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[8303] 【習作】強き心は次元をも超えた!? (現実→ドラゴンクエストⅤ) 
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2017/05/24 20:01
 初めまして。豚真珠といいます。
少し前から、ここのSSを読ませてもらっていました。
PCを使うのも文章を書いて人前に晒すのも初めてなのでお手柔らかに
付き合ってやって下さい。

2011.2.9
このssは完結を目指して頑張っていきます。
皆さんのご指摘を真摯に受け止めながら努力していこうと思っていますので、どうぞよろしくおねがいします。
そのため突っ込みどころや、「おいおい・・・」な事も満載になるかもしれませんが、そういうものなんだと割り切ってもらえると作者は悶えます。

もし不快になられた場合は申し訳ありません。

このssは私自身の文章力をあげる目的も若干込められていますので
指摘やアドバイス、その他ございましたらお気軽にしてやって下さい。
是非、よしなにお願いします。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第一話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2015/05/10 22:53
 本日は快晴。
という言葉で片付けては惜しいほど晴れている。見上げていると吸い込まれそうだ。
これは、自分が大学に無事に転がり込むことができたことに対する
天からの祝福なのだろうか・・・。
 
「雲はいいなぁ」

ふと自分の口から洩れたマヌケな一言に、驚いていた。
俺ってこんなにメルヘンな人間だったのだろうか。
いや、大学という新しい空気の中にいるせいで、気持ちが浮ついているに違いない。
ふと気がつくと、周りの人たちが俺に視線を向けていた。
そりゃぁそうだろう。キャンパスの真ん中で、
しかもずっと空を見上げているやつがいたら、
俺も迷わずガン見するし、話のネタにする。
 俺は顔を焼きリンゴみたいに染めながら、何事もなかったかのようにその場を去った、
というよりこの場合、逃げたという表現の方が正しいかもしれない。
堂々と去ればまだ格好いいのかもしれないが、
そんなことができるほど俺は度胸のあるナイスガイではないのだ。


 北条時馬(ほうじょうときま)これが俺の名前だ。
俺が生まれた時に、じいちゃんが

「我が家の跡取りたる長男にはこの名前しかなぁい!」

と強引に決めたそうだ。
「時馬、お前の名前は遠いご先祖様のそれはそれは由緒ある・・・・」

「・・・。」

「これ!聞いとるのか!!」

こんな会話を小さい頃じいちゃんとしたのを、曖昧だが覚えている。
大学の合格が決まった日から、それこそ産まれてきた時から繰り返し聞かされてきた
ご先祖様談義をじいちゃんはぱったりとしなくなった。
これから先は自分で道を切り開いていきなさい、という暗黙のメッセージかなのか、
それとも自分の孫が由緒ある家系を背負って立つにはあまりにも非力すぎると愛想を尽かしたのか。

そんなことを思いながら歩いていると、
赤いレンガ造りの大きな建物が目の前にそびえていた。
周りにはカレンダーでよく見るような並木道のようにきれいに木が植えてあり、
大学の中にいることを忘れてしまいそうだ。
そして、どうやってここまで来たのかも忘れてしまった。というか、思い出せない。
帰るべきか、もう少し徘徊してみるか、あるいはズボンのポケットで振動中の携帯を取るべきか。


俺はポケットに手を伸ばして震え続けているそれを確認すると、友達からのメールであった。
これから、早速知り合った人達と近くのファミレスに行くことになったらしい。

『女の子もいるし、折角だから誘ってやった』

という上から目線の文面が心底気に入らなかったがここでこの話に乗らない意味が分からない。
キャンパスライフが薔薇色になるか暗雲が立ち込めるかはこういった些細なきっかけが左右するのかもしれないのだ。
来た道を引き返そうと踵を返した途端、

「あ、あのぅ・・・」

と誰かが声を掛けてきた。
ふと見ると、小さな男の子と女の子が目の前に立っている。8歳ぐらいだろうか。
育ちのよさそうな男の子はどこか落ち着かなさそうにしているし、肩まで伸びた綺麗な黒髪を靡かせながら女の子は意味ありげな微笑を俺に向けている。

「迷子・・・?お姉さんかお兄さんとはぐれたの?」

「お父さん・・・」

男の子はどこか消え入りかけそうな声でそう言った。
なるほど、どこかの教授の子供たちか。にしても、こんなに広い学内で二人を置き去りにするとは酷い事をするものである。
男の子の声を聞いて、一瞬、顔色を変えた女の子は彼の手をぎゅっと握り締めて

「私達、あの書庫に入りたいんです」

とレンガ造りの建物を指差した。今時、珍しい教育を施された子供たちである。
図書館を書庫などと教えるとは、よほど変わり者の教授を親に持つらしい。

「書庫?」

女の子の指す先には

『第二図書館』

と書かれた木製の看板がかかっている。しかし、書の字はもはや消えかけていて、
どことなくさびしい感じが辺りに漂い気味が悪い。
それに人の気配が全くないのだ。食堂や学部棟の周りには初詣並の人がいたというのに。


 重厚感のある木造のドアを開け、中に入ってみる。
床も木造で、入口のすぐ横に事務室のような小さな受付があり、
窓口には優しそうなおばあちゃんが座っていて何かを書いている。
新しく発行されたばかりの学生証をそのおばあちゃんに見せ、中に入ってみると
正面にはもう一つガラスの扉が静かに来る者を待ち構えている。
ガラス越しには、机に座っている学生が確認できるだけでも三人。
本棚を眺めているのが一人。
ガラスのドアを開けて子供たちを通してあげようとしたときにはもうその姿は見えなくなっていた。
まさか学生証を見せているわずかな時間でここを通り抜けたというのか。
そのまま木と本の匂いが入り混じり独特な雰囲気を醸し出す空間へと飛び込んだ。
建物はレンガ造りなのにこのガラスの扉は少しナンセンスなのではないか
という平凡な感想を抱きながら。
中は思ったよりもずっと広く本棚の数も軽く五百を超えていそうだし、
何よりも天井が高いのがこの空間が大きく見える最大の要因だろう。
そして何よりも、どこか懐かしい感じがする事が俺の足をさらに奥へと進ませた。

「マジで・・・?これで第二かよ・・・。」

きっと第一図書館など東京ドームくらいあるはずだ。
ビールをしょったバイトの学生が図書館で売り歩く姿を想像して
一人でニヤついてしまった。完全に不審者だ。
慌てて顔をできるだけシリアスに保ちグルっと一周することにした。
口角が上がっているような気もするが気のせいだろう。


かなりの蔵書があるらしく、さすが大学といったところか。
日本文学・西洋文学・地理・歴史・料理・健康・ガーデニング、、、、、

「ガーデニング!?」

この図書館はジャンルが偏っているような気もするが。
そもそも、大学生がガーデニングについて学校で調べることなどあるのだろうか。


その後も意味もなくただ歩き回っていると、
その他と書かれたかなり漠然としたジャンルの前で足を止めた。
なぜか心臓の鼓動が速くなっているのを感じながら本を物色していると、
背表紙が擦り切れて読み辛くなった黒い本を見つけた。
『――物語』
元々は金色の文字が背表紙を飾っていたに違いない。
擦れてはいるものの辛うじて判別できる物語という文字がかつての面影を残す怪しさ80%のその本を手に取ってみる。ずっしりと重い。
さらに本を取った隙間から、その棚の向こう側にいた人の姿がちらりと見える。

本を開くと、何も書いていない。
印刷ミスかとも思ったが、確かに背表紙には物語と書いてあったはずだ。
それにこんな何も書いていない本を利用する人なんていないだろうし、
どうすれば、こんなに擦り切れるのか?
素朴な疑問を残しつつ1ページずつめくってみるがやはり何も書いていない。
騙された気分と怪しさが120%に上昇した本に遭遇した興奮で一杯になり、
ちょうど真ん中辺りのページを雑に開いたとき、
ミステリーサークルのような円形の模様が描かれていた。
マンガとかによく出てくる魔法陣といったやつの方が近いかもしれない。
もう怪しさは300%を超えている。気味が悪い。
慌てて閉じようとしたが、少し気になってその絵に触れてみた。
なぜ、触れてしまったのか今は分からない。そもそも、触って何がしたかったのか。
とにかく俺が触れた瞬間にそれは青く滲みだして、
浮かび上がり俺の胸を中心に半径3メートルくらいにまで広がったのだ。
よくテレビで見る特番の古代文明の文字のような模様が見て取れる。
声も出ない。足も動かない。

「何で?いや、ちょっと待って・・」

動揺するしかない俺に対して、その後の展開は容赦のないものだった。
次第にゆっくりと魔法陣が回転し始めて、光り輝いた。
そこからの記憶が俺には残っていないが、先程の子供たちが少し離れたところからこちらを見ていたような気がした。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/04/29 01:05
 ひんやりと、地面が冷たい。
いや、地面だけではない。この場所そのものが寒いのだということに
気がついたのは、意識を取り戻してから少し間が空いた後だった。
いくら大学生になりたてとはといえど、
あんな幻覚を見るなんて、正直、浮かれすぎだろう。
石の壁が右側から前方に続いている。天井はないのでどうやら屋上のようだ。
左側は見渡す限りはあるが180°の絶景が広がっており
雲が辺り一面にうっすらとかかっていて、
その下には、時折、光が反射し白い波が確認できる海と
緑の大地が見える。

「一体、どこなんだ?
えっと・・・図書館じゃないよなぁ」

自分が立っているところは確かに石畳だが、レンガの上ではない。
あいかわらず空は透き通っていて、
ボールドのCMなんかをここでやれば爽やかさに拍車がかかりそうだ。
なんてバカなことを考えながら、本題に戻った俺が最初に思ったのは、

「ちょっと誰か人を探そう」

ということだった。
日本人の典型的な行動パターンなのだろうか。
まぁ、日本人だから仕方がないのだが。



誰もいない。



 学内にこんなスポットがあればカップルの一組や二組いてもいいはずなんだが。
そんなことを考えながら、壁伝いに歩いていると曲がり角が見えてきた。
とりあえず、曲がってみる。
すると、そこには石やつるはし、麻の袋が無造作に
そして大量に放置されている広場に出てしまった。
広場の隅の方には下に続くと思われる階段が見え、
きっと工事中なんだと勝手に思い込むことにして、
人探しのために、階段を下りてみようと歩き出した瞬間、

「いつまで休憩してやがる!さっさと始めやがれ!!」

野太い男の声が下から聞こえてきた。
その声に続くように、ボロボロの服を着た人々が次々に、
這い上がるようにして階段をけっこうな勢いで上がってくる。

「うわぁ・・・」

俺の口から出たのは、うめき声にも似た、驚愕と
半ば軽蔑が混じったものだった。
今まで、どの工事現場でもこんな光景は見たことがないし
みんな古代ギリシャ人を想像させるような服装をしていて、
奴隷のようにすらみえる有様だ。

「おい!テメェ、そこで何してやがる!!」

そう声を掛けられるまで、自分がどこで何をしているかなど、
一切を忘れていた。
反射的に逃げ腰になってしまい、

「すいません。すぐ帰ります」

と男の方を向いて答えると、

「すぐ帰るだと!?死にてぇのか?」

という意外すぎる反応が返ってきた。

「そんなシャレた服いつ拾ってきた!?
作業着はどうしたんだ、作業着は!あぁ!?
だいたいどこの組なんだテメェはよ!?」

怖い。怖すぎる。任侠映画でもこんな迫力は、
滅多に出ないのではないだろうか。
あまりの迫力に目が回りそうになり、背筋が熱くなっているのを感じた。
咄嗟に、今一番はっきりさせておかなければならないであろう返事を返した。

「く、組・・・ですか?
じ、、自分は組には入ってません!」

これで分かってくれるだろう。俺は立派なカタギの人間だということは、
今ここに証明されたのだ。

「テメェ、自分の作業担当の組すら言えネェのか!?
どうやら本気で立場を分からせないといけネェみたいだな!!」

作業担当?そうか!それが組み分けされているのか。
分かった時にはもう手遅れだった。
男がにじり寄ってくるのをただビクついて待っているだけの俺。
なんと情けないことか。
しかも、近づいてくるほどその男がいかついことがはっきりと分かる。
腕をつかまれ、引きずられるようにして階段を下らされていく。
指でも詰めさせられるのか。マジで怖い。心臓がバクバクだ。
下に無理やり連れて行かれると、下は下で別の問題が起きていた。



 二人のこれまた強面の男と、
二人の作業着を着た俺と同学年と思われる学生が乱闘している。
その乱闘騒ぎの横では金髪の女学生が気を失っているのか、
倒れこんでおり、それを囲むように幅広い年齢層の作業着姿の人たちが、
眺めている。
その状況がはっきりと飲み込めないまま、乱闘騒ぎの中心まで引きずられ、
女学生の横に突き飛ばされた。

「うぅ・・お願いです。許して・・・。」

気を失っても脅されている夢を見ているのだろうか。
いくら何でも、やりすぎだと抗議の目を、俺を引きずってきた男に向ける。
男はニヤニヤしながら乱闘を見物しているが、俺と目が合うと表情を変え、
こっちに向ってきそうな仕草をみせた。
ちょうどその時、

「何をしている!騒ぐんじゃない!!」

声からして、あまり怖くはなさそうだ。
その声の主がこっちに近づいてくるのが分かる。
座っているここからでは見えないが、かすかに金属の音も聞こえる。

「へぇ、こいつらが急に襲いかかってきまして」

最初から乱闘に加わっている強面の男がそう返事をした。

「そこの女と介抱している男は?」

介抱している男?もしかして俺?
誤解だ。俺は何もしてないんだ!
ただ、急に連れてこられて・・・

そんな風に言い訳を考えていると、

「この女も反抗的だったものですから、つい・・・」

おいおい、『つい』でやっていい範囲とそうでない範囲があるだろう。
今回は明らかに後者だ。口には出さないが。

「こいつは上にいたところ怪しかったので連れてきやした。
妙な服着てやがるし、きっとグルですぜ」

俺を引きずってきた男が、急に話に割り込んだ。

「・・・分かった。そこの男は全員連れて行け。
関係無い者は早く作業に戻るんだ」

ちょっと待ってくれ!
そもそも、何が分かったっていうんだ!!!

そんな心の中の抵抗も空しく、乱闘の張本人である学生二人と一緒に、
露骨に牢獄の雰囲気を醸し出す鉄格子の中にぶち込まれた。



「ジメジメして気持ち悪い牢屋だぜ」

髪が緑色の学生がそう口火を切った。

「仕方ないよ。今は我慢しよう、ヘンリー」

ヘンリー?あだ名なのか?

「リュカも変ってるよなぁ、よく我慢できるもんだぜ」

ヘンリーにリュカ・・・か。
ちなみにリュカの方は黒髪だ。

「そういえば、巻き込んでじゃって悪かったね。
君の名前は?見かけたことない顔だけど」

リュカが笑顔で話しかけてくる。
こんな時に笑顔でいられるとは・・・。

「北条時馬です」

言ってから思ったが少し冷たい言い方になったかもしれない。

「ホージョートキマ・・・珍しい名前だね」

いえいえ、あなた達のあだ名よりは普通ですとも。

「僕はリュカ。そしてこっちは、ヘ」

「ヘンリーだ。よろしくな」


ヘンリーがリュカの言葉を遮って答える。
自己紹介が一通り終わるとヘンリーとリュカがふたりで、
今夜の水汲み当番の話や、共同部屋の掃除について話し始めた。
すぐに解放されるとでも思っているのだろうか。



 一つだけ、ここにぶち込まれる直前から思い始めたことがある。
それは、これが全部夢ではないかということだ。
見たことのない労働環境に服装。
近代的な設備の一つもない工事現場。
それに何よりも、この緊張感のない牢獄でのひと時は、
これが夢であると判断するのに十分だった。
普通、十代後半の学生が牢屋に入れられて、ここまで心穏やかに
いられる訳がない。この体験が夢であると思い始めた瞬間から、

「どうせ夢なら覚めるまで楽しんでみるか」

という、楽観的な考えが頭を支配していた。

「夢がどうかした?」

唐突にリュカが話しかけてきたので慌てて、

「いや、何でもないよ。」

と返事をすると、またニッコリと微笑みを返してくれた。
こういう人を癒し系というのかもしれない。
口に出して言ってしまっていたことに驚きつつ、
もう一度自分の頭の中に意識を集中させた。
とにかく、かなりリアルな夢であることは間違いなく、
こんな夢は今まで一度も見たことがない。
夢なのに思考がきちんと回っているし、手の感覚なんかも完璧だ。


 そんなことを一人で悶々と考えていると、
こっちに近づいてくる足音が二つ聞こえてきた。
だんだん大きくなってくる足音にさっきの金属の音が
加わっているのを聞いて、ヘンリーが身構えたのが分かった。
そして、現われたのはかなり意外な組み合わせで
俺たちを牢屋に入れるように命令した男と先ほどの女の子だ。
さっきから響いていた金属の音は、この男が鎧を着ていたからだったのか。

「マリアさん!ヘンリーと心配してたんですよ」

リュカが笑顔で話しかける。
もう少し警戒したらどうなのか。
とはいえ、俺が物思いにふけっている間に、二人で女の子の話もしていたらしい。
どちらかというと、その話は聞いてみたかったような気もするが。

「マリア!その横の野郎は!?」

ヘンリーも強気で尋ねた。
あなたもそんなにその男を挑発しないでくれ。
殺されるかもしれないというのに。

「こちらは私の兄のヨシュアです。
今まで隠れて手当てをしてもらっていました」

マリアさんが声を殺して答える。

「お・・お兄さん!?」

ヘンリーは動揺しているようだ。

「すみません!野郎とか言って。
まさかマリアのお兄さんだとは思わなくて・・・」

「いいんだ。私にも責任はある。それに君達には他の奴隷と違って
生きる力にあふれているような気が前からしていたんだ。
そこで三人に相談なんだが・・・
マリアを連れてここから逃げてくれないか?」

ヨシュアさんはじっと俺たち三人を見つめており、
リュカとヘンリーも困惑したような表情で互いにうつむいている。

「分かりました。やりましょう!
それで、ヨシュアさんはどうするんですか?」

俺が極力、明るめの声で返事を返した。
どうせ夢なんだ。
こんなリアルな夢も滅多に見られるもんじゃないし、
もう、なるようになれだ。

「そうか!やってくれるのか!!
私が一緒に行くと、君達が追われることになる。
だから私が君達を処刑したことにして、死体を葬る際の
樽に入れてそこの水路から流す。それでここからは出られるだろう」

「おい、ホージョートキマ。勝手なこと言うなよ。
お兄さんを置いていけるわけないだろ」

ヘンリーが遠慮がちに言葉を発した。

「それはそうだけど・・・」

夢だから大胆にやると決めたばかりなのに。
やっぱ、情けないんだな俺って。

「ありがとうヘンリー君。
君になら安心してマリアを預けられそうだ。
頼んだよ。リュカ君、ホージョートキマ君。
さぁ、時間がない。もう行ってくれ!」

その横ではマリアさんがうっすら涙をうかべている。

「兄さん・・・。ごめんなさい・・・」

「マリア・・・。これを持って行ってくれ。
母さんの形見だ。」

ヨシュアさんの左手に銀色のきれいな十字架が輝いている。
マリアさんは無言で受け取り、ヨシュアさんと
おそらく最後になるであろう抱擁を交わしている。
そして、何かを決意したかのように俺達の方を振り返り、

「さぁ、行きましょう!」

と、きれいな金色の髪を束ねて樽に乗り込んだ。
その後ろ姿はとても凛々しいものだったが、
どことなく寂しげに髪がなびいていたのは気のせいではないだろう。
ヘンリーも続いて乗り込み、リュカもその後に続こうとしていたので、
俺はヨシュアさんに一礼して素早く樽に乗り込む態勢を整えた。



 全員が乗り込んだのを確認すると、
ヨシュアさんは蓋を閉める直前に樽の中に大きな袋を無理やり押し込んできた。
さらに上から蓋をされたせいで圧迫されて、固いものが体に当たり、
ただでさえ狭い樽の中はまるで棺桶だ。
鎖の鈍い切れる音が樽の中にまで聞こえてきたのと同時に、
揺れが今までよりもさらに酷くなった気がする。
しばらくすると、テレビの砂嵐のような音がだんだん大きくなってきた。
ヨシュアさんは水路だと言ったので、
緩やかな川のようなイメージを持っていた俺は、
それが滝だと気づくまでに時間がかかった。

「もしかして・・・滝から落ちるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

遊園地とかのフリーフォールのような感じだ。
安全バーなんてもちろん付いていない。
こうして、樽はそれはそれは高いセントベレス山の頂上付近から、
海抜0mへ垂直落下していきましたとさ・・・。



 大海原に投げ出されてから、どれくらいたったのかは覚えていない。
ただ、ヨシュアさんが最後に食料と水をリュカとヘンリーの荷物と一緒に
投げ入れてくれたおかげで飢え死にはなさそうだ。
夢でもおなかはすくようで、固いビスケットをほおばった。
俺が気を失っている間に三人で荷物の整理をしたらしく樽の中は、
多少の身動きはできるようになっていた。
ヨシュアさんがくれた食料は堅い大量のビスケットと
複数の革袋に入った水だけで、あとはリュカとヘンリーの私物だ。
せめて、果物くらい入れてくれてもよかったんじゃないかとも思ったが
時間もなかっただろうし、ここは我慢だ。


「リュカそろそろ見張りの交代じゃないか?」

「はははっ。ダメだよヘンリー。日が暮れるまでまだ少しあるよ」

「あのさぁ、見張りなんかもういらねぇよな?
な?ホージョートキマもそう思うだろ?」

こういう時だけ子犬のような目を見せるヘンリーは中々の策士だ。
結局、見張りはナシということになり、樽のふたを閉めて、
あとは四人で今までのことを色々と話した。


 話によると、十年も前にリュカは父親を殺されて、
ヘンリーと一緒にあの工事現場で奴隷として働かされていたらしい。
マリアさんについてはあまり追及されず、さっと流された感じだ。
六個の瞳が一気に俺を見る。
そこからは、かなりの質問攻めにあい、

どこからきたのか。

いつ奴隷にされたのか。

その変った服装は何なのか。

いくつなのか。

兄弟の有無。

どんな街に住んでいたのか。

魔法は使えるか。

魔物は倒したことはあるのか。

 最後の方の質問は意味が分からなかったので人並にと答えておいた。
そして分かったことは、リュカ、ヘンリー、俺の順番で年齢が一つずつ上がっていること。
マリアさんと俺が同級生だということだ。
それから、ホージョーが名字でトキマが名前であることを説明し、
これからは『トキマ』でいいことを伝えた。
いつまでもフルネームで呼ばれると、正直気持ち悪い。
それにしても、俺は正直に質問に答えたのに、奴隷云々やヘンリーに至っては王子だったという笑えもしない冗談で話をごまかすなんて、
年上を甘く見るんじゃない。


 そんな話で盛り上がり、眠りに就いたその夜更けに嵐に巻き込まれたらしく
樽がバーテンのシャカシャカするやつのように上下に揺れ、頭はふらふらになり、
荷物が樽の中を華麗に舞っている。
雨が樽をたたく音と激しい波風、そして四人の悲鳴が合わさりあい、
台風と花火大会を同時にやった感じになっている。


これでも夢なのか。
少しはこっちの都合に合わせた夢を見せてくれてもいいのに!
頼む、早く覚めてくれ!!

そう念じながら、激しい揺れに耐えて耐えて耐え抜く俺。
そのとき、なにかが後頭部に直撃し、
俺はシェイクされる物言わぬ荷物へと進化した。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/05/01 16:44
 目が覚めると、ベッドの上だった。
天井をボーっと見つめながらピントが合うまで待つ。
ようやくあの超絶にリアルな夢から抜け出すことができた嬉しさと、
なぜかもったいない事をしたような、すっきりとしない気持ちが渦巻いていた。

「はぁ・・。」

一息ついて、そういえば冷蔵庫の中にプリンが入っていたことを思い出し、
勢いよく起き上がり体内スイッチをonに切り替える。
俺が起き上ったのと同時に、

「よぉ!元気か?二日も眠るなんてびっくりしたぜ。
まぁ、その間に俺がきちんとみんなに説明してやっといたから心配すんな。」

とヘンリーが質素な朝食セットと見慣れない着替えを持って、
部屋に入ってきた。

説明?

ヘンリーが俺の家族に何を説明するというのか。

「え、何でヘンリーが俺の家にいるんだよ!?」

と当然の疑問をぶつける。
言ってから思ったが、現実で夢の世界の住人の名前を叫ぶなんて
俺の頭はもう終わりかけているのかもしれない。

「何言ってるんだよ。ここは修道院だぜ?
この修道院は神を信じるすべての人の家だってシスターは言ってたけど・・。
あっははは!トキマって意外と黒い奴だったんだな。
着替えと朝メシはここに置いとくからな。早く着替えてこいよっ」

 ヘンリーはかなりの上機嫌で部屋を出て行き、
急に静かになった部屋でゆっくりと頭の中を整理してみようとした。

だが・・・・・。

二日も眠っていたなんてありえない。
朝はじいちゃんが必ず起こしにくるのに。
修道院?
シスター?
ダメだ。考えれば考えるほど、掻き回されていく。
まだ夢を見ているというのか。

いや、そんなはずはない。

この感覚は間違いなく朝目覚めた時のアノ感じなのだ。
混乱したまま、とりあえずヘンリーの置いていった服に着替え、
朝食セットに手を伸ばし、パンを二口、牛乳を一気飲み、
そしてプチトマトよりふた回りくらい大きなリンゴを一口で胃に収めた。
そして、着ている服がだぼだぼのパジャマのようなものであったことに、
今更ながら気がついた。
きっと、誰かが着替えさせてくれたのだろうが・・・。
想像すると、変な妄想がはびこりかけた。
妄想を振り払い、着替えさせてくれた人にお礼をするためにその人を探そう・・・
ではなく、どんな人が着替えさせてくれたのかを確かめることが重要だ。
まずは確認しないことには始まらない。
ヘンリーとリュカを探すため部屋を飛び出した。

 勢いよく飛び出したものの、ここの構造が把握できていないので下の方から
聞こえてくるヘンリーの声を頼りに落ち着いて進む。
部屋のすぐ右隣にあった階段を下に降りていくと、
仁王立ちで待ち構えるヘンリーが現れた。

「遅かったな、トキマ。早くしないとマリアの洗礼の儀式が見れなくなるぜ!
リュカは先に行っちまったぞ!」

ヘンリーが後ろに回り込み背中を強引に押してくる。
押されるがまま、大きな講堂に入った俺たちはマリアさんがちょうど、
長老格のシスターから、清められた修道服をひざまずいて受け取るところだった。

「これであなたも今日から私たちの仲間です。
過去に縛られることなく、そして忘れることなく
共に神にお仕えして参りましょう」



 儀式が終わると、マリアさんは他のシスターとどこかへ行ってしまった。

「綺麗だったなぁ、、、」

「うん。あの修道服、サンチョが洗ったのと同じくらいシワがなかった」

「って、リュカそこかよ!!」

「え?何が?」

リュカはわざとやっているのだろうか?

「も・・もういい。それじゃ、俺たちも行くか!」

ヘンリーが意気揚揚と宣言した。

「「どこへ?」」

絶妙にハモった気恥ずかしさからか、リュカと目が合う。

「どこへ?じゃねえよ!おふくろさんを探すために旅立つんだよ!
それが、親父さんの最後の頼みだったじゃねえか!!」

「だから・・・どこへ向かうの?」

 リュカが純朴な目でまともな返事を返す。
それほど意外な返事だったのか、ヘンリーは驚きとまどっている。
そんなやり取りをに割って入るように、
今一番の疑問を解決すべく、
俺は持ち合わせた勇気をすべて出して切り出した。

「あのさ・・・少し聞きたいことがあるんだけど・・・」


 正直、理解できない。
リュカとヘンリーが説明してくれる全てが信じられない。
薄々、夢でないかもしれないと思ってはいたが、
やはりかなりショックだ。
時間がかかりそうだと判断したのか、
リュカが食堂に移動しようと言い出したので今は食堂にいる。

「だから!嘘じゃないって何回言えば分かるんだよ!!」

「ヘンリー、あまり興奮しちゃダメだ。目が覚めたばかりで
きっと、トキマも混乱してるだけだよ。ね?」

リュカはフォローしてくれるが、
混乱した頭はいまだ冷静な判断を下せそうにない。

「おやおや、仲間割れですかな?」

先ほど儀式を終えた修道院長が、気がつくと後ろに立って笑っている。

「ケンカはよくありませんよ。私でよければアドバイスくらいは
さし上げられるかもしれません。話してみてはくれませぬか?」








 リュカが丁寧に説明してくれた。

「なるほど。トキマ殿は魔物が全くいないところから、
しかも急にやってきたというのですね?それで魔法も見たことがないと」

「はい。一応そういうことになります」

「ほうほう・・それは大変でしたね。
して皆さんは異次元世界というのをご存じか?」

「聞いたことくらいは・・・」

ゲームや小説でよくあるアレのことだろう。
実在するなんて思ってもいなかったが・・・。
そう俺が答えると、二人は意外だと言わんばかりにこちらに顔を向ける。

「そちらのお二人は知らないようですね。
それでは私が教えてさし上げましょう」

簡単に、院長の話をまとめるとこうだ。
天界・下界・魔界、世界はこの三つで構成されているらしい。

神々の住む天界。

人間のいる下界。

魔物のいる魔界。

 それで、この中に含まれないのが、
時間の歪や何かしらの衝撃で発生する入口を通ってしか
行くことのできない異次元世界だということだ。
未来や過去の世界がこれの一種であるということらしいのだが。
夢の世界もそこに含まれるのかと聞いてみたが、
そこまでは分からないということだ。

「何にしても、この世界にやってきたのは神の御意思によるもの。
リュカ殿達と旅をしながらその真意を確かめなされ」

ぐうの音もでないというのはまさにこういうことを言うのだろう。

「そうですか・・・」

 そう言うのが精一杯だった。
それにしても、他人事だと思って院長は軽々しく確かめろなどと
言ってはいたが、まだこれが現実だと受け止めるには時間がかかりそうだ。

「な?俺の言ったとおりだっただろ?」

ヘンリーはもう怒りは収まったのか、さっきとは全然違う優しい口調で、
確認してくる。
もはや返事すらできない。急に独りぼっちになった気がして、
猛烈に寂しくなってくる。年甲斐もなくホームシックなのだろうか。

「まずは、北のオラクルベリーという大きな街に行きなされ。あそこは、
大勢の人が行き来する大都会ですからの」

「ありがとうございました。まずは、そこに行ってみます」

とリュカが答えた。

「トキマ殿はいまいち納得できておらぬようだが・・・。
なぁに、心配することはない。オラクルベリーには有名な占い師もいると聞く。
そうすれば、何か分かるでしょうて。」

「はい・・。」

「俺達の中でトキマが一番年上なんだからしっかりしてくれよな!」

 ヘンリーが背中を痛いほど叩きながら励ましてくれる。
泣きそうになっている自分にもう何度目か分からない情けなさを感じ、
それと同時に、少しだけここでやっていく気になり始めていたのは自分でも
意外だった。
それでも、これが夢ではないかという淡い期待は持ち続けていたのだが。

「お気をつけてくださいね。少しの間でも、皆さんと旅ができて
楽しかったです。私がいつでも皆さんの旅の無事を祈っていることを忘れないで下さいね」

マリアさんは微笑みながら見送りに出てきてくれている。

「今まで・・・ありがとな。
お、落ち着いたら迎えにくるからさっ。それまで元気にしてろよ!」

そう言うと、ヘンリーはくるっと反転して敷地の外に向かい始めた。
ヘンリーはいつもと比べると随分ぎこちない動きをしているし、
マリアさんに至っては耳まで真っ赤に染まっている。

「あ、ちょっと待ってよヘンリー!
院長さん、マリアさんありがとうございました。
僕も、もう行きます。」

「それがいいでしょうて」

院長はやさしく笑っている。
リュカはその言葉を聴き終わるとすぐにヘンリーを追いかけて行った。
巨大な袋をサンタのようなポーズで担ぎながら。

「トキマ殿は行かなくてもよろしいのか?」

やはり一緒に行けということらしい。
もともと行く覚悟を決めてはいたが、いざとなると不安になってくる。

「・・・他のシスターさん達にもよろしく伝えておいてください。
本当にありがとうございました。俺も行ってきます!」

 マリアさんの手前、これ以上の失態を犯してはならないという、
小さな虚栄心から最大限に強がって見せる必要があった。
俺だって男だ。それくらいの見栄はある。
しかし、強がったとはいえ、こんなに感謝の気持ちを持って
人にお礼を言ったことなんて、今までなかった気がする。
それに自分の口からこんなにすらすらと言葉が出てくることも意外だった。
振り返ると、リュカとヘンリーは修道院の門の外で待ってくれているようだ。
これ以上待たせるわけにもいかず、久しぶりの半全力疾走だ。

「頑張って下さいねー!」

 後ろからマリアさんの声も聞こえてくる。
尚更、ヘタレっぷりを露呈するわけにもいかず、リュカとヘンリーのもとへ
着いた頃には息も絶え絶えだったのだが、遠くから見ると、
普通に見えるように意識して振舞った。
三人で振り返り、マリアさんと院長に手を振り返すと
院長たちも、祈るような仕草をした後にお辞儀をして中に入っていった。


こうして、俺のヘタレ大河ドラマが幕を開けたのである。






[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第四話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/05/01 23:49
修道院を出発してからもう一時間が経過した。
俺たちは・・・・




まだ修道院のすぐそばにいた。

「これはリュカの荷物だろ。このパンは俺がもらうぜ」

「ヘンリー!みんなで使うものや食糧は大きな袋に入れようよ。
装備とお金ぐらいは自分で持っててもいいからさ・・。」

「リュカ、年上には従うもんだぜ?な、トキマ?」

「じゃあ、リュカの提案どおりでいいんじゃないか?」

「な!?裏切ったなトキマ!」

 こんなやりとりをこの一時間繰り返しているのだが、事は滝から落ちる前から
すでに始まっていた。
ヨシュアさんがヘンリーとリュカの荷物を一緒にまとめて入れたためだ。
修道院に着いてからは俺の私物もその袋に加えられたらしい。
そこに、旅立ちに必要な道具や少しばかりの資金をシスターたちが集めてくれて、
その災いを呼ぶ袋に入れてしまった。
こうして、限られた私物以外をどうするかという問題が
大きく立ちはだかったのである。
これらのリュカたちの荷物には驚くほど物騒なものがたくさんあり、
というか物騒なものしかない。
ナイフ、皮で編みこんだ鎧、金属の盾や明らかに短剣の域を超えたモノなど、
戦にでも行くかのような装備ばかりだ。
あらためて魔物という存在の影を見た瞬間だった。

「はい、これ。これくらいは使えるよね?」

リュカが遠慮がちに聞いてくる。
竹刀を少し小さくしたくらいの剣だが、俺からしてみればかなり大きく見える。
『これくらい』というからにはこの世界の人々はこれを扱えるのが普通らしい。
高校の時に授業で剣道はやっていたものの、こんな物騒なものを
振り回したことのある日本人なんてここ半世紀はほとんどいないだろう。

「あ、俺はこれでいいよ。」

広げられた荷物の一番下にあった木の棒を拾い上げながら答えた。
正直、あんなものを振り回す自信はこれっぽっちもない。

「でも・・・危ないよ?本当に大丈夫?」

「多分・・・どうにかなると思う。魔物っていうのがどんなのかも分からないし」

前半は嘘だが、後半については正直な気持ちだ。

「んじゃぁ、そろそろ行くか。あまりここにいてもシスター達に
見つかるかもしれないからな」

ヘンリーは自分の荷物をまとめ終えたらしく、
立ち上がりながら周りを窺うようにしてそう切り出した。

「そうだね、荷物は僕が持つよ」

皆の装備がなくなったからか、野宿道具と食糧だけになった袋を担いで、
リュカもその後に続く。
俺の荷物は現実から持ってきた服と携帯、財布、肩掛け鞄とその中の小物くらいだ。
鞄があったのは不幸中の幸いで、その中に全部入れて出発の態勢を整えた。


 あれから、かなり時間がたったような気がするが、
この照りつける太陽の角度からするとそこまで時間は経っていないようだ。
高校時代は、部活こそしてはいなかったが人並みに運動してきた
・・・はずだった。
暑さがどんどん体力を奪っていく。
スピードも落ち始め、気がつくとリュカたちと距離が開き始めていた。
距離が開けば小走りで追いつき、開けば走りを繰り返しているうちに、
とうとう足が反乱を起こしたのだ。
俺が足を止めた途端に、リュカが振り向いて

「ヘンリー、そろそろ休憩にしようか」

と提案してくれた。
リュカは少し抜けたところがあるようで、
それ以上の何かを秘めている感じがすると前々から思っていた。
こういう時の鋭さは、異常なくらいだ。

「あぁ、そうしようかと思ってたんだ。結構来たからな。」

嫌味の一つでも言ってくるかと思ったが、そうでなかったのが意外だ。
近くに、大きな木陰があったのでそこまで移動して、休憩をとることにした。
少し先に森が見えるだけで、あとは見渡す限り、草原と田園が広がっていて、
空には太陽と一羽の鳥しかおらず、時折吹いてくる風もかなり心地いい。

「でもまぁ、あのころに比べれば全然楽だよな」

「そうだね。今は歩いてるだけでも楽しいよ」

この世界が夢でないとすると、樽の中での話も全部本当の事なのだろう。
十年も奴隷にされれば、歩いているだけでも楽しいというのは
経験者でなくても簡単に想像できる。

その時、近くの森から一斉に鳥が空を駆け上がっていった。

「なんだ、鳥か・・」

魔物がいると聞かされたせいだろう。
ちょっとした物音にも敏感になっているようだった。

「ヘンリー、トキマ!魔物だ!!誰か襲われてる」

リュカは言い終わらないうちに、駆け出し始めた。
魔物という言葉の破壊力は絶大だ。もう腰が抜けそうである。

「おい、リュカ!お前分かるのか!?」

ヘンリーは剣を抜身の状態にしてリュカの後を追う。
とりあえず、俺もリュカから貰った木の棒を拾い上げ、
できるだけ後れを取らないように、且つ追いつかないように走る。
森の中に入っていく二人を確認して、その後を追っていく。
少し開けた場所まで来ると、リュカとヘンリーはすでに臨戦態勢を整えていた。
馬車が真ん中に停めてあり、リュカの足には恰幅のいいおじさんが
しがみついている。
「リュカ、ヘンリー!いったい何がおこt」

「トキマ!後ろ!!」

リュカのおかげで、後ろから突進してくる影を寸前で回避して、
辺りを見回してみる。

羽が生えた犬のような生き物が一匹。
突進してきたのはコイツだ。

それから、青い玉ねぎのような形をしたのが一匹。

愛嬌のあるコウモリのようなのが一匹。

大きな木製ハンマーを掲げたのが二匹。

みんなどこかで見たことがあるようなヤツらである。
だが、魔物というだけで足がすくみ、それ以上何も考えられない。
リュカとヘンリーはハンマー持ちと羽犬を相手に戦っている。
俺は足元を走り回る玉ねぎを避けながら、真上を飛びながらシッポを
打ちつけてくるコウモリと遊んでいた・・・・。
後から聞いたヘンリーの話では楽しそうに見えたらしい。


 だが、このときの俺は決して楽しくなんてなかった。
むしろ生命の危機に瀕していた。
もっている棒をむやみに振り回し、二匹を追い払うことに人生を賭けていた。
玉ねぎはすぐに逃げて行ってくれたのだが、
コウモリはだんだん動きが激しくなっていく。
負けじと、無我夢中でコウモリの足を掴むという俺的頭脳プレーに出たのだが
さっきよりもシッポの位置が近くなり、逃げようともがくコウモリの
色々な部位が俺の顔面を見事にとらえ、耐え切れなくなって足を離すと、
反動でコウモリは近くの木の枝葉の中に消えた。
馬車をふと見ると、さっきのおじさんがいつの間にか荷台まで移動して
こちらの様子を見ている。
目線的に俺の激闘よりもリュカ達を見ていたようだ。

「バギ!」

リュカの凛々しい声が林に響き渡り、その手元から風の渦が放たれて
あの三匹の姿を隠していく。
これが魔法なのかと感動しつつ、ようやく芽生えかけた自信はリュカの
魔法とともに土台から根こそぎ消し飛んだ。
徐々に風の力は弱まっていき、風が収まった頃には、
三匹ともいなくなり森の中に元の平和が戻ってきた。

「大丈夫ですか?」

馬車の中を覗き込むリュカとヘンリーがかなりたくましく見えたのは気のせいか。
しかし、俺だって俺なりの役目を果たしたはずだ。
初めての魔物との遭遇にして二匹を追い払いおじさんを救出したのだ。
戦闘の緊張の糸が切れ自分の戦果に酔いしれていると、カサカサという
怪しげな音と共に俺の記憶は飛んで行った。


 気がつくと、きれいな女の人が薬湯を入れてくれているところだった。
一本のロウソクがこの空間の唯一の光源らしい。
目が慣れてくると、さっきのおじさんの馬車の中であることが分かる。

「あら、目は覚めましたか?先程は主人と私たちを助けていただいて
ありがとうございました。それからこの薬湯をどうぞ」

「いやいや、そんな・・・あはははは。」

急にお礼なんて言われると恥ずかしいこと限りない。
しかもこんなきれいな人に言われたのでは、動揺してしまう。

「ママー!お兄ちゃん起きたの?」

バタバタと八歳くらいの女の子が駆け込んできた。
茶色い長髪に髪飾りが光っていて、なんとも可愛らしい。

「ええ、今起きたところだから遊んでもらうのは後にしなさいね」

そのすぐ後ろからはヘンリーの意味ありげな笑顔がついてくる。
コロコロとしていて、とても微笑ましい光景だ。後ろの含んだ笑顔がなければ。

「気絶してたから知らないと思うが、その子はルリ。
ロッジさんの娘さんだ。あぁ、ロッジさんってのは」

「さっきのおじさんの事?」

「おお、察しがイイじゃねえか。そう、それでこのきれいな人が・・エナさんだ」

ヘンリーの意味不明な間の取り方が気になったが、
あえて追及するのは止めておく。

「まぁ!きれいだなんて。ヘンリーさんはお上手ねぇ」

「本当のことを言っただけですよ。
俺は嘘なんてつきませんから。はっはっはっは」

おいおい、君にはマリアさんがいるだろう。。。
この男、見かけよりもさらに軽いらしい。根はイイ奴なんだが。

「でもトキマって本当に気絶するの好きだよなぁ。」

俺の肩を叩きながら、ヘンリーの厭味が炸裂する。
さっきのは撤回しよう。やはり、根性が腐っているようだ。

「親分っ!トキマお兄ちゃんをいじめちゃダメなんだよ!!」

ルリという女の子が急に割って入ってきた。
一言も交わしていないのに、名前を覚えてくれるとは・・・。
そして、こんな子供に庇ってもらう俺って・・・。
この子の前で格好悪いトコは見せられない。
なるべく、デキる男を演じようと背筋を伸ばし、
ヘンリーを軽くあしらうポーズをとる。
それにしてもヘンリーはなんという呼ばせ方をしているのか。

「うん?いじめてるんじゃないんだよ。あいさつみたいなもんだ。
そうだ、トキマにいいもの見せてやるから降りてこいよ」

ヘンリーは親指を立て、馬車の外を指している。
いいものとは何か。
ヘンリーの事なのであまり期待はせず馬車の外に出て、夜の空気を限界まで
吸い込んだ。
さっきの激闘を繰り広げた広場から動いてはいないらしい。
リュカとロッジさんは火を囲んで談笑中で、ヘンリーはというとボールが
入った網を持って近づいてくる。
なるほど・・この世界ではボールが珍しいのか、と思っていると、
網がうねうねと動き出し、挙句の果てには

「ムギィー!ピキーっ!!」

と叫びだす始末。
やはりイイものではなく悪いものだった。

「トキマを仕留めた張本人だぜ。
しかも、人間の言葉が分かるらしいんだ。
もっとも、話ができるのはリュカだけだけどな。」

もう全てがどうでもよくなってきた。
なんだかバカにされたような、騙されたような言いようのない
怒りがこみ上げてくる。

「ルリちゃん。親分の代わりに俺と遊びにいこうか?」

何もなかったかのように、馬車の方を振り向きルリに呼びかけてみる。
ついでにヘンリーを横目でちらっと見てみると、さっきの青い玉ねぎを
つついては様子を見て遊んでいるようだ。
すぐにルリが目をキラキラさせながら、

「本当!?行く!ルリねぇ、流れ星見たい!!」

と、馬車から飛び出してきて俺の手を引いて駆け出していく。

「おーい。あんまり遠くに行っちゃダメだよ。」

後ろから、ロッジさんの声が聞こえるがこの子はどうやら、
無視するつもりらしい。
ヘンリーのイイものに付き合っていた方がまだ良かったかもしれないとも
思ったが、今はこの子といたほうが気が晴れるような気がして、
ひたすらルリに引かれるがまま付いていく。
あとは魔物が出ないことを祈るだけだ。
念のためナイフと木の棒は身につけてはいるものの、
昼間の戦闘からみて不安がかなり残る。
しかもこの子は道を知っているのだろうか。
もし知っていないとすれば、かなりの大物だ。
ルリはどんどん進んでいくが、俺はどんどん帰りたくなっていく。


かなり、奥まで進んだような気がしたが、
あの広場から森の出口まで300mもなかったようで、
すぐに視界が限りなく広がっていった。
どうやら森の出口は丘の麓にあるらしく、ルリはあの上まで行く気のようだ。

「どうして流れ星を見たいの?」

そう問いかけてみる。
俺の中では遊びに行こうかと言ったものの落書きや、
二人で話をするくらいしか想定していなかったからだ。

「お家に帰りたいから・・。だからお星さまにお願いするの。」

「お家?」

意外すぎて聞き返してしまった。

「お家ね、魔物さんたちに壊されてね、
ルリのお友達もね、みんないなくなっちゃったの。
ママはね、みんなお星さまを探しに行ったんだって言ってた。」

おそらくは、みんな死んでしまったのだろう。
エナさんも正直に説明するのは辛かったのか、
事実を伝えているわけではないらしい。
いや、この嘘を説明する方がより辛かったに違いない。
そうこうしていると、もう丘の上までたどり着き、

「トキマお兄ちゃんもルリと一緒にお願いしようよ?」

と袖をひっぱりながら俺を見つめている。
この目に勝てるものがあったら教えてほしい。

「よし!そうするか!!」

二人で腰を下ろし空を見上げ、流れ星を探す。
今まで気付かなかったが、星がプラネタリウム並に夜空を
飾っていて、ふっくらとした満月も輝いている。

「あ!あれ!!」

ルリが叫んだ瞬間に一筋の流れ星が夜空を駆け抜けていく。
ふと横を見ると、手を組んで目を閉じながら力強く、また儚げに祈っている。
俺も、流れ終わる前に三回念じられる訳がないなどという、雑念を振り払い
手を合わせて元の世界に帰りたいと強く強く念じた。
長いような短いお祈りが終わり、そろそろ帰ろうかとルリを見ると、
まだお祈り中のようで、肩を震わせていて閉じられた目からは涙が
頬をつたっている。
月明かりが合わさってかなり神秘的な光景だ。



この子は全てを知っている。

みんなが星を探しに行ったのではないということを。

エナさんが嘘をついてくれていたことを。

そして、もう二度とみんなには会えないだろうということを。



その時のルリはとても大人びて見え、美しく、

「この子を守れるくらいに強くなりたい」

と素直に思えたのだった。
そのためにも、この世界に早く順応する必要に迫られ、

『夢かもしれない』

という、どこか淡い期待はこの時に俺の中から完全に消滅した。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第五話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/05/04 04:25
 翌日、朝早くからルリに叩き起こされて出発の準備をするように急かされ
用意を完了させられた。
俺たちの荷物も馬車で一緒に運んでくれるらしいし、
水と食糧も共有しようと言ってくれている。
そして、ロッジさん達の馬車とともに北の街、オラクルベリーを目指した。
ロッジさんは元々、旅の商人で、その商人仲間がそこで店を出しているらしい。
しばらくは、そこで世話になるつもりだと言っていた。

「で、そいつをいつまで連れて行くの?」

とヘンリーが背負っている青玉ねぎを見ながらそう聞いてみる。
昨日の戦闘ではじっくり観察する余裕もなかったし、その日の夜も暗がりで
よく分からなかったのだが、今、太陽の下そいつを見てみると間違いなく

スライムだ。
ドラゴンクエストに必ずといっていいほど現れるアイツである。
リュカの呪文も今思えばそうだったし、だとすれば昨日のコウモリはドラキーか。


「あぁ、このスライムか。ロッジさんの知り合いに買い取ってもらうつもりだ。
その知り合いっていうのが変人で、変わったものなら何でも買い取ってくれるらしいぜ」

たしかに魔物を売りにくるやつなんてそうそういるとは思えないが、
この世界で恐怖の対象となっている生き物を買い取ってくれるのだろうか。

「へ、ヘンリー!?そんなこと考えてたのかい?ダメだって!
今すぐ逃がすんだ。僕は絶対にそんなこと許さないよ!」

今まで、ルリと会話をしながら歩いていたリュカが血相を変えて、
ヘンリーに詰め寄る。

「し・・仕方ないだろ!旅の資金だっているんだ。
このままじゃ、お前の親父さんの頼みも聞けなくなるかもしれないんだぞ!!」

ヘンリーの言うことにも一理あるが・・・。

「そうだけど・・・でも!」

「でも、何だよ!お前は金の大切さが分かってないんだ。
みんなロッジさんみたいな人だけじゃないんだぞ!」

そんなやりとりをただ後ろで聞いているだけの俺に
話し相手を奪われたルリが近寄ってくる。

「リュカ兄ちゃんと親分はどうかしたの?」

ルリにはヘンリーの話は聞こえていなかったらしい。

「気にしない、気にしない。いつもやってることなんだ。
喧嘩して仲良くなれることもあるんだよ。」

俺なりに前向きな答えをしたのだが、正直、リュカがここまで怒ったのを
見たことがないし、ヘンリーとこうやってもめているのも初めて見た。

「あ、そうだ。ルリはエナさんのお手伝いをしてきてあげて」

意味を汲み取ってくれたのか、ただ了解してくれたのかは分からないが、
コクリとうなずいて馬車の荷台へと消えていった。
それを確認すると、思い切って話にカットインすべく大きく息を吸い込んだ。

「あのさ・・・思ったんだけど、オラクルベリーって結構大きな街みたいだし、
金を稼ぐ方法なんていくらでもあるよ、きっと。
最悪、そのロッジさんの知り合いに仕事を貰えばいいんだし。」

リュカはぶんぶんとうなずいている。

「ったく・・。やっぱりトキマもリュカの味方かよ。
俺はどうなっても知らないからな。ほら、どこにでも行っていいぞ。」

そう言って、ヘンリーは網を解きスライム地面に下ろした。
あれだけ、もめていたヘンリーがこんなに早く諦めてくれるとは意外だった。

「だいたい、自分をあんな目に遭わせた魔物を逃がしたりしねぇぞ。
トキマは俺以外には甘いんだよな・・・。」

ヘンリーは寂しげにしているが、分かってくれたようだ。
スライムはその場から動かずにじっとこちらを見つめている。

「なぁ、やっぱりコイツ売られたいんじゃないのか?」

リュカがヘンリーを睨む。

「冗談だ冗談。ほら、ロッジさんに置いていかれちまうぞ。」

馬車はずいぶん先をのんびりと進んでいる。

「じゃぁ、一番遅く着いたやつがオラクルベリーで
何か奢れよ。スライムは逃がしたんだ。それくらい、いいだろ?」

いち早く駆け出していくヘンリー。

「あっ、ずるいよヘンリー!」

リュカが素早く後を追う。

そして・・・取り残される俺。
この光景はもう何度目だろうか。


 結局、俺が奢らされることになった。
奴らの足腰は化け物か!?


 オラクルベリーの町の入り口で、ロッジさんたちとは別れることとなった。
ルリが一生懸命、俺にしゃがむように合図している。
ルリの目線に合うようにしゃがむと、

「トキマお兄ちゃんにこれをあげるね。」

と自分の髪飾りについている銀色のバラの花の部分を取って
俺の襟に留めてくれた。

「これがね、ついてると重いの。だからあげる。お守りだよ」

ルリの頭の上には銀色の葉が少し寂しげに乗っている。

「ありがとう。大事にするね」

別れは明るく振舞うのが大人の常識だ。
とはいえ、同じ街の中にいるのだからそこまで大げさに寂しがらなくても
とは思うもののルリの態度はあからさまに決別を示すものだった。

「うん!ルリと半分ずつだからね。失くしちゃ・・ダメだよ・・・。」

そう言うと、ルリはエナさんの後ろに隠れてしまった。
ふとリュカを見ると、どこか懐かしげにルリを見つめている。
ヘンリーは

「よかったな。トキマお兄ちゃん。」

と気持ちの悪いモノマネを披露しているがこの際、無視だ。


「私達はこの町で少し暮らしてみようと思っているんだ。
何かあったら遠慮なく頼りなさい」

とロッジさんは笑顔で言ってくれる。
三人でそれぞれお礼を言って、町の入り口へと歩き出した。

「またねー!ばいばーい!!」

元気な凛とした声に送られて、俺たちはオラクルベリーへ到着した。



まずは寝泊まりする拠点を決めようということになり、オラクルベリー中にある
安い宿を徹底的に探し歩いた。
武器屋・道具屋・レストラン・市場・・・・様々な店が並ぶ中、全てを無視して
街をさまよい歩く俺たち。
結局、宿を決めることができたのは完全に日が落ちてからになり、
オラクルベリー一日目はこうして過ぎていった。



             ~オラクルベリー二日目~

 今日は各自、自由行動ということになり、昨日手に入れたガイドブックを参考に
街の中をうろついてみる。
リュカは旅の道具を揃えるからと、はりきって飛び出して行ったし、ヘンリーは
早くもカジノに行ってしまった。
久しぶりに一人の時間を有意義に過ごそうと、修道院で教えてもらった占い師を
訪ねてみることに。
そこで気付いたのが・・・金の問題だ。
リュカには金は持っていると言ってしまった。
でも俺が持っているのは『円』で、この世界は『ゴールド(G)』が
通貨だと教えてもらったのをすっかり忘れていた。
俺の財布の中には、大学が始まったばかりで気合を入れていたのもあって
5万円と小銭が入っている。
どうしようもなく途方に暮れていると、ガイドブックに『なんでもオラクル屋』の文字を
見つけた。

「何でもオラクル屋か・・・怪しすぎだろ」

そんな感想を抱きつつ、最後の望みを持ってオラクルベリーの北西の街外れに位置する
怪しげな店を目指す。
かなり遠い位置にあるが、そこは我慢だ。
人の波をかわしながら、どんどん進んでいくと人通りが徐々に少なくなっていき、
目的地に着くころには、全く人がいなくなっていた。

『オラクル屋』
の看板を前にしてもう10分は経過しただろうか。
未だにドアを開ける勇気はなかった。
店の名前も怪しいが、外装も変なのれんがかかっていて不気味だし
何より全く人が通りかからないことが一層その雰囲気を増長させている。
ここでウジウジしていてもしょうがないと、決意を固めノックをしてみる。

反応なし。

仕方がないのでドアを開けながら

「すみませーん」

と小さめの声で言いながら入ってみる。

商品の陳列なんて気にしていないのか、どれが商品で何に使うものなのか
全然分からない。
正面のカウンターでは髭面のおじさんが居眠りをしている。

「あの・・・すいません。」

と声をかけると、そこまでびっくりしなくてもいいのに椅子ごと後ろに
ひっくり返っていき
辺りに埃が宙を舞っている。

「あいたたた・・・何だい、あんたお客さんかィ?」

と服をはたきながら聞いてくる。

「ゴホっゴホゴホ。あ、はい。そうなんですが」

この人はどうやら埃には耐性があるらしい。

「んじゃぁ、これを買っていきなせェ」

そういって、足もとから使用用途不明の鉄の棒を取り出した。
この店に客がいないのがよく分かる。
こんな商売方法なら誰も来ないはずだ。

「あっ・・・いえ、そうじゃなくて・・。
お金を持ってないんです。だから・・・」

おじさんは大きく笑い始め、

「わッはッはッははは。何だね、そういうことかね。
ほれ、何でも買い取ってやるから何か出しなィ」

「何か・・ですか?でも売れそうなものなんて何も・・・」

「兄ィちゃん、そのカバンがあるだろに。
買い取ってやっから、ちょっと貸してみなィ」

そう言って、俺の肩掛け鞄を受け取る怪しいオヤジ。
言葉にも、方言なのか聞きなれない発音やイントネーションが目立つ。
おじさんという普通の立場から怪しいオヤジというポジションへとこの時、
彼は落ちて行った。
鞄を物色し、俺の財布を物珍しく眺めたオヤジは、中身にまで
その好奇心の対象にしたようだ。

「ほぉーう、これは珍しい絵だのゥ。
100Gで買い取ってやる」

1万円札をひらひらさせながら、オヤジはそう答えた。
100Gの価値が把握できてない俺は

「あの・・100Gあれば何ができますか?」

と子供のような質問をせざるを得ない。

「変な事を聞くんじゃのゥ。そうさねぃ・・・。
三日は生きていけるじゃろ」

という返事が返ってきた。
いまいちどころか全然参考にならないが、背に腹は代えられず、
その条件で換金してもらった。
1万円を換金することにかなり抵抗があり、元の世界に戻れるかどうかも
分からないが、とりあえず1枚だけということにしておく。
その後も、携帯やルリから貰った飾りなど色々、交渉されたが全部断り

「今日はありがとうございました。」

と俺は足早に店をあとにした。

「また来ねィ!」

と去り際に聞こえたような気もしたが、はっきりとは覚えていない。

 まだ全然日も高かったのだが、なぜか、かなり疲れたので、宿で一足先に
休んでおくことにしようと部屋に戻ると、どんよりと落ち込んだヘンリーと
床に大量の道具を並べて整理するリュカが目に飛び込んできた。
ヘンリーはカジノで大負けしたらしく、持っていたGのほとんどを失ったらしい。
リュカはというと、薬草や新しい装備など旅に必要なモノを大量に買い込んだそうで
同じくほぼ全てを使ってしまったらしい。

「で、明日からの生活費はどうする?」

と試しに聞いてみると、
予想どおり場が凍りついていった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第六話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/06/08 02:14
          ~オラクルベリー三日目~

 三人の旅の資金は早くも、200Gを切ってしまい今後の行動に支障がでると
まずいので、オラクル屋に三人で向かうこととなった。
オラクル屋のドアを開けると、オヤジは

「そろそろ来るんじゃないかァと思っておったよ」

と、にこやかに微笑んでいる。
ヘンリーとリュカが大丈夫なのかという目で俺を見ているのが分かるが
そんなことを気にしてはいられない。
今日は重大な決意をしてここに来たからだ。

「おじさん、この財布の中身をすべて買い取ってくれませんか?」

「ほォっほ。そうか。そうか。えェじゃろう」

オヤジはすべて分かっていたのか、楽しそうに俺の財布を受け取った。
今日は財布のチャックは開けてある。なぜなら昨日オヤジはこのチャックを
開けられなかったからだ。

「なんとォ!銀貨が入っておるぞ!?しかもこんなに!
あんたァ、こんなものを売っ払っていいのかね?」

「ええ、もういりませんから。全部お願いします。」

勇気ある決断だった。
合計4万数百円が今まさによく分からない硬貨 (G)に換わろうとしていのだ。
オヤジは財布の中身を全部机に広げて鑑定に夢中になっている。

「おいトキマ。アレどこで手に入れたんだ?
いいもの持ってたんじゃねぇか。水臭いぜ。最初に言ってくれよ。」

ヘンリーはえらく上機嫌だがリュカは鑑定を心配そうに見つめている。

「アレは、トキマの大切なものじゃなかったの?
僕たちのためにそこまでしてくれなくても・・・」

「いいんだ。それにリュカたちとは運命共同体だしね」

そう答えると、リュカはありがとうと一言つぶやき再び鑑定に目を向けた。

オヤジは、小銭や札だけでなくポイントカードや割引券の類も全て買い取って
くれるらしく、独り言を連発しながら作業を進めていく。




「よし!終わったァ!!全部あわせて3200Gでどうだ!?」

急に興奮しながら立ち上がると、オヤジはギンギンに光るその目を
俺に向けた。

「ねぇ、3200Gだって。どう思う?」

ヘンリーをつつきながら聞いてみる。

「迷うようなことかよ!かなりの好条件だぜ!?」

ヘンリーもそう言っているし、リュカも異論はなさそうなので、
その条件で取引をしてもらった。
買い取り額の詳しい内訳の紙も同時に渡されたので確認してみると、
なんと一円玉と万札の価値が同じになっていた。
他にも家電量販店のポイントカードが300G
十円玉が110G  百円玉が150G  五百円玉が200G
と意味不明な基準によって分けられている。
一番驚いたのは、スーパーのレシートに1000Gと異常な値が付いていたことで、
他スタンプカードや諸々を足して、以上の合計が3200Gになっていた。

ちなみに、保険証やキャッシュカード、学生証等は一応、除けてはいるが、また金に
困るようなことになれば売ることも考えておかなければならないだろう。

その後オヤジは、常連にしか売らないつもりだった馬車を譲ると言い出し
すかさずヘンリーがその話をまとめ、馬車まで手に入る運びとなった。
オヤジの話によると、買取額からちゃんと馬車代は引いてあるので気にするなと
いうことだが、頼んでもいないものを売りつけた挙句、勝手に代金まで徴収する
とは商売としてどうなのだろう。
まぁ、俺たちがかなり得したのは間違いないのだが。


 三人でオラクル屋のオヤジに丁寧に礼を述べ、店を後にする。

「また来ねィ!」

とオヤジが言っていたのを今日は確かに聞いた。


リュカとヘンリーに財布を預けていては不安なので、俺が管理すると
宣言し、ヘンリーはかなり不服そうだったが異議は認めない。

オラクルベリーはゆっくり見て回るほど、色々な発見があり、
久しぶりに心から安らげた瞬間でもあった。


 その夜、ヘンリーとリュカから明日、リュカの故郷へ行ってみるつもりだと
聞かされたのだが、正直言って焦った。
俺はまだ占い師に会っていなかったし、もう一度ロッジさんにも
会っておきたかったからだ。
そのリュカの村までは長くても往復二日の距離だそうで、俺が事情を話すと、
一旦二人で向かい、もう一度オラクルベリーまで戻ってきてくれると言ってくれた。
こうして二人の出発の準備を手伝いながら三日目の夜も更けていった。



            ~オラクルベリー四日目~
 リュカとヘンリーは早朝に出発する予定だったので、起きて見送りでもと
思っていたのだが、俺が目を覚ますと二人とも出発した後だったらしく、
部屋は静寂を保っている。
十年ぶりの故郷への帰省ならば気がはやるのも仕方ないか。
それにオラクル屋のオヤジから譲り受けた馬車があるので、二人とも
今回はだいぶ楽な旅ができるだろう。



 俺は占い師に会うべく、今度はオラクルベリーの北東地区を目指していた。
この占い師というのも、これまた町外れに居を構えていて結構な距離があり、
オラクル屋の時と同様、そこに近づくにつれて人の気配もどんどんなくなっていく。
占い師の家と思しき建物には、看板も一切かかっておらず、ガイドブックの地図だけが頼りだ。
そして、その戸を叩くまでしばらく時間が掛かったのは言うまでもない。


ノックをしてみても、返事はなく

「すみませーん・・・」

と一歩踏み入れたとたん

「占いは夜からだよ」

と黒いローブを着たいかにもという老婆が姿を現し、ゆっくりと近づいてくる。
どうしても占ってほしいと頼み込むと、案外すんなりと受け入れてくれて、
イスに座るよう促された。
家の中は、暖炉にかけられた変な薬品入りの鍋こそ無いものの、
本や水晶玉・壁画のような絵などよく分からないものが所狭しと並べてある。

「して、何か探しモノかね?急いでおるようだが」

老婆は水晶を目の前に占う準備は万端のようだ。

「あの・・異世界について聞きたいんですけど・・・
あなたなら何か分かるかもしれないと・・・言われまして、、、」

一笑に付される覚悟はできていたのだが、老婆は異世界という単語を
聞いたとたんに、表情を変えた。

「まさか・・お主は異世界から来なさったのか?
いや、言わずとも分かる。図星であろう?
実はのぅ、私もなんじゃよ。ほっほっほ。」

「えっ!?そうなんですか!?」

「驚くのも無理はないのぅ。
いっひっひっひ。
して異世界についてじゃが、
異世界というのは精霊の世界だと言われておった。
少なくとも私が前にいた世界はそうであったのじゃ。
じゃが、私は気づいた。異世界とは精霊の住むところでも、
未知の世界でもなく、普通に人々が暮らす世界であるということに。
分からんかのぅ・・・別々の世界がとても狭い入り口で繋がっておると
いうことじゃ」

「・・・・」

沈黙したまま頷くことしかできない俺。

「本当に分かっておるのか?
よいか、この世界は三つに分かれているということは知っているじゃろう?
ここは三つで一つの世界なのじゃ。
簡単に言うとそれが何個も存在し、互いに繋がっておる。
とまぁ、こういうことじゃ」

「・・・・・・・。
帰る方法とかはあったりしませんか?」

「そうじゃのぅ、、お主を呼び込んだ者に会わぬとどうしようもないのぅ。
自ら望んで来たわけではないようじゃからの。
私の場合は自ら望んで来たのじゃ。じゃから、その気になれば帰ることも
可能なはずなんじゃが。今のところ成功はしておらぬのぉ。ひっひっひ。」

方法なんてないと言われるものと思っていたので、幾分かダメージは少ないが
やはり今の状態では解決策は無いらしい。
とはいえ、この老婆も実際のところ帰れないのかもしれない。

「ところでお主、元の世界では何をしておった?
見たところ、戦士には見えないが商人の見習いか何かか?」

「いえ、学生です。と言ってもほとんど行ってませんが」

「学生?聞いたこと無いのぅ。城勤めの学者の類であろうか?」

「まぁ、そんな感じです」

実際は全然違うのだが、ややこしくなるのでそういうことにしておく。

「おばあさんは何を?」

「私か?私はダーマという神殿で神官をしておったのじゃよ。
まだ私が若かりし時に、ようやく異世界に関する古代魔法を完成させたのじゃが、
魔力の制御に失敗してのぅ。それからはずっとこっち暮らしじゃ」

また聞いたことのある言葉に遭遇した。
ダーマは確かドラゴンクエストの一部に登場する地名だったような気がするが。
冗談半分で

「じゃあ、転職とかもできますか?」

と聞いてみた。

「ここは転職をつかさどるダーマの・・・おっと、わしの家じゃった。
転職を望みし者が集う場所。転職をご希望か?」

老婆は活き活きとそう答えた。

「昔の勘もまだ鈍ってはおらぬのぅ。ほっほっほっほっほ。
して、何を望むのか?汝の望みを申しなさい。」

冗談だっただけに、意表を衝かれたが老婆は今までに無く真剣だ。
たじろぐ俺に、老婆はその真剣な眼差しをグッと向けたままである。

「俺には何が向いていると思いますか?」

と逆に聞き返してみた。すると、

「盗賊とかどうじゃ?逃げ足は速そうに見受けられるが。
しかし、元は学者じゃしのぅ。やはりお主の好きにするのが一番じゃないかの。
何か無いのか?」

ゲームの中では適当に決められたものも、現実に降りかかるとそう簡単には
いかず、しかも本当にできるなんて予想すらしていなかった。
なかなか決まらない俺に老婆は痺れを切らしたのか、

「ええぃ!男ならシャキッとせぬか!」

と一喝された。
じいちゃんにもよく同じことを言われていたのを思い出す。
その後には誇り高き侍の血が云々と続くのだ。

「じゃあ、戦士でお願いします」

とりあえず、という気持ちが働いたためか一番無難なものを選んだ気がするし
侍にも一応近いだろう。
これで祖父孝行もできたというものだ。

「じゃあとは・・・お主転職を甘く見るでないぞ!?
まぁ、仕方ないのかのぅ。
では戦士の気持ちになって祈りなさい。」

 戦士の気持ちがどんなものかは知らないが、俺は言われたとおり祈った。
老婆が何かを詠唱すると、ふんわりと体が軽くなった気がしたのだが、
だんだん老婆の動きがおかしくなっていることに気づいた。
そわそわと何かを探しているようだ。
聞くと、儀式を完結させるための聖水が見つからないらしく、
その捜索に一時間弱を費やし、ようやく俺の就職?(まだ職に就いてないため転職ではないのでは?)が無事終了した。
それから、老婆の家の掃除や片付けに一日付き合わされ、全てが片付いたのは、
夕方になってからだったので夕食をご馳走になり帰ることとなった。

帰り際に、老婆は

「職というものは本人に一番あった形の道を自然と示してくれるものじゃ。
戦士でも人それぞれに形があるでの。
今後は、お主に一番合った形の戦士の運が向いてくるはずじゃろうて。
もし、また転職したくなったらここに来なされ。
今日のように無料という訳にはいかぬがのぅ。
ほっほっほっほっほ。」

と締めくくった。
あれだけ片づけをやらされれば、金を取る方が問題があるのではなかろうか。
老婆の言葉を思い出しつつ、宿に戻る俺。
さっそく、戦士でやっていけなくなった時の転職を考えていた。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第七話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/06/07 22:12
            ~オラクルベリー五日目~
 昨日、戦士になったばかりの俺はさっそく、自分の装備を整えるために
街へと繰り出した。せっかく戦士になったのにそれらしくない格好をしていては
なった甲斐がないというものだ。
手元には、2700Gが残っており、基本の旅費以外には絶対に使わないようにと
500Gをリュカに手渡していた。

 2700Gあればかなりちゃんとした装備がそろうはずだと朝から意気込んで、
武器屋と防具屋を転々と見て回っていると、偶然ロッジさんに出くわした。
俺に気づいて駆け寄ってくるロッジさんはとても楽しそうだったので、何か
いいことでもありましたかと尋ねてみた。
すると、一昨日から自分の店を構えたらしく、一番忙しい時期なのだという。
店にはエナとルリがいるからぜひ寄って行ってやってくれ、と言うと
たくさんのメモを片手に活気溢れる街へと消えていった。
教えてもらったロッジさんの店に着くと、エナさんが店のカウンターでせっせと
何かを書いている最中だったが、俺に気づくと明るい笑顔で出迎えてくれる。

「まぁ、いらっしゃい。何かお買い物?」

「ええ、武器と防具を買うつもりなんですよ」

「あらぁ!奇遇ね。うちは道具屋を始めたの。
薬草から鎧まで何でも揃ってるわよ」

エナさんがここまで商売上手な人だとは思っていなかったが、
あの時の恩もあるので、ここで何か買っていこうと決めた。
店にはいろんな品物が満遍なく揃えてあったが、俺の一番関心を引いたのは、
隅の方に立てかけてある刀だった。

「これ、どうしたんですか?」

「それはねぇ、主人が仕入れてきたんですけど・・・
どうも無理矢理押しつけられたみたいで、、、
ほら、今は両刃の剣が流行りでしょう。
片刃のモノはどうしても売れ残るのよ」

剣にも流行が存在することを初めて知ったが、俺としてはこっちの刀の方が馴染みがあって愛着が湧きそうだ。
事実、俺の家には大刀小太刀が飾ってあったし。

「じゃあ、これを貰ってもいいですか?」

「あら、遠慮しなくてもいいのよ。同じ素材でできてるんだから」

「そんなことないですよ。コレが気にいったんです。いくらですか?」

「トキマ君がそう言うなら問題ないわね。1000でいいわ。」

とエナさんは刀をすぐに腰に差してくれた。

「なかなか似合ってるじゃない。初めて会った時とは別人みたいよ。」

エナさんはウインクをしながらそう言ってくれたが、俺は心臓がバクバクでどうしようもなく、ただ笑っているしかなかった。
そんな風に女の人から言われたことなんて一度もなかったし、第一、意識してしまう年齢差だからだ。
年は聞いたことなかったが、どう見ても24,5歳にしか見えず、失礼だが最初はロッジさんの奥さんだとはとても思えなかったからである。

「そ、そういえばルリはどこにいったんですか?」

慌てて話題を変える俺。

「今、お遣いに行ってもらってるの。帰ってくるまで待っててあげてくれるかな?」

こうしてルリが帰ってくるまでの間、良いモノの見分け方や騙されないための
術を教えてもらった。
話が終わるかそうでないかという時に、ルリが息を切らせて帰ってきた。

「ママー!あったよ!!おじさんがサービスだって2つも多くくれたんだよ!!」

「まぁ!ルリのおかげね。あっ、そうだ。そんなルリにお客さんが来てるわよ」

エナさんがルリをくるっと俺の方に向けると、一瞬の間を開けて、ルリが
こっちに飛び込んでくる。
屈んで受け止めると、ルリの何とも言えない独特のいい匂いがしてくるが、
これ以上の境界を越えてしまうと俺は本物の危ない人になってしまいそうだ。
俺の袖をグイグイとひっぱり、エナさんの方をちらっと見るルリ。
エナさんはくすっと笑うと、パパが心配しないうちに帰ってきなさいね、とだけ
ルリに言うと店の奥にパタパタと入っていった。

「お兄ちゃん、お買い物に行こっ!」

とルリは俺の手を引きながら人の波を上手にかわしながら進んでいる。
着いた先は服や鎧を扱っている仕立て屋のような感じの店で、服でも欲しいのかと
思っていると、

「お洋服買うんでしょ?」

と、そのくりくりとした瞳をこちらに向ける。
この子には人の心が読めるのだろうか。

「早く、早く!こっちこっち!」

いつの間にか店の中から手招きしている。
そこからはルリのペースに完全に巻き込まれてしまい、次々と鎧と兜の試着をさせられ、こっちの意向は無視して勝手に店のおばさんと交渉まで開始した。
両親に仕込まれたのか、あるいは天性の才能なのかは分からないが、恐るべき子供である。
結局、予算内で手軽なものをと思っていた俺の予定条件をドンピシャでクリアし、一人で回る時よりも半分の時間で、且つ安い値段でまとめてしまった。
丈夫な生地でできたバンダナに、剣道の防具をより実戦向きに、そして見栄えよく
作られた鎧、革の直垂を纏った俺はさながら中世の足軽っぽい格好だ。
しかも、ルリ曰くとても似合ってるとのことだ。


「ごめんな。付き合わせて。ルリも行きたいトコあるだろ?」

というと、じぃーと一点を見つめ、

「ルリねぇ、アイス食べたい!」

こういうところはまだ子供なのだ。
まあ、そこがこの子の魅力なんだろうが。
そんなルリになんだか安心し、微笑ましい気持ちになって
ルリの指す酒場へと入る。
だが、この世界にアイスがあることを初めて知った。
冷凍庫もないのにどうやって作るのだろうか。


 店内は昼時から大分経ったというのに、かなりの人が入っている。
ボーイを呼ぶ声や、注文、歓声の入り混じる店内をぐるっと見回して
俺とルリは奥のカウンターの席についた。
ルリはアイスと一言だけバーテンに言うと足をブラブラさせながら
キョロキョロと落ち着かなそうにしている。
俺は、とりあえずウーロン茶と頼んだのだが、
彼は困惑しながら水を差しだしてきた。

「お客さん。すいませんねぇ。異国の飲み物はあまり数がないんですよ」

と申し訳なさそうにしている。
その代わりにサービスとしてルリにはオレンジジュースが出されている。
アイスがあってなぜウーロン茶が無いのか、そしてなぜ俺にじゃなく、
ルリにサービスするのかが気になったが、もう追及するのはやめておこう。


 とりあえず、バーテンにこの街に初めてきたことを話すと、
戦士系の人はまず商店か商隊と契約をしてもらえば格段に暮らしやすくなるということを教えてくれた。
他にも、踊り子や吟遊詩人たちはカジノと契約を結ぶことで生計を立てているらしい。
ルリをあまり退屈させるのも悪いので、食べ終わったのを見計らって店をあとにする俺達。
だんだん夜の雰囲気へと移行していく街並みは、
とても鮮やかにそして暖かく見えた。


 ルリを送っていくとすでにロッジさんは帰ってきており、
俺達を出迎えるその姿は日本のそれと大差なく、いつの時代も、
そして世界も人は変わらないということを証明している。
ルリの提案で夕食も同席させてもらうことになったのだが、一家の団欒を
邪魔するようで遠慮がちにしている俺に三人は本当によくしてくれる。

その食後、

「ずっと、気になっていたのだが・・リュカ君とヘンリー君はどうしたのかね?」

ロッジさんは膝の上にルリを抱いたままそう聞いてきた。

「二人はリュカの故郷に行ってみると言っていました。
だから今は別々です」

「そうか・・・。トキマ君、よく聞いてもらいたい。
もし、君が良ければの話だが、私と契約を結んではくれないだろうか。
恥ずかしながら、私のような小規模な商人と契約してくれる気前のいい武芸者が
なかなか見つからなくてな」

「俺でいいんですか?実戦経験なんてほとんど・・・」

「わっはっはっは!構わんよ。少なくとも私より腕はいいだろう?
よし、契約は成立だ!あぁ、今夜はよく眠れそうだ。なぁ?」

ロッジさんはエナさんに安心しきった表情を向ける。

「ええ、そうね。うちで買った武器があるんですもの。
トキマ君なら何とかなるわ。」

とエナさんも何だかよく分からない根拠とともに、そう言っている。
ルリがロッジさんの膝の上で、夢の世界へと舟を漕ぎだしていったので
起こさないように、俺も宿に戻ることにした。
何かあったらまた連絡すると声を殺して告げると、ロッジさんはルリを抱えて
二階へと上がっていき、一人残ったエナさんに見送られて、
ロッジ家をあとにする。


 まだまだ、静まりそうにない夜の街の雰囲気を楽しみつつ、
宿へと向かって進みだす。
と同時に、ロッジさんの言葉が妙に引っかかっている俺だった。
契約の話をする時にリュカとヘンリーの行方を聞いてきたのは、俺ではなく
彼らと契約を結びたかったのではないだろうか。
ロッジさんは森での戦闘を間近で見ていたわけだし、
契約がどんなものかは知らないが、戦闘技術が絡んでくることはバーテンの話からも想像できる。
となれば、俺がいたところでどうなるかなんて考えずとも分かるというものだ。
しかし、リュカに絶対無駄遣いするなと言っておきながら、
俺自身も若干舞い上がっていたせいか2700Gもあった金はすでに100G弱までに減っている。
これでは示しがつかないではないか・・・。

結局、契約をして仕事をし、リュカ達が帰ってくるまでに相当の金を貯めておかなければならないのは事実であり、あれこれと考えている暇はなかった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第八話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2015/05/10 22:52
        ~オラクルベリー六日目~


 ドン、ドン、とドアを叩く音が早朝から俺の部屋に響く。

「トキマ君、起きてくれ!私だ、ロッジだ!」

寝起き姿全開でドアを開け

「どうかされました・・・か?」

と半目のまま、まだ眠っている頭で応対する。

「朝早くにすまないね。急に近くの村まで行く用事が出来たんだ!
ちょっと、ついてきてもらいたい!!」

「え?あぁ、はい。分かりました。それでいつですか?」

「今すぐだっ!!」



 のどかな風景が地平にまで広がっている。
朝の空気は清々しく、肺いっぱいに吸い込むと体中に染み込んでいくようだ。
寝起きだった俺は、ロッジさんの馬車の中で着替えるように促され、
装備を持って部屋着のまま馬車に乗り込まされた。
馬車と言ってもこの前のような室内型ではなく、
リヤカーがもっとそれっぽくなった感じのものなので、外からは丸見えだ。

「すまないね。急に知り合いの商隊が動けなくなって、代わりに
私が行くことになったんだよ。
心配はいらないさ、今回はちょっと大きなヤマでな。報酬ははずむぞ。
わっはっはっはっは!」

と朝から豪快に笑っている。
俺が心配しているのは、報酬云々よりも魔物が出てくるのではないか
というこの一点だけだ。
そんな俺の心配をよそに、馬車は目的地の村を目指しひたすらに進んでいく。


 結局、魔物には遭遇せず、大した危機もなく村に到着し、
ロッジさんは取引を始め、それが終わるまで馬車の警護をする俺。
魔物に出くわさないのにこしたことはないが、
買ったばかりの武器も試してみたいし、何より戦士になった俺が、
以前とどれくらい違うのかということもかなり気になっていた。
しかし、何も起こる気配はなく、昼過ぎにはオラクルベリーへと戻るべく再び、
来た道を引き返していくこととなった。
このあたりの街道はこの周辺の村々の主要な道らしく、付近には少数ながら、
同じく馬車を引きながらの商隊や、旅人がちらほら見受けられる。
そろそろ、休憩し昼食でもどうかとロッジさんと話していると、

「ひ、ひぃー!魔物だーっ!!」

という、かなりありきたりな悲鳴があたりに木霊した。
慌てて声のした方を見てみると、一人の男が腰を抜かしていて、その先には
確かに人の姿には見えないシルエットが並んでいる。







ようやく俺の出番か・・・







という気持ちなど微塵もなかった。
いざとなるとやっぱり腰がすくみ足を踏み出すことができない。
そうこうしている間に、少し離れた所を移動していた商隊から鎧を着込み
武器を持った三人の男たちが、さっきの男性目指して走っていく。

「よかったぁ、他にも護衛はいたんだ!さすがは商隊!!」

というのは俺の心の声。
遅れじと、俺もその戦列に加わるべくその場へと急ぐ。
魔物は襲いかかってくるわけでもなく、じっとこちらの様子を窺っているようで
今の段階ではあまり危険度は高くない。

「今のうちに早くあの馬車の蔭へ」

と男性を立たせてやり、ロッジさんの馬車の方向を指してあげると
その男は一目散に駆け出して行った。
一人前を気取ってはいるが、全ては横にいる男達のおかげであることは間違いない。

「君は?」

と三人のリーダー格が聞いてくる。

「自分はあの馬車の護衛をしている者です」

と自信たっぷりに答えた。
これだけ心強い味方がいるのだ。命を落とすことはまずあるまい。
それに商隊の護衛をしているだけあって、装備も見た感じでは
俺と比べ物にならないほど重厚感があり高価そうだ。
きっとかなりの実力者達なのだろう。

「ふん・・貧乏商人付きか。邪魔はするなよ。」

リーダー格の横にいた髭面の槍をもった男が見下したような態度を露骨に見せる。
確かに実力差はそうとうなものだろうがこの物言いにはすごく腹が立ち

「油断すると危ないですよ?」

とだけ言い返してやった。
もう一度言うが、こんな強気な物言いができるのは彼らのおかげである。

「くるぞ!おしゃべりはやめだ!!」
リーダーが叫んだのと同時に魔物たちは急に動きを活発化させ、
こちらに向かってくる。

大きなキノコが2。

ピンクのトサカをもった鳥が3。

ドラキーが2。

先に護衛を全て片付けてからゆっくりと獲物を襲おうという魂胆なのかどうかは
知らないが、だとしたらかなりフェアーな魔物たちだ。
思いっきり空気を吸い込み、こっちに突っ込んでくる鳥をかわし刀を抜く。
両手で構え、様子を見る。

もしかして俺、今結構、カッコ良かったりするんじゃね?








でもコレ、ちょっと重い・・・。






 ジリジリと近寄ってくる鳥。
一瞬、上からくると自分の奥深くの何かがそう告げた。
途端に恐ろしい脚力で地面を蹴りあげ、その鉤爪で切り裂こうと
上空から迫ってくる。
下段で構え、右に上体をそらす。
爪、翼の二撃をかわし、思いっきり振り上げた刃を着地で一瞬の隙を見せた鳥に叩き込む。

「ピギィーッ!」

という叫び声をあげその場に倒れこみ動かなくなる鳥。
可哀想だけど、これって戦闘なのよね。

「ピッキー相手にいつまでやってんだ!
日が暮れちまうぞ!?」

三人組の一人の大きな金槌を担ぐ巨漢がそう言い放つ。
三人を見るとすでに残りの魔物たちを片付けてしまっていて、
初勝利と言いたいところだが、まだ三人の目線の先には魔物の姿が見えていた。
スライムに乗った騎士風の魔物が三匹。おそらくスライムナイトだ。

一列横隊で突っ込んでくる。
こちらも三人組が同じ隊形で突っ込みぶつかりあい、
覇気と砂塵が辺りを包み込む。
もちろん俺もその後に続きたいのだが下手に今飛び込むと、
魔物からも味方からも攻撃されそうだ。
だんだん風が強くなってくるので、砂が舞い始め武器と武器の
合わさる鈍い金属音が聞こえてくるだけで、戦闘の様子がここからでは
分からないくらいにまでなってしまった。




もうもうと舞う砂煙。

構えたまま動けない俺。

横でプロレスの観客のように騒ぐ商人と旅人たち。



そのうちにその金属音も聞こえなくなり、
どうやら一連の戦闘にけりがついたらしい。
風と共に砂の乱舞も落ち着きを見せ始め、軽くもやのかかる戦場から、
三人組が武器を掲げ意気揚揚と戻ってくる姿が見える。










はずだった。
見えてきたのは、三人と二匹のスライムナイトが横たわっている姿だ。
残った最後のスライムナイトはこちらに少しずつ、ゆっくりと近寄ってくる。
意外な展開過ぎてついていけない。
後ろでは、商人たちがにわかにざわつき始め、馬の鳴き声とともに
走り出す馬車の音も聞こえる。
それでも残った商人もいたようで、

「兄ちゃんしっかり頼むぞーーーー!!」

という声も聞こえてくるが、彼らはまだ少し距離が離れているからいいだろう。
しかし、積み荷が満載のロッジさんがこの距離で襲われれば間違いなく逃げ切れない。
何としても追い払わなければ。


俺にやれるのか?
いや、やれませんでは話にならない。
やるしかない。


砂煙はすでに収まっているので、周りからは丸見えだ。
こんな時にまで体面を気にするなんて・・・しっかりしろ!俺!!


じりじりと近寄ってくるスライムナイトはその動作を一瞬だけ止めると、
卑怯なことに騎士が飛び上がり、下のスライムは突進してくるという
新手の戦法を繰り出した。
さっきの手が通用するかは分からないが、この際一か八かだ。
下段で構え、今度は左にステップを踏みスライムをかわし、上から降りてくる
ナイトの攻撃をギリギリのところで避けると構えていた刃を振り下ろす。
俺の一撃は盾で防がれ、防戦状態にあるナイトはもう片方の剣で応戦してくる。
慌てて後ろに飛び下がり、刀を構えなおしてナイトからスライムナイトへと
戻った彼らを見つめながら、必死にこの場をくぐり抜ける方法を考えてみる。
足はガクガクで腰はもう抜けそうだし、思考が十分に働かないが、
自分が今、手にしているモノを見てあることを思いついた。
小さいころからじいちゃんに見せられていた時代劇を応用できないかということだ。
必死に場面を思い出し探り当てる。


『円月殺法』   いや、できるはずがない・・・。


『ツバメ返し』  これも無理だろう・・・。


格さん、助さん、懲らしめてあげなさい―――――― まぁ、当然のようにいない。



『九頭龍閃』   最早、話にならない・・・。





考えれば考えるほど、余計な思考が噴き出してくる。
そんな時、可能な限りやれそうな場面を思い出した。
試してみるべく深呼吸を一つ。


上段に思いっきり構えて、
スライムナイトに向かって突進。
ギリギリ当たらないところで振り下ろし相手が後ろに下がってくれると吉。


すると、思い通りにバックステップをして回避しようとするスライムナイトに向け、
最大の好機を逃すまいと斬撃から突きへと目をつぶったまま型を変え一撃。
ガンッと鈍い音が聞こえ、恐る恐る目を開けると、俺の一撃はスライムナイトの
肩の位置を貫いていて、それを見た俺は、急に力が抜けそのままその場に座り込んだ。
すると彼はゆっくりと傷口から刀を引き抜くと地面に放り投げ、
下にいたスライムは動揺していたのか、慌てふためいて逃げ出して行ってしまった。
上のナイトを振り落として。
ナイトは逃げていくスライムの行方をしばらく眺めていたが、こちらに向き直り、
懐から何か羽のような物を取り出してふわふわと浮かびあがると、
そのまま空に消えていった。
後ろでのびていた二匹のスライムも目を覚ましたようで、倒れたままのナイトを担ぐと
さっきのスライムが逃げて行ったのと同じ方向へぷよぷよとはねていく。


周りから、一斉に歓声が沸き、

「兄ちゃん、よくやったぞ!!」
「よっ!色男――――!!」
「おい!誰か早く三人を助けてやれ!!」
「兄ちゃんあいつらを逃がすなよ!トドメだ、トドメ!!」

とそれぞれ言いたいことを言っているようだが、誰も三人を助けに行こうとは
しないらしい。
自分の武器を鞘に納め、三人に近寄っていき声をかけてみると、
うめき声をあげているが大した傷は負っていないようだった。
すぐにロッジさんと旅人が水を持って駆け寄ってくる。
その様子を見ていた商人たちもようやく集まり始め、三人は商隊の馬車へと
商人たちに運ばれていき、その場に残った商隊の長と思われる男が、
気持ちだけだが受け取ってくれと懐から革袋を取り出して俺に差し出した。

「そ、そんなの気にしなくていいですよ。」

と受け取らない姿勢を見せると、

「見たところ駆け出しなんじゃないのか?遠慮せずに受け取りなさい。
それとも私に恥をかかせたいのかね?」

そう商隊長が笑顔で一層強く突き出してくるので、にこやかに受け取っておく。
満足そうに頷くと彼は、

「あんたもいい用心棒を持ったな。道中、気を付けなされよ」

とロッジさんと挨拶を交わし商隊へと戻っていった。
付近には再び平穏が戻ってきており、先ほどの戦闘が嘘のように
ゆっくりとした時間が流れていく。
街道沿いの平原の草木は揺れ、緑の風が一帯を包み込んでいる。


「トキマ君、お手柄だったじゃないか!正直、少し頼りないとは
思っておったのだが、どうやら甘く見ていたようだ!!」

やはり、そう思われていたらしい。少し悲しいが仕方あるまい。

「今回の報酬はたんと、はずまねばならんかのう?
わっはっはっはっはっは!!」

にしてもよく笑う人だ。
こっちまで明るくなってくる。
しかし、どうしても一つ気になっていたことがあった。
さっきのスライムナイトは俺が突いたあとすぐにでも、反撃しようと思えばできたはず。
なのにそれをしなかった。それどころか、そのまま逃げて行ったのである。

「このへんのモンスターなど君の手にかかればイチコロなんじゃないかね?
どうだい?オラクルベリーのモンスター闘技に出てみないか?
おっと、気が早すぎたかのう?わっははははははは!」

そんな俺の疑問もロッジさんの褒め殺しによって、
すぐ後には完全に飛んで行ってしまった。
今回の戦闘の功績と商隊長からの報奨金、ロッジさんの滝のような賛辞を浴び
だんだんと調子に乗っていく俺。
そんなに甘くないものだと心の奥底では思いながら、戦闘を思い出しては
笑みが止まらないのであった。



 オラクルベリーに戻るとロッジさんは商人の取引所に急ぐ。
ロッジさんの店で待っているように言われた俺は、エナさんの手伝いをしつつ
ルリと遊びながら、いつものように夜の雰囲気へと変わっていく空気を楽しんでいた。
ロッジさんが帰ってきたのは、オラクルベリーが昼から夜へと完全に
モデルチェンジしたあとになってからだった。
背中に背負った巨大なリュックからは色々な道具が飛び出しかかっていて、
両手には袋が握り締められている。
テーブルの上に豪快に全ての荷物を置くと、片方の袋からまた袋を取り出し

「これが今日の君の取り分だ」

とこれまた豪快に俺の手に乗せた。

「1200ちょっと入っている。初仕事なのにあれほど頑張ってくれたんだからな。
それ相応の額を貰ってもいいというもんだ。それに・・・」

「それに?」

ヘンリーのような間の取り方をするのでつい聞き返してしまった。

「噂になっておるよ。今日の事がな。
片刃持ちの新米が魔物の親玉をやってくれたってね。
それはもう鼻が高くてなぁ!」

後に知ったが、この世界において片刃は駆け出しの新人は選ばないらしい。

「親玉?あのスライムナイトはリーダーだったんですか!?」

「ああ。最近、よく仲間を引き連れて現れるようになったらしいんだが、
集団で威嚇してくるんで困っとったところらしい。
おお、そうだ。後で酒場に行ってみるといい。面白いもんが見れるぞ。」

「パパー!トキマお兄ちゃん、そんなに凄かったの!?
教えて!お話して!!」

とルリがロッジさんにせがんでいる。

「ああ、いいとも。それじゃぁ、先に二階に上がっておきなさい」

じゃあね、と手を振って二階に上がっていくルリを見送って、

「今日はありがとうございました!」

と深々と礼をすると、

「いやいや、止めてくれないか。助けってもらったのは私の方だよ」

と笑いながら、肩をぽんぽんと叩くロッジさん。
ロッジさん一家と一緒に過ごすと、なぜか元の家族を思い出してしょうがない。

じいちゃん達は元気だろうか・・・。

ふと緩む涙腺を引き締めて、ロッジさんの家をあとにする。


このまま宿に戻るつもりだったが、面白いものとは何なのかを確かめるべく
この前ルリと寄った酒場に行ってみることにした。
酒場の中は、夜ということだけあってこの前よりもさらに混雑していて、
さらに酒臭さが加わったのもあり、大人の世界をよりはっきりしたものにしている。
その一角に人だかりができているのを発見し、近寄って何事かを確認しようとしたが
全然見えないので、横にいた優しそうな男の人に聞いてみた。

「何かあったんですか?」

「僕が聞いた話だと、昼間に颯爽と現れたド新人が、
派手に魔物の群れを全滅させたらしくて・・・。
各商隊や商人たちが埋もれた新人を見つけるために、
積極的に新人と契約を結ぶと言い出したらしいんだよ。
今まで、短期の仕事が多かっただろ?
今回はどこも結構、長期間契約するらしいんだ。
ほら、そこの掲示板に詳しい情報と募集要項がたくさん張られてるんだよ。
早めに確認しとかないと損するよ」

話が飛躍しすぎている。俺がやったのはスライムナイトを一匹追い払い、
ピッキーを一匹倒しただけなのに。
自分の行動がこうも人に影響を与えるなんて前の生活では考えられないことだ。


酒場を出て宿に向かう俺。
変な罪悪感と、止まらない笑みが同時に体中を支配して、かなりおかしな顔を
しているのが自分でも分かるくらいだ。
ロッジさんの面白いという意味が分かったような気がして一人物思いにふけり、
ここまで話が大きくなると全く別の作り話のような感覚に襲われる。
それがまたおかしく、この世界に馴染むことができたという自信がオラクルベリーの
街の一角で俺を包み込んでいく。




宿の部屋に戻ると、リュカとヘンリーがすでに戻ってきていた。

「え?帰ってたんだ。二人とも早かったね。明日だと思ってたよ」

「ああ。」

としか言わないヘンリーのおかしさに気付かない人がいたら俺までご一報を。
どうせまた無駄遣いでもして一文無しにでもなったのだろうと軽い気持ちで
何かあったのか、と聞くとその返事は果てしなく重いものだった。


十年ぶりに故郷に帰還したリュカが見たものは、荒れ果てた廃墟の
集落だったという。
かつての住人の姿はほとんどどこにもなく、リュカの知り合いだというサンチョさんも
いなくなっていたらしい。
かろうじて、山菜を採りながら旅の宿を営んでいる夫婦と老人が残っており、
事の顛末を聞いたそうだ。


ヘンリーが行方不明になったのはリュカの父親のせいだとして、ヘンリーの故郷である
ラインハットという王国が討伐隊を編成し村を焼いたらしい。
それに、その隣町に住んでいたリュカの幼馴染も行方が分からなくなっていたそうで
十年目の帰還は最悪の形で実現してしまったのだ。
そのため二人は俺のこともあって、急いでここまで戻ってきたという。
しかし、悪いことだけではなかったらしく、リュカの父親のパパスさんの遺品や
リュカ宛の手紙を発見し、リュカの旅の目的はよりはっきりしたものになったようだ。

「まぁ、あれだな。親父さんの手紙も見つかったし、何よりもほら、
天空の剣を見つけることができたじゃないか。もう前にしか進めねぇんだ。
くよくよしててもしょうがないぜ。な?」

とヘンリーはいつものように完全に戻ったわけではなさそうだが、
さっそく、その切り替えの早さを証明して見せた。
ヘンリーの足元では綺麗な装飾が施され、それでいてインテリアのような
仰々しい感じのしない剣がその高貴さを醸し出している。
この剣は何なのか死ぬほど気になったが、今聞くのは止めておこう。

「そうだね。よく考えたら、トキマには故郷もないんだったね・・・。
僕にはあるだけまだいい方・・・かな」

とリュカも前向きに考えようとしているのが痛々しいほどよく分かる。
しかし、今の言い方だと俺が一番可哀想な境遇にあるということなのだろうか。
今まで、自分の家を故郷とか重々しく考えた事のない俺にとって、
あまり故郷が無い悲しみというのは、よく分からない。
とはいえ、ただ無いのと失ったのとでは大きな違いがあるだろうが。


「でさ・・これからどうする?」

と、重いこの空気を完全に入れ替えるために、そう二人に問いかけてみた。

「じゃぁ、ラインハットに行こうよ。
ヘンリーも故郷に帰ってみたいだろうし。
僕にばっかり付き合わせるわけにはいかないよ」

意外にも、空気の破壊にいち早く乗り出したのはリュカだった。

「ラインハットに!?
お前の村を焼いたんだぞ・・。
言ってみれば、お前の全てを奪った国なんだぞ!?
それに今更戻ったところで俺の居場所なんかねぇよ。
そんなところに戻るのは御免だぜ。
それよりも、さっさと天空の勇者を探しに行こうぜ!」

「ヘンリー・・・。
君の故郷だからだよ。僕には帰る所は無いけど、君にはあるじゃないか。
だから、一度帰ろう。
それに、僕は全てを奪われてなんかないよ。
ヘンリーとトキマがいるからね」

かなり気恥ずかしいことを堂々と言ってくれるものだ。
しかし、考えてみれば俺にもヘンリーとリュカしか頼れるものは
今のところ存在しない。
それに・・・城というものがどういうものなのか見てみたいという気持ちも
少なからずあったし、リュカに反対する理由も無かったので笑顔で沈黙を守っておいた。

「分かった。分かったよ!
行けばいいんだろ!?そのかわり、城下でたっぷりと奢ってもらうからな。
忘れたとは言わないよなぁ?トキマ?」

すっかり忘れているもの思っていたが、まだヘンリーはオラクルベリーに
到着する前の約束を覚えていたらしい。
もう面倒くさいので、「ああ」とだけ言っておいた。





 ~あとがき~

スライムナイトが上下で違う生物なのは仕様です。
今回は少々、量が多くなり見づらいかもしれませんがご容赦のほどを・・・。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。





[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第九話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/06/20 01:24
           ~オラクルベリー七日目~

 旅立つには早いほうがいい、ということになり今日中にラインハットに向けて
出発することが昨日の夜に決まったのだった。
世話になったロッジさん夫婦に挨拶もせずに旅立つのはすっきりとしないし、
何よりも最後にルリに会っておきたいというのがあったからだ。
まだ日も昇りきっていないにもかかわらず、オラクルベリーはすでに行きかう人々の喧騒と生活の足音が響き渡っている。
市場街では、食材をかごに入れた大勢の主婦をかわし、
大通りでは商い用のリュックを背負いふらふらと道を移動する商人を支えてやり、
飲み屋街では昨夜から踊り通しでこれから睡眠を取るであろう踊り子の一団とすれ違い、
ひたすらにロッジさんの店を目指す。

「おお、リュカ君にヘンリー君!
この町に来てからは一度も会わなかったが元気だったかね?」

最初に声をかけてきたのは、店の前を掃除しているロッジさんだった。

「・・・・・・今日出発かね?
見れば分かるさ。それだけ荷物を抱えていればな。
もっと君たちとは一緒に仕事がしたかったんだがね、残念だ」

リュカとヘンリーは『仕事』と聞いてきょとんとした顔をしている。
それもそのはず、俺が仕事をしていたことや、魔物との戦闘の件など一切を
まだ話していないからだ。呪文を使いこなし、剣を軽々と振るう二人に胸をはって
話せることでもなく、何よりも俺が無駄遣いをしてしまったことがばれてしまう。

「はい! もう少しここで色々話を聞いて回りたかったんですが、
急ぎの用事ができたので今日中にはここを出ようと思います」

リュカが元気にそう答える。

「俺もロッジさんとまた旅ができることを楽しみしてますよ。
・・・今までありがとうございました!」

とヘンリーも同じく爽やかにやり取りをしているが、俺はどうにも
すっきりとした気持ちには何故かなれなかった。

「やはりな・・。
ちょっと待ってやってくれないか?
今、ルリを呼んでくるから」

と店の奥に消えていくロッジさん。

リュカとヘンリーはニヤニヤとこっちを見ながら、

「先に馬車に戻ってるから」

「ゆっくりしてきていいからな」

とこの場を去ろうとしている。
お前たちは告白される友達の付き添いで来た中学生か!!

「でもルリだって、親分やリュカに会いたいんじゃないか?」

親分という言葉はだいぶ効いたらしく、ヘンリーはじっと動こうとしない。
リュカだって実際は戻る気なんてあまり無かったんじゃないだろうか。
なぜならば、ルリが出てきたときに一番最初にしゃがんで手を振り返したのが
リュカだったからだ。

「親分たちはもう行くの?」

相変わらず、茶色い光沢のある一対の瞳をくりくりとさせて問いかけるこの子は、
将来立派な男泣かせになるだろう。

「ああ、そうだ。
また少しの間、お別れだな」

「そっか・・・・。
トキマお兄ちゃんも行くの?」

「うん。俺も一緒に行くことにしたんだ」

「そうだよね・・・。お兄ちゃんにもお仕事があるよね。
お仕事が終わるのはいつ?次はいつ帰ってくるの?」

この質問の答えを俺は持ち合わせていなかった。
俺の心を読み取ったのか、後ろからリュカが、

「雪が降り始めたらかな」

とその場しのぎの答えを出す。
俺の感覚では今の気温から行けば季節はまだ夏前だ。
こっちに飛ばされてきたのが春だったのでしょうがないのだが、
この世界も日本と同じように季節があるのならば、あと半年はかかる計算になる。

「分かった。待ってるね!」

この破壊的なまでに俺を動揺させる生き物は一体何なんだ。
次はいつ会えるか分からないのだから、と自分に言い聞かせ、
一番の目的を果たすべく、

「ルリ、ちょっとこっちに来てくれるかな?」

と、この一時を噛み締めるように声をかけた。
近寄ってきたルリに、腰の小さな皮袋から取り出したそれを首にかけてあげると、
彼女の胸元には小さな銀色のリンゴが踊っている。

以前、ルリに連れて行かれた洋服の仕立て屋で買い物をした夜に、
もう一度そこに行って買ってきたものだ。

「あんたも気づいてたようだね」

と仕立て屋の女将さんがにっこりと微笑んでいたのを思い出す。
あの時、会計を済ましているわずかな時間だったが、
ルリはじっとそれを見ていたのを俺は知っていた。
だからいつか渡そうかと思っていたのだが、
こんなにすぐ渡すことになろうとは想像もしていなかった。

「コレ貰っただろ?だからそのお返しだよ」

ルリから貰った花の飾りを取り出してそう言った。

「ありがとうございます!」

と丁寧にスカートの端をつまんで礼をした後に、
くるっと後ろを向いてロッジ夫婦のところに戻っていった。
よほど恥ずかしかったのだろう。
エナさんの後ろに回り込み、頭を覗かせている。
顔を真っ赤にしながら、プレゼントしたリンゴをギュッと握りしめているのを見て、
「気に入ってくれて良かった」
と安堵の気持が噴き出したのは言うまでもない。
正直、アイスの方がいい、とか言われたらどうしようかとも思ったが
取り越し苦労だったらしい。
ふとリュカを見ると、とても懐かしそうに、だが何か寂しそうな顔つきで
俺達のやり取りを見守っている。
俺と目が合うと、リュカらしくもなく慌てて眼をそらす始末。
今度、追求してみるとしよう。

「よしっ!んじゃぁ、そろそろ行くか!」

ヘンリーの威勢のいい声とともに立ち上がると、
ロッジ一家に向けてお辞儀し、街の出口を目指す。
今回はルリの元気な声に送られることは無かったが、
俺にはあの『ありがとうございます』だけで充分だった。
そもそも、ルリは何で敬語だったのか、あの改まったお辞儀は何を意味していたのか、
他いろんなことが気になり始めたが、もうこの際気持ちよく分かれるためには
ごちゃごちゃとした思考は邪魔だ。
何よりも湿っぽい別れにならずにすんだのが一番気持ちの良いことだった。
自分だけ寂しさを感じていたのが馬鹿らしく思えてきたのと同時に、
子供の切り替えの早さを痛感した。
この前、別れの挨拶を交わした数日後には再会したこともあって、きっと
ルリはすぐにまた会えると思っているに違いない。
まぁ、魔界や異世界に行くわけではないので戻ってこようと思えばいつでも
帰って来ることはできるだろう。
冷静に考えると、別にどうということはないということに、今さらながら気づいたのだった。



こうして、俺たちはオラクルベリーに別れを告げた。



















 しかし、その遥か後方で唇を結んで大きく手を振り、瞳に湛えた涙を拭おうともせず、
ただひたすらに笑顔を作り続けようと奮闘する少女がいたことを俺は知らなかった。 




 オラクルベリーから北へ向かうこと二時間。
白馬パトリシアは馬車をそのたくましい四肢で引きながら街道を進んでいく。
ヘンリーとリュカは馬車の中で休憩中で、今は俺がパトリシアの手綱を握っているのだが、
当然、馬車の御者台に座った経験など全くない。
それでもパトリシアは「お前はただ綱を持って座ってろ」とでも言いたげに悠々としているのが何となく気に食わない。
ドラマやアニメの見よう見まねで手綱を操ってみようかどうかを考えていると、聞き覚えのある声とともにヤツは空から降りてきた。


まるで・・・蒼い・・・・彗星・・。

「ピギィー!!」

ぼぅっとしていたせいか反応はかなり遅れ、腰にぶら下がる柄にかけた手もそれ以上は動くことはなく、スライムの体当たりをもろに顔面で受け止める俺。
手綱を完全に離し御者台から落ちそうになるのを必死にしがみつき、

「ヘンリー!リュカ!魔物だ!!」

と叫ぼうとしたが、ふと見るとそこには、何もいない。
俺が一人で馬車から落ちそうになっているだけだ。
手綱を完全に放しているにもかかわらず、パトリシアは規則正しい歩みを止めようとはせず、むしろ堂々とした態度には拍車がかかっている。
よく仕込まれたお利口で生意気なお馬さんだ。
居眠りでもしていたのかと思い、さりげなく手綱を握りなおし、先ほどヤツが降りてきた空を眺めてみる。

何もいない。

空を流れていく雲でさえ、俺のことを笑っているようだ。

「あはははは!」

後ろからも笑い声が聞こえてきた。
リュカまでも俺を笑い物にするなんて・・・。
勢いよく幌を開けると、蒼い悪魔・・・じゃなくスライムがリュカの腕の中からこっちを
見ている。

「おう、トキマ!こいつ覚えてるか!?」

「こいつって?このスライム?」

俺がこの世界で知っているスライムはヘンリーによって売り飛ばされそうになったあいつだけだ。

「オラクルベリーに着く前に別れたんじゃなかったっけ?」

「戻ってきたんだ。それに・・・!」

ヘンリーはかなり興奮状態だ。

「それに?」

ヘンリーの意味不明な間の置き方に突っ込むのはお約束になりそうだ。
リュカとヘンリーが互いに意味ありげに微笑んでいる。

「さぁ、トキマにも」

リュカがスライムに何かを促している。
途端にぷよぷよと体を震わせると、

「ぼく、すらりん」

としゃべったのだった。





 人語を話すスライムが急に飛び込んできてからすでに
一時間以上経過したのではなかろうか。
俺たちはスラリンと名乗ったスライムに質問攻めを開始した。

どうして追ってきたのか。

やっぱり売られたいのか。

俺達を襲わないのか。

そのスライムは流暢に全てを答えていった。
まとめると、売られたくはないが襲うことはない。
そして、リュカが忘れられないということらしい。

お主、もうすでに俺を襲ったではないか!

思わぬ告白を受けたリュカだったが、少しも驚くことなく、
すでに打ち解けてしまっていて、彼らには種族の壁というものは存在しないようだ。

この間にもパトリシアは御者台に誰もいないにも関わらず北を目指し馬車を曳いていく。
喋るスライムも凄いが、この馬も実際かなりのトンデモ馬だ。



 オラクルベリーの北にある大きな橋を渡り一路ラインハットへ。
夜までにはラインハットとの国境を流れる河の下流にまでたどり着いた。
秀吉もびっくりの脅威的なスピードだ。
ヘンリーの話ではこの河を上って行った所に関所があるらしい。



 スライムを仲間に加えた俺たちのその日の夕食はとても賑やかなものだった。
食後、ヘンリーは川へ水汲みに、俺は山に芝刈りに・・・・じゃなく、パトリシアの
世話をするために椎葉と水を持ってパトリシアのもとへ。
野宿するときには、馬車から木へとその主を変えていくパトリシアは今日もいつもと
変わらずにおとなしく繋がれている。
最初は全然なついていなかったこの馬も今では、俺が食事を持って来た時だけ、
その純白の肢体を震わせて雄たけびをあげ、前足を持ち上げて、
まるで威嚇でもするかのように俺を歓迎してくれる。








「はぁ・・・」

大きな溜息をつき、目の前に立ちはだかるパトリシアと二人だけの時間を過ごす。

「そんなに俺のこと嫌いか・・・?」

ブルルッと鼻を鳴らす生意気な天才お馬。
リュカみたいに動物と意思疎通ができたらどんなに楽なことか。
上品な白銀の毛並みを持つパトリシアも食事をおしとやかにすることはできないらしく、
荒々しく野性的にその喉を鳴らしている。
そんな光景を座って眺めながら、ふと考えていた。

「そういえば、お前、自由に動ける時なんて一瞬もないんだよな・・。
その手綱を解いてやったら仲よくしてくれるか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

無論、天才駿馬と言えどしゃべることはできない。

「はぁ・・・動物相手に何やってんだ、俺」

さっと立ち上がり、改めてパトリシアと見つめあう。
いつもは数秒で目をそらすこの馬は今に限ってずっと俺を見つめている。

「まさか・・・本当に解いて欲しいのか?」

力強く「ヒンッ」と今までに聞いたことのない返事をよこしたパトリシアは尚も
俺から目をそらしてはくれない。
なんだか見つめられると馬でも気恥ずかしいものなのだとこの時に気づいた俺だった。
どうせなら人間のしかも女の子に見つめられたいのだが・・・。

「じゃぁ・・今日だけだぞ・・・」

なぜか全くと言っていいほど逃げ出すような気がしなかった俺は、支配の鎖から
自由な世界へとパトリシアを解き放った。

そのたくましい肉体を見せつけるかのように辺りを駆け回る白銀の雄姿。



を想像していたのだが、ゆっくりと歩き出したパトリシアは、
みんなが談笑している火の傍まで来るとそこに腰を下ろし、
そのまま動こうとしなくなった。
リュカは驚いたような表情を見せ、水汲みから帰ってきていたヘンリーは、
スラリンを枕にして横になろうと奮闘しており、スラリンはスラリンで
うねうねと動き、ヘンリーに抵抗している。
そんな姿を見て微笑ましく思う反面、今までずっと寂しい夜を過ごしてきたのかと思うと
パトリシアの気持ちが理解できたような気がした。
今度からはきちんと仲間として接しようと心に決めた俺はパトリシアの背中を撫でてやり、
その決意を手のひらに込めた。



 そんな時、そのパトリシアの下に何か黒い布のようなものが下敷きになっているのが
暖かいオレンジ色の炎に照らされてチラついて見えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺のカバンだ。


この性悪馬はきっとわざとやっているに違いない。
まぁ、しかし今日ぐらいは許してあげようと一人で心の寛大さを噛みしめる俺だった。
携帯とルリから貰った飾りの入った革袋の存在を思い出すまでは・・・・。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/06/29 21:27
 

 パトリシアとの心温まるストーリーから明けて、ラインハットに向かう俺たちは、
川の上流にあるという関所を目指す。
あいかわらず、パトリシアは誰の指示も受けず悠々とした態度で進み続け、
ヘンリーは御者台で地図をぼんやりと眺めている。
リュカは馬車の中で道具や装備の整理や手入れを行っているが、
一種の趣味の領域になっているのではなかろうか。
俺はと言うと、スラリンが跳ねながらパトリシアの横を付いて行っているのを
眺めつつその後を追っている。


 しかし、関所と言うからには、通行証や多額の通行料を払わなければならないのだろう。
金はともかく、元奴隷二人に謎の迷子が一人、加えて魔物が一匹の俺たちに通行証を
手に入れろという方が酷な話だ。

現在、俺の手元にはロッジさんと商隊長に貰った報酬の合計1800G弱があるものの、
未だに1Gの価値が日本円に換算していくら位になるのかということは、
完璧に把握できてはいなかった。
リュカとヘンリーに尋ねようと何度も思ったが、彼らが俺の知りたい答えを
持っているとも思えない。
ただ、あくまでも推測だが、1G=10円位が妥当なんじゃないかというのが
オラクルベリーで過ごした俺の感覚だ。


 俺たちはひたすらに上流を目指して進んでいるものの、
いっこうに関所が見えてくる気配はない。
それどころか、だんだんと背の高い木々が目立つようになってきており、
その間隔も距離を詰め始めている気がする。
反対に、対岸には果てしない平原が広がっていて、
川幅はそこまで大きくないものの、緩やかな流れと周りの景色がこの川の
大きさを際立たせているようだ。

「随分、大きいんだね。この川」

と何気なくヘンリーに尋ねると、このぐらいは普通だろ、という答えが返って来た。
この世界にかなり馴染むことができたとはいえ、
判断の基準を日本にしてしまう癖は直りそうにない。
そんなことをぼんやりと考えていると、いきなりスラリンが顔面にヒットした。

スラリン・・・・お前もかっ・・・・!

どうやら、俺にはリュカと正反対の生き物を凶暴化させる力が備わっているらしい。
ショックで涙がにじむ俺をよそにスラリンは、ついて来いとでも言いたげに体を震わせて
何かをアピールしている。

なぜ、ついて来いと分かったかって?
だいたいこういう時はそうだと相場は決まっている。

跳ねるスラリンの後を追って行くと、

「あそこっ!」

と河原の方を見つめている。
しゃべれるんだから、最初からそうしてくれないか・・・。
そこには、緩やかに流れる澄んだ青の絨毯の傍らで、小さな子供が横たわっていた。
一瞬、何が起きているのか理解できなかったが、俺よりも先に駆け出していくスラリンを
見て、考えるよりも先にその後を追う。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

近づいてみると、その子供はなぜか軽装の甲冑を着ているのが分かる。
さらに近づくと、横たわっているのが子供ではないことに、そして、
スライムナイトのナイトであることがはっきりと分かった。

助けるべきなのか・・・・・?

躊躇して、引け腰の俺に

「はやく!もってよ!たすけようよぅ!!」

と急かすスラリン。
ぐったりとしているので、よもや襲って来ることはないだろう
と判断した俺はナイトを背負う。
スラリンはというとナイトの盾を担いで、一目散に馬車へと戻っていき、
リュカを呼んでいるようだ。
こういう時はリュカに任せるのが一番だと判断したのか、御者台でいびきをかいている
ヘンリーは当てにならないと判断したのかは知らないが、
スラリンに白羽の矢を立てられたリュカが大慌てで降りてくる。
かすかに呼吸の足音を刻むナイトを馬車内に寝かせ、応急処置を施すべく、
俺はすべての知識をフル回転させた。

こういう時は心臓マッサージか?
いや、モンスターに心臓はあるのだろうか?
じゃぁ、人工呼吸か?
魔物と口づけをする勇気もないし、そもそも彼は兜をかぶっている。
そうだ、薬草だ!

と俺が答えを導き出した時には、すでにリュカの『ベホイミ』がナイトの傷を癒したあとだった。



二人と一匹に見守られ意識を取り戻したナイト。

「大丈夫?」

と声をかけるリュカ。

「・・・ええ。おかげで助かりました」

「そっかぁ、よかった!トキマとスラリンが助けてくれなかったら
危ないところだったんだよ」

と俺の背中を押して紹介する。

「あ・・あははははは・・・・」

もうしゃべる魔物には慣れたが、魔物と話すことに慣れるのにはまだ時間がかかりそうだ。

「かたじけない。トキマ殿・・・・とおっしゃったか?
私の名はピエール。助けていただいたこと至極、痛み入る」

なんと古風なナイトだろうか。
爽やかな声色には少し不釣り合いな口調ではあるが・・・。
体こそ小さいものの、存在感といい雰囲気といい圧倒されそうだ。

「礼には及ばぬ。拙者は当たり前のことをしたまででござる」

とでも返したかったが、

「あ・・れ、礼なんていいですよ。気にしなくてもいいんだよ」

とぎこちない返答になったのは、悔やまれるところだ。

「怪我が完全に治るまでここにいていいからね。
それとも、このまま一緒について来てくれる?」

とリュカはすでに友達と話すかのようにピエールと会話を交わしている。
ピエールは、馬車の中をぐるっと見回すとスラリンを見つめ、おもむろに切り出した。

「こちらのスラリンもお二人のお仲間なのですか?」

「ああ。そうだよ。正確には三人だけどね」

スラリンはぷにぷにとピエールを見つめている。

「スラリンがあなた方に惹かれた理由が分かるような気がします。
お邪魔でなければ、是非、私もお仲間に加えていただきませぬか。
それに、トキマ殿とは一度、手合わせをお願いしたい」

手合わせ?
お手手のシワとシワを合わせるアレか?
などとギャグをかましている場合ではない。
そんなことをすれば俺は死んでしまうだろう。いや、絶対に死ぬ。

「よかったぁ!トキマとも友達になったみたいだし」

何をどう聞き間違えれば友達という解釈になるのだろうか。
遠まわしに、殺すと言われたようなものなんじゃないのか・・・。

「じゃぁ、ヘンリーに教えてくるね!」

と外へ出ていくリュカ。

馬車の中には、スラリンとピエール、そして俺が取り残された。

「トキマ殿・・・・。
次に手合わせをしていただく時は、負けませぬぞ」

と重苦しい雰囲気をさらに濃縮するような事をさらっと言ってのけたピエールは
じっとこちらを見つめているし、スラリンまでもその視線を俺に向けている。

「つ、次!?次って何の・・・」

そこまで言いかけて完全に理解してしまった俺。
あの日・・・ロッジさんの護衛に出たあの日に遭遇した魔物の群れのリーダー。

「トキマとピエール、しりあいなの?」

と俺達を忙しくキョロキョロ見回すスラリンは状況が飲み込めていないらしい。
まぁ、当然だが・・・。

「ご・・ごめん。俺のせいでスライムとはぐれたんじゃ・・・?」

「誰のせいでもありませぬ。私が未熟だっただけのことです」

「ねぇ、ねぇ。スライムとはぐれたって、なに?」

スラリンの質問に答えるように、事の真相をピエールは話し出した。


 俺は今まで、魔物が一方的に悪であり人間はひたすらに被害者であると思っていた。
昔話によく出てくる鬼の理論だ。
しかし、魔物を倒してそこから毛や皮を取ったりと、人間も魔物から恩恵を受けているらしい。
やられっ放しという訳でもないのが意外だったが、よく考えてみたら当然のことのような気もする。
魔物といっても、日本で言うライオンや虎なんかの猛獣と同じ扱いを受けているのだろう。
獣と魔物とではかなり差はあるが・・・。
そして、最近、世の中を闇が覆うという噂が光の教団によって流布されていて、
その矛先が一番に向けられたのが、人を襲う彼ら魔物ということだ。
魔物が人を襲うのは事実であるのだが、その魔物にも二種類いるらしい。

もともと、人間界で他の動物とともに進化してきた魔物達。
(ピエールの話では人間と心を通わせることができるのはこの魔物達だそうだ)

もう一つが、魔界から送り込まれてきた魔物達。
(こいつらが、他の比較的温厚な魔物をそそのかしているという)

結局、仲間の好戦的な魔物たちに圧されリーダーとしての立場上、
仕方なく俺たちを襲ったというのが、どうやら真実のようだ。
そして、相棒のスライムとはぐれ、今に至るということらしい。






 ピエールが仲間に加わり、ヘンリーへの紹介が終わると、
リュカ主催による道具の整理祭りが馬車内で盛大に行われた。
ただでさえ、あまり広くないのに道具をモサモサと広げていくリュカ。
事の発端はヘンリーがピエールの剣のことを指摘したことによる。
ピエールは倒れていた時、すでに盾しか持っていなかったので、

「剣が無いとナイトって感じがしねぇなぁ」

と寒いギャグと共に最悪の発言をかました。
途端に、リュカの目が輝きだし、全員の装備編成と道具整理が

「ラインハットに入る前にきちんと整理しようよ」

という一言により行われることになった。
どうやら、リュカは自分の趣味を全員で共有したいらしい。


装備編成がまったく関係ない俺は、その場のやり取りを、ぼーっと眺めていた。
新しい剣が欲しいとねだるヘンリーに、なぜか紐で束ねた薬草を渡して
解決を図ろうとするリュカ。
これを本人は悪気なくやっているのだから感心する。
楽しそうに揉めている二人を見て、仲良くけんかするというのはこういうことを
言うのだろうと思っていると、

「止めたほうがよろしいのでは・・・」

とピエールが耳打ちしてきた。

「あ、ああ。あれはあれでいいんだよ。
あの二人はあれが普通なんだ」

と、どこかでしたような答えを返す。
ピエールがクスッと笑ったような気がしたのだが、残念ながら兜をかぶっているので
表情を読み取ることはできない。

そういえば、この道具祭りは、ピエールに新しく剣を渡すために開かれたのではないか。
危うく本来の目的を忘れるところだった。

「あのさ、ピエールの剣の話なんだけど・・・」

二人は、何かに気づいたようにその口と手を止めた。



 リュカの道具祭りに巻き込まれた俺達は、馬車の中で非常に盛り上がっていた。
ピエールには暫定的に銅の剣があてがわれている。
続いて、俺の装備の話にまで飛び火し、オラクルベリーでの思い出を皆で語り合った。
そんな俺たちをよそに、パトリシアは延々と一人で馬車を引き上流を目指す。


その日の晩、俺がパトリシアに後ろ蹴りを食らわされそうになったのは、
偶然なのか、それとも・・・・・。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十一話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/07/13 01:47

 オラクルベリーを出て、すでに三日が経っていた。
周りの景色は一向に変わる様子を見せず、ただのんびりと時間と澄んだ川のせせらぎが
流れていく。
ただ不思議なのは、このラインハット周辺に到着してからというもの、
魔物の存在を忘れてしまいそうなくらい、横にいるスライムナイトを除いては
遭遇することはなかった。
そんなことを考えながら延々と、そして黙々と歩き続ける俺の脳内は、いつものように
思考を横道にそらしていく。


 今頃、日本では楽しいキャンパスライフを送っている最中なのだろう。
それに比べて俺は・・・・・。
変な生き物に囲まれ、物騒なモノをぶら下げて、毎日が野宿。
女の子の影すら・・・・あったのはあったが、正真正銘の『女の子』だった。
おまけに、こんな明日をも知れぬ生活の中で頼れるのは、俺よりも年下の
しかも、十年もの間、奴隷として働かされていた世間知らずの青年が二人。
合コン行きたかったなぁ・・・・。
サークルにも入りたかったのに・・・・・。
授業も・・・・受けたかったわけではないが、雰囲気は楽しんでみたかった。



そんなネガティブ思考のスパイラルに陥った俺を、現実に連れ戻したのは、

「あった!着いたよ、みんな!!」

という嬉しそうなリュカの声だった。
その目線の先には、川を横切るような形で作られた地下道の入口を守るかのように
作られた石造りの小屋が建っている。
その少し向こうには、小高いゴツゴツした岩山や岩石の露出した荒々しい丘が
広がっていて、グランドキャニオンの規模を縮小して、緑を少々混ぜた感じだ。
ちょうどこの辺が、平地と山岳地帯の境目になっているのかもしれない。

俺たちが近寄っていくと一人の兵士がその石小屋から飛び出してきて、

「皇后陛下の通行証を見せなさい」

と高圧的に接してくる。平和的に通行者の管理をしているというよりも、
明らかに、何かを取り締まっているような態度だ。

「つ・・通行証!?」

リュカは驚きとまどっている。
そんなに驚くことかよ、と心では思いながらも当たって欲しくない予感が
的中したのはあまり良い気分はしない。もっといい予感も当たればいいのに・・・。

「僕たちは、怪しい者じゃありませんよ。
ただの旅人です。後ろにいるのがヘンリーにトキマ。
それから・・・・」

リュカの言葉はそこで詰まった。
言うのか?言ってしまうのかっ!?

「ピエール、スラリン出てきていいよ」

言ってしまった。
せっかく俺が気を利かせて、馬車の中にしかも検問があってもいいようにと
隠れ場所まで作ったのに・・・・。

馬車から遠慮がちにぎこちない動きで降りてくるスライムナイト。
今まで気がつかなかったが、なぜかスラリンの上にピエールが乗っている。

「なっ!?魔物とグルか!?こ、この場で私がせ・・・成敗してくれる!」

これで怪しくないという言い分は100%分かってもらえないだろう。
打つ手をことごとく粉砕していくリュカ。

「随分、偉そうな口を利くじゃないか?
昔はカエル一匹で怯えていたのにな」

そんな俺たちの道を切り拓いてくれたのは、ここのところずっと様々な状況に上書きされ
出番の減っていたヘンリーだった。

「貴様!き、斬られたいのか!?」

「兵士長になるのが夢・・・だったか?
その夢はもう叶ったのか?その様子じゃぁ、叶ってないみたいだな、トム」

「何故、私の名を・・・?
いや、そんなバカな。そんなことが・・・・。
まさか、ヘンリー様でございますか!?」

「ああ。久しぶりに親父の顔でも見てやろうと思ってな」

「御無事でございましたか!!
国の者もお喜びになられるはず!
しかし、先代の陛下は亡くなられました・・・。
今は、デール様が王位についていらっしゃいますが、実権は太后様が握られています。
それが最近、太后様の様子が変で・・・」

「そうか・・・」

 その一言に色々な意味をこめて飲み込んだようだった。
ヘンリーはすぐにトムと話をつけ、通行証なしでも通れるようにしてくれた。
ヘンリーの気持ちを察するにあまりあるが、リュカもヘンリーも十年目の帰郷は幸せなものにはならなかったのが、見ている側としても辛い。
リュカも十年前この地下道を通ってラインハットへ向かったというし、ここは色々と因縁の残る場所になりそうだ。
リュカは十年前の記憶を思い出してはパパスさんの話をしてくれる。
対岸に渡り切ると、ここから肩車してもらって景色を見たとか、
パパスさんが間違えて引き返そうとしたとか、実際に思い出の地に来ると記憶は次々に蘇るようだ。
明るく笑い話にしようとしているリュカを見ていると切ないという表現では足りない。
ヘンリーはさっさと馬車の中に乗り込んでいったし、二人の過去の傷が癒えきっていないのを感じた瞬間だった。

俺たちがラインハットに到着したのは翌日の日も高く上った頃だった。





            ~ラインハット城下~

 ラインハット城下はオラクルベリーと比べると随分と品のある町並みだった。
城下というだけあって警備兵の数もとても多く、治安の維持というよりも、国民の監視
といった感じだろうか。
人の数も多く、絢爛豪華とはこのことをいうのかと思うほど、初めての城下町は感動の
連続だ。
しかし、華やいだ景色にはとても不釣合いな格好をした母子や老人を裏路地では何人も
見かけたのがとても気になっていたし、活気というものをあまり感じないのが
オラクルベリーしか見たことの無い俺にとって少し不気味ではある。
色々訳ありだと判断した俺たちは、ヘンリーの記憶を頼りに非常用の脱出水路から王城へと侵入することにした。

スラリンとピエールには近くの湖の畔に馬車を停めて見張ってもらっている。

ラインハットに到着してから一言も発しないリュカとヘンリーから滲み出る空気は
正直、耐えられるものではなかった。
城下をもっと見物したいなどと口にできるはずもなく、

「こっちだ」

とか

「気をつけろよ」

 としか言わないヘンリーに従うしかない最年長の俺。
水路はすぐに地下牢のような空間に直結している。
王家の秘密の水路という響きに少しわくわくしたのは、大きな誤算だった。
等間隔でランプの火が躍ってはいるものの、ランプの火以外、目を凝らしても
判別するのが難しい。
こんな不気味な空間にいても、ビビる気配を少しも見せない彼らを見て、
早くも、オラクルベリーで身についた自信は消えようとしていた。
ヘンリーは何を思ったか、持っていた銅の剣でランプの根元を思いっきり叩き割り、
それをたいまつ代わりするという荒業に出た。
器用にも火は消さないというところがまた凄い。
 
それでも、終始無言。

もう、気まず過ぎてしょうがない。

 段々と、鼻を突くような腐乱臭が強くなってきているのは気のせいか。
明らかに、死体と思えるシルエットが足元に散見し、おまけには牢獄まで存在する。
非常用脱出通路というよりも、ただの地下牢だ。
しかも一本道ではなく迷路のように入り組んでいて、あろうことか、生きた人が入れられている牢まで存在する。
ここを王族が本当に戦の時、非常用の脱出通路として使ったなら、生きて出られる
気が全くしない。
むしろ、敵中突破の方がよほど効率がいいだろう。
俺が王族なら、絶対に一本道にするのだが・・・。


前を行くヘンリーが急に足を止めた。

「何か来る・・・?
変な音が聞こえないか?」

そういえば、ペタッペタッという今まで聞こえていなかった違和感のある音が
聞こえてくる。

「誰かいるんじゃないか?
さっきもおじいさんが牢の中にいたし」

と、今までの重苦しい空気からの開放のせいか、すぐに口が開いてしまった。

「いや・・魔m」

「ここ城の中だよ?
あれだけ警備兵がいた城下を抱える城だよ?」

リュカの言葉を遮ってしゃべりだす俺。
その口から何が語られるのかはすでに分かっていたからだ。


「でも・・・・」

リュカが正しかった。
目の前から、怪しげでくすんだ色のローブをまとった、いかにも「魔法を使います」
といった雰囲気の魔道士らしき人物と、よたよたと歩いてくる隙だらけの人物。
悪臭が一段と強くなる。
いきなり魔道士が通路いっぱいに炎を発生させ、辺りを赤い閃光が熱と共に
俺たちを三人を包む。
床、天井、壁、のクモの巣や長い時間をかけて仲間を増やし続けた苔に赤い閃光は
纏わり着き、王家の秘密の通路にふさわしく華やかな朱に染まった。
おかげで、彼ら二人の正体がはっきりと、ゾンビのように精気を失い、激しく
損傷した肉体を持っていることが分かる。

『おい、だれかハンドガン持って来い!』

 ひるむ俺をよそに、二人は一斉に魔道士めがけて切りかかっていく。
ふらふらと隙だらけだったもう片方のゾンビが目をカッと開いて、今までの
動きが嘘のように俊敏な動きを見せる。
どうやら、魔道士をかばっているようだ。
二人の一撃を正面で受け止めたゾンビは、上半身に大きな傷を負いながらも
一瞬の隙ができたヘンリーに膝蹴りをかます。
うずくまるヘンリーに連続して被害が出ないように、もう一度ゾンビに切りかかる
リュカを映画でも見るかのようにぼーっと眺めていた俺は、ふと我に返った。
状況を慌てて飲み込んで、刀を抜きリュカに続く。
リュカの攻撃を交わしたゾンビは続いて俺の上段からの斬撃も交わし、
相撲の取り組みのように俺の体を受け止めている。
それでも、魔道士をかばう絶妙な位置にいるのがこのゾンビの凄いところだろう。
魔道士はリュカの一瞬の隙を見逃さず、炎の球を空間に浮かべ、リュカに向けてそれを放つ。


転がるように、避けるリュカ。

いつの間にか立ち上がり、ゾンビの腰に向け銅の剣を振り下ろすヘンリー。

ゾンビにしがみつかれたまま、もがくしかない俺。

呪文の詠唱に入る魔道士。

俺の腰をしっかりとブロックしたままのゾンビ。


 ヘンリーの一撃にうめき声を上げながらも、しがみ続けようとするゾンビは、
魔道士にアタックを試みるリュカをも左腕で捕まえると、力が分散したせいか
今までのように強力な力を出すことは不可能らしい。
さらに、ヘンリーの容赦ない攻撃を受け続けてもなお、耐え続けている。
そして、ふらふらとした足取りながらも、まだリュカと俺の腰を片手ずつで抱きとめる
その力が弱まっていくのを感じながら、ただ見つめるしかなかった。
いつの間にか、ゾンビに竦んでいた恐怖もどこかにいってしまい、自分でも
信じたくはないがこの人型のモンスターに言い知れぬ愛着さえ湧いたようだった。

力が弱まった隙にその腕の中から生還を果たしたものの、目の前には信じたくない光景が
迫っている。


 後ろで、かばい続けられていた魔道士がゾンビ諸共俺たちを焼き尽くすために
より強力な赤い閃光を狭い通路内に走らせたのだ。
悲鳴のような怒号のような叫び声を上げ、炎に身を包まれていくゾンビが
皮肉にも盾となり、俺は大きなダメージを避けることができた。
一瞬だが、ゾンビが、何かを伝えたそうに悲しそうな微笑みを
浮かべたような気がした。何処となく安堵した表情にすら見える。
リュカとヘンリーも持っていた盾で何とか防ぎきったみたいだが、盾は
黒くすすだらけになり、金属で加工されていない防具の所々が焼切れたり
少し炭化したりしている。

魔力をほとんど使い果たした魔道士の最後はあっけないものだった。
こうして、魔道士と腐った死体との激闘は幕を閉じた。



 後味の悪い戦いの勝利の後に、地下通路内で獄に繋がれたヘンリーの義理の母、
つまり、太后を発見した俺たち三人は、事情を完全に把握するため、ヘンリーの弟である
デール王への謁見を非公式に果たしたのだった。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十二話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/07/15 00:11
 
 というわけで、今は旅の扉という怪しげなものの前にいる。
コンサートなんかで使われるドライアイスに不思議な蒼色の光が混じってうねうねと
湧き出している感じの、何とも全体像が掴めないモノが目の前で口を開けている。
ラーの鏡があれば今回の事件を解決に導くことができるとかで、それを探しに行くのに
ここを通らないといけないらしい。
ヘンリーとリュカはもう先に行ってしまったので、後は俺が飛び込むだけなのだが・・・。


怖い。
何が怖いかというと、何処に行くか分からないということじゃなく、
元の世界に戻ってしまうのではないかという恐怖が俺を取り巻いていた。
今では、元の世界に戻るのが何となく嫌になっている自分にはっきりと気づいたのだ。
勉強もしなくてよく、世界をただ旅して回る刺激的な毎日。
魔物こそ出るものの仲間だってできた。
男なら誰でも一度は夢見ることを、子供時代に置いてきた願望を、この年で叶えたのだ。

しかし、いつまでも迷っているわけにもいかず、思い切って飛び込んでみた。
まぁ、元の世界に帰ったら帰ったで、楽しいキャンパスライフが待っている。




結局、俺がキャンパスライフをエンジョイすることはないらしい。

いざ、ラーの鏡の眠る神の塔へ!!

この時に、初めてスラリンとピエールを置いてきたことに気づいたのだった。




 というわけで、今は旅の扉の前にいる。
リュカとヘンリーは先に行ってしまったので、残ったのは、スラリンとピエールと
パトリシアそして俺だ。
この旅の扉がある場所が王家の巨大な倉庫にあって本当に助かった。
これがトイレなんかにあったら絶望的だ。



 仲間を置いてきたことを思い出した俺たちは、すぐにラインハットに戻って、
デール王と二回目の非公式謁見を行い、どうすべきかを相談すると、夜陰に乗じて
馬車ごと旅の扉を通すという、プリンセス=○ンコーもびっくりな奇策をデール王は立案してきた。
風貌に似合わず、思考はかなり大胆なようだ。
いや、王族の教育とはここまでスケールの大きいものなのだろうか。
こうして、馬車に戻って事情を説明した俺たち一行は馬車ごと旅の扉を通るべく
深夜のラインハット城下をひっそりと駆け抜けて、現在に至る。
さすが、気弱な王様もこういう時には王権を発動させるらしく、毎晩見回りに
出ているという警備兵は一人もいなかった。
おかげで、半ばお祭り騒ぎのラインハット国民はなかなか寝静まらず、
作戦の実行は二時間近くの遅れを出した。



 旅の扉を通った俺たちは、ひたすらにラーの鏡が眠るという神の塔を目指す。
スラリンはどうやら、塔の存在を知っているようで、前に行ったことがあるという。
そのスラリンの道案内で神の塔までは簡単に行くことはできたのだが・・・・。

「開かねぇじゃねーか!
どうなってんだよ!!」

「ヘンリー!大声出しちゃダメだよ!魔物に気づかれる」

声を殺して訴えかけるリュカにヘンリーは、

「悪りぃ、悪りぃ」

と反省など微塵もしていない態度で、対応している。

「噂には聞いてはいましたが・・まさか開かないとは・・・・。」

ピエールも知ってはいたらしい。

「開くための呪文とかあるんじゃない?」

と能天気なことを言ってみる。

「あっ!それだよきっと!!」

と何か心当たりでもあるのか、急に目を輝かせるリュカ。

「開け、ゴマ!!」





・・・・・・・・・・・え?



問題のある発言を聞いたような気もするが、ここは無視しよう。



「それ、何の呪文?」

ダメだ・・・好奇心に負けた・・・・・。

「昔、サンチョが読んでくれた本に出てきた秘密の呪文だよ」

意外な共通点を見出した瞬間だった。
そして、塔の入口に小さく古文体の

『神の祝福を受けし聖なる巫女にのみ、その道は開かれん』

とういう文章を見つけたのは、東の空と山の境界線が白くなっていき始めた頃だった。





 ヘンリーの『巫女=マリアさん』という強硬な主張によって、あの海辺の修道院へと向かう。

「どうせ、このままでも進展がないなら、院長に聞いてみるのが一番だろ?」

などと、もっともらしいことを言ってはいるが、ただマリアさんが恋しくなっただけのことだろう。
確かにヘンリーの言う通りでもあるが、何だか素直に喉を通ってくれないのは何故だ?



 修道院に到着した俺達を見て、シスターたちはすぐに受け入れの準備を整えてくれた。
今回も、ピエールとスラリンは馬車の中で待機してもらっている。
大講堂の質素だが荘厳な祭壇から、院長が足早にパタパタと走ってくる姿は何と言うか・・・
可愛らしい。
俺達のところまで走ってきた院長は何かに気づいたようにはっとしたような表情の後に、

「こ、講堂内で走っていいのは、火事の時と急な来客があった時だけですからね?
そ、、それ以外は走ってはいけないのですよ!」

と、少し荒い呼吸と共にシスターに説明しているが、シスター達はクスクスと笑っている。
絵に描いたような平凡な一時だ。

「それで・・・今日は何の御用かな?」

 いつものように、代表としてリュカが院長に事情を説明するために講堂に残っている。
院長の補佐役として働いている修道長に食堂まで案内され、そこで食事を摂るヘンリーと俺。
当たり前だが、この修道院には男は一人もいない。
そのため、下は子供から上はお年寄りまで生活しているのは女性ばかりだ。
俺達を眺めながら、ひそひそと固まって内緒談義で盛り上がるシスター達。
女の子のヒソヒソ話というのは『ものすんごく』気になるもので、必死に聞き耳を立てている自分に悲しくなるが、つい聞いてしまうものだ。

「いつ見ても、ヘンリーさんって上品な感じがするわよねぇ・・・?」

「えぇ・・私はリュカ君の方が可愛らしくて好きだけどなぁ」

「あんたって年下好きなの!?」

「やっ・・ヤダ!好きとかそんなんじゃ・・・」

「好きってそんな意味じゃないわよ?
ちょっと・・・顔を赤くしてどうしたのよ?
何?アンタもしかして・・・」

「ホントに!?」

「違うって!そんなんじゃないもん!!」

 そんなシスター達の会話を一通り聞いてしまった後に、聞かなければよかったと思うこともだいたい見当はついてはいた。
ついてはいたのだが・・・・。
何かやりきれない思いが渦巻いていくのを止める事はできなかった。
そんな俺をよそに、ヘンリーはキョロキョロと不審な動きを繰り返している。
どうせ、マリアさんを探しているのだろうが、見当たらないようで、その挙動は徐々に
怪しくなっていき、

「ちょっと、馬車の様子見てくるな。
トキマはリュカが戻ってきたらいけないからここにいろよ?」

と言い残して出て行ってしまった。
邪魔されたくないって正直に言えよ・・・。



 リュカが戻ってきたのはその後すぐだったが、ヘンリーが戻って来ることは無かった・・・。
というよりも、院長とリュカ、マリアさんが揃って食堂に現われた時は、驚いたというよりも笑いが止まらなかった。
一人で笑っている俺を見る三人の目はどことなく冷く感じたのは気のせいではあるまい。
マリアさんは院長と一緒にいたらしく、どうりで見当たらないわけだ。
その後まもなく、シスター三人と楽しそうに裏庭で薪を割っているヘンリーが発見された。


 その日は、ここに泊めてもらうことが決まり、シスター達と話をしながら久々の会食となった。
いつもならば、食事は静かに、そして神に感謝しながら行われるらしいが、今日だけは違うらしく、いつもはおとなしく見えるシスターも年頃の女の子であることを再確認した。

 食事が終わり、マリアさんを除く修道長以下全てのシスターは就寝前の礼拝をするために大講堂へと向かっていった。
残された俺たち三人に院長は事の解決策を詳細に語った。

「神の塔は名前の通り、神に選ばれた巫女にしか開くことはできません。
ですからマリアを連れて行きなさい。
短い期間とは言え、マリアは私たちと共に神に仕えた者です。
きっと、聖なる巫女としての役目を果たせるはず。」

「ほ、本当ですか!?連れていっていいんですか!?」

ヘンリーが突然声を上げたので、その場にいた全員が一斉にヘンリーを見つめる。

「おやおや、ヘンリー殿。やけに楽しそうですねぇ。
しかし、遊びに行くのではありませんよ。私はそのように浮わついた者に神への使者を託す気はありませぬ」

急に険しくなった口調と顔でヘンリーを威嚇する院長。
しかし、なんとなく笑いをこらえているように見える。

「ち、、、違いますよ!そんな危なげなところにマリアを連れて行くわけには・・・」

慌てて反論するヘンリーだが、きっと誰もその弁解は聞いていないだろう。
マリアさんを除いて。
さっきから下を向いたまま、ゆで蛸のように顔を赤く染め、もじもじとしているマリアさんには激しく萌えた。
やれやれ・・・と一つ溜息をついた院長は

「トキマ殿、リュカ殿よく聞きなされ。
ヘンリー殿とマリアがこの調子ゆえ、頼りになるのはあなた方です。
神の塔は元より、神の試練を受けに行く者が己の力を試す場所。
ゆめゆめ、気を抜かぬようになされよ」

「ええ、分かりました」

と微笑みながら返事を返したリュカを見て、

「ふむ・・・。
最近、小言が多くなったみたいですじゃ。
年は取りたくないものですね・・・」

と寂しげに微笑んでゆっくりと立ち上がると、胸の前で十字を切る仕草を見せ、
そのまま奥の院長室へと消えていった。


 明日に備えて早く眠りましょうという、聖なるゆで蛸の一言でそのまま就寝ということになりそれぞれの部屋へ帰ってゆく。
自分の部屋に戻り久々のベットでの夢心地を楽しんでいたのだが、
頭からマリアさんの食堂での仕草が離れるのにはかなりの時間を要した。


 翌朝、修道院一行に見送られた俺たちは、早速、神の塔を目指していた。
馬車の中にいるピエールとスラリンの存在にマリアさんは、さほど驚いた様子を
見せなかった。
丁寧に、

「おはようございます。私、マリアといいます。
仲良くしてくださいね」

と積極的にコミュニケーションをとっている。
俺はもうピエールやスラリンはどうということはないが、慣れるまでには多少、時間が掛かったというのに、
何故こうもみんなすぐに打ち解けてしまうのだろう。
リュカ然り、ヘンリー然り。
やはり、生まれたときから回りに存在しているからなのだろうか。


 森を抜け、潮が満ちてくると海に沈んでしまうという砂浜の海岸道をひたすらに南下すること二時間。
ようやく神の塔が姿を眼前に現し始めた。

神の塔に到着した俺たちは、扉の前で右往左往していた。
マリアさんが手をかけると開くと思っていた扉は固く閉ざされている。

「やはり、私の修行不足でしょうか・・・。
ここまで連れて来て頂いたのに、、、、。
お役に立てず申し訳ありません・・・・。」

「多分、何かあるんだよ。
神に選ばれた人しか入れないんだろ?
じゃぁ、何か選ばれるための何かをしないといけないのかも」

 俺には答えはおおよそで分かっていた。
きっと、祈りを捧げるんじゃないかということを。
日本では、この手の漫画やゲームはありふれていたし、そういう設定もネタとしては、オーソドックスな方だろう。
だが、堂々と発表して空振りに終わるのを、俺の内なる何かが非常に拒んだのだ。

「私、お祈りしてみます!」

 急に立ち上がると、マリアさんは俺の言わんとした事をまさにやってくれるらしい。
なんと頭の回転の速いことだろう。
そういうと、ひざまずいて手を組み真剣に祈り始める彼女を、ヘンリーはうっとりと
見つめている。
そんなヘンリーをじぃーっと見つめる俺の視線に気づいたのか、急に首を鳴らし始め
空を見上げるヘンリー。
もう何と言うか・・・・分かり易すぎるぜ(笑)


 マリアさんが祈り終わっても、扉が開く気配は全然無かった。
風が辺りの草木をゆらし森の中を静かに駆け抜けただけでそれ以外の何かが起こる気配すら見せようとはしない。

「本当にこの塔で合ってんのか!?
だっておかしいじゃねぇかよ!マリアは絶対に聖なる巫女のはずだ!!」

 声を荒げるヘンリーの言うことも考えてみるべきかもしれないが、現に、入り口の壁は
『神の祝福を受けし聖なる巫女にのみ、その道は開かれん』
の文字がはっきりと見て取れる・・・・らしい。
この世界の文字は何故かだいたい読めるのだが、古文体で書かれているものはまったく読めない。
変な記号がうようよとしているようにしか見えないからだ。
リュカとヘンリー曰く、何がそんなに違うのか分からないのだそうだが、何が違うって全然違う記号ではないか。

 それは置いといて、とにかく俺の予想は大きく外れたわけだ。
堂々と発表しなくてよかった、という安堵もつかの間、振り出しに戻ってしまった
という現実が重くのしかかってくる。

他にも色々と試したのだが・・・・・。

みんなで祈りも捧げてみた。

ピエールとスラリンも加えて祈ってみた。

リュカとヘンリーの知りうる全ての呪文を試した。

スラリンの知っていた魔物のダンスというのも無理やりやらされた。

パトリシアも鳴かせてみた。

ヘンリーは小さい頃に見たという剣舞を見よう見真似でやってみたりもした。
(何回も剣を落としおよそ剣舞とは言い難いものであったが)


 しかし、扉は開いてはくれなかった。
みんな体力使い果たし、魔力も底をつく直前まで使い込み、落胆する俺たち。

「もう一度、院長の所に戻ろう。
やっぱり、計画を立てなさ過ぎたんだよ」

というリュカの意見は至極真っ当なものだが、そろそろ日も暮れ始めるかもしれないのに
来た道と同じ行程を今辿るのはむご過ぎる。

「何だよ!まったく!!
神がこんなんだから、光の教団なんかを本気で信仰し始める奴が出てくるんだ!」

と硬く閉ざされた扉を思いっきり蹴りつけるヘンリー。
ガガガッという音と共になんと扉が内側に開いていく。
その光景を呆然と見つめる四人と二匹。

「なぁ、、、。
開いちまったぞ?」

 そう振り向きざまにヘンリーがその引きつった笑顔を向ける。
そう、俺達はあることを全くしなかったのだ。
それは、鍵の開いた扉を押すということ。
今考えれば、扉が自動で開くことなんて滅多にあるもんじゃない。
多分、最初のお祈りの時にすでに鍵は開いていたはずだ。
魔物のダンスもヘンリーの剣舞も意味の無いものだったに違いない。
神様は、封印を解いてあげたにも関わらず、ひたすら祈り続け、さらには踊り始める
人間をどのような目で見ていたのであろうか。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十三話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/09/19 14:02
 塔に入る前から力を使い込んでしまった俺たちは、リュカの趣味がたくさん詰まった
袋から必要なアイテムを取り出して、携帯していくことにした。
リュカの趣味はこういう時は非常に役に立つ。

 塔の内部は外観よりもさらに広い感じがする。
入ってすぐ正面に再び巨大な扉が立ちはだかり、左右には廊下が続いている。
T字路の突き当りが扉になっているのだ。
迷いもなくその扉を開け放つヘンリー。
塔の内部だというのに床一面に緑が広がっており、中央には人影が見える。

真紅のマントを纏い豪華な衣装に身を包む男性。
彼に寄り添うかのように立つ色白で華奢な、それでいて芯のありそうな女性。

彼らは、俺たちが扉を開けると、ゆっくりとこちらに振り向くと、そのままこの部屋に
注ぎ込む光の中に消えていった。

「と、父さん!?」

リュカがそう呟いて、彼らが立っていた場所まで走り寄る。
ヘンリーも呆然と立ち尽くしているが、あの体躯の良い迫力のある男性がパパスさんなのだろうか。
すると、横にいた女性は魔界に連れ去られたというお母さんなのだろう。

「神の塔は記憶やそれらに宿った魂の帰る場所と言われているそうです。
もしかすると、リュカさんの記憶に宿った魂が幻を見せてくれたのかもしれませんね」

以上がマリアさんの分析だ。

「早くラーの鏡を取ってこようよ。
あそこにあるみたいだよ!」

 切り替えの早いのはいつものことだが、それの半分は強がりだということを俺は知っている。あえて、口に出したりはしないが。
リュカの指す天井を見上げてみると、なるほど塔の中心は吹き抜けの空洞になっていて、
各フロアは螺旋階段状になっているらしかった。
だが、単純な螺旋構造という訳でもないらしく、ここから確実に分かるのは中央部分が吹き抜けになっているということだけだ。
おそらく一番上にラーの鏡は眠っているに違いない。

「んじゃぁ、手分けして探しに行こうか」

とリュカをちらっと見ながら、俺は打ち合わせ通りに切り出した。
前もってリュカとピエール、そしてスラリンと、塔内ではヘンリーとマリアさんを二人っきりにしようと計画しておいたのだ。
しかも、発案者はリュカ。
鈍感なリュカも他人の事、ましてやヘンリーの事は敏感に分かるらしい。
スラリンはリュカの胸へダイレクトにダイブ。
ピエールは俺の足元へやってきて、

「後背は私が引き受けます」

と律儀に仰々しく礼を取っている。
そこまでしろとも言ってはいないのだが・・・・。

「ヘンリーはマリアさんと組んでくれな。
何かあったら、中央部の空間から大声で各自状況を知らせること」

最後の部分は打ち合わせにはなかったのだが、塔の内部の構造を利用したなかなかのアイデアだと思う。

「おう!分かった。ドジ踏むなよ」

とご機嫌なヘンリーに、

「しっかり着いて行きますね」

と、どこからか雑草処理用の野外ナイフを取り出してそう答えるマリアさん。


こうして、各組はラーの鏡を求め塔内をさまよい歩くことになった。


 二階部分を徹底的に調べ上げることにした俺たちは、
巨大な目をグロテスクに動かすインスペクターや腰蓑魔人エンプーサなどの襲い来る魔物たちを撃破していった。
と言っても、主にピエールが片付けてくれる。
俺は、ピエールの背中を守る、言わば後方支援だ。

「もう二階には何もないみたい。
リュカ達の後追って三階に上がってみないか?」

と一通りの魔物たちを撃退してから、そうピエールに聞いてみた。

「その前に、ここで手合わせをお願いしたい。
一勝負いかがですか?」

「こ・・・ここで!?」

何を言い出すかと思えばここで手合わせとは・・・。

   絶 対 に 嫌 だ ! !

「全部終わってからにしよう。な?
その方が集中して戦えるだろ?」

 ピエールも笑えない冗談をしかもこんな時に言うなんて・・・・。
リュカと何か通じるものがあるのかもしれない。
待てよ・・・通じるものがあるからこそ仲間に加わったのではないだろうか。

「ふむ・・・。
それもそうですね・・・。
失礼いたしました。では、後ほどお願いいたします」

それにしても、ピエールよ。
そんなに俺に恨みがあるのか・・・?

 そんなやり取りを交わした直後、塔内に凄まじい轟音が響き渡り、腹の底までも揺るがすような振動が体中を駆け巡った。
上の階から、何かがバラバラと落ちてきて、リュカの声が聞こえてきた。

「ヘンリー!!何かあった!?今のは何!?」

二階部分の縁から上を覗いてみると、リュカの頭が三階部分から見え隠れしている。
それに呼応するように、さらに上の階の四階部分からヘンリーとマリアさんが顔を出し

「すまん。すまん。わさわさと襲ってくるんでつい撃っちまった」

マリアさんも下を覗き込むヘンリーの腕をギュッと握って、同じく顔を出している。

「びっくりしたよ!
トキマは大丈夫?」

 上へ向けていた首を今度は下に向けて話しかけてくるリュカ。
こんな風な光景を、高校の合宿の時に見たような気がする。
二段ベットや三段ベットで就寝する時にこんな態勢で語り合って首を痛めたっけ・・・・。

場違いな光景を思い出しながら、

「かなりビビったけど全然平気だよ。
あと二階には鏡はないみたい」

と、とりあえず分りきってはいるが報告はしておく。
こういう時、魔法の使える連中がとても羨ましく思える。
現在、魔力的な何かを持ち合わせていないのは俺だけだからだ。

「そっか。じゃぁ、みんなで四階まで行こう。
ヘンリー!一旦待機だよ!!」

くるくると首の向きを変えながら話を続けるリュカ。
おいおい、合流したら組み分けした意味がないじゃないか・・・。



 神の塔というのでかなりの覚悟を決めてきてはいたが、さほどの試練は与えられないらしい。
神の試練というのは案外、塔に入る時が一番の山場なのかもしれない。
四階で全員が合流し、一気に最上階を目指す。


 最上階はドーム型の天井に石の装飾が施され蔦や苔が絡まって、長い年月を経てきた
風格を醸し出している。
頂上ということだけあって、作りは非常に質素で簡潔なものだ。

一本の道の途中が大きく途切れ向こう側まで届き切っていな床がちょこんと
フロアから突き出している。

「どうやって向こうまで行けっていうんだよ・・・」

というヘンリーの言葉に

「『神に仕えし者は、たとえ神が道をお示しにならない時でも神を信じて進め』と院長に教わりました」

という言葉をかぶせ、

「もしこの途切れた道がそのことを指しているのだとすれば、私は真っ直ぐに進むしか
ないと思います!」

と断言した。
何とも迫力と説得力のある説明だが、真っ直ぐ進むにしても道はない・・・。

しかし、進むしか道はない。


 突き出したフロアのギリギリの所まで迫った彼女は、鏡の安置してある祭壇に対して真正面の位置に立ち、その一歩を踏み出した。
続いて二歩目。

二歩目?

二歩目!?

なんと、彼女は何もないはずの空間に浮いているのだ。

「道・・・!皆さん、ここに道があります!!」

そう言って嬉しそうにトタトタと向こう側へとリズムよく且つ慎重に進んでいく。
天井のアーチの隙間からオレンジ色になりかけた微妙な色彩の光が降り注ぎ、彼女を
包み込んでいる。
この光景を見れば、魔物・魔法を知らなかった頃の俺でも、神とか精霊とか奇跡を信じることは容易であっただろう。


 こうして、あっけなくラーの鏡を手に入れた俺たちはすぐさま塔を下る。
来た道を引き返すだけなので、さほど時間はかからない予定だったのだが、

「せっかく神の塔まで来たんだ。鏡だけってのも味気ないよなぁ・・・。
神の塔って言うくらいだし他にも何かありそうな気がしないか?」

ヘンリーはそうつぶやくと、持っていた盾を見せびらかすようにグイッと突き出してきた。
それはかなり重厚感のある大型の盾で、今まで気付かなかったのはマリアさんに見とれ過ぎたせいなのだろうか。

「そ・・そんなのどこで拾って来たんだよ!?」

自慢げにニッコリとしているヘンリーの顔を見て、自分が絶妙なパスを出したのに気付いたが、もはや時遅しというやつだ。

「あぁ。これか?これは四階の隅に立てかけられていたやつを貰って来たんだ。
きっとこの塔には、武器防具一式眠ってるに違いねぇぜ!」

「でも、勝手に持って行ったら神の怒りに触れるんじゃ・・・」

リュカも神とか幽霊のような具現化されない存在が恐ろしいのだろうか。
日頃の能天気なリュカからは想像できない発言だ。

「あのなぁ・・・。よく考えてみろよ。
ここに招き入れたのはその神様自身なんだぜ。何でも好きに持って行って良いって
いう証みたいなもんだ。」

「・・・・・」

リュカは腰の位置に括りつけられた道具収納用の革袋に手を当て、
ふぅーっと小さく息をついたように見えた。

その様子を観察していた俺は、リュカの本心が読めたような気がしたのだった。
あくまでも仮説だが、

 第一に、リュカはやはり神や幽霊などといった存在を恐れているわけではないということ。
よくよく考えてみれば、魔法を操り魔物を打ち倒すような生活をしている者がそういった存在に恐怖すること自体が間違っているような気もする。

 第二に、リュカの腰袋にはこの塔で手に入れたであろうアイテムがごっそりと入っているだろうということ。

以上のことから導き出される結論は一つ。

なんのことはない。早く馬車に帰って、リュカは趣味の道具整理をしたいだけだろう。

残る頼みの綱のマリアさんは、すっかりヘンリーに乗せられてトレジャーハントする気満々のようだ。

「昔から、一度こういうことをしてみたかったんです」

と彼女は意外な一言をもらした。


 こうして俺達は、よせばいいのに神の塔をことごとく蹂躙し、ヘンリーの読み通り武器防具一式を手に入れることができた。
ここまでご都合主義が続くと、こっちまでその気になりそうだから困る。
埃っぽく、そして古びた鎧兜をその場で装備する気にはなれないらしく、
ヘンリーは手に入れたそれらをピエールに無理やり押し付け、自分は盾と剣だけを持ってかなりの上機嫌である。

 陽もすでに落ちてしまい、先ほどの幻想的なオレンジ色の光のカーテンは闇の中に消え、
今は、薄く淡い月明かりがひんやりとかぶさってきている。
リュカはさっそく松明(たいまつ)に火をつけて皆の先頭に躍り出て、自らの趣味の有益性を背中でアピールしているようにも見えるのは俺だけだろうか。

ようやく一階の庭園スペースまで降りて来た時に、正面の扉が思いっきり音をたてて開き、
青白い人影がつーっと目の前に現われた。
人影というより真夏のアスファルトの陽炎に色が付いたというか、そんな感じのモノが目の前で漂っている。

「おぉぉぉ・・・」

うめき声のような声を上げゆらゆらと月明かりの中で揺れているそれは、完全に幽霊である。

「ひぅッ!」

というマリアさんの悲鳴の後に

「ぐぎゅっ・・・」

とスラリンがマリアさんの腕の中でスリーパーホールドを食らっているのが見える。
どうやら抱かれていたスラリンは勢いでつぶされそうになっているようだ。

ゆっくりとヘンリーは盾と剣を構え、さりげなくマリアさんの前に回り込み、かばっているような状況を作り出す。
モテる男というのはこういう時でさえも気配りとアピールは欠かさないということを、
学んだ瞬間でもあった。
俺も腰の柄に手をかけ、リュカの横ににじり出ていく。

「どうかされましたか?」

まるで道で困っているお年寄りに声をかけるかのごとく話し始めるリュカ。

「おぉぉぉぉぉぉ・・・・」

やはりうめき声のような、それでいて優しい印象の持てる声を出しながら、ぼんやりとしていた影はだんだんと初老の男へと変化する。
それにつれて、まごまごしている様子もはっきりと分かるようになっていく。

「我が名は・・・サイモン・・・・・。
今は・・・名前しか思い出せぬ・・。
だが、そこの旅人よ・・・わたしをとても懐かしい心持ちにするのはナゼだ・・・?」

「サイモンさん、僕たちがあなたをそんな気分にさせる理由は分かりません。
ただ、ここが神の塔と言われる場所だからなのかもしれませんね」

世間話のようなテンションで普通に会話を交わすリュカの隣では、
震える足が「逃げる」コマンドを与えてはくれないらしく、一歩も動けずに固まっている俺がいる。

「神の・・・塔?
おぉぉぉぉぉ・・・・・もしかして・・わたしは死んでいるのだろうか?
いや・・・わたしは確かに死んでしまったのだ。
ではナゼここにいるのであろうか?」

「そんなことはこっちが聞きたいくらいだぜ、じぃさん」

ヘンリーが余計な口をはさむ。
こういう時は決まって良くないことが起こる兆候なのだが・・・。

「おぉぉぉぉぉぉ・・・・おぬし・・・思い出した・・・・・。
それはわたしの剣ではないか・・。そうか・・・この懐かしい気持ち・・・・。
お主たちの持つ私の剣のせいであったか・・・・。
いや・・・その盾も・・・・兜も・・・鎧も!」

やはりヘンリーのすることはろくなことがない。

「いっ・・・・!?
そ、そうでしたか・・・いやぁ、全然知りませんでしたよ。
それではお返ししましょう。あぁ!持ち主が見つかって本当に良かったですなぁ」

見え見えの小芝居をうつヘンリー。
さまようたましいに同情したのか、あるいはこの手の存在が怖いのかは分からないが、
とりあえず




 芝居が下手だ。下手すぎる。




いつかヘンリーが忘れたころにこのネタでからかってやろう。
その時にちゃっかり奢らせるのも悪くはない。


「おぉぉぉぉぉぉ・・・そうか・・・・・。
返してくださるか・・・・ありがたい・・・・」

そう言うと初老の男はその場で姿を消した。

安心して成仏してしまったのだろうか。
しかし、ありえない。


幽霊と平然と会話をするリュカとヘンリー。

こういうことが当たり前のようになっていく自分。






そして、動き出す鎧。






 その場に戦慄が走った。
無造作に置かれている武具がまるで起き上がるかのように、立ち上がっていく。
膝当て(グリーブ)から始まり、律儀に下から順番に腰、胸部、腕部(グローブ)・・・。
その動きは実際に人が鎧を纏っていく様子を人抜きで見せられているようなそんな感覚だった。

「我が名はサイモン・・・・。
旅人たちよ・・・礼を言うぞ・・・・」

その言葉を聞き終わると誰とも無く走り始めた。
神の塔の出口、一階の正面大扉へと向かって。
スラリンはマリアさんの腕の中で窒息寸前で、リュカも先程の落ち着きは全く見られない。
ヘンリーに至っては、自分の剣を抜き、もう片方の手にピエールを装備するという重装備だ。
かく言う俺が、この時一番冷静だったと思う。
もちろん、みんなの後に続けて走ったのだが、後姿を見ながら笑いがこみ上げてきたのは、
サイモンと名乗る幽霊と対峙した瞬間が恐怖のピークだったからだろう。

 慌てて塔から転がり出た俺たちは、新鮮な空気を腹いっぱい吸い込み、体中に溜まった埃っぽい空気を吐き出した。ひんやりとした森の夜風が火照った体をクールダウンさせてくれるのはとてもありがたいことだった。

「まったく・・・リュカがあんな迷子の幽霊に親切にするからこんなことになったんだぞ」

一呼吸つき、緊張から解き放つようにのんびりとした口調で愚痴をこぼすヘンリー。

「どちらかと言うと、ヘンリーのせいだよ」

言いながら、ちらっとマリアさんの方を見ると、くすっと笑っている。

「俺のせいだと!?なぁ、マリア何とか言ってやってくれよ!
トキマが俺のせいだってさ」

「まぁ、まぁ。お二人とも。トキマさんの言うことも分かります。
けれど・・・楽しかったので、これはこれでよかったんですわ!」

マリアさんらしい誰も傷つけないまとめ方だ。
だが、ヘンリーのトレジャーハント魂に火をつけたのは紛れも無くマリアさん、貴女だっ!
二匹と四人の笑い声が、暗い森にささやかな明るさを染み込ませる。

こんな穏やかなひと時を、一瞬で葬る権利など誰にもないというのに・・・。


「親切にされた幽霊とは私のことかね・・・・?」

その声と同時に生暖かい風が頬をなぶり、冷たい夜風を横に流していった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

全員の目が声の主の方へと向けられる。

先程の鎧姿の男・・・いや、鎧がそこに立っていた。
この場合、置いてあると言う方が正しいのだろうか?

ヘンリーが声の主に反応してすぐさま戦闘態勢をとり、それにつられたのか、リュカもすかさず盾と剣を構え様子を窺っている。
俺は、ただその場でじっとその鎧を見つめているだけだ。

「おぉぉぉぉぉぉ・・・・・。
待ってくれ。お主らと事を起こす気はないのだ。
せっかく自由になれたのに、もうさまようのは懲り懲りでね・・」

自嘲気味にカタンと音をたてて、その鎧は笑っている。ように見える。

「恥ずかしながらこのサイモン、一つお尋ねしたいことがあってな。
自由になったのは良いのだ。
良いのだが・・・・これからどうすればいいのかのぅ・・・」

「へ?」

ヘンリーが気の抜けた声を上げ、俺達を包み込んでいる空気が再び緩やかなものへと形を変えつつあるのがはっきりと感じられる。

 第二の人生、いや幽霊lifeをようやく手に入れたサイモンが、今後の事が分からなくて悩んでいるのだ。
もしかすると、幽霊や魔物という特殊な運命を背負った存在でさえ、人間と同じ規模で生活が動いているのかもしれない。
そう考えると、小学校の頃に流行った学校の七不思議の一つであった、動く二宮金次郎像を思い出した。
彼もまた、いつまで同じ場所に立ち続ければいいのかという事について悩み自らの道を探していたのかもしれなかったからだ。

「くくくっ、ぷっ・・・あははははははは」

 そんな事が頭に浮かび、堪えるのを我慢していたのだが、笑いというものは我慢しようとすればするほど制御不能になるものであり、
次々とそれは飛び火していった。

 
それまで不気味な動く鎧であったサイモンはチャーミングな初老の幽霊へと、皆の中でイメージの上塗りがめでたく完了されたのだった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十四話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/09/26 03:04
 行く当てのないサイモンをとりあえず荷台に積み、一路ラインハットを目指す。
といっても、今晩は森を抜けるだけだ。相当疲れたのだろう、マリアさんは荷台の幌の中で眠っている。
しかし、打ち解けることができたとはいえ、重厚感があり且つ、憑かれている甲冑の真横であのように無邪気な寝息をたてられるのだろうか。
そんなことを考えながら、御者台で松明の明かりを頼りに地図を読むヘンリーとリュカを馬車の横から見上げてみる。

「この道まで出ればあとは一本道だし、何も問題はなさそうだね」

「ああ。そうだな。いや・・・こっちの方から行けばもっと速いんじゃないか?」

「そうかもしれないね・・・でも、こっちから―――――――」

こういう時、彼らがものすごく大人に見える瞬間だ。それでも他人事のようにしか感じられない自分が余計に悲しい。

「マリアさんってすっごいよねぇー」

ピエールを上にしたスラリンが跳ねながらそう話しかけてきたのを

「へ?あぁ。うん。まぁね」

と曖昧な返事で返す。

「私は早くあのサイモンという方と手合わせをしてみたいものです」

ピエールの手合わせの相手が俺からサイモンに変わったのはとても喜ばしいことだ。

「全身鎧だし、きっとかなり剣術も上手だと思うよ」

「ト・キ・マ!ぼくのハナシはムシ?」

「あぁ・・・ゴメン、ゴメン。お腹がすいたんだっけ?」

「ちがうよっ!」

「ええ!?ゴメン、聞いてなかったんだよ。今度はちゃんと聞くからさ。
で、何の話だったの?」

「ホント?あ、あのねマリアs―――――」

「ん?マリアさんが何?」

「やっぱり、もういい!」

「そんな事言うなよ。気になるじゃん」

「サイショからきいてないほうがわるいんだよっ」

そう言うと、パトリシアの2、3歩先まで跳ねていき、その夜はそれっきりずっと距離を保ち背を向けたまま、俺の横に戻ってくることはなかった。


 翌日、あの遺跡の旅の扉を通り、易々と城に潜り込むことに成功した。
まぁ、この国の元第一皇子と一緒なのだ。潜り込むというより凱旋ってやつだ。
ピエールを布の袋に入れて俺が担ぎ、マリアさんがスラリンを同じく布でくるみ、タスキのように背中で負っている。
サイモンは呼びかけてもただ鎧が置いてあるだけで何の反応もなく、結局、馬車の中から降りて来ることはなかった。

 苦労して手に入れたラーの鏡を持って、デール王の待つ王の間へと急ぐ。
階段を上がっていく間に兵士に一人も遭遇しなかったのはいかがなものか。
いくら街中に衛兵や見回りが出ていても、城内の警備がこれほどザルなのは人員の配置を大幅に誤っているか、そもそも王様を守る気がないのかどちらかだろう。
そのおかげで簡単に王の間へと進むことはできたのだが、

「ヘンリー様、お待ちしておりました!大変なことが起こってしまったのですじゃ!!」

 血相を変え、そう切り出した大臣はとにかく太后の部屋まで行ってくれと、さらに上の階を指している。大臣の顔色から、とりあえずとんでもないことが起こったのだということだけは理解して、事件現場となっているとされる太后の部屋へと続く階段を一気に駆け上がった。

 太后の部屋の前はかなりの兵士が詰めかけ、事件現場のkeep out という黄色のテープさえあれば間違いなくあの状況を再現できるだろう。

「ちょっとどいてくれ!待て!押すんじゃない!!」

ヘンリーを先頭に人混みをかき分けて転がり込む。

そこには二人の太后がデール王と対峙していた。

「デール!この母上の言う事が聞けないというのですか!?早くこの女を処刑するなり、
牢にぶち込むなりしてしまいなさい!」

「母上・・・・しかし、こちらの方も母上ですので・・・」

「情けない・・・。私はそのようにあなたを育てた覚えはありませんよ!」

デール王は二人目の皇太后へと向き直り、

「貴女は何か言いたいことはないのですか?」

と自分の母親に対する態度とは言い難い態度を取っている。
まるで、最初から彼女を疑っているようだ。

「―――デール・・・。」

二人目の太后はそう呟くとそのまま下を向き沈黙。
左手を頭に当て天を仰ぐデール王はそのままゆっくり振り向くと床に山積みになって、もがいている俺達を見つけ、

「兄上!お待ちしておりました!!私もできる限りのことをしようと思ったのですが・・・。
結局はこのザマです」

ははは、と苦笑いをこぼし、ヘンリーを見つめている。

「デール・・・・」

「兄上・・・・・」

ようやく巡って来た兄弟の語らいの時間。
十年の時を越えて、今それぞれの思いが心の底から溢れ出す。

「デール・・・・とりあえず・・・引きずり出してくれ」

あまりにも感動的で、皆積み重なったまま、その光景に見とれていたのすら忘れていたのだった。



「おほんっ・・・。それで、兄上。首尾はどうでしたか?」

「ラーの鏡だろ?ちゃんと持ってきてやったぜ」

ほらっ、といわんばかりに袋からラーの鏡を取り出して見せるヘンリー。

「デール!何を遊んでいるのです!その薄汚い者達をさっさとつまみ出しておしまいっ!」

ヒステリックを起こす太后の隣では、同じく太后が暗く沈んだ目でヘンリーを見つめている。

「いえいえ、母上このラーの鏡があればすぐにでも事は解決しますよ」

そう言うとデール王は、暗く沈んではいても気品漂う太后にラーの鏡を向けた。


何も反応はナシ。
そこには薄汚れた淑女が映し出されているだけだ。


「そ、そのような鏡で何が分かるというのです!早く母上の言う通りにしなさい!!
その者達を――――」

彼女が言い切る前にもう一人の太后へと強引に鏡を向け、途端にカァッと光り輝く鏡から強烈な閃光が太后を包み込んでいく。

「デール!およしなさい!!デーる・・・・ぐぉぉぉぉぉぉ!!
止めろと言っておろうがッ!!分からんのかァッ!?」

鏡は元の落ち着きを取り戻した頃、辺りはどよめきに包まれた。

「デェール・・・こぉのぉ母の言う事がぁ・・聞けないのですがぁっ?」


失笑。


どうやら、まだ正体がバレたという事に気づいていないらしい。

「お、おのれっ・・・は、母上に化け、これまで働いて来た悪行、
ここで悔い改めよ!」

震える声でそうはっきりとニセ太后に言い放つと、デール王は腰の王剣をゆっくりと構えた。

慌てて、俺たちも態勢を整える。

「ずいぶんと度胸がついたじゃねぇか!十年前に鍛えてやった成果が今頃出てきたみたいだな、デール?」

「あ・・兄上が十年もいなくなっていたせいですよ!」

感動すべき子弟愛というものだろうか。
だが、目を魔物から逸らした隙に、ニセ太后から繰り出された一撃がデール王の腹部にヒットしそのまま、くず折れていった。

「へ・・陛下と太后様をお守りせよッ!総員かかれぇー!!」

というゴツイ兵士の言葉を皮切りに次々と兵士がなだれ込んできて、その場は乱闘状態となった。
デール王と本物の太后は飛び込んできた兵士に守られて出入り口付近まで避難させられている。

 腰蓑魔人エンプーサをもうすこし悪趣味な衣装に着替えさせ、さらに邪悪さを増した顔つき、強化された肉体とその体の大きさを以て、立ちはだかるニセ太后。
勇敢に取付いていく兵士たちに勇気づけられ、ヘンリーとリュカ、そして俺は互いに目で合図をするとニセ太后に一気呵成に攻撃を仕掛けた。

「むうッ!雑魚が群がりおって・・・邪魔だぁ!!」

ニセ太后はその気色悪い顔(恐らくその大きな口がより一層その様に見せているのであろう)を歪め大きく開いた口から、炎を吐き出した。
辺り一面が真っ赤に染まる。
贅沢の限りを尽くした煌びやかな壁や天井を炎が遠慮なく焦がしていく。

「ぐわぁ・・・・!」

「熱い!熱いぃぃッ!!」

 熱線を防ぎきれなかった数人の兵士がまともに火炎の直撃を受けたようだ。
後ろに回り込んでいたせいもあってか、俺にはあまり炎の影響はなく、隣にいた兵士と共に尚も切りつけ続ける。縦に横に、突き払い関係無く滅茶苦茶に振り回すと言った方が的確かもしれない。戦士という正式な肩書きを得たにも関わらずこんな戦い方しかできないなんて情けない限りだ。
だが、王宮で訓練を積んだ兵士でさえ自分とあまり変わらない戦い方をしているのを見れば、あながち間違っているわけでもないかもしれない。

 乱戦の最中、ちらっと入口の方を見るとマリアさんが袋をごそごそとしているのが見えたのだが、その刹那、胸部に激痛が走り、
肺の中の酸素が全て抜け切ったような感覚に襲われた。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、入り口とは正反対に位置する壁に叩きつけられたことは、何となく理解できた。
涙のにじむ目で周りを見渡してみると、リュカとヘンリーが未だニセ太后と激戦を繰り広げていた。
さらに、これまでの戦闘をくぐり抜けてきた兵士がまだ三人ほど残っており、同じく果敢に攻撃を加えている。
その他の兵士たちは、動ける者を中心に出入り口付近まで退避して消火活動に当たったり、デール王護衛陣形を組んだりとそれはそれで忙しそうだ。
動けないほどの傷を負ったのだろうと思われる二名は隅の方まで移動させられたようで、ぐったりとしている。

「人間の分際で・・・・チョコマカと!」

ニセ太后の渾身の両手薙ぎ払いが、五人をまとめて後方へと弾き飛ばす。

「ヘンリーさんっ!大丈夫ですか!?」

「つッ・・・・!俺はまだ大丈夫だ。それよりも、早く下に降りてサイモンを連れてきてくれ・・・。この化け物は普通の魔物とは違う・・・」

「嫌です!皆さんを置いて行けるはずがありませんわ!!」

『サイモンを連れて来る』ということがどういう事なのかマリアさんも分かっているらしい。

「馬鹿か!遊んでるんじゃないんだ!いつまでもピクニック気分でいると死んじまうんだぞ!!」

「ヘンリー・・・そこまで言わなくても・・・マリアさんだって――――」

「リュカは黙ってろ。本当のことだ」

大粒の涙を目に溜め、彼女は俯いたままその場を動こうとしない。
その頃、ニセ太后は錯乱しているのか、ぐぉぉぉぉと重低音で唸りながら、腕を振り回し、その口からは時折炎をこぼして壁に激突したりを繰り返していた。

「やっぱり、逃げるのは嫌です・・・。目の前の事実から目を逸らすのはもう・・・嫌なんです!」

いつかの時のように、雑草処理用のナイフを取り出して、その場に立ち上がると

「それに・・ピクニック気分なんかじゃ・・・ないんだからァッ!」

と叫ぶとその手にはあまりにも物騒で、非力なナイフで突きかかっていく。
今まで抑えていた気持ちがあふれだしたのか、元々こんな気性だったのを隠していたのかと疑いたくなるほどの気迫に満ち溢れていた。

「ぐぉぉぉぉぉ!!!人間・・・の小娘がッ!!!調子に乗るな!!」

 彼女にめがけて振り下ろすニセ太后の腕の下に今残っている全ての力を振り絞り、素早く潜り込み刀で受け止めると、『ガキッ』と鈍い音と共に想像以上の力が俺の両手に伝わってくる。その横をすり抜けるようにして、魔物の巨体へナイフを突き立てる彼女の後ろでは、先程紐を解かれて自由になったスラリンとピエールコンビが陽動をかけている。

「ぐふォっ!お・・おのデェェェェッ!!」

徐々に力の抜けていく魔物の腕を押し返す。

「ヘンリー!今だ!!」

「ああ!分かってる!!」

リュカとヘンリーも自らの剣を魔物の巨体へと突き刺しにかかり、続けて後方から続々と
、恨みを晴らさんとばかりに走りこんできては剣や槍を突き立てる兵士たち。
その中にデール王の姿もあったのは一国の王としての威厳を示すためか、或いは私怨なのか。

もがき苦しむニセ太后には多くの剣や槍が突き刺さり、まるで針山のようだ。

「グハァッ・・・!お・・・愚かなことよ・・・。私を殺さなければ、デール、貴様はこの世の王になれたものをっ・・・・」

光の風船が破裂したかのように辺りを閃光が駆け抜ける。

天井や壁を這っていた炎がそれに同調し力を増す。

「だが・・・・良い夢を・・見させてもらった。。。。」

光が収まるまでどれくらいかかったのか。
一秒くらいだった気もするし、ずっとスポットライトの直射を受け続けていたような感覚もある。

「終わったのか!?」

「兄上、やりました!やりましたよ!!」

周りからどっと歓声が沸く。

「第一班は急いで消火せよ!それから二班は陛下の救護だ!
三班!こら、三班はどこに行った!?三班以下は人をすぐに集め魔物狩りだ!
まだ城内に潜んでいる可能性が高い!警戒は怠るな!!」

兵士長らしき男が指示を出し、戦後の混乱を生じさせない見事な事後処理術である。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十五話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/06 12:01
 回復魔法の使えるリュカは兵士の救護に忙しそうに城内を駆け回っている。
ヘンリーとマリアさんは本物の太后と一緒にどこかへ案内されていき、姿をさらしてしまったピエールとスラリンは城内に乗り入れた馬車へとなるべく人目を忍び戻っていった。
残された俺は、城の兵士と共にケガ人でパンパンになった小規模の兵舎兼医務室へと移動を命じられ、
そこでラインハット聖教会所属であるというシスター達の処置を受けている。
しかし、シスターというより被災時にやってくる炊き出しのおばちゃんといった人が大半で、シスターは指揮監督の一握りだけなのだろう。

「痛ぇっ!もっと優しくしてくれよ!!」

「男なんだからしっかりおしよ!!」

という何ともありがちなやり取りを兵舎の至るところで繰り広げてくれているおかげで、退屈はしなさそうだ。
退屈しなさそうだと楽観的に思えるのは自分が割と軽傷だったからかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていると、

「婆さんで我慢してやってるんだ!もう少し、優しさってのを見せてもいいだろ!?
こっちは命がけで陛下をお守りしてきたってぇのによぉ!!」

痛さを大袈裟に体全体で表現する兵士がおばちゃんの一人をからかっている。
まぁ、どこにでもいそうなチンピラ兵士だ。

「ああ、そうかい。ならそのまま陛下を守り通して死んで来ればよかったんだよ。
そしたら、今頃英雄だったのにねぇ!」

と吐き捨てると、

「女をナメるんじゃないよっ!!」

 豪快な平手打ちの後にパンッと乾いた気持ちのいい音を響かせたと思うと、その兵士は首をねじるようにして後ろに飛んでいき、そのまま動かなくなった。
生死を賭けた戦いから戻ったケガ人にトドメを刺すように一撃をお見舞いする婆さん。
その一部始終を真横でしかも目と鼻の先の距離で見ていた俺は、その婆さんもとい40代くらいの恰幅の良い女性と目を合わせないように、重症患者を装ってぐったりとしたままやり過ごすことに決めた。
関わると地雷を踏みそうなのは分かっている。
俺のこういう時の運の無さと要領の悪さは世界一だからだ。

「おや・・・アンタ!?さっきまで起きてたのにどうしたんだい!?
死んじゃぁ、ダメだよ!気をしっかり持ちな!!」

一生懸命、激励し呼びかけてきてくれるが、今はただの迷惑でしかない。
しかも、彼女の声が大きいせいで周りがざわつき始めたのが分かる。

「よし!今すぐ、アタシがしっかりと意識がもどるやつを――――――」

意識が戻るやつ・・・・?

まさか・・・・あのビンタか!?

このまま、芝居を続けていくととんでもないことになりそうな気がして、慌てて意識を取り戻したかのように振る舞う俺。

「い、いえもう元気になりましたから!貴女のおかげで・・・・。
あははははは・・・・・」


しまった!不自然すぎたか!?


そう思った時にはすでに時遅し。
彼女の目が人を心配する目から、格闘技世界チャンピオン級の野獣の目へと変貌する。
こめかみ辺りにはうっすらと青い血脈がその姿を露わにしていく。

「アンタ・・・最初からおちょくるつもりだったんだね?
こんな忙しい時に・・・紛らわしいことをすんじゃないよ!」

 スローモーションで正面の景色が左にフェードアウトしていく。
薄れゆく意識の中で、この人ならばニセ太后など2,3発でノックアウトできたのではないかと、これもまたありきたりな考えを頭に残したまま、俺は別世界へと旅立った。






「さぁ、母上。兄上に申し上げることがあるのではありませんか?」

「ヘンリー・・・殿。今回は助けていただいて本当に感謝しています。
今後はこの城に残り、我が子デールと力を合わせラインハットを良き国へと――――」

「母上!いいかげんにして下さい!!」

「いいんだ、デール」

「あ、兄上!?」

デール王が尚も太后に問い詰めようとするのを、ヘンリーは優しく制止した。

「太后様の・・・いや、母上のおっしゃりたいことはだいたい予想できています。
十年前の事件に関して、私はどうこうと言うつもりはありません。ただ、取り返しのつかない過ちを犯したという事だけは忘れないでいただきたい」

その言葉を聞いた刹那、太后の黒く輝く瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

「許して下され・・・許して下され・・。
あの人は、先代の王はデールよりもあなたに期待しておられた――――。
懐かしそうに・・・楽しそうに亡き王妃様やあなたの事を私に話して下さるあの人を見ているとデールが不憫に思えて・・・・。
しかし、あなたがこの城からいなくなって、初めて自分のしたことがどれほど罪深いかを知ったのです・・・私は今後、太后の座を捨て静かに暮らして行こうかと思っています。
あなた方二人と――――」

「俺も!?」

ヘンリーは文字通り豆鉄砲をくらった鳩のような顔で、隣で気まずそうに立っていたマリアと目を合わせた。

「兄上。私から御相談したいことがあるのです。どうか、ラインハットの王として即位していただけませんか?亡き父上も兄上がもし帰還した暁には、王位を譲るつもりであったと大臣からは報告を受けています」

「し・・しかし、急に言われても・・・なぁ?」

再びマリアに顔を向け、sos信号をアイコンタクトで送り続けている。

「ヘンリーさんの人生ですもの。好きなようになさってください。
ヘンリーさんの決めた道ならば私は迷わずに着いt・・・・いえ、応援いたしますわ!」

顔を若干赤らめながら、その要求にはしっかりと応えるあたり、しかっかりとパートナーシップは構築されているらしい。

「一晩考えさせてもらえませんか?仲間にも説明しないといけないので」

「そうですよね。今晩は盛大に兄上の凱旋パーティを行う予定ですので、お仲間の方たちとも楽しんでいって下さい」

そうにこやかに告げると、デール王は、

「では、マリアさんこちらへ」

とその手を取って重厚感のある扉へと手をかけた。

「お、おい!どこへ連れて行くんだよ!!」

「まさか、このようにススだらけの格好で女性に過ごさせるおつもりですか?
兄上らしくもない」

と、うろたえるヘンリーに笑顔でそう答えると、デール王は扉の向こう側へと消えていった。




 陽が地平の彼方へとかかる頃、城下・城内を問わずお祭りムード一色となった。
ある人はニセ太后にトドメを刺したのは自分であると武勇伝を披露し、またある人は城内で繰り広げられた掃討戦で、ノソノソとやって来たスゴ腕の全身鎧男が加勢してはそのままどこかへ消えていったなどという怪談めいた話まで出す始末。
飲めや騒げで、品のあるラインハット城もこの日ばかりは超大型の宴会会場へとなり果てた。

 兵舎でのびていた俺は、先ほど俺を夢送りにした女性から、酒と果物の差し入れを渡されラインハット城総宴のことを聞かされた。
彼女はすまなかったねぇ、とニッコリほほ笑むと食事の準備が追い付かないとかで再び厨房へと戻っていった。
まだピリピリとする頬をさすりながら、賑やかな声のする方向へと先ほど貰った果実をかじりつつ進んでいく。
どうやら、他の兵士たちは宴へと行ってしまったらしい。重傷の人も数名はいたのに、もう動けるようになったとでもいうのだろうか。
兵舎から城の中枢へと向かうにつれて、グラスを手に談笑する兵士や、酒のツマミでも売りにきたのだろうと思われる商人、城の関係者とは思えないような人まで普通に廊下で酒を食らっている。
そんな人達をすり抜けながら、三階の王の間へと到着すると、華やかな真紅の絨毯の上に溢れる人、人、人。
さすがにここには平服の人間はいなかった。俺を除いて。
あまりにも浮き過ぎていたせいか、大臣が俺をすぐに見つけ上機嫌で絡んでくる。

「おぉ!これはこれはヘンリー様のご友人の方ではありませんか!いかがかな?この上下の差を問わぬラインハットの宴は。いや、この大臣は分かりますぞ!驚いて声も出んのじゃないかな?そうじゃろう、そうじゃろう」

一言も話していない俺を取り残して嵐のように喋りまくる大臣。
今なら容易に国家機密級の情報も簡単に聞き出せるだろう。

「長年・・・ラインハットでは閑職扱いの大臣職でしたが、なんと、太后様が実質的に国政から引退されるとか!これで二度と私を『日陰爺』などとは呼ばせぬわ!!あっはっはっはっは!!しかし、気になるのは太后様よのう・・・・あの方のお気持ちを察するに余りあるわい。ちと胸にくるものがありますのぉ・・・・うっうっう・・・・」

泣くのか笑うのか、どちらかにしてもらいたいものだ。

「そういえば、お仲間はあちらの大扉から外に出ておいででしたぞ」

 俺の聞きたかった事をさらりと、しかも年甲斐もなくウィンク付きで教えてくれるあたり日頃は『日陰爺』と呼ばれているなんて全く想像できない。
大臣から教えてもらった大扉を開けるとそこは外回廊になっていた。
屋根なしの回廊がぐるっと広大な敷地を囲むようにして存在している。
これがラインハット城の外壁を兼ねていることに気づくには、少し時間を要さねばならなかった。その回廊を遠くから聞こえる楽しそうな人々の声を聞きながらぼんやりと歩いていると、外壁から突き出すように作られたテラスに人影がはっきりと見えた。
大臣の言葉とその人物のシルエットからリュカとヘンリーだと判断するのはとても容易であり、俺を起こしてくれなかったことについてどう詰問するかで頭はいっぱいだった。

「おお、トキマか・・・」

こっちが声をかける前に、俺に気づいたヘンリーがそう話しかけてくる。

「何だよ、その反応は。だいたい何で俺を起こして――――」

今まで考え抜いたとっておきのフレーズをぶつける前にヘンリーは、言葉を重ねた。

「ちょうど良かった。話があったんだよ、トキマとリュカに」

「さっきデールや母上とは話をしてきたんだが・・・俺はこの国に残ろうと思う。
もちろん、旅に飽きたとかそんなのじゃないんだ。前にリュカの言ってた『自分の帰る所』があるってのが、ようやく理解できたような気がするんだよ。あんな奴だけど太后殿下も俺の母親であることに変わりはないし、死んだ親父にも結構心配かけたしな。
まぁ、なんだ、その・・・長くなっちまったが今話したことが俺の気持ちだ。」

あれだけラインハットに帰って来ることに抵抗を示していたヘンリーがここまで心変わりをすることは意外であった。
ヘンリーの話を聞いて『自分の帰る場所』という単語が胸に大きな黒い塊を作っていることに気づくと同時に、日本にいる家族の事が頭をよぎった。

自分の帰る場所・・・帰る場所・・・・帰る・・・・・場所・・・・・・。

「おい・・・どうしたんだよ。そんなに泣くほど俺と別れるのが寂しいのか?」

ヘンリーは明るく冗談交じりでそんな事を俺に言った。
そう言われて初めて、自分の目に涙がうっすらと溜まっていることに気づく。

「・・・・・・・・・・。
すまん、俺にだけ帰るところができちまったな。」

「そんなことないよ。トキマには『ニホン』だったっけ?とにかく自分の家はそこにあるみたいだし。僕だって、いつかはサンタローズを元の村に戻して見せるさ!」

リュカの紫のターバンと白い服がそれに同調するかのごとく夜風になびいている。

「俺は・・・反対だな」

俺の言葉に二人の瞳が一瞬のうちに曇っていくのが夜であるにもかかわらずはっきりと分かった。

「これから先、リュカの面倒を俺一人で見るなんてヘンリーがいなきゃ無理だよ。
スラリンやピエールの相手だってヘンリーのいない分が回ってくるんだろ?
おまけに、今はサイモンまでいるんだ。ヘンリーにはいてもらわなきゃ困る」

 二人は黙って俺をじっと見つめている。
ここで、『ヘンリーの気持ちを分かってあげるべきだよ!』とリュカに言われることは予想していたのだが、全くの沈黙。
リュカだって十年もの間、寝食を共にしてきた友人と別れるのは言葉では表しきれない辛さがあるに違いない。もしかしたら、こうやって俺が止めに入ることを期待していたのかもしれない。だが、二人とも俺に向けていた目をそらし、黙ったままうつむいている。

それぞれ互いの気持ちを言葉にせずとも理解しあう。そして、その気持ちを汲み取った上で尚その友人の事を考えて行動する。これが、本当のフレンドリーシップであるのかもしれなかった。

「でも、ヘンリーの決めたことなら仕方ないよな。
大丈夫、リュカの面倒だってきちんと見てみせる!一応年上だし・・・。
それにスラリンやピエールだって魔物とはいえ、もう立派な仲間だからな。
サイモンもうまくやっていく自信はないけど、リュカがいれば何とかなる・・・と思う。
心配するなよ、マリアさんまで連れて行ったりしないからさ」

 本当は反対だなどと言うつもりはなかったのだが、ヘンリーを見ていると、今までの散々な目にあって来た日々が走馬灯のように思い返されて、これぐらいしてやらなければ気がすまなかった。因果応報ってやつだ。
自分で思い返しながら、再び引いていたはずの涙が溢れ出しそうになる。まさに因果応報だ。

「あーぁ。最後の最後にトキマにしてやられたよな。何かむしゃくしゃしてきたぜ」

ヘンリーは両手で頭をかきながら、悔しがっている。

「そうだよ、僕はそんなに子供じゃない!
今度、もしトキマが魔物に襲われても、助けてあげないよ?」

相変わらず痛いところを的確に突いてくる。

「い・・・いや・・さっきのは冗談だって!」

慌てて修正を入れる俺。
こんな冗談が原因で死んでしまうなんてゴメンだ。

「あははは!分かってるよ!今のも冗談だよ」

いつもながら、リュカの冗談は冗談になっていない。

「よっしゃ!今夜は三人で飲み明かそうぜ!!」

ヘンリーは両手で俺とリュカの肩を組み、引きずるようにして王の間へと向かい始めた。

「あのさ・・・マリアさんはこの事知ってるのか?」

ヘンリーに一番気になっていたことを聞いてみる。
正直言って、こうなってしまえばヘンリーの動向よりマリアさんの事の方が気がかりだ。

「あぁ。マリアは俺とデールが話してた時に横にいたからな。
今頃、ラインハットのシスター達と盛り上がってる頃なんじゃないか?」

 そうか・・・結局、何もかも俺が最後に知らされることになるのか。
そういえば、さっき考えておいた選りすぐりのフレーズも、今までのなんやかんやで忘れてしまったのが残念だ。しかし、今夜は『最後の晩餐』をみんなで大いに楽しむことに決めた。きっと、スラリンやピエールもリュカが何も語らないという事はうまくやっているのだろう。


こうして、夜は更けていった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十六話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/20 19:51
 翌日、久しぶりに入れた酒のせいで、だるく重い体を持ち上げながら、俺は兵舎のベットで目覚めを迎えた。
辺りにはグラスや酒瓶が転がっており、王宮の中にいる事を忘れてしまいそうである。俺の隣で寝ているはずのリュカの姿はなく、代わりに髭面の大男がいびきをかいて気持ちよさそうに腹を上下させている。とりあえずは王の間へと向かう。
とりあえず、というノリで王の間へと踏み込むのは考えればどうにかしている気もするが、他に思い当たる場所もないので仕方ない。
様々な思いを抱き王の間へ入ると、そこにはリュカとヘンリーにマリアさん、大臣とデール王が玉座の前で話をしているのが見えた。
デール王が玉座に座し、傍らには大臣とヘンリーが立っている。リュカとマリアさんは並んでデール王と対峙しているので、ここからではリュカ達の背中しか見ることはできない。

「おお。これはトキマ殿。もっとゆっくりしておられてもよかったのですぞ」

大臣は温厚を絵に描いたような笑顔をこちらに向けている。

「いえいえ。ありがとうございます。それにしても、リュカ。これからは俺に声をかけずに行動するのは今度から禁止だからな。」

ゴメン、と微笑むリュカは全く悪びれた仕草一つ見せはしない。が、どうにも憎めないのが悔しいところだ。

「すまねぇな。昨日も言ったが、リュカ達について行きたいんだけど、ココには俺のやることがあるような気がするんだ。それからトキマ。後はお前だけが頼りなんだぞ。リュカは肝心なところで少し抜けてやがるからな」

ヘンリーが俺の肩を叩きながらそう口にする。
ほぅ。一応、年長者である俺にお前とは・・・・・・。
だが、この時のヘンリーの言葉は挑発やその類であるというよりは、『本当の友達』に対する挨拶のようなものに感じられた。

「初めてお前って呼ばれたのが別れの時なんて、なんか寂しいな。
それともアレか?これもモテる男のテクニックか?」

以前、野宿の時に聞いたヘンリーの口説き方講座を思い出しながら、冗談半分でそう言い返した。

「まぁ・・・な。
こ……これだけ教えたやったんだ。旅先ではイイ女をちゃんと捕まえろよ?」

「おう!次に会う時は、真の両手に華ってやつを見せてやるよ」

ヘンリーと俺のやり取りを横で見ていたリュカは、

「トキマいつそんなのヘンリーから教えてもらったの!?」

と興味津津といった感じで聞いてくる。

「まぁ。リュカさんもそのようなことに興味がおありですか?」

さらにその横からマリアさんが口をはさむ。

『興味がおありでしたら、私が女性の全てをレクチャーしてさし上げましょうか?』

なんて展開を想像したのは俺だけだろうか?

「いっ・・いや、そんなんじゃありませんよ!」

顔を赤らめながらそう反論するリュカだが、この場の誰もその反論を聞いている者はいないだろう。




「もう、行かれるのですか?」

「ええ。」

先程の和やかな雰囲気を払拭するかのように、デール王はリュカに尋ねた。

「もし、行く先が決まっていないのでしたら、ラインハットの交易船を利用して下さい。
海上封鎖令は解いておきましたのでビスタ港発~ポートセルミ着の交易船が続々とやってくるでしょう。これが、王家認定の乗船証です。ラーの鏡の功績に今のラインハットではこのくらいでしか報いることはできませんが、また訪ねてきてください。その時には、またラインハットをあげて歓迎します」

一国の国王にここまで言われると、感動というか畏れ多いというか、今まで味わったことのない緊張感が俺を支配していた。もう少し贅沢を言えば、自分よりも年下の王様ではなく、髭面で王杓を持ち、真紅のマントを纏ったような王様にそう言われてみたかったのだが。

「じゃぁな!」

ヘンリーが手を差し出してくるのを、リュカと二人で固く握り上下に力強く友情を確かめ合う。これが本当に最後だとは未だに実感が湧いていない。

「もう行くよ」

リュカがそう切り出すのを見届けて、

「陛下。並びに大臣閣下。これまでの御恩決して忘れませぬ。
この北条時馬、感激の極みであります」

膝をつき、テレビでの見よう見まねで礼をする。
一度、やってみたかったのだ。こういうのを―――――。

「ヘンリーもマリアさんとうまくやれよ!それじゃぁ、またな!!」

とヘンリーに最後の一撃を見舞っておく。
案の定、マリアさんは、

「あぇ!?」

と真っ赤になって動揺しており、ヘンリーも

「よ、余計な事言わずにさっさと行けよ!」

と少しうろたえているようだ。


 こうして、リュカと共に王の間を下り、馬車の停めてある所に戻ることにした。
あそこから旅の扉を通ってビスタ港へと行くのがいいと判断したからであった。
馬車まで戻ると、パトリシアが椎葉を食みながら喉を鳴らしているところだったが、ピエールもスラリンも見当たらない。
困った事に、サイモンまでいなくなっている。

「きっと兵舎だよ」

というリュカの判断を頼りに歩いていると、目の前に廊下をはさんで並ぶ騎士像の中に明らかに一つだけ、場違いな存在が混じっている。

サイモンだ。

リュカと目を合わせ、見なかったことにする。
そのまま兵舎にたどり着くと、ピエールとスラリンは城の兵士に囲まれて何やら騒いでいるようだ。一瞬、魔物の一味として襲われているのかとも思ったが、どうやら違ったらしい。

「おおぅ!?おいスラ公!迎えのにいちゃんがきたらしいぞ!!」

こっちの存在に気づいた兵士の一人がそう叫んだ。

「おっと!ちょっと待ってな。スラ公にアレをやるよ」

その中のまた一人が何かを取りに奥の部屋へと消えていった。
そうなってくると、数名が次々に

「ちょっと待ってな」

を合言葉に消えていく。

「なんか楽しそうだね」

とスラリンに聞くと、体をプルプルと震わせて

「ぼくのオドリをみんながじょうずだっていってくれたんだよ」

と嬉しそうに一部始終を語るのを聞いていると、

「スラ公にはこれをやるよ」

と一人の男がベージュに黒でラインハットの紋章が描かれた布を持って来た。
聞くところによると、来賓用のシーツらしい。
他の男たちも手に手に様々なモノを持って戻ってくる。

「ミニ公にはこれがいいんじゃないか?」

とある兵士は大振りな剣を持ってきてピエールに渡している。
その後も、紋章の描かれた盾や野宿用の古ぼけたテントまで持ってくる者までいたのである。いずれも、古びて処分に困っていたものや、新しく支給された武具に伴って、いらなくなったものであるらしい。

「また酒の肴に踊りに来てくれよな!」

とゴツい男たちに送り出され、俺たちはラインハット城を後にした。


 旅の扉を馬車ごと通り抜け、オラクルベリーを目指す。
ビスタ港はオラクルベリーの西側に位置しているが、えぐるように内陸まで食い込んだ海岸とそれに寄り添うようにそびえる小規模な山脈に阻まれて、大きく平地から迂回しなければならないらしい。そのために、まずはオラクルベリーへと引き返す。
サイモンは、兵舎でのやり取りの直後、みんなで急いで解体して馬車に積み込んだので何も問題は無い。ただ、あの現場を誰かに見られていたとしたら、完璧に甲冑泥棒だ。俺はサイモンが動いている姿を神の塔でしか見てはいないが、スラリンとピエールの話からすると、ラインハットの城内掃討ではかなりの活躍を見せたらしい。おかげで、ピエールの手合わせの対象は完全に俺から逸れている。



ヘンリーのいないことに最初は寂しがったスラリンだったが、リュカの説明で納得してくれたようだ。ピエールにいたっては、ここで別れることになるなら、手合わせをしておけばよかったと別の意味で寂しさを抱いているらしい。

「オラクルベリーに着くけど・・・どうする?」

そんなことをリュカが聞いてきたのは、海辺の修道院を過ぎ、もう少しでオラクルベリーの街が見え始める頃だった。

「あぁ、ルリには会わなくてもいいよ。どうせすぐ立つんだし、食料の調達が終わったらすぐに出よう。船だって電車みたいに本数は多くないだろうし」

「でんしゃ?」

「い、いや何でもない・・・。とにかく―――」

かなり日本臭は抜けていたと思ったのだが、やはり二十年近く暮らした世界は体に染み付いてしまっているらしい。

「あはははははは!僕はどうするって聞いただけだよ?
会っていってあげようよ。きっと喜ぶよ?」

そう、きっと喜んでくれるだろう。しかし、そんなことをすればまた別れが惜しくなることも分かりきっている。

『このままここに残って、また私の仕事を手伝ってくれないかね?』

とでもロッジさんに言われれば、どう答えてしまうのか今の俺には分からなかった。

「船の時間もあるし、また今度でいいよ」

「そっか・・・・」

気持ちを汲み取ってくれたのか、それ以上リュカは何も聞いてこなかった。



 オラクルベリーに到着すると、食料や日用品目の豊富な商店がたくさん集まっている中心街まで馬車を進める。オラクルベリーには数日しか滞在はしていなかったが、ガイドブックは舐めるように隅々まで見ていたので一通り把握しているのだ。
馬車越しに色々見ていると、各商店の主人達がこれはどうだとか、あれはどうか、とか宣伝を繰り広げている。俺はその熱気に圧倒されていたが、ここに一人、ツワモノが存在した。リュカである。物怖じせずに次々と食料や水を言い値で買っていく。
どこまで人が良いのか、

「売れ残っていて、コレが売れなければ今日の生活もできない」

という商人の言葉を真に受け、皮袋に入れられた数個の果物を20Gで買おうとしていたのには驚いた。20Gといえば一日分の宿代に匹敵するのである。
慌てて、リュカを止め、その商品を断ると、急いで市場街から馬車を遠ざけて広場へと出る。そこに馬車を止めて、リュカに説明を加える。どうやら、まだ商人の言葉を信じているらしい。分かってくれたのか、頷きながら話を聞いてくれている。
いや、分かってもらわねばこれから買い物を任せることもできない。
金の大切さを必死に説いている俺でさえ、まだ『G』の価値についてはよく分かってはいない。しかし今まで、ザッと見てきたが、この世界の宿代は驚くほど安いのは確かだ。
どんなに高級な宿でも100Gあれば泊まることが出来る。普通の薬草一つの値段が、時価数Gであることから考えても日本とは大違いだ。


そんな一幕も開けて食料の調達も終わり、夕刻の出発予定時間までは自由に使う時間ができたのだった。オラクルベリーのカジノにはモンスター闘技場があるので、そのために飼育・調教されたモンスターたちが少なからず目につく。ここではスラリンやピエールの存在を隠し続ける必要はなさそうだ。しかし、これといって用事のない俺たちは街の広場に邪魔にならないように停められた馬車の中で今後の予定を話し合う事にした。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十七話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/21 22:03
 結局、他愛ない雑談に終始し、決まったことと言えば、本日の夕食はスラリンの熱烈なリクエストにより外食なったことぐらいだ。段々と日暮れも迫り、人通りも増えてきたせいか外がざわつき始めたのが気なって、顔だけ出して外を見てみる。荷物を抱えた商人や、一日の疲れを癒しに酒場へ向かう旅人、様々な思いを抱く人に押され、この街はほんのりと暖かい灯のともる働く者の楽園と化していく。そんな中、馬車を器用に避け、人の波をかいくぐり、小さな体で大きなバッグ両手で支える一人の子供が少し離れた所からゆっくりとこっちに向かっている。きっと、お遣いでも頼まれたのだろう。手伝ってあげようかとも思ったが、

「はやく!ぼくオサケのんでみたいよぅ!!」

とせかすスラリンに押し切られ、俺は食堂街へ馬車を移動するため御者台に移動する。
後は、リュカが相手をしておいてくれるだろう。
御者台からふと脇を見ると、先程の子供がすぐ側を通っていくところだった。


 心の奥底では待ち望んでいた展開が、都合よく目の前に繰り広げられている。
茶色の髪の毛、くりくりととした瞳、小さな体とその首にぶら下がるリンゴのアクセサリー。見間違うはずもない。ルリが目の前をよたよたと通り過ぎて行く。
それでもなお、何かが俺に踏み出す一歩を躊躇させている。会わなくてもいい、などと言っておきながら、もしかしたら偶然遭遇することもあるだろうと期待していたところも実際にはあった。しかし、それはあくまでも、ルリの方から気付いてくれればという前提条件があった訳で、今はその前提自体がないのだ。
だが、ここで声をかけなければいつか後悔するかもしれないと思いつつも、ルリから気付いてくれることを切に願っている自分がいる。
そんな下らない葛藤をしていた時だった。

バタッっと何かが倒れる音がしたのは。

大勢の人々が往来する大通りの一角で荷物を地面に落とし、うずくまるルリ。
もっと早く声をかけるべきだったかと後悔しつつも、助けるという口実をすんなりと手に入れた俺は慌てて馬車を降り、足をさすりながら立ちあがろうとする少女を後ろから抱き抱えた。

「へぇ?」

と間抜けな声を上げジタバタと振り向くルリをきちんと立たせてやり、

「エナさんのお遣い?つまづくなんてルリらしくないな」

と冗談半分で声をかけると、

「トキマお兄ちゃんっ!!」

と俺の胸へダイビングしてきた。
この異世界へ来てから、唯一ともいえる心安らぐ存在。
新しい妹のようなこの幼い少女は、涙声になりながら、

「もう・・・お仕事終わったの?これからはお休みできるんでしょ?」

と胸から顔を離し、その下瞼に涙を溢れるほど溜めてそう聞いて来た。

頼む。そんなことを子供ながらに色っぽい表情で言わないでくれ。今まで固めてきた鋼の意思がさらっさらの砂のように崩れていくではないか。

「ごめんね。まだ終わってないんだよ。今日は偶然寄っただけなんだ」

絞り出すように答えるしかない俺に

「そっか・・・じゃぁ、終わったら一番に帰ってきてね!約束だよ?」

と破壊力抜群の笑顔を向けるルリに幾分か救われたような気がした。
この子の前では、決意がほどけたり固まったりと面白いほどに変動するのは少し困ったものではある。俺の決意は再び固まり、すっと小指を差し出した。
若干の戸惑いを見せるルリを見て、自分の過ちに気がついた。

「俺がいた国じゃぁ、小指どうしを繋いで約束を確かなものにするんだ。
だから、これで約束な」

「うん!」

そう力強く答えるルリの白く可憐な指先がしっかりと俺の小指と結ばれる。



 結局、今日もロッジ邸での夕食となった。
足を捻ってしまったらしいルリを負ぶって、ロッジさんの家まで行くといつも通りの歓迎ムード一色だった。こうなることは分かっていたとでも言いたげに、御者台からリュカはその微笑みを俺に向けている。顔見知りのスラリンもすっかりルリと打ち解けてしまっているし、ピエールは馬車の中にいるのでその姿は見えないが、きっと友好的に接してくれるだろう。サイモンはピクリともしないので馬車の中に置きっぱなしにするほかはあるまい。
予想通りスラリンを見てもロッジさんたちは怖がるそぶりは一切ナシ。ピエールに対しては、『君とトキマ君が戦ってくれたおかげでこの街での商売がやりやすくなったよ』と礼まで述べている。エナさんも『やっぱり、良い魔物さんもいるのね』とスラリンに酒をお酌しているし、かつては一戦を交えた人間と魔物の和やかな夕食を実現させたのは、この世界でも俺たちが初めてではないだろうか。ふとスラリンを見ると、念願の『オサケ』を口にしてご満悦であるが、この時俺は初めてスライムが酔っ払うと体がピンク色に変色することを知った。

食後はやはりというか何というか、互いの近況についてじっくりと語り合った。
ヘンリーが抜けたことを説明し、俺達の旅の目的も明らかにした。

「何と、ヘンリー君がラインハットの王子だったと!?それにリュカ君たちは天空の勇者を探して旅をしている途中だというのかね!?」

俺も含めてだが、王族をからかったり、寝食を共にしてきたのだ。驚くのは無理もない。

「信じられん。君達はどこか変わった子供たちだとは思っていたが・・・」

ロッジさんはルリを膝の上に乗せたまま唸っている。

「あら、いいじゃない。どんな裏事情があろうとトキマ君たちに変わりないわよ」

とエナさんはお酒が入り、トロんとした色っぽい微笑みを俺に向けている。
貴女のお子さんはその血を十分に引いていらっしゃいますよ。それはもう恐ろしいほどに。
そんな俺の心の声をよそに、ロッジさんはまだ納得がいっていないらしい。

「そうは言っても、まだ私は君達がそんな特殊な運命を背負っている人間だとは信じられない。いや、そんな君達と過ごすことができて感動しているのかもしれん。だとしても実に不思議だ。いやぁ、今宵は本当にいい経験ができたよ」

と納得できたような、できていないような表情を浮かべ、膝の上で夢の世界に漕ぎ出し始めたルリの頭を撫でている。ロッジさんの膝の上はそれほど心地いいのだろうか。

「今日は泊まっていきなさい。もう夜も遅いのでな。おぉ、そう言えばビスタへ行くんだったな。なぁに、心配はいらんよ。きっと明日の夜はポートセルミの宿でゆっくりと眠れるはずだ」

「すみません。夕食だけではなく部屋まで貸してもらって」

遠慮がちにする俺を満足そうに見ながら、

「もしかすると、そういう特殊な運命を背負いながらも、謙虚な姿勢でいる君達に惚れたのかもしれんな。わっはっはっはっはっは!遠慮など要らんさ、もう君達は家族も同然だからな」

またしても、好意に甘え通して、一日が過ぎていこうとしていた。
だが、部屋少ないからと俺だけルリの部屋に案内されたのはどういうことなのだろう。
リュカ達は客間に案内されているにも関わらず、俺の体は部屋が狭くなるほど大きいとでも言いたいのだろうか。年の差が離れているとはいえ、俺だって男だ。もしかしたらという展開もあり得る。ロッジさんは父親としてその辺が心配ではないのだろうか。
仕方ないので、貰った毛布を被って床で寝ることにした。

待てよ。
これは試されているのではないだろうか。
部屋に案内しただけで、同じベットで寝ろなどと一言も言われていなかったからだ。
第一、 他人の家に泊めてもらっている分際で、しかも人が寝ているベッドで寝ようなどと
言う方がおこがましいというものだ。
一瞬でもそんな想像をしてしまった自分に半ば呆れながら、夜は静かに更けていった。



翌日。


 まだ陽も昇りきっていない早朝に、腹の辺りで、もぞもぞと動く生暖かい感触に起こされた俺は、その眠く重い瞼を徐々に開けた。上半身までかかった毛布から茶色の髪の毛が見え隠れしている。その光景を見て、普段なら寝起きは半分眠ったまま迎える俺だったが、今回は一気に頭が覚醒していくのが分かった。すぅすぅ、とルリはリズムよく寝息を立てながら天使のような寝顔をこちらに向けている。胸の鼓動が速くなり、顔が紅潮していくのが分かる。

違う。断じて違う。神に誓う。

俺 は ロ リ コ ン で は な い !

そうだ。ルリの位置が悪いのだ。第一、ベッドで寝ていたはずの彼女がどうしてこの毛布の中に入っているのか。鼻腔をくすぐる甘い香りを密着して放ち、俺の胸元をギュッとつかんでいる。これが萌えというやつなのだろうか。高校の時に同じクラスの奴から『萌え』とは何なのかを小一時間力説されたことがあり、興味がなかったので聞くふりをしていたが、こんなことならもう少し真面目に聞いていればよかった。
ルリが、もぞもぞと動くたびに、その膝が俺の『禁断の地』を直撃しているのも、俺の思考が正常に働かない原因の一つだ。いや、大勢はそれが占めているのかもしれない。

「うふふ。起きた?」

「いっ・・・!」

急に目をぱっちりと開け、不思議な魅力に満ちた微笑みを浮かべる彼女を見て、一瞬何が起きたか分からない俺だったが、少し前から覚醒している意識にかかれば状況を判断することなど容易だった。


ルリに謀られた―――。


「お、起きてたのか!?」

慌てふためいた俺の事を気にするようでもなく、

「ママとパパが仲良しなのは、一緒のベットで寝てるからなんだって。
ママがね、この前そう教えてくれたの!」

平然とそんな事を言ってのけるルリ。
果たして、それがどういう意味なのか知っているのだろうか。
大体、そんな事を子どもに教えるエナさんもエナさんだ。清楚で大人しそうに見えても、商売上手だったりと意外と芯が強く豪快な女性なのかもしれない。

「そ、そういうのは、自分の好きな人とやるんだぞ?」

「えっ?私、トキマお兄ちゃんのこと好きだよ?ルリじゃ嫌だった?」

なんか、段々と危ない展開になってきた。これ以上は、何としても阻止せねば。この子の今後のためにも、正しく導いてやるのが大人の務めだ。

「・・・。そうだ!ロッジさんとエナさんみたいに、家族になりたいと思った人とじゃないと意味がないんだよ。パパとママはもう家族だろ?だから、一緒の布団に入るとうまくやっていけるんだ」

自分で説明しながら、何を言ってるんだと呆れかえりたくなってくる。

「だって、昨日パパはリュカ兄ちゃんやトキマお兄ちゃんはもう家族みたいなものだって・・・」

「それは・・・」

行動はマセておきながら、思考はまだまだ子供らしい。どうやってこの場を切り抜けようかと頭をフル回転させる。

その時、ガチャッとドアの開く音がして入口の方を振り向くと、

「あらまぁ・・・!もうご飯ができたわよ。ふふ」

と意味深な笑顔を浮かべドアの前に立つエナさん。
その後ろではロッジさんも一緒にこちらを見ている。

「・・・・・・さぁ、朝食だ。リュカ君たちは出発の用意はもうできているみたいだぞ。
君も準備ができしだいルリと降りてきなさい」

そういうと、バタンッとドアを閉めて、去っていくご両親。
この間わずか10秒。
かなり淡白な朝の挨拶に戦慄を覚えた俺だったが、当の本人はなんら気にしてはいないらしい。準備を済ませ、下に降りて行くと皆すでに食べ始めていた。食卓に着いて恐る恐る

「いただきます」

を唱え食事を開始するも、エナさんはずっとこっちを見ながら、ニヤニヤしているし、
ロッジさんは黙々と食事を続けている。

「宿を貸して頂いた上に、朝食まで・・・本当にありがとうございます」

とこの場の空気の破壊に乗り出したのはまたしてもリュカだった。こういう時の暢気さは非常にありがたい。
しかし、いつの間にあんな言葉づかいをするようになったのだろうか。ヘンリーが抜けてからというもの、少しづつ変わり始めるリュカを垣間見た瞬間であった。

「いやいや、気にせんでくれ。昨日も言ったろう?私たちは家族も同然なんだ。
もう一人親が増えたと思ってくれ」

とロッジさんは満足げにしている。
その姿を見て安心したのも束の間、ルリは

「ねっ?」

とアイコンタクトを送ってくる。

「船の時間はどうなっているんですか?」

とロッジさんに何もなかったかのように質問をすると、

「ふむ・・・確か、昼過ぎにビスタへ到着するようだったから、そろそろ出発する方がいいかもしれんな」

とこれまた何もなかったかのように受け答えをしてくれる。
そもそも、よく考えてみると何もなかったのだ。ルリのいたずらに嵌められて、一緒の布団にくるまっていただけのこと。彼ら両親にとっても、何ら意味のないことだと受け取ってくれているらしい。杞憂とはまさにこんな感じの状況を指すのだろう。


あたふたと出発の準備を進め、オラクルベリーが完全に目覚める前に出発することとなった。

「また、いつでも帰ってきなさい」

と本当の両親のように優しい言葉をかけてくれるロッジさん。

「色々とありがとうございました。次は何か手土産でも――――」

とまだ言い終わってもいない俺に

「いくら積まれても、この子を渡すつもりは無いからな?
それが君であってもだ」

と真顔で話すロッジさんには背筋が凍りついた。

「い、いえ・・・そんなつもりじゃ・・・」

とうろたえる俺。やはり、何事も無かったことにするには無理があったか。

「あっはっはっはっは!分かっておるよ。冗談だ冗談!
ほら、もう行きなさい」

と笑顔でネタバラシをするロッジさん。もしかするとこの世界の人は冗談が下手なのだろうか。
スラリンに乗ったピエールがロッジさんと握手を交わし、リュカはルリと昨日俺が教えた
指切りをしている。

「何か困ったことがあれば手紙を頂戴ね?ルリと待ってるから」

スラリンはエナさんに撫でてもらってたいそうご満悦だ。
名残惜しいのは確かだが、ここに到着する前のようなわだかまりはすっきりとどこかへ流れていってくれたのはとてもありがたいことだ。

「お兄ちゃん、またねー!!」

こうして一家に送り出された俺たちは、オラクルベリーに再び別れを告げた。





[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十八話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/23 15:03
 
 街を抜けてしばらく経ち、馬車の中で二度寝に入っていた俺はスラリンを枕にパトリシアが引くゴトゴトという心地よい振動を堪能していたそんな頃だった。

「これからドコヘ向かうおつもりかな?」

と今までピクリともしなかったサイモンが口を開いた。

「へ?こ、これからビスタの港へ行こうと思っていますが。
それにしてもどこに行っていたんですか?」

「ワシはずっとこの馬車に乗っていましたとも。
しかし、あのルリと申したか・・・あの子はとてもよく出来たお子じゃな」

「どうしてルリのことを?」

と聞くととんでもない答えが返ってきた。

「ずっと見ておりましたからじゃ。この鎧はただの受け皿に過ぎぬ。
私はもう魂だけの身ですからのぅ」

だそうだ。
ラインハットでも加勢に加わったものの、どんどんと人が増えてきて、『手当てを…』などと鎧を脱がしに掛かってきたそうだ。それで、隙を見て逃げ出し廊下で置物と化していたそうである。当然、本人は鎧から抜け出して、城内のあちこちを見て回ったりと、それはそれは充実した一時であったらしい。

「あのマリアとかいう女子も結構な体の持ち主でしたぞ」

と聞き捨てならぬ台詞まで吐く始末だ。
その後、じっくりとサイモンの見聞を俺たちは聞かせてもらった。御者台のリュカを除いて。


ニセ太后がいなくなった影響もあるのか、最近はどうも魔物が襲撃してくる気配はない。
ラインハットの海上封鎖令が解けたのもあり、周囲にはぽつぽつと商人や旅人が散見され、

「あなた方も、ビスタへ向かわれるのか?」

と気さくに話しかけてくる商人もいる。
こうして、太陽が昇り切る頃には、ビスタ港へと到着した。


 ビスタ港は想像以上に小さい港だった。交易船の入港する港と聞いて、大きな港湾都市を想像していた俺にとって、この小ささには正直、目を疑った。民家兼乗船手続き所がある他は何もなく、この港は中年の夫婦が管理しているという。これでは、港と言うよりも漁港といった感じである。ただ、入港して来る船はこれまた港と反対にかなり巨大である。デール王から貰った乗船証を見せ、その船体を海に投げ出し、悠々と浮かぶ巨船へと乗り込んだ。ここにきて、段々と寂しくなってくるのはなぜだろう。海は人をセンチメンタルな気分にすると言うが、そういうことなのだろうか。ここを離れれば、オラクルベリーはもちろん修道院、ラインハットにすら戻れなくなるという事である。この世界に飛ばされてからというもの、ヘンリーやリュカだけでなく様々な人に支えられてここまでやってきた。しかし、海を渡ってしまえば彼らを頼ることは不可能になってしまうことに、海を見るまで気がつかなかったのは、大きな失敗であった。

悠長に空を舞うカモメを尻目に、青銅の鐘の音が鳴り響き、乗船作業をしていた人々の動きが慌ただしくなる。それにつられるようにして、我に返ると、すでにリュカはおろか馬車すら見えなくなっていた。キョロキョロと辺りを見回すと、後ろから

「もしかして船に乗るの初めて?」

とリュカの声がした。

「おどかすのはやめてくれよ・・・。かなりビビったじゃないか」

「あぁ、ゴメンゴメン。大丈夫だよ、沈んだりしないからさ。
昔、父さんと旅をしてる時にはずっと船旅だったこともあるんだ。
最初は怖いかもしれないけど、すぐ慣れるよ」

まさか、俺が船に怯えていたとでも思っているのだろうか。
しかし、リュカの心づかいは、ありがたく受け入れておくことにする。

「ありがとう。なら心配はないな」

そう答えると、ニッコリと微笑んでみせるリュカ。きっと、今後もリュカと一緒ならやっていけるだろう。そう自分の結論を出した時、

「出港!」

という野太い男の声を合図に、錨を上げ、ゆっくりと巨船は海の上を滑っていく。

「スラリン達は?」

とリュカに聞くと、

「船室でくつろいでる。この船のこと気に入ったみたいだよ」

という返事が返ってきた。

ちょっと話があるんだ、とリュカを船の右舷デッキ先端に置いてある樽の所まで誘導し、それに腰掛ける。

「話って何?もしかして怖い?大丈夫だよ!スラリンだって――――」

「リュカさ・・・好きな人いるだろ?」

「え?き、急に何をい、言い出すかと思ったら。そんなことか」

ヘンリーの言っていた通りだ。『あいつには好きな娘がいる。名前はビアンカって言うらしいぞ。あいつのことだから素直に慌ててくれるだろうさ』
ラインハットの祝宴で飲み明かしていた時、そんな話をされたのを覚えている。『俺がいなくなるとトキマも困るだろうと思ってな。できる限り俺の知ってることは教えてやるよ。その方が面白いだろ?』とヘンリーは言っていた。

「昔、一緒に遊んでもらったことがあるんだ。ただの幼馴染っていうのかな?友達だよ」

「ビアンカっていうんだって?」

「な・・・何で!?そうかヘンリーから聞いたのか・・・。ヘンリーのやつ、言わなくてもいいって言ったのに」

「いいだろ?隠すようなことでもないんだし」

そう俺が言うとリュカは色々と話しだした。
昔、お化け退治をしにレヌールという城に、しかも夜中に宿を抜け出して行ったことがあることを。その結果、プックルという子猫を街の子供から譲ってもらったらしい。さらに、そのビアンカから別れ際にリボンを貰ったという。そして、それが最後の別れになってしまったこと。

これで納得がいった。俺とルリのやり取りを見ていた時、やけに遠い目で見ていたのを知っていたからだ。きっと、かつての自分とビアンカを思い出していたのだろう。


それから質問がもう一つ。

「あとさ、あの立派な剣。あれどうしたの?」

毎度ながら、スケールの大きい事この上ない。
あれは、天空の剣という代物でパパスさんの遺品だそうだ。天空の勇者しかその刀身を拝むことはできないとかで、もちろん俺もチャレンジしてみたが無理だった。


と、まぁこんな感じで、ポートセルミに到着するまで、俺の質問攻めは続いたのだった。




                   ~ポートセルミ~


 ポートセルミの街を間近に捉え、船は大きな屋根つきのドックのようなところへと入っていく。
ここはここで、ビスタとは比べ物にならないくらい大きい街のようだ。オラクルベリーにも決して劣ることはないだろう。無事に接岸が終わり、木甲板だと落ち着かないのか小刻みに蹄をコツコツと踏みならすパトリシアを落ち着かせて船を下りるべく、港と船の間に架けられたタラップを渡る。ドックから出ると、潮風が頬をなぶり、陽の光が燦々(さんさん)と降り注いでくる。少し船で移動しただけで、このように空気が違って感じられるものなのだろうか。まるで外国に来たような、そんな印象を受ける。まだ、陽も随分と高かったが、当分の活動拠点となるであろう宿を探すために街の中心まで踏み入ってみる。オラクルベリーとは違って商人の町という感じはせず、かなり細かく区画が整理されているようで、これでは地図などなくとも簡単に行動できそうだ。オラクルベリーでは当たり前のように並んでいた露天商や売り子のおばさんも一切見当たらない。様々な商店はきちんとした店舗を持っているようである。しばらく、見て回っていると酒場と宿が融合した大きな建物が通りに堂々と建っているのが見えた。宿というよりもホテルと言った方が的確だろう。馬車のなかの仲間達にも確認をとったが、異議はないらしい。ここでは残念ながら彼らは馬車の中で寝泊まりすることになりそうなのだが、

「私は基本的に森の中で育ちましたゆえ、人間の『ベッド』というのには少し抵抗があるので好都合です」

とピエールは言ってくれている。
後のことは全て任せてくれ、とのピエールの言葉に甘えることにして、さっそく宿を取るべく中に入っていく。

宿の中は、外見と違いかなり素朴にできていた。ごてごてとした装飾もなければ、真っ赤な絨毯もない。広いロビーの中央にステージが設けてあり、話によるとそこで毎晩、ショーが行われるらしい。受付のカウンターには中年のおばさんが腰かけており、そこでさっさと処理を済ませると、

「ユイちゃん、お客さんだよ!案内してあげてちょうだい!!」

と二階に向けて大声でそう叫んだ。
すると、二階から17、8くらいの女の子がタッタッタッタとリズムよく駆け降りてくる。
その様は、まるで華麗に舞う踊り子のような身のこなしであり、華のように綺麗な娘だ。

「こちらです。着いて来て下さい」

と笑顔で言われドキッとしたのは俺だけだろうか。


「ここですよ」

と言われ案内されたのは、小さくても洒落た一人部屋だった。

「あの・・・彼と同じ部屋でいいですよ。男なんだし」

そう言う俺を見て彼女は、

「今、あまり忙しくない時期みたいなの。宿代は変わらないから、安心して」

とルームキーを俺に握らせるとそのまま部屋を出て行った。
ふんわりと漂う残り香が鼓動を弾ませる。ゆっくりとベッドに腰掛けると、瞼がどんどんと重たくなってくる。洗いたてのシーツの感触が妙に心地いいのは、今朝はルリのせいでゆっくり寝ていられなかったのが原因だと結論付け、肩から掛けた鞄をベッド脇のテーブルに投げ、夢の世界へと旅立った。


コンコン、とノックされるドアの音に気がついて目が覚めたころには、窓の外の景色は漆黒の闇に包まれていた。

「入りまーす」

と先ほどのユイと呼ばれた女の子が入ってくる。
テーブルの上に投げたはずの鞄は何故か床に落ちており、

「夕食の時間ですよ?下に食堂がありますから」

と俺の鞄を拾い上げながらそう告げた。

ユイに着いて下りて行くと、ロビー兼食堂+ステージ&酒場の複雑な造りの一階にはかなりの人数がステージを観賞している。陽気な音楽に、手拍子、歓声。

「クラリスちゃーん!!」

と、いい年をして叫ぶ人までいる。

リュカの食卓まで案内されるとすでに料理が並べてあり、一足先に食べ始めていた。

「ここの料理すっごくおいしいよ」

リュカは満面の笑みで木の器に入れられたシチューを頬張っている。この料理もさっきの娘が作ってくれたのだろうか?そんな事を考えて食事をしているうちにいつの間にかステージが終わっていた。すると潮が引くように人がいなくなっていく。
自室に戻っていく者、隣のバーで飲みなおす者、どこかまだ行く当てがあるのか鼻歌を奏でながら腕を組み出て行く二人組。馬車にいる仲間のために、パンや他に持ち歩けそうなものを適当に見繕って、馬車の確認へと向かう。街中で問題を起こされると、俺だけでは手に負えない事態に発展する可能性もある。

「どこ行くの?」

そう問いかけてくるリュカに、『ちょっと馬車まで』と説明すると、

「じゃあ先に湯浴みに行っとくから、また後でね」

とあっさりとした返事が返ってきた。


宿の横につないである馬車まで行くと、スラリンとピエールはもとよりサイモンまでいなくなっている。全身から血の気が引いて行くのが分かった。どうしようかと、馬車の中に持って来た食べ物を置いて考えてみる。だが、考えても始まらない事に気づくまでそう時間がかる事はなかった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第十九話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/24 20:12

「おぉぉぉ、トキマ殿。どうされましたかな?」

後ろから、嬉しそうなサイモンがスラリンナイトを連れて戻ってきたのは、しばらく経ってからだった。

「一体、何処に行っていたんですか!?街中をうろうろしたらダメだって分かってるでしょう!」

と緊張の糸が切れ、ホッとするのと同時に、危なっかしいことを平気でやってのける彼らに苛立ちを覚えた。

「許してくだされ。スラリンがどうしても腹が減ったと言うのでな。何とかしてやりたくなったのだよ」

「何とかするってどうしたんですか!?」


 これはもう犯罪の領域に達しているのかもしれない。
食べ物を分けてもらおうと、夜道を歩く男にサイモンが声をかけたところ、金はやるから命だけは助けてくれと懇願されたそうだ。元々、そんな気すらないサイモンは『分かった』と答えると、そのまま金を置いて逃げ出して行ったらしい。それだけならまだしも、そのままパン屋へと乗り込み格安でパンとワインを手に入れたという。夜遅くに全身に鎧を着込んだ男が現われてパンを買いに来るなど、普通なら絶対にありえない。店主の判断は正解だ。第一、人を呼ばれたりしたらどうするつもりだったのか。

「今度から絶対に危ないマネはやめて下さい。食べ物ならここに持ってきましたから」

そう諭すと、一匹を除いて分かってくれたらしい。

「かたじけないのぅ」

「私が付いていながら、申し訳ありません」

「トキマもたべる?」

ピエールが足でコツンと下にいるスラリンに合図を入れる。

「ごめん、ごめん。もうしないよっ!」

と反省はしているらしい。それにしても、そんなにウマい方法があったのかと、宿に戻りながら彼らの頭脳に感心するしかなかった。


 受付では、ユイが何か帳簿を付けているところだった。

「あの・・・風呂があるって聞いたんですけど?」

リュカは湯浴みなどと言っていたが、湯浴みとは風呂で合っているのだろうか。
受付で作業中の彼女にそう聞いてみた。

「風呂・・・?ああ、湯浴みのことですね?これから私も行くところなのでご案内します」

これから私も行くってこれは問題発言なんじゃないのか?
最近、心臓に良くないことが起こり続けるのでこういう展開は勘弁してほしい。
連れて行かれた先は、シャワールームのように一人ずつ入る個室のような感じの場所だった。個室の上の窓のようなところからお湯が出てくるシステムらしい。そして、足もとの湯桶にお湯が溜まっていき、それを利用するというものだ。
俺の隣に入っていったユイは

「使い方分かりますか?」

壁越しにと聞いてくる。

「何とかなりそうです」

色々、質問するのが恥ずかしいのでそう答えておいた。

「まだ自己紹介してませんでしたよね?私、ユイっていいます。あなたは?」

「俺は、トキマ。ホウジョウ・トキマです。面倒なので、トキマでいいですよ」

若干の間が空き、ホウジョウ・・・と呟く声が聞こえたような気がしたが、流れ出るお湯の音でかき消された。このお湯が淡々と流れ出る造りにどうも馴染めなかった俺は、ささっと全身を拭いてしまうと

「先に上がりますね」

と、そそくさとその場を後にした。


部屋に戻ると、リュカがなぜか俺の部屋で地図とにらみ合っていた。

「ここで何してるんだ?」

「あぁ、明日からの事を一緒に考えようと思って。ここまで来たのはいいけど、これからどうする?」

と切り出してきた。全く考えてなかった俺も悪いのだが、よくよく考えてみると、伝説の勇者なんてどうやって見つけるのだろう。

「とりあえず明日、片っ端から当たっていこう。教会とか、港の人たちとか」

「そうだね。とりあえず聞いてみるしかないよね。よかったぁ、トキマに相談して」

まさか、コイツは宿泊するだけして、何もせずにここを立つつもりだったのだろうか?

「じゃ、また明日ね」

とリュカは清々しく自分の部屋に戻っていった。一体、何をしに来たのだろうか。




 リュカの朝は早い。俺が起きたころには当然のようにいなくなっていた。準備を整えてロビーへ下りて行くと、併設されたバーのところで体のゴツイ男二人が農夫のような格好をした中年の男にたかっている。

「おい、爺さんよぉ!俺たちが引き受けてやるって言ってんだろ?素直にその前金をわたしゃぁ、いいんだよ!!」

「だ、ダメっぺよぉ・・・これは村の皆が必死に働いてさ、貯めたもんだぎゃ」

「『山賊ウルフ』を甘く見ると痛い目に会うってことが分かってねぇみたいだな」

周囲にいる客も皆が目を逸らし、見なかったことにしようとしている。助けてやりたいのは山々だが、あんな屈強そうな男たちにかなうはずもない。

「ちょっと・・・あんたぁ、旅人さんなんだろ?助けてやっておくれよ!!」

と下りてきた俺を見つけ、宿屋の女将さんがすがる様な目を向ける。

「そう言われても・・・」

ステージの上ではユイが箒(ほうき)を持ったまま、事態を見守っている。
リュカの姿を探しても見当たらない。きっと、昨日、助言してやった通りに教会にでもいっているに違いない。

「じいさんが金さえ渡してくれりゃぁ、他の誰にも迷惑はかからないんだぜ!?なぁ、兄キ?」

「あぁ、そうだとも。天下の山賊ウルフが何も収穫がナシじゃぁ帰れねぇのよ!じいさんが金を払わないってんなら、そこのお嬢ちゃんを貰って行くだけのことよ」

とステージの上でたたずむユイに矛先を向け始めた。

「ほら!お願いだよ!!奴らは山賊ウルフって言って、このあたりじゃぁ有名な山賊なんだ。このままじゃ、あの娘がさらわれちまうよ!!」

女将さんの悲痛な叫びを後ろに、俺の足はカクカクと小刻みに震えている。

行くべきか?行って勝てるのか?無様な姿を晒すだけじゃないのか!?しかし、今ここで出ていかなければ、この光景を思い返すたびに後悔がじりじりと滲み出てくるに違いない。
しかし、足が動かないのだ。あと、一歩踏み出すことができればそのまま行けるのだろうがその一歩が中々出せない。

「お嬢さん、すまねぇ。大人しくそいつらについて行ってくんろ!」

農夫はどうやらユイを見捨てるつもりらしい。見ている側からすれば、あなたが金を大人しく渡すのが最良の方法だと思うのだが。

「そうかい、そうかい。まぁ、ジジイの金よりそっちの方が色々と使い道はあるかもしれねぇな・・・。よく見ると、中々の上玉じゃねぇか!」

そう言うと、兄キと呼ばれた方の男がステージへと上がっていく。

「というわけだ、アンタは俺たちについてきな」

とユイの腕を掴み上げる。

「もうその辺にしておいたらどうですか?」

言ってしまった。腹の底から出したつもりだが、脅しになるどころか相手のボルテージを上げる結果にしかなっていない。

「あぁん?兄ちゃん。死にたくなかったら、すっ込んでな!!」

そうできるものなら、そうしたいのだが・・・。
だが、もう引き下がるわけにはいかない。襲われているのが農夫の男だけならまだしも、ユイが襲われているのは男として見過ごしてはいられない。これほどまでに男の虚栄心というのは、どうにも調節のできるものではないらしい。

「兄キ!やっちまって下せぇ!!」

「おうよ!!」

兄キの方が腰のハンドアックスを抜きゆっくりとこっちに近づいてくる。
深呼吸をして、俺も腰の刀を抜いて構えの体勢に入り、相手の出方を見る。
こんなことなら、ピエールと手合わせを何度もしておけばよかったという後悔の念は払っても払いきれるものではない。俺の先送り体質がこうして全ての災いを連れて今ここに舞い降りたのだ。

「そんな構えじゃ、殺して下さいって言ってるようなもんだぜ!!」

巨体からの大きな一撃が、正面に降り注ぐ。右に回避して、大きく振り下ろしたまま、元の体勢に戻りきれていない敵の背中に一撃を見舞う。ガキッという鈍い音と共に刀がはじき返される。この男は、背中が金属でできているとでもいうのか。

「甘いな兄ちゃん。山賊ってのは背中に鉄板を入れるくらいの用心深さが必要なんだよ。残念だが、そんな腰つきじゃぁ、百年かかっても俺様とやりあうのは無理だぜ!?」

逆に体勢を崩した俺の首を片腕で掴み、軽々と持ち上げてみせる兄キと呼ばれる山賊は、そのまま床に俺を投げ付けた。テーブルを薙ぎ倒すように床を転がっていく俺を満足そうに見つめると、

「さぁ、お嬢ちゃん。あとはゆっくり可愛がってやるよ。おい、この娘を連れて行け!」

と下っ端に命令を下し、周囲の客がにわかにざわつき始めるのが分かる。

「実力もないのに見栄を張るからよ・・・」

と誰かが呟いたのがはっきりと聞こえた。
実力もないのに、という言葉は俺の胸に深く突き刺さった。呪文が使えるわけでもなく、取り立てて剣術に優れているわけでもない。今までは、仲間に助けられながら運だけで乗り切ってきた。運も実力のうちとはいうものの、その言葉を完全に否定してやることが今の俺にはできる。では、他に俺ができることとは何なのか?

全身の痛みをおして、刀を杖にして立ち上がり構えなおす。

「まだやるのか?その根性だけは認めてやるよ」

と余裕な表情を見せる山賊。

力を振り絞り、男へと全力で突っ込んでいく。兄キは持っていたハンドアックスを床に投げ捨て、素手で受け止める気のようだ。距離が段々と縮まっていき、あと数歩で手が届くという所になって置いてあったテーブルを踏み台にして上から斬りかかる。そのまま、振り下ろしきれずに男の頭上に落下していく俺。どうやら間合いを読み間違えたようだ。テーブルを使うとは予想していなかったのか、一瞬、彼は出遅れた。敵の読みを外す華麗なる・・・いや、最後の肉薄攻撃だった。その巨体もさすがに、受け止めきれなかったようでそのまま後ろへ倒れこんでいった。偶然にも、ステージと床の境目、つまり段差に兄キの後頭部が直撃し目を回しているようだったが、俺もその衝撃でついには意識を失った。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/25 11:15
 
 もう何度目になるかも分からない気絶からの目覚めを、宿のベッドで迎えた俺は、まだ痛みの残る首を抑えゆっくりと起き上がる。確か山賊とやりあってコテンパンにされたんじゃなかったか。周りを見回すと、ユイが傍らの机で何かを一生懸命書いているのが見える。

「あの・・・さっきはケガとかしなかった?」

恐る恐る、机に向かうユイに話しかけると、

「あっ!目が覚めました?さっきはありがとうございました。今すぐ、リュカ君を呼んでくるね」

と部屋を飛び出して行った。
まだ、正気に戻りきれていない頭で、ぼぅっとしていると、彼女がさっきまで何かを書き込んでいた赤い革表紙の手帳が何となく目に入った。その横には羽ペンがインク壺にささったまま筆先がどっぷりと浸かっている。

「大丈夫だった!?宿で揉め事があったって聞いて慌てて戻ってきたら、トキマが倒れてて・・・山賊は引き上げて行ったみたいだよ」

リュカが笑顔で入ってくる。半ば楽しそうに見えるのは気のせいか。

「あ!あとトキマの言ったとおり、今日街に出て、色んな発見があったんだ!」

と、自らのバッグから紙切れを数枚取り出すと、

「ほら!これ!!福引券って言うんだって。ここの宿で福引っていうのをさせてくれるんだって。それから、灯台にも行ったんだけど、セントベレスが間近に見える『望遠鏡』っていうのがあったんだよ!!」

「・・・・・・・。それで?」

「えっと・・・あとは、教会の地下に銀行があったよ。それから、ポートセルミの次期特産品候補?だったかな。これ、『ボトルシップ』って言うんだ」

こいつは、俺が必死の戦闘を繰り広げていた最中に観光をして回っていたらしい。リュカらしいと言えばリュカらしいが、今回ばかりは苛立ちを抑えることはできなかった。

「一日かけて、観光して回ってたのか?天空の勇者の手掛かりを探しに出かけたんじゃないのかよ!おかげでこっちは散々な目にあったんだ!!だいたい何がボトルシップだ!また無駄遣いして、旅費が足りなくなったらどうするんだッ!!」

俺の声に気づいたのか、ユイが部屋に飛び込んできた。
ゆっくりとベットに近づいてきた彼女は、険悪なムードの中、その口を開く。

「トキマさんには助けてもらって、ありがたいと思ってる。でもそんな言い方ないんじゃない!?リュカ君だって一生懸命、薬草を買ってきてくれたり、ロビーの片づけをしてくれたりしたのよ!あなたに回復魔法をかけてくれたのだってリュカ君なんだから!!」

直接戦ってボロボロになった俺よりも、事後処理に奔走したリュカを持ち上げることに納得がいかなかった。しかも、いつの間にかリュカが君づけで呼ばれていることにまで苛立ちを抱いている。今まで、こんな下らない事に苛立ちを覚えることはなかったのに。

「いいんです。街中を見て回っていただけの僕より、トキマの方がずっと勇敢なんです」

と制止に入るリュカ。このお利口さんな態度にも我慢が出来ないほど、俺は何かに心をチクチクとつままれていた。

「夕食はここに運んでこようか?」

リュカは至って普通にそう聞いて来た。

「・・・いや、下まで行くよ」

そう答えるのが精一杯だった。
リュカ達が出て行ってから、静まりかえった部屋に一人残されて、自分の態度にまで腹が立つ始末。一体、どうしたというのか。これほど自分の感情をコントロールできなくなったことはなかったというのに。この世界に飛ばされて来た時でさえ、維持できていた自分の感情が、ここにきて制御不能になっている。



 小腹がすいたので、引き籠るのをやめて、部屋を出る。置きっ放しにされているユイの手帳も返さなければならないし、顔を合わせ辛いが正直に謝ろうとロビーへの階段を下っていく。ロビーは閑散としていて、ロビーの片隅のバーがほんのりとロビー全体に暖かい雰囲気を送り込んでいるような、そんな感じがした。この人の少なさからするとすでに日付が変わっているのだろう。そういえば、ここのバーは翌朝の教会の鐘の音と共に閉まり、夕方の鐘の音で開くのだと、昨日教えてもらったのを思い出した。
バーのカウンターに座ると、マスターが笑顔で水を差しだしてくれる。水の出されたコースターには、『今朝はありがとうございました』と文字が書かれている。それに気づきパッと顔を上げると、再びニッコリと頷いてバックルームに下がって行った。
コースターを眺めながらチビチビと一人で水を飲んでいると、

「横、いい?」

とユイが隣に腰掛ける。肩まで伸びた漆黒の髪が左右に揺れ、その透き通った声がロビーに立ち込めている邪気を払う。整った目鼻立ちに幼さと大人っぽさが交互に見え隠れするユイの力でロビー全体が昼間の木漏れ日の明るさを取り戻したような、荒野に降り立った女神のような、そんな印象を受けた。

「さっきはごめんね。ちょっと言い過ぎたかも・・・。あなたには、本当に感謝してるの。あんな風に助けられたの初めてだったし・・・」

すらりと伸びた綺麗な指をカウンターの上で組むと、

「おじさーん!私にも同じのちょうだーい!」

とバックルームへと叫んでいる。

「同じのって、これ水ですよ?」

そう俺が言うと、天使のような顔で微笑み、

「いーの。仲直りの印なんだから」

いたずらっぽく笑う彼女を見て、『あぁ、何処となくルリに似てるんだなぁ』と場違いな感想を抱いたりもした。

すると先程のマスターが水の入ったグラスを持って現れ、

「よろしければ何かお作りしましょうか?」

とその穏やかな表情を俺に向けてそう聞いて来た。

「じゃぁ、私『ビバグレイプ』ね」

すかさずユイが横から割り込んで注文をする。

「あはは。ユイちゃん、好きだよねぇ。ビバグレイプ」

マスターは、薄く透明感のある紫色の飲み物をユイに差出し、あなたは?という視線を送ってくる。俺は絶対に無いと思いながらも、心のどこかではあって欲しい願い、オラクルベリーで断られた幻のメニューを口にした。

「ウーロン茶、ありますか?」

一瞬、マスターの動きが止まり、すみませんねといった申し訳なさそうな表情で

「私はマスター歴は長いですが、そんな飲み物は聞いたことないですねぇ」

と案の定、戸惑いを見せている。その時、一瞬、ユイの動きが止まり、

「ねぇ、それどこで飲んだの?」

と尋ねてきた。こういう時の誤魔化し方は巧くなったと自分でも思う。

「昔、船旅をしていた時に、旅の商人から飲ませてもらったんです」

そう説明をすると、少し寂しそうな顔で頷いてくれた。
代わりにと言ってはなんですが、とマスターはオレンジジュースを差し出してきた。
またもやオレンジジュースかと思いながらも、ユイとグラスを軽くタッチしあい杯を交わす。一口で飲み干そうと胃に流し込んだとたん、アルコールの香りが口の中に充満し、ゴホッゴホッとむせる俺にマスターはおしぼりらしきタオルを差し出してくれた。

「こ、これオレンジジュースじゃないんですか?」

涙目で訴えると、マスターは

「中々、面白い事を言いますね。ジュースなんて大人に出すわけないじゃないですか。それは『オレンジェール』というれっきとしたお酒ですよ」

と微笑んでいる。

「あっ!そうだ。手帳返そうと思ってたんだ」

危うく本来の目的を見失うところであった。
鞄から取り出して彼女に渡すと、

「中身見た?」

問い詰めるような、それでいてその結果はどうでもいいというような、妙な質問の仕方をしてきた。

「全然、見てないよ。頭打ってて、そんな余裕なかったし」

「うふふふ。いいのよ。多分、見たって分からないと思うから」

そんな風に言われると見てみたくなるのが人間の心理ってやつだ。

「そうなのかい?じゃぁ、私にも見せてくれないか?」

マスターは興味津津といった感じでユイから手帳を受け取ってしばらくパラパラと眺めていたが、

「本当にそうですね・・・。これはなんて書いてあるんだい?難しい記号が並んでいるんだが」

と眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
何が書いてあるのかと、俺も手帳を受け取ってパラパラと眺めてみる。

『現代国文学演習レポート提出期限日』

『3/2 美容院予約 11:00~』

『前期実用英語試験予備日』

『4/13 お父さんの誕生日!!』

実に普通の事が所々に書き込まれている。
内容のレイアウトから言って、ただのスケジュール帳+メモ帳だろう。

「ね?見ても意味が分からなかったでしょ?」

吸い込まれそうなくらい凛とした瞳で俺を見つめて問いかけてくる。
だいたい他人のスケジュール帳なんて本人以外には意味のないものだろうし、そこから意味を汲み取れと言われても、それは無理な話である。

「俺には何とも言えないけど・・・」

と正直な感想を言ったつもりだったが、

「なぁんだ・・・もっと不思議そうな顔するかと思ったのに――――」

甚だ残念そうにしているユイだったが、その真意がよく分からなかった。天然の不思議ちゃんなんだろうか。しかし、その割にはしっかりとしているし、言葉の端々にもそんな影は見当たらない。そうか、きっと俺の飲んだ『オレンジェール』が強烈過ぎたのかと結論を出し、

「今日はありがとうございました」

とマスターにお礼を言うと、

「最近の旅人はマナーがなってなくてね。それにこういう都会はゴミゴミとしているし・・・。ここを辞めて、どこか静かな村で酒場を開こうかとも思っていたんだが、君のおかげでここでマスターをやっていくのも悪くないかも知れないと思えたんだ。それにユイちゃんも助けてもらったのでね」

人の暖かみを普段実感することなんてあまりないかもしれないが、こういう心が弱っている時の優しさは骨の髄にまで浸み渡っていく。マスターは伝票をクルクルと巻いて自分の胸ポケットにしまうと

「今日は私の奢りです」

と微笑んでみせた。

「じゃぁ、私もそろそろ寝ようかな。おやすみなさい」

俺は二階の自室を目指し、ユイは従業員用の自室へと戻っていく。
二階から、ふと下を見るとマスターがグラスを拭いているのが見えた。というより、リュカの部屋の前から少しでも目を離したかったのかもしれない。だが、気になってゆっくりとリュカの部屋を開けてみる。くぅくぅと気持ちよさそうに眠っているのを見届けて、自分の部屋に戻る。その夜、何故か久しぶりに日本にいたころの夢を見たのであった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十一話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/26 21:15

 翌朝、鐘の音で目が覚めた俺は、オレンジュールの影響がこれっぽっちもないことを確認すると、朝食を取るべくロビーへと下りた。昨日の騒ぎが嘘のように、ロビーは整っていて、一つのテーブルに数人ずつ腰掛ける客に交じり、リュカが一人でテーブルに着いている。

「昨日はゴメン。でも今日こそは、天空の勇者探しに行くからな?」

「その前に福引していい?」

こういう全く根に持ってくれないところは非常に助かる。というよりも、助けられてばかりなのだが。そうこうしていると朝食の後片付けに女将さんがテーブルに近寄ってくる。

「アンタ達に頼みたいことがあるんだよ。聞いてくれるかい?」

頼みを聞くとも、聞かないとも返事をしないうちに、内緒話をするかのように声のトーンを落として話し始める女将さん。

「あの娘を、ユイを連れて行ってほしいんだよ。あんたたちがいなくなって、また奴らが来たら今度こそ連れて行かれちまうに決まってるからね。旅人さんにこんなことを頼むのも筋違いなんだけど・・・」

「俺達はいいですけど、ユイさんには確認を取ったんですか?」

俺までつられて小声で応答してしまう。

「・・・・・・あの娘は二ヵ月程前にここに連れてこられたんだ。正確にはアタシが買ったっていう事になるんだろうけど。あの娘は旅の商人に拾われて、酷い扱いを受けていたのを私が商人と話し合って解放してもらったんだよ。それ以来、何度も『家に帰りな』って言ってるんだけど、助けてもらったのに勝手なことはできないって頑なに拒むんだよ」

俺と同じような身の上であることを聞かされて驚いた。リュカを見ると女将さんの話を食い入るように聞いている。

「何度かあの娘の街の場所を聞いたんだけど・・・全然聞いたことがない所だったんでねぇ。どうしようかと思ってたんだが、アンタ達を見てピンと来たんだ。あの娘を家まで送っていってくれないかい?商人は旅の途中に助けてやったなんて言ってたけど、本当は家を助けるために売られて来たんじゃないか、とアタシは踏んでるの」

女将さんが話終えるか終えないかという時に、二階からシーツを両手いっぱいに持ったユイが下りて来た。

「アタシが話をつけてくるから、ここを動くんじゃないよ」

そう言い残して、階段の踊り場でシーツを抱えたままのユイと話し始めた。
ここからでは、やりとりは聞こえないが、返事はNOなんだと分かるくらいに二人の身振りは大きい。

しばらくして、女将さんが戻ってきた。

「今から、出発の準備をさせるから少し待っててやってね・・・。
さぁ、アタシは今日の仕込みがあるんだったよ!」

と強がっているのが見え見えだ。ユイも拒んでいるんだし、このままここで暮らしていくのもアリだろうとも思ったが、女将さんの表情から察するに、ここにいさせるわけにはいかないと感じているのだろう。
自らの荷物を持って、奥から足取りの重そうなユイが現われた。

「さぁ、トキマさん達とお行きな。でも寂しくなったら、たまにはここに戻ってきておくれ。今度は・・・客として来るんだよ!」

涙ぐみながら別れを告げる女将さんを涙ナシには見ていられなかった。

「今まで短かったけど、ありがとう・・・お母さん」

ユイは静かにそう告げると、女将さんは一気に泣き崩れた。
泣き崩れる女将さんの肩をそっと抱いて、こちらに振り向くと

「これからよろしくね。リュカ君、トキマさん」

頬をつたう雫を拭おうともせずに、優しく微笑みかけてくれる。


宿での一幕は、リュカよりも切り替えの早い女将さんによって早々に閉じられることになった。

「さぁ、そんなところで辛気臭い顔をされたんじゃ商売にならないよ」

と笑顔で追い出されたのである。
宿を出ると、先日の農夫が入口の前で待ち伏せをしていた。

「アンタにお願ぇがあるんだけろ。どうか、カボチ村さ来て化け猫を退治してくんろ!!」

すごい剣幕でにじり寄って来る農夫は声もデカく、おまけに唾がガンガン飛んでくる。

「ここに前金の1500Gがあるだよ。引き受けてくんろ!!」

グイッとじゃらじゃら音のする革袋を押し付けられて返答に困る俺を、二人は微笑ましそうに眺めている。いい加減に目で助けを求めると、

「分かりました。カボチ村ですね?それくらい引き受けますよ」

とリュカが簡単にOKしてしまった。

「ありがてぇ!オラはアンタ方を信じて金さ、渡したんだ。必ずカ・ボ・チ・村に来ておくんなせぇよ!もし、化け猫を退治できたら残りの1500Gさ、お渡ししますだ」

 一方的に言いたいことをぶちまけて、走り去っていく農夫。
まぁ、合計で3000Gも貰えるならこれ程おいしい話はない。カボチ村という田舎で伝説の勇者が隠遁生活を送っている可能性は限りなく0に近く、単なる人助け&旅費の捻出で終わりそうだ。


 勢いで引き受けるなどと言ったものの、ポートセルミで聞くところによると、カボチ村までは馬車で三日もかかるという。あの農夫は一体ここまでどうやってきたのだろうか。新しく加わったユイを危険な目に合わせるわけにはいかなかったが、本人も了承してくれたので、一路、南のカボチ村を目指す。馬車内では恒例の自己紹介タイムも過ぎ、段々と込み入った話へと変わっていく。そうそう、ユイは魔物使いの旅芸人兼商人の一座に拾われたため、魔物にはそれほど抵抗はないようだ。しかし、人語を解するものもいることは知らなかったらしい。そして、一番の年長者としてパーティに君臨し続けた俺の栄光もここまでだった。ユイは19歳だそうだ。

「私が一番上なの!?てっきりトキマさんかと・・・」

「ユイさんが一番上なんだから、もうトキマ『さん』はナシですよ。普通にトキマでいいです」

「じゃぁ、私もユイでいいわ。何か一人だけそんな風に呼ばれると、私がおばさんみたいじゃない。それに『トキマ』とは一つしか違わないのよ?」

そんなやり取りから、徐々にユイの故郷について話は移っていった。

「女将さんがユイさんのいた街は随分と遠いらしいけど、どの辺にあるとか分からないの?」

リュカが地図を広げてみせながらユイに尋ねた。

「分からないの・・・。でも海に囲まれて、とてもいい所よ」

ユイの話を聞きながら、後ろでパトリシアが進むたびにカタカタと揺れ続けるサイモンが気になってしょうがない。

「ちょっとどうでもいいことなんだけどさ・・・この馬車の中も人が増えてきたからリフォームしないといけないよね」

と俺は本当にどうでもいいこと切り出した。

「り・・・ほーむ?」

またしても通じなかったか。

「あ、あぁ。言ってみれば改造・・・みたいなものかな?」

ユイの視線が痛い。大事な話の腰を折ったのだ。それも当然か。

「そっか・・・そうだね」

面目ないことに、このまま話はどんどんと脇道に逸れていった。
以下が、本日の雑談で決まった決定事項だ。

・ユイは野宿の際は馬車で寝ること。
・カボチ村の化け猫退治が終わったら、ユイの歓迎会+祝賀会をあげること。
・化け猫退治終了後、誰かがピエールの手合わせにつきあう事。(ポートセルミでのこともあって今回は俺から志願しようと思っている)

そして唯一、全会一致で決まったのは、サイモンには御者台に移動してもらう事だ。
パトリシアは行く先を告げると、きちんとその通りに進んでくれるので、夜通し移動してもらっても問題はないのだが、馬車の広さ的にも、安全面でも御者台に絶えず鎧姿の男が座っていてくれると安心だ。サイモンは魂だけ抜けだすということもできる為、誰にとってもこの案はかなり都合のいいものだった。


 結局、どのくらいカボチ村に近づいたのか誰も分からないまま。一日目は過ぎていった。
しかし、二日目、三日目と過ぎてもカボチ村に着く気配はなかったのである。そして、四日目の昼過ぎに、不自然に口を開けた洞窟が目の前に現れた。

「この中がカボチ村なのかな?」

そんな訳ないだろう!!と突っ込みを入れたいところだが、すでに突入準備を整えたリュカを止めることはできない。松明を持つリュカを先頭に、サイモン、俺、ユイ、スラリンナイトが続く。洞窟と言っても、所々天井に穴が空き、陽の光が入ってくるため魔物さえ出なければ結構な観光スポットになりそうなほど幻想的であった。
しかし、内部はかなり複雑な構造になっているらしく、幻想的ではあれど、もう二度と来たくはない。どんどんと下に躊躇もなく下りていくリュカに半ば呆れながらも、右肩にずっとユイがしがみついているのは、嫌な気はしない。むしろ、男で良かったとも思える瞬間だ。下って行くにつれて、ゴォォォォッという唸り声のような、風の悪戯のような、人をとても不安にする音を洞窟全体が奏でている。さらに、珍しくついて来たサイモンの鎧の音も、その不安感を駆り立てるのには十分だった。どのくらい下りて来たころだったか、リュカの前方に陽の光が降りそそぐ広場のような場所が広がっている。上を見ると、大きな空洞がその空間から地上まで続いていて、ここでは松明の明かりなど必要はなさそうだ。広場の一番奥に、真紅の鬣(たてがみ)に黄金の毛を纏う一匹の獅子もとい虎が威嚇するように唸りながら、身構えている。

「おぉぉぉぉぉ、あれは『地獄の殺し屋』とまで呼ばれるキラーパンサーじゃ」

とサイモンが口にした。それを聞いているのか、いないのか

「キラーパンサー・・・あの毛並みの模様、プックルにそっくりだ・・・」

リュカはそう独り言のように呟くと、

「やっぱりプックルだよ!無事だったんだね!?僕だよ。リュカだ!忘れちゃったのかい!?」

無防備に近づいて行くリュカにその黄金の獅子が飛びかかる。
鋭い爪で、リュカの右肩を切り裂く。リュカは絶妙にかわし続けている。

「本当にプックルだ!その飛びかかり方、昔と全然変わってないよ」

楽しそうに広場で駆け回るリュカを、俺達は剣を抜いて見守っていたが、その必要もないと判断しかけた時だった。黄金の獅子はリュカからこちらへとターゲットを変えようと、後ろ足で踏ん張り方向を転換させる。上から降り注ぐ陽の光を反射し、その荘厳な風体に一層の迫力が増す。

「あのキラーパンサー、何か思い出そうとしているようです」

ピエールがそう呟いた。

「リュカ!何かそいつを完全に覚まさせる方法を知らないのか!?」

そう叫んでみると、獅子の前に仁王立ちのリュカは、

「そうか!リボンだ!!」

と腰の鞄をまさぐり始めた。その時、警戒していた獅子が勢いよくリュカの右腕をめがけ飛びかかる。

「あった!!」

リュカが声を上げるのと獅子の爪がリュカの右腕をとらえたのは、ほぼ同時だった。
赤い鮮血が宙に舞う。今まで日和見を決め込んでいたが、獅子の気を逸らすべく、刀を抜き直し、駆けようとした時、

「待って!」

と一部始終を見守っていたユイが俺の腕を掴む。意表を突かれ振り向くと、目で合図を送ってくる。その方向を見るとリュカが、大人しく座り込む獅子にリボンを結んでいるところだった。

「まさか、キラーパンサーまで手なずけるとは・・・いやはや、若いのぅ」

サイモンの発言はイマイチよくわからなかったが、あれほど暴れまわっていた獅子がこれほどまでに落ち着いているとは未だに信じられない。自らが切り裂いたリュカの腕を今ではペロペロと舐め回し、喉を鳴らしながらじゃれついている。

「さぁ、プックル。ここにいるのが僕の友達だよ」

その友達には目もくれず、広場の奥に『ついて来い』とでも言いたげに走り去るプックルは藁を敷き詰めた地面に突き刺さった一振りの剣を眺めている。

「そ、それは・・・お父さんの・・・パパスの剣―――――。
プックルが守ってくれてたのか!」

がうっと一声。俺はプックルが『そうだ』と返事を返したように聞こえた。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十二話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/10/28 00:02
 リュカの昔馴染みを旅に巻き込んでしまった俺達は、恐らくはカボチ村の人たちが指す化け猫とはプックルであろうと結論付けた。その事情を説明すべくプックルを先頭にカボチ村を目指したが、村に到着するなり、金の入った革袋を投げ付けられ、

「もうそんな化け猫を二度と連れて来ねぇでけろ!!」

と村を追い出された。事情を説明する間もなく、手に鍬や斧を持って集まってくる村人たちに押され、投げつけられた1500G頂いて、仕方無くいそいそと村を後にした。

「なんだよっ!プックルをとめたのはボクたちなのに!!」

スラリンはご立腹のようだが、村人の気持ちも分からなくはない。カボチの人も畑を荒らされたのは事実で、プックルが魔物である以上、理解してくれなどと言えるはずもなかった。


 その日の夜は、みんなで盛大に盛り上がった。
全員で火を囲んで、今後の方針を話し合う。この時の食べ物や酒の類はカボチの村から少し東に進んだ海岸沿いにある漁村『ニボシ村』で調達したのである。

「なんかこうやって皆で火を囲むのって、キャンプファイアーみたいでいいよね」

と酒が混じりつい口走ってしまった。

「かんぷファイア?トキマってたまに、おまじないみたいなこと言うよね」

とリュカはプックルに寄り掛かり、頭をなでながら、そんなことを言ってきた。

「い、いやぁ!別にそんなことないけど?」

そんな会話を聞いているのも今はリュカだけだろう。
他の皆は、酒に酔いピンクを通り越して、赤くなり始めたスラリンの魔物のダンスを楽しんでいる。
このところ、スラリンの飲酒傾向が過激になっているのが少し心配だ。



 そんな楽しい夜の宴会も中央の火が燻(くすぶ)り始めたころにはフィナーレを通り越して、就寝を迎えた。
しかし、どうにも寝付けなかった俺は海でも見に行こうかと、皆を起こさないようにゆっくりと立ち上がった。すると、後ろからユイに肩を叩かれ、

「ちょっと散歩しない?話したいことがあるの」

夜風にその鈴のような声が乗って、一層澄んで聞こえる。
近くの海が見渡せる丘があることを事前に調べていた俺は、ユイと歩きながらそっちの方へと誘導する。丘の上はまさに絶景と言うに相応しかった。空には無数の星が輝き、三日月が水面に映り、丘を駆け抜ける風が草木を揺らす。

「はい、これ」

ユイは水の入った木の筒を2本取り出すと、その内の1本を俺に差し出した。

「ありがとう」

と礼を言ったものの、それから沈黙。以前にもこんなことをルリとしたことがあったが、あの時と比べ今回はかなり空気が重く感じるのは酒を飲み過ぎたせいなのだろうか。ユイは話があると言っておきつつも口を開く気配はない。何か話かけなければという、気持ちだけが前に出て何を話していいのか見当もつかない。しかし、気がつけば自然と口が開いていた。

「お父さんの誕生日、4/13日なんだね。俺の親父は3/13日が誕生日だったんだ。丁度、1か月違うとか偶然にしても出来過ぎてるよな」

全くどうでもいい話をふる。

「え!?何で知ってるの!?」

意外にも食いついて来たのかと思いきや、何で知ってるかと来ましたか。

「この前、手帳見せてもらった時にそう書いてあったから・・・。ごめん!プライベートまで見られたくなかったよね―――」

他人のプライベートにズカズカと踏み込むなんて最低ではないか。ヘンリーにも『女を口説くときはデリカシーが大事なんだ』と散々教えてもらっていたのに。

「前から気になってたの。ウーロン茶、どこで飲んだの?」

「い、いや、あれは旅の――――」

「本当に!?私は本当のことが知りたいの!!お願い、本当のことを教えて」

本当の事を話すわけにもいかず、かといってこの場をどう切り抜ければいいというのか。

「リフォーム、キャンプファイアー、何でこんな言葉を知ってたの?」

そんなに細かく覚えていたなんて。女は怖い。そう思い知らされた瞬間だった。

「私の手帳の文字が読めたのは何故?」

次々と言葉を畳み掛けてくるユイ。その言葉に素直に従って、自分がやってきたことを丁寧に思い出す。酒場のマスターは何て言っていたっけ・・・・。

『これはなんて書いてあるんだい?難しい記号が並んでいるんだが』

体中に激震が走る。意識せずに行動していたので、ユイにそう言われるまで自分が何をしたのかすら思い出せなかった。確か、あれは漢字で書かれていたはずだ。

「お願い・・・教えて・・・・・・」

声を震わせながら聞いてくる彼女に圧され、

「・・・ウーロン茶は俺が前にいた街では普通に飲まれてたんだ。隠すつもりはなかったんだけど、旅先で飲んだって言った方が聞こえがいいだろ?」

最大限、親切に答えたつもりだ。口が裂けても知らない世界から飛んできましたなどと言えるわけがない。
しかし、ユイは何故、急にこんなことを聞いてくるのか。そんな時、宿の女将さんが言っていた言葉が偶然、思考の網に引っ掛かった。

『・・・・・・あの娘は二ヵ月程前にここに連れてこられたんだよ。正確にはアタシが買ったっていう事になるんだろうけど。あの娘は旅の商人に拾われて、酷い扱いを受けていたのを私が商人と話し合って解放してもらったんだ。それ以来、何度も『家に帰りな』って言ってるんだけど、助けてもらったのに勝手なことはできないって頑なに拒むんだよ』

同じ身の上だと同情したあの時だ。俺がこっちの世界に飛ばされてきたのがちょうど2ヵ月前。ユイも同時期に売られてきたという。手帳に書いてあった漢字や、妙にウーロン茶やリフォームといった言葉に執着する態度。『もしかして』と『まさか』がグルグルと頭の中を回っている。

「じゃぁ、リフォームやキャンプファイアーは?リュカ君は知らなかったのに、何でトキマだけが知ってたの?」

的確に痛いところだけを突いてくる。

「あ、あいつは十年も奴隷生活をやってたって、この前聞いただろ?あんまり世間の常識とか言葉とか知らないんだよ」

なぜ、こんなにも緊張せねばならないのか。このまま真実を話して楽になった方がどれだけ楽であろうか。しかし、ユイは俺に考える時間をくれはしなかった。

「そっか・・・じゃぁ、最後に聞くけど、私の手帳の文字は?」

もう逃げられない。その時、俺の頭が一つの活路を見出した。逆に質問を返せば良いのだ。

『どうしてそんな文字を知っているのか』と――――――。

その台詞が舌の根元まで出かかった時、

「あ!そうだちょっと待って!!」

何かをひらめいたのか、俺の言葉を封じ込め、何かを取り出してみせる。

「いい?今から見せるものを知っていたら、隠さずに教えて」

興奮気味にそう確認してくるユイ。

「分かった。もう何も隠さないよ」

そう言いながらも、どうやって異世界からきたことを誤魔化そうかと必死に考えている自分がいる。

「はい・・・。どう?見たことない!?」

ゆっくりと開くユイの手の平には赤いスライド式の携帯電話が乗っている。天と地が逆さになるような衝撃を受けた俺は、しばらく声を出すことができなかった。

「やっぱり、見たこと無い?」

ユイの手のひらに乗っているのは明らかに携帯電話だ。暗くて細部の特徴までは分からないが、『docodemo』のロゴが月明かりに照らされて薄らと光っている。
日本では、大きなヘッドホンを着けたリスと黒い犬が出てくるCMでお馴染みの大手企業である。

「!!!!!!!」

永遠とも言える時間が経ったような気がした。

「マジで!?それ・・・携帯じゃ・・?しかも『docodemo』・・・。俺もdocodemo使ってるんだ!今は持ってないけど。馬車に戻れば――――――」

まだ喋り終わっていないにもかかわらず、言葉を重ねてくる。

「やっぱりっ!私・・・私、なんて言ったらいいか・・・」

心臓を鷲掴みされたように、胸のあたりが熱い。その鼓動は速いなんてものじゃない。
大きく早く脈動し、走ってもいないのに息切れしそうである。

「もしかして・・・日本人?」

まだ疑ってかかる俺にユイはその目を細めながら、

「そうよ!日本人よ!!じゃないと『誕生日』なんて字書けるわけないでしょ!!ウーロン茶なんて・・・『日本人』じゃないと知ってるわけないじゃない!!」

驚愕と喜びのあまり、抱き合って騒ぎまくる俺達。
お互いに目が合うと、よそよそしく距離を取り、今までの数秒間をなかったことにする。

「もう!素直に話してって言ったのに・・・何でウーロン茶のこと正直に話してくれなかったの?」

「日本で飲んだ、なんて言っても分からないと思ったからだよ。第一、知らない世界から
ある日突然やって来ましたなんて言えるわけないし」

「トキマがきちんと話してくれたら、携帯なんて出す必要なかったのに・・・。結構、勇気がいったのよ、携帯出すの」

言動は拗ねているようだが、顔は笑顔のまま話すユイの横顔を月がほのかに照らす。

ここから先は、雪崩のように次々と縺れていた糸が解けていった。



 「ホウジョウってポートセルミで自己紹介されたでしょ?あの時から、もしかしたら何かあるんじゃないかって思ってたの。でも日本から来たなんて言ってもだれも信じてくれないし・・・。けど良かった。何だか、今までのわだかまりが全て流れていった感じ」

遠すぎる異世界で出会った唯一の日本人。その存在は、俺の心の中にとてつもなく大きな
自信を生み、また、大きな存在になりかけている。

「あのさ、ユイは何て言う名字なの?」

「まだ言ってなかったっけ?武田結(タケダ・ユイ)よ」

満点に輝く星の下でお互いの状況を説明する。絶えず波の音は一定のリズムを保って心地よいサウンドを響かせている。

「俺は、大学にいたんだ。入学初期ガイダンスが終わってからウロウロしてたら、図書館に迷い込んだんだけど・・・そこで変な本を開いちゃってさ・・・」

「え?嘘!?私も大学にいたのよ。しかも図書室に。去年お世話になった私のゼミの先生がガーデニングが趣味だったの。それで資料を取ってきてくれって頼まれたから、春休みなのに学校に行ってたの・・・」

「へぇ・・・案外、同じ大学とかだったりして」

冗談半分でそんなことを言うと、

「そこまで一緒なら逆に凄いけど・・・。で、どこの大学なの?」

ユイはあるはずもないと高を括っているようだった。ただ、お互いの中には、大方同じ気持ちを抱いていたに違いない。

「首都大学だけど?」

「私も!」

気持ち良く最後の最後、枝葉末節まで全て同じ。


「とりあえず乾杯な」

「そうね・・・乾杯ね!」

木の筒をカツンと鳴らし、一気に飲み干す。今まで、体の中に溜まっていた全ての黒い塊が清らかな水と共に腹の底へ沈んで行く。もう2度と湧きあがって来ることの無いことを願い、夜明けを迎えるまで、尽きる気配もなく語り合った。




 今はとりあえず北へと進路を取っている。久しぶりに心から清々しい朝を迎えられたような気がした。

「今からどこへ行く?トキマは何か良い考え、無い?」

リュカはパトリシアの横を歩きながら後ろを振り返り、馬車の屋根の上でリフォームに精を出していた俺にそう尋ねた。

「行く当ても無いしなぁ・・・とりあえずポートセルミに戻るしかないんじゃないか?」

ユイが御者台から体を乗り出すようにして、

「ポートセルミから西に進んだところにルラフェンっていう町があるの。とりあえずそこを目指してみるのはどう?」

と声をかけてきた。

「そっかぁ!じゃあ、そうしようか。パトリシア、ルラフェンまで頼んだよ」

タクシーの運転手に頼むかのような適当な言い草のリュカだが、パトリシアは実際にそこまで自力でどうにかしてしまう。初めて、こっちの大陸に渡ったというのに、的確にたどり着くパトリシアには脱帽ものだ。遥かにポートセルミの街並みが見えているのをバックに一路、西へと進路を変える。この日の夕方には馬車の屋根の補強は終了し、人が一人乗って暴れてもビクともしないくらいの強度を誇るようになった。早速、馬車内の荷物、特にテントや使わなくなった装備品を優先的に屋根に積み上げていき、車内はかなりのスペースを作り出している。これぞ、匠の技だ。

「お疲れ様!」

ユイは屋根から下りてきた俺にタオルをさりげなく渡してくれる。

「あのお二人はいい感じじゃのぅ・・・」

リュカの横に半透明な紳士が立つ。今はスラリンナイトもプックルもリュカの傍らに集まっており、皆の視線の先にはユイと俺がいるのだろう。

「ねぇねぇ、きょうのアサからあのふたり、おかしいよね?」

スラリンがリュカを見上げそんな事を言い出した。

「あまり、余計なことはしてはいけませんよ。仲が良い事に越したことはないのですから」

ピエールが下にいるスラリンに忠告を促す。

「若いのぅ・・・」

微笑ましそうに、宙に浮く半透明なサイモンが感傷に浸っている。ただし、本体は御者台に堂々と座し、正面を見据えている。

「リュカ、こんなもんでいい?って皆でそんな所に集まって何してるんだよ!?」

馬車内の整理が大方終了し、外を見ると、サイモン以外がリュカの周りに集結し、こちらを見つめていた。

「いや、何でもないよ。トキマが終わるまで皆で待ってただけ」

リュカにしては珍しく含んだ笑みを見せる。こんな風に、のどかな時間がゆっくりと過ぎていった。野宿の際には、全員で協力して夕食を作り、雨が降れば馬車の中に避難して各々の作業を開始する。リュカは道具整理、ピエールと俺は武器の手入れ。手入れの仕方はピエールに教わって、今では刃物の手入れはピエールも認めてくれるほど上達した。ユイはスラリンにねだられて、ラインハットで貰ったシーツをスラリンが羽織ることができるようにと裁縫している。そうこうして一週間が過ぎてもまだ、ルラフェンには到着しなかった。

「明日までに到着しないと、食料が危ないかも・・・。リュカ君、ちょっと地図見せてくれない?」

ユイは積極的に日々の仕事を手伝ってくれている。俺も、スラリンナイトやリュカと相談しながら馬車の補強・改修・改造を進めていった。幾つもの森を抜け、村を通り過ぎ、旅人達とすれ違う。時には山から吹きおろされる冷たい風が俺達を包み込み、またある時は、照りつける太陽のもとスローダウンする俺達を嘲笑うかのように、トンビが空を舞う。
魔物の襲撃にも逢うようになってきた。サイモンが薙ぎ払い、スラリンナイトが斬りかかる。その後ろからリュカが真空呪文『バギ』を唱え、プックルが鋭い爪と黄金の肢体で駆け抜ける。大概の戦闘はそれで幕を閉じるのだ。それでも残った敵は俺が相手をするという慣習のようなものが出来上がりつつある。あまり、戦闘においてお荷物になるのは嫌なのだが、このパーティの中で一番下のランクに位置する俺には仕方のないことかもしれなかった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十三話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/03 01:43

 この日の午後。
いつもより早めに馬車を停め、野宿の準備を開始する。街道のすぐ脇は鬱蒼とした森が広がっていて、まだ日も出ているというのにかなり薄暗い。本日の宿泊はこの森と街道の丁度境目の予定だ。森の入口近くに小川が流れていることもあり、食料の調達を行うこととなった。十分な水を得て、次は本格的な食材の調達である。リュカとユイが近くに村がないかを探しに出かけ、残された俺達は、

「食べられる薬草をできるだけ探しておいてね。あと、商人が通りかかったら絶対に食料を買っておいてよ?」

とユイに言いつけられた。本当ならゆっくりするところだが、今日はそれはナシだ。

「ピエール、頼みがあるんだ・・・」

「どうかされましたか?」

「その・・・手合わせ、してくれないか?」

今まで逃げ続けてきたが『山賊ウルフ』の一件以来、いつかは切り出そうと思ってはいた。
リュカもユイもいない今が絶好のチャンスだろう。

「最早、諦めかけていましたが・・・やっとその気になっていただけたのですね。
今度はあの時のように上手くいくとは思わないで下さい」

ピエールは馬車の中に眠っていた棒を二本持って俺の前に歩み出る。

「この時のために、密かに拾って私が調整してきたものです」

ほど良い長さに握りやすい太さ、なるほど、手合わせには絶好の代物である。

「それでは、先に一本取った方が勝者、このルールでいきたいと思います」

「あ、あぁ。分かったよ」

足もとの雑草が落ち着きなく、互いに摩擦しあう音を立てながらゆっくりと揺れている。

「おぉぉぉぉぉ。それではワシが判定に入ってやろう」

俺達のやり取りを聞いていたらしいサイモンの突然の申し出により、全ての用意が整った。
ちなみにスラリンはピエールの足元にいる。

「それでは・・・よぉい、始め!」

威勢のいいサイモンの掛け声とともに、運命の手合わせが開始された。
一気に間合いを詰めてきたかと思うと、右から左、上段から下段へと連続して打ちかかってくるピエール。それを目で追いながら必死に合わせ何とか体勢を保つ俺。ピエールの動きにはキレがあり、無駄なく繰り出される一手一手を辛うじて受け止めることしかできない。

「は、速い・・・」

木と木のぶつかり合う乾いた音が森へと響き渡っていく。合わせること十数合。急にバックステップを踏み後ろへと間合いを空けたピエールに一瞬の隙が生まれた。その好機に上段から打ちかかろうと振りかぶる俺の無防備な脇を痛烈な一撃が襲う。

「うっ・・・!」

「お見事!勝者、ピエール」

サイモンの分かりきった判定が下される。ピエールはゆっくりと窺うように近づいてくるとその手を差し伸べてくれた。

「ピエール、オラクルベリーで戦った時と全然違うよ・・・。こんなに早く動けるなんて・・・」

「少々厳しい事を言うようですが、トキマ殿が成長されてないだけだと思います」

ピエールの一言一言が胸に染みる。

「ワシはトキマ殿が戦われるところを見たことがなかったが、これではマズかろぅ。
基本は大体できておると見受けられる。しかし、実戦は基本だけではどうにもなりませんぞ?まず、剣は鉈や斧の様に振り下ろすものではござらぬ」

「だいじょうぶだよ!トキマができなくてもボクたちがやったげるからさ!!」

ピエールの足がスラリンに『それ以上喋るな』の合図を送る。

「じゃぁ・・・どうすれば・・・?」

力なくうなだれる俺に、サイモンは心配するなとでも言いたげに肩をポンポンと叩きながら分析の結果を告げる。

「目で相手の太刀筋を追いながらあれほど反応できたのじゃ。受けについてはさほど問題はなさそうじゃが・・・」

「問題は、攻めについてですね」

ピエールが横からサイモンの言葉にかぶせて、そう切り出した。

「ここからは私の持論ですが、剣には大まかに三種の攻めがあります。斬撃、突き、払いの三つです。特にトキマ殿の持たれている刀は、剣とは違って繊細な太刀捌きが要求される、言わば剣術の集大成を飾るものであると思いますが・・・剣士殿のご意見は?」

剣士殿というのはどうやらサイモンのことらしい。

「ピエールの見立て通りで間違いなかろう。おぉぉぉぉぉ、そうじゃ。
良い事を思いついた。トキマ殿、その棒でワシに斬りかかって参られよ」

「え・・・でも、そんなことをすれば・・・」

「気にせんでもいいのです。ワシはこの通り、こちら側から見ておりますゆえ」

半透明の老紳士と化したサイモンが俺の真横でフワフワと漂っている。
そういうことが言いたかったのではないが、言われたとおりずっしりと大地に立つサイモンの抜け殻に全力で打ちかかる。

「喝ぁぁぁつ!!」

突然上げたサイモンの声に驚いて慌てて後ろを振り返る。今まで、紳士的な物腰の柔らかい性格であると思っていたのだが・・・。

「さっきも申しました通り、それでは鉈や斧を使われた方がいいかと。『振り下ろす』のではなく『斬りかかる』のですぞ」

その後もサイモンの喝は幾度もなく続いた。

「うぅむ・・・なぜ振り下ろそうとするのじゃ?斬りかかれとあれ程申しておろうに・・・」

「面目ありません・・・。斬りかかるのと振り下ろすのと違いがよく分からなくて」

「剣士殿、徐々に慣れていくのが一番かと・・・」

ピエールは仕方がないといった感じで見守ってくれている。

「分かり申した・・・。では、気持ちを改め、今度はワシと一勝負いかがかな?」

もうこの際、誰とやっても負けるのは明らかだが、逃げるのだけは止めにしようと決めたのだ。快く、サイモンの申し出を受けることにする。棒をピエールから受け取ったサイモンは早速、本体へと乗り移り俺の正面へ。

「じゃぁ、あいずはボクがやるね!!」

きっと合図の号令をかけてみたかったのだろう。サイモンが移動するのとほぼ同時にスラリンがそう叫んだ。
そのとなりでは、プックルが暇そうに喉を鳴らし眠っている。

「よーい、はじめっ!!」

スラリンの号令と共に、サイモンがゆっくりと、その手に収まった棒を大きく上段に構え、突っ込んでくる。いつぞやの自分の戦闘情景が一瞬のうちに蘇った。上段から勢いよく振り下ろす斬撃。これを無意識のうちに繰り返してきたことが思い起こされる。

「隙だらけ・・・か」

ピエールは俺の癖を覚えていて、わざと一瞬後ろに引いたのだとこの時確信した。
サイモンは少し手前で小さく飛び上がり、覇気に包まれた鋼鉄の肢体が風を纏い勢いよく向かってくる。

『そうか・・・斬りかかるとはこういう事なのか』

サイモンの言っていたことが分かったような気がした。
上段に構え、大きく振りかぶっているにもかかわらず、隙が小さくコンパクトな形なのだ。サイモンに生まれた若干の隙をついて一気にこちらから間合いを詰め、棒を横に流し、両手で下から上に滑らかな角度で斬り上げる。俺の一撃は見事にサイモンの胴を捉え、

「いっぽん!トキマのかち!!」

スラリンの裁定が下る。鎧と棒の衝突でビリビリと痺れる手を庇いながらサイモンへと向き直ると、

「飛びかかる敵に上段から振り下ろすような愚行はおこさなんだで安心しもうした。
いやはや、もう少しモタつくと思っておりましたが、見事な太刀捌きでしたぞ」

と褒めてはくれているようだ。しかし、サイモンがノーダメージというのは少しだけ悔しいが仕方あるまい。

「あの時もそうでしたが、トキマ殿は時々、絶妙な一手を繰り出してくるのです」

ピエールは感心しきりといった感じである。

「どうですかな?大体の勘はつかめましたかのぅ?」

「ええ、大体は。でも・・・飛びかかって来る相手限定ですが・・・」

段々と茜色に染まっていく空にみんなの笑い声が響き渡り、それに呼応するかのように眼前に大きく口を開けた森の中へ風が吸い込まれていく。



「どうしたの?やけに楽しそうだけど?」

リュカの声が聞こえ、ユイが麻袋を抱えて戻ってきたのは、そんな時だった。

「あぁ、ちょっとね。どうだった?食料は調達できた?」

「ええ、ばっちりよ。ただ・・・予定よりちょっと多く使っちゃったけど・・・」

「はやくぅ!もうボク、おなかがすきすぎてしにそうだよぅ!!」

大袈裟に騒ぐスラリンに笑顔を返事として馬車の中に消えるユイをスラリンナイトが追い、
そんな光景を見つめるリュカの元にプックルが駆け寄っていく。こうしてまた、太陽と月がゆっくりとその立場を変えようとしていた。




・あとがき
書き溜めていたものに、皆様のアドバイスを基に若干の修正を入れて投稿してみました。修正なので私の気がつかないちぐはぐな場所があるかもしれません。
一応、よく見直しているつもりではありますが・・・。何か気付いた点があれば、ご指摘・アドバイス・感想など気軽にお願いします。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十四話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/05 02:25
 
 朝靄(あさもや)がかかり、太陽が遠くの山肌からその姿を現し始める頃、珍しく早朝の起床を迎えた。まだ誰も起きていないことを確認すると、木に寄り掛かって眠っているピエールをこっそりと起こす。

「ピエール・・・ちょっと起きれるか?」

他の誰かを起こすことがないように、声を押し殺して話しかける。

「トキマ殿・・・どうかされましたか?いつもならまだ・・・」

「少し、練習に付き合ってくれないか?」

「練習・・・?あぁ、鍛錬ですね。分かりました、このピエールお供します」

森に少し踏み入って、適当な場所を探し当てると昨日の復習と手合わせ二本目を開始する。
スラリンに乗っていないせいで身長が半分程度にまで縮んだピエールであるが、その動きは全く変わらないと言っても過言ではない。ただ、威圧感がまるで違うのだ。剣術のとても上手な子供の相手をしているようなそんな感覚である。

「一日で、ここまで成長なさるとは・・・」

数十合の激闘を経ても決着がつかないことに、納得したのかピエールがその動きを止め、俺を見上げながらそんな事を言ってきた。だが、『ピエールがスラリンに乗っていないからだ』などと言えるはずもなく、

「ありがとう」

とだけ言っておいた。ピエールは元々、スライムナイトなのであるからスライムに乗って初めて本当の実力が発揮できるのだろう。そうでなければ、昨日少し練習をしたぐらいでここまで互角に渡り合えるはずがない。

「昨日、剣士殿が散々言っておられた『斬りかかり』についてもほぼ問題ないと思います」

「本当に!?」

「ええ。太刀筋も昨日に比べれば、形もできあがっています。後は―――――」

ピエールは言いずらそうに俺から目をスッと離し、ぼそっと

「後は魔法さえ使えれば、剣術の優劣の差など簡単に引っくり返せるほど変わってくるのですが・・・」

そう呟いた。

「やっぱり、魔法までは俺には無理なのか?」

「正直に申し上げますと、トキマ殿からは魔力がほとんど感じられないのです。普通、この世界に生まれた者は大小の差はあれど持っているものなのですが・・・。しかし、これはユイ殿にも言えることですのであまり気になさらないで下さい」

「そっか・・・」

確かに、魔物や魔法と関係無い世界で育ってきた俺達にそんなものがある方がおかしいのだ。遠くでパトリシアが鳴く声が上がる。そろそろ皆が起き始めたらしい。馬車まで戻るとリュカが火を起こし、他のみんなで朝食の準備を始めていた。

「あら、いつも遅い時馬がどうして今日だけ早起きなの?」

ユイが髪を梳かしながら悪戯に満ちた目をこちらに向ける。

「私が無理やりお起こししたのです。昨日は、ユイ殿に頼まれておきながら薬草の一つも調達することができなかったので、トキマ殿には採取を手伝ってもらっておりました」

ピエールはどこから持って来たのか、小さな革袋に入った薬草をユイに手渡している。俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、ピエールは自ら誤魔化しにかかる。

「そう・・・ありがとう、ピエール」

ユイは手渡された薬草を受け取るとそのまま馬車の中へ消えていった。
ピエールにだけ礼を言うのは何故なのかと思ったが、実際、薬草の採取など一瞬たりともしていなかった俺には何も言う権利はない。

「ピエール、あんなのどこで?」

「アレは私がいつも持ち歩いている分です。人間に助けてもらわなければ、怪我の治療もできないなど魔物失格です。ですが、何故、隠そうとなさるのです?」

清々しく笑っているピエールだが、もちろんその表情はうかがう事は出来ない。

「せめて、リュカと対等にやれるくらいまでは秘密にしててほしいんだ」

この言葉だけで真意を理解したのか、コクンと一度頷いたピエールはやはり微笑んでいるように思えるのは気のせいなのだろうか。

ほどなくして、パトリシアはルラフェンに向けて再び歩み始めた。



 その後も、早朝やわずかな時間を見つけての戦闘訓練は地道に続いていた。今は、鎧から抜け出したサイモンと共に行う事が多くなっている。今更、リュカの目の前でやるのも気が引けるし、ましてやユイの前でなど集中してできるはずもなかった。オラクルベリーで受けた占い師の洗礼がもたらす恩恵なのかどうかは分からないが、ピエールやサイモン曰く、

「後は数をこなし、物怖じせずに敵と向き合う事が必要だ」

だそうだ。
プックルが俺達の仲間として加わってからすでに二週間余りが過ぎていたが、ようやく野宿ともしばしお別れの兆しが見えてきたのは幸いだった。唯一、プックルの言葉を理解できる人間のリュカによると、プックルが町の匂いを嗅ぎつけたらしい。プックルの嗅覚とパトリシアの方向感覚は抜群なようで、風が町の匂いを、俺たちが分かるほど濃厚に運んでくるのにそう時間はかからなかった。



 ルラフェンは、魔物の襲撃を防ぐという目的のため街をすっぽりと大きな壁が囲っている。いや、囲っているといより町中をその壁が縦横関係無く走っており、迷路のようになっている。さらにはその壁の上に建物が建設されていたりと、言ってみれば、町全体が一つの建物になっているような状態だ。
ルラフェンはこの辺りでは酒と魔法で有名だそうで、この町にはベネット爺という変わり者の研究者がいるらしい。勇者の情報もその爺さんが握っているかもしれないと考えた俺達は、早速ベネットさんを訪ねることにした。


 しかし、まずは休息が必要だ。役割分担を決め、俺が食料の調達をサイモンと行くことになり、ユイは宿の確保、リュカは残った魔物たちと馬車の管理を担当する。持ち金は4000G近くあるので資金面では問題はない。大量の荷物を抱え、馬車に積み込む。本日の重労働はこれで終了だ。後は、宿でゆっくりと休むだけである。ベネット爺の家に行くのは明日以降で、と満場一致で決まったのは当然のことだった。

 あまり、贅沢はできないので一人一部屋制にすることはできない。そのため自動的にユイが一人部屋を使う事になっている。これも慣習の一つになりつつあるのだ。まぁ、男同士の秘密の談義も、あったりなかったりなので好都合と言えば好都合か。


 翌日、まだ外はようやく太陽が顔を出し始める頃だというのに、リュカは早速出かける気満々のようである。床で寝ている俺の毛布を強引に剥がし、まるで看守のように俺が準備する様子を見つめている。

「あ、そうだ。食堂に行って朝ご飯の準備してもらうから、トキマはユイちゃんを起こしてきて。それから―――」

「分かってるよ。食堂は一階ロビーの左奥、だろ?」

一瞬、意外そうな顔をしたリュカだったが、ニコッと微笑んで部屋を出ていった。最近、何となくではあるが、リュカの言いたいこと、思っていることが分かるようになってきた。ヘンリーのように阿吽の呼吸とは行かないまでも、それを会得する下準備程度はできあがっているかもしれない。俺達の部屋の正面に位置するユイの部屋をノックするが反応はなく、ガチャッとドアを開けると、着替えの真っ最中であるユイが目に飛び込んできた。
すらりと伸びた色白の肢体に、大きくとも小さくともない胸、絶妙な体のバランスを保つ彼女に見とれ、一切の行動を停止させる俺。

「な、何勝手に入ってきてるのよ!?出てって!!」

恥ずかしそうに、洋服で体を隠そうともじもじとするユイは、堪らなく男心をくすぐる存在である。心奪われるとはこういう時に使うのだろうか。

「ご、ゴメン!先に食堂に行ってるから!!」

と最低限の事を伝え、部屋を後にする。食堂でリュカと合流し、遅れてやって来たユイとかなり早めの朝食をとり今日の予定を話し合う。食事の最中も目が合うたびにそっぽを向く素振りを見せるユイを気にしつつも、動じていないふりをするのはかなり骨の折れることだった。



 入り組んだ迷路のような町中を通り抜け、巨大な煙突からもうもうと煙を吐いているベネット邸を目指す。すぐそこに見えるのに、中々ベネット邸への入口が見つからず、その入口を叩いたのは随分と時間が経った頃だった。中から、

「入りなさい」

と初老の男性の声が聞こえ、三人で恐る恐る入って行く。

「この私に何か用かね?言っておくが煙突から出る煙を止めることはできんからな」

人が五人は入るのではなかろうかという大きな釜の前に、怪しげな本を片手に持つその男は、こちらを振り向きもせずに淡々とそう言ってきた。

「あの・・・僕たちは伝説の天空の勇者について知りたいんです。何かご存じではないですか?」

リュカが遠慮がちに口を開いた。

「何と・・・伝説の勇者とな・・・。そうじゃ!伝説の勇者とは直接関係はないが、わたしは古の古代魔法を研究しておってな。後一歩足りないのじゃよ。君達、手伝ってみんかね!?」

古代魔法・・・研究・・・どこかで聞いたことのある用語だが思い出せない。どこで聞いたのだろうかと一人で考え込んでいると、

「そうか!手伝ってくれるか!!君達はこの町の者と違って中々、見どころがあるじゃないか」

ベネットの嬉しそうな一声で現実に引き戻されたが、その時はすでに遅かった。

「私の研究では、あとはルラムーン草だけのはずなんじゃ。じゃが、生憎(あいにく)きらしておってのう・・・昔はこの辺にも普通に生えておったのだが、今じゃ、ちと遠くに行かぬとないんでな」

「分かりました。どの辺に生えているかを教えていただければ、僕たちが取ってきます」

リュカはどこまでお人好しなのかだろうか。ベネットは地図を指さして

「確か、この辺にはまだ自生しておるはずじゃ」

と壁に貼ってある地図を剥がし羽ペンで、ある地域を大きく丸で囲む。

「それでは行ってきてもらおうかの。そうじゃ、君達の中で魔法を使える子はいるかね?」

「はい!下級呪文なら少しは大丈夫です」

リュカがそう答えると、ベネットは手を叩いて喜び、

「おお!そうか!!魔法の心得があるとは・・・ワシは何と運がいいのじゃろう。
それでは残った君達で取ってきてくれ。君の名は?」

「リュカです」

「そうか。ではリュカ君には私の助手を務めてもらうとしよう。ルラムーン草は夜になると淡く輝きだすのじゃ。じゃから、今からすぐにでも出発してくれ。ワシの馬を使うと良い。さぁ、早く行って来ておくれ!」


ベネットに馬は庭に繋いであるからと言われ、半ば追い出される格好となった俺とユイ。
庭には茶色のパトリシアに比べると少し小振りな馬が繋がれている。実際は、ベネットの馬が貧弱そうに見えるのではなく、パトリシアが出来過ぎているのだということにこの時改めて気づいたのだった。

「時馬は馬とか乗れるの?」

ユイが不安そうに聞いてくる。だが、乗れるわけがない。

「乗ったことないし、分からないよ」

「それって乗れないってことじゃないの?」

「やってみる。パトリシアの扱いには慣れてるし」

もしダメなら、パトリシアに馬車を急いで曳いてもらおうかと考えながら、ベネットの馬に跨ってみる。ヒヒンッ、ブルルと唸ったきり大人しくなるベネット号。

「大丈夫・・・・なの?」

「案外、イケるかも」

満足そうに馬上から声をかけると、不安そうに俺の後ろに跨るユイ。
二人乗ると若干、不安定になるらしくベネット号はその場で足踏みを何度かした後、ゆっくりと歩き始めた。俺の手綱捌きは、テレビでの見よう見まねとパトリシアの曳く馬車での真似ごとに基づいているはずなのに、全くの思い通りに動いてくれるベネット号。町中を器用にくぐり抜け、目的地を目指す。歩調も安定し風を切る感覚が心地良い。


「ホントに大丈夫なの?」

「大丈夫だよ!町の中での走りを見ただろ?それに一応、バイクの免許だって持ってるんだ」

「そうなんだ・・・良かったぁ!私もあとでやってみようかなぁ」

ユイはそんな暢気なことを言っている。俺にできることは自分にもできると思われているのが悔しいが、唯一、同じ環境下で育った俺ができるなら自分にもできると考えるのは自然なことかもしれない。そんな事を考えていると、段々と肺に流れ込む空気が薄くなっていく。

「く・・・苦しいよ、結。もっと肩の方を持ってくれないと―――」

「あぁ、ゴメン。。。」

落ちないようにしがみつこうとするので自然とユイの手に力が入っていく。両肩をがっしりと掴まれて、今度は思うように手綱を捌けない。ベネット号をその場に止めて、

「もっと腰の方を持ってくれた方が安定するんだけど・・・」

とユイに話しかける。

「だって・・・。それじゃ、振り落とされちゃうよ・・?」

「じゃぁ、もうガバッと腰に抱きついていいからさ」

「・・・・しいの」

さぁーっと吹いてくる風にユイの声がかき消され、聞こえない。

「え?ゴメン。今、何て?」

「恥ずかしいって言ってるの!」

「あはははは!誰も見てないし、それに、危ないんだから仕方ないよ」

ユイでもそんな事を考えるのかと、笑いをこらえる事が出来なかった。

「・・・・・・・・・こう?」

ユイはぎこちなく腰に手を回してくるが、これはこれで微妙だ。バランスは非常に安定しているものの、俺の精神状態が非常に安定しなくなっている。背中に柔らかい感触を感じ、ユイの心臓の鼓動がトクン、トクンと背中越しに伝わってくる。自分で言い出しておきながら、やっぱりやめてくれとも言えず、そのまま走り出す。途中で何度も小休止を挟み、着々と目的地を目指す。ユイも乗りなれてきたのか、地図を片手に、向こうだとか、この街道を東に、とか指示を出すことができるようになっている。俺も先程のように動揺することはなくなっていたが、それでも彼女が後ろにいる事を意識すると平常心ではいられなくなることは多々あった。

 
 夕暮れの頃には自生ポイントに到着してしまい、完全に夜の帷(とばり)が降りて月が顔を出すまでにはかなりの時間がかかりそうだった。時間も空いたので、ユイが馬に乗ってみたいと言い出し、下から支えてベネット号へと乗せてやる。ゆっくりと駆け出すのに慌てたのか、ユイは急に手綱を引いて、いきり立つベネット号の背から消えていった。

「大丈夫!?」

急いで駆け付けると、ユイは全身草まみれになって座り込んでいた。
頭に乗っている葉を払ってやると、

「私には無理なのかな・・・?」

と、ひどく落ち込んだ様子である。

「気にするなよ。俺ができる事を片っ端からやられたんじゃ、たまらないよ」

気を使って声をかけたつもりだったがユイはお気に召さなかったようで、

「今、笑ったでしょ!?」

天使のような瞳を一瞬で悪魔のそれに変え、近くに落ちていた太く逞しい木の枝を投げ付けてくる。顔の正面に飛んできた野生の棍棒を避けることなど到底不可能で、俺はただそれを受け止めるしかなかった。



 どれくらい、眠っていたのだろうか。そして、この数カ月でどのくらい気絶したのかは覚えていないが、すでに、人間が一生で気絶する平均回数をゆうに超えているだろう。気がつくと完全に周囲は暗くなっており、俺は大きな木の根元に寄り掛かった状態で目が覚めた。

「やっと起きてくれた・・・!」

傍らに座っていたユイが顔をのぞき込み、

「ずっと、一人で不安だったのよ。ゴメンね・・・傷、大丈夫?痛くない?」

ハンカチのようなさらさらとした感触の布で顔の傷跡を拭ってくれる。
目と鼻の先に迫るユイの顔を直視するのは難しい。すぐに顔に出てしまうタイプの俺は、顔が赤くなっていくのを止めることはできないからだ。だが、偶然にも今は夜なのでそれがユイにばれる事はないだろう。

「でもね・・・見て?」

ユイの指す先には、ほのかに緑色の淡い光を放つ植物が無数に生えており、辺り一面の草原地帯がルラムーン草の影響でエメラルド色に染まっている。そこに月明かりも混じり神秘的な光景が目の前に広がっていた。

「少し前から、段々と目立つようになってきたの」

「どれくらい取ってくればいいんだっけ?結、聞いた?」

「ううん。聞いてない」

取ってくる分量を聞いていないと話にならない。少量でいいのか或いは大量に必要なのか。
とりあえず、持って来た革袋に常識的な範囲でルラムーン草を摘み取って入れていく。


「ねぇ・・・何か聞こえない?」

ユイが俺の腕を引っ張って、そう聞いて来たのはパンパンに膨れ上がった革袋をちょうど閉じ終えた時だった。耳をすまして、聞こえてくる音の全てに神経を集中させる。


草木のなびく音。

風の通り過ぎる音。

木に繋がれたベネット号の唸り声。

ガサッガサッという何かをかき分ける音。

グゥーっと何かが唸る音。

「本当だ・・・何かいるみたいだ」

その時、近くの茂みからクマのような、フクロウのような動物が二匹飛び出してきた。
恐らく、体長は二メートル弱はあるだろう。

「モーザ・・・!」

ユイが悲痛な叫び声と共にその魔物の名前であろう言葉を叫んだ。

「見たことある!?」

「魔物の中でも特に凶暴な部類に入るんだって聞いたことがあるの!」

そんな分類を誰が分けたというのか。明らかにスライムよりは獰猛そうだが。
グゥーっと不気味な唸り声をあげ、一匹が襲いかかってくる。俺は刀を抜きモーザの懐に飛び込んだ。前にピエールが教えてくれたことがある。鋭い爪を持つ魔物はそれを武器に攻撃してくるので、敢えて懐に飛び込んでみるのも一つの方法だと。ピエールの言ったとおり、両手の攻撃は上手くかわせたようである。その間隙をついて一気に、下から払い上げる。こんなに早く実戦に立つなんて想像もしていなかったが、足が竦むこともなく立ち回れているのが意外なことだった。ゆっくりと大地に伏せる一匹を見下ろして一息つこうとした時、

「時馬、後ろ!!」

ユイの声があと一瞬でも遅れていたら、モーザの鋭利な爪の餌食になっていたことだろう。
振り下ろされる両手を、刀一本で防ぐには無理があったらしく、徐々に圧されていく。ここでも、サイモンに教えてもらった鍔迫り合いの際の対処策が役に立っている。

『押し切られそうになると判断した時は早めに間合いを取ること』

それを実践すべく、両足に力を込め後ろに下がる隙を窺う。しかし、モーザは俺よりも早く、意外な行動に出た。完全に手を塞がれている俺の腹部にモーザが蹴りを入れてきたのだ。まともにそれを受け止めて地面を転がっていく俺に、トドメだと言わんばかりに飛びかかり両手を振り下ろすモーザ。それをさらに危機一髪で受け止める。

『こういう間合いを取ることが不可能な場合は一体どうしろというのか。サイモンも肝心なことを教えてくれないとは・・・!』 

などと心の中で毒づいてみるが、自分でもそれがかなり限られたケースであり、全く肝心なことではないことは百も承知である。あぁ、このままいけば危ないかもしれないなという予感が頭をよぎる。しかし、名誉の戦死もいいかなと思えるのは、今この瞬間をユイが見守ってくれているからだろう。そんなことを漠然と考えていた時、モーザが急に両手に込めた力を抜き覆いかぶさってきた。ごわごわとした固めの体毛を押し付け、その巨体がのしかかってくる。その重さに耐え切れずモーザに埋もれていく俺。段々と呼吸まで圧迫され、モーザの体毛が限りなく顔に降り注ぐ。じたばたともがく俺に、柔らかで暖かい希望がもたらされた。

「大丈夫!?」

ユイがモーザと地面の間からその姿をのぞかせて、手を差し伸べてくれる。
引きずり出してもらう格好となった俺は、ユイのもう片方の手に先程の棍棒にも引けを取らない枝が握られているのを見た。

「あ、あぁ。おかげで助かったよ」

「よかったぁ・・・!怪我もしてないみたいだし・・・」

笑顔を向けてくれるものの、その足は小刻みに震え、目も笑ってはいない。
その白く清らかな手で棍棒を両手でぎゅっと握り締めると、小さく息をつく。

「でも・・・一応・・念のため、ね?」

と緊張した面持ちで俺に確認するように告げると、倒れているモーザに恐る恐る近づき、その手に握る棒をもう一度振り下ろした。ボフッと鈍い音が、静かな夜の草原地帯でかすかに立ちのぼり、風と共に流れていく。そうして辺りはまた元の静寂を取り戻したのだった。何が起こったのか一瞬分からなかったが、これが火事場の馬鹿力というやつか。傍(はた)から見れば虫一匹殺せそうにない華奢な少女が木の棒でモーザを瀕死の状態まで追い込んだのだ。悔しいというか、感心するというか、複雑な気持ちが全身を駆け巡る。

「すごいよ!そんな木の棒でモーザを仕留めるなんて!俺なんか最初はスラリンでさえ苦労したのに。なんか・・・普通なら立場が逆だけど、助かったよ。ありがとう」

気がつくと、呆然と立ち尽くすユイに声をかけていた。

「もうっ!本当に怖かったんだから・・・!守ってくれたって、死んだら意味ないじゃない!!」

緊張の糸が切れたのか、涙をうっすらと浮かべながら詰め寄ってくるユイが、とても可愛らしく見えたのはここだけの話である。だが同時に、死んでもいいかと安易な考えに走りかけたのは過ちだったと思わせられた瞬間でもあった。さらに、俺の心に小さな蟠り(わだかまり)を残したのは、たった数日の訓練で満足していた自分の見識の甘さであったのかもしれない。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十五話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/08 02:40
 
 長居は無用なので、早速、ルラフェンへと引き返す。ベネット号をにはかなり無理を強いたが、そのおかげで、行きよりも早く帰り着いたような気がした。まだ明け方だったが、ベネットの家のドアを叩く。

「おお、帰ってきたようだ!」

ベネットは意気揚揚とドアを開け、キョロキョロと辺りを見回すと手招きで早く入ってくるようにと合図を送っている。

「どうじゃ?取ってこれたかね!?」

目を輝かせ、おもちゃを貰う直前の子供のような態度のベネットに、パンパンに膨らんだ革袋を渡す。

「また、随分と取ってきたんじゃぅ・・・。まぁ、いい。これでワシの念願が叶うのじゃ!
さて、リュカ君。その釜の中にこれを入れてくれんか?」

リュカはベネットから一掴みのルラムーン草を渡され、釜へと梯子をかけ放り込む。

「さぁ、ショータイムはこれからじゃ!」

次々と薪を組んで、釜はグツグツと沸騰状態に近づいていっていた。ベネットは急に部屋のランプを消し、釜を見つめている。明るかった時は分からなかったが、釜は、怪しく不気味な光をその口から漏らし、段々とその明るさを強めていく。その直後、光の柱が釜の口から天井へと伸びる。

「どうじゃ!ワシは間違ってなどおらんかったのじゃ!!」

と嬉々として、はしゃいでいるのは微笑ましい光景だった。


 明け方のルラフェンに轟音が轟く。ベネットの家から爆発音に次いで、強烈な光の柱が屋根を吹き飛ばし一瞬で姿を現した。強く強烈に輝く光の柱はすぐに、鎮静に向かい、時間をおかず弱まっていった。

「何だ!?何があったんだ?」

「魔物だ!魔物がベネット爺さんの家を襲ったらしい!!」

「何で爺さんの家なんだよ!?」

「そんな事知るか!!」

ルラフェン中の民家から人が外に飛び出し、次々と噂が広まっていく。


『ベネット魔物召喚説』

『研究に行き詰った孤独な老人の自殺説』

『ルラフェン市民への復讐説』

『ベネット魔物説』

『落雷説』

噂は恐ろしく早いスピードで人々に膾炙し、その中で合理性のないものは早々に姿を消していった。結局、最終的には

『ベネットの研究失敗説』

が最も有力な説として残された。



「おや?もっと派手な事が起こると思ったんじゃがのぅ・・・」

これのどこが地味な現象だというのか。

「これ、リュカ君。何か変わったことはないかね?」

「いえ・・・これといって何も・・・」

服をパタパタとはたき、申し訳なそうにするリュカ。
この爆風に耐えられて、木の棒の衝撃に耐えられなかった俺はいったい何なのだろう。
ユイの力がそれほどまでに強かったというのか。

「ほれ、君達はどうかね・・・?何か変わったことは?」

これと言って何か変わったという印象は受けない。
ユイの方を見てみるが、彼女も特に変わったことはなさそうだ。

「また失敗か・・・。今度こそはと思ったんじゃがのう―――」

先程までとは一変して、弱気になっている。

「そうじゃ。試しに『ルーラ』と唱えてくれんか?」

リュカの方を向き直り、ベネットはそう口にした。何を言われているかリュカは分かっていないようだ。

「いいから、はよせい。頭の中に行きたい場所を想像して『ルーラ』じゃ。ほれ、お前さんたちもぼーっとしとらんで、一か所に集まらんか」

三人で、同時にやれということらしい。

「ワシの合図で唱えるんじゃぞ?いいか?では・・・・今じゃ!!」

「「「ルーラ!!」」」

ベネットの家にルーラの声が響くと、フワッと体が浮き上がり先程開けた大穴から外に飛び出して目の前が光に包まれた。かすかに、

「成功じゃ!やったぞ!!成功したんじゃぁ!!」

と叫ぶベネットの声が聞こえたような気がした。



 明け方のさわやかな空気を切り裂き、俺たちは大地に降り立った。辺りを見回してみると、そこは明らかにベネット爺さんの家でも、ルラフェンでもなかった。清々しい朝の香りに乗ってトランペットらしき楽器を奏でる音楽が聞こえてくる。

「ここ、どこ?誰の『ルーラ』が成功したの?」

一番にユイが口を開いた。

「リュカはどこを思い浮かべたんだ?」

「ラインハットだけど・・・トキマは?」

「聞くなよ。分かるだろ?」

何かを悟ったみたいにうなずいて見せるリュカの横顔は妙に楽しそうだ。
こんな言い方で誤魔化したのは、実際に俺は最後の最後まで迷いが生じ、目的地を決めそこなったからだ。頭の中には『オラクルベリー』と『日本』の両方が浮かんでいた。しかし、自分の意思が固まる前に魔法が発動したので、そんなことをリュカに言えるはずも無かった。

「ユイさんは?」

「私はポートセルミしか知らないし・・・」

おそらく、呪文の詠唱に成功したのはリュカだ。それは目の前にたたずむ巨城、ラインハット城が証明している。



明け方の城下の大通りを直進して、ラインハット城を目指す。
通りは、店を開け始める人が何人か現れ始め、いくつもの煙突から煙が上がり、朝の城下はいい匂いに包まれている。

「私、こんなところ初めて来た・・・」

「ここには友達がいるんです。ポートセルミに行く時に別れてきたんですけど」

「へぇ・・・そうなんだ。それよりもその敬語やめない?何だか堅苦しいわ」

「あはは・・・すみません」

二人のやり取りを横目に、紅白の横断幕が垂れ下がった家や玄関にラインハットの国旗がぶら下がる家を見て、違和感を感じるのは俺だけだろうか。前に来たときは城下全体がこんなに浮ついて見えなかったのだが。

「ねぇ、これ以上先ってお城じゃないの?友達のところに行くんじゃなかったの?」

「うん。そうだよ」

リュカはきっぱりとそう答えた。リュカでは埒が明かないと考えたのか今度はその矛先は俺に向く。

「これ以上行くとマズいんじゃない?一般人が入れるようなところじゃないわ」

心配そうに、その小鹿のような目を向けるユイを見て、ヘンリーが王族であることをまだユイには話していなかったのを思い出したが、何となくその方が面白いので

「大丈夫だよ」

とだけ答えておいた。


門の前まで来ると、構える二人の兵士がその手に持つ槍を合わせ

「ここから先は国王陛下のおわす王城である。用の無い者は早々に立ち去・・・・ってあの時の兄ちゃんじゃねぇか!スラ公とミニ公は元気か?」

それを聞いて顔を見合わせるリュカと俺。完全に馬車のことを忘れ去っていた。しかし、ピエールも付いていることだし、ポートセルミでの一件ではきちんと注意してきたし、恐らくは大丈夫だろうと俺は判断した。

「ヘンリーに会いに来たんです。通してくれませんか?」

屈託も無く笑うリュカ。

「ああ、通っていいぜ。陛下からも兄ちゃんたちが来たらくれぐれも無礼がないようにと仰せつかっているんでな。ただし、まだ朝も早いし、しばらくは兵舎で待っててくんな」

大げさに笑ってみせるその兵士はすんなりと、城を囲んでいる堀に掛かる上下可動式の橋を渡らせてくれた。少々、警備体制が薄いのは、ニセ太后を葬り去り、ラインハットが魔物の手から解き放たれたせいだろうか。普通なら、より厳重な警戒態勢を敷いてもおかしくないとは思うものの、この感覚こそがこの世界で生きている者の根底にあることに薄々気づき始めたのは最近のことだ。堂々と城に乗り込んでいくことに未だ抵抗があるのか、ユイ後ろから不安そうについて来ている。煌(きら)びやかな装飾を施された廊下を渡り、真紅の絨毯が敷かれた階段を上っていく。

先程の友好的で大柄な兵士に促され、もう一人の兵士が兵舎まで案内してくれた。早朝の城内は不気味なほど静まり返っており、城下の喧噪だけが風に乗って城内に伝わってくる。

「ここでしばらくお待ちください。すぐに朝メシの用意をさせますんで。この国を救ってくださった皆様にこんなことを言うのもアレですが・・・・絶対に残さないで下さいよ?じゃないと、体がいくつあっても足りねぇんで・・・」

申し訳なさそうに、用件だけ伝えるとその兵士は兵舎を出ていった。他の兵士はおそらくまだ眠っているのだろう。兵舎の食堂には俺たち以外誰もいない。どこか見覚えのあるその兵士を見つめながら考えていると、丁寧な言葉遣いの裏にかすかに残る軽そうな雰囲気にピンときた。あの豪快な女性の平手打ちを受け止めた数少ない同志であることに。

食事が運ばれて来たのをみんなで恐る恐る口にする。どれほど危ない味がするのかと思いきや、これまた兵士の食事とは思えないほど繊細な味付けである。

「ねぇ・・・そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「はひをれすは?」

口いっぱいにパンを詰め込んだリュカがキョトンとした顔でユイを見つめている。

「何をって・・・リュカ君の友達のことよ。一体何をしてる人なの?さっきの見張りの人達も全然警戒してなかったみたいだし・・・」

もぐついているリュカの言葉を理解したユイには脱帽ものである。正直俺は、完全に聞き取ることはできなかったからだ。頬張っていたものを一気に飲み込んだリュカは、俺の顔をじっと見つめ、『話してもいい?』と謎のアイコンタクトを送ってくる。何故、そんな事を目で訴えかけてくるのか気になったが、大方、俺がさっきユイに真相を話そうとしなかった事を敏感に感じ取ったのだろう。リュカに目で返事を返す手間を省き俺がヘンリーの正体を話す。

「俺たちが会いに来たヘンリーはこの国の第一皇子なんだ。今は、事情があって弟のデール王が王位についてるけど、きちんとした王族ってやつだよ」

「えぇっ!?王子様なの!?信じられない・・・そんなことならもっと綺麗に身支度してから来たかったのに・・・」

自分の服を眺め、落ち込むユイにリュカがさらっと

「ユイさんはそのままでも十分綺麗ですよ」

と言ってのけた。いつからそんな気の利いた台詞を吐けるようになったのか。そして、その言葉に少し頬を赤らめて、服の埃を払いのけるユイとリュカのやり取りを見ていると、かつてのヘンリーとマリアさんを思い出すのは何故なのだろうか。しばらくして、小奇麗な服に身を包んだ秘書のような男が王の間へと案内してくれた。デール王や大臣としばらくぶりの謁見を果たす。といっても、せいぜい一か月弱程度しかあれから経っていないのだが。

「リュカさん、トキマさん、よく御無事で!ポートセルミに使いを送ったのですが、消息が不明だったものですから・・・いやぁ、兄上も喜ばれると思います。して、そちらの女性は?」

デール王は俺達からユイへとその目線を移す。

「旅先で知り合いました。彼女の故郷の町へと送っていく最中です」

リュカが簡潔に前置きを述べると、

「ゆ、ユイと言います」

ユイはこれまた簡潔に自己紹介を終えた。

「そうですか、新しいお仲間ですか!さぁ、早く兄上のもとへ行ってあげてください。この階段の上、元々母上の部屋だった場所が兄上達の新居です」

兄上達?新居?言葉の端々にかすか疑問を抱いたまま、デール王に促され階段を上る。かつてニセ太后と戦った時の事を思い出しながら、ヘンリーの部屋の前まで到着した。リュカが見事に修復され立派に蘇った焦げ茶色の大きなドアをノックする。

「どうぞ。お入りになって下さい」

と澄んだ女性の声が聞こえてきた。間違うはずもないマリアさんの声である。あれから一か月が過ぎたというのにまだ修道院へ帰っていないのだろうか。リュカは勢いよくドアを開けると、半ば駆け込むようにしてその部屋へと入っていく。続いて俺が普通に入室し、さらにその後をゆっくりと窺うようにしてユイが入ってくる。ニセ太后との戦いで焼け焦げたはずの天井も壁も完璧に修復されていた。しかし、前のように絢爛豪華というよりも、茶色やオレンジといった色で統一され、落ち着きのある上品な雰囲気に包まれている。

「おお!リュカ、トキマ!!全然久しぶりな気がしないけど元気か?」

ヘンリーはマリアさんと寄り添うようにソファに座っている。

「当たり前だよ、ヘンリー!」

大袈裟に駆け寄っていき、固く握手を交わすリュカ。立ち上がったヘンリーはもう片方の手で俺に手をあげる。それにつられるようにして、

「元気だった?俺たちがいなくて寂しかっただろ?」

と挨拶を交わす。

「ああ、野宿ができなくなるってのは大分堪えたがな・・・でもマリアがいるし、全然寂しくなんかなかったぞ!」

「まぁ、ヘンリーさんったら・・・今日はわざわざ会いに来て下さって光栄ですわ。あの頃が遠い昔のような、つい最近のような不思議な気分です」

冗談っぽく笑い飛ばすヘンリーと寄り添うように幸せそうなマリアさんの笑顔を見ると、天空の勇者のことなど忘れてしまうような和やかな空間にいるような気分にさせられる。
マリアさんに見とれている俺に、横からユイの厳しい視線を感じたのだが横目でチラッと確認してみると、ガチガチに固まっている。どうやら、気のせいだったらしい。


「リュカやトキマも招待しようと思ったんだがな・・・連絡が取れなくてさ。俺達結婚したんだ。これがその時の記念品だ。失くすなよ?将来とんでもない値打ちがつくんだからな!」

ヘンリーは綺麗なオルゴールを取り出してリュカに手渡した。

「おめでとう!結婚か・・・何だかヘンリーにどんどん置いて行かれてるような気がするなぁ・・・。このオルゴールはありがたく貰っとくよ」

そのオルゴールをその場で開けようとするリュカに慌ててヘンリーが止めに入った。

「い、今ここでは開けるなよ!何て言うか、照れくさいだろ・・・。自分たちがモチーフにされたオルゴールを目の前で開けられたら―――」

その言葉を聞いたリュカは

「分かった。馬車に戻って皆で開ける事にするよ」

と満面の笑みで答えている。

「ところで後ろの可愛い子はどうしたんだ?まさか、もう旅先で引っかけたのか!?トキマ、お前やるじゃねえか!」

そのヘンリーの言葉を聞いて、横でヘンリーと腕を組んでいたマリアさんが、キュッと腕に力を込めるのが分かった。

「あぁ、スマン、スマン。申し遅れました。我が名はヘンリー、この国の宰相です」

手を胸の前で折り片手を後ろ腰まで持っていくと、先程とは打って変わり紳士のような自己紹介を始めるヘンリー。

「え、えぇ。初めまして・・・」

ユイも困惑しているようだ。

「なんてね・・・やっぱり、堅苦しい挨拶は苦手なんだわ」

ヘンリーは態度をコロコロ変え、戸惑う俺達を見て楽しんでいるかのようにも見えた。

「まぁ、でもお前惚れてるんだろ?」

俺をじっと見つめそんな事を唐突に言い放つヘンリー。意表を突かれて脊髄に衝撃が走り、灼熱の血液が全身を駆けめぐる。ヘンリーはさらなる言葉を畳み掛けてきた。

「図星だろ?そうやって顔が赤くなるってことはアタリだな」

ニヤッと笑うヘンリーに言い返すこともできず、かといって真っ向否定することもできない自分に腹が立つ。

「そ、そんなことはどうでもいいだろ!?城に収まってから冗談が下手になったなんじゃないか?」

何事もなかったかのように、これでも極力自然に振舞っているつもりだ。

「そうか?やっぱり旅してないと色々、鈍ってくるもんだな」

そう答えるヘンリーは不敵な笑みを浮かべている。

「今日は折角いらしたんですからゆっくりしていって下さいね?」


それからは随分とゆっくりとした時間が経過していった。旅先での話やユイが加わった経緯、新しく加わったプックルの話、ヘンリーとマリアさんの結婚式についてなど、旅を共にしていた時と何ら変わらず、仲間だけの特別な時間である。唯一変わったことと言えば、一定の距離を保っていたはずのヘンリーとマリアさんの距離がかなり縮まっていることぐらいだろう。


ふと窓から外を見ると、朝の空気は光と熱の影響で昼のそれに変えられようとしていた。
そろそろ行こうかといった感じの合図を目で送るリュカに気づいたのか、

「もう行くんだろ?こっちは結構楽しみにしてるんだぞ!次は綺麗な奥さんを連れてこいよな」

ヘンリーはそう言い放った。

「ああ、そうだね・・・そろそろ行かないと、ピエールたちも待ってるし」

ヘンリーとマリアさんの両方と再び握手を交わしてその部屋を後にしようとするリュカの後ろ姿を見て、

「リュカ!!」

突然、ヘンリーが声を上げる。驚いたようにリュカが振り向くと

「いや、何でもない。気をつけて行けよ」

とヘンリーは手を振っている。

「ユイさん。今度来る時はもう他人行儀じゃなくていいですよ」

王族の前で緊張しない一般人などいるものか。いるとしたら、リュカと俺ぐらいだろう。
そんな事を知ってか知らでか、にこやかにそんな事を言い始めるヘンリー。

「またおいでになって下さいね」

そんなマリアさんの声に送り出され、ヘンリー達の部屋を後にする。



 リュカ達が出ていき、静寂に包まれるこの国の宰相とその妻の寝室では、

「突然来て、すぐに帰っていくなんてリュカらしいな」

「ええ、そうですね・・・。でもヘンリーさん、トキマさんに対してあんな言い方したら、可哀想ですわ。とても困っていらして――――」

「あれでいいんだよ。あいつは少し奥手なところがあるからな。あれぐらいしてやらないと、あの先に進むのにどれだけ時間がかかるか分かったもんじゃないぜ」

というやり取りが交わされていた。

『それに・・・リュカのやつ・・・とうとう親父さんの正真正銘の形見まで持っていやがった。どんどん先を行くのは俺じゃなくてあいつの方なんだがな・・・』

この言葉は深く深く、ヘンリーの胸へとしまい込まれたのである。



   -あとがきー

 自分の文章力・構成力の無さに唖然とする日々が続いています。
ですが、少しずつでも成長したい!と思っているということは、書き始めたころから変わってはいません。ところが、この体たらく・・・・。
もう少しの間、生暖かく見守っていただければ幸いです。
読んで下さった方々、ありがとうございました。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十六話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/13 01:13

 半ば友達の家と化した王城から出ると、

「あーあ、緊張したぁ・・・」

ユイがほっとしたようにそう呟いた。

「悪いやつじゃなかっただろ?冗談はかなり下手だけど」

「ええ、どんな人かと思ったけど優しそうな人で何だか安心したわ。でもあのマリアさんって私より年下なんでしょ?すっごく綺麗な人だった・・・」

こんなやり取りを三人でキリもなく続け、ラインハット城下を突き抜けて人通りの落ち着いている町外れまで来たときだった。

「ちょっと集まって!」

リュカの言うとおり一旦、リュカの傍まで集まると

「ルーラ!」

の声を残し、俺達は光に包まれた。





 光が徐々に散っていき、気がつくと目の前にはルラフェンの街並みが広がっていた。何故か、リュカが俺の上に乗っているのが気になったが敢えて追及はしない。ユイは地面にしゃがんでいるし、俺は地面に伏せている。

「あのさぁ・・・ルーラするならするって言ってくれないか?」

「ゴメン、ゴメン。ちょっとおどかそうと思ってさ」

「でもこの魔法って本当に便利ね」

立ち上がると、後ろからプックルが黄金の風を纏い颯爽と現れ、その後ろにはパトリシアと馬車に乗った仲間たちが見える。

「おぉぉぉぉぉぉ、急に現われたかと思いきや、皆さんお揃いで・・・」

御者台からサイモンの声がする。それに続いて、

「今回は、町での騒動は何一つありませんでした」

とピエールの報告が続く。

「皆、後少し待っててね。これからベネットさんの所に入ってくるから。それが終わったら今日はお酒飲みに行こう!」

リュカからそんな言葉が飛び出すとは意外だったが、事の次第を告げるためベネット爺の家を再び訪ねる事にした。きっと、リュカからあんなことを言い出したのは二日間近くほったらかしにしておいたスラリン達へのお詫びなのだろう。爺さんの家のドアを叩くと、

「なんじゃ!まだ文句があるのか!?」

と凄まじくご立腹のベネットが現われた。

「おお、君達か・・・さっきから町の連中がうるさくてのう・・・スマンかった。じゃが、ワシの長年の夢がついに実現したのじゃ。これを機に魔法の研究は少しお休みじゃよ」

疲れ果てた、と露骨に態度で示している。

「あの・・・天空の勇者についてなんですが・・・」

ベネットの言葉を聞き終わると、俺はすぐに本題を切り出した。

「そうじゃったな・・・君達は天空の勇者を探しておるんじゃったのう。この町からさらに西へ進むとサラボナという大都市がある。そこの大商人のルドマンとやらが、いくら積まれても譲らぬという家宝の盾を持っておるそうじゃ。噂によるとその盾はかつて魔王と戦った勇者のものであるとかないとか・・・」

そこまでベネットは語ると、今日は、はしゃいだりイライラしたりとだいぶ疲れたのでまた何か困ったことがあったら訪ねてきてほしいとの事だったので、礼だけ述べると、ベネット邸を足早に立ち去って馬車まで戻る。戻れば戻ったで、スラリンのお酒コールに押され、この場の収拾をどうつけるのかと横にいるリュカを見る。

「ルーラ!」

再びリュカの急な詠唱に戸惑う暇もなく光が馬車ごと包み込み、そのままふわりと浮きあがると雲ひとつない青空に光の結晶は散っていった。



 目の前を覆っている光が離散し視界が開けると、再び自分が大地に横たわっているのが分かった。目の前には、小さな野草が風に揺れている姿が見えている。立ち上がって周りを見回すと、オラクルベリーの街並みが前方に広がっており、

「トキマ!置いて行くよ!」

リュカの声が辺りに響く。こうして、何故か三度(みたび)オラクルベリーに戻って来たのであった。


オラクルベリーの宿屋は、ペットや魔物を室内に上げてもいいとする所も少なくはない。
早速、最初にこの街に来たとき泊まった宿の確保に向かう。ここの宿の主人は、やってくる客の顔を覚えるのが趣味なようで、俺やリュカはもちろんのこと訪れた旅人全てを記憶しているらしい。

「三つ部屋をお願いします」

と俺がチェックインの手続きを済ませている間に、リュカ達は夕食の買い出しである。さすがにプックルをつれて酒場やレストランには入れないので、宿の一室で夕食を取ることになったのである。ベネット爺からは去り際に手伝ってくれたお礼だと、10G銀貨が10枚入った革袋を貰っていたので、今晩の会食代ぐらいは軽く捻出できるだろう。この時気付いたのだが、この世界には同じ価値のコインでも銀貨と金貨が存在する。何故なのだろうかと小一時間考え続けたのだが、国が代われば発行するコインも違うということに気づくまで随分と時間を要した。しかし、両替商も見当たらないし、この世界の経済や文化を知るにはより長い時間がかかりそうだ。ともあれ、その日の夕食は周りの宿泊客に迷惑をかけない程度に騒いで、やがてフィナーレを迎えた。ほぼ徹夜に近かった俺は早々にダウンしてリュカの部屋で眠り、リュカとプックルもその後に続いたようだった。




 オラクルベリーの大通りから若干西に外れた所にある一件の宿には明かりの燈った部屋が1部屋だけ存在していた。リュカ一行の魔物たちの部屋である。彼らは夕食の後、人間の仲間達が眠ったのを見計らって、秘密の談義に花を咲かせていた。

「それにしても、ヘンリーとマリアさんがケッコンしてたなんてね・・・」

「それほど驚くことではないと思うのですが?」

スラリンの言葉にピエールが当たり前だろうというような返答を返す。

「ちがうよっ!トキマのことだよ。ショック・・・じゃないのかな・・・?」

「おぉぉぉぉ?トキマ殿はあの巫女様に惚れておったのか?」

「・・・どちらかというとトキマ殿は、ルリ嬢の方に気があると思っていましたが?」

この場合、スラリンにしてもピエールにしても大きな勘違いが生じていたのは確かである。マリアは綺麗で魅力的な女性であることに変わりはないが、それがトキマの恋心であるかと言えば否定しなくてはならないだろう。またピエールの論調から行けば、トキマはただのロリコンであるという事になる。しかし、魔物にロリコンの概念はきっと把握しにくいのだろう。グレイトドラゴンがドラゴンキッズに恋をするのと同じだと説明すれば分かってくれるかもしれないが。


 時を同じくして、ユイもその身をベッドから起こしつつあった。最近のバタバタとした毎日で疲れきっているはずなのだが、何かが深い眠りを妨げていたのである。夜風にでも当たろうかと、部屋のドアを開け、ゆっくりとその身を部屋から外へと移す。隣の部屋からは夜も遅いというのに明かりがドアの隙間から微かに漏れて、仲間達の声が聞こえてくる。


「ゼッタイ、トキマはマリアさんのことをわすれられないんだよ!」

「私はそんなことはないと思いますが・・・剣士殿は?」

「ワシもピエールと同意見じゃ。ワシもかつては人だった時期があるでのぅ・・・特に男の気持ちというのはよく分かるのじゃよ」

「でも、いつもならサイゴまでおきてるはずのトキマがイチバンさいしょにねちゃったんだよ?きっとなにかあるよ」

「いや、しかしな・・・」

スラリンの意見に対して何か口を開きかけたサイモンが急に黙り込む。それに呼応するようにして、床に座っていたピエールが姿勢を正し、スラリンに必死で何かを伝えようとしているが、酒が入りピンク色に染まったスラリンは全く聞いてはいない。

「だって、トキマはマリアさんのまえではイイところをみせようとしてたし、ラインハットでのたたかいのときも、イチバンにマリアさんをかばったのはトキマなんだよ!?」

「ワシは・・・そうは思わぬが・・・。スラリンもうその辺に―――」

サイモンの最後の抵抗も空しく、雨のように自らの考えを吐きだしていくスラリンは誰にも止めようはなかった。

「なんでだよぅ!きっとトキマはまだマリアさんのことが――――――」

サイモンとピエールの恐怖に満ちた表情を汲み取ったのか、ようやくその口を止め後ろを振り返るスラリンが見たものは、この世のものとは思えぬほどの笑顔で立っているユイだった。

「ねぇ?スラリン・・・今の話もっと聞かせてくれる?」

「え・・・?じ、じゃぁ―――」

口を開きかけたスラリンにピエールの小さなゲンコツが降り注ぐ。

「ユイ殿・・・何でもありませぬゆえ、早くお休みになって下さい。スラリンは酒に酔っているだけですので・・・」

「ボク、よってなんか―――」

サイモンの兜の奥の何かが怪しく光り、真っ直ぐにスラリンを見つめている。

「いいじゃない。別に悪いこと話してたんじゃないんだし・・・。私の名前もあがってたみたいだから、少し気になったの」

あくまでもその優しげな表情を崩そうとはせず、穏やかに問いかけてくるユイを止めることができる者など、この場にはいなかったのである。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十七話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/14 04:07

 翌日、俺が目が覚めると、いつも朝の早いリュカはまだ眠っていた。きっと慣れない魔法を連発したせいでかなり疲れているのだろう。この日、俺には一つの目的があった。そのためにまず、ユイを起こしに向かったのだが、彼女は部屋にはいなかった。仕方が無いので、他の仲間たちが行方を知っているのではないかとスラリン達の部屋のドアを開けると、部屋の中央で円になるようにして眠っている仲間達を発見した。なぜか、毛布に包(くる)まったユイもそこにいたので、他の仲間達を起こさないように声をかける。

「ちょっと、連れて行きたいところがあるんだ。起きれる?」

「ふぇ・・・?」

ゆっくりと目を開け、色白の肌に宿った二つの瞳をパチパチとさせながら、
「・・・分かったわ。すぐに用意するから、ちょっと待ってて」

そう言うと、自らを包んでいた毛布を隣で寝ていたスラリンに丁寧に掛けてやり、自室へと戻って行った。宿の一階のロビーで朝食とユイの両方を待っていると、予想に反して、ユイの方が先に現れた。

「ゴメンね。待ったでしょ?」

「いや・・・全然!」

ユイは席に着くなり、そのくりくりとした瞳を俺に向ける。

「ねぇ、どこに連れて行ってくれるの?ルリさんのところ?」

「ごふッ・・・!な、なんでそんなところに連れて行かなきゃいけないんだよ。今日は、お世話になった占い師がいるから、その人に会ってもらおうと思って」

ユイがルリの事を知っているとは驚いた。どうせ、おしゃべりなスラリンあたりが調子に乗って話したのだろう。別に知られて困るようなことでもないが、特に話しておく必要もないと思っていたのだが。

「へぇ・・・占い師かぁ。時馬も占いなんかに興味があったの?」

「え?まぁ、占いを信じるわけじゃないよ。ただ参考にするくらいならアリかなって思うけど?でもこの占い師ってただの占い師じゃないんだよ!日本に帰る鍵を握ってるんじゃないかと思ってるんだ」

『日本に帰る』

このフレーズを聞いたとたん、ユイの目が大きく見開かれてその凛とした瞳に吸い込まれそうになる。

「ウソでしょ!?帰れるの?」

嬉しそうに目を輝かせながらそう迫ってくるユイに、期待させたのはマズかったかと後悔するが最早、時遅し。運ばれてきたサラダとパンに目を落とし、改めて切り出す。

「帰れるわけじゃないんだけど・・・帰る方法の探し方を教えてくれるっていう感じかな」

「そう・・・やっぱり簡単には帰ることはできないのね・・・」

軽い気持ちで口走ったことを悔やみながら、急いで朝食をかき込んで宿を後にする。目指すはオラクルベリー北東地区の外れにある婆さんの家だ。

案の定、人通りが全くない裏通りに一軒の家が佇んでいる。ドアをノックすると

「占いは夜からだよ」

予想通り、渋く擦れた婆さんの声が聞こえてきた。

「覚えてますか?時馬です。少し前に就職させてもらった――――」

「就職?」

後ろでユイが呟くのが微かに聞こえた気がした。
ゆっくりとドアを開ける婆さんは俺の顔を見るなり、

「おお、アンタか!さぁ、お入りな」

と招き入れてくれた。入りづらそうにしているユイの手首をパッとつかんで婆さんの家に上がり込むと、そこは再び悲惨なほど荒れていた。床に横たわる本の数々、開きっぱなしの戸棚、使用用途不明なアイテム達・・・。強盗にでも入られたかのような室内にも、きちんと整理された空間が存在している。小さく控えめな丸テーブルに水晶球がそれ用の座布団に乗っており、椅子が2脚向かい合うように置いてある。

「そちらの子はどうしたのかね?ガールフレンドかぇ?」

「い、いえこの子は―――」

「ユイと申します。時馬は旅の仲間です。以前、助けてもらったのが縁でしばらく一緒に旅をして回っています」

返答に困る俺を遮ってにこやかに挨拶を交わしている。

「おお、そうかぇ?さぁ、話があるんじゃろう。こちらへ来なさい」

婆さんはいきなり振り向くと、

「まずはこの娘の話を聞くゆえ、お主はまた二階の掃除をお願いしようかのう?なぁに、今日も金はいらんよ、ひっひっひっひっひ」

怪しげに微笑み、手でシッシッと『二階へさっさと上がれ』の合図を送ってくる。人使いの荒い婆さんに呆れながら二階へと上り、短期間でこれだけ散らかすことができるとは大したものだと思いながら、早速、片づけを開始する。




「あ、あの・・・」

微笑むだけで中々話を切り出そうとしない、老婆にユイは自分から話を切り出した。
その途端、老婆はゆっくりと口を開く。

「全てお見通しじゃよ。後で、ゆっくりとそなたの世界の話もしてやろう。じゃが、そんな事よりも、もっとそなたを悩ませることがあるのであろぅ?」

全てを見通すかのような老婆の目からは逃げることができないと観念したのか、ユイはその想いを涼しげな鈴のような声で、胸の内から全てを送り出した。

「・・・そうなんです。私―――」



 その頃、二階では俺が埃にまみれ必死に掃除を繰り広げていた。二階も一階と変わらず悲惨である。とりあえず窓を開け、床に積み上げられた本の山を、今ではただの木の枠と化した元本棚に背表紙の色と厚さで統一させ並べていく。きちんと分類分けしたいのだが、読めない字が多すぎてどうにもならないのが残念だ。さらに、よく分からない玉や壺、ビンなどは部屋の隅に移動させ、出窓の上に干されている箒で埃を外に追い出していく。よく見ると埃ではなく小さな白い結晶だったり、粉だったりするのだが、まとめて埃で統一しよう。通りの通行人からしてみれば、尋常じゃない量の白い粉末たちが溢れ出る家の下など通りたくもないであろうが、人通りが皆無なのが唯一の救いといったところか。

掃除も途中なのだが、何気に夢中になっていたせいでどれくらいの時間が経過したのかも分からなくなっていた。ふと一階の様子が気になり階段を数段下りて下の様子を窺ってみる。


「その手の男は直接思いをぶつけんとどうしようもないからのう・・・。遠まわしな事をしても気づかない可能性大じゃ」

婆さんが声のトーンを落とし、何やら熱く語っているようだ。ユイも真剣に頷きながら聞いている。この距離でも微かに聞こえてくるほど、この家の中は静まり返っていた。

立ち聞きするつもりはなかったのだが、どうやらまだ話は終わっていないらしい。慌てて二階へと転がり戻ると、婆さんの言葉が気になって掃除どころではなくなってしまった。ぼんやりと外を眺め、婆さんの言葉から真意を探っていく。

『その手の男は直接思いをぶつけんとどうしようもないからのう・・・。遠まわしな事をしても気づかない可能性大じゃ』

とはどういう意味なのか。明らかに異世界の話ではないだろう。わざわざ、俺を二階に上げてまでする話とは何か。その手の男?自分の中で一つの答えを導き出す。しかし、こんなに自分に都合のいいように解釈してよいものか。だが、遠まわしな事をしても気がつかないというフレーズが決定打を打たせてはくれなかった。もしかすると、という可能性もある。そんな事を青空を飾る大きな塊の雲を見ながら延々と考えていた。だいたい、自分が導き出した答えが本当にアタリかどうかも分からないのだ。だが、おそらくはそうであろうと結論を出すまでに時間など必要なかった。


それからしばらくたって、俺を呼ぶ婆さんの声が聞こえてきた。どうやら、話とやらは終わったらしい。

「ユイちゃんとの話は大方片付いた。お主は何か聞きたいことは無いかえ?」

婆さんはにこやかに話しかけてくるが、聞きたいことをすっかり忘れてしまいそうになっていたのは誤算だった。いらぬことに頭を使い過ぎたか。

「天空の勇者はどこにいるのか分かりますか?」

今日の目的である本題を頭からひねり出す。

「天空の勇者・・・とな?相変わらずお主の質問は重いものばかりよのう。じゃが、いいじゃろう、占ってやろうかの!」

そう言うと婆さんは目の前に置いてある水晶に手をかざし瞑想を始めた。婆さんの向かいに座っているユイもその行方を慎重に見守っている。突如、その目を見開き婆さんはとんでもない事を口にした。

「ううむ・・・もうこの世にはおらんのう・・・いや、まだと言った方がいいのかもしれん」

「まだ・・・というと?」

「天空の勇者たる資格のようなものがまだないのかもしれん。私にもよく分からんが、これだけは言える。天空の勇者は今、この世界にはおらぬ」

この婆さんと会話すると、唖然とした事実ばかりが判明する。

「お前さんたちの帰る方法と同様、しかるべき時が来るまでは神にしか分からぬという事じゃよ。そう、運命というものは決まっておるのじゃ」

真剣な表情から一転、優しげな表情をユイに向けて、婆さんは最後の部分を二人にではなくユイに言っているような気がした。

俺が礼を述べ、深々と頭を下げると婆さんは

「ほっほ。私は何もしておらぬよ。もう掃除はいいから、はよう行きなされ。ただし、次に来た時は絶対に金は払ってもらうがのぅ」

と優しく語りかけてくれる。

「おばあちゃん・・・お世話になりました」

「またいつでもおいで。次来た時はシチューを作ってやろう・・・楽しみにしておいでなぁ」

婆さんの態度が明らかに違うのは、気のせいではあるまい。



宿に戻ると、リュカ達は出発の準備を整えて宿の前に待機していた。

「出かけるならそう言ってくれないと・・・結構探したんだよ?」

御者台の上のリュカは不満そうにしている。

「ゴメン、ゴメン。まだ寝てるかと思ったんだ」

「まぁ、おかげですっきりしたよ。じゃぁ、準備いい?」

全員が馬車に乗り込んだのを確認して、リュカは街中でルーラを唱えた。光に包まれて空中でその輝きが離散する光景を目にしたのは、辺りを通行していた人々だけではなかった。



 オラクルベリーの北東の外れに位置する占い師の館の主はトキマの掃除の進み具合を確認していた。

「なんじゃ・・・居眠りでもしておるかと思ったが、きちんとやっておるではないか・・・」

出窓に先が真っ白になっている箒が置いてある。年甲斐もなく、あんな子供たちが自分の孫であったらという考えがよぎらなかったといえば嘘になる。ただ、この日の空はそんなことを考えながらのんびりお茶でも飲むのがふさわしい空模様だった。風が優しく土の匂いを都会のオラクルベリーに運んでくる。そんな時、遠く離れた街の中心地から一筋の光が天空を目指し、雲を抜く。

「あの輝きは・・・!ルーラ・・・!!」

老婆のゆっくりとした午後は、この一筋の光によって大変革がもたらされることをこの時はまだ、彼女自身、気づいてはいなかった。

「なんじゃ・・・天空の勇者など何もせんでも見つかるではないか。わざわざ、教えてやる必要もなかったかのぅ・・・ほっほっほっほっほ」

その直後何かを閃いた老婆は勢いよく振り向いて、トキマが整理したはずの本棚を物色し始め一冊の本を手に取った。

『古代魔法と天なる神龍の伝承』

いつもなら物色した本はそのままにして、真っ先に実験や研究に取り掛かるのだが、きちんと整理された本棚を眺めていると、何となくそんな事をしてはいけないような気になるのだった。

「じゃが、まずは・・・掃除じゃの♪」

老婆は数年に一度の掃除という強敵と戦うため、ゆっくりと箒を手に取った。




「ええっ!?」

パトリシアの横を歩くリュカが突然、大声を上げた。

「ルリちゃんに会いに行ったんじゃなかったの!?せっかく、オラクルベリーに戻ってあげたのに」

「いいんだよ。そう何度も会いにいけるわけ無いだろ?送り出されて、しょっちゅう戻っていってたんじゃ格好がつかないし」

「やっぱり、ユイさんには会わせづらかった?」

「そ、そんなんじゃないよ!別に目的があっただけ」

今は、ルラフェンの南をサラボナに向けて移動中である。
ユイは馬車の中で、ラインハットのシーツをスラリンのマントにすべくその仕上げを行っているところで、他の仲間達もその手伝いをしているのだろう。プックルだけはその背中に色々と荷物を背負わされ漫然と馬車の横を歩いている。テントに毛布、鍋にランプ。その背中は野宿アイテム一式が乗っかって、時折、カランカランと鍋とランプがぶつかり合う軽い音が辺りに響く。おかげで馬車の中はさらに広く使えるようになっていて、あまり使う機会の無い、余った装備品が馬車の屋根に上げられている。心の落ち着くのどかな日々である。


この日の夜までは――――。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十八話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/18 04:29

 いつものように野宿の準備を済ませ、火を囲んでの夕食が終わった頃、

「リュカ君、ちょっといい?」

「ええ、いいですよ。何ですか?」

ユイがリュカを連れて、さり気なくその場を後にするが、その姿はやけに決意に満ちているというか、何かを成す覚悟を決めたような強い意思に裏打ちされた何かがにじみ出ている。スラリンと戯れていた俺は、その言葉を全身で捉え、瞬時に体の全機能が停止した。

『その手の男は直接思いをぶつけんとどうしようもないからのう・・・。遠まわしな事をしても気づかない可能性大じゃ』

昼間の婆さんの言葉がよみがえり、次々と断片的な推理と事実が結びついていった。
心の中で、予想はしていた最悪の事態。これほどまでに、気持ちがかき乱されるのは、つまりそういうことなのだろう。こうなって初めて自分の気持ちに気づくとは皮肉なこともあるものだ。

あまりにも、神妙な顔をしていたのだろうか。

「どうかされましたか?」

「えっ?い、いや何でもないよ」

ピエールの声で我に返ると、慌ててその場を取り繕う。

「実はお話しなければならないことがあります」

こちらも深刻な話なのか、プックル以外の仲間達が俺を取り囲むようにして腰を下ろし、

「昨夜、ユイ殿が我らの所にいらしたのですが・・・」

珍しく言葉を濁すピエールに代わってサイモンが口を開く。

「ちと、話が曲がってしまってな。多分、あの娘は誤解しておる。スラリンの口を封じにかかったのが裏目に出てしもうたんじゃ」

「ゴメン・・・何の話か全然分からないんだけど?」

「トキマはまだマリアさんがスキなんだよね!?」

「はい!?」

さらに横からスラリンが割って入るのを、ピエールが上から無理やり抑え込み口をふさいでいる。モコモコと体を震わせながらそれに必死に抗(あらが)おうとするスラリン。

「お主は少しの間、黙っておれ。 つまり、あの娘は巫女殿のことをトキマ殿が未だ忘れられずにおると思っているのじゃ」

事はかなり複雑になっているらしい。サイモンの説明を一通り受けた俺は、天を仰ぐことしかできなかった。




 同刻。

仲間達の野宿場から少し離れた所にある岩場では、少しずつ雲がかかりゆく夜空の下でユイとリュカが腰を下ろしていた。

「今さらこんなこと言うのって少し恥ずかしいんだけど・・・」

何かを決意したかのような表情はこの暗さでも容易に判断できた。
その姿に圧倒されるような、惹かれるような今まで感じたことのない緊張感にリュカは包まれていた。

「な、何かあったんですか?」

「あの・・・教えてほしいの」

「教えるって何を?」

「だから・・・その・・・」

二人のシルエットが、雲に隠れながらも薄らと滲む月明かりに朧げながら照らし出されている。
もじもじと中々、話を切り出そうとしないユイにリュカは困惑の色を隠せない。

「私に魔法を教えてほしいの!」

「へぇ?」

同じ人間なのに少しも魔法の匂いを纏っていなかったユイが、気がつけばうっすらとその気配を漂わせている。今の今まで気がつかなかったリュカは、そう言われて初めて彼女の身に起きた変化を感じ取った。

「だから、私に魔法を教えてくれない?」

「ええ、いいですよ。でも突然どうしたんですか?」

「私も皆の役に立ちたいのよ。今日、占い師のお婆さんに会ったんだけど、私にも魔法が使えるかもしれないって言われたの」

トキマの用事とは何か気になっていたがリュカだったが、まさかそんなところに行っていたことが、こんな時に分かるとは。一番意外だったのはルリに会いに行っていないという事だったのだが。

「朝早くからトキマとどこかに行ったと思えばそんなところにいたんですか」

リュカはその微笑みを少しも崩さずに言葉を続ける。

「分かりました。それじゃあ、まずは・・・・・・これを食べて下さい」

「こ、これ・・・何?」

リュカの手のひらには、腰の道具袋から取り出された梅干しほどの物体が乗っている。

「『不思議な木の実』って言うんです。大丈夫、ちゃんと食べられますよ」

木の実にしては大きく、不思議なと言うだけあって、その外見は好んで食されるようなものではないことは容易に判断できる代物である。

「これを食べればいいのね?」

恐る恐る、手に取って一気に口の中へと放り込むと、両手で口を抑え込み目をギュッと閉じてゆっくりと噛みくだしていくユイ。その豪快な食べっぷりをリュカはじっと見つめている。やがて、飲み込んだのかユイが早速、口を開く。

「ちゃんと飲み込んだわ。さぁ、これで教えてくれるんでしょ?」

「それじゃあ、次は――――――」





 彼らの秘密の特訓が終わり仲間の所に戻って来たころには、すでに全員が眠っていた。今夜は特別に冷えるのか、少々肌寒い。トキマが毎晩、馬車を守るように車輪に寄り掛かって眠ってくれているのをユイは知っている。今夜も例外なく馬車の車輪に寄り掛かり眠るトキマに、馬車の中から毛布を取り出してそっとかけてやると、ユイは再び馬車の中へと消えていった。



 最近の早起きが体に染みつき始めたのか、明け方になると目が覚めるという日本にいた時にはまるで縁のなかった特殊能力を会得したのかもしれない。いつものように、ピエールと早朝の鍛錬へと向かう。少し前とは随分と動きが変わってきたとピエールのお墨付きももらい気分上々の俺だったが、やはり昨夜の一件が頭から離れることはなかった。いつもなら、俺たちが戻る頃には起き始めるユイの姿もまだ見えず、さらにはプックルに寄り添うようにして眠っているはずのリュカの姿も今朝は見当たらなかった。仕方がないので、ピエールと自炊の用意を始めるため馬車の屋根に積んである薪を取ろうと御者台に上った時だった。リュカとユイが手にバケツを持って楽しげに帰ってくるが見えた。リュカは俺に気づくと片手で手を振ってくる。俺も振り返すが、どれだけ顔が引きつっていることだろう。

「おはよう!ユイさんと水を汲みに行ってたんだよ」

「ありがとう。こっちも、ちょうど火を起こすところだったんだ」

何も聞いていないのに、涼しげな笑顔でそんな報告をよこすリュカ。誤魔化すならもっと上手にやればいいものを、ここまで分かりやすいとどう反応してやればいいものか。ただ一つ言えることは、婆さんのアドバイスに従ってユイが行動を起こしたのは事実であるということだ。

ルラフェンの南をパトリシアは淡々と進んでいく。朝からどんよりとしていた雲は次第に雨雲を運んできつつあった。まだ昼だというのに、馬車の中はランプを必要とするほど薄暗い。徐々に雨脚も強くなっていくようで、バケツをひっくり返したようという言葉を絵に描いたように外は雨と風が乱れ飛んでいる。こんな状況の中でパトリシアを歩かせ続けるのもどうかと思ったが、きっと彼女は足を止めたりはしないだろう。彼女はこちらの心を読んでいるかのように行動することを知っているからだ。なんとなくそんな気がするだけだが当たっているだろう。他に彼女がその足を止めるとするならば、腹が減った時くらいであろうか。

リュカとピエールは恒例の道具整理、ユイとスラリンは地図を見ながら談笑、サイモンは抜け殻と化しているし、プックルはゴロゴロと喉を鳴らしながら眠っている。俺もユイ達の話に混ぜてもらいながら、一人物思いにふけっていた。

オラクルベリーで婆さんに言われた一言一言を思い返しては、これからのことを考える。天空の勇者がこの世界にいない以上、どうしろというのか。いないものを探すことほど空しいことはないだろう。第一に、こんなことをどうリュカに説明すればよいのか。天空の勇者探しはリュカの人生の目的でもある。何よりも、パパスさんはその勇者を探すために幼いリュカを連れ世界を旅していたのではなかったか。結果、パパスさんは命をも落とすことになり、その使命をリュカが受け継いで今に至るのを、どうして『あなたのお父さんのしていたことは無意味でした』などと言えよう。

ガタンッと何かに躓(つまづ)くように、パトリシアがその歩みを止める。魔物ならば雄たけびを上げるはずの彼女はその様子もない。馬車の外を覗いてみると絶え間なく降り注ぐ雨の中、ランプを掲げる神父が立ちはだかってその進路をふさいでいる。慌てて降りて行き状況を確認する。

「どうかされたんですか!?」

この時には雷も混ざり始め、大声で叫ばなければあらゆる声はその雨音と雷によってかき消されてしまう。紫色の帯を纏い、その自然の脅威は辺りに轟音を響かせる。

「この先は川が氾濫して今は危なくて進めないんだ!そこに宿屋があるから落ち着くまではそこにいなさい!私が案内しよう!!」

神父に促されるまま馬車を納屋の中に入れさせてもらうと、俺達は小さな宿屋の中へと転がり込んだ。もちろん、スラリン達は馬車で待機してもらっている。宿というよりも普通の民家をそれらしく見せているような大きさである。メインとなる宿の隣には小振りな教会に併設されたおそらくはここのオーナー一家の住まいであろう家とつながっている。暖炉の前のテーブルに座らされると先程の神父が口を開いた。

「いやぁ、急にすまなかったね。この先はとても行けるような状況じゃないんだ。この嵐も明日には収まるだろう。それまで我慢してくれ」

「僕たちのためにご迷惑をおかけします」

「全然、気にしないでくれ。この嵐だからね・・・それに君達に気づいたのはそちらにいらっしゃるシスターだ」

神父に紹介され、同じテーブルに座っていた少し年老いた淑女が椅子から立ち上がり礼をしてみせる。なんでも、海辺の修道院からサラボナまで行っていたそうで、今はその帰りだという。サラボナの大富豪、ルドマンの一人娘であるフローラという綺麗な女の子がつい最近まで修行中だったらしく、その彼女を故郷まで送っていった帰りだそうだ。残念ながら、俺たちが流れ着いた時にはそんな人は見かけなかったので、ちょうど入れ替わりになってしまったようである。その後も俺達はサラボナまでの行程とサラボナの街並みを詳しく聞かせてもらった。サラボナはここから三日とかからない位置にあるということらしい。

暖炉を囲んだ夕食も終わり、半ば無理やり礼拝に付き合わされたあと、一階の部屋に案内された。ユイとシスターは二階の部屋を相部屋として使うようだ。夜が更け、雨脚が弱まってきても俺の意識が甘くなることはなかった。先程までリズムよくカラカラと窓を叩いていた雨に代わり、風が目立ち始めている。誰もいなくなった一階のリビングへと静かに出て行くと、壁にかかった証明用の蝋燭に一つだけ火がともっている。どうでもいいことだが、この世界の蝋燭は信じられないほど長時間使えるのだ。原理はよく分からないが、おそらくは魔法を利用したものなのだろう。

「明日、寝坊したら置いて行くわよ?」

テーブルに腰掛けて、ぼぅーっとしていた俺に背後からユイの声が突き刺さった。何もやましいことはしていないのだが、こういうシチュエーションで声をかけられると慌ててしまう自分が情けない。

「大丈夫だよ。最近、早起きの癖がついたみたいでさ。今まで、遅刻ギリギリの生活しかしてなかったのに、不思議だよ」

「ふふふ。そういえば最近は朝が早いよね。剣の練習は上手くいってるの?」

「な、何で!?そんなことないけど。ははははは・・・・」

「もう・・・隠すことないのに。朝からピエールと薬草採集なんておかしいと思ったわ」

「そっか・・・。そうだよな・・・」

「どうしたの?今日一日、何か変よ?具合でも悪い?」

「いや・・・何でもない。大丈夫、本当に何ともないからさ」

「ふぅん・・・。ならいいんだけど」

そう言いながら、ユイは俺の額へとその手の平を当てる。ひんやりとした感触が心地良い。

「やっぱり、何だか熱っぽくない?」

ユイは額から手を離し、両手で俺の頬を挟むと、

「早く寝なさい。これは命令よ。前に聞いたけど、年上の言う事には素直に従うっていうルールがあるんでしょ?」

と俺の顔を覗き込んでいる。
ヘンリーが作り上げた謎のルールが今も健在であると知れば、ヤツは手を叩いて喜ぶに違いない。むしろ、あれはルールだったのか。っていうか、ユイにそんな事を教えた奴は誰だ!

 俺が大人しく部屋へと戻って行く一部始終をユイの視線が俺の背中を捉えている。そもそも彼女は何をしに一階まで降りてきたのか。ベッドにもぐりこみ、ユイのひんやりと心地よい手の平の感触を思い出してみる。天使のような微笑みを向け、すっきりとした手指に包まれる頬の感覚は生々しく容易に消えそうにない。ただ、これ以上モヤモヤとした『何か』を溜め続けるには、俺の心はあまりにも脆く、未熟であった。






[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第二十九話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/11/30 00:03

 夜が明けると、昨日の嵐が嘘のようにすっきりと晴れ渡っていた。食事込みの宿泊で10Gという破格の値段でチェックアウトを済ませ、早速サラボナへと向けて出発する。

空は雲ひとつなく、鳥は昨日までの鬱憤を晴らすかのように清々しく鳴いている。しかし、足元は相当ぬかるんでいて、辺りには大木が平気で何本も横たわっていたり、沼でもなく池でもなくといった草原地帯が広がっている。整備されているはずの街道も『道』の部分を見分けるだけでも一苦労である。

「あっ!あれだよ!サラボナに通じる地下街道があるってシスターが言ってた」

前方に大きなトンネルが口を開けている。しかも、そのトンネルの横には人だかりまでできている。距離にして俺達から十数メートル。躊躇なくその集団の横を通り過ぎようとした時、

「おい!ちょっと、停まれや」

急にその集団の中にいた男が大声を上げた。

「お頭ぁ、間違いねぇです!こいつらあのガキの仲間でっせ!」

「あのぅ・・・何の話ですか?」

リュカはのんびりと対応しているが、馬車の中からでもその緊迫感は伝わってくる。ユイに絶対出てこないように言いつけ、スラリン達にそのまま残る事を頼むと馬車から飛び降りる。

「あ、トキマ!この人たち知ってる?」

「てめぇ、ぶっ殺すぞ!?」

誰とでも普通に会話できることがいい事なのか悪い事なのか考えさせられる一瞬である。
後ろの方から、長い棒に狼の頭蓋骨とその毛皮を旗印のように掲げる男と、さらに一回り体躯の良い男がゆっくりと現われた。知っているも何も、ポートセルミで農夫に絡んでいた『山賊ウルフ』と名乗った男である。集団からそのお頭だけが数歩前に歩み出る。

「兄ちゃん、随分と遅かったじゃねぇか・・・。あぁ!?」

リュカと並ぶ俺に男はゆっくりと近寄ってくるのに呼応して、周りにいた手下たちが指笛や持っている武器を打ち鳴らしはやし立て騒ぐ。

「てめぇのせいで、アジトも捨て移動せにゃならん大損害だ。ポートセルミ周辺は長年の縄張りだったんだ。きっちり落とし前はつけさせてもらうぜ?」

辺りを静寂が包む。

「何とか言ったらどうなんだ!?詫びを入れりゃ、半殺し程度で済ませてやるつもりだったが―――」

その時、馬車の中からプックルが颯爽と飛び出した。太陽を背に馬車から飛び出すその姿はまさしく、『黄金の獅子』である。

「キラーパンサー!?そうか・・・てめぇらも魔物とグルか!!丁度いい。いいか、こいつらを俺達の名誉を散々に踏みにじったバカ貴族共への土産にしてやろうぜ!!」

手下たちは勇ましい鬨の声を上げ、その興奮は頂点に達しつつあった。

「やっちまえ!!」

頭のその声を合図に十数人の手下たちが殺到する。それに一瞬の遅れもなくリュカは呪文の詠唱へと移る。

「バギマ!」

両手を重ね正面に突き出したリュカの手から、強烈な風の渦が嵐のせいでぬかるんでいる泥を巻き上げて山賊達を包み込み、その隙に間合いを取って身構える。パトリシアも状況を判断したのか、俺達と同じく間合いを取っている。

「お、お頭!やつらが魔法を使えるなんて聞いてねぇっす!!」

「魔法がどうした!怯むな!所詮はまやかしだ!!」

外の騒ぎに耐えられなくなったのか、スラリン達も飛び出し乱闘騒ぎに拍車がかかっていく。視界を奪われ、気迫だけで突っ込んでくる数人の山賊達。闇雲に振り回す武器を避け、鞘ごと抜いて山賊の腰を打つ。

「ぬふッ!」

山賊の一人をダウンさせると、横からスラリンの魔法の詠唱が続く。

「ニフラム!」

その直後、縦横関係無く振り回していたお頭のハンドアックスが光に包まれるとそのまま姿を消していった。スラリンはどうだと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべ跳ねている。

「何だと!?」

片手で目を押さえながら、もう片方で宙をまさぐるお頭の手に偶然横にいた手下の首がフィットすると、そのまま持ち上げられ鳥のように澄んだ青空へ羽ばたいていく。

「お、お頭!俺です!!お頭ぁー!!」

そして勢いよく泥の中へダイブしていく手下。
さらに視界を奪われたままのお頭にプックルがじゃれつくかのようにのしかかっていく。
一方で、リュカの呪文によって怯んでいた残る山賊達はサイモンとピエールと乱闘中である。

「イオ!」

ピエールの爆発呪文が轟音と共に地面をえぐり、再び泥を巻き上げると、怯んだ山賊達にサイモンの文字通り『鉄拳』が炸裂する。山賊達の必死の抵抗も、サイモンの鎧に乾いた音を残すのみである。すでにお頭も含め半分以上はダウンしているがまだ抵抗を続けようとする者もいるようで、その内の一人が少し離れたところで観戦中だったユイに飛びかかっていく。馬車の中にいるものだと思い込んでいた俺は完全に出遅れた。この距離では間に合いそうもない。それでも体はその山賊に向かって駆け出しており、もしもユイに何かあったら鞘打ちではなく斬り伏せてやろうかと柄に手をかけた瞬間だった。

「来ないでっ!!」

すらりと伸びた指先から小振りな氷の結晶がいくつか放たれ山賊を包み込む。ユイまでもう一歩と言うところで地面に膝をつくと、彼は水分をたっぷりと吸い込んだ大地に身を投げ出していった。ユイが魔法を使う瞬間など、世界で二番目に見たくなかった光景だ。


 プックルの遊び相手から解放されたお頭は、半ば放心状態である。乱闘騒ぎは沈黙に向かい、その他の山賊達もぐったりとしている者や好きにしろとでも言いたげに座り込んでいる者が散見される。

「殺さねぇのか・・・?俺達を始末しないとお前たちが貴族共から仕打ちを受けるぜ?」

お頭は泥だらけの状態で、そう問いかけてきた。

「何か勘違いされてるようですが、俺達は貴族とは何の関係もありません。殺しもしませんし、何よりもポートセルミで手加減してくれたお返しです」

こんな優等生な回答を自分ができることが意外だったが、今ならば、素直にそう思う事が出来る。

「へッ・・・!天下の『山賊ウルフ』がガキに完敗か・・・」

「もう山賊なんか止めて、みんなできちんとした仕事をした方がいいですよ!お金なら僕達が貸してあげますから」

リュカは必死に、働くことの素晴らしさを説いている。だが、一つだけ言いたいのは、お前だってまともな仕事なんてしたことがないだろう、ということだ。さらに付け加えるなら、勝手に金を貸す約束なんてしないでくれ。

「俺達から仕事を奪ったのは貴族共だ!ここにいる連中はみんな元々、アンタの言う真っ当な職についてたヤツがほとんどだ。船乗りに兵士、傭兵に丁稚※(でっち)。かく言う俺も、元は船乗りだ」

いつの間にか、泥に沈んでいた山賊達が次々と集まっている。

「ラインハットのババァが各国との交易船を廃止して、貴族が私兵を持つことを禁止してからというもの、どんどんと俺達みたいな境遇のやつらが増えていったんだ。仕事を失くし、まるで物を捨てるかのように俺達を切り捨てていった。魔法が使えねぇヤツは特にな。十数年前の旗揚げ当時はラインハットのババァに尻尾振ってた時期もあるみたいだが、俺達はもう奴らの言いなりにはならねぇ。もとは『山賊ウルフ』って言いやぁ、国の軍隊さえ躊躇するような大勢力だったのさ。今じゃ、『光の教団』とやらに鞍替えする連中が多いがな・・・」

「光の教団・・・」

リュカの表情が険しくなっていく。

「ああいう胡散臭ぇ話は身の毛がよだつぜ。奇跡とか何とか言ったって、所詮はちんけな魔法なんだろ?結局、ここにいる俺達が最後の『山賊ウルフ』ってわけよ」

「でも、今は交易船も出てるし、何よりもラインハットは今、ヘンリーとデール王が治めてますから安心して戻ってください。きっと僕のことを話せばヘンリーも――――」

「アンタは分かってねぇな・・・。いまさらどの面下げて戻れってんだ!俺達は絶対に貴族共に二度と使われることはねぇ!!化け物とグルのラインハットのババァに頭を下げるなんてまっぴらゴメンだ!!」

この様子ではリュカの話を全く聞いていなかったのだろう。

「ただ・・・こうして泥まみれでアンタ達を見てると、カタギの頃を思い出すぜ。それにお嬢ちゃん一人掻っ攫えないなんて山賊失格かもしれねぇしな・・・」

「そんなことないっす!お頭ー!!」

「お頭!俺は一生、ついて行きやすぜ!!」

「ワテもやで!!」

先程のダメージがもう回復したのか、みんな大いに盛り上がっている。武器を手に空高く掲げ、泥臭く人間臭い彼らの手はまさしく生きている手であった。

「お前ら・・・。よし、分かった!今日の、今、ここから『山賊ウルフ』の新しい出発だ!!文句のあるヤツはいねぇよな!?」

「「おーッ!!」」

「ってなわけだ。俺達は腐っても山賊として生きていくしかないみてぇだな・・・。だが、これからはアンタ達みたいな山賊を目指させてもらう」

俺達みたいな山賊とはどういうものなのか。魔法を習得し魔物を飼いならして、道行く人々を襲おうとでも言うのだろうか。

「心配しなさんな。きっちりみんなで『山賊ウルフ』の進む道を考えるさ。それと・・・お嬢ちゃん、この前はすまなかったな。許してくれ」

「いいんです。貴重な経験もできたし・・・。あと湯浴みはきちんとしないとダメですよ。男の人の嗜みです」

「んぁ?はっはっはっはっはっは!随分、胆の据わったお嬢ちゃんをつれてるもんだぜ。はっはっはっはっはっはっは!!」

その場にいた誰もが清々しい空気に包まれていた。たとえどんなに泥臭い格好をしていようと、むさ苦しい男たちが集まっていようと、俺は断言する。今、これほどまでに清々しい空気に包まれているのはあらゆる世界を通してもここだけであるということを。


「じゃあな。あばよ」

清々しく引き上げて行く『漢』たち。最後のお頭のウインクはさすがに気持ちが悪かったのだが。ただ、ラインハットの太后の圧政がパパスさん親子とヘンリー以外の人達にも大きな爪痕を残しているのを知った瞬間であった。


 サラボナへ続く洞窟も抜け、いよいよサラボナまであと少しという位置にまで近づいている。その証拠として、商人や旅人の姿が目立ち始めたからである。そして、その通り過ぎて行く人々を見て気づいたことが一つ。夕方になると、律儀に野宿の準備に入りそのままそこで一晩を明かす、ということが珍しいのだということだ。俺達が、テントを張り夕食を取って睡眠に移行するまで何人の旅人と商人が通り過ぎていったことか。恐らくは交替で見張りを付けるなりして夜通し進んでいくのだろう。個人の旅人もよほどのこだわりがない限り、お金を払い商隊の馬車に揺られ―――という者が多いらしい。だが俺達と同行したいなどという人間は今まで一人も現われてはいない。確かに、『地獄の殺し屋』とまで呼ばれるキラーパンサーを連れた俺達に同行人が現れるはずもなかった。

山賊達との心温まるストーリーから一夜明けて、今日もまたサラボナへと向かうため、パトリシアはその足を目的地へと伸ばす。眼前にどっしりと構える丘を街道沿いに登っていくと、驚愕の事実が判明した。丘の麓には大きな橋が河に架かっており、その対岸はすぐサラボナの街が広がっている。昨日の通行人のやけに珍しいものを見る目の理由の真髄を理解したような気がした。

『こんな街の入り口ともいえる場所で何をしているんだ』

と嘲笑う声が今にも聞こえてきそうである。




「サラボナについたらどうするんだ?」

「とりあえず、ルドマンさんに会って天空の盾をくれないか頼んでみるつもりだよ」

「でもその盾って家宝なんでしょ?そんなに簡単にくれるの?」

リュカの見識の甘さには呆れ果てるというほかない。戦闘での頭のキレを普段の生活でも発揮してもらえると嬉しいのだが。まぁ、そんなことをされると俺の出番がなくなるのでこれはこれでいいか、という境地に最近達しつつある。

「いざとなったら天空の剣を見せて―――」

「ちょっと待て!これとそれはセットだから下さい、なんて聞き入れてくれるとでも思ってるのか!?天空の剣を軽々しく人前に出すなんて反対だ!」

「もしもの時はの話だよ。それにまだ会ってもないのに分からないよ」

「そうね・・・とりあえず一回会ってから決めたほうがいいわ」

「大富豪がただの旅人に会ってくれる、と?」

「じゃぁ、どうしろっていうの?」

「それは・・・そんなこと俺に聞くなよ」

「もう・・・。結局、何もいい考えがないんでしょ?とりあえず行ってみるしか他に方法はないじゃない」

ユイの言うとおりだが、リュカの言葉に素直に従うのは何だか負けたような気がして、つい反論になってしまう。頭では分かっているが、それをユイがリュカ側に回るとなおさらである。


 丘を下り石で作られた巨大な橋を渡る。大都市サラボナへと続くその橋は横幅もかなりのもので、両岸には橋梁管理のための詰め所のようなものが設置してあり、橋のちょうど中央部分に当たる場所にはきれいな装飾を施された噴水まで佇んでいる。ぷっくりと円形に膨らんだ中央部は噴水と合わさって、おそらくはロータリーのような役目を果たすのだろう。ここまで来ると、都会の華やかな衣装に身を包んだ人々の往来が増え始め、河の対岸に広がるサラボナの色が次第に濃くなってくる。じりじりと夏も深まっていく中、大都会は俺達を迎え入れてくれたのであった。



※丁稚(でっち)・・・商人の見習い。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/12/11 01:38

                 ~サラボナ~

 「ねぇ?これなんてどう?」

その手には随分と露出度の高い服が握られている。オラクルベリーのカジノで踊っていた踊り子たちの服によく似た作りである。

「まぁ!よくお似合いです!まだまだ暑い日が続きますし、お客様にピッタリだと思いますわ」

ユイとサラボナの街で買い物を始めてすでに二時間は経過しているのではなかろうか。今、リュカはこの街の大富豪、ルドマン邸へと出かけている。リュカ一人では心配なので付いて行こうとしたのだが、

『大丈夫。僕一人でどうにかなるよ。皆で行くよりも一人で行く方が、旅人って信じてもらいやすくなると思うし』

きっぱりとこんな感じで断られた。確かにその通りなのかもしれないが、かなり不安なのは事実だ。代わりに俺が行ってこようかとも相談したのだが、断固として譲らないリュカを説き伏せるのは不可能に近い。そんなわけで、一人だけまともな装備を持っていないユイのために、現在買い物中なのである。

「ねぇ・・・?どう?」

試着室から出て来くるとその衣装は過激さを増したように思えた。ヘソ周りは完全に露出され、胸も装飾の施された際どいブラジャーに覆われており、肩の辺りも紐で編んで留められているだけだ。それらはユイの透き通るように綺麗な白い肌に絶妙なアクセントになっていると言っても過言ではないかもしれない。似合っている。とてつもなく似合ってはいるが、そんな姿で一緒にいられると色々な意味で俺の身が持たない。

「時馬!じっと見てないで何か言ってよ・・・」

「え?あ、あぁ。ゴメン、ゴメン。よく似合ってると思う。でもいくら夏だからって、ずっとそのままは少し寒いんじゃないか?」

思っていることとは違うセリフが口からこぼれ落ちる。真実などそう簡単に世界に出回るものではないのだ。

「そうねぇ・・・。それにこれで街を歩けって言われたら・・・ちょっと恥ずかしいかも。じゃぁ、こっちのローブにしようかなぁ・・・そっちのドレスも捨てがたいんだけど・・・」

次々に衣装を替え試着室から出てくるユイ。今まで普通の平服姿しか見たことのない俺にとっても結構楽しい時間であった。最終的に候補に残ったのが、

『魔法のローブ  2800G』

『テルパドール産皮のドレス  2300G』

の二つである。淡い蒼を主な装飾として施した白いローブか質素な作りながらどことなく気品あふれる皮のドレスか。この『テルパドール産』が値段にどれくらいの影響を与えているのかが気になるところではあるが、両方ともよく似合っているし、あとは本人の意思と旅費の関係だ。全体的に4000G弱の予算を考えれば、この後の買い物のことを踏まえ2300Gの方が経済的ではある。

「よしっ、こっちにするわ!・・・・・・いいよね?」

しっかりとローブを握りしめて、その瞳を俺に向ける。笑顔でGoサインを出してやると、ニッコリと微笑みを返し、そのままカウンターの方へと消えていった。6500Gという驚異の値が着けられた『サラボナ式・ダンサードレス(踊り子の服)』をその場に残して。

その後も、あっちこっちと街中を見て回ったが、どうにもユイとの距離が近くなるたびに鼓動が速くなり、体温が上昇していく自分がいる。さらには頭痛まで引き起こす始末。何もできない自分に腹が立つというか悶々とした時間が過ぎていく。だが、じりじりと照りつける太陽とは裏腹に俺の手を引いてどんどんと先を行くユイの手はひんやりと冷たいような気がした。




その日の夜。

「「ええっ!!」」

ユイと俺、二人の驚く声が宿のレストランに立ち上る。騒がしい喧噪の中立ち上ったそれは、同じく夕食を取っている周囲の人々の視線を集めるのに十分であった。

「どうしよう?トキマ・・・僕はどうすればいい?」

リュカの話を聞く限りではどうしようもなかった。
大富豪ルドマンは一人娘のフローラのために花婿の候補を募集していたらしく、そこに運悪くリュカが飛び込んでしまったらしい。屋敷にはフローラとの結婚を望む多くの人々が押し寄せていたという。




「おっほん!私がこの家主、ルドマンである。先日、私の一人娘のフローラが十年の修道院生活を終えこの家に帰って来た。そろそろ、あの子にも良き夫を迎え幸せになって欲しいのだ。ここからが本題なのだが――――」

ルドマン邸の居間を静寂が包む。ルドマンは少し芝居がかった動作で椅子から立ち上がると、

「ただの男に可愛いフローラをくれてやるわけにはいかんのだ!!よって、私から条件を出させてもらう。炎のリングと水のリング、言い伝えによるとこの二つのリングの前で誓いを立てた男女は生涯幸せでいられるという。君達にはそれを探してきてもらいたい。それを娘との結婚指輪にできた者こそを男と認め、家宝の盾を譲ろうと思っておる」

ざわざわと落ち着きを失くした人々に向かってルドマンの言葉が続く。

「私も鬼ではない。何の手掛かりもなく探せと言われても、それでは何年かかるか知れた話ではない。そこで、君達には私が知っているだけの手掛かりをやろう。さらに準備を整える足しになるよう少しの準備金も出す。いいかね?それでは手掛かりだが、炎のリングはサラボナからずっと南に進んだ先に見える火山の奥深くに眠っているという話だ。手掛かりと言ってもこれくらいしかないのだが、これが現在分かっている全てだ」

静寂を切り裂いて、ルドマン邸の居間の中央部から一つの手が挙がった。

「ん?そこの者。質問かね?」

集団からリュカが一番前列へと人をかきわけて歩み出る。

「ルドマンさん。家宝の盾を一度見せてもらえませんか?」

「何だと?家宝の盾をか?君はフローラよりも盾の方に興味があるというのかね?わっはっはっはっは!盾もフローラも全てはリングを集めてきてからだ。他に質問はないかね?」

次々と上がる人々の手。それに一つ一つ丁寧に答えていくあたり、ルドマンの人柄の良さを証明するものかもしれない。階段を慌ただしく駆け降りてくる音と共に澄んだ声が響き渡ったのはそんな時だった。

「皆さん、父の言う事を真に受けないで下さい!炎のリングが眠ると言われる火山は別名『死の火山』と呼ばれる危険な地域です。どうか私との結婚などに命を賭けたりなさらないで!」

『白薔薇のフローラ』

そう呼ばれるだけの容姿を備え、華奢な体つきの女性。しかし、その内側には真紅の燃えるような意思を宿しているかのようにも思える行動である。フローラの口から発せられた『死』という言葉はそれ以上の重みをもってその場にいた者たちの胸を突いた。

「フローラ。下りてきてはいけないと、あれほど言っておいただろう。これも全てはお前の幸せのためだ。それとも何だ?想い人でもおるのか!?」

「そ、それは・・・。でも指輪を揃えるだけでは幸せになれるなんて私は思いませんわ!」

「フローラ!いい加減にしなさい!!セーヌ、早くフローラを連れて二階へ上がりなさい」

セーヌと呼ばれたルドマンの脇に控えていたメイドは、戸惑いながらもフローラの元へと駆け寄っていくと、叱責を受け硬直しているフローラの肩を優しく抱いて、上の階へと消えていった。

「・・・・・・。お見苦しいところを見せてすまなかった。とにかく、準備金の300Gを受け取ったらすぐにでも出発するといい」

ルドマン邸の玄関口ではスーツに身を包んだ執事らしき中年の男がGの入った革袋を志願者に配っている。この中のどれくらいの人間が本当に指輪探しに出ていくのかは神にしか分からない。にこやかに袋を配り続ける男を見る限りでは、富豪という肩書を与えられた人々の金の使い方は一般人には理解できないのである。




一通り話を聞くとユイが最初に口を開いた。

「リュカ君はどうしたいの?」

「もちろん盾は欲しいけど・・・結婚なんて言われても・・・」

「盾も大事だけど、フローさんの事を聞いてるの。結婚する覚悟はあるの?」

「いきなり結婚なんて考えたこともなかったし・・・僕にもわからないよ。ただ、指輪は探してみようと思ってる。お金まで貰っちゃったし」

リュカはGの詰まった袋をテーブルに乗せると、溜息をつきながら両手で頭を抱え込んだ。

「トキマ・・・どうすればいい?」

リュカの目が俺を捉え、改めて問い直してくる。こんなに弱々しいリュカを見るのも初めてだが、そんな目で見つめられると、どうにかしてやりたくなってくるではないか。

「話を聞く限りでは、フローラさんって良さそうな人みたいだし、凄く美人なんだろ?」

真剣な表情でコクっと一度頷いたリュカを確認して話を続ける。

「ならそのまま結婚してしまうっていうのはナシ?」

「・・・・・・。結婚しても旅って続けられるかな・・・?」

それは恐らく無理だろう。大富豪の跡取りともなれば、商売の事を徹底的に仕込まれ、旅どころではなくなってしまう可能性が高い。いっそのこと、その資金力を動員して世界中に調査団や探検隊を送り込むという手もなくはない。しかし、そこまでうまくいくのだろうか。リュカの目は瞬きもせず、じっと俺を見つめている。明らかに助けを求める必死な目。その理由もよく分かる。自分の父親が殺される直前に息子へと託した世代を超えた願い。それを投げ出すことはできないリュカの気持ちは理解しているつもりだ。弟のような仲間のために、今まで助けてもらい続けた恩のために、咄嗟に閃いた作戦をリュカに告げる。

「分かった。指輪は集めて俺が持って行く。そしてフローラさんと結婚して盾を譲ってもらったらそれをリュカに渡す。これでどうだ?」

「だ、だっダメよ!そんな事!!」

突然、ユイが真剣な表情を向け、俺の考えた作戦を容赦なく切り捨てた。

「だってこれが一番いい方法だろ?リュカは旅が続けられるし、俺は美人な奥さんを迎えることができるんだ」

「結婚なんてそんなに簡単にしていいの!?女の子の気持ちを何だと思ってるのよ!!」

「・・・・・・。」

ユイにそう言われて反論はできなかった。少し冗談めいた作戦だっただけに、フローラさんの気持ちを全く考えていなかった自分に気づいたからだ。
だがそれは是非、ルドマンさんにも言ってやってくれ。

「ゴメン・・・僕のせいで・・・」

「・・・リュカは何も悪くないだろ。とりあえずリュカの言う通り指輪を探しに行こう。もしかすると途中で何か良い案でも思いつくかもしれないし」

「うん・・・。ありがとう」


結局、何も解決せぬままレストランをあとにして、各自部屋に戻っていく。部屋でも少しリュカと話してみたのだが、案の定、解決策が見つかることもなく延々と小田原評定が続くのであった。



・あとがき
モノの値段などについては突っ込みは入れないでくださいww
「まえがき」を更新しました。もしお時間のある方がいらっしゃったら、そちらの方もお付き合い願います。

厳しい批評やアドバイスもどんどん書いてやってください。
感想のお言葉もできれば『厳しすぎる⇒厳しい』くらいまで柔らかくしていただけると私自身が立ち直りやすくなりますw

このような駄文を読んでいただいて、ありがとうございました。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十一話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/12/25 17:32
 ガラガラと外はやかましく、陽も上りきっていないというのにサラボナの街の入口は人で込み合っていた。橋を渡りきったところ、すなわち街の入り口に居を構えるこの宿からは外の様子は丸分かりである。大勢の人々が馬車を操り街の外へとすごいスピードで走り去っていく。馬車を曳いていない人々も大きな荷物を背負い、負けじと橋を渡るのに躍起になっているのが見て取れる。大方の予想に反して、金を貰い逃げするような人間は少なかったようである。

「早く僕らも行かないと・・・トキマ!急ごう!!」

「ちょっと待ってくれ・・・今日はもう少し寝かせてくれないか?」

体が重く思うように言う事を聞いてくれないのだ。昨日の夜、話し込んだせいで睡眠不足になってしまったのかもしれない。そういえば、日本にいた時は毎朝こんな感じだったっけ・・・。

「・・・分かった。先に行ってるけど、できるだけ早めに降りてきてよ?」

バタンッっと勢いよく閉まるドアを見送って、再びベッドに横になる。ウトウトとはするものの色々な問題が頭を駆け巡り、思うように眠ることができない。


そして、一瞬意識を失った時だった。


「トキマ!まだ寝てるの?もう朝食も片付けられちゃったよ?」

リュカが再び勢いよく入ってくる。今度はユイまで一緒である。一瞬しか意識は途切れていなかったはずなのに、それほど時間が経っていたことの方がよっぽど俺の関心を引いた。

「はぁ・・・何でこんな日に限って寝坊なのよ・・・」

露骨に溜息をついて見せるユイを眺めているだけで、鼓動が速くなり体が熱くなる。もう俺はお終い(おしまい)じゃないのか。こんなことくらいで呼吸まで苦しくなってくるとは。

「・・・なんだか顔色がおかしくない?赤いわよ?」

そう言われればさっきからずっとこんな感じだったような気もしてくる。

「大丈夫・・・すぐに起きるから・・・」

起き上がりかけた俺の額にユイの冷たい手のひらが覆うように乗っかって、そのままベッドに優しく戻していく。

「やっぱり・・・。時馬は熱があるみたい。今日は動けそうにないわ」

「そうなの!?大丈夫!?シスターを連れて来た方がいい!?」

「リュカ・・・あまり叫ばないでくれ。頭が痛いんだ。それより俺の事はいいから、早く指輪を取りに行ってこいよ。大丈夫、気分が良くなり次第すぐに後を―――」

「ダメよ。じっとしてなさい。私も残ってあげるから」

「!!」

俺とユイのやり取りを笑顔で眺めていたリュカの顔が段々と意味深な笑みを浮かべ始めている。

「ユイさんが残ってくれるなら安心だ。馬車は置いて行くから元気になったら追いかけてきてよ」

「何言ってるんだよ。どうせまだかなりの人が残ってるだろうし、昨日行きそびれた人や、話に乗り遅れた人がまだまだルドマンさんの所に行くはずだ。最悪、その人達を捕まえて後を追うよ」

「遠慮しなくていいんだ。それに馬車があった方がトキマ達だって追い付きやすいだろうしね」

リュカは一方的に話をまとめると俺の言葉を聞きもせず、すぐに飛び出していった。一刻も早く死の火山に向かいたいのだろう。確かに他の花婿候補者に先を越されてしまっては一大事だ。しかし、火山には魔物が棲みついているというらしいのでそう簡単に手に入れられるわけもないのだが。リュカのいない宿の部屋にはそのまま呆気にとられた俺とユイが残されている。

「そのまま寝てて。水と何か食べ物貰って来るから」

くるっと踵を返すと、そのままユイも部屋から出て行ってしまった。一人取り残され手持無沙汰になった俺は暇つぶしにと、ベッドの横に置いてある鞄を左手で引っ掴み、中をゴソゴソと弄(まさぐ)ってみた。すると、とっくに機能を停止した携帯や中身の空になった財布が姿を現す。それらを眺めながら今までの出来事を記憶の中から引っ張り出してはしまっていく。続いて小さな革袋が俺の手のひらに滑り込んでくると、懐かしいような、寂しいような感情と共に袋の中から小さな銀色の薔薇の飾りが躍り出た。ルリの屈託のない笑顔を思い出すと、自然に力が湧いてくるような気がするから不思議である。遠い昔の思い出に浸る様にぼんやりしていると、それらの出来事がごく最近のことであるということに気づくことすら時間がかかってしまう。

「何を一人でニヤニヤしてるのよ」

気がつくとユイが真横に立っていた。慌てて鞄の中にしまい再びベッドの横へと置きなおす。するとユイは脇に置いてあったテーブルから椅子をベッドの隣へと動かすとそこに座り込んだ。

「はい。水と果物を貰って来たわ」

「ゴメン、ありがとう」

「やっぱり体調悪かったんじゃない。昨日だって無理して私に付き合ったりするからよ」

そう言いながら布に水を浸して額へと置いてくれる。

「別に無理なんかしてないよ。結構楽しかったし・・・」

「ふふふ。そう?」

ユイの笑顔が輝いて見えるのは、ベッド脇の窓から差し込む陽の光のせいだけだろうか。男は弱っている時に優しくされると惚れ易くなるなどと言うが、本当なのかもしれないとどうでもいい事を思い出したりもした。彼女の仕草を一つ一つ見ていて飽きないというか、安心するというか、胸の奥がほんのりと暖かい『何か』に包まれている。

「あのさ・・・山賊と揉めた時、魔法使っただろ?あれってどこで覚えてきたの?」

「えっ・・・?えっと・・・その・・リュカ君に教えてもらったのよ。時馬が連れてってくれた占い師のお婆ちゃんいたでしょ?その時に魔法が使いやすくなる御呪い(おまじない)みたいなのをしてもらったの。お婆ちゃんはベネットさんのところで浴びた古代魔法の光が原因じゃないかって」

あの婆さんにそんなことができるなんて初耳である。婆さんの顔を思い出し、自分が戦士に転職した時の事を思い出してみる。ひょっとしてユイは魔法使いにでも転職させてもらったのだろうか。それに爺さんのところで浴びた光が原因なら、俺にも十分可能性は残されている。

「トキマだってピエールと秘密で特訓してたでしょ?だから私も内緒でリュカ君に魔法を教えてもらってたの。私だけ何もできないんじゃ、悔しいじゃない?」

「そっか。『魔法』か・・・」

幾分か芝居がかって窓の外を見ると、朝の空気と陽の光を纏った小鳥が二羽、無限且つ有限の世界を気持ちよさそうに泳いでいる。

「せっかく魔法を覚えたんだから、次の野宿の時は馬車の中は俺だよな?」

「女の子を外で寝かせる気なの!?」

ユイは声のトーンを半分上げると、悪戯っぽく微笑んで見せた。

彼女が魔法を習得した事によって、パーティ内で魔力を持たないのは俺だけになったのだが、数日前の俺なら恐らく劣等感に支配されていただろう。しかし、今は不思議とそんなことはどうでもよく、ほとんどの事柄をどっしりと受け止めることができるような気がする。これも全てはベネット爺さんのおかげかもしれない。

こんな平和なやりとりを俺達が宿屋の一室で交わしている間に、運命はゆっくりと、しかし確実に動き出していた。



 綺麗に整った橋を渡り、サラボナの街に入ると最初に目に飛び込んでくるのは数多(あまた)の旅人の足を休ませてきた宿、『サラボアーノ』である。その宿から勢いよく飛び出してきたのは、旅支度を整え父の形見の剣を背負ったリュカである。周囲のお祭り騒ぎのどさくさに紛れて、宿の入口で彼を出迎えたのは以外にも静かに佇む一体の鎧であった。

「・・・!サイモン、こんなところで何を!?」

「いやぁ・・・この騒ぎが何なのかスラリンがどうしても気になると言うのでな・・・。そう言えばトキマ殿とユイ殿はいかがなされた?」

「トキマは何だか熱があるみたいなんだ。だから、ユイさんと残ってる。今日は僕らだけで出発することになりそうだよ」

「えっ!?じゃぁ、ボクたちおこられずにすむね」

声の主は魂の宿った動く鎧の主ではなかった。サイモンがおもむろに甲冑の面を上げると中にはギュウギュウに押し込められたスライムが姿を現した。その珍妙な光景に思わず吹き出しそうになったリュカは、周囲を見回すと慌ててその面を勢いよく下げた。

「あんまり派手に動き回っちゃダメだよ?」

「はーい。トキマはすぐにダメだっていうんだ。サイモンならイイっていうクセに・・・」

愚痴をこぼすスライムに少し同情の念が湧く。と同時にトキマがスラリンに厳しく言いつける姿が容易に想像できることが、互いに良い信頼関係が構築できている証なのかもしれないとリュカは思った。

昨夜は宿の脇に綺麗に整列して停められていた馬車がすでにほとんど出払っている。自分たちの馬車に戻り早速出発準備を整えるのだが、これがまた上手くいかないのである。今回は足での移動になるのでそう多くの荷物を持って動くことはできないのだが、みんなの要求を呑んでいくと結局は馬車を曳いて行かなければ収まらないほどの量になるのであった。とりあえず、野宿道具やその他必要品目をプックルの背に託し各々の準備を整える。テントや鍋、ランプに毛布など様々な荷物を一身に任されたプックルは嫌がるわけでもなく、しかしどこか気だるそうにその腰を上げた。

馬車を降りた一行は死の火山を目指す。出発にモタついたせいか、あるいは勇み足で飛び出していく人が多いのか、再び大通りにやって来たころには辺りは徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。それでも、結婚レースに乗り遅れまいとする者は次々に現れるようで、そういう者たちが少数ではあるが橋の前に屯(たむろ)している。リュカはふと大通りに面した宿の一室に目を向けた。開け放たれた窓にはレースのカーテンが風に揺られている。そう、トキマの病室と化している部屋である。今まで、自分一人で外の世界に触れたことの少ないリュカにとって、魔物の仲間達だけでの出発はどこか心もとない。しかし、幼少期にプックルと世界を駆け回っていた頃の新鮮な好奇心が、忘れかけていた胸の奥の記憶から十年目の帰還を果たしたのを確かに感じていた。

「いかないの?」

「え?あ、うん。そろそろ行こうか」

未だサイモンの中にいついているスラリンの言葉で、意識を十年前から今へと戻し、歩き始めるリュカ。金属音を周囲にばら撒きながらサイモンが先頭を行き、その後をリュカ、さらにその足元を頼りにプックルが進む。ちなみにサラボナを出るまでの応急処置としてラインハットで貰って来たテントの生地をプックルに被せ、その中にはピエールが隠れている。慣れない都会の空気が、この時ばかりは『また帰ってこいよ』と言わんばかりに優しく頬を撫で、街の喧噪にも不思議と疎外感を感じない。


「誰かお願いします!その犬を、リリアンを止めてっ!!」

突如、響き渡った澄んだ声。辺りにいた者が一斉に声の主へと目を向けた。青く艶のある髪を振り乱しながら、息を切らして一人の女性が猛然と走ってくる。走ってくるというよりも、何かを追いかけているという方が正しいかもしれない。彼女の目線の先には白い大きな犬がおり、その犬はリュカの後ろを歩くプックルまであとわずかという距離に迫っていた。

「お願いです!誰か―――」

女性の悲痛な叫びを聞いて、振り返ったリュカは自らに迫る白い塊を見た。押し倒されるようにその白い毛むくじゃらを受け止めると、『バゥっ、バゥっ』と吠えるそのものの正体の全貌が明らかになった。ふわふわの白い毛に包まれた大型の犬がリュカの顔を舐め回し、尻尾をちぎれんばかりにぶんぶんと振っている。

「あははは!くすぐったいよ。ほら、ご主人さまが待ってるみたいだ」

リュカはじゃれつくその犬を抱きとめて飼い主の方へと送り出してやるが、再び戻ってきては体を擦りつけている。

「はぁ、はぁ・・・。あ、あの・・・お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫です。それにしても、すっごく元気な犬なんですね」

リュカの笑顔の先には昨日、ルドマン邸で見かけたフローラが立っていた。額には大粒の汗を流し、乱れた青い髪が女の色っぽさを醸し出している。

「リリアンは普段は大人しい子なんです。でも、今日は朝から少し様子が変で・・・」

「気にしないで下さい、フローラさん」

「どうして私の名を・・・?もしかして、昨日私の家にいらしていた―――」

改めて見ても、美しいという事は一目瞭然である。ただ昨日よりも遥かに近くで見る彼女は美しいという表現よりも可愛らしいという方が似つかわしいのだと、この時リュカは思った。

リュカの足元をくんくんと嗅ぎまわっていたリリアンは、場の空気に馴染んでただモノに徹しようと潜むプックルを探し当てた。プックルを覆っているテントをくわえ、勢いよくフローラの胸に飛び込むリリアン。当然のように、中に潜んでいたピエールとプックルの正体は周囲に晒されることになったのである。近くを通りかかった花婿候補の者たちはこれぞ絶好の機会と、取り囲むようにして集まってくる。指輪を探しに行くよりも当事者のフローラと恋仲になる方が明らかに手っ取り早く、危険性も格段に低いということを花婿候補者の誰もが感じていたことであろう。街中に突如として現われた魔物達は『襲われている女性を助ける男性の図』を演出するにはもってこいの存在となったのである。そして、さらには一連の騒動を見ていた市民までが集まってき始めた。リュカ達の脳裏をカボチ村での一件がよぎる。

「お嬢様!そいつが連れているのはキラーパンサーです!!早くその場を離れて下さい!後はこの私にお任せを!!」

集まってきた内の一人がそう叫ぶと白昼堂々、街の中で白刃を煌めかせる。それを合図として、とり囲んでいる者達は一斉に自らの力の象徴をゆっくりとその器から解き放った。それに対するピエールはいつの間にか、大人しく座り込むプックルの上で盾を構えているし、サイモンは柄に手をかけている。相変わらずスラリンはその中であるが。

「待って下さい!彼らは魔物だけど、人を襲ったりなんて絶対にしません!信じて下さい!!」

リュカの説得にも聞く耳を持とうとしない貴族風の衣装に身を包んだ花婿候補の一人が、遮るようにして口を開く。

「だから何だ!魔物は存在自体が悪だ!世界を見てみろ!多くの人が家を焼かれ、殺されている現実を見ろ!仮に今はそいつらが人を襲わないにしても、いつかは必ず人間に仇名(あだな)す事になるんだッ!!」

「そんなことはない!!獣とだって分かりあえるんだ。いつか必ず、絶対、魔物とだって分かりあえる日が――――」

「いい加減に目を覚ませッ!!」

詰め寄ってくるその男はリュカの喉元にすらりと伸びた細身の刀身を突きつけ

「お嬢様、ここは危ないので早くお屋敷へお戻りになって下さい」

と笑顔でフローラに告げた。対するフローラは怖気づきもせず、ゆっくりとその男に近づくと剣を突きつけている腕に優しく艶やかに左手を添えると、囁くように、しかしはっきりと告げた。

「神は全ての生けるものに平等なご加護をくださいます。もし、それが不服なら我が家にいらして下さい。父はあなたを納得させるだけの答えは持っているはずですわ」

その言葉を聞き背筋が凍るような思いをした者がここにどれほどいるのだろうか。少なくとも、突きつける剣の切先を震わせている目の前の男は十分な恐怖を味わったのではないだろうか。逃げるようにして去っていく男の後を追うように、そして自分はその男とは一切関係がないという風に、集まっていた花婿候補者達はその場をいそいそと立ち去って行く。潮が引くかのように…とはよく言ったものである。



「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「私・・・あなたのような男性を見たのは初めてです」

「え?」

「い、いえ。何でもありませんわっ・・・」

頬を少し赤く染めながら、リュカの左手を両手でふんわりと包み込むとフローラは言葉を続けた。

「もし、どうしても死の火山へ向かわれるというのなら、ご自分の命だけは大切になさってくださいね。他の方々にもこの事をお伝えください」

「え、ええ。分かりました」

リュカの返事を聞き終わると、満足そうにニッコリほほ笑んでそのまま立ち去って行くフローラ。彼女の足元をくるくると回りながら尻尾を振り続けるリリアン。二者を見送るリュカの頬もまた赤く染め上がっていたのはここだけの話である。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十二話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/12/25 07:44

 「それにしても見目麗しい女子(おなご)でしたのぅ・・・。リュカ殿もなかなか隅に置けませぬな」

サラボナでの騒動の影響か、誰一人口を開かずにひたすら死の火山の聳(そび)える南に向かい始めてから、すでに半刻が経過しようとしている。そんな中、鎧の摩擦音を一定のリズムで刻んでいたサイモンがのんびりとした口調でリュカにそう問いかけた。

「え?そ、そうかな?」

「もしかして、リュカはあのヒトのことがスキなの!?」

言葉に詰まるリュカとは対照的に、その手の話にはやたらと首を突っ込みたがるスラリンがピエールの下から興味津々といった感じで目を輝かせている。

かぁっと頬を赤らめることで返事を返したリュカの様子に気づいたのか、ピエールが被害の拡大を最小限にとどめるため、スラリンに足で合図を入れながら警告を促す。

「そうやってすぐに首を突っ込みたがるのはスラリンの悪い癖ですよ。人間には人間の事情があるのです。この前もトキマ殿に迷惑をかけたばかりではありませんか」

「いいんだ、ピエール。どうせみんなにも言っておかなくちゃいけないことなんだし。僕はあの人と、フローラさんと結婚するかもしれないんだ」

「おぉぉぉぉぉ!結婚とな?これはめでたい!やはり中々の御仁ですのぅ」

「・・・違うんだ。まだ決まったわけじゃない。二つの指輪を集めて来た人だけがフローラさんとの結婚が許されるんだよ。それに家宝の天空の盾も譲って貰えるらしいんだ。今、向かってる死の火山は一つ目の指輪がある場所なんだって」

リュカの思いがけない発言にプックルも思わず、

「ぐぅッ!?」

と間の抜けた声を上げ自らの主を見上げている。

「なるほどのぅ。さっきから気になっておりましたが、周りにおられる者たちはみな、その火山へと赴く途中なのですな?」

サイモンがようやく納得がいったという感じで周囲を見回している。リュカ一行の周りには同じく旅支度を整えた大勢の者達が南に向かって移動中である。

馬車に乗った旅人やリュカの様に魔物を従えた魔物使いの男。さらには派手な装飾の施された馬車を守るように陣形を組んでいる騎兵まで堂々と闊歩している。その馬車の屋根には蛇が二匹複雑に絡まった旗が靡(なび)いていて、どうやらこの辺りの貴族の一団らしい。

 荒野の山岳地帯には人が溢れ、互いに情報を交換したり、ついには花婿候補者向けに商売を始める者まで現れた。辺りが夕日に染まる頃には所々で厳しい荒野の夜を乗り切ろうと準備を始める者達が徐々に現れ始め、寂しい荒野はかつて無い賑わいを見せている。リュカ達もまた他の者達と同じように、見張りを引き受ける代わりに食料と水を分けてもらうなど、居合わせた旅人達と協力して事に当たっている。この時は誰もがライバル同士であることを忘れ、ただ必死に火山への到着にのみ執念を燃やしているようであった。



 朝に比べると格段に調子が良くなった俺は宿の屋上へと、夜風に当たりに出てきている。夜風と言っても、生ぬるい乾いた風が時折通り過ぎて行く程度で、決して心地よいものではない。一つだけ良いところを上げるとするならば、サラボナの街を一望できる所ぐらいであろうか。大きな尖塔をもつ綺麗な教会は夜の闇に小さな灯りを、昼夜を問わず訪れる旅人のために優しく燈らせている。ここからはサラボナの大通りの緑や青、他様々な光がその賑やかさをここまで届けてくれており、その光はオラクルベリーの土の香りを思い出させてくれる。街とは対照的にサラボナの南東に広がる広大な荒野は沈黙を守り、静かにその身を大地に投げ出している。リュカ達は今頃あの荒れた大地のどこかで一時の休息を取っているのだろうか。それとも・・・。そんな心配が湧きあがってくるのを、ピエールとサイモンの存在が辛うじて押しとどめてくれている。だが、押しに弱いリュカのことだ。スラリンの我儘に付き合わされてとんでもない事になっているのではないか、ならば今すぐにでも――――。

そんな自問自答を繰り広げていた時だった。今まで生暖かった風が、突如として背筋をも凍らせる凍てつく風へと姿を変えたのは。

「・・・こんなところで何してるの?」


しまった!


そう思った頃には、ユイが俺のすぐ真後ろにまで迫っていた。

「昼間にシスターから外に出たらダメだって言われたでしょ?」

そう。昼間に念のため教会のシスターに来てもらったところ、俺がかかったのはどうやらサラボナの辺りでは誰もが一度はかかる地域特有の風邪の様なもので、外気に触れなければ一日二日で治る病気だそうだ。

「ずっと部屋で寝てるのは退屈でさ・・・。ちゃんと夕食だって食べたし、もうなんともないから大丈夫だよ」

昨日買ったばかりのローブを身に纏い、少し息を上がらせているユイは互いの吐息を感じるくらいの距離までゆっくりと近寄ってくる。だが、なぜかローブの中のインナーが肌蹴ているのがとてつもなく気になった。一度気になり始めるとそこにばかり目がいってしまう自分が情けない。

「私がどれだけ捜したと思ってるの!?ロビーのおじさんも時馬を見てないって言うし・・・」

「ご、ゴメン・・・ユイが湯浴みから戻ってくる前には帰ろうと思ったんだよ。ほんの少しだけのつもりだったんだ・・・」

整った顔に皺を寄せる彼女をこれ以上直視する勇気は俺にはなかった。眉間に皺を寄せつつも、心配と焦りのを滲ませるユイは随分と女の色気に満ちていた。湯上りの湿ったままの髪が一層それを引き立てている。が、今はそれをのんびりと眺めていられないのが残念だ。

「バレなければいいと思ったの?」

「い、いや・・そういうわけじゃ・・・」

ユイはゆっくりと俺の正面から真横に移動してくると、ふぅ、と一息ついて眼下に広がるサラボナの街に目を向けた。

「どうせ、リュカ君たちのことを考えてたんでしょ?」

先程の憤怒の色を完全に抜き去り、うって変わって優しげな柔らかい笑顔をこちらに向ける。その笑顔は間違いなく俺の『何か』を貫いた。

「時馬のやりそうなことだわ。何で思いつかなかったのかなぁ・・・」

「そんなに俺は単純にできてないよ。たまたま屋上があったから、気分転換にと思って。ただそれだけだよ。それよりも―――」

「それよりも?」

「何でローブ着てるの?湯浴みに行ったんじゃなかったっけ?」

「そ、それは・・・」

外出の予定も無いのに何故かローブを着ているユイの様子は明らかに怪しかった。インナーもいい具合に肌蹴ているし、慌てて着替えを済ましたようにさえ見える。俺を探すためにそこまで慌てるとも思えないし、だとすれば考え付くことと言えばそう多くない。

「まさか・・・置いて行かれたとでも思った?」

「!! 時馬のことだから、そんなこともあるかと・・・少しは思ったわよ。『女の子だし、危ないから宿に残ってていいよ』とか平気で言いそうじゃない?」

ユイの読みは正確だった。出発の時にはサラボナに残って観光なり買い物なりして帰りを待ってもらおうと思っていたのだ。パトリシアもいることだし、後続の人間もかなりいるみたいなので、迷う事はないと思ったからだ。一番の理由は危険だからというものだったのだが。

やはり俺が単純なのだろうか。

「・・・・・・」

「あっ!?やっぱりそのつもりだったでしょ?」

「だって死の火山って言うくらいだし、相当ヤバそうな所みたいだよ?魔物もうじゃうじゃいるかもしれないし、それに今回の指輪探しはフローラさんとの結婚も兼ねているわけだし・・・」

「ふーん。じゃぁ、もし仮に時馬達が死んじゃったとして、私一人残されてどうしろって言うの?このままこの街でお婆ちゃんに―――」

「それでも・・・それでもユイがいなくなるよりはマシだよ」

ユイの言葉を聞き終わる前に重ねてしまったが、重ねざるを得なかったというか、勝手に口をついて出たというか、とにかく今の言葉は俺の意図したものではなかった。

「・・・・・・私だって―――」

「え?」

「だ、だってそうでしょ?日本から飛ばされて来た唯一の仲間なんだから。向こうに帰るまでは一緒よ。当然じゃない?」

「・・・・・・」

沈黙が二人を包みこんだ。ユイの口からこぼれ落ちた「唯一の『仲間』」という言葉が、二人の距離を詰めようと悪戦苦闘する本心とは裏腹に、もう一つの精神の柱である理性にブレーキをかける。

「もうっ。すぐに戻るんじゃなかったの!?早く戻らないと治るものも治らないわ」

ユイはくるっと可愛らしく反転すると、俺の手を引いて中へと誘導していく。元々、気分転換のつもりだったし、十分その目的を果たしたのだから俺も異論はない。こんな時間を持つことができるなら、もう二、三日ここに留まるのも悪くはないかもしれないと、密かに思ったりしたことは、俺が墓場まで持って行くとしよう。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十三話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2009/12/31 04:00
 病み上がりだというのに、早朝から叩き起こされた俺達は軽めに朝食を取るとすぐさま出発することとなった。馬車の中を確認してみると、積んであった食料の半分が無くなっているが、律儀な事に俺たちの分はきちんと残されてあった。現在、のんびりとパトリシアは死の火山へと向かっている。のんびりと死地に赴くとは果たして、向かう先は死地なのかと疑いたくなってくるものだ。もっと厄介なのは、恐怖心がまるでと言っていいほど存在していない。

「やっぱり二日も過ぎると人の数も全然違うのね・・・。昨日の朝とは大違いだわ」

御者台でただ手綱を握っているだけの俺の横からユイが話し始める。こんな風に並んで座っていると、ロッジさんとエナさんが馬車を操っていた時の微笑ましい光景が蘇る。

「パトリシアが利口で助かったよ・・・俺一人だったら、今頃干からびてたかも」

安堵の溜息を吐いた俺にユイが鋭い眼差しを向けた。

「もう少し私を頼ってくれてもいいんじゃない?一つしか違わないけど、一応、時馬より年上なのよ。何だか私に気を遣ってるみたいで居心地が悪いわ」

「そうだよなぁ・・・俺より上なんだよなぁ―――」

「何よ?納得がいかないって顔しちゃって」

「い、いや・・・そんなことないよ。これからは頼りにさせていただきます!」

背筋を伸ばしそう宣言した俺に、くすっと微笑みを返事にしたユイは

「ちょっと荷物の整理してくるね」

と言い残し、幌の中に消えていった。


 さらさらと砂が荒野を舞い、雲がゆっくりと流れゆく空には一際大きな入道雲が覇者を気取っている。夏も深まりを見せる中、パトリシアは砂漠へと足を踏み入れつつあった。リュカ達がいないので自炊から就寝までの流れを二人でこなすのは、さすがに少し骨が折れる。この一点だけを見ても、便利な街の生活には馴染みの薄いリュカの存在の大きさが見て取れる。だが、悪戦苦闘しながら砂漠を進むのは、それはそれで和やかな一時であった。日が暮れると雲ひとつない夜空には、ちりちりと星が輝き、乾燥した冷たい風が砂漠を駆け抜ける。ユイは馬車の中、俺は御者台に寝床を作って他愛もない話に花を咲かせた。日が昇れば、代わり映えしない景色が続く砂漠の中で、水の節約に命を賭ける現代っ子が二人。

こうしてサラボナを出発して四日が過ぎた今、遠くに見えていた山岳地帯が徐々に近づいてくるのに比例して再び旅人の数も多くなってきている。馬車で移動していた俺達は、足で砂漠を抜けようとする者たちに追い付き始めたのだ。死の火山の到着も、これならば時間の問題だろう。

「ねぇ・・・。ちょっと聞いてもいい?」

「へ?何かあった?」

神妙な面持ちで、ジィーっとこちらを見つめ続けるユイ。

「これからどうするつもりなの?」

「どうするって、まずは天空の盾を手に入れることを考えないと―――」

「そうじゃなくて私達のことよ」

「わ、私達って!?」

「・・・。このままリュカ君と旅を続けるつもりなの?」

「もちろんずっと一緒って訳にもいかないだろうけど・・・。とりあえず、リュカと旅をしながら婆さんの言ってた帰る方法を探してみようと思ってる。大丈夫だよ。きっとすぐに見つかる・・・と思う」

「私、不安なの。もしかしたら、もう帰れなくなるんじゃないかって。この世界に慣れてきて、元の世界に帰ることもそのうち、うやむやにしてしまうんじゃないかって思うと・・・」

彼女はそのまま俯いて、唇をきゅっと噛みしめるとその言葉の続きを紡ごうとはしない。
ユイは膝の上にその可憐な手を力なく置いたまま沈黙を続けている。

「俺は・・・このままでもいいんじゃないかって最近思い始めてるんだ。この世界に来た事も、ここでユイに出会ったことも偶然とかそんなのじゃなくて、その・・・何か意味があるんじゃないかって。こう・・運命みたいなものがさ」

こっちの世界に来てから、すでに三ヶ月が過ぎようとしている。武器の扱いも素人なりにも分かったし、魔物との戦いにも慣れてきた。ユイがこんな風に思うのも、俺達が『何をすればいいのか』という状況から、『何をすべきなのか』という一段階上の状況に移行した事を示している。だが、ユイは俯いたまま返事を返してはくれなかった。沈黙を続けることで俺の意見を肯定してくれたのかもしれない。

 
 重たい空気を纏ったまま馬車は死の火山へと着々と近づいている。ようやく砂漠を抜けようかという時に遥か前方で甲高い咆哮が上がった。見れば、数人の男たちが巨大な象に追われている。男の一人がこちらに向かって走ってくるのをただ茫然と眺めていた俺とユイだったが、その姿から溢れる緊迫感を感じ取ると直ちに臨戦態勢へと移る。

「頼む!仲間がダークマンモスに追われてるんだ!加勢してやってくれ!!」

手に棍棒を握りしめたその男は暴れまわる象を指さしてそう叫んだ。ダークマンモス(魔象)と呼ばれたその魔物は、長い牙を持ち、黄褐色の皮膚に覆われた巨大な体躯を器用に操って砂漠を駆け回っている。前足を持ち上げて、威嚇するように吼えるダークマンモスにショートソードを持つ男が威勢よく斬りかかる。さらにその後方で両手を突き出すように鉄製の杖を構える男はどうやら呪文の詠唱に入っているようだ。斬りかかった男の斬撃は魔象の固い皮膚に深い傷をあたえることはできなかったらしい。

「炎の精霊よ、我に力を!メラ!!」

続いて詠唱を終えた男の魔法が炸裂する。紅く染め上げられた火球が不規則な熱線の尾を引きながら魔象の巨体を襲い、その熱さによがる魔象は太く逞しい鼻を左右に激しくスイングさせると、自らを斬りつけた男を薙ぎ払う。薙ぎ払われ宙を舞う男から魔象の意識を逸らそうと、先程の棍棒を持つ男が注意を引きつけるために指笛で挑発を始めている。

「ガイさん!危険です!逃げて下さい!!」

「バカ野郎!何のためにここまで来たと思ってるんだ!!」

「でも、アスさんがっ!!」

「こうなったらアンディ、お前だけでも指輪を探しに行けッ!!」

その場で固まって動かない術者、アンディの横をすり抜け、俺は魔象の背後に回り込むとガイと呼ばれた男の巧みな指笛を抜刀したまま窺っている。ガイの挑発に乗って再び威嚇の構えを見せた魔象の下に、どこから現れたのか疾風の如くアスが入り込んで、その剣を腹に突き立てる。悲痛な呻き声を響かせた魔象の背後から、アスに遅れを取った俺もその巨大な尻に斬りつけると、くもぐった声を発し、尻尾から右後方の臀部にかけて傷を負いながらも抵抗を続けている。ふらふらとした足取りであるにも拘(かか)わらず、一歩一歩の足踏みは力強く大地を揺らす。

「時馬!下がって!!」

突如として発せられたユイの鋭い声に反応して咄嗟に飛び退く俺の真横を、一閃の氷の刃がすり抜けていく。しっかりと握りしめられた樫の杖から放たれたそれは、力を消耗していた魔象の命を容赦なく削り取った。大きな地響きと共に横倒しになった魔象からアスがゆっくりとショートソードを引き抜き、その光景を間近にして棒立ちのアンディにガイが駆け寄っていく。

「大丈夫か?・・・・どこも怪我してないみたいだな。ったく、心配掛けやがって」

「すみません、ガイさん・・・」

「礼ならそこの旅人さんに言うんだな。大体、魔物を前にして棒立ちになるヤツがあるか!」

状況を上手く飲み込めない俺達は、しばらくその光景を眺めているしかなかった。



温厚そうな顔立ちの30代前半の男、アス。

いかにも「頑固」を絵に描いたような、厳(いか)つい中年、ガイ。

綺麗な装束を纏い、芸術家を地で行くような俺達と同年代の優男(やさおとこ)、アンディ。


 彼らは、サラボナで有名な芸術家であるクランという爺さんの養子と工房の弟子であるという。ちなみに、爺さんの子はアンディだけで、残りの二人は護衛としてついて来ているだけであるらしい。フローラとは幼馴染であったアンディは今回の結婚騒動に巻き込まれた形となった。修道院から十年ぶりの帰郷を果たしたフローラに昔から好意を寄せつつも、行動に移せずにいるアンディを見かねたガイは半ば強制的に今回の騒動の渦中に放り込んだ。さらに、ガイの行動を支持したクランはすぐさま出発の準備を整えさせ、アンディを送り出した。しかし、さすがに自分の息子を一人で死地に向かわせるのは気が引けたのか、クランは自分の弟子の仲でも腕が立ち、信用できる二人を護衛につけたのだという。


アンディ一行を馬車に招き入れ、俺達は共に死の火山を目指す。
ガイは横たわるダークマンモスの牙を強引に棍棒で根元から砕き折ると、助けてくれた礼だと一本を譲ってくれた。この象牙ならぬマンモス牙はこの地域では高値で取引されている貴重品らしい。

「ここから死の火山まではどれくらいあるんですか?」

誰と目標を決めず三人に話しかけた俺にいち早く答えを返してくれたのはアスであった。

「砂漠を抜けたのでもうすぐつきますよ。・・・・ほら、向こうに白煙を上げている大きな山があるのは分かるかい?あれが死の火山です」

手招きをして馬車の外を見るように促したアスの後に続いて、顔を外に出してみると、確かに、白煙を上げる巨大な山が周囲の山岳地帯から突出して聳(そび)えているのが見える。

「それで・・・お嬢さん。女のお前さんがなぜこんなところに?」

外を眺めている俺の後ろで、ガイがユイにそう尋ねた。

「えっと・・・そう、時馬の付き添いです」

笑顔で答えるユイの声を聞きながら顔を馬車の中に戻すと、ガイがこめかみに血管を浮かび上がらせて

「オメェはフローラお嬢さんと、このお嬢さんとどっちを選ぶつもりなんだ?俺達は命を賭けて変テコな指輪を探しに来てるんだ。答え次第じゃタダじゃおかねぇぞ!?」

と凄んできた。ユイに視線で助けを求めると、微笑みながら「ゴメンね」とウインク付で両手を合わせている。あれだけ自分を頼ってくれと言っておきながらこの仕打ちは何なのか。

「ちょっとガイさん・・・助けてもらって、馬車にまで乗せてもらってるのに失礼ですよ」

アンディが遠慮がちにガイに制止の声を掛ける。

「だいたい、お前がびしっとフローラお嬢さんを攫って来るくらいの度胸がありゃあこんなことをせずに済んだんだ。俺はお前のために―――」

「すみませんねぇ。兄さんはアンディの事になると、少しムキになるところがあって・・・これでも悪気は無いんです。大目に見てやって下さい」

「アス、お前はまた余計なことを・・・」

ガイの意外な一面にも驚かされたが、この優しそうなアスとガイが兄弟であることの方がもっと俺を驚かせた。

何とか誤解も解けて、皆が打ち解けあった頃、パトリシアが急に足を止めた。何事かと御者台から身を乗り出すと、死の火山へと続く道にはもちろん、麓の荒野にも近くの丘にも指輪を探しに来たと思われる人々が大勢陣取っていた。

「なんだこれは!?」

ガイの上擦った間抜けな声と共に、俺達は死の火山へと到着した。



『魔法使い募集。要中級呪文。報酬後払い12000G』

『体力に自身がある旅人の方、歓迎。戦歴・経験問わず』

『結婚を目的としている戦士の方募集。条件・複数匹の魔物を5手以内に殲滅できる方』

など様々な広告や看板が即興で作成され掲げられている。中には、

 『先頭を切って、あらゆる障害の盾になる覚悟と勇気のある方募集。30000G後日支給』

というものまで存在している。一体、誰がこんなことを平気で公言する者と行動を共にしたいと思うのだろうか。『魔法は使えますか?』と手当たり次第にそれらしき見かけの人間にトライする商人の姿も見える。死の火山周辺は、現在お祭りムードに包まれていると言っても過言ではない。ルラフェン直送の地酒を売り歩く者然り、武器防具の手入れ・販売を行っているもの然り。身動きが取れなくなるのを防ぐため、パトリシアを奥まで進ませることは取りやめ、ひとまずリュカ達に合流する術を考える。アンディはガイに引きずられるようにして火山へと向かっていき、アスもその後に続いて群衆の中に消えていった。とりあえずの策として、ユイがスラリン用に縫ったラインハットの紋が描かれたマントを檜の棒に括りつけ馬車の屋根の上から大きく振り続けるという、その場しのぎの案が実行されることになったが当然、旗手は俺である。早く気付いてくれることを切に願いながら一生懸命振り続ける俺に、聞きなれた声が下から聞こえてきた。

「トキマ、何やってるの?」

リュカが下から不思議そうに俺を見上げている。

「おお!結構気付くの早かったな。もっと時間が掛かると思ったんだけど」

「うん。プックルが匂いを嗅ぎ分けてくれたからね」

リュカはプックルを撫でながら、嬉しそうにそう答えた。

「それで・・・トキマは何してるの?」

「あ、あぁ。気にしなくていいよ。ちょっとね」

「そっか。あっ、そうだ!皆が火山の中に入る前に行かないと指輪がなくなっちゃうよ」

リュカの話によると、火山の中に入るためには頂上付近の中へと続く洞窟に入るしかないらしい。しかし、いざとなると多くの人間が様子を窺い、中に入ろうとする者は今のところ多くないようだ。麓でのあの騒ぎは何があってもいいように万全を期するため、皆が躍起になっているせいで、あのような形になっているのだろう。パトリシアと馬車を、いつの間にか作られていた馬車の駐車区域まで連れて行き、繋いでおく。さらによく考えたのもので、それら停められた馬車を管理する商売を始めている者までいたのである。そこの管理者とやらに50Gほど袋に詰めて渡してやると、満面の笑みで去っていった。

 魔物使いの一団がいてくれたおかげで、魔物の仲間達を隠す手間が省けたのは幸いである。比較的なだらかな道を辿って山頂付近まで登って行くと、火口が真下に広がっている。その脇に火山の内部に入っていく洞窟が口を開けて、来る者を待ち構えていた。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十四話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/03/03 02:41

 火山の中と言うだけあって、非常に暑い。俺が着ている胴丸や鎧の直垂は暑さを助長させる役割しか果たしていない。対して、ユイがローブの下のインナーを緩くする度に目が白く透き通るような肌にいってしまうのは仕方のないことだろう。さらに、一つ分かった事がある。中に入って行った者は多くないというのは、結局のところ嘘でしかないということだ。

 長い舌をちろちろとさせながら洞窟内を飛び回る『へびこうもり』を呪文で撃ち落とす魔法使いや、泥に魂が宿ったとかいう『マドルーパー』を果敢に切り裂く戦士など、各フロアに必ず人間が入り込んでいた。外で待機中の人々が流れ込んでくると大変な事になりそうだ。二つ目の階段を降りると、右側に火口が広がっている。火口側の壁は格子窓のようになっていて、明らかに人の手が作り出した空間であることが分かる。この洞窟は、火口の周りをドーナツ状又はらせん状に構成されているのだ。そのため、覗きこめば、火口の最下層まで窺う事が出来る。さらに各フロアには人工的に作られたと思われる階段がやスロープが存在している。わざわざ、指輪をこんな火山の、しかも、火口の奥底に置きに来るとは、よほどの変わり者な指輪の持ち主であったらしい。


「指輪を逃がすな!」

「急げ!早く回り込め!!」

「どこだ!?どこへ消えた!!」

そんな男たちの声が洞窟内に響き渡っている。指輪が逃げるとはどういうことなのかと考えていると、目の前を金貨や宝石、もちろん指輪を体と同化した袋に溜めこんでへらへらとしている不気味な魔物が忙しそうに通過していく。

「ね、ねぇ。あれ!あれ・・・じゃないの?」

ユイが俺の袖を引っ張りながら動き回る袋を指さしている。

「何だあれ!?あれが炎のリング?」

俺のとぼけた声をかき消すようにして、ユイの声が続く。

「皆、あの指輪を追ってるんだわ。もしかしたら、指輪の番人かも!」

だとしても、番人らしからぬ外見である。しかし、その見かけに似合わず、逃げ足は速いようだ。あっという間に姿をくらましてしまった。

「ドコ?ねぇ、ドコ!?」

スラリンが興味津津といった風にキョロキョロとしているのを、上からピエールが制止の声をかけている。

「少し落ち着いてはくれませんか?上に乗っている私の事も考えて頂きたい」

「なら、おりる?」

「・・・・・・。」

そんなやり取りを尻目に、いち早く駆けだしたのはユイだった。

「時馬は向こう!リュカ君はあっちから回り込んで!」

ユイに指示された通り、左手側から指輪の番人を追う。三人なら追いつめる事は容易なはずだ。

「こ・・・これ!待ちなされ!!あやつは・・・!!」

後ろからサイモンの声が聞こえてくるが、今は構っている時間はない。あいつを捕まえる事が出来れば、天空の盾が手に入るという事を考えただけでも、暑さで消耗しているはずの体力が蘇ってくるのだった。


 バラバラになって探し始めてどのくらい経過したのだろうか。何度も戦士や魔法使いの男たちとはすれ違ったものの、肝心のユイ達は一度も見かけていない。そう、いわゆる迷子というやつになってしまったらしい。動き回るよりもじっとしていた方が良いということに気付いた俺は近くにあった剥き出しの岩に腰かけて、誰かが通り過ぎるのを待つことにした。そんな時、すぐ近くの物陰から先程の番人がひょっこりと姿を現したのである。めぐってきた最高のチャンスをモノにすべく、ゆっくりと近づいていく。幸い、ヤツはこちらには気づいていない様子である。ふよふよと体を揺らしながら、すぐ側にある下に降りるスロープを見つめているようだった。あと一歩というところまで近寄った途端、そのタイミングを待っていましたとでも言いたげに、へらへらとした顔をこちらに向け、一瞬目を怪しく光らせたかと思うと、そのまま下の階へと降りて行った。 




「ねぇ、ちょっと。起きてってば!」

誰かの声が夢の中でうっすらと聞こえてくる。というよりも、何故、夢を見ているのだろうか。確か、炎のリングの番人を追いかけている途中のはず・・・。何度も自分を呼ぶ声に引き戻されるようにして、ようやく意識を取り戻した。

「何でこんなところで寝てたの?よくこんなところで寝られるね」

何度も呼んでいた声の主は、予想通りというのも少しおかしいがユイだった。しかし、どう考えても、壁に寄り掛かって眠っていた理由が分からない。ぼんやりと記憶を引っ張り出そうとする俺の横で彼女は言葉を続けた。

「リュカ君ともはぐれちゃって・・・。指輪も見失っちゃうし。時馬に会えて助かったわ。眠ってるなんて思わなかったけど」

「そうだ!すぐそこにいたんだよ、指輪が!!それで・・・追いかけてきて・・どうしたんだっけ」

「魔法・・・かけられたんじゃない?」

「へ?」

「魔法よ、きっと。じゃないと、いくら時馬でもこんなところで眠る理由が分かんないもん」

眠りに引き込まれる魔法・・・か。ユイの言葉でようやく合点がいった。ようするにあの指輪の番人にラリホーをかけられて、暢気に地熱の温かさに甘え眠っていたというわけか。

「とりあえず、他の人たちが捕まえる前に捕まえないと・・・」

「じゃぁ、俺は向こうに行ってみるから―――」

「私も一緒に行くわ。バラバラになったら、また時馬が眠っちゃうかもしれないでしょ?」

悪戯っぽい目を向けてそう言ってみせると、ユイは滲む汗を拭いながらパタパタとローブに風を送り込んでいる。それから当てもなく、洞窟内を探し回ってみたが全く見つかる気がしない。それに、長時間こんな中でウロウロしているわけにもいかないだろう。

「案外、もうリュカが捕まえてたりして」

気休めにそんな事を言ってみる。

「多分、それは無いと思うけど・・・」

「何で?」

「だって鼻の良いプックルちゃんと一緒にいるのよ?捕まえてたら、私達をとっくに探し出してると思わない?」

「プックルと一緒じゃなかったら?」

「そうねぇ・・・でも、プックルちゃんがリュカ君と一緒にいないところって想像できる?」

「・・・・・できない・・かも」

確かに、日頃のプックルから考えてみればそれは考えられない事ではある。リュカがどこにいようとも、正確にその居場所を突き止めてはじゃれているプックルが洞窟内だからと言ってリュカを見失うとは考えられない。

「でしょ?スラリンとピエールは―――んぐっ!」

話しているユイには悪かったが、慌てて口を塞ぎ、同時に人差し指を立て、静かにという合図を送る。抗議の目を向けていたユイだったが、俺の指さす方向にいるものを見たとたんに納得したようだった。俺たちの目線の先には、指輪や宝石を器用にジャグリングする生物つまり指輪の番人が浅く窪んだ行き止まりの前でじっとしている。

「どうやって捕まえるの?」

声を押し殺し、ユイがそう問いかけてくる。

「こうなったら、正面から挑むしか・・・」

「そうね・・・。じゃぁ、せーの!で行くからね」

目でうなずいて、その時を待つ。隣では、タイミングを見計らってユイが呼吸を整えている。そして、彼女は大きく息を吸い込んだ。

「せーの!!」

同時に物陰から飛び出した俺たちは、指輪の番人向けて駈け出した。その距離、およそ10mといったところ。番人は驚いた様子も見せず、こっちに振り向くと、ユイよりも先につかみにかかった俺を綺麗に回避してユイの足元へと突進していく。意外な展開に慌てたのか、前にバランスを崩したユイと正面からぶつかっていく形となった番人は、当然のことながらユイのもつれた足に巻き込まれることとなったのである。ユイに蹴飛ばされた番人はボールのように宙を舞うと、乾いた音を立てて地面に落下するとピクリとも動かなくなった。辺りには指輪と宝石、見知らぬ金貨が二・三個転がっている。

「あった!指輪あったよ!!」

「よし!後はリュカに合流するだけだな」

二人で苦労の末、手に入れた指輪を眺めてみる。どこといって変わったところのない普通の指輪である。ただ、直径1cmもの宝石をあしらった指輪なんて、日本では100万を軽く超えてしまうだろう。

「でも、炎のリングって言う割には、宝石は緑色なんだね」

ユイの言った通り、その指輪の宝石は淡いエメラルドグリーンの光沢に包まれている。

「ま、まぁ、死の火山にあるからね。浦島太郎だって、玉手箱を海の生き物に貰った割にはカメとかクラゲじゃなくてツルになったわけだし、言い伝えとか伝説とかそんなもんなんだよ、きっと」

「そ、そうよね。それで・・・・この子どうするの?」

先程の俊敏さが嘘だったかのように、動かなくなった番人を拾い上げると心配そうな眼差しを彼に向ける。

「指輪は貰ったんだし、ここに置いていけばいいんじゃないか?」

「戦士の人たちに襲われたりしないかな?」

「じゃあ、洞窟の外で逃がしてやるか。こいつだって、もう番をする必要もないわけだし、いつまでもこんなところにいるのは可哀そうだもんな」

魔物の気持ちまで考える事が出来るようになったのは、恐らく、いつも魔物に囲まれて暮らしているせいだろう。


 ユイと二人でリュカ達を探すため、さらに階段を下り、最下層を目指す。どうやら、このフロアにもすでに人が入ってきているらしい。騒がしい足音に交じって、男たちの声がこだまする。

「上の連中が言ってた指輪を持ってるモンスターってこいつか!?」

「あっ、テメェ!そいつは俺たちが追ってたヤツだぞ!横槍入れんなよな!!」

「そんな子供みたいな理屈が通用するかよ!」

「何だと!?こっちはなァ、こいつのせいで洞窟内を走り回る破目になったんだぞ!そう簡単にやらせてたまるか!!」

その声を聞いて、二人で顔を見合わせる。どうやら考えた事は同じらしい。

「この子が番人じゃないの!?」

「そんな事・・・俺に聞くなよ」

当然のように訪れる沈黙。そして、この沈黙を破ったのは、俺でもユイでも指輪の番人でも無かった。突如として、洞窟内に爆発音が響き渡り、空気を振動させる。

「何?何が起こったの!?」

「下だ!あそこから下りられるみたいだよ!!」

駆け下りていった先でみたものは、ここで俺たちがしてきた事がいかに浅はかであったかを思い知らされるものだった。


 紅い溶岩に包まれた魔人が、突き出るように火口の中心まで道のようになった平らな足場の上で数人の人間と戦闘を繰り広げている。上から見た時は最下層に足場があるなんて分からなかったが、ここからだと吹き抜けの空と洞窟の入口が丸見えである。徐々に人が増えつつあるのか、見上げると洞窟の入口は多少混雑しているようにも見える。続いて足元に目をやると燃えるような赤、まぁ実際燃えているも同然だが。天に目をやれば霞みゆく青。ある意味、絶景である。そんな感傷に浸っている場合ではない事は十分に承知しているが、綺麗だと素直に思える景色ではあった。階段のすぐ脇にはスラリンとピエール、それにガイが横たわるアンディを囲むようにして待機している。

「ピエール!何があったんだ!?」

後ろから声を掛けた俺に、ピエールが冷静に応答してくれる。

「彼がこちらの御仁を庇って炎の直撃を受けたのです。ですから、今はこうして、私の回復魔法で―――」

ピエールの言葉を遮るようにして、大きな爆発が二回。それをかいくぐり、リュカが形見の剣を振るう。プックルが狭い足場を器用に使って駆け回る。その後方でアスさんが魔法を、それの盾になるかのようにサイモンが、各々の役割を確実に果たしている。機会を見計らって駈け出そうとした瞬間、煌めく剣が魔人の体を豪快に斬り裂いた。リュカがプックルを踏み台にして上から斬りかかったのである。くず折れるようにして横たわる魔人。リュカのところへと駆け寄って行った時には、すでにリュカの手に高貴な光を放つ赤いリングが握りしめられていた。



 お久しぶりです。前にスクエニ板への移動を勧められたので、再び向こうに戻ってみようかと思っています。
もし、移動するときが来ればはまた連絡するつもりでいます。
もし何かご意見・感想がありましたら、『ガンガンいこうぜ!』



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十五話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/03/12 07:17
 負傷して気絶しているアンディをガイが背負い、一気に洞窟の入り口へと戻る。途中、何度も他の花婿候補とすれ違ったが、その数は徐々に増えつつある。ちなみに、俺とユイが必死になって追いかけまわしていたのは『おどるほうせき』だったらしい。そう言われてみれば、どう見てもそのようにしか見えないのだが、言われる前まではすっかりそんな事は頭の端に追いやられていた。今は、リュカがそいつを担いで下山中である。時折、ガイの背中でうなされる様に苦しむアンディを見ていると、その場にいれば俺があの状態になっていたかもしれないという恐怖がじりじりと湧きあがってくる。人と溶岩の魔人の両者が入り乱れての戦闘の中、背中を疎かにしたガイに向け放たれた炎の塊を、アンディが庇うようにその身で受け止めたらしい。

「あの・・・炎のリングの事なんですが・・・」

下山しながら、リュカがガイの背中に語りかける。

「僕が貰ってもいいんでしょうか・・・?皆で手に入れたわけだし・・・その・・・」

「リュカとか言ったな・・・。アンタ、それでその指輪を俺たちにくれるってのか?」

皆の先頭を行くガイがアンディを背負ったまま言葉を続けた。

「勝負に勝ったのはアンタだ。俺でも、アンディでもねえ。その指輪はアンタのものだ。堂々とルドマンの旦那のところに持って行きな。こんなヒョロっちい役立たずだが、変な遠慮はアンディに失礼だ」

言葉の最後は不思議な力強さにあふれていた。


 麓に戻ってくると、急いで馬車まで戻ることにした。いくらピエールの回復魔法で一命は取り留めたからと言って、サラボナまでの道のりを数日もかけて移動している時間はない。ここからはリュカのルーラでサラボナまで戻る事になりそうだ。しかし、その前にやっておかなければならない事がある。

「さぁ、もうどこへでも行っていいよ」

リュカは今まで抱いていた踊る宝石をゆっくりと地面に降ろしてやっている。あいつが持っていた指輪は記念に貰ってあるが、すでに新しい宝石をへらへらと笑いながら吐き出している。下山の途中から目を覚ましたこいつは、特に逃げ出そうともせず、襲ってくるそぶりも一切見せなかった。リュカの腕の中でニヤついた表情のまま落ち着いていたという最後までよく分からないヤツだった。地面に降ろしてやってからしばらくの間見つめあう俺たち。このまま見つめあっていても仕方ないので歩き出そうと足を一歩出すと、彼も一歩前へ。驚いたこっちが振り向くと、一歩後ろへ。

「どうかしたの?」

ユイが口を開く。いつもリュカがやっているように、魔物である彼に対して発せられた言葉を彼は理解できるのだろうか。ユイの言葉を聞いた彼は、舌の上に銀色の指輪を出し高く放り投げると、落ちてきたそれを再び飲み込んだ。見ていてイライラするが、ヘラヘラと笑う表情がどことなく憎めない。

「あっ!指輪返してほしいんじゃない?」

というユイの言葉に従って指輪をヤツに向けて投げ返してやると、器用に舌で受け取ってそのまま元の見つめあい状態が続く。空しく通り過ぎていく風が妙に冷たく感じられる。

「一緒に行こうか?」

リュカがそう明るく話しかけると、その場で一回転し喜びを体全体で表現し足元まで飛び跳ねてくる。そして、その胸へとジャンプ。優しく抱きとめられると、ヘラヘラとしていた表情はニヤニヤに変化したように感じられた。


 サラボナに帰還すると、一日空けてからリュカはルドマン邸へとリングを持って出かけて行った。現在、ホテル『サラボアーノ』の一室には全ての仲間が集結している。リュカが戻るまで待機しているのだが、考えてみればこんなにゆっくりとした時間を皆で過ごすのはかなり久しぶりかもしれない。リュカがいない間に、『おどるほうせき』は『ジュエル』という安直な名前をユイによって付けられ、パーティにようやく馴染み始めた。体を震わせて酒を懇願するスラリンをサイモンがなだめ、昼寝中のプックルの背の上ではピエールが横たわって皆のやり取りを眺めている。ユイと俺はジュエルに宝石を吐き出させるように誘導し、と各々がバラバラに行動しているにもかかわらず、この室内には妙な一体感が感じられた。それは、ただ単に部屋が狭かったということかもしれないが。





 サラボナ一の名工として知られているクラン工房では、ガイとアス、クラン老夫婦が静かにテーブルを囲んでいる。

「まさかアンディにそんなことをする度胸があったとは・・・」

クランは妻のスピネと顔を見合わせると、もう何度目になるかも分からない溜息をついた。

「しかし、これで良かったのではありませんか?」

「アンディが死にかけて何が良かったって言うんだ!言ってみろ!!俺たちの役目はアンディを守る事だったんだぞ!?」

暢気に切り出したアスに比べて、ガイは冷静さを失っていた。ともすれば殴りかかりかねないガイをアスは穏やかに見つめると、再び言葉を紡ぐ。

「兄さん、少し落ち着いてください。良かったというのは、これでアンディにも気持ちの整理がつくという事です。フローラお嬢様が修道院から帰って来てからというもの、アンディは何をするにも身が入らず、という状態が続いていたのを先生と兄さんはどうにかしてやりたかったのでしょう?」

「むぅ・・・」

本心を見透かされたガイは唸りながら、目線をクランへと移す。無言の返事を返したクランを確認すると、アスはさらに言葉を続けた。

「それに・・・アンディがお嬢様と結婚ということになれば、この工房には世界一の富豪という後ろ盾ができる。そうすれば―――」

「まぁ。人生はそんなに上手くいくものではありませんよ。あの子が怪我をして帰ってきた時、出発する前よりも男らしい顔つきをしていた事に驚きました。私はそれだけで十分ですよ」

スピネは優しい微笑みを浮かべ静かに立ち上がると、奥の部屋へと消えていった。スピネの後ろ姿を目で追いながら、

「・・・そういうことだ」

と一言でその場を纏めると、クランも彼女のあとを追って工房の奥へと続く。工房内に残された二人はアンディの総評を語るが、その全てはアンディの成長を示すものであった。だんだんとただの旅の思い出話に姿を変えようとしつつある時、工房のドアを優しく、叩く者がいた。





「これが・・・炎のリング・・・」

ルドマンはリュカからリングを手渡されると、感慨深そうに眺めている。ルドマンは炎のリングをゆっくりとテーブルの上に置くと、今まで何度も確認してきた古文書をもう一度読み直し、目の前のそれと見比べている。

「うむ!間違いなかろう!フローラとの婚儀まで失くさずに持っているのだぞ」

ルドマンは勢いよく古文書を閉じると指輪をすぅっとリュカの前まで戻す。さらにリュカを上から下までゆっくりと眺めた後、ゆっくりと手を差し出した。半ば戸惑いながら握手に応じたリュカは、思い切って口を開く。

「あの―――」

「家宝の盾の事かね?」

急に声のトーンを落とすルドマンに恐怖さえ覚えたリュカは、できるだけ動揺が伝わらないように振舞おうと両足に力を込めた。

「炎のリングを取って来たのだからな。私も少しは報いねばなるまい」

笑顔でそう答えたルドマンは暖炉の横に飾り立ててあった盾をテーブルの上に乗せ、

「君はこの盾を気にしていたようだったが、納得いくまで見ていくといい。もしかしたら、君のものになるのかもしれんのだからな」

と満足そうに笑っている。差し出された盾にはリュカの持っている天空の剣同様、龍の紋章と高貴で力強い装飾が施されていた。念願の盾を前にして、リュカの心は晴れ晴れとしてはいなかった。どうしてもアンディの影がちらついてしまうのをどうする事も出来ず、
言い表せそうにない後ろめたさが喜びよりも勝っている。そんなリュカの口から零れ落ちたのは

「フローラさんはお元気ですか?」

というアンディとも盾とも関係のない言葉だった。ひょっとすると、彼女に会うことでこの後ろめたさが少しでも軽減されると思ったからかもしれなかった。

「ふむ、フローラは今朝方、飛び出すようにどこかへ出かけて行ったよ。せっかく来てもらったのに悪かったな。あの子はああ見えて、少々慌て者でね」

皺の目立ち始めた顔をさらにしわくちゃにしながらルドマンは笑っている。いずれ家族になるかもしれないと考えた時に、こういう人とならば上手くやっていけるかもしれないと素直に思えたのは、家族を失って久しいリュカにとって意外な事だった。

「フローラさんが戻られたら、『先日はありがとうございました』とお伝えしてください。僕はこれで、失礼します」

「おぉ、もう帰るのか。残念ながら、水のリングの正確な場所は分かってはいないのだ。北にある湯治村にこの辺一帯の伝承に詳しい者がいると聞いている。すまぬが、詳しくはその者に聞いてもらいたい。集落まではサラボナの港から定期船が出ているのでそれを使うといいだろう」






 照りつける太陽の光を水面が反射させ、海風が甲板を駆け抜ける。後ろに流れていく白波を見ながらこれからの事を考えてみる。炎のリングを手に入れた今、冗談めかしてうやむやにしてきたこれまでとは違って、真剣に考えなければならない段階にあるという事を実感し始めたのはこの船に揺られ始めてからだ。リュカがルドマン邸から戻ったその日に船に乗り込んだ俺たちは、北にある村へと二日間の船旅の真っ最中である。ふと顔を上げると、間近には鬱蒼とした緑に包まれた大小様々な島々と優雅に舞うカモメ、島の海岸に存在するレンガの街並みが心を打つ。どうにも落ち着かなかったのは、見慣れた故郷の日本には無い風景と趣であったからかもしれない。

「また一人でそんな所にいるし・・・」

潮風に乗って聞こえてきたのは涼しげなユイの声だ。甲板の船縁に佇む俺の横まで来ると、その顔をこちらに向け俺の顔を眺めている。

「せ、船室にいなくていいの?日焼けするんじゃ・・・」

「仕方ないわよ。ずっと外に出ない訳にもいかないし。もう日焼けや紫外線はとっくの昔に諦めたわ」

「そっか・・・。あのさ―――」

「見て、見て!すごく綺麗!」

はしゃぐユイの勢いに飲み込まれ言葉をかき消された俺にユイは更に言葉を重ねた。

「一人で何してるのかと思えば、こんなに良い景色を独り占めしてたのね」

そう言って再び海に目を向けると、うっとりと景色を眺めている。

「昔、テレビで地中海クルーズの特集やってたの。一度は行ってみたいと思ってたけど、こんなに早く叶うなんてね―――」

嬉しそうなユイの笑顔が心に染みる。しかし、もう一方で『テレビ』『地中海』の二つの言葉が忘れてはいけない現実を嫌でも蘇らせてくれた。

「そうだよ。やっぱり地中海じゃないとダメなんだよ!ここは似てるけど違うんだ。元の世界に戻って一緒に『地中海』に行こう!」

「え?」

「だから、元の世界にもどって本物の『地中海』に行こうよ。そのためにも早く帰る方法を見つけないと」

「いや・・でも・・・。そ、それって・・・」

気持ちに踏ん切りがつき力が湧いてくる俺とは対照的に急にそわそわとし始めるユイ。

「えぇと・・・あっ、そうだ!ジュエルが炎のリングを飲み込んで大変なことになってるのよ。時馬もついて来て!」

そう言って俺の腕を引っ掴むと、船室の方へと引っ張っていく。いつもならばひんやりと心地よい冷さを纏っているはずのユイの手は、いつにもなく熱を持っていた。




 終点となる湯治村に到着するまでの二日間、炎のリングを飲み込んだというジュエルはとうとうそれを吐き出すことはなかった。魔物と話すことができるリュカもへらへらと笑っているだけのジュエルはどうにもできなかったらしい。しかし、悪い事ばかりでもなかった。この船旅の間にリュカは17になったのだ。この世界では誕生日ではなく誕生節と言い、日にちでなく季節で祝うものらしい。サイモン曰く、該当する季節が来ればいつでも好きな時に年齢を加算していいとのことで、なぜそれがその日なのかという理由など一切いらないらしい。夏生まれのリュカも例外ではなく、

「そろそろ17になってもいいよね」

という極めて曖昧な理由の下、めでたく17になったのである。そして、スラリンの希望に応える形で『お祝い』と称する酒盛りの開催が決定された。


 終着点の小さな港で船を降りると、湯治村までは森の中を歩かなくてはならないのだということを現地の人に教えてもらい、その村を目指す。といっても、大した距離ではなく、パトリシアに言わせれば歩いたうちにも入らない距離であった。山の斜面を少しずつ切り拓いていったと思われるこの村は、先日までのラテン的な海岸沿いのレンガ造りの町とは違い日本の温泉街に極めて似通った風景である。唯一、違うとすれば高床式の建物であるという点であると言い切れるほどに雰囲気が似ているのである。縦に伸びた村の中腹にあるという大きな温泉宿の辺りからは煙が上がっており、かすかに流れてくる硫黄の匂いが懐かしさを胸一杯に呼び戻していく。

「オ・サ・ケ♪」

とご機嫌なスラリンはどうやら懐かしむ時間を俺にはくれないらしい。都会ではないこの村の主な労働力は人間であるが、その補助的な部分には魔物がついていることもあり、仲間の存在を隠さなくてもいいことが何よりである。田畑ではオークが鍬や鎌を持って作業に励む姿が見られ、パペットマンは案山子の代わりとして一日を通して外で踊っているという。馬車を温泉宿の馬宿舎に停めチェックイン済ませると、夜には宿に戻ってくるように念押しして各自、自由行動ということにした。日頃から街中で行動を縛られている魔物の仲間たちにとっては貴重な時間である。

「じゃぁ、僕は道具を買ってくるね」

とリュカはプックルを連れて嬉しそうに買い物へと出かけて行ったし、スラリンとピエールも当てがあるのかどこかへと行ってしまったようだ。サイモンは馬車に積みっぱなしだが、どうせ鎧から抜け出して幽霊ライフを満喫するに違いない。一番問題となったのはジュエルだったが、コミュニケーションが取れないので仕方なく馬車の中にロープで吊るしてあるが本人は抵抗もせずニヤニヤとしていたのできっと異論はないのだろう。

「みんな行っちゃったね・・・。時馬はどうするの?」

「とりあえず――――」

嬉しくてしょうがない。自分でも頬が緩んでいるのが分かるくらいなのだから。

「そうよね。ここまで来たんだし――――」

対するユイも相当、嬉しいらしい。今まで文化・世界の差というものを散々味わってきたのだ。それも当然である。


食事の際に箸が無い事は仕方がない。作ればいいんだし。

リンゴの形をしたレモン味の果実も受け入れよう。

『おばけきのこ』の胞子を食用に栽培したというキノコ料理も許す。



だが、風呂が無いのはどうしても許せん!!



どうやら俺たちの意見はここに到着した時から一致していたらしい。

「とりあえず、風呂!」
「とりあえず、お風呂!」

二人の声は宿の部屋に響きわたった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十六話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/03/19 04:59

 夕闇が辺りを包む。久しぶりの風呂もとい温泉を楽しんだ俺は、ユイと二人で宿の一室で待機中である。最初は混浴であることに若干の抵抗を感じていた様子のユイだったが、風呂の誘惑に負けたのか、あるいは俺を男として見ていないのか、優雅な入浴タイムを満喫したようだ。前者である事を祈りながら、貸切状態の温泉に浸かっていたのがつい先程の事。廊下を通る足音や外の喧騒から推測するに、今は温泉地としての賑わいを取り戻したようである。外は、ジリジリと鳴く虫と乾燥した涼しげな風が吹き、緑に囲まれた村の家々には明りが灯る。極めて日本的な風景に比べ、室内はやはりと言うべきか、板張りの床にベッドとテーブルが置いてある。テーブルに手帳を広げたユイをベッドに座ってぼんやりと眺めながら、ゆっくりと過ぎていく時間に身を任せることにする。

「日記とかつけてるの?」

暇を持て余した俺の質問にユイは顔を上げずに答えてくれた。

「ううん。こうやってチェックしていかないと、今が何月で何日なのか分からなくなるから、一応ね」

「そっか・・・。そういえば、もう今が何月なのかも分からないよ。6月の初めくらいかな?」

「残念でした。今日は7月の23日よ」

「7月!?もう4ヶ月近くたったのか・・・。なんだか、実感が全然湧かないな」

「ふふふ。そうね・・・もうテストも終わっちゃった」

「てすと・・・テスト!?俺まだ何にも授業受けてないのにっ・・・」

「元はと言えば、時馬が変な本を開くからいけないんでしょ!?」

「う・・・。ゴメン、本当にゴメン」

両手を合わせ謝り続ける俺にユイはくすっと微笑んでみせ、

「もう・・・。謝って欲しいんじゃないわ。こうなったらしっかりと、『地中海』までエスコートしてよね」

と薄紅色のぷっくりとした唇からそう紡ぎだした。

 そうこうしているうちにピエールとスラリンが戻り、しばらくしてサイモンも鎧ごと宿に戻ってきた。酒を飲む事を楽しみにしていたスラリンは、リュカの帰りが遅い事にベッドの上でうなだれている。ふと窓の外を見れば、淡い紫に染まっていた空はいつの間にか闇に包まれ、月が輝いていた。





「プックル!暗くなってきたし、もうそろそろ帰らないとまたトキマに怒られるよ?」

村はずれのよろず屋まで足を運んでいたリュカは扇状に広がる棚田のあぜ道をプックルと共に歩いている。貴重な道具も買う事が出来たし、何よりも水のリングについて詳しい識者が店の主人だったということは思いがけないことだった。村はずれと言っても、規模の小さいこの村では中心部の賑やかな雰囲気は十分に伝わってくる。リュカの言葉に対し、水田を優雅に滑るアメンボをあぜ道から前足で突いて遊んでいたプックルは『がうッ』と返事を返した。束の間の散歩を楽しんでいたプックルは村の中心を縦に走る大きな通りまで出てくると急に疾風のように駆け出して行く。

「ちょっ、ちょっと!プックル!!」

リュカの声も軽く後ろに受け流すと、人々の往来を器用にかわしつつ、ずんずんと村の奥へと突き進む。いつものプックルと様子の違う事を敏感に感じ取ったリュカは、同時に嫌な予感に包まれた。慌ててプックルの後を追っていくと、座り込む一人の人間にプックルが飛びかかっている様子が遠目からでもよく分かる。プックルの金色の毛が伊達ではない事を証明した瞬間でもある。しかし、リュカの脳裏をよぎったのはサラボナで剣を突き付けてきた男の言葉だった。

『魔物は存在自体が悪だ!世界を見てみろ!多くの人が家を焼かれ、殺されている現実を見ろ!仮に今はそいつらが人を襲わないにしても、いつかは必ず人間に仇名す事になるんだッ!!』

今まで、大人しかったプックルがここにきて魔性を取り戻したとでも言うのか。リュカの心には否定の言葉しか浮かんでこない。村の教会に併設された小さな墓地に駆けつけたリュカが見たものは、自分にいつもじゃれついてくるプックルの姿だった。ただ、それが自分ではない人に対して向けられているのを見たのは初めての事である。

「あら、どこのいたずらネコさんなの?」

座り込んでいるのはプックルの毛並みにも劣らぬ綺麗な金色の髪をなびかせた女性である。しきりに匂いを嗅ぐ動作を繰り返すプックルを撫でながら受け入れているあたり、魔物と心を通わせる事のできる人間の一人なのだろうかとリュカは疑問に思った。その光景に見とれ足を止めている事に気付いたのは彼女が服をはたきながら立ちあがった時だった。

「すみません!怪我とかしてないですか?」

「私は大丈夫よ。よかったわ、迷子じゃなくて」

教会の明りがうっすらと、微笑む彼女の顔を照らしだす。優しい声音のその女性はプックルの頭をぽんぽんと叩き、その場を後にしようとすると、プックルはそんな彼女の前に回り込むと体を震わせて野太く『がぅッ』と吠え、その女性を見上げている。

「プックル、いい加減にするんだ!」

『プックル』という名を聞いた彼女はピクっと肩を震わせると目の前のキラーパンサーを眺めている。制止の声も聞かず、なおもその場から動こうとしないプックルに業を煮やしたリュカはプックルの胴を抱え、

「ほら、帰るよ!プックル!!」

と懸命に地に足をつけたキラーパンサーをどうにか動かそうと必死である。対するプックルは自分の体を持ち上げようと頑張るリュカに後ろ足で抵抗する。両者の戦いは徐々にヒートアップし、互いに体をもつれ合わせて争っている。目の前でやり取りをずっと眺めている彼女の事などすでに見えていないようである。

「どうしたんだ、プックル!さっきからおかしいよ!?」

プックルは強引なリュカを振り払うと同時に、その背に纏われた剣を口で器用に奪うと、未だに両者のやり取りを眺める女性に放り投げた。

「さっきからすみません。いつもはこんなんじゃないんですが――――」

苦笑いを浮かべながらリュカは立ちあがると、彼女の後ろに隠れたプックルを睨みつける。そんなリュカをよそに女性はプックルから受け取った剣をじっと眺めたまま動かない。

「あの・・・どうかしました?」

「・・・・・・・リュカ?」

「はい?」

突然、零れ落ちた言葉にリュカは耳を疑った。今、目の前の女性は自分の名前を呼びはしなかったか。目の前には色白で目鼻立ちのはっきりとした女性が立っている。

「こ、これ私のリボン!あなたもしかして、リュカなの!?」

パパスの剣を収める鞘のベルトに括りつけられた随分と古ぼけたリボンを指して彼女はそう問いかけた。豆鉄砲を食らった鳩のような顔のまま立っているリュカに対して、彼女は言葉を続ける。

「ほら、アルカパのビアンカよ。よく遊んであげたでしょ?覚えてないの?」

十年という長い年月を超え、記憶が蘇ってくる。お姉さんぶっていた当時の面影を残しながらも、少女から女性へと成長した幼馴染が目の前に立っている。

「ビアンカ・・・」

そう呟いたリュカを彼女は頷きながら優しく見つめている。

「ビアンカ!ずっと会いたいと思ってたんだ!」

子供の頃の別れ際と同じようにビアンカを抱きしめるリュカ。いや、子供の頃は抱きしめるというよりも、自分よりも背の高かったビアンカに抱きついたと言った方が正しいかもしれない。そのままの勢いでビアンカが後ろにバランスを崩すとプックルを下敷きに十年ぶりの再会を果たしたのだった。



 みんなの待つ宿にリュカがいきなり女性を連れて来たのには驚いた。その女性がとても綺麗な人だった事もあるが、何よりもあのリュカが連れて来たという事実の方に大きな衝撃を受けたのだ。ポートセルミに向かう船の中で聞いていた『ビアンカちゃん』がまさかこんなに綺麗な人だとは思わなかったということもある。十年ぶりに再会したということもあって大いに盛り上がった俺たちは現在、ビアンカさんの家で夕食を取っている。スラリンは酒さえ飲めればどこでもいいそうで、彼女のお父さんであるダンカンさんを加え、リュカの誕生節祝い兼再会の宴が行われたのだ。十年分のつもる話は、なぜリュカがこの村に立ち寄ったのかという部分に及んだ。

「そうなの・・・。それで水のリングが必要なのね?」

「そうなんだけど、水のリングがあるっていう洞窟まで行く船がないんだ」

「船なら何とかなるかもしれないわ!港には古くなった船が何艘か管理されて残ってるの」

「じゃあ―――」

「私も連れてって。じゃないと、船は出してあげないわ」

ビアンカさんは悪戯っ気に満ちた目をリュカに向ける。

「危ないからダメだよ!」

「じゃあ、私も出してあげない。だって私が危ないんだったら、リュカはもっと危ないわ。そんな危険な事させるわけないじゃない。それに、約束したでしょ?」

「約束?」

「あーぁ。忘れたんだ、私との約束。・・・また一緒に冒険しようねって言ったでしょ?」

「言ったけど、そんな約束―――」

「なら決まりね!リュカの事は昔みたいに、このビアンカお姉さんが守ってあげる」

諦めたように微笑むリュカ。その様子を見て納得したのか、テーブルの上の料理達を片づけながら彼女は

「今日は泊っていってね」

と言ってくれた。そうこうしているうちに、世は更けていくのだった。


 



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十七話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/03/27 12:49
 翌朝、日も昇るか昇らないかという頃合いを見計らって、目的地へと目指す。昨夜、ビアンカさんの家に泊まったのはリュカとプックルのみ。せっかく、宿を2部屋も取ったのだからと俺たちは温泉宿に引き返した。それに、いくらなんでもこの大所帯を宿泊させるには普通の民家では小さすぎるのだ。そして、今、俺は目当ての場所へとたどり着いたのである。朝靄に加えて湯気が辺りを包みこんでいる。ひんやりと冷たい地面もお約束だ。最後の一歩が静かな水面を割って静寂をかき乱すと、途端に蒸気が俺を中心に逃げ去っていく。

「あぁ・・・。やっぱり朝風呂は最高だよなぁ」

屋外に作られたこの露天風呂からは東の空に光をもたらし始めた朝日をぼんやりと眺めてみる。縦に伸びる村の性質上そしてこの宿自体が少し高い位置に築かれているため、霧がかった棚田に薄い光が散っていく絶景を拝むこともできるのだ。この世界に朝風呂の文化があるのかは分からないが、今、ここにいるのは俺だけだ。しかも、かなり大きなこの露天に独りでいると、誰もが必ずやったことのあるアレをしたくなるのが日本人というものだろう。一番端まで寄って行くと、勢いよく天然の石でできた湯船を蹴る。ゆっくりと漂いながら温かい湯と早朝の冷たい空気が絶妙なハーモニーを演出するのを満喫していると、突如として、真横に人影が現れた。不意打ちを食らった俺はその場で沈没した挙句、大量の湯を飲み込んだ。

「ちょっと・・・。何してるの?」

慌てて立ち上がりゴホゴホと咽る俺にその声の主は冷たく言い放った。何とかせき込むのを我慢して視界だけでも取り戻そうと両手で顔を拭うと、そこにいたのはタオルで胸から下をしっかりと隠すユイだった。俺は咽ながらも喉の奥から言葉を引っ張り出す。

「何って・・・。泳いでた―――」

「それは・・・見れば分かるけど。・・・早く浸かりなさいよ」

目をそらしてそう言うユイを見ながら、とりあえず弁解の言葉を述べる。

「一度はやってみたかっただけなんだよ。結だってやってみたいと思ったことあるだろ?」

「わ、分かった。分かったから。早く隠して!!」

そこまで聞いて、ようやく自分の禁断の地を朝の爽やかな風が包んでいる事に気づいたのだ。





 現在、船は軽快に海を滑っている。ここ最近続く船旅のせいもあり、海から見る景色というものにもさほど感動をしなくなってしまったのは、人間の「慣れ」というありがたくも悲しい特性によるものだ。ビアンカさんを加え更に大所帯となった俺たちは、先日降り立った終着港で旧式の小型船を借り受けて現在に至る。

「まさかプックルだけじゃなくて、他にも仲間の魔物さんがいるなんてね」

と驚いた表情を作っていたビアンカさんだったが、そのまま馴染んでしまうあたりさすがといったところだ。ちなみに、炎のリングを飲み込んだままのジュエルも念のため連れてきている。パトリシアのみが留守番というわけである。リュカよりも二つ上の『お姉さん』であるビアンカさんは俺と同い年だ。18と言えばまだまだ『女の子』のイメージがあったが、彼女はそれを微かに残しつつも『女性』と呼ぶべき落ち着きと容姿を有している。

「リュカだって『ビアンカ』って呼んでるんだからトキマだってそう呼んで?変に遠慮し過ぎなのよ」

そう言われたのをきっかけに俺たち四人の結束はより固くなったような気がしている。リュカの情報によると水のリングは内海の大きな滝を持つ孤島にあるらしい。今では、物好きな冒険家か命知らずな観光客しか立ち寄らない無人島であるとのことだ。なぜ、決まってそのような秘境にわざわざリングを置いていくのかが心底気にはなるが、止むに止まれぬ事情があったのだろう。それ以上は考えない事にしておく。


 航海も二日目の夜を迎えた。船から見える少し大きめな島の海岸には漁師町でもあるのか、オレンジ色の光が夜の闇の中でその勢いを絶やさない。旅客船のようにただ乗っているだけというわけにもいかず、この時間帯は船の舵は俺に託されている。雲ひとつない夜空を星が燦然と彩り、夜空の覇者である月をも凌駕するような美しさだ。しかし、船内ではなく甲板上に設けられ、見張りと操舵の両方を兼ねる造りのこの小型船では、夜の冷たい潮風がまとわりつくように体温を奪っていく。夏であるにもかかわらず、である。

「はい、これ。ご苦労さま」

そんな時、俺の心を見透かしていたようにビアンカが薬蕩を持って甲板に出てきてくれた。

「ありがとう」

木製のカップに入れられたそれを受け取って冷ましつつ、ゆっくりと啜る。胸から喉にかけて温かさがじわじわと染みていくのと共に、渋い苦みが舌に残る。いつぞやのエナさんが入れてくれたモノの方が美味しかったのは秘密だ。

「航海経験が全くないトキマだけじゃ、可哀そうだと思って」

「みんな早々に寝るんだもんなぁ。でも話し相手ができて嬉しいよ。ありがとう」

カップに残った薬蕩を飲み干しながら、俺はそう答えた。

「ユイちゃんに感謝しなさいよ?それ、淹れてくれたのユイちゃんなんだから」

「へ、へぇー。そっか。あははは」

ビアンカはそんな俺をよそに、その目をしっかりと俺に合わせてくる。

「リュカの事なんだけど・・・。あの子、ずっとあんな感じだったの?」

質問の意味がよく分からなかったので、そのままの率直な意見を返す。

「俺と出会ってからはずっとあんな感じだったけど?そんなに昔と違う?」

人は変わる生き物だと言うし、10年も奴隷生活を続ければ変わらない方がおかしいのだ。ただ、昔のリュカがどんな風だったのかを知りたくて、あえて聞いてみた俺はその言葉に驚かざるを得なかった。

「随分、大人っぽくなってた。昔は本当に子供みたいだったのに」

あれで大人っぽいとは、どれほど子供っぽかったのかが逆に気になるところである。懐かしむように、昔を思い出すビアンカの金色の髪がさらさらと風になびく。その靡く髪の向こう側には大きな滝を持つ島が堂々としたその姿を海にその身を浮かべていた。





 ビアンカと二人で接岸作業を終わらせると、見張りはサイモン達に頼み少しの仮眠を取る事にする。眠気眼のまま魔物がいるかもしれない島に降りるのは危険であり、明るくなってから事を起こした方がより安全であるからだ。


 翌日、島に上陸を開始する。ただ、船の見張りが必要なのでサイモンとスラリンナイトは留守番組だ。スラリンは多少ゴネるとも思ったのだが、案外すんなりと受け入れてくれたのは幸いだ。しかし、何か裏がありそうで手放しで喜べはしないがサイモンとピエールがついているし、多分大丈夫だろう。

『プックル・リュカ・ビアンカ』

『俺・ユイ・ジュエル』

この行動グループを分けて指輪探しを行うことになった。戦力的に問題もあったが、魔物の気配があまりしないというリュカの判断を信じることにする。なぜ、ジュエルを連れていくのかと言えば、この二日間でジュエルとユイには特別な絆が出来上がったようであり、頃合いを見計らって指輪を吐き出させるという使命を負っているからだ。『もう一つの指輪に共鳴して吐き出すかもしれぬ』とはサイモン談であるが、その可能性を信じてユイがその大役を買って出たのだ。

 セントベレスの滝よりも規模は格段に小さいが、それでも沖の船から視認できるほどの滝である。島には古ぼけた遺跡があり、その奥地には滝壺が来る者を拒むかのような圧迫感をもって坐している。その滝壺の奥の岸壁には洞窟があり、その神秘的な雰囲気を島全体にいきわたらせている。初めは一本道だった洞窟も少し奥に入ると、道は都合よく二手に分かれていた。洞窟の中は不思議にも全くと言っていいほど暗くはなく、足元には水が薄く広がっている。フロア全体が水溜りのような、そんな感じである。

「迷ったり、リングを見つけたりしたらこの球に火をつけてね。その匂いをプックルが嗅ぎ分けて探しに行くから。もし、僕達が先に見つけたら・・・その時もプックルが探してくれるから大丈夫!」

リュカは野球ボール程度の藁で編まれた球を三つ渡してきた。これを使う時はどうか一度きり、しかもリングを見つけた時だけにしたいものだと心の中で祈るのだった。




 洞窟内は広い。鍾乳洞がもっと巨大化したようなこの洞窟は非常に歩きやすいし、死の火山に比べれば十分に観光スポットになり得そうである。ここに物好きか命知らずしか来ないということはとても残念だ。相変わらず、ジュエルはユイの腕の中でヘラヘラと薄ら笑いを浮かべている。リングを吐き出す気などそうそうないのだろう。

「よくジュエルを懐かせたよね」

「私は何もしてないわ。ただ・・・この子が勝手に懐いてくれただけよ」

二人の足音だけがピシャピシャと響き渡り不気味なくらい静かである。足場は狭いにもかかわらず、天井は高く空間も広い。脇には底なしにも見える水溜りが綺麗な蒼い水を湛えている。その中で『しびれクラゲ』が優雅に浮いているのは滑稽だ。そんな風に違うものに意識を逸らそうとするたびに、二人の沈黙が目立つ。

「昨日はありがとう」

「へ?何が?」

急に切り出したせいか、ユイは不思議そうにこちらを見つめている。

「いや・・・昨日の薬蕩の話」

「あ、あぁ。あれね。前にポートセルミのママが作ってくれたのを思い出しながら作ってみたの。どう・・・だった?」

「暖まったし、美味しかったよ」

嘘偽りなく95%正直な気持ちで答えた俺に、

「あれね・・・アク抜きするの忘れちゃって、失敗したやつなの。ビアンカには上手く出来たのをあげたんだけど、捨てようと思ったやつがいつの間にか無くなってて―――」

「ま、まぁ・・ちょっとは不思議な味がすると思ったけど、失敗作だなんて全然思わなかったよ」

「ふふふ。ありがとう」

ユイは笑顔でそう言うと、急にその表情を不思議そうなものに変え俺の背後を指さした。

「ね、ねぇ。誰かいる」

まさかと思って振り向けば、少し離れたところで紫色のローブを纏った老人がこちらをじっと見つめていた。冒険家にも観光客にも見えないその出で立ちは、魔法使いや占い師を彷彿とさせる。一気に警戒の色を強めた俺達に、その老人はゆっくりと近寄ってくる。老人が近寄ってくるのに呼応してジュエルはユイの胸から飛び降りたが、へらへらとする様子に変わりはなかった。俺は腰の刀をいつでも抜けるように左手を鍔まで持っていく。

「ほっほっほっほ。そこまで怯えなさんな」

その老人はすぐ近くにまで寄ってくると、さらに言葉を続けた。

「ワシはこの洞窟に住む仙人じゃ。安心しなさい。久しぶりの来客が嬉しくてね」

丁寧な言葉遣いの老人は、それでもなお身構え続ける俺達に呆れたのか肩をすくめ落ち込んだ様子である。

「あの・・・私達に何か用ですか?」

俺の後ろからユイが話しかけると、皺だらけの顔をほころばせてその口を開いた。

「元の世界に帰る気はあるかね?」

俺の腕を掴むユイの手に力が入っていくのが分かる。

「ワシは仙人じゃぞ?お主らの心なぞ、お見通しじゃ。折角、久しぶりにこんなに若い人間の男女に出会ったんじゃから、ワシも力になってやりたくての」

「あ、ありがとうございます!それで、どうすればいいんですか?」

元の世界に帰る事が出来るチャンスがこんなところで訪れるとは思ってもみなかったが、目の前の仙人の力は本物であると確信した俺はそう尋ねた。

「炎のリングを持ってきてもらいたいのじゃ。この地に眠る水のリングと炎のリングの力をもってすれば、お主らを元の世界に戻すことなど容易な事」

「それが、その・・・炎のリングはここにいるコイツが飲み込んでしまって―――」

話を進めようとする俺にユイが『大丈夫?』のサインを目で送ってくる。

「そういうことではない。リングの持ち主はその魔物ではないであろう。言わば、その魔物は入れ物にすぎぬ。リングの持ち主をお主達二人のどちらかにすることが必要だと言っておる」

冷たく言い放つように聞こえる老人の言葉が胸に突き刺さる。

「それはどうすれば・・・?」

老人は少し間を置くと、その方法を話し出した。







 あとがき
・原作と多少違っている描写がいくつもあります。
(ビアンカと水門の件や滝の洞窟についてなど)
それは仕様なので暖かく見守ってやってくださいw



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十八話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/04/09 03:09
 仙人から元の世界へ帰る方法を聞いた俺達はどうすることもできずにいた。炎のリングの持ち主を変える方法。つまり、溶岩の魔人に勝利して最初にリングを手にしたリュカから俺達に持ち主を変える方法は

『持ち主が死ぬ事』

であるという。簡単にいえばリュカをこの手で殺さなければ、元の世界に帰ることはできないということだ。仙人は最後にもう一つ付け足した。

「お主らがいなくなった元の世界では、その影響でバランスが崩れておる。このままの状態が続けば、お主らの身内にも何らかの悪影響が及ぶやもしれん。そちらのお嬢さんは魔法も身につけてしまっておるようじゃし、時間が経てば元の世界に受け入れてもらえなくなるかもしれぬぞ?ワシに会うたのも何かの縁だと割り切るべきではないかの」

仙人はそれだけ話し終わると、また会いに来ると言い残し光に包まれてその姿を消した。

「どうするの?どうすればいいの!?」

ユイが真剣な眼差しを俺に向ける。

「そんなこと・・・・」

「私は帰れなくなったっていいわ。でも、お父さんやお母さん達まで巻き込まれるなんて・・・」

いくら考えても答えは出そうになかった。出せるわけがないのだ。



 俺とユイは無言のまま、先へと足を進めた。奥に進むにつれて空気がしんと張りつめて冷たくなっていく。いや、この長い長い沈黙がそう感じさせているのかもしれなかった。足音だけが響き渡り思考も全くと言っていいほど働かない状態から、どうにかして抜けだそうと日本にいたころを思い出してみる。そうすることで、決心がつくかもしれないと思ったからだ。一緒に進学した友達、縁側で梅干を干すじいちゃんにヘンリーとマリアさんの幸せそうな顔。この世界について何も考えない事さえ許してくれない俺の頭に呆れると同時に、日本にいた時の事を徐々に思い出せなくなっている自分に気づいた。途端に恐怖を覚えるのは俺の覚悟がまだまだ不十分であった証なのだろうか。

「・・・帰ろう。今を逃したら、もう帰れなくなるかもしれないし、結をそんな目に遭わせるわけにはいかないよ」

立ち止まって振り向いた俺は不安を拭いさるために、そう切り出した。何かを言いたげに口を開こうとしたが、その何かを飲み込んでうつむいてしまう彼女を見て、俺の決心は固まったのだった。


 そのまま足を進めていくと、急に視界も足場も開け大きな広場に突き当たった。広場の中央には台座のように突き出た神秘的な青い石がぽつんと存在している。走って近づいてみると、そこにはリュカの持つ炎のリングと対になるであろうリングが静かにその身を置いていた。

「これが・・・水のリング・・・・?」

ユイがその蒼いリングを静かに持ち上げた時、

「あっ、トキマ達だ!ビアンカ、早くこっちだよ!!」

元気のいいリュカの声が洞窟内に響き渡る。俺達が出て来た道とは反対側の通路からプックルとリュカが現れた。その後に続いて、息を切らせたビアンカが胸を押さえながらやってくる。

「・・・・急に走りださないでよ!」

荒い呼吸に交じりながらそのやさしい声音が耳に入ってくる。思わず身構えた俺とは対照的にリュカはその人懐っこい笑顔を向けて、

「ジュエルは吐き出した?」

とユイの足元で笑うジュエルを見ながら問いかけてきた。

「いや・・・。まだ、なんだ」

言葉を交わす度に、胸に何かがのしかかってくる。『そっか』と軽く頷いたリュカは仕方ないよねという表情でさらにその微笑みを向ける。震える左手をそっと腰に下がった刀の鍔に持っていくと、すぐ側にいたユイがじりっと音を立て身構えたのが分かるほど俺の意識は研ぎ澄まされていた。にわか剣法の俺とは違って鍛え抜かれたリュカをしとめるには不意をついた一撃で葬り去る必要がある。俺がその一撃を繰り出そうと一歩踏み込んで腰の刃を水平に抜いた瞬間、僅かな気配を察知したのかリュカは後ろに飛びのいた。

「あ、危ないよ!何かトキマ変だよ!?」

「ゴメン。でも帰るにはこれしか方法がないんだ!」

最初の一撃が決まらなかった以上、状況を飲み込めていないうちにリュカを仕留めなくてはならない。しかし、自らの刃が人の血で染まらなかった事に安心した自分もいることは確かだ。冗談ではなく、本気だということを察したのかリュカはその手を背の剣へと手を伸ばした。だが、リュカはそのまま動かない。代わりにプックルがリュカの前に躍り出ると、金色の毛を震わせ鋭い牙を露わにさせながら野太い咆哮を上げる。洞窟内に響き渡ったそれは不思議な余韻を残して打ち消えていった。

「ねぇ、何があったの!?冗談にしてはやりすぎよ!」

リュカの傍まで駆け寄ってきたビアンカはそう叫んだ。全てを話したところで快くリュカが死んでくれるはずもないが、経緯を説明する。

「リュカが死んで炎のリングを手に入れる事が俺達の世界に帰る条件なんだ!さっき、この洞窟の仙人に会ってそう言われたよ。だから――――」

「じゃぁ、他の方法を探そうよ!ずっと前に約束したじゃないか!僕も最後まで手伝うから!!」

『できる事ならそうしたい』そう叫んでやりたかったが、そんな時間は俺達には残されていない。

「時間が無いんだ。ユイには時間が無いんだよ!ユイだけでも帰してやりたんだ!!」

もう何も考えない事にした。正面で構えなおした刀を少しだけ右に流しリュカに突っ込んでいく。飛びかかってくるかと思っていたプックルはビアンカを突き飛ばして左に飛びのき、リュカはその剣で受け止める。走馬灯のようにサイモンやピエールとやってきた訓練が思い起こされ、思考を止めたはずの頭は爆発するほどの思い出がぐるぐると回転している。ふと情景が思い起こされる度に緩む涙腺を何とか引き締めながら、打ちかかっていく。サラサラと軽く受け流していくリュカには叶わないなと思いつつも相討ち覚悟で裂帛の気合と共に斬りかかり続ける俺を器用にかわしながら、立ち位置を変えていくリュカ。一向に攻めに転じてこないリュカに腹立たしさを感じながらも、体力の消耗が著しい俺は最後の力を振り絞って

『斬りかか』る。

振り下ろすのではなく、『斬りかか』る。

不安を拭い去るかのように『斬りかか』る。

今までで一番上手く決まった俺の一手を半ば強引にはじき返すと、リュカは俺を壁に追いつめる事に成功した。夢中になっていて分からなかったが、後ろに引いて体勢を立て直そうとした俺を待っていたのはゴツゴツとした剥き出しの岩の壁であった。

「ね?もう止めようよ。きっとまだ何か方法があるよ」

壁に背を預け正面で構える俺に、リュカは構えた剣の力を抜いて穏やかに笑いかけてくる。
どこまで器の大きいヤツなのだろうか。半ば抵抗の意志を失くしかけた俺はリュカに迫る氷の塊を見た。

「離れてッ!」

ユイが放った氷撃呪文は空気を切り裂いて真っすぐにリュカを目掛けて突き進む。ユイの言葉は俺とリュカのどちらに向けられたモノなのか判断はつかなかったが、一瞬の隙をついて壁際から離れ振り向くと、ビアンカの閃光呪文『ベギラマ』がリュカを守るように炎の壁を作っているところだった。状況を振り出しに戻すためユイの所まで駆け戻るが、これ以上、鋼鉄の刀を振り回す体力は残されていない。

「ありがとう、助かったよ。でも、やっぱりリュカには勝てそうにないかな・・・」

自嘲気味に台詞を吐いた俺の横ではジュエルが台座に上って事の成り行きを見つめている。その舌には炎のリングを乗せて。

「炎のリング!」
「炎のリング!!」


リュカとユイが叫んだのはほぼ同時だった。ジュエルは舌の上でコロコロと転がしては炎のリングに紅い光を纏らせて踊っているが、その背後では更に先程の仙人が光に包まれて空中に姿を現した。

「ほっほっほっほっほ。さぁ、そのリングを渡しなさい」

あまりの急展開に誰もが言葉を失った。ユイがジュエルの舌から炎のリングを受け取って、仙人に渡そうとする刹那、リュカの声が洞窟内に響き渡る。

「ユイさん!そいつに渡しちゃダメだ!!」

その言葉に一瞬躊躇したユイの手からリングをひったくると、仙人は紫色のローブ着た老人から、その姿をおぞましい波動に包まれた魔道師へと変えた。

「ほっほっほっほっほ。さすがはパパスの息子といったところですね。お前には世界で一番惨い死に様を用意してやりたかったのですが・・・そこまで上手くはいきませんか」

『騙されていた』そう確信したのはその時だった。しかし、すでに時遅し。唖然として動こうとしないユイの腕を引っ張り、魔道師と対峙する彼女を俺の後ろへと引き寄せた。

「ゲマ・・・!お前だけはッ!!」

今まで穏やかだったリュカの顔にはもはやその面影すら見る事は出来ない。心の奥底に沈めていた憎悪や悲しみが全身から溢れ出している。

「ほっほっほっほ。私を覚えていてくれましたか。相変わらず威勢がいいのは変わっていないようですね。そういうところは、パパスに似たのでしょう」

その魔道師は挑発するかのように嘲笑の笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「せっかく出会えたのですから世間話でもどうです?私がお前に会いに来た理由を知りたいとは思わないのですか?」

「何だと・・・ッ!?」

すでに雰囲気もリュカのものではなくなっている。そこにいるのは俺の知っているリュカという人物ではなく、何かとてつもなく大きなモノを抱えた『大人』の男だった。船の上でビアンカが話していた大人っぽくなったリュカとはこういうことだったのだろうか。

「ほっほっほ。私の『ラインハット王権簒奪計画』を潰したのはお前だそうですね。まぁ、それはそれでいいでしょう。しかし、このリングはお前のような人間が持っていてはイケナイものなのです。二つのリングを探している者達がいると聞いてはいましたが、まさかお前もその一人だったとは考えてもいませんでした。今、ここで私の邪魔をしないと言うのならば、パパスのように命を奪ったりはしませんよ?セントベレスで十年も奴隷として働いたご褒美とでも思えばいいでしょう。ですが―――」

あれだけ俺が仕掛けても顔色一つ変えなかったリュカが気迫に満ち溢れ、雄叫びを上げながら一気に突っ込んでいく。広い空間に木霊したそれはリュカと一体となり、魔道師に向かう。

「よいのですか?彼らがパパス同様、灰になっても」

ゲマと呼ばれた魔道師は指先に大きな火球を浮かべるとそれを俺達に向けた。術か何かの影響かあるいは恐怖からか避けようにも全身に重たいものがまとわりつくような感覚に襲われて思うように動く事が出来ない。それはユイも同じらしく、僅かに俺の後ろから横へと移動する気配を見せると俺の腕を握りしめる手にさらに力を込めたのが分かる。さらにプックルはともかくビアンカも、かの魔道師に立ち向かうつもりなのか、リュカの傍まで駆け寄ってくるとその身を構えた。その光景を真横で見ていたジュエルはなおもリングの台座の上でヘラヘラと薄ら笑いを浮かべているが、俺には一瞬だけあの時のように目が怪しく光ったような気がした。憎悪と悲しみの覇気に包まれたリュカはその足を止め、全身を震わせている。

「ほっほ。パパスのようにこの人間達を庇おうとはしないのですね―――。私としては誰が灰になろうと構わないのですが。それでは貴方にふさわしい死に様を用意する代わりにもう一度、人間が灰になるところを見せてあげましょう」

ゲマは巨大な火球を俺達に向けてゆっくりと放つ。唯一動かす事のできる首を横に向けてユイの方を見ると、彼女は優しく微笑んで見せた。全てを諦めた覚悟の微笑みか、あるいは最期まで希望を捨てない心の微笑みなのか。



こんな時に笑う事ができるなんて―――。

こんな時に何もできないなんて―――。

本当に何もしてあげられなかった。
それどころか、罠に嵌められて挙句にこの様だ。




俺達を大きな炎の塊が包みこみ、視界いっぱいに赤い炎が広がっていく。
不思議と熱さを感じないのは、死というものが一瞬の出来事であるからであろうか。正面の危機から一瞬目を逸らした俺が次に見たものは、俺達を包み込む球形の薄い光の膜だった。盛る炎と光が衝突する様は幻想的にさえ見える。その刹那、光の膜が一気に弾けると、覆っていた炎は幾つもの熱線となり広い空間を駆け抜けた。洞窟の壁にまとわりついたそれは、美しい青の洞窟に鮮やかな赤の装飾を施したかのようだ。弾かれた熱線の大半は魔道師に容赦なく襲いかかる。

状況の判断が追いつかない。ただ一つ分かるのはゲマが敵であるという事だけだ。跳ね返った炎に包まれるゲマにリュカが真空呪文の『バギマ』を、ビアンカが閃光呪文の『ベギラマ』を打ちこむ。お互いの顔を見合わせると、ユイはすかさず呪文の詠唱へと移る。彼女の白くすらりと伸びた指先から氷の塊が、あらゆる魔法エネルギーに包まれているゲマへと襲いかかるのに呼応して、俺も負けじとリュカから貰った藁玉を全て投げつけてやった。

「くっ、少し油断しましたか・・・。ですが次はもっと悲惨な事が起きると覚悟しておくがいいでしょう。ほーほっほっほっほ・・・・!」

不気味な高笑いを残してその場を去っていくゲマ。一息つけるかと思ったのもつかの間、洞窟内は耐えられないくらいの異臭ともうもうと上がる煙に包まれ、しばらくは全員が膝をついたまま立ち上がる事が出来なかった。






 リュカの渡してくれた藁の球は強烈な匂いと煙を発生させる『煙玉』だったらしい。ユイの持つ水のリングとゲマがいた空間の真下に落ちている炎のリング。これで二つの指輪がそろったわけであるが、俺たちの間に流れる空気は微妙を通り越して殺伐としていた。プックルはあまりの匂いのキツさに鼻をやられ失神中である。そのためリュカがその巨体を背負い、俺が後ろから支えている。ジュエル以外のだれもが疲労困憊であるといった表情を崩しはしない。結局最後まで誰一人として口を開こうとせず、船までたどり着いてもこの空気は変わる事はなかった。




着々と船は進んでいく。あまりの異変を感じ取ったのか、あのスラリンまでが何も聞いてこない。出港の準備も操船もすべて魔物の仲間達がやってくれているおかげで、今まで口を利かずにやってこれたが、ずっとこのままというわけにもいかないだろう。元はと言えば俺達が裏切ったのだし、こちらから謝りに行くのが筋だ。ビアンカとリュカが待機する部屋のドアを叩くと、ビアンカの普段と変わらない返事が聞こえてきた。ユイと二人で部屋に踏み込むと、リュカ達の顔も見ずに頭を下げる。

「申し訳ない!」
「ごめんなさい!」

すると、床で道具を広げていたリュカは笑顔で

「気にしなくていいよ。洋服についた匂いくらいで何も言わないし、ちょっと煙玉を無駄にしたのは残念だけど」

「いや、そんなことじゃ―――――――」

口を開きかけたユイを遮ってビアンカは言葉を重ねた。

「もうそれ以上、言わなくていいの。全部分かってるから。さっきリュカとも話したんだけど、全部『アイツ』が悪いのよ!パパスおじ様の仇は私が取ってあげるわ」

ガッツポーズで微笑むビアンカの言葉で救われた気がしたのはユイも同じだろう。

「だ・か・ら、もうこの話で悩むのはおしまい!」

「そうだよ。ビアンカの言うとおりだ。二人とも疲れてるみたいだし、早く寝た方がいいよ」

というリュカの言葉にはいつもの暖かさが感じられた。



ビアンカと出会った湯治村からすぐにサラボナへの定期便へと乗り換えてルドマン邸へと急ぐ。リュカの移動呪文『ルーラ』で移動するつもりだったのだが、呪文が上手く作用しなかったため仕方ない。原因はよく分からないが、その地が魔力に強い土地柄であったり、術者の精神状態によっては上手く作用しない事があるという。サラボナに到着した俺達は、全員でルドマン邸へと向かった。もちろん魔物の仲間達を除いて、である。


「おお!君ならやってくれると信じていたぞ!」

初めて見るルドマンは非常に優しそうな初老の男だった。大富豪というので、あまりいいイメージを持っていなかったが、目の前にいる男性は庶民を見下す風でもなく、自らの権勢を誇るわけでもない。一つだけ指摘するとすれば、やはり身につけている物の派手さといった所ぐらいである。

「それではフローラとの正式な婚儀については追って連絡するゆえ、今晩はゆっくりと休むがいい」

「・・・・・はい」

力なく答えるリュカにルドマンは

「うーむ。せっかくフローラとの婚儀を認めると言っておるのに、あまり嬉しそうではないのう。もしや、後ろに控えていらっしゃるお嬢さん達の事が気がかりかね?」

「い、いえ。そんなことは・・・」

「少し男らしくないのではないか?リングを持ってきた君の勇気は認める。だが、心に迷いのある者に我が娘と夫婦にさせるわけにはいかん。その迷いの元凶が他の女性であるならば尚更だ」

「僕は・・・!」

言葉に詰まり、握りこぶしを作るリュカ。横に立つ俺にもこの緊張感が伝わってくるのだ。彼には相当のプレッシャーがかかっているに違いない。

「『僕は・・・』どうしたのかね?リュカ君。私は君のような男は嫌いではない。むしろ君の事は気に入っておるのでな。君がどんな答えを出そうとも喜んで歓迎するつもりだ。今後の人生を決める大切な選択だ。今宵一晩では足りぬかもしれぬが、今宵中に結論を出してもらう。明日の朝、もう一度私を尋ねなさい。その時に、君の答えを聞こう」

優しげにそう語るこの男の眼差しは真剣なものだった。

「トキマ君とか言ったね?彼の面倒を見てやれるのは君しかいないんだ。ゆっくりと、『二人で』考えるといい」

ルドマンは俺にそう言うと、ゆっくりと手を差し出してきた。ゴツゴツとした暖かい手と堅く握り合わせるとルドマンは更に言葉を続けた。

「後ろのお二方。貴女達には私の別荘を特別に手配する。ゆっくりとくつろいでいかれるといい」

こうして、先延ばしにしてきた決断はさらに厄介な問題を上乗せして降りかかってきたのだった。



あとがき
とりあえず、結婚イベントが終わったところで一区切りとしたいと思います。
ここまで40話近く、下手なくせに長引かせすぎました・・・サーセンww
前々からのご指摘通り、そのイベントが終わり次第スクエニ板へ移動しようかと思っています。
ご指摘、アドバイスお待ちしております。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 第三十九話
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/05/28 17:08
 リュカは一人で馬車に乗り込むと、いつかヘンリーから貰った結婚の記念品を道具袋から探し当てた。今は、魔物たちもトキマと一緒に宿の部屋で休んでいる。ランプに火を灯すと記念品のオルゴールを開いてみる。あの時は、ヘンリーに止められて開ける事はなかったが、そのままにしておいてしまったのを急に思い出したのである。それは、結婚というキーワードが思い出させてくれたのかもしれない。オルゴールを開けると、優しい音色がオレンジ色に照らし出された馬車の中に響く。音色を奏でるカラクリとはもう一つ空間が仕切ってありそこには紙切れが入っていた。



『お前に手紙なんて書いた事は一度もなかったけど、多分、これが最初で最後の手紙になると思う。
 今まで、迷惑をかけた事もあったけど、楽しかったぜ。お前の親父さんの事は本当に申し訳なかったと思ってる。
 これからも、できることは何でも協力していくつもりだ。俺はこのオルゴールを渡す時には絶対にすぐ開けるなと言うって決めてある。
 お前は変なところで素直だからちゃんと約束を守っているんじゃないかと思うわけだ。そして、これを読むのは少し先なんじゃないかと。
 どうだ、当たってるか?お前にこういう事を言うのはどうかとも思うんだが、あまり親父さんの遺志にこだわり過ぎるのもよくない。
 お前はどうしようなく頑固だし、どんな時でも人の事を先に考えるようなヤツだけど、
 きっといつか自分の事について真剣に考えないといけない時が来るはずだ。
 確かに天空の勇者探しは大切かも知れないが、一番考えないといけないのはお前自身の幸せだ。
 お前の幸せと勇者探しが相容れないなら、そこで一旦区切りをつけるのもいいかもしれない。
 ラインハットで、母上やデール、それからマリアと暮らし始めてようやくそれに気がついたんだ。
 俺の親父はどうしても俺に王位を継いで欲しかったそうだが、あえてそれをしないのは俺とマリアの幸せを考えての事だしな。
 そして、何よりも言いたいのは絶対に一人で抱え込むな。俺もトキマもついてるからな。
 これが、親分である俺からの最後のアドバイスだ。                              友へ    ヘンリー』



 涙が自然と目から溢れだし、懐かしき気配が一気に体中を駆け巡ったような感覚にリュカは襲われた。安心して背を預けられる唯一の友からの言葉はすんなりと胸の奥にまで吸い込まれていくのを感じながら、静かにその手紙をオルゴールへと仕舞い込む。突然降りかかってきた大きな決断の時。いや、前から分かってはいたもののあえて見てみぬ振りをしてきた決断である。自分の決断が他人の運命を大きく変えてしまうことがリュカにとって一番の重みであった。『全ては自分次第』この自分本位な決定の仕方自体に抵抗を感じていたのである。問い詰めていけば、盾を手に入れるために結婚などしていいものか、そんな自分がかつての父のように誰かを守っていくことが出来るのかというところに行き着いてしまう。律儀さが足枷になるというなんとも残酷な状態である。だが、彼が一番分からないのは『自分がどうしたいか』ということであった。

あまりも周りの事を気にしていなかったせいか、後ろから近寄る人の気配すら感じとることができなかったのはリュカにしては珍しいことである。
急に掛けられた声に驚くと同時に、涙を拭わずにしたままの自分を呪った。

「こんなところで何してるの?」

「な、なんだ。ビアンカか。ビアンカこそ何でこんな所に?」

「私は・・・忘れ物を取りに来ただけよ。ユイちゃんにも薬草のパックをあげようと思って」

ビアンカは整理された自らの荷物を開けると薬草の束を取り出して見せる。何をしに来たのかと聞いてきた割には自分と目を合わせようともせず、ひたすらに手元の道具袋を漁る幼馴染の様子のおかしさに気付いた彼女は、冗談の一つでも言ってやろうとその腰を下ろした。その瞬間、わずかに顔をそむけた彼の頬に一筋の跡が残っているのを見た彼女は何かを悟ったのか、その背を優しくぽんぽんと叩いた。

「大丈夫。安心して。今までみたいに、これからもちゃんと支えてくれる人はちゃんと傍にいてくれるから。
・・・・・・・パパスおじ様に恥じない答えを出しなさいね?約束よ?」

そして優しく微笑んだのだ。

「分からないんだ。今の僕には人を幸せにする力なんてない。ビアンカ・・・僕は・・どうすればいい?」

ビアンカは堂々とそう尋ねてくるリュカに若干の苛立ちを覚えた。もし、自分がフローラを推せば彼女を選ぶというのか。そして、ここで自分の本当の気持ちを打ち明ければそれを理由にするつもりなのか。デリカシーが無さ過ぎるというのが彼女の正直な感想であった。しかし、逆に考えればそれほど自分に気を許している証拠なのであって、非難の言葉が口から洩れることは無かった。

「こんな時、父さんなら―――――」

「おじ様はおじ様、リュカはリュカよ!だいたい、夫婦はどちらかを幸せにするなんていう関係じゃないわ。一緒に幸せになるの。私はこの数日リュカをずっと見てきたけど、あなたには幸せになる力があるわ。私には分かるの――――」

ビアンカは自分でも卑怯なことをしているというのは分かっていた。こんなことを言えば、リュカの心に大きな影響を与えるかもしれないということも。しかし、言わざるを得なかったのだ。というよりも、自然に口をついて出たといったほうが正しいかもしれない。だから止めたのだ。最後まで言い切るのを。

「じ、じゃあ私戻るね。おやすみなさい」

足早に立ち去ろうとするビアンカの腕をつかむと、リュカは

「ありがとう」

と微笑んで見せた。二人を包むオレンジ色の淡い光、さらにそれを照らす月明かり。
サラボナの町外れの一角で乾いた風と共に青々とした草木が馬車を囲むように闇夜で揺れていた。



 翌日、早々に身支度を整えるとリュカと一緒にルドマン邸を目指す。昨夜もふらりといなくなり、話す機会もあまりなかったがリュカは本当に結論を出しているのだろうか。そして、いつもならば相談の一つや二つ持ちかけてくるはずなのに、今回に限って全くといっていいほどそのような話はなかったのである。確かに、誰かと相談して決めるような事柄ではないが、それにしてもである。いつもと変わらず接してくれるものの、あの日以来、お互いの間を流れる空気が変わっているような気がしていた。そんな俺をよそにリュカはいたって軽やかな足取りである。彼の神経の太さそして鈍さはもはや一級品であろう。



 ルドマン邸の大きなドアをノックすると綺麗なスーツに身を包んだ執事が大広間へと案内してくれる。真紅の絨毯に豪華なテーブル、目も眩むようなシャンデリアと対照的な素朴な暖炉は不思議にもその空間を引き立てている。テーブルをルドマン、フローラ、ビアンカそしてユイが和やかに談笑しながら囲んでおり、一番関係のない俺が一番緊張しているといった有様であった。

「さて、リュカ君。君の答えを聞かせてもらおうか」

軽く挨拶を交わした後、急に本題に入ったルドマンはテーブルの前に並ぶよう三人に促した。フローラ、ビアンカ、ユイの順番でテーブルの前に並び、その向こう側にはルドマンが坐している。こうやって三人が並んだ光景を改めて見ると、リュカはとんでもなく幸せ者なんだろうなぁとも思った。しかし、その幸せも選択の上にしか成り立ちはしない。

「さぁ、では・・・君が選んだ者の前に立ちなさい」

ルドマンの言葉を聞き終わったリュカはすぅっと空気を吸い込んで、静かに目を閉じた。そして運命の一歩を踏み出したのだ。更に歩みを進めるその足には迷いというものは一切感じられなかった。一歩一歩と着実に距離を縮めていくリュカ。そして彼がたどり着いた先に待っていた人物は―――――――――――





ルドマンであった。



「リュカ君・・・どういうつもりかね?まさかワシの事が――――」

リュカはルドマンの言葉を遮って、自らの言葉を重ねた。

「ルドマンさん。一つお願いがあります。ここにアンディさんを呼んでもらえませんか?僕は彼に話が――――」

リュカの言葉を最後まで聞く事が出来なかったのは、思わぬ来客が現れたからだ。

「旦那!ルドマンの旦那!!」

執事の制止を振り切って大広間へと転がり込んできたのはガイである。

「旦那!失礼を承知で頼みます。アンディにもう一度チャンスを頂けないでしょうか!?この通りです!!」

深々と頭を下げるガイにその場の全員の目が向けられるのと同時に、ルドマンが口を開く。

「・・・クラン工房のガイではないか。今は、大事な話をしているところなんだが。見て分からんかね?」

冷たく言い放ったルドマンの言葉を聞いているのいないのか、ガイは頭を上げようとはしない。その様子を見たルドマンは

「言いたい事があるならば、言いなさい」

と諦めたように言葉を洩らした。そっと頭を上げたガイはアンディが炎のリングを手に入れる事が出来なかったのは自分のせいであると力説し始めた。アンディが自分を庇う事が無ければ、リングを手にしたのはリュカではなかったかもしれないというのである。短い時間だったとしても、一緒に行動した事があるだけ、ガイの姿は胸を打った。軽く息をついたまま沈黙を守るルドマンが口を開くよりも早く、今度は当事者のアンディとアスが駆け込んできた。こうも都合よく事が起こるのかと疑いたくなるほど、運命的なタイミングである。

「ガイさん!何やってるんですか!?」

駆け込んできたアンディは真っすぐにガイのもとへと向かった。重傷を負っていた人間だとは思えないほどである。
そんなアンディを心配そうにフローラは見つめている。

「アンディ、お前は引っ込んでろ。旦那とは俺が話をつける」

「話って・・・負けたのは僕なんだ!潔く諦めるのが筋なんです!いつも、男は潔くって言ってたのはガイさんじゃないですか!!」

ルドマンはやれやれといった表情を崩しはしない。

「テメぇ、こんな時だけ・・・!男にはどんな事をしても食い下がらないといけない時があるんだッ!いつも弱腰だったくせにこんな時だけ男になったつもりか!!大体、女を両腕にぶら下げて歩くようなヤツにお嬢様を取られても平気なのか!?」

「兄さん、さすがにそれは―――――」

この騒ぎの中でアスがガイの制止に入ろうとした瞬間に、更に割って入ったのはビアンカだった。

「ちょっと!そんな言い方しなくてもいいでしょ!?大体、いつリュカが女を両腕にぶら下げて歩いたって言うのよ?ほら、リュカも何か言ってやりなさいよ!」

「え?いや・・・僕は・・・・」

突然の騒ぎに動揺するリュカ。ビアンカが加わったことによって、輪をかけたように混乱が広がっていくのをただ眺めているしかなかった。
そんな時、俺と同じく所在なさげにするユイと目が合うと、彼女は困ったように微笑んで見せたのだった。

「何か文句があるのか?アンディはそこの兄ちゃんのようにあちこちで手を出して回るような男じゃないんだ!
昔から、十年も前からお嬢様を想ってきたんだぞ!?お嬢様だってアンディの看病に毎日のように来てくれたんだ!
それにアンタこそどうなんだ?アンタにも気持ちってのがあるだろう!」

「わ、私は・・・・」

ビアンカが口を濁した事によって事態は沈静に向かうかのように見えた。しかし、このままでは終わりはしないのが修羅場というものの悲惨なところである。

「・・・フローラ!僕は君の事をずっと考えて今まで過ごしてきた。勝負に負けたのは事実だし、リュカさんはリングを二つも集めて来た。僕よりもリュカさんの方が君にふさわしいのは分かってる。でも・・・君の気持はどうなんだい?最後にそれだけ聞かせてくれないか!?」

穏やかそうな容姿を持つアンディ。いや、死の火山での経験を以て優男のアンディは消滅したのかもしれない。十年間の思いの強さはそれほどだったということか。諦めるのが筋だと言っておきながらも、ガイの姿に影響されたのか、どうにも女性が絡んだ時の男というものは『潔く』なんて行動出来はしないらしい。アンディのストレートな表現を聞き終わるか否かという時にルドマンは勢いよくテーブルを叩くとおもむろに立ち上がりその口を開いた。

「さっきからワシの館で皆勝手に好き放題言いおって。ワシを忘れて話にふけるとは・・・寂しいではないか!
ワシが今日招いたのはリュカ君だけだ。クラン工房の者たちに口を出す権利はない。」

ルドマンは静まりかえる面々を見まわして更に言葉を続けた。

「・・・・・ワシが願うのは娘の幸せである。ここまで想ってくれる者がいるとはフローラにとってはとても幸せなことかもしれん。だが、多くの者の前で約束を交わしたのだ。容易に破るわけにはいかぬ。娘との婚約の権利はリュカ君にある。さぁ、君の答えを聞こう」

ルドマンは言い終わると何故かその顔をほころばせるとリュカに答えを出すように促した。
リュカは三人に向き直ると真っすぐその人物の前へと歩み出た。

「ユイさん。これからもお願いします。ユイさん達と一緒じゃないと旅なんて続けられそうにありません」

笑顔でそう言ったリュカにその場の空気が一瞬で凍りついた。今までの流れからいってもユイは選択肢の一つだが一番可能性の薄い人物であり、何よりも今回の混乱の中で俺に次いで影響力をもたない人物だったからだ。その言葉を聞いて顔を赤く染めながらも、俺の方をちらっと見てくる彼女に対して俺が出来る事はなかった。さらにリュカはその足をフローラに向けて言葉を続ける。

「フローラさん。あなたはとても優しい人だ。それはアンディさんのように長くあなたのそばにいなくても分かる事です。
今回、アンディさんに負けたのは僕です。二つのリングを手に入れたのは僕ですがあなたを想う気持ちは彼には遠く及びはしない」

一体、誰が、何がリュカにこんな言葉を教えたのか。いや、こんなに落ち着き払った所作をどこで学び経験したというのか。一言で表すならば堂々とした立ち振舞いといい言い回しといい『大人の男』であった。リュカの一言一言に耳を傾けるフローラにしても堂々とした『女性』の振る舞いである。感心するのと同時に敗北感に包みこまれた俺はリュカを見つめ続けるしかなかった。そして、彼の足は最後に答えを導き出した。

「ビアンカ・・・。君に会えた時は本当に嬉しかった。父さんがいなくなってから僕の心を支えてくれたのは、
ヘンリーやトキマ、ユイさんに――――ビアンカなんだ。もしかしたら、ずっと小さい時からこうなる事を願ってたのかもしれない。
ビアンカ、ずっと昔から好きだった。僕と結婚してくれますか?」

涙を溜めていたビアンカが返した言葉は

「はいっ・・・」

の一言だった。その返事を聞くとビアンカを抱きしめるリュカ。お互いに手を回して熱い抱擁を交わす姿は見ていて微笑ましいというか胸が熱くなる。
それはその場にいた誰もが思った事だろう。

「これで約束、果たせたかな?」

「約束?」

ビアンカはキョトンとした顔で返答を返した。

「父さんに恥じない答えを出すっていう約束」

「ばか・・・」

一度見つめあい再び抱擁を交わすお二方。周囲の視線もお構いなしのようである。ここでようやくルドマンがその口を開いた。

「お二人とも。一旦よろしいか?我が娘を袖にしたのは悔しいがそれが君の選択ならば喜んで祝福しよう。ただし、絶対に幸せにしてやるんだぞ?」

と嬉しそうに語ると豪快に笑いだした。ようやく我にかえったのか二人とも顔を赤らめているがその繋いだ手はしっかりと離そうとしないところがまた憎いところである。

「さて、結婚式の事だが一週間後ということで話を進めさせてもらうぞ。すでに用意は概ね終わっておるのでな。そして・・・アンディ。お主の気持ちもこのルドマン、確かに受け取った。フローラの様子からしても異論はなさそうだしのう。お主達の事は後日、また日を改めて考える事にする」

こうしてリュカとビアンカの挙式は決定したのだった。


 式を一週間後に控えたリュカは式当日に新婦が被るベールを受け取りに行くため北の湯治村へと渡っていった。ついでにビアンカの父ダンカンをサラボナに連れてくる手筈になっている。一方ビアンカはドレスの採寸をしたり、教会で婚前の儀式をしたりと忙しく動き回っている。そして残された俺たちはラインハットのヘンリーやオラクルベリーのロッジさん一家など参列してくれる人々の案内状の送付や会場となる教会のセッティングなどで多忙を極めた。一週間は嵐のようにものすごいスピードで過ぎ去り、サラボナの教会で二人の結婚式は盛大に執り行われた。鮮やかな教会での挙式を皆が思い思いに心に刻み込んでいく。世界中のウェディングベルを鳴らしたような、あるいは世界中の愛の歌を集めたようなそんな幸せな光景である。輝きという言葉では収まりきれないほどの光が夢や希望といったものに形を変えて二人を祝福しているようにさえ感じられる。こうして、普段の旅装束からパリッとしたスーツに身を包んだリュカと純白のドレスを纏ったビアンカは誓いの口づけを交わして正式な夫婦となったのである。


 盛大なパーティの後、サラボナは火が消えたように静けさを保っている。ヘンリーとマリアさんはラインハットの政務があるとかで長くは滞在できなかったらしい。ダンカンさんも、都会の空気は体に悪いらしく、その日の最終便で村へと帰っていった。この時ばかりは、スラリンもピエールもサイモンもプックルも、そしてジュエルも主の晴れ姿をその目に焼き付けていた。街の人々の警戒心を煽らないために、ヘンリーとマリアさんのラインハット組が共に行動してくれたというのが一番大きいだろう。さらにロッジさん一家は連絡が取れずに欠席となった。後にサラボナ経由で手紙が届くのだが、それはまた別の話である。



 結婚という大きな節目をリュカとビアンカが迎えた事によって、急に遠くに行ってしまったような、自分だけ取り残されてしまったかのような複雑な心境だ。こういう時は決まって一人で眺めの良い景色をぼんやりと眺めるというのが一種の習慣になりつつある俺は、例外なくホテル『サラボアーノ』の屋上へとやってきた。街の明かりは深夜ということもあってか普段とは違ってそこまでの賑やかさを表現してはいない。ここからはリュカとビアンカが共に一夜を過ごしているルドマンの別邸に灯るかすかな明かりが見えている。盛大な祭りの後の静けさというものは、普段の静けさよりもさらに物悲しい雰囲気を演出するものだ。

「もうどこにいるのかも分かるようになっちゃったわ」

風に揺られてユイの声が響く。

「何かあった!?もしかして、またスラリンが―――」

「ううん。皆、ぐっすり寝てるわ。時馬がいなかったから、ここじゃないかなぁって」

「そっか・・・。ほら、あそこの明りがついてる大きな家あるだろ?あそこにリュカ達が泊ってるんだよ。
それから、ガイさん達のクラン工房がそこの通りを――――」

拡大地図と化したサラボナの街を指す俺の言葉を遮ってユイは言葉を重ねた。

「ビアンカへのプロポーズの時、リュカ君が一番最初に私に声をかけたでしょ?」

「あ、あぁ。あれは正直言って、物凄く焦ったけどな」

「そうなの!今までで二番目くらいにドキッとした瞬間だったかも」

「顔、赤く染まってたもんな・・・」

そして、訪れる沈黙。こういう時の対処法は、無理に話を繋げるよりも自然な気持ちをぶつけた方が上手くいくのだと多くの沈黙を潜り抜けて来た俺は半ば悟りのような境地にいた。

「私ね、もう日本に帰る事を考えるのは止めようと思うの。時馬はどう思う?」

ユイは突然、そんな事を言ってきた。

「俺もそれは前から考えてた。でも結が戻りたいって思うなら帰る方法は全力で探すつもりだったけど、それでいいの?」

俺の問いに対して彼女は笑顔で答えてくれた。

「ビアンカとリュカ君を見てたら、ここでずっと暮らしていくのも悪くないかなぁって思って。元々、もう戻れないんじゃないかって少し思ってたけど、滝の洞窟の事もあったし今日踏ん切りがついたの。だから、約束は変更ね」

「約束?」

「ああっ、ちょっとヒドくない!?もう忘れたんだ・・・『地中海』の話。ねぇ、代わりにどこに連れてってくれる?」

「そう言われても、この世界の地理なんてあまり知らないからなぁ・・・。俺は結と一緒ならどこでもいいよ。だから、行きたい所は結が決めろよ」

随分とクサい言葉になってしまったが、そのときの素直な気持ちを素直にぶつけたのだった。

「それじゃぁ・・・ゆっくり二人で考えよっか?」

優しい微笑みを浮かべてユイがもたれかかってくるのを肩で受け止めながら、地平の彼方を二人で眺め続けたのだった。




・あとがき
フローラが半ば空気と化してしまったのは、明らかに私の技量不足のせいですorz
もっと感動的な展開にしようと思ってはいたのですが、落ち着きのないドタバタとした雰囲気になったのは悔やまれるところですが・・・。
それにしてもなんとかここまで来ることができました。ようやく『第一部完』といったところでしょうか。
これからも文章力の向上を目指して頑張ってみたいと思います。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 旅人の花嫁
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/05/23 16:37
「・・・今日が出発かね?」

ルドマンは名残惜しそうに聞いてきた。

「はい。結婚式まで挙げさせてもらってなんてお礼をしたらいいか・・・」

遠慮気味にこたえるリュカをルドマンは満足そうに見つめている。
リュカとビアンカの結婚式が終わり二日が経過した今日、ここサラボナを出発することにしたのである。

「あの・・・」

次いで、言いにくそうに口を開いたのは意外にもビアンカだった。
そんな彼女を見つめながらルドマンは不敵な笑みを浮かべると

「話は聞いておるよ」

と意味有り気に語りだした。

「君達は天空の勇者を探して旅をしているそうだな。それで、君達は天空の剣なるものを見つけた。違うかね?」

誰が返事をするよりも早くルドマンは言葉を続ける。

「先日、ラインハットの宰相殿とお話した折、そのような話をお聞きしたのだ。
そして、我が家に伝わる家宝の盾はその天空の武具の一つではないかと思っておるのであろう?
ようやく、合点がいったのだ。君が何故、あの時、盾について聞いてきたのかということに。
それでなんだが・・・我が家の婿になるわけではないが、この盾はリュカ君に譲ろうと思う。
ヘンリー様に感謝するのだぞ。この盾を君に譲る代わりに、今後、ラインハット王室と特別な取引を始めて下さるそうだ。
一国の王室との専制的な取引に比べれば、そのような盾など惜しくはないわい!
ワシのご先祖様にも、この盾にも、インテリアのままにしておくには申し訳ないからのう」

とルドマンは豪快に笑っている。さらにルドマンはポートセルミに停泊している船を一隻譲ってくれるらしい。
なんでも、王室との取引が始まれば船など星の数ほど買う事が出来るという。
これでもまだお釣りがくるのだとルドマンは付け足した。
ルドマン邸を後にした俺たちは荷物をまとめてサラボナを発つ準備を始めた。とりあえずの行先はポートセルミである。
そんなのんびりと新しい道を歩き始めた俺達を、街の出入り口である大きな橋の前で待っていたのはアンディとフローラだった。
荒野の乾いた風が橋の上を駆け、アンディとフローラの別れの言葉が響く。こうして再び、旅が始まったのである。





 とりあえずはポートセルミを目指す俺達。旅の資金も十分にある計算だったのだ。
前に砂漠でダークマンモスを倒した時に手に入れた『マンモス牙(象牙)』を売れば高値がつくと教えてもらっていたからである。
しかし、リュカのお人好し魂はそんな俺の甘い期待を根本から吹き飛ばした。
結婚式の後、ガイとアスが謝罪に訪れた時に、その牙を友好の印として譲ったそうである。
リュカの言い分は引き出物として配られた紅白饅頭はクラン工房総出で作ってくれたからだそうで、こんな具合でこれからやっていけるのかと不安にもなった。
そもそもこの夫婦にいつまでくっついて行けばいいのだろうか、という心配もない訳ではないが、今はこのまま甘えることにしようと思う。
天空の勇者を探すため、なるべくルーラを使うのは避けようと最初に言い出したのはビアンカだった。
しかし、ルーラで移動するのが一番安全で経済的であることから最後まで反対していた俺だったが、ユイがビアンカサイドに回り、
さらにはジュエルを除く全員が陸路での移動を望んだため、その案を飲み込まざるを得なくなったのだ。
こうして約一ヶ月の行程を経て、ポートセルミに着いた頃には、すでに秋の足音が聞こえ始めていた。


 ポートセルミではルドマンが譲ってくれるという船がすでに港湾局の人の手によって準備されていた。
大型の貨物船を俺達の為に改装までしてくれたという。
しかし、船を丸ごと一つくれるのではなく、俺達の都合に合わせていつでも船を出してくれるという特権のような物を与えられたに過ぎない。
これから移動することになるのは、恐らく外洋である。
数人で操船可能な船ならば、悪天候になれば一貫の終わりである事を考えて、このような処置を取ってくれたのであろう。
さらに、きちんと交易・取引は行く先々で行うというあたり、ルドマンの抜け目のなさが光るところである。
そして、その船の船長こそが、かつて幼いリュカとパパスをビスタまで乗せた人物であり、亡きパパスの友人でルドマンとも親交のあったステファン船長であった。
話によると、彼は現役を退いてポートセルミの操船アカデミーで教鞭をとっていた所謂ロートルだったのだが、ルドマンの要請を受け、再び海に出る事を了承してくれたという。
ルドマンの粋な計らいはまだ続く。
ポートセルミの沖合に浮かぶ小さな島には世界中の人々が集まるリゾートが存在するのだが、その島に係留されている巨大なカジノ船のパスをもくれたのである。
ステファン船長から受け取ったルドマンのメモには

『二人のハネムーンにでも使うといい』

と記されていた。

こうして、旅の目的をも霞ませるような贅沢に囲まれて、ポートセルミを出発したのだ。



 その後も、まるで新婚旅行の付添人の様な形で俺達四人と五匹の旅は続いていた。
まずはビアンカとリュカの思い出の地のアルカパへ。
さらに南に進路を取りカジノ船へ。
そして、砂漠の国テルパドールの管轄化にあるニドリア港を経由してグランバニアがある大陸の最南端にある港町アイララに到着した。
俺達は現在、グランバニアと言う王国を目指して旅を続けている。
そこへ向かうきっかけを作ってくれたのはステファン船長だった。
パパスと古い友人である彼は、自分がまだ駆け出しの水夫であった頃に偶然グランバニアの酒場でパパスと出会ったらしく、それからグランバニアに来ては酒を共に飲んでは親交を深めていったと語ってくれたのだ。
こうして完全に手詰まりとなっていた俺達はパパスの故郷、おそらくはリュカの生まれた街であろうグランバニアを目指す事になったわけである。


 アイララに到着すると、ステファン船長は隣国のメダル王国に向けてすぐに出発していった。
船には数十人の難民とも言える人々が残っていたし、彼らに手厚い保護をしてくれるというメダル王のもとに向かうそうだ。
ちょうどルドマンがメダル王国に滞在しているということでそれの迎えも含まれているらしかった。
現在、アイララからグランバニアへの航路は通行不能であるということで都合が良く、陸路でグランバニアを目指す。
カジノ船で大金を一時は手にしたものの、お人好しのリュカのせいで旅の資金はすでに底をついていた。今は何とか食料と日用品のみだけを揃えることが出来る程度しか残されてはいないのだ。
さらにカジノ船で保護したオークキングにも出来る限りの食料を分け与えて別れたのでその貧窮ぶりたるや悲惨である。




「私達ならきっとやっていけるわ」

というビアンカの前向きな発言に後押しされるようにしてアイララを発った訳だが、

『愛だけでは食っていけぬ』

という状態をすぐに露呈するに至った。
人間と魔物の食料を揃えるだけで精一杯の俺達に食欲旺盛なパトリシアの椎葉まで確保することは困難だったためパトリシアの餌については現地調達ということにしたのだが、南国の草はお気に召さないのか、その歩みからは力強さが失われ始め、徐々にペースダウンしていった。
こうなってくると、町や村に到着するまでの期間が長くなり食料の消費をいよいよもって切り詰めねばならなくなるのだった。
長引くたびの中で立ち寄った村々ではジュエルの吐き出した宝石・貴金属を物々交換しながら旅を続けていた。
時折、サイモン達がG硬貨をどこからか持ってくることもあった。出処は詳しく聞きはしなかったが、恐らくはポートセルミでの一件のような少し道に外れた方法で獲得したものであろう事は容易に察しがつく。

「これはリュカ殿にトキマ殿からお渡しくだされ」

というサイモンの言葉然り、

「ねぇねぇ、またやろうよ。つぎはいつするの?」

と楽しげに話すスラリン然り。
彼らに気を遣わせていることも申し訳なかったが、彼らなりに考えてくれたのだろうということが何よりも嬉しかった。



 久しぶりのベッドでの就寝は誰もが心から喜んだに違いない。
ネッドの宿屋というとても小さな宿場街を見つけたときにはホッとするというよりも、呆然としてしまったのはあまりにも喜びが大きかったからだろうか。
俺達は並べられたベッドの脇のランプを灯して夜のひと時を楽しんでいた。

「さっきから何を読んでるの?」

俺の手に収まっている一枚の紙を指してユイはそう尋ねてきた。

「手紙だよ。友達からのね」

そう、ルリからの手紙だ。アルカパ滞在時にルドマンの使いの人が渡してくれたものである。
子供とは思えないような、それでいて可愛らしい文字が整然と並んでいるのはロッジ夫婦の教育の賜物であろう。
この手紙が辛い極貧の旅の中の大きな救いの一つになっていた。

「ねぇ、お友達は何て?」

「『お仕事が終わったら一番にルリに会いに来てね』だって」

「それって、友達なの?」

訝しげな目を俺に向けるユイ。

「まだ9歳の子供だよ。友達以外の何なんだよ」

「そんなに小さい子を騙して・・・。そのくらいの年齢の子は大人の男の人に憧れるものなのよ。初恋の人が時馬だなんて、なんだか可哀想かも」

「・・・・・・」

「う、嘘よ。嘘。時馬には良いところだってたくさん―――」

必死に取り繕おうとするユイを見ていると笑いを堪えきる事は出来なかった。
そんな俺を少し不機嫌そうに見つめると、ユイは勢いよく布団を被りこんでそっぽを向いてしまった。手紙にはまだ続きがあり、

『次に会うときはトキマお兄ちゃんに相応しい女の子になってるからね』

という一文が付け加えられていた。ルリらしく大人になるために一生懸命背伸びをする姿が目に浮かぶことが何よりも俺を和ませてくれる。
ただ、一番最初に読んだときには限りなく心臓が高鳴ったのは言うまでもない。
ちなみにロッジさんの手紙には
結婚式に出席できなかった事をとても残念に思っていること、
現在はラインハットで商売をしていること、
家族三人で元気に暮らしていることが綴られていた。



ネッドの宿屋からさらに北へ。
魔物の襲撃をくぐり抜けながらの厳しい登山の末、一年中雪に覆われているというチゾット村に到着した。
さらにそこから下山するのにも大きな労力を消費せざるを得ず、グランバニア領内に入った頃には草木は芽吹き始め、うららかな春の風が平原を駆け抜けていた。



 標高の高いチゾット村からは間近に見えていたグランバニア城も下山すると、その姿を捉えることはできない。
再び野宿生活に戻った俺達はグランバニアを目指して旅を続けている。
なだらかな平原ばかりが続いているわけでもなく、グランバニア領には鬱蒼とした森の方が割合的には多いのかもしれない。
今は、野宿の際は馬車の中と外をリュカ夫婦と俺達が交代で使っている。
時折、かすかにビアンカの押し殺した甘い声が聞こえてくることを除けば、馬車の中よりも外で眠る方がこの季節は気持ちが良い。
久しぶりに体の芯からぐっすりと眠ることが出来た俺は早朝から目が冴えきっていたのでピエールと久しぶりに鍛錬に向かった。
浅い森の中で適当に体を動かして馬車まで戻ってくると、ユイがプックルと一緒に火を起こしている最中だった。

「今日はあの二人は寝坊なんだな。いつもは夜明けと共に飛び起きてくるのに」

俺がリュカを起こしてやろうと馬車に近寄っていくと、

「あ・・・そ、そうだ!時馬は水を汲んできてくれる?」

ユイはバケツを押し付けてにこやかに微笑んでいるが、その顔には明らかに何かを隠そうとするような陰が感じられた。

「ユイ殿、水なら私が汲んでまいりました」

帰ってくる途中でいなくなったかと思えば、ピエールは水を汲んで帰ってきたらしい。

「あ、ありがとう。ピエール。じゃぁ・・・時馬には薪でも取ってきてもらおうかな」

「薪は昨日、サイモンとスラリンが集めてきてくれただろ?それに、もう火を起こしたんだから薪なんていらないんじゃないか?」

どこか様子のおかしいユイを不思議に思いながらも、馬車の中に入ろうとする俺の前に彼女は立ちふさがった。

「どうしたんだよ。食料だって馬車に積みっぱなしなんだから、リュカ達にもそろそろ起きてもらったほうが好都合だろ?」

「い、いいのよ。たまにはゆっくり寝かせてあげたっていいじゃない」

「・・・分かったよ。じゃあ起こさないように俺達の朝食分だけでも取ってくるよ」

「そういう問題じゃないの!・・・少しは察しなさいよ」

顔を赤らめたユイを見てようやくピンと来た俺はそれ以上の追及はしないでおこうと、のどまで出掛かった言葉を飲み込んだ。
そんな時、俺の横を青い閃光が通り過ぎていったのである。

「じゃあ、ボクがおこしてきてあげるよ」

とスラリンは馬車の中に飛び込んでいった。
唖然とする俺とユイをその場に残して、馬車を取り巻く木々がゆさゆさと風に揺れる。
ゆっくりと馬車の中から降りてきたスラリンは俺の足元までやってくると、

「ねぇ、リュカ達いないよ?」

と素朴な目を俺に向けている。状況が飲み込めない俺とユイは馬車の幌をそっと開けて中を覗き込んだ。
そこにはスラリンの言うこととは反対の、むしろ俺達が予想したとおりの光景が広がっていた。
その身を横たえるリュカとビアンカの間を遮るものは何もない。そう、服という布一つ彼らの間には存在していなかった。
彼らを外の空気から守ってくれるのは、被さっている毛布だけである。
覗き込んでいる俺達に気がついたのかビアンカは珍しく悲鳴を上げた。

『きゃぁぁぁぁ!』

という叫び声が朝の空気と混じり清々しく辺りを駆け巡る。
ついで、ビアンカの叫び声に起こされたリュカの悲鳴が辺りに轟くまで時間は掛からなかった。




ようやく南国の草に慣れ始めたのか、食欲を徐々に取り戻しつつあるパトリシアの足取りはアイララを発った時よりも力強さを取り戻しつつある。
しかし、今ここにその元気を失っている者がいた。スラリンである。

「バカもの!何という事をしておるのじゃ!!」

「今日こそは反省するべきです。イタズラにしてはやり過ぎですよ!?」

サイモンとピエールに散々叱られたスラリンはビアンカの腕の中で縮こまっている。

「だって、ユイとトキマが・・・とくにユイがのぞきたがらなかったから、あえてのぞかせてみようとおもって。
そしたらおもしろいかなっておもっただけなんだよぅ」

大きな瞳を涙で滲ませて自分を見上げるスラリンを、ビアンカは優しく抱きとめていた。

「もういいのよ。ちょっとびっくりしただけだから・・・」

スラリンの弁護に回るビアンカにサイモンとピエールはその口を休めようとはしない。

「いいえ。奥方がそのように甘やかすからこやつは調子に乗るのです」

「剣士殿の言うとおりです。日頃からトキマ殿にあれほど言いつけられておきながら・・・」

うなだれるスラリンを尻目に、プックルは『くだらないことで騒ぎやがって』とでも言いたげにパトリシアの横を黙々と歩いている。

「ごめんね・・・リュカ」

相当、堪えたのかスラリンは日頃あまり見せることのないしおらしい態度を見せている。

「僕もビアンカも何とも思ってないから大丈夫だよ。サイモンとピエールも、もうそのへんでやめるんだ」

当事者のリュカとビアンカが自分の味方に付いた事がよほど嬉しかったのか、抱きとめられたままビアンカに体をすり寄せている。
そして、じっと俺を見つめるスラリン。その目は怯えているようにも見えた。

「それにしても、トキマ殿が黙っておられるとは珍しいですな」

サイモンの言葉を聞いて、スラリンが俺に何かを言われるんじゃないかと警戒している事に気がついた。

「ま、まぁ、最近はあまりヒドイいたずらもなかったし。それに、今回の事はいたずらって言うよりも事故みたいなものかなぁって。
スラリンも反省してるみたいだからもういいんじゃないかと思ってさ」

そう言う俺にユイは横で何故か厳しい目を向けている。
こうして、スラリンのいたずらの一件は幕を閉じた。




はずだった。

「そういえば、リュカとビアンカはなんでなにもきてなかったの?あつかったから?」

ビアンカを見上げながらスラリンはそう問いかけた。
瞬時に顔を赤らめたビアンカの横にサイモンが高速でにじり寄ると、文字通りの鉄拳がスラリンの頭に落ちていった。




・あとがき
今回はgdgd感がより一層強くなってしまった気が・・・。
書いていて思ったのは、とりあえず嫁欲しい(笑)
とりあえず、外伝と本編を分けてみましたが、分ける必要もなかったかとも
思っている今日この頃ww

感想の方針は『ガンガン行こうぜ』

でお願いしますw



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 外伝1
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/06/15 19:41
              ~アルカパ~

 リュカとビアンカが夫婦となってから、二か月が経とうとしていた。
しかし、その関係は今までの幼馴染という関係だった頃から少しも進んでいるようには見えない。
夫婦になったからといってその関係が大きく変わってもそれはそれで困るのだが。

一日中、懐かしむように街中を歩き回るビアンカとリュカを二人にして、俺とユイはアルカパの街で買い物に夢中になっていた。
アルカパ特産のブドウの香りを閉じ込めた枕や、ブドウ酒、髪飾りや珍しいアクセサリーが様々な店に並んでいる。
町外れで待ってくれている魔物達、特にスラリンの機嫌をとっておこうとブドウ酒を2瓶買い、アルカパ観光に満足した俺達はかつてビアンカ一家が営んでいた宿に戻った。
荷物の整理をしたり部屋に設けられた小さなテラスでお茶を楽しんだりとのんびり過ごす午後の時間。
ビアンカが加わってから、特にリュカと結婚した後からは、部屋割が男女別から変更されていた。
旅費の関係上、そして宿への配慮から4人で3部屋取るのは断念し、今はユイと同じ部屋で寝起きを共にしている。もちろんベッドは別である。
陽が完全に沈んでから戻ってきた彼らと、和やかな夕食を楽しむ。これも今では普通の光景となっていた。


その夜・・・。


昔、パパスと泊ったのと同じ部屋に偶然当たったリュカはそわそわと落ち着かない様子である。当時はシングルのベッドが二つだったのだが、今は少し小さめのダブルベッドがその空間を支配していた。

『リュカ・・・私は何だか疲れたのでもう寝るぞ。
今日はサンチョもいないから、少しくらい夜更かししても大丈夫だ。
だが、きちんと朝は起きるんだぞ?』

そう笑いながら布団に潜る父の姿を思い出したリュカはふぅと溜息をついて自らが座るベッドの感触を確かめた。
今日は何だかふわふわとするベッドが落ち着かない。普段からの野宿に慣れきってしまったせいなのだろうか。

「リュカ・・・」

そんな事を考えていた時、リュカを呼ぶ声が聞こえたのである。

「父さん!?」

ドアの方を振り返ると、濡れた髪をタオルで拭きながら、シルクのネグリジェに身を包んだビアンカが驚いた表情で立っていた。

「おじ様・・・がどうかしたの?」

「いや・・・何でもない。昔、ビアンカとレヌールのお化け屋敷に行った時もこの部屋に泊まったな、と思って」

「ふふふ、この部屋はね・・・私の部屋からフロントの前を通らずに行く事が出来た部屋の一つなの。
あの日は確か、この部屋がその最後の部屋だったのよ。私がお母さんの目を盗んで帳簿を書き換えて、部屋の鍵も予定とは違うものを渡したの。
後でバレた時は散々な目にあったわ」

昔を懐かしんで微笑んでいるビアンカはベッドに腰を下ろして、するするっとベッドへ潜り込んでいった。

「寝ないの?」

布団から顔を覗かせたビアンカは未だに腰かけたままのリュカに声をかけた。

「え?い、いや、もう・・・寝るよ」

そう答えるとリュカも布団の中にゆっくりと潜り込んだ。



・・・・・・・・・・・・・・。



ビアンカが横になっているのと反対の方向をずっと向いていたリュカだったが、背後に感じる暖かい人の気配がどうにも気になって、ビアンカを起こさないように寝がえりを静かにうってみる。
リュカの目の前には互いの吐息を感じる事が出来るほどの距離にビアンカの顔がある。
その静かな寝顔を見つめながら、素直に目の前の幼馴染であり妻である女性を愛おしく思えた。
そんな彼女を見ていると腹の底から、自分の意図しない方向へと体を突き動かそうとする正体不明の何かが湧きあがってくる。
リュカの中でその何かと理性が激しくぶつかり合っている時、ゆっくりとビアンカが目を開けた。

「眠れないの?」

そう聞いてきた彼女に目だけで答えると、優しげなその微笑みをリュカに向け、

「時々、子供みたいな事を言うんだから・・・。このビアンカお姉さんが、ぎゅってしてあげるから安心して眠っていいわよ」

ビアンカはリュカの頭を胸の位置で優しく抱きとめると、ぽん、ぽんとその手で背中に心地よいリズムを刻む。
女性特有の甘い匂いと暖かさ、そして柔らかさがリュカの全身を包み込んだ。さらにビアンカの胸の鼓動がトクトクと伝わってくる。
理性で抑え込んでいた『何か』は決壊寸前である。きゅっと僅かにビアンカが腕に力を込めたのと同時に、リュカは飛び起きると

「ち、ちょっと風に当たってくるよ・・・!」

そう言い残して部屋を飛び出して行った。
一人残されたビアンカは成長したリュカの体の感触をもう一度思い出してみる。
小さい頃に一緒に眠った時は、今よりもずっとふにふにしていて赤ん坊のようだったリュカはいつの間にか筋肉がつき、骨格も随分としっかりとした男になっている。

「はぁ・・・」

ビアンカは一つ深く息をつくと、勢いよく頭まで布団を被り、後は眠りの誘いに身を任せることにした。





「変に意識し過ぎなんだよ。あかの他人と寝てるわけじゃないんだし、お前の奥さんだろ?」

翌日、珍しく目の下を薄っすらと黒に染めたリュカが相談を持ちかけてきた。
その内容はズバリ、『ビアンカと同じベッドでは寝むれない』だそうだ。
気持ちも分からなくはない。あんな美人が自分のすぐ横で無防備な寝顔を晒しているなんて尋常な気持ちではいられないはずだ。

「大体、ルドマンさんの別荘に泊まった時はどうしたんだよ」

「あの時は・・・お酒をたくさん飲まされて・・・・覚えてないんだ。僕が起きた時にはもうビアンカも起きてたし」

「じゃあ、今までの野宿のときは?」

「野宿のときはあんなにすぐ横にはいなかったよ・・・」

アルカパの宿での朝食を待っている間中真剣な顔でまじめに悩むリュカ。
都合の良いことに、女性陣はまだ身支度が整っていないようで食堂には顔を出してはいない。

「なら、ビアンカをプックルだと思えばいいんじゃないか?いつもプックルに埋もれるようにして眠ってただろ?」

「・・・そっか。そうだよね。プックルだと思えれば大丈夫かもしれないよ」

活路を見出したつもりなのか、リュカの顔には若干の余裕が戻ってきている。
少しでもリュカの気が晴れたのならそれでいいが、自分で言っておきながらそれは一番あり得ないだろうと思ってしまったのは申し訳ないことではある。



一方その頃ビアンカの部屋では・・・。

「可愛いじゃない。ビアンカが気になって眠れないのよ」

「意識してくれるのは嫌な気はしないけど・・・でもこれじゃ、子供のママゴトみたいじゃない?」

鏡の前で髪を束ねるビアンカはどこか不満そうに言葉を漏らす。

「みんな最初はそんなものなのよ、きっと」

ユイは自分のポーチを整理しながらそう答えた。

「トキマはどうなの?一緒に寝てるんでしょ?やっぱり、リュカみたいに落ちつかなさそうにしてる?」

「わ・・・わ、私達は部屋が一緒なだけよ!それにこの部屋みたいなダブルのベッドがあるところに泊まったことなんてないし」

「そうなの!? てっきりもう――――」

「『もう』って!? ま、まだ何もないわ!」

「じゃぁ、これから先いつかはあるんでしょ?」

悪戯っぽく微笑んだビアンカの問いに対してユイは顔を赤く染めながら、

「そ、それは・・・・・って、今は私のことはいいでしょ。今はリュカ君のことを考えないと」

と返答を返した。

「ふふふ。あの子達もこういう話ってしてるのかな?」

「時馬が余計なことを教えてなければいいけど・・・」

「あっ、この話はトキマには内緒よ?もちろんリュカにも」

ユイはコクっと頷くと、ビアンカと共に部屋を後にした。
その後の朝食の時間がどことなくギクシャクして見えたのは気のせいではないだろう。



時は巡り、再び夜が訪れた。夕食の時からどことなく落ち着かない様子でそわそわするリュカをまずは落ち着かせてやる。

「変に意識するなよ?自然体だ、自然体。得意だろ?サイモンと出会った時も山賊と揉めた時も普通に振舞ってたんだから。
プロポーズの時でさえ、あんなに落ち着く事が出来たんだ。いいか?普通にしとけばいいんだ。
いつも通り何にも変わった事は一つもないんだからな」

普通、自然体、いつも通り、という言葉を並べたて、とにかく心が少しでも落ち着くようにと誘導してみる。
獰猛な魔物と対等に渡り合い、幾つもの生命の危険を潜り抜けて来たにもかかわらず、こんなことで動揺するリュカが信じられない。
落ち着かないのは分かるが、にしてもである。



一人で部屋に戻ってきたリュカは勢いよくベッドに倒れこんだ。
ここに訪れた時から感じていた事だが、この町の空気は十年前と少しも変わっていない。
見知らぬ建物が増え、見知らぬ人々ばかりだが、かつての空気だけはしっかりと変わらずにそこにあるのである。
ともすれば、父がすぐ側にいるような気さえしてくるのはリュカにとって不思議な事だった。
今まで忘れた事はなかったが、父の事をここまで意識した事はこの十年でもほとんどなかったからである。
そんなことを一人で考えていると、だんだんと今まで自分が悩んでいた事がちっぽけなものにすら感じられるのは、かつて堂々としていた父の影響なのかもしれない。

「リュカ」

再び聞こえた懐かしい父の声。昨日よりもはっきりと聞こえたその声の主はこの部屋にはいない。
ベッドの脇にかけられたランプが暖かい光を放っているだけである。確かに感じた父の気配はビアンカが部屋に入ってくると完全に消滅した。
いや、最初からそんな気配などなかったのかもしれない。一種の幻のようなものだったのだと自分の中で結論付けると自分の隣に横になろうとするビアンカと目が合った。
彼女はランプの火をそっと吹き消すと静かに布団にもぐりこんだ。

「また今日も眠れそうにないの?」

ビアンカの問いに対してリュカは

「いや・・・大丈夫」

とだけ答えるとビアンカに背を向けてベッドに横になった。

『プックル、プックル、プックル、プックル』

自分に言い聞かせるようにして意識をそれに集中させる。どうやら、先程までの心の余裕はやはり一過性のものであったらしい。
恐る恐るちらっと横を向いてみると、プックルと同じ金色の鮮やかな髪の毛と暗闇の中でも月明かりに映える自分の妻の顔がそこにある。
再び目が合った彼女はにっこりとほほ笑むとボソッと何かをつぶやいた。




 リュカの視界はぼんやりと滲んでいる。若干重い瞼を上げるといつの間にか眠っていた事に驚いた。
横を向いてみるとそこにいるはずのビアンカの姿はどこにも見当たらない。
暗闇の中で目を凝らしてみるが、この部屋にいるにはリュカだけである。
これほどまでに胸騒ぎがするのは何故なのか。

「リュカ」

今度こそはっきりと聞いた。父の声を。
幻でもいい、一目でも会いたいと勢いよくドアを開け放つとそこにはゲマと対峙する父が立っていた。
忘れもしない、あの洞窟の光景が目の前に広がっているのだ。
立っているだけで精一杯の父の横には何故かビアンカも立っていた。
その表情はリュカの位置からでは窺う事は出来ないが、楽しげな表情をしていない事だけは十分に伝わってくる。
あの時と同じようにゲマの手から放たれた巨大な火球はゆっくりと容赦なく父を包み込もうとしている。
今の自分なら父を救えるかもしれないと、リュカは一直線に父のへと駆けだした。今の自分ならやれる、あの時のようには――――――。

「リュカ」

何度も聞こえてくる懐かしい父の声。


何故、名前しか呼んでくれないのか。
話したい事だってたくさんあるというのに。
聞きたかった事はもっと、もっとたくさんあったというのに。


走っても走っても縮まる事のない父との距離が何よりも悔しかった。
そして、再び父をそして今度はビアンカまでも地獄の業火は包み込む。


『ぬわぁぁぁぁぁぁッ!』




ふと気がつくと、リュカはアルカパのベッドの上にいた。うっすらと脂汗が滲み、呼吸は乱れている。

「リュカ!大丈夫なの?ちょっと、リュカ!ねぇ、聞いてるの!?」

心配そうに見つめるビアンカの優しさが何よりも心に染みわたっていくのが分かる。

「ビアンカ・・・・」

力なく倒れこむ自分の体を受け止めたビアンカを、しがみつく様にきつく抱きしめるリュカ。

「父さんが・・・ビアンカが・・・っ!」

突然の出来事に少し動揺の色を見せたビアンカだったがすぐに事態を察知したのかリュカの背にその手を回す。

「大丈夫。もう大丈夫だから。リュカがそんな風だったらおじ様もきっと安心できないわ」

「あんな思いはもう二度としたくない・・・。怖いんだ。いつか、ビアンカまでいなくなっちゃうんじゃないかって思うと」

「私はずっとリュカと一緒よ。何があってもね。たとえ何もかもが無くなったとしても、私だけはずっと、ずっと傍にいるから。約束するわ」

その言葉を聞いて徐々に、強張っていたリュカの体から力が抜けていく。安心しきったからなのかビアンカに体を預けているかのようにさえ見える。

「サラボナで誓ったでしょ?どんな時も一緒だって。私達が幸せなら神様はそれを引き離したりはしないはずよ」

ビアンカとリュカのそれぞれの指には赤と青のリングが月明かりに照らされて優しく輝いていた。あたかもそれが神からの祝福であるかのように。

「ゴメンね・・・。私が魔法なんかかけちゃったから」

体をすこし引き離しお互いに見つめあうと、最初に口を開いたのはビアンカだった。

「魔法・・・?」

「え、・・・うん。昨日も眠れないみたいだったから、ちょっと弱めにかけてみたんだけど・・・」

キョトンとしていたリュカだったが事情を飲み込んだのか、いつもの微笑みをビアンカに向けている。

「あ―――」

『ありがとう』の言葉を言い終わる前にリュカの口をビアンカの唇がそっと塞いだ。儀式のそれではなく、二人の関係を象徴するようで、新しい一歩を踏み出したことを印すそれは心の充足と甘い心地よさを二人の間に残したのである。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 外伝2
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/05/28 17:09
 ビスタの港から船で南下したところに次の目的地は存在している。この世界に住まう人々の楽園、誰もが一度は訪れてみたいと言う幸福の地。
それがもう間近に見えている。絶海の小さな島に停泊する大きな船。
大きなという表現では言い尽くせないほどの大きさを誇るその船は訪れた人々を現実というしがらみから解放してくれる。
俺達を乗せた船はその孤島に到着した。
船から降りると眩しいほどの太陽の光が降り注ぎ、すでに秋がやってきているという事を忘れさせてくれる。
壮麗な巨船とは対照的に、ヤシの木が根を下ろし、南国の風情溢れるこの島には高床式の質素な宿泊施設やテントが大雑把な区割りに従って雑多に並んでいる。
多くの人で賑わう島の雰囲気を楽しみつつも、その足は停泊している巨船へと向かう。
アルカパでの苦悩はどこへ行ったのやら、楽しそうにビアンカの手を引いて先頭を切るリュカに続いて乗船手続きを済ませると早速、その船へ乗り込んだ。
この『カジノ船』は島の港に停泊しているわけではなく、沖合に、と言っても小舟で数分の位置に錨を降ろし、その巨体を海に浮かべている。
なんでも、この島の小さな港ではその港湾施設の拙さがカジノ船に影響を与えるそうで、カジノ船に乗るためには小舟に揺られる必要があるそうだ。
(小舟といっても、馬車を曳いている俺達は大型の荷揚げ船に乗り込んでいるが)
手続きを済ませてくれた中年の男性はそのような説明を俺達にしてくれた。
だが実際は、身分あるいは貧富の差の見えない境界なのではないかと思う。
王侯貴族も頻繁にやってくるカジノ船を庶民の喧騒が間近に聞こえてくる場所に停泊させることはできなかったのではないかと思われる。
事実、この島は元々ただの物資の集積と補給を行う為だけに利用されていたらしいのだが、カジノ船で大損し島から出る事さえままならなくなった人々が集まって商売を始め、やがてこのような発展を遂げたのだとステファン船長は言っていた。
とにもかくにも、どこの世界にも存在する黒い部分を尻目に俺達は無事カジノ船へと到着したわけである。


 今は海底に眠る幻の豪華客船を彷彿とさせるこのカジノ船の客室係に部屋まで案内された俺達は驚愕した。
隅々まで綺麗にされた清潔感溢れる船室からはどこまでも続く青い海が見える。『スライムクラス』というちょうど真ん中のランクの部屋に通されたわけだが、これを『キングクラス』だと言っても何も問題はないような気もする。
ただ、やはり部屋の広さ的に考えれば少し手狭な感じはするものの二人で宿泊するのなら全然問題ないレベルである。
このカジノ船は『キングクラス』から『フリークラス』までの10等級に分類された客室が存在する。
上位三つはその名の通り、王侯貴族や一部の大富豪用の絢爛豪華な客室であるがそこから下のランクは正直に言ってしまえばあまり変わりのないものだった。
リュカとビアンカがはりきってスライムレース場に出かけた後、俺とユイは二人で船内を散策して回ったので確かな事である。
カジノや劇場、バンケットルーム等の人々の往来が多い場所にある客室の方がランクが低いらしい。
そしてこのカジノ船ではモンスターを使ったショーやモンスターの闘技場があるため、彼らの連れ込みは限定的ではあるが許可されている。
彼らの檻や待機場所として設けられたスペースの隣の区画に設けられた板張りの大広間が『フリークラス』の人々が宿泊する場所というわけである。



「お客さん、この船の中でそんなに防備を固める必要はないんじゃないですか?」

「剣士たるもののケジメだと思ってくだされ」

「ふーむ・・・。そんなもんですかねぇ・・・」

「それで、お客さん。オーダーは何にします?」

「ぼく、オサケならなんでもいいよ」

「ぼ、ぼく?」

「おぉぉぉぉ、気にしないで下され。この年になると独り言が多くなってのぅ」

小さなバーカウンターに全身を鎧で固めた男が座っているのを最初に見つけたのはユイだった。
差し出されたビールジョッキにストローを差して面の隙間からそれを飲む光景は、はっきり言って異常である。あの面の中にはスラリンが忍び込んでいるに違いない。

「あれだけ気をつける様に言ったんだから、サイモンさんもスラリンもちゃんと分かってるはずだわ。こんな時ぐらい自由にさせてあげようよ。ね?」

俺が何を考えていたのかを察したのか、ユイは俺の腕を掴むと制止の声をかけた。

「まだ、何も言ってないけど?」

「今、行こうとしたでしょ?時馬のやりそうな事なんて、ぜーんぶ分かるんだから。」

「うっ・・・」

「ほら、せっかくこんな所に来れたんだから、楽しまないと」

その後も、楽しそうにポーカーを眺めたり、恐る恐るスロットを回すユイに付き合わされた。
さらに次々とモンスター闘技の予想を的中させていくユイもさることながら、

「お次の試合は、草原の覇者こと『オークキング』対・・・おや、これは珍しい!皆さん、こんな試合は十年に一度拝めるかどうかですよ?異色のコンビ『パンサーナイト』です!」

というリングアナウンサーの一言は俺の度肝をぶち抜いた。

顔面蒼白の俺に対して、隣に座っているユイは至って冷静であった。

「ほらほら、次はプックルちゃんとピエールが出るみたいだよ?」

「まさか・・・知ってたの?」

「え?言ってなかった?エントリーしたの私よ?」

「へ・・・?ええっ!?」


刃と槍を合わせる事、数十合。
白熱する勝負に決着をつけたのはプックルの突進に合わせてピエールが飛び上がるというお馴染みの一撃であった。
がっくりとその場に手を着くオークキング。場内は船をひっくり返すのではないかと思わせるような大歓声が沸き起こり、銀貨や金貨、花やゴミなど様々なものが投げ込まれていく。



その頃、馬車の中では・・・・。

一人だけ残されたジュエルが宝石を吐き出しながらニヤニヤ、ヘラヘラと楽しげに馬車の天井から吊るされていた。



 その日の夕食は、庶民向けに作られた食堂で夕食をテイクアウトできるように図ってもらい、馬車の中でみんなと取ることにした。
互いの話をしながら大いに盛り上がり、平和に過ぎていく時間をのんびりと満喫したのである。
スラリンはとっくに出来上がってピンクになっていたし、ピエールは

「久しぶりにいい手合わせができました。ユイ殿、感謝いたします」

と満足げにしていた。俺達四人は食後、場所をバーに移し今後について話し合ったが、案の定、話が進む事はなかった。
何度、この話し合いが他愛もない世間話に変わっていった事か。
結局、今回も例外なく、明日は皆でスライムレースを見に行こうという事だけが決まったのだった。




「今日はベッド別なんだね」

リュカとビアンカの客室にはシングルベッドが二つ並べて置いてある。その片方に潜りこむとリュカは天井を見上げながらそう言った。

「あら、私の横じゃないと眠れないの?」

「そ、そんな事ないよ。ただ、今日は違うんだなってそれだけだよ」

「ふーん。なら良いんだけど」

「そうやってまた僕を子供扱いして・・・」

「ふふふ。早く寝ないと明日起きれないわよ」

「分かってるよ。おやすみ、ビアンカ」




 その頃、俺達は先程のバーで、テーブルからカウンターへと移動してユイと二人でグラスを傾けていた。

「こうして二人で酒飲むのって、ポートセルミ以来だよな」

「え?そう言えば、あの時が最後だったかも。時馬が山賊とやりあった時でしょ?」

「そう。俺がコテンパンにされた時」

自嘲気味にそう笑ってみせると、

「でも、立ちあがってくれたじゃない。あの時はちょっとだけ・・・キュンとした、かも」

少し落ち着かなさそうにしながらユイはそう言ってくれた。
ユイの言葉を聞いて急に体が火照ってきた俺は、クールダウンさせようと手元の空になったグラスに手を伸ばした。
そんな俺を見ていたのか、バーのマスターは絶妙なタイミングで

「お客さん、次は何になさいますか?」

と声をかけて来た。

「じゃぁ・・・ウーロン茶とかありますか?」

俺の言葉を聞くと、ユイはこっちを見ながらくすっと笑って見せた。

「ウーロン茶・・・ですか・・・。お客さん、中々通ですね」

そう言うと、マスターは後ろの棚から茶色い液体の入った瓶を取り出すとグラスに注ぎ始めた。
そして、氷を三つほどグラスに入れると俺の前に差し出したのである。

「本当にあるんですか!?」

ユイと顔を見合わせ、再びグラスに目を向ける。

「あの・・・これどうやって・・・?」

そう問いかけると、

「お客さん、私を試してますね?このカジノ船で30年勤めて来た私を甘く見られては困る。これは、一年に一度だけ黄金のアサヒが昇る日に現れるという三本の尻尾を持つトリの羽と、伝説とも言われるキリンの角を煎じて薬草と茶葉を煮たものじゃないですか」

自信たっぷりに彼はそう答えた。恐る恐る口にしてみると、何と日本で飲んでいたそれと全く同じである。
言葉を失った俺は、もう一度その茶色の液体に目を落とした。

「ちょっと貰うね?」

ユイは無言でうなずく俺からグラスを受け取るとそれを口に含んだ。
途端に固まるユイを見て自分の味覚がおかしくなっているわけではないと確信した。

「そんなに二人で感動してもらえると嬉しいですな。いやぁ、お客さん。それにしてもこの味が分かるとは中々良い奥様を見つけられましたね。味にしろ女性にしろ見る目があるというのは、お客さんのような人の事を言うのかもしれませんなぁ」

「でも、そんなに貴重なものをいいんですか?」

「はははは。心配せずともそんなに高額な請求はしませんよ。貴重すぎるがゆえに、誰もその存在を知らないんです。いくら貴重だからといっても、買い手がいなければただの茶に過ぎないのは悲しいことですが。この茶にとっても、味も分からないような貴族に飲まれるよりも、お客さんのように美味しいと思って飲んでくれる方に出した方が幸せでしょうしね」

すっかりマスターと打ち解けた俺達は、口の中に広がる懐かしい味とマスターの見聞を十分に楽しんだ。






「リュカ・・・もう寝ちゃった?」

ビアンカは窓から差し込む月明かりを眺めながらそうと問いかけた。

「まだ起きてる。何だか、ワクワクして眠れないんだ。ビアンカの言った通りまだ子供なのかもしれないね」

穏やかに話すリュカには少しの哀愁が感じられた。

「ねぇ、リュカのベッドに行っていい?」

「へ?」

間抜けな返事をよこしたリュカを気にする風でもなくビアンカは行動を起こした。そっとリュカの横にその身を滑りこませると、お互いに見つめ合い微笑み合う二人。


「そんなに動かれたらくすぐったいわ」

「ビアンカが僕の足の上に乗ってるからだよ」

「んんっ・・!ち、ちょっと・・・ドコ触ってるのよ」

「だってビアンカがそんな風に動くから。く・・・ッ」

「これはおかえしよ。私に勝とうなんて十年早いって―――んっ、だから・・・そこは・・・っ」

「ご、ゴメン・・・ビアンカ。もうちょっとその足を向こうにやってくれると――――」

こうして様々な人々の幸福を乗せ、カジノ船の夜は更けていった。



 カジノ船での滞在は当初三日だけの予定だったのだが、気づけばもう二週間が経過している。
この島とカジノ船の全ての魅力を味わうには一ヶ月でもまだ足りないくらいだろう。
それほどまでに様々な娯楽が集結し、かつての補給所はリゾート区域すら出来上がりつつあった。スライムレースで大勝し、スラリンナイトの活躍もあって、俺達の持ち金はすでに3万Gを超えていた。
この島とカジノ船には世界中のカジノで使用できるコインが基本的に出回っているが、それを現金に両替してくれるサービスが存在する。
そのサービスのおかげで、この島に限りカジノコインだけでも売買が成立し生活が可能である。
俺達が獲得した一部のコインはリュカの趣味の道具確保に消えて行った。
カジノコインはまた、多種多様な景品と交換することもできるのである。


 このままではマズいと判断した俺達はステファン船長に船を出す準備を始めてもらうことにしてカジノ船から降りるべく馬車を曳きながら接岸船へと乗り込もうとしていた。
船内とは違って潮の香りが肺一杯に広がるのは心地よいものである
。島へと上陸すると急いで船へと戻らなければならなかった。
なぜなら、ピエールと戦っていたオークキングをカジノ船から連れ出していたからである。
青い毛に包まれたその魔物はすでに全身傷だらけであった。
ピエールとの一戦に敗れた彼は、それによって損を被った魔物使いの男に相当苛烈な待遇に合わされていたのを、偶然リュカが見つけたのである。
当然の事ながら、もっと普通の待遇にするべきだと訴えかけるリュカの言葉になど耳を貸さない魔物使いに、とうとう横にいたビアンカがまでもその争いに加わろうとしていた。
これ以上揉め事が大きくならないよう俺とユイで二人をなだめ今に至るということだ。


 絶えず船舶が入出港を繰り返すこの島の港は人でごった返していた。
出港手続きが終わるまでに半日近くかかるとステファン船長は呆れ顔で語っている。
やはり絢爛豪華なカジノ船よりも素朴なこの船の方が落ち着くのは一般庶民の性なのだろう。
準備が整うまでの時間もじっとはしていられないようでリュカとビアンカは港へと戻っていった。

「それにしてもあの二人は元気ねぇ・・・私は何だか少し気持ち悪いわ」

「結が昨日の夜にあんなに飲むからだよ。おかげで―――」

いつもなら酒に酔っても、つぶれたりしないはずの彼女は珍しく酒場でダウンしてしまったのである。

「おかげで何よ?」

おかげで船室まで背負っていくのはもちろん、部屋に着くなり急に着替えだすユイには目のやり場に困った。
今ならそれをずっと見ていても何も言われないだろうとか、それ以上のことをしたとしてもきっと覚えてはいないんじゃないかとか、色々邪悪なことを考え付きもした。
色々と悶々とさせられたあげく、気持ち良さそうに寝息をたてる彼女の横で中々寝付けなかったのである。
ユイの質問を適当にはぐらかすと、俺は自分の船室へと戻ったのだった。




 半日かかるはずの出港準備は思いのほか順調に進み、数時間後には出航の準備は整った。
ステファン船長は出港準備完了の信号弾を豪快に打ち上げると、皺が寄り始めた髭面をほころばせている。
リュカとビアンカが、誰も想像すらしていなかった客を連れて船へと戻ってきたのはその直後だった。
リュカの後ろに行列を作る無数の人々が船に乗り込もうとしている。

「リュカさん。これは一体?」

ステファン船長は驚いた表情を崩しはしない。

「この島から出ることが出来なくなった人たちです。」

リュカとビアンカはこの島から出られなくなった人たちと偶然遭遇し、途中まで乗せていくことを約束してきたのである。
彼らの広く雑多なコミュニティを侮ることはできない。この島を出て人生をやり直そうという人々が集結したのである。
陸路で行くよりも、その数倍もの費用がかかる航海では全てをステファン船長に頼ることは出来ない。
むしろ、俺達の資金がこの船を動かす全てであるのを理解しているのかいないのか、とにかくリュカは多くの人を連れて戻ってきた。

「リュカさん。言いにくいんですがね・・・これだけの人数で船旅をしようなんて、アンタこっちの方は大丈夫なのか?」

ステファン船長は親指と人差し指で輪を作りその問題事項を示唆している。

「ここに3万Gくらいあります。これでお願いします」

「いいんだな?アンタが連れてきた中の何人が本当のことを言ってるか分からないんだ。
ここの連中は浅ましい奴も多いから、タダ乗りしようって奴もいるはずだ。それでも、全員連れて行くんだな?」

リュカがはっきりと頷くと、ステファン船長は受け取ったG袋を握り締めて船から大急ぎで駆け下りていった。


俺達が無事に出航できたのは当初の予定通り半日経ってからだった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 旅人の花嫁(二)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/06/01 11:38
 緑の風が駆け抜ける南国の大地にその荘厳な城は建っていた。難攻不落、名城の中の名城とも謳われたグランバニア城である。
王城の規模はラインハットなど比べるに値しない巨城であった。
城下をすっぽりと城が囲み王族と庶民が同じ敷地内で生活を送るという珍しい形態を取っているグランバニアには城外に建つ建物というものは
わずかにしか見当たらない。
いわゆる、※『総構え』である。厳かで頑強な外見に似合わず、城内は人々が活気に溢れて生活を送っていた。
市場や歓楽街、宿場街が綺麗に整備された区画に沿って並んでいる光景はさながら屋内型の巨大テーマパークといったところか。
しかし、城の規模は他を圧倒するものの、それに付随する街の規模は明らかに小さい。街ごと城内に組み込まれているので仕方のないことではある。
グランバニアでは城内にもかかわらず馬車が往来し、緩やかな螺旋状のスロープを使うと二階にまで馬車を上げることが出来るつくりになっていた。
しかし、国民と王族の間に垣根がないわけでもなく、政務・王宮区域と居住区はしっかりと分けられている。主に二階以上が王宮だそうだ。
こんな城を作り上げるには相当な時間と労力が必要とされたことだろう。
俺達は、ひとまず馬車を専用の区画に停めて情報収集を行うべくグランバニアを二手に分かれて散策中である。
ユイと一緒に酒場や宿屋、鍛冶屋、画廊などあらゆる場所を巡って

『パパスという人物について何か知りませんか?』

と尋ねて回ったのだが、反応は一様に冷たい視線を浴びせられた挙句、返ってくる言葉は『知らない』か無言の返答のいずれかだった。
人々の異様な冷め具合に若干の恐怖を覚えながらも、『パパス』の名前さえ出さなければ大らかに暖かく接してくれる街の人々に対して疑問が浮かび上がってくるのは自然なことだった。


 その夜、グランバニアの宿の一室で俺は一人の少年と遊んでいた。その子の名前はピピンと言うそうで、母親の宿の仕事を手伝っているらしかった。
偶然、ユイが湯浴みに出かけた時に、掃除のために彼が部屋に入ってきたのをきっかけに仲良くなったのだ。
ベッドの脇に立てかけられた刀に興味津々だったので少しだけ触らせてやると

「僕、将来はお父さんみたいな兵士になるんだ!」

と夢を語ってくれた。

「じゃぁ、その時は俺が剣術を教えてあげるよ」

などと格好をつけてしまったが、無論、教えるどころか未だ一人前ですらない。
ピピン少年が嬉しそうに部屋から出て行くのとちょうど同じタイミングでユイが戻ってくると、少年はユイを見上げながら硬直してしまった。

「どうしたの?」

と屈んで声を掛けたユイに驚いたのか

「な、なんでもないよ!」

と飛び出していった。しっとりと濡れた髪を柔らかそうなタオルで拭きながら、ベッドに腰掛ける俺の横にまでやってくると、微かな良い香りが鼻孔をくすぐる。

「私もいつかトキマに『剣術』教えてもらおうかな。ね?」

悪戯に満ちた目を俺に向けユイはそう言った。

「いつか・・・それぐらいまで上達したらな」

彼女は面食らったかのような表情を一瞬だけ見せ、

「おやすみっ」

とベッドにそそくさと潜り込んでいった。




ランプの光がじんわりと室内を照らしている。

「ねぇ、起きて」

ユイが深夜に声を掛けて俺を起こしてきた時には、少しドキッとしたが彼女は不安そうな表情で俺を覗き込んでいる。
まだ完全に覚めきっていない頭をフル回転させて体を起こすと彼女は

「ドアの向こうで何か聞こえるの。私・・・こういうの苦手なのよ」

と呟いた。こういうのとは幽霊の類を指すのだろうかと考えていると、ユイの言ったとおり誰かがボソボソとこの部屋の前で会話をしているのが聞こえてくる。
締め切っているはずの室内に冷たい風が吹き抜けたような気がした。


「いいか?暴れたら一気に押さえ込むぞ」

「あ、ああ。分かってるよ。最初の言い出しは何だったっけ?我々はグランバニア食糧管理局・・・」

「そんなことはどうでもいいだろ。ちなみに俺達は今日の昼付けでグランバニア警備隊所属だからな。それぐらい覚えとけ」

「な、なぁ。やっぱりヤツらは暴れるのか?」

「知らねぇよ。でも若い女連れだって聞いてるし、よろしくやってる最中なんじゃねぇか?」


ドアの向こうでそんな会話をしているのが室内まで丸聞こえだ。ヒソヒソ話しているのかもしれないがこれでは相手に気付かれるのも時間の問題だろう。

「私達のことじゃないよね?違うよね?」

ユイは不安そうにしているが俺は彼女ほどの危機感を覚えることはなかった。
なぜなら、兵士が踏み込んでくるような事は何一つしていなかったからだ。

「どうせ向かい側の部屋だよ。俺達、よろしくやってないし」

キリッとしたユイの目が俺を捉えた。
だが、ユイの勘は俺のそれよりもはるかに優れているのは分かっていたので立てかけてある刀を引き寄せて一応の警戒態勢に入る。
こういう時、武器を手に持つだけで落ち着くことができるのは、人間の弱く、そして便利な部分であるのかもしれない。

ドアの外で何やら話に興じていた兵士達は一呼吸おいて、

「わ、我々はグランバニアしょ・・食料警備隊である!マーサ王妃及び国王陛下誘拐の容疑でこれより身柄を拘束する!!」

突然、踏み込んできた兵士はそう言い放つ。あまりの事態に、俺はベッドから飛び降りると、咄嗟に刀を抜き放っていた。




「だから、私達はそんな話知らないって言ってるでしょ!?」

ユイは果敢にも取調べを行う男に食って掛かっているが、ここまで強気な態度に出るユイを見たことはなかった。
俺達はあのまま連行されると、ひんやりと寂しい牢獄で夜が明けるのを待たされ、今はひたすら尋問を受けているのだ。
日の光がうっすらと差し込む暗く冷たい部屋の中で一人の中年の男と机を挟んで対峙中である。

「お前達が国王陛下と王妃様について城下で嗅ぎまわっているとの報告が何件も上がってきているのだ!これ以上シラを切るというのなら女といえども容赦はせんぞ!」

ユイと男の話を聞きながらずっと考え込んでいた俺にも矛先は向けられる。

「お前はさっきから何も話さんが、無言の告白ということで潔く罪を認めるのだな?」

「あの・・・国王陛下ってパパスさんの事ですか?」

男の問いかけを無視して今まで疑問に思っていたことを口に出すと、男はさらに激昂し始めた。

「貴様ッ!パパスさんだと!?ふざけるのもいい加減にしたらどうだ!!この女がどうなってもいいのか!?」

取調べを行う男はユイを指差して勢いよく立ち上がった。

「彼女は関係ないはずです!」

「ほう・・・。ならばお前の独断で行ったということで罪を認めるんだな?そんなに女が大事なら最初から認めればいいものを」

男は手こずらせやがってとでも言いたげに、部下を呼びつけると

「引き続きこの男の尋問を行う。この女は連れて行け」

「私達は何も知らないって言ってるじゃない!!時馬も何で黙ってるの!?」

瞳にじんわりと涙を溜めてこちらを見つめるユイに微笑んでみせる。
何かを察したのかそれ以上抵抗する様子もなく、自分の腕を掴む男の手を振り払うと自ら促されたほうへと毅然とした態度で歩いていく。

「さて、これから長い付き合いになるぞ」

男は俺の正面に座りなおすと、執念深くいやらしい目つきで俺を眺めている。
男が何かを言おうと口を開いた瞬間に大柄な男性が部屋へと入ってきた。

「おお、サンチョ殿。こいつが例の――――」

サンチョと呼ばれた男性は優しそうな顔をしているものの、その表情はどこか影があるように見えた。
ゆっくりと近寄ってくると、彼は目を細めて俺を眺めている。

「しかし、こんな子供が本当にマーサ様を?」

「・・・事実、城内で色々嗅ぎまわっておりました」

サンチョは俺のほうをじっと見つめると、その表情を少しほころばせた。

「私にはこの方が犯人だとは到底思えないのですが・・・。第一、この年齢ならマーサ様誘拐当時はまだ赤子のはず」

「こいつが魔族の手先ならば年齢などいくらでも誤魔化せると思いませぬか?それに、たとえ実行犯でなくとも黒幕の尻尾はこれで掴めたも同然。現に、マーサ様誘拐の黒幕は魔物であると言われておりますので。いずれにせよ、これでグランバニア警備隊の面目は保てるというものです」

そんな時、慌しく一人の男が部屋に駆け込んできた。

「報告します!この男の仲間だと名乗る者がおりまして・・・」

「何だと!?すぐに連れて来い!たっぷりと締め上げてやる」

「それが・・・」

「『それが・・・』どうした?」

「もうここに来ております」

そう言った瞬間に、リュカが駆け込んできた。

「トキマ、心配したんだよ!捕まったなんて聞いたから」

「おお!リュカじゃないか!ビアンカとは一緒じゃないのか?」

「え?あ、今はユイさんと一緒じゃないかな。今さっきユイさんとすれ違った時、ビアンカもどこかへ一緒に連れていかれたんだ」

こういう時に冷静でいられる彼の神経はやはり素晴らしい。
こんなところに一人で取り残されてからは、俺の中には恐怖心と不安感が一杯に広がっていたにもかかわらず、リュカはほとんど動じているようには見えない。

「リュカが来てくれて助かったよ。何を言っても信じてもらえないんだ」

心強い味方の登場で俺の中に広がっていた不安感はどこかに流れ出て行ったようだった。

「おい!抵抗されたらどうするんだ!!さっさとその背中の剣を取りあげろ」

取りあげられる前に潔く剣を兵士に渡すリュカは

「それは父さんの形見なんです。今はお預けしますが、大切に扱ってください」

と付け加えた。その時、剣を受け取ろうとした兵士を横から突き飛ばすように割って入ると、サンチョはリュカからパパスの剣を引っ手繰った。

「こ、これは・・・っ!今、これを形見だとおっしゃいましたか!?それで、お名前はリュカというのですね!?」

興奮したようにサンチョは一気にまくし立てた。

「覚えておられませんか!?サンチョです。坊っちゃん、サンチョでございます!!」

「サンチョ・・・?」

リュカはそう一言つぶやくと、目の色を変えて大きな体の主に詰め寄った。

「サンチョ!?本当にサンチョ!?」

「ええ!サンタローズのサンチョでございますとも!!坊っちゃん、お会いしとうございました!!」

抱き合って騒ぐ二人を、言葉の通り大きく口を開けて兵士達は呆然と見つめている。
そんな光景を横で目の当たりにしながら、本当に口を開けっぱなしで驚く人間がいるのかと思う気持ち半分、感動の再会を祝う気持ち半分で笑みを押し殺す俺。

「この方はマーサ様誘拐の件とは無関係である!私はこの方と話がある故、席を外すが、そちらの方も丁重に扱うように」

と言い残すとサンチョはリュカを連れて部屋を出て行った。



 俺はひとまず教会まで連れていかれたわけだが、どうやら、王妃誘拐の犯人ではなく架空の身分で通されているらしい。その証拠に、話好きのシスターは

「あなたの主人は随分と偉い人なのね。オジロン様が緊急で謁見するなんて」

と話している。そんな事をしている間に数時間が経過していった。
その間に、グランバニア周辺の事をシスターや神父さんに教えてもらいながら時間を潰す。
グランバニア城は都市機能の規模が小さいため、この周辺にはいくつもの街や農場、港町が散在しているという。
それらの街や村は直接グランバニアと街道で繋がっているそうである。
元々は、戦禍から自国民を一時的に保護できるように城の内部に国民の居住区を設けたのが始まりらしい。


 そして次に兵士に通されたのは、謁見の間つまり玉座のあるアソコである。
身なりの良い初老の男が玉座に座っており、彼を挟むようにしてサンチョと執事のような老人が立っている。
俺がやってきたのに気付くと、グランバニア王と対面するリュカがにこやかに振り返るのに呼応してサンチョは、

「先程は申し訳ありませんでした。事情は全て坊っちゃんから伺っております。どうか、ご無礼をお許しください」

そう言って深々と頭を下げている。
リュカの隣まで連れていかれてもなお、全く状況を飲み込めずにいる俺に、もう一人の執事風の男が不快なものを見るかのように言葉を発した。

「しかし、この者は初め、警備隊に剣を突き付けて抵抗したと聞いておる。そう易々と信用するのもいかがなものかと存じ上げますが?」

そんな彼をなだめながら、ついに王が口を開いた。

「まぁ、そう怒るな大臣。夜更けに兵士が急に踏み込んでくれば、誰でも同じような行動に出るであろう。
十数年ぶりにリュカが帰還したのだ。兄上こそ一緒ではないが、このように立派になって戻ってきたのだから、そのお仲間も大目に見てやろうではないか」

「へ、陛下がそうおっしゃるならば、私に異論はございませぬ」

「おお、我らだけで話を進めてしまって申し訳ない。さて、トキマよ。お主の隣におるリュカは我が兄上の子、つまりグランバニアの正統な王位継承者である。はるばるグランバニアまで供をしてくれたこと、大義であった。礼を言うぞ」

思わずリュカの方を振り返ると、照れているのかにこやかな笑みを浮かべている。

「そこでだ。私は王位をリュカに譲ろうと思う。リュカが帰還した今、ワシが王である道理がないからのう」

もうここに座るのは疲れたとでも言いたげに、グランバニア王は玉座からゆっくりと立ち上がった。

「待ってください!僕は王様になる気なんてありませんし、到底務まるとも思えません。このままオジロンさんが続けてくれた方が――――」

「これ!口を慎まぬか!!『オジロンさん』などと呼びおって・・・」

傍に控えていた大臣がリュカを叱り飛ばす。意地の悪い大臣像を象徴するかのような見事な立ち振舞いである。

「よいではないか。いずれこの国の国王になる人物なのだからな」

「陛下、恐れながら申し上げます。グランバニアには国王となる者は『王家の印』を取ってくるというしきたりがあるのをお忘れですか?」

大臣は鋭い眼光で俺とリュカを流し見ると、そう口にした。



 結局、リュカの意志とは関係なく王家の証を取り行くこととなってしまった。オジロン王は最後まで否定的な意見だったのだが、

『国民にパパス王のお子が凱旋した事を印象付け、即位をより円滑に運ぶためですぞ』

という大臣の意見に押し切られる形となったのである。このオジロン王は意外と押しに弱いタイプの人物らしい。
だが、大臣の言う事も一理ある。いや、一理どころか全く持って正論であると言わざるを得ない。

「そうと決まれば、早速国民にリュカが王の試練を受け行く事を公表しなくては!」

嬉しそうに意気込むオジロンに大臣はまたもや苦言を呈す。

「陛下・・・公表されるのはいかがなものかと・・・。まだ彼らとの小競合いも終わってはいないのですぞ?リュカ殿の命が試練の最中に狙われるような事にでもなれば、それこそ一大事。ここは、王家の証と共に公表する方が安全かと思われます」

「ううむ・・・それもそうじゃのう。よし、全ては大臣に任せる!後の事は頼んだぞ」

オジロンはそう言い残すとサンチョを連れてどこかへと退出していった。
王の試練とは、王家の証というグランバニアの紋章のオブジェを霊廟から取ってくるというものらしい。
その歴代の王が眠る霊廟というのはここから少し離れた所にあるそうだ。
それにしても、『彼らとの小競合い』とは何なのだろうか。


「他に質問は?」

オジロンと話す時とは違い、やはりどことなく冷たい視線を向ける大臣。

「いえ、何もありません。ただ・・・」

「『ただ・・・』何かね?」

遠慮がちに言葉を切ったリュカに大臣は問いかける。

「僕は王様になんてなる気はないんです。旅も続けなくてはならないし」

大臣は大きくため息をつくと、小馬鹿にしたように語りだした。

「よいか?何か勘違いしておるようだが、今回の試練はお主が皇太子の身分で受けるものではないのだ。いわば、グランバニアに先代のパパス王のお子が凱旋した事を国民に印象付けるためのセレモニーのようなもの。『十数年ぶりに亡き先代国王の子が凱旋した』という事実が必要なのだ。そうような英雄譚を国民は心から待ち望んでいる。ふらりと現れたお主を国民の前に出したところで、信用を得られぬのでは意味がないからな。第一、誰が国政の『こ』の字も分かっておらぬ者を王になどするものか」

それを聞いて安心したのかリュカの表情はいつもの優しさを取り戻している。
こんな言われ方をしたにもかかわらず不快な顔一つ見せない所がリュカらしいと言える。

「それから、そこの供の者。お主もついて行くのだぞ。理由は説明しなくても分かるな?」




大臣の説明を受けた俺は再び教会へと預けられた。
リュカの帰還の事は公表されていないが、誘拐犯を捕まえたという事は公表されているらしい。
なんでも、その誘拐犯は魔族の手先で貧相な男だという。
そして、秘密裏に処刑が行われたのではないかという噂が現在、グランバニア城内に広がっているそうだ。
おしゃべりなシスターは『私も犯人の姿を一目でいいから見たかったなぁ』と漏らしていた。
人の事を魔族だ、貧相だと好き勝手言った挙句、死んだ事にするとは中々、ヒドイ事をしてくれるものだ。
だが、あの取り調べの男が言っていたように、グランバニア警備隊の失われた名誉は今回の事件で無事取り戻されるだろう。


 それから丸二日音沙汰なしという非道ぶりはいかがなものか。
何もない教会の一室に一人で取り残された俺はやることもなく、教会の中でぶらぶらと過ごしていた。
大臣が言っていた俺がリュカについて行かなくてはならない理由とは何なのかということもさることながら、ユイとビアンカは今頃何をしているのかという事が気になっていた。
日が変わって、教会に併設された宿舎で質素な朝食をシスターや神父さんと取った後、

「最近はお客さんが多いのねぇ。今日はワケ有りの未亡人がここに来るそうよ」

とシスターは教えてくれた。ワケ有りの未亡人と聞いて、好奇心が胸一杯に広がるのを感じていた。
妖艶な美女だったりするのだろうかと下らない妄想に華を咲かせていた時、

「何だかワクワクしてきたわ!私は迎えに行くよう言われてるから、アンタは食器を片づけておいてね」

と言い残すと浮ついた足取りでシスターは教会を出て行った。
ふぅ、と一息ついて早速食器を片づけて質素な客室に引っ込むとワケ有りの未亡人が来るのを待つことにする。
堂々と礼拝堂で待つのは何だか嫌だったし、あのシスターの事だから一番に報告が来るはずだ。
少し時間を置いて足音が二つ聞こえて来た時は、ついに来たかと胸が高鳴った。

「さぁ、ここよ。とりあえず相部屋になるけど、すぐに他の部屋を手配しますから」

とシスターに促された噂の未亡人が姿を現した。ゆっくりとした足取りで部屋に入ってきたのは妖艶なお姉さんでも、ムチムチの巨乳美女でもなかった。



そこに立っていたのはユイだったのだ。



「なんだ、ワケ有りの未亡人って結だったのか。それにしても未亡人って―――」

笑いながら話しかけた俺の言葉を聞いて、うつむいていたユイが顔を上げ目が合うと彼女は一瞬驚いたような表情を見せた。
目の周りはうっすらと赤みを帯びている。

「時馬・・・なの?」

それほど俺と会うのが意外だったのだろうか。

「久しぶり、でもないかな。一日中、教会に缶詰なんてやってられないよ」

ユイは瞬時に顔を歪ませてベッドに腰掛ける俺に駆け寄って来ると、すらりと伸びた腕が俺の首の後ろでしっかりとクロスする。
そのあまりの勢いに押し倒されると、初めて感じるユイの重さを体に刻み込んだ。

「死んだって・・処刑されたって・・・聞いたから・・・・・・」

泣きながら嗚咽交じりに話し続けるユイを受け止める腕には自然と力が入っていく。

「前にも言ったじゃない・・・っ!自分だけ恰好つけて・・・それで・・・助けたつもりなの!?私がどれだけ心配したか分かる!?あの時一緒に残ってればって、時馬がやりそうなことくらい分かってたはずなのにって・・・ずっと考えてたんだから!」

これほどまでにユイを近くに感じた事が今までにあっただろうか。
声を押し殺して涙交じりの吐息を洩らす彼女は温かで、柔らかくそして優しかった。
ぬくもりをもった彼女のしっとりとした吐息が首筋をあおる。
しばらく泣きじゃくっていたユイは少し落ち着いたのか、体をそっと引き離すと涙を溜めたままの瞳で見つめてくれる。
ユイの涙が一つ、二つと俺の頬に落ちてくると、自然と互いの顔が近づき灼熱の血液が体中を駆け巡る。
それほどまでに胸が高鳴っているのは初めての経験だ。

「でも、良かった・・・生きてて」

ユイは自分の額を俺の額に重ねると、ぼそっとそう一言だけ言葉を洩らした。
ぼぅっとする頭で彼女を見つめ続けていると、不意に柔らかい感触が唇を包み込んだ。
自分でユイを引き寄せておきながら、不意にというのは語弊があるかもしれないが、とにかく気がつくとそういう状態だったのだ。

『ん・・・』

とかすかな呻き声を上げながら腕の中で彼女が身じろぎする度に、俺の『禁断の地』が『最後の晩餐』を迎えようとしている。

「お取り込み中の所、申し訳ありませんが・・・オジロン様がお呼びです」

突然かけられた声にユイがビクッと体を震えさせると、現実に引き戻されたせいなのか、或いは人に見られた気恥ずかしさからなのか部屋の空気は何とも微妙なものへと変わっていった。





・あとがき
※総構え=城下を城壁などで囲い込んで長期戦などにも耐えうるように作られた城及び城下の造りを指す。

文章量がやたらと多くなってしまいました。
これからも、もしかしたらこういう傾向が続くかもしれませんがその時は目を瞑っていただけると作者は喜びます。


今回のコメントの作戦方針は

『いろいろやろうぜ』 でお願いしますw



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 旅人の花嫁(三)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/06/12 01:30
「リュカ、今から準備ができ次第すぐに出発してくれ。詳しくは大臣から聞くといい」

とだけ告げるとオジロン王はまたもやサンチョとどこかへと消えていった。

「そういうわけだ。地図と必要なものは手配しておく。はよう、準備をしてこぬか」

大臣がそこまで急かす理由がいまいち分からないが、いや本当は俺がリュカについて行く理由すらまだよく分かってはいない。
しかし、王国側にも色々な都合が存在するという事だけは誰が見ても明らかな事だ。
今では俺とユイの部屋と化している教会の一室で用意を済ませるとリュカとビアンカの部屋がある王宮区域へと足を運んだ。
準備と言っても、武器防具以外は持つものなど食料くらいしかないので、時間がかかる事はない。
それに、王宮内に入るための特別な身分証も貰ったので居住区との行き来は容易であった。
三階の南側テラスでリュカとビアンカを待っているのだが、彼らが現れる気配はない。
三階とはいえ普通の民家とは桁が違ってかなりの高さがあるここは、吹き抜ける風がまだ冷たく、目の前には緑が覆い始めた南国の大地が広がっている。

「あのさ・・・」

「え?」

俺の言葉にユイは顔を景色から俺の方へと向けた。

「もし、試練から無事に帰ってくる事が出来たら・・・話があるんだ」

「どうしたの?急に。今じゃダメなの?」

「うん・・・帰ってきたら話すよ。だから――――」

「分かった。待ってる。でも、これだけ引っ張るんだから下らない事だったら怒るよ?」

笑顔で、さっと差し出されたユイの小指に結ぶと白く細い指に力が入る。
彼女の手は出会った時に比べると随分とたくましくなったように見えた。
たくましいと言っても、女の子特有の華奢な雰囲気を十分に残しているところが彼女の持つ気品というものなのだろう。

「ゴメン。待たせた?」

そんな時、リュカの声がテラスに響き渡った。その横にはビアンカが寄り添うように立っている。

「今、必要な道具を全部貰って来たんだ。地図に水と食料に霊廟の鍵、それから・・・薬草!」

リュカは嬉しそうに肩から下げられた小振りな袋を揺らしながらそう言うと、早く行こうとでも言いたげな目を俺に向けた。


 
 俺とリュカが試練に行っている間、ビアンカとユイが魔物達の面倒を見てくれるらしい。
『心配しないで頑張って来てね』と別れ際に微笑んでいたビアンカの様子が少し変だったのは気のせいなのだろうか。
四人の中で俺の洞察力が一番劣っているのは分かっているので、もし俺が気づいて他の誰かが気がつかないという事はないだろう。
よって、俺が感じたのはただの勘違いというやつだ。だいたい、俺の洞察力が人並以下なのではなく、彼ら三人が人並以上なのだ。

「俺がリュカについて行かなくちゃいけない理由って何だと思う?」

グランバニアを発ってから数時間、他愛もない世間話に花を咲かせていた中で、リュカにそんな事を聞いてみた。

「ああ。それはトキマのためなんだって。サンチョが言ってた」

「俺のため?」

てっきり大臣の陰謀かと思っていた俺は思わず聞き返してしまった。

「僕がもしも国王になったら、旅も少しの間はできなくなるから、その時はトキマ達もグランバニアで生活する事になるよね。でも今は、ふらりとやってきた旅人が安定して暮らせるほど余裕がないらしいんだ。だから、トキマを僕の供って事にして、凱旋を陰で支えた人物にすれば王宮で面倒を見ることになっても反対する人間は少ないだろうって」

あの大臣が俺の事をそこまで考えてくれているとは正直言って意外だった。
俄然、体の底からやる気が溢れて来た俺は霊廟を目指す足にも力が入る。
リュカの貰ったグランバニア領地図を見ると二日あれば余裕を持って往復できる距離だ。
冷たく感じられた春の風が、この時はとても暖かく感じられた。


霊廟を目指して北上を続ける俺達は、日暮れが近づく頃になって霊廟へと到着した。
平原の真ん中に突如として姿を現した森の中にその霊廟は存在している。
森というよりも、霊廟を囲む為だけに植えられたようにも見えるその木々は、不気味なほど碧く、静かに葉を揺らす。
頑丈そうにできた紋章の彫られた霊廟の扉を開いて中に足を踏み入れようとした瞬間、聞き覚えのある声が森に響き渡った。

「おい、ちょっと待ちな。墓荒らしなんて感心しねぇな」

急に掛けられた声に驚いて振り返ると、そこには狼の頭蓋骨を木の棒に繰りつけた旗印を持つ小柄な男とその横に立つ大柄で髭面の大男が立っている。
そして、その後ろで武器を手に構える数人の男達。

「なんだ、あの時の兄ちゃん達じゃねぇか。アンタの言葉で俺達は新しい道を見つけたっていうのに、今度はアンタらが墓荒らしか。失望したぜ」

そう。山賊ウルフの面々がそこにいたのである。

「墓荒らし?俺達は『王家の証』を取ってくるように言われてここに来たんです。その証拠にこの霊廟の鍵もここにあります」

俺はリュカから鍵を受け取ると山賊の親分に差しだして見せる。

「アニキ、あのジジイが言ってた事と大分違いますぜ?どうします?」

「どうするって、俺達の仕事は墓荒らしの抹殺にあるんだ。相手がいくらこの兄ちゃん達でも容赦するわけにはいかねえよ。それにあのジジイは好きにはなれねえが、裏切るわけには・・・なぁ?」

困惑した表情を見せる親分に気になった事を一つ聞いてみた。

「あの、墓荒らしの抹殺を指示したジジイって誰なんですか?」

「デモンズとか言う野郎の執事だとよ。もう前金まで貰っちまってるんでな。ここで、見逃すわけにもいかないのさ」

一瞬、大臣の名が挙がった時にはどうしようかと思ったが、どうやら彼は全然関係ないらしい。
俺の今後の事も考えてくれているということだし、根っからのツンデレなのかも知れない。

「じゃぁ、一緒に中に入りますか?」

リュカはその純朴な目を彼らに向け、そんな事を言いだした。

「なぁ、兄ちゃん。俺達は人のために働くって決めたんだ。今だってこうして、墓荒らしを防ぐためにここに来てるのさ。そんな俺達を抱き込もうなんて、甘い考えは捨てるんだな」

その声には自信と誇りが感じられる。

「違いますよ。一緒に中に入って、僕らが墓を荒らすかどうかを確認すれば、僕達もあなた達も無事に仕事を済ませる事ができるじゃないですか」

リュカの言葉を聞いて、その場で考え込む山賊の親分。いや、今はただの親分か。

「どうします?説得力はありますね」

傍らにいた小柄な男が親分に耳打ちをしている。

「分かった。兄ちゃんの案を呑もう」

親分は渋々といった表情を崩しはしないが、その声はどことなく嬉々としていた。


 質素な造りの霊廟にはこれといって財宝めいたものは何もなかった。
カビ臭い石碑や古ぼけた大きな祭壇があるだけでそのほかに特徴は見当たらない。その祭壇の中央部にはグランバニアの紋章のオブジェが安置されている。
そのオブジェをリュカが取り外して下りてくると親分はリュカの手からそれを取りあげて、松明の明りを当てている。

「なんだこれは?『王家の証』って言う割にはシケてやがんなぁ・・・」

親分の手には傍から見ると、繊細に彫り込まれた銀細工と綺麗な宝石の紋章に見えるのだが、彼らの目からすると大した価値のあるものではないらしい。

「んで、これを持って帰るのか?」

「ええ。そのつもりですけど・・・どうかしました?」

リュカはさも当然といった風に返事を返したが、親分はその場で考え込んでいる。

「アニキ、これが本当に『失われた秘宝』なんですかね?」

「・・・・俺もそれを考えてた所よ。あのジジイは仰々しく『秘宝』だの『伝説』だの説明をたれてやがったが、これはどう見てもただの鉄細工とガラス玉に毛が生えたようなシロモノでしかねぇ」

山賊達の間で『王家の証』がたらい回しにされ、口々に何かを言い合っては相談をしている。
霊廟の中でどこか取り残されたような感覚を味わっていた俺とリュカはぼんやりと彼らの動向を眺めることぐらいしかできなかった。


「これで分かってもらえました?僕達は墓を荒らしに来たわけじゃないんです」

リュカは霊廟の外に出て扉に鍵をかけると彼らにそんな言葉を向けた。
いくら価値のない物だとしても霊廟から持ち出すのは墓荒らしとして認識されるのではないかと少し心配していたのだが、彼らはすんなりと持ちだすのを見逃してくれた。
元々山賊だったせいなのか、持ち出すという行為よりも持ち出す物に価値があるかないかという点に焦点が当てられたらしい。

「こんな事で金をくれるんなら、案外こっちの方が儲かるかもしれやせんね」

一味の一人がのんきにそんな事を言っている。

「ばかやろう!俺達は誇り高き『山賊ウルフ』だぞ!?もっと志を大きく持て!」

そんな風に怒鳴る親分達と一緒にグランバニアを目指す。
彼らはグランバニア周辺に位置する町の一つで依頼主と会う予定だという。途中までは彼らと行動を共にすることができるらしい。
仲間は多い方が何かと便利だし、何よりも彼らは根はとても正直な人達であるからだ。
今回の事件が、両者の距離をより縮める要素になったのは間違いないだろう。
霊廟を出る時にはすでに松明を必要とするくらい辺りは薄暗かったので、今は既に月が燦然と輝いている。
多くの松明が闇夜に揺れる様はなぜか心が癒える光景である。
風に乗って遠くにまで運ばれる男達の笑い声や歓声は、闇夜での不安感と警戒心を俺から奪っていった。

「この辺の商人は張り合いがネェのさ・・・まだポートセルミにいた頃の方が襲い甲斐があったってモンだ」

俺の横で松明を掲げながら革袋に入れられた酒を豪快に飲み干す一味の一人がそんな話を振ってきた。

「もう山賊は辞めたんじゃなかったんですか?」

「前みたいに手当たり次第襲ってるわけじゃねぇって事サ。悪徳商人とかそういう類の連中に獲物を絞ったってだけだ。南に来てからは急に親分が――――」

饒舌に喋るその男の背後に黒い影が現れたかと思うと大きな腕と手の平が彼の動きと口を封じ込めた。

「こ、こいつは酔っぱらうと少し喋りすぎる癖があるんだ。今の話は気にしないでくれ」

松明の明りによって黒い影が落ちた親分はじたばたともがく子分をがっしりと掴んだまま、少し引きつりかけた笑みを浮かべている。

「あの兄ちゃんには黙っといてくれねぇか?」

親分は何かを恐れるかのように横目で彼方を流し見ると俺にそんな耳打ちをしてきた。

「え?」

一瞬意味を理解できなかったが、彼の目線の先には楽しそうに他の子分達と先を歩くリュカの姿を見つけた時、全てを理解できたような気がした。

「大きな事を言っちまった手前、今更本当の事を言えなくてな・・・」

「別にいいんですけど・・・俺はいいんですか?本当の事を知っても」

「アンタは俺達と同じ匂いがするんだ。だが、あの兄ちゃんは魔物は飼いならすし、変なまやかしを自在に操る事ができるだろ。おまけに正義感が強いときたもんだ。アンタなら融通がききそうだしな。もうあんな目に遭うのはゴメンなんでな」

言い終わるとにっこりとほほ笑んだ親分は、恐らく俺が話すはずがないと思ったのだろう。
リュカに言いつける気はさらさらなかったが、何となく寂しいような嬉しいような何とも言えない妙な気持ちになったのは確かだった。
そして子分は親分の腕の中で薄く白目を開け、口の端からは涎を垂らしながら夢の世界へとイってしまっていた。


行きは半日もかからなかったはずなのに、陽が昇り切った今も町の影すら見えてこない。
というよりも、近道だと昨晩に踏み入った森の中から未だ抜け出す事が出来ていないのだ。
陽気に歌を歌いながら先を行く先頭集団について行きながら、彼らの後ろに続く誰もが『遭難』の二字を想像していた。
いや、先頭を行く彼らこそ誰よりも『遭難』の二字をいち早く頭に浮かべていたに違いない。
しばらくすると、先頭集団の一人が後ろに続く俺達のところに

「お頭ぁ!」

と声を弾ませて駆け寄って来た。どことなく聞き覚えのあるその声。

「ど、どうした!?」

親分は必要以上に慌てているように見える。

「お頭、道に迷ったみたいです」

息を切らせて戻ってきたのはリュカだった。

「何やってるんだ?道に迷ったっていうのに随分と楽しそうだな」

リュカの姿を見ているとそう言わずにはいられなかった。

「皆の話を聞いてたら一回、やってみたくなって」

リュカは楽しそうにそう答えると、親分の方をじっと見つめている。
じっとリュカが親分を見つめているのと同じように、先頭集団の面々がこちらを何か心配そうに眺めているのが分かる。
多分、親分がリュカを恐れている事を利用して言葉巧みにその役を上手に押し付けたのだろう。
少なくとも、俺だったらそうするという推測の域を出ないものであるが。
にしても、山賊ウルフ内では『アニキ』と『親分』と『お頭』はどういった使い分けをされているのだろうか。そんな疑問と共に俺達の遭難が確定した。


 それからもひたすら進み続けたが森から抜け出る事はできてはいない。
何人かが大木に登ってみたりもしたのだが、上に行けば行くほど枝が細く葉が密集するため、森が限りなく広がっているという事以外分からなかった。
森の中で生活する事三日、さすがのリュカも堪えたのか口数が減り、山賊達にも次第に焦りの色が見え始めた。
しかし、俺はそこまでの焦りも不安も何故か感じる事はなかった。
深い森の奥にいるというのに街の匂いが、人々の生活の気配がここまで流れてきているような気がするのだ。

「少し休憩だ!」

そう叫んだ親分の声を聞いて、すぐ近くに横たわる大木に腰を下ろす。
そのままぼんやりと空を見上げてみると、鬱蒼とした木々の葉の隙間から青い空が見え隠れしている。
ザァっと駆け抜ける風の心地よさに酔いしれていると、その風に乗って今度は今までよりも一段と強い街の匂いが漂ってくる。
少し間をおいて、ふと気がつくと一瞬だけ意識が途切れていたことを自覚するのと同時に、ひどく重たい頭を持ち上げて立ち上がった。

「おい、兄ちゃん。もういくぞ」

親分が親指を立てて森の中を指さしている。街の気配が漂ってくるのとは正反対の方向に彼の指は向いていた。

「あの・・・多分、森の外れは向こうだと思います」

遠慮がちに切り出した俺の言葉を聞き、

「根拠は?」

と問いかけて来た。

「分かるような気がするんです・・・自信はありませんが」

「どうせこのままでも埒があかねぇからな・・・アンタに賭けてみるか」

俺の答えを聞いて親分は軽く鼻で笑ってみせると

「引き返せ!こっちに向かうぞ!!」

森全体に聞こえるのではないかという大声を張り上げた。



 森の外れまでは方角も距離も俺が感じたものと大体同じであった。
頭が重く、足にも力があまり入らなくなってしまった俺は親分に背負われて森を無事に抜けた。
しかも、都合の良い事に森の外れからは山賊達の目的地の町が見えている。
再び陽気さと勢いの両方を取り戻した山賊達は上機嫌で町に入り、その日の夜には回復した俺は久しぶりの酒と温かい酒場の匂いを存分に楽しんだ。
彼らの馴染みの店であるのか、色っぽいお姉さんや同年代くらいの艶やかな女の子が三々五々集まって来ては俺たちの酒の相手をしている。
そんな中で俺は、初めて『ぱふぱふ』というものを知った。
少し淫靡な香りのする言葉の響きの通り、柔らかく心からの安息を与えてくれるような生暖かいムチムチでモチモチとした感触が顔から
肩、腕、腰を順序良く通り過ぎていく。
体中の血行が良くなっていくのをこれでもかと言うほどに味わった。

特に下半身。

「あら、『ぱふぱふ』は初めてなの?」

という声が耳元で囁かれる。
絡みつくような甘い声としっとりとした吐息のせいで体中を稲妻が駆け抜けた。

特に下半身。

何かを激しく壊してしまいたいような、全てを吐き出したいような経験した事のないピンクの衝動が湧きあがってくる。

特に下半身。

だが、酒に酔っていたせいなのか、心地よい感触は鮮明に覚えているもののそれが何だったのかという事については記憶が曖昧なのが残念だ。


翌日、山賊ウルフの面々との去り際に

「アンタ、俺達の仲間にならねぇか?」

と親分は声をかけてくれたが、丁寧にお断りしておいた。
さすがにあんなにむさ苦しい男達に囲まれ続けるのは勘弁していただきたい。

「仕方ねぇなァ。酒と女には不自由しない生活が待ってるんだが・・・確かにアンタには似合わねぇかもしれないな」

豪快にそう笑っていた親分だったが、最後の文句に惹かれてその道に足を踏み入れてもいいかと本気で考えたのは我ながら恥ずかしい限りである。



 グランバニアに戻ると、『王家の証』を持ってオジロン王達の待つ謁見の間へと向かう。
俺達の顔を見るや、帰りが遅いので捜索隊を出そうかと考えていたとオジロン王は自嘲気味に苦笑していた。
その横で大臣はしきりに、『何か変わった事はなかったか』と聞いてくるので、起きた事を一通り説明すると一息ついてから

「・・・・・何はともあれ無事、お戻りになられてよかったですな」

とオジロン王へその眼を向けた。

「墓荒らしの件はこちらで調べさせよう。それにしてもリュカよ、よくやった。しばらくはゆっくりと静養するといい。今後の事は追って申しつけるが、お主の他の仲間はサンチョの家で面倒を見ている故、心配するな。それにしても魔物を平気で懐かせて、さらには城内に入れるなどマーサ殿とそっくりだのう。しかし、これからはきちんと報告するように」

オジロン王はにこやかにその顔をほころばせると、手招きでリュカを連れてこの部屋を出て行った。

「お主の処遇はサンチョに一任してある。くれぐれも問題は起こさぬように」

と後に残された俺に冷たく言いつけると、大臣も同じくオジロン王の後追ってこの部屋から退出していった。

「さぁ、こちらです。ユイちゃんも心配しておいでですよ」

城外に建つ数少ない建物の一つであるサンチョの家に着いた時には綺麗な橙色の夕日がグランバニアの森に沈みゆくところだった。



・あとがき
完全に繋ぎの話ですね、分かります。
毎回、目を通してくれている方々には感謝の気持ち半分、申し訳ないと思う気持ち半分、反省しています。
だが後悔はしていないッ!(笑)

どうでもいいことですが、「たくあん」を「たくわん」って発音する人を見ると
背中がムズムズするのは私だけですか?

今回のコメントの作戦方針は

『おれにまかせろ』

でいきましょうw



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 旅人の花嫁(四)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:67ce9b77
Date: 2010/06/15 22:06
 俺達が出発した後、ユイとビアンカはすぐにサンチョのところに報告に行ったらしい。
リュカの仲間の魔物達が馬車の中で待機し続けている事をなるべく信用のできる人物に知らせようと考えたところ、白羽の矢が立ったのがサンチョだった。
報告を聞いたサンチョはすぐに自分の家に彼らを移す事を決め、迅速に誰にも気取られぬよう行動に移したという。
しかし、どういう経緯でその情報が漏れたのか大臣がオジロン王に報告し事が発覚したのだ。
それからはビアンカとユイとサンチョでオジロン王と大臣の説得にかかったのだ、という話をユイから聞いたのである。
留守番する方も一苦労だったのよと苦笑しながら振り返る彼女は、森の中で三日間も数十人の男達が風呂にも入らずに
延々と彷徨っていた事を知る由もないだろう。

いや、知らない方が幸せなのだ。あれは女性には耐えられる事ではないと思う。


 俺たちの帰還の翌日、夕闇が迫る頃に俺はあの三階の南側のテラスに立っていた。ある重大な決断を下すためである。
紅い光に照らされて見る者を感傷的な気持ちにさせていた大地は、漆黒に包まれようとしていた。
爽やかな春の夜風が火照った体を落ち着かせてくれ、空に輝く一番星が心に強さを与えてくれている。

「ゴメンね。遅くなっちゃって」

ユイが現れたのは、夕日が山の端に沈み切って微かに赤紫の淡い光を西の空に広げている時だった。
今はその返答さえも、喉の奥に絡まって上手く声にならない。
彼女は俺の横にまで静かにやってくると、くるっと俺の方に向き直った。

「リュカとここを発つ前に、戻ってきたら話があるって言っただろ?」

俺の次の言葉を待つかのようにユイは首を小さく縦に振った。

「ユイと出会ってから・・・もうすぐ一年が経つわけだけど、俺はこれからもずっとユイと一緒にいたいと思ってる。もちろんリュカやビアンカ、サイモン達も含めてだけど」

「ありがとう」

彼女はそう言うと朧気な表情で微笑んで見せる。

「でもこのままじゃいけないっていうか・・・リュカとビアンカを見てるとそういうことになってもいいんじゃないかって思うというか・・・そう、日本に帰らないって決めた以上、こっちの世界でやる事があるんじゃないか思うんだ」

違う。
こんな事が言いたいんじゃない。
あらゆる先人が通ってきたこの道がここまで険しいとは想像以上だった。
男ならば必ずと言っていいほど、誰しもがこの場に立つ時がやってくるのだ。
そう考えると今ここに俺が立っている事自体が神秘的な事にさえ感じられた。
そして今更、何を戸惑う必要がある。あの教会の一室での出来事は夢ではなかったはずだ。
奮い立たせるように自らに言い聞かせると、腹の底からのありったけの勇気を搾り出した。

「俺は結の事が好きだ。仲間としてなんかじゃない。一人の女性として愛してる。だから――――」

突如としてゴォッと唸るような夜風の咆哮が大地を走り、このテラスを駆け抜けた。

「俺と、いや、僕と結婚して下さい」

ゆっくりと右手を正面に差し出した。
彼女は差し出された手を気にする風でもなく、尚もじっと俺を見つめている。
ここで目を逸らせば負けのような気がして、対するこちらもじっと見つめ続けるしかなかった。
どのくらいの時間が経ったのか、ユイはふと表情を崩すと俺の手を両手で強く強く握りしめた。

「え・・・?じゃぁ――――」

「これからもよろしくお願いします・・・っ」

彼女は丁寧に礼をしてみせると、月に照らされて一段と際立つその端整な顔を俺に向けた。
案ずるより産むが安しとはよく言ったもので、終わってみればひどくあっさりしたものに感じられる。

「よしっ!!・・・・・・あぁ、すっごい緊張した」

はしゃぎ気味な俺を見るとユイは軽く息をついて

「もう・・・せっかくのプロポーズなのに。余韻に浸るっていうことができないの?
この世界に残るって決めた事・・・・後悔させないでよね?」

と呆れたように笑っている。かつて彼女がしたようにすっと左手の小指を正面に差し出してみせた。

「約束するよ。絶対に後悔なんてさせない・・・ように頑張る」

俺の言葉を驚いたように聞いていたユイは、やがてその可憐な指先をしっかりと契の証として結んでくれた。
彼女をそのままグッと引き寄せると、熱く抱擁を交わしながら耳元で囁いた。自然と言葉が漏れたと言う方が正しいかもしれない。

「長かったよ、ここまで」

「ホント、相当な時間をかけたよね。ちゃんと『好きだ』って言ってくれるまでに」

しばらくの間、二人だけを包む幸福な時間が小さなテラスを支配する。
それを打ち破ったのは、テラスへと通じる通路から聞こえてきた怪しげな物音であった。


「ちょっと、スラリン。そんなに押したらプックルが見えちゃうよ・・・!」

「あの・・・坊ちゃん、ビアンカちゃん、あのお二人は上手くいったんですか?」

「ぉぉぉぉ。サンチョ殿、ここからならよく見えますぞ」


互いの体を少しだけ引き離して音のする方に目を向けると、誰かがバランスを崩したのか或いは押し出したのか、
通路の壁とドアの間に隠れていたリュカ達が折り重なるようにしてテラスへとなだれ込んできた。

「「・・・・・」」

地面に積み重なった仲間達を無言で眺めていると、最初に行動を起こしたのは皆の後ろからひょっこり姿を現したジュエルであった。
折り重なって身動きできない彼らの上にふよふよと登っていくと、相変わらずへらへらとしているジュエルのその舌では
二つのリングが月光を纏って淡く輝いていた。



 それから一週間ほど経って、深夜のグランバニア教会で俺とユイの誓いの儀式はひっそりと行われた。
ジュエルが祝福として吐き出してくれたリングを互いの指にはめて、永遠を誓う。深夜に行われたのは、魔物の仲間達が参加できるようにとオジロン王とサンチョが特別に図ってくれたからである。
この頃からリュカを王位につける為の本格的な準備が始まった。
リュカには徹底して帝王学や国政について、政治、経済とサンチョと大臣が付きっきりで教育が行われているようだ。
残された俺は大臣の手足となって雑務に追われている。倉庫掃除に書庫の整理、執務室の清掃、大臣の所用の消化を命じられ、毎日城内を走り回っていた。
さらに与えられた僅かな空き時間は、グランバニア親衛隊の下で訓練を受けるという忙しい日々。
唯一の救いはサンチョの家でユイが帰りを待ってくれているということだ。


 戴冠式を明日にひかえ、リュカとビアンカは自分達にとあてがわれた部屋でのんびりとしたささやかな時間を過ごしていた。
この部屋はかつて、パパスとその妻であるマーサが幸せのひと時を過ごした部屋である。

「とうとう明日、リュカが王様になるのね・・・」

ビアンカはベッド脇の小さな椅子に腰掛けて感慨深そうにそう漏らした。

「本当に僕なんかが王様でいいのかな?まだ全然実感が湧かないんだ。」

ビアンカと対するように深くベッドに腰掛けているリュカは虚空を見上げながら、さも自分には関係ないと言った風に肩をすくめて見せる。

「あら、オジロンさんも言ってたじゃない。『ワシにも何とかなったんだから、絶対にリュカならできる』って。それに、リュカが王様になれば私は王妃様になるわけよね。そして、私達の子供は王子様か王女様になるなんて、なんだかワクワクしない?私、小さい頃王子様と王女様の絵本を読んだ時に憧れてたの。あ、リュカにも読んであげたのよ?覚えてない?」

嬉しそうに言葉を紡ぐビアンカに、リュカは少し困ったように微笑んだ。

「なーんてね。私はリュカの決めた道を一緒に歩いて行く覚悟はできてるわ。もし、今から逃げ出すって言うのなら喜んでついて行く。でも、あなたはそんな人じゃない。今だって自分の事よりも、オジロンさんやサンチョさんや皆の事を考えてる」

ビアンカは立ちあがると、リュカの隣に腰を下ろした。その所作はすでに王妃としての気品が感じられるような、なめらかで風流のある動作である。

「ほら、もうそんな顔しないの!私がずっとついてるから。ね?」

リュカの顔を優しく手の平で包み込むビアンカの姿は、子供に言い聞かせる母親のようにも、弱気な夫を励ます勝気な妻の姿のようにも見えた。


 翌日、予定通りリュカの戴冠式は国民にお披露目するパレードと共に城内で盛大に行われた。そこには魔物の仲間達も同席が許されている。
リュカがマーサの血を引いているという事を広く国民に認知させ、新しいグランバニアの誕生を印象付けるものだとして
オジロン王とサンチョによって強行されたのだ。もちろん、最後まで大臣は反対の立場を主張していたが。
グランバニア中の街からその街の代表者がリュカに謁見するために続々と集まってくる。
ある者は爵位を持つ貴族であり、またある者は庶民階級の市長であったりした。
それからようやくグランバニアの主な役職に就く人間の任命と挨拶が行われるのである。
そうそうたる顔触れが集う中、何故か俺とユイもその謁見の間へと連れて来られ挨拶の順番を待たされている。オジロン王は右大臣へと就任し、今までいた大臣は左大臣職に落ち着いている。
さらにグランバニア警備隊長や食糧管理局長といった人々の挨拶が続く。一番、身分の低い俺達の挨拶が一番最後というわけである。
空気が張り詰める中、俺とユイの名前がそれぞれ読み上げられ、ビアンカとリュカの前に跪く。
玉座の前から一直線に敷かれた赤い絨毯だけを見つめ続け

「国王陛下並びに王妃様におかれましては、このような日を迎えられ誠におめでとうございます。私の隣に控えているのは我が妻、ユイでございます」

自分の言うべき事をしっかりと言いきった俺は心の底からの安堵感につつまれた。前日に、サンチョから一つでも粗相があればいくらリュカの供と言えども無事では済まないと脅されていたからである。
それにしても、何故こんなにもリュカとビアンカの前で緊張しなければならないのか。

「ご苦労様でした。貴方方にもグランバニアの祝福があらん事を」

リュカの声が部屋全体に響き渡ったような気がした。
その声からは少し緊張しているのが分かるが、やはりというべきか、すでに威厳を纏っている。
段取りでは、この後立ち上がって一礼すると自分たちの場所へと戻るようになっている。いや、なっていたのだが。

「それではトキマ殿には私の補佐、すなわち国王補佐の任を授けます。引き受けてくれますね?」

段取り通り一礼しようとした俺にリュカは唐突にそんな言葉を投げかけて来た。
突然の出来事に驚いて声も出ない俺を半ば無視するような形で今度はビアンカがユイに対して切り出した。

「それから、ユイさん。貴女には私の侍女を務めて貰いたいのです。貴女も引き受けてくれますか?」

同じく硬直状態のユイ。練習の時には身のこなしが普通の一般人とは思えないくらい出来上がっていると絶賛されていたユイでさえこの状態である。
にこやかに微笑む国王夫妻の問いかけを前にして完全なる沈黙が謁見の間を支配した。
このままでは格好がつかないと判断した俺はサンチョの言いつけを破って独断行動に出た。
横にはユイがついているという事が、俺に勇気の一歩を踏み出させたのだ。棒立ちのユイの手を引き再び跪いて、

「私達共々、喜んでそのお役目をお引き受けいたします」

とからからに乾いた喉から絞り出した。

「・・・そう言ってくれると信じていました。感謝・・・しま・・す―――――」

明らかに様子のおかしいビアンカの声を聞いて咄嗟に顔を上げると、支えようと手を伸ばしたリュカの手をすり抜けた彼女が床に崩れ落ちるところだった。



「サンチョ!どうだった!?ビアンカは?ビアンカの様子は!?」

謁見がビアンカの体調不良によって早めに切り上げられると、僅かな側近を除いて全員退出させられている。
謁見の間に現れたサンチョの姿を見たとたんに慌てふためいて詰め寄るリュカに、サンチョはその優しそうな目を向けた。

「大丈夫です。ビアンカちゃんは何の問題もありません。それにしても坊っちゃんは気付かなかったのですか?」

「・・・・何を?」

「そういう所は旦那様によく似ておられるかもしれませんね。ご懐妊ですよ。ビアンカちゃんのお腹には、お二人の子供がおられるのです」

サンチョは笑いながら懐かしげにそう語った。リュカはその場で唖然としたまま動く気配を見せない。
オジロンは戴冠式のその日に、王妃の懐妊とはなんと目出度い事かと子供のようにはしゃいでいる。
そのとなりで大臣は表情一つ変えようともせずに、オジロンとリュカ、そしてサンチョをゆっくりと眺めていた。
早々に謁見の間から追い出された俺とユイがビアンカの妊娠を知ったのはその日の夜だった。
ただち公表されたその知らせは大いに国民を刺激し城内のお祝いムードを一気に加速させ、あちこちで万歳の声が上がっている。
そんな喜びの旋風が城内に巻き起こる中、大臣の執務室に呼びつけらた俺とユイはこっ酷く絞りあげられていた。


「馬鹿者ッ!!勝手な事をしおって!恥を知れ!!」

執務室に大臣の怒号が響き渡る。

「謁見の儀であのようなことを事を言い出すリュカもそうだが、それを軽々しく受けるとは何事か!我々がなぜお主をリュカの側近として王宮内に入れなかったか理由を考えた事があるか?それは、お主を側近としておけばリュカは困った時はお主に判断を仰ごうとするじゃろう。陛下やワシはまだいいが、この城に長く仕える者にとっては、それは屈辱としか映らんのだ!世迷い人ごときが思いあがるでないぞ!!」

「申し訳ありません。サンチョさんからはきちんと言われていたのですが・・・全部自分が独断でやった事ですので―――」

「だから思いあがるなと言っておる!お主に何ができるというのだ!責任を取るというのはそんなに簡単なことではないということをいい加減に理解せいッ!!」

年老いた体のどこからそんなに迫力のある声が出てくるというのか。隣に立っているユイなど目を少し潤ませている。
延々と叱りの言葉を受け、大臣の刺すような目線が俺とユイに厳しく降り注ぐ。

「・・・・それにしても、初めて謁見の儀を経験したにしては上出来だと皆褒めていた。その点についてはワシからも言う事は特にない。それから―――」

大臣は机の引き出しから鍵を取りだすとゆっくりと俺とユイの目の前に置いた。

「これは・・・?」

遠慮がちにユイが口を開くと

「見て分からぬのか?鍵じゃ。お主達の家のな。いつまでサンチョに家に居座るつもりだったのだ?お主達を王宮内に住まわせる事はできぬからな。そろそろ自分の尻くらいは自分で拭いてもらわねばワシの仕事が一向に減らぬのだ」

いつの間にか何かの書類に筆を走らせ始めていた大臣は、顔を上げずに

「いつまでそこにおる気なのじゃ?さっさと出て行ってくれぬと政務に差し支えるのだが」

と冷たく言い放った。

「ありがとうございます!」

俺がそう言って頭を下げると、隣にいたユイも慌てて頭を下げた。彼女の髪が視界にちらっと映る。

「ふん。礼など不要じゃ。お主達の面倒を見るというのがワシの仕事じゃったからな。お主達のためにしたのではない。あくまでも陛下のお言葉に従ったまでの事。おっと、言い忘れておったがトキマ、お主の管轄権は今後リュカとワシが二分する事となった。たっぷりと働いてもうからそのつもりで覚悟しておくんじゃな」

大臣は不敵に含み笑いを浮かべ、シッシッと追い払うかのような動作を見せると再び机の上の紙に目を落とし、これ見よがしに筆を走らせ始めた。
その時、俺は初めて大臣が笑うのを見たような気がした。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 国王の花嫁(一)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:87b275e5
Date: 2011/02/09 04:58

「トキマさん!これ!家にあったシーツと毛布に布団持って来たよ!!」

元気な声と共に俺とユイの新居に飛び込んできたのはピピン少年だった。
先程、余った寝具はないかと聞いてみてはいたのだが、こんなにも早く用意してくれるとは思ってもみなかった。

「ありがとう。助かったよ」

自分の体の半分以上が埋もれてしまおうかというような荷物を持ってきてくれたピピンに10G硬貨を握らせてあげると驚いたような表情を見せて、俺の顔を眺めている。

「これは・・・いいの?」

「いいのよ。私達のためにここまでしてくれたんだから。気にしないでいつでも遊びに来てね?」

俺よりも早く口を開いたユイがピピンの目線までしゃがみこんで、頭を撫でている。
体を一瞬ピクっと震わせた彼は頬を桜色に染めると

「う・・うん。ま、また遊びに来るね」

と言い残して、風のように部屋を飛び出して行った。

「私、もしかして嫌われてる?」

「いや・・・。逆だと思うよ」

ピピンが持ってきてくれた寝具一式が揃ったことによって、一応の準備は完了した。
新しい新居には、ベッドも小さめだがセミダブルクラスのものがきちんと整えてあったし、クローゼットの類も用意済みであった。二人で住むにしては十分な広さである。
一通りの整理が終わり、食事も湯浴みも終えてしまった俺達はやる事も特になくのんびりと過ごしていた。

「ふぅ・・・」

とベッドの縁に腰かけて息を洩らした俺に、壁に掛けられたランプの明かりに照らされたユイが木のカップを手渡してきた。

「はい、これ。今日は一日ご苦労さまでした」

受け取ったそれは、綺麗に澄んだ薄紫色の液体が入っている。ほのかな甘い香りが、記憶の片隅を刺激するのが何となく歯がゆく、そして懐かしいような気がした。

「さっき時馬と買い物に行ったでしょ?その時に見つけたの」

確かに、新居での生活を始めるにあたっての買い物を二人で済ませて来たのは事実だがこんなものは見覚えがない。
ただ、楽しそうにそう話す彼女を見ているとそんなことはどうでもよく思えた。

「グランバニアにもあるんだなって。考えてみれば、お酒なんだしどこにでもあるのよね。なんだかポートセルミを思い出さない?」

そこまで聞いて、記憶の片隅をつつく甘い香りの正体が『ビバ・グレイプ』であることにようやく気がついたのだ。
ポートセルミの酒場でマスターが奢ってくれたお酒である。

「あぁ、そうか。結はこれ好きだったんだっけ。せっかくだしスラリンには悪いけど、二人で乾杯しようか」

「そのつもりで買ってきたのよ。新しい生活の始まりの日にこれを見つけたのは偶然じゃない気がするの」

何も考えずにいた俺とは対称的に、ユイは『ビバ・グレイプ』に特別な思い入れがあるのか、どことなく真剣な表情をしている。

「だから今夜はとことん付き合ってよね?」

彼女はほんのりとする笑顔を浮かべ明るくそう言うと、軽くクイッとカップを差しだしてきた。
コツンという乾いた木の音が、この時ばかりはグラス同士のそれよりもはるかに俺達の門出らしい響きに感じられた。


 国王補佐などと大層な肩書をリュカにつけて貰ったのは良いが、結局は今までと何の変わりはない。
一日の大半は大臣に命じられた雑用処理に奔走するのが俺の仕事である。
最初こそ抵抗も感じはしたが、日が過ぎるにつれてこれが結構楽しく感じられるようになってきたのだから俺の感覚はおかしくなり始めたのかもしれない。

 ひんやりと冷たい空気がカビ臭さを連れて鼻を刺激する。薄暗い書庫の整理の仕事を与えられた俺は、グランバニア王家の歴史書がずらりと並ぶ目の前の棚を眺めて溜息をついた。
これから数日ばかり城を留守にするからと今朝大臣から渡されたメモには細かい仕事の指示と回収する本と修正する本の名前がずらりと書いてある。
リュカが帰還した事によってパパスからリュカまでの歴史書の編纂が行われるようで、そのために修正の必要な書物と廃棄して新たに作り直すものをピックアップしてあるらしい。
それだけでなく、書庫の掃除や歴史書の編纂に関係のない書物の整理も記入してある。
この際書庫ごと整理させる気なのだろう。そして俺の目の前には嫌味ったらしく本棚がずらりと並んでいるというわけである。

「はぁ・・・。どのくらいかかることやら・・・」

呆然と立ち尽くす俺をよそに、時間は残酷にも刻一刻と過ぎていくが、立ち尽くしているだけにもいかないので
壁に掛けられた蝋燭と手持ちのランプのじんわりとした明りを頼りにメモと背表紙を見比べては本の入れ替えを行う仕事をひたすらにこなしていく。
薄暗い手元に目を細めていると、背後からふと明りが差し出された。
慌てて振り向けば、そこには小さなランプを掲げて覗き込むようにピピンが立っていた。

「トキマさん。手伝いに来ました。」

「なんだ・・・ピピンか。おどかすなよ。でもどうしてここが?」

「書庫に入って行くのが見えたから。こっそりついてきてしまいました」

楽しそうにするその表情から、わくわくという言葉が飛び出してきそうである。
この書庫は国民が誰でも使う事が出来るようにと王宮区域の外に設けられているから、ピピンのような子供でも簡単に潜り込めたのだろう。

「トキマさーん。『グランバニア王の肖像』はどこに置いておけばいいですか?」

「あぁ、それならそこの台車の上に置いといてくれ。」

「じゃぁ、『グランバニア王妃の肖像』も同じ場所で良いですか?」

ピピンが手伝ってくれているおかげで、気持ちに余裕ができ黙々と作業を消化していった。



「トキマさん!」

ピピンと一緒に仕事を始めてから三日が過ぎ、ほとんど作業も片付いてこうとしていた、そんな頃だった。
おもちゃを手に入れたばかりの子供のような何とも楽しげな表情を浮かべながらピピンが駆け寄ってきたのは。

「これ見て下さい!」

興奮気味にピピンの手から差し出されたのは一冊の本だった。

「ッ!!」

「こんな本があったなんて驚きじゃないですか!?」

「こ、こんなのどこで見つけて来たんだ?」

ピピンの手にはしっかりと『エッチな下着大全集 上巻』という分厚い事典のような本が抱えられていた。二人でページを捲っては

「おぉ・・・」

という驚嘆の声が漏れる。
下着の全体像とそれを身に付けた女性のイラストが美しく鮮明に描かれているが、この鮮明さも魔法の一種なのだろうか。
となりにいるピピンの息をのむ声も聞こえてくるほどだ。
その下着についての説明もこんなものをよく本にまとめようと思ったなと呆れるほどくだらないものである。

「そ、そこの扉の横の棚にありました!」

ピピンの指す先には小さな木造の扉がちょこんと佇んでいた。
今までこの書庫で仕事をしてきたがあんな扉には一切気付かなかったのが今となっては不思議である。
『エッチな下着大全集』のことよりもその扉が気になったそこに近づくとドアノブを回してみた。
すると、カチャリという鍵の外れる音がしたのと同時にゆっくりとドアを開いていく。

「あれ?僕が回した時は開かなかったんですよ?」

後ろからピピンの声が聞こえてくる。

「この向こうまで行ってみないか?」

ドアの向こうの濃い闇を覗き込みながらそう言った俺とドアの間にピピンが潜り込んだのと男の叱責が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

「アホか貴様!その向こうは立ち入り禁止区域だ!」

すらりとした体躯に親衛隊の制服を纏ったその男がランプを掲げて走って詰め寄ってくるの見て、瞬時にドアを閉め慌ててピピンを後ろにかばってやる。

「そこの鍵をどうやって開けた!?大臣閣下からそこの鍵をお前に渡したという報告は受けていないぞ?」

「いや・・・その・・・」

何と答えていいのか分からずに混乱する俺の後ろからピピンが這い出すようにして男の前に立ちはだかった。

「お父さん!トキマさんは仕事をしていただけです。僕が遊びに来たから・・・」

全く答えになっていないピピンの言葉を聞きながら、お父さんと呼ばれた目の前の男をもう一度見直してみる。
この人は確か、グランバニアの親衛隊を率いている人物である。
リュカの即位式の日に謁見の間で見かけた事があった。確か名前は『パピン』といったか。

「何という・・・!大体、ピピン!お前はこんな所で何をしてるんだ!学校はどうした!?まさかとは思うが・・・そこの鍵を開けたのもお前なのか?」

「僕じゃないよ。最初から開いてたみたいだよ」

うつむいて右手を額にあてると少し考え込んだパピンは

「・・・まぁいい。そこの鍵は私が責任を持って閉めておく。それからトキマ、私は大臣閣下からお前の一時的な監督を任されているパピンだ。今から王宮に上がってもらう。ピピンも早く学校に行け。今日だけは見なかったことにしてやるが、今度サボったら母上にも言わないといけなくなるぞ」

しゅんと小さくなるピピンを何となく微笑ましく見つめながらパピン親子について書庫を出る。

「そう言えばその抱えている本は一体何だ?随分と分厚いようだが」

そう声を掛けられるまで自分が本を持っている事さえ忘れていたのは不幸だとしか言いようがなかった。



 そんなグランバニアでの暮らしにようやく慣れて来たある日、俺達はパピン一家に招待された。宿屋と壁一枚で繋がっている居住スペースにもかすかにその喧騒が伝わってきている。

「部下と仕事以外でも信頼関係を築くのは武人としての務めだからな」

テーブルについて、俺のグラスにワインを注ぎながらパピンはそう言った。

「『何が武人としての務めだ』ですか。ただ自分がお酒を飲みたいだけなんですよ、この人は。放っておいたら一人であっという間に酒瓶を空にしてしまうんだから。家でお酒を飲めるのはお客さんが来た時だけって私が決めてるんです」

貫禄のあるパピンの一言を胸を張って一蹴してしまうマードレさん。マードレさんはパピンの奥さんでこの宿屋の女将さんである。
子供の教育にも随分と厳しいようで、よくピピンから愚痴を聞かされていた。

「マードレはああ言っているが誤解をするなよ。これも武人の務めの―――」

「はいはい。トキマさんだって分かっていますよ。それよりも早く召し上がらないと、折角の料理が冷めてしまいます」

王宮では厳格な雰囲気を醸し出すパピンもマードレさんの前では少し違うらしい。
それに、マードレさんが自宅で酒を飲むのを控える様にと、考えるようになった原因もこの日、身を持って知る事となった。

「そういえば最近、リュカ陛下がよくトキマを連れてくるようにとおっしゃるが、一体何をしているのだ?」

マードレさんは奥の厨房へと姿を消し、かなり出来上がった状態のパピンは少し赤らんできた頬をこちらに向けてそう聞いてきた。
ピピンは足をプラプラと揺らしながら、そんな父親を楽しそうに眺めている。

「いや・・・特に何も。僕達の近況報告くらいですかね」

とても正直には言えなかった。リュカが最近王宮にまで俺を呼びつけてしている事と言えば、スラリン達の暮らしぶりの報告と勉強なのである。
スラリン達の話はともかく、一国の王が初歩的な国政の勉強に四苦八苦しているなどと言える訳がない。
十年も奴隷生活を送ってきたリュカは読み書きや簡単な計算程度はできても、政治や経済の話は理解できていないようである。
大臣の用意した家庭教師もスパルタな人物が多いらしく、目が回りそうだとも言っていた。

「うむぅ・・・ならよいのだが。大臣閣下が心配しておられたのでな。陛下はお主と何をしていたかという事を中々話して下さらないようなのだ」

そうだろう。
家庭教師の言う事は話し半分程度にしか聞いておらず、後は俺と一緒にテキストを唸りながらそれこそ舐めまわすよう見つつ勉強しているなどと大臣に知れたらまた何を言われるか。
だが、時々サンチョさんも顔を出しては内容を説明してくれていたので、大臣が詳細を知らないというのには少し驚いた。

「まぁ細かい事はもういい。さぁ、もっと飲め!ユイさんも遠慮するのはよくないぞ」

「あ、ありがとうございます・・・いただきます」

ほんのわずかに顔を引きつらせたユイが素直にグラスを差し出すと、パピンの勢いに拍車がかかったようだった。

「おぅおぅ、女子なのによい飲みっぷりだ!女子にしておくのはもったいないくらいだ。トキマもよくこんないい嫁さんを射止めて来たもんだな」

饒舌になっているパピンは更に言葉を続けた。

「それで、お前達は子はまだなのか?陛下が凱旋してこられる前までは王妃様も含めて一緒に旅をしてきたと聞いているが。陛下にお子ができたのだ。お前達もそろそろではないのか?」

「えっ?トキマさん達、赤ちゃんができたの?」

パピン親子の何気ない一言はダイナミックに俺の胸に突き刺さる。

「もうそろそろ・・・だとは考えているんですけど。ようやくここの暮らしに慣れて来たので」

少々、ストレートに言いすぎたかとも思ったが、隣に座っているユイもにこやか頷いているし、何の問題もないだろう。
いつもなら、気にしてしまうような事も不思議とパピンの前では気にならないような気がしていた。そこには酔いの力も入っているのかもしれない。

「そうかそうか!子どもはいいぞ、早くトキマも一人前の男になるんだな。話はそれからだ!」

ぬわっはっは!と普段のパピンの落ち着き払った姿からは想像できない豪快な笑い声が室内に響き渡ると、ピピンもその姿を真似てか胸を張って、にゃっはっは!と笑っている。

マードレさんが奥の厨房から瓶詰の何かを持って戻ってきたのはそんな時だった。

「はい、これ。昨日泊ったお客さんが珍しい物だからって分けてくれたの。だから、あなた達にも。今日はこれでもうおかえりなさい。もう主人もあんな調子だし」

マードレさんの視線の先にはテーブルに伏せてすぅすぅと寝息をたてているパピンの姿がった。

「今日はありがとうございます。こんなものまでいただいて。」

二人で頭を下げると、ニコッとほほ笑みを返してくれたマードレさんは静かにドアを閉めていった。


「ねぇ、この飲み物飲んでみよっか?」

自宅に帰ってくると早速、ユイがマードレさんから貰った瓶の蓋を開けた。
すると乳白色のそのトロトロとした液体は甘いクリーミーな匂いを微かに放つ。
もう随分と嗅いでいない懐かしい匂い。

「なんだかプリンみたいな匂いがしない?」

ユイの言葉で記憶の隅っこから柔らかな響きの語感を持つプリンを引っ張り出す。
とぷとぷと注がれたそれを今晩の〆にゆっくりと味わうと、もう長い間食べていないプリンの味を舌に蘇らせてくれた。

「美味い!」
「おいしいっ!」

二人の声が静かな室内に満たされると、何となく気恥ずかしくなってベッドに腰を下ろす。

「何だか懐かしい味がするね、このプリン」

「そうだね。『飲むプリン』なんて初めてかな」

ほっと一息つく事が出来る至福の時間。
『飲むプリン』の効果もあってか、二人だけの甘い時間をさらに落ち着くものにしてくれている。
ふと気がつくとユイが少し前かがみで俺の顔を覗き込んでいる事に気がついた。

「あのさ・・・さっきパピンさんに言った事、覚えてる?」

「うん・・・。子供のこと・・・だよね?」

「ほ、ほら!最近ビアンカのお腹も段々大きくなってきたでしょ?リュカ君も本当に幸せそうだし、そういうの――――」

ユイが言葉を紡ぎ終わる前に優しく抱きとめる。
ピクっと肩を震わせたユイがそのまま体重を預けてくれるのを自然に受け止めた。

「でも子供なんてコウノトリが――――」

耳元で囁く俺の言葉を次はユイが遮ってきた。

「だいじょーぶ。さっきのプリンあったでしょ?あれってコウノトリの卵でできてるんだって。瓶のラベルに書いてあったわ」

こうして、二人の夜は更けていった。



・あとがき
スーパースランプに陥っていた作者です。
去年の夏ごろからずっと書くことが怖くなっていました。
もちろん今もその恐怖心は残っていますが、一念発起、完結まで走りぬけたいと思います。
上手にやっていくことはもちろん重要ですが、素人らしく完結を迎えるという事をさらに重要視していこうと思います。
ですので、突っ込みどころ満載なものになるかもしれませんがもしよろしければお付き合いください。
この半年以上の間、コツコツと閲覧数を増やし続けて頂いた皆様から、ずっと力をいただいていました。
本当にありがとうございます。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 国王の花嫁(二)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:87b275e5
Date: 2011/02/17 01:39
 男には太陽が金色に見える日が人生で何度かあるという。
その数少ない一日が今日なのだろうかとぼんやりとした気持ちを抱きながらサンチョの家へと向かった。
サンチョの家の扉を開けるといつも通りの仲間達が、これまたいつも通りに食卓を和やかに囲んでいる。
その輪に入れて貰うべく足を踏み入れようとした瞬間に全員の目が一斉にこちらに向けられると、
何となく背筋に冷たい物が這って行ったような気がした。

「どうかした?もしかしたら何かまずかった・・・?」

テーブルの前まで足を進めてもなおしんとした空気に耐えられず、
恐る恐る口を開いた俺とは対照的に誰もが驚いたかのようにじっとこちらを見つめている。

「はて・・・?トキマ殿はそんなに魔力をまとっておったかな?」

カタンと乾いた音を立てたサイモンが不思議そうにそう聞いてきた。
しかし、そんな事を聞かれても俺には一切分からない。
第一、魔法など使った事がないのだ。突然の出来事に戸惑っていると、今度はピエールが口を開く。

「いえ、剣士殿のおっしゃる事は間違いないでしょう。
ほんの僅かだけですが魔力の気配がするような気がします。とは言え、普通の人間と比べてもまだまだ弱いですが」

そんな中、プックルが足元に近寄ってきて小刻みに鼻を上下させながら俺の周りを一周すると、

「ゴぅぅぅ」

と喉を鳴らすような鈍い鳴き声を上げた。

「トキマからユイのにおいがするんだって」

口の周りにミルクで髭を作っているスラリンがそう解説してくれる。
その言葉を聞いてみるみる顔が紅潮していくのと同時に、慌てて反論が口をついて出た。

「い、一緒の部屋に住んでるんだし、仕方ないよ」

自分で言っておきながら本当にユイの匂いがするのかと腕を顔に近づけてみるものの、人間の俺にそれが分かるはずもなかった。

「がうっ、がうっ!」

俺の言葉を聞いてさらにプックルは、その鋭い牙をむき出しにして鳴き声を上げた。

「あははは・・・・」

少しばかり不自然な乾いた笑い声がサンチョの家に響く。
思いっきり背伸びをしてみるが、プックルの背に場所を移したスラリンは心底不思議そうに俺を見上げている。

「いつもよりずっとニオイがつよいんだって。それよりもどうしたの?カオがあかいよ?」

「ほれほれスラリン、もうその辺で勘弁してやったらどうじゃ?トキマ殿も困っておるぞ?」

スラリンの無邪気な反応にサイモンが言葉を挟んでくれる。

「まぁ、いいけどさ・・・プックル、わかった?」

いつの間にスラリンが兄貴的な立場になったのかは分からないが、プックルの説得にかかっている。

「くぅーん」

それを聞いてかどことなく寂しげに声を絞り出したプックルは興味を失ったのか、その場に体を伏せてしまった。

「これはこれは、トキマさんじゃないですか!もうおいでになっていたとは」

ドタドタという表現が似つかわしいくらいの鈍い音を立てサンチョが二階から下りてくる。
朝に似つかわしくない鈍く響き渡る音がこの時ばかりは、天使の羽音よりも俺の身を救ってくれたようなありがたいものに聞こえた。
今朝からはサンチョと一緒に王宮に上がるようにと大臣から命じられているのでここに来たわけだが、
さっきまでのちょっとした騒ぎのせいでそんなことは頭からすっぽりと抜け落ちていた。

「それじゃぁ、行ってきます」

サンチョと俺は壁に掛けられたまま朝からニタニタと笑みを浮かべるジュエルと仲間達に声を掛けるとサンチョの家をあとにした。


 この世界に放り出されてから二度目の夏も今が盛りである。緑の風が吹き抜け、青い大地は穏やかに波打っている。
天空を抜くがごとく澄んだ大気にうねるような太陽の熱線が混ざり合い、グランバニアにはまだ秋の足音は遠いようだ。

「坊っちゃん、少しは落ち着かれてはどうですか?」

「・・・・」

「そうだぞ、リュカ。今は信じるしかないのだ。しかし、まぁ兄上と比べれば随分と落ち着いておる気もするがのぅ」

しみじみと昔を思い出しながらオジロンは言葉を続けた。

「あの時は大変だったのだぞ。足音、いや、誰かの咳払いですら敏感に反応するほどであった。よほど心待ちにしていたのであろうな」

その言葉にサンチョも同調するかのように、にこやかに頷いている。

「ダメだ・・・。ビアンカが気になって全然落ち着けないよ」

そう言いながら、なおもうろうろと歩き回るリュカに向けてサンチョが口を開いた。

「おや、ビアンカちゃん・・・いや王妃様がご心配ですか?これではお子がお生まれになった時は、王妃様の取り合いが起きそうですね」

「からかうのはやめてくれよ、サンチョ!」

サンチョとオジロンは視線を合わせると我慢が出来なくなったのか、どちらともなく吹き出した。
そんなやり取りの中、大臣が重い面持ちでゆっくりと階段を下りてくるのを最初に気がついたのはリュカだった。
その悲しげで憂鬱な暗い表情から何かを読み取ったのか、リュカは即座に大臣に駆け寄ると自分の妻の安否を問いただす。
その直後、うつむいていた大臣はパッと顔を上げると満面の笑みでリュカの両手を握りしめたのだった。

こうして、秋の足音よりも先にグランバニアの人々は産声を聞くことになったのである。


 グランバニア王家に誕生したのは男の子と女の子の双子であった。
女性として、王妃として、大仕事を終えたビアンカはとても安らぎと幸せに満ちて見える。
妻と我が子が並んで横たわるベッドに何度もつまずきながら駆け寄ったリュカはひしっと彼女を抱きしめた。

「ビアンカ!よく頑張ったね・・・」

「あたりまえ・・・でしょ?私を誰だと思ってるの?
このビアンカお姉さんに怖いものなんてないわ・・・。ほら、リュカも私達の赤ちゃんを抱っこしてみてよ」

ビアンカに促されて恐る恐る我が子をその胸に抱いたリュカの腕の中で男の子は気持ちよさそうに手足をばたつかせている。
父もかつてこの部屋で自分を抱いたのだろう、という思いがふと湧きあがった。

『よくやったな!マーサ!!おぉ、この子が我が息子か・・・』

一瞬、この部屋に残る微かな想い出の残滓が自分の体に流れ込んできたような気がしたリュカは辺りを見回してみるが、
当然、自らが求めたものはそこにはいない。

「そうそう、上手じゃない。そういえば、昔プックルもそんな風に抱いてたっけ」

ビアンカの声によって『今』に呼び戻されたリュカは明るく返答を返した。

「プックルとこの子じゃ全然違うよ。あ・・・そういえば、この子達に名前を考えてあげないと」

ベッドに腰掛けているリュカの腕にもう一人の眠っている女の子まで託すと、ビアンカはゆっくりと起き上がった。

「私ね、前からずっと考えてたの。子供の名前は―――」

「分かった。僕が当てて見せるよ」

リュカが子供のようにそう切り出すと、『あら、そう?なら当ててごらんなさい』とでも言いたげにビアンカは微笑んだ。

「女の子はね・・・ビビンバ!」

すぅっとビアンカの目が細くなっていくのをこの時リュカは見落としてしまった。

「男の子は・・・ギコギコ!どう?当たってる?」

「へぇ。リュカは私達の子供にそんなおかしな名前をつけようとしたんだ?」

「ち、違うよ!ビアンカならどう考えるのかなって思って」

「どうしたらそんな風に考えられるの!?」

「だって昔、プックルに名前をつける時にゲレゲレとかチロルとかつけようとしたじゃないか。プックルって名前だって結構変わってると思うけどな・・・」

「そう・・・。あの時からずっと、私にネーミングセンスがないと思ってたんだ。
じゃあ、正直にいえば良かったじゃない。今更そんなこと言い出すなんてズルいわ」

「い、いや・・・違うんだ!違うんだよ!」

「どう違うの?」

「ビアンカがつけてくれたからおかしな名前じゃなくなった、というか・・・。
そう、もしサンチョがつけたらセンスがないと思ったかもしれないけど、
ビアンカがつけてくれた名前だからそう思わなかったっていうか・・・だから―――」

そんな慌てふためくリュカを見ながらビアンカは幸せそうに笑って見せた。

「ふふふ、もういいわ。少し意地悪してみたくなっただけなの」

そんな彼女を見て、リュカはほっと胸をなでおろすと同時に、胸に抱いたままだった子供達を静かにベッドへと横たわらせた。

「それでね・・・私の考えた名前はね―――

男の子は『レックス』
女の子は『タバサ』

どう・・・かな?」

その二人の名前を頭の中で繰り返して丁寧に確かめたリュカは

「すごく良い名前だよ!ビアンカがつけてくれた名前以上に良い名前なんてこの世にはないからね。
『レックス』に『タバサ』か・・・。うん、今日からこの子達はレックスとタバサだ!」

嬉しそうにはしゃぐリュカを見て、ビアンカはこんなに幸せな日々が訪れる事への嬉しさと、
これから先ずっとこの幸せが続いてくれるのかという一抹の不安を覚えた。

「あのさ、ビアンカ」

「どうしたの?そんなに真剣な顔して」

「えぇと・・・その・・・」

リュカはベッドの上で無邪気に寝転がっている二人の我が子にゆっくりと目を落とした。

「急にどうしたの?」

「レックスはどっちだったっけ?」

その後、ビアンカの機嫌が直るまで一晩以上もかかることなど、この時のリュカには知る由もなかった。



 王子と王女が誕生したという事はすぐに国中に知れ渡った。
ビアンカの回復を待ってから、サンチョの家に家族四人でリュカ達が来た時はプックルを始めとした皆が興味津津と揺りかごに揺られる赤ん坊を覗き込み、ちょっとした騒ぎにもなった。
初めて人間の赤ちゃんを見たというスラリンは最後まで揺りかごにかじりつく様に眺めていたし、
サイモンとピエールの姿を見て、レックスはきゃっきゃと笑っていた。
対するタバサはプックルの顔を見るなりぐずつき始め、プックルが困ったように喉を鳴らしていたのが印象に残っている。
最近では、リュカとビアンカが二人でテラスに出て双子を抱いている姿も目撃され、初々しい父親と母親の幸せそうな生活が続いているようだ。


 時間とは思っているよりも、ずっと短いものである。
気がつけばすでに草木は鮮やかな赤や黄を身にまとうようになっていた。俺達もゆったりとした新婚生活を送っている。
しかし、少し前からユイが頻繁に教会に通うようになり、あれだけ好きだった『ビバ・グレイプ』も口にしなくなっているし、
夜も何となくよそよそしくなってきていた。そろそろサンチョに相談しようかと思っていたそんな頃だった。

「赤ちゃんができた、みたいなの」

そうユイから告げられたのは。あぁ、そうだったのかと今までの事実達が符合していくが、頭を整理するにはあまりにも時間が足りなかった。

「ふぇ? えぇ!?」

驚き戸惑う俺を見て彼女は悪戯っぽく微笑んで見せると、ゆっくりと言葉を紡ぎだしていく。

「本当はね、もっと早く言うつもりだったの。でも何となく不安で・・・サンチョさんは絶対に喜んでくれるからって言ってくれたんだけど」

少し不安げに上目遣いで様子を窺っている彼女に掛けてやれる言葉は一つしかなかった。

「やった、よかった!嬉しいよ!!体は?体は大丈夫!?」

そんな反応をみて安心したのか彼女は安堵の息を吐いた。

「大丈夫よ。来年の春には産まれるだろうって、神父さんが言ってた」

「そっかぁ、俺達の子供か。リュカ達に続いて俺達も親になるんだな・・・」

「私、不安なの。こうやって楽しい事や嬉しい事ばかり続いてもいいんだろうかって。ビアンカも同じ事を考えてたみたいだったわ」

「俺だって不安だよ。本当に俺みたいなのが父親なんてやれるのかって。それにきっと楽しい事ばかり続く訳じゃないし、嫌でも辛い事は来ると思うんだ。
だから、それまではこうやって幸せな時間を楽しんでもいいと思う」

ユイの正面から、椅子に座る彼女の後ろまで回り込むと後ろからぎゅっと抱きしめる。すると温かい雫が一つまた一つと腕に落ちてきた。

「あれ・・・?どうして涙なんか・・・。嬉しいはずなのに、どうしてこんなに胸の奥がグッと掴まれるような感じがするのかな・・・」

「それって、つわりってやつなんじゃ・・・」

「ばか・・・っ」

そう悪態をついた彼女の声は少し力を取り戻したようだった。

「でも・・・やっぱり、お母さんとお父さんには教えてあげたかった、かな」

ユイのその一言は胸の奥にまで怒涛のようになだれ込んできた。
今までどこか考えないようにしてきた現実を無理やり引っ張り出されたような、それこそ胸の奥を誰かに掴まれているような気がしてくる。
ユイを一生守っていくと決めたあの日よりもさらに大きな覚悟の時であるような気がしていた。ユイを抱くその腕に自然と力が入っていく。

「でもいいの。これからは・・私達がそのお父さんとお母さんに・・・なるんだもん。一緒に頑張ろうね!」

「・・・うん。結と一緒ならやれる気がするよ。俺も、もうちょっとしっかりとした大人にならないといけないな」

そっと俺の手の甲にユイが手を重ねてくれる。その柔らかい温かさは今ここにある幸せを確かに感じさせてくれた。



・あとがき
すこしずつ書き溜めていたものを修正しながら放出していっているのでおかしな点があったら気軽に教えてください。
ここまでお付き合い頂いている皆様、ありがとうございます。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 国王の花嫁(三)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:d46ee22c
Date: 2012/04/30 00:03
 静寂を切り裂いて真夜中のグランバニアに轟音が響き渡った。
城の最上階である王妃ビアンカの部屋の窓からは赤い炎が吐きだされ、一部の壁は完全に吹き飛ばされている。
闇夜の中、その炎は辺りを赤く照らし出す。突然の出来事に、騒然となった城内では不安げな表情を浮かべた人々が右往左往していた。
当然、俺達の家にもその音は聞こえてきていた。いつもの強気な態度はどこへ行ってしまったのか、

「何だか・・・嫌な感じ。こんなの初めてよ」

とだけ漏らしたユイは何かに怯えているかのようにも見える。
とにかく王宮への招集がかかるのは時間の問題なので、絶対に部屋から出ないように、と念を押して家を後にした。去り際にこくんと頷いたユイの無理に作った笑顔が否応なく俺を不安にさせた。


「リュカ陛下、申し上げます!王妃様が、ビアンカ王妃の姿がどこにも見当たりません!!」

息を切らしたパピンが玉座のある謁見の間に姿を現すと、辺りに漂う空気が一瞬のうちに凍りついた。

「どうしてビアンカが!早く見つけ出して下さい!僕の護衛なんか一人もいらないから!!」

「落ち着けリュカ。お主が慌てるとそれを兵士達を不安にさせるだけじゃ。ビアンカは絶対ワシが探し出す。もう兄上のような悲劇を繰り返してはならん!まずは現状の確認と情報収集だ!!」

いつにもなく強気なオジロンは続けて叫んだ。
黙って見ているしかない俺にもその迫力は十分に伝わってくる。日頃の温厚なオジロン大臣をここまで変えるのは絶対に繰り返さないという決意の表れなのだろう。

「大臣を呼べ!緊急会議だ!!」

「それが・・・大臣閣下のお姿も見えません」

「な・・・なんと!このような時に大臣がおらぬとは・・・どういうことじゃ!?どういうことなのじゃ!!」

「た、只今探しております!もうしばらくお時間を頂きたく・・・」

「当り前じゃ!お主も早く行けっ!!」

報告に来た兵士は一目散に階段を駆け下りて行った。


 慌ただしく城内を駆け回っている間に空が明るくなり始めていた。しかし、ビアンカも大臣も未だ見つかっていない。とにかく探し出すしかないと、予備役や志願兵まで動員しての大騒ぎになっている。オジロンは逸るリュカを落ち着かせるためなのか、自ら指揮を執ると意気込んで飛び出して行っている。その捜索対象がビアンカなのか大臣なのかは俺にも分からないままであるが。リュカは何度も自らも探しに出ると飛び出しそうになる度、パピンに制止されては拳を握りしめていた。太陽が頂天で夏の日差しを浴びせかけ始めるとついに、

「僕も出る!トキマ、プックル達を連れてビアンカを探しに行くから準備を!!」

と八度目の出発の合図を入れる。勢いよく走りだした俺の後方からパピンの声が聞こえてきたのはその直後だった。

「思いとどまり下さいませ!二人のお子はどうなさるおつもりですか!?この国の、グランバニアの民はどうなさるのですか!?今、我々がオジロン閣下までも総力を挙げて捜索しておりますゆえ、事態が収束するまではここに留まって皆をお導き下さいませ!少なくとも亡きパパス王はそうなされました」

最後の一言はリュカには大きく響いたのだろう。大きく一息つき、その場で目を伏せ

「・・・トキマ。プックル達をつれてビアンカを探してきて欲しい。ビアンカを・・・何としてもビアンカを・・・頼んだよ」

と声を絞り出すと力なく玉座に腰を落とした。



「ちょっと・・・何するのよ!!離してって言ってるじゃない!!」

「お嬢ちゃん、頼むから静かにしておいてくれねぇか?俺達は何もアンタを食おうってんじゃねぇんだよ」

「じゃぁ、何よ?どうしてこんなにグルグル巻きにされて担がれないといけないの?お城の壁だってあんなに吹き飛ばして。せっかくお掃除したばかりだったのに」

「・・・しばらくの間俺達と一緒にいてくれるだけでいい。それだけでいいんだ。」

「そうしてほしいならどうしてあんなことを?言ってくれれば一緒にいてあげる事くらいしてあげられるのに。」

「・・・そういうことを言ってるんじゃねぇんだ」

「じゃぁ、どういうことなの?」

髭を生やした体格のいい男とビアンカのやりとりはずっとこのような感じで食い違ったままであった。

「お頭、もう本当の事を言った方がいいんじゃねぇですかい?」

狼の頭蓋骨を旗印に掲げていた小柄な男が担がれたビアンカを見上げながらそう呟いた。

「バカ野郎!余計な事をしゃべるな!!」

お頭が小柄な子分の首根っこを掴んで睨みつけたのと同時にお頭を囲む子分達に緊張が走った。

「ふーん。やっぱり私と一緒にいたいってだけじゃなさそうね」

どこか勝ち誇った笑みを浮かべたビアンカに、周りの男達はどこか神々しいものを見るかのような目を向けていたが、お頭だけは一際深いため息をついた。


「俺達はアンタをさらってくれと頼まれただけだ。王様にちょっかいを掛けるメイドがいるから少しの間二人を引き離したいってな。たったそれだけにしちゃあ、壁を思いっきりぶっとばしていいっていうからよ、変な爺さんだとも思ったんだが面白そうなヤマだったんで引き受けたってわけだ。」

「・・・・・。」

「大体、お嬢ちゃん、アンタが王様に近づいたりしなきゃこんなことにはならなかったんだぜ?」

「何かおかしいわ。どうして私達の部屋が分かったの?どうして私がそのメイドだって分かったの?」

「そりゃ、前もって教えてもらったからに決まってんだろ」

「だ・か・ら、どうしてそのおじいさんはお城の中の事をそんなに詳しく知ってたの?そもそも、王様とメイドのやり取りなんて普通の人が知ってると思う?」

「そう言われてみりゃ・・・そんな気もするがな。だが、俺達は金を出してくれたヤツの依頼を完璧にこなすのが仕事なんだ。一々、『どうして?』なんて考えてちゃ商売にならねぇんでな」

「じゃあ、そのお仕事は失敗ね。私、メイドじゃないもの」

「・・・・・・。」




「リュカ陛下、少しはお休みになられて下さい。もう三日も寝ておられないなんてお身体に障ります」

そっと肩から毛布をかけたリュカ付きのメイドにいつものように微笑んで礼を言うと、それでもリュカは玉座から立ち上がろうとはしない。

「大丈夫。皆には迷惑はかけないから・・・迷惑は。」

リュカの命でビアンカを探し回っていたが、プックルの鼻をもってしても一向に見つかる気配がしない。リュカになんと報告をしようかとグランバニアに戻ってくると、謁見の間にはオジロンにリュカパピンといった層々たるメンツが揃っていた。そんな会議を端っこで見守るしかない俺。ちょうどそんな時、兵士の一人が大慌てで駆け込んできた。

「大臣閣下の行方が掴めました!北の海峡を魔物と一緒に飛び去っていくのを見たという少年が見つかりました!!」

「それは真か!?北というとデモンズ領ではないか!!どうしてそんなところに大臣が・・・だが、とにかく北に捜索隊を出せ!」

興奮気味のオジロンに遠慮するように兵士は再び口を開いた。

「それが・・・大臣閣下だけではないのです。王妃様らしき人影も一緒に目撃したそうで・・・」

「何ッ!?どうしてそれを早く言わんのだ!その少年とやらをここに早く連れてくるのだ!!」

「かしこまりました!それでは、入ってきなさい」

兵士が後ろの扉にむかって声をかけるとゆっくりと姿を現したのはピピンだった。

「・・・お前だったのか」

そう言葉を洩らしたパピンからは微かに何かを恐れているような、焦っているようなそんな何かが滲み出ているような気がした。


謁見の間で一通りピピンの話を聞き終わると、俺はピピンを連れて戻るようにと言われたので宿に向かって歩いている。緊張して疲れたのかピピンからいつもの元気が感じられない。

「トキマさん・・・もうお家には帰りました?」

「うん?ここのところバタバタしっぱなしで家には帰ってないけど、そんこと聞いてどうするんだ?まぁ、別にいいけどな」

「僕・・・まだ言ってない事が一つだけあるんです。大臣さんと一緒に飛んで行ったの、一瞬だけユイさんに見えたんです」

ピピンの言っている意味がよく分からなかった。あるはずもない事が頭の中を支配していた。その場にピピンを残して走りだした俺は家の前まで戻ってくるとドアに手を掛けた。視界がちらついているのか扉に伸びる自分の手がやけにゆっくりと目に映る。

最悪の事態だった。




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 国王の花嫁(四)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:8cb8b45c
Date: 2012/05/02 23:47
 空になった部屋をぼんやりと眺める事しかできなかった。
ゆっくりとユイが横になっていたベットの前まで足を進めてもなお、目の前の事実を受け入れるのは時間がかかりそうだ。

「トキマさん!早く!!」

ピピンの鋭い声が響く。
振り向いてピピンと目が合うが、彼の目には相当に虚ろな目をした俺が映っているに違いない。

「どうしたんですか!行かないんですか!?」

「・・・あ、あぁ。少し待ってくれ・・・いや、今すぐ―――」

全て分かっている。これからどうすべきであるのかということを。分かってはいるが、あまりの焦燥感と恐怖に足も頭も、言葉さえもまともに操れる自信がない。いつも当然のようにそこにあったものが何の前触れもなく失われる恐怖とはこういうものなのか。
そんな時、突如として腰に鈍い衝撃が走った。ピピンが俺の腰に下がった太刀を引き抜こうともがいている姿が目に映る。

「トキマさんが行かないなら僕が行きます!前にユイさんが話してくれました。トキマさんはいつもは役に立たないし、リュカ王様みたいに強くもないけど、大事な時にはちゃんと助けてくれるんだって!最後に頼れるのはトキマさんなんだって!僕はそんなユイさんが好きだったから!!」

何ともはっきり言ってくれるものだと思った。
子供の無邪気な素直さが心の奥底に、それこそしっかりと根を下ろすようにひたひたと染みわたっていく。目が覚めていくような一種の覚醒感も同時に味わっていた。考えてみればリュカも同じ立場なのだ。淡くセピア色だった視界が徐々に彩を取り戻して行く。パピンさんのところに駆け戻るのに時間はもう必要なかった。


 どれほど用意周到だったのか、たった半日で軍の準備が整うなんて考えてもいなかった。ピピンの報告を受けた日の夜には全ての準備が整ったのは驚きだ。連れ去られたのがユイかもしれないということはパピンさんには報告してある。今はパピンさんと言えども王宮には上がれなくなっているそうで、後ですぐにオジロンさんとリュカにも伝えてくれるそうだ。しかし、俺の報告に対して、その反応は意外にも薄いものだった。

「そうか・・・。戦場で感情的になると死ぬぞ」

とだけ釘を刺されただけだったがその言葉の真意がどこにあるかなどという事を考える暇は今の俺にはなかった。出発の夜明けを控え、パピンさんと一緒にマードレさんの宿に待機させてもらっている。

「お父さん、トキマさん、頑張って来てね。帰ったら、戦の話たくさん聞かせてね!」

「分かった、分かった。お父さんの手柄を楽しみにしているといい。それから約束のモンスターチェスも教えてやろう」

ピピンとパピンのそんなやり取りを眺めながら、俺は一人緊張に包まれていた。
しかし、普段は見せないパピンの朗らかな姿がそれを少しずつほぐしてくれているのも事実ではある。

「それから、剣術も!僕も早くお父さんの役に立てるといいなぁ・・・」

「よし、分かった!剣術も教えてやろう。ただ、お父さんの役に立とうと思ったら時間はかなりかかるぞ?ようやく最近雑用として使えるようになってきたヤツもいるんだからな」

パピンの悪戯に満ちた目が俺を射抜いた。この人はこんな目もできる人だったのか、などと感心している場合でもなかった。ピピンに散々偉そうな態度をとっておきながらこの仕打ちである。

「大丈夫!勉強よりお父さんとの稽古の方が面白いし。約束だよ?ぜっったいに約束だからね!?」

ピピンはパピンの言葉に気付いているのかいないのか目を輝かせている。

「ほ、報告します!リュカ様が・・・リュカ様もお姿をお消しになられました!!」

パピンの鋭い眼光が報告に来た兵士を捉える。
またもひと時のだんらんを、本当に短い間のだんらんを根こそぎ奪うような事態がグランバニア全体を包み込んだ。



 プックルに跨ったリュカはグランバニア城の北側に横たわる海峡を渡ろうとしている。

「みんなには悪いけど、僕はビアンカをこの手で取り戻す。ちゃんと書き置きはしてきたし、後で怒られるだけで済むよね?」

プックルは気にするなとでも言いたげに咆哮をあげた。

「ありがとう。僕はもう大切な人を見殺しにはしない。やっぱり僕に王様なんて無理なのかもしれないね」

自嘲気味にそう漏らしたリュカに対して、プックルはその自らの足で力強く海をかき分ける事によって返事を返したのかも知れなかった。




「やっぱり山賊ウルフの名に賭けてこの先へ行かせる事はできねぇ。俺達には俺達のやるべき事があるんだ!」

「なら私にもやるべき事があるわ。二人の子供が私の事を待ってるの。お城の皆もきっと心配しているはずだし」

「しかしなぁ・・・俺達の顔も立ててくれよ・・・。それに、アンタの城では俺達はおたずね者だ。首斬られたって文句はいえねぇ。そして俺は山賊ウルフを率いている身だ。ましてや山賊ウルフは俺だけのモンじゃねぇ。ここにいる子分達がアンタの話を聞いてもいいって言うんなら別だがな」

ビアンカとのやりとりに疲れたのか、お頭は判断を子分達に丸投げにした。一団の棟梁として子分を率いているという状況を盾に逃げる算段なのだろう。
仕方ないわね、とでも言いたげに腰に手を当てたビアンカは目の前に並ぶ数十人の男達に向き直ると大きく息を吸い込んだ。

「お願い、私をグランバニアに帰らせて。あなた達の気持ちも分かるつもりよ。でも、私は私の事を待ってくれている人のところに帰らないといけないの。だからそこをあけて?ね?」

ウインクで可愛らしく振舞うビアンカの姿に諦めたのか子分の一人が前に歩み出た。

「アネさんがそこまで言うんなら、ワテはアネさんの気持ちをくんであげてぇと思いやす」

その言葉を聞いて何人かの子分達は道の左右に寄り始めた。

「もちろんタダで、とは言わないわ。みんながヒドイ目に会わないようにちゃんとお願いしてあげるから。これでも少しは顔が利くのよ?それから私があなた達のお洋服を作ってあげるわ。もうみんなボロボロじゃない。もう少し清潔なものの方が気持ちいいでしょ?」

「あ、アネさんが作ってくれるんでやんすか!?」

「え?ええ。それにサンチョさんの家でシチューもごちそうしてあげるから」

「よっしゃぁ!聞いたか皆!他でもないアネさんの頼みだ、道をあけろ!!」

「お、おい・・・お前ら!まさか・・・本気で言ってるんじゃねぇ・・・よな?冗談だよな?ウソだろ・・・ウソだと言ってくれぇ!!」

ビアンカをお頭ポジションに担ぎ上げ、アネさんと慕う山賊ウルフの面々がグランバニアに到着するまでそう時間はかからなかった。



 俺達はリュカの後を追いかけて即座に出発する事となった。
何としても早く海峡を渡るため随時、少数隊ずつの出発となり、パピン隊に加わった俺はいち早く海峡を渡る事に成功した。
朝霧に霞むデモンズタワーに近づくにつれて襲撃を受ける事も多くなっている。
襲ってくるのは白骨化したミイラ達や羽の生えた牛のような魔物、頑丈な盾で武装したカバ、腕が複数ある獅子の魔物といった顔ぶれである。
パピン隊の練度は物凄く高く、苦戦を強いられるということはほとんどない。
槍で軽々と魔物と渡り合う兵士や、魔力の力で剣に炎を宿す火炎切りを繰り出す兵士もいる。
俺も負けてはいられないので、最近抜く事の少なかった刀を抜いてミイラを斬り伏せにかかる。器用に剣や槍といったものを使いこなすミイラを相手にするのは骨が折れた。ここまでくると陣形を維持するのは困難になりつつある。魔物の襲撃が続いているのもあるが、こちら側の犠牲者も決して少ない訳ではないからだ。今まで魔物との数々の命のやり取りを目にしてきたせいか、人が死ぬことに対しても最初ほどのショックを受ける事はない。ただそれは『死』に慣れたという訳ではない。ここにたどり着くまでに目にした仲間の死は、俺の内側に容赦なく揺さぶりを掛けてきた。さらに都合の悪い事に、ここに来るまでの行程でリュカの姿を見たものはまだ一人もいないのだ。デモンズタワー周辺の魔物達を大方片づけ終わると、不意にタワーの入り口が不気味なほどゆっくりと開いていった。

『さぁどうぞ、お入りくだされ』

という怪しげな男の声が辺りに木霊するがパピン隊長は動こうとはしなかった。

「後続が来るのを待つ。この中にリュカ陛下が先に突入したとも考えられん」

パピン隊長に従って周囲の警戒を厳にし、小休止を取ろうとする頃には陽が遠くに傾こうとしていた。



「その娘が天空の血を引く子を宿したとかいう人間か?」

生気が微塵も感じられない青白い表情を浮かべた老人はじっと壁に掛けられた古びた紋章を眺めながらそう口にした。

「左様、約束通りここに」

生気のない老人と対照的に自らの持つランプに赤々と照らされたグランバニア大臣の表情は生き生きとしているようにも見える。

「これで長年虐げられてきたデモンズ家100年の恨みを晴らす事が出来る・・・。そして、魔王様の下に力を結集させ我が野望を貫くのだ・・・」

「・・・・・・。」

後ろ手に縛られ床に座すユイの隣に立ったまま大臣はそれ以上言葉を発する事はなかった。
老人はおもむろに振り返ると醜い物でも見るかのような目をユイに向けた。

「もうよい、下がれ。その娘の管理はお前に任せる。事が終わり次第、その娘の始末はそなたにさせてやろう・・・くっくっくっく」

大臣はそれ以上老人に関わる事なくそそくさとユイを連れてデモンズタワー最上階の広間を後にすると、自分にあてがわれた部屋に入っていった。
石造りのその小さな部屋にはベッドとテーブル以外のものは何も置かれていない。
先程から荒い呼吸が目立ち始め、力なくぐったりとするユイのロープを腰の大きめなナイフで切ってやるとベッドにゆっくりと横たわらさせた。
そのまま壁をくり抜いて作られた窓の外に目を向けると、寒々とした造りのデモンズタワーとは正反対の柔らかな斜陽をいつまでも眺めていた。




・あとがき
今回は場面の切り替えを多用してあるので、読みにくいかもしれません。
今後はそういうのも減るとは思うのでですが、今回に限ってはそうなってしまいました。
至らない点も、山盛りですが素人が片手間でやっていることを考慮してお手柔らかにお願いします。
ありがとうございました。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 国王の花嫁(五)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:d46ee22c
Date: 2012/05/06 17:40
 後発のグランバニア隊が次々とパピン隊と合流していく。しかし、どの隊もデモンズタワーに続く行程での戦闘でひどく疲弊していた。
敵本拠地前に集結したのはいいが、勢いがあるのは夜風になびくグランバニア旗だけだと言っても過言ではない。
戦場と聞いて、恐怖に包まれていた俺だったが、相手が人間じゃないと分かると幾分か気持ちも楽にはなった。
しかし、依然掴めないユイの行方と安否が心に重くのしかかっている。暗く重いデモンズタワーを下から眺めていると、その異様さは月明かりによって浮き出され、さらに宝石袋を引き裂いたような星空が異様な空気に神秘的な趣を与えている。

「敵襲だーッ!」

突如として背後から上がった声に驚いて腰を抜かすかと思ったほどだ。
慌てて辺りを見回すと、どこから湧いてきたのか白骨の戦士が俺達を包囲していた。
空には魔物の影が点々と浮かび上がり、無数の赤い目がゆらゆらと動きまわりこちらを見おろしている。
甲高く辺りに響き渡った鳴き声を合図に、一斉に舞い降りてくる魔物達。
それに呼応するように包囲していた白骨戦士達が手にした武器を振り回しながら、襲いかかってくる。俺は太刀を抜くと、武器を構え応戦体制を整えようとする兵士達の真ん中に潜り込んで構えなおす。臆病者と呼ばれても、足手まといと呼ばれても今はいい。こんな場所に来たからにはとにかく生きて帰る事、何よりもこの手にユイを取り戻す事が最優先だ。そのためにはこんな所で死ぬわけにはいかなかった。男たちの雄叫びと魔物の叫び声が乾いた大地に混ざり合う。こんなに大規模な戦闘に巻き込まれたのは初めてで、太刀を持つ右手は小刻みに震えている。と同時に、ピピンの言葉が蘇る。大きく目一杯澄んだ空気を吸い込み魔物の群れに向かっていく俺の前に立ちはだかったのは、四本の腕を持つライオンの魔物だった。

「ウソだろ・・・こんなのが相手かよ・・・」

それが正直な感想だ。
こんな威圧感剥き出しの魔物と直接対峙した事なんて一度もなかった。

「こんな時にとなりにいてくれたら・・・」

そこまで考えて、もう一度目の前のライオンの目を見つめなおす。
たかだか、ライオンの体が巨大になり、四本足が六本足になって、鋭い牙を持ち、その足は丸太のように太く、その爪が鋭利になっただけではないか。ライオンは右腕二本を軽々と持ち上げるとそのまま振り下ろしてきた。それを避けつつ、隙だらけの腕に切りつけてみる。巨体な分だけ動きが鈍いのが救いだ。その腕は案外見た目よりも柔らかいのか俺の斬撃は深く食い込んだ。野太い呻き声をあげ斬られた右腕を庇うようにして体の左側をこちらに向けたライオンは完璧に無防備だった。そのまま畳み掛けようと切先を右に流して駆け出した俺に、ライオンは大きく口を開くと炎を吐き出した。ライオンが火を吐くなんて聞いていない。そんなのインチキだ。もろに熱風が俺を包み込み、辺りをオレンジ色に染め上げた。ただ、弱っているのかその火炎に勢いはない。サウナの中で強風に吹かれたようなその程度でしかなく、炎によるダメージというのは少ないが、とはいっても物凄く熱い。熱風の壁から解放されると、さらに動きが鈍くなり荒い呼吸と共に口元から炎をこぼすライオンに、切先を向け一気に走り込んでいく。一瞬だけ瞳を大きく見開いたヤツに渾身の牙突を繰り出すと刀身が深く突き刺さり、咆哮を上げながらゆっくりとくずおれていった。周りではグランバニア兵と魔物が入り乱れての乱戦を繰り広げているが、俺の目から見ても明らかに劣勢である。魔物の数が多すぎるのだ。あたりには人間、魔物と双方の屍が無惨な姿で横たわっている。そんな光景を眺めていたその時、急に首根っこを掴まれたかと思うと地面に引き倒された。

「バカかお前は!こんな時に戦見物でもするつもりか!!」

心の底から魔物じゃなくてよかったと思ったが、こんな状況でも俺に目を配る事が出来るということがパピンの凄いところだ。じわじわと辺りのグランバニア兵もパピンの周りに集結し始める。

「くッ!こうも魔物の数が多くては・・・もう少し時間を稼がねばならんというのに・・・」

パピンが漏らした言葉をこの戦闘の最中でもはっきりと耳で拾う事が出来た。
自分が持っている太刀を一層強く握りしめて覚悟を決めようとした時、つい先日グランバニアで耳にしたのと同じような轟音が辺りに響いた。闇夜でもはっきりと分かる黒煙が少し遠くで上がっている。さらにもう一回、そしてまたもう一回と段々と轟音がこちらに近づいてくる。それに伴って、頭上からカラカラと白骨が降り注いでくる。

「どけぇー!天下の山賊ウルフの邪魔しようなんてただじゃおかねぇぞ!!」

そんな威勢のいい文句と共に。

「み、味方か・・・?」

グランバニア兵の誰かがそう呟くのが聞こえた。

「お、王妃様!ご無事で!?」

続いて聞こえてきたそんな台詞に耳を疑ったが、ゆっくりと振り向くとそこには山賊ウルフの面々に、サイモン、その腰にぶら下がったジュエル、スラリンナイト、そしてビアンカという想像もしなかった組み合わせの集団が目に飛び込んできた。

「話は後よ!それよりもリュカはどこ!?ここにいるんじゃないの!?」

「それが陛下のお姿が未だ見あたらないのです」

パピンの冷静な報告を聞き終わるのと同時に、デモンズタワーの中から野太い野生の咆哮が上がった。聞き覚えのあるこの鳴き声はたしかにプックルのものだ。瞬時に駆け出したビアンカを止められる者などこの場にはいなかった。

「王妃様、お待ちくだされ!行ってはなりません!!」

魔物を剣で牽制していたパピンは続けて、

「トキマ、お前が行け!私はここで指揮を執る!!しっかりやってこい!!」

「は、はい!!」

そう返事を返すとビアンカの後を追ってデモンズタワーの中へ。

「鍛錬の成果はどうじゃったかね?」

走る俺の横からサイモンが同じく駆けながらそう問いかけてくる。
さらにふよふよとはずむスラリンは楽しそうに言葉を洩らす。

「トキマー、きいてよー。ピエールがね―――」

それをその上から注意を入れるピエール。

「スラリン、こんな時くらい喋るのをやめる事はできないのですか?」

いつもと変わらない仲間の存在はとても心強かった。



 タワー内部の一階は非常にあっさりとした造りになっていた。円形のホールから壁に沿って階段が上へと続いている。

「お前達はここで待て」

一緒にタワー内部までついてきた山賊ウルフの一団にむかってお頭はそう声を掛けた。

「あ、アニキ、ずるいでやんす!あっしらもアネさんと一緒に・・・」

「バカ野郎!死にてぇのか!!俺様はお前たちよりも鍛えてあるからな」

「・・・・・・。」

「これを頼む。失くすんじゃねぇぞ!?」

お頭は狼の頭蓋骨の旗印をいつもとなりで補佐役を務めている小柄な男に投げ渡した。

「あ、アニ・・・いや、お頭。しかとお預かりしまっせ!」

そんなやり取りを目にしながらビアンカは

「すぐに皆で戻ってくるから。さぁ、急がなくちゃ!」

と階段の中腹まで登った所から皆に手を振っている。



二階に上がっても、全く生活感が感じられない。
ここはデモンズという人の居城だと聞いていたのだが。
それどころか、不気味な置物や彫像が整然と並んではいるものの全然手入れがされていない様子である。そして、タワーの外にはあれだけうじゃうじゃといた魔物がタワー内にはその気配が全くない事も不思議であった。

「おい、お嬢ちゃん。こりゃあ、手分けして探した方が手っ取り早ぇと思うんだがな」

お頭が松明を掲げながら俺の襟を掴んでそんな事を言い出した。
だが、反対する理由もないので黙っておいたが、誰のイエスの言葉を聞く事もなく

「じゃぁ、俺達はこっちの方に行ってみらぁ」

と俺を引っ張っていく。

「分かったわ!私達はこっちに行ってみるから」

ビアンカはビアンカでサイモン達をまとめて反対側の通路へと消えていった。

「あの・・・俺とだけでいいんですか?サイモンにでもいて貰った方が・・・」

引きずられながら、そんな言葉をお頭に向けた。

「・・・いくらいいヤツらだって分かってはいても、魔物とつるむなんて初めてでよぉ・・・。」

「・・・つまり怖いんですね?」

「ち、違う!少し、緊張する・・・ってそれだけだ・・・。それに折角の機会だ。お宝探しもしないといけねぇしな」

最大限の見栄をきったようなお頭の背中が初めて会ったポートセルミの宿屋の時よりも随分と柔らかく丸みを帯びているような気がした。



 デモンズタワーの最上階でこのタワーの主であるデモンズが壁に掛けられた紋章を前にして怪しく佇んでいた。

「娘を連れてきた事といい、お主のおかげで全てがうまくいっておるわ・・・」

「それはよかったですな」

大臣は淡々とそう答えた。

「つまらん男よ・・・もっと嬉しそうにしてはどうだ?国を裏切った事がそんなに気がかりかね?無能なオジロンなんぞと平和ごっこをしているよりも私と一緒の方が楽しかろう?」

「・・・・・・。」

青白く皺の深いデモンズの嬉々とした表情とは対称的に大臣は無表情で何も答える事なくその場に立ち続ける事で返事を返した。

「まぁよい。この紋章を見たまえ」

デモンズは大臣を手招きで呼び寄せると、再び壁に掛けられた紋章に目を向けた。

「これがやがて地上を支配することになる王家の紋章じゃよ・・・」

「ほう・・・これが」

大臣はデモンズの隣に立つとさも興味無さ気にそう呟いた。

「地上どころか、この大陸にすらこの紋章旗が靡く事はありますまいな」

その直後、腰のナイフを瞬時に抜き放った大臣はデモンズの背中から心臓にめがけて、一気に突き刺した。ナイフに予め仕込まれていた聖水の雫があたりに飛び散っていく。

「な、何!?まさか・・・このワシを騙したのか・・・ッ!」

「ふん!グランバニアを魔物なんぞに渡しはせん。陛下が今までやってこられたことは平和ごっこなどではないわ!私からしてみればお前が魔物の手を借りてやっている事の方がよっぽど侵略ごっこにみえる!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

大臣はゆっくりとナイフを引き抜いてその場に倒れゆくデモンズを眺めながら、懐から聖水の入った小瓶を取り出すと、中に入った液体をナイフの刀身にかけていった。
その直後、倒れ込んだデモンズの体を青白い光が包み込んだかと思うと、段々とその光は別の何かに形を変えようとしていた。



 今何階にいるのだろうか。それすらも分からなくなるほど登って来ている。ユイを見つけ出す事ができない苛立ちと逸る心が、結果として空振りをさせているのかもしれない。

「にしてもこの塔はお宝の匂いがひとつもしねぇんだな。しけた所だぜ、まったく。兄ちゃん、アンタはどうだ?何か嗅ぎつけたか?」

お頭は沈黙に堪えられなくなったのか、暢気にそう問いかけてきた。

「いえ・・・大体俺に分かるくらいなら、お頭がとっくに見つけてますよ」

「そうとは言い切れねぇぜ?俺達が遭難しかかった時、町の方角を兄ちゃんがぴしゃっと言いあてた事があったろ?ああいう事が盗賊には必要なのさ」

遭難しかかったんじゃなくて完璧に遭難していたじゃないですか、そもそも俺は盗賊ではありませんよとジョーク交じりで返す気にもなれなかった。ただ、あの時は何となく町の匂いというか気配を何故か感じ取れただけだ。しかし、俺にもそのような特殊な能力があるのだろうか、と考えながら歩いていると、一瞬だけ懐かしい気配を感じ取れた気がした。即座に立ち止まって、意識を集中させてみる。意識を集中させるとは言っても、夕暮れ時に漂ってくる何気ない良い匂いの正体を突き止めようとするのに近いかもしれない。
こうなったら、自分の直感を信じてみるしかない。いきなり走りだした俺に

「お宝か!?お宝の気配を感じ取ったんだな!?さすがだ兄ちゃん!」

とお頭が喜びながらついてくる。
そのフロアを走り回れるだけ走り回りドアと言うドアを片っ端から開けていった。そして四つ目の部屋のドアを開けた時だ。今度は一瞬ではなく、懐かしい気配がはっきりと感じられた。慌てて駆け込むと、石造りの部屋の窓から外を眺めているユイがそこに立っていた。窓の外からこちらに怯えるように目を向けたユイの表情が月明かりに照らされて神秘的に映る。とっさに松明を投げ捨てユイに駆け寄ると力一杯この腕に抱きしめた。

「よかった・・・本当によかった・・・傍にいてくれるだけでいい。それだけでいいんだ。もうどこにもいかないって約束してくれっ!」

「お・・・おおげさなんだから。そんなにギュッてされると痛いわ・・・」

いつも通りちょっぴり強気な言葉を吐くユイの言葉も、俺が抱いている体も少しだけ震えている。

「・・・私だってすっごく怖かったんだから!でも来てくれるって、最後にはきっと来てくれるって信じてたから―――」

この温かさを取り戻す事ができたことで、今なら何でもできるような気がした。
俺の首にかかったユイの腕の力が一層強くなったのが感じられる。

「『お宝』・・・ねぇ。うまいことやるじゃねぇか。あーぁちくしょう、何だか一杯やりたい気分だぜ、まったく」

俺達の再会を目にして、そう漏らしたお頭の言葉はその時の俺の耳には全く入って来なかった。




・あとがき
連休を利用して書き溜めていたものを吐き出していっています。
ものすごく大きな間が空いてしまったので確認作業に穴がたくさんあると思いますが、何か矛盾点があれば教えてください。
あまりにも指摘されすぎると私の頭がパンクしてしまうのでお手柔らかにお願いしますw




[8303] 強き心は次元をも超えた!? 国王の花嫁(六)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:d46ee22c
Date: 2012/05/19 21:42

「出てくるがいい、化け物め」

大臣は聖水の滴り落ちるナイフを手に、何もいない空間へ呼びかけた。
デモンズの亡き骸から放たれた青白い不気味な光はやがて一匹の魔物の姿へと変わっていった。

「・・・ふん、こうもあっさり失敗するとはな。人間を操ったところで所詮この程度か。まぁ、ゲマ様からいただいたこの力を試すには絶好の機会となった訳だ」

馬獣を魔人化した魔物『ジャミ』は鼻息を荒く一度鳴らすと、大臣を横眼で睨みつけた。

「どうした?そのナイフで私を葬るんじゃなかったのか?聖水を振りかけた程度でこのジャミ様と渡り合おうとするとは・・・甘く見られたものだ」

「魔物ごときが偉そうにしおって。陛下より賜ったこのナイフを甘く見るでないわ。
馬なら馬らしく、小屋で嘶(いなな)いておれ!」

正面でナイフを構えた大臣の皺の寄り始めたその手は微かに、ほんの微かにだけ震えている。

「くッ・・・言いたい事はそれだけか!?大人しくしておればいい気になりやがって!」

大臣は覚悟を決めたように一息だけ吸うと、ジャミに向かってその刃を突き立てにかかった。駆け出した大臣の持つナイフの刃からは絶えることなく聖水の雫がその勢いに押されて後ろへと流されていく。その場から動こうとしないジャミに大臣の持つ刃が襲いかかった。その直後、ジャミを守るようにして現れた光の膜から、先程の青白く不気味な光とは違う強烈な閃光が辺りを駆け抜ける。

「ぬおーッ!」

宙を舞うように弾き飛ばされた大臣は、まるでボールのように転がっていった。

「ふははははははは!どうだこの力は?お前たち人間など虫けらに過ぎん!」

ジャミの目が怪しく光ると、その身を覆う結界から無数の風の刃が大臣に向けて迸(ほとばし)った。しっかりとナイフを握りしめたまま、うつ伏せでジャミを仰ぎ見る大臣に風の刃は容赦なく襲いかかり、風と共に大臣の赤黒い血が宙を舞う。引き裂かれるような激痛に大臣は断末魔という表現が似つかわしい叫び声を上げると、そのまま弱々しく床に伏してしまった。

「もう終いか?実につまらぬ!つまらなさすぎる!!」

ジャミはゴミを見るような目を大臣に向け、「ひんっ」と嘲笑を表現した。

「そこまでだ!大臣さんに手を出すな!それからビアンカを返せ!!」

リュカは最上階の広間へと駆けこむと同時にそう叫び、それに呼応するようにしてプックルは全身を震わせて咆哮を上げた。その咆哮はデモンズタワー周辺に轟き渡った。

「色々と忙しいガキめ。あの時ゲマ様に生かされた恩も忘れたか?」

リュカは大臣に駆け寄ってその肩を抱きあげた。
その間もプックルはジャミの動きを牽制するように牙をむき出しにして威嚇を続けている。

「大丈夫ですか!?大臣さん、しっかりして下さい!」

「・・・り、リュカ王・・・。どうして・・・こちらに・・!?
やはり、ワシの小細工など・・・不要だったの・・・かも・・しれませぬ・・な」

いつもの尊大な態度ではなく、弱々しく自嘲の笑顔まで見せた大臣を壁際に寄り掛からせるとリュカはゆっくりと背中の剣を抜き放った。

「やるか、小僧?このジャミ様がこの場でお前を葬ってくれる!」

ジャミを包む結界から大臣を襲ったのと同じ風の刃が、リュカとプックルに向けて放たれる。それを器用に二人ともかわして見せると、プックルは大きく跳躍しその鋭い爪をジャミに向け振り下ろした。光の結界に阻まれたプックルは空中で一回転すると華麗に着地を決め、そのタイミングとほぼ同時にリュカのパパスの剣がジャミに向けて振り下ろされる。
光の膜とパパスの剣がぶつかり合い激しい閃光が辺りを駆け抜けた。

「その程度ではこのジャミ様に傷一つつけられはせぬぞ!」

ジャミの鋭い前足の一撃がリュカの腹部をもろに突いた。
肺の中の空気を全て吐き出したリュカはそのまま転がっていくと、パパスの剣を杖に再び立ち上がる。

「パパスを葬った時のことを思い出すなぁ。ちょうどパパスもそのような目をしておったわ。虫けらのようなそんな目をな!」

大きく開けられたジャミの口からは火炎の一言では表現できない程の激しい光と熱が吐き出された。未だ態勢の整っていないリュカを炎は容赦なく包み込み、辺りを灼熱の海に変えた。

「パパスと同じように燃え尽きるがいい!」

ジャミの高笑いはリュカを包み込んでいた炎が熱風の竜巻となってはじき返されると、驚愕の混じった咆哮へと変わっていった。リュカの真空呪文で押し返された炎はやがて炎の渦へとその姿を変え、炎の主であるジャミを包み込んだ。

「小僧、この程度で図に乗るなよ」

赤い熱風と光の膜が合わさりあって、凄まじい閃光を発生させると突如としてそれは轟音へと変わった。巨大な爆発を引き起こすと辺りに塵が舞い、夜の闇とその霞みの向こうではジャミに果敢に襲いかかるプックルの影が動いている。霞が晴れてくると同時に、ジャミの前足が一瞬の隙を突かれたプックルの腹部を打つとその巨体は大きく宙を舞い、地面に叩きつけられた。

「プックル!」

即座に前足でよろよろと起き上ったプックルにリュカは駆け寄ると、その鋭い眼光をジャミに向けた。

「これからじっくりと―――」

ジャミがその台詞を最後まで言い切る事はできなかった。
突如として投げつけられた剣が光の結界に阻まれて、乾いた音を立てながら転がっていく。

「何・・・!?」

そのジャミの目に映ったのは魔物の仲間を引きつれたビアンカの姿だった。
その傍らでは腰にジュエルをぶら下げたサイモンが剣を投げつけた体勢から鋼の体をゆっくりと戻そうとしている。

「ビアンカ!」

驚きの声を上げたリュカにウインクでビアンカは返事を返す。

「さぁ、もう終わりよ!さっさとこの騒ぎを終わらせなさい!じゃないと・・・」

「丁度いい!まとめて皆殺しにしてくれる!!」



 ビアンカ達が加わってもからもジャミの圧倒的な攻勢は続いた。光の結界がその身を守っている限りジャミには傷一つつけることができない。サイモンの腰に吊るされたジュエルが、サイモンが投げつけた剣を激戦の立ち回りの中で長い舌を使って拾い上げサイモンに渡すという芸当も見せたが、それが戦況に与えた影響は果てしなくゼロに近い。スラリンとピエールの息のぴったりとあった連携攻撃も結界をまとうジャミにはもちろん通用しなかった。あらゆる攻撃を弾くジャミに対して、リュカ達の疲労は限界を迎えようとしている。弄ぶかのようにリュカ達を翻弄したジャミは再び大きく口を開けると、激しい炎を吐き出した。二度も強力な熱と炎にさらされたデモンズタワーの最上階はすでに壁が黒一色に染まっている。その火炎に耐えきれず膝をつくリュカ達。ジャミはそんなリュカ達をさげすむように、同じく何とか熱をしのいで膝をついているビアンカに近づくとその腕を捻り上げた。短く呻き声を上げたビアンカはぐったりと力なくしているが、その体は必死に抵抗の意思を示している。

「お前だけは助けてやろう。このジャミ様の目に人間がかなうとは滅多にないことなのだぞ。じっくりと仲間が死にゆくところを見るがいい!そして恐怖に歪んだその顔を私に見せてみろ!」

ジャミの結界から風の刃が放たれるとその場の面々に襲いかかる。鋼鉄の体を持つサイモンが仁王立ちでスラリンナイトを庇い、リュカの前に体で壁を作ったプックルはその場にくず折れた。

「もうやめて・・・これ以上みんなを傷つけないで!」

ジャミに掴まれたままのビアンカはその光景を目にしてそう叫んだ。するとビアンカを突如として神々しいなめらかな光が包み込む。それはジャミのまとう禍々しいものとは対称的な言わば癒しの光だった。完全に相反する二つの光が反発しあい強烈な閃光が轟く。その光は海峡を隔てたグランバニアでも確認できるほどの強烈さを持っていた。ビアンカの光の力に圧倒されて後ろにのけぞったジャミは既に光の結界を失い、その表情には焦燥感が色濃く浮かび上がっている。

「ま、まさか・・・この女も天空の血を引いているとでもいうのか・・・!?いや・・・あの黒髪の娘はッ・・・!おのれ・・・この俺が二度までも謀られたというのか!」

「今更・・・遅いわ!」

いつのまにかゆらりとジャミの後ろに傷だらけの大臣が姿を現した。最後の力を振り絞り手に持ったナイフをジャミの背に突きたてると、未だ聖水の雫が滴る刀身がその身を魔獣の中にうずめていく。

「ぐぬぉ!こ、小癪な!」

ジャミに薙ぎはらわれた大臣は再び弾むように床にたたきつけられると、そこからは立ち上がろうとする気力が僅かに残されているのか、その手には未だ人のぬくもりが宿っている。

「今だ、みんな!やるぞ!」

リュカの掛け声と共に一斉に駆け出す仲間達。ピエールの剣がジャミを切り裂き、プックルの鋭い爪がその胴をえぐる。リュカが振るうパパスの剣が憎しみを纏ってジャミの体を貫いた。そして、とどめだと言わんばかりにサイモンの腰にぶら下がったジュエルがジャミに向かって気まぐれに指輪を一つ吹き出すと、それは緩やかな弧を描いてジャミの頭の上に軽い音を立てて落ちていく。それが合図だったかのように、剣を引き抜かれて満身創痍のジャミはそのまま後ろへと倒れていった。

「大臣さん!お願い目を開けて!」

動かずに伏せる大臣に声を掛け続けるビアンカに自然と皆が集まってくる。
抱き起こされビアンカの膝の上に頭を乗せた大臣はうわ言のように

「オ・・ジロン陛下・・・」

とだけ漏らすとその瞼は重く閉じられた。
ビアンカがゆっくりとその場に大臣を横たえるその背後の空間では

「げ・・・ゲマ様ッ・・・。私にもう一度・・・力を・・・まだ・・まだ死にたくないのです・・・こんなところで・・・」

人間同様、赤い血を床に広げ広間の奥へと這っていくジャミが息も絶え絶えとしている。
それに答えるように空間を歪ませて紫色のローブを纏ったゲマが現れた。

「げ、ゲマ様・・・!お助け―――」

「ほっほっほ。あなたには期待していたのですよ・・・。ですが、こんな人間どもの好きにさせるとは。私の期待を裏切った罰は受けてもらわなければなりませんね。」

ゲマは指先に火球を浮かべるとゆっくりとジャミに向けて放つ。

「うぎょえーッッッ!」

ジャミの横たわっていた場所は黒い跡のみを残して、ただの空間になり果てた。

「・・・・これ以上は許してはおけませんね。私のかわいい部下をこんな目にあわせて。」

ゲマはジャミのいた場所にちらと目をやると、半ば楽しそうにそう切り出した。

「このままじゃ危ない・・・みんな、逃げるぞ!急げっ!!」

リュカの声に反応して魔物達は広間から脱出すべく出口に向かって走り出した。
ゲマは宙に浮かんだまま、ゆっくりと正面に右手をのばして、パチンと乾いた音を指で鳴らすと不気味に微笑んだ。

「逃げられると思いですか?さぁ、どうします?これではさすがのあなたもどうしようもないでしょう?」

リュカの肩越しに身構えるビアンカとそれを庇うように立つリュカはその場から動こうとしない。

「リュカ殿、何をしておられるのですか!お急ぎくだされ!!」

サイモンの問いにリュカが答えた。

「う・・動けないんだ!先に行ってくれ!後で必ず追いかけるから!!」

「ダメだよー!いっしょにいこうよ!!」

すぐさま返事を返したスラリンにかぶせるようにしてリュカは言葉を放った。

「いいから早く!」

プックルはスラリンをくわえるとピエールを背中に乗せて走りだした。その瞳には強い意思が宿っており、主の言葉を強く、強く信じている目であった。それについていくようにサイモンが後を追う。

「あなたを失えばあの仲良しごっこの魔物達はどうなるでしょうね?グランバニアの人間どもはわずかな希望すら捨てることになるでしょう。しかし、それはリュカ、あなたのせいですよ?この私を怒らせてしまったのですから」

ゲマは愉快そうに笑っている。そんなゲマの言葉に反応するようにして、リュカ達の足元からゆっくりと乾いた石を打つような音が聞こえてくる。

「僕は彼らを信じる!」

「ほっほっほ・・・。非常に面白くない、面白くありませんね、これは。・・・まぁ、いいでしょう。ここまで私の邪魔をしたのです。『死ぬ』などと軽いもので済むと思ったら大間違いですよ。あなた達は死よりも辛い永遠を味わうことになるのです。このまま世界が私のものになり、愚かな人間が朽ちていくのをそこから見ているがいい!」

ゲマはそう言いながらそのまま空中に姿を消した。
悪しき魔道師がいなくなった空間にはそれまでの邪悪な気配はすでになく、しんとした空気がただ流れている。

「ねぇ、リュカ。一つ聞きたい事があるの」

「構わないけど・・・?こんな時に一体何の話?」

リュカは心底不思議そうに、ただ笑顔でそう返した。

「私と結婚して良かったと思ってる?」

「き、急に何を言い出すんだよ!・・・でも、思ってる。そう思ってるよ」

「本当?じゃぁ、このまま離れ離れになっても私の事―――」

乾いた音が段々と下から上へと上がってくる。足元から石化し始めているリュカ達は身動きが取れずにその場に立ち尽くすしかなかった。

「ビアンカ、僕からも一つだけお願いがあるんだ」

言葉を遮られたビアンカは若干戸惑いながらも頷いて見せた。

「僕の背中の父さんの剣、これをそこの窓から投げて欲しいんだ」

リュカは石をくり抜いて作られた背後の窓を指さしてそう言うと少し後ろを振り返っていつもの優しげな表情を浮かべた。夜の闇に包まれていた外はいつのまにか、白じみ始めていた。デモンズタワー最上階に朝のか細い光が差し込んでくる。ビアンカはリュカの背から剣を取りあげると思いっきり外に放り投げた。唯一、自由に外の世界に飛び出していくことができるその剣に自分達の思いこめて。

「レックスとタバサ泣いてないかしら?タバサはよく泣く子だから。そういえばレックスの靴下も作りかけなんだったわ。それにタバサのお洋服も。それに・・・それに―――」

ビアンカの微かに震える声がリュカの耳朶を打つ。

「ビアンカ、泣かないでよ。僕だって我慢してるんだから。大丈夫、あの子たちならサンチョや皆に囲まれていい子に育つよ。なんていったって、僕達の子供なんだから」

「な、泣いてなんかないわ!私を誰だと思ってるの?天下のビアンカお姉さんよ!?」

リュカとビアンカの曇りのない、それでいてどこか切ない笑い声がデモンズタワーの最上階に響く。と同時に石化の波は既に腰のあたりにまで到達しようとしていた。

「ビアンカ、もう一つだけいいかな。僕を後ろから抱きしめてくれない?」

「もう、こんな時にまで甘えん坊さんなのね。レックスが似なければいいけど」

ビアンカはまんざらでもなさそうにリュカの後ろから首に手を回すと後ろから抱きしめて見せた。リュカはその回された手を両手で優しく受け止める。
その間にも石化の波は二人の時間をどんどんと削っていった。

「ねぇ、リュカ?ずっと一緒だって約束、これだと果たせそうね」

「うん、そうだね。あのさ、石になってもお腹ってすくのかな・・・?」

「知らないわ、そんなこと」

「ビアンカ、最後にこれだけは言っておきたいんだ」

「なーに?」

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

遠くの山脈から顔を少しだけ出した太陽の光がデモンズタワー最上階でひっそりとたたずむ石像に向けて、まるで祝福の光を当てるかのように爽やかな朝の光の膜を作りだした。




「おい、兄ちゃん。折角のところ悪ぃんだけどよ、これはちと嫌な予感がするぜ」

お頭は同時に顔を向けた俺達に出口の方を親指で指し示すと、

「行くぞ。とにかくここから出るんだ」

そう言った。

「待って!まだ上には大臣さんが!」

ユイの言葉につられて俺の口からもとっさに言葉が漏れた。

「そうだ・・・!ビアンカ達だってまだ!!」

「あいつらは兄ちゃん達よりもよっぽど腕がたつんだろ?ここは俺の勘に従ってもらうぜ」

ここでやり取りを続けても意味がないと察したのか、お頭は突然ユイの手を取って背負うと走りだした。あまりの出来事に反応が遅れた俺はお頭が走り出ていくのを悠長に見送ってから慌てて走りだすしかなかった。今まで登ってきた無数の階段を駆け下りて行く途中、素人の俺でも分かる禍々しい空気と音がタワーの中を支配し始めていた。

「やっぱりな!だから魔法なんてまやかしが嫌いなんだ!碌な目に遭わねぇってんだよ・・!!」

お頭は後ろを振り返りつつそう口にした。
デモンズタワー一階の大きな扉から外の光が漏れている。その光を目指して一気にタワーの外に転がり出た瞬間、空気の抜けるような音と共にタワーの窓という窓から黒く邪悪な魔力の力が吹き出していく。

「伏せろッ!」

お頭の言葉に従って俺は大きく前方に身を投げた。
ゆっくりと顔を上げようとした俺の目の前に鞘に入れられた一振りの剣が地面に横たわっている。事態の把握ができないままうつ伏せになり辺りを見回してみる。山賊ウルフ、グランバニアの兵士、プックルやサイモン達は一様に黒い霧を吹き出すデモンズタワーを見上げている。その目には各々の想いが込められているのが離れて横たわる俺にも悲しいほど感じられた。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 天空の子供達(一)
Name: 豚真珠◆474c886e ID:f922ecac
Date: 2015/05/20 05:30

時が流れるのは早いもの。
漫然と過ごす日々でさえ早く感じるのだから、やるべきことに囲まれた日々は一瞬のように通り過ぎていった。気がつけば、あのデモンズタワーの忌まわしい出来事からすでに7年が経過しようとしている。
あの日、禍々しい魔力が解き放たれたデモンズタワーの最上階には、今までその辺りを包んでいた邪悪な気配とは正反対の柔らかで神々しくさえある夫婦の石像が、差し込んだ光を浴びてひっそりと佇んでいた。あの戦いの後、サンチョと俺を含むグランバニアの調査隊は塔の内部でその石像を発見し、直ちに城へと持ち帰った。そして親衛隊のパピン隊長はデモンズタワーの戦いで戦死したと聞いている。ピピンはしばらく実家の宿屋から出てこようとせず、俺にも顔を合わせてはくれなかった。ほかにもグランバニア軍自体に深刻な損害が出ており、何よりも国内の政治に精通した大臣を失ったのは大きい。だが、悲しみにくれている暇は与えられなかった。
まずはリュカとビアンカの石化を解く方法を探さねばならず、グランバニアを上げて調査団を世界中に派遣していった。その間にもレックス、タバサは本当にまっすぐ成長していき、サンチョが言うには、リュカが子供の頃よりよっぽど落ち着きがあるという。

「坊ちゃんにはお母上が小さなときからいませんでしたから。王子様も王女様も、たとえ石像になっていたとしても両親の面影を見ることができるのは幸せなことかもしれません」

と、さみしげにグランバニアの城壁の上から冷たい夜風の中で漏らしていたのは鮮明に覚えている。
俺とユイの間にも子供が産まれた。偶然にもリュカとビアンカと同じように双子だったのには驚いたが。男の子と女の子にそれぞれ、

『レン』
『サクラ』

と名付けることにした。二人とも花の名前から由来を、と考えたのはユイだが、何よりも、我が子に両親ともかけ離れた名前をつけることがどうにも気が引けた。元の世界に、という願望はすでになくなっているが、それはユイも同じだったのかもしれない。
こうして7年もの歳月はどこか皆に暗い影を落としながら、それでも平和に過ぎていった。


「サンチョーっ!見て見てー!」

大きく成長したレックスはスラリンの顔に炭で落書きをして、両腕で抱えたまま城内を走り回っている。

「もう!レックス!そんなことしたらスラリンが可哀想でしょ!」

と後ろから追いかけているのはタバサ。
このふたりは城中でも有名なお転婆に成長していた。

「おやおや、お二人共。そのように走り回って。お二人はこのグランバニアの王子様、王女様なのですよ。いたずらもほどほどにしてくださいね!」

サンチョはレックスに抱えられたスラリンを見て吹き出しそうになるのをこらえながら、そう諭すのが精一杯だった。

「ほら、こんなに上手にできたのに!」

レックスの腕の中のスラリンは、それはもうおぞましい姿に成り果てている。

「お父上やお母上が見たらさぞ驚かれるでしょう。レックス様のお父上はもっと―――」

そこまで言いかけてサンチョの脳裏には、かつてのサンタローズ村で口の周りにミルクで白くヒゲを作りながら、食卓に座って今では想像できないほど小さかったプックルとじゃれ合うリュカの姿を思い出した。

「もっと落ち着きがあってかしこい方でしたよ」

とだけ絞り出した。スラリンがうねうね動くと、描かれた模様が波打つ様は見ていて愉快だったが、これで笑ってしまうとなんだか負けた気がするのではと感じている。
褒めてもらえるとは言わないが、絶対に笑ってくれるものだと確信していたレックスはサンチョの反応を見て少し面白くなさそうに俯いた。

「サンチョさん、ごめんなさい。ちょ、ちょっと待って!レックスどこに行くの!?」

少し息を切らしながらちょこんとタバサはお辞儀をしてみせた。そんなタバサの手を引いて勢いよく走り出したレックスは

「サクラとレンのところに行くんだよ!」

と疾風のように駆け出していった。
やれやれ、と肩をすくませてみせたサンチョは二人の後ろ姿を見ながらかつてのリュカとビアンカを思い出していた。


「親分!こんなにやりやしたぜ!」

「へっ、これぐらいちょろいもんだ。もうじきこの辺り一帯は俺たちの手に落ちることになるんだ。お前たちぬかるんじゃないぞ!しっかりやんな!」

山賊ウルフの親分の野太い声が街道沿いに響く。

「兄ちゃん、もうこんなもんでいいよな。」

街道沿いに集結、散開した山賊ウルフたちは各々の持ち場についている。
そんな中、そう耳元で山賊ウルフの親分が尋ねる。

「そうですね。このくらいでいいと思います。だよな、ピピン」

「どうしてグランバニア王宮付き武官・・・みならいの私がこんなことに」

ぼそぼそとつぶやくピピンにもう一度尋ねてみる。

「ピピン!」

「は、はい!トキマさん!問題ありません!」

慌てて体勢を整えるピピン。

「じゃぁ街道の草むしりはこれでおしまいだ。さぁ、みんなで帰りましょう」

俺の一言であたりの山賊たちは歓声を上げながら駆け出していく。

「ふぅ。大体、ビアンカ王妃誘拐の実行犯と一緒に草むしりだなんて。私だって早く王宮勤めや、リュカ様の石化の謎を解く手伝いがしたいのに!」

「そう言わなくもいいだろ。彼らがビアンカを誘拐したのは大臣の策だったわけだし。おかげで最悪の事態は防げたわけだ。」

山賊ウルフがあの日、ビアンカを誘拐したのは大臣の依頼だったことが分かった。大臣はビアンカの代わりにユイをさらわせることで、デモンズや魔物たちを欺き、自らの手で全てを解決するつもりだったらしい。予想外だったのは、リュカが王宮を飛び出してしまったこと、山賊ウルフがビアンカを連れてグランバニアに戻ってきたこと、そして、デモンズと魔物が大臣一人では手に負えないほど強力であったということである。事件後大臣の部屋からオジロンに向けた手紙が見つかっている。その中には、俺とユイにグランバニアの未来の代償となるかもしれないことに対して謝罪の言葉が述べられていたそうである。全ては大臣の謀略だが、山賊ウルフがビアンカを連れて戻ったおかげで、ユイは生還できたし、何よりもビアンカが石化したとはいえ、今もリュカといっしょにいることができている。そういうわけで、山賊ウルフは奉仕活動2年という軽い処分で済んだのである。その後は、グランバニアを拠点に何やら色々と商売をしたり、調査団の手助けをしたりと活動している。今では、山賊ウルフの担当として俺が当てられているというわけだ。

「私だって父上に負けない働きができるはずなのに・・・」

ピピンから時折発せられるその言葉は俺の胸に突き刺さる。あの日、デモンズタワーの中へ俺を送り込んだ後、パピンは部下を守るために魔物の手に掛かり命を落としたという。あれから随分と時間が経ったが、ピピンも俺がグランバニアに来たときと同じくらいの年齢に成長している。グランバニア城へもどる途中で、

「戻ったらトキマさんの家に今日の報告書を提出しにまいりますので」

と、にこやかにピピンは宣言すると、さぁ早く帰りましょうとその歩の速度を上げ始めた。


「「お父様、お母様今日も一日ありがとうございました。一日も早く悪しき呪いが解かれますように」」

レックスとタバサは朝夕のお祈りを欠かさないようにしている。それはまだ抱かれたことのない両親への祈り。玉座の間のさらに上、普段は特別な人間しか入れない一室に置かれた石像に対する祈り。二人にはリュカ夫婦に抱かれた記憶はもちろん残っていない。穏やかな表情のまま、佇む二人を見つめながら

「あーあ、お腹減ったちゃった。タバサ、早く行こうよ」

とレックスはお祈りを切り上げてタバサに向きなおった。タバサはそんなレックスをよそに跪いて祈りを捧げている。

「ねぇ、タバサってば!」

「お兄ちゃんったら!今のお兄ちゃんを見たらお母様もきっと泣くわ」

タバサの両肩に両手を乗せて覗き込むレックスに、タバサはいつもはサンチョがレックスに向けている言葉を自分の兄に向けて発した。

「まじめだなぁタバサは・・・。いっぱいご飯を食べて早くお父さんとお母さんを元に戻すことの方が大事だよ。タバサもそう思うだろ?」

「それはそうだけど・・・でも」

「だろ?そうだよなぁ、やっぱり!今日のごはんはシチューかな?それともスープかな?タバサはどっちだと思う?僕はシチューだと思うなぁ、今朝キッチンに美味しそうなお肉がおいてあったから」

もう我慢できないとレックスはいち早く、お目当てのものにむかって、小さな鼻をヒクヒクさせながら駆け出した。

「おとうさん・・・おかあさん・・・」

タバサはいつものように様をつけた呼び方ではなく、長年呼んでみたいと思っていたその言葉を石像の両親に向けて投げかけて、レックスの去っていった方向に体を向けた。一瞬、石像からリュカとビアンカの声が聞こえた気がして慌てて石像の方を慌てて振り返ると、いつもの通り、リュカを包み込むように後ろから両腕をクロスさせるビアンカの姿が佇んでいる。その美しい石の彫刻からは、言い表し様のないあたたかな波動が放たれている気がした。


本日の任務の報告書とやらをピピンがこの部屋に持ち込んでからかなりの時間が経ったような気がするがそこには触れないようにしておく。ピピンの目的は報告書などではなくユイなのだ。

「レン殿、私にもその魔法の玉を見せてください!」

レンの横からピピンがその手元を覗き込んでいる。

「もう、ピピンったらそんなのに興味があるの?魔法なら私が見せてあげる!」

さらにその横からレンの手元を覗き込んでいたサクラがそんな言葉を挟む。

「いやはや、サクラちゃんの魔法もすごいものです。姉弟(きょうだい)でこのような才能に恵まれるとは、さすがトキマさんですね!」

ピピンがこちらに顔を向けずにそう答えた。

「魔法が使えるのはユイのおかげだろうな。俺は未だに大したことはできないし」

「いえいえ、山賊の棟梁が言ってました。トキマさんは盗賊が死ぬほど憧れる魔法を使いこなせるのだとか」

ピピンの純粋な驚嘆の声に少し皮肉っぽく俺は答えを返した。

「街の方向が分かるとか、ドアの鍵を開けられるとか、そんなのだろ?最近じゃぁ、道具の価値も分かるようになったかな。ユイに比べたらこんなの大したことないけど」

「あら。随分と楽させてもらってるわ。サクラが家の鍵をなくした時とか」

ユイが出来たてのサラダを食卓に運びながらいたずらっぽくそう口をはさんだ。

「そ、そうなんですね・・・!いつ頃からなんですか?どういうきっかけでトキマさんがそんな力を?昔は魔法が使えなかったって聞いてます!僕も魔法は得意ではないので是非!」

やや興奮気味にピピンはレンの手元から顔を上げた。

「それはねー」

随分と子供っぽさが抜けたユイがその顔にかつてのそれを蘇らせた。

「そ、そ、そんなことはどうでもいいだろ!」

「ピピン君ももうちょっと大人になればわかるわ。ねぇ、あなた?」

いつもはあなたなどという言葉を使わないユイがこの時に限っては、とても色っぽく感じられた。その瞬間ピピンはかすかに身震いしたかと思うと、桜色に頬を染めながらぼぅっとユイを見つめている。

「ねぇってば!ピピン!私も『殿』がいい!『ちゃん』だとなんだか子供っぽいもの」

そんなやりとりを終わらせてくれたのはサクラだった。
頭を掻きながらピピンが困ったようにはにかんでいるのを見て、こんなに和やかな一時を過ごすことのできる幸運を未だ呪いの解けぬリュカとビアンカに感謝すると同時に、罪悪感が心の中でぶつかっていた。


グランバニアは運の悪い城、凶事を引き寄せる呪いのかかった城、グランバニアの話を聞いた者は必ずそう答えるだろう。城内に安置されている守り神とも言うべき夫婦愛の化身像が姿を消したという話はすぐに世界中に駆け巡った。

「おのれ!あれだけ警備を厳重にしておきながら・・・ッ!」

オジロンは握り締めたステッキに血が染み込むのではと思わせるほどの力を込めてその場に立ち尽くした。グランバニア領にある夜、突然、大地震が襲ったのである。領内に深刻な被害をもたらしたそれは、それまで厳重だったグランバニアの警備体制に一瞬の隙を生じさせてしまった。

「せっかく石化を解く手がかりが掴めるやもしれぬという時に!」

いきり立つオジロンにサンチョが冷静に口を開いた。

「今まで何の手がかりも得られぬままでした。それが今回帰還した調査団の報告ではその手がかりを持つという研究者がいるとの話を持ち帰ってきました。そのタイミングでの今回の騒動・・・これは我々が真相にまた一つ近づいた証なのではないかと思うのです。」

しっかりと見据えたその目には、あるべきはずの動揺は一切見られなかった。

「とは言うても、その研究者がどこにおるのか、リュカとビアンカの行方も分からんではないか。」

オジロンはたまらずに口を開いた。

「ですから今回は私めが」

サンチョは居住まいを正し、もう一度しっかりとオジロンに、そして自らを奮い立たせるかのように

「このサンチョが必ずや、その研究者も坊ちゃんたちの行方も掴んでみせます!」

と声を張り上げた。


「というわけなのです。私がいない間のレックス様、タバサ様のことくれぐれもよろしくお願いいたしますぞ。」

サンチョが俺たちの家を夜中に訪れたのは地震の騒動から一月後のことだった。

「ええ。わかりました。サンチョさんお一人で行くんですか?私たちも一緒に―――」

ユイがレンとサクラを起こさないよう、声を潜めて返事を返した。

「いえ。お二人にはレン様とサクラ様がいらっしゃいます。それにレックス様、タバサ様を今、不安にさせるわけにはいかないのです。」

サンチョがいなくなることが二人を一番不安にさせるのではないかとも思ったが、サンチョの決意を感じ取った俺は、静かに頷くことでそれに応えることにした。

「お二人とも成長されましたね。坊ちゃんとここに初めて来られたときのことを最近なぜかよく思い出すのです。」

そういってサンチョはどこかさみしげに微笑むと静かに部屋を出て行った。



緑の大地にしっかりと建つグランバニア城。かつてパパスと共に旅立った時以上の覚悟をもってサンチョはその城門をくぐった。もうじき訪れる春の気配が風に乗って伝わってくる。東の空がうっすらと明るくなってくる頃、サンチョはグランバニア城に背を向けて歩き始めた。

「あーあ。約束破ったらいけないんだー」

そんなのんびりとした声が後ろから聞こえたときサンチョは、思わず腰を抜かしそうになった。

「レックス様!それにタバサ様まで!どうして・・・いけません!こんなに夜更かしして、それにそんな格好で外に出てきて。風をひいてしまいますよ!」

「サンチョさん・・・お父様やお母様が戻ってくるまでずーっと側にいてくれるって、約束しました。それにもう朝です」

タバサのビアンカによく似たその瞳がはるか下からサンチョの目を捉えた。

「サンチョだっておなべのふたなんか持ってどこ行くのさ。晩御飯のシチューの買い物?」

レックスの袖をタバサが引っ張って注意を促すとレックスは、小さな舌を少し出して微笑んで見せた。返事に窮しているサンチョのさらに後方からまた別の声がかけられる。

「おぉぉぉぉぉ、サンチョ殿。みずくさいではありませぬか。旅をするにも先立つもの、が必要でござろう?」

数年を経てより年季の入った鎧に進化したサイモンがヘラヘラと笑うジュエルを腰にぶら下げて指差した。ジュエルはのんきに趣味の悪いゴテゴテとしたネックレスを吐き出すと、サンチョに舌で投げ渡した。気がつくとレックスとタバサの後ろにはプックルが、その上にはピエール、タバサの胸にはスラリンが、いつものメンバーがサンチョの前に集結した。忘れるなとでも言いたげなパトリシアの鳴き声が、最後にこだました。



[8303] 強気心は次元をも超えた!? 天空の子供達(二)
Name: 豚真珠◆f30b4ebf ID:dd45f354
Date: 2015/05/22 01:02
サンチョが旅立ってから二ヶ月が経過した。時折送られてくる手紙には未だ明確な手がかりにたどり着けてはいないこと、しかし石化について知っているかもしれない研究者はかなりの高齢であること等、真相に着々と近づいているという希望をもたらしてくれた。それでもなお、グランバニアにはどことなく沈んだ空気が漂っているのは誰でも感じることができているだろう。現に、通行するのにも、入場するのにも以前にも増して規制が厳しくなりかつての賑わいからは大分寂しくなったようにも感じられる。

「ほら。こうやるのよ『ヒャド』」

サクラが胸の前で両手のひらをボールを持つようにかざすと、そこには冷気をまとった小さな雪の結晶が空中に姿を現した。ユイが最初に習得した氷擊呪文を当然のごとく引き継いだ愛娘サクラは、家の中で魔法を使って遊んだことはママには内緒だからね、という注意事項を付け加えることも忘れない。

「うーん。やっぱり僕にはできないみたい。同じ双子なのにどうして僕には魔法が使えないのかなぁ」

レンが寂しそうにそう呟く。レックスとタバサがいなくなってからサクラの遊び友達はレンだけになっていた。タバサが城にいた頃には二人で魔法を使ったり、スラリン達と遊んだりしていたのだが、その相手がレンだけになってからは、イマイチ物足りないらしい。ユイに似た真っ黒な髪は肩まで伸び、そのかわいらしい面影を見事に宿した少女はおそよ似つかわしくない言葉を口にした。

「どこかで思いっきり魔法を使ってみたいな!サイモンじぃに一度タバサと一緒に呪文をぶつけたことがあったけど、すっごく楽しかったんだから!レンも早くできるといいなぁ」

「僕はこれでいいや!」

魔法が使えないことを開き直ったようにレンはその手に抱えられた小型のボウガンのおもちゃを大事そうに抱えている。レンが魔法を使えないことを気にかけていたピピンは何かとレンを気遣ってくれる。一度ピピンから爆弾石というアイテムをもらってからは、道具屋のおじさんにいらなくなったアイテムを貰いに行っているようである。何度かやめるように言っては聞かせたのだが、次第に道具屋の店主自らレンのためにいくつかアイテムを用意してくれるようになっていた。それもこれもユイがいつも道具屋で買い物をしてくれているおかげなのだが。

「あー!それ!ピピンがくれたやつね?かして、かして!私にも貸してったら!」


子供たちが無邪気に遊んでいる間にも俺は兵士の詰所で黙々と仕事に追われている。
リュカと大臣がいなくなったことで、国王補佐の仕事もなくなってしまい、さらにはパピン亡き後、グランバニアには王が不在の時代が再び訪れた。それにともなって、親衛隊も解体されてしまい、今はグランバニア守備軍にまとめられている。事実上オジロン統治時代にもどっている状態だが彼は決して王位につこうとはしなかった。こうして俺も、守備軍の統括というポジションに上り詰め、王宮と市街地の橋渡し役と雑務を担当しているというわけだ。そして今、溜まりに溜まった報告書に目を通している。書類の山にどのルートから登山を仕掛けるべきか悩んでいたところ、勢いよく詰所のドアが開け放たれた。

「報告!不審な入城者が門前で騒いでおります!」

やれやれ、またかと力なく立ち上がる。このところこういった案件が実に多い。国境となっているチゾット村には再三、通行証のない者はグランバニア領に入れないで欲しいと要請しているにもかかわらずこれである。まぁ、村人もわざわざ登ってきた旅人を冷たく追い返すことなどできないというのも分かるのだが。城門に向かう道すがら、今日の担当はピピンだったと思い出してから余計に肩が重くなる。真面目なのはわかるがもう少し、こう要領よくできないものか。おそらく元大臣も俺に対して同じような気持ちだったに違いない。今ではそれがよく分かる。そんな感慨にふけりながら城門に到達した時だった。

「入城許可証が下りるまでは城内に入れることはできません!私だってあなたがたの苦労は分かります。ですからこうやってグランバニア領内でお待ち頂きたいと・・・」

ピピンが大きな身振りで話をしているのが見える。やはりか、と澄み渡る空を見上げながら重い足をさらに伸ばす。

「入城許可証ならあるでしょ!こ・こ・に!見なさいよちゃんと!」

ピピンに食ってかかるのは彼と同年代と思われる少女だった。まさに大人になる直前の思春期真っ只中といったところか。勝気な性格が押され気味のピピンを見ているだけで伝わってくる。

「ですからこれは古いものであって、現在のものとは違うものなんです!確かに先代国陛下のサイン入りですが―――」

ピピンの背後まで歩み寄った時に聞こえたそんなセリフが、頭の中に多少の違和感をもたらした。リュカのサインとはどういうことか。

「もう!あなたじゃ埒があかないわ。ちょっと!私たちは大事な用があってここにきたの!リュカさん直々のサインなんだから!」

ピピンの後ろにいる俺に向かって少女は入城許可証を突き出してみせた。リュカさんという言葉が先ほど生じた違和感を徐々に膨らませる。

「すみません。わが娘がご迷惑をおかけしたようで。これ以上わがままは申しません。私共は港の街でお待ちしますゆえ、この度の無礼はどうかご容赦を―――」

少女の父親であるという商人風の男が丁寧にお辞儀をすると、

「さぁ、ルー。お前も謝りなさい。」

父親に促されてルーと呼ばれた少女は頭を不機嫌そうに少し下げた。

「こちらはお預かりします。」

とピピンが証書を受け取ると、親子は馬車を引きながらグランバニア城をあとにした。俺が来たことが気まずいのかピピンは

「お忙しいのにトキマさんにはご迷惑をおかけしました。」

とバツが悪そうにそうつぶやいた。一人で処理できなかったことがよほど悔しかったのだろう。前にサンチョから誰の助けも借りずに仕事をこなすことができるようになったら、一人前だと言われてからというものピピンはやけに空回りが多い。

「あとで一杯付き合ってくれるか?」

叱責されると思っていたのか、ピピンは体を震わせると、不思議そうな目をしてみせた。


リュカのサインを記した入城許可証は多くない。リュカの治世が限りなく短かったからだ。そのあいだに支給された許可証を大事に持ち歩くなど几帳面な商人だなという印象を受けた。親子が待っているという港町まで大人の足で1時間程度。馬でかければそう時間はかからない。その日の夕方には、最新の許可証を携えて俺とピピンは港町まで馬でかけてくると、港町でも一番大きな宿屋であの親子を探す。すると、この部屋の一番良い部屋をとっているという。フロントの男が、「あのお客様は両手に華、うらやましいですな」と意味ありげに微笑んで見せた。

最上階の部屋のドアをノックすると、返事よりも早くドアが開かれた。

「お入りください」

先ほどとはうってかわって勝気だった少女は丁寧にお辞儀をしてみせた。面食らって足を動かさないピピンの肩を優しくたたくと、俺は部屋に足を踏み入れた。部屋の隅におかれたソファに先ほどの商人とその妻であろう女性がのんびりとくつろいでいる。女性はユイよりも年上だろうか。ともすれば変わらないくらいに見えないわけでもない。ただ、なんとなく居住まいがユイよりもさらに大人の女性の風格を感じさせる。対して商人の男は初老の一歩手前、とでも言おうか、一見すると不釣合いな夫婦だな、というのが感想だった。

「こちらを」

新しくなった許可証を商人の男に手渡すと、

「まぁ、おかけくだされ」

と夫婦は立ち上がって部屋の中央におかれたテーブルまで移動するとにそこに座るよう、まるで我が家での振る舞いのように促された。

「先程は我々も失礼いたしました。私、グランバニア王宮付き武官・・・見習いのピピンと申します。こちらは同じくグランバニア兵士隊長トキマです」

兵士隊長など大層な肩書きを並べてくれたピピンをちらと見ると、膝の上に置かれた手がしっかりとそのズボンを力強く握りしめている。こんな時も、見習いの一言を小さく付け加えるのがピピンのまじめなところなのだろうと少し感心するところだ。その一瞬男の目が大きく見開かれたような気がした。小さく咳払いをした男の声がやけに不気味に室内に響く。

「私たちはその昔、リュカ様と少しご縁があったものですから。家内も娘もお世話になりました。」

昔話をするように優しく語りだした男の表情には、口調と同じく優しい微笑みが浮かんでいる。対して横に座っている妻の方はなんだか言い表し様のない意地悪な笑顔に見える。ルー、と男が娘の名前を呼ぶと少女は温かい薬草のスープを出してくれた。では、遠慮なくと、ピピンは一口飲んだ瞬間、

「うまい!」

思わず声が漏れてしまったのか、そうはっきりと口にした。慌ててピピンのつま先を軽く踏んづける。

「し、失礼しましたっ!」

一人で芝居をしているかのように振舞うピピンに軽く頭を抱えたい気分になった俺は、6つの瞳が一身に向けれているのを感じ取った。あまりにも気まずい空気に耐えられなくなって出されたスープに手を伸ばす。

「今の季節はなんでしょうか?」

ルーと呼ばれた少女が唐突にそんな質問を投げかけてきた。いつも我が子が家の中で遊んでいるクイズのようなそんな尋ね方だった。

「春、ですね」

温かいカップから口を離すと、様々な疑問がうずまく中、それだけをやっと口にすることができた。

「そうね。冬がもう9回も終わっちゃった。そして今が春」

少女の言っていることの意味がわからなかった。

「オラクルベリーでは随分と世話になった。今となっては懐かしいがね」

男は顔を優しく歪めながらそう言った。

「今でもそれ、大事にしてくれているのね。ヘンリーさんはお元気?」

今まで沈黙を守ってきた男の妻が俺の腰に差された刀に目を向けて口を開いた。ヘンリーさん?オラクルベリー?どこかで聞いたような単語が、とうの昔に過ぎ去ってしまった記憶が蘇るのと同時に、どこかふわふわとした感覚に襲われる。夢と現実の間にいるようなそんな感覚だった。

「あの・・・トキマさん?」

ピピンが横から覗き込んできたことがきっかけでようやく正気を取り戻せたほどだ。目の前の人物がかつての面影をもって目の前に重なる。優しかったあの味、最初の大冒険だったあの日、そして、あんなに小さかったあの女の子。すべてがようやく一致した。

「ロッジさん!エナさん!懐かしいです!!お元気でしたか!?どうして何も言ってくれなかったんです」

一人ではしゃぐ俺に横から向けられた厳しい視線。振り向くと腰に手を当てた少女がじっと見つめている。

「じゃぁ、君は・・・ルリか?」

「じゃぁ、じゃないです!ひどいです!トキマお兄ちゃんには一番最初にわかって欲しかったのに!リュカさんと、雪が降ったら会いに来てくれるって。ずっと・・・ずっと待ってたのに・・・」

勢いの良かった最初とは対照的に、段々と声を震わせていく彼女は少し幼くも見えたが、あの日の彼女とは格段に見違えていた。

「な、泣くなよ。そうだ、綺麗になったなルリ!全然わからなかったよ。こんなに綺麗になってるなんて思ってなかったんだ。」

かつての面影を残しながら、変わらない大きな瞳と、鮮やかな茶色の髪、色白の肌に女性らしい膨らみを持つようになった身体。少女と呼んではいけないような、それでいてまだ幼さの残る彼女はすぐに笑顔に戻ってくれた。そして昔のように胸に飛び込んでくる。するとかつての記憶に残る重さとは比較にならない力が加わる。それと同時に、さらに柔らかくなったルリの感触と、男を狂わせる甘い香りが、女の子の変身っぷりをいやでも感じさせた。抱きしめるわけにも行かず、かろうじて頭に手だけ乗せることでそれに答えてやる。

「久しぶりの再会といきたいところだが今日は大事な話があるんだ」

ロッジさんが口を開くのと同時にルリがその体を離した。見上げる瞳から放たれた何かがこれまた俺の中の何かに突き刺さる。

「ここに来る前、そう、ちょうど二月ほど前だな。リュカ君を見たんだ。いや、正確にはリュカ君によく似た像なんだが」

「どこでみかけたんです!?」

俺よりも先にピピンが口を開いた。

「とある砂漠のマーケットでね。あまり公にできる話でもないんだが。」

ロッジさんは少し言葉を濁すとそう答えた。

「やけに神々しい像があるって言うんでね。商人魂というのか、一目そいつを見てみたくなってな・・・ルーが、いや、ルリがリュカ君にそっくりだって言うんでわしら夫婦も驚いたんだが、確かにリュカ君そっくりの像だったんだ。どうやら、光の教団とやらが一枚噛んでるらしい。」

ロッジさんの言葉にエナさんが続ける。

「なんだか神秘的というか魅惑的というか、見ているだけで幸せな気持ちになる不思議な石像だったわね」

「ワシらは商売としてグランバニアに向かう途中だったんでね。ようやく君たちに会えると思ってここまでやってきたんだが」

「このいい加減な兵士さんがお城に入れてくれなかったの。」

さらにルリが口を挟む。

「な!生意気な・・・私は当然のことを―――」

「なによ!それが頭がかたいって言うの!」

ピピンとルリのやり取りを聞きながら、二人共、随分と成長したもんだと、半ば親のように素直に感心していた俺だった。ロッジさんは現在、植物の種を世界中で売り歩いているらしい。その種というのもロッジさん夫婦の馬車の中で育てられているという。
「ふしぎなきのみ」「いのちのきのみ」「ちからのたね」「まもりのたね」「すばやさのたね」
貴重な品で誰もが手に入れたいと思っている品だった。滅多に手に入らない種の栽培に成功したらしい。他にも運が良くなるという種や、外見を美しくする種、なんていうのもあるようだ。

「天然ものと比べると、そりゃぁ、少しは質が落ちるかもしれんがね。だが、これのおかげで一儲けさせてもらっているよ。」

豪快に笑うその姿は昔と少しも変わっていなかった。


宿を出ると

「トキマさん!これは我々のお手柄ですね!」

興奮気味にピピンが俺の方を向いて瞳を輝かせている。

「ああ、そうだな。ピピンの手柄だな」

ロッジ一家との再会の興奮がまだ体内に残っているの確認しながらそう答えた。

「しかし、本当に顔が広いですねー。あんな」

通りに面した最上階の部屋の窓からルリが手を振っているのに気がついたピピンは言葉を途中で止めてその光景を見つめている。

「あんな・・・人たちとお知り合いだなんて」

「・・・手、出すなよ?」

俺はピピンに横目で釘をさした。

「な、なにを言ってるんですか!トキマさんこそどうなんです。そうだ!もどったらこの手柄はユイさんにきっちり報告しなくては」

愉快そうに突然駆け出したピピンを後ろで見送りながら、やれやれと見送る。
ユイさんにとわざとらしく言い放ったピピンを追いかけるまでそう時間はかからなかった。



[8303] 強き心は次元をも超えた!? 天空の子供達(三)
Name: 豚真珠◆8149d355 ID:b69075a2
Date: 2016/08/08 23:00
サンチョは馬車を急ぎ東に進めている。探していた研究者がついに見つかったのである。その研究者はルラフェンという街で密かに暮らしていた。ベネットと名乗ったその老人は齢80になろうかというのに、元気に研究を続けていたのである。密かに暮らしていると聞いてはいたものの、街では有名な偏屈ジジイであるということが分かった時、サンチョは少し困惑した。街の中央地区から一つだけ突き抜けるようにそびえる煙突からは、紫、いや赤色もとい青っぽい緑、何とも言えぬ不気味な煙が上がっている。おまけに壁はつたがからまり、何度も補修したであろうあとも見受けられる。

「ちきしょう!ベネットじいさんの家からまた変な煙が!せっかくの洗濯物が台無しだってんだよ!もう3回も洗い直してるんだぜ、まったく!」

「何言ってんだ!てめぇんとこはまだいい方だぜ。吹き飛んだジイさんちの残骸が何回俺の家に落ちてきてると思ってんだ!晩飯のスープにレンガが浮いてた時にはもう笑ったね」

通りに響く男達の声を聞いてサンチョは名前も知らぬ彼らにひどく同情した。
ベネットの家を訪れたサンチョは半ば怯え気味のレックスとタバサを大きな自分の体の後ろにしっかりと隠すと、思い切ってそのドアを叩いた。

返事はない。

もう一度ノックをしてみる。

しかし、返事はない。

さらにもう一度ノックをしようと手を伸ばしたその時、

「なんじゃ、また文句か!お前さん達が狸みたいな女房をバニーちゃんにする薬を作ってくれと頼んだんじゃろうが!」

すごい剣幕の老人が姿を現した。
そしてサンチョはこの時思った。この街の人間は案外この老人とうまくやっているのだろうと、そして、これは調査団が見つけるのに時間がかかったのも仕方がないと。


七つの子供たちを連れての旅は予想以上に厳しいものだった。しかし、魔物からの襲撃は幾分か楽になっている。自分ひとりではやはり手に負えなかったなとサンチョはあらためて胸をなでおろした。
以前は半ばおもちゃのように扱われていたパパスの剣をレックスは幼いながらも必死に背負っている。グランバニアにいた時にピエールやサイモンと剣で遊んでいたのは伊達ではなかったらしい。タバサからも形見をねだられたので彼女の頭にはビアンカのリボンが踊っている。またその手にはマーサが以前、儀礼の時に使用していた天罰の杖が握られている。月が半分雲にかかる中、サンチョは馬車の中で眠る幼い兄妹を気にしながら御者台に座っている。目指すはリュカたちのもと。石化を解く方法をベネットから何とか聞き出したサンチョは、いや聞き出したの双子たちである。ベネットの魔法研究を手伝う代わりに石化を解くという液体を譲ってくれたのだ。楽しそうに研究を得意の魔法を使いながら手伝っている双子を見て、ベネットが

「むかし、君たちのように私の研究を手伝っていった子達がおったんじゃ。なんじゃ、君たちを見ていると彼らを思い出すのう」

と感慨にふけっていた。物好きな人間もいたものだとサンチョは思ったが自分自身その物好きな人間になっている。大きな釜の前で四つん這いになったサンチョはレックスをその背に乗せながら、これでリュカとビアンカがもとにもどるならと、双子に両親を取り戻してやれるならと気持ちを新たにした。レックスの不注意で落ちてきた小型のビンをたとえ自分の頭が粉々に砕いたとしても。

サンチョ一行はルラフェンを出ると、さらに東へ進路を取る。リュカとビアンカの石像を見つけるためである。この分ならその日も遠くはないなとサンチョは期待を胸にベネットから譲られた小瓶を握り締めた。ただ、本当にこれで元に戻るのか、そこに大きな不安が残る。もっと他にも何かあるのではないかとサンチョの中の探究心に火が付いたようだった。

月が燦然と輝くある夜。とある海辺に馬車を泊め皆は疲れた体を休めていた。

「レックスー起きてよ」

ゆさゆさと揺らされる感覚で目を覚ましたレックスはいつもなら寝ぼけているところだが、今回は違っている。

「じゃぁ行こうか!」

囁くようにそう答えると月明かりに照らされた双子の顔は輝いて見えた。近くの森に足を踏み入れた二人は松明の必要がないほど月明かりに照らし出された森の中で捜索を開始した。

「この森にはサンチョの大好きな野イチゴがあるの。いっぱい集めてジャムでも作ってあげたらきっと喜ぶわ」

野宿の前、不意にお腹を鳴らしたプックルがタバサにそう教えてくれたという。魔物と会話できる能力はレックスよりタバサに色濃く継承されているようだった。

「ねぇねぇタバサ!これは?」

レックスの両手にはお茶碗ほどの大きさの果実が一つ乗っている。

「なーに、これ?」

タバサがレックスからその果実を受け取る。
果実に大きな目が一つ、半分くらいまで裂けた口がタバサの目をひいた。

「ひうっ!」

驚いたタバサはそのままその果実を抱えたまま動こうとしない。足がすくんで動けないのか、顔をできるだけ背けながら胸の前の果実の魔物と目を合わせる。
同じくその魔物も不気味に微笑みながらタバサを見つめている。

「ガップリンの子供だよ」

とレックスはいたずらっぽく微笑むとタバサからその魔物を取り上げ静かに森に帰した。

「もう!レックスのいじわる!」

反応はとても面白かったが、レックスにとってはイマイチの結果になってしまったことだけが彼の中で悔やまれた。現に、彼女からは近寄るなというオーラが出まくりである。レックスとは反対方向に進むタバサの背中を見ながら、たくさん野いちごを集めればきっとタバサも笑ってくれるのではないかと切り替えたレックスはすぐさま行動に移す。このとき、タバサから野いちごがどんなものか真面目に聞いておかなかった自分に対してひどく後悔した。

レックスから背を向けてどのくらいあるいたのか、タバサがそれでもあまり離れないようにしようと自分で調節できたあたりが、この森のどことない不気味さを表しているのかもしれない。急に、開けたとても小さな広場にでると、そこは明らかに人の手が入った証が見える。大きな切り株がひとつ月明かりに照らされて幻想的に佇んでいるのだ。切り株に腰を下ろしたタバサは、月光のカーテンの中にいる。広場と同じくぽっかりと空いていて雲一つない夜空が月を浮かべている。考えてみればこんなに一人でいたことはないのではないかとタバサは思った。いつも誰かがそばにいて、王女様、王女様と従ってくれる。そうでないときは常にレックスがそばにいてくれた。神秘的な森の中にお姫様が一人、これはこれでとても自分が大人になった気さえしている。

「タバサー。これは?」

不意に背後から聞こえたレックスの声。またか、とせっかくのお姫様の時間を邪魔したレックスに今度は絶対に引っかからないという意思をこめてタバサは振り返った。ふわっと通り過ぎる風がこの時はとても嫌なものに感じた。そこにレックスの姿はない。空耳だったのかと体を前に向けた途端そこにはレックスが立っていた。しかし、その目はどこか生気がなく、月明かりに照らされたその顔にはタバサとおそろいの美しい金色の髪は見当たらない。くすんだような、そんな感じだった。

「あなた、誰?」

タバサは優しく問いかけることができた自分が意外だった。スラリンと遊んでいる時のようなそんな和やかな空気さえそこにはあった。

「バレてしまっては仕方がない。」

レックスの姿をしたその男の子はぴょんっとタバサから距離をとると、本当の姿を現した。
タヌキが変化を解いた時のようなコミカルな姿の現しようにタバサの表情はさらに柔らかくなった。目の前にいるのはミニデーモン。

「ボクこそが『あんこくのだいまおう』を父に持つ『まかいのプリンス』なのデス!人間の小娘、ここでボクの『だいまおうへの道 序章 第一部 人間界に舞い降りた華麗なる悪魔と恐怖と絶望の人間たち』の糧となるデス!」

ミニデーモンは小さな右手を天にかざすと、弾けるような煙の中から等身大以上はあろうかという巨大なスプーンを取り出した。

「す、スプーン!?なぜデス!また失敗したというのデスか・・・。これでは地獄のフォークで串刺にするというボクの台本が・・・ま、まぁいいデス。これですりつぶしてやるデス!」

面白い子だなと思いつつもタバサは後ろ腰のナイフをゆっくりと引き抜いた。
ミニデーモンは自らの羽で少し浮き上がるとスプーンをおおきく振りかぶりそのまま振り下ろした。何度も縦横不規則に振り回すが、逆にスプーンに振り回されているミニデーモンの攻撃を交わすのは容易だった。このまま逃げ続けても仕方がないと判断したタバサは、ナイフをその鞘に収めた。続いて胸の前に手をかざして魔法の詠唱へと入る。

「な!人間のクセに攻撃魔法なんか・・・。魔族を甘く見るとダメなんデス!」

タバサが早いかミニデーモンが早いか、急に始まった小さな魔法対決。

「イオ!」

タバサから魔力が放たれることはなかった。

「やったデス!マホトーンが成功したデス!見たデスか!?いままで失敗続きだったボクの魔法もようやく・・・これで我が父上『みるどらーす』も認めてくれるデス!これで明日からボクは「だいまおう」決定デス!」

タバサは動けずにいた。今まで魔法が使えなくなることなどなかったのに。目の前のミニデーモンの魔法が成功してからタバサは詠唱中のまま金縛りにあったように動けなくなっていた。魔法が使えない恐怖をタバサは生まれて初めて味わっている。もっと言うならば、命の危機である。泣き出しそうになるのを必死にこらえようとすればするほど視界が滲んでくる。

「な、泣くなデス!そんな顔をされるとボクだって殺しにくいデス・・・」

背中の小さな羽根でふわふわとかんでいたミニデーモンは静かに片手を上げるとタバサの涙を拭って見せた。

「さぁ、これでもう死ぬ準備はできたデスね」

その瞬間タバサの視界からミニデーモンは勢いよく弾き飛ばされた。

「タバサー!」

すぐ近くまでレックスが駆けつけてきている。
と同時にタバサのマホトーンが解かれた。

「いたいデス!お、お前はガップリン!よくも人間なんかに手を貸して・・・!なんとか言えデスっ!」

レックスに投げつけられたガップリンの子供は不気味に微笑んだまま転がっている。

「お兄ちゃん!」

タバサはレックスに駆け寄ると思いっきり抱きついた。

「タバサを泣かせる奴は僕が絶対に許さないぞ」

レックスはタバサを落ち着かせてやると、背中のパパスの剣をゆっくりと引き抜いた。
重さが伝わるその剣を頑張って支えるその両手は少し震えている。そう、タバサにとってもレックスにとっても保護者のいない戦闘はこれが初めてである。

「仲間を呼ぶなんて・・・まるで魔物のような人間どもデス!こうなったら、明日から『だいまおう』になるこのボクの究極呪文をくらうデス!」

ミニデーモンが巨大なスプーンを天にかざし何やら呪文を唱え始める。すると雲が月を隠し、生暖かい風が通り抜けた。地響きがいっそう大きくなる。生暖かかった風はやがて広場を包むように渦を作り出し、黒い霧が溢れ出す。今まで見たことのない魔力が辺に立ち込めるとレックスにしがみつくタバサの力が一層強くなる。レックスも必死に剣を構えたままタバサを守る。

「これこそ、このボクが魔界のプリンスの証!すべての魔物の王たる我が父ミルドラースから継承した美しい魔力の集大成!くらえデス!」

風の渦の外では、雷鳴が轟き、大地は裂け、木々が軋む音が聞こえてくる。龍に乗った巨人が空を飛び、オリオン座がこぼれ落ちる。

「イ オ ナ ズ ン!!!!!」

しかしMPがたりない。


夜明けが近くなり空が白じみ始める頃、肌寒い空気によって目を覚ましたサンチョは馬車の中で眠る双子が寒い思いをしていないか首を突っ込んだ。瞬時に辺りを見回しても彼らの姿はない。全身から血の気の引いたサンチョはそばで寝ているプックルを体当たりするかのように揺さぶっている。

「お二人をしりませんか!?どこにいるのかわかりませんか!?」

めんどくさそうに左目だけ少し開いたプックルは、しっぽをゆらゆらとさせながら、器用に森の方を指し示した。森の中から、双子が戻ってくるのが見える。のんびり戻ってきた彼らに対してサンチョは勢いよく詰め寄った。

「どこにいっておられたのです!このサンチョ死ぬほど心配したのですぞ!魔物にでも襲われたら一大事!」

「はい、これ!」

聞いているのかいないのか、レックスは木で作られた籠の中にたくさん盛られた野いちごをサンチョに差し出した。

「こ、これは?」

戸惑うサンチョにタバサが静かに口を開いた。

「サンチョさんが野イチゴのジャム好きだから私たちでとってきたの。あとこの子も」

タバサの背中ではミニデーモンが野イチゴで口の周りを真っ赤に染めて眠っている。

サンチョは何も言わずに、レックスとタバサに目を閉じるよう命じた。ゆっくり振り上げられたサンチョのげんこつが二人に優しく降り注ぐ。

「いてっ!」

レックスの大げさな声が辺に響く。

「当たり前です!気持ちがいいわけないでしょう!?さぁ二人共そんな格好で朝ごはんは許しませんよ。はやく支度をしてきてください!」

サンチョは二人からもらった最初のプレゼントをジャムにしたが、その日の朝食ですべてなくなった。


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