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[9148] ドラクエ2~雌犬王女と雄犬~(現実→雄犬に憑依)
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2016/07/18 09:05
序章 月下の出会い



「い、いや、やめて、近づかないでっ!」

 その小さな悲鳴は、確かに彼に届いていた。
 月の光も届かない暗い裏路地。
 小さな白い女の子が、その行き止まりに追い詰められていた。
 こんな小さな子相手に発情しているのか、詰め寄っている雄達は、涎を垂らさんばかりに歯をむき出し喉を鳴らしていた。
 やれやれ、と彼は思ったが、黙っている訳にも行かなかった。
 彼はこの界隈を仕切るボスだった。
 自分でなろうとした訳ではなかったが、この世界で生き抜くために岩に齧りつくような努力をし、生傷の絶えないケンカをし続けた結果、周りが彼の事をそう認識してしまったのだ。
 ともあれ、

「やめな、そいつは俺の女だ」

 そう言って、姿を現す。
 女の子の前に立つと、興奮して自制が効かなくなっている相手に対し、鋭く一睨みし犬歯を剥き出させる。
 その殺気に肝を冷やされたのか、相手が何者か悟ったのか、雄達はすごすごと立ち去って行く。

「あ、あの…… 助けてくれたんですか?」
「ああ、おせっかいかも知れなかったがな」

 彼女を先導して、裏路地から連れ出す。
 月明かりが両者を照らし出した。
 狼の血でも混ざっているのか、灰色の毛並みを持つ非常に大柄な雄犬。
 そして、可愛らしい、白い小さな雌犬。
 先ほどから人語によらぬ会話を交わしていたのは、この犬達だった。



 現実からドラクエ世界の犬に憑依してしまった主人公。
 オス犬たちから襲われそうになっていたメス犬を助けたところ、その正体は犬に姿を変えられたムーンブルクの王女だった!
 人間に戻った王女×犬というお話。

 自サイト『T.SUGIの小説置き場』では、参考資料等、制作の裏側に関する解説付きで掲載しています。
 ドラクエファンやこの作品についてもっと知りたいという方はどうぞ。



[9148] 第一章 始まりの物語
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/08 19:59
 彼がこの世界へやってきたのは、二十七歳の時。
 社会人生活、五年目の夏のことだった。
 別に事故に遭って死んだ訳でもなく、階段から落ちた訳でもなく、召喚の門なんてファンタスティックな誘いがあった訳でもない。
 会社に行く途中、地下鉄に乗っていて貧血のような眩暈を覚え、意識が真っ暗になったかと思うと、次に目が覚めた時は中世ヨーロッパみたいな見知らぬ異世界。
 その上、自分は犬になっていた。

「畜生道に落とされるような真似をした覚えは無いんだがなー」

 そう思うが、現実は現実。
 そこからが大変だった。
 生き抜くために生ゴミまであさり、人間には石を投げられ、餌場をめぐって他の野良犬と壮絶なバトルを行った。
 幸い生まれ変わった身体の体格が良かった事と、

「元人間、元社会人を舐めんな!」

 と意地で死に物狂いに立ち向かっていったのが功を奏したのか、半年ほど経った時には、この界隈ではボス犬として君臨することとなっていた。
 そんな日々の中で、この白い小さな犬と出会ったのだ。

「とにかく、身体を洗って、毛並みを整えて」

 水場に連れて行き、おっかなびっくりな彼女と共に、身体を水に浸す。
 幸いにして、お互い短毛種。
 ぶるるっと体を震わせるだけで水気を切ることができる。
 ケアは簡単だった。

「あ、あの、さっきの……」
「ん?」
「その、俺の女だって」
「ああ、そう言う事にしておけば、この近辺の犬達は、手出しできないからな」
「は、はい。ふつつか者ですが、よろしくお願いします。犬の生活はまだ慣れませんけど、きっと覚えます」

 妙に人間くさい彼女の言葉に首を傾げるが、彼はこの世界に飛ばされて覚えた、疑問を丸ごとうっちゃるという技を使って、それを心の中のゴミ箱に投げ込んだ。
 うまく入らなかったが、その内、脳内メイドさんが片づけてくれるだろう。
 この世界、普通にメイドが働いていたりするし。
 とにかく、

「まずは身ぎれいに。お前さんは頭良さそうだし、可愛いから人懐っこく甘えたり芸をしたりして人間から餌をねだるといいだろう」
「か、可愛いですか?」

 照れているらしい。
 変な子犬だった。

「とりあえずは、俺のねぐらに連れてって、メシおごってやるよ。その様子じゃ、野良になりたてだろ」
「は、はいっ」

 彼が連れて行ったのは、この時間でも明かりが灯っている酒場兼宿屋。
 名を、月明かり亭と言った。

「リュー、散歩は終わったのか?」

 彼に話しかけたのは、この月明かり亭の亭主。

「あ、リューさんって言うんですか?」
「まぁな、ご亭主が名付けてくれた」

 この世界の情報を得るという意味もあって酒場の周りをうろついていた彼を、大きくて大人しいからという理由で拾ってくれた恩人。
 以来、彼は用心棒代わりに酒場の隅で聞き耳を立てながら静かに暮らす身分を手に入れた。

「おや、可愛らしい彼女を連れてるな」

 目ざとく彼の連れている子犬を見つけて、笑いかける亭主。

「か、彼女なんて…… その通りですけど」
「……とにかく、メシだ。酒場の客の食い残しだけどな」

 これがいつもの彼の食事。
 まぁ、彼の元の世界でも、高級料亭で客の食べ残しを使いまわしていたという事例があり、気にはならなかった。
 彼がその時代では珍しい、もったいないという感性の持ち主であった事も、理由に挙げられるが。

「それじゃ済みませんが、いただきます」

 おずおずと食べ始める彼女。
 彼…… リューも同じ皿に鼻面を突っ込んで食べる。

「ひ、一つの食器の食べ物を二人で一緒に食べるなんて、私初めてです」
「そうか」
「こ、これが夫婦って事なんですね」
「……何だって?」
「い、いいえ、何でもないです」

 つくづく変な犬だった。

「とりあえず、食ったら寝るぞ」
「は、はい、あの、は、初めてなので優しく…… お願いします」
「ん? ああ……」

 他の犬と一緒に寝るのが初めてなんて、箱入りのお嬢さん犬だったんだな、などと思いつつ、彼は頷いたのだった。



 満月が中天にさしかかる頃、彼はイトスギの森の中の開けた場所、そこに立ち並ぶ石柱の中で、地面を掘り返していた。
 出て来たのは、あらかじめ埋めて隠して置いた、周囲にルーンが刻まれた金属製の鏡。

「ラーの鏡か……」

 街の方々を彷徨い歩き、夜は酒場の片隅で客達の話に聞き耳を立てる。
 時には荒野を渡り、他の町まで行って、探りを入れる。
 更には魔族に滅ぼされた城に潜り込んで幽霊の話を聞く。
 そうしてようやく手に入れた情報。
 月の光で真実を映し出すという魔法の鏡。
 それを使えば、姿が変えられた者の呪いが解けるという。
 犬の身で断片的な情報を継ぎ合わせ、ようやく手に入れた金属製の鏡は、なるほど魔法の鏡と言われるだけあって、錆びもせずにそこにあった。
 後は、儀式の条件。
 石柱があること、満月が中天にあること。
 これが、今宵、この時間に満たされようとしていた。
 前肢を牙で傷付け、鏡の外側に刻まれたルーンに血を塗り込んでいく。
 雲が切れ、月光を鏡が反射して円形の光で彼、リューの姿を照らし出した。
 魔鏡なのだろう、鏡の表面には無いはずのルーンが光の中に浮かび上がり、彼の背後に小柄な影を映し出した。

「何!?」

 思わず振り返るリュー。
 そこには彼が助けた白い子犬が居た。
 その体が鏡の光を受け、光っている。

「まさか!」

 もう一度鏡を見る。
 そこには、犬のままの自分に対して、うずくまり姿を変えていく白い犬の姿があった。
 体毛がみるみる内に消え、代わりに髪が伸び、骨格が人間のそれへと変わっていく。
 喉から漏れていた苦鳴が次第に人間味を帯び、もはや完全な五指を備えた前肢が地面を掻く。
 華奢な手だった。
 滑らかな白い肌、小さな肩が、荒い息に合わせて上下する度に、癖の無い艶やかな髪が細かく震えた。
 女の子だ。
 急に光が消えた。
 天空の雲が満月を覆い隠し、周囲には夜の闇が戻っていた。
 夜目の利く犬の目でもう一度見やった時、そこには子犬から変化した……
 いや、犬に姿を変えられる呪いを解かれた少女の姿があった。

「わ、私……」

 不思議そうに両手を握ったり開いたりして呆然と呟く。

「元の姿に戻れるなんて…… もうずっとあのままかと思っていたのに」
「呪いで、姿を変えられていたんだな」

 簡素なデザインだが可愛らしい白のワンピース姿の少女に、思わず呟いたのだが、

「ああ、リューさん。そうなんです。私はムーンブルク王の娘マリア。ムーンブルク城は、大神官ハーゴンの軍団に襲われ…… 私は呪いで犬の姿に変えられて、ここに飛ばされたのです。でも、どうして呪いが……」
「元に戻っても、犬の言葉、分かるのか?」
「はい、覚えてるみたいで。リューさんも、人間の言葉、分かるんですね?」

 人間の言葉で答える少女、マリアにリューは説明する。

「いや、変化の呪いを解く儀式をやってみたんだがな」

 ラーの鏡に目をやると、それは魔力を使い果たしたらしく、もう粉々に砕け散っていた。
 真実を映し出すこの鏡は、マリアの真の姿を映し出し呪いを打ち破った。
 だが、そこに映し出された自分は、犬の姿のままだった。
 つまり、この身体は最初から犬の物。
 超常現象で犬にされたのではなく、この世界に来た時点で、魂が犬の体に入ってしまったということ。
 魔術が現実にあるというこの世界で、さんざんあがいた結果がこれである。
 どうやら犬として天寿を全うして、来世に期待するしか無さそうだった。
 ともあれ、マリアに聞いてみる。

「これから、どうするつもりだ?」
「邪教を崇め、怪物を世に放つ大神官ハーゴンを、このままにはしておけませんが、私一人ではどうにもならないでしょう。でも、せめて父の仇。卑怯にも背後から不意を突いて襲ってきた悪魔神官だけは、私の手で倒したいのです」
「そうか、それじゃあ……」

 リューは、地面を掘ると、次々に埋めて置いた物を取り出した。

「ここ掘れワンワンか。こいつらをやるよ」
「え、いいんですか?」

 出て来たのは大判小判ではなく、金貨や銀貨、アクセサリーの類。
 まぁ、財宝という点では、某昔話と同じ物だった。

「犬の視点だと、道端に落ちてる財布やコインがよく見つけられてな、それを貯めていた物だ」

 人間に戻れた時の為に。
 だが、

「俺にはもう不要な物だ。何をするにも元手が要るだろう? 俺の生きた証、受け取って欲しい」
「はい」

 ためらいもせず、アクセサリーの中にあった、シンプルな指輪を手に取り、左の薬指にはめる彼女。

「は?」

 異世界でも、何故か変わらぬその意味。
 唖然としたものの、我に帰って慌てて止める。

「ちょ、ちょっと待て、その指にはめる意味、分かってやってるのか?」
「はい? 夫婦の証ですよね」

 知識に無くて偶然はめただけであって欲しいという、彼の願いは砕け散った。

「何で……」
「だって、私はリューさんの女ですから」

 白皙の頬を羞恥に染めて俯くその横顔は、幼いながらも女の物だった。
 人間の頃から女性には疎かったリューには分からなかったが。

「雌犬に変えられ、貞操の危機にまで陥った私を拾って下さったのがリューさんです。ですから、私はリューさんのものなんです」
「いやだからって、俺は犬だぞ」
「関係無いです。それに伝承にも、家を救ってくれた飼い犬と夫婦になった貴族の息女のお話があります!」
「南総里見八犬伝かよ! いや、それも昔話だろ」
「あ、でも指輪の交換ができませんね…… そうです! お揃いの首輪を買いましょう! それを交換して」
「話を聞けってば! それにそれじゃあ、変な趣味の人だ!」
「いけませんか?」

 しゅんとなる少女に、

「せめて君の分は、アクセサリーのチョーカーでお願いします」

 彼は女子供には非常に弱かった。

「そうですね、この指輪と揃いの意匠のトップをお互いの首輪とチョーカーに付ければいいですね」

 ぱっと笑顔を輝かせて言う少女に、リューは匙を投げた。
 若い子の考える事は分からん……
 もう精神年齢二十八歳のリューには、思春期の少女について行く気力が無かった。
 若い子…… 見た目、十三から十五歳程度、自分の半分しか生きていない様子の少女である。
 もっとも、中世ヨーロッパに近いこの世界では、女子は十三歳でも十分結婚が可能なのだが、それをまだ彼は知らなかった。



[9148] 第二章 旅の準備
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/05/29 20:58
「こ、これは……! 一体、何が起こったのだ!? 誰か、誰かおらぬかっ!」
「お 王様! 大変でございます! 大神官ハーゴンの軍隊が、我がムーンブルクのお城を!」
「なにっ!? ハーゴンが攻めてきたと申すかっ!?」
「はい!」
「ぬぬぬ、ハーゴンめ! こうしてはおれぬ! すぐに兵士達を集めよ!」
「はっ! ただちに!」
「よいかマリア、お前はここに隠れているのだっ! わしの身に何が起こっても、嘆くでないぞ」
「お、お父様……!」
「さあ、早く行け! わしは、この事をローレシアの王に知らせねばならんのじゃ」

 父に地下室に隠れるよう言われる自分。
 そこに翼を持った化け物が降りてきた。

「うぬ! ここまで来ていたとは! おのれ! 怪物めっ!」

 初めて見る、怪物と父親の戦い。
 だが、

 ……お父様! 後ろに悪魔神官が!

「ぎょえーっ!!」
「お、お父様ーっ!!」



「大丈夫か?」

 月明かり亭の二階にある宿。
 簡素なベッドの上でマリアが目を覚ますと、目の前に大型犬、リューの姿があった。
 マリアがあまりに酷く魘されていたので、彼が起こしたのだが。

「リューさん!」
「ぐえ!?」

 いきなりマリアに首を絞められ……
 もとい、力一杯抱きしめられるリュー。
 薄い下着越しに、とくとくと速まった鼓動が伝わってくる。
 リューは、彼女のされるがままになってやった。
 他者のぬくもりは、それだけで人を安心させる。
 マリアがそれで癒されるなら、それでいい。
 アニマルセラピーとか言ったか……
 その辺の知識は怪しいリューだった。

「夢を、見ていたんです」
「夢?」
「お父様が亡くなる夢です」
「そうか」

 リューは、ただ静かに聞き手に徹する。
 胸に貯まった物をいくらかでも吐き出せば、彼女も気が楽になるだろうと考えて。
 しかし……

「だから、一緒に寝て下さい」
「それを蒸し返すのか!?」

 寝る前も、さんざんベッドは一つ、枕は二つと夢見る彼女を説得するのに苦労したと言うのに。

「ペットを寝床に連れ込むような年じゃないだろうに」
「ペットじゃありません! 夫婦です!」

 この辺、頑固なのは、さすが王族の姫君と言った所か。

「……ダメ、ですか?」

 そして、一転して、今にも消え入りそうな、儚げな声で問う。
 その言い方は卑怯だろう、とリューはため息をつく。

「魘されなくなるまでだぞ」

 こう言うしかないではないか。

「はいっ!」

 一転して喜びの声を上げるマリア。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「いや、それは違うから」

 お互いの思惑の齟齬はともかく、喜々としてベッドに迎え入れるマリアに、しょうがなくリューは従う。

「モフモフしてます」
「犬だからな」
「温かいです」
「犬は人間より体温高いからな」
「……それだけじゃないと思います」
「何か言ったか?」
「いえ、お休みなさい、リューさん」
「ああ、お休みマリア」

 頬をリューの毛皮にうずめ、その大柄な体にすがりつく。
 マリアは幸せそうに、本当に幸せそうに微笑んで、眠りに就いた。



 窓から差し込む光と、小鳥達の鳴き声が、朝の到来を告げる。
 寝ぼけているのか、マリアはベッドの中で、何かを一生懸命探しているようだった。

「起きたのか?」
「リューさん?」

 リューの声で、パチリと目を覚ますマリア。

「お早う、下の食堂では、朝食が出来上がっているようだぞ」

 鼻をひくつかせながらリューは朝のあいさつをするが、マリアはそれに答えてくれなかった。

「むー」
「な、何だ?」

 マリアの責めるような視線に、リューは少しだけ身を引いた。

「せっかく初夜を共にしたのですから、一緒にベッドで目覚めたかったです」
「ぶぅっ!」

 噴き出すリュー。

「そ、それ違う」
「えっ、好き合った男女が褥を共にしたんですよ」
「いや、そうじゃないだろ!」
「ああ、結婚してから初めての夜を言うのでしたっけ」
「そうだけど、違う」

 リューは、人間の頃だったら頭を抱えていただろう、頭痛に悩まされる。
 ともあれ、

「宿のご亭主が起こしに来てくれた時に、犬がベッドに入っていたらまずいだろう」
「だったら、リューさんが起きた時に、起こしてくれればいいのに」
「いや、寝顔がかわい…… もとい、幸せそうに寝てたから、起こすのが忍びなくてな」
「それでもです。今度からは起こして下さいね」
「あ、ああ、分かった」

 ベッドから素足を出し、朝日の中、立ち上がるマリア。
 日の光に、薄手のスリップ越しに未成熟な、しかし確かに女性を感じさせる身体の線が浮かび上がり、慌ててリューは顔をそむける。

「リューさん? どうしたんですか?」

 簡素なワンピースを下着の上に着ながら、不思議そうな顔をするマリアに、リューは何でもない、と答える。
 俺はロリじゃない、と心の中で呪文のように唱えながら。



「リューさん、重くないですか?」
「なに、このくらい朝飯前だ」

 朝食を摂った後、革細工師を訪れ特注で作ってもらったのは犬用の鞄だった。
 身体の左右に振り分けられたバッグを、腹の所で二箇所、胸前に1箇所、計三箇所のベルトで留めるため、動きやすく、負担が少ない。
 犬連れで山歩き、ハイキングに来ていた人が犬に背負わせていたのを覚えていて、真似て作ってもらったのだ。
 その場で寸法を合わせ、作りかけの鞄とベルトを組み合わせて即興で作ってしまうのはさすが職人と言った所。
 お代は本来、革の鎧ぐらいはするはずなのだが、このバッグのデザインを売る事で、それに替えた。
 何でも、救助犬向けや、愛犬家に売り出してみるとの事。
 中々に意欲的な精神を持った職人さんだった。

「じーさん犬のパトラッシュだって荷車を引いたんだ。これぐらい軽いって」
「パトラッシュさん、ですか?」
「ああ、俺の知っている話で……」

 言いかけるリューだったが、途中で止める。
 この話をしたら、必ずマリアは泣く。
 というか、これで泣かない奴は、人間失格だとリューは信じていた。
 少なくとも日本人の大半はリューの考えに賛同してくれるはずだった。

「リューさん?」

 急に話を止めたリューを不思議そうに見るマリア。
 彼女は、肩から斜めにかけたポーチに、貴重品や身の回り品を入れている。
 最初は彼女も、もっと荷物を持つと言って聞かなかったのだが、この世界、街の外に一歩出たらモンスターが襲ってくる。
 彼女には護身用の杖を持たせ、身軽でいつでも対処できるようにしていて欲しかった。

「それにしても、この福引券って、何なんでしょうか?」

 道具屋で、毒消しや、万が一のための薬草を大量に買い込んだ際に「感謝の気持ちを込めて」とおまけしてくれたものだった。

「福引券って事は、何処かに福引所があるんだろ」

 そうして、ムーンペタの街の中を探すと、それはすぐに見つかった。

「ここは、福引所です。福引をいたしますか?」

 対応してくれた男性の言葉を聞く二人。
 もとい、一人と一匹。

「福引の機械が回転を始めたら、ボタンを押して止めて下さい。太陽印が三つ揃うと一等、ゴールドカードが当たります。星印三つで二等、祈りの指輪です。その他、色々商品を用意しております」
「って、パチスロかよ!」

 その機械を見てリューは驚いた。

「そ、それじゃあ、やってみますね」

 回転する機械に目を回しそうになりながら、ボタンを押して行くマリア。
 残念ながら、印は二つしか揃わなかった。
 それも、ほぼ偶然という奴だった。

「いやー、惜しかったですね。残念賞に、福引券を差し上げましょう」

 残念賞は、福引券らしかった。

「また戻って来ましたね」

 苦笑するマリアだったが、リューは真剣だった。

「いいだろう、リールの絵柄と、ストップのタイミングは大体覚えた」
「え? 今何て言ったんですか、リューさん」
「俺にボタンを押させてくれ」
「え、ああ、はい」

 福引所の係員に、福引券を渡すマリア。
 リューは後ろ足立ちになって、ボタンを前足で押す。
 最初に止まったリールの絵柄は月。

「ちっ、外したか。しかし、それももう覚えた」

 残ったボタンを次々に押して行くリュー。
 月! 月! 月!
 月の印が三つ揃った!!

「リューさん!」
「グッド、なかなか面白いゲームだ」
「おめでとうございます! 三等、魔導師の杖が、当たりました!」

 係員の景気の良い声と共に、宝玉のはめ込まれた杖が差し出される。

「三等か、惜しかったな」
「いえ、凄いですよリューさん! この杖は魔法の杖です。先に付いた宝珠の力で、火の弾を飛ばす事ができるんです。これなら未熟な私でも戦えます」
「そいつは良かった」

 中々の物を当てたようだった。

「でもリューさん、さっき何て言ったんです? 覚えた、ストップのタイミングは大体覚えた、って言ったんですか?」
「二度言う必要はないぞ」

 内心、冷や汗をかきながら答えるリュー。
 元の世界では、若気の至りで一時期パチスロにのめり込んでいて、それでさんざん散財しながら目押しのコツをつかんだのだ。
 その上で、人に比べて驚異的な力を持つ犬の動体視力。
 これが合わされば楽勝という物だったが、ギャンブルに夢中になっていた過去を、純真なマリアに知られるのはためらわれた。

「まぁ、向こうで散々貯金していた分を、こっちで下ろす事が出来たって事かな」

 人間、何が幸いするか分からない物である。

「これで、旅立ちの準備は万端って奴だな。今日は宿で英気を養って、明日の朝、この街を発とうか」
「はい、リューさん」



 ちなみに、その日の晩、マリアにせがまれ、パトラッシュ…… フランダースの犬の話をしたリューだったが、彼はフランダースの犬の破壊力を完全に読み違えていた。

「うっ、うっ、リューさんは、そんな風に亡くなったりしませんよね」

 マリアに盛大に泣かれ、慰める為に、また仕方なくベッドを共にするリュー。
 これが同衾が常態化する切っ掛けになろうとは、リューにも予想はできなかった。

「ぐしゅぐしゅ、悲しいお話は嫌いです」



[9148] 第三章 旅立ち
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/05/30 19:38
「さて、ローレシアに向けて出発か」
「はい、元々、このムーンブルクとローレシア、それにサマルトリアは、100年前に伝説の勇者ロトが造り、その子供達が治めることになった国々で、互いに深い関係にあります」

 非常用の毒消しや薬草を詰めた犬用のバックをマリアに付けてもらい、先に立って草原を歩くリュー。
 そして、ポーチを肩から斜めにかけたマリアが、魔導師の杖を持って続く。

「それで、君の父上の代わりに、ローレシアへ大神官ハーゴンの軍勢が攻めて来た事を知らせるのか。それにしても、このムーンペタの街にローレシア城に仕えていた人が居て、助かったな。北進して、ローラの門とか言う地下通路を辿る、か」
「むー」
「どうした?」

 リューが振り返ると、マリアがいじけたように、責めるような視線を送ってきた。

「君、じゃありません、マリアです」
「あ、ああ失礼したマリア王女。これでいいか?」
「王女も要りません」
「へ? それじゃあ…… マリア?」
「はい!」

 一転して、マリアは笑顔で答える。

「やはり、夫からは肩書抜きで、名前で呼んでもらわないと」
「いや、夫違うから」
「私もリューさんの事、あなた、って呼ばなくてはいけないんでしょうか?」
「それも違う」

 リューの突っ込みも届いていないらしく、頬を押えて、いやいやっと頭を振ったかと思うと、顔を真っ赤に染め、のぼせ上がるマリア。
 その、箱入り娘の思い込みの激しさに、リューはかくはずもない汗がにじみ出るような気がした。
 ちなみに、犬には汗腺が無いのだが。
 ため息一つついて、気分を切り替える。

「この辺は、でっかいムカデが出るから気を付けるんだぞ。まぁ、俺の後を付いて行けば、間違いは無いと思うが」
「ええっ?」
「苦手か?」
「毒、持ってるんですよ。薬の材料にはなりますけど」
「っと、噂をすれば影か」

 大きな……
 現代日本人だったリューにしてみれば、それこそ化け物じみた大きさのムカデが、三匹も現れた。
 見るからに固そうな外皮を持っており、大顎からは毒液がしたたる。

「それじゃあ、作戦通りやるぞ! 俺が壁になるから、離れた所から杖の力で倒すんだ!」
「分かりました!」

 マリアは、魔導師の杖を掲げる。
 その先にはめ込まれた宝珠から火炎弾が撃ち込まれ、ムカデの一匹を吹き飛ばした。

「凄い威力だな」

 関心しつつも、リューは前に出て残った二匹のムカデ達を牽制する。

「守りに徹すれば、そうそうやられるもんじゃない!」

 ムカデの攻撃を自分で引き受け、マリアに行かないようにする。
 革製の鞄が鎧代わりに役立った。

「炎よ!」

 マリアの放った二発目の火の玉がムカデを直撃するが、今度は倒し切れなかった。
 虫の類は、致死の傷を負ってもしばらくの間は暴れるから始末が悪かった。

「リューさん!」
「大丈夫だ! お前の楯になるのが俺の役目だ! お前は自信を持って戦えばいい!」

 傷付きながらも、マリアに向かって言い放つリュー。

「はい!」

 第三、第四の火炎弾が撃ち込まれ、ムカデ達は倒された。



「大いなる癒しよ」

 マリアが手をかざすと、リューの体に受けた傷が見る見るうちに消えて行く。

「凄いな、これが魔法というものか」

 感心するリューに、マリアは、恐縮したように言う。

「いえ、まだこれしか使えないんです。恥ずかしながら」
「いや、十分だ。ありがとう。だが……」
「え?」
「使うの禁止な。何で薬草を大量に持って来たと思う? 君の…… そんな悲しそうな顔をするな。もとい、マリアの魔力を温存するためだぞ。普段の手当は、薬草でいい」
「そ、そんな! 今の私の唯一の存在意義が!」
「魔導師の杖を振るって、敵を倒すって役割があるだろ」
「でも、その杖だってリューさんが取ってくれた物ですし」
「犬の俺には使えないんだから仕方がない。役割分担だよ、俺達は一つのチームなんだ。お互いの役割を果たす事で、この旅が上手くできる」
「はい……」
「それにしても、これだけ焼け焦げては、薬には使えないか」

 ムカデの死骸を見て、リューはため息をつく。
 しかし、

「ん? 金が落ちてる。今までの犠牲者の物だな。回収して行こう」
「はい」

 リューが見つけた金を回収し、路銀の足しにする。

「あ、でも」
「ん、何だ?」

 マリアは頬を染めて恥ずかしそうに、しかし心底嬉しそうに言った。

「戦闘中、お前、って呼んでくれて嬉しかったです」
「は?」

 言われてみれば、言い聞かせるためにそう呼んだ気もしないではないが。

「私も、あなた、って呼べるよう、努力しますね」
「それ、違うから」

 こうして着々と外堀を埋めて行かれるリューだった。



 その後は、何事もなく、ローラの門へと辿り着いた。
 そこは、その美しい名前とは正反対に、おどろおどろしい雰囲気の地下通路だった。

「苔、生えてるから足を滑らせんようにな」
「はい」

 犬の眼は、暗い所でもよく見える。
 危なげない足取りで歩むリューと、おっかなびっくり付いて来るマリア。

「何か、幽霊が出そうな雰囲気ですね」
「幽霊? あれのことか?」
「ひっ!」

 暗闇に光る3対の赤い目。
 頭からシーツでも被ったような身体。

「ゆ、ゆーれい!」

 慌てて魔導師の杖を振り払うマリア。

「焼き払え!」

 三体の内の一体が、迸る火線になぎ払われる。

「なるほど、炎が効くという事は実体持ちと見た」

 リューは落ち着いて前に出て、壁役を務める。
 数発打撃を受けたが持ちこたえ、マリアの魔導師の杖が放つ炎に、幽霊は全滅した。

「この地下通路で不運にも亡くなった人の亡霊かな」

 祓われた幽霊達の元には、いくばくかのお金が転がっていた。

「屍が消え去っても、金に執着するか。因果なことだ」

 執着の元になっていたお金を回収して幽霊達の成仏を祈ると、傷を薬草で手当し再び先を急ぐ。

「りゅ、リューさんは、幽霊、怖くないんですか?」
「まぁ、魔導師の杖の一振りで成仏するような幽霊だし? もっと恐ろしい幽霊の話、知っているからな」

 現代人は、ホラー映画のお陰で、こういった物には耐性があるのだ。

「も、もっと恐ろしい話ですか?」
「そうだな、例えば…… 後ろだーっ!!」
「ひいっ!」

 不意にリューが上げた大声に、縮み上がるマリア。

「おい、別に驚かせたかった訳じゃなくて、本当に幽霊が出たんだ、攻撃頼む!」

 幽霊達の攻撃を引き付け、盾役をしながらリューが言う。

「ふぇ……」

 涙目になりながらも、何とか魔導師の杖を振るうマリア。
 自動的に敵を追尾する機能でもあるのか、この杖から迸る炎は、外れる事はない。
 三度杖を振るうと、幽霊達は跡形もなく消え去っていた。

「ううっ」

 泣きそうになっているマリアに、リューはなだめようと歩み寄るが、

「ち、近づかないで下さいっ!」

 慌てて叫ぶマリア。
 その只ならぬ様子に、足を止めたリューは、ふと鼻を鳴らした。

「にっ、匂いを嗅がないで下さい!」
「……そう言う事か」

 風上に立ったが、マリアの不運。

「そ、その、ほんのちょっと、ちょっとだけなんですよ! 本当に!」
「分かった、分かったから泣くな。後ろ向いてるから、そこの水場ででも始末を、な」

 幸いと言うべきか、この地下通路には、湧き出た地下水のためか、綺麗な水場があった。

「ううっ、もうお嫁に行けません。リューさん、絶対に責任を取って下さいね」

 泣きながら下着を替えるマリア。

「結局そこに行き着くのか……」

 もはや、諦め気味に呟くリューだった。



[9148] 第四章 リリザの街
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/01 04:58
 地下通路を抜けると、そこにはローラの門を守るローレシアの兵士達の詰め所があり、兵達は驚きながらもマリアとリューを迎えてくれた。
 そして、マリア達より前にムーンブルクから来た、兵士の事を話してくれた。

「それでは、ムーンブルクの生き残りの兵士がここを抜けて行ったと言うんですか?」
「はい。しかし、酷い怪我でしたから、無事、ローレシアの城にたどり着けたかどうかは……」
「そうですか……」

 日も暮れてきたことだし、今夜はここに一泊することにする。

「どう思います、リューさん」

 兵士達が好意で貸してくれた寝台で、リューの毛皮に頬を摺り寄せながらマリアは問いかける。

「ともかく、ローレシアの城に行ってみるしかないだろ。さしあたっては、途中にある街、リリザを目指すんだな」
「そうですね」

 こくん、と幼子のように頷くマリア。

「それよりも……」

 リューはしかめつらしく言った。

「何で当然のように、俺はベッドに引きずり込まれてるんだ?」

 また夫婦がどうのと言った台詞が出てくるものだとばかり思っていたリューだったが、何故かマリアはもぞもぞと毛布の中に潜ってしまった。
 鼻の辺りまで毛布を引き上げ、上目使いにリューを見つめてくる。

「……から」

 リューの敏感な犬の耳でも聞き取れないような、小さな声。

「何だって?」

 リューが聞き返すと、しばらくして、ようやく返事があった。

「幽霊が怖かったから……」

 そう言うと、マリアは毛布の中で、くるりと背を向けてしまった。
 それでも離れるのは嫌なのか、背中はリューの体に押し付けられてはいたが。
 そして、呟き。

「ダメ、ですか?」

 縋るように、震える声で言われては、突き放す事などできなかった。

「分かったよ」

 リューは、マリアを受け入れるように、身体から力を抜いた。
 顔を合わせるのが恥ずかしいのか、マリアは毛布に潜ったままリューに抱きついて来て、その毛皮に頬を埋めた。

「大好きです、リューさん」
「ああ、お休み、マリア」
「はい、お休みなさい、リューさん」

 こうして、今日もまたベッドを共にしてしまうリューだった。



 翌朝、リリザの街を目指して出発しようとするマリア達。
 すると、ローラの門に暮らす老人が、マリアに話しかけてきた。

「ローレシア城の南にあるという祠には行かれましたか?」
「いいえ」
「そこには、わしの弟が貴女様の来るのを待っているはず。会ってやってくだされ」
「はぁ」

 まずは東へ。
 途中、山ネズミ二匹と、蝙蝠の化け物ドラキーに襲われる。
 今まで通り、リューが壁役を務め、マリアが後方から魔導師の杖を振るって迸る炎で相手を焼きこがす。
 大した相手ではないので、リューはほとんど傷を受けることなく倒す事ができた。

「こんがり焼けてるな。食べるか?」
「ええっ、ネズミをですか?」
「野生のネズミは、街のネズミと違って病気を持ってないし、肉も少し脂っこいが美味いんだぞ。まぁ、リリザの街まで持って行けば料理してくれるだろうし、食べなければ肉を売ればいい」

 マリアに倒した山ネズミを背にくくりつけてもらい、更に進む。
 東の山地に達したら、今度は南に。
 そうすると、街にたどり着く。
 街の入口を守る兵士に話しかけると、

「ここは、リリザの街。旅の疲れをのんびり癒して行くがよろしかろう」

 と答えてくれたので、ここがリリザの街で間違い無かった。
 さっそく宿屋を訪ね、女将と交渉して山ネズミの肉を売る。
 マリアとリューの宿代と相殺ということで、話はまとまった。

「夕食に出すから、期待しておくれよ」
「はい」

 山ネズミの肉は、この辺りでは一般的な食材として扱われているらしい。
 ともあれ、

「まだ日が高いし、少し街を見てみるか」
「えっ?」

 リューの言葉に、動揺したように声を上げるマリア。

「ん? 疲れたのか? だったら宿に」
「いえ、大丈夫ですっ!」
「そ、それならいいが……」

 大変な勢いで答えるマリアに、いぶかしむリューだったが、まぁいいかと、街を散策する。

「そ、その、初めてですよねっ」
「んん? 何がだ?」
「そ、その、リューさんから誘っていただいたのって」
「そうか? って、前を見ろ」

 マリアは遊んでいた子供にぶつかられてしまう。

「あたしたちデート中なの。ジャマしないでねっ」

 背延びをしたい年頃なのか、ませたことを言う女の子。
 遊び相手の男の子と一緒に走り去ってしまう。
 微笑ましげに、それを見送るリューだったが、

「私達だって、そうですよね」

 とマリアに言われ、戸惑う。

「ん?」
「そ、その、デートですよ」
「デー……」

 素っ頓狂な声を上げそうになるリューだったが、嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑むマリアを見て、言葉を飲み込まざるを得なかった。

「侍女に幸せなものと聞いていましたが、納得ですね」

 箱入り娘として外界から隔離され、大事に育てられたのであろうことを、悟らせる言葉だった。
 それならば、その幸せな気分を壊すのは無粋と言う物だろう。
 こうしてリューは今日も流されて行くのだった。



「噂では、ローレシアの王子様が、ハーゴン征伐の旅に出たらしいわよ」

 街を散策していると、そんな話を聞く事が出来た。

「リューさん」
「ああ、おそらくムーンブルクの生き残りの兵士が、ローレシア城に伝えたんだろうな」

 頷いて、

「確かな事は、実際にローレシア城に行ってみないと分からないけどな」
「そうですね。でも、ローレシアがハーゴン征伐に乗り出してくれたなら、安心です」

 そして二人は武器屋を覗いて見た。
 マリアには、もう少し防備を固めて欲しかったのだ。
 しかし、

「重いです……」

 革張りの楯すら、マリアには重荷だった。
 仕方なく、更に武具を探して二階に上がるリュー達だったが、そこは店舗ではなく、店主のプライベートルームらしかった。
 部屋で家事をしていた奥さんに、非礼を謝ろうとした所、彼女はこんな話をマリアにしてきた。

「私の弟はムーンブルク城の兵士でね。この間、突然やって来て、息子を預ってくれって言うんだよ。所がそれっきり連絡が来なくて…… まさかムーンブルク城に、危険事でも起きたんじゃないだろうねえ」

 それに答えようとするマリアを、リューが止めた。
 頭を下げ、階段を降りるリューとマリア。

「どうしたんです、リューさん」
「いや、下手に本当のことを話して、大騒ぎになるとまずいだろ。それに、気がかりな事がある」
「何ですか?」
「ローラの門の兵士達は、子供の事なんて話してなかっただろう。だから、傷付きながらもローレシアに向かった兵士と、ここに子供を預けた兵士は別人になる」
「あっ」
「そして、子供を預けた兵士は、なぜ急にそんな事をしたのか。時期的にはハーゴンの軍勢が攻めて来る前だろう。そうでなければ、ローラの門の兵士がその事を話してくれたはずだ。タイミングがあまりに良過ぎないか?」
「まさか……」
「内通者、いや少なくとも事前にハーゴンの軍勢が攻めて来る事に気付けた立場の兵士が居たって事だな。まぁ、これ以上推測に推測を重ねてもしょうがない。明日にでもローレシア城に行ってみるしかないな」
「はい」

 そうして、一通り街を巡り終わると、時刻は夕食時。
 宿屋に戻ると、野ネズミの肉を使ったシチューが出された。
 恐る恐る、口に入れるマリアだったが、

「おいしい!」
「そうだろ、山ネズミの肉は味が濃くってね」

 宿屋の女将が自慢げに微笑む。
 床の上では、シチューが冷めるのを待つリューの姿があった。

「食べないんですか?」
「知らないのか? 犬も含め、たいがいの動物は猫舌なんだ」

 リューは、宿屋の女将に宿泊を拒否されないよう、行儀良く待ての姿勢を取り続ける。
 その姿を見て、恥じらいながら、初々しい様子で提案するマリア。

「そ、それじゃあ、私がふーふーして冷まして食べさせて……」
「却下。人の目を考えろ」
「そ、即答しなくてもいいじゃないですか」

 傷心の様子で訴えるマリアだったが、ここは譲れない。

「せっかく心証良くして、一緒に宿に泊めてもらう事を納得してもらったんだ。それがふいになってもいいなら止めないが」
「う…… 我慢します」

 しぶしぶと提案を撤回するマリア。



 そして、その日の晩、やはりマリアのベッドに連れ込まれるリュー。

「何でこうなるんだ」
「だって、好きな人とデートしたら、その日は宿で一緒の褥で眠る物だと。違いましたか?」
「どこからそんな話を…… って、そうか」

 リューは、昼間、デートについて侍女から聞いたというマリアの言葉を思い出した。
 これも侍女から聞いた外界の話。
 マリアにとっては夢見る事しかできなかった事なのだろう。

「あの、リューさん?」

 リューは力を抜いて、ベッドに身体をもたせかけた。

「大丈夫、マリアが知っているのは普通の事だから」

 だから、今だけは……
 こうして二人の夜は更けて行く。



[9148] 第五章 ローレシア城
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/01 18:07
 リリザの街を発ったリューとマリアは、そこから南東の方角にあるという、ローレシア城を目指した。
 途中、

「な、ナメクジです!」
「苦手か?」
「好きな人が居るとは思えません! それも、あんなに大きいんですよ!」

 化け物じみた大きさのナメクジと出くわす。
 もっとも、魔導師の杖を使うと、それはすぐに消し炭に変わったが。
 この辺りの魔物は、ムーンブルク地方に比べ弱いため、実際の苦労はさほどでもなかった。
 しかし、大ナメクジだけは、生理的に受け付けられないマリアだった。
 ともかく、割と容易くローレシアの城に着くマリアとリュー。
 ムーンブルクの王女が訪れたということで、二人はすぐに城内に通された。

「結構簡単に受け入れるんだな」
「ムーンブルクとローレシア、サマルトリアは同じ勇者の血を引く親戚関係にありますから。私もローレシア王と顔を合わせた事がありますし」

 城内、謁見の間に通される。
 玉座にはこの国の王、ローレシア王の姿があった。

「おお、ムーンブルクのマリア王女ではないか! 心配しておったのだぞ。お父上や城の者達の事は、真に残念であったが、そなただけでも無事で良かった! これからは、このわしが、マリアの父親代わりじゃ。困った事があったら、いつでもわしに言うのだぞ!」
「ありがとうございます。ローレシア王」

 上品に、貴族の礼をとるマリア。
 リューは彼女を守るように、傍らに座っていた。

「うむ…… ムーンブルクの勇敢な兵の働きにより、大神官ハーゴンの軍団がムーンブルクの城を攻めて来た事は分かっておる。我が息子、アレン王子と、サマルトリアのトンヌラ王子も既にハーゴン征伐のため、旅立っておる」
「それでは、お二人は力を合わせて?」
「いや、それがだな……」

 ローレシア王は、歯切れ悪く口を濁した。
 曰く、旅立ってしばらく経つが、お互いが入れ違いになって合流できていないらしいとの事。



「何をしているんでしょうかね、お二人は」

 謁見の間を出て、ため息交じりに呟くマリア。

「気にしても仕方ないだろう。ハーゴンの事は二人の王子に任せて、俺達は悪魔神官の行方を追う事にしよう」
「そうですね」

 城内を散策していると、城に出入りしている商人に出会ったので、話を聞いてみる。

「私も若い頃には、世界中を旅して歩いたものです。そういえば、ここからずっと南の祠に住んでいたご老人は元気だろうか……」

 その話を聞いて、リューは言う。

「そういえば、ローラの門で行く事を勧められた祠とやらが、この城の南にはあるはずだが」

 リューは、老人から聞いた話をちゃんと覚えていた。

「分かりました。行ってみましょうか」

 そう言う事にして、城の料理人にパンやエールなど、携帯できる食料を分けてもらい、ローレシア城から南へと下る。
 途中、山ネズミや蝙蝠の化け物ドラキーに襲われたが、リューが壁になる事で攻撃を防ぎ、マリアの魔導師の杖から迸った火炎が、相手を蹴散らした。
 化け物達の犠牲になった者の物だろう、周囲に落ちていた貨幣を回収して路銀の足しにし、先に進む。
 すると、岬の南端に小さな祠があるのが目に付いた。
 中に入ると、潮風が身に沁みるのか、焚火で暖を取る老人の姿があった。

「おお、待っておりましたぞ! このじいは王女様に、お教えすることがあります。実は、この世界には銀の鍵と金の鍵の二つがあり、扉にも二つの種類が。まず銀の鍵を見つけなされ。サマルトリアの西、湖の洞窟の中に隠されているという話ですじゃ」

 つまり、2種類の扉の鍵に対応したマスターキーが、それぞれあるということらしい。
 リューに促され、情報の礼として、ここに来る途中に倒した山ネズミを差し出すマリア。

「これはありがたい」

 老人は嬉しそうに受け取ると、その場でナイフを使って皮を剥いで肉を捌き、焚火に炙って肉を焼き始める。
 岩塩とハーブをまぶし、焼けた表面からナイフで削って食べる、素朴な料理だった。
 マリア達も勧められたため、持参したパンの上にそれを乗せて食べ、瓶に入れたエールで胃袋に流し込む。
 ちなみにエールというのはホップを使って苦みを出すことが発案される前の、ビールのような物。
 食事時に水代わりに飲むものだった。

「美味しいです」
「こういう、野趣溢れた食事もたまにはいいだろう?」

 人間だった頃を思い出しながら、リューが言う。
 彼は、結構アウトドアを楽しんだりした経験があった。

「少し、酔ってしまったようです」
「おいおい、大丈夫か? この辺ではエールは水代わりで、子供でも飲んでるはずだと思ったが」
「子供じゃないです! もうれっきとした大人なんですから、ちゃんと大人の女性として扱って下さい!」

 やはり酔っ払っているらしい。

「休むなら、毛布を貸しますが……」
「あ、ありがとうございます」

 それでも老人にはきちんと礼を言い、

「リューさん……」

 リューと一緒にそれを被る。

「わっぷ、こら、ご老体が見ている。ペットと一緒に寝るような醜態を曝すな」
「ペットじゃないです。リューさんは私の大事な人です」

 ぎゅーっと子供のようにリューの首にしがみつくマリア。

「……二度と飲ません」
「そんなつれない事を言わないで下さい。私がこんなにあい、わぷっ」

 とっさにマリアの口を塞ぐためには、顔を舐め上げてやるしかなかった。

「い、今の、ききき、キス……」
「ノーカンだ。頬の唇の端ぎりぎりだったろ。そもそも俺は犬だ」
「私の初めて…… もらってくれたんですね」
「だから、ご老体の前で変なこと口走るなーっ!」
「もう、そんなに言うならこうです!」

 マリアは口の中で呪文を紡ぐ。

「大いなる眠りよ!」

 魔法が発動し、老人の瞼が落ちた。

「こら、何をした!」
「初めて成功しました! 眠りの魔法です。癒しの魔法より少し難しくて、今まで使えなかったんですけど」

 この旅で心身が鍛えられ、発動が可能になったらしい。
 厄介な事に、今この時に。

「うーん、リューさぁん」
「こら、寝るな! 寝るなら一人で寝ろ!」

 しかし、夢うつつになりながらも、マリアの手は離れない。
 それ故に、リューが更にもがこうとした時。

「独りに、しないで……」

 そう呟いて、すうすうと寝息を立て始めるマリア。

「ふぅ……」

 ため息を漏らすリュー。
 閉じられたマリアの瞳。
 その眼尻は涙で濡れていた。

「まったく、反則だな」

 諦めたように呟き、マリアに抱きつかれたまま器用に口を使って毛布を引き寄せてかけ直す。
 その温かみに、わずかにマリアの表情が緩んだようだった。

「お休み、マリア」

 そうして、自らも瞳を閉じるリューだった。



[9148] 第六章 泉の洞窟
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/11 21:19
 癒しの呪文に続いて、眠りの呪文を体得したマリア。
 リューと共に、銀の鍵があるというサマルトリアの西、泉の洞窟に挑戦するのだった。



 鎌首をもたげ、リューを威嚇するキングコブラ達。
 負けずにリューが唸り声を上げ牽制していると、後方からマリアの呪文が飛んだ。

「大いなる眠りよ!」

 マリアの眠りの呪文が、キングコブラ三匹を眠らせる。
 それを確認して、リューは守勢から一転して、牙を剥いた。

「リューさん!」

 マリアが魔導師の杖で援護する。
 杖から火炎が迸り、キングコブラ一匹をこんがりと焼き尽くす。
 キングコブラ達が全滅するのに、そう時間はかからなかった。

「ふぅ、マリアの眠りの呪文のお陰で、だいぶ楽ができるな」

 キングコブラの犠牲者の物だろう、落ちていた貨幣を集めながらリューは言う。

「お役に立てて良かったです」

 ようやく戦闘の助けになる呪文が使えるようになり、顔をほころばせるマリア。
 主力の魔導師の杖による攻撃を受け持つとはいえ、それまでは単なる杖振りだったから、尚更だ。

「さて、先に進む…… 宝箱だ」

 行き止まりに、宝箱が置かれていた。
 念のため、臭いを嗅いだり、周囲を確かめたりするリュー。

「ふむ、特に怪しい所は無いか。開けて見てくれ」
「はい」

 リューの指示に従ってマリアが宝箱を開けると、中には種が一つ入ってるだけだった。

「これは……」
「ん? 何か珍しい植物の種なのか?」
「リューさん、これは素早さの種です。薬草学の本で見たことがあります」
「素早さの種?」
「はい、食べた者の身のこなしを素早くすると言われる物です。リューさん、よろしかったら食べて見て下さい」
「毒見か?」
「違いますっ!」

 ともあれ食べてみる。
 身体がかっと熱くなるような感じがした。

「どうです?」
「なかなかいけるぞ。塩で炒って食べたら美味そうだ」
「そうではなくて!」
「いや、何だか身体が熱い。毒ではないようだが」

 何かこう、落ち着かない感じがする。

「それが効いてるって証拠です。しばらくすれば違和感も消えると思いますよ」
「そうか。ともかく先を急ごう」

 怪物達を確実に倒しながら、先に進むリュー達。

「大ネズミぐらいなら、俺が楯になれば耐えられる。魔力は極力温存するんだ」
「はい、リューさん」
「しかし、毒持ちの敵が多いな、ここ」

 その名の通り、キングコブラは当然として、泡立つ粘液の姿をしたバブルスライムが居て、これが結構な頻度で現れるのだ。

「毒消し草は、十分持って来ましたから、大丈夫ですよ」

 毒消し草は、この世界特有の薬用植物で、あらゆる毒を種類の区別なく中和してくれる優れ物だ。
 便利な物だとリューは思う。

「ん、これは?」

 奥に進むと、更にもう一つ宝箱があった。
 リューが安全を確かめて、マリアが開けると、中には、

「福引券、ですね」
「何でこんな所にこんな物が……」

 ともあれ、最近の買い物で得た福引券と一緒にまとめて仕舞っておく。

「しかし、ローラの門をくぐってからこっち、福引所を見たことが無いんだが」
「何でも、のめり込む人が出て、ローレシア王とサマルトリア王が、これを禁じたとか聞きましたよ」
「でも、商店では福引券をくれるんだよな。もしかして……」
「何ですか?」
「いや、後で確かめてみればいいだろう」

 その場は、それで締めくくり、先を急ぐ。

「階段ですね」
「降りてみよう」

 階段で、さらに洞窟の奥深くに入って行くリュー達。
 そして出会ったのは、白い装束に一つ目の仮面。
 全く肌を曝さない異形の人型。

「悪魔神官っ!?」
「いや、雑魚っぽいぞ。眠らせてみろ!」

 マリアが眠りの呪文を唱えると、三体ともあっけなく眠ってしまった。
 リューが牙を立て、マリアが魔導師の杖を振るい倒すと、何故か衣装だけ残して消え去ってしまった。

「あっけないな」
「この衣装に描かれた紋章は、ハーゴンの崇める邪教の物。ハーゴンの手下には変わりありませんね」

 遺された衣装を握り締め、マリアが言う。

「でも、父を倒した悪魔神官はもっと強かったです」
「……先を急ごう」
「はい」

 進んでまたすぐに宝箱。
 今度は、

「命の木の実ですね。これも盾になって下さるリューさんに」
「これはどんな効果があるんだ?」
「肉体の耐久力を高め、より打たれ強くなるとか」
「ふむ、悪くない味だが…… いだだだだ!?」

 急にリューの全身の筋肉が悲鳴を上げた。

「リューさん!?」
「まさか、筋肉の破損と超回復を一気に行って強くなるっていうのか、この実は!」

 筋力トレーニングを行うと筋肉の一部が損傷し、次いで超回復という現象で、トレーニング前を上回る筋力が付く。
 普通は超回復に二、三日かかるのだが、この実は筋肉の破壊から超回復を短期間に凝縮して行う物らしかった。

「ひ、酷い目に遭った」

 ぜいぜいと荒い息をつくリュー。

「だ、大丈夫ですか?」
「ん、ああ、痛みはもう退いたが、美味いだけの話は無いって事が体感できたぞ」

 後はもう、真っ直ぐに洞窟の最奥を目指す。
 するとそこには確かに、銀の鍵が落ちていた。

「よし、これで目的は果たしたぞ。帰るか」
「はい」

 来た道をまっすぐ帰るリューとマリア。
 もちろん、帰り道にも魔物は出たが、全て倒して地上に出る。

「それじゃあ、ローレシアに帰りますか?」
「いや、途中のリリザに寄ってみたい。あそこには、鍵のかかった部屋があったはずだ」

 ローレシアへの帰途の途中、リリザの街に寄る。
 武器屋の横にある、鍵のかかった怪しい建物に銀の鍵を使って入ってみると、

「ここは、福引所です。福引をいたしますか?」

 中は、福引所になっていた。

「リューさん!」
「ああ、やっぱり予想が当たったな。こういった娯楽は禁止されても、隠れて行われるようになるのさ」

 マリアに福引券を渡してもらい、福引の機械に向かうリュー。

「さて、マリア、何が欲しい?」
「そうですね、やっぱり一等のゴールドカードでしょうか? これがあると、お店で品物を買う時に、いくらか割り引いてくれるんですよ」
「よし、それじゃあ、やるか」

 人間の頃のパチスロの経験と犬の動体視力を駆使して、目押しで一等の太陽の印を揃えて行くリュー。
 太陽! 太陽! 太陽!
 太陽の印が、三つ並ぶ。

「おめでとうございます! 一等、ゴールドカードが当たりました!」

 係員の景気の良い声と共に、金色のカードが差し出された。

「凄いですリューさん! これでお買い物が楽になります」
「うん、良かったな。福引券はもう一枚あるが」
「二等は星の印で祈りの指輪、三等は月の印で魔導師の杖でしたね。それじゃあ、四等は?」
「うーん、それじゃあ、水の印でも揃えてみるか?」

 再び福引券を渡し、今度は水のマークを揃えて行く。

「おめでとうございます! 四等、魔除けの鈴が当たりました!」
「熊避けの鈴?」

 首をひねるマリア。

「熊避けの鈴って何ですか?」

 マリアは小さな鈴を受け取りながら、リューに聞く。

「熊に人間が居る事を教えるため、山で身に付ける鈴だ。熊は賢くて、人間を避けるからな」
「そうなんですか」

 鈴は鳴らすと、かすかにリンと澄んだ音を立てた。

「その割に、音が小さいな」
「熊さんは耳がいいんでしょうか?」

 二人の誤解が解けたのは、ローレシアの城に帰って来てから。
 銀の鍵を使って入った部屋で、商人の話を聞いてからだった。

「魔除けの鈴は、魔物達の呪文から身を守ります。何でも、眠らされたり呪文を封じ込まれたりする事が少なくなるとか」
「熊避けじゃなくて、魔除けでしたか……」
「ま、まぁよくある間違いだな。そう言う意味では、もう一つ欲しいか」

 くん、と鼻を鳴らすリュー。
 匂いを辿って行くと、対面の扉にたどり着いた。
 やはり銀の鍵を使って中に入ると、そこは城内の礼拝堂に仕えるシスターの私室だった。
 物腰柔らかに、若いシスターが対応してくれる。

「ムーンブルクの事、私も聞いてしまいました…… 大神官ハーゴンは、邪悪な力の持ち主。自分を滅ぼそうとする者に、呪いをかけると言われています。お気をつけて下さいまし」
「はい」

 マリアが受け答えする一方、リューは、匂いの元を辿って、部屋の中の箪笥にたどり着いていた。

「リューさん?」
「あらあら、鼻がいいのね」

 シスターが箪笥を開くと、白一色の、良い香りのする大人な下着達が整然と……

「リューさんっ!?」

 思わず声を張り上げるマリア。
 リューはと言うと、下着を目にしたとたん、物凄い勢いで顔を逸らしていた。

「はい」

 シスターがリューに差し出したのは、彼女の下着…… ではなくて、福引券だった。
 下着と一緒の引出しに仕舞い込まれていた物だ。

「私には不要な物です。持って行って下さい」
「ワン」

 頷いてマリアに受け取るよう、促すリュー。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ、あなたに神の加護がございますように」

 シスターに見送られ、部屋を出るマリアとリュー。

「この福引券の匂いを辿っていたんですね、さすがリューさんです」
「ま、まぁな」
「これで、もう一つ、魔除けの鈴がもらえます」

 お揃いですね、とにこやかに笑うマリアに、密かに安堵のため息を漏らすリュー。
 もちろん、犬の嗅覚を持ってしても、福引券の匂いなど分かるはずもない。
 リューは、シスターが下着の香りづけの為に箪笥に入れていた、ポプリによる匂い袋に釣られたのだ。
 もちろん、シスターが身に付けている下着にも香りは移っていて。
 犬の本能に従ってシスターのスカートに鼻面を突っ込む、などという真似をしなくて本当に良かったと思うリューだった。



[9148] 第七章 ムーンブルク城
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/11 19:39
「わしは、ムーンブルク王の魂じゃ。わが娘マリアは、呪いをかけられ犬にされたという。おお口惜しや……」
「お父さま! 私はここに居ますわ!」
「誰か居るのか? わしには、もう何も聞こえぬ。何も見えぬ……」
「そんな、お父様……」

 ローレシア王に暇を告げ、再び訪れたローラの門で幽霊に怯えながらも、リューと共にムーンペタに帰り着いたマリア。
 そのマリアが訪れる事を希望したのが、彼女の故郷、ムーンブルク城だった。
 今や城は毒の沼地に囲まれ、瘴気が立ちこめる中での、父の魂との再会。
 マリアの眦から涙がこぼれ落ちた。

「リューさん」

 リューの首筋に抱きついて、嗚咽を堪えるマリア。
 リューは黙って、それを受け止めていた。

「マリア……」

 ペロリと頬を舐めて、涙を拭ってやる。

「えっ、えっ?」

 とたん、真っ赤になって離れるマリア。

「特別だ」

 反対側も。
 指があれば、それでぬぐってあげられたろう。
 腕があれば、抱きしめてやれただろう。
 だが、彼は犬だった。

「ここに留まるのは危険だ、行くぞ」
「は、はいっ!」



「うわー、ハーゴンだ! ハーゴンの軍団が攻めて来た! 助けてくれー!」

 城内には、未だ成仏できない兵士の魂が、叫びを上げていた。
 耳を覆いたくなるマリアだったが気丈にもそれに耐え、先を進むリューの後に続く。

 そして現れる、動く死体達。

「逃げるぞマリア、こいつらは完全に身体を破壊し尽くさない限り、動く事を止めない迷惑な手合いだ!」
「でも……」

 マリアは、逃げたくなかった。

「せめて、成仏させてあげたいです」
「……了解した」

 これは、マリアの自己満足に過ぎないかも知れない。
 だが、何も言わずに了承してくれるリューの心遣いが嬉しかった。

「いつも通り俺が壁になるから、マリアは魔導師の杖を。火葬で成仏させてやれ!」
「分かりました!」

 魔導師の杖を振り下ろし、炎を放つマリア。
 そのマリアを庇って、壁役に徹するリュー。
 動く死体は、素早くは無いものの、死者特有の怪力としぶとさを持っていた。
 魔導師の杖から放たれる火炎でも、三、四発当ててやらないと、完全に活動を止められないのだ。
 その為、倒すのに時間がかかり、その分、攻撃を引き付けたリューの負傷も酷くなった。

「リューさん!」
「まだ持つ、さっさと灰にしてやれ!」
「はいっ!」

 そうしてようやく全ての死体を火葬にしてやることができた。

「灰は灰に。塵は塵にか」
「リューさん、薬草で手当てを!」
「ああ、頼む」

 マリアはリューの体に取り付けられた革のバッグから薬草を取り出し、リューの受けた外傷や打ち身に薬草を揉んで汁を擦り込んでやる。
 非常時には、そのまま飲み込んでやる事で体力を回復する事もできる万能薬だが、時間のある時にはこうした方が傷の治りがいい。

「さて、もう少し奥に進んでみるか」

 城内は、そこかしこで内壁が崩れ、無残な姿を曝していた。

「ここ、初めて入ります」
「自分の城なのにか?」
「ええ、鍵の掛けられた宝物庫で……」

 周囲にはとうに空になった宝箱が転がっていた。
 そして、更に奥へ進んで行くと、牢獄らしき部屋が。

「うん?」

 ふと、床に刻まれた紋様に気付くリュー。
 マリアに手伝ってもらい瓦礫をのけると、そこには魔法陣が刻まれていた。

「これは…… 城の図書室で見たことがあります! 破壊神との契約に使う魔法陣です!」
「なら、この牢獄に閉じ込められた者が破壊神と契約して、ハーゴンの軍団を呼び込んだんだな」
「それが父の仇の、悪魔神官……」
「その可能性が高いな」

 これだけ固い石の床。
 囚人故、道具も無い状態では、この規模の魔法陣を刻むには、相当長い年月が必要だったのだろう。
 それだけ囚人は、深く恨みの念を抱いていたということだ。
 この魔法陣自体が、怨念の塊に思えてくる。

「この牢獄の住人に、心当たりは?」
「いえ、私には…… 先ほども言った通り、ここには足を踏み入れた事が無かったものですから。ただ……」
「ただ?」
「父が時折宝物庫へと足を運んでいた事は知っています。わたしはてっきり、中の宝を見ていたものだと思いましたが、もしかして、その奥にあった、この牢獄を訪ねていたのかも」
「そうかも知れんな。マリアの話だと悪魔神官は、王を狙って不意打ちで倒したという話だろ。王を恨んでいた可能性もある」
「そんな……」

 マリアにしてみれば、あの優しい父が誰かに恨まれていたなど、信じられない事だった。

「あと、行きたい所は?」
「中庭に、地下への入口があります。私が悪魔神官に犬に変えられた場所ですが、その時には護衛の兵士さんはまだ生きていました」
「そうか、この様子だと、助かっている確率は少ないが、行ってみる価値はありそうだな」

 マリアの案内で、大きく回り込んで、中庭へ。
 そして地下室へと入ってみる。

「うん?」
「どうしました、リューさん」
「いや、この辺に何か……」

 リューが嗅ぎつけたのは、床に落ちた命の木の実だった。

「またこいつか」
「好き嫌いはいけませんよ、リューさん」
「そう言う問題か? ドーピングは勘弁して欲しいんだが」
「それじゃあ私も、特別、です」

 命の木の実を自分の口に含み、口移しで、リューに食べさせるマリア。
 平気な風を装っていたが、顔が真っ赤だった。

「なっ、何を…… って、ぐおおっ」

 再び、超回復による体力の増強が行われ、それに伴う痛みに耐えるリュー。
 無理に耐久力を高めるのだから、一時的な痛みだけで副作用が無いだけマシという物だったが、慣れるものではない。
 痛みが退いた所で、マリアに抗議する。

「不意打ちとは卑怯だぞ」
「ですから、お相子です」

 先ほど、舌で涙を拭ってやったお返しらしい。
 嬉しかったんですよ、と小声で呟くマリアの言葉を、無理に聞き流すリュー。
 王の魂の前で泣くマリアに対して行った行動、後悔はしないが蒸し返す気にはなれないリューだった。
 ともあれ、薄暗い地下室を探索するリューとマリア。
 すると、部屋の隅に成仏できない霊魂が浮遊しているのが見えた。
 近づいて、マリアが話しかけると、その霊魂はまだ現世に繋がりを持っていたのか、マリアを見分けたようだった。

「も、もしや、そのお姿は、マリア姫様では…… そうでしたか…… そうでしたか……」

 そして、成仏する魂。

「良かったな、ここに来た甲斐があったって事だ」

 無力感に苛まれていたマリアだったが、ここにきてようやく、兵士の魂を救ってやる事ができたのだ。

「はい、本当に良かったです」

 目じりに浮かんだ涙を拭いながら、マリアは頷いた。



[9148] 第八章 風の塔
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/04 18:42
 階段を上がったとたん、剣士らしき人物に出くわすマリアとリュー。

「塔の外壁の通路を歩く時は、足元に気をつけろよ」
「はい」
「なかなか素直なヤツだな。さてはもう足を踏み外して落ちた事があるのだろう」
「いえ、今二階に上がって来たばっかりですよ!」

 今、マリアとリューは、リューがラーの鏡を探していた当時に見かけたという塔。
 風の塔に挑んでいた。

「あの人の言葉、今なら分かります」

 手すりもない回廊。
 踏み外せば落下という状況で、足が震えるマリア。

「リューさんは大丈夫なんですか? 猫さんは高い所から落ちても大丈夫だと聞きましたが」
「犬はダメだな。高い所から落ちたら怪我する」
「なら、どうしてリューさんはそんなにすたすたと歩けるんです」
「そりゃあ、高い所は経験があるから」

 リューは元の世界では、雪の無い時期にスキーのジャンプ台に登った事や、学生時代の会社見学で、電気通信会社の支店ビルのてっぺんにそびえ立つ鉄塔に登った事がある。
 どちらも、グレーチングと呼ばれる金網のような足場になっており、数十メートルの下が足元に透けて見えるのだ。
 それに比べれば、この程度の高さの塔など、何ともない。

「足さえ踏み外さなければ、どうってこと無いだろ。慣れだよ慣れ」
「そういうものでしょうか……」

 納得できない顔で、マリアはリューの後を追う。

「っと、敵だぞ」
「はい!」

 ごそごそと現れたのは、鎧ムカデ。
 大ムカデ以上に手強い相手だ。

「俺が楯になる、新しく使えるようになった魔法で蹴散らしてやれ!」

 リューが前に出て時間を稼いでくれている間に、マリアは精神を集中し、魔力を引き出す。

「風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 マリアが新たに習得した風の魔法が、鎧ムカデ達の身体を紙のように切り裂いて行く。
 後には輪切りになった鎧ムカデの死体。
 そしてこのムカデの犠牲者の物だろう、いくばくかの貨幣が落ちていた。

「凄い魔法だな」

 感心するリュー。
 これまでの旅で心身が鍛えられた結果、マリアはこの魔法を習得するまで成長を遂げていた。

「いいえ、まだまだです。父には遠く及びません」

 ふと、今は亡き父の事を思い出して表情を陰らせるマリアだったが、リューは敢えて気付かぬ振りをして、あっさりと言葉を口にした。

「目標があるってことはいいことだ。それは成長につながる」
「リューさん……」
「行くぞ」
「はいっ!」

 こうして、塔の外縁を伝って、最上階までたどり着くリューとマリア。

「ようやく、壁がありますー」

 壁に囲まれたフロアに、マリアは安堵の声を洩らす。

「宝箱があるな」

 リューは、フロアの中ほどに置かれた宝箱を調べる。
 問題ない事を確かめ、マリアに開けさせる。
 中には、指輪が入っていた。

「これは、祈りの指輪ですね」
「祈りの?」
「はい、これに向かって祈ると、精神力がいくらか回復するんです」
「なら、これはマリアにだな。精神力が尽きた時にでも、これを使えばまた魔法が使えるようになるんだろ」

 また特別な意味に取られてはたまらないと、理由を挙げて、マリアに指輪を押し付けるリュー。

「はい……」

 しかし、マリアは複雑そうにそれを見つめるだけで、身に付けようとはしなかった。
 それを訝しく思い、リューは訊ねる。

「どうしたんだ?」
「いえ、せっかくリューさんが下さった指輪なので嬉しいこと嬉しいんですが、この指輪、何回か力を引き出すと壊れちゃうんです」
「それが?」
「女の子にとって、好きな人からの贈り物、特に指輪って言うのは大切な意味を持つものなんですよ。それが失われちゃうなんて、怖くて使えないな、と」

 いや、別にそう言う意味で指輪を贈った訳じゃないから、とリューは思ったが、それよりも言いたい事があった。

「祖母は言っていたよ。大切なもらい物が失くなった時は、その物が身代りにお前を助けてくれたんだって思えって」

 祖父の形見の時計を失くしてしまった時に、祖母がかけてくれた言葉だった。

「リューさん……」

 マリアは大切そうに祈りの指輪を胸の前で握りしめて言う。

「分かりました、リューさんが守ってくれていると思って、この指輪を使うようにします」
「ん、ああ」

 柄でもない事を口にしたと思っていたリューは、マリアが素直に自分の言葉を受け入れてくれた事で、気分が楽になった。
 しかし、マリアの言葉の裏にある、恋慕の念を知っていたら、そんな風に安心することなどできなかっただろうが。

「さぁ、もうひと踏ん張りだ」
「はい」

 来た道を引き返し、途中にあったもう一つの階段を確かめに向かう。



「この煙の化け物、本気でうざいな!」

 他の敵はマリアの魔法に任せ、スモークと言うらしい雲状の化け物に牙を立てるリュー。
 手応えが無くて、中々倒せないのがいらつく。

「魔法や魔導師の杖の火炎が効きませんからね」

 動く死体を風の魔法で切り刻みながら言うマリア。
 こちらも、完全に破壊しない限り動き回るしぶとい相手だけに、一撃でという訳には行かない。

「風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 三発目で、ようやく倒し切る。
 リューの方も、同様だった。

「ふぅ、苦戦したな」
「でも、リューさんがスモークを倒して下さって助かりました」
「その辺は分担だろ。しかし、俺が楯になれなかった分、そちらにも攻撃が行ったな。どれ、傷を見せてみろ」
「ええっ!?」
「何故そんなに驚く?」

 不思議がるリューだったが、次の瞬間、理解した。
 マリアはおずおずとスカートの裾を上げ始めたのだ。
 白い素足が見え……
 慌てて眼を逸らそうとするリューの目に、青痣が映った。
 白い肌にそれは痛々しく、リューは状況を忘れて鼻面を痣に近づけた。

「やはり痛むか?」
「は、はい……」

 間近に感じるリューの息使いに、スカートを握ったマリアの手が震える。
 顔は羞恥で真っ赤だった。
 しかし、リューは真剣な様子で痣を見て、そしてそれを癒すようにペロリと舐め上げた。

「はぅっ」

 ぴちゃぴちゃと、湿った音が、フロアーに響く。
 好きな相手が、自分の足に口付けているというだけでも気が狂いそうなのに、その舌がゆっくり優しく、痣ををなぞって。
 がくがくと腰が砕けそうになりながらも耐えるマリア。
 そして、永劫にも感じられた自制の時の後、

「少しは良くなったか?」

 舐めるのを止めたリューの声。
 ……終わった、の?
 詰めていた息を、ようやくつくマリア。

「は、はい、だいぶ楽になりました」
「そうか」

 そして、リューにしてみれば仕上げの、マリアにしてみれば、不意打ちの、そして止めの一舐め。
 限界を超えたマリアの腰が、かくん、と砕けた。

「わぷっ?」

 しかし、へたり込んだ場所が悪かった。
 マリアはリューの頭の上にスカートを押えて座り込んだのだ。
 両腿の間には、リューの頭が。
 そして、その鼻面からかかる息は……

「ひうっ!」

 びくん、と細腰が跳ねた。

「リューさんそこは!」
「分かったから抑え込むな、益々押し付けられて……」
「はぅっ、しゃ、しゃべらないで下さい!」
「いいから手をどけろー!」

 ドタバタの末、マリアがか細い声を上げて半分失神した事で、ようやくリューはマリアのスカートの中から抜け出したのだった。



「絶対、責任とって下さいね」
「………」

 涙目でこちらを見るマリアに、かける言葉もないリューは、黙って塔の中を先導する。
 そして、たどり着いた先にあった宝箱の中から出て来たのは、鳥の翼を模した様なマントだった。
 非常に軽く、かつ丈夫な生地を使って、風をはらみやすい形に仕上げてある。
 リューは、ムーンペタの街で、ある男がしていた話を思い出した。

「どこかの塔の中に、空を飛べるマントがあるらしいぜっ。そのマントを付けていると、高い所から落ちた時、少しだけ空を飛べるんだとよ」

 すると、これが風のマントというものだろうか。

「試してみるか」
「はい?」



「わ、私がやるんですか?」
「仕方ないだろ、犬にマントは着れない」

 マリアに風のマントを着せ、自分を胸前にくくりつけてもらう。
 不格好だが、これでテストの準備は万端だ。

「ほ、本当にこれで飛べるんでしょうか?」
「だから、失敗しても大丈夫な二階まで降りて来たんだろ」

 及び腰になるマリアを強引に促す。

「わ、分かりました」

 両手を水平に伸ばし、マントを広げるマリア。
 えいとばかりに宙に飛び出し……
 そして、わずかな滑空の後、ふうわりと地上に舞い降りた。

「成功、だな」
「凄いです。本当に空を飛べるんですね」

 こうして二人は、風のマントを手に入れたのだった。



[9148] 第九章 ルプガナの街
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/05 19:14
「やれやれ、何とか着いたな」

 はるばる来たのは、港町ルプガナ。
 ここに来るまでの道中は、本当に大変だった。
 襲って来る怪物は強さを増し、マリアの風の刃の魔法を連発させないと勝てないし、盾となるリューが負う傷も半端ではなくなった。
 持てるだけ持った薬草で傷を治しながらの旅だったのだ。
 クライマックスは、海を渡るために、ドラゴンの角と言われる塔の頂上からの決死のダイブ。
 風のマントを手に入れていたとはいえ、六階の高さから飛び降りるには、相当の勇気を要した。
 結果、見事に滑空して、海を渡る事に成功した訳だが。
 ともかく、最後はマリアの精神力が尽きて魔法が使えなくなるほどの戦いを経て、この街に着いたのだった。

「とにかく宿、宿。マリア、大丈夫か?」
「な、何とか大丈夫です。早く一緒に休憩しましょう」

 何はともあれ、一目散に宿屋に駆け込む。
 いい加減、リューも疲れていたので、マリアにされるがままベッドに引っ張り込まれ、共に休む。
 激しい戦闘を体験したため、マリアがPTSD、心的外傷後ストレス障害を起こさないか不安だったという事もある。
 心的外傷は、怪我と同じく傷付いた直後に応急処置をすることで、その後の症状を和らげる事ができる。
 基本は安心感を与えてやる事で、この場合、リューがしてやれる事と言ったら、一緒に寝てやる事ぐらいだったのである。

「いつも、これぐらい優しくしてくれればいいのに」
「頑張りに応じた優しさをやるのが、俺の教育方針だ。まぁ、頑張れ」

 ゆっくり休養を取って、体力を回復させる。
 翌朝も、割とゆっくり目に起きて、宿の朝食を摂る。

「白身魚のフライとフライドポテトの組み合わせ、フィッシュアンドチップスか」
「お魚が出る所が港町ですね。それでは、いただきます」

 塩と麦芽から作られるあっさりとした酢で味付けをして、食べる。
 材料となった魚が新鮮なせいか、旨みがあり、普段は小食なマリアも、これなら結構食べる事ができた。

「さて、これからどうします?」

 食後のお茶をまったりと楽しみながら、マリアが問う。

「まずは買い物だな。マリアに合ったいい武具があればいいが」
「それでは、これを飲み終わったら、お買い物に行きましょう」

 ゴールドカードを持って、買い物に出かけるリューとマリア。

「ここは武器と防具の店だ。売ってるものを見るかね?」

 品揃えは、交易が盛んな港町らしく充実していた。
 マリアが使っている、魔導師の杖もここでは扱っていた。

「これは……」

 マリアが手に取ったのは、緑色のローブ。
 羽のように軽い糸で作られているのに、かなりの強度を持つ生地で作られている。

「身かわしの服だね」
「身かわしの?」
「ゆったりとしたシルエットをしてるだろ。それで、敵の目標を誤らせて、なおかつ動きやすく作られているから、攻撃をかわし易い。生地も軽い割に頑丈だよ」

 店主が品を説明してくれる。

「試着させてもらっていいですか?」
「ああ、向こうに試着室がある。着て見るといい」

 ローブを抱え、試着室へと入るマリア。

「覗いちゃダメですよ」
「誰が覗くか。さっさと試着しろ」
「うう、リューさん、つれないです」

 そんなやりとりをしながらも試着し、その姿をリューに披露する。

「どうです、リューさん?」
「ふむ、ゆったりしている割に、動きやすそうなデザインだな。サイズはどうだ、ぴったりか?」
「……リューさんって女の子の事、ちっとも分かってくれませんね」
「ん? 何か間違ったか?」
「もういいです。これ、下さい」

 店主にそのまま買う旨を告げる。

「あいよっ、お嬢さん」

 愛想良く応対する店主。

「ゴールドカードを持っているから、割引しておいたよ」
「あ、ありがとうございます」

 そうして、武器と防具の店を出るマリアとリュー。

「そうそうマリア」
「何ですか、リューさん」
「とても良く似合ってるな、それ」

 不意打ちだった。

「~っ、ず、ずるいです、リューさん」
「うん? 何がだ?」

 マリアの頬が、真っ赤に染まった。

「さて、次は使った薬草の補充だな。道具屋は向いか?」
「もう、待って下さい」

 慌ててリューの後を追うマリア。

「ここは、道具屋です。どんな御用でしょうか?」

 応対してくれる店主にゴールドカードを見せ、薬草を買い込む。
 マリアの肩からかけたポーチに入り切らない分は、リューの身体の左右に振り分けられた革製のバッグに入れる。

「後はどうします?」
「人の話でも聞いてみるか?」

 適当に歩き出すと、昼間の野外だというのに、煽情的な格好をした女性が現れた。

「ば、バニーガール?」

 そう、造り物のうさみみを付けた、挑発的な恰好をした女性だった。
 リューがあっけにとられて見ていると、その彼女はリューの前にしゃがみ込み、わしわしとリューの頭を撫でながら、話しかけてきた。

「ねえ、あたしって可愛い? だったら、ぱふぱふしない?」
「クゥ?」

 意味が分からず、首を傾げるリュー。
 それをどう受け取ったか、女性はリューの頭を抱きしめて来た。

「可愛いワンちゃんね。それじゃあ、サービスしてあげる」

 リューは目の前が真っ暗になった!

「ぱふ、ぱふ、ぱふ。やん、鼻息がくすぐったい」

 リューの鼻面は、その女性の豊かな胸の谷間に挟まれていたのだった。

「な、何を……」
「どうも、ありがとう。気が向いたらまた来てね」

 飼い主と認識されたのだろう、マリアにそう言って女性は去って行った。

「二度と来させません!!」

 怒りの声を上げ、リューを引っ張りながら立ち去るマリアだった。

「全く、破廉恥です!」
「いや、彼女にしてみれば、犬を可愛がってやっただけの認識だろ」
「リューさん、あのヒトの肩を持つんですか?」
「そう言う問題じゃないだろうに」
「わ、私だって……」

 急にもじもじし始めるマリア。

「うん?」
「私だって、リューさんが望んでくれれば、そう言う事だってできます」

 蚊の鳴くような声だったが、しかし真剣な言葉だった。
 何と答えたら良いものか、瞬時考え込んだ刹那だった。

「たっ、助けてっ! 魔物達が、私をっ!」

 二匹の魔物に追われた女性が、助けを求めて来たのは。

「ケケケ! その女を渡しなっ!」

 魔物の言葉に、マリアは頷いた。

「はい」
「って、マリア!?」
「これ以上、女性をリューさんに近づけたりは、させません!」
「何を言ってるんだ」
「きっとその女性もリューさんに助けられたら、リューさんの虜になってしまうんですっ!」
「どこをどう間違ったらそんな結論になる!?」

 言い合いを始めるリュー達を余所に、襲いかかってくる魔物。

「ケケケ、バカなやつ…… お前達も、ここで食ってやろう」
「うるさいです、これでも相手をしていて下さい! 虚ろなる幻影!」

 新たに使えるようになった、相手の精神に働きかけ、幻を見せる幻覚呪文を唱えるマリア。
 魔物達は、現実と妄想の区別が付かなくなり、その場で幻影相手に暴れ出す。

「これで……」
「馬鹿、油断するな!」

 まぐれ当たりの一撃がマリアを襲うが、間一髪、リューが盾になる。

「リューさん!」
「大丈夫だ、お前の事は俺が守るから、呪文で攻撃してくれ!」
「はい。風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 マリアの唱える風の刃の呪文が、翼を持つ小悪魔二匹を斬り裂いて行く。
 小さいが、流石に悪魔の類、一撃では倒せない。
 リューがマリアを守り、マリアが呪文で攻撃する。
 最初に幻影の呪文がかかったのが良かったのだろう、リューとマリアの連携の前に、小悪魔達は、倒された。

「危ない所を、どうもありがとうございました」

 助けられた女性が、マリア達に感謝の言葉を告げる。

「私について来て、どうかうちのお爺様にも会って下さいな」
「ま、まさか、親族に紹介とか、息子さんを下さいとか」
「一体どうやったらそんな考えにたどり着くんだ……」

 マリアの妄想に呆れ果てて突っ込むリュー。

「さあ こちらへ」

 マリアとリューが連れて来られたのは、港の波止場だった。

「お爺様、ちょっと……」

 そこに居た老人に、話しかける女性。
 事の顛末を説明する。
 彼女が大げさにリューの活躍を口にする度に、マリアはぴくりと反応し、リューの首筋に巻いた腕に力がこもって行く。

「可愛い孫娘を助けて下さったそうで、何とお礼を言ってよいやら。おお、そうじゃ! あなたたちに舟をお貸ししようぞ。このじいにできるのは、それくらいじゃ。どうか自由に乗って下され」

 こうして、マリア達は、船を手に入れた。

「はっ、まさか、こうやって懐柔して、船乗りの後継ぎにしようというつもりじゃあ」
「犬を跡取りにする奴が居てたまるか」

 マリアはまだ疑心暗鬼から抜け出せないで居たが。



[9148] 第十章 アレフガルド
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/06 17:31
「リューさん、どうしたんですか?」
「いや、街中に魔物が入って来たのが気になってな」

 ルプガナの街の外れを、リューは嗅ぎ回っていた。

「ああ、やっぱり壁が破れている」

 街を囲み、外敵の侵入を防ぐ壁の北西の角が崩れていた。

「マリア、町の人に伝えて置いて…… うん?」
「どうしたんですか、リューさん」
「いや、何かある」

 地面を嗅ぎ回って見つけたのは、何かの種だった。

「力の種ですね」
「嫌な予感しかしない!」
「なら、口移しで」
「だから止めんか!」

 また桃色な展開にされてはたまるかと、ぱくりと口に入れ飲み込んだリューは、直後、後悔することになる。

「ぐあああっ、体が!」
「だ、大丈夫ですか?」
「極度の筋肉痛を、百倍に濃縮したような痛みだ……」

 超回復による体力の増強が行われ、それに伴う痛みに耐えるリュー。
 すぐに痛みは退いたが、何度体験しても慣れるものではない。

「確かに、少しだけ力が付いた気がするな。それじゃあ、港に行ってみるか」

 港に向かう、リューとマリア。

「おお孫娘を助けてくれた方達じゃな。舟に乗りなさるか? さあさ通りなされ」

 そう勧める老人に、マリアは街の囲いの破損部分について伝えて船に乗り込んだ。
 船は外洋を旅する帆船で、熟練の船員達が、好きな場所に連れて行ってくれる。

「どこに行きます?」
「どこも何も、街で仕入れた情報には、東にアレフガルドという国があると言うだけだったからな」

 行くしかないだろうと、リュー。

「それじゃあ、アレフガルドにお願いします。船長さん」
「ああ、分かったが、最近は海にも魔物は出る。もしもの時は……」
「はい、私とリューさんとで何とかします」

 ルプガナを出港し、一行は一路東へ。
 アレフガルドを目指す。
 しかし、

「ウミウシと痺れクラゲだぁ!」

 船首に立つ船員が、悲鳴と共に倒れた。

「何だ?」
「聞いた事があります。ウミウシは、甘い息を吐いて、敵を眠らせるのだとか」
「そうか、なら真っ先に潰す必要があるな」

 敵は、船側にへばりついて上がって来たウミウシ2匹と、数匹の痺れクラゲだった。

「風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 マリアの起こした真空の刃が、ウミウシ達を切り裂く。
 そして、飛び出したリューのひと咬みで、一匹のウミウシは絶命した。
 敵の反撃を受けるが、リューはその強靭な体で、マリアは、新調した身かわしの服で、耐える。

「次はクラゲの群れを一掃してくれ、残ったウミウシは、俺が止めを刺す」
「分かりました! 風よ、集い舞い狂え!」

 痺れクラゲ達を細切れに切り刻んで行く、マリアの魔法。
 そして、リューの牙が、最後に残ったウミウシに止めを刺した。

「ううっ、気持ち悪いです」

 ウミウシの死骸に、嫌悪の表情を浮かべるマリア。

「そうか? ウミウシは貝殻が退化してなくなった巻貝の仲間だから、食べれるんだぞ」
「ええっ、そうなんですか!?」

 現代人の雑学がこんな所で発揮されると、マリアは目を丸くして驚いた。
 実際、船長達はウミウシを料理するため、蛮刀で、その身を解体していた。

「私は絶対に食べません」
「まぁ、無理に食べろとは言わないが、食べてみると結構いけるかも知れんぞ。ただし、犬の体に貝類は合わないから俺は食べんが」
「うう、それって卑怯じゃありません?」
「本当なんだから、仕方がない」

 ともあれ、アレフガルド大陸に到着。
 ここからは歩きだ。

「それじゃあ、行って来ます」
「ああ、俺達はここに停泊して待っているから」

 船長に船を任せ、東へ。
 ほどなくして、ラダトームの城に着いた。

「あなたはもしや、ロトの勇者の子孫の方ではっ!?」
「は、はい」
「おお! やはりそうでしたか! ラダトームの地にお帰りなさいませっ!」
「昔々、この城に居たローラ姫様は、世界を救った一人の若者に連れられ旅に出たと伝えられています。一体あれから、どれだけの年月が過ぎたでしょうか…… おかえりなさいませ! 我がアレフガルドに!」

 古の勇者ロトと、その妻のローラ姫の面影が残っているのか、歓迎を受けるマリア。
 しかし、

「おお、あなた様は 勇者ロトの血を引く方ですなっ! しかし…… 我が王は、ハーゴンを恐れるあまり、どこかにお隠れになりました。情けないことです……」
「王様が行方不明になるなんて…… この国はもうお終いだ」

 という事で、アレフガルドの王には会う事が出来なかった。

「王が頼りない分、ロトの勇者に過剰な期待がかかっているようだが、大丈夫なのか、旅立ったというローレシアとサマルトリアの王子は」
「多分……」

 自身無さげにマリアは言う。
 勇者の力の内、剣の力を引き継いだローレシアの王子は、武勇の人…… 愚直なまでに一本気な性格。
 それに対し、剣と魔法、バランス良く備えたサマルトリアの王子は、彼の妹君曰く、のんき者。
 未だに会えずに入れ違いになっているのでは、と危ぶんで、まさか、と乾いた笑いを洩らすマリアだった。
 ともあれ、何か情報はないか、リューの指示で聞いてまわるマリア。

「おお、古き言い伝えの勇者の子孫に光あれっ!」
「うおっ、まぶしっ!」

 城に居た老人に話しかけたら、いきなり叫んだかと思うと光が放たれた。

「何なんだ」
「リューさん、何だか精神の疲れが取れているんですが」
「ふむん? まじないか何かか?」

 どうやら、老人は、相手の精神力を回復させる術を持っているらしい。
 これがリューの元居た世界だったら、「あ、あやしーっ!」と叫んで近寄らないようにする所だが、ここは魔法の存在する世界。
 そんな事もあるのかも知れない。
 一方、商人からは、海に沈んだ財宝の話を聞く事ができた。

「ルプガナの港のそばに住む商人は、昔は凄い金持ちだったらしいですよ。何でも、舟に財宝を積み過ぎて、北の沖を航海中にその重みで舟が沈んでしまったとか。海のどこかがキラリと光ったなら、そこに財宝が沈んでいるという話ですよ」

 これが唯一の収穫と言うべきか。
 他の国についての話は、ついぞ聞けず、武器屋や道具屋にも、マリアが使えそうな新しい品は見当たらなかった。
 ともあれ、夕刻近くになって来たので、今晩はここに宿を取る。
 そして、その日の晩。

「ああっ、そ、そこ、いいです」

 寝室に、マリアの、無理に殺したようなあえぎ声が響いた。

「そうか、それなら、ここはどうだ?」
「あぅっ、そ、そんな所……」

 マリアは桃源郷をさ迷っていた。
 その瞳には既に理性の光は無く、ただただリューから与えられる快感を享受するだけだ。

「さぁ、これで仕上げだ」
「きゃうっ」

 まるで雌犬にされた頃に戻ったような小さな悲鳴を上げて、マリアは脱力し切った身体を、ベッドに預ける。
 快楽の余波か、時折、ひくん、ひくん、と身体が震えた。

「今日はいつになく、いい声で啼いてくれたな」

 まんざらでもなさそうにリューは言う。

「だ、だって、いつもの宿でしたら、他の人に聞かれたらと思うと……」
「その点、ここの宿は今晩かぎりだから、はしたない声を出しても大丈夫、か?」

 薄手のスリップから覗いて見える素肌は、元より桜色に染まっていたが、リューの意地悪なもの言いに、更に赤くなった。

「そ、そうです。はしたなくてもいいから……」

 リューの肉球による指圧で体中の骨を抜かれたようになっていたマリアは、無理に身体を起こして、スリップの襟元から覗く胸元を見せつけるようにして言った。

「さ、誘ってみたんですよ、リューさんを」

 その精一杯の、マリアの誘惑を、

「どこかに出かけるんだったら、まず服を着ろ」

 と、容赦なくボケでスルーするリュー。
 それはそれで鬼畜の如き所業だった。



[9148] 第十一章 デルコンダルの城
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/09 17:57
「おお、これは沈んだ舟の財宝! これで私は破産せずに済みますよ。ありがとうございました! お礼に我が家の宝、山彦の笛を差し上げましょう」

 ラダトームで商人から聞いた通りにルプガナの北の海を探した所、沈没船は、あっけなく見つかった。
 リューが潜って財宝を引き揚げ、持ち主であるルプガナの商人に返した所、大層感謝され、山彦の笛とやらを受け取った。

「オカリナか」
「吹いてみましょうか?」

 試しに吹いてみるが、綺麗な音色を出すだけだ。

「預り所に預けておきましょう」

 ルプガナの街の預り所に、山彦の笛を預ける。
 ここには、旅のマントや薬草、毒消し草、まとまった額の金等も一緒に預けている。

「金も預けるのか?」
「はい、一定額以上持っているのが分かると、お店の人が福引券をくれなくなりますから」
「何だか主婦じみた発言だな」

 と、リューが漏らすと、

「それは、私はリューさんの妻ですから」

 と、照れた様子で返事が返って来る。
 リューはそれをスルーすると、明後日の方角を向きながら呟く。

「さて、東にも北にも行った。俺達は南から来たんだから、今度は西に行ってみるか」
「もう、つれないですリューさん」
「昼間から寝ぼけた事を言っている奴が悪い」

 主婦と言えば、とリューは思う。

「マリアの母親の話、聞いた事が無かったな。やはり王族の出なのか?」
「いえ、母のアンナは平民の出で、父に見初められて王妃になったとか。私が十歳の時に、病で亡くなりましたが」
「そうか……」

 その割に、箱入りに育ってるな、と思う。
 多分、父である王に溺愛されて育ったのだろう。

「さぁ、薬草を補充したら出港するぞ」

 こうして、船で西を目指すリューとマリア。
 突き当たったのは、ローレシア。

「更に南に行ってみるか」

 ということで、ローレシアの南に向かう。
 すると、急峻な崖に覆われた陸地が見えてきた。

「ここは、初めて来ますね」
「マリア、敵だ!」

 悪魔の類だろうか、翼で空を飛び、剣を持った敵が襲ってきた。

「ぐあっ!」

 恐ろしく素早く、こちらが対応する前に、リューが剣で斬られた。

「リューさん!」
「まだ大丈夫だ! 俺に構うな!」
「くっ、虚ろなる幻影!」

 相手の精神に働きかけ、幻を見せる幻覚呪文を唱えるマリア。
 魔物は、現実と妄想の区別が付かなくなり、混乱する。

「くっ、幻影に引っかかってくれたのはいいが、このままじゃラッキーヒット一発でお陀仏だぞ」
「リューさんは、身を守って下さい。大いなる癒しよ!」

 マリアは癒しの呪文で、リューの傷を一気に治す。

「よし、反撃するぞ!」
「はい、風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 マリアの風の刃の呪文が敵を切り刻み、地上に降りて来た所を、リューの牙が迎え撃つ。
 死闘の末、ようやく倒す事が出来た。

「一体でこれか。集団で来られたら危ない所だったな」
「はい」

 リューとマリアは、荒い息をつきながらも、互いの無事を喜んだ。
 船は上陸地点を求めて河を遡り、内陸部へと到達する。

「城だ……」

 上陸し、城を目指すリューとマリア。
 幸い、魔物に出くわす事もなく、目的地である城にたどり着く事が出来た。

「お前も試合に出るか? 命を粗末にするなよっ!」

 城に入ると大男がマリアにそう忠告してくれた。
 中庭への入口を守る衛兵に事の次第を聞いてみると、

「まったく、王様の格闘好きには困ったものです。この前も、旅の戦士をサーベルタイガーと戦わせて…… その戦士は大ケガをしてしまったんですよ」

 とのこと。

「これは、ここの王とは関わりを持たない方がいいな」
「そうですね」

 ともあれ、挨拶だけは、しなければならないだろう。
 広場を前に玉座に座る王へ、マリアは近づく。

「ああ…… 闘っている男の人って、素敵……」
「ここは戦いの広場。勇者達のコロシアムでございますわ」

 王の両隣りに侍る女性が口々に告げる。
 猛獣を飼っている檻もそこにはあった。
 息を飲むマリアに、王は話しかけた。

「はるばるデルコンダルの城に、よくぞ来た! わしが、この城の王じゃ。もし、わしを楽しませてくれたなら、そなたに褒美を取らせよう。どうじゃ?」
「いえ、遠慮させて頂きます」
「それは残念だな。さらばじゃ」

 こうして、何とか王をやり過ごしたマリアとリューは、この城の人々に話を聞いてみた。

「山彦の笛は、精霊の歌声。お城、街、洞窟、塔、祠…… 笛を吹き、山彦の返る所に紋章があると聞きます」

 そう話してくれたのは、この城付きの神父。

「山彦の笛って、そういう物だったんですね」
「しかし、紋章って何だ?」

 この時点では、二人には分からなかった。
 そして、最も役に立ったのは、牢に入れられた兵士の言葉。

「金の鍵を手に入れろ! 遥か、南の島ザハンに住むタシスンという男が持っているようだ」

 そう言う話だった。

「これで決まったな、今日はこの城に泊って、更に南の海を目指すか」
「はい」
「しかしここ、道具屋が無いのが困ったものだな。使った薬草が補充できないぞ」
「なら、預り所から、引き出しましょう」

 証文を持って、預り所に。
 この預り所というサービスは全世界に展開していて、他の街で預けた物でも証文さえあれば、用意して渡してくれる。

「ふむ、薬草なんかを預けていたと思ったら、こういう事か」
「内助の功、です。私はリューさんの妻ですから」

 頬を染めて言うマリアに、ああ、また始まったと首を振るリュー。

「ご褒美に、今晩は一緒のベッドで寝て下さいね。あの檻の中の猛獣の鳴き声が怖くって」
「ふぅ…… まぁ、眠れずに寝不足になられるよりはマシか。それじゃあ、宿に行くぞ」

 半ば諦め気味にリューは言って、コロシアムの隅に設けられた宿泊所に向かった。

「リューさんに変だと思われるかも知れないですけど、リューさんの毛皮が好きなんです」

 夕食後、湯浴みをしてからリューと一緒のベッドに入り、マリアは呟く。

「モフモフして柔らかな毛皮が大好きで。リューさんの毛皮に頬を埋めながら眠るのが幸せです。凄く」
「安上がりな幸せだな、それ」
「はい、お買い得ですよ、私」

 リューの軽口に、にっこりと笑って応えて。
 マリアはぎゅっとリューに抱きついて、眠るのだった。



[9148] 第十二章 南の島ザハン
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/09 05:38
 デルコンダルの城を出て、船で南に下り、ザハンの島を目指すリューとマリア。
 途中の島に、ほこらがあったため、入ってみる。
 旅の扉と言われる、人を離れた場所に運ぶ門が並び、松明が煌々と祠の内部を照らしている。

「山彦の笛を吹いてみれば良かったんでしたっけ」

 マリアの吹くオカリナが、綺麗な音色を発した。
 すると、山彦が返って来る。

「これは!」
「探してみる価値はあるな」

 鼻を利かせて周囲を探すリュー。
 それは、木の根元に埋めてあった。

「炎の紋章ですね」

 良く分からない物であるが、とりあえず手に入れて置く。
 そして、再び船に乗る一行。
 途中、再びあの翼を生やし、剣を持った魔物…… ホークマンが襲ってきたが、リューに守られながら、幻覚呪文で混乱させる事に成功するマリア。
 そして、二人で力を合わせて撃退する。

「ふぅ、危ないな」

 薬草を使った手当をマリアから受けながら呟くリュー。
 ともあれ、船は無事、ザハンの島へ着く事ができた。

「漁師町ザハンにようこそ。今、男達は漁に出ていて留守でございますわ」

 余所者であるマリアを見つけた女性が、そう話しかけてくる。

「なるほど、女子供ばかりだな。男は年寄りだけか」
「危険です」
「なに?」
「こんな女性ばかりの所にリューさんを連れて来るなんて、狼の群れに、羊を放り込む様なものです!」
「……逆じゃないのか?」
「いいえ、合ってます!」

 良く分からないが、マリアにとってはそうらしい。
 ともあれ、渋るマリアを促して、金の鍵を持つというタシスンについて、訪ねて歩く。
 中央に大きな神殿があって、シスターがその前で頑張っている以外は普通の漁村だ。

「月の欠片が星空を照らす時、海の水が満ちる。この町に古くから伝わる言い伝えですわ」

 これは、道を歩いていた女性のしてくれた話。

「あのね! 海のどこかに浅瀬に囲まれた洞窟があるんだって。そこに入るには、月の欠片が居るっておばあちゃんが言ってたわ」

 こちらは、訪ねて行った家に居た子供の話。

「ふむん、月の欠片とやらが必要だって話か」
「よく分かりませんね」

 話し合いながら、その家の階段を上る。
 そこに居た女性が、タシスンの妻だった。

「私はタシスンの妻。夫はとても動物好きで、特に犬が大好きでした」

 どこか遠い目をして語る彼女。

「ふむ、マリアと気が合いそうだな」
「私は犬が好きなんじゃなくて、リューさんが好きなんです」

 小声でやりとりするリューとカルナの姿に、夫の事を思い出したのか、タシスンの妻は目を細めた。

「でも、三年前の冬の漁で、夫は帰らぬ人と……」
「あ……」

 悪い事を聞いてしまったかと、表情を曇らせるマリアに、さっぱりとした表情で、タシスンの妻は語る。

「今、あんな事が再び起きぬように、皆が無事に戻って来るよう、お祈りしていた所ですわ」

 タシスンの妻の話を聞いて、彼女の家を出るマリアとリュー。

「まさか、お亡くなりになっていたなんて。手がかりが途切れちゃいましたね」
「いや、そうでもないだろ」

 リューの視線の先にはこの町に住んでいるのだろう、茶色い犬の姿があった。

「タシスンは犬好きだった。なら、あの犬にでも聞いてみたらいいだろう?」
「ああ、そういう方法がありましたか」

 感心するマリアだったが、犬に近づいて行くとその表情が険しくなった。

「雌犬じゃないですか!」
「ん、ああ、そうらしいな」
「そ、そんな。奥さんが居るのに、そんな爛れた関係を……」
「何をどう考えれば、そういう結論に達するんだ」

 マリアの妄想について行けないリュー。
 雌犬に話しかけようとするが、マリアが慌ててそれを止める。

「何だ?」
「あの女は、奥さんが居る男の人を誑かした毒婦です! そんな女にリューさんを近づける訳には行きません!」
「……ならどうする気だ」
「私が、話し合います」

 リューは気付いていない。
 自分が元人間であるという事をマリアに話していないため、マリアが犬にまでリューを取られないかと心配してしまう事に。
 リューを置いて、雌犬に近づくマリア。

「わん、わん、わん!」
「きゃうん、きゃん、きゃん!」

 犬語でやり取りを始める。

「それじゃあ、変な人だ」

 頭痛を覚えるリュー。
 話し込んだマリアは、雌犬に引っ張られて行く。

「リューさん、ここ掘って下さい」
「うん?」

 リューが地面を掻いて掘り進むと、きらりと光る金色の物が。

「金の鍵です!」
「ふむ、主人が埋めて置いたのを覚えていたんだな、賢い犬だ」
「くーん、くーん……」
「あ、ダメです! リューさんに近づかないで下さい!」

 リューから引き離される雌犬。

「何やってるんだか」

 ともあれ、目的は達成したため、今晩の宿を取るため、宿屋に向かう。
 すると、商人らしき先客の姿がった。
 マリアが挨拶がてら話しかけると、男は深刻そうに語った。

「実は、この町の男達の船が魔物に襲われて海のもくずに……」
「それは……」
「私はその事を知らせに来たのですが…… おお神よ! 私には、とても言えない!」

 頭を抱える男の話に、いたましげな顔をしていたマリアだったが、はっと気付いたように、顔を上げた。

「リューさん、この町は危険です! 一刻も早く離れないと」
「何?」
「分からないんですか? 女性ばかりのこの町で、リューさんはたった一人の男性。しかも、恋人や夫を失ったと知ったらきっと、皆さん、リューさんを狙って来るに決まっています!」
「……そんな馬鹿な話があるか」
「リューさんは分かってないんです! 自分がどれだけ魅力的な男性だということが」
「はいはい、分かった分かった。そんなに心配なら一緒に寝てやるから、早い所、宿を取れ」
「ううっ、リューさんからそんな嬉しい事を言ってくれるなんてっ! でも、この町は危険だし……」

 頭を抱えるマリアだった。



[9148] 第十三章 金の鍵
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/09 17:59
 漁師町ザハンを船で発つ、マリアとリュー。
 すぐ近くの島に、祠があったため、立ち寄ってみる。

「旅の扉だ」
「どこに繋がっているんでしょうかね」

 そこに入った者を、遠くの地へと運ぶ旅の扉。
 入ってみて着いた所はローレシアの城だった。

「ちょうどいい。金の鍵を使って、城や街の中で入れなかった所を探索してみるとしようか」
「それはいい考えですね」

 まずはローレシアの城の中を探索。
 鍵のかかった部屋に入るとそこは宝物庫らしく、宝箱が並んでいた。

「この部屋に入って来るとは、何奴だっ!? おのれ盗っ人め、覚悟っ!」

 警備の兵士が飛んで来るが、マリアの顔を見て、平伏する。

「ややっ? マリア王女様でしたか。こりゃとんだ失礼を……」
「いえ、構いません。お仕事ですものね」

 マリアはそう言って、兵を許した。

「さて、宝箱を確かめたい所だが」
「構わないでしょう。私達の旅に役立つものがあれば、ローレシア王に断って頂けばいいでしょうし、もしかしたら、ハーゴン征伐に向かった王子達の役に立つ物が入っているかも知れませんし」
「そうだな、確かめるだけ確かめるか」

 宝箱に入っていたのは、力の種、命の木の実、不思議な木の実。
 後はお金と、ロトの印!

「これって、王子達の旅に必要な物ではないんでしょうか?」
「それっぽいよな。長い年月ここに保管されていて忘れられたか?」
「ムーンペタの預り所辺りへ、王子達名義で預かってもらいましょうか。それなら、王子達にも渡せると思いますよ」
「そうだな」

 ローレシア王に聞いてみた所、宝物庫の物は自由にして構わないとの事。

「ううっ、またドーピングタイムか」

 力の種、命の木の実を前に唸るリュー。

「それじゃあ、やっぱり私が口移しで」
「いらん」

 種と木の実を食べ、超回復による筋力増強の痛みに苦しむリュー。
 一方、マリアはと言うと、不思議な木の実を口にしていた。
 何でも精神力を増強する力があるとのこと。

「不思議な感じですね。精神的な容量が広がった気がします」
「むぅ、痛みとかは無いのか」
「ええ」
「何だか不公平だぞ」

 次いで、サマルトリアの城に行く。
 そして、サマルトリア城の金の鍵で開く扉の奥では、老人がマリア達を迎えた。

「よくぞ来た! ロトの血を引きし者よ! さあ! 宝箱を開け、その中の物を取るがよい!」

 そして、宝箱を開けて出て来たのは……

「ロトの楯?」

 伝説の勇者の楯だった。

「どうしてこんな物が…… 王子達が旅立つ時に渡してあげれば良かったのに」
「とにかく、渡してやらないとな」

 王子達の消息を聞きに、サマルトリアの王子の妹の元を訪れるマリア達だったが、

「あれ? お兄ちゃんは? えーん、お兄ちゃんが居ないよお……」

 と泣かれてしまった。
 王子はずいぶんと、ここには帰って来ていないらしい。

「これも預り所だな」
「そうですね」

 仕方なしに、重い楯をリューの背中にくくりつけて運ぶ。

「次は、ムーンペタか」
「久しぶりですね。リューさんと私が出会った思い出の地です」
「途中、幽霊の出るローラの門があるが?」

 最初に訪れた時の失態を思い出したか、真っ赤になるマリア。

「そ、そんな事言う人、嫌いです」
「そうか、嫌われてしまったか」

 冷静に切り返すリュー。

「えっ、わっ、これは、リューさんが嫌いな訳じゃなくて……」
「分かった分かった。それじゃあ、ムーンペタに向かうぞ」

 こうして二人はローラの門へ。

「そう言えば、ここにも金の鍵で開く扉があったな」

 鍵を開けて入ってみると、旅の扉があった。

「行ってみるか」
「はい」

 旅の扉を伝って、祠へ。
 そこには別の場所への旅の扉があって、以前炎の紋章を手に入れた祠に出た。
 そこから更に、別の場所へ。
 すると、祭壇の前に神父が立つ荘厳な広間へと運ばれた。

「おお、わしは待っておった! 勇者ロトの子孫が現れるのを! そなた達に、ロトの兜を授けよう!」
「はい?」

 今度は盾に続いて兜だ。

「これも預り所だな」
「そうですね、ムーンペタの預り所で預かってもらえば、王子達に渡る筈です」
「しかし重い……」

 ともあれ、ムーンペタに向かうリューとマリア。
 預り所に、ロトの印、ロトの盾、ロトの兜を、ローレシアとサマルトリアの王子達の名義で預けて一息付く。
 と、街の北西にある泉の傍に、金の鍵で開く扉を見つける。

「ここは……」
「地下通路が泉の中央の島に続いているみたいですね」

 泉の中央の島にたどり着くと、老人が一人、焚火に当たっていた。

「大きな海のどこかに、精霊の祠があるそうじゃ。五つの紋章を手に入れた者は、そこで精霊を呼び出す事ができるという。もっとも、この言い伝えがどこまで本当なのか、それは誰も知らんがの……」

 老人はマリアにそう語った。

「炎の紋章が、あったということは、その言い伝えも本当かも知れませんね」
「そうだな、それより、あの泉の向こう、街の外れに居る兵士は何だ?」
「えっ?」

 湖の真ん中に来たので分かったが、確かにリューの言う通り、兵士の姿が見える。

「行ってみましょうか」
「ああ」

 老人に暇を告げ、泉を回り込んで、兵士の元に行く。
 街の外を眺めていた兵士は、マリア達の足音にぎょっとした様に、振り向いた。

「ま、まさかマリア姫様!? ご無事でしたかっ!」

 マリアに対して平伏する。
 彼は、ムーンブルク城の兵士だった。

「わ、私は…… 王様や城の者達を置き去りにして…… 私は何と言う情けない兵士なのでしょう! もう、姫様に顔向けできませぬ」

 己を責める兵士に、マリアは言った。

「いいのよ。顔を上げて。誰も、あなたを責める事はできないわ」
「ひ、姫様…… うっうっうっ……」

 マリアの言葉に涙する兵士。

「でも、どうやって助かったのですか? 城を脱出できたのは、ローレシアへとハーゴンの来襲を伝えた兵士だけだったと聞きましたが」
「そ、それは……」

 言葉に詰まる兵士。

「もしかして、リリザの街に子供を預けたというのが、この兵士なんじゃないのか?」

 リューがマリアに、兵士に聞いてみるよう促す。

「リリザの街に、ムーンブルクの兵士の子供が預けられていましたが、もしかしてあなたのお子さんですか?」
「ううっ……」
「それだと、あなたはあらかじめ、ハーゴンの軍勢が攻めて来る事を知っていた事になりませんか? 教えて下さい。一体何があったのです?」
「そ、それは牢に閉じ込められていた神官が…… いえ、私の口からは、これ以上は言えませぬ。王様から他言無用のご命令が」
「私であってもですか?」
「王様は、姫様にだけは何があっても言ってはならぬと」
「そうですか……」

 これ以上は、舌を噛んで自害してしまいそうな兵士の様子に、諦めるマリア。

「分かりましたこれ以上は、自分で確かめましょう」
「ひ、姫様…… 申し訳ありませぬ、申し訳ありませぬっ……」
「あなたはもう自由です。リリザの街にお子さんを迎えに行ってあげて下さい」

 そう兵士に告げて、立ち去るリューとマリア。

「やはり、牢に刻まれていた魔法陣が事件の鍵か。神官、とあの兵士は言ったな」
「まさか、父の仇の、悪魔神官の事でしょうか?」
「いや、それなら、悪魔神官と呼ぶだろう。しかし……」
「何ですか?」
「破壊神と契約すると言うが、代償は何なのだろうな?」
「えっ?」
「前に出てきた、破壊神を崇める奴ら、倒したら服だけ残して消えただろ」
「まさか……」
「あの牢獄に数年、あるいはもっとかけて刻んだ破壊神との契約の魔法陣。その刻んだ主を隠さなければならなかった王。この事件、根は深いのかも知れんな」
「リューさん……」

 しかし、気分を切り替えるように、話題を変えるリュー。

「さて、腹が減ったな。久しぶりに月明かり亭の飯を食いたいもんだ」
「あ、二人で一緒に食べたあれですね。私、他人と一緒にあんな風に食事したのは初めてでした」

 そう答えるマリアに、リューは釘を刺して置く。

「だからと言って、今日も一緒の皿で食べるなんて、行儀の悪い事は言ってくれるなよ。今度は犬じゃない。他人の目があるんだから」
「あ、ルームサービスにしてもらえば」
「だから、はしたない真似は止めろと言ってるんだ」

 いつものやりとりをしながら、リューとマリアは初めて泊った月明かり亭に向け、足を運ぶのだった。



[9148] 第十四章 ペルポイの街
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/11 04:46
 ローレシア、サマルトリア、ムーンブルグの三国を巡り終えたリューとマリアは、旅の扉で漁師町ザハン近くの祠に戻り、停泊していた船で更に未開の海域、西方に向かった。
 そこには大陸があり、地下の街ペルポイへの入口が待っていた。

「ようこそペルポイの街に。ここはロンダルキア麓の南。ハーゴンの呪いが降りかからぬよう街を地下に作ったのです」

 旅の人間だと分かったのだろう、街に入ると親切な女性がそう説明してくれた。
 リューにしてみれば地下街など見慣れた物だったが、そうではないマリアは物珍しそうに辺りを見回していた。

「まぁ、とりあえずは、店を覗いて見るか」
「はい」

 まずは、武器と防具の店を覗いて見る二人だったが、

「これは無いだろう……」

 マリアにも使える防具があった。
 ミンクのコート。
 しかし、身かわしの服の実に約50倍の値段だ。

「これでは、いくらゴールドカードがあっても、手が届きませんね」

 苦笑するマリア。
 仕方なく、武器屋を後にする。
 次は、道具屋で使った薬草の補充だった。
 しかし、店員に声をかける前に、客の男に話しかけられた。

「おたく達も、牢獄の鍵を買いに来たのかい?」
「はい?」
「俺もよお、この街で売ってるって聞いて来たんだが、とんだデマだったようだな。ちっ!」

 そう吐き捨てる男。

「ふむ、なかなか興味深い情報だな」
「でも、そんなの売ってませんよ」
「ここじゃあ、ないようだな」

 この町には、向いにもう一件、道具屋があった。
 そして、品書きに不自然な空白。

「マリア、この空白を指定して買うんだ」
「は、はい」

 リューの指示で、品書きの空白を指さして、店主に願い出るマリア。
 すると、店主は声を潜めて、マリアに聞いた。

「おっと、お嬢さん。誰から聞きました? これはちょっと値が張りますよ。いいですか?」

 頷くリューに従い、店主に向かって承諾するマリア。

「ではお売りしましょう。でも、誰にも言わないで下さいよ」

 店主が差し出したのは、やはり牢獄の鍵だった。
 ちなみに、言うだけあって、値段はかなり張った。

「これで、牢獄の鍵も開けられるようになったな」
「牢屋なんて、勝手に開けてもいいんですか?」
「ほら、漁師町ザハンに神殿があっただろう? あそこに牢獄の鍵が使われていたはずだ」
「でも、確かシスターが、神殿を荒らす者には災いが降りかかりましょう、って言ってましたよ」
「だから、その災いの元が、牢獄に閉じ込められているんだろう。それを、無くすって考えればいい」
「そういうものでしょうか?」

 リューとしては、多少、非合法な手段を取ってもいいから、マリアの身を守るためミンクのコートを買ってやりたい所なのだ。
 無論、彼女には内緒だが。
 ともあれ、宿に泊まり、休憩する。

「ここ、お風呂が無いんですね」

 代わりに、身体を拭くお湯が、大きなたらいに入れられて、個室に運び込まれていた。

「でも、これならリューさんと、裸のお付き合いを」
「するか!」

 部屋の隅でそっぽを向き、うずくまるリュー。

「さっさと体洗って寝ろ」
「うう、リューさんつれないです」

 しかし、リューにも誤算があった。
 発達した犬の聴覚である。
 しゅるりという腰帯が解かれる音。
 ぱさりと脱いだ服が置かれる音。
 かすかに床がきしんだのは、片足を上げたためか。
 なら、次に聞こえた肌を滑る布の音と、やけに小さい、ぱさりという布の音は、やはり……
 なまじ見えないだけに、かえってその姿が生々しく想像されてしまう。
 ぺたんと耳を伏せていても、犬の鋭敏な聴覚はそれを捉えてしまうのだ。
 リューの受難の時は、マリアが身体を洗い終え、服を着るまで続いた。



「さて、行くか」

 船で再び、漁師町ザハンにとんぼ返り。
 神殿にチャレンジする。

「ビリッと来たあぁっ!?」

 神殿に足を踏み入れたとたん、痛みが走った。

「バリアーですね。一歩歩く毎に、体力を消耗させるんです」
「なら、薬草で回復させながら行くしかないな」

 薬草は、外傷には揉んで擦り込むことで傷を治す事ができる物だが、外傷以外の体力の消耗も、飲み込んで摂取することで回復させることができる万能薬である。

「せっかくだから、俺はこの右の扉を選ぶぜ!」

 ようやくたどり着いて中に入ると、宝箱が置かれていた。
 罠などが無い事を調べて開けてみると、祈りの指輪の入っていた。

「よし、これは中々の収穫だ」
「リューさん?」
「次行くぞ、次」
「はい」

 今度は左の扉へ。
 扉を開けて入ってみると、また宝箱。
 中から現れたのは……

「何だこれ?」
「織り機ですね」
「って、機織りの?」
「そうです」

 卓上サイズの織り機だったが、色々と工夫されており、きちんとした織物ができるという。
 鶴の恩返しぐらいしか機織りを知らないリューにとっては、新鮮な物だった。
 ともあれ、金になればとこれも頂く。
 結果から言うと、売り物にはならなかったのだが。

「よし、それじゃあ、帰るか」

 ザハンから南下するとアレフガルドに出たので、最後にラダトームに寄ることとした。



[9148] 第十五章 竜王の城
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/11 19:24
 ラダトームから海を挟んで、城がある。
 そこはかつて、ロトの血を引く勇者によって倒された竜王の城だと言う。
 マリアは打倒、悪魔神官のため、この城の地下へと潜る事にした。
 薬草を持てるだけ持って行き、マリアの精神力に余裕がある内に引き返す。
 こうして、段々と深い所に潜れるようになっていく事で心身を鍛え、もっと上位の魔法を習得するつもりなのだ。

「敵だぞ、マリア!」
「はい、リューさん!」

 現れたのは、グレムリンと呼ばれる、小悪魔一匹と、ミイラ男が四体。

「いつも通り、俺が楯になる。風の魔法で、まずはミイラ男達を頼む!」
「分かりました! 風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 マリアの風の刃の呪文が、ミイラ男達を切り刻むが、相手は既に死んでいる身。
 呪文を二回唱えて完全にバラバラにしてやらないと、動くのを止めない。
 その間は、リューがひたすら壁になって、攻撃を受け止めるのだ。

「やりました、リューさん!」
「よし、グレムリンに幻影の呪文だ!」
「はい、虚ろなる幻影!」

 相手の精神に働きかけ、幻を見せる幻覚呪文を唱えるマリア。
 グレムリンは、現実と妄想の区別が付かなくなり、その場で幻影相手に暴れ出す。

「よし、やるぞ!」

 後は、リューと一緒に魔導師の杖で攻撃し、倒す。

「ふむ、結構金を持っているな」

 今までの犠牲者の物か、ミイラ男達の副葬品か、魔物達は結構な金額の金を持っていた。

「でも、目標までは遠いなぁ」
「目標って、何です?」
「いや、何でもない」

 リューは、マリアの為に、ミンクのコートを買ってやりたいのだ。
 その為に金は無くてはならない物だった。

「さぁ、行くぞ」

 この城の地下には、他に、大きな牙を持ったサーベルウルフ、蛇の化け物バジリスク、蛇が集まって球を作っているようなゴーゴンヘッド、火の息を吐くドラゴンフライが居るが、どれも風の刃の呪文で対処が可能だった。
 こうしてリューとマリアは、目標に向かって邁進していた。
 そして、到達した迷宮の奥。
 ぽつんと置かれた宝箱から出てきた物は、

「勇者ロトの剣!?」
「何でそんな物ばかり見つかるんだ」

 勇者として旅立った王子達は、今頃何をしているのだろうか。
 ともあれ、

「これも、預り所に預けて、王子達に渡すのがいいですね」

 リューにしてみれば、売る事ができれば売ってしまいたい所なのだが、さすが勇者の剣。
 どこの店でも引き取ってくれないのだ。

「そう言えば、新しい呪文を覚えたんだって?」
「正確に言うと、呪文は全て習って覚えています。ただ、覚えているだけでは心身がついて来ないので今まで使えなかったんです」

 そいういった呪文が、この旅で鍛えられて使えるようになってきているらしい。

「ふむ、ゲームじゃないんだから、戦っていれば自然に覚えるものでもないのか」

 なるほどと納得するリュー。

「で、今度の魔法は?」
「相手の魔力に干渉して、防御力を弱める魔法ですね」
「何だって?」

 首をひねるリューに、魔法の基礎を教えるマリア。

「魔物に限らず、この世界で生きている者には全て魔力が備わっていて、その魔力が身体を保護しているんです。それに干渉すれば、防御力を弱めることが可能になるのです」
「例えば鎧を着込んでいた場合は?」
「中身の生身が弱体化するから関係ありません。逆に、身体を保護する魔力を高める呪文もあるのですが……」

 マリアには使えない魔法らしい。
 魔法にもそれぞれ適性と言う物があるようだった。
 ともあれ、そうやって心身を鍛え、使える魔法を増やして行くマリア。
 竜王の城へも、だいぶ深くまで潜る事が可能になってきた。
 そして、とうとう最深部へと辿り着く。

「ここは……」
「ふむ、魔物の気配が無いな」

 最深部に広がる、広大な宮殿。
 その奥の玉座で待ち受けていた者は、

「よく来たマリアよ。わしが王の中の王、竜王の曾孫じゃ」

 ロトの勇者に倒されたという、竜王の子孫だった。

「最近、ハーゴンとかいう者が偉そうな顔をして、幅を利かせていると聞く。実に不愉快じゃ。もし、わしに代わってハーゴンを倒してくれるなら、いい事を教えるがどうじゃ?」

 そう、話を持ちかけてくる竜王の曾孫だったが、マリアは慌てて首を振った。

「いえ、ハーゴン退治には、王子達が向かっています。私には無理です」

 竜王の曾孫は失望したように言った。

「そうか、嫌か…… お前は意外と心の狭い奴だな」
「そんな事を言われても……」
「では、もう何も言わぬ。行くがよい」
「はぁ……」

 ともあれ、立ち去る前に、宝物庫を訪れてみる。
 そこには、鋼の鎧やお金、力の種などの他に、この世界の地図が入っていた。

「これで、今まで行ってなかった場所の事も分かるな」
「そうですね」

 そしてまた、魔物を退けながら地上に出る。

「よし、目標額も達成だ。ペルポイに行くぞ!」

 ペルポイに向かって、意気揚々とマリアを引きつれて出かけるリュー。

「ミンクのコートを買うんだ」
「ええっ、こんな高級品、買ってもいいんですか?」
「今着ている身かわしの服より頑丈だろう」
「それはそうですが」

 こうして、ミンクのコート。
 マリア曰く、モフモフコートを購入する。

「念願の、ミンクのコートを手に入れたぞ!」

 気勢を上げるリュー。

「リューさんとお揃いですね、毛皮」

 マリアもまんざらでもなさそうだった。
 その日の晩は、今までの疲れを癒す意味でも、ちょっと豪華な食事をして宿に泊まる。
 そして、翌朝……

「ふぇぇぇっ! リューさんが毛皮だけに!」

 同衾したはずのリューの代わりに、ミンクのコートに抱きついて眠っていた事に、驚きの声を上げるマリア。

「ふふっ、空蝉の術、大成功だな」

 ベッドの下の床で、あくび交じりに笑うリューだった。



[9148] 第十六章 ベラヌールの街
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/12 17:51
「あと、行っていない所と言えば、ここだな」
「そうですね」

 竜王の城で手に入れた世界地図を前に話し合う、リューとマリア。
 そういうことで、港町ルプガナから、船で北を目指す。
 すると陸地にぶつかり、そこに湖に囲まれた街を見つけることができた。

「よし、行ってみよう」

 船を岸辺に残し、上陸する。
 そこは水の都、ベラヌールの街だった。
 街を散策しながら、住人達の話を聞いてみる。

「雨露の糸を、聖なる織り機で織ると、水の羽衣ができるそうよ。でも、それを作れるのは世界で一人しか居ないんですって」

 女性が話してくれた言葉に反応するリュー。

「聞いたか?」
「はい、確かに」
「聖なる織り機は、漁師町ザハンの神殿から入手済みだ」
「雨露の糸は、確かラダトームのお裁縫の店で聞いた時、ドラゴンの角で採れるって聞きましたね」
「そして、地下都市ペルポイの街では、羽衣作りの名人、ドン・モハメの話を聞いたな。確か……」
「テパとかいう村に住んでいるとか」
「これは、雨露の糸を入手して、行ってみるしかないな」
「そうですね」

 お互い頷き合う。

「とりあえず宿に部屋を取って、もう少し散策してみるか」
「はい」

 リューと一緒に街を歩く。
 それも、見知らぬ異国の街、それも美しい水の都ともなれば、これはデート!
 そして美味しい夕食を食べた後は、夜の宿で……
 リューが知れば、間違い無く妄想だと突っ込まざるを得ないような事を、楽しげな表情で考えるマリア。
 まずは、この街の宿屋に立ち寄る。
 するとそこには、ローレシアの兵士が居た。

「おお、これはマリア様。私は王様からの伝言を王子達に伝える為にこの街で待っていたのですが」

 表情を曇らせる兵士。

「……しかし、トンヌラ様がこんな事になるなんて、私は王様に何とお伝えすれば良いのでしょう」
「はい?」

 果たして、宿屋のベッドには、サマルトリアのトンヌラ王子が伏せっていた。

「こ、こんな所で……」
「何やってるんだ」

 世界を救うはずの勇者がこんな所で寝込んでいる事に、不安を禁じえないマリアとリュー。

「か、身体が動かない…… どうやらハーゴンが僕に呪いをかけているらしい」

 トンヌラ王子は、マリアにそう言った。

「しかし、やられたのが僕一人で良かった…… 多分僕はもうダメだ。さあ、僕に構わず行ってくれっ! ううっ」

 病人を前に話し合うのも憚られたので、部屋を出るマリアとリュー。

「どうしましょう?」
「とにかく、この街の神父に相談してみよう」

 宿を出て街を行くと、ちょうど良く神父の姿があった。

「自らを大神官などと名乗るハーゴンには、いつか必ず天罰が下るでしょう」
「それが……」

 マリアがトンヌラ王子の窮状を話すと、神父は驚き顔で、こう答えた。

「なんと、そなた達のお仲間の方にハーゴンの天罰が下ってしまったと! それは、それは、何と言って良いのやら……」
「ダメだ、こいつ」

 犬の言葉を相手が分からないのをいい事に、吐き捨てるリュー。
 マリアも困り顔だ。

「ほ、ほら、他の人にも聞いてみましょうよ。確か、街の入り口にも布教活動をしている神父さんが居たはずです」

 マリアの勧めに従い、その神父と会う。
 トンヌラ王子の事を説明しかけると、神父は分かっているとでもいうように頷いた。

「話は聞きましたぞ! お仲間は身体が呪いで動かなくなったとか。もしやあなた方は、ハーゴンを倒すつもりでは? 何と無謀なっ!」
「いえ、その……」
「ともかく、勇気あるあなた方の為に祈りましょう。神のご加護があらんことを。アーメン」
「祈るだけかよ!」

 再び毒づくリュー。

「もう、教会は当てにならん。手当たり次第に聞き込みをするぞ」
「はい」

 街行く人々に、話しかけるマリア。
 すると、一人の老人からこんな話が聞けた。

「世界樹の葉には、死者を蘇らせる力があると聞く。ハーゴンは遠くからでも人を呪い殺す事ができると言うが、ここはハーゴンの居るロンダルキアの地ではない。呪いの力も弱いはずじゃ。もしかしたら、世界樹の葉でお仲間を助ける事が出来るかも知れんぞ」
「よし、これなら!」

 世界樹の葉の採れる場所は、街外れの小島に居た女性から聞く事が出来た。

「ずっと東の海の小さな島に、世界樹の木が一本生えているそうですわ。そしてその大切な葉を一度に一枚ずつだけ落とすと伝えられています」

 これで、トンヌラ王子を助ける目処がついた。

「それじゃあ、早速、世界樹の葉を採りに……」
「ちょっと待て、マリア」
「はい?」

 喜んで、世界樹の葉を採りに行こうとするマリアに、リューが待ったをかけた。

「ローレシアの王子の姿が無いということは、多分、彼も俺達と同じ事を聞いて、世界樹の葉を採りに行っているはずだ」
「それもそうですね」
「今ここで、俺達がトンヌラ王子の呪いを解いたとしよう。そうすると当然、彼はローレシアの王子の後を追うはずだな」
「あ……」

 リューが何を言いたいか、想像がついてしまうマリア。

「ローレシアとサマルトリア、あれだけ近い場所なのにも関わらず、延々とすれ違いを繰り返した二人だ。それが今度は世界だぞ」
「……二度と会えなくなる可能性が高いですね」
「そういうことだ」

 こうしてトンヌラ王子の事は、ローレシアの王子、アレンに任せる事にする二人。

「それじゃあ、夕食にしましょうか」
「ああ、歩き回ったから腹が減ったぞ」
「ウナギ料理が、ここのお勧めみたいですよ」
「そうか、かば焼き食べたいなー」
「かば焼きって、何ですか?」
「ああ、やっぱりこっちには無いのか。開いたウナギにタレを付けてだな……」

 湖に面した宿で、美味な夕食をゆったりととる二人。
 こうして、二人の夜はつつがなく過ぎて行くのだった。



[9148] 第十七章 テパの村
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/13 17:35
「あったぞ、雨露の糸だ」

 ドラゴンの角と呼ばれる塔の三階。
 きらりと光る糸を見つけるリュー。
 アレフガルドのラダトームの裁縫店から聞いた話。
 雨露の糸は、空の恵み。
 風に運ばれ、ドラゴンの角と呼ばれる塔の北側の三階にいつも落ちていると聞き、採取にやって来たのだ。

「キラキラして、綺麗ですね、これ」
「ああ、その上、丈夫そうだ」

 用意していた糸巻きに巻き上げて、リューの身体の両脇に振り分けたバッグの中に仕舞い込む。

「さて、それじゃあ、テパの村を目指すか」

 船で南下し、最初に見つけた河を、上流まで遡る。
 行けなくなった所で船を下り、山地を道なりに進んで行く。
 途中、ハーゴンと同じく邪教を崇拝する妖術師、そして斧と楯を装備して襲いかかって来る首狩り族が行く手を阻んだ。

「大いなる眠りよ」

 人間なのだろうか、首狩り族は、容易にマリアの眠りの呪文にかかってくれる。
 そして、リューは、下手な術を使われる前にと、妖術師に噛みついた。
 しかし、妖術師はその攻撃に耐えきった。

「撃てよ雷撃」

 稲妻による強力な雷撃が、リューとマリアを襲う。

「ぐぁっ!」
「きゃあああっ!」

 感電によるショックで、吹き飛ばされるリュー。

「リューさん、大丈夫ですか?」

 自分も痛いだろうに、リューの心配をするマリア。

「大丈夫だ。マリアは、首狩り族の相手をしてやってくれ!」
「はい、風よ、今こそ集い舞い狂え!」

 風の刃の魔法が、首狩り族に炸裂する。
 そして、リューの牙が、ついに妖術師の喉笛をかき切った。
 以前遭遇した、下級の魔術師のように、衣類だけを残して消え去ってしまう妖術師。

「こいつは…… まぁ、今はマリアの援護が先か!」

 眠りの呪文から立ち直った首狩り族に襲いかかるリュー。
 マリアの風の刃の魔法が共に放たれ、そして首狩り族も全滅した。

「大丈夫か、マリア」
「ええ、リューさんと、リューさんが買って下さったミンクのコートが守って下さいましたから」

 こうして、戦い続けながら、テパの村を目指す二人。
 結構な苦労の末、ようやく村へと辿り着く。

「とにかく、宿で休もう。山道ばかりでマリアも疲れただろう」
「はい、ありがとうございます」

 木造の素朴な旅の宿に泊まるマリアとリュー。
 食事も、山独特のもので、この時期が一番脂がのって美味しいというキジ料理は、マリアにも好評だった。

「標高、高いせいか寒いですね」
「俺を肉布団にしているくせに何を言う。ミンクのコートを掛け布団の上に重ねるか?」
「いいです。いつものように、すり変わられてはたまりません」

 全身でリューに抱きついてくるマリア。

「こうすれば、ほら、こんなに温かです」

 寒いのは確かだったので、抱かれるままになってやるリュー。

「風邪でもひかれたらたまらないからな。今夜は特別だぞ」
「はい。寒いのも悪い事ばかりじゃないですね」

 頷いて、幸せそうに、本当に幸せそうに微笑んで眠りに落ちるマリアだった。



 翌朝、羽衣作りの名人、ドン・モハメを訪ね歩くリューとマリア。

「私は旅の兵士。何でも、この村には羽衣作りの名人、ドン・モハメ殿が居ると聞いたのだが…… かなり気難しくて、気に入った道具と材料がないと仕事を引き受けないらしいぞ」

 そういった噂話も聞くが、

「大丈夫ですよ、道具も材料も集めて来ましたから」
「聖なる織り機に雨露の糸、準備は万端だな」

 そして、ようやくドン・モハメの家を探し出す。

「お若いの。道具を揃えて来たな。わしの負けじゃ。よし! 水の羽衣を織って進ぜよう。しかし時間がかかるぞ。日を改めて取りに来るが良い」
「はい、それではよろしくお願いいたします」

 こうして無事、依頼を受けてもらうマリア。

「さて、待っている間、何をする?」
「トンヌラ王子が心配ですから、いったん、ベラヌールの街に戻ってみませんか」
「ふむ、マリアは優しいな」

 そう言うリューに、マリアは微笑んで答える。

「私が優しくなれるのは、リューさんが私に優しくしてくれるからですよ」



[9148] 第十八章 急変
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/14 17:38
「やはり、ローレシアの王子はまだ帰っていないのか」

 水の都ベラヌール。
 その宿屋では、ハーゴンの呪いに掛かったサマルトリアのトンヌラ王子が未だ寝込んでいた。

「遭難とか、してなければいいんですけどね」

 心配そうに言うマリア。

「よし、テパの村に行くついでに、念のため世界樹の葉を取って行こうか」
「はい、確かここからずっと東の島にあるのでしたね」

 こうして東の海へ、船で出港するリューとマリア。
 途中、以前苦戦した翼と剣を備えた魔物、ホークマンに襲われるが、

「マリア、援護を!」
「はい、虚ろなる幻影!」

 マリアとの連携で、危なげなく倒すリュー。
 マリアもだが、リューもこの戦いの日々で大きく成長していた。
 そうして、真ん中に大きな木が一本生えている島にたどり着く。

「これが世界樹ですか」
「トネリコの木に似ているな」

 木を見上げていると、まるでマリア達が来るのを待っていたかのように、その緑の葉がゆらゆらと一枚落ちてきて、マリアの掌に納まった。

「その大切な葉を一度に一枚ずつだけ落とす、か。言い伝えと同じだな」
「はい」

 これさえ持って行けば、トンヌラ王子も回復するはずだ。
 それ以前に、ローレシアのアレン王子が世界樹の葉を持ち帰っていれば良いのだが。

「さて、テパの村に向かうぞ」

 再度、船で河を遡り、山道に入る。
 途中、妖術師やら首狩り族やら、マントヒヒに似たサルの化け物、ヒババンゴを退治しながら、テパの村へと辿り着いた。
 さっそく、ドン・モハメの家を訪ねてみる。

「おお、いい所に来た! 今出来上がった所じゃ! ほーれ、水の羽衣。娘さんが着ると良かろう」

 水の羽衣は、雨露の糸でできているだけあって、滑らかで、それでいて頑丈だった。
 炎による攻撃から身を守ってくれるという。

「ありがとうございました」

 ドン・モハメに礼を言って去る。
 道具と材料を用意して行った事に免じて、料金はタダにしてくれると言う。
 本当に職人気質の老人だった。

「それじゃあ、着てみますね」

 宿に部屋を取って、水の羽衣に着替えて見せるマリア。
 その姿は幻想的で、リューも思わず見入ってしまうほどだった。

「馬子にも衣装とは言うが……」
「褒めてませんね、それ」

 それでも、リューの視線を釘付けにできた事に、満足そうな笑みを浮かべるマリアだった。
 その日の晩は、宿に泊まり、次の日の朝、テパの村を発つ。
 すると、首狩り族が一体で現れ、襲いかかって来た。

「食い物!」

 彼の目当ては、リューらしかった。

「なっ、リューさんを食べようなんて!」
「まぁ、犬を食べる文化もあるがなぁ」
「リューさん、何を呑気な事を言っているんですか!」

 ともかく、マリアと協力して、首狩り族を倒す。

「まったく、とんでもない魔物でした」

 ぷりぷりと怒るマリアだったが……
 なんと、首狩り族が起き上がって仲間になりたそうにこちらを見ている。

「あ、れ? どこかで見たような気が……」

 その首狩り族に既視感を覚えて、じっと見つめるマリア。
 そして、その姿と記憶が重なる!

「あ、ローレシアのアレン王子!」
「はぁっ!?」

 それは、世界樹の葉を探しに出かけて遭難し、野生化したローレシアのアレン王子のなれの果てだった……



「むぐむぐむぐ」
「飲み込んでからしゃべれ」

 突っ込むリューだったが、犬の言葉の分からないアレン王子には通じない。
 食べ物と言っても、体力回復用の薬草しかない。
 ポパイのほうれん草の缶詰みたいに、それを貪り食う王子。

「どこをどう間違えば、世界樹の葉を探してこんな所に迷い込むんです」

 さすがのマリアも呆れをかくせない。

「むぎゅむぎゅ」
「口の中に物を入れながら喋らないで下さい」

 思いっきり薬草を頬張っているその姿は、既にそういう段階では無いのだが。
 ともかく、薬草をごくりと飲み込んで、

「いや、助かった。腹が減って死ぬかと思った」

 そう言って頭を下げる王子。

「その分では、世界樹の葉は」
「うむ、まだ見つからん」
「はぁ、それではこれを」

 世界樹の葉を、王子に渡すマリア。
 王子はそれを見つめると、おもむろに……
 食べようとしてリューの突っ込み、体当たりを食らって吹っ飛ぶ。

「うう……」
「何を食べようとしているんです。それが世界樹の葉ですよ」
「何だ、それならそうと早く言ってくれれば」
「話の流れから、それぐらい察して下さい!」
「そういうのは、苦手なんだ」

 真面目切った顔をして言う王子に、マリアははぁとため息をつく。
 そう言えば、ローレシアの王子と言えば武勇の人だったが、物の機微には疎いという事だった。

「とにかく、ベラヌールに戻りましょう」
「そうだな、早い所、街に戻って飯を食いたい」
「そっちですか!」

 突っ込みを入れるマリア。
 こういうのは珍しい。
 それだけ、アレン王子がいい性格をしているということだが。
 こうして、アレン王子を伴って、船でベラヌールへ戻る一行。
 サマルトリアのトンヌラ王子が寝ている宿に直行し、世界樹の葉を煎じて、トンヌラ王子の口に含ませた。
 トンヌラ王子の顔色が見る見る良くなっていく!
 トンヌラ王子は元気になった!

「ありがとう! 僕はもう大丈夫だ! 心配をかけて悪かったな」

 そして起き上がると、アレン王子とがっしりと手を握り合った。

「さあ、行こう!」
「うむ」

 そして、すっかり蚊帳の外のマリアとリュー。

「熱いな」
「世界樹の葉を見つけて来たのは私達なのですけどね」

 そんな二人に気付いたのか、トンヌラ王子が話しかけてきた。

「君はどうして、こんな所に? 女性の身で旅は危険じゃないかい」
「私には、リューさんがついていますから」

 そう言って、リューの首に抱きつくマリア。

「旅の理由は、父の仇の悪魔神官を追って……」
「悪魔神官? それならうちの城の地下牢に居るが」

 衝撃の事実を告げたのは、アレン王子だった。

「はい?」
「ムーンブルク陥落の知らせが来てすぐだったな。神官姿の男がやってきて、自分を悪魔神官だと名乗ったんだ。まぁ、どこから見ても普通の人間だったし、狂言だろうとは思ったが、時期が時期だったので、地下牢に……」
「そんな、リューさん!」

 マリアの悲鳴じみた声に答えるリュー。

「うむ、あのムーンペタの兵士も神官と呼んでいた。これが本当ならローレシアは、懐に敵を招き入れた事に」
「すぐに行きましょう!」

 旅立ちの準備を整えるマリアとリュー。
 アレン王子達にも、危機を訴えるが、事態を軽く見ているアレン王子達は動かなかった。

「そんな馬鹿な。考え過ぎだ。それに、神官を入れたのは、一番厳重にしてある牢だ。心配は要らない」
「今は、ハーゴンを倒すのが先決です」
「いいです、それなら私達だけでも行きます!」

 こうして、マリアとリューは、王子達と分かれ、ローレシアへと急ぐのだった。



[9148] 最終章 悪魔神官
Name: T.SUGI◆c9cd9219 ID:63fdbecb
Date: 2009/06/15 18:02
「ここは牢屋。王女様のような方が、いらっしゃる所では、ありませぬぞ!」
「急を要するのです。通して下さい!」

 ローレシアの城の地下牢、制止する警備の兵を退けて、一番奥の牢へと急ぐマリアとリュー。
 アレン王子の言う通り、そこはバリアーの床に阻まれた、厳重な造りの牢獄だった。
 そして、扉を開けてそこにあったのは、ムーンブルクの牢にもあった、破壊神との契約に使う魔法陣。
 その魔法陣を床に刻んでいる神官姿の男だった。

「そこまでです! そうやってムーンブルクの城にも、ハーゴンの軍勢を呼び込んだのですね!」

 人間の姿をしていても、男の正体は明らかだった。
 人間は爪の先で、岩の床に魔法陣を刻む事などできはしない。
 牢屋の扉が開いた事に気付いた男が顔を上げ、立ち上がった。

「ほっほっほっ。私をここから出してくれるのですか? ありがたいことです。あなた達の亡骸を、ハーゴン様への手土産にしてあげましょう」

 その姿が、白い一つ目の仮面と一対の角を持った、悪魔神官の姿へと変化する!
 全身を包む、白い神官服には、ハーゴンの崇める邪教の印が描かれていた。

「父の仇…… 悪魔神官!」
「行くぞマリア!」
「はい、リューさん! 退け障壁!」

 敵の防御力を弱める呪文を唱えるマリア。

「ぬぅ、我を守れ魔力の壁よ!」

 魔力による障壁が弱まる事を嫌った悪魔神官が、防御力強化の呪文で、マリアの呪文の効果を相殺する。

「いいぞマリア! 喰らえ、回転地獄!」

 悪魔神官の腕に食らいつき、身体を回転させることでダメージを倍増させるリュー。

「くっ、我を守れ、魔力の壁よ!」
「させません、退け障壁!」

 リューの攻撃に恐れを抱いた悪魔神官が更に防御力強化の呪文を唱えるが、今度はマリアの呪文がそれを相殺する。
 そこにリューの噛みつき攻撃。

「ぐぉっ、くそ、防御力弱体化の呪文は貴様だけの物ではないぞ! 退け障壁!」

 今度は、リューとマリアの防御力が弱められる。

「ふはははは、怖かろう、どうだ、その身を守る鎧を削がれる恐怖は!」

 マリアには、防御力強化の呪文は使えない。
 すなわち、この呪文に対抗する術がない。
 だがしかし、

「退け障壁!」

 構わずに、愚直なまでに自分にできる事を実行するマリア。

「馬鹿な、貴様、怖くないのか!? ぐおっ!」

 先ほどの自分の言葉がそのまま帰ってきた事に驚愕する悪魔神官に、再びリューの攻撃が加えられる。

「くっ、この程度で調子に乗るなぁ! 来たれ、最大の魔術、万物を焼き焦がせ!」

 強力な爆発が、マリアとリューを襲う。

「ふん、忌々しいムーンブルクの血筋などこんなものだ。王を恨み、呪った十三年間。破壊神と契約した、この私に逆らうとは……」
「退け障壁!」
「喰らえ、回転地獄!」
「ぐあぁ!?」

 爆炎の中から現れるマリアとリュー。

「マリア、自分を回復させろ。俺はまだもう一撃ならもつ」
「信じますよ、大いなる癒しよ!」

 自分に回復の呪文をかけるマリア。

「何なのだ、何なのだお前達は! くそう、我を守れ魔力の壁よ!」

 恐怖から、悪魔神官は防御力強化の呪文を唱える。
 リューの攻撃から受けるダメージが、多少弱まったがそれだけだ。

「あなたには分からない。あなたが求めた物とは違う、己に打ち勝つという強さを。死を目の前にしてもなお、信頼しあえる仲間を」

 そして、マリアの癒しの魔法が、リューを完全復活させる。

「う、うおおっ! 来たれ、最大の魔術……」
「あなたの強さなんて、弱いだけ。そんな強さより、強い物を、私はリューさんから教わった」
「万物を焼きこが……」
「させるか、阿呆!」

 リューの回転地獄が、悪魔神官に止めを刺す。

「馬鹿な、こんな事はありえない。いや、あってはならない」

 ずるずると、牢の壁に背を預け、倒れ込む悪魔神官。
 その白い神官服を、リューの牙が引きちぎった。

「うっ」

 思わず目を背けるマリア。
 悪魔神官の身体は胸から下が、いや、心臓さえも無くなっていた。

「やはりか、下級の呪術師等を倒していて、いつも服だけが残るのが不思議だった。悪魔との契約には、生贄がつきものだ」

 呟くリュー。

「では、自分の身体を代償に、破壊神の力を……」
「その通りだ、憎きムーンブルク王の娘よ」

 虫の息の悪魔神官がそう漏らした。

「どうしてこんな真似を?」
「貴様の父上がいけないのだよ。アンナの娘」
「父が? それに母の事を知っているのですか?」

 悪魔神官は呪いの言葉を吐く。

「十三年前、私とアンナは許嫁だった。それをあの王が自分の欲望を満たすため引き裂いたのだ。私を秘密裏に幽閉し、死んだことにして傷心のアンナに付け込んで自分の妻とした!」
「そんな!」

 そう言いながらも、マリアは心のどこかで納得していた。
 あの、ムーンペタで出会った兵士。
 王から、マリアにだけは絶対に告げてはならぬと厳命され、王の死後も忠実にそれを守り続けたのも、悪魔神官の言葉が真実なら納得できるのだ。
 悪魔神官は、更に王を嘲る。

「気の小さな男だったよ。神官だった私を殺して神罰が落ちる事を恐れた。だから私を殺せなかった。後は分かるだろう。私は立場上、禁書に触れる機会があったから、破壊神との契約の方法を知っていた。そして十三年かけて、牢獄の床に破壊神との契約に使う魔法陣を刻んだ」

 それは、全てをムーンブルクの王に奪われた男の呪詛だった。

「ハーゴンのお陰で、闇の力が増していたからな。契約は成り、そして闇の軍勢、ハーゴンの軍団を呼び寄せる事に成功した」
「……お父様に復讐するために、城のみんなを巻き添えにしたのですか?」
「ハッ、もし真実を知ったとしても、勇者の血を引く王を正せる者がこの城の中に居たか? 牢の番人の兵士もその通りだった。奴は勇者の血という忌々しい物に従う奴隷だった。この城の、いや、勇者ロトの血を引く者の治める地に居る者は、勇者という虚名に盲従する奴隷の集まりだ。虐げられた私が復讐をして、何が悪い?」

 悪魔神官の言葉に、沈黙するマリア。
 しかし、彼女にリューは言った。

「それでも、自分の不幸を他人を傷付ける権利にすり替える事はできない。こいつの痛みはこいつのものだ。誰かに埋めてもらえるようなものじゃない。それとも、八つ当たりで埋め合わせが効くような、その程度の恨みなのか?」
「リューさん」

 悪魔神官は、最後の力を振り絞って、マリアを手招いた。

「最後に、せめてアンナの面影を残すお前の顔を見て逝きたい。叶えてくれるか、王女よ」
「よせ、近づくな」

 リューが止めるが、マリアは、首を振った。

「この人は死にかけているんです」

 そして、悪魔神官の手を取ったとたん、呪いがマリアを襲った!

「今、貴様に呪いをかけた。三日以内にその犬と結婚しなければ、貴様は死ぬ! 名づけて死のエンゲージ・リング!」
「な、なにーっ!」

 慌てるリュー。

「ふふ、もう貴様とその犬は魔力でつながれている。犬の寿命が尽きれば終わると思うな! 貴様が生きている限り犬は衰えることなく生き続け、そして犬が死ぬ時には貴様が死ぬ! ムーンブルクの血はここで絶えるのだ!」

 そして、絶命する悪魔神官。

「勇者の血から、解放を……」

 それが、最後の言葉だった。

「言わんこっちゃない、悪党が急に改心した時は、何か裏があるのが相場なんだ。何なんだ、このしつこさは!」

 悪態をつくリューだったが、マリアは違っていた。

「何て素敵な契約……」

 うっとりと、目を輝かせている。

「だ、ダメだ、マリアは使い物にならない。こうなったら、自力で呪いを解く方法を……」
「あるんですか?」
「無くても見つけ出す!」



 三日で見つかる訳もなく。

「それでは、このローレシアの危機を救った神犬リューと、マリア・ムーンブルク王女の結婚の儀を執り行う」
「馬鹿なーっ!」
「幸せにして下さいね、あなた」

 こうして、マリアはリューと結婚し、幸せな生涯を送ることになったのだった。



~雌犬王女と雄犬~ 完


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