~オラクルベリー五日目~
昨日、戦士になったばかりの俺はさっそく、自分の装備を整えるために
街へと繰り出した。せっかく戦士になったのにそれらしくない格好をしていては
なった甲斐がないというものだ。
手元には、2700Gが残っており、基本の旅費以外には絶対に使わないようにと
500Gをリュカに手渡していた。
2700Gあればかなりちゃんとした装備がそろうはずだと朝から意気込んで、
武器屋と防具屋を転々と見て回っていると、偶然ロッジさんに出くわした。
俺に気づいて駆け寄ってくるロッジさんはとても楽しそうだったので、何か
いいことでもありましたかと尋ねてみた。
すると、一昨日から自分の店を構えたらしく、一番忙しい時期なのだという。
店にはエナとルリがいるからぜひ寄って行ってやってくれ、と言うと
たくさんのメモを片手に活気溢れる街へと消えていった。
教えてもらったロッジさんの店に着くと、エナさんが店のカウンターでせっせと
何かを書いている最中だったが、俺に気づくと明るい笑顔で出迎えてくれる。
「まぁ、いらっしゃい。何かお買い物?」
「ええ、武器と防具を買うつもりなんですよ」
「あらぁ!奇遇ね。うちは道具屋を始めたの。
薬草から鎧まで何でも揃ってるわよ」
エナさんがここまで商売上手な人だとは思っていなかったが、
あの時の恩もあるので、ここで何か買っていこうと決めた。
店にはいろんな品物が満遍なく揃えてあったが、俺の一番関心を引いたのは、
隅の方に立てかけてある刀だった。
「これ、どうしたんですか?」
「それはねぇ、主人が仕入れてきたんですけど・・・
どうも無理矢理押しつけられたみたいで、、、
ほら、今は両刃の剣が流行りでしょう。
片刃のモノはどうしても売れ残るのよ」
剣にも流行が存在することを初めて知ったが、俺としてはこっちの刀の方が馴染みがあって愛着が湧きそうだ。
事実、俺の家には大刀小太刀が飾ってあったし。
「じゃあ、これを貰ってもいいですか?」
「あら、遠慮しなくてもいいのよ。同じ素材でできてるんだから」
「そんなことないですよ。コレが気にいったんです。いくらですか?」
「トキマ君がそう言うなら問題ないわね。1000でいいわ。」
とエナさんは刀をすぐに腰に差してくれた。
「なかなか似合ってるじゃない。初めて会った時とは別人みたいよ。」
エナさんはウインクをしながらそう言ってくれたが、俺は心臓がバクバクでどうしようもなく、ただ笑っているしかなかった。
そんな風に女の人から言われたことなんて一度もなかったし、第一、意識してしまう年齢差だからだ。
年は聞いたことなかったが、どう見ても24,5歳にしか見えず、失礼だが最初はロッジさんの奥さんだとはとても思えなかったからである。
「そ、そういえばルリはどこにいったんですか?」
慌てて話題を変える俺。
「今、お遣いに行ってもらってるの。帰ってくるまで待っててあげてくれるかな?」
こうしてルリが帰ってくるまでの間、良いモノの見分け方や騙されないための
術を教えてもらった。
話が終わるかそうでないかという時に、ルリが息を切らせて帰ってきた。
「ママー!あったよ!!おじさんがサービスだって2つも多くくれたんだよ!!」
「まぁ!ルリのおかげね。あっ、そうだ。そんなルリにお客さんが来てるわよ」
エナさんがルリをくるっと俺の方に向けると、一瞬の間を開けて、ルリが
こっちに飛び込んでくる。
屈んで受け止めると、ルリの何とも言えない独特のいい匂いがしてくるが、
これ以上の境界を越えてしまうと俺は本物の危ない人になってしまいそうだ。
俺の袖をグイグイとひっぱり、エナさんの方をちらっと見るルリ。
エナさんはくすっと笑うと、パパが心配しないうちに帰ってきなさいね、とだけ
ルリに言うと店の奥にパタパタと入っていった。
「お兄ちゃん、お買い物に行こっ!」
とルリは俺の手を引きながら人の波を上手にかわしながら進んでいる。
着いた先は服や鎧を扱っている仕立て屋のような感じの店で、服でも欲しいのかと
思っていると、
「お洋服買うんでしょ?」
と、そのくりくりとした瞳をこちらに向ける。
この子には人の心が読めるのだろうか。
「早く、早く!こっちこっち!」
いつの間にか店の中から手招きしている。
そこからはルリのペースに完全に巻き込まれてしまい、次々と鎧と兜の試着をさせられ、こっちの意向は無視して勝手に店のおばさんと交渉まで開始した。
両親に仕込まれたのか、あるいは天性の才能なのかは分からないが、恐るべき子供である。
結局、予算内で手軽なものをと思っていた俺の予定条件をドンピシャでクリアし、一人で回る時よりも半分の時間で、且つ安い値段でまとめてしまった。
丈夫な生地でできたバンダナに、剣道の防具をより実戦向きに、そして見栄えよく
作られた鎧、革の直垂を纏った俺はさながら中世の足軽っぽい格好だ。
しかも、ルリ曰くとても似合ってるとのことだ。
「ごめんな。付き合わせて。ルリも行きたいトコあるだろ?」
というと、じぃーと一点を見つめ、
「ルリねぇ、アイス食べたい!」
こういうところはまだ子供なのだ。
まあ、そこがこの子の魅力なんだろうが。
そんなルリになんだか安心し、微笑ましい気持ちになって
ルリの指す酒場へと入る。
だが、この世界にアイスがあることを初めて知った。
冷凍庫もないのにどうやって作るのだろうか。
店内は昼時から大分経ったというのに、かなりの人が入っている。
ボーイを呼ぶ声や、注文、歓声の入り混じる店内をぐるっと見回して
俺とルリは奥のカウンターの席についた。
ルリはアイスと一言だけバーテンに言うと足をブラブラさせながら
キョロキョロと落ち着かなそうにしている。
俺は、とりあえずウーロン茶と頼んだのだが、
彼は困惑しながら水を差しだしてきた。
「お客さん。すいませんねぇ。異国の飲み物はあまり数がないんですよ」
と申し訳なさそうにしている。
その代わりにサービスとしてルリにはオレンジジュースが出されている。
アイスがあってなぜウーロン茶が無いのか、そしてなぜ俺にじゃなく、
ルリにサービスするのかが気になったが、もう追及するのはやめておこう。
とりあえず、バーテンにこの街に初めてきたことを話すと、
戦士系の人はまず商店か商隊と契約をしてもらえば格段に暮らしやすくなるということを教えてくれた。
他にも、踊り子や吟遊詩人たちはカジノと契約を結ぶことで生計を立てているらしい。
ルリをあまり退屈させるのも悪いので、食べ終わったのを見計らって店をあとにする俺達。
だんだん夜の雰囲気へと移行していく街並みは、
とても鮮やかにそして暖かく見えた。
ルリを送っていくとすでにロッジさんは帰ってきており、
俺達を出迎えるその姿は日本のそれと大差なく、いつの時代も、
そして世界も人は変わらないということを証明している。
ルリの提案で夕食も同席させてもらうことになったのだが、一家の団欒を
邪魔するようで遠慮がちにしている俺に三人は本当によくしてくれる。
その食後、
「ずっと、気になっていたのだが・・リュカ君とヘンリー君はどうしたのかね?」
ロッジさんは膝の上にルリを抱いたままそう聞いてきた。
「二人はリュカの故郷に行ってみると言っていました。
だから今は別々です」
「そうか・・・。トキマ君、よく聞いてもらいたい。
もし、君が良ければの話だが、私と契約を結んではくれないだろうか。
恥ずかしながら、私のような小規模な商人と契約してくれる気前のいい武芸者が
なかなか見つからなくてな」
「俺でいいんですか?実戦経験なんてほとんど・・・」
「わっはっはっは!構わんよ。少なくとも私より腕はいいだろう?
よし、契約は成立だ!あぁ、今夜はよく眠れそうだ。なぁ?」
ロッジさんはエナさんに安心しきった表情を向ける。
「ええ、そうね。うちで買った武器があるんですもの。
トキマ君なら何とかなるわ。」
とエナさんも何だかよく分からない根拠とともに、そう言っている。
ルリがロッジさんの膝の上で、夢の世界へと舟を漕ぎだしていったので
起こさないように、俺も宿に戻ることにした。
何かあったらまた連絡すると声を殺して告げると、ロッジさんはルリを抱えて
二階へと上がっていき、一人残ったエナさんに見送られて、
ロッジ家をあとにする。
まだまだ、静まりそうにない夜の街の雰囲気を楽しみつつ、
宿へと向かって進みだす。
と同時に、ロッジさんの言葉が妙に引っかかっている俺だった。
契約の話をする時にリュカとヘンリーの行方を聞いてきたのは、俺ではなく
彼らと契約を結びたかったのではないだろうか。
ロッジさんは森での戦闘を間近で見ていたわけだし、
契約がどんなものかは知らないが、戦闘技術が絡んでくることはバーテンの話からも想像できる。
となれば、俺がいたところでどうなるかなんて考えずとも分かるというものだ。
しかし、リュカに絶対無駄遣いするなと言っておきながら、
俺自身も若干舞い上がっていたせいか2700Gもあった金はすでに100G弱までに減っている。
これでは示しがつかないではないか・・・。
結局、契約をして仕事をし、リュカ達が帰ってくるまでに相当の金を貯めておかなければならないのは事実であり、あれこれと考えている暇はなかった。