SIDE:アリサ
「ようじょ~~~~~!!!」
「きゃああ~~~~~!!!」
佐祐理お姉さんと町に繰り出して少々。
私は今、変質者に追いかけられている。鮫島はいない、佐祐理お姉さんはどこ!?
周りの人間は助けてくれない。相手が私と同じ金髪なせいで、兄妹同士とでも思われてるの?! なんて屈辱!!
なんでこうなってるの?! どうして!? わたし何か悪いことした!?
確かに最後はお父さんが敗北するところを見届けはしなかったけど、今年はそれだけしかしてないわよ!?
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
10分ぐらい逃げに逃げ回り、気が付けば公園のような所に来ていた。私以外の足音は聞こえてこない。
振り切れたのでは・・・・・・? そう思い、背後を見てしまった。
「ツンデレ萌え~~~~~!!!!!」
「いや~~~~~!!!」
失敗した。足音を消していたんだ。無駄にハイスキル。
後ろを振り向いてスピードが落ちた為、今が好機とスピードを増した変態に追いつかれてしまった。
その変態は飛び上がり、奇妙なポーズでわたしに突っ込んでくる。
恐怖のあまり、わたしの足は動いてくれない。せめてもの抵抗と、右の手をグーにして突き上げる。
アッパーカット。
素人のわたしがしても大した威力は出せないけど、何も抵抗しないよりはマシ!!
まるでわたしのコブシに当たりにくるかのように、変態は顔をコブシに向けてずらしてきた。気持ち悪い。
「それはネタが古過ぎじゃこらーーー!!!」
天の助けか、ヒーロー張りのタイミングで人が現れる。・・・助けに来てくれたのかそうでないのか解らない台詞と共に。
変態は進行方向を変え、真横に吹っ飛んでいった。
変態の後ろから現れた少女が、空中に浮いている変態に華麗な後ろ回し蹴りを決めたから。
「あづぁ!!」
「え?」
だけど突然現れたその人は、変態を蹴り飛ばした後僅かに進路変更し、そのままわたしに向かって落ちてくる。
変態を蹴ったせいで軌道が変わり、更に空中だから身動きが出来ないのだ。
そう気が付いたのは、わたしと彼女が衝突した瞬間。
「うあっ!」
「い゛・・がっ!」
次に来る痛みに備え、わたしの体が反射的に硬くなる。
わたしの体は無防備のまま倒れ込みそうになり・・・・・・
「ぐ・・・ぐっそ!」
彼女に痛いほどの力で抱きしめられる。空中なのに恐るべき身体能力で彼女は、わたしと彼女の位置を逆にした。
わたしが上で、彼女が下。このままだと地面に叩きつけられた時の衝撃は、殆どが彼女に集中してしまう体勢。
知らずわたしは、彼女のジャケットをギュッと握る。
ほんの一秒かそこらで、わたし沢山の事考えてるわね・・・。頭の片隅で、そんな呑気な事を思った。
「祐一!!」
誰かの声が聞こえ、倒れたことを証明する衝撃が伝わってきた。
だけども来ると覚悟していた以上に、衝撃が少ない。
「ぐっ・・・がはっ・・・り、リイン・・・・・・か?」
「はい、そうです。祐一、大丈夫で「あだだだだ!! リイン、今は動くな!!」す、すみません!」
ほんの数秒前まで誰も(わたしを抱きしめている少女を含む)居なかったはずなのに、
固まっているわたしのすっごい至近距離から二つの声(少女含む)が聞こえてきた。・・・・・・誰の声?
何があったのかを確認するためにも、まずは起き上がらないと・・・・・・。
「そ・・・そっちの子も、出来ればちょっとだけジッとしていてくれると嬉しいかな~」
そっちの子って、私のことよね。
「は、はい・・・わかりました」
言われたとおり動くことを諦める。
動きたいのは山々だけど、この人はわたしを変態から救ってくれた恩人・・・かもしれない人。
理由はどうあれ、「嫌」と一言で切り捨てるのは躊躇われる。
でもこのまま動かずにいて大丈夫なの? さっきの変態、また襲ってきたりしないわよね?
「祐一、何してるの?」
状況を理解できないまま、30秒は経ったかしら。
また知らない女の子の声が聞こえてきた。・・・・・・・・・知らない?
頭に引っかかる違和感がある。知らない声?
「まい・・・タッチだ、タッチ。痛くて動けない・・・」
「は~い」
知らない(?)少女の返事と共に、ようやく彼女はわたしを放してくれた。
わたしも動けるようになったので、早速起き上がる。やっと状況を理解することが出来た。
「リインも、サンキュ」
「祐一、お怪我は?」
「おかげさまで、全然」
わたしは変態を蹴飛ばした彼女を下敷きにしていて、その彼女の下には(本当にいつの間に割り込んだのか)銀髪が綺麗な女性がいた。
倒れる直前に聞いた声もこの人ね。
この人がわたしと彼女のクッションになってくれたから、わたし達(特にわたし)への衝撃が和らいだみたい。
「びっくりしたよ~。祐一、いきなりいなくなっちゃうんだもん。
見つけたら見つけたで、こ~んなに離れた所に瞬間移動してるし」
「ついつい突っ込みの体質が働いたせいでな。突っ込んだ直後は激痛のあまり、死ぬかと思ったけど」
「後先考えずに行動するからだよ」
知らない声の少女は、やっぱり知らない人だった。それも同じ声が二人。
少女達はとても容姿が似通っている。姉妹なのね。
「ところで・・・・・・このお姉さん達、だれ?」
「ああ、この人達は・・・・・・こっちの銀髪のお姉さんは、俺の知り合い。
金髪の少女は、赤の他人。君、大丈夫だった? 怪我無い?」
「は、はい」
「そう、よかった」
綺麗な笑顔だな~。他人を想いやる優しさに満ちている。
お母さんもよく、こんな表情をわたしに対して浮かべていた。
けどその表情もすぐに鳴りを潜め、後に残されたのは男の子がするようなやんちゃな笑み。
「さって、俺はあのアンテナの様子でも見てくるか」
右手の拳を左の手の平にパンパンと叩きつけ、気合十分さをアピールしている。
スタスタと変態がぶっ飛んだ茂みの方へ向かって・・・・・・
って、ええ!?
「危険ですよ! 戻ってください!」
「平気平気」
わたしの制止の言葉も聞かずヒラヒラと手を振り、ちっちゃい方の女の子と手を繋いだまま茂みの中に入って行っちゃった。
警戒心はまるで持っていないように思える。本当に大丈夫なの・・・?
「では、こちらはこちらで自己紹介をしていましょうか」
「そうだね・・・そうですね。最初は私から~」
「何でそんなにのんびりしているんですか!
あの人変態のところに行っちゃったんですよ!?」
あんなに危険な行為をあの人はしているのに、それを止めようともしなかった。
二人はあの変態の恐ろしさを知らないんだわ!
・・・と、かくいうわたしもそれほど知っているわけじゃないんだけど、それでも!
「大丈夫。祐一が平気って言うんだから、平気なんだよ」
「ですね。祐一は何の根拠もなしに物事を口にするような、そんな人ではありませんし」
「ね?」
「はい」
お互い目を合わせて頷きあった。その表情からは、欠片も心配している様子を伺えない。
この人達の、あの人に対する信頼度はどうなっているの?
自己紹介をすると言っていたからこの場の全員初対面なんでしょうけど・・・この団結力は何? どこからくるの?
それだけあの人を信頼しているってこと?
あの・・・祐一というお姉さんを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を?
「え? あれ?
けどさっき・・・・・・スカート?」
「? どうかしましたか?」
銀髪お姉さんの疑問の声は、右から左に素通りする。
スカート・・・・・・してた。それに・・・でも祐一。・・・”俺”?
様々なキーワードが頭の中をグルグル回っている。
わたしがこの世に生を受けてからこれまで9年。今日ほど脳を回転させた日はないわ。
散々考えた挙句最終的に出た結論は・・・・・・事情を知っていそうな二人に聞いたほうが早い。
「唐突ですけど、お二人に質問します」
「え?」
「なんでしょうか」
「さっき変態のところに行った人は・・・・・・・・・・・・・・・男の人?」
そんな馬鹿な、と思っている。
あんなに慈愛に満ちた、母性を感じさせるような笑みを浮かべた人が、実は男の人なんて。
・・・冷静に、この二人の言葉やあの人の一人称を考えたら・・・・・・男性の可能性が高いわよね。
心の中では『否定してくれ』と思っている。でないと母性を持つはずの女として、負けた気分になりそうだから。
・・・頭の中では『男だ』と理解もしているけど。
「そうだよ」
黒髪のお姉さんの方があっさりと肯定。現実は非情だった。
わたしの中で『ピシッ!』っと何かに皹が入った気がするけど、皹を光速で修復する。
そんなことで落ち込むなんて、わたしじゃない・・・と心の中で自分を叱咤し。
「お待たせ」
「祐一、お帰りなさい。早かったですね」
「まあな。あいつが正常に戻ったか確認して、お寺でお祓いしてくるように進言してきただけだし。
君にも迷惑かけたな。あいつ時々暴走して変態行動はするけど、根は悪い奴じゃないんだ。
許してやってくれないか?」
「いいえ、だ・・・大丈夫ですよ。はい・・・」
俯き加減で返事をしてしまう。視線を合わせられない。
女装している男・・・へんた・・・いや、流石に失礼すぎでしょうわたし!
「そうでした。祐一、これを」
銀髪お姉さんが差し出したのは、こげ茶色のロングコート。丈の長いヤツ。
柄からして男物・・・よね。
「これは・・・?」
「祐一の所有物です。クローゼットから拝借してきました。どうぞ」
彼女・・・彼はすぐにコートを羽織る。丈は丁度、彼の足元までを覆い隠した。
これにより、スカートは外からは完全に見えなくなる。
「おお! ・・・あれ? 俺としては猛烈に助かったけどさ、なんで持ってきてくれたんだ?」
「頼まれたんですよ、今日の起き抜けに。『祐一がプレシアから女装を強要された挙句家から追い出されたから、手助けをしてあげて』と。
それで部屋からそれを見繕い、急いで追いかけてきました」
どうやら女装は、彼の趣味ではなかったようだ。ちょっと安心。
顔を上げて再び彼を見れば、確かに男の子に見える。服装だけで結構変わるものなのね。
「誰に? アリシア・・・なわけないよな」
「それは・・・・・・企業秘密、ということで」
「あ、秋子さ~ん!?」
「・・・違います。この言葉で、何故ぢゃむの女性を思い浮かべるんですか、あなた達は」
会話についていけない。わたし段々と傍観者になっているわね。
と、黒髪お姉さんの方が、彼のコートの袖を引っ張り出した。
・・・・・・二人の身長は同じぐらいなんだから、わざわざ袖を引っ張らなくても声をかければいいと思うんだけど。
「祐一、祐一」
「どした、舞」
「自己紹介しても良いかな。祐一が戻ってくるの早かったから、まだしてないんだ」
「お~、いいぞ。・・・どうせだし、この際全員やっとくか」
彼の視線はわたしにも向く。わたしも?
指差し確認を取ってみれば、うんうんと頷かれた。わたし、この中で多分唯一の部外者なんだけど。
・・・・・・彼はそんなこと、微塵も気にしてないみたいね。
「最初は私! 川澄舞、11歳。今月の終わりに12歳になります。
祐一とは4年前からのお友達。好きな動物はうさぎさん!」
言い出した黒髪お姉さんから自己紹介を始めた。
お姉さんの方は思ったとおり、わたしよりも年上だったみたい。
それにしても年齢以上に可愛い人。人一倍子供の純粋さを持っているというか・・・そんな風に見える。
「なら次は私だね」
お姉さんが終わったからか、彼と手を繋いでいる妹さんの方が話し始めた。
こっちはわたしより年下よね。どう見たって、小学校入学前の子供にしか見えないし。
「川澄まい。歳と誕生日は舞と一緒。祐一と出会ったのは、舞よりちょ~っとだけ後の方。
私と舞は同じ名前だけど、呼ぼうと思ってる方を意識しながら呼べば大抵聞き分けられるから、安心してね。
好きな食べ物はー、ぎゅ~どん!」
ええ!? まさか双子!?
確かに容姿は似ているけど、それにしたってこの身長差で同い年って・・・。
信じられないことに名前も前の人と同じだし。親はその時どんな心境でその名前を付けたの?
「次、リイン」
「はい」
驚愕している私を余所に、自己紹介は坦々と進んでいく。
男の人が指定したのは銀髪お姉さん。
・・・・・・今更だが本当に珍しい、銀髪なんて。どこの国の出身なのかしら。
だけどこの人、銀髪に赤い瞳で、すっごい美人なんだけど・・・・・・服を着込みすぎよね。
完全にダルマになっている。あれだけ着込んでたら、逆に暑そう。
服のせいで分からないけど、もしこれでスタイルも抜群なのなら、神様は万人に平等ではないと力説せずとも証明できそうよね。
「初めまして。先日から祐一の所で居候をさせてもらっている、名をリインフォース・カノンと申します」
日本風に姓を前、名を後にしたのかしら。カノンがファーストネームよね、多分。
「・・・え?」
バッと振り向き、銀髪お姉さん・・・カノンさん? に視線を向ける彼。
その行動を見取ったカノンさんは、彼の左側(手を繋いでいる女の子とは逆の方)まで移動して少し屈み、耳打ちする。
変な行動。
「契約の証、とでも思ってください」
「契約?」
「・・・・・・新生リインフォース、とでも」
「なんのこっちゃ」
「私は祐一と共に在る者なので、これからはあなた方と顔を合わせる事も増えるでしょう。
よろしくお願いいたします」
「お姉さんの自己紹介は堅っ苦し過ぎ。もうちょっと砕けた感じでも良いよ~、子供だけなんだし」
わたしも黒髪お姉さん・・・舞さんとは同意見だわ。
・・・お姉さんが舞さんなら、ちっちゃな方はまいちゃんて呼ぼうかな。・・・たとえ見た目に反して、まいちゃんがわたしより年上だったとしても。
「はい」
「んじゃ次は俺だな。つっても、実質自己紹介をする相手は一人だけだが」
彼はわたしに向き合う。この人に見られていると思うとわたしは意味もなく、服装や髪型に変なところが無いか気になりだした。
なんとなく・・・彼は苦手な相手。実際に接した時間は皆無に近いのに、そう感じる。
なんで・・・?
「俺の名前は、相沢祐一。現在11歳で、小学五年生。
好きなのは楽しい事、嫌いなのは悲しい事、苦手なのは真面目な事。
皆で楽しむ為なら、事前準備も手間を惜しまない性格。趣味と特技は無し。以上」
わりと万人が思っていそうな内容、当たり障りの無いシンプルさ。
クラスに転入してきた転校生を彷彿とさせるような自己紹介だった。
相沢祐一・・・ね。
「呼ぶときは呼び捨てで良いぞ。そこらへん気にしないタチだし」
「遠慮しておきます、相沢さん」
よく観察していると、フランクな言葉遣いや子供っぽい仕草とは裏腹に、見た目以上に大人びた雰囲気を感じ取ることが出来る。
・・・・・・ああ、そうか。ようやく彼が苦手に思えた理由が分かった。
「懐かしいやり取りだなぁ。かつての香里以来の会話だ。
呼び捨てはともかく、せめて名前で呼んでくれ。どうにも最近、苗字で呼ばれるとくすぐったくてな」
「・・・・・・はい、祐一さん」
彼は大人なんだ。彼相手じゃ、わたしはわたしのペースを保てない。
クラスの子達を引っ張っていくのが常だったわたしが、彼が相手だと逆に引っ張られる立場にある。苦手意識を持つはずだわ。
「最後は、わたしですね」
・・・他の子供よりちょっとだけ大人びているわたしと、他の子供より圧倒的に大人な彼。
いつもの負けん気を起こす気にもならない。
まったく。佐祐理お姉さん以外に大人な子供がいるとは思わなかったわ。
「アリサ・バニングス。9歳。アリサが名前です。
日本生まれですけど、見た目と名前で分かる通り日本人じゃありません。
この町には、父親に連れられて遊びに来ています。
それで・・・・・・・・・えっと・・・あの・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・どうした?」
これは言い出し辛い。でもここではっきりと言った方が良い。
「ま・・・・・・ちょっと道に迷っていて・・・道を教えてもらえたら助かるな~と・・・」
「そうか、迷子か」
「っ!! はっきり言わないで下さい!!」
率直にも程があるわ! この人には他人を気遣う心が無いの!?
まさかこの歳になって迷子なんて・・・・・・それもこれも、あの変態のせいよ!
「迷子ぐらいで恥ずかしがるなよ。知らない土地で変態に追いかけられるってレアな体験すれば、十中八九迷子になるさ」
ちゃんとそこら辺の事情分かっているのなら、あんな発言しないでよ。
恥ずかしいじゃない。
「それで、バニングスは「アリサで良いです」・・・アリサは、どこに行きたいんだ? 道案内するぞ」
初対面の相手に名前で呼び捨てなんて、平生ならかなり不愉快な行為のはずなのに、それを自ら許してしまう。
相手が祐一さんだからか、そんな風には感じなかった。これは祐一さんの人柄が理由・・・?
「・・・商店街」
「あいよ、商店街な。・・・・・・って、商店街?」
祐一さんは、わたしが入ってきた公園の入り口を見、彼が入ってきたであろう公園の入り口を見た。
わたしもざっと見てみる。何か違いでもあるの?
「まい・・・あの方向に、別の商店街でもあるのか?」
「あっち? あっちは・・・・・・住宅街だったと思うよ」
「そうか。・・・なら、ぐるっと逃げ回ってこっちに来たんだな」
その会話で、彼が何をしていたのか理解できた。
わたしが行こうと思っている商店街と彼が知っている商店街が同じ場所だと、確証が欲しかったんだ。
完全に会話からの推測なんだけど、彼らは商店街の方向から来たのね。
この公園の出入り口は二つ。わたしが入ってきたところと、祐一さんたちが入ってきたところ。出入り口は位置的に正反対。
祐一さんが入ってきた出入り口からわたしも入ったんなら、入る直前にわたしと祐一さんはすれ違っている。
わたしにはそんな記憶が無いし、事実彼らとはすれ違ってない。つまりもう一つの入り口からわたしは入ってきたことになる。
方角が違うし、もしもわたしと彼らの考えている商店街が違ったら、とんだ無駄足になるから・・・・・・。
この人は気遣いが無いように見せかけて、その実すごく周りに気をかけている。
「出発するぞ~、皆」
掛け声をかけて祐一さんは先頭をスタスタと進んでいった。
舞さんは祐一さんと手を繋ぎ、カノンさんは祐一さんの斜め後ろから付いていく。
わたしは・・・・・・ちょっと迷ったけど、舞さんの隣に並ぶ。
「アリサちゃん」
「はい?」
「これから、長い付き合いになりそうだね」
「え?」
「握手握手」
移動中、舞さんから呟かれた意味深な言葉。手を差し出したら、嬉しそうに握り返しブンブンと。
相変わらず純粋さ抜群の笑顔だったので、なにか特別な含みがあったようには思えなかったのよね・・・・・・何だったのかしら。
商店街に着くまでの間、短い時間だったけど、祐一さんはわたしを退屈させない会話をしてくれた。
この町のこと。例えばこの町には新しい高校が建設中で、その中は実は迷路のように入り組んでいるとか、
屋台のタイヤキは他のどんな店のタイヤキよりも美味しいとか。
特に念入りに聞いたのは、猫のところ。この町は人に慣れた猫が多いらしい。すずかが聞いたら喜びそう。
そして・・・・・・・・・・・・商店街が見えてきた。デカデカと『商店街』と書かれたアーチ状の看板もある。
「ここが商店街。アリサの思っているところと、相違無いか?」
「・・・多分」
正直商店街の入り口だけを見ただけじゃ、自信薄。
ここだ! と決定付けられるものも、パッとじゃ見つけられない。
「アリサちゃ~ん!」
商店街で記憶にあるものが無いか検討するためウロウロしていたら、私を呼ぶ声。佐祐理お姉さんだ。
呼び返したら、声を頼りに急ぎ足でわたしのところに来てくれた。
佐祐理お姉さんはすごく息切れしている。必死になってわたしを探していてくれたみたい。
「よっす。あけましておめでと、佐祐理さん」
「あ、あけま、して、おめでとう、ございま・・・すぅ~」
膝に手を付いて息を整えながらの佐祐理お姉さんの挨拶。
祐一さんのこの口調・・・佐祐理お姉さんを知っている?
「はぁ・・はぁ・・祐一さん、アリサちゃんとどこで?」
「公園」
「公・・園?」
「変態に追いかけられてた」
わたしは佐祐理お姉さんにムギュッて抱きしめられた。
ちょっと痛い。
「ごめんねぇ、アリサちゃん。私がうっかり・・・」
「ううん、気にしてないですよ」
佐祐理お姉さんに抱きしめられながら、祐一さんからここの4人(祐一さん、佐祐理お姉さん、舞さん、まいちゃん)が友達同士だと説明を受けた時は、世間は狭いって本当だな~と実感する。
「祐一さんも、ありがとうございます」
「いえいえ。佐祐理さんのお役に立てたんなら、光栄ですよ。アリサも、良かったな」
まるでただの迷子にそうするように、頭を撫でられた。ちょっと、屈辱。迷子だったのは否定できないけど。
・・・こんな風に頭を撫でられるのって、いつ以来かしら。
「あはは~。・・・ところで、祐一さん?」
「なんでせうか?」
「一弥との初詣は、どうなったんですか?」
祐一さんは数秒間硬直する。ゆっくりとした動作でポケットから携帯を取り出してカパッと開いた。時間の確認ね。また数秒沈黙する。
ポケットに携帯を仕舞った頃には、今まで常に感じられた余裕が感じられなくなった。
最後に深いため息。・・・・・・遅刻したのね。
「まだ間に合う! マイマイ、リイン、行くぞ!」
「「最初っからラストスパート♪」」
「はい」
来た道のりをUターンし、祐一さん御一行は走る。
・・・・・・・・・・・・・・・と思ったら、すぐに引き返してきた。
「食べる時間が無かったから、アリサにこれやる! 外側カリカリで中モフモフだから、おいしいぞ!」
一体どこに隠していたのか、祐一さんから紙袋を押し付けられた。
中を見る。
中身は・・・・・・何の変哲も無いメロンパン。
それも沢山。
これは何。わたしに何を求めているの? もしかして挑戦状?
外側のカリカリと中のモフモフを交互に食べて、見事完食してみろって事なの?
祐一さんに是非とも問いただそうと思ったんだけど、視線を向ければ祐一さんはそこには居なかった。
周囲を見渡しても、いない。
「速い・・・」
「瞬発力は、みんな常人以上ですねぇ」
しょうがないので袋の中から二つメロンパンを取り出し、佐祐理お姉さんと一緒にかぶりつく。
どうしようもなく、カリモフだった・・・。
夜
お父さんが病院に運ばれている為、今日は必然的に倉田家に泊まる事になる。
鮫島がいるからわたしだけ帰ることも可能だけど、いくらなんでもそこまで非情にはなれない。
翌日の朝に、前日の醜態をまるで感じさせないお父さんと一緒に帰るのが毎年の事。
夕飯は、佐祐理お姉さん作の手料理を皆で頂いた。
その時に初詣のことを嬉しそうに話す一弥の様子からして、祐一さんは無事に間に合ったようだ。良かった。
それも終えれば後することは、お風呂に入って寝るだけ。お風呂に入り終えた今、わたしは佐祐理お姉さんと一緒の部屋に。
来客用の部屋は沢山あるけど、わたしはいつも佐祐理お姉さんと寝る。
「電気消すよ、アリサちゃん」
「はい」
部屋の中は真っ暗になり、佐祐理お姉さんがベッドに入り込んでくる衣擦れの音が伝わってくる。
佐祐理お姉さんがベストポジションを確保したら、後に残されるのは静寂。
数十秒後は二人とも、ただ眠るためだけに沈黙していた。
「佐祐理お姉さん」
わたしは何とは無しに、佐祐理お姉さんに呼びかける。
特に聞きたいことがあるわけでもなかったんだけど・・・・・・。
「・・・ん?」
「あの・・・佐祐理お姉さんと祐一さんって、友達なんですよね。一体いつから?」
思わず口をついたのは、お昼に出会ったあの人のこと。
あんなに印象深い人なのに、佐祐理お姉さんの口からは一度もその話題を聞いたことが無い。
ただの友達なら、別に気にもしなかったと思うけど・・・あれだけ個性たっぷりなのに一回も無いなんて、不思議。
「・・・そっか。アリサちゃんには、話してないもんね。
私と祐一さんが最初に出会ったのは・・・一番最初に出会ったのは、二年と半年ぐらい前だよ」
「二年と半年・・・」
思ったよりずっと前から出会っていた。水臭いな、教えてくれても良かったのに。
あ・・・二年と半年前って・・・・・・。
「一弥が・・・入院していた時期?」
「うん、その頃。一弥が病院のベッドに伏せていて、私は一弥がどんどん窶れていく姿を見ているしかなかった時」
自傷気味に説明された言葉には、未だに暗い感情が見え隠れしている。
あの時期のことは、当時まだ小学校に上がったばっかりだったわたしも憶えている。
ずっと凛としていた佐祐理お姉さんには元気が無く、入院している一弥のお見舞いにお父さんと行った時、元々痩せていた一弥が、いつにも増して痩せこけっていた。
痛ましい姿に同情し、わたしは極力一弥が退屈しないように努力したっけ。
・・・・・・思い返してみれば、すずかのバンダナを取って苛めていた事も、苛立つ自分を誤魔化す憂さ晴らしだったのかもしれないな。
「夏休みの真っ只中だったかな。私は毎日一弥のお見舞いに行って、日々痩せていく一弥の話し相手をして・・・・・・」
間近で見続けてきた佐祐理お姉さんの精神的な苦痛は、どれほどのものだったのだろう。
一弥と長い時間一緒ではないわたしでさえ、自分の無力さ加減に苛立っていたのだ。
佐祐理お姉さんの心境は、わたしが将来かけても理解することが出来ないかもしれない。
「そんな憂鬱な日々を過ごしていたある日にね、私が一弥の病室に行くと、部屋の中から話し声が聞こえてきたの」
「もしかして、それが?」
「うん。祐一さんだった」
やっぱり。でも話の展開から予測できたとはいえ、何でそんなところに?
祐一さんって、病院とは程遠いイメージしかないんだけど。
「こっそり部屋の引き戸を開いて隙間から中を覗いたら、知らない男の子の後姿と・・・・・・笑顔の一弥。
信じられなかった。私だって滅多に見ることが無かった一弥の笑顔が、そこにあったから」
そうだ。わたしも、一弥の笑顔を見たことは殆ど無かった。
一弥の笑顔をよく見るようになったのは、ここ最近のこと。そう、二年前からだった気がする。
「でもその時は、何で見ず知らずの男の子が一弥の笑顔を見ているの? そう思ってた。
ついつい頭に血が上って、『わたしの弟に何をしているんですか!』って、勢いで怒鳴り込んじゃった」
今のほんわか佐祐理お姉さんなら、「あはは~」って迫力ある笑みで相手の反省を促してきそうなものだけど、
礼儀正しくて、いつだって凛としていた時期の佐祐理お姉さんの怒鳴り込む姿なんて、想像もできない。
「その頃の祐一さんってね、とっても不思議な目をしていたんだよ。透明で、純粋で、無垢で・・・・・・。
今みたいな子供っぽい表情を浮かべることなんて、無かったなぁ」
こっちは更に想像できない。やんちゃな男の子をまさに体現しているような人だったのに。
・・・・・・そりゃ、子供っぽくない仕草は時々あったけど。
それにしたって、透明で、純粋で、無垢な目って・・・・・・どんな目よ。
別に佐祐理お姉さんが嘘を言っているとは思わないけど・・・見間違いか何かじゃ?
「そこから、どうやって友達に?」
「ううん。友達になったのは、それから半年経った頃だよ。その日は何も言わずに、私の頭を二、三度撫でて帰っていったの」
人の頭を撫でる撫で癖でもあるの? あの人。
今日はわたしの頭も撫でていったし。
「祐一さんは元々この町の出身じゃないんだ。
夏と冬の長期休み期間の間だけ、この町に遊びに来ていて・・・私が夏に出会えたのは、その日一日だけ。
次に再会できたのは、冬の休みだった。一弥は休み中何度か会ってたみたいだけどね」
半年後はどんな状況で再会したのかしら。町を遊びまわっていた祐一さんを、偶然佐祐理お姉さんが見つけたとか?
ありえそう。
「信じられない話かもしれないんだけど・・・・・・祐一さんは弱っていく一弥を見かねてね、あの子に魔法をかけてくれた魔法使いなの」
「ま、魔法?」
不意に出されたその単語は、わたしにとってここ数日で慣れ親しんだものだった。
クリスマスになのはとフェイト、はやてから自分達は魔法使いだと聞かされてから、『魔法』の言葉は頻繁にわたし達の間を行き来するようになったからだ。
もっとも、魔法を使えないわたしとすずかがいる以上、何ヶ月も続くような話題じゃないでしょうね。
でもまさか祐一さんがその・・・魔法使い?
「そう、一弥が元気になる魔法。一弥を笑顔にする魔法。
その日を境に、一弥の顔に見る見る生気が戻っていって・・・まるで入院生活が嘘のように、元気になった」
ああ・・・比喩的表現ね。びっくりした。
まあこんな身近に、相次いでポンポンと魔法使いが現れたらたまったもんじゃないけど。
「夢を見ているのかもと思った。一時期はね、一弥はもう助からないって、本気で諦めていたこともあったから。
元気になった後で、一弥から話を聞いたの。祐一さんの事とか、色々。そしたら、すっごい答えが返ってきたんだよ。
『祐一さんがいてくれたから。祐一さんが、
「頑張らなくても良い。我慢しなくても良い。好きなことは胸を張ってしな。
子供がやりたいと思うことをやるのは、何も悪いことじゃないから」
って優しく諭してくれたから、元気になれた。やりたいことをやろうと頑張れたんだ』って。
あの自己主張も満足にしなかった一弥が、祐一さんを褒めちぎってたのよ」
「祐一さんって、本当に子供なんですか?」
「あはは~。ある意味では子供じゃないかもね~」
ある意味? 11-2,5=(四捨五入で)9歳。
わたしと同じ年齢の子がそんな言葉を使うなんて、そこにどんな意味があるのか是非とも教えてもらいたいわ。
でもたとえ本当に秘密があったとしても、佐祐理お姉さんは教えてくれないでしょうね。
他人の秘密を軽々しく口にしない人だから。
「それを聞いた後は、居ても経ってもいられなくて・・・。
謝りたくて、お礼を言いたくて、町中を四方八方探してみたけど、祐一さんは見つからなかった。
もう、夏休みは終わってたんだ。だから冬の休みに祐一さんと再会できた時は、本当に嬉しかった・・・。
私と祐一さんの付き合いは、それからかな」
「へぇ~」
二人の出会い他諸々は大まかに理解できた。そこから佐祐理お姉さんの話し方、喋っている言葉に含まれている感情。
それらを観察しとある確証を得た今、心の中でニヤニヤが止まらない。
「佐祐理お姉さんって、もしかして・・・・・・・・・・・・」
「な~に?」
「祐一さんの事、好きなんですか?」
「・・・・・え?」
暗くなった部屋の中、私に目を向けた佐祐理お姉さんと目が合った。
瞳には”図星”の二文字が浮かんでいるように見えてならない。
「ふぇぇえええええ!!?」
「あう!」
き、近距離から大声を出されたから、耳が!!
耳を押さえて蹲る。(寝転がっててもこの表現が正しいのか不明だけど)
そしたら佐祐理お姉さんがわたしの両肩を掴んで、ガックンガックンと揺すり始めた。
脳がシェイクされる。あわわわわわわ。
「そんな! 私なんかが! 祐一さんと! 釣り合うわけ! 無いじゃない! 変なこと! 言わないで!」
「ご、ご、ごめん! なさい! 謝るから! 揺すらな! いで!」
佐祐理お姉さんの揺すぶり攻撃はしばらく続いた。お陰でわたしの頭の中はグワングワンしている。
あの佐祐理お姉さんが、こんなに取り乱すなんて・・・・・・。
「まったくもう。ほら、もう寝るよ。夜も遅いんだから」
「はい・・・」
夜も遅いといわれたけど、今はまだ夜の9時半ぐらい。
健康的だし子供としては正しいかもしれないけど、普通に早すぎるわ。
この時間はいつもは子犬たちと戯れるために起きていたから、眠れないのよね。さっきの騒動も合わせて余計に。
「すぅ・・・すぅ・・・」
佐祐理お姉さんはもう寝入っている。早すぎ。
倉田家に遊び道具は殆ど置いていないから、どうしても寝る時間は早くなっちゃう。
そりゃもう慣れっこな佐祐理お姉さんはあっさりと眠れるかもしれないけど、わたしは無理。
「・・・・・・はぁ」
それにしても、今日は疲れた。最近はとんと無い程濃い一日だった。
始まりの変態騒動を除けば、なのは達への良いお土産話ができたわ。
今日のあの一時間にも満たない、祐一さん達と過ごした時間。教えてもらった街角(猫)の情報。
まずは新しく知り合った人達のことから教えてあげよう。
川澄舞さん、まいちゃん、カノンさん・・・・・・相沢祐一さん。
「ふふっ」
自然と笑みがこぼれる。なのは達に話していたら一日ぐらいは話題に困りそうにも無い。
なにせ女装が似合う男の子だものね。祐一さんは個性的な人だった。
絶対なのは達も、会ってみたいって言うわ。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
祐一さん達と出会ってからの出来事を思い出していると、不意に頭を掠めた、カノンさんの自己紹介。
はれ? リインフォース?
カノンの名前だけに気を取られてその時は気にもしなかったけど、あの人そう名乗っていたわよね。
それに銀髪・・・・・・
『そうや。瞳が紅くて、美人で。特に良かったんは、あのぽ・・・』
後半部分は意図的に忘れてしまったけど、はやてに聞かされた外見的特長の一致。
これって・・・偶然なのかしら。帰ったら、はやてに確認を取ってみるべきかな・・・。
・・・・・・今頃になって睡魔が襲ってきた。少しずつ思考が定まらなくなっていくのが分かる。
今日は眠いから、明日帰っている道中にでも考えよう。
おやすみなさい・・・・・・。