このウェイストランドには、無数の地下鉄(メトロ)の駅に通じる入り口があり、地下深くにはかつて列車が行き来していた無数の線路が張り巡らされている。
もっとも、ほとんどの線路は核戦争や絨毯爆撃の衝撃に潰されて使い物にならない。
都市部の方ではそうでもないが、今俺達がいる北部の付近では、地下鉄の駅ってのはあくまで単なるデカい洞窟って程度の意味しかないのだ。
この北西セネカ駅も、俺の知る限りではどこかの駅に通じてはいない。
「ふぇ~、すっごいボロボロ~」
リズの腕に巻かれたPip-Boy3000に付属したライトが、地下鉄の天井をゆっくりと手前から奥に向かって照らしていく。天井や梁の一部が砕けて、内側の鉄筋が惨たらしく剥き出しになっている。
上げた声が洞窟の中のように奥まで響いていかないのは、駅の壁か天井にでも防音材が入っているんだろう。
「崩れたのは100年以上前だ。今さら瓦礫が崩れてくる事はないから心配するな。そっちより、入り込んだ獣に襲われる心配をしとけ」
そう言いながらも、俺は大して警戒せずにさっさと駅の方に歩いていく。
「はいはーい!」
リズは俺の言葉に小走りでついてきた。
横に並んできたリズと二人で、崩れた壁から散った瓦礫の山を踏みながら、歩くこと十数メートル。
「ちょっと待て」
手の平を差し向けて、声を低くリズを止まらせる。
とっくに機能を失っている機械仕掛けの改札口の手前で、床に男の死体が転がっている。
改札口の脇立てられた二つのドラム缶。
その中で、何かの資材を燃料に燃え盛っている炎が、死体をオレンジ色にゆらゆらと照らしていた。
「これ、新しいよ?」
リズの声が硬い。死体は骨じゃなく、飛び散った血の痕は銃で派手に撃ち抜かれたものだ。
ウェイストランド人がよく着る、粗い目のボロ布で作った布を身に着けている。
こんな格好でこの場所で死体になるヤツだ。大方の想像はつく。
俺は死体の側によって、軽く死体を蹴った。
横倒しに倒れた死体から、だらり、と横に垂れる腕。そのやけに生白い腕の内側に、無数の針の痕。
「大丈夫だ。コイツは、今から会いに行くヤツの敵で、危険とは関係ない」
大方、ヤツ等を襲おうとして逆に始末されたんだろう。
先を急がせようと振り向くと、リズはいまだに不思議そうな顔で死体を見ている。
説明が抜けていたことに気付いて、俺は少しどう説明したものかを考えながら、とりあえず口を開いた。
「ドラッグは分かるか? いわゆる、……えぇと、興奮する、スッキリする薬ってヤツだ」
「うん。麻酔とか、痛み止めだよね?」
リズは意外とスラスラと答える。
そういえば、親父さんは医者だって言ってたっけな。
「まぁ、そうだ。で、それをやり過ぎると、頭がおかしくなったり、体調が悪くなるんだよ」
「薬物依存症? ……でも、それって簡単な神経洗浄で直るから……」
リズの言葉は、Vaultでの生活の知識に基づいているのだろう。
多少なりとも社会倫理が正しく機能していて、適切な治療が受けられる環境なら、確かにリズの言葉通り、薬物依存症を起こすヤツなんて存在しないんだろう。
だが、ここはクソっ垂れの都、麗しきウェイストランドだ。
「神経洗浄が受けられないヤツや、受けたがらないヤツだっているのさ。そういう連中は、現実に戻るのがイヤでイヤでたまらなくて、何をやってでもクスリを欲しがる」
強盗をしてでもな。そう言いながら死体を軽く蹴って、壁際に退かせる。
リズは、困ったように「うーん」とだけ唸って、それ以上は何も答えなかった。
まぁ、仕方ないだろう。
秩序に守られたVaultからウェイストランドに出てきたばかりのリズには、辛すぎるこの世界に耐え切れず、現実を逃避する道を選んだ連中の気持ちなど分かるまい。
分かる必要も、ない。
「……でも、なんでここに強盗に来たって分かったの?」
リズの質問に振り返り、俺は答えた。
「言っただろう? 今から会うヤツが、クスリ屋だからさ」
010:「……失礼なヤツらめ」 改札口の向こうは、巨大な瓦礫の中に埋もれてどこにもいくことはできない。
壊れた改札口の脇にある駅員用の非常扉が、クスリを扱っているグールの住処だった。
入り口の脇には、ドラム缶に資材を投げ入れて燃やしているだけの大雑把な篝火が置かれていて、メトロの通路に積み上げられた瓦礫の山をオレンジ色に染めている。
リズを後ろにやって扉をノックを一度。
まるで扉の影でタイミングを計っていたかのように、いきなり扉が引かれた。
「てめぇ! また秘密を盗みに来やがったなぁ!?」
勢い込んで顔を出したのは、眼鏡をかけたグールだった。
不気味な容貌に対して、インテリぶった眼鏡が妙にユーモラスに見える。
──グールというのは、シンプルに言えば皮膚がグチャグチャに腐った人間だ。
もっとも正確には腐っているというよりは、ケロイド状に変化したまま安定してるってのが正しいのだが、体臭がキツいのもあってウェイストランド人にも受けは悪いらしい。
もっとも本人達の方は人間と同じつもりなので、敵意のある者ばかりではない。
もちろん俺も、ここでグール相手に事を構えるつもりはない。
「ストップ! 争い事は抜きだ! アンタの大事な秘密には触れるつもりはない!!」
眼鏡のグールの後ろに控えている、傭兵服を身に着けたグールがアサルトライフルを構えるのが見える。
俺は、攻撃の意思がないのを見せるため、両手を胸の前で左右そろえて開いて見せた。
背後でリズがハンドガンを抜こうとする気配を感じて、強引に手で遮る。
「平和的に! 平和的に解決しようって言ってるだろうが!!」
アサルトライフルの銃口がこちらに向くが、構うつもりはない。
腐ってもスーパーミュータントの体だ。この距離での射撃なら、俺は即死しない自信がある。
「あぁ!? スーパーミュータントが訳の分からん事を……」
眼鏡のグールは顔を突き出してしきりに瞬きをしながら、俺の顔を見た。
そして、合点がいったと言う様に顔を引っ込めて、不機嫌そうに眉根を歪めた。
「あぁ……お前、前に来た、ヘンなスーパーミュータントか?」
そう言って、眼鏡のグールは警戒を解いた。
グールは、スーパーミュータントを恐れない。
人間狩りには熱心のスーパーミュータントだが、食用にも、自分達の仲間を増やすための材料にもできないグールに対しては、一切の興味を持っておらず、視界に入ってもまるで路傍の石のように無関心なのだ。
だからこそ、この眼鏡グールも初めて俺に会った時、出会い頭に撃ってはこなかった。
「そうだよ。久しぶりだな」
俺がスーパーミュータントとしてウェイストランドをさまよい続けて、わずかでも会話できた数少ない相手が、この眼鏡グールなのだ。
まぁ、速攻で追いかされたので、名前すら知らない相手ではあるが。
「なんだ? ミュータント野郎にくれてやるクスリはないぞ」
眉根を寄せて聞いてくる眼鏡グールに、俺は肩をすくめる。
「いらねぇよ。それより、銃ぐらい下ろして欲しいんだがな? こっちは丸腰だ」
もう一度、何も手にしてない両手を上げながら、開いて閉じるを繰り返す。
眼鏡グールは舌打ちしながら片手を上げた。背後で傭兵グールがアサルトライフルの銃口を下ろす。
「後ろのヤツは、なにモンだ? 前には連れはいなかっただろう?」
目ざとく眼鏡グールが俺の背後に隠れたリズを見付けて、顎をクイと動かして顔を出せとせがむ。
後ろのグールがアサルトライフルに手をかけていないのを確認してから、俺は半分ほどずれて、背後にいたリズの頭にポンと手をやった。
リズは俺の合図に応えて、一歩前に出て挨拶をする。
「こんにちはっ! エリザベスです!」
リズはいつものごとく邪気のない笑顔でグール達に挨拶した。
さすがにそこまで丁寧にせんでもいいだろう、とちょっと思ったが。
「お……おぅ、マーフィーだ。よろしくな」
「……バレットだ」
気圧されるように背中を仰け反らせながら、グール達は揃って自己紹介を返した。
ところで、俺が最初にお前らと顔を合わせた時は、俺が名乗っても完全にスルーしてたよな?
「はいっ! マーフィーさん、バレットさん、よろしくお願いしますっ」
眼鏡グール……マーフィーの方に一歩進むと、リズは手を前に突き出した。
戸惑いながらマーフィーが手を差し出すと、がっしと掴んで上下に握手する。
うぉ、ウェイストランドで握手するヤツなんて始めて見た。
「わわっ、なんか柔らかいです」
「おぉ、あ、すまねぇ、グールだからな」
っていうか、握手に応えるなよ眼鏡グール。
なんか手を放した後も、自分の手の平見ながらにやけ面を晒しているマーフィーに内心突っ込む。
皮膚が崩れてケロイド状になっているグールに平気で握手するリズもどうかと思うが。
小娘相手に大の男が相好を崩すなんて、みっともないと思わんのか。
そう、同意を求める気持ちで、後ろに控えている傭兵服グールを見ると、コイツもなんか羨ましそうな目でマーフィーとリズの方を見ていた。
……いかん。ダメだこいつら。
◆
あまり認めたくはないが、リズのお陰で話はずいぶん早くなったのは確かだ。
ファミリーについて尋ねたリズの質問に、マーフィーは眼鏡を上げながらにこやかに答える。
「ファミリー? ああ、奴等のことなら知ってる。基本は触れず近づかずだが、取引だって少しはあるしな」
ニッコリと笑って机の上に置かれた救急箱を開いて見せた。
救急箱に詰まってるのは、代謝機能を高めて傷の治療を早めるスティムパックに、放射能汚染の治療薬であるRADアウェイ。この二つだけは、どんな集落でも絶対に必需品になる。
だが、商売だって通じる相手と通じない相手がある。売って良い相手と、悪い相手もだ。
俺は顔をしかめて、マーフィーに問い質した。
「おい、レイダーとも取引をしてるのか?」
「あぁ? あんなキチガイ連中なんて相手するワケねぇだろうが! ファミリーはレイダーとは大違いの連中だぜ!? なんでもかんでも、憶測だけで決め付けてるんじゃねぇよ!」
なんかガミガミ言われた。
「……でも、アレフで人を襲ったり、子供をさらったりしたって聞いて……」
リズが顔を曇らせると、マーフィーは速攻で態度を改めた。
「そ、そうなのか? それは聞いてないな……いや、本当、奴等も下っ端は悪ぶってるが、リーダーのヴァンスは話の分かるヤツなんだよ。まぁ、ちょっと頭がヘンだが、意味も無く集落を襲うようなヤツじゃない」
慌ててファミリーとやらの弁護を始めたマーフィーの言葉を止めて、俺は横から口を出した。
「その、頭がヘンってのはなんだ?」
「俺が話の分かるヤツっつったら、大丈夫なんだよ! そんなに信用ならねぇなら、テメェで会って聞きゃあいいだろうがっ!? それとも、俺が人間解体ショーが大好きなサディストと喜んで付き合うとでも思ってるのか!?」
なんかガミガミ言われた。
いや、頭がヘンなのに、話が分かるってなんだ? ……聞いちゃダメなのか?
口を開いたり閉じたりしている俺をスルーして、リズが話を進めた。
「えっと……最近は? イアンて子、ファミリーの所にいなかった?」
「いやぁ、力になれなくて悪いんだが、最近はトラブルがあって奴等との連絡は取れてなくてなぁ。ここ一ヶ月は接触がないんだよ」
リズに向かって困ったように頭を掻きながら、マーフィーは心底すまなさそうに答えた。
腹の下で下向きに合わせた手の平が、落ち着きなく揺れている。
正直、口を開くのも嫌だったが、何が役に立つかは分からない。
俺は諦めたように重い口を聞いた。
「……で、トラブルってのはなんだ?」
「おい、余所者に関係ねぇだろうが! それともナニか? お前、無償で俺達のトラブルを解決してくれるとでも? はっ、余計なお世話だね!! 俺達は俺達、お前等はお前等だ! 分かったら、いらねぇ事にその黄色い嘴を突っ込むんじゃねぇ!」
やっぱりガミガミ言われた。
こいつ、どんだけ疑心暗鬼なんだよ。
「でも、困ってるんでしょ……?」
リズが心配そうな顔でマーフィーを見る。半歩ほど側に近づいて、胸の前辺りで見上げる仕草。
他所ではちょっと見れないような、見事な上目遣いだった。
「……え、あ、あぁ、いやぁ~、困るってほどでもないんだが、裏手にある連中のアジトに通じる連絡通路が、ミレルーク共の巣窟になっててなぁ。それで、連中のアジトに行けなくなったってだけさ、はははは!」
頭の後ろを掻き、眼鏡をしきりに上げ直しながら、マーフィーは早口で答える。
のけぞるように背を反らしているのは、至近距離から見上げられるのに慣れてないからか。
見事な色仕掛けだ。と言っても、一部のマニアにしか通じないよーな色仕掛けだが。
まぁ、どーせ本人は分かってないんだろう。
俺はヒョイと部屋の奥を見た。部屋の奥に見えるマンホールの蓋がどうやらそれらしい。
つまり、そこを通ればファミリーのアジトまで一直線という訳か。
「おい、マーフィー。そこの通路を通らせてくれるなら、ミレルークの掃除をしてやるんだが……どうだ?」
背中に背負ったザックを下ろし、ゴソゴソと漁りながら提案する。
マーフィーは、夢心地から醒めたような顔で俺を見て、「あぁん?」と答えた。
「ケッ、ミレルークを甘く見るんじゃねぇよ。連中のハサミ相手じゃ、お前さんの自慢の拳も真っ二つだぜ?」
指でチョキを作って俺の方に向けたマーフィーに、ザックから取り出したモノを向ける。
「でも、コイツなら蟹退治にうってつけだろう?」
火炎放射器のノズルを向けられて、マーフィーは口をへの字に曲げて、舌打ちをした。
それ以上は何も言い返してこなかったが、答えには十分だ。
「よし、決まりだな?」
俺は、取り出した火炎放射器に、燃料ボンベと予備を備え付け始める。
初めて使う武器だが、大まかな使い方は知っている。
それに、これだけ大雑把な武器なら的を外す事もないだろう。
「じゃ、すぐやっつけちゃうから、待っててね!」
リズは小走りでマーフィーの側から離れると、当然とばかりに俺の背中に手を置いた。
だが、そんなリズを前にして慌てだしたのはマーフィーだった。
「ちょ、待て! その子を連れて行くつもりか!? 危ないだろ! それに、奥には放射能が残ってるんだ! 襲われてる最中に目眩でも起こしたら、命に関わるだろーが! 却下だ! それは認めねぇ!!」
両手を使ったオーバーアクションで訴えられた。
「だって、いつも一緒だし……」
「さすがに、援護なしで一人で相手するのは危険が大きいんだが」
困った顔のリズと、二人揃って顔を見合わせる。
真面目な話、リズに脚か目を打たせて動きを止めながら、じっくり火で焙ってやるつもりだったんだが。
しかし、マーフィーはまさかの提案をしてきた。
「つまりミューティー、お前を援護するヤツが一人、いればいいんだな? よーし、それなら、話が早い。銃の達人で俺の相棒であるバレットが、お前の援護をする! これなら問題ないだろう!?」
マーフィーガし召した手の平の先では、傭兵服のグールことバレットが口を開いて胸に手を当てながら、「俺!?」という顔でこちらを見ていた。
残念ながら、この部屋には他にそれらしき人材はいない。間違いなくお前だ。
ゆっくりと身振りを交えて「さぁ、OKと、言え!」とか言っているマーフィーを前に、チラリと横目でリズの方を見る。不服そうな目だ。
もちろん、マーフィーを疑っている訳じゃないだろうから、たかが殺人蟹の相手も出来ないと思われるのは不満なのだろう。たぶん。
一方のバレットと言えば、実に不満そうだ。
別に殺人蟹に怯えているって顔じゃない。単純にこの話の流れが納得いかないんだろう。
つまり、マーフィーが言い出した話の裏には俺を始末してやろうとか、リズと二人っきりになってどうこうしたいとか、そんな陰謀は隠されてないって事だ。
それなら、無駄にリズに危険を冒してまで蟹退治を手伝わせる理由はない。
俺は立ち上がって、リズの頭をポンポンと軽く叩いた。
「ちょっとだけ待ってろ。掃除が済んだら、ファミリーのアジトまで直行だ」
その言葉に、リズはしばらく「うーうー」と嫌いな食べ物を前にしたワンコのように唸っていたが、「ちゃんと迎えに来るから」と繰り返すと、不承不承頷いた。
後は、ミルリーク共を一掃するだけだ。
俺は火炎放射器を構え直して、ノズル口に火を灯す。
暗い地下道には、この武器なら明かり代わりになってちょうどいい。
「OK、商談成立だ。行くぞ相棒」
軽く肩を叩いてやると、バレットは、実に嫌そうに俺の手を払った。
マーフィーを一度だけ睨んでから、諦めたように壁に立てかけていたアサルトライフルを肩に背負う。
最後に、リズの心配そうな顔だけ見て、なにやら安心させるかのごとく頷いていた。
……失礼なヤツらめ。
<つづくー>