こんな童話がある。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこっこと流れてくるではありませんか。
その童話では桃から人間が生まれるという作り話特有のわけわからん展開になるわけだが、これを現実に置き換えるとどんぶらこっこと人間が川に流されてきましたという展開になるのだろう。
「ってそんなこと考えてる場合じゃねぇッ!?」
川へ洗濯にきたおばあさん……ではなく、10台後半と思わしき男性はその手に抱えていた洗濯物を放り投げて川へ飛び込んだ。
どんぶらこっこと流されてくる子供を確保するためである。
第1話 「流されて傭兵団」
「緊急会議を始める」
そう言い放ったのはこの傭兵団を率いる団長だった。
歳の頃は40代、ムッキムキの筋肉と厳つすぎる顔をした泣く子も喚くコワモテだ。名をゼノスという。
そのゼノスを中心に円を組むように4人の男性と1人の女性と1人の少年が座り込んでいた。
「議題は言うまでもない思うが、先ほどテオが拾ってきた少女についてだ」
「あの、団長。そのテオがいないんですが……」
緑の髪をした青年がそう言いながらキョロキョロと辺りを見回す。彼の言ったとおり、今回の騒動というか事件というか、その中心人物である青年がいなかった。
たしか自分は全員集合と聞いた覚えがあるのだが。
「アレには少女についているように言ってある」
青年はその言葉に頷いて納得した。さすがに死に掛けていた少女を手当てしたとはいえ、1人で放置させて置くわけにもいかないのだ。
「で、どーすんっすか団長。あのガキ、どう見てもワケアリですけど」
今度は赤銅色の髪をした目付きの悪い男が面倒くさそうにテーブルに肘ついたまま発言する。隣に座った同年代の青い髪の男が、赤いのに対して「態度が悪い」と肘でわき腹に制裁を入れていた。
盛大に悶える赤いのを特に気にした様子もなく、団長は鷹揚に頷く。このようなやり取りは日常茶飯事というか今更なのだ。
「詳しい話はあの子が目を覚まして話を聞いた後になるが……とりあえず、ウチで保護する方向でいこうと思っている」
その言葉に団員たちはそれぞれの反応を見せるが、全員に共通しているのはやっぱりな、という思いだった。
「団長、今月の収支分かってます?」
そうため息ぎみに問いかけたのはこの傭兵団唯一の女性だった。金色の髪を後ろで束ねた結構な美人だったが、この傭兵団では最古参であり、腕の方もこの団では団長の次という実質ナンバー2の実力者でもある。
だが彼女はナンバー2の実力者というより、もう一つの顔の方がよく知られている。
この傭兵団の懐事情を一手に握る唯一の事務方だ。
「む……そんなに酷かったか?」
「とりあえず、来月も赤字ならこの砦を手放すことを考えないといけないくらいには」
頭が痛い。この見た目に反してお人よしな団長の事は好きだし、その腕には惚れこんでいる。そんな彼だからこそ着いて来ている彼女ではあるが、もうちょっとこう、損得勘定を視野に入れて動いてくれるととってもとっても助かるのだが。
むぅと腕を組んで唸っている団長を見る目が恨みがましくなるくらいは許して欲しいもんである。
「いいじゃないですかフラウさん。ここで見捨てるような団長なんて団長じゃありませんし」
糸目の青年がぽあぽあした雰囲気のまま茶を啜りながら言った。暢気に美味しいですねぇとのたまうその姿に毒気を抜かれてしまう。
分かってる。ここで反対したところで結局あの少女の面倒をみる方向になるのは、今までの経験上イヤってほど分かってるのだ。
なんだかんだでこの団はお人よしばっかなわけだし。
フラウと呼ばれた女性は結局諦めのため息をつくしかないわけだ。
「とりあえず、しばらく食事は肉抜きですからね」
ゆるゆるに緩んでいた空気がピシィと固まる。
これくらいの報復は許されて然るべきだと思うのであった。
***
「テオさーん?」
呼ばれて振り返ってみると扉から顔だけ覗かせるウチのマスコット……ではなく、見習いのアッシュがいた。
齢10歳というこの団の最年少である。もちろん傭兵としての戦いなんぞ出来るはずもなく、主な仕事は皿洗いやら掃除やら馬の世話やらの雑用だ。
「アッシュ、話し合いはもう終わったのか?」
冷たい水で絞りなおした手拭いを少女の額に当ててやる。怪我のせいか冷たい川に流されていたせいか、少女は今高熱を出しているのだ。
「うん、その子ウチで面倒みることになったよー」
そう嬉しそうに言いながら隣に来る。やっぱり同年代の子が来たのが嬉しいらしい。
まぁ会議とは名ばかりというか、結果が見えていたというか、やっぱり予想通りの結果になったらしい。
「まぁ、親父ならそう言うだろうな」
そしてフラウが出費を思って重いため息を吐くのだろう。目に見えるようだ。
「この子大丈夫かなぁ」
赤い顔で息も荒く、非常に苦しそうなその子を前に思わず眉をしかめる。
「とりあえず医者が言うには命に別状はないらしい。熱が引いたら目を覚ますそうだ」
「早くお話してみたいなぁ」
そう言って無邪気に笑う。
「仲良くなれるといいな」
「うんっ!」
この子がどんな事情を持っているのかは聞いてみないとわからない。
ただの迷子とかならいいんだが、この御時勢子供を手放す親は結構居る。悲しい事だが、それが現実なのだ。
もしそうだったら、この子は新しい家族になるんだろう。
「早く目を覚ませよ?」
優しく頭を撫でてやると、ほんの少し、苦しそうな表情が和らいだような気がした。