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[919] IFアーチャーのHFルート
Name: gin
Date: 2006/01/16 22:47
初投稿の初作品です。よろしければ読んでください。
アサシンはアーチャーから逃れ、木々の闇へと姿を消す。
「上出来…!これで追いつかれる心配も無くなった…!」
「ごくろうさまアーチャー。疲れたでしょ、しばらく休んでていいから霊体に戻っていて」
安心しきった顔で遠坂は言った。
アーチャーは遠坂の方向に振り返ると目を見開いた。
「凛!」
「遠坂!」
木々の陰から生まれるようにアレが浮かび上がっていた。
「え、なに?」
後ろを振り向く。
同時に、黒い影はその触手を伸ばし…。
「とお、さか」
凛の体に黒い触手が今まさに貫かれようとし、
「くっ!」
危機一髪、アーチャーは自分のマスターを抱きかかえ、触手から逃れた。

IFアーチャーのHFルート

黒い影は水風船のようにフワフワと漂っている。
今、逃してしまった獲物に関心があるのか無いのか、それすらも分からない。
遠坂はすぐに状況を理解し、アーチャーの後ろに立った。
アーチャーは黒い影を前にして後ろの主人を守るように立ちふさがる。
「それなら…!」
遠坂はアーチャーに任せて俺はイリヤを守りきる!
黒い影はイリヤを狙っている今、遠坂にはアーチャーがいるが、イリヤにはいない。
俺が、バーサーカーの代わりを果たさなければならない!
フワフワとした黒い影は、ゆっくりとふくらみ始めた。
まずい…!何をするかは分からないが絶対にまずい。
「イリヤ!伏せろ…!」
俺はイリヤに覆いかぶさろうとしたそのとき、
「I am the bone of my sword…」
「えっ?」
驚きは遠坂のものだ。
驚くのも当然だアーチャーは弓兵。
だというのに、赤いサーヴァントが今、呟いたのは魔術の詠唱に他ならない。
アーチャーはいつの間にか携えていた弓を構えている。
弓には矢が無かった。
だとすれば、アーチャーが次にすることは明白だ。
「偽螺旋剣…!」
アーチャーの弓に矢がセットされた。
否、それは剣であった。
しかし、アーチャーが矢として用いる以上、それは剣ではなく矢なのであろう。
黒い影は本能で危機を感じ取ったのか、弓兵に触手を伸ばす。
しかし、それよりも早く射手から矢は放たれていた。
アーチャーが黒い影に放った矢はその体を直撃し、空間ごと引き裂いた。
それだけでは終わらない、後ろの木々を引きずり込む形でねじ切り引き裂いたのだった。
「…すご」
矢が通った先はまるでトルネードが直撃したような状態になっている。
先程のセイバーの宝具とまではいかないが、すさまじい破壊力だった。
アーチャーは油断なく前方を睨んでいる。
「…倒したの?」
「いや、ダメージはあったかもしれんが、この程度で倒せる相手ではない。…この場は逃げたようだ」
アーチャーは言い終えると同時に霊体化した。
やはり、相当な魔力を消費したらしい。
当座の危機が去ったのだから、やすむのは正しい判断だ。
「んっ…」
気が抜けたのかイリヤが足元から崩れるのを慌てて支えた。
「遠坂、イリヤをどこかで休ませないと…」
「…そうね、気に喰わないけど綺礼のところに行きましょう。治療の腕は確かだし」
こうしてこのあと現れたライダーと共に俺と遠坂はイリヤを連れて教会を目指したのだった。

教会で、凛はあの小僧とイリヤを待っている。
衛宮士郎はイリヤが目覚めるのをそばで待っている。
イリヤに怪我はない、ただ気を失っただけである、もうすぐ目を覚ますだろう。
「それで、どうするのだ?凛」
「…何よ?」
アーチャーの問いかけに凛は不機嫌そうに答えた。
「もちろん、聖杯戦争のことだ。残るマスターは君と間桐桜、そして間桐蔵硯の三人だけだ。ただし、間桐桜は蔵硯には逆らえん。となると私は一人でアサシンとライダーの二人を敵にまわさなければならないわけだ」
実際にはそれに加えてあの黒い影にセイバーもいる。
「分かってるわよ。だから今、考えてるんでしょ」
だが、いくら考えたところで勝ち目は薄い。
こちらの駒は弓兵にじゃじゃ馬の魔術師が一人、…おまけで半人前の魔術師一人なのだ。
さらに時間制限として桜が完全に蔵硯の手に落ちる前に、勝負をつけなくてはならない。
「…ところで聞きそびれていたんだけど、あんた記憶が戻ったの?」
「…いや、まだおぼろげだ」
森で宝具を投影したことを言っているのだろう。
宝具は英霊のシンボルそれを使えた以上は記憶が戻ったのだと思うのは当然だ。
「本当?宝具だけ思い出して、記憶は戻らないなんてどんな都合のいい記憶喪失なのよ」
「まぁ、そういうこともあるだろう。なんせあんな乱暴な召還は初めてだったからな」
「うぐぅ…」
痛いところを突かれて凛はどこかのたいやき少女の口癖を呟き、こちらをジト目で見てくる。
…私の正体のことは話せる話ではないが、私の宝具、すなわち投影魔術のことだけは後で話しておくことにした。
そうこうしているうちにイリヤをつれて小僧と神父が出てきた。
その後イリヤの引き取り先でもめていたが、結局、衛宮士郎の家で匿うことになったらしい。
…やれやれ。

凛は衛宮士郎との同盟を続けることになり、これからあの小僧の家に泊まることになった。
もちろん、私は反対したがな。
…まあ、あの小僧はともかくイリヤは保護しなければならないだろう。
イリヤが蔵硯の手に渡ればわずかな勝ち目も消えてなくなることになる。
そして、何よりもあの家には「間桐桜」がいるのだ。
凛ほどの魔術師であればとっくにあの影の正体、そして間桐桜のことも気付いているはずだ。
しかし、凛はあえて気づかない振りを…いや気付きたくないだけなのかもしれないが。
間桐桜の体はとっくに限界が来ている。
まだ、保っていられるのは我慢強さゆえだ。
だが、それも限界だろう、あと数日もしないうちに間桐桜は取り込まれる。
そうなってしまえば、この町、いやそんな規模ではすまないたくさんの人間が死ぬことになる。
…そのときはサーヴァントとしてではなく、守護者として行動ことになるだろう。

部屋割りなどを決めて夕食後に私は屋根で見張っているであろうアーチャーを呼んだ。
アーチャーはすぐに現れたが、その顔は厳しい。
「どうしたの?」
「なに、ここでは内にも外にも神経を使わなければならないからな」
私には感じられないがライダーもこの家にいるのだろう。
「大丈夫よ、向こうからは仕掛けてこないわ」
「…間桐桜がそうでも、サーヴァントがそう思うかは別だ。いつ牙を向けてくるか分からんぞ」
それは、明らかに自分のことも入れた発言だった。
アーチャーは桜とライダーのことを完全に敵視している。
…私だって完全に味方だと思っているわけじゃない。
でも、…
「いい、アーチャー勝手に動いちゃダメよ。…私だって覚悟は決めてる」
アーチャーは試すような目でこっちをまっすぐ見る。
私もまっすぐ見返す。
数秒がたちアーチャーは力なくため息をついた。
「まあ、それはいい。それで明日からはどうする気だ?」
「そうね、昼間は士郎を鍛えて、夜は蔵硯のやつをさがすためにパトロールするしかないわね」
今、出来ることはそのくらいでしかない。
桜はあと数日も持たずに蔵硯の人形となってしまうだろう。
その前に蔵硯を倒してしまわないといけない。
アーチャーは渋い顔をしている。
正気かね?凛とでも言い出しそうだ。
「正気かね?凛」
ほら、やっぱりね。
「いまは、これが最善だと思うけど」
「いや、夜には私も賛成する。だが昼間はまったく無駄なことをしているぞ」
「そうでもないわ。衛宮くんには最低限自分の身を守ってもらわないと、それがパートナーとしての最低条件」
そのためには少しぐらい鍛えてやらなければならない。
「君が、そういうのなら別に構わんが…」
無駄だと思うがな、と肩をすくめる。
その態度にカチンときたわけではないが、私は極上の笑みを浮かべる。
「…どうした、凛?」
アーチャーは私の笑顔に含むものがあることに気付いたらしい。
嫌そうな顔をしている。
「もちろん、あなたにも協力してもらうわ。しっかり鍛えてあげてね」
うわっ、アーチャーがすごく面白い顔になってる。

話を終えるとアーチャーは屋根に戻った。
霊体化しても見張りは続けられるだろうが、アーチャーは実体化したままだ。
アーチャーの視線は外に向けられていない。
敷地内のある一点を見ている。
アーチャーは皮肉気に唇をゆがめる。
「何か言いたいことがあるならば、隠れていないで出てきてはどうかね?」
途端、アーチャーの前方にライダーが実体化する。
「………」
ライダーは無言、そしてお互いの距離は5m、サーヴァントにとっては無いも同じ間合いであった。
「…私は何があっても桜を守るだけです。相手が恋人であろうと実の姉だろうと桜に危害を加えるものは殺します」
「ふむ、それは忠義に厚い立派なサーヴァントなことだ。しかし、悪名高いゴルゴーン三姉妹のメドゥーサの言葉とは思えないな」
アーチャーはメドゥーサの首を切り落としたハルペーに対神宝具のいくつかを思い浮かべいつでも取り出せるように備える。
しばらくにらみ合いが続いた。
ライダーは、ふっと姿を消した、霊体化したのだろう。
アーチャーはふぅっとため息をつく。
物騒な挨拶が終わったところでアーチャーも霊体化し、見張りを続ける。
やけに星が綺麗な夜だった。


あとがき
初投稿のginともうします。
HFルートでもしも、アーチャーが生きていたらを想像して書いてみました。
この後も原作通りに話は進みますが、アーチャーがいてもいなくても関係ないと思われる場面については原作とほぼ一緒ということで飛ばして書いていますのでご了承ください。
レスくれると嬉しいです



[919] IFアーチャーのHFルート2
Name: gin
Date: 2006/01/17 21:36
朝食後、今後の方針はオレと遠坂とアーチャーの三人で蔵硯を探すために町を巡回。

桜とイリヤは家で守りを固めることになった。

現在、道場で遠坂の奴に飲まされた宝石のせいで体が熱い。

遠坂いわく、

「これでいつでも魔術のスイッチをオンオフできるようになったはずよ、その体の熱も昼までには下がるから安心しなさい」

などと言っていたが、そのあともぶつぶつと、

「その宝石だって安くないんだからね、覚悟しなさい」

オレは飲めといわれたから飲んだだけなんですが…何の覚悟でしょうか?
「で、どうすればいいんだ?」

「そうね、魔術についての講義はお昼からにしましょう。それまでは別の特訓よ」

なるほど、だけど別の特訓っていったい?

「見てるんでしょ?出てきてアーチャー」

遠坂の横から赤いサーヴァントが実体化する。

その顔は何かをあきらめたような表情だ。

「…アーチャーがどうかしたのか?」

「ええ、これからお昼までアーチャーと剣のお稽古よ」

遠坂は輝くような笑顔でトンデモナイことぬかしやがりました。

「なっ!?こいつとか」

オレはアーチャーを指差す。

アーチャーの表情は見るからに不満そうだ。

それはこちらのセリフだ小僧、と言いたげな目でこっちを睨んでいる。

「まあ、セイバーには敵わないだろうけどアーチャーもなかなかよ。アーチャーに教わったら、きっといい勉強になるはずよ」

「それはそうだけど…」

どうしても納得がいかない、なぜこんなやつと。

「ちょっと、衛宮君」

遠坂が手招きして耳打ちする。

(はっきり言って、士郎とアーチャーは仲悪いでしょ)

(うっ、そうだけど…)

何故か一目見たときからこいつとだけは相容れることが出来ないと感じたのだ。

(だからよ、これから一緒に戦うっていうのにチグハグなままじゃ困るわけ)

確かに遠坂の言うとおりだが…

(それで、コミュニケーションを取るといっても二人で仲良くお茶を飲むわけにはいかないでしょ)

あいつとお茶を飲む場面を想像してみる…出涸らし飲んで火傷しろと言われそうだ。

(そこでこの特訓というわけ、これならアーチャーの奴ともコミュニケーションが図れるでしょう)

……遠坂さんは少年漫画の読みすぎだと思います。

「さあ、そういうわけだから稽古開始よ」

渋々、オレは竹刀を持つ。

アーチャーの奴も竹刀を一本選んだ。

いつもとは違って二刀流ではないらしい。

オレは構えるが、アーチャーは構えてもいない。

ただ面倒そうに竹刀を片手でぶら下げているだけだ。

だというのに全く打ち込むことが出来ない。

そもそもの技量が違いすぎるのか、こちらは脂汗まで出てきた。

「…ところで、凛。一つ確認していいかな?」

後ろにいる遠坂に振り向きもせず声をかける。

「…いいわ、なに?」

「ああ、稽古をするのは構わんが、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

などとトンデモナイことを言い出した。

いいわけあるか!

「…アーチャー、あなた」

一瞬、ポカンとしたような表情を見せた遠坂だったが、

「ええ、遠慮はいらないわ、がつんと痛い目にあわせてやって、アーチャー!」

………まったく、サーヴァントもサーヴァントならマスターもマスターだ!

こうして一方的な虐殺が始まった。


「大丈夫ですか、先輩!?」

桜が心配そうに包帯を巻いてくれる。

オレに怪我がないところなどなかった。

1.頭はたんこぶだらけだ
2.顔面はあざがないところがない
3.口の中は血まみれで何を食べても血の味しかしない
4.肋骨はヒビでも入っているのか呼吸するたび痛む
5.全身は腫れ上がっている
6.足はガタガタである

俺は動けないと言うよりも動いたらやばい。

「少しやりすぎよ、アーチャー」

これで少しですか?遠坂さん。

「なに、心配は要らん。昼食後までには完全に治っているだろう」

そんなわけあるか!と言いたいところだが、例の不思議再生力によって本当に怪我が治ったのだから不思議だ。


夜の巡回に三人で出る。

間桐蔵硯は時間を稼ぐだけで桜を手にできる。ゆえに、そうそう姿を現すとは思えないのだが。

中央の公園にたどり着く、昨夜の殺人事件によって静けさを増したその場所は、とてもオフィス街の中心の憩いの場とは思えなかった。

凛と衛宮士郎は事件のことについて話している。

私は周辺の様子を警戒する。

この事件の犯人は明白だ、なぜなら私は昨夜、家からふらふらとで行く少女の姿を目撃していた。

私は追わなかった。否、追えなかった。

なぜならその場にはライダーがおり、お互い動けない状態だったのだ。

現在、ライダーと戦っても負けはしないだろうが無駄に魔力を使わせたら間桐桜が暴走するのは目に見えている。

それから、二時間もしないうちに少女はふらふらと満足そうな顔を浮かべて戻ってきた。

このことは凛に話してはいないし、話す必要も無い。

なぜなら、あの少女は実の姉である凛に暗い感情を抱いている。

凛がはっきりと間桐桜に敵対行動を取ればすぐに暴走する危険性があった。

ゆえに、今は動くときではない。

アーチャーは必殺の機会をうかがっている。

そして、その機会は衛宮士郎が握っているのだ。

結局、今夜は間桐蔵硯は現れなかった。

帰り道を私は霊体化したまま無言でついていく。

二人の話は次第に間桐桜の話になった。

私の衛宮士郎としての記憶はほとんど磨耗しているが、桜のことについては覚えている。

彼女はいつでもオレの前では笑っていた。

色々な国へわたるようになって、家には帰らなくなることが多くなった。

そして、たまに帰るといつも桜は笑顔で、

「おかえりなさい、先輩」

…その笑顔を目を閉じれば思い出すことが出来た。

ついには追われる身になって家に帰ることが出来なくなり、それから桜と会うことはなかった。

桜の笑顔の裏側にオレは気付くことなく無意味だった人生を終えた。

そして、死後に気付かされることになるとはな。

……エミヤシロウは間桐桜を殺すだろう。

多くの顔も知らない誰かを救うために、エミヤシロウにはそれしかないのだ。

この夜は何事もなく家路に着いた。

アーチャーはいつものように屋根で見張りを、凛とイリヤは秘密兵器を作るために部屋にこもっている、士郎は桜に魔力補給してこの夜は更けていった。


あとがき
さっそくのレスをみなさん、ありがとうございます。
レスでもあったように行間を空けてみましたがどうでしょうか?
1日、一話のペースで時間のあるときに書いているので、一話一話のボリュームは少なくなってしまいますが、ご了承ください。
意見、感想をくださると嬉しいのでお待ちしてます。



[919] IFアーチャーのHFルート3
Name: gin
Date: 2006/01/18 23:11
朝食の後、道場でアーチャーと剣の稽古だ。

ニュースでは新たな被害者が次々に出ている。

それを見て気合が入ったのか、アーチャーの剣を昨日よりも多くさばくことが出来た。

アーチャーが複雑そうな表情で振り下ろす剣を受け止めはじく。

とはいえ、やはり何発かはさばききれずもらってしまう。

そんなこんなで朝の稽古が終わった。

体中怪我をしていたが昨日よりも確実に少ない。

「アーチャー、あなた昨日よりも手加減した?」

そのことを疑問に思ったのか、遠坂は自らのサーヴァントに問いかけていた。

「いや、昨日と同じだけの加減しかしていない。傷が少ないのはその小僧の技量が上ったからだろう」

アーチャーは複雑そうな顔をしている。

「一日かそこらで剣の腕が上ったりするものかしら?」

「…昨日まではその小僧に型というものが無かったが、今日は未熟なりに型の様な物が出来ていたからな」

うっ、もしかしてアーチャーの剣技をまねてみたのがばれている?

「そっか、まあ最初は誰だって人の真似から始まるものだし、いいんじゃない」

遠坂にもばれていたみたいだ。

だって仕方ないじゃないか!昨日はボコボコにされたのが悔しくて、何度もアーチャーの動きをイメージの中でトレースしてたんだし。


小僧はイリヤと買い物に出掛け、桜は部屋で眠っている。

凛は私を自分の部屋に呼び出した。

「アーチャー、あなたの投影魔術で創って欲しいものがあるの」

凛は私を呼び出すなり、そんなことを言い出した。

「何をかね?この間も言ったとおり私が投影できるのは剣以外ないのだが」

実際には、釣竿なども投影できるが、まあ今は関係の無い話だ。

凛にどんな剣を投影しようと、それほど役に立つとは思えなかった。

「その前に質問なんだけど、あなたセイバーの剣を投影できる?」

「…どうかな、あれほどのものになると真に迫ることは出来るだろうが、完全な投影は不可能だろうな」

セイバーの宝具は火力で言えば宝具の中でもトップクラスに入る。

例え、あの影であろうとセイバーの宝具を受ければ跡形も残らないだろう。

「そう、だからあなたにはセイバーの宝具に対抗できるだけのものを作ってもらうわ」

「それほどの物は、私の知る限りでは存在しないが…」

セイバーの剣と真っ向に戦えるのは、かの英雄王のもつ宝具ぐらいだろう。

だが、あれは私には投影できない。

「その点は安心して、私とイリヤで今作ってるものがあるんだけど、それならばセイバーの宝具にも負けないわ」

「何かね、それは?」

「我が遠坂家に伝わる大師父の遺産よ、設計図を今イリヤが読み取っているんだけど、それが終了したら投影してもらうわ」

大師父といえば魔法使いのキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグのことだろうか。

確かに彼の遺産ならば期待できるな。

だが、それほどのものを現物を見ないで投影できるだろうか?

「その点は、安心して。ちゃんとその辺のところは考えているから」


夜、いつもの巡回に出る。

無駄だと分かっている巡回だ。

間桐臓硯は現れないだろうし、例え現れても今の戦力では逃げるしか手が無い。

それでも、これ以上の被害拡大を防ぐために街に出た。

街は静かだった。

静か過ぎた。

その異常には三人ともすぐに気付いた。

街は眠りに尽いたと言うレベルではなかった。

ここに人の気配など存在しなかった。

眠りではなく生きているものがいないという完全な静寂だった。

ここ周辺の50件ばかりの家々はその姿を保ったまま、住人のみが消えていた。

この惨状を何が引き起こしたかなんて考えるまでも無かった。

その惨状を見て凛は悔しそうな表情を浮かべ、アーチャーは冷静にその惨状を眺めるだけだ。

士郎はこの惨状を見て、全く関係の無いはずの桜を思い出していた。

何故、関係ないはずの桜を思い出すのかそのときの彼には分からなかっただろう。

いや、分かろうとしていないと言ったほうが正しい。

関係ないとそう思わなければならなかったのだ。

彼の苦しみを遠坂凛は知る由もなく、弓兵は気付いていたのだった。

しかし、その弓兵ですら、その様子を眺めるアサシンと間桐臓硯には気付かなかった。

間桐臓硯は桜の残った理性を断ち切るために、少年を利用するつもりだった。

少年に裏切られれば、桜は崩壊すると考えていた。

しかし、その考えは桜の少年への強い想いを計算に入れてはいなかった。

桜はその少年になら殺されてもいいのだ。

ゆえに、その計略は弓兵にとっての必殺の機会に他ならなかった。


その夜、衛宮士郎は不安から逃れるためだけに桜を抱いた。

ちなみにギルガメッシュこと慢心王はこの夜にいつものように慢心して、桜においしく食べられました。


あとがき
皆さんの意見、感想は大変参考にさせてもらっています。
今回の話はあまりにも何事もなくて申し訳ないです。
本編のHFルートであれば英雄王の話とか士郎の体のこととかでいっぱいなんですが、このお話はアーチャーが主人公なので、この日はこんなもんです。
でも、次の日は本編でも重要な話だったので当然のことながら弓兵も動きますので楽しみにしていてください。



[919] IFアーチャーのHFルート4
Name: gin
Date: 2006/01/19 23:17
今朝はアーチャーとの稽古どころではなかった。

桜が血まみれで玄関に倒れていたのだから。

オレはすぐに、桜を運び出し遠坂に任せた。

桜は見た目は昨日とあまり変わらなかったが、遠坂の話ではもうボロボロらしい。

このままじゃ、桜が…と思っていたときアサシンが結界と二人のサーヴァントの目をごまかし、オレに間桐臓硯との密会を設けられた。

その密会の場で、オレは気付きたくなかったことに気付かされたのだった。

このままでは桜は保たない、そしてこれからも犠牲者が出続けるということ、そしてそれを解決する方法は一つでオレにしかできないということだ。


密会が終わり、オレは家への道を歩く。

…歩く、歩く、歩く、歩く、歩く。

桜の待つ家に向かって崩れそうな足で歩く。

坂を下りる、このままいつもの坂を登れば、もう衛宮の家だ。

その坂の頂上付近で、

「どこへ行っていた、衛宮士郎」

アーチャーがこちらを睨み立っていた。

…アサシンには気付かなくても出て行くオレには当然気付いたようだ。

「…別に、ただの散歩だよ。お前こそ遠坂を守ってなくていいのか?」

オレはできるだけ平静を装い、そのまま通り過ぎようとする。

だというのに、

「その様子では、あの影の正体を知ったようだな。ふん、とっくに薄々感づいていただろうに、つくづく救われない男だな、衛宮士郎」

アーチャーは、はっきりと核心を突いてきた。

「おまえ、…」

いつから、などという問いは口から出ることはなかった。

もう、そんなことには意味がない。

「…遠坂は、知っているのか?」

アーチャーはその質問に答えず、オレの目をまっすぐに見据える。

喉が渇く、全身の血が逆流しているような感覚がする。

アーチャーはただ無言で衛宮士郎を睨みつけている。

どれぐらい経っただろうか、一分にも満たない時間がやけに長く感じられた。

「分かっているな、衛宮士郎。おまえは、おまえが倒すべき相手をすでに知っている」

それはいつか、教会の前で同じ言葉を同じ男に言われた。

アーチャーの言葉は衛宮士郎の迷いという傷口を抉り取る。

「思い出せ、今まで何のために生きてきた。救いを求める人々を救うために、無関係に巻き込まれていく誰かを助けるために自らを肯定してきたのだろう」

オレのことを知らないはずの他人の言葉のはずなのに、それは自分自身の生き方を知っているかのようだった。

「それを、たった一人のために否定するのなら、それを裏切るなら、…衛宮士郎は自分自身に裁かれることになる」

目の前の男はオレ以上にオレの在り方を断言した。

アーチャーは話が終わったとばかりに霊体化し主の元へと戻った。

この会話はいつかの繰り返しだ。

そして、オレはあの時、正義の味方ではなく桜の味方を選んだ。

それでは、今度はどうするべきなのか。

いや、答えは出ている。

そうしなければならない、そうしなければならない。

あの十年前の惨劇の中、唯一、生き残った俺があの惨劇が再び起こることをどうして許すことが出来るのか。

そう…オレは自らの手で桜を…さなければならない。

夜の十時、ライダーは異変を感じて自らの主の元へと戻ろうとしていた。

おそらく、あの少年が真実を知り、桜を殺そうとしているのだろう。

少年とは数回しか会話したことがないが、その人となりは感じ取れたのでこの決断をするのにどれほど悩んだかは想像を絶する。

そのことについて、ライダーは少し心痛んだが、それだけのこと。

桜を傷つけようとするものは誰であれ生かしては置けなかった。

まだ、少年は部屋に入ったばかり、まだ間に合う。

それを、

「どこへ行く気だ、ライダー」

赤い弓兵がその行く手を阻んだ。

ライダーは立ち止まりアーチャーを眼帯越しに睨みつける。

「どきなさい、アーチャー。どかないのならば殺します」

対するアーチャーは無言だ。

もはや、言葉は不要とばかりにアーチャーの両手には短刀が握られている。

思えば、この男は初めから桜のことを殺そうとしていた。

それを今夜、必殺の機会を得て実行したにすぎない。

ライダーは絶望的な突進を始めた。


アーチャーにとってはこの戦いはほんの少し時間を稼ぐだけの戦いだ。

ライダーを倒す必要はまったくない。

この勝負は初めから全てアーチャーが有利であった。

ライダーの放つ一撃をアーチャーはさばき続ける。

反撃してくる様子もないアーチャーの戦いぶりにライダーはさらに苛立つ。

アーチャーの守りは鉄壁だ。

とてもじゃないが通常の攻め手では崩せない。

アーチャーを倒すとするのならば宝具を使うほかに手は無い。

しかし、宝具は大量の魔力を消費する。

そんなことをすれば桜の体が持たないだろう、それでは本末転倒だ。

ゆえにライダーに出来ることは無駄だと知りながら、突進を繰り返すのみだった。


戦いがはじまって三十秒程経つが、まだ桜は死んでいない。

おそらく、衛宮士郎は桜を目の前にしてナイフを振り下ろすのをためらっているのだろう。

だが、それも時間の問題のはずである。

あの男は今までの自分を否定できない、否定できるはずがない。

その結果として、この身があるのだから。

初めから、衛宮士郎がすぐに桜を殺せる男でないことはとっくに承知している。

ゆえに、時間を稼いでいるのだ。

じきに、あの男は決断しナイフを振り下ろすだろう。

そのとき、この戦いは終わることになる。

桜が死ねば、残る敵は間桐蔵硯とアサシンだけということになる。

決して楽観していい相手ではないが、アーチャーはアサシンにならまず間違いなく勝利することが出来る。

ああ、そうなると自分の目的も達成できるのではないか?

衛宮士郎を自らの手で殺す、すでに諦めかけていたが可能性が再び出てきた。

そんなことを頭の片隅で考えながら、アーチャーは守りに徹する。

さらに、一分ほどが経過するが、桜はまだ生きている。

何をしているのだ、あの小僧は。

アーチャーは、決まっている答えを出そうとしないかつての自分に苛立ちを感じ始めた。

騒ぎを聞きつけた凛とイリヤが縁側から、中庭での二人の戦いを見ている。

二人ともこの戦いの理由が分かっており介入する気はない。

さらに、状況が動かないまま、戦いが続き意外なほどあっけなく決着がついた。

「士郎!」「シロウ…」

その声にアーチャーもライダーも戦いを中断する。

衛宮士郎が桜の部屋から出てきたのであった。

桜はまだ生きている。

だというのに、何故貴様はそこにいる!?

アーチャーが硬直している隙にライダーは己の主の元へと戻っていた。

士郎が縁側から裸足で中庭に出てくる。

そして、アーチャーの前に立つ。

その目には迷いが全くなかった。

アーチャーは殺気を隠そうともしない、完全に敵を見る目で士郎を睨んでいる。

「士郎…、アーチャー」

凛は近づくことが出来ない。

それが引き金になってしまうかもしれないからだ。

ただ、自分の手の甲のあとたった一つの令呪を確認した。

「…貴様、自分が何をしたのか分かっているのか!」

「…ああ、分かってるさ。もう、迷わないと決めたんだ」

アーチャーの敵意のこもった目をまっすぐな目でにらみ返す。

「オレは、これから桜を守り続ける。世界中が敵に回っても桜を守ってやるんだ。俺は桜の味方になる!」

一切の曇りもない、まっすぐな感情を口にした。

その言葉にアーチャーの心の中にあらゆる感情が流れ出した。

絶望、憤怒、憎悪、悲哀、恐怖、嫉妬、歓喜、そして最後は真っ白になった。

今、目の前にいる男が誰だか分からなくなる。

お前は誰なんだ?

そして、オレは誰だ?

静寂が二人を包む。

声を出すものは誰もおらず、虫すらも鳴くのをやめていた。

やがて、アーチャーは口を開いた。

「…そうか、お前は選んだのだな。では、好きにしろ」

その言葉には信じられないほど虚ろであった。

アーチャーは霊体化すると、屋根に戻った。

「ちょっ、ちょっとアーチャー!」

凛が慌てた様子でアーチャーに呼びかけるが返事は無い。

イリヤはいつのまにか士郎の元へと来ていた。

「イリヤ…」

「ううん、何も言わなくていいよシロウ。言ったでしょ、公園で。どんな選択をしようと私はシロウの味方でいてあげるって」

イリヤはニッコリと微笑んだ。


「…どうした、凛。何か用か?」

私は、アーチャーを屋根から部屋に呼び出したのだが、なんと言っていいか分からない。

ただ、分かっているのはアーチャーがひどく傷ついているということだけだ。

アーチャーからは皮肉気な様子はすっかり消え、まるで傷ついた子犬のようだった。

「どうしたのよ?さっきから全然、あなたらしくないじゃない」

「オレらしくない?…オレらしいというのはどんなのなんだ?」

力なく、アーチャーはいつもと違う口調で呟く。

アーチャーはいつだって余裕があって、使い魔のくせに可愛げが全く無く、いつも皮肉を口にするキザったらしでないとならない。

…そうじゃないと、私が困ってしまう。

「いい、アーチャー。何がそんなにショックだったか分からないけど、戦いはまだ終わってないのよ。あなたがそんな様子でどうするのよ」

「…愚問だな、凛。私はショックなど受けていない。私は冷静そのものだ」

…そんな顔で言われて、どう信用しろと言うのか。

何故だか、分からないがいまのアーチャーは普通じゃない。

このままじゃ、明日以降の戦いに影響が出る。

なんとかしないとならない。

しかし、私はこんなときになんて言ってやればいいかわからない。

どうしようかとかんがえたとき、なんとなくアーチャーの唇が目に入ってしまった。

どうして、そんなことをしたのか後になって考えてみても分からない。

きっと、私も混乱していたのだと思うしきっと若さゆえの過ちというか勢いというか、とにかく気付いたら私は背伸びしてアーチャーの唇に自分の唇を重ねていた。

アーチャーの目が驚きで見開かれる。

当然だろう、やってしまった私自身が驚いているのだから。

「…凛、君は」

「あっ、ごめん!今の無し。すぐに忘れて。ほらなんていうの、そんな雰囲気かなぁと思っちゃっただけで、他意は無いっていうか…。とにかく気にしないで!」

アーチャーの言葉を慌てて遮った。

考えてみれば、これはファーストキスだ。

あらためて顔が熱くなるのを感じる。

もう、すでに真っ赤になってしまっているだろう。

とてもじゃないがアーチャーの顔を見れない。

アーチャーはさっきから無言だ。

呆れてしまったのか、もしかしたら軽蔑されてるかもしれない。

こんなときに君は何を考えているのだ、とか。

そっと、アーチャーの表情を伺ってみる。

アーチャーはまっすぐ私を見つめていた。

「あっ…」

何も言えなくなり、呼吸が停止する。

アーチャーはゆっくりとした動作で、私を自分の胸元へと引き寄せた。

「アー、チャー?」

恐る恐る顔を上げると、アーチャーの顔が近づいてきた。

………セカンドキスだった。

その夜、遠坂凛はまあ色々あったとだけ告げておこう。


あとがき
この話で完全にアーチャーと士郎は別人になってしまいました。
そして、物語は佳境へと向かっています。
次の日の話は一話でまとめるには長くなるため、二話か三話に分けさせてもらいます。
皆さんの意見や感想をお待ちしています。



[919] IFアーチャーのHFルート5
Name: gin
Date: 2006/01/20 22:22
注意:弓凛の固有結界が前半から中盤まで展開されているので、そういうのが嫌いな人は飛ばして、後半からお読みください。
朝が来た。

基本的に朝が弱い私は起きるまでのこの時間が辛い。

しかし、泣き言などは言ってられない。

私は無遅刻無欠席のパーフェクトな生徒として通している。

とりあえず、体を起こしまだ眠たい目をこする。

意識が、まだぼんやりとしている。

えーと、とりあえず昨日の夜のことを思い出すとしよう…。

イリヤと一緒に大師父の遺産の残りを完成させようと部屋にこもって…。

戦っている音が聞こえてきたから、外に出てみるとアーチャーの奴とライダーが戦っていて…。

士郎が出てきて、戦いは中断されたんだけど、アーチャーと一触即発の状態で…。

その後、様子がおかしくなったアーチャーの奴を部屋に呼び出して………!!!!!!

顔が一気に赤く染まる。

一瞬で目が覚めてしまった。

それから、慌てて自分の服を確認する。

…ちゃんと着ている、あれは夢だったのか?

そんなはずはない、誰かが眠っている私に服を着せたのだろう。

顔がさらに熱くなるのを感じる。

誰が着せたかなんて考えるまでもない。

士郎か誰かが万が一、部屋に起こしに来てしまったことを考えて、気を利かせたのだろう。

しかし、その場面を想像すると、とんでもなく恥ずかしくなる。

…まずい、こんな顔は誰にも見せられない。

魔術師は、常に冷静でないとならない。

落ち着け、落ち着け。

一度、深呼吸すると高まっていた鼓動が幾分か和らいだ。

「…顔、洗おう」

ふらふらと、洗面所に向かう。

途中で、誰とも遭遇しないことを祈りながら。

「リン、やっと起きたの」

そう、思っていたら帰りにいきなり白い悪魔に遭遇した。

内心の動揺を外に出さないように気をつける。

「昨日は、途中で中断しちゃったけど、あと少しなんだから完成させましょ」

「そ、そうね」

声が必要以上に裏返った気がするが大丈夫、気付かれてはいないはず。

「本当は昨日のうちに仕上げたかったのに…」

イリヤが不満そうな目で私を見る。

「しょうがないわ、あんなことがあったんだから」

私が昨日のことについてため息をつくと、イリヤは途端に小悪魔な笑顔を浮かべた。

「そうね、部屋でアーチャーと二人であんなことしてたんじゃ、しょうがないわ」

………時が止まった。

頭の中が真っ白になり、世界が歪んで見えた。

亡くなった、父さんが綺麗な川の向こう岸で手を振っている幻覚まで見えてきた。

「なっ、ななななっ!?」

口から言葉が出てこない。

「それはそうと、アーチャーとシロウなら二人で道場にいるわ」

沸騰していた頭が今の言葉で、瞬時に冷める。

しまった、何故、そんなことに気が回らなかったのか。

今、あいつらを二人にしておくのはまずい。

道場に走る。

最悪な場合も考えておかなければならない。

凄惨な場面を覚悟しながら道場の扉を押し開くと、

スパーン!バシーン!

と、竹刀の景気のいい音が道場に鳴り響いている。

「ふん、無様だな衛宮士郎。これで貴様は今日十回は死んでいる」

「うるさい!もう一本だ」

それは、どこからどうみても剣の稽古だ。

「ちょ、ちょっと何してるの二人とも」

最悪、殺し合いの場面まで想像してたので口をポカーンとさせてしまう。

「…?、剣の稽古だが。それ以外の何に見えるのかね君は」

アーチャーの様子はいつもと同じだ。

「ああ、昨日は出来なかったから。遠坂も起こせばよかったか?」

士郎の様子もまったく変わっていない。

むしろ、二人の間に流れる空気はけっして良くはないが、マシになっているようにさえ思えた。

「ちょうど、凛が来てキリがいい。今日はここまでだ」

「ああ。遠坂、オレはちょっと朝飯を作ってくるから」

士郎は道場を出た。

一人残った、アーチャーに話しかける。

「ちょっと、アーチャーどうしたのよ?」

昨日が昨日のことだったので、何か企んでるのかと疑ってしまう。

「…別に、そういう生き方も選べたのかと、少し見直しただけだ」

あっ、やばい。また、昨日の顔になってる。

「そのことはいい。それよりも、凛。切り札は完成したのかね?」

アーチャーは明らかに、話を変えようとしていたのには気付いたが、私もそれに乗ることにした。

「あっ、まだよ。だけど、骨組みは完成しているから、今夜中に投影を行うわよ」

「了解した」

これでもかというほど、いつもどおりのアーチャー。

こっちとしても、その方がやりやすいんだけど、もうちょっと何か態度に出てもいいんではないか?

こっちは、その…はっ、初めてだったんだし、もう少し気の使いようというものがあるだろうに。

「それでは、凛。私は屋根で見張りに戻る」

アーチャーは言い終えると、歩いて道場の扉を開けた。

…さてと、私も気を取り直さないと、まずは朝食だ。

そうして、私も道場から出ようとするとアーチャーはまだそこに立っていた。

「どうしたの?」

アーチャーはこちらに振り返って笑顔で言った。

「言い忘れたことがあってね、……凛、可愛かったよ」

とんでもないことを言うと同時に霊体化した。

せっかく冷めたはずの頭が再沸騰する。

というか、蒸発しかける。

「っ…!」

完全な不意打ちだ、アーチャーの奴め!

ふらふらしながら食卓に向かう。

…いや、やっぱりまた顔を洗おう。

熱くなった顔を水で再び冷やしに行った。


屋根に上ったアーチャーはふらふらしている主を微笑ましく見ていたが、瞬時に気分を入れ替える。

桜の部屋にはライダーの気配が感じられる。

昨日の今日のことだ、もう部屋から離れる気は無いのだろう。

あの小僧が桜を殺せなくなったいま、アーチャーに打つ手は無い。

ここで見張りを続けるのみだ。

そして、アーチャーは昨日のことを思い出す。

何があっても桜の味方をすると、あの少年は言った。

その何の迷いも無い姿にアーチャーは激怒し、そして何よりも嫉妬した。

自分は、一度も自分の気持ちで人を救ったことなど無い。

ただ、憧れていたものに近づくために、理想のために動いてきた。

だが、あの少年は他のたくさんの誰かよりも桜を選んだのだ。

それは、かつてのエミヤシロウの理想である正義の味方なんかではない。

ただ、自身の気持ちで桜の味方を選んだのだ。

…その時点で、この身とあの少年は完全に別人となってしまった。

アーチャーが自らの手で殺したかったのは、愚かであったかつての自分自身。

ゆえに、別人となってしまったあの少年を殺すことはただの人殺しだ。

それに、気付いたときアーチャーは自身が完全な道化であることが分かった。

選べたのだ、オレも他の道を選べたのだ。

だが、もうそれは過ぎ去ってしまったこと、この身はどうあろうと守護者の枠から外れることは無い。

それゆえに、昨日の夜は失態を見せてしまったが、気持ちは凛のおかげで落ち着いた。

あの少年が、桜の味方をするというのなら、自分も今までの生き方を通すだけだ。

間桐桜が正気でいられるのは今日で最後だろう。

凛は魔術師だ、本心はどうあれ殺すことを選択するだろう。

そして、その考えは私も変わらない。

一人を殺すことで、何人もの人が救われるなら迷わず成し遂げる。

だが、あの小僧は最後まで桜を守ると言っていた。

…どちらにせよ、対立するということか。

そんなことを考えていると、衛宮士郎が玄関から走っていく姿を見かけた。

何を考えているか分からんが、放っておくことにした。


朝食を桜の部屋に持って行く途中、士郎が家から飛び出したのを見た。

「あの、馬鹿!何を考えてるのよ」

士郎が何を考えてるかは知らないが、まずは桜だ。

「桜、入るわよ」

返事は無い、気配からして眠っているのだろうと思った。

「ちょっと、外に出てくるけどおとなしく眠っているの…」

そう言いかけて、

「……やられた。やってくれたわね、桜」

部屋に間桐桜はおらず、ベッドに横たわっているのは別の人間だった。

「…見下げ果てたわ、ライダー。サーヴァントともあろうものがベッドで主人のフリをしているなんてね」

ベッドにいるのは桜ではなくライダーであった。

状況を理解したアーチャーが屋根から降り、凛の前で実体化する。

「…すまない、凛。どうやら明け方にはすでに入れ替わっていたようだ」

普段ならアーチャーが家から出る桜を見逃すはずがないが、…まあ、今回は仕方ない。

「サクラは自分が帰ってくるまで、あなたたちを外に出すなと」

凛は舌打ちする。

ここをアーチャーに任せて自分は桜を追いかけようかとも考えたが、もう間に合わないだろう。

ならば、桜が帰ってくるまで待つしかない。

「ほんと、頭きた。一人じゃ出来ないからあいつが助けようとしたのに、結局一人で解決しにいくなんて」

「抵抗しないのですか、意外ですね」

「無駄なことはしない主義なのよ、今から行っても手遅れだろうし、それよりもライダー」

ここで一旦、凛は言葉を切った。

「言っておくけど、あの子はもう帰ってこない。…いいえ。帰ってきたところで、私たちの知ってる間桐桜ではなくなってるわ」

冷え切った声で、魔術師は最悪の結末を口にし、弓兵は避けれないこれからの顛末に拳を握り締めた。


あとがき
皆さんのレスで一喜一憂してしまいました。
この話を考えたときにはすでにこういう展開を考えていたため、自分としてはなんでもないようなつもりだったので、皆様の反応にびっくりしてしまいました。
これまで、毎日、更新してきましたが、もうすぐテストが近いので、しばらくは更新が延びると思います。
テストが終わったらまた書き始めますんで、見捨てないで下さい。
意見、感想はドキドキしますがお待ちしております。



[919] IFアーチャーのHFルート6
Name: gin
Date: 2006/01/26 23:01
間桐桜は玄関からいつものように帰ってきた。

しかし、変質しているのは明らかだった。

昨日までなら信じられないような敵意を持った目で凛を見ている。

「…そう、もう部屋でおとなしくしている気は無いのね」

「ええ、姉さんの言うこと、もう聞く必要なんてない」

途端、桜の足元から黒い影が中庭を蹂躙していく。

「だって、私のほうが強いもの」

「桜、あんた」

黒い重油のような影から黒に汚染された剣の騎士が這い上がってきた。

「セイバー、聖杯を捕まえて。抵抗するようなら多少の乱暴は構わないから」

「…………」

黒いセイバーは無言でその言葉に従う。

「アーチャー!」

それを立ちふさがる形で、赤い弓兵が黒い騎士の前に立つ。

「くすくす、そういえば姉さんはにまだサーヴァントがいたんでしたっけ。いいわ、セイバー。まず、そちらから…」

桜の言葉が終わるか終わらないかのうちにアーチャーはセイバーに斬りかかった。

セイバーはその一撃をたやすく受け止める。

「くっ!」

攻撃を仕掛けたはずのアーチャーが吹き飛ばされたように後退する。

後退は許さないとばかりに、セイバーはアーチャーに一撃を叩き込む。

なんとか、剣を受けたが、そのバーサーカーもかくやという一撃に、アーチャーは塀ごと外まで吹き飛ばされた。

セイバーもそれを追うように外へ飛び出した。

アーチャーはすでに立ち上がっていたが、額からすでに血が流れていた。

「さあ、姉さん。こちらもはじめましょうか」

桜は妖艶な笑みを浮かべた。


セイバーの剣は一撃一撃を辛うじて受け止めるアーチャー。

「ぐうっ!」

強力な魔力が込められたその一撃は、余波だけでもアーチャーの体を蝕んでいく。

それでも、何とか受け切れたのはセイバーの剣を知っているからだ。

しかし、その一撃は記憶のものをはるかに凌駕していた。

それも当然だ。

セイバーは今、魔力の供給を無限ともいえる大聖杯から行っている。

衛宮士郎との契約の時は出せなかった全力をここに見せているのだ。

今のセイバーは間違いなく最強のサーヴァント。

対抗できるのは、おそらくバーサーカーぐらいのものだろう。

アーチャーが白兵戦においてセイバーに勝てる道理など無い。

そのことを、初めからアーチャーは理解していた。

だからこそ、本来ならすでについているはずの勝負をここまで伸ばすことが出来たのだ。

しかし、それも終わりのときが来た。

セイバーの一撃を辛うじて、剣を交差させ受け止めたが、そのまま膝を突いてしまった。

「ここまでです」

セイバーは自分の有利を誇ることも無く事実だけを、無表情で客観的に述べる。

剣をぐっと押し込むセイバー、アーチャーも押し返すがびくともしない。

そのまま、押し込まれそうになったとき、

「セイバー!」

その声に、わずかに反応するセイバー。

その隙に、アーチャーはセイバーの胸に蹴りを入れて脱出する。

離れる両者の間合い、それを驚いた目で見つめる少年がいた。

「………」

セイバーは無言だ。

士郎が来たことなど、眼中に無い様子を装っている。

アーチャーの目にはそれはどこか無理しているように見えた。

「何をしている、小僧。間桐桜なら中にいるぞ」

その声に、士郎は最後にもう一度セイバーを見た後、玄関から中に入った。

セイバーは士郎が中に入っていくと、再びアーチャーに目を向ける。

「邪魔が入りましたが、今度こそこれで終わりです」

次に、セイバーが動けば、事実それが決着となるだろう。

先程、凛からの魔力供給が途絶えた。

おそらく、桜に魔力を吸い上げられたのだろう。

この場でアーチャーに打つ手は無かった。

「セイバー、君は聖杯の中身をすでに知っているのだろう?」

それは、問いただすまでもないこと。

その、聖杯の中身によって汚染されセイバーはここにいるのだから。

「…ええ」

「ならば、分かったはずだ。あの聖杯では君の望みに届かない」

あれは、破壊することでしか願いをかなえれないもの。

「…まるで、私を知っているかのような口ぶりだな。アーチャー」

「ふっ、知っていると言ったらどうする?アーサー王」

アーサー王という言葉にセイバーの眼光が鋭くなり、刃のような殺気が漏れる。

それをあくまで、アーチャーは受け流す。

「君は覚えていないだろうが、私は生前、君を知っていてね。…まあ、お互い、相当見た目も変わったようだが」

セイバーは、アーチャーを睨みつける。

だが、その睨み方は今までと違うものだ。

自分を知っているアーチャーを何者であるか、思い出そうとしている。

しかし、思い出せるはずが無い。

先程の話は半分本当で半分嘘なのだから。

アーチャーが急にこんな話を始めたのには訳がある。

この場でアーチャーはセイバーと戦っても勝ち目が無いことを理解している。

ゆえに、これは時間稼ぎなのである。

それは、確かに効果があったようだ。

中庭にいた、間桐桜がイリヤを連れて引き上げていく。

「サクラ、どうしますか?」

「いいわ、聖杯の中身は十分満たされてるもの。時間が惜しいし、小者は放っておきましょう」

桜はイリヤを連れて去り、セイバーは黒い影の中に沈むように消えていった。

それを、見届けてからアーチャーは中庭に入る。

そこには、倒れている凛と士郎、そしてライダーが立っていた。

「ふん、ライダーか。主人についていかなくていいのかね?」

「私は、サクラの令呪による命令に従っているだけです」

アーチャーの皮肉をライダーはすっと受け流して、士郎の脈を確認している。

アーチャーも凛の体を傷を確かめる。

肉体的損傷は無いが、魔力が空になっている。

アーチャーは凛を抱きかかえると、ライダーに目をやる。

「…で、君はどうするつもりだ?」

「士郎を教会に連れて行きます。あなたも彼女を連れて行くのでしょう」

アーチャーは返事もせず、教会へ走る。

ライダーもその後に続いていた。


アーチャーは教会の前で士郎が出てくるのを待っていた。

先程までは、あの神父の言葉に従い、凛を遠坂の屋敷の土に埋めて近くで待機していた。

凛は目を覚ますなり状況の確認。そして、士郎の様子を見てくるように言われたのだ

そして、まだ完全ではない凛を残してアーチャーは、教会に来ているのであった。

やがて、教会から士郎が出てくる。

あの神父と何やら話をしているが、どうやらイリヤを救出に行くらしい。

信じられないことに、言峰は士郎と共に行くらしい。

「アーチャー、なぜここに?」

「ふん、私の意思ではない。それよりもどうするつもりだ?」

「決まってる。桜、そしてイリヤを助けにいく」

………生き方が変わっても、愚かなところは同じらしい。

「…止めはしないが、その男と一緒にか?」

神父の方に目をやる。

今回だけ、共同戦線を張るつもりらしいが何を企んでるか分からない。

話す時間も、惜しいというばかりに士郎は歩いていく。

その、愚かな背中にため息をつきながら、凛の元へと戻ろうと思ったが、何故だろうか?魔が差し衛宮士郎を呼び止めた。

「私も行こう」

士郎はその言葉に驚きを隠せない顔をした。

言峰すら、意外そうな顔をしている。

私だって、こんなことを言い出した自分に驚いている。

この小僧が死のうが死ぬまいが、私にはもはや関係ないことだ。

わざわざ、敵が待ち構えているところに考えなしで向かうなどとは馬鹿げているとしか言いようが無い。

ここで、私がすべきことは凛の回復を待つことだ。

理屈では分かっている。

なのに、口からは思っていない言葉が出てしまった。

私は衛宮士郎の横に並んで歩き出した。

士郎も、もはや聞くことは無いらしい。

私も、どうやらこの馬鹿の熱に浮かされたらしい。

内心でため息をついたが、存外気分は悪くないことに気付いて苦笑する。

三人は冬の森の城を目指す。


あとがき
テスト中だというのに、ついちょこちょこと書いてしまいました。
ちょっとした息抜きのつもりが…、まあこういうこともあります。
この辺から、アーチャーは少し壊れ始めます。
原因は、衛宮士郎熱です。
次の話は、森の攻防戦ですが、今迄で一番長い話になりそうです。
それでは意見感想をお待ちしてます。



[919] IFアーチャーのHFルート7
Name: gin
Date: 2006/01/31 21:11
三人で森を歩く。

何か不思議な気分だ。

先導役はオレが勤めている。

記憶を頼りに歩くのを後ろの二人がついてくる。

後ろの二人は、ここ最近知り合った中でも最悪に相性が悪い二人だ。

俺たち三人は会話することなく黙々と歩いている。

俺たちの目的は、まずイリヤの救出だ。

本当は桜も連れて帰りたいと思っていたのだが、後ろの二人が…


「待て。間桐桜を連れ戻そう、などと思ってはいないだろうな」

「なっ…お、思っているに決まってるだろう。オレは桜を助けるために…」

「止めておけ。出会った瞬間に話し合いの余地も無く、あの影に飲み込まれるだけだ」

…確かに、その可能性はある。でも…

「どうしても、話し合いたいというのなら、彼女の影に対抗する力を用意してからにしておくんだな」

あのとんでもない魔力を誇っていた桜に対抗できるとしたら、遠坂がつくっている秘密兵器というものに頼るしかない。

「今回は諦めろ。イリヤスフィールをこちらで保護すれば、まだ猶予は出来る」

と交互にいってくるので、今回はイリヤを助け出すことに集中する。

しばらく、歩いている途中で桜の今の状態について確認する。

桜をあの影から切り離すには、影本体を倒すか、影を実体化させるのを待つ他ないという話だ。

「それにしても、まだライダーとアーチャー、それにアサシンが残っているのに聖杯は起動するのか?」

前から思っていた疑問だ。

「起動してもおかしくは無い。以前もセイバーとアーチャーの二人が残っていたが、聖杯は兆しを見せたのだからな」

そうか、言峰は前回の聖杯を直接見ているんだ。

それに、監督役でもあるし聖杯のことについては詳しそうだ。

「だが、間桐桜はまだセイバーを取り込んでいないようだったな。ふむ、それでは勘定に合わん。…よほど変なものを取り込んだのだろう。英霊数人分に匹敵する何かをな」

アーチャーが変なことを言い出した。

英霊に匹敵する魂なんてそう簡単にあるはずが無い。

それよりも、セイバーはまだ取り込まれていないってどういうことだ!?

「セイバーは、一体どうなっているんだ?」

「あれは、あの影によって魂を汚染されたのだろう。…いや、彼女の場合は特殊だからな、魂の汚染に留まらず、受肉した身で間桐桜の奴隷として使われているのだろう。ふむ、そうなると彼女の時は永遠に止まったままか…」

…アーチャーの表情には暗い影が差している。

「…セイバーの何が特殊なんだよ」

「彼女は霊体化出来なかっただろう。それは彼女が死んでサーヴァントになったからではないからだ」

「えっ?」

意味が良く分からない。

サーヴァントは過去の英雄が、死後、英霊として呼び出されるものだ。

「どういうことかな?」

言峰のやつも、めずらしく興味を持ったようだ。

「彼女は自分が死んだあとサーヴァントになるかわりに、聖杯を手にすることを世界と契約した。それゆえ、彼女は生きたままで召還されている」

…生きているから霊体化できない。当たり前の話だ。

聖杯を手に出来なかったときは自分のいた時代に戻り、再び聖杯を手にするために召還される。

聖杯を手に入れたとき、彼女は死ぬ。そしてサーヴァントとなる。

つまり、彼女は聖杯を手に入れるまで死ぬことすら出来ないのか。

「ふっ、死ぬために聖杯をもとめているのか。英雄というのは分からんな」

「…同感だ。英雄になどなるべきではない」

何故、アーチャーがセイバーについてそこまで詳しく知っているかは分からないがアーチャーは、そんな話をした。


城にたどり着き、イリヤを見つけだし、何とか城の前まで降りてきた。

「…アーチャーまで、来てるの?それじゃあリンは?」

城の前で待っていたアーチャーの姿を見るなりイリヤは意外そうな顔をしている。

「いや、遠坂の奴はまだ体調が完璧じゃないから、アーチャーだけだ」

「嘘、マスターの元を離れてまでアーチャーが。シロウはともかく、リンまで…何を考えているのかしら」

いや、オレはともかくというのは気になるが、多分こいつは自分の意思で来たんだと思うぞ。

「■■■■■■■■!」

何か異質な音が冬の城を響かせた。

「…やっぱり、まだこの世に留めていたのね、サクラ」

今の咆哮は、間違いなく侵入者を逃がすまいとする最凶の猟犬のそれに違いなかった。

「バーサーカーか」

かつて、いや今でも脅威の象徴であるその名前を聞いて、細胞という細胞が震える。

アーチャーと言峰の顔にも余裕が消えていた。

「引くぞ。戦ってどうにかなる相手ではない。追いつかれれば殺される」

言峰はイリヤを抱きかかえると走り出した。

「きゃあ!この、無礼者!」

それにしても、速い。

いくら、イリヤが軽いとはいえ、人一人を抱きかかえながら、オリンピックでも見られないようなスピードで走っている。

「何を見ている、たわけ!」
アーチャーはオレを荷物のように、片手で担ぐと走り出した。

「こ、こら、やめろ!自分で走れる」

「…ちっ、私としたことが、どうしてこんな馬鹿を」

ぶつぶつ言いながらもスピードを上げていくアーチャー。

やがて、言峰に追いつき併走をはじめる。

それにしても、二人とも速い。百メートルを7秒以内のペースで森を走り抜けている。

アーチャーが速いのは分かるが、何の魔術行使も行っていない言峰まで異常なペースで走り続ける。

それでも、後ろから聞こえてくる唸り声は小さくなることが無い。

だが、近づいている様子も無かった。

「どうやら、このままの速度を保てれば、逃げ切れるようだな」

アーチャーがわずかに後ろを向いて呟く。

「スピードはあちらのほうが上だが、どうやら奴は目が見えんらしいな」

どんな幸運かしらないが、これなら逃げ切れる。

「…いや、それほど甘くは無いか」

言峰の殺気の混じった声。

気がつけば、こちらを嘲笑うかのように白い髑髏、アサシンが併走している。

まずい、と思ったときには手遅れだった。

アサシンはわずかに左腕を動かすと、

「「?」」

アサシンの投げる動作すら見せぬ投擲を、イリヤを抱きかかえたまま言峰ははじき返した。

「…目障りな奴だ、手が空いているときは現れぬくせに、忙しいときは呼ばれずともやってくる」

言峰はわずかにスピードを緩めた。

「言峰!?」

「イリヤは任せた。かわりにアレを任されよう」

言峰は、アーチャーの空いているほうの腕にイリヤを押し付けた。

「正気かね?人間がサーヴァントに勝てるとでも」

「なに、これでも神職だ。悪霊払いには慣れている」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、弾丸のように放たれる投擲!

「言峰!」

目を疑うような光景だ。その一撃で確実に人の命を絶つであろう電光のような投擲を、どこからか取り出したのか俺に渡したものと同じ黒鍵で事も無げに叩き落した。

「■■■■■■■■!」

バーサーカー!

今の間で距離が詰まっていた。

この場は言峰を信じるしかない、このままだと追いつかれてしまう。

「言峰、…任せたぞ」

「そう言っている。こちらの心配は無用だ」

もはや、掛ける言葉は無い。

背中を任せて、オレたちは走り出す。

「衛宮、助けたものが女ならば殺すな。…目の前で死なれるのは中々に応えるぞ」

自嘲するような人間臭さで、あの神父は変なことを言った。

「え…?」

その背中はすでに遠かった。

不吉な予感がした。

お互いもう二度と会うことは無いような気がした。


さて、二人を抱えたまま逃げたのはいいが、このままではニ十秒後に追いつかれてしまう。

抱えているのが一人ならば、このまま逃げおおせただろうが、二人ではさすがに無理らしい。

どうするべきか、とるべき手段は二つ。

一つは、一人を見捨てて逃げ切るという手段だ。

…この場合どちらを見捨てるかは考えるまでも無い。

二つ目は、私がバーサーカーと戦っている間に二人を逃がすことだ。

二つ目を選ぶメリットは何も無い。

私はおそらく、バーサーカーに敗れるだろう。

そして、残った衛宮士郎と凛、イリヤでは桜を倒すことなど出来ない。

一つ目は、見捨てた者は死ぬだろうがここで私が逃げ切ることが出来れば、まだ、勝機はある。

その犠牲で、より多くの人を救える可能性がある。

ならば、どちらを選ぶなど考えるまでも無かった。

だというのに、私は立ち止まり小僧とイリヤから手を離す。

「アーチャー?」

「ここは、私が時間を稼ぐ。イリヤを連れて森を抜けろ」

まったく、自分でも何を考えているか分からない。

まさかとは思うが、私はバーサーカーに勝つつもりなのだろうか?

「だけど…」

「ふん、ここでこうしている時間も惜しい。さっさと行け」

士郎は一瞬、悩んだ顔を見せたが、イリヤの手をつかんで後ろに駆け出した。

「■■■■■■■■!」

今の会話の間にも、バーサーカーが迫っていた。

「衛宮士郎」

背を向けたまま、私は小僧を呼び止めた。

「いいか。お前は戦う者ではなく、生み出す物にすぎん」

おそらく、これが最後にかける言葉になるだろう。

「余分な事など考えるな。お前に出来る事は一つだけだろう。ならば、その一つを極めてみろ」

目の見えぬ巨人が目の前に迫る。

「忘れるな。イメージするものは常に最強の自分だ。外敵などいらぬ。お前にとって戦う相手とは、自分のイメージに他ならない」


迫る、バーサーカーには予想通り目など無かった。

いや、それは正確ではない。

バーサーカーには口も鼻も無い。

器官はあるが、ただ、そこに付いているだけ。

文字通り今のバーサーカーは破壊するだけのものであった。

アーチャーに向かって斧剣が振り下ろされる。

それに対抗できる一撃は?

考えるまでも無い、今目の前に迫ってくるその斧剣に他ならない!

一瞬で投影した、アーチャーの剣と衝突する。

全く同じ剣は、全く同じ速度、全く同じ角度で空中で衝突する。

しかし、後退したのはアーチャーだった。

武器、技術をどれほど真似てみてもパワーの差だけは覆せない。

ならば、他で補うまで!

再度振るわれた剣が空中で衝突するや否や、アーチャーは手に持った剣を消す。

予想外のことにわずかにバランスを崩したバーサーカーの肩口に再び投影した斧剣を叩き込む。

「■■■■■■■■!」

それは確かな手ごたえがあり、肩口には致命傷ともいえるほど剣が埋め込まれる。

されど、相手はバーサーカー。

ただ、破壊するだけの存在となったそれは自分の傷など気にもせず、目の前の標的に剣を叩き込む。

なんとか、その一撃を受け止めたが、十メートルと言う距離を吹っ飛ばされる。

飛んでいる間にも次の手を考える。

飛ばされた位置からの狙撃、投影するものはカラドボルグ。

木に激しく叩きつけられ、一瞬意識が飛ぶがすぐに鷹の目で相手を見つける。

そこに、アーチャーは信じられないものを見た。

バーサーカーの目の前に呆然と立つ少女と庇うように前に立つ少年の姿。

まだ、逃げていなかったのか!

戦いが始まってから、まだ数秒しか経っていない、逃げるのが遅れたのか。

さっさと、逃げればいいものを。

距離は十メートル。

一瞬で詰めることの出来る間合いだが、今は恐ろしく遠く感じる。

地面を蹴る。

九メートル、バーサーカーは目の前にいる相手が誰だかも分からず、剣を振り上げる。

八メートル、イリヤは呆然とバーサーカーを見ている。

七メートル、士郎の手元に何か剣のようなものが現れる。

六メートル、あれはカリバーン?

五メートル、バーサーカーの剣が振り下ろされる。

四メートル、何故か、バーサーカーの剣が寸前で停止する。

三メートル、停止の理由は不明、その隙に士郎の振った剣が、バーサーカーの腕に命中する。

二メートル、バーサーカーの腕が切り落とされると同時に、士郎の剣が砕け散る。

一メートル、構造解析、使い手の戦闘技術、経験投影完了。

「全工程投影完了、是、射殺す百頭」

上腕 鎖骨 喉笛 脳天 鳩尾 肋骨 睾丸 大腿、その八点を神速を持って撃ち抜く!

「■■■■■■■■―、…!」

自身の大剣で全身を撃ち抜かれ尚、バーサーカーは健在。

そこに、立っていた。

しかし、反撃をしてくる様子は無い。

ただ、その見えないはずの理性の無い目でイリヤを見つめていた。

そのとき、何故この狂人が剣を止めたのか分かってしまった。

バーサーカーは砂となり、二度目の死を迎えた。


イリヤはバーサーカーの消えた先を見つめている。

オレはイリヤの手を握る。

…今は、早く帰らなければならない。

「…魂を汚染され、理性の無いその身で最後まで主人を守るとは…。彼は真のサーヴァントだな、そうは思わないかね、君も」

アーチャーの声に、はっとして振り向くとそこには彼女がいた。

「…セイバー」

先程の、魔術行使の影響なのか、痛む体を必死に我慢してセイバーを睨みつける。

セイバーはオレのほうは見向きもせず、アーチャーを見据えている。

先程のアーチャーの言葉は明らかにセイバーを揶揄していた。

セイバーの眼光は先程のバーサーカーをも凌ぐ死を感じさせる。

「…………」

バーサーカーに変わって仕事を果たすつもりなのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

そうして、彼女なら一息で飛び込めるであろう間合いで止まる。

せめて、イリヤだけでも逃がそうと、ぐっと拳を握り締め、先程投影した剣を思い浮かべる。

もう一度、投影できる自信は無いが、やるしかない!

「無駄です。あの剣をどこで知ったかは知りませんが、もう一度出したところで、私に勝つのは不可能です」

くっ、こちらの狙っていることはお見通しのようだ。

「…幸運ですね。桜が私を呼んでいる」

「えっ?」

「…いえ、幸運などではありませんね。貴方たちは自分達の力でバーサーカーを倒しました。その意思の結果なのでしょう」

セイバーは背中を向けて森の奥へと消えていく。

その背中にかける声など無い。

今の、彼女は敵なのだ。

理由はどうあれ、見逃してくれるならありがたく情けに預かる。

セイバーの姿が完全に消えると、オレは倒れた。

「シロウ!」

イリヤが駆け寄ってくるが、大丈夫だといってやることも出来ない。

とにかく、全身が痛む。

体の中から何か剣のようなものに突き刺されているようだ。

「…分不相応な投影などするからだ」

そんなことを言いながら、アーチャーはオレの体を調べている。

それから、ため息混じりに立ち上がる。

「運が良かったな。…いや、お前は彼女の剣と相性がいいからか。全身がしばらくは痛むだろうが、問題ない」

よく、分からないが大丈夫ってことだろうか?

一応、後で遠坂にでも見てもらうとしよう、こいつ信用できないし。

「…とりあえず、セイバー…いや桜の気が変わらないうちに森を出よう」

そうして、痛む体を引きずりながら歩く。

イリヤは心配そうにオレの顔を覗き込む。

「大丈夫、シロウ。アーチャーにおぶってもらう?」

「「ごめんだ!」」

声が重なったのも気に入らず、むっとお互いにらみ合ったがすぐに、馬鹿馬鹿しくなり視線を外してさっさと歩く。

後ろでイリヤが、

「…二人って、そっくりね」

などと、とんでもないことを言っていた。


あとがき
これで、残すところは大聖杯の洞窟での決戦だけとなりました。
この話も、残すところ後、三話ぐらいです。
次回の更新はニ、三日後になりそうです。
感想、意見などをお待ちしています。



[919] IFアーチャーのHFルート8
Name: gin
Date: 2006/02/02 21:02
家に、帰る途中に買い物に寄り、食事を作ってイリヤと食べた。

アーチャーは、森を出るまでは付いてきたが出たあとは、遠坂の元に戻っていった。

森から出る途中で、アーチャーに言われたことを考えていた。


「お前には、まだ宝具の投影は早すぎる。二度としないことだな。…今回は運が良かったが、また投影を行えば神経が焼き切れかねん」


確かに、全身はまだ痛む。

すごい、筋肉痛の10倍、100倍は痛む。

だが、それでも傍観など出来るわけが無い。

必要に迫られたら、オレはもう一度、投影を行うだろう。

…たとえ、体がどうなってもだ。

食後、イリヤとお茶を飲んでいると、ドカドカという足音と共に遠坂が乗り込んできた。

「衛宮くん、私の知らない間に無茶してくださいましたね」

とんでもなく、怒った大魔神がそこにいた。

「な、何を怒ってるんだよ。遠坂?」

「アーチャーから、話は聞いたわ。綺礼の奴と三人で桜の元に行ったんだって?ふーん衛宮君は私より、あのうさんくさい神父の方が信頼できたんだ」

笑顔のまま話しているが、その笑顔がおそろしく怖い。

「仕方ないだろ。あのときは一刻を争う事態だったし、遠坂はまだ完全じゃなかったんだし、イリヤだって危ないところだったんだ」

その後も、さんざん虐められた、おそらくアーチャーの奴も相当文句を言われたんだろうな。

その後、イリヤの話で桜にはもう一日、いや半日しか時間が無いことが分かる。

そして、その口から聖杯戦争の本当の意味が語られた。

もとより、殺し合いをすることに意味はないこと。

マスターとはサーヴァントを呼び出す、道具に過ぎないこと。

そして、第三魔法「天の杯」

が、そんな話は正直、オレにはどうでも良かった。

そんなことよりも、桜に取り付いている奴のほうが重要だった。

復讐のサーヴァント、アンリマユ。

生贄に選ばれた一人の青年。

この世の全ての悪を背負った青年。

桜を変貌させているのは、そのサーヴァントとの契約だということ。

ならば、それを断ち切ることが出来れば…。

急に部屋が、いやあたりが暗くなった。

このおぞましいほどの寒気は、今まで何度も味わった感覚だ。

「桜!」

三人で中庭に飛び出すと、桜が…いやあれは桜の影だ。

本体は、今、大聖杯の前にいるのだろう。

桜は、遠坂にオレと一緒に逃げるように言ったが、遠坂は拒否した。

あまつさえ、優しさすらこもった声で、

「桜、あなたは他の誰の手でも無く私の手で殺してあげる」

それが決別だった。

「ええ、それではお待ちしています。姉さん」

最後に桜は本当に遊園地にでも行くのを楽しみにしているように言った。


戦いの準備は終えた。

私はかねてからの計画通り、イリヤの協力を得て宝石剣を投影した。

構造を解析し形は真似たものの、まったく理解することは出来なかった。

かつて、月すら止めたという魔法の力。

私は片鱗を味わっただけだが、この剣ならば桜の影に対抗できるだろう。

第三魔法の桜と第二魔法の凛との戦いということになる。

まあ、もとより心配などはしていない。

凛は勝つと決めたならば、必ず勝てるものを用意する性格だからだ。

ただ一つ、心配なことがあるとしたらそれは凛の甘さだろうか。

イリヤを残し四人で、桜のいる柳洞寺に向かう。

私と凛、衛宮士郎とライダーだ。

ライダーは士郎を一時の主人として認めて、今は行動を共にしている。

まあ、彼女が協力してくれるのは悪くない提案なので、凛も私も何も言わない。

なにより、セイバーの宝具と戦うには彼女の宝具が必要なのだ。

おそらく、セイバーとの決着は宝具で決まるだろう。

私だけでは、セイバーのエクスカリバーを上回ることは出来ないが、彼女の宝具とあわせればそれが可能になる。

私は、その作戦を出掛ける直前に彼女に話しておいた。

感情はともかく、その作戦には同意してくれた。

柳洞寺から大聖杯へと続く地下への入口を見つけ、現在は洞窟の中だ。

洞窟内は明かりは必要なく、光苔が光を放っていた。

通路は生命力が溢れている。

何者かが産まれようとしているのだ。

誰も何も話そうとしない。

ここはすでに死地である。

緊張が誰も緩まることが無いのだろう。

通路を抜けた先の空洞に、最強のサーヴァントが立ちふさがっていた。

「…セイバー」

士郎の呟きに彼女からの返事は無い。

ここを守る門番と化した彼女は殺気に包まれていた。


あらかじめ、サクラの命令どおりリンは通した。

しかし、他のものは誰一人通すわけにはいかない。

今にも飛び出しそうにしている少年を睨みつける。

あの少年の性格は知っている。

彼は私に敵わないと知りながらも、リンやサクラを救うため挑んでくるだろう。

それを私は殺す。

そう、殺すのだ。

令呪という令呪に縛られたこの体は確実に命令に従うだろう。

かつて、剣になると誓った少年の顔を最後にもう一度ゆっくりと見た。

彼は実に好ましいマスターだった。

だが、それももうすぐお別れだ。

この身は汚れ、すでに私の望むものなどこの世界に無い。

はっきりと言えば、私はもう死にたかった。

だが、サクラの奴隷となったこの身は自害することすら許されない。

目の前にいるアーチャーとライダーに期待する他無いだろう。

だが、私はサクラのサーヴァントとして最後まで抵抗させてもらう。

どんな、主といえど裏切るわけにはいかない。

それが騎士としての残された最後の誇りだ。

それに、なにより…心からマスターに仕えている二人に私は嫉妬している。

私を殺せなければ、彼らには死あるのみだ。

そういえば、アーチャー。彼は私の正体を知っていた。

あれから、何度か思い出そうとしてみたが結局覚えが無かった。

私とて、全ての騎士の顔を覚えているわけではないが、あれほどの騎士ならば敵にせよ味方にせよ忘れるはずが無い。

アーチャーを見る。

………その目は戦いの前とも思えないほど、穏やかだった。


………これまで、何人もの人を殺し、そしてその何千倍もの人を救ってきた。

それは、自分の想いとは関係なしにだ。

だが、たった一人だけ自分が心から救いたかった少女がいた。

その少女は美しく、初めて会ったときから目に焼きついてしまった。

「問おう、あなたが私のマスターか」

闇をはじく声で彼女は言った。

「召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。-ここに、契約は完了した」

そう、契約は完了した。
彼女がこの身を主と選んだように。
きっと自分も彼女の助けになると誓ったのだ。

輝きを失わぬ白銀の鎧に、草原を思わせた涼しげな緑色の瞳、太陽のように輝く金色の髪。

血生臭い戦場にありながら、その姿に見惚れてしまった。

その姿なら、たとえ地獄に落ちようと、鮮明に思い出すことができるだろう。

しかし、今目の前にいる彼女は、漆黒の鎧に身を包み、闇夜の狼を思わせる無機質な黄金色の瞳をしている。

唯一、残っているのはその金に輝く髪だけだった。

だというのに、彼女の美しさは全く損なわれていないようにすら感じた。

君は、衛宮士郎の剣になると誓った。

その誓いを果たせず、あまつさえ魂を汚され今は敵として衛宮士郎の前に立ちふさがっているのだ。

騎士の誇りを、尊厳をずたずたにされた彼女は今、何を思っているのか。

まるで、感情を浮かべないその金色の瞳。

だが、感情を浮かべれないのではなく、浮かべようとしていないのだろう。

人ではなく、王としてしか生きられなかった少女。

その結末がこれだというのか。

たくさんの人を救ってきた私だが、心から救いたかったその少女だけは救えなかった。

そして、今、目の前にいる。

彼女が、私のときの彼女とは別人であることは分かっている。

無限に連なる平行世界にはたくさんの自分が存在する。

今、横にいる少年と私がいい例であろう。

だが、それでも…、彼女を救うのは衛宮士郎でなければならない。

横の少年は、桜を必ず助けると言った。

ならば、私も目の前の少女を救おう。

少年は桜を生かすことで救おうとし、青年は少女を殺すことで救おうとしている。

それは形が違うだけで、他はまったく同じこと。

「衛宮士郎、お前はさっさとここを抜けて凛の助けにまわれ」

「なっ、だけど…」

「ふん、何を勘違いしている。この戦いにおいてお前に出番はないということだ」

お前は桜を選んだのだから、

「・・・桜を救うために世界を敵に選んだのだろう?ならば間桐桜を救う事はあっても他を救うことなど出来はしない。…お前がここで残って誰を救う?」

セイバーはオレが救うのだ。

「…分かった、アーチャーにライダーも気をつけてくれ」

「ええ」

「言われるまでも無い」

漆黒の騎士は、今まで動かずこちらを見ていたがはじめて動いた。

「…サクラは、リン以外は誰も通すなとの命令です。あなたたちが、どう動こうと無駄なことです」

セイバーの後ろに風が集まる。

風は勢いを増し、誰も通れぬ壁となった。

見るだけで、あれがどれほどの物なのか分かる。

人間はおろか、サーヴァントすら通すことを許さぬであろう。

「アーチャー…」

士郎の考えていることは分かる。

あれがセイバーの張ったものならば、セイバーを倒さずして通ることは出来ないと考えているのだろう。

「ふん、まあ少し手間がかかるが、方針は変えん。お前はただ、まっすぐ洞窟の奥に走れ」

「なっ、オレを殺すつもりか」

「いいから、走れ。私は信用できないか?」

まあ、信用できるわけ無いだろうが、

「…信じていいんだな」

その言葉に唇を吊り上げることが答えだった。

士郎はまっすぐに走り出した。

ライダーはセイバーを止めるため、眼帯を外し突進を試みている。

セイバーは士郎を見向きもしない。

それほど、自分の結界に自信を持っているということだ。

さてと、私も動くか。

「I am the bone of my sword…」

放つ矢はカラドボルグ、狙いは、衛宮士郎の前方。

放たれた矢は、まっすぐに風の壁に向かう。

音速を超えたそのスピードを押さえ込もうと風の壁が防ぐ。

矢は風の壁にぶつかり、火花を散らしながらもそれ以上進むことが出来ない。

弓兵の狙いは、はずれたのか?

否、初めから計算どおり。

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

それと同時にすさまじい爆発が起きた。

洞窟内にすさまじい爆発音が鳴り響き、逃げることの出来ない音が何度も反響して、ここにいる全員が音の無い世界に引き込まれる。

士郎は爆発の凄まじさに顔を押さえながら、爆発を起こした本人に振り向く。

爆発音の反響の中で言っていることは分からない。

だが、アーチャーのその目が語っていた。

行け!と。

誰も通ることの出来ないはずの壁を、爆風が吹き飛ばしていた。

そこを迷うことなく、士郎は走り抜ける。

その駆けていく背中をアーチャーは見届けた。


あとがき
この話も終わりが近づいてきました。
次回がラストバトルとなります。
残すところ後、二話です、最後までお読みください。



[919] IFアーチャーのHFルート9
Name: gin
Date: 2006/02/05 21:16
走る、走る。

遠坂と桜、二人はもう戦っているのだろうか。

なんとしても、戦いを止めなければならない。

通路を抜け、大空洞に出た。

「なっ…」

あまりの広さ、そして中央に位置する大聖杯の禍々しさに呆然としてしまう。

あれは、間違いなく十年前のあの火災で見たもの…。

「なんだよ…あれは」

見ただけで、産まれようとするものが、絶対に産まれてきてはならないものだと分かる。

あれは、破壊するしかないもの。

…いつまでも、呆然とはしていられない。

あれは産まれそうになっているが、まだ産まれていない。

それなら、まだ間に合う。

上を見上げると、桜、そして遠坂の姿が見えた。

桜の周りには巨大な影が、数え切れないほど立ちそびえている。

あの一体が、おそらくサーヴァントに匹敵するほどの魔力を持っているのが分かる。

遠坂の秘密兵器が何か分からないが、とても敵うようには思えない。

早く、戦いを止めなければ。

二人はお互いしか見えていないのか、オレには気付いていない。

走り寄ろうとしたとき、思ってもいなかった奴が眼前に現れた。

血まみれの姿で、そこに立つ男はいつもと同じような人を息苦しくさせるような目でこちらを見ていた。

「…言峰」

「言っただろう、衛宮。私の目的はあれの誕生にある」

一度は、味方になったが再びオレに立ちふさがる敵として現れた。

「正気か、あれがなんだか分かってるんだろう、おまえは!」

「無論だ。そして私は産まれて来るものに全て祝福を与えねばならん」

OKだ、その話は以前も聞いた。

こいつが、話をして主張を曲げるような奴ではないことは分かっていた。

オレとこいつは似たもの同士。

眼前に立ちふさがる敵に対して、拳を握り締める。

ああ、そうか気付かなかっただけで、オレはどうやらこの神父のことが好きだったらしい。

「どけ!」

少年は走る。

言峰は、それに微笑みすら浮かべて迎え撃った。


ライダーが前衛を務め、アーチャーが後衛を受け持つ。

これは、二人の戦士にとっては確認するまでもないことだった。

理由は当然、ライダーの魔眼の影響をアーチャーが受けないためだ。

石化の魔眼もセイバーの対魔力は突破できない。

しかし、確実に影響はある。

今のセイバーは、本来の力よりワンランク下がった状態だ。

それに対して、二人がかりだというのに、戦いは一身一退を続けていた。

ライダーが、その速度を持ってセイバーの周りから360度の攻撃を仕掛けている。

それを蝿でも払うかのように、セイバーは撃ち落す。

わずかに生まれた背後の隙や、側面、あるいはフェイントを入れた正面からもアーチャーは矢を射るのだが、恐るべき直感で察知し、今まで一発もその体に触れることがなかった。

持久戦になれば敗れるのは、二人のほうだ。

セイバーの魔力はほぼ無尽蔵に供給されているのに対して、アーチャーは違う。

先程、宝具を投影したせいで体の中の魔力は、あと半分といったところだろう。

だが、実際には魔力にもう少し余裕がある。

というのも、出る直前に凛から宝石をいくつか預かっていたからだ。


「いい、私からの魔力供給は期待しないで。戦いになったら、多分そんな余裕はなくなると思うから」

私は頷いた。

おそらく、私はセイバーを受け持つことになるだろう。

その際には、凛は桜と戦っていることだろう。

そのときに、お互いに気を配る余裕などあるはずがない。

万が一、凛が倒されたとしてもアーチャーの固有能力である単独行動と、この宝石の魔力があれば、しばらくは闘うことが出来るだろう。

「それでね…その宝石は高いんだから無駄遣いは駄目よ」

「凛、それはいくらなんでも…」

命のかかった状態で、お金の心配をする余裕は無いだろう。

「だから、ちゃんと余らせて、私に返しなさいよね。…返さずに死ぬようなことがあったら許さないんだから」

そう言って、ぷいっと横を向いた。

その顔は赤い。

…相変わらず、素直じゃないマスターだ。

「ああ、了解した。戦いが終わった後、必ず君の元に返しに戻ろう」


その宝石を遣うことを勘定に入れれば、作戦は変わってくる。

ここから、セイバーに必ず当たる宝具を投影するか?

いや、おそらく気付かれるだろう。

気付かれてしまえば、セイバーはこちらに向かってくる。

とはいえ、この状態も長くは続かない。

おそらく、後二分もしないうちにライダーの体をセイバーの剣が捕らえてしまうだろう。

そうなれば勝ち目は無い。

勝負は急がなければならない。このままでは敗れてしまう。

……ならば仕方ない、奥の手を使うしかない。

私は弓を捨てると、凛にすまないと思いつつ全ての宝石を飲み込んだ。

魔力が体にみなぎる。これならいけるだろう。

「ライダー、しばらく時間を稼いでくれ」

返事は無いが、心得たとばかりにライダーの動きの速さが増す。

I am the bone of my sword
―――体は剣で出来ている

こちらの動きを察知したのか、セイバーがこちらに近づこうとするのを、ライダーが防いでいる。

Steel is my body, and fire is my blood.
  血潮は鉄で 心は硝子

これは、宝具など持たない、このオレの象徴。

I have created over a thousand blades.
   幾たびの戦場を越えて不敗

    Unknown to Death.
  ただの一度も敗走はなく

    Nor known to Life.
  ただの一度も理解されない

この魔術は、世界を己の心象風景で塗り替える。

Have withstood pain to create many weapons.
 彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う

Yet, those hands will never hold anything.
     故に、生涯に意味はなく

セイバーに死を与えることは、一時的な救いでしかない。

彼女は聖杯の妄念に捕らわれたまま、永遠の時を過ごすことになるかもしれない。

それでも、いつか君をオレが解放する。

  So as I pray, unlimited blade works.
  その体は、きっと剣で出来ていた

その瞬間世界が炎で塗り変わった。

洞窟であったはずのそこは、剣の刺さった荒野が埋め尽くす。

どこまでも広いその荒野に、この世界に存在しない剣などありえない。

ライダーとセイバーは異常を察知して、離れていた。

「これは…」

この世界の異常性にライダーは絶句する。

「固有結界、それが貴方の宝具か。アーチャー」

セイバーはアーチャーを睨みつける。

「そうだ、オレには聖剣も魔剣も所持していなかったからな。宝具が英霊のシンボルだとするのなら、この世界こそがオレの唯一の宝具だ」

アーチャーがすっと手を挙げると、何本もの剣が地面から浮かび上がる。

その全てが一撃必殺ともいえる英霊の宝具である。

「この世界に本物は存在しない。全てが作り物の贋作だ。だが、贋作が本物に劣る道理など存在しない。…試してみるか、セイバー」

「面白い、我が剣で貴公の全力に答えよう!」

ライダーは後ろに下がる。

もはや、この戦いには自分が関与する暇など無いと感じたからだ。

浮遊した無数の剣がセイバーへと襲い掛かった。


無数の剣が突き刺さった荒野。

それ以外には何も存在しない。

固有結界とは己の心象風景で世界を塗りつぶす禁断の魔術。

こんなものが、貴方の世界だというのですか、アーチャー。

ライダーは、アーチャーがどこの英霊であるか知らない。

セイバーの正体は、かのアーサー王であることはアーチャーから聞いた。

アーサー王が女だったことには驚いたが、そういうこともあるだろう。

それに対してアーチャーはあまりにも英霊としては異常だ。

アーサー王と、どこの誰とも分からぬ正体不明の英霊が互角に戦っているのだ。

次々と、持っている剣を取り替えてセイバーに斬りかかっている。

そのたびに、剣技が変化するアーチャーに、さすがのセイバーも手を焼いている。

このまま、勝負が続くならおそらくアーチャーが勝利するだろう。

だが、しかしセイバーがこのまま黙ってやられるはずが無い。

必ず、最後は宝具での決着になる。

だが、それこそが事前にアーチャーと決めておいた作戦である。


凛の宝石の魔力のおかげで、固有結界はまだしばらくは維持できる。

その前に、決着をつけなければならない。

私はセイバーの時代の宝具や、竜殺しの伝承の宝具を次々と取り出す。

セイバーは、次々と取り替える宝具に苦戦している。

後、一押し。それで決着がつく。

セイバーは一度、私を弾き飛ばすと、大きく間合いを取った。

離れた間合いではアーチャーが有利なため、接近戦を挑んでいたセイバーが離れた。

その意味は考えるまでも無い。

セイバーの剣に黒い光が集まり始めた。

「アーチャー、私の全力を受けきれるか!」

それまで、傍観していたライダーが全力で魔力を練り始めた。

「セイバー!」

セイバーは自分の宝具の破壊力に絶対の自信を持っている。

ライダーの宝具も規格外の破壊力だが、セイバーには及ばない。

だからこそ、創りあげる。

ライダーだけで足りないなら補うものを創るまで!

ここは、私の世界。詠唱は必要ない。

ただ、タイミングが全てだ。

早くても遅くても、駄目だ。二つの宝具がぶつかる瞬間を狙う。

「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

「騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

黒い光と青白い光がぶつかる直前に、楯を敷く。

「熾天覆う七つの王冠(ローアイアス)!」

七枚の花びらがセイバーの放つ黒い光を受け止める。

そのとき、セイバーは敵の狙いに気付いたがすでに遅い!

飛び道具に対しては無敵を誇る、アイアスの楯がエクスカリバーをほんのわずかな時間だが受け止める。

花びらは全て砕け散り、黒い光は楯を突破した。

だが、それまでだ。

本来のエクスカリバーならば、ベルレフォーンなどものともせずに打ち破っただろう。

しかし、ローアイアスに受け止められた黒い光は勢いを削いでいた。

決着は着いた。

単純な足し算による決着だ。

ライダーの宝具だけでは届かないのであれば、アーチャーがその不足分を足しただけである。

ベルレフォーンはエクスカリバーを破り、セイバーの体を飲み込んだ。


宝具の激しいぶつかり合いにより固有結界が崩れ去った。

景色が元の洞窟へと戻る。

立っているのは二人、アーチャーとライダーである。

「終わりましたね」

ライダーはアーチャーに声をかける。

「…ああ」

アーチャーの眼はセイバーに向けられていた。

エクスカリバーにより、だいぶ弱まったとはいえ宝具の直撃を受けて、セイバーは倒れていた。

甲冑は砕け、血があたりを染めている。

もはや、戦うことが出来ないのは確実だ。

「あ、…」

「どうした?ライダー」

「…桜との契約が切れました」

「…では、間桐桜は死んだのかね?」

「いいえ、生きています。桜の気配を感じますから、…それなのに契約だけが切れるとは」

腑に落ちないのかライダーは考え始めた。

アーチャーも考える、そして一つの結論に達する。

キャスターの宝具、契約破りの宝具…そうかまた無理をしたな。あの小僧め。

士郎は、本当に桜を救ったのだ。

だが、まだ戦いが終わったわけではない。

桜との契約が切れても、あの黒い影はもはや止まらない。

「ライダー、先に行くがいい。私もすぐに追いつく」

ライダーは倒れたセイバーをチラリと見て、頷いた。

ライダーが洞窟の奥に消えるのを見届けてから、アーチャーは剣を持ってセイバーの元に行く。

急ぐ必要は無い、あの傷はそう簡単に修復できるものではないし、すでに桜からの無限の魔力の供給も途切れている。

ライダーが先に行ってくれて助かった。

彼女を殺す役目だけは、絶対に譲れないからである。

アーチャーがそばによっても、セイバーは動かない。

胸が苦しそうに上下するだけだ。

その様子をしばらく見つめていたが、アーチャーはゆっくりと剣を振りかぶった。

「ごめんな、セイバー。また、お前を救うことは出来なかった」

それは、衛宮士郎という一人の少年の声だった。

その声に反応したのか、セイバーはぴくりと動いた。

「あ、…シロウ」

その声に、アーチャーの動きが止まった。

その声は記憶にある彼女そのものだった。

それから、アーチャーは動かない。

セイバーは、どうなってもセイバーのままだったのだ。

ならば、

「………やれやれ」

アーチャーは剣を収めるのであった。


あとがき
書くことは、ほとんど作品で書いてしまったので、もはやありません。
あとは、最後の一話を書ききるのみです。
次回、最終回が一番長い話になりそうです。



[919] IFアーチャーのHFルートFinal
Name: gin
Date: 2006/02/08 22:16
何か大きくて暖かいものが、目の前にある。

それが、セイバーは人の背中だと言うことに気付く。

自分は、今、誰かに背負われているのだ。

こんなことは久しぶりだった。

幼少の頃に、誰かにしてもらったような記憶がある。

王になってからは一度もこんなことはなかった。

誰の背中だろうと思ったとき、ようやくセイバーは目が覚めた。

「…私は、一体」

「ようやく、気がついたかね」

背中の正体は、アーチャーだった。

「何故…?」

何故、殺さなかったのか、そしてどうして背負われているのだろうか?

セイバーの疑問をアーチャーは、ふっと笑う。

「桜との契約が切れた今、君は敵ではない。それに何より、君にはやってもらわなければならんことがあるのでね」

アーチャーの足は洞窟の奥に向かっている。

「…何をさせるつもりか知りませんが、私が素直に聞くとでも?」

アーチャーの顔は見えないが明らかに、可笑しそうに笑っている。

「敵であった私に頼むとは、貴方は図々しい」

口調が丁寧なものから、少し荒いものになってきている。

おそらく、こちらが素なのだろう。

「途中ですれ違ったライダーにも、呆れられたよ。正気ですかあなたは…とな」

それは、当然だ、先程まで私たちは殺しあっていたのだから。

「なに、私は利用できるものは全て利用するだけだ」

「………」

「それに、君は私たちに敗れた。敗者が勝者の命令を聞くのは当然のことだと思うのだが?それとも、武人としての誇りまで失ったかな、セイバー」

セイバーは痛いところを突かれて押し黙る。

負けた国は勝った国に従う。それがルールである。

「…何をさせる気だ」

「大聖杯、…あれを破壊してもらわなければ、多くの人間が死ぬことになる。それは、君だって望むことではないだろう?」

この男の言うことに従うのは癪だ。

だが、確かに無用の殺戮はセイバーの望むところではない。

「……他の者達は、ライダーが連れ出したのか?」

「凛と桜はな、ただ衛宮士郎はやることがあるといって残ったらしい。いやはや、本当に愚かな男だ」

ピクリとセイバーが反応するのをアーチャーは見逃さない。

「どうしたのかね?そんなに元マスターのことが気になるか」

セイバーは応えない。

押し黙ったままだ。

その沈黙に対しても、アーチャーはからかうように喋り続ける。

「契約が切れた今、あの男と君は何の関係もあるまい。それに先程までは殺そうとしていた男ではないか」

「…アーチャー。先程の借りがあるので聞き流すが…このことが終わったら、貴様に決闘を挑む」

セイバーの声は本気で殺気じみている。

背中が冷たくなるような感覚がしたが、アーチャーは笑って受け流す。

「それは困った。その前にこの世界から消えるとしよう」

顔は見えないが、セイバーはアーチャーを背中越しに睨んでいることだろう。

「ところで、セイバー。そろそろ自分の足で歩いてはどうかね?」

意識を取り戻したセイバーは歩くのに困るほどのダメージは、すでに修復されている。

「いや、人の背中に負ぶさるなどとは久しぶりだったが、これが案外いい気分だ。このまま続けよ」

しれっ、と言うセイバーの王様発言にアーチャーは苦笑するしかない。

それからは、しばらく無言で走る。

大聖杯の大空洞まで、あと少しといったところだろう。

そんなとき、ぽつりとアーチャーは口を開いた。

「…君の望みは叶わなくなったわけだが、どうするつもりだ」

その声からは先程までの飄々とした様子が消えていた。

「…知れたこと、新たな聖杯を求めるまで」

セイバーの声には力が無い。

「もう、分かっているはずだ。仮に聖杯が手に入ったとしても、君の望みには届かないことを」

「そんなことは無い!この聖杯戦争以外にも、聖杯の伝承はあるはずだ。それならいつかは…」

「セイバー、君はいつまで間違った望みを抱き続けるつもりだ」

その声には、悲痛な思いが込められていた。

それを感じ取って、セイバーは一瞬怯む。

だが自分の望みが間違っているなどと言われて、黙っているわけにはいかない。

「貴様に、私の何が分かるというのだ!」

自分が王になったから国は滅びたのだ。

懸命にやってきたつもりだが、自分は王にふさわしくなかったのだ。

ならば、国のためにもふさわしい王を選びなおさなければならない。

そのために、剣の選定からやり直すために自分は聖杯の力が必要なのだ。

「分かるさ、セイバー。君の望みとオレの望みは似ているのだからな」

「なんだと…」

「君は自分が王になったことを後悔し、オレは英雄になったことを後悔している。ほら似てるじゃないか」

この男は事も無げにセイバーと自分のことを口にした。

この男は一体何者なのか。

「…アーチャー、あなたは一体、どこの英霊だ?私を知っているようだが、私はあなたに覚えが無い」

アーチャーは、それには応えない。

しばらく、沈黙していたが、やがて口を開いた。

「オレにも願いがあってね、…まあ、その願いは聖杯で叶えるほどのものではないのだが」

「?」

急に話を変えるアーチャーにセイバーは戸惑う。

「今回はそれをかなえる千載一遇の機会だったんだが、…見逃してしまったよ」

「何の話をしている?」

「オレの望みはね、セイバー。自身の手で衛宮士郎を殺すことだったんだよ」

ポツリとあまりにとんでもないことを言い出すアーチャーにセイバーは混乱する。

そして、その真意を測り、そして気がつく。

それは信じられないことだが、そうだとしたら今までの謎も全て解ける。

「…アーチャー、まさかあなたは」

「そうだ。セイバー、…オレはね英雄などにならなければ良かったんだ」

それから、アーチャーは自分の人生と守護者になってからも変わらなかったことを端的に語った。

そして、自嘲するように少し笑っている。。

それがあまりにも悲しかった。

「何故?…何故そのようなことを望むのか!」

自分を自分で殺すなどという結末に!

セイバーの声には怒気、そして悲しみに包まれていた。

「何故だと?それは君と同じ理由だよ。セイバー」

「何を…」

「ふっ、君は国を救うために、王を選びなおすと言っていたが、それは建前にしか過ぎない。本当は君は自分がやってきたこと、そして自分の過ちを、それらを全て無かったことにしたいだけなのだろう」

「…!」

反論はいくらでも、思いついた。

だが、それは言葉に出来なかった。

何故なら、それは間違いなく真実だったのだから。

「まあ、私も人のことは言えないがな。私も自身を消し去りたいがために衛宮士郎を殺そうとしたのだからな」

セイバーは、アーチャーと確かに同じような望みを抱いていたことが分かった。

セイバーは無言だ、何を言えばいいのか分からない。

アーチャーの望みを否定することは、間違いなく自分の望みも否定してしまうことになるからだ。

だが、それでも疑問は残る。

「…では何故、シロウを殺さなかったのだ?あなたにはいくらでも機会があったはずだ」

「………何故かな。あれがもう私とは別人であることに気付いたからか、…あの小僧を見て、ひたむきに走っていた昔の自分を思い出してしまったからなのか」

アーチャーは遠くを見るような目で、話している。

その目は間違いなく、あの少年のものだった。

…私が、間違っていたのかもしれない。

己を否定したアーチャーは、死んだ後でさえも少年のままだったのだ。

ならば、私も変わらなければならない。

「ところで、アーチャー。話は変わるが、あなたの聖杯戦争はどのようなものだったのだ?」

「…本当に、話が変わるな。まあ、その話は後にするとしよう」

アーチャーが背中のセイバーを降ろす。

いつのまにか、大聖杯の元に着いていたらしい。

そこには、胸に短剣の刺さった死体がある。

あの、言峰という神父だ。

死に顔は意外にも穏やかそのものだ。

「セイバー!それに、アーチャーまで…」

そして、息も絶え絶えなマスターがそこにいた。

「あれほど、投影はするなといったのに、無茶をするからだ小僧。あげくにまだ無理をするつもりだったな」

アーチャーは呆れた様子である。

シロウは、自分の手で聖杯を破壊するつもりだったようだ。

「なっ、うるさいな!桜を助けるためだったんだ仕方ないだろ。…それより、どうしてセイバーがここに?」

シロウはボロボロな体で私を見上げる。

何を言えばいいのか分からない。

私は彼との約束を果たせず、一度は敵として、その手にかけてしまうところだったのだ。

そんなとき、アーチャーがぽんっと私の肩に手を置いた。

それで、言うべきことが分かった。

そうだ、謝罪などは後で出来る。

今はこの言葉こそがふさわしいのだろう。

「マスター、御指示を」

シロウは一瞬ポカーンとしたような顔を浮かべたが、すぐに嬉しそうな顔になり、そしてすぐに顔を引き締める。

「ああ、セイバー。あの聖杯をぶち壊してくれ!」

「了解しました」

私は、躊躇い無く自分がかつて追い求めていたものに剣を向ける。

魔力を集中させる。

宝具の使用は後一回が限度だろう。

一発で十分だ。

それで、何もかも吹き飛ばす。

この世の全ての悪、私が望んでいたもの、そして愚かな私の妄執。

その全てを、この一撃で!

「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

黒い光の本流が黒い影を消し去っていく。

闇で闇を消し去るその光景は、この戦争の結末らしかった。


エピローグ

あれから、二日程経った。

聖杯戦争は永遠に終わりを告げたのだ。

桜は体調は大丈夫だが、心は全然、癒えていない。

自らの罪を悔いている。

その傷はそう簡単に癒えるものじゃないだろう。

でも、オレは桜のそばにずっといるつもりだ。

桜の罪は一緒に背負ってやるし、桜が心から笑えるようになるまで、ずっとそばで待つつもりだ。

セイバー、アーチャー、ライダーのことを考える。

彼らは最後まで、見返りなしにマスターのために尽くしてくれた。

亡霊と化した、過去の英雄が現代のために戦ってくれたのだ。

聖杯戦争自体は決して、正しいものではなかったけど、あいつらに会えたことは誇りに思う。

そして、英雄達は、

「シロウ、味付けが繊細すぎる。もっと雑で量の多いものを作ってくれ」

泣くぞ、セイバー。

「ふむ、…属性が反転することで、食事の好みも反転するとはな。しかし、よく食べるのだけは変わらんとは…固有能力ということか」

違うぞ、アーチャー。以前の食欲がAランクとするなら今はA+になってるぞ。

「桜、起きていて大丈夫ですか?」

ああ、常識人なのはライダーだけだ。

英雄達は揃ってオレの隣で食卓に並んでいるのでした。

セイバーは以前とは違う格好で、黒を基調とした、いわゆるゴスロリといった服装だ。

アーチャーは適当に選んだ親父の服を着ている。

ライダーは、眼帯こそつけているものの服装は現代のものだ。

そのうち、魔眼殺しのメガネか何かを見つけると、遠坂が言っていた。

あの後、洞窟を脱出した俺たちは、イリヤの待つ我が家へと帰った。

そのときに、ライダーは桜に、セイバーはオレに再び契約しなおしたのだ。

桜は、一度は大聖杯に繋がった影響で、魔力が溢れかえっておりサーヴァントの一人や二人を簡単に維持できるのだ。

そして、セイバーは黒化により肉を持ってしまったことにより、魔力補給が必要なくなったのだ。

つまり、オレはセイバーが現代に残るための依り代というわけだ。

アーチャーに関しては、遠坂の魔力の高さと、その固有能力の単独行動でなんとか残っている。

ただし、このままでは後二日も持たずに消えてしまうらしい。

そのことを、相談するために全員でオレの家に集まっているのだ。

「何度も言ってるが、凛の魔力では私を維持することは不可能だ。…だから、このまま消え去るのが自然だろう」

「駄目よ!サーヴァントなんていう便利な使い魔をそう簡単に手放すわけ無いでしょう」

「アーチャー、貴方にはまだ聞きたい話がある。かってに消えるのは許されない」

遠坂はともかく、セイバーまでが反対しているのが意外だ。

オレは、どうしても仕方ないならともかく、残れるなら残ってもいいとは思うけど。

ライダーは桜の言葉に従うのみで、桜はおろおろしている。

イリヤは楽しそうにその様子を眺めるだけだという、話は平行状態だ。

「とにかく、何か方法があるはずよ」

まあ、問題はアーチャーの魔力が足りない分をどこから手に入れるかだ。

確かに、桜はまだまだ魔力は余ってるけどアーチャーに与える手段が無い。

「簡単だ。アーチャーがサクラから魔力補給を受ければいい。異性同士だから問題ない」

「「「「駄目!」」」」

当然のことながら、一斉に却下される

セイバーは自分の意見が通らなかったことに不服そうだ。

どうも、セイバーは黒くなってから感情にストップをかけない。

思ったことはすぐ、口にするし常に怒ったような怖い表情をしている。

「…では、ライダーからこれなら問題は…」

「あるっっっっちゅうねん!」

皆まで言わせず、遠坂が突っ込む。

話題に上ったライダーは冷静に、

「私は、桜が命じるなら…」

「命じません!」

桜に突っ込まれた。

セイバーはさらに不服そうな顔をしている。

自分が、どこが間違っているか分からないといった表情だ。

アーチャーは自分の話なのに、やれやれといった傍観者のような顔をしている。

「と、とにかく、なんとかアーチャーに経路を作れば」

遠坂の魔力が増えれば、当然アーチャーにもその魔力が流れ込むといった算段だ。

問題はその方法だが…。

「ならば、まずはシロウがサクラから魔力供給を受けて…」

「ちょ、ちょっと何を言い出すんだ」

急に話を振られて顔が真っ赤になる。

見れば、桜の顔も真っ赤だ。

それは、オレと桜は恋人同士だから、自然な流れでそういうことになるかもしれないけど…、ああ、オレは何を考えてるんだ!

頭の中の煩悩をたたき出して、セイバーのほうに振り向く。

「オレに魔力を供給したって仕方ないだろう」

「その後、シロウがリンに魔力供給を行う」

「「「却下!」」」

またしても、一斉に却下されるセイバー。

ものすごく不満そうな表情だ。

大体、オレが遠坂になんて…うっ、ちょっと想像してしまった。

「先輩?どうしました、顔が赤いですよ」

…心配そうな桜がめちゃくちゃ怖い。

ライダーもガクガク震えている。

ネタ切れなのか、誰も発案するものがいない。

遠坂も必死に考えているようだが、そう簡単に浮かぶものではないだろう。

「話は、終わったかね?」

アーチャーは自分のことなのに、他人事のような感じだ。

考えてみれば、一番大事なのは本人の気持ちだろう。

本人が嫌がっているのに、無理やりこの世界に残すようなことは出来ない。

そう思って、聞いてみることにした。

「アーチャーはどうなんだ?残りたくはないのか」

アーチャーはしばらく、思案するような表情を見せ、しばらく考えている。

皆が、アーチャーの次の発言に注目している。

「…そうだな。正直言えば今後、どうなっていくのか多少の興味はある。そういう意味では現界を望んでいるといってもいい」

おお!、全員がそれなりの感嘆を示した。

本人の口から、そう言われるとこちらもなんとかしたくなってくる。

「だが、それはあくまで方法があるならばだ。無理に、ここにいるようなことはしたくない」

その正論に皆が黙り込む。

もはや打つ手は無いのか、と思ったそのとき発言したのは、

「いい方法を思いついた」

やはり、セイバーだった。

「何かしら、セイバー」

先程のとんでもない発言のせいで、セイバーの信用度は暴落している。

遠坂は明らかに疑いの眼差しだし、周りもあんまり期待していない空気だ。


「私が、アーチャーに魔力供給を行う」


瞬間、空気が停止した。

一斉に、全員が固まっているのにセイバーは気付いていない様子だ。

「私の魔力量ならば、アーチャーに分けても何の問題も無い」

セイバーはどこか得意そうだ。

今度こそ、自分の発案が通ったと思っているのだろう。

冷静なアーチャーですら、固まっている。

と、とにかくセイバーの暴走を止めなければならない。

「あのな、セイ…」

「駄目に決まってるでしょうが!!!」

それは、遠坂に藤ねえの生霊が取り付いたかのような勢いだった。

あまりの遠坂のキレっぷりにだれも声を出さない。

「いい、セイバー。自分を大切にしないと駄目よ。あんな女たらしに身を売ったら、骨の髄までしゃぶられて、人生をめちゃくちゃにされるわよ」

そ、それは言いすぎな気が。

アーチャーも心外といった表情だ。

「リン、そんなに興奮するな」

遠坂も、自分の様子に気がついたのか。ごほんとセキをして座りなおす。

「問題はない。私とて殿方の悦ばせ方ぐらい心得ている」

さらりと、爆弾発言をするセイバー。

「セイバー、そのな、女の子があんまりそんなこと言っちゃ駄目だぞ」

「???」

分からないといったような表情だ。

「とにかく、セイバー、…いやセイバーだけじゃなく、女の子にそんなことさせるわけにはいかない」

「…士郎、女の子というのは私も入ってるんですか?」

ライダーが、驚いたような表情だ。

「当然じゃないか、何を言ってるんだよ?ライダー」

「いいえ、なんでもありません」

どことなく、嬉しそうなライダーの声。

それに対して、桜はなぜか不機嫌そうだ。

「とにかく、セイバー。いくらなんでも魔力供給のためだけにセイバーにそんなことをさせるわけにはいかないわ」

それは確かだ。合意の上でならいいが、そのためだけにセイバーにそんなことをさせるわかにはいかない。

その説得が効いたのか、セイバーは微笑を浮かべる。

うっ、可愛い。

前もそんなに笑うことが無かったけど、黒くなってからはいつも怒ったような表情ばかりで、笑っているところを見るのはこれが初めてだ。

「そういうことか、安心しろ。そういうことならば何の問題も無い」

…嫌な予感がする。

「私は、アーチャーさえ良ければ構わん」

ぴしりと石化の魔眼を受けたかのように遠坂が固まる。

「それに、彼の上に乗ったときは非常に心地よかった」

…それって、あの洞窟でアーチャーがセイバーを背負っていたことを差しているのだろうか。

セイバーには全くそのつもりは無いだろうが、この場でのその発言は宝具並みの危険度だ。

「アーチャー?」

ギギギッと音を立てながら首だけを、アーチャーの方向に向ける遠坂。

すでに、アーチャーはいなかった。

「先程、外に逃げました」

ライダーが遠坂に指差して教える。

「こら!どこ行ったの。戻ってきなさい!」

……このまま帰ってこないかもしれないなぁ。

その後、いろいろ考えたり、相談をして、なんとかアーチャーは残ることが出来たそうな。


あれから、三ヶ月程が経ち、春が一度来て桜が散っていった五月。

様々な被害を出した、今回の聖杯戦争の混乱もようやく収まってきていた。

教会には、言峰の代わりに代理の神父が来ており、事件解決と聖杯戦争の調査に来ていた。

ディーロという老神父だが、中々出来た人で、桜には優しく接し、我々が今だ現界しているのを見ても何も言わなかった。

彼は、本部の人であるので、一時的というだけで三ヵ月後には別の代理が送られるとの話だが、次の人間も話が分かる神父であればいいのだが。

この三ヶ月、私が主にやっていたことは、冬木の町の見回りなどだ。

マスターの仕事をサーヴァントが手伝うのは、当たり前のこと。

それ自体に文句は無い。

三ヶ月の結果として、木から降りれなくなった子猫を一匹、重そうな荷物を持っていたご老人を三人、犬に追いかけられていた女の子を一人、迷子を四人、etcを救ってきた。

この結果にも別に不満は無い、平和なのはいいことだからだ。

あえて不満があるとするならば、

「いらっしゃいませ、お客様。二名ですね、御タバコのほうは吸われますか?」

バイトをさせられていることだろうか。

新都の紅茶専門店で私はウェイターとしてバイトしている。

君が来てから、お客さんが増えたよ!

と店長が言うが、嬉しくも何とも無い。

なぜ、バイトをしているのかというと凛が言い出したことだ。

「どうせ、昼は暇でしょう。バイトでもしてうちの家計を助けなさい!」

と言われたからだ。

反対したら、令呪を使いそうな勢いだったので仕方なくこうしている。

履歴書は凛が偽造したものを使ってバイトしている。

しかも、バイトしているのは私だけではなくライダーもだ。

商店街の骨董屋でバイトしているらしい。

セイバーは今頃、もっきゅ、もっきゅとハンバーガーでも食べているだろう。

…セイバーにも一応はバイトを薦めてみたのだが、

「サーヴァントの仕事は戦い。そのような雑事に関わっている暇など無い!」

と、一蹴されてしまった。…私の記憶ではこの三ヶ月間に戦いなど無かったが?

一番食べる奴が、働かないなんて…王には人の気持ちが分からないらしい。

だが、そのうち彼女に合う仕事を見つけてきてやろうと思う。

…あればの話だが。

あの小僧は、相変わらずだ。

凛の弟子になった以外は特に変わりは無い。

まあ…お人好しなのは変わらないが、優先順位の一番に桜をつけている。

…これからもそれは変わらないのだろう。

イリヤは、城と衛宮の家を往復して、メイド達を困らせている。

小僧は、一緒に暮らしても良かったみたいだが、メイドの一人が猛反対をしているので、今の形になっている。

…何もかもが平和な暮らしだ。

こんな生活を衛宮士郎が出来るとは思わなかった。

…正義の味方か。

…いや、考えるのはよそう。

もう、終わってしまったことだ。

この平和な生活の記憶も今回だけのこと、座に戻れば全て儚く消えていってしまうもの。

それでも、それでも…何かを残せたなら、それでいいと初めて思った。


夜になると、私は一度家に戻る。

大抵は一人で見回りをするが、今夜は凛と二人だ。

最近、夜になると死の気配が濃くなっている。

おそらく、死徒か何かがこの街に現れたのだろう。

街の管理は遠坂凛の仕事だ。

霊体化した私は凛のそばで待機している。

「それにしても、この感じ久しぶりね」

「…確かに、聖杯戦争以来だな」

夜に二人で敵を探すために見回りをするなど、三ヶ月前に戻ったかのような感じだ。

「もう、三ヶ月か。早いわね」

三ヶ月で変わったこともあれば、変わらないものもある。

変わったことは、いまさら話すまでも無い。

変わらないのは、凛が私のマスターだと言うことだ。

「何よ、何を笑ってるのよ?」

「いや、素晴らしいマスターにめぐり合えた幸運を噛み締めてるのだよ」

途端、凛の顔が真っ赤に染まる。

まだまだ、こういうところも変わってないな。


橋の近くの公園にたどり着く。

そこで、「キャー!」という絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえる。

途端、顔色を変えて走り出す、凛。

私は、それについていく。

「また、ライダーのイタズラ(主に綾子に)じゃないでしょうね!?」

「だったら、いいのだがな」

もちろん気配でライダーでないことぐらいは分かる。

見えてくる・一人の女の子が今、まさに襲われようとしていた。

「アーチャー、行って!」

私は最も使い慣れた双剣を投影し、一瞬で襲っていた男の姿をしたものを切り倒した。

女の子は気絶したたけで、外傷はどこにも無い。

これなら、凛が記憶を操作するだけでいいだろう。

「倒したの?」

追いついた凛が、すでに灰になってしまった男を見る。

「ああ、だがこれは所詮、本体の使い魔のようなものだ。大本をつぶさない限り犠牲者が増え続けるぞ」

「分かってるわ。…私の管轄地でいい度胸してるじゃないの!」

凛は本気で怒っているようだ。

「とりあえず、探すにしても数が多いに越したことは無いから、その女の子を介抱したら、士郎のところに行くわよ。こういうときに弟子というのは役に立つわね」

……やれやれ。

「行くわよ、アーチャー」

凛は振り向きもせず、私に声を掛ける。

「了解した。マスター」

これから何があるかは分からない。

だが、目の前の少女と一緒ならどこまでも進むことが出来るだろう。

THE END


あとがき
これにて、この物語はおしまいです。
初作品なので、至らないところが多数ありましたがお許しください。
また何か機会があったら、作品を書いてみたいと思います。
それでは、最後までこの作品に付き合ってくださった全ての方にお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。


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