走る、走る。
遠坂と桜、二人はもう戦っているのだろうか。
なんとしても、戦いを止めなければならない。
通路を抜け、大空洞に出た。
「なっ…」
あまりの広さ、そして中央に位置する大聖杯の禍々しさに呆然としてしまう。
あれは、間違いなく十年前のあの火災で見たもの…。
「なんだよ…あれは」
見ただけで、産まれようとするものが、絶対に産まれてきてはならないものだと分かる。
あれは、破壊するしかないもの。
…いつまでも、呆然とはしていられない。
あれは産まれそうになっているが、まだ産まれていない。
それなら、まだ間に合う。
上を見上げると、桜、そして遠坂の姿が見えた。
桜の周りには巨大な影が、数え切れないほど立ちそびえている。
あの一体が、おそらくサーヴァントに匹敵するほどの魔力を持っているのが分かる。
遠坂の秘密兵器が何か分からないが、とても敵うようには思えない。
早く、戦いを止めなければ。
二人はお互いしか見えていないのか、オレには気付いていない。
走り寄ろうとしたとき、思ってもいなかった奴が眼前に現れた。
血まみれの姿で、そこに立つ男はいつもと同じような人を息苦しくさせるような目でこちらを見ていた。
「…言峰」
「言っただろう、衛宮。私の目的はあれの誕生にある」
一度は、味方になったが再びオレに立ちふさがる敵として現れた。
「正気か、あれがなんだか分かってるんだろう、おまえは!」
「無論だ。そして私は産まれて来るものに全て祝福を与えねばならん」
OKだ、その話は以前も聞いた。
こいつが、話をして主張を曲げるような奴ではないことは分かっていた。
オレとこいつは似たもの同士。
眼前に立ちふさがる敵に対して、拳を握り締める。
ああ、そうか気付かなかっただけで、オレはどうやらこの神父のことが好きだったらしい。
「どけ!」
少年は走る。
言峰は、それに微笑みすら浮かべて迎え撃った。
ライダーが前衛を務め、アーチャーが後衛を受け持つ。
これは、二人の戦士にとっては確認するまでもないことだった。
理由は当然、ライダーの魔眼の影響をアーチャーが受けないためだ。
石化の魔眼もセイバーの対魔力は突破できない。
しかし、確実に影響はある。
今のセイバーは、本来の力よりワンランク下がった状態だ。
それに対して、二人がかりだというのに、戦いは一身一退を続けていた。
ライダーが、その速度を持ってセイバーの周りから360度の攻撃を仕掛けている。
それを蝿でも払うかのように、セイバーは撃ち落す。
わずかに生まれた背後の隙や、側面、あるいはフェイントを入れた正面からもアーチャーは矢を射るのだが、恐るべき直感で察知し、今まで一発もその体に触れることがなかった。
持久戦になれば敗れるのは、二人のほうだ。
セイバーの魔力はほぼ無尽蔵に供給されているのに対して、アーチャーは違う。
先程、宝具を投影したせいで体の中の魔力は、あと半分といったところだろう。
だが、実際には魔力にもう少し余裕がある。
というのも、出る直前に凛から宝石をいくつか預かっていたからだ。
「いい、私からの魔力供給は期待しないで。戦いになったら、多分そんな余裕はなくなると思うから」
私は頷いた。
おそらく、私はセイバーを受け持つことになるだろう。
その際には、凛は桜と戦っていることだろう。
そのときに、お互いに気を配る余裕などあるはずがない。
万が一、凛が倒されたとしてもアーチャーの固有能力である単独行動と、この宝石の魔力があれば、しばらくは闘うことが出来るだろう。
「それでね…その宝石は高いんだから無駄遣いは駄目よ」
「凛、それはいくらなんでも…」
命のかかった状態で、お金の心配をする余裕は無いだろう。
「だから、ちゃんと余らせて、私に返しなさいよね。…返さずに死ぬようなことがあったら許さないんだから」
そう言って、ぷいっと横を向いた。
その顔は赤い。
…相変わらず、素直じゃないマスターだ。
「ああ、了解した。戦いが終わった後、必ず君の元に返しに戻ろう」
その宝石を遣うことを勘定に入れれば、作戦は変わってくる。
ここから、セイバーに必ず当たる宝具を投影するか?
いや、おそらく気付かれるだろう。
気付かれてしまえば、セイバーはこちらに向かってくる。
とはいえ、この状態も長くは続かない。
おそらく、後二分もしないうちにライダーの体をセイバーの剣が捕らえてしまうだろう。
そうなれば勝ち目は無い。
勝負は急がなければならない。このままでは敗れてしまう。
……ならば仕方ない、奥の手を使うしかない。
私は弓を捨てると、凛にすまないと思いつつ全ての宝石を飲み込んだ。
魔力が体にみなぎる。これならいけるだろう。
「ライダー、しばらく時間を稼いでくれ」
返事は無いが、心得たとばかりにライダーの動きの速さが増す。
I am the bone of my sword
―――体は剣で出来ている
こちらの動きを察知したのか、セイバーがこちらに近づこうとするのを、ライダーが防いでいる。
Steel is my body, and fire is my blood.
血潮は鉄で 心は硝子
これは、宝具など持たない、このオレの象徴。
I have created over a thousand blades.
幾たびの戦場を越えて不敗
Unknown to Death.
ただの一度も敗走はなく
Nor known to Life.
ただの一度も理解されない
この魔術は、世界を己の心象風景で塗り替える。
Have withstood pain to create many weapons.
彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う
Yet, those hands will never hold anything.
故に、生涯に意味はなく
セイバーに死を与えることは、一時的な救いでしかない。
彼女は聖杯の妄念に捕らわれたまま、永遠の時を過ごすことになるかもしれない。
それでも、いつか君をオレが解放する。
So as I pray, unlimited blade works.
その体は、きっと剣で出来ていた
その瞬間世界が炎で塗り変わった。
洞窟であったはずのそこは、剣の刺さった荒野が埋め尽くす。
どこまでも広いその荒野に、この世界に存在しない剣などありえない。
ライダーとセイバーは異常を察知して、離れていた。
「これは…」
この世界の異常性にライダーは絶句する。
「固有結界、それが貴方の宝具か。アーチャー」
セイバーはアーチャーを睨みつける。
「そうだ、オレには聖剣も魔剣も所持していなかったからな。宝具が英霊のシンボルだとするのなら、この世界こそがオレの唯一の宝具だ」
アーチャーがすっと手を挙げると、何本もの剣が地面から浮かび上がる。
その全てが一撃必殺ともいえる英霊の宝具である。
「この世界に本物は存在しない。全てが作り物の贋作だ。だが、贋作が本物に劣る道理など存在しない。…試してみるか、セイバー」
「面白い、我が剣で貴公の全力に答えよう!」
ライダーは後ろに下がる。
もはや、この戦いには自分が関与する暇など無いと感じたからだ。
浮遊した無数の剣がセイバーへと襲い掛かった。
無数の剣が突き刺さった荒野。
それ以外には何も存在しない。
固有結界とは己の心象風景で世界を塗りつぶす禁断の魔術。
こんなものが、貴方の世界だというのですか、アーチャー。
ライダーは、アーチャーがどこの英霊であるか知らない。
セイバーの正体は、かのアーサー王であることはアーチャーから聞いた。
アーサー王が女だったことには驚いたが、そういうこともあるだろう。
それに対してアーチャーはあまりにも英霊としては異常だ。
アーサー王と、どこの誰とも分からぬ正体不明の英霊が互角に戦っているのだ。
次々と、持っている剣を取り替えてセイバーに斬りかかっている。
そのたびに、剣技が変化するアーチャーに、さすがのセイバーも手を焼いている。
このまま、勝負が続くならおそらくアーチャーが勝利するだろう。
だが、しかしセイバーがこのまま黙ってやられるはずが無い。
必ず、最後は宝具での決着になる。
だが、それこそが事前にアーチャーと決めておいた作戦である。
凛の宝石の魔力のおかげで、固有結界はまだしばらくは維持できる。
その前に、決着をつけなければならない。
私はセイバーの時代の宝具や、竜殺しの伝承の宝具を次々と取り出す。
セイバーは、次々と取り替える宝具に苦戦している。
後、一押し。それで決着がつく。
セイバーは一度、私を弾き飛ばすと、大きく間合いを取った。
離れた間合いではアーチャーが有利なため、接近戦を挑んでいたセイバーが離れた。
その意味は考えるまでも無い。
セイバーの剣に黒い光が集まり始めた。
「アーチャー、私の全力を受けきれるか!」
それまで、傍観していたライダーが全力で魔力を練り始めた。
「セイバー!」
セイバーは自分の宝具の破壊力に絶対の自信を持っている。
ライダーの宝具も規格外の破壊力だが、セイバーには及ばない。
だからこそ、創りあげる。
ライダーだけで足りないなら補うものを創るまで!
ここは、私の世界。詠唱は必要ない。
ただ、タイミングが全てだ。
早くても遅くても、駄目だ。二つの宝具がぶつかる瞬間を狙う。
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」
「騎英の手綱(ベルレフォーン)!」
黒い光と青白い光がぶつかる直前に、楯を敷く。
「熾天覆う七つの王冠(ローアイアス)!」
七枚の花びらがセイバーの放つ黒い光を受け止める。
そのとき、セイバーは敵の狙いに気付いたがすでに遅い!
飛び道具に対しては無敵を誇る、アイアスの楯がエクスカリバーをほんのわずかな時間だが受け止める。
花びらは全て砕け散り、黒い光は楯を突破した。
だが、それまでだ。
本来のエクスカリバーならば、ベルレフォーンなどものともせずに打ち破っただろう。
しかし、ローアイアスに受け止められた黒い光は勢いを削いでいた。
決着は着いた。
単純な足し算による決着だ。
ライダーの宝具だけでは届かないのであれば、アーチャーがその不足分を足しただけである。
ベルレフォーンはエクスカリバーを破り、セイバーの体を飲み込んだ。
宝具の激しいぶつかり合いにより固有結界が崩れ去った。
景色が元の洞窟へと戻る。
立っているのは二人、アーチャーとライダーである。
「終わりましたね」
ライダーはアーチャーに声をかける。
「…ああ」
アーチャーの眼はセイバーに向けられていた。
エクスカリバーにより、だいぶ弱まったとはいえ宝具の直撃を受けて、セイバーは倒れていた。
甲冑は砕け、血があたりを染めている。
もはや、戦うことが出来ないのは確実だ。
「あ、…」
「どうした?ライダー」
「…桜との契約が切れました」
「…では、間桐桜は死んだのかね?」
「いいえ、生きています。桜の気配を感じますから、…それなのに契約だけが切れるとは」
腑に落ちないのかライダーは考え始めた。
アーチャーも考える、そして一つの結論に達する。
キャスターの宝具、契約破りの宝具…そうかまた無理をしたな。あの小僧め。
士郎は、本当に桜を救ったのだ。
だが、まだ戦いが終わったわけではない。
桜との契約が切れても、あの黒い影はもはや止まらない。
「ライダー、先に行くがいい。私もすぐに追いつく」
ライダーは倒れたセイバーをチラリと見て、頷いた。
ライダーが洞窟の奥に消えるのを見届けてから、アーチャーは剣を持ってセイバーの元に行く。
急ぐ必要は無い、あの傷はそう簡単に修復できるものではないし、すでに桜からの無限の魔力の供給も途切れている。
ライダーが先に行ってくれて助かった。
彼女を殺す役目だけは、絶対に譲れないからである。
アーチャーがそばによっても、セイバーは動かない。
胸が苦しそうに上下するだけだ。
その様子をしばらく見つめていたが、アーチャーはゆっくりと剣を振りかぶった。
「ごめんな、セイバー。また、お前を救うことは出来なかった」
それは、衛宮士郎という一人の少年の声だった。
その声に反応したのか、セイバーはぴくりと動いた。
「あ、…シロウ」
その声に、アーチャーの動きが止まった。
その声は記憶にある彼女そのものだった。
それから、アーチャーは動かない。
セイバーは、どうなってもセイバーのままだったのだ。
ならば、
「………やれやれ」
アーチャーは剣を収めるのであった。
あとがき
書くことは、ほとんど作品で書いてしまったので、もはやありません。
あとは、最後の一話を書ききるのみです。
次回、最終回が一番長い話になりそうです。