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[9232] 鶴賀メインで咲-saki- (オリ主トリップ) 2月25日第十話③ 更新
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:d1c504f2
Date: 2013/02/25 13:00
このサイトでは読んでばっかだったので、せっかくだからこういうのやってみたくて書いてみました。


*題名通り、主人公はオリジナルです。
*作者はフリー雀荘慣れしているので、満貫の点数計算を間違えることがあるかもしれませんが、広い心で注意して下さい。
*↑に限らず普通に点数計算を間違えるかもしれませんが、広い心で(ry)
*更新遅いです。

出来るだけ多くの人が読めるように間違いにも気をつけますが、地雷源を駆け抜けることの出来る方のみご覧下さい。



[9232] プロローグ
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:d1c504f2
Date: 2012/03/29 20:25
 麻雀総人口が数億人に達した世界。
 大中直子はそこにいた。

「……なんてこと……っ!」

 視界が歪んでいくような感覚を味わいながら、首筋辺りで切り揃えられた綺麗な黒髪を乱すように握り、彼女は驚愕に目を見開いて、目の前の文字を凝視していた。

『鶴賀学園入学式』

(本当にこんなことが……っ!? なんで……っ!?)

 パニックに陥りかけているのを自覚しつつも、直子は自分の思考が乱れていくのを止めることが出来なかった。
 ざわざわとした焦燥感に教われ、思わずなにか叫びそうになった時、

(私は……っ!)
「そこの君」
「っ!?」

 背後から声をかけられ、直子は反射的にそちらを振り向く。
 そこにいたのは女性だった。
 直子が着ているものとほぼ同じデザインの、おそらくはこの学校のものだろう制服を着ている。
 面識はないが、知っている顔だった。

「? 顔色が悪そうだが、大丈夫か?」

 直子の反応に僅かに戸惑った顔をしたが、それすらも体調不良によるものと思ったか、その人物は心配そうに聞いてきた。

「……いえ、その……だ、大丈夫です……」

 息が詰まるような感覚を覚えながら、直子はどうにかその言葉を絞り出す。

「……どう見ても大丈夫じゃないのだが」
「いえ、本当に、大丈夫、です。それじゃ」
 自分すら誤魔化せないような返答をしながら、足元をぐらつかせながらも後退りして――

「無理はするな」

 腕を掴まれた。

「見たところ新入生か? ともかく、こんな状態で出席しても途中で倒れるぞ」

 薄紫色の髪を揺らして、女性はこっちだというかのように、歩き始める。

「あ、いや」
「どちらにしろ式まではかなり時間がある。こんなに早く来た理由は知らないが、今の内に休んでおけ。案内する」

 腕を引かれながら、直子がさりげなく自分の腕時計を見てみると、時刻は7時15分。入学式が何時からかは知らないが、どう考えても早すぎる。

「……どうも」

 会話のお陰で多少冷静さを取り戻したのか、直子は素直に女性に従うことにした。

(……今は少しでも状況を把握しないと……)

 分からないことだらけだが、前を歩く女性から少なくとも推測出来ることを考えながら、直子はそう思った。
 現実ではあまりない薄紫の髪、そして何よりも見覚えのあるその顔。

(……加治木ゆみ)

 間違いなく、ここは咲の世界だった。



あとがき
短いけど、最初はこんなもんだよね。
しばらくは麻雀シーンはないです。ので、ゆったり話は進みます。
日本語おかしいところあったら指摘お願いします。



[9232] 第一話「行動開始」
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2012/04/20 12:09
 加治木ゆみに連れられた保健室で、入学式が始まるという時間まで横になった。
 これから自分がどう動くかを決めていなかったので、保健室に行くまでの途中、彼女とは些細な話をするだけにとどめた。

(名前聞くの忘れたな。知ってるからいいけど、次に会うことがあればうっかり呼ばないようにしないと……)

 数十分眠った頭を覚ますために洗面台を借りて顔を洗いながら、直子はそんなことを思った。
 そして、

(考えてみよう)

 もう大丈夫だと保健医に伝えてから、会場である体育館の場所を聞いて、そこに向かいながら直子は思考する。

(昨日……といっていいかは分からないけど、ともかく昨日、私はいつものように大学に行かず雀荘で打っていた)

 遠くから聞こえる人のざわめきとは裏腹に、誰もいない静かな廊下を歩きながら、記憶にある限りの自身の行動を振り返ってみた。

(昼間から夜まで打って、結局大学には行かずに帰り、そのまま寝たはず。勿論その間、トラックに轢かれたり自称神様な存在に出逢ったりすることもなかった
……ん?)

 ゴツン!

「痛っ!?」

 考えながら歩いていたら壁にぶつかった。

「……ふーん?」

 おでこをさすりながら再度歩き出して、直子は首を傾げる。

(……いつも通りの一日だったじゃないか? 歩いていて小銭を拾ったとか、ジュースを買ったら
お釣りが余分に出てきたとか、そんな小さなサプライズすらなかったよね)

 しかし目が覚めると、自分はあの校門に立っていた。その時に持っていた鞄は保健室にいる間に調べたが、中には『大中直子』のクラスと番号、そして今日の
入学式についての詳細が書かれたいくつかのプリントが入っているだけだった。

(さっぱり分からない。確かに漫画は好きだけど、だからってその世界に行けるもんでもないだろう。いやそれとも……)

 体育館が見えて来ると、おそらく教師か、出席者の保護者であろう何人かの大人がチラホラ見える。ぶつからないように身体を避けながら、直子は漠然とその
続きを考えた。

(理由なんてないのか……?)





「じゃあ、ここに座って」

 そんな声が聞こえたので視線を向けると、遅刻したらしい女子が教師に連れられて東横桃子の隣の席に案内されていた。

(こういう日にも遅刻する人っているもんなんすねぇ)

『入学おめでとう』と、要約すればそれだけの長々とした話を聞くのも飽きてきたので、桃子は座ってからも考え込むように俯いているその女子を観察すること
にした。

 ジーーーーーーーーーーーーー……。

 ガン見である。
 足元から頭まで露骨に見られてた挙句、思いっきり顔を覗き込んでいるのだが、その女子に気付いた様子はなく、俯いたままだった。

(人の目を気にしなくていいのはこんな時くらいっすね。しかしこの人……)

 手入れの行き届いているらしい黒髪や、袖から見える同じように綺麗な肌。
 美人といって良いだろう顔立ちとスタイルを眺めながら、桃子は思う。

(なんか違和感あるっすね……。こう、周りの子と比べて雰囲気が大人っぽいというかなんというか……?)

 頭に引っかかる何かに手が届きそうになったとき、考え込んでいた女子が突然顔を上げた。

(っ!? さすがに見過ぎた、気付かれたっすか!?)

 顔を上げた女子は桃子の方をジッと見つめて――

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 ――しばらく見つめあった後、スッと視線を戻した。その動作に桃子を怪訝に思ったような素振りはなかった。

(……ち、ちょっと怖かったっす。なんかこの人、視線がものすごく冷たいっす。なんとなく性格悪そうだし、あんま話したくないっすね)

 気付かれなかったらしいことにホッとしつつ、桃子も女子から視線を外し、元の体勢に戻る。

(まぁ、同じクラスみたいっすけど、私と話すことなんかないでしょうから、関係ないっすけど)

 そう思ってからはその女子に興味をなくし、桃子はもう視線を送ることもしなかった。







(……今のが桃子か……。すごいな、本当に見えない)

 席についてしばらくしてから、なんとなく顔を上げたとき、誰かが自分のことを見ていた……気がした。
 顔を上げたその正面から視線を感じていたはずなのに、そこに見えるのは前に座っている生徒の背中だった。
 おかしいなと思ったそんなとき、そんな現象を起こせそうな奴を思い出したのだ。
 東横桃子。
 幼少時代から異常なまでに影が薄く、その体質(?)故に周囲から孤立した少女。
 彼女のことをを思い出した瞬間、僅かに目の前の視界が揺らめいたように見えた。

(……彼女について知っているか否かで、認識具合が違うのか? いや、向こうからしたら目があったようにも思えただろうから、その動揺で見えやすくなった
・・・・・・のか? しかし……)

 いずれにしろ、もう彼女は見えない。
 それが分かると、直子は上を見上げて嘆息した。

(……本当に、咲の世界なんだな……)

 どこの学校でも体育館は同じような天井だが、視界に映るそれは、まるで見たことのないもののように直子には思えた。

(……魔法使ったり殴りあったり殺しあったりする世界じゃないのは助かったけど、でももうちょい別の世界はなかったのかねぇ?)

 直子の実生活から考えて、現実世界と比べればこの世界はかなり居心地がいいものだ。
 なにしろ世界単位で麻雀が流行っているのだ。きっと学校サボって麻雀やってても誰も文句は言わないだろう。そうだ、そうに決まっている。
 だが、

(せめて外見も高校時代に戻して欲しかった。私今年で二十一歳だぞ? 女子高生とか、しかもこんな顔面偏差値高い子達の中で勉強とか……拷問だわ)

 直子があんまり嬉しそうじゃないのは、つまりはそういうことだった。
 数年も経てば男も女も変わる。昔は許されたことも、今では許されないことがこの世にはあるのだ。主に年齢的な意味で。

(……まぁ、とにかくだ。色々思うことはあるけど、何故私がここにいるのかが分からない以上、折角だから私は勝手にやりたいことをやらせて貰おうかな)

 誰かに断りを入れるかのように、直子はそんなことを思う。

(先のことは今は考えなくていい。そんなことができるやつは、学校サボって雀荘に行ったりしないのさ。そうだな、まずは……)

 薄く笑みを浮かべて、直子は人知れず頭の中で宣言する。

(とりあえず、全国に行かせてあげようかな?)


 ──────────


 そんな身の程知らずなことを思った翌日、

 ピピピ――
 ガシャン!

 鳴り始めた目覚まし時計を反射的に叩き割って、その音で直子は目を開けた。

「……おやすみ」

 そう言って、彼女は再び眠りにつこうとして――

「ってぇ、どこだここ」

 自分がいつものベッドではないもの上で寝ているのに気付いた。
 それどころか部屋すら違う。いつでも部屋中に本が散らかされ、同じように埃が堆く積もっている状態なのが直子の部屋である。
 なのに今いる所は、隅々まで掃除が行き届き、本の代わりにいくつものぬいぐるみが置いている部屋である。

「……すごく、女の子です」

 ぬいぐるみなど、アカギとワシズのキーホルダーのものしか持っていない直子にとって、犬やら猫やら熊やらその他に溢れたこの部屋は魔界も同然だった。

(ん? 魔界? って、ああそうだ)

 そうしている内に昨日の記憶が甦り、ようやく直子は自分が異世界に来たことを思い出した。

「……いい場所に住んでるな」

 住む場所がない。
 その問題に気付いたのは入学式が終わったときだ。
 身分証らしいものは何一つ持っていなかったので、あんな格好つけてこんなオチだったら情けなさ過ぎるだろと一人で焦っていたら、教室で救いの手が伸ばされた。

『連絡網作るのに使うから、みんな自分の住所合っているか確認してね』

 HRで担任教師がそう言ったとき、思わず抱きつきそうになった。
 しかしそこに書いてある住所が間違っていた、などということはなく、数時間に及ぶ大捜索の結果、ついに『大中』の表札を発見したのだ。
 流石に疲れて、そこそこ大きめの一軒家であるその家の適当な部屋に入ってさっさと寝てしまったのだが――

(家の人間はいないのか?)

 外見は現実世界と同じなので、十五、六歳だったはずの娘が入学式行っただけで五、六年も年取ったら心臓止まるくらい驚くだろう。ちょっと見ない間に大きくなったね、とかいう次元じゃない。

(さて……どうなるかな)

 こればっかりは考えてもどうしようもないので、しかし誤魔化しようもないので、直子は抜き足指し足のビビり歩法で部屋を出る。
 居間っぽい部屋に通じているドアをそっと開けて中を覗いて見ると、さっきまで寝ていた部屋と同じように掃除の行き届いた、そしてやはり誰もいない状態の部屋だった。

「…………」

 そのままそこを出る。
 続けて適当に別のドアを開けて中を見てみるが、パソコンや自動卓の他、必要な生活用品の殆どを見つけたものの、その全てがついさっき用意されたかのような新品の状態で、生活感というものをまるで感じられなかった。

(そう言えばあの部屋にあったぬいぐるみも、ただ置かれているだけな印象があったな……)

 心配していた家の人間はいなかったが、ますます謎が深まってしまった。

(まぁいいや。どうせ考えても分からないし)

 嘆息しながら、直子はふと視界に入った時計を見た。

「……あ、そうだ学校」







 入学してすぐに授業を始める学校は少ない。
 ここ鶴賀学園もその例に漏れず、初日はオリエンテーションである。

「時の刻みは私にはないのさ」

 教室のドアを開けた直子は開口一番、堂々たる態度でそう言った。

「大中さん、だったよね。それはなぁに?」
「私の初恋の人の言葉です。覚えておいて下さい」

 授業や行事の日程について話していた教師の言葉に、直子はそんな答えを返す。

「そ、そうなの……いい言葉ね。あ、いない間に席は決まっちゃったの。大中さんの席はそこね。黒板ちゃんと見えるかしら?」
「大丈夫です。それと一つ言っておきます」
「?」
「直子と呼んで下さい。私を名字で呼ぶのは敵だけです」
「……ううぅ」

 今年から教師として頑張ろうと気合い十分だったその女教師は、遅刻者の訳の分からない言動に涙目になった。

(……やっぱりあいつ性格悪いっすね)

 それを見ながら、窓際最後尾の席に座っている桃子はため息を吐いた。

(全く、運がないっす)

 席に着く直子から視線を外してそんなことを思う。
 教師の示した席は自分の隣の席だった。目の悪い者が優先的に前に座らされ、残りの席は籤で決めたので、選択肢がなかったのだ。
 席が決まったのに隣に誰も座らなかった。その時やっと桃子はそこに誰が座るか分かったので、とりあえず目が悪いことを主張してみたが、当然のようにスルーされた。

(まぁ、別にいいっすけど。誰が座ってもどうせ気付かれないんすから)

 肩を叩いて耳元で叫ぶとか思いっきり踊りながら話すとかすれば、流石に全員に見えるようになるだろうが、そこまで体張って仲良くしたいとは思わない。
そこまでしたところで、誰も自分には話しかけない。結局は他の友人を優先するだろう。

(私を求めてくれる人なんて、いないっすからね)

 教壇に立つ教師が、休み時間を挟んで部活説明会があると言っていた。
 体育館集合らしい。部活なんてやらないのに、面倒なことだ。







 今後の麻雀部の行く末を左右するかもしれない部活説明会は、とりあえずは問題なく終了した。

「あー、緊張したー」

 部室に入ると、蒲原智美はホッと息を吐いて椅子に座った。

「これで部員が来てくれるといいですね。どうぞ」
「うむ」

 全員に飲み物を配りながら言った妹尾佳織に、津山睦月も微笑みながら頷く。

「人数の少ないクラブで、麻雀部のサーバーを校内LANに繋ぐ許可を貰えるとは思えなかったからな。嬉しい誤算だ」

 机の上では、早速加治木ゆみがパソコンを起動させていた。

「おいおいユミちん、まだ部活説明が終わって十分も経ってないぞ? 流石にまだ誰も来てないだろう」

 冷静なことを言いながら、ワクワクとしているのが丸わかりの加治木に、蒲原は苦笑しながら言う。

「いや、説明会でいつでも来てくれと言った以上、いつ来ても大丈夫なようにしなければ」
「それじゃ授業出れないだろ」

 突っ込んでから、蒲原はワハハと笑って言った。

「……来るといいな、部員」
「……ああ」







(そうは言っても、それが難しいことは彼女らも分かっているんだろうね)

 入学してから数日経った。
 授業中、教室に置かれたパソコンを眺めて、直子はそんなことを思う。
 休み時間中、パソコンに触れる者はいるが、さりげなく覗いた限りでは麻雀部のページを見ようとする者はいなかった。

「この問題、大中やってみろ」
「已然形」
「今は数学の時間だ!」

 考えてみればそうだ。
 直子の知識において、鶴賀学園は高校麻雀界では無名校である。確かに初心者は多いが、それでもゆみは申し分のない打ち手であり、智美も少なくとも下手な描写はなかったように思う。
 つまり団体戦には人数足らずで参加できず、個人戦に出ていたかは知らないが、出ていたととしても実力を出し切れずに負けてしまっていたのだろう。
 そんな学校に入るということは、つまり生徒にも麻雀に関心のある生徒は少ないということだ。

(校内LANに繋いでの部員募集は知っていたけど、まさか四月からやっていて、桃子が来るまで誰も行かなかったなんてね)

 数合わせに佳織を入れていたということはそういうことだろう。

「じゃあここ、大中答えろ」
「推量の助動詞」
「だから数学だっつの!」
(でも問題はそこじゃない……)

 少なくとも直子は入るし、放っておいてもおそらく桃子も入る。しかし直子が気にしているのはそこではなかった。
 桃子が入部するのは大会の一ヶ月前。つまりそれより前に直子が麻雀部に入部すると人数が足りてしまい、下手をすれば桃子が勧誘されなくなってしまうかもしれないのだ。
 そうなると桃子は、本当に誰からも必要とされぬまま高校生活を送ることになる。

(それはちょっと……ねぇ?)

 基本的には他人のことはあまり考えない直子だが、事情を知っているだけに今回は別だった。
 しかし、桃子がゆみに誘われるまで待つわけにもいかない。そうしてしまうと、

(私が暇になる。それもちょっと……ねぇ? まぁそんなわけで、色々考えた結果がこれなんだけど……)

 それらを考えた上で、今日決行する予定の計画を思い出して、直子は薄く笑う。

「じゃあこれ、そこで薄気味悪く笑ってる大中、答えろ」
「ルート3」
「だ……合ってるし!!」
(ほんの少し待ってなさいな、桃子。別にお前の為じゃないけど、本来の予定より早くお前を必要とする人に会わせてあげる)







(今日はなんともなかったっすね。……なんか最近、ずっと誰かに見られていた気がしてたんすよね)

 放課後のざわざわした教室を見渡しながら、桃子は首を傾げた。

(生まれて初めてだったっすね、あんな感覚……)

 気付かれないように誰かを見ることはあっても、見られることなど一度もなかった。

(携帯カメラに映るのを誰かに気付かれたっすかね?)

 存在感マイナスの桃子でも、電子機器まで誤魔化すことは出来ない。携帯で遊んでいて、そのときに偶然桃子を見つけた者がいるのかもしれない。

(……にしても)

 教室内を見ても、携帯をこちらに向けている者などいなかった。
 つまり隠し撮りだったわけだ。

(珍しいのは分かるけど、別に話しかけてくれても……いや、それも面倒っすけどね)

 もう感じないので、或いは気のせいだったということもありえるが、誰かに見られているかもしれないという状況は、正直落ち着かない。
 どうせ予定もないのだから今日はもう帰ろうかと席を立ったとき、桃子はそれに気付いた。

(ん……大中……)

 教室に置かれたパソコンを大中直子が使っていた。
 何を見ているのか、普段どおりの、あの何か企んでそうな薄い笑みを浮かべている。
 隣の席ということもあるが、休み時間にも何故か教室から出ないので、彼女はよく視界に入ってくるのだ。

(……楽しそうっすよね、あいつ……)

 変な言動は多いし、演技ではなく本当に変な奴なのだが、直子には友人が多いようだった。教室でもよく誰かと話している姿を見るし、放課後も誰かしらと一緒に帰る様子をよく見る。彼女も自分同様、部活は入っていないはずなのだが……わざわざ待っているのだろうか?
 だとしたら意外とまめな奴だ。
 と、そのとき、

「・・・・・・ふふっ」

 その直子が一瞬こちらを見た気がした。

「うん?」

 もう一度見たときには、彼女はすでに立ち上がっていて、そのまま教室から出て行ってしまった。パソコンの電源はついたままで、鞄も置きっぱなしなので帰るわけではないようだが……。

(・・・・・・気のせい、っすよね? )

 普通に過ごしていて自分に気付けるはずがないし、桃子の背後にはなにもないのだから、誰かが意識的に視線を向けるなどありえなかった。

(……パソコン)

 その行動に、桃子の意思はなかったかもしれない。
 彼女はなんとなく、直子の使っていたパソコンに近づいていた。
 どうせ誰にも気付かれないならと、とりあえず近くの人間が何をしているか覗いてしまうのは、桃子にとって癖のようなものだった。

(なに見ていたんだ……?)

 パソコンの画面を見ると、開かれていたのは学校のサイトのトップページだった。もう見ていたサイトは閉じてしまったようである。

(……あ、これ……)

 部活動の覧に新規情報の文字が光っているのを見て、桃子は部活説明会を思い出した。

(……麻雀部か……)







「! 来たぞ!」
「おお!」

 放課後、部室にきて早速ノートパソコンを開いていた加治木が思わず叫び、一緒にいた蒲原がその声に驚いた。
 画面には、DefaultPlayerの入室を知らせる文字が表示されている。

「思ったより早かったな」
「そうだな。だが早かろうが遅かろうが、逃すわけにはいかないのに変わりはない」
「おう、私もすぐに入るぜ」

 嬉しそうな表情で、蒲原は向かいの席のノートパソコンを起動させる。

(だがこれでは三人だ。勧誘は出来るが、試しに打ってみたいと言い出されたら困る。津山か妹尾を携帯で……ん?)

 軽く挨拶のメッセージを送りつつ、加治木がそんなことを思ったそのとき――

「これは・・・・・・」
「タイミングいいな」

 蒲原も同時にそれに気付く。
 二人目のDefaultPlayerが麻雀部のサーバーにログインしてきた。



[9232] 第二話「入部計画」①
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2012/03/29 20:29
(教室にパソコンがある方がおかしいわけで、基本的に学校のパソコンはこういう場所にあるべきなのよね)

 コンピューター教室。
 情報の授業において、パソコンの基本操作を習うその場所には当然、あるべきものがあった。

(桃子が私の動きに気付かなければこんなことは出来ないんだけど、でもここ数日の彼女を見ていれば、実はそれほど確率は低くないと分かるのよ)

 この教室は授業でしか使われない。邪魔が入る可能性は低いが、鍵を持ってないので、仕方なく取っ手の部分を蹴り壊してしまった。長居をすれば誰かがそれ
に気付いてしまうかもしれない。

(……蒲原を合わせて四人、うまく話を進めさせて、東風戦で短く切り上げれば多分大丈夫……!)



かじゅ:じゃあ二人共、麻雀部に入るつもりはないんですか?
Default:そうっすね。ちょっと覗いて見ようかなと思っただけなので。
Default2:同じく。どんな人がいるのか気になったんですけど、わざわざ部室に
行くのもどうかなと思って。私人見知りするし。
カマボコ:まぁ入るかどうかはともかく、試しに打ってみません?
Default:あまり長くはなるのはちょっと。
Default2:私も。でも東風戦なら大丈夫ですよ。それならどうです? >>Defaultさん
Default:それくらいなら。
かじゅ:よかった。それじゃあ軽くやってみましょう。

 ゲーム開始の音と共に、四人に牌が配られる。

東風戦
25000点持ち、アガリ連荘。
起家:かじゅ、
南家:Default2、
西家:カマボコ、
北家:Default。
かじゅ:よろしく。
カマボコ:よろしくー。
Default:よろしくっす。
Default2:よろしくお願いしますー。



東一局
ドラ6
かじゅ
一五六九⑥⑦5679南白中

Default2
一三五九①①④8東南北白發

カマボコ
四五九⑥⑦112299西北

Default
ニ三六七八八②②⑤⑧344



(これは、迷う必要はないか?)

 表示されたツモ牌の四を見て、加治木は僅かに考える。

(アガるだけなら簡単そうだが、あっさり四局逃げ切るだけで、二人とも入ってくれるだろうか……?)

 南を切りつつそんなことを思った。麻雀部には当然牌も自動卓もあるので、パソコンは思考を慣れさせる為のウォームアップとして使うのが殆どだが、部員獲得のチャンスでもある今回は、半荘戦のように打点も考えて打った方がいいのかもしれない。

(……だが)

 Default2が④を捨て、カマボコが北、Defaultが⑧を切って一巡目は終わった。
 そして二巡目。
 ツモ8。
 有効牌だが、高目からは遠ざかったのを感じつつ、白を切る。

(……安手になりそうだな)

 そうこうしている内に十巡目となった。

 四五六九九⑥⑦5678中中 ツモ⑤。

捨牌。
かじゅ
南白①一一二1③9

Default2
④五⑥三四8①七③

カマボコ
北九西9①92⑧5

Default
⑧八東⑨⑨4④北西


(張ったが安い。三色に変わるかもしれないが、待ちは九と中か……)

 Default2の捨て牌からして、この待ちは出にくいだろう。

(リーチはかけない。四枚見えのヤオチュン牌はないから、引いたらオリよう)

 そう決めて、加治木は8を切った。







(引いたよ、おい)

 持ってきた1を見て、直子はやれやれと肩をすくめる。

一九①⑨89東東南西北白發 ツモ1

 この対局は、桃子の打ち筋に加治木が惚れるイベントのはずだが、これでは一局で勝負が付いてしまう。
 しかし、

(だからといって手を抜くのは私がつまらないな)

 8を捨てて中待ちである。

(中は初牌の上、この捨て牌だ。余程の手でもない限り、出アガリはない。つか、出さないでよ?)







(引いたよ、おい)

 引いてきた中を見て、蒲原はやれやれとため息を吐いた。

四五六⑤⑥⑦1123發白白 ツモ中

 Default2の捨て牌から①が出てからは、念のためヤオチュン牌は切らないと決めてのだが、その途端連続で發、白、白と引き、今度は中だ。

(攻める手じゃなくなったし、これはもうオリだよなぁ)

 そう考えて五を切った。





(対面がいきなり狙ってるっすね)

 部活や帰宅などである程度静かになった教室で、桃子そんなことを思った。

(そこで引いたのはこれっすか……)

ニ三四六七八②②④⑤344 ツモ7

 ツモ切りだろうか。一向聴だが、一度4を切って、自らテンパイを取らなかった以上、三色はともかく、せめて平和くらいは付けたい。

(……こっちにするっす)

 桃子は打⑤とした。
 そしてさらに三巡後、

ニ三四六七八②②34467
ツモ5

(これなら充分張り合えるっす)

 打4。そして、

『リーチ』

 持ち点を1000点減らして、牌を横に曲げた。



「む」
「強気だなー」

 部室で加治木と蒲原は同時に反応した。
 国士無双に対して不退転のリーチである。それ相応の待ちと打点なのだろう。
 そこで加治木がツモったのが、

(8か……潮時だな)

 Default2が張っているかは知らないが、リーチまでかけたDefaultに、この手で勝負する必要もないだろう。
 打⑤として、加治木は勝負をオリた。



(……で、こうなるわけだ)

 2を引いて、直子はふむと頷く。
 国士を張っているならたとえ危険牌だろうが押すだろうし、張っていないのなら恐れる必要はない。このリーチはそういうことだろう。

(まぁいつもならオリるけどね。状況にもよるけど、東一局で大物手を逃したところで大して困らないし)

 それでも、ここで振り込むことは別に手加減には当たらないし、加治木に対してのフラグを立てることにも繋がるかもしれないのだ。
 というわけで、

「逝ってきます」

 呟いて、直子は2を切った。



(ロンっす。やっぱり張ってたっすかね? あ、裏乗ったっす)

 立直一発タンヤオ平和ドラ2、跳満で12000点の直撃である。
 東風戦においてこれは大きなリードである。直撃されたDefault2は24000点、他の二人も12000点の差を、残り三局で詰めなければならない。親で連荘すれば別だが、しかしその間も桃子にアガられれば差はさらに開く。

(それじゃ、ここからは逃げに徹した方がいいっすね)

 知らず、桃子は口元に笑みを浮かべていた。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2012/03/29 21:00
東ニ局
ドラ白
東家:Default2 13000点
南家:カマボコ 25000点
西家:Default 37000点
北家:かじゅ 25000点



Default2
一五九④⑤⑥3568東中中

カマボコ
四七八九①①⑧⑨2247白

Default
②②②⑤⑥⑦136西北白白

かじゅ
一三四六七1468南南西發



ツモ八
(ふむ……)

 画面を見ながら、直子は少しの間考える。

(振り込んだ割には配牌は悪くない……。ツモが相当悪いと覚悟すべきか、桃子に相当な手が来てると警戒すべきか……)

 一を切る

(東が重なればアガリやすいけど、三色出来た方が嬉しいな)





(オバケ配牌……。前言撤回、流石に攻めなきゃ勿体ないっすね)

 カマボコが①を捨てて、桃子がツモって来たのはドラの白だった。
 適当に流そうと思っていたが、この手をアガれば勝利は磐石である。リーチをかけなければどうとでも逃げれるし、アガリに行くべきだろう。
 とりあえずすぐに重ならなければ使えない北を切る。

(ドラ3だし、ホンイツはおまけっすよ)

 しかし、
ツモ⑨、
ツモ西、
 あっさり一向聴となる。この手牌ではもう、ホンイツに行った方がテンパイは早い。

(ニ連続跳満で、ほぼ勝利確定っすね)

 打1。







五巡目

(思った通り、手の進みが遅い……)

五六八九④⑤⑥356東中中 ツモ東。

(役牌二つを使うのは面倒臭い、メンツオーバーだ。どっちか鳴くか、シャボにする)

 連荘出来れば打点の低さなど関係ない。問題は東か中をどれだけ早く鳴けるかである。

(……しかし私、つくづく駄目だなぁ……)

 3を捨てながら直子は思う。

(金が絡まない勝負には全っ然燃えない……)







(張ったっす。一巡前に⑧は切られたけど……)

②②②⑤⑥⑦⑨西西白白白發 ツモ⑦

 五巡目でカン⑧でテンパイ。跳満確定、ツモで倍満の半荘戦でも決定打となる手だ。
 考える必要なし、打發。
 しかし次巡――

②②②⑤⑥⑦⑦⑨西西白白白 ツモ⑨

(手変わり……今日のツモはどうかしてるっす)

 待ちは⑨と西のシャボ。西なら出アガリでも倍満、ツモなら三倍満である。

(西は……一枚切られてるっすか。当たり牌の枚数は変わらない。安全牌を増やす意味でもここは)

 打⑦。







 八巡目。

三四六七八③③678東南南 ツモ五

(張ったが、さっきよりも酷いな……)

 役無しの③と南のシャボ。リーチかけても1300点だ。Defaultに直撃しても、裏ドラが乗らない限りあまり嬉しくない。

(しかも東は初牌だ。最悪これで当たられる)

 しかしリーチはともかく、ここでテンパイをとらないのも微妙だ。

(……南も切る側からしたら初牌だ。だが蒲原以外は大して意味のない牌……攻めるか? ……いや)

 打東。
 リーチはかけなかった。




『ポン』
「あ、間違えた……」

四五六④⑤⑥56中中 ポン東東東

捨牌
Default2
一北ニ83八七9九

カマボコ
①①22④45ニ

Default
北316發⑦9①

かじゅ
一西1⑧發45(東)

 この東を鳴くなら二巡前の加治木の4は鳴いている。『ポンしますか?』の画面で、間違えて『はい』を押してしまったのだ。

(これだからパソコンは嫌いなんだ。テンパイだけど、多分もうアガれないな)

 東を暗刻にすれば高目で満貫、中を暗刻にすれば高目で7700、4を先に引いたらリーチして満貫確定。しかし東を鳴いたら、巡目的にテンパイを知らせた上に、残り少ない4でアガれてやっと5800だ。

(それなら中のみの2000でも、ダマでアガりやすくした方がいい。東を鳴くにしても四枚目だろうに)

 ムスッとした表情でそんなことを思っていたら、

『リーチ』

 加治木からリーチがかかった。






(東は当たらなかったか、幸運だ)

 これで連風牌の二役が確定する。あるいは満貫まで伸びているかもしれない。

(この手で勝負はしたくないが、おそらくあの鳴きでDefault2はテンパイ。ならば)

 六をツモ切って、リーチをかける。

(これで二人リーチと同等のプレッシャーを与えられる……っ!)

 東でリーチをかけなかったのは、一発を消さないため。Defaultがどんな手かは知らないが、さらに点数を叩こうとしているのなら、それを阻止することが出来るかもしれない。
 問題は一つ。
 Default2の仕掛けの後、蒲原が南を捨ててしまったことだ。

(アガリは逃した。もうこの局私の勝ちはないだろう)

 だが目的は威嚇。Defaultがオリればそれでいい。







(なに考えてるのかなんとなく分かるけど、それは悪手じゃないか?)

 桃子が点数に余裕があるといっても、直子以外からの直撃ならそのアドバンテージはすぐ溶ける。リーチがかかれば、余程アガりやすい形でもない限り押しては来ないだろう。故に即リーか、ダブ東鳴かせるだけでも充分なのだ。
 それにリーチをかけたら自分が親に振るかもしれない。そうでなくとも、リーチに対して直子がオリるかもしれない。たとえ役がなかったとしても、即リーしないならリーチをかけてはいけない。

(ちょっとはりきり過ぎたね。これで私に流れが来れば……っと)

 そんなことを思っていると、桃子が手出しで西を切ってきた。さらに次巡、同じく西を切りだし、そこからドラの白を切る。
 リーチ者がいるこの巡目にドラを切るということは、おそらく暗刻落としだろう。

(……結果オーライ、とりあえずは加治木の勝ちか。せめてテンパイ流局にはなって欲しいんだけど……)

ツモ五

捨牌
Default2
一北ニ83八七9九三發發①

カマボコ
①①22④45ニ南中中3一

Default
北316發⑦9①9九西西白

かじゅ
一西1⑧發45(東)六北⑧北⑨

(……やれやれ、ノーテン罰符までとられるのか……)

 中を切って勝負をオリる。

(まぁ、桃子を活躍させるのが目的だし、ぶっちゃけ勝たなくても……)

 蒲原が6を捨てる。次に桃子が前巡同様白を捨てて――





『ロン』

「やるな」
「ワハハー。やっぱりドラは暗刻だったんだなーっ」

 部室で蒲原は景気のいい笑顔を浮かべていた。

二三四七八九⑦⑧⑨789白 ロン白

 前巡までで既に白単騎でテンパイしていたのだが、役がなかった。しかし初牌のドラ単騎でリーチをかけるわけにはいかず、リーチに対してドラを切るわけにもいかず、という役無しダマを続け、Defaultが暗刻落としを始めたそのときに三色確定の9を引いたのだ。
 ともかく、

三色同順ドラ2
8000点直撃。

「暫定トップだ。この調子で逃げ切るぜぃ」

 そんな感じで迎えた東三局。

『ロン』
「げっ。チートイかよー」

 Default2から6400点の直撃を受けた。





次局 東4局オーラス
東家:Default 29000点
南家:かじゅ 24000点
西家:Default2 19400点
北家:カマボコ 27600点

(トップとるには満貫ツモか。いや、桃子の打ち筋にインパクトを与えてやった方がうまくイベントは進むか……?)

 コンピューター教室に誰かくるかもしれないので、つい東風戦を提案してしまったが、失敗だったかもしれない。
 直子が麻雀部のサーバーにアクセスしたのは、睦月や妹尾がいなかった場合の人数合わせとして入るためだった。結果的にはうまくいったが、しかし考えてみれば、短期戦では麻雀の上手さは伝わらないことが多いのだ。
 原作において桃子がどんな麻雀を打ったかはしらないが、余程加治木の印象に残るものだったのだろう。その実力を見せることが東風戦で出来るかと言えば、保証は出来ないだろう。

(……いや、そういう問題じゃないのか?)

 確かに桃子が上手かったのは間違いないだろうが、同卓していたはずの蒲原と睦月の反応はそれほどでもなかった。
 つまり当時の加治木が真に欲しかったのは部員ではなく、桃子だったのかもしれない。

(…………)




[9232] ③(修正版)
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2012/03/29 21:12
東四局 オーラス
ドラ④
Default
三五六①③⑤⑧⑨35西西北

かじゅ
①④⑤⑦⑧56789東南中

Default2
五①④⑥⑦⑦2479南西中

カマボコ
ニ七九⑧⑧125南西北白發



ツモ四
(面倒な配牌っすね)

 ツモによっては三色があるが、オーラスで逃げ切りたいときにそんなものを狙っても意味はない
 かといってタンヤオを狙うには西が邪魔だ。しかし西を切ると今度は頭がない。

(……マンズが伸びれば平和が狙えるかも。とりあえずはそんなとこっすか)

 北を切り、次巡⑥をツモって⑨を切る。
 そして五巡目。

三三四五六①③⑤⑥⑧35西 ツモ⑦

(とりあえず一向聴)

 当然の西切り。
 ②をツモると役無しになるが、4をツモれれば問題ない。

(④か4なら鳴いてタンヤオ。これで決めるっすよ)






(さて、どうする?)

④⑤⑥⑦⑧567789東中 ツモ東

捨牌
Default
北⑨西ニ西

かじゅ
①南②一

Default2
南①西9

カマボコ
南西2白

 Defaultとの点差は5000点、蒲原との点差は3600点。リーチをかけてもツモるか、裏ドラがなければ届かない。
 しかし③、⑥、⑨の三面張だ。あっさりツモってしまうことは十分にある。

(……東を暗刻にしても、Defaultがドラを出さなければ意味はないか。それなら……)

 打中、そして

『リーチ』




(早いな。全員似たような捨牌だし、なにも読めないな)

五④④④⑥⑥⑦⑦2467中 ツモ四

 まっすぐに逆転手に仕上がってきていた。2000・3900でも逆転なので、有効牌が出たら鳴いてもいいだろう。
 向聴数は変わらないがとりあえず打中。

(……3900なら見逃されるかも。ああ、裏ドラ狙ってアガるかな?)

 リーチをかけてきたならそうすると考えた方が自然か。どちらにしろオーラスなので攻めるしかないが。

(……桃子)

 どちらにしろ桃子は辛勝となるだろう。つまり加治木が原作と同じように動くかは分からない。

(性格に惚れたみたいなことも書いてあった気がしたから、このあと話す機会でもないと、本当にどうなるか分からんな。一応説得の言葉は考えてはいるけど、もしかして私、余計なことしてる?)

 一瞬思ったが、いや、と考え直す。

(別に私が入れば人数は足りるんだ。戦力は落ちるし桃子には悪いけど、ここで入らないなら後は知らない。一生拗ねてればいい。っと、それはチーだ)

 勝手なことを思いながら、『チーしますか?』と表示された画面で、今度は間違えないようにクリックする。

三四五④④④⑥⑥⑦⑦ チー567

捨牌
Default
北九西ニ西九八東

かじゅ
①南②一中(リーチ)②四(5)
  
Default2
南①西9中白24

カマボコ
南西2白1北七


(テンパイ……。リーチ棒のお陰で桃子からの直撃でもトップだ)







(これでDefault2も多分張ったよなー。少し置いていかれたな)

一ニ三七八九⑧⑧⑨45發發 ツモ八

 リーチのお陰でどこからアガってもトップになるが、張らなければそんな話も出来ない。

(發が出ない……、それに鳴けても⑨は切りにくい)

 一応⑧で壁になっているが、タンヤオっぽいDefault2にはともかく、リーチまでかけた加治木にはド本命だ。
 しかしオーラスである。トップを狙うなら、否、たとえ二位狙いでも、この点差ではアガリに向かわなくてはならない。

(まぁ⑧も結局危ないしなぁ。とりあえず發以外で張ったらリーチするしかないかー?)

 大体危険牌といったら今ツモ切った八だってそうだ。オーラスなのだから、ここで弱気になるのは一貫性がない。
 が、

『リーチ』
(げっ)

 Defaultまでもが、⑤切りでリーチをかけてきた。

(⑧は多少切りやすくなったけど、これはもう駄目かなー)

 これでおそらくは三人テンパイ。
 ――いや、

(張ったっ……!)

 四人テンパイである。
ツモ6
 ⑧か⑨を切ればテンパイである。

(⑨はDefaultの現物、⑧は全員のスジっ……!)

 打⑧リーチ。







(もう止められないっす)

 打1

(待ちの多さはもう関係ない)

 打7

(掴んだ奴の負けだ)

 打8

(ぬぬぬぬぬー)

 打發
 打發
 打白
 打9
 打七
 打五
 打3
 打8
 打3
 打ニ
 打②

『ロン』

 加治木の出した②に、桃子からロンがかかった。

三三四五六①③⑥⑦⑧345 ロン②

 立直のみ。
 裏も④だった。
 2000点である。

Default:33000点
かじゅ:21000点
Default2:19400点
カマボコ:26600点





「あ、逃げられた」
「くそっ!」

 DefaultPlayfrの退室を示すメッセージが出ると、加治木は珍しくそんな悪態を吐いた。

「ゆ、ユミちん?」

 らしくない友人の姿に、蒲原も珍しく笑顔を崩して驚いた。
 しかし驚きはまだ終わらない。

カタカタカタカタカタカタカタカタ――

 突如として加治木の指が動き出し、なにかをし始めた。

「……ユミち~ん?」

 返事はない。変な加治木のようだ。
 何をしているのかと、後ろから画面を覗いてみると、

「……どの教室から繋いでたのか、割り出してる!?」
「ああそうだっ! チャットでの入部勧誘では足りなかった! ならば直接説得を行うまでだっ!」
「落ち着けよ。バレたら少なくともパソコン没収だぞ」

 余程のことがない限り、生徒が他人のアクセス履歴を見ることは禁止であり、そのためのパスワードも設定されている。
 しかし幸か不幸か、交遊関係の広いこの友人は生徒会役員からそのパスワードを知らされていた。

「部員が集まればパソコンなど用済みだ! そこいらの弱小サークルにでもくれてやる!」

 普段の加治木ならそんなことは言わない。
 一体どうしたのかと、蒲原は加治木の顔を覗き見る。

「……えー」

 頬を紅く染めて、どこかうっとりとした表情を浮かべていた。
 変な加治木というか、恋な加治木だ。
 そういえばオーラス振り込んだときから様子がおかしかった気がする。その後の入部勧誘も、思い返せばいつもより熱心だったように思う。
 唖然とする蒲原の目の前で、加治木はその作業を終わらせた。

「一年A組……っ! 行ってくる!」
「あ、おい」

 止める暇もなく、というか返事も聞かずに、加治木は部室から飛び出していった。

「……ワハハ……ハ」

 残された蒲原は、もう笑うしかなかった。







 パソコンの電源を切って、桃子は席を立った。
 少し覗くだけのつもりが、随分長居してしまった。後から来たプレイヤーが対局が終わると挨拶もなしに出ていったので、続けて出にくくなり、熱心な勧誘を受けていたのだ。
 少しの間話していたが結局、強引に話を打ち切って退室することになってしまった。

(……仕方ないっすよね)

 麻雀は楽しかったが、それもパソコン越しだから出来たことだ。こういう機会でもなければ、話すこともなかっただろう。

(……帰ろう……)

 虚しさを感じない内に、桃子は鞄を取ってそこから立ち去ろうとして――

(……ん?)

 パソコンの隣に置かれている、自分のものではない鞄について思い出した。

(あいつ……どこ行ったんすか……?)

 大中直子の鞄である。
 そういえば、そもそもの発端は彼女がパソコンで何をしていたのかを覗こうと思ったからだ。そのまま自分が使うことになってしまったが、直子が席を外してからすでに数十分経っている。
 だが教室内を見回しても彼女の姿はない。

(……なにかおかしいっす)

 ここに来て、ようやく桃子は直子の不審に気付く。
 最近感じていた視線。
 なんとなく覗こうと思ったパソコン。
 都合よく入室してきたプレイヤー。
 それらは全て偶然で片付けられるが、もし――

(もしあいつが私のマイナスの存在感について気付いているとしたら……っ!?)

 桃子がそこまで考えたとき、教室のドアが勢いよく開かれた。







 壊したドアの取っ手はガムテープで隠しておいた。多分意味はない。
 そそくさとコンピューター教室から抜け出して、直子は急ぎ足で教室に向かう。折角のイベントを見逃すのは勿体ない。
 やるべきことはやった。後は加治木が桃子を勧誘するだけだ。

(……動くかな、加治木。それに……)

 桃子も、彼女の説得に応じるだろうか?
 原作に近い形で加治木が桃子に呼び掛ければ、確かに桃子の心は動くだろう。しかしだからといって、桃子が入部するかどうかは分からないのだ。
 人間関係はタイミングが重要である。今までまともに友人も作れなかっただろう桃子が、突然の加治木の誘いに、原作通りの反応を示すかどうかは保証出来ない。
 そうなったら、

(……私が説得するのか?)

 思って、すぐにそれを振り払う。
 桃子を救うのは加治木でなければならない。彼女と同じようなことを言って桃子を騙すことは可能だろうが、できればしたくない。
 そんなことをしたら、背中が煤けてしまう。
 しかしそれ以外の方法となると、

(……加治木が、桃子に気付くことが出来れば……)

 それしかなさそうだった。
 杞憂で済めばいいと思いながら、直子はさらに足を早めた。



 教室に入ってきた薄紫の女子生徒は、入り口付近にいる生徒から片っ端に話しかけた。

「さっきまでパソコンを使ってなかったか?」
「パソコンを使っていた生徒を見なかったか?」

 しかし全て返答は似たようなものだった。
 知らない。
 見ていない
 パソコンを使っていた人は、随分前に教室を出ている。
 そんな答えを聞くたび、女子生徒の表情に焦りが浮かんでくる。

(……ほら、やっぱり無理なんすよ)

 その光景を見つめて、パソコンの前に立ったまま桃子はため息を吐く。
 この状況、いくら顔と名前が分からなくても、最もパソコンの近くにいる桃子に最初に質問するのが普通だろう。そうしないということは、彼女には桃子が見えていないのだ。

(私は決して、誰とも交われない……)

 後数分、いや数十秒もすれば彼女は帰るだろう。これ以上ここにいても、自分が恥を掻くだけであることは分かるはずだ。
 そう思い、桃子は鞄を持って教室から出ようとした。入ってきたその生徒とすれ違うが、当然のように気付かれず、二人の距離は広がっていく。

 ―――すうっ。

 深呼吸のような音が聞こえた。

(?)

 怪訝に思い、桃子が振り返った、そのとき、

「私は君が欲しい!」

 そこが世界の中心であるかのように、彼女が叫んだ。

(…………!?)

 放課後になって随分経つ。教室に残っている生徒はそう多くないが、それでもパッと見で十人以上はいるだろう。
 そんな中で、部活説明会で見かけた上級生は誰かを求めた。

(……な……っ!)

 あまりの出来事に、桃子の頭の中は真っ白になった。
 なにも考えられない。というか動くことも出来なかった。

「対局中に感じたんだ。一つ一つの打牌から、君が本当に楽しんでくれていたのだと。そして言葉の端々から感じる君の個性を!」

 なんの事情も知らずに見れば、彼女はただの電波な少女に思われるかもしれない。実際、教室内にいる生徒は殆ど引いていた。
 愛を謳う加治木と、それを向けられた桃子を除いて。

「僅かな時間だったかもしれない。でも確かに私は思ったんだ」

 突き刺さる視線など気にならない。彼女は他のなによりも、自身の想いを聞いてもらうことを優先させていた。

「君ともっと麻雀がしたい、君のことをもっと知りたい、君と一緒にいたいと……っ!」
 ――私を求めてくれる人なんて、いないっすからね――

 そんなことはなかった。
 会ったこともない桃子を求める者は、確かにいたのだ。

(…………)

 桃子が動く。
 加治木の元へ、
 ではなく、
 教室の外へ。

(……え?)

 その行動に、他ならぬ桃子が呆気に取られた。
 しかしその困惑を無視して、ふらふらと、ゆっくりと、彼女は音もなく後退り、教室から出た。

(な、なんで……っ!?)

 入り口から数歩の所で立ち止まるが、そこから動くことが出来ない。理由も分からず、手が震えていた。
 そのとき、

「まさか本当にこうなるとは思わなかったよ」
「っ!?」

 呆れたような声に反射的に顔を上げると、

「……大中……っ!」

 そこには携帯をこちらに向けた、クラスメートの姿があった。

「直子よ。敵だけが名字で呼ぶのが私なの」

 いつものように訳の分からないことを言う直子は、いつものような笑みは浮かべておらず、代わりに不機嫌そうに桃子の方を見つめていた。
 その物を見るような眼は、どうしようもなく桃子の神経を逆撫でした。

「……やっぱりあなたが」

 電子機器なら自分の存在を感じられる。
 なぜそのことに気付いたかは知らないが、この状況でこんなことをしている以上、ここ最近の視線もこの女が原因だろう。

「撮ってたのは私じゃないけどね。これは借り物。こっちの世界に来たときに私の携帯はなくしたし」

 そう言ってから、直子は口元を歪めて続けた。

「ひとつさらせば、自分をさらす。ふたつさらせば、全てが見える。私が一度闘ってみたい男の言葉だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「お前、寂しいんだ?」
「っ!?」





(なにこれ。すっごい罪悪感ある・・・・・・)

 顔面をぶん殴られたような表情をした桃子に、直子はその場で土下座したくなった。
 最後の最後でイベントをぶち壊しになったのは残念だが、こんなこと言うのは本意ではないのだ。
 しかし桃子を加治木に見えるようにするには、彼女を踊ったり歌ったりをさせなければならない。が、そんなこと出来るはずがない。
 ならばどうするのかというと、思いついたのは一つだった。

(思いっきり、怒らせる!)
「友達を作れない小学生みたいに、仲良しグループを遠くから見て、少しでも自分も一緒にいると錯覚したいんだ?」
「う…る…さい……」

 無視。

「で、なんだ。いざ自分が誰かから呼び掛けられたら、ビビって帰っちゃうわけ?」
「…………」
(悪いわー、ホント私悪い子だわー)
「あんなに自分を求めてくれた人でも、この体質を知ったら離れて行ってしまうのではないか、てところ?」

 桃子が逃げた理由に当たりをつけて、決め付けるように言った。

「何とまぁ。笑えるレベルの腰抜けだの」
「・・・・・・私は」

 無視。
 聞きたいのはそんな小さな声じゃない。

「……さっきの言葉の続きだ」

 直子の声が、さっきまでの不機嫌な声に戻った。
 苛立っているようだった。

「みっつさらせば地獄が見える、見える見える堕ちるさま……。お前が自分をさらし、全てをさらし、それでも隠そうとしていた臆病な自分もさらした今、救えるのは彼女だけだ」

 言ってる意味は桃子には殆ど分からないだろう。
 だがそれでも、その言葉に僅かでも恐怖を感じたなら――、

「今彼女について行かなきゃ、この先お前は地獄しか見えないよ。誰にも求められず、気付かれず――」
「うるさいっすよ!」

 耐え切れず、言葉を遮って桃子は叫んだ。

「あなたにそんなこと言われたくないっすよ! そんなこと言われなくても分かってるっす! でも!」
「……よかった」
「え?」
「いや、分かってるならさっさと行きなよ。時の刻みはあンただけのものじゃない。初恋の人の言葉だ」

 そう言って、直子は桃子の背後の教室のドアを指差した。

「……っ!?」

 薄紫の髪の上級生が、そこにいた。
 周囲の生徒は皆驚いていた。桃子が突然姿を現したように見えたのかもしれない。
 しかしそんな彼らの反応には目もくれず、加治木は桃子に手を伸ばした。

「私は、君が欲しい」

 もう一度、そう言った。

「……あ」

 微笑んで差し出された手から、桃子はもう逃げられなかった。
 その必要もなかった。

「こんな……」

 手を取って、その言葉に応える。

「私でよろしければ!!」



[9232] 第三話「辛酸」①
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2009/06/27 13:42
 教室での一騒動の後、加治木に部室に誘われた。
 当然行くに決まっている。手を握って離さないまま、桃子は加治木と並んで歩いていた。

(もうこの手、一生放さないっす)

 至福の時間、というか感触に、桃子の表情は蕩けそうなほど緩んでいた。

「あー、その、東横……さん?」
「桃子と呼んでください。愛称があるとさらにベストっす」
「そうか。じゃあモモでいいか?」
「鼻血出そうっす」
「ちょっと、手を」

 と、加治木が繋いでいた手を放す。

(ああっ! なんでっ!? もしかして私距離感間違えてました!? ウザかったっすかっ!?)

 そんなことを思う桃子の前で、二人の手は再度繋がれた。

「!」

 それは掌を合わせて、指を絡ませる形となっているせいであまり離れられず、

「これならもっと近くに寄れるだろう?」

 つまりはそういうことだった。

「先輩……っ!」
「……ふーん……」

 思わず抱きつきそうになった桃子だが、なにやら視線を感じて止まった。
 肩越しに後ろを見ると、大中直子がのんびりとした、まるでこちらに歩調を合わせているかのようなペースで歩いていた。
 頬を若干膨らませ気味にして、随分と不機嫌そうな顔をしている。中々可愛らしいが、五年くらい年上に見える女子がそんな表情をしているのには、かなり違和感を覚えるものがあった。どさくさに回収したのか、肩に鞄を掛けている。
 加治木と手を繋いでいるせいか、あるいは桃子が舞い上がっているせいかは知らないが、今の桃子はそれなりに見える状態のようだ。

「……なんか用すか?」

 イイところなので出来れば中断したくなかったが、黙って着いてこられるのもそれはそれでウザいので、仕方なく桃子はそう聞いた。その声に加治木も「ん?」と振り向く。

「いや別に。私が悪役にまでなってやったことが、お前らにこういうことさせるためだったことを再認識させられるとね。色々と思うところがあるような、逆にごちそうさまと言いたくなるような、そんな感じ」

 ぼそぼそと、ぶつぶつと、直子はそんな不満をこぼした。
 ――先ほど好き放題言われたことについては、直子本人から謝罪された。
 渋々と。
 嫌々と。
 それはそれは屈辱に満ちた表情で、「ごめんなさい」と一言だけ言われた。
 わざわざ謝るということはある程度は本心なのかもしれない。しかしこの女、他人に頭を下げるのが相当嫌らしい。

「……あなた、一体なにがしたいんすか?」

 桃子は当然そう聞いた。
 普通にしていたら見えるはずのない桃子の姿を見る方法を知っていたり、わざわざ他人にも見えるように誘導したり、直子の行動は明らかに異常だ。まるで桃子のことを、どころか、加治木が誘いに教室に来ることまで知っていたかのようである。
 桃子があの場から逃げ出そうとしたのは予想外だったようだが、予想外ということはつまり、直子にとってあの誘いに桃子が乗ることは殆ど確定事項だったということだ。
 未来でも知らない限り、そんなことは不可能である。
 しかし、

「それは、秘密です」

 ウインクしながら人差し指を唇に当てて、直子はそう言うだけだった。
 そんな答えに満足したわけではないが、結果としては直子のお陰で加治木と出会えたようなものだ。細かいことは今回は聞かないであげようと思い、今に至る。

「……そう思うなら着いてこなきゃいいっす。それとも、まだなんか企んでるっすか?」

 文句を言う直子に、桃子はそんな風に答えた。

「いや、単に私もこっちに用事があるだけだけど」
「そっすか。じゃあ先どうぞ」

 立ち止まって道を開けた。
 すると直子も立ち止まった。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あー」

 しばらく見つめあっていると、横から加治木が入ってきた。

「さっきから思ってたんだが、君、どこかで会ったか?」
「!」

 直子に向けて言われたその言葉に、桃子がガビーン、という顔になった。

「ナンパか? ダメだぞ、こんな可愛い彼女がいるのに」
「いや、ナンパじゃなくて、普通に聞いただけなんだが」
「彼女の方を否定しないのが恐ろしい」
「なに?」
「なんでもないよ。会ったこともない。ないない」

 にへらー、と幸せそうに表情を崩した桃子を見ながら、直子はそんな答えを返した。

「……そうか。じゃあ気のせいだな」
「ところでゆみさん」
「……なんで私の名前を知っている?」

 突然名前を呼ばれて、加治木が怪訝な表情をする。

「……さっき桃子に名乗ってたじゃない。横で聞いてた。」

 一瞬考えるような間を開けて直子は答えた。

「……そうだったな。せめて名字で呼んで欲しいが、まぁいい。なんだ?」
「悪いね、私は味方は名前で呼ぶようにしてるんだ。用件はこれ」

 言って、直子はポケットから一枚の紙を取り出した。
『入部届け』

「部室まで着いていって驚かせようと思ったんだけど、桃子が邪魔そうに見るからここで渡すよ」

 表情の凍りついた桃子を、あの不愉快な笑みを浮かべて見つめながら、加治木に言う。

「それは構わんが、とりあえず君に言いたいことがある」

 肩を竦めて紙を受け取りつつ加治木はそう言って、

「うん?」
「そんな目でモモを見るな」

 そのまま直子の頭をガシッと掴んで自分に向かせた。

「それと、この子が嫌がることを言うのもな」

 直子を正面から睨んで言った言葉に、ゴクリと、生唾を飲む音がした。
 直子じゃなくて、桃子から。

(先輩……カッコイイっす!)



あとがき
モモのイメチェン回です。
思うように話が進まないけど、先に予告しときます。
三話はプロに喧嘩売りに行きます。
・・・・・・ここまで言ったら題名でネタバレになってそうだ。
ではまた。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/03/02 18:21
「ツモ、4000・8000」
「……トビだ」

 大中直子の言った点数申告に、津山睦月は肩を落としてそう言った。

「あー、捲られた」
「えーと、どうなったんでしょう?」

 同卓していた部長の蒲原智美と、少し前に人数合わせとして彼女が連れてきて、そのまま入部した妹尾佳織もそれぞれそんなことを言った。

「っていうか、またそんな形なのかー」

 倒された直子の手牌を見て蒲原が言う。

ドラ7
二三四②④⑥⑦⑧23477 ツモ③

捨牌
56北七八①南(南)⑤西9三リーチ

「さっきも三面張捨てての単機一発ツモだったよな。今度はカン張だけど」
「まぁ倍満ツモじゃないと二位にもなれないし」

 感心したように言う蒲原に、直子は照れたように答える。

「にしても、リーチのタイミングが絶妙だなー。⑤切りでテンパイだろ? 裏は⑨か。一発じゃなきゃ私の勝ちだったのになー」
「ベタオリしないで攻めてれば逃げ切れてたかもな」

蒲原:34900点
睦月:-3300点
直子:36000点
妹尾:32400点


「どっちにしろ私はトビだけど」

 拗ねたように睦月は言った。
 最近先輩の加治木ゆみが連れてきた二人の新入部員に、睦月は殆ど負けているのだった。

(……やっぱり雀荘で打ってる人は違うのか)

 入部したときに軽く自己紹介をしてもらったが、直子はよく雀荘で打っているらしい。

「未成年は入れないだろう?」
「私服で行けば普通に入れるよ。初めて行ったとき私中学生だったし」

 思わず聞いた睦月に、直子ははそんな風に答えた。
 それにしても、

「……同卓した際の勝率はこれで一割を切ったか。面目ない」

 始めて日が浅いとはいえ運の要素も多いはずの麻雀で、こうも年下に負けが込むのは、やはり面白くない。

「いやいや、役満直撃した割には持ち直した方でしょ」
「そうだぞむっきー。今回はちょっと運が悪かっただけだ」
「ご、ごめんなさい」

 落ち込む睦月に、三人がそれぞれ慰めの言葉をくれる。五巡目に大三元を当ててくれた同級生は謝っただけだが。
 ――全く、なにが「あ、それロンです。役牌みっつ」だ。

「……東横さんにも勝てないし」
「私も勝てんてあんなの」
「オーラス回したら猛連荘になるからな」
「私はそもそも見たことないです」

 もう一人の新入部員について言うと、三人とも苦笑しながらそんなことを言った。
 今日はなにか用事があるらしく、加治木は来ていない。彼女がいないときは大抵桃子も来ない(サボりというか、加治木に着いていくのだ)ので、おそらく今日はいないのだろう。部室にいても気付かないことはままあるので、断言は出来ないが……。
 まあそれはともかく、

「……もう一半荘、いいですか?」

 負けたまま終わるのは悔しいので、睦月はそんな提案をしてみる。

「ふふ、私は構わないよ」
「いやー悪い。流石にもう帰らなきゃな」
「すみません私も」

 快く答えたのは直子だけで他の二人はそう言って断った。

「……いえ、仕方ないです」

 無理もない。時刻はもう八時を過ぎている。部活動とはいえ、教師に見つかったら多少怒られるかもしれない。
 一ゲームに時間のかかる麻雀は、放課後にすぐ始めても精々ニ、三半荘くらいしか出来ない。他の部員に追い付く為にも出来るだけ多く打ちたい睦月にとって
は、少し困った問題だった。

「……今日の打ち方で、駄目だったところはありましたか?」

 だから睦月にはこんなことを聞くくらいしか出来ない。

「もっとリーチかけて攻めた方がよかったんじゃない?」
「もうちょい相手のリーチに警戒すべきだったかなー?」
「す、すみません。分かりません」
(なんで全員言ってることが違うんだ……)

 少しでも自分の糧になると信じて――。



(思ったより深刻だな)

 牌を片付けながら未だに落ち込んでる様子の睦月を見て、直子は嘆息する。

(初心者を馬鹿にするのはクズのすることだから、こういうことはあんまり思いたくもないんだけどね)

 何度か睦月と打って確信した。

(こいつ弱すぎだ)

 下手に知識があるせいで空回りも多く、狙い打てばまず間違いなく当たり牌を出してくる。雀荘で毎晩でも打ちたい類である。

(私の知ってる方はもう少しマシだった気もしたんだけれど……ゆみが相当頑張ったのか?)

 短期間でよくやったものだと、直子は素直に感心した。
 しかしこの世界でも同じように成長してくれるかは分からない。

(もういっそのこと団体戦出すの佳織にしちゃおうかな。でも運だけじゃなぁ……絶対に役満アガれる保証なんてないし)
「おーい直子ー? どうしたー?」
「うーん、あと五分」

 蒲原の言葉を適当に流しながら、直子はむー、と考え込む。

(となると睦月を育てないといけないんだけど。理論だけ教えていっても実力は原作レベルが限界だろうしなぁ。……あ、そだ)
「直子? 鍵かけるから部屋出てって先輩が」
「睦月」
「外で……って何?」

 たった今思い付いたことを、直子は早速実行した。

「明日雀荘行くから。付き合って」



あとがき
いくらなんでも短いからキャラ紹介

大中直子
年齢:21
職業:学生(大学3年)
初恋の人:哭きの竜
尊敬する人:伊藤開示、女の子

現実世界から来たぶっちゃけダメ人間の女性。
学生ではあるが殆ど大学には行かず、麻雀に限らず博打漬けの毎日を送っていた。
当然金などないので、負ければ踏み倒すしかない。
そんなことを繰り返していい加減入れる店が限られてきたので、今回の事件は彼女にとってはむしろラッキーだったと言える。
帰る方法を探す気が無さそうなのはそのせいである。
博打以外では漫画・小説の読書が趣味だが、登場人物の言葉や考え方にすぐ感化してしまうので、周囲からはイタイ子として見られることが多い。
遊んでいる間にハタチ超えてしまったことを多少後悔はしているらしく、年下の女の子に憧れを抱いている。自分の生き方を変えるつもりはないようだ。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/06/06 12:28
「いやしかし、誰かと一緒に雀荘行くなんて何年振りだろうね」

 揺れる電車の中で、私服姿の直子はそんなことを言った。
 レザージャケットとタイトのミニスカート。そこにブーツを履いて足なんか組んでいる。

(お前は一体どこに行くつもりなんだよ……)

 インナーも胸を強調したかのようなキュッとした服で(この表現で伝わるだろうか?)、露骨なまでに淫靡な印象を与えることを目的としていた。

「……いつもは一人でしか行かないのか?」
 そんな直子の姿に、思わずにいられなかった思いをなんとか胸に押し込んで、居心地悪そうに隣に座る、同じく私服姿の睦月が微妙に強張った表情でそう聞いた。
 こちらの服装は思いつかなかったので、勝手に想像してください。

「そうだねー。昔は知り合いと一緒に行ったりしてたんだけど、途中から『お前の行く店はヤクザっぽい人が多くて怖い』って、誰も来なくなったのよね」
「…………」

 それを聞いた睦月の表情がさらにひきつり、蒼白になる。
 直子それを見てけらけらと笑った。

「大丈夫だって。今日行くのは普通の雀荘。金もゲーム代しかかからない暇人専用の店だよ」

 彼女にとってノーレート雀荘というのはそういう認識らしい。

「だ、大丈夫だ。び、ビビってなんかないぞ……本当に」
「あんた、嘘つきだね?」
「……それにしても、別に今日じゃなくても良かったんじゃないか?」
「スルーですか」

 今日は平日である。学校は平常通りの時間割だ。つまり、そういうことである

「まぁそれもそうだけど。思い付いたらすぐ実行って言うし、部活で落ち込んでる暇があるなら、1日潰して打ち続けた方がいいと思ってね」

 ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて言われた。

「…………」

 どうやら昨日の部活……いや昨日に限らず、負けた後の睦月が何を考えていたかはお見通しだったらしい。睦月としても少しでも経験が増えるのだから、別に嫌ではないのだが……。

「……はぁ。学校サボるなんて初めてだ」

 心配事といえばそれだった。両親にバレないように学校に電話をして、一応の工作は行ったが、帰ったらバレてそうな気がしてならない。

「むしろそっちの方が驚いたな。誘っといてなんだけど、よく来る気になったね」

 真面目ちゃんだと信じてたのに、と直子は非難するような目を向けた。
 いくらなんでもそれはひどいだろう。

「いやまぁ、ね。今はちょっと、あんまり学校行きたくないんだ」
「……ふん?」

 先を促すように直子が首を傾げたが、睦月はその先は続けなかった。



麻雀『roof-top』
「ここがその雀荘?」

 掲げられた看板を見て、睦月は表現しがたい微妙な顔をして直子に聞いた。
 それもそうだろう。

『メイドさんと打てる店!』
『美少女メイドがお相手します!』
『ノーレートだから何度でもデキる!』

 等々、いかがわしい店としか思えない言葉の書かれたチラシが張られているのを目にすれば、誰だってそう言いたくもなる。

「どう見ても、女子の二人組が来るような店じゃないと思う」

 たとえ普通に麻雀するだけだとしても、あまり女性が入る店とは思えなかった。

「女の人も来てるよ」

 睦月の言葉を受けて、直子は張られたチラシの一つを指差す。

『女流プロ・藤田靖子がプライベートで来店!』
「……いや、そういう話じゃなくてさ」
「さぁ入るぞ。ここが嫌ならすぐ近くの点ピンに行くしかない」
「しょうがないな」

 やれやれといった感じで、睦月は店に入る直子の後に着いていった。決して1000点百円のレートにビビったわけではない。断じて。

「お帰りなさいませー。おや大中さん?」

 店に入ると、カウンターに立つ眼鏡の女性がそう言って出迎えた。雀荘で働く女性なんて年配のオバサンだろうと勝手に思っていた睦月だが、ともすれば十代
半ばに見えるほどその女性は若く見えた。
 まぁ、オバサンのメイド服姿なんぞ誰も見たくないから、当たり前と言えばそうだが……。

「また来たよー。今日は若い子のバイトが来るんでしょう?」
「そういやこないだ来たときそんなこと言ったかのう? どっちにしても来るの夕方じゃぞー?」

 相変わらず胡散臭げな笑顔で話す直子に、その女性は営業スマイルを崩さずそんな風に答える。

(……やっぱ客商売してるとスルー力が違うなぁ)

 感心したようにそう思った睦月に、女性の視線が向けられた。

「おっと、そちらは?」
「私の女」
「違う! がっ……学生時代の知り合いっ!」

 唐突過ぎる直子のとんでもない言葉を慌てて取り消して、睦月は嘘を交えて誤魔化そうとした。

「つ、津山睦月です。歳は――」
「あー、別にええんじゃ隠さんで。学生さんじゃろ?」
「にじゅうは……え?」

 ヒラヒラと手を振って女性が言った言葉に、言いかけた睦月が首を傾げる。

「おーい、トラブルー」
「今行きます! ……っと、こっちとしちゃあ、麻雀楽しんでくれりゃ年齢なんかどうでもいいね。金かけてるわけじゃなし、うるさく言うつもりはないんじゃよ」

 学校サボんのは駄目だけどな。
 そう言った女性は微笑んで「ほいこれ」とおしぼりを渡すと、軽く頭を下げて呼び声のした卓に向かう。

「…………」
「意外そうな顔してるね」

 様子を見ていた直子がそんなことを言ってきた。

「え? ああ、まぁ」
「言ったでしょ? 歳なんか別に気にされないって」
「……そうだな」

 客が少なく卓が立たないので、しばらく待つことになった。

「ところで聞きたいんだけど」

 椅子に座ってしばらく雑誌を読んでいた直子が、突然そんなことを言った。

「お前、麻雀強くなりたい?」
「……? う、うむ」

 今更な質問に、睦月は戸惑いながらもそう答えた。
 当然である。でなければ学校サボってまで雀荘になど来るはずがない。

「そう、じゃもう一つ」

 その答えはさして重要でもなかったのか、答えを聞いた様子もなく直子は続ける。

「自分で強くなりたい? それとも誰かに教えてもらいたい?」
「…………じ、自分で…かな?」

 間を開けて、睦月はそう答えた。
 本音を言えば後者だが、それだと「じゃあ私が教えてあげる」と言われそうな気がしたのだ。
 別に直子の実力を信じていないわけではなく、単純に年下に教わりたくないという見栄なのだが。

「そう。いい心がけね」

 睦月の心中を知ってか知らずか、それを聞いて直子が薄く笑う。
 それはいつもの胡散臭げ笑みではなく、純粋に、心から微笑んでいるかのようだった。

(か、かわい――)
「でもね」

 普段の彼女とあまりにもかけ離れたその笑顔に、不覚にも心を奪われそうになった瞬間、いつもの直子の笑みに戻った。

「最終的にはそうした方が私もいいと思うんだけど、時期的にそう言ってもいられないでしょう?」
「む……ぅ」

 来月には大会、それも加治木や蒲原からすれば最初で最後の大会である。まさか全国大会まで行けるとは思わないが、それでも行けるところまでは行きたい。
 それを考えれば、確かに今の自分はお荷物にしかならないだろう。

(それは……嫌だな)

 同じ初心者でも妹尾の方がマシな気がする。きっと「リーヅモトイトイです」とか言って四暗刻とかアガるんだ。

「……じゃあ、教えてくれるか?」

 睦月の問いに、しかし直子は微妙な表情をして言った。

「手伝いはするよ。でもお前が教わるのは負けからだな」
「……?」

 妙な言い方に睦月が違和感を覚えていると、

「大中さんか睦月さん、どっちかどうぞー」

 一人抜けで卓が空いたらしく、染谷まこ(さっきの女性の名前だ。直子から聞いた)が手を上げて呼んでいた。

「えーと」
「行って。後ろから見てるから」
「……マナー違反じゃないのか?」
「スペース空いてるなら問題ないの」

 直子の勝手な言葉に、一瞬迷ったような表情をした睦月だが、結局その卓に入ることにした。

(……さっきの直子の言葉……)

 歩きながら睦月は考える。

(つまり負けから学べってことなのか……?)

 自分の行動を振り返って、何が敗北の原因だったかを探るのは、麻雀に限らず全て競技において大事なことだ。
 しかし運の要素が強い麻雀では、明らかな手順ミスを除いて、分かりやすい敗北の原因というものはないように思う。

(まぁ手順ミスの多い私が言えたことじゃないんだけど……)
「よ、よろしくお願いします」
「お、今日はメンバーが少ないと思っていたら、お客さんで若い子が来てくれたよ」
「徳井さんは普段の行いがいいからねぇ」
「気をつけろお嬢ちゃん。今日のおじさん達は調子いいぞー」

 同卓者はいずれも中年の男性だった。こんな午前中に麻雀打ってて、仕事は大丈夫なのかと思ったが、それこそ睦月が言えた義理ではない。

(いいさ。とりあえず難しく考えるのはやめよう)

 席に着いて睦月は覚悟を決める。

(要は負けなければいいんだ――!)



(さて、どうなるかな……?)

 後ろから睦月の手牌を覗きながら、直子は息を吐いた。
 東四局で睦月があっさりトバされて、現在二半荘目の南二局。

東家:睦月 37900点
南家:おっさん1 25700点
西家:おっさん2 30000点
北家:おっさん3 6400点

 東ニ局にチンイツドラ3をツモアガってからの逃走劇である。
 ひたすらベタオリして放縦を避けてはいたが、ツモやノーテン罰符でじわじわ削られて今に至っている。

南二局 ドラ①
睦月 配牌
五六③④④⑦234468西白

 通常であればますまずの配牌だろう。だが大量リードは既になく、追いつめられている形となっている睦月が、そう簡単アガれるとは思えなかった。
 とりあえずは打西。次巡東をツモ切り、その後③ツモから白を切った。
 さらに、
 ツモ2、
 ツモ六。

捨牌
睦月
西東白8五

おっさん1
北南白⑨

おっさん2
東⑨八南

おっさん3
一白五②

(チートイ……筒子か萬子で待てれば勝てるか? いや、索子も少し来る気がする。いずれも横には伸びないが……)

 タンピンとの両天秤を選んだ以上仕方ないが、こうなると字牌を捨ててしまったのは痛い。
 七対子はその特性上、何でも待つことが出来るが、同時に「何で待つのがいいかが分からない」という欠点がある。自然、ツモアガリではなく出アガリを狙うのが基本となる。
 それを考えれば、最初に捨てたオタ風の西、一枚切れの東、地獄単騎となる白は、全て待ちやすい牌となる。
 南二局で、6700点の危うい人間がいる以上、ここで睦月にアガられれば、次局以降リーチをかけても、おっさん3から出ると見逃さなければならない状況にな
る可能性がある。たとえ今回七対子を読まれても、掴めば出さざるを得ないのだ。
(3、6を先にツモればまだ分からないけど、⑦を重ねたら3待ちでリーチせず。睦月ならそんな感じかな?)

 直子がそう思った二巡後、睦月はまさに⑦をツモった。打6を選択して、3単騎。

「――あ」

 しかし次巡、6をツモる。僅かに戸惑った様子の後、

「り、リーチです」
(だから、そこでかけるなら即リーだっつの)

捨牌
睦月
西東白8五二66(リーチ)

おっさん1
北南白⑨①⑧③

おっさん2
⑨東八南六②八

おっさん3
一白五②五二8

 状況が変わったわけでもないのに同じ待ちでリーチをするのは、オカルトもデジタルも関係なしにNGである。

(ましてやチートイ。他にいくらでも待ち変え出来るだろうに……。裏目って悔しいのは分かるが、ここでむきになってはいけない。むっきーだけに)

 ツモ9、
 ツモ⑥、
 ツモ北、
 ツモ發、

「ポン」

 ツモ切りが続き、おっさん3に發がポンされる。八が切られ、次に睦月がツモった牌は――

(……中か)

 場には一枚も出ていない。しかし切らないわけにはいかない。

「ロン」

 おっさん3から声がかかった。

七七七①①①33中中 ポン發發發(→) ロン中

「12000点」
「……は、はい」
(持たれてたか。どのタイミングで重ねてたかは知らないけど、普通に運もなかったな)

 結局、調子の崩れた睦月がその半荘もラスになった。



「ロン、7700」
(……これで三連敗)

 三半荘目は三位だった。しかし四位と500点差ではなんの違いもない。
 だが、

(何となく、分かってきたかもしれない……)

 振り込み続けたせいか、リーチがかかったとき、手牌の中に危険牌があれば、なんとなく察知出来るようになっていた。最初はただの偶然だと思っていたが、三局四局と続けば無視も出来ない。
 そういえば部活中、直子が似たようなことをやっていた気がする。
 彼女は読みようのない二、三巡目のリーチに対して殆ど振り込んだことがないのだ。

(読んでいたんだ……。捨牌からじゃなくて、ただの勘で……)

 身体に染み付けた経験則。要するにそういうことなのだろうが、しかしそれを行うにはどれだけ自分を信じられるかが重要だ。
 現に今、理屈も何もないその読みを信じずに突っ張った睦月は、ラス近くまで凹まされてしまった。

「負けちまったし、今日はもう帰るわ」

 四位だった対面の男性がそう言って立ち上がった。

「あらら、今日は早いねぇ」
「まぁお陰で若い子がもう一人入るな」
「あ、お前らその為に俺をラスにしやがったな」

 笑いながらそんなことを話して、その男性は離れていった。

「それじゃ大中さん、出番じゃ」
「はいな」

 入れ替わり、直子が対面の席に座る。

(……だが、それが分かったところで――)

 どうしたらいいのか、睦月は分からなかった。
 所詮は付け焼き刃の感覚だ。おそらく明日になれば忘れているだろう。それに直子なら八割は上回るだろうこの読み方を真似しても、睦月ではその半分以上を読み違えることの方が多い。たとえ今回のように三、四局を完全に読みきったとしても、他の局ですぐに取り戻されてしまう。
 そしてその考えが、自分の読みを信じなくなる原因にもなるのだ。

(……無理なのか? 私では……)

 直子の他に入ってきた一年の姿が浮かぶ。
 東横桃子。
 彼女と一緒にいる先輩はいつも幸せそうで――

「睦月ー? 牌取ってー」
「……あっ。ご、ごめん……」

 直子の声にハッとして、睦月は配牌に手を伸ばす。

(今は余計なことは考えるな)

 頭の中のイメージを振り払って、睦月は手牌に目を向ける。

(何でもいい。何でもいいから、今日ここで何かを持って帰るんだ――っ!)



「ノーテン」
「テンパイ」
「ノーテン」
「……ノーテン」

 学校に居ればそろそろ放課後だろうという時間に、その半荘は終わった。

おっさん3:21700点
睦月:26900点
おっさん1:24700点
直子:26700点

「……勝った」
「おお。お嬢ちゃんもしかして……」
「初トップだな。おめでとう」
「やったな! こっちの子の連勝も止めたし」

 トップを獲った睦月に、三人が口々にそう言って称えた。

「は、はい。ありがとうございます……!」

 久しぶりに笑顔を見せた気がする睦月に、直子はフッと笑みを浮かべた。

(少しは何か掴めたかな?)

 手は抜いていない。何度かこの店に足を運んで、ノーレートじゃ勝負に身が入らない癖はなんとか直した。それでもレートありに比べれば勝負熱は違うが、半荘五回程度ではたとえ偶然でも睦月に負けることはない。

「よし。トップも獲ったし、あと一、二回で終わりにする?」
「うむ。時間的にもちょうどいいしな」
(後一回でもう一度凹んでもらおう)

 満足、という感じの表情で頷いた睦月にそんなことを思ったとき、
「ほいほーい、皆さんおまちどさーん」

 店の奥からまこが出てきた。その後ろからおずおずといった様子で二人の少女も顔を出す。

「おお、噂の美少女メイド達!」
「あの娘胸が! 乳がすごい!」
「馬鹿野郎! でかさに惑わされるな! 大事なのは何が詰まってるかだ!」
(小さいのに何が詰まってんだよ一体……ん?)

 大きいからといって何が詰まっているわけでもないのだが……。
 ともかく、
 テンション急上昇のおっさん達にドン引きした直子だったが、異常といっていいほど胸にボリューム感を持たせている少女を、睦月が驚いたように見ているのに気付いた。

「直子、あの子って……」
「おや、知ってたの? 原村和」
「いや、だって全中覇者でしょ」
「……そういえばそうだったね」

 元々知っているせいで、その設定をすっかり忘れていたらしい。
 睦月が怪訝そうな顔をする。

「そういえばって、それ以外彼女のこと知る機会なんてあったか?」
「まぁ細かいことはいいじゃないか」

 話の雲行きが怪しくなりそうだったので、直子は強引に話を逸らす。

「それよりいい機会だ。彼女と打ってみなさいな。私とはスタイル違うようだ……し、損はないと思うよ」

 スタイルが違うのところで、睦月の視線が僅かに下がったのでデコピンで制裁を加えて、直子はそうけしかける。

「え、いや。私じゃまだ勝てないだろうし」
「今私に勝ったじゃない。それとも何? 私がたかだか全中覇者以下だと思ってるの?」
「……やります」

 渋々といった感じで、しかし嫌そうな顔はせずに睦月はそう言った。
 計画通りである。
 こういう勝負事では、たとえ僅差でも一度自分が勝てば、流れが自分にあると勘違いしがちになる。自身で言った通り、睦月は実力では原村に及ばないことは分かっているのだろうが、つい先程トップを獲ったばかりである。初めは遠慮してても、ちょっと背中を押せばすぐに頷くものなのだ。

「決まりだね。まこちゃ~ん?」
「ちゃんっておい……いや、何じゃ大中さん」

 流石にスルー出来なかったのか、一瞬だけピクリと表情を動かしたまこだったが
、なんとか抑え込んで応対した。

「私そっちに入るから、原村さんはこっち入って」
「え、私ですか?」
「何で和のこと知っとるんや?」
「……ぜ、全中覇者じゃない。知ってて当然でしょ」

 答えるまでに僅かに間が空いた。そしてその答えに、睦月から疑惑の視線が飛んできた。

「ほうかい。まぁ別に構わんが、こっちの卓ぁまだ立たないぞ?」

 頭を掻きながらまこがそんなことを言った。

「うん? 私と宮永とそこのおっさんと……あらホントだ」
「何で咲のこと知っとるんじゃ?」

 この娘、いい加減迂闊過ぎである。

「…………あれ? こないだ知り合いの女の子がバイトに来るって教えてくれたとき、名前言ってなかったけ?」
「……言ったかのう?」
「言った言った」

 カラン――

「お帰りなさいませー。藤田さん」

 懲りずに同じ失敗をした直子が話している間に、新しく客が入ってきた。
 全体的に黒一色といった感じの成人女性――藤田靖子である。

「あら、今日のバイトは可愛いのね。あっちのと合わせて二人?」

 ニヤリと、どこか胡散臭い笑みを浮かべて、彼女はそう言った。



東一局 0本場
ドラ中
東家:おっさん3
南家:津山睦月
西家:おっさん1
北家:原村和

おっさん3
三五①①②⑧⑨2449東發

睦月
一四①①⑤⑦⑨南南北白發中

おっさん1
一一二七八八九⑤⑤⑧118

原村
二二四五③④⑧⑨348西西



 手牌を見て睦月は思った。

(……まぁ、普通の配牌だな)

 テンパイは遅そうだが、筒子はどれを持ってきても有効牌だ。流れがこちらにあるなら、すぐに集まるだろう。

(全中覇者と言っても所詮は年下。勝てない相手じゃないはずだ……)

 さっきの半荘で直子に勝ったのは、決して偶然ではない。何度も振り込み、あるいはツモられ、そして自分でもアガりながら、睦月は麻雀に理屈じゃない一定
のルールがあるのだと感じたのだ。
 今までどんなに負けても気付かなかったことに、何故今日数回負けただけで気付けたのかは分からない。だがそれに従って打った結果がさっきの勝利なのだ。何があろうと、睦月はこの打ち方を完成させるつもりだった。

「ポン」

 二巡目、下家から出た南を鳴いて、打一とする。

(悪手なんだろうけど、東一局だし、牽制牽制)

手牌
一四七①①⑤⑦⑨白中 ポン南南南(→)

捨牌
北西發

 筒子は変わらず有効牌、三元牌も言うまでもなく、萬子もくっつけば良形になる可能性が高い。
 続くツモは東、③、三。捨牌がこうである。

おっさん3
9發東⑧7

睦月
北發西東一白

おっさん1
八(南)一九西

原村
⑨8東西

(……字牌処理が終わったかな? ドラが持たれてたら嫌だな)

 そんなことを思った次巡、ドラの中をツモった。

三四七①①③⑤⑦⑨中 ポン南南南(→) ツモ中

 努めて平静を装って、打七とした。

(……大丈夫。序盤にこれだけ字牌を切ってるんだ。染め手はバレない。たとえバレてもどの色かはまだ分からないはずだ)



(対面の人の表情が明らかに変わった。ドラでも重ねたのでしょうか?)

 だとしたらやっかいだなと、原村は手牌を見ながら思った。

二二四五③④④⑥⑧234西 ツモ2


(ここでドラを引いたら、オリるしかなくなってしまいます)

 序盤に字牌を捨てているが、いずれも彼女には必要のないものばかりだ。しっかり自風も鳴いているし、染め手の可能性も捨て切れない。

(萬子はなさそうですが、どうでしょう……?)

 とりあえず西切りと、不要牌を捨ててから、

(……二の対子落としの方が安全だったかも)

 対面を見すぎて脇二人に対して無警戒になっていたことに気付いた。
 確かにこの手牌では、リーチされたら全ツッパしか出来ない。デジタル麻雀の影も形もなかった。

(……先にアガればいいだけの話です)

 言い訳のようにそんなことを思った。



(来た……っ! ドラ三枚目っ!!)

①②③④⑤⑦⑦⑨中中 ポン南南南(→) ツモ中


おっさん3
9發東⑧7三北②⑥⑧6

睦月
北發西東一白七①六四三

おっさん1
八一九西⑤東二一北九

原村
⑨8東西白西九⑧二二

(⑥鳴いてれば跳満ツモアガりだったけど、結果論だ)

 筒子を鳴けば流石に筒子はもう出なかっただろう。カン⑧のツモだけでは戦いたくなかったのだ。

(しかし索子を全然引かないな。お陰で迷彩っぽいこと出来たからいいけど)

 ともあれ文句なしの跳満テンパイ。打⑨
 が、次巡――、

「リーチ」

⑨8東西白西九⑧二二白七(リーチ)

 透き通った綺麗な声が卓上に響いた。

(今の、ツモ切りリーチ……っ! 何でここでっ!?)

 既に張っていたらしい。だが自分の手牌しか見ていなかった睦月には、どこで張ったのかすら分からなかった。
 大体分かったところで、

(この手はオリないっ! 勝負だ全中覇者!)

 上家が牌を切る。
 ①。

(うぅ……、それじゃない)

 そしてツモれと念じながら、睦月が持ってきた牌が、

(……ドラ、何それ?)

 中だった。
 それは蛇のように、睦月を破滅へと誘惑する牌だった。

(……カン)

 カンすれば、役牌二つにホンイツドラ4の倍満。東一局に得るアドバンテージとしては十分過ぎる。
 当然リスクはある。裏ドラが増えるし、当たり牌を引くかもしれない。だがリスクは向こうも同じ。ドラ4が見えていても、リーチしていたら同テンでないと当たりを避けられない。

(16000点の直撃なら、勝負は決まるっ!)

 次局は自分が親だ。残り8000点の原村をトバせば、完全勝利である。

(自力でドラを全部集めたんだ。流れは私にあるっ!)

 そこまで考えた睦月にもう、迷いはなかった。

「カン!」

 中を四枚倒して宣言する。

「うわ」
「げっ」
「…………」

 新ドラは表示牌は、⑥。

(乗った⑦! この勢いで嶺上開花っ!!)

 確信に近い感覚で三倍満を思い描き、睦月は嶺上牌をツモって――、

「……っ!?」
「ロン」

 放縦した。

四五②③④④⑤⑥22345 ロン三

 立直タンヤオ平和――裏ドラ表示牌は1、3――裏3。

「12000点です」
「……はい」

 さっきもこんなことあったなと、点棒を出しながら睦月は思った。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/03/19 17:44
(……何だろう、この感じ……?)

 急速に広がっていくベタつくような汗を感じながら、宮永咲は同卓する内の二人を見て思う。
 一人はついさっき来た、薄着の黒い女性だ。彼女が店に来たとき、姉と同卓するときのような圧力を感じた。それはそれで驚いたが、しかしそれについて、咲が何かを考える余裕はあまりない。
 何故なら店に足を踏み入れた瞬間から、吐き気を催すほどの醜悪な気配を感じていたからだ。そしてその発信源は間違いなく、もう一人の女性だった。
 彼女はさっきまで別の卓にいたらしい。この時期には少し暑そうな感じもする、それでいておへそや膝などを存分に見せたファッションの女性だ。
 昔、姉に会いに行った東京でよく見た服装である。
 悶々。

(原村さん、こういう服着てくれないかな……? おっぱいはみ出るかも……じゃなくてっ!)

 気分の悪さも忘れて思わず妄想してしまったその姿を振り払う。いや振り払わない。しっかり頭の隅に保存しておく。
 それはともかく、

(……気持ち悪い。空気がドロドロしてる気がする……)

東一局 0本場
ドラ中
東家:おっさん
南家:宮永咲
西家:藤田靖子
北家:大中直子

 十一巡目、気分の悪さとは裏腹に、欲しい牌が綺麗に集まっていた。

手牌
①②③④⑤⑥⑥⑦⑧⑨北北北西

「リーチ」

 打西。

(聴牌。さっきから感じるコレ……気のせいならいいんだけど……)

 麻雀が始まっても、彼女からの嫌な感じは止まらなかった。むしろ酷くなっているようにも思う。

(お姉ちゃんの感じとも違う……。肌にざらつくこの空気、まるで――)

 次巡、北をツモる。

「カン」
(まるで首筋に刃物でも突きつけられてるみたいだ……)
「ツモ」

①②③④⑤⑥⑥⑦⑧⑨ ツモ⑥ カン■北北■

「……4000・8000です」

 あっさりと倍満をアガって尚、その感覚が消えることはなかった。



(この女……何を笑っている?)

 点棒を出しながら、藤田は下家に座る直子を見る。
 良いもの見たな、とでも言うかのように、直子は薄く笑みを湛えていた。

(久の頼みで来てみたが、随分ノーレートらしくない客がいたものだな)

 まこの反応からして何度か来ているようだが、藤田とは初対面だった。
 一目見てなんとなく、分かった。

(……まだ若く見えるがこいつ――)

 この女はここにいてはいけない、と。

(相当壊れた人生送ってるな……)

 職業上、色々な雀荘に出入りしている。昔と違って競技人口が多いのでゲストなどの仕事も少なく、無名時代は柄の悪い場所でも依頼があれば行くしかなかった。
 直子には、そんな掃き溜めのような雀荘で会った人達とどこか似た雰囲気があった。
 先はなく、未来もない。別の道を歩んでいった者達を羨み、妬み、それでも自分の生き方を変えない愚かな輩。

(…………)

 博打の泥沼に飲み込まれた人間の果てを思い出しながら、藤田は牌を取った。

東ニ局 0本場
ドラ⑤
東家:宮永咲 41000点
南家:藤田靖子 21000点
西家:大中直子 21000点
北家:おっさん 17000点


一三四五七九③③⑥4445

藤田
三六九九②⑤⑦⑦23東東西

直子
ニ五八④⑦⑨1599西西西

おっさん
一一四七八②③④東南北白中

 配牌は悪い。点差も広い。だが今の藤田には、そんなことどうでもよかった。

(この半荘、勝つのはこの女だ……)

 直子を盗み見ながら、藤田は目を細めてそんなことを思う。
 この類いの人間は、人前で自分の負ける姿を見せるのを極端なまでに嫌う。たとえノーレートといえど、最悪イカサマしてでも勝利をもぎ取りに来るだろう。

(まともにぶつかるだけ時間の無駄だ。まこも嫌な客が常連になったな)

 後で忠告だけはしておくかと、そんなことを思いながら、とりあえず②を切る。
 そしてそれは、七巡目に起きた。


一③北九南五⑥

藤田
②3北六六三

直子
1八⑦⑨北ニ

おっさん
南四北中中⑥

九九⑤⑤⑦⑦2東東白白西發 ツモ2


(西も發も初牌か。聴牌だが、リーチをかけても微妙だな)

 ダマで6400点。まだ東二局なら、それで十分だろう。

(西……鳴くか?)

 直子を軽く見てから西を切った。
 その時、

「カン」

 予想通り直子から、しかし予想外の宣言がかかった。

(……カン……っ!?)

 直子の晒した西が、乱暴に卓の端に叩きつけられる。
 パァン! と、耳に障る派手な音が卓上に響き、その音に藤田は反射的に目を瞑った。
 それは見ようによっては、目の前で何かが閃光り、それに対して目を瞑ったようにも見えたかもしれない。

(まさか、こいつっ!?)
「宮永さん、カンドラめくって」
「……あ、はい」

 反応の遅かった咲が新ドラを表示させた。
 めくられた牌は何かの冗談のように、南。

(この娘と張り合っているのかっ!?)
「ツモ」
『!?』

ドラ⑤・西
三四五④⑤⑥5999 ツモ5 カン西西西西(↑)

「惜しいな。3000・6000」
「嶺上……開花っ!?」

 ありえないものを見たかのように咲が呟く。

「フフフ。嶺上に花を咲かすのは、お前だけじゃないよ」

 艶然と微笑んで、直子は静かにそう言った。



(ううぅ、私の嶺上牌~)

二三四五六七②③④4445

 ツモられた5を、咲は涙目で見つめていた。



 流れだ勢いだという話をするならば、どう考えてもソレは、前局に倍満をアガった咲にあった。
 その考えで話を進めると、この局は咲以外、聴牌は出来てもアガれないという状況になるはずなのだ。アガリ牌は誰かが抱えているか、山の深くに眠っているか、あるいは見えたとしても、それは咲のツモ宣言牌ということになる。
 こういう場合に、流れ論に傾倒している人間が行うのは、とりあえず鳴いてツモ巡をずらすことである。ついでにその好調者のツモを、自分のツモにすることが出来れば言うことはない。
 しかし、この場合それはあまり意味はない。
 咲のツモ巡をずらしても、彼女はカンで有効牌を持ってくることが出来るのだ。そして今好調者の彼女なら、配牌で暗刻の一つや二つあってもおかしくはない。カンが間に合えば即座に嶺上開花が来るだろう。
 どうしようもないように思えるが、付け入る隙はある。
 前述の通り、咲以外の聴牌は、たとえアガリ牌が生きてても咲にツモられてしまう。そしてそのツモる牌は、嶺上牌。
 つまり自分のアガリ牌も嶺上牌にあるのだ。アガリ牌ということは、張っていない状態でも有効牌である場合が多い。
 ならば咲より速くカンをすればいい。咲が行うのはほとんどがアンカン。張っていればダイミンカンもするだろうが、張っていなければポンしてからのミンカンである。こちらがダイミンカンで対抗すれば、勝機十分にあるのだ。
 こじつけの説明が続いたが、要するにこういうことだ。
『カンは流れを変える!』
 そして咲に新ドラはほぼ乗らないことを、直子は知っている。
 カンで自らの首を絞める可能性は、限りなく少ないのだ。



「――ツモ、1000オールは1100オール」

東四局 1本場終了

東家:直子 50600点
南家:おっさん 8000点
西家:宮永 30000点
北家:藤田 11400点

(……何だ、このアガリはっ!?)

ドラニ
捨て牌
346719⑦⑤發白

手牌
一ニ三八八①②③④⑤西西西 ツモ⑥

 いきなり3467を手出しで切っていた。他家の手など読めない状態でこの形を捨てるのは、明らかに不自然だった。
 まるで牌山に何があるかを、全て見通しているかのようである。
 偶然と言えばそれまでだが、何の迷いもなくこんな打ち方をしているのを見ると、嫌でも一人の少女を思い出してしまう。
 ――天江衣。
 直子の理不尽なアガリの連続は、感覚に任せた打ち方をする彼女に通じるものがあった。

(イカサマはしていないはずだ。一応気を付けてはいた)

 藤田は自分の認識が甘かったことを悟った。
 この女は敗北する姿を見せたくないのではなく、単純に負けるのが嫌なのだ。そしてイカサマも、彼女にとっては敗北と同義なのだろう。

(単なる人生の敗北者じゃない……)

 博打打ちとしては損な性格だろうが、だからこそ、ともすれば本当に博打で生きていけそうな、そんなプレッシャーを直子から感じた。

(この態勢では、逆転はキツいか……?)

 まくりの女王といっても、逆転可能な点差でなければ話にならないのだ。場所的に山越しも狙い易いので、無理というほどの点差ではないが、決して簡単ではない。
 それに問題は点差じゃない。 連続とはいえ、高々四回程度の安手を含めたアガリだが、藤田には分かっていた。さっきまで思っていたのとは別の意味で、自分は勝てないと。
 それはもう、配牌を見ればよく分かる。

ニ五九①⑤⑧369東西北白

 十三不塔聴牌である。こんな配牌を貰っているようでは、この半荘は無理だろう。

(戦えそうなのは、この娘くらいか……)

 上家に座る咲に目を向けて、藤田はそんなことを考える。

(というより、この女は最初からこの娘を意識してる感じがするな)

 さっきのアガリ形にしても、役なしの癖にやけに捨て牌を気にしていた。おそらく西のダイミンカンから嶺上開花を狙っていたのだろう。

(……ん?)

 違和感。

(嶺上開花を狙っていた……? 何故だ?)

 あんなもの普通狙うものじゃない。
 東一局に嶺上開花をアガった咲は、それからずっと大人しくしている。
 大人しく、カンもしていない。

(まさかあの嶺上、偶然ではないと思っているのか?)

 四枚目が他家から出れば、嶺上牌を潰せる。つまり直子は、咲が確実に嶺上開花をアガると思っているということだ。

(そしてその嶺上牌は自分の当たり牌とも確信している……)

 自分の欲しい牌が好調者に流れてしまうことはよくあることだ。それを頑なに信じている打ち手もいる。
 そして少なくとも今は、彼女が信じる通りに動いている。

(……このまま負けるわけにはいかない。目的は変わった。今はお前のオカルト理論だけでも……潰す!)

 選んだ第一打は、五。

(……久の頼みを無視することになるが、まあ一回くらいはいいだろう)



十巡目
ドラ6

直子
捨て牌:⑨西西①西九九北6七
手牌 :二二四五六①②③④⑤⑥67

おっさん
捨て牌:八八三四五⑦⑦七八白
手牌 :123345679南南中中



捨て牌:南④③②⑥2474⑦
手牌 :三三⑨⑨⑨888東東東發發

藤田
捨て牌:五六⑤③二二36⑧ 
手牌 :一九九①19東西北北白發中 ツモ南


(張ったが、これはどうなんだ?)

 対面のおっさんが思い切り索子の染め手気配。直子はおそらく6切りで聴牌で、咲も今の手出し⑦で聴牌気配。
 直子が西を三枚切っているのが気になった。

(三枚目はツモ切りだが、最初の二枚は対子落としだったな。嶺上狙いは止めたのか? さっきのアガリで、流れはもう自分に来たと?)

 どちらにしても、さっきまでの直子の打ち方でこの局も進んでいるとしたら、不調者である藤田はこの国士をアガれない。誰かが⑨を抱えているということだ。そして同じように不調者のおっさんも、これ以上手は進まないはずだ。

(なら、ここで私がこれを切れば――)

 打南。

「っ!?」
「ポン」

 今度こそ思った通りの宣言がなされた。
 そしてその瞬間、本当にその後の一瞬だけ、直子がこちらを睨み付けた。 

(流れは変わる。お前はそう考えているのだろう?)

 その視線を無視して、藤田は目を細める。
 確かに、運に左右されるゲームにおいて、流れや勢いといったものを意識してしまうことはある。博打打ちはそこで勘違いする。
 普通に考えて、前局誰がアガってようと、それによって次にツモる牌が変わるわけがないのだ。
 日によってうまくいかないことは確かにある。負けが込むこともあるだろう。だが、それがゲームとしての面白さなのだ。
 全ての半荘を勝とうとしている直子には、どこまでいっても破滅しかない。


 咲がツモる。
 本来直子がツモるはずだった牌を。


(見ろ。お前の理論はここで破綻す――)
「カン」
(る――っ!?)

 手牌から8を三枚、そしてツモった8を晒して、咲は言った。
 そして、

(な……にっ!?)
「ツモ」

三三⑨⑨⑨東東東發發 ツモ發 カン■88■

「8200・16200……です」



「あの二流プロ、マジでありえないっ!!」

 帰宅中、直子はずっと不機嫌な表情をしていた。
 合宿が終わって覚醒した咲には勝てそうもなかったし、大将は加治木に譲るつもりだったので、今のうちに軽くひねって優越感に浸ろうと思ったのだが、予想外な奴に邪魔をされてしまった。
 あの南は四枚目である。状況的に国士を張っていたとしか思えない。

「何で崩すんだよもうっ!」
「まあまあ、七対子だったかもしれないし」

 珍しく声を荒げている直子に苦笑しながら、睦月が諫めるように言った。
 いつもの胡散臭い笑みのない直子は、拗ねたり頬を膨らませたりと、いちいち動作が幼く見える。
 そんな微笑ましい姿を見ると、偶に感じる妙に不気味な雰囲気は気のせいなんだと思えた。

「……ふん。まあいいよ、いいですよ。ゆみには悪いけど、こうなったら大将戦出てリベンジしてやる」
「え?」
「なんでもないよ。それで、原村和はどうだった?」

 面倒な話になりそうなので適当に誤魔化しつつ、直子はそう聞いた。
 すっかり忘れていたが、今日の目的は睦月の強化である。

「いや、駄目だったよ。後半は手も入らなくて、勝負にもならなかった。直子に勝ったときはなんか掴んだ気がしたんだけどな」

 あははと乾いた笑いをしながら、睦月は答えた。

「ふん? たとえばどんなの?」
「いや、結局気のせいだったわけだし」
「教えて?」
「いや」
「教えて」
「……えーと」
「教えろ」
「…………」

 私が年上なんだけどなぁと思いながら、睦月はため息を吐いた。

「いいけど、笑うなよ?」
「笑わんよ」
「まず一つ。『見逃された奴はツく!』 」
「…………何?」

 反応遅く、直子が驚いた表情をして聞き返した。

「いや、何度か高目狙って見逃ししたんだけど、その後大物手に振ることが多くてさ」
「……ふーん。他には」
「あー、食い流された場所はもう引けない……かな?」
「……死にメンツ」
「そう、それ」
「……フフッ」

 それを聴いて、直子が薄く笑った。

「あ、こら笑うな」
「いや、感心した」
「へ?」
「なるほどねぇ。よく分かった。いや、さっぱり分からないけど」
「???」

 うんうんと頷いて、何やら納得(?)している直子に、睦月は戸惑うしかなかった。






[9232] 番外編「トリッパー」 ※キャラ崩壊注意
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2009/08/31 20:49
ホントに注意!!


「大中さん……が、どうかしたんか?」

 キョトンとした表情で、染谷まこは、宮永咲にそう聞き返した。

「いや、どうってわけじゃないんですけど……どんな人なんです?」

 質問した方の咲も自分が何を聞きたいのかよく分かっていないのか、困ったような表情をしてそう続けた。
 ――数日前、咲は原村和と共に雀荘に行った。
 そこで出会ったのは通称『まくりの女王』、女流プロの藤田靖子だった。
 最初こそ咲が役満をアガって勝利したが、面子が変わった二戦目以降、和と一緒に四連敗を喫した。
 その時の敗因を考えて、清澄高校麻雀部は現在、学校の施設でもあるここで合宿を行っているのだ。
 二人は今は休憩中、他の部員が打っているのを見学しつつ、その日のことを話していた。

「どんなって……また返答に困る質問じゃのう」
「はぁ、すみません」
「まぁ確かに、印象には残るやっちゃなぁ……」

 苦笑してまこは言う。
 二人が話しているのは、和が同卓する前に入っていた女性のことだった。

「四月辺りから顔を出すようになってなぁ。あんまりこの辺じゃ見かけん服装じゃったから、それだけで顔覚えたわ」

 大中直子。
 彼女が纏っていたあの不気味な雰囲気は、ぶっちゃけ咲にとっては四連敗の原因よりも重要なことな気がした。
 とは言っても所詮咲の感覚の問題で、それに結果的に勝ったこともあり、合宿が決まった際にも言い出せなかったのだが……。

「……あの人、何か変な感じしませんでした?」
「……? いや? たまに訳のわからんこと言うけど、別に普通じゃよ。打ち筋は確かに変だけど」

 それは分かる。
 自分が言うのもおかしな話だが、あんな嶺上開花の和了り方はない。

「いつもあんな打ち筋なんですか?」

 相手の思考、山に眠る牌、そして手牌を全て読みきっているかのような、そんな打ち方だった。
 あんなことが毎回起こるなら、まともにやって彼女に勝つのは不可能に近い。

「基本的にはそうじゃ。でも、あの日ほど読みきって打ったことはあんまりなかったのう」

 まこは思い出すように遠い目をして言う。

「でも初めて見たときもああいう変な和了り繰り返して、何となく咲みたいじゃなと思っとったんじゃが、本人と話してみるとそういうわけでもなくてな」
「?」
「これは実際店で大中さんがやったんじゃが、えーと……」

 言いながら、まこは成績表として使っている紙を拾って何かを書き出した。

三三三五六七④⑤22345

「こんなもんじゃったかな? 状況はさておき、とにかくこの形で大中さんが聴牌してたんじゃ」
「はい」
「で、なかなかアガれない。暫く膠着が続いて海底間際、三をツモる」
「カンしますよね?」

 面前手である。状況を考えないのならカンするのが普通だ。

「当然じゃな。カンして③ツモ。嶺上開花じゃ。対面が⑥暗刻、上家が③対子で殆どなかったわけじゃが、和了ったんじゃ」
「……私と何が違うんですか?」

 首を傾げて咲が問う。
 確かに、今の話では単に大中が嶺上開花を和了っただけである。

「まぁ慌てんしゃい。その時の大中さんの捨て牌がが確か――」

 まこが手牌のしたに捨て牌を書く。

 西北南⑧⑨7中(ポン←)②⑤九九八四(リーチ)南67

「こんなもんか。まぁそう違いはないやろ。7切ったときに聴牌だったんじゃが、これ見て咲どう思う?」

 聞かれて、咲は紙に書かれた捨て牌をよく見る。

(……四、それに――)

 すぐそこで浴衣姿で身体の一部分を、具体的には胸部を、分かりやすく言うとおっぱいを触ってくれと言わんばかりに強調している原村和と比べれば、咲は牌姿を思い浮かべるのは苦手だが、流石に手牌と捨て牌の全てが分かっていればその限りではない。

「三色の聴牌わざと逃してます」

 答えに辿り着き、咲は言った。

「……まぁ正解じゃが、何で鼻血だしとるん?」
「いつものことです」
「そうやったね」

 頷いて、まこは捨て牌の四を指差す。

「一巡前の八とこれで、2を対子落としをしてれば最高形じゃ。リーチをかけてないなら狙ってもいいはずなんじゃが、彼女はしない」
「……カンが出来なくなるから」
「そう、まるで嶺上で和了ると確信してるみたいに。そいで話が戻るんじゃが、対局が終わってから、何で三色狙わんかったんか聞いてみたんじゃ。その時の返事が――」
『こんな屑手がダマですら和了れないってことは、欲しい牌がまとめて持たれてるってこと。それでもツモ和了りをしたいのなら、本来ツモれない場所からツモるしかない。たとえば嶺上とか?』

 薄く笑う彼女の表情が見えるようだった。

「前半は理解出来るが、後半は典型的な流れ論者の言葉じゃ。大中さんは心の底から信じとるんみたいじゃが、どう考えても③ツモは偶然じゃ」

 三ツモもな、と指に挟んだ紙をヒラヒラさせつつ、まこは断言した。

「……じゃあ私と打ったときの嶺上開花も」
「偶然じゃな。勿論大中さんはツモるの確信してカンしとるで? あの時はこれとはまた状況は違うが、同じように歪んだ理屈があったんじゃろうて。確かに、そこに彼女なりの理論があることに違いはないけど、でもそりゃあ、あんたとは
違うじゃろ?」
「……そうですね」

 咲には嶺上牌が視えている。そこには前局の和了は関係なく、『ただそこにある』牌を感じられるのだ。

(……でも、それだけじゃないはず……)

 雀荘で感じた、醜悪と言ってもいい破滅的な気配。断じてあれは気のせいなどではなかった。
 彼女は終始、自分を見ていた。
 柔らかい微笑の奥に魔物を飼った眼で見つめ、最終的に敗北した後でさえ、値踏みするように自分を見ていたのだ。

「…………」
「宮永さん、どうしたんですか?」
「え? うわっ!?」

 ふと気が付くと、覗き込むように和の顔が目の前にあった。

「は、原村さん! いつの間にっ!?」
「たった今対局が終わったところですよ。考え込んでましたけど、何かあったんですか?」

 和は大中直子とは同卓していない。店に来たときも何かを感じたようすはなかった。おそらくあの空気は自分しか感じなかったのだろう。
 それはともかく、覗き込むような体勢ということは座っている咲よりも下に顔があるわけで、身体が斜めに傾いているということで、

(あああぁいや原村さんっ! それについては後でゆっくり布団の中で話すとして、可急的速やかに十センチぐらい離れないと私の理性が嶺上開花しちゃうよっ!?)

 そんな妙な体勢のせいで、浴衣の柔らかい生地にのみ支えられた彼女の重量感のある胸は重力に従ってプルプルユサユサ楽しそうに踊り――、

(ああぁっ!! もう、ツモっちゃうっ!!)
「宮永さん?」
「……ふぅ、どうしたの原村さん?」

 隣で微妙に距離を取るドン引きのまこの視線を流しつつ、咲はいつも通りの笑顔を和に向ける。

「いや、だから何を考えていたのですかと」

 賢者のように落ち着き払った咲の表情をキョトンと見つめた和だが、特に気にはせず質問を続けた。

「え? ああ。こないだ話した、雀荘で会った人のこと。やっぱりあの人には何かあるような気がして」
「……ああ、あの人ですか。気のせいじゃないですか? 少なくとも連れの方は何とも思いませんでしたが……」

 首を傾げて和は言い、まこに目を向ける。

「そんな凄い人なんですか?」

 聞かれて、まこはハッとしたように和を見て、そして誤魔化すように咳払いをした。

「……ってぇ、何でわしが誤魔化なぁいかんのじゃ」
「はい?」
「何でもない。それと大中さんはな」

 よっこらせ、と立ち上がりつつ、まこは和に言った。

「うちの店でラスになったことが一度もない人じゃ」
「え? それは――」

 和が目を見開いて詳しく聞こうとしたとき、

「咲ちゃん先ぱーい! こっち来るんだじぇー!」

 卓から片岡優希が手を振って呼んでいる。

「ほら、もう十分休んだでしょう。さっさと座るの」

 その後ろで部長の竹井久が笑いながら言う。

「おー、悪かったのう。ほら咲、わしらの出番じゃ」
「はい。じゃあ原村さん後でね」
「あ、はい。頑張ってください」

 まぁ後で聞けばいいかと質問を中断して、和は振り返って卓を囲む四人に目を向ける。
 片岡優希。
 染谷まこ。
 宮永咲。
 久は見物で、唯一の男子部員の須賀京太郎はお風呂に行ったままである。
 故に四人目は――

「……では皆さん。始めましょうか」

 自分達と同じ一年生の女子部員、藤元縁だった。



あとがき
地雷設置完了。
恐れ多くも最強戦に出ようと調整してたら遅くなりました。
その上予選にも勝てなかったし・・・・・・orz。
まこちゃんの喋り方は気にしないでください。それと新キャラは多少出番はありますけどメインには絡みません。
ではまた!



[9232] 第四話「選出/脱落」①
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/05/22 09:48
「ロンッ……!」
「っ……!」

 倒された手牌を見て、桃子は漏れそうになった呻き声を抑える。

七七22334499北北(赤)⑤

捨牌
6⑨三3四九②⑦西(リーチ)

 役を意識させての一撃。ドラは赤一つだが、何の問題もない。

「裏ドラなし。12000点……終了だな」

 口元だけ僅かに歪めて微笑み、直子は言った。

直子:45600点
桃子:24300点
睦月:28900点
妹尾:1200点

「まぁ気を落とすな。次がある」
「う、うるさいっすよ……」

 気を落とすなと言いつつ、しっかりと勝ち誇った表情の直子に、桃子はムスッとした表情で言った。

「……2700点差で何でリーチしたんすか?」

 西単騎のダマでも和了れば逆転である。桃子の言う通り、トップを狙うだけならリーチをかける必要はあまりない。

「いや、ギリギリ見える内に、出来るだけ叩いておこうと思っただけよ。まだ初戦だしね」
「……っ!」

 初戦――そう、この半荘は全六回戦の内の初戦でしかない。 これは来週行われる県予選の団体戦、それに出場するメンバーを決めるための勝負である。



「ルールはほぼ団体戦のルールと同じだ。赤ドラ四枚、役満の複合なし、大明槓からの嶺上開花は責任払い、大三元、大四喜、四槓子のパオあり。点数引き継ぎがないから持ち点は10000点ではないが、代わりにトビがなく、終了時に30000点返しで成績をつける。質問は?」

 簡単に説明して、加治木は部室の中を見回した。
 加治木を含めて六人。五人は彼女の話を聞きながら、配られた大会ルールに目を通していた。

「……ダブロンは頭ハネ、トリプルロンは流局か。フリー雀荘みたいなルールの癖に変なところで競技なんだな」

 不思議そうに首を傾げて直子がそんなことを呟いた。

「今年からルールが変わったらしいな。ルーキーの私達には嬉しい展開じゃないか」

 ワハハと明るい笑顔を浮かべながら蒲原が言い、加治木もそれに頷く。

「そうだな。ドラが全部で八枚もあれば、番狂わせは十分に起こり得る」
「メンバーはどうやって決めるんですか?」

 誰も質問しなさそうなので、黙っていた睦月が加治木に続きを聞いた。

「ああ、まだ言ってなかったな。といっても簡単な話だ。常に二人の抜け番がいる半荘を六回、つまり一人当たりは半荘四回ずつ。戦績の良い者から五人が団体戦のメンバーとなる。直子の案だ」
「……なるほど」

 言われた通りの分かりやすいルールに納得しつつ、睦月は「ん?」と怪訝な顔をする。

「それだと、下手すると先輩方のどちらかがメンバー落ちするかもしれないんじゃ……?」
「そぉぉぉなんすよっ!!」
「うわっぁ!?」

 睦月の言葉に、ぬぅっと出現した桃子が勢いよく喋りだした。

「津山先輩の言う通り、最初は加治木先輩と蒲原先輩は無条件でメンバーにしようって話してたんすよ! なのに直子が余計なことを言ったせいで――」
「余計なことじゃないでしょう」

 ムッとした表情で直子が割り込む。

「三年だからって無条件って何かズルくない? って言葉のどこが余計な発言じゃないんすかっ!?」
「そのままの意味だよ。来年部員が足りるか分からないんだから、今年で最後だからって理由で特別扱いはズルいじゃない」
「ワハハー、お前らその話何回やるんだよ。仲良いなぁ」
「誰がっすか!」

 口を挟んだ蒲原に桃子が噛み付く。

「心配しなくても、先輩は負けないと思うけど……?」
「それは、まぁそうっすけど……」
「おーいむっきー? 何でそこの先輩は複数形じゃないんだー?」
(はぁ、全く面倒な小娘だな)

 マイナスの存在感はどこに行ったのか、何時になく騒がしい桃子に、直子はため息を吐く。
 彼女がこうもこのルールを嫌がっているのは、加治木が大会に出られない可能性があるから、というわけではない。それもあるだろうが、睦月の言う通り、この面子で加治木が最下位になることは――まぁない、と言っていいだろう。
 それを桃子が分からないはずがない。故に、彼女懸念は他にある。

 自分が大会に出られない可能性がある、ということ。

 団体戦に出るために加治木は自分を誘ったのに、自分が出なかったら加治木は自分を見限るかもしれない、とでも考えてるのだろう。

(……で、例によって私に出来ることはないわけだ)

 入部の時と同じように、日和った桃子がまともに話を聞くのは加治木だけである。

「大変ですねぇ」
「本当にね。……あれ?」

 掛けられた声に答えてから、声の主に目を向けると、妹尾佳織が楽しそうな表情で直子を見ていた。

「直子さんって、優しいですね」
「……そんな評価は初めてされたな。何で?」

 別段悪党を意識しているわけではないが、それでもこれまでの人生でそう言われたことはなかったので、思わずそう聞く。

「えー、だって先輩とか桃子さんのことよく気にかけてるし」
「……あー」
「津山さんにも何か教えてるみたいだし?」
「……いや、まぁそうだけどさ。なるほど、そういう風に見えているのか」

 困ったように頭を掻いて、直子はむぅ、と考え込む。

「……単に変なこと考えたままとか、未熟なまま私の前で麻雀やって欲しくないってだけなんだけどな」

 本心ではあったが、口に出せばツンデレみたいな台詞になってしまった。

「ふふ、多分落ちるのは私ですから。団体戦、頑張って下さいね」

 同じことを思ったのか、やれやれといった表情で微笑んで、妹尾はそんなことを言った。




「ツ、ツモです。こ、国士無双っ!」
『ギャーッ!!』

 三人の悲鳴が上がる中、紅潮した顔で手牌を倒して、彼女はそう宣言した。

 一九①⑨19東南西北白發中 ツモ中

「期待を裏切らない娘だ」
「純正……すごいな」

 抜け番で良かった、という表情で、後ろで見ていた加治木と直子が引きつらせた顔でそれぞれ言った。

「これでひっくり返ったな」
「……ああ、モモの親っ被りだ」

南二局終了
桃子:21200点
蒲原:22000点
睦月:23500点
妹尾:33300点

 これが直子が安易にメンバーを決めたくなかった理由の一つだった。
 鶴賀の部員の中で言えば、藤田の言う『牌に愛された子』とは間違いなく妹尾だろう。
 偶然だろうが何だろうが、この戦力をみすみす手放すのは惜しい。しかし同時に、妹尾の言う通りわざわざ色々教えた睦月が出ないというのもつまらない話で
はあったのだ。

(……この役満の和了率、絶対おかしい)
「あと二局、逃げ切ったら桃子が最下位だな」
「その上次から抜け番だ。大丈夫か?」

 戦慄しつつ言った直子の言葉に、加治木が心配そうな表情になる。

「…………」
「何だ? 言いたいことがあるならいいぞ?」

 黙り込んだ直子に加治木が問うた。

「……別に? とりあえず今言うことじゃないよ」



(一気に点差が開いた……これは不味いかもしれない……)
 気持ちの切り替えは大事だと分かっていたが、さっきの役満は本当に痛手だった。

南三局 ドラ7
親:蒲原

六巡目
手牌
三四五八九②③④45999
 ツモ二
捨牌
西二西一⑧

(直子が言ってた、このパターン、オカルトシステムだ……っ!)

 一緒に雀荘へ行った翌日から、直子が「ちょっとやってみて欲しい打ち方があるんだけど」と言ったのが、この言葉だった。
 詳しく聞いて、最初は何それと思ったものだ。だが実践して見ると何の違和感も覚えず、むしろすっきりした気持ちで穏やかに麻雀を打てた。
 といっても、勝率自体はさして変わらなかった。直子曰く「まだノイズの段階だから」とよく分からないことを言われたが、そんなことはどうでも良い。

 打ってみて分かった、自分の感覚に訴えかける流れの存在。

 それを感じてこの打法と共に戦えるのなら、睦月はただそれに従うだけだった。
 勝敗は、勝負が終わってから考えればいい――っ!

(どのみち二は使えない。次からが……勝負っ!)

 打二



(張ったっ! でも……っ!)

手牌
五六七①②③2223北北中 ツモ中

捨牌
西西東⑧二

 普段なら当然のリーチだった。北と中の字牌シャボ待ち。どちらもまだ場に出てない初牌だが、この巡目なら数巡以内にでも出る可能性はある。
 まして今の自分は完全にステルス状態。リーチだろうが初牌だろうが相手は無警戒に捨てるだろう。

(残り二局、かおりん先輩とは12100……)
 仮に普通に出和了りをした場合、ドラがなければ2600点。オーラスは満貫ツモが条件になる。

(今の私には誰も降りれないから、直撃もあり得るっす。なら――っ!)
「リーチっす」
「…………」
「…………」
「…………」

 牌を曲げて千点棒を出すが、それに対し誰も注意を払う様子はなかった。

(イケる……これは和了れるっすよ)



ツモ八
ツモ中
ツモ4
ツモ九

手牌
三四五八八九④44599中 ツモ九

捨牌
睦月:西二西一⑧二9②③

(よし、思った通りだ。縦に伸びる)

 オカルトシステムNo62『不調者はヨコの手牌にタテのツモ!』

(既に捨てていた西と二の引き戻しから読んだ通りの展開だ。正直に打っていれば3、6リーチのみしか出来なかったけど……)

 打四
 さらに次巡――
 ツモ三

(これで七対子一向聴っ!)

 西と二をミスしなければ……否、システムの発動を判断するには少なくとも西が被ることは必要だったわけだから、どう上手く打っても現時点では聴牌が最大か。

(その場合なら、何で待っていたかな……?)

捨牌
蒲原
發東②①688東⑥⑤2

睦月
西二西一⑧二9②③四5

妹尾
⑨南白白五六東發①②

桃子
???

 当たり前のように桃子の捨牌を視線を送らず、睦月は考える。

(中はまだ出てない……? ツモった時ならともかく、今になってからは切れない。それなら――)

 中を早めに処理していた場合は④、そうでなければ中といったところか。

(とりあえずは5と五か……)

 打5



(萬子がこんなに伸びるとは思ってなかった……)
一二三(赤)五六七七八九南南南1

(まだチャンスはある)
三三五八八九九④4499中

(みっつずつ、みっつずつ……あ、ツモ番だ)
一三三六七九⑦⑧⑨333發

(出ない……ついてないっす)
五六七①②③222北北中中



(北と中、もう誰かに持たれているのか……?)

 桃子の後ろに座って、加治木は固い表情で手牌を見ていた。さすがに外野から集中して注目していれば、その姿が見えなくなることはないらしい。

(ここで外せば、オーラス難しくなるぞ……?)

 そんな思いの加治木が見守る中、桃子が牌山に手を伸ばす。

(ツモれ――っ!)

 が、持ってきたのはドラの7。
 ツモ切り以外の選択肢はない。

(……駄目か。桃子のリーチは誰にも気付かれていない。だから誰も降りない。頭にされていたら追い付かれるぞ……っ!)

 ゴクリと喉を鳴らして、加治木は桃子を見る。

(一回戦は24300点で-6ポイント。この半荘はもう大トップは狙いにくいが、それでもトップを取ればプラスに浮く。最終的に五位以内に入れればいいわけだか
ら、ステルスモードの桃子ならまず残る。ここで勝てれば……っ!?)
「よし、リーチな」

 親である蒲原がリーチをかけた。

捨牌
發東②①688東⑥⑤21(リーチ)

(リーチっすか……)

 桃子の影響で、この麻雀部ではリーチがかかることはかなり少ない。今回のように数半荘連続で行う場合、桃子が出して気付かない間に見逃しフリテンになってしまう可能性があるからだ。

(役がなかったか、私にツモ番が行く前にむっきー先輩かかおりん先輩から直撃を狙ったもの……?)

 そう考えれば、あの捨牌から容易に判断出来る、萬子の染め手ではない。

(⑨辺りが狙い目っすね。でも……)
「ワッハッハ。これが決まれば一気にトップだぞう!」
(……そんなこと考える人じゃないっすよね)

 押すときは押す、引くときは引く。その戦術はシンプル故に粘り強く、同卓時の成績は桃子よりも下だが、平均すれば蒲原の成績は直子の次に安定している。

(ほぼ萬子の染め手っす。そしてそうだとしたら――)

 初牌の北と中は出ない。

(――私の負けっす)



「ツモッ!」

一二三(赤)五六七七八九南南南北 ツモ北

「裏は五か。どっちにしろ倍満だな。8000オールだワハハー!」



(逃した……)

三三八八九九④4499中中

 手牌を伏せて、睦月はため息を吐く。

蒲原:47000点
睦月:15500点
妹尾:25300点
桃子:12200点

(一巡しか和了る機会はなかったのか)

 残り二局で31500点。かなり点差が開いてしまった。ラス親ではあるが難しいことに変わりはない。
 だが、

(……まだ終わってない)

 睦月はまだ諦めるつもりはなかった。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/05/22 10:22
南三局一本場
蒲原:47000点
睦月:15500点
妹尾:25300点
桃子:12200点

ドラ中
蒲原
二四五六③④(赤)⑤(赤)555東西北白

睦月
一三七③④⑥⑦⑨12488

妹尾
三三(赤)五五五(赤)⑤⑤⑦379北北

桃子
一一一四六①①④⑥5南南西



(よし、速いし高い。このまま突き放すぞ)

 字牌を落としてる間に他の牌にくっつけば、高確率で良形リーチが打てる。それを和了ればほぼ決まりである。

(流石にもう役満は来ないだろー。ワハ、これで総合でも暫定トップだな)

 打西



 ツモ⑧

(良いところ引けたけど、どうする?)

 赤ドラすらないこの手牌、手役を狙うなら一通かチャンタだろう。
 だがどちらにしろ受けは悪い。

(……落ち着け。どちらを選んでも、この手を和了れるのは相当ツモが良くないと駄目だ)

 役満に倍満、立て続けにそんなものを和了られた自分に、そんな流れがあるだろうか?

(ない……と思う。なら、素直に端を処理してタンヤオ? いやそれも駄目だ)

 リーチがかかればそこで詰む。全ツで行けるとも思えない。

(字牌を安牌として使うなら、やっぱりチャンタだ。でも和了るのを目的じゃなくて振らない方を重視しよう)

 点差は広いが、親で満貫を二回ツモればいい話だ。逆に言えば、条件を軽くするにはこの局に蒲原から満貫直撃や倍満の和了り、でなければこれ以上点差が広
がらないようさっさと流すこと。
 それが出来ないなら、振らないようにするしかない。

(桃子、頼んだ。出来れば軽い手で)

 勝手なことを思いつつ、睦月は牌を切った。
 打4



 ツモ8

(三色しかない……。トップは無理でも、30000点を越えればプラスになるっす……)

 それでも17800点も必要なのだから笑える。西を切って、桃子は生気のない目で卓上を眺める。

(今日はついてないっすね……)

 直撃されないアドバンテージ全く生かせることが出来ず、役満の親っ被りだ。正直凹む。
 ツモ②

(団体戦に出られなかったら、先輩は……)

 思って、舌打ちする。
 まだそんなことを考えているのか、自分は。
 ツモ中

(こんなこと、考えたって意味はないのに……っ!)

 乱れる思考と進まない手牌、そして何よりも自分に苛立ちが募っていく。
 ツモ6

(……やっとくっついたっす。受けが悪いとはいえ、こんなに――っ!)
「駄目押しリーチだっ!」

 手が進んだと思った直後、蒲原がそう言って牌を曲げる。

(……また、リーチ。ここで和了られたら、完全に終わりっすね……)

捨牌
蒲原
西北白⑨二(リーチ)    
睦月
4七⑥發

妹尾
321⑧

桃子
?(西①①8)



(こんなの、分かりっこないぞ……っ!)

 いくらなんでも早すぎる。
 ツモ九
 そしてこんな時に限って手が進む。折角来た九萬、だが攻めるにはあまりにも綱渡りである。

(全ツは無理……でも降りるのも無理だ……)

 この手牌の中で完全安牌は九筒のみ。次巡以降、結局勝負しなければならないのだ。

(なら、今から攻めた方がいい……)

 しかしそれも難しい。
 この手、あくまでも最高形を求めるならば四筒、八索落としの後、一萬か一筒、あるいは持ってきたヤオチュン牌で頭を作っての純チャン(三色?)だ。
 が、仮にそんな僅かな可能性にすがった展開になったとしても、その間に切る牌のどれかは当たるだろう。

(…………)

 考えた末、睦月が選んだのは――

(……これくらい通ってくれよっ!)
 打2



(……先輩が攻めてる? 安牌がないんすか?)

 睦月の捨てた牌を見て、桃子はそう分析する。
 打四
 そんなことをしていると、妹尾が平然と四萬をツモ切った。

「…………」

 蒲原からの声はない。
 そして、ツモ發。
 相変わらずのツモ運である。

(この局は無理っす)

 流石に桃子はそう思わずにはいられなかった。当たらないといっても、こちらが張らなければ意味はない。

(……やるしかないっすね)

 あまり行儀の良い行為ではないので出来ればやりたくなかったが、四の五の言ってはいられない。

(私に直撃は不可能……ならっ!)

 打④
 蒲原からの声は、勿論ない。

(あと一、二巡適当に切って、その後わざと大きな音を立てるっす。それで出和了りだけでも封じるっすよ)



「あいつ結構強かだよね」
「うわっ!? ……なんだ直子か」

 耳元で突然囁かれて、加治木はギョッと身体を震わせた。
 小馬鹿にするように直子の口元が歪む。

「ふふ、興奮した?」
「……何を、馬鹿なことを。それより蒲原に捲られてるぞ、いいのか?」

 集中している四人の邪魔にならないよう、出来るだけ音を立てずにその場を立ち、少し離れた場所に置いてある椅子に移りながら加治木が言った。

「はっ、それこそ何を馬鹿な、だ」

 後に続きつつ、その言葉に直子は不遜な態度で応じる。

「仮に次の半荘も勝って連勝したとしても、そこから私は三連勝するわけだから、まぁ余程のことがない限り私がトップさ」
「……やれやれ、私など眼中にないということか」

 ここまで言われると加治木もいっそ清々しい気分である。正直ムカつくが、それは対局時に解消させてもらえばいい。この後輩に対してこの程度で怒っていては身が持たない。

「それはともかく、いいの? ああいうこと許して」

 対局中の四人に聞こえないようにだろう。小さめだった声をさらに潜めて、直子はそんなことを言った。

「……桃子のことか」

 勿論加治木には、直子が言いたいことは分かっている。今まで後ろで見ていたのだから、気付かないはずがない。
 自身のステルス性を利用して、意図的に相手をフリテン状態にする、ぶっちゃけイカサマである。

「ルール上は問題無いとか言うなよ? 絶対に当たらないと分かって危険牌を切ってるんだから、少なくとも他の三人に対してフェアじゃない。まして、自分の手を育てる為じゃなく、相手を陥れる為なんて、ねぇ?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべて直子が言う。桃子の行為を批判している割には、その表情は妙に楽しげで、怒っているわけではないようだった。

 パンッ!

 卓の方から、わざとらしく牌を叩きつける音が聞こえた。桃子が予定通りのことをしたのだろう。

「……何が言いたい?」
 直子の言うことが分からないのはいつものことだし、一々構えば余計面倒なことになるのは承知しているが、今回は桃子が話の中心なだけに無視するわけには
いかなかった。

「ふふふ。さぁ? むしろ何か言いたいのはそっちじゃないの?」

 戯言だけどね、と。
 直子は笑みを浮かべたままそう答えをはぐらかす。それぐらい言わなくても分かれとでも言うかのように。
 卓の方から声が聞こえてきた。

「ロ、ロンッ! メンピン一発、3900は4200っ!」
「む、無念……グハッ!」

 どうやら蒲原はツモれなかったらしい。



南四局オーラス
ドラ8
睦月:20700点
三四五④579東南西西北北中

(さっきは危険牌を通しまくった桃子に助けられた形になったけど……いや、ともかくここで連荘するしかない)

妹尾:25300点
六六七九①①①③④2689

(16500点差……何をすればいいんだっけ?)

桃子:12200点
四②②③④④⑥⑦⑧⑧4(赤)5中

(むー、流局でよかったのに。津山先輩も余計なことをするっすね)

蒲原:41800点
一三五九九⑤2345西白發

(流石にツモれるつもりだったけどなぁ。ワハハ、桃子も必死だなー)



 打中
 ツモ中

(はうあっ!? いきなり裏目った!)

 二巡目に中を引き戻し、睦月は内心で悲鳴を上げる。とりあえずツモ切り。
 どうしようもない。役牌ではあるが、それは東も南も同じこと。運が悪かっただけのはずである。
 だが、

(桃子が中を切ってる……。私が捨てなければ後々に鳴けた可能性も……いや、そんなの分かるわけがないっ!)

 言い聞かせて睦月は次の牌をツモる。
 ツモ8

(よしっ! 私は間違ってないっ!)



 ツモ(赤)⑤
(これは、もしかしたらいけるかも……!)
 打四

捨牌
中八四

 ゴクリと喉を鳴らして、桃子は手牌を見る。
 さっきまでの不調が嘘のように、一瞬で手が伸びる。そして、それはまだ続くように思えた。

(一筋の光明……必ずモノにしてみせるっす!)




 ツモ發
 打一

(どうも嫌な感じがするな。さっきので勢いは止まったかな?)

三五九九③⑤2345白發發

 一応役牌対子ではあるが、和了れる気が全くしない。自覚はないが、何かミスをしている気が否めない。

(まぁさすがにこの点差なら、親からの直撃に気をつけてればいいか)



七巡目
捨牌
睦月
中中東白⑨南


妹尾
七九北62南


桃子
?(中八四白六4)

蒲原
西2一白南二




 ツモ5

(張ったっ!)

三四五④5789西西北北北 ツモ5

 四筒を切れば五索、西のシャボ待ち。安いがそんなことを言っていられる状況ではない。

(西なら直撃もあり得るっ! ここは悩むところじゃないっ!)

 打④

「リーチですっ!」



(来たっすね。でも私には当てられないっすよ)

 妹尾の切った四筒は鳴かない。今は僅かでも目立つことは避けなければならない。

(さぁ、来いっす!)

 ツモ②

(!!)

 打(赤)5
 ロンはない。

(……勝ったっすよ、先輩)



 ツモ西

(うーん、微妙なの引いたなー)

 一枚切れの西。通りそうな気もするが、狙われてるような気もする。

(でも現物ないし……これしかないかー?)

 手がそのまま西をツモ切ろうとする。
 が、

(あ、そうかこっちだ)

 ふと気付き、対子である發に手をかける。

(持ち持ちの可能性もあるけど、一回通れば次も安心して切れるもんな。ワハハ、冴えてるぞ私)

 打發



 ツモ白
 打白
(ツモれない・・・・・・っ!)



 打③

「…………」
「…………」
「…………」

 平然と三筒を切った妹尾に、三人がそれぞれ表情を引きつらせる。



(まぁ私から見れば通りそうだし、それに……)

 ツモ6
 打6

(ありがたいっすけどね)



 ツモ3

(む、なにやらあやしげな牌。出ないけどな)

三五九九③⑤12345發西 ツモ3

(發でいいか……いや、今のでカオリン張ったかも)

 妹尾はあまり鳴かない。よく分からないからだろう。
 つまりさっきの發を鳴いて聴牌に取らなかったことは、何の材料にもならない。

(なら今通ったばかりの、これか)

 打③




「ロンっす」
「えっ?」
「なっ!?」
「はい?」



②②②③④④(赤)⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧ ロン③

「タンヤオ、平和、面前清一色、一盃口、赤」

 炎のように揺らめいて姿を現した桃子が、静かに勝利宣言をする。

「16000、逆転っす」



二回戦終了

睦月:19700点(-10)
妹尾:25300点(-5)
桃子:29200点(+19)
蒲原:25800点(-4)

総合得点
直子 :+36(残り三戦)
桃子 :+13(残り二戦)
加治木:0(残り四戦)
蒲原 :-4(残り三戦)
睦月 :-11(残り二戦)
妹尾 :-34(残り二戦)



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2009/12/08 22:38
「ロン、2000」
「はい」

「ロン、2900」
「はい」

「ロン、5200は5500」
「はい」

「ろ、ロンです。えーと……」
「32000だよ、はい」

「ツモ、4000オール」



「ロン」
「ツモ」
「ロン」
「ロン」

 ……………………
 ………………
 …………



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



三回戦終了
妹尾 :40000点(+30)
加治木:34700点(+5)
蒲原 :13300点(-17)
睦月 :12000点(-18)

 トップは何と妹尾だった。

「か、勝っちゃいました……」

 テヘッ、と小首を傾げて、彼女は照れたようにそう言った。

「……負けた」
「ワハハ、もう笑うしかないな」

 そんな彼女の仕草にも睦月と蒲原は特に反応する気力はなく、卓に突っ伏しているだけだった。というか見てもいない。

「お前はいつも笑っているだろう」

 呆れたように加治木が言って、総合得点が書かれた紙に今回の数値を書き足していく。

直子 :+36
桃子 :+13
加治木:+5
妹尾 :-4
蒲原 :-21
睦月 :-29

「……ふむ、やはり順位点がないとそう差は広がらないものだな」

 点数だけ見れば直子が一人浮いているように思えるが、これは単に直子が一半荘だけやって抜け番だったからに過ぎない。これからの三連戦でどうとでも引っくり返る可能性は十分にある。

「連続でトップ取らないとあんまり意味ないっすからね」
「二着でも沈むのが普通だしね」

 加治木の言葉に、桃子と直子がそれぞれ感想を述べる。

「っていうか、ルール決めたの直子じゃないっすか。何他人事みたいに言ってんすか」
「そうだった。何で順位点付けないようにしたんだ?」

 ハッと気付いた桃子の言葉に反応して、加治木が直子に訪ねた。
 大会と同じルールとは言っても、持ち点は通常通り25000点である。ならばオカを付けても何の問題もない。というより、二着以下に何らかの差を付けるためにはむしろ必要なルールだとさえ言える。

「いや、だって……んっ、と」

 抜け番の間が暇だったのか、グイッ、と身体を伸ばしながら、どうでも良さそうに直子は答えた。

「ふぅ、順位点付けたら二着狙いとかするだろ? 私アレ嫌いなんだ。トップでもない癖に好き勝手な打ちやがって。例えその時のトップが私でも、そうじゃなくても、頂点を目指さない姿勢を見るとそいつの指切り落としたくなる」
「「…………」」

 言われた内容に二人はギョッとするが、直子にはその反応の方が予想外だったのか、キョトンとした表情を二人に向けた。
 ややあって、ポンと納得したように手を打つ。

「なるほど、先に爪を剥いでから指を切り落とすべきだな」
「違う違うっ!」

 二人の反応を「その程度で済ますのっ!?」的な意味と捉えたのか、拷問みたいなペナルティを追加する直子に加治木は否定の声を上げる。

「何でそこまで指を……いやそうじゃなくてっ! 他人がどう打とうが自由だろう。お前妙なところで思考が初心者なんだな」
「い、一々気にしてたら楽しんで麻雀なんて出来ないっすよ?」

 結果は真逆となるが、好き勝手な打ち方極まりない戦術の桃子が、少し怯えた表情でそんなことを言う。

「そうは言ってもね。勝負ってのは常に勝利を求めるものでしょう? 何で二着を良しとするのやら、ハッ!」

 何かを思い出しているのか、直子は表情を歪めて鼻を鳴らす。

「……よく分からんが、その人にとっての『勝利』は二着以上で終了して被害を押さえることだったんじゃないか? お前が打つってことは、それなりに金も賭けてたわけだろう?」
「そうだね、多分そうだろうね」

 加治木の言葉に、しかし直子は割と素直に頷く。

「金は大切なものだから、そうやって守りに入るのも悪くない。良くもないけど」
「……じゃあ二着狙いも」
「だったら――」

 別にいいじゃないか、と続けるはずだった加治木の口を、ビシッと突き付けた直子の人差し指が塞ぐ。

「金も賭けない高校生の大会で、さらにその大会に出る為の対局で、二着を狙う理由はないだろう?」
((……うざっ))

 さっきまでの表情は演技だったのか、はい論破ー、って感じに表情を歪ませた直子に、二人は内心でハモった。






四回戦
東家:直子
南家:加治木
西家:妹尾
北家:蒲原

東一局
ドラ7
直子
配牌
一五六九②⑥⑦444西北北白

(……やっぱり、二半荘も間空けるとこうなるか。手なりで打ったらクソ手の可能性大だ)

 聴牌までは難しくない。鳴く必要はない。だが面前で作っても打点が恐ろしく低く、更にそれでリーチしなければならない。

(裏ドラ乗るかもだけど、とりあえずのんびり行きますか)

 打4



三巡目
蒲原

(な、なんだぁ? ありゃ……)

 いきなり捨牌に四索の暗刻を並べた直子に、蒲原は「はぁ?」と首を傾げる。

「な、直子」
「ん、対局中は静かに、だ」

 フフ、笑みを浮かべて直子は言う。

「答えは私が和了ってから見せてあげる」
「……むぅ」

 言ってることは尤もなので、そのまま蒲原は黙り込む。

(まぁ何でもいいけどな。どうせ手役追ってるだけだろうし)

 東一で、聴牌しても安いと踏んで、おそらく染め手かチャンタ辺りを狙いにいったのだろう。
 そして、

(それなら私の方が早いしな)

捨牌
東⑨

手牌
五(赤)五六七八(赤)⑤234南南西中 ツモ南

 打中

(赤二つで一向聴。ツモって満貫だ)



桃子
五巡目
加治木
捨牌
東白3④

手牌
一二三四七八⑦⑧235發發 ツモ8

(一通チャンタ、ギリギリ三色。好きなところにくっ付いたらロックオンっす)

 後ろから見ている桃子がと同じ事を思っているのか、加治木は五索切りで三兎を追う。

(直子もチャンタ狙いっぽいけど、暗刻落としをしてる時点でスタートが違う。先輩の方が早いっす)



八巡目
直子
捨牌
444五六白七

手牌
一三七八九①②⑦⑨南西北北
ツモ赤5

(ちょっと裏目るのが早いな。一応形にはなってるけど……)

 打5
 今更使う気はないので勿論ツモ切りである。五索は加治木も切っているので鳴かれる可能性は低い。当たるかどうかは知らないが、そんなもん運である。

(リーチが来てからじゃ少し切りにくいしね。もうそろそろ――)
「リーチっ!」
(来る頃だしな)

 ツモ切りを続けていた蒲原が、そのままツモ切りで牌を曲げる。

蒲原 捨牌
東⑨中①西⑦中⑤(リーチ)

(――フッ)

 ノータイムで七索を切る妹尾にはもう何も思わない。それとは関係なく、今回の待ちは絞り込めるのだ。

「ワハハー。直子、その余裕の笑みもすぐに凍りつくことになるぞー」
「さぁ、それは大変ね……っと」

九巡目 ツモ③

 目を細める。

(……微妙だ。ツモられるかも)

 待ちが分かれば直撃はないが、ツモは防ぎにくい。出来れば加治木に鳴いて欲しいところだ。妹尾は当てにならない。
 しかし、

加治木 捨牌
東白3④58四五

(こっちも端っこ集めてるっぽいな。鳴かせられん。ツモられたらそれまでだ。読みがあってればそうツモれる待ちでもないし、大丈夫だとは思うけど……)

 まぁ悩んでも仕方ない、と直子はそのまま真っ直ぐ切る。

 打西

 加治木はツモ切りで打西。
 そして、

「――チッ」

 蒲原もツモ切り、九索だった。

(妹尾は……?)

妹尾 捨牌
二三西②東中97

 更にツモ切り、打1。

(通るな。なら私のツモが――)



睦月
十巡目
直子 手牌
一三七八九①②③⑦⑨南北北 ツモ④

(中スジだ。止まる牌じゃない)

 あの配牌からこの一向聴である。多少受けが悪くても、攻める価値は十分にある。

(……え?)

 打南
 四筒ではなかった。

(な、何で?)

 手牌からして確かに最終的には南は出るだろうが、別にここで切る必要はない。重なれば場合によっては使えるし、それ以前に初牌である。南場ではないが、それでも切りにくいに違いはない。

(チャンタを狙えば結局は四筒は出る。ってことは――)

 直子はチャンタを捨て、四筒を当たりと読んでいる。

「……う、むぅ」

 声を出さないよう、溜め息気味に睦月は唸る。

(分からない。一体何を根拠にそう読んだんだ?)

 打北

(一発目で引いたのは三筒。なら、そっちを当たりと読んだのか?)

 それならまだ分かる。どうせあの蒲原の捨牌では100%の特定など出来ないのだ。待ちを三・六筒と読めば、後々再度三筒を引いても対応出来るよう四筒を残すかもしれない。
 が、
 打③
 次巡、直子は三筒を躊躇なくツモ切る。
 ロンはなかった。

(……違うのか、ならやっぱり四筒? ってそんなことしてる間に――)
「リーチだ」
(もう一人来ちゃった……)

 追い付いたらしい加治木がリーチをかける。

加治木 捨牌
東白3④58四五西東8⑧(リーチ)

「うぅっ」

 蒲原は止まれない。当たり牌以外は切るしかない。
 彼女がツモったのは、北だった。

(直子が対子だった牌、流石に通るはずだ)

 直子も続けて打北。
 そして、

(……張った)

直子
一二三七八九①②③④⑥⑦⑨ ツモ⑤

 予感がした。
 九筒を切れば一・四・七筒待ち。
 だが、例え加治木がリーチをしなくとも、直子はそうしなかっただろう。
 打①
 九筒単騎、リーチもかけなかった。

 ――フッ。
(……今直子、笑った?)

 この位置では表情は見えない。
 だが、まるで遥か高みからそれなりの相手を見て嘲笑うような、傲慢な微笑を、見た気がした。

「ツモ」

一二三七八九②③④⑤⑥⑦⑨ ツモ⑨

「ワ、ハ。マジかー」
「――っ!」
「逃げて回って、フフ。カッコ悪いよな」

 ツモのみ、500オール。

蒲原
五五六七八③⑤234南南南
加治木
一二三七八九⑦⑧123發發

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

妹尾
四四四④④666777發發

東一局、続行。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/05/22 09:59
直子
東一局 六本場
ドラ四

(ああもう、苛々するな)
「ツモ」

一二三七八九⑤⑤23455 ツモ5

「今六本場か、じゃ1100オール」
(また仮テンを和了らされた……っ!)

加治木 捨牌
西北91(赤)5(リーチ)6②②

蒲原 手牌
■■■■ ポン四四四(→) チー三四五 チー七八九

 安手で蹴った。それだけの話だが、間に流局を何度か挟み、それがずっと続いてしまっている。

直子 :43700点
加治木:20500点
蒲原 :17300点
妹尾 :18500点

 それでこの点差である。決して大差ではない。和了ったのはいずれも安手で、本手を一撃もらえば勝負は振り出しに戻る点差。
 トビなしのルールなので、仮に直子がここで全員から点棒を搾り取ったところで半荘は終わらない。いい加減他家が和了って局を進めて欲しいのだが、何故かいつも微妙なところを引いて直子が和了ってしまう。
 半ヅキ、である。

「こういう時ってな」
「?」

 東一局 七本場
 サイコロを回しながら苛立った表情を隠さず、直子はボソリと呟いた。

「私がでかいのに直撃するパターンなんだよ」
「……そうか、まぁ私らからすればありがたいが」
「ワハハ」
「…………」

 局が進まないのに疲れているのは直子だけではない。ストレートに進めばすでに一半荘分は打っているのに、実際には未だ東一局。それも何度となく聴牌して、そのチャンスを目前で逃しているのだ。これで苛立たない者は少ない。

「かおりん、大丈夫かー?」

 配牌を取りながら焦点の合わない視線でボーッとしている妹尾に、蒲原が声をかける。

「……あっ、うん。だいじょうぶだよー」

 一拍遅れて、妹尾は寝惚けたような笑みを浮かべて答えた。
 明らかに、大丈夫ではない。

「何気に四連戦だもんね。疲れるのも当然か」

 対局中は静かに、と言う直子には珍しく、ふと思い出したようにそんなことを言った。
 どうやら配牌を開けてなければいいらしい。

「何でそんな順番になったんだっけ?」
「くじ引きしたじゃない。こればっかりは私の責任じゃないぞ」
「あー、そうだったな。それにしてももうこんな時間か。この半荘で一回区切って、ご飯食べに行くか」

 放課後、全員が揃ってから始めて四半荘目である。ルール上必ず南四局までやることになるので、時刻はすでに七時を過ぎていた。

「そんなことしてたら終わるの深夜になるじゃない。いっそ雀荘でセットやる?」
「制服じゃないか」

 そんなことを話しながら、直子は配牌を開けた。

三四五③④(赤)⑤⑥23455北北

(…………)

 何となく、妹尾に目を向けた。
 ボーッとした表情のまま、カチャカチャと慣れない手つきで理牌している。

(……まさか……)

 感覚が、北を切れと告げていた。
 ここで切らなければ負けると、何度も苦汁を舐めて培ってきた敗北への腐臭が、そこには漂っていた。

(……確かに、合点はいく)

 この連荘で直子が苛立っているのは、和了った打点の低さや展開の遅さに対してだけではない。
 いくら半ヅキでも、何度となく待ちをかわして和了っていれば、自然と流れはこちらに来るはずなのだ。
 だというのに、直子は一枚のドラすら使うことが出来ず、それどころか、ほぼ全局にわたって全員に聴牌気配があった。それらに対して苛立っていた部分が大きい。
 藤田靖子は県予選決勝で言っていた。
『何人もが流局寸前まで聴牌出来ない。それが三局連続で起こっている。この状況は何だ?』と。
 しかし――八局連続で全員が聴牌するというのは、あるいはそれ以上に異常ではないだろうか?

(……支配……運命?)

 考えてみれば一日に――否、数時間に同じ人間が二回も役満を和了るなどそうあることではない。勿論皆無ではない以上、それだけで判断するのは早計だが、無視できるほどの事実でもない。
 仮に妹尾があの二人をも上回るバケモノなら、少なくともその原石なら――!

「ねぇ、人和って倍満?」

 ふと、直子は尋ねた。

「……ん? いや、どうだっけな」
「そこらへんの特殊役は、主催しているプロ団体のルールに準拠って書いてあったな。パソコンないから調べられん」
「そういや没収されてたっすね。何でっすか?」
「何でだろうな。まぁ倍満でいいんじゃないか? あるルールなら大体そうだし」

 蒲原は首を傾げ、加治木も似たようなことを言いながら、二人して「何故?」
といった表情を向けてきた。

「そうか。いや何か――」

 打北

「当たる気がしてね」
「――ぁ」

 眠そうに細められていた妹尾の眼が、驚いたように少し開く。

「ろ、んです……」
「「……えっ?」」

ニニ⑤⑤⑦⑦448899北

「ちーといつ――1600点でしたっけ?」
「……いや、もっとあるよ」

 話聞いてなかったのかよ、と思いながら、直子はその十倍くらい点棒を取り出した。

直子 :25600点
加治木:20500点
蒲原 :17300点
妹尾 :36600点

東ニ局
ドラ五

(……この配牌……)

配牌
三七九①(赤)⑤⑥⑨248東南北

(今ので死んだな。この局から荒れるだろうな)



加治木
(本当に直撃したな。これでこれが和了れればかなり楽になるんだがな)

(赤)五五五五六七①②⑤⑦⑨3西西

 ドラ5だが、鳴きが許される形ではない。まともなリーチが出来るかどうかも怪しい。

(まぁ愚形でも跳満確定だ。攻めるつもりだが……)

 打西

「……むぅ」
(何だ、この感じは?)

 さっき直子が放縦した途端、部屋の中の空気が変わった気がした。
 苦しいような、酔ったような、蕩けるような……そんな空気に――。
 要するに気分が悪くなったということだが、何故急にそんなことになったのか分からない。強いて言うなら疲労だろうが、四半荘連続で打っている妹尾ならともかく、二半荘打った程度で疲れるような自分ではない。

(……気のせいなら、いいんだがな……)



蒲原
八巡目
一二三四⑤⑥⑦88南南北北 ツモ北

(張ったか、でも安いなぁ。まぁいいや)

 打一

「リーチ。かおりん覚悟ー」
「やーん」

 ボケーッとした妹尾が切ったのは、赤五筒。

蒲原 捨牌
②①6東4西⑥一(リーチ)

「お構い無しかよっ!」
「あははははっ!」
「チー」

 二人の会話に割り込むように、直子が六・七筒と晒して東を捨てる。

 スパンッ!

「……直子、前から思ってたんだが、鳴く時に牌叩きつけるの止めてくれ」
「目がチカチカします」

 煩そうに眉をひそめた加治木と妹尾に言われて、直子はヒラヒラと手を振って苦笑する。

「ん、ああごめん。哭きの竜ごっこやってたらいつの間にか癖になっちゃっててね。気を付けるよ」
「……何だって?」
「だから気を付けるって」

 首を傾げながら、加治木はツモってきた牌を確認して、

「……む」

 打⑤

 放っておけば直子が鳴かずにツモれた牌だ。面前にしろ鳴くにしろ、いつも狙い済ましたような打牌をする直子には珍しいミスである。

「何だ入ってたんじゃ……っと、ツモだ。安目ー」

 ツモ8

 あっさりとツモったことに若干驚きつつ、裏ドラに手を伸ばし――

「リーヅモ、う……ら2つっ! ワハハッ、満貫だー」

/加治木

(なん……だと……っ!)

 半ば呆然と、加治木は蒲原の和了り牌である八索を見つめていた。

三四(赤)五五五五六七⑤⑥⑦67

 望外の連続鬼ヅモで、ダマにして最低18000点、三色の付く五索なら24000点。誰が当たっても一瞬で消し飛ぶ手を逃してしまった。それどころか満貫の親被りだ。

(あの鳴き――!)

 直子の鳴きがなければ八索は加治木に。8000オールが決まるはずだった。
 改めて直子の捨牌に目を向ける。

北⑨白三北9④東

(――本当に五筒は必要だったのか?)

 そんなことを思いながら、加治木はそっと手牌を伏せた。

/睦月

(……今見えた。加治木先輩は五・八筒待ち。滅茶苦茶ドラがあった気がする……)

 出鱈目だ、と思いながらも、睦月は直子の手牌から目を離せなかった。

直子 手牌
七九①③(赤)⑤2468南 チー(赤)⑤⑥⑦

 バラバラッ……!
 攻めるのも守るのも不正解になるような、そんな手牌である。鳴きなどもってのほかだ。
 だがそんな手牌で、少なくとも彼女は最悪を回避した。

(……南なら蒲原先輩に当たってた。満貫ツモは確かに痛いけど、実質払うのは2000点。結果だけ見れば一番安く済んでる……)

 本人に聞けば勘としか答えないだろうが、睦月から見ればこんなの超能力かイカサマにしか見えない。
 手牌読みなら、理解出来なくともまだ納得は出来る。山読みも、終盤になれば大体何が残っているかぐらいは分かることもあるだろう。
 だが今回は違う。彼女が読んだのはツモ牌、それも手牌の見えない相手のツモ牌だ。

(そんなの、予め牌山を確認してなきゃ分かりっこない……ああ)

 だから勘なのかと、睦月はため息を吐く。

(それって勘じゃなくて、才能じゃないのか、直子……?)

/直子

「リーチ」
(ツモられたら多分高い……、安目に差し込むしかない……っ!)

 背後の睦月の考えなど知るよしもない直子は、その後も常に加治木達の本手を阻止していった。

「う……ろ、ロン」

 一瞬迷った表情を浮かべたものの、加治木は結局その手牌を倒した。

一二三①①①③⑦⑧⑨123 ロン③

「リーチ、裏は……七筒。2600点か」
「ふふっ、それを和了るのか?」
「……リーチしてるし、仕方がないさ」

 トップとの差はまだたいしたことない。和了れる内に和了っておこうということだろう。

(心臓に悪い妹尾の親も蹴れるしな。悪くないけど、私なら絶対見逃すな)

 冷静にそんなことを考えている直子だが、実は点数を見る限り彼女が一番余裕がないはずである。

直子 :17100点
加治木:23000点
蒲原 :25300点
妹尾 :34600点

 東三局、彼女は加治木の大物手を阻止したが、今回同様安目に差し込んだだけに過ぎない。確かにツモられれば点差は広がったし、差し込んでも自身の点数にさして違いはなかったわけだが――、

「ロン、安目だ。2000点」

 振り続ける限り、彼女に勝利はない。

/加治木

(……直子、流石に今回は諦めたか……)

南四局 オーラス

直子 :-1200点
加治木:30300点
蒲原 :28400点
妹尾 :42500点

 トビ無しルールによって続行しているが、本来なら終了しているところだ。多少の差はあるが、三人ともに30000点以上の点差があるこの状況では、さっさと終わらせて次の半荘から仕切り直したいだろう。

(奴は最初の半荘でトップ、そしてあと二半荘残している。無理に傷を広げるより、降りて次に賭けるはずだ)

 これが他の誰かなら少しでも点棒を取りに和了りにくる恐れもあるが、この半荘が始まる前にあんなに偉そうに二着以下狙いの和了を批判した直子ならその心配もない。

(親は妹尾。6400点の直撃以上が必要か。出来そうにないなら、何か悪さをしない内に流さないとな)

ドラ⑨
手牌
二六⑥⑥⑧⑨134東南發中

(手は悪い、なら――)

 ツモ南

(役牌が重なればそれでいい)

十巡目

 ツモ⑥

(よし、これで一向聴っ!)

捨牌
東發中中六東③④西①

手牌
二二⑥⑥⑥⑧⑨134南南南

 鳴くつもりだった南も暗刻にまで重なり、リーチも見えてきた。

(直撃ならトップだ。ここまできたら予定変更、ギリギリまで鳴かずに粘る)

/睦月

(直子、やっぱりお前は凄いよ……)

十二巡目
直子 手牌
三三三(赤)五⑦⑦⑦66999北 ツモ6

(ここに来て、こんな手が入るなんて……!)

 四暗刻単騎――!
 北か五萬、どちらかを切って聴牌だ。
 北待ちなら文句なしの役満確定。五萬待ちだと四萬での三暗刻をツモったときにフリテンになってしまう。
 直子が選ぶのは勿論――、

 打五

 だがそこで、睦月はある違和感に気付いた。

(北は……まだ一枚も出てない……?)

 もう十二巡目、使い道の薄い字牌はある程度捨てられていてもいいはずである。にもかかわらず北が一枚も見えていないということは、

(もしかして、誰か暗刻ってるのか?)

 だとすれば、今のままでは直子に勝ち目はない。この状況に気付かない直子ではないだろう。
 しかし、彼女はノータイムで北単騎を選択した。

(まだ山にあると読んでいるのか、それとも他に考えがあるのか……?)

/蒲原

(わ、ワハハ。張ったぞ。直撃満貫、ツモって跳満だっ!)

十三巡目
蒲原

捨牌
西東1③⑤四白八九一一②

手牌
六七八⑨⑨⑨44557北北 ツモ北

 打7

 ドラ3で、ツモなら三暗刻。妹尾との点差は14100点なので、直撃は勿論、ツモでも逆転となる。

(リーチしても倍満は難しいし、こりゃダマだよな。しかし運が良かった)

 妹尾の切る牌に視線を送りながら、蒲原はホッと息を吐く。

(先に北が出てたら、鳴いて直撃を願うしかなかったからな)

/直子

十五巡目

(蒲原、ついさっきに条件満たして張ったな)

 露骨に妹尾に注意を払い始めた蒲原を見て、直子は自分の選択が正しかったことを確信した。

(さぁ、持ってきたぞ……っ!)

 ツモ⑦
 打北

 四暗刻が、消える。

(大丈夫、今の私なら出来る。倍満を振り込んでからも、流れはずっと私と一緒にあった)

 分岐点ともいえるあの人和、ほぼありえない話だが、妹尾は見逃して地和を和了るべきだったのだ。過ぎた今だからというのもあるが、あの時の妹尾なら出来たような気がする。

「む、カンだ」

 加治木が六筒を四枚晒した。
新ドラは五索、役満狙いの直子には関係ないことだ。

「……リーチッ!」

 嶺上牌は有効牌だったのか、手出しでリーチをかけた。

(──いや、関係はある)

 蒲原はツモ切り。
 妹尾も、困ったような表情で加治木の現物を切った。

 打1

 そしてそれと同時に、直子の勝利は確定する。

(ここで私の当たり牌を切っていれば、お前の勝ちだったぞ、妹尾)

 ツモ一

「カン」

 七筒を四枚晒す。
新ドラ四索。
 加治木が息を呑むのを視界の端に捉えたが、もはやどうでもいいことだ。

「リーチ」

 嶺上牌をそのまま切って、直子は牌を曲げた。

/妹尾
十七巡目

手牌
一二三七八九②②③③④④白

ツモ⑤

(もう分かんないよー、白なら和了れたのに……)

捨牌
直子
中七九78①西南中62(赤)五5東北3(リーチ)

加治木
東西中中六東③④西①⑧五ニ六1(リーチ)3

蒲原
西東1③⑤四白八九一一②7(赤)⑤⑥2

 二度のカンによって、妹尾はこの巡目で最後。だというのに、聴牌確定の加治木と直子の共通の現物を持っていなかった。

(なんとなく端っこの一萬? でも字牌の白か發……、でも發出てないし……うわあぁぁぁぁーん……)

 クルクルと目を回しながら答えの出ない思考をして、妹尾が最終的に辿り着いた答えは――、

(そうだ、スジがあった)

 どちらも五萬を切っているし、二萬は加治木の現物。直子にさえ通れば問題ない。
 さらに――、

(そういえば、加治木先輩に当たらなければ大丈夫なんだ)

 気付く。現在の点棒状況に。
 例え直子に跳満を振っても、自分は加治木より点数は上だ、と。
 それに気付けば、もう止まらない。

/加治木

「えい」
「ロン」
「ありゃ?」
「「なっ!?」」

 即座に手牌を倒され、妹尾は首を傾げ、蒲原と加治木は思わず声を上げた。

「役満、出来たのか?」
「見てのお楽しみ、だ」

一三三三666999 カン■⑦⑦■

「……………………」
「……………………」
「……………………」

 倒された手牌を見て、部室内に沈黙が下りた。

ロン二

「直子、お前……」
「リーチ一発三暗刻」
「二着ですら……ないぞ?」

 自身の言葉をまるで無視したその和了りに、加治木はそう言わざるを得なかった。
 ラスが和了ってラスのまま。二着狙いの和了りすら許さない彼女が、逆転手を作って追い詰めたというのに、そこまで来て順位すら変わらない和了りを良しとするとは思わなかったのだ。
 七筒カンで加治木の和了りは消えているので、ほぼトップは確定している。だから流石に憤りこそないが、表情にはかなりの不満が表れているのが自分で分かる。

「そう、思う?」
「……何の――っ!?」

 小さく呟いた直子の言葉に問い返そうと身を乗り出して、顔を上げた彼女の表情を見たとき、加治木は思わず息を詰まらせた。

「ふふふ。こんな気分、久しぶりだな……」

 薄く笑って加治木を見つめるその眼には、いつもの胡散臭い印象はなく、理性を示す光もない。ただどこかに常識を忘れて来たかのような暗い表情があった。

「いや、ノーレートでこんな気分は初めてかも。前にこんな感じになった時は銃突きつけられてたし」
「そんな馬鹿な」

 直子の言葉に、その後ろに座っている睦月が苦笑する。

(睦月……気付いてないのか?)

 この中では最も付き合いのある睦月の、にも拘らずいつもと変わらない様子に、加治木は戸惑いを覚え、すぐに納得した。

(そこからじゃ、こいつの表情は見えない……)
「本当だって、今私の胸触ってみるか? もうすごいドキドキしてるよ」

 確かに言ってることも口調も、いつもの直子だった。蒲原も妹尾も、「またいつものか」という表情をしているだけで、特に不審に思っている様子はない。間近で見ている加治木だけが、その異常を認識していた。

「それじゃ、裏ドラ見ようか」
「っ!? あ、ああ。……あ?」

 その言葉に加治木はまだ終わっていなかったことを思い出し、席に戻ろうとして――気付いた。

(裏、ドラっ!?)
「まず一枚目、八索。よってドラは九索、裏3」

 気付いたところでどうしようもない。いや、どうにか出来たとしても、加治木はそんなことしなかっただろう。

(そんなこと、出来るわけがないっ!)
「次、八索。さっきと一緒、裏6」

 四翻の満貫から裏ドラを九枚乗せて役満にするなど、冗談ではない。
 だが、

「次――」

 気付けば三枚目の裏ドラ。すでに裏ドラは六枚、次に乗れば十三翻。役満である。

(出来る、はずが……っ!)
「……ああ、そうか」

 表示牌――五索。

「暗刻じゃないのか。残念、32000点」

四回戦終了
直子 :31800点
加治木:29300点
蒲原 :28400点
妹尾 :10500点



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/02/07 23:07
「これでかおりんは全部だな。お疲れさん」
「やっと終わったよー。智美ちゃん、私残りそう?」

 ジャラジャラと牌を崩しながらうつ伏せに倒れた妹尾が、ヒョイと顔を上げて蒲原に聞いた。

「どうかなー。えーと、今回の点数を足して引いてすると……ワハハ、私が危ないぞっと」

直子 :+59
桃子 :+13
加治木:+4
蒲原 :-23
妹尾 :-24
睦月 :-29

「かおりんは大丈夫っぽいな。次の二半荘で私とむっきーがトップ取れても、まだ分からないくらいだ。ありゃ、そういやゆみちんどこ行った?」
「さっきトイレ行くって出ましたよ。っていうかこの点数、直子以外全員危ないですよね」

 成績結果を書いた紙を覗き込み、睦月がそんなことを言った。

「加治木先輩と東横さんも一応射程内ですよ。トビなしルールのせいで際限なく点数減っていく可能性があるんですから……。あれ? 私ビリだったんだ」
「気付いてなかったのかよ」

 話し込む三人に釣られたのか、直子も会話に入っていく。

「「「あ、チート雀士」」」

 三人が異口同音に言った。

「……なんでよ。私より佳織ちゃんの方がよっぽどじゃないの」

 ノータイムで言われたその言葉に不本意そうな表情をする直子だが、それを聞いて三人はため息を吐く。

「さっきの和了りを見たらそうは思わないな」
「私そんな和了ってませんよ? 今日は調子良かっただけで、基本的に何日かに一度しか和了れませんし」
「裏ドラ九枚とか、流石にどうかと思う」
「……おい、二番目」
「?」
「……いや、いいけど」

 妹尾の言葉に反応したが、キョトンと見返す彼女の様子に直子は頬をひきつらせて言葉を濁す。そのままため息を吐くように言った。

「まぁ、もう一度やれと言われても出来ないよ。さっきのはああなる流れだなって思ったから二萬で和了っただけで、基本的には四暗刻以外あり得ないさ。リーチもかけん」
「はいはい“流れ”ね、ワハハ」
「畜生馬鹿にしやがって」

 負けてる癖に適当にあしらうような反応の蒲原だった。

「随分余裕だな、部長(笑)なのに」
「笑うな。いやそりゃ残った方がいいけどさ。別に私がビリになっても皆で出れば関係ないだろ? 個人戦もあるし」
「おお、大人だ。……ん?」

 部長の発言としては微妙に問題があるような気がするが、そこはかとなく年長者っぽい蒲原の言葉に、直子は感心したように頷き、そして実は自分の方が年上であったことを思い出した。

(…………)

 考えてみれば、直子は今年下の女子数人を相手に手加減なしで勝負をしているのだ。時には数百数千万もの金を賭け、時には自分や友人の身体を賭け、その若
さにしてはある程度の修羅場を知っている直子が、こと勝負において普通の女子高生に負け越すなどあり得ないことだというのに。

(……もしかして)

 とは言うものの、そんな人間が一般人に全力で勝負するというのは、よく考えてみれば卑怯の謗りを免れない行為ではないだろうか?
 彼女らは金や身体を賭ける麻雀ではなく、大会に出るメンバーを決める麻雀をしたいのだから……。

(私って、ガキなのか……?)
「直子? どうした?」
「……ん、いや。何でも。後二半荘だし、今日中に全部やるのかい?」

 声を掛けられて、考えに沈んでいた直子は誤魔化すように聞いた。
 一番疲れていた妹尾はもう出番なしなので、続けてしまっても問題はない。多少空腹ではあるが。

「んん~、私は明日にしてもいいんだけど――ワハハ」

 鼻を利かすような仕草をして、蒲原は直子の背後に視線を送る。

「そっちはやる気満々みたいだぞ?」

 ――――、

「ちっす」
「「うおぉっ!?」」

 一拍の間を空けて、突然背後に姿を現した桃子に、直子と睦月は揃って驚いた。

「部屋の中でまで存在感消すなっ!」
「わざとじゃないっすよ」
「知るかっ! 九九でも唱えてろ!」
「じゃあ耳元で般若心経を」
「やめてっ!」

 本気で嫌そうな顔をした直子を見て、本当に楽しそうな表情を浮かべる桃子。

「ふふふ、加治木先輩のトップのチャンスを奪ったその罪。このステルスモモが裁いてやるっすよ」
「そうかい、そりゃ怖いな」

 言いながら、直子は彼女の点数を思い出す。

桃子:+13

(……なるほどね、こっちは年齢通りに子供なわけか……)



五回戦
東一局 ドラ五
東家:加治木
南家:蒲原
西家:直子
北家:桃子

/加治木

配牌
二二六六七八①③⑤⑨⑨東南白

 打南

(……蒲原には悪いが、直子にこれ以上連勝されるのは阻止させてもらう)

 点数で成績が決まる以上、もう直子には構わず今の位置を維持するのも悪くはないが、ここまで好き勝手にやられて黙ってはいられない。というか、どうにかして直子を止めたかった。

(さっきのアレは……何だ?)

 オーラスに直子から感じた言い様のない恐怖が、頭から離れない。
 このまま負け続ければ、一生この恐怖は消えないような気がした。

 ツモ五
 打⑨

(……あんな麻雀が、何度も上手くいってたまるか……)

 ツモ⑦

「…………」

 打白

/直子 三巡目

(やれやれ、熱くなっちゃってまぁ。若いねぇ)

 力強い打牌の加治木に思わず苦笑しながら、直子は手牌に目をやる。

手牌
四五六②②③⑤34679東 ツモ④

(さて、どうしようかな)

 二連勝出来たので、ある程度自由に打てるようになった。この流れなら、ある程度メンバーの順番に手を加えることが出来るかもしれない。

(漫画と同じ面子じゃ見ててもつまらないしね。まぁ私がいる時点で全部同じってのはあり得ないんだけどな)

 打3

(せっかく山越しやすい位置だけど、桃子狙い打つのは今難しいんだよね。かといって智美殺ったらラス確定だし……ってことは?)

 残った相手は一人しかいない。

 ツモ2
 ツモ切り

(おk。やって見せましょう)

/加治木 七巡目

手牌
二二五六六七八①③⑤⑦⑨東
 ツモ南
 ツモ切り

捨て牌
加治木
南⑨白294南

蒲原
西白東②①東

直子
西一32②3

桃子
發?中八??

(……手が進まん。東は切った方が良かったか? いや、結果的には三索二枚出てるし、安牌にもなるしな)

次巡

 ツモ④

 形はまだ微妙だが、ともかく一向聴となる。

「…………」

 打①

(親だがこの巡目だ。少し慎重に行く。八筒ツモはダマ。四・七萬ツモも役無しだがダマだ。仮テンから六筒をツモるか、直子からリーチがかかればこちらもぶつけに行こう)

 先にリーチをかけられても、とりあえずは東で様子を見れる。磐石の牌姿である。

(このまま行ければいいが……)

/直子 九巡目

(よし、急所引いたっ)

直子 手牌
四五六①②③④⑤⑥467東 ツモ5

「リーチ」

 打7

 東単騎を選択。

(序盤の切り方からして、安牌になった孤立した字牌を持っていると仮定すれば東か西。先に南切って白残している以上、持ってんのは役牌だろうさ。中の可能性も一応あるけど、多分あっても対子以上だ)

 大雑把な読みだが、たとえ外れていても、東の地獄単騎なら掴めば出る可能性は高い。雀荘にいるひねくれたおっさん達には通じないが、この面子なら十分に狙い目だ。

「リーチ」
「ロン、8000……と、裏1だ。12000」

 追いかけて来た加治木に、直子は容赦なく手牌を倒した。

/加治木

「……な……っ!?」

 安牌としていた東で当てられて、加治木の思考は一瞬凍りついた。

「ふふ、危なかった。一手遅かったら間に合わなかったよ」

 しかしケラケラと笑う直子の声に我に返り、すぐそれに気が付いた。

「ちょっと待て」
「うん?」

直子 捨て牌
西一32②39發⑧7

「……直子、お前」
「さっきの半荘は、ちょっと運に任せすぎたからね」

 言いかけた言葉を遮り、しかしその先を肯定するかのような意地の悪い笑みを浮かべて直子は言った。

「今回は少しお上手に打ってみよう、って?」
「……なるほど、な」

四五六②②③④⑤23467 ツモ5

 手広く普通に打っていれば、おそらく直子の和了形は最良でこんな感じになっていたはずだ。

(三索切りが早すぎる。仮にカンチャンばかりで牌姿が悪かったとしても、もうこの時には東単騎を見据えて三色を狙っていたのか……)

 直子がどこまで自分の手牌を読んでいたのかは知らないが、こんな捨て牌で東単騎を選択するということは、明らかに誰かを狙っていなければしないことだ。

(……直子め、私を落としにきたな)

 何が気に入らないのか、それとも単にポイントに余裕が出たからなのか、残り二半荘で点数調整を行うつもりらしい。

「いいだろう。今ので少し頭は冷えた」

 さっきのオーラスを引き摺り過ぎたらしい。親なのだからどうせ最終的には攻めるのだ。安牌など考えずにさっさと東を切っていれば、少なくともこんなにあっさり点棒を奪われることはなかったはずだ。

(奴が手を曲げてでも私を狙い打つなら、必ずそこに隙は出来る――!)

東二局 ドラ④

手牌
一二七八③⑥⑦256679 ツモ④

(字牌はない。狙われるとしたら、端の方か……? 違うな)

 別に直子は相手の手牌を透かしているわけではない。捨て牌や状況から、ある程度の読みと勘を働かせているに過ぎない。問題はその勘が異常なまでに冴えていることなのだが、そればっかりは加治木にはどうしようもない。
 しかし、読みの方ならどうにか出来るかもしれない。

 打5
 打6
 打6
 打2

/蒲原 六巡目

「チー」

 打(赤)五

(通ったな、よし。三色張ったぞ)

手牌
一二三①②③④④(赤)56 チー213

 加治木が止めたので、さっきの直子の和了が異様であったのには気付いていた。
 が、だとしても蒲原のやることは、終局を30000点を超えている状態で迎えることなのに違いはない。

(ワハハ、さっさと和了って逃げ切るぞー)

/直子

(いやな鳴きされたっぽいな。ゆみも何か企んでる捨て牌だし、攻めたくないけど……)

 長期戦になれば、まっすぐな打牌をしているものが流れを掴む。トビ終了がない以上、多少無理矢理にでも和了りに行きたかった。

手牌
三四七七⑧⑧446西北中中 ツモ四

(……切っとくか)

 打三

/加治木 十二巡目

手牌
三四五七八九③④⑤⑥⑦79 ツモ②

捨て牌
蒲原
一北白南8五31⑤中⑥⑦

直子
258發白三中6⑤北東東

桃子
???白六六北??南??

加治木
566南西二一北①①

(この手で、逆に嵌めてやるっ!)
「リーチ」

 打9

 見え見えの筋で待っても、おそらく直子は出さないだろう。だがチャンタも見えないこの捨て牌なら、7索は死角である。

 打⑧

(……強いな)

 ずっとツモ切りを続けている蒲原はノータイムのツモ切り。完全に勝負に来ている。
 張ってないと思うのは、少々楽観的だろう。

(状況的には二人リーチも同然だ。降りられるか?)

 出遅れた直子はこの局は攻めてこないはずだ。蒲原の待ちは知らないが、リーチを優先して降りれば、7索は出るかもしれない。

(かかれ……っ!)
「ポン」
「むっ?」

 八筒に直子が予想外に食いついた。降りずに勝負する気だろうか?

(だがそれでも、7索は出やすい)

 打7

「ロンッ」
「っ!?」
「リーチドラ1……裏はない、2600だ」
「はいよ」

 跳ね満を和了った後だからだろう。さして痛そうな表情も見せずに、直子は点棒を差し出した。

(だが、今回は討ち取ったぞ)


蒲原 :25000点
直子 :34400点
桃子 :25000点
加治木:15600点

※桃子の捨て牌は、見える人には少しだけ見えるようにしました。



[9232]
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/02/26 13:44
/桃子

 東三局は直子が1000オールを和了り、一本場で蒲原が2300点を加治木から和了るだけと、軽い応酬が続いた。

東四局 ドラ南
一二三⑥22334(赤)5689南

(よし、ようやくまともな手が来たっすよ)

 この四局の間殆ど参加出来なかったが、親でこの配牌なら我慢した甲斐があったというものだ。

(南が重ならないと邪魔っすね。先輩が鳴く分には構わないっすけど、出来れば直子に直撃させたいところっす)

 僅かに悩み、桃子が手をかけたのは──、

 打9

(南の重なりも見つつ平和って感じっすかね。一通狙うのは欲張りなような強気なような?)
 ツモ南

(……いいっすね)

/加治木

一三(赤)五七九②②⑥257東白 ツモ白

「…………」

打2

(白は、蒲原が一枚切っているか。モモが切ったら見えないかも知れないし、鳴く必要もないだろう。無理に攻めなくてもいい場面だ)

 残りの牌姿も別に良くはない。かろうじて三色か一通は狙えるが、そこまで誰も動かないとは思えなかった。
 だが白が安牌とは確実には言えない。今の直子は字牌が生きていれば平気で単騎のリーチをかけるはずだ。これ以上の失点はいい加減痛い。
 が、

「……ふぅ」

 最後の白が直子から出たのを見て、加治木は苦笑気味にため息を吐いた。
 どう考えても、さっきの自分は考えすぎだった。

(……一回妙な和了りをされただけで、完全に思考がひねくれているな……)

 おそらくそれが直子の狙いだろう。狙い打ちは相手に直撃させるのと同じく、相手が和了らないようにすることも大事なのだ。失点以上に点数を叩かれたら意味がない。

 ツモ六

(どう動く……?)

/六巡目

捨て牌
桃子
9823⑨發

加治木
12543⑥

蒲原
白五②④北七

直子
二白⑨36

打(赤)⑤

(ここで赤っすか。またわけわかんない手を作ってるか、それとも……)

手牌
一二三④⑥1234(赤)56南南

(喧嘩売ってんすかね?)

 役無しなので、ロンは出来ない。流石に偶然だろうが、目の前の満貫を、しかも直子からのを見過ごさなければならないのは悔しいものだ。

(愚形でリーチか、索子で待つべきだったすかねぇ? 先に五筒来てくれてたら最強の待ちだったんすけど)

 勿論二、三索残しの索子の受けの広さに気付かなかった桃子ではないが、そっちにはそっちで弱点があった。
 一・四・七索の三面張で、今回の入り方では一索ツモならダマでも6000オール。加治木に与える被害は中々のものになる。直撃12000などもってのほかだ。

(ツモらない程度に悪く、直子が出す程度にいい待ち。ついでに直子が困るくらい高い手となると……)

 ツモ①

(……こいつを使うしかないっすね)

 しかしまだ足りない。保険をかけた打ち方では、直子は悪魔じみた直感でこちらの攻撃をかわし、カウンターを食らわせて来るだろう。
 故に、

(……平和はもういらない。それじゃ直子には当てられないっす)

 打⑥

 更に二巡後、

 ツモ②

(勝った)
「リーチ」

 打④

 静かな宣言に僅かな反応を示したのは、加治木だけだった。そして彼女からの発声はない。
 それに、

捨て牌
桃子
9823⑨發⑥⑦④

加治木
12543⑥④7

蒲原
白五②④北七⑤北

直子
二白⑨36⑤⑧四

(例え私の捨て牌を含めた全ての河が見えていたとしても、この三筒は止まらないっす)

 字牌も發以外切れないだろう。問題は加治木が出してしまうことくらいだが、リーチに気付いているのなら、彼女は先に完全安牌を切るはずだ。二~三巡は最低でもしのぐだろう。
 しかし直子は一点読みの後は何でも切ってくる。三筒を掴めば即アウトだ。

(勘だけで止められ──)
「ちょっとストップ」
(る──?)

 加治木がツモに手を伸ばしたのを見て、直子は手を広げてそれを制した。

「どうした?」
「今桃子何切った?」
「────っ!?」

 怪訝な表情の加治木の問いに、直子はそんな風に聞き返した。

「……対局中は喋らないんじゃないのか?」
「いいから教えなさい」
「…………」
「……四筒っすよ、直子」

 何か気に入らなそうに黙り込んだ加治木に代わって、桃子は少し大きめの声で言った。

(何すか、こいつの勘の鋭さは……)

 気に入らないのは桃子も同じだった。
 そう何度も使える方法ではないが、このように完全ステルスとなった後でも捨て牌を確認することは出来る。
 ポンチーカンロンは上家がツモるまで許されるのだ。ステルス状態の桃子に意識を向けられないのなら、桃子の上家に意識を向ければいいだけの話。
 とはいっても、これは桃子がある程度の時間経過で“消える”ことを知っていなければならないし、一局の間に何度もゲームを止めれば、部活だろうが大会だろうが和了放棄だ。少なくとも大会では警戒する必要のないことだった。
 そして、たとえ完全に捨て牌が見えたところで、アドバンテージが消えるだけで桃子が不利になるわけではない。
 だが、

「そうかい。ならロンだ」

 このタイミングで捨て牌を確認されては避けようもない。

一一五五④⑦⑦88南南發發

「6400」
「……相変わらず鼻の利く奴っすね」
「またそんなきな臭い捨て牌でリーチして……。狙い打ちする点差じゃないだろう」

 呆れたように苦笑した直子がそんなことを言う。

「やられっぱなしじゃムカつくから、トップ獲るよりお前ラスにする方が重要っすよ」
「はいはい、後悔するなよ」

 直子は一瞬だけ視線を蒲原の手牌に送って、

蒲原 手牌
①②999東東西西西中中中

「……ホントにね」

/蒲原

 いつもの半笑いの表情のまま、しかし見る者が見ればそれが困っているのだと分かる表情で、蒲原はポリポリと頭を掻く。

(ワハハ、さっきのを和了れなかったのは痛かったなあ……)

 東三局、結果論で途中裏目ったとはいえ、運が良ければ四暗刻まであった。
 その後の応酬も依然軽いもので、南二局が終わった今でも最初の跳ね満以上の点棒移動はしていない。

南三局
直子 :35800点
桃子 :20300点
加治木:16100点
蒲原 :27800点

(あと1700点、とりあえずそれで確実にラスは凌げるんだが……あと二局かー。そういや同得点の場合はどうすんだろう? 直子ならジャンケンとか言い出しそうだけど……まあいいか)

 親もなく、残りの局数も少ない。とにかく一度でも和了って逃げ切りたいところだが、果たして他の三人が黙っていてくれるか……。

(配牌いいの来いよー……ほいっ!)

手牌
一一(赤)五五②③⑥⑦(赤)55南中中

(……ワハハ、中々いいじゃないか。中鳴いて5200か3900をちゃちゃっと和了れば──)

 ドラ中

「っ!?」
「ん?」
「な、何でもないぞー。ワハワハ」

 ギョッと目を白黒させた蒲原に、加治木から不審そうな視線が送られた。そっぽを向いて誤魔化すが、どう見ても怪しさ大爆発である。

(ま、まあ大丈夫だ。どうせドラなんか鳴かせてくれないだろ。中は頭にしてどうにか形に出来れば……あ?)

 ツモ⑦

「……んー、と」

 打⑥

(わくわく、てかてか、ワハハ)

/直子

(智美、本手が入ってるなら……)

 打中

(ツモをずらせば少しは手は遅れるか……?)

 そんな考えの下にドラを捨てるが、三人には何の動きもない。

(……さっきの反応からして持ってそうだったけど、暗刻られたかね……?)

 第一打は南、今回は中と、欲しそうな場所を切ったが反応はなかった。

(トータルで負けることはまずないから別にいいんだけど、智美に流れがいくのは気に入らないな……)

 頭の奥で何かが警鐘をならしているのを感じつつ、しかしどうすることも出来ずに直子は加治木の捨て牌を見守る。
 そこでふと気付き、内心で舌打ちをする。
 無意識の内に、また彼女を意識から外していた。

(桃子め、また隠れたか。……ん?)

 打中

 合わせ打ちだろう。加治木が捨てたのはドラである中だった。
 もう暗刻はあり得ない。そしてその牌にも、誰も食い付かなかった。

(……外した。第一ツモで智美はもう一向聴だったのか)

 形が固定されて、中をアタマにすると決めていたのなら、鳴く必要などない。
 そして役牌がアタマでは平和は付かない。既に役が確定している可能性が高い。

(或いは七対子か。この巡目だが、最低ドラ2とすれば張っても──)

 打③

(ダマだろうな。こいつは桃子たちとは別の意味でトップは眼中にない)

手牌
一二五⑦⑧3459東西西北 ツモ南

(……むー、三巡目にして完全に置いていかれた。多分二、三巡でツモられるぞ……)

 現物はない。だが七対子の可能性もある以上字牌は出来るだけ切りたくない。こんな南で当たったら馬鹿らしすぎる。

「…………」

 打五

/加治木

手牌
二五②⑨⑨12347東西白 ツモ南

(手が話にならん。直撃狙いに固執して妙な打ち回しをしたせいでツキを逃したか……)

 切る牌はもうなんでもいい。字牌もほとんど使いにくい状態で、役牌にも頼れない。。

(南は一枚切れ……東でいいか)

 打東

…………
……………………
………………………………

「ツモ」

一一(赤)五五②②⑦⑦(赤)55南中中 ツモ南

「ワハハ、ツモチートイドラ4だ。3000・6000」
(……危なかった……)

 五巡後、倒された蒲原の手牌を見て、流石に肝を冷やして溜め息を吐いた。

/直子

南四局 オーラス
ドラ三
桃子 :17300点
加治木:13100点
蒲原 :39800点
直子 :29800点

(満貫ツモで同点トップねえ……。点数は二人ともいい感じに減ったから、さっさと流したいんだけど……。くそ、余計な手間掛けさせやがって)

 ムスッとした表情でそんなことを思う。
 ここで二位でも総合トップであることに変わりはないが、どうせなら全勝したいところだ。

手牌
一四八八九①⑥3679南北

 配牌は微妙。だが、前局蒲原の和了りが思ったよりも遅かった。
 流れは彼女に向いているが、まだバカツキという程ではないのかもしれない。

(ミスさえしなければ、或いは智美が何かミスをすれば、この状況のバランスは崩れる……)

 崩れた後にその流れが誰に行くかは分からないが、今はその崩壊を狙うしかない。

/桃子

手牌
二二三四(赤)五③⑧⑧125668

(……何の文句もない配牌、でもこれじゃ先輩が危ないっす)

 この期に及んで直撃狙い。逆転手が入ったのなら、普通に考えればそんなことをしている場合ではないだろう。
 だが手なりで打っているだけでは、この手から最速三巡で聴牌してリーチ、同巡で加治木・蒲原のどちらかもリーチをしない限り、直子は当たり牌を出さないだろう。
 しかもその場合、

二二三四(赤)五⑧⑧123456

 これに近い形の聴牌になってしまう。
 二萬か八筒を先に引いて辺三索待ちか四・七索待ちの可能性もあるが、いずれにしろ裏ドラ頼りで逆転手にはなりにくい。

(それでも出和了り7700点。意味がないとは思わないっすけど、やっぱり先輩の点数を考えれば役ありでダマにしたいっす)

 打1

/加治木

手牌
一一六七①②②②⑤27西西 ツモ九

(……逆転はほぼ無理、直子を引きずり落とすことも難しい……か)

 裏が三枚乗っても満貫。直子には届かない。

(それでも諦めたくないのは、何なんだろうな?)

 打六

 僅かな望みと強引な手役狙いを兼ねた第一打。

(ただのメンバー決め。私が残ったところでそこまで影響があるとは思えない)

 人数が集まったから大会に出てみよう程度の気持ちだったのに、ここにきて絶対に負けたくなくなってきた。
 直子に舐められっぱなしが屈辱的というのはある。性格的負けず嫌いであるのも確かにそうだろう。
 だがそれ以上に、是が非でも直子を倒したいという思いが離れなかった。

 ツモ⑨

(…………そういうことなのか? 私は……)

 打⑤

「チー」

/蒲原

五六六④④⑤39南白中 チー⑤⑥⑦

(なんでもいい、とりあえず和了れば勝ちだ)

 打9

 タンヤオのみでも役牌のみでも勝ち。拙攻と分かっていても鳴かずにはいられなかった。

(このままじゃ直子は終わらないだろ。モモが張っても気付けないし、ワハハ。なら前に出るだけじゃないか)

 ツモ四

/直子

四八八九①①⑥3679南南 ツモ4

捨て牌
桃子
128

加治木
六(⑤)東

蒲原
北9南

直子
北一

(蒲原のチーがミスかどうか……)

 余計な鳴きをしなければ蒲原は南を重ねていた。だが向聴数によってはこの鳴きはミスとはいえないだろう。
 南が裏目っていることに変わりはないが、四枚目をあっさり引けるとも思えなかった。

 打9

(まだ分からん。勘で言えば桃子が有利っぽいが、捨て牌が……今切ったのは二萬か?)

 加治木はツモ切りの東、蒲原は手出しの白。
 そして直子は、ツモ二索。

(智美はタンヤオ。そうでなくても役牌の先付けは多分ない。今ので張ってないなら、さっきの鳴きはミスのはず)

 流れは変わった。手も進んだ。
 しかし直子には、このまま順調に進めば引き負ける予感がしていた。

(やっぱり桃子>>私>智美=ゆみってところか。だが桃子には逆転手が来ているはずだ。余計な考えを起こせば私が先に行ける)

 打八

/桃子

二三四(赤)五③③⑧⑧4(赤)5566 ツモ七

 ツモ切り

(あと少し……でも先輩の点数が危ないっす)

 門前で進めれば跳満もありうる。直子をラスには出来ないが、連勝の阻止と自身のトップがある。
 しかし跳満だと6000オール。加治木の点数は7100点になり、最終戦でも今回のように直子に狙われてまっすぐ打てなくなれば、睦月を下回る可能性もありうる。

(直子、なんとしてもこれを叩き付けたいっす)

 加治木は続けて六索をツモ切り、蒲原も今回は九索ツモ切り。
 直子は手出し、九萬。

直子 捨牌
北一9八九

 字牌を処理した後は端牌。タンヤオとは限らないが、明らかに平和形を狙った捨て牌だ。

(……性格的に見れば、直子は満貫ツモよりも跳満直撃を作ろうとするタイプっす。でも赤ドラは私が二枚、そう簡単には作れないはず……)

 手役を追えば捨て牌に痕跡が残る。僅かな痕跡から多くを分析できるような打ち手はこの部にはいないが、それでも直子はそういう状況になるのを避けるだろう。
 避けないとすれば、たとえ待ち牌がばれても関係のない最終形を狙う場合だ。

(満貫以上のツモを狙うはず……つまり──)

 この局、直子から狙われることはない。まっすぐ打てるということだ。

 ツモ3
 打6

(一盃口は消えるけど、これで最悪ツモっても満貫。次の局先輩にチャンスが出来るっす)


/直子

四六八①①⑤⑥23467南 ツモ三

 打南

(ドラ引いた。もう張ったら即リーだな)

 展開によっては平和が付かない場合もあるが、その時は裏ドラ一枚を乗せればいい話だ。

(だが、まだ桃子が前にいる)
 
桃子 捨牌
1??二????

 捨て牌からはまるで分からないが、何となくそんな気がした。
 しかし鳴けば満貫は作れない。無理矢理ずらして次の局に勝負を預けるか、桃子のミスを待つか……。

(……桃子は和了らない、智美か私からでもない限り──いや、それ以上に……和了れない──!)
「ポン」
(ん?)

 加治木の切った四筒を蒲原が鳴いた。

蒲原 捨て牌
北9南白91九中

(ここでまだ字牌? まだ張ってなかった……この鳴きでも張ってない?)

 だとすればこの局、蒲原はミスの連続をしていることになる。

(そこまで裏目が続いているとなると逆に危険だな。どうでもいい場面で振り込みかねない)

 ツモ四

(……まだ大丈夫だ)

 ツモ切り 

/桃子
一二三四(赤)五③⑧⑧34(赤)556 ツモ⑧

(は、外した……っ!? いや、先にツモれば正解なわけっすから、まだミスと決まったわけじゃないっすけど……)

 打③

捨牌
桃子
128二七6二③③

加治木
六(⑤)東6東47(④)
 
蒲原
北9南白91九中

直子
北一9八九南南四

(直子の四萬……聴牌が近いそうっす。急がないと部長も……)

 加治木はまだ少しかかりそうだが、蒲原もいい加減張ってしまうだろう。

(……げ)

 思った途端、蒲原は手出しで五筒を切った。
 二度の鳴きに、初めて出てきた中張牌。

(まだ十巡もしてないのに、展開が早いっすよ!)

/蒲原

四五六六七八3 チー⑤⑥⑦ ポン(←)④④④

(いやー困った。変な待ちになってしまった)

 タンヤオのみの三索単騎聴牌。
 出さえすればトップだが、本当にこれは運だけ勝負である。

(ゆみちんがあと10000点くらい多ければ、差し込みも期待できたんだけどな。全く直子は余計なことしてくれたよな)

 直子が加治木に直撃させたのは最初の跳満だけだが、そのせいで加治木はツモよりも直撃を重視した打ち方になっていた。
 結果和了れたかはともかく、点数を大きく損している可能性は十分にある。

 タン──

「ん?」
「リーチっす」

 今まで何の気配も感じさせなかった桃子が、わざとらしく音を立ててそう宣言した。

桃子 捨牌
128二七6二③③二

(……役なしか? まあ何で待っても……ワハァッ!?)

 加治木のツモ切り赤五筒切りを見て、内心で後悔の念が膨れあがる。。
 蒲原が切っているからというものあるだろうが、リーチの一発目に迷いなくそんな牌を切るのなら、間違いなく最終的には出たと考えると嫌な予感しかしない。

(鳴きミスとかじゃない、完全に和了逃しだ。このままじゃ負ける……)

 流れをさして意識しない蒲原だが、流石にこの局面でのミスはただで済むとは思えなかった。

 ツモ八

(……二面になるか。悪足掻きだけど、まだこれで待つ方がいいよなぁ)

 打3

/直子

三四六八①①⑤⑥23467 ツモ8

(いや、平和とかそんなの狙わないから。残念でしたー)

 打⑥

 五筒からでもいいが、そちらは確定の三人安牌。どうせ六筒も切るのだから一発のケアなど考える必要はない。

(六筒をゆみか智美に当てられる方がムカつく。特にチャンタっぽいゆみの方は六・九筒待ちは普通にあるしな)
「カン」
(ってあれ?)

■②②■

「……リーチだ」

 打①

加治木 捨牌
六東6東472(赤)⑤①

(チャンタじゃねえっ!? っていうか──)

 新ドラ②

「なんて出鱈目なっ!?」
「「「「お前が言うなっ!!」」」」

 最後の一筒が捲られたのを見て思わずそう言うと、後ろで見ていた睦月を含めた四人に一斉に突っ込まれた。

(ええい最後まで面倒な奴らめ。もう蒲原当たれ)
「ワハハー」

 打北

 ロンはない。

(使えない。やっぱり私が──ほい来た!)

 ツモ七
 打⑤

「っの、リーチ!」
「むぅ……」
「もう勘弁してくれ」
(安心しろ、すぐ終わらせてやる)

 鳴きまくった蒲原は絞り込めないが、おそらく萬子待ち。
 そして少なくとも二回は手出しした二萬と対子落としの三筒の切り方を見れば、桃子の手牌の異常さは大体察せられる。
 リーチの際のわざとらしさといい、その二つのどちらかの壁を利用した直撃狙いの待ち。おそらく単騎かシャボだろう。

(予想通りだ。何度か勝てた和了を捨てたな)

 読みが外れて少し焦ったが、加治木は単に一発逆転の可能性のあるカンを優先させただけで、途中までは確かにチャンタを狙っていたはずなのだ。
 役牌があればチャンタは諦めない。待ちは端牌か、オタ風の単騎かシャボ。しかし単騎の場合一筒単騎の選択もあったはずだが、嶺上牌を取った加治木は迷いなく一筒を切ってリーチをかけた。
 つまり待ちは、字牌で待っている場合は西と何かのシャボ。そうでない場合は端牌のシャボということだ。
 ということは──、

(高確率で、桃子と加治木の待ちは被っている。否、多分どっちかに和了り目はないっ!)

 振り込む心配は考えるだけ無駄である。
 二萬は残り一枚、五萬も二枚程度しかないが、こんなリーチにビビる必要などない。
 故に──、

「──ツモっ! 即なら満貫だな。ふふ、三連勝~」
「ワハー、そこかー」
「くっ!」
「…………」

三四六七八①①234678 ツモ五

 メンピン一発ツモドラ1



「さて、お楽しみの裏ドラだ」
「ちょっとタンマっす」
「うん?」

 手を伸ばしかけた直子を桃子が制した。

「リー棒入れて、文句なしのトップっすよね?」

 桃子と加治木のリー棒で、この時点で直子は39800点。トップ確定である。

「……ふーん?」
「裏ドラ見なくても……良くない?」
「あ、モモずるいぞー」

 裏ドラ一枚で跳満。加治木というより、親である自分のことも考えた提案だろう。

「さあ、どうしようかしら?」

 考えるように直子は首を傾げる。
 雀荘でこんな提案をされたら迷わず張っ倒すが、今は部活、それも総合トップがほぼ確定した状態だ。
 別に乗ってやっても構わない。全く得がない……こともないのだから。

「ふむ、じゃあこうしようか」
「?」
 
 思いついたようにポンと手を打って、直子はいつものように微笑んだ。

「お前の待ちは……単騎だな。で、ゆみの待ちはシャボ」
「さんをつけろっす、デコ野郎」
「多分九筒は待ちにあると思う。で──」

 途中に飛んできた文句をスルーしつつ、桃子と加治木のそれぞれ言って、最後に蒲原に目を向ける。

「智美は、五・八萬。多少ぼかしたけど、今言ったことのどれか一つでも外れてたら裏ドラサービスな」
「ワハハ、そんなに当たってるわけないだろう」
「…………」
「…………」
「待て、何でお前ら黙り込むんだ?」

 気楽そうに言った蒲原だが、桃子と加治木の反応に表情を変える。

「……いや、何でも」
「裏ドラ捲っていいぞ」

 視線をずらした桃子を遮って加治木が言った。

「先輩?」
「あら? 合ってても無駄に点棒を取ったりしないんだから、とりあえず試してもいいんじゃない?」
「そうは思わん。合ってても間違ってても、その情報からお前は次の半荘の流れを察知するだろう」

 ニヤニヤと笑う直子を睨み付けるように加治木は続けた。

「仮にお前の言う通り勝負に流れがあるとして、だ。連勝を続けるというのはその流れに反しているんじゃないのか?」
「……うん?」
「勝ち続けるということは、そのうち負け続けるということだ。長いスパンで見れば勝率が高くなるデジタル麻雀と違って、流れ──言ってしまえば運だけ麻雀は必ず負けることの方が多い。勿論運以外の、相手や自分の力量も関係するが、それでもラスを引かないようにするのが精々のはずだ。常に勝ち続けるというのはどうやっても無理だろう」

 一息にそう言って、加治木は手牌を伏せる。

「それを可能するには、本来の流れでは知りえない情報を得ることだ。相手の打ち筋や普通にやっていては気付けないミスを知ることで、流れに手を加えること」 
「…………」
「三連勝くらいならありえるが、次はどうかな? そう思ったから、お前はそんな条件にしたのだろう? もしそうなら、つまりお前にもう流れはない。だから」

 裏ドラは乗らない――。
 加治木はそうまとめて、直子を促した。

「モモもそれでいいな」
「はいっす」
「即答かよ。自分で言い出したくせに」

 苦笑して、直子は裏ドラを捲った。
 表示牌は、南と九萬。

「うむ、見事なり。2000・4000だ」

桃子 :12300点
加治木:10100点
蒲原 :37800点
直子 :39800点



[9232] ⑦ 四話終了 ※地雷注意
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:22d0bc68
Date: 2010/05/22 10:06
直子 :+89
桃子 :-5
蒲原 :-15
加治木:-16
妹尾 :-24
睦月 :-29

「ワハハ。なんかもう、トップとかどうでもいいな」
「……そうだな」

 完全に直子の独走状態である。ここまで点差が広がればトビなしルールなど何の意味もない。

「そういえばさっき直子に聞いたんだけど、最終成績で同じ点数の奴がいたらジャンケンだってさ」
「いい加減な。さてはあいつ、そこまで考えてなかったな」
「ワハハ、ありそうだな」
「しかしこの点数……」

 加治木が点数を見る。 

「一応モモがトップラス条件で順位は変わる可能性はあるが、そこまでいったら直子もトップには拘らないだろうしな。というか……」

 言いながら困ったような表情になった。

「私結構危ないな」
「ワハハ、大丈夫だってー。さっきの私よりマシな条件じゃないか」
「まあそうなんだが」

 とりあえず落ちる心配のなくなった蒲原の気楽そうな態度とは逆に、加治木は溜め息を吐く。

「直子がどう動くか分からんからな。さっきの半荘の最後に悪あがきはしてみたが……」

 また跳満なんか当てられたら勝てないよ、と彼女には珍しく愚痴るような口調で言った。

「大丈夫っすよ先輩」
「わっ」

 ひょい、と顔を出した桃子に蒲原が一瞬驚いたが、構わず桃子は話す。

「さっきの半荘だってあいつが勝てたのは運が良かっただけっす。案外直子の奴、もうやる気なくしてるかも」
「それはそれでムカつくが」
「そうっすけど、ここを乗り切れば二人で大会出られるっす。頑張りましょう!」
「ふふ、そうだな」

 笑顔の桃子につられてか、加治木も硬い表情を少し緩ませた。

(二人でって……団体戦だから私らもいるんだけどな)

 幸せそうな二人の雰囲気に遠慮して、蒲原は心の中でだけそう呟いた。



「…………くー」
「……えい」

 ぷに

「……すー」
「えいえい」

 ぷにぷに

「うーん……」
「え」
「何やってんの?」
「あ、直子」

 椅子に寝ている妹尾の頬をツンツンと突く睦月に、トイレから戻ってきた直子が理解しがたそうな表情で話しかけた。

「二半荘は長かったよ。テンションだだ下がり」
「さっきえらい元気に突っ込んでたと思うけど、まあいいや。しかしこの娘起きないな」

 言いながら、なんとなく直子も一緒になって妹尾を触りだす。

 ツンツン、サワサワ、モミモミ、ペロペロ

「ん、あ……ん」
「こ、これは……」
「凄い……」

 眠ったまま頬を上気させて身を捩る妹尾の反応に、二人は心の奥底から何かが沸き起こるのを感じた。

「……何やってんだ? お前ら……ワ、笑えないな」
『ハッ!?』

 寝ている少女を好きなように弄ぶ姿に、いつの間にか背後に立っていた蒲原が完全に引いた表情でこちらを見ていた。
 取り憑かれたように作業に夢中になっていた二人は、その声にギョッとしつつも正気に返った。

「ど、どうした智美」
「どうしたっつーか、戻ったなら早く最終戦やろうぜ。二人とも待ってるぞ」

 言われて目を向けてみれば、すでに加治木と桃子は卓に着いている。二人とも柔らかい表情で楽しそうに話しているので、今始めるとむしろ邪魔になりそうな気がしたが、確かに待たせるのは良くない。

「ああそうでした。悪いね……って、睦月?」

 開いた妹尾の胸元から手を抜いて立ち上がった直子は、スカートをめくりかけたまま手を止めている睦月の様子に気付いた。

「……………………」

 睦月は不機嫌そうに黙り込んだままじっと二人を見つめて──

「行こう直子」
「? はあ……?」

 そのまま卓に着いた。

「え? え? どういうこと?」
「ワハハ、さあ? 私は何も知らないぞー」

 唐突過ぎる気分の変動に首を傾げて蒲原を見るが、苦笑しつつ誤魔化された。

「……はあ、まあ何でもいいけどさ」

 よく分からないが、大したことじゃないだろうと直子も卓に向かう。

「ワハハ、むっきーにも困ったもんだな」

 小さく呟くように言って、何となく視線を移すと──

「くー」
「……おおぅ」

 はだけたブラウスに捲り上げられたスカート。
 散々二人に弄ばれた妹尾が、妙に煽情的な姿でそこで眠っていた。

「うーん……」
「…………ゴクリ」



六回戦
東一局 ドラ5
東家:直子
手牌
六九(赤)⑤⑥⑥⑧3589東南北發

南家:睦月
手牌
一三三③④④⑦⑧(赤)579北發

西家:桃子
手牌
一一二二二五①③⑥15南西

北家:加治木
手牌
二四四(赤)五六七七1468南發

/睦月

(……理不尽だ。こんな……)

 対局が始まってしばらく、睦月はそう思わずにはいられなかった。

八巡目
桃子 捨て牌
???????

(何も分からない……っ!?)

 桃子が隣に座っていることすら、たった今気付いたことだった。
 前の半荘で直子が強引に捨て牌を晒させて攻略していたが、どこに座っているかも分からなかった睦月にはそんな裏技も使えなかった。
 今まで彼女に勝てなかったのも無理はない。よく覚えてないが、この感じだと当時、もしかしたら半荘が終わるまで桃子と同卓していたことにすら気付いてなかったのかもしれない。

(気付けるようになっただけマシなのか……? でもこれじゃ……)

 単に慣れただけか、それとも直子と一緒にいたことで多少なりとも進歩したということなのか、今はまだ『視』えている。
 しかしこの状態がいつまで続くかも分からないし、そうでなくとも捨て牌が見えなければそもそも桃子とは勝負にならない。

三三五六②③④⑦⑧2(赤)579 ツモ⑥

(桃子は今トータル-5、先輩は-16、そして最低ラインの妹尾が-24。……迷うな。この半荘で何をするかは最初に決めたんだ……)

 打9

 ペットボトルのメロンソーダを飲みながら、睦月は自身の目的を再確認する。

(何が何でも先輩を残して──何が何でも桃子を潰すっ!!)

 大体、元から気に入らなかったのだ。
 新入部員が二人も来たのを聞いた時は、それは確かに嬉しかったが、一人は年下の癖に妙に偉そうな、逆に年上かと思うような印象の女の子、もう一人は当たり前のように加治木にベタベタ引っ付く泥棒猫だった。
 前者はともかく、後者はダメ、絶対である。

(私は数ヶ月経っても、放課後部活で話すくらいしか出来なかったのに……っ!)

 桃子は顔も合わせず、画面越しに麻雀をしただけで加治木を惹き付けてしまった。
 何だそれは、と思ったものだ。
 僅かな時間でも、一緒にいられればそれなりに満足ではあったので、別に何か、加治木との仲の進展を望んでいた……訳ではないとは言わないが、それにしたってこんな形で加治木への恋を粉々にされるとは思ってもみなかった。

 ツモ2
 打六

 さらに屈辱なのが、二人が入部してから、もう笑えるくらい勝てないことだった。楽しみだった加治木との会話も、彼女の意識が部屋のどこかにいる桃子に向いていることに感づいてからは半減した。
 正直、しばらく学校にも来たくなかった。しかし部活だけ休もうにも、同学年の妹尾とはクラスは違うが教室は近い。鉢合わせた時になんとなく気まずい空気になるのは嫌だった。
 鬱屈した気分をどうにかしようにも、加治木を振り向かすのはもう手遅れで、バカ正直に打ってる麻雀はいつまで経っても上達しない。それでさらに気分が滅入るという悪循環。
 直子に雀荘へ誘われたのはそんな時だった。

 ツモ2

(……張った)

 打五

 理牌して手牌を見やすく整理する。

手牌
三三②③④⑥⑦⑧222(赤)57

/桃子

捨て牌
直子
北⑧九南18五六4發9西

睦月
北發④一⑧9白9六五九六

桃子
??1西??九?八東五一

加治木
南1發1一四④二⑧發東

手牌
一一二二二三①②③⑥⑦56 ツモ7

(張ったっす。でも八筒は殆どないっすね)

 打一

 ステルス状態だが、流石にリーチはやめておく。一萬が当てられることはないだろうが、追いつかれてさっきみたいに『確認』されたら怖い。

(そういえば……)

 ふと思った。
 直子は時折探るような視線を送ってくるので、全く気付いていないというわけではないはずだ。
 それでも桃子に当てるにはああいった小細工をしなければならなかったのだから、『視』えている牌の方が少ないのだろう。
 だとすると──、

(津山先輩は、どこまで『視』えているんすかね?)

 同じ麻雀部員だったが、今まで特に意識していなかった。元から加治木目的で入ったのだから当たり前だ。
 考えてみれば、彼女と会話したことなど数えるほどもないのではないか?

(……まあどうせ、大して見えないだろうし)

 そんなことを考えながら、なんとなく睦月の方を見て──、

(そこまで仲良くなれるとは──っ!?)

 不機嫌そうに桃子の捨て牌を睨み付けるその眼に凍りついた。

(なんか怒ってるっす!? 無茶苦茶怖いんすけどっ!?)

 普段は物静かな印象な睦月が、無言のまま据わった目つきでこちらを見つめるその表情には妙に迫力があった。
 とりあえず、てんで何も見えないというわけではないらしい。

 ツモ②
 ツモ切り

(だ、大丈夫っす。全部の捨て牌は見えていないはず、さっさとこの手で流して……とおぁっ!)
「ろ、ロンっす。平和ドラ1、2000点」
「あいよ」

 考えている間に直子が出した五筒に慌てて声をかけ、とりあえずその場を流した。

/直子

手牌
(赤)⑤(赤)⑤⑥⑥33556東東中中

(……これだよ、連続で当たり牌持って来やがって)

 やれやれと息を吐いて手牌を崩す。
 六索はおそらく睦月に当たりだろう。ダマで18000点だったが、聴牌は守れなかった。
 勝負手が来ているだけにオリられないのでは、手が来ないよりも性質が悪い。

(まあ、局が進むならそれでいいか……)



 東二局は睦月の一人ノーテンで流れた。


東三局 ドラ4
親:桃子
直子 手牌
三五六⑦⑨1355東南西中

(むぅ、流れ悪し。しばらく引っ込んでおくか……)

 また手なりで進めていけば、自然と当たり牌が出て行く形になる。さっきと違い、今度は誰か本手が入っているかもしれない。
 そんなものに振り込むよりかはマシだろう。

 打5
 打5
 打五
 打六

(危なそうなのはさっさと切っとけ)

/睦月 四巡目

捨て牌
桃子
????

加治木
南九⑥④

直子
55五六

睦月
76五

手牌
一二三四七九①③⑧27西北 ツモ8

 打西

(ここは最終形は見えてるだろう。システム関係なし。純チャン決め打ちだね)

 直子が聞いたら、というか誰が聞いても首を傾げそうな思考をしつつ、それに向かってまっすぐ手を進める。
 一通の可能性もあった前巡の五萬ツモ切りといい、まだ変なところで初級者らしい打ち筋だである。
 ──否、

(いくら私でもそれくらい気付いてたよ)

 そんなことはなかった。
 だがそうしなかった理由はやはり、褒められるものではなかった。

(直撃出来ない桃子を沈めなきゃいけないんだ。親被りさせるためにさっきの局もノーテンで流した。ここで最高打点を狙わないでどうする)

『特定の敵を作ったら穴二つ!』いうまでもなくこのことを直子が教えていないはずがないが、今の睦月にはそんなことはどうでもいいことだった。

(バレなきゃ大丈夫だ。終わってからバレても、結果を出せてれば直子は怒らないはず)

 ツモ②
 ツモ⑨
 ・
 ・
 ・
 ツモ3
 ツモ⑨

(よし、これで……むっ!?)
「リーチだ」

 十二巡目、加治木からリーチがかかる。
 直子は即座に東切り、完全にオリている。

捨て牌
桃子
????????????

加治木
南九⑥④西⑤13⑦東西②

直子
55五六中中西三⑨⑦一東

睦月
76五西四北二④六⑧九

手牌
一二三七①②③⑨⑨2378 ツモ9

(……これは止まらない。何としても通す──っ!)
「り、リーチ」

 打七

「おぅ」
「(攻めるっすね。トップ条件ならまあ当然っすか)」
(勿論、これはツモしか考えない。たとえ先輩が一発で高目やドラを掴んでも……)
「……くっ!」

 打四

「…………」
(絶対に和了らないっ!)

 それから三巡、奇跡的に全て現物をツモ切ることになり──、、

 ツモ1

「ツモッ! よ、4000・8000……あ、一本場!」

 倍満ツモ。
 当然、不自然に見逃したことを全員に気付かれることになるが、この時点ではまだ言い訳のしようはある。

「……ん、随分強欲にくるな」
「ドラ見逃しか」
「(被ったっす)」
「うむ。まだ序盤だから、点棒優先です」

 二着でも35000点(正確には34600点)持ってれば総合順位は変わるのだ、一応の整合性はある。南場に入る前なら直子の目も誤魔化せるだろう。

睦月 :39300点
加治木:20900点
直子 :19900点
桃子 :19900点

/直子

「ツモ、2600オール」
(見逃された奴はつく、ってねぇ?)

 加治木の親番。調子よく和了る彼女を見て、直子は眉をひそめて考え込んでいた。

「ツモ、3900は4000オール」
(あいつ自身が気付いたことなのに、何でさっきは無理矢理……?)

 普通なら3900点だったが、一発だから7700点だったのだ。しかも三人の中で総合点数では一番近い加治木への直撃である。
 確かに倍満は魅力だが──、

「ロン、5800は6700」
「げ」

 考えながら打ってたら振り込んでしまった。加治木の親が続く。

「ロンっす5200は6400」
「う……はい」

「ロン、1500」
「う、見えてたんすか」
(……あ?)

 答えの出ない中、桃子に直撃させた時そんなことを思った。

(……これが狙い、か?)

「ロン2900は3200」
「ま、またっすか」

「ロン1500は2400」
「ちょ、ストップストップっす!」

加治木:47400点
睦月 :26300点
直子 :13700点
桃子 :12600点
/睦月

南一局四本場 ドラ九

(桃子の和了りは止めないと……)

 安かったが、直子が桃子を叩いてくれた。この点数状況なら、後は満貫クラスを一度和了れば睦月の目的は達せられる。逆に加治木を上回るほど桃子に点棒を叩かれすぎると調整が難しくなる。
 まだ彼女の親は残っている。この場面で調子に乗らせてしまうと親番に一気に噴くかもしれない。

手牌
③⑤⑥⑦⑧⑧344569南

 形はいい。ドラはないが、リーチをかければ満貫までなら期待出来る。

 ツモ5

(行ける)

 打南

/桃子

(なんか、変な感じっすね。うまく進まないっていうか、邪魔されてるっていうか……よく分かんないっすけど)

 桃子は妙な違和感を覚えていた。
 誰かがゲーム進行を操ろうとしているかのような、自分を無理矢理動かそうとしているかのような、そんな言葉にしにくい雰囲気。

(……あとは南場だけっす。出来れば早めに行きたいんすど)

手牌
一一九③⑥⑧34(赤)579東北

(……遅そうっす)

 ツモ九

 ドラは嬉しいが、この手牌では少し使いにくい。

(頭にして平和っすかねぇ?)

 打北

「ポン」
「あ、っと」

 北に加治木が食いついた。さっきも振り込んでいるし、ステルス状態のはずだが彼女には割と見えているらしい。

(ふふふ、鳴かれたのにいい気分っすね)

 頬が緩むのを感じつつ、次のツモを待つ。タンヤオも三色もない以上、鳴く必要はない。

 ツモ⑦

(良いとこ引いたっ。これでかなり戦いやすくなったっす)

 打東

/睦月 六巡目

①③⑤⑥⑦⑧⑧344556 ツモ四

(タンヤオも平和もないんじゃ、聴牌崩していいよね。今直子にも出されちゃったし)

 打①

 二筒を引くと鬱陶しいが、役なしでは話にならないのだ。一々気にしてはいられない。
 そして次巡、三萬をツモる

(よし、これで──)
「リーチ」

三四⑤⑥⑦⑧⑧344556

/桃子

捨て牌
直子
⑨①⑨白發②1

睦月
南91中4①③

桃子
東一一3六

加治木
西白1②8⑦

ツモ二

三四九九③⑥⑦⑧34(赤)579

(出遅れたっす。一応張りはしたけど、どうっすかね)

 役なし間八索。しかしドラ3である。六索を持ってくれば最強の待ちとなるが、せっかくリーチで睦月が飛び込んできたのに、それを見逃してしまうのは惜しい。

(さっきは妙に意識されてたみたいっすけど、もう『視』えてないみたいだし多少強引にせめても振り込むことはないっす)
「リーチ」

 打③

(──?)

 反応は、あった。
 本人も予想外であるかのように、キョトンした表情で睦月は桃子の捨て牌を見ていた。

(──見えて……る?)
「……あ」

 打八

「ろ、ロン。裏1。12000は、13200っす」
(今の、気のせい……っすか?)
「む……はい」

 確かめる間もなく、睦月が八索を出してしまった。
 発声して手牌を晒せば誰でも気付く。もう探りを入れる術はなかった。

/睦月

(これは……)

南二局 ドラ5
九巡目
捨て牌
桃子
西北白21五六⑧(リーチ)

 桃子の切った全ての牌が見えていた。
 さっきの局までは変わらず見えなかったというのに、急に視界がクリアなったかと思えばこういうことだった。
 何が何だか分からないが、しかしまさか彼女が幻術を使えるとも思えない。この河は現実のものだろう。

(リーチ、しかもこんな……。これならもしかしたら──)

手牌
三四五④④⑦5666南南南 ツモ4

 七筒切りで聴牌、桃子の捨て牌が見えていなければそのまま切っていたかもしれない。

(四・七筒はド本命。前巡に九筒を切ってるけど、ここは……)


睦月 捨て牌
西①①發89一⑨

 打4

「ポン」

 四索を加治木が鳴き、打二索。こちらもそろそろ聴牌か

「チー」

 一、三索を晒して、直子がその二索を鳴く。

(直子も……? いや、だから何だ。この絶好の機会に誰が来ようとオリるか)

 二萬ツモ切り。

「ポン」
「え……?」

 再度、直子の鳴き。

 打東

(張ってなかった? っていうか、ここで初牌の東……?)

 偶に彼女がやる不合理な打ち筋とも違う妙な打牌に、睦月は首を傾げる。

(役は……何だ?)

直子 捨て牌
白六發中中中⑤五⑥東

 東を暗刻以上で持っていたとすれば、ここで切ることも分からなくもない。
 しかし役は三色くらいしかない。彼女がそんな分かりやすい仕掛けをするだろうか?

(差し込み期待……? それにしたってこんな……うお)

 ツモ⑥

(来たっ!)

 八筒ツモならフリテンになるところだったが、こちらなら問題ない。五索切りリーチだ。

(これを桃子に当てれば……あ?)


加治木 捨て牌
西12南中⑦(赤)⑤①

(……誰も五索を切っていない?)

 四索はドラ表示と合わせて四枚見えている。六索は暗刻。五索はワンチャンスだ。
 だが誰もドラを切っていない。全員に聴牌気配がある今、五・八やシャボ待ちというのは十分にある。

(くそ、ここまで来て……)

 打てば死ぬ、ここでオリてもまだ35000点まで届く可能性はある。

(南の暗刻落とし……?)

 南は一枚切れ。国士以外はありえない。中も四枚見えなので国士もありえない。完全安牌である。

(でも、桃子が見えている……、通せば勝てるんだ!)
「リーチ」

 打5

 ロンはない。だが──、

「カン」
「っあ!?」
「ツモ」

四四東東 カン(赤)5555(→) ポン二二二(→) チー213 ツモ東

「責任払いだっけ? じゃあ12000な」

/桃子

(このまま流すっす)

 直子の和了りで睦月は圏外、ラスはほぼ確定した。這い上がる可能性は限りなく薄い

(残り二局。警戒しなきゃなんないのは、やっぱり直子っすよね)

 今の和了りで直子がこの半荘ですらトップを狙っているのは明白となった。悪魔じみた打ち回しで妹尾を撃ち落とした時のように、今回も加治木を一撃で沈めてトップを取りに来るかもしれない。

(この局は早い手も高い手もいらないっす。そんなのは先輩の方に行って下さい。私はただオリ続けて、局を消化するだけっす)

 そう思いながら、桃子は持ってきた手牌を開けた。

手牌
一三七九②②②589白中中中
ドラ②

(……無駄に高いっす)

/睦月

(まだ終わってないっ!)

手牌
二二二四五六八八九九(赤)⑤北北 ツモ一

 配牌でメンホン一向聴。だがどちらにしろ聴牌を取るつもりはなかった。

(さっきの局、先輩にも聴牌が入っていたはず。あれを和了っていれば勝利はほぼ確定だった)

 つまり加治木からすれば、勝利確定のチャンスを潰されたようなものだ。

(だとすればそれは失点と同じ。なら──)

 ペットボトル内のメロンソーダを飲み干し、迷いなく五筒を切り捨てる。

 オカルトシステムNO.63『チャンス潰しの張本人にチャンス!』

(和了った者よりも、キー牌を鳴かせたり暴牌やオリ打ちの振り込み、その手を成就させた者が次の局怖い。……直子に聞いた解説そのままだ)

 前局、睦月は本来オリなければならないところで初牌を切り、ラス牌の東を直子に送ってしまった。
 結果嶺上開花。放って置けば直子は絶対に和了れなかったのだ。

(だから、何としてもこの局は最高形に仕上げる。ここで直撃させれば、オーラス私はただツモるだけでいいんだ──)

 振り込んだせいか、それともさっきのはやはり偶然だったのか、桃子の切った牌はもう見えない。
 だがドラの多いこのルールなら、或いは睦月の思い描く通りにことは進む。

 ツモ北

(直子、お前が桃子を完全に潰さないなら……)

 ツモ切り

(私がやる──っ!)

/直子

手牌
(赤)五六七⑥⑦11157東白中 ツモ6

 打白

(さっきの嶺上のお陰か、序盤からまとまっていくな。しかし……)

 気になるのはやはり睦月だ。
 お灸を据える意味でも前局無理矢理ぶち込んでやったが、めげずに向かって来るようならむしろ逆効果になっただろう。

 打北

(北の対子落とし……さっきはツモ切りだったし、流石に暗刻はないか?)

 睦月の切った牌を見て、直子は目を細める。

(……何にしろ、桃子を狙い打つのは難しい。さっきチマチマ削って警戒心も増しているしな。ちゃんと考えはあるのか?)

 ツモ白

「チッ」

 ツモ切り

 そして──、

 打北

「…………」
「…………」
「…………」

睦月 捨て牌
(赤)⑤北北北

(……やる気だ、こいつ)

/桃子

東九白七

手牌
一三②②②45789中中中

(和了った方が早い、それは分かるんすけど……)

 ドラはこちらにある。だがもし睦月に染め手の化け物手が入っているとすれば、ドラはさほど重要ではない。

(役牌の北を暗刻落とし……この巡目で、まさか張ってる……?)

 清一ならダマ倍満もあり得る。睦月のラスはやはりまだ変わらないが、わざわざチャンスをくれてやる必要もないだろう。
 元々流れればOKと思っていた。さっきの睦月の様子からして、もしかしたら見えているのかもしれない。調子に乗って先程は直子からタコ殴りを受けたのだ。ここはあくまでも安全に慎重に行くべきである。
 だから、

 ツモ一

(三萬切りで聴牌だけど、数牌を切る必要はないっす)

 打中

 北を暗刻落とししたのだから、まず混一はない。様子見も兼ねてこちらも暗刻落としだ。染め手ならその間に何の色で待ってるか分かるだろう。

/加治木 七巡目

(くっ、まずい。もう回せない……)

睦月 捨て牌
⑤北北北九⑦⑦

手牌
六七23334667789 ツモ三

 字牌は全て切ってしまった。分かっているのは筒子ではないことくらい。しかし自分の手に筒子はない。

(索子も多分大丈夫だろうが、刻子形でごっそり持たれている可能性もある。確実とは言えない)

 だが他に選択肢はない。五巡目の九萬は手出し。萬子に手をかける訳にはいかないのだ。

 打2

(……通ったか。まあ当然と言えば当然なんだが、ここまで優勢に立っていながら逆転されたら、流石に落ち込むからな)

 苦笑しつつ、加治木は直子の切る牌に意識を向ける。
 と、

 打三

 ロンはなかった。
 睦月は三萬には目もくれず山に手を伸ばす。

「……うおぅ」
「うん? ポンか?」
「あ、いや違う。すまん、通るとは思わなかったから」
「……そうかい。ふふ、まぁ私は大丈夫だろうよ」
「……?」

 意味深な言い方に違和感を覚えたが、考えてみればいつものことだ。気にする必要はない。

(津山は二索ツモ切りか。よし、三萬は通るな)

/桃子

(……私は大丈夫って、そういうことっすか)

手牌
一一三②②②2345789 ツモ①

 二索は通る。オリ優先ならこちらを切るのが正解のはずだ。
 だがさっきの直子の言葉を考えると、このまま進むのは気に入らなかった。

桃子 :24800点
加治木:47400点
直子 :26700点
睦月 : 1100点


 直子が言いたいのはこういうことではないだろうか。
 現時点で睦月はトータルでもラス。この半で荘二着以下の場合、抜け出すには34600点以上でこの半荘を乗りきらなければならない。それには役満を和了ってもまだ届かない。たとえ今倍満を張っていようと、直子から和了ることにそれほど意味はないのだ。
 しかしこれがツモか、加治木から直撃ならどうだろうか?
 この局加治木から倍満を和了れば、オーラス睦月は跳満ツモでトップとなる。。

(……考え過ぎっすか? でも少なくとも、津山先輩は第一条件の倍満を聴牌してる可能性がある。にも関わらずリーチをしないってことは、私か先輩のどっちかを狙い打っているということ……)

 ならば消去法で、加治木が狙われているとしか考えられない。
 もしそうなら、直子の切った三萬は山越しを狙った見逃しの可能性がある。次
に加治木が安心して出したところを殺るつもりかもしれない。

(…………)

 三萬に手をかける。
 今、睦月に桃子は見えていない。ここで三萬を切れば、同巡フリテンで睦月は加治木から当てることは出来ない。そしてたとえ読み違っていても、一応の聴牌は取れる。

(……実はやっぱり見えていて、私がこう考えると見越して……? いや、あり得ないっす)

 一瞬そんな考えがよぎったが、すぐに自分で振り払う。たとえそうだとしても、三萬を都合良く桃子が持っているなんて分かるはずもない。
 だが──、

(…………)

 打2

 当然ロンはなかった。

(……完全安牌があるならそっちからっすよ。先輩も、萬子全般が危ないと思っただけで三萬を持っているとは限らないし……)

 山越しを疑ったのは直子の言葉からだが、いつものように意味深な言い方をしているだけかもしれない。
 ただの考え過ぎなのだ。
 加治木が三萬を切る。
 一瞬息を呑んだが、当の睦月は表情一つ動かさなかった。

(……大丈夫だった)

/直子

三(赤)五六七⑤⑥⑦111567 ツモ1

(ホント、今回は特別だよ? 睦月?)

 本来なら前巡、すでにツモ三色ドラ1を和了っていた。リーチをかけていれば一発だ。
 和了らなかった理由は言うまでもない。
 睦月が桃子を捉えられるか、見てみたかったのだ。

(理由は分からないけど、っていうか後で聞くけど、言わなくても絶対吐かすけど。とにかく、あなたは桃子を引き摺り降ろしたい)

 候補は沢山あるが、勘は三萬が当たりだと強く告げていた。
 だからこそ切った。
 睦月の仕種に、僅かでもブレが生じるように。

(いいわ、特定の敵を作ってはいけないことを私は教えたのに、あろうことかその私の前で意味もなく桃子を敵とした行為、本来なら絶対許さないけど、それを実行出来るようなら何も言わ……いや、何かしら言うけど、別に怒ったりしないさ)

 でも、と内心で呟く。
 元来、直子は質問されたらググレカスと返す性格だったので、何かを教えるというのは初めてのことだった。流石にこっちの世界の人間がオカルトシステムなど知るわけないのでググレカスとは言えない。
 面白半分ではあったが丁寧に教え、睦月もそれに応えていた。その彼女に今回のようなことをされて、直子としては珍しく出した善意を蔑ろにされた気分だったのだ。
 その不満は、どういう形であれ晴らしてもらわねばならない。

(ここから少しでも腑抜けた打ち方してみろ。原作キャラだろうが知るか。あらゆる手段を用いてお前をここから消してやる──っ!)

 三萬に手をかける。
 三枚目の和了り牌。加治木が切っているので当たれないとはいえ、ただ枚数が減ったというのが分かるだけでもプレッシャーになる。
 そしてターゲットの桃子は、ペチペチと直子が小突きまくったせいで過剰なまでに慎重になっているのか、睦月の河が怪しくなってからは萬子は出していない。もしかしたらこの巡目に三萬を出すかと思ったが、僅かにある山越しの可能性を捨てなかったようだ。

(さっき捨てていたら、睦月は反応出来たかな……?)

 どちかにせよ、今回少しでも動揺を表に出せば、彼女は三萬を絶対に出さないだろう。

(堪えろよ? これくらいクリアしないとつまらな過ぎる)

 打三

/睦月

(反応するな、動け!)

 言い聞かせるように念じながら、努めてポーカーフェイスをを装って手を伸ばす。

手牌
一二二二四五六七八八八八九
 ツモ六

(よし、ツモらなかった)

 ここで和了ってしまったら台無しであった。今のところは思い通りに進んでいた。

(……表情を変えるな、僅かな情報も桃子に与えちゃ駄目だ……)

 桃子の捨て牌は、やはり何も分からない。眼に映っているはず視界は中途半端にボヤけ、大事なところだけの判断がつかない。

(どこで声をかける──っ!?)

 高目倍満の手は出来た。後は桃子に当てるだけ。
 だがそれが何より難しいかった。
 三萬は残り一枚、それが既に桃子の手にあれば出てくるかもしれないが、先に安牌があればそちらを切るかもしれない。
 そもそも三萬を持っていないかもしれない。その場合は、たとえ安牌がなくても、三萬が切られることはあり得ない。

(チャンスは一度、絶対に外せない……っ!)

 ツモったとき同様、無造作に、無感動にそのままツモ切る。
 打六

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 部室内の空気が、異常なまでに重く感じる。
 見えないが、桃子から不審そうな視線が送られているのが分かった。

(気付くな、気付くなっ! そのまま、何となく今通ったばかりの三萬を出せ……っ!)

 出されたとしても睦月にはそれは見えない。完全に勘だけで当てなければならない。

(……直子じゃあるまいし、そんな無茶出来るわけない。でもやる、もうこれは私の意地だ!)

 とその時、
 静かな動きで、何かが牌山に近づくのを感じた。

(っ……動いた……)

 音もなく、というか姿もなく、目の前の山から一枚牌が消えた。
 そして、

 ────、

 間。

(……まだ、切ってない)

 思いながら、未だに睦月は迷っていた。

(どこで当てる? 三萬がどこにあるかなんて分からない。)

 仮に既に桃子が持っていたとしても、、もしかしたら今までの巡目で切ってしまっているかもしれない。狙いやすく、そして分かりやすい合図として山越しをすることにしたが、考えてみれば萬子は睦月がごっそり抱えているのだ。普通に打っていれば三萬などすぐに切り払われているはずだ。

(……こんなの考えたって答えは出ない。ちょっとした気紛れでこの程度の切り順は変わる。というか──)

 内心の葛藤を全て抑えつけ覚悟を決める。

(ここで何も言えなきゃ、私は最後の巡目まで何も言えなくなる!)
「ロンッ」
「ぅえっ!?」

 加治木の僅かな動きに反応して、睦月は手牌を倒した。

桃子 捨て牌
東九白七中中中2三

「い、16000……!」
「な……んで……っ!?」

 訳が分からないという表情で、桃子は呆然と呟く。当たり前だ。勝利の決まっている直子から和了らないならともかく、加治木の牌を見逃す理由などない。
 だが睦月はそんな桃子の問いに答えず、聞こえないかのように手牌を崩す。

「津山、お前……」
「……オーラスです、先輩」

 何か言いかけた加治木を遮って、睦月は俯いたまま静かに言った。

「サイコロをどうぞ」
「……ああ」

 言われて、加治木がボタンを押す。

(……やった)

 終わった後、加治木や直子に何か言われるかもしれない。
 それは分かっていたが、内心の興奮は抑えられそうになかった。

(やったんだ、私は……っ!)

 これが東場なら、まだ桃子は持ち直しただろう。睦月が完全に『視』えるという前提があれば、それはそれで彼女にはやりようはあった。
 だが既にオーラス。しかも訳の分からない狙い打ちの倍満を食らった直後である。
 そんな状況でまともな精神で打てるものなどいない。

(もうこの局は、私が勝つ──)

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「ツモ、4000・8000です」

加治木:39400点
直子 :22700点
睦月 :33100点
桃子 : 4800点

引用・参照
著:片山まさゆき
『牌賊オカルティ』五巻SAICORO.41より

直子が言ったことにしてますが、元ネタでの解説をそのまま喋らせているので念のため。
台詞も明記した方がいいのかな? 問題あったら指摘お願いします。



[9232] 第五話
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:3d78caea
Date: 2010/05/22 09:46
直子 :+82
加治木:+13
蒲原 :-15
妹尾 :-24
睦月 :-26
桃子 :-30

「──で?」

 全員の最終成績を出して、直子は小首を傾げて睦月に向き直った。

「あなた、何か私に言うべきことがあるんじゃなくて?」
「……う、むぅ……」

 何故かお嬢様っぽい口調の直子に質問されて、睦月は気まずそうに目を逸らした。

「モモ、大丈夫か?」
「先輩……ふふ、ダメっすよ。燃え尽きちゃいました。だから今は、こうしていてください」
「ああ、分かった」
「…………はぁ」

 逸らした先で行われている情事(?)を目にすることになり、嫌そうにため息を吐いた。

「はぁ、はこっちだよ」

 その視界にぬっと顔を出して、直子は優しい口調であまり信用出来ない説得をする。

「正直に話せば怒らないから、先生に話してみて?」
「……いや、その……」

 短い付き合いだが、それでも多く行動を共にしていた睦月には、それは彼女が苛立っている時の口調だと分かった。
 分かってはいるがしかし──、

(い、言いたくないっ!)

 後から来た癖に、加治木とイチャイチャしてる桃子がムカつきました──そんな話をしたところで直子は笑いもせず怒るか、怒るのも忘れて笑うかのどちらかだろう。
 大体、そうでなかったところで、当の加治木や桃子のいるここでそんな話をするなど、何の罰ゲームだと言いたい。

「……えっと、直子? その、これは……アレだよ」
(……部長は……?)

 言葉を濁しながら、助けとなりそうな人間を探して睦月の視線が泳ぐ。

「智美ちゃんはあっち」
「ぐえっ」

 それを察した直子が、睦月の頭を掴んでグイッと首を捻った。

「……くはっ」

 反転した視界で睦月が見たのは、優しげに微笑んでいる妹尾の膝で、緩みきった表情で寝ている蒲原の姿だった。
 うっとりと蒲原の頭を撫でている妹尾にこちらの話を聞いている様子はなく、助けにはなりそうにない。

「……どうしでごうな゛っだ!?」
「さぁ? 半荘前は佳織ちゃんの方が寝てたはずだけどね」

 対局中に何やってたんだかと、直子が苦笑する。首を捻られたままの睦月にそれは見えないが、柔らかい口調に反して妙に低い直子の声から、どうやら機嫌が直っているわけではないことは分かった。

「──で?」

 手に込める力を徐々に増しながら、耳元で直子が冷たく尋ねる。

「あなた、何か私に言うべきことがあるんじゃなくて?」
「…………」







「──と、いうわけ……です……」
「……………………へぇ」

 真っ赤になって俯く睦月を前に、直子はそんな短い返事をするだけだった。

(揃いも揃って……この、レズ共っ)

 口にするのは堪えたものの、表情を隠すことはせず、内心でも確かにそう毒づく。

(余計なイベント起こしやがって……!)

 そんな直子の様子も、しかし今の睦月にとっては些細なことらしく、目の前にいる直子よりも、その後ろにいる加治木の様子をチラチラと窺っていた。

「……はぁ、もう……ゆみちゃん?」

 呆れたようにため息を吐いて、直子は振り返って加治木に呼び掛ける。

「む、もがもが?」
「い、いないみたいっすよ?」

 振り向いた先で、何やら必死な様子の桃子によって加治木の口は封じられていた。

「……そういうことらしいけど、何か言いたいことある?」

 相手にするのも面倒なのか、何も言わずに桃子の手を退けて改めてそう聞いた。

「わーわー! 先輩相手しちゃダメっすー」
「いやモモ、大丈夫だ。何かあるわけじゃない」
「何かってー!?」
「こいつうるさいなぁ」
「目の前でそういうこと言うなっす!」

 鬱陶しげに呟いた直子に桃子が噛みつく。そして視線を睦月に向けると、

「ガルルルルッ!」
「あんたキャラ変わったねぇ」

 腕を掴まれたまま威嚇するように歯を剥く姿に、直子は苦笑気味にそんなことを言う。

「ちょっと前まで鬱入ってるメンヘラ女じゃなかったっけ?」
「そこまでの醜態をお前に見せた記憶はないっすよ。っていうか、どちらかと言えば直子の方がその気あるように見えるっす」
「あんだと?」
「そうだな。それは私もそう思っていた」
「なん……だと……っ!?」

 桃子の切り返しに反論しようとした直子だが、無警戒だった加治木からそんな言葉を挟まれて思考が止まった。

「まぁ、それはともかく──」

 その隙を突くように、加治木は二人を押し退けて立ち上がり睦月へと歩み寄る。

「!? まひっ!?」
「話が進まないから、お前もう黙れ」
「すまない津山。いらない苦労をかけてしまっていたようだな」

 後ろで小さな騒ぎが起こるが気にせず、加治木はそんな風に睦月に話しかけた。

「ああ、いえそんな。こちらこそ、今回みたいに余計な騒動を起こしてしまって……その、申し訳ないです」
「(私には謝らないのにな)」
「(何で直子に謝るんすか。そして何で先輩が謝罪されてるんすか? 今回一番の被害者は私なのに)」

 さっきまで黙り込んでいたくせに、今は視線を逸らしながらもしっかりと受け答えする睦月に、直子と桃子から不満げな思念が送られる。

「──もう一つ、謝らなければならないことがあるんだ……」
「…………」

 困ったような表情ではあったが、しっかりと目を見て言う加治木の姿に、睦月は諦めたように目を伏せる。

「私は──」
「いえ、いいんです。分かっていましたから」
「…………」
「もう、大丈夫です。さっきのは八つ当たりみたいなものですけど、もうしません」

 早口でそう言うと、睦月はそれからの会話を拒否するように目を閉じた。

「……そうか」

 それ以上あえて自分が言うことはないと思ったのか、言う資格はないと思ったのか──ともかく、加治木はそんな短い返事だけを残して、直子達の方へ向き直る。
 その表情は間違いなく暗かったが、しかし同時に間違いなく──、

「……私達は、先に帰った方が良さそうだな」
「ふん? 別にいいけど、今日この日、あなたたちが後片付けをしないで帰ったことを私は忘れないからね?」
「ちっさいっす」

 桃子を拘束していた手を離して、そのままシッシッとばかりにヒラヒラと手を振る。

「冗談だよ。これ以上話がこじれるのは私も嫌だし。早く帰って頭冷やすんだな。それにもう暗いし──」

 言って、直子は加治木を見て続けた。

「二人仲良く、気をつけて帰るんだよ?」
「…………ああ」
「? ? 何で上から目線?」

 何かを含ませたような直子の話し方と、何かを受け取ったかのような加治木の返事に、桃子はキョトンとした表情を浮かべ、結局最初に思った疑問を口にした。







 そのまま二人は部室を出ていった。
 先程までの不機嫌な表情はどこへやら、直子は鼻歌混じりに洗牌している。そういう時間の掛かることは遅くなった時は大抵翌日に後回しするのだが、というかそうでなくとも今まで直子はそういったことはしたことないのだが、今日はやけによく働く。
 燃え尽きたようにシュンとして、何も手伝おうとしない睦月にも文句が飛んでくることも……ない。自分だけが動くことを頑なに拒否する直子にはあり得ないことである。

(──っていうか……)

 お前どこまでガキなんだよ、と言いたくなる普段の直子だった。
 黙っていればかなり大人っぽい雰囲気なのに、上記のような行いにひたすら偉そうな話し方と、蓋を開けてみればものすごい詐欺である。

(まぁ……何も言われないなら、それに越したことはないけど……)

 今の睦月は恋に敗れた傷心の身。いつものようなテンションで話しかけられても大した反応は返せないだろう。
 案外、直子もその辺を察した上で黙っているのかも知れない。何だかんだ言ってもやはり女の子なのだ。傷ついた睦月に対して、空気を読まずにケラケラと話しかけるなど──、

「ところでむっきー」

 話しかけられてしまった。

「…………」
「うん? どうしたのむっきー? そのウザそうな表情、まるで私が空気の読めないことをしたみたいじゃないの。ねぇむっきー?」
「……別に、そんなこと思ってないよ」
「あらそう? まぁそれはともかく、ちょっと聞き忘れたことがあるんだけど、いいかしら?」

 それは聞き忘れたというよりも、たった今その質問を思いついたという感じの言い方だった。
 牌を乾拭きしながら言われた質問に、睦月は首を傾げる。

「……? いいけど、もう話すことなんてないと思うよ」

 ついさっき、グリグリと頭を捏ねられて胸奥深くへ仕舞っていた加治木への想いを吐き出したばかりだ。そして今回、それ以外に睦月が語るべきものはないはずだ。

「いやいや、そういうのじゃなくて。あのオーラス、お前は桃子のこと『視』えていたのかな? ってハナシ」
「……ああ、そのこと……」

 言われて納得した。そういえば対局中、直子はわざわざ萬子を切って反応を窺ったり、意味深なことを言って桃子達に考え込ませたりと、やけにプレッシャーを掛けてきていた。
 どうやらあれらは、睦月の桃子に対する反応を探るためのものだったらしい。

(…………)
「うん、ちゃんと見えていたよ?」

 一瞬だけ間を空けて、睦月は照れるような仕種を装って視線を逸らしそんなことを言った。

「……へぇ?」
「何か視界が急にクリアになったっていうか……そんな感じ?」

 けろっとした表情で頬を掻きながら、睦月は満更嘘ではない嘘を吐く。

(…………えへっ)
「──ふん。ゆみと私の三萬にも殆ど反応しなかったし……。なるほど、完全に桃子を潰すつもりで打ってたわけだ?」
「うむ。多分大会出たらあの二人、見えないところで色々イベント起こすだろうし。それはちょっと、ね」
「なるほどなるほど。……ふむ、無茶ではあったけど、結果的には自分の順位も上げたわけだし……へぇ」

 睦月の言葉を聞いて、直子は感心したように頷き、

「やるじゃないの、あなた」
(えへへへへへへっ!)

 今まで聞いたことのない、僅かな揶揄も含まれない直子のお褒めの言葉に、さっきまで燃え尽き灰にになっていた感情が吸血鬼のように再生し、睦月は内心で転げ回るように小躍りした。



[9232] 第六話
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:9b1b515d
Date: 2010/08/24 16:51
 海を漂っているかのようなまどろみの中、直子は自室で目を覚ました。

「……ん」

 ぼんやりとした視界にまず映ったのは、不健康そうな顔色をした老人の笑顔だった。

「……おはよう」

 挨拶しつつ、手の平サイズの鷲巣のぬいぐるみを払いのけて直子は身体を起こす。
 時刻は午前七時。高校でも大学でも、学校のあるなしに関わらずほぼ毎日昼近くまで寝ていた元の世界にいた時には、考えられない起床時間であった。
 昔と違って夜通し遊んでいるような生活でないのが一番の理由だが、今の生活がそれなりに楽しいというのもそれに含まれているのだろう。

「……ふふ、学校が楽しいとか。若返ったのやら年食ったのやら分からんね。年食ったんだけど」

 中学生はババァなんだよ、という言葉を思い出しながら、ベッドを下りる。この家にパジャマらしきものはなかったので、今の直子はシャツとパンツのみの下着姿である。布団を被って寝ているのだし、そもそもその程度で風邪を引くような軟弱な身体ではないつもりだが、だからといってそのままというわけにもいかない。

「──ん、っと」

 さっき放り投げた鷲巣を筆頭に、部屋にはあまり女の子らしいとは言えない様々なぬいぐるみが散乱していた。当初は居心地が悪いくらい可愛らしい動物のぬいぐるみを中心に置かれていた部屋だったが、日が経つにつれ、いつの間にかそれらのぬいぐるみはその姿を変化させていたのだ。
 それなりにホラーな現象だが、今更不思議体験が増えたところで驚くのもおかしな話であるのでそのまま放置している。

「でも竜のぬいぐるみはないのよね」

 意地悪、と唯一残っている可愛らしい猫のぬいぐるみに言って、直子は部屋を出た。






「うーむ……」

 ここ数日、津山睦月はずっと同じことを考えていた。登校途中の今もそうである。

(……本当に、何を考えていたんだろう……?)

 先日のメンバー決め。とりあえずは全て一件落着となったが、自分でも最後に何故あんなことをやらかしたのか分からなかった。

『うん、ちゃんと見えていたよ?』

 そう言えば、おそらく直子は褒めてくれるだろうと思っていた。しかしだからといって嘘を吐くつもりなど、あの発言の寸前まで欠片もなかった。
 だというのに──、

『やるじゃない、あなた』
「────んっ!?」

 前触れもなく直子の柔らかい微笑が思い出されて、考え込んでいた睦月の顔が一瞬でのぼせたように赤く染まる。

(わー! わー! し、静まれっ! 何だか分からないけど、とりあえず静まれぇっ!!)

 頬に手を当ててしゃがみ込み、どうにか身体の火照りを冷まそうと身体をくねらせていると、

「むっきー?」
「津山さん?」
「ぼぷぅっ!?」

 通りかかった蒲原智美と妹尾佳織の声に動揺し、跳び上がるように立ち上がった。

「ど、どどどうもっ! おおおはようございますすっ!」
「ワハハ、なんだそのDJごっこ」
「智美ちゃん、その突っ込みはないと思うな」

 蒲原の言葉に苦笑しながら、佳織は壊れかけのレイディオと化した睦月に向き直る。

「────んー」
「な、何? どうしたの佳織ちゃん?」

 直子の影響か、年上以外の相手には「ちゃん」付けで呼ぶのが癖になってしまった睦月が、覗き込むような妹尾の視線に気圧され、聞いた。

「いや、智美ちゃんは目を見れば大体分かるって言うんだけど、私には全然分かんないなって」
「?」

 分からない答えに睦月は首を傾げる。

「津山さん、直子さんのこと好きなんですか?」
「……好きだけど?」
「……えっ?」
「えっ?」
「ワハハ」

 あっさりとした睦月の言葉に今度は妹尾がキョトンとした表情を浮かべ、流石に蒲原も驚いたように笑った。

「……あ、ああ? そういう意味っ!? じゃあ違う違うっ!」

 遅れて質問の真意を理解した睦月が、慌てたようにバタバタと手を振って否定する。

「違うの?」
「違うよ。直子は尊敬する人って感じで、恋愛感情とかはちょっと考えられないかな」
(……尊敬?)
(そん……けい?)

 睦月の言葉に、二人の表情が何とも微妙な、形容しがたいものになった。

「……何ですか?」
「「何でもないよ」」

 怪訝に思った睦月が聞くが、ふい、と目を逸らしてそんな風に誤魔化される。

「……何だか気に入らないけど、とにかく直子に関してはそういうこと。加治木先輩さんとは話が違います」
「はぁ。らしいよ智美ちゃん?」
「そうなのか。ゆみちんにフラれてから何となく様子がおかしかったから、もしかしたらと思ったんだが、私の勘は当たらないなぁ、ワハハ」
「カマかけてたんですか……って、何で先輩にフラれたこと知ってるんですか? あの時寝てましたよね?」

 ハッと気付いたように睦月は蒲原を見る。

「…………いや、勘だよ?」
「たった今それは当たらないと聞きました。まさか部長、あの時寝たふりを」
「ワハハハハハハハハ! 逃げるぞかおりんっ!」
「あ、うん!」
「なっ!? ちょっ!」

 誤魔化すことを一切諦め迅速に強行突破に転じた蒲原を、睦月は捕らえることが出来なかった。

「待てこのっ……!」

 風のように睦月の脇を通り抜けて、あっという間に小さくなっていく蒲原の背中に、睦月はありったけの怨嗟を込めて声をぶつけた。

「空気部長ぉっ!」

 あ、コケた。






 昼休み。

(暇っすね)

 退屈そうに机に突っ伏している東横桃子は、誰に見られることはなくとも不機嫌だった。
 最近、加治木が構ってくれないのだ。別に倦怠期というわけではない(と思いたい)。団体戦には出ない桃子は部活では殆ど出番がなく、そうでない時の昼休みの加治木は、大会が近いせいか何切るやら待ち読みやら、麻雀関連の教本を黙々と読んでいるので、何となく話しかけ難いのだ。

(……まぁ、読書に夢中の先輩をずっと見てるのでもいいんすけど、やっぱり邪魔になったら悪いっすからね……)

 それに加えて最近知ったことだが、最初の加治木との一件はしっかり「1―Aには三年の加治木と付き合っている奴がいるらしい。百合ん百合んな意味で」と噂になってしまっているらしい。適度に距離を置かねば加治木に迷惑が掛かってしまう。 とは言っても、睦月の例を思い出すまでもなく、黙っているだけでファンが増えていく加治木のことなので、気が気ではない桃子は結局は一緒に行動することが多くなるのだが……。
 とその時、

「ねぇねぇ!」

 やたらテンションの高い声が聞こえた。

「ねぇねぇ直子さん! 今週麻雀大会出るって聞いたんだけど、ホント?」

 伏せた状態から目だけをそちらに向ける。名前は覚えていないが、クラスメイトの一人、ボケッとした性格が印象的の女の子が、購買のパンにかぶりつく直子に話しかけていた。

「んむ、本当。明後日から土日の二日間」
「へぇ、すごーい。テレビで放送されるやつだよね?」

 ニコニコと話すその少女には高校生とは思えないほど邪気がなく、直子を前にして何の警戒もしていない。

「ああ、ひょーいえばそうだったね。フッ、かつて電波少女と呼ばれきゃ私がテレビに映るってのは、中々愉快な話だと思わにゃいか?」
(食いながら話すなっす)

 もきゅもきゅとパンを頬張りながら話す直子に内心でそんなことを思う。

「ねぇねぇ! その日応援行ってもいい? 直子さんの麻雀見てみたい!」
「ん、いいんじゃないの?」
「あ、いや直子」

 と、二人の会話を断ち切るように、チラチラと気まずそうな視線を桃子に送りつつ何故かいる睦月が割り込んだ。

「ふぁい?」
「初日はともかく、決勝は人が一杯らしいから……多分見れないんじゃないかな?」
(──へぇ?)

 まるで「お前来るなよ!? 絶対来るなよ!?」とでも言いたげな睦月の言葉に、桃子は意外そうに目を瞬かせた。

「ありゃりゃ、そうなの。んむ。じゃあ御免ね? 私が一番輝く決勝戦はテレビで見てくれ」
「えー! テレビじゃ手牌ばっかり映して直子さん映さないかもしれないじゃーん!?」
「わたひに言われてもにゃぁ」

 少女の抗議を直子はどうでもよさそうにヘラヘラと笑って流した。

(……ちょっと驚いたっすね)

 その後も三人は何事か話していたが、興味を失った桃子は再び顔を伏せて殻に籠る。
 ただ、見えないその表情にはさっきまではなかった満足そうな笑みが零れていた。

(津山先輩、まるで決勝行くの確定みたいに話すんすね)

 県予選はトップのみが先に進めるルールだ。一校ダントツが出来たからじゃあ二着狙いで~というわけにはいかない。しかも決勝以外は一人一半荘。展開によっては中堅辺りで勝負が決まることも少なくないだろう。
 そして睦月は先鋒。通常の団体戦のセオリーを考えれば、かなりの確率でそのチームの最強クラスとぶつかる位置である。
 そんな彼女が当たり前のように決勝戦を視野に入れた雑談をしているのだ。そんなこと、睦月によって団体戦のメンバーから消し飛ばされた桃子にしてみれば
──、

(……悪くないっすね)

 理由は気に入らないが、別に桃子は睦月に対してそれほどの反感は抱いていない。むしろ彼女がああしてくれたおかげで、加治木の気持ちの一端を知れたのだ。流石に感謝するつもりはないが、ズルズルと引き摺って喧嘩を売るつもりもない。
 ただ一つ気掛かりだったのが、睦月が大会に対してやる気を失っている可能性だった。あの時の対局を「団体戦メンバーになる」ではなく「桃子を蹴落とす」を目的としていたのならあり得る話だ。そうなると、いくら部員の集まった記念出場のような感じとはいえ、蒲原や加治木に少し悪い気がする──などと思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

(私を見つけて調子に乗ってるのか、直子に影響されて無駄に自信がついたのか……そこら辺は分からないっすけど──)

 少なくともある程度目的を達してしまった桃子の代わりくらいには、十分やる気を出してくれているようだ。

(頑張って下さい、津山先輩)



[9232] 大会ルール
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:9b1b515d
Date: 2010/10/07 15:51
東南戦。

クイタン・後付け有り。
食い替え不可。

100000点持ちスタート。

各校一チーム五名(+補欠一名)とする。補欠メンバーが出場した際、同大会中は同じ五名で出場しなければならない。

一、二回戦は一名一半荘行い、決勝戦は二半荘ずつ行う。

ウマ・オカはなし。各人の半荘が終わる度、点数を維持したまま次の対局者に交代する。

決勝卓では一半荘毎に場決めを行う。


常に1翻しばり(場にゾロ2つ)。
王牌は常に14枚残し。

表ドラの他に、裏ドラ、槓ドラ、槓裏あり(ドラは全て表示牌の次牌とする)。

上の他に赤ドラあり(萬子五一枚、筒子五二枚、索子五一枚)。

オーラスの親のあがりやめ・聴牌やめ 有り。

聴牌連荘聴牌料 場に3000点。形式聴牌でも良い(空テン、フリテンも可。自分の手牌で和了り牌が消去されている場合は聴牌ではない)。

本場は1本につき300点。流局時、親がノーテン、または子の和了りがあれば、次局へ移る(オーラスの場合は終局)。

聴牌形の公開は荘家→散家の順に行う。自分の牌に関する見せ牌規定はない。連荘は親の和了、流局時聴牌により成立。

自分のツモがない場合のリーチはかけられない。行った場合は和了り放棄。 また、リーチの取り消しは出来ない。

連風牌対子 4符。

途中流局 九種九牌・複数による四槓・三家和。

四人リーチは続行。

終了時の供託 供託のまま計算。

パオ 大三元・大四喜・四槓子の役を確定させた場合。

ミンカンの責任払いあり

役満の複合 無し。

国士無双の暗槓あがり 有り。

ダブロンの場合、上家優先(頭ハネ)となる。(発声のない、あるいは明らかに遅れて発声した場合、行為は無効)。

2翻しばりなし。チー、ポン、カン、ロン、ツモ、リーチは必ず発声して行う。ポン、カンはチーに、ロンは全てに優先するが、発声が遅れた場合などはルール委員の判断で決定。

多牌少牌 多牌は発覚した時点でチョンボ、少牌は和了り放棄とする。

空ポン・空チー・誤ロンは全て和了り放棄とする。

規定により和了り放棄になった者は、それ以後のチー、ポン、カン、ロンの行為は出来ない。

局開始時、ドラ表示牌の位置を間違えた場合、牌はそのままに本来のドラ表示牌と交換する。なお、ドラ表示牌を捲った者には罰則はない。

フリテンリーチ 有り
フリテンはツモ以外の和了りは出来ない。また、同巡以内の和了り牌の選択は出来ない。自分のツモ行為を1回経ること。もしロン行為した場合、倒牌時のみチョンボとなる。それ以外は和了り放棄。

ノーテンリーチ 無し。
故意、過失にかかわらず、ノーテンでリーチをかけた場合は、その局が流れたらチョンボ。但し和了った者が出たらチョンボは免れる。

槓を行う時は、四枚の牌を全て見せてからにする。

リーチ後の暗槓は、手牌の面子構成が変わらない場合のみ出来る。これに反する暗槓をした場合、流局時チョンボとなる。

単独で四回のカン行為が行われていた場合、五回目のカンは出来ない。

暗槓に搶槓は該当しない(国士は例外)。

海底牌、河底牌のカンは出来ない(ポン、チーの行為も同様)。搶槓でのアガリがあった場合、新たな槓ドラは乗らない。嶺上開花と海底ツモは重複しない。

チョンボ
チョンボの罰符は、親・子共に12000点供託とする。この供託は和了者が出ても動かず、半荘終了までないものとして扱う。
チョンボが発生したらその局はノーゲーム扱いとなり、積み棒は増えず、同じ親での再ゲームとなる。オーラスも同様(チョンボが発生した局に出されたリーチ棒、1,000点罰符棒は出した本人に戻る)。

トビ終了
対局中持ち点が-100点以下になった者が出た場合、その場で終了し、次の半荘に移る。その半荘の東一局0本場終了時、四人持ち点が0点以上の場合、そのまま続行する。そうでない場合、次の半荘に移る。必ず五人全員が対局すること。


全半荘終了時、上位二校、または三校が同点数である場合、一回戦では起家から上家取り、二回戦・決勝戦では前戦の点数が高い方の勝利とする。それら全てが同じ場合、西場入りとなる。またその場合のみ、持ち点-100点以下の者がいても続行となる。ただし、持ち点1000点以上でなければリーチをかけることは出来ない。同点者の点数に差が出た時点で半荘終了となる。よって、同点者はリーチをかけることは出来ない。西四局終了時までに点差が動かなかった場合、上家取りとなる。



[9232] 番外編②(という名の生存報告)
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:88d0e8f5
Date: 2010/08/12 15:16
「カン──ツモ、嶺上開花」

4456白白白發發發 カン中中中中(←)
ツモ4

「──大三元、48000です」
「…………」
「…………」
「…………」

 呆然とする三人を視界にも入れずに、咲はゆっくりと席を立つ。

「ありがとうございました」

 聞こえるとも思えない小さな声でそう言って、そのまま対局室を出る。

「──ん、っとと」

 ざわざわと騒がしい外に出た途端、突然膝の力が抜け、その場でたたら踏んだ。

「あ、あはは。……思ったより、大変かも……」

 予想以上に体力が消耗しているらしいことを自覚して、咲は力なく笑う。
 笑うしか出来なかった。
 対局直前、いきなり全身を蝕むような虚脱感に襲われ、気が付けばここまで症状が悪化していた。

(……前にも、こんなことあったっけ……?)

 思い出すのは、原村和と行った染谷まこの雀荘──、

(あの時と──いや)

 そこで遭った、彼女である。

(あの人が……ここにいるんだ……!)

 あの時感じた粘つくような重い空気が、会場内に蔓延していた。もう一人の方はともかく、彼女はとても高校生には見えなかったが、この気配を間違えるはずもない。それに見た目の話で言えばこちらの部長も似たようなものだ。どこにでも、年不相応に大人っぽい人はいるのだろう。
 今感じている彼女の気配で、あの時と違う点はただ一つ──、

(次元が違う──っ!)

 あの時の彼女には油断があった。何がどうなろうと最後にはどうせ自分が勝つのだと、完全にこちらを見下していて──隙があった。その傲慢もまた強さに繋がるモノなのだろうが──今は違う。
 今の彼女は雀荘の時など比較にもならない、純粋な闘争心を滾らせているようだった。

「……大中なごえぶぅっ!?」
「咲ちゃんよくやったじぇー! ってありゃ?」

 息苦しさの中、思い出した彼女の名前を口に出そうとして、咲は横から抱きついてきた片岡優希にぶっ飛ばされた。

「何やってるんですか優希!」
「ご、ごめん咲ちゃん! 細い腕なのにいつも軽く受け止めてくれるから調子乗って思いっきり突っ込んじゃったじぇ!」
「たたた。いや、大丈夫だよ優……希……ちゃ」
「咲ちゃん?」

 立ち上がろうとして、咲は今度こそ全身からあらゆる力が抜けたのを感じた。
 ガクリと、立とうとしたその場で膝をつくが、その膝や腕にも力が入らず、溶けるように倒れた。

「────!?」
「────! ────!?」
「────!」

 何も聞こえなかった。
 優希が何事か叫んで、和や、少し離れた場所にいる他の部員達も駆け寄ってくる。

(……大中直子……これが、あなたの……)

 それらを視界に入れながら、咲の意識は抗いようもなく闇の中に沈んでいった。



[9232] 第七話①
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:88d0e8f5
Date: 2010/08/24 16:33
 ピッ……ピッ……。

「────ぶだ──」

 早朝の電車内で、睦月は何事か呟きながら、無心に携帯を弄っていた。

「あ、あの……津山さーん?」
「無駄っすよ、かおりん先輩」

 対面に座る妹尾が控え目に声をかけるが、隣に座っていたらしい桃子にくいくいと袖を引っ張られた。

「……あ、桃子さん。何でですか?」
「聞いてみるっす」
「?」

 言われてはてなと首を傾げた時、ぶつぶつと呪詛のような睦月の声が聞こえてきた。

「──丈夫大丈夫やれる気持ちの問題だ緊張なんかしてない全員トバす大丈夫大丈夫やれる気持ちの問題だ先鋒で勝負決めたら先輩も直子も褒めてくれるえへへへへ大丈夫大丈夫やれる気持ちの──」
「ひっ!?」

 これ以上ないほどの棒読みで、一切の抑揚もなく、どこかに感情を置いてきたかのように機械的な口調に、妹尾は怯えたように反対側の蒲原に抱きついた。

「え? な、何? 何?」
「ワハハ、駅で合流した時から何か上の空だったよな」
「昨日までは別に普通だったんだがな……直子」

 加治木が困ったように言いながら、この状態をどうにか出来そうな人物を求めて視線を睦月の隣へ──直子の方へと移す。

「うん?」
「弟子の様子がおかしいようだが……どうにか出来ないか?」
「はっ、知らんわよ」

 切り捨てるように即答された。

「…………」
「私はこういうことで緊張しない方でね。対処法なんて分かりません。……全く、最近の若者は軟弱だ」
「いや、お前がちょっと励ましてくれればあっさり元気になるような気がするんだが……」
「何で?」
「……分からないならいいさ」

 誤魔化すように会話を打ち切った加治木を直子はキョトンと見つめ、

「いつもの会話と立場が逆だな」

 確かにちょっとムカつくね、と苦笑した。

「…………」
「どれ、試しにやってみようか」
「?」

 言うが、直子はツンツンと睦月の頬をつついた。

「──大丈夫大丈夫私は出来る渡れる物理的に落ちるわけがないんだ大丈夫大丈──」

 反応なし。依然として、睦月は駆り立てられるように携帯のボタンを押し続けていた。そうすることで平静を保とうとしているのだろうが、そうすることで露骨な不気味さが醸し出されていた。
 起動している麻雀アプリの画面に表示された彼女の点数が凄まじい勢いで減っていく。

「……私をシカトするんだ?」
「夫──っ! は、はいっ!? 直子っ!?」

 低く苛立った直子の声を聞いて、ギョッと睦月は正気(?)に戻った。

「ど、どうしたので、しょうかっ!?」
(しっかり教育されてる)
(ワハハ、洗脳されてるなー)
(調教されてるっす)
(……あれ? どっちが年上でしたっけ?)

 ガクガクと身体を震わせながら、強制的に言葉を吐き出されているかのような睦月を見て、それぞれそんな感想を抱いた。

「……随分緊張してるみたいね?」

 心の声が聴こえたのか、直子から一瞬睨むような視線が四人に向けられたが、切り換えるように睦月に向き直る。

「……う、うむ……その、ごめん……」
「ふふ、気にしないで。ヘラヘラしてるよりよっぽどいいわ」
(誰すかこいつ?)
(ワハハ、違和感バリバリだな)
(言い出したのは私だが、すまん直子……正直、気持ち悪い)
(でも津山さん、無茶苦茶嬉しそうですよ?)

 柔らかい微笑を湛えて話す直子に、見ている四人の気持ちは大体同じ方向で固まったが、ただ一人、ソレを向けられている睦月だけは蕩けるように表情を弛緩させ、頬を染めていた。

「初めては誰だってそうなるわ。それに、ナニかあったら私に全部任せて大丈夫だから、安心して?」
「直子……」
「──ふっ、チョロいぜ。これでいいのかいゆみちゃん?」

 一転、直子は意地の悪さが滲み出る不敵な笑み──どや顔で加治木の方を見た。

「……やり過ぎだ、馬鹿」

 とろんとした表情で直子を見つめ、結局は周りの音を一切遮断している睦月を見て、そして何故か隣で赤くなっている桃子を見て、加治木はやれやれとため息を吐いた。






 数時間後、

「まぁ結局、あの程度でフラグを回避したなんて思ってなかったわけよ」

 県大会会場の観戦席で、若干苛立った気配を漂わせて直子はボソッと呟いた。

「いきなり何を言っているんだお前は?」
「あん? 別に。思ったより苦戦してるなって話よ」
「……そうだな」

 頷いて、加治木も険しい表情でモニターを見上げる。

起家:若槻
南二局 0本場
ドラ⑦
玄蕃山 :124000点
鶴賀学園: 68900点
裾花  : 91300点
若槻  :115800点

四巡目
手牌
玄蕃山
二五六七③⑤⑦477889發

鶴賀
二三四③④④35578西發

裾花
二四四六九九③⑤269白中

若槻
三四八①②③④⑦246南白


「ようやく他三校のバカツキも終わったか」
「東場は酷かったよなー。何やっても和了られてな」
「フルボッコっす」

 加治木達の言う通り、東場は碌な手が来ないまま翻弄され続け、一度の直撃も
ないまま三万点近くも持って行かれたのだ。

「親があるのがまだいいか。いや、悪いのかしら? 何にしろ──」

 言いながら、直子は中身を飲み干したペットボトルをめきょりと握り潰した。

「気に入らないわ。何でこの部屋ゴミ箱ないの?」
「知るかよ」







(変な気分だ……何で、こんなに落ち着いていられるんだろう……?)

 朝の醜態からは考えられないことだが、この状況で睦月は冷静に場を見つめていた。
 しかしいくら冷静でいても、現状は早急にどうにかしなければならないことに変わりはない。

捨て牌
玄蕃山
1一白二

鶴賀
南1⑥

裾花
北東⑨

若槻
9東西

 ツモ西

 点数だけの話ではない。普通に打っていたら自然に当たり牌が出ていくようになってる。幸い、この先鋒戦は即リーをかけてきてくれるタイプが揃ったようなので今まで直撃を避けれていたが、そうでなければ全局振り込んでいたかもしれない。
 そして結局、ツモられている。典型的な不ヅキの、不調だった

(……そう言えば、最近直子に聞いたことあったっけ? 不調時の対応法)
『不調時、ね。まぁ個人的な意見を言うなら、いつもと違う打ち方を心掛けるってやつかな?』

 ふと、唐突に数日前の直子との会話が思い出される。

(あの時の話はよく分からなかったけど、今でも理解しているとは言えないけど、それでも直子の言いたかったことは分かった気がする……ような気がする)

 打7

『逆を打つってやつ?』
『それもその一つだね。両面をシャボに受けたり、普通なら出にくそうな牌で待ったり』
『……でも、それじゃ打ってて自分でも混乱してこないか?』
『ああ、お前ならそう言うと思ったよ』

 ツモ三

 不調なら対子場だろう。両面の塔子を信じて打てば、東場と何も変わらない。

『直子、私は真面目に──』
『ちょっと話を変えるケド、むっきーって漫画読む?』
『……えっと、麻雀の?』
『何でもいいけど、じゃあ麻雀ので』
『……まぁ、読むけど?』

 打二

(どうせ他の面子は出来ないなら、七対子でも狙って……)

 いつでも降りれる牌を抱えつつ睦月は前に進む。
 心配なのはドラが全く見えないこと。まだ山にあったところで、睦月の手には来てはくれないだろう。
 たとえツモでも、これ以上点数が削れるのは痛い。

 ツモ④

『そう。じゃあ分かるだろうけど、あれってどう理由つけて描写されてても、んなアホなって言いたくなる展開ってあるよね?』
『役満とか?』
『それもそうだし、オーラスに都合よく逆転手が入ったり』
『あるね』

 打3

『最初はそんなこと気にせず読めたんだけどな。その内こう思うようになったのよ』
『?』
『ああ、この重要な局面でこういう結果を出せるこいつらは、きっと特別な存在なんだろうな、ってね』
『漫画のキャラだよね?』
『そうだよ?』

 ツモ三
 打四

「ポン」
(!)

 六巡目、裾花に四萬を鳴かれる。
 対子場のこの局は、不調が色濃く出ている睦月ほどではないにしろ、普通の打牌では聴牌しても和了りまで多少は時間がかかるはずだ。
 しかし今の鳴きは全員のツモに確実に影響する。重なりを求めている睦月には少々都合は悪い。

(……でもまだ、止まれない……發は切らないけど)

『じゃあ……特別なんじゃない?』
『まぁ聞け。それもそうだが、同時にこうも思ったんだ。だとしたら、この負けたキャラは一体何のためにそこに座っていたんだろう?』
『…………』
『それが主人公やライバル、そうでなくても名有りキャラなら、その敗北を糧に成長することもあるだろうけど、名無しの雀荘のおっさんだったら可哀想だよね。何万点ものリードがあっても予定調和で負けちゃって、それっきりだもん』
『いやだから、漫画のキャラだよね?』
『さあここで考えてみなさい。お前がその雀荘のおっさんだとして、漫画キャラと対局して勝てると思う?』
『……む、無理じゃないかな』
『怒らないからそんなに怯えて答えなくてもいいわよ』

 ツモ發
 打8

『そう、無理よね。あくまで一般人の我々は、一打一打でイカサマレベルの読みをしてくる“奴ら”の思考には絶対に敵わない。まして、その読みが違っていたところで結果的にどうにかなる未来があるんだからね』
『ごめん直子、何の話だっけ?』
『勝つにはそう──“奴ら”と同じ域に立たなければならない』
『直子さーん?』

 ツモ六
 ツモ五

「ポン」
「む」

 二度目、今度は若槻から白を叩く。

裾花
■■■■■■■ ポン四四四(←) ポン白白白(→)

(さすがに染め手か。でもこれで、ツモは戻った……)

『そこで逆を打つってやつだ』
『お?』
『本来あり得ない打ち回しで本来あり得ない和了りをする──なぁ? まるで漫画みたいじゃないか?』
『おお、やっと話が繋がった。そしてなるほど、さっぱり分からん』

「リーチ」
(────)

 あと少しのところで玄蕃山からリーチがかかってしまったが、

(問題ない。現物だし、萬子でもない。っていうか──)

睦月手牌
三三三③④④④55西西發發

(張ったらもう、降りないよっ!)

『人がせっかく真面目に話してやったのにな』
『その話が不調時に何の助けになるっていうんだっ!?』
『あん?』
『……ごめんなさい』
『奇跡の大逆転ってのは漫画のお約束だろ? つまり不調なときほどそのキャラは強いってことだ』
『……あー、うむ』

 ツモ──發
 四暗刻聴牌、ノータイムで三筒に手がかかる。

『だから、イメージするの』

「────っ!」

 直子の言葉を思い出して、睦月はそのまま固まった。

『イメージするだけでいいの。自分には決して出来ないことを平気でやってのける、痺れて憧れちゃう最強の“奴ら”──まあ、分かんなきゃ好きな人って解釈でいいわ』

「…………」

捨て牌
玄蕃山
1一白二發南③78東中(リーチ)

鶴賀
南1⑥7二38六五

裾花
北東⑨中92⑤③56北

若槻
9東西北南八四三⑦9

『そうすれば、予定調和のように勝利が舞い込んでくるのよ。一見無理そうでも、実際やってみると割と簡単に出来るもんよ、現実って』

(私の……っ!?)

 その時何を考えたのか、睦月は自分でも思い出せなかった。
 だが、気付けばもう、睦月の打牌は終了していた。

 打發







「ワハハー! むっきーすげぇ! 躱したぞ」
「危なかったっすねー。でも振ってもザンクっすよ?」

手牌
玄蕃山
五六七(赤)⑤⑥⑦⑦⑦34789

裾花
二二(赤)五六七九九 ポン四四四(←) ポン白白白(→)

若槻
①②③④(赤)⑤112344(赤)56


 現物で、ワンチャンスでもあった三筒を切っていたら若槻に振っていたが、桃子の言う通り、大した打点ではない。
 ツモの場合とはいえ、役満と秤に掛ければ大多数が三筒を切っているだろう。
 つまり──日和った、と言わざるを得ない。
 が、

「おかしいわね」
「……直子さん?」

 怪訝そうに眉をひそめて言った直子に、妹尾が首を傾げる。

「何がですか? やっぱり今の三筒切るべきでした?」
「いや、むっきーははよく片山キャラに取りつかれるから、あれは別にどっちでもいいよ。私が言ってるのは若槻の方」
「?」
「何でリーチかけなかったのかしら?」

 キョトンと直子を見つめる。大抵の状況でリーチをかける妹尾も同じことを思ったが、直子がそんなことを言うとは思わなかったのだ。

「即リーする奴ってのは、つまり即リーしてくるのよ。多少枚数が少なかろうがお構いなしにね。現に今まであの三人、役有りだろうがドラ単騎だろうが関係なくリーチしてたでしょ?」
「いやー直子、三筒がほとんどない状態のこの手牌ならダマの奴も多いんじゃないか?」

 直子の言葉を聞いた蒲原が振り向いて言う。

「一応出和了りも効くし、そんなおかしいかー?」
「おかしいね智美ちゃん。言ったろ? この手の手合いは早々打ち方を変えないし、周りの状況もほとんど関係ないんだ。三筒がないならドラを使って間六筒に受けるよ。そうしてないのはちょっと気に入らないな……ってちょっと待て、裾花だぁ?」
「な、何だいきなり今更」

 唐突に対戦校の一つに目を向けた直子は、何かを思い出すかのように思案して、

「ちょいゆみちゃん?」
「な」
「何っすか?」

 名前で呼ぶんじゃねぇとでも言いたげな桃子が間で返事をした。

「桃子でもいいけど、県内の順位が高い高校いくつか教えてくれない?」
「……何でそんなの」
「教えてくれない?」
「……風越と龍門渕と、三つ目は……えーっと」

 こんなことで喧嘩する必要もないかと思ったらしい。上二つを答えてから、はてと桃子は少し考え込んで、やがて思い出しようにポンと手を打った。

「思い出したっす、千曲東とかいうとこっしたね」
「──なるほど、それは分かりやすい。確か一人ネタキャラのいたところだっけ?」
「は?」
「何でもない。……しかしまずいね。このままだとむっきー、勝てるわけないわ」

 四人に聞こえないように呟いて、直子はモニターを見上げた。

『……ちっ。ロン、3900』
『はい』

 玄蕃山から和了った若槻の少女が、どこか残念そうに手牌を倒していた。



[9232] 第七話②
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:88d0e8f5
Date: 2010/10/07 15:55
 彼女らが何を考えてそんなことをしたのかはともかく、先鋒戦において確かに玄蕃山、若槻、裾花の三校は意図的に協力していた。

『ツモ、500・1000』

 まず東場はとにかく先制リーチ。睦月の手を送らせつつ、出来るだけ連荘して直撃せずとも鶴賀の点数を減らす。

『ツモ、3200オール』

 そして南場に入れば、基本的にはリーチをかけるが必ずその者の現物でダマで待つ者を用意しておく。高いか安いかはともかく、睦月がどちらに振っても鶴賀との点差は当然拡がるし、仮に東場で十分な点差が出来ていれば味方からでも和了って局を進めることが出来る。

『リーチ』
『っ! ロン、2600は2900』

 そしてどちらの場においても、睦月の親は最速で流す。特に南場の親を流せば、それ以上の失点を重ねない為にも睦月の方から軽く和了ってくれる可能性が出てくる。

『ロン……2000』

先鋒戦終了時
玄蕃山 :113000点
鶴賀学園: 69600点
若槻  :100400点
裾花  :117000点

 三人が三人とも、理想的とも言える打ち筋で先鋒戦を終えた。彼女らの本来の実力がどれほどであったのかはもう直子には分からないが、カメラによる記録がある以上、あまり露骨なサインなど使えなかっただろう。それでもああも絶妙に呼吸の合った打牌が出来たということは、別にまともにやっても十分な勝負が出来ていたのではないだろうか?

(気付いた時はヘタレが徒党組んでやがるなとか思ったけど、睦月に一切の反撃を許さなかったのは大したものだったね)

 桃子から記憶と違うことを教えられた時、直子は最初に疑ったことが、あの三人が自分と同じような事情を抱えている可能性だった。
 ちょっとこちらに馴染み過ぎて最近忘れていたが、直子はこの世界の人間ではない。そして何故そんなことになったのか、原因はまるで分かっていない。
 なら、自分と同じような人間がここにいてもそれほどおかしくはないと思ったのだ。直子とこちらに来た時系列が違う可能性もある。本来彼女らの席に座るべき人物が変わってしまったことで、桃子の言った通りの結果にもなるだろうと。
 そうなると大変である。下手すると残りの四人も協力プレイを仕掛けてくるかもしれない。決して加治木たちを侮っているわけではないが、流石にあれほどガチガチに抑え込まれれば大将戦まで耐つかどうか──、
 と、そんなことを思っていたのだが、

「ロン、さ……と、数え役満はあるんだったか」

 あっさりと、杞憂に終わった。

ドラ3

1233345566789 ロン4

「48000」

 平和一通イーペーコー清一ドラ3

 大将戦南一局の親で、直子は馬鹿じゃないのかと言いたくなるような手牌を倒した。
 そして直撃したのは現在の持ち点が最も低い──、

鶴賀学園:128000点
若槻  : 99800点
玄蕃山 : 40200点
裾花  :132000点

 玄蕃山であった。

「……えぇっ!? う、嘘……終わりなの……?」

 トビに関してこの大会は少々特殊な裁定があるようだが、大将戦に限ってはそんな時間稼ぎのような延長戦もない。

「ラストね。お疲れ様」

 これで終局である。
 結局、終始押されていたのは先鋒戦だけだった。
 考えてみれば、というか前述の通り、漫画の世界(に似た世界?)に来てしまった原因はまるで分かっていないのだ。先鋒戦の三人が組んでいたの、は直子の感じた勘も含めて事実であると断言出来るが、だからといって後の四人も組んでいるなどまずあり得ない話だったのだ。

(あーあ。私としたことが……カッコ悪)

 桃子の言ったことも「麻雀だから」で済むことである。そもそも運の絡むゲームに明確な序列などない。
 要するに、考えすぎだったのだ。

(原作でそうだったからここでもそうであるはず……なんて、考えてみればここにいる人たちを人形扱いしてて……侮辱よね)

 大体、だからこそ直子はいつの間にかこの世界に馴染んでいたのだ。周りにいるのは思春期の少年少女──何をするのか何を考えるのか、ほんの少し前のことなのに直子にはもう思い出せない、戻れない彼方の者達だからこそ……今まで楽しかった。

「……ふん、まぁ──まぁいいさ。ゆみちゃん達には何も言っていないしな。私がカッコ悪かったのはここだけの話だ」
「何の話? 直子さん」
「……おっと?」

 身体を伸ばしながら対局室を出て言い訳のように呟いた直子の声を、ニコニコと邪気のない笑顔の少女に拾われていた。

「あらあなた、来てたんだ?」

 数日前に大会について話していたクラスメイトの少女である。観戦室にはいないようだったので、来る気が失せたのかと思っていたのだ。

「えへへへ、委員長達と来たんだよー。あっちには津山先輩いるし」
「……? むっきーのこと嫌い?」
「そういうわけじゃないけど──えへへー、秘密だよー」
「ふうん」

 何故か照れたように笑う彼女を面白そうに見ていた直子だったが、ふと思い出したように目つきが変わった。

「……あれ? そういえば──」
「?」

 突然神妙な顔になった直子を、少女はキョトンと見つめる。

「お前名前なんだっけ?」
「酷っ!?」





 モリモリ、ガブガブ、グシャグシャ

「……宮永さん、本当に大丈夫なんですか?」

 カレーライスを飲むが如く口内に流し込む咲に只ならぬモノを感じて、和は若干以上に慄きながらもそう声をかけた。

「──ん……んあ、ん」

 顔を上げた咲はそのまま口を開こうとして、ふと、まるでまだ食べてる最中であったことを忘れていたかのような表情を浮かべた後、水と一緒に全てを浄化して頷いた。

「平気だよ原ふらさん。さっきはちょっと、お腹空いてたみたい」
「……そうですか」

 グルグルと目を回してそんなことを言っている彼女は、残念ながら信じられない。
 それとなく竹井久に視線を送ると、彼女も困ったように咲を眺めていた。
 そんな彼女の肩袖をクイクイ引っ張る少女が一人、

「久さん久さん」
「ん?」

 手入れのされていない長い髪によって顔が隠され、声を聞かねば男か女か区別のつかない、そうでなくともパッと見浮浪者のような外見の──藤元縁である。

「大変そうですけど、私が代わりましょうか」
「縁さん……うーん、そうねぇ……」

 控え目に手を挙げた縁をチラと見て、久はさらに困ったように首を傾げる。

「おまぁさん、そうすると明日の決勝も出ることになるぞ?」
「そうなんですよね、どうしましょう」

 まこに言われ、縁も口許を綻ばせて首を傾げる。
 そしてボソッと呟く。

「正直、こんなに壊れるとは思わなかったです……どうしよう?」
「あ?」
「いえ別に」

 表情は分からないが、苦笑したらしい。いちいち分かりにくい彼女に釣られて、何となくまこも首を傾げる。

「「「「うーん……」」」」

 ムシャムシャとサラダを貪り食う咲の周りで、四人の少女が首を傾げていた。

「……京太郎、何か私ら空気だじぇ?」
「何もいい案ないしな。それに、俺はもうずっと空気だよ。男女比1:6ってなんだよ」

 会話に入れない二人が拗ねたようにそんな話をしていた。

「……犬、女装するかぇ?」
「ありえねぇ」







「モモ、ちょっと聞きたいことがある」
「私は先輩のこと大好きっす」
「……あうぅ? いや、確かにそれはいつまでも聞いていたい言葉だががががが……ん、そうではなくてだな……」

 唐突に愛の告白をされた加治木は一瞬パニクったように目を白黒させたが、咳払いの後改めて尋ねる。

「直子は、クラスでは慕われているのか?」

 それは質問というより確認といった感じで、意外そうな表情で直子──の周りの少女達を指差した。

「ねっ? 言った通り直子さんが勝ったでしょ?」
「そうですね。凄いバカツキでしたね」
「あ、委員長そんなこと言うんだ? でも結局賭けは私の勝ちだったんだから、ここの昼御飯は奢ってよ?」
「……大中さん、良ければ昼食一緒にどうですか?」
「誤魔化すな」
「直子さん、部活の人と一緒じゃなくていいの?」
「……えぇい、私の周りで好き勝手話すな、鬱陶しい──と、あら二人共」

 姦しいの字の通り、三人の少女の間を挟まぬ会話の嵐に頭を抱えそうになった直子は、加治木達に気付くとホッとしたように手を上げた。

「……まぁ、それなりっすよ。最初にああいうとこ見たときは先輩と同じで訳分かんなかったっすけど、普段の行動観察してたら勉強教えてたり遊んだりで、色々繋がってるみたいっす」
「あいつ勉強出来るのか……あ」

 思わず口に出た言葉に加治木が慌てて口を抑えた──が、遅い。

「そうなんすよ! あり得ないっすよね!? だって普段の言動考えたら絶対馬鹿ですもん。こないだも屁理屈捏ねて数学教師キレさせたんすけど、その時あいつが言ったことなん痛たたたっ!」
「いい度胸だ小娘」

 元々それほど距離があったわけではない。互いに距離を詰めれば十秒もかからず接触する。
 あろうことか直子の目の前でそんな話をしていた桃子は、両側から頭をグリグリとされて悶えることとなった。

「ぃいあぁぁあうぅぅぅっ!!」
「おら、もっといい声で鳴きやがれ」
「き、気持ち良さそう……」
「流石にない」
「あなたおかしいわ」
「な、直子待て! 今のは私達が悪かったが、すごく目立ってる!」

 ざわざわ、ざわざわ。

「……ちっ」

 直子から逃れようと頭を振り、胸が揺れ、腰をくねらす彼女にナニかを感じる者は多かったらしい。チラチラと飛んでくる視線に苛立ったような舌打ちをして、直子は桃子を解放した。

「うぅ、痛かったっす……」
「……それで? 何で二人だけなんだ?」

 へたり込んだ桃子の頭をツンツンと突きながら加治木に尋ねる。

「あ、ああ。蒲原達は先に食堂の席を取りに行っているんだ。少し長引いたから、もしかしたら人数分空いてないかもしれないからな」
「あ、先輩」
「ふーん。ああそうそう、あの三人はクラスメイトな」

 そっとしゃがんで桃子を抱き寄せた加治木の行動には何も言わず、直子は遠慮がちに距離を置いていた三人を指差す。

「ねぇねぇ委員長、あの娘もしかして……?」
「そうでしょうね。東横桃子さん、生で見たのはあの時と合わせて二度目です」
「しかし流石だ。注目の集まっているこの状況でためらいなくいちゃいちゃするとは……。あんな告白をしただけのことはある」

 パシャパシャ

 学校で噂の百合カップルが珍しかったのか、少女の一人は何故か感心するかのように頷きながら、持ち込んだ自前のカメラで写真を撮っていた。

「……直子。この、明らかにお前の影響を受けたと思しき失礼な三人は?」
「だから、クラスメイト。ねぇねぇが口癖の紗綾ちゃん、眼鏡委員長の葉羅ちゃん、写真部の千歳ちゃんの三人。仲良くしてね」
「……とりあえず、カメラを止めさせろ」

 スンスンと泣く桃子の頭を撫でて、加治木は声を抑えてそう言った。







「はぁ」

 周囲の騒がしい喧騒をどこか遠くの意識から眺めながら、睦月はため息を吐く。

「……はっ」

 食堂の机に突っ伏していると、どこからか笑い声が聞こえた、気がした。ああそうか自分を笑っているのだと理解して、睦月は自虐的な笑みを浮かべる。
 そして──、

「はああぁぁぁぁ」
(むっきー……)
(うるさいです……)

 再びため息を吐いた睦月の様子に、蒲原と妹尾もまた鬱陶しそうにため息を吐く。

「ワハハ、なぁむっきー? いい加減元気出そうぜ? ついてない時なんてあんなもんだって」
「慰めは要りません……所詮私は口だけ女、他チームの点数源なんです……」
「うーん、かおりん援護頼む」

 すっかり根暗女になってしまった睦月をどうしたものかと、蒲原は妹尾に声をかけた。

「えっ? あ、うん。えっと、津山さん──」

 口だけ女って妖怪みたいだな、などと思っていた妹尾は蒲原の声で我に返り、とりあえず思ったことをそのまま口にした。

「そんな風に落ち込んで見せても多分直子さんは慰めてくれませんよ?」
「っ!!?」
「ワハァッ!?」

 胸を突き刺す彼女の一言に、睦月の身体は電流が走ったかのようにビクンと跳ねる。

「そもそもあの人は私達の勝敗をそれほど気にしませんよ? どうなろうと最後には自分でどうにかするつもりで、だからあの時は珍しく必死に勝とうとしてたんだと思います」
「……う、あ……っ!」
「かおりん、ちょっと……」

 そんな睦月の様子は気にしないで、妹尾はそのまま事実であろう現実を叩きつけた。

「仮に津山さんが先鋒で圧勝しても、直子さんは別に何とも思わなかったんじゃないですか?」
「うわああぁぁっ!!」
「言い過ぎだーっ!」

 ポンポンと飛び出てくる毒に耐えかねて、睦月は蒲原に抱きついて泣き出した。

「だからそんなに気にしなくても……ハッ! ごめんなさい津山さんっ! つい本音を言、って、そんなに智美ちゃんとくっつかないで下さい! 智美ちゃんもっ!」
「うあぁぁっ! うあぁぁっ!」
「ワハハ……みんな早く来てくれ……」

 涙と鼻水でグシャグシャになっていく制服に黙祷を捧げながら、早々に事態の収拾を諦めた蒲原は、加治木達との合流を心から望んだ。



[9232] 第七話③
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2010/10/07 15:47
/睦月

 対局室。

(──大丈夫だ)

 睦月は目を暝り、静かに思考に集中していた。

(……運が悪かっただけとは思わない。一回戦先鋒のあの三人は、確かに私とは違うものを持っていた)

 試合直前のこの瞬間だからこそ、睦月はようやく冷静になってあの時の状況を思い返すことができていた。ついでに、数十分前の食堂での出来事も一時的に頭から消去しておく。

「……グスッ」

 消去しておく!

(……それが何なのかは分からないけど……多分、あの三人の得た勝利は私には必要のないもの──な気がする)

 だからこそあの敗北は自分には必要だったと、涙を拭いながら睦月はそんな感想を抱いていた。
 そして──、

(……仮に、もし彼女らと同じものを持った者がこの先に──)

 否。
 そこまで進んだ思考を振り払うように、睦月は目を開いた。
 視界に映るのはまず同卓者の三人。不思議そうに睦月を見ている少女が一人、そわそわと落ち着かない様子の少女が一人、ぶつぶつと何事か呟いている少女が一人。ついでに、視界の端に審判の男性が一人。
 彼女らをそれぞれほんの一瞬だけ意識に留めて、睦月はさっきの思考をまとめる。

(この先鋒戦に、居るのだとしたら──負けるわけにはいかないっ!)



/観戦室



 がやがや、ざわざわ

 二回戦はシード校である風越・龍門渕の参戦もあるので、ガラガラに空いていると思っていたが、意外にも結構な人数が観戦室に残っていた。

(……もうこれは確定なのかねぇ? まぁ、妙なことをしなけりゃどうでもいいんだが……)

東一局0本場
ドラ7
東家:梓川女子
二四①(赤)⑤⑥379東東西發中中

南家:若里
三四(赤)五九⑦⑧(赤)なや南西白發中

西家:征矢野
一六七九②③4578北北白

北家:鶴賀学園
三五八①③⑨⑨366東南中

「ワハハ、引き続き不調だなー」
「そうね。ちょっとやな配牌だわ……痛っ」

 モニターを見上げて蒲原と話していた直子は、一瞬だけ頬に走った痛みに眉をひそめた。

「……むぅ」

 鬱陶しそうに唸りながら指でなぞる頬には、赤く綺麗な手形が付いていた。否、赤みがかった中にある僅かな青紫の痣を見ると、まるで誰かにその部分を力一杯叩かれたような痕である。

「ワハハ、大丈夫か直子?」
「津山先輩、本当に思いっきり振り抜いてたっすよね。なんかもう……はっ、ざまみろっす」

 っていうか、その通りであった。
 昼休み、食堂で周囲も気にせずに蒲原の胸で咽び泣く睦月を見つけた直子は、チョンとその頭をつついて──、

「な゛、直子……わだしは──」
「駄目だろむっきー。先鋒戦に続いてこんなところでも醜態晒すなんでぇっ!?」

 全てを言い終える前に睦月にぶっ飛ばされたのだ。

「泣いてる女子にあんな接し方はないだろう」
「いやその、ごめんなさい直子さん」

 自業自得だと言わんばかりの加治木と気まずそうな妹尾の言葉に、直子も困ったように頭を掻いて、

「いやー、まさかマジ泣きとは思わなくて。一半荘活躍出来なかったくらいであんな落ち込んでるとは思わなかったのよ」
「……はぁ」
「な、何だその表情は?」

 まるで落ち込んでいた睦月が悪いかのような──欠片も自分の非を考えていないことが分かる直子の言葉に、加治木は文句を堪えてため息を吐くに留める。

(……いや、別に直子がそこまで悪い訳じゃないんだがな……)

 蒲原からも話を聞いたが、口出ししにくい問題に加治木は内心で頭を抱える。
 心情的に加治木はつい睦月の味方してしまうが、この短期間の付き合いで直子の考え方は大体理解しているので、それを考えれば彼女を一方的に責めるのは少し酷である。
 が、そうは言っても直子に問題が無いわけではなく、それにどちらかといえばやはり直子が問題であるのは間違いはないので、色々言いたくなってしまうのだ。

「……へいゆみっち、何かムカつくこと考えてないか?」
「また妙な呼び方を……。ところでこの状況をどう見る?」

 不穏な会話の流れを察した加治木は、面倒なことを聞かれる前に直子の意識をモニターに向けさせた。

五巡目
手牌
梓川女子
二三四①③(赤)⑤⑥7東東 ポン中中中(←)

若里
三四(赤)五七九④⑦⑧⑨(赤)558中

征矢野
五六七②③224578北北

鶴賀学園
一三五七八九①③⑧⑨⑨6東 ツモ7


捨て牌
梓川女子
西3發一9

若里
西發白南⑧

征矢野
一⑨白九白

鶴賀学園
南63


『し、失礼します……』
「あら、ちょっと目を離した隙にやっぱり鳴かれてるね。っていうかあの娘困ってる?」
「多分な。因みに中が鳴かれたのは二巡目だ」

 話を逸らせたことにホッとしつつ、一言補足する。

「ふーん……とりあえず八筒切りかな?」

 目を細めて僅かに考えて、直子はそう言った。
 素直に打つなら当然東だが、ダブ東を確定させたくないが為に未だに手の内に残しているのだ。俯瞰出来ない睦月の視点からでも、あの早い仕掛けにドラや連風牌は切りにくいだろう。

 打一

「ありゃ?」
「やーいっす、外してやんのー……と言いたいっすけど、私も八筒切りっね」

 直子と加治木が話してばかりで退屈だったのか、会話に割り込むような形で珍しく直子の意見に桃子が同調する。

「どうせ張るには東切らなきゃ駄目なんすから。テンパイ時に切るか、でなきゃ今すぐ切るしかないっすよ」
「そだね。まぁ多分むっきーは重ねるか単騎にするかの最終形に定めたんだろうけど、どうかね」
「ワハハ、流石師匠。何考えてるかはお見通しだな」
「師匠って……別にいいけどさ」

 睦月の思考をトレースするように話す直子をからかうように言った蒲原の言葉に、直子は微妙な表情で苦笑する。

「……照れてるのか?」
「そんなキャラじゃないっすよ」

 加治木の呟きに桃子がないないと手を振った。



/睦月

 ツモ9
 打9

(東が切れない……)

 赤五索でもツモれば正面から殴りあってもいいが、この手牌で強引に行くのは避けたい。
 しかし──、

三五七八九①③⑧⑨⑨67東 ツモ四

 邪魔である。

(一向聴なら切るか……? いや、この形ならまだどうにかなる……八筒か、一・三筒落としだ……)

 打③

捨て牌
梓川女子
西3發一9①2

若里
西發白南⑧北九

征矢野
一⑨白九白⑧北

(リーチが来てもとりあえず九筒で回れる。一筒は親以外には確かなことは言えないけど──)

 ツモ北
 打①

(すぐに捨てる)

 不調の睦月から鳴いたせいか、梓川のツモはあまり良くないようだった。東が対子とは限らないが、もしそうならギリギリまで抑えればかなりの足止めになる。

(そう……ギリギリまで)

 ツモ1
 ツモ切り
 ツモ1
 ツモ切り

(……まずい)
「リーチ!」

 どうしようもないツモが続く間に若里からリーチがかかった。

捨て牌
西發白南⑧北九⑦8中(リーチ)

(……読めない、手なりだ。萬子は切らない──それだけでいい)

 東一局の流れなど分かる筈もない。精々早鳴きした梓川が悪く、ずれたツモで張った若里が良いのだろう、くらいだ。

 ツモ六

(……言ってるそばから萬子か。九萬は切れるけど、まだ萬子を引かされる可能性はある……)

 打北
 打①

(────っ!)

 ほぼノータイムで梓川が一筒をツモ切る。手牌にもよるが、テンパイ濃厚である。

(これで完全に東は切れなくなった。どうにか重ねるか、降りるか……)

手牌
三四五六七八九⑧⑨⑨67東 ツモ②


捨て牌
梓川女子
西3發一9①2西發3③①

若里
西發白南⑧北九發⑦8中(リーチ)4

征矢野
一⑨白九白⑧北北九②⑧白

鶴賀学園
南63一9③①11北

(……裏目った。しかも惜しいところで通ってない、でも──)

 ツモ切り

(……若里が親なら降りたかもしれないけど、東一局の子のリーチにそこまで怯えていたら……嘲笑われる──)

 その名前を意識的に思い出さないようにしながらも、この期に及んでまだそんなことを思いながら二筒を通す。
 だが、

梓川女子 打5

 梓川が手出しで切った五索に、睦月の表情が固まる。

(──スジ……降りた? 東はもう鳴けないと読んだのか……いや、今テンなのかも……?)

若里 打2

 悪いのは運か待ちか──若里はまだ和了らない。征矢野も五索をツモ切る。

 ツモ⑥

(……一向聴だけど、五・八索は少ない。巡目も遅い……)

 回ったのか降りたのか判然としないが、どちらにせよ今親のテンパイは崩れている可能性が高い。
 なら、いくつか犯したミスを取り戻すにはもう──この打牌しかない。

 打東

「っ! ポンッ!」



/観戦室



「はっ、小賢しい真似をするわ」

 絶妙のタイミングを狙って東を切ったであろう睦月を、直子は褒めているのか馬鹿にしているのか分からない表情で笑った。

「……何であそこで東なんだ?」
「何となく、そろそろツモられる気がしたんじゃないの? ほら」

 笑みを浮かべたまま直子が視線で示す。


若里
三四五六七④⑤⑥⑦⑧⑨55

征矢野
三五六七八③⑤22447東 ツモ二

「……なるほどな」

 放っておけば若里のツモだった二萬は征矢野に流れていた。とりあえずまだ睦月は大丈夫らしいことに、加治木は安心したように息を吐いた。

「でも、多分和了れないっすけどこれで親満っすよ?」

 そんな彼女の隣で、微妙な表情で桃子がモニターを指差す。

梓川
二三四四八(赤)⑤⑥ ポン東東東 ポン中中中

 ぐるぐると訳の分からない回り方をしていた梓川は、おそらく睦月の予想に反してまだ一向聴だった。

「だから小賢しいってのよ。さすがに東抱えすぎだ。普通に打って聴牌時に切ればどう足掻いても和了ってる」

 元々ドラのない安手であるが、それ故に他家の手の高さは窺える。そして手出しの多い若里の河を見れば彼女が真っ直ぐ進んでいるのも瞭然だ。平和の可能性があるならギリギリまで粘ってかわし手を狙うべきなのだ。

「まぁ、何にしろ結果論だけどね。一応678の三色──最高形を目指した打ち方はしてるから、問題ないといえば問題ない……んじゃないかしら?」
「ワハハ、何でそこで自信なくすんだ。……お?」

流局

『テンパイ』
『テンパイ』

梓川
二三四八(赤)⑤⑥⑦ ポン東東東(←) ポン中中中(←)

 若里と、最後の巡目にギリギリで張った梓川が手牌を晒していた。

『ノーテン』
『ノーテン』

「……結局届かずか。あーいや、どうでも良い訳じゃないけど、まぁ先鋒落とされてもどうにでもなるし?」
「……そういうことは睦月には言うなよ」

 またあんな騒動はごめんだと、珍しく苦々しい表情で蒲原はそう言った。



[9232] 第七話④
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2010/12/05 15:43
/対局室

「「「テンパイ」」」
「ノーテン」

ドラ白
征矢野
手牌
一二三①②③12233東東

捨て牌
北南四⑥⑧西②七八東(リーチ)發⑧⑨(赤)566西北


鶴賀学園
手牌
一一ニニ三六九②(赤)⑤123白

捨て牌
12發三六八③(赤)五④東西發北55南73


梓川女子
手牌
①①①②③④(赤)⑤444白白白

捨て牌
中89七⑨西八四⑧⑨(リーチ)87北5南6中

若里
手牌
一二三四五五五六七八九九九

捨て牌
⑥⑥⑤④⑨46中(リーチ)⑧③998南發7④

征矢野 : 98500
鶴賀学園: 77000
梓川女子:114800
若里  :106700

(──ワハハー、完全にかわしたぞー。調子は悪いままだけど、これならどうにかなるかー?)

 三人の聴牌形を見て、蒲原はプレッシャーを振り払うように大きく息を吐いた。
 ダマなら少なくとも誰かは和了れていただろう。確かに皆いい手だがリーチをかけなくとも打点に問題はない。不調の鶴賀という点数源があったにも関わらずわざわざ聴牌を知らせるのは、どう考えても失策であった。

(よーし、後二局は気合い入れて行くか──)

 押し込めていた闘志を引き出して、蒲原は力強く牌山に手を伸ばした。

南三局一本場
供託三本
ドラ南

(──来いっ!)

南家
手牌
二五九①①③⑧489東西北

 ガクリと、思わず身体から力が抜けて卓に倒れ込みそうになった。

「?」
「……な、何でもない。ワハハ、失礼しましたー……」

 首を傾げてこちらを見た梓川の少女に軽く頭を下げる。

(……うーん、ちょっとどうしようもないんじゃないか、これ?)

 さっきまでの気合いが萎んでいくのを感じつつ、蒲原は征矢野の打牌に合わせて牌をツモる。

 ツモ南

「…………」

 打東

 殆どいらない牌なので切る牌には特に困らない。そして打開を考えながら三巡が過ぎて、ようやくある程度の情報が揃ってきた。

(んー。これならこのツモで、よし──)

四巡目

征矢野 
東一北②

鶴賀学園
東③六

梓川女子
南白一

若里
西82

手牌
二五九①①⑧1489南西北 ツモ西

(これで二つ……で、これだなっと)

 打北

 狙うは七対子。あの配牌から強引にでも和了ろうとするならそれしかない。

(手牌の形がろくなもんじゃないからな。ゆみちんほどじゃないが私だってチートイの──ワハ、三つ目ゲットだぜぃ)

 ツモ4
 打8

 序盤に切られた牌の周りは持たれていない場合が多い。あくまで目安にしかならないが、一枚重ねるだけで手が進む七対子を狙う際はその一枚が要となる。
 そして七対子はその性質上、ドラがあれば破壊力は一気に跳ね上がる。

 ツモ南

(────っ!)

六巡目
捨て牌
征矢野 
東一北②二發

鶴賀学園
東③六北8

梓川女子
南白一57

若里
西82二四

手牌
二五九①①⑧1449南南西西

 たった二巡で牌姿がかなり変わった。和了りきればこの態勢の悪さを払拭出来るだろう。

(ここは単純に枚数の少ない方を切る──)

 打二



/会場 廊下



「──見ぃつけた」
「……ああ、直子の……(名前何だっけ?)。来てたんだ……」

 遠い目をした睦月がグッタリと廊下のベンチに横になっていると、いつものようにニコニコ笑顔を浮かべた紗綾が愉快そうに覗き込んできた。

「……どうしたの?」
「うん? えへへ、直子に言われて、委員長と先輩探し競争してたの。私の勝ちー」
「……ふーん」

 自分から聞いておきながら、睦月の返事は物凄くどうでもよさそうな響きだった。
 ──が、

「……フッ、次に先輩は、『なんだ、直子が直接探しに来てはくれないのか』と思うっ!」
「なんだ、直子が直接探しに来てはくれないのか……ハッ!?」

 ────。

「──え……なぁっ!?」
「あはははははははっ!!」

 鋭いとか的確などというレベルではない、あり得ない程ピンポイントに思考を読まれ、睦月は思わず起き上がって紗綾を見た。

「~~~~っ! もう、先輩分かりやすすぎ!」
「い、いや、お前は笑いすぎだ……」

 抱腹絶倒──その言葉を知った時、「倒れるほどお腹を抱えて笑うなんて、どんなに可笑しくても普通そんなことしないだろう」と睦月は思ったのだが、どうやらその認識は改めなければならないらしい。

「や、やだ──っく! あははははっ!」
「…………はぁ」

 腹を抱え、そして倒れてなおゴロゴロと床を転がって笑い続ける紗綾の姿を見て、睦月は本来覚えるべき屈辱感も忘れて疲れたように息を吐いた。
 とその時、

「見つけました」
「うわっ!?」
「っていうか、捕まえました」

 むんずと、座っている睦月の襟首を背後から掴む者がいた。

「はぁ、はぁ……ありゃ、委員長いつの間に?」
「それだけ騒いでいたら会場内どこにいても分かります。えい」
「ぐえっ」

 そのまま引っ張られた睦月が見上げた視界には、呆れたように二人を見る葉羅が映っていた。

「えーと、“委員長”さん?」
「……どうも、“むっきー先輩”。そういえば話したことはありませんでしたね」

 教室で何度か直子がそう呼んでいるのを思い出して言った睦月に、葉羅は軽く頭を下げながらもどこか冷たい口調で言った。

「とにかく、直子さんが探していました。行きましょう?」
「あ、委員長ズルい! 見つけたのは私が先だよー!」
「先に連れて行ったほうが勝ちなんですよ。というわけで先輩」

 抗議を唱える紗綾に答えてから、目を細めて睦月を見た。

「行きますよ」
「──いや、悪いけど今は一人に」
「知りません」

 言い捨て、葉羅は掴んでいた襟首を離し──、

「失礼」

 今度は首根っこを掴むと、そのまま片手で睦月を持ち上げた。

「のわぁっ!? 痛っ! 痛たたたたたたたっ!! ちょっと止めて!」
「大袈裟ですよ。えい」

 睦月の悲鳴を聞き流し、暴れる彼女の身体を押さえつけながらひょいと肩に担いだ。

「わわっ! は、放してください! っていうか何この状況!?」
「すごーい、委員長山賊みたいっ!」
「ふふ、それほどでも」

 感心はしていても決して褒めているわけではないだろう紗綾の言葉に何故か照れながら、葉羅はそのまま歩き出そうとして──、

「──もし」

 再度、割って入るように声がかけられた。

「……その、喪服のような陰気な制服……鶴賀の人……?」

 呟くように小さく、首を傾げる仕草がなければそれが質問しているとは分からない声で言って、その少女は三人の背後に立っていた。
 藤元縁である。
 まるで某ホラー映画の彼女のような、顔前を完全に覆った髪の毛のせいで表情は全く読めない。身長は睦月の腰まであるか、というほど低く、妙に儚い印象を受ける声とどこかの学校のものであろう白いセーラー服がなければ、三人は彼女を一目で女性であるとは思わなかっただろう。
 何故なら、実際そこまで見ても、

「…………」
「…………」
「…………」
(浮浪者みたいだ)
(汚い……)
(……二足歩行のゴ○ブリみたい)

 どれが誰かはともかく、口に出さないまでも三者三様にそんなことを思ったのだから、間違いない。

「……そうですけど、何か?」

 仕切るように葉羅が聞き返す。何故葉羅なのかといえば、顔見知り以外には非常に人見知りする紗綾は論外であり、年長者である睦月は肩に担がれた体勢上、葉羅が縁の方に身体を向けると縁からは睦月のお尻しか見えないからである。
 そそくさと自分の身体を盾にする紗綾に若干呆れ、そしてバタバタと暴れる睦月の足を押さえてつつ、さらに縁に尋ねようと葉羅が口を開いたところで──、

「……大中直子」

 ボソッと縁が言った。

「…………」
「…………」
「…………」
「どこにいるか知っているなら……教えてください」
「…………」
「…………」
「…………」



/観戦室



『ロン、1300だ』

③④⑤2223456677 ロン6

「きゃー! 先輩渋いっす! カッコいいっすよぉっ!!」
「四面待ちでもダマかー。まぁ後二巡しかなかったけど、微妙に勿体ない気がしなくもないなー」
「せっかく智美ちゃんが追い付いたのにね」
「ワハハ」

 エンジン全開で声を上げる桃子を止めることなど出来るはずもなく、せめて他人のふりを装って蒲原と妹尾は話していた。すぐ近くの席に同じ制服で座っている時点で、それはもう徒労に終わっているのだが。

『リーチ』
「きゃー!」
「おー、でもゆみちん調子いいなー」

東二局 西家
ドラ白

加治木 手牌
二三四五六⑥⑦⑧999中中

捨て牌
六八(リーチ)

「今度はリーチなんだ」
「役なしだし、さっきと違って早いしな。これは簡単に和了れるぞ」
「三面張っすー!」
『ツモ、一発と──裏3だ。3000・6000』
「「「おおーぅ!!」」」

若里  : 97600
梓川女子:101000
鶴賀学園:113300
征矢野 : 88100



/食堂



『おっとここで鶴賀、一気にトップに躍り出たーっ! どうですか藤田プロ、今の和了りは?』
『良いも悪いもない。鶴賀の……加治木だったか? 彼女は早めに局を進めようとしているようだ。裏3は嬉しい誤算だろうが、変わらずこのまま流しきるつもりだな』
『なるほどー。それだけ大将を信頼しているということでしょうか?』
『だろうな。しかしここの大将……いや、まさかねぇ?』

 話題性のある原村和の副将戦が終わったからであろう。頻繁に画面を切り換えては、その局の実況と解説か行われていた。
 その映像を見て、直子は感心するように手を叩く。

「おおー、勝ってる勝ってる。あっさり逆転したよ。いや全く、うちの子は優秀だねぇ。私としてはもうちょい苦戦してくれた方が楽しいんだけどなー」
「ぐぬぬぬぬ」

 それを聞いて睦月は悔しそうに唸り、握っていた割り箸がベキベキとへし折られる。

「むっきー先輩……」
「惨めですね」
「せっかくだし、写真撮ろうか」
(何がせっかくなんだろう……?)

 その対面、好き勝手話しながらパシャパシャと写真を撮る三人娘に囲まれて、縁は居心地悪そうに座っていた。

「むっきーも次は頑張るんだよ? 全く、昼ご飯食べずに行くから麻雀で頭が回らないんだよ」
「……うむ……ごめん」

 気まずそうに俯く睦月の頬をツンツンと突いてから、直子は縁の方に向いた。

「それで、コソコソしないでちゃんと顔を出してきたあなたは、一体どこのどなたなのかな?」
「…………」
「私の聞きたいこと、分かるよね?」

 言われてしかし、縁は何か答えることはなく、直子からは見えない前髪の奥で戸惑うような表情をして──、

「────」

 ふと思い付いたように、ごそごそとポケットから手のひらサイズの小さな小瓶を取り出した。

「……何それ?」
「……お、お薬……です。これのせいで……ああ、まぁ私のせいなんですけど、宮永さんが……おかしな感じに」
「……はぁ」

 断片からなんとなく話は把握出来るが、どう繋がるのかが分からず首を傾げる。そんな直子の様子には気付かず、急かされたように縁は早口で続けた。

「いや、元からちょっとおかしかったのは私のせいじゃないんで、なんていうか止めを刺した感じで気持ち悪いっていうか、どうにかしないとみんなに気付かれたら怒られちゃうっていうか──だから、お願いがあるんです」
「?」

 最後まで直子に目を合わすことなく、

「どういうつもりであなたがここにいるのか知りませんが、その予定はとりあえず忘れて、どうにかして宮永さんを止めて下さい」

 縁は俯いたままそんなことを言った。



[9232] 第七話⑤
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2011/02/12 14:48
「……あ」

 昼休み、いつもの読書スポットにやってきた宮永咲は、そこで子猫のように丸まって寝ている先客を見つけた。

「……縁ちゃん……?」

 どうにもクラスで浮いてしまっている黒い少女、藤元縁がそこにいた。

「…………ん」

 寝ていたはずの縁だったが、咲の声にピクリと反応して、再度静かな呼吸に落ち着いた。
 が、

(……起きてる)

 寝ているわりには妙に強張った姿勢で、それこそ猫のように──こちらを探るように警戒していた。

(でも、何やってるんだろう?)

 小学生のような見てくれの縁なら、なるほど華奢な咲でも十分押さえつけることは可能だが、わざわざ咲がそんなことをする理由はない。だというのに、縁の態度は、まるでターミネーターに追われているかのような警戒ぶりである。

「……うーん……?」

 なんとなく覚えのある感覚に、咲は首を傾げる。どこかでこんな風に、ただ独りでいるだけで神経を磨り減らす少女を見たことがあるような気がした。

(……まぁいいや)

 おそらく気のせいだろうと、とりあえずその疑問は置いといて、咲きはなるべく足音を立てずに縁に近付いた。

「────」
(……やっぱり顔見えないなー。前髪こんなんで邪魔じゃないのかな……)

 教室では誰かが近付こうとする度にそそくさと離れていってしまうので、寝たふりをして動かないこの機会に彼女の素顔を拝もうとしたのだが、どうにもガードが堅い娘である。

(でも、なんかこの子……いいな)

 咲に足音や気配を完全に消すスキルなどない。手を伸ばせば届く位置にまで接近すれば、流石に縁も気付かないはずがないのだ。
 にもかかわらず彼女が動かないのは“動かない”のではなく“動けない”ということなのだろう。

(寝たふりしてればどこかに行くと思ってたけど、なんか近付いてきちゃって困ってる──みたいな?)
「──うぅ」
「ふふっ」

 気圧されるように呻き声をあげながらなおも寝たふりを続ける縁の健気さに、咲は思わず頬を緩ませる。
 そして何となく縁の頭に手を伸ばそうとして──

「っ!!」
「わっ」

 パシッ、と咲の手を払い、縁は跳ねるように距離をとって咲を睨み付けた。いや、やはり咲からは彼女の表情は見えてないので、あまり意味はないのだが。

「な、何のつもりですか!? この集団ドッキリのネタばらしなら大歓迎ですが、そうでないなら」
「えいっ」
「きゃあ!?」

 ちょっと何言ってるか分からなかったので、黙らしがてらに思いきって押し倒してみた。

「は、放せっ! 私を改造手術して悪の怪人にでもしようって──」
「ああ、やっと顔見れたよ。最初からこうすれば良かった。可愛いー」
「!? ぬぐおぅっ!!」
「わわっ」

 前髪を退かして、そのあまりにも幼い顔立ちに和んでいたら、火事場の馬鹿力でも発動したのか、華奢な身体からは想像もつかない力でもって突き飛ばされた。

「み、見られた……っ!? 私の顔……可愛いっ!? い、いや、とりあえずこの女ぶっ飛ばして──!」
「ふぇに……ひょっ?」

 何かショックだったらしい。愕然とした様子で物騒なことを呟く縁に声をかけようとして、咲はそれに気付いた。

(……何これ?)

 おそらくさっきの一瞬の接触の間だろう。口の中に何かが放り込まれていた。

「──ん」

 感触からして、小さくはあってもそれなりの大きさであることは分かったので、万が一にも飲み込んでしまうとあるいはあっさり死にかねない。咲は慎重に、口を下を向けて手を入れ、吐き出すようにそれを取り出した。

「……? あっ」
「返せノーパン痴女っ!」

 その小さな瓶が取り出されると、縁は乱暴にそれを奪い取り、威嚇するように咲を睨み付けてから走り去っていった。

「な、何なの……?」

 それを見送りながら咲は思わず呟くが、縁が突然異世界に来て不安定になっている事情など、当然咲には分かるはずもない。

「まぁいいや……──ん?」

 とりあえず彼女のことは忘れて、当初の予定通り本でも読もうかとした時、ガクリと、歩き出す前に膝が崩れるように折れた。

「っとと。な、何……?」

 突然の身体の不調に咲は戸惑うような表情を浮かべ、ようやく、何故か口の中に妙に甘い感覚が広がっていて、何となく頭の奥が熱くなっているのに気付いた。

「……そうだ、さっきの……!?」

 立ち上がりながら少し考えて、咲は先程瓶を取り出した時、そこに蓋がされていなかったことを思い出した。慌てていて気付かなかったが、おそらく瓶の中にあった「何か」を飲んだせいでこんな気分になっているのだ。
 とその時、

「宮永さん?」
「あ──」

 ぽけー、と突っ立っていた咲に背後から聞き慣れた声が掛けられた。

「どうしたのですか? 顔が赤いですけど、どこか具合でも悪いのですか?」
「────」
「あの……宮永さん?」

 振り向いた先にいたのは、思った通りのピンク髪の美少女──原村和だった。
 だがしかし、何かおかしい──そう、

「原村さん──」
「は、はい?」
「原村さんが……何かいつもより綺麗に見える……」
「えっ、は? ……えぇっ!?」
「視界に花が咲いてる……これが嶺上に咲く花……?」
「い、意味が分かりません! からかっているなら──宮永さんっ!?」
「原村さん──っ!」
「抱きつか──きゃっ!?」
「いただきます」



/食堂



 どこか意味深な印象を受ける縁の言葉について尋ねる暇を与えず、直子は彼女を連れて睦月達から離れていった。

「内緒話。付いてきたら──す」

 重要な部分を伏せて、ボソッと囁かれたその脅しに歯向かうつもりはなく、睦月達はそのまま食堂に残ることになった。

「二人とも何話してるんだろうねー」
「そうですね。直子さん、何か苛々した感じでしたし」
「直子さん、子供嫌いそうだしねー」

 退屈そうに紗綾と葉羅がそんな会話をする姿を、学年の違う睦月は何となく居心地悪く眺めていた。

(……何か、場違いな気がするな……)

 面識はあり、それに特に何も考えてなさそうな紗綾に気後れすることなどないが、初対面でいきなり荷物のように運んでくれた葉羅にはすっかり苦手意識が出来てしまったらしい。どうにも会話に入りづらかった。
 そんなわけで、睦月はお茶を飲みながら携帯を弄り、私には構わないで下さいアピールをしてやり過ごしていた。
 ──が、

「そうでなくても……縁ちゃんでしたっけ? ああいう自意識の強そうな、我が儘な女子って、直子さんあまり好きには思えませんし」
(!)
「えー、そうかな? 前ちょっと話した時は、そういう子には嫌われやすいだけで、直子さん自身は好きなタイプって言ってたけど──」
「何だと?」
「「わっ」」

 聞くともなしに聞き流していた、聞き捨てならない紗綾の言葉に、睦月は思わず会話に割り込んでいた。

「ちょっとお嬢さん、その話もうちょい詳しく」
「むっきー先輩? いきなり入ってきてそれはないと思いますよ?」
「えへへー、行儀の悪い先輩にはこれ以上教えてあげなーい。ねー千歳ちゃん?」
「……何でここで私に振るのよ」

 にんまりと意地悪い笑みを浮かべた紗綾に抱きつかれ、睦月と同じように知らんぷりオーラを出して隣に座っていた千歳が面倒そうに眉をひそめた。

「や、いるのにあんま喋んないし」
「興味ないの。直子さんは好きだけど、あなたたちみたいにベタベタするつもりはないし」

 そう言って、千歳は気取ったように目を細める。あなたたちって私も含まれるのかな、などと睦月が考えていると、紗綾が笑いを堪えるように口に手を当て、葉羅は小馬鹿にするように肩を竦めて、言った。

「まっ、私達の中でいっちゃんエロいむっつりさんの癖に。スカシちゃって」
「今だってソッポ向いて何考えてたんだか」
「い、言いがかりだ。止めてよ、変な誤解されるでしょ!」

 一転して、焦ったようにチラリと睦月を見てから千歳は二人に怒鳴った。葉羅と同じように、睦月は千歳とも今まで話したことはなかったが、まぁ確かにそんな第一印象を持たれるのは嫌だろう。

「いやぁ──」
『──D卓、南二局が終了しました。大将戦に出る選手は準備を始めておいてください。繰り返します──』
「うむ?」

 何かフォローしようと口を開いた睦月だが、同時に聞こえてきた場内アナウンスの方に注意が向いた。

「今の、直子さんの組だよね?」
「もうすぐみたいですね。探しに行った方がいいんでしょうか?」
「う、うーむ。いや、大丈夫だと思うけど──」
「────」



/会場 廊下



 内容がどれ程のものか判断が事前に判断することが出来なかったため、食堂からある程度離れた会場内の片隅に縁を連れ出して、直子は彼女の話を聞いた。

「──と、いうわけで……何かエロくなっちゃった宮永さんを……どうにかして元に戻してください……」
「……えー、マジでー?」

 陰気な喋り方でそんな風に纏められ、直子は頬をひきつらせたまま肩を竦めた。

「……いつの間にか家に……『家』にあって……軽い興奮剤か何かだと思ってたんです……っていうか、宮永さん以外に使った時は……実際その程度の効果しかなかったんですけど……何故か宮永さんには漫画の媚薬みたいな効果になっちゃって……元に戻らないんです……」
「医者連れてけよ」
「そうすると、私が今までやってた“遊び”が色々バレちゃうかもしれません」

 口元を薄く歪ませて、フルフルと頭を振って縁は言う。

「……それにもしかしたら、この薬も違法なやつかも……私、捕まってしまいます」
「────」

 あまりにも勝手な言い草に直子は目をつぶって考え込み、そしてすぐに開いて──、

「うん、知らん」
「……え?」
「面倒だ。媚薬だか興奮剤だか何だか知らんが、何かあっても多分お前が捕まるだけで事態は収束するし、そもそも私じゃどうにもならんし。だから、知らん」

 相変わらず少女の表情は見えないが、間の抜けた声が聞けたことにとりあえず満足して直子は振り返ってその場を去ろうとする。
 当然、少女がそれを許す筈もない。

「ちょっと……待って、下さい」

 小さな手を伸ばして直子の制服の裾を掴み、若干焦りを含んだ声音で縁は直子を引き止めた。

「……宮永さんの安全が……保証されてません」
「だから私じゃどうにもならんのよ。それに楽観視するわけじゃないけど、多分問題ないでしょう」
「……?」

 鬱陶しげに言った直子に、縁は不思議そうに首を傾げる。そんな彼女の反応を見て不愉快そうに微笑んで直子は言った。

「私の『家』にもよく分からんもんが出たり消えたりするけどね、害になったことは一度もないわ。何度もぶちこめば多少は身体壊すかもしれないけど、その一回だけなんでしょ?」
「……は、はい。でも実際宮永さんは──」
「発露するきっかけがその薬だっただけで、元々エロいレズ娘だったんじゃない?」
「……一回戦の後、倒れました」

 わざわざ他校に人間にまで頼ろうとした原因である出来事について縁は語る。後を追って入部したものの、あれさえなければ縁ただ様子を見るだけでいるつもりだったのだ。
 が、それすらも直子にとっては大した出来事ではない。
ケロッとした口調で言う。

「どっかで自慰でもして疲れてたんだよ」
「ありえません」
「あるあるだよ。最近ウチの桃子も授業中よくやってるし。で、昼休み寝てんの」
「何それ怖い……っていうかじゃあ、私がこんなに慌てるなんて……なかったの?」
「そうだな。まぁ、ここではあんまり深刻にモノを考えるなよ。今の私らは誰かの見ている夢にでも登場してるんだと思っておきなさい」

 額を小突いてそんな風に言った直子を、縁はボーッとした様子で見ていた。

「……? 何?」
「──いえ、その……」

 ピンポーン

『D卓、南二局が終了しました。大将戦に出る選手は準備を始めておいてください。繰り返します──』
「あら、出番だわ。じゃ、火遊びはいいけど、くれぐれも余計なイベントは起こしてくれるなよ。せめて自分でどうにか出来る範囲のことにしてくれ」
「あ、えと──な、名前……教えて」
「うん? 言わなかったっけ?」

 何故かそわそわと落ち着かなそうに言った縁に、直子はキョトンとした表情で首を傾げる。睦月を担いだ葉羅達が食堂に来た時軽く自己紹介した後、「名字で呼ぶのは敵だけだ。さてお前はどう呼ぶんだ?」と、確かにキメ顔でそう言ったはずだが──、

「聞きましたけど……っていうか元々調べてから来た気がしますけど……興味なかいんで忘れました……」
「あっそう。いいけど、じゃ前のとは別のやつで名乗ろうか」
「?」

 思いついたように言ってから、直子は胸を張り不敵に口元を歪めて朗々と名乗りをあげた。

「大中直子。『豪華絢爛にしか生きられない、そういう女よ』」
「……引くわー」
「あれ? むっきーには好評だったのにな」

 気持ち悪そうに一歩退いた縁の反応に、直子は残念そうに頬を掻いた。



[9232] 第七話⑥
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2011/06/25 09:46
/会場内



鶴賀  :121800点
梓川女子:108900点
若里  :105700点
征矢野 : 63600点

(どうにか順位はひっくり返したか。……後は直子頼みだな。しかし──)

 対局室を出て現在の点数を確認し、加治木は疲れたように息を吐いた。

「ふぅ……」
(一回戦でも思ったが……どうも、こういう場所は苦手だな……)

 直接の視線がないからまだいいが、カメラに映されているという事実はかなり庶民的な感覚を逆撫でする。たった一半荘でも、内容的には半日くらい打った気分である。

「……やれやれ」
「何だい何だい、逆転しといて随分辛気臭い顔してるじゃないの」
「ああ、直……子?」

 聞き慣れた、小生意気な癖にどこか余裕を含んだ彼女の声に、加治木はホッとしたように振り向いて──、

「────」

 絶句した。

「うん? どうしたね? 大将戦の心配ならいらないぜ? 私の胸に渦巻く『焔』と名付けた闘争本能が」
「直子」
「はい?」

 ふぁさ、と髪を靡かせて語る直子を遮って、加治木は彼女が抱いているその少女を指差した。

「ソレは何だ?」
「……え? 何を言っているの?」

 表情の見えない少女はスヤスヤと寝息をたてながら、その小柄な身体を直子の胸に預けていた。そんな彼女を慈しむように抱き直しながら、直子は驚いたような表情で首を傾げた。

「あなたと私の子よ?」
「……え?」
「そりゃああれだけ激しく交われば、子供の一人や二人デキるわよ」
「そんな馬鹿な──そんな馬鹿なっ!」
「何で二回言うの。──ほら、起きな小娘」

 加治木の反応にクスリと笑いながら、直子は腕の中の少女を揺らし起こす。

「──ぅん、うーん……」
「……わざわざ起こさなくても」
「そういうわけにもいかんだろう。まさかこの子抱いたまま対局室入れって? まぁ咲達探すよりかは早いだろうけど、恥ずいし嫌よ」
「……誰だって? いや、まぁそうだが──」
「んー……」
「……お、おぉぅ……」

 結局誰だよそいつ、と続けようとした加治木だが、揺すられながらも甘えるように直子にしがみつく少女の雰囲気に、吸い込まれるように気勢を削がれた。

「か、可愛い……な」

 手入れのされていないボサボサの髪の毛のせいで若干見た目の不吉さはあるが、脱力しきった無防備な少女の姿はそれを補って余りある可憐さを秘めていた。

「そうね。でも今は離れてくれないと困るって──」

 ──が、

「……お、母さん──」
「私にお前みたいなデカイ子供がいるかっ!!」
「どお、おぉぉっ!?」

 ポツリとその寝言が呟かれた瞬間、直子は迷わずその少女──藤元縁を放るようにして加治木に投げつけた。

「ぐぇっぷ」
「な、何やってんだお前っ!?」

 カエルの潰れたような悲鳴をあげる縁を全身で受け止めて、加治木は唐突な直子の凶行を非難する。

「知らんわ。私は女の子は好きだけど子供は嫌いなの。後よろしくね。あそうそう、むっきーはうちの子達が捕まえたから、気にしなくていいよぃ」
「おい」

 くわっと目を見開き、本気で腹を立てているらしい直子はプンスカと鼻息を荒くして歩きだし、そのまま対局室へ姿を消した。

「……訳がわからん……」
(少々上に見られた程度で怒る歳でもないだろうに……。むしろ、こんな娘にそんな風に呼ばれたら、私だったら嬉しいけどな)

 そんなことを思いながら抱き止めていた縁を見下ろすと、一連の騒動で彼女の顔を隠していた髪の毛が乱れ、その表情の一部が露出していた。

「────っ」

 不審そうに細められた瞳が、加治木を見つめていた。

「……あー……こ、こんにちわ?」
「…………どうも」

 気まずそうに挨拶した加治木に、どこか緊張した動作で身体を離して、縁はペコリと頭を下げる。

「……えっと、直子とはどのような関係で?」
(何だこの質問)

 困惑からか妙な口調になってしまっているのを自覚しつつ、加治木は縁に話し掛けた。

「……関係?」
「あ、いや、関係というか……その、何であいつと一緒にいたんだ?」
「……………………まぁ、何となく──」

 焦ったように、あるいは照れたように一瞬目線を逸らしてから、縁はハッとして髪を整える。元々ボサボサの長い髪なので容姿にそれほどの変化はないが、しっかりと表情を隠すように直したところを見ると、一応彼女なりのこだわりはあるのかもしれない。

「……いえ、同じ事情の人に会えたのは初めてだったので……ちょっとはしゃいじゃいました……」
「はぁ」

 加治木からは全く意味不明なことを言って、縁は再度ペコリと頭を下げると──、

「……えぅっ!?」

 フワリとした仕種で加治木に抱きついた。

「ちょっとっ! お、お前」
「……今日は疲れた……昼からずっと歩き回って……柔らかい……」
「ね、寝るなよ……おい、本当に寝たのか?」
「──ぐー」
「おっと」

 本当に寝たらしい。力が抜けて崩れかけた縁の身体を危うく抱き止める。

「……えっ、まさかこの娘の面倒を私が見るのか?」

 抱き止めて、その本格的な脱力加減に加治木は思わずそんなことを呟いた。
 こんな娘が欲しいとは思ったが、流石に挙動が自由過ぎる。

(そんなところは確かに直子に似ているかもな)
「しかし、あの三人もそうだけど、あいつよく変な奴と知り合うな……」

 類友かと、対局室の扉を振り向いて、加治木はどこか感心するようにそんなことを呟いた。



/会場内



東一局0本場
ドラニ

東家:若里
南家:梓川女子
西家:鶴賀
北家:征矢野

配牌
若里
四五六①⑦368東東西西白中

梓川女子
ニニ(赤)五九九①②⑤⑧⑨4東北


直子
一一三三四②④1259中中

征矢野
七⑥⑦23444南南南南發

『さて、県大会団体戦予選もいよいよこのブロックを残すのみとなりました。すでに決まった龍門淵、風越女子、清澄に続き、明日の決勝戦に出場する切符を手にするのはこの四校のいずれかとなります。藤田プロ、副将戦の対局を見ると初出場の鶴賀学園に勢いがありそうですが、どうでしょうか?』
『……えー、と。そうだな。打つ人間は違うから当然同じようにはいかないだろうが、過程を無視すれば他三校は半荘一回を不利な状態から始めたと同義だからな。どうやってもある種のプレッシャーが掛かるのは間違い。尤も、それはリードをもらっている鶴賀も同じだろうが──』
『なるほど、鶴賀学園の大将の大中直子はまだ一年生ですからね。緊張からミスが生まれることも十分にありますね』
『うーん、そうだなぁ……』
「──な、何じゃとぅ?」

 どこか言葉を濁すような感じで話す知り合いの解説を苦笑する余裕もなく、染谷まこはギョッとモニターを見つめていた。

「何で大中さんが出てんのじゃあ?」
「あらまこ、あの娘と知り合いなの?」

 素っ頓狂な声をあげたまこに、キョトンと振り返った竹井久がそう聞いた。

「お客さん?」
「おうそうじゃ。やー、まさか年下だとは思わんかったなー」

 わざわざこちらから聞き出すこともしなかったわけだが、それにしても随分な口の聞き方をされていたものだと、まこは店での直子の態度を思い出して苦笑する。

「へぇ……彼女、強いの?」
「──ははぁ、言うほど来てるわけじゃないから何とも言えんが、あんまり負けてる記憶はないのぅ」

 あえて脅す必要もないので、微妙な言葉を選んでまこはそう言った。

「ふーん。せっかくだし、ちょっと見ようかしら?」
「あー、どうじゃろ。結構点差ついとるし、先に藤元の奴探した方がいいと思うが」
「それもそうね」

 クスッと、からかうように笑って、久はモニターから目を離した。あえてまこからその笑みを見えないようにしているあたり、彼女の気遣いには気付いているのかもしれない。

「それにしても縁さん、どこ行っちゃったのかしら? 昼休み終わってから急にあっちこっちうろうろしだして……」
「さぁのぅ。しかしあいつ全体的に幼いから、妙な奴に連れていかれてなけりゃいいんじゃが──」
「流石に会場の外に出ない限りそんなことにはならないと思うけど……出てないわよね?」
「さぁのぅ」

 言いながらその可能性に気が付いたのか、久は若干焦ったように振り返ってそんなことを聞いてきたが、まこに分かる筈もない。

「……もう、宮永さんの体調が戻って安心してたら……あの娘ったら……」
「…………」

 ブツブツと困ったようにに愚痴る久を横目に、まこは肩をすくめて息を吐いた。
 どうも彼女は縁に甘い気がする。否、同じく一年の優希に対しても、自分や和に比べるとどこか優しく接しているように思える。だからといって別にこちらに厳しいというわけではないので、問題ないと言えば問題ないのだが……。
 まさか久がそういう趣味だとは思わないが、しかし──、

(……いや、別に羨ましいわけじゃないんじゃよ?)

 誰かに言い訳するようにそんなことを思いながら、視線を他所に向ける。
 殆どの学校は既に対局を終えている筈だが、それでも結構な数の観戦者が残っているようだった。D卓の観戦室から溢れた者達が、一様に所々に設置されたモニターを見つめている。そういった人混みを避けて歩きながら、まこはあの小さな身体の縁を探して見回した。

(ただまぁ、色々知らないあいつがいるなぁ、と)
「──? どうしたのまこ?」
「いや、何でも……しかし縁の奴は見当たらんなぁ」

 小さくはあっても全体的に黒い彼女の存在感なら、割と簡単に見つかるだろうと思っていたのだが、どうやらそれは甘い見通しだったらしい。
 とその時、

 ピンポーン

『迷子のお知らせです。清澄高校の皆さん、藤元縁ちゃんがお待ちですので、至急受付までお越し下さい』

「とぉ?」
「あら、そう言えばそんな手が。でも縁さん、誰かと一緒にいるのかしら? こんな気の利くことする娘じゃないし」
「……ふむ、とりあえず行こうかの」



/実況・解説室



八巡目

『リーチ』

捨て牌
9三中21八①中

手牌
一一三四②③④(赤)⑤⑥⑦345

「ここで鶴賀の大中がリーチに来ました。待ちは二・五萬と、ドラが二萬であることを考えるとあまり良いとは思えませんが、藤田プロ?」
「結構な配牌だったが、意外と綺麗にまとまったな。三色も狙えるが、そこまでのごり押しは必要ないだろう」

 若干頭が寂しいアナウンサーの振りに、藤田靖子は画面を見ながら素直な感想を述べた。

「いいツモしている……それに待ちもそれほど悪くない」
「と、言いますと?」
「あの序盤の三萬切りは地味にウザい」
「…………」
「俯瞰すれば索子の辺張落としより先にあんな場所を切るのは怪しすぎると分かるんだが、しかし実際このタイミングのリーチを受けて、さぁどれが通るかなと考えると、序盤に切ったあの牌の回りは通りそうに見えてしまうのだ。八萬が切れているのも大きい」
「……あぁ、なるほど。二萬を避けても五萬は出やすいと」
「ついでに言えば、あの三萬の不自然さを気取ったとしても、真っ先に思い浮かべる待ちは一・四萬で、次が二萬と何かのバッタだ。『既にドラがあるから』、二萬が出ていかないように両面を固定した風に読めるからな」
(いずれにしても高校生らしくない打ち筋だ)

 最後の感想だけ口に出さずに飲み込んで、藤田は睨むように画面の直子を見つめる。

(先切りが古い技術だとは思わないが、せめて競技ルールの時にやれよ。それに今回のはいくら何でも早すぎる。三萬切った時点で面子なんか一つもない状態だったぞ。しかし、相変わらず見透かしたような麻雀をする……)

手牌
若里
四五六③④468東東西西北

梓川女子
ニニ四(赤)五③⑤⑦⑦456東東

征矢野
⑥⑦23444(赤)5南南南南西

捨て牌
若里
①九中白39⑦2

梓川女子
北西九九⑧⑨②①

征矢野
發中一三②七⑨

 他家の状況は最悪である。若里と梓川女子は東を持ち持ちにして動きが取れず、征矢野は配牌から殆ど動きがない。

(征矢野が開幕から南のアンカンをしていれば、また状況は変わったかもしれないが……最下位だからといっていきなり圧され過ぎだ)

 あるいはそれは県大会という舞台が理由なのかもしれないが、どちらにしろ同じことだ。
 流れ云々を差し置いても、一度怯えた心はそう簡単には立ち直らない。女子の、ましてや高校生の精神など大半が脆弱である。
 状況は間違いなく直子に味方していた。

(キツくても安くても、ここで一度あの女を止められなければ、一気にワンサイドになるぞ……)



/食堂



「うっ、むっ! 見えたっ! 南四枚切り! つまんねぇの!」

 何故か人の集まってきた食堂。
 彼らにモニター前を占領され、ゆったりと映像を観られなくなった紗綾は、ピョンピョンと忙しなく跳ねてその情報を入手した。

「いや、点数的にリーチドラ1で勝っても微妙だし、親以外で攻める気がないだけじゃない?」
「そうですか? カンすればドラ増えますし、乗らなくてもたしか符が……何点になるんですかむっきー先輩?」
「────」
「聞いてないの」

 背伸びをすれば画面を見える千歳と葉羅の会話には入らず、同じように背伸びして、睦月はボーッとした表情で画面を見つめていた。

「……直子」
「この人もいい加減素直じゃないよね」
「まぁ加治木さんが好きってのも嘘じゃないんでしょうけど。──あ、ツモった」

 二人してそんなことを囁いていると、五萬を持ってきた直子が景気よくその手牌を倒していた。
 そして──、

「直子──!」
『おっと鶴賀、ここで裏裏来ましたよ。ラス牌の九萬が良いところに眠っていましたねー』
『一気に跳満だな。さっきの加治木といい、よく乗るわ』

 安目だろうが関係なく最高打点まで引き上げ、その差をさらに広げた。

「くっ、くそっ! 見えんのっ!」
「当然のように乗せますよね」
「カッコいいよね」
「うむ!」
「「…………」」



/対局室



東三局0本場
ドラ⑤

手牌
一三五八①③⑤(赤)⑤⑦⑧⑧⑨55

(さて、フィーバーする前に、出来ればもう一発入れておきたいところなんだけど、どうしようかしら?)

 ドラ3と中々気持ち良い配牌だが、それだけに外すとこの後一気にグダる展開になるだろう。

(──ふん。まぁ、こっちでいいか)

 打一

(基本タンヤオ、二筒引いたら平和一通方面で、最強で染める……)

 リードに胡座をかくつもりはない。安牌になる牌の少ないこの手牌では、逃げるより攻めた方が圧倒的に有利である。

(勿論鳴いて4000オールになればそれで良し。この局を和了れれば後は適当に流して終われるでしょう)

 ツモ三
 ツモ九

「…………」

 東一局と同じように打つならば、前巡かこのタイミングで五筒か五索を早めに切って両面塔子を確定しておくべきである。特にドラである五筒でも放って置けば、筒子で張ればかなり分の良いリーチが打てるだろう。

(まぁ、しないけど)

 多少牌姿は悪いがまだ十分に張れる。故に、是が非でも和了らなければならないならばそう打ってもいいが、今は一気に引き離す場面である。余計な小細工は逆に勢いの枷となる。
 何より、先切りリーチをかけた東一局は和了りきり、最終形を全員に晒してしまっている。ここで同じ戦術を使えば、おそらく三度目はない。

 ツモ西
 ツモ④

「…………」

捨て牌
直子
一八九西

征矢野
東①二六

若里
東八中中

梓川女子
一南②1

(一通……いや、タンヤオの方がいいな)

 打⑨
 ツモ二
 ツモ7
 ツモ⑥

手牌
三三五③④⑤⑤⑥⑦⑧⑧557

(一向聴。そしてネックは全部埋まった。この局は取れる──)

 打7

「リーチ」
(おっと?)

捨て牌

直子
一八九西⑨二①7

征矢野
東①1二六七6中(リーチ)

若里
東八中六中五29

梓川女子
一南②189西

(……気にする必要なしだ。振ったところでさほど状況は動かん──よし)

 ツモ(赤)五索

手牌
三三五③④⑤⑤⑥⑦⑧⑧55(赤)5

(……五萬も通るだろうが、待つならこっちか)

 打三







「あっさりと追い付いたか。どうも地力に雲泥の差があるな」
「ですが待ちは間四萬だけです。ここで征矢野の会心のリーチが決まれば、多少は状況が動くかもしれませんね」

征矢野 手牌
③③④⑤⑥⑦⑦⑦⑧⑧白白白

「待ちの悪さなら征矢野の方がひどい。八筒は鶴賀に二枚でもう無いし、三筒も山に一枚あるだけだ」
「しかし鶴賀、リーチした征矢野のスジである三萬では待ちませんか?」
「悪くはないが、もう片方の待ちがな。仮に八筒が山にある状態だったとしても、征矢野のリーチにはどうせ出ない。スジを切って若干降りている風を装いつつ、場に安い萬子で待ち、六萬を引けば現物待ちに移行出来る四萬待ちの方が色々機転が利く」
「なるほど。おっと、言っている間にツモってしまいましたね」
『ツモ、タンヤオドラ4。6000オール』

鶴賀  :147600点
梓川女子: 99900点
若里  : 93700点
征矢野 : 58800点



[9232] 第七話「圧倒」
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2011/06/25 10:15
/モニター前。

 その対局を観ているものはもう、彼女ら以外にはいなかった。
 お世辞にも“勝負”とは言えない、あまりにも一方的過ぎる展開に、最後まで観ようと思う者は少なかったのだ。

「ぐぬぬぬぬ──!」

 夜叉のような形相をした金髪碧眼の少女、龍門渕透華は、その個人的な理由からこの試合を最後まで見届けなければならなかった。

①①②②③③2334455 ツモ2

『ツモ、2000・4000』
『またも大中ー!! 押し潰すかのような駄目押しの満貫和了です!』
『リャンペーコーとか珍しいなー』

「くっ! め、目立ってますの! 優勝候補の私達よりよっぽど目立ってますのー!!」

 うがー、と髪を振り乱して喚きながら、透華は絶望的な表情でそのモニターを指す。

「何ですのっ、何なんですのあの女! これでは私の華麗なる副将戦が霞んでしまいますわ!」

次局 南三局
鶴賀  :265600点
征矢野 : 55500点
梓川女子: 38000点
若里  : 40900点

 点棒があるだけで、既に勝負は決していた。残り二局でこの圧倒的な点差は、もうどうしようもない。
 ない──のだが、

『リーチ』

ドラ四
四四四五六七八③④⑤345

「なっ……っ!?」

 大中直子は手加減も自重もなく、ひたすら和了り続けていた。

『三巡でこんな最終形……なんだそりゃ』
『え、えー……ま、待ちは三・五・六・八・九萬の五面張です! どうも手がくる時は萬子で待つことが多いような気がしますね』
『……ん、そうか?』

「────」
「大した反撃もなく普通に終わりそうだな」

 パクパクと口を開閉する透華の頭をツンツンしながら、井上純はぼやくようにそう言った。

「まぁ確かにこれは酷いが、うちの大将戦も相手が哀れだったよな。最初からトビがいるから、誰が和了ってもいきなり終局とか」
「そんなことはないぞ。終わった後あの三人は衣と遊んでくれた」

 透華同様の金髪をした天江衣が、ニコニコとご機嫌な表情で純に言う。
 トビから復帰されなければ即終了の衣の大将戦は、結局果たされずに東一局で終了した。しかし、相手方の三人は麻雀の結果などどうでも良かったかのように、試合後衣に声をかけ遊びに誘ったのだ。
 鬼ごっこに。

「衣は楽しかったぞ」
「そうかい、そりゃよかったな。こっちは鬼でもないのにお前を探し回って疲れたよ。まさか会場外に出てたとは」
「すぐに萩原さんに聞ければ良かったんだけど、その時には透華がこんななっちゃってたから呼べなかったんだよね」
「…………」

 じゃらじゃらと、手首から腰に繋いだ鎖を弄んで言う国広一の隣で、沢村智紀は無言でパソコンに何かを打ち込んでいた。

「変わった人たちだったよね。初対面のはずなのに、僕らのことも知ってそうな感じだったし」

 自分たちの試合は終わり、特に用もないのでさっさと帰りたかったのだが、モニター前で荒れ狂う透華に言葉は通じなかった。
 何だかんだ言っても雇われ身分故に先に帰るわけにもいかず、純他使用人ズと衣は暇を埋めるようにこのような話をしているのだ。

「うむ、まぁ衣を子供扱いするのはいただけなかったがな」
「ははぁ、その背じゃそれも仕方ないだろうよ」
「な、何をぅ──」

 と、

『ツモ。あいよ裏3、12000オール』
『ざけんな』

「ふざけろですわ! 何故そんな馬鹿みたいにリーチをかけてるだけで和了れるんですの!?」
「「…………」」
「透華……」
「迷惑」

 周囲に人気はないが、だからといって好き勝手騒いで良いわけではないだろう。というか単純にうるさい。

「でも、確かにあの娘強いね。二万点くらいの点差で大将戦に入ったなら、普通はもっと接戦になりそうなものなのに」

 流石にフォローしきれない透華のことはさておき、一は感心したようにそんなことを言った。

「……というより、周りが気圧されてる……?」
「だな。一回戦を突破したわりに他三校がヘタレ過ぎだろ。まぁ多少攻めたくらいで、状況に違いがあったとは思えねぇけどよ──」

 ボソッとしたともきの言葉に、純も同じような感想を漏らす。

「どう思うよ、衣」

 言ってから、ふと思いついたように衣を見た。

「ん、何のこと?」
「いや、今映ってたあいつ。何かすげぇ能力持ってたりする?」
「……ふん?」

 画面に目をやって、衣は一瞬怪訝そうに首を傾げる。深淵を覗くかのような瞳で直子を眺めていると、確かに他とは毛色の違う雰囲気があるようなないような──、

「や、そこそこ骨はありそうだが、衣の相手としては少々役者不足だな」

 結局、自分の感覚の通りに衣はそう断言した。

「まださっきの──キヨスミだったか。あの娘の方が……いや、同じくらいか? まぁ何にしろ、今日は運が良かっただけだ。衣の敵じゃないな」
「ふーん。まぁ、それじゃ一応あの強さには納得ってとこか」

 息を吐いて、純はなんとなく天井を見上げた。
 昼休みの終わりかけた二回戦直前、純と衣はトイレを探して道に迷っていたらしい清澄の大将と廊下ですれ違った。
 あの瞬間に身体に走った感覚は──正直、思い出したくない。
 かつて衣と初めて会った時のモノとは別種の、意識を引き摺り込まれるような感覚は、その少女の外見が圧倒的にか弱そうにしか見えなかっただけに、余計に気持ち悪さしか感じなかった。

(気持ち悪い──? いや、あれはそういうのじゃなくて……)

『ロン、まぁわざわざ見逃すこともないでしょう。18300』

「いやぁぁっ!?」
「ひでぇなあいつ」

 何か引っ掛かる感覚があったが、それを探ろうとする前にエグすぎる直子の和了りと、割りとエロい透華の悲鳴に引き戻された。

1112345688999 ロン1

『決めたぁっ! 高め九連宝燈でしたが、残念でしたね!』
『残念とする点が既におかしい気もするが。しかしどうでもいいがあいつ、何で和了るとき一瞬カメラ目線になるんだろうな。割りとキメ顔で』
『本当にどうでもいいですね』

「この人たち仲いいよね」
「どうでもいいけどな」
「…………」

鶴賀  :301900点
征矢野 : 33500点
若里  : 10600点
梓川女子: 26000点

次局、完全にやる気をなくした若里の女子が、直子のリーチに無筋を切りまくって差し込み、12000点の直撃を受けて、県大会の予選はようやく終了した。



[9232] 第八話
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/03/15 13:22
 最近知ったことだが、自分はかなり単純な人間だったらしい。加治木に対してのアレもそうだったが、自分は多分、キリッとした印象のクールな女性がタイプなのだろう。
 クールで、知的で、格好良くて、可愛くて、強くて、綺麗な──そんな女の人が。

「……褒めすぎじゃないっすか?」
「……ん、そうかな?」

 一目で愛想笑いと分かる苦笑を浮かべた桃子に、睦月ははてと首を傾げる。

「でも、先輩って実際そんな感じだよね?」
「や、先輩じゃなくて、先輩……むっきー先輩が言ってるのは直子のことなんすよね?」

 早朝、二人は皆との待ち合わせ場所の駅前のベンチに座って話をしていた。

「あんなのと先輩を一緒にして欲しくないっすね。全然クールじゃないし、知的でもないっす。むしろ性格的にはガキだしDQNっすよ」
「──いや、その……あれだよ。私には出来ないことをあっさりやってのける、そこに痺れる憧れる──ってやつで」

 ボロカスに貶される直子を庇おうと思ったが、改めてそう言われるとあまり否定できる材料が見つからず、睦月はそっぽを向いてそんなフォローする。

「っていうかそうそう」

 そんな彼女の言葉を聞きもせず、桃子はふと思い出したように続けた。

「興味なかったんで最近まで気付かなかったんすけど、あいつむっきー先輩の前では微妙に格好つけてる節があるんすよね」
「……うむ?」
「いつもの胡散臭い仕種とかウザい台詞とか、教室で──主にあの喧しい三人組が相手っすけど、あいつらと比べて先輩の前だと、ちょっとキメ顔でどやっとしてます」

 なんでっすかね? とどうでも良さげな口調尋ねて来るが、そんなこと睦月に聞かれても分かるはずもない。しかし彼女のことだ。きっとそこには、睦月には考えもつかない深淵な理由があるのだろう。

「分かんないけど……でもとりあえず、何故か妙になつかれちゃった年下の女子の前だからって格好つけたいわけじゃないのは確かだろうね」
「えらい具体的っすね……そりゃ先輩の方が年上なんだし、その線はないでしょうよ。っていうか、それむっきー先輩のことじゃないっすか? や、別に直子はなついてないっすけど」
「…………」

 昨日の妹尾といい目の前の後輩といい、どうしてこの娘らはいらんことを言うのか。

「……まぁ本当に微妙な差、というか、違和感程度なんで、もしかしたら気のせいかもしんないっすけど」

 考えても仕方のないことだということらしい。だったら言うなと。
 そうでなくとも今の睦月の脳内は、刻々と迫る決勝戦のことでパンク寸前だというのに。

「……ああ……やっぱり負けたら直子怒るかなぁ……」

 結局いいとこなしで終わった昨日の麻雀を思い出して、睦月は消沈したため息を吐いた。

「すっかり自信なくなってるっすねー」

 桃子が来たときには、すでに睦月はここで待っていた。何だやる気十分ではないか。昨日のことはもう吹っ切ったのかなと感心していたら、別にそういうわけではなかったらしい。

「負けたくないなぁ……やだなぁ……嫌われたくないなぁ……怒るかなぁ……」

 一人ぶつぶつと、そんな根暗なことを延々呟いていたのだ。
 流石に気持ち悪かったので、先ほどの似非ガールズトークに持ち込んで気を紛らわしてあげようとしたのだが、失敗したようだ。

「……うーむ」
「いちいち女々しいっすね。勝って褒められようとか思わないんすか?」
「褒められてもどうせ『やぁ頑張ったね』とか『あら驚いた』とか、一言だよ」

 いやそれでも嬉しいけど、などと抜かしながらも、睦月は少し不満そうだった。

「……じゃアレっす、今日勝ったらなんかしてって直子に要求してみるとか」
「……──っ!!」
「……何させようと考えてんすか……」

 ぼふぅっ、と顔を上気させてそっぽを向いた睦月を、桃子は半眼で見ながらため息を吐いた。







 揺れる電車の中、直子は空虚な瞳で天井を見上げていた。

(……決勝か……)

 ここまではほぼ直子の予定通りだ──運に多く左右されるゲームであり、そもそも世界観の違う住人を相手にしなければならなかったが、それでもこと麻雀において、自分が女子高生程度に遅れをとるなどあり得ない話だった。油断とか見下すとかでなく、単純な事実として……。
 ──否、それは今日であろうと同じでなければならない。

(咲がいるな。あと、衣も……)

 気に入らない結果ではあるが、認めなければなるまい。
 勝つつもりで行ったまこの雀荘で、直子は女子高生である咲に負けたのだ。
 永遠に消えることのないその汚名の屈辱は、今日の勝利でもってしか癒すことは出来ない。

(────)

「──直子?」
「……あ?」

 戒めるように目を細めた直子を、隣に座る加治木が物珍しそうに見つめていた。

「今日は随分と静かだな。お前でも緊張とかするのか」
「──はっ、抜かしおる。むっきー邪魔」
「むがっ」

 からかうような加治木の口調を鼻で笑い、反対側の肩にもたれてきた睦月の頭を退ける。

「どちらかと言えばお前らの方がテンション低いから、私の居心地が悪いんだよ。むっきー起きろ」
「うむ……」
「いやだってお前、テレビ中継だぞ? 恥ずかしいじゃないか」
「あんた意外と小心者ね。むっきー」

 一度起きたのち、再度ウトウトと目を閉じかける睦月の頭を掴んで、直子は楽しそうにグラグラと揺らし始めた。

「寝ーるーなー」
「うーむー……まだ着いてないし、いいじゃないですかー。それに部長と妹尾さんも寝てるし」

 ブンブンと頭を振って直子から逃れ、睦月は対面の座席に寄り添うように座って目を閉じている二人を指差す。

「……ん、私は起きてるぞ?」
「あれ?」

 こちらの会話に気付き、蒲原が片目だけパチリと開けて答えた。確かによく見れば、二人は寄り添うというより、蒲原が寄り掛かる佳織の支えになっているようだった。

「まぁとにかく、妹尾は寝てるし──
「君先鋒。今から寝て起きて、寝惚けた頭で麻雀勝てる娘じゃないでしょう。今日も昨日みたいな結果だったら私のお昼は君の奢りだからね」
「うぅ──ん」

 弱ったように唸りながら、上目遣いで直子を見上げてくる。眠たげな表情な上に慣れない仕種なのだろう、あんまり可愛くない。

「……お前は本当に女子っぽいことが似合わんなー」
「…………」
「直子直子、あんまりいじめちゃダメっすよ。むっきー先輩駅であった時からガチガチなんすから」
「というか直子、思ったことをそのまま口に出すのは止めろ」
 黙り込んでしまった睦月を流石に見かねたのか、桃子と加治木にたしなめられてしまった。

(……まぁ、確かにちょっと遊びすぎたか)
「ん、悪い悪い。ちゃんと可愛いよ」
「それでフォローしたつもりか」

 ケロッとした直子の謝罪に軽く突っ込んで、加治木がふと睦月を見やると──、

「──ふふ」
「しっかり喜んでるし……」
「変なやつだのぅ」

 表情を見られまいと顔を背けながらも、しっかり声を溢してしまっている彼女を、直子は愉快そうに眺めていた。



[9232] 第九話「先鋒戦」①
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/04/02 21:19
/清澄高校 控室



「──で、決勝戦は一、二回戦と同じで、点数はずっと引き継ぎね」

 軽やかな口調で、久は部員達に最後のルール説明をする。今までに何度も話したことではあるが、割と抜けた性格の娘が多いこの部のこと。思わぬ勘違いをしている者がいないとも限らない。

「持ち点は十万点スタート。一人半荘二回ずつでトータル半荘十──」
「えぇっ!?」
「ほい来たー。どうしたの優希?」

 突然声を上げたのは思った通りの少女だった。

「一人半荘二回……一回分のタコスしか持ってきてないじょ……」

 呆然とした表情で呟いた優希の表情が、次第に焦燥によって青ざめていく。
 そんな彼女の様子に、久は思わず頬が緩くなりそうなのを危ういところで堪えた。

(──ふふ……可愛いなー)

 合宿で凹んでいた時にも思ったが、この後輩の困惑している姿には何かそそられるものがある。

(……普段は感情を全面に出して表情が変わるから、それが凍り付く瞬間にギャップ萌えを感じているのかしら……?)

 しかし──例えば縁なんかも似たようなロリィな体型で、少し毛色は違うが同じように感情的な性格をしている。にも関わらず、彼女が困っていても全く食指が動かない。表情が見えにくい娘ということもあるだろうが、それ以上に、彼女は身に纏うか弱そうな雰囲気そのままに、あざといまでに甘えた仕草をしてくれるのがベストなのである。

(……おっと、そんな場合じゃなかったわね)

 思わず熱くなってしまった。
 部員たちに、自分がちっちゃい女子に興味津々な変態さんであるとバレたら大変である。
 部長としての威厳をなくしてはならない。久は表情を努めて真剣なものに保ち、また呆れたように額に手を当てて言う。

「……んもう、合宿でもミーティングでもちゃんと話したじゃない」
「ご、ごめんなさい……あ、あぁでもどうしよう……あっ!」
「えっ?」

 オロオロと狼狽える優希は周囲を見回し、そこに須賀京太郎を見つけると、ハッと何かを思いついたように表情を輝かせた。

「京太郎! タコス買ってこい!」
「は?」

 いきなりの命令に流石の彼も一瞬鼻白んだ様子である。
 まぁ、自分が勝手に忘れた癖にそんな言い方をされたら、誰だってムカつくだろう。

「えー、こんな朝早くに開いてるかなぁ……?」

 と思ったら普通に了承の方向で返事をしていた。

「京ちゃん……」
「な、なんだよー咲」

 いつの間にか幼馴染みに備わっていた、ドン引きレベルの従僕属性に、咲の視線が冷たいものへとなっている。
 とその時、

「原村さん、パシリ男ってどう思います?」

 クイクイとスカートの裾を引っ張って、縁が和にそんなことを尋ねた。

「居てくれると助かりますけど、恋愛対象になることは一生ない思います」
「おい優希、自分が忘れたんだから自分で責任取るのが筋だろ?」
「んがー! 京太郎の癖に私に逆らうのか! っていうか、のどちゃんも縁ちゃんも余計なこと──」

 ピンポーン

『県大会予選決勝戦の選手の皆さま。あと十分で先鋒前半戦が始まります。各校の先鋒は対局室で準備して下さい』
「ギャーッ!? 京太郎、本当に頼むじょ! じゃあ行ってくる!」
「あっ優希!?」

 放送を聞いてさらに焦ったのだろう。久の呼び止める声をまともに聞くことはなく、優希はバタバタと慌ただしく部屋を飛び出していった。

「……どうしよっか?」

 優希はすばしっこいが、体格の関係でどうしても俊足にはなり得ない。故にすぐに追いかければ、もしかしたら追い付けたかもしれない。
 が、この場にいる誰もそうしようと動くことはなかった。
 理由は単純、

「そう言われてものぉ……」
「……室内で走っている優希に近付くのは危険ですから」
「そうよねー」

 まぁそういうことである。
 ただでさえ落ち着きのない娘だというのに、更に動揺し焦っている状態なのだ。たとえ追い付いても、暴走特急と化した優希は止まることなくこちらをぶっ飛ばしてそのまま去って行くだろう。

「……仕方ないわね。須賀くん、前半戦が終わったらこれ、お願い出来る?」
「はぁ。まぁ、いいっすけど……」

 机に置かれている、タコスの入った一袋を眺めて、全員でため息を吐いた。



/鶴賀学園 控室



『──準備をしてください』
「あー、何かもう──」

 放送が流れて、睦月はゆったりとした動作で立ち上がり──言った。

「何かもう、よく分かんなくなってきたぁ!?」
『!?』

 突然頭を抱えだした睦月に、室内の少女たちは驚いたように身を退いた。

「どうしたむっきー、さっきまでは落ち着いてただろー?」
「無理ですって! 私無理ですって!?」

 苦笑する蒲原に当たるかのように、ブンブンと腕を振り回して叫ぶ。

「何もこんな絶不調の時に大会なんかしなくていいじゃないですか! ちょっと今から桃子代わってよ!」

 確かに少し前まで、若干の緊張はありつつも睦月は落ち着いていた。
 少し前──会場に入ってしばらく経ってからのことだ。

『あれが鶴賀か』
『誰あの女?』
『二回戦の大将戦で三十万点まで叩いたらしい』
『勝てるの?』
『ただのバカつきだろ』
『どっちにしろもう観てるしかないし──』

 ────と。
 昨日直子が暴れまわったせいか、あっちこっちから注目集めまくりだった。
 睦月は昔から、そういうのは苦手なのだ。それが善きにしろ悪きにしろ、大勢からの何らかの期待が込もった注目というのは、それだけで気分が悪くなる。
 心が、乱される。
 ──かといって、全く期待されない状態というのも、それはそれで結構ムカつくのだが……。

「チキン根性再発か」
「っていうか、流石に無理っすよ」
「うむあぁー!!」

 加治木と桃子にもそんなことを言われて、睦月は追い詰められたように直子を振り返って、

「直子もそう思」
「黙れ」
「ぅむぐっ!?」

 胸ぐらを掴まれた。

「ここに来てギャーギャー喚くなよ。いいからさっさと行きなさい」
「────っ」

 心底鬱陶しげにそう言い放たれ、睦月は目を見開いて硬直した。

「な、直子ー? もうちょい優しく頼むぜ」
「ん? 今のそんなキツかった?」
「直子さん」

 キョトンとした表情で蒲原に聞き返した直子の背後から、妹尾が小さく囁く。

「……睦月さん、泣いちゃいますよ?」
「え゛っ?」

 言われて目を戻すと、確かにこの睦月、固まりながら目を潤ませて軽く震えている。

「──うぅっ……」

 堪えるように何度も瞬きをしており、マジで泣き出す五秒前といった感じだった。

「……なんてな。ビックリした?」
「……えっ?」

 手を放し、ケロリと笑顔を浮かべた直子はそんなことを言いだした。

「冗談だよ、そんな真面目に傷ついた顔しないでよ」
(あれが冗談の顔かよ……)
(流石に睦月も誤魔化されんだろう)

 しれっとした彼女の態度に、加治木と蒲原は呆れた表情でため息を吐く。
 いくらこの睦月でも、普段からよく直子と接しているのだ。マジか冗談かの判断くらいは付けられるはずである。ましてや今の睦月は精神的にネガティブモード、笑って誤魔化すのは苦しい状況だ。

「そんな……だって」

 思った通り、睦月は直子の作り笑いには誤魔化されず、潤んだままの瞳で彼女を見つめていた。拗ねたような表情はどこか直子を責めているようであり──何かもう、色々と無理っぽかった。
 そう全員が思った時──、

 ギュッ

『!?』

 睨むように自分を見上げていた睦月の視界を覆うように、直子は彼女の顔を抱き寄せた。

「んっ!? んむーっ!?」
「はいはい悪かったわよ。全く……私も信用ないね」

 突然の出来事に混乱する睦月だったが、直子は暴れる彼女を宥めるように押さえつけ──というか抱きしめて──柔らかい声色で睦月に囁く。

「私が今まで、あなたを傷つけるようなことを本気で言ったことがあったかしら?」
「……あ……いや……」
(あっただろ)
(あったよね?)
(あったなー)
(いっぱいあったっす)

 普段の言動を思い出して首を傾げた四人だったが、直子は構わず、撫でるように睦月の髪に触れる。

「あ……」
「大丈夫。昨日のことで自信が無くなっているのかもしれないけど、あなたはずっと私と打っていたんだから──」

 そこまで言って直子は身体を離し、睦月に笑いかける。

(この女……)
(どうしたら、こんな──)
(いい性格してるよなー)

 それはもう、何の後ろめたさも感じさせない、晴れやかで綺麗な微笑だった。

「勝てるよ。あなたは絶対に、勝てる」
「直子……」
「この私がここまで言っているのに、信じられない?」

 他の誰でも無理だったろうが。
 ここまでされて、直子に傾倒している睦月が騙されないはずがなかった。

「……うん、大丈夫」
「──ふっ、いい表情になった」

 手を離す。
 ポニーテールを結っていた髪留めが外され、長い髪がおろされていく。

「直子?」
「前から思っていだけど、あんた髪おろした方が似合うね」
「そ、そう?」
「せっかくだから、今日はそれで打ってみなさい。色々と捗るかもよ」
「……はいっ! 行ってくる!」
「おうっ! 行ってこい!」

 さっきまで泣きそうだった少女は、最高の笑顔で部屋を飛び出していった。

「……やれやれ、手間のかかる娘だ。まぁ、だからこそ可愛い部分もあるってこと、なん、だが……な」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 黄昏るように天を見上げて、カッコつけた台詞を吐いた直子を、四人はジッと見つめる。
 ……直子が睦月で遊ぶのはいつものことだが、今回は少し、彼女の好意に付け込みすぎである。その気があるならともかく、これでは殆ど弄んでるようなものだ。
 流石に本人も自覚しているのだろう。天井を見上げているのは、単に気まずい空気の中で皆から顔を背けているだけである。

「……直子」
「……ん。悪かったよ。気を付ける」

 手をヒラヒラ振って言う直子だったが、先ほどまでの彼女の言動の後では、あまり信用出来るものではない。

『四校の選手が揃いました! これより県大会決勝、その先鋒戦が開始となります!』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 何となく嫌な感じの雰囲気の中、県大会の決勝は始まった。



[9232] 第九話「先鋒戦」②
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2013/02/25 11:35
/優希


東一局 0本場
ドラ六

東家:片岡優希(清澄)
南家:井上純(龍門渕)
西家:福路美穂子(風越)
北家:津山睦月(鶴賀)

十一巡目

手牌
二五七②③⑥⑦⑨11135 ツモ④

(うぅ、せっかく東場の起家なのに、うまく手が入らないじょ……)

 まさかこの局面であんなポカをするとは──と、胃に入ることの無かった魅惑の食物を想い、優希は切なさを噛み締めながら牌を切る。

 打二

 東場だというのにドラはなく、どうも調子が悪い。和は色々言うが、やはりタコスを食べれば調子が良くなるというのは気のせいなんかではないのだ。

「ポン」
(……飛ばされたじょ)

 鶴賀が切った一筒が龍門渕に鳴かれた。

(このノッポ……!)

 井上純だったか。
 男みたいな外見で、一人称も「俺」とか言っていたが、男子としては細めの京太郎に比べて更に細い身体つきを見るに、ちゃんと女子なのだろう。

(……咲ちゃん、こういう娘はどうなんだろう?)

 ふと、昨日今日と妙にポーッとすることの多い同級生を思い出した。
 ボーっとではなく、ポーっとである。
 普段はいつもと変わらないのだが、時折風邪でもないのに表情が熱っぽくなり、そうなるとしばらくこちらの声が届かなくなるのだ。
 対局中の和も似たような状態になるので、あまり心配するほどではないのかもしれないが……。

(咲ちゃん、何か変なものでも食べたのかな……っとと)

 ツモ番になり、考え事をしている場合ではないことを思い出す。
 咲のことは緊急性はないだろう。案外、激辛タコスでも食べさせれば一発で正気に戻るかもしれない。

 ツモ⑧
 打3

「チーだ」
「じょ?」

 自分の三索まで鳴かれ、龍門渕の方に目を向けると、

 チー324
 打①

(……え?)

 違和感。
 割と鈍いらしい自分でも流石に気付く龍門渕の不可解な打牌に、しかし彼女は答えることなく──、

「ロン──」



/睦月



(……はぁ?)

純 手牌
②②六七八南南 チー324 ポン①①①(↑)

ロン南

「──2000点だ」
「……はい」

 暗刻の一筒をポンしてチーして、役牌後付けの2000点である。
 何だその仕掛けは。

睦月 手牌
四五(赤)六③④⑤⑧⑨⑨5(赤)789

(おかげでせっかくの好手が台無しだ……っ)

 ガラガラと手牌を崩して卓内に放り込み、舌打ちが出そうになるのをグッと堪える。
 何がムカつくって、和了った龍門渕の男女の、

『まさか出すやつがいるとはな』

 って感じの表情である。

(……大丈夫だ。こんなの別にミスじゃない。2000点くらい持ってけ泥棒、だ)

 頭の中で言い聞かせて、次局へと進む。

東二局 0本場
ドラ1
親:純

睦月 手牌
一五(赤)六③⑦⑨167東西白白

(……手は落ちてない。まだ戦える──)

 ツモ東

(うむ、今度は行ける──)

 打③



/純



 ある程度進んだ巡目で、純は唐突にそれを感じ取った。

(……ん、無名校の女の流れがまだ残ってるか……?)

 流れはあったが、東一局に見え見えのバックに刺さったので、さっさと視界から外していた相手だ。だが今、先ほどと同じように感覚が警鐘を鳴らしている。

(……どうする? 親はまだ手放したくないが、清澄も向かって来てる……)

八巡目
捨て牌

①西⑨⑧②中北

福路
9南二一南⑧9

睦月
③北⑨一⑦西中

優希
八九二②②中①


純 手牌
三四五③⑤(赤)23789東南発

 ツモ南

(一向聴、だがこの役牌二つは多分鳴かれる。当たることはまだなさそうだが……)

 ドラの色とはいえ、場に索子が高い。おそらく清澄の方が染めているのだろうが、そこに役牌を放るのはどうだろうか?

「あー、と。ちょっとタンマ」
(────)

 感覚を探り、突破口を見出だす。

(……行けるな)

 打発

「ポンだじぇ!」

 清澄が仕掛け、白を切る。
 無名校──鶴賀は動かない。

(白はない……? だがよし──)

 ツモ4

(今の清澄に役牌は二つはない。これは鶴賀が鳴く──!)
「リーチだ」

 打東



/睦月



手牌
五(赤)六⑥⑦11678東東白白

(……少しだけ、直子に似てる……)

 龍門渕の打ち方に、睦月は何となく直子の姿を想い描いた。
 無理に場を動かして、ついでに自分の和了りも拾う戦術は、直子も何度かやっていた。
 確かに状況的には、この東は鳴いた方がいい。とりあえず親の一発を消して、ほぼ安全牌となっている白を落としつつ、四・七萬、五・八筒の受けで7700点が狙える。
 しかし、それをすれば龍門渕の注文通りに動くことになる。

(誰がそんなことするもんか)

 東は鳴かず──ツモ⑧
 打東

 結果はどうあれ、普通に見れば東一局の龍門渕の仕掛けは愚の骨頂。睦月の流れが悪くはなるが、龍門渕の流れが良くなることは少ない。
 つまり、今の彼女に流れはない。
 故に、睦月が下手に動かなければ、向こうが勝手に自滅していくものなのだ。
 こういう流れを重視した打ち筋は、種さえ知れていれば睦月でも対応出来る。

(……大丈夫、この人は直子より数段甘い……)

 直子はそこら辺を理解しており、だから彼女は今のような東は『絶対に』鳴かしてくる。状況だけで相手を縛らず、表情や仕種、ほんの一言呟くだけの言葉でこちらを挑発し、強引に動かしてくるのだ。桃子もよく引っ掛かっていた。
 ──まぁ、競技としては問題かもしれないが……。
 東一局の2000点とその後の表情はそれはムカついたが──我慢出来る範囲ではある。

 ツモ④
 打東

「……ちっ」

 龍門渕、打5(赤)

「ロンだじょ! 發混一と赤、7700!」
(うむ)

東二局 終了
清澄 :108700
風越 :100000
鶴賀 : 98000
龍門渕: 93300

 和了りはないが手応えはある。この点差もすぐに埋められるはずだ。

(直子、私はうまく打ててるよね──?)

 昨日にはなかった、ゾクソクとした高揚感に浸りながら、睦月は胸に手を当てて直子に呼び掛ける。

(見てて、今日こそ絶対に、勝ってみせるから──!)



[9232] 第九話「先鋒戦」③
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/04/20 12:09
/鶴賀 控室


『龍門渕の井上、今回はうまく行ききれませんでしたね。鶴賀の津山が東を鳴いていれば四筒をツモれたんですが……』
『割と安全そうな勝負に思えるが、よく堪えたな。おそらく染め手気配の清澄に余計なツモが増えるのを避けたんだろう』
『そして東三局、その清澄の配牌がいい! 一、二回戦でも見せた爆発をここでも発揮出来るのか──!?』

「……ふふっ」

 実況・解説の二人の会話を聞きながら、直子はニコニコと微笑んでいる。

「いいね。売られた喧嘩を相手にしないで、しっかりと見に回る──初見の相手を冷静に対処出来てるじゃない」

 たった今終わった東二局に直子は満足そうに頷き、皆を振り返って自慢するかのようにスカした表情を向けた。

「どや? ゆみちゃんなんかにゃ散々抽象的だとか精神論だとか言われたが、私の教育も中々のもんだろう?」
「……っ、ああ。全くその通りだな」

 気だるそうな様子を隠さずに加治木はそう答える。
 ──さっきまで、何となく話し出しにくい、気まずい雰囲気だったのに、ちょっと睦月が活躍したらコレである。
 確かに龍門渕を抑えはしたが、まだ一度も和了ってもいないというのに……、

「……はぁ」

 ため息。
 直子と知り合ってから、もう本当に回数の増えたため息を吐く。

(……鶏みたいな記憶力だな。真面目に怒っているのが馬鹿らしくなるじゃないか……)

 実際、馬鹿らしい話ではある。少なくとも現時点では、直子と睦月の関係は良好なのだから、外野が一々口出しすることではない。
 ましてや加治木ゆみが──だ。

(しかしなぁ……)
「先輩先輩」
「ん? どうしたモモ?」

 何とも言えない感情に頭を抱える加治木に、桃子がギュッと腕を抱きしめて話しかけてきた。細い腕を包み込む柔らかい感触に、つい誘惑されているのかと思ったが、そうではなくただの自己主張だったようだ。
 ──悪くない。

「むっきー先輩と直子のこと、しばらく様子を見ることにしません?」
「…………」
「や、私はムカつくことの方が多いっすけど、基本的にはあいつむっきー先輩のこと気に入ってるみたいですし。無神経なだけで、進んで苛めたりなんかはしないと思うんすけど……?」
「……その無神経さがなぁ……。いや本当に、私もこんな管理みたいな真似したくないんだが」

 直子にその気はなくても、結果的に睦月が泣くことになるかもしれない。そう思うとつい彼女に何か言いたくもなる。
 それに今直子は──、

「あ、直子さん。今のは睦月さん鳴かないでいいんですか?」
「ふん? や、今はゆ……清澄が調子良いからね。あの子の席位置で鳴くと有効牌を回しちゃうことになるのです」
「へぇ……あ、本当だ! 赤ドラ引いてる!」
「鳴いてたら清澄に流れて、リーチ来てたな」
「うん。あの娘頭足りなそうだし、張ったら即リーだろうな」
「ワハハ、リーチに関してお前がそんなこと言えるのかよ」

 ……何だか仲良さそうに妹尾と蒲原の二人と話している。
 これである。
 機嫌の良いときの直子は本当に柔らかい印象の話しやすい女性であり、そんな彼女と接すると捨て猫を拾う不良を目撃するが如く、それまでの不信感が一気に帳消しされてしまうのだ。

『ツモ! 2000・4000だじょ!』

「ツモられちゃいましたね」
「何、三色ならずの安目ツモだ。やらせておkよ。ん? まだ東場か……いやそれでも、次の親で多分むっきー来るぜ」
「風越も大人しいしな。今のうちにぶっちぎれー」
「……はぁ」

 事実、加治木も今みたいな光景をずっと眺めていると、直子に対して何とも言えない微笑ましい感情が芽生え、とりあえず彼女を認めたくなってきている。

『胡散臭いし嘘臭いし、言うことキツいしすごく信用しにくい奴だけど──でも、悪い奴じゃないんだよなぁ……』

 的な。
 ──何だその面倒臭いカリスマ性は。

「……まぁ、今のところはどうしようもないしな」
「そっすね」

 直子が何かやらかす度にこんなことを考えるが、結局加治木が出す答えはいつも同じなのだった。

(私も毒されてるのか……そうでないと思いたいが……)
「はぁ……」

 モニターに目を向けると、試合はいつの間にか東四局に入っていた。



/睦月



東四局0本場
親:睦月
ドラ西

五巡目

手牌
八九④④⑤⑥23344東西 ツモ西

(──よし!)

 手応えのあるツモに、睦月は薄く笑みを浮かべる。手の進みがバレそうだが、今の自分にはさして影響はない。



捨て牌
睦月
二北白一

優希
①中9白


31②①

福路
⑧八發發



 東二局で龍門渕がとりあえず沈んでくれて良かった。少なくとも、今の彼女は正面から向かう体勢ではないようだ。

(あの河はブラフっぽい。鳴ける形は作ってるだろうけど、聴牌はかなり遠いはず……)

 鳴くにしろ門前にしろ、東一局のように動いてすぐに当たるということはおそらくない。
 つまり、

(まっすぐ行ける──!)

 打八

 東を切れば一応一向聴となるが、最悪辺七萬で張ることになる。ならばダブ東を重ねた時のメリットの方が優先される。
 デジタルっぽい思考だが、睦月は単純に最高打点を考えているだけである。

「ポン」

 好調の清澄のツモを飛ばせる牌を、純が見過ごすはずもない。八萬は鳴かれ、白が切られる。

 ツモ2

(……絶対に外さない。周りが様子見をしてる間に、一気に勝負を決めてやる──っ!)

 打九

 牌の入りはかなり良い。この手をものにすればこの半荘が取れるほどのものだ。
 が、その時
 清澄、打五

「──来たじぇ! リーチ!」
 先手を打たれた。



/純



(くそっ、鳴いてもしっかり聴牌入れるのか……)

 さっきの八萬を鳴いた時の感覚に間違いはない。どのみち清澄に手は入っていたはずである。
 だが、

(これ以上は動けねぇっ……!)

手牌
一二三四四六七九東西 ポン八八八(↑)

 八萬はもうないので、清澄の切った五萬は割と純の生命線である。しかしさっきの鳴きで清澄の調子を崩せなかった以上、ここで動くのは得策ではない。
 調子は崩せなかったものの、清澄の流れはまだそれほどではなさそうだ。おそらく入りは安目だろう。ならば、最悪和了られてもこの席位置と合わせて考えればどうとでも対処出来る。

 ツモ東
 打九

 ツモ5(赤)
 打西

 ツモ──東

(……何?)



捨て牌
睦月
二北白一九⑧中

優希
①中9白五(リーチ)西④


31②①白九西

福路
⑧八發發⑨99



 東が出ていない。
 もし鶴賀の八萬を鳴いていなければ、彼女は二枚の東と赤五索引き入れていたことになる。そしてそこに一枚でも東があれば──、

(さっきの感覚は鶴賀にだったのか……? だが、それにしちゃあ奴に対しては抑え込んだ手応えが全くないんだが……)

 それが純の気のせいでないのなら──つまり、親の脅威はまだ去っていないということ。
 好調の清澄のリーチを掻い潜り、鶴賀が勝つ可能性があるということだ。

(だとしても、今のオレにはどうしようもねぇ……っ!)

 捨て牌を見れば分かる。片目を瞑った風越の女は最初からずっと見に回っており、動く気配はない。
 ツモをズラすことが出来ない。

(五萬は鳴いておくべきだったか……!)

 打一

 動きはない。

(ちっ──!)
「リーチです!」

 鶴賀、打東

(……駄目だ、鳴いても変わる気がしねぇ)

 流れが変わる気がしない以上、下手に動かず、せめて清澄がツモることを祈るしかない。

(チーなら、刺さるのを清澄だけに出来るかもしれない……)

 だが──、
 清澄、打七

「っ!」

 ツモ四
 打七

 そして──、

「ツモですっ!」

④④⑤⑥⑥223344西西 ツモ⑤

「じぇっ!?」
「リーチ一発ツモリャンペーコードラ2、裏なし……って意味ないのか。えっと、8000オールです!」

鶴賀 :121000点
清澄 :107700点
風越 : 88000点
龍門渕: 83300点

(一気に行かれた……でも、一矢は報いてたみたいだぜ……?)

 手痛い和了りとなってしまったが、純はそこに僅かな突破口を見い出していた。

 裏ドラ表示、北

(どういう入り方したかは知らねーが、普通にやってたらトリプルまで行ってたかもしれねー。やっぱりオレの勘は正しかったんだ)

 少なくとも最悪だけは回避していた。付け入る隙はある。
 透華にはよく怒られるが、こういう結果論は自分のような打ち手にとっては時に過程よりも大事なのだ。でなきゃバックで仕掛けたりなど出来ない。

(……はは、何だよおい)

 去年は衣の存在とは関係なしに殆ど勝利が決まっていた。だというのに、今年は先鋒戦から初出場の二校に圧されているとは──、

(楽しいじゃねーかよ)

 反撃を前に、純は口元うっすらと笑みを浮かべた。



[9232] 第九話「先鋒戦」④
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/05/09 12:34
/優希



東四局1本場
ドラ白

(ぬぬぅ、赤も裏も使わず倍満とは、敵ながらあっぱれ……)

 配牌を取りながら、優希は思わず見惚れてしまう和了りをした鶴賀の少女に目を向けた。
 そこには──、

「──ふふ、直子……今の見た? ふふ、ふふふ……」
「…………」

 まるで恋い焦がれる乙女のように頬を染めた満面の笑顔で、ブツブツと何かを呟いていた。ふんわりと柔らかく広がった、妙なクセのついた長い髪を愛しそうに撫でながら、うっとりとした瞳で手牌を──
 否、ここではないどこか遠くを見つめている。
 ……ぶっちゃけ引いた。

(……な、なんのなんの、親の和了りなら私の東場はまだ続くじぇ)

 ちょっと怖かったので見なかったことにして、取り終わった手牌を理牌する。

手牌
二三四五④⑧135(赤)6西白白

 ドラは白、まだ手は死んでいない。

 ツモ⑦

(取り戻すじぇ!)

 打1

「チー」
「だーもうっ!」

 ノッポ、またお前か。



/龍門渕 控室



『ロンだ。2000は2300だな』

『ツモです。2000・3900』

『ロン、5800だ』

「純君、調子戻ってきたね」

 和了り出した純の様子を見て、一はホッとしたように息を吐いた。
 鶴賀の勢いはあれ一発だったようだ。清澄の調子が崩れ始めたこともあり、配牌もツモも目に見えて良くなっている。

「……でも、まだラス……」

 眼鏡を拭きながら、ボソッと智紀が呟く。

「親倍出てるし、それは仕方ないよ。でもこの分だと後半戦で抜けるんじゃないかな。ねぇ透華? ……あれ?」

 さっきから妙に快適に対局を観戦出来ていると思ったら、そう言えばさっきからウチのお嬢様の賑やかな声が聞こえない。
 不思議に思い、一が彼女のいた方を振り向くと、

「うちがラスッ……! 最下位っ……!! 口先だけの──小娘っ……!?」
「透華っ!?」

 鼻と顎を異常に尖らせ、ソファにぶっ倒れた透華がざわざわと落ち込んでいた。

「だ、大丈夫だよ! 誰もそんなこと思ってないよ!」

『南場に入ってから風越、龍門渕両校の和了りが目立ち始めましたね。健闘中の鶴賀、清澄両校ですが、このままリードは保てるのでしょうか』

「一……いえ、一は分かっていませんわ……」
「と、透華?」

 抱き起こす一にしなだれかかるように身を預け、透華はうわごとのような声音で呟くが、殆ど抱きつかれている状態の一にそれを聞いている余裕などない。

 ギュー

「結局のところ、観客とは過程よりも──」
(うわぁ! うわー!? うぁおぅっ!?)

 仄かに薫る彼女の匂いに抵抗するのに精一杯である。
 そりゃあ着替えやら何やら、言われれば色々なことを手伝ってきたし、今さらそんなことに照れなど覚えないが、やはり状況が変われば事情は変わる。
 簡単に言うと──、

(落ち込んでる透華可愛いぃっ!!)
「はぅっ!」

 のぼせ上がった一の鼻から、漫画のような勢いで鮮血が噴出した。

「は、一!? どうしましたの急に!?」
「だ、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。──ふぅ。あ、透華服汚れてない?」
「え、えぇ。残念ながら大丈夫みたいですわ」

 紙一重で間に合った、抑えた手からボタボタと血を垂らしながら、一は被害が小さいことに安心してホッと息を吐く。
 透華の衣服を自分の血なんぞで汚そうものなら、向こう半年はタダ働きになってしまう。
 と、

「…………」

 そんな二人を、智紀は若干身を引いて生暖かな目で眺めていた。

「ど、どうしましたの智紀?」
「どうしたのかなともきー?」
「……別に。まぁ、お似合い……」
「「へ?」」

 智紀からの言葉に二人仲良く首を傾げた時──、

『ロンだ8000!』
『前半戦終了! 暫定トップは何と初出場鶴賀の津山! 親倍で作ったリードを何とか守りきりました!』

「あれ? もう終わってたの?」
「見逃してましたわ! ウチの点数は今──」

鶴賀 :116300
風越 :102600
龍門渕: 95700
清澄 : 85400

「……び、微妙ですわ!」

 点棒状況を見ればそれほど悪いわけではないが、理想の高い透華からすれば悪い。それでも劣勢からここまで盛り返した純をあまり悪くは言えないので、透華は気まずそうな口調でそう言うだけに留めた。
 というか、今問題とすべきは純の不調ではない。風越の彼女は当然としても、こちらが思ったよりもかなり打てている鶴賀の先鋒である。

「鶴賀……」
「うん……後半大人しくなってたけど、それでもトップ取られちゃったね」

 先行逃げ切りと言えばそれまでだが、それで済ますにはあの和了りは秀麗であり過ぎた。
 あれを見てまだ「無名校だから与し易い」などと思えるのは、油断を通り越してただの馬鹿である。

「後半戦は風越のあの人も積極的に動くだろうから、そこが勝負だね」
「……鼻、拭いて」



/対局室



 前半戦が終わった。

「──ふぅ」

 緊張と高揚で火照った身体を冷ますように、睦月はぐったりと椅子に背を凭れて息を吐いた。

(……良かった……)

 昨日のと違い、今回は確かにうまく打ったという手応えはある。和了りこそ少ないが打ち込みも少なくトップで終われた。
 油断も慢心も早いが、とりあえず一安心と思うのも当然だろう。

「……直子」

 とその時、

「なぁ、鶴賀の……お前?」
「……はいっ? わ、私ですか?」

 対面に座っていた龍門渕の男女──井上純が話し掛けてきた。知らない人との会話が苦手な睦月にとっては不意討ちもいいとこで、言葉を殆どを噛んでしまった。発音的には「ひゃい? わたしですきゃ?」と表記するのが正しい
 えらい挙動不審な対応である。

「なんだよパッとしねぇな。対局中はもうちょい気迫あっただろ」
「あ、はい……どうも」
「まぁいいけど。で──」

 縮こまって頭を下げる睦月の様子に苦笑しながら、純は話を続けた。

「直子ってのは、お前んとこの大将か?」
「ぶっ!? ──っ!?!?」

 吹き出した後、睦月は目を白黒させて純を見る。

「リアクションでかいな」
「な、何であなたが直子のことを知っているんですか!?」
「何でってお前……対局中散々、『直子見てて。直子今のどう?』ってボソボソうるさかったじゃねぇかよ」
「……あ、あれ? そうでした?」

 キョトンとした表情で聞き返す睦月。どうやら、あれらの発言は殆ど無意識にしていたものらしい。

「それで、直子って奴は」
「……ハッ!? わ、私は何も言いませんよ! 直子がすごく綺麗で、いつも格好良くて──そんなこと知られたら私の敵がまた増えてしまいます!」
「……あ? いや、そうじゃなくて──」

 言わないと言いながら早速情報を漏らしてくれたのはいいが、純が聞きたいのはそんなことではない。『直子』の人となりなどどうでもいい。
 衣や、あの清澄の大将に通ずるような『何か』がその女にあるかどうか、身近な人間に聞きたかっただけなのだ。
 が、

「そいつは──」
「あ、でもちょっとならいいですよ。この間、私が傘を忘れて困っていた時の話なんですけどね? 校内で立ち往生していた私のところに直子が──」

 話しまくりだった。
 とりあえず自分と直子の何らかのエピソードを話したいらしい。
 勿論純にとってはどうでもいい話である。

(……やっちまった……!)

 こういう展開には経験がある。一に透華の、透華に一の話を振った時によく起こる現象だ。
 話し手が飽きるまで続くのろけ話──聞き手にとっては苦痛でしかない。

「──その時サッと直子が私を庇ってくれてですね。あれはカッコ良かったなー。で──」
(聞く相手、間違えたぁっ!)

 結局、純は休憩時間全てを睦月の話に費やすことになった。



[9232] 第九話「先鋒戦」⑤
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/05/09 12:35
/優希



先鋒後半戦
東一局0本場
ドラ5

東家:片岡優希
南家:津山睦月
西家:井上純
北家:福路美穂子

(──ふっ、龍門渕のノッポ……前半戦は世話になったな……)

 点数で遅れを取っている優希だが、その瞳に渦巻く闘志には僅かの翳りもない。
 理由は明白、休憩時間にて摂取したかの食物が、今まさに血肉となって身体を巡っているのを感じているからである。

(ケチな点数でわたしを怒らせたことをっ──)

配牌
一二四五(赤)七八九①⑦135(赤)東中

(後悔させてやるじょ!!)

 打中

 東場だから持ってくるだろうとか、タコス食って好調だから役牌は重なるだろうとか、そういった考えは一旦止めだ。
 後半戦は龍門渕の席が対面になったので、前半戦ほど自分の牌が鳴かれることは少なくなるだろうが、どうせ奴は優希がいい感じになれば誰からでも、どの形からでも鳴いてくる。
 食い流され、三枚目の東なり中なりを鳴いてリーチ権を捨てるより、裏目ってからでも門前で仕上げた方がいいだろう。

 ツモ⑥
 打東

(こっちから鳴きなんていれない……最速の最高打点で、全員消しトバす──!)

 ツモ東
 打東
 ツモ三
 打①

「ポンだ」

 そらきた。



/純



(ったく、手が落ちない女だぜ)

手牌
七七七九②③13西西白 ポン①①①(↑)

 ラス目だから無視しようかとも思ったが、結局また出来ているところから仕掛けてしまった。
 それだけ清澄の少女から感じる気配が強かったのだ。

(で、こっからどうすりゃいいんだ?)

 どうするも何も、西以外和了り目がほぼない。
 しかしせっかく奴のツモをズラしたのだから、しばらくはこのままの状況を維持したい。
 故に白はまだ切れない。

(まぁ和了りはおまけにしても……こっちか)

 打3

 今からだと苦しいがチャンタ、或いは役牌やドラを抱えてそうな河を作って、ブラフになればラッキーといったところである。

(トイトイまで警戒すれば字牌は簡単には切れ──っ!?)

 清澄、打西

 ツモ切りである。
 動かなければ自分に入っていた牌だ。
 当然鳴かない。

(……この猪女、ちったぁ躊躇いやが……うおっ!?)

 ツモ⑤(赤)

 動かなければ清澄が引いていた牌だ。そして次巡から──、

 ツモ東
 ツモ5

(……やれやれ……) 



/優希



(まだ終わってないじょノッポ!)

手牌
二三四五(赤)七八九⑥⑦1135(赤) ツモ4 

 若干遅れたが、前半戦とは違い龍門渕に鳴かれてもテンパイまで持ってこれた。あの鳴きで五・八筒が食い取られていなければ、まだ自分にも和了りはあるはずだ。
 ──否、

(仮に食い流されててももう一度ツモるまで!)
「リーチだじぇ!」

 打二

 ツモるか一発、あるいは裏1でも18000点。一気に原点超えで持ち直せる。
 だが──、

捨て牌
優希
中東東西一⑥③二(リーチ)

睦月
89東⑨北⑦⑥


北⑧⑥3②七七白

美穂子
43②①北③白八



/清澄 控え室



『清澄、片岡がリーチ! 前半戦と同じく龍門渕が鳴きで好牌を食い流す展開となりましたが、今回はどうにかテンパイまで漕ぎ着けました。しかし藤田プロ、このリーチは』
『ちょっと少ないな。五筒も八筒も残り一枚ずつだ』

他家 手牌
睦月
二三四③④1234南南南白


七八九③⑤(赤)15東西西 ポン①①①(↑)

美穂子
六六九⑤⑤(赤)⑧⑧⑨⑨西發中中

『まともに使える奴はいないから別に悪い待ちではないんだが、だからこそ』
『片岡一発ならず! ……あ、すみません藤田プロ』
『……だからこそ、ここはダマに取って欲しかったな。十万点を目安に考えたんだろうが、6000点程度のメリットじゃ少ない待ちの割に合わない』
『そうですね。しかし捨て牌のみを見れば五・八筒は山に生きてそうにも見えますよ』
『……河を見たなら余計にダマだ。風越のキャプテンの捨て牌は露骨に異常だからな。チートイ手で最低二枚は持たれていることを警戒すべきだ』
『なるほど……ありがとうございました。さて──』

「いやー、ヤスコったらキツいわねー」
「うー……」

 一々尤もな藤田の解説に、モニター前の久は膝に乗せた縁の頭を撫でながら苦笑するしかなかった。

「でもタコスを食べた優希ちゃんなら、案外あっさりツモっちゃうかも……」
「んー、どうじゃろ」

 横から縁の頬をぷにぷにと指で突きながら言った咲の言葉に、まこが嘆息気味に頭を掻く。

「奴が枚数少なくても和了れる時っつーのは、大抵一発と裏で倍満になるのがパターンだからのぅ。それがなかったってことは──」
「パターンとか、そもそもタコスとか関係ありません」
「そうじゃったね」

 ピシャリと和に遮られて、まこはヒラヒラと手を振った。

「……久さん久さん」
「うん? 何、縁さん?」
「あの女の人──」

 縁がボソボソした声で久を呼んで、モニターに映る黒髪の少女を指差して、言った。

「何か、怖くないですか?」
「えっ?」

『リーチです』



/優希



 その牌を見た瞬間、手が震えた。
 しかしリーチを掛けた以上捨てるより他なく、どうしようもなかった。

(よりによって、一発で──)

 打②

「ロン、高い方」
「──あっぅ」


睦月 手牌
二三四③④234南南南白白 ロン②

「リーチ一発南三色──裏1。跳満、12000」
「……っ」

 二・五筒の両面だが、こちらの待ちが五・八筒である以上、優希が刺さることに限っては鶴賀は言うなれば辺二筒待ちである。
 見えているだけで、残り二枚。
 そんな待ちに、東場で、タコスを食べた自分が──完全に打ち負けたのだ。

(これは……まずいじょ……)

 点棒を取り出す手の震えが、止まらない。

(持ち直さないと──)

 心が、ある一つの言葉に侵されていく。
 それは──、

清澄:72400点

(私は──っ!)

 絶望。



/純



東二局

「ポン」

「チー」

「──ロン、3900」
(ふぅ、ようやくやり易くなったな)

 跳満まであったのは流石に予想外だったが、あれで清澄の小娘の心は折れた。
 しばらく──もしかしたら最後まで凹んでいてくれるだろう。
 思えば前半戦もキツかったのは東場の方だった。どうやら自分は、高火力のアタッカーが二人いると調子が悪いらしい。


東三局

「ツモ、2000オール」

 まぁ確かに、普通そうなる。あっちにもこっちにも攻められたら、純一人ではそう何度も捌き切れない。いつか刺さるか、あるいは調子を崩せずに何度もツモられるのを待つだけになってしまう。
 しかし逆を言えば、どちらかを潰せば後はかなり楽に凌げるということでもあるのだ。


東三局一本場

「ロンよ。2600は2900点」
「はい」

(最初に二人で潰し合ってくれて助かったぜ)

 しかもこの点差なら、おそらく鶴賀も無理に攻めようとはしないだろう。
 この状況で強引に攻める者がいるとすれば──、


東四局

「……り、リーチだじょ」
「ロンだ。8000!」
(ま、お前しかいないわな)



東四局終了
鶴賀 :120500点
龍門渕:113600点
風越 :103500点
清澄 : 62400点



[9232] 第九話「先鋒戦」⑥
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/05/26 11:04
/睦月



南一局0本場
ドラ⑤

四巡目
手牌
三五五六⑤⑤⑤(赤)⑥789南中 ツモ一

(行ける……このまま押し切れる──!)

 打中

 東場終わって暫定トップ。親はほぼ死に体の清澄で、自分はドラ4の二向聴である。

(ここで跳満……いや、一発なり裏なりの倍満で突き抜ければ──)

 ツモ四
 打南

(ふっ)

 更に手が進み、何かもう負ける気がしない。っていうか勝ち確だ。
 背後から龍門渕が来てるが、攻めて攻めてこの状態にいるのだ。ここまで来たら最後までごり押すのが普通だろう。

 ツモ八
 打一

「ポンっ!」
「む?」

 鳴き。
 やれやれまた龍門渕かと思ったら、鳴いたのは清澄の女の子だった。

(これは……?)

優希 捨て牌
西二北②⑤(赤)8六

(……これで一萬を鳴くのか……)

 ツモ南

 さっき切った牌、声は掛からなかったが、同巡で重ねた場合もある。

(……まぁ、まだ張ってないでしょ。仮にあったところでバックの南に降りる必要なんてないし──)

 打南

「……ロンだじょ」

優希 手牌
三四五(赤)①①南南123 ポン一一一(→)

「に、2900です」
「……はい」
(──苦し紛れだ。気にすることないな)

 連荘目的にしても、この点差で、ドラ2となる赤五筒を捨ててまで和了る手ではない。

(大丈夫。次は勝てる──)



/優希



南一局一本場
ドラ中

手牌
一四八八①②⑧48南西西白發

(……お、終わったじょ……)

 ここに来て最悪のクズ配牌。龍門渕を真似して安手のバックで仕掛けた報いなのか。

(……ぅ──)

 結局、どうすることも出来なかった。後はこの南場、せめて少しでもかわして流しきるしかやることがない。
 しかしそんな細かい麻雀は──、

(私には無理だ……。っていうかこれ、何から切りゃいいんだじょ……?)

 和了り形が全く見えない。もうヤケクソで国士でも狙おうか──と、そんなこと思った時、

『──向いてないかもね』
「……あ──っ」



/直子



「あら二人とも、今日も来てくれたの?」

 トイレに出た会場内にて、直子は見知った顔を見つけて意外そうな表情を浮かべた。

「えへへー、来ちゃった」
「おはようございます」

 クラスメートの紗綾と葉羅である。よく分からないが何故か直子になついている少女たちの一派だ。

「まぁせっかくですし、それにテレビ観てても直子さん全然映りませんしね」
「右に同じ!」
「おほほ。そんなこと言われたら照れちゃうじゃないの。ガム食う?」

 単純に遊びに来ただけらしい。どっちにしろ部員でもなければ控え室には来れなかっただろうが、まぁこうして会えたのだから、一々突っ込まなくてもいいだろう。

「千歳ちゃんも来るって言ってたけど」
「寝坊したそうです」
「ああ、そんな感じするねあの娘。微妙に同種の匂いがする」
「「えっ?」」

 印象だけで言った直子の言葉に、何故か二人は一瞬顔を見合わせて、

「同じ……? じゃあ直子さんも──」
「授業中に色々妄想して遊んでるむっつりスケベさんですか?」
「え゛っ、何それ? あの娘そういう子だったの?」

 妙なタイミングで友人の秘密を暴露されてしまった。
 別にもう似たような奴を一人知ってるし、友人の趣味がイケナイ妄想だったからといってどうということはないが、とりあえずビックリだ。

「それはともかく──」

 失言であることに気付いたのか、露骨に話題を変えようと葉羅がモニターに目を向ける。

「今は先鋒戦ですか。今日のむっきー先輩はどうですか?」
「ん、いいんじゃねーの? 私がトイレに入る前はまだちゃんと──」

『ロンだじぇ!』
『ええ゛っ!?』

「……おっとぉ?」

 言ってるそばから、何やら不穏な勝利宣言を聞いた気がした。

「やれやれ、どうも彼女は詰めが甘い──」

 モニターに目を向けるとそこには、

優希 手牌
一八八八①①①444西西西 ロン一

「──な、にっ!?」



/睦月



 あり得ない。
 そうとしか思えなかった。

「よ、48300!」
「────ぁ」

 ついさっき。
 本当にほんの数分前まで、この娘の態勢はガタガタだったはずだ。

睦月 手牌
112345(赤)6 ポン南南南(←) ポン白白白(↑)

 睦月の状態は決して悪くなかった。この手もさっきまでなら和了れていたはずである。
 細かく振りながらも勝負手は絶対に和了る──少なくとも今日はそれでうまく行っていたのだから。

(──なのに、何で……? いきなりこんな……っ!?)
「……は、はい……」

 嘆いても仕方ない。睦月からは分からない場所で、きっと彼女の中で何かが変わったのだろう。

(……まだ、まだ親番はある。間に合うかは分からないけど、もう一度私の流れを取り戻せれば……)

 考えながら、同時にそれが無理なことも理解していた。先鋒戦の終了を間近にして役満が出たのだ。風越も龍門渕も、とばっちりを受ける前にさっさと流しにくるに決まっている。
 それ以上に──、

南一局二本場
三巡目

「リーチだじょ!」
「っ!」

睦月 手牌
一三五③⑦⑨35666白白

 全く追い付けない。

「ツモッ! 6200オール!」

 清澄を、止められない──。

三本場

「ツモ、3500オール!」

四本場

「ロン。2000は3200です」

 四本場になってようやく、清澄の連荘を風越が止めた。
 そして、

「……はい」

 振ったのは当然のように睦月。

南二局0本場

(親、最後のチャンスだ。少しでも多く、何でもいいから──)

配牌
二六④⑥⑨⑨14899西北白

(──っ!)

「ツモ、1000・2000だ」

南三局

────



/鶴賀 控え室



『ロン。3200点です』
『…………』

『ここで津山選手、チートイ赤1に放縦です』
『三巡目か。ついてないな。一巡ズレればおそらく風越の待ちも変わったろうに』
『役満放縦から一気に崩れ落ちてしまいましたね──』

「ただーいま。みんな元気ー?」
「…………」
「…………」
「……わは」
「あ、直子さんお帰りなさい」

 戻ってきた直子にしっかり反応したのは、重苦しい空気に耐えられずにオロオロと狼狽えていた妹尾だけだった。

「ん。いやー、何かオーラスも無理っぽいし、むっきー本当についてないねー」
「あ、あの直子さん?」
「はい?」
「今さらですけど、本当に次私が出ていいんですか? どうにかして桃子さんに出てもらうわけには──」
「いきません」

 おずおずと言いかけた妹尾の言葉を、直子はピシャリと遮った。

「……うぅ」
「あなたがどっか具合悪いってんなら別にいいけどね。補欠ってぇのは誰かがサボるためにあるんじゃないんだよ?」
「そ、そうですけど」
「ワハハ。大丈夫だぞー佳織ー」

 直子のお説教が始まりそうなのを察してか、怯えるように身を縮めた妹尾の肩に、蒲原がポンと手を置いて言う。

「智美ちゃん……」
「麻雀だからな。こういうことも十分ある。佳織は好きなように打てばいいんだぞー?」
「で、でも私──」
「大丈夫だって」
「わっ──わわっ!」

 なおもごねる妹尾を黙らせるように、蒲原は背後から彼女を優しく抱きしめた。

「きゃっ」
「…………」
「──」

 横で嬉しそうにその光景を見る桃子と、黙り込みながらやっぱりジッと二人を見つめる加治木と、「普段を見るにこいつらも結構結構だよなぁ」とか思いながら無関心にただ眺める直子と──、

「それにな」

 三人からの視線を受けてなお、蒲原はいつも通りの笑顔を張り付けていた。

「ここまで来れただけでも私的には結構嬉しいんだぞ。そりゃあ勝てるに越したことはないけど、一番はやっぱり佳織に楽しんで欲しいなー」
「さ、智美ちゃん……」
「ワハハ」
「うん! 私、頑張る!」
「おう、頑張ろうな」
「──ちょいちょいゆみさん」

 彼女らは二人だけの世界に入り込んだようなので、そっちは置いといて直子は加治木の方に声を掛けた。

「何だ?」
「部長さんも私と似たようなことしてるぜ?」

 開始前、睦月に対する態度を見咎められたことをそれとなく抗議すると、加治木はジロリと直子を横目で睨んで言った。

「奴は妹尾以外にあんなことはしない。お前はその場のノリで誰にでもする」
「……むぅ」

 言われてみればそうかもしれない。
 といっても、直子からすればああいう行為は半ば冗談なのだから、あまり相手を選ばないのは普通なのだが。

(まさか睦月も本気にしてないだろうしなぁ……)

『先鋒戦、終了! 前半終了時トップだった鶴賀はラスまで転落。そしてラスだった清澄が一気にトップまで順位を上げました!』

先鋒戦終了
清澄 :123400点
風越 :113000点
龍門渕:112400点
鶴賀 : 51200点

「……まぁいいや。じゃあ佳織ちゃん、出番らしーぜ?」
「わわっ。直子さん、引っ張らないでー」
「ほらほら行くぞー」
「智美ちゃん押しちゃだめー」

 波乱の中、全てを台無しする最凶のド素人が卓上に舞い降りる──。



[9232] 第十話「次鋒戦」①
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/10/24 11:53




 睦月にとっては嵐のような、そして悪夢の時間がようやく終わりを迎えた。

「ありがとうございました」
「お疲れだじぇ」
「お疲れさん」

 三校の挨拶を意識の遠くに聞きながら、睦月は俯いたまま固く拳を握りしめていた。

(──く、そ……っ!)

 実感はあった。
 昨日までの不調は確かに抜け出せていたし、開始前の直子の言葉で全ての恐怖は払拭出来ていた。
 だが──、

「……ありがとう、ございました……」

 51200点。
 大敗というのも生ぬるい、最悪の結果である。直子から受けたぬくもりも、優位時に抱いていた全能感も今はない。
 ただ往生際悪く席に着いたまま、空調設備の整ったこの部屋ではまずあり得ない“寒気”を感じながら、心を凍てつかせているだけだった。
 とその時、

「──ほい」
「……む?」

 目の前で陰鬱な表情で沈む睦月を見かねて、純が遠慮がちに彼女の頭を小突く。

「いや、そんなに落ち込まれたら、こっちとしても何か悪い気になるじゃねーかよ」
「…………」

 ポリポリと頬を掻いて、純は困ったように苦笑しながらそんな風に声をかけた。本来ならこういう場面、敗者はそっとしておくのが吉なのだろうが、休憩時間一杯に情緒的な睦月を見ていたせいか、何となく後ろ髪を引かれる思いだったのだろう。

「……むぅ」

 清澄も風越も対局が終わったらとっとと出ていってしまった。いや、風越の人はチラチラとこちらに視線を送っていたようだが、結局特に何を言うわけでもなかった。

(……なるほど──)

 彼女らの様子を思い返すに、少し居心地の悪い思いをさせていたのかもしれない。

(…………)

 確かにここでいつまでも凹んでいては、当て付けと思われても仕方がない。とっとと自校の控え室にでも帰れば、いくらでも仲間の元で泣けるのだから。
 ──いや、

「……帰れないんです……」

 それを分かった上でなお、蚊の鳴くような声で睦月は言った。

「ん?」
「みんなの──直子のいるところには、もう帰れません……」

 多分誰も怒りはしないだろうが、だからといって平気な顔で部屋に戻れるほど図太くはない。

「…………」

 純は鶴賀の麻雀部内のチームワークがどのようなものかは知らない。故に、大量失点を犯した部員にどのような態度を取る連中なのかも分からない。
 流石にこんな序盤から部内の雰囲気を悪くする待遇は与えないと思うが──、
 例えば、透華を数段改悪した感じの、我が儘で目立ちたがりのナルシスト、それでいて変に実力もある暴君のような部員が内部にいるのなら、今はまだ仲間の元に帰りにくいというのはあるかもしれない。

(……まぁ、別に俺には関係ないんだが──)

 関係ないのだが、何だろう。仔犬属性とでもいうのか、この少女、こうして見てるとつい何かと構いたくなるオーラを出している。
 身内以外には大概薄情な純がそんな気になるのだからよっぽどである。よっぽどの構ってちゃんである。
 あるいは──、

「……すみません、何か愚痴っちゃって」

 不意に顔を上げると、睦月ははにかんだようにそう言って純に軽く頭を下げた。

「……ん。いや、いんじゃね?」
「はは、やっぱり私、まだまだだね。みんな強いよ──」

 シュンとした雰囲気は薄れていないが、それでも形だけの笑顔だけは作って、睦月はゆったりと立ち上がる。次鋒メンバーに鉢合わせたくないなら、そろそろ移動しなければならない。
 正直、睦月は今部員の誰とも会いたくなかった。

「……じゃあ、失礼します」
「おう、お疲れさん──楽しかったぜ」

 ペコリと頭を下げた睦月に手を挙げて応えて、純は部屋を出ていこうとする彼女を見送る。
 実を言えば彼女とはもうちょっと話していたかったが、初対面から距離感を考えない女と思われるのは気に入らない。

 ────

(……ふん?)

 まるでこれからも彼女と交流があるかのような自分の思考に戸惑いながら、純は誤魔化すように肩をすくめて苦笑した。

(──さて)
「……直子、ねぇ」

 睦月が出ていったのを確認し、一人残された対局室で、純は懐疑的な声音でその名前を呟く。
 大中直子。
 睦月が全幅の信頼を置く、鶴賀の大将。
 確かに昨日の対局でも他と比べて圧倒的ではあったが、それでも純からすれば衣を越えるほどとは感じなかった。故に龍門渕の勝利は揺らがないにしても──衣はそれで満足だろうか?
 最近の衣は、以前にも増して麻雀を惰性的に打っている気がする。他人の感情の機微には疎い部類の純ですらそう感じているのだから、おそらく透華たちも何かしら感じているはずだ。
 それでも何かする気配がないというのは、つまり現状、何も打つ手がないということなのだろう。

(ってことは、もう他所の人間にどうにかしてもらうしかないわけだが……)

 例えばこの先鋒戦、僅かにトップには届かなかったが、純にとっては満足の結果だった。これが大将戦や個人戦のような、そのまま勝敗が決まる試合だったとしても、今と同じ気持ちであると断言出来る。
 悔しくはあっても納得出来る『勝負』であった、と。
 要するに、衣にはそういった体験が無さすぎるのだ。彼女にとって勝利とは予定調和のようなもので、その結果にも内容にも、別段思い入れることがないのだ。
 勝利に執着し、敗北への焦燥に駆られるような瀬戸際の『勝負』──純が直子に、そして清澄の大将に求めるのは、衣にそれを味わった先にある、勝利の達成感を感じさせることだった。

「……まぁ、期待だけはしといてやるか」

 らしくなく思考に没頭したことを自嘲気味に嘆息して、純も対局室を後にした。



「あら? 来るとき私ら、あいつと擦れ違ったっけ?」

 蒲原と共に対局室前まで妹尾を見送りに来た直子は、そこで睦月の姿が見えないことに首を傾げた。

「いやー? 見なかったな」
「入れ違いになっちゃったんでしょうか……?」
「控え室まではほぼ一本道だし、そんな訳ないでしょう」

 さては逃げやがったなと嘆息しつつ、ポケットから最近調達した携帯電話を取り出して彼女の番号を呼び出す。
 ──が、

『只今電話に出ることが出来ません──』
「まぁまぁ、いい度胸だこと。私に対してこの態度、見つけたらどうしてくれようかしら」
「ワハハ。怖いなー」
「睦月さん──うぅ、直子さん? あんまり彼女に意地悪しないであげてください」

 握り締められてビキビキと音を立てる携帯にビビる蒲原だったが、妹尾の方は悩ましげに唸りながらそんなことを言い出した。

「今の睦月さん、冗談でもあなたに冷たくされたら自殺しちゃうかも……」
「かもね。何でまぁ私にそんな懐いてんだか……あ、いや」
「…………」

 冗談混じりに鼻を鳴らして言った直子の言葉に、妹尾はムッと膨れた表情で彼女を見つめた。睨むというには彼女には迫力が足りなすぎるので、『見つめた』である。
 それでも直子は、それこそ「あんまり意地悪しないでよ」とでも言うように、弱ったような表情でヒラヒラと手を振った。

「分かってるよ、もう。……優しくしたらしたでまた怒る癖に、調子いいぜ」
「あぅ、ご、ごめんなさい……」

 ブツブツと不満そうに文句を垂れる直子に、恐縮したように妹尾が身体を竦める。

「さてまぁ、そっちのことはともかくだ──」

 しかし、直子の不満はそれだけで済み、切り換えるように話が変わった。気に入らなければ数十分はゴネる彼女がこの程度で退いたのは、相手が妹尾だからだろう。

「佳織ちゃんがこのまま負けたらどのような末路を辿るかの話をしようか」
「末路っ!?」
「ワハハ」
(前から思ってたけど……)

 話している二人を見て、ぼんやりと蒲原は思った。

(直子、何だかんだ言って可愛い娘には優しいよなー)

 これである。
 言うことは過激なことが多く、やることも強引なことが多いが、意外と直子は妹尾や桃子には甘い。今の注意をしたのが例えば加治木だったら、言われたことに頷きはしても、とりあえず鼻で笑って、どこか挑発めいた態度をとっているだろう。
 ──いや、別に加治木が可愛くないと言っているわけではないが。

(……うーむ、果たしてこれはむっきーにとって朗報なのかどうか……分からんなー)

 睦月も睦月で可愛い女の子だが、妹尾や桃子とはちょっとジャンルが違うだろう。二人も別に同じ方向性ではないが、共通点はあるのだ。
 胸の大きさとか。

(むっきーは贔屓しても標準だからなぁ……)
「おい部長、何か言ったれ」
「ワハッ!?」

 考え込んでた時に急に話を振られ、蒲原はハッと顔を上げた。

「……あ、あー、うん、かおりん? どうせ負けてるし、無理に状況を良くしようとか思わなくていいぞー?」
「智美ちゃん……」

 ありきたりな言葉だが軽く発破を掛ける。妹尾に対しては、余計な気を回したり遣ったりするよりも、とりあえず本心で話すのが一番であることを蒲原はよく知っていた。

「さっきも言ったけど、殆ど記念出場みたいなもんだったからな。変に気負って打ってもつまんないだろうし、普通に楽しんで欲しいなー」

 というより、そういった腹芸の出来ない蒲原だからこそ、最後の一線で妹尾は彼女を頼るようになったと言える。

『──次鋒戦開始五分前です。代表選手は対局室へ──』
「智美ちゃん──うんっ!」

 いずれにせよ、雰囲気と凄みでとりあえずその場しのぎをすることしか考えない直子には遠い信頼関係である。

(…………)
「ワハハ、頑張ってなー──?」

 安心したように微笑んで対局室へと入って行った妹尾を見送ってから、蒲原は自分をジーッと、興味深そうに見つめている直子に気付いた。

「んー、どうしたー?」
「……思ったんだけど、お前って結構、ここぞという時に格好いいな」
「そう思うならお前とか呼ばないで欲しいな」
「日常的に格好いいゆみちゃんと対照的だな。いいコンビね」
「ワハハ、聞けよ」



東家 風越 :113000点
南家 龍門渕:112400点
西家 清澄 :123400点
北家 鶴賀 : 51200点

「よろしくー」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「……よろしく」

 次鋒戦、開始



(……ああ、もう次鋒戦が始まるか……)

 再び騒がしくなってきた会場内の雰囲気に、しかし睦月はつまらなそうに鼻を鳴らして仮眠室の隅に座り込んでいた。
 何かもう全身で表現した、シュン、って感じの体勢である。

(……あー、もう……)
「──くそ……っ」

 もう何度目になるのか分からない、無意味な毒づき。未だに睦月は自分が負けたことを受け入れられなかった。
 勝負を左右した南一局、睦月の配牌はこうだった。

四⑤⑦⑨113456南白白

 この手牌対して、一巡目に南引きである。
 こんなもの、まず間違いなく染めに向かう。
 九萬切り。その後に四萬や五筒の直近を引ければ和了優先の打牌にもなっただろうが、持って来たのは二索──。
 あの最終形まで、迷うことなどあるはずがない。
 つまり、清澄の四暗刻単騎に振ったのもほぼ必然だったということだ。その後の展開についてなど、さらに言うまでもない。

「────っ」

 納得出来ない。配牌もいい、ツモもいい、欲しい牌は鳴ける──だが勝てない。
 今日勝てないのなら、もう自分に勝てる日など来るはずがないではないか。今日が重要だっだのだ。加治木や直子の見ている今日勝たないで、一体いつ勝てというのだ。

「……う、うぅ──っ!」

 嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪えながら、睦月は一人、その部屋で涙を流し続けていた。

────



[9232] 第十話「次鋒戦」②
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2012/12/21 21:10
/直子



 こちらの世界に来て数ヶ月経つが、さて、自分の本来の高校時代はどのようなものだっただろうか。
 申し訳程度に周囲に注意を配って歩きながら、直子はふとそんなことを思った。

「……ふ──」

 友人はいた。恋人もいた。成績は普通で部活にも入っていた。いや同好会だったっけ?
 ──まぁともかく、思い返せば特に問題のあるわけでもない、平穏で楽しい日々だったように思う。
 だが、彼らとは卒業を境に会うことは殆どなくなった。
 別に間際になって喧嘩したとか、直子が何らかの事件に巻き込まれたとかでもなく、単に疎遠になっていっただけの話だ。
 ──本当にそうだったのだろうか……?

「──む」

 そんな馬鹿な。
 いくら何でも、仲の良かった者と誰一人として人間関係が続かないなんてことがあるはずがない。
 何かあったのだ。
 たとえそれが自分にとっては記憶にも残らないような取るに足らないことでも、あるいはあまりにも非常識過ぎて無意識に考えないようにしていることでも──。
 偽りの女子高生を過ごしている内に、直子は暇な時間にはそんなことを考えるようになった。

「……何だっけなぁ、考えてみると何かあった気がするんだよなぁ……」

 暇な時間──例えば睦月を探しに行ってくれている紗綾と葉羅からの知らせを待っている時、である。
 対局室前で蒲原と別れて、直子はまず二人を探して会場内を歩き回った。広いが選手しか入れない場所も多く、そもそも彼女たちは対局自体には興味は薄い。故に、食堂で二人を見つけるのにそう時間はかからなかった。見つけてから電話をかければもっと早く会えたことに気付いたが、まぁ問題ない。
 事情を話して二人を送り出してから、自分も再度会場内を歩き回り約三十分──、

『ロンじゃ。リーチ一発、2600』
『ひゃっ!? は、はい』
「何か引っ掛ってんだよなぁ。この感じ、確かに前にも覚えがあるんだよ。多分コレで何か失敗したはずなんだケド──」

 ブツブツとぼやきながら、直子はどうにか昔の記憶を引っ張り出そうとする。

「──んー……」
『ツモです。700・1300』
『風越が仮テンをツモ。点差に大きな変化がないまま局が進んで行きます』
『大差で凹んでる鶴賀にとっては嫌な展開だな。打点が低いのがせめてもの救いか』
「────」
「んぁ?」

 思考に沈んでいた頭に何となく背後からの気配を感じて、直子は思わず寝惚けたような声を出して振り返った。
 そこには、

「──あ」
「? あっ!」
「……お前ら、二人で行動したりするんだ……?」

 宮永咲と藤元縁。予想外の二人組がキョトンとした表情でこちらを見ていた。

「うん。一人にしたらこの人迷うし……」
「お、大中直子さん……やっぱりいたんだ……あ、久しぶりだね」

 黒い毛玉のような少女に手を引かれながら、咲は一瞬驚いて、すぐに気を取り直したようにニコリと微笑んで直子に頭を下げる。

(……ん?)

 そんな咲の様子に、直子は違和感に眉をひそめた。
 雀荘で会った時の少女らしい温和な雰囲気は変わっていないが、妙に態度が馴れ馴れしい。それにあの時は、こんな余裕ぶった表情を浮かべていただろうか。
 余裕ぶった──余裕のない表情を。

「昨日から──というか、あの日から、もう一度あなたに会いたいと思ってたんだ」
「はぁ、まぁ……どうも……?」

 言いながら、直子ははてと首を傾げる。
 咲からすれば自分は一半荘打っただけの客であるはずだが、この妙に近い距離感は何だろう。

(──いや、まぁいいか)

 悩みは晴れないし、気になる問題は増えていくばかりだが、どうあれ自分にとっては些事でしかない。
 何にせよ、とりあえずこういう場面では大中直子が取るべき対応は一つ。

「──ふぅん。何か用だったか、宮永咲さん?」

 嘆息するように鼻を鳴らして、直子は腕を組んで咲に尋ねた。

『ツモです。8000・16000……だよね?』



/咲



「用、なのかな? 自分でもよく分かんないけど……」

 あの時と変わらず探るような、あるいは煽るような挑発的な目でこちらを流し見る直子に、咲は苦笑混じりに曖昧な答えを返した。
 内心では彼女との不意の再会に動揺していたが……。
 ここ最近、特に言えば昨日今日における自分の不調の元凶を前にして、咲は胸が締め付けられるような圧迫感、さらに悪寒と吐き気に苛まれていた。
 ただ、

(この人の前で、あんまりカッコ悪いとこ見せたくないな……)
「……うん、ずっと、気になってた──」

 いつもならとうに音を上げて倒れ込んでいただろうが、今に限ってはそんな思いから、殆んど気力だけで立っているようなものだった。

「……宮永さん?」

 手を握る縁だけはダイレクトに咲の異変に感づいたようだが、咲は別に何ということのないかように空いている手で彼女の頭を撫でて誤魔化す。

「わふっ」
「気になってて、忘れられなかった──」

 熱に浮かされた様子でそう言いながら、咲は縁から手を離して直子に近づき──、

「……? ん、ああ。そういやお前おかしくなってるんだっけ? まぁ別に……っておい」

 何か言われたが特に気にせず、自信満々に腕を組んで無防備もいいところの彼女に抱きついた。

「あらら」
「──何だ一体。そんな貧相な身体で色仕掛けしても意味ないぜ。そもそも私は」
「やっぱりそうだ」
「ノーマル……って、何?」

 直子の顔を覗き込んで、咲はどこかホッとしたように笑う。初めて会った日から忘れられなかった彼女の性質が、少しだけ分かったのだ。
 彼女から感じる本能的な恐怖、それとは明らかに異なる彼女のカリスマ性の一端が、ここまで近づいてようやく咲にも感じられた。

「えへへ」
「……えっ、とぉ?」

 怪訝そうに首を傾げる直子に構わず、咲はさらに身体を預けるようにして彼女を抱き締める。

(──凄い……)

 全身の倦怠感が消えたわけではない。背筋を走るおぞけを感じなくなったわけではない。
 だがそれらよりも遥かに勝る安心感に包まれて、咲の心はかつてないほどの安らぎを得ていた。

(原村さんみたいに大きいわけじゃないのに、柔らかくて──安心する……)

 それはもう、ただここにいるだけで全ての悩みを忘れられるほどに──、

「ちょ、ちょっと咲さん?」

 とはいえ、直子からすれば訳が分からない状況である。彼女の様子がおかしいことは聞いていたが、会って早々抱きつかれるなど想像もしていない。
 当初は平静な風を装っていたが、感触からして割と本気で抱きしめられてることに気付いてか、若干焦ったように声をかけてきた。

「──ん。なんですか?」
「いやその……だ、誰にでもこんなことしてんの?」
「へっ?」

 どうやら酷く混乱しているらしい。その質問はまるで彼女の片想い相手になったようにも思えたので、ちょっと気分がいいが。

「じゃなくて。あー、っと……何か他に用が会ったんじゃないの?」

 要するに「用があるならはよどっか行け」と。この状況を抜け出すためか、咲たちを促すような質問だった。おそらく、殆ど偶然に出会ったことから推測したのだろう。

「……いえ別に。ただの散歩だよ?」

 ここで「トイレに行きたかったけど迷いそうなので縁についてきてもらってたんだ」、などと言うのは流石に恥ずかしいので、とりあえずニコリと笑って誤魔化した。和や京太郎相手にはこれでどうにかなるのだが……、

「トイレです。宮永さんの。もう終わりましたけど」
「な、何で言うの!?」

 傍らで暇そうに自分たちを眺めていた縁にあっさりとバラされてしまった。

「……お前、こんなちっさい娘に付き添われるって」

 何と見下した視線だろうか。逆にゾクゾクしてしまう。

「あ、あの──」
「あーもう、どうでもいい。とりあえず離れろ暑苦しい」
「は、はひっ! ごめんなさい……」

 冷静さを取り戻した直子に睨まれるのは普通に恐かったので、思わず咲は彼女から離れるが……、
 数歩離れたその瞬間、それまで咲を包んでいた幸福感が、その一切を失った。

「と──ととっ」
「ぐえっ」

 再度彼女の圧力を受けて、ヘナヘナと倒れ込みそうになったところを縁に支えられる。殆どしがみついたようなものだったが。

「……何よ咲ちゃん。風邪引いてんの?」
「い、いや……そういうわけじゃないんだけど──」

 どうやら直子は自分の不吉さには無自覚らしい。こっちは会場内のどこにいても彼女を感じてしまうというのに、迷惑な話である。

「おいおい、こちとら珍しくリベンジに燃えてるんだから、不調で実力出せなかったなんてのは止してくれよ?」
「だ、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから……」
「疲れたも何もお前──」
「おーもーいー」

 杖になっている縁が失礼なことを呻くが、取り合う余裕はない。
 結果的に、今の咲は精神状態を一気に天国から地獄に落とされたようなものだったので、踏ん張りがまるで効かないのだ。

(こ、腰に……全然力が入んない……って)
「わわっ」
「もがっ」
「邪魔よ小娘。何だかよく分かんないけど、とりあえず気分が悪いのよね?」

 言いながら縁を押し退けると、直子は咲の手を引いて自分の方へと抱き寄せると──、

「ほいっ」
「ほえっ? ……ええぇっ!?」

 ヒョイ、と。
 片手で肩を抱き、膝下に通すようにもう片方の手を掛けて胸元まで抱えあげた。
 所謂『お姫様抱っこ』である。

「なっ、なっ──」
「ぬおぅ。大中さん、咲ルート一直線?」

 キラキラした目でこちらを見つめる縁だが、直子はそれには答えず、鬱陶しそうに彼女を睨んで、

「う、る、さ、い。お前らの控室どこだ? 連れてけ」
「あっち」
「お、大中さん降ろしてっ。みんな見てるよー!」
「安心しろ。話し出した時から周りの視線は私らに釘付けだ」
「何でっ!?」



[9232] 第十話「次鋒戦」③
Name: 人類⑨最強◆54cfd982 ID:1bf49192
Date: 2013/02/25 12:22
次鋒戦後半
東二局二本場 ドラ中

「ロン……に、2000点は2600点です」

佳織 手牌
一二三①②③⑤(赤)⑨⑨⑨ チー123

ロン⑤

「……はいよ」

 何とも納得しがたい振り込みを受けて、まこは苛立ちを抑えるように息を吐いて点棒を差し出した。

佳織 捨て牌
南西九七白⑧中

(変則二面からドラ単騎、からの赤ドラ単騎かい……。もう訳が分からんぞ)

 確かに索子の123を晒しているので、中張牌で待てば多少は出和了りし易いかもしれないが、それにしたって五筒単騎はないだろう。

(……まぁ、役満の親被りがなかっただけいいとするかの……)

まこ 手牌
三三三⑤(赤)⑥⑦4666中中中

 自嘲気味に口元を歪めて牌を崩す。和了れなかった手牌に価値はないのだ。
 前半に役満が飛び出たが、それにしては場が膠着しているのはこのせいである。
 結構な頻度で今回のような凄まじい手が入ってくるのだが、実際にその局を和了るのは他家の、満貫にも届かない打点ばかり。
 その結果がこれである。

東三局 ドラ四
鶴賀 : 78200点
龍門渕:112900点
風越 :110300点
清澄 : 98600点

(いい加減動かなぁトップ獲った優希に申し訳が立たん、のじゃが……しかし──)

まこ 配牌
五六②③④⑤⑥東西西白發發

 テンパイまでの道筋は割りと明るいのだが、やはりシャンテン数だけ追うと打点が伸びそうにない。
 こんな手牌からなら混一や、索子を引ければメンピン三色を狙うのが普通である。間違っても早々に發のみの1000点を和了りに行くなんてことはしてはいけない。
 その思考を放棄するほどまこも冷静さを失ってはいないのだが……。

三巡目

智紀 捨て牌
白東

「リーチ」

打發

「……ポンじゃ」

 トップ目の龍門渕がリーチをかけ、序盤にもかかわらず作為的としか思えないほど安牌を切ってくれているなら話は別である。

智紀 打白
まこ ツモ四萬

(……白が重なっとったか。じゃがこっちもドラ食い取って三面張じゃ。もしコイツが当たりなら満貫以上がほぼ確定してた……)

 怪しいところだが、少なくとも自分は間違っていないはずだ。たとえ優希の頑張りを無にしようとも──否、無にしないためにも、ここで龍門渕に大差をつけられるわけにはいかないのだから。

智紀 打①

「あっ」
「っ、ロンじゃ。2000」
「──はい」
(……混一いけたか? いや、そんなもん分かるかい──)







佳織 手牌
四四七七九九九①①⑧⑧⑧中

智紀 手牌
三四五六七八九④⑤(赤)⑥南南南

未春 手牌
六七八九②②②4667中中

『ま……清澄が鳴かなければ龍門渕が四萬をツモ切ることになり、当然食われて鶴賀に張られていたな』

 薄いがその際に妹尾の切る中を未春が鳴いた場合、次の一筒は妹尾がツモることになり、6000オールの可能性すらあった。

『……三面待ちとはいえ、龍門渕のリーチは焦ったものだったのでしょうか?』
『どうだろうな。確かにダマで和了れるし手変わりもあるが、これまで鶴賀の妹尾が回りながら打ったことはない。手牌に完全安牌があっても、ツモを手に取っていらなければそのまま切ることすらあった。ダマでもどうせそこで和了るなら、少しでも打点を上げようとしたんだろう』

 ────

 ────────







 ────

 部屋の隅に蹲る睦月に、遠くからの喧騒は僅かながらもずっと聞こえ続けていた。

「……んぅ」
(──ご……め──さい……)

 精神的な疲労と緊張、ついでに現実からの逃避も図る睦月だったが、絶えず聞こえてくる彼らの声に邪魔され、誰もいない仮眠室で一時間弱ウトウトと微睡みの中をさ迷っていた。

(────)

 ただ目を閉じて、意識が手放されるまで待ち続けるだけの無意味な時間。無意味ながらもようやくそれが果たされそうになった瞬間──、

 ────!

「…………」

 一際大きな喧騒が押し寄せ、睦月の意識は一気に覚醒まで引き上げられた。

「……はぁ。何だよ、もう……」

 一旦深くまで沈みかけたせいか、妙に目が冴えてしまった。こうなったら暫くは寝られそうにない。
 仕方なくふて寝は諦めて、無理な体勢で寝ようとした代償に固まった身体を解そうと顔を上げて──、
 目が合った。

「むぁっ!?」
「おはみょお゛ぁっ!?」

 いつからそこに居たのか。まさに眼前、キスでもしそうなほどの至近距離にあった紗綾の顔を、睦月は反射的に突き飛ばしていた。

「……痛い」
「ご、ごめん……つい」

 畳の上に伸びた紗綾の様子を見ようと、覆い被さるように彼女を覗き込む睦月。

「だ、大丈夫……?」
「……大丈夫だけど。上に乗っかるのやめて。襲われてるみたい」
「あっ、ご、ごめんっ!」

 照れたように顔を背けて言った紗綾の言葉に、自分が今どんな体勢であるかを理解して、睦月は慌ててその場を飛び退く。
 退いて──、

「わっ」
「もう、何やってんのこんなところで。直子さん探してるよ?」

 プンプンとわざとらしく鼻息を荒くして、紗綾は再度部屋の隅に戻ろうとする睦月の足を掴んだ。

「ほら、早く行くよ。のんびりしてたら、また委員長に手柄、取られちゃう」

 ズルズル

「い、いや、選手じゃなきゃここには入れないから……あれ?」

 畳の上を引きずられながら言いかけた睦月だが、それを言うなら選手でない紗綾がこの部屋にいる時点でおかしい。

「紗綾ちゃん、どうやってここに入ったの?」
「係員もいない鍵の、開いてる部屋に入れないも何もないで、しょ。ほんの十数メートル歩けば、みんな集まって試合観てる、よっ?」

 そうだった。そのせいで睦月はふて寝することが出来なかったのだ。
 とすると、さっき一際五月蝿くなったと感じたのは、紗綾が部屋のドアを開けて入って来たからなのだろうか? 畳の僅かな取っ掛かりに張り付いて抵抗を試みながらそんなことを考える。

「このセキュリティの甘さ、絶対いつか、えっちな事件起きるよ、ね」
「うー、むっ。どうだろう。何だかんだそんな不良高校ないし、精々安っぽそうな私物盗む程度じゃ」
「ああもう面倒臭いなぁ!! 早く起きろよお前っ!」
「うむ痛゛ぁっ!?」

 今度は通り道にあった柱にしがみついた睦月についに切れたか、紗綾は掴んでいた彼女の足を床に叩きつけて怒鳴った。

「っうぅ……っ!」
「……もう、むっきー先輩? あんまりいじけたって仕方ないんだから、早く直子さんのところ行こっ?」
「ち、近付くなバカっ!」

 思わぬ相手からの攻撃に混乱して、睦月は座ったままわたわたと後ずさって怯える。

「い、今さらぶりっ子装ったって騙されないぞ! よくも今まで本性隠してたなきゃあっ!?」
「いいから来いっての」

 取り乱す睦月に構わず、今度は両足を抱え込み仰向けの状態で彼女を引っ張る。この体勢ではろくに踏ん張りも利かないだろう。

 ズルズル

「わ、わっ、やだよ放して! 今本当に無理なんだ! まだみんなに会いたくないの!」
「知らないよそんなの。私は直子さんから頼まれたから、んっ、先輩を連れて行かなきゃ駄目なの」

 泣き喚く睦月の言葉を聞き流し、紗綾が後ろ足に仮眠室のドアを蹴り開けた、その時、

「その通り。先輩の心中はどうでもいいんです」
「「……へっ?」」

 入り口の死角に潜んでいた葉羅が、ゆったりとした声で割り込んで来た。

「ご苦労様、紗綾さん。一人で運ぶのは大変でしょう? 後は私に任せてください」

 にこりと微笑して手を伸ばす葉羅。それを避けるように身を引いて、紗綾は睦月の足をさらに深く抱えて彼女を威嚇する。
 そして、

「やっ、駄目だよ! 昨日もおいしいとこ取りした癖に。先輩は私が連れてくの!」
「そうは言っても無理なものは無理でしょう。私がやります」
「触んなっ! 先輩は私のもの!」
「いい加減にしなさい! 私のです!」

 何故そんな展開になるのだ。

(え、えぇー……)

 言いたいことは色々あったが、怒鳴り合う二人に気圧されて、睦月は最後まで紗綾に掴まれたまま黙り込んでいた。



/清澄控室



 トイレに行くと言って出た咲が帰って来たのは、随分と遅くなってからだった。
 縁も連れていったのに結局迷子になったのかと思った矢先、彼女がやってきたのだ。

「いやはや、何だかウチの子が何度もお世話になってるみたいで、ごめんなさいね?」

 話を聞くにまた咲が体調を崩したらしい。昨日も縁を最初に保護したのは彼女だというし、まこの苦々しい表情から察するのとは裏腹に、随分と面倒見の良い人である。

「ふっ。まぁ気にするな部長さん」

 ファサ、と髪をかき上げながら、彼女は──大中直子は、腰に抱き着いた咲の額を小突いて言った。

「目の前でこうもヘロヘロな姿をされたら、誰だって構いたくもなるだろ」
「うぅ、離れたいのに離れられないよ……は、原村さんが見てるのに……」
「あはは、ねぇ? 本当にどうしたのかしら?」

 困ったようにぼやきながらも、完全に身体の節々から力の抜けた、安心しきった様子で直子に身を預けている咲に、久はうーむと首を捻る。
 まるでマタタビを与えられた猫のように腑抜けてはいるが、別段体調が悪いようには見えないのだが……。

(もしかして、この人と離れたくないから体調悪いフリでもしたのかしら……?)

 だとしたら随分可愛らしいが、合宿で和に欲情していた様子を思い出すに、直子のスタイルは咲の好みではない筈である。どこら辺が好みでないかは言うまでもない。

(まぁ、確かに不思議と、頼れそうな雰囲気はある子だけど……)

 というか、久をして彼女に何か言われれば、特に益がなくとも何となくホイホイと従いたくなるような、そんな力強い存在感がある。
 でなければ、どうして圧倒的敵地であるはずの他校の控室で、こんなにも堂々とソファーに座って自分たちと観戦しているのか。彼女が咲を連れてきた時に少し話をしたが、一体自分が何を考えて入室を許したのか、まるで思い出せないのだ。

「うーん、不思議な人よねぇ……」
「ぶ、部長? そろそろ直子さんにはお帰り頂いた方がよろしいんじゃないでしょうか?」
「えっ?」

 お姫様抱っこで連れてこられた咲を見て混乱し、その時咲こ腕がしっかりと直子の首に回されていたことに絶句し、今も直子から離れようとしない咲の様子に絶望して凍りついていた原村和が、ようやくそんな常識的なことを言い出した。

「えっ、て……」
「いやー、あはは。そういえばあんまり長居させるもんじゃないかもしれないわね」

 別にお互い不正をするつもりなどないが、こういった所から誤解は生まれるというのに、不自然なまでに気楽な調子で久は笑っていた。

「……どうしますか原村さん。今ここで、この人を監禁すれば……とりあえず確実に一校潰せますよ……?」
「乗りました! じゃなくて──」

 いつの間にか傍らに立っていた縁の囁きに思わず頷いた和だったが、すぐに撤回して直子に直接物申すことにした。

「ほら、大中さんも! 観戦なら自分のチームの方としてください! あと宮永さんから離れてください!」
「ああ、そうだな。そもそも私も他に用があったんだが、何でこんなところにいるんだか。ふふっ──」
「格好つけてないで出ていきなさい!」
「ひゃっ!?」
「ち、違うの原村さん……私が、直子さんに無理を言ってるだけで」
「な……っ!?」

 肩を掴もうとした和を止めようと、咲が伏せていた顔を上げて必死な様子で直子を庇う。それだけでももう和にとっては面白くないのだが、今はそれ以上に、彼女の直子に対する呼称が気になった。

「直子さん……ですって……!?」

 何ということか。自分だってまだ名字でしか呼んでもらっていないのに、直子のことは名前で呼んでいるというのか。

「そう怒るな和ちゃん。私はそっちのまこちゃんとも知り合いなんだぜ? うっかりみんなの前で応援しちゃったらまた怒られちゃ」
「出、て、い、き、なさい!!」
「ひゃんっ!」


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