一週間以上飲まず食わずで『戦闘』し続けられると言うのに、同級生達は『たかが数時間』でもうへばっている。頸の練りが下手過ぎる。足に頸が足りてないから荒地に足を取られて無駄な体力使ってるし。
 表情だけ疲れたような顔していても、モニタ越しに見たら帰って目立つよなぁコレ。
 しかもさっきから、グラウンドに設置されたカメラや付いて回る念威端子以外にも、遠くからの視線を感じるし。
 まるで狙撃手に監視されてるみたいだ。
 
 かといって、前方の元気そうな集団にも混ざりたく無いんだよねぇ。
 あの元気な集団、周りでへばっている人たちと少しだけ違う格好をしている。
 戦闘服自体は支給品の共通規格のモノなんだけど、襟元にキラリと、真新しい銀色のバッジを付けている。
 小隊所属資格章。エリートの証だそうな。
 何でも都市戦では戦闘部隊の中核として、一般の武芸科生徒を率いる立場になるらしいんだとか。
 期待の新人達には入学前からツバ付けられていたと言う話だが、ようするに現在の状況は掘り出し物の発掘みたいな事をやっているって事なんだろう。
 指導者役の人たちも小隊員のエリート様方らしいから、その人たちが案山子でもなければ、僕がそれなりに出来ると解るだろう。
 まー、もう何かミスやる気無しの実力者ロスさんとつるんでる段階で、目を付けられてるような気もするんだけど。
 さっきも感じた狙撃手の目みたいな感覚、アレ昨日も一昨日も付きまとってたヤツと一緒だし。
 はっきり言って僕は小隊員なんてゴメンだ。
 小隊に所属する者は定期的に行われる小隊対抗戦に強制出場しなければならないと言うし、そんな面倒くさい行事には絶対に関わりたくない。
 「何か良い手は無いですかね、ロスさん?」
 「・・・ただでさえ目立っているのに、この上さらに目立ちたいんですかおハルさん。馬鹿ですか貴方」
 ロスさん、息も絶え絶えなのに、毒舌は絶好調である。
 念威操者も広義では武芸者であるから、男女問わず纏めてこの時間無制限マラソンに巻き込まれていたりする。
 線が細い割りに案外体力あるなぁ。まぁ、念威のコントロールって凄い精神力が必要らしいし、平行して身に付く部分もあるのかもしれない。
 「ロスさんなら、こんなこともあろうかと、とか言ってくれるかなぁとか思ったんですけど」
 「足が止められるんなら蹴ってるところです」
 やっぱ疲れてるのか、毒が凄い直線的になってる。
 「やっぱ諦めてエリートコースに進むしか無いですかねぇ」
 「・・・案外自信過剰なところがありますよね、おハルさん」
 自信過剰?言われて笑ってしまった。
 武芸者は総じて現実主義者だ。戦いを経験すれば経験するだけその判断が冷徹な物になっていく。
 だから僕は今、自分がこのグラウンドの中でもっとも優れた武芸者であると言う現実を口にしているだけに過ぎない。
 さっきの発言に過剰な部分なんて一つも無いのだ。
 「・・・念威端子と言うのは、電子機器に介入して情報を改ざんする事も出来ます」
 ロスさんは、ポツりとそんな事を口にした。
 話の内容は至って常識的なことだ。そうでなければ遮断スーツのヘルメット越しにリアルタイムで映像データを表示する事など出来ない。
 「ついでにコレは内緒話ですが。世の中には他人の端子を乗っ取る事が出来る念威操者も居るらしいです」
 なるほど、つまり。
 「・・・念威を使うのは嫌いなのでは?」
 そう問う僕に、ロスさんはフンと鼻を鳴らした。
 「兄への嫌がらせにもなりますから」
 ・・・屈折してるなぁ。
 苦笑いとともに、僕はむき出しの岩に足を取られたふりをして地面に倒れこんだ。

 ロスさんが、そんな僕を踏んづけて言ったのは言うまでも無い。


 ※ 何か、フェリ先輩が出ずっぱりですね。おかしいなぁ。ニーナ先輩登場かシャーニッド先輩と接近遭遇辺りがメインの回になる筈だったのに。



[8118] 八話(4月24日修正)
Name: yaduka◆6eb79737 ID:5fcad94f
Date: 2009/04/24 01:00
 『今年度後期より、武芸科生徒の錬金鋼帯剣に関する一部条項を変更する』

 ある日の午後、都市内ネットでそんな情報が生徒会から頒布された。
 「武芸科新入生の入学後半年間の帯剣の禁止。どこかの誰かが喫茶店で錬金鋼を見せびらかせていたせいじゃないですか」
 「さてどうでしょうね。放課後好き勝手に念威端子を飛ばして、誰彼構わず人のプライベートを覗き見している念威操者も居るらしいですし、その人のせいじゃないですか?」
 だから、言葉に迷った時に脛を蹴るなと。
 今日も今日とて、バイトの開始時までの暇な時間にロスさんと喫茶店の売り上げに貢献している・・・いや、していないよねどう考えても。
 そもそも二軒目だ、この店。前の店は諸般の事情で出入り禁止になったし。
 最近この店も、僕らが来店すると店員さんが嫌な顔するようになった気がする。
 「問題が起こってから対策を考える・・・しかも、直接的な解決策にならない案で。所詮はお役所仕事ですね」
 自分の兄の所業に対しては相変わらず手厳しい人である。
 「毎夜毎夜、馬鹿どもの県下につき合わされている身としては、非常に助かりますよ」
 本当に。そうすれば顔面全部に裂傷を負う必要なんかなくなるし。
 まだヒリヒリするしなぁ。
 そろそろ入学して数ヶ月過ぎると言うのに、武芸科新入生の些細な事での乱闘行為が一向になくならない。
 お陰で僕は、仕事は真面目なのに授業態度は不真面目極まりないとか、又変な評価を下される事になってしまった。
 だってさ、検挙率上げるとボーナス出るって言うんだもん。真面目に働きたくもなるよね。
 はははと笑いながらコーヒーを啜る僕を、ロスさんは死んだ魚を見るような目つきで見下してくれた。いや、うん。変な風に実力晒してあたまわるい上級生とかに目を付けられ始めてるのは解ってるんだよ。
 何時だったかのマラソンのときはデータ改ざんまでして誤魔化してもらったのにねー。
 「私の苦労を少しは返してください」
 「返してるでしょー。こうしてケーキご馳走してるんだし。・・・給料日まだなのに」
 「追加でもう一皿所望します」
 最近このお嬢、本気で容赦がなくなってきたな。普段教室とかで誰とも口を利かない分のストレスその他を全部押し付けられてる気がする。

 「マラソンの件で思い出しましたが」
 (嫌そうな顔をしながら)近づいてきたウェイターさんにマルキューレショコラとスフレフロマージュを注文したロスさんは、何か思い出したように口を開いた。
 「あの愚図、退学するらしいですね」
 「愚図と来ましたか。いや、まぁ。間違っては居ないですけど」
 名前を出さなくても思い浮かべた顔は二人とも共通だろう。
 教室で、錬武館で、野戦グラウンドで、やたらめったら威張り散らしていた同級生。
 「アレも確かグレンダンの・・・」
 「らしいですね。同郷の身としてはお恥ずかしい限りです」
 そう、そいつはグレンダンの出身だった。
 武芸の本場槍殻都市グレンダンの出身と言う事を、そいつは殊更周りの人間に吹聴していた。自分は其処の出身である、だから、凄いのだと。
 この学校はレベルが低い。この程度『グレンダンなら』誰でも出来る。
 施設が悪い。『グレンダンの』施設はもっと専門的なものがある。
 『グレンダンの時は』『グレンダンだったら』、そんな感じで一々うるさい物だから、クラス全員辟易していたものである。
 グレンダンの武芸者は、実際そこら辺の都市とのレベルは隔絶した物があると思う。僕みたいな一般小隊クラスの人間からしてそうだし、天剣の化け物さんたちなんか理解の他だ。
 「だからと言って、グレンダン出身のあいつが優れていたとは限らないものね」
 「・・・アレを優れていると言える人間は、医療科で体の全パーツを交換してくるべきです。脳を含めて」
 まったくもって、ご最も。正当な評価である。
 つまりはそれが、威張り散らしていたそいつに下された、正当な評価であった。
 「たかだか一時間走った程度で気絶する武芸者が何処に居るんですか」
 「あそこに居た・・・ってのはもう、笑い話にもなりませんよねぇ」
 授業終了後に、今日は調子が悪かったとか点滴片手にそう言い張った時には、本気でどうしようかと思った。同郷と言うことで勝手に仲間扱いされてたし。
 それでクラスの人間からお前も同類かとか思われて凹んでいたら、ロスさんが含み笑いしながら、類は友ですねとか言いやがってくるし。
 黙れよ類友って、脛蹴られながら言い返してやったけどさ!
 
 「結局、問題を起して退学処分でしたか。錬金科に忍び込んだとか言う噂になってましたが?」
 テーブルに並んだ『二つの』ケーキをおいしそうに食べながら、ロスさんはそんな話題を振ってきた。
 まぁ、話の流れ的にそうなりますよね。
 「いや、ホラ。彼、錬金鋼アリアリの実戦組み手の授業で、隣のクラスの女子に思いっきりボコられたじゃないですか。それで、顔面晴らしながら負けた言い訳にこう言ったんですよ」
 
 『錬金鋼が悪い』

 「確かに、コレの質の悪さは否定のし様もありませんが」
 ロスさんは自分の支給品錬金鋼を手にとってぼやく。何でも、指示通りに端子が動いてくれないんだそうな。
 「その後の授業でも、その後の後の授業でも連戦連敗だったからねぇ、言い訳にもならないよ」
 相手に合わせて適度に勝ったり負けたりしていた僕でも、流石にそいつにだけは負けようがなかった。・・・っていうか、剄が全然練れて無いから、武芸者じゃなくて一般人の攻撃と同レベルだったし。
 そんな感じで、気付けば武芸科最弱クラスと評されるようになったそいつな訳だが、斜め上の方向で一念発起する事となる。
 「自分に見合う錬金鋼を求めてとか何とかで、錬金科塔に夜間無断侵入。笑えないのが錬金鋼の管理場所を知らなかったのと、剄脈加速剤を服用していたところですかね」
 剄脈加速剤と言うのは、ようするに武芸者が使う麻薬の一種だ。剄路を強引に拡張して、ついでに剄脈を刺激する化学物質を押し込んで剄の量を増大させる作用がある。
 ・・・当然、その優れた(と言うにも疑問はあるが)効果に比例して副作用もでかい。
 その事を聞いてロスさんは奇妙な顔を浮かべた。
 「剄脈加速剤を使用した・・・と言う事は、一応自分が不出来な存在だったと言う自覚があったと言う事ですか?」
 何だかロスさんが言うと、人格含めて存在の根本から全否定してるみたいでアレだけど、まぁ実際その通り。
 「調書とって解ったけど、何かグレンダンでも周りから馬鹿にされてたんだとさ。あそこで武芸者やってて才能が無いってのは、本当に悲惨だからねぇ」
 「悲惨、ですか」
 良く解らないという顔でロスさんが首を傾げる。
 
 そう、本当に悲惨なのだ。
 ウデがなければ戦いに出られない。しかし出れなくても、武芸者であると言うだけどそいつには補助金が出る上、配給食等は一般人から比べて、優遇された物が与えられるのだ。 
 「僕らの世代が物心付いた頃は、グレンダンでは食糧危機が起こってまして、結構色々厳しい生活を強いられてたんですよ。特に末端の人間は」
 それなりに食えていた僕でさえ、当時の貧しい経験があったせいで、素直に武芸者の誇りと言う物を実感できない、ある意味歪んだ武芸者に成長してしまった。
 武芸者であるのに武芸者の役目を果たせず、周りの人間から非難の目を向けられていた幼年期を過ごしていたとしたら、それはきっと、歪な人間に成長してしまう事だろう。
 だからと言って一般時を巻き込んで犯罪を起すような馬鹿は情状酌量の余地も無いんだけど。
 「今回の学則の変更も、結局は彼が起した事件が問題だと判断されたからですしね」
 未熟とはいえ武芸者は武芸者。一度暴走すれば一般人には太刀打ちできない存在である事は間違いない。
 精神的に未成熟な新入生たちに、錬金鋼等と言う危険な獲物を持たせるのはいかがな物だろう。そういう判断が働く事は間違っていないと個人的には思う。
 「おかげで面白い人とも知り合えましたしね」
 僕は立ち上がり、ロスさんに剣帯に刺した錬金鋼を示した。
 「面白い、ですか。・・・そう言えばそれ、支給品じゃないですね」
 ロスさんも立ち上がる。テーブルの上のレシートを拾い、容赦なく僕に押し付けてきた。
 「そう言えば、見るの初めてでしたっけ?ええ、似たような事を考えるのは何処の都市にも居るんだなって思いました。もっとも、コレを作ってもらったのと引き換えに、しばらく実験に付き合わされる事になりましたけど」
 見ますか?と聞いてみたら、ロスさんに、やっぱり貴方のせいで学則が変更されたんじゃないですかと釘を刺された。
 レジ打ち担当のウェイトレスさんは凄く嫌そうな顔で又お越しください、と言ってくれた。

 帰宅するロスさんと別れて都市警の『強行警備課』の事務所を目指し人通りの少ないオフィス街を歩きながら、僕は剣帯から抜き取った錬金鋼を復元していた。
 新しい玩具を買ってもらった子供のようで恥ずかしいのだが、手に馴染む感触があると、やはりどうしても嬉しくなってしまう。
 幾つもの長方形の薄い板を重ね合わせて一つの直方体として形成し、それを一点で纏めて扇状に開けるようにした―――、そう、鉄扇だ。
 扇を構成する金属板の一枚一枚が、それぞれ紅玉、翡翠、黒金と違う素材の錬金鋼となっている。待機状態に戻してしまえば一つの金属質としてしまえるという特殊な配合をされた、僕の実家の劇団で秘蔵としていた錬金鋼と、ほぼ同じ仕様の錬金鋼だ。
 「まさか、作れる人が居るとはねぇ」
 あの車椅子の、ロスさんに勝るとも劣らない毒舌をした錬金鋼技師。
 世の中広いなどと、当たり前のことを考えながら、その事件の日の事を思い出していた。


 ※ そんな感じで9話へ続く。
   今回の話は言い訳+原作ネタ。
   チラ裏なこの作品に感想を下さる皆様、何時も感謝しています。いやマジでマジでw 
   おかしいなぁ。キリクさんとシャーニッド先輩とかが絡む、深夜のバトルアクション回になるはずだったのに。
   何でフェリ先輩と茶をシバいてるのこの人・・・!?

   (4月24日追記)色々突込みが入ったので後付で修正しました。
            このSS、ノン・プロットなのさ・・・・・・orz
            まだ間違ってたら突っ込み宜しくお願いします。
 
 



[8118] 九話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:5fcad94f
Date: 2009/04/19 01:41
 腹の中に蛇が居る。
 
 その蛇は、普段は剄脈の中でとぐろを巻いて眠っている。
 たまに勝手に起き出しては、人の剄路を散歩をするが如く滑り廻っている。
 おかげで僕の剄路は、蛇君の径に合わせて無駄に広く、太く頑丈に拡張されてしまった。
 そのくせ普段は、剄脈の中に居座る蛇君自身が邪魔で、其処を満たすだけの剄が練れないものだから宝の持ち腐れも良いところだろう。
 しかも、広い剄路に少ない剄しか流さない物だから、何ていうか、そう、埃と言うか剄の残りカスとでも言うべき物が溜まりやすい。
 蛇君曰く、変換し切れなかったオーロラ粒子の残留物質がなにやらかにやら。
 ともかく、膿がたまったまま長く放置しておくと、健康に悪いらしい。
 ではどうすれば良いか?
 簡単な事だ。ホースの中に詰まった汚れは、高圧水流で押し流すだけ。

 学園都市郊外。外郭部に程近い植林地域、と言うか森林地帯。
 普段は農業科の生徒が作業している事もあるが、丑三つ時も過ぎれば、誰もこんなところにまでは近づかない。
 六法全てより内服に向かい渦巻くように、外界と己を同一化させる。
 所作乱れなく、運び、浪足から足拍子を踏み出す頃には剄は清流が如く身体を満たす。
 科を常に意識し、優美に、且つ清廉に。捧ぐべき神は既に居らずとも。
 舞は、自らを天に捧ぐ供物とする行為。天と自らを一体化させる行為。
 他の全てにおいて屑と呼んで遜色ない人間だった舞芸の師は、それだけは真面目にそう言っていた。
 要返しと共に舞を収める。
 舞は武に通ず。そんな言葉を信じているわけではないけど、僕は自らの武技を高めるために、ひたすら舞い踊る事を重ねてきた。
 強くなりたければ踊れ。良く踊れたやつほど長生きできた。
 齢100を数える師の言葉であった。
 実際、それで何とか鍛えられてきたのだから、連綿と続く伝統の技と言うヤツも中々侮れないと思う。
 普段ならここで訓練は止めて(剄技の訓練をしようにも錬金鋼が無いのだから仕方が無い)、後は帰って寝るだけなのだが、この日はここからが本番だった。
 一通り、身体をほぐし、剄に馴染ませた。
 大きく息を吸って、吐く。
 全身から力を抜く。
 自らは天地に等しく、天地は自らに等しい。
 螺旋を。腹のうちでとぐろ巻く、白い蛇に自らを重ねあわす。
 「―――っ!」
 湧き上がる。溢れ出る。拡張された剄脈を満たしなお余りある膨大な頸が、渦巻きながら己の周囲に白光となって顕現する。
 満たされる。自らの本質を塗り替えんばかりに、己を白く、己の意識を膨大な白で埋め尽くす。
 自らはハルメルンに等しく、ハルメルンは自らに等しい。
 己の守るべき物、為すべき事。ハルメルン、愛しき、もう滅びて、まだ。まずい、抑えきれない―――!?
 
 RiRiRi・・・

 そばに置き捨ててあった鞄から、出し抜けにそんな音が鳴った。
 一瞬。意識が緩んだその一瞬。
 「っづぁあっ!!」
 天に螺旋を穿つイメージで、湧き上がった剄の全てを体外に押し流す。
 轟、と。
 山林を揺らし木の葉を舞い散らせながら、白光が天へ返ってゆく。
 己の思考を染め上げていたハルメルンは、再び剄路を揺らしながら、剄脈の中に戻っていった。
 
 ・・・・・・本気でやばかった。
 最近余り外に出していなかったせいか、それとも環境が変わったせいなのか、蛇君、やたらと己の中で暴れまわっていた。環境が変わってはしゃいでいたのか、ひょっとして?
 
 RiRiRi・・・
 「っと、はいはい、こちらハルメルンです」
 呼び出し音が鳴りっぱなしだった携帯端末を取り出し、相手を確認せずに通話ボタンを押す。
 『カテナか、フォーメッドだ。今、西地区の植林地帯に居るな?』
 「・・・すいませんガレンさん。何で己の居場所が解ってるんですか」
 数刻前に別れの挨拶を交わしたはずの都市警察課長補佐でした。
 何だかもう、色々と嫌な予感しかしない。
 『ああ、都市警が支給している個人端末には、居場所特定用のGPSが備え付けられているんだ。いざと言う時に本部が職員の位置を把握できないと困るだろう?』
 「捨てて良いですか、今度」
 っていうか今すぐ其処の木に叩き付けたい。
 『構わんが、拾得物管理課へは自分で取りに行けよ。それより緊急事態だ。お前さんの力を使わせてもらう』
 すまんという言葉も、借りたいと言う言い方もせずに、こうやってはっきりと断言してくれるだけ、この人は善人だと思う。奇麗事を並べてくる輩より余程付き合いやすい。
 己は特にゴネもせずにガレンさんに続きを促した。
 『馬鹿な一年が武装窃盗団に誑かされて錬金科に忍び込んだ・・・ああいや、アレは忍び込んだとは言えんな。まぁ、とにかく、そいつを鉄砲玉として錬金科の研究室に忍び込んだ窃盗団の連中が、首尾よく研究中の非公開の錬金鋼材のサンプルを入手してお前さんの居る方へ逃亡中だらしい。今そっちに念威端子を走らせてるから、サポート受けながら押し留めてくれ。最悪、盗まれたサンプルは破壊してしまっても構わん』
 ・・・凄い大事じゃないのかソレ。だいたい武装窃盗団って何だ。強盗と何か違うのだろうか。
 「団って事は相手集団ですよね。ソレ己一人でやるんですか?」
 『お前さんの場合、他に居たらやり辛いだろう?ああ、安心しろ。ウチの念威操者は口が硬い』
 ああ、本気でやれって事ね。あの人本当に人を見る目があるなぁチクショウ。
 「・・・手当ては弾んでもらいますからね」
 剣帯から錬金鋼を抜き、鉄撥を復元する。重ね重ね、適当に錬金鋼を選ぶべきじゃないと後悔する毎日である。
 『錬金科から経費名目でたっぷりふんだくってやる。期待しておけ』
 ガレンさん、自分の懐を痛める気は全く無いな。それ、アンタが一人勝ちって事じゃないか?
 期待しないで待ってますと言って通信を終えようとしたら、ガレンさんはこんな言葉を口にしてきた。
 『・・・ところでお前、何時から一人称はオレになったんだ?』

 じゃぁ頑張ってくれと、そう付け足されて通信が切れた。
 ・・・混ざってたのか、まだ。
 僕は恥ずかしくなって山林を見上げて、独り言を言った。
 「面倒事がそろそろやってくるらしいですけど、高いところに居る人、そっちから何か見えませんか?」
 「二人・・・、いや、三人だ。全員錬金鋼で武装。剣と槍。奥に銃、アレは散弾だな」

 返事はすぐに来た。
 当たり前のように。僕は何一つ驚かなかったし、答えてきたその声もなにも躊躇う所が無かった。
 お互いがお互いに気付いている事を大分前から解っていたのだから。
 「それじゃぁ折角なんで、バックアップ願えますか?報酬は警備課長補のガレンさんが自腹切ってくれるらしいですから」
 僕は旋剄を脚に纏わせて木々の合間に跳躍した。
 その男のすぐ横の木の枝に着地する。
 狙撃銃のスコープを覗いている、金の長髪を後ろで乱雑に縛った、背の高い伊達男。武芸科の制服姿のその胸元には、小隊所属の証である銀バッジが夜空に浮かぶ月の薄明かりを反射して煌いていた。
 彼は一度だけ、チラリと僕を見た後、スコープに視線を戻し、ニヤリと笑った。
 「ソレはありがたいけど、報酬ついでにお前さんには色々聞きたい事があるんだよな。さっきのアレとか、なぁ?都市警のルーキー君?」
 ・・・外部評価はそんな扱いだったのか、僕。
 げんなりしそうな顔を無理やり引き締めて、僕も彼に対して気軽に笑って了承してみせた。
 僕自身の目視でも、賊の姿は確認できる距離にまで迫っていた。
 接敵まで、あと数分と無い。
 「真ん中の槍使いが持ってるケース。アレ、先に打ち落としちゃってもらえます?」
 「いいぜ、そっちが突っ込むのと同タイミングで仕掛けてやるよ」
 それじゃぁ、と、返事を待たずに足場にしていた枝を蹴って、僕は賊の眼前に躍り出た。
 発砲音が響く。
 瞬間、賊の握っていたケースの取っ手、その接合部が炸裂し、アタッシュケースが宙を舞う。

 その後の戦闘の過程など語るまでもあるまい。
 つまりコレが、この僕、カテナ=ハルメルンと、その後それなりに長い付き合いになる、シャーニッド=エリプトン先輩との出会いの一幕だったと、つまりはそう言う訳だ。

 

 ※ 顧問の人、ようやく登場。
   感想で皆してニーナ先輩出せって言っててちょっとびっくりしたw
   でもシャーニッド先輩を出しておかないと、フェリ先輩と10小隊解散のワイドショーの特番を見ながら
  恋愛論を語り合うってイベントが発生しないからなー。
   ・・・キリクは次回で。誰も望んで無いだろうけど。




[8118] 十話
Name: yaduka◆6eb79737 ID:876fdd2d
Date: 2009/04/20 00:26
 「貴様、手を抜いているだろう」

 開口一番、出会い頭に、彼の口から発せられた言葉がそれだ。
 何というか不健康な肌の色をした、目つきの悪い美形の青年。恐らくは上級生。
 最大の特徴は車椅子を使用している事・・・とは言え、生憎身障者は見慣れた身である僕としては、その程度では一々驚いたりはしないのだが。
 キリク=セロン。二年生でありながら既に錬金科で独立した研究室を構えている、新鋭気鋭の錬金鋼技師だ。
 しかし発せられる気風は技師と言うよりむしろ武士と言った方が相応しい。
 ・・・・・・元武芸者、なのかな。
 ようするに、また類が友を呼んだという訳だ。
 やぶ睨みに、彼の研究室の入り口で固まっている僕を見据える彼の視線に、僕は又一つため息を吐いた。

 少し、時間を遡らせてもらう。

 「は?」
 「うむ。繰り返すが貴様が壊した錬金鋼の修復予算は都市警からは出ない」
 その日の早朝、都市郊外の山林で武装強盗団と派手な格闘戦を繰り広げて帰還した僕を待っていたのは、上司のそんな心無い言葉だった。
 バックアップを頼んだ狙撃主が、開始の一発を撃った瞬間に速攻で撤退をしてくれた物だから、正面から堂々と突っ込んだ僕は、完璧に連携の取れた三人組を一人で相手にする事になってしまった。
 賊どもの腕自体は生半。しかしそれなりに修羅場を潜って来ているらしく、動きが非常に場慣れしているものだったので、こちらは思わぬ苦戦を強いられた。
 位置の、人数の不利に、使い慣れない武器。それを強引に力技でねじ伏せようとしたら、支給品の質の悪い錬金鋼が悲鳴を上げた。
 軋み、撓んで、爆ぜて壊れた。
 今まさに賊の顔面に叩きつけようとしていた鉄撥の、握りから先が丸ごと吹っ飛んだのだ。
 その衝撃で賊が吹っ飛んで、気を失ってくれたのは幸いだったけど、僕にも錬金鋼の破片が飛び散って来て、顔面血まみれですよ。
 まぁそんな感じで、激闘を勝利で収めて帰ってきた僕を出迎えたガレンさんの言葉がコレだ。
 代わり錬金鋼よこせ→いいや、無理だ。
 都市警所属の念威操者のお姉さんに治療してもらいながら、僕はガレンさんを睨みつけた。
 「・・・幾ら都市警の予算が少ないからって、錬金鋼一本くらいは簡単に捻り出せるでしょう」
 人が入れ替わる時期はそれだけで色々と金が必要になってくる。だからと言って、ねぇ?
 疑惑の視線を向ける僕に、ガレンさんはさぞ不本意と言った風に、腕を組んで答えた。
 「そうしたいのは山々なのだが、その・・・なんと言うか、なぁ」
 賊から奪還した研究中の錬金鋼材のサンプルなのだが。
 
 曰く、跳躍中の賊の手から初撃で打ち落としたアタッシュケースが、地面に落下した衝撃で開いてしまったらしい。
 中に乱暴に詰められていたサンプルは砕けて粉々に、貴重な研究データを記した書類もは風に吹かれて東へ西へ、川へ山へ。
 とても収拾が付かない事になってしまい、開発した研究員が激怒しているらしい。
 「・・・って、ちょっと待ってください。ガレンさんアンタ、盗られたブツは破壊しても構わないって言ってたじゃないですか」
 「うむ、俺は確かに言った。『最悪の場合は』と、確かにそう言った。お前さんなら無傷で奪還できると思っての言葉だったんだがなぁ」
 無茶いうなや。
 因みに通話音声は録音してあるから、俺に賠償請求は発生しないと、最後にそう結んで話を締めた。
 「そう言う訳だから、追加報酬どころかむしろ赤字。補填するためにお前の給料から幾らか差し引かせてもらわんといかん。ああ、心配するな。錬武館では、申請すれば訓練中に限り予備の錬金鋼は貸し出される」
 「深夜の残業に呼び出されて、武器は壊れるわ給料は下げられるわで、一体僕に何を安心しろと・・・」
 新しいバイトを探した方が良いんだろうか。
 帰って泣きながら寝ようと思い、スゴスゴと引き上げようとした僕を、ガレンさんはまぁ待てと引き止めた。
 「そんなお前に朗報がある」

 消失した研究データの再取得に協力してくれれば、賠償請求は取り下げてやっても構わない。
 先方さんは、どうやらお前に興味があるらしいと、ガレンさんは実に不安になる言葉と共に、僕を錬金科へと送り出した。
 ついでに新しい錬金鋼でも作ってもらえばどうだ等と、気楽に笑ってくれたのがまた頭にくる。
 「新しい錬金鋼を手に入れたら、真っ先にあの人で使い心地を確かめてやる・・・」
 今度は絶対に刃物のカタチにしよう。
 そんな後ろ暗い事を考えながら、錬金科塔にある、サットン・セロン共同研究室と殴り書きされた張り紙の掲げられたドアを見上げた。

 そして扉を開いた瞬間、冒頭の言葉を浴びせれれた。
 
 「貴様、手を抜いているだろう」
 「え~・・・っと」
 思わずスペースと言うスペースに乱雑に物が置き捨てられている研究室を見渡しながら言葉を捜してしまう。
 「ああ確かに、手を抜いていると言うのは適切ではないな。そうとも、今のお前は只単に使い慣れない獲物を乱暴に振り回して遊んでいるだけだ」
 こちらの気持ちを知ってか知らずか。セロン氏は面倒そうに手を振って勝手に話を進めて行った。
 「まったく、貴様程のウデがあれば、あの程度の武芸者何ぞ簡単に無力化出来ただろうに、遊んでいるからこんな無様を演じる羽目になるんだ。お陰でアレが垂直からの衝撃に対して非常に脆い構造だったと確認できた事を感謝しろとでも言うつもりか?」
 早口でまくし立てられても何を返せば良いのか正直解らない。
 耳元で誰かの声で類は友、と囁かれたような気がして泣きたくなった。僕か、僕に問題があるのか?
 「何をしている、そんな所で突っ立っていないでとっとと入れ」
 セロン氏は面倒そうに手招きしながら、自身の研究机に車椅子を向けた。
 慌ててそれに続くと、突然錬金鋼を投げ渡された。
 データ取得用のケーブルが、研究机の傍にある三面モニタにつながれていた。
 「それに剄を流せ。高い金を払って呼んだ小隊所属の武芸者の代わりなんだ、精々役に立つデータを出してもらうぞ」
 セロン氏はそれきり、僕に背を向けてモニタと向き合ってしまう。
 何をしている、と言う無言の圧力にため息をついて、僕は錬金鋼を復元させた。
 
 ―――息を呑んだ。
 何枚もの細長い板を端の一転で纏めた、その形。
 手首を利かせて開いて見せれば、それは見まごう事なき扇形となった。
 「コレ・・・」
 「貴様の授業中の動きを捉えたデータは全て見た。打棒を用いた近接格闘術の動きではない。刃物、それも幅広い、刃物と言うには大きく逸脱した形状をした物が、本来の貴様の得物だろう」
 幾つか候補があったが、いきなり中ったかと、其処だけは少し楽しそうに、セロン氏は告げた。
 いい加減とっとと剄を込めろ。同じ物を調整してもう一つ作らなければならんのだ。
 そこまで言われてしまっては最早笑うしかない。僕が鉄扇の二刀流で戦う事まで読まれているのだ。
 「その錬金鋼にはデータ取得用の測定器が据え付けられている。今後あらゆる戦闘行動にはそいつを使って挑め。それは形状の特性ゆえ、今作ろうとしている錬金鋼のデータを集めるにうってつけなんだ」
 新しい錬金鋼。
 扇を構成する板の一枚一枚を見て気付いた。それぞれ違う鋼材を使用している。
 一旦待機状態に戻すと、それは一つの鋼材として完成している。
 ・・・・・・実家で使っていた物と、全く同じ特性だ。
 「この鋼材の成分・・・、全部貴方が?」
 「共同研究だがな。当然だろう。もっとも、その素材のままだとそれ以上巨大な物を作ろうとすると構造が脆くなってどうにもならんのだが・・・」
 「で、しょうね。僕もコレで作られた刀剣の類はお目にかかったことはありません。一度試した事がありますけど、展開した瞬間ボロボロに崩れ落ちました」
 「まったくだ。ただ引き伸ばせば良いと言う・・・なんだと?」
 真剣に驚いた。まだ若い学生レベルの研究者が、こんな物を作れる技術を持っているとは思わなかった。
 コレの製法は劇団の門外不出で、お陰で整備から修繕まで全て自分でやらねばならずに苦労した事を良く覚えている。
 それをゼロから作ってしまうのだから、世の中広いものである。
 「後で成分表を見せてもらって構わないですか?良いアドバイスが出来ると思います」
 「なに?・・・フン、そう言う事か。似たような思考の人間は何処にでも居るか。良いだろう。こっちだ」
 僕は扇に剄を流したままセロン氏に近づく。
 何代もの世代を重ねて作り上げてきた物を、わずか一代限りで到達しかけているような人だ。その先に何が出来上がるのか、俄然僕も興味が沸いてきた。

 余談であるが。
 コレのデータ取りに協力する事になったため、授業中も迂闊に手を抜けなくなってしまったと言う事に、その時の僕はまだ気付いていなかった。





 ※こうして、複合連金鋼を目指して様々なアプローチが試されるのであった。
  そして変態装備から中二装備へとパワーアップ。
  フェリ先輩とくっつけたら良いんじゃない?と言う感想を結構目にしますけど、
  こいつら友達関係だからこんな感じで付き合ってるのであって、恋人同士になると
  ・・・あんまり想像出来ませんね。
  真の主役登場までキャラの関係はなるべくニュートラルを保ちたいところですが、どうかな。
  次回は顧問がミーティング初参加。



[8118] 十一話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:76ce7f9b
Date: 2009/04/24 01:05
 「その顔の擦り傷は、何処の泥棒猫の仕業ですか?」
 「目の前でよく人のお魚を加えていくドラ猫さんの仕業では無いのは確かですね」
 
 放課後、最早行き着けとなったカフェテリア。専用席じみて来た奥まった場所にある四人掛けのテーブル。
 そして恒例と言うべきロスさんの足癖の悪さが続いた後、
 「・・・噂は聞いていたけど、お前らホント面白いな」
 今日は何時もとは少し違う展開が待っていた。
 対面に座ったロスさんが、嫌そうにメニューから目線を僕の後方へとずらす。
 「何ですか。意地でも私に『この泥棒猫』と言わせたいとでも言うのですか。そんな特殊メイクまでして、とんだスキモノですね、おハルさんは」
 「ロスさんこそ、『僕は背の高い金髪より背の低い銀髪の方が好きですよ』って言わせたいんじゃないですか。何処の純情可憐な乙女ですか貴女」
 「・・・なぁ、俺、そろそろ座っても良いか?」
 僕の後ろに立ちっ放しの背の高い金髪の『男』が、若干頬を引き攣らせながら尋ねてきた。
 言うまでも無いと思うが、シャーニッド=エリプトン先輩である。
 どうぞ、と手で指し示したら、エリプトン先輩は堂々とロスさんの隣の席に座って見せた。
 「・・・この泥棒猫」
 とりあえず言うべきかな、と思って言ってみたら、おもいきり脛を蹴られた。

 「知っていると思うが、第10小隊のシャーニッド=エリプトンだ。宜しく、新入生諸君」
 金髪の美形のその人は、笑顔でそう挨拶した。
 さて、小隊所属と言えば言わばエリート。人当たりも良さそうで、顔も実に男前だ。
 そんな人が個人的に話しかけてくれば、僕ら新人が取りえる応対など決まっている。
 嫌そうに椅子を壁の方にずらしたロスさんに視線を送る。アイコンタクト、0.5秒。
 「第10小隊のシャーニッド=エリプトンと言う人は知りませんが、ここの向かいから覗き見していた金髪だけはよく知っています」
 「ああ、僕も授業中に向かいの塔の屋上から覗き見してる金髪は知ってるような気がするよ。目の前に顔を出せない恥ずかしがり屋さんだとばかり思ってました」
 笑顔のまま青筋を浮かべるなんて、器用だなぁこの人。
 「本当に噂通り・・・いや、それ以上にタチ悪いなお前ら」
 だったら関わらなければ良いのに。
 大体、人のことを付けまわしていたのは事実でしょうに。
 「私はともかく、おハルさんは良くこの不審者が付回してる事に気付いてましたね」
 あー、エリプトン先輩が絶句してる。一ヶ月もつるんでいる間になれたけど、冷静に考えれば凄い毒舌だよねロスさん。
 「・・・確かに、俺は殺剄には自信があったつもりだけど、お前さん初めから気付いていただろ?一体どうやって」
 エリプトン先輩も何気ない風を装い聞いてくる。ただし、目は笑っていない。
 ロスさんは当然、常時展開と言って差し支えない念威端子に引っかかったから発見したのだろうが、特にそういったものを持たない只の武芸者の僕に見つかってしまっては、狙撃手としても小隊所属員としても立つ瀬が無いだろう。
 種明かしすると、次から見つけにくくなるから嫌なんだけどなぁ。
 いや、どの道コレでこの人との縁も最後だから別に良いのか?
 僕は肩をすくめて話し出した。
 「エリプトン先輩の殺剄は実に綺麗ですからね。ほぼ完璧に気配が消えてます。完璧に、ね」
 例えば人通りの多い街中の、雑踏。エリプトン先輩が居るその一箇所だけ、ぽっかりと白い空間が浮くのだ。
 いかにも実戦慣れしていない武芸者が犯す過ちであり、逆に目立つ。
 普段から剄の流れに意識の重きを置いている人間にしてみれば、不自然な空白地帯など自分を見つけてくれと言われているような物である。
 そんな話をして見せたら、エリプトン先輩は唖然としていた。
 案外抜けているのか、この人。
 この間、蛇君を暴れさせてる処を見ているだろうに、まだ自分の方が上に立っているとでも思っていたのだろうか。
 面倒な事になったなぁと、ロスさんに視線を移してみれば、お前が連れてきた面倒だろう何とかしろと睨まれた。
 いや、君が聞いてきたから答えたんですがね、面倒な事になるのを承知で。

 「・・・で、第10小隊所属のシャーニッド=エリプトン先輩。喫茶店の売り上げを激減させる恐怖の疫病神と噂の僕らに、今日はどんな御用なんでしょうか」
 正しく意味を理解できるように、しっかりと言葉を選びエリプトン先輩に尋ねる。
 しかし敵も然る者。
 こちらの言葉を都合よく取捨選択し、その質問を待ってましたといわんばかりに笑顔を浮かべる。
 「単刀直入に言うぜ。お前ら二人を10小隊にスカウトする事にした」
 そう言って、テーブルの上に×印・・・10と書かれた二つの銀バッジを置く。
 ロスさんと会ってからこっち、面倒ごとには大分慣れっこだったけど、遂に特大の面倒がやってきた。
 武芸科の中核を担う十六の小隊、そのうちの一つへの加入要請。
 スカウト、『する事にした』。言葉を吟味する必要も無いほど、要請というよりは、命令だと解る。
 常識的に考えて、断る理由は無い。武芸科の生徒として、とても名誉な事だ。
 それも、将来性ではなく、即戦力として実力を見込まれての誘いなのだから、尚更だろう。
 チラ、とロスさんを見る。面倒そうに皿の上のミルフィーユを食べやすいサイズに小分けしている。
 随分荒っぽくフォークを動かしている辺り、こちらの話を何も聞いていないように見えて、実際は相当イラ付いているのだろう。
 イラ付いているのは、僕も同じなのだが。
 コン、と。僕の方から彼女の足を靴で叩いてやった。ようやく、視線が絡む。
 お互いが言うべき事は、既に合致していた。

 「「お断りします」」
 
 僕らの明確な返答に、エリプトン先輩はそれは困ったと、全く少しも困っていない風におどけて見せた。
 そしてテーブルに肩肘かけて凄んでみせる。
 「小隊に所属する事は自身の力で都市を守る上で最も効率が良い方法だ。特にハルメルン。この間も見せてもらったが、お前のその優れた武芸は、都市を守るために磨き上げてきたものだろう?だと言うのに、都市を守る最善の方法を断ると言うからには、それなりの理由を聞かせてもらおうか」
 まぁ、そうなるよね。
 僕はざっと頭の中で、彼に関する情報を思い浮かべて言葉を捜す。
 そんな僕を無視して、ロスさんがあっさりと言い切った。
 「理由も何も単純に嫌なだけです。武芸科だって好きで入ったわけではありません」
 ロスさんはそれで話は終わり、とばかりにミルフィーユをひたすら解体する作業へと戻っていった。
 お前は?と口元は笑って、目だけは剣呑な物を浮かべて、促してくるエリプトン先輩。
 ・・・ところで彼は、僕がYesと言ったらついでにロスさんも付いてくるとか思っているのだろうか。
 もっとも、彼の望む言葉を言ってやる義理などこちらには無いが。
 ロスさんばりに黙殺するのも一つの手だろう。だがそれだと、また次回と言う事もありえるかもしれない。
 出来れば面倒はコレっきりにしたい。
 だから、
 「10小隊のエリプトン先輩達は、随分有名だと聞いたことがあります。隔絶たる意思を持って都市戦に挑もうとしている、と。この都市を守る。その立派で高潔な意思は、何処から生まれた物なのでしょう?」
 お前の言葉は下らないとばかりに、嘲う事にした。 

 ガタン、と。
 テーブルの上のカップが倒れる。
 喉元が引き絞られ、身体が前のめりに傾く。
 「・・・喧嘩売ってるのか、ガキ」
 胸倉を掴みあげて、エリプトン先輩はドスの効いた声を響かせる。
 喫茶店内がザワりと悲鳴が上がる店内で、その中心に近い位置に居るロスさんが、何も聞こえて無い風に人の足を蹴ってくる処がとても微笑ましい。
 僕はいっそ、ヘラヘラと笑いながらエリプトン先輩に答えた。
 「理由を聞かれただけでそういう発想に行き着くと言う事は、自分のやってる事に相当矛盾があるって、他でも無い自分が一番そう思っていると言う事でしょう?軸がぶれている独楽に人を乗せようなんて思わないで欲しいですね」
 第10小隊アタッカー三人衆。
 入学当初からクラスの人間たちが黄色い声で噂をしていたし、テレビの小隊特集コーナーでも、大きく取り上げられていた。
 曰く、今は居ない前隊長のために、騎士の誓いを。
 そんなものは、いや、言うべきではないか。本人たちはきっと、本気なのだ。
 でもこの人は、どうやら熱が冷め始めてるらしいけど。
 さすが狙撃手、冷静だと褒め称えたら殴られるよな、きっと。
 だから、無言でお引取り下さいと促す。
 エリプトン先輩は忌々しそうに僕を睨みつけた後、乱暴に手を離し、テーブルを後にした。
 静まり返った店内で、僕は倒れたカップを直しながら、テーブルを拭いてもらうためにウェイトレスさんを呼び寄せる。
 ザワりと、気まずげに動き出す店内。

 「ここへ来るの、今日で最後ですかねぇ」
 「構いませんよ、コレで全メニュー制覇ですから」
 布巾を持ってきたウェイトレスさんに、タルト・アルデッシュを注文したロスさんは、事も無げに言った。
 周りの喧騒など知ったことでは無いと言わんばかりである。
 「武芸者は都市を守る、ですか。教本の頭に書かれてる評語ですけど、結構信じてる人って居るんですかね」
 「かの如く在れと、生まれた時から言われ続けて、その機会を実際に体験したことがなかったとすれば、形骸的に言葉だけを信奉する人間も多いのではないですか」
 だからと言ってそれにつき合わされるのは御免です、とロスさんは繋げる。
 そう言えば彼女の兄も、都市を守るためにあらゆる手を尽くすと言って憚らない人だという話だっけ。
 「入れ物だけが残っても、中身が全て無くなってしまえば、そんなものを守り続ける意味は、何処にもないんですがねぇ」
 居ない人間に誓う、居ない人間の居場所を守ると。
 その誓いの歪さを、最後まで理解できなかったら、それはきっと、不幸な結末が待っているのだろうな。
 「あの先輩、善人ぽいですし、そういう目にはあって欲しく無いですよねぇ」
 「・・・相変わらず、考え方が一々上から目線ですね、おハルさんは」
 呆れたようにロスさんが言う。
 「それは仕方ないですよ。僕は武芸者なんですから」
 武芸者は武芸者であればあるほど、強者の理論を振りかざす。
 そういう生き物なのだから。
 
 そんなだから面倒事に巻き込まれやすいんですよと、ロスさんは呆れたような顔で微笑んだ。
 


 ※熱血顧問、ゆとり生徒に逆襲されるでござるの巻き。
  ソレとは別に感想を参考に少しラヴ度を上げてみたけど如何だろうか。

  システム復旧おめでとうございます、と言う事でキリの良い話数まできましたし、チラシの裏から旅に出る事にしました。
  アクセス数とか出るんだぜ、超コエェ。
  あと、微妙に書き溜めていたらニーナ隊長が出てくるのは15話くらいになる事が判明しました。まぁ、出来る限り一日一話更新予定。

 追記・後先考えずに時間軸ずらすとか、やるもんじゃないねぇ。
    とりあえずこれで、9→10→11→8って形に・・・なった?
    ジャンプバトル漫画的な後付殺法で。



[8118] 十二話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:83588711
Date: 2009/04/24 20:33
 
 「カテナ君、そう言えば聞いたよ?喫茶店の事」

 ある日の午後、セロンさんの研究室に顔を出していた僕は、何やらありえないサイズの大剣のモックアップを作成していた人物から、そんな風に話題を振られた。
 つなぎ姿がやたらと様になっているその人は、ハーレイ=サットン先輩。
 この『サットン・セロン共同研究室』のもう一人の主人である。
 最近授業が無いときは、ロスさんとお茶を飲んでいるか、この研究室に顔を出してデータ取りに付き合っているかしている事が多い。
 「喫茶店って・・・ああ、ひょっとしてあの時の」
 僕は要を外して骨組みをばらして整備中だった錬金鋼から顔を上げて聞いた。因みに錬金鋼の解体整備、補修は自分で出来たりする。グレンダンに居た頃は金がなかったお陰で専門のメカニックに整備に出す余裕もなかったのだ。
 「うん、多分それじゃ無いかな。凄かったらしいね。第10小隊のシャーニッド先輩と、女の子を取り合って殴り合いをしていたんだって?」
 ・・・何時そんな学園青春ドラマを体験したんだろうか、僕は。
 ああ、でも。男二人が掴み合って(実際には一方的に掴みかかられてただけだが)間に女の子が一人居れば、端から見るとそういう風に見えないことも無いか?
 あ、ヤベ。変な事に気付いた。
 しょっちゅう一緒に居る僕とロスさんって、普通に付き合ってるとか思われてるんだろうか。
 嫌だなぁ。ひょっとして最近クラスで僕らに話かかけてくる人が減ってるのって、気を使われてるからか?
 「殴り合いとはいただけんな」
 やぶ睨みな目つきで三面モニターと向かい合っていたセロンさんが、唐突に口を挟む。
 おかしい、この人はそういうネタには食いつかない種類の生き物なのに。
 「何故錬金鋼を使わなかった。小隊員との戦闘データが取れる、貴重なチャンスだったと言うのに」
 冗談、ですよねとサットン先輩に顔を向けてみると、たぶん本気だよと苦笑いを浮かべられた。
 「警察組織の人間と、軍キャリアが街中で錬金鋼使って喧嘩するわけには行きませんって。大体、全然事実と違いますし。・・・ああ、蹴られはしましたけど」
 ロスさんに、だが。
 しかし、何処で噂になったんだかと考えていたら顔に出たのか、サットン先輩はお昼のワイドショーでやってたよと暢気に言ってくれた。
 ・・・有名人と喧嘩なんかする物じゃないなぁ。
 気難しげなセロンさんと違って、サットン先輩は人当たりも良く、そして如何にも普通の学生と言った風に、この手のゴシップを楽しむ気風も持っている。
 諦めて僕は、その日の事件の顛末を語って聞かせることにした。

 「・・・じゃあ、小隊加入要請を断っちゃったんだ」
 サットン先輩は凄い事するねと、言わんばかりの顔をしている。セロンさんは興味なさ気だったが。
 「カテナ君、かなり腕があるんだし、小隊に入ったら活躍できるチャンスだったんじゃないのかい?」
 口調に何処か批難するようなものが混じっているのは気のせいでは無いだろう。
 力ある者は、然るべき地位に着き責務を負うべき。
 自立移動都市社会における常識である。
 砕けた言い方をすれば、武芸者は褒めてやるから死ぬ気で俺らを守れよ、と言う感じか。
 「それ、エリプトン先輩にも同じような事言われましたよ」
 肩をすくめて答えたら、セロンさんに当然だと鼻で哂われた。
 「別にね、僕に都市を守る意思が無いとか、そういう風なつもりは無いんですよ、ただねぇ」
 ただ、何?
 興味ありありといった風に乗り出してくるサットン先輩。
 果たして答えて良いものかどうか。数瞬の悩みは、なるようになるんじゃないですか、と言うドラ猫の声が思い浮かんだ事で打ち切られた。
 「都市を守るにしても小隊に付き合うのは、はっきり言って時間の無駄です。あんな連中とチーム組むくらいなら、ロスさんと二人だけで戦った方がよっぽどマシです」
 もっとも、ロスさんもやる気出してもらわないと話にならないが。
 「無駄って・・・」
 明け透けな言い方に、陽気なサットン先輩も流石に引いている。
 だが、セロン先輩は逆に笑っていた。
 「面白いな。貴重な実戦経験者のご意見を聞かせてもらおうじゃないか。確かに去年は負け越しているが、ウチの武芸科もそこまで捨てた物ではないだろう?」
 「ああ、それは勿論。小隊所属のレベルになると、才能だけなら僕より上の人も居ると思いますよ。もっとも、才能だけとしか言えないんですけど」
 「実力が、違うって事?」
 サットン先輩がおそるおそる聞いて来るが、僕はそれを否定した。
 「結局、あの人たちは武芸者の卵であって、武芸者じゃないんですよね」
 聞かせるよりも実際に見た方が早いだろう。
 机の中で紙束に埋もれた時計を引っ張り出したら、丁度良い時間だった。
 部屋の端っこに直置きされているテレビを付ける。
 「あ、もう小隊戦が始まっている時間か!」
 サットン先輩が慌てたように言った。そういえば、幼馴染が出場するとか言っていたっけ。

 今現在、野戦グラウンドで繰り広げられている戦いは、第10小隊と第14小隊によるもの。
 第10小隊、つまりエリプトン先輩の所属する小隊だ。
 一際目立つ赤い戦闘服を着込んだエリプトン先輩と、アタッカーの二名は、戦線中央を穿つように突進していた。
 守備についている第14小隊のメンバー達を、次々と撃破していく。
 「やっぱり今年の第10小隊は強いねぇ。ダルシェナ先輩の突撃、ディン先輩のアシスト、シャーニッド先輩の狙撃。完璧な連携だよ」
 「ええ、哂っちゃうくらい完璧です。もっとも、アレだけサポート受けてればどんな雑魚でも敵陣突破できると思いますけど」
 僕の辛らつな評価に、先輩方二人の反応は好対照と言ったところだ。
 固まっているサットン先輩も、促すような目線を向けるセロンさんも放って、僕はテレビを操作して戦域全体を映し出した。
 それを指し示しながら説明を始める。
 「見てください。三人がかりで中央突破を図ってるお陰で、確かに戦線は10小隊が圧しているように見えますけど、ホラ、両サイド。バックアップが足りてなくて14小隊が圧しているでしょう?」
 「・・・ホントだ」
 「アントークが粘っているせいか、意図せぬ鶴翼陣形を形成し始めてるな」
 ダルシェナ、と言うらしい凄い縦ロールの人が、14小隊のキツ目の美人さんに梃子摺っているせいで、両サイドから中央へ押し込むように、14小隊による鶴翼陣形が完成されようとしている。
 「戦域と言うのは面で確保しないと何の役にも立ちませんからね。突撃しか出来ない縦ロールの人をスキンヘッドの人とエリプトン先輩が全力でカバーしているお陰で何とか勝ってる形になってますけど、線を作るために人を集めすぎているせいで14小隊に面で取られてしまっている。このままディフェンスの人が頑張りきれば・・・ああ、ダメですか。まぁ、3対1ですし、当然の結果ですけど」
 「うわ、ニーナ思いっきり吹っ飛んだよ!?また医務室送りじゃないのかなアレ・・・」
 「貴様の言いたいことも何となく理解できたが・・・しかし、戦力の一点集中突破もれっきとした戦術なんではないか」
 特にこの小隊戦のルール上は、と一人慌てているサットン先輩を放ってセロンさんは僕に尋ねた。
 その言葉に僕は苦笑してしまう。
 「だから問題なんじゃないですか。こんな作戦このルールでしか使えません。考えても見てください。精兵を揃えて母体に突撃して、見事勝利を収めました。でも、帰ってきたら防衛線が持ち堪えられずに都市が幼生体に破壊しつくされてました、何てことになってたら、どうします?」
 しかも勝てたなら、まだ良い。負けてしまったら?
 セロンさんの眉が引き攣った。
 サットン先輩はまだ納得できないらしく、でも、試合だしと言葉を濁す。
 「だからですよ。この戦争ごっこに勝つために時間の大部分を割いている小隊の連中なんかに、都市を守ろうと本気で考えていたら、はっきり言って付き合ってられません。カタチはどうあれ勝てばいい。そんな風に考えている人たちと一緒に戦場に出たら・・・」
 僕が、さっき言った通りの結末を迎える。
 「武芸者が市民にとって誇るべき存在なのは、彼らの生活を絶対的に安心なものにしているからです。頑張ったけど駄目でしたは汚染獣には通用しないんですよ。確実に、完璧に敵を殲滅して、こちらは一切の被害を出さない。それが武芸者の全てなんですから」
 それが出来ない存在は武芸者とは呼べない。
 其処を疑問に思う人間などと、一緒に戦うなどとは考えられない。
 無能な味方は敵にも劣る。
 しかも僕は自分の命まで守りたいと思っているのだから、尚更、味方は選びたい。

 「ついでに言うと、あの三人組のやり方は、僕はどうも好きになれません。特に前衛の縦ロールの人なんて、鍛えれば攻撃のバリエーションも増えそうなのに、あのまま微温湯に漬けていたらいずれ突撃しか出来なくなりますよ。スキンヘッドの人は正直他の二人に比べると能力が劣っている感じがするし、後はあの人、役割上遠くから戦場を俯瞰してるんだから、そのくらいの問題は解りそうなものなのに・・・」
 言葉は最後には思考の渦に没入してしまった。
 エリプトン先輩、何を考えているのだろうか。
 いずれあの作戦は破綻する。防衛線を深く囲い込んで、味方を回り込ませて挟撃しても良いし、サイドを攻める人数を増やせばサポートの無い単独兵力なんてあっさり突破できるだろう。
 僕が武芸科長だったら、とっととあの小隊は解散している。見た目が派手で素人受けはするだろうが、それだけだ。
 戦略の役に立たない戦術など欠片も必要ない。
 でもきっと、そうやって負けたとしても彼ら三人は何も反省などしないだろう。
 なにせ、自分たちの正面だけは確かに勝利しているのだから。
 俺たちは頑張っている、でも負けた。それはお前たちのせいだ。そんな風に考える。
 やっぱり組めないな。ああいう人たちとは。

 それにしても。
 研究室から慌てて駆け出していくサットン先輩を見送って、僕はセロンさんに気になっていた事を尋ねた。
 「この学校って汚染獣への対策が全然できて無いような気がするんですけど、平気なんですかね」
 武芸科の授業も殆ど基礎教練と対人戦闘の訓練ばかりだ。
 何時だったか着た都市外装備はかび臭くて仕方なかったし。
 さてな、とセロンさんは首を振った。
 「学校の記録を閲覧する限り、向こう十年単位で汚染獣の出現は確認されていない。元々学園都市というのは極端に汚染獣との遭遇比率が低いと言う統計もあるらしいからな」
 それだけ言ってセロンさんは、テレビを消してモニターに向き直った。
 割と聡明そうに見えるセロンさんをして、この楽観主義。
 
 いずれそれが、何か決定的な危機を巻き起こさなければ良いけどと、僕はそう願わずには居られなかった。




  ※おハルさん、多分『予知A+』とかのスキル持ってる。
   
   武芸者はジャイアニズム(意訳)と言う前回の纏めのくだりが結構好評で驚いてます。
   原作見ても唯我独尊な人ほど強くて、逆に人に気を使うタイプのナルキやシャーニッドはパンチに掛けていたりする。
   だからまぁ、あながち間違って無いなぁと思うのですが、実を言えばあの部分を書いた最大の理由は、前回今回と続けて、
   『幾らなんでも原作キャラに失礼な発言しすぎだろう』
   と言う事を書いてる本人も一応理解はしてると言い訳したかったからというものだったりしてw
   やっぱ二次創作なんだからリスペクトの姿勢が必要ですよね。
   後、誤字脱字に関しては本当にすまねぇ・・・っ。努力はしている、努力だけは。



[8118] 十三話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:3c294227
Date: 2009/04/25 21:41
 振り下ろされる鉄腕を寸前で避ける。と、言うか軽く掠らせる。

 ひりつくような感触と共に、細い剄の糸が、腕に絡まるのを感じる。
 僕はためらうことなく右の鉄扇に剄圧の刃を纏わせ糸を切断しに・・・掛かったら駄目だろ。
 諦めてバックステップで距離をとる。
 当然、相手は糸を通した化錬剄による打撃を繰り出してくるのだから、僕は糸の絡みついた腕に剄を集中してガードを・・・する訳にもいかないか。
 全身満遍なく剄を通してとりあえずの防御として形を整える。願わくば勘が良い程度に思ってくれることを祈りながら。
 瞬間、腕が弾き飛ばされるような衝撃。
 蹈鞴を踏んで相手を見れば、無言のまま拳を構えて突進してくる相手の姿が見えた。
 左の鉄扇で斬剄を放てば両断する事など容易いだろうが、まさか訓練場をスプラッタな光景に染める訳にも行くまい。
 地を這うような姿勢から繰り出されるボディブローに対して、僕はそれが炸裂する瞬間その力に逆らわず後方に飛んだ。
 衝撃吸収材を張り巡らせてある壁に激突。
 そのまま床に倒れこむ。

 「ここまでにしておくか」
 僕を思い切り床にたたきつけた厳つい男は、残心を解き身体を起した。
 「ありがとう・・・ございました」
 僕はふら付きながら体を起す。実際、背中を打って呼吸がしづらい。どうも最後の一撃の衝撃を殺しきれなかったらしい。
 ・・・案外やるなぁ、この人。
 わざわざ近づいてきて、手を貸してくれるあたり、見た目のゴツさに反して良い人なのかもしれない。
 「日頃から君の事は見かけていたが、錬金鋼を持ち替えていたのを見て思わず誘ってしまった」
 「ああ、珍しいでしょうしね、コレ」
 僕はセロンさん謹製の扇を閉じて剣帯に戻しながら答えた。
 なんてことは無い。
 シャワーを借りる目的で錬武館で身体を動かしていたわけだが、よく同じ時間にトレーニングしているこの上級生に組み手に誘われてしまったのだ。
 以前から良く自主トレ中に見かけていたこの男性は、僕が見知った中ではこの学園都市で1、2を争う武芸者であり、何より故郷グレンダンで良く見かけていた流派を用いていた事からも気になっていた。
 そして組み手を受けてたった・・・彼から見れば、彼こそが胸を貸した形だろうが、まぁ、結果は小隊員バッジを付けた彼の圧勝だったと言える。
 いや、見えるようにした。どうやらちゃんとそう理解してくれているらしくて安心した。
 彼は親切に今回の組み手で出た僕の問題点を指摘してくれた後、もう少し鍛えれば小隊員となれる日も近いのではないかと太鼓判を押してくれた。
 ・・・・・・既に誘われたけど断ったとか、絶対言えねぇ。
 適当に愛想笑いを浮かべて誤魔化す僕に、彼は実に親切にこう言って来た。
 
 「しかし、その錬金鋼はキミには合っていないんじゃないか?以前の打棒の方が、よほど動きがキレて居たと思うのだが」
 良い人だなぁ、この人。
 実際、鉄扇に持ち替えてから僕は弱くなったと言うのが周りの評価の大部分を占めている。
 教官役の上級生たちも、いい加減『使い慣れた』鉄撥に戻せと口々に言ってきている。
 真実としては単純な話で、鉄扇を用いて行う技は、何れも殺傷力が強すぎて組み手では危なくて使用できないのである。
 当然、とっさの判断で行動を切り替えていると動きに無駄が出来るし、傍目には武器を使いこなせていないようにも見える。
 個人的にも、何時間違って対戦相手をぶった切ってしまうか怖くて仕方ないので鉄撥に持ち替えたいとか思っているのだが、セロンさん、その辺は厳しくてなぁ。
 持ち替える事を許してくれないのだ。わざと負けるとブチブチ文句言われるし。
 だから僕は、肩を竦めてこの親切な男に言葉を返した。
 「ルッケンス流ほど名門じゃないですけど、僕も一応一つ流派に所属していますからね」
 ルッケンス、と言う言葉に男は眉を跳ね上げた。
 「知っているのか、ルッケンスを」
 あれ?
 「ええ、あのグレンダンの名門ルッケンスですよね。都市外まで技が伝承されているとは思っていませんでしたけど」
 僕がそう答えると、男は曖昧な顔を浮かべた。
 ・・・ひょっとして、単純な勘違いをしていたのだろうか。
 「ああ、俺はグレンダン出身だ。ゴルネオ=ルッケンスという」
 そういえばまだ名前を聞いていなかったっけ。
 それにしても、ゴルネオ=ルッケンスね・・・。ゴツい見た目に似合った名前と言うか・・・え、ルッケンス?
 「あの、勘違いだったら申し訳ないんですけど、身内に天剣・・・」
 「サヴァリス=クォルラフィン=ルッケンスは俺の兄だ。・・・しかし、そうか。君もグレンダン出身と言うわけだな」
 マジか。
 この生真面目で人の良さそうな目をした男が、『あの』天剣授受者クォルラフィン卿の弟。
 って事はこの人はルッケンスの直系、バリバリのエリートになるのか。
 ・・・それにしては、未熟と言うかなんと言うか。いや、比較対象がまずいのか?
 あの、無理やり付けられた首輪を自力で引きちぎった野生の獣のような暴力の塊とも言うべき天剣授受者の弟とは、とても思えん。
 本人的にも其処には思うところがあるのか、クォルラフィン卿の名を出した時は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。
 優秀・・・、素手で化け物を解体する能力に長けている事を優秀と評して良いかは疑問が残るが、とにかくグレンダンでは優秀な兄と比べられでもしていたのだろう、名門も色々大変だなぁ。
 「余りグレンダンの武芸者は外に出ないからな。貴重な同郷として、グレンダンの名を汚さぬように・・・ん?もしや君の錬金鋼。それは・・・」
 「ああ、正解だと思います」
 マイナーな劇団だと思っていたけど、流石ルッケンス。知っているのか。
 「そうか、戦舞踊のアルトゥーリアか」
 「よくご存知ですねぇ、ルッケンス先輩」
 感心する僕に、ルッケンス氏は当然とばかりに頷いた。
 「かつては天剣授受者を輩出したこともある、由緒正しい流派ではないか。今代の当主のオルソン殿は、自信も貧しいながらも孤児たちへの支援に力を割く名士と聞く」
 
 哂ってしまいそうだ。
 はは、あの屑が、そうか、そんな評価なのか。
 
 「ええ、師のご好意により、こうして学業に精を出している次第です」
 僕は笑みを、失笑を浮かべていたのだが、どうやらルッケンス氏は都合の良いように誤解してくれたらしい。
 流石はオルソン殿よとばかりに頷いている。
 やべぇ、今すぐ斬剄放ってこの笑顔をぶった切りたい。
 「しかしそうか、グレンダン出身か・・・」
 しかし僕の考えている事など解るはずも無いだろう、ルッケンス氏は考え込むようにアゴに手を当て、表情を曇らせていた。
 
 「カテナ・・・君、だったか。君は、前回の選抜試合の事は知っているかね」
 ルッケンス氏は、何処か苦しそうな顔で、僕にそう尋ねた。
 選抜試合。グレンダンの人間でその言葉を聴けば、思い出すのは一つである。
 天剣授受者選抜試合。
 栄光たる12人の天剣授受者を選抜するために女王陛下の御前で開かれる、御前試合である。
 前回の御前試合と言えば・・・、時期的に考えて、四ヶ月前、丁度僕がグレンダンを脱出する日に行われた試合の事だろう。
 今でもすぐに思い出すことが出来る。
 テレビに映されていた、天剣授受者ヴォルフシュテイン卿の能面のような顔。
 「勝ったのはヴォルフシュテイン卿ですよね」
 間違いなく。
 「やはり、知っているのか」
 ルッケンス氏は僕に詰め寄るようにそう言って来た。
 まぁ、見た訳じゃないけど結果なんか解り切っている。
 「一撃で相手が熨されて、試合終了じゃないんですか」
 予想だけど。
 あの顔を見てしまえば、それ以外の結果は思い浮かばないだろう。
 それを聞くと――、気楽に答えた僕の答えを聞くと――、ルッケンス氏は激昂するように僕の肩を掴んできた。
 「それを知って居て、何も思わなかいのかお前は?」
 怒り爆発寸前、と言うような顔である。
 いきなり、そんな事を言われても困る。
 まぁ確かに、幾ら試合とはいえあんなバケモノと戦わなきゃいけないのは流石に同情はするけども。
 試合なんだからどちらかが負けるのは当然だし、何より。
 「相手が悪いでしょう、アレは」
 アレに、バケモノと呼ぶ以外形容の仕様が無いアレに、例え武芸者とて、人の身で挑もうと言うのが愚かな事だ。
 仮に『ちょっと』痛い目にあったとしても、自業自得だろう。
 そう思って短く答えたのだが、ルッケンス氏はいよいよ怒りをむき出しにして僕を怒鳴りつけてきた。
 「レイフォン=アルセイフが正しいとでも言うつもりか!強ければ何をしても許される、そう考えているのか、貴様。貴様は、それでも誇りある武芸者か!!」
 彼が何を怒っているのか正直理解に苦しむが、言葉だけを捉えても彼の言っていることは僕にしてみれば失笑物である。
 強ければ何をしても許されるのか、ね。
 『強いから』と言う理由だけで、何もかもを押し付けて置いて、それを忘れて平和を謳歌している都市の人間は、やはり言うことが違う。
 名門のルッケンス家の嫡子。兄があの規格外だ、御家の存続のために、甘やかされて育ったんだろうな。
 この甘さ。きっと、前線に出た事も無いのだろう。
 その癖どうやら、プライドだけは一人前のようだからたちが悪い。
 怒りの理由は最後まで解らずじまいだったが、僕は先の言葉だけで、彼の事が嫌いになった。
 そもそも、あの屑を褒めていた段階で、この男は好きになれない。
 だから、適当に、彼の神経を逆なでするように、ここには居ないヴォルフシュテイン卿を庇うような言葉を繰り返していたら、最後には怒髪天とも言うべき形相で僕の頬に拳を叩きつけて、ルッケンス氏は錬武館を去っていってしまった。
 殴られ損のくたびれ儲け。
 明日はきっとロスさんに頬の腫れを突っ込まれるなぁと苦笑いしながら、僕はシャワールームへ向かった。

 ―――結局。
 僕がアルセイフとルッケンス氏の諍いの真相を知ったのは、之より一年以上後の話になるのだった。
 




   ※ 知ったかぶりしてたら殴られたっ・・・!?
    
    矢張り一応消化しておかねばいけないイベント、と言う事で。
    因みに一回書いたものを自分リテイクして書き直してます。リテイクした理由は明日辺り解るんで無いかと。
    ところで感想で『主人公って結局強いん?』と言うのがありましたので、簡単な数値設定を記しておきます。
    あくまでこのSS限定の解釈、あくまで参考程度にご理解ください。
 
    ニーナをLv10とした場合、天剣レイフォンをLv1000、学園レイフォンをLv700。そしてハイアをLv500くらいに設定します。
    その場合、主人公は通常でLv100くらい。蛇君をドーピングするとLv600くらいになる感じです。
    ドーピングして戦略を練れば学園レイフォンになら運良く勝てる、かなぁ?くらいのノリで。
    通常だとサリンバンの傭兵くらい?

 



[8118] 十四話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:544bc2bb
Date: 2009/04/26 21:23
 「毎度思うんですけど、幾ら武芸者だからってそれだけ甘い物食ってたら太ると思うんですが」
 「成長期の身としては、食べたら食べた分だけ縦に伸びるから平気です・・・なんですか、蹴りますよ?」

 もう蹴ってます。
 武芸者と言うのは不思議な生き物で、何故か脂肪がつきにくく、一度付いた筋肉は時を経ても落ちない、反射神経等は常人の非ではないという、戦うためだけに都合よく『作られた』ような特徴を有している。
 今日も今日とて喫茶店。
 なにやら料理のメニューよりもウェイトレスの制服に拘りがあるらしく、個人的には目の保養になって大変宜しいと思うのだが、そう思うと目の前の人に脛を蹴られるのがたまらないと言えば、たまらなかった。
 ・・・・・・この店選んだの、ロスさんなんだけどなぁ。
 しかもショバ代だとでも言いたいのか、その辺の喫茶店よりメニューが一回り高いし。
 あと、そろそろ月の食費よりロスさんへの接待費の方が高くなってきているんですが何とかなら無いでしょうか。
 「最近は平和で良いですね」
 ロスさんはキャレ・ブランを無表情にぱく付きながら何気なく言った。
 平和、ねぇ。入学一ヶ月で色々予想外のことがありすぎて、一体何をもってすれば平和とするか正直よく解らなくなっていたりする。
 気付けばもうツェルニに着てから半年程が過ぎていた。
 昼は研究室で罵倒されて夕にケーキをおごり、夜は不良学生と乱闘に興じている、そんな生活が日常になっているような気もする。
 それが平和と思えてしまう自分が嫌だなぁ。
 比較対照が汚染獣と日夜命がけの激闘を繰り広げていたグレンダンでの生活しかないのが問題なんだろうか。

 「・・・今頃、皆何してるのかなぁ」
 つーか生きてるだろうか、真面目な話。
 唐突に故郷に残して、否、置き捨ててきた人達の今が気になった。
 「何一人で汚センチになっているんですか」
 「ああ、いや、たいした事じゃないんですがね。ホント、人の財布使って好き勝手にケーキ注文されている事に比べれば、全然たいした事じゃないんですがね」
 「・・・誰のお陰で前期の試験を乗り切れたと思ってるんですか」
 貴女様のお陰ですとも。
 僕は立てかけてあったメニューをロスさんに渡した。
 「そう言えば、おハルさんの昔語りは聴いた覚えがありませんね」
 プレジール・シュクレを注文しながらロスさんはそんな風に言った。ウェイトレスさんが『かしこまりました、お嬢様♪』と答えるのを聞いていやな顔をしている。
 「昔語り・・・って、グレンダンの話ですか。した事ありませんでしたっけ?」
 「おハルさんは大変の強い武芸者だという自慢話以外は、とんと」
 ・・・この人、人の話をそんな風に思って聞いていたのか。
 「とは言っても、余り語ることも無いですけどねぇ。それこそ、孤児で日銭を稼ぐために毎日戦ってたら強くなりました、お陰で武芸科の連中が雑魚にしか見えません、まる。くらいしかないですし」
 「それ以外に何か無いんですか。家族や友人・・・、とか。の、話とか」
 その『とか』の部分に何を期待しているのか、聞いたほうが良いのだろうか。
 たかが放課後の雑談・・・・・・だよね、コレ。
 同年代の友人に自分の昔話を語る。何処にでもある当たり前の・・・ああ、そうか。
 
 今まで、同年代の友人なんて居た試しが無かった。
 
 気付いている人は多いと思うけど。
 僕は、他人のことはなるべくファミリーネームで呼ぶようにしている。
 簡単に言えば、自己保身、処世術のような物で、要するに個人ではなく群の一部としてその人を認識する事により、深入りする事を、思い入れを持つ事を避けようと考えているわけだ。
 理由は、もう散々語っていると思う。
 昨日、会話をしていた人間が、明日には居なくなっているんだ。
 僕が所属していた『アルトゥーリア観劇団』の、その実際は、武芸者の素質のある孤児達を一つ処に寄せ集めて武芸の手ほどきをする慈善団体の様相を呈している。
 呈している、という事は本質は別にある、と言う事だ。
 ・・・もっとも、王権転覆を狙うテロリストもどきの養成施設とか、別にそういう疚しい物では無いのであしからず。
 それに、これはあくまで中に居た人間だからこその意見であるし。
 理由はどうあれ、劇団は孤児を引き取り、教育を施し、そして、戦わせていた、舞わせていた。
 僕と共に劇団に入ったのは数えて十数人は居たか。
 明日食う飯にも困っている貧乏劇団が、更に貧乏な孤児どもを集めるなどと何を考えての事だと言えば、割と単純な理屈で。
 僕が劇団に所属した幼い頃、グレンダンでは大規模な食糧危機が発生していた。
 食料は配給制となり、末端の人間には飢餓者が続出していた。
 貧乏劇団の団長。名前は知る必要も無い。屑とだけ、僕は認識している。
 彼は自分の家族を愛していた。
 愛していたのは、家族だけだったから、それ以外がどうなろうと、彼の知った事ではなかった。
 彼は武芸者で、彼以外の家族は唯人であったから、配給される食糧に差がある。そのことに、彼は気付いた。
 武芸者には優先して食料が配給される。
 その事に、彼は気付いたのだ。

 行動の理由としては、単純明快だろう。
 武芸者を集めればそれだけ配給される食糧が多くなる。
 餓鬼を寄せ集めて、食料を確保し、自分の本当の家族に分け与える。
 何、孤児は何処までいっても、孤児だ。死んだところで悲しむ人間など、居ない。
 最後まで、心底屑としか思えなかった我が師、劇団の団長。彼はそういう人間だった。
 そんな人間の下に集められた僕たちだったから、半分は餓死で減った。
 残りの半分は戦場で肉塊へと変わった。
 戦場に出る事により、特別支給手当てが出るのだ。
 だから、未熟なままの僕らは容赦無く実戦に送り込まれ、そのまま命を散らせて行った。
 そして僕を残して他の全部が居なくなった時、その瞬間、孤児たちの数は元の数まで戻っていた。
 理由は、反吐が出るほど簡単に推察できると思うので、僕はこれ以上その事について語りたくは無い。
 そんな訳で入れ替わり立ち代り、減って、増えて、また減って、そして増える。
 一人だけ運良く・・・いや、必死で努力して技を磨き生き残っていたら、入れ替わった孤児達といつの間にか兄弟程度に歳の差が出来ていてしまった。愛すべき弟たち。直ぐに死んだが。
 あの屑も何時までも死なない僕の事が忌々しかったらしいが、いっそ生かして稼がせる方が得策かと考えたらしい。気付けば、強襲猟兵部隊なる、聞くからに危険な名称の部隊に所属する事になっていた。
 今度は同年代の人間とは会わなくなった。
 色々な年齢、人種、いろいろな物を背負っていそうな、大人たち。
 ・・・一月も経てば全員入れ替わっていた。そんな世界で一年も生き残っていれば、それなりに自分の腕に慢心もすると思う。むしろ、そのくらいはさせて欲しい。
 まぁ、とにかくそう言う訳で。
 僕は他人と言うものは漏れなく眼前から居なくなるもの、と解釈するようになっていた。
 出会っても別れる事が確定しているなら、それに入れ込むこと、その別れを惜しむ事は、心に無駄な重荷を背負う事に他ならない。
 重い荷物を背負って戦場に立てば、動きは鈍り、それだけ自分の死が近くなる。
 屑の見本に糞の様な扱いをされていても、それでも僕は生きて居たかったから、なんて事は無い、こんなやり方で保身に走るようになったって訳だ。
 
 それが今やどうよ?
 半年。半年もの長い期間、同年代の女性、それも格別の美少女と、おおよそ毎日といって差支えが無い(と、言うか現実に毎日だった)日々、顔を突き合わせては何てことも無い、取るに足らない内容を語り合って過ごしている。
 コレが日常、平和な日々とか考えている自分を笑ってしまいそうだ。
 幸福。これぞ幸福。平凡と言うそれこそが、焦がれ待ち望んでいた、まぁ、何か想像していた物とは違う、よほど上等な物の様なな気もするが。
 だからそれを、壊してしまう事を恐れている。
 人と人との関係は、時を経ていけば自然と変化していく物だ。
 所詮書物から得た知識だけど、今のこの彼女の問いも、変化への分岐点なのではないかと、そう考えてしまう。
 人付き合いに臆病な僕はどんな答えを選べば・・・・・・、なるように、なれだ。
 間違っていたら何時もどおり蹴られるだけさ、きっと。
 
 「・・・何処から話したら良いか解らないので、適当に散らかしていきますけど。僕が正確にはグレンダンの出身では無いって事は、フェリさんには話した事はありましたっけ?」
 ロスさんは一瞬目を瞬かせた後、何気ない風に目線を逸らして考えていた。
 「初耳です。・・・ええ、初耳ですね。カー君がグレンダンで孤児だったという話しか、聞いていません」
 ・・・。
 「ああ、そう。そうですか。じゃぁ、まぁフェリさんにはその辺から聞いてもらいましょうか・・・・・・」
 
 気付けば日暮れも近くなっていた。
 短くないレシートを受け取って喫茶店を後にした僕は、一番気になっていた事をロスさんに尋ねた。
 「如何でしたか、僕の昔語りは?」
 「正直よく覚えていません。我ながら馬鹿らしい事ですが、別のことが気になっていたので」
 実を言えば、僕も何話したんだかよく覚えて無いんですよね。
 そんな風に続けたら、ロスさんは呆れたとばかりに天を仰いだ。
 そして、一言。
 「・・・人前では、止めておきましょう」
 
 姫のお気の召すままに、と返したら、きつくきつく、爪先を踏みつけられた。







    ※ と、言うわけでコレがリテイク出す前に書いたヤツ。
      一体何故、『ゴルネオに絡まれる』という粗書から、こんな展開が出来上がるんだと、小一時間自分を問い詰めたい。
      内容としてはアレですね。ここまで来ると、逆に何も無いほうが不自然なので、可能な限り突っ走ってみた感じです。

      で、先日の主人公のパゥワァに関してなんですが。アレ『強すぎ、調子乗るな』って感想が来ると思ってビクビク
      してたんですが、まさか『ちょww弱www』って総突っ込み入れられるとは思わなかったw
      やっぱレギオスである以上、レイフォンは孤高の強さを保っていないとまずいし、可と言って弱すぎるのも嫌だな、
      と考えてあの辺にしてみたんですけど、そっかぁ、弱いか。
      廃貴族の劇中での描写とか、言われると確かにってトコもありますしね。つーか、アレ憑依すると弱くなってるよね。
      そんな訳なんで少し上方修正してみます。

      鉄撥Lv99 (普通の武芸者のカンスト)
      鉄扇Lv200(道場師範クラス)
      蛇君Lv600(出力"だけ"天剣)
      狂蛇Lv900(でもやっぱりレイフォンには勝てない)

      こんな感じでどうでしょう。まぁ、あくまで想定数値なんで、実際に作中になると低位神剣使いがエターナルに
      勝てちゃうくらい適当な扱いになると思いますが。
      
      余談ですが強襲猟兵ってのは、アストラギウス銀河的な意味で、機甲猟兵と同じ意味だったりして。
      
      ・・・・・・・・・ところで、ニーナ隊長がLv10な事に関しては、皆異論が無いのな。



[8118] 十五話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:425400bf
Date: 2009/04/28 19:57
 「チェック」
 かこん、かこんっ。
 「チェック」
 かこんかこんっ。
 「チェック」
 かこっ・・・。
 「・・・・・・、待った」
 「チェックメイト」

 「だぁーーーっ!待て、待ったと言っただろう。良いから少し待て、いますぐ乾坤一擲の一手を・・・っ!」
 「いや、無理ですから」
 そもそも動かせるコマ、無いでしょう。
 「凄いねぇ、これでチェスもカテナ君の三戦全勝か」
 「ええい、外野は黙っていろ!私はまだ負けてない!!」
 ありえない奇跡に縋って盤上を睨みつける金髪の先輩を前に、この人本当に指揮演習の講義を取っているのだろうかと、僕は素朴な疑問を覚えていた。
 「将棋に囲碁にシャンチー、マークルック。ついでに人生ゲーム。んで、チェスも僕の全勝と。どうします、次は麻雀でもやりますか?」
 「いい加減に負けを認めたら、ニーナ?」
 「んむむむむ・・・っ!何故だ、何故こうも簡単に・・・っ!?」
 いや、あんだけ真っ直ぐ一本で攻められて来たらフツーに誰でも勝てますから。
 僕が冷静に答えると、対戦相手だった彼女は、うがー、と叫び声をあげて頭を抱えた。
 そのオーバーアクションでチェス板がひっくり返ってガラガラと壮大な音を研究室に響かせる。
 うん、背中を見せているセロンさんの肩がピクピク揺れてる。
 「ええい、こうなったら武芸者らしく武芸で勝負を付ける!錬武館へ行くぞ!!」
 「・・・ニーナ、流石にそれは大人気ないよ」
 サットン先輩の頬も流石に引き攣っている。
 
 まぁ、今日も今日とて研究室。
 鉄扇の実戦データを渡した後はセロンさんに付き合って新鋼材の組成式についてアレコレ討論していたところ、相変わらず誰が使うんだか解らない馬鹿でかい大剣のモックアップを作っているサットン先輩に来客が会った。
 その人は我が家に帰還したとばかりに野戦グラウンドで土に汚れたままの戦闘服姿で研究室に踏み入り、セロンさんを不機嫌にさせながら、サットン先輩に自身の錬金鋼の調整を頼んでいた。
 どうも、その武芸科の女性とサットン先輩は古くからの知り合いらしい。
 サットン先輩は仕方ないなぁと笑いながら、自分の作業をほっぽりだして彼女の錬金鋼を調整を始めた。
 で、手持ち無沙汰になったその女性は、当然研究室にある見知らぬ顔に気付くわけで。
 ハルメルンです。
 ニーナ=アントークだ。
 お互い自己紹介を済ませたところでハーレイ先輩は呑気にこう言った。

 ニーナ、彼がこの間話した。

 この馬鹿、余計な事を話したんだな、と僕が頭を痛めた横で、アントーク女史は大変興味深そうな視線を僕に向けてきやがった。

 ほう、お前が。

 で、今すぐにでも僕を引っ張って錬武館にでも連れて行きそうだったアントーク先輩を押し留めて、もうちょっと平和的な勝負にしてくださいと交渉した結果、研究室の隅に転がっていたボードゲームで勝負する事になった。
 
 「おかしい・・・。何故勝てん?」
 ひっくり返ったままのチェス盤を睨みながら、アントーク先輩はぶつぶつと呟いている。
 これでこの人、武芸科二年生の中ではかなり優秀で、上からは将来を嘱望されている存在だと言うのだから、世の中本当に侮れない。正直、それを聞いたとき僕はツェルニの将来を心配したのは秘密にしておこう。
 「大体ハルメルン、お前は卑怯だ。見せ手、絡め手、騙まし討ち。一度も真っ向勝負をしてこなかったではないか」
 「いや、そういうルールのゲームですし」
 つーか、どのゲームも普通に定石通りに駒を動かしていただけなのだが。
 指揮演習の教本とかにも乗って無いか、こういうのって。
 「だがなハルメルン、図上演習だけ強くても、戦いには勝利できんぞ」
 ・・・論理のすり替えに入った。子供か、この人。
 サットン先輩を見たら、諦めてと苦笑していた。
 「そう、我々は武芸者なのだから、実戦の技を磨かなければ。お前は才はありそうなのに、何時も爪が甘い・・・」
 
 前にも言ったような気がするが、僕は組み手などでは手を抜かないわけには行かない訳で、それが周りから見ると爪が甘いとか、集中力が散漫だとか、そういう風に捉えられるらしい。
 何かまぁ、一応予定通りなのだが、最近は『コイツ鍛えたら使えるんじゃね?』とか余計な事を考えている人が増えてきたお陰で、講義中も要らぬ苦労が増えているような気がする。
 ロスさんみたいに早々に見切られるような立場が希望なんだけどなぁ。
 アントーク先輩もその一人。いい加減僕に鉄扇なんてイロモノを使った『遊び』を切り上げて『見込みのある』打棒を用いた格闘術に真剣に取り組めて言ってきている一人である。
 本人が善意の塊で出来ているような人の分、余計にたちが悪い。
 悪人では無いんだよね、融通が利かないだけで。それが問題なんだけど。
 
 「ああ、そう言えばハルメルン。お前が言っていたと言う10小隊への対策なんだがな」
 その後、一応は負けを認める事には納得したらしい。
 散らばった駒を片付けた後、ポットからお茶を注ぎながら、アントーク先輩は言った。
 10小隊対策?
 何か話したっけ、僕。
 恐らくは余計な事を言っていたのだろうサットン先輩を見る。
 サットン先輩は陽気な笑顔でこう言った。この人も悪気が無いところがタチ悪いよなぁ。
 「ホラ、この間の10小隊と14小隊の小隊戦のとき、言ってたじゃない。ダルシェナ先輩の突進の対処方法」
 ダルシェナ・・・って、ああ。あの縦ロールの凄い人。
 「ハーレイに聞いたお前の作戦、シン先輩・・・ああ、14小隊の隊長を勤めておられる方だが、その方に話したところ、実際に有効かも知れんと仰られていた。これで後期の小隊戦では10小隊に勝てる目が出てきた」
 そういえば何か、話したような記憶があるな。
 ・・・・・・エリプトン先輩、まだあのごっこ遊びに付き合っているんだろうか。
 考えるまでも無いか。勝ってる間は、止める理由も無い。
 「もっと簡単に勝てる方法もありますけどね。まぁ、あの作戦でも十中六か七程度は勝ちを拾えるでしょうけど・・・」
 「けど、何だ。・・・と言うか、アレ以上の作戦があるのか」
 身を乗り出してくるアントーク先輩に、僕は肩を竦める。
 「手段を選ばなければ、の話ですけどね。ルールの盲点を着くようなやり方になりますし、他に使い道がありませんからお勧めしません。大体、前に話した作戦通りに事が進んだら、むしろ不味いでしょう」
 「なんでさ、だって勝てるんでしょう?」
 何か問題でもあるの?とサットン先輩は聞いてくる。アントーク先輩もよく解って無いらしい。
 いやさ、武芸科のアントーク先輩が解らなかったら不味いだろう。
 僕は苦笑交じりに種明かしをした。
 「作戦の通りに勝利が収められる、という事は10小隊のあの人たちは前回の状態そのままの行動をとるって事ですよ。連中、何も成長していないって事になるじゃないですか」
 「道理だな」
 モニターを睨みっぱなしだったセロンさんが、鼻で笑う。
 そして何より問題なのは、あの人たちの場合、本当にそのままの戦法で来る確立が高いということだ。
 勝ってる間は良いけど、負け始めたら、どうするつもりなんだろう。
 引き返せるか?それとも、目を閉じ耳を閉じでもしたら・・・。
 「なるほど、確かに。本来求められるのはツェルニの武芸者全体の錬度の向上か。なればむしろ、こちらの予想を裏切ってくれた方がありがたいと言うわけだな」
 得心入ったとばかりに、アントーク先輩が腕を組んで深く頷く。
 そして、獰猛な笑みを浮かべて僕を見る。
 うん、とても嫌な予感がする。
 「ならば我らも早速、武芸の技の向上に励む事に使用では無いか。なに、心配するな。この後は小隊の訓練も入っていない。マンツーマンでみっちり扱いてやるぞハルメルン」
 さぁ、いざ行かん。
 サットン先輩から錬金鋼を受け取ったアントーク先輩は、僕の首根っこを引っつかみ揚々と錬武場への道を進んだ。
 ニーナ=アントーク先輩。第14小隊所属の、鉄鞭使い。思い込んだら一直線なのが、魅力でも有り、玉に瑕だとも、言える。

 後の事なんて、思い出したくない。

 その、翌日。
 第10小隊解散と言うニュースが飛び込んできた。






   ※原作のメインヒロイン格ともあらば、それはそれは華麗な登場をしてくれるのだろうと言う、そういう期待をブッチぎる形で真打登場。
    まぁ、この人はホントにレイフォン専用で、他の人から見ればただの困ったちゃんですしねー。
    漫画のイメージが強すぎるのが良くないかもしれないw



[8118] 十六話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:e9c68002
Date: 2009/04/28 19:56

 『シャーニッド=エリプトン、第10小隊離脱の真相』
 『徹底討論、三人に何が起こったのか』
 『シャーニッド、新小隊設立か』
 『生徒会長は関与を否定・・・』

 「・・・何とも、下世話な物ですね」
 「女の人ならこういう話が好きなんじゃないんですか?」
 「これは専業の主婦の領分でしょう」
 何時もの放課後。
 何時もどおり店に迷惑全開で掛けながら、僕とロスさんは放課後のティータイムと勤しんでいた。
 ・・・最近、喫茶店のウェイトレスさん達が、迷惑そうな顔をしなくなってきたのが凄く気になるところであるが。
 何?何さ、その生暖かそうな視線。

 まぁ、とにかく。
 今日の雑談の内容は矢張り、ツェルニを巻き込んだ騒動に発展しているあるニュースの事についてだった。
 街頭モニターを見ても、手元の携帯端末をこうして二人で覗き込んでいても、やっているニュースはどれも同じ。
 シャーニッド=エリプトンが、第10小隊離脱を表明した。
 人気№1、次期エースとも言われた無敵の第10小隊、その中核を担う三本柱の一角の離脱は、マスコミの興味を集約させるに充分なインパクトを誇っていた。
 気の早いTV局などは、すでに第10小隊自体が解散してしまった物として報道している所もある。

 「下手すれば、僕らにもインタビューとか来るかもしれませんねぇ」
 僕がそういうと、シブーストをぱく付いていたロスさんは実に嫌そうな顔を浮かべた。
 「何ですかそれ。私たちとあの泥棒猫に何の関係があるんですか」
 「いやホラ、多分エリプトン先輩を泥棒猫とか覗き・変態・ストーカーとか、そういう風に言うのって僕らくらいだからじゃないかな」
 半分くらいロスさんだけが言っていた事だが。
 「お前ら、ホント何時も変わらないのな」
 語るまでも無いと思うが。
 当たり前のように、僕の後ろにエリプトン先輩が立っていた。
 私服で、何時もは縛っている髪を降ろして、ついでにサングラスなんかしている。
 まぁ、それ以上に顔面それくまなく、腫れに打撲に裂傷に、早い話がボコボコの傷まみれである。
 口の中を切ったのか、声も篭ってたし、一体何が起こったのか、想像を補って余りある。
 ロスさんはエリプトン先輩の姿を見て一言。
 「・・・泥棒猫に相応しい末路ですね」
 割と笑えないんじゃないかな、ソレは。エリプトン先輩、顔が引き攣っているし。
 
 「にしても、殺剄上手くなりましたねぇ」
 「お、マジか。お前に言われてから結構工夫してみたんだよな」
 少し変装した程度では隠しようが無いくらいに、それと解り易い容姿をしているのに、この商店街の一角にある喫茶店まで特に騒動も巻き起こさずにたどり着けたのだから、見事な物だ。
 僕がそう言うと、エリプトン先輩は嬉しそうに笑った。
 そしてそのまま、ロスさんの隣に腰をかける。
 「一体何の用ですか泥棒猫」
 ロスさんは僕の隣にフォークを加えたまま移動してきて、嫌そうに言った。
 エリプトン先輩は居住まい悪げに頭を掻いている。
 「なんつーか、なぁ?教室でも皆気を使ってくれちまうからさ、居づらくてなぁ」
 「有名税ってヤツですか」
 ご愁傷様としか言えない。武芸科の教練中もその話題で持ちきりだったしなぁ。
 んでも何で、ホントに僕らの前に顔出すかな、この人。要領よく生きてそうな人だし、こう言う時の逃げ場くらい幾らでも確保してそうに見えるんだが。
 大体前の一件から、正直嫌われていると思っていたのだが。むしろ、嫌われるように仕向けたんだし。
 僕の気分が伝わったのか、エリプトン先輩はヘラヘラと笑っていた。
 「いやぁホラ、何処行っても気を使われて正直疲れてるからな。ならいっそ、一番気を使われなさそうな奴らのトコに行こうかと思ったわけよ」
 お前ら態度悪いからなぁと笑ってらっしゃる。
 「・・・カー君、私この泥棒猫にもう二、三傷を増やしてやりたいんですけど」
 僕もだ。でもお願いだから、その呼び方は余りしないで欲しい。
 エリプトン先輩が、何だ、マジでお邪魔だったのか、でも今日は勘弁なとか笑ってるし。まぁ、実際邪魔だが。
 ええい、くだらないからかい言葉で顔が赤くなりそうな自分が嫌だ。
 そっちがからかって来るなら、何、元々良好な仲でも無いんだ。こちらに容赦する理由も無い。
 とっとと本題に移ってもらう事にしよう。
 「で、何で小隊辞めたんですか」
 「・・・お前、ホントに容赦ねぇな」
 ソレがお望みなんだろうと、自分のケーキ皿を隣のロスさんに渡しながら、アゴで先を促す。
 エリプトン先輩は、僕の容赦ない姿勢に、流石に嫌そうな顔を浮かべた。
 本人も精神的に堪えているのだろう、やはり少しは甘やかして欲しかったらしい。
 大きくため息を吐いて、ようやく、エリプトン先輩は口を開いた。

 「泥沼」
 うん、的確な表現だ。
 でもねフェリさん、直接的な表現は時に要らないトラブルを巻き起こすから少しは控えようよ。
 ホラ、エリプトン先輩も何だかどんよりとした顔をしてるし。
 しっかし、三角どころか四角となると、何かもう、泥沼と言う以外に表現の仕様が無いのも実際だよなぁ。
 しかも当事者の過半数が気付いていないんだから、余計にたちが悪い。
 「・・・いや、気付いているから無理やりにでも固まろうとしてたのかな」
 「ハルメルン。お前が読みの鋭いヤツだってのは解ってるが、だからといって当事者じゃないお前に言われて嬉しくない事だってある」
 ポツリと漏れてしまった言葉に、エリプトン先輩は苦言を呈した。
 それもそうだ。
 喩え必要も無い愚痴に付き合ってやった立場であっても、引かなければならない一線は確かにある。
 僕は素直にエリプトン先輩に謝罪した。
 ・・・ロスさん、何故に変な物を見る目つきで僕を見るかね?
 その、慇懃無礼が貴方の正義でしょうとか言う目は止めなさいよ。
 エリプトン先輩はそんな僕らを、楽しそうで良いねと笑っていた。その目が真実僕らを見ているのではない事は解っていたが、それを聞くのはヤボと言う物だろう。
 「結局俺らは上手くやれ過ぎた。もっと早くに失敗しておけば、外から誰かが忠告する隙も出来ていたのになぁ」
 エリプトン先輩は、そう自戒して、やれやれと大げさに肩を竦めた。
 少しは気が紛れたらしい。
 そして悪戯っ子の悪ガキのように笑って、身を乗り出してきた。
 
 「いっそ、お前みたいのが小隊長だったら、何でも上手く行くんじゃねぇか?」
 
 少なくても人間関係でトラブルは起こらないだろう。
 気楽に言ってみせるエリプトン先輩に、僕は脱力してしまった。
 「酒の席でも無いのに、冗談きついですよソレは」
 「あながち冗談でも無いだろ?お前が既存の小隊連中と組めないってんなら、自分でやりたいようにやるしか無いじゃないか」
 フェリちゃんもそう思うだろ、などと馴れ馴れしく言ってくれる。
 「カー・・・、おハルさんが小隊長ですか。案外、お似合いなんじゃないですか」
 ロスさんはサントノーレを注文しながら、興味なさそうに言う。
 いや待てフェリさん、同じやる気無し小隊の一員として人に面倒な仕事進めるのはどうよ。
 「カー君が小隊長なら私がサボっても文句は言わないでしょう」
 ・・・なんだろうね、これ。最近可愛すぎないか、この生き物。
 とりあえず私も入りますよって言ってくれていることに、喜んでおくべきなのかな。
 それにしても、この僕が小隊長ねぇ。 
 確かに、微妙に回りに期待されている面倒な状態を回避するためには、適当に何処かに足を付けてしまうのが一番良いのは確かだろう。
 だからといって自分が小隊を設立させるなんてやる気を見せて、周りからさらに期待をかけられるようになったらと思うと、ゾッとしない。
 「・・・どうせ小隊を新設するなら、僕は二番手くらいで好きに動きたいですかね」
 うん、参謀ポジションの方が個人的には好みだし。
 「お前を使いこなすには、よほどの武芸者じゃないと駄目なんじゃねぇか?実際のところ、お前武芸長よりも遣るだろ」
 「ええ、まぁ。来年に天剣授受者でも入学してこない限り、僕より戦闘能力がある武芸者なんて出てこないでしょう」
 「・・・あっさり認めやがるな一年。つーか、なんだテンケンジュジュシャって」
 エリプトン先輩の突っ込みは軽く黙殺する。
 余り良い目にあった事は無いが、この年齢で僕ぐらい動けると言うのは貴重な才能なのだ。
 「でも僕みたいな性悪が正面に立つと、面倒事が大挙として押し寄せてくる気がしますからねぇ」
 「カー君はトラブルに好かれてますからね」
 うるさいよ。

 だからまず、小隊を設立するなら、見た目綺麗でやる気がありそうな小隊長を探してくるのが先決ですねと話したら、エリプトン先輩がノリに乗ってきた。
 ロスさんに、隊長やります?と聞いてみたら思い切り踵で踏みつけられたが。
 その後は、ロスさんの毒のような突っ込みを交えつつ、いまだ存在しないやる気無し小隊ツェルニ支部の概要について無駄話を繰り広げた。

 この世界のあらゆる事象は、有機的に、時に複雑に絡み合っているのだと気付くのは、もう少し先の事だった。






  ※ ようするに、カー君をおハルさんと呼んでいた人と、ロスさんをフェリさんと呼ぶようになった人。その違いである。
    男女の成熟性の違いとも言いますけど。

    それとは全く関係ナシに、前回のハーレイ先輩に関してはまるっきり誤植です。あれねー、最初全部ハーレイ先輩で書いちゃって、
   後から慌ててサットン先輩に直したんですよね。混乱した人マジでごめん。
    誰だよ、主人公のキャラ付けのために苗字呼びしようなんて考えたやつは。
    お陰で書いてる自分が一番混乱してるってば。 
    
 



[8118] 十七話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:fdd36835
Date: 2009/04/29 20:51
 広大な縦穴。
 穴。そうとしか形容の仕様がない、深く、広く、そして暗い。
 斯くも広き縦穴の中を、幾本もの、本来であれば余りにも巨大なと形容されるはずの配管が、蚯蚓の様に走り回っている。
 天を見上げても決して日の光が届く事は無く、この縦穴の最深部、この、円形の広大な空間は、ポツポツとともる作業灯の明かりに照らされて不気味に、神秘的にその姿を映し出している。
 それは、あらゆる危険からその身を守るための絶対防護のシェルターのようにも、フィルム画像でしか見た事がない古代の神殿に安置された巨大な管楽器のようにも見える。
 自立移動都市、その中枢。巨大な、しかしとても小さな人類の生存圏を制御する、電子精霊が住まう場所。
 僕は今、其処に居た。
 
 「機関部ですか?」
 「おう、先日納品された配管の設置作業が本日行われる。お前、その作業の監視役やって来い」
 その日、都市警察強行突入課の事務所に出頭した僕に、先日出世したばかりの上司が徐に告げた。
 お前、今日は機関部行って来い。
 何時ものように唐突で、多分、こちらが逆らう事など考えていないのだろうし、まぁ僕も、逆らうのが無駄だとは解っていたが、それでも一応聞くべき事はある。
 「そんなの、巡察課の仕事じゃないですか。ウチは血と硝煙の香り燻る強突課ですよ?」
 仕事始めの頃はまったく気づいていなかったが、都市警察にも色々な部署が存在する。
 巡察と言うのが所謂、商店街などを巡回している『街のお巡りさん』であり、僕が所属している強行突入課は、文字通り荒事専門の危険な部署である。
 危険な部署である強突の方が配属希望者が多いと言う辺りに、武芸者と言う生き物の性が感じられる。
 僕は何度巡察への転属を希望しても通らないのになぁ。
 先日昇進した上司のガレンさんは、そんな事は解っていると肩を竦めた。
 「この時期は放浪バスの往来が増えるだろ?連中、交安と入管の方に人を貸してて人手不足らしいんだよ」
 都市外からの来訪者が増えれば、それだけ警備や調査に人を取られる。だからと言って内側を見張る人間が減ってしまうと言うのはどうなんだ。
 「それで、最近暇なウチですか」
 「ああ、近頃は怪しい実験をして煙出してる錬金科の馬鹿共くらいしか問題起こすヤツもおらんからな。都市警察皆で仲良く協力しましょうってヤツだ」
 顔に似合わぬお題目に思わず噴出してしまった。
 「そりゃぁ良いですね、仲良くするのは大好きです。…で、本音は?」
 「業者が前回と違う、請負代金が安すぎる。ついでに納品は本来一週間後を予定していた」
 都市根幹の整備保全に関する物品は、学園都市連盟を仲介した業者によって納品される。
 だから、普通に考えて心配は無い筈なのだが、事は何しろ都市の根幹に関わる事柄である。
 慎重を期するに越した事は無い。
 …と、言うか。
 「ダウトですよね」
 「おそらくな。八方手尽くして当たって見たが、業者の名前を確認できなかった。お上はアレで案外お役所仕事が過ぎるからな。心配しすぎて余りあると言う事は無い」
 だからこそ他称都市警のルーキーこと、僕らしい。
 「小隊員を貸し出してくれと生徒会長に申請したが、手持ちの戦力で何とかしてくれと言われてしまってな。なぁに、都市の心臓部に何かを企む様な不貞の輩だった場合は遠慮は要らん、殺れ」
 許可は取った。
 その言葉とともに錬金鋼の安全装置解除許可証を僕に手渡してきた。

 「…最近、僕の扱いが生徒と言うか、ナガレの傭兵になってきている気がする」
 続々と運び込まれ、くみ上げられていく鉄パイプを見上げながら、そんな事を呟いていた。
 目の前には良く解らないけど、何か凄いと思わせる機関部の中枢の姿が見える。
 少し視線を上に上げれば、遥か上方からクレーンで吊るされている、清掃用のゴンドラがミニチュアのような心細げな姿を晒している。
  …そう言えば、アントーク先輩がここでバイトしてるって話だっけ。上流階級の人間に見えたけど、アレで結構苦労人なんだろうか。もっとも、今日はこっちの作業があるせいで清掃業務は休みらしいが。

 そうこうしているうちに、件の業者は我が都市の土建課と協力して、古い配管と新しい配管との交換作業を終えてしまった。
 …何も、無かったな。
 無駄足掴まされた。後でガレンさんに嫌味でも言おう、僕は大きくため息を吐いた。
 工事の音がやみ、機関部最奥は静寂に包まれる。
 ポツリ。
 ポツリポツリと、作業灯の火が落ちて、辺りは暗闇に包まれていく。
 人の気配が消える。此処には誰も、底には誰も、生き物の気配は無い。

 静寂。
 
 それは己にとって、とてもとても懐かしい空気だった。
 腹の中で、何かがそう囁く。
 己は何時も此処からこうして、天井を、天上に住まう人々を見守ってきた。
 過ぎし日の残照を思う、その時。
 ふわりと、金糸が虚空を舞う。
 視界の端に金の燐粉が跳ねるのが見えた。
 踊るように舞うように、ソレはゆっくりと、己の前に姿を現した。
 金色の、少女と言うより形容の仕様が無い、明らかに少女ではない存在。
 之は己とは似て非なるもの。
 之は持つもの、己は持たざる、いいや、まだ一人だけ。
 金色の生き物は、己の周りを優雅に飛び回った後、困った顔で己の後ろを指差した。
 
 振り返る。己の視界に。

 仮面。狼の仮面。あらゆる物を喰らい尽くすもの、その眷属。
 漆黒の巻頭衣に身を包み、その姿は不細工な紙人形の様にも見える。
 「レストレーション」
 とても自分の物とは思えない、鋼質な声が己の口から発せられていた。
 腹の中の蛇は今や立ち上がり、己の眼前に愚者が有らば、その喉下を引きちぎれと吼え滾っている。
 応。
 応とも、あれは敵だ。
 狂気を棄てて蹲る様な歪な存在で在ろうとも、眼前にソレが立ち塞がったとあれば、牙をむかぬ道理は無い。
 ゆらりと陽炎のように歪む男の姿。
 何時の間にかそれは一つではなくなり、ぐるりと己を、己と少女を取り囲むように集団と化していた。
 次々と錬金鋼を復元していく男たちから庇うように、己は金の少女を背に隠す。
 今や戦場は七色に歪むオーロラのカーテンに包まれていた。
 好都合だ。
 イグナシス、最早貴様には、一欠たりとも与える物などありはしない。
 一斉に飛び掛ってくる、狼面の男たちに対して、己は白光の螺旋を滾らせて、獰猛な獣の笑みを浮かべた。

 ―――――――――――――。

 『…すると、何も無かったのか』
 「ええ、お役所仕事も馬鹿になりませんね」
 僕は苦笑いを浮かべながら、機関部管理室の端末から都市警事務所のガレンさんと通信していた。
 結局、業者には不審なところは一つも無く、僕は唯、数時間の間作業を眺めてぼーっと突っ立っている事しかやる事が無かった。
 まぁ、何も起こらなくて良かったといえば、そうなのだが。
 『何も無かったのなら幸いだろう。無駄手間を取らせて済まなかったな。そのまま帰還して構わん。…心配するな、手当ては弾んでやる』
 ガレンさんも同じように苦笑しているのだろう、やれやれとばかりに言ってきた。
 「解りました、それじゃ、失礼します」
 『ああ、お疲れ』
 カチャリと電子音が響き、通話が終わる。
 僕は端末を置き、傍に居た事務員に謝辞を述べ、管理室を後にした。
 暗い縦穴を抜けた先。明るい日の光が満ちている。
 人々の生活の営みが、確かに見える。
 退屈な時間をすごしてしまったせいなのか、全身が疲労感に包まれていた。
 今日は授業を休んで、一日中寝ていよう。

 ゆっくりと日常へ回帰していく僕の視界に、金糸が一つ、舞ったような気がした。




   ※ やる気が無いのと、やらないのとは違う、と言う話。
    
    「ツェルニで無いの?」と言う質問が来ていたので、そう言えば出してなかったなぁと気付いて出してみた。
    ・・・何か余計な物まで出てきた!?
    まぁ、オレキャラと原作キャラがひたすらラブラブしていると言う描写も二時創作的に色々アレなんで、
   緩急つける意味でも、という事で後から差し込んだ話だったりします。
    もう出る人は出たんで、そろそろ『その日』まで一直線なんでねー。
    ところで、感想にあったゴルネオの強さに関してなのですが、正直よく解らないんですよね、原作読んでると。
    まずもって、グレンダンの深い部分を知りえている彼が何故ツェルニに居るのか・・・。
    そして汚染獣襲来時に活躍していたという描写も無い。でも学年的に二十歳近いんだから、武芸者的な
   ピークも近い筈だから、弱いとも思えないし・・・。
    アレたぶん、原作の人も余り深く決めてないんでしょーねー。



[8118] 十八話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:6d77f68a
Date: 2009/04/30 20:09
 「隣、良いかね」
 「出来れば遠慮したいですね」
 「そうか、すまないが諦めてくれたまえ」

 ある昼下がり、最近滅多に無い一人だけの昼食を過ごす事になってしまったため、たまには違う事をしてみようと公園に出て昼食を取ることに決めた。
 遊歩道沿いに展開している屋台で弁当を買って、公園のベンチに座ってさぁ昼食だと弁当の蓋を開けたところで、突然声を掛けられた。まぁ、どうやらこちらを気にしているらしい事は、校舎を出た後から気付いていたんですが。
 流れるような銀髪。整った鼻筋、切れ長の眉。
 眉目秀麗と呼ぶに相応しい男性。
 「自己紹介はした方が良いかね?」
 「どんな時でも礼節は弁えるべきでしょう」
 棘のある僕の物言いに、男はフムと頷き自らを名乗った。

 カリアン=ロス。学園都市ツェルニの生徒会長。
 学園都市の生徒会長は、普通の都市で言うところの市長と同じ意味を成す、都市の最高責任者だ。
 選挙により選出され、彼は今年5年生でありながら既に任期二年目となる。
 「まぁ、むしろあの子の兄だといった方が君には早いかな」
 「そうですね、妹さんには甘えられてもらってます」
 それはそれは、とロスさんの兄君は笑ってらっしゃるが、手に持ったサンドイッチが少し潰れているのは気のせいでは無いだろう。
 「それで、君は名乗ってはくれないのかね?」
 「名乗るほどの者では無いので」
 目だけ笑わず口元に笑みを浮かべている。中々、器用な真似をする人である。
 「フォーメッド君の言っていた通り、一筋縄では行かない男らしいね、カテナ=ハルメルン君」
 フォーメッド。
 間違い無く都市警察課長補のフォーメッド=ガレン氏の事だろう。
 あの悪びれない笑顔が目に浮かぶようだ。
 「先日彼の都市警察課長就任の内定があってね。ソレが縁で少し君の事を聞いていた」
 「それはそれは。妹さんに話してもらえばよほど僕の人柄が理解できたでしょうに、聞"け"なかったんですか?」
 どう考えてもこちらに実のある話になるはずが無いのだ、初めから容赦する必要も無い。
 いっその事わかり易いくらい喧嘩を吹っかけるつもりで言ってみたが、其処は流石に生徒会長といった所か。肩を竦めて苦笑するだけだった。
 「フォーメッド君が手放しで君を褒める理由が解るね。頭も切れるし、決断力もある」
 「ガレンさんが僕を持ち上げる理由なんて、小隊員のエリート様方がこっちに人を回してくれないから、僕を使わざるを得ないと言う理由でしかないんですがね」
 「ああ、確かにソレもあるかもしれない。だが彼は、喩え手駒が少なくても、使えない人間を無理に使う人間では無いだろう?」
 言外に、だからそういうシステムの頂点に立つお前の責任だと言って見たが、駄目か、これも。
 『たかが』学校の生徒会長の割りに、随分貫禄があるな。きっと向こうも、たかが一年が、などと思っているのだろうけど。
 
 しばらく無言のまま、お互い昼食を取る。
 そして唐突に、カリアン=ロス氏は言った。
 「君はグレンダンの出身だったね。武芸の本場、槍殻都市グレンダンの」
 「流石生徒会長、よくご存知で」
 アイスクリームを食べながら目の前通り過ぎていくカップルを眺めつつ、僕はあっさりと認めた。
 「フム、少し前に別件でグレンダンの事を調べていてね。そのついでに、君のことも少し調べさせてもらった」
 ・・・この糞が、面倒な事を。
 「それで、何です?懲罰部隊になんて所属していた危険人物は放逐ですか?」

 僕はグレンダンでは強襲猟兵部隊という、犯罪者、及び命令違反者に対する懲罰として構成された部隊の小隊長を務めていた。
 都市外装備に身を包み、汚染獣の群れの中枢、母体への突撃を主命とした、地獄への片道切符を強制的に切らされた部隊だ。
 当然、生還率は恐ろしいほど低い。一種の極刑と同じ扱いであると言える。
 
 「まさかまさか。君が何の前科も犯していない事は、学園都市連盟が保障している。君はその危険な部隊で一年以上の長きに渡り生還を果たしてきた、優秀な武芸者だ」
 大げさなほどにこちらを褒め称えてくる生徒会長に、僕は、ホラ見ろ面倒な事がやってきたと思うだけだった。
 「だがね、ハルメルン君。そんな優秀な武芸者の君が、何故か武芸科の前期考査では優良可の可でしかなかった。模擬戦の対戦成績も負け越している。これが実に不思議でならない」
 「手を抜いてますから」
 「認めるのかね?」
 認めない必要がありますか、僕は逆に聞き返してやった。
 気が弱い人間だったら、案外自己嫌悪にでも陥る場面なんだろうが、何、相手はこちらを良いように利用しようとしている人間だ、遠慮する必要など無い。
 「奨学金を支給されている人間が積極的に授業をサボタージュしていると言う事実は褒められる物では無いな。私もこのツェルニを預かる人間として、学園都市連盟に報告する義務が発生する」
 優雅な仕草で胸ポケットから小型レコーダーを取り出して、カリアン=ロス氏は笑った。
 「ああ、ソレは大変だ。まぁ、非公式な発言ですし、何処にも証拠が残らなければ平気ですよ」
 僕は、制服の肩に乗っていた『時期外れの』桜の花びらを指で示して、笑い返した。
 カリアン生徒会長の手に乗ったレコーダーから、ノイズ混じりの音が響く。
 彼は大きくため息を吐いた。

 「で、もう良いでしょう?結局アンタは僕に何をさせたいんです」
 断りますけど一応聞きますと、僕は先を促した。
 「本当に頭が切れるねぇ、キミは。その判断力と実行力を見込んで、頼みがある。報酬は奨学金ランクの引き上げ。都市警察への君の昇進の働きかけ、頼みたい仕事は・・・」
 「戦力不足が予想される第10小隊への加入」
 言葉を引き継いだ僕に、カリアン生徒会長は流石に呆気に取られた顔をした。
 「・・・・・・正解だ。という事は、答えも私の予想通り"了解"で良いのかね」
 良いわけ無いだろ。
 「却下です」
 「理由は。小隊員を演じるなど簡単な仕事だろう、君には。報酬だって、奨学生の君にはそれなりに魅力的だと思うが」
 「お陰さまで危険手当と勤務超過手当てもそれなりに付けてもらっていますから。それに、貴方の働きかけが無くても、僕を買っているガレンさんが、昇進の手配くらいしてくれますよ。別の理由が欲しければ、アレです。10小隊の人間が納得しないでしょう。僕は武芸科では評判が良くないですからね。・・・いい加減、言葉騙しで恩を売るような真似は止めろ。不愉快だ」
 僕が貧乏暮らしをしながら給料の大部分を投資に当てている事だって、当然調べているのだろうに。
 それにしても久しぶりだなぁ、『オトナ』を相手にするのは。
 なまじ小隊長なんて身分だったから、グレンダンでも何度もこういう場面が合った。
 何時も何時も、こういう人種は話が回りくどい割りに、中身が無くて好かない。
 
 「なるほど、大人の理論は通用させて貰えないか」
 「今更何を言っているんですか。僕らは学生。子供ですよ?」
 大体、僕がグレンダンを出たのは、そう言う面倒な社会が嫌だったからだと言うのも、理由の一つだ。
 「・・・では、多少恥ずかしいが本音で行こう。私はこのツェルニを守りたい。そのために君の力を貸して欲しい」
 うん、その方が好感が持てる。
 だからといって、了解するわけではないのだが。
 「面倒だからゴメンですね。大体、守りたい理由は何ですか」
 「このツェルニに愛着があるから、では足りないかな?君は、武芸者としてツェルニを守るために戦ってはくれないかね」
 シンプルで形が無くて、だからこそ好ましい答えだ。良い生徒会長なんだろうね、この人。
 「一年生ですよ、僕は。まだ大して愛着も無いココを守る理由がありません。何せ学園都市です。長い人生で言えば足掛けみたいな場所じゃないですか」
 このツェルニに住む武芸者全員に言える問題だが、ようするに此処を命がけで守る理由が薄いと言うのがあるのだろう。
 それがこの都市の武芸者のレベルの低さの一因になっていると、僕は考えている。
 何せ、生まれ故郷は別にある。喩え此処がなくなってしまっても、元居た場所へ戻るのが多少早くなるだけだ。
 カリアン生徒会長もその辺の問題は理解しているのだろう。
 一つ納得した顔をして、言い方を修正してきた。
 「なるほど確かに。唯の入れ物に興味は無い。君はそういう人間だろうな。だが場所そのものではなく、此処でであった守りたい人間などは居ないかね。此処がなくなってしまえば、その人とも別れ離れだろう」
 守りたい人、ねぇ。まぁ、守っても良いかなと思わせる人なら、居るが。
 「どの道僕は実家に帰る予定は無いですし。仮に此処がなくなっても、まぁ、無くならなくても、あの子一人ぐらいなら、何処か遠くへ連れて行って養う事も出来なくは無いです」
 短期でハイリスクな投資を繰り返していたら、運良くそれなりの額が手に入った事だし。
 肩に乗っかっていた花びらが風も吹いていないのに揺れた。
 カリアン生徒会長は、僕の言葉に含むところ無く笑って見せた。
 「手ごわいね、君は。だがさっきの話、本当に実行したりはしないだろう?」
 「そりゃしませんよ。あの子、何だかんだでお兄ちゃん大好きですから」
 僕が肩を竦めると、桜の花びらが、空に舞い上がった。
 カリアン生徒会長はソレを見て、やれやれと笑いながら立ち上がった。
 「将を射んと欲すればまず馬から、と言うヤツだね。いやいや、中々面白い時間を過ごせた。感謝するよハルメルン君」
 一言最後にそう告げて、カリアン=ロス氏は公園を後にした。
 その背中を見送りながら僕は、精々馬に蹴られてしまえと、どうでも良い事を願った。

 後日、実際蹴られたのは、僕だったわけだが。 






   ※ この二人は仲が良いんじゃないかなと思います。譲れない部分を除けば。
     
     ところで、一つ誤解の無いように言っておきますと、私はレジェンドも聖戦も読んだ事はありません。
     このSSは基本的に鋼殻本編の知識のみで作成しています。
     ・・・後は、wikiくらい?だから、原作の裏話とか、未だに明らかになっていない部分は解らないなりに解らないように
    書いて居たりします。だから何が言いたいかというと、頼む、細かく突っ込まないでくれ!聞かれても解らないから!!
     これで今後、原作で廃貴族に関する重大な秘密とか明かされたらどうにもならんよねー。



[8118] 十九話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:1c53443d
Date: 2009/05/01 20:10
 「今日はまだ帰りたくありません」
 「なら僕の、1Kベランダ、ユニットバス付きにでも来ますか?なぁに、僕には金髪の覗きを駆除するって仕事があります。多分、夜中追っかけまわしてるからベッドは空いてますよ」

 「・・・以前と、部屋の間取りが変わっていませんか?」
 恐ろしく剣呑な顔で僕の脛に蹴りを入れた後、ロスさんは思い出したようにたずねてきた。
 「ああ、たまたま今までの部屋と同じ家賃で優良な物件が、来年の新入生を控えたこの時期にたまたま開いていたらしくて、たまたまそれを知人が僕に紹介してくれたんです。ええ、たまたまってあるものですね」
 たまたま銀髪の眼鏡が腹黒そうに笑っていそうな状況ではあるが。
 ついでに、警察組織の人間が、この程度賄賂のうちにも入らんと笑っていたのも正直どうかと思う。
 「よくそんな如何わしい物受け取れますね」
 「貰える物は貰っておくのが吉ですよ。なにせたまたまですから。そう思い込んでおけば勝ちです」
 ついでに向こうも、別にこの程度でこちらを釣ろうなどとは思っていないだろう。これは精々、先日の迷惑料程度に過ぎない筈。
 あの生徒会長、有能な政治家っぽいし。
 こちらを批難するような目を向けるロスさんに、その辺を丁寧に説明してみせると、尚一層その顔を不機嫌な物と変えた。
 
 夕方、公園。
 気付けばそろそろ、この学園都市に来て一年。都市は来年の新入生を迎え入れるために、俄かに活気付いている。
 そんな中を僕らは、たまには趣向を変えてみようと遊歩道をぶらつきながら屋台で買った三段重ねのアイスクリームをぱく付いていた。
 この時期になると僕も周りの視線を大分気にしないようになって来ていた。開き直りと言うか、唯の末期症状かもしれない。
 あえてこの公園を指定したのがフェリ=ロスさんなのだから、話題にしたい内容も圧して知るべし、である。
 丁度、何時ぞや昼食を取ったベンチが視界に入ったところで、フェリさんは口を開いた。
 「兄は小隊を新設するらしいです」
 新設。流石に驚いた。
 ツェルニには現在16の小隊があり、それぞれ切磋琢磨している。そしてそれは有事となれば、武芸科全体の中核を担う上位組織として活動する事になる。ようするに、其処に所属できる事は非常に名誉な事だ、と言う訳だから、そのブランド力や、勿論能力的なものを保守するためにも、迂闊に数を増やす事など出来ないのだ。
 大体、たかが一個小隊と言えど、それなりに維持費用と言う物が掛かるのだ。
 碌でもない部隊の長を務めた事のある人間として、金の工面には何時も苦労していた経験もあるから、僕はその辺の面倒な事情はよく理解できている。
 「本当に新設なんですか?完璧に?どこかの部隊を分化させるんじゃなくて?」
 「完全に新設です。もっとも、小隊を持ちたいと言うある武芸科生徒の進言を、生徒会長が周りの反対を押し切って強力に推進した、と言うのが事実ですが」
 あの生徒会長、思い切ったことをする。
 まぁ、来年はいよいよ戦争期が訪れるわけだから、多少博打と思われても、打てる手は打っておきたいのだろう。
 個人的なものから発展した意見だとすると、周りの反発も大きいだろう、現状の小隊から要員を抽出する事など出来まい。
 で、あるならば。
 「その小隊に私も所属するよう、兄に言われました」
 そう、こういう事になる。
 在野で使えそうな人間を集めて、とりあえず形にする。後は新入生をあり合わせ、と言ったところか。
 さしあたって、暇人で且つ既存の小隊から声が掛からない金髪の狙撃手あたりも要員候補だろう。
 小隊定員の最低基準は四人。見知らぬ隊長を含めてもこれで三人。あと一人足りないなどと、考える必要も無いな。
 「と言う事は、詫び賃じゃなくて前金のつもりだったのか・・・・・・」
 あの上司め、どうせ僕が小隊に所属してもシフト削る気ないんだろうな。
 「貴方を説得し、新小隊に加入させるように兄に言われました。・・・なんで私が馬なんですか」
 不機嫌と言うか、拗ねた子供と言った有様だ。
 あの眼鏡、こういう遠まわしなやり方は止めろって釘を刺しておいたのに。
 「いよいよエリートって事ですか。・・・・・・まぁ、一年も良く逃げ切ったなぁとか褒めておく部分ですかね」
 何か半年も過ぎた辺りからは、適当に泳がされてただけなんだろうなとは薄々感じていたけど。
 僕があっさりと観念したら、ロスさんは口を尖らせた。
 「何時も何時もやる気が無いやる気が無いって言ってるくせに、全然ちゃんと手を抜けてないカー君に問題があります」
 ちゃんと手を抜くっておかしいよねって言ったら、追加のアイスをおごる羽目になった。五段重ねだ。
 「一応見せる人は選んでるんですけどね」
 「・・・それが問題なんです。端から見てれば自分の腕を高く買わせようとしてるようにしか見えません」
 あんまり反論できないなぁ。
 実際、そのせいで煮ても焼いても食えない人ばかりが回りに集まってきたし。
 サットン先輩とアントーク先輩くらいじゃね?唯の善人は。

 「でも結局、僕らは自分の力とは折り合いを付けて生きていくしか無いですからね。だったらなるべく、有効活用した方がいいじゃないですか」
 武芸者は一度身に付けた技は忘れない、付けた筋肉は落ちない。どう頑張ろうと、一度手にしてしまった以上は捨てる事など出来ないのだ。
 それが、この銀色の少女には酷く不満らしい。
 「嫌です、私は。先天的な才能だけに決められた人生なんて。それ以外のものを探したくてここまで来たというのに」
 これじゃあ、兄たちの思い通りじゃないですか。寂しそうにそう言った。
 端から見ていれば解る事だが、この子が本当に嫌なのは、自分に念威操者以外の将来が無いことではない事は解る。
 嫌なのは、将来自分が念威操者となる事を信じて疑わない、家族たちの思い。
 それと、これはきっと完全にこの子の誤解なのだが、家族たちが自分ではなく念威の才能を愛しているのではないかと感じてしまう処があるのだろう。
 個人的な意見を言わせてもらえれば、将来を期待されているだけマシではないかと打ち切ってしまいたい所もあるのだが、こればかりは本人が気付かなければ意味が無い問題である。
 
 「でしたら、僕と来ますか?家でも縛られて学校でも縛られて。その後が見えないって言うんだったら、今度こそ本当に逃げてみましょうよ」
 不意に立ち止まった彼女の顔は、頬は、夕日に照らされて、朱に染まっているようにも見えた。
 その意味を、まぁ、誤解で無ければ良いなと思う自分に驚きつつも、あえて気にせず言葉をつなげる。
 「何処か適当に・・・ああ、定住する必要も無いですか。そうですね、5年位。放浪バスを乗り継ぎながら世界を見て回る感じで。子供が、妹がどれだけ悩んでいたか、悟らせてやるのも有りだと思いますよ。だから、そう。そういう選択肢もありですから、今は駄目兄貴を手伝ってやるくらいで考えておけば良いと思いますよ」
 何故かとても早口になってしまった。
 フェリさんは顔を伏せて問うて来る。
 「・・・今すぐ、此処を出る訳には行かないんですか?」
 それも良いですね。
 思わずそんな言葉を口にしそうだった自分を押し留めた。
 「まだ一年生ですしね、僕ら。子供です。フェリさんなんて、親の脛を齧ってるでしょう?でも、学校を出るころにはもう大人で、文句を言われても自分の意見を優先させる権利があります。どうせ逃げるにしても、後ろめたさなんて持たない時期まで待ったほうがいいじゃないですか」
 未練は重荷だ。
 喩え一時それで由としても、何れ足をとられる日が来る。
 特に子のこの場合は、ね。
 「フェリさん、大体にして家族が嫌いなわけじゃないんでしょ?」
 
 衝撃は腹に来た。
 思い切り体重を乗せて、小さな拳を腹にめり込ませてくる。
 思い切り体重を乗せて、だから、胸に頭が寄りかかるように。
 「不愉快です。こういう時まで上から目線なのは」
 はぁ、と。熱を持った息が零れた。
 「・・・何かを見つけたくて、でも何もしないまま一年経ちました。このまま何も出来なかったら、そう思うと」
 それはそれであきらめるしか無い事実なのだけど、でも、まだそれを割り切れるほど、僕らは歳を重ねても居ない。
 いや、僕はどうなんだろうな。全部捨てて、後悔もしていない。それで良かった。一人で、死ぬまで、適当に何処かで、死なないように生きていくつもりだったけれど。
 我ながら、随分欲張りになったものだ。
 僕は顔を伏せたままの彼女に、笑いかける。
 「だからまぁ、卒業したら貧乏旅行。ホラ、実家にお篭り以外の将来も在りますよって事です」
 勿論それも永遠ではない。ただ、今この子に必要なのは、目に見える安心だろう。
 あのシスコン兄貴も要らぬおせっかいを焼いてないで、もうちょっと上手く兄心を示して見せれば良いのに。まぁ、この子の兄貴だって思えば、不器用さも充分伺えるが。
 漸くフェリさんは身体を起した。
 目元が潤んでいるような気がするのは、気のせいだと思おう。
 「安心しましたか?」
 「ええ、不毛な話ですけど、自分よりよほど適当な人間を見ていると安心します」
 甘く、嬲るような口調で、そう言った。
 
 まずいね、どうも。
 僕は夕日に中てられた顔を冷ますように、天を見上げた。
 「悪い子の意見ですから、余りお勧めしませんけどね」
 「今さらですよ。それに、類で友の私には丁度良いです」

 その次の日。
 生徒会長室に呼び出された僕は、新設される試験小隊への参加要請を受託した。





    ※ 前回のやり取りは所謂『貴様の妹は預かっている』と言う一種の脅迫の類だった訳ですが。

      ・・・・・・今回は何も言い逃れ出来ねぇorz
      まぁ何のかんので、作中の経過時間が一年近いですから、何も起こらないってのは相当無茶なんですよね。
      そんな訳で、ストックの方は実はもう本編にまで手を伸ばし始めてるんですけど、キャラの追加されたレギオスというよりは
     フェリの居ないレギオスと言った方が正しいものが出来ているような気がします。いっつあのんぷろっと!!
      あと、二十話過ぎても小隊が結成されていない事が判明しました。



[8118] 二十話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:c650136f
Date: 2009/05/02 20:40

 「私からの意見としてはまず、アレだ。たまには勝利して欲しい」
 「とりあえず四回に一回程度、勝っておけば良いでしょう?」

 都市中央にある政庁、学園都市なので生徒会塔の一番高い位置にある生徒会長室。
 無駄に豪華な執務室の脇にある、これまた無駄に豪華なソファに腰掛けながら、僕はカリアン生徒会長と対面していた。
 議題は当然、新設される小隊の事だ。
 これ以上参加を拒めないような場所まで追い込まれてしまった以上、参加した上で如何に手を抜くか全力を尽くす。
 カリアン=ロス氏は僕のやる気の無い意見に、全く問題ないとばかりにフムと頷いている。
 「新設の小隊だ。勝ちすぎるのも良くないからね。ああ、でも、近々行われる三年武芸科の選抜との試験試合だけは確実に拾ってくれたまえよ?」
 「割と確実に勝たないと、小隊の設立にいちゃもん付けるヤツも増えるでしょうからね」
 尤も、もし本当に難癖つけてくる輩が居たら、この人に何とかしてもらう予定だが。・・・自分だけ楽しようなんて、甘い甘い。
 ついでに頼める事は頼んでおこうと言葉を続ける。
 「支給品の錬金鋼、入学する時提出した書類と同じ仕様で用意して置いてください。そっちの方が加減が効いてやりやすいんで」
 手配しよう、と頷いてカリアン生徒会長はテーブルの上においてあった瀟洒なベルを鳴らした。
 タイミングを置かずに秘書・・・いや、腕章は書記だったが、の女性が入室してきた。
 生徒会長が耳打ちすると、その女性は一つ頷いて退出した。・・・何処かの株式会社の社長室か何かか、此処は。どちらも学生らしさは微塵も感じられない。
 「錬金鋼は今夜にでも君の住居に届く筈だ。それから、肝心の都市戦に関してだが・・・」
 「ウチを遊撃班に回すように工作して下さい。かくれんぼは得意なんで、どうとでもなります」
 善処する、と言いながらカリアン生徒会長は言葉を濁す。そして、実に言い難そうにその名前を口にした。
 「だが、・・・。フェリはちゃんと」
 「政庁の上にフラッグが立っているって初めからわかってるんですから、一々念威サポートもいりませんよ。戦争って言っても、ごっこに過ぎませんからね、結局」
 ついでに言えば、いざ乱戦となれば小隊から独立して動くつもりの僕としては、逆に真面目に念威サポートを取られても困る。
 僕がそう答えるとカリアン生徒会長は深々とソファに身体を押し込み、大きく息を吐いた。
 「本音を言えばね、君みたいなのに頼らずに勝てれば良いと、真剣にそう思っているよ」
 「・・・実際のところ、どうなんですか。小隊のエリートにしたって、幼生体の殻を破れるかどうか疑問な連中がゴロゴロしてますけど、アレで他所の都市と戦争なんか出来るんですか?」
 生徒会長は率直に、やってみなければ解らないと首を振った。
 「武芸の事は専門家では無いから答えにくいのだがね、前回の都市戦での我が武芸科の、あの有様を見てしまえば、どのような劇薬でも使わざるを得ないと言うのが、生徒会長としての私の意見だ」
 前回は、戦う戦わない以前に、何も出来ないうちに負けたという体たらくだったらしい。
 相手に優秀な念威操者でも居たんだろうか。それともウチの武芸科だけ、やたらとレベルが低いとか?
 「戦争ですしねぇ。僕が一人で勝ってても、周りが負けて御仕舞いってケースも想定してるんでしょうね?」
 「都市戦が行われるのは、例年前期の授業が終了した辺りからだ。従って、前期の武芸科のカリキュラムは防御的な講習を増やすように提言してある」
 抜かりは無い、と言えるほどの物でも無いがねと、カリアン生徒会長はおどけて見せた。
 「それに余り心配しなくても構わないよ。君はどちらかと言えば鬼札だ。切り札は、別に用意しているからね」
 なるほどねぇ。
 どうりで、僕の言いたい放題を聞き流せる余裕があるわけだ。
 「どっかの傭兵団でもスカウトしたんですか?」
 サリンヴァンとか。・・・無理か、高すぎるな。
 「仮に傭兵団をスカウトできたとしても、それが学園都市連盟にバレてしまえばお仕舞いじゃないか。学園都市は、学生によってのみ賄われないとね」
 新入生に期待の新星でも見つかったって事なのかねぇ。しかも僕以上に強いのか。まぁ、グレンダンでは道場主クラスになればアホみたいに強かったけど、歳が歳だし、在り得ないよなぁ。若さで言えば・・・ああ、いや、それは無いか。
 期待しておくと良いよと言うカリアン生徒会長の言葉に、期待してますよ、真剣にと答えた。
 サボれるならそれに越した事は無いしね。

 「それにしても、随分あっさりと入隊に同意してくれたね?」
 さっきの秘書の人がお茶の代わりと、ついでに錬金鋼(早かった)を持ってきてくれて一息ついたところで、カリアン生徒会長はさらりとそんな事を口にした。
 もうちょっとゴネるかと思っていたのだけどなどと笑っていらっしゃる。
 何か凄くムカっときたので喧嘩を吹っかけてみる事にした。
 「妹さんに泣かれましたからね」
 お茶吹いた。そして咽た。会長室のドアが開いて、秘書さんが慌てて布巾を持ってきた。
 背中をさすっている。
 今のうちに写真でも撮っておくべきだろうかと悩むが、秘書さんの目が怖かったので止めておく事にした。
 「因みに、プライベートの事なので詳細は話しませんけど」
 聞きたかったら妹さんにでも聞いてくださいと言って締めた。
 ゴホ、と最後に一つ咳をして、生徒会長は居住まいを正し、そして苦笑を浮かべた。
 「・・・まったく、やってくれる。私の次の生徒会長、案外君が相応しいのかもしれないな」
 今度はこっちがお茶を吹く番だった。
 いきなり何を言い出すんだこの人。
 「授業態度に生活態度も悪い人間に、そんなの勤まるわけないでしょう」
 第一、面倒だ。
 「だが実務能力は充分だろう。その歳では・・・恐らく、私以上に世慣れもしている。ディン=ディー辺りが時期生徒会長候補の筆頭かと思っていたが、都市存続のみを考えれば、君も充分に相応しいと思うね」
 微妙に嫌な評価だな。それよりも、
 「ディン=ディーってどちら様でしたっけ?」
 聞き覚えがあるような気がするんだけど。そう聞くと、生徒会長は作りではなく苦笑していた。
 「君にも一応縁がある人間だろう?第10小隊の次期隊長さ」
 第10小隊って・・・ああ。思わず顔をしかめてしまった。
 あの特徴的なスキンヘッド。考えるまでも無い、恋の鞘当三角四角の一角を担う男のはずだ。
 「・・・駄目でしょう、その人選は。夢を見すぎて足元が覚束無いんじゃないですか」
 エリプトン先輩の話から察するに、ディン=ディーは戦術的な勝利にこだわって、戦略を見落としてしまうタイプだ。
 カリアン生徒会長もその辺りは批判しなかった。
 「その部分は些かも否定する事はできない。だがね、先頭に立つ人間は後に続く者たちに夢を示す事も必要なんだ。彼はその点、充分な力がある」
 「それが悪夢だったらどうするんです?上の人間が悪夢見たさに彷徨っていたら、下の人たちは不幸ですよ」
 例えばそれは、あの狂った都市グレンダンのように。
 積極的に戦いを追い求め、そしてそれを肯定する中枢の人間たち。それを疑問と思わなくなった市民たち。
 あそこに居たら人は狂う。
 「それは周りの人間が上手く手綱を握れれば問題は無い。・・・ああ、問題は無かったのだが、もうそれも望めないだろうね」
 止められる人間は、彼の傍を離れてしまったから。
 生徒会長は言外にそう言っていた。
 誰とは言わないけど、僕にもそれが誰だかは理解できた。
 
 二人してため息を吐いてしまった。
 僕は気分を治すために話題を変更した。
 「ところで、新しい小隊の隊長って、何処の何方なんですか?・・・なんでも自薦だったとか」
 「ああ、フェリ・・・、妹に聞いていなかったのかね?いや、凄かったよ彼女。シャーニッド君の襟首を掴みながらこの部屋に押し入ってきてね、突然言ったのさ」

 小隊の設立を宣言します。

 堂々はっきりと言い切ったらしい。
 「・・・よくそれにOKしましたね」
 僕だったらベルを鳴らして秘書さんを呼んでいるところだ。
 そう言うと、カリアン生徒会長はそのときの事を思い出していたのか、楽しそうに笑った。
 「彼女はなんと言うか・・・、そうだね。ユニーク。いや、ああいうものこそを真に、人の上に立つカリスマ性の持ち主と言うのかもしれない。あの輝きを見て引き込まれない人間は居ないと、私は思うよ」
 どうやら相当の大人物らしい。
 それにしても、話から察するに隊長は女性なのか。凄い女傑なんだろうな、例えば10小隊の縦ロールの人みたいな。
 カリアン生徒会長は、その姿を想像する僕を見て、楽しそうに膝の上で手を組んだ。
 「だから少し楽しみだね。まったく持って現実主義なキミが、夢を見る事など欠片も良い事だと考えていないキミが、彼女と出会う事によってどう変わっていくのか。ああ、実に楽しみだ」
 そう言って、カリアン=ロスは眼鏡を光らせて不適に笑った。
 で、結局誰なんですか。
 不吉な予言を退けて先を促した僕に、生徒会長はあっさりと口を割った。

 ニーナ=アントーク。
 武芸科二年。元第14小隊隊員。

 彼を迎え入れる舞台は、今まさに完成の時を目前としていた。





    ※ 前回が余りにもせ~しゅんぐらふぃてぃ過ぎたので、今回は駄目な大人の会話。
      ・・・たぶん二人とも、年齢十個くらいサバ読んでる。

      さて、遂に二十話の大台です。
      原作の開始がどうやら二十四話からで確定しそうですから、プレストーリー的なのも残すところ後三回。
      ありがたい事にこのままいけばアクセス数10万突破も夢ではない位置に来ました。それを記念して何かやりたいんですよね。
      大Q&A大会とか。・・・でも考えたんだけど割と適度に質問には答えてるような気もするんだよねー。まぁ、アレです。
      質問とかあったら感想の方にコメント欄の冒頭に『質問』とつけた上でコメントでも下さい。多かったら本当に実行します。



[8118] 二十一話(超速攻修正版)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/03 22:58
 『前方二時、及び後方八時の方向より敵影有り。距離10・15。接触間近』
 
 「カテナっ!」
 耳元に浮かぶ念威端子より響く無機質な、と言うよりはやる気の無い声を聞いて、アントーク先輩が叫ぶ。
 「了、解・・・っと!」
 僕は足を止め振り向きざま、両の鉄撥を抉りこむ様に前方に叩きつける。
 外力系衝剄・嵐扇風。
 本来であれば剄の刃による大渦で空間ごと切り刻む剄技であったが、得物が鉄撥とあっては本来の威力は発揮されない。
 僅かに空間を撓ませる衝頸の波が敵を襲うに留まった。
 分散された威力は足止め程度にしかならず、敵は多少動きを鈍らせた程度で真っ直ぐこちらに向かってきた。
 蛇腹の様な不規則な動きを見せる腕を振るい、僕のガードを弾き飛ばす。
 絶える事無い機械的な乱打により、僕は遂に耐え切れず、後方の雑木林に叩き込まれた。
 『A-3。撃墜判定。試合終了マデソノ場デ待機シテ下サイ』
 今度こそ無機質そのものの声が、敵の口らしき部分から響く。
 「カテナ…ええい、くそっ!」
 アントーク先輩のイラだった様な声は、戦闘音によってかき消された。
 『6時の方向から敵影2。距離10。接触間近』
 再びやる気の無い声が耳元から響く。言われなくても、その距離からなら目視出来る。
 あっという間に四体の敵に囲まれてしまったアントーク先輩は、万事休す。
 自慢の守備力も流石に耐え切れず、早々に撃墜判定が下されてしまった。
 『・・・では、私は降伏します』
 『あ~・・・、んじゃ、目が無くなったんじゃ役立たないからな俺も降参』
 言うが早い。
 そのやる気の無い言葉達に同調するように、野戦グラウンドに終了のブザーが響き渡る。
 やれやれと木々の合間から身体を起せば、四機の自動機械に囲まれて呆然としているアントーク先輩が見えた。

 「ええいっ、今日でもう三日目だと言うのに、全然連携が取れていない!このままではっ・・・!」
 試合終了後の倦怠感漂うロッカールームに、アントーク先輩のきしむ様な声が響いた。
 「んな事言っても、それこそまだ三日目だぜ。連携何か取れる筈も無ぇって」
 「だから訓練している。それに、三年選抜との試験試合までもう一週間無いんだぞ・・・!?」
 既に戦闘衣から着替えも終えて、呑気に長椅子に寝そべっていたエリプトン先輩のボヤキ声を、アントーク先輩は不機嫌な顔のまま切り捨てる。
 「カテナ!」
 怒りの矛先は、どうやら僕に向いたようだ。
 僕は錬金鋼と繋いだメンテ用端末から顔を上げ、アントーク先輩の怒り顔を拝んだ。
 因みに鉄撥は、以前新たに支給されたものである。セロンさんは嫌がって調整を手伝ってくれなかったから自分でやっていた。
 「お前の衝剄に見所がある事は理解した。しかし、もっと活剄にも力を配れ。機械相手にすら踏み止まれていないじゃないか」
 「だから先に言ったじゃないですか。僕は先天的に剄が練りにくい体質なんです。遠中距離ならどうとでもなりますけど、近づかれたら防ぎようがありません」
 勿論手を抜いているのは事実だが、これもまた真実である。蛇君、仕事してくれない時は邪魔でなぁ・・・。
 僕の答えにアントーク先輩は全然納得がいかないとばかりにため息を吐いた後、流行喫茶店、ケーキ売れ筋ランキングの紹介ページの乗った雑誌を読んでいたロスさんに視線を移した。
 「フェリ、もっと探査精度を上げられないか。あれでは、正直実戦では役に立たない」
 「善処はします」
 前向きに。
 ロスさんは顔も上げずに、悪い政治家のような言葉を無表情に口にした。
 その余りに余りな対応に、アントーク先輩は振り上げた拳の落し所を見失ったらしい。
 苦虫を噛み潰したような顔で、声を絞り出した。
 「シャーニッド・・・っ」
 「サポートする前に前衛が潰れちまったら、狙撃手に仕事は無いって」
 エリプトン先輩はひらひらと手を振って、投げやりに答えた。
 アントーク先輩は、そんなやる気の微塵も感じられない僕らの態度に、がっくりと肩を落として俯いた。
 つまりこれが、新たな小隊の設立を目指す、彼女の現実だった。

 ニーナ=アントークにより熱望され、カリアン=ロス生徒会長により強力に推進された新小隊設立の議案は速やかに議会に上申されたが、案の定それは紛糾する結果となった。
 幾度かの話し合い、討論、激論、論戦が繰り広げられ、それらの落しどころとして、まずは試験的に小隊を立ち上げて様子を見るという形に落ち着いた。
 その第一段階として。試験小隊と名づけられたそれと、三年武芸科の小隊員を除いた者の中から選抜された選抜二個小隊14名との間で仮試合が行われる運びとなった。
 もうすぐ新入生が大挙として訪れる忙しい次期に差し掛かるため、試合スケジュールは非常に厳しいものとなって、発案者である試験小隊小隊長候補のアントーク先輩を襲った。
 小隊メンバーは彼女自身と、彼女自らスカウトした、元第10小隊の狙撃手、シャーニッド=エリプトン。
 そして、小隊設立を積極的に推進しているカリアン=ロス生徒会長から推薦された二名の一年生武芸科生徒。
 やる気と言うものが微塵も感じられない念威操者のフェリ=ロス。
 そして、時々光るものを見せるが常に詰めが甘い処があると評判の、カテナ=ハルメルン。
 以上四名で、小隊最少人数を満たす。そういう事になった。
 アントーク先輩本人は気付いていないが、獅子身中の虫以外存在しないところが報われない。
 ロスさんは目に見えてやる気が無いし、僕は僕で、手を抜いている。エリプトン先輩は何処までやる気があるのか図りかねるが、僕ら二人が手を抜いている事を知っていて何も言わないのだから、その内心も推して知るべし、と言うヤツだ。
 
 「このままでは、選抜との試合は勝負にもならん。どうすればっ・・・!!」
 苛立ちが遂に制御しきれなくなったのか、アントーク先輩は戦闘衣に包まれた拳をロッカーに叩き付けた。
 ガツンと鈍い音がして金属製のロッカーの扉がへこんだ。
 「まぁ、落ち着きなさいなって小隊長殿」
 「シャーニッド、これでどう落ち着けと・・・っ」
 気楽に、本人為りに空気を呼んで声を上げるエリプトン先輩に、アントーク先輩はすぐさま突っかかる。
 しかしエリプトン先輩は、まぁ待てとにやりと笑った。嫌な予感しかしない。
 「一応まだ、試合まで一週間はある。それに、対戦相手のことも解っている。これは作戦を立てる上で非常に有利な状況だ」
 つらつらと話すエリプトン先輩に、しかしアントーク先輩は難しい顔のまま首を振った。
 「だがこちらも連携が全く取れていない。この状況で立てられる作戦なんてたかが知れているぞ」
 「其処でお立会い、と言うヤツさ。確かにこの状況で正面からぶつかり合えば確実に負ける。なら、多少小汚い手を使っても勝ちを拾いに行くしかない。ウチには居るだろ?そういう事を考えるのが得意そうなヤツが」
 「カー君そう言えば、後期の戦術理論の評価"優"でしたね。実技系は軒並み"可"しか取れなかったのに」
 雑誌読んでいたお嬢さんが凄い余計な事言った。
 「そう言えばカテナは、あの第10小隊の突撃戦術の対策をあっさり見つけ出したんだったな」
 「だろ?此処は一つ諸葛亮にお知恵拝借ってな」
 アントーク先輩がフムと頷き、エリプトン先輩が意地の悪い笑顔を向けてきた。
 じゃなきゃぁ、お前が手を抜いている事をバラす。言外にそう言っている様な気がする。
 「ここまできたら駄目元でも良い、少しでも案がほしい。カテナ、言ってみろ」
 アントーク先輩が僕に期待の視線を向けてくる。
 僕はため息を吐くしかなかった。
 この金髪どもめ。後悔させてやる。

 「勝利を得ることが出来るか否かと言えば、答えはどちらとも、としか言えません。こう言ってしまうと嫌がるかもしれませんが、次の試合での勝敗は、あまり大勢に影響はありませんからどっちでも良いと思いますし」
 「何を言う、勝たなければ小隊の設立は有り得ないのだぞ・・・!?」
 話し始めた矢先、アントーク先輩が行き成り突っかかってくる。
 「では先輩方に聞きますけど、現状で我が定員ギリギリの試験小隊が定数が揃っている選抜の、しかも二個小隊を相手に勝てると思いますか?」
 戦力差は、単純に四対一。どう頑張ってもこの数の差はひっくり返せないだろう。
 案の定、アントーク先輩もエリプトン先輩も、揃って首を振った。
 「そう、勝てないんです。現役小隊員である先輩たちが勝てないと判断している以上、この試合を企画した学部の首脳たちも勝てるはずが無いという事は理解しているんですよ。と、言う事はこの試合に求められているものは勝利ではなく、別のものとなる」
 「別のもの、か」
 エリプトン先輩は呟いて考え込んでいる。
 アントーク先輩はイマイチ納得していない顔をしていたが、僕は先を進めることにした。
 「ええ、別のものです。大体僕たち・・・ん?ああ、まぁ、僕たちで良いです、もう。とにかく、僕たちの目的も、次の試合で勝利する事では無いですしね。ようは小隊の設立さえ認めさせればそれで良いんです。そこが最終目的ですから」
 なるほどねぇ、とエリプトン先輩は頷いた。
 「なるほどねぇ。つー事は、勝てないにしても勝つ可能性を見せれば良い訳だな。んで、その具体的な策も勿論用意してあるんだろうな」
 エリプトン先輩の言葉に、アントーク先輩も身を乗り出した。
 僕は頷いて、あっさりと言った。
 「10小隊の作戦をパクります」
 先輩達は揃って目をむいた。
 ロスさんは一人、無言のまま口元を少し動かした。ばかですねぇ。
 僕は肩を竦めて話を続ける。
 「効率的に見ても役割分担が確定しているあの作戦は都合が良いです。馬鹿でもそれなりの成果が挙げられますし、何より見栄えも良い。実戦では全く役に立ちませんが、とにかく真面目に戦っているようには見えます。そして、政治的な意味でも僕たちが10小隊の策を用いるのは深い意味を持ちます。理由は・・・」
 チラリと視線を送る。
 寝転がっていた身体を起して、エリプトン先輩は大きなため息を吐いた。
 「俺が居る」
 「ええ、その通り。つまり僕らはこの小隊を何としても成立させたい。そのためならば毒も皿も飲み干す気概があると言う証明になります。喩え真実がそうでなくても、小隊の設立を支援する生徒会長はそういう風に捉えて利用してくれるでしょう」
 小隊の設立は僕たちだけの目的なのではないのだから、戦いも僕たちだけでする必要は無い。
 少ない人数を用いて局地的な勝利を得る。
 三人がバラバラに自分の仕事を果たしているだけなのに、何故か連携が取れているように見える効率の良い隊列だ。
 錬度が上がれば、より一層大きな勝利が拾えるのではないかと思わせるには充分だろう。
 
 僕はそう言って意見を閉じた。
 ロスさんは退屈そうに雑誌を読んでいる。もっとも、先ほどからずっと同じページが開きっぱなしだが。
 エリプトン先輩は面倒くさそうに頭をがりがり掻いている。ははは、僕に意見なんか振った事を後悔するが良いさ。
 そしてアントーク先輩は、深く考え込むように顎に手をやって俯いていた。
 やがて、ゆっくりと顔を上げた。
 強い意志の宿った瞳が、其処にはあった。
 「解った。作戦はこれまで通りとする」
 エリプトン先輩はぎょっとした顔をアントーク先輩に向けた。
 パタン、と。ロスさんが雑誌を閉じた。
 僕は肩を竦めた。
 「一応、納得の行く理由が欲しいんですけど」
 僕の問いに、アントーク先輩は強く頷いた。
 「お前の作戦は正しいと思う。だが、最善ではない。それはあくまで止むを得ない、次善の策に過ぎないと、私は思う。それに、私の目的は小隊の設立では無いからな」
 「は?」
 思わず、間抜けな声で問いかけてしまった。ひょっとしたら、失笑していたかもしれない。
 ならなんで、僕らはこの茶番につき合わされているんだ。
 「私の目的は、私の小隊で、私自身の力で、都市を、ツェルニを守る事だ。小隊の設立は、そのための手段。目的を達成するための過程でしかない」
 目標は果てなく遠く、高い。
 だから、こんな所で小細工を弄している場合ではないのだと、アントーク先輩は真摯な瞳でそう言った。
 「もう一度連携を見直し、個々の動きをさらに洗練させる。正面から堂々と挑み、そして勝ち取ってみせる。私の小隊を」
 
 凄い。
 凄いぞこの人。
 完璧な理想論。勝率の見えない大博打だ。
 世の中色々と汚れた大人を見てきたが、こういう打算も何も出来ないあたまの悪い人は初めてだ。
 なるほど、これがカリスマと言うものなのか。僕は以前に聞いた生徒会長の言葉に納得してしまった。
 ニーナ=アントーク先輩。
 真摯な、熱い瞳。僕が決して持ちえないもの。その、力強い声。
 それが折れる瞬間は、出来れば見ないままで居たいと、僕は思った。
 まぁ、だからと言って、僕がこの人に何かしてやれるわけでもないのだが。
 そもそもにおいて、彼女を取り巻く状況は最悪だ。
 ロスさんはやる気が無い。エリプトン先輩は行動がイマイチ読めないし、隊の創設を後押ししている生徒会長は、腹黒い事この上ない。僕の事は、考えるまでも無いだろう。
 でも何でか、この人なら何とか出来そうな気もするんだよねぇ。
 「明日からの訓練はより厳しく行く。全員、覚悟しておけ」
 アントーク先輩のその言葉に、僕はやれやれと笑いながら頷いた。エリプトン先輩は苦笑いで肩を竦め、ロスさんは、そんな僕を呆れた目で見ていた。

 新学期を間近に控えた学園都市ツェルニに、大きなニュースが飛び込んできた。
 第17小隊の設立。
 そして、その時はもう直ぐ其処まで迫っていた。





   ※ 訓練の見学は随時募集。差し入れには胃薬をお願いします。
     
     結局小隊が活動開始するまで二十一話も掛かったよ・・・。
     思えば遠くに来たものです。
     それにしてもカー君はシャーニッド先輩に何か怨みでもあるのだろうか。男にはやたらと厳しいよね、彼。


追記: ども、何時もご感想ありがとうございます。作者です。
      ご覧の通り、恥も外聞もなく修正してしまいました。治す前の展開も個人的には好みだったのですが、流石に評判が悪すぎましたので
     いっちょ大々的な修正に走ってみました。
      ニーナ隊長は原作のど真ん中辺りに立っている人なので流石に弄り難く、頑張って持ち上げるようにしていたのですが、
     今回はそれが大きく裏目に出たと思います。今までの描写からして、確かにあの論理展開は無理がありましたよねぇ。
      と、言うわけで、今後ともどうぞよろしくお願いします。
      あと、主人公に一貫性が無いのは割と初めからって事実に気付いた。
      一話の頃と別人だよね、彼。
 
  



[8118] 二十二話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/04 19:58

 「そういえば、無事に審査が降りたらしいな、新しい小隊」
 「ですね。ですので仕事減らしてください。給料そのままで」
 「安心しろ、給料は据え置きだ。しかもサービスで仕事の量も据え置いてやろう」

 ・・・・・・・・・。
 ようするに何時ものくだらない会話の一幕である。
 入学式を一週間前に控えるとなれば、この学園都市ツェルニにおいて忙しくない部署など存在しない。
 当然僕が働いている都市警察も、市外から訪れる外来の人間達に対する警備を理由に、色々な所に人手を借り出されている。
 ここ、強行突入課とて例外ではない。
 何時もはそれなりの人数が忙しなく動き回っている雑然としたオフィスが、僕とガレンさんを除いた全ての人間が外で見回りに借り出されてしまっていた。
 ガレンさんは責任者として、僕は『もしも』の時要員として確保され、こうして二人してグダグダと管を巻いているところだった。
 はっきり言って暇だ。
 ここ最近はいよいよ発足した試験小隊改め第17小隊の訓練も本格化してきており、都市警の仕事とあわせて忙しい日々を送っていた。
 因みに、ロスさんとお茶しばく時間が減ったお陰で財布が暖かいかと思わせておいて、普通に訓練終了後に公園の屋台を冷かしていたりするものだから、実際その辺は余り変わっていない。
 「暇だって言うと、事件が起こるんですよね、大抵の場合」
 「お前さんはそう言う物に好かれているからな」
 その一部が何を言うか。笑いながら睨みつけてやったら敵も然る者、手鏡を覗きながら髭を弄っておりこちらを全く見ていなかった。
 「で、実際使い物になりそうなのか、小隊は」
 「小隊長殿はやる気に満ち溢れていらっしゃいますけど、ねぇ」
 それ以外のメンバーは、共同歩調でも採っているかのごとく、やる気がかけている。
 アントーク隊長怒鳴る。
 エリプトン先輩逃げる。
 ロスさん無視する。
 そして僕は・・・いやさ、何で僕が言い訳係になっているんだろう。
 「有望な新人に代わってもらいたいなぁ」
 僕じゃぁあの人の怒りは抑え切れん。
 「確かに、お前さんは集団行動は苦手そうなタイプに見えるな」
 呟いた言葉が誤解されたらしい、ガレンさんに苦笑いされてしまった。
 そんな事は無いだろうと憮然な顔をして見せたら、思わぬ言葉で反撃された。
 「俺はこの一年で、お前さんがあの会長の妹以外の人間とまともに話しているのを見た事が無いぞ」
 うわぁ。否定出来ない。
 当たり障りの無い学園生活を送って、適当に友人を増やして明るく楽しくやろうとか、一年前は思っていたはずなのに!
 僕が頭を抱え、それを見てガレンさんがニヤニヤ笑っていると、強突課の事務所のドアを叩く音がした。
 僕とガレンさんは顔を見合わせた。
 「・・・暇な時間は終わり、ですかね
 「どうだかな、それならば慌てて駆け込んで来るだろう」

 「ナルキ=ゲルニと言います。その、都市警察での仕事に、興味があって、出来れば見学を申し込みたくて、来ました」
 ドアを開けて立っていたのは、赤毛の、まぁ、美少女と言って差支えがなさそうな、勝気そうな少女であった。
 緊張で顔を赤らめているが、言動ははきはきとしており、姿勢もビシッと整っている。
 一目見て解る、武芸者だ。
 本人の弁によると、入学式前に、都市警察に就労を希望していたので見学に着てみたらしい。
 チラりと後ろを振り返ってみると、ガレンさんは知らんと言う顔をしている。
 ノンアポか。随分度胸のある新入生である。
 「・・・って言うか、見学って、本局とかに行ったほうが良いんじゃないですかね?」
 ドアの前で直立した少女と、フムと腕を組んでいるガレンさんに挟まれた僕は、どちらにと言うでもなく、とりあえずの意見を口にしてみた。
 「確かにな。やる気のある新入生は大歓迎だが、いきなり即決で雇うわけにも行くまい」
 「あんた去年、僕に何したか忘れてるでしょう」
 やれやれとばかりにデスクの端末から本局へ通信を入れるガレンさんに、思わず突っ込みを入れてしまった。
 面接その日に都市外戦闘経験しましたが。
 「あの、本局と言うのは?」
 赤毛の少女がおずおずと聞いてきた。
 「ああ、都市警察本部は此処とは別の場所に店子を構えてるんだよ。此処は因みに、喧嘩上等の強行突入課。荒事ばっかりだから余りお勧めしないけど・・・」
 止めておいた方が良いよ、むしろ都市警に就労を希望する事自体を、と言う意味を込めてやんわりと少女に言ってみたら、勢い良く首ををふって力強い言葉を返してくれた。
 「いえ、私は警察官になるのが夢なんです。都市の治安維持と言う仕事ならば願ってもないです!」
 これまでに居ないタイプの熱血漢、いや熱血少女さんでした。
 アントーク隊長もこういう子を小隊に入れるべきだよねぇ。

 「荒事上等とは都合が良いな、カテナ、そのお嬢さんを社会科見学に連れて行ってやれ」
 そんな事を考えていたら、端末から耳を離したガレンさんが不吉な意見を口にした。
 「汚い社会の煤けた裏側なんて、夢と希望に満ち溢れた新入生に見せるべきじゃないと思うんですけど」
 「社会のはみ出し者が商店街まで溢れているらしい。ちょっと出てきて、夢と希望ある光景を取り戻して来い」
 そう言って人のデスクから錬金鋼の差し込まれた剣帯を、僕に投げ渡してくる。
 「・・・マジで連れて行くんですか?」
 「事件が起こっているのは中央通りの7番街路だ。馬鹿を始末するついでに、お嬢さんを本局へ案内してやれ」
 行政府、生徒会塔から走る中央通りに面したところに、都市警察本局は存在している。因みに社会の後ろ暗い部分を担当する此処、強行突入課のオフィスは其処から幾つかの街路を折れた奥まったところに鎮座している。威圧的なのは良くないから、らしい。
 「てか、ゲルニさんだっけ?よく此処の場所解ったね?」
 むしろ、本局の方が見つけやすいと思うんだが。
 「寮区から一番近い都市警出張所を探したんですけど、一番此処が近かったので・・・」
 さいですか。
 僕は僕は左右二本ずつ、計四本の錬金鋼が刺さった剣帯を腰に巻き、少女を促して強突課のオフィスをあとにした。
 
 「先輩・・・ええっと、スイマセン、お名前は」
 「ああ、ハルメルンです。ゲルニさん、で良いのかな?」
 ナルキで良いですよ、敬語も要らないですと言っていたが、とりあえずはゲルニさんと呼ばせてもらう事にした。
 屋根の上を飛び移りながら中央通を目指す僕に、流石に荒事上等と自分で言うだけの事はある、しっかりと追従してきている。
 発剄がちゃんと出来ていると言う事だ。鍛えればきっと、将来有望だろう。
 「それで、何かな?」
 「あ、はい。ハルメルン先輩は、そのバッジ、ひょっとして小隊員でもいらっしゃるんですか?」
 ああ、そういえば。
 余り考えないようにしていた事だが、今、僕の制服にはエリートの証である小隊員の銀バッジが飾られていた。
 十七、と刻まれている。
 「寮の先輩に聞いたんですけど、武芸科の小隊員はエリートだから都市警になんか所属する事なんか無いって、でも、先輩は・・・」
 何だろう。尊敬のまなざしが心に痛い。
 訓練などを考えれば、実際問題として就労に勤しむなど時間の無駄だろうし、小隊員が都市警察に所属したがらないと言うのも理解できる。現実は所詮、安いプライドから来る問題なのだが。
 此処でお金無いから働くしか無いんだよとか、きっと言えないよなぁ。
 「ま、必要とされるなら、力は振るわれるべきだからね。喩え小隊に所属していたって、その辺は、ね」
 止めたいけど止めさせてくれないし。
 言外にそんな意味を込めて投げやりに言ってみたら、ゲルニさんにいたく感心されてしまった。
 うう、心が痛いなぁ。
 そんな要らない理由で胃に重石を感じていたら、目的地に付いてしまった。
 少し離れた位置に見える都市警の本局を指で示す。
 「僕は下で乱闘してる馬鹿を鎮圧するけど、都市警察は、ホラ、あれね。入り口の事務員に・・・」
 「ミィ、それに・・・メイ!」
 言うが早い。
 躊躇うことなく足場にしていた立て看板を蹴りだし乱闘の現場に躍り出た。
 状況を確認してみれば、怯えた二人の少女に、その周りを囲み観戦している野次馬。
 柄の悪い男たちが・・・って、ああ。連中、よく都市警でお世話してるあたま悪いやつ等じゃないか。
 対戦相手は、確かアレだ。連中と対抗してる不良グループ。
 「ナンパにナンパがいちゃもん付けて・・・って処か」
 アホらしい。まぁ、確かに。あの怯えてる美少女何かは、声の掛け甲斐がありそうな魅力的なプロポーションをしていらっしゃいますが。・・・って、よく見ると馬鹿どもの仲間に腕掴まれてるな。
 ああ、で、今その馬鹿に殴りかかったゲルニさんは捕まっていた二人のお友達、と。
 「・・・って、馬鹿がっ!」
 錬金鋼抜きやがった、あの馬鹿共!!
 新入生は今年から入学から半年間、帯剣は禁止されている。
 当然、丸腰のまま殴りかかったゲルニさんは、圧倒的な不利となる。
 踏み込むタイミングが早すぎたのがまずかった。馬鹿の錬金鋼の振りぬき様、それが、降ろされる最悪のタイミングで相手の間合いに飛び込んでいた。
 切られる、確実に。

 無論、背後からのアシストが無ければ、の話だが。
 おもいきり馬鹿の頭を揺らすように鉄撥から衝剄を叩き込む。
 女の子二人を捕まえていた馬鹿は、泡を吹いて地面に倒れ付した。
 「・・・ハルメルン先輩?」
 こちらの動きを認識していなかったらしい。
 いきなり倒れた男の後ろから現れた僕を見て、ゲルニさんは驚いた顔をして急停止した。
 つかまっていた女の子たちも、怖いものを見るような目で僕を見ていた。・・・傷つくなぁ、オイ。
 「一応お友達を助けようとしたって事で正当防衛が適用できるけど、ゲルニさん、都市警で働きたいって思ってるんだったら、迂闊な行動は慎まなきゃ」
 この際だから精一杯格好良い先輩を演じてしまえと開き直って、エリプトン先輩風に格好付けた事を言ってみた。
 最近、クラスの人たちはあんまり僕らに話しかけてくれなくなってきたし、上司含む諸先輩方は僕の事をコストの掛からない傭兵か何かと勘違いしている節がある。
 ・・・ならば、新入生達に期待してみるのはどうだろうか。
 何か野次馬の隙間から怖い視線を感じるような気がするけど、此処は一つ新たな出会いを求めて気合を入れてみよう。
 僕は鉄扇を扇ぐように下から振りぬき、外力系衝剄・波衝扇を放つ。剄により作られた波濤は、理由を忘れて乱闘に夢中だった男たちをあっさりと吹き飛ばした。因みに、片手で放ったから上方へ吹き飛ばしただけで済んだが、実際は両手で放つ事により剄の波で圧殺する技である。どうしようもない程オーバーキルであるが、気にしたら負けだ。
 ついでに野次馬も何人か吹っ飛んだように見えたけど、まぁ良い。見てるだけなのも同罪って事で、ガレンさんに後始末は苦労してもらおう。
 
 「ありがとうございましたー!いやぁ、先輩凄いんですねぇ!」
 「ミィ、失礼だ。本当に先輩、ありがとう御座いました。もしご一緒にお仕事できるようになったら、その時はご指導よろしくお願いします!」
 「ぁ・・・とう、・・・した」

 ・・・結局、スタイル抜群なあの子には、最後まで怖い物を見る目線を向けられていました。
 もう一人は新しい玩具を見つけたような目をしてるし、ゲルニさんは・・・うん、早めにこっちの馬脚を現しておかないと面倒な事になる気がしてきたが、もう遅いか。そんなに尊敬するような目線で見ないでくれ、頼むから。
 それにしても、おんな三人寄れば姦しいとも言うか。
 口々にお礼を言ってくれるゲルニさんとその友人達に別れを告げて、僕は足早に中央通を後にした。
 普段はゲルニさんが虫除け役をやっているのだが、何でも、都市警の見学をしてみたいからと、別れた所が運の尽きだったらしい。
 まぁ、アレだけの美少女達だ。振り返って歩いている三人を眺めてみれば、とても楽しそうに歩いている。
 その姿を見送りながら、何処へ形とも無く、ポツリと呟いてみる。
 「声を掛けたくなる気持ちも、少しは解りますよねぇ?」
 「それで、ピンチに託けてポイント稼ぎですか。カー君もあくどいですね」
 ・・・・・・ああ、やっぱり?
 うん。まぁ、ね。居るとは思ったんだよ。そんな気配がしたし。
 でも、こう、予想以上に不機嫌な声は何とかなら無いかなぁ?
 「私が居残りで隊長の特訓とやらにつき合わされている間、そうですか、カー君は新入生達と仲良くお喋りですか」
 
 まずは蹴りを一発。その後は、適当に喫茶店でも。
 過ぎ去り行く美少女達を頭の隅から追い出して、 給料日前の財布が入った胸ポケットの心もとなさに涙しながら、僕はゆっくりと振り向いた。





   ※ 平成ライダー、夏のギャグ回みたいな感覚でお楽しみください。
     まぁ、アレです。いよいよ次回でプレ編ラスト。その後は割とノンストップで話が進むので、最後の息抜きと言ったところです。
     久しぶりに何も考えずに書いたらオチが思いつかなかったので、完成したら90年代ラブコメ漫画みたいな締め方になっていました。
     ・・・たまには、良いか。
     後は、今後加速度的に増えていく追加キャラのための前哨戦ですかねー。
     いや、増えすぎるところまで書き続けるか解らんのですが。



[8118] 二十三話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/05 00:25
 「とりあえず、邪魔なゴミは全部片しておきましたけど・・・って、何を見てるんですかガレンさん」
 
 さて、新学期も間近。
 我ら都市警察強行突入課も、新しい年を迎えるために、むしろ去年のすすを払うために、早い話が大分遅い大掃除を行っているのだった。
 何故この忙しい時期に、と問われれば理由は単純。ウチの課、課長を筆頭に殴りあい上等の人たちばかりなので、デスクワークは大の苦手なのだ。
 因みに僕は何故か下っ端なのにデスクワークが回ってこない立場に居る。
 上司曰く、お前に端末を使わせると碌でも無い事になりそうだからだとか。
 いつか絶対パスワードを解析して不正な資金流用とかを見つけ出してやろうと思ったのは秘密である。
 で、まぁそう言った今までデータ化してなかった報告書の打ち込みとか、資料として集められた各種書類、写真その他諸々。いい加減、新年が始まる前に捨ててしまおうと言う本局からの鶴の一声が掛かったお陰で、我が強突課は本日てんやわんやの大騒ぎと相成ったのである。
 そんな中で一人呑気にバインダーを捲っている上司が居れば嫌でも目立つ。
 ガレンさんは僕の問いににやりと笑って眺めていたバインダーを広げて示して見せた。
 
 「いや、何。いい加減書類整理も疲れたから、少し目の保養をな」
 性格に似合わず見た目には似合いそうな下世話な言葉を口にするガレンさん。
 広げられたバインダーには、幾枚かの写真が注釈付きで・・・マテやコラ。
 「それ捨てましょう」
 「何を言う、コレはれっきとした事件報告書だぞ」
 僕が剄を乗せて威嚇しても、ガレンさんは知らん顔だ。・・・って言うか、オフィスで自分の机を片付けている先輩方もにやけているような気がする。
 畜生め。僕より弱いくせに、態度の悪い先輩ばかりである。
 ため息を吐いた。
 ガレンさんが広げている写真を眺めれば、そこに映っているのは、黒い髪を肩口で切りそろえた細身の少女が、艶やかな振袖を纏って微笑んでいた。
 別の写真には銀髪の少女が不機嫌な顔のままトロフィーと襷帯、ついでにローブなんかを掛けられている写真が映っていたりするのだが、まぁそれは良い。
 「せめて僕の写真は捨ててください」
 「何を馬鹿な。都市警察の新入生の募集のための広報ポスターに使おうと言う案も出ているんだ。そんなもったいない事出来るか」
 振袖姿の少女の写真を示した僕の願いを、上司はすげなく却下してくれた。
 「因みにもう一枚、生徒会長の妹と一緒に写っている写真もあるが・・・」
 「いや、もう良いですから勘弁してください」
 全力で投了した。
 つーか、これ以上人の恥部を晒さないでほしい。
 上司はそんな僕の姿を見てガハハと笑っていた。ええい、元はといえばこの人の生なのに。
 僕は、その日の出来事を思い出してため息を吐いた。

 前期の全講習が終了し、ツェルニに長期休校期間が訪れた。全施設完備方の通常の都市にある学校と違い、特化型の学園都市であるツェルニでは長期休校と言っても帰省する学生と言うものは存在しない。何せ、エアフィルターの外に出ると言うのは、それだけで命がけなのだから。
 と、なれば思春期の若者にとって待ち遠しい自由期間も何時もと同じ学校で過さなければならなくなる訳で・・・早い話が、何時もと違う娯楽が、イベントが欲しくなると言うのが世の情けだろう。
 「それでミスコンですか・・・」
 「おう、ついてはお前に選手の一人として出場してもらいたい」
 お茶を吹いた。
 強突課の会議室の机に広げられた資料に、思い切りお茶が降りかかる。まぁ、プラスチックペーパーだから平気なのだが。
 「色々と確認したい、と言うかこっちの言いたい事も理解してると思うんであえてほかの事から聞きますけど、何で?」
 何時ものように人に無茶な仕事を押し付けようとしている上司ガレンは、ウムと重々しく頷いて答えた。
 「露出度の高い女性徒が商店街の中央広場で素肌を晒してみろ。熱に浮かされた馬鹿な男子生徒が暴走して碌でもないことが起きるかもしれん。出場選手の中に混じって警護を行えば安心だ。コレが一つ。後は単純に、この企画を妨害すると脅迫状が届いた」
 うわぁ、解りやすい。つーか、ならもっと解りやすく中止にしてもらえんかね。
 詮無き事を考えた後で、僕は聞きたくない事を聞いた。
 「で、男子学生の僕が何ゆえ"ミス"コンテストの舞台に上がらねばならないんですか」
 いやもう、答えは予想済みなんだが一応答えてくれ。
 「始めはステージ脇にでも制服警官を配備しようと思っていたんだがな、主催のジェイミス・・・ああ、服飾科の生徒なんだが、そいつがむさい男なんか並べたらステージが曇るとぬかしてな。だったら女ならば良いだろうと適当に女性警官を選んで確認を取ったら、可憐さが足りないとの託宣を述べやがった。じゃぁもういい、お前が選べと都市警所属生徒の顔写真まとめて送りつけてやったら―――」
 「ああ、もう良いです。それ以上聞きたくない」
 頭を抱えて話を途中でさえぎった。
 「まぁお前さんは仕草も女っぽいし、見た目も髪型も正直狙っているんじゃないかと思うところも有るから、適任だろう?」
 ガレン氏はこちらが断らないと決め付けて気軽に言ってくれた。
 ・・・まぁね。ツェルニに着てからこっち、不良学生と乱闘ばかりしてて忘れかけてるけど、僕の本職は舞踊家だ。いや、グレンダンでも戦闘ばっかりだったけど。
 とにかく、女形と言うジャンルを幼少の頃より叩き込まれた僕は、自然と仕草や行動が女性的なものになった、らしい。自分では良く解らないけど。
 ロスさんにも初対面の時に何で男子の制服着てるんですかと聞かれたくらいだ。
 お陰さまで顔立ちも、体格まで女性っぽくなってしまったのは何か成長ホルモンの分泌とかに問題があったんじゃないかと疑いたくなるありがたさだが。
 「まぁ、そう言う訳だ。衣装は向こうが用意するらしいから、適当に媚でも振りまいてきてくれ。ああ、ついでに―――」
 最後に付け加えるように言われた言葉に、僕はまたしてもお茶を噴出した。

 「オホホ、おハルさんたらなんて美しいのかしら」
 「ウフフ、ロスお嬢様には叶いませんわ」

 ・・・野外特設ステージの舞台裏は、夏の日差しの中季節外れのブリザードが吹き荒れそうな有様でした。
 向かい合うのは、艶やかな振袖姿、黒髪に琥珀色の簪を煌かせた美少女こと僕。
 そしてフリフリのお姫様ドレスを装着し、銀色の髪をアップに纏めたフェリ=ロス女史。
 無言でお互いを褒めると言う名の罵倒をしながら、お互い思っている事は一つ。
 お前は何故ここにいる。
 「・・・いや、ホントに。ロスさんこういうのに出るキャラじゃないでしょ」
 「おハルさんにはお似合いのステージですけどね。ええ、何故私も自分が此処に居るのか少々、いえ大いに疑問です」
 ロスさんは愛らしい衣装を纏ったまま、何時もどおりの毒舌を吐いていた。
 舞台の向こうでは報道科の司会者がステージ前に集まった大衆をアジっている。 夏の熱気そのままの大歓声を聞いて、ああ、斬剄叩き込みてぇなと思ったのは当然の帰結だと思う。
 聞けばロスさん、何でもクラス推薦で選ばれてしまったらしい。たまたま一人で―――僕とつるんでない時は基本的に一人だねこの人―――で商店街まで足を運んでしまったら、揚々と参加登録に来たと思われたらしい。
 で、訳のわからぬうちにメイクアップされて現在に到る、と。
 「・・・自分が此処に居なければ指差して笑えたのに」
 口元を扇子で隠してそう呟いたら、豪奢なドレススカートに包まれたヒールの高い靴が脛を狙ってきた。
 ・・・ドレスが重すぎたか、何時ものキレが無い。それどころか、ロスさんは体全体のバランスを崩して、こちらに倒れこんできた。
 「おっと」
 素早く足袋に草履を履いた脚を動かして彼女を抱きとめる。
 振袖姿の少女に抱きとめられるドレス姿のお姫様。・・・何だか、百合百合した趣味の人たちが喜びそうな構図である。つーか、撮影部の人が写真取ってる気がするのは気のせいじゃないよね。
 ロスさんは僕にしがみついたまま恨めしそうに見上げてきた。
 「・・・随分、その格好になれてますね」
 「まぁ、着物は仕事着みたいなものですから」
 舞台に上がる時には何時も来ていたと説明したら、より一層不機嫌な顔になった。
 「私はこんな格好をするのは初めてです」
 「そうですか。あー、似合ってます、よ?」
 僕の言葉にありがとうございます、とロスさんは実に無表情に笑った。
 ・・・そろそろ彼女との付き合いも長くなってきた。ようするに、地雷を踏んだ事に、僕は気付いた。
 「ええ、まったく。知ってますか?私とおハルさんって同じクラスなんですよ?」
 夏の日差し。間違いなく降り注いでいるのだが、何故だろう。とても寒い。
 「推薦候補は私以外にももう一人出場を争っていた方がいらしたらしいんですけど、おハルさん、知っているかしら。一票差で私が勝ったんですって」
 その勝敗を分けた一票は、最後に送れて投票されたとか。

 ああ、そう言えば。普段話さない、正直名前も覚えていない女子と、ロスさんの名前を並べられて、どっちが良い?とか誰かに聞かれたような記憶が、無きにしも非ず。
 現状は、がっちりと胸倉をつかまれて、離れられそうに無い。
 眼下にはドレス姿のお姫様。お姫様のガラスの靴は、当然、ハイヒール。

 それが今まさに、僕の足に打ち落とされんとして―――。

 「あれ、足袋を脱いだら裏側が真っ赤だったんだよね・・・」
 日も暮れ、オフィスを後にして自室に戻り、その痛みを反芻して身震いした。
 ベッドに転がり、天井を見上げる。結局、その後ミスコンは滞りなく・・・まぁ、軟派で軽薄と評判の報道科の司会者が元恋人に刃物を持って襲われると言うちょっとした事件があった後、無事に片付いた。
 優勝は、勿論お姫様。因みに振袖姿の美少女は元々オブザーバー枠だったので投票不可だったらしい。・・・それでも、何故か無効票を総合するとお姫様と一票差だったとかで、頭が痛くなってくるが。
 視線を、作業机の上にずらす。
 都市警察の事件報告書には乗っていない、ミスコンの舞台裏の写真が、何枚かの他の写真と共にコルクボードに貼り付けられている。
  
 その写真に写っている、抱き合う二人の美少女の顔は、勿論―――。






   ※ やぁ諸君、元気かい?
     何だろうね。感想を見ていたらミスコン、ミスコンと要望が多々あるじゃないか。んで、たまたま暇だったりしたわけだよ。
     後は、解るだろう?

     ・・・・・・と、言うわけで。アレです。ゴールデンウィーク特別企画みたいな感じ。久しぶりに即興で書きました。
     投稿フォームに直書きって9話くらい以来じゃね?
     始めは番外で超ショートのつもりで書き進めてみましたが、完成したら何故か何時もどおりの長さになってましたので
    話数も正式なものにしました。制作期間一時間の割りに、長くなった・・・。
     ところで、主人公の容姿が披露されたのが実は初めてだったりしますけど、コレは当初から決めていたものだったりします。
     西洋人形(フェリ)に対する日本人形(カテナ)という並べ方。

     また気が向いたら突発でやりたいですねー。んでは、次回第一部最終回をお楽しみにー。
 
 



[8118] 二十四話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/05 20:05

 風に揺られて舞い踊る花びらの如く。
 優美に、華麗に。
 体幹は常に一定とせず、自然界、森羅万象の流れに自らを委ねる。

 「・・・お前さん、そっちの道でも食ってけそうだな」
 広々と、そして閑散とした、第17小隊専用訓練場に雑音が響き、それが男の声だと認識してしまったところで、僕は舞を収める。
 両手に握っていた鉄扇を待機状態に戻し、声のした方へ振り返る。
 「これでも、こっちが本業ですから。武芸の方はアレですけど、舞は一応皆伝まで貰ってるんですよ」
 だから、只見をしたならお捻りをよこせと手を開いて見せたら、ありがたい事に缶ジュースを投げ渡してくれた。
 「俺からすれば、武芸の方もたいした物だと思うがね」
 エリプトン先輩は、自分の持っていた缶ジュースに口を付けながらぼやいた。
 「武芸の方は、探せば何処にでもバケモノが見つかりますからね」
 鍛え上げた分だけ強く慣れたとは思うが、所詮僕の力は鍛えれば身に付くレベルの力だ。天性の物には及ぶべくも無い。
 ホンモノの天才と言うのは、僕らの横でちびちびとコーヒーを飲んでいるお嬢様のような事を言うのだ。
 「何ですか?女性と見たら片端から声を掛ける変態のような嫌らしい目で見て」
 ・・・・・・まだ怒ってるんでしょうか。
 そもそも怒られる理由が、・・・ああ、いや、うん。止めよう。ヤブ蛇だ。
 エリプトン先輩はご愁傷様という風に笑いながらこっちを見ていた。
 
 こんな構図にも、そろそろ慣れてきた。
 第17小隊が正式に結成されてから今日でもう二週間と少しとなる。
 そして、明日はいよいよ学園都市ツェルニの入学式が待ち受けている。
 小隊最少人数しか存在していない我が小隊としては、是非とも新入生の見所のある人間を確保したいところである。
 が、しかし。
 「コイツも駄目。じゃぁコレも・・・、ええい、コイツもこの男も、コレもすでにスカウト済みか!!」
 不機嫌極まりない声が、訓練場に響く。
 我らが隊長こと、ニーナ=アントーク先輩が入室してきた。お供の専属錬金鋼技師、サットン先輩も一緒だった。
 「どうしたニーナ、遅れるなんて珍しいじゃないか」
 「ん?シャーニッドか。今日は遅刻せずに着たんだな。ああ、スマン。私が遅れたのか。・・・いやなに、新入生の有望株をピックアップしていたのだがな」
 アントーク隊長は気難しい顔をして頭を掻いている。その言葉をサットン先輩が補足した。
 「見所がありそうな武芸科の新入生は、全部他の小隊に目を付けられちゃってるんです」
 「そりゃそーだ。まさか入学式前日に人探しを始めたって、ろくな連中捕まらねーよな」
 「そういえば、僕らの時も、入学初日から銀バッジ付けてる人たちがいましたっけ」
 ああ、ニーナも実はそのクチだよ。へーそうなんだ。ははは、実は俺も俺もー。
 一人悩むニーナ先輩を尻目に、男三人でおき楽に話し合う。
 因みに、小隊最大戦闘参加人数は七名。予備として確保できる人数は最大七名。計14名の武芸者で一つの小隊という構成になる。
 入学初日からスカウトされたからといって、その年の小隊戦にいきなり出場できるわけでは無い。
 まずは小隊の訓練を共にしながら、自らを高めていく事となる・・・無論、エリートコースに乗っているのは間違い無いが。
 
 「やはりこんな書類にばかり頼っていては駄目だ!金剛石の原石は自らの目で見つけ出さねば!」
 ・・・・・・金剛石て。
 顔を上げて力説を始めたアントーク隊長に対して、小隊員一同でうわぁめんどくせ~と言う顔をする。
 そのとき、フェリさんが突然挙手をした。
 「体調不良です。スイマセンが今日の訓練は早退します。ええ、明日まで直る予定はありません」
 フェリさんは既に荷物を纏め始めていた。こう言う時ばっかり素早い人である。
 僕は錬金鋼を剣帯に収めて言った。
 「ああ、因みに僕は都市警の警備に借り出されてるんで、非常に残念ですがお付き合いできません。おっと、無駄話している間にバイトの時間が」
 こういうのは勢いが大切である。
 僕もフェリさんに追従するように荷物を纏めに入る。因みに今日は夜勤であり、現在まだ昼である。
 「あ、ちょ、後輩!お前ら待てっ。あ、ニーナ、良いか俺は・・・っ!!」
 「シャーニッド。小隊の年長者である我々の役目は、明日の入学式に参加する新入生を直接その場で見極めて勧誘する事にある。人手は幾らあっても足りないことは無い。解っているな?」
 慌てて僕らに続こうとするエリプトン先輩の両肩を掴んで、アントーク隊長は力説する。
 「あ、二人とも本当に帰るんだ・・・」
 言わずもかな。
 呆然としているサットン先輩を尻目に、僕とフェリさんは、楽しそうな先輩達をおいて、訓練場を後にした。

 最近恒例となっているのは、公園をぶらつきながら屋台をハシゴする事にある。
 今日の一発目は行列の出来るクレープ屋だった。並んでいる人の女性比率が多すぎて、正直居辛い。
 フェリさんはがっつりと腹に溜まりそうなアーモンドチョコ生クリームクレープを手にご機嫌である。
 僕はトマトサラダクレープを受け取りながら、訓練場の会話で気になっていた事を尋ねた。
 「期待の新入生には入学前から目星が付けられている・・・ですよね?」
 「・・・そういう話を兄からも聞いた事があります」
 期限良さそうにクレープを齧っていたのが、とたん無表情に変わった。
 こちらが何を言いたいのか、大体予想できたらしい。
 ・・・と、言う事は答えもこちらの予想通りなのだろう。僕はいっそ気楽に言葉を続けた。
 「何で僕にはスカウトが来なかったんでしょうね?」
 自分の記憶が間違っていなければ、僕は奨学金審査に提出する書類に、『都市外戦闘経験有』と書いた。
 所持資格、技能検定等、何も記せるものが無かった僕が、審査を有利にするために書いた苦肉の策であったのだが。
 このツェルニに来て初めて解った事だが、都市外どころか、外延部ですら汚染獣との戦闘経験がある人間など殆ど居ない。
 ならば、実戦経験のある武芸者が入学してくると言うのであれば、断然武芸科小隊員の目を引いてしかるべきである。
 「ありましたよ、スカウト」
 僕がそんな事をつらつらと説明していたら、フェリさんがポツリと呟いた。
 「ちゃんと貴方の実力を理解して、予め、先手を打って手駒を差配していた人間は居ました」
 「・・・例えば、入学書類をこっそりと好き勝手に書き換える権力がありそうな人とか?」
 そういえばガレンさんも、僕が都市外戦闘が出来るって言った時は、いたく驚いていたっけ。
 フェリさんは、クレープの最後の一欠けらを口に入れた後、大きくため息を吐いた。
 「ええ、私です。兄に言われて、貴方の傍に張り付いていました」
 そう、彼女はあっさりと認めた。

 今更どうこう言うつもりも無かったのだが、いざ実際に言われてみると、案外ショックを受けている自分が居た。
 思えばあの夕焼けの中に念威端子を確認したあの時も、ただ、『言われたから』僕を見ていたのだろう。
 と、その時。
 柄にも無く、俯いて大きく息を吐いていた僕の視界に、アイス・カチャンが差し出された。
 顔を上げる。銀色の少女の顔が見える。ばつの悪そうな、罰を受けている子供のような顔。
 差し出した手は、カップが冷たいからだろうか、かすかに震えていた。
 受け取る。拍子に手が触れ合う。お互いの視線が、絡み合う。
 「一つだけ言っておきますけど、私は―――・・・っ」
 必死な、可憐なその唇から零れる言葉を押し留めるように、触れ合った指を、手を重ね合わせた。
 端から見ればなんとも間抜けな光景だろうなと、笑いがこみ上げてきそうだった。
 と、言うよりもどうしてこ、僕らは唐突にこんな感じになるかね?
 まぁ、良い。これも平穏な時間の一幕と言うヤツだろう。
 「良いですよ、特に何も聞くつもりも無いです。ただ一人で都合よく解釈して、勝手に舞い上がる予定ですから」
 フェリさんが目を瞬かせた。
 その後、ぐい、と。僕の胸元までアイス・カチャンの入ったカップを押し付けてきた。
 「・・・馬鹿ですねぇ、おハルさんは」
 笑った。
 フェリさんも、憮然としたような表情で、笑った。
 何ですか。拗ねるような声に答えて、僕は気軽な言葉を返す。
 「いや、気付けばその呼び方も懐かしくなっているんだなって」
 「一年ですよ。カー君と私が会ってから、既にそれだけの時間が流れました。少しくらいの変化は、どちらにもあるでしょう」
 良くも悪くも、人間と言うのは環境で変化していく。
 一年前の彼女と、今の彼女は、やはり、大きく違ってしまっているだろう。
 変わらないまま今まで居たら。その先はどうなっていたのだろう。
 変化は果たして好ましいものなのだろうか。この先を見てみない限り、解らない。
 それはさておき――――、

 「今後ともどうぞ宜しく、って事で、良いですかね?」
 「何ですか、それ?」
 くすりと、一つ。花が咲いて。
 その日は、遂にやってきた。

 



   ※ 奏楽のレギオス・完


    ・・・・なんかもうコレで次回作にご期待くださいで良いんじゃねーとか言う感じですけど、一応まだ続きます。
    むしろコレからが本番のような。一先ず一回目の最終回って事で、コレで今後何時打ち切りになっても平気だぜ!
    しかしアレですね。『最近読みたいSSが更新されないな~、じゃぁ自分で書くか』ってノリで始めた小ネタだったのに、
   我ながら良く続いたものです。気付くとどんどん手癖が出てきて、見る間に主人公がドライな人になってきてるのは困りモノですが。
    彼のあの悲惨な過去、書いた自分が一番驚いたからね!一話書いた頃はノリの良い貧乏劇団のつもりだったのにねぇ。
    まぁ、そんな感じで、次回、散々引っ張ってきた例の彼が来ます。お楽しみに。

    ・・・あと、主人公の容姿の件で、アルト姫って意見が出てて、なるほどなぁとか思いました。
    個人的には塔矢アキラのイメージだったのですが。あと、某Gardenなるエロゲに出てくる主人公の友人。



[8118] 二十五話(原作一巻一話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/06 19:28

  ― クロムシェルド・レギオス:Interlude 1 ―

 
 レイフォン=アルセイフにとって、この現状は、全く許容できる物ではなかった。

 彼は全てを捨てて、否、捨てさせられて、此処へ来た。
 学園都市ツェルニ。
 此処に、既に終わってしまったものを、この後もずっと終わらせ続けるために。
 そのはず。
 そのはずだった。頭を抱えて思いつく限りの罵詈雑言を思い浮かべてみても、最早それは叶わない事は、レイフォンには理解できてしまった。
 一体何故、こんな事に。
 真新しい白い制服は、彼の身体に驚くほどフィットしており、彼の腕を掴む、細い指は、驚くほど力強い。
 昼の日差し輝く、自立移動都市の河川敷の遊歩道を、彼は年上の少女に手を引かれて歩いていた。
 ニーナ=アントーク。
 金色の短髪。力強い瞳。彼女はそう名乗った。
 この男を私に下さい、そう、生徒会長室の主である銀髪の男に宣言した後、レイフォンの手を掴むや否や、部屋を飛び出していって、此処にいたる。
 自分と同じ、白い制服。違いは、性別と、それから、胸元の銀バッジ。
 その違いの理由は解らないし、ついでに、腕を引かれて何処へ連れて行かれるのかも解らない。
 そもそも、ニーナがレイフォンを必要とする理由は何だ?
 生徒会長が、自分の事を知っていた理由は何故だ?
 何もかも、解らない事だらけ。見知った人が一人も居ない場所に放り出されて、訳の解らない状況に巻き込まれ続けている。
 レイフォンは、急に不安になった。
 腰に巻かれた剣帯に、錬金鋼が差し込まれていない事が、これほど不安に感じるとは。
 あの頃は、グレンダンに居たころは、剣さえあれば全てが解決したのに。
 いや待てレイフォン。
 僕はそれで失敗したから、このツェルニに着たんじゃないか。
 いや、でもさ。だからってこの仕打ちは、一体、何時まで続くのさ?
 ありていに言って、レイフォンは泣き出しそうだった。
 こういうときは、楽しい事を考えよう。そうだ、リーリンに手紙を書かないと・・・。
 
 涙を堪えて現実逃避がてらに空を見上げたレイフォンは、エア=フィルターの気流が巻き起こす涼風の中に、淡く輝く花びらが散っているのに気付いた。
 その花びらは、幾度かレイフォンたちの頭上を舞った後、ひらりと川沿いに流れ始めた。
 視線を戻し、その行方を追う。
 都市深部の空調を司る排気口、その大きな円周の傍らに、錬金鋼を握った銀色の少女の姿が見えた。
 レイフォンたちを、じっと見ている。
 その瞳は憐憫とも哀れみともつかない・・・強いて言えば、諦観に近いか。そんな表情で、レイフォンを見ている。
 思わず立ち止まってしまったレイフォンに、腕を引っ張っていたニーナも気付いた。
 「フェリか。・・・あんな所で何をしているんだ」
 レイフォンがニーナに視線を移すと、彼女は銀色の少女を手招きしていた。
 どうやら、知り合いだったらしい。
 トコトコと近づいてきた少女は、ニーナと二言三言会話した後、グルリと首を動かして、無表情にレイフォンを見上げてきた。
 何ともいえぬ存在感に、思わず一歩たじろいてしまう。
 「・・・ご愁傷様です」
 だが、結局。少女はその一言でレイフォンから全ての興味を失ってしまったようだった。
 ご愁傷様。まさに今のレイフォンに対して相応しい言葉である。
 見知らぬ少女にそれを言われたとあっては、レイフォンには戸惑うしか出来ないが、ニーナが簡単に説明してくれた。
 あの生徒会長の、このフェリ=ロスという少女は、妹らしい。そう言えば、風に靡く銀色の髪がカリアン=ロスにそっくりである。
 「では錬武館へ向かうとしよう。フェリ、お前もこのまま来てくれ。シャーニッドとハーレイはもう向かっているはずだ。後は・・・」
 「遅れてくるそうですよ。さっき、都市警察の人間と談笑していました」
 はぁ、と。
 フェリの言葉にため息を吐くニーナ。
 全くどいつもこいつもと、なにかブチブチと呟いている。
 レイフォンはますます、このわけのわからない状況を嘆きたくなった。

 錬武館。武芸科生徒が訓練をするために使用する施設。
 其処でレイフォンたちを待っていたのは、狙撃銃型の錬金鋼を弄っている金髪の伊達男と、つなぎ姿が様になっている人の良さそうな男だった。
 フェリは壁の端に備えられた長椅子にペタリと座り込み、肩に担いでいた学生鞄から雑誌を取り出し、無表情に読み始めた。
 ニーナはまた一つ、ため息を吐いた後、レイフォンに言った。
 ここ、パーテーションで区切られたちょっとした広さを持つ空間は、彼女らが所属するツェルニ第17小隊の専用の訓練場らしい。何でも第17小隊はまだ出来たばかりの小隊で、なるほど確かに、この空間は何処か新しい感じがする。
 此処が何処で、彼らが何者なのかは理解できた。
 だが、レイフォンには理解できない、否、理解したくない事があった。だから、聞く。
 「あの、それで、僕はどうしてここに呼ばれたのですか?」
 金髪の伊達男、シャーニッドの笑い声が上がる。
 足をばたつかせて、大爆笑である。ニーナが苛つくように肩を震わせた。
 怒鳴りつけるニーナ、軽々とあしらうシャーニッド。
 そしてシャーニッドは自らレイフォンに名乗り、何故お前がここに居るのかと、その理由を口にした。
 レイフォン=アルセイフ。お前をスカウトするためにここに呼んだ。
 その言葉に、レイフォンが目の前を真っ暗にしている間に、ニーナは次々と言葉をつなげて言った。
 さあ、好きな武器を取れ!
 壁に立てかけられた様々な模造武器を示しながら、ニーナは自身の腰元から二本の錬金鋼を引き抜き復元する。
 壁に立てかけられた、幾本もの、様々な種類の、武器。
 それがつまり、お前の現実だと、逃げようも無い、お前の限界だと、そうあざ笑っているように、レイフォンには見えた。
 
 「すいません、遅れました。もう遅いと思うので、帰って良いですか?」
 そんな声が聞こえてきたのは、レイフォンが投げやりな気分で簡易模擬剣を選び取った時だった。
 訓練所に居た全ての視線が、入り口に集まる。
 其処に居たのは、ストレートの黒髪を肩口で切りそろえた、細身の・・・恐らく、男性。
 顔立ち、立ち居振る舞い共に何処か女性的なものを感じさせるが、その声も、着ている白い武芸科の制服も、男性の物である。
 男はやる気のなさそうな顔で訓練所に踏み込んできて、無表情に雑誌を捲っていたフェリに声を掛け始めた。
 訳がわからない、と言う視線でニーナを見るレイフォン。
 ニーナはため息を吐いた。
 おい、カテナ。
 そういう名前らしい。ニーナはフェリに蹴りを貰っている中性的な男を呼んだ。
 今から新入生の入隊テストをやるというニーナに振り向いたカテナは、ついでレイフォンの方に視線を移して・・・愕然とした顔を浮かべた。
 そして引き攣った声、かすれるような響きで、ニーナに問う。
 「隊長、あの、これはどういう・・・」
 カテナはふらふらと、壁際からレイフォンたちに近づいてくる。その手が腰に十字に巻きつけられた剣帯、その両サイドに備えられた錬金鋼に伸びていることに、レイフォンは気付いた。
 「どうもこうも無い、このレイフォン=アルセイフは入学式の騒ぎを速やかに抑え、そして武芸科に転科する事になった。そこで、我が17小隊でスカウトする事にした」
 「そういう事を聞いているんじゃない!」
 だがカテナは、頭を振ってガラスが弾ける様な声で叫ぶ。
 訓練場に居た全ての人間が、驚いたように彼を見る。
 レイフォンはあずかり知らぬ事だったが、カテナ=ハルメルンを普段から知る人間にとっては、彼が此処まで取り乱すという事態は尋常な状態ではなかった。
 そしてカテナは。明らかにレイフォンと対峙するかのごとく、ニーナと彼の間に身体を割り込ませ、その言葉を口にした。
 
 「どうしてこんな所にヴォルフシュテイン卿がいらっしゃるんですか!!」

 ヴォルフシュテイン。

 それがつまり、僕の現実。逃げようも無い、僕の限界。死に体のレイフォンをあざ笑うかのように、拭えぬ過去は何処までも彼に纏わりつく。
 レイフォン=アルセイフの視界は、今度こそ無明の闇に閉ざされた。


 ― Interlude out ―





    ※いざ、開演。



[8118] 二十六話(原作一巻二話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/07 20:24
 ― クロムシェルド・レギオス:Part 1 ―


 混乱している。

 混乱している、それ以外に言いようが無い。
 そもそも混乱でもしていなければ、天剣授受者を前に錬金鋼を抜く仕草を見せるような愚を冒すはずも無い。
 カテナ=ハルメルンは自殺志願者では無いのだから。
 だが、動かしてしまった手を最早戻す事も出来ず、僕は、十七年の生涯において、最も単純で解りやすい生命の危機に陥っていた。
 「何で・・・?」
 どうして。さっきから頭が全く働かない。
 現状がさっぱり理解できない。
 僕は唯、当たり前のように都市警で警備の仕事を押し付けられて、講堂内で発生したらしい乱闘の後始末をしていた、それで、この十七小隊の訓練場に足を運んだ。フェリと話していた。それだけ、何時もの日常の筈だった。
 だがいまや、目の前には模擬剣とはいえ、錬金鋼を握った天剣授受者が存在している。
 悪い冗談、タチの悪い悪夢。
 そうであればどれほど良いか。
 普通考えれば、ありえる情景では無い、許容できる光景ではない。
 女王陛下の庇護の及ばぬこの学園都市ツェルニに、対汚染獣決戦兵器が野ざらしで置いてあるのだから。
 見間違いであれば良いと思う。
 別人で、ただ、似ているだけで、僕が勘違いして暴走しているだけだと。

 「何を言っているんだカテナ。こいつの名前はレイフォン=アルセイフだと言っただろう。その・・・ヴォルフ・・・何だ?とにかくそんな名前ではない」
 ニーナ=アントークの呑気な言葉で、その期待もあっさりと裏切られる。
 レイフォン=アルセイフなんだからヴォルフシュテインに決まっているだろうが!
 叫びだしてしまいたかった。それでこの場の何もかもが解決するなら、そうしたかった。
 だが、それも出来ない。
 ともすれば叫びだした瞬間に切り捨てられかねない状況なのだから。
 僕はただ、できの悪い彫像のように、天剣授受者を目前に身体を晒す事しか出来なかった。
 レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフ。
 何故此処に、何度もそればかり考えてしまう。何故こんな所に居るのか。
 解るはずも無い。天剣は女王陛下の御意思で持ってのみ鞘から引き抜かれる。
 至高の十二振り、その一振りが此処にあるのだから、それは女王陛下のご意思によってだろう。
 常識的に考えればそれ以外の答えなど存在しない。
 だが、理由が解らない。
 天剣授受者が、そうだ、何かがおかしい。何処が?
 表情を感じさせない、俯き顔。中肉中背、僕と然して変わらぬ、その姿。服装。白い服。白は天剣授受者の戦闘服。ならばおかしくは無い。いや、待て。握られた、剣。空いた剣帯。
 レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフ。
 天剣授受者。

 「天剣が、無い?」
 僕の言葉に、俯いたまま表情を見せなかったヴォルフシュテイン卿の肩が、ピクリと揺れたような気がした。
 それが、違和感の正体。
 天剣授受者を天剣授受者足らしめる、究極の錬金鋼、天剣が何処にも存在しない。
 都市外には、グレンダンの外には持ち運ぶ事は禁止されている、そう言う事なのだろうか?
 そうなのかも知れない。
 だが喩えそうであったとしても、レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフが目の前に居る事には変わりない。
 天剣授受者の豪奢な刺繍の施された白の戦闘服とは違うけれど、矢張り白の、武芸科の制服・・・いやいや、ちょっと待て。
 武芸科の、制服だと?
 「なんで、武芸科の制服なんか・・・?」
 「カテナ。そいつは一般教養科から武芸科に転科したんだ。入学式での騒ぎを収めてな」
 壁際から、エリプトン先輩がそう、説明してくれた。
 おどけているようにも見えるが、その目はまずは落ち着けと、僕の心情を正確に理解しているように見える。
 狙撃銃を肩に担いで、その手はグリップを握っており、指は、引き金に直ぐに掛けられるようになっていた。
 その姿を確認した拍子に、彼の傍に居たフェリの姿が見えた。
 不安げな、こちらを心配しているような、そんな顔を、無表情の中に織り交ぜている。
 フェリさん。そんな顔を見るのは、そう言えば初めてだ。
 その顔を見て、時も場合も考えずに、僕は、衒いの無い笑い顔を浮かべてしまった。
 まずは落ち着く事。
 目の前の、天剣授受者以外の何者でも無い存在を、もう一度よく観察する。
 
 うん、間違いなくヴォルフシュテイン卿である。
 そもそもグレンダンの人間が、あの無個性と言う言葉とは間逆の位置に存在する十二人の事を見間違えるはずも無い。
 つまり今、この学園都市ツェルニの、第十七小隊訓練場で、僕の目の前に錬金鋼を握って立っている少年は、間違いなくレイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフなのである。
 その顔は、いつかモニター越しに見たように、何ものも寄せ付けぬような能面の・・・いや、待て。うん、少し待とう。
 その顔。額から頬にかけて、幾本もの青い縦線が引かれていそうなその顔。
 それは、そう。
 余りのショックに表情を失ってしまったような。
 そんな間抜けな顔をしていないか、目の前のコレは。
 ・・・・・・さっきまでとは別の意味で混乱しそうだ。
 この御方、こんな表情を作れたのか。そんな訳の解らない感慨が起こりそうですらあった。
 今まで天剣授受者に抱いていたイメージが、音を立てて壊れて行きそうな・・・。
 壊れて、いきそうな。

 壊れてしまったような。

 其処まで考えて、何かを理解してしまった。
 僕は錬金鋼から手を離し、目の前の存在に問うた。
 「・・・レイフォン、アルセイフ君?」
 怯えるような、恐れるような、戸惑うような。
 そういう綯交ぜな雰囲気の瞳が揺れて、僕を見ている。
 ああ、と。
 やはりかと。
 僕は理解してしまった。
 「・・・ヴォルフシュテインじゃ、無い」
 その問いに彼は、泣きそうな顔で、頷いた。
 僕は大きなため息を吐いた。
 ヴォルフシュテインじゃ、無い。
 レイフォン=アルセイフはヴォルフシュテインじゃぁ無い。そうでは、無くなった。

 「すいません隊長。どうも勘違いだったらしいです」
 アントーク隊長に振り向いた僕は、肩を竦めて苦笑いを浮かべながら、言った。
 彼女も流石に不審気な顔をしていたが、僕が何でもないという風に壁際に引こうとすると、そうかと一つ頷いた。
 場を仕切りなおすように咳をした後、気合の入った声でレイフォンに構えるように促す。
 その姿を、漠然と見送りながら、僕は心配そうな顔をしているフェリさん達の元へと戻っていく。
 「で、どう言う事だよ?」
 狙撃銃を待機状態に戻しながら、エリプトン先輩が僕に問う。
 僕は長椅子に座っていたフェリさんの隣に腰を落としながら答えた。
 「どうもこうも、僕の方が説明してほしいですよ」
 前髪を撫で上げやれやれと天井を見上げていたら、横から差し出されたシルクのハンカチが、僕の頬を撫でた。
 汗を、冷や汗を流していたらしい。
 「どういう理屈で動いていたのか理解しかねますが、貴方らしくないですよ」
 汗を拭いてくれるその手を額まで伸ばしながら、窘めるようにフェリさんは僕に言う。
 急にその手に触れたくなった。自分の手が震えていることに、気付いたから。
 すいません、本当に申し訳ないと思って謝罪の言葉が勝手に口から出た。
 目線を、ヴォルフシュテイン卿達に戻せば、アントーク隊長が高速の刺突を彼に叩きつけているのが見える。
 当たり前のように、それをガードしている。
 だがそれも初撃まで。そこで彼を動かす発条が途切れてしまったという事なのか、次々と繰り出されるアントーク隊長の攻撃を前に、無様に後退していく様が見えた。
 「・・・遠くから見てれば解るな。つまりカテナ、お前さんと同じで、奴さん手を抜いてるってことか」
 エリプトン先輩が考え込むような呟きを漏らした。
 未熟な学生武芸者に追い詰められる至高の天剣授受者。
 眩暈がしそうなほど狂った光景だ。

 ・・・・・・何てことはない。
 彼はきっと、壊れてしまったのだ。
 壊れて、きっと捨てられて、そして、此処へ流れ着いた。
 
 だが喩え壊れていても、天剣であった事実は変わらない。
 その事実が後にどのような変化を呼び込むのか、今の僕には全く想像もつかなかった。








   ※ レイフォン=ヴォルフシュテイン=天剣=超強い=犯罪者
     全てイコールで結べる人間が実はまだ17小隊には居なかったり、というのがポイント。

     そんな訳で、感想を見た限り一話初っ端の出オチ感を無事演出できたようで、一人でガッツポーズしてます、作者です。
     まぁ、アレです。主人公(偽)と主人公(真)が出会うって言うのは既に確定された事実だったので、普通にやっても今更誰も驚かない。
     それじゃぁどうするか、と言う事でチェス盤を(物理的に)ひっくり返してみたら、ああいう変則的な形になりました。
     しかし、今回は一話丸々主人公が混乱し続けていたお陰で同じ単語を延々下記続ける羽目になって大変でした。
     



[8118] 二十七話(原作一巻三話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/08 19:32
 ― クロムシェルド・レギオス:Part 2 ― 


 突然だが、医療科塔は、錬武館の直ぐ傍に立てられている。
 通りをはさんで向かいにあるのが、錬武館で、玄関口の正面を走っている大通りを進めば野戦グラウンドに辿りつく。
 理由は説明する必要も無いだろう。
 解らなければもう一つ付け足すが、錬金科、工業科、そして建築科等の建物も近接した位置にある。
 ようするに、怪我人が多く発生する地区に病院を建てた、と言う訳だ。
 そして現在、ツェルニ第十七小隊は、その立地を最大限有効活用していた。

 医療科塔、その軽症患者を休めるための病室、その一室。
 脳震盪を起して気絶した一人の患者が、消毒液の匂いが漂うベッドの上で、静かに息を立てていた。
 喩え気絶していたとしても剄息が全く途切れていないのは、流石と言うほか無い。
 レイフォン=アルセイフ。
 僕の知る現実では、槍殻都市グレンダンにおいて、至高の十二振りの天剣の一振りに数えられていた少年。
 最強の一角に数えられる、その男が、あろうことか学生武芸者の放った一撃に叩きのめされて此処に運び込まれた・・・いや、僕が運び込む羽目になったのだから、これこそ悪夢以外の何ものでもない。
 呼吸は穏やかで、顔色も悪くない。
 むしろ、ベッドの傍らで彼を見下ろす僕の顔の方が、青ざめている事だろう。
 「それでカー君、この人は一体どういった方なんですか?」
 僕の背後にひっそりと立っていたフェリさんが、そう尋ねてきた。
 彼女は倒れた彼と言うよりも、どうも、挙動不審そのものだった僕を心配してくれているらしい。
 それはありがたい。ありがたいが、だからこそ僕は、こんな危険物の傍に彼女を一時でも長く置いておきたくは無いのだが。
 とりあえず医療科塔へ入る前も、病室へ案内される前も、帰るように促してみたが説明するまで引いてくれる気は無いらしい。
 別に隠す事でも無いので、僕は簡潔に告げてしまった。
 「武器です」
 「・・・は?」
 訳がわからないと言う顔をしていた。まぁ、そういう反応だろうと予想していたので、そのまま言葉を続ける。
 「対汚染獣用に、人類にもたらされた最強の武器、最終兵器。その一振りです。これ・・・、彼らが居るお陰で、グレンダンは今日まで存在してこれました」
 フェリさんはまだよく解らないという顔をしている。
 それも仕方ないだろう。こればかりは実際に見てみなければ理解できないと思う。
 だから、可能な限り解りやすく、続ける。
 「人種、性別、年齢、人格、人柄、主義主張。人間を、武芸者を構成するあらゆる要素が不要とされ、不問とされる存在です。喩え悪党だろうと、聖人だろうとも構わない。善悪も、好悪をも必要としない。求められているのは、汚染獣を撃退するという、唯一点。その機能だけの存在。その機能の究極系。そうであれば、如何様にあろうとも構わない、構われない存在。すなわちそれが、天剣授受者です」
 あくまで僕の意見ですが。
 最後に一言それを付け足して、説明を終えた。
 フェリさんは、僕の言葉を何とか解釈しようと眉をハの字に寄せて頭を悩ませている。
 当たり前だ。
 あんな説明が通じると思う方がどうかしている。まだ混乱しているのか、僕は。
 いや、視界がグレンダンに戻りかけているのかもしれない。
 重たい沈黙が少しの時間を満たす。

 「ううわ、ありえねぇ」
 その空気を破ったのは、パイプベッドを軋ませる、そんなお間抜けな声だった。
 身悶えている。
 天剣授受者が、至高の存在が、眼前で足をバタバタと弾ませながら、身悶えている。
 今すぐ斬扇で何もかもをバランバランの真っ二つにしたい光景が、目の前で展開されている。
 呆然と見ている間に、馬鹿そうな後輩は、ベッドから転げ落ちて、ぐへっ、とうめき声を上げていた。
 気まずい。
 何が気まずいって、向こうがこっちの存在に気づいていない事も、フェリさんの冷たい視線も、何もかもだチクショウ。
 ベッドの向こうでは絡まったシーツを頭から引っかぶった存在が、まだ何かブツブツ自問自答している。
 咳払いを、一つした。
 もぞもぞと動いていたシーツのお化けの動きが、止まった。

 「お目覚めでしょうか、ヴォルフシュテイン卿」
 僕はフェリさんを一歩下がらせて、レイフォン=アルセイフに向かって呼びかけた。
 ゆらり、と制服のジャケットだけを脱いだ少年が立ち上がった。
 よく見知った、能面のような表情。
 「質問があります」
 「何なりと」
 彼の問いに、僕はYesと返答した。
 背後にはフェリ。その奥に、窓。ブラインドが掛かっている。此処は五階。突き落とせば・・・結果は変わらないか。
 そんな僕の思いを知ってか知らずか、レイフォン=アルセイフは躊躇うような口調で、僕に問いを重ねてきた。
 「僕をその名で呼ぶと言うと、先輩は・・・」
 「グレンダン西区、市街防衛第二大隊隷下、特派第402強襲猟兵小隊長、カテナ=ハルメルンです。・・・もっとも、元と頭につける必要がある、今はただの脱走兵ですが」
 スラスラと所属を並べていく僕に流石に一瞬能面のような表情が緩んで、年相応の少年のような顔が見えた。
 ・・・どっちが素なんだ、この人。
 そして、あっ、と大声を上げる。
 「強襲って・・・罪人部隊!?なんで学園都市に!」
 「それは私が卿に質問したい事でもあります。何故天剣授受者である貴方様が、このような場所へ?ついで言って置きますと、私の身体に罪印は存在しません」
 可能な限り丁寧な言葉を選びながら、其処だけは否定しておく事は欠かさない。
 大体、天剣授受者に罪人部隊をどうこう言う資格は無いだろう。誰のお陰で、老性体が天剣授受者に有利な戦場へ誘導されていたと思っているんだ。まぁ、それこそ罪人だから仕方が無い、とも言えるのだけど。
 レイフォン=アルセイフは、僕の問いに苦悶の表情を浮かべる。
 かみ締めるように、僕に問うた。
 「カテナ・・・先輩?は、僕の事を、ご存知なんですよね」
 その問いに首を傾げたくもなったが、とりあえず当たり前の答えを返す。
 「グレンダンにおいて、レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフを知らない人間が居るとは思えません」
 僕の答えに、目の前の少年は引き攣ったような笑みを浮かべた。
 「なら、解るでしょう?天剣を剥奪された僕が、学園都市に来た理由くらい」
 
 剥奪、だと?
 天剣を、つまり錬金鋼の方の天剣を、剥奪。
 天剣授受者が天剣を返上する理由は、それが天剣授受者たるを果たせなくなった時である。
 だが目の前の少年は、何処からどう見ても天剣授受者たる資格がある。
 そのままの力を、有している。
 仮に此処で、僕が腰の鉄扇を抜き斬扇を放ったとしても、あっさりとそれはかわされ、反撃の拳を受けて僕は死ぬだろう。
 それだけの力を秘めているのが、解る。
 解るからこそ、一体何をどうすれば、この状態で天剣を剥奪されるような事になるのか。それが理解できない。
 「僕はもう、天剣じゃないのでここに居ます。武芸も、全部捨てて。此処へ来る事にしたんです」
 俯きながら発せられたその言葉に、僕の背後で黙っていたフェリさんが反応した。一歩踏み出そうとしていたのは、流石に留まらせたが。
 「武芸は捨てた、と仰いましたね。では何故、武芸科に?」
 答えは解っているが、と言う響きが混じっている。確認のための問い。アルセイフも、だからなんとも決まり悪げな顔をしていた。
 フェリさんはため息を吐いた。
 「やはり、兄のせいなのですか・・・」
 どんよりとした顔で頷く、元天剣授受者。
 その姿を視界に入れることなく、僕にそっと寄ってきたフェリさんは、耳元で囁いた。
 「埒が明きません。兄に聞いた方が早いと思います」
 なるほど、確かに。僕は彼女に了解と言う視線を送った。
 フェリさんが離れるのにあわせて、レイフォン=アルセイフに向き直る。
 「概ねの事情は理解しました。ヴォル・・・じゃなかった、アルセイフ君?動けるのでしたら遅いからそろそろ此処を御暇しましょう」
 僕の言葉に顔を上げたアルセイフは、その後、何かを思い出したように掛け時計を見た。
 慌てていた顔が、ホゥっと安心したような表情に変わる。
 ・・・・・・何度見ても、この百面相には慣れそうに無かった。

 この後、機関部清掃のアルバイトが待っているらしい。
 着替えるために寮区の自室へ急ぐアルセイフを、フェリさんと二人で見送った。
 「・・・私の家に行きましょう。兄は、9時過ぎには戻るそうです」
 何時の間に飛ばしたのか。念威端子をふわりと広げて、フェリさんは言った。
 僕はなんだかとても疲れた声で返事をした。
 「正直、貴女の家にお邪魔するのなら、もうちょっと楽しいシチュエーションが良かったんですけどね」
 フェリさんは重晶錬金鋼を待機状態に戻しながら、つまらなそうに鼻を鳴らした。
 「どうしようもなく、貴方らしいシチュエーションだと思いますよ、これは」
 ガクリと肩を落とす僕に、フェリさんは少し楽しそうに、言った。
 「夕食ぐらいはご馳走します」
 ああ、それは少し、楽しみかもしれない。
 レイフォン=アルセイフはもう、道の彼方に姿を消していた。
 確実に、変わらざるをえない日々が、これから待ち受けている。
 そのために少しは良い目を見て、英気を養っておこう。
 僕とフェリさんは、まずは食材を買うために商店街へと足を向けた。
 
 ・・・でもこの子、料理とか出来るんだっけ?







   ※ また知ったかぶりしたら今度は凹まれた・・・っ!?

    玄之丞さんの日記も再開されたみたいだしこれでマシューさんの日記まで再開されたらこの作品の出番も終わりかなと思うんだがどうだろうか。
    いや、まぁ、冗談ですが。
    元々あんなノリでやりたいなぁと思って始めた物ですし。・・・気付くと全然違うけどさ! 



[8118] 二十八話(原作一巻四話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/09 19:47

 ― クロムシェルド・レギオス:Part 3 ― 


 「お前は馬鹿か」

 テーブルに広げられた書類を全て読み終えたあと、思わず正面に座っている銀髪の男に向かってそんな言葉を放ってしまった。
 「・・・カー君?」
 隣に座っているお嬢さんが、物凄い心配そうな声を掛けてきた。
 まずった。グレンダンで犯罪者の皆様を躾けていた時の言葉遣いをしてしまった。
 「スイマセン、えーっと。・・・なに考えてるんですか一体」
 言葉を選びなおして、もう一度カリアン=ロス生徒会長に尋ねる。カリアン生徒会長は一瞬虚を疲れたような顔をしていたが、気を取り直して答えてくれた。
 「何、と言ってもね。私の考えている事など一つしかない。このツェルニの存続だ」
 それ以外に何があるね?そんな風に続けながら、ティーカップを手に取り優雅に口をつける。
 そんな兄の気取った姿は、妹にとっては非常に気に障るものらしい。
 「そのためならば、何をしても許されると思っていると・・・」
 唸る様な声で、フェリさんは言った。日頃、聞かない声音である。
 ここは、生徒会長公邸。
 ようするに、ロス兄妹のツェルニにおける住いである。
 代々の生徒会長職につくものが使用する事になる公邸であるから、別に彼らのために造られた家というわけではないのだが、その古めかしい調度の設えは、妙に彼らにマッチしていた。
 キッチンで夕食の準備をした後『外食』を済ませた僕らは、カリアン生徒会長の帰還を待って、錬武館からの懸案について話し合っていた。キッチンから焦げ臭い匂いが立ち上っているような気がしていたが、リビングに集っている僕達は、誰もそちらを見ようとはしなかった。

 「許されるかどうかは、そうだね、後世の人間の解釈にでも任すとしよう。私は、あらゆる手を尽くすだけの価値を、この都市に認めている。レイフォン=アルセイフを武芸科に転属させたのも、その一環だ」
 「貴方の趣味に付き合わされる人間の身にも――っ!」
 「だからこそ」
 激昂しかかっているフェリさんを押し留めて、僕は生徒会長に言葉を重ねた。
 「だからこそ、何を考えているって話なんです。貴方は、あの御方を何だと思っているんですか?」
 「武芸の本場、槍殻都市グレンダンにおける最高称号の持ち主。最も優秀な武芸者の一人。そして今や、ツェルニの生徒だ」
 カリアン生徒会長はテーブルの上のレイフォン=アルセイフに関する書類を指し示して言った。
 僕は頭を抱えて前髪を掻き混ぜた。
 「それが解っていてどうして平然としていられるんだ。グレンダンにおける最強の武芸者、つまり、この学園都市においても最強であると言う証明でもある。その意味が理解できているのか!?」
 苛つく僕の言葉にも、カリアン生徒会長は当然と頷くだけだった。
 「次の都市戦でツェルニの運命は決まる。必勝を期すためにも、彼の力は有用だろう」
 自身の言葉に一片の疑いも持っていない。その顔を見ていると、矢張り馬鹿だろうお前と悪態を付きたくなる思いが心を擡げる。
 「カー君?」
 顔に出てしまっただろうか。心配そうなフェリさんの呼びかけに気付き、一つ深呼吸をする。
 ソファに身体を預けながら、ゆっくりと言葉をつむぐ。
 「レイフォン=アルセイフは武芸者として侵さざるべき禁忌を侵し、グレンダンを放逐された。武芸の技を、個人の欲望のためにのみ振るう事は、武芸者として絶対にやってはならない事だから。では、その理由は?」
 其処で一旦言葉を切り、二人の顔を伺う。
 フェリさんは、字義通り『やってはいけない事だから』以上のことは考えていないらしい。
 カリアン生徒会長は、片手を顎に当て、深く考え込んでいるように見える。
 僕は答えを待たずに先を続ける事にした。
 「理由は、単純だ。武芸者が武芸者個人のために力を振るい始めたら、都市は、社会は成り立たないから。どんなルールも、唯の暴力であっさりと駆逐されてしまう。本来、外敵を払うべきものとして認識されているそれが、内側を容易に崩壊させてしまうものだと、そんな事実が万人に対し公になってしまったら、その都市は終わりだ」
 ただの武芸者が、犯罪を犯した程度なら、まだ良い。
 「レイフォン=アルセイフは天剣授受者だ。誰にも止める事は出来ない。このツェルニに、彼が暴走してしまった時に止められる人間は一人も居ない。天剣授受者という生物は、例えば僕達が明日の夕食はパスタを食べようと、呑気に口にするのと同じレベルで明日都市を滅ぼそうかな、と言えて、実行できてしまう生き物なんだ」
 そして、実際に禁忌を侵して都市を放逐された天剣授受者が、レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフだ。
 天剣授受者は何をやっても構わない。そう思っていたのだが、それでも普通に自立移動都市の中で生きていれば常識的にやろうとしない行為と言う物もあるだろう。

 脅迫に対して警告を行う、それなら良い。
 証拠を残さず暗殺するのもありだろう。あるいは、より大きな力に頼るか。
 だが、衆目の集う中で、全力を見せ付けて片腕を奪うなんて阿呆な行為は、正直論外だ。
 それならいっそ、原子レベルまですり潰してしまった方がまだましである。・・・その後の反論を許さないと言う意味で、だが。
 下手に生き残らせてしまう、生き残って反論できる可能性を与えてしまうと言うのは、やってはいけないではない、やる事を思いつかない類の行為だ。
 行為の結果を想像できない馬鹿なのか。
 レイフォン=アルセイフが行った事は、要するに自殺行為そのものだ。
 都市が死ぬと言う事は自分が死ぬのと同義。つまり、天剣授受者に許された自由も無くなる。
 そんな意味の無い行為を何故平然と行えたのか、理解に苦しむ。
 何を考えて―――、いや、何も考えていないのか。能面のような無表情を思い出す。あるいはあれは、無知が故に表情の作り方を知らなかったのかもしれない。
 天剣授受者は戦うためだけに存在する。そのためだけに特化した生き物だ。
 平穏に生きる人々からすれば実際は異常者の集団に他ならない。それを情報操作で素晴らしい存在だと誤魔化しているだけだ。
 天剣は素晴らしい。天剣は清廉なれ。栄えある天剣の担い手、女王陛下に栄光あれ!!
 ・・・・・・現場で血を吐いている人間からすれば、笑い話にもならない。強ければ人格なんてどうでも良い。
 だが、そう言う言い訳でもしなければ都市社会は成立しない。それは当たり前のように皆理解していた。
 人の住める世界は、それほど脆弱に出来ているから。
 都市に住む人間はそれを常識として受け入れているから、騙して、また、騙される事を由としている。

 ・・・普通、それを破るか?
 いや、普通じゃないから天剣授受者なのか?
 そうでもない、どう考えたって、天剣授受者としても普通じゃないだろう。
 ああ、そういえばヴォルフシュテイン卿と言えば孤児出身だっけ。それなら社会常識を知らなくても・・・いや、むしろ孤児出身の方が余程社会と言う物に敏感になるだろう、生きるためにも。
 報道特集とかではどちらかと言えば金持ちの馬鹿な餓鬼のような理想だけの思考と行動をしていたっけ。貧しい者の剣、いと気高きヴォルフシュテイン。・・・弟どもも憧れてたっけ。
 政府のプロパガンダの一種かと思ってたけど、アレ、本気でやってたって事なのか、ひょっとして。

 やっぱり理解できないな。
 気分を切り替えるために自分のティーカップに手を伸ばそうとしたら、カリアン生徒会長が押し殺したような声を上げた。
 「危機を振り払う光の剣を拾ったつもりが、破滅を呼び込む破壊鎚を手にとってしまったと、・・・そう、言いたいわけだね?」
 うめくようなその言葉に僕はあっさりと頷いた。お茶を一口含み、言葉を紡ぐ。
 「グレンダンなら良いですよ。アレ一つが暴走しても他の十一本が止めてくれますから。でも此処ではどうです?誰が彼の手綱を握れる?」
 「・・・キミでは無理なのかな?」
 その言葉に、僕は失笑を浮かべてしまった。
 「僕にそんな事を求めるって言うなら、前にやらないって言った事、実行しますよ?」
 言うが早い、足に鈍痛が走った。ソックスに包まれた足が、思い切り僕の爪先を踏みつけていた。
 怖かったので視線を横に移すのは止めておいた。
 そんな僕らを見て、多少は気が紛れたのだろう。カリアン生徒会長も苦笑いを浮かべていた。
 「なるほどね。・・・なるほど、そんな事態は真っ平御免だ。手遅れかもしれないが、彼に当る時は、少し慎重に動く事としよう」
 解ったような振りをしているが、この人きっと、いざとなったら自分の目的優先するタイプだろうなぁ。
 しばらくは胃が痛くなりそうな日々を送る事になりそうである。

 RiRiRiRiRi・・・・・・

 場の空気も少し穏やかなものとなり、談笑へと移行しそうになり掛けた空気を乱したのは、カリアン生徒会長のポケットに入った個人端末の着信音だった。
 失礼、と言って通話を開始した生徒会長は、通話口から聞こえる声に、眉をひそめた。
 「・・・つまりまた、と言う事だね。・・・フム。・・・フム、ああ。一先ずはそちらで何とかしてみてくれ。いざとなれば・・・ああ、それじゃぁよろしく頼むよ」
 端末を胸元に戻したカリアン生徒会長は、やれやれと言った風にため息を吐いた。
 「面倒ごとですか?」
 余り聞きたくなかったが、隣のお嬢さんが気になっているっぽいから聞いてみた。
 生徒会長は肩を竦めた。
 「ああ、面倒な事になれば君の方にもフォーメッド君から連絡がいくかもしれない。どうやら、都市の意識が逃げたらしい」
 「は?」
 間抜けな声で返事をしてしまった。都市の意識。・・・逃げるってどういう意味だ?
 「都市の意識と言う事は・・・電子精霊の事ですか?」
 フェリさんの口から漏れた言葉に、カリアン生徒会長は正解と頷いた。
 「そう言う事だ。ツェルニの電子精霊は、好奇心旺盛な性格らしくてね。この時期はホラ、新しいものが色々と訪れるだろう?」
 つまり、新入生達が気になったから、電子精霊が遊びに出てしまったらしい。
 ・・・・・・と、言うか。
 「電子精霊って、そんな人間みたいな感情とか持ってるんですか?」
 この自立移動都市全てを管理していると言われるのが、電子精霊である。てっきり、超高度な情報処理演算機の集合体のようなよく解らないモノだと思っていたのだが、違うのだろうか。それを、牧草地に居る人好きの愛玩動物みたいな行動をすると言われても、想像がつかなかった。
 いや、それよりも。逃げ出すって事は、特定の形を有していると言う事か?大きさは?電子精霊って自立移動都市そのものが体じゃないのか?
 カリアン生徒会長も僕の想像している事が解ったのだろう。笑いながら説明してくれた。
 「考えても見たまえ、『自立』移動都市だよ?自分で考え、自分で動く。確固とした自意識を有していて当たり前じゃないか。我々の生存圏、巨大な足元全てを制御する存在。だが、人とコミニュケーションをとることが出来る。意思の疎通は成立する。―――そう、それほど強大な力を持っている存在とも、コミニュケーションは成立する」
 最後は、何か別の意味を含んだ問いかけのようだった。
 僕は、その意味を誤解しなかった。
 「それは、ヴォルフシュテイン卿の事を?」
 都市そのものすら動かしてみせる生き物(?)とすら意思疎通が成立するのだから、汚染獣を苦もなく切り倒す化け物とすら、意思疎通が成立するのではないか、そう言いたいのだろう。
 まぁ、夢があるのは良いことだ。それに、あながち無茶でもないかなと、今日の彼の無様を見ているとそう思えてくる。
 その無様を晒していた後輩が、次の瞬間には自分をミンチに出来る存在だと忘れてはいけないだろうけど。
 精々僕に火の粉が降りかからない処でやって貰いたい。
 投げやりにそう言ったら、カリアン生徒会長は笑いながらこう仰った。
 「何を言う。何のために君とレイフォン君を同じ小隊に所属させていると思っているんだ。君達は同じ武芸者で、しかも同郷の出身だろう。頑張ってコミニュケーションを成立させてくれたまえ」
 無茶な事を言う。
 苦虫を噛み潰したような僕を見て、生徒会長はさらに笑う。
 「たいした無茶でもないと思うがね。キミは、私の知る中で最も気難しい生き物と見事にコミニュケーションを成立―――っ」
 言葉は、最後まで続かなかった。

 後日聞いた話だが。
 入学式の翌日、カリアン生徒会長は利き手を焼けどした事により、政務が滞っていたらしい。
 何でも、誤って紅茶の入ったカップを倒してしまったとか。 





   ※ やるならちゃんとやろうぜ。と言うお話。
     後は、皆様の盲点を付いてみた。そう、普通の人は『知らない』のです。
    
     あー、後。期待していた方が多かったらしいですけど、原作でやったコントの焼き直しは余り意味が無いので放棄しました。
     



[8118] 二十九話(原作一巻五話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/10 20:01

  ― クロムシェルド・レギオス:Interlude 2 ―


 「それじゃぁ、ハルメルン先輩もグレンダンの出身なんですか?」
 「先輩と言い、レイとんと言い、やっぱりグレンダンは武芸が盛んなんですね」

 和気藹々とした、少女達の姦しい声が放課後の喫茶店内に響き渡る。
 そんな中、レイフォン=アルセイフは、胃痛を訴えてこの場を立ち去りたい衝動にとらわれ続けていた。
 何故、こんな事に。ツェルニに着てから、レイフォンはそんな事ばかりを考えている。
 手放したはずの錬金鋼を握る事も不本意なら、無くした名前で呼ばれる事もまた、遺憾であった。
 それを利用されて、感情を逆なでされて、大上段に利用されている今の状況など、持っての他だ。
 一体何故、こんな事に。
 奥まったところにある六人掛けのテーブルは、一つを除いて全ての席が埋まっていた。

 その日は、機関部清掃の就労時間までまだ暫しあった。訓練も無い。ならばと、クラスメートである三人の少女に付き合って、こうして学生らしく喫茶店にお茶を飲みに来た。
 そこまでは、多分よかったのだと思う。
 変なあだ名を付けられた事も、黒髪のメイシェンが明らかにレイフォンを見てうろたえていた事も、許容できる範囲だった。
 喫茶店。明るくファッショナブルな内装の、少女向けに見える、恐らくレイフォン一人ならば絶対に立ち寄りそうの無いその店。
 商店街の一角にあるその店に、お喋りなミィフィを先頭に揚々と乗り込んだところまではよかった、そう、よかったのに。
 店に踏み込んだ瞬間、レイフォンはそれに気付いてしまった。
 戦場の空気。
 それを控えたものが行う、活剄の気配。
 しなやかに洗練されて、余程でなければ気付けないだろう流麗な活剄だった。事実、同じく武芸科である勝気なナルキは気付く気配もなく、早速はしゃいでいるミィフィを窘めている。
 視線を、横にずらしてしまった事がいけなかった。
 レイフォンの視界の端に、銀髪の少女と共にケーキを食べている黒髪の少女・・、ではない、少年の姿が映ってしまった。
 黒髪の少年は、明らかにこちらを見ても居ないが、その剄脈は確かに脈動を始めており、何か事が起こったのならば、もしかしたらレイフォン自身よりも早く反応して見せるかもしれなかった。
 見間違いようも無い。
 レイフォン自身が所属する第十七小隊の先輩、カテナ=ハルメルンだ。向かい合って座っているのは、フェリ=ロスで間違いないだろう。
 カテナの活剄は見事なもので、この場に居る人間ではレイフォン以外に気付けるものは居なかっただろう。 
 それがレイフォンに対応するために編まれた物でなければ、ただ感心しているだけで済んだものを。レイフォンの心は深く沈んだ。
 初対面の時から今日まで変わることなく、彼はレイフォンの事を警戒していた。その理由が納得できてしまうから、レイフォンはより一層心が重たくなる。
 ミィフィたちには悪いが、用事が出来たと言って抜け出そうか。
 その判断が、どうやら遅かったらしいとレイフォンが気付いたのは、ミィフィが店内を見渡した後に一点を指差し、大げさに驚いて見せた時だった。
 「あ~~っ!お人形さんコンビ発見!!」
 ズッコケそうになった。むしろ、入り口の階段を一歩踏み外して本当に扱けた。
 「お、お人形?」
 「ほら、あそこ!有名なんだよ、何時も二人でケーキ食べ歩いてる、お嬢様と男装の麗人コンビ!見ると貧乏になるって噂もあるし!うはぁ~、やっぱ絵になるねぇ」
 何処を指差しているかなんて、確認するまでも無い。
 カテナとフェリ。レイフォンにとってはなるべく関わりたくない先輩方を指差して、ミィフィは極めて上機嫌だった。
 「お、なんだ、ハルメルン先輩じゃないか。・・・ミィ、あの人はれっきとした男だぞ。と、言うか以前助けて頂いただろう」
 ナルキは知り合いを見つけたと言う顔で気楽に言って、メイシェンは、ふわぁ綺麗・・・などと頬を赤らめて呟いている。どうやら、二人の整った容姿が、彼女の乙女なツボに入ったらしい。
 入り口、つまりレイフォンたちに向けて背中を向けていたフェリの姿が、なにやらとても不機嫌そうに見えたのがレイフォンにはとても恐ろしかった。なにせ、あの傍若無人な生徒会長の妹である。怒らせたときどうなるかなど、考えたくない。
 だが、ダラダラと冷や汗を流しながら恐れおののくレイフォンの心情を全く理解していないミィフィは、にぱりと満面の笑みを浮かべながらレイフォンに向き直った。
 「レイとんは、あそこの二人と知り合いだよね?」

 そしてあれよあれよと言う間に、この究極的に気まずい状況が完成してしまった。
 当たり前のように三人並んで座る、同級生三人組。そしてその向かい、右端に座るレイフォンの隣には、解りやすいくらいに彼を警戒しているカテナその人が座っている。向かいの人間たちは気付いていないだろうが、腰が少し浮かんでおり、ついでに先ほどから常に片手が開いている。
 其処までされるいわれは無いという憮然とした気持ちと、そうされて当然だと言う諦念が、レイフォンの中で並立していた。
 カテナはグレンダンの出身で、レイフォンが何ものであるかと言う事を理解しているのだから。
 元々同席していたフェリを、レイフォンの向かいの窓際に座らせているのもそのためだろう。いざとなれば、逃がしやすくするために。
 同郷の者のこの対応こそが、己が今までやってきた所業に対する答えなのだと、まざまざと見せ付けられているようで、レイフォンの思考は暗澹としていく一方だった。
 沈んでいくレイフォンの表情に最初に気付いたのは、彼の向かいに座っていたメイシェンだった。
 しかし彼女は、何故レイフォンが沈んだ表情をしているのかまでは想像できず、もしや自分達が無理やり此処へ誘ってしまったのに気を悪くしたのではないかと言う、間違った思考に囚われた。
 だが一人ではどうしようも出来なかったメイシェンは、結局、テーブルの下で隣に座っていたナルキの服の袖を引っ張るだけだった。ナルキは親友の行動の意味を誤解しなかった。向かいに座る男二人は、先ほどから一度も目を合わせていなかったことが、彼女にも気になっていたから。
 さり気なく・・・、周りから見れば明らかに唐突に、しかし彼女の中ではあくまでさり気なく、ナルキは声をあげた。
 
 「なぁ、レイとんとカテナ先輩は、仲が悪いのか?」
 レイフォンは、明らかにギクリとした顔を浮かべた。
 カテナは作り笑いのまま、固まった。
 フェリは舌打ちして、ミィフィは紅茶を吹いた。メイシェンは今にも泣き出しそうだった。
 発言したナルキ一人が堂々としている。
 「ちょっとナッキ、少しは空気を・・・」
 「だって二人は同じ小隊なんだろう?先輩もレイとんも良いヤツなんだし、仲たがいをしていたら良くないじゃないか」
 慌てていさめようとするミィフィに、ナルキは堂々と反論する。
 ナルキにとって見ればレイフォンは信頼できる友人だし、カテナは尊敬できる先輩だった。そんな二人が、どうやら余り仲のよろしく無い様を見せ付けられていると言うのは、我慢できない。
 さて、レイフォンはあわあわと慌てているだけである。こうなると、上手く場を納められるのは自分しか居ないのだろうなと、カテナは作り笑顔の下で思っていた。
 かといって、いかにも平和そうな三人の少女に、彼らの・・・いや、レイフォンの事情を語って聞かせる事など出来そうも無い。迂闊にしゃべったら切り殺されてしまうかもしれないしと、レイフォンに言わせれば冗談じゃないと言う事を考えていた。
 隣に座っている銀髪の少女のプレッシャーも大きくなってきている気もするし、どうしようか。
 カテナは考えて、結局何時もどおり適当に煙に巻こうと決めたのだった。

 「―――まぁ、そう言う訳でも無いんだけどね。僕が一方的に、アルセイフ君の事を知っていただけで。それでまぁ、色々と思うところがあってね」
 ぶふぉぅっ。
 間を持たせようとオレンジジュースに口をつけていたレイフォンが、思い切り咽た。
 この人、いきなり何を言い出すんだ。レイフォンは泣き出しそうだった。
 向かいに座っていたメイシェンが慌ててレイフォンの背中をさする。
 「やっぱり、レイとんってグレンダンでも有名なんですか?」
 威勢のいい後輩、確かミィフィと言ったか。案の定、興味深げに彼女は身を乗り出してきた。
 カテナはさて、とキザったらしく笑うだけだった。爪先に痛みが走ったが、あえて無視した。
 「僕らの年齢でそれなりに動けるってのは、やっぱり稀なんだよ。都市社会なんて案外狭いものだからね。似たような人間は目に付くものさ」
 「はー、なるほど」
 「なんだレイとん。やっぱり優秀なんじゃないか。近所の道場で少し剣を握っていただけとか言ってたくせに」
 感心するミィフィに、ナルキが口を尖らせて言葉を重ねる。そんな彼女らに、カテナの言動にレイフォンは、ああいや、と碌な言葉を返す事ができなかった。
 「だからね、僕はアルセイフ君が結構出来る事を知っていたから、そんな彼がどうしてグレンダンを出たのか、ちょっと戸惑っていたのさ」
 スラスラと嘘とも本当ともつかない言葉を重ねるカテナを見て、フェリはこの男、相変わらず口だけは上手いなと考えていた。
 「でもそれ、先輩にも言えることじゃないんですか?」
 ミィフィがおもむろにそんな事をカテナに聞いた。カテナの眉が一瞬跳ね上がる。どうやら、彼の予想していなかった質問らしかった。
 「・・・うん、まぁ、それを言われると・・・、ね」
 笑顔を浮かべたまま、高速で頭を回転させるカテナ。
 いや、待て。何故僕ばかり質問に答えているのだろうか。そもそもアルセイフの問題なのにと、心の中で悪態を付居ている事は、フェリ以外に気付いている人間は居なかった。ただ、メイシェンだけは何か空気が悪くなって無いかな、と感じていたが。
 カテナは何か困った時は、常にしゃべりながら考え、取り繕う癖がある。今回も彼は、躊躇わずにそう動いた。
 「武芸者として見る目があると言う事は・・・さ、簡単に言えば汚染獣と戦う時に戦力として有用だ、と言う事だろう?そして、グレンダンは汚染獣の来襲が多いって事は、聴いたことあるかい?」
 ギリギリの発言だった。レイフォンの顔が、また青ざめる。
 ナルキはそのでまかせの言葉に、気付くところが在ったらしい。
 「それじゃぁ、その。先輩は汚染獣と・・・」
 恐る恐るたずねる後輩の言葉に、カテナは我が意を得たりと頷いた。よし、これで纏めに入れると考えていた事実は、やはりフェリ以外に気付いている人間は居ない。
 「本当に、怖かった。だから少しの間だけでも、其処から離れたかったから、学園都市に入学した。僕の事情はそんなところだよ」
 そんな言葉に、武芸科ではないミィフィとメイシェンは、ほわぁーと頷くだけだった。世界が違いすぎて、イマイチ実感できなかったらしい。
 ナルキは、同じ武芸者として、尊敬する先達を持ってしても恐れる相手が居ると言う事を理解した。素直に人の話を聞きすぎているこの後輩の態度に、後日、カテナが罪悪感を持ったのは言うまでも無い。

 さて、一人状況に付いていけなかったレイフォンと言えば、彼の言葉を字義通りに解釈する事は、流石に出来なかった。
 何しろ発言の冒頭からして、多大な嘘が篭っているのだから、それも当然と言える。
 彼は初対面・・・、正確にはその少し後だが、レイフォンに自らを名乗った時にこう言った。
 強襲猟兵小隊。
 レイフォンの記憶が正しければそれは、グレンダンにおける犯罪行為を働いた武芸者達を処罰するために構成された部隊の筈だ。
 それが事実だとすれば、・・・まず持って、非犯罪者である彼が何故そんな部隊に所属していたのかと言う疑問もあるが、最前線で汚染獣と戦闘した経験がある事になる。
 そして、レイフォンの目が狂って居なければ、カテナはそれ相応の実力を有している、最前線で戦い、生き残れるだけのそれをだ。訓練中連携の確認をしている時も、雑談をしている時ですら、彼はレイフォンの間合いに可能な限り踏み込んでこようとはしなかった。彼がレイフォンと会話をしなければいけない時は、常に今のように何時でも逃げられるような姿勢を作っている。
 そんな慎重さを持っている人間が、汚染獣との戦い・・・まして天剣授受者とは違うのだ、精々戦って雄性体程度だろう。その程度の事で恐れたりするだろうか。そもそも、本人は剄が練りにくい体質と嘯いているが、どう考えても訓練中見せる程度の剄量しか発揮できないような剄路の太さではない。天剣授受者の中でもとりわけ剄量が多かったレイフォン自身ほどとは言わないが、それでも相当量の剄を発揮できるのではないか。加えて手を抜いていても解るほどに、洗練された武芸。
 つまり総合すると、一般武芸者が戦うレベルの汚染獣を恐れる要素など何処にも無いように見える。
 それにそう言えばこの人、自分の事を脱走兵って言ってたっけ。
 現在進行形でレイフォンを警戒している先輩を横目に見ながら、むしろアンタの方が危険なんじゃないかとレイフォンは思った。
 この人がこんなにまで自分を警戒してくれなかったら、いや、この人がこの学園都市に存在しなかったら。
 レイフォンはもっと心穏やかに学園生活を送れて・・・いや、それはありえないか。
 自身が小隊に加入せざるをえなくなった理由は、彼が原因ではないのだから。
 変わらない。何も変わりはしない。考えたところで、そもそも、碌な学など自分には無いのだから考えても無駄じゃないかと、レイフォンは投げやりに思うのだった。
 笑顔で級友達と談笑する、放課後のひと時も、彼の胸中を取り巻く深い霧を払う事など、出来ようも無かった。
 レイフォンが苦笑いを浮かべるしか出来ない間にも、空気はゆったりとしたリズムで回っていく。
 その中に、自分は入れているのか?
 結局、入れもしないのか。自分には、剣以外の道など無いのか。
 
 腰に刺さった待機状態の錬金鋼が、とてもとても重く感じた。
 それを大衆の視線の集う下、振るわねばならない日は、近い。
 前期の小隊対抗戦が、もうすぐ始まるのだ。


 ― Interlude out ―





   ※ インタールード二度目。出てるの女の子だらけなのに、暗いわ!

     ストックが二巻の一話目に入ったんですが、やっぱインタで始めてみると暗いんですよね。
     主人公が普段気楽過ぎるだけかなぁ。

     で、主人公が説明役を兼ねる関係上多少賢くなるのも仕方ないんですけど、うん、こいつ少し賢すぎるよねとか自分でも思う。
     そんな訳で後付で言い訳でも考えてみたがどうだろう。

     言い訳その一:蛇君に教えてもらった。
            ・・・この蛇、平気でネタバレとかするしな!
     言い訳その二:率いていた部隊に体制批判の反政府主義者とかが居た関係で覚えざるを得なかった。
            ・・・割と妥当な感じ。きっと悪い大人に可愛がられて生きて来たに違いない。
     言い訳その三:主人公が嘘を付いている場合。
            ・・・実を言えば彼の過去話は空くまで彼の主観を通して語られた物でしかない。
              つまり、本人には忌諱したい過去であっても事実は別であったと言う可能性も、ある。
 
     今のところ固定する予定は無いので、お好きな解釈でどうぞ。



[8118] 三十話(原作一巻六話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/11 20:05

 ― クロムシェルド・レギオス:Part 4 ―


 出会ったからといって、話さなければいけない道理は無い。

 「・・・お」
 「・・・あ」
 その日の早朝。
 夜勤明けで食事でもとろうと思い、一人で二十四時間営業の定食屋の暖簾をくぐった僕は、券売機の前で彼と鉢合わせてしまった。
 「えっと・・・、お早うございます、カテナ先輩」
 レイフォン=アルセイフである。
 こちらの顔を確認するや、あ、マズイと言う顔を浮かべ、その後礼儀正しく頭を下げてきた。
 話しかけてこなければ良かったのにと、個人的には舌打ちをしたい気分だったが、流石にそれは大人気ない。
 よう、と適当に返事を返してしまった。そのまま暫し、見詰め合ったまま立ち尽くす。
 どうする、このまま財布を忘れたフリでもして帰ろうかとか考えていると、アルセイフの額からダラダラと冷や汗が流れ始めていた。
 「え~っと、あの。先輩も、朝食ですか?」
 「・・・。あー。まぁ、夜勤明けだし」
 何だろう、この微妙なコミニュケーション。朝の新鮮な空気を吹き飛ばすどんよりとしたムードだった。
 アルセイフは僕も夜勤明けなんですハハハと空笑いをした後、ハァーっと大きなため息を吐いた。そういうのは、出来れば見えないところでやってほしいのだが。
 その間抜けな姿に僕の思考も変な風に傾いてしまったらしい。それとも、夜勤明けで寝ぼけていたか。とにかく、普段では考えられない言葉を彼にはなってしまった。
 「・・・なんなら、奢ってやろうか?」
 顔を上げたアルセイフ君の瞳が、輝いていましたと、さ。

 「・・・幾らなんでも頼みすぎだろうソレ」
 「お腹空いていたんで」
 機関部清掃って疲れるんですよねとか笑っている。
 そういう問題では無いだろう。
 何故だかそのままのノリで二人でテーブル越しに向き合ってしまったわけだが、まぁ、この後輩容赦って言葉が欠けている。
 二人掛けのテーブルの上には溢れんばかりの皿が並べられていた。
 「今月も誰かへの接待費で厳しいんだけどなぁ・・・」
 迂闊に奢るなんて口にするものではない。僕は自分の鯖味噌を食べながら心の中で涙を流した。
 それにしても、おかしな状況だ。何故僕は朝から天剣授受者とテーブルを囲んで、飯を奢っているのだろうか。
 天剣授受者。そう、目の前でテーブルの上に並べられた料理をがっついている後輩は、間違いなく天剣授受者なのだ。
 例え訓練中、僕らと同じようにやる気の無い仕草をしていても、ふとした拍子に錬武館どころか野戦グラウンドごと、いやはや、自立移動都市ごと吹き飛ばせてしまう天剣授受者なのである。
 正直言って、僕はレイフォン=アルセイフが恐ろしい。最悪の任務だった老性体の誘導作戦に挑んだ時よりもここ数日感じ続けている恐怖感の方が大きい。
 カリアン生徒会長に見せてもらった資料から察するに、目的のために手段を選ばず、結果目的を忘れてしまう部分を持ち合わせている事もソレに拍車をかける。
 勿論、今のアルセイフがただの抜け殻だと言う事は理解できる。観察しているとどうも、今更自分の行為の結果に反省しているらしい。謝るだけで許してもらえる時期は既に過ぎている辺りが哀れではあるが、自業自得か。 
 だが、もしこれから何か目的が出来てしまったら?
 その目的に、自分の存在が邪魔だったりしたら。苦も無く屠られる自分の未来が、容易く想像できる。
 頭が痛い。鯖の味が良く解らなくなりそうだ。
 
 「・・・カテナ先輩って、フェリ先輩と仲が良いですよね?」
 僕の沈思黙考を破ったのは、恐る恐ると言った風に発せられた、アルセイフの声だった。
 「いきなり変な事聞くね?」
 突然の問いに、鯖の味がますます解らなくなって来ている僕を知ってか知らずか、アルセイフは何とか笑顔らしきものを浮かべながら言葉を続けてきた。
 「いや、その。僕、何度か話しかけたことがあるんですけど、まともに会話が成立した事が・・・」
 「ああ、まぁ。人見知りする子だからね、あの子」
 どうやら、彼は僕とのコミニュケーションを成立させたいらしい。僕が積極的に彼を避けている事ぐらい理解しているだろうに、空気が読めない人なのだろうか。益々頭が痛くなってきた。
 それがいけなかったのかも知れない。さっさとこの場を切り上げたくなった僕は、余計な一言を口にしてしまった。
 「キミと似たような立場だし、仲良く慣れると思うけどね」
 「―――僕と、同じ」
 虚を突かれたかのようなアルセイフの顔。その顔は、僕の良く知る、天剣授受者ヴォルフシュテイン卿の能面のような顔だった。
 空気の密度が増したような気がする。
 僕はお冷を飲み干し、息を整えた。態度の悪い先輩と、空気の読めない後輩の会話は、どうやら終わりらしい。
 「同じだね。才能も、多分。もしあの子がグレンダンに居たら、数十年ぶりにキュアンティス卿が新生するのを拝む事が出来ると思うよ。でも、その力を本人は使いたがらない。・・・正直、僕には理解できない思考だね」
 持っている力は有効に利用してこそ、と言うのが僕の考えだ。どうもこう、アルセイフやここには居ないフェリのような、周りに気を使いすぎるタイプの人間の思考は理解しかねる部分がある。
 「・・・カテナ先輩は、いえ、先輩も、訓練では手を抜いていますよね」
 アルセイフは、かみ締めるような口調で、言った。
 「ああ、まぁ。全力を出してもキミには勝てないとけどね」
 「いえ、それはどうでも良いんですけど」
 僕の戯れた返答に、彼は取り合わなかった。
 「そうじゃなくて、先輩は何故――・・・、スイマセン。上手い言葉が見つからないんですけど、その」
 ようするに、僕が何故手を抜いているのかが聞きたいのだろうか。いや、違うか。圧し堪えるようなこの顔は、もっと、そう。
 「ただの不真面目なんだよ、僕は。僕から言わせれば、キミもあの子も真面目すぎるんだと思うけど」
 僕の言葉にアルセイフは頭を振って反論してきた。
 「真面目って―――、僕はでも、先輩も解ってると思いますけど」
 「訓練中手を抜いてるって事?・・・でもさ、手を抜いていることに罪悪感を覚えているって事は、やっぱりキミが真面目だからって事だろ?」
 不真面目な僕は手を抜いていることに何も感じなかったりする。小隊のサボり組の中で、僕に近い側にいるのはエリプトン先輩だけだろうか。あの人も自分の中に確固としたルールがあるため、訓練中に全力を出さない事に罪悪感を覚えていない。
 フェリなんかは、割と何時も、これで良いのだろうかと考えている節がある。
 ・・・一人真面目にやっているアントーク隊長にしてみれば、どの道給った物ではないのだろうが。
 ああ、そう言えば。アルセイフはアントーク隊長と個人訓練もやればバイト先も一緒だってくらいの仲だっけ。
 罪悪感の一つも覚えるか。
  
 僕はため息を吐いて窓の外を見た。ポツポツと人々が行き来し始める光景が浮かび始めている。
 この、朝とも夜とも、現実とも悪夢ともつかない時間も終いにすべきだろう。
 「悩むだけ無駄じゃないか。この際武芸者らしく、剄に身体を任せた方がよっぽど建設的だと思うぞ」
 僕の言葉にアルセイフは、はっとしたように顔を上げて、それでも、辛そうに首を振った。
 「・・・でも、それで失敗したんです」
 グレンダンでの事の顛末を、僕は知っていた。
 個人的な見解を言えば、ああ、グレンダンの人間はやっぱり何処か狂っているなとしか思わなかったのだが、それは真面目なアルセイフには通用しない理論だろう。あの都市に住む人間は、思考から行動まで極端すぎる。天剣授受者という、一種グレンダン的なものが煮詰まった存在である彼は、尚更その傾向が強い。
 僕はいっそ突き放すように肩を竦めた。
 「だったら、次は失敗しないように頑張るんだな。なんなら祈ってもいいかも」
 「・・・簡単に、言うんですね」
 呻く様なアルセイフの声、それを、他人事だからなと切り捨てる。
 「フェリ先輩にも同じように言ったんですか」
 最後に搾り出した反撃だったのだろうか、アルセイフはそんな事を聞いてきた。
 僕は一層気楽に笑って見せた。
 「生憎、女の子には優しくするようにしてるんだ。男は蹴り飛ばすけど」
 流石に僕には似合わない台詞だったか、アルセイフも苦笑していた。
 「シャーニッド先輩みたいな事言うんですね」
 嫌な事言うなよ、と笑って僕は席を立った。アルセイフもそれに続く。この状況でご馳走様でしたという言葉を言える辺り、やはり彼は真面目な人間なのだろう。
 真面目な人間だからこそ、いざと言う時に極端な行動をとることを、けして忘れてはならないだろうが。
 店を出る傍ら、僕はアルセイフを振り返り、最後に一つだけ質問をした。
 
 「ところでアルセイフ君。今日、小隊対抗試合があるのに、あんなに食いまくって平気だったの?」

 天剣授受者の顔が見る間に青ざめていった。







    ※ 副題:未知との遭遇

     この二人は相性本当に悪いなぁと書いてて思った。
     次回は小隊戦。戦闘回って久しぶりですね。レギオスの二次なのに珍しいってのもどうかと思いますけど。



[8118] 三十一話(原作一巻七話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/12 19:39

 ― クロムシェルド・レギオス:Part 5 ―


 「よっ。さっき裏で生徒会長がレイフォンの事"激励"してたぜ」
 「・・・あの人、結局こっちの話聞いてないのな」
 「今更何を言ってるんですか。自分の思うとおりにしか、あの人は動きませんよ」

 野戦グラウンド、小隊控え室。
 現在、時刻午後二時を少し回った辺り。外の空気もにわかに活気付き、観客席にはきっと大勢の観客が埋まっている事だろう。
 ツェルニに在籍する生徒達にとっては一大イベントとも言える、前期の小隊対抗戦、その第一日目がいよいよ開始されたのだ。
 現在は、第三試合が終了して休憩中。野戦グラウンドの特設モニターでは、次の対戦カードに関する紹介が、報道科の生徒の主催によって面白おかしく行われている事だろう。
 第四試合の対戦カードは機動性に優れると言われる第16小隊と、今年新設されたばかりの第17小隊との一戦。
 16小隊はともかく、話題の中心はやはり我らが17小隊。なにせ、隊長のニーナ=アントークからして三年生だし、小隊メンバーは二年生二名に一年生一名、そして10小隊を突然脱退したシャーニッド=エリプトンまで在籍しているとあっては、それがどのような化学反応を起すのか期待せずに入られないだろう。
 ・・・期待される側としては、全く給ったものではないが。
 先ほどから小隊長のアントーク先輩はロッカーを開いたり閉じたりを繰り返して落ち着きが無いし、アルセイフはお腹を抑えてトイレとこの控え室を結ぶ廊下を行ったり来たりだ。
 「で、どう動く気なんだ、カテナは?」
 そしてさっきから、長椅子に座った僕に話しかけてきているエリプトン先輩も、普段より二割り増しで饒舌なような気がする。隣に座っているフェリお嬢様の期限の悪さも何時もの二割り増しと言う按配だ。
 で、僕はと言えば・・・どうなんだろう、試合なんか別にして、考える事が多すぎて困っていると言ったところか。
 「とりあえず様子見です。・・・アルセイフが居るせいで、もう戦略も戦術も意味が無いですから」
 考えるだけ無駄です、と結んでため息を吐く。
 「正直、お前は少しヤツに気を回しすぎだと思うけどな。とにかく悪さをする気が無いんだったら、俺は好きに動かさせてもらうぜ」
 エリプトン先輩はそう言って手にした拳銃型錬金鋼をくるくると回した。
 「・・・では、私は何時もどおり何もしません」
 フェリさんがそんな風に隣で囁く。一応一人でからまわって居るアントーク隊長に聞こえないようにする配慮は出来るらしい。
 僕は頷いた。
 「ええ、それで構いません。構いませんから、お願いだからアルセイフを集中的に観察するとかしないで下さいね」
 「しないですよ。・・・するわけ、無いじゃないですか」
 少し迷ったよね、今。
 迂闊にちょっかいを出すと何をしでかすか解らないので、本当にそれだけは気をつけてほしいと念を押す。
 向かいの長椅子でエリプトン先輩がマメだねぇと笑っていた。
 そんな時。
 
 観客席が俄かに沸きあがる。
 その歓声の音に混じって、テンションの高い場内アナウンスの声が響いてくる。
 アントーク先輩がはっとしたように振り向いた。
 そして、暗い顔をして戻ってきたアルセイフの後ろから、場内スタッフの人間が控え室に入ってきた。
 時間です、グラウンドの方にお願いします。
 熱の篭った声で、そう告げる。
 全員立ち上がって、それぞれ顔を見合わせる。
 よし、と一声頷いて、アントーク先輩は行くぞと気合の入った声を上げた。
 グラウンドへ続く廊下を歩く傍ら、僕は後ろに続くアルセイフの姿を伺った。
 暗い表情。腰に刺さった錬金鋼に手をやって、何かを考えるような、躊躇うような。迷子の子供のように見えた。
 何を考えているのか、これから、何をしでかすのか。
 そんな事は解らないまま、僕ら第17小隊は、午後の太陽の日差しが煌く野戦グラウンドへ踏み出した。

 16小隊の五名に対し、17小隊はも同じく五名。数的には互角。
 ならば勝負を分けるのは、部隊の連携と個々の力量の差に掛かっている。
 ・・・結果から言って、17小隊、つまり僕らは劣勢に立たされていた。
 攻め手であるこちらの勝利条件は、相手部隊の全滅、もしくは相手陣地内に設置されたフラッグの破壊。
 ならば堂々と攻めていくしかない。元々小隊発足から間もなく、訓練不足の17小隊が取れる作戦は少ない。アントーク隊長とアルセイフが並列し先行、僕がその後方を追走。そしてエリプトン先輩が独自行動をとりフラッグの破壊を目指す。念威操者のフェリさんは言わずもがな。
 陣前まで何事もなく走破した僕らは、あるいは誘い込まれたとも言えるかもしれない。五対三での戦闘を強いられる事となった。
 雨霰と言うには柔いものだが、とにかくそれなりの頻度で巻き起こる念威爆雷による攻撃にあわせ、敵部隊の四名の武芸者達が障害物の陰から次々と襲い掛かってきた。
 何せこっちの念威操者はやる気ゼロのフェリ=ロス女史。探査精度など全く信用できない。
 あっさりと接敵を許してしまい、明らかに相手有利の状況下での戦闘を強いられる事になった。
 まず、仕掛けに気を取られた隙にアルセイフとアントーク隊長の間が分断された。さらに、援護をしようと衝剄を放とうとした僕の周りに突然爆風が吹き荒れ足元の山場が崩れ落ちる。
 ゴロゴロと無様に転がりながら戦場を見れば、衝剄の直撃を受けたアルセイフが力を失ったかのように背後の木に叩きつけられ、16小隊の三人の武芸者が一斉にアントーク隊長を攻撃しているのが見えた。
 明らかな危機に直面しているアントーク隊長。なにしろ、隊長が倒れてしまえばルール上こちらの負けなのだ。
 エリプトン先輩の様子はわからないが、未だフラッグの狙撃に成功していない事は確か。
 ・・・正直、それら二つのことはどうでも良かった。
 問題はアルセイフである。
 崩れ落ちた土砂に従うままに転げて伏せた状態で、僕はアルセイフの動きを観察していた。
 今のところ、彼は崩れたまま隊長を見守っているように見える。
 16小隊の武芸者の追撃に追い詰められ、僕と同じように無様に転げるままに。
 明らかにやる気の無い、安心できる状態だろうか。早めにアントーク隊長が倒れてくれれば、後は、面倒な反省会が待っているだけだろう。出来ればそうあって欲しい。
 どうなる。これから、どう動く?
 
 そして、それは起こった。
 アントーク隊長が、敵部隊の連撃に遂に肩膝をついて崩れ落ちそうになった次の瞬間。
 それは巻き起こった。
 発剄。衝剄。活剄。
 沸き起こる頸の光が弾丸となってアントーク隊長を攻撃していた武芸者を襲うや否や、戦場を戦闘衣の黒そのままの暴風が突き抜けた。
 レイフォン=アルセイフ。天剣授受者足る。その、武芸。
 瞳は黒洞に染まり、振り下ろされる剣は膨大な剄を纏い必殺の輝きを秘めて―――秘めて、いる!!
 「―――っ!」
 そのことを認識した瞬間、僕の身体は剄と一体になった。
 土砂の中から跳ね起きる勢いそのままに、手に持った『玩具』を投げ捨てて腰から錬金鋼を引き抜く。
 引き抜く様に、復元した右の鉄扇に剄圧の刃を形成し、振り上げる角度のまま打ち放つ。
 外力系衝剄の変化、斬剄。
 高密度に圧縮した最薄、最速の剄の刃は、一片も拡散することなく砂埃を切り裂きアルセイフへ向かう。
 だがそれを、大型汚染獣の皮膚さえ切り裂いてみせるその一撃を、アルセイフはあろう事か錬金鋼を持たぬ、ただ剄を走らせただけの片腕で弾き飛ばした。
 まさしく理外の業。天剣授受者の所業に他ならない。
 ただの武芸者たる己との違いをまざまざと見せ付けられ驚愕に揺れる脳を他所に、僕の身体は剄の命じるままに活動していた。
 躊躇うことなく、足に旋剄を纏わせ戦闘速度で戦場に駆け上がる。
 未だ状況を認識していない第16小隊のアタッカーの腹めがけて、駆け抜ける速度を威力に乗せたままの足踵を叩き込む。
 もんどりうってバウンドしながら雑木林に突っ込んでいくその武芸者を見る事もせず、僕は左の錬金鋼も復元し、アントーク先輩の前へ割って入る。
 向かい合う相手は、天剣授受者レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフその人。
 胡乱気な目のまま、だが発剄は途切れることなく、また、振り上げた剣も下ろされていない。
 「レイ、フォン・・・?それに、カテナ?」
 膝を突いたままぼやけた声を上げるアントーク隊長の言葉も、今は届かない。
 僕はアルセイフに向けた両の鉄扇の構えを解かぬまま、視界の端に映った念威端子に向かって言った。
 「フェリ、シャーニッド。今すぐ野戦グラウンドから退避」
 『カー君何を言って・・・!?』
 戸惑う言葉に取り合う暇も無い。
 何を考え、何を想い、突然技を晒したのか想像もつかない。想像する必要も無いだろう。
 現実として彼はついに暴発してしまった。
 この一瞬で収まるのか。それとも。
 構えは解けない。戦場で、ルールの上でなら味方同士で、お互い錬金鋼を向け合って居る。天剣授受者と戦闘衣を着て向き合うなど、狂気以外の何物でも無いと知りながら。
 この時間は何時まで続くのか。いや、今どれだけ時間がたった。
 視界が狭まる。心臓の鼓動が早まり、体中から熱が吹き出そうだ。
 眼前の黒い瞳。何物も映さない、無表情。
 
 打ち破ったのは、歓声と、それに続く終了ブザーのけたたましい電子音だった。
 『はっはぁ!見たか、約束通りに二射だ!』
 念威端子を通して、エリプトン先輩の興奮した声が響く。
 グラウンド中央に浮かび上がった大型ホロスクリーンには、確かに打ち抜かれた16小隊のフラッグが映し出されていた。
 そして、僕が瞬きをした、次の瞬間。
 ゆっくりと。
 発条が切れるように、レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフは地面に崩れ落ちた。
 気を失ったのか、完全に力が抜けた腕からは、錬金鋼が離れている。
 僕はゆっくりと近づいて、まずは彼の傍に落ちていた錬金鋼を蹴飛ばし、遠くにやる。
 鉄扇を構えたまま、見下ろす。
 気を失っている。よく見れば砂まみれで、戦闘衣はところどころ切り裂かれている。試合に使用されていた錬金鋼は刃引きされていたとはいえ、衝剄が纏われていればこうなる事も道理だろう。
 顔にも幾つか裂傷が出来ており、後頭部は何処かに打ち付けたのか、血が流れている。
 完全に、気を失っている。剄息だけは当たり前のように続いていたが、ただ、それだけ。

 急激に体から力が抜けて、僕は膝から崩れ落ちた。
 鉄扇を待機状態に戻す事も忘れて、グラウンドにへたり込む。
 耳元で、端子の向こうから心配するような呼びかけが聞こえているのもわかっていたが、それに返事をする気力が今は無かった。
 突然暴れだしたかと思えば、壊れた玩具のように勝手に倒れる。
 何が何だか、さっぱり理解できない。
 野戦グラウンドには観客席からの、17小隊の勝利をたたえる大歓声が響いている。
 そんな中、僕は地面にへたり込んだまま天を仰いだ。
 今理解できている事は、一つ。

 背後からとぼとぼと僕らに近づいてくるニーナ=アントークの、その驚愕に染まった瞳。
 今後も面倒が続く。その瞳は雄弁にそう語っているように、僕には見えた。





 

    ※ 斬られ穿たれ蹴飛ばされ…16小隊超涙目。

      内容的にはほぼ今回は原作のままかなぁ。何か大分違う気もしますけど。
      モニタの向こうでカリアン一人で大喜びな感じ。
      次回は反省会です。



[8118] 三十二話(原作一巻八話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/13 20:06
 ― クロムシェルド・レギオス:Part 6 ―


 そして誰もいなくなった。
 
 祝勝会の名を借りた、ようするにただの酒盛りを早々に切り上げた僕は、アルセイフが眠る筈の医療科塔の病室前まで来た。
祝勝会。そう、第17小隊は発足第一戦で見事勝利を収めたのである。
 その関係者を招いて、商店街の一角にあるバーを貸しきっての宴会。しかし、そこに称えられるべき主役達の姿は無かった。
 いや、初めは居たのだが、いつの間にか乳歯が抜けていくようにどんどん居なくなっていった。
 いつの間にか最後まで取り残されていた僕は、今日の試合のダイジェストムービーが再生されるかされないかの瞬間に、宴会場を抜け出した。アレほど繊細な殺剄を使ったのは久しぶりだったと思う。
 ちなみに、僕がアルセイフに切りかかったシーンは、TVカメラが何故かその瞬間だけ故障していたらしく、映っていなかったらしい。16小隊の武芸者を全治一ヶ月の病院送りにしたとび蹴りのシーンはばっちり映ってしまっていたのは残念だが。
 ・・・今月も、接待費が大変そうである。

 「よう、飲み会の方は良いのか?」
 病室前の廊、窓際に設置された長椅子に座っていたエリプトン先輩が呼びかけてきた。
 僕は軽く手を上げて答えたあと、明かりが漏れている病室をのぞく。
 顔は見えなかったが、ベッドのシーツが盛り上がっているから、アルセイフが眠っているのだろう。そのベッドの脇に丸椅子を出し入り口に背を向けて座った居る少女の背中が見えた。腰まで届く長い髪。アルセイフのクラスメートの、あの、合うたびに僕の事を怖がっているっぽい女の子だ。メイとか言う名前だっけ?
 何となく状況が理解できてしまったから、病室に入るのは気が引けた。
 「エリプトン先輩もこっちに着てるって事は、祝勝会なのに小隊メンバー全員不参加じゃないですか」
 サットン先輩が居たような気がするけど、まぁ、良いや。
 「フェリちゃんは初めから居なかったし、俺はお前より先に出たもんな。…結局、隊長は来なかったのか?」
 「来ませんでしたね。あんなに怒って、何処行ったのか何て考えたくもないですけど」

 終わってしまえば僕が一人でからまわっていただけだった試合が終了して、気を失っていたアルセイフと、16小隊の武芸者たちが担架で運び出された後、アントーク先輩は一人控え室に戻らずに何処かへと姿を消してしまった。
 突然ギアが入れ替わったかのごとく16小隊の武芸者を蹴散らしたアルセイフと、その彼に全力で斬りかかった僕。
 アントーク先輩にしてみれば、まったく理解しがたい状況だっただろう。今頃は、生徒会長辺りを問い詰めている頃かもしれない。
 その後の展開を考えると涙が出そうだ。あの生徒会長、余計な事を言わないでくれれば良いのだが。
 
 「…あれが、お前の本気ってヤツか?」
 椅子に腰掛けていたエリプトン先輩が、ポツリと言った。
 僕は彼の向かいの壁に背を預け、肩をすくめた。
 「そこは、アルセイフのびっくりスーパーアクションに突っ込んでくださいよ」
 「レイフォンか。…レイフォンな。アイツも何なんだ。グレンダンてのは、お前らみたいな化け物がゴロゴロしてるのか?」
 エリプトン先輩は深く深くため息を吐いた。
 僕はその言葉に笑ってしまった。
 「前に言いませんでしたか?僕の技は精精鍛えれば身に付くレベルです。本物の化け物、アルセイフみたいなのと一緒にしないで下さいよ」
 「あの頸の量。冗談じゃ無いぜ。あんなので力押しされたら技なんて約に立たないだろ」
 エリプトン先輩の言葉に然りと頷いた。
 ひとりの武芸者が持つ頸の量はほぼ確実に生まれたときから決まっている。頸路の拡張と言う特殊な現象が起こらない限り、先天的に持ちえた物だけで武芸者として大成するかどうか決まっていると言って過言ではない。アルセイフが意識を飛ばしているときに見せた膨大な頸。そして、それを制御する意志力。
 それこそが、武芸者と天剣授受者を隔てる壁に他ならない。
 「言ってみれば、そうですね。砂場遊びをしている所に、いきなり建設重機で乗り込んでくるような物ですからね、アレは」
 僕のたとえ話に、エリプトン先輩は顔面に薄い笑みを貼り付けた。
 「・・・で、お前さんは俺達の保護者気取りって訳だ」
 言われて、返す言葉が見つからなかった。保護者か。この僕が、保護者ねぇ。
 「やっぱそう見えます?」
 「正直に言えば、余計なお世話だ後輩って言いたくなるな」
 エリプトン先輩は馬鹿のような笑いを浮かべて、答えてきた。だが、目だけは真剣だった。
 すいませんね学生さん。僕は投げやりな気分で返した。
 明かりのついてない天井を見上げてぼやいてしまう。
 「何時からこんなに、周りの事を心配する人間になったんでしょうね、僕は」
 昔はもっと、シンプルな生き方が出来ていたはずなのに。生き残るだけ。ただそれだけを考えて生きていられた、その筈だったのに。
 「少しは肩の力を抜いたらどうだ?そりゃあ確かにレイフォンは化け物みたいな力を持っているが、ホンモノの化け物とは違う。あれはれっきとした人間だ。・・・フェリちゃんだって心配してるぜ?カリカリしすぎだぞ、最近のお前」
 唐突に出てきた名前に、久しぶりの戦いで疲れた精神が過剰に反応してしまったのか。
 僕は気付けば、らしくもない愚痴のようなものを口にしていた。
 「フェリ、ね・・・。そういえば、最近は余り二人で話す事が無かったかな。それにしてもフェリ、フェリか。あの子も何なのかなぁ」
 「何なのかって、おい。どうしたカテナ?」
 天剣授受者と人間は違う生き物だと、そう言おうとして言葉に詰まってしまった。天剣授受者は武芸者とも違う。僕とフェリもつまりは違う生き物だと、何故だか、認める事が癪だったのか。いや、解らない。頭が良く動いていない。疲れているのか、やはり。
 口を開けば意味を成さない発言ばかりを垂れ流していた。
 「似てるんですよね、フェリとアルセイフ。言い方は悪いですけど、どっちも化け物です。住む世界が違うって言うのかな、何でここに居るのか、正直理解しかねるし。あいつ等二人とも、もっとこう・・・」
 言葉を途中で止めたのは、正面の男が笑っていた事に気付いたからだ。
 先ほどまでの貼り付けたような作り笑いとは違う、本物の笑い。
 「なるほど、ねぇ」
 エリプトン先輩は何かをわかったような口調で、嫌らしい笑みを益々深めた。
 「何ですか」
 僕の声が余りにも憮然としていたからだろうか、エリプトン先輩は口をあけて笑い声を上げた。
 「シンプルで良いねって事だよ。ようするにお前が最近カリカリしてるのは、レイフォンの登場に危機感を覚えているからだろ?・・・お前、アイツに嫉妬してるだろ」
 嫉妬。
 一瞬、言われた意味が解らなかった。天剣授受者に嫉妬?
 するわけが無いだろう。余りにも隔絶された存在なのだから、そういうものとして理解するしかないのだから。
 そういう風に答えて見せたら、エリプトン先輩は今度こそ隠しようも無く腹を抱えて笑い出した。
 「馬鹿だねお前さん。男が男に嫉妬する理由なんて、そいつに自分の惚れた女が取られそうな時ぐらいしか無いだろ?」

 ・・・。
 ・・・・・・?
 ?、??。?

 「・・・スイマセン、今何て言いました?」
 ちょっと一瞬、思考が何処かに飛んでいた。誰が何でどうしたって?
 だがエリプトン先輩は、僕の質問にさらに飛躍した答えを返すだけだった。
 「お前は頭が切れるから、レイフォンが危ないヤツじゃないって事を理解してる。理解しているからこそ、フェリちゃんにだけは絶対に近づけたくない。わっかりやすいねぇ。てっきりフェリちゃんがお前にぞっこんかと思っていたけど、現実は逆って事だな」
 「―――は?いや、ナニ言ってるんですかアンタ。アルセイフが危険じゃないなんて、そんな事」
 あるわけが無い、そう続けようとして、ニヤリと笑った先輩の言葉にさえぎられた。
 「しばらく遠くからお前を観察しててわかったんだけどよ。お前がレイフォンを警戒している時って、必ずフェリちゃんが傍に居る時なんだよな。自分で思い出してみろよ、お前、アイツと二人だけの時は、それほどアイツの事警戒してた事無いだろ?」
 そんなわけが無い。そう答えたかった。
 呑気に二人きりで朝食を取るなどと言う迂闊な行動をとったことが無ければ。

 僕はレイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフに近づきたくなかった。ずっと、あいつが此処に現れてからずっとそう思っていた。その理由は?
 勿論、怖いから。何故、何が怖い。
 例えばそれは、彼と同じ才能の持ち主、彼と並び立てる、彼と並び立ってこそ相応しい、そんな少女が身近に―――。
 「・・・そんな、ガキみたいな」
 言葉は、苦いうめき声にしかならなかった。
 野戦グラウンドで天剣授受者と相対した時以上に、全身が熱を持っているような気がする。
 壁を背にした背中が汗で湿って気持ち悪い。・・・いや待て、僕は今、どんな顔色をしている?
 口元を押さえて呻く僕の態度に、エリプトン先輩はカラカラと笑う。
 充分ガキじゃないか。お前、オレより年下だろう?
 そう言われて、反論の言葉が全く見つからない自分が益々惨めだった。何だ、コレ。窓に映る無様な男は、本当に僕か?

 それこそただの、馬鹿なガキそのものじゃないかと、頭を抱えた僕の脇を、黒髪の少女が通り過ぎた。
 何か変なものを見るような目でこちらを見ていた。
 「お、もうお見舞い終わり?」
 エリプトン先輩は、アルセイフの居る病室から出てきた少女に気楽に声を掛けた。
 少女はびくりと小動物のように肩を震わせた後、はい、と答えた。また、寝ちゃったので。そう続けた。
 「んじゃカテナ、俺らも帰るか?寝てるの起すのもどうかって時間だしな」
 立ち上がり、夜闇に沈んだ窓の向こうを眺めながらエリプトン先輩は言った。ガラス窓に映った彼の顔が、あからさまにニヤけているのが実に癪に障る。
 僕は憮然とした心持に頷いた。ええ、帰りましょう。出来れば今はヤツとは顔を合わせたくないし。理由は後で考えますが。
 そんな風に益体も無い事を考えていると、黒髪のレイフォンの同級生の少女が僕の事をじっと見ているのに気付いた。
 「・・・何?」
 変な声が出てしまったのが悔しかった。
 少女は慌てて首を振った後、顔を俯けて愛らしい上目遣いでポソりと一言、こう言った。
 
 「先輩、何時もは綺麗なお人形さんみたいで少し怖かったんですけど。何か今は、…えと、可愛い感じですね」

 シャーニッド=エリプトンのふてぶてしい笑い声が、実に忌々しかった。






   ※ ゆとり生徒、駄目教師の逆襲に遭うで御座る。
     
     そんな訳で、最近一人でカラ回ったりしてた彼の残念な真実。みんなで指差して笑ってやると良いよ。
     行動に一貫性が無いって事は鯖味噌(定食。片手では食いづらい)を食べていた辺りで大体の人は理解してたと思いますが、
    まぁ、こんなもんです世の中。主観で格好付けてみても、客観的に見ると、という話。

    さて、そんな喜劇の裏で主人公(真)は順調にイベントフラグを消化中と…あれ、そろそろ何か来るんじゃね?



[8118] 三十三話(原作一巻九話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/14 20:11
 ― クロムシェルド・レギオス:Part 7 ―


 「そ、こことそこにこっちのコレを引き写して。ああ、そう、ここにサイン。コレは忘れないで」
 「え、コレにもですか。・・・あの、カテナ先輩。コレで同じこと書くの三度目なんですけど」
 「警察なんて、暴れる以外はこんなんばっかだよ。今からでも就業変更届出した方が・・・」
 
 「いいえ!私はこの仕事につきたかったんです!」
 褐色の肌に勝気な瞳をした少女の、気合の入った返事が響く。
 小隊戦二日目でにぎわう野戦グラウンドを他所に、本日は朝から都市警強行突入課オフィスに顔を出して新人の教育なんかを行っていた。
 強突課の新人研修と言っても、まさか初日から都市外に遠征して大捕り物を繰り広げるなんて事は絶対にありえない。
 むしろそんな事を初日から新人にやらせたらそいつは次の日に辞表を叩きつけると思う。・・・破り捨てられたけど。
 「・・・でも、やっぱりちょっと面倒くさいですね」
 僕が担当する事になった新人のナルキ=ゲルニさんは一言笑って、かわいらしく舌を出していた。
 頑張ります、とぐっと拳を握る仕草をして面倒くさい書類仕事に戻る。
 ・・・なんとも、癒される光景だ。
 思い返してみて気づく事が多々あるのだが、やっぱり最近どうにもカリカリしっ放しだったらしい。
 理由は・・・、いやもう、理由は良いよ。
 「カテナ先輩?」
 ブンブンとみっともなく首を振っていたらゲルニさんに不思議な顔をされてしまった。
 なんでもないよと苦笑いして、ぐっと背筋を伸ばしてオフィス内を見渡す。
 余り、人の姿が無い。警備を名目に野戦グラウンドに出張ってる者達が多いからだ。一応、こういう事件の無い大人しい時間を使って繁華街の内偵なんかもしてたりするのだが、そっちの結果が判明するのはまだ少し時間が先の事だ。
 結果、普段書類仕事をサボっている一部の人間と、僕のように新人の指導をしている人間、そして真面目な新人、最後に案外人ごみが苦手で、手元の小型スクリーンで小隊対抗戦を観戦している課長氏だけがオフィスに居るのみだった。
 その課長が、ノイズ混じりの歓声が鳴り響くスクリーンから唐突に顔を上げた。
 「カテナ。お前は対戦相手の動向を確認しなくて良いのか?」
 課長席の端に置かれた小型スクリーンを指し示して僕に聞いてくる。
 確かに、小隊に所属している人間なんだから、次に戦うことになるかもしれない他の小隊の戦力を把握しておく事は重要だろう。
 「・・・まぁ、仕事もありますから」
 そっちを優先しても問題ないですしとオブラートに包んで言って見たら、流石に人を傭兵扱いしているだけはある、ガレンさんは大体理解してくれたらしく一つ頷いて視線を画面に戻していた。
 「先輩、ひょっとして、私がご迷惑をかけていますか?」
 だが、そんな駄目な大人のコミニュケーションは新人にはディスコミニュケーションだったらしい。
 実に申し訳なさそうに上目遣いをされてしまった。
 「あー、何というか、ね。・・・そう、ウチは実戦派だから」
 だから出たトコ勝負なんだよーとか適当に誤魔化してみたら、また変に感動されてしまった。
 そして、ゲルニさんは空笑いをしている僕に、ポツリと一つ言葉を投げる。
 「確かに・・・、レイとんなんか凄い動きしていましたもんね」

 一瞬。背筋に、冷たいものが流れた。
 それを顔に出さぬように、キザっぽく肩を竦める。
 「そこはホラ、彼は一年で小隊員に選ばれる天才だからね」
 「・・・そういう問題じゃ、無いですよね。あんなの上級生だって出来るかどうか」
 真面目な顔で質問をしてくる後輩を見て、僕は子のこの事を少し感心していた。
 理解力の足りない人間は、ある一定以上の力量のものは全て同じラインに存在するものとして捉えてしまう癖がある。
 一種の自己逃避の手段としてだ。
 だがゲルニさんは、自分が及ばない力を持つ上級生以上にアルセイフが力を持っているとちゃんと理解できていた。
 中々見込みがありそうな見習いである。僕だったら、こういう子にこそ銀バッジを渡しておくんだけど。
 とはいえ、余り聞かれたくない部分が絡む話である。ここは早々に切り上げさせてもらおう。
 「どうかなぁ。まぁ、僕よりも上だろうってのは同感だけど」
 よく解らないよ。
 煙に巻こうとした僕を、しかし中々いい目をしている後輩は、断絶した。
 「先輩も凄かったですよね、あの衝剄」
 ・・・ゲルニさん、何気に空気を読めない人だったりするんだろうか。
 いや、まぁ、それは。言葉にならないうめきをこぼす僕に、真面目な後輩は追及の手を緩めない。
 「土砂に転がされるまでは、何でこの人が小隊に居るんだろうって思ってましたけど。レイとんが凄くなった瞬間から、先輩も、その・・・。あの、勘違いだったら本当に申し訳ないんですけど」
 言葉に詰まって、後輩は俯いた。
 言いたい事は理解している。確かにビデオデータは誤魔化せたが、会場に居た人間の目は誤魔化しきれない。
 常人に視認する事はほぼ不可能と言っていい音速を超える速度で放たれる極薄の剄の刃。彼女は、それが見えてしまったらしい。
 優秀なのも困りものだよ。僕は後頭部を掻いてため息を吐いた。
 気のせいじゃないのと言っても、この真面目な後輩は信じないだろう。
 だから、ある程度までは正直に話すしかない。
 
 「色々とね、子供には聞かれたくない事情とかがあるんだよ」
 僕がそういった瞬間、課長席から大きなため息が聞こえたような気がした。
 ゲルニさんはあからさまにムッとした様な視線を僕に向けてきた。ははは、頬が膨れていて可愛いなぁとか思ったのは秘密だ。
 「私だって武芸者の端くれです。武芸の技の向上に繋がりそうな事を、そんな風に・・・」
 言葉の合間に、笑い声が漏れてしまった。
 なるほどコレが、背伸びをしたいお年頃と言う事か。

 相も変らぬ偉そうな思考をしたまま、僕はたいした考えもなく一つの言葉を吐いた。
 何かの先触れ、そんなものを感じていたなんてことは、間違っても無い。

 「そういうのは、一度でも汚染獣と戦ってから言いな・・・よ、っ?」

 グラリ。縦に沈む感覚。
 立ったままだった僕はバランスを崩して、ゲルニさんのデスクにつかまって何とか事なきを得た。
 沈む感覚が、上下に攪拌する感覚に変わり、強突課のオフィスはいまや、凄まじい揺れに包まれていた。
 あちこちから上がる悲鳴、崩れ落ちる紙束。
 「・・・都震か!」
 課長席につかまり踏ん張っているガレンさんが驚いたように叫ぶ。
 都震。
 自立移動都市の脚が、地盤の緩い部分を踏み砕いてしまいその上に位置する都市に被害を及ぼす現象。
 「収まって・・・きた?」
 随分と近い位置に顔のあったゲルニさんが恐る恐ると言った風に呟く。
 徐々に収まってきた揺れに合わせて、己は慎重に身体を起した。剛性ガラスを用いたヒビ一つ無い窓の向こうを見る。
 見える範囲で火災が起こっていると言う風な印象は無い。
 ガレンさんはその職責に見合った素早さでオフィス内に居たスタッフに次々と指示を出していく。
 一気に騒然としてきた強突課オフィス内で、己は一人足元を見据えて立ち尽くしていた。
 「・・・どうしたんですかカテナ先輩?」
 椅子に座ったままのゲルニさんが、声を掛けてくるのも、聞こえない。

 揺れは、収まった。
 だが、感じる。確かな鳴動を。地の奥底から、命がうごめくのを、己は確かに感じていた。
 「ガレンさん。最下層部の備品庫の鍵は本局でしたっけ?」
 通信端末を手にしていたガレンさんに、尋ねる。
 ガレンさんは一瞬虚を突かれたような顔をして―――、そして何かに気付いたのか、素早く、己が欲しい答えをくれた。
 「ああ、本局の二階、中央階段を上って、右から数えて四つ目の部屋だ。備品庫の鍵の位置は・・・確か、札が掛かっていたはずだから、直ぐ解る筈だ」
 鋭い人だ。概ね『事情』を理解しているらしい。・・・本当に、年齢を疑いたくなる。
 「・・・何を話してるんですか、課長と先輩は」
 勝気なゲルニさんも不安になったのか、己等を取り巻く緊迫した空気に緊張した声を上げる。
 己はなるべく優しい声を心がけて、ゲルニさんに言った。
 「良いかい、気をつけることは三つ。まず、正面に立たず距離を保つ事を心がける。次に周りを良く見る事も大切だね。そして最後に、常に油断せず連携して事に当たることが重要だ」
 「は?いきなり何を―――?」
 これ以上、雛と話している暇も無い。己はその問いには答えず、窓を開き、一気に外に飛び出した。
 「先輩!?」
 ゲルニさんが悲鳴を上げる。だが、その声を、けたたましい警報ブザーが遮った。

 『汚染獣接近。汚染獣接近。小隊員は第一講堂へ集合。一般武芸科生徒は・・・――――』  
 
 警報に混じり、緊迫した放送が響く。
 騒然となる市街地を横目に、戦闘速度で屋根から屋根を駆け抜ける。
 エアフィルターの中だと言うのに饐えた腐臭が漂ってくるように思える、切迫した空気が身を包む。
 これまでの何もかもを振り切るように、身体は当たり前のように一つの目的のために動いていた。
 これが己。己自身の正しいあり方だと、一片の疑いすら抱く事が無い。
 
 いっそ己は気楽な気分になって、最後に己は、アントーク隊長に仮病で休むと伝え忘れていたなと、思い出していた。







   ※ そんな感じで、最終三部作開始。

     前回のオチですが、狙ってやったが六割、必要にかられてやったが四割くらいです。
     ようはレイフォンの強さを最大限に表現するためには、それまで最強だった人間が苦も無く捻られる、という絵面が一番解り易い。
     となると、主人公(偽)にはレイフォンに必ず一度は全力で切りかかってもらう必要が出て来る訳です。
     この手の演出は仲良くなってる状態でやっても、緊張感が無いので面白くならないんですよね。
     そんな感じな作劇上の都合もあったので、これまでああいう話の展開になってました。
     で、まぁ使い終わった設定は早急に放棄。これが大切。
     後はヤツはスペック的に恵まれてるんだからたまには痛い目にあわないと可愛げがなくなっちゃうしねーってのも重要でしょうか。



[8118] 三十四話(原作一巻十話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/15 19:53
 ― クロムシェルド・レギオス:Part 8 ―

 体の芯から凍り付いていく感覚。

 そんな懐かしい思いにとらわれながら、己は一人、自立移動都市最下層部、非常灯が不気味に照らす闇の統べる空間で裸体を晒していた。
 シャッター脇の勝手口を開いた瞬間漂ってきた埃の混じった空気。踏み出せばうっすらと積もった埃の上に足跡が残る。
 目指すものは直ぐに見つかった。一年前、自分が使ったときのまま、適当にダンボールに押し込まれて隅に積まれていたから。
 埃を払って蓋を開け、中のモノを引きずり出せば、何処か滑った様な輝きを放つ特殊な繊維性のアンダーウェアが出てきた。
 汚染物質遮断スーツ。
 身体にぴったりとフィットするその服を着る為に、手早く制服を脱いで行く。
 上下ツーピースで、しかし特殊な構造をしているためか、腰元で合わせるとぴったりと張り付いて密着する。
 着れば肌に張り付くような感触なのに、伸縮性に優れ、また通気性も優れていて暑いという事も無い。
 むしろより一層、体の奥底から凍り付いていくかのようだ。
 隣のダンボールを乱暴に開ければ、グチャグチャにして押し込まれていた戦闘衣一揃えがしっかりと揃っていた。
 機密性の優れた専用のメットも、棚に埃を被ったまま押し込まれている。
 残念ながら移動用の単車は発見できなかったが、まぁ、良い。
 敵はこのツェルニの直ぐ足元に居るのだ。この程度の距離なら自分で飛んだ方が早い。
 
 地の底から這い登ってくるような悪寒は、時を経るに連れより一層深まってきた。
 人気の無いこの下層域にすら、焦燥に囚われた人々の怯えが伝わってくるようだ。
 今頃上では、未熟者達が集められて、必死で防衛線を展開しようとしている事だろう。そんな遊びに付き合っている暇も無いので、己はまず真っ先に自分が生き残るための行動をとった。
 肩部胸部、各種関節部に装甲が供えられた戦闘衣を完全に着込み、その上に四本の錬金鋼を挿した剣帯を巻いた後、己は一言声を上げた。
 「ストリップは楽しめましたか?」
 カツン、と。備品庫の勝手口から足音が響いた。
 「・・・思ったより、筋肉質なんですね。たまに、本当に女性なんじゃないかと疑っていたんですけど」
 己は一つ肩を竦めた後、フルフェイスの防塵マスクの埃を払って片手に持ったヘルメットの中に放り込み、彼女を促して備品庫を出た。
 足早に、薄暗い地下道を進みながら、言う。
 「探す手間が省けて助かりました」
 「何をしようって言うんですか」
 非常灯に照らされて、フェリの髪はうっすらと輝いて・・・いや、違う。実際に念威が漏れて発光しているのだ。
 感情が高ぶっている、らしい。
 美しいなと、己は場違いな感想を持った。久しぶりの仕事だったので心配だったが、大丈夫。己は何時もどおり落ち着いている。
 「見ての通りです」
 「・・・一人で逃げる気ですか?」
 フェリの言葉は、硬い響きが篭っていた。どうも、汚染獣が来ているから緊張していると言うよりは、何か嫌な事があってイラついていると言った風な印象を受ける。
 あの腹黒眼鏡。この忙しい時に何してくれたんだか。
 …それにしても、逃げる。逃げるか。そう言えば、脱出経路とか考えた事無かったな。
 そもそも作戦目的以外で汚染獣から逃げると言う発想がなかった。この子も中々斬新な考えをしている。
 都市を害する汚染獣は倒す。一匹残らず刈り取りつくす。
 それが、自立移動都市に生きる武芸者と言う生き物の生態なのだから。剄脈を蠢かせながら、そんな当たり前のことを考えていた。
 「それは魅力的な提案ですけど、生憎脚に取り付かれてますからね。逃げ場無し、ですよ」
 上方から感じる複数の剄の気配。それがだんだん高まってきているように感じる。そろそろ幼性体が外延部に取り付くのも近いのだろう。己の答えに、しかしフェリは納得してくれなかった。
 「貴女も一緒に逃げましょう。いつか言ってくれた。今がその時では無いんですか?」
 その甘えるような声に、思わず足を止めてしまった。彼女に振り返り、その顔を見据える。
 フェリも本気で言っているんじゃない、そんな事は解っていたのに。己は、僕は真剣に答えてしまった。
 「冗談じゃない、御免です。ここで逃げ切っても、僕はきっと貴女の泣き顔を見続ける事になる。そんなのはつまらない。そんなのは絶対に嫌だ。僕は自分の人生を楽しくするために、普通の青春を送るためにここに着たんです。辛気臭い青春なんて、真っ平御免ですよ」
 フェリは一瞬呆然として、凄い勢いで首を振って、頬を赤らめ、それから、何かいろいろなものが綯い交ぜになった顔をして、言った。
 「普通の青春を送りたいなら、何なんですか、その物騒な格好は。ここには貴方以外にも戦える人が居る、貴方に戦いを強制できる人は居ません。良いじゃないですか、貴方が、」
 「居ませんよ」
 幼子が紡ぐ必死の言葉を、しかし僕はさえぎった。大げさな仕草で肩を竦めながら、続ける。
 「居ませんよ、僕らを除けばこの都市で汚染獣を潰せる人間なんてあと一人しかいません」

 ねぇ、ヴォルフシュテイン卿?

 呼びかけに答え暗い通路の奥から、制服姿の少年が姿を現した。
 レイフォン=アルセイフはばつの悪そうな顔を、拙い所を見てしまったという顔を浮かべながら、こちらに近づいてきた。
 来ない筈は無い、と言うか来ないと言うこと事態在りえない想像だったが、来てくれて一応安心した。
 例え嫌でも汚染獣が来たらとりあえず始末するのが武芸者の生態だから、天剣授受者にまで上り詰めた男ならば、その本能に従い汚染獣を殲滅するために、こちらにアプローチを取ってくるのは当然である。
 しかし、きつく当たっていた事もあったのでひょっとしたら来ないんじゃないかと要らない心配をしていたのだが、一安心である。
 …いや、まぁ。
 彼の目当てが己ではないって事は実は解っているんだが。
 「すいません、フェリ先輩の剄を追いかけてたら・・・」
 やっぱりフェリの事だけは認めてるんだな、こいつは。
 すまなそうに頭を下げる後輩を、僕は首を振って答えながら手短に述べる。
 片手に握った封筒のようなものが気になったが、今聞くべき事でも無いだろう。
 「いえ、構いません。むしろ、たかが幼性体の駆除如き雑事に、天剣授受者足る貴方の手を煩わせてしまう事、真に―――」
 しかし僕の言葉を、天剣授受者は取り合わなかった。
 この学園都市では一度も見せた事が無いであろう、自らの力を確信している戦闘者の顔をして僕に言う。
 「戯言は良いです。それより先輩、都市外装備をしているということは、貴方が母体を排除するという事ですか?・・・可能なんでしょうね?」
 この言、この態度。まさしく天上人にのみ許された仕様。
 そこには自身と同一たる天剣授受者しか信じない、まさしく天剣授受者そのものしか居なかったが、だからと言って、舐められているのも正直癪だ。
 「これでも老性体から逃げ切った事ならあるんだ。それに比べれば、腹の裂けた母体を潰すだけなんて砂場遊びと変わらない」
 なおも疑問符を浮かべる後輩に、こっちの所属は知っているだろうと圧し被せる。
 上ではいよいよ頸が弾け、飛び交っている。どの道、無駄話しているほどの時間は無いだろう。
 アルセイフは渋々と頷いた。
 「・・・罪人部隊。信用して良いんですね」
 「そっちこそ、自慢の天剣が無いからって、しくじらないで下さいよ」
 僕の軽口に、アルセイフは鼻を鳴らして答えた。
 何も問題は無い。むしろ、貴方が居ない方がやり易いくらいだと。
 僕は肩を震わせて大声で笑ってしまった。

 それは結構。
 笑い顔のまま頷いて、僕は厳しい表情をしているフェリに向き直る。
 「それじゃぁフェリさん。貴女はアルセイフについて幼性体の確認と、母体の位置特定をお願いします」
 「待ってください、私は何も、」
 急に急に。自分を取り残したまま廻り続ける世界に反発するように、割れたガラスのような悲鳴を漏らした。
 暗闇の中に取り残された、幼い子供の姿。
 それを、我侭を言うなと大人の目線で言い放つのは簡単だろう。
 そういう場合じゃないんだと、そう言えばきっと、従ってくれるのも道理だろう。
 それでも、そういう態度は、そういう時でも無いのに、取りたくないと僕は思った。
 一つ、息を吸って口を開く。
 せめて言葉が、伝わってくれますようにと願いながら。
 「あのねフェリさん。愚痴も怨みも悩みも泣き言も、虚言も我侭も暴言も悪態も、夢も理想も希望も絶望も、寝物語だって後で幾らだって僕は聞きます、だから今は、」
 「今はなんですか。道具みたいに、便利使いされろと?何で貴方までそんな事を言い出すんです。自分の才能を、望んでも居ない才能を使えだなんて!」
 むしろ淡々としていて、その怒りの、嘆きの深さを思い知ったが、僕は彼女の肩を掴んで、言い含めるように、自分の気持ちを告げた。
 
 「だから今は、お願いですから―――僕に、貴女の事を嫌わせないで下さい」

 ――――なにを。
 言葉になら無い唇の震えを、最後まで確認しないまま、己は彼女の肩から手を離しアルセイフに告げる。
 「それじゃぁ己は直ぐに出るわ。アルセイフは生徒会長に作戦を説明して、ああ、後アントーク隊長にあったら己は病欠って言っておいて」
 「へ?ああ、はい。お気をつけて・・・」
 間抜けな声で、表情で答える天剣授受者を見やって、己は一人暗い通路の奥を目指す。
 そのまま二度と、角を折れても振り返らなかった。
 あの子がどんな顔をしているか気になったけれど、己は足を止めなかった。

 都市と外とを隔絶する、エアロックの門が見える。
 この先に、住み慣れた死地が待っている。防塵マスクを装着して、その上からヘルメットを被り戦闘衣の首部のアタッチメントと繋ぎとめて密封処理を完了する。
 巨大なハッチの片側に設置されていたパネルを素早く操作して開錠作業を行いながら、己は自身を包むように、抱きしめるように淡く輝く花びらに気付いて、笑みを浮かべていた。

 さて、面倒な仕事の時間だ。
 一年サボり続けた分、少しは真面目に働きましょうか―――。





   ※ 割と頭を捻った考えた、渾身の一言だったんですけど、どうですかね?
     らしいなぁ、と思っていただけたら、実に幸い。

    そんな感じで、ドラマ的なクライマックスは今回でラスト。最終回(二度目の)はひたすらアクションです。



[8118] 三十五話(原作一巻最終話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/16 20:33
 ― クロムシェルド・レギオス:Part 9 ―


 『・・・人が空を飛べるという真実は、初めて知りました』
 
 「努力すれば、なれない自分は無いって事ですよ」
 『それは皮肉か何かですか?』
 眼前を、フルフェイスのヘルメットのバイザーの前を念威端子が飛び去った。
 己はすっかりと調子の戻ったフェリの洒落た声にニヤリと口元をゆがめた。
 巨大な自立移動都市、幾本もの鉄塊製の蜘蛛の脚に支えられたドームの真下のパイプ尽くめの空間の中を、己は自らの技を確かめるように前後左右、上下自在に飛び回っている。

 アルトゥーリア流戦舞・秘奥之歩法。『翔扇剄』

 開祖をして"天を舞う天剣"足らしめたと言う、扇に纏わせた剄圧で気流を操作する事により完全な飛翔を成し遂げる、アルトゥーリア流奥義の一つである。
 もっとも、己がやっている事は自在に天を舞うとは程遠い、自由落下の中に鋭角的な軌道変換を織り交ぜただけの未熟な代物なのだが。
 まぁそれだけの事であっても、今まで自分をここまで生き延びさせてきた技術である。これから久しぶりの戦いに挑むとあっては、身に付いた技をしっかりと確認しておく事も大事だろう。
 眼下には、痩せた大地を埋め尽くす幼性体の群れ。
 既に有象無象が脚に取り付いて自立移動都市上部を目指している。今頃外縁部では未熟な雛達による決死の防衛戦が展開されているに違いない。
 己はフェリの念威によるナビゲーションに従い、扇を振りぬき岩盤を踏み抜いている脚へと飛んだ。
 その途上、眼下を蠢く害獣どもの光景が余りにも気持ち悪かったので、技試しとばかりに斬剄を放って出来る範囲で上の連中のサポートを行う。
 斬剄は汚染物質の塵に拡散される事もなく、地を這う幼性体の殻を両断していったが、如何せん数が多すぎる。焼け石に水と言う言葉以外、相応しい言葉が思い浮かばなかった。
 「上の人たち、頑張ってます?・・・アントーク隊長なんか、突出しすぎてなければ良いんだけど」
 『頑張ってますよ。・・・もっとも、頑張っているだけですが』
 フェリの辛らつな評価と共に、ヘルメットのバイザーの角に彼女の念威が捕らえた外延部での戦闘状況が映し出される。
 一般武芸科生徒を引き連れ最前線で幼性体と退治しているアントーク隊長が映った。見事に突出している。別に望んでそうなった訳ではなく、要するに周りの生徒達が支えきれなくて後退してしまったかららしかった。
 時たま映る剄の弾丸はエリプトン先輩達射撃部隊の仕業だろうか。羽根を生やした種類の汚染獣を地面に叩き落していく。
 お?奥に小さく映ってるのって、ゲルニさんかな。都市警の先輩方と連携して・・・うん、アレなら生き残れるかな。
 『こんな時まで女性を舐めるようにピーピング。カー君は余裕ですねぇ』
 何処を見ていたか気付かれたらしい。物凄く冷たい声と共に外延部からの映像が途絶して、自立移動都市の脚が踏み抜いた崩落部の地形図が示された。自然に生成された洞窟のようで、複雑に入り組んでいたが既に誘導路が示されている。
 やっぱりこの子は優秀な念威操者である。
 幾度かの加速を持ってその脚までたどり着いた己は、自由落下に更に加速を織り交ぜて崩落部に突入した。

 洞窟内に着地した僕を迎えてくれたのは、誘導灯のように明滅する念威端子だった。
 その灯りを頼りに、粘つくような濁った大気の中を、慎重に進む。
 既に全ての幼性体が地表に排出された後らしい、洞窟内は静寂に包まれていた。
 都市外装備は万全に機能している。安全を第一として、剄で感覚を拡張しながら歩んでいくと、不意にフェリが言葉をかけてきた。
 『・・・あの、レイフォンに任せておいて、平気なんでしょうか』
 その声に不安の響きが混じっている事に気付いた。
 考えるまでもなかった。この子はこれが初めての実戦な筈なのだから。
 だから、グレンダンでは馬鹿かお前はと切り捨てるような質問に、己は優しく答えた。
 「アルセイフ、そういえば今は何処へ?」
 『生徒会庁舎尖塔へ現在向かっています。先ほどまで、錬金科の錬金鋼整備テントへ居たのですが』
 その言葉と共にアルセイフに付いていた端子の映像が映される。繁華街の屋根の上を駆け抜けるその顔にはひとつの迷いもなく、なるほど、今自分がグレンダンに居るのではないかと錯覚してしまいそうな安心感を与えてくれる。
 「・・・仮にね。己が幼性体の排除を担当するって事になっても、出来ない事は無いんだよ。ただ、とてもとても時間がかかる。その間に、たぶん大勢人が死ぬ。取りこぼしも出るかもしれない。」
 でも、天剣授受者ならばそれを一瞬でこなす事が出来る。
 そんな風にあえて気楽に答えながら、己はもしフェリが天剣を持っていたら念威爆雷を用いてアルセイフと同じことが出来てしまうのだろうなと思うのだった。
 嫉妬しているんだよと、シャーニッド=エリプトンの笑い声が耳元で響いた気がして実に嫌な気分になった。
 
 『カテナ先輩、聞こえますか』
 そんな風にろくでもない事を考えていたら、噂の天剣授受者の声が耳朶を打った。
 「はいはい、こちらやる気無し小隊小隊長。感度良好」
 現在母体に向かい侵攻中。やる気の無い声を返してやったら、後輩は全く取り合ってくれなかった。
 『生徒達が抑え切れそうにありません、先に始めます』
 シリアスな声で一方的な通告を行う。実に武芸者的な対応であった。
 ・・・ふと、自分は普段回りの人間にこんな態度を取っているのだろうかと思って更に嫌な気分になった。
 まぁ、冗談は抜きにしても、先に幼性体の排除を始めてしまうのか。
 アルセイフはグレンダンであらゆる汚染獣を惨殺してきた天剣授受者である。当然、滅ぼすべき相手がいかなる特性を持っているかも熟知している。
 母体は、幼性体を全滅させると近隣の汚染獣に救援を求める性質を持っている。
 日頃でかい顔をして学園都市を闊歩している雛たちの余りの脆弱さに脱力したくなった。
 「フェリさん、安全ルートは放棄。足場が無くても構わないので最短ルートを設定」
 己がそう言うが早い、既に準備をしていたのだろう、ナビゲーションマップの誘導経路が切り替わる。
 己は足に旋剄を込めて侵攻速度を上げる。
 こちらの動きをしっかりと把握しているのか、アルセイフは、己の良く知る能面のような無表情で眼下に映る学園都市を睥睨しながら呟いた。

 『やります』
 
 視界の端の小さなスクリーンに映し出された、その光景をなんと表現すれば良いのだろうか。
 楽団を指揮する指揮者の如く、尖塔の頂点でアルセイフが刃の無い柄だけの錬金鋼を振るうたび、外縁部で蠢いていた幼性体達が塵屑のように切り潰されていく。
 腕の一振りが数十、数百とも知れぬ猛獣達の命を散らし、鮮血の華を咲かせてゆく。
 瞳に剄を込め観察すれば、それは彼の握り締めた柄から無数に枝分かれした細い糸の仕業だと解る。
 鋼糸か。鉄扇に勝るとも劣らぬマニアックな武装。てっきり外延部をぐるりと一週突っ走りながら幼性体を駆逐していくものだと思っていたのに、あれじゃぁヴォルフシュテイン卿と言うよりも、むしろサーヴォレイド卿のやり方じゃないか。
 しかし、予想以上に幼性体の駆逐速度が速いな。
 己は地に足を踏む込む事を止めて翔扇剄を用いて横穴を最大速度で飛翔した。

 『カー君、お知らせがあります』
 幾度か壁に脚を蹴りつけながら奥へ奥へと進み続けていると、フェリの焦ったような声が響いた。
 「何です?」
 足を止めぬままに聞くと、フェリは何とも表現しずらそうな口調で何も無いエアフィルターの映像を映し出しながら言った。
 『レイフォンがこちらの静止を聞かずに生身のままエアフィルターを突破しました。現在カー君を追走中かと思います』
 予想外で、同時に簡単に予想できよう展開に、笑みがこぼれてしまった。
 「伊達に天剣執って無いって事ですね。己の事なんか眼中に無い訳だ」
 ため息一つ出てこない、余りに納得できる事態だった。
 だからと言って、こちらのやる事は変わらない。元々、肩を並べて事を成そうな度と考えていた訳ではない。お互いがお互いを『少し有効な地形』程度の認識しかしていなかったのだから、勝手な動きをされたところで怒ってやる理由も無い。
 そんな風に思っている間に、いよいよ長い横穴を抜けきった。

 ちょっとした空間が広がるそこには、念威端子の妖光を受けてその巨体を浮かび上がらせる、汚染獣の母体の姿があった。
 巨大な体躯の半分以上を占める腹部は大きく裂けており、体液を垂れ流す痛々しい姿を晒している。
 そこから、千体以上の幼性体が湧き出てきたのだと思えば、何の憐憫の情も浮かばなかったが。
 躊躇う必要は無い。
 躊躇う理由も無い。
 己は既に、之等に散々に奪いつくされた。
 己は常に、之等を散々に侵しつくしてやりたかった。
 
 だから。

 剄脈が吼えるが如く、剄路を満たし尽くして余りある剄を滾らせる。
 踏み込む足が衝剄の光を放ちそれが渦を巻いて全身を満たして満たす。
 踏み込む。輝きは今尚生きる意思を失わない汚染獣を絶殺せんと照らし尽くす。
 塵に狂いし愚かな獣に滅び有れ。
 凶暴な思考が脳を焼き尽くす中、身体はしかし、剄が記憶したままの流れるような動作で絶技を繰り出した。
 
 アルトゥーリア流戦舞・秘奥之三 弧月水晶

 全身の回転を用いて両の鉄扇から放たれる斬剄の渦。
 それは手首の引き返しを加え七十六の方位より同時に放たれる斬撃の結界だ。
 都合六度。間断無く打ち放つ。
 この狭い洞穴の中で大きいだけの図体を晒す母体に逃げ場などありはしない。
 両断を分裁し裁断を断砕し粉砕を微塵にせしめて、もって之を血霞へと変える。

 残心を解く頃には、あたり一面を濁った色をした霧が漂う絶死の虚穴が完成していた。

 「・・・っ、熱!」
 戦闘衣に包まれた両手に鈍痛が走る。
 錬金鋼を持っているはずの両手を見てみれば、そこにはドロドロに焼け爛れた鉄塊が煙を上げながら戦闘衣を溶かしていた。
 それを慌てて振り放し、戦闘衣が破けて素肌が露出していない事を確認して安堵の息をこぼす。
 セロンさん謹製の鉄扇が、焼け崩れて崩壊していた。
 要の部分だけ残ったそれを拾い上げて、ため息を吐く。
 この結果も当然だ。しっくりと手に馴染むものだから忘れていたが、この鉄扇はグレンダンで使っていた劇団秘蔵の鉄扇とは別物なのだから。一の斬剄を数十の刃に変える奥義に耐えうる特殊な調整を施した錬金鋼。七色水晶錬金鋼では無いこの錬金鋼で奥義を放てばこういう結果が待っていることは当然の帰結といえた。
 「セロンさんに怒られるな、これは・・・」
 一応、貴重な資料になるだろうから持って帰ろうと鉄屑を剣帯に戻したところで、僕は横穴の入り口に自分以外の気配を感じた。

 振り返る。
 そこには、汚染物質に晒されたままの皮膚の端々に血を滴らせた、レイフォン=アルセイフの姿があった。
 本当に制服姿でエアフィルターを飛び出したのか。天剣授受者の苛烈さに僕が呆れとも憧憬とも付かぬ感慨を抱いていると、その彼は奇妙な物を見るような目で僕を見ていた。
 「・・・さっきの凄い剄、先輩が?」
 血霞に眼を燻らせながらなされる、天剣授受者の問いに、僕は腰裏に備えられたポーチから緊急キットを取り出しながら肩を竦める。その中に含まれる簡易ボンベをアルセイフに投げ渡しながら、言う。
 「通りすがりの武芸の達人でも居ない限りは、な」
 「技は問題じゃない。でもあんな剄、グレンダンでも見た事が無い。あんな、・・・アレは何なんです。人間の物とは思えない気配もしていた」
 受け取ったボンベを付ける事も忘れて、アルセイフは問うて来る。
 ・・・アレが何かなんて、僕にだって解るものか。
 そう答えられれば簡単だったのだが、そう簡単な問題でも無いだろう。剄脈の疼きを覚えながら、胸中で毒づいた。
 頭を捻って言葉を選んでいたら、不意に、アルセイフの体が斜めに傾いた。
 そのまま、所々に血溜まりが出来た岩肌がむき出しの地面に倒れこむ。ついでに、倒れこんだ瞬間吐血していた。
 『忘れていないと思いますが。自立移動都市の外では遮断スーツに身を包んでいなければ器官をやられますよ』
 慌ててアルセイフの口に救急ボンベを圧し被せる僕の耳元に、フェリさんの呆れ声が響く。
 その声は、隠しようも無い安堵の響きが混じっているように感じられる。
 戦いは、終わったのだ。
 「・・・直ぐに戻りますので、医療班をゲートの前まで呼んで置いてください」
 『手配します・・・それから』
 すぐさま返ってきた答えに、躊躇い含みの言葉が混じる。
 アルセイフを抱えて来た道を戻りながら、僕はそれに何かと問いかけた。
 彼女は、端子の向こうで数度の呼吸を置いてから、一気に早口でまくし立てた。

 『貴方が無事で良かったです。・・・言いたい事も、聞きたい言葉もあるのだから、早く戻ってきてください』
 
 その言葉があれば道に迷う事など無い。
 暗い横穴を、光の標の導くままに、僕は帰途を急いだ。


 ― クロムシェルド・レギオス:END ―





   ※ 奏楽のレギオス・完

   
     つー訳で皆様お疲れ様です。二度目の最終回へようこそ。まぁ、この後三度目を目指してまた進むんですが。
     んですがまぁ、一応区切りのいいところまで来たのでちょっと色々閑話でもはさんでみようと思います。

    ・レイフォン無双
      レギオスと言えばレイフォン無双。二次創作でも外せないイベントですが、元々このSSの発端は『オリキャラを活躍させつつ
     レイフォンを無双させるにはどうするか』と言う思考遊びから始まっています。で、解決策として読んでいただいたとおり、『ツ
     ェルニの生徒にとってはレイフォン無双』と『読者にとっては主人公無双』と言う視点二つを用意すると言う形を取ってみました。
      後はそこへ到る過程を逆算してイベントを用意していくだけ、と言う事で序盤に都市外装備を着る話とか、主人公が母体を倒し
     得る必然的な設定を作っていたわけです。

    ・フェリ先輩
      出しすぎた。
      …元々、オリキャラは一名のみと決めていたので、主人公の突っ込み役は原作のキャラにお願いしようと決めたわけです。
      で、まぁ、野郎よりは女の子のが良いよね、とか適当に考えて出したんですけど…なんでこんな事になったかなぁ。
      中盤以降になると、出てくると甘ったるい雰囲気にしかならんようになってきたから、意図的に出番を減らしてました。
      萌えはチラリズム。こう言うのは足りないくらいが丁度良いと思ってますので、今後もたまにたまにって感じで行く予定。

    ・ちょうひっさつわざ
      空を飛んだり汚染獣をミンチにしたり、何だか色々とパワーインフレする事この上ないですが、例によって此処で打ち切りと
     言う事もありえるので、出し惜しみせずやっちまいました。
      技名に関してはもっと卍解で御神流な蝶カッコイイ名前にしたかったのですが、残念。イマイチ思い浮かびませんでした。
      他に候補に挙がったのは『穿殺神楽舞』と『必殺林檎摩り下ろしの陣』でした。
      ……ビジュアル的には林檎摩り下ろしが一番正しいよね。

    ・ニーナ先輩
     この作品はニーナとレイフォンの関係には干渉しないというルールがありますので、基本的に描写薄いです。
     基本、この人たちは原作と同じだから原作を読むんだ。つーか、読まないで二次創作だけ読むとか結構無茶だから!! 
     原作読まないと理解できないように書いてるつもりなんですが、よくついてこれるなって原作見てないって感想見るたびに感心してます。

    ・誤字
     本当に申し訳ない。
     ただ、掲示板のシステム上、直すたびに一覧にリロードが懸かってなんだか恥ずかしいので、修正しない事にしてます。
     重ね重ね、本当に申し訳ない。

    ・次回
     えー。ちょっと仕事がのっぴきならない状況になっているので、更新を一週間ほど停止します。
     次回の更新は五月の第四土曜を予定。
     …いや、こういう時こそストックを出そうよとかいう話も尤もなんですが、まぁ丁度キリがいい場面なので、一旦止めます。

    そんなわけなので、読了、真にありがとうございました。ではまた、次回。



[8118] 三十六話(原作二巻一話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/23 19:44

 ― サイレント・トーク:Interlude 1 ―


 ニーナ=アントークは焦っていた。

 焦燥に囚われるままに彼女は、率いていた部隊の掌握すら忘れ、ただ一人で最下層部、外部接続ハッチへと続く地下道を急いでいた。
 血を、汗を、埃まみれの短髪をぬぐう事すらせず、戦闘衣のまま、既に過ぎ去った戦場の空気を纏ったままに、走る。
 報告は単純にして明快だった。
 戦闘が開始してから、否、開始する前からまったく連絡の付かなかった自身の率いる小隊の念威操者が、いっそ無感動な声で伝えてきたのだ。

 カテナ=ハルメルンとレイフォン=アルセイフにより、汚染獣の殲滅を完了。

 その言い様は、まさしく彼ら二人によってのみそれを成し遂げたのだと伝えていた。
 そして事実、その通りなのだ。
 彼女は迫り来る汚染獣の牙に今まさに引き裂かれんとしていた。それを救ったのは、その数刻前に彼女が罵倒した彼女の一番新しい部下だったのだから。
 その部下は、レイフォン=アルセイフは、見た事も無いような剄技で持って周囲の汚染獣を駆逐した後、凍ったような瞳のまま彼女の眼前に現れて、そして一言残した後に、そのまま汚染獣たちが侵攻してきた方角―――すなわち、外郭部を抜けエアフィルターの外に飛び出していった。・・・生身のままで。
 
 カテナ先輩は病欠らしいです。今から連れ戻してきます。

 レイフォンはそう言っていた。そして、エアフィルターの外に出た。
 字義通りに解釈すれば、彼女の部下、小隊対抗戦の終了以降全く連絡の付かなかったカテナ=ハルメルンは、エアフィルターの外に出ていると言う事になる。
 汚染獣の確認から、小隊員集合、作戦開始に到るまで、カテナの姿は全く見当たらなかった。探そうにも、念威操者であるフェリ=ロスも捕まらない。
 逃げたのか。ニーナはそう判断し、彼を軽蔑する事にした。
 先日に生徒会長に聞いた話によれば、彼はグレンダンで汚染獣と戦っていた事に嫌気が差してこのツェルニに来たと言うことだから、汚染獣が迫っている状況になれば、逃げてしまうのも道理だろう。ニーナはそう考えていた。
 例え強力な力を持っていても、それを正しく振るえぬ者に用は無い。もとより、己が身を持ってツェルニを守る事こそ、ニーナが望んでいた戦いなのだから。
 
 甘く見ていたのだろう。
 
 意思を持って事に懸かれば、結果は自ずと付いて来る。そんな、甘い考えがあったのだろう。
 しかし、意思ばかりで実力の伴わない力は、散々たる結果しか生み出さなかった。
 それを救ったのが、彼女が見捨てて、軽蔑した男。意思の伴わぬ、善とも言い難い、しかし、決定的にして圧倒的な力。
 そして、ただ見届ける事しか出来ないニーナを置き捨てて、そのまま消えて行った。
 彼女の軽蔑した、もう一人の部下を追って。
 だから、ニーナは走っていた。走って、息が切れるほどに、がむしゃらに、走っていた。
 自らの否定した者こそが、自らの望むべき姿を体現していたと言う事実、それこそが彼女の焦燥の原因だった。
 否定した物が正当であったと言うのなら、彼女の在り方は、全く間違っていたと言う事になる。そんな、そんな事実は。

 その一心で、否さか、纏まらぬ心のままで、彼女は遂に外部ハッチと最深部を隔てるエアロックまでたどり着いた。
 分厚い、鋼の扉。
 その先には、自らの足で踏み出そうなどとは考えられぬ、荒野が広がっている。
 
 踏み出さねば、彼らに追いつけない。

 だというのに、ニーナの脚はそこから一歩も動いてくれそうに無かった。
 地の根に囚われたような自らの脚に叱咤して、何とか一歩を踏み出そうと歯を食いしばってみるも、それは最早遅すぎる選択だった。
 ゆっくりと、彼女の意思など案ぜぬままに、扉は、ひとりでに開いていった。
 空気正常化システムが作動して、汚染物質は完全に排出されていたはずなのに、何処か内側とは違う空気。
 厚い扉、たった壁一枚を隔てた向こう側の空気は、ニーナの全く知らぬ現実を示していた。
 その向こうから、黒衣の戦闘衣を纏った男が、現れる。
 中肉中背、むしろニーナ自身よりも女性的な立ち居振る舞いを見せる、彼女の部下の男。
 その背には、血まみれ傷まみれの制服姿の少年が抱えられていた。
 「・・・カテナ」
 声音は、震えていただろうか。しかし掠れるようなその響きは、男には何の感慨も呼び起こさなかったらしい。
 通りがかりに何かに躓いた、その程度のリアクションで、カテナはニーナの姿に気付いて見せた。
 「あ、隊長。お疲れ様です」
 まるでなんて事も無い一仕事終えたかのように、あっさりと。
 そこに居るのは、何時ものやる気の無い彼女の部下その者だと言うのに、どうしても見知らぬ武芸者にしか見えなかった。
 カテナは肩越しに念威端子を伴ったままエアロックを抜け、ニーナの横を摺り抜け、そして、廊下にそっと、背中に背負っていた制服姿のレイフォンを横たえた。
 何事か、念威端子と会話をしている。その笑顔は、まさしく彼の見知ったカテナのものだったが、今はそれが、とても遠くに見えた。そして横たえたレイフォンの顔色を確認した後、カテナはゆっくりとニーナに向き直った。
 「隊長、すいませんけどアルセイフの事、医療班が来るまで見ててもらっていいですか?僕、これから生徒会長と話があるんで」

 面倒だから、帰っても良いですか?
 
 カテナの口調は、何時も彼がそう言っている時と何も変わらない。
 汚染獣が襲来した。命がけの戦いを繰り広げた。都市外に出た。
 そういった、ニーナにしてみれば自身の常識を次々と打ち破られたような異常事態の中で、彼の態度は日常の延長にあるものだった。
 その姿が、ニーナには酷く・・・酷く、何なのか。解らなかった。だからこそ、焦燥感に囚われる。
 「お前は・・・いや、お前が、倒したのか」
 何を?
 言った後に自分で気付いた。そう、ブリーフィングで聞いたとおりであれば、母体は地中に存在していたのだから。
 一人外に出たのであれば、一人で・・・独りで、何故?
 自分の言葉に自分で混乱しているニーナを他所に、カテナはあっさりとそれを認めた。むしろ、この状況で何を言っているんだという顔をしていた。
 「まぁ、アルセイフ一人でやっても問題無かったんですけど、場所が場所ですから、念のためにね」
 天剣相手に保険をかけるなんて、無駄な行為でしたけどねと、軽く笑っている。
 汚染獣の母体。彼女が苦戦していた、幼性体を更にしのぐ力を持つであろう、汚染獣の母体。
 それに挑むとあれば、万死を期して挑むほか無かろうと言う、ニーナの現実は、彼には全く通用しなかった。
 通りの塵を掃いて捨てるが如く気安さで、自分の行為の無意味さを自嘲していた。
 その姿が、彼女には信じられない。
 自らの行為。敵を払い、都市を救った。誇るべきその事実を、瑣末の事のように扱う、彼の姿がニーナには信じられない。
 壊れた錬金鋼は戦費で落ちるかな、そんな事を呑気に呟いては、念威端子に微弱な電流を嗾けられているその姿は、彼女の理解の外にあった。
 「それじゃ、何時までも辛気臭い場所にいるのもアレなんで、戻りますね」
 ニーナが惑う姿にさして興味を示す事も無く、カテナはやはり、何時ものように錬武館を去っていく時と同じ態度で、彼女の前から立ち去ろうとしていた。
 最後に一言、既に歩き出してニーナの方を見ないままに、カテナの呟き声が通路に響いた。

 そう言えば、隊長は何でこんな所に居るんです?

 その言葉が。
 何気なく放たれたその言葉が、ニーナの心をいよいよ以って追い詰める。
 「何故・・・何故」
 何のために?
 呟きは、既に暗がりに消えたカテナに届くことなく、また、懇々と眠り続けるレイフォンにも聞こえはしない。
 ニーナは一人、闇が支配する空間に取り残されていた。
 何故。何を聞きたかったのだろうか、私は。
 何を言ってほしかったのだろうか。何を伝えたかったのだろうか。
 あるいは、何が出来ると思ったのだろうか。
 
 戦いは既に終わり、戦場の空気は今や遠い。
 ニーナは今や、焦燥に囚われて止まなかった。

 戦場を潜り抜けて、しかし、そもそも私は、戦場に辿りつけてすら居なかったのではないか―――?

 暗闇は、何も答えない。
 彼女の臨む言葉は、何一つ在りはしない。
 ニーナ=アントークは、言い知れぬ焦りに囚われていた。

 
 ― Interlude out ―





   ※ そんな感じで、何事も無い様に復帰します。
     仕事の方は超忙しいのが常時忙しいに変わった感じ。もう良いって・・・。
     
     まぁ、今回もまったりと。  
     やりたいようにやってみようかと思います。



[8118] 三十七話(原作二巻二話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/24 19:43
 ― サイレント・トーク:Part1 ―


 腹の中に蛇が居る。

 その蛇は、僕の事を何時も心配してくれていて、ピンチの時には助けてくれて、この世界で生きるために必要な、いろいろな事を教えてくれる。
 でも、だからこそ。
 僕はその蛇のお陰で常に命の危険に晒されてきたのだと、そんな事はずっと、とっくの昔に気付いていた。

 生徒会庁舎、その尖塔に続く屋根の上で。
 僕は、未だ戦いの傷跡が癒えぬツェルニの夜景を眺めていた。
 外縁部では夜通しで重機による汚染獣の死体の撤去作業が行われており、都市中央に位置するこの場所からでもその作業のための明かりの煌きが見えた。
 おぞましい体液を垂れ流す巨獣の死体の山という山。
 その光景を、たった一人が作り出したのだから、それがこの都市内で安穏と睡眠をむさぼっていると知っていれば恐ろしいとも思うだろう。
 レイフォン=アルセイフは、汚染物質による内臓器官の損傷により緊急入院と相成った。
 現代医学は実に素晴らしい物で、数日と立たずに復活してしまうらしい。正直、このまま死んでくれてもそれはそれでと思わないでもないが、まぁ、その程度では死なないからこそ、天剣授受者なのだろう。
 外縁部を、眺め続ける。
 この場所から錬金鋼を振るい、そして全てを殲滅した。
 そこに、何とはなしに手を伸ばす。
 この位置、この場所から、汚染獣たちに手を伸ばす。
 例えば、焼け爛れた鉄屑になった錬金鋼が元のままなら、僕はここから全ての敵を屠れるだろうか。
 渦巻く白蛇を剄に乗せて、暴風と化して解き放つ。いけるか?否さか、制御が仕切れまい。剄路が焼けるような熱を放っているのが自分でも解っている。瞬間的な放出でコレなのだから、全力を長時間維持しようなどと考えれば、結果がどうなるかは目に見えている。
 いっそ、常時あの剄に慣らして置けば、剄路も強靭になるだろうか。
 そう考えた瞬間、僕の中で何かが蠢いて、それは止めた方がいいと言う意思を伝えてきた。

 こっちが今みたいな事を考えると、何時もこれだ。
 よくよく人を生きながらえさせようと考えているくせに、いざ敵が来れば真っ先に殲滅する事を考えている。
 そのくせ、効率よく敵を殲滅させる方法を提示すると、難色を示す。
 長い付き合い、生まれた時からの。出会ってきた他人は片端から居なくなって、結局、一番長い付き合いのこいつだけは何時までたっても居なくならない。
 守り神、そして疫病神でもある、腹の中の蛇。
 ハルメルン。自らの名と同じ名の都市を滅ぼした汚染獣とその上に居る存在を憎悪する存在。
 そしてまごう事なき、僕自身だ。
 ハルメルンは自らであり、自らはハルメルンに等しい。
 そろそろ、コレが何なのかを、真剣に考えなければいけないときが来ているのかもしれない。
 もっとも、そういう事を考えようとしてもやっぱり、それは止めておいた方が良いと言ってくれるのだが。

 心せよ。
 さもなくば、因果に取り込まれるぞ。

 「もうとっくの昔から、取り込まれているじゃないか・・・」
 呟きは風に乗って、誰にも届くはずも無かったのに、だと言うのに、桜の花びらが聞き届けた。
 「夜を肴に一句嗜めば雅でしょうに、何です、こんな場所で自嘲なんかして」
 夜風に靡く銀糸がそっと、屋根に寝転がる僕の視界を淡く照らした。
 視線をずらそうとして、幾らなんでも紳士的では無いだろうと思い直し、彼女が僕の直ぐ横に腰掛けるのを待った。
 鼻を鳴らしたような音に、苦笑が漏れる。どうやら、踏みつけられる栄誉からは逃れる事が出来たらしい。
 暫し二人で、ミニチュアのような都市の夜景を眺める。
 緩い夜風に乗せて、淡い花の香りが漂ってきた。戦闘後なのだから、身を清めたくもなるだろう。
 急に、軽く汗を流しただけの自分の匂いが気になったが、最早どうする事もできない。今度こそためらいなく視線をずらして、フェリさんの顔を眺める。
 視線が絡む。
 手を伸ばせばきっと、それも受け取ってもらえるだろうか。
 肩を抱いたら、振り解かれないで済むだろうか。
 ・・・身体を求めればそれは、それはどうだろう。そういう事を望んでいるのか、僕は?
 そういうものが綯い交ぜになった、きっと端から見れば熱を持った視線とでも言うのだろう。そう言う物を感じたらしい、フェリさんは頬を赤らめていた。
 「・・・なんですか」
 「いえ、別に。フェリさんは何時ものようにお美しいと」
 僕が薄く笑って答えると、フェリさんは愛らしい可憐な唇を尖らせた。
 「どうして何時もどおりなんですか、おハルさんは。普通ここは、一人で震えていたり吐瀉物を撒き散らして鼻水たらして死んだ魚のような目を浮かべている場面でしょう?」
 何で僕がそんな風にならねばならんのだ、と思ったところで、そう言えば汚染獣を殲滅した後だったっけと思い出した。
 「アレですか?戦場が怖かったので、震えてますから抱きしめてくださいとか、言っておいた方がいいですかね」
 茶化してみたら、真摯なほどの眼差しで、お望みですかとの言葉を頂いてしまった。
 遠慮をしておきますと、モゴモゴと口を動かしてしまってから、何故だろうか。
 とてもとても、後悔していた。
 
 何故後悔などしたのだろう。考えるまでも無く、それはすぐに記憶から呼び起こされた。
 戦いの残滓が、自分の中に残っているのだ。
 昔はよく、作戦が終わって生き残った後は、悪い大人たちに連れられて可哀相な目をした女性達の処へ出かけていったっけ。
 血の匂いを、漱ぎ落とすために。
 そういえば、あの人たち、優しく抱きとめてくれたあの人たちは、今は元気だろうか。痩せこけた頬を化粧で誤魔化していた、あの美しい女性達は、生きているだろうか。

 最近、昔の事を思い出す事が増えた気がする。
 レイフォン=アルセイフ、彼のせいだろうか。彼の登場によって、僕は少しもグレンダンから離れられていないのだと、思い知らされているのだろうか。
 潮時。
 そんな言葉が、胸を穿つ。
 ならもっと遠くへ、今度こそ、もっと遠くへ。
 独りでなら、何処へだって行けるのだから。
 
 不意に、頬をくすぐるような感触が滑った。
 「駄目な人の顔になってますよ。・・・嫌いな顔です」
 あやす様な仕草で言われて、ともすれば僕は泣き出しそうになった。身を起す事で、それを誤魔化す。
 大きくため息を吐いて、言葉を紡ぐ。
 「最近ね、どうも昔の事ばかり思い出すんですよ。・・・嫌な事ばっかりだったのに、何でかな。懐かしいんですよね」
 嫌な事は酔いと共に押し流してしまえば良い、いつか誰かにそう言われた事を思い出して・・・ああ、コレも昔の事だ。
 「良いじゃないですか、聞きますよ。・・・暇つぶしにも、なりますし」
 その言葉は本当に、優しくて優しくて優しくて。易しいままに、僕も知らぬ僕の心を侵してしまいそうだった。
 「貴方は昔の事を、あまり聴かせてくれませんから」
 このままここで話し続けていたら、きっと僕は駄目になるだろうな。それは良くない、それの何処が悪いのか、並列する思考が心を乱すまま、それを誤魔化すように口を開いた。
 「・・・なんか、ずっと前に似たような事言われましたね」
 「ええ、ずっと昔に言いました。貴方にとってはそれも過去。今の私との会話さえ、きっと貴方にとっては過去の事なんでしょうね」
 だってその時が来たらきっと、全部捨てて独りで逃げるのだから。
 呟きは風に乗って、僕の心の深いところを揺り動かした。

 『―――良いかいグレイホルン。キミは決して、縁を求めてはいけない。なぜなら、それは―――』

 「ーっ。カー君?」
 突然、跳ねる様に立ち上がった僕は、きっと異様に見えたことだろう。
 フェリさんは心配そうな顔で、僕に続いて身体を起した。
 心配そうな顔。細いからだ。そういえば、彼女にこそ慰めは必要だろうに。
 笑い出したかった。何よりも、自分をあざ笑ってやりたかった。
 畜生め。
 嫌だから逃げる。それこそが。
 じゃあ何か?
 こんな良い女を目の前にして一度も手を伸ばす気にならなかったのは、あの偉大なるクソ女。あの化け物のせいなのか?
 なるほど、あの化け物なら。平然と、腕に蛇を巻きつけたまま馬鹿笑いを浮かべそうだ。
 その気持ちを考えもせずに、ああ、クソ。解った、いや解りなおしたところで、どうにも出来るはずもないか。
 「カー君?あの、本当にどうしたんですか」
 心配そうな、僕だけを心配してくれている、その少女。
 それを、良いのか。本当に。
 良い訳がない。
 良いか悪いか、そんなものは、後で解る。そのぐらいの権利は、僕に寄越せ。

 「―――ぁっ」

 そうして。
 きっと誰にも伝わらない内葛藤を投げ捨てて、僕は、彼女を抱きしめた。
 夜闇の中、この街で一番高いところで。はは、馬鹿みたいに絵になる光景だ。
 頬を撫で付ける髪に顔をうずめるようにして、囁く。
 「フェリさんだって怖かったでしょうに。気を使わせてばかりで、ホント御免なさい」
 耳朶を震わす距離で届いた僕の言葉に、胸の中に居るフェリさん身じろぎするようにして、それから、それから先は、先ほどよりずっと、彼女との距離が縮んだ気がする。
 細い腕を、僕の背中に回してくれた。
 こわくなんて。
 普くようなその言葉を、そっと、彼女の背中を撫でさすっておし留めた。
 「怖くないわけ無いんです。いえ、あんな光景を直視したなら、怖いと思うべきなんです。決して人が超ええぬ生き物を、苦も無く屠り去った所を見てしまったなら」
 それが出来なくなってしまったときに、きっと僕の嫌いな都市の住民が完成してしまうだろうから。
 距離が近い。今はとても近いから、そんな気持ちが伝わってしまっただろうか。彼女はきっと微笑んでいた。
 「駄目な人の言葉を吐いてますよ。・・・でも、貴方はそんなのが丁度良いです」
 それはそうだ。
 こんなの僕の我侭ばかりで、ちっとも彼女を心配できていない。
 ごめんなさい、と。悪戯をした子供のように、僕は一つ謝って。それから、多大な労力を払って、ゆっくりと身体を離した。
 フェリさんは身体を離す勢いのまま、流れるようにくるりと廻り、それから、それからは何時もの彼女の顔に戻って、言った。
 「元々、馬鹿な兄の尻拭いに来ただけですから、何を謝られる事も無いですもの」
 朱の混じる頬を見て、朱の混じる肌を持ったまま、僕も、何時もの顔で何時ものように、言葉を返す。
 「あの件なら、正直どうとも」

 なにしろ、僕が言い出したことですし。
 僕の言葉にフェリさんはとても楽しそうな顔をして。

 そしてその晩の出来事は、最後は何時ものように、足の痛みで終わるのだった。

 翌日。
 戦いの空気冷めやらぬツェルニ上層部から、一つの令状が頒布される。

 『第十七小隊所属、武芸科二年生カテナ=ハルメルン。当学生を特一級非常事態宣言下における武芸科生徒行動規定A項第一条及びB項第17条に違反したとして、無期限の小隊活動参加禁止処分とする』





    ※ ヱロスを隠れ蓑にした状況の整理と設定の再編回。
      前に書きましたが、ニーナとレイフォンの関係には首を突っ込まないがこのSSのルールですので、
     レイフォンとニーナの関係がテーマの二巻では他に話の主軸となる部分を用意する必要があるんですよね。
      つー訳で、こんな展開。次回からは本格的に二巻の時間軸に乗ります。
      まぁ、と言っても客寄せパンダ染みたフェリ先輩の萌えイベントとかはやりませんがねー。
      



[8118] 三十八話(原作二巻三話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/25 20:30
 ― サイレント・トーク:Part2 ―



 『カテナ=ハルメルン、第17小隊離脱の真相』
 『徹底討論、何故敵前逃亡が起こったか』
 『ニーナ、新小隊員を募集か』
 『生徒会長は防衛予算追加の特別裁可を・・・』

 「…世は全て事も無し、ね」
 路面電車の駅の売店で買ったニュースペーパーをテーブルに投げ出し、僕は何ともなしに呟いていた。
 何時もの放課後。と、言うには少しだけ違う空気。
 だが、何時もどおり店に迷惑全開で掛けながら、僕は珍しく一人で放課後のティータイムと勤しんでいた。
 店員の、客の、一般教養科に在学している生徒の皆様の僕に向ける視線は、冷たく、きつい…ものは、無かった。
 「おお…居た居た、ってかカテナ、何処の女性徒だよお前」
 「え?あ、カテナ先輩だったんですか?」
 ファンシーな店の雰囲気に似つかわしくない、オトコオトコした声が二つ響く。
 僕はカラーグラスをした顔をチラリと声のした方に向けた。
 店の空気をあからさまに乱している事を気にせずに堂々とこちらに近づいてくる、シャーニッド=エリプトン先輩と、その後ろをおっかなびっくり付いてくるレイフォン=アルセイフ後輩の姿があった。
 「てか、名前呼ばれるとこういう格好してる意味無いんですがね」
 僕は自分の服装を示しながらため息を吐いた。
 まぁ、早い話が女性向けのファッション誌を適当に食い散らかしたようなパンツルックである。別にスカート履いてる訳でもなく、ぶっちゃけてしまえば普段着もこんな感じで性別を解り難くするものを着ているため余り自分では抵抗感が無かったりする。
 言っておくが、女装趣味という訳ではない。荒事に巻き込まれそうなときに、一瞬の油断を誘うための準備だ。
 「はいはい、んじゃぁカナちゃんとでも呼んであげましょうかね」
 そんな事、隣のテーブルから椅子を拝借して勝手に目の前に座りだすこの先輩には通用しないんだろうなぁ。
 「んで、謹慎中の僕に、華の小隊員様が何の御用で?」
 ぼーっと突っ立ったままのアルセイフに座れと促しながら、既に座っているどころかメニューを開いて、あまつさえ給仕服姿のウェイトレスさんを呼んでいるエリプトン先輩に聞く。
 エリプトン先輩はウェイトレスさんに次々と注文をしながら、こちらを見もせずに言った。

 「ああ、フェリちゃんなら居ないぞ」
 「聞いてねぇよ」
 即答していた。
 「フェリ先輩…、そう言えば訓練場に着ませんでしたね」
 メニューの軽食欄を眺めながら、空気を読めない後輩がポツリと呟いた。
 「そもそも、あんたらこの時間は訓練の時間じゃ無いんですか?」
 無駄に音を立ててアイスティーを吸い込んだ後、気になった事を聞いた。ついでに、ウェイトレスさんにジュースを追加で注文する。アルセイフはメニューの真ん中辺りから下から三段目くらいまでを示した後、答えた。
 「何か、今日は中止らしいんですよ、訓練。ニーナ先輩が来なくて」
 「そ、遅れてきて一言。キョウハチュウシダー。だってよ」
 なにやら眉をつりあげながらエリプトン先輩が続けたが、別に顔を真似たからって声が似るわけでもない。
 しかし、あの熱血教官が訓練をキャンセルとは。
 「良いんですか?確か次の対抗戦って近いんじゃ」
 「おお、一週間後だっけ?」
 「いや、明後日じゃないですか?」
 ウェイトレスさんからコーヒーを受け取りながら呑気に答えるエリプトン先輩に、やはり気軽に答えるアルセイフ。
 「余裕そうですねぇ」
 「そりゃぁ余裕あるだろ、一人永久欠場になりかかってるんだからな」
 ちょっとマジな顔で反論されてしまい、一瞬その意味を考えてしまった。
 つまり何か。
 「ひょっとして、助命嘆願とかしてますか、アントーク隊長」
 「ああ、だから先輩、最近バイトの休憩中に法務科の教科書なんて読んでるんですか」
 アルセイフがハーブ&ガーリックのパン粉パスタを啜りながら呟いた。
 「無駄な事は、とは言ってやるなよ。現実はどうあれ、お前さんのための行動には違いないんだからな」
 エリプトン先輩は忠告するように僕に言う。僕は、口からでかかった言葉をジュースを飲む事で誤魔化していた。
 どうにも二皿目のパスタを啜るアルセイフからコメントを求めるような視線を感じる。
 何を言ってほしいかは、何となく予想は付く、付くのだがそれは無意味だろう。僕は肩を竦めた。
 「じゃあ、様子を見ておくしかないと思いますよ」
 「…ドライだね、お前は」
 僕の言葉にエリプトン先輩は天を仰いでため息を吐き、アルセイフは批難がましい目で見てきた。
 そんな、主を汚された忠犬のような目をされても、どうする事も出来ない物はどうする事も出来ない。
 「あの人に何か言えるとしたら、あの人が一度ずっこけた後だと思うよ。…間違っていても、ぶつかるまでは多分、言っても止まらないよ」
 「でも、最近はカテナ先輩の事以外にも何か考え込んでる感じがするんですよ」
 アルセイフが重ねて言う。四皿目に突入してなければあるいは僕の心を打つ場面かもしれなかった。嘘だが。
 「気になるなら、しばらくベッタリくっついていれば良いんじゃないの?元々お前と隊長仲良さそうじゃないか」
 僕が突き放すようにアルセイフに言うと、エリプトン先輩が笑い出した。

 「なんだよ、お前ら相変わらず中悪いのな」
 「悪いですかねぇ?」
 思わずアルセイフと顔を見合わせてしまった。…目を逸らされた。なんでだ。いや、僕のせいか。
 「別にこいつ個人に思うところがある訳じゃないんですけど、エリプトン先輩に話した事ありませんでしたっけ?僕とアルセイフは同郷なんですよね」
 「聞いてないけど知ってるよ。グレンダンの化け物どもめ」
 面倒そうにエリプトン先輩は答えた。言ってなかったのか。…まぁ、でも昔この人に勧誘された事もあるし、調べたのかな。
 「…あの、カテナ先輩」
 そのとき、沈黙していたアルセイフが僕におずおずと尋ねてきた。
 「先輩は、本当にグレンダンの出身なんですか?あんな事が出来る人がグレンダンに居れば、普通、もっと名が知られていると思うんですけど、先輩の事なんて聞いたこともないですよ」
 さてね、と僕は果汁100パーセント林檎摩り下ろしジュースを飲みながら肩を竦める。
 グレンダンで名を上げる方法といえば単純に、定期的に開かれている武芸大会でよい成績を収めるか、不定期に襲来する汚染獣との戦いで良い活躍を見せるかの二つに一つである。
 残念ながら僕は訓練、訓練、訓練、強制戦闘、訓練、訓練、舞芸の訓練と言う毎日だったので武芸大会に出ている暇など全くなかった。
 「…ついでに、汚染獣戦の方は、解るだろ?僕の所属部隊がどういう戦場に派遣されるか」
 罪人を合法的に始末するための部隊である。投入される戦線は、どのような死地であるかなど考えるまでもない。
 「そこが良く解らないんです。そもそもなんで先輩は、そんな部隊に居たんですか」
 
 お前の上司のせいだろう?

 純粋な疑問の視線を向けてくるアルセイフに、思わずストレートな言葉を返してしまいそうになった。
 言ったら多分、今以上に面倒な状況が巻き起こりそうなので、とても言えないが。
 「ま、お前のところと違って、育ての親が屑だったからな」
 結局僕は、何時もどおりの一面的な事実を口にするだけだった。…一面的、か。どうした僕。随分とこの問題に冷静な思考が出来るようになったじゃないか。
 何が原因だろうねぇ…って、アレか。先日の夜。
 色ボケしていた。―――遺憾な事だが、後になって考えてみれば全くその通りの事実だったのが癪だが、ともかく、そんな風にここに居ない人間の事を考えているのが、顔に出ていたらしい。
 エリプトン先輩がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていた。
 「良いご身分ですなハルメルン君?謹慎中に女性の事にうつつを抜かしていらっしゃるとは」
 いやいや素晴らしい、などと芝居がかった口調で言われてしまった。
 黙れ釣り目縦ロールマニアめと反論しようとしたら、七皿目のパスタから顔を上げたアルセイフが、素直に感心したような声を上げた。
 「へぇ、カテナ先輩、恋人さんがいらしたんですか」

 その瞬間、僕はどんな顔をしていただろう。
 少なくともエリプトン先輩は、間抜けな顔でアルセイフを見ていた。まぁ、僕も似たような物かもしれない。
 数瞬、瞬きをした後に、エリプトン先輩と目線を交わす。マジで言ってんのかコイツ。知るか、アンタちょっと聞いてみろよ。
 アイコンタクト終了。エリプトン先輩はわざとらしく咳払いした後、一人でぽかんとしているアルセイフに尋ねた。
 「なぁ、レイフォン。お前が入院してた時に尋ねてきた、ほら、メイシェンって一年生。お前、あの子に何時もお弁当作ってもらってるんだってな。ひょっとして、付き合ってるのか?」
 割と状況を無視して、かつ直接的なエリプトン先輩の問いに、しかしアルセイフはあははと笑って否定した。
 「いや、恋人とかそういうのじゃないですよ。彼女は料理が趣味らしいんで」
 うわぁ、報われない。
 思わずあの素敵な肢体をした後輩の冥福を祈ってしまった。
 エリプトン先輩がアルセイフの肩をがっしり掴んで後で、ゆっくり話をしようぜとか言っている。
 その後は意味もない無駄話に終始して、喫茶店を後にした。因みに、伝票は年長者に押し付けることになった。

 「そういやぁ、カテナ。お前、ちゃんと俺らの試合見に来るんだろうな」
 店を出てぶらぶらと商店街をぶらついていたら、財布の中身を見て項垂れていたエリプトン先輩が僕に聞いてきた。
 僕は首を横に振った。
 「いや、その日は別件がありまして。都市警の後輩と出かけるんですよ」
 僕の言葉に、アルセイフが、あ、と声を上げた。
 「ひょっとして、ナッキですか?」
 「ああ、そう言えばアルセイフはゲルニさんと友達だっけ」
 なにやら友人の恋のお手伝いのために、ちょっと付き合ってくれないかと言われて、暇だったので付き合うことにしたのである。
 まぁ、その友人の恋のお相手を前に馬鹿正直に言えるわけもないので、適当に誤魔化しておいたら、エリプトン先輩にジト目で見られた。
 「お前ら、何だかんだで結構似た物同士なのな」
 
 僕とアルセイフを指し示しながら、そんな事を言う。
 僕はアルセイフと顔を見合わせて、ちょっと首を捻った。アルセイフも、鏡写しに同じ動作をしていた。

 こんな鈍感なヤツと似た物同士なんて、そんな事あるわけないじゃないか、ねぇ?
 




   ※ 部活帰りの高校生のノリ。
     男連中だけでグダグダ会話してるのを書くのが一番楽しいよねーとか思った。




[8118] 三十九話(原作二巻四話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/26 20:27

 ― サイレント・トーク:Interlude 2 ―


 『大丈夫、だいじょぉ~ぶっ!!このミィ様に任せておきなさいって。メイのこともナッキのことも、全部まるっとか、ん、ぺ、き、にっ!サポートして上げるから!』

 ナルキ=ゲルニにとって、この状況は如何ともしがたい物があった。
 都市警察の一員として、警邏を兼ねて商店街を巡回する。
 つい先日に非日常的なことが起きたばかりのこのツェルニでは、やはり些細な事で殺気立つ生徒達も多く居て、だからこうやって商店街を歩き回る事に関しては全く問題はなかった。
 ただ、問題な事が一つあって。チラリと、ナルキは視線を横にずらす。彼女の傍らを歩く、私服姿の小柄な女性徒・・・いやいや。
 「あんまり、人が少ないって事も無いんですね」
 伺うような言葉で、背も然してナルキと変わらないその人に声を掛けてみると、その人はふわりと微笑んで彼女に流し目を送った。
 「何気にツェルニも六万人都市だからね。ちょっとぐらいグラウンドに人が集まってても、そうそう簡単には人が減ったりはしないよ」
 完璧なボーイズソプラノで答えられてしまうと、ナルキとしても反応に困る。普段はもう少し低い声の筈なのにと、妙な緊張感を覚えてしまう。
 なにせ、目深に被った帽子から流れる肩まで届く黒髪も、歩き方も、どうにも女性にしか見えない。いや、確かに出会い頭に今日はそういう演技をするからとは言われていたのだが。この人、演劇科じゃないよねといらない疑問を覚えてしまいそうである。
 つまり、彼女の傍らにいるのは、彼女の職場の先輩である、カテナ=ハルメルンであった。
 
 「デートの下見なのに、本人達が不在で女の子二人って言うのも絞まらないよねぇ」
 いっそ武貼った処の多いナルキ以上に女性的な仕草で、カテナは笑っていた。
 「いえ、私の友達のためにわざわざ先輩にお手間を取らして申し訳ないです」
 ナルキは恐縮するままに言った。その後、そういえば女の子二人じゃないよな、と疑問を思った。
 暇だからね、良いよ。
 そう言いながら、カテナは商店街の一角にある洒落た佇まいのレストランを示した。そのままさり気なくナルキの手をとってエスコートしていたりするものだから、たまらない。
 「あ、ちょ、せ、っ先輩?」
 「ここね。普段はこの時間だと混むんだよ」
 因みにナルキは気付いていないが、カテナはわざわざ大げさに演技して見せてナルキをからかっているだけだったりする。
 こういう素直な子の反応は癒されるなぁとか、普段の毒にしかならない人間どもの事を思い返しながら一人悦に入っていた。

 「いらっ・・・、しゃいませ」
 店内で彼女達を迎えたウェイトレスは、営業スマイルで挨拶をしようとして、カテナの姿をみて表情を引き攣らせた。
 その事に気付いたナルキが、ムッとした顔をして踏み出そうとしたのを、カテナは軽くおし留めて、ウェイトレスに言う。
 「二人で。ああ、席はテキトーで良いよ」
 カテナの軽い口調に、ウェイトレスはカシコマリマシタと機械の様な棒読みで言った後、これまた機械的な仕草で窓際のテーブルを指し示した。案内すらしない。
 激昂してしかるべきその対応にもカテナは文句一つ言わず、勝手にレジカウンター脇の棚からメニューを抜き出して席へ向かった。
 慌てて続くナルキ。状況が理解できていなかった。
 「先輩、今の・・・」
 聞きにくそうな顔で尋ねてくる後輩に、しかしカテナは笑って首を振った。
 「違う違う。ここはホラ、なんていうか昔僕等で凄い営業妨害してた事があってね。さっきの人はその頃に僕らのテーブルの世話を押し付けられてた人なんだよ」
 今日一番楽しそうにカテナはそんな事を言った。
 僕ら、というのが実に気になるところだったが、何故か聞いても楽しくないのだろうなとナルキは思った。
 それから、一人でいきり立っていたのが急に恥ずかしくなった。
 「すいません、私はてっきり・・・」
 「ああ、まぁねぇ。市民は戦わない武芸者には厳しいからね」
 カテナは苦笑しながらも、あっさりとナルキが言いづらそうにしていたことを口にしていた。
 余りにもあっさりとした口調にナルキが呆然としていると、笑う仕草のままに近づくのも嫌そうにしていたウェイトレスを呼んで手早く注文を押し付けている物だから、どうやら本当に何も気にしていないらしい。
 それは、ナルキには信じがたい事だった。
 だから、自分で聞いてはいけない質問だと決めていたのに、聞かざるをえなかった。
 それが、楽しくなる筈のこの一日を台無しにしてしまうかもしれないと解っていても、聞かずにいられなかった。
 「先輩は、悔しくないんですか?」
 今まさにホットサンドを口に咥えようとしていたカテナは、ナルキの搾り出すような問いに一瞬眉を動かした後、得になんて事は無いように答えた。
 「慣れてるからね」
 
 他人に評価されない事は慣れている。
 カテナはそう言った。
 それは、ナルキには到底理解できない反応だった。
 カテナ=ハルメルンは、小隊に所属していながら汚染獣襲来時に戦闘不参加の罪で小隊員資格を停止され、更に自宅謹慎処分に貶められた。
 生徒会本部の大げさな公式発表ではなく武芸科の部署内で頒布された程度の命令だったのだが、何故かそれが発表された翌日にはマスコミのトップニュースとなって新聞の紙面を飾っていた。
 当然市民は、彼を批難する。生徒会中央は沈黙を保っているのだから、日を追うごとに否応にも批難の声は高まっていく。
 そのニュースが発表された当初はむしろ、逃げずに戦っていた武芸科員達の方が冷静だった。彼らは何しろ、自分達の無力を知っているから、戦いの顛末をある程度は理解しているから、彼が一人居なかった事について色々と推察する予知があったのだ。
 だが、それも次第に批難の声に代わって行った。
 何処からか、一つの噂が流れたからだ。
 『アレ』をやったのは一年生の武芸科生らしい。
 ほら、あの凄い動きをしていた、17小隊の。
 そんな噂が、時を追うごとにツェルニの街中に広まっていったから、相対的にカテナを批難しない人間は減っていった。
 その状況は、清廉潔白を重んじるナルキにとって、面白くない。
 ナルキは他ならぬ噂の一年生本人からも聞いた話と、事が起こる寸前の彼との会話とを合わせて、事態を彼女なりの正確さで理解していたから。
 カテナは戦っていたのだ。外で。レイフォンと共に。
 それがナルキにとっての真実だったから、正しくあるべき政府の対応も、虚報に踊らされる市民の態度も許せる筈は無い。
 カテナ=ハルメルンは正しく賞賛されてしかるべき、英雄であるのに。
 だと言うのに、ナルキがコレほど憤っているのに、肝心の英雄の言動は非常にさばさばした物だ。

 「まぁ、英雄は一人で充分。二人いると派閥が出来るとか。後はそうだね、な~んも出来なかった武芸科生徒の連中もにも、少しは逃げ道与えてやらないと、後々まともに機能しなくなるからね。アルセイフは生贄にも向かないし、しょうがないよねぇ」
 今もこう、食後のコーヒーを口にしながら特に面白くもなさそうに彼を批難する事によって得られる状況の解説を他人事のように話している。
 これがあの時、汚染獣が襲来した時何も出来なかった彼女と、真っ先に状況を理解して最善の行動を取った彼との差なのだろうか。
 ナルキには、到底追いつけそうも無い心境だった。
 尊敬を新たにする後輩に失敗したなと思っているカテナが居たことも、ナルキには気付けそうも無かった。
 ただ彼女は、遠いなと思っていた。

 『だってナッキに漸く訪れた春でしょう?だったら積極的に攻めていかないと!!・・・ホラ、相手すっごく手強そうだし』

 昨夜人のベッドの上で力説していた友人の姿を思い浮かべて、一人肩を落とした。
 別に、ナルキはカテナに対してそういう、その、なんだ?・・・ともかく、そういう春っぽい気持ちを持っている訳では無い、多分。
 だいたい、出会ってから間もないし。うん、なんだ。尊敬はしているけど。紳士的だし。仕事にも真面目に取り組んでいるし。
 「お、隊長呆然としてるわ」
 そんな風にナルキが一人で悶々としていると、店の壁際に懸かったモニターに映る小隊戦の中継を見ながら、カテナは呑気な声を上げていた。
 ナルキも視線を画面に向けてみると、14小隊勝利と言う字幕が流れる中、野戦グラウンドに一人立ち尽くす17小隊隊長ニーナ=アントークの姿が映されていた。
 その姿を、自分の所属している小隊が負けている様を見ても、カテナの表情は特に何の変化も無い。
 凪。
 その一言で済んでしまう様な、穏やかなままの顔をしている。
 今日出会ってから、ここまで。彼はずっとその表情のままだったと、ナルキは気付いた。
 遠い。
 友達の言葉に踊らされて、乗せられて、少しだけ普段より近づいてみたからこそ解る、その距離。
 薄い、でも確かな厚みを持つ壁が、きっと出会ってから今日までずっと、そこには在るのだった。
 「そろそろ出ようか。今日の試合も全部終わりだし、この後は混みそうだ」
 カテナは、ナルキのそんな思いに気付くことも無く、伝票を手に取り優雅な仕草で立ち上がった。

 その顔は、やはり、穏やかで。
 まるで、能面のような無表情だと、ナルキにはそう思えた。

 その顔を見て、さて、自分は如何したいのか。
 ナルキは自分が一つの選択を迫られていると感じた。
 
 『人が埃まみれで頑張っているというのに、一人で優雅に女性と逢引。良いご身分ですねぇ、おハルさん?』
 「・・・試合中くらい、片手間で人を覗き見するの、やめにしない?」

 桜の花びらが、彼を遠くに隔てる薄いヴェールをあっさりと吹き上げるのを目にしてしまったから、ナルキは一層そう感じるのだった。


 ― Interlude out ―
 


   

    ※ アイツよりはマシって思えるのは結構重要、と言う話。
      
      コメディで纏めるはずが、何か真面目な感じになっちゃいましたね。
      まぁ、ナルキが真面目系のキャラだからかなぁ。
      オチが逆に浮いてる・・・。



[8118] 四十話(原作二巻五話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/27 19:49


 ― サイレント・トーク:Part3 ―


 「ふむ・・・・・・これは、美味しいねぇ」
 「確かに。・・・・・・つか、アルセイフが作れなかったらどうするつもりだったんですか」
 「貴方が作れば良いじゃないですか」

 一種異様な光景である。
 生徒会長公邸の夕餉のテーブルを囲むのは、その主人である生徒会長カリアンとその妹フェリさん。
 そして何故か、僕とアルセイフである。
 テーブルに並べられた料理は何故かやたらと芋が多い事を気にしなければ、全く問題ない出来栄えだった。
 「独り身の男が作る料理なんて、誰かに食わせられるようなモノじゃないですよ」
 僕は芋と鶏肉のトマトソース煮込みを食べながら、酷く不機嫌そうなフェリさんに言った。
 「・・・カテナ先輩、遠まわしに僕の事苛めてますよね」
 対面に座ったアルセイフが、しょげた声を上げる。考えるまでも無いと思うが、この夕食を支度したのは彼である。
 と、言うか。
 アルセイフ以外のこの場に居る人間に、料理なんて家庭的な行為が出来そうな人間が一人も居ない。銀髪兄妹がエプロンしながら料理をしている所など、想像するだけで笑ってしまう。僕?僕は自分の限界を知る人間だ。
 「ところで一つ聞きたいのだが、カテナ君は何故ここに居るんだね」
 カリアン生徒会長が、優雅にナプキンで口元を拭いながら僕に言う。
 「私が呼びました」
 フェリさんがさらりと答えた。
 なにやら、食卓の半分の空気の密度が物凄い上がったような気がするが、僕は気にせずパンを齧る事にした。アルセイフがわたわたとしているが、知らん。
 「私は彼を呼んだ覚えは無いが?」
 「私の客です。何か問題でも?」
 コーヒーカップにヒビが入ったような音がした気がする。気のせいだと思おう。テーブルクロスに濃い色が染みていたが。
 「謹慎中の生徒の出歩きを助長するのは良くないだろう」
 「就学時間は満了しています。それ以降の外出については学則で制限されていません」
 おかしいなぁ。このスープさっきより冷たくなってない?よし、暖めなおそうか。
 「あの、カテナ先輩・・・?」
 勝手にテーブルを離れキッチンでスープを温めなおしていた僕に、アルセイフが涙目で話しかけてきた。ええい、黙っていればこのまま逃げられたのに。
 はっきり言って嫌だけど、逃げ出しても後で色々面倒そうである。
 ため息を吐いて状況を転がす事に決めた。
 「僕が居なかったら、アンタはアルセイフを便利使いする積もりだったんだろ?たかだか学生市長如きに武芸者の頂点が顎で使われるのを見るのは気に食わないですよ」
 僕の直線的な言葉にカリアン生徒会長は怒った風も無く、肩を竦めて苦笑した。
 「普通の武芸者とは違うと思わせておいて、キミも何だかんだで武芸者だね。思考の根本が強さに対する信仰からなっている」
 「まぁ、実際に武芸者ですからね」
 だからキミは呼ばなかったのさと一言繋げて、カリアン生徒会長は食事に戻った。僕が席に戻ると向かいのアルセイフが難しい顔をしていた。
 「先輩、僕は・・・」
 「だからさ、真面目に人の話を聞きすぎなんだよ、お前は」
 さっきの僕の言葉に何か思うところがあったのだろうが、それは聞かずに、僕も食事に戻る。
 楽しい楽しい夕餉の時間は、何とも薄ら寒い空気を秘めていた。

 「さて、まぁ来てしまったものは仕方が無い。お望みどおり便利使いさせて貰うよ。・・・コレを見たまえ」
 食事が終わりリビングに場所を移して、何故か僕が四人分のお茶を入れた後、カリアン生徒会長が傍らに持っていた封筒から書類を取り出して、言った。
 何でも、先日の汚染獣襲撃の件もあって漸く、都市の防衛に関して幾つかの措置を取ったらしい。
 個人的に言わせて貰えば、今まで何も汚染獣に対する警戒をしていなかった事に噴出してしまいそうだったが、まぁ、学園都市なんてこんなものかもしれない。何もかもがごっこ遊びで中途半端だと経験則で理解していた。
 「これは試験的に飛ばした無人探査機が送って寄こした映像なんだが・・・・・・」
 カリアン生徒会長がこちらに渡してきた写真は、汚染物質による電子障害により画像は荒れに荒れていた。どうやら、念威通信はしていなかったらしい。
 かろうじて山と解る、荒れた風景。記された数字によれば、ツェルニの進行方向500キルメルの位置とある。
 生徒会長は写真を示した後は何も言ってこない。僕はぼやけた画像を眺めて・・・そして、気付いた。
 「アルセイフ」
 「・・・ええ、間違いないと思います」
 彼も気付いているらしい。普段のぼやけた感じではない、確信的な響きの在る声で答えた。
 「何ですか、男二人で解ったような声をして」
 フェリさんが僕の隣から写真を除きこみながら、拗ねたような声を上げる。僕は気楽な言葉で、それに答える。
 「汚染獣ですよ」
 「・・・それも、少なくとも三期以上の」
 アルセイフが簡潔に繋いだ言葉に、フェリさんは目を瞬かせた。その後漸く言葉の意味を理解したのか、向かいのソファに独りで座る兄の顔を睨みつける。だが、詰問の視線を向ける妹に対して、兄の態度は飄々とした物だ。
 「真に遺憾な話だが、現在のツェルニにおいてまともに汚染獣と戦闘出来るのはレイフォン君たちしか居ない。例え非道と思われようと、生き延びるためには手段を選んでいるわけにも行かないよ」
 「僕には知らせないようにする積もりだったのに?」
 賢しい物言いに、思わず口を挟んでしまった。
 カリアン生徒会長は苦い顔をして、答える。
 「・・・キミは保険の予定だった。仮に、万が一、そういった場合も、常に想定しなければならない事は、キミになら理解して貰えると思う」
 「発想は悪くは無いと思いますけどね。強い駒が倒せなかった相手にそれより弱い駒をぶつけるのは無駄な行為ですよ」
 僕の言葉に、カリアン生徒会長は眉を顰めた。
 「だが、強い駒と戦えば、相手の駒も傷がつくだろう?」
 「汚染獣は汚染物質食べてれば、大抵の傷は治りますよ」
 脱皮を重ねた大型汚染獣の再生能力を甘く見すぎていると繋げると、カリアン生徒会長は些か項垂れたように見えた。
 ようするに、アルセイフがこの汚染獣の殲滅に失敗した場合、僕を最終防衛線として使うつもりだったらしい。普通、そう簡単に下せるような決断ではないと思うが、それでも甘いことには変わらない。
 「汚染獣戦は常にデッドオアアライブですよ。10の力を有する敵に8くらいの力で試しに挑んでみるなんてのは馬鹿なやり方です。そもそも人と人との戦いじゃないんですから、常に確実にこっちが勝てる状況で挑まなければ意味がありません」
 まずは一人をぶつけようなど、非情なようで、甘い考えなのだ。だいたい、アルセイフが負けるような敵に、僕が勝てるはずも無いし。
 「・・・経験が足りないと言うのは、やはりどうにもならないね」
 カリアン生徒会長も自分の非を認めたらしい。

 こうして、汚染獣退治には僕とアルセイフが向かう事になった・・・と、あっさり片付けばよかったのだが、今度はアルセイフが物申した。
 「これが仮に三期、四期以上だった場合、カテナ先輩は大丈夫なんですか?」
 アルセイフはなんの衒いも無い口調で僕に尋ねてくる。ああ、天剣授受者だなぁと思い起こさせてくれる。
 僕は肩を竦めた。
 「前にも言ったけど、老性体までなら逃げ切った事は在る。雄性体のデカブツでも、頑張れば倒せない事も無い。是非頑張りたくないけど。そりゃ、お供が僕じゃ不安だろうけど、何せここにはお前しか天剣は居ないんだ。僕で妥協してもらうしかないよ」
 「いえ、そう言うのとも違うんですけど・・・」
 言いづらそうな口調である。その事で一つ思い至った。
 「アレな。今回は無し」
 僕はアルセイフが懸念しているであろう事をあっさりと否定した。
 「へ?」
 「半分ドーピングみたいなやり方だからね、アレ。仮にこの写真に映ってるのが老性体だったりした場合は確実に日を跨いでの長期戦だろ?アレは・・・何ていうか、服用し続けると僕の体が壊れちゃうから、長丁場には向いてないんだよ」
 「・・・母体を叩いた時の」
 そういえば、何か何時もと雰囲気違いましたねとフェリさんが呟いていた。
 「外部調査班の報告によれば、汚染獣の母体が存在していたと思われる位置には、骨片が混ざった汚染獣の血と体液で出来た池が広がっていたらしいね。…ついでに、壁面には夥しい数の肉片が張り付いていたとか」
 カリアン生徒会長も、僕を伺うような冷たい声を上げる。僕はそれらの懐疑の視線を黙殺した。
 とはいえ、何か答えないわけにも行かないだろう。そう考えていると、アルセイフが躊躇いがちに言った。
 「罪人部隊には、戦闘前に興奮作用のある戦闘薬を投与するって聞いたことがありますけど・・・」
 「ああ、それは・・・」
 彼の言っている事は事実である。罪人の能力の底上げと恐怖緩和、命令違反や脱走の防止のため、強襲猟兵小隊の隊員は戦闘前に特殊な剄脈加速剤を投与される。と、言うより部隊長の僕自らが大人たちに無針注射をして回ったと言ういやな経験がある。
 僕は、僕自身は投与しようとした寸前のところで、あろう事か僕が薬を投与した大人たちのてによりそれを制止された。
 
 「まぁ、似たような物かな。とにかく今回はそれは無し。だから、僕が正面で囮でアルセイフがバンバン斬るって感じになるのかな」
 「そんな、危険な・・・」
 「フェリ。経験者である彼らの言葉なんだ、私達が口を挟めることでもない」
 僕の言葉に慌てたような声を上げるフェリさんを、カリアン生徒会長が押し殺したような声で押し留める。
 アルセイフは一人で、納得したような していないような、曖昧な顔で頷いていた。
 言い争いを始めた兄妹を放置して、僕はもう一度ノイズ混じりの写真を眺める。
 
 汚染獣。
 これも一つの、絶対に逃れえぬ代物。こればっかりは、何処の都市に居ても、何れは向き合わなければいけない存在だ。
 しかし、戦うのが面倒になってここまで逃げてきて、そうしたら今度は天剣授受者と同じ戦場に立つ羽目になるなんて、何とも悪い冗談のようだ。

 平和だった去年一年が一番遠い昔のようだと、僕は一人で天を仰いで思うのだった。





    ※ 強制イベント発生回
   
      『一緒に行く』と『後から合流する』両方のパターン考えたんですが、結局前者にしました。
      この段階まで来ると、後者は無理があるよねー。



[8118] 四十一話(原作二巻六話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/28 18:57
 ― サイレント・トーク:Part4 ―


 「笑い話にもならんな」

 「いや、その、何と言いますか」
 「ハン、薄々何かあるとは思っていたが、馬鹿にしているのか貴様。なんだこの異常な数値は。完全に内側から圧解しているぞ」
 高速で幾何学的なグラフをスクロールさせていく三面モニターから眼を離すこともせず、セロンさんは僕の間誤付く言い訳をあっさりと封殺した。
 ある平日の、セロン&サットン共同研究室。
 先日に汚染獣を摩り下ろした折に完全に鉄屑に変わった錬金鋼を修理するために顔を出した僕を出迎えたのは、セロンさん一人だけだった。サットン先輩の姿は無い。ついでに、彼が何時も弄っていた馬鹿でかい大剣のモックアップの姿も無かった。遂に処分したのだろうか。
 それはともかく、汚染獣殲滅から遅れる事一週間、漸く研究室に顔を出した僕を待っていたのは、僕の(錬金鋼の)専属技師キリク=セロン氏の説教だった。
 来るのが遅い、メンテは定期的にしろと言っているだろう。と言うかお前、封印解除に来なかったな、など等からなる説教を平謝りで切り抜け、じゃぁ調整してやるから錬金鋼出せとのお言葉が当たり前のように下ったわけだ。
 で、溶け崩れた鉄の塊になった鉄扇に目を剥き、そして何事も言うことなく手早く調整器具を取り付けていったセロンさんだったのだが、欠損だらけのデータが次々にモニタに表示されるに当たり、遂に放ってしまった言葉が前述の通りとなる。
 
 「一年のレイフォン=アルセイフだったか。ヤツと言い貴様と言い、何なんだ。グレンダンと言うのはそういう場所なのか?」
 「それ、エリプトン先輩にも似たような事言われましたね」
 苦い顔をしながら端末を叩き続けるセロンさんに、苦笑いをしながら答える。
 「エリプトン。17小隊のシャーニッド=エリプトンか。…言いたくもなるだろう、こんな物を間近で見せられれば。特にお前の剄の出し方は…いや」
 直線的な言動が多いセロンさんに似つかわしくない事に、言葉は途中で途切れてしまった。
 だが、僕には言いたい事は理解できた。
 「ああ、異常ですよね。普通の武芸者だったらそんな突然跳ね上がるような数値は出せませんし」
 カラカラと笑う僕に向けるセロンさんの視線は、もっそい冷たい物だった。そりゃそーだとは思いますが。
 「貴様は自分の異常性を認識しているのか?」
 「それなりには。…と言うか、僕にとっては正常ですから。何せ、生まれつきこんなです」
 そう答えると、セロンさんは少し考えるように顎に手を当てた。そして、考えを纏めるように、宙に向かって言葉を放つ。
 「剄路の怪に比べて、剄の総出力が余りにも低かった。まるで剄脈に異物が混入して剄を練り上げる事を阻害するかのように…。いや、そんな物が実際にあれば生体登録時に判明していた筈だ。貴様、本当に人間か?」
 「少なくとも半分以上は人間のつもりです」
 真顔で聞いてくるセロンさんに、たまに半分以上人間じゃなくなってるときもありますけどとは、流石に言えなかった。
 「半分は…な。フン、ここまで異常な数値が過ぎると剄脈を二つ持っていると言われたとしても全く驚かんな」
 おお、近い。ホント凄いなこの人と、僕は感嘆してしまった。
 「まさか、本当にそうだとは言うんじゃなかろうな。馬鹿馬鹿しい。仮にそれが事実だったら、貴様は今頃どこかの研究所に押し込められている事だろう」
 セロンさんは多分、ある程度の事実を認識した上で、僕にその事実は冗談にしておけと忠告してくれた。
 
 でも、そうか。
 研究所ではなかったけど、一つ処に押し込められてたってのは、紛れも無い事実なのかな。
 少し離れてみてから解るようになった事だけど、普通、育ての親が屑だからと言って罪人部隊になんて配属されるはずは無い。
 普通は配属されないのに、事実として僕はそこに配属されてしまったのだから、何か普通ではない理由があって然るべきだ。
 そして、その理由は幾らでも心当たりがある。
 ハルメルン。都市も、蛇も。そして、僕自身も。
 でも、それなら簡単に逃がしたりするかな、とも思う。あそこから何も言わずに逃げ出して、少なくとも一年間は何事も無く過せていた。そして、一年経って遂にグレンダンからやってきたのが、アルセイフ。天剣授受者レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフだ。
 しかし、アルセイフがここへ来ざるを得なかった理由は知っている。ヤツはヤツ自身の、建前として不名誉な行為の咎のために、グレンダンを放逐されただけだ。ここへ、僕が居るこのツェルニへ流れ着いたのはたまたま、偶然に過ぎない。
 …本当にそうか?
 グレンダンの異常者が二人も、そして付いてみればここには銀髪の、また異常な能力の持ち主まで居る。
 これで三人だ。狂った都市であるグレンダン並みの異常が、ひょっとしてこの学園都市にも存在するのだろうか。

 心せよ。
 さもなくば、因果に取り込まれるぞ。

 腹の底から、軋むような声が響いた。
 それを、首を振って心から追い払う。馬鹿らしい。世界が自分を中心に回っている等とでも言いたいのか、僕は。
 「で、申し訳ないですけど錬金鋼の修理…って言うか、作り直し?いや、改良かなぁ。出来ますか?」
 気を取り直して尋ねた僕に、しかしセロンさんは無体な言葉で返してきた。
 「…無理だな。先に結論を言っておくが、貴様の瞬間的に大量…いや、異常な量の剄を放出すると言う体質に適合する錬金鋼は存在しない。白金だろうが赤色だろうが、この数値にあるとおりの剄の出し方をすれば錬金鋼はまた内圧で崩壊するだけだ」
 複合でも駄目だろうなとセロンさんは忌々しげに呟いている。
 「でも、実家で使ってた奴はちゃんと耐えられてましたよ」
 開祖が天剣を返上した後、自らの天剣技を再現するために開発したと言われる劇団秘蔵のアレは、整備性は最悪だったが蛇君が全力で剄を練った時もちゃんと追従して来れた。…使い終わった後、熱して変色はしていたけど。
 「ああプリズム…、七色水晶錬金鋼だったか?恐らくそれは、耐えているのではなく外へ逃がす事によって保っているんだろう」
 僕の問いにセロンさんは自身の考察を述べる。
 「ようは錬金鋼の内部結合率を極端に下げて、剄の伝導率を可能な限り上げているんだ。ビニール袋に穴を幾つも開けておけば、幾ら風圧を加えても破けはしないだろう?今回のコイツが崩壊したのは無理に剄を受け止めようとして、それで耐え切れなかったせいだな」

 確かに、アレは幾ら剄を込めても直ぐに抜けていく感覚があった。
 いや、でも錬金鋼から剄が抜けたら剄圧を上げても威力は上がらないよな。ああ、でも問題ないのか。
 …そうか、問題ないのか。
 「つまり、改善点はシンプルだな。伝導率が低いなら上げれば良いだけだ。可能な限り最大限、例え強度を犠牲にしても―――フン、精々ガラスに毛が生えた程度の強度になってしまうだろうがな。そんな物は錬金鋼とは認めん。汎用性が無さ過ぎる。俺が作りたいのは武器だぞ?何故美術品など作らねばならんのだ」
 愚痴を言いながらも、新しい錬金鋼材にデータを入力していくセロンさんを見ることもせず、僕は意識を過去へと遡らせていた。

 アルトゥーリアの技は、剄を錬金鋼の"外側"に被せるように化錬させて刃を形成している。
 つまり、攻撃を行う時は錬金鋼ではなくその周囲に纏わせた剄で行うのだから、錬金鋼がどれだけ脆かろうが関係が無い。
 それは、驚くほど僕に都合が良い特性だ。そんな偶然が―――ある筈が、無い。

 『――――。この子を仕込みなさい』

 そんな言葉を、何時か何処かで…いや、誤魔化すのは止そう。聞き覚えがある。柔らかな木綿の布に包まれていた赤子の時だろうが、生憎と僕には脳以外の場所にも記憶も意識も存在しているのだから。
 だから、その言葉を言われた事を覚えている。誰から言われたのかも、何処で言われたのかも。
 白亜の宮殿。その都市で、一番高いところ。華美というより無骨に成る、大広間。そこから更に、一段も二段も高い処、その御簾の向こうから。
 赤子の僕を抱きとめているのは、育ての親のあの屑だ。屑は恭しく頭を下げて、僕を抱きかかえ、それから…。

 忘れていたわけでは、無いのだ。
 考えないようにしていただけで。過去に囚われていれば、どの道死ぬしかなかったから。

 『何故って?慈悲よ慈悲。巻き込まれるのは確定しているのだから、精々死に足掻く程度の力は与えてあげた方が…え、何?思ってないわよ、その方が面白いなんて』

 逃げ出したのを放っておくのも、その方が面白いから、か。
 反吐が出る。出したところでどうにもならないのは解っているが。出した瞬間速攻でミンチだ。
 はっきりしている事は、僕は全く逃げられていなかったという、単純な事実だ。そもそも僕は、何から逃げるつもりだったんだろうかと、今更ながらに考えてしまう。
 核心をあえて知ろうともせずにただ何となく"そこら辺"から離れてみようと思っていただけだったのだろうか。
 思い出すべきでは、無かった。僕は無言のまま作業を進めていくセロンさんをぼうっと眺めながら、そんな風に後悔していた。
 
 『キミは決して、縁を求めてはいけない。なぜなら、それは巻き込んでしまうという事だからね。無限の槍衾。死ななかった事を後悔するであろう戦いの渦。キミが今立っているその場所に、巻き込んでしまうのは、嫌だろう?』

 五月蝿い、黙れと。
 そう言い切れる強さなんて、僕には在りはしなかった。
 安寧は、必ずいつか終わる。アルセイフの存在が、汚染獣の襲来が、その証明だ。
 之を宿しているという事は、既に戦う事を決定付けられているという事だ。あの、腹から髪まで何もかもが黒い女は、確かにそう言った。近づけば、巻き込むだけだと。
 それでも、それでも近づきたいと思う人が居たとして、そうしたらどうすれば良い?

 『良いじゃないですか、聞きますよ』
 
 「…ホント、笑い話にもならない」
 「…何か言ったか?」
 僕の呟きを耳に留めたセロンさんが、背を向けたまま聞いてくる。
 いえ、別にと、それを笑って受け流した。
 笑い話にもならないよ、本当に。不意に浮かんだ、自分の答えに苦笑してしまった。

 黒か白かといえば、白が好きだなんて、だから言う事を聞くなら、白の方だなんて。
 笑い話にも、ならないだろう?






   ※ プリズム・ダイト=七色水晶錬金鋼。
     毎度の事ですが、ダイトはオーパーツ過ぎて説明文に困るw

     仕事がめがっさ忙しいので夕食休憩がてら急いで更新。
     あ、気付いたらPV三十万突破に感想が六百間近。
     ご愛読ありがとうございます~・・・って事で仕事に戻ります。
     



[8118] 四十二話(原作二巻七話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/29 19:41
 ― サイレント・トーク:Part5 ―


 『カテナか。今すぐ第七地区の14番街路沿いにある外来者専用宿泊施設へ向かってくれ。近くへ行けばお前なら張っている連中の剄で解るだろう』
 「はぁ。ところで課長閣下はわたくしめが謹慎中だと言うのも解っていますよね」

 だから暇だろう?
 その一言で通話は終わった。
 謹慎中で授業に参加する事も出来ず、何もやる事が無いからと自室でひたすら読書としていたら、これまた謹慎中なので顔を出していなかった都市警のオフィスから端末に通信が入った。
 暇なら仕事しろ。ガサ入れするから。
 使える物は何でも使うと言う実にガレンさんらしいやり方なのだが、謹慎中に仕事をした場合ってどうなるんだろう。ボランティア扱いでギャラは出ないのか?・・・・・・出ないんだろうなぁ。
 等と考えながらも、体が勝手に出かける準備をしているのだから、僕もいい加減あのオフィスの空気に毒されてきていると思う。
 剣帯に鉄撥だけを挿して、僕は自室を後にして夜の街へ飛び出した。

 「・・・で、何でキミが居るのさ」
 「あはは、どうも・・・」
 宿泊施設の周囲、機動部隊の待機場所で私服の僕を出迎えたのは、ちょっと緊張した雰囲気のあるゲルニさん。そういえば、彼女はドンパチは初めてだっけ。
 「お疲れ様ですカテナ先輩。その、課長がどうしてもって依頼しまして」
 ゲルニさんは隣に立っている人物を見て苦笑いを浮かべていた。そりゃ、僕だって笑いたいわ。
 「下手人を粉微塵にでもしたいのか、あの人・・・」
 「なんでも、小隊員を導入できるケースなんて滅多に無いんだから、どうせならって事らしいです」
 小隊員のエリートは都市警察に協力なんてしないとかそういう問題じゃない。そこに居たのは老性体退治専門の天剣授受者だった。
 「アルセイフ・・・。トモダチのたのみだからってひょいひょい受けてないで断ろうよ」
 「いえ、ナッキ達には何時もお世話になってますし。それに、せっかく君で無いと駄目なんだからとか言われたんですから」
 アルセイフは照れた様に頭をかいていた。
 君で無いと駄目、ねぇ。そりゃあ駄目だろう。あの人の言葉にホイホイ乗せられる小隊員なんて、コイツくらいしか見つかりそうに無いもの。コイツもこんなだから、腹黒眼鏡ごときに良い様に使われるんだよなぁ。
 人がそんな風に気にしてやってても、アルセイフはどう考えても解ってない風に笑っているだけだった。
 「カテナ先輩こそ、謹慎中なのに、平気なんですか?」
 アルセイフがそうに伺ってきたが、そんな事は僕の方が聞きたいくらいである。
 「まぁ、暇だから個人的には良いんだけど・・・アルセイフが居るんだったら、どう考えても僕は過剰戦力だよね」
 「スイマセン、私がお願いしました」
 僕が肩を竦めて答えたら、ゲルニさんが申し訳なさそうにそう言った。
 「ゲルニさんが?・・・えっと、僕にこのドンパチに参加するように?」
 「その、積極的にこういった治安維持活動などに貢献していれば、謹慎解除も早まるんじゃないかと思ったんです」
 
 それはまた。
 ありがた迷惑・・・等とは、流石にいえない。言ったらアルセイフにズバっとやられそうだし。
 「そういえば、カテナ先輩って何時まで謹慎なんですか?あと、何で先輩だけ謹慎で、僕には何も無いんでしょう」
 路肩の壁によりかかってアンパンを齧っていたアルセイフが、思い出したように聞いてきた。
 こいつ、解ってなかったのか。
 出会ってからこっち、気づいた事何だけど、アルセイフって政治的な理屈とかに無知過ぎないか?
 天剣授受者、王宮に住まう立場の人間なんだから相応の権謀術数に晒されながら生きてきたんだろうに。僕は剣だけ振っていれば良いやとか、実は本気で思っていたとか・・・ああ、思ってるから人前で全力でズバっとなんて出来るのか。
 以前ゲルニさんに話した面倒な理屈を語って聞かせてやったら、アルセイフはぼへーっとした顔で感心していた。
 コイツ、絶対解ってない。そう言えば、授業中は良く寝てるってゲルニさんも言ってたか。
 遠目で見ていた天剣授受者のイメージが、コイツにあってからガラガラ崩れていく感じである。
 「・・・大体、お前は小隊訓練とかで疲れてるんじゃないの?」
 何となく自分の気持ちの問題で、天剣授受者をこんな瑣末な事件に招くのは気が引けていたので遠巻きに帰れと言ってみたが、アルセイフには全く伝わらなかった。苦笑している。
 「本当だったら先輩も一緒に訓練してますよね」
 なのに仕事で都市警察に居るじゃないかと言ってくれた。
 ゲルニさんも居る手前、訓練は手を抜いているからとか、とても言えない。尊敬される先輩ってポジションも結構面倒だなぁと思い始めている今日この頃である。いやさ、今更引く気は無いけどさ。
 「でも本当に良かったのかレイとん。機関部の清掃のバイトもあるのに」
 「ああ、そう言えば。お前確か毎晩シフトに入ってるとか言ってなかったか」
 ゲルニさんの言葉に追従してみると、アルセイフは首を横に振るだけだった。なんでも、ガレンさんが手を回したらしい。その無駄な労力を、少しは僕を労わる事に向けてくれないだろうか。
 
 そんなどうでもいい事を考えていたら、アルセイフが、あ、と一声上げた。僕を見る。
 「そうだ、先輩。ニーナ先輩から伝言なんですけど"すまない"だそうです」
 「・・・すまない?」
 言われて、首を捻ってしまった。
 まぁ確かに、小隊に参加しているという事実辺りを謝ってほしい時もあるが、それはどちらかというと銀髪眼鏡に求めたい問題だ。
 「アントーク隊長に謝られる様なことって、僕、何かされたか?」
 さっぱり思い当たらなかったのだが、アルセイフが何故かジト目になって僕を見ていた。
 「・・・ニーナ先輩、生徒会長に直訴したんですよ。先輩の処罰の件で」
 「・・・ああ」
 まだやってたんだ、と続けようとして、本気でズバっとされそうだから止めておいた。気のせいかゲルニさんも冷たい目線になってる気がするし。
 「とは言え、この処分に関しては眼鏡と僕とで、ついでに武芸科長も交えて話し合って決めた事だからな。多分、次の都市戦で勝利して恩赦でも出ない限り、小隊復帰は無理なんじゃない?」
 「・・・武芸科長まで噛んでるんですか?」
 解りきった事という感じで話す僕の言は、真面目なゲルニさん達には伝わりにくい物だったらしい。善行には相応しき報いを、と言いたいのだろうが、中々どうしてそうもいかないのが社会と言う物だ。だいたい、僕とアルセイフだけで何とかしたって事になったら、この都市の武芸者の信用なんて今度こそ地に落ちてしまう。余りにも呑気すぎて忘れかける事もあるけど、この都市が所有するセルニウム鉱山は残り一つしかないのだから。
 「だから、まぁアントーク先輩にはお疲れさまですって言っておいてくれ」
 「・・・自分では言わないんですね」
 僕の答えに尚もアルセイフはジト目をしていた。
 うん、良かった。お疲れ様って全然感謝の言葉じゃないって事には気付いていないらしい。
 「元々生活リズムが違う人だからなぁ。講義も学年が違うし、職場も違うから僕と隊長って訓練場でしか合わないんだよな。・・・・・・と、言うか。僕は多分、あの人に避けられてるんじゃない?」
 「ニーナ先輩が誰かを避ける姿って、あんまり想像がつかないんですけど」
 不思議な顔をしているアルセイフに、先日にセロンさんの研究室であった話をしてやる。
 
 七色水晶錬金鋼を再現するために僕とセロンさんは喧々囂々言い合いながら鋼材の内部構造を決めていった時なのだが、そこへ訓練着のままのアントーク隊長がやってきたのだ。
 アントーク隊長は、ハーレイ。錬金鋼の調整を…とそこまで言ったところで、僕の存在に気付いた。
 そして僕を、何か苦い物を見るような目で見た後、邪魔したなと一言告げて研究室を後のしていった。
 因みにセロンさんは、何時ものように空気を読まずに自分の作業に没頭していた。
 
 「…そう言えば、何であんな遅い時間に訓練着だったんだあの人」
 話していたら思い出したが、確かもう日付を跨いだ時間だったはずだ。
 「カテナ先輩、それ何時の話ですか?」
 気になる事でもあるのか、アルセイフがちょっと深刻そうな顔で聞いてきた。三日前と答えてやると、アルセイフは食べ終わったカレーパンの袋をくしゃりと潰して何か考えている風だった。
 「どうかしたのかレイとん。単純に、自主トレをしていただけじゃないのか?」
 「時間が遅すぎる。ニーナ先輩は最近、錬武館での訓練中に動きが悪いし何処か注意力が足りていなかった。…ひょっとしたら、長時間無茶な訓練を一人でして居るのかもしれない」
 ありそうな話だと思う。特に、あの隊長なら。
 「でも、レイとんの言っている隊長って、あの三年生のニーナ=アントーク先輩だろ?あんなしっかりしてそうな人が、自分の限界を超えた無茶なんてするかな?」
 ゲルニさんの一見尤もと思えるような言葉に僕は肩を竦めて否定した。
 「逆だよゲルニさん。…むしろ、しっかりしているように見える人ほど、気付かないうちに無茶をしている物なんだ」
 特に、あの人は今は追い詰められているだろうから。
 汚染獣との対峙で存分に無力感を味わっていた時に、どうもレイフォンと鉢合わせていたらしい。プライドの高いあの人にとっては、まともではいられない様な状況だろう。

 「…少し、心配してやった方が良いかな」
 僕がポツリとそう呟くと、ハニートーストを咥えていたアルセイフが、何か見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。
 「…カテナ先輩。一体どうしたんですか」
 なんだその深刻そうな声は。憮然としていると、アルセイフは慌てて言葉を付け足してきた。
 「だってこの間話したときは、放っておけみたいな事言っていたじゃ無いですか」
 ああ、そんな事言ってたっけ。いやでも、気にしてやったほうが良いだろうに。目を剥くようなほど意外な事言ってるか?
 「良いじゃないかレイとん。折角カテナ先輩もこう言ってるんだし、気になってるならちょっと調べてみようよ」
 ゲルニさんが笑顔でそう言った。そして、その笑顔のまま僕にも言葉を継げる。
 「先輩も、それで良いと思いますよ。少しずつ他人を心配していてくれた方が、見てて安心します」
 ゲルニさんはそこで一回言葉を区切って、少し深呼吸をした後、続けた。
 「先輩は何時も、遠くから見ているだけって感じでしたから。少し近くに来てくれた気がして、周りに居る人間としては、安心できます」
 
 その言葉に答える間もなく、どうやら下手人たちが動いたらしい。ゲルニさんとアルセイフは僕をおいて行動を開始していた。
 僕は一人で路肩に立ち尽くして、今のゲルニさんの言葉を反芻していた。
 遠くから、見ているだけ。
 そうなのだろうか。そうかもしれないなと、思った。
 そしてそれを、特に悪い事だとは思って居なかった筈だ。少なくとも、少し前までは。
 
 『―――良いかいグレイホルン。キミは決して、縁を求めてはいけない。なぜなら、それは―――』

 特に悪い事だとは思って居なかった。少し前までは。
 でも今は、どうだろう。
 少しそれは、いけないんじゃないかと、少しだけ。
 
 僕はこの日初めて、自分が"そこ"から逃げ始めているのだと、実感した。
 






    ※ 色々な所で微妙にフラグをへし折って歩いている気がする。

      感想で『周りに剄を這わせるんだったら錬金鋼じゃなくても良いんじゃね?」と言う突込みがありましたが、
     やっぱ普通にそう思いますよね。
      つーか、そもそも剄を錬金鋼に込めるとどうなるんだと小一時間(ry




[8118] 四十三話(原作二巻八話) ※五月三十一日修正
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/31 20:02
 ― サイレント・トーク:Part6 ―


 敵が来たのであれば、戦わなければならない。

 どこかの都市に住む戦闘狂の集団のように、敵が来るのを待ち構えているような酔狂な人間ではないが、それでも敵が来ると解っていれば戦うしかないと思っている。
 そして、戦うのならば、勝たなければ意味が無い。武芸者にとって尤も必要の無い物は、敗北と言うその二文字だから。
 で、あれば正しく楽に生きたいと思っている人間が尤も楽に生きる方法としては、精々強くなるために手間を惜しまない事こそが近道であると考えるのも当然だろう。
 
 とは言え、こうして一人で夜闇に紛れて竹林の中を鉄扇を振るいながら飛び回っていると、考えてしまう事も在る。
 汚染獣と人間との間で行われるのは、ただ自然界の法則に乗っ取った生存競争に過ぎないのではないか。そこに意思など入る余地も無く、戦いと呼ぶような物ではないのではないか、と。
 然り。之は戦いではない。所詮は露払いに過ぎぬ。
 そんな思いが、腹の内を燻っている。敵は、独りであれば決して挑もうなどとは考えないであろう、脱皮を繰り返した強力な汚染獣。少し先の現実として訪れる死闘を前にして、しかし僕はそれを、戦いと呼ぶべきかどうかとの疑問を覚えているのだ。
 ならば、自分が思う戦いとは何なのだろう。
 敵は居る。戦いは在る。それはいずれ訪れるのだと、腹の内で何かが囁く。
 向き合わねばならないときが、いずれ訪れるのだと、だから今はこうして、全身に剄を走らせて己を鍛えぬく。
 全身を流れる剄路に蛇を押し流す。
 ミチミチとひり付く様な感覚と共に、剄路を拡張しながらのたうち廻る蛇が剄そのものとなって、身体を焼く。
 溢れ出る剄は体の外まで押し流され、自然と衝剄となって僕を白光で包んだ。
 光満ちる姿のまま、独り扇を振り回し舞い踊る。果たして僕は、剄を躍らせているのか、剄に踊らされているのか。
 高速で飛翔、と言うよりは跳躍を繰り返しながら、遂には竹林から外れ、外縁部の原野に躍り出る。
 その勢いのまま、全身の捻りを持って剄の流れを統制し、扇を振りぬく動作に載せて刃として放つ。
 外力系衝剄が変化、螺扇剄・衝刃
 高速回転しながら空を奔る剄の刃が、エアフィルターを突き破って荒れた大地の夜闇の中へと突き抜けて行った。

 「…全然駄目だな」
 外縁部に着地し、蛇を腹の内に返した僕は、荒い息に混ぜて自嘲の言葉を口にしていた。
 筋肉の疲労と言うよりは、無理に押し広げられた剄路が熱を持って身体を焦がしている。
 両手の錬金鋼を見る。熱を持って変色しかかっているが、再調整を施せば問題ないだろう。以前の物と違い、剄を受け流しきっている。
 問題は、錬金鋼ではなく僕自身である。蛇が生み出す莫大な剄を、殆ど制御できていない。だからあれほど無駄な剄を衝剄として垂れ流してしまっているのだし、剄路が熱を持つほど消耗してしまっているのだ。
 斬剄が飛び去った虚空を見やる。普段の、自分の剄だけで放つ極めて薄い研ぎ澄まされた刃と違い、まるで振り子鎌を思わせる極太の刃が生成されていた。まるで、鉱石から荒く削り取っただけのようですらあった。剄を纏め切れていないのだ。
 どう考えても、力に振り回されている。
 何故だろう。これまで真剣に考えてこなかった事が急に悔やまれる。
 この蛇は、元々僕が生まれながらに持っていた力のはずなのだから、僕が制御しきれないはずは無いのだ。
 ハルメルンは自らであり、自らはハルメルンに等しい。
 それなのに、力を御そうとすればするほど、次第にこう、ずれて行くとでも言うべきか。
 
 『終わりですか?』
 僕が錬金鋼を待機状態に戻して剣帯に戻していると、夜闇に浮かぶ桜の花弁が声を掛けてきた。
 「ええ、終わりです。何ていうか、自分の才能の無さが嫌になりますよ」
 『充分凄かった…と言うか、割と武芸者離れした動きをしていたように見受けられましたが』
 頭上を舞う念威端子、まぁようは、それを制御しているフェリさんだが、彼女は何処か躊躇うような口調で聞いてきた。それで気付いたのだが、この子に僕は、この力を見せた事など殆ど無かったのだ。
 普段の自主トレーニング中はコレを使う事など滅多に無いし、あの母体を磨り潰した時だけか。それは不審に思うかもしれない。
 だが、これから挑むのは最低でも雄性三期。最悪の場合は老性体である。あらゆる状況を考えて、付け焼刃と言われてもあらゆる手段を講じておきたい。
 「まだまだ見た目だけってトコです。僕はもっと整っている方が好みなんですけど、全然抑えが効かないんですよ」
 『…その結果が、あの母体のすり潰しに繋がるんですか』
 念威の向こうで顔をしかめているのが想像できる。そりゃあ、ライブで見ていたらかなりエグい光景だったに違いない。
 「本当は首刎ねれば済む問題だったんですけど、どうもねぇ。止まってくれないんですよ」
 肩を竦めて苦笑する僕に、念威端子がひらりと回って疑問の体を示す。
 『変な言い方をしますね。まるで、貴方の中に別の誰かが居るような』
 変に肩を震わせそうになった。
 この子も何というか、体外鋭い。いや、僕が解りやすいのか。…それとも、僕は解って欲しいのだろうか。
 
 『キミは決して、縁を求めてはいけない』

 一々囚われすぎだ、馬鹿馬鹿しい。親しくなればある程度は、お互いの事に踏み込んでいくのは当たり前のはずだろう。
 「例えば本当に居るとしたら、どうします?」
 首を振って憂いを振るい、僕はいっそ気楽に声を上げた。
 『私からは、どうも。…ああいえ。何かあるなら聞きますよ』
 フェリさんの答えは、一層気楽なものだった。既にそうと決めている、そう決めていて、くれているのだろう。
 それがありがたく思うし、それに答えられたら良いなと、最近よくそう考えているのだが、そこまで直ぐに割り切れるほど、僕は強くは無いらしい。何時ものように軽薄に笑って、そう、何処か遠くから放ったような口調で答えるだけだった。
 「それじゃ、聞かせられるときが来たらって事で。…ところで、こんな遅い時間にどうかしました?」
 花びらが項垂れる様に急降下したのが印象的だったが、余り気にしないほうが良いだろう。
 『兄からの伝言です。ツェルニは進路を変更しません。このまま行けば明後日には汚染獣に探知される距離になるだろうとのことです』
 その言葉に、全身の細胞が収縮するような感覚が奔る。
 明後日には汚染獣の領域に踏み込んでしまうのならば、少なくとも明日の夜までには出なければならないだろう。
 まぁ、予定通りだ。一晩身体を休めて、錬金鋼の整備。そして、戦いだ。何も変わらない。
 心配するような口調のフェリさんを、せめて気楽にしてやるのが、この場での最善だろう。
 「了解って言っておいてください。それにしても、ツェルニの電子精霊とやらとコミニュケーションが取れるって言うんなら、針路変更のお願いくらい出来ないんですかね」
 『その方法も一応考えられたらしいですよ。でも、一番電子精霊と仲の良いと言われる…ああ、そう言えば』
 そこで念威端子が何かを思い出したようにひらりと一回転した。
 『スイマセン、報告が遅れました。ニーナ先輩が倒れたそうです』

 「―――は?」
 あんまりにも簡単に言われてしまって、一瞬意味が理解できなかった。
 倒れた?ニーナ先輩って事は、アントーク隊長だよな。
 『過労から来る剄脈疲労だそうです。発見したのはレイフォンですが、どうやら大分無理を重ねていて体が参っていたらしいので、しばらく身動き出来ないらしいです。…明後日の小隊戦は、棄権ですね』
 フェリさんは淡々とアントーク隊長の病状を告げた後、最後にどうでも良さそうに一言付け足した。まぁ僕も、小隊のことに関してはどうでも良かったが。って言うか、小隊で無事なのってそうするとエリプトン先輩だけじゃないか?
 それにしても、少しは自主的に誰かに気を回してみようかなと思った途端に、これだ。
 慣れない事を考える物じゃないって、何か悪い物のお告げだろうか。
 「アルセイフが見つけたって事は、アイツがちゃんと見てるって事で良いのかな?」
 『ええ。半裸のニーナ先輩の寝姿を舐めるように見ていました』
 …字義通りに解釈して良いのか、それ。
 『貴方も見舞いに行きますか?』
 フェリさんの刺々しい言葉を、しかし僕は首を振って否定していた。
 「いや、遠慮しておきます。何か、病床の人に酷い事を言っちゃうような気がするんで」
 そんな事をしたら、アルセイフにズバっとやられてしまいそうだし。
 『意外ですね。女性と見たら誰彼構わず声を掛けるおハルさんの言葉とは思えません』
 「…キミ、僕を何だと思ってるのさ」
 思い切り脱力してしまった。
 冗談ですと嘯いているが、どう考えても本気だったとしか思えないし。
 「何ていうかね、あの人は僕にとっては眩し過ぎるんですよね」
 気を取り直して説明する僕の言葉に、念威端子が一瞬明滅した。気にせず、続ける。
 「失敗も絶望も知らずに、多分そういうものが必要の無い行き方をしている。例えば目の前に壁があったとしても、横にそれれば済む事なのにそれをせずに壁をどかす方法を考える。下手だけど、羨ましい生き方ですよね。…生き汚い人間の僕としては、そういう人を前にすると厳しい意見を口にしそうになるんですよ」
 ああいう真っ直ぐ過ぎる人が傍に居てくれたら、あるいは僕もアルセイフのような理想主義の人間で居られたのだろうか。だが現実は悲しいかな、碌でもない大人たちと汚い社会にまみれて此処まで来てしまった。
 「…だから、まぁ隊長の相手はアルセイフに任せておきます。僕は、そうですね。帰ってきてから頭下げておきますよ」
 僕が笑ってそう言うと、念威端子の向こうでフェリさんが息を呑む音が聞こえた。
 「…どうかしました?」
 『いえ。…いえ、少し安心しました。帰ってきた後の事を、ちゃんと考えているんですね』
 それは、違う事無き明確な安堵の音を伴っていた。

 そうか。そうだな、不安に思う物かもしれない。
 僕もアルセイフも、どうしようもない化け物が待ち受けていると知りながら、あっさりと戦うことを選択していたから。
 まるで、死を恐れていないようですらある。自分の命を軽んじているように見える。
 でも違うのだ、戻ってきた後の事を考えている、ちゃんと生き残るつもりだとか、そういう意味でもないのだ。
 ただ単純に自分が死ぬ場合なんて考えても仕方がないから、それを平気な振りして自分を誤魔化しているだけ。それだけの事実だ。
 それは、幾度も戦いを経た者のみが持つ、当たり前の現実的思考。
 『戻ってくる…来ますよ、ね』
 でも、未だ死闘の何たるかを知らぬこの少女に、そんな事を言っても解らないだろうし、何より僕は、そんな話をこの子の前ではしたくはない。
 だからせめて、それが心底僕が思っている真実に聞こえますようにと願いながら。

 僕は、勿論ですと、頷くのだった。







    ※ 今回、ラストまでバトルが無いからまったりしてますよね。
      そしてニーナ隊長フラグは基本的に圧し折る。



[8118] 四十四話(原作二巻九話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/05/31 20:12
 ― サイレント・トーク:Part7 ―


 その日は、曇り空から降り注ぐ、弱い陽光の中で始まった。
 
 どの道後で都市外装備に着替えるのだからと、トレーニングウェアを着込み提げ鞄に錬金鋼を詰めて早朝の暗い私室を後にする。
 寮区の片外れにあるこの区域は、路面電車の駅までそれなりの距離があるため、学生が住まうには余り好ましい位置とは言えないらしく、静かな佇まいを見せているどの建物も全ての部屋が埋まっていると言う事は無かった。
 ここら辺に済んでいるのは、底辺は嫌だけど場所は余り気にしないと言う僕みたいな若い男子学生ばかりだったりする。
 この区域と正対する位置にある記念街区になると、うら若き乙女達が花盛りといった風なのだが、生憎とその香りは此処まで伝わってきたりはしない。
 だから、まぁ。
 この区域で出会う人間は大抵男ばかりであり、当然、朝靄の中僕を尾行している人間も、男性と言う事になる。
 ・・・と言うか、女性だったら別の意味で怖いよねーとか、くだらない事を考えながら僕は大きな道から徐々に入り組んだ路地裏へと外れていき、追跡者を撒こうと試みる。
 だが、中々しつこい。歩く速度を上げて、と言うか最早壁を蹴って走っていたりしているのだが、余裕で追走してきている。
 剄の流れから感じるに、向こうさんはどうやらこの追いかけっこを楽しんでいるらしいが、僕は別に楽しくもなんとも無い。
 子供の遊びに付き合うのは、終いにするのが良いだろう。
 僕は一瞬だけ活剄を強めて高く跳躍する。建物の壁と壁の間が殆ど無い路地裏で、その左右の壁に両足を広げてつけて、殺剄を使う。
 追跡者の焦ったような気配が伝わってくる。そして、早足で僕の真下に姿を現したその男の背後を取るように、殺剄を使ったまま自由落下で地面に着地する。
 その男は、僕が真後ろに居ると言うのに気付いていない。
 まだまだ甘いなぁとか思いながら、僕はその男の尻尾のように垂れている金の髪を引っ張った。
 「痛っ゛!!」
 「いい歳して、朝から何を人のこと付回してるんですか。殺剄まで使って」
 僕が冷たい声でそう言うと、男は肩を竦めて髪を掴む僕の手を払いながら振り返った。
 
 「結構上手くなったろ、俺の殺剄」
 男―――シャーニッド=エリプトンは全く悪びれもせずにそう言った。
 「むしろ前より解りやすくなってますよ。自分が武芸者として成長期に入ってる事を考慮に入れてないでしょう」
 確かに以前に比べて殺剄が自然な物になっているが、保有している剄が以前と比べて些か増えてしまっているため、隠しきれて居ない。そんな事を説明してやると、エリプトン先輩はガクリと項垂れた。
 「免許皆伝は遠いわな」
 「生憎僕の殺剄は死に掛けながら覚えた物ですから。そう簡単には超えさせませんよ」
 何時弟子入りされたのかは知らんが。
 「まさに必死で覚えたってヤツか。お前が必死になるようなヤツなんて、どんな顔してるんだ?後学のためにも教えてくれよ」
 エリプトン先輩は、口元だけ笑みの形を作って、一片の隙も無い顔でそう言った。
 今度は僕が項垂れる番だった。初めから解り切っていた事だが、やはり今回の鬼ごっこの趣旨は、そう言う事らしい。
 「レイフォンがさぁ。最近ハーレイと居残りで馬鹿でかい剣振り回してるんだよな。んで、フェリちゃんは日を追うごとにどんどん不機嫌になって行くしな。どう思うよ?」
 「アルセイフはともかく、乙女の秘めた悩みくらいは気にしないでやるのが男の甲斐性だと思いますよ」
 適当な返事をしながら思う。研究室にあった馬鹿でかい剣。アレ、使える奴なんて居たのか。さしずめ天剣の代わりって事なのかな。
 「なぁ、カテナ。あの幼性体どもを滅多切りにしたあのレイフォンが、んな馬鹿でかい剣を振り回して何を斬ろうってんだ?」
 どうやら彼は、僕の戯言に付き合ってくれる気分ではないらしい。一方的に言葉を押し被せてきた。
 僕はため息を吐いた。
 「聞いてどうするんです?」
 「どうでも良いだろう?・・・ああ、お前さんから何か頼みがあるなら、聞くぜ」
 エリプトン先輩は気障ったらしく笑いながら肩を竦めた。
 頼みごととは、大きく出たものだ。僕は苦笑してしまった。
 「僕がエリプトン先輩に頼みごとをする人間に見えますか?」
 「思わないから俺から聞いてやってるんじゃないか。なんでも独りで抱え込んで挙句に空回りのお子チャマカテナ君?」

 フン。
 鼻で笑って、冷たい笑顔を浮かべているんだなと、そうなった後に気付いた。
 まさか、朝食前から知り合いに喧嘩を売られる事になるとは思わなかった。
 「痴情の縺れで小隊クビになったようなヘタレな先輩に相談なんてとてもとても」
 大げさに身振り手振りを交えながら言ってやったら、随分かちんときたらしい。エリプトン先輩はあからさまに表情をゆがめた。
 「・・・言ってくれるじゃねぇか。未だに手を握る度胸も無い童貞ボウヤが」
 ああ、ヤバい。今すっごい頭に来てるね、僕。
 「何、ロンゲ。喧嘩売ってんの?」
 口調が随分荒っぽくなっていると自覚出来ない事も無い。日の届きにくい路地裏と言うのもマズいか。・・・どうにも、グレンダンの貧民街を思い出してしまう。
 そんな僕の心情を知ってか知らずか、エリプトン先輩は嫌らしい笑い方をしてくれやがった。
 「どうしたんでちゅかぁ?図星をつかれたくらいでおおわてでちゅねぇカテナちゃん?」
 「死ね」
 ヤバい、と思った時には遅かった。クイックドロウの要領で右腕に剄を込めて顎目掛けて撃ち放っていた。自分でも惚れ惚れするほどの速度である。直撃すれば少なくとも顎骨は粉砕されるだろう。
 
 だが、僕の拳を受け止めたのはエリプトン先輩のにやけ面では無く、重心部分が縦に幅広い、無骨な作り構えの黒鋼錬金鋼製の銃だった。
 僕が殴ったのは丸みを帯びた柄部分。握りには棘付きの鉄輪の防護がついており、幅広い銃身はそれ自体が刀剣であるかの如く尖っている。剄で強化していたとしても、素手で柄下意外を殴っていたら怪我をしていただろう。
 明らかに接近戦で用いる外装が施された銃。・・・何て言ったっけ。こういうのを使った戦闘法。
 「銃剣格闘術・・・じゃなくて、えっと」
 「銃衝術」
 それだ。したり顔で正解を口にするエリプトン先輩に、思わず納得の顔をしてしまった。
 拳を引き戻し、数度握り締めながら具合を確かめる。・・・うん、ヒビも入っていないらしい。
 エリプトン先輩を見ると、ゴツい銃を器用に手の中で回しながら勝ち誇った顔をしていた。
 その、悪戯を成功させたような子供の笑顔に完全に気勢をそがれて、僕は苦笑してしまった。
 「何時の間にそんな物使うようになったんですか、先輩」
 僕が尋ねると、エリプトン先輩は肩を竦めて笑っている。
 「お前が見てないだけで、周りの人間だって考えて進歩しているんだよ。・・・知ってるか?ニーナが倒れたの」
 「知ってますよ」
 
 僕が簡単に頷いてしまうと、エリプトン先輩は眉を顰めた。
 「・・・倒れた理由は?」
 「慢性的な剄脈疲労でしたっけ」
 余程無理をしていたんでしょうねと、肩を竦めるしかない。
 「どう、思った?」
 「特にどうも。・・・ああ、どうにかして欲しいなら聞きますけど」
 僕の気楽過ぎる答えに、エリプトン先輩は長い息を吐いた。銃を待機状態にして腰に戻し、頭をかいて壁に背を預けて天を仰ぐ。
 「お前は・・・いやお前らは、か。どうしてそう、自分だけで片付けようとするんだ?後ろで見ている人間達が如何思うかを、何で考えようとしないんだ?」
 僕は彼と向かいの壁に寄りかかって、足元を這う蟻の列を眺めながら呟いた。
 「ま、塵掃除なんて誰かがやるしかないことですから。こういうのは、得意なヤツが率先してやる物ですよ。・・・後はそうですね、誰かに任せるのが不安なだけかな」
 後に付け足した、その言葉がきっと僕の本音なのだろう。武芸者の思考の根本は力への信仰からなると言う生徒会長の言葉の通り、僕は結局、一番解りやすい自分の力意外を信用できていない。
 「苦手な人間は・・・いや、苦手なつもりなんて無い。なぁ、カテナ。力の足りない人間は戦っちゃいけないのか?」
 それは、振り絞るような声だった。下を向いていた僕はエリプトン先輩の顔を見ることは無かったが、ひょっとしたら泣いていたのかもしれない。そんな言葉に、心を揺り動かされることが出来たなら、きっと幸せな事だろうにと思いながら、僕は一層冷めた態度になっていった。
 「経験則ですけど。力の無い人間に傍にいられると、邪魔で仕方が無かったという記憶しか無いですね」
 空を切るような音が漏れた。エリプトン先輩が哂ったのだろうか。
 「そうかよ。・・・まぁ、お前はそう言うだろうな。だけど俺は、俺たちはきっと戦うぜ。何故だと思う?」
 僕は靴にまで這い上がってきた一匹の蟻を蹴り払いながら肩を竦めた。
 「趣味ですか?」
 「茶化すなよ」
 エリプトン先輩の鋭い声が飛んだ。別に、茶化してはいない。会話の内容に興味が無いだけだ。そんな僕の気持ちを知ってかどうか、エリプトン先輩の演説は続く。
 「仲間が何処かで必死に戦っているって解ったら、俺たちはきっと力不足でもそこへ向かおうとする。どんな状態であっても、きっと向かう」
 それは迷惑なと、僕は蟻の行列を妨害しながら思った。
 何も答えない僕に、エリプトン先輩は一人言葉を続ける。コレは会話なのか、独り言なのか。
 「そうなったら、お前はどうする?」

 見捨てる。
 切り捨てる。
 それとも、使い捨ての壁にでもするか。

 あっさりと、同時に幾つもの答えを導いてしまった自分の思考に、自嘲の笑みを浮かべてしまった。
 どうしようもないな僕は。最近少し、変われているんじゃないかと思っていたが、何一つグレンダンに居たころと変わっていない。
 どうしてこうなんだろう僕は。きっとずっと昔から、変わりたいと思っていた。屑のような自分から離れたいと思っていたのに、結局何も変わっては居ない。
 「如何すればいいんでしょうね、ホント」
 蟻を踏み潰して、身体を起した。
 薄日の空は、より一層雲の密度が増してきているように見えた。
 エリプトン先輩を見れば、・・・・・・何故だろうか。衒いの無い笑みを浮かべていた。
 僕に近づき、ぽんと肩を叩いた。
 「ようするに、それで良いのさ。・・・・・・んじゃ、もう一度会うまで死ぬんじゃないぞ」
 そんな一言を最後に、僕を残して路地裏から立ち去っていった。
 独り取り残された僕は、天を仰いでため息を吐くしかできなかった。

 行き場の無い心の膿を、本当に。如何すれば良いのか誰か教えてくれないだろうかと思いながら。


 


    ※ ターニングポイントにはシャーニッド先輩との会話。
      と、言う事で今回も韻を踏んでみました。次回からいよいよ荒野へ。
     
      後、ここ最近ばら撒いていた各種のネタを回収に入ります。
      感想見ると中りを引いている人、作者以上の超展開を想像してる人、何処かから拾ってきた答えらしき物を書き写してる人
     と様々って感じで楽しませてもらってます。
      割とシンプルなんですけどねー。さてさて。
      



[8118] 四十五話(原作二巻十話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/01 19:57
 ― サイレント・トーク:Interlude3 ―

 
 「日の出の頃まで此処で休んで、明日の昼過ぎには到着かな」
 「そう、ですね・・・・・・」

 奇妙な状況だなと、レイフォン=アルセイフは自身の現状を漠然と考えていた。
 何処とも知れぬ―――本当に、何処とも解らぬ荒れた大地の片隅。光の届かぬ、漆黒の夜闇の中。
 目指すべき敵の姿は、遥か彼方。だが、決して遠いとは言えない場所まで、辿りついている。
 岩屋根に囲まれた天然の切り通しとなっている場所でサイドカータイプの二輪車を止めて、汚染物質遮断繊維で作られた簡易テントを広げて仮宿とする事となった。
 サイドカーの座席部に押し込まれるサイズの小さなテントである。当然、人間が二人潜り込んでしまえば快適とは言い難い。
 そもそも汚染物質を遮断するといっても最低限の要素しか持っていないので、其処に入る前に衣服に付いていた汚染物質までは洗い落とせない。一応携帯型のエアクリーナーで払い落としたのだが、完全防備のヘルメットを脱げばフェイスマスク越しに饐えた匂いが漂ってきた。
 「飯食う時意外はマスクは脱がない方が良いぞ。・・・あと、寝る前に浄化剤飲んでおけよ」
 慣れた手つきでテントを設置し、そして此処が我が家とばかりに寛いだ姿勢で携帯食料を齧りながら、カテナ=ハルメルンはレイフォンに忠告してきた。
 「先輩、何か慣れてますね」
 レイフォンは投げ渡された携帯食の封を開けながら、呟いた。
 正直、布一枚隔てた向こうに荒れた大地が広がっていると思うと、今自分が座っているこの布の真下に乾いた荒野があるのだと思うと、レイフォンはどうしても落ち着けそうに無かった。自立移動都市の中に居るときと全く変わらずに泰然としているカテナの態度とは正反対である。
 「まぁ、都市外での長期間の監視・待ち伏せ任務とかも結構あったからな」
 「・・・罪人部隊、ですか」
 三角テントの低い頂上部で明かり代わりに発光している念威端子を眺めながら、カテナは其処とは違う何処かを見ているようだった。
 「戦いの前に肺をやられるヤツ。風の音に恐怖を覚えて発狂したヤツ。閉所恐怖症に懸かってヘルメットを被らずにテントの外に飛び出していったヤツ。・・・懐かしいといえば、懐かしいかな」
 露悪的な笑顔で、想像が付くか?とレイフォンに振ってくる。
 言われて、思い出す。レイフォン自身の戦場を。
 天剣授受者だった頃のレイフォンが挑んだ戦場は、常に死と隣り合わせだった。だが、其処には常に最強の武器と、最高の装備、そしてバックアップが共にあった。都市外で、こんなちっぽけなテント一つに放り込まれて長期間生存しなければならなかったことなど、一度としてない。
 過酷さという点では、随分と劣っているのではないだろうか。
 「ま、想像なんてする必要無いんだけどな」
 レイフォンがそんな風に考えて萎縮していると、カテナは肩を竦めた。え?とカテナを見るレイフォンに、苦笑してみせる。
 「元々死刑直行の重犯罪者を便利使いするための部隊なんだ。そんな部隊に飛ばされるヤツに問題があるのさ」
 「でも先輩、その部隊に居たんですよね。・・・・・・犯罪者でもないのに」
 レイフォンが恐る恐るたずねて見ても、カテナはさて、と首を捻るだけだった。
 念威端子の向こう側の少女と戯れているカテナを見て、レイフォンは大きく肩を落とした。
 肝心なところで、結局は何時もどおりはぐらかす。
 レイフォンにとってカテナ=ハルメルンという先輩は、つまりそういう人だった。
 
 学園都市ツェルニに流れ着いて数週間。一年前のグレンダンでの事件の後からひたすらに鬱屈としたままだったレイフォンの心は、此処に来て漸く変革の兆しを見せ始めていた。
 力の無い人々。戦いを知らない人々。戦い以外の何かが在る人々。
 そういった色々な、レイフォンが今まで見ようとしなかった人々との触れ合いによって、これまでただ愚直に一点のみを見つめていたレイフォンの視界は、広く解き放たれようとしていた。
 今まで考えようともしなった解決法を、徒に独りで立ち向かうべきではないと言う思考を、レイフォンは漸く身につけようとしていた。
 倒れ付したニーナ=アントークとの会話の中で、その階を見つける事が出来た。共に歩む事。問題を誰かと分かち合う事。
 誰に言われるでもなく、レイフォンは自分からそれを提示する事が出来るようになっていた。
 端から見れば、提示は出来ても実行は出来ていないと言われてしまうようなレベルであったが、それは彼にとって大きな進歩だろう。

 小隊。一つのチームであるから、協力して強くなる事が出来る。
 そして今、レイフォンの目の前にいる男とも女とも付かない容姿をした先輩も、彼の所属する小隊の一員のはずだった。
 共に、協力して、そういった関係に進むべきであるのだが、・・・・・・あるのだが。レイフォンは悩んでいた。
 彼にとってカテナ=ハルメルンという人物は、どうしようもなく理解しがたい人間だったから。
 常に常に、表面的には落ち着いて見える顔。失礼な話かもしれないが、能面のようにすら見えるときがある。
 誰に対しても人当たりがよく、誰に対しても、一定の距離を置いている。
 端から見ればカテナと、今現在彼に電撃を浴びせている念威端子を操っているフェリ=ロスは親しい間柄だと言われているらしいが、レイフォンにはそうは思えなかった。
 上級の武芸者が指導をするとき下級の武芸者の技術に合わせて相手をするという事があるが、それと同じような風に見える。
 つまり、カテナはフェリの会話に合わせているだけで、自分という部分をまるで見せていない。ただ彼女が望む会話のリズムに合わせているだけのように見えるのだ。
 一番カテナと親しいように見えるフェリに対してですらその態度なのだから、他の誰と付き合う時もそれ以上親しいという事は在りえないだろう。
 レイフォン自身に対してはどうか。
 初対面の時から、徹底的に邪険に扱われてきたようにも思える。だがそれも、レイフォンが思う疎まれるべき自分自身という姿に答えて貰っているだけなのではないかと思えるときがある。レイフォンがカテナに対して―――カテナの背後にあるものに対して思う忌諱の心、それ自体を鏡のように反射しているだけなのかもしれない。
 鏡に映るのは、詰まるところ向き合う自分自身。その背後にいるカテナの姿は、決して映らない。
 共に問題に立ち向かうべき小隊の仲間の一人であるはずのカテナは、しかしレイフォンにとってとても遠い人物だった。
 其処まで考えて、レイフォンの思考は一巡した。
 かつてこれまでのレイフォンであったなら、解らない物は解らない物として放置したまま、興味すら示さなかった。
 だが、ツェルニに来てからのレイフォンは、良くも悪くも変化を始めている。
 周りにあるいろいろな物に興味をかられて仕方が無い。周りの人間の反応が、気になって仕方が無い。
 目の前に解らない物がある。
 それならば、解るように努力すべきだろう。レイフォンは自然とそう考えられるようなっていた。

 「そういえば先輩、結局ニーナ先輩のお見舞いに来ませんでしたね」
 話しの取っ掛かりを掴むなら、共通の知人の話題が良い。それが時事の内容であれば尚理想的だろう。
 レイフォンは、過労の末に倒れたニーナの事について、カテナに聞いた。
 「ん?ああ。まぁ病人の神経をささくれ立たせるのもどうかと思うしね。・・・・・・大体、電報は送っておいたろ?」
 ゼリー状の携帯飲料を啜っていたカテナは、不義理をわびる事もせずにあっさりと言った。
 ゲルニさんに渡してくれるように頼んだはずだけどと続ける言葉に、レイフォンはその手紙に気付いた。
 「デンポウって・・・あの、よく解らない模様の書いてあった紙の事ですか?皆で不気味がってましたよ」
 ミィとかメイとかと眉を顰めながら言うレイフォンに、カテナの肩が一瞬下がったように見えた。またか、と口元が動いているようにも見えた。
 「模様じゃなくて文字だよアレは。無病息災・健康祈願って書いてあったんだ」
 空にその模様をなぞりながら言うカテナの言葉に、レイフォンは首を傾げる。
 彼の知る文字と言うのは、Aから始まりZで終わる、大小各二十四文字から構成される都市間公用語である。筆記体を初めとする書体自体は複数存在するが、文字数自体が変わる訳ではない。
 あの手紙に記されていたような複雑な点と線とはらいによって構成された記号のようなモノを文字というなどとは聞いた事はない。
 尤も、この歳までまともに勉学に励んだ事の無い自分の知識である。レイフォンの知らない文字というのがこの世に存在してもおかしくは無い。
 「えっと・・・、どこかの専門機関とかで使われたりするんですか?」
 「ハルメルンで祭事に関わる時に使われていた古い時代の言葉だって聞いたな。何でも、世界が"こうなる"前に何処かの国家で使われていたんだとか」
 古い世界では国家ごとに全く異なる言語が使用されていたらしいと続けているカテナだったのだが、そんな理解の及ばない世界の話ではなく、レイフォンには気になる事があった。
 「ハルメルンって・・・」
 『奏楽都市ハルメルン。貴方の本当の故郷の事ですか』
 レイフォンの疑問に答えたのは、天井で煌く念威端子から響いたフェリの声だった。
 「奏楽都市・・・ハルメルンって、あの。カテナ先輩?」
 横から割り込んできた声により尚更疑問が深まってしまったレイフォンに、カテナはさらりと肩を竦めて自身の身の上を話し始めた。
 その語られた内容は、天剣授受者だったレイフォンを以ってしても、いや、そうであったからこそ俄かには信じがたい事だった。


 ― Interlude out ―






    ※ 凄い俺設定の回。
      原作設定的にギリギリアウトっぽいよね。

      で、一話で纏める積もりだったんですけど長くなったので次回も続きます。



[8118] 四十六話(原作二巻十一話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/02 19:55
 ― サイレント・トーク:Interlude4 ―


 奏楽都市ハルメルン。

 音楽と芸術と文化の都市。縦横無尽に水路が奔り、独特の様式美を持って碁盤目状に配された都市景観は優美の一言であったと伝えられる。其処では、人々はあらゆる現象に美を追い求め、新たなる美を形作らんと探究の日々を送っていた。
 美の探究はすなわち過去への憧憬へと続き、自立移動都市成立以前の荒野に建造されていたと言われる都市廃墟にまで赴き過去の知識を発掘、復元まで果たす事となった。そしてカテナが手紙に記した文字を始めとする、古き時代の文明の遺産を保有するに到ったらしい。
 そんな都市が何時滅んだのかは、正確な日時は判然としない。元々都市間の交流など細々とした物だし、ある日突然何処かの都市が壊滅したとしても、別の都市に住んでいる人間に直ぐに伝わるわけではないのだ。
 だから、勇壮華美なるハルメルンは、多くの人々に気付かれること無く、いつの間にか滅んでいた。
 その原因は、都市に住んでいた愚か者の一人が、滅びにこそ美を見出したとしてエアフィルターの生成装置を破壊したからとも言われているが、噂話の域を出ない。
 
 『汚染獣や飛び散った人間の死骸が美しいなんて思えるのは、都市が絶対的に安全なものだと誤解してる馬鹿だけだろうな』
 自身の故郷を語る、カテナ=ハルメルンの言葉は何時にもまして辛らつであったように聞こえた。
 随分と珍しい事だなと、フェリ=ロスは薄暗いツェルニの下階層に位置するシェルター内の一室で無表情のまま驚いていた。
 そもそもカテナが感情を面に表した場面を、フェリはそれなりに長い付き合いの中で殆ど見たことが無い。
 カテナが彼女の前で浮かべる困ったような笑顔。それが、能面のように貼り付けられたものに過ぎないと気付いたのは何時だったろうか。それを壊せない物かと思うようになったのは何時頃だったろうか。そう思って、我ながら無様な仕草で踏み込んでいって、最近は漸く面に見せる表情に変化が現れてきた、そんな気がしていた。
 だがそれも錯覚だったのかもしれないと、事ある事にそう思う。カテナの反応は、常に大部分はフェリの望んでいた対応をそのままなぞったような物ばかりだった。まるで、目の前に置かれた鏡が自分の理想を映し出している、近づけば近づくほど、そんな感覚に囚われる。望めば答えてくれるけど、望まなければ、凪のまま。何も其処には存在しないのと同じ。
 彼の言ってくれた言葉が全て嘘だとは思いたくは無いが、その言葉の全てがフェリにとって余りにも都合の良いものばかりだったから、彼が何を考え、そして望んでいるのかを思えば不安になってしまう。
 だから、今こうして念威端子の向こう、遥か彼方の荒野で怒りを示している彼を見ると、不謹慎ながら安心してしまう。
 彼にはちゃんと、彼が望み、また望まないことがあるのだと、安心できるから。
 一人息を吐くフェリを他所に、端子の向こうでは彼が住民疎開用の放浪バスの中から、グレンダンの人間によって救助されたという顛末が語られていた。

 『・・・それで、先輩はグレンダンに?』
 レイフォン=アルセイフが朴訥な顔で呟く。
 『そ。サリンバンとか言う傭兵団が出がけに見つけて、下手すればそのままそこに引き取られることになったとか後で言われたなぁ』
 彼の傍には、今は自分ではなくレイフォンが居る。
 レイフォンはツェルニで唯一のカテナと共に強力な汚染獣と戦う資格の有る、優秀すぎる武芸者だった。 
 何処にでもいる、平凡な。そう言った慣用句が良く似合いそうなその少年が、カテナをあれほど慌てさせていた人間だと思うとフェリとしては妙な気分になる。カテナから接触を求められたことが余り無いせいかもしれないが、彼とレイフォンが二人きりで居るという状況は、どうにも得がたい不安を掻き立てる。
 偶然指が触れ合ったことが一度。・・・それから、あの晩に唐突に抱きしめられた事があっただけか。その後何かあったかと言えば、誓って何も無かった。何も無すぎるだろうそれはと思うくらい、何も無かった。いや、意図的にフェリが彼を避けていたと言うこともあったのだけど、一応何と言うか、あんな事があったのだから、その後にもう一つ何かあっても良かったのではないかと、そう思わないでもない。
 ・・・・・・女性に興味が無いのだろうかと、たまに真剣に考えてしまう。いや、フェリの容姿が単純に勝てなの好みではないと言うことか?少なくとも、一般的な美的感覚からしてそれほど劣った容姿をしているつもりは無いのだが。
 背の高い後輩や、スタイルのいい、彼の視線を追った先に居たのはこれもまた後輩か。年下好みなのだろうか。其処まで考えてフェリは気付いた。
 レイフォン=アルセイフも後輩だった。
 寒気がした。おのれレイフォン、今度あったら恥ずかしいあだ名で呼んでやる。

 フォンフォンなんてどうだろう?

 我ながらぴったりだな、とフェリが一人で悦に入っている間に、カテナ達の会話はいよいよ核心へと突入していた。
 
 『・・・あれ?先輩。ハルメルンって滅んだんですよね』
 『ああ。又聞きの話だけど、放浪バスの路線図からもロストしてるって事だからほぼ確実だぞ』
 念威端子の音声集約機能が、轟とテントの薄布を揺らす突風の音を伝える。
 『じゃあ、先輩は何処でハルメルンの言葉を覚えたんですか?』
 レイフォンがその言葉を放った瞬間、念威端子の視覚伝達機構がカテナの表情が変わるのを捉えた。
 それは、獲物を罠に嵌める事に成功させた猟師のような、酷薄な笑みをだった。ニヤリとした笑みが言葉を紡ぐ。
 『王宮』
 「は?」
 しかし、言葉は予想外に短い物だった。身を乗り出して聞き入っていたフェリも、思わず声を漏らしてしまう。
 レイフォンも同様の驚きだったらしい。理解が出来ぬと聞き返していた。
 『えっと・・・王宮って、何処の』
 『勿論、槍殻都市グレンダンのだ。中央政府を兼ねる王城内の、王家とそれに連なる限られた人間だけが入ることを許される内裏の更に奥。その中にある旧時代の事を記した書物・・・・・・まぁ、データだったけど。とにかくそういう物が存在する秘密書庫が存在するのさ。そこで覚えた・・・・・・いや、覚えさせられた、だな。実家の事くらい知っておけとか言われて、首根っこ捕まれてそこへ押し込まれたわ。その後からどうも調子が悪いなって思ったら、髄液漏れてたって話だぞ、あの怪力ババアめ』
 ああすっきりした。
 そう言わんばかりの顔を、カテナは浮かべていた。
 
 つまり、どう言う事だろうか。
 いや、カテナが話したとおりだろう。ようするに、グレンダンには古い時代の事を記した書物があって、カテナはそれを読んでその時代に使われていた言語を覚えたらしい。うん、生まれた時から知っていましたとか言う夢みたいな内容ではない、真っ当な事情である。・・・・・・真っ当か?
 『ちょ、ちょっと待ってください。何でカテナ先輩が内裏に入ることが出来るんですか!?あそこは天剣授受者を含めた限られた人間しか入れない筈でしょう!』
 レイフォンが慌てたように声を上げる。
 そう、そうだ。フェリにもおかしいと解った。カテナはこの都市社会の何処にでも存在する唯の孤児に違いなく、一国の王家の住まいに侵入できるような権威は有していないはずだ。
 『たまには頭を使って自分で考えてみろよ。答えを他人に求めてばっかりだと、また失敗するぞ?』
 カテナはそのレイフォンの驚きこそ我が本懐だとばかりに楽しそうに笑っている。
 レイフォンはカテナの言葉に苦い顔を浮かべて、そして彼に言われるがままに頭を抱えて考え出した。
 フェリも暗いシェルターの中で一人考える。今の話は、彼女も初耳だ。それをレイフォンとの会話で披露するのがまず納得いかないが、それでも彼の方から自分の事について話してくれるのは嬉しく思う。
 『―――えっと、王宮に踏み入るからには、相応の権利を有するか、もしくは内部の人間から招いてもらう必要がある・・・でしたよね?』
 『・・・その辺のルールって実際に王宮勤めだったお前の方が詳しいはずじゃないのか?』
 カテナの呆れ声を、レイフォンは苦笑いで回避していた。
 フェリはグレンダンの人間ではないので良く解らないのだが、レイフォンが就いていた天剣授受者という地位は、グレンダンにおいてはその統治者たる女王直属の武芸者であり、その位置に相応しい権威を有しているらしい。
 『それで確か・・・・・・そうだ、しかも内裏なんですよね、その書庫とか言うのは。内裏ってのはつまり、陛下の私的な住まいでもあるか・・・・・・らって、え?あれ?』
 内裏は、グレンダン王の私的な住まい。そこに招かれると言う事は。というより、そこへ人を招ける人物とは。
 レイフォンの顔が青ざめていた。
 『カテナ先輩、ひょっとして・・・・・・』

 貴方は、女王陛下とお知り合いなんですかと、レイフォンは聞いた。
 そしてカテナはその言葉に、あっさりと頷いた。更にレイフォンを驚愕させる言葉を持って。
 『エアリフォス卿が、女王アルシェイラ・アルモニスの影をやっていらっしゃる事を知っている程度には知り合いだ』
 『・・・・・・それこそ、最高機密の一つじゃないですか』
 殆ど、うめき声だった。グレンダンの人間だったレイフォンからすれば到底信じられない事実だった。その驚愕の度合いから、フェリにも事の重大さが伝わってきた。それと同時に、全く別の意味で焦燥感を覚えた。

 一年以上の付き合いなのに、知らない事ばかりだ。

 『本当に何者なんですか、カテナ先輩。罪人でもないのに罪人部隊に所属していると思えば、本物の女王陛下とも知り合いだと言う。でも孤児で、西区の貧民街で育ったって言ってましたよね。無茶苦茶ですよ』
 レイフォンの詰問にも、しかしカテナはさばさばとした物だった。
 『そうだねぇ。何処から話した物か。単純に言えば、僕がハルメルンの最後の生き残り・・・・・・どうやってそれを調べたのかは知らないけど、とにかくそういう事らしい。で、それがどうやら女王陛下にとっては重要な事実らしいんだよな。・・・・・後は知らない。つーか、あの化け物ババアの考えてる事なんて知りたくもない。天剣授受者だったお前にだって解らないだろ?"あの"女王陛下が考えていらっしゃる事なんて』
 カテナの言葉に、レイフォンが気まずそうな顔を浮かべて、確かに、と呟いた。どうやらグレンダンの女王とやらは、相当性格に難の有る人物らしい。

 しかし奇妙な話だなと、フェリは思った。
 滅びた都市の生き残りなど、探せば何処かからでも出てくるだろう。それほど、人類の生存圏と言うのは脆いものだから。その中の一人だからといって、一国の主が重要視するほどの何かが有るのだろうか。
 武芸の本場、槍殻都市グレンダン。その女王が興味を示すとなれば、・・・どうだろう。フェリがその立場であれば、やはり強力な武芸者であれば目にかけるかなと思う。
 そしてカテナは、優秀な武芸者だ。そう、彼は極めて優秀な武芸者なのだ。
 その力は、汚染獣の母体を姿を留めぬほどに磨り潰してしまえるほど。天剣授受者なる資格を有した事も有るレイフォンを以ってしても、異常だと言わしめるほどの、彼は優秀な武芸者なのだ。
 だがグレンダンに相応しい優秀な武芸者で有る彼のそこでの生活はどうだったろうと、聞いた事を思い返してみれば。
 強襲猟兵部隊。罪人を一つところに纏めた、なにやら生還率の低い危険な任務にばかり従事する部隊らしい。と、言うよりも死んで当たり前の任務にばかり飛ばされるらしい。
 そんなところに、折角目にかけた武芸者を配属させたりするだろうか?
 普通なら、しない。
 逆に言えば、普通でない何かが有れば、それは為される事なのだ。
 普通ではない、何か異常な力を有する武芸者。滅んだ都市。その"最後"の生き残り。
 
 『変な言い方をしますね。まるで、貴方の中に別の誰かが居るような』
 「例えば本当に居るとしたら、どうします?」

 そんな、何て事のないたとえ話のはずのそれが、フェリの脳裏に唐突に思い出された。
 「カー君は・・・カー君、ですよね」
 気付けば、そんな言葉が口をついていた。
 念威端子にまで届いたその言葉に、カテナは彼女の方に振り向いた。
 その顔は何時もの如く困ったような笑顔で、だからそれは、何も映していない能面のようだった。

 『実は違う。そう言ったら、信じますか?』

 違う?
 その言葉の意味をかみ締めて、フェリの背筋は凍えるような感覚を覚えた。
 「それは、どういう・・・」
 今までの彼との間にあった何もかもが崩れていくような、そんな感覚を必死で否定したくて、フェリは喘ぐ様に呟いた。
 だが、カテナの言葉はフェリの心情を知ってか知らずか、気楽そのものだった。
 『カテナ=ハルメルンって言う名前も、その女王様から賜った物なんですよ。まぁ、偉い人から貰っちゃった以上は名乗らない訳には行きませんから、公的にはカテナで有ってるんですけど。・・・元々は、違う名前なんですよね』
 有りそうな話ですねと言うレイフォンの苦笑混じりの言葉も、暗闇の中に一人居るフェリには届かなかった。

 ようやく解った。
 天啓の如く、フェリの脳裏に閃いた真実という名の空想。
 彼は、カテナ=ハルメルンではない。だからそう、近づこうと思っても、幾らも近づいた気がしないのだ。
 カテナという名はフェリを彼と隔てる扉の鎖。
 それを断ち切ろうと思うなら、彼女は知らなければならない。
 話の流れで言えば、全くおかしくは無い質問のはずだ。
 フェリは一つ息を吸い込んで、姿勢を正して、念威端子の向こうへと問いかけた。
 
 「それで、貴方の本当の名前は何と言うのですか?」

 カテナはその言葉に、一瞬目を瞬かせ、照れくさそうに笑った後に、答えた。

 轟と。

 その言葉をかき消すようにテントを揺らす暴風が鳴り響く。
 カテナと共にその場に居たレイフォンには、その声は届かなかった。
 
 その言葉を、彼の真実を正しく聞き留めたのは、意思を媒介とする念威端子の煌きだけだった。


 ― Interlude out ―


   ※ 気付くと一巻編より長くなってるんですよね。 短くなると思ってたんだけどなぁ。

     さて、そう言う訳で説明話はお終い。
     次回より、長い戦いが始まります。



[8118] 四十七話(原作二巻十二話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/03 19:37

 ― サイレント・トーク:Part8 ―


 僕は死んだ。

 いや、今のところは一応生きて居る。だが、遠からず死ぬだろう。この後に生き残る可能性がまったく見つからないのだから。

 轟。

 暴風と共に汚染獣の巨体が空を落ちる僕の体を地に叩き付けんとうねる。
 僕は必滅の一撃を鉄扇を振りぬく事により気流を制御し、瞬間的な揚力を得て空高く舞い上がる事によりかわす。
 しかし汚染獣は、空を舞うのは我一人で充分とばかりにその長い体の両側面に幾つも張り付いている突起口から、衝撃波を僕に浴びせかけてくる。
 如何にも牽制の一撃に過ぎないものだが、直撃を受ければ人間は即死だ。武芸者ならば衝剄を噴出して防ぎきる事は出来るだろうが、この都市外の汚染物質が蔓延する荒野において、遮断スーツが破けてしまえば意味が無い。僕は、空中で水平方向に跳ねる事によりそれをかわし切った。
 牽制には牽制だ。
 Uの字を書いて過ぎ去った頭部を僕の方向へ向ける汚染獣に対し、その鼻面目掛けて斬剄を打ち出すこと六度、七度。
 音速を超える速度で飛翔し、大型の汚染獣の皮膚を切り刻む筈のそれはしかし、この敵の外殻を貫くには威力が足りなかった。
 多少身体を燻らせる効果しか与えていない。舌打ちする気力もわかない。だが、身体だけは剄の反射によって次の回避動作に移っていた。
 再び汚染獣が鋭い牙を剥いて僕に迫るその最中、扇を振りぬき旋回飛行によってそれをかわした僕の視界の端に、崩れ落ちた岩壁が目に入った。
 それが、ただ一人の人間が叩きつけられた衝撃によって成立した光景だと思うと、寒気が走る。
 ともすれば次の瞬間には、自分もそうなっているかもしれないから。
 いや、かも知れないではない。確実に、そう遠くない時間の先に、僕はその光景と同様の目にあうのだ。
 なぜならば、あの岩山の中に居るのは、レイフォン=ヴォルフシュテイン=アルセイフ。
 僕よりも遥かに強い武芸者なのだから。彼よりも弱い僕が、彼をそんな目に合わせた敵に挑みかかったとして、彼よりましな結果を得られる確立はゼロに等しい。
 アルセイフは、あの中で生きているだろうか。生きていても、まともな状況では有るまい。
 だから、僕は死ぬだろう。
 遠からず、肉片も残さずに。
 まったく、何だってこんな目にと思う思考の淀みに関わらず、ただ身体だけは、剄が求める最良の結果を求めて動き続けている。
 勝利を求めて。
 曇天の荒野で一人、戦いを続けている。
 
 油断なんて無かった。
 日頃の相性の悪さも、いざ戦闘となれば最高の連携を成立させた。
 戦術に問題があったとも思えない。可能な限り、最善の方法で挑んでいったはずだ。
 敵が強大である事はたどり着く前から解っていたから、例え眼前に立ち塞がったのが老性体の二期目だったとしても、恐れを抱く事は無かった。否さか、心が恐れを覚えても、武芸者たる自身を動かすのはただ剄の導きのみ。
 事実、身体は万全の動作を示した。
 だから、何も問題なかったはずだ。
 少なくとも、戦闘開始から二十四時間目までは。

 僕が翔扇剄を使いながら老性体の眼前で牽制に専念し、アルセイフが隙を見て攻撃に専念する。
 最早爬虫類を通り越して、童話に登場するような竜の如き姿を持っていた老性体であろうとも、天剣授受者の渾身の一撃を食らえば、その金剛の様な皮膚すらも傷つかぬわけが無い。流石に周期を重ねているだけあって再生能力も半端無いものだったが、それでも与えているダメージの方が多かった。時を経れば経るほどに汚染獣の皮膚は斬痕塗れとなっていき、羽根を構成していた皮膜は引き裂かれ、サファイアの如き殺意のきらめきを放っていた瞳の片方は爛れて行く、まさに満身創痍と言うに相応しい姿を表現していった。
 戦闘はこちらの思い通りに進んでいる。
 アルセイフが何時の間にか、馬鹿でかい複合錬金鋼を振り回して翔扇剄の真似事まで始めたお陰で、状況は時を経るごとに有利な方向へ進んでいった。
 そう、全く以って有利というほか無い状況だったのだ。
 少なくとも、戦闘開始から二十四時間目までは。

 唯一不安があったとすれば、僕らが用いる道具の事だろう。
 勿論、戦闘開始と同時に塵屑と同義語となったランドローラー二台の事ではなく、自らの手の内に有る錬金鋼の事である。
 鍛え上げた武芸者である僕らが、飲まず食わずのまま一週間以上戦闘行動が可能だったとしても、言ってしまえばただの金属で有るに過ぎない錬金鋼が耐え切れない。
 事実、構造の脆さにおいては右に出るもの無しと製作者自らが太鼓判を押してくれた僕の七色水晶錬金鋼もどきの鉄扇は、早々に四本目に突入しており、剣帯に残っているのは後半分となっていた。
 アルセイフも同様に、得物を幾度も持ち替えていた。遂に完成したらしい複合錬金鋼の巨刀は、汚染獣の硬い皮膚を切り裂くたびに精製口から蒸気を噴出し、剣身を灼熱の赤に変えた。
 青鋼錬金鋼の剣と使い分けて何とか持たせているようだったが、それも何時まで続くか解らない。
 だが事前に、自走式のトレーラーで武装その他を自立移動都市から補給してもらう事は提案済みだったから、いざとなればそれに持ち変えれば良い。補給の到着まで持たせればそれで済む。
 僕らはそれが解っていたから、ただ最善の動きをとり続けていた。
 それこそ、このまま一週間だって同じ動作を取り続ける事は可能だったろう。勝てないまでも、負けはしない。
 その筈だったのだ。
 少なくとも、戦闘開始から二十四時間までは。
 

 何がどうなったのか。
 どうして、突然汚染獣の背後で錬金鋼を振り被っていた筈のアルセイフの姿が掻き消えたのか。
 次の瞬間僕の背後から砂煙が上がって、振り向いたらそこに在ったはずの岸壁が崩れ落ちていたのか。
 戦闘開始から三十五時間程度経過した今でも、未だに理解できない。
 とにかく、アルセイフがそこへ叩き込まれたらしい。汚染獣の一撃によって。
 その瞬間、否。その瞬間の少し前に、耳元を何か人の声のような物が掠めたような気がするが、それが原因なのかどうかは解らない。ただ、僕もアルセイフが吹っ飛ばされたと同時に気流操作に失敗して地面に落下しそうになった。
 しかしそのお陰で戦闘中に敵から視線をずらすという愚を犯したのに攻撃を回避する事が出来たのだから、世の中何が良い方向へ回るか解らない。
 だが、幸運も此処までだろう。
 僕の攻撃では老性体の皮膚を切り裂く事など出来ない。
 二十四時間かけてアルセイフが築き上げた汚染獣の傷は、その後の十一時間でもって殆ど修復されていた。
 時を経るごとに、汚染獣の動きは機敏に、活発になっていく。
 その牙が、蹄が、鋭い突起の生えた羽が、僕の体を千殺せんと襲い掛かる。より高速の物となって、降り掛かる。
 
 視界が狭まる、思考が歪む。
 絶死の感覚に、脊椎から凍りつく。
 最早自分の身体がまともに動いているのかどうかさえ定かではない。
 脳は当の昔に身体のコントロールを剄に投げ渡しており、その動きを理解すらしていない。
 超速で繰り広げられる巨獣と武芸者の戦闘は、ヒトの思考速度を以ってしては捉えきる事を叶わず、だから僕はこうして、人事のように自分の状態を確認したりしているのだ。
 しかし、この思考も何時まで続くか。
 気付けば次の瞬間、思考は閉じているかもしれない。否、首から下が跳ね飛ばされる様を僕のこの脳が認識する事になるかもしれない。
 ひょっとしたらこの思考すら、死ぬ寸前に引き伸ばされた精神が作り出した妄想かもしれない。
 もしそうで有るならば、こんな死ぬしかない戦闘の回想なんかではなく、もっともっと、楽しい光景を見せて欲しい。

 楽しい光景。それはどんな物だろうか。

 例えばそれは、碌でもない大人たちと肩を並べて挑んだ、絶対に敵わない暴力からの逃避行。
 
 否。それは今と何も変わらない。

 例えばそれは、数多とも知れぬ兄弟達との出会いと別れ。

 否。顔も名前も、話した会話すら、記憶の端にも残っていない。

 例えばそれは、屑みたいな親と、文字通り化け物そのものに振り回されていたかつての生活。
 
 否。僕はそれが嫌だから、そこから遠くへ行こうとしたんじゃないのか。

 だから僕が望むのは、何の変哲も無い日常。ただただ、幸せだとしか思えなかった一年間。
 その姿。その声を。
 僕は必死で懇願する。
 ただ声を聞かせてくれれば、ただそこへ辿り付けるのなら、きっと僕は、この避けられぬ死の気配すら断ち切って見せるのに。

 だから、声を聞かせて欲しい。
 貴女の声を。貴女の言葉で。
 貴女に出会えたから僕は、生と言うものが楽しい物だと初めて気付けたから。
 それはあの時の、貴女との出会い。
 広い講堂に整然と並ぶ、明日しか知らぬ子供達。それを冷めた目で見つめていた、隣の貴女が。
 その声で、その唇で、僕の事を呼んでくれた。
 僕の名前を呼んでくれた。
 だからもう一度。
 その声で、

 『カナデ君っ!!』

 ―――、届いた。

 その瞬間に、曇った思考と視界は澄み渡り、僕は眼前の何もかもを認識した。
 今や死そのものを体現する、老性体の凶悪な顎が、僕の矮躯を喰らい尽くさんと迫る。
 回避はもう、間に合わない。

 だから、僕は死んだ。
 何よりもまず、身体を動かしていた剄がそれを認識した。
 次いで身体も、死を受け入れて動く事を止めた。

 だが脳は、思考は、精神は。
 決して死ぬ訳にはいかないのだと、渾身の意思でそう決意した。

 だから。 






   ※ 死ぬ。マジ死ぬ。誰か助けれ。(今回のあらすじ)
   
     もう出てくるって皆解ってるだろうから、「うわー老性体だー逃げろー(棒)」と言う段取り芝居は止めにしておきました。
     この辺、二次創作でバランスが求められますよね。

     そして、二人プレイだとボスが強くなる恐怖のシステム。



[8118] 四十八話(原作二巻十三話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/04 19:59
 ― サイレント・トーク:Part9 ―


 『愚かな事だ愛し子よ。一人でならば、何処へでも逃げられるというのに』

 白光が身体からあふれ出す。尋常ではない剄の放出をそのまま推力へと変換し、後方へ一気に飛びずさる。
 視界を覆いつくす汚染獣の顎の前に遂に鬼札を切った己を、鬼札そのものである蛇が嘲る。
 それを黙れと思考の端に押し流し、絶殺の一撃を間一髪で回避する。だが牙をかわしたとしても、老性体の巨体そのものが最早凶器だ。それをかわすために、手にした鉄扇すら使わずに、旋剄の要領で足に剄を込めて"空"を蹴り跳躍する。
 突っ込んできた汚染獣の顔面を飛び越え細長い胴体へ着地。
 足場となった硬い鱗の何処にも、アルセイフが二十四時間もの時間をかけてつけた筈の傷が無いことに気付き舌打ちする。
 だが、千載一遇のチャンスを逃す気は無い。剄路を満たして余りある白蛇の剄をありったけ鉄扇へと押し流し、天へ掲げた両の手を、一気に足元に叩きつける。
 外力系衝剄化錬 弧月・二重影
 扇状に展開された巨大な剄の刃が、老性体の外殻を打ち付ける。
 今まで己の攻撃を歯牙にもかけなかった老性体が、苦悶の咆哮を上げる。
 一人で戦い続けて十時間以上、遂に攻撃が効いた。
 だがそれも、硬い鱗にヒビを入れただけ。ダメージは内側には届いていない。
 ならばもう一撃、化錬を保ち刃を形成したままの扇を再び振り上げたところで、老性体が自らの身体を大きく捻った。
 背に乗った己を地に叩き伏せんと言うのだろう。のたうつ足場に姿勢を振り乱された己は、老性体の思惑通りに宙に投げ出された。
 化錬を解いて扇を仰ぎ、天へと逃げる。
 空中で一回転して姿勢を制御。眼下に居る老性体と向かい合う。
 汚染獣は今や殺意そのものとなって己に突撃を仕掛けてきた。突起口からは瀑布の如く衝撃波が放たれてくる。咆哮は振動波となって己を磨り潰さんとする。まさしく一撃必死。それを、膨大な剄による力技で天を強引に駆け巡りながらかわしてかわしてかわしてかわす。
 目障りな羽虫ではなく、戦うべき敵であると、どうやら漸く認識されたらしい。
 
 『愛し子よ。逃げるならば今をおいて他に無い。縁を用いれば何処へなりと行ける』

 今や全身を満たす蛇が、己にそう呼びかける。
 逃げろと。
 今すぐ自らをオーロラ粒子に変換し、縁のネットワークに乗れと。
 「お断りだ」
 それを、否定する。
 自らに等しいはずのハルメルンの言葉を、自らの意思で否定する。
 
 『愛し子よ。退け』

 再度、己に逃亡を促す。
 溢れ出す剄は敵を撃つ為のものではない。ハルメルンたる己自身を守るために有るのだと、轟然と言い募る。
 今までと同じように、逃げろと。グレンダンに居た頃と同じように、最悪のこの状況から逃げ延びろと。
 「そんな格好悪い事、出来るかよ・・・っ!」
 汚染獣の大鎌のような脚の鉤爪を回避しながら、叫ぶ。
 爪の一撃を交わせば先端に分銅のような大質量が付いた尾がしなって唸る。
 避け切れない。
 剄は今にも身体を粒子そのものに変換しようとしていたが、意思で以ってそれを押し留め、己は鉄扇にありったけの剄を押し込んで鞭のような汚染獣の尾と鍔競合う。
 化錬による極太の刃と硬い鱗に覆われた尾が音速を超える速度で打ち合わされ、荒野に凄まじい衝撃波を撒き散らす。
 
 『愚かな』

 しまった。
 そう考えた時には遅かった。
 膨大なエネルギーが集約する空間の中心にあった、製作者曰く硝子よりも脆い錬金鋼は、その曰くに相応しい最後を迎えた。
 内と外、その威力に耐え切れず、両手の鉄扇が木端微塵に掻き消える。
 化錬による刃のみが残っているとは言え、基点となるべき錬金鋼が無くなってしまえばその形も維持しにくい。
 元より翔扇剄は空の一点に押し留まれるような技ではない。拮抗の途絶えた力は、己を凄まじい速度で岸壁に叩きつけんとする。
 身体が壁に接触する瞬間、僕は渾身の剄を脚に込めて、岩壁に押し留まり両の手で己を押し潰さんとしている汚染獣の尾を受け止める。
 剄脈を燃やし尽くさん速度で脈動させ、滝の如く白光の剄を生み出すが、それでも己の身体はじりじりと岸壁に押し込まれていく。

 力が足りない。
 制御しきれない剄が全身から衝剄となって溢れ出しているが、それでは意味が無い。
 必要なのは方向性だ。
 目的のために一点に集約させた力こそが必要なのだ。
 何故、制御しきれない。これほどに無駄が出る。
 ハルメルンは自らで、自らはハルメルンに等しい。
 ならば、これは己の力のはずだ。制御しきれないはずが無い。
 
 『もう良かろう愛し子よ。速やかに引くが良い』

 だがハルメルンは、己に逃げろと促す。
 僕は戦うと意思を決めているのに、僕であるはずのハルメルンは、全く逆の事を言う。
 一つの身体に二つの剄。二つの思考。
 それは、僕とハルメルンを決定的に別つ壁となって存在していた。
 「そう・・・っだ!」
 歯を食いしばる。
 溢れ出る膨大な剄を、意志力で以って統制せんと、心を研ぎ澄ます。
 僕はもう、ハルメルンではない。
 あの人が呼んでくれたじゃないか。ハルメルンではない、本当の僕。
 あの人が呼んでくれたのなら、それが僕にとっての真実だ。それを、真実にするのだ。
 だから向き合う。
 僕は僕として、生まれて初めて、生まれた時から共に有った存在と向き合う。
 なんとは為しの馴れ合いではなく、個と個を正面からぶつけ合う。それを理解し、己が力にするために。

 それは羽の生えた白い蛇。自らたる都市を亡くした者。
 背に負う物は、数多の命の嘆きと傷み。
 奏楽都市ハルメルン。その中枢たる、電子精霊。いや、最早それは亡霊と言うが正しい。
 失われし己自身の代替として、此処に残された最後の一人を守りきらんがために、我が命、我が力。
 憎悪の念すら超越し、其れのみに振るわんと―――。

 そうして、僕は今こそ認識した。
 僕に何を以ってしても生きる事を優先する事を強制していた、その意思を。
 蛇はそんな僕を見て、何処か疲れた顔をしているように見えた。

 『愚かな事だ愛し子よ。向き合わなければ、知らずに居れば、巻き込まれずに済んだ物を』

 「五月蝿い、黙れ。誰もお前に守ってもらいたいなんて言った覚えは無い。僕がお前の言う事を聞いてやる理由も無い。だけどお前は、今まで勝手に僕の腹の中に勝手に居座ってきたんだ。これからも此処に居たいなら、これからは全部、僕に従ってもらうぞ!」
 諭すような声を遮り、喚き散らした子供のような僕の声に、ハルメルンは発光する身体を数度瞬かせた後、ゆっくりと一つ、頷いた。
 
 『愚かな子だ。・・・・・・だが、よい。いずれ訪れる旅立ちだった。ただそれが、今日であっただけの事』

 その瞬間を、なんと表現すれば良いだろうか。
 ただ全身を焼き尽くすだけだった剄が、確かな意味を持って一点に集約されていった。剄路を焼き尽くすだけだった剄は、今や清流の如く涼やかな流れを示す。
 壊れた間欠泉の如く溢れていった剄が、僕の鼓動に合わせて収斂されていく。
 制御が、出来る。
 そう、向き合うからこそ理解できる。
 例え同じ位置から同じ場所を見つめていても、見ている者たちが違う考えを持っていれば、いずれズレが生じてくる。
 それがこれまでの僕とハルメルンのあり方で、だがこれからは違う。
 僕の意思で、ハルメルンを制御する。

 集約。有り余る剄を全身ではなく一点に集約。
 今まさに僕を押し潰さんとしている汚染獣の尾を押さえる、両の手のひらに集約。
 力は、抑えるために用いるのではない。それを打倒する為に振るうのだ。
 ならば、それに相応しき形を。

 意志力で以って、オーロラ粒子を物質に変換する。
 それは原初たる存在より受け継いだ、電子精霊全てが持つ能力だった。

 僕が振るうべきそれは、敵を討ち果たすためのそれは、果たしてその用途に似つかわしくない瀟洒な双振り。
 突き抜けるような感覚が剄脈から剄路を伝い手のひらに満ち溢れ扇状に広がって行き、そこに白蛇の刻印が施された、白金色のきらめきを放つ扇を構成させた。要より靡く銀糸の刺繍が施された飾り帯が、清廉さの中にの優雅の華を添えている。
 優美にして華麗ながら、しかし絶対たる凶器として君臨した其れは、僕の手に元からあったかのように、よく馴染む。
 握り締め、これまで以上の剄を込めて振りぬく。
 之まで切れぬ筈だった老性体の鉄鞭のような尾を、深々と抉った。激痛に呻くように汚染獣が蠢き、僕を岸壁に押し込もうとしていた圧力が緩む。
 振りぬいた勢いのままに翔扇剄を発して、飛翔。岸壁と老性体の間より脱出する。

 今やそうで有るのが当然のように空中に静止しながら、僕は汚染獣に向けて斬剄を連射する。
 回避不能、身動きが取れぬほどの斬剄の雨。
 それらは不細工な振り子鎌ではなく、まさしく匠の業でもって鍛え上げられた刀の如き洗練された斬撃だった。

 「・・・・・・駄目なのか?」
 『うむ。足止めにしかならぬ』

 傷は付いている。眼下の汚染獣は、僕の攻撃で確かに傷ついている。僕の意思で制御された攻撃は、之までの比ではなく凄まじい威力を発揮している。
 だが弱い。これでは直ぐに再生してしまう。
 
 「もっと力を出せないのか」
 『・・・・・・愚かな子よ。己は既に全てを汝に与えている。御しきれぬとあらば、汝の未熟よ』

 ハルメルンは僕の言葉に叱責じみた事を返してくる。
 黙れ蛇。皮を剥いで財布にでもしてやろうかと罵りたくなった。
 冗談はともかくとして、まずい状況だ。最初の一撃のように渾身の力を込めれば、あの硬い皮膚も打ち破れる。
 だが肉と骨を抉るための第二撃を打ち込む隙を、老性体は与えてくれないだろう。次の一撃を打ち込もうとする頃には初撃の傷は修復されてしまう。それでは意味が無い。
 それに、今のこの状態を何時まで維持できるのかという不安が有る。
 これまでハルメルンの力を用いてきた時は、殆ど短時間で済ませてきた。それだけでも、使用後に身体に大きな負担が掛かっている事は理解できた。
 今は、制御しているからこれまで以上の時間は力を振るい続けられるだろう。だがこれは所詮、僕以外のものから分け与えられた力だ。僕自身のものではない。本来であれば、僕の身に余るはずの力だ。
 長時間の戦闘を持ち堪えられるかどうか、判断が付かない。
 「・・・早めに決着を付けたい、処だけど」

 『その事ですが、提案が有るそうですよ』
 身体は斬剄を放つ動作のまま、首だけで辺りを見回してしまった。
 突然声が、僕とハルメルン以外の声が響いたのだ。
 『先ほどまでほんの十二時間ほど忙しそうで声が掛けられなかったのですが。今なら平気と思ったんですが、違いましたか?』
 鈴が鳴るようなその声の持ち主を、僕は一人しか知らない。
 「・・・フェリさん」
 『ええ、フェリ=ロスです。さっきからブツブツ独り言を言っていましたが、平気ですよねカー君』
 声には、明確な安堵の響きが伴っている。気のせいか、何時もより少し掠れた様な感じもした。
 ああ、そうか。自己の内面でハルメルンと対話していたせいで気付かなかったけど、ひょっとして、ずっと呼びかけていてくれたのだろうか。
 きっとそうだろう。
 でなければ僕は、当の昔に死んでいたのだから。
 こちらが如何返した物か困っていると、フェリさんは淡々と自分の提案を進めていった。
 『回線を同期します』
 その言葉と共に、フルフェイスのヘルメットのバイザーの片隅に、音声通信の連結サインが浮かぶ。

 『アー、アー、こちら狙撃手。やる気無し小隊小隊長殿、応答どうぞー』
 『まて、何だその隊名は。それに小隊長は私だぞ!』
 『あの、隊長。そんな事言ってる場合じゃないんですが・・・』

 果たしてそれは、勝利の女神か、ただの道化か。
 僕には今ひとつ、判断付きかねていた。










   ※ 最新刊の描写を見る限り、『天剣』ってようするにこういう事ですよね。
     疑問としては、滅んだ都市が12個しか見つかってないから12本しかないのか、それとも
    眠り姫が12個しか作ってくれなかったから多少質が劣っても似たような物を探そうとしているのか。
     二つ名が滅んだ都市の名前って想像は流石に穿ちすぎか。

     ・・・・・・その辺実際、どうなんでしょうね。



[8118] 四十九話(原作二巻最終話)
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/05 18:57

 ― サイレント・トーク:Part10 ―


 「アルセイフ、状況は」

 ヘルメット内部のヘッドフォンを通して聞こえた声の一つに対して、簡潔な説明を求める。
 勿論、汚染獣を束縛する攻撃の手を緩めるような愚は犯さない。
 『左腕がやられました。あと、右足の爪先が完全に粉砕されています。剄は練れます、錬金鋼も無事ですが、まともに動けません』
 アルセイフは流石に天剣授受者らしく、こちらの状況に対して必要な情報を正確に伝えてくれた。
 舌打ちをするほどの最悪さではなかった。剄が練れるなら問題は無い。
 「なら、固定砲台替わりにはなるな」
 『それぐらいは出来ますけど、カテナ先輩こそ平気なんですか。・・・その、前の時より凄い事になってますよね』
 アルセイフは躊躇いがちにそう言ってきた。
 そう言いたくもなるだろう。当たり前のように空中に静止しながら普通の雄性体なら千殺して余り有るほどの攻撃を連発し続けているのだから。あんまり考えたくない話だが、"今の"アルセイフよりも剄が練れているんじゃないだろうか。
 「・・・・・・色々裏技を使ってるんだよ。だから、正直早めにケリを付けたい」
 尽きる事などありえないと思えるほどに、剄脈からは剄が溢れ出してくるが、だからこそ不安がよぎる。明らかに限界以上の剄の行使、そのリバウンドがどのような物かなど、想像したくも無い。
 こちらの不安を知ってか知らずか、アルセイフの声は冷徹そのものだ。戦いに勝利するためだけに思考が収斂されている。
 『今の先輩の全力なら、老性体の殻も破れますよね』
 「殻を破るだけなら、な。だけど内側に攻撃が通らないから意味が無い。僕はお前と違って通し剄も使えないぞ」
 アルトゥーリア流戦舞は一対多数の戦闘方法に特化している。高高度からの雨霰の如き爆撃こそがその真価だ。その分、強大な一つに対しての攻撃に関しては後れを取る。ひたすら硬い外殻を有する今回の敵は、相性が最悪だと言わざるを得ない。
 だから、この状況を突破するための方法は一つしかない。
 『・・・僕と先輩の、一点集中攻撃。初撃で殻を破って二撃目で内側を完全に破壊する』
 「それしかない。無いけど、お前が身動き取れないんじゃそんな器用なことは出来ないだろう」
 この老性体、今は強引に身動きを取れなくしているが、その気になれば巨体にあるまじき超高速で飛翔できる。
 アルセイフがまともに動けない以上、僕が彼の傍までコイツを誘導するしかない。
 しかし僕が誘導役に専念してしまえば、攻撃手が一人になってしまう。外殻を破るだけではこの老性体の動きを妨げる事は無いと先ほどから散々理解させられているから、二撃目を放つ隙を与えてくれる可能性は限りなく低い。
 そして、二撃目を狙おうとしている間に、身動きの取れないアルセイフがやられるだろう。そこで全てのチャンスが途切れる。
 「・・・・・・賭けるしか、無いか?」
 可能性は限りなく低いが、やるしか無いだろう。
 戦える人間は二人しか居ない。これ以上時間を稼いだところで状況は何も進展しない。
 ならば、戦える力の有る、今のうちに―――

 『それならば方法は有る、カテナ、聞け』
 
 必死の決意を固めた僕の思考の片隅で、そんな声が聞こえた気がした。
 戦場にあってはならない声だ。
 「黙ってろ学生」
 集中力を妨げるそれを、切り捨てるように叱責する。何だってこの人の声が聞こえるんだ。
 『まあ、待てよ。話を聞けって、隊長のありがたいお言葉だぜ?』
 再び耳元から、今度は別の声が聞こえた。やはりそれは戦場に相応しいとは思えなかったから、無視してしまおうと思った。
 今考える必要の無い戦線の経過が次々と頭に浮かんできた。
 そうか、だからアルセイフは吹っ飛んだのか。
 「これ以上邪魔になりたく無いならさっさと帰ってくれ」
 『口調が酷いことになってるぞ、カナちゃん。こっちもそれなりに覚悟を決めてきてるんだ、いいから一回深呼吸した後ニーナの話を聞いてやってくれ』
 そのグラム幾らで売っているような易い覚悟のせいでこんな状況になっているって、解っているのかコイツ等は。
 場所も状況も弁えず、思い切り怒鳴りつけてやりたくなった。
 『カテナ先輩、僕からも頼みます。・・・上手くは言えないんですけど、僕らはそうするべきなんです』
 「アルセイフ、お前まで何言ってるんだ?」
 対汚染獣戦闘に於いては僕より余程冷徹で以って挑むであろう天剣授受者のものとは思えぬ言い様に、気がぬけそうになってしまった。
 『ここはもうグレンダンじゃなくて、僕ももう、天剣授受者じゃない。僕も先輩も、もうただのツェルニの学生なんです。だから、グレンダンのやり方でそのまま挑んではいけないんです。例えそれが危険だろうと、同じ学生なんですから、危機は等しく背負うのが当たり前なんです。ですから・・・』
 アルセイフの言葉は、やはり天剣授受者のものとは思えない。だからそう、彼はもう天剣授受者ではないのだとまざまざと思い知らされた。

 それならば、僕はどうなんだ。グレンダンを離れて、ツェルニにたどり着いた。
 そこで起こるあらゆる出来事を、柳よ風よと受け流しながら此処まできた。何時ものように。
 その生き方は、グレンダンでの僕の行き方そのままだったのではないか。
 カテナ=ハルメルンであればそれは正しいだろう。全く、執着すべき物は自分の命だけで皆で勝ち取る結果なんて物には微塵も興味が沸かない。
 今は、どうだろう。
 天剣授受者ですら、場所を移せば変わっていく。
 僕は、僕も変わるべきなのか。迷っているという事は、もう変わってしまったという事なのだろうか。
 『あの人たちが、信用できませんか?』
 悩んだままの僕の思考を代弁するかのように、僕らの会話をじっと聞いているだけだったフェリさんが口を開いた。
 視界の端に映るインジゲーターには個人通話と表示されている。
 『あの人たちは・・・ええ、貴方の考えている通り。あの人たちがこの危機を作り出した。でも考えてみれば、あの人たちがこういう行動に出る事は、きっと私達は解っていたんです。あの人たちは、自分が仲間だと決めた人間だけに苦労を押し付ける事を由としない人たちだから』
 そうかもしれない。
 だけどそれは現実の答えとは相容れないから、あえて考えないようにしていた事だ。
 でなければ、怖くて戦場に踏み出せなくなりそうだから。
 だから、その恐れこそが。
 『その恐れこそが、答えです。貴方があの人たちが傷つく姿を見たくないのと同じように、彼らも貴方が傷つくのをよく思わない。・・・だから結局、この結果は必然なんです。必然としての、失敗なんです』
 失敗、か。
 そうだな。絶対に勝てると思って挑んだ筈だったのに、気付けばこの様だ。
 それはきっと、最初の一歩から間違っていたから。
 『この失敗は取り返せます。彼らは居る。貴方も居る。それから、私も』
 一人では覆い返せない結末でも、力を、併せれば。
 そんな夢みたいな理想論。とてもじゃないけど、僕は。
 「・・・それでも、僕は怖いよ」
 剄の導きにしたがって攻撃を繰り広げる体とは裏腹に、心は、恐怖に侵食される。
 独りならばきっと、どんな結末も受け止められる。アルセイフとなら共に戦えたのは、きっと彼も同じように考えていると思っていたからだろう。
 『なら、私を信じてください。私はもう、あの人たちを信じてみる事にしました。ええ、元々貴方達だけで決着をつけなければいけない問題じゃあ無かったんですから。ですから、貴方があの人たちを信じるのが怖いというのなら、』

 あの人たちを信じている、私の事を少しだけ信じてください。

 この子の言葉は、何時だって僕の心に響く。
 だから、その言葉だけで、僕はもう変わってしまった。
 「・・・ニーナ隊長、作戦。手短に頼みます。後、シャーニッド先輩は人をちゃん付けで呼ばないように」
 『先輩・・・っ』
 レイフォンの感激したような声がむず痒かった。
 不安と期待と焦りと安心が混交したような、そんな感覚を覚えた。
 勝てる。何故だか解らない理論で、僕はそう理解していた。

 『聞け、カテナ。やる事自体は何も難しくは無い。相手の行動を制御し、有利な状況に持っていく。基本だ。まず・・・』

 高速で飛翔しながら、時折背後に対して斬剄を打ち込む。
 追っ手の反撃を旋回飛行でかわしながら、僕はメットのバイザーに映された簡易地形図の誘導光に従って天然の崖を飛ぶ。
 『距離・8時の咆哮3754メイル、高度10~17で安定。・・・問題なく誘導できています』
 『おっしゃ、そろそろだな。・・・ウデがなるぜ』
 フェリさんの精密な誘導指示を受けて、シャーニッド先輩が気勢を上げる。
 それが虚勢だったとしてもたいしたものだなと僕は思いながら、扇に込める剄を強めて更に加速する。
 『有効視界内、入ります。カウント開始。15、14、13、12……』
 『…行くぞ』
 崖の間を飛ぶ僕の耳に、シャーニッド先輩の鋭く尖ったような声が響いた。
 『・・・3、2、1』
 零。
 フェリさんのカウントが途切れるのに従い、僕は直角に急上昇する。最大速度で、光点を目指すが如く。
 汚染獣は突然眼前から目標が消えた事に狼狽し、ついで上昇していた僕を見定めて攻撃をしようとした刹那、小さな小さな銃声と、瞳をえぐる剄弾に気を逸らされた。
 動きが、止まる。
 その瞬間、爆音と共に崖の片面が崩れ落ちる。荒波のような落下岩に塗れて、汚染獣が地に打ち付けられる。
 撃ったのはシャーニッド先輩。崖を崩したのは、フェリさんの念威爆雷だ。
 僕はその結果を確認する事もせず、唯ひたすらに天を目指して上昇する。雲すらつきぬけ、高く高く。
 そして其処にたどり着く。
 曇天を抜けた先。太陽と空の青しか存在せぬ空間。真白い月が、光天の中、薄く浮かび上がっている。
 そこで、加速を止める。
 バイザーの端に小型の映像モニターが表示され、岩石の山の中から這い出した汚染獣の姿を映し出した。
 それはゆっくりと首をめぐらせ、得物の姿を探していた。
 そして、見つけた。
 崖の上、二厘のランドローラーに饐え付けられたサイドカーに座ったままの、矮小な少女の姿。
 だが不屈を訴えるその目だけが、彼女を武芸者たらしめていた。
 僕は、自由落下に任せていた身体を、反転させ、頭を地表にに向け、扇を振りぬき加速。更に加速。フルフェイスのメット越しにすら唸る風が轟音を響かせるほどに、地表へ向けて加速する。
 モニターの中の汚染獣は、囮となったニーナ先輩を食い散らかさんとゆっくりと崖から浮かび上がった。
 
 『―――今ですっ!』

 そして、フェリさんの緊張に満ちた声と共に、黄金に輝く剄の刃が老性体を襲う。
 殺剄を使って存在を隠していたレイフォンの、渾身の一撃が、汚染獣の外殻を打ち据える。
 振り下ろされた衝撃は内部に貫通して外と内より衝剄の波を発生させ、ついに老性体の外殻に致命的な亀裂が走り、おぞましい色をした体液を噴出させた。
 黄金の剣により再び崖に突き落とされる汚染獣。苦悶の咆哮は最早この大地すら呪い尽しそうなほど凄まじい物であった。
 だが、それだけで終わらすつもりはない。
 加速に、加速を重ね、沸きあがる衝剄の尾を伴って最早一個の雷尖とかした僕は、右の扇を閉じて眼前に突き出す。
 打ち抜く場所は、遥か眼下、最早数瞬の間もなく到達する、老性体の斬撃痕。
 加速。最大の加速。その一瞬のために、閉じた扇を鏃に見立て、最大の剄を送り込む。
 先端に捻り込む様に形成された化錬剄。空気を切り裂き、金切り声を響かせる。宛らそれは、雷鳴の如し勢いで、空を裂いた。
 この歌こそが終末だ。
 
 アルトゥーリア流戦舞・秘奥之壱 雅楽奏葬

 遥か天上よりの、雷鳴を響かせての一撃。
 対多数を基調としたアルトゥーリアの戦舞に於いて、唯一の対個体に特化した奥義である。
 ハルメルンにより顕現した膨大な剄を伴ったそれは、破壊された外殻、剥きだしとなった骨肉を深々と抉って、絶望的なまでの破壊を引き起こす。遂に大地に縫い付けられた老性体の悲鳴は、最早可聴域すら超えた。
 だがまだ、終わりではない。身体を捻り、突き刺した腕を捻り、扇を握る手首を返す。閉じた扇を、閃開する。
 際限なく押し込まれた剄が開く扇の流れに乗って、白く輝く衝剄の刃となって老性体の体内を切り刻む。

 アルトゥーリア流戦舞・秘奥之壱之変化 雅楽奏葬・閃華

 その名の如き、光の華を描き出す。
 老性体の体内に満ちた光は、やがて外殻を内側から照らし出し、硬い鱗の端々から、光の線を針の如く立ち上らせる。
 やがてそれは膨大な白光の柱となって汚染獣の長く太い体全てから噴出していった。

 それは谷底を照らしつくして白に染め上げ、そして―――

 「ああ・・・・・・まったくしまんねぇ」
 シャーニッド先輩が、愚痴を零しながらランドローラーの傍に仮設テントを組み立ててゆく。
 「愚痴るな。全員無事だった事を素直に喜ぶべきだろう」
 「そう、ですね・・・上手く行って、良かったですよ本当に」
 本来病床に伏せていなければならなかったニーナ隊長がそれを嗜め、今やまさしく病人そのままのレイフォンが、サイドカーのシートの上から追従する。
 僕はそれを、少し離れた岩山に寄りかかりながら眺めていた。
 全て無事、万事解決・・・と思ったら。
 一難去ってまた一難と言うべきか。いや、本物の災難を通り越したから後だから言える冗談だな。
 戦闘開始と同時に僕とレイフォンの乗ってきたランドローラーは破壊された。
 そして、補給のための車両も、どうやら僕が独りで逃げ回っている間に潰されていたらしい。
 荒野に四人の人間。
 だが、ランドローラーはシャーニッド先輩が横にニーナ先輩を乗せてきた物一台のみ。
 二輪車は四人を乗せられるようには出来ていない。
 そのまんま、フェリさんが呼んだ救援が来るまで立ち往生だから、こうして荒野に座り込んでぼうっとしているしかなかった。
 恐らく一番元気だろうシャーニッド先輩がテントを組み立てる様を、弛緩した思考で眺める。
 『・・・身体、平気ですか?』
 ぐったりと岩山に背を預けた僕の目の前に、念威端子がふわりと寄った。
 安堵を含んだ心配そうな声に、疲れを隠さず笑いかける。
 「帰ったら、しばらくまともに動けないでしょうね」
 全身の剄路が燃え出したような熱を放っているのが解る。むしろこれだけで済んで安堵しているくらいだ。
 『何もせずにぼうっとしているだけの方が、貴方らしくて良いですよ』
 「それはどうも。・・・・・・ああ、そうだ。戻ったらどっかに飯でも食いにいきましょうよ」
 僕の言葉に、念威端子は驚いたように飛び跳ねた。
 『・・・いきなり、如何したんですか』
 凄い警戒した声を上げるフェリさんに、苦笑してしまった。
 「そういえば長い事、二人だけで喫茶店めぐりとかしてないって思いましてね。そろそろ初心に返って見るのも良いでしょう?」
 僕がそう言うと、無言のまま悩むフェリさんの姿を映し出すように、念威端子がぐるぐると回転を始めた。
 ピタリと止まる。ワンテンポずれて、声が窺がうような響く。
 『・・・・・・最近仲が良さそうな一年生は放っておいて良いんですか?』
 身体の力が更に抜けた。悩んだ末にそれかよ。
 「僕らの日常的な商店街への嫌がらせに、誰か別の人が居た事はありましたっけ?」
 ロンゲの事はこの際無視して、フェリさんに畳み掛ける。
 「僕は貴女と二人で、のんびりお茶をしたいんです。・・・勿論、僕の奢りで良いですよ」
 僕がそういうと、念威端子は再びぐるぐると回転した後、ポツリと一回明滅して、言った。
 『・・・それは、当たり前ですけど』
 そのままテントを組み立てているシャーニッド先輩達のところへ飛んでいってしまう。
 
 ・・・当たり前って言うのは、僕が奢る事を言っているんだろうか。それとも、二人きりだという事を指しているのだろうか。
 詮無い事だ。
 僕は自分をあざけった後、大きく息を吐いて空を見上げた。

 そうして。

 僕を見据える白い蛇の姿を幻視した。

 ハルメルン。かつて僕の半身だった存在。
 今やそれは、全く違う個として存在する。
 僕の眼前に。
 だから、見えてしまった。今まで見えなかったものが、見えてしまった。

 『然り。同一であったが故に、汝は己の背を見る事は叶わなかった。人は自らの背を見る事は適わぬ。故に汝は自らたる己の背に有るものを見ずに済んでいた』

 だが最早、それは適わない。ハルメルンは僕とは別の存在だから、僕はハルメルンの背負う全てが見えてしまう。
 
 それは怒り。破壊をもたらしたものに対する、煉獄の炎。

 それは嘆き。滅んだ自らを哀悼する、冥府の沼。
 
 それは、それはハルメルンの全ての死する者達の嘆きと怒りを背負って立つ、亡者の姿。
 幾千幾万の散っていった魂の結晶。

 故に。

 『旅立ちの時だ。愛し子よ。汝は最早、守られるだけの子であった時は終わった。己と共に立つ戦人となったのだ』

 いざ行かん。無限の槍衾。その向こう側へ。
 敵地へ。あの月を追い落とし。そこに住まう何者をも、我らの絶望で焼き尽くしてやろう。

 身体が、剄路が、剄脈が。
 脳が、心が、魂すらも。
 白い光で塗りつぶされる。それは憎悪、それは絶望、そして憤怒。散っていった全てに対する、哀悼と愛情。
 湧き上がるそれら全てが、僕に戦いの時を告げていた。
 
 だから僕は、体を包む白い光に全てを任せ、ゆっくりと瞼を閉じた。
 戦場に赴くために。

 閉じた視界の漆黒の闇に、虹色に煌く光の幕を幻視した。

 これをもって。


 ・
 ・・
 ・・・


 『ああ・・・・・・まったくしまんねぇ』
 『そう言うな。良く持ったと言うべきだろう』
 念威端子の向こう側で、シャーニッドとニーナ、二人の声が荒野に拡散していく。
 ランドローラーを整備する二人の傍らで、レイフォン=アルセイフがサイドカーに座ったまま寝息を立てている。
 荒野には、彼ら三人の姿だけ。
 汚染獣の脅威は、最早無い。戦いは、レイフォンの一撃で確実に終了したのだ。
 その光景を端子越しに見て、フェリは暗いシェルターの中で独り、安堵の息を漏らす。
 皆無事。全員、生きて帰れる。ランドローラーは修理可能だし、今さっき生徒会長である兄に救援を送るように連絡したところだ。
 だから、彼女が仲間と認めた人たちは、必ずこのツェルニで再会できるのだ。
 長く座りっぱなしだった椅子から立ち上がる。
 老婆のように固くなった膝が震えかけたが、その程度で今の彼女の高揚とした気持ちを止める事は出来ない。
 戦いは、終わったのだから。
 彼らが帰ってくるのは一日以上後だろうけど、それは確定した現実として直ぐそこに迫っている。
 だから、共に荒野に出る事の無かった彼女は、せめて彼らが望むであろう日常そのままの態度で出迎えてやりたい。
 暗い部屋から、外の世界へ。
 戦いから、現実へ。
 待っていた日常へ。
 
 それは例えば、・・・・・・例えば?

 暗がりの中でフェリは立ち止まった。
 歩みの一歩を進めるたびに、大切だった何かが零れ落ちそうになったから。
 振り返る。
 背後には彼女が今さっきまで座っていた椅子が一席。手には使い慣れた重晶錬金鋼。滅多に使わないから、新品のような輝きを放っている。フェリは普段、手を抜くために学園支給品の質の悪い錬金鋼を使っていたから。
 そこまで考えて、フェリは思った。そんな手の込んだ仕込み、自分らしくも無い。まるで、誰かの入れ知恵のようだ。
 首を振る。
 元々友人も少ない自分だ。自分の事情を話した事が有るのはレイフォンくらいなんだから・・・なんだから。だから、これは自分ひとりで考えた処世術に違いない。
 頭を振って、疑問を思考の片隅に追いやり、また一歩扉へと踏み出す。
 大切な物がまた一つ、フェリの中から零れ落ちる。
 もう一歩踏み出せば、何かが零れ落ちたと言う事実すら零れ落ちていた。
  
 それでも、自分の手で扉を押し開いた時、最後に一度だけ、フェリは暗い部屋の中を振り向いた。

 大切な何か。

 約束が、あったのではないか?
 
 それだけは、きっと絶対に、忘れてはいけない些細な事。

 だが暗闇は彼女に答えを返す事は無く、彼女自身の中にすら、最早答えは存在しない。

 そうして、彼女は思い出した。

 「レイフォンじゃなくて、フォンフォンと呼ぶのでしたね」
 フォンフォン。
 嬉しそうに唇をもう一度動かして、フェリはその響きに微笑を浮かべる。
 その顔に、心底幸せそうなその顔に。頬を薄紅に染めた、その微笑に情愛以外のものを見つけるのは困難だろう。

 早く彼らを、出迎えないと。
 あと一日以上先の話なのに、彼女の心は今や急いていた。
 平穏な日常に帰れる事は、これほど嬉しい事なのだから。
 フェリ=ロスは扉を抜けて、独り通路を進む。そこには最早、不安など無い。
 扉は閉まる。記憶は閉じる。日常は遥か彼方へと過ぎ去っていく。
 それは既知の領域からの欠落を意味していた。
 戻らない。二度と戻らない。零れ落ちて、もう絶対に戻らない。

 つまりそれは、初めから無かった事と同じ。

 これをもって。

 カテナ=ハルメルンはこの世界から消失した。
 
 
 ― サイレント・トーク:End ―






[8118] 五十話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/06 18:57

 
 ― クルセイド ―


 類は友を呼ぶと、昔誰かに言われた気がした。

 宿泊施設の食堂に下りた彼が、其処で出逢った人物達に抱いた感想だ。
 
 飢えた獣のような男。

 何処か浮世離れした陽気な美女。

 擦れた風体の、陰気な目をした男。

 そして、汚染物質の満ちる荒野を旅するには明らかに場違いな、瀟洒な着物姿の彼自身が揃っていると言うのだから、それこそまさに類は友を呼んでいたのだろう。
 歓談と言うには薄ら寒い空気が充満するそのテーブルには、他の誰も近づこうとしなかった。
 自己紹介は女が全部行った。

 ディック。ジャニス。リンテンス。そして、彼。

 何の因果か、その四人は出会った。
 白炎都市メルニクス。高さに挑戦するこの都市で。

 出会ってしまったのなら親交を深めるのが当然、それがジャニス=コートバックの常識だった。
 旅の事、お互いの事、故郷の事。
 ディックがジャニスとリンテンスが通りかかったと言うヴェルゼンハイムと言う滅んだ都市の話題に食いついた後で、ジャニスは彼に話題を振った。

 貴方は何処から来たのかしら?

 彼は少し考えた後に、一言、ハルメルンと答えた。
 
 ジャニスは笑った。
 憮然とした表情を作る彼に、彼女は告げる。

 奏楽都市ハルメルンは、数百年以上も昔に滅んだと。

 その後、彼が少し驚いている間に、ジャニスは言いたくないなら良いわと言って、席を立った。
 この都市の建築技術に興味が有るらしい。
 男三人で、その背を見送った。
 リンテンスが、ハルメルンについて考えていた彼を見ている。
 その視線に気付き、彼がリンテンスを見れば、リンテンスは妙な物ばかりが付きまとうと呟いて、席を立った。
 残されたのは、彼とディックだけだった。
 ディックは一人で、何か考え込んでいた。
 彼も、少し考えなければいけないことが有る気がしていたが、思考に靄が懸かっており、考えが纏まらなかった。
 窓に映った、自分の姿を見る。
 腰まで届く黒い髪。女性としか思えない整った容姿。着物姿。腰帯に挿された錬金鋼のみが、彼を武芸者だと告げていた。
 その姿の向こう側に、陽炎のようにゆらめく、白亜の塔の姿が見えた。
 今の彼と同じ、茫洋として、形の無いもの。
 其処へ向かうべきだと、誰かが告げた。

 糸が、ディックを解体した。
 彼は茫としたまま、その光景を見ていた。
 リンテンスの鋼糸がディックの全身を切り落としたのだ。
 だがおかしい。
 ディックは最後の瞬間に、巨大な鉄鞭による渾身の一撃を、リンテンスに叩き込んでいたのではないか?
 致死の一撃に見えた。
 だが、リンテンスは生きている。
 そしてリンテンスは、茫とその光景を眺めていた彼を見据えて、次はお前かと目で問うた。
 彼は首を振った。何故か、リンテンスに挑む事自体を考える事を拒否していた。自殺願望でもない限り、彼の前で錬金鋼を抜く事はしないだろう。彼はそう思っていた。
 彼が茫としている間にも、おかしなことは続いている。
 ディックが生きていた。
 おかしな話だ。確かに死んだと言うのに。生きていた。
 そして、いつの間にか周囲の風景が変わっていた。
 汚染獣に溢れる崩壊した都市が其処にあった。
 おかしな話だ。彼らはメルニクスに居たはずなのに。
 彼は錬金鋼を抜いた。白金の扇を復元する。汚染獣が居るなら、武芸者は戦わなければならないから。
 おかしな話だ。彼はそもそも、何時の間に自分が外に居たのかを理解していなかった。
 
 天を舞い斬撃を繰り広げる彼と、野獣のように戦場を駆け回るディック。
 そして、リンテンスの鋼糸が都市中を覆い尽くして、汚染獣を殺戮しつくした。
 空から地に降りた彼は、怒り顔のディックをあしらうリンテンスの姿を見ていた。鋼糸。最近という過去に、それを視界の端で見た記憶が有る。それは、今のリンテンスのものに比べれば未熟極まりない物だった気がするが。
 リンテンスが彼に問うた。

 空を飛ぶとは懈怠な技だ。何処で覚えた。

 彼は少し考えた後、答えた。グレンダンと。

 グレンダン。リンテンスはそう繰り返して、何かを思った。その都市に、興味を持ったのかもしれない。
 気付けば、風景はメルニクスのそれに戻っていた。

 検疫期間の終了の日。食堂に下りた彼の横を、ディックが苛ついた表情で通り過ぎていった。
 何時ものテーブルで、ジャニスが彼を手招きしていた。
 ジャニスは彼に聞いた。

 貴方は、どちら側かしら?

 彼は悩んだ。抽象的な質問。意味が理解できなかったから。
 一瞬性別の事を聞かれているのかとも思ったが、その真剣な目は、冗談を口にする状況ではないと示していた。

 彼は解らないと、首を振る事しか出来なかった。
 逆に彼は問うた。キミはどちら側だと。
 彼女は笑って答えた。

 どちらでもない。貴方と同類とも言えるし、そうでないとも言える。
 一つだけ確かな事は、わたしは破滅とか崩壊とかは望んではいない。

 貴方は如何?ジャニスは再び彼に問うた。
 彼は少し考えて、答えた。それなら僕は、君の敵かもしれないと。
 彼は滅ぼすべき敵が居た事を思い出した。

 ジャニスは、それなら敵の敵は味方ってところかしらと、笑った。

 それなりの時間が過ぎた。
 リンテンスはその時間の分だけ、眉間の皺が深くなった。
 ジャニスは、快活そうに外を歩き回っていた。
 ディックは・・・、思い出したくもない。一度、彼を部屋に連れ込もうとした。後日聞いたら、彼を女だと信じていたらしい。
 抜き打ちの鉄扇で首を刎ねた。やはり死ななかった。
 それ以降彼は、テーブルに着くときはディックとは椅子一つ空けて据わることにした。

 その場所へ行こうと思った理由は、結局は唯の気まぐれだったのかもしれないし、やは必然であったのかもしれない。
 エアフィルターすら突き抜けた、都市中央の巨大な塔。その、最上部。
 まずはディックが内部から到達し、ついでジャニスが外壁を登りきった。そして彼は、何時ものように扇を振り仰いで飛翔して其処へ着地した。
 異質な存在三人を出迎えたのは、線の細い女だった。長い髪の全てが、念威の光に満ちている。
 その姿を何時もと言う過去で見た事が有る気がしたが、それは目の前の蝶のような光ではなく、花びらを思わせていた気がした。
 念威操者の女は、空から舞い降りた彼の姿を見て、守護者が現れたと言う事は、最早確定したのですねと呟いた。
 彼には言葉の意味は理解できなかった。する気も無かった。
 頭上を見上げる。月と、七色に輝く、光の幕が見えたから。
 敵が来る。
 彼は理解した。
 彼の内側で、何かが牙を剥いた。
 果たして敵は、其処へ降り立った。

 マザーⅠレヴァンティン。
 その存在を認識した瞬間、彼は斬剄を放った。丁度レヴァンティンを挟んで彼と向かいの位置に居たディックが慌てて避けていたが、気にならなかった。
 敵を、切る。この亜空間より、完全に消滅させる。機会を逸する気は無かった。
 彼に斬られるままにレヴァンティンはジャニスと会話しているようだったが、彼にはそれも気にならなかった。
 何時しかディックも攻撃に加わっていたが、彼にはそれも気にならなかった。
 轟然たる狂気にも似た殺意を伴いつつも、しかし彼は冷静に、これでは殺しきれないと確信していた。
 これは所詮分離体に過ぎない。倒すべき敵は、まだ月に居ると。
 ジャニスとレヴァンティンの会話が止んだ。
 ディックの渾身の一撃に反応したのかもしれない。何事かを呟いていた。
 そして、レヴァンティンは攻撃に転じた。
 塔の最上階は、瓦礫の山へと姿を変えた。下階へと落下する中、彼とディックとレヴァンティンは戦闘を続ける。
 戦闘は、唐突に終了した。
 戦うべき敵が、消えたから。倒した、そういっても構わなかった。
 リンテンスが、遅れて其処へ現れた。これ以上もなく楽しそうな顔をしている。
 天上の光の幕を見上げる。異界への門が、成立していた。
 都市外でナノマシンの集合体が、汚染物質を吸収しながら強烈な勢いで体躯を構築していくのが見えた。
 念威操者の女が言った。
 
 みなさんは塔外に退避してください。これより、塔本来の機能を開放します。

 千六百メルトルの高さから、彼が、リンテンスが、ディックが、それぞれの方法で飛び出していく。
 ジャニスはディックが抱えていった。
 天を舞う彼の背後で、塔が虹色に輝いているのが見えた。
 剄羅砲。天上の月を穿つために誂えた、超々巨大なそれは、その威容に相応しい威力でもって、天を覆う光の幕に風穴を開けた。
 もう一撃、これを加えればこの七色に包まれた世界を元に戻す事が可能だったかもしれない。
 だが、それももう適わない。塔の基礎部分で、火の気が上がった。内部から爆音が響く。
 巨大な塔は、今まさに崩壊しようとしていた。
 その光景を見送りながらも、彼は天を舞い、リンテンスと共に外縁部に差し掛かった敵の駆逐を優先した。
 巨人の姿を構成したナノマシンを、白光でなぎ払う。
 舞い踊る彼の傍を、輝く蝶が閃いていた。
 念威端子。あの線の細い女のものだろう。端子は蝶より桜が好きだと、彼は思った。
 念威端子は彼に告げた。
 ディックが都市の機関部へ向かったと。都市の機関部は都市中央の真下の筈。つまり、今まさに倒壊しているあの塔の真下に位置する筈だ。
 其処を見る。瓦礫と粉塵を巻き上げ火の粉を上げるその部分を。
 
 其処に、底意地の悪そうな黒髪の少女の姿を幻視した。

 少女も彼を見ていた。その唇は薄く笑っているように見えた。彼を嘲っている。
 殺すべきか。彼は迷った。
 敵とも味方とも知れぬ。無邪気にも邪悪にも見えた。
 彼の獣の部分は殺せと囁くし、武芸者としての自分は、殺してはいけないと思う。
 彼の視線を如何思ったのか知らないが、少女は唇を動かしていた。何かを、呟いている。

 力を貸してあげても良かったけど、やっぱり駄目ね。私、蛇は嫌いだもの。家畜は犬に限るわ。

 少女は姿を消した。

 彼は少女が消えていった部分を見やり、最後に一つ呟いた。

 こっちだって、黒髪の女は願い下げだ。付き従うなら、銀髪に限る。

 戦いは、一先ず終了したらしい。
 空は未だ七色に包まれていたが、何れそれも晴れる。
 異界への門は閉じきっていたから。
 地に降り立った彼の前に、ジャニスが姿を現した。

 お疲れ様と彼女は言った。
 彼は何も答えなかった。
 これから何処へ行くのかと、崩壊した都市を見渡しながら、彼女は言った。
 彼は何も答えなかった。もとより、何故自分が此処に居るか、理解できていない。
 そんな黙ったままの彼を、ジャニスは科学者の目で興味深そうに見ていた。

 ゼロ領域を介して未来の自分と現在の自分をコンバートしているのか。現在上の個体を規定座標としてのみ活用して、同位体ではなく別個体として顕現・・・・・・ってことは、その身体はオーロラ粒子そのものってことかしら。なるほどねー。この亜空間が安定していないからこその力技って感じだと思うけど、まだ慣れてないのかな。微妙に今と未来が混ざっちゃってるのね。

 だからキミは、四六時中ぼーっとしてる訳だ。・・・・・・って言うか、そんな危ない能力、防衛サイドの人間が使っても平気なの?
 何て言ったかしら。・・・・・・そうそう、タイムパラドクスだっけ。

 ジャニスの言葉は一方的で、思考に霧が混じっている彼には意味が理解できなかった。
 ジャニスは笑って、そのうち解ると言った。何ならそれまで、ご一緒する?とつなげてきた。あの念威操者の女も共に行くらしい。

 次の目的地は、槍殻都市グレンダン。リンテンスたちとは、其処でお別れだけど。

 彼は首を横に振った。
 リンテンスとあの念威操者の女が居るグレンダン。何故か解らないが、絶対に近づきたくないと彼は思った。
 そう、とジャニスは未練もなく彼の謝絶を受け入れた。何れまた、そう言って彼の前から消えた。
 彼は何も答えなかった。
 避難用放浪バスの有るシェルターに向かうジャニスの隣に、リンテンスが何処からか着地する。彼も、生き残ったらしい。
 当然か。何しろリンテンスは―――それは、今ではない事実。
 彼は頭を振った。
 リンテンスは最後まで彼を振り返らなかった。
 まるで、彼がそこに居る事に気付いていないようだった。
 二人を見送る彼の視界の端を蝶が通り過ぎるた。
 やはり、彼の姿が、見えていないようだった。
 それも良い。蝶はやはり、好きになれない。何故か、蝶に付きまとわれた時には必ず死にそうな目にあっていた、そんな気がしたから。
 念威端子はやはり、桜の花びらが良い。
 夕日の中に舞う桜の花びらの姿を思い浮かべる。それは大切な記憶だ。

 天上の月を見上げる。
 気付けば、虹色の光幕は消え去っており、蒼空に月が白く浮かび上がる、日常の光景が晒されていた。
 そう言えば、ディックはどうなっただろうか。
 気にした所で、意味のない問題だった。
 彼もディックも、変わらずそれは、異邦人に違いなかったから。
 生きても死んでも居ない筈の彼の生死を、勘案したところで無意味な事だ。
 戦い続けていれば、何れまた出会うこともあるだろう。

 精々今の戦いは、この崩壊した都市の、倒れ伏せた巨塔の光景は、何れ訪れる戦いの、前哨戦に過ぎないのだから。
 そう、戦いは何れ始まる。
 それまでに、まだ暫しの時間が有る。
 朝靄が何れ晴れるように、彼の思考に懸かる霧も、ゆっくりと払われ始めていた。
 
 自らの身体を、オーロラ粒子に変換していく。
 ゆっくりと、虹色の光の粒へと変わっていく彼の前に、黄金の牡山羊が現れた。
 何か物言いた気な視線を彼に、彼の中にいる者に、送っている。
 共に来るかと、彼は言った。牡山羊は首を振って、瓦礫の向こうに姿を消した。滅んでしまった自身の都市の何処かへと、消えて行った。
 まぁ良いさと、消える寸前の姿のまま、彼は苦笑した。
 どうせその内、此処まで因果が絡み合ってしまえば、何処かの未来で会える筈だ。
 もっとも、二度と会いたいとも、思わなかったが。
 
 そう、だから。
 そろそろ次の戦場へ―――。


 ― クルセイド:End ―





   ※ 連載開始から六十日近く。思えば遠くに来た物です。
  
     ・・・・・・と、言うわけで次回でいよいよこのSSも最終回。
     ホントは五十話できっちり纏める予定だったのですが、一話伸びてしまいました。
     最後までお付き合いの程、どうぞよろしくお願いします。



[8118] 最終話
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/07 19:00

 ― 二重奏 ―


 「納得できるはずもない」

 言って、ゴルネオはシャンテの後を追った。
 「・・・・・・不快です」
 誰にも聞こえないように、フェリは小さく呟いた。
 
 ・・・・・・つもりだった。

 「機嫌悪そうですね」

 ふわりと、夜が音を奏でるように。
 その声は、フェリの耳元に届いた。
 一度だって聞いた事のない、それは、何処か懐かしい音だった。

 振り返る彼女の視界に。
 滅んだ都市、無造作に積みあがった瓦礫の山に腰掛けた、着物姿の男の姿があった。
 長い黒髪を簪で纏め、腰に挿した錬金鋼だけが、その男を武芸者だと告げていた。
 整った顔立ちは薄く微笑みを作っていたが、フェリには理解できた。それは、作り笑いなのだと。
 一度だって会った事のない、黒髪の男。女にしか見えないのに、彼女にはそれが男だと確信できた。

 フェリがそんな自分の感覚に戸惑っているのを知ってか知らずか、男は優雅な仕草で瓦礫の上から彼女の前に降り立った。
 正面に立つ、それほど背が高いとも思えないその男に、フェリは何もかける言葉が思い浮かばなかった。

 当然だろう。
 だって、彼女達は初対面なのだから。

 そもそもこの廃墟に、この廃棄都市に、彼女が知る以外の人間が居る事がおかしい。
 フェリは優秀な念威操者だ。このツェルニの進行方向内に迷い込んできた滅んだ自立移動都市に調査に赴いた時、真っ先に自身の念威端子を持って隅々まで調査した。生命活動は、野生化した動物以外、無し。
 かつては威容を晒していただろう都市中央の巨大構造物から、農業プラント、工業施設まで余すことなく、何か人以外の巨大な力で破壊されていた。地下施設も同様だ。都市の環境維持にまで致命的なダメージを受けていた。
 まともに人が生きていける環境ではない。

 だが、目の前のこの男は居た。
 明らかに都市外を旅するには不向きな優美な着物姿で、当たり前のようにフェリの前に存在していた。

 当然だろう。
 彼は何時でも其処にいるのが自然のような人間だから。

 人を呼ぶべきか。
 呼ぶべきだろう。フェリはそう悟っていた。
 人なら、彼女の仲間達なら、彼女が背にしている元々武芸者達の待機施設だったと思わしき建物の中に、居る。
 念威端子で異常を知らせれば、二階の窓からだって、フォンフォン・・・もとい、レイフォン達なら飛び出してきてくれる筈だ。
 余り仲が良好とはいえない第五小隊のメンバーだって、こんなあからさまな不審者が居ると知ればたちどころに集まってくるだろう。
 いや、待て。フェリは気付いた。
 そういえば、第五小隊の念威操者はどうした。こんな安全の確認できない場所で夜を明かす事になっているんだ、建物の周りに探査子を放っているのが当然じゃないのか。・・・いや、そもそも自分だって、探査子を二重三重に張っていた筈だ。
 何故、この目の前の男の存在に、気付かなかった?

 「先ほどから」

 フェリが黙考の深みに陥っていると、男が声を上げた。
 「先ほどから何やら、不快な気配を感じるんですけど」
 困ったように笑う男の言葉は、酷く、フェリの癇に障る物だった。

 当然だろう。 
 その言葉は、何処かの誰かが並べ立てた言葉と似ていたから。

 フェリは男をねめつけて、言った。
 「何かご不快な事でもありましたか?お嬢様」
 自分でもありえないなと思うくらい、酷くぶしつけで、むしろ無様で、そして拗ねた子供のような、そんな声だった。
 フェリの言い様に、男はにやりと唇をゆがめた。悪党そのものの笑み、それがきっと男の本質なのだろうとフェリは知った。
 「今の貴女の発言で不快だった理由は・・・・・・理解できませんね。と言うか、出来たら凄いですよね」
 男は自分の言葉に自分で肩を竦めて反論していた。フェリがジト目になるのも構わず、続ける。
 「さっきゴツイ男と何か言い合いしてたみたいですけど、何かありましたか?ひょっとして、痴情の縺れと・・・ッ!」
 男の言葉は、最後まで続かなかった。

 当然だろう。
 彼女を揶揄する言葉を吐けば、鈍い痛みが待っているのだから。

 奇妙な事になった。
 フェリは見知らぬ男と二人、夜の廃墟を散策していた。
 崩れたビル、折れた樹木、舗装路はひび割れ雑草が生い茂っている。
 「ここもねぇ。昔は凄かったんですよ。あの向こう側に見えるデカイ廃墟。アレ何か、昔はエアフィルター突き抜けてたんですから」
 男は自然体そのもので、フェリの傍らを歩きながらあちこちを指し示しながら何かどうでも良い事を話していた。
 フェリはと言えば、自身の行動に戸惑っていた。
 見知らぬ、あからさまに怪しげな男と、廃墟で二人きり。そして男は武芸者で、自分は一般人に毛の生えた程度の能力しかない念威操者だ。襲われでもすれば、避けようもないだろう。
 だというのに、そんな事は絶対にありえないと、彼女は何処かで理解していた。

 当然だろう。
 この男が、自分から誰かに接触を持とうとする事など、滅多にないことだから。

 全く自分らしからぬ理論も減った暮れもない思考に、フェリは知らずため息を吐いていた。
 夜空を見上げる。それほど寒くもないのに、夜には虹色の天幕が架かっていた。
 オーロラとは、珍しい。
 「お嬢さん?」
 隣の男が声を掛けてきているのが解っていたが、フェリは視線を外す事が出来なかった。
 珍しいオーロラ、その怪しくも美しい光景に、引きずり込まれそうだった。
 「あの、聞いてます?」
 聞こえている。
 聞こえているけど、目を離すわけにはいかない。
 だって、美しいから。
 
 「そろそろこっちを見てくれないと、貴女の事を嫌いになりますよ」

 それは魔法か何かだったのか。
 「・・・・・・貴方」
 「あ、意外なところで釣れますね」
 フェリは、立ち止まって男の顔を凝視していた。
 男は笑っていた。ニヤニヤしている。
 容赦なく脛を蹴った。着物に靴後が付いていた。いい気味だ。
 男は項垂れながらも、彼女に忠告染みた事を口にしている。
 「此処に居る連中の中では、お嬢様は一人だけ何ていうか・・・まぁ、因果ですよね。因果。諦めてください。しょっちゅう亜空間の構成に齟齬がでるくせに、こういうところは修正力が働かない仕様らしいんで」
 一方的な上に、意味がまったく解らない。フェリは頭が痛くなった。
 と、同時に自分は何故こんな怪しい男と普通に会話をしているのだろうと言う疑問が再び鎌首を擡げた。
 自然すぎる。

 自然すぎるから、少し、ほんの少しだけ。

 男が彼女の頬に手を触れていた。
 細い指。拭うような仕草。
 それでフェリは、自分が涙を流していたのだと気付いた。
 「泣き顔を見るのは、そう言えば、そうか。・・・・・・初めてでしたか」
 知らない事の方が多いなと、男は呟いていた。
 「知ったような口を利いて。不愉快です」
 フェリは絞るような声で言った。
 
 そのお嬢様と言う呼び方も。
 
 不愉快で、不愉快で不愉快で、そしてたまらなく愉快だったから、彼女は、そう続けた。
 「では何と?」
 男は因果だな、という口の動かし方で、そう尋ねた。

 フェリは自身の名を告げた。
 男は二度三度、それを口の中で呟いた。

 ロスさんですか。・・・・・・なるほど。

 男は、宜しくとは言わなかった。自分からは、名乗ろうともしない。
 だからこの出会いは、もう直ぐ閉じるのだとフェリは理解した。
 ただ道を行くままに歩いていたら、いつの間にか分かれ道に差し掛かっていたから。
 フェリと男は、ゆっくりと離れていった。
 来た道からV字に折れ曲がっている道を進めば三角交差を経由して、何れ元居た建物の場所まで戻れる。
 もう一本の道は、何処とも知れぬ場所へと、繋がっているのだろう。
 男は後者を選んだから、彼女は前者を選ぶしかなかった。
 連れて行きたいとは言えなかったし、連れ戻して欲しいとも、思えなかった。
 だから、此処でお別れ。
 分かれ道、数歩離れた位置で、互いに向き合う。
 男は肩を竦めるだけだった。流石に、バツが悪い。
 フェリさんはそんな男の仕草を鼻で笑った。

 「見知らぬ他人が出会って別れる。それだけの事なのに、何を気まずそうな顔をしているんですか、貴方は」
 男は答えられなかった。
 明後日の方向を見て、頭をかいている。手が簪に引っかかった。
 ・・・・・・ジャニスめ。何の変装にもならないじゃないか、コレ。髪形を変えておけば誤魔化せるとか、適当な事を言って。
 フェリさんはそんな男を見て、益々馬鹿にしたような顔になっていた。正直、さっきから視線が痛くて仕方ない。
 呆れ顔のままため息を吐いている。
 案外、別の女性の事を思い返している事に、気付かれたのかもしれない。
 フェリさんは顔を伏せた。その拍子に、長い髪が揺れて、大好きな彼女の表情が隠れた。

 そして。

 ふわりと弾む、銀の髪。翻る、フリルのゆらぎ。整った顔、透き通るような瞳の色。

 この子の笑顔は何時だって美しい。
 ずっと、ずっとそう思っていた。

 「本当に。・・・・・・本当に馬鹿ですねぇ、おハルさんは」

 ああ、全くその通り。
 男は・・・・・・ああもう、駄目だな。僕は笑う事しか出来なかった。

 だから、この話は此処で終わりだ。

 これ以上に何か、話すような事なんか無いだろう?
 ここから先は、野暮な事だ。聞かないで欲しい。
 だって、今はもう夜で、此処は分かれ道だ。
 それぞれに帰る場所があるし、やるべき事もある。

 「次こそは貴方の奢りで雰囲気の良いバーですか?夜景を眺めてグラスを傾け、ああ、ホテルはなるべく高い部屋ですね。値段的にも高度的にも」
 端から適当な言葉を並べていくフェリさんに、僕は苦笑した。飯を奢るだけの筈が、随分高くなったものだ。
 「どうでしょうね。・・・・・・次も案外、別の都市になるかもしれませんし」
 会うならきっと、グレンダンでとか思ってたんだけどなぁ。・・・・・・結構近くに来てるんだよな、あそこも。
 大体なんで、メルニクスなんて曰く付きの場所に居るんでしょうね、この人たち。ひょっとして山羊を探すの急いだ方が良いのか?
 そういえば、事前にツェルニに顔出したら、狼男とばったり会っちゃったし。あの野郎が居るって事は、黒いロリも一緒って事だろう。大体、今は時系列的には老性体とドンパチした直後辺りだろうに、何でこんなにトラブル続きなんだ、ツェルニは。

 まったく、因果因果。因果も極まれりか。
 全部その言葉だけで片付いてしまいそうなほど、どうにもならない事態だ。

 まぁ、良いさ。
 僕はどうせ、足掻くよりは流されるままを好む性質だ。
 目の前のこの、愛しくて仕方が無い人とだって。
 何れまた、それが当たり前のように毎日幾らでも。顔を合わせて言葉を交わす日も来るだろう。

 それに、約束があるんだ。

 だから僕は、気軽な仕草で片手を上げて、フェリさんに言う言葉は、これだけ。

 それじゃぁ、また。

 今日はこれで、さようなら。


 ― 奏楽のレギオス:完 ―
 






   ※ 読了多謝。
     次回更新にて総括的な後書きを載せます。



[8118] 後書き
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2009/06/08 18:52

 ― 後書き ―

 さて皆様お疲れ様、中西矢塚です。
 奏楽のレギオス、コレにて完結と言う事で、連載中では控えていたぶっちゃけトークに移ろうかと思います。

 ・・・・・・ああ、うん。本当に完結です。
 異論も色々おありの方もいらっしゃるでしょうけど、此処から先の展開は基本的にこれまでどおりの繰り返しですし、書き手として旨みが無いので書かない事にしました。
 天丼も過ぎると飽きますしねー。
 今後は大体、現状から考察できる皆様の想像通りの展開が待ち受けています。

 たまにやってきてはピンチを解決して、消えていく。
 そして忘れた(文字通り)頃にまたやってきて、そして消える。
 その繰り返しです。
 その繰り返しの最後に、原作の展開を大いに覆す行動を取りえる可能性もあるのですが・・・・・・、
  
 そう、原作が完結していない以上その場面は書きようが無いのです。

 続けようと思えば続けられるんですけど、惰性でやっても書いてる人間としては面白くないですしねー。
 商業作品ではなく二次創作ですから、何より自分が楽しむ事を優先したい。
 そんな訳で、潔く此処で終わります。

 ここから先の文章はまぁ、推察に対する答え合わせ程度のもので、勘の良い方なら自分でもう思いついちゃってるであろう類の事ばかり書かれています。

 基本的にネタバレしかないので、先に此処から読もうとか考えている不貞の輩は速やかに一話に戻るべき。

 で、何を書こうか、実は書いてる今も余り深く決めていないので、箇条書きで思いついたところから散らかしていこうかと思いますので宜しくお願いします。

 ・書き始め
   何度か書いているような気がしますけど、ようは暇つぶしです。
   丁度コレを書こうかなと思っていたときに、読みたいSSが更新されていない状況だったので。
   仕事も暇だったしね。・・・・・・今では考えられん。
   あと、『自分が面白いと考えている事は本当に面白いのか』と言うのを確認してみると言う意図が混じっています。
   
 ・全五十一話
   終わらせようかなって決めたのは四十話を書いた辺りでしょうか。
   その前辺りまではまだ原作三巻以降も続けるのかなーとか漠然と考えていたので、話の展開がぼんやりしてるんですよね。
   何処かで書いたような気がしますが、『使い終わった設定は速やかに放棄する』が信条ですので、原作一巻の話をやりたいがために始めたSSである以上、それが終わったあとは速やかに終わらせるべきだろうと考えました。
   で、どうやったら終わりになるかと考えていて、丁度四十話辺りを書いているときに『聖戦のレギオス』と原作最新刊を読んでしまったのが運の尽き。
   終わらせ方を思いついてしまったので終わらせる事にしました。
   全五十話で終わらせられると綺麗だったんですけど、説明する事が増えすぎて一話オーバーしちゃいました。
   まぁ、二巻編のラスト二話は通常の五話分あるんですがねー。
   都合四度の最終回が有った訳ですが、各章を解説すると以下の通り。
    
    ・プレ編(一話~二十四話) 
      原作一巻はレイフォンをひたすら紹介するための話である。
      そういう都合上、オリキャラを用意してもそれを紹介するスペースが無い。
      つまり、それ以前に紹介を済ませておく必要がある訳です。
      で、二十話以上かけてオリキャラをレギオス世界に馴染ませる事になりました。
      ・・・・・・本当は十話辺りでレイフォン出せるかなーとか思ってたんだけどなぁ。プレ編長いよ!
      結果としては如何なのかな。主人公がレギオスに馴染んだと言うよりは、読者様方がこのSSに慣れたって結果のような。
      それにしても今読み直すと、書き始めた当時はもっとパロディっぽい作品にしたかったてのが見えますね。
      手癖に合わなかったので三話くらいから早くも崩れてますけど。
  
    ・一巻編(二十五話~三十五話)
      本編。少なくとも作者的には。
      書きたいシチュエーションを書くって事を優先しすぎてオリキャラの性格がカオスな事になってます。
      後半で強引に修正したけど、無理があるって意見も結構多かったですよねー。
      まぁ、ひたすらSEKKYOUなオリキャラ主人公ってのもどうかと思うので、アレはアレで個人的には気に入ってます。
  
    ・二巻編(三十六話~四十九話)
      原作としてはニーナとレイフォンの話。
      このSSとしては、オリキャラ主人公であるカテナ君の話を終わらせるための話。
      終わらせるって決めてから離別フラグをひたすら立ててたんですけど、結構皆様見逃してたのかな。
      特に『フォンフォン』の使い方が上手く決まったかなとか思うんですが。
      作りとしては『カテナを通してみたレギオス』から『レギオスからカテナを見る』話へと徐々にシフトさせていきました。
      最終的には、個人的な話になるってのはロストカラーズ的な話としてはお約束ですよね。
      そして、一巻をやるためだけに用意されたキャラである彼は、役目を終えたので退場する運びとなりました。
      最後の一瞬だけ、本物の主人公達と仲間として戦えた、と言う場面を用意出来たのは良かったかなぁ。
   
    ・終わり編(五十話・五十一話)
      クルセイドはワンクッションの話。登場キャラも一度きりなので結構はっちゃけてます。
      内容的にはジャニスの説明台詞のためだけに用意したような物です。
      今まで居なかった誰かに言わせるという形が重要で、だからこそもう元には戻らないという事実を印象深くしています。
      しかし予想はしていたけど、後書きで『次で終わり』って書いたせいでこの話に対する感想は殆ど無かったのには苦笑してしまいました。
      書かないと書かないで、次に弊害が出てしまうから仕方なかったんですがねー。
      この辺りの心理誘導は本当に難しいです。

      そして、最終話。
      絵的には本当は、ハイアに絡まれた後(四巻)ツェルニの街角で再会って形が綺麗なんでしょうけど、
     メルニクスの廃墟がラストシーンになってしまいました。
      理由は単純。ゴルネオの伏線を張ったまま忘れていたからである。
      まぁ、クルセイドからの繋ぎでメルニクスって形はそれはそれで綺麗だから良いですかね。
      四話の台詞を引用している場面が多いので、確かめてみると面白いかもしれません。
      元々居ないはずの彼ですが、それでも居るかもしれない、という可能性を残したのは割合作者の我侭ですが。
      本当にかき消しちゃったら、そもそもこのSSを書いた意味が無いですしね。
      ・・・・・・因みに、最終話のあの場面の後、彼女の記憶は再びロストします。次の再会までは、ね。

          ・劇的と(良くも悪くも)評判なクライマックスの展開ですが、
          ラスト四話を並べてみると基本の基本な『起承転結』にそった劇作りになってます。
           48話辺りで、そろそろ終わるって気付いてた人も居たんじゃないですかね。
           それまでは連載モノの常として、『承転結起』と並べていましたし。

 ・一日一話
   毎日一回更新である。一巻編が終わった後に一週間休んだ事と、Arcadia様が停止していた時以外は全部守ったのかな。
   何故毎日更新などを企んだのかといえば、泳いでいなければ死んでしまう海洋生物だからという訳ではなく、単純にやめ時を見失ったからである。  
   当初は慣れてきたら一週に一話更新にでもしようかなとか思ってたんですよね。
   ただ、それをやるとストックばかりが溜まって何時公開するんだコレみたいな状況になりそうだったので、止めました。
   ・・・・・・因みに、二巻編一話を公開したその日に丁度最終話を書きました。
   二週間後に終わるって知ったら皆驚くよねーとか感想見ながらニヤニヤしてたのは秘密だ。
   まぁこの段落を書いている時点でまだ公開話数四十さ(ry 
  
 ・オリキャラ
   オリキャラ主人公である。
   二次創作的にどうなんですかね。邪道? 
   作者自身を好きな作品の中に降ろして遊んでるような物ですしねぇ。
   まぁ、二次創作自体が自分が楽しむためにやってるような物ですし、ある種それの究極系とも言えますか。

   閑話休題。

   二人居るとオリキャラ×オリキャラと言う作者に(話を回す上で)便利な図式が完成してしまうので一人に絞りました。
   最後の方に蛇君喋ってますけど、アレはまさに『鬼札』を切ったと言う事です。一回しか使えません、あんなの。
   まぁ、そのもう一人のオリキャラの役を原作で余り掘り込まれていないキャラ達に分けちゃったと言うのも、せこい手だった気もしますが。
   説明役って難しいですよね。

   キャラの立て方としては、やらせたい事から逆算して、その上で原作メインキャラに被らないように測量しました。
   アクの強い子になったよねぇ。
   以下はプロフィール。後付含みます。

    ・カテナ=ハルメルン
      本名は『カナデ=グレイホルン』
      劇中で語られたとおり、カテナと名づけたのはグレンダン女王である。
      女王的には身の程を知れとでも言いたいのだろう、まんま彼の状況である『ハルメルンに拘束(=カテナ)された者』を意味している。
      カナデと名づけたのは蛇君。
      奏楽都市の支配者、奏主のみが用いる『カナデノカタ(奏ノ方)』と言う聖号そのものである。

            ・『君』ではなく『方』。つまり、女性向けの名称である。蛇君ちょっと裏までおいで。

      因みに彼の生家であるグレイホルン家は下級官史の家系に過ぎず、支配階級でもなんでもない。
      蛇君としては、一人しか居ないのだから一番偉いだろう、と機械的に考えたのかもしれない。

      ・・・・・・もう理解できていると思うが、カナデと言う名前も実際には称号に過ぎず、彼の本名とはいえない。
      彼にとっての自分の名前は、あくまで『彼女が呼んでくれた名前』である、おハルさんでありカー君でありカナデ君なのである。

      故に、ラストカットでおハルさんと呼ばれているのは何も間違っていない。
        
        ・後は単純に、個体名に意味を求めるのも違うなぁと思ったので。
         別に呼び方は重要じゃないんです。本当に。
         特別な呼び方をしないと特別な関係が成立しない関係なんて、直ぐ潰れると思うんですよ。

        ・設定抜きで話してしまうと、思いつきで考えた名前である。
         単語として意味がある言葉はアウトっぽい世界だったので、作風に乗っ取り武侠モノテイストな名前にしようと思ったけど思いつかない。
         丁度その時にウィキでさだめの鎖を解き放つ特撮作品の項を開いていたためこうなった。
         アナグラムで奏(かなで)に成るし丁度良いよねとか思って。
         因みに最終的にああいう展開になる事は決めていたので『ゴドー』と言う名前も候補でした。
         ・・・・・・そう言えば、あだ名をおハルさんにしたのはカテナって名前が好きじゃ無かったからだよねぇ。
         あと、原作ヒロイン格にオリキャラを名前呼びさせるとか、如何にも過ぎて嫌でしたし。
         間抜けっぽい響きが良いですよね、おハルさん。カー君も悪くないけど、アホっぽさが足りなかった。

      性格は割りとワーカーホリック。貧乏性とも言える。若干神経質。
      恋愛は自己完結型である。

         ・自分が好きなら相手には好かれなくても良いやと思ってます、多分。
          両想いだった場合はた迷惑な事この上ない性格だと言うのは、劇中で示されたとおり。
          『相手を好きな自分が好き』と言う一種のナルシズムとも言えるかもしれません。

      何だかんだで、最終的には仕事を取って女性を泣かせるタイプである。
      女性経験は有るけど恋愛経験皆無の駄目人間。良い人っぽく見えるのは淫売宿の女性達による教育が良かったのだろう。

      どう考えても嫌われ要素の詰め合わせなのに、読者様方にやたらと人気だったのは何故だろうかと私の一番の疑問である。
      割と情け無い男のつもりで書いたんだけどなぁ。
     
      以下、略歴。 
        壊滅した奏楽都市ハルメルンより脱出した放浪バスの中で、唯一人そこに居た母体より生れ落ちる(母体は出産時死亡)。
        本来、そのまま力尽きる筈だったのだが、電子精霊ハルメルンが取り付く事により生まれたての赤子のまま数百年停滞する事となった。

        その後、サリンバン教導傭兵団により発見され、グレンダンへ移送。
        廃貴族グレンダンとの接触により停滞解除。産声を上げる。
        その後は劇中で語られたとおり色々と死に掛けたせいでグレンダン脱出を決意。
        辿りついた学園都市ツェルニにおいて汚染獣(老性体)との戦闘中、上位永遠神剣『奏楽』と契約する事により永遠者の一人、
      『奏楽のカナデ』となり世界から消失・・・・・・あれ、何か違うような。まぁ、良いか。
        正確には縁を介した転移に失敗、ゼロ領域に落ち、異民化。
        『認識可能範囲内に於ける過去に逆行する』異能に目覚め、クルセイド編へと突入する。
        その後は来るべき決戦の日に向けて自身の能力強化をしながら時にディックや狼面衆と切り結んだりしつつ時を過す事に。
        因みに、この能力のポイントは、『過去には戻れるが未来へは行けない』である。
        ついでに、電子精霊サイドの人間としては亜空間の構成に齟齬を及ぼすような能力は危険すぎるので早々に使用禁止命令が下ったとか。
        当然の話だが、飛ぶたびに過去に遡っている。そして、繰り返すが未来へは行けない。
        つまり、最終話での再会までには実に数百年の時が経過しているのである。
        それでも彼は覚えていたのだから、まさに愛、と言った所だろう。
        ・・・・・・まぁ、性格から考えて普通に女遊びしてたんでしょうが。隠し子とか居そうだよね。

        最終決戦には電子精霊サイドとして参戦予定。選択肢如何では主人公チームと敵対する可能性もあるか?

           ・小隊メンバーから記憶がロストしたのも一応理由はある。・・・・・・こじ付けですが。
            覚えたての一度目の転移で過去の自分にそのまま現在の自分を『上書き』してしまったのだ。
            当然、ツェルニに来る前の自分に上書きしてしまった場合、ツェルニに居た事実が消失してしまう。
            亜空間はその齟齬を生めるために原作通りの展開を演出したのだろう。
            因みにその後の転移では劇中でチラと語られている通り、上書きではなく別個体として存在している。
            つまり、赤子の彼とオーロラ粒子で作られた端末の彼は別個に存在する事となる。
            ・・・・・・俺設定万歳としか、言えません。
            ラストで思い出したのは、愛だよ、愛(棒)。
     
      以下は交友関係
        ・フェリ=ロス
          まんま初恋の人である。
          初恋の人らしく、二十年後くらいに
          
          「実はあの頃、貴方の事が好きだったんですよね」
          「ははは、僕もです」
 
          とか語り合いながら、お互いの子供が庭で遊んでいるのを眺めている感じになるのではないかと思います。

             ・夢の無い話をすると最終回が早まった直接的な原因の人。
              正直、近づけすぎて話の流れ的に収集が付かなくなってましたし。・・・・・・プレ編が長すぎたせいだね。
              恋愛話は話を纏めるのに都合が良すぎて、ちょっと便利に使いすぎちゃった弊害ですかね。
              こういうのって、くっつきそうでくっつかないから面白いと思うんだ。侘び寂びってやつ。
              ・・・・・・オリキャラと原作キャラの恋愛ってのに最後まで全力で踏み込めなかったってのもあるか。
              キスシーンなんて怖くて出来ませんよ。自分が調子に乗っちゃいそうですし。
              ただでさえ借りているキャラと場所で好き勝手に暴れさせてもらったのに、これ以上を求めるのは、ねぇ。

             ・因みに、最後にフォンフォン言い直したのは、自分の思考にテレたからである。
              原作のあのパートのフェリ先輩の心理ベクトルを参照下さい。

       ・十七小隊の人々
          レイフォンには憧憬と失望。ニーナには敬意と諦観。シャーニッドには友情。
          まぁ、レイフォンに関しては完全に天剣授受者と言う立場に対しての物であり、
         劇中では最後までレイフォン個人に対しては理解を示そうとしていませんが。
            ・実質的に彼は他者に興味が無い。
             理由は単純に、生まれた時から自己の中に他者が存在していたため、それを外界に求める必要が無いからである。
             ・・・・・・だからあんなに初恋を神聖視し過ぎてるんだろうなぁ。
             相手もそれに理解を示しちゃってるんだから、相性としては最悪の類ですよね。
             多分、常識的な思考のナルキが相手の方がまともな恋愛が成立するでしょうね。 
             まぁ、人間相性だけで判断できるほど効率的な生き物でもないですし、それも一興か。

        ・都市警察の人々
          ガレンさんとはビジネスの付き合い。仕事優先の思考は結構気が合っていたのではないかな。
          ナルキの事は多分、愛玩動物か新しい玩具程度にしか考えていません。サイテー。
          まぁ、尊敬は理解に最も遠いと愛染隊長も仰っていましたし、仕方ないか。
             
             ・上にも書いたけど、普通に学生レベルのお付き合いをするには丁度良い関係だとは思います。
              遊びの延長で付き合うなら、相互理解なんて要りませんし、ボロさえ出なければ良いんです。
              多分、学生が終わったら別れるでしょうが。
 
        ・メガネ
          銀髪の人とは実は一番仲が良いのかもしれない。同年代の人間と思ってたのかねぇ。
          ガレンさんと並んで、カテナの本質をよく理解していたのだと思います。
          ようするに、最後は一人を選ぶ人だと解っていたから、妹の件は放置だったのでしょう。
          ・・・・・・唯の自由恋愛主義の人だったのかもしれませんが。

        ・研究室
          セロンさんとは普通にトモダチだよね。遊び仲間って感じ。
          もう一人・・・・・・って、あれ?そんな人いたっけ?
          何が如何って、二巻編で終わりだから全員出すって思って書いていたら、結局出し忘れてる事ですよね。

        ・ツェルニ
          ツェルニはツンデレの方の黒いロリと関わりがある。
          そしてツンデレの方とカテナは仲が悪い。
          多分、アイツには近づくなーとかツンデレに言われてたんでしょうねー。

        ・女王陛下
          保険の保険程度に考えていたとか?
          最悪の状態でも味方にはならずとも敵対はしないだろうと踏んでいたのだと思います。

 ・使わなかった設定
   色々考えたけど、話の展開上使えなかった設定が幾つかあったりします。
       
    ・歌錬剄
      カレンケイ。
      剄を込めた発声で特殊な旋律を歌い、汚染獣の本能を刺激、制御すると言う奏楽都市の秘儀。
      SF的な言い方をするとマシンボイスでナノセルロイドの中枢AIをクラックしてコントロールを得ると言う、ヤックデカルチャーな剄技である。
      奏楽都市にはコレを強化するために外縁部を囲むように巨大なスピーカーユニットが装備されていたとか。
      二巻編で、『後から行く』のプロットの場合はコレを使って囮役をやる事になっていたのだが、結果は語られた通り。
      武芸者と汚染獣による板野サーカスと言う、それはそれでデカルチャな光景が描かれる事となりましたとさ。

    ・瑠璃色雷華
      ルリイロライカ。
      作劇が二巻以降も続く場合は汚染獣に止めを刺す技として使われる名前でした。奥義の二かな。
      が、終わらせる事が決まったので如何にも『これで終わり』と解りやすい名前にしようと思い立ち、ああなりました。
      技名から技の内容がさっぱり想像出来ませんよね、雅楽奏葬って。
         ・前に書いたけど、奥義は御神流テイストにしたかったというのがあります。
          歩法っつーか空飛んでるじゃんと言う突っ込み以外見当たらない翔扇剄が歩法なのもそのため。神速。
    ・開祖
      アルトゥーリア流戦舞開祖。
      天剣授受者。グレンダンの外部から訪れたようだ。
      着物風の戦闘衣を纏う黒髪の女性。錬金鋼は鉄扇を二刀流。
      天を舞う天剣との異名を誇る空を用いた独特の三次元的な戦法を使う。
      百五十年程度現役を務めた後天剣を返上。以降は後進の育成に力を注ぐために武門を起す。
      武芸者劇団として一時はそれなりの勢力を誇っていたが、新型の錬金鋼の開発のために資金を湯水のように消費してしまい、
     運営は火の車となったとか。
      その負債は劇中現在に於いても解消不可能と言う有様である。
      武門を後進に委ねた後、ある日突然姿を消す。その後の生死は不明。

      ・・・・・・何処かでチラリと述べたが、奏楽都市が滅んだのはクルセイド編の頃よりも更に昔である。
      つまり、カテナはその時代までなら過去に遡れる(認識可能なため)のだ。
      その時代に転移したカテナが、何かの拍子にグレンダンを訪れていた事も合ったかもしれない。
      彼はそこで、華麗な技を持って汚染獣を屠り続けていたから、何時しか二つ名でもって呼ばれるようになる事もあるだろう。

      すなわち、『天を舞う天剣』と。

      ・・・・・・まぁ、ようするにそういうオチである。
      自分で作った技と流派、そして錬金鋼なのだから、自分に馴染むのは当たり前であろう。
      因みに、屑呼ばわりされているアルトゥーリア現当主は開祖の最後の弟子の百歳を超える老人であり、開祖に崇拝染みた意識を持っていた。
      当主本人には幼児虐待の趣味は無いが、開祖の命とあっては否応も無い。
      そして女王は『巻き込まれる事は確定している』と述べている。
      グレンダンには彼の記録が初めから合ったのだろう。
      果たして、卵と鶏、どちらが先なのだろうか・・・・・・。

      割と重要な設定なのだが使わなかった理由は単純に、コレを書くとオリキャラオンリーの超展開になるから。
      数百年単位だと女王も流石に生きてないっぽいしなぁ。

 ・アルトゥーリア流戦舞
   因みに、『せんぶ』ではなく『いくさまい』である。
   名前の由来は某ハラペコ騎士王・・・ではなく、聖譚曲を意味する『オラトリオ』を崩した物。
   オラトリオと言う名前を持つ某作品の某キャラの性格である『外面良くて悪足掻き』と言うのが、実はカテナのモデルになっていたりする。
   まぁ、オラトリオっつーか、実質正信って感じだけどなー。蛇君はコードか?
   二刀流が好きなのでオリキャラは二刀流にしようとか適当に考えた後に、でも刀剣類は在り来りすぎてアレだよな、とか思い立ち、じゃあ何か変なのでという方向となって、扇となった。
   戦闘方法はハクオロさんが戦っているシーンを思い浮かべれば大体間違ってません。
   後は、主人公っぽいスペシャルさが欲しかったので空を飛んでもらいました。
   ・・・・・・どうでも良いけど、汚染獣がいるから航空機が仕えないって設定、意味が良く解らないよね。
   あれだけオーバーテクノロジーに溢れていれば、自由軌道型飛行機くらい作れそうな・・・・・・。

 ・奏楽都市ハルメルン
   初めはねずみの王国でパレードしてるイメージだったんですけど、主人公が扇持つようになった辺りからエイリアンに襲撃されやすい日本の古都のイメージになりました。碁盤目状。
   因みに、原作設定的に古代の遺跡から漢字を発見とか言う俺設定はアウトである。
   まぁ、記憶してた人がいたのかもしれんが。
   歌錬剄で老性体すら追い払っていたのに、ある日突然滅んだらしい。
   歌錬剄が通用しない巨人型汚染獣が出現したとか言われているが、生存者0(公式発表)のため証拠は無い。
   その後は、劇中で語られている通り。

 ・強襲猟兵部隊
   戦場の蛭。錬金鋼は共通してパイルバンカー型。ヂヂリウムは鬼門である。
   前述したが、このSSはもっとおちゃらけた話にするつもりだったので、当初はこんな設定は無かった。
   ・・・・・・が、まぁ即興で主人公の過去を書いた折にエスカレートしすぎてこんな事になった。
   因みにこんな所にぶち込まれた理由は、『開祖がそう言い残していた』からであり全く自業自得である。
   女王としても、予定通りに事を進めれば手駒が増えるのだから、やらない理由も無かったのだろう。
   ・・・・・・とばっちりを受けた孤児の諸君は哀れとしか言いようが無い。

 ・蛇君
   当初はマスコットっぽかったんですが、後に行くに従って武士になってます。喋ったの最後だけですが。
   始めは各話の冒頭は『蛇曰く』で始めようと思ってたんですよね。早々にリタイアでしたが。
   裏設定としては、レギオス世界はつまり『こう有るべき』と言う明確な目的を持って作られているのだが、そういった鋼鉄の意志を持つ人物達にも無意識下では『これ以外は無いのか』と考えてしまう部分があるのではないか、という所から着想を得ています。
   つまり、茨の人とか眠り姫とか猫の人とかの、『面倒だなぁ』と無意識に考えてしまった部分が形になったのが彼である。
   それゆえに彼は、積極的に戦おうとはしないのだ。
   ・・・・・・と言うつもりだったんだけど、普通の電子精霊になったよね、結局。むしろ戦ってるし。
   五十二話以降も続いていたら、この設定も生かされたのかなぁ。
   天剣創造は流石にやり過ぎたかなぁと反省していない事も無いです。
   まぁ、あそこで終わらすって決めてましたし。やり逃げっぽく派手にしてみました。
   
 ・感想
   皆様沢山のご感想を、本当にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。
   ・・・・・・因みに、個別に感想に対してレスをする、と言うのは趣味に合わないので控えさせてもらいました。
   自分が口の悪い人間だと自覚しているので、SS本体とは関係の無い問題を起すかもしれないと思っていましたので。
      
 ・Arcadia
   聖地。
   此処が無ければ久しぶりにSS書こうとか思わなかったよねー。
   ウェブでSSを公開するって、何年ぶりだったかな・・・・・・。

 ・奏楽のレギオス
   カナデ君が楽しく生きるためのレギオス。略して奏楽のレギオス。

      ・それだと、『そうがく』じゃなくて『そうらく』だよね。

   この二次創作。ジャンルは鋼殻のレギオス。オリキャラ物である。原作追従型でしょうか。
   二次創作の利点を生かして原作で説明しているところは積極的に省いて行きました。
   全五十一話。容量的にはラノベ換算で五百ページオーバーと言った所。二冊分くらい?
   話数切り替え時の説明を省けばもうちょっと短くなるでしょうか。・・・書き足しが逆に増えるか。

 ・鋼殻のレギオス
   聖書。原作である。一巻編はコレを和製英語っぽく読んでサブタイトルにしてます。
   面白いですが、最近はなんだか読者を楽しませるよりも作者が楽しむ事が優先されてるような。
   読んだ事が無い人はとりあえず読むと良いよ。アニメ版を見る前に。

 ・原作未読者は・・・・・・
   置いてけぼり。
   そりゃ、原作を好きな自分のために書いているのだから当然である。
   ラストの方が訳わかめと言う意見も多かったですが、むしろそれ以前まで着いてこれたことがスゲーよ。
   基本的にこの二次創作は、適当に状況の描写を避ける事で違和感を回避しています。
   作者、読者共にある『原作』と言う共通認識を頼りにした二次創作でしか出来ないやり方です。
   だから、ちゃんとこれだけで成立する作品にしようとすると、多分矛盾だらけで酷い事になるんじゃないですかね。
   ・・・・・・これは仕方ないよねぇ。素直に原作読んでください。

 ・細かい事は
   気にしたら負けである。
   余り深く考えないでタイプしてる事が多いですしねー。特に序盤!
   後戦闘シーンとかもアドレナリン出過ぎて後で見返すと色々と・・・・・・

 ・第二部
   最終話の最後の一文を付け足すかどうか迷いました。
   で、やっぱり終わらせると決めた作品に未練を持っていても仕方が無いだろうと思い付け足しました。
   お察しください。

     ・あと、見たい展開とかは自分で書くと良いですよ。文章書くのはやってみると面白いですし。
      元々二次創作。誰かが自分の読みたいものを書くのを待っているよりは、自分で書いた方が早いです。
      こういう『場』を提供してくださっている方もいらっしゃるんですし、ね。

 ・後書き
   ようするに、此処である。何気に本編最長。
   一番上に書いたけどぶっちゃけトークする所なので途中の※印で言ってた所と違うところもあります。
   今までは本音3、建前7だったのを本音5、建前5に変えた程度の事です。
   まぁ、最後だし良いかなと思って無礼講バージョンでお送りしました。
      
   そんな訳なんで、コレにて終幕とさせて頂きます。
   読了、真にありがとうございました。


 ― 後書き:End ―



[8118] 新春番外編
Name: 中西矢塚◆6eb79737 ID:9c4463c8
Date: 2010/01/01 15:32

  - いつか、どこかで -



 ツェルニは学園都市である。
 
 若者しか居ないその都市にとって、伝統や文化と言うものは、どちらかと言えば古臭くて自らを縛るものとして倦厭されるきらいがある。
 で、あるならば最も各都市の伝統、文化性が反映されるであろう祭事に於いて求められるものは、先進的な流行を追い求めたものである事が多い。
 それが新年の祝賀ともあれば、司祭が厳しい面を浮かべて祝詞を紡ぐ事など退屈極まりなく、欲するものは干からびた古臭い雅楽などではありえない。

 風船が一斉に放たれ、レーザー光線がエアフィルターに色鮮やかに反射して、この日のために機械科が用意した小型の飛行船が、紙吹雪を舞い散らす。
 街路を生める群衆は、電飾で飾り立てられた車両の上で踊る”舞”芸科の女性徒たちに喝采を上げ、ソレを囲う楽芸科の奏でる華やかな音楽に歌い、踊る。
 夜通しで、それは新年の祝賀と言うには華やかに過ぎるパレードであった。
 
 日付が変わり、新しい年が始まる事を、自らの望む形で祝いつくす。
 ソレがこの学園都市ツェルニに於ける、新年一度目の夜の過し方だった。

 「そんな良き日に、こんな場末の喫茶店でコーヒーを啜る事しか出来ないなんて、寂しい人ですねぇおハルさんは」
 「ははは、外を見れば馬鹿ップルどもが楽しそうに練り歩いているのに、こんな店の片隅でブッシュドノエルを追加注文をしているロスさんには適いませんよ」
 
 あと、店の中で場末とか言うのはどうかと思う。只でさえ一度出禁を食らった店なのに、此処。
 新年だから普段は行っていない深夜営業をしている喫茶店で、新年なのに何時もと変わらずロスさんと紅茶を啜っているこの僕、カテナ=ハルメルンな訳だが、実はこんなところで時間を潰していられるほど暇ではなかったりする。
 「いい加減、ソレ食ったら仕事に戻らせてもらえませんかね」
 消極的にロスさんにお伺いを立ててみるのだが、彼女の口調は新年だと言うのに何時もと変わらず冷めたぞんざいなものだった。
 「喧嘩は祭りの華と言ったのはカー君ではないですか。都市警がわざわざ出張るなど、パレードに水を差す空気を読めない行為ですよ」
 そう、都市警の巡回中だったりするのだ、僕は。

 その日、礼儀正しく都市警察本部に顔を出した僕は、年の瀬だと言うのに仕事机の上に書類を溜め込んでいる上司から一つ仕事を頼まれた。
 咥えタバコ以外の何物も似合いそうに無い上司から、わざわざこの一番面倒ごとが起こりそうな新春パレードの時間に警備に割り当てられているのである。
 因みに後輩の元気な女子は、流石に可哀相だと仕事から外されている。
 この仕事に疲れた中年のオッサンにしか見えない上司にも、年頃の少女に友達と一緒に新年を祝わせてやる程度の配慮は出来るらしい。
 今頃彼女は何時もの三人組で、パレードの一部と化しているのだろうか。

 どうせ三が日が終わる前から忙しい筈なんだから、年初めくらい暇で居させてくれと嘆願してみても、行きつけのバーへと向かおうとする上司は全く聞き入れてくれなかった。まぁ、ようするに上司は上司でやる気が無いと言うか、どうせ何か起こっても、パレードの主催である学生会の責任になるだろうからと、いじけ気味なのである。
 そう、このパレードの警備は、何故か意味もなく選抜小隊が参加していたりする。礼装に身を包んだエリート達を道に並べておけば、祭りの華にもなって一石二鳥とでも言いたいのだろう。
 確かに、こんな祭りの夜にまで忌々しい都市警察の腕章付きの生徒など見たくもないだろうし、やりようは解る。

 でもどうせ、何かトラブルが起こったら責任が都市警察に擦り付けられたりするんだろうなぁと言うことなので、僕は上司からトラブル発生時の言い訳―――目撃用だ、ようするに―――としてパレードの巡回警備を押し付けられたのだった。
 なんという理不尽。
 そして更なる理不尽が、仕事中の僕をひっ捕まえて客の全く入っていない喫茶店に連れ込んで財布代わりにボンコパンを注文している目の前のお嬢様だったりする。
 ごめん、店員さん。僕らが居なければ外に出てパレードの見学にいけたのにね。
 ホントマジでごめん。売り上げには貢献する。

 「やる気も無いくせにやる気あるフリをするのは悪い癖だと思いますよ、カー君。どうせ貴方が居なくても、貴方を便利使いしたいであろう何処かの眼鏡が口裏あわせとかするはずですし、心配無いですよ」
 「その口裏あわせのせいで貸し一つとか言われて何か無理難題を押し付けられると怖いから、とっとと仕事に戻りたいんですけどね」
 言葉と共に突き出されたフォークに刺さったジョーヌジョーヌのカケラを咥えながら、僕は言った。

 いや本当に、詫び代わりに小隊に参加してくれとか今更言われても、全力でお断りですから。
 僕には集団行動は、やっぱり向いてないし。

 とは言うものの、実は動く必要も無いのだなと言うのは僕は理解していたりするのだ。
 新年だと言うのに晴れ着も着ずに何時もの制服姿のロスさんの腰に巻かれた剣帯の”中身”は、何故だか桜色に発光しているし、外のパレードの景色を美しく見せるためか、店内の照明は抑えられて居る筈なのに、何故だか僕達が座っている片隅のテーブルだけが、淡い明かりで満たされている。

 「……念威使いながらケーキ食うとか、燃費悪すぎません?」
 
 思わず言ってしまったら、思いっきり脛を蹴り上げられた。
 痛い、久しぶりに食らったせいか、超痛い。

 「そのうすら馬鹿のような言葉、不愉快です」

 ロスさんは不機嫌そうに口を尖らせていた。
 うすら馬鹿、ね。まぁ、そろそろ長い付き合いだし、お互いどんな時にどんな態度をするかぐらいは、解るか。
 つまり遠慮と労わりは違うと言う事で、僕はこの目の前の愛らしい少女の努力を、今侮辱してしまったと言うことだろう。

 ―――ロスさんはこの時間を、大切にしようとしてくれているのに。

 「……僕も、制服にすればよかったかな」
 花吹雪のあしらわれた自身の着物姿を見下ろしてため息を吐いた僕を、ロスさんは鼻で笑い飛ばした。
 「今更、ですか? 生徒だったのは大分昔の事でしょうに」
 「いやいや、昼に銀髪眼鏡のところに顔だしたら、休学扱いで学籍残ってるとか言われましたよ。……いや、だからと言って久しぶりに会ったヤツにいきなり仕事を押し付けるガレンさんとか、人の得物を奪い取ろうと目を血走らせるセロンさんとかは正直どうかと思うんですけど」

 いや、本当に。特にセロンさん。技術者ってのは未知の物に対する探究心が強すぎる。
 ……まぁ、会って早々喧嘩―――本人曰く訓練―――を吹っかけてきた何処かの小隊長よりはマシなのだろうか。バトルか技術か知らないが、ジャンキーである以上どっちもどっちだが。
 帽子の人は笑うだけで役に立たないし。
 そんな話をおどけながら続けていると、何故か目の前のお姫様は不機嫌になっていった。

 「……久しぶりにツェルニに戻ってきたと思ったら、そうですか。そうやって男友達と遊ぶ事の方が重要ですか」

 ―――何より?

 それはフェリさんの口からは語られなかったけれど。
 自惚れじゃなくて、僕には理解できたんだと信じたいから、僕は自然と微笑んでいた。
 そんな反省のカケラも無い僕の態度に、フェリさんは眉根を尖らせた。
 薄く紅色に染まった頬が、可愛いなぁとそれこそ馬鹿のように思ってしまうのだから、僕はやはり相当参っているのだろう。
 
 ―――何に、とは聞かないで欲しい。
 それこそ新年から、ご馳走様などと言いたくもあるまい。

 いやでも、本当に。
 必要も無いのに仕事の肩代わりとばかりに念威飛ばしてくれてるところとか、愛らしすぎてどうしようもない。
 喫茶店の全面窓の向こうに見える、高い建物の屋上からこちらをピーピングしているロンゲとかにも分けてやりたい愛らしさだ。……実際分け与えたら気持ち悪い事しかりだろうが。あと、一緒に覗きしながら気まずい思いするくらいなら、そのロンゲを止めろよ天剣授受者。

 「―――ハハ」
 「なんですか、突然一人笑いとか。モテない生涯独身男みたいで気持ち悪いですよおハルさん」
 「ああ、いえ―――すみません」
 あまりにもツェルニらしい、ひたすらにこの場所らしい情景に、突然胸の奥底から笑みが沸いてしまったのだ。
 何よりも目の前の女性が、僕をこうして好き勝手に振り回してくれる事こそ、その事実がとても、笑い出したいくらいに、嬉しい事。

 腹の中でとぐろを巻いていた何かが、若いなとため息を吐いたように聞こえたけど、そんなものは知らない。

 そうとも、知らない。
 今日は新年、此処はツェルニで、外ではパレードだ。
 目の前には美少女が居て、僕は一人身の男で、外には楽しい事がきっと沢山あって。

 ―――それが、一夜の刹那で消えてしまう夢のような時間であっても。―――そうであるから、こそ。

 たちあがり、手を差し出す。
 銀髪の姫君に、芝居のように、芝居よりも芝居がかった仕草で。

 僕と一緒に、今年一年の始まりを、どうか祝ってもらえないでしょうか、と。
 
 突然立ち上がって口上並べ立てる僕の態度に、ロスさんは困ったように笑って、それから、そう、言ってくれるのだった。

 何時ものように。

 ―――何時かのように。

 私の言葉は決まっているのに、そんな事も解らないのですか?

 ソレから最後に一言を。

 「本当に、馬鹿ですねぇ。おハルさんは」

 今年もきっと、いい年になるのだと、僕はそう思ったのだ。


 ― いつか、どこかで:End ―







    ※ 新年、明けましておめでとうございます。
      Arcadia様の存在を知り、二次創作活動を再開したのが去年の4月。
      こうして年を跨いでもソレを続けていられると言うのは、偏に皆様のお陰で御座います。
      その感謝を込めて、新年第一度目の一筆を執ってみましたが、如何でしたでしょうか。
      全てこの場を用いての即興でくみ上げていますが、自身で読み返してみると、まぁ、今年も何時もどおりと
     その一言で語れてしまうかもしれません。

      それもまた、由。
      現在連載中の二次創作のほうも、何処まで続くかはわかりませんが、どうぞ宜しくご贔屓にお願いします。

      それでは、今年一年、どうぞよろしくお願いします。
    
      2010年1月1日 中西矢塚


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