「――やはり、暑いな」
ベルリンの春から約1年。特型駆逐艦【雷】の艦橋でアジアの風を高野京也中尉は味わっていた。
「ふん、この程度で何が暑いだと」
横にいたコレス(彼らはそれぞれ兵学校と機関学校だから、厳密な意味での同期ではない。だが、彼らの在学中は双校同じ江田島にあったので感覚的に変わらない)の弓削機関中尉は、彼らしい態度でカンカラとのたまった。
「エンヂンはいいぞう、エンヂンは。
ゴウゴウと燃やして、ボーボー蒸かして、ガンガン回す。
男子の快事ココにありと思わんか」
「無駄に暑そうだな」
京也の言葉に、弓削機関中尉は必要以上に顔を赤くして力説した。
「熱くならなければ、フネは動かん。無駄などドコにもない」
弓削毅司。名前の通り、蒸気機関の申し子だと、高野中尉は思った。だが、彼の言う通り、今からは彼の働きがなければならない。
「期待している」
「おう、されいでか」
ここ東シナ海沖では、フィリピン・スービック海軍基地に展開した米海軍アジア艦隊を無力化すべく、日本遣支艦隊が進撃していた。
結局、この半年間、米政府との交渉は全く成功しなかった。1ヶ月前にはフィリピンへ戦艦七隻を中心とする米艦隊が到着して、国際的立場を堅持するためやむを得ず、日本帝国海軍は台湾・高雄沖に集結、睨み合いを続けていた。
それも今日までだ。
八時間ほど前に、米政府からの正式な宣戦布告があったからだ。
戦争だ。
正直勝ち目は薄い。
戦争そのものにも、今から行われるであろう海戦にも。
だが、戦わないわけには行かない。
先行している潜水艦からの偵察情報では、既にフィリピンを出撃して北上している米アジア艦隊は、以下の通りだった。
戦艦
【ニュー・メキシコ】【ミシシッピ】【アイダホ】
【アリゾナ】【ペンシルヴァニア】
【ネヴァダ】【オクラホマ】
軽巡【オハマ】級 四隻、駆逐艦 一八隻
米戦艦はいずれも近代化改修を終えて、主砲を新型に更新しており、一四インチ砲七八門の火力は、日本艦隊を圧倒すると各国同業者から評価されていた。
コレを迎撃する日本遣支艦隊は以下の通りだった。
戦艦【土佐】【加賀】【伊勢】【日向】
重巡【古鷹】【加古】
軽巡 三隻、駆逐艦 三二隻
日本戦艦の総主砲門数は、一六インチ砲二〇門、一四インチ二四門。
日米の戦艦戦力差は、一斉投射弾量で、日:米=約三七トン:約五三トンという数字へ端的に示されていた。特記する必要もないが日本の劣勢著しい。日本側の一部主砲口径優越すら、意味が薄らいでしまう数量差約一.五倍の開きがある。米側はその点を持って、必勝を期していた。
対する日本側も不利は感じ取っていたが、ここで最低でも戦艦だけでも叩いておかないと、日本の大動脈である南方航路は完全に使用不能だ。軽巡や潜水艦程度までなら、旧式軽艦艇程度でもなんとかなるが、戦艦まで通商破壊戦に投入された場合、どうにもならない。遠距離から大口径砲で一方的に叩かれるだけだ。
だが、この戦いでは戦艦相手では無力なはずの駆逐艦が唯一の勝機だった。戦艦は戦艦を叩く。しかし、日駆逐艦は、米駆逐艦など目もくれない。戦艦同士がお互いに夢中になっている間を滑り込むようにして身を挺し、魚雷を叩き込む。特に就役全艦が本作戦へ投入されていた特型駆逐艦は、そのためだけに、ここへ存在していると言っても過言ではなかった。高野中尉たちが乗り組む特型駆逐艦群はその駆逐艦離れした凌波性能で道を切り開き、米戦艦へ取り付き、最低でも半分を脱落させんと決死の覚悟で臨んでいる。極めて困難であると言って良かった。
高野中尉は独白するように呟いた。
「本当に期待しているよ」