朝食を終えての一服時、母親様が家族丸ごとマバワン村へと向かう事を宣言した。
それを聞いたノウラは瞬きを繰り返し、じっと母親様を見る。
何を言われているのか、判らなかった模様。
ですよねー ってな風に思う。
誰が田舎の寒村に、休暇に訪れると言うのだ。
誰が、危険となり得る場所へ訪れると言うのだ。
ノウラは、年に比して聡明な子供だ。
だからこそ、驚いたのだろう。
「でっ、でも………その、村は貧乏で戦って貰っても……………」
山間の寒村なのだ、そらそうだろう。
だからこその夏季休暇、バカンスなのだ。
うん。
個人的にはアレだ、そこまで理屈を重ねるよりも、直で『健気なノウラが気に入ったから、助けてあげる』って言った方が判り易いって思える。
まぁ、そう言い切れば余りにも見も蓋もない話しではあるが。
「あら、私達は夏季訓練に行くのよ? 獲物がただで手に入るなら有難いじゃない」
ねぇ母親様。
“獲物”って科白、本気でしたね、マジで。
コブリンにコボルト、果てはトロールまでは多分、この女傑にとっては獲物でしかないのだろう。
一度、熊とガチでかち合って圧勝していたのを見た。
化け物としか言い様が無い。
「だから、気にする必要は無いわよ♪」
母親様、語尾が踊ってるって。
異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント
0-08
只今、準備中
マバワン村へと向かう事が決まって、1日掛けて準備が行われた。
荷馬車を一台用意し、武器や食料、医薬品などを準備する事となる。
敵は<黒>の略奪隊なのだ。
どれだけの規模が来るかは判らないが、まぁ10を下るって事は無いだろうからだ。
その辺りは、経験者の母親様とマーリンさんに期待と云った所だ。
それよりも、俺にとって重要な事は、手に持った重さだった。
随行するので、護身用にと剣を帯びる事が許されたのだ。
忙しい準備の合間をぬって、母親様から誘われた武器庫。
そこは、子供と云う事で今まで入る事の許されない場所だった。
その、厚い黒塗りの扉が、開かれたのだ。
「マジで?」
思わず、そう呟いた。
それ程に、武器庫の中は、ナンと言うか、圧巻だった。
ずらっと綺麗に並べられた数々の武具は、良く手入れされている事を表す様に、蝋燭の焔を反射し、煌いている。
否。
蝋燭の光だけでは無い。
明らかに魔力による帯光と思しきものも見えた。
正直、只の男爵家の家にあるのは分不相応って思えるモノの数々だった。
或いは、我がヒースクリフ男爵家が、裕福に見えないのって、実はコレに突っ込んでいるからか? と思えた。
兎も角、圧倒される俺。
対して母親様はズカズカと入っていく。
行き先は剣が並べられている棚。
小はショートソードっぽいモノから太刀やグレートソードみたいな大剣、果ては剣と言うには余りにも巨大な真っ黒な剣まであった。
刃渡り200cmを優に超えるっぽい、長大な剣。
「Soreha,Kenntoiunihaamarinimoookisugita――か」
思わず日本語で漏らした俺に、母親様が振り返る。
が、俺の見上げているものを見て、笑いを浮かべる。
「貴方も男の子ね」
ナンと言うか、ヤンチャ坊主を見るかの如き言葉に、少しだけ抗弁したかったが、どうしても視線は黒くてデカイ剣に向かう。
うん。
持ちたいなんて、欠片も思わない。
只、素朴に疑問なのだ。
こんな、オークとかトロールとかゆー 巨大亜人クラスの種族でも無ければ持ち歩けなさそうな凶器が、何故に我が家の武器庫にあるのか、と。
まぁ、単純に考えれば、戦利品なのでしょうけども。
もう何度も言うのもナンですが、ホント、我が母親様、化け物です。
「コレは、ドラゴンベイン。竜を討つ為に作られた剣よ」
戦利品じゃ無かったんだ。
だったらアレか、馬鹿な部分が武器マニアの琴線に触れて蒐集したのだろう。
このコレクションを見れば、凄く納得であるが。
「ねぇビクター。何故、竜が最も恐るべきモンスターと呼ばれている理由は判る?」
「空を飛ぶから?」
対空戦闘は厄介だ。
イニシアティブを握られて、戦闘を継続なんて阿呆の極みだ。
「それは決定的では無いわ。打ち落とす方法なんてゴマンとあるわ」
「ブレスを吐くから?」
火を代表として、毒だの酸だの凶悪なものが揃っている。
生物学的な意味で解剖してみたい位だ。
「ブレスは脅威だけど、それは竜だけのモノではないわ」
「………竜魔法を操るから?」
人間が操っている魔法とは桁違いの大魔法。
それこそ正にチート、冥王様ってなものである。
萌えぬが。
「残念。それを打ち消す方法は確立しているわ。もっと単純な話よ」
「力が強い?」
腕の一振りで人をふっ飛ばし、ミンチより酷い様にする事が出来る。
でも、それこそ他の巨人なんかも含まれるんじゃ無いかと思う。
が、それが正解だった。
「そう、竜はとても力持ちよ。そして、その力は、その巨躯によって生み出されるの」
母親様は楽しそうに言う。
「巨人も確かに、その名の通り巨大よ。だけどね、年数を重ねた竜、所謂、古代竜は桁が違うの。それこそ、サイクロプス級の巨人を一撃で屠れるわ」
だからこそ、この馬鹿みたいな剣を作ったんでしょ、剣工は。
竜を討つって夢を見て。
嗚呼、正にドラゴン殺しな訳か、この剣は。
「いえ、攻撃は良いわ。避けてしまえばどうという事はないから。問題は、あの卑怯臭い防御力よ。鱗を貫くのは簡単だわ。だけど問題はその下。タップリの筋肉と厚い脂肪は、並みの剣なんてモノともしないのよ」
判る話ではある。
如何に万物を切り裂く剣であろうとも、切り抜く限界はある。
人で例えれば、刃渡り1cmの刃物では人に致命傷を与える事は出来ないって事か。
まぁ出血死の危険性はあるが、即死には成らない。
まぁ納得できる話ではある。
「だから私は思ったの。鱗を抜く剣を用意するのは簡単。それに筋肉を断ち、脂肪を削り、骨を砕く力を付与すれば、竜はさしで殺せる、と。まぁソレは勘違いだったんだけどね」
ほろ苦さを漂わせて言う母親様。
うわぁーい、キチガイめ。
竜とタイマン張る気でしたか。
呆れる。
信じられん。
てゆーか、こんな馬鹿な剣を作らされた剣工が可哀そうだ。
「だって、急所って首も含まれるんだものね」
待て。
マテマテマテ。
何か、話の流れがおかしいぞ。
疑問が内心に湧き上る。
見上げる母親様、その顔は茶目っ気にも似たものが含まれていた。
「四肢をぶった切って動けなくなった所で、心臓をぶっ潰す予定だったんだけど、首を刎ねたら普通に死んだのよね」
ヒョイとばかりに、その長大な剣を持つ。
軽々と、だ。
なんつーか、匙を投げたくなる。
「だからコレは私の失敗の碑でもあるの。持ってみる?」
無理! 無理です母親様!! 俺が潰れる、餡子が出る。
咄嗟に思った俺。
だが、俺とて男の子。
単純にして圧倒的な暴力の象徴に惹かれぬ筈が無い。
フラフラっと差し出された柄に手を伸ばす。
「っ!」
ズッシリと重いってレベルの話じゃない。
腕や肩が抜けそうになる。
つか、千切れそう。
「ヌヌヌヌヌヌッ」
無理。
落とす恐れはまだ無いが、今の体勢から動く事って無理。
汗がダランダランだが、母親様、笑ってみてます。
おのれーっ。
ひとしきり笑ってから、剣を取ってくれた。
疲れた。
へたり込んで、恨みがましい目で母親様を見たら、抱きしめられた。
なんでさ。
「貴方ってしっかりし過ぎてるから、心配になっちゃうのよね」
意味が判らん。
子供っぽい所が良かったのかもしれない。
が、どうでも良い。
母親様が満足したならまぁ良い。
とゆー訳で、与えられたのは刃渡り約50cmの、所謂ショートソードだった。
それも、軽量化と切れ味強化の魔法が付与されている、逸品だ。
まぁ装飾などが施されていない辺り、数打ちモノ――量産品っぽくはあるが、だがソレが迫力を生み出している。
中庭に出て振り回してみる。
軽いお陰で、身の丈の半分にも達しそうな剣が楽々と扱える。
流石は魔法剣、実戦剣。
訓練用に使っていた刃を落とした訓練剣とは比べ物にならない。
尚、盾は持たない。
大人用では大き過ぎて戦えず、子供用ってのは無いからだ。
何時もは両手で練習剣を持っていたが、コレは柄が短いので持てない。
だから右手だけで持つ。
上段中段下段、突きから斬りへ。
ショートソードってのは本来、刺突を基本とする武器だが、コレは刃がついている。
だから日本刀の、技も入れていく。
薬丸自顕流だ。
マニアックではあるが、まぁ男として一撃必殺とゆー言葉に引かれて少しだけ齧ったのだ。
それを剣の練習時にしていたのだ。
ブッチャケると、技の訓練が簡単で再現が楽だったってのが大きいのだが。
ええ、立木打ちです。
庭の一角に丸太を立てて滅多打ちです。
自顕流には横木打ちってのもありますが、アレはこの世界的には違和感があるっぽいので、立木打ちだけです。
だから内心で言います、パチ自顕流って。
まっそれは兎も角、自顕流の立木打ち。
母親様からは、シンプルだけど効果的ねとお墨付きを受けてます。
ん? だから、刃付きのショートソードを渡されたのかもしれない。
勢いがのってきたので、立木の前に行く。
剣を天に突き上げて、それから一気に振り下ろす。
「kieeeeeeetu!」
チェストじゃ無いですよ。
てゆーか、練習用に立ててた丸太が3撃目で切れました。
うん。
片手でコレっておかしいレベルの威力だ。
まぁ俺も、あの母親様の子供って事だろう。
脳裏に浮かぶのは、当然ながらもでっかい剣、ドラゴン・ベイン。
まぁよい。
立木が折れたので、次は母親様に教わった剣技剣術へと戻る。
剣撃に刺突を混ぜて、更に拳や脚を使う、総合剣術だ。
在る意味で、古式剣術みたいなモンだ。
母親様から教えられた、対人戦闘用だけでは無く大型小型のモンスター相手と戦う技の数々だ。
体を動かしていて楽しい。
が、柔軟運動無しで直ぐに全力全開っと為ったので、体にチョイと痛みが出る。
まだまだ俺の体は子供って事か。
残念だ。
動きを止めて深呼吸をする。
ああ、水が飲みたい。
「はい、どうぞ」
そんな気分を察してか、差し出された真鍮製のジョッキ。
出したのは我が妹、ヴィヴィリーだ。
「ありがとう」
美味い。
普通の上水だが、魔法の保水樽のお陰か、良く冷えている。
一気飲みして、口元を拭う。
「おにいさまも、マバワンの村へ行くのですよね」
「ああ。無理を言ってだけどな」
直接的な戦闘では足手まといだろうが、だが戦場で大事なのは前線だけでは無い。
否、在る意味で前線部隊が十分に活躍するためには後方段列は必須にして重要なのだ。
であれば、俺が行く意味はある。
剣を掲げ持つ。
陽光を反射し、輝くショートソード。
元々が平成日本の、平和な時代のメンタリティを強く持っている俺。
だから命の遣り取りをするって事への忌避はある。
が、同時に、この世界で生きていく為には、それを避ける事は出来ない。
特に、この国の様な、明瞭な外敵――<黒>で生まれ、育っているからには。
万感を込めて息を吐く。
「チョイと、頑張ってくる」
「初陣ですわね、私達」
「ゑ?」
私達って複数形? なんでと慌てて妹の格好を確認する。
茶を基調とした格好をしている。
てゆーか、細身作りのズボンを穿いている。
動きやすそうだ。
なんでさ。