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[8998] 【習作】外側の転生者(現実→ネギま×多重クロス)
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/31 13:28
初投稿です。
現実→ネギまオリ主転生もの。

極力原作設定などの矛盾が起きないよう書いていくつもりですが、
処女作なので違和感や矛盾があると思いますが、指摘して下さると助かります。

筆が遅いので更新は不定期です。

宜しくお願いします。




[8998] プロローグ 「始まり」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/25 22:15



 /


 そこには、何もなかった。
 しかし、全てがあった。
 故に何も成す事が出来ず、それなのに終わらない。
 そんな領域。

 こんな絶望で塗り固められたような場所に一人佇む者がいた。

 それは、男だった。否。女かもしれない。いやそもそも人間ですらないかもしれない。

 だがそこには、確実に「それ」が存在していた。

 「それ」は独りだった。

 「それ」は死んだように眠っていた。
 そして、「それ」はふいに目を開き、

「――見つけた」
 と呟いた。

 「それ」は口の端を歪めて笑った。それが本当に笑みだったのかはわからない。

 しかしその顔には諦めたような、だがそれでいて満足したような表情が張り付いていた。












プロローグ 「始まり」






























「……ふぅ」
 マウスを操作する手を止め、軽く伸びをする。
 最近の夜はひどく蒸し暑く、エアコンが無い俺の部屋はもはやサウナと化していた。
 この熱帯夜を乗り切るために装着した冷えピタシートを軽く手で張り直し、PCの電源を落とす。
 ここまで蒸し暑いと何をするにも長く続かない。夜は俺の憩いの時間だというのに、何もやる気が起きなかった。

 あぁ、自己紹介が遅れたな。俺は恭一。どこにでもいる、とは言わないがいわゆる普通の高校生だ。
 趣味は漫画やゲーム、アニメを見ること。あぁ、あと剣道だ。これは普通ではないな。日本の中でも結構強いほうなんだ。剣道は。
 喧嘩では強面柔道軍団に囲まれでもしない限りは勝てる自信がある。剣道三倍段でフルボッコですよ。破門されると困るからやらないけど。
 親、兄弟はいない。祖母と一緒に暮らしてるよ。大学に上がったらバイトして人暮らしでも始めようかと思ってるところだ。

 最近のマイブームは某SS投稿掲示板でSSを読むことだ。これがけっこうおもしろい。
 俺も日本の一般的高校生の例に漏れず、漫画の主人公に憧れたりもする。
 俺がそういうのに憧れるのにはたぶん他とはちょっと違う事情もあるのだが結論は変わらないのでまぁいいだろう。
 剣道を幼い頃より続けているのもそういうものに触発されてだったりするのだ。

 ……一人部屋で自分の説明をするのも空しくなってきたな。
 今日はもう寝よう。明日は朝練もあるし。















「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
 息が荒い。
 暗いクローゼットの中、一人震えている。
 汗が頬を滑り落ちる。動悸が激しい。何も考えることが出来ない。
 指一本動かせない。

 闇の中、扉の隙間から差す一筋の光の先をすがるように見つめている。

 しかし、差し込んでくる光とは対照的に見つめた先は朱に染まっていた。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
 視線を逸らすことが出来ない。
 少しでも、指先一本、目玉一つでも動かしてしまえば自分の全てが崩壊してしまうような気がした。

 朱がクローゼットの中にまで流れ込んでくる。
 その朱の先には、見知った顔があった。

 それは、さっきまで母だった者の貌。
 それは、さっきまで父だった者の貌。
 それは、さっきまで妹だった者の貌。

 その三人の、六つの赤く染まった目がこちらを見て。




 ――なぜ、助けてくれなかったんだ





 と、言っていうような気がして――














「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
 何の変哲もない自分の部屋。
 窓から、嫌になるほど清々しい朝日が差し込んでいた。
 
「ハァ、ハァ……」
 なにも、この夢を見るのは初めてではない。
 毎晩見てしまう時期もあったほどだ。
 動悸を落ち着かせるのも難しくはない。

「ここ最近見てなかったからな…不意を打たれた…」
 夢の余韻を頭を振って取り払う。
「……よし」
 俺は夢に関する思考を打ち切ると、登校の準備に取りかかった。



「おはよう。おばあちゃん」
 片手をあげて台所にいる祖母に挨拶する。

「ああ、おはよう恭ちゃん。朝ご飯出来てるよ」
 顔だけこちらに向けながら祖母が挨拶を返してくる。

 ……前から思っていたけどなんで母親の立ち位置にいる人はどんなに朝早くても眠そうじゃないんだ?
 
「朝練の時は勝手になんか食べていくから、おばあちゃんこんな早く起きなくても良いのに……」
 軽く申し訳なさを感じながら言う。
 いくら両親の遺産などがあるとはいえ、家事を全てやってもらっているのだ。これ以上負担は掛けたくない。
 
 本当は部活もやらないで家事も全部自分でやろうと思っていたのだが、
 そのことを祖母に告げるとすごい勢いで反対されたため今のような状態に落ち着いている。

「大丈夫よ。恭ちゃんはそんなこと気にしないで、クラブ頑張りなさい。」
 祖母はそう柔和な笑みを浮かべながら告げる。

 こう返されると何も言えなくなってしまう。
「う~ん…無理はしないでよ…」
 かろうじてそう返すと、 
 
「はいはい」
 と祖母は軽く手を振って答えた。



 
 
 今日も相変わらず、暑い。


 


「部長、おはようございます!」
 道場に入ると、既に来て準備していた後輩達から挨拶が飛ぶ。
 それぞれに挨拶を返し、袴に着替える。
 俺はまだ二年だが、先輩達が既に引退したので実質的な部長になっている。
 自分で言うのもなんだが、実力的に文句なしということで先輩からも後輩からも信頼は厚い。

 朝練のメニューを考えながら準備していると
「おいっす、恭一!」
 バン、と肩を叩かれた。
 後ろを振り返るとすでに袴に着替えた黒髪短髪男が立っていた。

「おう、健助。はよ」
 挨拶を返す。

 こいつは田辺健助。剣道部の副部長だ。
 小学校からの腐れ縁だが、俺の中ではいわゆる親友というカテゴリになる。恥ずかしいから言わないが。
 あの事件があってへこんでた俺が立ち直れたのはこいつのおかげというのもあるだろう。
 こいつは脳天気だが時々妙に鋭いからな・・・




 適当に話をしながら用意を終え、部員を集めて練習を始めた。





 何も変わらない日常。少なくともしばらくはこんな毎日が続くのだろうな、と頭のどこかで考えていた。







 授業、授業、授業、授業、昼食、授業、授業。







 変わらない。平和な時間が続いている。
 こんな時間を体験していると、あんなテレビでしか見れないようなことが自分に降りかかったなんて嘘のように思えてくる。



 午後の部活も終わり、帰宅する。既に時間は七時を回っている。






 肌にまとわりつくような蒸し暑さの中、家路を急ぐ。
 後片付けに手間取ってしまった。今頃祖母は心配しているだろう。見たいアニメもある。
 早く帰ろう。
 軽い早歩き。辺りは暗くなり、人気はない。自然と気持ちが焦る。動悸が速くなる。












 思えば、夏だというのにこの日だけは妙に日が沈むのが早かった。








 ふと、立ち止まった。
 なぜかはわからない。ただ、そうしないといけないような気がした。
 なぜか汗が止まらない。暑さのせいだけではない。








 唐突に。何か、いる。そう感じた。








 目を凝らす。








 夜の闇に紛れて、「それ」は立っていた。






 一歩も動けない。「それ」がなんであるかすらわからないのに。
 まるであの夜だ。 





「それ」の顔は見えない。
 そもそも顔があるのか?
 すべてがわからない。
 ただ、ヤバイということだけは直感でわかる。
 さっきから脳内アラートはレッドモードで絶賛稼働中だ。





「それ」が一歩、こちらに踏み出してくる。
 一歩、また一歩とどんどん近付いてくる。


 だというのに。体は全く動いてくれない。


 これでは何のために剣道を習っていたのかわかったものではないじゃないか。
 怒りがこみ上げてくる。
 自分を守れもしないのに他の人を守れるものか。
 あの夜が思い出される。
 俺は、守るために……!
 体を全力で叱咤する。
 動け!動け!動け!




 それでも、体は動かない。
 そしていつのまにか、「それ」は目の前まで来ていた。

 50㎝も離れていない。
 だというのに、いまだに顔が見えない。
 いや、体すらあやふやだ。



「それ」が緩慢な動作で俺の頭に手を乗せる。
 瞬間、俺の周りの熱気が消え、汗も全て引っ込んだ。
 
「それ」が呟く。
「対策をしておいてやろう」
 なんのことかはわからない。
 ただそれは、脳に直接言い聞かせるような、底冷えする声。

 「それ」を前にして俺はただ突っ立ってることしかできなかった。







 

「お前は、ここから始まる」










 俺は「それ」のそんな言葉を聞き取り、意識を闇に落とした。














  Interlude

 


 そこには、何もなかった。
 しかし、全てがあった。
 故に何も成す事が出来ず、それなのに終わらない。
 そんな領域。

 そこには、「それ」が一人佇んでいた。

 
「それ」は嗤っていた。

 表情を読み取ることは出来ない。
 だが、「それ」は確かに嗤っていた。


  Interlude out



[8998] 第一話 「新たな生」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/04 12:23


 意識が覚醒する。
 瞼を通して差しこんで来る光が眩しい。眩しすぎて目を開けることも出来ない。
 すでに「それ」の圧力はなくなり、至って普通だ。
 しかし、あれはなんだったんだろうか。
「それ」のことを思い返していると、

「うっ…うえぇぇぇぇん…」
 なぜか泣いてしまった。
 自分でもよくわからない。え?そこまで怖かったのか俺?
 いや、そりゃ怖かったけど泣くっていうのはなんか違う気が…
 気分を落ち着かせながら体を起こそうとし、

(あれ?)

 起き上がれない。いや、そもそも体に力が入らない。
(な…なんだ? 何かされたのか俺?)
 と軽くパニックに陥っていると

「元気な男の子ですよ!」
 突然頭上から声が聞こえてきた。

 は?何言ってのこの人?
 …ああ、ここ病院か?それでちょうど隣に妊婦さんのベッドがあって、生まれたと…
 
 …いや、自分で思っといてなんだがありえないな。同室のわけないだろ。

 とか考えていると次第に目が光に慣れてくる。

 瞼をおそるおそる開けてみる。

 するとそこには、こちらをのぞき込む、女と男の姿が目に入った。

 …なんでこんな注目集めてるんだ…?
 俺何かしたか?

 と訝しんでいると、男がこちらに向かって手を伸ばしてきた。
 って、手長っ!よく考えたら、体もかなり大きいぞこの二人!

 その男の手は俺の背中に回され、俺はそのままひょいと持ち上げられた。

 うおっ!?なんだこいつ!?俺これでも身長180あるんだぞ?
 それを楽々持ち上げるとかどんな剛力だよ。
 しかもその男は目算で2mは楽々越えるんじゃないかというビッグメン。身体は細いが、それでいて筋肉の付き方はしっかりしている。
 アメリカの野球選手かよこいついやボクサーか?顔は東洋系の感じなのにどうしちゃったんだよその身長は。
 ていうかそれ以前に俺が抱えられる状況が意味わからんっていうかもうなんかわけわかんねぇよこの野郎。

 俺は再びパニックに陥り、体をめちゃくちゃに動かす。あ、体動いたわ。

「はっはっは。こらこら、暴れるなよ恭一」
 と、この男、以下おっさんでいいか、が子供をあやすように俺に言い聞かせる。
 俺の名前は知ってるようだな…じゃあこのおっさんなんなんだ?
 「あれ」の仲間か?にしてはやたら温厚そうだが…
 ていうか、このおっさんの顔はどこかで見たような気がしてならない。
 でも俺の知り合いには確実にこんな非常識な身長の日本人はいない。いたら忘れないだろ、普通。



 ええい、考えてても埒が開かない。直接問い質してやろう、と口を開く。



「うぅー、あーぁ」

 え?
 俺の口からよくわらない呻きのようなものがはき出される。


「はっはっは。ん~?恭一は何が言いたいんだ~?」
 おっさんがそうこれ以上ないぐらいの笑みを浮かべて言う。
 
 く、薬かなんかか?全く喋れない。
 そしてそれは喋れない俺への挑発か?お前がやったんだろ!
 
 だが、おっさんの顔には一切の嫌みはない。
 ただ本心から、嬉しそうに顔をほころばせて俺に語りかけていた。

 まるで、親のように。
















 ここまで来たらもう認めるしかないだろう。
 俺は転生した。
 名前が同じなのは偶然の一致だろう。
 この転生が「あれ」のせいなのは明らかである。
 一体、なんの目的で……
 しかし今はそんなことを考えていても埒が開かない。
 現状把握に努めることにしよう。

 





 俺は転生し、今は赤ちゃんだ。
 もともとの人間関係は完全に断たれたと等しい。
 だが、唯一の心配事は祖母に関してのことぐらいのもので、不思議と心残りはなかった。
 


 




 転生した、というだけでも歴史に名が残っても良いぐらいの大事件だと思うのだが、さらに驚きの事実が発覚する。
 俺が生まれたこの家は「近衛」といい、俺の本名はすなわち「近衛恭一」、これだけなら驚くには足りないのだが、
 親父、つまり最初の方で俺を抱き上げたおっさんだ、の名前は「近衛詠春」というらしい。
 さらに近衛家は京都の大家で、結構な屋敷を持っている。
 とどめに神鳴流だ。
 
 ……これはもうほとんど確実に「ネギま」の世界に来た、ということだろう。
 こいつは驚きだ。本当にこんなことがあるとはね。

 まだこのかは生まれていないし、生まれる確証もないが立場的には俺は彼女の兄なんだろう。
 俺は、この二度目の生はチャンスなのだと思った。
 前と同じ失態は犯さない。
 今度こそ、守りきってやる。



 



 ……まだ移動も満足に出来なかった頃のことには触れないで欲しい。
 あれほど恥ずかしかったのはどれくらいだろう。初めてかもしれない。
 これだけはもう二度と経験したくない……








 生まれてから三年が経過した。
 このかはまだ生まれていない。だんだん生まれないんじゃないかと心配になってくる。
 そんな中、俺は転生者の例に漏れず前世の経験・知識を生かしたチートぶりを発揮していた。
 すでに字は読めるようになり、大人並みに話せる。
 初めはごまかしでもしたほうがいいかとも思ったが、毎日顔を合わせる家族の前でずっと演技するのは骨が折れる。
 だからもう「天才」で通すことにした。

 引かれるかな、と思ったこともあったが全然そんなことはなかったぜ!
 親父殿はもうめっちゃかわいがってきます。むしろうざったいぐらい。
 
 勉強、生活関連でも俺の知識量は周りを驚かせたが、中でも親父が注目したのは、俺の剣の扱いだった。

 初めはこのかと同じように俺も魔法などからは遠ざけて生活させようと思ってたらしいが、
 俺に剣の才能を見い出し、遊ばせておくのはもったいない、と思ったらしい。
 親父じきじきに神鳴流の稽古を付けてくれることになり、裏関連の事情も聞かされた。
 三歳には早過ぎね?と思わなくもないが周りはもう俺のことを三歳とは思ってないだろう。
 明らかに中学生かそのぐらいの年に対する接し方だ。

 ……たぶん、前に隠れて書庫の本とか読みあさってたのが拙かったんだろうな……
 三歳があんな漢字だらけの本や英語の本を読んだのはさすがにやりすぎたか……
 その後、さりげなくその本の内容について質問され、素で返してしまったのもこの対応に拍車をかけることになった原因だ。
 ただ、こうなったのは俺のせいでもあるし、半分狙ってたようなところもあるので文句は言えないな。
 それに、強くなれるのなら大歓迎だ。






 こうして、俺の修行が始まった。



[8998] 第二話 「強くなる!」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/30 04:53



「ハッハッハ!待ちなさい恭一!斬岩剣!!」
 そう言いながら竹刀を振り回しているのは我が父親、近衛詠春その人である。
 
 
 親父と修行することが決まったわけだが、最初の方は基礎体力作りと基本的な気の扱い方を叩き込まれた。
 しかし、これはなぜか自分でも驚くほどのスピードで進み、5歳になる頃には次の段階に移った。
 小さい内に身体を作りすぎてしまうと成長に支障が出る、というのもあり程々のところで基礎体力作り中心の修行は打ち止めたが、
 それでもアホみたいなスピードらしい。
 そして移行した次の修行は神鳴流剣技の習得だ。
 これももともと俺は剣の心得があったこともあり基礎は簡単に終わった。
 そしていよいよ奥義関連の修行が始まったかと思ったらこの有様である。




 あれは奥義修行初日、なにやら考え込んでいた親父は突然顔を上げると、

「うん、こういうのは習うより慣れろって言いますよね」
 などとのたまったのである。

 確かにそれは間違ってはいないとは思うが、息子に向かっていくら竹刀とはいえ奥義を喰らわせようとしてくるのは如何なものか。
 詠春は比較的まともな常識人だと思っていたのだが、やはり紅き翼のメンバーだったのである。
 常人とは一味違うね。

 しかもこの親父、滅茶苦茶強い。
 紅き翼の一員なのだから強いのは当たり前なのだが、ここまでだとは思ってなかった。
 手加減してくれているが、それでも全く攻撃が当たらない。かすりもしない。
 原作では大した見せ場もなく白い少年に石にされたり、ラカンの回想では単なる変態として見られていたり散々な親父だが
 実際はかなりの手練れだった。
 前線から退いて6年は経っているというのにいまだその刃は全く鈍りを見せない。
 いや、鈍ってはいるのだろうが、俺はまだそれすらわからないほどレベルが違うのだ。
 

「考え事なんてしてる暇はないですよ! ハァッ!」
 親父は瞬動で俺との距離を一気に詰め、手に持った木刀を一閃する。

「くっ!」
 俺は慌てて体勢を変え、攻撃を受ける。
 こういったただの一撃ですらとんでもなく重い。
 手に痺れを覚えながらも素早く手を引き、親父の懐に潜り込む。
 否、潜り込もうとした。

「甘い!」
 俺の攻撃を当然のように読んだ親父の蹴りは見事俺の腹にヒットする。
 そのまま俺は数メートル吹っ飛ばされ、意識を落とした。











 

 



「おや、起きましたか」
 沈んでいた意識が覚醒する。

「俺、どのくらい寝てた?」

「30分ほどですよ。恭一は動きは良いのですが考えが甘い。もう少し先まで考えた方が良いですよ。
 ああ、身体は治しておきましたから、痛みはないと思いますよ。」

 軽くのびをし、体を軽く振る。うん、確かに痛みはない。
「そうだね……先を読む、か……」
 
 軽く顔をしかめて唸る俺に、親父は笑いながら言う。
「恭一なら簡単にできるようになるでしょう。あなたは本当に成長が早い。大人になる頃には私など既に追い抜かれていることでしょう。」

「そうかなぁ……」
 親父に勝つ俺、というのがどうしても想像できない。そんなことがありえるのか?

「そうですよ。しかしそうなるにはまだまだ覚えて貰うことがたくさんありますからね。容赦しませんよ。」

「げぇ……」
 
「まず、神鳴流奥義全般は絶対に覚えて貰いますよ。あとそれに瞬動、虚空瞬動辺りもないとお話になりません。それに陰陽道に神道に……」
 顔を顰める俺をおいて親父は一人で語り始める。


 親父……子供にはそういうのと関係ない道を進んで欲しいんじゃなかったのか……


「何を言ってるんです。教えるからには強くなって貰わないと困りますよ。それに、あなたも強くなりたいんでしょう?」

 それはそうだけど……
 って心を読まれた!?

「顔に書いてありますよ。恭一は大人びていますがわかりやすいですからね。」

 さいですか。
 
 ……まぁ、修行のおかげで前世とは比べものにならないほど強くなっているのはわかる。
 だから戦闘に関してはこのまま修行していけば問題ない、と思う。

 だが、心配なこともある。俺はもう五歳になるというのに、依然としてこのかが生まれない。
 大戦終了からも既に6年経っている。そろそろ生まれてもいい頃だと思うのだが……
 俺というオリキャラが生まれたことで消えてしまったのか?
 でもこのかがいないとかなり困ったことになる。治癒術師とか。修学旅行編とか。




「どうしました?なにか考え事でも?」
 親父の言葉で現実に引き戻される。

「いや、なんでもないよ。」

「? そうですか? ならいいのですが……」
 親父は大して気に留めなかったらしく、話を続ける。


「実はね、今日は恭一に良いニュースがあるんですよ。」
 親父はこちらを見てニヤニヤしながらそう言う。
 俺に、というが自分自身の嬉しさもまるで隠しきれていない。

「どんなこと?」
 大した態度の変化も見せず、至って普通に聞き返す。

「実はですね……」
 親父はそれを気にした風もなく、もったいつけて話す。




















「恭一は、お兄ちゃんになります!」






[8998] 第三話 「駆け足」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/31 12:50

「お兄様~」
 そういいながらこのかがとことこと着いてくる。

「どこいくん?」
 口に手をあて、首をかしげている。チクショウ可愛いなこいつは。

「? お兄様、どしたん?」


「修行だよ。親父とね」

「またお父様と遊ぶん? うちもお兄様と遊びたいわぁ~」
 口を尖らせて抗議してくる。これもまた妙に様になっている。

「遊びじゃないって……修行だよ。修行。身体を鍛えるの」
 肩をすくめそう答えると、

「むぅぅぅ~。なんでお兄様はそんな修行ばっかりしてるん? 前に遊んだのも随分前やんか~!」
プンプンと、擬音が出そうな勢いで腕を上下させて怒っている。

「このか達を守るためだよ。そのために修行してるんだって。遊びはまた今度な」

「お兄様はもう十分強いやないの! この前もうちとせっちゃんを守ってくれたやんか~」
 このかはどうしても納得いかない様子だ。

「あれぐらいは誰でも出来るって。もっと……こう…なんか…さらにヤバイ奴から守るためだよ」

「むぅぅ……わけわからへんよ~」

「まぁ……あれだ。刹那と遊ぶんだ!俺とはまた今度な!」

「ううぅ~!お兄様!」
 そ……そんな目で俺を見るな……!

「じーっ」

「…」

「じーーっ」

「……

「じっーーーーっ」

「……わかったわかった! 今日は修行早めに切り上げて二人と遊ぶよ…」

 するとパァーと顔を輝かせ、
「ホントやね!? 嘘付いたらひどいえ!」

「ホントだよ。……ほら、今は刹那と遊んでこい」

「うん! また後でな!」
 てけてけてけ~と駆けて行った。


 ……近衛恭一、12歳。義務教育はどうしたとか細けえこたあいいんだよ。京都一の大家なめんな。
 先ほど走り去った可愛い我が妹、このかは現在7歳。ついでに言えば刹那も7歳。
 刹那からも前に迫害を受けていたところを助けてあげたことからか、兄様と呼ばれ慕われている。 




「それでな~、今日はお兄様があそんでくれることになったんや!」


「そら良かったどすなぁ~」


 向こうでは侍女さんと話しているこのかの姿が見える。
 この家はさすがは京都一といったもので、侍女さんの数がハンパじゃない。
 家事などは全てやってくれる上に、ほとんどの要望はかなえられるといういれたりつくせりぶりだ。







 俺はとりあえずネギ君ばりなスピードで成長し、
 既に気の扱いは親父が認めるほどで、神鳴流の奥義も全て継承した。虚空瞬動も可能だ。
 自分でもチートだと思うね。

 先ほどは親父と修行するとこのかに言ったが、親父曰くもうほとんど自分から教えることはないらしい。
 だから俺はさらなる修行のため一度家を出ようかと思っているが、このか達に言い出せないのが現状だ。


 どうしようかねぇ……












「それで結局まだ言い出せてないのですか……」
 親父が呆れてため息をつく。

「言い出しにくいのはわかりますが……後回しにしていた方が大変ですよ?」

 ですよねー。

「それに、修行といいますがそもそもどこに行くか決まっているんですか?」

「うん。とりあえず一回魔法世界に行ってみようかなと……ダメ?」

「魔法世界ですか……確かに実践修行などにはちょうど良いかもしれませんね。
 今の恭一の実力なら向こうでもそう敵はいないでしょうし…」

「気の扱いは大丈夫だけど、魔力に関してはダメダメだからね……魔法使い相手に戦えば学ぶことも多いと思う」
 それに…これは誰にも言っていないが、「あれ」についても調べたい。
 「あれ」はいったい、なんなのか…。




 親父は顎に手を当ててなにやら考え事をするような仕草をする。
「確かにそうですね…咸卦法などについてやるのをすっかり忘れていましたよ。
 というかそもそも恭一が魔力を持っている、ということを忘れていました」

「ちょ……ていうか親父咸卦法使えるの!?」

「持続時間を延ばす修行をちゃんとしたわけではないので実戦にはあまり使いませんがね。使うことなら出来ますよ」
少し誇ったような顔でそう言う。

「ふむ……それにしても魔法世界ですか……そうだ、なんでしたら私の知り合いに修行を見てもらえるよう掛け合ってみますか?
 ……いやしかし、あの男に師事を請うのは…でも他の奴らは本格的に行方が知れませんし…いやでも…」
なにやらブツブツと思考の海に沈んでしまっている。


 それにしても、親父の知り合いで、かつ今の俺が支持できるほどの強さを持ち、現在魔法世界にいる奴と言えば……
 ナギは行方不明だし…クウネルは麻帆良地下……タカミチもおそらく学園だろう…
 となると、ゼクトかラカンか…話を聞く限りではラカンかな?
 あいつも行方不明らしいけど連絡することは出来たようだし……

「あのさ…そいつってもしかして……ジャック・ラカン?」

 親父はぎょっとして固まる。

「……いつも思うのですが、あなたはそういう情報を一体どこで仕入れてくるのですか?
 まさか、ラカンの事まで知ってるとは……」

 うおっなんかヤベェ!

「い、いや、でもそのラカンって人ファンクラブがあるほど人気だって爺ちゃんも言ってたし……
 ふ、普通に有名なんじゃないのかな?」

「……まぁいいです。
 …先ほどの質問に答えましょう。その通りです。あなたの修行をラカンに頼もうかと思いました。
 あいつは性格的には問題ありますが、実力は折り紙つきです。上を目指すにはちょうどいいかと」


 確かに実力は文句なしだ。性格もまぁ……大丈夫だろう。


「そうだね……じゃあ、頼めるかな、親父」


「わかりました。話をつけておきますね」


「色々と……ありがとう。迷惑かけるね…」

 突然の俺の台詞、親父はきょとんとする。しかしすぐに笑い出し、

「ハッハッハ! これくらいどうってことはないですよ。あなたは昔から妙にしっかりしていて私の仕事がなかったくらいですからね。
 これくらいはしないとあなたの親を名乗れません。子供の我が儘を聞くのも親の仕事ですからね。
 何も心配することはないですよ。」
 そう言って親父は微笑む。




「……うん。ありがとう」
 そう言って俺は部屋を出た。
















「そうです……恭一。あなたは昔から妙に物覚えが良かった。体術も気も剣技も。
 一度教えたら瞬く間に習得する。……まるで知っていることのように。

 こんな才能を埋もれさせては罰が当たるというものです。
 子供の成長を願うのもまた親であるが故、ですよ……」
  
























「お兄様、早く早く~」

「わかったわかった。すぐ行くよ」
 そう言ってこのかの後に続く。

 このかは久しぶりに三人で遊べるのが嬉しいのか、満面の笑顔だ。


 ……言いだしづれぇ……


「あっ!兄様、修行お疲れ様です!」
 すでに遊び場に来ていた刹那がこちらに気付いて振り向く。

 ……うっ…こちらも満面の笑顔だ…



「ああ、ありがとう。そっちの調子はどうだ?」

「はい!毎日、本当に楽しいです。本当にありがとうございます!
 兄様がいなかったら今頃……」
 そう言って顔を俯かせてしまう。

「いいっていいって。今が楽しいんだろ? だったら昔の事なんてもう気にするなよ」
 と言って刹那の頭を軽くなでてやる。


「そうやよ~、せっちゃん。気にすることないえ。それにせっちゃんのハネはきれ~やんか!」
 このかもニコニコ笑ってそう言う。

「……はい。ありがとうございます」

 このこのかは、「裏」関連のことや自分たちの事情の大体のことを知らされている。
 俺がいずれバレる事柄のうえ、このか自身の安全のためや刹那のためと考え、親父に相談したのだ。
 当然前世云々は説明できないし、する気もない。
 だが親父もこのかの身の回りの危険や刹那の負担の事を告げると魔法のことを教えるのを了承してくれた。
 ……まぁ、既に刹那の翼を見た後だったので半分事後承諾のような形になってしまったが……
 まぁとりあえずそんなこんなでそろそろこのかも陰陽術などの勉強を始めるようだ。









「じゃあ、何して遊ぶ?」


「まりつきでもやろか~」



 こんな風景も、しばらくは見納めかな。 










 それから、日が暮れるまで三人で遊んでいた……













「あぁ~~!今日は楽しかったなぁ」

「うん。そうやね。とっても楽しかった」
 夕暮れの中、三人並んで歩いている。

 二人は満足そうな表情をその顔に浮かべている。

「きっと今日はお兄様も一緒やったからいつもよりもっと楽しかったんやね~」
 無邪気な声でこのかが言う。





 ……どんどん言い出しにくくなる。
 が、言わねばならない。




 そう俺は決心し、歩いていく二人を呼び止める。

「なぁ、二人とも。ちょっと大事な話があるんだが……」


「なに?」
「なんですか?」

 二人がそれぞれ立ち止まる。


「う~んと、その。実は、な……」

 やっぱりいざとなると言い出しにくい。なんといったものか…

 頭を抱える俺を不思議そうに見ていた二人だったが、ふいにこのかが口を開いた。


「お兄様、でていくん……?」







 え……?





「知って……いた…のか…?」



 このかは悲しそうに首を振る。
「ううん。知らなかったで。でも最近お兄様、ウチらのこと、なんか寂しそうに見たりしてたやんか…
 それで、なんとなく、そうかなって……。本当やったんやね……」
 このかは悲しそうに語る。
 刹那も肩を震わせている。

「……うん。俺はしばらく家を空けるよ。」

「……また、修行なん?」

「…ああ、そうだ」

「…帰って、くるん?」

 胸を張って言う。
「…当たり前だ」

「…なら、ウチは何もいわれへん。お兄様、そーいうウソついたことあらへんもんな…」

「……ごめんな」


「……ええよ。お兄様にはお兄様のしたいことがあるんやろ?
 ウチはそれを応援しても、止めるなんてできへんよ」



「…ありがとう」
 ホントに、良くできた妹だ。
 ちょっとぐらい泣きついたって罰は当たらないっていうのに。


「刹那、このかを頼んだぞ」
 刹那を見ながら言う。


「お任せ下さい!」
 刹那はそれに、胸を張って答えた。



「……じゃあ、元気でな」


 背を向けて歩き出す。



 その背中に、声が掛けられる。

「ホントは、もっと遊びたい。もっとお兄様と遊んでいたい。
 …でも、ウチはお兄様をとめることはできへん。

 やから!
 帰ってきたら、嫌になるほど遊んでもらうで!
 覚悟しときやぁー!」

 俺はそれに、軽く手を振って答えた。



 暁の別れ。



 そして俺は、夕焼けに向かって足を踏み出した――




























 だが、俺は特に今日出発するというわけでもなかったので、その日の夕食はかなり気まずい雰囲気が流れた。


 そして結局、俺が出発したのはその一週間後の話だった。










非常にどうでも良いですが、最初今回の話の「このか」が全部「こなた」になってた。



[8998] 第四話 「躓き」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/26 13:09







あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

『おれはメガロメセンブリアでラカンと待ち合わせをしていたと思ったら、
 いつのまにか日にちが変わっていた』

 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
 俺も何が起きたのかわからなかった…

 頭がどうにかなりそうだった…

 ドタキャンだとかすっぽかしだとか
 そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…










 来     な     い









 予想はしていたが……
 本当にこねぇ……

 待ちすぎて補導されかけたじゃねえか……

 俺は待つのをやめ、一晩中座っていた石から腰を上げる。



 ……とりあえず、親父に連絡をとろう……










『恭一? どうしました?わざわざ連絡なんかして』
 

「ラカンが来ない」


『……ハァ。あのバカは、まったく……
 どうしましょうか……
 …そうだ、恭一』


「…何?」

『探してみてはどうでしょうか? あのバカはおそらく、あまり人のいないところにいるはずです。
 これも良い修行になると思いますよ。……たぶん』

 ……確かにそうかもしれない。この機会にいろいろ見て回るのもいいだろう。
 つーか、人気の少ないとこって……情報少なすぎだろ……

「うーん…確かにそうかも。わかった、じゃあこっちはラカン捜索の旅に出るとするよ」

『頑張りなさい。こちらでも何かわかったら連絡しますね』

「ああ、ありがと。それじゃあ」

 と言って通話を切る。




 …さて、どこに行きますかねっと。











 とりあえず俺はオスティアを経由し、大陸を横断しながらグラニクスまで行くことにした。

 正直ラカンを探す気はあまりない。見つかったらいいな、ぐらいの気持ちだ。
 いやだって、しかたなくね? 魔法世界なんて来たら誰だって観光したいだろ…修行もするけど… 

 もう原作の細かいことなんて覚えちゃいないが、オスティアはなんか関係あったと思う。

 いや、ネギに関係あるってだけで、今の俺には全く関係ないけど。


 とりあえず、一旦現状を把握しよう。

 所持金。10万ドラクマ。
 これは十分だろう。軽く一年は遊んで暮らせる額だ。
 足りなくなったら魔物退治でもなんでもすりゃいいし。

 武器。札が何十枚かと、神風
 神風は俺が親父からもらった剣だ。夕凪と同じようなもので、
 昔から近衛家に保管されてたらしい。

 あとは服やら生活用品。


 ……まぁ、なんとかなるだろ。





 そう考え、俺はラカン捜索の旅(建前上)に出発した。














「……まだ、早い」

 そんな恭一を観察する影が一つ。

 「それ」はメガロメセンブリアに、いやそもそも魔法世界に存在しないにもかかわらず、
 確実に恭一の姿を捉えていた。


「……成長しろ。それがお前の運命であり、確定事項だ」
 




「それ」はそう呟くと、瞬いて、消えた。











あとがき
いくらなんでも短すぎた……!



[8998] 第五話 「発端」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/04 12:23

「ふ~ん。あれが旧オスティア、ね……」
 ラカン探しの旅に出発してから十数日、俺はオスティアに到着していた。
 旧い都市ならではのモダンな建物が多く建ち並んでいる。


「ま、今は別に祭りしてるわけでもないから特に用はないんだけどさ」
 もうほとんど観光気分である。
 日々の鍛錬は怠っていないが、ラカンを探すなんて目的は俺の脳内優先順位度ランキングでは日々下方修正を続けている。


「う~ん、オスティアにも数日居座ったし、そろそろ出発するかぁ」
 ここ数日はオスティアに居座り、歴史的建造物の観光をしていた。

 そろそろ真面目に旅をしないとヤバイだろうな……顔を顰める親父が頭に浮かぶ。


 こうして俺はオスティアを発った。






 












 その夜、俺は道中にあった村に下宿させて貰っていた。


 その家の親父さんとその家族と一緒に食卓を囲んでいる。


「一人で旅をしているのかい? 偉いねぇ。まだ若いのに」
 親父さんが言う。
 親父さんは質素な身なりをしていて、少し頬がこけているが快活そうな人だ。

「いえいえ。これくらい普通ですよ。こっちの世界では若造でも実力があれば認められますからね」

「"こっちの世界"? てことは君、旧世界出身かい?」

「そうですよ。まだこっちに来て1,2週間ですけどね」

「へぇぇ、珍しい。俺も旧世界の人間は初めて見たよ。なんでわざわざこっちに?」
 親父さんは大仰に驚きながら尋ねる。

「修行のためですね。向こうでは魔法使いはいますが、姿を隠しているのであまりそういうのを学べないんですよ」

「なるほどねぇ。しかし、よく親御さんが許したね。君、今何歳?」

「12歳です。」

「まぁ!てっきり16歳ぐらいかと思ってたわ……」
 奥さんが食事の手を止めて言う。
 この奥さんは親父さんとは対照的に高そうな服と装飾品に身を包んでいる。
 そのうちいくつかは物のよさそうな魔法具だ。
 肌にもつやがあり、健康的だ。


「驚いたね……俺がそのぐらいの時は友達といたずらとかばかりしてたよ」

「ははは……。よく大人びてるとか言われますよ」



「ねぇねぇ、おとーさん、"きゅーせかい"ってなーに?」
 それまで食事に集中していたこの家の一人娘、エリナちゃんがそう尋ねる。
 エリナちゃんは健康そうな肌に透き通った瞳を持ち、良い生地を使っていそうな子供服を着ている。
 その無邪気な姿と合わせて、両親の愛情を一身に受けていることがよくわかる。

「ん? うーん、そうだな……こことは、違うところってことだよ」
 親父さんが軽く考えを巡らせ、回答する。

「んー? そこって、とおいの?」

「うん。とっっても遠いよ。」

「そうなんだ……おにいちゃん、たいへんだね…」

「うん。でも自分で決めたことだからね。最後までやり遂げるよ」
 観光してたのは……あれだ、地形を把握して敵の攻撃に備える云々とか、そんな感じ。だといいな。
 
「がんばってね! おにいちゃん!」
 無邪気な笑顔でそう応援される。可愛いすぎだろ……

「ああ、ありがとう、エリナちゃん」
 俺はエリナちゃんに軽くこのかをかぶせながらそう返答した。











 食事を終え、貸して貰った部屋で寛いでいると、こんこん、とノックの音がして


「すまないけど、今ちょっといいかな?」
 といいいながら親父さんが顔を覗かせた。

「ええ、かまいませんよ。何です? ……ああ、俺が言うのも変な話ですけど、座って下さい」


「ああ、ありがとう。それでその…少し、君に聞きたいことがあるんだが……」
 

「ええ、なんです?」

 親父さんは少し言いにくそうにしながら、
「その……君の名前なんだが、コノエ・キョウイチ君、と言ったよね? 」
 と質問する。

「はい。そうですよ。それが何か?」

「ああ、大したことじゃないんだが……その、君はあの『紅き翼』のサムライマスター、コノエ・エイシュンと何か関係があるのかな?」
 
 なるほど。そのことか。今まで名乗っても誰にも聞かれなかったから、親父は紅き翼の中でも空気なのかと思ってたぜ。
 
「ええ。俺はその息子ですよ」
 特に隠す理由もないので正直に返す。

「おお! やっぱりそうか! 向こうは覚えてないだろうけど、俺は一回彼に会って助けて貰ったことがあるんだ。
 いやぁ、どこか似ていると思ったよ。それに顔、名前、旧世界出身ときたからこれはもう関係者だろうと思ってね、
 思い切って聞いてみることにしたんだ」
 親父さんは嬉しそうに話す。


「ははは。そうなんですか。俺はこっちで名乗っても誰一人その話題に触れてきませんから
 親父は全然知られてないんじゃないかと思ってましたよ」

「まぁ、みんなそんなものだろうね。すぐ側に英雄の息子がいるなんて思いもよらないだろう」
 親父さんは納得したように言う。



「……それで、本題はなんです?」


 親父さんは真面目な表情になり、こちらを見据えて言う。
「……よく、わかるね。…その通り、俺が本当に聞きたいことは別にあるんだ」

 親父さんは軽く佇まいを直し、こう聞いてきた。
「……キョウイチ君、君を、あの人の息子と見込んでお願いする。
 私を、私たちを助けてもらえないだろうか……」

 俺は少し困惑したように聞き返す。
「……助ける?」


「……本当は、こんなこと君に頼むべきじゃない。俺が解決すべき問題だ。
 でも、方法がないんだ。 俺にはこれを解決できる力はないし、他の人の助けも借りられない…
 ……頼む。ただ通りすがっただけの君にこんなことを頼むのは非常識だとわかってる
 …それでも、助けて欲しい!」
 親父さんはそう言うと頭を勢いよく下げた。







 沈黙が流れる。





「……いや、すまない。なんでもないよ。いくら強いとはいえ、子供の君を軽々しく巻き込むのはダメだね。
 …今のは忘れてくれ」
 そう言って親父さんは笑った。







  ハァ。……全く。









「話して下さい」





「え?」
 親父さんは一瞬呆然としたような表情を作るが、

「し、しかし……」
 すぐ迷ったような顔になる。




「ここまで頼み込んでおいて、いくらなんでも『なんでもない』はないでしょう
 …とりあえず事情を聞かせて下さい。話はそれからです」

 袖すり合うも多生の縁、って言うしね。
 一度でも知り合った人が困ってるのを放っておくなんて、今の俺にはできないな。



[8998] 第六話 「問題」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/30 04:09


「家が……おかしい?」


「……ああ、そうなんだ。…いや、俺がおかしいのかもしれない。
 しかし、どう考えてもアレはただの幻覚なんかじゃない……!
 …これから話すことは、全て真実なんだ。
 頭がおかしいと思われるかもしれないが、最後まで聞いて欲しい」

 そう言って、親父さんは事の顛末について語り出した。












「実は……俺の、女房がいるだろう?
 ……あいつは、死んでるんだよ」
















「は?」
 あまりの急展開に思わず呆然としてしまう。


「いや、あれが生きているはずがないんだ……
 死、死んでないと、お、おかしい……」

 いつのまにか親父さん顔は蒼白になっていた。




「ど、どういう、意味ですか……?」
 若干混乱しながらも尋ねる。











「あいつは…お、俺が、こ、殺したはずなんだ……」









 その一言に、俺は身動き一つ出来なくなる。







 この親父さんが、殺した……?あの、奥さんを……?


 あまりの衝撃に一瞬、思考が停止する。






 …いや、冷静に考えろ。夕食を思い出せ。
 あの奥さんは死体だったか?
 ……いや、間違いなく生きて、そして話していたじゃないか!
 





 そして、そこには親父さんも一緒にいたはず。
 じゃあなぜ、この人は彼女が死んだ、なんて言ったんだ…?






「……なぜ、そう思っているのですか?」






「……冷静だね。もっと俺の頭の心配でもしてくるのかと思ったよ」
 親父さんは自嘲気味にそう言う。


「全部聞く、と言いましたからね。真偽はそれから判断しますよ」


「フフ…そうか。…そうだね、ありがとう。…話を続けるよ」




「さっきの夕食の時、俺とあいつを見ていて、何か気付いたことはなかったかい?」
 親父さんはそう尋ねてくる。

「気付いたこと…?」
 目の前にいる親父さんと夕食の時の奥さんを思い出して比較する。



「……対照的だな、とは思いました」



「対照的、か…そうだね。対照的なんだ。俺とあいつは。
 俺はこんなボロい身なりをしているのに、あいつは高級品ばかり身に付けている。
 ……これがどういうことかわかるかい? 今日の夕食だってね、君がいたからあんな形で食べたけど、
 いつもだったら別々なんだよ。…勿論、俺とあいつでは食べるものも違う。
 …俺が外で稼いできた金は、ほとんど全てあいつに持ってかれてるんだ」


「なぜ?」
 素直に感じた疑問を口にする。










「……娘の、ためだよ。
 エリナは元気そうに見えるけど、病気を患っているんだ。
 しかも、その病気がやっかいなものでね……
 特性の薬でしか、その慢性的な症状を抑えることが出来ないんだ」

「……それで、その病気と、親父さんの妻に何の関係が?」

「……あいつは、薬の調合が専門の魔法使いなんだよ」

「その、奥さんが作った薬でしか症状を抑えることが出来ない、と?」

「…そうだよ。その通りだ」

 しかし、本当にそんなことがありえるのか?
 その病気に対して彼女しか薬を作れない、なんて。
 それならこの家以外のその病気の患者はどうなっているんだ?

「……納得いかない、って顔してるね。その気持ちは俺もわかるよ。
 俺だって最初はそんなヨタ話は信じなかったし、他にいる魔法使いを当たってみたりもした。
 ……でも、本当にあいつ以外は効果のある薬を作ることは出来なかったんだよ……!」
 親父さんが心底悔しそうに言う。





「……その理由はわかっているんですか?」









「理由? ああ、わかっているよ。考えてみれば、簡単なことだったんだ。
 ……その理由、それは、あいつこそが全ての原因だったからだ……!」
 親父さんが拳を握り、静かな怒りを込めて、言った。












「どういう、ことです?」
 全く話についていけない。



「簡単な話だったんだよ。娘の、エリナの病気を抑える事の出来る薬を作ることの出来るのはあいつだけだが、
 そもそも、エリナの病気の元となった薬を作ったのもあいつだったんだ……!」
 親父さんは続ける。

「俺がそれを見たときは呆然としたよ。あいつの部屋の机には、エリナの病気の症状と全く同じものの薬の調合書が置いてあったんだからな……!」

 ……なるほど。そういうことか。
「その、エリナちゃんの病気の症状とは?」



「簡単に言えば、極度の依存症、だね……。
 エリナは、惚れ薬の究極型のようなものを飲まされたんだよ……」
 親父さんはそう言って俯く。


 依存症……
 ある一定の行動を繰り返し行ったりした結果、その行動または物なしでは生きていけなくなる、という症状だ。
 タバコや薬などの常用者にはこの症状の人が多い。


「エリナが依存しているのは……あいつなんだよ」
 親父さんが俯きながらそう言う。

「奥さんがいないと、エリナちゃんは生きていけない。
 だからある意味、エリナちゃんを"人質"に彼女には好き勝手されている、ということですか?」
 一応の筋は通っている。
 しかし、どうも釈然としない。

「そうだよ。あいつは、エリナを助けている振りをして、ずっと俺たちを騙していたんだ……!」

 
「しかし、彼女もエリナちゃんの母親でしょう? 娘にそんなことができるんですか?」
 どう聞いても。親が娘にするような仕打ちではない。
 愛情から来る行動なのかもしれないが、明らかにやりすぎだ。

「……できるんだよ。あいつは、エリナの本当の母親じゃないから……」

「……そうなんですか…」

親父さんは続ける。
「さらに言えば、あいつがエリナの母親になったのはね、エリナがあの病気になってからの話なんだ」
 

「そんな……」
 救いがなさ過ぎる。

「エリナがあいつに対しての強力な依存症だとわかったとき、俺はあいつにここに止まってくれるよう頼み込んだんだ……
 そしてあいつはそれを『自分の生活一切の面倒を見る』と言う条件付きで引き受けたんだ。
 ……それ以来、エリナの前では俺とあいつは夫婦、ということにしているんだ……」

「そうでしたか……」

 親父さんは歯噛みして言う。
「……最初は疑いもしなかったよ。一人の病人のため、ここに留まって貰うんだ。
 生活の面倒を見るぐらいは当然だと思っていたし、あの調合表を見ていなかったら今もそう思っていただろう……」

 確かに、話の筋は通っている。
 だが、それ以上に不自然な点が多すぎる。

「なぜ、エリナがちゃんが彼女に対しての強力な依存症だとわかったんです?
 それに、当時あなたの妻でもなんでもなかった彼女にエリナちゃんが突然依存する、というのもおかしな話ではないですか?
 疑問には思わなかったんですか?」

「ある日、エリナの身体の震えが突然止まらなくなってね……
 それをたまたま村に来ていたあいつに見せたんだ。
 その頃あいつは薬売りをしながら国中を回ってたみたいでね。
 その時の私はちょうど薬売りの人がいるなんて運が良いな、ぐらいにしか考えなかったよ……
 診断結果についてもね。私やこの村の人はそういうのに疎かったから……」







 
「……事情は大体わかりました。
 本題に行きましょう。
 彼女を殺した、というのは?」



 親父さんは何かに耐えるように、震えながら言った。
「俺は……俺は、あの調合書を見たとき、目の前が真っ暗になった。
 わけがわからなかった。しばらく呆然としていた。
 そして、俺はあいつに問い詰めたんだ。そ、そうしたらあいつはあっさり『自分がやった』と認めたんだ……!
 そ、それ……それで俺は頭に血が上って、あ、あいつを……こ、こ、殺した……」


 俺は努めて冷静に聞く。



「……でも、彼女は生きています」



「そう……そうなんだ! なぜ…なぜ、あいつは生きている……?
 確かに…確かに、殺したはずなのに!」
 親父さんは震えながら言う。


「……俺はあいつを殺した後、後悔したんだ。……いや、あいつを殺したことにじゃない。
 いくらあいつが元凶だと言っても、あいつしか薬を作れず、エリナがあいつに依存しているのも事実だからね……
 エリナが心配だったんだよ。
 でも、悩みながら朝起きると、あ、あいつは。何事もなかったかのように起きて、歩いていたんだ……!
 今考えると、幻覚のようにも思える……。でも、俺の部屋にはちゃんと血の付いたナイフも、服もあった……!
 あれは、確かに、現実なんだ……」


「それで、エリナちゃんのこともあるからもう一回殺して確かめるわけにもいかず、
 普段通りの生活を取り繕っていた、というわけですか……」


「……そうだ。 今の話を聞いて、私の頭はおかしいと思うかもしれないがそれでもどうか、助けて欲しい……
 ……いや、もう私まで助かりたいとは言わない。せめてエリナだけでも、この張りぼての家から救って欲しい……!
 お願いだ…!」
 親父さんはそう言って額を床にこすりつける。



「……とりあえず、今日はもう遅いです。
 調べるのは、明日からにしましょう」











 親父さんは顔を上げて言う。
「じゃあ、力を貸して、くれるのかい……?」












「ええ。エリナちゃんの病気についても調べておきます。
 ……一度でも知り合った人を見捨てるなんて、できませんよ」


 親父さんは再度、深く頭を下げながら言う。
「あ、ありがとう……!本当に、な、なんてお礼を言ったらいいか……!」





















「いえ、これは一晩泊めて貰った宿代と、飯代の支払いだとでも思って下さい」
 そう言って俺は親父さんに笑いかけた。




[8998] 第七話 「異質」 ※微グロ注意
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/05/31 12:56






 俺は感謝する親父さんが部屋を去った後、部屋で一人唸っていた。

「ああ言ったは良いけど、どう調べりゃいいんだ……?
 まさか本人に『あなた死んでますよね?』って聞くわけにもいかなしなぁ……」

 考えを纏める。
 俺が調べるのは、奥さんの生死について、それにエリナちゃんの病気について、か。

 それに、親父さんには悪いが親父さんの精神状態についても、だ。
 見たところは比較的落ち着いてるようだが、当時はどうだったか判らない。
 殺した、というのも結局は親父さんの幻覚、という可能性だってあるのだ。
 むしろ、状況だけ見たらそっちの方がはるかに可能性が高い。

 ……でも、あの親父さんの話にはそうとは思えない何かがあった。
 それが、どうにもひっかかる。


 まぁ、今日はもう遅い。
 何か行動を起こすにしても、明日からだな。

 と考え、俺は眠りについた。

















 翌朝。
 この家を皮肉るような、鬱陶しいまでの朝日が窓から差し込んでくる。

「ふぅ」
 軽くのびをし、今日について考える。
 ……まぁ、何事も行動しないと始まらないよな。
 タイミング見計らって、色々と聞いてみるとしよう。

 そう思い、トイレへ行こうと立ち上がる。
 ドアを開けると、ちょうど親父さんも向かいの部屋から出てきていた。


 この家の二階は俺が貸して貰っている部屋の向かいに廊下を挟んで親父さんの部屋があり、
 そのとなりにエリナちゃんの部屋、そしてその向かい、つまり俺の部屋の隣が奥さんの部屋、と言う風な作りになっている。
 一階も割り当てが違うだけで構造は同じなようだ。
 要するに、家の中身が完全に対になっているのだ。
 珍しい形だと思ったが、この村は基本的に家はこういった作りになっているらしい。

「おはよう。よく眠れたかな?」
 親父さんは笑いながらそう言う。

「ええ。お陰様で」
 俺も軽く手を振り挨拶しながら答える。

「……ごめん。あんなこと話した後で、眠れるわけないよね」
 親父さんは俺の言葉を嫌味と取ってしまったらしい。

「ああ、そういうわけじゃないですよ。いつまでも考えてるだけじゃ埒が開かないですしね」

「……そうか。俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ。当たり前だけど、いくらでも協力するよ」

「ええ、ありがとうございます」

 そう言って、俺と親父さんは朝食を食べに一階に下りた。 
















 朝食を食べ終わった後、親父さんは仕事に行き、奥さんは部屋で魔法薬の研究をするらしいので、
 俺はエリナちゃんと遊んでいる。


「おにいちゃんは、いつまでここにいるのー?」
 こちらを見上げてそう聞いてくる。

「う~ん、もう少しはいるよ。用事もあるしね」

「やったー! ここにいるあいだは、わたしとあそんでね!」
 そう言いながらエリナちゃんは村の中心にある広場へと走っていった。

 この村は広場を中心に建物が均等に配置されており、それほど首都には近くない村とは思えないぐらい整っている。
 道も整理されており、全てが整然としている。
 歩いていると逆に頭がくらくらし、方向感覚が狂う。
 気持ち悪くなってくるぐらい、整然で清潔。



 




 エリナちゃんは広場に着くと、すでに居た少年達に話しかけ、俺のことを紹介した。
 少年達と挨拶を交わし、エリナちゃんが俺も仲間に入れてくれるよう頼むと、彼らはあっさりそれを了承し、
 俺たちはしばらく遊んでいた。






















 夕暮れ。
 少年達と別れ、エリナちゃんと二人で相変わらずどこまでも整然とした道を歩いていく。


 相変わらず清潔な道に、軽く目眩がする。
 それにしてもこんな時間までずっと遊んでいたせいだろうか、今日はやたらと疲れた。



 エリナちゃんと話しながら帰路を急ぐ。

「あしたもあそぼーねー」

「ああ、そうだね」

 帰ったら奥さん辺りに話を聞かなくちゃならない。

 どうやって切り出したものか……



「きょうの~ごっはんはな~にかな~」
 エリナちゃんは何が嬉しいのかスキップしながら帰っている。
 ほほえましい光景だ。

「おにーちゃんがきてからはね~おとーさんもいっしょにごはんたべるからたのしいんだよ~」
 幸せそうな顔でそう言う。
 
 ……あんな問題がある以上、あの夫婦が和解することはないだろう。
 これを解決すると言うことは、家族が離ればなれになる、ということだ。
 ……いくら張りぼての家族だとしても、エリナちゃんにとっては唯一本当の「家族」なのだ。
 

 少し考えながら歩いていると、ちょうど仕事帰りの親父さんと合流した。



「ああ、親父さん、今帰りですか。お疲れ様です」

 親父さんは軽く手を振りながら答えた。
「恭一君も、一日中エリナの相手しててくれてすまないね。疲れただろう、早く家に帰ろう」

「おとーさん、おかえりー!」
 エリナちゃんはそう言って親父さんの方へ駆けだしていく。


 





「きょうのばんごはんなにかな~」

「ははは、お腹空いただろう、エリナ」

「エリナちゃんが好きな物だといいね」


 三人で話しながら家まで辿り着き、ドアを開けると、










 朱。



 紅。
 


 赤。



 あかい、ち。


 






 その鮮血の絨毯の真ん中には、奥さんと親父さんが重なり合って倒れていた。








「な……え……?」

 あまりの事態に言葉が出ない



 

 あか。赤。紅。朱。






 ――旧い記憶が呼び起こされる。


















 こちらをみる、あかい、むっつのめ。みっつのかお。
















 それは、まだ俺が■■恭一だった頃の――











「ぐっ……く、そ……」
 頭痛がする。
 頭を振り、思い浮かんだイメージを取り払う。











 …どういうこと、だ……?

 親父さんは今、俺の横にいるはず。




 なら、あそこで倒れているのは……?

 再び鮮血の中心点、紅い二つの奇妙な人型に目をやる。









 ――あか。

 



 みっつの――











 


 自分で自分の頬をはたく。


「何が、どうなってるんだ……」
 あまりの事態に頭が追いついていかない。

 なんとか状況を理解しようと頭を働かせていると、


 不意に、


 ぼとり、と奇妙な音が響いた。
















 音の方を見ると、顔が落ちていた。

 頭のどこか冷静な部分が、ああ、親父さんのだな、と冷静に告げている。

 ぐらり、と数瞬前までその頭を乗せていた土台が傾く。


 その土台はスプリンクラーのように派手に血を撒き散らしながら床へと倒れ込んだ。



 ……頭が麻痺している。
 少なくとも、この場で三人、人が死んでいるというのに。
 実感がわかなかった。
 この現実を、俺は頭のどこかで冷めたように見ていた。




 混乱しながらも「今」倒れた方の親父さんをだったものを見る。

 すると、

「……機械、だって……!?」

 かつて頭がついていた場所からは、大量のの血液と、歯車、ネジ、モーター。
 機械の類が覗いていた。


 胸にこみ上げてくる気持ち悪さを必死で抑える。

 何が、どうなっているんだ……




「…あ、あああ、ああああ……」

 横にいたエリナちゃんが怯えたような声を出す。



 ……そうだ。何をやっていたんだ俺は!
 まずは、この子をこんなトコロから遠ざけるのが先決だ。
 とようやくその考えに至り、目の前の惨状に呆然とするエリナちゃんを抱きかかえようとする。


 いや。抱きかかえようとしたところで気付いた。
 
 エリナちゃんの視線は先ほどからある一点を捉えて離さない。
 エリナちゃんは、目の前のことに呆然としているのではない。
 何かに、怯えているのだ。
 


 その視線の先を追うと――











 男が、佇んでいた。










 男は黒い外套に身を包み、影のように闇に立っていた。

 そこに気配というものはない。
 確かにそこには誰いなかったはずなのに、初めからそこに存在していたかのように、
 当たり前に立っていた。

 
 男の貌には消えることのない苦悩が深く刻まれている。


 その貌が動くことは無い。

 その男はまるで巨大な岩かのようで。
 その男はまるで佇む影のようだった。

 









 男は動かない。










 ただ、俺の心臓の鼓動だけがただ異常なほど早くなっていく。


 

 俺は全身が押しつぶされるような圧迫感に耐えながら、一言だけ絞り出した。







「――おまえ、何だ」










 男が、表情も変えずに陰鬱な響きを含んだ呪文を紡ぐ。







「――魔術師、荒耶宗蓮」













トンデモ展開になったか……と思う方が多いと思いますが、もう少しおつきあいして頂けると幸いですw



[8998] 第八話 「魔術師」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/01 02:56




 



 黒い魔術師の短い自己紹介の後、辺りを重い静寂が支配する。


「な……」
 呆然とする。
 
「なぜ、おまえが、ここに……」
 

 俺はこいつを知っている。

 「前」の記憶が浮かび上がる。

 こいつが、「ここ」にいるわけはない……!


 



 脳髄に直接揺さぶりをかけてくるような暗く、重い声が響く。

「知らぬ。確かに我が肉体は両儀式によって殺された。
 その後、私は『何か』によって此処に呼び出されたのだ」


 何か……?
 何だ、それは……


「…何だよ、その、何かって」
 何でもすぐ対応できるよう、構えながらエリナちゃんをかばうように立つ。


「判らぬ故に『何か』と言ったのだ。
 ……ただ、おそらく『 』に極めて近い存在だろう。
 そうでもなければ、直死によって殺された私を、そのままに呼び出すことなどできはしない」


 ずん、と魔術師は一歩前進する。

 俺は、その無防備な移動にまるで反応することが出来なかった。


 その魔術師の足下には、かつて人だったモノ。

 魔術師はそれを気にした様子もない。

 俺はさらに警戒を強めながら問う。

「……この人たちを、こんなにしたのも、お前の仕業か……?」
 言いながら睨み付ける。



 魔術師は相変わらず顔色一つ変えずに言う。



「否、だ。この異界は、私が覚醒したときよりすでに此処に存在していた。
 しかしこの村は、前回のマンションと構造がよく似ている。
 だが、あのマンションは蒼崎の技術あってのモノだ。
 そしてその上、死の螺旋もアルバの技あってこそ、だ。
 私一人で再現することは出来ない」



「――これをやったのは、お前じゃないというのか?
 ……それに、死の螺旋、だと?」

 必死に「前」の記憶をかき集める。

 確か、同じような螺旋に捕らわれた少年が――



 魔術師は呪文を紡ぐ。



「――然り。この者達、否、村の住人達は皆、死によって完結する世界に生きている。
 村という規模故か、きっかり一日で、というわけでも無いようだがな。
 この村自体が、既に一つの巨大な異界なのだ」



 村中が、こんなことになっているのか……!




 魔術師はそこまで言うと、ふと何かに気付いたような顔をして、


「――ああ、先程、これをやったのは私ではない、と言ったがそれは誤りだ。
 そこの男だけは、私が手を下した」

 そう言い、苦悩に満ちた魔術師はつまらなそうに俺の横に倒れている首のないモノを見やった。



「その男は、前回でいう臙条巴のようなモノだ。
 前回ではどうせ何も成しえぬ命と思い放って置いたが、それが仇となった。
 ――今回は、同じ過ちは犯さぬ」




 それだけの理由で、この人を殺したというのか……!




「元々、数日しか生きられぬ事を前提として構築された身体だ。
 私が手を下さなくともいずれ息絶えただろう」



 黒い魔術師は語る。
「――そしておそらく、この異界もあの『何か』が用意したものなのだろう。
 私は前回で既に個人の死からは『 』に至れぬと結論している。
 『道』を取り込むためだけにならここまで大がかりなものを用意する必要は無い。
 死の螺旋についても、数日程度では狂いが生じることはないだろう」

 苦渋に満ちた哲学者の貌をした男は、村全体が死人で満ちている、と言う事実をなんでもないかのように言う。、







 必死に怒りを押さえ込みながら問う。
「……これを作ったのがお前じゃないなら、何でお前はこんな所にいるんだ? 意味無いだろ、こんなとこにいても」




 




「意味ならば、ある」 




 魔術師の声が響く。脳が直接言い聞かせられているようだ。


「――例えこの身が仮のものであろうとも、私の目的は変わらない。
 既にここは私の異界であり、目の前には『道』がある。
 これだけで、私がここに留まっている理由には十分だ」


 道……?


「――どういうことだ……」












 魔術師はさらに一歩前進する。














「――近衛恭一。私の目的は、おまえだ」














「なに……?」
 目的が、俺……?




 大きい、岩のような魔術師が前進する。

「今回は、私の覚醒とほぼ同時におまえがこの村を訪れたため、十分な準備が出来なかった。
 現に、おまえは自覚していない」




 何を言ってるんだ……?








 魔術師の貌は変わらない。消えることのない苦悩を刻みつけた、哲学者の、貌。

「――本来ならば、両儀式と同じ手順を踏むべきだった。
 だが、生憎と時間がない。この身体も、いつまで保つか怪しいものだ。
 いささか性急に過ぎるが、致し方あるまい」





魔術師が一歩前進する。





「――近衛恭一。おまえの起源は、全である。



 世界を見よ。そして己が名を、思い出せ――!」














とりあえず、ダッシュ使えば雰囲気がでることはわかった。



[8998] 第九話 「体内」 ※微グロ注意
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/02 08:30



 黒い外套に身を包んだ魔術師が片腕をこちらに向ける。
 その手はだらりと垂れ下がり、まるで誰かを手招いているかのようだ。


 それが、この岩のような男の戦闘態勢。
 

 場の空気が張り詰めていく。
 重苦しい空気が空間を支配する。


 魔術師は俺を見据えている。

 その表情は相変わらず動くことはない。


 いつ来るか構え、同時にいつ仕掛けるかタイミングを計っていると、
 ふいに、黒い外套の魔術師が俺から視線を外した。


 その視線は、ちょうど俺の腹の辺り、否、俺の後ろを見ていた。





「――そうか。そちらのもそうだったな」





 魔術師がそう呟いた瞬間、








 俺の後ろにいたエリナちゃんがぐらり、と背中に倒れ込んできた。









 どうした、と思い意識は前方に向けたまま振り向くと、










 ずる、と半ば滑稽な音をさせて、彼女の、腕が落ちた。






 ――くそ、この子もなのか……!






「……ぁ、あぁ……」
 エリナちゃんが小さく嗚咽を漏らす。

 
 あまりの事態に何が起こったか未だ把握できていないようだ。


 ここでは圧倒的に分が悪い。
 一旦離脱しようとして彼女の腰に手をかける。

「……すぐに、治してやる!」
 
 例え作り物の体だとしても、そう簡単に死なせるものか――!



 しかし。




 手をかけ、抱き上げようとした瞬間。



 ゆら、と彼女の上体が傾き、



 ぼとり、と首から上が落ちた。



 残った首の断面からは機械類が覗き、噴水のように血が吹き出ている。



 俺は一瞬、首の無くなったモノを抱えたまま呆然とする。
 







 ……こんな、簡単に――




 










 あかい記憶。








 こちらをみる、まっかな、め――










「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 呼吸が荒い。
 心臓が脈動する。
 視界が歪む。
 世界が歪む。


 落ち着け、落ち着け、落ち着け――!







 だが、意外なことに俺の沸騰した精神は、黒い男の一言によって瞬間的に冷却された。


 



 魔術師は事も無げに言う。
「そちらも、抑止力に後押しされる可能性がある。
 臙条巴と同様だ。

 ――荒耶はもう、侮らない」








 ――またか。
 また、お前か――!









「荒耶、宗蓮――!」


 魔術師に向かって肉薄する。
 
 黒い魔術師の喉元に到達するまでの刹那の内に抜刀。

 瞬動を使い、一瞬で切り込む――!



 が、魔術師がその瞬間に発音する。



「不倶、」



 魔術師の足下から奇妙なサークルが出現する。



「金剛、」



 二つ目。
 そのサークルは荒耶を守護するように構成されている。



「蛇蝎、」



 三つ目。
 最後のサークルが出現する。
 その結界の中のあらゆる動きが途絶えていく。
 全てのモノが「静止」する。



 その三重の結界は、星の軌道を描いた図形に似ていた。

 その三つの結界が重なり合うように地面と空中に浮かび上がる。





 ――結界・六道境界。
 




 生きているのなら、あらゆるモノを捕らえ、静止させる三つの結界。




「ぐっ!?」

 俺がその一番外側の結界に触れた途端、身体からあらゆる動力が奪われ、結界に捕らわれた。


(……しまった…! つい頭に血が上って、真正面から正直に飛び込んじまった……!)


 三つの結界の中心にいる魔術師が、闇に溶ける影のようににじり寄る。




「近衛恭一――その体、荒耶宗蓮が貰い受ける」



 音もなく寄ってくる、気配の無い、止まった魔人。



 その魔人は手をこちらに向けたまま、俺を捕らえようとやってくる。



「ク、ソがぁ!」



 右腕と刀に気を纏い、一閃。



 放たれた剣筋は荒耶の左腕を根本から切断する。
 


 俺はその隙に、地面を蹴って結界の届かない範囲まで後退しようとする。



 しかし。




「戴天、」




 切断され、血をまき散らせていた左腕が地面に落ちることは遂に無かった。


「なっ――」



「頂経、」



 逃げる隙を失った俺をめがけて、右手が疾る。




 そしてその巨木のような右腕で俺の頭を掴み、

    ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
「――知っているのだろう。
 この左腕には仏舎利を埋め込んである。
 並みの神秘では打ち破ることなど出来はしない」



 魔術師は何事の無かったかのように左手を見やる。


 
 そして俺に視線を戻し、


「――頭は、いらんな」


 その豪腕に万力の力が込められる。


 びぎり、と頭蓋骨が軋む音がする。


「がぁっ!」


 爆発的に全身から気を放出し、全力で後退する。

 その時に再び刀を振るい、外套の魔術師の右腕を断ち切る。




「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
 息が荒い。



 魔術師は地面に転がる右腕をつまらなそうに見やると、再び音を漏らす。






「戴天、」





 完全に静止していた右腕が突然飛び上がるようにして魔術師の元へと戻っていく。




「――前回は両儀式の眼によって敗北を喫したが、今度はそうはいかない。
 


 ――私の起源は、静止である。
 すでに止まっているモノを、普遍的な方法で殺すことなど出来はしない。
 単純に断ち切っただけでは、荒耶は傷つかない」







 歯噛みする。

 ……こんな奴に、どう勝てっていうんだ……!



 外套の男は動かない。
 まるで、立ったまま死んでいるようだ。






 そしてふいに、魔術師は再び片腕をこちらに突き出す。




 そして掌をこちらに向けながら発音した。




「――粛」


 短い音。


 そう漏らしながら、魔術師は手を握った。
 まるで、何かを潰すように。




 どんな攻撃がくるか判ったわけではない。思い出したわけでもない。



 ただ本能的に危機を感じ取り、全力で横に避ける。



 一瞬前まで俺が立っていた空間が圧縮される。
 空気が内側にすり潰されていく。








 ……そうか、思い出した。
 此処は奴の異界。体内と同じようなモノだ。



 此処ならば奴は、空間圧縮、空間転移、どんなことでもお手の物だろう。


 ……厳しいな。異界ごと破壊するにしても、範囲が広すぎる。


 ――止まったら、終わりだ。


 そう考え至り、魔術師から逃走すべく玄関から離脱する。


 その時に、地面に倒れた女の子だったモノが目に入る。


 ……今は、一旦距離を取る。

 
 でもその後、どうにかして必ず仕留めてやる――!




















「――無駄」




 暗い家の中、死体の上に立つ魔術師が呟く。





 黒い外套が翻る。





 次の瞬間、魔術師はもうそこには存在していなかった。


 



[8998] 第十話 「剣戟」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/03 10:45



 周りの風景が風のように流れていく。

 村を縦横無尽に駆けながら、必死に頭であの止まった男を倒す方法を模索する。

 



 ――考えろ。考えろ。考えろ。考えろ――!


 構想が脳内を駆け巡る。
  

 とりあえず斬りまくって倒す
 ――却下。全部戴天やられて即回復だ。




 村の外まで逃げてから迎え撃つ。
 ――却下。あいつは用心深いからそんなところまでは追ってこないだろう。




 もういっそのこと逃げる。
 ――大却下! あんな奴をほっといて逃げるなんて、あり得ない。



 それなら――!



 ある一つの考えが浮かんだところで、ふいに声が響いた。

 

 それは、直接脳に響いてくるような、重く厳しい声。


 その声は辺りに溶けるように浸透していく。


 ――此処は、私の異界だと言ったはずだ――





 ――つまり、それは私の体内であると同義――





 ――おまえの位置など、それこそ手に取るように判る――




 雰囲気が一変する。まるで突然身一つで南極に放り出されたかのように、背筋が凍る。




 ――ッ!




 直感的に横へ回避する。



 さっきまで居た空間が圧縮される。
 大気が潰されていく。 



「――チィ!」



 村の中を全力で駆け抜ける。

 
 地面を蹴って、木々を足場に、屋根を乗り継いで。


 左、右、上、下、斜め、前、後ろ。






 ありとあらゆる方向に発生する空間攻撃をひたすらに避け続ける。

 それらは全て紙一重。
 タイミング、速度、方向。
 どれか一つでも狂えば自らの体は水風船のように潰れ、辺りに紅い花を咲かせることだろう。
 

 ――これまでにない緊迫感が体を支配する。


 横に飛ぶ。前に走る。一旦止まり、再加速。身を屈める。後ろに転がる。


 



 避ける。避ける。避ける。避ける。避ける避ける避ける避ける――!



 その全てが必殺になり得る攻撃を悉く回避しながら恭一は内心で舌打ちする。


 ――畜生! なんて反則攻撃だ!

 
 さっさと辿り着かないと、体力と集中力が持たない。

 そう考えながら恭一は疾走する。



 家を倒壊させ、木々をなぎ倒す。
 地面を捲り上げ、大地を潰す。



 数々の爪痕を残しながら、魔の手は迫る。



 しかし、恭一はその全てを、避け続ける――!











「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」




 そうしてどうにか辿り着いた場所は、螺旋の村の中心に位置する、公園だった。

 公園は暗く、重い雰囲気が漂っている。
 昼間来たときと大違いだ。
 
 
 体力も、まだ限界ではないとはいえかなり消耗し、息が上がってしまっている。


「……どこだ……? ここにあるはずなんだ……!」
 俺は休むこともなく公園を歩き回る。


 公園の設備の下、上、影。
 木々の隙間に、枝の上。

 目につく場所を片っ端に調べる。

 あれさえ、見つければ――



 だが、そんなとき無情にも声が響いた。




「――成る程。ここに辿り着くとはな。
 やはり、抑止の力が働いているか――」

 それは今まで何度も聞いた、魔術師の苦悩に満ちた声。



 後ろを振り向く。
 

 そこには、予想通り黒い外套を着込んだ魔術師が音もなく立っていた。

 恭一はさりげなく後退し、警戒を強めながら言う。

「……これは俺が勝手に思いついたんだ。
 抑止力は関係ない」

 
 
 それに対し、荒耶宗蓮は一歩前進し言う。
「おまえの事ではない。
 おまえがその考えに至るようにした、環境のことを言っているのだ」
 

「ふん、都合の悪いことがあったらなんだって抑止力のせいか?
 現実逃避も大概にしておけよ」
 恭一は言葉では強く出ているがその実、かなり焦っていた。


 魔術師はまるでそれを見透かしているかのように、少し語気を強めて語る。
「私の計画に穴は無い。狂いが生じるならば、その原因は抑止力を除いて他に無いだろう」


 恭一は刀を構えながらさりげなく辺りを探る。


 魔術師は、その辺りを探る恭一を愉快そうに眺めながら言った。
「おまえの考えはわかるぞ、近衛恭一。基点を、探しているのだろう?」


 まるで、教師が生徒に物を教えるかのように魔術師は語る。


「――マンションほどの大きさならともかくとしても、村ひとつ飲み込む大きさの結界を作るにはそれなりの基点が必要となる。
 そして、その基点は多くの場合、その結界の中心点に存在する。
 


 ――つまり、ここだ」

 荒耶宗蓮は無表情のまま、地面を指す。
 その顔からは焦り、余裕などの感情を読み取ることは出来ない。



 ――ち、さすがに気付かれていたか。

 恭一の焦りが大きくなっていく。
 だが同時に気付かれて当然だ、と脳のどこかで考える。



 魔術師はさらに足を進めて言う。
「だが、どう探す? ここは極普通の公園だが、それなりの広さはある。
 基点がそれなりの大きさをしているといっても、そのまま置いてあるわけでもない。

 ――何より、私がそれを許すはずもない」



 空気が変わる。

 魔術師が片腕をこちらに向ける。

 重く、苦しい重圧が場を支配する。

 魔術師は表情を崩さない。

 

「――粛――!」
 先程より強い語気で魔術師が発音し、手を握る。




「くぅっ!」



 再び圧縮される空間を、間一髪で回避する。


 恭一は頭で考えを纏め、


 ……仕方ない! ここは一か八か――!



「おおおッ!」


 砂煙を上げ、残像を残して魔術師に突進する。


 弾丸を上回る神速。

 周りの景色が走馬燈のように流れていく。

 例え魔術師を守護する三重の結界でもこれを捉えることは出来ない――!



「――無駄!」



 だが、黒い魔術師はそれにすら反応する。



 がぎん、音が響いて刃と左腕が交錯する。



「オオオオオオオッッ!」



 だが恭一は止まらない。



 ぎん、ぎん、と連続して刃を振るい、魔術師の守りにひびを入れていく。




 そして――



「――なに」



 魔術師が何か言うより速く、恭一の刃は荒耶の首に一閃した。



 ひゅん、と荒耶の首は綺麗な軌道を描いて飛んで行き、ごとん、と地面に落ちた。



「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」



 魔術師の体は、止まった体勢のまま、後ろに崩れ落ちた。



 恭一は荒耶の体に注目する。
 起き上がってくる様子はない。



 もっと近付いて確認しようと恭一は足を踏み出す。



 否、踏み出そうとした。


 恭一の歩みが止まる。




 かは、と恭一の口から鮮血が飛び散った。


 


「――未熟。それは私の人形だ」




 重く、暗い魔術師の呪文が響く。




 恭一の胸からは、巨木のような魔術師の左腕が突き出し、その手には赤黒く脈動する心臓が握られていた。




「――蒼崎から学んだ教訓だ。仕留めるのなら一撃で息の根を絶つ。騙し討ちとは、こうやるのだ」


 
 恭一の口からは、耐えることなく鮮血が流れ出ている。



「しかし、少し失敗したな。体に傷を付けるべきではなかった」

 魔術師は呟くように言う。




 そして魔術師は、残った右腕で恭一の頭を握りつぶそうとし、





 




「未熟なのはお互い様だぜ、荒耶」







 荒耶宗蓮の体は、ぐらり、と崩れ落ちた。





「騙し討ちってのは、こうやるんだよ」

 恭一が歌うように言う。



「近衛、恭一……!」



 魔術師は口から血を滴らせながら困惑する。
 その体は腰から下で二つに分かれていた。



「まさか、人形か……!」





 荒耶は手元を見る。
 しかし、そこにはすでに鮮血にまみれた近衛恭一は存在していなかった。





「東洋の神秘、分身だ。
 ――『こっち』のことについては、勉強不足だったようだな?」





「分、身――!」



 荒耶は知らない。
 あれほどの密度を持った、本物と見まごう程の影を。




「だが、この程度。我が異界の中ならば――!」




 荒耶は呪文を唱える。
 途端、飛び散った下半身が時間を巻き戻すように戻ってくる。




「もう遅い。これだけの時間を稼げれば十分なんだ。
 ――探せないのなら、丸ごと壊しちまえばいい」


 稼いだ時間で練っていた気を放出させる。




  

 ――荒耶は知らない。これだけの時間で、これだけの破壊を起こすことの出来る存在を。


 ――『気』という概念を。









「――神鳴流決戦奥義、真・雷光剣!」










 瞬間。


 荒耶はつんざくような爆音に襲われた。


 木々は吹き飛び、大地は裂ける。

 地面は灼け、空は割れる。



 其れはまさに決戦奥義。



 凄まじい雷と爆発により、辺りは跡形も無く消し飛ばされる。


 荒耶ですら、その凄まじい爆発と閃光に呑み込まれていく。 


 あとに残るのは焦土のみ。



 煙が晴れると、すでに公園は影も形もなかった。









「……戴、天――!」








 だが、その中でさえ荒耶宗蓮は生きていた。
 爆散した体の破片が戻ってくる。
 やがてそれは、一人の男の姿に立ち戻った。

 しかし、その姿は満身創痍。激しい疲労が見て取れる。




「魔、力が――」




 無理もない。数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの空間圧縮に、空間転移。

 さらにはあれだけダメージをおった体の連続修復。

 極めつけには、自らの結界さえ粉々に破砕された。





「――お疲れのようだな。荒耶、宗蓮――!」





「く……!」
 
 満身創痍の荒耶の暗い瞳に、一人の男が映る。



 ――近衛恭一。



 先の閃光を放った張本人。



「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」


 
 しかし、こちらも万全とは言い難い。


 
 荒耶ほどではないにしろ、かなり疲労の色が強い。

 荒耶が放った空間圧縮の全てを間一髪で避け続けてきた上に、
 決戦奥義まで放ったのだ。
 疲れない方がおかしい。




「――終わりだ、荒耶……!」

 刀を構える。



「……不倶、」



 荒耶は再び片腕をこちらに向ける。

 三重の結界が出現する。

 

 ――ここにきて、荒耶も全力を投入してくるつもりだ……!



 ここで倒せなければ、後は無い……!




「オオオオオッッ!!」



 20体に分身する。今、俺が作り出せる最大限だ。


荒耶はそれを見て一瞬体を硬くするが、すぐに気を取り直し発音する。


「金剛、」


 20体の分身がそれぞれ瞬動で荒耶に迫る――!


「――蛇蝎、ッ!」


 今まで見たこともないほど結界のサークルが広範囲に広がる。



「チィィ!!」



 分身体のほとんどが結界に捕らわれ、密度が低いため次々と消える。




 その隙間を縫って、最高速で魔術師に突貫する――!




「――喰らえぇぇ!」



 剣を振るう。


「ぬぅ……!」


 荒耶はそれを左腕で受け止める。


 がきん、と音が響く。


 俺は続けて剣を振るう――!



 ――がきん、ぎん、がん、ぎぎん、がぎん。



 日本刀と左腕による、奇妙な剣戟が続く。


 感覚は鋭さを増し、時間が圧縮される。


 左足、右腕、額、首筋、胸、脇腹、右足。


 ありとあらゆる部位を狙うが、荒耶はそれを防ぎ続ける。



 

 ――だが、荒耶は気を使えない。気を知らない。



 ――それが、お前の、敗因だ――!!



「――神鳴流奥義・斬岩剣!!」


 右腕を狙って奥義を出す。


 荒耶は咄嗟に右腕で防ごうとするが、気を使った奥義を防げるわけもなく、
 魔術師の右腕は肘から下が切断された。



「――戴」

「……させるかッ!!」


 剣を振るう。


 右方向からの攻撃を防ぐことが出来ない荒耶に対して、右脇腹を狙った剣撃はあっさりと決まり、
 荒耶の体は二つに分かれた。



「――たわけッ!!」


 魔術師が咆吼する。


 瞬間、俺は悪寒を覚え、咄嗟に左腕で顔を守った。


 ぼきん、と音を立てて左腕が折れ曲がる。


 見ると、自分の左腕を、切ったはずの魔術師の右腕が掴んでいた。


 ――遠隔操作……!


 結界は壊したはずなのに、まだこんな魔力が残っていたのか……!


 左腕に激痛が走る。


 大木をも握り潰すような凄まじい握力によって左腕が歪んでいく。


 ――だが!


 そんな、ことに……!


 構っている、暇は、ない…!!








「――神鳴流奥義、極大・雷鳴剣――!!」







 
 光が奔る。
 雷の轟音が響き、土煙が舞った。

 視界が、煙で遮られている。




 あまりの疲労に、片膝をつく。




「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……」



 喋ることさえ出来ない。



 そして、土煙が無くなり、視界が晴れた―――

























・なぜか知らんが突然思いついたネタ(※本編とは一切関係ありません






「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」



 魔術師の体は、止まった体勢のまま、後ろに崩れ落ちた。



 恭一は荒耶の体に注目する。
 起き上がってくる様子はない。



 もっと近付いて確認しようと恭一は足を踏み出す。



 否、踏み出そうとした。




 恭一の歩みが止まる。




 かは、と恭一の口から鮮血が飛び散った。


 


「――未熟。それは私のおいなりさんだ」





 重く、暗い魔術師の呪文が響く。





 恭一の瞳には、動乱の時代を生き抜いてきた男の屈強で洗練された肉体(ボディ)が映っていた





 ――鍛え上げられ、大地に根を張るようにして立つ、その両足。
 ――長い年月を生き抜いた巨木のように静止した、その両腕。
 ――厚く、銃弾さえも跳ね返せるのではないかと錯覚するほどに頑強な、その胸板。

 ――つまるところ、荒耶宗蓮は全裸であった――



「――蒼崎から学んだ教訓だ。仕留めるのなら一撃で息の根を絶つ。騙し討ちとは、こうやるのだ」
 その肉体を衆目に晒した屈強な魔術師が語る。


 
 近衛恭一の意識は、その言葉を認識したのを最後に、深い闇へと落ちていった――






























変なオリ要素を入れてしまった……
すいません。正直、結界壊して魔力切れでも起こさせないと
荒耶に勝つシーンがどうしても思い浮かびませんでした……
なんとかなるだろうと思って戦闘のプロットをテキトーにした結果がこれだよ。



[8998] 第十一話 「記憶」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/05 05:17










 魔術師は倒れていた。

 その躯は胸から下が無く、右腕も千切れて無くなっていた。
 
 つまり魔術師には、部位と呼べる部分は左腕と頭部しかなく、それはまるで奇怪なオブジェのようだった。

 ごふ、と魔術師の口から鮮血が漏れる。

 常人ならとうに死んでいる程の傷を負っても外套の男はいまだ息絶えておらず、その険しい瞳はただ虚空を睨んでいた。

「まだ、生きているのか……」

 声が響く。
 
 それは、この傷を荒耶宗蓮に負わせた剣士の声。

 しかしその剣士も体じゅうに傷があり、左腕に至ってはあらぬ方向に折れ曲がってもはやその機能を果たしていなかった。

 その姿は満身創痍。片膝を付き、刀を地面に刺してつっかえにすることでようやく体を起こせている。

 その剣士は、自身から3メートルほど離れた場所に転がっている黒い男を睨んでいる。

 その黒い男はつまらなそうに剣士へ視線を移して言う。

「――魔力が底をついた。
 この体の回復はもう、見込めないだろう」

 魔術師はまるで他人事のように言う。
 まるで、それを享受しているかのように。

「――そして、予備の体は用意していない」

 荒耶宗蓮は自分の死をさも当然のことのように語る。
 ――魔術師は、淡々と語る。

「私が死なない、と言ってもそれは精神の話だ。
 カタチ持つ物、肉体は何があろうといずれ滅びる。
 そして、肉体の停止は物質界において死と同義だ」

 魔術師の表情は、相変わらず動かない。
 
「じゃあ、俺の勝ち、ってことか……」

 恭一が安心したように言い、深くため息をつく。

「その通りだ、近衛恭一。
 またもや私は、『 』への道を阻まれた」
 魔術師は自身の望みが打ち砕かれたというのに、なぜかそれほど落胆した様子はない。
 
 恭一がそれを不思議に思っていると、荒耶宗蓮は口を開いた。

「いや、こうなるのは、最初から必然であったのかもしれんな――」

「……なんだって?」
 こいつは、最初から失敗を予期していた、というのか?

「諦めていたわけではない。
 ……だが、今の私の存在はおまえの記憶に依存している。
 私という今の存在がおまえに依存している以上、
 仮に私がおまえの殺害に成功していたとしても、その時点で私の存在が消滅する危険があった」

 荒耶の言葉に恭一が困惑する。
「……どういう、ことだ?」

 荒耶は恭一から視線を外し、空を見据えて語る。
「――私をここに存在させたきっかけを作ったのはあの『何か』だが、
 今の私をここに維持しているのは確実におまえなのだ、近衛恭一」

 ここで、初めて魔術師の表情が僅かに歪んだ。
「私は、今のおまえが記憶する以上の行動をすることができなかった。

 ――故に、今回はもとより失敗する可能性が高かったのだ」

 かは、と荒耶の口から紅いものが零れる。

 恭一は荒耶の言っていることは良く理解できていなかった。
 しかし、そこでもう尋ねるのはやめた。
 





 ――荒耶の持論。人はどう生きたかではなく、どう死んだかで、その一生意味が決まる――














 荒耶は口を歪めて呟く。





「――二度とも、『道』によって我が命が途絶えることになるとはな。



 ――結局、私の死の螺旋にも、狂いが生じることは、なかった、か――」




 暗い目が見開かれる。





















 それだけ言い遺すと、荒耶宗蓮は、完全に活動を停止した。


 
 恭一は、何も言わずにその死に様を自分の目に焼き付けていた。

 
 荒耶宗蓮は最後まで、自身の死にすら、動じることはなかった――

























 恭一は自身の左腕の応急処置を終えると、荒耶の死体に火を付けた。

 
 止まった男が崩れてゆく。

 根源を目指し、概念と化した男。

 人間の性に絶望し、滅びを願った男。

 その男を崩す炎が生み出した煙は、螺旋を描きながら空へと立ち登っていった。


「……終わった…」

 恭一はそう呟き、もう一度大きくため息を吐く。
 気を抜くと、倒れてしまいそうだ。


 ふと、炎によって焼かれた荒耶の残骸に目をやる。

 そこには、月の光を反射して青白く輝く奇妙な白い物。

 荒耶の肉は完全に焼け、骨も煤で黒くなっているというのに、それだけは綺麗なままでそこに存在していた。
 
 それからは、強力な、神性とでも言えばいいのだろうか、『何か』が立ち上る。
 凄まじい概念を秘めているのだろう。

 そのことを踏まえ、恭一は理解した。


 ……仏舎利か。


 荒耶宗蓮の左腕に埋め込まれていた神秘。

 聖人の遺骨。

 この概念をを前にして効力を発揮する神秘などそうはないだろう。

 ソレぐらいの概念だ。

 恭一はそれを眺め、拾い上げる。

「死体を漁るみたいで気分は良くないが……」

 この世界に、無闇に他の世界の痕跡を残すの面倒くさいことになるだろう。

 仏舎利が二つ存在する、ということになったりしてしまう。

 本来なら、死の螺旋に捕らわれていた人々の遺体も片づけておきたい。

 だが、

「結界も壊れた……ここに人が来るのも、時間の問題だろう」

 正直、この死の村に一人で居る方がはるかに面倒くさいことになるだろう。

 どうみても明らかに関係者だ。詰問されること間違い無しだ。


 恭一はそう考え、近くの一番高い山に登ると村を見渡した。


 恭一はそこでしばらくの間目を瞑り、崩壊した命達へ黙祷を捧げる。



 親父さん、奥さん、エリナちゃん――



 そして、悲劇を後押しされた、多くの家庭。
 

 
 恭一はそれぞれに向かって思いを馳せる。



 ――いずれ必ず、この全てが救えるぐらいに――



 その後、荒耶の骨を見つからないよう地中深くに埋めた。




 そして恭一は痛む左腕を伴って、螺旋の村を後にした。



























 その夜。

 あの村から10キロほど離れた山中で、野営をしていた恭一は奇妙な夢を見ていた。

















 それは一面の焼け野原。





 どこまで歩いても、死体。死体。死体。


 道一面には人の骨が敷き詰められている。

 
 人間の醜さが生み出した地獄。


 ある男は人を救おうと、全国を行脚した。


 しかし、何処に行こうと死体は無惨に打ち捨てられ、争いが絶えることはない。

 
 如何に救おうと奔走しようと。

 如何に守ろうと努力しようと。


 その結果に積み上げられた物は、人間の死体だった。



 ――ただ一つの、圧倒的な事実。

 それを前に、あらゆる生物は例外なく膝をつく。

 どんな幸福な人生も。

 どんな名誉ある生涯も。

 それの前ではあらゆるものが等価値であり、無意味。

 


 ――それは、死。

 死ぬ、ということ。




 繰り返される圧倒的な死の前に、男は絶望した。

 そしてその男は自分の矮小さを知ると同時に、人間の性に絶望した。

 ――人間は、救えない。


 ならばせめて、その死を正確に記録しよう。

 その死を持って、私が人生に意味を持たせてやろう。



 ――これが、男の始まり。

 根源を求める怪物の原初。





 そして。







 ――■■■■。お■■■■は、■で■■。


 ――魔術師、荒耶宗蓮。
      ――蛇蝎、               ――私は、何も望まない。
            ――私の、起源は――                ――勝とう。
                        ――粛
    ――この矛盾した、螺旋の果てを――
              ――戴天、            ――悦べ、両儀式。
          ――式を殺す者だ。
 ――不倶、              ――往生際が悪いな。

    ――おまえは、何も為し得ない。                ――金剛、
           ――なに。             ――おまえの起源は、
――いかにも。
                         ――静止である――


 ――私■■■■、お■■■■■に■■■てい■。


 ソレは、魔術師の記録。





 それは、驚くほどすんなりと、恭一の中に入ってきた。
 まるで、元から知っていたかのように、すんなりと。







 魔術師が嗤う。







 ――知っているのだろう?




















「ッ!!」


 飛び起き、辺りを見回す。

 そこは寝る前と何も変わらない。簡単に作ったテントの中。荷物も鞄一個と刀しかない。

 唯一変わっている所があるとすれば、恭一が汗だくになり、その顔も蒼白になっている点だろう。 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 今見た夢のせいか、息が上がってしまっている。

 だが、夢の内容は忘れてしまった。

 そんなに恐ろしい夢でも見たのだろうか……?

 そう思って恭一は左手で額の汗を拭う。

 

 喉が渇いたな。


 そう思い、水を飲もうと恭一は鞄の中を漁り、水を取り出した。

 そして、そこでふと、違和感に気付いた。


 ……左手?


 咄嗟に左腕を確認する。

 そこには、いつもと変わらぬ鍛えられた左腕が存在していた。



 ――完治、している……?



 ありえない。
 あれだけ見事に骨を潰されたのだ。
 いくらチートな体をしているとはいえ、あの怪我が少し寝ただけで治るものか。
 
 吸血鬼でもあるまいし、と恭一は独りごちて左腕の感触を確かめる。

 結果、正常。あらゆる間接は問題なく動くし、反応も右腕とほとんど変わらない。

 ……何が起こったんだ?

 寝ている間に妖精さんがくっつけてくれたわけでもないだろう。

 いくら魔法世界とはいえ、そんなことあるわけがない。むしろあったら困る。

 恭一が自分の手首を動かしていると、唯一の異常が露見した。


 気が、うまく纏えないのだ。


 肘から手にかけて、気を纏おうとしても何かに弾かれるようにして散ってしまう。

 そのくせ、筋力などは気を纏った右腕と比べてみても遜色ない。

 おかしいな、と思いながらも水を鞄に戻す。

 そこで恭一は、二つ目の異常に気付いた。


 仏舎利が、ない。

 

 ない、ない。何処見ても、ない!


 落とした?盗まれた?
 いやまさかとは思うが、その「仏舎利」というのは俺の想像上の存在に過ぎないのではないだろうか。
 もしそうだとすれば、俺自身が統合失調症であることにはほぼ間違いないと――――

 ダメだ。かなり混乱して訳のわからないことを考えてしまった。
 どこにある?どこにあるんだ!?



 あああああああ、と必死に探していると、ふと左腕が目に入った。




 ……あやしい。あやしすぎる。このうえなくあやしい。




 もう、ほとんど確信に近い疑念を持って左腕を掲げる。

 頑張って纏おうとしていた気を散らし、左腕をよく観察する。

 ――これはもう、これだろ。

 勘だけを頼りに左腕に魔力を纏ってみる。15分かかった。

 ――弾かれた。

 ……間違いないな。

 15分の努力を一瞬で無駄にしてくれた左腕を睨み付ける。


 ……左腕に、仏舎利が埋め込まれているのはわかった。

 でもなぜ?誰が?なんのために?

 それに、仏舎利が埋め込んであるのが判っても怪我が治った説明にはならない。


 ……謎は深まるばかりだ。


 俺はそこで考えるのを放棄し、二度目の眠りに落ちていった。
























主人公チート化ですね。
今回はなんか書いてて恥ずかしかった。



[8998] 第十二話 「千の刃」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/05 09:14







 グラニクス。

 魔法世界の西側に位置し、ケルベラス大樹林の近郊に位置する自由交易都市だ。

 そのほぼ中心に街の名物、グラニクス闘技場が鎮座している。

 この巨大な建造物は五つの闘技場を持ち、街の中ならどこからでもその姿を確認することが出来た。

 そびえる闘技場はどこかローマのコロッセオを彷彿とさせる。

 恭一はその中でも中央の、最大の大きさを誇る闘技場の観客席に座っていた。


 
「おぉーっと!? ルシオ選手に魔法の射手が直撃ぃー!! これは決まったか!?」
 

「立てぇー!! 立つんだルシオ! お前はそんなところで終わる男じゃないはずだろう!?」
 恭一は拳を握り叫んでいる。
 無論そのルシオ選手と面識なんてものはない。

「どうだ!? どうだ!? ……ああー! ルシオ選手立てない! この試合、ライ選手のタッグの勝利です!」
 司会の声が響き渡る。
 どうやらルシオ選手のパートナーは既にやられていたらしく、ルシオ選手が倒れた時点で試合は幕引きとなった。


「あああー……」
 恭一はがっくりと肩を落とし、椅子に座り込む。

「また負けた……」
 これで通算120ドラクマの大損だ、と呟く。

 









 俺がこのグラニクスに着いたのは三日ほど前のことだ。

 数々の疑問を抱えながらもようやくひとまずの目的地に着いた恭一は、本格的に修行とラカン探しをすることにした。

 だが、修行はともかくラカンは歩いているだけで見つかるとは思えない。

 だから街で情報収集していたのだが……
 
 いつのまにか賭けに嵌っていた。

 自分でもポルナレフのAAを張りたくなるぐらい、いつのまにかのめり込んでいたのだ……!

 金に全然余裕があるというのも賭け事に拍車をかけた原因だと思うな。

 だってすげー負けたけど未だに6万はある。

 拳闘大会、なんて素敵イベントに手が出るのは当然じゃないか? 当然だといいな。

 大会の優勝賞金もかなりの額だったので、これはいっちょサムライマスターの息子の実力見せねばばならない時が来たか……

 とか思っていたが、よく考えたらパートナーがいないので出れなかった。チクショウ。

 だからせめて試合に賭けるぐらいは……と思ってしまったのだ。
 




 恭一はテンションを下げながら会場を後にする。
「しかし、何も知らない選手に雰囲気が強そう、ってだけで賭けたのには流石に無理があったか……」


 当然である。

 



 そしてそこに、男の声が響いた。

「たりめーだろ。何考えてんだ。
 ……やっぱり詠春の野郎の息子だな、詰めが甘めぇ―― いや、これは詰めとか関係ねぇな」





 俺はその声のした方向に振り向く。

 そこには、フードを被った、褐色の肌を持つ筋肉隆々の大男が立っていた。

 まさか、この男……

 その男はニヤリとしながら言う。
「……やっぱりおまえがあいつの息子か。
 あいつが使ってたのに似た変な刀背負ってやがるからもしやと思ったが――」

 あまりの急展開に呆然とする。
 いや、簡単すぎだろ……

「お? なんだなんだ、感極まって声も出ねぇか?」

 男はそう言いながらポンポン、と俺の肩を叩く。

「そうだな、良い機会だし自己紹介から行くか。
 一度しか言わねぇからよーく聞けよ?」

 そう言いつつ、そのどことなくバカっぽい男は一歩下がり、コホン、とわざとらしく咳をつく。

「いや、ちょっ――」
 この男はこの人通りの多いところで何を言おうとしているのかつーかあんたそんな簡単に正体ばらして良いのか人多いぞここはせめて場所変えるなりなんなりしろよ、
 といった俺の割と本気の忠告を遮りながらその男は言った。



「約10年前――ここ、魔法界は南北を二分する大戦により危機に瀕していた!!
 南北の確執は時の経つうちにますます深くなり、さらに多くの尊い生命が失われるかと思われた――」

 ここまで言って男は一旦言葉を切り、目を瞑る。
 ここまでで大体男の周囲5メートルにいる人間が動きを止める。

「だがしかし!!
 そんな時、争いを止め、無辜なる民を救うべく、一陣の風の如く現れた男達がいた!!
 その名を――紅き翼!」

 男はカッ、と目を見開き拳を握る。
 既に男の周囲8メートルの人間が動きを止めている。
 男はそれを気にしたふうもなく続けた。

「そのリーダー――当時、僅か14歳ながら千の呪文を操ると言われ、
 そのことからサウザンドマスター、赤毛の悪魔と畏怖された、
 最強の魔法使い――ナギ・スプリングフィールド!!」

 男は腕を天高く掲げ、高らかに語る。
 もう、いつのまにかフードもずり落ちてしまっている。
 この時点で、周囲10メートルの人間が固まっていた。

「――だが、その最強の魔法使いに匹敵する男が存在した!!
 ――千の刃の男!
 ――伝説の傭兵剣士!
 ――最強の奴隷剣士!
 ――サウザンドマスター唯一にして永遠のライバル!」

 男はグッ、と親指を自分に向け咆吼する。
 その周り、12メートルの範囲はまるで凍っているかのようだ。

「――そう!
 その男こそこの俺!
 ジャック・ラカンだ!!!」

 ラカンは、こうして自己紹介を完結させた。
 
 ――そして同時に、ラカンを中心とした半径15メートルの時間停止魔法が発動完了した。

 












 ラカンは得意げそうに腕を組んでいる。

「この俺の弟子になるんだ。
 感謝しろよ? 本当なら1000万ドラクマはふんだくるところだぜ」

 詠春の頼みだからな、かなり負けてやったぜ、などと呟いている。結局金は取ったのかよ。

 そうこうしているうちに、流石に周りが騒ぎ出す。

 俺は慌てて言う。

「ちょ、おい、し、師匠? でいいのか?
 とりあえず場所を変えよう!
 ここだと目立ちすぎる!」

「んー?ああ、それもそうだな。
 俺は大人気だから、ファンが来たらサインとか大変だな」

 そういうわけじゃないんだが……
 って、ん?あれ?そういうわけでいいのか?

「ともかく! なんでもいいから今はここから移動しよう!」
 ラカンの腕を掴む。

「あ、おい!」

 こうして、俺はラカンを強引に引っ張り、その場から逃走した。

















急展開過ぎますね。
いや、本当はカゲタロウと会ったりいろいろしようと思ってたんですが、
これ以上原作から離れていくのは流石に拙いなと思ったのでw



[8998] 第十三話 「修行開始」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/08 06:32


 先程の自己紹介の場から全力で離脱し、俺とラカンは人気の無い場所まで移動した。

 ここはかつて修練場か何かだったのだろうか、半径80メートルほど開けた空間には魔法などの練習台などに使われたと思われる、傷ついた岩や、木で作られた的などが並んでいる。
 まわりには木々が生い茂り、外からでは中の様子を窺うことは出来ない。
 街からも離れていて、喧噪などが聞こえることもないだろう。
 耳を澄ませばかすかに水のせせらぎなども聞き取ることが出来、水場が近くにあることを窺い知れる。
 集中して鍛錬するにはまさにうってつけな場所といえるだろう。



 そしてその空間の中心には新たな我が師匠、ジャック・ラカンが腕を組んで仁王立ちしていた。

 ラカンは軽く佇まいを直して言う。

「さて、今からお前を鍛えてやるわけだが……」

 ラカンは目を瞑り、無駄に緊張感を出しながら言う。そして、

「とりあえず、かかってこい」

 なんてことを言い、
 なんか人差し指をクイクイさせた。
 
「…は?」

 流石に今の会話の流れでは意味がわからない。
 
「だから、なんていうか、あれだ。
 俺はお前を鍛えるが、お前が今どの程度なのかわからないだろ?
 それを手っ取り早く知るために、かかってこい、というわけだ」
 ラカンはニヤリとして言う。

 ……確かにそうだな。
 俺の実力を知らないと、どこを鍛えればいいのかも判らないだろう。
 ……こう見えて結構考えてるんだな……

「さぁ、早く来いよ。
 どのみち俺には勝てねぇんだから、そんな緊張することはねえぜ?」

 ……事実だとしても、直接言われると流石に何も感じない、というわけにはいかないな。
 ……勝てないまでも、一泡ぐらいは噴かせてやる!

 そう考えながら剣を構える。

「……じゃあ、いくぜ!」

 瞬動で接近し、剣を一薙ぎする。
 ラカンはそれを余裕の表情で受け止め、カウンターに右で突きを放ってくる。

「っと!」

 それを避け、自然な動作で次の攻撃に繋げる。

「っらぁっ!!」

 ぎん、ぎぃん、きん、と音が響く。

 ラカンの足を止めつつ、剣を振るう。





 ……つーかこのおっさん、剣が刺さんねーよマジで!

 ガードが上がった隙を突いて剣を叩き込んでも傷が全く付かない。
 それなりに気で強化しているのに、だ。

 鉄か、こいつは!

「おらおら、どうしたぁ!?
 わざと隙作ってやってるのに全然入らねぇじゃねえかよ!!」
 ラカンが攻撃を仕掛けながら言う。

 いや、入ってるって!
 入ってるけど剣が通らないんだよ!
 
 嵐のような攻撃を必死に防ぎながら後退する。

 ちょ、おっさんこっちくんな!







 ラカンは地面に亀裂を入れながら追いすがってくる。
 何の変哲もないい適当に放ったただのパンチ一発で地面を抉るレベルの威力を持つおっさんだ。
 攻撃あたったら死ぬる。





 体勢を整えつつ、剣に気を通す。

「神鳴流奥義・斬岩剣!!」

「甘えよ!!」

 ラカンはそれを片手で防ぎ、すぐに追撃してくる。


 ……ガードしたって事は、今のは当たればそれなりに効果あるのか?


 それなら、戦えるだろう。ていうか、そうであって欲しい。

「お、らァ!!」

 かなり高密度の気を纏った神風を叩きつける。

 ラカンはそれをまたもや簡単に片手で防ぎ、そのまま速度をゆるめずに攻撃してくる。

 俺はそれを後退しながら防ぎ続ける。

 こう言うと簡単そうだが、実際は超必死である。

 いや、俺がショボイとかじゃなくてこのおっさんの攻撃がヤバすぎるんだよ、マジで!!
 これ、受けたら軽く内蔵潰れるんじゃね? いや、真面目な話。


「……ハッ、なかなか悪かねえな。
 ひとまず合格点、ってところだな」
 ラカンが一旦攻撃の手を止めて言う。

 ……ほっ。やっと終わりか……

 まったく、死ぬかと思った。
 やれやれ、と思いながら構えを解く。

  
 一方ラカンはなにやら、これなら大丈夫だろう、呟くと、
「……出血大サービスだ。
 見せてやるぜ!


 ――アデアット!!」









 ……は?










 
 ラカンに向き直ると、そこには大量の剣を持つ大柄の男がそびえていた。
 その周りの大地にも大小様々な剣が刺してある。
 さながら人間サイズの剣山のようだ。





 ラカンは手近にある剣に手をかけながら言う。

「――千の顔を持つ英雄。
 この俺のアーティファクトだ。
 ……俺的には素手の方が強ええんだがな。

 これに耐えられるか?」

 ラカンが何かを投げるように腕を振る。



 何か嫌な予感がして、咄嗟に後ろに飛んだ。

「おわっ!?」

 同時に、俺の居たところに刺さる巨大な剣。

 こ、これは……

「オラオラ、ボーっとしてる暇なんてねぇぞ!!」

 次々に剣が飛んでくる。

 それらを神風で防ぎつつ後退する。


 ……やばいな、このままじゃ物量差でやられる。
 なんとかしないと……


「ホラ、どんどん行くぜ!!」




 剣、槍、鎌、矛、鉈。



 ありとあらゆる武器に変化する、変幻自在の法具が迫る。


「ちっ!」

 ……防ぎきれない!

 咄嗟の反射で左手を出す。

 そこには1メートル半ほどもありそうな巨大な剣が肉薄して来ていた。

 ……死んだかも。







 と諦めかけていたが、

 がきん、と音が響いて剣は俺の左手に弾かれた。


 ちょ、左手硬ッ!


「おお?」
 ラカンがそれを見て一瞬動きを止める。


 ……チャンスだ!

 それなりの密度を持った分身を8人出し、ラカンに肉薄する。

 攻撃可能範囲に入った時点で分身は6人がやられ、また最後の一人も密度を保っていられるのは限界だった。


「ヘッ!」
 ラカンが腕に気を溜め、攻撃動作に移ろうとする。

 俺はすかさずその腕を左腕で掴んで止めた。

「お?」

 溜めた気が霧散し、またもやラカンが動きを止める。




 ――ここだ!




「――神鳴流・雷鳴剣!!」



 剣は見事脇腹にヒットし、土煙が立ちこめる。


 ――やった、今のは当たった。


 と俺が満足していると、


「なかなか強ええじゃねぇか。
 でも、やっぱり詰めが甘ぇな」

 と後ろから声が聞こえ、振り向くと

「ま、今回は此処までだ」

 首筋にずん、と重い衝撃がかかる。

 それを最後に、俺の意識は薄れていった。







 ――ていうかあのオッサン、無傷かよ――
































 数時間後。


 俺が意識を取り戻し、それを見たラカンが言ったのはこれだ。





「気合が足りねぇな」





「……気合?」
 訝しがりながら言う。


「そうだ。おまえは少し小利口に纏まりすぎだな。
 詠春の癖が良く出てやがる」

 ……確か、原作でもネギにそんなこと言ってたような気がするな。

 つまり、あれか。

「もっと、バカっぽくなれってことですか? ラカンさんみたいに」

「ああーん!? バカっぽくだと?
 てめ、俺の事をどういう目で見てやがるんだ!?」

「ああ、いや、なんとういか、バカッぽいって言うか、豪快?
 とかそんな感じって事ですよ」
 俺は慌てて答える。


「ああ、そういうことか。
 確かに、おまえはもっと思い切りを良くした方が良いな。
 俺のアーティファクトを全部避けながら突っ込んでくるぐらいの気合いを見せろってんだ。
 あんな隙しか狙えないような戦い方してっと、いつかハメられるぜ。



 ……つーか、何いきなり敬語になってんだよ、気持ち悪ぃな。
 んな、無理に敬語なんか使わなくてもいーっての」


「……そうかな? 一応師匠だし、敬語の方が良いかなと思ったんだけど


 でもまぁ、もっと思い切りを良くしろ、か。
 ……確かにそうかも知れない」
 俺は呟く。



「そういうこった。
 ……ま、そんなとこを直すためにも修行は厳しく行くからな?
 覚悟しとけよ!」



 そのラカンの宣言に、俺は声を張り上げて答えた。

「宜しくお願いします!」



 




「ったく、だから気持ち悪ぃっつってんのに」
 やれやれ、とラカンが呟いた。



 



[8998] 第十四話 「麻帆良」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/09 10:47




 風景が弾丸のように流れ去っていく。
 がたん、がたん、と定期的に揺れる電車の中で恭一は外を眺めていた。
 似たような電車ももう何回乗り換えたことか。
 歩きもしたし、飛行機も乗った。
 最初こそハイテンションだったものの、こうまで長い時間狭い場所に閉じ込められていると自然と暗くなってしまう。


「麻帆良、ね……」


 恭一はそう呟くと、こんな長時間乗り物に揺られるに至った経緯を思い返した。





















 恭一が、ラカンに弟子入りしてから実に七年の歳月が流れた。現在19歳である。
 子供だった時の勇者が大人になるぐらいの年月だ。

 その間に恭一は驚くほどの成長を見せ、バグキャラの弟子として恥ずかしくない程のレベルに至っていた。

 むしろ恭一自身がバグキャラと言っても過言ではないぐらいだ。

 しかし、ただの一年足らずであそこまで成長した子供先生を考えるとそこまでおかしくないのかもしれない。
 いや、おかしいな。比較対象が間違ってたわ。


 当初、恭一はラカンとの修行なら気や体術とかだけだろう、と思っていたが
 なんか知らんけどラカンが魔法も使えたのでそれも多少習った、というのもチートに拍車をかける原因になっているだろう。

 ただ、呪文を覚えるのがめんどいという理由などでラカンはもとより恭一もほとんど魔法を使わない。
 それと同じような理由で当然始動キーなども設定していないのだ。良い意味でも悪い意味でも恭一はラカンに影響されていると言っていいだろう。
 尤も、習った魔法も基礎的な物やくだらない物ばかりではあるが。
 唯一使い道があるのは隠蔽魔法ぐらいだ。
 
 中でもラカンの影響が良く見えるのは修行内容だろう。
 恭一が覚えた咸卦法や浮遊術、その他諸々もまともに原理やコツなどを教えられたわけではなく、
 恭一自身も「なんかくっつけようとしてたらできた」だの「飛べると信じていたら飛べた。気持ちの問題だね☆」
 だのと正気の沙汰とは思えない。
 例え会得にそれなりの時間を掛けているとしても、こんなノリで究極技法を習得した奴がいると知ったら世の咸卦使いは血の涙を流すことだろう。
 具体的にはタバコが似合う渋いオッサンとかだ。

 それに加え、ラカンの無手中心の修行形式のおかげて剣士のくせに素手のが強い、という意味不明な状況になってしまった。
 ここまで師匠に似るとむしろ清々しいと言える。

 ただ、素手の方が剣より強い、というのは戦いやすいとかそんな理由ではなく、
 単純に剣は折れてしまうからである。
 神風は大切に扱っていたため折れたことはないが、他に恭一が使った剣はことごとく折れてしまった。

 もともと素手も嫌いではなかった恭一だが、
 そんなことがあって以来、より一層素手を好むようになったのである。
 家柄などの手前、剣の鍛錬もかかさずにしてはいるが。

 
 これは余談ではあるが、実戦形式の修行として行っていた賞金首狩りや魔獣退治の間に名前が(ラカンほどではないが)売れ、

「魔法殺しの左腕」
「二代目サムライ・マスター」
「あの兄ちゃん刃物通んなくね?いやマジで」

 などと呼ばれるようになった。このことからも恭一の戦闘スタイルを想像することは難しくない。


 







 そんなこんなで修行を続けていたある日。

 
 






「おい恭一、おまえ麻帆良に行け」

 我が師匠、ラカンが突拍子もないことを言うのはいつものことだが、
 今回ばかりは軽く流せないような単語が混じっていた。
 
「……麻帆良ってあの爺さんが理事をしてる、でかい学校のこと?
 また、なんでそんなトコに」

「いやな、これはあのジジイと詠春の頼みなんだ」


「……どういうこと?」
 口ではこう言ったが、だいたい想像は付く。
 おそらく、そろそろネギが赴任してくるんだろう。
 
「実はな、あの学校にナギの野郎の息子が行くことになったんだ」



 ラカンはこう前置きすると、事の子細について語り始めた。

 そこに俺が想像していた事と違いはないだろうが一応最後まで聞いておく。










「……とゆーワケだ。
 ジジイや詠春はおまえにそのネギのフォローをして欲しいらしい」


「……そーゆうことかぁ」

 ”立派な魔法使い”になるために麻帆良で先生をやることになったネギが正式に先生に着任することになったため、
 フォローとしての役割や周りの反対意見を抑えるためにも、副担任として活動できる人材が欲しいらしい。

 そこで、裏の事情に通じていて、それなりに強く、比較的年が近くて頼みやすい人材を探したところ、
 ちょうど俺があてはまった、ということだそうだ。
 
「ジジイの話だと、ネギの受け持ってるクラスにはおまえの妹もいるらしいぞ?
 ちょうどいいんじゃねーか?」

 確かにこのかや刹那にそろそろ会いたいと思っていたし、いい機会かもしれない。

「でも、副担任なんてできないぞ。 英語とか全く喋れないし、俺」

 この年になってくると前世の知識なんてあってないようなものだ。
 原作の事なんてほぼ忘れているし、
 いくら誕生時は天才でも学校を全て放棄した身だ。
 学力なんて前世の高校レベルで止まっている。
 いや、時間が経ったぶんさらに落ちていることだろう。


 ラカンがその不安を吹き飛ばすように言う。
「勉強なんざ魔法でブーストすりゃ余裕だろ。
 奴の息子もそうしたみたいだしな」

 ……確かにそうだな
 久々に魔法を使うとするか。

「じゃあそれは良いとして、修行の方は?」

「ああ、そっちも大丈夫だ。
 なんせこの俺が七年も修行見てやったんだからな。
 これで出来上がねぇ奴なんていねーよ。
 それにおまえは覚えが驚くほど速かったからな。
 もう最初の二、三年でかなりのレベルになってた。
 そっからは特に教えることもなかったぜ。



 ……正直、最後の数年はテキトーだしな!」

 ハッハッハ、と豪快に笑うラカン。

「……」


 ……まぁ、修行は大体最初っからテキトーだったし、それはいいか。


「まぁ、真面目な話、今のおまえに勝てるのは俺らぐらいだ。
 そうそう面倒なことになんかならねーから、気楽に行ってこいよ」

 ぼん、とラカンが俺の肩を叩く。



「……わかった。行ってくるよ、師匠」 

































 と、言うことで冒頭に繫がるのである。



 あの後、麻帆良に行くことが決まってからは勉強漬けの日々だった。
 いくら魔法による補助があるとはいえ、かなりハードな毎日だった……
 しかし、おかげで普通に英語は喋れるようになったし、他の教科もだいぶ学力が上昇した。
 この点については魔法すげぇと言わざるを得ないだろう。

 ふぅ、とこめかみを指で押さえる。

 思い出しているうちに結構な時間が流れたようだ。
 車内にアナウンスが流れる。

「次はー、麻帆良学園前ー、麻帆良学園前ー」

 さて、次の学内電車で乗り物は最後だ。
 ようやく開放される、と思いながら俺は電車を乗り換えるため、席を立った。





























「……」



「……、…のよ、…」
「……態……警……に…」
「…わ、……うね」

 視線が痛い。
 肩身が狭い。

 恭一はあの後に乗り換えた、学内電車の一番隅の席で身を小さくしていた。

 それもそのはず、ここは麻帆良学園最奥エリアに向かう電車の中だ。
 それも幼稚部が存在するエリアと女子校が存在するエリアの中間地点だ。
 いくら大学部なども存在するエリアとはいえ、その比率は女性が大部分を占めているらしかった。
 少なくとも、電車の中での恭一の目にはそう映った。
 いわば、今の状況は女性専用車両である。
 まだ先生でもなんでもなく、加えて生徒でもない男の恭一がいるのはおかしな光景だろう。

 
 子供のネギならまだしも、19歳という年の上、それなりに身長もある恭一が疑いの眼差しで見られるのは不可抗力だ。

 いくらラカンの元で図太い精神を培ったと言っても、流石にこの状況で優雅に音楽を聴きながら文庫本を広げられるほど達観していない。

 唯一の救いといえば、現在は春休みであるため乗客の数もまばらだ、ということだろう。

 しかしそれでこの電車がある意味女性専用地帯である、という事実が揺らぐわけでもない。


 恭一は、自分は大学生ぐらいに見えるだろうから大丈夫だろう、と考えていたが、仮に大学生だとしてもこの状況に特に効果はなかったようだ。
 
 乗り合わせる女性達にとって重要なのは「この女性専用も同然な車両になにやら怪しげな男が乗り合わせている」、というこの一点に尽きるからである。

 怪しげ、というのは恭一が持った長い棒のような物を包んでいる布と、恭一が纏っている現代日本では考えられないような服装に由来する事だろう。
 恭一はラカンとお揃いと言ってもいい服を着ていた。
 さすがに下にはシャツを着て筋肉を見せつけることはないが、それでも十分奇抜な格好である。
 

 恭一自身は必死に無害ですよオーラを出してはいるが、無情にも女性陣の疑念の眼差しが消えることはなかった。

(ここでこれだと、女子校エリアに入ったらどうなるんだろうな……)

 まさか逮捕はされないだろう……頼むぞ、しないでくれ……

 と不安を抱く恭一を乗せて電車は目的地へと確実に進んで行った。
 


















 







 幸い、学園内は男性も普通に出歩いていて、騒ぎになることはなかった。



 しかしそれも初めのうちのみで、女子校エリアに近付くほど男性は数を減らしていく。

(なんで学園長室が女子中学の中にあるんだよ!)
 恭一は心の中で叫ぶが何も事態は好転しない。

 だがしかし、時折歩いている女性に疑惑の目を向けられることはあったが、これぐらいでは恭一のハートは揺るがない。

 電車内部に比べれば余裕過ぎる。

 むしろ何みてんの? と逆に聞きたいぐらいだ。

 そんな風に清々しいぐらいに堂々と歩いていると、突然後ろから声を掛けられた。


「君、すまないがここは女子校エリアなんだ。
 君みたいな若い男性がいるというのはどうにも不自然でね。
 あと、その格好もね……
 良かったら、ここにいる理由などを聞かせて貰えないかな?」



 ……この声は、たしか……




「ああ、僕かい?
 僕はここの学校で教師をやっている、広域指導員の高畑という」

 後ろを振り返ると白のスーツを着込んだ、30代後半ぐらいの眼鏡を掛けた男性が立っていた。

「高畑さん、久しぶりです」
 俺は言いながら、右手を差し出す。


「えっ? ……君は、まさか……」
 高畑は少し困惑しながらも俺の握手に答える。


「覚えていませんか? 
 まぁ、会ったのはかなり昔なので無理も無いかも知れませんが……

 ……改めて自己紹介しますね。
 近衛恭一です。3-Aの副担任に着任するために来ました」

 高畑は驚いた表情をして、
「君が、恭一君なのかい!?
 ……いや、全然気がつかなかったよ。
 最後に会ったのは、君がまだ8歳ぐらいの時だったかな?
 すごく、大きくなったね……」

 俺は苦笑しながら言う。
「11年も経ってますからね。無理ありませんよ。
 高畑さんは、お変わりなく」

「はは、そうかい? ありがとう。

 ……そうか、学園長が言っていた、頼もしい人材というのは君のことだったのか……」

「爺さ――学園長は、俺が来ることを話していないんですか?」
 少し驚いた。こういうのは話しておくものだろうに……
 まぁ、あの爺さんのことだから碌な理由があるとも思えないが……


「うん。
 学園長が『ほっほ。実際に来た時に見た方が、おもしろ……もとい、わかりやすいじゃろう』
 と仰ってね……」

 やっぱりな。
 なーにがわかりやすい、だ。
 素直に孫の恭一だ、と言えばみんなわかるだろう。


 高畑がとりなすように言う。
「ま、まぁとりあえず、学園長の所に案内するよ。
 着いてきてくれ」

「ああ、よろしくお願いしますね」

 そう言い、俺は高畑の後を追った。

































突然時間が飛びました。+主人公チート化です。
妄想の賜ですね。



[8998] 第十五話 「崩壊」 ※修正
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/11 05:43

「ほっほ。久しぶりじゃのぉ、恭一」
 

 ここは、麻帆良学園女子中等部の校舎内に存在する学園長室の中である。
 そして、恭一に挨拶をしているのがこの学園の学園長にして恭一の祖父、近衛近衛門その人だ。
 現在室内には学園長に恭一、加えて高畑しかいないため、恭一の素性を疑問に思う者はいない。


「久しぶり。それにしても、爺さんは全く変わってないな……」
 近衛門は、恭一が最後に会った約八年ほど前と全くと言って良いほど同じ風貌であった。
 
「その頭と良い、本当は妖怪なんじゃないのか?」
 
「ほっほっほ。ワシは歴とした人間、人類じゃよ。
 それにわしが妖怪じゃったらお主やこのかまで妖怪ということになるぞい?」

「……それが一番の疑問だ…
 遺伝子が何処でどうなってこのかが生まれたんだろう……」

「そこは生命の神秘じゃよ。
 ……まぁ、そんなことは今はどうだっていいんじゃ。
 早速、恭一の役目について説明するぞい?」
 学園長は話を次に進めようとする。


「ちょ、八年ぶりぐらいに孫に会ったって言うのに挨拶それだけ!?」
 
 学園長は首を傾げながら言う。
「なんじゃ? 感動の涙を流して抱擁でもした方が良かったかの?」

「いや、流石にそこまではあれだけども……」

「それに、そんなことは七年帰ってこなかったお主が言えることではないじゃろ。
 このかに、刹那君も寂しがっておったのじゃぞ?」

「うっ……」
 学園長の正論に恭一は言葉を無くす。

「しかも恭一、お主まだ実家にすら帰ってないじゃろう」

「……」
 もはや恭一に反論の余地はなかった。

「まぁ、過ぎてしまった事についてはとやかく言わん。
 急かして呼び出したのはワシだしの。
 ……ともかく、これからは無闇に人に心配をかけるでないぞ?」


 恭一は頭を下げて言った。
「ああ、すまなかった。爺さん」


「……わかればよろしい。このか達にも謝るのじゃぞ。

 ――さて、本題に入るとしようかの」

 学園長は俺と高畑を順に見回し、佇まいを直して言う。

「ちょうど明日、春休み明けから恭一には3-A担任、ネギ・スプリングフィールド教諭のサポート役やその他諸々のため、
 同クラスの副担任の役職に就いて貰うわけじゃが――」

 学園長はそこで一旦言葉を切り、指を立てて言った。

「守って欲しいことがいくつかあるのじゃ」

 恭一は尋ねる。

「それは?」


「まず第一に、当然じゃが魔法の存在を一般人に知られてはならぬ。人前での無闇な魔法の使用も厳禁じゃ。
 じゃが万が一、命の危険やそれに準じる危機があったときにはこの限りではない、ということを覚えておいて欲しい」

 恭一が軽く手を挙げて発言する。

「気は?」

 学園長は軽く思案した後回答した。

「そうじゃの。できればあまり使って欲しくはないが、学園内にも無自覚の内に気を操っている生徒は何名かおる。
 じゃから、魔法ほど気をつけなくてもよいぞ。気ならなんとか格闘技の延長線上、ということでごまかせるからの。
 ……これは魔法にも言えることじゃが、要するにバレなければ問題ないのじゃよ」

 ひょひょひょ、と学園長は怪しげな笑い声を上げる。


「アレか、要するに使うなら人目に付かないよう、バレないようにやれ、ってことか」


「その通りじゃ。よくわかっておるのぉ」

 学園長は髭を撫でながら言う。

「そして次に」

 学園長が一息入れて言う。

「ネギ君には恭一が魔法関係者だ、ということは秘密にしておいて貰いたいのじゃよ」

「そりゃまたなんで?」

「ふむ。なんといってもネギ君の教師、という仕事は修行の一環じゃからの。
 他の人の手を借りて達成してもそこに意味は無い。
 つまり、ネギ君が恭一を頼りすぎることのないようにじゃな。
 ……まぁ、ネギ君の性格上、恭一のことがわかっても、あまり頼る、ということはないじゃろうがのぅ。
 これはむしろ――」

「俺が必要以上に手を貸さないようにするため、か」
 恭一が間髪入れずに言う。

「ほっほ。その通りじゃ。昔から無愛想に見えて恭一は妙に世話を焼きたがるからのぉ。
 それだけに、七年もこっちをほったらかしにしたときは驚きじゃったがの。

 ――それでの? 
 互いに秘密を持っていれば、お互いに腹を割っては話しづらくなる。
 こうすることで恭一が必要以上にネギ君に近付いたり、依存させたりすることのないようにするのじゃ」

「なんつーか、ひどくね?
 ネギ君は、まだ十歳なんだろ?
 誰かに頼るのが普通だろうに」

「別にネギ君は誰にも頼るな、と言ってるわけではないぞ。
 むしろネギ君は頼ることを覚えた方が良いと言える。

 しかし恭一は、頼られると必要以上に返してしまうからのぉ。
 ネギ君の仕事を奪うことがないか心配なんじゃよ」

「俺、信用ないのか……?」

「ほっほ。まぁこれはネギ君がちゃんとクラスと助け合い、引っ張っていけるかわかるまでじゃ。
 ……今はなんか、むしろただ助けて貰ってる感じの方が強いからのぉ……
 それが終わったら魔法でもなんでも教えて構わんぞい。

 一応建前では教育実習期間があったがの。
 アレはいわば体験版ゲームのようなもんじゃよ。まだ最初のダンジョンすらクリアしたとはいえん。
 本当の問題ごとはこれからじゃ」


「……ていうか、そこまで干渉しちゃダメってんなら副担任やる意味なくない?」

「ふぉふぉ。別にネギ君の仕事を奪うことしないんであれば悩みでも何でも聞いても構わんぞい。あくまで『支える』立場でのぅ。
 それに副担任がいる、というのはワシらの都合でもあるのじゃ」

「どういうことよ?」

「つまりじゃ。
 ネギ君はまだ十歳。学歴や後ろ盾はともかく、そんな生徒より人生経験の短い者に教師をやらせる、ということに不安を覚える親御さんもいないとは言えないんじゃよ。他の普通の先生方からも異を唱える声は出ておる。
 そこで、形だけでも一般的に教師と呼べる者を副担任に据える必要があったんじゃ」

「じゃあ、なんで俺? 俺、まだ十九歳だし、人生経験長いとはいえないぞ」
 しかし実際、恭一は精神だけで言えばすでに30を過ぎている。

「そうじゃの。
 これが普通のクラスで、ネギ君が普通の十歳、というだけの先生であればもっと他の先生を使ったんじゃがのぉ。

 しかしあのクラスは、麻帆良の中でもかなり特殊な生徒が纏められているクラスじゃ。先生からして一般人ではないしの。
 ここを一般の先生に受け持たせるにはどうしても無理があったんじゃよ。

 では、そうすると魔法先生はどうか? ということになるが、これもまた少々厳しい。
 彼らは良くも悪くも『英雄の息子』ネギ・スプリングフィールドに多大な期待を持っている者達じゃ。
 それ自体は悪くないんじゃが、このことがネギ君の余計なプレッシャーとなってしまうかもしれん。
 ただでさえ今、先生なんてやらされて悩みが絶えないだろうしのぅ」

「……なるほどね。それで俺ってことか」

「そうじゃ。恭一ならば特にネギ君に余計な苦労を強いることもないじゃろうし、やっていけるじゃろう。ワシからの頼み事もしやすい。
 ……それに親御さん達には『副担任は東大主席で卒業した天才25才』とか言っといたしの、特に問題はなかろう」

「ちょ、何そんな口からでまかせ言ってんの!?」
 いくらなんでもそれはないだろう。
 そこそこ頭が良くなったといってもそこまでの学力を身につけた覚えはない。

「まぁまぁ。
 加えてお主には、ネギ君のフォローに加えて、もう一つ重要な役割もある」

「……今度は何?」
 疑わしげに尋ねる。

「生徒達のことじゃよ。いくらネギ君が天才だといっても、さっき言ったように経験が足りないのには変わりない。
 生徒達ができる相談事も彼相手には限界があろう。
 そういったネギ君だけではし切れないケアもお主にはやってもらいたい」

「……わかったよ。それは普通の先生の仕事だしな。
 ……それで、守って欲しいことってのは、それだけ?」


「うむ、だいたいこれぐらいじゃな。
 あとは一般常識に従って生活してくれれば問題ないぞい」

 そう言うと学園長はなにやら懐からゴソゴソと封筒を出し、

「ホレ、久しぶりに孫へのお小遣いじゃ。これでスーツなど買うといい」

 と言って恭一に手渡した。

「住むところ高畑君に案内させよう。
 教科書とかはこっちで揃えておくから心配しなくてもいいぞい」



「わかった。ありがとうな、爺さん」


「ほっほ、なんといってもワシの孫じゃしな。当然じゃよ」
 

 そして今までずっと黙っていた高畑が無駄に朗らかに笑い、
「じゃあ、君の新居に案内するよ。ついてきてくれ」
 と学園長室のドアに手をかけた。

 そして俺は白い歯が良く光る彼の後について部屋を出た。




























「……」

 その数分後、俺は高畑に案内された建物の前で立ち尽くしていた。

 隣では高畑が苦笑いを浮かべている。

「……ここは?」
 一応、最後の望みを潰えさせないためにも質問する。

「……君が住むことになってる建物だね。
 少なくとも、学園長から渡された手紙にはそう書いてある」

「……あそこに書いてあるのは?」
 ビシ、と塀の横を指さす。

「僕には、『女子寮』と読めるね」

「ですよね。で、俺は?」

「間違いなく男だね」

「ですよね。で、俺が住むところは?」

「ここだね。もっと細かく言えば、麻帆良学園女子中等部付きの女子寮の管理人室だね」

「……」
 ふぅ、とため息をつきこめかみを抑える。
 今なら師匠にすら勝てるかもしれない。隣では高畑が引きつった笑みを浮かべている。

「い、いや、別に僕が決めたわけじゃないんだ。
 これは学園長が――」

「わかってます、わかってます。
 間違いなくあのジジイのせいだ」

 ひょひょひょ、と笑う爺さんの姿が鮮明に浮かぶ。
 感謝なんてするんじゃなかった……

 しょっぱなからこれか……















 ――だが!





「――俺を甘く見ないで貰おう!」


 ズバッ、と拳を天高く掲げる。


「伊達にあんな師匠の所で何年も弟子やってねぇんだ!
 これぐらい、なんの問題もなくプラス思考に変換できるぜ!」

 突然口調が変わり、大声で宣言し始めた俺に高畑は明らかに困惑している。

 
「まず第一にィ!
 なぜ俺は『女子寮の管理人室』に住むことに拒否反応を覚えたのか!」

 高畑は俺の異様な気を感じ取り、既に三歩ほど後退してしまっている。

「それはつまり! ここは女性が住むべき場所であり、男性が住むのは明らかに不自然だ、という思考が働いたことに他ならない!
 逆を言えば! 不自然でないなら全く問題ないのではないだろうか!?
 そして! 俺はここに住むことを『学園長』から指示されている!
 学園長とは学園内における最高権力! どうじに関東魔法協会の理事でもある権力者だ!」

「ちょ、恭一君それはマズイ――」

 公道で関東魔法協会、なんて明らかにアウトな用語をスラスラ口にする俺を高畑は慌てて止めようとするが、
 俺はそんなこと意にも介さない。

「そんな人物の指示なのに、俺がここに住むのが不自然であるはずがない!
 よって、第一条件はクリアされた!
 
 そして次に問題になるのが、倫理の観点による問題だ!
 しかしこれについては前に言った内容と矛盾するが、まったく問題にすらならない!
 なぜなら俺は中学生に欲情するような精神構造は持ち合わせていないからである!
 よって第二条件もクリアされた!」

 高畑は呆然としている。
 心なしか物理的な距離だけではなく、精神的な距離も少し高畑と離れたような気がしてならない。

「そして最後にして最大の条件、それが既存の住人達の反応である!
 これには多くの不確定要素が伴うが、俺はおおよそ問題ないだろうと推測する!
 その根拠に、まずこのかと刹那の存在が挙げられる!
 彼女たちは比較的俺に対して寛容なので受け入れもらえる確率が高く、周りを説得してくれることもあるかもしれない!
 そして次に、これはほぼ俺の推測だが、3-Aクラスメイトは異質なことに理解がある可能性が高いからである!
 それは10歳のネギ教諭と比較的問題なく学校生活を送っている点や、そもこの学園内で生活している時点である程度会う推論できるだろう!」

 高畑はもはや諦めたように俺から視線を外し、たばこを咥えながら虚空を睨んでいる。

「そして究極的には、ただの一生徒ぐらいには学園長の指示を覆すことなどできないだろう!
 以上をもって、俺が女子寮の管理人室に住むことはまったく問題ないと言える!」


 どこからかドーン、という効果音が聞こえてきそうなぐらいの勢いで俺は演説を終わらせた。




 遠くに、子供達が遊んでいるような喧噪が聞こえる。
 太陽が眩しい。気温もほどよく、今日は実に散歩日和だろう。
 日常は、何も変わらず巡っている。



「――終わったかい?」
 高畑がふぅー、とたばこの煙を吹きながら言った。



「――ええ。もう、大丈夫です。案内、ありがとうございました」
 俺は額の汗を拭い、にっこりと笑みを見せてそう言った。



「――そうか」
 それだけいうと、高畑は軽く手を振りながら背を向け、彼方へと去っていった――
































 ――のちに高畑は語る。
 それは一生に一度、見れるかどうか判らないほどの太陽のような、いい、笑顔だった、と――























テンプレ。
主人公のキャラの方向性がわからなくなってきた。



[8998] 第十六話 「再会」 ※修正
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/13 12:07



 ……ふぅ。


 あの後、幸い女子寮に住んでいる人に見咎められることもなく、順調に引っ越しを終えることが出来た。
 スーツや必要なものも大方買ってきたし、これぐらいで十分だろう。


 しかし、あんなことを白昼堂々口走るなんてな……
 こんなんで精神的には高畑と同年代とは……
 まるで成長していない……

 
 何はともあれ、とりあえず明日のための準備は終わった。
 あとはなるようになるだろう。
 麻帆良にいるうちに死ぬようなイベントはなかったはずだ。
 少なくとも俺は。
 ネギ君も死なない程度にフォローすればいいしな。
 爺さんは俺の事を面倒見が良いとか言ってたが、
 それはあくまで気に入った相手だけだ。
 まだ会ってもいない相手に献身できるほど俺の懐は広くない。
 まぁ、少なくとも原作では礼儀正しい少年だったけど……
 実際会ってみないことには本質は計れないだろう。









 さて、まだ日も高いし、ちょっと外でも見回るとしよう。


























「流石麻帆良学園……敷地の広さが半端じゃないな」

 今商店街辺りを見て回っているが、すごい広さである。
 学園内だけで楽しく一生過ごせそうなレベルだ。
 日用品を買ったときは店を探すのに必死だったが、改めて見回すとどの建物もレンガ造りで立派なことが判る。
 どことなくヨーロッパにでも来た気分だ。
 ここだけでまだ学園全体のほんの一部だというのだから驚きである。

 そうして一人、観光気分で歩いていると、





「ネギ先生~~っ!!」





 何やら大声と地響きが聞こえてくる。
 しかもその音を聞くに結構な大人数で走っているようだ。

 しかも、ネギ先生――

 これは噂のおそらくネギ君のことだろう。

 ということは、この大声を上げてネギ君を呼んでいるのは十中八九3-Aの生徒達で間違いない。

 
 それなら今のうちに挨拶しておくのも良いかな、と思い声のする方向に振り向くと、





「ぜひとも私をパートナーに~~~~っ!!」


「私も私もネギ王子~!」





「ごほっ!」

 青春のパワー溢れる女子中学生の集団に、俺は見事なまで吹き飛ばされてしまった。
 飛ばされた俺は受け身を取りつつ地面に転がる。
 

 当の轢き逃げ集団はそれを気にした様子もなく、ネギ君がいるであろう方向へと大地を響かせて走り去ってしまった。


 ……なんだろう、普段ならなんの問題もなく避け、むしろそのまま3回転して逆立ちしながら走り去ってもまだ余裕の残るシチュエーションなのだが、
 補正でもかかったのか、なぜか避けてはいけないような気がした。
 ダメージは特にないし別にいいのか? いや良くはないのか……
 あーそれにしても地面冷てぇな、

 と一人でブツブツ言っていると



「あの、大丈夫ですか?」


 上から声が降ってきて、そちらに顔を向ける。

 そこには、おそらくさっきの集団の一人だったであろう少女が顔を覗かせていた。

「すみませんです……今ちょっとみんな熱中してしまいまして……
 あの、起き上がれますか?」

 言って、その少女は少し迷ったような仕草を見せながらおずおずと手を差し出してくる。

「いんや、大丈夫だ。ありがとう」

 特に体に異常は無く、半分惰性で寝っ転がったままだったのですぐに起き上がる。

 それにしてもこの娘、見覚えあるな……
 境界線が曖昧になってきてるが、たぶん「前」の記憶、原作でだろう。
 少し紫がかかったような独特な髪に、小柄な体。

 この娘、名前なんていったけなぁ……たしか、ゆ、ゆ……ゆき?

 俺が自分の記憶を掘り返しているとその娘は少し、本当に微妙に微笑んで、

「そうですか、良かったです。
 みんなには私から言っておきますので……
 では、私はこれで」

 だが、そう言うとその娘はペコリ、と頭を下げて走り去って行ってしまった。















「あ……まぁ、名前なんて明日になればわかることだし、ま、いっか」
 そう呟いてポンポン、と服に付いた砂を払う。
 
 

 あ、爺さんが言ってた教科書とかを受け取りに学校に行くか。
 一応、俺は授業なんてほとんどやらないだろうけど予習しておくに超したことはないし。


































 場面は変わり、麻帆良学園女子中等部校舎玄関。

 杖に乗って玄関に降り立ったところをこのかに目撃された赤毛の少年が、「い、今のはCGなんです!」などと必死に苦しい言い訳をしている。


 たぶん、容姿からして彼がネギ・スプリングフィールド君だろうな。
 杖持ってるし、赤毛だし。ついでに言えば空飛んでたし。

 それにしてもネギ君、いくらなんでもその言い訳は少々苦しいぞ……!
 いや、他にどんな良い言い訳があるのかと聞かれても困るが。

 それにこのかは若干冷や汗をかきながらも「ほ、ほうか~。今のがCGなんやね~。びっくりしたわ~」と納得したように見せている。うん、大人だな、えらいぞこのか。


 それにしても、このか大きくなったなぁ……。立派な美人になって……

 兄としては感激の涙が拭いきれない。もはやボロ泣き状態だ。

 後ろから女の子に指を指され、親から非難の視線を送られているような気がするが、そんなこと気に留めていられない。

 着物も似合ってるなぁ……。つーか、何で着物なんて着てんだ? なんかあるのか? 

 ……まぁいいか、可愛いし。この事実に比べればそんなこと些末な問題だろう。


 ……ていうか、ネギ君は何を焦っているんだ? このか魔法の事知ってるのに。
 もしかして、じじいがこのかにも俺と同じようなことでも言ったのか?
 なにもそこまでせんでも……


 そんなことを考えていると、


「どこですかーっ!? このか様ー?」

 と、サングラスを掛け、黒服を着た厳つい男達がこのかを探していた。

 すると、それを聞いたこのかはネギ君と共に校舎の中へ逃げるようにに入って行ってしまった。

 一体、どうしたんだ……?




 





 ……もしかして、あれか?
 

 ……誘拐ってやつか?


 このかお嬢様だし、可愛いし。
 しかもあの黒服達、見るからにカタギではない。
 女子中等部の校舎近辺においては違和感が凄すぎて、より男達の存在が浮き彫りとなっている。
 男がこの女子校エリア近辺にいるだけで怪しいのに、
 あの黒服にサングラスだ。
 疑って下さいと言ってるようなものだろう。
 それに、何がどうあれこのかは確かにあの男達から逃げていた。
 つまり、このかが逃げるだけの何かがあの男達にはあるということ……!

 ……これはもうお話を聞くしかない。
 

 まぁ、こちとら先生という身だし、ここは学舎だ。
 手荒な真似だけはしないでやろう……!


 俺はそう考えると、黒服達の方へ向かっていった。











「おい」
 黒服の一人の肩を掴み、こちらを振り向かさせる。

「はい?」

「お前達、なぜこのかを探している? ……このかに何をするつもりだ?
 ……吐け。吐かねば斬る」
 おっと、このかのことを思うとつい語気が荒くなってしまった。
 つーかそもそも俺今剣持ってないね。


「な、何を言っているんですか!? そもそも、あなたは一体……」


「黙れ。俺の質問にだけ正確に答えろ。
 ……このかに何をするつもりだ?」
 と、肩を握る力を強める。

 ついつい気持ちがはやり、語気が荒くなってしまう。
 妹の安全を守るためだ。仕方ない仕方ない。

「ひぃ!?
 わ、私はただ、お見合いの場から逃げられたこのか様を捜しているだけで……」



 ……なんだ、ただのお見合いか……


 って、


「お見合いだと!!」

 ガツ、と両手で黒服の肩を掴み引き寄せる。

「ひっ!?」

「お前、何を言ってるのかわかっているのか!?
 このかはまだ14歳なんだぞ!!
 そ、それをお見合い、結婚するだとォ!!」

 ガクガクガク、と黒服の頭を揺さぶる。

「わ、私に言われましても!」

「今すぐ中止だ! やめさせろ!! お見合いは全て中止だ!
 今後一切、このかが自立できる年齢になるまで禁止する!!」

「わ、私はただ指示された仕事をこなしているだけでありましてぇ!
 そ、そのようなことを言われましても、私には……!」

「じゃあそれを指示した奴とやらに会わせろ!
 俺がじきじきに中止を宣告し、場合によっては息の根を止めてやる……!
 どこだ!? そいつはどこにいる!!」

「こ、この建物の学園長室におられると思います!!」
 黒服が必死に発言する。

 
 学園長室……?





 フフ……そうか、そうだな。
 少し冷静に考えれば判ることだった……
 そんなことをするのはあの妖怪に決まってるよなぁ……

 ……あのジジイは、まだ中学生の孫にお見合いなんてさせるとは……
 限度とってもんを知らねぇのか……!


「フフ、フフフフ……」


「あ、あの、どうしました?」

 突然笑い始めた俺に黒服が心配したように声をかけてくる。

 俺はそれににこやかな笑顔で答える。

「いや、大丈夫だ。
 仕事中、すまなかったね」

 と言って黒服の形に優しくポン、と手を置く。

「い、いえそんな……」
 黒服はそんな俺の様子にいくらか安心したようで、肩の力が抜けている。






「ただ、君たちはもうこのかを探す必要はないよ」


「は?」
 俺の突然の言葉に、黒服は虚を突かれたように声を上げる。

「あのジジイには俺からよーく言っておくから、
 君たちはとりあえず次の仕事に移ってくれ」
 
「し、しかし……」


「……わかったね?」
 少し腕に力を込めながら言う。
 今、たぶん俺は良い笑顔だ。

「は、はい!了解しました!!」

 そう言うと黒服は素晴らしい動きで皆に撤収を伝え、なぜか一目散に去っていった。







 さて、あのジジイの所に行かないとな……



 と学園長室に足を向けようとし、ふと思い立つ。

 
 
 ……このかも連れて行った方が良いな……
 これはこのかの問題だし、当事者がいないというのはフェアじゃないだろう。

 それに、何億分の一という確立だが、このか自身がお見合いを望んでいる可能性もなくはない。
 まぁそんなことはないだろうが、本人の口から嫌だと伝えればジジイも諦めるだろう。
 どちらにせよこのかは連れて行った方がいい。


 そう考え、俺はこのかがいるところへ足を向けた。













 
 ……ここか。
 このかの魔力を探して辿り着いた教室の前に立つ。
 魔力を隠す術か何かを使っているようだが、あんな巨大な魔力、
 そうそう隠し通せるものではない。
 零れた魔力の残滓を辿れば簡単に見つけることができた。

 


 扉の前に立ち、少し躊躇する。

 ……久々の再会だな、このか。
 俺のこと、覚えてるだろうか。
 七年もほったらかしにしたこと、怒ってるだろうか。
 怒ってるだろうな、やっぱり。
 ちょくちょく手紙は送ってたんだが……

 ゲートポートの使用はかなり金かかるしあそこまで行くのはメンドイ、
 なんてくだらない理由で帰ったこれなかったってのを聞いたらもっと怒られるだろうな……

 ていうかなんで俺はあの時そんな理由で納得したんだろう。
 師匠効果だろうか。

 と、扉の向こうにいるこのかの反応に躊躇していると、

 中から何かが落ちたような大きな音が聞こえてきた。

 俺はそれに驚き、急いで扉に手をかけた。



「このか!!?」

 
 そこには。


 浴衣がはだけ、その下の布が露わになっているこのかの姿が!

 そしてさらにそこを食い入るように(恭一主観)ネギ君、いやネギが見つめていた。
 




 俺はその状況に一瞬硬直するが、すぐこのかの存在で回復する。



「このか……?」


 その言葉に反応して、このかが視線をこちらに向ける。


「……え?」


 このかは、何が起こったか判らないという風に呆然としている。


「久しぶりだな……このか」




「あ、あなたは……?」
 ネギの方も状況が飲み込めないようだ。
 当然と言えば当然だが。



「おいおい、俺のこと、忘れちまったか?
 ……七年も放って起きっぱなしだったし、仕方ないかも知れないけどよ」



「………っ」



 息を呑む音。







 俺はこのかの目を見て言った。





「ただいま、このか」





 その瞬間、このが目一杯に涙を溜めて抱きついてきた。






「お兄様ぁ!」





「このか……」





「ずっと……ずっと待ってたんよ!?
 ウチも、せっちゃんも……」


 辺りに、このかの嗚咽が響く。

 ネギも何も言えないようだ。

「……すまん」















「……でも、帰ってきてくれて、嬉しい……
 ありがとうな、お兄様……」



「ああ……」



 



「……もう、遠いところにいってしまうんはいややで?」


 このかが不安そうに俺を見る。


 俺はこのかを見据え、





「ああ、俺はもう、どこか遠くへ行ったりはしないよ」




 しっかりと、そう言った。

















 修正。



[8998] 第十七話 「月」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/18 14:24









 このかを黙って受け止めていると、凄く気まずそうにネギが声を掛けてきた。
 確かにこの状況は他の人にとってはかなり居づらいだろう。
 よく見れば、ネギ君の後ろにはいつの間に来たのか、他の数人の生徒口を開いたまま固まっている。



「あの、それであなたは、このかさんのお兄さんなんですか……?」

「ああ、そうだ。
 それで君はネギ・スプリングフィールド先生だろ?」
 このかを抱きかかえたままで言う。

「ええ!? なんで知っているんですか?」
 大仰に驚くネギ。

「そりゃあ知ってるさ。
 女子中等部の子供先生と言えば麻帆良では有名だろ?」
 むしろ、噂だけでも聞いていない学校関係者なんてのははいるのだろうか。

「確かにそうですけど……
 あの、あなたは一体ここへ何をしに……」

「このかに会いに来た、ってだけじゃあ不足か?
 麻帆良では家族が会いに来るのも駄目なのかな?」
 わざとキツく言う。
 
「い、いえ……そんなことはありませんけど……」

 少しばかりうろたえるネギ。

 そんなネギを庇うようにして、背後に立っていたオレンジの髪をツインテールにした、気の強そうな少女が発言する。

「まだ春休み中だけど、ここは女子中学ですよ!
 いくらこのかのお兄さんって言っても、突然こんな所に来るのは非常識だと思います!」

「あわわ、アスナさん、落ち着いて~」
 ネギが慌てて諫めようとしているが、アスナという少女はこちらを挑戦的に睨んでくる。

 確かこの娘が重要なキャラ、というかメインヒロインの一人だった気がするな。
 ヤバイな、本当に前の記憶が摩耗してきている。
 こんな重要なことも思い出せないとは……
 二十年程度で記憶とはここまで劣化するものなのか?

 







「……」



「……」




 俺の思考を余所に、アスナの睨み合いが続く。
 教室に不穏な空気が流れる。



「あわわわ……」


 相変わらず横ではネギが慌てている。

 このかはずっと抱きついていたせいか、状況がよくわかっていないようだ。

 他の女子生徒達も特に行動を起こすことなく静観している。









 ちらり、とワタワタしているネギに視線を向ける。







 ……ま、十歳じゃしかたないかな。







「ハッハッハ!」


「!?」


 突然笑い出した俺にネギもアスナも面食らっているようだ。





「冗談だよ、冗談。
 突然変なこと言い出してすまんな、ネギ」
 あくまで軽く言う。

 

「え?え?」
 ネギは混乱しているようだ。

 アスナの方もポカンとした顔をしている。




「でも、あれぐらいで生徒にフォローされてるようじゃ
 先生としてやっていけないぞ」




「うっ……すみません……」
 しゅん、とうなだれるネギ。



「い、一体何なの?」
 アスナが疲れたように言う。




「じゃあ、改めて自己紹介しよう。

 ――明日から、麻帆良学園女子中等部3-A組の副担任に着任することになった、近衛恭一だ。よろしく頼む」










 一瞬、教室に静寂が訪れる。









 しかし、その静寂はすぐに打ち破られることとなった。














「ええーーーーーーーーーーーっ!!!」


 鼓膜を破るような大音量が響く。



 そして、それぞれがそれぞれの驚きを口にする。

「お、お兄様先生になるん!?」


「こ、このかさんのお兄さんが、学園長先生の言っていた副担任の先生だったんですかーっ!?」


「あ、あんたがウチの副担任になるわけ!?」
 アスナは先程まで使っていた敬語まで忘れている。
 相当動揺しているようだ。


 その後ろの女子生徒達の間でも驚きが広がっていた。


「こ、このかさんのお兄様が、新しい副担任の先生なんですの?」

「へぇぇ、これはなかなかのスクープだね♪」

「あれ? でも、確か副担任はマサチューセッツ主席卒業の25歳イケメンエリートって話じゃなかったっけー?」

「うん、確かそうだよね。大学はわからないけど、25歳にしては若くない?」

「そうだね~」

「あの男、いい筋肉の付き方をしてるアル。
 かなりの実力があると見たヨ」

「ニンニン♪」

「……(オロオロ)」

 少し見覚えがなきにしもあらずかな? と言う程度で名前なんてほとんど思い出せない。

 明らかに普通の女子中学生に見えないような奴もいるが、おおむね一般人だろう。

 そんなことを考えていると、アスナが詰め寄ってくる。


「ちょっとー! なんでなんでこのかの兄貴がウチの副担任なのよ!?
 確か、肉親がいる学校には勤められないんじゃないの!?」


「全て学園長に聞け。
 それに理由はどうあれ、少なくとも10歳が教師やるよりはあり得る話だろ?」


 そう言うとアスナ達は妙に納得した顔になって、


「それもそうね……
 よく考えたらそんなにおかしな話じゃなかったわ……
 10歳のまほ……子供が先生やるぐらいだものね、何が起こっても不思議じゃないわね」


 と簡単に受け入れてしまった。


 まぁ、アスナは特に思い当たる節があるんだろう。
 魔法とか、魔法とか、魔法とか。


「えぇ!? ひ、ひどいですよ、アスナさん~」
 何やらネギが言っているがまぁいいだろう。




 それにしても、本当に適応が早いな……
 これならネギが簡単に受け入れられるのもわかる。
 もっと一悶着あるかと思ったがかなり簡単に事が進んでしまった。




「なにはともあれ、お兄様と一緒にいられるならウチは大歓迎や!」
 満面の笑みで、このかが言う。



「……そうね。
 とりあえず、これからよろしく、先生。

 私はアスナ、神楽坂明日菜よ」
 もうタメ語が定着してしまったようだ。……別に良いけどね。


「そうか。よろしく、神楽坂」


 すると、扉の前にいる神楽坂を押しのけて、金髪の綺麗な少女が入ってきた。
 中学生の体形じゃないだろ。
 さらに、それに続くようにして他の少女達も続々と入ってくる。


「私は、3-Aでクラス委員長を務めさせて頂いています、雪広あやかと申します
 これから宜しくお願いいしますわ、近衛先生」
 言って、軽くお辞儀をする雪広。

「ああ、こちらこそよろしく、雪広。
 それと、近衛だとこのかとか学園長とかぶるから恭一でいいぞ」

 そう言うと、他の女生徒達も次々と自己紹介を始めた。

「はーい! よろしくね、恭一先生!
 私の名前は椎名桜子だよ!」
 桃色の髪の、やたらと笑顔が眩しい娘が挨拶してくる。
 もはや、このレベルになってくると顔すら覚えていない。

「いいんちょ、まだ3年でも委員長って決まったわけじゃないじゃーん!
 私は佐々木まき絵だよ、よろしく!」
 これまた元気そうな桃色の髪の娘が元気よく言う。
 ……記憶やばいな。

「私は新聞部、朝倉和美。
 恭一先生、あとでインタビューさせてね♪」
 赤っぽい髪のを後ろでまとめた女生徒がカメラを構えてニヤリと笑いながら言う。
 ……なんか知らんが、よからぬ事を企んでいそうだ……


「風香だよ!」

「史伽ですぅ~」
 双子のようによく似ている、いや実際そうなのだろう、小柄な二人の女の子が声を上げる。


「……え、えと……み、宮崎、のどかです……
 よ、よろしくおねがいします……」
 かろうじて聞き取れるかどうかと言うほどの小さな声で、
 少し紫っぽい髪で、少々目の隠れた少女が言う。
 あー、この娘は少し覚えてるぞ。
 なんか本読む娘だ。

「私は古菲というアル!
 よろしくアルよ!」
 褐色の肌を持ち、黄色の髪の少女が元気に言った。
 中国人の娘かな?
 というか、本当にアルとか言うんだな……
 一瞬キャラ作ってるのかと思ったぜ。

「拙者は長瀬楓という者でござる。
 よろしく頼むでござるよ、恭一殿」
 ニンニン、とどう見ても中学生じゃないだろこいつ、と言いたくなるような少女?が言う。
 いろいろ言いたいこともあるが、まぁ今はいいだろう。


 俺は佇まいを直して言う。
「ああ、よろしく、みんな」

 



 ――とりあえず教師の仕事、出だしはうまく行きそうだな。


































 その夜。




 恭一は、麻帆良学園、世界樹前の広場に来ていた。


 もうそれなりに夜も遅く、出歩く人影は見あたらない。
 少しの街頭と、淡く輝く月の光だけが静かな広場を照らしていた。

 

 恭一は軽く世界を見下ろす大きな月を見やり、それから呟くように呼びかけた。




「……出てこいよ。俺は、お前を待ってたんだ」




 誰もいない夜に響いたその呟きは、はたして確かに誰かの耳に届いたようだった。

 それを証明するように、木々の影から姿を現した者がいた。


「やはり、気付いておられましたか」


 その人物は、過去に思いを馳せるようにして目を瞑り、それから恭一へと語りかける。


「たりめーだ。年期が違うんだよ」


 恭一が笑いを堪えるように言う。
 その人物も、そんな恭一の様子に嬉しさがこみ上げていく。


「もう、帰ってこられないかと思いましたよ」


 その人物は、恭一を見つめながら話し続ける。
 まるで、生き別れた兄を見据えるように。


「いつか必ず帰るって言ったんだ。
 帰ってこないはずがない」


 恭一は当然、というように力強くそう言う。
 
「フフッ……
 そうですね」

 そう言う顔には堪えきれない笑みが浮かんでいた。





 恭一は、此処で初めてその人物に視線を向けて言った。











「久しぶりだな、刹那」








 刹那もまた、恭一に歩み寄りながら返答する。








「……はい。お久しぶりです、恭一様」





 だがその言葉は、少なからず恭一に衝撃を与えたようだった。




「……恭一様?」



 言い、訝しむような視線を刹那に向ける。




 その視線に耐えられないかのように、少し俯いて刹那は言う。




「いえ……私は、既に近衛家にお仕えする身ですので……」




 その言葉に、恭一はふぅ、と小さくため息をつき、刹那の元へと歩み寄っていった。


 それに刹那は多少驚いたようだが後ずさるようなことはせず、ただゆっくりと恭一の歩みを待っていた。
 月明かりが刹那と恭一の顔を照らしている。


 刹那の側まで歩み寄った恭一は一旦立ち止まり、じっと刹那の目を見据えた。
 刹那も、戸惑うことなくその視線に答えた。


 そして恭一は唐突にその鍛えられた腕を動かし、刹那の頭を抱きしめ、こう言った。








「……ただいま、刹那」






 それに対して刹那は動くことなく、ゆっくりと瞼だけを閉じて言った。







「……はい。おかえりなさい、兄様」

















 月が輝いている。
 月は落ちてくることもなく、二つに成ることもなく、それは確固たる世界の象徴として存在していた。
 少なくとも恭一の視点では、「前」でも「今」でも、月に大きな違いはなかった。
 そこに「魔法」という存在が発生しただけで、それ以外は恭一の知る世界と基板を同じくしている。
 そこに住む人々もまたどこまでも人間であり、その人達も含めて一つの確かな世界を形成していた。

 恭一はこの世界を愛しており、自分を転生させたのが「あれ」だというのなら、「あれ」に感謝してもいいぐらいだった。
 この世界はそのぐらい、恭一にとって夢のようであり、美しかった。守るべき人がいた。尊敬する人がいた。

 恭一は、いつまでも夢を見ていたいと思った。
 













[8998] 第十八話 「変な腕」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/15 22:47






 俺は今日、朝早く爺さんに呼び出され、学園長室まで来ていた。



「ほっほ。すまんのぅ、こんな朝早くに」
 そう言う爺さんは頭に包帯を巻いている。
 自業自得だ。


「いや、別にいいよ。
 それで、何の用だ?」


「いや、昨日言い忘れていたことがあってのぅ」
 と爺さんは髭を撫でながら言う。


「……?」


 ふむ、と爺さんは一呼吸置いてから言う。




「恭一の強さについて、詠春からまた聞きして大体の所は知っておる。
 技の一つ一つまで詳細に知っておるわけではないがの

 今やラカンと肩を並べるほど、というぐらいじゃからかなり強いのじゃろうな」


 ほっほっほ、と爺さんは笑う。



「じゃが、重要なのはそこではない。
 ワシが気になっておるのは、お主の左腕のことよ」



 ……俺の左腕。仏舎利の力、聖人の加護を得ている。



「お主の左腕、聞くとことによるとなんでも聖人の骨が埋め込んであるそうじゃの?
 どういう経緯でそうなったのかは聞かんが、それは大きな力じゃ」


 爺さんは珍しく真面目な顔になって言う。


「その聖人の力は、神に仇成す力を打ち消す。
 そしてその打ち消される力とは魔術、すなわち魔法に限定されない」


「余り強力な魔法じゃと物理的に防げないそうじゃが、
 それでも大抵の魔法は打ち消す」


 爺さんは一息入れて言う。


「ここで重要なのは、打ち消す対象が魔法に限定されない、という点じゃよ。
 魔力に気、果てには咸卦すら部分的に打ち消すという。

 ……これが魔法だけならそんなに問題はなかったんじゃがのぉ」

 と、爺さんは呟く。

 そして爺さんは俺に視線を合わせてこう言った。


















「実はの、お主が副担任をやる、3年A組には幽霊生徒がいるんじゃよ」



 

「は?」

 俺は自分の耳を疑い、思わず聞き返す。



「じゃから、幽霊じゃよ」











「……登校拒否ってこと?」


「いやいや、もっと直接的な意味での幽霊じゃよ。
 ゴースト。霊魂。」

「……それで?」
 もはや突っ込むのは無駄だと重い、話を続けるように促す。
 こちとら魔法世界帰還組だ。魔法もあるし、幽霊がいたところでもう驚かねーよ。




 爺さんは髭を撫でる手を止めて言う。

「つまりの、恭一の左腕がその子に触れた時点で、その子が成仏してしまうかもしれんのじゃよ」

「……いいじゃん、別に」
 幽霊が成仏することは良いことではないのか。
 むしろさせてやるべきだろう。


「何を言っておる。心残りを解消しないまま、強制的に成仏させることがいいわけないじゃろうが」


「……まぁ、そうかもしれんが」
 まぁ、ねぇ。



「そこでじゃ。恭一には、腕にこれを巻いて貰いたい」

 と、爺さんは何やら変な模様が描いてある布を取り出した。

「これで聖人の力が打ち消せる訳ではないがの。
 用は触れさえしなければいいわけじゃから、普通の布で巻くだけでもかまわんのじゃよ。
 ……まぁ、これにも一応魔法的効果は付属しておるからただの布、というわけではないがの」



 ……なるほど。
 あれ? でも待てよ?


「でも、俺の腕に触れた時点で打ち消されちまうから、結局普通の布と変わらないんじゃねぇの?」


 すると爺さんは少しため息をつき、


「いまだに自分の腕のことすら正確に把握しとらんのか……
 ……良い機会じゃ。説明しておこう。
 よいか、お主の腕のことをまとめるとこうじゃ。
 まぁ、ラカンから聞いた事じゃがの」













 そして爺さんは語り始めた。












「お主の腕を簡単に言えば、『魔力、気、咸卦とかを打ち消す変な腕』じゃ」

 変な腕っすか。
 聖人の骨なのに……

「ここで重要なのが打ち消すのが『魔力』であり、『魔法』ではない、ということじゃ」


「はい?」
 何言ってんの?


「先程魔法を打ち消す、と言ったがそれはあくまで『そう見える』というだけじゃ。


 ……そうじゃの。例えば、『魔法の射手』は純粋に魔力、精霊で構成されておるから、お主の腕に触れた瞬間に消えるじゃろう。
 影などもそうじゃ。あれは魔力で操ったり出現させておるわけじゃから、触れれば消える。
 じゃが、『雷の斧』などになってくると、それは魔力で発生させいるものの、出現した時点でただの『電気』じゃ。
 魔力、精霊で威力を高めておるから威力を軽減させることはできるが、完全に消し去ることは出来ん」

 

 ……なるほど、なんかよくわからんが、だんだん判ってきたぞ。



「結界などはあれじゃな。
 ああいうのはすでに完成している『魔法』じゃから、巡っている魔力を消すことはできても結界自体をお主の腕で破壊することはできんよ。


 ……まぁ要するに、既に魔力から魔法へと変換されたものはその腕じゃ消せんのじゃよ」


 つまり、俺はエネルギーの状態のみ消すことが出来るってことか。
 確かに、魔法なんでも消せるんなら俺がこの学園に来た瞬間に学園結界が消滅してるはずだもんな……

 つーか、そんなこと前に師匠が言ってたような気がするなぁ。
 あまりにも説明がアレだったからほとんど理解できなかったけど。
 ……学園長はアレを理解したのか。スゲェな……


「……なるほど。まぁ、だいたいわかった。
 つまり、この布の魔法効果はすでに『魔法』だから消えることはないと?」

「うむ。その通りじゃ。

 ……そして、幽霊はエネルギー体じゃからの。
 消えてしまう可能性が高いのじゃよ。

 ……話はそれだけじゃ。長くなってしまったが、もう行ってよいぞ。
 ホレ、これは出来る限り捲けるときは常に捲いておくようにしておくのじゃぞ」

 そう言い、爺さんは俺にその変な模様の描いてある布を投げ渡した。



























「3年! A組!」




「ネギ先生ーーーっ!!」


 



 教室の生徒達から喝采が上がる。
 頭を抱える生徒も二名ほどいるようだが、クラスの大部分はそんなことをハイテンションを維持している。
 そんな中、教壇に立つネギがおずおずと話し始める。

「えと……改めまして3年A組担任になりました、ネギ・スプリングフィールドです。
 これから来年の3月までの1年間よろしくお願いします」



「はーい!」


「よろしくーーっ!」 



 そんなネギの言葉に、クラスが元気に返事する。
 ネギはそんなクラスの様子に、少なからず安心したようだ。
 ネギは一瞬顔を緩ませたが、すぐに引き締め話を続ける。



「それで、みなさんにお知らせがあります。
 今日から、このA組に副担任の先生が来ることになりました!」


「あーっ! 知ってる知ってるーっ!」


「確か、すごいエリートなんでしょ!?」

 ネギの言葉に、クラスが沸く。

「待ってましたーっ!」


「先生ーっ!」


 既に昨日のうちに顔を会わせ、新しい副担任の素性を知る生徒も一緒にはしゃいでいる。


 特に、このかと刹那は声こそ上げないが、顔がかなりニヤけている。
 クラスの中では無口で真面目なイメージのある刹那のそんな様子はかなり異質なものに見えるが、
 今は幸いにもクラスの興味が新しい副担任の方へ向かっていたため、それに気付く者はいなかった。





「それでは、恭一先生、入ってきて下さーい!」




 ネギがそう言うと教室の扉が開き、一人の男が入ってきた。


 その男はスーツを着こなし、落ち着いた足取りで教壇まで歩いていく。
 黒髪黒目で、このクラスの生徒に比べるといかにも日本人、といった風情だ。

 顔立ちもまだまだ若く、二十歳ぐらいにしか見えない。
 唯一異質な点は、何か長いものが入っているような布の袋を持っていると言う点と、
 その左手に巻いている変な布だ。腕はスーツで隠れているが、その布は腕の方まで巻かれているだろう。

 教室の奥に座る金髪の小さな生徒がその布を見て軽く顔を顰める。
 だが、他の生徒達の興味は専ら顔などにあるようだ。

 すでに生徒達の間では小声で採点がなされている。
 それを聞く限り、少なくとも悪くはないようだ。

 その男がネギの横に立ち、口を開く。



「この3年A組で今日から副担任を務める事になった、近衛恭一だ。
 これから1年間、よろしく頼む」



 大騒ぎになるかと思われた教室だが、そうはならずに生徒同士の間で会話が成される。

「近衛って……?」

「もしかして……」

「親戚……?」


 そんな生徒達を見て、恭一は言う。


「みんなが思っているとおり、俺はこのかの兄貴、それで近衛恭一だ」



「やっぱりー!」


「いやー、どこか似てると思ったんだよね~」


「私も私もー!」


 その言葉を受けて、一気に教室が騒がしくなる。

「これからよろしく、恭一先生!」

「よろしくね、先生!」

「よろしく~!」

「よろしくお願いしまーす!」

 やはりというべきか、クラスはおおむね好印象である。
 疑惑の眼差しで恭一を見ていた生徒もいたが、隣のネギと見比べて小さくため息をついていた。

 そんなクラスを見たネギが口を開く。

「じゃあ、今からは恭一先生への質問タイムにしまーす!」

 その発表に、クラスが一気に手を挙げる。

 特に勢いがあるのが、昨日のうちに会った赤髪のカメラを持った生徒と、黒髪で眼鏡を掛けた生徒だ。

 その顔は無駄に輝いている。

 ネギが生徒の一人を指名する。

「じゃあ、朝倉さん!」

 朝倉というらしい、その赤髪の生徒は手にメモ帳とペンを持ち、こほん、とわざとらしく咳をしてから質問を始めた。

「えーと、じゃあまず、恭一先生は何歳ですか?」

「19だ」
 恭一は短く簡潔に答える。

「ハーバード大を主席で卒業した、というのは本当なんですか?」

 恭一は軽くため息をつきながら答える。

「……それは流石に嘘だな。噂に尾ひれが付きすぎてるぞ」
 誰だよそんな噂を流した奴は、と呟く恭一に、黒髪眼鏡の生徒が軽く舌を出す。

「じゃあ次に~、ズバリ! 彼女はいますか!?」
 かなり元気に質問してくる。
 
 恭一はそんな朝倉を見て、こいつこれが聞きたかっただけだな、と思いつつも質問に答える。

「いないよ」

 朝倉はそう答えた恭一を見てニヤニヤし、質問を続けた。

「じゃあ! このクラスの中で、タイプの生徒などいますか!?」
 その質問に、クラス中が耳を傾ける。
 刹那などはもう立ち上がりそうな勢いで身を乗り出している。

 恭一は軽く頭が痛くなったが、答えることにしたようだ。
「まぁ、中学生相手に恋するような精神構造は持ち合わせてねぇが……

 強いて言えば、刹那かな?」
 そう言う恭一の口元はかなりニヤけている。
 この男も根本的には朝倉の同類であったらしい。いや、師匠の影響か。

 
「えぇ!? あの、その、で、でも、わ、私としては別にかまわないといいますかその……」
 そんな恭一の言葉を受けて、顔を真っ赤にしてワタワタし出す刹那。
 このかはそんな刹那の様子を微笑ましそうにニコニコしながら眺めている。

 恭一の言葉の上、クラスメイトの視線を一身に受けて刹那はかなり恥ずかしいようだ。

 生徒達の間では、

「今、桜咲さんのこと『刹那』って名前で呼んだよね?」

「何、なに? もしかして知り合いとか?」

「桜咲さん、京都出身らしいからね。
 このか繋がりとかで、会ったことあるんじゃないかな?」

「ふふ、せっちゃんもまんざらじゃなさそうやなぁ~」

「桜咲さんも、結構可愛いところあるのねぇ。あらら、あんなに顔を真っ赤にしちゃって」

 というような会話がなされている。

 刹那は顔を真っ赤にして、席に座り込んでしまった。

 恭一はそんな刹那を微笑ましそうに見ている。

 そんな時に扉が開き、ネギの指導教員である源しずな先生が教室に入ってくる。

「ネギ先生、近衛先生。
 今日は身体測定ですよ。3-Aのみんなもすぐ準備して下さいね」

 それを聞いたネギは軽く慌てながら言う。

「あ、そうでした! ここでですか!?
 わかりました、しずな先生」

 そう言うとネギはクラスに向き直り、腕を上下に振りながら呼び掛ける。
「で、では皆さん、身体測定ですので……
 えと、あのっ! 今すぐ脱いで準備して下さい!」

 そんなネギの言葉に生徒達は軽く顔を赤らめながらも笑顔を浮かべる。

 その生徒達の反応を見て、ネギも自分の失言に気付いたようだ。
 ハッとして顔を赤らめている。





「ネギ先生のエッチ~~~~ッ!」


「うわ~~~~ん!
 間違えましたー!」
 そう叫び、ネギは教室を飛び出して行く。




 






「……やれやれ。まぁ、楽しそうで何よりかな?」
 そう、いつのまにか教室の外へ退避していた恭一が呟いた。































 全くテンプレから抜け出す気配がないぜ!
 恭一の腕、説明しててだんだん自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。



[8998] 第十九話 「闇の福音」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/16 14:42









 保健室。
 保健委員の生徒から、クラスメイトの一人である佐々木まき絵が倒れていた、という知らせを受けてネギに恭一、それにクラスメイトの大部分がここに集まっていた。

「ど、どーしたんですか? まき絵さん」
 ネギが寝ているまき絵を見ながら質問する。

「なにか桜通りで寝ているところを見つかったらしいのよ……」
 しずながそれに答えるが彼女自身、正確に事態を把握しているわけではなさそうだ。

「なんだ、大したことないじゃん」

「甘酒飲んで寝てたんじゃないのかなーー?」

 クラスメイト達は特にまき絵に異常が無いのを見て安心し、笑顔が戻ってきている。

 そんな中ネギとこのか、それに恭一だけが何か思案に耽っているようだった。

(……いや、違うぞ!
 ほんの少しだけど、確かに「魔法の力」を感じる……)
 寝ているまき絵から、ネギが魔力の残滓を感じ取る。

 さらに、このかも小声で
(お兄様、これ……)

(……ああ、たぶん魔法が関わっているな。

 何かあったのは確実だろう)

 そんな風に三人が考え込んでいると、

「ネギ、ネギ!
 それにこのかに恭一先生も!
 なに黙っちゃってるのよ」

 アスナが少し不審に思ったのか、声を掛けてくる。

「あ、はいはい
 すみませんアスナさん」

 ネギがアスナに向き直り、笑顔を見せながら言う。

「まき絵さんは心配ありません。ただの貧血かと……

 それとアスナさんにこのかさん、僕、今日帰りが遅くなりますので晩ご飯いりませんから」

「え……? う、うん……」
 アスナは少し違和感を感じながらも、ネギの言葉に納得したようだった。






























 アスナとネギが去った後、恭一とこのかは小声で話していた。

「な、なぁお兄様、魔法が関わってるーて、まきちゃん魔法使いに襲われたゆーことなん?」
 このかが不安を募らせながら恭一に尋ねる。

「断言はできねーけど、その可能性が高そうだな
 ……まぁでもここは学園内だから、そうそう大事にはならないと思うが……」

「う、うん……
 それにネギ君、今日帰りが遅くなるて、やっぱりそういうことなんやろ?」

 恭一は頷いて言う。
「たぶん、一人で調べるつもりだろうな。
 自分の生徒が倒れていて、しかもそれは魔法に関係することときた。
 正義感の強そうなネギなら当然の行動だろうな」

「ネギ君、大丈夫やろか……」
 このかが心配そうに言う。

「大丈夫だろう。
 ネギは『立派な魔法使い』を目指して修行している魔法使いだ。
 これくらいの試練、乗り越えて貰わないと困るだろう」
 実際、「これくらい」というのがどの程度なのか知らねーけどな、と内心で思いながらも言う。

「そう、やろか……」
 このかはまだまだ心配そうだ。

「俺とかは爺さんに言われておおっぴらに協力することはできない。
 でも、日常の中では出来る限りフォローしていくつもりだ。
 このかも、事情は知らないけどネギには自分が『関係者』だということは知られてないんだろ?
 なら、日常の中で自分に出来ることをすればいい。
 幸い、ネギとは同室だそうだしな。美味しいゴハンを作ってやって、悩みを聞いてやる。
 それだけでも大分違うはずだぜ?」

 そう恭一が言うとこのかは微笑み、

「……そう、やね。ありがとな、お兄様。
 うちも頑張ってみるわ!」
 と言って、部屋の外へと駆けていった。





























 その後、恭一は学園長室を訪れていた。
 当然、今回の事について話を聞くためだ


「で、今回のはどういうことなんだ?
 
 当然、把握してるんだろ?」


 学園長はふむ、と一息入れて言う。


「できればワシの所に来ずに、独力で解決して貰いたかったんじゃがのぉ」

「アホか。
 今回のこれはネギへの試練だろ。俺が解決することじゃねーよ。
 周辺フォローのために話を聞かせてくれ」

 すると学園長は納得したかのように頷き、

「……ふむ。それもそうじゃの。

 今回の犯人、それは3-Aの生徒じゃ」

 その言葉に恭一は驚いた風もなく、話を続けるよう促す。

「……あまり驚かんの」

「少し予想はしてたからな。
 あのクラスは思ってた以上に普通じゃない奴が多い。

 それで? 肝心の犯人は?」


「……麻帆良学園女子中等部3-A出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」


 流石にその言葉は聞き捨てならないようで、恭一が驚いた表情を見せる。


「……その名前、悪い意味で聞いたことあるんだけど、ギャグ?」


「いや、これが冗談じゃないんじゃよ。
 彼女はお主の知っての通りの人物じゃ」


 闇の福音、不死の魔法使い、人形使い、悪しき音信。

 
 こんなラカンもびっくりの二つ名をたっくさん持っている、真祖の吸血鬼。
 そんなんが女子中学生してるとは……プ、プププ……
 と恭一はなぜか笑いが堪え切れていない。

「ププ……そ、それでその悪の大魔法使い様がなんでこんなところで中学生なんてやってるんだ?
 まさか、実はそういうのに憧れてたとか?」

 恭一が口を押さえながらそう尋ねた瞬間、学園長室の扉が勢い良く開き、続けて恭一の顔に拳が飛んできた。

「そんなわけあるか!」

 そんな声と共に飛んできた鉄拳を恭一は軽くいなし、なんだなんだとその犯人に目をやる。

 そこには、麻帆良学園女子中等部の服を着た、金髪の幼女が仁王立ちしていた。

 恭一はそんな彼女を見、ああ、と気がついたように言う。

「ああ、確か君は3-Aの生徒だったな。
 なんでこんなトコにいるんだ?
 もう遅い時間だから、お嬢ちゃんはさっさと帰って宿題でもしろよ?」

 いくら子供っぽく見えても一応中学生な相手にお嬢ちゃんはないだろう、と学園長は内心で思う。
 そして、そんな子供に言い聞かせるかのように喋る恭一に、

「……貴様、誰に向かってその口を開いているのかわかっているのか?」
 と少女は若干こめかみをヒクヒクさせながら静かに言う。

 む、なんかやたらと上からの物言いだな。アスナといい、目上の人に対する教育がなってないのか? いやそれとも俺が目上の人に見えないのか? と思いつつも、
 恭一はこれくらいで怒るほど狭量ではない。

「ははは、すまないね。怒らせてしまったかな?
 まぁ今日の所はルームメイトも心配しているだろうし、早めに帰りなさい」
 と、若干タバコが似合うダンディなおっさんのキャラをパクリつつ、恭一は諭すように語りかけた。
 荒んだ十代に必要なのは包容力と安心できる空間なのだ。

「の、のぅ恭一……」
 横で学園長が何か言いたそうにしているが、後にしてくれと手でジェスチャーする。
 少女は相変わらず顔を赤くして小刻みに震えている。
 風邪でも引いたのだろうか? と恭一は疑問に思うが、それに答えてくれる人はいない。

「どうしたのかな?
 ……あ、もしかして夜道が怖くて帰れないとか?
 うん、最近は吸血鬼の噂とかもあるらしいからね。
 仕方のないことだと思うよ。
 そうだ、良かったら送っていってあげようか?」

 相変わらず妙に気持ち悪い猫なで声を出す恭一に、少女はついに我慢できなくなったようだ。

 赤くなった顔を上げると、つま先立ちになって少女は一気に叫んだ。

「ええい! さっきから黙って聞いていれば……!
 だーれがお嬢ちゃんだ!!
 その上、この私が夜道が怖いだと!?
 アホ抜かせ!!
 そもそもその噂の吸血鬼とは私のことだ!!」

 言いたいことを言い終えた少女は息を切らし、肩で息をしている状態だ。


 恭一はそんな少女を呆然と見つめると、

「……え? 何? ギャグ?」

 と、少女を指さして学園長に問いかけた。

 学園長はその問いに首を振る。

「じゃ、じゃあこいつが……」
 恭一が少女に向き直って言う。

 少女はそんな恭一の様子に満足したのか、フフンと腕を組むと、もとの仁王立ちに戻って高らかに自己紹介を始めた。

「そうだ! この私こそ、元600万ドルの賞金首である、悪の大魔法使い!
 闇の福音、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ!!」


 静寂が室内を支配する。

 満足のいく自己紹介が出来たのか、エヴァンジェリンはどうだと言わんばかりに恭一を見据える。

 一方小刻みに震えていた恭一は、唐突にその沈黙を破った。
















「プ、プフゥッ!」
 恭一は顔を赤くし、もう耐えられないとばかりに吹き出した。


「プ、クク、プッ、プフフゥ!
 こ、この幼女が、例のおっそろしい闇の魔法使い?
 プ、クククク」

 そんな恭一の様子を学園長とエヴァンジェリンは呆然と眺めている。


「い、いや、可愛い賞金首もいたもんだな!
 いや、ホント、まるで本当の中学生、いや小学生でも通用するぞ!
 ……フフプッ」

 と、最後に少し笑ってくるあたりウザさ倍増である。


 そんな様子の恭一を見て、エヴァンジェリンは何も言わずに懐から魔法薬の入った試験管を取り出した。


 それを見た恭一は慌てて、
「い、いやぁ!
 でもなんというか、小さい体からも、ホラ、あれだ、なんていうの?
 長い年月のうちに培った覇気みたいなのが漏れ出してるし!」

 とひどい取り繕いを行うが、時既に遅し。

「し、死ねぇーーっ!!」

 エヴァンジェリンは、渾身の力を込めて、恭一に魔法薬を投げつけた。









































 尚、魔法薬を投げつけられても恭一は回避したため無傷であった。

が、そのかわり学園長室がひどいことになったため修理が必要となり、その修理費はなぜか恭一の給料から引かれた。



















この辺はもうなんていうかあれですね。テンプレゾーン。
閑話みたいなもんだと思って下さい。



[8998] 第二十話 「刺客」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/18 15:24





「それで? 結局どういうことなんだ?」

 ボロボロになった学園長室で恭一が尋ねた。
 横には腕を組み、そっぽを向いたエヴァが立っている。

 なぎ倒された机を元に戻しながら学園長が答える。

「ネギ君の成長のためにも、エヴァンジェリンに協力して貰っている、ということじゃよ」

 そんな学園長の言葉に、エヴァンジェリンは憮然として言う。

「フン、私は協力しているつもりなどないがな。
 結果的にそうなっている、というだけのことだ。
 私はただ、この忌々しい呪いを解きたいだけなのでな!」


「忌々しい、呪い?」
 その言葉に、恭一は妙な引っかかりを覚えた。
 確かに知っている。
 知っているが、記憶が泥沼のように淀んでいて、掬い取ることができない。
 思えば、最近はこんなことが多々あった。
 確かに「知っている」ということはわかるのだが、それ以上前に進めない。
 記憶が曖昧なのだ。
 忘れている、ということではなく、混乱している、という表現が正しいかも知れない。
 そんな恭一の思考を打ち切るようにして学園長が言う。

「そう言えば、恭一は知らないんじゃったの」

「何をだ?」
 思考を一旦中断し、恭一は聞き返した。

「エヴァンジェリンがこの学園で中学生などをやっておる理由じゃよ。

 いくらなんでも、闇の福音と恐れられた真祖の吸血鬼が何の理由も無しに中学生などやっておる訳がないじゃろう?」

 恭一は横目でチラリとエヴァンジェリンを見ながら言う。

「……まぁ、そうかもしれないな」

「……貴様、今の妙な間は何だ?」
 エヴァンジェリンがそう言うが、学園長はそれスルーして話を続ける。

「実はの。今エヴァンジェリンには、『登校地獄』という呪いが掛けられておるのじゃよ」

「と、登校地獄?」
 何だそのふざけた呪いは、と恭一が聞き返す。

「そうじゃ。これはの、呪いの続く限り永遠に学校に通い続けなければならなくなる、というものなんじゃよ」

 ……なんだその一見地味なようでいてその実結構ダメージでかい呪いは。

「そしてこの呪いがサウザンドマスターの手により、エヴァンジェリンに掛けられたのが十五年前の出来事となる」

「ちょ、十五年て……!
 つーと何か? その間こいつはずっと学校に通い続けてるのか?」

 恭一が驚いて問うと、学園長は静かに頷く。
 当のエヴァンジェリンは先程からその憮然とした姿勢を崩していない。

「うむ……。
 本当は三年ほどで解くはずじゃったんじゃがのぉ。
 知っての通り、サウザンドマスターが姿を消したじゃろ?
 それからはずっとこのままじゃ。

 ……しかも、あやつの掛けた呪いというのがまた妙に強力での。
 膨大な魔力で無理矢理呪文を掛けたせいで術式はメチャクチャ。
 誰にも解けない代物になってしまったんじゃ。

 ……正直、ワシはあやつ自身でさえ解くのは難しいんじゃないかと思っておる」


 恭一が呆然とその説明に聞き入っていると、横からエヴァが付け足すように言う。


「しかも、その呪いのせいで私は魔力を限界まで封印されるわ、麻帆良から一歩も出れないわと踏んだり蹴ったりだ!!
 その上その制約のせいで修学旅行すら行けないと来た!
 あの融通の利かない呪いのアホ精めぇ!

 ……いや、それよりあいつだ! 全ての元凶、サウザンドマスター!
 あのバカのせいで私は……!」

 がぁー、と鬱憤を巻き散らかすかのように叫ぶエヴァンジェリンを恭一は本気で気の毒そうに見守っている。

 ……ああ、あのアホチート集団の一員と関わり合いになったばっかりに……
 ナギと面識はないが、師匠や親父の言葉の端々からもヤバイ奴だった、ということぐらいは読み取れる。
 ラカンと同種のものだと考えると、もうドンマイとしか言いようがない。

 と恭一はエヴァンジェリンに同情的だが、当の恭一自身もそのアホチート集団の一員に近付きつつあることを気付いていなかった。


「それで? 呪いのことはわかったけど、それが今回のこととどう関係あるんだ?」
 恭一はエヴァンジェリンに掛ける言葉は持ち合わせていないと判断したのか、彼女をスルーし学園長に問いかける。

 その言葉に反応し、エヴァンジェリンが恭一に向き直って言った。
「フフ、それはな……!
 奴の血縁者である坊やの血を大量に飲めば、この呪いを解くことができるんだよ!!」

 とエヴァンジェリンは先程打って変わって突然テンションを高くして言う。

「だから坊やには悪いが今日辺り行動を起こし、血を死ぬまで吸わせて貰うつもりさ……」
 と、吸血鬼特有の尖った歯を見せつけながら言い、

「……おっと、そろそろ時間か。
 じゃあな、ジジイに恭一、と言ったか?
 次に会うときは、私が完全復活を成し遂げた後だ! せいぜい楽しみにしてるんだな!
 ハーッハッハッハ!!」

 と、素敵な高笑いを響かせながら悠々と学園長室を出て行った。
























「……あんなこと言ってるが、大丈夫なのか?」

「ほっほっほ。大丈夫じゃよ。
 エヴァンジェリンには昔からポリシーがあってのぉ。
 絶対に女子供は殺さぬ。

 ……それに、いざとなったときに役に立つのがお主ではないか。
 給料分の働きぐらいは、期待しておるぞ?」

 ひょひょひょ、と怪しげな笑いを上げながら学園長が言う。

「……わかってるよ。
 なんかあったら片づけとくから、任しといてくれ」

 恭一はそう言って学園長に背中を向け、部屋をを出て行こうとする。

 その時、その恭一の背中に投げかけるように学園長が言い足した。

「ああ、そうじゃ。
 くれぐれも、エヴァンジェリンの行動について他の者に漏らすでないぞ?
 魔法使いの中には、まだエヴァンジェリンを快く思ってない輩も多いからのぉ。
 それが英雄の息子に関する事ならば、なおさらじゃ。
 ……面倒ごとは、少ない方がいいじゃろう?」








 学園長のその言葉に恭一は片手を上げて応え、学園長室を後にした。






















 












「おーお、やってるねぇ」

 俺は今、桜通りの桜に紛れて二人の様子を窺っている。

 その二人とは無論、ネギとエヴァンジェリンだ。


「この世には……
 いい魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ、ネギ先生」


 そう言うとエヴァンジェリンは懐から魔法薬を取り出し、

「氷結・武装解除!」

 ネギに向かって投げつける。

「うあっ!」

 ネギはそれを咄嗟に片手でレジストするが抱えていた女生徒、名前は覚えてない、までは完全に防ぎきれなかったようで、彼女の服が砕け散る。

「レジストしたか。
 やはりな……」
 エヴァンジェリンは無駄にしたり顔で何やら呟く。
 何かっこつけてるんだ、あいつは。


「み、宮崎さん大丈夫!?

 ……って、わあっ!!」
 服が砕け散り、ほぼ裸同然になった宮崎に気付いてネギが顔を赤くする。
 ……いまいちシリアスになりきれないな……。


「あわっ……!
 あわわっ!」

 腕の中には裸の生徒、前には敵。
 ネギはそんな状況を前にして気の毒なほど慌てている。
 ……まぁ、十歳だしな……。
 仕方ないと言えば、仕方ないだろうなぁ。

 と、そんな所に、

「何や、今の音!?」

「あっ、ネギ!!」

 今の戦いの音を聞きつけ気になって見に来たのか、このかとアスナがネギの元に駆けつけた。


 
「あうっ!!?」

「あ、あんた、それ……!?」

「ち、違います! これはその……!」

 ネギが抱えている裸の生徒を見、驚く二人。
 一歩間違えれば逮捕されてもおかしくないシチュエーションである。
 いや、あれが俺だったら捕まってたね、確実に。

「ネ、ネギ君、これ……」

「あ、あのですね……!」
 
 辺りには、先の戦闘によって魔力が充満している。
 そのためこのかは一応事態を把握したようで、ネギに細かいことを尋ねようとする。
 だが、そんなことは知らないネギは弁解しようと必死だ。


「あっ! 待て!」

 一般人の前で戦うのはまずいと判断したのか、エヴァンジェリンはその場から離脱する。
 それを見てネギは、

「宮崎さんを頼みます!

 僕はこれから事件の犯人を追いますので、心配ないですから先に帰ってて下さい!」


「え、ちょっとネギ君……!」


「じゃあ!」

 と、風の魔法を使いかなりの速さで追いかけていった。




















 後には、裸の宮崎を抱えたまま呆然とするアスナとこのかが残される。

 このかは宮崎のために術を使いたいようだが、アスナがいるため使えない。
 引き離すためにも、このかがアスナに声を掛けた。
 
「ア、アスナ、とりあえずのどかちゃんの服取ってきてもらえん?」

「え? わ、わかったわ!」

 アスナはそう返事を返し、女子中学生とは思えないスピードで去っていく。
 正直二人で寮まで運べば良いんじゃないかと思ったが、
 何の魔法を掛けられているかわからないのだ。
 見た目は無事でも、早めに診察するに超したことはないだろう。

























 ……さて、そろそろ俺の仕事か。

 と思いつつ、このかの所へ歩み寄ろうとする。


 とりあえずどうアスナを納得させるかが問題だ……ッ!?






 咄嗟に剣を抜き、後ろに構える。


 ぎいん、と鈍く剣のぶつかり合う音が響いた。

 俺の神風に、月の光を受けて輝く日本刀が重なっている。  

 
 俺はその剣の持ち主に目を向ける。

 そこには闇夜に紛れるような黒の服を全身に纏った男が、一振りの剣を持って佇んでいた。

 その男からは紛れもない闘志が立ち上っており、ただでは帰してくれそうもない。

 ちら、と横目で宮崎を診るこのかの姿を確認する。


 ……やりあうにしても、ここは拙いな。
 いずれアスナが戻ってくるし、いつ宮崎が目を覚ますかもわからない。
 場所を変えないと……!

 そう考え、俺は桜通りから遠ざかるようにして走り出す。

 その間にも、その男は幾度も剣を振ってくる。
 俺はそれを捌きながら、驚くべき事実を発見した。













 この軌道、神鳴流……!














 同じ流派を使う者だからこそ判る。
 この剣、確かに神鳴流のそれだ。
 しかし京都を守るための神鳴流が、なぜ俺を……?
 一応俺は関西の長の息子、いわゆる跡取りであるはずだ。
 味方に襲われる覚えは無い。
 こいつは、なんなんだ……!?
 思考が混乱していき、相手はそれを見て取ったかのように口元を歪める。
 





























 ――でもまぁ、そんなこと大した問題じゃねぇか。

 と、歌でも歌うように剣捌きをどんどん早めていく。
 戦う理由など、戦闘の中においては何の関係もない。
 ただ、相手を打ち倒す。それだけだ。
 戦いの中での考えなど、極論すればそれが全てである。






















 同じ流派の者に襲われている、と言う事実は俺を少なからず驚かせたが、
 襲われる、という事実自体はさして珍しいことではない。
 向こうで幾度も経験したことだ。
 この程度で動揺して刃が鈍るほど薄い経験は持ち合わせていない!



 それにこの男自体もそれなりに洗練された腕であることは認めるが、苦戦するほどではない。
 俺に勝ちたかったら、せめて全盛期の親父から一本奪えるようになってから来るんだな……!











 拮抗していた剣戟が、凄まじい速度で一方に押されていく。
 押されているのは、言うまでもなく男の方だ。

 男も必死に対応するが、追い切れない。


「オ、ラァッ!!」


 相手の剣を片手で受け、腹を足で蹴り上げる。
 
 男はそれをまともに喰らい、数メートル吹き飛んだ。


「ガ、ぁッ!!」


 今まで一の字に閉ざしていた男の口から、苦悶の声が飛び出る。

 気などで強化していない素の蹴りとはいえ、かなりのダメージだったはずだ。
 


「ガハァッ、ハァッ、ハァッ……!」


 男は剣を杖代わりにし、腹を庇いながらよろよろと立ち上がる。


「で、お前はなんなんだ? なぜ俺を襲った?」


 男の前に立ちふさがり、見下ろしながら尋ねる。



「ハァッ、ハァッ……!
 流石は、サムライマスターの息子……!
 信じられないほどの腕だ……!」


 男はそんなことを言いながら口元を拭っている。


「そんなことは聞いてねぇよ。
 なんで俺を襲ったんだ?
 速く答えろ」


「……フン、今回は試しただけだ。
 お前が、どの程度の脅威になるかをな……!

 そしてやはり、お前は我々の予想をはるかに超える腕を持っていた!
 後々かなりの障害となることは確実だろう……!」


「……我々?
 お前以外にも仲間がいるのか?」

 

 男は完全に立ち上がり、こちらを睨み付ける。
「……西洋魔術師の台頭に何の危機感も感じず、ただ毎日を愚鈍と過ごしている長、近衛詠春!
 そして関西を捨て、神鳴流を裏切った貴様ら!
 そんな貴様らを、疎ましく思っている者は少なくとも確実に存在する、ということだ……!」
 そして、憤怒の形相を浮かべてそう言った。


「……」
 関西の不穏分子、って所か……
 それにしても裏切り者って……
 別に裏切った気は無いんだけどな……

 そう思っているとその男は、後ずさりながら言う。

「……今日の所は、引かせて貰うぞ……。
 私一人では、貴様を倒せそうもないのでな……」


「黙って逃がすわけ、ないだろ?」
 じり、と追い詰めるように男に一歩近付く。

「……フン、いいのか?
 こんなところで、いつまでも私の相手をしていて。
 貴様の妹、お嬢様は今ごろどうなっているかな……?」
 男はそう笑いながら言う。

「……!
 てめぇ……!」


「……フン、どうした?
 行かなくていいのか?」


「……もしお前ら、このかに手を出したら、殺すぞ?」
 男を睨んで言う。


「……ッ!!」
 目に見えて男が狼狽する。









 男と、桜通りの方を交互に見る。





 ……このかッ!
 







 一瞬の迷いの後、








「……クソッ!」
 俺は、全力でその場を離脱した。









 思えば、この時に縄でも何でも使って、捕まえておけば良かった。









































 ちなみにこのかは、普通に部屋で宮崎とお茶飲んでました。
 ……やられた……






















 さらに原作改変……!
 このかに魔法バレしていることから、学園長が魔法周辺について危険に入り込まないよう原作以上に気を配った結果、だとでも脳内補完して下さいw



[8998] 第二十一話 「分子」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/21 02:49

















「おい、何してんだ、こんなとこで」

 
 坊やとの戦いが終わった次の日。
 ホームルームが始まるであろう時間に私が屋上でうつらうつらとしていると、一人の男が声を掛けてきた。
 声が聞こえてきた方へと顔を向ける。


 こいつは確か――

 
「……ああ、貴様か。
 見ているとおり、昼寝だ」
 今は時間的にはまだ朝に分類されるが、早朝と夜以外は昼寝でいいだろう。


「なーにが昼寝、だ。
 授業始まるぞ。早く戻れ」
 そいつは軽く肩を竦めながら言う。

「……私がどれだけの間この学園に通っているのかわかって言っているのか?」
 軽く睨み付けながら言う。

「……知ってるよ。
 でも、今の俺は先生だからな。
 不良生徒の更正も、仕事の一つだ」

 その言葉に私は軽く舌打ちし、再び目を瞑った。










 ……近衛恭一。
 私が何回目かの三年生に進級した時に赴任してきた、近衛木乃香の兄であり、ジジイの孫だ。
 聞く話によるとかなりの実力者であるらしい。
 あの筋肉バカの弟子であるらしいから、当然と言えば当然か。
 完全開放状態の私には届かないにしても、あのバカ集団と同列の変態と言える。
 正直なんであのバカ集団、紅き翼の面々は半世紀も生きていないくせにあんな実力を持っているのか未だに判らない。
 遺伝子か何かおかしくなっているんではないだろうか。

 ……それはそうと、奴がこの学校に来たおかげで私の計画が実行しにくくなってしまった。
 私自身本気で坊やを殺すつもりはないが、奴も私が一線を越えたら本気で止めに来るだろう。
 ……迅速に事を運ぶ必要があるな。


 まぁ、昼の間は特にすることは無い。
 せいぜいゆっくり英気を養わせて貰うよ、ネギ先生……って、おわっ!?







 体が、突然浮遊感に包まれる。

「こ、こら貴様! 何をする!」

 あろうとことか奴は後ろから私の首元を掴み、持ち上げて運び始めたのだ。

「仕方ないだろ。
 本人にまるで直す気がないんだから、多少強引な手を使うのもやむをえないことだ。
 ……これが一般生徒ならアレだけど、お前みたいなのだったら別にいいだろ」


「いいわけないだろうが! 離せぇー!!」
 

 必死に手足を動かすが、まるで奴には届かない。
 くそ! こんな奴、呪いさえなければ……!



 

































「貴様、覚えておけよ……」

 息を荒くしたエヴァンジェリンが恨めしげにこちらを睨みながら言う。

 最初こそ俺に持ち上げられたままジタバタしていたが教室に近付くにつれ、諦めたのか自分で歩くと言い出したのだ。

 最初は逃げる気かと疑ったが、なかなか不憫になってきたので降ろしてやることにした。

 すると、さっきからずっとこちらを睨み付けているというこの状況が完成したわけだ。

 まぁ、これは自業自得なのだが……

 十五年も学校に縛り付けられているという状況には心底同情するが、俺は先生だ。

 授業には出て貰わねばならない。

「まぁ、この一年は運が悪かったと思って諦めてくれ」

「フン、近いうちに私の呪いは解けるんだ。
 何がどうなろうと関係ない」

 エヴァンジェリンは自信満々に腕を組みながら言う。

「そーかい。
 なら思い残しの無いように授業に出ておけよ?」
 軽く肩を竦めて言う。

 その言葉にエヴァンジェリンはフン、と鼻を鳴らして答えた。






 


 


















 教室に着くと、何やらネギが騒いでいた。

「おはよう、みんな」

「あ、おはよーございます、恭一先生ー!」

「おはようございまーす!」 

 挨拶すると、見事に全部帰ってくる。
 ……なんか平和だなぁ、こういうの。

 生徒と話していたネギも俺に気付き、挨拶してくる。

「おはようございます、恭一先生!」

 どことなく安堵したような表情のネギだったが、俺の隣を見てそれを崩す。

「って、エヴァンジェリンさんいるじゃないですか!!」
 なぜか知らんが、エヴァンジェリンの来訪にやたらと驚いているようだ。


「ん? 私はここの生徒だぞ? 当然じゃないか」
 エヴァンジェリンは何言ってるんだこいつは、というように返す。 


「で、ですよね……」
 そう言うネギの顔は微妙に引きつっている。
 ネギはなぜかエヴァンジェリンを怖がっているようだ。
 昨日あの後、そんな怖い目に遭ったのか……?


 
 すると、耳にでかい飾りを付けた生徒がエヴァンジェリンに話しかける。
 名簿によると絡繰、だそうだ。
 どう見ても普通の人間ではないが、ここではよくあることなのだろう。

「マスター、今日はサボタージュする予定なのでは?」

「ああ、そのつもりだったのだがな。
 このバカに無理矢理連れてこられた」
 と俺を指さしながら言う。

 まだ会って二日目だというのに、俺の評価は良いとは言えないレベルになってしまっているようだ。

 さらにエヴァンジェリンのその言葉を聞き、ネギが恨めしげに俺の事を見てくる。
 ……そんな目で見てくんな!


「と、とりあえず早く始めるぞ。
 みんな、席に座れー」
 このままでいても埒が開かん。
 さっさと始めることにしよう。




























 ネギが途中でパートナーが云々とか言い出したりもしたが、基本授業は滞りなく終了した。
 
 ネギがやたらと疲れているように見えたのが気になったが、なんとかなるだろう、多分。

 ……でも流石に可哀想な気もしてきたから、エヴァンジェリンに多少言い含めておいてやるとするか。

 そう思って机で夢の世界に旅立っているエヴァンジェリンの方へと近付く。
 ……授業中に何度も起こしはしたんだが、まるで改善する気は無いようだ。

 おい、と声を掛けようとした矢先、エヴァンジェリンが唐突に顔を上げる。

「……どうした?」

 俺が不審そうにそう尋ねると、エヴァンジェリンは心底面倒くさそうに答えた。

「……侵入者だ」

「……侵入者?」
 良からぬ響きだな、それは。

「ああ、何者かが通常ではないルートから学園都市内へと入り込んだ。
 ……本当に面倒くさいが、見てこなければならん」

 ふぁ、と欠伸をしながら立ち上がるエヴァンジェリンに声を掛ける。

「俺も行こうか?
 お前、魔力使えないんだろ?」

「いらん。
 侵入者と言っても小動物程度の大きさだ。
 仮に戦闘になったとしても、そんなのに魔力が付いただけの奴に私は遅れなんぞとらん。

 ……茶々丸、来い」

 エヴァンジェリンはそう言うと、フラフラと眠そうに教室の外へと去って行く。
 呼ばれた絡繰もこちらに軽く一礼した後、その後に付いていった。



 ……ま、大丈夫だろ。
 あれでも真祖なんだし。




















 ……あ、ネギのこと言うの忘れた。




























 ところ変わって学園長室。




 少々遅いが、昨日の件を報告しに来たのだ。

 昨日の事をなるべく正確に爺さんへと伝える。

 俺の報告を聞いた爺さんは重々しく頷き、


「……ほぼ間違いなく、関西の不穏分子の仕業じゃな」


「”神鳴流”だったしな。
 

 ……それと裏切り者、なんて言われたんだが、ありゃどういうわけなんだ?」

 俺の問いに爺さんはふむ、と一息入れてから答える。

「……お主や刹那君は関西を抜け関東へとついた裏切り者、ということじゃろう。

 お主は関西呪術教会、近衛家の跡取りじゃ。
 本来ならば跡取りとしての修行に励まねばならん時期に魔法世界へと旅立ち、
 やっと帰ってきたかと思えばそのまま関東へと赴任してしまった。
 ……これを関西への裏切り、侮辱と考える者もいるのじゃろう。
 ……こう言っては何じゃが、”異端”である刹那君との仲が良い、というのも原因の一つじゃろうな。
 彼女自身、京都の神鳴流からは疎まれとる節があるからの。

 さらに言えば、関西の多くは西洋魔法使いに良い感情を持っておらん」


 その言葉にどん、と強く机を叩く。


「……爺さん。その気がなくとも、刹那のことを”異端”だなんて言うなよ?」


「……すまん。失言だったようじゃ」

 爺さんは静かに答える。

「……とりあえず、婿殿にはこちらから注意を促しておこう。
 お主も、このかと刹那君のことを頼んだぞ」

「言われなくとも」
 そう軽く返事をし、俺は学園長室を後にした。



























 あとで少し修正入れるかもです。



[8998] 番外・修行編① 「ただし咸卦は尻から纏う」
Name: GOMAX◆80732aaf ID:12bbb4db
Date: 2009/06/11 08:19

















 それは、ラカンの元で修行を始めて3年ほど経ったある日のこと。



 基礎訓練を終えた俺を呼び出し、ラカンが言い出した。
「……よし。気とか魔力の扱い方も大分サマになってきたみたいだし、
 いっちょ咸卦法でもやってみっか!」

 咸卦法。気と魔力の合一である。
 気と魔力を融合し、体の内外に纏って強大な力を得る高難度技法、究極技法。

 本来、気と魔力とは水と油のように相反する概念であり、これを合成するという技術の難度は並大抵ではない。

「アレを長い時間やるのは半端なくムズいが、まぁできねぇこたぁねえだろ!」

 相変わらず師匠・ラカンは根拠のない自信に満ちあふれている。
 そしてその自信はなぜか俺にも適用されるようだ。

「……まぁそれで、それはどうやればいいんだ?」
 練習しようにもまるで勝手がわからない。
 こればっかりは聞かないとダメだろう。

「んー、確かガトウやタカミチは左手に『魔力』、右手に『気』とか言って混ぜてたぜ?」

 お前自身は知らないのかよ!

「なんか信用ならないな……」

 そんなことは今に始まった事じゃないが……

「まぁまぁ、とりあえずやってみろって。そうしないと始まらないぜ?」

「……わかった」



 ふぅ、と軽く息を吐いて精神を集中させる。


「――左手に『魔力』、」




「……」



 ふぅ、と息を吐き、気を取り直してもう一度。

「――左手に『魔力』、」




「……」




「おっさん」




「……なんだ?」




「左手に魔力が纏えない」




「……」


 沈黙が流れる。


「……またその左手か」

 ラカンが呆れたようにため息を吐く。

 それに俺はああ、と頷く。



「確かその左腕、なんか色々あって誰かの骨が入ってるんだっけか?
 ったく、敵の攻撃も打ち消せるのはいいけどよ、こっちのも消しちまうのかよ、融通がきかねぇな。

 ……つーか、なんでおまえは今まで左手に魔力が纏えないってことに気付かなかったんだよ」


「いや、知ってたけど諦めたらそこで終わりかと思って。
 それに、最後に試したの大分前だったから可能性あるかなと思った」


「……アホか」


 ……なんか、おっさんにアホ呼ばわりされると通常よりもダメージあるな。


「というか、どうするんだ?
 左手は魔力も気も駄目なんだけど、これってつまり咸卦法むり?」
 

 すると、おっさんが心底不思議そうに言う。
「は? なんで無理なんだ?」


「え? いや……そんな不思議そうに返されても……
 だって、要するに左手使用不可なんだから、初手から躓いてるだろ、そもそも」


「は? だから左手使わなけりゃいいじゃん」


 ああ、なるほどね……って、意味がわからん!
「いや、言ってる意味がわからないんだけど……」


「だからさー、咸卦法っつーのは溜めた魔力と気を合成させてすげー力を出してんだろ?
 じゃあ気と魔力を合成さえできりゃどこでやったってよくね?」


「……え? そうなの?」


「いや、知らねぇけどよ。理屈で言ったらそうじゃね?
 胸でも腹でも、なんなら尻でも」



「……」







 ―――――――――――











 其れは蒼く、大きい月が輝く夜。


 男達の決着が付こうとしていた。




 恭一が口元の血を拭いながら呟く。



「――そろそろ、俺の『本気』ってヤツを見せてやるぜ」



 その言葉に、相対していた黒い男は驚きを隠せない。


「……お、お前……! それだけの力を出してなお、本気ではなかったというのか……!?」
 その言葉からはもはや畏れすら感じて取れる。


 その言葉に恭一はニヤリと顔を歪めて応える。


「――たりめーだ。でも、俺にここまでの力を出させたことだけは褒めてやるよ」


 恭一はそう言うと、右手を前に突き出す。



 ひぃ、と男の喉から悲鳴ともなんともつかないものが漏れ出す。



「――右手に、『魔力』を、」


 ぼう、と凄まじい量の魔力が恭一の右手に収束していく。


 そして恭一はその右手をゆっくりと後ろに持っていった。


「――左尻に、『気』を、」


 ごう、と凄まじい量の気が恭一の尻の左側に収束していく。





「――合成!!」











―――――――――――
























 ――イヤすぎる。場所は考えよう。


「ってか、それ本当にできるのか!?」


「だから知らねーって。
 とりあえずやってみろよ」

 
 ……そうだな。ちょっとやってみよう。
 話はそれからだ。


「――右手に、魔力を、」


 ごう、と魔力が右手に集まる。
 このままだとただ収束しただけで、効果は戦いの歌以下だ。


「――左胸に、気を、」


 胸に気が集まる。
 ちょっと考えたけど、ここにした。
 右手で戦闘中に無理なく触れるところで、そこそこ格好もつくとこってここぐらいじゃね?


「――合成!」











 よっしゃいけた、と思った瞬間、



「おぶ!?」



 爆発が起き、俺は吹き飛ばされた。



「ちょ、何!? 今の!」

 慌てて起き上がり言う。


「いや、ただ単に失敗したんだろ。
 気と魔力は相性悪いしな」
 ラカンは何言ってんだコイツというような視線を向けてくる。


「……ああ、なるほど……」
 互いに相反しあって暴走したわけか……


「ま、タカミチでも習得には結構な時間掛かってたんだ。
 そうそう簡単にはいかねーよ」
 ラカンはニィ、と笑ってそう言う。


「まぁ、そりゃそうか……
 
 一応聞くけど、なんかアドバイスとかない?」
 ダメ元で聞いてみる。
 どうせやたら感覚的な回答が帰ってくることだろう。



「ん~、そうだな。
 頑張ってくっつけようとすれば、いつかできんじゃね?」

 ……感覚的ですらなかった。

 多少不安が残るが、咸卦法はかなり便利で魅力的な力だ。
 特にこれ使うだけでテキオー灯ばりの効果があるって言うのにはかなり惹かれる。
 今日からこれの修行も入れていくことにしよう。





 






















 この一年と少し後に恭一は咸卦法を習得し、さらにその後数年で持続時間を順調に延ばして
 ヒゲダンディ師弟の立場が若干無くなるのだが、それはまた後の話。


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