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[9229] 最初から善人ぶる必要はないの
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:7ff27144
Date: 2009/06/03 19:29
ユーチャリスはステルスモードと呼称される状態で、木連艦船を引き連れて木星宙域を進んでいた。
時は第一次火星大戦よりも前。木星より地球へ向けて大使を乗せた船が出発する日。

違った形を進んだ過去において語られておきながら、知らされなかった悲劇の大使が出発を迎える日だった。
ユーチャリス、白銀の戦艦はこの日を待つまでもなく、行動できた。
火種にもなる生存者を残す必要はない。それでも、今日という日を待ったのには理由があった。

木連が壊滅的な状態に陥って、未来はどのように変化するのか。
ユーチャリスによって、相転移エンジンとディストーションフィールドという技術は細々とネルガルの技術利権として公開、普及される。
これによって、生まれるエステバリスも先々に軍事展開してゆくだろう。

ユーチャリスという船は、現在におけるオーバーテクノロジーだった。この船を凌駕するものが、搭載したブラックサレナを超えるものが現れるのか。
それを知りたい意思が、テンカワアキトにはあった。


技術の革新などというのは、起こらなければそのままに。遅々として違う系譜をたどる。その異なる系譜を見てみたいという知的好奇心がテンカワアキトにはあった。

ユーチャリスは完全な形でこの世界にジャンプアウトした。
乗員たる二人もまた、完全な形で。
ナノマシンに犯されていた体は、そのままに。テンカワアキトは五体を知覚できない状態で。
ラピスラズリは彼を看病した。
此度の実験は治療の方法として、一つの可能性がイネスより提示された空論から発生している。。
肉体の再構成、ボソンジャンプにおきる物質の再構成。ジャンプイメージにおいて伝達される自己情報の構造を改変する。つまりは、ナノマシンに最適した肉体となり、不要とされるナノマシンをジャンプ対象外と認定する技術。

それには遺跡の研究が不可欠となる。ボソンジャンプのイメージ伝達ノイズが発生しない状況に無くてはならない。
だから、ジャンプが知られていない時代に。誰も知らない、知られることのない世界で、この研究は行わなくては成らない。


火星と木星の間にある、小惑星帯にジャンプアウトしたユーチャリスは、実験の成功を知った後に行動を開始した。
艦船の出発を確認した後、ユーチャリスはエウロパ、ガニメデ、カリストに引き連れた無人の味方艦を引き連れて照準を合わせた。
木星の公転軌道や衛星を考慮して、都市を狙い打つ。

最初から生存者の発生など慮外とした攻撃。
たとえ生き残ったとしても、彼らを無視する決定があった。
血にまみれた手、身体。そういった汚らわしいイメージは、外面と自己の倫理秩序からの逸脱から生まれる。

ラピスに、まっとうな倫理秩序は備わっている。だが、そのまっとうなもの以外に目的のために犠牲や血の穢れを厭わしいと思わない。


時を超え、可能性を実現させたどり着いた過去かも並行世界とも取れる世界。
重力波砲がコロニーに突き刺さる。
世界全てを敵にするよりも、知られていない世界に生きる少数を犠牲にたった一人を救う。

天秤の傾きなどは考えられていない皆殺しもできる行動。
「アキト、待ってて。」
ブリッジのラピスは同じ室内にある生体ポッドに眠るアキトを振り返る。
培養液に漬かった彼は、死の間際にある。

ラピスは、アキトに死んでもらっては困る。
彼が自分の所有者であり、自分の所有物なのだと彼女は認識する。だから、一人にされては困る。


木連における大使出発は盛大に行われる式典。
最新式ではないが、有人艦として建造された船は平和を祈る純白。
今までプラントにおいて製造された艦船のような、紫色ではない。平和を祈る色。

大使を送る軍人や市民団体、政府首脳の顔は出発に、希望を抱きつつ、暗雲を感じていた。
木連という国家は、善性や悪性のどちらかといえば善性から発祥した国家だ。
だが、独立するために封殺された過去が、彼らのもつ独立心を正しいものとして、疑問を封殺して存続してきた。

「では、出発します。」
大使の宣言が、市民に公開されたモニタ越しに発せられる。
歓声。

いわく「頼むぞ。」「我らの意思を伝えてくれ。」「独立万歳。」
だが、彼らの抱くことがなかった別側面の見識は、彼らの蒙昧さを糾弾する。
お前たちの抱くの目標は独立であるが、地位の復活と存在を知らしめる行為は、為政者からの虐殺にも繋がるのだ。

ハッチが開いて艦が出発した時点で、コロニーは致命傷の攻撃を受ける。
重力波砲。ユーチャリスと木連艦艇が放ったそれは、3つのコロニーに致命的な攻撃を与えた。
真空中を隔す外壁が破られ、一般市民と軍人を識別せず空気を奪う。
重力発生の技術がなかった中で、真空中に飛ばされたもの。生き残ったものも多くいた。だが、大気の流出は致命的だった。
この一撃によって、コロニーの気密ブロックが生き残ったブロックのみが残る。

コロニーといっても、当代における月のような、空間的なドームではない。
仮設住宅が連なったブロック方式。
コロニーは結束を説いて、大気流入をカットする。
ラピスは当然、この惨状においてバッタを射出してアンテナ翼を展開。

電子戦において木星圏を制圧した。

一部軍施設より反撃指示。だが、指示そのものを封殺して緊急事態用の自爆システムを使用。これによって、センサーや通信機器は断絶。

バッタはその間に勢力を増やして、遺跡プラントを回収する。
プラントによって受ける恩恵は、木連を発展存続させてきた。
数にして100基。ユーチャリスには搬入不可能だ。
よって、木連艦船に牽引支持。複数のコロニーに分散されたプラントを全て接収。阻まれるならば、完膚無きに破壊した。

「これでいい。いいよ。」
涙が流れた。
皆殺しではない。
手段として必要とされる過程の消化。
その達成に感じる達成感。
「アキト、待ってて。」

培養層のテンカワアキトは、皆殺しの劇場を見えない目で見ることはない。
ラピスラズリの行動を彼は知覚する。
懊悩はない。
ミスマルユリカ、ホシノルリ。過ぎ去った家族。
ナデシコや過去の善性。
実験によって失われた理性に変わって獣性が彼を駆り立てる。

手負いの獣は、自分の手にした自分が生きるための果実を離さない。
そして、果実は自分を支配する唯一の条理だった。

前の世界で抱きしめた感触はどうだったか。
次に抱きしめるときに感じる感触はどうなるのか。


家族というものは、ないものだった。父親の叱咤や激励、親愛。母親の慈悲や慈愛、厳しさ。全てではないが、それらはなかった。
外界こそが父であり、母であった。
意識的に向けられる愛はなかった。自分のみに注がれる愛を、自覚して感じることはなかった。
だから、果実たる少女の愛を、彼はむさぼる。


そうして、彼は少女にむさぼられながら、貪る。相食む蛇。絡み合う。
木連という国家が死滅する。
だが、現実は現実としてあるだけだ。
「さよなら。」
ラピスのリンクに響く離別の言葉。

あったかもしれない戦争を滅した。飛び散った生体ポッドに生きる彼らに戦の火種は宿るだろうか。
ユーチャリスとプラントを牽引した艦船は、彼らの未来を夢想せずに宙域離脱を開始する。

「行こう行こう航海へ!」
ラピスは慣れない微笑を浮かべ、アキトは彼女と生きるために存続する意思を燃やす。消えることのない命の炎。







[9229] 観測
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/01 23:28
木星近辺の探索は当然のごとく無人衛星や機械が行っていた。
それでもなお、近年の木星近辺探査は遅々として進みをみせない。

それは、火星と木星間にある小惑星帯に阻まれるのもあるが、人為的な妨害によって起こっていた。木連が探索を行おうとする機器を、察知できる範囲。コロニーが感知される軌道を通過する際に撃墜していたからだ。

だが、ユーチャリスによって破壊された木連にそれらを妨害する手立てはなく、細々と観測目的に発車された無人探査機は、人のメッセージを受け取るという数奇な道をたどることと成った。

「木星圏からの救援信号。これを如何するかね。」
連合政府議会、国家間の枠組みが一様に一つとしてなった地球。
その地球を握る国家の代表者それぞれが、一同に解して議会は行われていた。

集まった面子は、往々にして年齢を重ね苦渋を舐め、娯楽を得てきたものたち。
100年前の怨霊、負の遺産。
これらが露呈した時点で、察知された規模の大きさからすれば、本来は些事として接収する、または封殺するという手段が彼らの結論であった。はずだ。
だが、各国の代表に指示を出す国家指導者たちがここに集ったのは理由がある。

「露呈したメディアが致命的であった。木星連合か、思いもよらぬ怨霊であり、思いもよらぬ出現であった。」
探査機はその通信を外宇宙探査機関へと伝達。それによって、機関全てと一部マニアに通信内容は知られることと成った。

「隠しようもないな。今回の事件は我々もしくは近しいものの退位でもって、収束を図る必要がある。そして、未知なる敵も問題になる。」
「未知なる敵となるはずだった彼らが、未知なる敵に滅亡させられる。上には上がいる。困ったものですな。」
それぞれが視線は隔されている。
ホログラムによって行われる擬似会議。

彼らは未知なる敵の情報をウインドウに表示させる。
無人探査機は、時として遭遇する可能性のある生体ポッドの位置をシグナルとして発信でき、通信機器を備えている。それも最新の。
これによって、得られたのは、謎の敵にまつわるあいまいな情報と、木連が所有したと言う技術だった。

「相転移エンジン、ディストーションフィールド。手にするには気の遠くなる技術が必要だよ。だが、それを持った彼らを屠った敵がいる。」
「敵か。断定するには早計に思えるがね。」
ウインドウが提示される。

線画で描かれたものだ。

生存者のうち、地球へと向かう大使の船は奇跡的に生存した。そして、周回してきた無人衛星を鹵獲して救難信号を送ったのだ。
大使たる男に描かれたイラスト。それは要領を得ないが、剣にも見えた。


ユーチャリス、名も知られぬ船がはじめて歴史に登場した一幕である。



[9229] のんのん
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/02 19:06
どこかの会議場でご老人たちが論議する。
ユーチャリスは論議する彼らの会話内容を収集していた。

もちろん、片手間に。

火星極冠遺跡、大きく窪んだ穴はディストーションフィールドが幾層も張り巡らせられ、進入は不可能になっている。
ネルガルの悲願、ボソンジャンプのブラックボックス。
穴の中にユーチャリスはワイヤを展開して艦を固定させていた。

鹵獲した艦船は火星に突入する際も随伴し、ジャンプ航行が不可能な状況で、ラピスのハッキングによって、艦船たちは隠匿されて遺跡を中心として円を描いて着陸している。
「遺跡の稼動はしていない。まったく静か。」
ウインドウに遺跡の稼動率グラフを展開させて、ラピスは嬉しそうに見上げた。
蜘蛛が糸をめぐらせるように、固定されたユーチャリスは、自重を支えるのに多少の機関を駆動させたままでいる。

遺跡から発せられる観測ウェーブの波形が、宇宙に攪拌してゆく。
観測と干渉。遺跡が干渉として行うジャンプ。
そして、観測として行う粒子発生。
ニュートリノとよばれる、惑星が生まれる、死ぬときに生まれる爆発現象。それによって生まれる分子や原子よりも微細な、惑星すら透過する極小のもの。
それを遺跡は感知する。

観測を行っている限り、把握する領域は広がる。
領域を把握したことによって、干渉が可能となる。

これは、ボース粒子に関わってくる限りの全てのものに及ぶ。
意思というアイマイなもののにすら。

テンカワアキトという人間を観測対象として捕らえ、彼の状態と健常者を比較。
改善すべき因子、取り除くべき因子を調査して実行に移す。
それが、イネスの教えた手段だった。

火星の防衛網強化が計画されようとするさなか、すでにユーチャリスは身を隠して火星にいる。


あとじゃないがき
読みにくい文章だし、正直意味とか理解して無くても使っている文字あり。
空気となんとなくで読む。でも、やなひともいる。なので、直せよ!と思ったら書いてみると、へこみつつ直してみます。よしなに



[9229] のんのは雑誌
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/08 18:26
意識を深海へと向ける。過去。
暗黒に閉ざされた始まり。気づいたとき、わたしは存在した。

誰しもが得る、自己の自覚は他者を観測することより始まる。

今思いだぜばどうしようもない身の境遇。そして出会い。

わたしは彼に出会った。

ユーチャリスでもって虐殺を行い、火星の掌握された船たちを完膚無きに墜落させた。
ナデシコCに乗った彼女は気づいていただろうか。自身が掌握した全ての上位権限にユーチャリスが設定されていたことを。彼女の広げられた慈愛の手は、わたしのの掌にもなった。

広げられた掌が、自分の物では無くなる。驚愕のあとの察知と絶望に彼女は支配され、わたしは静かに嘲け笑った。
落ちる船を睥睨して、収容したブラックサレナとアキトをつれて。

わたしはこの世界にやってきた。

意識が拡散していた。

過去と現在、過去の過去の今。
意識が多勢に広がる。機械人間、モルモット、遺伝子操作、人形。

わたしはアキトと繋がってわかる。わたしと同じ存在へのつながりを。
マシンチャイルド、わたしの因子こそがアキトを助けてあげられる。

だから、改変された彼と、されていない彼が必要だ。
やることは簡単じゃない。でも、彼をおびき寄せるのも、連れ出すのも、簡単。



[9229] 捕獲網
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/09 18:59
人には嗜好がある。その方向に向かってしまう、自分が苦れることのできぬ快悦。
テンカワアキトは料理をしたいと思っていて、食材に、食器に、調理器具に触れる仕事を好んで行った。

孤児や学歴といった来歴は、火星では大きすぎる格差を生み出さない。
この惑星そのものが、貧富があまり生まれない土壌として存在したからだ。

唯一地球より着た一部の市民が、ちょっとした優越と利権を持っていた。

そういった一部が御用達とするレストラン、テンカワアキトが皿洗いとして雇われた店。今までが火星の食材を扱っていたというのに、今扱っている食材の新鮮なこと。白く磨かれた皿や食器は、優越感を増徴させるようにも見える扱いだ。

そんななか作られる料理に感嘆し、アキトはシェフの腕が確かなものであると知っていた。
「おいしい料理っていうのは、やっぱいいよな。」
足腰の疲労や、手荒れなどは苦ではない。

客層が一部にはなるが、人の笑い顔を見るのは悪いことではない。
そんななか、一人の客が調理場に入り込んできた。
金髪の釣り目の女性だ。

「あなたよ。探したの。」
「へ?」
指を指される自分。
「着て頂戴。」

文句をいうシェフへと彼女はチップを渡して宣言する。
「彼とわたしに料理を。お勧めで構わないわ。」
イネスフレサンジュ、ネルガルの研究員として穴暮らしになっていた彼女。
穴倉での生活に持ち込まれた好奇心をそそられる題材と、現象。

幼い少女が持ち込んだ研究課題。その献体の彼が、”おにいちゃん”が彼女の捕まえた彼だった。
「あの、なんのごようでしょうか。」
コック服で居心地悪そうだ。その面影は、少女に見せられた人物にも通じる。
「用事は簡単。あなた、ちょっとした仕事をしてくれない?」





[9229] おーじんじ
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/09 23:41
腕を振るう。脚を払う。
対人を目的とした行動。料理人としての動きではない、戦闘行動。

「もっと、呼吸を緩める。おおぶりじゃなくていい。的確に。」
料理をする仕事のほかに、自分が得た異なる職。
それが、この運動と情報提供。なにやら、身体の筋肉稼動や尿酸、思考を情報として得るのだそうだ。

「筋肉が硬い。」
「仕方、ないだろ。」
「まったくもってそうね。土台無理な話ですもの。」
訓練所にて掛けられる声は、もう聞きなれたものしかない。

ラピスラズリ、テンカワアキト、イネス・フレサンジュの3人。
アキトが運動する。身体はボディスーツ、筋肉稼動や、思考抽出のためにIFSに感応する。
ラピスラズリ、彼女がイネスに連れられてやってきた訓練所で待っていた人だった。
アキトは唐突に脚払いを受けて、地に這った。
「なに「強くなってみたい?」
反論など許されず、地に這った彼は見つめられた。

自分が無力であると知っているという、超越した瞳。それは寒さを感じるものであった。だが、非力で華奢な身体に力は感じさせない。
「君は、強いのか。」
「いえ、強い人の動きを知っているだけ。それでもって、真似が出来る。だから、わたしは動きを教えるだけ。」
立ち上がる。
「俺は、料理がしたい。」
「でも、力はあって困らない。」
「何故。」
「あなた、流されるひと?」
要領を得ない会話。
「ああ、悪いかよ。流されて、流されて。」

去来する過去。両親との離別。孤児院での生活。料理がしたい、コックになりたいという一念のみが残ってやってきた今まで。
「料理をしたいんだ。」
「だったら、良い。料理しながら片手間で、付き合ってくれる?」
懇願とか、お願いすると言ったしぐさ、気配は一切無い。
だが、なんとなく。流されたのだろ言われても仕方の無い返答をした。
「良いよ。なにするんだ。」



「結構、つらくて楽しいこと。」
人によるけど・・・とは胸のうちだけで。



シュミレータに入る。
ゲームにも似た装置のなかでIFSをコネクト。
エステバリスという人型ロボットのシュミレータ。もっとも、そのロボットが現存するものである。”瞬間移動する”という特殊な性能は無いと秘せられたもの。
先ほどまで運動していた影響。
クールダウンの運動をした後、筋肉から汗がスーツに漏れる。熱が呼吸に乗る。
それでも、一瞬の快楽がある。

空を飛ぶ。敵を破壊する。拳を振るい、銃を扱い、ナイフを振るう。
そして、遠くへと逃げる相手を追跡し、”さきまわり”をイメージする。
特定の領域で条件発生する空間移動。

イメージは彼方。それでも、バーチャルでありながら要求されるイメージの情報量は多い。
イメージを成してこそが一瞬。
僅かなタイムラグ。意識覚醒が一時。

何よりも生存するために、破壊する快悦のために、トリガーが握られる。


「そう、それでいいよ。」
少女はごちて、女性はコンソールをいじくる。
ジャンプした。実際チューリップクリスタルはない。そして、ジャンプそのものもしていない。
だが、データが彼の意識稼動からジャンプを可能であるというほどに、高められた想像能力、イメージングが出来ていると知れる。
「鍵はクリスタルだけならば、今までもジャンプする人間は現れたはず。なのに、なんでテンカワアキトがジャンプを出来たのかしら。」

答えは知っていた。

「アキトがジャンプしたのは、バッタの存在がある。バッタのディストーションフィールドによって、クリスタルの活性化が起きた。遺跡は登録された個体のジャンプは可能だけど、適合存在が観測されない限りジャンプはできない。
アキトに適正があった。だから、遺跡は許可された存在に人間を登録した。」

それこそが不幸の始まりか、世界のはじまりか。

<それっぽいジャンプ登録。そうなるとアキトのせいで戦争は拡大したような・・・



[9229] ばらばら
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/11 23:13
肉体が壊れる音は聞こえない。

手足が朽ち果てる感触は、人間に感じられない。朽ちるのは物体となったものである。生きる者にその感触は熱として、痛みとして感じられる。

もっとも、痛みを感じられる体であれば、だが。

液体の中で視界は復活しない。

リンクした感覚が、自分の生きていることを示しているだけ。

北辰はどうしただろうか。殺したはずだ。
抉った拳には、僅かな感触が残る。感覚を失ったのに、感触というのもおかしな話だ。

生きてるのか、わからないんだ。
目の奥が熱くなる。
俺は、生きているか。



見てみたかった別の可能性。別の世界。生存の感覚は無く。見たかったと言った夢想が、実現されていることを彼は知らない。


>3つは衛星それぞれに居住コロニ?と思って。れいげつは市民間で、ほとんど市民収容なのか?
>アキラピで進んできたので、公式ぶっちぎってます。



[9229] らぴすとげんじょーさんぞーではない
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/06/12 21:31
テンカワアキトの健康体を捕まえた。雇うという状態で。
ネルガルを支配下に置くのは、難しくなかった。
「イータ、どうかな。」
『計画どおりです。レディ。』
ユーチャリスのオペレータシートに腰を下ろす。

ブリッジは無味乾燥。アキトの入ったポッドをわたしは目の前にして座る。
「イネスの確保は簡単だった。アキトもね。で、研究体を確保したい。」
どうすればいい?と顎でウインドウへと返答を求める。

『こちらに対人能力を持った兵器はバッタのみ。機体の改良を行ってみるのが良いかと。』
「いいね。」
ウリバタケセイヤの名前が浮かんだ。彼は趣味に走る。
だが、わたしたちの境遇を知らずとも猫を殺さない程度に興味は持ってくれるだろう。

立ち上がる。
意識にてアキトへとリンクを接続。

暗闇の中で、ズットひとり。わたしの昔とは異なる孤独。
接続でアキトの視界が僅かにリンクされる。
白濁した視界。神経圧迫で空白がある。

「アキト、どう?」
『ラピス、現在地と時間をたのむ。北辰を倒したあと、倒れたらしいな。』
情報を脳内で処理。アキトに伝達する。
「現在ユーチャリスは艦の緊急固定アンカーを撃ち込んで、火星極冠遺跡にて滞在。時間は火星第一次大戦以前に移動している。」
戸惑いの感情。時系列の断絶への疑いがわかる。

「アキトは生きてもらう。北辰は倒した。わたしたちは過去かもしれない世界に来た。」
『理由は。ランダムジャンプ、イネスの研究もわかった。仮定された結果とはいえ、これを行ったために、歴史は変わっている。』
「見たかった可能性だよ。歴史は、大きく変わった。アキト、みたかったんでしょ?」
判らない。彼が見たいと言っていたことだ。
平穏である世界。戦争の無かった、わたしがアキトに出会うことがない世界。

それは嫌だ。でも、わたしたちが来ていれば出会う以前に出会っているから問題は無い。
『見たいのは確かだ。だが、思い出した後悔だったんだ。俺は、北辰を倒せば、後継者が滅べばよかった。だから、死んでもよかった。ラピス、お前が生きていればいい。ナデシコの連中も、アカツキやエリナも。生きていれば。俺はな。』
「でも、いや。」
いやだ。
アキトがいないのは。
目の奥が熱くなる。
ポッドをぎゅっと手を広げて抱きしめる。
「嫌だよ。アキトがいないのは。」
アキトが動きの悪い体を動かす。わたしの正面に浮かぶ。
『嫌でも、別れは来る。だから、俺を生かすことを考えなくても良い。お前が生きることを考えろ。』
「いやだよ。アキトと一緒にいるの。どうでもいいんなら、わたしにアキトを頂戴。死んでもいいのなら、生きられてもどうでもいいんでしょ、なら、生きるアキトをわたしに頂戴。」

意思の伝達。曖昧、愚鈍、自責、喜び。

「ほら、そうやって、どうでもいいって言いながら。」
求められる喜びを感じている。

はっとした感覚。アキトはわたしに言われて気づいたんだ。

「生きて。死んだときはわたしも考える。でも、まずは生きて。」

リンクを開いたまま、アキトの思考が僅かに伝達された状態。
わたしはシートに戻る。

心臓の鼓動が早い。身体が熱い。生きている、わたしたち。



[9229] 披見体
Name: 銘天◆0aef79a4 ID:d6f8363c
Date: 2009/07/04 08:35
マシンチャイルドというのは俗称である。改造人間、実験体などの名称から生まれた機械的な造語。生物工学とオーパーツから生まれた技術の結晶。

ラピスラズリそのものの情報からテンカワアキト再生のデータを採取はできていた。
作り変える肉体情報への介入は、ナデシコCの通信システムに使用されたボース粒子を利用したものだ。これが無ければ、火星は掌握できなかった代物。イネスは最初からこのシステムによって、ナデシコCは一度の出撃の後に封印されるだろうと予見していた。
もっとも、それが現実となる未来を、ラピスは見ていない。

入力と除去システムとして、ポッド内部の世界で情報拡散を封じる。
ディストーションフィールドは、遺跡から生じた実用技術だ。そして、位相の変わった空間におかれることがすでに、情報拡散を封じる前段階と成る。


ジャンプそのものにフィールドは必要ない。トリガーであるそれを持つ生命体に、適正を遺跡は求める。そして、その適正をより先鋭化させる。

テンカワアキトの朽ち果てる肉体は先鋭化とは異なる、人体実験の影響だ。

朽ち果てる彼をラピスは振り返って、相対して話すことも無く見つめる。
リンク越しに彼もラピスを見ていた。

「やるよ。生きて欲しいから。」

ウインドウ展開。ネルガルを支配に置いたことで得た、披見体のデータ。
彼らを回収するのは出来ない。ネルガルは現会長と社長派の対立によって難しい場面にある。そこで、システム掌握をしたラピスは社長派が持っていた人体実験研究を会長アカツキナガレに一部譲渡して、ネルガルでの立場を作らせた。

そのために、彼女はオリンポスの研究所に出入りが許され、イネスにも直接接近できた。アキトを確保して実験データを採取できのもこのためだ。

ウインドウにいくつもの情報が氾濫する。

ホシノルリ、エステバリス、アカツキナガレ、披見体、イネス、アキト、ユーチャリス、遺跡。


「火星に住むのに、人間は適応を求められないでいた。いえ、とんでもない。火星に変化を起こしたように、わたしたちも変化をさせられていた。」
ブリッジにイネスが入ってきた。
常の三つ編みにした髪が下ろされ、丁寧にブラッシングをされている。

ラピスは、そんな彼女をアキトと一緒にいたときにしか見たことが無い。
素地の自分をさらすのは、彼女が過去を考える時にしていたことだ。

「大気にあるナノマシンが、人間に影響を与える確立は初期段階からあった。それでも、地球や月へ行き来できる。健常状態を保つには些細なこと。脳内の一部機能を開放して対処した。」
それでも、公開されていないことがある。
「IFSは開放された脳機能を直接的に使う。」
「それで、わたしたちは。」
ラピスはスイッチを、撃鉄をひく。


ナノマシンの明滅。少女の血肉が科学の結晶であること、微細機械が血流に住まうという忌まわしいと感じていない事実。
「その一部をさらに拡張した。」
「そして、その一部が、ボース粒子の端末としての機能を得たの。」

ポッドを隔てて相対する。
肉体維持のためのボディスーツに覆われたアキト。
「やることは進んで入るね。」
「ええ、得るための情報、データは着々と。未来の自分に嫉妬する。彼女は確かな理論と妄想をまぜこぜに作り上げ、肉体の構築に挑もうとした。それでも、彼女は実行に移せなかった。わかる?」

とても困ったように、震えた口ぶりだ。
ラピスは問いの答えを知っている。

「イネスは科学者であったけど、やっぱりアキトが好きだった。憧れであって恋愛じゃないって言っていたけど。」
「困ったものね。」とラピスがいつか見た光景の焼きまわしのように、イネスは微苦笑した。

「再構成を急ぐ。アキトはそっとしたことでは死なない。でも、心はどうしていいかわからないまま。リンクじゃない、会話が必要。」
「わかったわ。急ぎましょう。」




[9229] 自問していない自答
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/08/31 22:36
「何をしたいの?」
「料理がしたいんだ。」
テンカワアキトが少女と出会うのは、これが初めてではない。

エステバリスというロボットを操作する擬似シュミュレータのオペレータが彼女だった。もっとも、イネスが言う限り彼女がくみ上げた自分の行動をなぞらえて作られたAIが真似をしているとのことだった。
「それはどうして?」
「人のためになる。火星の料理は不味い。そうだろう。」
同意を求められたところで困ると、彼女は内心思っていた。


味覚というものが失われた人間の感覚にリンクして、ラピスは極端に味覚を刺激する食べ物でもってフィードバックを試みたことがある。イネスとエリナが原因にあたる。
それでもって、激辛や激甘を過度に摂取した彼女は、中庸の味をおいしいと感じられる感覚を養うことが出来なかった。
味覚を失った身であはあるが、このことにアキトは心を痛めた。
もっとも、痛めつけられた果ての心をもった彼は、ラピスと一緒に同じものを食べるということで共感を得ることにしていた。

回復の見込みがないと実証されると、ラピスは常人の味覚に合う食べ物を与えられたが、ここに悪癖があった。

「わからないわ。おいしいとか、不味いとか。ともかく感じられるのがいい。」
甘くても、辛くても、刺激があるほどに良いものだ。
それが、ラピスの考えだった。

「火星の料理も食べられないわけじゃないでしょ。それでも、料理人になりたい?」
「もちろんだ。」
ラピスを可哀想に見る視線は、アキトから発せられていた。
彼自身恵まれた環境に置かれた人生を送っていない。
それでも、他者を思いやる心が息づくほどに、さもしい生活を送っていたわけでもなかった。

環境に適応する。
例え怒られて、見下されたとしても向かうべき目標と、夢があった。その方向に一歩でも進んでいることを、自覚しているからこそ進めた。

「アキトにやって欲しいことがある。未来を見つけられない人。だから、あなたが話してみて、相談に乗ってあげて。」
彼からしてみれば、まずラピスの味覚をどうにかしてやりたいのが心情だ。
でも、依頼人であり雇用主の一人である彼女の依頼を断る理由はない。

「わかった。」




エステバリスのシュミュレータに乗り込む。
服装は、ラピスに依頼されたままの格好であり、普段のパイロットスーツではないのでシートの感覚が違う。
「しまった、これじゃのれない。」
『そのままでいい』
ラピスの映し出されたウインドウが表示される。童顔で声音も高いテンカワアキトにラピスは面白みを多少見つける。それは彼女の知る彼の声音や表情と比較して、決して見られない素であった彼の姿だ。

『パイロットスーツを着用して搭乗する基本原則を叩き込まれたのはいい。でも、今は気にしないで。相手のシュミュレータとつなぐ。』
「でもなんで、エステバリスなんかにのって、話すんだよ。戦うわけじゃない。」
理解できないといった表情の若者に、もっと年若い少女は言う。

『相手はパイロット。自閉症じゃないけど、閉じこもり気味。だから、気分転換。腕は確かよ。気をつけて。』
「気を付けてって」
ウインドウが消えて、シュミュレータが稼動する。
「おい。」
返すべき相手が消え、仕方なしにいつもどおりの行動をとる。

IFSコネクタと、管制コントロールと武装トリガを兼ねたグリップを握る。
空間は暗黒になって、上下もなく重力も存在しない空間に感覚はあった。

バーニアをふかす必要も無く、漂う。
小型重力発生装置ではなく、IFSを経由した感覚の擬似パルスがこの感覚を生み出している。
視界は広く、センサが感覚を拡張する。
感覚が一つの物体を捕らえる。果たして、そこに黒の異形がいた。

エステバリスよりも大きい。
黒い装甲に覆われた厳しい人型だ。脚そのものにバーニアがあり、推進翼バーニアも大きい。
ブラックサレナ、そうよばれた未来があった機体だった。



[9229] みらいとかことじぶん
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/09/06 09:52
ブラックサレナは沈黙して、目前の敵と相対した。
ピンクのカラーリングが施されたパーツ構成のエステバリス。それもスーパーエステバリスのようなシャープさがあり、洗練されている。

スーパーエステバリステンカワspを発展させた形だと知れた。
自分も乗るブラックサレナの中核。
だが、どこかアルストロメリアに見られた、人体のようなしなやかさを感じさせる。

ラピスに放りこまれた空間だ。意識全てをどこかに預けて、肉体を支配下から外す。人体実験と、イネスの治療から出来るようになった状態。
それを、利用されていま再びの戦場におりたつ。


「あの、あんた。」
聞いたことのある声音だ。サレナを飛ばす。
目の前のエステへハンドガンを発砲。回避される。

動きはがむしゃらだ。人との戦闘になれない新兵のような、いや、新兵よりは出来ているが、動きは我流だ。
これはと思う。
互いの基本性能は同じ。推進力と与えられた頑強性が勝っている。
かがみ合わせのように相手は動く。

敵を真似て、牽制するのは良い。
互いの行動を観察する。
だが、呼吸がどこか覚えがある。
「おまえは、どうしたい?」
通信。肉声の感覚。
戸惑った呼吸音。機体がせめぎ合う。フィールド強度は同格。こちらの推進力で相手を押す。
「俺のことよりあんたはどうしたいんだよ。」
ウインドウは表示されない。
だが、声にも、動きにも覚えがあった。


これは、自分だ。



「俺は、死ぬ身体だ。未来がないから、やり尽すべきことをして、消えるつもりだった。でも、いまも生きている。ラピスが生かしている。」
弾き飛ばして発砲。硝煙などは立たない。光の軌道でもって、エステバリスを押す。
「生きているなら、なにかやれることあるだろう。好きなこととか、夢とか。」
「夢。」
ざらついた単語だ。

夢、夢、それは夢想であって言葉だ。
「夢で生きていけるとは限らない。」
たとえその道を行ったとしても、幸福があるのかは知れない。
「生きているだけでもいいさ。でも、夢って、あるほうがいいもんじゃないのか。死ぬ手前でも、そうじゃないのかよ。」

ざりりと何かがよぎった。

あれはそう、なんだったか。洗う、切る、炒める、煮る。
あれはそう。カレーライスだ。

「先の無い未来へと夢を馳せて何になる。」
感傷がよぎった。それを、ハンドガンで断ち切る。
フィールドで防ぐ相手に突貫し、テールバインダをすれ違いに叩きつける。

「あんた、何しているのかわかるか。」
バインダがフィールドを切り裂いた。機体のアサルトピット下部が損傷。
でも、生命に異常はない。
「そんな風に力を振るって、夢をもてないからって攻撃する。それじゃ子供と変わらないじゃないか。」

どこか、それは共感できて、まったく理解できない言葉だった。

「お前は知らない。だから、知る必要も無いし、知らないで生きていけばいい。」
知っている身のみがその感覚に至る。

持っていていいものだ。それでも持てないでいるのは罪悪と、自分の弱さを受け入れているからだ。弱さがあるから強くなれる。だが、弱さが強さに勝る場合もある。
意思というのは硬さがある。
硬さを決定するのは衝動であったり、情熱だ。

それを持たない自分に、夢は語るべきではないものだった。
満足に未来を見ることができないでいる自分には、探しても出来ない。
罪悪の感触と愉悦を知るから、見れないもの。


「もう、いいだろう。」
エステバリスを破壊した。
推力を最大にして、感覚が現実と仮想のミックスシェイクになる。
ハンドガンを0距離で放つ。フィールドの干渉で攪拌が起きているが、高出力の光学兵器は、フィールドを突き破り、エステバリスを破壊した。


感覚が戻る。いや、失われる。
得られていた視覚や聴覚が鈍磨して、目の前の少女に限定して感覚器官が生存する。
「どうだった?」
「あれは、そういうやつだ。おれは、そういうやつだった。」
ラピスは自分を見て無表情だ。
崩壊し始めた体をみて、あの子は自分を生かせようと躍起になっている。
「おれには未来が無い。罪がある。だから、もういいのさ。」
「でも、わたしもイネスもアキトに生きて欲しい。イネスは生きて欲しかった。イネスはいないよ。この世界は、元の世界とは違う。それでも、イネスの研究はこの世界のイネスが引き継いで、動いている。

もうあえないイネスの臆病なところは、嫌い。
でも、イネスの生きて欲しいは、わたしも同じ。」

この世界、過去の世界には、俺たちの知っている人間はいない。
だから、罪の感触を引っ張り込まないでもいいという通はない。
でも、知らされた願いに、俺は反応しないではいられない。

「ラピス。俺は生きられるか?」
「うん。」
肯定。
首がこくんと縦にゆれた。

「アキトは、いきられるよ。」




[9229] 何がしたいかわからない
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/09/08 09:46
「生きたとして、なにをしたいかわからない。」
「そう。」
リンクの会話でもわかる。

アキトはまったくどうしていいのかわからない。この先自分がどうやって生きていけばいいのか、わたしがどうして欲しいのか。
過去の世界に来たのは、理解している。

わたしが教えてあげたネットワークのアクセス方法で、現在の世界情勢をアキトは理解している。
「アキト。わたしは、アキトに生きて欲しいだけ。一緒に居て欲しい。一緒に生活したい。」
如何すればいいのかわからない状況で、わたしはわたしの願いを伝えるしか、生きてもらうための言葉を持たない。

気持ちを伝えるというのは、恥ずかしいものだ。
衝動的な感情で脳内麻薬を分泌させながら言うのも良い。
だけど、まったくの理性から発する言葉に熱は伝わりにくい。
その考えから行けば、わたしの伝えるに、力はあまりないかもしれない。

「結婚とか、恋愛とかの心は一緒に居たいだと思う。わたしも一緒。物欲とか肉欲とか、さびしいとかいろいろひっくるめて。
一緒に居たい。
それがわたしのお願い。」

ポッドの中のアキトはぼろぼろだ。

体組織がチューリップクリスタルに変化している。
これは、イネスの施した肉体の劣化を固定させるための施術の結果だ。

肌色の皮膚がひび割れて、内部の体組織が見えるはずの割れ目から、青の色が見える。
人間から外れた外見だ。



劣化防止のためだが、これはやりすぎだという状態だ。
「アキト、肉体構成の情報はもう大丈夫な状態になっている。それに、実験も終わっているわ。」
情報伝達を行う。今までの情報収集と理論の概要だ。これらはジャンプの肉体構成メカニズムと、人体へと改変を及ぼすための入力方法。そして、人体実験を行った結果を。

「人体実験をしたのか。」
「レポートは完璧。実験体はジャンパーじゃないけど、A級ジャンパーの外部入力で実験をした。成功している。」
処理を展開する。秘められていた力だ。

外部ネットワークに接続。現在の社会情勢や、ネルガルなどの経済変動。政府が管理する市民情報や、イネスが進めているユーチャリス追加ユニットのデータ。全てが防護壁など、侵入者を阻む領域に置かれた情報だ。

そして、わたしの瞳と額のみにナノマシンの光が現れる。

「わかる?」
息をのむようなことはない。ただ、アキトはそれがどうしようもなく過ぎ去ったことであると知った。わたしの閉じていた領域が解放されて、記憶すらアキトは得た。

「実験を受けたのはわたし。マシンチャイルドの頂点に立つ効率化と、肉体の強化。外見や意識などには変化はなく、神経組織などの再構成で、運動面の強化に漸く適応してきている。」
「イネスは、つらかったな。自分からやることのない実験だ。処理能力を上げる必要もない。」
記憶のイネスは、わたしに対して申し訳なさそうだった。

エリナには、このことは言っていなかった。
ユーチャリスを横目に彼女と会ったとき。アキトと会話を続けている最中に、後ろで控えていたわたしは、身体の噛みあいが不完全に、ぎりぎりの直立を維持していた。

「アキト、やる?」
「ああ、やろう。夢はないし、未来も見えない。仕事をしなくても生きてゆける。困ったもんだ。でも、時間があればこその困っただ。見つけるためには時間が必要だ。」

やっとで説得できた。これで、やっとアキトの身体を直せる。
まず施術を受けるというので、わたしは安心した。


・・・
いいもわるいもリモコン次第。悪いのは外部の悪を書かないからかもしれない。



[9229] やることをやるべきで、やったひと
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/09/16 21:31
木星連合大使という役職を行っていた男は、命からがらという文面が適応される過程をへて、火星へとやってきた。

故郷は失われた。軍事施設の一切合財と市民が生活を維持できる環境の完全破壊によって、木星連合という国家の体裁をとったものは崩壊した。

大使という自分に残された権限と、首脳を失った国民を救出するために彼は行動した。

「判っていたことだ。国家として木星はなっていない。いずれは滅びるはずだった。だから、それが早まっただけだ。」
口にしてみて、その言葉に反論する人間はブリッジにはいなかった。
大使船などともてはやされた船は、民間人を乗せた無人艦を引き連れる旗艦となっていた。
ブリッジには、初期段階で軍人がいた。そして、彼らを説き伏せた。
説き伏せるのは簡単だった。

反論出来ない徹底的な破壊でもって、国家としての枠組みも戦力も失われた。
「もとより嫌われているのは判っていたが、こうして立場が変わってしまえば、大局を見据えることが出来ようとも、現実を左右できるかどうかは別物である。と深く感じる。」
「生存者の救出、地球圏への通信介入。国民感情を把握した上での、帰属と接収の容認。見事な手際です。」
「軍人としての君から見ればどうしようもなく腹立たしいと思うがね。」
白詰襟の学ラン姿の将校たちが、それぞれに苦笑を浮かべる。

優人部隊と呼ばれる文武両道を地で行く、若手将校で構成された部隊の青年たちだ。
彼らは本来、船が無事に火星宙域へ到達できるまで護衛するのが役目だった。
大使護衛艦として無人艦と有人艦で構成された小艦隊の首脳部。
長期任務を見据えた船には、食料が積載されていた。だからこそ、最小の栄養価でもって、火星までの旅路を餓死せずに維持できた。



「民を守るのが我らの使命です。それならば、国としての面子にこだわる必要はない。むしろ、大きなくくりが消えたなか、新たな枠が出来るまでに統制するための力が必要となります。ゲキガンガーでは研究所が枠組みとしてあった。他方ではカーボーイジョニーのように同じ思いをする者たちがいた。
国というくくりの外に、人類としての枠組み。そして、生命という枠組みが存在する。」

浅黒い肌に独特の髪型。青年としては達観した言葉だ。文学だけを知っている人間。まっすぐを進むものの視線。大使たる彼は、彼のまっすぐさをまぶしいものとしてみる。
人は、そこまでまっすぐになれない。
人の卑屈や劣等感。我欲などが彼らには教育されていない。ゲキガンガー。娯楽として放送したものが伝えようとした真意を、彼らはまっとうに享受して育った。

「だからこそ、理解できる。地球側が我々を受け入れたのは、我らの考えを理解できないにしても、人類として救助に応じてくれたということ。
大使閣下。あなたの意思は、過程を違えて前提を変えた今。一つの結果を生み出したのです。」

「そうだな。同じ人類として救助に応じる。それが行幸だ。」

大気圏を越える。
艦内にテラフォームナノマシンが進入して虹色の粒子が透過していく。

祖先が離れた地。人類が占拠した星。
そして、欲望を向けられた星。


クサカベ大佐は言っていた。優人部隊を率いる彼は祖先に敬意を払い、国家を存続させることに執心していた。我欲の強さもあるが、人の進歩や進化を彼は熱望するように見えた。

大使を成った自分をみて褒め称え、人の悪辣さと強欲を説いた。
それでも尚、人を信じようとする心構え。天晴れであると言っていた。

殺されるかもしれない交渉の場に赴く自分に彼は頼んだ。
『よろしければ、火星の衛星映像を送っていただきたい。それも、北の方がいいな。』
火星に行ったら北を見てみようと思っていた。
軍人であるが、一市民である故人の思いを晴らす。

白い映像のみがあった。

大気圏に突入した船の窓には摩擦による光が差し込む。

艦長とは異なる席に座ってモニターを見る。
夢に見た故郷。先祖が追われた星の北部。宇宙で観測した時点の映像だ。

氷に覆われた大地だ。

クサカベハルキが何を思ったのかは知らない。同級というだけで友人というわけではなかった。顔見知り程度で、自分に親しくしてくれた。

映像に感慨は浮かばないが、彼の表情を思い出すことは出来た。

「大気圏を突破。火星です。空井大使。」
「結構。進路を指定座標へ向けてくれ。」

白鳥九十九は空井の弁を受けて、指示だしした。
彼らは青い。
人と人の意思のぶつかり合いを、武力で解決するアニメーションを手本として学んだのだ。
直情過ぎる。
だが、直情は失うには容易いが得がたい宝だ。

考えることは多い。憎い白船のことは、置いておく。
まずは、身の安全を得なくては成らなかった。




[9229] みわたしてみる
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/09/23 18:06
「木連火星自治区、木星連合国家の人間が住む自治区か。
当然として、軍施設の近くにあるからクーデターの可能性を考慮している。
軍事組織としての力は、80パーセントを殲滅したけど、残しておいた無人艦の影響でDFとGBでもって、駐屯軍は無効化できる。」

ラピスが多数のウインドウを展開して、自分に見せてきた。
久しぶりの視覚情報は、神経系列が然りと繋がっていないために、ちらちらとする。

「アキト、大丈夫?」
「神経系統が復活したばかりだからな。チャンネル設定が必要だ。」
IFS使用者が日常的に使ったチャンネル変更。
これがなければ、肉体とイメージの処理ができない。

手を握り締める。感覚的にチャンネルが変更されて、機体にリンクすれば実際の肉体は稼動しない。
稼動という単語を使う時点で、チャンネルの重要性と自分の立ち位置が人として曖昧だと自覚する。

「チャンネルの拡張は出来るはず。
あとで、イネスに診断をしてもらうといいわ。」
「ユーチャリスの姿とグラフィックは出回っているのか。」
久方ぶりの感触で、ブリッジシートに腰掛けていた。

肉体の再構成とやらは、一瞬だった。
情報入力でもって、自分の肉体構成を変更させることだったが、ジャンプで感じたのは違和感だった。起き抜けに霞がかった頭で認識する感じだ。

チューリップ化処理をした体には残っていた感覚が維持されていた。
鉱物になったというのに、内部では粒子が肉体を維持させている感覚。意識すれば、そのままでも生きていられたかもしれない。
もっとも、人として外れすぎだ。
人としての姿があってこそ、人であるが、姿かたちだけで人を定義することは出来ない。

「グラフィックは構成される前に破壊している。フィルタリングで画像データでユーチャリスを捕らえたものは、全て破壊している。
目撃者や大使の描いた絵には手をつけていない。

増設ユニットイータをオリンポス研究所で建造中。当艦は極冠遺跡に牽引プローブで船体を固定している。
多層DFは、ここにユーチャリスが来た時点で解除されている。」
「理由は。」

「遺跡に接続して情報精査した。可能な限りであり、要求される解読技術が未熟だけど。
ユーチャリスが他世界からの漂着として認識している。」
「というと、ここは過去世界ではなく、他の世界ということか。」

パラレルワールド、時間軸の異なる世界。
「他の世界というだけで、差異は今のところ発生していない。機械発達や兵器発達。人類の文化的進化に違いはない。」

「ということは、裏は残っているわけだ。」
「うん。」

ウインドウに人のバストショットが表示される。
いずれも年配の者で、軍属、政治的権威の人物だ。

「彼らは表に身を出さない。院政のように国家意思として指示を与える。
もっとも、現状で気に掛けないでいい連中だな。」
「彼らの情報を知りたがってるひともいるけどね。」

ウインドウ表示。口ひげを蓄えた男だ。髭はあまり似合っていない。
「木連大使か。彼には注目だな。」
「うん。木連人としては政治観念が強い。育ての親である祖父の影響と見られる。
前回の歴史でも大使として行動は起こしていたけど、暗殺されている。」

始まりの男と言うわけだ。だが、始まりの彼が生き残った。
境遇も大きく変化している。
だが、彼の採る行動は変わらないだろう。
その指針は。

「木連国民の生存だな。」
「何でも使ってくる。わたしたちに向かってくる可能性大。」
「それはそうだな、木連を破壊したのは俺たちだ。」




[9229] 夢とか自由は広すぎて現実味がない
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/09/24 19:11
「裏連中は、火星を火種にしなければいい。木連は、適度に戦争抑止力に使おう。
彼らを、火星自衛に取り込んでもいいさ。」
「わたしたちの存在さえなければ、彼らは侵略された被害者だから問題はない。
でも、わたしたちが介入する場合になれば話は違う。」

可能性としては、物量作戦に出られた場合だ。
古代火星から継承された技術、プラント、相転移エンジン、DFらの技術は木連が占有している。

過去においてネルガルもまた、彼らの技術を有していた。
それでも、実戦に持ち込めたのはIFSとエステバリスだろう。
相転移エンジンは稼動しなかったものがあったが、実際にはイネスフレサンジュという天才がいなければ、実働はできなかった。

彼女が存在しなければ、相転移エンジンは地球側には存在しない。
そして、彼女はアイちゃんがいなければ存在しない。
現在の時点で、アイちゃんとイネスは同時に存在している。

戦争は起こっていない。
自分たちが戦争を起こすつもりもないために、イネスの存在が不安定なものになる。
「実際に、ユーチャリスを見て判るのは、大使の船にいた連中だけだ。
イータユニットの建造続行と共に、ユーチャリスの改修を提案する。」
ラピスは思案もなく答えた。
「わたしも賛成。ワンマンが可能でも、6ヶ月連続航行では心もとない。
補給艦として独立可能のイータに対応させる。」
「いいだろう。」

イータユニットは、ユーチャリスの火力増強と空間の拡張に重点が置かれている。
もともとが小型な船だ。
そして、短期間の電撃作戦に適応できるようになっている。
最低限の生活空間と、許す限り搭載した武器。
極めつけは、艦の全長と変わらぬセンサー翼。

この生活がいつまで続けられるかは判らないが、旅立てる状況にしておいてもいいだろう。

「ネルガルは、相転移エンジンとDFの技術で特許をとろうとしている。
どうする?木連とのいざこざは問題がある。」
「兵器技術でもって、交渉するんだ。あちらが公開しない限りは控えさせろ。
エステバリスの駆動系とIFS以外のインターフェイス技術は開発進行しているか。」
「している。」
ラピスがウインドウを展開した。
エステバリスの概要と機体写真。

「スレイブタイプ。アサルトピットとは別系統の、拘束具型操縦方式。
IFS技術を流用して、外部からの意思読み取りと肉体の最小稼動を増幅する。」
「じゃあ、それを進めさせろ。」

「わかった。それで、はなしは変わるけど。」


ブリッジのシートに座って、ラピスは自分のひざの上に座っていた。
やわらかい体。体温は少々高めだ。
肘掛に手を置いて、ラピスは自分の手に掌を重ねていた。

鼻先にあった頭が振り返り、髪から少女の匂いがした。
「アキトは如何したいの。」
「俺は、料理はもういいと思う。
挫折させられて復讐をした。けれど、いまさら料理に未練を覚えないんだ。」

「アキトはがんばっているみたいだけどね。」
イントネーションの異なる、自分と同じ名前。
「あいつはあいつだ。
夢なんてのは広げるのも、見るのも簡単だ。でも、現実させるには現実が厳しい。」

「厳しいの?」
「ああ。」

「じゃあ、どうする?」

「まずは、あいつの夢に便乗してみよう。それから、商売をしても良いし、何かを作る仕事を始めてもいい。」

「厳しいんじゃないの?」

ラピスはさっき言っていた厳しさをリンクから感じていないから、聞き返してきた。
まったくもって、ラピスの思う疑問は正しい。

「金銭的にそれに頼るなら厳しい。でも、お金はあるし、時間もある。世界を見ても構わないだろう。お嬢様。」

振り返ったほっぺたを両手で包み込んで、笑いを見せる。
「確かに。アキトの言うとおり。」
髪の毛を撫でた。


ネルガルの実権はラピスが握っている。
ネットワークは彼女の掌にある。
そして、自分は彼女に生かされる。



[9229] 土壌改良
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/09/30 21:33
ボソンジャンプの技術が民間に知られるには時間が掛かった。ヒサゴプランが軍占有とは言え、民間にも公開されて稼動を開始するまでに地球は一足飛びの議論でもって、実現を果たしたのだ。

戦争を経ての、進歩のための議論だった。
無論、裏にクサカベハルキの思惑が絡まっていたが。


火星に木連の艦隊が到着してからの議論は、マスコミにも公開されたオープンなものだった。論議にたいしては公開論争が行われ、一部連合政府上層部への突き上げがあった。
100年前の遺恨が伝えられたことによって、一部の市民感情が爆発し、自分たちの置かれた監視社会への不満をぶつけたのだ。

数にして少数。テンカワアキトとラピスラズリからしてみれば、ご苦労なほどの反骨精神と、自己の尊重意識だ。


監視社会というのは、完全にそれぞれの行動が把握されていることだ。それでもって、システムが悪用される可能性がある。故人の行動を監視されるプライバシーの侵害。これらは確かに問題視されることだ。
だが、連合が行ったのはそのようなものではない。

元犯罪者への同意のもと、マーカーを移植するものだ。IFSの技術で、タトゥーと言われる。カウンセリングによって、このマーカーの取り外しは可能となっており、監視社会への道がみえるが、そこまで神経質になるものでもなかった。


アキトもラピスも、自分がどう見られているのかはきにしていない。
二人ともが、お互いを認めているので、他者からどうなどと、意識していないからだ。



オープンな融和姿勢によって、木連は火星での立ち居地を探ることと成っている。
その彼らの近くでもって、ボソンジャンプは何度も行われていた。

「地球の排水処理施設でメンテナンスされているツケがこれ?」
ヘドロか泥の粘度のような液体が、二人の目の前の大地に横たわる。

オリンポス研究所近くに作られた強化プラスチックで覆われた温室の中に二人はいた。
近くに置かれたのは、ユーチャリスにも装備されていたチューリップクリスタルで作られたジャンプユニットであるボソンリング。

その向こうからバッタが搬送用タンクでもって、目の前のヘドロを運ぶ。

匂いは温室の温度もあいまって、鼻を摘むものだ。
二人してくさくなっているだろうと理解しているが、これが過去のテンカアアキトの夢に関わる第一歩だった。

「排水処理施設には、生ごみや糞尿を処理するものがある。なければ、地面にぶちまければいいなんて、中世のヨーロッパじゃないんだ。
人間はメンテナンスが必要だが、楽な方法で、それらを処理するようにした。

それでも、システムが完璧に働くことは無理があるんだ。その残りかすがこれさ。」

「ユーチャリスでもあったの?」
「あったな。宇宙船には水分の再利用がされているだろう。それでも、生ごみとかは水分を取って宇宙などに放出している。」

「じゃあ、それを撒けば土壌が良くなったんじゃないの?」
「そうは行かないさ。水分がないんだ。栄養のある成分も発酵できず、土にもなれず散りになる。

だから、一箇所で土を作る。この温室が土と畑の第一歩だな。」

野菜を作るには土から。アキトの実行したテンカワキトに便乗した一つ目の夢がこれだった。
「ジャンプがおおっぴらに出来るようになっても、土壌改善の計画は上がるだろう。なら、今からやっていてもいいだろう。」

満足そうにうなずく。
でも、くさいものはくさかった。
「アキト、やっぱりくさいね。」


髪の毛を摘んでラピスはちょっと悲しそうに言った。



[9229] 操り糸につながれた戦神
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:18ab25bc
Date: 2009/12/27 08:10
遺跡内部にユーチャリスは停泊していた。本体から伸びる牽引ワーヤーが蜘蛛の巣のように展開させて、重力制御と同時にバランスを取っていた。

ユーチャリスは独立して地上に降りる際に問題にぶち当たる。
あまりに繊細すぎる船なのだ。クルーの生存可能性を高めるために居住部は質実剛健、それでいて重武装を可能としている。それでいて、甲板に当たるセンサー翼収納デッキにはバッタや各種ミサイルなどの武装で成っている。


ディストーションフィールドとボソンジャンプを併用した近未来を見据えたスペックであり、長期戦にはバッタを運用して耐久することを想定している。

だが、地上に降り立つことは想定していない。



ユーチャリスは現れるはずのない場所に現れ、去ってゆく。存在すら気づかれずに役目を終えて去ってゆくので、初期段階で基本着陸を想定していなかった。
もちろん、未来において着陸を想定して、ジャッキアップするように脚は出るようになっているが、実際に行ったことはない。

「外部重力制御にて浮上。牽引ワイヤー格納を確認。」
「了解。外部に敵機、航空機などはない。護衛を継続する。」
「りょうかい。」
ラピスはユーチャリスメインAIを制御下において、艦を浮上させる。
長らくユーチャリスはここにいた。



アキトが生きる意志を持つまで、アキトが生存の意を抱くまで、ここでラピスとユーチャリスは待ち続けた。
久しぶりに起動した訳ではない。重力制御に必要な出力数を相転移エンジンで得るために、恒常的に起動はしていた。
浮上する。


スーパーエステバリス一機とバッタがユーチャリスを護衛しつつ、比較的付近にあるオリンポス研究所に向かう。
縦横斜めに円形展開したバッタが防衛圏を形成して、エステバリスが敵に対処する。

「アキト、どうおもう。火星だよ。」
「知らなかったんだなと思う。火星のことをよくよく知ったのは復讐時代だよ。自分が住んでいたときは、ただ生きるのに精一杯だったんだな。自分の住む星のことをわかっていちゃいないんだ。

普段から星のことを考えるのもいないとは思うが。それでも、知れば知らないことの方が圧倒的に多いんだ。
ラピス、見たことあるか。人間が暮らす火星を。」


「こっちに着てからは見たけど、前は滅んでいたから。」

「そうだ。滅んだんだ。可能性の一つとして、この姿を実際に見れて、都市を歩けて俺は嬉しいんだな。同じ星に住む人間がいてくれて。」






オリンポス研究所は、ネルガルの所有する古代火星に関する研究を一任されている。それゆえに、研究内容は工学や科学などの分野で多岐に渡る。

「で、僕たちの最大の上司が現れるって言うけど、どこからだい。」
黒髪長髪のスーツ姿の男は言う。伸びやかな四肢と、鍛えられた筋肉を伺える彼は、手入れの欠かさない歯をキラリと会話の間にこぼしながら男に聞いた。

「さあ、私は伺っていませんが、今日。やってくると。」

男は会計士と言った風情で、丸いフレームメガネを掛けて、スケジュールを確認した。もっとも、もう一人つれた黒髪短髪の才気を誇示するようなスーツの女性は、じれったそうにしている。

「今日やってくるで、私たちはここに来ているんですから、ずいぶんと相手は横暴なのね。」
「結構なことじゃない。協力してるわけじゃないんですもの。出資して自分たちを巻き込まない限りは力を貸せって言うだけ。
お客と同じよ。」

ただひとり、金髪の女性が言う。白衣を羽織って研究所の艦船収容デッキに一同が集っている。本来は操作を行う計器が並んだ窓際の内部には、がらんとした空間がある。

スーツ姿のアカツキナガレ、会計士のようなプロスペクター、そして黒髪短髪の女性エリナキンジョウウォン。
3人はイネスの言葉に内心同意はしないが、表面図らだけは同意する。



クライアントはネルガルを買い取っている。
そして、アカツキは代行のような立場に立っているのだ。
社長派は粛清されていないが、彼らの持つ情報全てが握られていて、恐怖政治ではないが、それに違い状況にネルガルは置かれている。


『イネス、格納庫開くよ。』
「いいわ。どうぞ。」
まるで入室するのを確認するような、少女の声。だが、内容と規模は比較してどうしようもない隔たりがある。
唐突な音声限定通信とともに、格納庫がハッチを展開する。
地下に作られた空間を円柱状に取り囲むような研究所は、地上の複数のピラミッドの間にある。故に、円柱のメインシャフトから船はハッチに進入する。

「どうやら、こちらの承諾は要らないようだね。」
「もちろん、ここは私たちの家ではない。彼女たちの仮の住まい。」
アカツキはまったく困ったといった風情でもらすが、目の色を伺えば違うことが知れた。彼は楽しんでいる。

知らず内に現れたネルガルに裏から糸をつないだ者たちの姿を、彼は知りたがった。


ハッチがシャフトに設置されたライトの光を漏らす。
現れたのは人型と、虫型のロボットだ。黒の四肢をもつロボットは、ネルガルが開発を進行させるエステバリスに似ている。いや、似ているのはエステバリスがとも見える。
虫型のロボットは知れたものだ。木連が持ち込んだオーバーテクノロジーが作り上げたもの。だが、外装と機微はオリジナルとは異なる。

そして、一隻の艦船がハッチに侵入する。
「おお、これが彼らの船か。」
遠くから見れば棒のようなシルエットだ。宇宙では目立つ白銀色の装甲。
そして、あまりにも華奢であり必要最低限のもので構築された船。

異様なほどの板状アンテナを有しており、総重量は一般艦船より遥かに小さいだろう。
「以外に小さいのね。」
卑下するようにも、意外とも捕らえられる呟きに、イネスは小さく反論する。
「小さいので十分なのよ。二人にとってはね。」


ユーチャリスは、艦船で言えば小さな船体をハッチに横たえた。



[9229] 過去幻影(改訂
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:793ec6c2
Date: 2010/04/20 00:11
ユーチャリスがネルガルの居城に居座ったのは、火星極冠遺跡に程近いネルガル所有の研究所である。偶然にも戦舟が研究所に身をおろした瞬間は過去における木蓮平和大使が月と火星の中間にあるコロニーの一つで会談が行われた時間であった。

意図したところはない。だが、ユーチャリスの移動と同時に一つのコロニーが廃棄命令を受けていた。コロニーの正式名称は型式であり、型遅れとなったコロニーは廃棄がいつでも可能であるが、軍事施設として正式稼動していた。

唐突に起こる警報と、コロニー外縁にある紫色の円柱を幾つかつなぎ合わせたような船は、コロニーの対空砲にて破壊された。

あるはずのない船は、あるはずのない命令に従ったコロニーに破壊された。

たった一つのこの出来事に、気づくことが出来たのはコロニーを管理していた宇宙連合軍とラピスラズリであった。
連綿と、齟齬を抱えながら運営するシステムの網の中で起こる異常。

何かの機械トラブル、人為的過失などの可能性もある。だが、見逃せないものが彼女が放った網に引っかかった。





「コロニーの不自然な防衛システム起動。観測カメラの記録映像を確保する。」
ラピスは牽引され、各部重力影響下のバランスシステムと構造強度計算の正常値を確認しながら指示をした。
ネルガルに到着して、船を万全からさらに改修させる必要があるわけではない。
だが、オーバーテクノロジーが管理下に置かれるのに、それ相応のスパイや探りは予想できた。

バッタを造船ドックに配置して自動警備させる。

アキトはエステバリスですでに、ネルガル会長たちと会話を行っている。
知っている、知らない人。

アキトのためにやってきた結果は、アキトが築いたものを彼女は破壊した。

そして、コロニー崩壊に彼女の作り上げた網に引っかかったものが一つ。
白の円柱を柱としたどこか石油掘削装置を思わせる無骨な宇宙船。木連に見られる一般的な艦船であり、たった一つしか存在しなかったはずのもの。
火星に居住を移した大使が乗っていた船だった。

あるはずのない事象と、存在したはずの事象が混在を始めていた。




エステバリス、自社が開発を行っている機体名称であり、彼の前に着陸したものの名称だ。自社が社運の一部を掛けているスキャパレリプロジェクトの派生技術。
そして、古代火星が作り上げたもの。
「ここまで洗練された機体が出来るようになるんだねえ。技術的に数段は上にある。」
黒髪の長髪を揺らして、着慣れたスーツ姿でアカツキナガレネルガル会長は見上げた。彼自身がパイロットとして機体のテストパイロットを行ったことがある。

機体のハードとソフト、両方ともが未熟な機体。それでも、地球に存在するデルフィニュウムのような人型兵器に比べると先進的で、実用性は低い。
もともとが人型機体などというのは利用価値が低い。

それでも開発が行われるのは宇宙空間での自由な挙動が大きな利点に挙げられるからだ。シャトルのアームや小型の整備艇に比べて、人型が得る利点は大きい。

「工業用運搬にも使えるとか、汎用を考えましたが。軍事用としても潜在価値はありそうですね。」
中年に指しかかろうとする男性は会長の挙動を見ながら、機体を見上げる。思い抱く感想はプロスペクターと自称し公認されている彼も同じだ。

たった二人の謁見者。ネルガルに許されたのはこの二人と一人の研究者だ。もっとも、研究者たるイネスフレサンジュのほうが二人よりも先方との付き合いは長い。

「始めましてだな。」
エステバリスのスピーカーより声が発せられる。開封されるアサルトピットらしき機構をみて、プロスペクターはそれが一体型、機体そのものにジョイントされたものだと認識した。

「ネルガル会長アカツキナガレと火星研究所元所長プロスペクター。あなたがたの名前と容姿、性格など調べさせてもらった。」
相手は自分たちを調査していた。

当然だ。買収した企業が健全でなくては、買収などする意味などない。だが、こちらは買収した相手のことをまったくわかっていなかった。
「知ってもらって嬉しいな。プレイボーイとして男にも興味を持ってもらえるのは行き過ぎだけどね。」
「お言葉も過ぎますな。」

「軽口もいいさ。俺の名前はアキト、アキト・ラズリだ。」

アキト・ラズリと名乗る男はパイロットスーツの上にかぶったヘルメットを脱ぎ去る。
押し付けられた髪は、撫でるようになってるが跳ねのあるダークブラウン。どこか年齢を伺わせない老練さがにじみ出ている。

プロスペクターは彼をみて、思い出す男が一人いた。
「テンカワ博士。」

かつて暗殺された一人の科学者の面影だった。


「ネルガルはこれから、木連の殖民活動と火星全域の自立活動に尽力してもらう。土壌と食品の改良。軍備などの武力増強、流通網の整備。宇宙進出。これらによって、火星の自活と自立を目指す活動に、俺たちは協力する。」

「火星のために仕事をするのは結構だ。でも、それで利益は出るかい。
ラズリくん、君の抑えた企業は人体実験すら辞さぬ研究や兵器開発もしている。君の目的が火星の自立だとしても、ネルガルは膿が多い会社だ。

君の理想には、もっと健全な企業がいいんじゃないかな。」

茶化すような、馬鹿にするようなアカツキの内心は探りを入れることに注力している。アキトラズリの求める目的物を確かめなくては、自分たちの地位も方針も決められない。

「いや、ネルガルの膿は火星に集める。俺の故郷である火星に隠すべき物事を隔離する。そのための買収で、そのための企業だよ。」

「アキト。」
不意に会話を途切れさせるウインドウが展開する。
画像に映し出された一人の少女が、ネルガルの二人を驚愕させた。

「木連の大使船と同じものを観測した。観測地点は月、火星間のコロニー。連合宇宙軍所有。緊急時脱出命令が不審発動して、不可解な現象が起こっている。」

金色の瞳と色素の薄い肌。そして、血流に乗って現れるナノマシンパターン。
「マシンチャイルド。」
「わかった。事件の詳細を逐次報告してくれ。」
「了解。」

ウインドウが消え去る。
エステバリスのハッチを降りる背後に、アキトは敵意を向けられるのを感じながら床に降り立った。

「抱えるものは抱えて、隠し通すつもりだ。利益も確保して人のためにもなる。」
アカツキと相対する。
身長は彼の方が高く見上げる形だ。それでも、アカツキナガレは目の前の男を大きいと、感じた。

「それが、ネルガルのこれからの基本方針だ。」






[9229] マシンチャイルド
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:793ec6c2
Date: 2010/04/20 08:24
「ああ、この時代というのはのんきなのですね。」
ナデシコが存在した時代は戦乱の時代だ。

戦舟が活躍するために開発され、武力を発揮する世界が存在する。

ホシノルリにとって、自分の人生の仲で平穏だったのは12歳の前半。人類進化研究所にいたころが一番であった。
黙々と研究のためのデータ集積と学習が続けられる、人ではない、機械としての生活だった。

だからこそ、自分が降り立ったこの時間軸に違和感を覚えたのだった。

空を見上げればナノマシンが舞い散ったテラフォーミングされた大地。異臭を放つ地面は土壌改良のために生ごみなどを散布した区画だからだ。それを人型の機械がミキサーでするように槍を軽く落として持ち上げる作業を繰り返して攪拌させている。

「ルリ、どうしたの。」
身近に寄ってきた女の子、いや、彼女自身が相手の少女と同じく9歳に対して首を向ける。
「いえ、おかしなもので、不思議なことがあるから。」
「なんで。昨日もあの作業はやっていたよ。農地区画を広げるのと、地球から生ごみをジャンプさせるの。」
はてと思う、相手はこちらに面識がある。
ルリは探るように思い出し、研究所に一緒に来た友人であると思い至った。

「そうだね。」

はっきりと精査しないと結合してくれない記憶に辟易しながら、ルリは見逃せない単語を聞き逃さなかった。ジャンプ、この一言だ。

「ボソンジャンプが、この時代に民生利用されるような歴史ですか。やはり、ここで間違いがないようですね。」

ホシノルリ、肉体年齢9歳にして精神は17歳の元ナデシコC艦長たる彼女はこの時代に降り立った。
見上げる上空にバッタが四角に配置されたリングを輸送してくる。
チューリップ環状ゲート、ボソンリング。それは記録に残されぬユーチャリスに初めて実戦配備されたジャンプ補助機械だ。

確信に至る。

成功したようだった。彼女が伝えられた可能性の始まりを阻止することが出来る時代に行くという大前提の段階が。



[9229] 可能性の回避
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:793ec6c2
Date: 2010/05/05 18:35
エステバリスが区画の生ごみともともとの地面を混ぜ合わせるために槍を突き落とす作業を行う。機体数は10で皆IFSを装備してなれない状況に置かれた優人部隊の青年たちだった。

火星に再殖民するという方針の転換は、木連の抱える展望の一つでもあったので賛成意見は多かった。確かな大地のある喜びは、無頼のコロニーで人生を過ごしていた者たちには格別ものだった。

要求されたのは異文明の知識と、何故彼らがこのような状況に置かれたのかだった。
理由は簡単だ。たった一隻の戦艦によって木連は瓦解した。
「まったく、大使殿の心の広さと大局を見る慧眼には恐れ入る。」
「慣れんな。」
「そうだな。」
秋山、月臣、白鳥の三羽烏はエステバリスと成れないIFS操縦を行って作業に当たっていた。

「慣れるための作業だからな。地球と我らの武力では、我らに軍配が上がっただろう。だが、数の脅威と技術発展の速度は明らかに地球に分がある。」
秋山の持論は、クサカベ中将とは異なった。
敵であると教育されていた地球もまた、人の住まう星であり同じ先祖を持つ人類なのだ。

「木星にいたときには考えなかったことだな。肉体的な武力では分があるが、数の脅威は大きいな。ゲキガンガーでは数をものともしないが。」
「現実になれば否定は出来ぬ。」
白鳥はゲキガンガーを思い出し、月臣は突きつけられた現実を思い知る。

木星は、自分たちの武力を制圧されて攻撃された。自分たちの武力でだ。
確かに卑怯な戦法だ。自分自身の戦力のみで戦いを挑んできたのなら、数で木星は船を圧倒できた。
だが、現実は理想や信念に即したものと異なるのだと知らしめる。

「大使殿がネルガルをどう評価したのかはしらないが、俺はこんな共生の方が良い。」
「まったくだな。理解をするという行為の尊さを俺は教わった。お前もそうだろう。ユキナも無事で、こっちにこれたんだから。」
「ああ、まったくだ。」

三羽烏はエステバリスでの作業を続けながら、その意思と思想を僅かに変え始めていた。




「君はそうやって、可能性の一つをピックアップして殲滅したのか。木連を。」
「そう、クサカベの思想は一貫して独善的で、危険。私とアキトが生きてゆくためには木連という社会が邪魔だった。」
「邪魔だから、そうなるだろうという推論で動いたのか。」

エステバリスの働く区画付近に立てられた移民受け入れ基地の一室で、中年に指しかかろうとする男と、少女が言い合いを行う。

「可能性のみで語るのなら、あなたは死んでいく筈だった。地球側はあなたの暗殺を実行しようとしていた。民間の通信マニアにあなたたちの通信が傍受されたのも、私の采配がある。」
ラピスラズリは断言する。自分の行いが正しいのであると。

木連の思想はクサカベハルキによって一本化される。
これが過去における木連国民の文民統制だった。地球は敵である、殲滅しなくてはならない。自分たちこそが正当な理論にたっているのだという。

正当など、根本的には存在しないのだ。それを主張するのは、自身のエゴにしか過ぎない。
「君の行為には感謝すべきもあるが、憎むべきもあるな。」
息苦しさを男は感じる。
大使として立ち上がったときのような持論を実現させる立場。その立ち居地にたった一人で立つのは変わらない。

だが、肩にのしかかる未来への責任は認識するほどに重くなっていた。



「彼の言うのはもっともだな。」
「一般的に言えばね。」
施設内を歩いてゆく。ネルガル施設としては後発で出来たもので、地下にユーチャリスを格納するのと殖民管理を使用目的
に設定されている。

「確かに一般的に言えばだ。やって困らない処置だったよ。ラピスのは。
不穏分子は現れる前に抑止すればいい。現れたのなら消せばいい。」
「アキト、やっと利己的に成った。」
「そうか。」
ラピスはひそやかにそれを喜ぶ。自分の行為は人道的に許されないのを理解いている。
だが、これは自分たちが生きてゆくためには楽な方向だ。
木連が壊滅状態になっただけで、得られるものは多い。

技術利権などをある程度公開して、自動的に利益を得られる。
そして、故郷の火星を正しくも人の住める星に変えてゆくのは、アキトの深層心理にも沿っている。


「ラピスおねえちゃん。」
「楽しそうね。」
アキトが冷酷な笑いをけして、ラピスは自分を見下されているのが判る。この世界に来て2年も経っていない。
身長は10センチ伸びたし、肉付きもよくなった。アキトは若返った容姿になり、肉体年齢を若返らせている。

「今日もルリと一緒。」
「うん、ヒスイが見逃すとどっかに行っちゃうの。」
「ルリは好きなものを見逃したくない。だから、ちょっとふらふらしちゃうんだろうね。」

マシンチャイルドの保護は、ラピスの行動だった。自分が研究対象として開発された人間で、他にも同胞はいた。
研究所の記憶には、自分以外の自分も見た。
アキトに救われた。たった一つの出来事で大きく人は変わるし、成長できる。マイナスに置かれた状況ならばなおさらだ。
だから、ラピスは行動を起こした。

結果として、アキトには笑いが浮かんでラピスも自己満足になってしまうが母性とやらを感じるようになった。
結果は上々。

「そうやっているんですね。ラピスラズリ。」
冷えるような声を聞いて、ラピスはヒスイと自分の名前を言う金属のような硬質な黒髪の少女から自分の表情を隠した。
視線の先にはホシノルリがいる。

戸惑った様子で火星の生活を開始した、過去の怨敵。
いや、恨みはないがアキトとすごした時間は同じ位のラピスとは違うマシンチャイルド。光の道を行った人形。

「どうしたの、ルリ。やけに冷たいよ。」
ラピスは柔らかく言ったつもりだが成功したか判別はつかない。
「あなたがやったんですね。木連の破壊と、記憶の認識を。」

得体の知れない物言いと、
物騒な内容にアキトもラピス同様警戒の色を浮かべずに抱く。
「何を言っているのか判らないな。」

ラピスはヒスイの目を隠してルリと相対する。
「連合宇宙軍所属ナデシコC艦長のホシノルリ少佐。」

どこかで聞いたことのある肩書きだ。

「こういえば私が誰かわかりますね。」


ラピスはルリを見下ろした。隔たりとしては精々15センチくらいの身長差。
「そう、未来からあなたも着たんだ。」



[9229] 過去未来過去未来未来過去かこかこ
Name: 銘天◆8a7bd4a0 ID:793ec6c2
Date: 2010/05/09 08:12
「未来において火星は停止状態に陥りました。
ひとえにナデシコCクルーが意識を保っていたのは、遺跡に直接接続したユーチャリスの指揮下に置かれていたからです。」
ルリをつれて二人は基地の、先ほどまで話していた部屋にとんぼ返りをした。
ルリはウインドウを複数展開して映像の解説を行う。

遺跡、火星の後継者に占拠された火星、ナデシコC、ユーチャリス、そしてイネスに託されたオーパーツ。
「遺跡に干渉したのならば、干渉した者の自由は確約される。遺跡は多次元知覚を可能とした生命体そのもの
が姿を変えた形。イネスは仮説として言っていたけど、私はそれが正しいと判断する。」

ラピスはルリの言葉を否定しない。
「多次元を知覚できる存在か。遺跡そのものが生命体と考えていいのか。」
アキトははじめて聞く内容だった。ラピスとルリは先刻承知の話題だ。

「イネスさんはこの場合我々も遺跡のコミュニティーに同化して遺跡の一部になることを考えていました。
ユーチャリスは現在この世界にありますね。」
「ああ、場所はいえないがな。」
「そして、ナデシコCもこの世界にあり、この世界に火星の後継者もいます。」
ルリは断言する。

ユーチャリスのシステム的下位にランクされたナデシコCは、そのランクを改訂すればユーチャリスをも凌駕する
電子戦闘艦だ。もちろん武装の面から言えばユーチャリスに物量でもって圧倒されるし、電子戦でイーブンに
持ち込めばバッタでもって攻撃可能である。

「後継者が、生きているのか。」
「あの状態を生きているのだと解釈できればいいのですけどね。
行動を起こせたのはナデシコCのクルーたちだけでした。
後継者のトップはラピスが吹っ飛ばしたのでどうなのかは知りません。
それでも、死者すらもよみがえらせる可能性に、私達は直面しています。」

イネスの講義がウインドウの中で極小展開する。回りくどく遺跡のシステムに解説してその生態系に金属と有機物の
混合したものと考察した後に、仮説であるので判断はつかないと言う。
そして、時間移動のボソン・フェルミオンの仮説に入った。もちろん、早送りなので聞き取りは不可能。

イネスは仮説として時間の経過に関して言及している。

「先進波と遅延波に影響を受けないボソン粒子だけど、時間を移動する選択肢は複数ある。
過去に行く場合において整合性を得るために、並行世界へと接続を開く方法。
自分の存在する世界の過去へと向かう方法。
そして、もう一つある。世界そのものを過去に整合させた過去に回帰させる方法。」

三つが全て異なる選択肢は、世界を変容させる内容だ。
ルリは鎮痛に思う。選択された結果に、この不安定な世界があることへの不安を嘆く。

「ラピスラズリ、あなたが選択した方法によって、世界は過去に回帰しました。
そう、これはあなたが作り上げた世界であり火星であり、未来でもあるんです。
だから、あなたは意識してはならないんですよ。過去のことを。」

ラピスは困ったようにアキトを見上げる。
先の大使と遣り合っていたテーブルを間において行った椅子に着席したまま、アキトはラピスの後ろで立っていた。



即興なので微妙。それはいつもである



[9229] 未来は過去になって過去は未来へと進む
Name: 銘天◆9343c4dc ID:b1ba52c8
Date: 2012/10/28 20:22
「世界は過去に回帰したけれど、完全に世界が変容したわけではありません。

イネスさんは理解していました。過去になった私たちの世界もまた、主導権を

失っただけで存在し、存在するからこそ幻影としてこの世界にあらわれます。」

ラピスは幼いルリの解説を聞いて、アキトに振り返る。

アキトはその意味を吟味するように、考える。

ラピスとてこの状態は本位ではない。好きな人が好きに生きられる状況を生み出すために起こした行動だ。

慮外ではあったが、この世界が滅びようともアキトと共に居て、満足のゆく人生を歩めればいいのだ。

「どうする?アキト。」

「状態としては理解できた。いや、理解した気分になっているのだろうな。

つまりは、俺たちの去った未来は今の未来へとも続いている。そう、解釈していいのかな。」

混乱した頭ではあるが、理解を示したアキトにルリは頷く。

「はい、私たちのいた未来もまた、こちらの影響を受けました。いえ、そうなのかという

自覚はありません。イネスさんが影響を受けているというのだから、影響を受けたのでしょうね。」

ルリは悩ましい表情だ。幼い童子に身を移したが、おおよそとして彼女は変わっていない。

装飾のない表現ならば、彼女はホシノルリであるといえる知性を宿していた。

「私は覚えているんです。

ナデシコC艦長のホシノルリであるということ。

ラピスおねえちゃんの妹であり、ヒスイと一緒に楽しく暮らしたこと。

アイちゃんとヒスイと一緒に学校で学んだこと。

戦争を起こして私たちが招集されること。

ナデシコCをヒスイと共にオペレーターとして戦った記憶。

アイちゃんがボソンジャンプでの移動シークエンスで事故でいなくなったこと。

いえ、いえ、いえ、覚えて、覚えて、覚えて・・・いる、はずです。」

混乱した様子だった。いや、恐慌にあったと言って間違いはない。

口角に泡を飛ばしていた、錯乱する様。

ホシノルリという少女が思い出したのは万華鏡のような記憶だった。

彼女は覚えてるのだ。覚えているからこそ、このようにしか混乱できない。

「そうか、見えてきたな。君はメッセンジャーであり、メッセージの伝達はほぼ成功だ。もし、君が来なければどうにもならなかったな。

いた、イネスが来なくてルリちゃんが来た。これはどういう巡り合わせなのかはわからないが、つまりは偶然のか、イネスの意図なんだろうな。」

お互いに椅子に座りテーブルにコップを置いたまま、アキトはラピスを見る。

ラピスとしては、理解のつかないことだが、アキトが検討のつく結論ならば、真偽はどうかとして聞くしかない。


「それで、どういうこと?」



つづく

完結、次回でさせます。
作者自身忘れていました内容を読み、内容と紡ぐ。
主語も表現も少ない「詩」臭い文書と評されていたのを見て、なるほどといった感じです。
ちなみに、作者にょしょうにあらず。痛みばっかり見てきて、奇跡をなかなか信じないおまぬけです。
よしなに。


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