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[9452] 砂漠の少女(H×H オリ主転生 TS)~チラ裏から~
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/07/19 02:10
愛と平和と笑いに満ちた小説が書きたくなった次第であります。

では注意書き

・TS(トランスセクシャル)である。

・TSなのにあんまり性の葛藤とかはなさげ。

・と思いきや、恋愛要素はあるでござる。

・あくまでコメディたっちで書いていく。

・伏線はもううんざりだ。

・ファーストフードだと思ってお読みください

・でもたまに中華になるかも

・笑いを求めてもやっぱりH×Hなので多少の人死はあるかと。

・でも悲惨で暗い話には絶対にしない。


以上がOKの人はこのままお進みください。

あと、作者は執筆向上を目指しているのでとりあえず書きまくります。継続こそ力なり。しかし、描写不足に定評のあるまじんがーなので不明瞭な点、ご不快な点があれば指摘ください。ご教授のほどお願いします。



もう一つのほうも書こうと思ってはいるのですが、書けません。しばらく放置。一部とかでも【完】としてしまうとなかなか気力が沸かんのです。もうちょっと待ってプリーズ。




[9452] ぷろろーぐ
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/14 20:46
 黄褐色一色。

 見渡す限り延々と続く広大な砂漠が、目の前どころか前後左右包囲するかのように広がっていた。熱風に舞う砂は視界を黄色く染め、雲ひとつない空から照りつける日差しは布越しに肌を焼く。唸るような暑さ。じわじわと奪われていく体力。

 丘ほどもある砂の山を上り下りするたび、ちゃぷん、ちゃぷん、と水音の奏でる竹筒がすでにこれサタンの誘惑である。正直何度手が行きかけたことか……。


「ホタル」

「大丈夫ですお父様! ホタルは決して竹筒の蓋を開けて水をがぶがぶと飲み干してしまおうなどと大それたことは考えてはおりません!」


 水を取り上げられた。泣いた。

 パブーンという名の虎のような馬のような珍妙な獣の上の、さらにふとましいお父様の膝の上で、めそめそと泣く幼い私を見かねてか、お父様は一つため息を吐く。


「しょうがない。一口、舐めるだけにしておけ」

「お父様っ」


 感激の余りことさらに涙を流す――ことは水分の無駄なのでやめておいて、竹筒の蓋を開けた。そこだけ気温が下がったような涼しさをほんのり味わい、頬を緩めてから、一気に竹筒を傾けようとして、竹筒をお父様に取り上げられる。


「次のオアシスまで待つことにしよう」

「嘘です! ちょっとした茶目っ気です! 決して独り占めしてお父様の言葉を反故しようと思ったわけでは………ああ、仕舞わないで。その逞しい胸毛の中に隠さないで。お父様のギャランドゥに顔を埋めるほどの覚悟はまだホタルにはありませぬっ」

 さめざめと再び泣く私だが、さすがに前科ありでは情状酌量の余地はないらしい。お父様はその残虐な行為にも顔色一つ変えずにパブーンの手綱を持って、景色の変わらない砂漠を進ませていた。

 えーん、えーんと泣きながらちらりと窺うと、やはりお父様の憮然とした顔に変化はなかった。どうやら仏の顔は一度だけだったようだ。


「実に馬鹿だな、君は」


 ドラ○もん!?

 じゃなかった。隣を歩くパブーンの上、私と同じように父親の膝の上に乗る、認めたくないけど幼馴染であるエルリオが嫌らしい口調で私を見下していたのだ。


「うっさいチビ」

「ち、ちち、チビじゃねぇ! それに今は俺のほうがでかいんだぞ!」

「それはおじさんの膝の上だからね」


 自慢にもならないどころかそれでいいのかエルリオくん。私たちの部族の中の一番のチビっこは、他人より上から見下ろすためにはプライドなどいらないようだった。


「はん。いいもん。ホタルにも分けてやろうかと思ったけど、分けてやんねぇ」


 ちゃぷん、と揺らされる竹筒。かぽん、と外される蓋。ちろり、と舐められる水滴。


「うーめーぇー」

「お父様! 今すぐパブーンをけしかけるべきです!」


 しかし遺憾なことに私の提案はお父様の「駄目だ」という無難すぎる一言で却下された。にやにやと笑うエルリオが憎らしいことこのうえない。今なら視線でエルリオのイチモツを不能に追いやることも不可能ではないのではないだろうか。凝縮された殺意を込めて、じーっじーっじーっ。


「やべぇ! 何か今とてつもなく恐ろしい予感どころか視線に襲われている!?」

「エルリオの男として命を絶とうしているんだよ!」


 ふおぉっ、と手を上げて上半身だけの荒ぶる鷹のポーズ! 異界共通体言語に、びくり、と肩を震えたエルリオは慌てて股間を抑えた。


「やめろ! やめろよ!」

「ぶっぶー。もうエルリオは子孫を残せないどころかアッーになってしまう呪いにかかりましたー」

「くっ。ば、バリアー! バリアーで跳ね返った!」

「バリアー返し! そしてこのバリアー返しはもはや返すことのできない無敵防御結界です!」

「なん……だと?」

「エルリオくん残念。エルリオくんはもうお嫁さんにしかなれないね」

「いやだ! 俺はお婿さんになるんだ! そしてお嫁さんに養ってもらうんだ!」

「ただのヒモじゃん」


 そしてそれならお嫁さんのほうが割りと世間体はいい。

 そんな私たちのお馬鹿な会話に、お父様は何も言わずに寡黙なお父様のままであったが、エルリオのお父さんは、ははっ、と短く快活に笑った。


「いやはや、実に6歳児にしては先行き不安になる言葉の応酬だが、それぐらいにしておきなさい。エルリオ、君も水は勝手に飲んじゃだめだ。そしてホタルちゃん。仮にもエルリオの未来のお嫁さんなんだから、エルリオの男としての一生を勝手に断つのは止めておこう」

「ホタルはそれが一番気に食わないんです! 何でこんなチビが私の許婚なんですか! 私はもっとおっぱいの大きな女の子がいいです! チビの男は嫌です!」

「いやはや、何だか部族で集まらなくちゃいけないようなことを言っているような気がするがね。一応私、エルリオの父親だから。あまりそう息子を貶めちゃだめだよ?」

「何だよ、ホタルのくせに! この……くっ……ば、ばーかばーか!」

「いやはや、私この子の父親であること止めておこうかなと思う語彙の少なさだねエルリオ」


 ぎゃーぎゃーっと私たちが醜い言葉と稚拙な言葉の戦いを繰り広げている間に時間は幾ばくか経過していたらしく、私たちの部族の先頭を進むお兄さんから目的地であるオアシス発見の報が伝えられた。

 ハーレルヤー、と諸手を挙げて飛び回りたい気分ではあるものの、陽炎の可能性もあるし、もし本当にあったとしても豆粒ほどの大きさで視界に収まるようになった程度だからまだ途方もない距離が開いていることだろう。ぬか喜びはしないほうがいい。


「ホタル。待ち遠しいのはわかるが、あまり体を揺するな」

「あ、はいお父様。ごめんなさい。パブーンが揺れてしまいました?」

「いや。残像が見えていた」


 邪眼の力を舐めるなよ!

 しかしエルリオとの攻防のせいで渇いた喉には潤いが足りない。オアシスという言葉に反応して、体は水を求めていた。陸に打ち上げられた魚のごとしである。

 うーうーうーうーうーうーうー、としつこく唸っていると、それまで無言だったお父様がやれやれとでも言いたげに肩を落とした。


「わかった。少しだけだぞ」

「お父様!」

「はは。いやはやスザンは娘にめっぽう弱いな」

「お前ほどじゃあないさ。ほら、ホタル」

「はい!」

「垂らすから舌を出せ」

「でも案外信用がない!?」


 少なかったけどお水は美味しかったです。











 実を言うと私、ホタル=ウエタエには誰にも言えない秘密がある。

 それはお父様にも言えない秘密である。棺桶の中まで運ぶつもりの秘密だ。

 実を言うと私、ホタル=ウエタエは前世の記憶を引き継いでいるのである。

 前世の名前は定森蛍。蛍と書いてケイと読む。何かの因果かしれないが、ただの偶然にしては出来すぎているので運命と言う素敵な単語で象っておこう。

 私の前世はごくごく普通のアニメとゲームとエロゲとマンガとラノベと美女美少女美幼女ツンデレヤンデレダルデレクーデレ巨乳も並乳も貧乳も差別なく平等に愛する平凡すぎる都立の高校生だった。

 しかし可もなく不可もなく平凡だった私は、美少女たちを縛って脅して聖なる交渉を果たすゲームの新作発売日にゲーム屋へと直行したその日、トラックに轢かれることなく踏み外した歩道橋の階段から転落。敢え無く学校の鞄に18禁の本を隠し持った英雄の名を欲しいままにして、その短くも儚い一生を終えたのである。


 そして気付いたら赤ん坊。

 そして気付いたら幼女だった。


 私、ホタル=ウエタエ。生憎僕っ子萌えはなかったので一人称を改めた次第である。実際、三次元での僕っ子はかなりの精神力が必要だった。実際、ちょっと言ってみたらイタかった。

 そんなことを自覚した日、やはり砂漠はとても暑い。




[9452] 死亡フラグのない平和な部族です
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/14 20:47
 
 諸君、いきなりだがここはHUNTER×HUNTERの世界である。


 正直、私も砂漠の民――ルピタラ族という原作にない部族に生まれたせいで気付くのに遅れてしまった。稀に大人たちの間に飛び交うハンターという言葉に多少の反応は示していたものの、それだけでは確定するには不十分だったこともある。ハンターっていう言葉、結構どのマンガにも出てこない?

 エルリオのおじさんの口癖ではないが、いやはや、世の中何が起こるかわかったものではない。まさかオリキャラ憑依とは。いや、オリキャラ転生なのかなこれは。

 まあ、ここが幾多に広がるパラレルワールドの一つという仮説も無きにしも非ずなので、決め付けるのはやめておこうかなぁ。たとえここがHUNTER×HUNTERの世界でもどこかの異世界でも大した違いは………あった! アリさんたちが来たらかなりやばいよ! あれどうなるの!? まさか主人公たち殺されたりしないよね!?


 がーんと白く煤けた六歳の夏。ちょっかいをかけてくるエルリオがうざいです。また呪いかけるよ? 背伸びなくしちゃうよ?

 脅し文句にエルリオが逃げていきました。結構身長のこと気にしていたみたいです。


 と、とりあえず対策を考えるまでの時間はある。お父様に聞いてみたら今はハンター暦で1992年。HUNTER×HUNTERの世界じゃないかも、などという甘い期待はどうやら低そうなので、もうHUNTER×HUNTERの世界ということを前提に生き抜こうと思います。そうなると原作開始までまだあと八年。とりあえず即死しない程度に体を鍛えながらこれからについて考えていけばいいだろう。

 ちなみに私が「ここってHUNTER×HUNTERの世界じゃね?」と思った理由というのは、HUNTER×HUNTERの肝とも言うべき【念】という存在にある。【念】の存在を知った原因を説明するには私の部族であるルピタラ族について説明しなくていけないので、ここでちょっと記述しておこう。


 ルピタラ族は褐色と琥珀色の瞳が特徴の、砂漠と三つのオアシスを繋ぐ貿易の民である。部族で渡り歩く砂漠で、大体百人程度の集団だ。ただこれが私たち部族の全てというわけでもなく、ほかにも何組かに分かれているようで、以前オアシスで他のルピタラ族に出会ったこともあったりなかったり。歴史の長い民族であるようで、私が着るこの服も砂漠の民と呼ぶに相応しい民族衣装なのだが、それは置いておくとしよう。重要なのは私たちが渡り歩くこの砂漠、魔獣や魔蟲がたびたび出没するということである。

 それらに対抗するために、部族では非常に有効な武器である【念】を親から子へと継承しているのだそうだ。生存確率がただでさえ低い砂漠なので、生きる過程で誰かのご先祖様が発見し、それを皆に伝えたことでそれが伝統にでもなったのだろう。

 五歳の頃に数少ない子供たちが集められ、部族の長であるゴルゾンというしわしわに枯れたお爺ちゃんがそのことについて教えてくれた。これこそ私がHUNTER×HUNTERの世界ヤッフー、と小躍りした―――もとい死亡フラグ満載の世界に産声あげちまったんじゃね?と一抹の不安を抱いた理由なのだが……。


 この部族、教えてくれるのは【纏】と【絶】だけだった……orz。


 【練】や【発】どころか水見式――というより念の系統そのものを知らなかったご様子。ルピタラ族の長い歴史の奥に埋もれてしまったのだろうか。ちょっとばかり残念である。【練】ぐらいなら無意識に使っている人もいるようなのだけど(まさに私のお父様とか)、応用技など当然知る良しもない。

 原作知識を持っていてもさすがに独学で応用技を身につけられるほどの才に溢れたスペックは持ち合わせていなかった私は、このとき思わず唸ってしまったのだが、どうやらそう悪いことばかりでもなさそうだった。


 というのもこの部族、神字発祥の民族らしい。


 オーラで描く文様に様々な力を与える神字という不思議パワー。もともと砂漠を渡り歩くルピタラ族が神様に旅の安全を祈願する目的だったもので、それがオアシス経由でいつの間にかに外へと広がり、どこかの念能力者にその効能を見出されたらしい。系統さえも知らない部族のくせに、教えられる神字の数は結構な数があった。部族の伝統だろうと考えていたのだが、砂漠へと赴く前に皆がそれぞれ体に施していた文様が神字であるとは私、気付かなかった次第である。

 刺青かと思っていたよ、あれ。いや、消えちゃうから不思議だなぁとは思っていたけど。

 そんなちょっぴり不思議部族、ルピタラ。これが私の属する部族である。



 で、考えたのだけど。神字をある程度覚えたら、私ちょっと外の世界に出てみようと思っているのだ。



 やっぱりこっちの世界に来たんだから色々と観光したいわけ。ククルーマウンテンとか天空闘技場とか。オタクの血が騒いで疼いて仕方がない。それにほら、やっぱり原作キャラとも会ってみたいし。ちらりとね、窺うだけでいいの。関わるとアリさん討伐に向う羽目になりそうだし。危ないことはわかっている。だけどやっぱりミーハー入っている私としては会えるものなら会いたいのです。中の人に会える機会があったら山の中、水の中、スカートの中。駆け巡ったかつての私。うん、警察には捕まってないから大丈夫。

 ただし、気にかかるのはお父様のこと。お母様を若い頃失くして男手一つで私を育ててくれた恩を忘れたわけじゃない。前の世界の両親にも恵まれていたけれど、この世界のお父様だってとっても優しい人なのだ。言葉遣いもろとも厳しくしつけられ、振る舞い少々矯正されたのは―――おっとここまで。お父様のギャランドゥと逞しい二の腕の思い出をこの砂漠の中で思い返すのは自殺行為だったね。

 部族を離れる前に、お父様にだけには言っておこう。そんな決心をする私。うん、だけど絶対ここは離れます。ミーハー魂で親を捨てるのか、なんて非難が飛びそうだけど、生憎理由はそれだけじゃない。もちろん【念】の向上も理由の一つにはなるのだけど。


 この部族さ、十三歳で結婚するんだよね………。


 しかもこのルピタラ族、貞操観念がやけに低い。十三歳になったら床の授業まで始まるらしい。もちろん夫婦二人でさ。両親の前でギシアンとか、どんだけ羞恥プレイですか。正直冗談ではないのです。エルリオのこと嫌いじゃないけど、その、ね? 男女関係とか、前世が男だった私にはかなりきつい。まだ初潮も来てないからね。女としての自覚はあんまりない。


 まあ可愛いけど。私可愛いけど。

 大事なことなので二回言いました。


 オアシスの湖で顔を見たらまさにとある蟲使いのアザミちゃんクリソツでした。砂色の編みこまれた髪。琥珀色の瞳。褐色の肌。東洋の神秘を詰め込んだその姿はまさに美少女を確約されたお姿である。超ラブい。男だったら黙っちゃいないね。

 はい、やばぁいです。まだまだ洟垂れガキんちょのエルリオにほっとする。部族公認の仲だからさ。襲い掛かられたら拒絶は不可能なんだ。

 だけどまだ七年の時間があるからもうちょっとだけここで神字の勉強をして、結婚前には飛び出よう。ごめんね、エルリオ。しばらく童貞で生きてくだしゃい。


 で、そんなわけで今はオアシスで一息つきながら精神修行と神字の勉強中。お父様たち大人は、別のオアシスから買った品物や砂漠で狩った魔獣の爪や毛皮などを売るために今はいない。部族の中のお爺ちゃんやお婆ちゃんが子供を集めて宿屋で寺小屋状態なのである。


「心静かにね。空に踊る精霊の動きを感じるんだ。精霊はあなたたちのすぐ側にいるのよ」


 お婆ちゃんが教えてくれる精孔の開き方。抽象的過ぎてわからないけど、私はもう大分開いているので問題ないと思っている。のだけど、お婆ちゃんからしたらまだまだもう少しだけ行けるらしい。そんな使い切ったマヨネーズからさらに捻り出すように言われてもさ。


「うん、いいね。ホタルはもう開ききったよ」


 と思っていたらもう全部使い切ったらしい。優しく私の砂色の髪を撫でてくれる。節くれだったお婆ちゃんの手はひんやりとしていて気持ちが良かった。心の中もほんわりする。


「婆ちゃん! 俺は、俺は!?」

「エルリオはもう少し頑張ろうか。あとちゃんとヤギの乳は飲んでいるかい?」

「飲んでいるよ! お腹下すくらい飲んでいるよ!?」


 エルリオはまだまだらしい。頑張れエルリオ。あと実は動物のお乳はあんまり成長に関係ないらしいから。無理してお代わりしないほうがいいよ。

 私が纏を身につけられたのは三番目だった。子供十五人居る中で三番目。転生という特別な事情を踏まえると出来がいいのか悪いのか、ちょっと不明だ。まあ一年近くかかっているから主人公たちのような特別な才能はなさそうである。


「よしよし。じゃあホタル。こっちに来なさい。神字のお勉強を始めよう」

「はい、長老様」

「そんな畏まることはない。私のことは気軽におじいたまと言いなさい」

「はい、長老様」


 見るからにショボーンとした顔をする長老ゴルゾン様。だけど気の毒に思えないのは言うまでもなし。悪いけど、無垢な子供に汚れた趣味を押し付けないで欲しい。


「まあいい。それじゃあ始めようか」


 オーラを完全に解放できたせいか今日描いた神字はいつもより綺麗だった。長老様も褒めてくださり、頭を撫でてくださろうとしたのだけど、すかさずそれは避けておく。体育座りで「の」の字を書く長老様に萌えることは、しかしなかった。

 で、実を言えば私、もう念能力に関しては二つほど考えている。私のメモリがどれだけ広いかはしらないが、まあこの二つは大丈夫だろうと思える代物だ。できればそれに何か追加でもう一つほど付け加えたいけどまだアイディアがないので保留中。神字の勉強しながらボチボチ考えるつもりである。

 勉強を終えて皆がわいわい街中を遊びまわる中、私はこっそりお婆ちゃんの部屋へと入る。いつものようにご教授お願いしますと頭を下げるとやっぱり頭を撫でてくれた。安らぐわー。お婆ちゃん萌えー。

 それを見て何だか寂しそうな顔をしていた長老様はもちろん無視。

 これが完成するまでには大分時間が掛かりそうだけど、まだ八年あるのだ。何とか間に合うだろう。















某サンデー新連載とかぶるのは仕様



[9452] 私の手が真っ赤に燃える!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/13 17:29
 
 荒涼とした砂漠と水香るオアシスを繋ぐ日々が緩やかに過ぎていく。

 昔は家と某電気街を無比の聖地と定めていた私も、砂を故郷とするルピタラ族に育てられたせいか少々アウトドア志向になったようだ。灼熱の砂上でも健気に生きる虫たちや水の乏しい大地にひっそりと咲く花などに心動かされることなど、昔だったら考えられなかったことだろう。萌絵にしか反応しなかった前世と比べれば実に心豊かになったものである。

 それに大人すら根を上げると言われる砂漠越えを日常のものとして経験してきたおかげか、クラスメートにニート予備軍と噂された私も、今では大人に負けない体力と精神力を持つようになった。五分歩いても力尽きません。めげません。すごくね?

 休むことのない勤労な太陽が辛かったのは確かに事実だけど、それにももう慣れちった。ルピタラ族は元来暑さに耐性のある民族らしい。発汗量が少なくて、乏しい水だけでも熱砂包まれる砂漠を長期間旅することができるのだ。すごいね、ラクダみたいだ。ただ底冷えする夜が来るたびに、その過去に経験したことのない気温差が私にはちょっと堪えた。毛布に包まれていても、太陽の沈んだ砂漠の夜は隙間を縫って侵入してくる。暖房のないことを切に恨みながら寒さにぷるぷる震えていた私。だからお父様が無言でそっと毛布と一緒に抱いてくれたりするのは嬉しかったです。あったかーい。

 エルリオにはファザコンとか馬鹿にされたけど、黙れチビ、の一言で一蹴した。エルリオは泣きながら「覚えていろ!」とか叫んでいたけどそんな悪党の定型詩など覚えません。エルリオなどにお父様のギャランドゥの温もりはわからんのですよ!


 そんなエルリオとの馬鹿げた掛け合いも、お父様との温かな触れあいも、いつしか年を重ねて砂のように流れていく。


 チビ、チービ、と馬鹿にしていたエルリオもいつの間にかにちっこかった背が伸び始め、なよなよしていた体もがっしりとしてきた。今では不遜なことに私より1ミリ程度大きい。ちらりと自慢下に見下すエルリオ。1ミリ程度で人を見下すエルリオが哀れだ。

 そんな私の体も年を経て変わっていき、少しずつ女の子してきた。今まで子供なだけあって男女の性差を考えていなかっただけに、子供から青年期への成長具合にはちょっぴりショックを受けた。


 少しだけ、胸も膨らんできたし。


 とはいえ、この年頃にしては………いや、何も言うまい。考えちゃダメ、ゼッタイ。エルリオの視線もちらちらと胸に向く。この思春期め………

 ずっと子供のままだと思っていた。だけど、子供もいつまでも子供のままではいられない。ネバーランドから遠く隔てられた砂漠の上だしね。風が吹き、砂が舞う砂漠。砂の流れは川のように、川の流れは時の流れのように、止まることがない。



 気付けば六年という年月が経過していた。もう私も、十二歳。

 結婚まで、あと一年。



 ………あぶねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! マジであぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 平和な日常に浸っていて忘れていた! おじさんの「ホタルちゃんももう十二歳か。いやはや、来年には娘になると思うと感慨深いね」の言葉で思い出したよ! 子供たちで集まって誕生日会開いていたのに! 一気にテンションがた落ちですよ!

 馬鹿エルリオこっちみんな!

 そんなわけでとうとう来ました、私の部族大脱出。もう一年ゆるりとしていこうかな、とか思っていたりもしていたけど、無理無理。絶対このままだと流されて結婚までノンストップだ。そして両親に手取り足取り教えられてエルリオと衆人環視の中ギシアンしちゃう。そんなのは死んでも御免だぁぁぁぁぁぁぁ!


「お父様。私、旅に出ます」


 夜。砂漠の空に三日月佇む中、お父様と一緒にテントに入った私は床につこうとしたお父様に向ってそう言った。明日、外と砂漠を繋ぐ街道のオアシスに着く。そのまま部族を離れ、雲隠れする次第である。【纏】と【絶】は覚えたし、必要な神字はもう全部描ける。それに、例のものも当の昔、二年前に完成しているのだ。あとはここを脱出するだけ。

 お父様は眉を顰めて無言のまま、そんな計画を脳内で進める私を眺めていた。


「なぜだ?」

「見聞を広めるためです」


 嘘じゃないもん!

 むくり、と体を起こしたお父様は正座する私に向うように体を向けて、一刻、沈黙を通してから口を開いた。


「………ホタル。お前は幼い。見聞を広めるにしろ、もう少し時を置いてからにしておけ」

「でも、お父様。私はあと一年で婚姻を結びます。結婚したら、部族をそう簡単に離れることはできないでしょう?」


 正論に、お父様は目を閉じた。お父様と話すとき、たびたび静かな時間が流れる。寡黙なお父様は言葉を選んでちゃんと口にする。感情のままにお父様が強く言葉を放ったところを、私は見たことがない。


「その気持ち。軽いものではないのか」

「はい、もちろんです」

「理由は、見聞を広めるため。そうなのだな?」

「はい、もちろんです」

「結婚が嫌だから逃げだすわけではないのだな?」

「はい、もちろんです」

「なぜ目を逸らす?」

「虫が居たんです」


 ちくちくと刺さる視線に体を小さく丸めていると、お父様が疲れたように息を吐いた。上目遣いにちろりとお父様の顔を窺う。凝り固まった眉間を解すように父様は指で眉間を揉んでいた。


「ルピタラの男は危険な砂漠で女を守る。それは女が子を産む部族の宝だからだ。ゆえに男は女を、命を賭して守らねばならん。ホタル、お前は部族の誇りと義務を捨てるのか」

「………」


 そう言われると何も言えない私。

 十を越えてから、エルリオは部族を襲う魔獣を相手に戦うようになった。それが部族の男の義務だからだ。大きな傷をこさえて戻ってきたことは数知れない。命の危機もあっただろう。それを私は泣きながら手当てしていた。この世界は、やっぱり死が近い。それがとても怖かったのだ。お父様が死ぬのも、エルリオが死ぬのも、怖かった。近しい人が死ぬことがとってもとっても怖かった。

 私は戦いに出ていない。私が女だったから、それが許されていなかった。歯痒い思いをした。この部族では男が戦うことを義務とするなら、女は子を産むことが義務である。古い習慣はしかし血を守るための重大な儀式でもある。それを一概に非難することは、ここで育った人間なら無理だろう。


「………ごめんなさい、お父様。ホタルは嘘をつきました」


 頭を下げる私に、お父様は叱責しない。ただぽつりと零した。


「エルリオは、悪い男ではない」

「わかっています」

「何が気に食わないのだ」



 皆の前で男とえっちするのが。



 言えたらどれだけ楽か……! 

 しかし恐ろしいカルチャーショック。ここではそれが当然なのだからそれを口にしたら「は? 何言っているのこいつ?」みたいな目で見られるのだ。何かエッチ=スポーツくらいの爽やかさに考えている節がある。お前ら、それでいいのか! 尊い恥じらいの心はどこにある! 恥じらいこそ萌え!

 悩んだ。部族としての誇りは、正直そこまで高くないけど、感謝はある。家族の中で役に立ちたいという気持ち。私も何だかんだ言って、ルピタラが大好きだ。ここが居場所だと、心の底から思える。


 だけど、それでも、公開エッチはちょっと……。


 悩んだ末に、私は心を決めた。お父様なら私の気持ちも汲んでくれる。そう信じて、口にした。


「………お父様。私、実はまだ、あの、来ていません」


 お父様が見るからにうろたえた。

 そこはそれ。これはこれ、らしい。私、正直よくわかりません。

 ルピタラ。なんて神秘な種族。


「そ、そうか」

「だから、もう少し時間を置きたいんです。まだお役目も果たせませんし。子供は、えっと、いつか。そう、いつか。気が向いたら生もうかなぁとか思わなくもあったりなかったりなかったり」

「ないんだな」

「ないです」


 無理でしょ! 私前世は男だったからね! そう簡単に男としろと言われてもできません!

 お父様はもう誇りや義務といった言葉を使わなかった。結局、それに答えなかった私はただ駄々を捏ねただけ。何も答えてはいない。それでもお父様は私に強要はしなかった。確認してわかったからなのかどうなのか。そんなお父様はやっぱり私にとって自慢の優しいお父様なのだ。

 沈黙の中、お父様が諦めたように首を振る。そしてお父様にしては珍しい、ふと頬を緩めた顔を私に向けて言った。


「砂漠の砂は決して砂漠を出ようとしない。吹かれようと、いつか必ず戻ってくる。今はそれを信じよう。帰ってこい。それでいい。それだけを、約束してくれ」

「………お父様っ」


 抱きつく私にお父様は不器用な手で私の頭を撫でてくれた。お婆ちゃんみたいに優しくて、だけどお父様の手つきは全てを包み込んでくれるように大きかった。ファザコンと言われ様と、お父様が大好きです! お父様のツンデレ萌!


















 そして旅立ちの日。なぜか目の前にエルリオがいる。


「何でいるの?」

「お前の親父さんに聞いたんだよ」


 信じていたのにお父様!

 腕を組んで仏頂面のエルリオ。なぜか不機嫌な様子で忙しなく指で腕を叩いている。せっかくルピタラの人たちの目を盗んで街道まで出たと言うのに。私を止めに来たのだろうか。いや、それはないか。


「聞いたんなら話は早いね。私、ここを出るから」

「何で?」

「エルリオのお嫁さんになりたくないから!」


 エルリオが仰け反った。心なしか顔が青い。


「お、俺だってお前を嫁に何かしたくねぇし!」

「あ、じゃあちょうどいいね。まあたまに帰って来るつもりだからさ、エルリオも元気でやりなよ。それじゃあ」


 ばいばい、と笑顔で手を振ってすり抜けると、エルリオが慌てて私の肩を掴んだ。


「待てよ! 何だよ、そんなに俺と結婚するのが嫌なのかよ!」

「うん」

「即答!? いや、俺も嫌だけどな! でもほら何かこれって嫁に逃げられた男みたいで格好悪いし! 俺お前のこと幸せにするし!」


 何言っているのこいつ!?

 どうでもいいけど、ざわざわと人が集まってくる。幸い、ルピタラの子供たちはこんな娯楽の少ないところに集まらないし、大人たちは仕事中だからいないだろう。だから逃亡の問題にはならない。ならないけど「あらあら若いわねぇ」みたいな周囲の目がとてつもなく痛い………!


「エルリオ、落ち着いて。落ち着いて状況を確認しよう。あとこれ見世物じゃないので散ってください!」

「お嫁さんに養ってもらうのが夢だったけど俺働いて養うから! 待ってくれホタル!」


 ちょっとごめん。私限界。

 あまりの事態。何このダメ亭主から逃げる妻を追うセリフ。許容量パンクして頭働きません。

 何? ホントに何? 一体何? エルリオのことだから悪態ついてじゃあさよなら、だと思っていたのに。文句の一つでも言うために来たんじゃないの? ここまで真剣に止められるとは私、思っていなかった次第である。


「何でさ。何でそんなに私が居なくなるのを、嫌がるの」

「だって、それは」


 振り向いて、困惑しながら聞く。エルリオの顔にかっと血が上って赤くなった。エルリオの視線はきょろきょろと彷徨い落ち着かない。周囲の視線の生温かさが増した気がするのはなぜだ。そわそわした空気に当てられて、私まで落ち着かなくなってきた。


「だって、それはお前が、お前のことが……」


 ごくり、と観客一同唾を飲む音。

 私の背筋もなぜか伸びる。少し体が固くなってきた。

 しーんと静まり返った場で、す、す、と口を窄めていたエルリオがぎゅっと目を閉じて、叫んだ。



「だって、お前が一番胸でかいし!」



 殴りましたけど何か問題ありますか?

 周囲から「あーあ」というため息とかエルリオの「ち、ちが、ちがうっ……」とかそんな声も聞こえてきたけど聞こえない。ぜーんぜん聞こえない。マウントポジンションで、エルリオの顔の原型なくなるまで殴りました。「やめて、彼のヒットポイントはとっくにゼロよ!」なんて言葉は私には届きません。

 そんなわけで私の旅路は過去との決別と相成ったわけである。


 またつまらぬものを殴ってしまった……。


 



[9452] 夢がある限り、私たちは戦い続ける!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/11 18:55

 さて、記念すべき出立に手を真っ赤に染めてしまった私だが、まずやるべきことと言えば【念】の完全なる習得だろう。

 2000年に行われるハンター試験にオタク心で出ようと目論んでいる対策として、ということもあるが、できればせっかく考えた【発】を完成させたいのである。四年越しに作ったアレも【練】が使えなくては意味がない。それに水見式もやってみたいしね。自分の系統ぐらい知りたいのです。

 私が使えるのは【纏】と【絶】と、神字を少々。稀に気が高ぶると【練】を使えたりもするのだが、意識して行うことはできない。これは問題だ。誰かさんを「僕は君が泣いて謝るまで、殴るの止めない!」状態のときは平然と【練】を使っていたりもしたけど………。あー、思い出したらむかむかしてきた。

 というわけで、必要なのは念の師匠。あとできればバトルも教えてくれる師匠。戦いを知らない、というのはここでは即死亡フラグの気がしてならないのだ。アリさんたちが来るまでに師団長クラスと対等できるレベルくらいにはなっておかないと、危なくて街中歩けないしなぁ。

 でも、辛いのは嫌。苦しいのはちょっと……。ごめん、私ゆとりだから。そう、理想はゆるーくてだらしなくてやさしーい感じの師匠で……。


 ウイングさんしかいない!


 というわけでやってきました天空闘技場。

 砂漠からおんぼろバスを乗り換え、飛行機びゅーん。文明利器的に言えばこの世界も現代と比べて遜色ないので(ルピタラが居た国もそこまでローテクだったわけじゃないよ)、数日そこそこで着きました。お金はお父様が渡してくれた三分の一を浪費。いや、でも無駄遣いじゃないし。それにここなら一杯稼げるしね。

 砂漠に点在するオアシスの建造物はどれも低層構造だったせいか、都市の建造物の高層具合に口を開けて驚いた。これも地震がない国だからだよね。日本なら考えられないよ。おまけに天空闘技場はそれに輪をかけて大きい。まさに雲を突き抜けんばかりの高さである。

 漫画で見た光景が今まさに眼前に再現されていることと、東京タワーの三倍もありそうなその高さにふわぁぁぁぁとか叫びながら感動していると、周囲からのくすくす笑いが大きくなった。どうやら田舎ものだと思われたらしい。まあ強ち間違っちゃいないけど、恥ずかしかったので顔を赤くしながらそそくさと建物の中に入る。

 ここだとヒラヒラと薄いベールが幾重にも折り重なったルピタラ伝統の民族衣装は、少々目立つ。とはいえあまり服にお金使いたくないし、この服は動きやすいから買い替えるつもりはないんだけど。べ、別に、お父様から貰ったものだからというわけじゃないんだからね!

 さてはて、ここにはもちろん、ウイングさんを探しに来た次第である。だから観客でいいかな、と考えていたんだけど、うおおおおおぉぉぉぉとコミケにも似た熱い盛り上がりを見せる空気に当てられて、思わず私、行列に並んでしまった。集団心理ってやつ?

 まあせっかく来たのだから肌でこの空気を味わってみるのも悪くないだろう。実践交えながら鍛えていくべし、と料理を教えてくれたお婆ちゃんも言っていた。【纏】を覚えているからそこまで痛い思いもしないだろうしね。

 受付のお姉さんは私のような子供でも格段顔色を変えることなく淡々と説明してくれた。まあキルアが六歳の頃に来たくらいだから、子供の挑戦者も慣れているのかもしれない。この行列だと一日何千人相当っぽいしな。一々一人を相手にそう時間も使えないのだろう。



 で、一階で番号呼ばれるまで待っていたのだが異様な気配を放っている人がいます。



 私もそう人のことを言えた義理ではないのはわかっている。褐色の肌に異国情緒の服装。ちらちらと窺われているその視線がちょっぴり痛い。おまけに筋肉隆々の人の群れで私のような女子供は場違い感がかなりの具合で溢れていて、肩身が狭いのも仕方がないかもしれない。



 だけどさ、ボンキュッボンのくの一よりマシじゃない?



 隊長、超昴閃忍も思わず目を背ける露出度の忍者がいます! どうしましょう! 私ドキドキが止まらない!?

 すぅっと尖った鋭利な眼差し。ポニーテールに簪と加えたその姿。クールビューティに相応しいけど、首から下がむちむちです。ボインっと盛り上がった胸が鎖かたびれのような無骨ではないアミアミにむにゅっと押し潰されて、もし私が男なら股間の制御装置崩壊寸前に違いない。私の似非巨乳とは違います。おまけにきゅっと引き締まった括れが群青の帯で締められ、下に視線をずらせば無防備にも曝け出した陶器のような白い太もも! 余りにも眩しすぎます………! 半袖半スカート。絶対領域がここにある!


 ここってコスプレ会場だったのか………!?


 そんな疑惑が浮かぶ中、件のくの一は周囲のぽっかり開いた空白にも気を止めず、優雅に足なんで組んでいたり。そんな動作一つが艶かしい色気を放っている。18禁の香りを濃密になっていく。

 サインを貰うべきか悩んでいると、スピーカーから私の番号が呼ばれた。正直、もうバトルとかどうでもいいんですけど。くの一のお姉さんから目を逸らすことが酷く口惜しい。

 正四角形の闘技場にはパブーンの鬣ような金髪の、筋肉逞しい男が見下すように私を待ち迎えていた。


「おいおい、ここはガキの遊技場じゃねぇぞぉ。ガキは帰ってママのお乳でも飲んでな!」


 ………ちらっ。


「負け犬のセリフ本当にありがとうございました。さっさと勝って祝杯をあげてやるよ!」


 ………ちらっ。


 意識が此方に飛んでいる私と対戦者の男。何だか罵倒しあった仲だけど、仲良くなれる気がするのはきっと気のせいじゃない。

 野次が飛ぶ中、試合が始まる。


「それでは、始め!」













 【念】は知らないけど格闘経験のある鬣男と、護身術を手習い程度にしか習っていないけど【纏】を習得している私。実力は拮抗して泥沼化した。ぼこぼこと殴り合ってついにはタイムアップ。引き分けに終わった鬣男と一緒に20階行き。

 まあ、実力としてはこんなものなのかな。神字を使えばもう少し上には行けただろうけど。

 で、例のくの一の女の人は凄かった。多重影分身とか変わり身の術とか、忍者っぽいこと色々していたけど、何が凄いって縦横無尽に揺れるおっぱい以上に凄いものはなかった。倒されたキンニクマンみたいな男の寝顔もとても幸せそう。あの揺れをまじかに見れたのだ。この世の天国だったのだろう。くの一は鼻血を垂らす審判から50階行きを宣告されていた。


「やるな、ガキんちょ」

「お兄さんもね」


 控え室。私と鬣お兄さんとの間には熱い男の友情が芽生えていた。

 報酬で貰った152ジェニーでオレンジジュースを買って一緒にごくごくごく。ぷはぁ。

 ジュースとか甘い飲み物を飲んだの何年振りだろう。すごく美味しい。


「倒したと思った一撃も多かったんだが、いやぁ。お前、凄く打たれ強いな。俺の名前はコンドル=ライフレッド。さすらいの喧嘩野郎さ」

「ホタル=ウエタエです。砂漠の国から貞操を守るために逃げてきました」


 首を傾げたコンドルさんにルピタラの部族を説明したら、「ああ、あの………」とか言われて居心地悪そうな顔で視線を此方に逸らされました。ちょっと待って! どんな噂が流れているのルピタラ!?


「私は、まだ純潔ですから!」

「いや、聞いてねぇよ」


 誤解は解いておかないと後が怖い! 淫乱部族とか思われていないでしょうね!?


「あと、敬語使わなくていいぞ。くすぐったくて仕方ねぇし。それで試合前に言ったガキ扱いは許してくれや」

「あ、そう? じゃあそうする」


 試合まえの負けフラグについては気にしてないよ、ということをフランクに伝えておいた。口元引き攣らせていたけど、負けなかったんだからいいじゃん。というか、ダメだよ。そこそこ強いのにあんな三下のセリフ使っちゃ。

 そこから他愛無い雑談を交わしていると、汗を拭いながら例のくの一さんが私たちの前を素通りしていった。そこはかとなく漂う甘いミルクの香り。自分の内に納めるべく深呼吸していると、コンドルさんは鼻の穴を広げてふんふんしていた。この人も結構大概だな………。

 すーはーすーはーしていた私とふんふんふんしていたコンドルさんがふと交す熱い視線。コンドルさんはふっとキザに笑い、私は頷くように強く拳を握った。


「私、ホタル=ウエタエには夢がある」

「奇遇だな。俺もだ」


 険しいだろう。辛いだろう。苦しいだろう。そこに行き着くために何度挫折するかもわからない。しかし、夢は追いかけるもの。追いかけ続ける限り、夢はいつまでもそこにあり続ける。



「「絶対、あのくの一さんとお近づきになる!」」



 なって、戦ってやるんだ! あの乳揺れを脳裏の奥に植えつけるんだ! できればポロリとか、ポロリとか。ぶふっ。


「おいおい、フレンド。まだ血を吹くには早いぜ?」

「ごめん。ちょっと早漏すぎた」


 そんなこんなで私とコンドルさんは熱いタッグを組む。周囲の眼差しなど気にするものか!目指すが50階。くの一さんに追いつき、試合を申し込むこと!


 え? ウイングさん? 何それ可愛いの?


「ところでホタル。何か俺の周りから白いモヤが出ているんだが」

「………あ」


 やべ。【纏】で殴ったの忘れていた。






[9452] 過去なんて簡単に変えられるんだよ!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/12 15:36
 
 コンドルさん改めコンちゃんとの修行の日々が続く。仲良くなってきたからコンちゃん言ったら顔を引き攣らせていたけど、いいじゃん。可愛いし。

 コンちゃんの【念】の目覚めに一役買ってしまった私はコンちゃんに【念】を、コンちゃんはその代わり私に戦い方を色々と教えてくれている。

 コンちゃんは拳法を得意とする体術を使うが、大体我流で済ませているらしい。まともに型を習ったことはないそうだ。それはそれで凄い。聞いたら「人に教えられるのは嫌ぇなんだよ」とかほざいていた。それにしては私の言うことはよく聞く。もしかして、オーラを垂れ流しにして死に掛けた経験が本能を抑えているのかだろうか。必死で手振り身振りに教えて何とか持ちこたえたコンちゃん。あのときは酷く怒られたけど、結果オーライだから良くね? 

 そう言ったらガツンと殴られた。いたひ。


 で、コンちゃんに我流拳法を習っていたら、何だか私、【練】ができるようになりました。


 拳法の発勁に【練】と繋がるところがあったみたい。これもこれで結果オーライなのかな。天空闘技場にウイングさんいなかったし。

 ウイングさん=天空闘技場くらいに考えていたけど、そもそもズシの修行についてきたわけだから、いつもここにいるわけじゃないんだよね。今頃心源流拳法の道場で鍛錬でも積んでいるのだろうか。ズシの修行がここで始まるのも二年後だしな。すっかり忘れていたよ。

 まあそんなわけで目論見は外れてしまったものの、紆余曲折して【練】は覚えられたし体術も身についた。


 ついに時が来たのである。


 今まで我慢していたけど、これでようやく水身式ができるようになるね! ひゃっほい! 

 うふふの、あはは。楽しみだ。私って何系なんだろう? はは、もしかしてありがちに特質系とか? まあ確かに私の滲み出るカリスマは留まるところを知らないけど………。



「見事な黄褐色に染まったな」

「………」

「んーと。色が変わるのは放出系だっけ? お前さんのメモ帳に書いてあるぜ。短気で大雑把。何だ、血液型診断程度とか言っていたわりに、結構的を射ているじゃないか」



 弁慶もさめざめと泣く場所を全力で蹴っておいた。ばーかばーか、と捨てセリフを吐いて逃げ出す。何か後ろでコンちゃんが騒いでいるけどしーらない。

 まあ元々神字は放出系に属する能力だから良いんだけどね。アレも一番うまく適応できそうなのが放出系だし。ただ特質系で俺tueeeeeeeeeしたかったのは紛れもない事実だ。もしコンちゃんが特質系だったら試合前の飲み物に下剤でもぶち込んでおこう。


 そんなこんなで順調に実力を伸ばして四ヶ月。最初は勝ったり負けたりを繰り返していたけど、【練】を覚えたあたりから勝ち続きで150階到達です。ちゃんと殴る時はオーラを纏わず素手でなぐっているけどね。素質なくて殺しちゃったら後味悪いし。そしてコンちゃんも同じくして150階。


 夢は諦めなければ届くもの。そんな空言も今ではとても心強く私たちを支えてくれている。50階などもはやとうの昔に三段飛ばしに駆け上ってしまった。


 そして私たちの夢である例のくの一さんはと言うと………。



「てめぇら! 準備はいいか! 垂れ幕を下ろせ!」

「うおおおおおおおおお。おいでなさったぞ、我らの女神が!」

「はぁはぁ。シグレたん可愛いよシグレたん」

「部隊長! ここに股間へ手を伸ばす不届きモノが!」

「連れ出せ。厳重処分だ」

「馬鹿な奴だな。気持ちは分からんでもないが」

「ああ。俺たちのシグレたん汚すとは万死に値するな。まあ気持ちは分からんでもないが」

「違うんだあぁっ! 芳醇なタプンッタプンのおっぱいと、色香が、禁断の花園のように香る色香が俺を惑わせたんだあぁっ!」



 ………ファンクラブができていた。


 ジャポン出身であると言われているくの一シグレ。忍なのに忍んでいないその格好とおっぱいで大人気の実力派な選手である。

 違法で撮られたDVDは2925ジェニー。無断で撮られた魅惑の写真集は1980ジェニー。もちろん私はそれぞれ二組セットで買っている。コンちゃんも持っている。だけどコンちゃんが買うと何か不潔だ。


「しかし節操のない奴らだな。あんな見苦しく声出して。まったく嘆かわしいことこのうえねぇ」

「本当だよ。ファンならもっと慎みをもって応援してあげればいいのに。あれじゃあシグレたんも集中できないよね」


 ねー、と顔を見合す私たち二人の前に、とことこと背中に「シグレ様命!」と書かれたハッピを羽織る坊主頭が近づいてきた。


「ほら、副隊長殿も何やってんすか! もっと声出して出して!」

「馬鹿、お前っ。大きい声だすなよ。これでもこっちは顔売れてんだよっ」

「一応、隠れファン扱いなんだから! ちょっとは気を遣ってよ!」

「あ、す、すいません」


 コソコソと帰って行く。まったくこれだから平は。部隊長は何やっているんだ? 後で厳重注意が必要だな、これ。

 150階まで行けば顔ももちろん売れてくる。選手として登録されている以上、これからシグレたんと戦うこともあるだろう。何よりそれが私たちの最終目標なんだから。そんなときに、ファンクラブになんか入っていることがばれたら審判も正当な判断を下せないだろうし、何より優しいシグレたんが私たちとの戦いを避けてくるかもしれない。そんなのは嫌だ。あの天地無法のおっぱい揺れを寸前で見ることために、私たちは血の滲むような努力をしてきたのだ。だから私たち二人が副隊長であることは公然の秘密と相成っているわけである。


「しかし、シグレたんもこの一戦でとうとう200階クラスか。大丈夫なのか、彼女」


 そう、シグレたんはすでに実質、戦闘で負けなしの破竹の勢いでここまで来ている。たまに遅刻して失格になることもあったんだけど、そんなドジっ娘シグレたんも萌。おかげですぐに届きそうな200階クラスも四ヶ月の時が掛かっているのだけど、それでも私たちはまだまだ追いつけないでいる。

 まあ、それはいいとして。


「うーん。ダメ、かも。わからない。強いけど、【念】を覚えている様子はないんだよね。隠しているだけかもしれないけど」

「おいおい、マジか。じゃあまさか200階に上がったら洗礼を受けちまうなんてことも………!」


 何を想像したのかコンちゃんの鼻からぶふっ、と決壊したダムのように鼻血が噴出する。コンちゃん不潔っ! と叫びそうになったが、思わず想像伝染してしまった私も鼻下拭わずにはいられなかったから、おあいこかな。

 しかしあまりにもお間抜けな質問に、くすっと私は大人の笑みを浮かべた。鼻血はちょっと止まらない。


「ふふ。馬鹿言わないでよ。まさかこの私がそんな初歩的なミス犯すとでも? シグレたんの初めてをそんな馬鹿なことで……初めて、シグレたんの初めて……」

「馬鹿、無茶するな! 死ぬ気かホタル!?」

「コンちゃん、私、死にたくないよぉ………! だけど、この夢に抱かれて死ねるなら………」




『さあ、期待の第一戦です! 戦えば負けなしのシグレ選手は200階を控えやる気十分! 対するジュプティナ選手も負けてはいません。その拳圧は相手の服を斬り刻むほどの――』




「コンちゃん、ふざけている場合じゃないよ!」

「おおとも! この眼に刻んでやるぜ!」


 しかし相手のジュプティナ選手はその拳圧を見せる暇なく封殺され、初めて負けた相手にブーイングが起こるという前代未聞の事態がシグレたんファンクラブで起こったことは言うまでもない。















「とんだ期待はずれだったね!」

「まったくだ! あれで190階クラスなんだから馬鹿げているぜ! まだ俺たちのほうが強ぇよ!」


 ぐちぐちと文句を言い合いながら廊下を歩く。そこそこ顔が売れてきたおかげで人ごみを歩くとざわざわと喧騒が大きくなってきた。ここではそれなりに格好良く「二つ名」なんかも付くわけで、指を差されておおっ、などと大げさな声が聞こえたりもする。


「おい、見ろよ。『砂漠の姫君』だぜ。まるで踊るように相手を蹴散らすんだそうだ」

「はぁ。あんな可愛い子なのに強ぇんだなぁ。世の中わかんねぇぜ」

「ああ、世の中わかんねぇよ。あれでまだ十二歳らしいぜ?」

「十二歳!? マジか………ごくり」

「すげぇよな。特に一部分とかよ………ごくり」


 はは、恥ずかしいな、なんか。

 ………ていうか凄く不穏当な言葉が聞こえた気がするんだけど、気のせい? 

 思わずささっとコンちゃんを盾に視線から逃げる。別にそこまで大きいわけでもないんだけどな。背が小さいからちょっと目立つだけなのだ。シグレたんなどとは比べるまでもないのに。

 はぁ。でもサラシでも巻こうかなぁ。男の人の視線って、最近ちょっと怖くなってきた。コンちゃんとかはそんなこともないんだけど。

 盾にしたコンちゃんに周囲の視線が向くと、私のとき以上に「おおっ」と声が細波のように広がる。その声に、ふっ、と髪をかきあげるコンちゃん。どよどよと大きくなった周囲の声が聞こえてくる。


「あれだぜ、例の」

「マジかっ。すげぇよな。法律なんて怖くねぇって顔してんぜ、確かに」

「俺にはとてもじゃねぇが真似できねぇ。そこに痺れる! 憧れる! ああ、あれが噂の………」

「そう、誰が呼んだか。彼が噂の………」




「「「ロリコンドル」」」




「ちょっと待ててめぇら!!」

「落ち着いて、コンちゃん! 選手が一般人に手を上げちゃダメだよ! わかるけど! 気持ちはわかるけど!」


 うおおおおおおっと拳を振り上げ一般人に襲いかかろうとするコンちゃんを必死で抑える私。ぎゃああああっと悲鳴が飛び交い騒然となる場にカツン、カツン、と静かにリノリウムを打つ冷たい音が響いた。

 潮が引くように騒ぎは収まり、神話のモーゼのように人波という海を割って、彼はその姿を現した。



「元気がいいな、君たち」



 女性と見間違うような長髪にふと思わず見蕩れてしまう美男子の顔。華奢と思いがちなその体を隠す服の下には、しかし弛まぬ鍛錬に築きあげられた不屈の肉体がある。

 200階クラスに到達した彼の名を―――カストロという。

 波立たぬ海のような静けさでありながら圧倒するその強者の佇まい。観客は唾を呑んで散り散りに去っていく。直進に広がる廊下に私とコンちゃん、そしてカストロだけとなると、私とコンちゃんは静かに敬礼した。

 カストロも大仰に頷き、声を張り上げる。













「「「シグレたん、ラブ!」」」


「「「シグレたん、萌!」」」


「「「シグレたんは、永久不滅です!」」」













 200階クラスの男、カストロ。

 かつての死亡フラグキャラはシグレたんファンクラブ隊長として活躍しています。












[9452] これが私たちの追い求めたものなのか!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/14 20:48
 
 シグレたんファンクラブ隊長様であるカストロに先導され、豪華な200階クラスの個室へと案内された。とてもではないが一人用とは思えない広さと優雅さである。外でこれクラスの部屋に泊まるとなると目が飛び出る額を払わなくてはいけないだろう。

 思わず修学旅行のノリでキングサイズのベッドに「きゃっほーい」とダイブしてその柔らかさをばふんばふんと堪能していると、ソファに腰掛けたカストロから苦笑が漏れた。


「君も女の子なんだからね。男の部屋でいきなりベッドに飛び掛るのはどうかと思うよ」

「いいじゃん、別に。カストロはカストロリコンとか呼ばれてないんだから」

「俺はロリコンじゃねぇ!」


 ロリコンドルが何か言っている。でもあんまりからかうと口をきいてくれなくなっちゃうので、疼く悪戯心は我慢しておいた。そもそもその「二つ名」の責任は私にも原因の一端があるしね。一端だよ。一端だけ。そもそも可愛い子供と終始一緒にいるだけで「ロリコン」言う世知辛い世の中が悪いのだ。


「で、こんなところに呼んで何の用だよ」


 私がこれ以上からかいの言葉を口にしなかったおかげで怒りの行き場を失くしてしまったコンちゃんが不機嫌そうに言う。カストロはそんなコンちゃんに首を傾げた。


「ん? もしかしてホタルちゃん。コンドルくんに何も伝えていなかったのかい?」

「うん。内緒にしてた。どうせシグレたんの一戦の後で来るつもりだったし」


 押せばどこまでも沈んでいくようなクッションに顔を埋めて言うと、やれやれ、とカストロは肩を竦める。一人蚊帳の外のコンちゃんはむすっと拗ねてしまった。


「ホタルちゃんも悪気があったわけじゃないから許してやってくれ。それに大した話でもないよ。今日の一戦で我らが女神、シグレたんが200階まで到達してしまった。そのことさ」


 ヒソカに洗礼を受けて【念】を習得したカストロ。その敗北の屈辱を拭うために一心不乱で鍛えてきたようだが、今ではそんな鬼神の様子もなく憑き物が落ちたような平穏な顔をしている。

 何でも雨の中、路上の野良犬に餌をあげていたシグレたんを見て根幹を揺るがす衝撃に襲われたのだそうだ。人はそれを一目惚れというのだが、何をどう間違ってしまったのかファンクラブの隊長なんてものをやっている。ファンクラブなんて設立しないで告白すればよかったのに、とは言わない。だって副隊長だしね、私。私のシグレたんは誰にも渡さないよ………!


「そうだ、それだよ。おい、ホタル。お前の見立てじゃシグレたんは念を覚えていないんだろ。どうするつもりなんだ?」


 コンちゃんが慌てたように私に問い詰めるが、ち、ち、と私は指を振った。わかっていないなぁ、コンちゃん。何のためにプライバシーの守られたこの部屋に集まったと思っているんだい?


「ふふ。だから言ったろ。私はちゃんと対策を考えてあるって」

「ああ。僭越ながらこの私カストロが『祝200階シグレたん可愛いよ歓迎試合』を請け負うことになったんだ」


 胸に手を置き、神に祈るような精錬さでそう言うカストロ。

 カストロならシグレたんに怪我をさせるような真似はしないだろう。適当にシグレたんを負かせて、その後に念の存在を教えてあげればいい。勝者の言葉を蔑ろにはしないだろうし、初めての敗北で傷心した彼女なら飛びつきそうな話題だ。もしシグレたんが念を覚えたのなら、フロアマスターだってすぐになれるだろうけど。

 ふふ、完璧なこの作戦。だけど、何かを見落としているような………気のせいかな?


「なるほど。ホタルの言っていたのはこのことか。何だよ、水臭ぇな。俺にも教えてくれればよかったのに」

「いや、ホタルちゃんが私にそう提案してきたのもつい数日前だからね。そう彼女を責めないであげてくれ」

「そうだよ、コンちゃん。コンちゃんの修行が大変そうだから、気を散らせちゃいけないかと思って気を遣ったんだよ」

「本音は」

「忘れてた」


 殴られた。暴力反対!

 ちなみにコンちゃんは今【練】を頑張って習得中で八割型完成と言ったところ。【纏】となかなか苦労していたけど【絶】はもうできるようになっている。

 【練】を完全にマスターできれば水見式もできる。身近な人の系統を知るのって私結構好きだ。友達になったら血液型くらいは聞くでしょ? そんな感じで。だから気を遣ったのは嘘じゃないのに。コンちゃん酷いよ!


「もういいっ。コンちゃんにベッドの上で折檻されたって大声で叫んでくるから!」

「待て! 暗に俺の社会的身分を抹殺すると言ってんのかそれは!」


 ぎりぎりとスリーパーホールドされる。ギブ、ギブ、とタッチして何とか釈放。まったく冗談が通じない。


「仲が良いな、君たちは。いや、微笑ましいよ」


 そして遠い目をするカストロ。私もいつかはシグレたんと……とか口元でぼそぼそ呟いている姿は、とてもではないが200階クラスの闘士とは思えない。てか思いたくない。

 そんなこんなで『祝200階シグレたん愛しているよ歓迎試合』の打ち合わせを諸々済ませ、私とコンちゃんは部屋を退出。戦いは90日の準備期間ぎりぎりに行われることとなった。シグレたんがその期間に提出していたからね。新人潰しの連中がシグレたんを狙わないようにカストロが睨みを利かせているので、その期間は誰も入れないだろう。







『さあ、本日のメインイベントといってもよろしいでしょう! いよいよ注目の一戦、カストロ選手VSシグレ選手の試合が始まろうとしています!』






 そして当日、試合会場の客席は満席となっている。

 相変わらず、シグレたんの人気具合が窺えると言うものだ。ピンクの垂れ幕の上から野太い声がよく響いている。しかしそんな平とは比べるまでもなく、私とコンちゃんは何十万したチケット片手に特等席の最前列でそんな舞台の二人を優雅に見物中であった。もちろんオレンジシュースとポップコーンは忘れない。


「これで私たちもシグレたんとお近づきになれるかな……」


 わくわくそわそわ。今日はお父様から貰った服の中でもとびきりエレガレントな服装を選んでおいた。薄いミルク色のシルクを体に巻いて、肩だけ露出させている。髪もいつも面倒だから素のまま櫛でとかすくらいなんだけど、今日は何時間もかけて編みこんでおいた。鏡で見たけど私超きゃわいい。シグレたんもきっと私に萌えてくれることだろう。


「おいおい、落ち着けよ。確かにカストロと控え室には一緒に行く約束はしたけどよ」


 これだから子供は、と肩を竦めるコンちゃんの白いタキシードは悪いけど似合っていない。




『ポイント&KO制! 時間無制限一本勝負、始め!』




「くくくっ❤ 隣、いいかい?」

「ああ。どうぞどうぞ」

「コンちゃん、目を逸らしている場合じゃないよ!」

 不穏なマークを撒き散らす男の言葉が聞こえたような気がするけどきっと気のせいだ。そんなことより、ゴング開始早々闘技場を駆け巡るシグレたんのビッグウェーブ(乳限定)のほうが大事だよ!


『おおっと。カストロ選手! なぜか膝をつきました! 見えない攻撃があった模様です!』


 がくっ、と突然膝を折るカストロ。審判も判断に困っているがヒットは出ない。ざわざわと広がる喧騒の中、私とコンちゃんだけは冷静にその戦いを見ていた。


「ホタル。これはやばいかもな」

「うん。カストロの勝ちは確実だと思っていたんだけど」


 最前列だからこそわかる、あの脅威。凶暴な意思をむき出すにするボインボインのおっぱいは、ノーブラだからこそ許される暴虐無人の大震災である。数メートル離れたここまでも届く視覚攻撃のせいで私とコンちゃんはすでに鼻を抑えずにはいられない状態だ。視覚数十センチであれを視認するカストロが無事でいられるわけがない………!

 シグレたんが宙を翻り、同時にどこからともなく投げ出す無数のクナイ。片手を鼻に抑えることに使わざるを得ないカストロは片手の虎咬拳でクナイを弾くものの、その足元はおぼつかなかった。

 追撃するように接近するシグレたん。

 しかし接近戦にはカストロに分があるようで、片手でシグレたんの手に持つ短刀を折る。シグレたんは舌打ち一つ、大きくバックステップで距離を取り、再び遠距離からの武具攻撃を始めた。

 補足されないために三次元空間を駆使して疾駆するシグレたん。あまりのスピードに引き伸ばされた体は残像を生み、影分身を増やしていく。くそっ! なんて羨ましい! あれだけ多くのシグレたんもといおっぱいに囲まれるなんて!


「腑抜けた獣を見に来たつもりだったんだけど♣ 何だ、美味しそうな青い果実が実っているじゃないか♦」


 確かにあの二つの果実は実に美味しそうだ!


『200階と190階を隔てる壁は大きいと言われますが、これは……シグレ選手押しています! カストロ選手防戦一方!』


 確かにそうだ。カストロは片手を盾に無数の凶器を防がなくてはならない。だけど、そのカストロの盾はオーラに包まれた強靭な盾なのだ。【念】を知らないシグレたんではカストロを傷つけることはできない。次第に追い込まれていくのはシグレたんになるだろう。

 そして案の定、闘技場に落ちた刃物に足の踏み場もなくなってきた頃、焦れたシグレたんの動きが止まる。カストロもその視覚攻撃に慣れてきたのか、すでに両手での応戦を可能としていた。息を弾ませるシグレたんと違い、防戦一方だったはずのカストロのほうが体力にも余裕がある。


「どうしたんだ。降参するのかい? ………今なら手荒な真似はしない。君には実力がある。しかし、まだ200階には程遠い。その理由があるんだ」

「…………戯言を」


 初めて聞いたよ、シグレたんの声! 格好いいボーイソプラノだった! 割とイメージ通り。

 不遜な物言いのカストロに宣言するシグレたんの声。しかしそこにあるのは諦観でも見栄でもない。確固たる自信だった。切り札があるのだろうか? 研ぎ澄まされていく空気の中、シグレたんが何とその手を胸の谷間に押し込んだ!?



『カストロ選手! 血を吹いてダウン! 審判がカウントに………ダメだ! 審判も鼻血が止まらない!? 副審来てください!』



 あまりの切り札、何と言うファイナルウェポン………!

 周囲に赤い噴水が飛び交う中、シグレたんはしかし淡々とその大きな谷間から武器を取り出す。果たしてどこにそんなものをしまっておくスペースがあったのかと小一時間問い詰めたくなるのだが、鈍色が連なる鎖に錘の乗せられた武具。つまり鎖分銅であった。

 もしかして、あれを体中に巻きつけて―――ダメだ! これ以上の想像は命に関わる!


「いざ、参る」


 吐血するカストロに構わず攻撃を開始するシグレたん。遠心力を基盤に速度を上げた錘が銃弾のように飛ぶ。受けようと片手を上げたカストロも目を見開き、急遽体を捻り回避した。

 すり抜けたカストロ脇腹の先、石板がまるでチョコレートをへし折るように粉砕される。


「おい、ホタル! 本当にシグレたんは念を知らねぇのかよ! あの強さ、マジもんだぞ!?」

「わかっているけど……あれは本当にただ武器だよ。オーラは通っていない。あとコンちゃん。いつの間にか白のタキシードが赤に変わっている件について」


 綺麗な血の色でした。


 【練】の応用技、【凝】。応用技は独学じゃ限界があるかと思っていたけど、【凝】はぎこちないまでも何とかできる。ただ目にしか集められないんだけどね。注意深く見ようとすることを究極的に煮詰めていけば【凝】は何とか可能なのだ。その【凝】で見ても、彼女の武器にはまるでオーラが通っていないことはわかる。信じがたいことだけど。


「………へぇ◆ 君達も【念】が使えるのかい❤」

「え? あ、ああ。まだ修行中の身だけどな」

「なかなか練りこまれたオーラだ♣ とっても青々しくて瑞々しい♠ くくっ、これは熟すのが楽しみだね❤」

「は? あんた何言って………」

「コンちゃん話題に花咲かしている場合じゃないよ! カストロが!」


 血を失いすぎたのか、カストロの体はふらふらと泳いでしまっている。そこに蛇のごとく襲い掛かる鎖分銅。闘技場はもはや粉砕地点のない場所を探すほうが難しくなっていた。


「くっ……」

「お命、頂戴」


 ギュルンギュルンと風を鳴らし回っていた分銅がいつの間にかその姿を消す。そしてそれは一瞬の間にカストロの眼前へと迫っていた!

 ひぅっ、と喉を引き攣らせる声が出て思わず目を閉じてしまう私。顔を潰されるカストロの光景が未来予知として瞼の裏に描かれる。やはり死亡フラグキャラに任せたのがいけなかったのだろうか。ごめんね、カストロ。

 ぎゅうっと閉じた瞼の中、しかし会場から悲痛な叫びは聞こえない。そーっと窺うように瞼を開くと、そこには鎖分銅を掴むカストロの姿があった。


「この一撃を、待っていたんだ」


 鎖を引く。その強化系の強靭な力にシグレたんは体を急激に引き寄せられた。慌てて鎖を捨てたところでもう遅い。そこには構えたカストロが待っている。


「コオォォォ、はっ!!」

「ちっ!?」


 攻撃する際にオーラを解いての、念を込めない肉体での攻撃。しかし素手で敵を引き裂くその肉体凶器を前にオーラなど所詮ドーピング程度に過ぎないのか、直撃は免れたシグレたんの体、人一人の重量を吹き飛ばしてしまった。



『クリティカルヒット! そしてダウン! シグレ選手、起き上がれません! これは決着がついたか!?』



 怪我をさせるなと言ったのに! 

 とはさすがに言えない。

 まさかシグレたんが【念】なしであれだけのスペックを隠し持っていたとは思いもよらなかったしね。寧ろ咄嗟に念を解いたカストロを褒めてもいいくらいだ。


「コンちゃん、そろそろ準備したほうがいいかな。私髪型崩れてない?」

「お前はいいよ。けどよ、どうする俺の服。すでに白かった片鱗もねぇよ」


 いいじゃん。インパクトはあるよ。多分思わず悲鳴を上げるくらいのインパクトだけどさ。

 立ち上がろうと腰を上げかけたとき、しかし会場に設置されたスピーカーの声がその私たちの行動を遮った。



『た、立ちあがりました! シグレ選手、続行不可能かと思われましたが、まさに不屈の精神です! 会場、騒然!』



 え? と振り向いた先。体を抑えて立ち上がるシグレたんの姿。

 なん……だと?

 煤けた体でよろめきながらしかし震える膝で立ち上がるシグレたん。片手で攻撃を喰らった胸を抑えながら未だ戦闘態勢を崩さないその姿に、カストロは二の足を踏んだ。その気迫に飲み込まれているのだろうか。ファンクラブの男たちからはそのシグレたんの勇姿にむせび泣きまで聞こえてきた。


「まだ、決着はついていない。………審判、続行だ」

「いや、しかしね」


 立ち上がれたのは、確かに凄い。けれど、あのカストロの一撃を直撃ではないとはいえ生身の体で受けたのだ。ダメージは計り知れないだろう。審判も判断に窮する中、苛立たしそうにシグレたんは審判の体をその傷を抑えていた手をどかし、審判を押しのけ……………?











 ぷるんっ。












 ぶふううううううううううううううううううううううううううううううううっ。



 それは赤い、赤い、アーチの掛かった噴水だった。

 幸せそうに倒れこむ男の数、数え切れない。もはや会場は血の海だろう。しかし、そこに悔いはなかった。なぜならそれは男たちが夢見た桃源郷。危ういながらに隠されていたその秘密の頂。豊満な胸を彩る鮮やかなサクランボ。


 シグレたんの生チチおっぱーいなのだから。


 カストロの一撃は恐ろしいことにその我侭ボディを辛うじて隠していた布着れまでも引き裂いてしまったようだ。思わぬおっぱいポロリで騒然となる会場。実況もあまりの出来事に声を失い、マジかに見てしまった審判はすでに虫の息だ。

 それに気付いたシグレたんも「…………っ!? くっ」と瞬時に朱に染まった顔をその生おっぱいを隠す。


「………元々、女の身など戦いに我が身を置いたときから捨てたもの。情けはいらない。いざ、尋常に!」


 ぎりぎりっ、と歯が鳴る中、シグレたんがそーっとそのおっぱいを隠した手を外そうとして。


 今まで微動だに動かなかったカストロも限界だったらしい。


 穴と言う穴から血を噴出し、カストロはそのまま血溜りに沈んだ。



『か、カストロ選手クリティカルヒットオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ! 同時にダウン! 起き上がれません! カウント続行不可能を見なし、勝者、シグレ選手! 200階クラス初勝利を飾ったシグレ選手に盛大な拍手をどうぞ! ………副審回収に急いで!』



 兵どもの、夢の跡。

 その夢には、きっと男のロマンが詰まっている。


「コンちゃん」

「何だ」

「私、もう限界」

「そうか。俺もだ」


 二人にっこり微笑んで、ばたりと二人仲良く血の池に倒れこんだ。あわよくば先ほどの光景の絶え間ないリプレイが、夢の中で見られますようにと、天井にサムズアップする神様に願いながら。


 その日、輸血用の血液パックはその会場にいた男たち+私で使いきってしまったらしい。


 シグレたん、恐ろしい子!














――――――


これくらいなら15禁でもないよね!


原作読み返したらカストロは二年前に一度ヒソカと戦っていたので負け→何勝か納めたところで話は進んでいます。




[9452] NTR………だと?
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/13 17:28

「カストロの馬鹿! 何であそこで負けちゃうの!? 私、シグレたんと会えるのを楽しみにしていたのに! あと本当にありがとうございました!」

「カストロの阿呆! てめぇのせいでせっかく買った一張羅が無駄になっちまったじゃねぇか! あとマジでありがとうございました!」


 生傷絶えない天空闘技場の闘士たちのための病院で輸血を済ませた私たちは、無様な敗北と同時に誰にも成し遂げられない偉業を果たした英雄の病室に押し入り、罵倒と同時に胸一杯の感謝をしてみた。

 開け放ったカストロの病室はベージュのカーテンが風に吹かれ舞っている。

 優遇される200階クラスの闘士の病室は、しかしテレビと冷蔵庫が備え付けで、おまけにシグレたんがしゃりしゃりリンゴを切っているサービスを除けば、ごくごく普通の有り触れた個室の病室であっただろう。


「………む。知り合いか」

「え、ええ。まあ」


 その腕に点滴をつけてブドウ糖を余すことなく享受しているカストロは、ベッドに横たわりながら挙動不審に目を逸らしている。シグレたんは短刀を器用に使いこなして可愛らしくうさぎさんのリンゴを作ると、爪楊枝で刺してあーんとカストロの口に………。


「コンちゃん! 天国の後に地獄が控えていたよ!? 何これ、何てエロゲ!?」

「隊長が裏切った! 隊長が規約を破って裏切った!」


 シグレたんファンクラブ規約その26! 決して個人でシグレたんとお付き合いしてはいけない!


「い、いや待て! これには事情があってだね!」


 慌てて弁明をしようとする裏切り者。しかし差し出したリンゴを食べてくれないカストロに、シグレたんはその怜悧な眼差しを僅かに落とした。


「………うさぎさんは嫌いか? 普通に切ったほうがよかったか?」

「ううん全然! うさぎさん大好き!」


 再びあーんとするシグレたんに阿呆な口をあけて咀嚼するカストロ。二人を取り巻く濃密なピンク色の空気はすでにATフィールド全開!状態で私とコンちゃんはその場から動くこともできない。

 あ、ありのままに今起こったことを話すぜ。カストロの病室に入ったらシグレたんがカストロと、馬鹿ップルでも赤面ものあーんをしていた。な……何を言っているのか(ry


「コンちゃん、私の目から流れるこの滴は何だろう。今とっても、心が寒い」

「不思議だな、ホタル。輸血のせいか、俺の目はどうやら真っ赤に染まっているようだ」


 血の涙を耐えて二人は上を向く。サムズアップしていた天上の神様は、今やその指を翻し地を指してぷぎゃーしているとしか思えない処遇であった。




「さて、話を聞こうか」




 この世の闇の全てを包括した眼差しで私とコンちゃんがカストロを睨む。しかしカストロは青い顔で居心地悪そうに身を捩るものの、あくまで黙秘権を行使するつもりのようだ。

 固い沈黙の中、シグレたんが腰を浮かした。


「私は、退席したほうがいいのかな」

「シグレたんはそのままでいいよ!」

「むしろ要らないのはカストロだから!」


 何で私の名を知っているんだ?あとたんって何だ?と首を傾げる純粋無垢なシグレたんは置いておいて、今ここに重罪人の断罪を始めようと思う。


「………いや、私も驚いたんだがね。この世の理想郷を目にした畏れ多さか、私がこの世とあの世の淵を彷徨っているとね、そこになぜか芳醇な天使が現れたんだ」

「簡潔に述べよ」

「起きたらシグレくんが私を介抱してくれていたんだ」


 シグレたんファンクラブ規約その58! シグレたんのことは決して呼び捨てその他の呼称で呼ばずに「たん」をつけること!を破っているだと………!?

 隊長は、もうどうやら骨の髄まで腐ってしまったらしい。これは余罪を追及していかないと………こいつ、何をやったかわかったもんじゃねぇす兄貴。しかもよりにもよっておっぱーいをまじかに見た特権だけでは飽き足らず、シグレたんのラブラブ「痛いところはないですか(はーと)?」看護婦プレイとは。


「裁判長、判決を」

「判決、腐刑」


 ひいいいいぃぃぃぃ、と股間を抑えて仰け反るカストロ。心なしかコンちゃんまでも青い顔をして股間を抑えている。でもね、そんなものがついているから邪な心が芽生えるんだよ! 私を見てごらん! この清廉潔白な美少女の魂を!


「………誰かはよく知らないが、あまりカストロを苛めないであげてくれ。彼は持病持ちらしいから」


 シグレたんが宥めるように私に言う。そして谷間を作るおっぱい。ふにゃん、と崩れる顔に活を入れながら、私は真剣な表情を取り繕い首を傾げた。


「持病? 初耳だけど、そうなのカストロ?」

「いや、それは………」

「穴という穴から血を噴出してしまう奇病なのだそうだ。そんな体で私と互角以上の戦いを見せてくれたこと、私は甚く感動した。【念】という存在も、教えてくれたしな」


 氷の眼差しが春のうららに解け、陽だまりを覗くような信頼の眼差しをカストロに向けるシグレたん。カストロはそれにだらしなく鼻の下を伸ばしている。


 こいつ、嘘を吐いたあげくにとっておきの情報でシグレたんを垂らしこみやがった!


 暗黒面に堕ちてしまったカストロ。彼に救いはもうきっと訪れない。天に代わっておしおきすべく、私は無言で立ち上がった。コンちゃんも私と志は同じのようだ。その拳は握りこみすぎて血が止まり、白くなっている。

 わかるよ、コンちゃん。悲しいわけじゃないんだよね。ただ悔しいんだ。自分が考えていたことを相手に先にこされるのは………!


「隊長、確かにあなたは凄い人だった。だけど、あなたの所業は許されるもんじゃねぇ!」

「さようなら。一度は、尊敬したこともあったけど………もう二度と勃てないようしてあげるよ!」

「待て! 待ってくれ! 私の話を………というかホタルちゃんの言葉は字が違うような気がする!?」


 問答無用。お前は生まれるべきじゃなかったんだ………!

 怒りに膨れ上がるオーラ。胆に込めた力が今まさに解放せしめんとしたそのとき、シグレたんのその美しく滑らかな一指し指が宙を描いた。


「さわいじゃ、めっ、だぞ」

「ごめんね、うるさかったね私たち!」

「うん、皆仲良くしなくちゃいけねぇよな!」


 人類皆兄弟だよね!













 病室を出た。窓から覗く空は雲ひとつない青空だった。砂の故郷から随分遠くに来てしまったのだと、窓から覗く都市を見て思う。

 今カストロという名の腐れ×××はシグレたんの愛のご奉仕を受けていることだろう。まあシグレたんに【念】という存在を認めさせ、【念】を習得させるという当初の目的は果たせた。シグレたんはもう200階クラスに上がっても無事に生き残れることだろう。あの強さだ。【念】さえ覚えればそれこそ敵なしに違いない。

 なのに、それなのに、この胸を巣食う虚しさは何だろう。まるで前の世界で柳の木の下で呼び出された私がラブレター片手に胸をどきどき高鳴らせていたとき、その目の前に男が現れたのと同じくらいに途方もない虚しさだった(注:前世は男だぜ!)。

 コンちゃんを見上げる。コンちゃんも私と同様かそれ以上に憔悴しきった顔をしていた。立派だった金色の鬣もへにゃんと力なく垂れている。そんなコンちゃんの袖をそっと掴むと、はっとした顔でコンちゃんは私を見下ろした。


「コンちゃん。私、旅に出るよ。もうここにはいたくない」

「………付き合うぜ。ここには辛い思い出が多すぎる」


 走馬灯のように流れる天空闘技場の思い出。

 シグレたんとの出会い、シグレたんファンクラブの結成、シグレたんファンクラブの苦悩、ときには争い、ときには肩を抱いてシグレたんを見守った日々。シグレたんシグレたんシグレたん、揺れるおっぱい跳ねるおっぱい覗く下乳ポロリしたおっぱい。

 そこにおっぱいしかないのはきっと気のせいだ。


「でも、隊長の初恋だもんね。うまく、いくといいね」

「ああ、そうだな。隊長なら、きっとシグレたんを幸せにしてくれるさ」


 強くなる。その当初の目標はぎりぎりだけどクリアした。でもまだ足りない。ここで強くなるには限界があり、いつかは離れなくてはいけないと気付いていた。もっと強くなるために。アリさんたち妥当のためにも、生き残るためにも、私たちもいつまでもここに留まっていてはいけないんだ。

 これがその転機なのだろうか? シグレたんとの別れ。それは今生の別れじゃないと分かっていても、辛いものがある。シグレたんファンクラブ脱会。まるで半身を奪われるような、身を引きちぎられるような悲しさだ。だけど、私たちももう前を向いて歩かないと。

 そのままコンちゃんに手を引かれながら天空闘技場を出た。背に控える天空闘技場を思わず振り返ると、相変わらずのその高さに目を奪われる。思えばここにも随分長くいたものだ。


「バイバイ、天空闘技場」


 原作の言葉を借りてお別れを済ました。まだまだ原作観光は終わらない。そうだよ、落ち込んでなんかいられないよね。

 まだまだ私たちの戦いはこれからなんだから!












「ところでコンちゃん。秘蔵のお宝はどうしたの?」

「ああ。もちろん、匿名で隊長宛に届けておいたぜ」

「そう。………奇遇だね、私もだよ」

「くくく」

「ふふふ」













 後日、カストロの病室に犯罪スレスレのシグレたんのお写真が届き、シグレたんが涙目になりながらカストロに詰問とする萌展開があったかどうかは、定かではない。










[9452] お腹痛いです………。
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/14 19:28

 隊長の凄惨な裏切りを体験した私とコンちゃんは現在二人で傷心旅行を計画中。これからの予定について二人で仲良く話し合っているんだけど、行き先に関して「ククルーマウンテン!」と元気よく言った私の提案は、可哀想な子を見る目で見られるという悲劇を生んでしまったようだ。酷く遺憾である。


「あのな、ホタル」

「うん」

「ククルーマウンテンはかの有名な暗殺一家が住んでいることで有名なんだぞ? 知っているか?」

「知っているよ、それくらい」

「そうか、分かった。ホタルは前から頭の弱い子だと思っていたけどここまでとはな」

「待て、今から救急車を呼ぶ」とのたまうコンちゃんの携帯は手刀で叩き落す。踏み潰されたパンケーキ状態になった携帯を前に、コンちゃんが慟哭した。


「高かったのに! これ高かったのに! てめぇ幾らしたと思っていやがるんだ! 10万ジェニーしたんだぞ!」

「億万長者が何を言う」


 所持金大体1億程度。四ヶ月で稼いだ額である。凄いね、働くのが馬鹿らしくなってくるね。

 しかし消えたアドレスは金で買えないと涙するコンちゃん。そう言われて自分も「あれ? ひょっとして洒落にならない?」と心持焦らないこともない。前世で母に携帯を洗濯された思い出がある私としては、その涙を拭う境遇に酷く共感できるわけだ。まあ今回の原因は私だけど。


「キープしていた女の子のアドレスがあああああああああああああああああああああああ」


 だけどそう深く思い悩むことでもなさそうだ。アリを踏み潰すように携帯を足でグリグリしておいた。もはや携帯の原型もなければ見る影もない。

 最新式も叶わない薄っぺらさになった携帯を前にしくしくと女の子のように泣くコンちゃん。まぁまぁとりあえず携帯は弁償するから、と笑顔で手を引いて街の携帯ショップを目指した。

 そういえば私も携帯は持っていなかったからなぁ。砂漠の土地じゃあ携帯なんて持っていても意味なかったし、あってもトランシーバーが関の山。ちょうどいい機会だからここで私も買っておこうかな?













 レオリオ交渉術を駆使して携帯ショップで原作にも登場してきたビートル07型を二つ購入。ただし、やはり俄か交渉術だけあって二つで28万6000ジェニーもかかってしまった。痛い出費である。だけど元より値が張る高性能携帯を手にしたおかげか、コンちゃんの機嫌もようやく上向きになってきた。ああ良かった。何だかコンちゃんが不機嫌だったせいか、私もちょっと具合も悪かったしね。

 アドレスを交換して街をぶらつく私たち。ちなみにここは天空闘技場からちょっと離れた位置にある都市であり、今も振り返ればその超高層建造物である天空闘技場が目に入る。街もそれを名物にしているのか、土産屋には天空闘技場クッキー、天空闘技場カステラ、天空闘技場アイスと高いことしか特徴のない土産が実に多くあった。


「で、結局どこに行くの?」


 何段盛りかも分からない天空闘技場アイスをぺろぺろ舐めながらコンちゃんに聞いてみると、コンちゃんは腕を組んでうーむとお悩み中。


「そうだなぁ。お前他に行きたいところないの?」


 難癖つけるわりに人任せのコンちゃんだ。コンちゃんは行きたいところとかないのだろうか? そう聞いてみたら風来坊だしなぁ、と遠くを眺めるような眼差し。なるほどニートですね、わかります。


「えーっと。じゃあグリードアイランドとかは?」

「何だ、それ」

「単価58億ジェニーのハンター専用ゲームだよ?」

「………行き先じゃねぇし、もっと無難なの」

「うーん、じゃあヨークシン」


 世界最大規模のオークションが開かれる大都市である。幸い、今はハンター暦1998年の8月。オークションが開かれる9月1日まであと一月ほどだし、原作のような大テロが起こることは原作知識を省みてもなかったはずなので安心だ。私の提案にふむ、と頷いたコンちゃんは今回ばかり否定材料も見当たらないのか肯定的な様子である。


「いいんじゃないか。じゃあちょっと飛行船のチケットと買ってくるわ。確か向こうにあっただろう。お前はそこでアイス食って待っていろよ」

「え? 私も行くよ?」

「いや、そんな超特大アイスを持って店には入れないだろ………。それに、何かお前顔色悪いしな。すぐ戻るから勝手にふらつくなよ」


 まるで子供に言い聞かせるような口調だ。むっとする。確かにまだ子供かもしれないけど、これでももう出るところは出ている立派なレディ―――じゃなくて! 立派な紳士! ダメだ! 脳回路まで美少女化してきている!?

 うがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっと恥ずかしさに身もだえする私に生温かい眼差しを向けてから、コンちゃんがチケットを買いに走っていった。公共のベンチに座って大人しくアイスをぺろぺろする私。だけど食べ過ぎてお腹が冷えてしまったせいか、心持お腹が痛い。

 むむむ、この超特大アイスに挑むのにはまだ私のレベルが足りなかったということだろうか。砂漠ではお目にかかれない代物だけに、思わず目が眩んでしまったのだけど。

 燦燦と照りつける太陽は砂漠とは比べるまでもないけど、やっぱり暑い。その強烈な日差しに溶けきる前に頑張ってその超特大アイスを舐め舐めして攻略した。食べきった頃には、私の体調を心配してくれたのか小走りのコンちゃんが想像以上に早く戻ってきてくれて、その姿になぜか私はほっとする。

 むぅ。どうやら本格的に体調が悪くなってしまったらしい。どうにも気弱な私であった。

















「大丈夫か? 何か顔色悪くなってきてねぇか?」

「うーん。大丈夫………だといいなぁ」

「希望的観測かよ。具合悪いならトイレで吐けよ」


 どうやら当日キャンセルがあったようで私とコンちゃんは二人、すでにヨークシン行きの飛行船の中である。こういうときのコンちゃんの行動力と来たら同人誌を買い漁る昔の私と同じステージに立っていると認めてあげても………あぁ、駄目だ。何か馬鹿なことを考える気力もなくなってきている。

 お腹いたい。下っ腹辺りがきゅううっとする。


「ちょっと、大丈夫なの? 何かその子具合悪いようだけど」


 同じ列の座席に座っていた女の人が気遣ってくれた。

 ちらり、と見返すと、その格好で外を出歩くとは正気か?と勘ぐりたくなるような格好だった。ビキニの上にシグレたんのようなアミアミの服を着て、下は加工した太ももスレスレのジーンズである。

 何だ、ビッチか。

 確かにエロティックだが、とてもではないがシグレたんのようなギャップは見当たらない。シグレたんはあの固そうな容貌なのに、天然でエッチな体を露出しているのがいいんですよ。


「食べすぎ? オレの胃薬やろうか?」


 むくり、と体を起こしてこちらを窺う男。ビッチの隣に座っていた男はとてつもない巨漢であった。成人向けのシートを二つも占有していて尚お尻の肉がはみ出している。お腹の肉を突いてみたい衝動は何とか抑えた。


「いえ………大丈夫………だといいなぁ」

「どこまでも希望的観測なんだな。すいません、薬もらってもいいですか?」

「うん。ほい、こっちが胃もたれ用で、こっちが食べすぎ用の強力消化剤。あと便秘改善と下痢止めがあるよ」


 何だろう。どこまでも食に関する薬しかないような気がするのは。


「………コンちゃん、いいよ。私ちょっとトイレに行ってくるから」

「おいおい、本当にやばそうだな。ついていこうか?」

「うぅん。一応、お願いします」


 二人の色物な男女に席をどいて通してもらう。「お大事にね」と声をかけてくれたビッチに、弱っているせいか心の中ほろりときた。

 ビッチは言いすぎだったね。心優しい痴女という称号を与えておこう。ごめんね、痴女。痴女もおっぱいは大きいと思うよ。

 コンちゃんには男女共用のトイレの前に待ってもらっておいて、とりあえず出すもの出すべし、である。出せる気はしないけど、お腹が痛いときは踏ん張るに限る。

 下っ腹の重みを取り除こうと便器を跨ごうとしたとき、ずり下げたズボンとパンツの下、たらーっと股から太ももを何かが伝った。

 え? え? まさか漏らした? と、思わず自分の股を覗き込んで、


「――――――っ!?」


 声にならない悲鳴が漏れた。がたがたがたがた、と揺れる狭い個室のトイレ。コンちゃんが慌てたようにノックしてくる。


「おい、ホタル!? 大丈夫か!?」

「こ、ここここここ、こけこっこー」

「非常事態だな!? おい、入るぞ!」


 そもそも半ロック状態になっていたそれがコンちゃんの叩いた衝撃でかちゃり、と開錠されてしまった。格安の飛行船を選んだツケがこんなところで返って来たらしい。コンちゃん、ケチっちゃだめだよ、こういうところは。墜落したらどうするの?


「おい、ホタ――――」


 開いた扉から覗いたコンちゃんが硬直する。下半身裸の私は涙目で振り返った。


「こ、ここここ、コンちゃん。どうしよう………止まらない」


 たらたらと股下から流れてくる血。下血なんて………なにか悪いものでも食べたのだろうか。もしや………天空闘技場アイス!? 六段越えのアイスは少なくとも健康にはよくないだろう。あ、あれがいけなかったのか! 血を尻から吐かせるアイスを土産に売るなんて非常識もいいところ。豚インフルもびっくりなアイスインフルである。

 止まらない血に眩暈を覚えた。死んじゃう、このままじゃ私死んじゃう!


「うえーんっ、コンちゃん助けて!」

「待て! とりあえず待て! 下を履かないことにはさすがの俺でも手が出せない! ああ、大丈夫ですからちょっと待ってください! こちらで対処できるんで!」


 フライトアテンダントが騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしい。「お客様、大丈夫でしょうか?女の子の悲鳴が聞こえたような……」と言いながら中を覗き見ようとするフライトアテンダントから、トイレ前で扉一枚を挟みコンちゃんが必死に私を隠している。

 確かに下半身裸でお尻から血を流す美少女が泣きながらトイレに押し込まれている図は、巷の噂の「ロリコンドル」でも言い逃れできないレベルだろう。もしこれが第三者に見られたあかつきにはきっとさしものコンちゃんも世間様に顔出しできないこと請け合いだ。

 だけどね、コンちゃん。今の私はそんなことが瑣末に思えるくらいに、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ!


「コンちゃん、痛いよ! より具体的に言うならアソコが痛い!」

「分かる、お前が大変なのは分かる! だけどすまん黙ってくれ! こっちも生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ!」

「お客様。失礼ですが中を確認させて頂いても………」


 フライトアテンダントの疑惑が色濃くなる中、飛行船が乱気流にでも乗り上げたのか、ぐらり、と揺れた。

 がらがら、と無情にも開く扉。

 揺れに傾いた体が見当違いの場所を遮るコンちゃん。

 涙目の私。

 目を見開くフライトアテンダント。


「………ゲスやろ―――いえ、お客様。事情をご説明して頂いてもよろしいでしょうか。少々手狭な控え室のほうで」

「違う! それでも俺はやってない! 無実だ! 俺は無実だ!」

「コンちゃん、コンちゃん、血が止まらないよ!」


 カオスと化したトイレの前で、騒ぎを聞きつけたのはフライトアテンダントだけではなかったらしい。先ほどの痴女が慌てた様子で駆けつけて来てくれた。阿鼻叫喚の図で、何を察したのかため息をついて額を押さえている。


「なるほど。病気の類じゃなかったみたいね。ちょっとあなた待ってなさい」


 取り押さえられるコンちゃんを傍目にすり抜けて、一度座席に戻ったのだろうか? その手にポーチを持って痴女は帰って来てくれた。一人不安だった私を押し込み、トイレの中に一緒に入る。

 扉が閉められる瞬間、唯一弁明してくれる人間の消失にコンちゃんの絶叫が木霊したが、この人、気にした様子はない。


「初めて? 処理の仕方とかお母さんに教えてもらわなかったの?」


 その言葉にようやく今の状態が何のか思い当たる。血を失っているのに血が上るという不可思議な現象の中、赤い顔で、ぶんぶん、と首を振った。

 お母さんは居なかったけど、座学でお婆ちゃんを前に子供たちはちゃんとその辺りのことも教えてもらった。だけど、その後の行き過ぎた性教育のせいですっかりそのことを失念してしまっていたのである。具体的な例は法律に抵触する危険があるので触れられないが、少なくとも向こうの世界でそのことを子供に教える教職者がいたら確実にタイーホだとは言っておこう。

 私の返事をどう捉えたかはわからないが私一人では対応できないと見て、てきぱきと処理をしてくれる痴女。私はコンちゃんの遠ざかっていく叫びをBGMにぼーっとしていた。


「ほら、できた。明日もちょっと重いと思うけど、やり方わかった?」

「………」


 こくり、と首を縦に振る。そう、と安心するように頷いた痴女は隙間風吹きそうな扉を振り返った。


「そういえば………さっきの男ってあなたのお兄さんかしら?」

「コンちゃんのことですか? コンちゃんは友達です。あ、そういえばちゃんと説明しとかないと」


 コンちゃんの経歴に性犯罪者という汚点がでかでかと飾られてしまう。さすがにそれは申し訳ない。


「いいわよ。あなた辛いでしょ? あたしが伝えにいくから、大人しく座席に戻っておきなさいよ」

「あ、ありがとうございます。痴女のお姉さん」


 ぺこり、とお辞儀する。

 顔を上げたそこには笑顔なのになぜか般若を思わせる痴女の姿があった。ほっぺたを摘まれ、むにょーんとこれが人間の限界なのか!?と思わせるほどに伸ばされる。いたひでふ、ひひょ。


「メ・ン・チ・よ。はい、三唱」

「め、めんひひゃんめんひひゃんめんひひゃん! ほっへもひれいなめんひひゃん!」


 縦、縦、横、横、丸書いてちょんっ、と可愛い掛け声でほっぺたの肉を千切られるのかと思わす攻撃を受けた。赤くなっただろうほっぺを涙目で抑える。ほっぺのお肉が心なしか伸びた気がするのは気のせいだと思いたい。


「はぁ。じゃあ、あんた戻ってなさいよ。ブハラが面倒見てくれるでしょ」


 こくこく、と頷いて急いで戻った。これ以上ほっぺたを引き裂かれてはたまらない。

 座席に戻ると腰掛けていた件のブハラさんという名の巨漢から「ごめんね?」という謝罪を受けた。理由が分からず首を傾げていると、悲鳴を聞いても駆けつけられなかったことに関してだと頭を下げながら言ってくれた。メンチさんに「あなたが来ると邪魔だから待ってなさい」と言われたのだそうだ。確かにこの体の大きさでは通路を通るのも一苦労だろう。気にしてない、と首を振った。むしろ駆けつけられたら恥ずかしかったから、結果オーライだ。

 色々と動揺したというか、肉体的にも精神的にも、うがーっと立ち上がる元気なく座席にぐでーっと寄りかかる私に、ブハラさんはポケットから飴玉をくれました。普通の飴玉と比べて二倍はありそうな大きさだったけど、お礼を言ってころころと口の中で転がす。


 ………にゅう。何だか、もうダメポ。


 ハンター試験の二次試験官、メンチとブハラ。

 偶然出会った人物がその二人だと分かっていても、体調不良により感動を外に出せない私だった。











[9452] あの夕日の向こうまで全速力で駆け抜けろ!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/21 01:31
 ミノタウロス、という存在についてご存知だろうか。

 そう、かの有名なギシリア神話に登場する半人半牛の怪物である。迷宮(ラビュリントス)に閉じ込められた魔物。ただ注意が必要なのは類似の怪物にケンタウロス、というものがいることだ。こちらは下半身が馬で上半身が人であるのに対し、ミノタウロスは下半身が人であり上半身が牛である。

 え? 牛と馬で違うだろって? 

 バカ、問題なのはそこじゃないんだよ。重要なのはミノタウロスの足が人だってところ! おかげで何とか今のところは逃げ切れているんだから!


「ていうかあれって食べられるの!? ねぇ!?」

「馬鹿よく見ろよ、あの無駄に長い青白く変色した舌を! 多分塩ダレで食べるんだぜ!」

「ごめん私いらないよ!」

「俺も、いらん!」


 障害物の岩山を乗り越えジャンプ! 息も絶え絶えに走り続ける。出口? 知らないよ、そんなの!

 魔獣ミノタウロス。魔獣のカテゴリに入っているのには驚きだけど、一応幻獣ハンターがそう定めているのだから文句は言えない。まあ人並みの大きさのアリさんが繁殖する世界だからね。例え神話の世界の化け物が居たとしても驚きはしないんだけど。

 それこそ迷宮のような岩窟の中、「にょるんにょるん」と奇妙な掛け声をかけて全速力で追いかけてくる牛頭。下半身が馬でないのは、それでも不幸中の幸いだと………思いたくはない! だってぶらんぶらんとでかい人型の逸物が揺れているんだよ! 獣に部類するなら服は着ないだろうけど、あれって猥褻物陳列罪に相当すると思うんだよね!

 戦えば打倒することも今の私たちならきっと無理ではないだろう。でもね、人にはどうしても生理的に受け付けないものがあるんだ。とてもではないけど、あの気持ち悪い色の舌から涎を撒き散らすあれの顔と股にぶら下がるでっかいのを直視できるとは思えない。

 この戦い………犠牲なしでは乗り切れないかも。


「コンちゃん、コンちゃん、囮作戦って知っているかい!?」

「身を挺して俺を守るというのか! すまねぇホタル! 恩に着る!」

「ちくしょう! コンちゃんと同じ思考回路だとは………!」


 美少女を庇うのは男の誉れだとは思わないのかこの男! 美少女は国家に守られてしかるべきなんだよ!?

 涙を呑んで走り続ける。そもそも私たちがこんな目に合っている理由を話すには、コンちゃんが「弁護士を呼べえぇぇぇぇぇぇぇ!」と叫びながら飛行船の中、屈強な男たちに尋問を受けていたときまで時を遡って語らなくてはならないだろう。

 せめてもの現実逃避だ。選択肢を間違えてしまったあのときについて語ろうじゃないか。














 コンちゃんに私の恥部をまじまじと見られ、メンチ師匠にお股を摩られ、ブハラ師匠からは飴玉を貰ったお空の旅。

 そんな平穏無事とは言い難い飛行船が無事空港に到着した後、両手に手錠をかけられ連行されるコンちゃんは、何とかメンチ師匠が頑張ってくれたらしい。帰って来たコンちゃんの顔は若干やつれていた気がするが、社会的な死は何とか免れたわけでそう落ち来なくても、と宥めておいた。フライトアテンダントの軽蔑の眼差しは止まずコンちゃんに注がれていたわけだけど、それを言わないのは優しさだろう。

 まあここで会ったのも何かの縁。というか私もコンちゃんもお世話になったんだから、お礼をしましょう、ということでメンチさんお勧めのヨークシンのお店でお食事会を開くことに。まあ折角出会ったプロハンターなんだから逃がさないよ、という下心もあったんだけど、さすが美食ハンターだけあってお勧めしてくれたお店の料理は美味しかった。ほこほこご満悦のお腹に対してお財布の中身は寒かったけどね! ブハラ師匠食いすぎだよ!

 で、お食事の最中それとなく【念】について匂わせたら案の定食いついてきた。お食事中なだけあって。


 ………。

 ………。

 ………ごめん、今のなし。


 と、とにかく!「何でハンターでもないあなたたちが【念】について知っているの?」と怖い顔で睨むメンチさんに、コンちゃんの視線は当然私に向くわけで、私はここで何度目になる部族説明に入った。

「ああ、アレかぁ」と酷く気の毒そうな顔でこちらを見るブハラさんの視線は胸が抉られるようだったけど事情は説明できたし、メンチさんも納得顔。何でも一般人への【念】の流出が今ハンター協会の中でも問題になっているらしい。そう言えば、原作でもアマチュアハンターが確か何人か【念】を覚えていたよなぁ。あれってやっぱり問題だったんだね。

 で、メンチ師匠から「下手な武器を一般人に持たせているわけにはいかないわ。あんたたち、ハンターになりなさいよ」とこちらの思惑通りのお言葉を頂き、「それならちゃんと念を教えてよドラ○もん!」と私の言葉でメンチ師匠とブハラ師匠二人のプロハンターを確保。ハンターになることが条件だったけど、私は元からなるつもりだったからまったく問題なし。コンちゃんも元々強さ追及が目的みたいなところがあったので、そう渋ることもなかった。ハンターは次いでにとってもやってもいいらしい。その凄く上から目線に、メンチ師匠がコンちゃんを笑顔でトイレに連れ込んでいたけど、うん、私何も見てないよ? ね、ブハラ師匠。

 まあ師匠をゲットしたそのときは「計画通り」と影でほくそ笑んでいた私だったけど、これもしかしたら失敗だったんじゃね?と疑問に思い始めたのはそう時間のかかることじゃなかった。


 修行、という処刑のもとに崖を突き落とされてクモワシの卵を取りに行き、

 修行、という地獄のもとに野獣の住まう森で毒蜂の巣を命がけで毟り取り、

 修行、という苛めのもとに岩窟の中、変態怪物の頭をちょん斬って来ることを命じられ、


 あれ? これパシリ? と何度頭を過ぎったことか。いや、一応【念】の修行もしてくれるよ? だけど比率がおかしい。料理の材料集めをしている時間のほうが長いと思うのは気のせいなのかどうなのか。「基礎体力が大事なの」と最もらしいことをメンチ師匠は言っていたけど………ブハラ師匠、まっすぐ私の目を見てください。

 そんなわけで今回のミッションはあの牛頭の確保!なんだけど、あんなに気持ち悪いとは思ってなかった次第。しかし、いつまでも逃げてばかりはいられない。ていうか疲れてきたしねさすがに。ここら辺りが覚悟のときか!


「仕方ない。散々ばら撒いてきた伏線を回収するときがどうやら来たようだね。見せてあげるよ、この私の念能力!」


 その私の言葉に「おおっ!」とコンちゃんの上げる期待のエールを受けて、背負っていたバックから取り出すソレ。砂漠の中、四年の時を持って完成した私の自信作。


「【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】!」


 説明しよう! 私の念能力、【砂漠の無法者】は砂漠の王と呼ばれる魔獣グリゴルの毛から編みこんだ特別製の絨毯である! グリゴルの毛皮は刃を通さぬ鋼の毛。それをお婆ちゃん直伝の伝統手芸で編みこみ、そこに神字を練りこむことで私の念能力は完成する!


「いつも持ち歩いていたそれか! 一体どんな能力があるんだ!?」

「聞いて驚いてコンちゃん! この【砂漠の無法者】に練りこまれた神字はオーラに反応して物体を浮遊させる特性があるんだよ!」

「ほうほうつまり!?」

「私はこれに乗って逃げるから後よろしく!」

「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 ごめんね! これ今は重量50㎏以上乗せられないんだ! 決して私を犠牲にしようと考えていることにむかっ腹が立ったわけじゃないから!

 素早く【砂漠の無法者】に乗って離脱を試みる私。コンちゃんが私の足を引っ張る前にオーラを込めて浮遊、順次加速。背中にコンちゃんの悲鳴を聞きながら私をゆらり空中散歩。

 ごめんねコンちゃん。君の尊い犠牲は無駄にしないよ。

 ぐすん、と涙を拭う私は岩に囲まれた曲がり角をスマートに曲がりそのままこの迷路を―――「にょるん?」




 ブレェェェェェェェェェェキ! 全力でブレエェェェェェェェェェェェェェェェェキ!




 すかさずUターン! 【砂漠の無法者】を操作し、障害物を避けながら今まで来た道を泣きながら戻る! だけど背後の「にょ、にょにょにょるん!」という牛頭の奇妙な叫びは一向に遠くならない! もう嫌だこんなの!


「おお心の友よ! 戻ってきてくれると―――信じてなかったけどこりゃひでぇ! 何でもう一匹連れて来てんだよ!」

「助けて心の友よ!」


 もう一匹居るとか聞いてないよ師匠! 一匹しか居ないとも聞いてないけど!

 前後を挟まれる緊急事態。詰んだと思ったのか二頭の疾走は実に緩やかになる。とてもではないが知性の感じられぬその顔で獲物を追い詰めるようにじりじりと距離を詰められ、「にょるんにょるん」と騒がしい。ぶらんぶらん揺れる巨大な逸物と、見るも耐え難い牛顔が徐々に迫ってくるその光景は、もはやパニックホラーでに近いものがあった。


「ちっ。戦うしかねぇか。けどよ、目を瞑れば何とかなるだろ!」


 直視はできないもんね。目が潰れるよ。

 ふふ。しかーし、コンちゃん。諦めるにはまだ早いんだな! 天才砂漠美少女ホタルちゃんは未だ秘密兵器を隠しているんだよこれが!


「まだまだ慌てることなかれだよコンちゃん! ついにここで私の第二の能力が危機を前に目覚めるときが来た!」

「畜生! てめぇまた一人で逃げる気か!」

「うん、まあそう言われても仕方がないけどさ。そうあからさまに詰られるとさすがの私もちょっとショック………」


 でもめげないよ。女の子だもん。

 ずきんと痛んだ心はそっとガーゼで包んでおいて、今はまず目の前の敵を掃討するのが先決だ。私は悠然と【砂漠の無法者】の上に立ちあがり、迫る強敵を前に開発したもう一つの能力を解放する。


「【砂中に潜む悪魔たち(サンドワームズ)】!」


 握り締めた右手から腕ほどの太さと長さを持つオーラが五本、弧を描いて放出される。それは岩肌の大地へと着地すると、水が大地に染みこむように溶けて見えなくなった。

 しーんと静まり返った中、未だ何も起きる気配のない静粛を前にコンちゃんの視線が痛い。待って! あとちょっと待って!

 二頭のミノタウロスも「にょるん?」と首を傾げて「こいつ頭可笑しいんじゃね?」みたいな顔を見合わせている。



 ここまでの屈辱は私、受けたことがない。



 うぐぐぐぐと唇を噛む中、静止していた怪物たちが鼻息一つ嘆息して、ようやく再び足を一歩動かしたとき、ざまみやがれ私の【砂中に潜む悪魔たち】は発動する!

 地面に同化していた五匹の念蟲が地面への振動を感知し、攻撃を開始した。水中から獲物を定めて飛び上がるピラニアのように、踏み出した足を食い破り、そのまま二匹のミノタウロスへと襲い掛かる。

 その私の念能力の猛攻に唖然とするコンちゃん。ふふん。どうだい、見直した?


「お、おおお! すげぇっ! むちゃくちゃ強ぇじゃねぇかっ! 何だよまったく、ちゃんとした能力があるなら最初にそれ出せよなー」

「ああ、駄目だよコンちゃん動かないで! これ敵とか味方とか判別しないから!」


 がっはっはっは、と笑いながら動こうとしたコンちゃんを慌てて止める。片足を上げたままで器用にコンちゃんは石像のように固まった。ふー、と思わず額にかいた汗を拭う私。


「………え? マジ?」

「マジマジ。制約だからさ。地面に振動を感知するとオートで攻撃されちゃうから気をつけて。これ発動者の私にも適応されちゃうし」


 奇妙な体勢のままコンちゃんが私を見る。そ、そんな熱い目線で見られると恥ずかしいよ、コンちゃん。


「でもお前浮いているよな」

「そのための能力でもあるしね。この【砂漠の無法者】は」

「俺片足上げたままでもうさすがにぷるぷるしてんだけど」

「コンちゃん。この世の全ては精神論で片付けられるらしいよ?」


 頑張って、とガッツを作る私に、そうか、とコンちゃんは仏を思わせる穏やさで頷いた。

 そしてちらり、と送られる視線。動いてしまった怪物は今、念蟲にその喉を食い破られ見るも悲惨な状態と化している。


「俺も乗せろっ!」


 コンちゃんが錯乱した!?


「駄目だよコンちゃん! これ一人乗りだって―――ひゃんっ!」

「うっせぇ! こんなところで死んでたまるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私にしがみ付くコンちゃんの手がいやらしいよ! 

 生死が掛かっているだけにすごい力が強くて振りほどけないけど、駄目だよコンちゃん。あんまり強く掴まないで! 痛いから! そこは駄目! 駄目だって!

 私にしがみ付いて何とか蟲の魔の手から逃れようとするコンちゃんとお嫁にいけなくなる前に何とかその手を剥がそうとする私。いつの間にか【砂漠の無法者】にかかる重量は50㎏をオーバーしてしまったようで、敢え無く墜落した。


「うにゃああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 死ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! 食われるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


 と二人抱き合いながら地面をゴロゴロすること数分。しかし一向に【砂中に潜む悪魔たち】は現れない。馬鹿を詰るような沈黙が通過した後、まるで何もなかったように私とコンちゃんは起き上がった。


 ………あ、そっか。忘れてた。


「お腹一杯になったら消えちゃうんだよね、この念能力」


 今回は五匹だったからな。二頭食べたらもう十分だったのだろう。最大十匹まで放出可能なんだけど、もう少し改良の余地はありそうだ。

 グロテスクな姿になってしまったミノタウロスの頭を狩って、何とかミッションは終了。しかしコンちゃんと二人帰った長い道のり沈黙が辛かった。



 ………うぅ。でもこれ跡になっているよね、絶対。











[9452] 私の裏側見せてやんよ!(念能力解説)改定
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/21 01:30
注:念能力の解説ページにつき短め。読み飛ばしてくださっても構いません。

―――――


【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】

【砂中に潜む悪魔たち(サンドワームズ)】


 これが今の私の持ち駒だ。

 生憎と原作でヒソカが言っていたメモリとやらの存在を自分の中で確認できないから、自分でもあとどれくらいの数の能力を作れるかはわからない。数値化してくれるといいのにね。戦闘力53万だと………!?みたいな感じで。戦闘力の数値化はバトルマンガの基本ですよ? ナックルも顕在・潜在オーラ量を量れる技量があったから、どっかにメモリを計算してくれる念能力者がいてくれるといいのになぁ。

 でもまあ原作のカストロのようにメモリ不足が敗因になるのは嫌だし、やっぱりあと一個余裕があったら作ればいいか。今は作った能力の研鑽に励もう。

 では、ここで私の能力をちょっと説明。


【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】


 能力は空中飛行………だけじゃないんだよこれが! まだこいつ後変身を二回も残してやがるんだぜ!

 というのもこの絨毯、砂漠の王ことグリゴルの毛を編みこんだホタルちゃんお手製の作品ですが、練りこんだ神字の特性によってカスタマイズが可能なのです。グリゴルの毛って白いからね。この絨毯平常時は無地なんだよ。

 で、前回の牛頭戦で練りこんでおいた神字の特性は浮遊と加速の二つ。面積からして練りこめる神字の数は三つだから組み合わせ次第で、戦い方はとても複雑になる………はず。

 じゃあ私が今覚えている神字の数をお教えしよう。

 浮遊の神字――これは念を込めて物体を浮遊させる特性だ。前にも説明したから詳しい説明はいらないかな? 今はまだ50㎏の重さが限界だけど、これはまだ伸びしろがあると思う。高度を上げるたびにオーラの消耗は激しくなるからそこだけ注意が必要だけど、まあこれが一番オーラの消耗が低い神字である。

 加速の神字――物体の運動エネルギーを加速させる特性。落下スピードも直進も後退もオラオラどけどけ!て感じになる。私的にはこの神字は必須だったからね。一番複雑だったけど頑張って覚えたよ。オーラの消耗率を考えなければアリさんのヂートゥくらいには速くなると思う。

 硬度の神字――そのまま硬度を上げる特性。描くのは一番簡単かな。絨毯を盾にするときに使おうと思います。一番硬い状態で試したけど、メンチ師匠やブハラ師匠でも破ることができなかったからそこそこ期待してもいいと思う。ちなみにメンチ師匠やブハラ師匠の強さは私見だけどツェズゲラくらい。同じシングルハンターだしね、メンチ師匠は。

 瞬転の神字――瞬間移動を可能とする特性。放出系の面目躍如だね。ただ原作では神字内の空間に限定されていたけどルピタラ本場の神字はちょっと違う。この絨毯に描けば絨毯を中心に10メートル範囲内なら瞬間移動がいつでもどこでも可能なのである。ただこれが一番オーラの消耗が激しくて、瞬間移動も今の私の潜在オーラ量絞りきっても四~五回くらいが限度。使い勝手は少し悪いけど、これはまさに切り札って感じ。

 だいたいこんな感じだ。制約と誓約は神字の効能が一日で切れるから毎日三十分かけて練り直さなくちゃいけないこと。だから特性チャンジもその場で変えられるわけじゃないから、どこまでも都合がいいわけじゃない。だいたい浮遊と加速の神字を練っておいて、いざとなったら瞬転。たまーに硬度っていう順番かなぁ。神字練るのは面倒臭くなってきたこの頃だけど命掛かっているので頑張りますよ。


 で、お次は【砂中に潜む悪魔たち(サンドワームズ)】


 片手に五匹。両手で十匹の念蟲を放出可能。ただ具現化系は系統的にも苦手だからそこまで忠実に念蟲が具現化されているわけでもない。ゼノお爺ちゃんのドラゴンランス放出版をイメージしてくれればオッケーかな。まああんなに強くもなければ使い勝手もよくないけど。

 放出された念蟲は地面に溶け込み、獲物を待つ。ちなみに地面に溶け込んでいる時は例え【凝】でも念蟲を発見することは不可能だ。うすーく地面に伸びているから特定は不可能だし。で、攻撃条件は地面の振動。どんな微細な反応でも逃さず襲い掛かるまさに砂漠の狩人だけど、問題はそこに生命体の有無は関係ないってところだ。例えば礫を地面に投石すれば念蟲はそこに襲い掛かる。そして念蟲が満腹――ある程度の攻撃を仕掛け終えるとランダムで消失してしまう。消失してしまった念蟲は24時間挟まないと戻ってこない。

 使い勝手悪すぎ、って意見が飛びそうだけど………仕方ないじゃん。こいつらに殺傷能力持たせるのに必要な制約がこれだけいるんだから。初見が勝負の能力だね、これは。あんまり長引いて制限ばれちゃったら放置された地雷扱いだよこいつら。


 まあこんなもんだね、私の能力は。察しの良い人はもう気付いているかもしれないけど。





 これ全部私が逃げるための能力だから!





 【砂中に潜む悪魔たち(サンドワームズ)】をぽい。

 うろたえて動けない敵。

 【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】でびゅーんと逃走。


 ………何か文句でも?
 









[9452] 修行、修行、修行だよ!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/07/19 02:07
 
 ヨークシン=オークション。オークション=ヨークシン。

 原作を知る私は特にそんなイメージをこの都市に持っているわけだけど、何もそれは私ばかりではなくこの都市を知るものならば誰もが抱く印象だろう。

 9月1日から9月10日まで表も裏もお祭り騒ぎなこの都市は、しかし祭りが終わればどこにでもあるような穏やかな一都市に変わる。一攫千金を狙う山千海千な売人の姿も、黒い服を纏って周囲に威圧を振りまくマフィアの姿も、10日を過ぎれば影も形も見当たらない。

 鼻を啜りながら窓から外を眺める。静かな夜の景色だ。夜でも騒がしかったのになぁ。飛び交っていた掛け声の一つも聞こえない。

 うん、回りくどく言っていたけどね、つまりね、何が言いたいのかというとだね。


 オークションに出られなかったんだよ!


 牛頭狩っている間に終わっちゃった!? こっちに着いたときから修行という名のパシリのもとに忙しなかったから気付かなかったよ! しかも私たちをパシリに行かせている間に師匠たちはちゃっかりオークションに出て目当ての物をゲットしていたらしいし! せっかくヨークシンに来たのに! 9月10日なんてもうとっくに過ぎ去っていますよ!


 マジ泣きした。


 きちゃない化け物と凄惨な戦いを繰り広げて、コンちゃんにエッチなところを揉まれて、気まずくなった空気で帰ったらお祭りが終わっているんだもん! 泣くよそれは!

 びええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇんとガチで泣き出す私に、さすがの師匠たちも悪いことしたと思ったのか飴とかオモチャとかで機嫌を取ろうとしていたけど、そんなものに釣られる私じゃないよ! どうせ持ってくるならおっぱい持ってこいよ! こんながっかりは期待の新作エロゲが発売延期の末に生産中止になって以来だ! 

 コンちゃんもそんな私におろおろしていたけど、オークションに出られなかったこと自体に気落ちしていた様子はなかった。コンちゃんはそこまでオークション目当てでもなかったらしい。じゃあ何で来たんだよ! 行きたかったの私だけかよ!

 天空闘技場のように愚痴を言い合うコンちゃんもいない。真っ赤になった目で一人部屋に引き篭もっている最中である。ちなみに寝床はヨークシン近辺の安ホテル。ハンターライセンスを使えば一流ホテルだって泊まれるのに師匠たちはあんまりライセンスを多様しないらしいから、一緒にちょっと手狭なホテルにお泊りなのだ。で、私はメンチ師匠と相部屋なんだけど、今は鍵を閉めて師匠追い出しキャンペーン開催中。絶対中に入れてやらんもんね! メンチ師匠は一人廊下で寝ればいいんだよ!



 ………って、決意していたのに何で入ってこられるのさ。


「ホタルー、ごめんねー」

「オレのご飯あげるから許してくれー」

「ほらホタルー。シグレたんの写真集だぞー」


 扉の隙間から顔を覗かせ謝るメンチ師匠、ブハラ師匠、コンちゃんの三人。メンチ師匠の手にはマスターキーがちらり。くそぅフロントめ、メンチ師匠のおっぱいに釣られやがって! 絶対メンチ師匠に渡すなって言っておいたのに!

 ベッドの枕に顔を埋めて私は断固返事を拒否した。出て行け、と無言のまま背中で語っていると何やらため息が聞こえて、ずかずかと部屋に入ってくる足音。ぐわしっ、と猫のように首根っこ捕まれそのままベッドから強制退去される。でも枕は放さないもん!


「あーもう! しつこいんだからこいつは!」

「メ、メンチ。それでも一応こっちが悪いんだから、もうちょっと穏便に………」

「うっさい! あんたは黙ってな! こら、ホタル! さっさと修行始めるわよ!」

「むーむーむー!」


 パシリはもう嫌じゃ!と、枕に顔を押し付けたまま訴える。何で行く場所行く場所が秘境ばっかりなのさ! おまけにあの材料から作られる料理ってゲテモノしか考えられないし! しかもそれでさえも私たちに食べさせてくれないし! だからもういーやーだー。

 枕を引き剥がそうとするメンチ師匠と意地になったら梃子でも動かないことに定評のある私の攻防が続く。「はーなーせぇー」とナマハゲのような怖い声音にびくり、と背筋に悪寒が走ったけど、は、離さないし! 絶対離さないからね! 別にもう後に引けなくなっちゃったとかじゃないから!


「よし、わかった。じゃあこうしようホタル」


 何やら提案があるらしいコンちゃんの声が朗々と部屋に響く。でも聞く耳なんてないもんね。この裏切り者のバカコンちゃんめ。あっかんべーだ。


「メンチ師匠のおっぱいを一日好きにしていい」



 顔を上げた。



「あーっ!? 返せ私のまくらー!」

「ふふ。馬鹿め、お前の行動などすでにわかりきってむぎゅふぅっ!?」

「何勝手に約束とりつけてんのよアンタ! ていうかホタルはそれでいいの!?」

「うぐー! じゃあ早く師匠触らせてよ! 揉ませてよ! 舐めさせてよ! 約束したんだから!」

「嫌よ! つーかあたしは約束してないでしょうが! ブハラのおっぱいでも揉んでなさい!」

「ええぇ!? 何でオレの!?」


 うがーぎゃあーふぬぅーと騒ぎまくっていたら、従業員が静かなノックとともに青筋立てて部屋に入って来た。貼り付けた笑顔なのに目だけが笑っていない。

 ちなみに時計は深夜の十二時を指している。

 念能力者四人をすくませる威圧で「お客様申し訳ありませんがお隣にお客様もいらっしゃいますので(騒ぐならとっとと出て行け)」と内心透ける言葉を残し、そのまま一礼して去っていった。しーんと静まり返った部屋。こ、怖いのは念能力者だけじゃないんだね。ホタルはまた一つ学びました。


 水を差された場にはちょっと気まずい空気が流れている。


 むすぅっとした私の目が赤いことに気付いてメンチ師匠はほっぺを掻いて目を逸らしているし。わ、私だっていつまで拗ねていられないことぐらい分かっているし、いいよ、妥協するよ。オークションはまた来年楽しむからさ。


「………じゃあ、ちゃんと念の修行してくださいね。それで許しますから」

「………わかったわよ、仕方ないわね」


 そうこうしてようやく本格的な念の修行が始まったのであった。

 ちなみに男連中が安堵の息を吐きながら部屋を出て行った後で「で、おっぱいは?」って聞いたら呆れた声で「自分のを揉んでなさい」って言われた。再び枕を濡らしたことを一体誰が責められよう。















 ヨークシンからちょっと離れた荒野へ移動。修行は私の要望に応えてがっちりみっしり年単位でやってくれるのだそうだ。いや、何もそこまでは………と思ったけどもう引き返せないところまで来ているし。テント張っているよ、テント。年単位でここに居座るつもりだよ。


「来年のハンター試験に出してから念は本格的に覚えさせるつもりだったんだけどね。やるからには中途半端にはやらないわ。来年は諦めて再来年受験しなさい。それまでにどこに出しても恥ずかしくない実力者に鍛え上げてあげるから!」


 とはメンチ師匠の弁。

 あ、そうか。約束は1999年のハンター試験に受けることだったんだね………とそのときになって初めて気付く。無意識の内に2000年のハンター試験に受けるつもりだったからなぁ。できれば原作主要キャラと一緒に受けたいしね。回りまわって結果オーライなのかな、これも。ウイングさんの件しかり、行き当たりばったり感が滲み出ているけどさ、私の旅。


 まあそんなわけで修行の始まり―――もとい、地獄の釜戸の蓋は開かれたのだった。


 まず四大行の復習から。これはすでにできている――と思っていたけど、「鬼ごっこ」と称した命がけのサバイバルで【絶】の不完全さを指摘されコンちゃんと二人ボコボコに。【纏】は滑らかさが足りないとかで瞑想からやり直した。

「こんな実力であたしに本気で修行してくれとはいい度胸だわ!」と包丁を振りかざすメンチ師匠を何とかブハラ師匠が止めてくれたおかげで今日も空気が美味しいです。大体これで一月ほど。

 それから【凝】【隠】【周】【円】【堅】【硬】【流】の応用技に入る――前に、コンちゃんの系統がまだ不明だったのでコンちゃんを呼んで水見式をしてみた。


「見ろ、この黄金色の輝きを!」

「放出系ね」

「放出系だなー」

「放出系だね、コンちゃん」


 コンちゃんが沈んだ。

 何だよ、私とお揃いなんだからいいじゃん。一緒だったねーって内心喜んでいた私がバカみたいだよ。短気で大雑把……ホタルと同じ………とかぶつぶつ言っているコンちゃんの大事な場所に蹴りを入れる。失敬だね、まったく。

 ぷりぷりしながら(コンちゃんは股間を抑えながら)応用技の練習に入る。だけどこれがどれもこれもとんでもない難敵だった。

 応用技、と名前がつくだけのことはある。あの短期間で不完全とはいえ習得していた主人公グループの才能の高さが改めて窺わせられるね。それでも必死で修行、修行、修行、の毎日だよ! 失敗すると包丁が飛んでくるからね! 命が掛かっていると人は本気になれるんですよ? 何て言ったって習得率のペースが違う。受験生の皆もどうかな? 包丁を持った母親が後ろに居たらきっと勉強も捗ると思うよ!

 今までの修行=パシリが所詮序の口であったことを思い知った数ヶ月。一番苦戦したのがやっぱり念の戦闘における肝である【堅】と【流】、あと【円】だった。他の応用技はブハラ師匠に合格の判子を押されたのに、この三つはメンチ師匠の包丁が二つ飛ぶレベル。でもね、最初は五つだったからね。成長はしているんだよ。


【凝】【隠】【周】【硬】を合格したのは年を跨いで雪の降りしきる二月に入った頃。


 そしてさらに木々が芽吹き、春が訪れ夏が過ぎ去る頃にはようやく【堅】【流】【円】も「まーまー何とかギリギリねー」と言えるレベルまで到達できた。ちなみに習得率はどれくらいかと言うと、


 【堅】――大体、継続時間は三時間半ぐらい。コンちゃんは四時間くらいかな。

 【流】――これは私のほうが上手だった。凝によるオーラの移動比率も小数点計算で間違いなし、だよ。コンちゃんはフェイントに弱い気がする。

 【円】――これも私のほうが上手ー。私が23メートルに対してコンちゃんが20メートル。勝ったね、ってVサインしたからコンちゃん【円】の練習ばっかりしています。


 そんで9月になったら拷問も小休止。系統別の修行に入る前に今年こそオークションにコンちゃんと二人で遊びに行った。十日間だけのお休みを、師匠も負い目があったのか許してくれたしね。

 天空闘技場で稼いだお金を散財しながら色々と見て回ったけど、裏のほうには怖くていけなかったから専ら面の明るい競売を楽しんだ。見たこともない商品が一杯あってワクテカが止まりません。

 で、その開かれた露店の競売を見回っている時に、いつの間にか消えたコンちゃんが私の目の色と同じ琥珀の石がついた髪留めを「ほい」って私の砂色の髪につけてくれた。

 け、結構プレイボーイだね、コンちゃん。あぐー。顔が、熱い。

 ま、まあお返しに!ときょろきょろ探し回っていたら偶然見つけた実用的な秘蔵のエロエロ裏本。笑顔でコンちゃんに渡してあげたのに「お前はもっと周囲の目を気にしろ!」って怒られたよ。コンちゃんが喜んでくれると思ったのにー。ぐすん。

 タンコブこさえて戻ってきたら師匠たちに呆れた顔をされたけど、私は原作の雰囲気も味わえたし、前世でも見た事がなかったすっごく大きなオークションで色々見て回れたし、満足満足っ。

 ………ちなみにコンちゃんがくれた髪留めは、修行中失くしたり壊したりするのが怖いのでちゃんと箱に保管している。でも、寝る時にテントの中でメンチ師匠に髪留めを眺めているのを見られたときは、ちょっとばかり恥ずかしかったけど。


 ………にやにや笑いしないでくださいよ、師匠。いいじゃん、綺麗な色だから好きなんだもん。


 まあとにかくそんなわけで束の間の天国が終わり、再び系統別の拷問中。系統別の修行の内容は原作でゴンやキルアがやった内容と多少赴きは変わっていたけど、趣旨はさして変わらない。私とコンちゃんが放出系と一緒だから自然割合的には放出が一番、強化系と操作系が二番、たまーに変化と具現化、という感じに落ち着いた。

 でもこれはあんまり行き詰ることなく進んだかな。ブハラ師匠は「基礎が出来上がっていたからね。メンチは人に教えるのがうまいんだよ」って言っていたけど、うーん、意外だ。原作読んでいるとそんな感じはしなかったんだけどなぁ。認めないわけにもこうして実力ついているんだからいかないし。理不尽スイッチが入るのも食に関することだけ、ってことなんだろうか。案外先生向きなのかもね。名前の前に「鬼」がつくけど。


 系統別の修行も大体形になってきた頃には、木々もその葉っぱを全て落として夜の砂漠を思わす寒気が迫ってきていた。


 私もいつの間にか14歳だよ。シンジやアスカと同い年だよ。びっくりだね。前世の年に後一年で追いついちゃうよ。背はだいたい13歳の半ばで止まったけどコンちゃんの胸ぐらいの大きさまで伸びた。でももう少し伸びて欲しいなぁ。コンちゃんの顔を見上げると首が痛いんだよ。もうちょっと頑張れ私の骨たちよ。


 で、胸は…………まぁまた大きくなりましたけど。


 Dに限りなく近いC。メンチ師匠と下着を替えに荒野を出て街のランジェリーショップに連れて行かれて測られました。ひんひん。別に私のはもう大きくならなくてもいいんだよ。大きいのを見るのは好きだけど、自分が大きいのをぶら下げていても困る。もう大きくならないでよー。


 まあいいや。そんなことは置いておこう。それよりついに来ますよ、2000年。


 ハンターの試験登録を済まして、とうとう旅立ちの時です。


 修行は一月前にとりあえず終わっていたからね。もう格段教えることはない、って言っていたけど研鑽は積んでいたよ。それでお別れを言う時に師匠二人がにやりとした嫌らしい顔で笑っていた。


「試験、楽しみにしてなさいよ。面白愉快なハプニングがあるからね」

「やや、それを言っちゃだめだよメンチ。言ったら面白くないじゃないか」

「ああ、そうね。内緒内緒。ふふふ」

「ふふふ」


 って言っていた。

 コンちゃんは首を傾げていたけど、ごめん師匠。私もう多分そのハプニング知っているよ。

 多少気まずい面持ちの中、師匠二人と別れを済ませて向うはザバン市! コンちゃんには試験会場を師匠に教えてもらったんだ! って言って納得してもらう。

 楽しみだーっ! これでようやく原作開始だね!











[9452] 何でお前がここにいる!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/19 09:04
 第287期ハンター試験、始まるよー!

 というわけでやってきましたよ定食屋。お船の中の嵐とかドキドキ二択クイズとかその辺りは当然すっぽかしです。

 お腹が鳴りそうな香ばしい香り漂う中で注文は「ステーキ定食」、合言葉はもちろん「弱火でじっくり」。コンちゃんが「俺はヴェリーウェルダンで……」とか言いそうだったのをミゾに肘うちで何とか黙らせました。ちょっと黙ってコンちゃん。今いいところ。折角の原作沿いの感動に茶々入れちゃ駄目だよ?

 悶絶するコンちゃんを引き摺りながら案内されたのは部屋を模したエレベータ。じゅうじゅう音を立てるステーキが美味しそうだね。でもこれってタダで食べていいのかなぁ。何百人いる受験生に全部奢っていたら金額も馬鹿にならないと思うんだけど。


「俺はやっぱりさっとこんがり焼けているほうが好きなんだがなぁ」

「ほら、コンちゃん。ここのつまみで調整できるからそんなにしょげないでよ」


 ステーキはウェルダンで美味しく頂きました。


 ちん、とエレベータが到着して出ると居るわ居るわ、人の群れ。凄いなぁ。漫画で見ていた光景をこうして肉眼で見るのってやっぱり感動ものだね。ニュータイプのお豆ちゃんフェイスから番号札を貰って見てみたら、その数は300番ジャストでした。コンちゃんは301番。ルート端折って来たんだけど、観光していたら遅くなっちゃったみたい。ゴンたちの405番――いや、私たちが参入したから407番か。それが確か最後だったはずだからもう少し時間は掛かりそうだ。

 きょろきょろとコンちゃんと一緒に端の方に寄って周囲を見渡す。誰か知っている人――この場合は原作登場キャラクターだけど――いるかなー、と思って見ていたんだけど、結構簡単に見つけられた。銀髪の少年とハゲ頭。キルアとハンゾーだね。遠目だけどさすがにオーラがそこらの凡夫とは違うよ。あとはえーっと………あっ、近寄ってきた。


「よう。君達ハンター試験は初めてかい?」


 毎度お馴染みトンパさんだ。

 生トンパだよ! コンちゃん見て見て! と袖を引っ張りたくてうずうずするけど、何とか我慢だ、がーまーんっ。だってコンちゃんは知らないもんね。でも、くそうぅ、この感動を分かち合いたいのにぃ。うぐぅー、誰か私の右腕をとめろおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「そっちのお嬢ちゃんは……その、大丈夫なのか?」

「いや、いつものことだから気にしないでくれ」


 ちょっぴり傷ついた。


 そうしてトンパと出会って数分かな? 気のいいおじさんの「顔」で親しく語りかけてくるそのトンパの話術に、おばあちゃん家を狙う訪問販売もびっくりなほど、コン仲良くなってしまっている。コンちゃん実は強化系なんじゃないかと疑うことはままあったけどさ。これは酷い。単純にもほどがあるんじゃないかい? ハンター試験舐めているでしょ、コンちゃん。

 そんな私のじと目も気付かず、コンちゃんはやはりお馴染みトンパジュースを貰っている。私もいつの間にかに押し付けられていた。「さあ、ぐいっと景気よく飲みな」ってトンパは言っているけど、改めて考えると怪しさ爆発にも程があるよね。普通飲まないよ。ライバルだらけの会場だよ? それに確かに手は込んでいるみたいだけど………こんな単純なパッケージが市販なわけないもん。


「おう、ありがたくいただくぜ。あ、ところでこれ何味?」


 だから味はここでは関係ないと思うんだ、コンちゃん。


「ミックスフルーツだ」


 それはまあ色んなものがミックスされているだろうけど。


「ミックスかぁ。ミックスって正直微妙な味だよなぁ」と貰い物に文句を言いながら蓋を開けるコンちゃん。もういっそここで痛い目を見たほうがいいんじゃないかなぁ、と思いつつもコンちゃんが持つジュースを手刀で叩き落とそうとしたとき、聞き覚えのある滑らかな声が聞こえてきた。




「それは飲まないほうが良いよ、コンドルくん」




 はっ、と息を呑み、私とコンちゃんは驚愕のままに声の主へと顔を向ける。

 そこにあった、絹糸のような長髪が揺らぐ。ふっ、と涼やかな笑みを向けるその中性的な顔立ちに反し、不動と言うべきそのオーラはまさに百戦錬磨の一言。

 この声を、この顔を、このオーラを……私たちが、忘れるはずがない。二年前、苦楽を共に歩んだあの道を、彼のその理想に引かれて駆け上ったステージを、忘れるはずがないよ!


「隊長!」

「隊長!」


 シグレたんファンクラブ隊長―――カストロ。

 なぜ彼がここにいるのか。そんな疑問は後回しにコンちゃんと私は笑顔で駆け寄った。手を広げる彼の元へ。もちろんそれは―――


「露と消えろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「唸れマグナムううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 ―――二年前その友情に泥を塗った背徳の業に制裁を加えるためだ!


「だが断る!」

「なん……だと?」


 しかし私たちの攻撃を予見していたのか、カストロはその両手で私たちの拳を防ぎきった。さすがだ、隊長。原作でヒソカと善戦したことはあるよ。

 ……でもね、私たちもだてに二年間も修行していたわけじゃないんだよ?

 両手が塞がったカストロに、余った左手でコンちゃんとフィニッシュッ!

 顔に二人の拳がめり込み、カストロはきりもみしながら飛んで行った。もしかしたらカストロって馬鹿なんじゃないだろうかと思ったのは、乙女の秘密。

 (鼻)血に濡れながらカストロが顔だけを何とか起き上がらせ、ふっ、と子の成長を喜ぶ母のように目を細めて笑った。二枚目の片鱗はない。


「………やるな、君達。成長したじゃないか」

「悲しみをバネに、俺たちは強くなったんだ」

「もう昔の私たちだと思わないほうがいいよ」


 今なら一対一でも負ける気がしないね! シグレたんを寝取られた恨み今ここで晴らしてやんよ!

 口元の血を拭いながら生まれたての子鹿のように立ち上がるカストロに、ざっと構えてみせる私たち。しかしそんな私たちにも、カストロはただ疲れたように息を吐くだけだった。


「いや、止めよう。もう戦いは不毛なんだ………」


 ふと遠い眼差しを此方に向けるカストロ。かつて「シグレたんはぁはぁ」と覇気に満ち溢れていたその姿は見るも無残なものとなっている。その眼差しは、まるで失ったものを探るような、そんな眼差しで。


「振られたんだね……」

「振られたのか……」

「君達のせいだからね! 何であんな写真送るかなぁ!?」


 どうやら私たちの作戦は見事成功を収めていたらしい。

 コンちゃんと二人顔を見合わせる。にやり。


「カストロ。ほら、元気出して。昔は一緒に鍋を囲んだ仲じゃない」

「難関らしいからな。お互い不和を抱いたままじゃ辛かろう? 協力してこの試験を乗り越えようじゃねぇか」

「何て……いい笑顔だ………!」


 臍を噛むような顔で項垂れるカストロ。まぁまぁ、過去のことはもう水に流そうよ。私たちはいつでもオープン、ウェルカムだからさ。


「ところでよ、何でこのジュースを飲んじゃいけねぇんだ? あれ? つーか、トンパさんは?」


 カストロを殴ったせいでぶちまけたジュースを袖で拭きながら、きょろきょろと周囲を見渡すコンちゃん。やれやれ、まだそんなこと言っているの?


「もう行っちゃったよ。作戦失敗しちゃったからじゃない?」

「作戦?」

「その飲み物には何かが混入していたらしいな。先ほど親切にも……とは言いたくないが。教えてくれる人物がいてね」


 口を開けて驚くコンちゃんは置いておいて、親切な人? そんな人ここにいるのか? と首を傾げていたところでカストロの視線は苦々しくある場所へと逸らされる。その視線の跡を追っていくと………


「❤」


 ………おっかないピエロがいた。

 私たちの視線に気付いてチャシャ猫のように目を細めながらにこやかに手を振るヒソカ。ひぃ、と思わず仰け反る私。しかし、なぜカストロは嫌そうな顔をしているのに手を振り返しているのだろう。私にはちょっと分からない。

 友達なの? ねぇ友達なの!?


「受けた屈辱には血をもって贖ってもらうが、受けた恩には礼をもって返さなくてはいけない。それが武道家というものなんだ」


 カストロは堪えるように言う。でもそれ格好良く言っているけどさ、敗北の屈辱よりも下剤入りジュースのほうが重いってことだよね?

 微妙な顔でカストロを眺める私。コンちゃんは「都会ってこええぇ!」とか叫んでいるけど私もカストロもツッコミは放棄した。人が良いって美点だしね。別に馬鹿とイコールで繋がるわけじゃないもんね。

 ちなみに原作で登場しなかったカストロがなぜこのハンター試験に受けているのか。気になったもんだから聞いてみたんだけど、カストロは黙して語らず、であった。でもきっとあれだよ、まだシグレたんを取り戻せるとか幻想抱いているんだろうね。どうせハンター試験に受かったことをステータスに、シグレたんにもう一度迫ろうとか考えているのだろう。汚い大人。

「もう君は終わった男なんだよ」と肩を叩いて親切に現実というものを教えてあげたらカストロは血の涙を湛えながら感謝していた。「君が女でなかったら………!」とか呟きながら拳を震わせているけど。

 ……え? それって、もしかして?



 カストロ、シグレたんに振られたからって男色には走ったってこと?



 そそっとコンちゃんとカストロの間に体を割り込ませておく。身を挺してコンちゃんを守る健気な私なのに、鈍感コンちゃんは首を傾げてアホを見る目で私を指差しながらカストロに視線で問う。カストロは煤けた顔で肩を竦め、コンちゃんはそれで何を分かったのかやれやれと頷いていた。

 目と目で、通じ合っている………!?

 そ、そんな、そんなの!


「コ、コンちゃんは、コンちゃんは、ロリコンに走っても男には走らないんだよ! カストロ、誘惑しないでよ!」








 周囲100メートルから人が消えた。










 コンちゃんが怒った。怒りながら泣いていた。

「もう頼むから俺を貶めるのは止めてくれえぇぇぇ!」って涙を飛ばしながら走り去っていったよ。カストロも怒っていた気がするけど、まあカストロだし、どうでもいいや。カストロはヒソカとラブラブしていればいいんだよ。

 でもコンちゃんがこっちを見てくれないのは……ちょっとだけだけど、悲しい。近寄っても逃げられるんだ。「コンちゃん、コンちゃん」って呼んで背中を追っても、ずんずん進んで振り返ってくれない。う、ううぅ。

 でも泣きません。ホタルは強い子ですから。

 ぐしぐし、と目を擦りながら体育座り。折角楽しみにしていたハンター試験なのに、楽しさ半減だ。そういえば、部族を離れてからずっとコンちゃんと一緒だったもんね。二年かぁ。結構長いこと一緒だったんだなぁと感慨深く感じながら、ちらり、とコンちゃんを見ると視線が合った。でもやっぱり、ぷいって視線を逸らされる。ふ、ふううぅぅ。


 うるうる、と視界が揺らぐ中で、ちん、とお間抜けな機械音が響いた。


 あ、誰か来た。さっきから結構多く人が来ていたけど、そろそろ時間……。


 ゴンたちかなぁ。原作では一番最後だったはずだからきっとそうなんだろう。でも、原作キャラに会える興奮も今はあんまりないよ。それよりコンちゃんと仲直りする方法考えないと。どうしたらいいかなぁ。おっぱい写真集で仲直りできないかなぁ。

 はふぅ、とため息を吐いているとエレベータの扉が静かに開く。

 そこからツンツン頭の少年と、女性と見間違うような中性的な少年と、サングラスをかけたスーツ姿の青年が現れてくる。ゴンとクラピカとレオリオだ。原作どおりに周囲の圧力に押されているようだけど………ん? あれ?

 すっ、と背の高いレオリオの後ろ。私の視界から隠れていたのか、もう一人、少年がその姿を現した。


 褐色の肌。琥珀の瞳。白色の砂を濾した髪の色は短く刈り込まれている。


 見慣れた民族衣装。少年の原作キャラ三人と一緒にくまなく見渡していたその視線が、不意に止まった。

 繋がる視線。私と少年。


「………エル、リオ?」











[9452] スーパーエルリオタイムなんだよ!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/21 02:03
「ホタル!? なあホタルだろ! 何でお前こんなところに―――」

「人違いです」


 すたすたすたすた、と背を向けて歩き続ける私の後をしつこくエルリオが追ってくる。思わず視線が合って名を呼んでしまってから、ずっとこんな調子だ。おっぱい星人のしつこさにはまったく呆れるばかりである。

 ………ていうか何でエルリオがいんの!? しかも原作主人公たちと! 遠目から見て満足するつもりがおかげで思いっきり関わる羽目になりそうじゃん! 

 これってアリさん討伐巻き込まれフラグ……じゃないよね?


「ねぇエルリオ。この子誰なの? 知り合い?」


 結局ぐるっと会場を一周してしまったのか、ゴンたちのもとへと戻ってきてしまったらしい。顔を見合わせているレオリオやクラピカにせんじて、ゴンが首を傾げながら聞いてくる。それにエルリオは戸惑いながらも答えた。


「え? あ、ああ。こいつはその、お、俺のい、いい、許なず――」

「ただの幼馴染です」


 エルリオが天井を眺めている。何かに耐えているようだった。


 抵抗はもはや無意味であるらしい。仕方なくエルリオへと振り返ると、エルリオは二年前と変わらずエルリオのままだった。つまらない奴だね。進化の余地もなくその小生意気な顔も変わらない。

 ふと香る砂の匂いに望郷の念に駆られるが、それよりもまず一言言わなくてはいけないだろう。久しぶりの幼馴染との会合なんだから。

 私だってね、そりゃあ嬉しくないわけじゃないんだよ?


「………エルリオ」

「な、何だよ。か、勝手に部族出て行ったくせに、今更何を言うっていうんだよ!」


 じゃあ何で追いかけて来るんだよ。

 ため息一つも吐きたくなったがエルリオの頭が悲しいのは昔から。にこっ、と微笑んで馬鹿を見守る優しい私。なぜかエルリオの顔に朱が差し込んだけど。

 まあ一言。二年ぶりの再会に添えてあげるのも悪くないよね?


「十二歳が、ピークだったんだね………」

「伸びたよ! これでも伸びたんだよ! くそぅ、てめぇ何で女なのにそんなにでかくなってんだよ!」


 別に私は適齢の女の子と同じくらいに伸びたんだけどね。エルリオの頭を撫でると顔を真っ赤にして手を叩かれた。何だよ、エルリオのくせに生意気な。ちっちぇなぁ、って某プリンセスみたいに言っちゃうよ?


「あー、エルリオ。積もる話があるのは分かるのだが、私たちにも彼女を紹介してくれないだろうか。友人のその友人の名を知らぬというのは無礼に値するだろう」


 クラピカが困ったように眉を寄せる。それにむすっとエルリオが顔を顰めて躊躇っている間に、そっと誰かに手を取られた。顔を上げるとレオリオが恭しくイギリスの紳士のような振る舞いで私の右手に両手を添えている。うーん、でもこのレオリオの顔にキザな所作は似合わないよなぁ。


「よう、お嬢ちゃん。エルリオと知り合いなのかい? 俺はレオリオというもんだが………っいてっぇな! 蹴るなエルリオ!」

「うっせぇ! 俺が紹介すんだから勝手にホタルと話すな!」


 脛を蹴られたレオリオとエルリオがぎゃーぎゃーと喧嘩する中、クラピカと目が合った。クラピカとは何か通じるものがあるよ。恐らく保護者的な意味で。肩を竦めてお互いに苦笑した。


「ホタルだよ。そこのエルリオとは同郷のよしみってところ」

「クラピカだ。エルリオのことは友人であると思っている」

「俺はゴン! エルリオとは友達だよ」

「レオリオだ! お嬢ちゃん、もしよろしければホームコードを………蹴るなっつーの! いてぇんだよ!」


 多分道中もこんなコントが繰り広げられていたんだろうなぁ、と推測できるような光景の中、くるりんお髭が素敵なサトツさんがその視界の端からやって来た。

 そして第一次試験幕開けのベルがけたたましく鳴る。

 現在ハンター試験参加者、409名。













 結局そのままゴン、クラピカ、レオリオ、エルリオとの四人と一緒にマラソン大会をする羽目に。抜けるタイミングを完全に逸してしまった。

 もう一回コンちゃんに謝りに行こうと思っていたんだけど………でもなぁ。時間が解決してくれないかなぁ。

 正直、怖いという気持ちもなきにしもあらずだったり。また拒絶されたら私、ちょっと立ち直れないかも。

 カストロと一緒に前を走っているコンちゃんの背中が遠い。そわそわとこちらを窺うエルリオの視線も無視してぼーっとその大きな背中を眺めていると、レオリオの怒鳴り声が聞こえてきた。


「おいガキ汚ねえぞ! そりゃ反則じゃねぇかオイ!」


 何だよもううるさいなぁ、と振り向くと銀髪の髪がすーっと視界を横切った。キルアだ。スケートボートに乗って軽やかな登場。

 軽く聞き流しているキルアにレオリオの鼻息は荒くなっているけど、あ、そっか。別に無理に走らなくてもいいよね。ちょうどいいや、疲れるの嫌いだし。


「よっ、と」


 背中のバックから【砂漠の無法者】を取り出し、念を込めて浮遊。その上に飛び乗ってちょこんと座る。

 ふわふわタイムでお空の遊覧散歩。あくせく足を動かす人の群れを見下ろして「人がゴミのようだ!」と叫んでおくのは周囲の視線を気にして自重しておくよ。ほらコンちゃん。私だってね、学習はするんです。

 するんです………って、あれ? 何も言ってないのに周囲の視線が集まっていますよ? まさか心の声が私のラヴリーボイスで再現されてしまったのだろうか。いや、そこまでアホの子だった覚えは………。


「………お、おい、何だよホタル。それ?」


 ア、アホの、アホの子だった覚えは!?

 あ、あーあーあー、あぅ。

 ………やっちった。

 目を見開く驚愕の眼差しを集めていますよ。しまった。ぼーっとしていてつい………悪目立ちしちゃった。こ、これも全部素っ気無いコンちゃんのせいだよね!

 【念】は秘匿される存在。そう怖い顔で諭す包丁を持ったなまはげ―――じゃないよ、愛すべき我がメンチ師匠の言葉を思い出す。

 や、やばいよ! うまく誤魔化さないと、また、また師匠たちに折檻される!?

 あたふた手を動かす私の説明に、神字というその不思議パワーの効力を知るエルリオは「ああ、そんなこともできたんだなあ」とすぐに納得してくれたけど、他の皆は未だ不可解な顔をしている。納得しろよ! 隣に顔に釘刺さっている奴が併走しているだろ! そっちのほうが可笑しいからね!


「魔法の絨毯とは初めて見たな……」

「かっこいー! 俺も乗せてよ!」


 何か深いところまで思考を飛ばすクラピカに対して、純粋に未知のものへの興味を示すゴン。レオリオは指折り金勘定している。言っとくけどね、売らないから。


「へぇ。面白いもん持っているじゃん」


 驚きから探るような眼差しに変わり、目を細めるキルア。「俺キルア、名前は?」と聞かれて釘顔から迫るプレッシャーが増したこともあり一寸迷ったけど………まあここまで来たら無理に壁を作る必要もないだろう。どうせ私へのプレッシャーもそのうちゴンが肩代わりしてくれるしね。

 だから素直に「ホタルだよ」って答えておいたんだけど………ちょっと、エルリオ。邪魔だよ。何で無理やり私とキルアの間に入るの。


「俺エルリオ! よろしくな!」

「いや、聞いてな………」

「よろしくな!」


 笑顔で迫るエルリオに何を感じたのかこくこくと頷くキルア。さしもの暗殺一家のご子息からまでも危ない奴認定を受けてしまったエルリオの成長ぶりに感心していると、エルリオがスピードを上げて私に近寄ってくる。

 何か不機嫌な顔してんなぁ。どうしたんだろう? やっぱりカルシウム不足かなぁ。一体エルリオに摂取されたカルシウムは何処に行っているんだろうか?

 疑問が尽きないままあぐらをかく私に、エルリオは晴れない顔のまま不機嫌に尋ねてくる。


「いつの間にそんなことできるようになったんだよ」

「うん? エルリオと別れてから。ほら、お婆ちゃんに教えてもらっていたじゃん。あれだよ、これ。砂漠の王の毛皮から編みこんだんだ」

「ふーん。………ま、いっか。俺も強くなったしな! 長老様から教えてもらった、ホタルの知らない神字とかあるんだぜ。この試験のうちに見せてやるよ」


 ああ、そうそれそれ。聞き逃していたけど、ずっと不思議に思っていたんだ。


「実はさっきから聞こうと思っていたんだけど、何でエルリオはハンター試験受けているの?」


 こてん、と首を傾げる私。原作に砂漠の民ルピタラは確か登場していなかったはず。ということはつまりエルリオは本来この試験を受けるはずがなかったということなんだけど………おい、何で急に慌ててんのよ?


「べ、別にお前を探すためにライセンス取りに来たわけじゃねぇからな! か、勘違いするなよな!」

「分かっているよ。さすがの私もそんなことされたら引くもん。だから何でこの試験を受けに来たのかって………エ、エルリオ!? 何そのかつてない落ち込みぶりは!? 駄目だ死のう、とか小さい声で呟かないで!」


 どうしたの!? 真っ青にも程があるけど!?

 何かよくわからないフォローをする中で何かに納得した顔の周囲の視線が気になるところ。わ、分かっているなら教えろよ! こいつ今にも自殺しそうな勢いですぜ!?

 そんな折、やれやれと首を振ったクラピカから救いの手が差し伸べられた。


「ホタル。すまないちょっと耳を貸してくれ」

「クラピカ。どうしようこいつ、ベンチでハトに餌を上げるお父さんみたいな顔してるんだけど」


 おどおどとする私にクラピカは苦笑しながら口を寄せる。その耳に呟かれた言葉は意味不明だけど、それを言えばエルリオがとりあえず車道に飛び込むことはないらしい。

 よし、じゃあ枯れ木に水を与えるようにエルリオにも活を入れてあげるとするか。


「ねぇねぇ、エルリオ」

「生きていてごめんなさい」

「自分の生を否定しないで! って、違うよ。あのね、エルリオ………」











「頑張って、捕まえてね?」











 エルリオ!? 何でそこで全力疾走するの!?











[9452] スーパーコンちゃんタイ――コンちゃんの馬鹿!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/28 14:20
 
 中間地点である、地上へと貫く階段を抜けた先。

 濃霧が漂うヌメーレ湿原はどこか砂漠を思わす広大さで、どこからともなく吹く風はまるで腹を空かせた魔物の鳴き声のように轟いていた。

 途中レオリオが脱落寸前まで追い詰められるハプニングがあったけど、原作通りに気合と根性で立ち直り、今は裸一貫ながら息を荒げつつも、集団には何とかついてきている。

 ちなみに私はというと、階段を上っている最中にレオリオとクラピカが真摯なお話をしていたので、立ち聞きも悪いなぁっと思い、彼らを置いて先を急がせてもらった。

 そういえば全力疾走の後遺症から立ち直ったエルリオもその話に混じっていたんだけど、結局エルリオのハンター志望の動機ってなんだったんだろう? 私には預かり知らぬ事情でもあるんだろうけど………でも、そっか。


 エルリオも何だかんだ言ってきっと夢を持っていたってことだよね? 


 いやー、未だ私のお婿さんになるとか言い出さなくて良かったよ。さすがに二年間待っていたとか言われたらね、申し訳ないのと同じくらいに怖いものがあるもん。どんな純情少年だよー、って明るくツッコむことすら不可能でしょ、私とのギシアンを二年間心待ちにしていたって言われても。そんな暴走する中学生の性の衝動を受け止めきる自信はないよ。まあそんなことはエルリオに限って万が一にもないだろうけどさ。色々言うけど、大切な友達だもんね。例えおっぱい星人だとしても。

 重い話は勘弁!な私はそんな三人を置いてきてしまったんだけど、ゴンやキルアの先頭集団と混じる気も起きずに、中途半端な位置をヒソカのお猿さん虐殺イベントの後、霧深くなってきた湿原の中一人でのろのろと飛んでいた。

 だ、だからこれは別に意図していたわけじゃない。


「コ、コンちゃん?」

「…………」


 無言。

 冷たいまでの沈黙だった。

 あ、駄目。何か涙出てきた。

 カストロと二人並走するコンちゃんの隣に、ほんっっっと偶然たまたま出くわしてしまったわけだけど、じ、じゃあ都合がいいしね、怖いけどちゃんと謝って、また一緒に仲良く試験を受けようかなっ! 

 そう思って呼びかけた……んだけど…………コンちゃんが、こっち向いてくれない………。


「う、ううぅ、ふうぅぅぅっ」

「…………」

「コ、コンドルくん? ホタルちゃんが呼んでいるみたいだけど………?」


 唇噛み締める私とコンちゃんを見比べて慌てるカストロの呼びかけにもコンちゃんは応えずに、ただ黙々と前を見ながら走っている。

 ちらり、とも視線を向けてくれない………。

 いつも阿吽の呼吸で私の言葉に返してくれていた相方、コンちゃん。それが今やまるで耳元を飛ぶ羽虫以下の扱いを受けている私。

 なぜか今までのコンちゃんとの思い出が去来して、が、我慢していたんだけど、ついに溜まった私の涙腺が決壊した。


「ごめんなさああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」


 う、うう、うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん! あ、あ、な、涙が溢れてくるよ! 泣かないって決めていたのに! で、でもごめんなさいぃ! 許してくださいっ! コ、コンちゃんはロリコンじゃないです! ウホッ!でもないです! 熟女趣味です! だ、だから私を見てよっ! 返事をしてよっ! う、うぐ、うぐうぅ。

 涙をぽろぽろ零しながら鼻を啜る私に―――コンちゃんが短く、ため息を吐いた。


「別にそんな大声で泣かなくてもいいだろ。一言本気で謝れば許してやったのに」

「う、うう、うぅ?」


 あ。

 そういえば私、ちゃんと謝ってなかった。

 謝ったのも、茶化して誤魔化していたもんね。だからコンちゃんは、こっちを向いてくれなかったんだ。友達だからって何を言っても、何をしてもいいわけじゃない。うん、骨身に染みた教訓になった。これからはホタル、もっと言動に気をつけます。コンちゃんのロリコン疑惑はちゃんと私が払拭してあげるから!

 だから………だから………。


「ゆ、ゆるじでぐれまずが?」

「とりあえず鼻を啜れ」


 コンちゃんがくれたティッシュで鼻をかんだ。ちーんしました。

 リトライ。


「ゆ、許してくれますか?」

「まあ、ケジメをつけたらな」


 いつものコンちゃんに戻って笑顔でお調子よく返してくれる返事。

 ああ、ちゃんと相手をしてくれることってこんなに嬉しいんだね。ぽっかり空いた胸の空洞が収まるみたいな安心感。はふぅ、と胸中ほっとしながら、しかしはて?と私は未だしゃっくりを上げる喉を押さえながら考えた。

 ケジメ? ケジメって何だろう? 

 ………やっぱり、おっぱい写真集で手をうつということなんだろうか? でもオークションで買った秘蔵の裏本はコンちゃんお気に召さなかったんだよなぁ。シグレたん写真集マル秘バージョンはカストロに送っちゃったし、通常版はコンちゃんも持っているし………。

 腕を組んでどうやったらケジメをつけられるんだろうなぁと悩む私に、コンちゃんはにやりと悪戯っ子の笑みを向けた。

 何、何、コンちゃんっ?


「うーん、そうだなぁ。じゃあまず、目を瞑ってもらおうか」



 ……………………………………………………


 ……………………………………


 ……………………え?



「え? え? え?」


 聞き間違い?

 コンちゃんをじっと見る。しかし私の楽観を踏み潰すように、むしろそこで疑問を返す私が可笑しいのだとでも言わんばかりに「何だよ?」と疑問の眼差しを返してくるコンちゃん。だ、だけど、だけどさ、コンちゃん! 

 目を瞑って………その、どうするの? 

 どうするって、目を瞑って男女がすることって、そりゃあ一つしかないわけだよね………?。


 え? ええ? えええええええええええええええええええええ!?


 コ、ココ、コンちゃん? 

 べ、別に嫌じゃないけど! わ、わわ、私とコンちゃんの関係はもっとピュアでクリーンでグリーンで、いやいやグリーンは関係ないけど、えーっとうぅあぅあぅでもだってほらあのコンちゃんとは清く正しく美しいお友達の関係で!


「ケジメつけるんだろ?」

「つ、つつ、つけますけど! コ、コンちゃん!? わ、私はその、は、初めてで」

「初めてもくそもないだろ」


 何言っていんのお前?って笑われた。

 そ、そういうもの? べ、別にこういうのってそういうの意識しないもの? で、でももうちょっと、ほら、シチュエーションとか場所とか考えて欲しいっていうか―――じゃなくて! わ、私は男の人とそういうのは、で、でで、できないと思うよ! コ、コンちゃんとは、い、嫌じゃないけど! 


 ………あれ? じゃあ問題なくない?


 ああ!? 私の意識に反して勝手に瞼が下りてくるよ! これは新手のスタンド攻撃かい!?


「は、はは、初めてだから、優しくしてください………」


 しまった! 舌にも何かが張り付いてやがる!?

 どきどきと心臓が血管を破裂させる勢いで血流を押し出している。顔に熱がたまって思考をエンストさせるなか、コンちゃんは厳かに言った。


「無理だね」

「無理なの!?」

「むしろ痛くする」

「何てこった!」


 いきなりディープなのに対応はできないと思うけど! ………が、頑張ります。

 コンちゃんが私の前髪を撫でてたくし上げた。手の温もりに意識が奪われそうになって、慌てて目を閉じたまま顔をあげる。そ、そのほうがしやすいもんね。

 まさか全力マラソンの最中にする羽目になるとは思わなかったけど、ただ幸いなのが周囲は濃い霧に囲まれていること。たぶん、これなら誰にも見られない………はず。

 ぎゅうぅって目を閉じて、唇に降りてくる感触を待った。は、早くして、コンちゃん。私、もう駄目。頭に熱が上がりすぎてぼーっとしてくるんだ。コンちゃんはそんな私の何が可笑しいのか優しく笑い声を上げて、額にそっと手を添えた。








 デコピンは凄く痛かった。








 あれ? 何でだろう? 痛みじゃない何かに涙が出てくる。


「残念だったね、ホタルちゃん」

「ざ、ざざ、残念じゃないよ!」


 カストロって本当に頭可笑しいよね! 私何言っているのかわからないよ!

 にやにや笑いを浮かべてくるカストロの背中に蹴りを入れるけど、カストロは笑うだけで効いた様子はない。くそう、これだから強化系は嫌になるね! 無駄に頑丈だし、馬鹿ばっかりだし!

「何だ、そんなに痛かったのか?」って眉を顰めて聞いてくるコンちゃんの顔にも拳の一つでも入れたかったけど、それしたらまたややこしくなるし。我慢するよ、もう! 何だか凄く腹が立つけどさ! こいつこれを天然でやっているから信じられないよ! 普通あんなこと言われたら誰だって誤解するよね!

 むっすぅとしながら顔を扇ぐ。おでこも痛いけど、赤くなった顔を早く冷ましたい。馬鹿なことを考えてしまった証拠を一つでも早く隠滅したいのだ。ホタル、一生の不覚です。

 ま、まあいいや。これでコンちゃんとも仲直りできたしね。これでもう何の心配事も無くハンター試験を楽しめ―――。













 ―――響く、断末魔。













 思考が、真っ白になった。


 今までも後ろからは騙しあいに敗れた人たちの悲鳴は聞こえてきた。でも、それとは明らかに種類の違う声。

 そうだ。何で忘れていたんだろう。ハンター試験の、一次試験。昔読んだマンガでは、ヌメーレ湿原では、一体何が起こっていた?

 ヒソカが………暴走したんだ。


『試験官ごっこ』


 レオリオの悲鳴。それに混じって聞こえてきた………エルリオの悲鳴。


「エルリオ!」

「おい、どこに行くんだホタル!」

「ホタルちゃん!?」


 背後から聞こえてくる二人の声に説明している暇はない。だって、だってエルリオが危ないんだ!















[9452] 紳士と呼ぶのも生温い!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/21 20:19
 【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】で加速、加速、加速っ。

 はやる心臓は早鐘のように鼓動する。冷たい汗が背中を濡らしていた。渇いていく口の中。ああ、何で私はこんな大事なことを忘れていたんだろう。ヒソカのことを、甘く見ていたんだろうか。ハンター試験に、コンちゃんと仲直りできたことに、浮かれていたんだろうか。


 自己嫌悪が止まらない。

 エルリオ。私の幼馴染で、私の最初のお友達。

 お願いだから、無事でいて!


 霧が髪を濡らし、視界を阻む。それでも少しずつ晴れていく霧のなか、数時間にも思える数秒で、しかし私は到達した。草茂る地面には、ヒソカに殺された亡骸が数多く横たわっている。砂漠の中、死に直面したことは一度や二度じゃない。でも、やっぱり慣れるものじゃないよ。


「ホタル!?」

「エルリオ!」


 腕を押さえるレオリオ。武器を構えて佇むクラピカ。分かっていたけど、無事であることに息を吐く。あと知らないモブキャラは………超どうでもいい。

 その中で額を切ったのか、垂れてくる血を抑えて驚愕に目を見開くエルリオへと飛んだ。


「馬鹿! 何でお前戻って―――」

「良かったエルリオ!」


 絨毯から飛び降り、エルリオに抱きついた。

 ………良かった! 本当に無事でよかった。【纏】を覚えている以上死ぬことはないと思っていたけど、怖かったよ。そんな理屈で自分を安心させようとするくらい、怖かった。エルリオが死んじゃうんじゃないかって思って怖かったよ!

 ぎゅっと抱きつく私に手をあたふたさせながら、エルリオが赤い顔で叫んだ。


「むっ、むね―――いや何でもない! お、おおお、俺がやられるわけないだろ! ば、ばばば、馬鹿だなホタルは! やれやれだ! まったくやれやれだ!」

「大丈夫!? 怪我は………!? よく見せて」


 一瞬耳に入った単語はこの際不問にしてあげる。

 急いでエルリオに顔を寄せ、傷を見た。額から血が絶え間なく流れているが、きっとギリギリで避けたのだろう。額の皮一枚を綺麗にトランプが裂いただけのようだった。良かった。命に関わる怪我じゃない。エルリオの額から突如盛大に噴出し始めた血はきっと今だけの話だろう。

 安心したのか、体にどっと疲れが押し寄せてくる。【砂漠の無法者】に加速を込めすぎた分、オーラの消耗も激しかった。エルリオに寄りかかるように、こてん、と額をエルリオの胸に預けて嘆息する。


「心配………させないでよ、ばか」

「カメラはどこだ! 畜生、ドッキリだろ!? 分かってんだよ!」


 もしかして頭も打ったんだろうか? エルリオの言動がおぼつかない。


「エルリオ! ラブコメってんじゃねぇぞ! 状況を考えろ!」

「エルリオ! それは罠だ! 早まるな!」


 レオリオとクラピカが叫ぶ。言っていることはよくわからないが、そうだ。エルリオの無事は確認できても、まだ危機が去ったわけじゃない。


「くくく♦」


 エルリオとレオリオに怪我をさせ、この惨状を生み出したピエロは愉快そうに目を細めながらトランプを鮮やかな手つきで切っていた。向き直り身構える私を上から下まで視線を往復させるヒソカ。舐めるようなその目つきのままに、ぺろり、と舌なめずり一つ。


「食べ頃………かな❤」

「お断りします!」


 全力で!

 私まだ14歳! 不純異性行為は学校で禁止されていますから!


「冗談だよ♣ 熟れるまでは手は出さないさ♠ ふふ、ふふふふ❤」


 ふふふふふ、と鳥肌が立つような笑みを向けながら、ヒソカがトランプを一枚抜き取る。翳されたカードはハートのクイーン。


「でもね、そんなに警戒されると◆」


 むくり、むくむく。


「興奮しちゃうじゃないか❤」


 かっきーん☆



 いやああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!



 な、何か勃っています! 隊長、BIN☆BINですっ! ズボンを突き上げているよ! 何だか懐かしいです! でもおかしい! 昔見たエルリオの奴はもっと可愛かったのにっ!


「この変態野郎!」


 エルリオが激昂しながらヒソカに飛び掛った。それにあわあわしていた私の思考もたちまち戻る。馬鹿、駄目だよ! あの状態のヒソカに近寄ったら………!

 慌てて駆け寄る私。案の定、振り下ろされたエルリオの拳は目にも留まらぬ早さで避けられ、ヒソカはエルリオの背中越しに回り込んだ。

 そしてそっと、手は腰に翳される。


「君も、美味しそうだ♠」


 エルリオが掘られる!?

 ピンク色の空気充満中につき、私の足は動けない! ざっ、と振り返り視線をレオリオとクラピカに向ける。モブキャラはとうの昔に逃げたようだ………って、そんなことはどうでもいいんだよ!


「助けてレオリオ、クラピカ! エルリオのお尻が大変なことになっちゃうよ!?」

「私は、今ほど自分の無力を呪ったことはない………」

「すまねぇ、エルリオ。情けねぇ俺を許してくれ………」


 視線は敢え無く逸らされた。うん、気持ちはわからんでもない! 今のヒソカに感じる脅威は命じゃなくて貞操だもん!


「ちょ、見てないで助けろよ!」


 そういえば昔、エルリオにアッーになる呪いをかけたなぁと指と指の隙間からちょっとだけドキドキしながら覗き見していると――――ヒソカのこめかみに何かが直撃した。

 まるで気配を感じなかった一撃。目を見開くヒソカ。さしものヒソカも驚きを隠せないようだ。私だって、気付かなかった攻撃の先。


「ゴン!?」


 【絶】!? 気配を打ち消す四大行の術を、まさか念を知らないゴンが完璧に使えるなんて………。いや、でもゴンは天空闘技場でも確か教えられていない【絶】を使えていた。ここでそれを使っていたとしても不思議じゃない。


「へぇ◆」


 釣竿の攻撃に口元を歪ませ、ヒソカがゴンのほうへと歩き出す。それをレオリオとクラピカの二人がそれぞれ構えて遮った。私は急いでエルリオへと走って駆け寄る。


「エルリオ………お尻は大丈夫?」

「見てただろ!? 俺はまださらっさらに綺麗です! って、何でちょっと残念そうなんだよ!」


 し、失礼な! 残念がってなんかないよ! わ、私は腐るつもりはないんだからね! ヒソカ×エルリオとか考えてないんだから!

 しっかり弁明はしておく。しかしそんな馬鹿なことを言い合っているうちに、不敵な笑いを浮かべたヒソカがゴンへともう間近に迫っていた。今度はゴンの貞操の危機!?

 私とエルリオも急いでゴンとヒソカの間に割り行るが、しかし額から流れてくる汗は止まる気配が無い。それは私だけではないようで、レオリオも、クラピカも、エルリオも、唇を噛む中で足を一歩、後ずさらせた。

 圧倒的実力差。それを肌身で感じているというのも、もちろんある。でもそれ以上に、真の恐怖の片鱗というものを今私たちは目のあたりにしていた。



 あいつ、アソコおっ勃てたままで歩いてきやがる………!



 ゴンだけが純粋無垢に警戒しているが、私たちの視線はヒソカのアソコに釘付けだ。萎えることのないその逸物! 正気の沙汰じゃねぇ………。


「エルリオを人身御供に差し出せば………」

「ホタル!? お前俺を助けに来たんだよな!?」


 だ、だってさすがにあれはちょっと………。もし私が戦って負けたら、陵辱系の展開になってしまいそうで怖いよ! そんな空気纏ってんだよあいつ! らめぇな叫びをここで上げろとおっしゃるか! 野外露出プレイはもう部族の中で散々見て飽き飽きしてんだよ!

 空前絶後のピンチの中、「シグレたんシグレたんシグレたん……うっ、………ふぅ」とかつてVIPルームの部屋の中で木霊させていた声とまるで同じな声音が、どこからともなく聞こえてきた。


「そこまでだ、ヒソカ」


 え? 誰これ?

 霧の中、颯爽と登場する二人。コンちゃん、来てくれたんだ! と嬉しく思う気持ち以上に、カストロが可笑しい。超可笑しい。

 何がどう可笑しいって、カストロがなぜか格好良く登場しているところがすでに可笑しい。そ、そんなのカストロのキャラじゃないじゃん!


「君か♣ 一体何の用だい?」

「彼らは私の大事な友人の、大切な人たちだ。もし傷つけると言うなら………容赦はしないぞ」


 胆を込め、息を吐き出し構えるカストロ。カストロのオーラはそよ風となり大気を揺るがした。それにヒソカは楽しそうに笑う。


 そうか分かった! 偽者だな!


 迂回しながらカストロの隣に居たコンちゃんの袖を引く。ねぇねぇどこで入れ替わったの?と口に出しかけた私の頭に、大きなコンちゃんの手が置かれた。

 ぐしゃぐしゃ、と掻き乱される砂色の髪に「わっ、わっ」と思わず声が上げる。

 な、何すんのさ! 乙女の髪はお触り禁止なんだよ! 

 コンちゃんに注意すべくじろっと目に威嚇を込めて見上げると、コンちゃんは安心したように肩を下ろして、ため息を吐いていた。


「心配させるな、ばか」



 とくん。



「え、あ、ご、ごめんなさい………」

「ホタルウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ! だ、誰そいつ!? 何、お前の何なの!?」


 エルリオがうるさい。ちょっと黙って欲しい。

 隣で騒がしいエルリオは置いておいて、火花散る対峙をするカストロとヒソカ。口元を押さえ喉の奥で噛み殺したような笑いを零したヒソカは、こちらが拍子抜けするほど呆気なく私たちに背を向けた。


「止めておこう◆ 君と戦うにしても、相応しい場所で殺りたいからね❤」


 いいハンターになるよ、君達♠

 そんな言葉を残し、ヒソカは去っていった。ヒソカのポケットから鳴り響く携帯が沈黙の中余韻を残す。

 一人を除き、誰も喋らない空間。かくん、と折れそうな膝に何とか活を入れる。


「助かった、の?」


 体から力が抜けた。見合す視線にも警戒以上に危機が過ぎ去ったことへの安心が見て取れる。


「なぁ、おい! 聞いているんだろ!? 聞いているよな!? 無視、無視なのか!? ホタル、ホタルってば! こいつ誰なんだよ!」


 何だか一人、見当違いに煩い奴もいるけどね。

 マジでエルリオKYだし。












[9452] 何か憑いている……のかな?
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/07/19 02:08
 
 ヌメーレ湿原はカストロの案内で何とか抜け出すことが出来た。
 
 カストロのその携帯メールに添付されて送られた地図が一体誰からのものかは知らないけれど、それは気にしちゃ駄目だよね。メールの名前欄にヒソ――何とかって見えたけど……目に見える全てが正しいなんて所詮戯言なのさ(ちょっと遠い目)。

 でも原作だとゴンがレオリオの香水の匂いを追って戻ってこられたんだけど、今レオリオは顔面おたふく風邪になることもなく私たちと一緒にいるからさ、本当に助かったよ。

「じゃあ戻ろうか」ってゴンに満面の笑みを向けて、

「え? 俺帰り道なんて分からないよ?」って返された時はほんとどうしようかと思った。エルリオは相変わらず子犬ちゃんみたいにきゃんきゃんうるさいしさ。

「コンちゃんはお友達だよ」って口を窄めて教えてあげたのに、エルリオは全然信じてくれないし、周囲の視線は嫌ぁな感じにニヤニヤと生温かいし、コンちゃんはコンちゃんでエルリオに笑顔で「よろしくな、坊主!」って爽やかに挨拶しているし。

 何かそんな平然としたコンちゃんの反応にむかついてお決まりの蹴りを膝に入れてやった。ちょっと優しくコツン、って感じに蹴ったけど。いつもと違って弱っちぃ蹴りだったからか、何で蹴られたからか分からないからなのか、ハテナの視線で私を見下ろすコンちゃん。口を尖らせて視線を逸らす私。

 そんな私たちを見てエルリオはムンクの叫びで絶叫していた。ほんとどうしたんだエルリオ!?

 ま、まあいいや。とにかく第二次試験会場、ビスカ森林公園に到着!

 到着した団体様の私たちにキルアが来て驚いていたけど、まあ説明は諸々省いて他の人に任せておいた。それよりこのけたたましい騒音。相変わらずブハラ師匠のお腹の音はすごいなぁ。何か獣の唸り声と勘違いして身構えている受験生がいるけど、なぜか私、ちょっと居た堪れない。


「おい、これもしかして………」

「多分想像通りなんだろうねぇ」


 コンちゃんが驚いた顔で私を見下ろすけど、生憎と私はもう知っているからなぁ。ばれているドッキリほど切ないものは無いね。


「………周りが緊張してきたな」

「何が起きるか分からないからな」


 ごめん。そんな壮大な展開はないんだ、レオリオ、クラピカ。

 時計が長針と短針が重なり、十二時を指す。それと同時に扉が独りでに軋んだ音を立てて開いていった。

 ごくり、と唾を飲み込む音が受験生の間に広が――


「…………」(ゴン)

「…………」(クラピカ)

「…………」(レオリオ)

「…………」(キルア)

「…………」(エルリオ)

「…………」(カストロ)


 ――何で私が恥ずかしいの! 身内の恥を晒されている気分!?

 コンちゃんもただじっと震えながら俯いている。そんなコンちゃんに背伸びしてそっと肩に手を添えておいた。わかるよ、その気持ち。まるで授業参観に大声を張り上げる母親の声にじっと机で耐える子供の気分だよね。

 唖然とする周囲の視線も気にしないゴーイングマイウェイな師匠コンビは受験生の中に私たちを見つけると、その目をニヤリと歪ませた。どうだ驚いたかっ!って言いたいんだろうなぁ。でも驚くよりも(というか私は知っていたから驚けないんだけど)、お願いだから空気呼んで!って叫びたくなるんだ。不思議だね!

 それからの展開はというと………まあ特筆すべきこともなく原作沿いに進んだ。師匠たちも一度目を向けてからはあからさまに私たちに反応することもなかったしね。やっぱりばれるとまずいのかな? 師匠と弟子なんて不正が働いても仕方がない関係だから、それも仕方がないのか。

 それで第二次試験前半、ブハラ師匠の豚の丸焼き宣言は苦も無くクリア。さすがに世界一凶暴な豚ごときにやられる私じゃないよ。ただそんな試験の最中にもエルリオの追及は止むところを知らなかったけど。

 だ、だからただのお友達って言っているじゃん!


「嘘だっ! お前が乙女オーラ放っているのなんか初めて見たぞっ!」

「お、乙女オーラって何だよ! 私は元から純粋可憐な乙女ですぅ! エルリオの馬鹿! へにゃちん!」

「へ、へにゃ!? お前は俺の成長具合を知らねぇからそんなことが言えるんだよ! あの頃の俺とは違うんだよ! 俺の本気舐めんな!」

「舐めないよ! 舐めたくもないよ!」

「そ、そういう意味じゃないっつーの! つーかおっぱいおっぱい煩く騒いでいる奴が乙女なわけないだろうが! 本当に女かてめぇ!」

「あ、かっちーん。今ホタルちゃんの怒りゲージがマックスですよ。超必殺技繰り出せますよ。くらええぇぇぇぇ、エターナルフォースブリザードオオォォォォ!」

「それなんてラリアット!?」


 待てーあははうふふ、とお花畑の掛け声を上げながらカールルイスも驚く全速力で追いかけっこをする私とエルリオ。そんな中、レオリオの「見た目に騙されたな………」の発言は甚く気になるところだった。おいこら待て。私の可愛さは清廉な湖のごとき内面から滲み出ていることを知らないのかい!?


「いや、それはない」

「現実を見よう、ホタルちゃん」



 コンちゃんとカストロの股間にエタナールフォースブリザード。



 うん、やっぱり別に特筆すべきことはないね。

 まあ強いて言うならコンちゃんとカストロが青い顔で内股気味に歩いているところと、周囲の視線に畏怖が混じり始めたことくらいかな? さすがに十四年も女やっていると男の股間の痛みとか思い出せなくなっちゃうんだ。てへ。













 第二次試験前半通過者、74名。

 さて、いよいよここでメンチ師匠の試験に入るわけだけど………どうしようかなぁ。スシネタ作れって言われてもね。料理は花嫁修業と称してお婆ちゃんに叩き込まれたからできないこともないけど、あくまで砂漠の中限りある食料を美味く作る非常食染みたものだったし。前世はスシ屋の息子などという都合の良い設定もないし。まあスシの形だけでも分かっているんだから他の受験生よりは有利なんだろうけど。


「あたしはブハラと違ってカラ党よ! 審査も厳しくいくわよー」


 うふふふー、と楽しそうに呟くメンチ師匠。そのとき始めに向けられて以来今まで向けられたことのなかった視線が、なぜかこちらを向く。

 ニヤ、っと本当に楽しそうなサドの視線。

 あれ? 何だろうこの悪寒。

 ぞくり、と背筋を走るいやぁーな予感。そして嫌な予感は外れないのが何事もオヤクソク。他の受験生に気付かれる前に逸らされた視線に叫びたくなったよ。何あの意味ありげな視線は!?

 そんなメンチ師匠のその小さなお口から呟かれる言葉は――


「二次試験後半、あたしのメニューは………」











「牛タン、よ!」












 トラウマ再来。












 何がどう捻じ曲がってしまったのか不明だけど、メンチ師匠の試験内容はおスシ作りから一転、二人組でお牛さんの舌をちょん切ってくることになっていた。うん、これがただの牛なら文句は無いよ? でもさ、なぜか脳裏にはあのセクハラキチガイ魔獣の顔がちらりちらりと過ぎるんだ。しかもそれがただの予感に終わらない気がしてならないんだ。神様どうして?


「突如組まれたメンバーとの連携を駆使したハント。なるほど、実践に重きを置いたわけか。理に適っている」


 違うよクラピカ。これは多分師匠の私たちに対する嫌がらせに違いないんだよ。

 抽選箱から籤を引く。せめて相方は………いや、うん、別に誰でもいいや! 

 一瞬動きそうになった顔に喝! ど、どうした私! 何かハンター試験が始まってからちょっと頭が可笑しいぞ!?

 1~37まで書かれた紙。引いた私の番号は12、だった。紙を引き終えたメンバーへとトコトコ歩み寄る。


「皆、何番だった?」

「私は18だ」

「俺は6!」

「33だな」


 上からクラピカ、ゴン、レオリオの順番。あらら。皆はぐれちゃったね。まあ仮にクラピカの先ほどの発言の意図がメンチ師匠にあるとしたならそうじゃないと試験にならないんだろうけど。

 うん、じゃあね。皆に聞かないと不公平だもんね。


「コ、コンちゃんは何番だった?」

「ホタルちゃん。私はナチュラルにスルーなのかい?」

「26。ホタルは?」

「あー、私は12。残念、はぐれちゃったかぁ」


 しょんぼり。でもこうなると知らない人と一緒になるのかなぁ。それは何だか嫌だなぁ。


「私はちなみに4番だよ」

「エルリオ、って言ったか? あいつは?」

「エルリオは今籤引いている。うーん、じゃあせめてエルリオと一緒がいいなぁ。私人見知りするからさ。知らない人と一緒にハントするのはね」

「私はちなみに4番だよ」

「どの口が言うんだか。まあ期待しておけば………お、戻ってきたぞ」

「私はちなみに4――」


 コンちゃんと一緒にエルリオと駆け寄る。すでにゴンたちはエルリオに番号を聞いているみたいだ。エルリオ何番なんだろう。


「エルリオ、何番だった?」

「俺? 26」


 26?


「お。俺と一緒だな」


 コンちゃんが自分の籤番見比べて言う。ふーん、そっか。エルリオは26か。


「ねぇねぇエルリオ」

「な、何だよ」

「私の籤と―――」

「替えないぞ! 絶対に替えないからな!」


 ぶー、と頬を膨らます。まあ半分は冗談だからいいけどさ。でもやっぱりハントするならやっぱり慣れた相手のほうがいいもんね。「お前には負けない!」とコンちゃんに豪語するエルリオと「いやこれ協力してのハントだからな!?」のツッコミを入れるコンちゃんを傍目にそう思うよ。


「あれ? どうしたのカストロ」

「………何でも、ないよ」

 背後で小さく笑ったカストロの目尻には光るものがあった。

 何? 生理?













 そんでもって結果発表!

 ジャンジャンジャンジャンガジャーン。


 ゴン――キルア。


 これ以上ないって組み合わせ。キルアも初めての友達、ってゴンに言っていたからね。こちらが微笑ましいくらい嬉しそうだったよ。クールぶってそれを見た目には出していなかったけど。そういえば二人私より年下なんだよなぁ。ちょっと新鮮かも。


 クラピカ――ポックル。


 ポックルは弓を使うからね。このハントの組み合わせとしては結構上々なんじゃないかな? 二人仲良く握手を組み合わせていたしね。案外気が合う二人っぽい。


 レオリオ――ポンズ。


 レオリオが憎いっ。ポンズ可愛いよポンズ。はにゃーん。まさか三次元のポンズがこんなにラブリーなんて知らなかったよ。指を咥えてぶーぶーぶー。宿敵の二人のくせに、仲良く挨拶なんてしているんじゃないよ。


 コンちゃん――エルリオ。


 コンちゃんにしきりに噛み付くエルリオ。何であんなに一方的に険悪ムード? コンちゃんも扱い辛い奴だなーって顔している。エルリオ、コンちゃんに迷惑かけたら許さないからね。


 カストロ――ヒソカ。


 カストロってやっぱり何かフラグ立っているのかなぁ。


 で、注目私! 麗しの可憐砂漠美少女ホタルちゃんはというと!





 ホタル――ギタラクル。





 ごめん、ちょっとお祓い行って来る。







[9452] 呼び方って大事だよね?
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/28 14:05

 原作でもクラピカが言っていたけど、元々魔獣というのは人語を話すことができる獣を総称しての呼び方らしい。それを判別するのは正規のライセンスを持つ幻獣ハンターの役割だけど、果たして「にょるん」という言語を人語と定めた幻獣ハンターの方々の判断の余地は一体どこから来たものなんだろうか。そんなことはもちろん明晰な頭脳の持ち主たる私には知る由もないところだけど………でも思い返してみれば、確かに私の心に深く深く傷を残したあの獣たちは辛うじて人語を理解している様子があったと思う。だからここで幻獣ハンターの方々に対して「大丈夫? 黄色い救急車呼ぶ?」と声をかけたくなるのは失礼に当たるのかもしれないね、うん。

 だって、ほらさ、現に人語を解さない人間も今ここいるわけですし?


「カタカタカタカタカタカタ」


 魔獣ギタラクル。そんな言葉が脳裏に浮かんでしまうよ………!

 でも壊れた人形のようにその口から呟かれる怪奇言語は、もしかしたら二人の間の気まずーい空気を払拭してくれるように、なんてそんな優しい気遣いから生まれているのかもしれない。だから「マジパネェっす」と怯えてしまうのは人として間違っているし、理解に苦しむ奇形に変形して役作りに励むイルミさんにツッコミを入れるのも、暗黙の了解ならぬ暗黙の禁則事項なんだろう。

 二次試験後半、二人組みに分かれた私たちはビスカの森に解き放たれたミノタウロスを求めて森の中を探索中だ。元来暗く湿った場所を好むミノタウロスは日当たり良好、風通し◎の場所ではその凶暴性(アソコのことも含めてらしいよ!)を増して危険度Aクラスらしい。

 まあその引き篭もり体質なところに共感がないわけではないけどさ、あの顔がレベルアップしているとあってはおいそれと手出しできないよ。多分直死の魔眼(直視できない的な意味で)並みに危ないこと請け合いだ。


「ギタラクル……さん? どこら辺にいるか見当つきます?」

「カタカタカタカタカタカタ」


 一欠けらの勇気を振り絞ってフレンドリィに聞いた返事がコレですよ。バウリンガル並みの精度で意訳すれば、にゃるほど、どうやら私に任せてくれるらしい。よぅし、じゃあホタルちゃん期待に沿えるよう頑張っちゃおうかな!


 ………いや、うん。お願いだから何も言わないで。


 どうしよう。言葉っていうのは意思疎通のツールじゃなかったっけ? 鳴き声として機能する言語は生憎と習得していないホタルです。誰かカタカタリンガル持って来いよ。

 ゴンは鳥語も把握していたからさ、もしかしたらギタラクル語も把握しているんじゃなかろうか。キルアのことがなかったら結構気が合いそうな二人だと思う。


「カタカタカタカタカタカタ」


 すると突然、ギタラクルが私の肩に手を置いた。

 思わず「ひゃっ!?」とどこから出たか分からぬ声を漏らして飛び上がる不肖私。び、びっくりするなぁ!と振り返ればギタラクルが別の手で指差すその方向数十メートル先に、鼻息荒い魔獣が荒れた様子で木々の合間を闊歩していた。


「あ、発見」


 こく、と頷くギタラクル。砂漠の放浪生活で遠視に慣れた私の視力並みに良い目をお持ちのようで。

 恐らく先ほどの発言も訳せば、すでに見つけているよばーか、ってな感じの意味だったのだろう。むっ、でもギタラクル、普通に話せるはずだよね? カタカタカタは万民共通言語じゃないんだからさ!

 呆れ顔で内心ギタラクルをギタさん(愛と勇気を込めて)扱いしながら、とりあえずバックから絨毯を広げて臨戦態勢。よし、まだ標的はこちらに気付いてはいないようだからスパッと狩ってしまいますか。

 ギタさんを見れば天地不動の構え――は取っていないけど、直立のまま動く気配もつもりもなさそうだった。うーん、こんな七面倒臭い狩りで自分の手を汚したくないってところなんだろうか。無償だし。ま、機嫌を損ねたら何をされるか分からないし、怖いし、気乗りしないけど、やっぱり私がやるしかないみたいだね。

 【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】に乗り、浮遊、加速。

 高速で木々をかわしながら飛行する私にミノタウロスは風切り音を聞いたのか、充血した眼差しをこちらに向けた。私を補足すると、鼓膜を破るがごとし叫びで牛頭が吼えるっ!


「によょぉぉぉぉるんるんっ!」


 ツッコまねぇぞ!

 そのまま獣特有の敏捷性で駆けて来る獲物。凶暴性を増したせいか依然と比べ物にならないほどガチガチなアソコは目に入れちゃいけない! 見たら潰れる! 大事な何かが!

 多分このまま高速飛行から繰り出す刺突で倒すことも難しくないけど、やっぱり正面からは直視し難いものが色々とありすぎる! 

 それに………やっぱり視覚範囲外で何も気付かないままに摘まれれば、牛頭も痛くはないだろうし。前回の【砂中に潜む悪魔たち(サンドワームズ)】で狩ったときは可哀想だったからさ。ちょっとホタルちんも反省したんです。

 オーラの消費を考えると勿体無いけど、これも非常時ゆえ!


 ゆえに、瞬転。

 十メートル圏内に入り、浮遊、加速―――消えて、再現。


 ミノタウロスの背後へと瞬間移動。標的を見失った獲物は体を刹那固め、その隙に背後から首への一撃。

 人体急所を的確に打ち抜かれたミノタウロスはぐるんと眼球を裏返し、そのまま崩れるように倒れた。

 ふぅ、と【砂漠の無法者】から降り、丸めてロール。気は進まないけど、これで舌をカットして試験もクリアだ。呆気なかったけどこれで―――。


「やっぱり念能力者か」


 あれ? ギタさん? 首が痛いですよ?

 声は、背後から。

 奇声に耳が慣れてしまったからか、その実にスマートな声が一体誰のものか理解するのに思わず数秒悩んでしまった。ふと目だけずらした自分の首元にはちくり、と刺さりそうな針が一本。

 残心、って言葉があるじゃん? 何かやり終えた後に残った心? みたいな、そんな感じの言葉だった気がするけど。まあ多分うまくいったからって油断すんなよ、って意味じゃないかと勝手に思っている。詳しく知りたい人は広辞苑でも捲ってちょうだい。過去の一度も使ったことがないけど私。

 で、牛頭狩って油断してしまったそんな私はどうやら残心が足りなかったらしい。うーん、でも可笑しいなぁ。何で努力賞貰える働きをした私が今ギタさんに脅されてんの!?


「な、何すんのさ! 折角ハントしてあげたのに! 酷いよ虐めだ!」

「うん、それについてはお礼を言っておくよ。どうもありがとう」

「え? いやいや、どういたしまして」


 突拍子のない行動だけど、頭を下げられちゃ、こちらも頭を下げなくちゃいけないよね。日本人の礼儀を重んじる習慣は今も心と体に染み付いていますよ。いやいや暗殺一家と思えぬほど礼儀正しいギタさんだ。うん、でもね。針を構えたまま動かないでお願いだから! 刺さる、刺さるぅ!?


「でもそれとこれとは別。君さ、キルに何の用?」

「へ? いや、何の用と言われましても。キルってキルアのことだよね?」


 べ、別にそんな仲良くした覚えはないよ? 自己紹介を含めキルアと試験中に交わした言葉なんて数えるのも馬鹿らしい程度しかない。漫画を知っているからってキルアの何を分かったもんでもないし。

 実際にこの世界で知っている人に出会っても、それが紙とインクの媒体でできたモノと、肉と骨でできた人間とじゃまるっきり違うってことがメンチ師匠たちと触れ合って分かったから。生きた人間と、キャラクターは違う。ここでは彼等はキャラクターじゃない。私と同じ人間なんだ。カストロなんてもはや原作の原型もないしね!

 ギタさんの顔は見えない。だからどんな表情をしているのかも分からない。だけどきっと、その感情も含まない機械のような声と同じ顔をしているんだろうなぁって思った。


「キルはまだ子供だからね。自分の価値を知らないんだ。馬鹿みたいな奴らに近寄られても困る。ゾルディック家にはそれだけのネームバリューがあるらしいし。で、ホタル………って言ったかな? 君がキルにつけこむ理由は? 念能力者が、偶然キルと知り合った、なんて回答は求めてないよ」


 そ、そういうことか。

 さすがブラコンで名高いイルミさん。でも、まあそれは当たり前の理由ではある。自己の存在を隠蔽すらしないゾルディック家の三男が念能力を覚えていない。ならそれにつけこむ輩も少なくはないだろう。本物の実力者なら、いくら強いとはいえ生身のキルアを捕らえることも難しくはないに違いない。

 分かる。肉親を心配する、その気持ちは。私だって、お父様が大事だよ。エルリオが大切だよ。杞憂であっても心配せずにはいられないよね。

 だけど、

 同時に腹が立つんだ。


「………キルアが、ゾルディック家ってことは知っていたよ」

「うん」

「でも、でもさ」


 針が怖い? 

 怖いよ、だって尖っているもん。怖いけど、むかついた。

 だから振り向いて、きっ、とギタさんを睨む。そんな俗な人間に見られたことがむかついた。弱味をつけこむ人間だなんて思われたことが傷ついた。

 ゾルディック家? 興味はあるよ。観光はしたいですよ。だけど、虎穴にはいらずんば虎子を得ず、なんてそんなことはするつもりないですもん。だって殺されそうで怖いしさ。殺し屋なんて多分、私とは本当に縁遠い人たちだろうし。

 それに何より大事な一点。



 おっぱい成分があそこには足りないんだよ!



 しかも妹属性もねぇじゃん! ちくしょう、何でカルトが男なんだよ! 騙された! マジで絵柄に騙された!

 だから命を懸けて悪意をなすつもりなんて毛頭ない。人妻は……でも包帯だらけだしなぁ。女の子が足りないんだよ、全体的に。それに、お金は一杯あるしね私は。使い切れないほどのお金を得てどうすんの? ゾルディック家を倒して得る名誉もお金も興味ないない。ハーレム作れるなら考えるけどね! 

 まあそんなわけで、見当違いに命を狙われるなんて腹が立つったらありゃしない。

 だから力一杯叫んで悪態ついて、


「そんな下心なんてないやい! ばーか!」


 逃げます全速で! 瞬転!

 【砂漠の無法者】に乗る必要はない。私の体に接触していれば【砂漠の無法者】の能力は発揮する。瞬間移動限界十メートルまで飛んだ。油断はしない、残心です。


「別にゾルディック家をどうこうしようなんて思ってないよ! 興味もないよ! そりゃあ、キルアとは友達になれたらいいなぐらいには思っているけど、それだけだ!」


 友達百人できたらいいなって感じだよ! 別に前世で友達が居なかったから一杯友達欲しいなぁとか思っている訳じゃないから! な、ないんだから!

 過去の傷に触れたせいか思わず涙ぐむ私。ギタさんが喪失した私の首元に針を構えた格好のまま停止して、ゆっくり後方へと移動した私の方へと首を向けた。


「そんな言葉、信じられるわけがない。だけど、見くびっていたみたいだ。逃げられると思ってなかった。よし、オレも本気を出すよ」


 そんな言葉を吐いて、ギタさんがその顔から針を抜く。にゅる、とかそんな擬音。で、ぼこぼこと変形する顔立ち。

 ふー、と気の抜けた声で、ギタさんはイルミさんに変わってしまった。スマートな声と同じスマートな顔立ち。そして抜かれた針が手に二十針。特に構える様子もないその体勢の中、オーラだけが禍々しく伸びていく。


「理由は後で吐いてもらう。ここでホタルが死んだらオレも失格だしね。とりあえず楔でも打ち込ませてもらうかな」


 キルアの頭に打ち込まれた、あれか。行動を制限する楔。念能力。イルミは肉体と精神に作用する二つの針――【念】を持っている。操作系だ。操作系か。いいなぁ。私が操作系だったらギアス創るよ。ホタルちゃんが命ずる!おっぱいを揉ませろ!って感じで。


 針が飛んできた。泣きながら避けた。


 ば、馬鹿なこと考えてもいられないとは。さすがに針を打ち込まれるのは嫌だよ。自分の意思を捻じ曲げられるのもそうだけど、痛そうじゃん。注射嫌いですっ!


「何もするつもりない、ってどうしたら信じてくれるの?」


 とりあえず交渉。


「針を打って自白させたら」


 決裂しました。


「心と体に傷を負わせないで! 他に、他に方法は!?」

「うーん、じゃあキルにもう金輪際近づかないで。それでいいよ」

「えー。だって友達になりたいしー」


 関わるつもりはなかったけど、エルリオのおかげで知り合えたし。折角だしね。悪意を為すつもりはないけどさー。まあ、あんまり嫌な奴だったら願い下げだけど、話した印象で実際捻くれクールでそこまで嫌な奴でもなかったし。漫画とそう変わらなかったね、それは。


「キルに友達はいらないよ。そう作られたから」

「でもギタさん、ヒソカと友達だよね」

「オレはいいんだよ。それにヒソカとはビジネスライクなところもあるし」


 あとギタさんって?と首を傾げられた。つい口に出てしまったけど、まあいっか。それよりなんて自己中心的なギタさんだろう。自分はいいけど、相手は駄目、なんて束縛激しい恋人じゃないんだし。


「そんなことじゃあキルアに嫌われちゃうよ、ギタさん」


 あ、固まった。


「家族は嫌われないんだよ」


 何その暴論。


「キルアってそろそろ反抗期じゃない。束縛されると反発するでしょ。だから兄貴なんて乱暴な呼び方されるんだよ」

「違うよ。あれは親しみが込められているんだ。ていうか何でホタルが知っているの」

「でもキルア弟だからなぁ、妹だったらお兄ちゃんって呼ばれたいけどさー。お兄ちゃん、お兄たん、おにぃ。あー、でも兄貴はないな。うん」


 あ、そういえば私も故郷では妹分がいたなぁ。

 ギタさん忘れて思い出す故郷。

 お姉ちゃんお姉ちゃん言って砂漠の中背中をついてきたロリっ子が居たんですよ、あそこでは。お兄ちゃんって呼ばせようと教育したけど直らなかったなぁ。懐かしい。今頃あの子も何しているんだろう。元気かなぁ。私が居なくなって泣いちゃったかなぁ。お父様のこともあるし、二年間空けちゃったし、そろそろ里帰りも考えてみようかなぁ。

 そんなことを考えていると、ギタさんが無言でこちらを見ていた。禍々しくこちらを威圧していたオーラがいつの間にかそのナリを収めている。はて? 


「………お兄ちゃん」


 おい、どうしたんだギタさん。








[9452] 飛行船の中の惨劇だよこれ!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/30 14:15
 
 様子が可笑しいギタさんはそれっきりしばらく何かを考え込んだご様子で、私に手を出すことはなかった。首を傾げる私だけど、薮蛇はごめんだよ。見逃してくれるならそれでいいや。

 そして第二次試験後半合格者40名。

 十七組がこの試験に落ち、二十組が合格した模様。試験内容変更のためか、合格者の顔ぶれも原作と多少変わっている気がしないでもない。いや、漫画の一コマに載っている細部まで見渡していたわけじゃないから、ほとんど勘みたいなもんだけどさ。何となくね、何となく。

 で、もちろん言うまでもないけど原作組は全員合格。新人とは思えないスペックの持ち主だからね、皆。さすがにこの程度の試験で落ちるわけもないか。

 ただそれでも見てはならぬ汚物を見てしまった影響か、さしものゴンたちもじっと目を抑えているのが印象深かった。


「で、何でこっち見てんのさレオリオ」

「いや、ホタルは見た目だけはいいからな。目のクリーニングって奴だ」


 その不躾までな視線を私にぶつけるレオリオ。視線下げんな、えっち。ていうか、最初のレディに対する紳士の振る舞いは一体どこに行ったんだよ。今や動物園のパンダ扱いだよ、私。

 褒められているのか貶められているのかよくわからない発言と鼻の下伸び始めたその顔に、むすぅっと頬を膨らまし「えいや」の叫びでぶちゅっと目潰しを敢行。「ぎゃあーっ!」とバルス!をくらった眼鏡みたいなレオリオの反応にざまぁ。リアルな感触が指に返って来たことに一瞬びびったけど、まあこれも天罰って奴だよね。私の外見が超絶可愛いのは理解できるけど、内面はそれを軽く凌駕するいい子ちゃんだろー、私。訂正しろ、訂正。

 あ、ちなみに不和を抱えていたコンちゃん、エルリオペアはというと、当然合格はしていた。二人だってスペックで言えば原作組に負けてはいないから順当だろう。コンちゃんは念能力者だしね。牛頭程度に負けるはずがない。

 だけどさ、一つ疑問。


 ………いつの間に仲良くなったの?
 

 二人で熱いタッグを交わしているのは、なぜですか絶望先生?


「コンドル! お前っていい奴だったんだな!」

「はは、よせやい。一途なその想いに応えてやるのが漢ってもんだろ? フォローは任せろ! これで俺も汚名が拭える!」

「コンドル!」

「エルリオ!」


 と、ほどばしるパトスと共に腕を組む二人。

 仲良くなるのはいいけど、何あれちょっとキモイ。

 カストロの袖を引っ張って「どうしたのあの二人?」って若干引きながら聞いてみたら、カストロは遠い眼差しを空に向けてぽつり、と一言。


「血が降るな」


 どこの惨劇だよ、それ。













 会長の登場はなかったけど、今はぶらりぶらりと第三次試験会場を目指して飛行船の中。かいた汗(なぜか冷たい汗ばかりだったけど)をシャワーで流して飛行船の中をふらふらとお散歩している。コンちゃんとトランプでもして遊ぼうかと思っていたのに、コンちゃんはエルリオと作戦会議とか訳の分からないことを言ってどっか行ってしまったからさ。つまんないのー。折角ウノとかジェンガとかも持ってきたのになぁ。

 仕方なしに周囲から向けられる視線を避けながら飛行船を巡回していると、窓に張り付いて夜景を楽しむガキんちょ二人をはっけーん。んー。暇だし私も混じらせてもらおう。

 にしし、と笑いながら【絶】でそろりそろりと二人に近寄って、ぽん、と二人の肩を叩く。


「よ、何してんの?」

「あ、ホタル」


 ゴンが屈託のない顔で振り返った。キルアも「ん?」とか囀りながらこちらを振り向く。

 あれ? でも可笑しいな。驚いた様子があんまないぞ?


「反応薄くね? 気配殺して近寄ったのに、驚いてくんないとつまんにゃい」

「だって窓ガラスに映っていたし」

「怪しげな笑いを浮かべて近寄る変態が」


 ふと視線を上げる。透けた窓ガラス越しに見えるその百万ドルの夜景は思わずはふぅと息を吐いてしまうような絶景の一言だった。心洗われる景色って言うのはこういうものを言うんだろう。頬に手を置きその景色に堪能しながら、私はゴンの隣におしとやかにそっと腰を下ろした。


「うわあー何て綺麗な世界なんだろうー。まるで宝石を散りばめたような景色だねー」

「こいつ誤魔化しやがった」


 うっさいよ! 馬鹿、空気嫁よ! そこはスルーして驚くのが大人の対応なんだよ!

 うぎぎぎ、と熱が溜まった顔でキルアを睨むと素っ気無く肩を竦められた。年下のくせに、何こいつ超むかつく。ギタさんの前で友達になりたいなー、とか言ったけどやっぱなし。前言撤回。何こいつ有り得ない。こんな捻くれたクソガキと友達になんてなれないね!


「でもホタルの気配途中から消えたよね。凄かったけど、あれどうやったの?」

「うん? ああ、それは企業秘密。でもゴンも似たようなことやっていたじゃん。ヒソカに一撃入れたとき」


 キルアと違って素直なゴンににこやかに応える。ええ子やなぁ。この子とは友達になりたいよ。口調の端々に人を皮肉るようなモノを感じるキルアと違って純粋培養なんだろうね。ゴンの半分はピュアで出来ています。


「は? ゴン、ヒソカに一撃入れたのか!?」

「そうだよー。どっかの猫目ちゃんが我関せずだったときにゴンは大活躍だったもんね。すごいよねーゴンは。どっかの口だけの猫目ちゃんと違ってー」


 驚くキルアに流し目。視線を逸らして、くすっ、と漏れる笑いを手で隠す。

 それにキルアはかちんときたご様子だ。


「まあ確かに、気配殺す高等技術を使いながら素人もしないようなポカするアホとは違うな、ゴンは」

 むか。

「いやいや、俺猫被っているんだぜ?とか人前で恥ずかしげもなく言えるお馬鹿ちゃんとは一線を画すよ、ゴンは」

 いらっ。

「だなー。人前で臆面もなく泣き出す困ったちゃんとは存在の根本からして違うぜ、ゴンは」


 はぁ? 何の話だよと首を傾げて―――ぼっ、と顔に火が灯った。


「は? え? な、何言っているの、こいつ。何言ってんのかさっぱりホタルちゃんには分からないけどゴン分かる? 分からないよね? ホントキルアって頭可笑しいんじゃないの? 良い病院教えてあげよっか。っておいこら何だよその笑いは!」


 にたぁーと猫耳生やした苛めっ子の顔してるよ! うざい! うざい上に超むかつく!


「ごめんなさぁぁぁ―――」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ! な、何でお前聞いているんだよ! へ、変態! 盗む聞きは犯罪なんだよ! セ、セクハラ! セクハラだ! 止めろよもう! それ以上何かぬかしたら次に会うのは法廷だぞ!」


 立ち上がって抗議する。何で聞こえてんだよ! 止めろよ! 人の恥をばらして喜ぶなんて最低だ! 最低!


「盗み聞きってなぁ。あんな大きい声で騒がれたら普通は聞こえるだろ。まあ悲鳴に混じっていたから聞き辛くはあったけど、なぁゴン。お前も聞こえたよな?」


 きっ、と二人の視線を向けられて、ゴンは困ったように視線が宙に浮いた。そして何か思い当たった顔で眼下の景色を見下ろして、


「うわー何てすごい景色なんだろうー。まるで星を散りばめたような景色だねー」

「ごめん、死んでくる」

「嘘! 聞こえてない! 俺は全然聞こえてなかったよホタル!」


 今分かったんだ。時に優しさは人を傷つけるって。

 はーなーしーてー、と涙目に手をブンブン振り回す私にゴンは必死に腕を捕まえて離さない。「アイキャンフライ!」と騒ぐ私に、「ユーキャントフライ!」と応えるゴン。ゴン、意外にノリは良いらしい。

 終始にたにた笑いを零すキルアに復讐を誓い、私は逃亡を試みた。

 ホタル は にげだした!












 全速力で駆け抜けた先、寝る前だったのだろうか、クラピカとレオリオは二人タオルケットに包まって壁に寄りかかっていた。


「どうしたんだ、ホタル。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないか」

「な、な、なんでもない。なんでもないから」


 息を乱しながら身を案じるクラピカに手を振る。クラピカは深く追求はせずに「そうか」と呟くとタオルケットを一枚渡してくれた。サンキュ、とお礼を言って二人の隣にタオルケットに包まりながら座る。


「私も仮眠取るよ。疲れた、色々と」

「それがいいな。まだ試験は3つか4つ続くらしいぜ」


 気を抜くなって言われても休むときは休むに限るよな、と肩を竦めるレオリオ。ああ、トンパに言われたのか。私はこの飛行船の中で試験は起こらないって分かっているから気を抜けるんだけど、結構図太い神経しているね、二人とも。

 目を閉じようかと思ったけど、走りつかれたせいかキルアの馬鹿のせいか、鼓動高まった心臓はなかなか鳴り止まない。はぁ、と落ち着けるように息を吐くと、こちらに視線を向けているクラピカに気付いた。何?と視線で問うと、いや、と首を振るクラピカ。


「ホタルに一つ聞きたいことがあるんだが………君はなぜ部族を離れたんだ?」


 少数部族、というところに何か共感でもあるのだろうか。クラピカの眼差しは真摯だった。レオリオも興味を持ったのか半目でこちらを窺っている。


 どうしよう。真面目に応えてもふざけた回答しかできない自分が恥ずかしい。


「え、えっと。クラピカってルピタラのことはどれくらい知っているの?」


 恐る恐る聞いてみた。クラピカは浅識だが、と前置きを置いてから、


「砂漠に住む少数部族、オアシスと砂漠を繋ぐ勇猛果敢な民、と聞いている。彼らが扱う文字に奇妙な力が宿ることは多少耳にしたことはあるが、ホタルのような絨毯ほど異様なものは聞いたことはないな。あとは………そうだな。神に祈りを捧げる目的で儀式という名の下に部族で二人を囲んで性交渉を果たし、女性は十三で初の儀式を迎えることを――」

「ストップクラピカ! そこまで分かっているのならもう何も言わないで!」


 思わず周囲を確認してしまう私。ぎょっとした様子のレオリオは私とクラピカを見比べている。止めて! そんな目で私を見ないで!と思わず体を抱く私。


「せ、性交渉? おいおい、そんなことが部族公認で行われてんのかよ!」

「それは偏見だ、レオリオ。部族の中には部族のしきたりというものがある。彼らにとってそれは聖なる儀式。達することは神の元へ近づく―――」

「おおっと! もうこんな時間じゃないか! そろそろ寝ないと時間がなくなるよ! ほら、仮眠、仮眠! 私の話はまた今度ね!」


 クラピカの口にタオルケットを押し込んで強制終了。ふがふがと怒りだしたクラピカに目で黙らせた。理解があるのはいいけど常識を知れ! レオリオちょっと引いているじゃん! わ、私は違うよ! 私はそんな淫乱じゃないよ!


「………ホタル。すまねぇけど、ここで神の儀式をするのは――」

「しねぇよ! それ以上何か言ったらぶっとばすかんね! ほら、お前も寝ろ!」


 レオリオの頭にタオルケットをばさっと被らせる。赤くなった顔も早まる心臓も落ち着く様子はなかった。


 ちくしょう! ここでも踏んだり蹴ったりかよまったく!










[9452] PV10万記念 さすらいのロリコンドル前編
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/07/01 18:03
 ちみっこいガキだった。

 編みこまれた黄褐色の髪は背中まで伸び、強い光を宿した瞳は宝石のような美しい琥珀色。民族衣装なのか街中では見かけたことのない奇妙な風貌は、しかしその褐色の肌に相成ってエキゾチックな様態を醸し出している。

 局部がその年にしては多少盛り上がっている気がしないでもないが、俺はロリコンではないのでノープロブレムだ。問題があるとするなら、それはこんなガキんちょが闘技場なんて無粋な場所に立っていることだろう。


 強さへの追求。

 最強の証明。


 馬鹿らしいと言えばそれまでだが、俺の求めるところはつまりそういうものだ。故郷で喧嘩一番で名を馳せた俺が一体この世間でどれだけ通用するのか。俺はそれを知りたいのだ。

 そんな俺のステージに、街中を駆け巡っているような年の子供が立っていることは、まるで俺の目的そのものを侮辱された気がした。


「おいおい、ここはガキの遊技場じゃねぇぞぉ。ガキは帰ってママのお乳でも飲んでな!」


 だからそう恫喝して―――向う視線は禁断の薔薇のごとき可憐なくの一の女性。

 あまりに強く誘うように薫るその色香。見せ付けんばかりの雄大な谷間。太陽のごとく眩い太もも。

 控えている間にチェックしていた女性なんだが………ふぅ。これは生唾ものだっ!

 ………いや、違う。違うぞ。別にこれは俺の目的から逸れたものでは、まったくない。

 なぜならば俺の目的は強さの追求。しかし、その強さの片鱗を俺はあのおっぱいに感じたのだ。あの胸部は暴力に等しい。ならばそれを見ずして何を見るというのか。

 罵声が聞こえた。生意気なガキだ。

 振り返る。

 少女は俺と同一の視線をあのおっぱいへと向けていた。そして再び咬み合う俺と少女との視線。

 何だかこの少女とは仲良くなれる気がする。

 このとき感じた印象は間違いではなかった。








 少女は強かった。

 いや、確かに予想以上に強くはあったが、何より不可解なのはこちらの攻撃がさほど利いていなかったこと。手ごたえを感じる攻撃も、人ならば鍛えることが不可能な急所への攻撃も、少女は持ちこたえた。


 あれぇ~?


 可笑しいぞ。何だ、俺のパンチは赤子のパンチとでも言うのか。おい、こら外野。何あいつ弱くね?みたいな視線を俺に向けるんじゃねぇ! 


 で、理由があった。


【念】というらしい。習得できたのは嬉しいが、三途の川で婆ちゃんが「こっちくんな!」と騒いでいたのを耳にした。婆ちゃんありがとう。おかげで殺人未遂のこいつの頭を遠慮なく殴ることができます。

 頭を抑えながら涙目で上目遣いに「う~」と睨まれるその顔に、ホント一瞬、一瞬だけだが―――背筋がぞわっと総毛だった。

 何か未知の世界への第一歩を踏み出したような感覚。禁忌の門を叩こうとしたがごとく。

 危ない、止めろ、駄目だ。それは茨の道ぞ、堪えろコンドル。今は規制が激しい。お前は正常な性癖だろう?

 静かに部屋に帰り、何とかシグレというらしい運命の女性の生唾おっぱいを思い出し持ちこたえた。………ふぅ。危なかったぜ。そうだ、俺は強さを求める孤高の男。俺にはこのシグレたんのおっぱいがあればいい。


 そしてホタル、という少女との修行の日々が始まった。


 体術は未熟。ただセンスは悪くない。まだ慣れていないだけだろう。組み手を交えて指導してやる。こうしていると、弟のような妹ができたみたいだった。何となく頬が緩む。面倒臭がりだがやるときはちゃんとやる奴のようで、こちらの教えも素直に聞き取り、綿に水を染み込ますがごとく俺の教えを体得していった。

 これは俺とは大違いだな。俺は人にモノを教わるなんざぁ、あんまり好かねぇ。いらっとすんだよな、不思議と。

 とはいえ、ホタルから教わる【念】には一考の余地もあり、真面目に教えを聞いたんだが。

 強さへの追求。それが俺の目的だからだ。

 決して、話を聞かないとこいつが泣き出しそうだから、なんて理由じゃない。








 二つ名がついた。

「ロリコンドル」と、世間では騒がれているらしい。

 ………死にたい。

 ホタルに隠れて修行の合間に知り合った女性のメアドが壊滅した。

 ………泣きたい。

 その元凶はといえば、純粋無垢な顔でとことこ俺の後ろをついてくる。

 うむ、世間体と年の差を考えれば確かにちょっと仲良くしすぎたか。まだこいつは12歳。俺とは8つも違うのだ。ここは少し距離を置くべきだろう。こいつもまだまだ子供。なら年の近い子供と遊ばせていたほうが教育的にも良いに違いない。


「ホタル」

「何、コンちゃん?」


 見下ろす俺の視線に見上げる視線。

 子犬みたいな目だった。

 無条件の信頼、という奴か。胸が痛い。


「あの、な?」

「うん」


 キラキラした目だった。

 おっぱいおっぱい騒ぐ少女とは思えぬ性癖を持つホタルだが、普通にしていれば可愛い女の子――じゃなくて無邪気なガキんちょだから困る。何?と首を傾げるその顔に、もしも「俺にあんま近寄るなよ」と言ったときの変貌を思うと――。


 …………。


「俺の部屋でシグレたんのDVDを見に行こうぜ! 今回は特に乳揺れがすごいらしい!」

「行く行く!」


 誤魔化した。


 子供の無邪気さの片鱗を味わったぜ。距離を置く、と言った瞬間脳裏にはうるうると目に涙を溜めて「コンちゃん、私のこと嫌いになった?」と袖を引くホタルが垣間見えた。恐ろしいまでの威力だった。無理だ。やばい。しかし何とかしないと、俺の社会的ステータスが底辺を泳ぐことになる。


 そして翌朝。


 徹夜でDVDを見終わったあとにベッドですぅすぅ寝息を立てるホタルを見て、ふと思ったんだ。

 もしやもう、取り返しがつかないレベルなんじゃないかと。

 そして世間でまた、あらぬ誤解が一つ増えたらしい………。








 卑劣な隊長の裏切りを経て天空闘技場を出た。

 そしてなぜか素敵な笑顔で俺の携帯を踏み潰す悪魔がいた。

 あの夏のメモリィがああああぁぁぁぁひと夏の思いでがああああぁぁぁぁぁ!?

 これで、俺と彼女たちの繋がりは完全に断ち切られてしまった………。いや、彼女ではないんだ。ただの女友達だし、よからぬ関係を持ったこともない。だけどさ、やっぱり女の子のメアドは大事なんだよ、男にとって。それがポッキーのようにか細いフラグであろうと抱きかかえられずにはいられないのが男の性というもの。

 やって良い事と悪いことがある。ならばこれは極刑ものに等しく悪いことだ。うむ、ここは大人として子供にキチンと教育すべきだな、と顔を上げホタルの顔を見たところで俺は危うく思いとどまった。


 そこに笑顔の般若がいたからだ。


 手を出していいときと、悪い時がある。怒るときと触れてはいけないときがある。コンドル=ライフレッド。引き際を知る男。今まで培ってきた勘がここは引けと叫んでいた。

 だから大人しくいじけておいた。

 まあ、なかなか高性能な携帯を奢ってもらえたし良しとしよう。携帯ショップで二人巡ったときのホタルの顔は、何ら怖いところのない満面の笑みだったしな。怒る気力も失せた。

 そこでショップの店員に「兄妹ですか?」ではなく、一歩引いて「恋人ですか?」と呟かれたときは床に沈んだわけなんだが。

 あの青ざめた店員の顔が忘れられない。

 俺はロリコンじゃねぇっつってんだろ!








 捕まった。

 待て、落ち着こう。まだ慌てるような時間じゃない。

 だから俺はロリコンじゃないんだ!


「最初は皆そう言うんだ」


 黙れマッチョ。俺は無罪! 無罪だ!

 確かにタイミングが最悪だった。それは認めざるを得ない。なぜ確認もせずあそこに立ち入ってしまったのか。万が一、不慮の自体、という不吉な言葉が頭に過ぎったのだ。後悔とは文字通り後に悔いるものなんだと理解した。


 一種背徳的だったあの情景を思い出す。


 血が伝う褐色の肌。向き出しの箇所に視線は這って行き――

 脳裏に描く鮮明な光景に起き上がるけしからぬ息子は全力で殴った。内股になりながらぶつぶつと「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ………」と呟く俺に、尋問するマッチョの男の傍ら、精神科医と思しき白衣の男は無念そうに首を振った。


「末期です」


 連行された。








 連行されている最中もあいつにどんな顔で会えばいいのかわからなかった。

 あの瞬間を見られたことが女性にとってどれだけ精神的負担になっているかは男の自分にだって想像に難くない。トラウマになるレベルだろう。殺されても文句は言えない。もうあいつと馬鹿な掛け合いもできないかもな、と考えて、あまりに軽率だったと何度目になるか分からない後悔をした。


「まあ成るようになるんじゃない?」


 メンチ、という飛行船の中で知り合った女性は簡単に物を言う。けれどその後の「まあ私だったら包丁で串刺しにするわー」とあっけらかんと言ったその笑顔が、なぜかホタルの般若の笑顔と被った。あれ? 可笑しいな。震えが止まらないぞ?

 飛行船のスタッフの方々に説明を施し釈放に助力してくれた女性、メンチ。多分俺より年下だろう。けしからんおっぱいが惜しげもなく披露されていたわけだが、今はそんなこと気にかけている暇もない。頭の中はあいつにどう謝ればいいのかで一杯だ。


 で、言葉も見つからぬままホタルと会った結論。

 こいつ、まるで気にした様子がない。


 むしろ俺の顔を見て「ドンマイ、ドンマイ。いつかイイ事あるよ!」となぜか慰めてくる。おい、それでいいのか女として。いや、俺のほうが気にしすぎていたのか? そんなに重要なイベントじゃなかったのか? 男の自分には諮り知ることができない。

 しかし、謝るべきときに謝らないのでは男が廃る。あれは謝らなくてはいけないことだ。例え理由が何であれ。


「すまねぇ、ホタル」


 頭を下げる俺の謝罪の意図も分からないようでホタルは「ん?」と首を傾げていた。絹糸のように細く質のある砂色の髪がしゃらん、と音を奏でるがごとく靡いた。








―――

誤字修正。申し訳ないです……



[9452] PV10万記念 さすらいのロリコンドル後編
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/07/01 17:17
 
 いつの間にかハンター試験とやらに受けることになった。

 まあ文句はない。俺の目的は強さへの追求。それを果たす手段と考えればライセンスを取ることもやぶさかではないな。

 そんな感じの言葉を吐いた瞬間、メンチに笑顔で腕を引かれた。公衆トイレの個室に引き込まれた。おいおい、まさか逢引か? モテル男は辛いなまったく、と髪を手でとかしながらメンチに目を向け―――


 ―――記憶を削られた。


 目が覚めた。ホタルが横で黙祷を捧げていたのが気になる。


 とりあえずメンチとブハラが師匠になるらしい。

 不思議と愚痴を言う気にもならない。誰かに物を教わるなどまっぴらごめんの俺なのだが、なぜか逆らう気にはならなかったのだ。深層意識に刻み込まれた刻印か。反抗心という根本をあのときどうやらねじ切られてしまったらしい。あのとき、というのはあのときであって決して深く追求してはならないときのことである。思い出すとなぜか眩暈がした。ばあちゃんが必死で俺の名を叫んでいたのが感慨深い。


 さておき。


 修行の合間にホタルがひと悶着起こしたものの、【念】の修行には滞りがない。過酷な修練はしかし自分の上達具合を肌で感じる喜びに勝るものではなかった。

 ひしひしと感じる、かつてない力。

 なるほど、【念】が秘匿とされている理由も分かる。これは常人すら達人の域へと押し上げる秘儀である。こんなものが流通した暁には社会は崩壊するだろう。

 鍛錬、鍛錬、鍛錬。

 生死の境をさまよったことは数知れぬ。しかし辛いと思うことなど不思議と感じることもなく。強くなる。その実感が俺に時を忘れさせた。


 そしてヨークシンのオークション。気付けばすでに一年が経っていたらしい。


 去年の約束通りにホタルとオークションを巡った。二人歩く道の中、ふと隣に立つ少女の背が伸びたことに気付く。

 いつも一緒にいたせいかあまり意識したことはなかったが、この年の子供など一年もすれば見違えるように成長する。頭一つ分大きくなった少女は、子供としか思えなかった顔立ちもいつしか子供と大人の境界を彷徨うモノへと変わっていた。赤く染まりかけた青い果実はどこか危うげな色香を放っていて、道歩く周囲の視線もこの異国の少女に向いている。

 身長差から見下ろす視線、ふと背に比べて随分と発育の良くなった胸の谷間が見え、慌てて逸らした。首を振る。祭りに高まる熱が移ったのか、今日の俺はどうも可笑しい。ホタルに対して女を感じたことが酷く後ろめたかった。


「見て見て、コンちゃん! コレ、コレ!」


 自分の動揺を気付かれないように慌ててホタルが指差す方向へと顔を向けた。無邪気な笑顔のホタルが眩しい。そしてその小さな指の先―――


 果たして誰が作ったものか。露店には巧みと思える技術で彫られた裸身女性の胸像があった。推定Hカップというところだ。


 生暖かな目で頷いた。大丈夫だ。ホタルがホタルである限り、俺は多分一線を越えることはない。

 とはいえ、こいつももうお年頃、という奴なんだろう。少しは女性としての慎みを持ったほうがいいのではないだろうか。

 不安になったわけではないが、これではこいつも嫁の貰い手がない。ホタルがお嫁さん、というのは酷くちぐはぐな言葉に聞こえたが、女である以上こいつもいつかは結婚するわけだ。まさかいつまでもおっぱいおっぱい騒いでいるとは思えないが………いや、どうだろうな。こいつは大人になってもおっぱいおっぱい騒いでいる気がする。

 少しは自分が女であることを自覚してもらいたい。そんな親心から何かホタルに女性らしい贈り物を気付かれないようにそっと探していたわけだが、そのときちょうど俺の目に見慣れた色が見えた。さりげなく露店に飾られたその色に視線を下ろせば、ホタルの瞳と同じ琥珀色の宝石を加えた髪留めが競りに駆けられている。


「………おじさん、今張ってある値の倍だす。こいつを今すぐ売ってくれないか」


 よほどの値打ちモノかと勘違いした競りのおじさんは渋る様子を見せたが、ホタルの背中が遠くなることに焦った俺が三倍の額を提示すると迷いながらも頷いた。財布から札束を取り出し髪留めを貰う。

 ホタルはいつの間にか居なくなった俺を探しているのか不安げな様子で周囲をきょろきょろと見渡していた。「コンちゃんどこー」なんて小さな呟きが聞こえてくる。返ってこない返事が怖いのだろうか。こうして遠くから見るとそれこそ異国の土地にやってきたお姫様みたいだな、なんて馬鹿なことを考えながら後ろから近づいて、そっとその綺麗な砂色の髪に髪留めを咥えさせた。


「ほい」


 ホタルは聞こえた俺の言葉にほっと安心したように振り返り、髪の重みに気付いて不思議そうに手を翳す。何か変なものでも付けられたと思ったのか、「何すんだよ!」とぶすぅっと本気じゃないと分かる不機嫌顔で髪留めを解いた。

 一応、望外な値段を叩いて買ったものだ。多少は喜んでくれないと割に合わない。まあこいつの場合は「えー、こんなのよりエロ本買ってよー」なんて言葉が飛びそうだな、と想像に苦笑する中、ホタルはじっとその髪留めを眺めている。

 どうしたんだ、おい。

 予想外のリアクション。視線を上げて俺の顔を見て、視線を下げて髪留めを見る。ぼーっとしたその視線の往復。壊れた人形みたいな阿呆な動作。おいこら何か言えよ、とぺちんと頭を叩くと、俯いたまま顔をそのまま上げなくなった。


「ホタル?」


 意外というか、何だこの反応のなさ。そこまで強く叩いたつもりはないぞ?と視線を下ろせば、砂色の髪から垣間見える耳はその褐色の肌に負けないほどに真っ赤に染まっていた。

 はっはーん。こいつ照れているな。

 何か言えよー、おいおいどうした?と肘でホタルの脇をツンツンやって、ようやくホタルは再起動。「あ、あああ、ありがとう」と余裕の欠片もなさそうな返事が返ってきて、にやにやと笑ってやった。

 なるほどな。こいつの弱点を発見したぜ。多分だが、女扱いに弱いんだ、ホタルは。

 うんうん、と頷きながら忙しなく露店を見比べているホタルを見ていたのだが、こちらの視線を気にしているのか、ホタルはちらちらと俺を窺ってくる。こいつの意図はもちろん分かるわけで、俺だってそこまで無粋なつもりもない。わざと適当な商品を見てホタルから顔を外した瞬間、案の定ホタルはそそくさと俺の視界から消えていった。

 期待はしないほうがいいだろうな。


 まあこういうものは気持ちというものが大事なわけで―――


 ―――しかしだからと言って何でも許されるというわけでもない。


 なぜか知らんが満面の笑みだ。これ以上ない笑顔だ。表紙からして俺でも思わず買うのを躊躇ってしまうものをなぜ女のこいつが平然と手に持っているのか。しかもなぜあまつさえそれを公衆の面前で俺に手渡そうとしているのか。周囲からのざわめきと軽蔑の眼差しが辛い。もちろんそれは全て俺に向いているわけで………。


「お前はもっと周囲の目を気にしろ!」


 がつん、とゲンコツをホタルに打ち下ろすとホタルは頭を抑えながら目にハテナを飛ばしていた。本気でなぜ怒られたかわからないらしい。これじゃあ髪留めも無駄だったかもな、と吐いたため息は涼しくなってきた秋の風に攫われた。








 そして月日は流れ、ハンター試験。

 背徳者の汚名を被る隊長に再会した。

 恨みは全力の拳で晴らしておいた。

 シグレたんは俺たちの夢、希望、全てだった。寝取られて黙っているほど腐っちゃいない。

 しかしカストロはどうやらシグレたんに振られたらしい。まさに因果応報。汚い手を使えば結果など伴うはずもないということだ。俺とホタルは顔を見合わせ、ほくそ微笑んだ。


「計画通り」


 いや、まあここまではいい。

 毒入りジュースなどとふざけた輩に都会の恐ろしさを味わいもしたが、そんなことより大変な事態が発生した。


「コ、コンちゃんは、コンちゃんは、ロリコンに走っても男には走らないんだよ! カストロ、誘惑しないでよ!」


 ………そうか、ホタル。お前まで俺のことをそういう目で見ていたわけだな。

 思えばこいつに出会ってからか。そんな不名誉なレッテルを貼られたのは。


 ロリコン。

 違う。

 ロリコンドル。

 違うんだ!

 俺は、俺は、子供に欲情なんてしない!


 逃げた。果たして何から逃げたのか。人だかりの消えた中でも遠巻きにこちらを貫く冷たい視線からなのか、社会という不条理な世界からなのか。

 ロリコン、と蔑まれる俺。

 なぜだ。俺は一度たりともそんな態度を示したか? 俺が声をかける女性はいつも年相応に育っていただろう? なぜただホタルと仲良くするだけで幼女趣味扱いされねばならんのだ。

 そしてホタル。お前だけは信じていたのに。俺のことをまともな目で見てくれると。

 適当な言葉で謝られたが、そんな茶化した言葉で許す俺ではない。今度の今度ははっきりとさせねばいかんだろう。俺は正常な性癖を持つ男だと。


「コンちゃん、コンちゃん」


 小走りに俺の背中を追うホタル。いつものふざけあいの延長だと思っていたのだろう。しかし心の篭らない謝罪の言葉を口にして元通りの関係に戻れると思ったら大間違いだ。何より、このままなぁなぁで済ませていたら本当に取り返しがつかなくなりそうで恐ろしい。まだ、まだぎりぎりで何とか間に合うはずだ。そう、今こそ心を鬼にするべき時である。正念場という奴だ。ゆえに、絶対、振り向かない。


 不意に、足音が消えた。


 振り向かなくても分かる。きっとあのオークションのときのように迷子になったような顔をして立ち尽くしているのだろう。止まりかけた足には喝を入れて進ませた。

 小さく鼻を啜る音が聞こえた。

 ずきん、と胸が痛んだ。








「ホタルちゃんも悪ふざけが過ぎただけだろう? そんなに怒ることもないんじゃないか?」


 隣に立つカストロは言う。そんなこと、俺だって分かっている。あいつとの付き合いは俺のほうが長いんだ。けれど、譲れぬ思いというものがある。

 証明すべきなのだ。今ここで、俺はロリコンじゃないと。いつまでも子供に甘い顔をしている男じゃないと。


「それは誰にだい?」


 呆れた声。

 他人? 社会? 世間?

 カストロがうるさい。それも分かっている。誰に対して理解して欲しいのかなんて。


 ホタル。


 俺がホタルにそんな視線を向けていると、ホタルにだけは思って欲しくないのだ。


「証明の仕方が間違っていると思うけどなぁ」


 ため息を吐くカストロ。カストロだってホモ扱いを受けた割にはもうホタルを許してしまっている。心が広いというか、何と言うか。結局隊長はお人よしなんだと思う。

 向けないように努力しても、視線は磁力に引きつけられるように向いてしまう。隅で体育座りと分かりやすい落ち込み方をしているホタルは遠目からでもブルーが入っているようだ。これで、反省してくれればいいんだが。そして過去を振り返り、ああコンちゃんはそういえばロリコンじゃなかったな、と思い出してくれればいいんだが。

 俺の視線に気付いたのかどうなのか、ホタルが顔を上げて俺の視線とぶつかった。一瞬ホタルの目に灯る希望の光。慌てて視線を逸らした。

 ふえぇぇ、なんて泣き声が耳に入ってきた。

 痛い。心臓が痛い。








 霧の中を走る。濃い霧は周囲を並走する人の姿すらもおぼろげに隠していった。隣を走るカストロの顔だけがかろうじて見えるほどの濃霧。そんな中、背後からかけられる声。カストロ以外にここで俺を呼ぶ奴なんて一人しかいない。何より、こんな呼び方をする奴は。


「コ、コンちゃん?」


 無視した。


「う、ううぅ、ふうぅぅぅっ」

「…………」

「コ、コンドルくん? ホタルちゃんが呼んでいるみたいだけど………?」


 いや、分かっている。大人気ないってことは。

 同郷の仲間が居たのだろう。俺と仲たがいをしている間にホタルは偶然出会ったそいつと気兼ねなく楽しそうに会話をしていた。今までの落ち込みぶりなど忘れたかのように。

 情けないうえに自分勝手な話だが、それが少し寂しかった。ホタルに向って諍いを忘れたのかっ、なんて問いただすつもりはない。さすがにそこまで狭量な男であったつもりもない。

 ただ何となく、年の近いその少年と話しているホタルの顔は、二年間側に居た俺がもう全て知っていると思っていた顔とはまったく違う、俺の知らないホタルの顔をしていた。

 それでちょっとホタルを遠く感じた。それだけだ。

 何だかなぁ、と物思いに耽る。ふと出くわして懐いたと思った野良犬に飼い主がいた、なんて心境が今の自分に当てはまるのだろうか。いや、こんなことを考えているなんてホタルが知ったら多分俺に命はないだろうが。

 泣きながら謝るホタルにため息を吐く。もうロリコンじゃないとホタルに認めさせることとかどうとか、どうでもよくなっていた。

 だからケジメ、なんて言葉を使った悪戯という罰でこの締まらない喧嘩も終わらせようと考えて………しまった。


 言うなればこの茶化し合いが今までの関係の元通りになったことを暗示させる意味で、

 言うなればこれが俺の心の靄を晴らす自己満足的なふざけあいであって、

 思うに、まさかこんな展開が待っていたとは思わなかったわけで、


 ………しまった、なんて言葉で償えるものなのだろうか、これは。


 いや、さすがに俺だって馬鹿じゃない。

 こいつが何を勘違いしてこんな顔で俺を待っているのか、なんて分からないわけがないだろう。これでもそれなりに女性との付き合いはある。意味ありげな言葉を思い返すに吐いてしまっていた、なんて気付いてももう後の祭り。取り返しのつかない言葉の応酬の果てに、ホタルは噤んだ口をこちらに向けて、瞼を閉じていた。


 すまん、誰か時間を止めてくれ。


 眩暈が激しく、くらくらする。生唾を飲むな、カストロ。お前も何か助言しろ。

 そんなに俺との喧嘩が辛かったとは………終ぞ思わなかった。俺とキスをすることを我慢してまで仲直りしようと考えるとは。そうか、そういえばこいつは存外寂しがりやの甘えん坊だった。俺に無視されたのがよほど堪えたのだろう。

 震える睫。ん、と小さく声を上げて顔を上げたその頬は淡く赤く染まっていた。思わずその果実のように潤いを持つ唇に目が行く自分。

 待て、落ち着け、止まるんだ! 今ここでこの誘いに乗ったら取り返しがつかないぞ! 何より、そんな気など毛頭自分にはなかっただろう!? 理性を保てロリコンドル! じゃなかったコンドル!

 はは、と渇いた笑いが口から漏れた。よし、ならば潔く散ろうじゃないか。女に恥をかかせて生き残ろうとは、このコンドル=ライフレッド、これまでの経験からして思わない。というか思えない。初めの計画通り、そっとホタルの額に手を置いて、指を弾いた。


 存外、指に力が入ってしまったことは否めない。


 不思議なことにホタルは俺の予想に反して馬鹿な俺を糾弾することはなかったのだが、それから、俺との会話が多少ぎこちなくなってしまったように思う。

 いや、これも罰と思って謹んで受けよう。俺に話しかけるたびにつっかえるホタルが少し悲しい。


 22歳と14歳。


 その年の差があと二年もすればさして意味をなくなることに、できれば気付かない振りをしようと思った。











――――
まじんがー

あと二話ほど投下したらH×H板に移ろうかなぁと考えています。そのことに対する肯定も批判も意見をお待ちしています。よろぺこりん。




[9452] 容赦なんてありゃしないんだよ!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/07/17 17:20

 第三次試験参加人数、40名。

 第三次試験の試験内容は至極簡単である。トリックタワーと呼ばれる塔の上、72時間以内に地上まで降りてくること。しかし、ただそれだけであるがゆえに試験は過酷であり、熾烈である。円柱となっている塔の側面には僅かな窪みしかなく、そこから降りることは自殺行為。それこそ一流のロッククライマーでなければ側面を辿ることもできないだろう。塔へと降りるための隠し扉には………しかし命を落とすような残虐な罠が数多く潜んでいるのだ。

 つまり受験生は三日間、ここでハンターとしての資質を問われるわけである。

 そんなわけですが――


 十五分後、ホタルはクリアしてしまいました。あはっ。


 大活躍だね、【砂漠の無法者(アラビアンカーペット)】。所詮怪鳥ごとき、ホタルちゃんの敵じゃないんですよ!

 絨毯に乗りながらエレベータのように下降。笑顔で手を振る私に突き刺さる皆の視線が痛かったけど、わざわざ苦労するなんて馬鹿のすること。多数決の道とかやってられないよ。だってあれレオリオのエロエロのせいで50時間も拘束されるんですぜ? ただ部屋の中でじっとしているなんて有り得ないっす。まあ仮にパソコンがあるとしたら不眠不休で余裕だけどね!

 あとちなみに死亡フラグ立っていた一流ロッククライマー(笑)は下降途中に鳥の群れに襲われそうになっていたから助けてあげたけど、この絨毯は一人乗り。まだ二人を乗せるほどの重量には耐え切れないからね。早く上らないとまた襲われちゃうよーってアドバイスしてあげたら慌てて上っていった。試験のライバルを助けちゃったことになるけど、やっぱり人死にはあんまり見たくないし。多分これでよかったんだろう。

 で、トリックタワー一階部分を【硬】によるパンチ連打で「オラオラオラオラッ!」とノリノリに叫びながら破壊して侵入。背中に背負ったバックから非常食パクつきながら72時間過ごしました。一番乗りやふー。

 まあヒソカが6時間くらいして降りてきたときはちょっとちびったけど。わ、忘れていたよ。いや、マジで。そういえばこいつが本当は一番乗りするはずだったんだっけ。

 ねっとりとした視姦のごとき粘着質な視線を向けるヒソカに耐えたのが、ぶっちゃけここまでの試験の中で一番試験らしい試験だったのかもしれない。恐ろしいまでの忍耐力がハンターには必要ということですね。ホタルには分かりません。どうしよう。私……汚されちゃったよ、コンちゃん。

 と、冗談ではない冗談はさておき。

 三日後、皆は予想通りに試験をクリアしていた。多数決の道は世界の修正力か原作四人とコンちゃん、エルリオ、カストロで七人なっていたらしい。まあそんなことはどうでもいいんだ。そんなことより「やったねみんな!」と笑顔で駆け寄った天使のごとき私が全員からゲンコツをくらったことのほうが問題なんだよ。何でさ!?

 七つ分のタンコブに泣きながら今はもうゼビル島への出航を迎えた船の上。塔を攻略した私たちには予想通りにトサカくんのクジ箱が待っていたのだ。

 島で行われるサバイバル。四次試験の狩るもの、狩られるものの戦いは船の中ですでに始まっている。

 胸に収まっていたプレートを誰ともなく皆外し、周囲と視線を合わせない険悪なムード。いやーに煮詰まった空気が船の中には広がっている。

 そんな私には不釣合いな空気の中で、私は潮風に舞う髪を押さえながら引いたクジを指で弾き回し考え中。遠くではウミネコが鳴いている。ニャーニャーニャー。ニャー、これは一体どうしたもんかニャー。


「ホタル」

「にゃーにー」


 振り向かないままに答える私。短く呆れたため息を吐いてから、エルリオは「よいしょ」と爺くさい言葉を呟きながら誰の許可もなく私の隣に座った。おっかしいなー。そこはプレミアチケットが本来は必要なはずの場所なんだよー。

 眼を動かせばゴンはキルアと仲良くお話。クラピカとレオリオ、コンちゃんにカストロは目を瞑ったまま静かに腰掛けてしんみりとしたご様子。わざわざ席を外していた私に話しかけてくるとは、やっぱりエルリオだね。空気を読めないことに定評があります。


「何だよ、まだ怒っているのかよ」

「怒ってないよー。別にー。私の頭はジンジンと未だ痛んでいますけどー」


 肩を竦めそうなエルリオの顔にそっぽを向く。それにエルリオはエルリオらしからぬ大人染みた苦笑をして、それからポツリと言葉を漏らした。


「で、どうしたんだよ」

「何がー」

「いや、まさか本当にあれで怒ったわけじゃないんだろ。てか、怒ってないしな、今のホタル。何か躊躇っているっつーか、迷っているっていうか、そんな感じ」


 髪を押さえて、振り向いた。にっこり微笑むエルリオ。あれ? 何か可笑しくない?

 ふむ、と頷き一つ。四つん這いになって近づき、エルリオの顔をまじまじと見てみる――と、エルリオは「うおぅい!」と奇声をあげて顔を赤くしながら僅かに仰け反った。およ。いつものエルリオに戻った。戻ったけど、別にそんなに極端な反応しなくてもいいのに。


「な、何だよ!」

「いや、案外成長したんだなーって。背は伸びてないのに」

「背は関係ないだろが! まだ成長期なんだよ! これからグングン伸びる予定なの!」

「期待はね、裏切られることが前提なんだよ」

「お前は一体何を見たんだ!?」


 あはは、と笑う私に、エルリオがむっすぅと顔を顰めてしまった。うん、それでこそエルリオだ。

 押し黙った二人の間にウミネコが鳴く。ここでの沈黙は悪くなかった。

 嗅ぎなれない潮の臭い。どこまで行ってもここは異郷の地。自分の故郷はやっぱりもう砂に埋め尽くされたあの場所なんだな、と幼馴染を隣に何となくそう思う。ノスタルジーなホタルでした。二年ぶりにちょっとホームシックかも。

 ちらり、とエルリオを窺うとエルリオは慌ててこっちを振り向いた。何だろう、何か見ていた気がするけど、気のせいだろうか。


「な、何だよ。は、話したいことがあるなら、話せばいいじゃん。俺は、その、えーっと」


 ちらり、とまた袖の中に隠した何かを見るエルリオ。口をパクパクした後になぜかコンちゃんのほうを睨む。コンちゃんは目を瞑ったままにやりと口を歪めていた。

 しばらくあたふたとしていたエルリオだったが、意を決したのか。キリっと顔を整えて私の肩を突然掴んだ。思わずびっくり。ひゃうっと喉の奥で漏れる。

 眼をぱちくりしながら肩を窄め、私はエルリオの目を覗いた。私と同じ、琥珀の瞳。


「お、おおお、俺は、そ、その、その」

「エル、リオ?」


 船が揺れる。あれ? 何か視線が集まってません? 非常にデジャブなんですけど。

 カチカチカチ、と歯を鳴らすエルリオは、一度コンちゃんたちの方を睨んだ後で私を見つめなおし、叫んだ。
 


「………いつだって、俺はお前の味方だし!」



 潮風が吹いた。

 心持寒かった気がする。


「くさい」


 ごめん。これ本音。

 エルリオは風となった。猛ダッシュでコンちゃんたちへとなだれ込む。


「うわああああああああああああああ! 嘘じゃねぇか! やっぱり嘘じゃねぇか! こんなセリフであいつを落とせるわけねぇんだよ! ド天然なんだぞ、ホタルは!」

「諦めるな! 諦めたらそこで試合終了なんだ! 熱くなれよ! もっと熱くなれよ! それに、俺はこのセリフで百八人の女を落としたんだぜ!」

「いや、コンドル。それはないだろう」

「今のはちょっと俺も引いたわ」

「妄想は妄想のままに留めておいたほうがいいよ、コンドルくん」


 何か向こうが賑やかだ。さっきまでのしんみりした空気はどこへ?

 笑いながら、私もコンちゃんたちに向って走る。何やら作戦会議らしきものを円になって開いていた五人に首を傾げながらも、私は決めた。うん、しんみり一人で悩むのは私のキャラじゃないよね!


「レオリオ!」


 叫ぶ。「え?」となぜか五人の声が重なった。


「まさか」

 とコンちゃんがカストロを振り返り。

「そこでレオリオ」

 カストロがコンちゃんと顔を見合わせる。

「エ、エルリオの呼び間違いじゃねぇのか?」

 妙にきょどったレオリオ。

「う、ううう、嘘だろ、ホタル!」

 うるさいエルリオ。

「有り得ない」

 なぜか冷静なクラピカ。


 どうしたー、とゴンとキルアも一緒になってやって来た。思わず微笑む私。うん、こいつらはもう、皆ひっくるめて私の友達だ。友達なんだから、隠し事なんてナシ。ナッスィングなんだよ。

 手に持ったプレートを見せ付ける。それに一瞬、皆が息を呑んだ。


「レオリオ。私のターゲット、レオリオだから」


 にやっと私は笑った。呆然とする皆。だけど、レオリオだけはすぐに立ち直って私と同じように不敵に笑い返したんだ。


「取れるもんなら、取ってみやがれ」

「後で泣き言言っても知らんからね!」


 がははは、と笑いあう私たち。コンちゃんがやれやれと手で顔を覆っていたけど、知らないよ! 姑息にこそこそ裏をかくのは私には不向きなんだ。ハンターって格好いいものなんだ、って私は思うからね。なら格好良くハンターにならなきゃ示しがつかないじゃん。


 二次試験の変更。イレギュラーである私たちの参加。もうハンター試験は原作沿いに進んじゃいない。だけど、予定調和なんてつまらないよね。未来は分からないから楽しいんだ。

 汽笛が鳴る。船はどうやら島に到着したらしい。

 第四次試験参加者、24名。

 ハンターライセンスを賭けたサバイバルが、今始まる!





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