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[9464] リリカルブレイカー
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:27
2012/02/05 全話通じて加筆訂正。話の流れそのものは変えていないので、最新話だけ読んでも話が通じるようになっています


第1話 『この手に魔法を』


「おおっ!?」」

 背後から迫る気配に身を屈める。寸暇を置かず先ほどまで頭のあった位置を高速で飛来する物体Xが通り抜ける。
 前方から聞こえる爆砕音。
 顔を上げればこちらに向き直る黒い物体と粉々に砕かれた壁。
 うわぁい。あんなのまともにぶつかったら即死である。あはは。

「なんて言ってる場合じゃねーっ!?」
 
 手を着いて立ち上がり、再び走り出す。振り返らなくても黒い物体が後を追ってきているのを感じることができる。
 今の状況を一言で説明すると真夜中に謎の黒い物体と生死をかけた鬼ごっこ!
 笑えない。とても笑えない。
 興味本位というか保護欲というかそんな気持ちで首突っ込んで、不要な犠牲になって死ぬなんて嫌過ぎる。

 どうしてこんな事態に陥ったのか?現実逃避も兼ねて記憶を振り返ってみる。
 事の起こりは数時間前。




 助けて……

 何か聞こえた。ちゃんとした言葉ではないが、はっきりと聞こえた。
 小学三年生の春。学校からの帰り道に、その声は脳内にはっきりと響いた。
 私立聖祥大学付属小学校に通う小学生である俺、遠峯勇斗は特筆することのないごく普通の小学生だ。
 ――ただ一点、前世の記憶とでも言うべきものを持っていることを除けば。
 たまたまその中に、この世界での人物やこれから起こる出来事の知識があったとしても、それらを活用したり必要とすることもなく、普通に生活をしていた。
 俺の記憶にある高町なのはや月村すずか、アリサ・バニングスと言った少女らと同じクラスになったとしても、それは変わらず、これからもそうだと思い込んでいたのだが、ここはちょっとしたターニングポイントのようだ。
 確かによくよく思い返してみれば、小学三年生の春といえば、もう無印の開始時期だった。今まで特にこれと言ったイベントもなかったからすっかり忘れかけていた。っていうか本当に魔法イベント起きるのか。
 脳内に響いた声に、どうしたものかと考える。原作どおり進めば無事に事件は解決する。するのだが、必ずしも原作どおりに行くという保障はどこにもない。
 だからといって俺が手出して良くなる状況がさっぱり思い浮かばない。何しろこちらは特別な力も優れた知恵もないごく普通の小学三年生である。
 何が出来るとも思わないが様子くらいは見に行くべきか。なにより魔法絡みのイベントという誘惑には非常に心惹かれるものがある。
 原作どおりなら淫獣、もといユーノが拾われて愛さんの病院に連れてかれるだけだから危険はないだろう。そうじゃない場合はそのときに考えよう。
 いまだに聞こえてくる声を頼りに移動していく。見知った公園の裏道を進んでいくと、程なくして地面に横たわってる小動物を発見した。
 本当にいたよ、おい。
 慌てて倒れている小動物に駆け寄り、様子を見る。予想通りというか俺の知っている通りに、怪我はしているがちゃんと生きている。早めに手当てすれば大事には至らないのだろう。
 安堵のため息を吐いたまではいいのだが、高町達はまだ来ていない。早いとこ病院に連れていってやりたいが、こいつと高町の出会いフラグをブレイクするのは色んな意味でまずい。かと言って怪我した小動物を放っとくのは精神衛生上非常に後味が悪い。どうしたものか。高町達が来るのにどんだけ時間がかかるんだろう。ってか、本当に来るのか。
 なんて、うーん、うーん唸って周囲の警戒を怠ったのがまずかった。

「あれ、遠峯くん?」

 背後からかけられた声にビクゥッと振り返ってみると、そこには駆けよってくるクラスメイト――高町なのはの姿があった。

「どーしたのよ、なのは?」
「遠峯くん?」

 高町に遅れて、月村とアリサもやってくる。

「遠峯?あんた、こんなところで何やってるのよ?」
「いや、何って言われてもなぁ?」

 返答に詰まるが、脳内に声が聞こえたからここに来ました、なんて正直に言えば電波扱い確定である。

「俺のことより、フェレットが怪我して倒れてるんだけどさ」

 倒れてるユーノを指差して高町達を誘導する。
 後はそのまま成り行きで三人と一緒にユーノを愛さんの病院に連れていくことに。ユーノは原作どおりに見た目ほど大した怪我でなく、命に別状はないとのこと。
 一度、目を覚まして、高町の指を舐めるのはどうかと思ったが。
 もう細かいことは忘れたけど、動物形態だと行動までケダモノそのものになるんだろうか。
 精神は肉体に引きずられると何かの漫画で読んだことあるし、俺自身、今の体につられて精神的に子供っぽくなった節もあるのでその辺はなんとも言えない。
 素での行動だったら、人間形態のユーノとどう接すればいいのだろう。人として普通に接することができるんだろうか。
 色々と思うことはあったが、今この場で俺ができることは何もなさそうだ。高町があの場に現れたということは、ちゃんと魔法の素養もあるんだろう。男として情けなくはあるが、あとは全部高町に丸投げしておこうと、安堵する少女たちを眺めながら心に誓う。








 とはいえ、暴走したジュエルシードがユーノを襲うことを知っているだけに、そのまま気にすることなく眠りに付くというのも難しいわけで。
 なんとなく気になって家を抜け出し、槙村動物病院まで様子を見に行ったのがまずかった。
 ユーノが助けを呼ぶ声が聞こえ、それから少しして高町の奴が建物の中に入っていくのと、俺が槙村動物病院に辿り着いたのはほとんど同時だった。
 それはいい。が、しばらくして物が壊れたような音がしたと思ったら、すぐに暴走体に襲われた高町とユーノが飛び出していく。
 それを見て、思わず壁から身を乗り出してしまった俺。
 俺とバッチリ目が合う暴走体。

「こ、こんばんわ?」

 とりあえず手を挙げて暴走体に挨拶してみた。

「……」

 ぎゅるりと、首?を傾げて嘗め回すように見られたような気がしなくもない。
 何がなんだかよくわからない生き物?に対して手を上げてる小学生男子。実にシュールな光景だ。

「じゃ、そゆことで」

 何事もなかったかのように回れ右。そして全力ダッシュ。

「やっぱり、追ってきたーっ!?うわっ、うわっうわーっ!?」



「遠峯くんっ!?なんでここにっ!?」

 俺の叫び声が聞こえたのか高町がユーノを抱えて戻ってきた。

「と、とにかく走れーっ!!」
「何々っ!?何が起きてるのーっ!?」

 高町と並んで全力疾走。怖くて振り返れないけど間違いなく暴走体は追って来ている。
 ちくしょーっ!こんなことなら大人しく家で寝てりゃ良かったーっ!

「君達には資質がある。お願い、ボクに少しだけ力を貸して」

 高町に抱えられながらケダモノが喋りだした。っていうか君、この状況でよく平然と話せるね。

「資質?」
「おまえ……動物が喋っても普通に受け入れてるのな」

 順応早いよ、君。

「遠峯くんこそ」

 や、俺は最初から知ってるだけだし。

「えっと、説明を続けていいですか?」
「おう、とっとと手短に迅速に要点だけ話せ」

 おずおずと聞いてきたフェレットもどきにぴしゃりと言い放つ。聞かなくても俺は知ってるが、高町はそうもいかない。
 すぐ後ろに危機が迫ってるのでさっさと済ませて欲しい。俺が余計な突っ込みいれたせいだろという野暮はなしだ。

「僕はある探し物の為に、ここではない世界に来ました」
「んな前置きはいらんからとりあえず後ろのをとっととどうにかしろーっ!!」

 すぐ真後ろに暴走体がいるのに前置きから説明してる場合じゃねぇだろっ!?
 さっさとレイジングハートを高町に渡してどうにかしろと叫びたい衝動をグッとこらえる。

「―――っ!」

 全身に悪寒が走る。背後に迫っていたプレッシャーが一瞬喪失する。
 雄叫びは頭上から。

「危ないっ!」

 俺は迷わず高町を突き飛ばし、自らもその場を飛びのく。次の瞬間には一瞬前まで俺たちがいた地面が砕け散る。

「あ、危ねぇ……っ」

 一瞬でも遅れてたらあの暴走体の下敷きになっていたところだ。ってか、あんなのの直撃を食らったらマジで死んでしまう。

「大丈夫か、高町!?」

 モタモタしてる暇はなくマジで大ピンチだ。さっさと高町に変身して貰ってなんとかしてもらおう。

「きゅう~」

 高町は思いっきり目を回して気絶していた。
 ……あれ?おーい?

「いやいや、目を回してる場合かーっ!?」
「きゅ~」

 ガクガクと高町を揺さぶるが正気に戻る気配はない。

「おい、こらユーノ!?早くどーにかしろ」 
「これをっ!」

 ユーノが口にした赤い宝石を俺に差し出す。

「僕の力を使って欲しいんです。僕の力を……魔法の力を」

 はい?このケダモノは何を言ってやがりますか?

「アホかーっ!?今はギャグやっていい場面じゃないんだぞっ!?勝手に俺の死亡フラグを立てるなーっ!!」

 怒鳴りながら思わずユーノの首を絞めつける。

「レイジングハートを渡す相手は俺じゃなくて高町だろーがっ!?俺に渡してどーするっ!?」
「きゅーっ!?きゅーっ!?」
「俺に魔法の力なんてあるか!そんな冗談言ってる場合か、えぇ、おいっ!?」
「じょ、冗談なんかじゃありませんっ。あ、あなたも僕の声聞こえてたんですよね、ならその子とあなたには魔法の素質があるはずなんですっ!」
「……マジ?」

 言われてみれば高町以外の人間には聞こえていなかった念話が俺にも聞こえていたことを思い出す。
 あー、魔法の素質が無いと念話も聞こえないんだっけ?

「ぎ、ギブギブっ!」

 言われてユーノの首を絞めたままだったことに気付く。
 フェレットもどきがタップをしている姿は非常にシュールでもう少し眺めていたいところだが、そんな場合ではないので手を緩める。

「げ、げほっ。早くしないと手遅れになります」

 高町は目を回してダウン。目の前には今にも襲い掛かってくる気満々の暴走体。淫獣は魔力切れで役立たず。俺の手には赤い宝玉レイジングハート。

「……マジで?」

 俺の呟きに答えてくれるものは居なかった。


「俺が……レイジングハートを?」

 高町の代わりに俺がレイジングハートを使う。想像すらしていなかった事態に困惑してしまう。だが、それ以上に魔法の力という普通では持ち得ない力への渇望が心の奥底から湧き上がってくる。
 高町が魔法の資質を持っていようとも自分には持ち得ないのだと思い込み、初めから諦めていた。例え生きていた世界が変わろうとも自分は凡人としてありきたりの人生を送るのだと。
 だけど今。俺の手の中にはそれを変えることの出来る赤き石。ずっと俺が使い続ければ原作フラグを全力全開でブレイクして色々終わる気がするけど、一回くらいならばいいかなー、と邪な思いが過ぎる。
 魔法という未知なる力を得る。果たして力を持たざる人間の何人がこの誘惑に抗えるのだろうか?

「上等……やってやるっ」

 目を回してふにゃー言ってる高町を横たえ、暴走体と向き合う。その際に暴走体の注意を惹き、高町を巻き込まないように距離を取っていく。
 暴走体を真正面から注視する。黒い霧が球状となり、そこから黒い触手のようなものを幾つも伸ばした自然界では絶対に有り得ない異形。
 恐怖に体が震える。漫画や小説ではよくある表現だがまさか自身が身を持って体験するとは思わなかった。つくづく今までの自分は平和な日常を送ってきたのだと思い知らされる。震える指を握り締め、今すぐにも逃げ出したい衝動を必死で押さえ付ける。
 よくもまぁそこの気を失っているちびっ子は平然と向き合えたものだ。その胆力に感嘆を禁じえない。やはり戦闘民族である一族の血が為せる業なのか。末恐ろしい。

「今から僕が言う言葉を復唱して!我、使命を受けし者なり」
「我、使命を受けし者なり!」

 ユーノの言葉を復唱しつつ、暴走体の一挙手一投足を見逃さないように注意を払う。
 声を張り上げる中、体の奥から湧き上がる興奮が僅かずつではあるが恐怖を凌駕していく。

「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」
「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

 ドクン。自身の心臓の鼓動と共に全身を何か得も知れぬ躍動が駆け巡るのを感じる。

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に」
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に!」

 今ならはっきりと感じることが出来る。自分の中に眠る力。魔力が全身を駆け巡っていくのを。

「この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」
「この手に魔法を。レイジングハート、セェェットアァァァップ!」

 全身を支配する高揚感のままにレイジングハートを手にした手を掲げ、咆哮する。全身から溢れ出す力。それが収束し、


『connect error』
「「え?」」
 

 全て霧散した。

 
「……………」
「……………」

 何も起きない。 バリアジャケットも発動しなければさっきまで感じていた魔力の奔流も今は無くなってしまった。

「おい、そこのケダモノ?」

 極めて冷静かつ理知的に声をかける。

「は、はいっ!」

 ケダモノがとても怯えているように見えるのはきっと気のせいだろう。

「何も起きんぞ?」
「え、えーと……っ」

 ユーノが気まずそうに目を逸らす。

「何にも起きんじゃないか、えぇ、おいっ!!なんだよ、人に期待させておいて不発とか何の嫌がらせだよっ!返せっ!俺のドキドキとワクワクを返せーっ!!」
「そ、そんなこと言われてもーっ!?」

 ユーノの首を絞めて揺さぶる。なんだよ、なんだよ!せっかく燃えてきたのに!裏切ったな!俺の純真無垢でささやかな期待を裏切ったな!

「――――はっ!?」

 背後から聞こえてくる獰猛な唸り声。

「ぬぁーっ!?」

 気付いた時には暴走体が目前に迫っていた。とっさに飛び退いて体当たりをかわす。
 暴走体はかわしたものの、暴走体がぶつかったことで砕け散ったブロック塀の破片が降り注ぐ。

「痛っ、痛っ!って、うわぁぁっ!?」

 小さな破片どころか、直撃したら子供の頭などトマトのように押し潰しそうなデカイ破片を必死でかわす。危ねーっ、マジで危ねーって!?
 まずいまずいまずいっ!冗談抜きで洒落になってない。このままでは本気で死んでしまう。
 肝心の高町はというと、電柱の影でまだふにゃふにゃと目を回している。ああ、もうっ、なんか泣きたくなってきた。

「おい、ケダモノ。こいつを持って高町を起こせ。こうなったらもうあいつに任せるしかない」

 自分よりちっさい女の子に頼るとは情けない限りだが、他に方法がない。
 握り締めたレイジングハートをユーノに渡し、砕け散ったブロックの欠片を両手にそれぞれ拾い上げる。
 自分がこれから起こす行動の先にあるものを想像して、深くため息をつく。はっきり言ってやりたくない。物凄くやりたくない。

「で、でもそんな時間は」
「時間なら俺が作る。後は……まかせたっ!!」

 今の台詞がヒロインに言ったもののならまだ格好が付くが、相手の見た目が喋るケダモノで魔法少女のマスコットである。カタルシスも何もあったものではない。正直萎えるのだが、元々自分の手落ちなので誰にも文句を言えない。
 手にした石を投擲し、素早く走り出す。石をぶつけられた暴走体の意識は俺に向けられ、狙い通り俺の後を追ってくる。
 全力疾走しながらつくづく思う。こんなことになるなら大人しく家で寝てるべきだった、と。






 以上、回想という名の現実逃避終わり。
 どう考えても自業自得ですね、こんちくしょうっ!
 走る。ひたすら走る。幾つもの曲がり角を越え、他の人が巻き込まれないように人通りの少なそうな道を選んで疾走する。

「って、なんか伸びてきたーっ!?」

 風を切る音と共に飛来する触手を無様に転げまわって回避。コンクリートの壁があっさりと貫かれる。背中を冷たい汗が伝う。
 いかん、一瞬でも気を抜いたら死んでしまう。

「こんな死に方嫌過ぎるぅーっ!!」

 再び全力疾走再開。しかし悲しいかな。今の俺は只の一小学生。ちびっ子の足と体力では逃げられる距離などたかが知れている。

「やべ……」

 無我夢中で走りこんでいる内に袋小路にハマってしまった。完全に行き止まりだ。壁に背をつけ、息も絶え絶えな俺とじりじりとにじり寄る暴走体。
 誰がどう見ても完全無欠のピンチで詰んだ気がする。
 さらに今ふと思ったことがある。目を覚ました高町はどーやって俺を見つけ出すのだろう。
 今更気付いてもどうしようもなかった。
 絶望感がさらに増しただけだった。

「ちくしょーっ!せっかく魔力あるとか言われたのにこんなオチかーっ!!凡人は凡人らしくストーリーの本筋には関わらず、端っこでギャグでもやってろというのかーっ!?」

 世の理不尽を嘆いてみたが何も変わらない。暴走体が身をかがめ、俺に襲い掛かろうとした瞬間――


 桜色の光が溢れた。


「封印すべきは忌まわしき器。ジュエルシード!」
「ジュエルシードを封印」
『sealing mode. set up. stand by ready.』

 桜色の光に包まれた暴走体が瞬く間に宝石へとその形を変え、学校の制服を模した白いバリアジャケットに身を包んだ少女が手にした杖――レイジングハートの宝玉部分へと吸い込まれていく。
 どうやら間一髪命拾いしたらしい。流石主人公と書いてヒーロー。タイミングが絶妙すぎる。
 安堵のため息と共に脱力し、へなへなと座り込む。あぁ、疲れた。

「大丈夫、遠峯くん?」

 ジュエルシードの封印を終えた高町が意識を失ったらしいユーノを抱えてやってきた。

「疲れた。もー走りたくねぇ」
「あはは。お疲れ様でした」
「おまえさんもな。お疲れ様さん。おかげで助かったよ、ありがとう」
「ううん、こっちこそ。遠峯くんがいなかったらどうなっていたことか」

 高町の何気ない言葉がグサリと俺の胸に突き刺さる。

「あ、あはははは」

 ごめんなさい、ごめんなさい。俺がいなかったらもっとすんなり上手くいってました。などと口にすることもできず、心の中で平謝りしながら乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。

「そ、それよりもどうやって俺の居場所調べたんだ?」
「え?えーと」

 俺の問いに高町はきょとんした表情を浮かべ、その視線を別の方向へと向ける。

「あ~、なるほど」

 その視線を辿れば自ずと言わんとしていることが理解できた。視線の先には暴走体による破壊の後。これがあれば後を追うのはわけないよね、と。
 冷静になって考えてみれば暴走体の発する魔力探知という手もあったかもしれない。人間テンパるとまともに思考もできないもんだなぁ、としみじみ反省していると、遠くからサイレンの声が聞こえてくる。
 暴走体による破壊の痕跡を誰かが通報したのだろう。深夜とはいえ、あれだけ派手にやれば当然だ。逃亡していた俺らがたまたま一般人に遭遇しなかったのは僥倖だろう。

「も、もしかしたら私達、ここにいたら大変アレなのでは?」

 暴走体のせいで愛さんの病院も道端の壁とかエライことになっているし、俺が走ってきた道も見るも無残な状態だ。

「と、とりあえず遠峯くん、って、あれ?」
「おーい、置いてくぞー?」
「はやっ!?いつの間に!?」

 言われるまでもなく、誰かが来る前にずらかるしかない。事情聴取なんてされても困るし、何しろ見た目子供なのだからこの事とは無関係に補導されるのは確実だ。
 これでも品行方正で通してる身だ。わざわざ補導などされて面倒ごとに巻き込まれたくない。
 しっかし、これからどうするべきかね。
 待ってよー、と追いかけてくる高町の声を後に、今後の動向について思案する俺であった。
 
 


 
 とりあえず人気のない公園まで退避。

「ま、ここまで来れば大丈夫だろ。ゼェ…ゼェ…」
「う、うん。そーだね。ハァ…ハァ…」

 散々走り回ったせいか高町は完全にバテててベンチに座り込む。そーいや、こいつ運動はからきしダメだったけ。
 かく言う俺も暴走体から逃げ回った分、高町と同じくらいバテている。バテてはいるのだが、高町に対する後ろめたさから、すぐに座り込むのを我慢する。

「ちょっと、待ってろ。飲みもん買ってくるから」
「う、うん」

 息を切らしている高町にユーノをまかせ、足早に自販機まで走る。
 あー、足元がふらついてる。こんなことになるんだったら日ごろからもう少し体を鍛えておけばよかったかもしれないと思ったが、一人でそんなことを初めても三日坊主で終わるのがオチである。

「ほい、オレンジでよかったか?」
「うん、ありがとう」

 自販機から戻ってきたころにはすっかり回復していた高町に缶ジュースを渡す。成り行きでここまで一緒に来ちまったけどこれから先、俺やることねーなぁ。
 そろそろ体力も限界なのでベンチに座ってぐったりともたれ掛かる。あー、疲れた。当分走りたくねぇ。

「すみません、あなたにもご迷惑をおかけしました」
「おー、目が覚めてたか」
「はい、ボクはユーノ・スクライアと言います」

 高町の膝の上でぺこりとおじぎするフェレットもどき。真夜中の公園で見かけるにはなかなかレアだ。
 原作どおり、回復に魔力を注いだのだろう。包帯が解かれた体に目立った傷は見当たらない。

「俺は遠峯。遠峯勇斗だ。そこの高町とはクラスメイト」

 手にした紅茶の缶に口をつけながら名乗る。

「すみません、あなた方を巻き込んでしまいました」

 シュンと項垂れる淫獣に高町と二人して目を合わせる。何かを訴えるような視線に俺は肩を竦めるだけだ。

「えっと、よくわかんないけど多分、私、平気」
「まぁ、結果オーライでいんじゃね?」

 特に俺の場合は何が起こるか知ってて巻き込まれ……いや、首を突っ込んだというべきか?その結果、無駄に走り回ったりで被害を拡大させたといえなくもない。
 とてもユーノに文句を言える立場でなく、むしろごめんなさいしないといけない立場である。

「ま、とりあえず今日のところは家に帰ろう。この時間に誰かに見つかったら面倒だし」
「あ、うん、そうだね。あっと、ユーノくんはどうしようか」
「高町に任せた。俺はレイジングハート使えないみたいだし、高町のほうが適任だろ」

 流石にこれ以上原作の流れを破壊するのはマズイ。そして何より親にユーノのことを説明したり世話したりするのがめんどい。

「とりあえず送ってくよ」

 小学生の俺に何ができるとも思わないが、それでも高町と力を使い果たしたユーノ達で帰らせるのも気が引ける。
 高町は俺の申し出に迷うような素振りを見せるが、「え、と……よろしくお願いします」と、素直に頷いてくれた。
 ユーノを抱えた高町と二人でまったりと高町家への道を歩いていくのであった。
 
 


 
 
 
 翌日、高町がこっそりと鞄に入れて仕込んできたユーノから授業中に念話による状況説明が行われる。
高町も昨日は昨日で家族に説明やら家を抜け出したことの弁解やら何やらで、詳しい話を聞く余裕はなかったようだ。

『と、いうわけなんです』

 ユーノの話は原作どおり、ユーノが発掘したジュエルシード輸送中に事故でこの世界にばらまかれ、ユーノがそれを回収しにきた、と。
 しかし念話って便利だ。俺に魔力があるなら念話と飛行魔法ぐらいは会得したい。念話はともかく飛行魔法は資質なさそうだけど。

『そういうことなら、うん。私、協力するよ』

 いいよなぁ、高町は。レイジングハートあるおかげでもう念話使えて。今のとこ俺は念話使えないので話を聞くことはできるけど、こちらの意思を伝えることはできない。
 念話があるにも関わらず、高町がわざわざユーノを学校まで連れて来たのはそれが理由だ。

『え、で、でも……そういうわけにはいきません』

 適当な時間に魔法を教えてもらおうかな。デバイスなしだと習得に時間がかかりそうだけど物は試しに色々チャレンジしてみたい。
 高町とユーノの話を聞き流しながら自分が魔法を使うことを想像し、一人で盛り上がる。今の気持ちを表情に出していたらさぞきもいことになるのだろう。

『だってユーノくんが困ってるんなら放っておけないよ。ジュエルシード探し、私も手伝うよ』
『あ、ありがとうございます』

 ですよね。原作どおり高町はジュエルシード探しに協力するようです。

『えっと、遠峯くんはどうする?』

 頭に響く声に高町に視線を向ければ、子犬のような目線でこちらを伺っていた。
 俺には魔法を使うことはできない。少なくとも今のところは。ゆえにいざ何かあったときに自衛の手段が無い。高町は小学三年生のくせに精神年齢は同年代のそれを遥かに上回っていて、人に対する気遣いも半端じゃない。危険があることをわかっているがゆえに、自分からジュエルシード探しに俺を誘うこともしない。
 一度決めたことに対して全力全開で邁進する芯の強さを既に持ち合わせているとはいえ、それでも小学三年生の普通の女の子である。一人より二人。二人より三人のほうが心強いと、その目線が物語っている。本人に自覚はないだろうし、俺の思い込みかもしれないが。
 既に朧げになった記憶から高町の姿を引っ張り出す。
 過剰なまでの責任感。一度こうと決めたら頑固で絶対に譲らないブレーキの壊れたダンプカー。……ユーノはブレーキをかけようとして結果的にその役目を果たしてなかったなぁ。
 むぅ。このまま原作通りに進めば、俺が手を貸す必要性は全く無い。無いのだけれども全てを知りながら知らん振りするのもそれはそれで間違っている気もする。
 たとえ全てを知っていても、俺は自分の身すらも満足に守れない。それでも何か俺にもできることがあるかもしれないと思ってしまうのは、自惚れだろうか。
 答えを出せないまま、授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。




 結局、休み時間の高町はアリサや月村とずっと一緒だった為、ジュエルシード探しの話をすることはできなかった。
 そんなこんなであっという間に放課後。高町とユーノの三人で今後のことを相談する為、移動中。具体的には神社に向かって。

「で、俺がレイジングハート使えなかったのは何でさ?今更、実は魔力ありませんでしたーってオチはないよな?」

 ジュエルシード探しに協力する云々の前に一番確認したかったことを真っ先に質問する。

「勇斗さんに魔力があるのは確実です。そうでなければ僕の念話も聞こえなかったはずですから」

 高町の肩に乗ったユーノがきっぱりと断言し、思案するかのように口元に手?いや、前足を持っていって考えるような仕草を取る。

「レイジングハートにも確認してみたんですけど、リンカーコアまで、あ、魔力を生み出す源のことなんですけど、回路を接続することができなかったそうなんです」
「んー、と、つまり?」

 この世界の魔法は一種のプログラムのようなものだということは知識で知っている。が、それだけではどういうことなのかさっぱりわからない。

「あなたの魔力は他の人に比べて目覚めにくい体質みたいなんです」
「何それ?」

 そんな設定、聞いたことがない。高町も興味深そうに淫獣の話に耳を傾けている。

「基本的にリンカーコアを持つ者は素養ときっかけさえあれば魔法を使うことそのものは難しいことではないんです」

 もちろん、使える魔法の種類や威力などは本人の資質や適正によって大きな差があります、と付け加える。
 高町の場合で言えば、きっかけはレイジングハート。インテリジェントデバイスは確か魔法の発現をサポートし、補助する機能があったはず……あったっけ?
 詳しい原理はわからないが、高町のリンカーコアと何らかの方法でリンクを確立して、その魔力を目覚めさせたのだろう。

「ただ、世の中何事にも例外があるというか。ごく稀に素質があっても覚醒しづらい体質の人がいるみたいで……」
「それが俺?」
「はい。勇斗さんの場合、念話や魔力を感知する程度には目覚めているんですが……」
「自分で魔法を使う程度にまでは覚醒できてない、と」
「……はい。その通りです」

 うわー、なにその微妙なオチ。全っ然、役に立たねぇぞ、俺。

「はぁ」
「だ、大丈夫だよ。リンカーコアそのものは持ってるんだから何かのきっかけで目覚めるかもしれないよ」

 あからさまに肩を落とした俺を見かねて励ましてくれる高町。

「……これが勝ち組の余裕と言う奴か」
「ち、違うよ、私そんなつもりじゃっ」
「貴様にはわかるまいっ!力を持たぬ者の苦しみがっ!」
「えぇっ!?」

 ビシィッと指を突きつけた俺に高町はおろおろと慌てふためく。いきなり態度の変わった俺に困惑しているようだ。

「あ、あの勇斗さん」
「フェレットもどきは黙っとく。OK?」
「え?いや、あのボクはフェレットじゃなくて」
「シャラップ、お黙り、お静かに」

 ユーノの言葉を手を翳して遮る。決してここでユーノの正体を知らない高町にバレたら後々面白くないからという理由だけではない。
 ほんのかすかだけども俺の感覚に引っかかるものがあったのだ。

「もっと高町さんちのなのはさんで遊びたいところだけど、それどころじゃなさそうだ」
「え?」
「あ、これって!?」

 高町とユーノが顔を見合わせて頷く。それは確かな魔力の発現。場所は俺たちがこれから向かうはずだった神社の方角だ。
 どうやら俺の知識どおりにあの神社でジュエルシードが覚醒したようだ。俺という要因を除けば原作との差異はさほどなさそうだ。

「行くよ!遠峯くん!ユーノくん!」
「うん」
「まぁ、がんばって」

 走り出した高町の隣に並びながらエールを送る。流石に女の子一人を行かせるのは気が引けるので、ついていくだけついていくけど。

「人ごとっ!?」
「や、だって行っても俺、何もできんし。大丈夫、骨は拾ってあげるよ」
「それ、全然大丈夫じゃないからっ!?」
「あははは、細かいことは気にするな。禿げるぞ?」
「禿げないよっ!」
 
 
 
 
 そんなアホなやりとりをしつつ、二個目のジュエルシードも無事に封印完了。
 喋りながら走ったせいで余計に体力消耗してたり、レイジングハートの起動パスを高町が忘れてたりトラブルもあったけど終わりよければ全て良し。
 暴走体に襲われかけたお姉さんも無事で何より。やっぱり可愛い女の子は最優先で助けるべきだと思う。

「それで、えっと、遠峯くんはこれからどうするの?私はユーノ君と一緒にジュエルシード探しを続けるつもりなんだけども」

 無事に石段を降りていくお姉さんとわんこを見守りながら、おずおずと尋ねてくる高町。

 「そうだなぁ」

 俺が何もしなくても事件は無事に解決する。するのだけれどもアリサや月村との件など決して負担の軽いことではない。
 高町もユーノも深刻に考えすぎる傾向がある。
 たとえ、戦う力はなくても月村達との緩衝材になったり、二人のガス抜きをさせてやるだけでも俺が力を貸す意義はあるかもしれない。なにより人に言えないことを話せる仲間は多いほうがいいだろう。
 危険がないとはいえない。けれども我が身可愛さに全てを自分より年下の二人に押し付けて、後はおまかせというのは後味がよろしくない。
 知識だけでなく、実際にこうして関わってしまったのだ。曲がりなりにも自分の意思で。だから、まぁ。自分に出来る限りの範囲でサポートしていこうと考えるのはそう悪いことじゃないと思う。

「手伝うよ。俺も」
「遠峯くん!」

 高町の表情がぱぁっと輝く。この笑顔を見れただけで俺の選択はそう間違ったものじゃないと思える。

「ま、大した役には立たないだろうけども。高町もユーノもこれからよろしく頼むよ」
「うん、こちらこそ。あ、私のことはなのはでいいよ」
「あ、ありがとうございます」
「あー、ユーノもそんなかしこまらなくていいよ?俺もこれから魔法のこととか色々教えてもらいたいし。敬語も使わなくていいから」
「あ、はい、……じゃなくて、うん、わかった。これからよろしく」
「おう」
「三人で頑張ればきっと上手くいくよ。みんなで頑張ろうっ!」

そんなわけで流されるままにジュエルシード捜索なのはさんチームが結成されることになる。

「こうして後に白き魔王と呼ばれる魔砲少女が誕生したのであった」
「変なモノローグつけないで。魔王って何っ!?」

 いや、まぁ、この頃は誰もこの子がああなるなんて思わなかったんだけどさ。

「え、え?な、何で遠峯くんが泣いてるの?」
「いや、時の流れって残酷だなぁ、と思って」
 
 こんなに素直で可愛らしい女の子が今年中に悪魔。十年後には魔王と称されるようになってしまうのだ。
 俺が思わず涙ぐんでしまうのも無理ないだろう。ネタだけどね。

「よくわかんないけど、もしかしてとっても失礼なこと考えていない?」

 恐るべし勘の冴え。これも戦闘民族の血がなせる業か。

「さてさて?」
「なんでそこで目を逸らすかな?」
「大変だ、ユーノ。高町がレイジングハートで俺を狙い撃とうとしている」
「わわっ、ボ、ボクを盾にしないでっ!」
「そんなことしないよっ!」
「あぁ、それとどうでもいいが俺のことも名前で呼んでもいいぞ」
「いきなり話変わった!?」
「話を逸らすのは得意なんだ」
「……本当に大丈夫かなぁ」

 ユーノの不安そうな呟きが密かに響くのであった。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

勇斗の魔力は目覚めることはなかった。
だが、例え力はなくとも、できることはある。
そう信じた少年は自分の出来る範囲で少女をサポートしていくのであった。

勇斗『今はできることを、ね』



[9464] 第二話 『今はできることを、ね』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:28
「ふみゅー」
「はいはい、お疲れー」

 深夜の学校で六個目のジュエルシードを封印した帰り、連日の探索と魔法使用による疲労でとうとうなのはがダウン。
 やむなしに高町家まで送り届ける俺が背負ってくことになる。
 杖状態のままだと持ち運びづらいので、自分からスタンバイモードに戻ってくれるレイジングハートは有難い。レイハさんマジ賢い。俺もデバイス欲しいなぁ。

「一週間足らずで六個か。悪くないペースだな」
「うん、そうだね。僕もこんなに早く集まるとは思わなかったよ」

 背中になのは。肩にはユーノ。ちょっとしたフルアーマー状態である。
 防御に定評のあるユーノとバカ魔力のなのは。この状態ってある意味最強じゃね?などとしょーもない事を考えつつ、ここ数日の出来事を振り返ってみる。
 ユーノと出会ってから既に一週間近く経とうとしている。その間に手に入れたジュエルシードは三つ。
 さっき手に入れたのが一つ。なのはがアリサたちとプールに行ったときに見つけたのが一つ。そして俺の唯一のお手柄として、発動前に確保したのが一つ。

「ま、全部このお姫様のおかげだけどな」

 背中のなのははすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
 早朝にはユーノから魔法を教わり、学校が終われば放課後だけでなく、塾が終わった後にも暇な時間があれば、ひたすらジュエルシードを探しに街を歩き回っているのだ。慣れない魔法を使うだけでも疲れるだろうに、本当にこの根性には頭が下がる。マジで小学三年生のやることじゃねーぞ。
 とはいえ、こうして寝顔を眺める分には年相応の可愛らしさで和む。
 ついでに言えばあと十年、いやせめて六年育っていれば、俺自身も相当な役得であったのに。そう言った意味ではとてもとても残念でため息をつかざるを得ない。主におっぱい的な意味で。

「勇斗にも感謝してるよ。あんな方法、僕にはちょっと思いつかなかったし」

 あれは一種の反則だよねー、と呟くユーノ。何故、そんな遠い目をするか。
 別に俺が提案した方法は大したものじゃない。ただ単に担任の先生を通じて全校集会でほかの児童たちに呼びかけただけだ。
 死んだお婆ちゃんの形見である石を落としてしまったので見つけたら届け出て欲しい、と。
 善良な人間が見つけてくれれば、きちんと届け出てくれるはずである。悪意ある人間が拾った場合は知らん。というかどうしようもない。質とか宝石商に出したら高く売れるんだろうか?
 今回は運良くというべきか、翌日に一人の男の子が届けでてくれた。多分、原作で士郎さんのサッカーチームに所属してた、小学生にして彼女持ちだったカップル死すべし!の男の子だろう。さすがに顔なんて覚えてないから断言はできないけど。男の子にはお礼としてなのはと二人の割り勘で翠屋のケーキを渡しておいた。
 何はともあれ、こうして労せずして覚醒前のジュエルシードをゲットしたわけである。
 ジュエルシード発動の危険性とかも考えたけど、どのみち誰が持っていたら発動を防ぐ手段はないからこの案を実行しようがいまいが同じだろうという結論に至り、実行の運びとなったわけである。

「おばあちゃんが言っていた。落し物は警察に届け出るべし。まぁ、基本ですよね」

 届け出たのは学校だけどなっ。
 校外の人間だったりした場合はアウトだけど、元々届出があればラッキーと考えてたので儲けもんである。

「……うん、まぁ、確かにその通りなんだけどさ」

 ユーノとしてはどこか納得いかないというか釈然としないものがあるようだ。
 まぁ、基本的にジュエルシード探しは人の力は借りず、独力でやろうと考えていたからこういう方法は思慮の外にあったんだろう。
 魔法使いとしてああいう方法はどうなんだろうなーと、小声で呟いている気もするが突っ込まないのが大人の優しさである。

「他にも届け出てくれれば楽だったんだけどもう打ち止めかな」
「うん、そうだね。でも発動前に回収できたのはラッキーだったよ。もし人が持ってたまま発動させてたら大変なことになってた」

 願いを叶える宝石、ジュエルシード。生き物の想いを感知しその力を発揮するそれはとても強い力を持つ。複数を同時に使用すれば世界を滅ぼす次元震を発生させるほどの。
 だが、強い力には何らかのリスクが付き物で、ジュエルシードはその力の発現が極めて不安定だ。ちゃんとした制御の元でその力を発動したのならともかく、大抵は暴走して周囲に被害をもたらす。そしてその力は想いの力が強ければ強いほど増していく。
 動物に比べてより強く、具体的な意思を持った人間がその力を暴走させた場合、より広範囲にその災厄を撒き散らすことになる。
 願いを叶える宝石、という名前の割にはまともに機能したことがほとんどない厄介な代物である。めんどくせぇ。

「ま、なのはにも負担を掛けずに済んだのはいいことだ」
「そうだね。なのはも大分疲れが溜まってるみたいだし」
「だな。明日は休養日ってことでゆっくり一日休ませよう。練習も禁止ってことで伝言と監視よろしく」
「うん、まかせて」
「レイジングハートもそういうことでよろしくな」
『All Right』

 原作だと明日、ジュエルシード発動に巻き込まれたはずだけどそれは回収した奴だから大丈夫なはず。多分。
 明日一日くらいはゆっくり休ませてあげられるだろう。
 残りのジュエルシードはどこにあったっけ?
 温泉と海になんかたくさんあったはずだけども。
 温泉はどこの温泉なのか知らんし、身銭の少ない小学生には交通手段がない。海の中とか俺にもどうしようもない。……なのはもまだどうしようもないだろうしなぁ。
 色々どうにかしたいのはやまやまだが、迂闊にフラグブレイクして変な方向になるのも怖い。
 俺にどうにかする力があればまた別なのだが、ただの小学生にそんな力があるはずもない。
 辛うじてできることと言えば魔力感知によるジュエルシードの位置特定。といっても感知できる能力もなのはやユーノと差して変わらないので、彼女らと同じように足で探すしかないのだけども。なのはが塾行ってる間も俺が探しているので、原作より効率は良くなってると思いたい。
 自分より小さな女の子が頑張ってるのに見てることしか出来ないってのもしんどいものである。やれやれ。

「ユーノも明日はまったりとなー」
「う、うん。でも、僕は……」

 口を開きかけたユーノの鼻先を指先で押さえて、その先の言葉を押さえる。

「おまえもなのはも気負いすぎなの。ジュエルシードを発掘したのはおまえでも、輸送中の事故はおまえのせいじゃないんだからもっと気楽にしろっての」
「で、でも」
「デモもテロもないの。そーやって何もかも自分の責任にするのは十年早い。もっと無責任かつ、自分がやってやってるくらいの気持ちで丁度いいんだよ。OK?」
「う、うん」

 なーんて偉そうに説教垂れてる俺が一番役に立ってなくて、まるで説得力無いんだけどなっ!しくしく。

「さて、到着~」

 疲れた。割と腕が限界近い。
 高町家に到着したのは良いのだけど、背中のお子様は起きる気配は無い。あどけない寝顔を見てるとわざわざ起こすのも気が引ける。
 ……まぁ、この家の人ならなのはが夜抜け出してることも気付いてるだろうし、問題ないか。
 呼び鈴を鳴らして待つこと数秒。高町家の長男と長女さんが玄関から現れる。こうして会うのは初めてだけど恭也さんマジ男前。

「こんばんわ。高町さんちの末っ子さんとフェレットのお届けに参りました~」
「なのはを?」
「あ、疲れて眠ってるだけですから、ご心配なく」

 駆け寄ってくる恭也さんに背中を向け、妹さんを引き渡す。一気に背中が軽くなった。
 なのは自身はそんなに重くないんだが、小学生の体だとここまで背負ってくるのは結構な重労働である。

「わざわざすまない。君は?」
「妹さんのクラスメイトで遠峯勇斗です。なのはのお兄さんとお姉さんですよね。お噂はかねがね」
「へー、なのはのクラスメイトなんだ。私は高町美由希。それでこっちが恭ちゃん。よろしくね」
「はい。こちらこそ」

 夜中に小学生の妹を送り届けた子供に対してこういう反応は正しいのだろうか?
 普通は真っ先にもっと色々質問攻めするものだと思うのだが。

「ね、最近うちのなのはいつも遅くまで出歩いてるみたいだけど、もしかして君も一緒なの?」
「まー、付き添いみたいな感じですけど」
「ふーん、そうなんだ」

 美由希さんは興味深げにしげしげと俺に目を向ける。

「ゆーと君もこれからおうちに帰るの?」
「はい、そのつもりですけど」
「そっか。じゃ、恭ちゃん。私、この子を家まで送ってくね」
「あぁ。勇斗君、だったか。次は明るいうちに来てゆっくりしていくといい。なのはの友達なら大歓迎だ」

 なんだかわからないウチに話がとんとん拍子に進んでいる。

「え、あ、はい?ええと、じゃなくて、一人で帰れるので大丈夫ですよ」
「あはは、そういうわけにはいかないよ。こんな時間に君みたいな子供を一人で帰せないって。さ、いこいこ」
「おおっ!?」

 あれやこれやと言う間に美由希さんに肩を押されて歩き始める。
 肩に乗っていたユーノはすぐさま飛び降り、恭也さんの足元へ。

「あ、えっと。失礼します」

 恭也さんに会釈して帰路へと着く。美由希さんにがっちりと肩をホールドされたまま。
 まぁ、せっかくの厚意を無理に断ることもないか。

「ねーねー。うちのなのはとはどういう関係なの?」
「えーと、秘密を共有した共犯といったところでしょうか?」
「秘密を共有……ねぇ。なるほど、なるほど」

 美由希さんが何を考えているかは何となく想像がつかないでもないけども下手に突っ込まれても返答に困るので放っておこう。
 その後も学校のことなど、他愛の無い話をしながら俺の家まで歩いていくのだが、

「えっと、何も聞かないんですね」
「ん?色々聞いてるじゃない。学校でのなのはのこととか」
「いや、そうじゃなくてあいつが遅くまで歩き回っている理由のことです」

 俺の言葉を聞いた美由希さんは、ああ、そのことね、と頷く。

「自分で考えて自分がやるって決めたことなら、基本的に口出ししないのがウチの方針なの」
「相手が小学三年生でもですか?」
「うん。良し悪しの判断はしっかりできる子だから。もちろん、危ないことしてないかっていう心配は尽きないんだけどねー」

 深々とため息をつく美由希さん。その瞳には妹に対する深い憂慮の色が浮かんでいた。

「でも、あの子が本当にやりたいことなら最後までやらせてあげたいっていうのがウチの家族みんなの意見」

 まぁ、原作でのやりとりから予想できた答えではあるけれども。実際に聞いてみるとそこまで信頼できるのって改めて凄いと思う。

「……そのうち自分から全部話してくれますよ」
「うん、私もそう思ってるよ」

 そう言って美由希さんは優しく微笑む。

「ゆーと君はなのはの事情、全部知ってるの?」
「えぇ、まぁ」
「そっか。君みたいな子がなのはと一緒にいてくれるなら、お姉さんも安心できるよ」

 任せてください!と、見栄を切って言いたいところなのだけども生憎俺にできることは限りなく少ない。
 安易に頷けない自分が恨めしい。そんな俺の内心を知らずに美由希さんは朗らかに言葉を続ける。

「なのはも中々頑固で、一度こうと決めたら絶対に譲らない性格だからゆーと君も苦労してるでしょー」
「まったくですね。もうちょっと頭柔らかくしないとこれから苦労しますよ」

 と、そこまで言った所で未来の彼女の姿を思い浮かべ、思わずため息が漏れる。

「……まぁ、本人に苦労してる自覚はなさそうですけど」
「あはは、そうだねぇ。どうもウチの家系はそんな人間が多いみたい。一度決めたらとことん突っ走っちゃうんだよね」
「一般人の視点からするともうちょい気楽にかつ息抜きして欲しいところですね。危なっかしくて見てるこっちがヤバイっす」

 アニメや漫画を見てるときとは違う。少なくともこの世界に生きている俺にとってここは現実なのだ。
 目の前で小さな女の子が怪我をしたり無茶をするようなことはできる限り避けたい。じゃあ、そうならないようにどうすればいい?と、考えても中々良い手が浮かばないから困りものだ。

「ゆーと君はいい子だね」

 なんて思案してると頭を撫でられた。

「なのはのこと、よろしくね」
「できる範囲で頑張ります」
「うんうん、それでじゅーぶん」

 美由希さんの笑顔にほんの少し救われた気分になる。
 できることは少なくともできる範囲で頑張っていこうと、改めて思った。










 それから二週間後。高町、月村一家+アリサ一行は温泉へ。なのはにそれとなく誘われはしたものの、丁重に辞退した。
 や、だってあの三人娘の中に男一人って中々辛いものがあると思うんだ。ユーノが喋れればまだ話は変わってくるのだけども。
 先週末になのはが月村家に行った時、既にフェイトと遭遇したらしい。俺自身はお呼ばれしていないため、その場には居合わせていなかった。
 フェイトに負けたなのはが気絶したことをユーノから連絡された時は、適当な理由つけて同行すりゃよかったと後悔する羽目になったのだが。
 なにぶん十年以上前の記憶なので、色々とあやふやな上、記憶がごっちゃごっちゃになっている。
 フェイトと初めて会ったときに負けること自体は覚えていたが、それがどこで、なのはが怪我をするということをすっかり忘れていた。負けるにしても、てっきりフェイトが上手く手加減して、無傷だと勝手に思い込んでいた俺の失態である。
 その場にいて何ができたとも言えないのだが、なんとも言えない後味の悪さだけが自分の中に残されている。
 美由希さんに言われて、できる範囲で頑張ろうと心に決めたものの、自分の存在意義というものに疑問を禁じえない。
 今回の温泉の件でも一応、なのはにフェイトと遭遇するかもしれない危険性と戦いに関してのアドバイスはしてある。
 と言ってもなのはにはまだ絶対的に経験が足りてないし、レイジングハートにもフェイトのデータは揃っていない為、結果的には大して変わらないだろう。
 そう考えると俺も同行すべきかとも考えたが、いざ魔法戦闘になったら俺に手出しできることはない。下手すりゃ足手まといにすらなり得る。
 何事もできる範囲でやりくりするしかないのだが、手札の絶対数が足りないってのは致命的だ。せっかくの予備知識もなんら使いこなせやしない。
 結局、俺に出来るのはこうやって街を歩き回って地道なジュエルシード探索くらいのもの。
 とりあえず今は手探りでもなんでも、それぞれのできることをやっていくしかない。

「今はできることを、ね」

 笑えるくらい自分ができることがしょぼくて泣けてくる。
 本当にやれやれだ。

「ジュエルシード、めっけ」

 一日中歩き回った甲斐があり、ようやくジュエルシードを発見することに成功する。ここ最近はまったくと言っていいほど街中での発見は無かったのだが久々の大当たりである。
 幸いまだ発動の気配は無い。これならなのは達が戻ってくるまで大丈夫だろう。これでほんの少しでもなのはの負担を減らせると思った俺は上機嫌で自宅への帰路へと着くのだが、

「まー、こういう展開もありうるわけでして」

 予想していなかった事態に深々とため息をつく。最近、ため息の回数が増えてるなぁ。
 予想はしていなかったが、有り得ない出来事ではなかった。うーん、もっとイレギュラーな事態も想定しておかないとダメだな。
 目の前には漆黒のデバイスを携え、黒いマントに身を包んだ金髪ツインテールの黒き魔法少女。
 ちゃきんと斧の形状をしたバルディッシュをこちらへと指し示し、黒の少女は宣言する。

「ジュエルシード渡して貰うよ」

 黒の少女、フェイト・テスタロッサは抑揚の無い瞳で真っ直ぐにこちらを見つめていた。
 さてさてどーしたものでせうか。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

ジュエルシードを見つけた勇斗の前に立ちはだかったのは黒衣の魔法少女。
母のため。
自らの全てを賭ける少女を前に、勇斗はある決意を固めるのであった。

勇斗『勝者には栄光を、敗者には憐れみの声を』





[9464] 第三話 『勝者には栄光を、敗者には憐れみの声を』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:29
「何のことかわからんな。そもそも君、誰?」

 とりあえずとぼけてみることにした。
 この頃のフェイトは精神的な余裕が無いとはいえ、いきなり問答無用で襲ってくることは無いだろう。
 辺りからは人気がなく、どこか異質な雰囲気を漂わせている。前にユーノに頼んで見せてもらったのと同じだ。既に結界の中に取り込まれているらしい。アルフもどこかに潜んでるんだろうか。

「バルディッシュ」
『put out』

 フェイトの呼びかけに携えた漆黒の戦斧――バルディッシュの宝玉から小さな宝石が放出され、フェイトの掌へと収まる。

「あなたはこれと同じものを持っているはず。それを渡して」

 有無を言わせない口調で言い放つフェイト。
 逃げるのも戦うのも無理。まぁ、別に俺が持っててもしゃーないから渡してもいいんだけども。ただ渡すのも何か抵抗があった。
 ジュエルシードの暴走体と違って話が通じる相手だからか、俺の気持ちにもずいぶん余裕がある。
 どうしたものかと思案する俺の耳に、それは突然と聞こえてきた。



 きゅるるる~



「…………」
「…………」

 確かに聞こえてきたその音は、日常生活において特別珍しいものではない。珍しくは無いのだが、この状況下では不釣合いというか相応しくないというか。
 なんか緊張感とかそういったものが色々台無しである。一応、音の出所は俺ではない。

「えっと……」
「渡してください」

 なんとも居た堪れない気持ちで声をかけたのだが、凛とした声で一蹴される。それはいいのだが、フェイトはこれ以上ないくらい赤面していてまるで怖くない。心なしかその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
 この世界にフェイトが来て何日目なのかは知らないが、フェイトの性格からして、食事や睡眠の時間も削り、可能な限りの時間をジュエルシード探索に宛てていたのだろう。母親のために一分一秒でも早くジュエルシードを持ち帰るために。

「な、なんですかっ、その同情するような目はっ!なんであなたが涙ぐむんですかっ!?」

 顔を真っ赤にしてどんなに怒鳴ったところで威嚇にもなりゃしない。心なしか突き出されたバルディッシュにも哀愁が漂っているようにも見える。
 ご飯を食べる時間すら削ってお腹を空かせてるなんて……フェイト……不憫な子っ!

「ジュエルシードは確かにここにある。渡してもいいけど一つ条件がある」
「条件?」

 俺の言葉に今の気まずい雰囲気を払拭できると考えたのか、フェイトはきりっと咳払いした後に表情を改め、警戒心剥き出しの視線をぶつけてくる。
 さっきの腹の音が無ければもっと様になってたんだけどなぁ。

「私が力尽くで持っていくとしたら?」
『Scythe form. Setup』

 バルディッシュのヘッドが旋回し、金色の光による刃が形成される。
 単なるブラフ。威嚇のつもりだと思いたいが、なのはに問答無用で攻撃をしかけた前科があるので過信はできない。母親の為に必要となれば一線を越える覚悟を持っているはずだ。もっともできる限り怪我をさせないように注意を払ってくれるだろうけど。
 とはいえ、

「少なくとも、条件の内容も聞かずに襲ってくるほど危ないやつじゃないだろ?」

 腕組みの体勢でふぅん、とどこかの社長ばりに鼻を鳴らす。こういった場面では強気の態度こそ成功の秘訣なのだ。
 実際に力尽くでこられたら抵抗すらできないけどなっ!

「……条件の内容は?」

 俺の言葉を否定も肯定もせずフェイトは問う。その視線を真っ向から受け止め、俺は不敵な笑みを浮かべ、

「一緒にご飯を食べよう」

 フェイトの目が丸くなった。ちょっと可愛いかも。と、思ったのもつかの間、すぐに目を細めて睨んできた。

「何を考えているの?」
「腹が減った」

 その言葉が嘘偽りないことの証として、今度は俺の腹の虫が音をあげる。

「や、一人で飯食うのも味気ないじゃん?どうせなら道連れが欲しいなぁと思いまして。もちろん俺のおごりで」

 警戒心を顕わにして睨んでくるフェイトに他意はないよーと意を込めてひらひらと両手を上げる。
 今日は家族が用事で出払っているので元々一人で外食の予定だったし。
 今の俺にフェイトをどうこうする手立ては思い浮かばないが、せめて美味しいものでも食べさせてあげたいと思うのは人として当然の感情だろう。
 そういや、こっちの世界のフェイトの食事事情ってどうなってるんだろうか?外食……っていうイメージはないな。自炊もなさそう。どっちかっていうとコンビニ弁当とかでひっそりと、っていう気がする。アルフはドックフードバリバリ食ってそうだなぁ。

「俺が信用できないってんなら、先にジュエルシード渡すよ?俺と一緒にご飯食べると約束するなら」

 両手を上げてもフェイトは警戒を薄める様子はない。まぁ、この世界では異質な存在である魔導師を前に平然としてるだけで不審に思われるのも当然だろう。

「断ったらどうするの?」
「ふぅん。それはそのときのお楽しみだな。フェイト・テスタロッサ」
「……ッ!?」

 名乗り出ていない名前を言い当てられ、更に警戒を強めるフェイト。ふぅん、その程度で動揺を表に出すようではまだまだだな。

「名前だけじゃない。ほかにも色々知ってるぞ?ミッドチルダ出身の魔導師で、使い魔は狼のアルフ。師はリニス。母親はプレシア・テスタロッサ」

 俺の言葉にフェイトは隙の無い構えでバルディッシュを構え直す。
 この世界の一般人であるはずの俺が知りえるはずのない情報を次々と口にしているのだ。フェイトでなくても警戒するだろう。
 何故、こんなことを話すのかというと、俺が只の一般人ではないと警戒させ、いきなり戦闘を仕掛けるような迂闊な真似を抑制する為である。
 こんな情報だけでは戦闘力があるというブラフにもならないが、警戒心を煽るには十分だ。

「力尽くで来るならそれも良い。だが、相応のリスクを覚悟してもらおうか」

 後先考えずにノリで喋る俺自重。多少の厨ニ病も小学生の今なら許される。多分。
 万が一、力尽くでこられたら全力で謝ろう。

「お前が選べる選択肢は三つ」

 フェイトに向けて指を一本立てる。

「一つ目、このままジュエルシードを諦めて帰る。二つ目、力尽くで挑み、返り討ちに遭う」

 一本ずつ指を立てていき、三本目の指を立てる。

「三つ目、俺と一緒にご飯を食べ、無傷でジュエルシードを持っていく。無論、一緒に食べるならアルフの分も一緒に奢ろう」
「……あなたは一体何者なの?」
「禁則事項です」

 ふふんと不敵な笑みで取り繕う俺。さすがに指を口に当てる仕草は自重した。
 俺の提案に頷かないのは罠か何かを警戒してか。既に俺のことは現地の一般人ではなく、ミッドチルダの魔導師か何かだと警戒しているのだろう。
 フェイトはバルディッシュをこちらに構えたまま逡巡する。
 ふむ、もう一押しか?

「ちなみに。力尽くで来た場合や約束を破った場合には返り討ちの他に罰ゲームがある」
「罰ゲーム?」
「そう。とても残酷かつ屈辱的な罰ゲームだ。果たして豆腐メンタルの君に耐えられるかな?」
「……豆腐メンタル?」

 豆腐メンタルの意味は伝わらなかったらしい。ですよね。残念。

「その内容とは……」
「……」

 緊張のためか、ぎりっとフェイトのバルディッシュを握る手に力が篭る。

「さっきお腹の音が鳴った事をプレシアにばらすっ!!」



「え?」



 予想だにしていなかった言葉にフェイトの口がぽかんと開かれる。

「プレシアだけでないっ!お前がこないだ戦った白い魔導師とその使い魔にもばらすっ!無論アルフにもなっ!」
「…………な、ななななっ」

 その光景を想像したのか、はたまた先ほどの羞恥心が蘇ってきたのか、再びフェイトの顔色が朱に染まり、バルディッシュを持つ手がわなわなと震え出す。

「なんでそうなるんですかっ!?」
「ふぅん。勝者には栄光を、敗者には憐れみの声を。当然のことだ。無論、俺が勝っても負けてもプレシアには言いふらす。お前に友達や知り合いが増えるたびに言いふらし続ける!」
「う、ううううっ」

 涙目で唸るフェイト。大人びていても九歳。羞恥心のあまり正常な思考ができていないようだ。さすが生粋のM属性。いぢめがいがある。
 自分に友達や知り合いが増える、といったことは今の時点で考えもしていないだろう。
 だが、自分が溺愛する母親に自らの恥を知られたらと考えさせるだけで、フェイトの精神を揺さぶるのは容易い。
 当たり前だが俺にプレシアと話す手段などは一切ない。

「無論、俺の条件を飲むなら今後一切他言しないと約束しよう。さぁ、どうする?どうする?どうする?君ならどうする!?」

 と、フェイトに決断を迫る俺。元の年齢でやってたら確実に犯罪者っぽい。今が子供で良かった。
 とはいえ、ネタに突っ込んでくれる人間がいないのもそれはそれで寂しい。
 誰かツッコミを入れてくれる相方も欲しいなぁ。

「…………わかった。条件を飲む」

 やけに長い葛藤の末、フェイトは搾り出すような声で呟いた。選択する余地がないくらい判断の材料を与えたのに何故そんなに悩む?
 そんなに俺と一緒に飯食うのが嫌なのか?繊細な俺はちょっとショック受けてしまうぞ。どう考えても俺が余計なハッタリかましたせいですね、はい。

「んじゃまー、交渉成立。ほい、ジュエルシード」
「え?わっ!?」

 背負っていたバックからジュエルシードを放り渡す。呆気にとられたフェイトが慌ててジュエルシードを片手でキャッチ。
 さすがフェイト。不意打ちでもあっさり対応できる運動神経半端ねぇ。

「え……と。バルディッシュ、これ本物?」
『Yes, it's genuine』(はい。それは本物です)

 うわぁ。まるで信用ゼロ。
 ジュエルシードを封印して格納したフェイトは、未だにバルディッシュを構えたままこちらを警戒している。

「さて、さっさと飯食いに行こ。いい加減、空腹で限界なんだけども」
「……本当に何を考えてるの?」
「飯を食いたい」
「……はぁ」

 やがて、これ以上は取り合っても無駄と判断したのか、ようやくフェイトはバルディッシュを下ろしながら小さくため息をついた。
 何かすごく失礼なことを考えられている気がするのは、多分気のせいじゃない。

「で、害意がないと判断してくれたところで飯に付き合ってくれんの?」
「……一応、約束だから」

 不承不承といった感じに呟いて、バリアジャケットを解除し、赤と黒のワンピース姿になるフェイト。
 ふむ。無印だと私服ってあんま見られないから割とレアだった気もする。
 っていうか全身黒づくめって普通バランスが悪いんだけど、この子の場合髪の色とか肌の色合い的によく似合っている。

「似合ってるな、その服」
「……そう」

 せっかく褒めてたのにあっさりと流され、俺涙目。

「さて、何か食べたいもののリクエストとかある?」
「……よくわからないからまかせる」
「らじゃ」

 フェイトが結界を解除し、辺りの喧騒が戻ってきたのを確認しながらどこに行こうか思案するのであった。






 まぁ、まだ夕方過ぎとは言え子供だけで入れる店なんてそう多くはないわけで。結局近場のファミレスに来ました。

「そういやアルフはいいの?」

 お互いに向かい合わせに座り、メニューを広げながら聞いてみる。

「うん、今は別のところにいるから」
「温泉?」

 原作どおりならなのはと同じ温泉に言ってるはずだ。

「……本当に何者なの?」
「ただの通りすがりの小学生です」
「……」

 あからさまに信じてないという目で睨まれた。

「まぁ、俺自身はフェイトの邪魔しようとか思ってないから大丈夫。それは信じてくれると嬉しいかな」
「……うん」

 躊躇いがちに頷いてくれたが、実際のとこは半信半疑だろう。自分でも今までの言動を鑑みると怪しすぎる。
 毎度の事ながらもうちょい後先考えて行動しようね、俺。

「ま、細かいことはいいから早くメニュー選んで。いい加減さっさと食いたい」
「え、あ、うん」

 俺に促されてメニューへと目を向ける。俺は既に決まっているのでこっそりとフェイトを観察。
 ファミレスなんてロクに来たことがないだろう彼女は、興味津々と言った感じでうんうん唸りながらメニューの端から端へと目を動かしている。
 こういった仕草は年相応で非常によろしい。

「決まった?」
「う、うん。大丈夫」
「はい、どうぞ。これ押すと店の人が注文取りに来てくれるよ」

 そっとフェイトの目の前に店員を呼ぶボタンを差し出す。

「これを押す……うん」

 緊張した面持ちで意を決したように手を伸ばすフェイト。
 やばい、フェイト観察がちょっと楽しくなってきた。



 注文から料理が運ばれてくるまでは何事もハプニングは無く。

「フェイトー、こっち向いてー」
「え?」
「はい、チーズ」

 パシャリと、フォークを咥えたフェイトを写メで撮る。
ちなみにフェイトが頼んだのはスタンダードなハンバーグでした。
ここら辺もお子様っぽくて良い。

「え……と、何?」
「写メって言って携帯のカメラで写真撮った。後でなのはに自慢しようと思って」

 状況が飲み込めないフェイトに携帯を見せたのだが、そんなことをしてどうするんだと首を傾げられた。
 まぁ、人との関わりがほとんどないから反応もこんなもんかな。

「……なのは?」

 そっちか。
 そういえば名前覚えてないんでしたね。いや、そもそもまだ名乗ってすらいなかったんだっけ?

「この前君が戦った白い子の名前」
「あの子の知り合いなの?」
「知り合いってか友達だけど」

 フェイトの目がほんの少しだけ見開かれる。さっきの会話でなのはの事もちらっと話題に出したけど聞いてなかったらしい。

「私があの子と戦ったの知っててなんでこんなことを?」
「まぁ、そっちにも事情があるの知ってるし。それはそれ。これはこれ。俺は一緒に飯食いたかっただけだし」

 拳と拳の語らい、もといフェイトとの説得というか心の壁をぶち壊すのはなのはに丸投げである。
 なんとかしたい、とは思っても、今の俺にできるのはこういった意味があるのかというくらいささやかなサポートくらいのもの。
 せつねぇ。もっと派手に傀儡兵とか暴走体相手に無双したいでござる。

「私はまたあの子と戦うかもしれない」
「だろうねぇ。俺としてはお互いに怪我しない程度に頑張ってという感じだけども」
「……変な人」

 無表情でどうでもよさそうに呟かれ、フェイトはハンバーグを食べるのを再開する。

「容赦のないお言葉ありがとう」

 とても何か言い返したい気分ではあるのだが、フェイトから見た俺の行動は不審人物そのものなので否定できない。
 その後は、大した会話もなく、二人で淡々と食事。我ながら味気ない。
 まぁ、運ばれてきた(俺が勝手に頼んだ)パフェに密かに顔を綻ばせたフェイトが見れたので良しとしよう。
 本人は隠しているつもりでも全然隠しきれていないのが微笑ましかったり。もちろんしっかりと写メを撮ったら少し睨まれた。
 そんなこんなである意味充実した夕食に満足しつつ、会計へ。
 そして財布の中身を見て凍りつく。

「あれ?」

 こないだまで入ってたはずの樋口さんがいない?


「…………」

 しまった――――っ!!
 昨日、新作のガンプラを買ったんばかりだった。
 タラリと冷や汗が額を伝う。やべぇ、金が足りんかも知れん。

「えっと、もしかしてお金足りないとか?」

 財布を覗いたまま硬直した俺にフェイトが気遣わしげな視線を向ける。

「お金なら私もあるよ?」
「い、いや、大丈夫っ!大丈夫なはずっ、多分!」

 慌てて財布の中の全財産を計算する。
 やべぇ、自分から奢るとか言っといて金が足りないとか悲惨すぎるし、恥ずかし過ぎる。
 男の尊厳の大ピンチだ。頼む。財布の中身よ、足りてくれ!



 天は俺を見放した。




「さ、三百円貸してください……」

 軽く死にたくなった。

「私も半分出すから」
「いや、いいっ!三百円!三百円だけでいいっ!それも次会ったときに必ず返すからっ!!」

 フェイトの申し出は断固拒否。つまらない意地だけどここは男としてどうしても譲れないのだ。もう男としての矜持とかプライドとか粉々に砕け散ったけどなっ!
 結局、フェイトは俺の切なる懇願を聞き入れ、三百円だけ貸してくれ、無銭飲食という危機は逃れた。
 逃れたのだけども、フェイトの憐れむような優しげな視線が終始ザクザクと心に突き刺さって痛かった。
 泣きたい。

「えっと、今日はごちそうさま。ありがとう」
「イイエ、ドウイタシマシテ」

 情けなくてまともに目を合せられない。

「えっと、そんなに気にしなくても……」
「じゃ、今度会ったときに三百円は必ず返すから!それじゃ、また!」

 それ以上、顔を合せているのが気まずくてダッシュで逃げた。
 幸いにもフェイトが追ってくることもなかったのだが、この日の俺はなのはにメールすることも忘れ、枕を涙で濡らすのだった。
 ドチクショーッ!!










 いきなり背を向けて走り出した少年をフェイトは呆然と見送っていた。
 一体、あの少年は何者なんだろうと、あの少年と出会ってから幾度となく繰り返した疑問に首を傾げる。正直、彼が何を考えているのかまったく理解できない。
 自分のことやアルフだけでなく、母親のことまで知っていた。それだけでただの現地の一般人ではないことはわかる。わかるのだが、彼の行動原理があまりにも謎だった。
 彼の様子からしてジュエルシードがロストロギアであると把握している。ジュエルシードを持っていたのは偶然ではなく、おそらく自分の意思で探し出したものだろう。にも関わらずあっさりと自分にそれを渡し、あまつさえ自分を食事に誘う。何かの罠かと終始警戒していたが、それも結局は徒労に終わる。
 得体の知れない相手……かと思えば、先ほどのような間抜けというにもお粗末なことをやらかす。
 本当に何から何までわけのわからない少年だった。

「変な子……」

 さきほども口にした言葉をもう一度呟き、フェイトはアルフと合流すべく、海鳴温泉へと向かう。
 あのわけのわからない少年のことを、どう自分の使い魔に説明すべきか頭を悩ませながら。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

フェイトと戦い、完敗したなのはは思い悩んでいた。
敗北、ジュエルシード、そして話もできなかった悲しげな瞳の少女。
なのはを励ますため、行動を起こす勇斗。
果たして、勇斗は少女に笑顔を取り戻すことができるのか。

アリサ『うるさい』



[9464] 第四話 『うるさい』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:30

「俺のターン。思い出のブランコ発動。レッドアイズブラックドラゴンを1ターンのみ墓地から復活させ、魔法カード黒炎弾」

 黒炎弾の効果によって相手ライフに2400のダメージを与える。

「更にレッドアイズブラックドラゴンをリリースし、レッドアイズダークネスドラゴンを召喚!」
「こ、攻撃力5400……!?」
「こっちの墓地のドラゴンの数を正確に把握してるお前にビックリ。レッドアイズダークネスドラゴンの攻撃で俺の勝ちー」

 レッドアイズいいよレッドアイズ。向こうの世界でやってた一期から久しぶりに遊戯王やったら凄い変わっててビックリ。
 いつの間にかレッドアイズのサポートカード増えてて俺大喜び。シンクロとか融合涙目過ぎる。
 こっちの世界でも遊戯王は小学生に大人気でした。遊戯王すげー。
 フェイトとの出会いから二日後。俺の魂のレッドアイズデッキでクラスメイトをフルボッコしつつ、なのはの席へと目を向ける。
 なのはから電話で温泉のあらましを聞いた後、今日改めて相談ということになったのだが、肝心のなのはがまだ登校してきていない。
 まぁ、どのみち俺がまだ念話使えないのと、周りの目があることもあって放課後までロクに話せないんだけども。

「くそっ、もう一回だっ」
「あいあいよー」

 遊戯王はこの世界にもあったけどデュエルディスクはこの世界になかった。残念。一度あのノリでデュエルとかやりたかったんだけどなー。
 スカさんあたりに頼んだら作ってもらえないだろうか。ふとフェイトとなのはがバリアジャケット姿でデュエルしてるところを想像してみた。

 やべぇ、みてぇ。

 などと、アホなことを考えてるうちになのはが登校していて、いつも通りアリサ、月村と話しこんでいた……のはいいんだが。
 めちゃくちゃ落ち込んでますと、これ以上ないくらい顔に書いてあった。なのはと話している二人もそれに気づいていて、顔を曇らせている。
 もうちょい、隠せよ、と言いたいが小学三年生には無理な注文か。早めにフォロー入れとかないといけないなぁ。

「疾風のゲイルを特殊召喚!」
「げっ、BF自重しろ」

 余所見していたらBFにフルボッコされたでござる。






「あっ、ちょっとごめん」

 いつものように三人でお弁当を食べてると、なのはの携帯からメールの着信を告げる音が鳴り響く。

「誰から?」
「えっと、ゆーとくんからだ。なんだろ?」
「アンタ、最近あいつと仲良いわよね。なんかあったの?」
「あー、えっと、まぁ、色々ありまして」

 まさか魔法の関連の事件に関わることになったと説明するわけにもいかず、適当にお茶を濁すなのは。
 だが、アリサとしては今のあからさまに落ち込んでいるのに何も話そうとしないことに加え、更に隠し事をされているようで非常に面白くない。
 その不満を隠そうともせず、ぷくーっと頬を膨らませていた。

「アリサちゃん、ヤキモチ?」
「誰が誰によっ!?」
「うふふ、誰だろうね~?」

 話題になった少年とアリサの間にちょっとした確執というか因縁があるのを承知の上での言葉である。
 ムキーっと言い返すアリサと宥めるすずかにほんの少しだけ笑みを零したなのはは、飲み物を飲みながら少年からのメールを開き、


盛大に噴き出した。


「うわっ、きたなっ!?」
「な、なのはちゃんっ!?」
「け、けほっ、ごほっ」

 突然、噴き出してむせるなのはの背中をさする二人。
 こっそりとなのはの携帯を覗き見ればそこにはフォークを咥えた同い年くらいの金髪の女の子の姿があった。

「だ、大丈夫っ!?」
「いきなりどうしたのよ?」
 
 なのはの背中をさすりながら、二人して顔を見合わせるアリサとすずか。この少女の何がなのはをここまで動揺させたのかさっぱり検討がつかない。

「ご、ごめん。ちょっとびっくりし……て?」

 二人のおかげでなんとか落ち着いたなのはの目に、むせた原因となったメールの差出人である少年の姿が映る。
 それはひとまず良しとしよう。だが、問題は少年が手にしていたものにあった。携帯電話。メールを送ったのが彼であるならば携帯を持っていることも当然。だが、その持ち方はメールを送ったというより、どう見えても携帯に備えられたカメラを使用した持ち方である。
 カメラを手にした彼が何を撮ったのか。あまり嬉しくない想像がなのはの頭をよぎる。
 そしてそれを証明するかのように少年はニヤリとしか表現のしようのない笑みを浮かべ、ゆっくりと背を向ける。

「アリサちゃん、すずかちゃん、ちょっとゴメンっ!!」
「ちょ、ちょっとなのはっ!?」
「なのはちゃんっ!?」

 そそくさと食べかけのお弁当を片付け、慌てて少年の後を追いかけるなのは。残された二人はその後を追うことも出来ず、ただただ呆然とするばかりであった。

「もー、なのはもアイツも一体何なのよーっ!!」
「お、落ち着いて、アリサちゃん」

 いつもの癇癪を起こすアリサを宥めるすずかだったが、不意にアリサが浮かべた表情にズサリと後ずさる。

「フッフッフ、こーなったらもう直接アイツをとっちめてやるわ。全部アイツが原因に違いないっ!そうに決まってるわっ!」
「ア、アリサちゃん?」

 何やらヤバイ感じにテンションの上がってる親友にドン引きのすずかであった。






「ゆーとくんっ!!」
「廊下を走ってはいけません」

 屋上から逃走して間もなく、ダッシュで駆け寄ってきた白い悪魔に補足された。
 まぁ、こっちは普通に歩いてただけだから当然なのだけども。

「えっ、あうぅ。って、そうじゃなくてさっきの写真どういうことっ!?」
「いやぁ、狙ってはいたんだけどまさか、あそこまで上手くいくとは思わなかった。ほら、見て見て、虹出てる」

 さっき激写したばかりのなのはが噴き出した決定的瞬間の写メを見せる。
 我ながら絶妙のタイミングだった。せいぜいフェイトの写メにビックリして驚いた面白顔を撮ろうとしただけなのに、ここまでのネタに昇華させられるとは思わなかった。

「に、虹なんて出てないもんっ!っていうかなんでそんなの撮ってるのっ!」
「いや、面白そうだったからつい」

 わたわたと顔を真っ赤にして、両手を振り上げるなのはに真顔で返す。

「つ、ついじゃないよっ。そんなの早く消してっ!」
「えー?せっかくこんなに綺麗に撮れたのに」
「綺麗とかそういう問題じゃないよっ!」
「おぉ、そろそろ昼休みも終わるね。戻らないと」
「まだ時間あるもんっ!」
「なに、レアカードをよこせ?なんというご無体。仕方ないなぁ、ほら」

 ポケットから遊戯王カードを一枚取り出してなのはに渡す。

「そんなこと一言も言ってな……ってこれゴキボール!レアカードですらないじゃんっ!」
「なんと、俺の魂のカード、レッドアイズをよこせと?なんという白い悪魔。残酷を通り越して鬼畜だ」
「だからそんなこと言ってないってばーっ!」

 そんなこんなでなのはさんで遊んでいるうちに昼休みは終了しました。
 結局、なのはの写メは削除させられてしまったが、事前に家のPCに送信済みでバックアップはバッチリだ。
 昼休みが終わった後も終始なのはに睨まれたけど、少しは元気が出たみたいだしオールオッケーだろう。多分。






「ちょっと付き合ってくれない?」

 放課後になった途端、金髪幼女に呼び出しを食らう。
 なんだか知らんけどめっちゃ不機嫌っぽい。一体俺が何をしたというんだろう?

「ごめん、俺ちょっと小学生は恋愛対象として見れないんだけど……」
「何の話をしてるかーっ!?」

 胸倉を掴まれて揺さぶられた。なんという理不尽。

「なのはっ!」
「は、はいっ!?」

 アリサ同様、俺に詰め寄ろうとしていたなのはの動きがピタリと止まる。

「ちょっとコレ借りてくわよ」
「え、あ、う、うん」
「え、何。俺、モノ扱い?」
「うるさい」

 思いっきり睨まれた。

『なんだかよくわかんないけど、後でフェイトちゃんのこと、ちゃんと話してよ?』

 アリサのあんまりな剣幕にビビりながらも念話を飛ばしてくるなのはに、苦笑しながら頷いて手を振る。

「じゃ、ちょっとこっち来なさい」
「ごめんね。アリサちゃん、どうしてもゆーとくんに聞きたいことがあるんだって」
「愛の告白ならあと八年後くらいだと嬉しいんだけど」
「するかっ!!」

 そしてズルズルと引き摺られるままに屋上へ。相変わらずこの子は俺に対して容赦ないなぁ。

「で、一体あんた、なのはに何したのよ?」
「いきなり俺悪者認定?」
「ほら、最近のなのはちゃんってよくゆーとくんと一緒にいるでしょ?だからアリサちゃん妬いてるんだよ」
「なるほど。ツンデレ乙」
「納得するなーっ!誰がツンデレかっ!?そもそもあたしが誰に妬いてるっていうのよっ!?」
「誰にって、ねぇ?」
「ねぇ?」

 月村と二人で顔を見合わせて頷く。

「むきーっ!」

 俺と月村の反応にアリサがますますヒートアップ。

「そこはむきーっじゃなくってうるさいうるさいのほうがポイント高いと思うんだな」
「シャラップっ!あんたは余計なこと言わなくていいのっ!すずかもこいつに合わせない!」
「と言われましても」
「ホントのこと言ってるだけだもんねぇ?」
「ねぇ?」
「あぁ、もうっ、あんたら二人はいつもいつもーっ!!」
「はい、どーどー」
「落ち着いて深呼吸してー。はい、すーはー」

 なにやら血圧がヤバイくらいに上がってそうなアリサを二人で宥める。そのうち血管切れるんじゃないだろうか。
 毎度毎度、実にからかい甲斐のあるお子様である。

「はーはー、もう、アンタに付き合ってると日が暮れるわ。いいわ、もうさっさと本題に入るわよ」
「どうぞ、どうぞ」
「あんたとなのは。最近二人でいつも放課後何かコソコソしてるでしょ?おまけになのはったらこないだから妙に落ち込んでるのに、アンタのメール一つで元気になるし……」

 最後のほうは何やら小声でボソボソと聞き取りづらかったが、アリサの言いたいことは大体理解できた。微妙に誤解されてるような気がしなくもないが。

「要約するとなのはがいなくて寂しいからあたしも仲間に入れろ。んでもって落ち込んだなのはを励ます方法教えろってことでOK?」
「うん、大体そんな感じであってるかな」
「なななな、なんでそーなるのよっ!?」
「顔真っ赤にして言われても」
「説得力ないよねぇ?」
「ですよね」
「ぐぬぬぬぬっ」

 アリサが今にも肉体言語で会話してきそうな件。怖い怖い。からかうのもほどほどにしておこう。

「まぁ、冗談はともかくとして」
「冗談っ!?」
「まーまー、落ち着いて」

 月村が宥めていてくれる間にどう伝えたもんか考える。流石に俺から魔法のことをバラすわけにもいかんのだけど。

「ま、確かに今のなのははちょっと面倒なことになってるけどさ。大丈夫、そのうち全部綺麗にまるっと収まるから」
「……あんたは関係ないの?」
「無関係じゃないけどどっちかっていうと俺はサポーター。主体はなのはだねぇ」
「……」

 そこで黙って睨まれても困るのだけども。

「そんな心配しなくても大丈夫だって。時間が経てばあいつもちゃんと話してくれるから」
「そんなのあんたに言われなくてもわかってるわよ……っ」
「でも、今なのはが困ってるのにあいつが何も話そうとしないのがムカつく?そんなあいつを助けられない自分が悔しい?」
「……っ」

 アリサの顔が悔しそうに歪み、月村が反射的にその手を押さえるように掴む。

「そうよっ!アンタの言うとおりよっ!悪いっ!?」
「んにゃ、全然。それでいいと思うよ。むしろ羨ましいくらい。おまえらみたいな親友がいるあいつがね」

 俺も友達くらいはいるけど親友と呼べるような間柄の奴はいない。それなりに小学生をやってはいるが、やっぱり性格的にクラスから時々浮いてる時もあるくらいだ。
 だからこの子らみたいに親友といえる存在がいるのは素直に羨ましいと思う。
 まぁ、前の世界でも恋人はいたけど親友はいなかったから、元々の性格に問題があるんだろうな、うん。

「ま、俺が今回、事情を知ってるのも、フォローできるような立場にいるのはホントただの偶然だし。そんなに嫉妬しなくても平気だよ」
「……あたしたちにできることはないの?」
「んー、いつもどおりにしてればいんじゃね?いつも通り話して喧嘩して。多分それがなのはにとって一番良いことだと思う」

 我ながらありきたりの言葉過ぎて、何のフォローにもなってない気がしてきた。どうしよう。

「ふぅん。それともあいつのこと信じられない?あいつ一人じゃ自分の悩み一つ解決できないとでも?」
「……あー、もうっ!わかったわよ!なのはのこと信じて待ってればいいんでしょっ!」
「おー、ぱちぱち」
「アリサちゃん、えらいっ」

 月村と二人で拍手で祝う。

「あんたら二人、絶対私のことバカにしてるでしょ?」
「そんなことないよ、ねぇ」
「ねぇ」

 月村の言葉に同意するように頷いておく。

「はぁ、もういいわよ。た・だ・し」

 俺たち二人が頷く様に諦観したようにため息をついたアリサはびしぃっと俺に指を突きつける。

「今回の件に関してはあんたに任せるっ!しっかりやりなさいよっ!」
「イエッサー、承りましたですー」

 アリサお嬢様の命令に敬礼で持って応える。

「うん、よろしい」

 俺の敬礼にアリサは腕組みして満足そうに頷き、月村はホッとしたようにため息をつく。

「私たちにできることがあったら教えてね。いつでも手伝うから」
「じゃ、十年後結婚してくれ」
「あはは、十年後に考えてみるよ」

 あっさりと流された。やはり月村は他の二人に比べて手強い。

「さて、んじゃ、俺はもう行くよ」
「なのはちゃんのこと、よろしくね」
「あいよ」

 月村の声に片手を上げて答えながら背を向ける。
 ちびっこの信頼を裏切らないよう、できるかぎりのことはしようと改めて思う。
 なんだかんだで、小さい子にはいつも笑って欲しいと思うのだ。
 柄にもない保護者気分全開のまま、なのはの元へと向かう。
 さてさて、なのちゃんにはどーやってフェイトのこと説明しましょうかねぇ。






「あ、ゆーとくん!」

 なのはと待ち合わせた公園に着くと、俺のことを見つけたなのはがすぐさま駆け寄ってくる。
 先に合流したらしいユーノもその肩に乗っかっていた。

「アリサちゃん達の話って何だったの?」

 俺を呼び出した時のアリサの剣幕がアレだったのでずっと心配してくれていたようだ。さっきまで俺に対してプンスカ怒ってたのに。切り替えが早いと言うか心配性というか。

「おまえのことをよろしくってさ。あと、困ったことがあったら何時でも力になるからって伝言」
「え?」
「二人ともおまえが落ち込んでるの気にしてたんだよ。今日のなのは、ずっと落ち込みモードだったからなぁ」
「わ、わたし、そんなに落ち込んでるように見えた?」

 自覚症状はなかったらしい。

「誰がどう見ても。なぁ、ユーノ?」
「うん。流石にあれはバレバレ、かな」
「うぅ……ごめんなさい」

 別に責めてるわけじゃないんだから、そんなにかしこまらくてもいいのに。

「はいはーい。謝るくらいならさっさと元気だしましょーねー」
「ふぁふぁにっ!?」

 シュンと落ち込むなのはの頬をむにむにと掴みながら引っ張る。

「おー、よく伸びる伸びる」
「ひひゃいひひゃいひやひいふぉー」

 じたばた暴れ出したので仕方なく指を離す。

「うぅー、ゆーとくんがいじめるー」

 うっすらと涙を浮かべながらほっぺを抑えるなのはに睨まれるがそこは大人の余裕でさらりと受け流す。

「子供同士の微笑ましいコミュニケーションです。なぁ、ユーノ?」
「あ、あははは……どっちかっていうと好きな子にちょっかい出すいじめっ子のような」
「ふえ?」
「はっはっは、ねーよ」

 ユーノの発言に目を丸くするなのはに苦笑せざるを得ない。
 冗談にいちいち反応せんでもと思ったけど、スルー技能を習得されると俺がつまらなくなってしまうので口に出さない。

「ま、それはさておき落ち込んでるなのはにご褒美です」
「あぁ、フェイトちゃんっ!?」

 俺が見せた携帯のディスプレイを見たなのはの目が驚きに見開かれる。ディスプレイにはパフェを目の前にして緊張した面持ちを浮かべるフェイトの姿。

「そうだよっ、さっきからずっと聞こうと思ってたけどなんでゆーとくんがフェイトちゃんの写メ持ってるのっ!?いつっ!?なんでっ!?どーしてっ!?」
「お、おおおっ?」

 物凄い剣幕で肩を揺さ振られる。肩を掴むなのはの力が思いのほか強くてビックリ。これが火事場の馬鹿力かっ。

「な、なのは、落ち着いてっ!」
「あ、ご、ごめん」

 イイ感じに脳を揺さぶられてる俺を見かねたユーノの制止に、ようやくなのはから開放される。
 できればもっと早く止めて欲しかった。

「うぅ、気持ちわりぃ」
「え、えと、それでなんでゆーとくんがフェイトちゃんと?」

 取り繕うように声を上げるなのはに何か言おうとも思ったが、これ以上引っ張るのも可愛そうなので素直に本題に入るとしよう。

「実はかくかくしかじかこういうわけで」
「わかんないからっ!」

 ですよね。

「えーと、なのは達が温泉に行ってる間にジュエルシードめっけたら、あの子に会って」
「え、ジュエルシード見つけてたのっ?」

 驚きの声を上げるフェレットの質問に頷き、

「うん。で、渡してって言われたからそのまま渡しちゃった。てへ」
「てへ、じゃないよっ!」
「うん。正直、自分でもキモイと思った。もうやんない」
「「そっちじゃないからっ」」

 ダブルで突っ込まれた。二人揃って息ぴったりですね。

「で、まぁ、お腹空いたから一緒にご飯食べに行っただけ」
「え、それだけ?」
「それだけ」

 一部やりとりを省略しているが、嘘は言っていない。
 ポカンと呆気にとられていたなのはだが、やがてその体がブルブルと震え出す。

「ずるい、ずるい!なんで私のときは話も聞いてくれなかったのにゆーとくんとは一緒にご飯まで食べるのっ!?いつの間に仲良くなってるのっ!?」

 そんな風に手をぶんぶん振って抗議されても困る。フェイトがなのはの話を聞かなかったのに俺は関係ないぞ。
 そもそもご飯食べただけでまともな会話らしい会話もしてないし、仲良くなったわけでもないのだがそこは黙っていよう。
 借金のことは間違っても口に出せない。

「えーと、ほら。なんていうか、これが恋?」
「変だよっ!」
「なのはの突っ込みレベルが上がった。おめでとう」
「絶対、君のせいだよね」
「いや、そんなに褒められると……」
「褒めてないから」
「はっはっは」

 このフェレットもどきも段々遠慮無くなってきたよね。よきかな、よきかな。

「うぅ、ゆーとくんばっかりずーるーいー!」
「さらにフェイトがジュエルシード集めてる理由も知ってるぜ。フハハ、うらやましかろう?」
「ううーっ」

 ぷくーっと、河豚のように頬を膨らまるなのはにニヤニヤせざるをえない。
 大分元気が出てきたみたいだけど、根本的な解決はしていない。もうちょっとだけ背中を押してやるとしよう。

「で、どうする?俺からフェイトの事情聞く?それとも本人から聞く?そもそもなのははフェイトをどうしたい?」

 まぁ、聞かれても教える気はないのだけども。俺から聞いたところでフェイトとの関係が前進するわけでもない。
 原作どおり、なのは自身の想いと言葉をフェイトにぶつけないと意味はないのだから。

「私は……私がしたいことは……」

 俺の問いになのは目を閉じ、自分の胸に手を当てて考え込む。そしてほどなくゆっくりとその瞳が開かれる。
 その瞳には先ほどまでとはまるで別人のような、確固たる意思と決意が刻まれていた。

「私は……あの子を知りたい。ちゃんと言葉を伝えて、あの子と話をしたい」
「うん」

 なのはの期待通りというか予想通りの言葉に俺は満足げに頷く。九歳のくせに俺なんかよりよっぽど芯が強いよ、本当。

「なら、なのはのやり方で思うとおりにやればいいよ。言葉をぶつけて、それでも足りなければ拳でも魔法でもなんでもいいさ」
「え、と、さすがに拳はちょっと……」
「はっはっは。愚か者めっ!世の中にはぶつかることで深く結びつく友情なんて腐るほどあるっ!」
「えぇぇ」
「って、そもそもアリサと仲良くなったのって拳で語り合ったからじゃなかったっけ?」

 ふと思い出したけど、確かなのはがアリサと月村と一緒にいるようになったのはそれからだったような気がする。

「あ、あー、そ、そういえばそんなこともあったかなぁ。あ、あははは。ってなんでゆーとくんがそれ知ってるのっ!?」
「や、屋上から下を見てたらたまたま目撃して。いやぁ、まさかタイミングよく見れるとは思ってなかった」

 よく考えたらあの頃から拳で語り合って仲良くなるお話の片鱗はあったのか。原作エピソードを目撃したことに興奮しててナチュラルにスルーしてた。

「あぁ、そういえばアリサと取っ組み合いしてる写メも残ってるぞ?距離あったからちょっと写り悪いけど」
「わー!わー!わー!見せなくていいからっ!!」

 携帯を取り出そうとしたら必死ななのはに取り押さえられた。今さら隠さなくても。

「そーかー。んでフェイトとも拳で語り合った末に仲良くなるんですね。なんという悪魔的お話」
「うぅ、べ、別に好きでそうなってるわけじゃないもん……」

 本能で実行してるわけですね。さすが戦闘民族。敵じゃなくて良かった。
 と、これ以上いじめたら立ち直れなくなりそうなのでこの辺りでやめておこう。

「冗談はともかく大丈夫。なのはのやり方で思ったとおりにやればいいよ。なのはの想いは絶対にフェイトに届くから。俺が保障する」
「……本当にそう思う?」

 不安そうに見上げるなのはにはっきりと頷く。

「もちろん。俺だって一緒にご飯食べるくらいはできたんだから。自信持ってやればいい。な」
「……うん。私やってみる!」

 俺の言葉になのはは力強く頷く。
 そう、こいつのどこまでも素直な言葉と想いは必ずフェイトに届き、確かな絆を結ぶ。
 俺はその未来を知っているのだから。

「んじゃま、お話をする前に撃墜されないよう、対フェイト戦対策の秘策を授けてしんぜよう」
「はい、よろしくお願いします!」
「……なんで勇斗がそんなことできるの?」

 勢いよく敬礼するなのはと対照的にユーノは訝しげな視線を向けてくる。空気嫁。

「ふぅん、愚問だな。フェイトのバリアジャケットを見ればスピードを優先し、防御を犠牲にした紙装甲だってのは一目でわかる。今までの話を聞けばフェイトのバトルスタイルや弱点ぐらい容易に想像がつくさ」
「そ、そういうものなの?魔法の知識すらないのに……凄い洞察力だね」
「へぇー、ゆーとくん凄い……って、なんで目を逸らすの?」
「いや、別に」

 本当のところはそんなの見てわかるはずもなくて、初めから予備知識として知っていただけである。
 そんな俺に向けられるなのはの尊敬の眼差しが眩し過ぎてちょこっとだけ良心の呵責があったりなんかして直視できなかったわけで。
 ……今後はもうちょい自重しよう。







 で、そっから先はレイジングハートの意見を交えながら小説の受け入りでフェイト攻略法と、今後のなのはの訓練メニューを相談したり。

「で、順調に前に俺が言ったとおりのハッピートリガーな砲撃魔法少女への道を歩んでるわけだが、世間一般の魔法少女なイメージとどんどんかけ離れていく感想はどう?」
「……お願いだから聞かないで」

 そのままフフフと暗い笑みで自嘲されては、流石の俺も突っ込めない。
 誰にも指摘されなかっただけで実は結構気にしてたのかもしれないなぁ。
 今日はなのはの塾があるので、今後の指針となのはの訓練メニューを決めたところでお開きとなる。
 なのはは帰宅後に塾へ。その必要がない俺とユーノは各自でジュエルシード探索となる。

「じゃ、また明日なー」
「あ、ゆーとくん!」
「んにゃ?」

 いつも通り手を上げて背を向けたところで呼び止められた。

「なんじゃい?」
「え、と、その、ありがとう。色々と」

 何を、と首を傾げる俺に構わず、なのはは言葉を続ける。

「ゆーとくんのおかげで色々なことに答えが見えた気がする。ゆーとくんがいなかったら、私ずっとうじうじしてたと思う」

 まぁ、俺がいなくても君は自分で答え出せたんだけどね。
 俺がしたのはその答えが出るまでの過程をちょっと変えただけで大したことはしていない。

「ま、細かいことは気にすんな。俺ができることなんてこんなアドバイスぐらいしかないんだしな」

 そう、俺に出来るのはこの程度。例えこの先に起きる出来事を知っていても、できる事など高が知れているのだ。
 フェイトがプレシアに虐待されているのを知っていても、なのはとフェイトが戦う時も、時の庭園の決戦時にもただ指を咥えて見てることしかできない。
 自分から首突っ込んでおきながらやってることがしょぼすぎて泣けるね、こんちくしょう!

「そんなことないよ」

 密かに自嘲する俺の内心を知ってか知らずか、なのははニッコリと微笑む。

「ユーノくんやゆーとくんがいてくれるから私も頑張れる。三人一緒だからここまでやれたんだよ」

 俺みたいな口先だけの言葉と違い、なのはのそれは本心からの言葉。
 自分より小さな女の子に励まされてどーするよ俺。

「なのはが恥ずかしいセリフを真顔で言ってるのだが、ユーノはどう思う?」
「えっ、ぼ、僕に振るの?」
「えと、ゆーとくん、もしかしてる照れてる?」
「いや、それはない」

 慌てるユーノを気にも止めずに、なのはは嬉しそうな笑みを浮かべるが、残念ながらまったく俺は照れてないのできっぱり否定しておいた。
 ちょっとだけもっと頑張ろうと思っただけだ。

「うー。ちょっとぐらい照れてくれてもいいのに」

 俺の顔を覗き込んだなのはは、実際に俺が照れた様子を微塵も見せてないことがとても不満そうだった。

「ふぅん。俺に対して優位に立とうなど十年早いわ」
「ぶー」










 そんなこんなでなのはがあっさりと笑顔を取り戻してから数日後。

「またもやジュエルシード発見。俺ってロストロギア探索の才能あるかもしれん」

 ただの運ですね、はい。
 見つけたジュエルシードをポケットにしまいながら、なのはと連絡を取るべく携帯を取り出す。
 まだ発動の予兆はなかったが、早めになのはに封印してもらわないと安心できない。
 なのは・ユーノ組とはあらかじめ捜索範囲を分けて別々に行動していたが、二人ともそう遠くない距離にいるはずだ。

『もしもし?』
「あ、俺だけ……どっ!?」

 突如として感じた魔力に息を呑む。ここら一体に広がるように魔力流が発生したのだ。
 電話の向こうでも同じように息を呑む気配が伝わってくる。

『ゆーとくん、これってっ!』

 なのはの切羽詰った声に、嫌な予感を膨らませながら首肯する。

「あー、フェイトとアルフだな。これ」

 あの二人も近くに来ていたのか。アレ?この展開って記憶にあるような?
 と思ったそばからポケットに入れたジュエルシードがヤバげな光を発していることに気付く。

「ヤ、ヤバッ……!」

 慌ててポケットに手を突っ込んでジュエルシードを取り出すが、すでにそれは辺りを覆いつくさんばかりの輝きを放っていた。
 ジュエルシードを放り出そうとするが、その行動に移る前に体の感覚が消失する。

『ゆーとくん!?どうした……!……!』

 電話の向こうから聞こえるなのはの声が遠ざかる中、ディバインバスターでフルボッコにされる自分の姿が脳裏によぎっていく。
 イ、イヤ過ぎる……!
 こんな展開聞いてねーよ!そもそもジュエルシードの暴走に巻き込まれて救出されるってまるっきしヒロインの役割じゃねーかっ!!
 俺、男だよッ!ヒロインじゃねーよっ!オリ主ならオリ主らしく格好良くヒロインを助ける役割やらせろよっ、ドチクショー!!
 そんな思いを声に出すことも叶わず、俺は意識を手放した。







■PREVIEW NEXT EPISODE■

思い悩み、戦い続ける少女を見守ることしかできない勇斗。
未来を知りつつも、少年にできることはあまりにも少ない。
少女の力になりたい。
皮肉にもその想いが新たな混乱をもたらすのであった。

ユーノ『黒いドラゴン』



[9464] 第五話 『黒いドラゴン』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:30

「なのはっ!」

 魔力流によるジュエルシードの強制発動。それをユーノが感知したのは、なのはに帰宅を促し、単独でのジュエルシード探索を開始してまもなくのことだった。
 すんでのところで広域結界を展開したユーノは、なのはと合流すべく駆け出し、すぐになのはの姿を見つける。
 なのはの方もジュエルシードの発動を感知しており、既にバリアジャケットを纏っていたのだが、そのなのはの表情がいつになく強張っているように見えた。

「ユーノくん、大変!ゆーとくんがっ!」
「勇斗がどうかしたの?」

 なのはの言葉からは表情以上に彼女が焦っていることをユーノに伝える。

「さっき電話してたんだけどいきなり通じなくなっちゃったの!いくら呼んでも掛け直しても繋がらなくてっ!」
「まさか……ジュエルシードの発動に巻き込まれて?」
「……多分、そうだと思う」

 彼との会話が途切れたのはまさに魔力流が発生した直後。状況を考えればジュエルシードの発動に巻き込まれたと考えるのが自然だろう。
 二人同時に顔をある方向へと向ける。そこにはビルとビルとの間から天を貫かんばかりに激しい閃光が発せられていた。

「あの子もすぐ近くにいるはず……。とにかくジュエルシードの封印をっ!」

 勇斗の安否は気がかりだが、このままジュエルシードの発動を看過するわけにもいかない。彼がジュエルシードの発動に巻き込まれているのならば、強制発動を促したフェイトとその使い魔への対応よりも、ジュエルシードを最優先に封印しなければならない。
 ジュエルシードの封印はなのはに一任し、ユーノ自身はフェイトらの襲撃に備え、周囲を警戒する。

「うん!レイジングハート、行くよ!」
『all right』

 ジュエルシードの発動地点までは距離がある為、長距離封印を行うべくレイジングハートを構える。
 四つの環状魔法陣がレイジングハートの周囲に形成され、その先端には桜色の魔力光が収束していく。

「ディバイーン……バスターっ!!」

 なのはの言葉をトリガーにその膨大な魔力を解き放つ。
 なのはが得意とする直射型砲撃魔法。膨大な魔力を放出するそれはシンプルであるがゆえに強力な威力を誇る、なのはの十八番ともいえる魔法である。
 そして、ジュエルシードを封印すべく解き放たれた魔力光は一つではなかった。
 なのはのいる場所とは別の場所から金色の光が迸る。なのはと同じようにジュエルシードを封印しようと撃ち放たれたフェイトの砲撃魔法であろう。
 いきさつはともかく、これでジュエルシードの封印は完了するはずだ。
 だが、その確信にも似たユーノの予想はあっけなく裏切られることになる。
 桜色と金色の閃光が着弾する直前に、ジュエルシードから放たれていた光が消失し、代わりに巨大な影が天空へと飛翔する。直後、なのはとフェイトの魔法が互いに着弾し、互いの相互干渉により閃光が辺りを包み込む。そして天を揺るがさんばかりの咆哮が響き渡る。

 なのはとフェイトの砲撃が空振りに終わったのは明らかだった。

「ねぇ、ユーノくん?」
「なに、なのは?」

 構えたレイジングハートの先へ視線を固定しながら、なのはが引きつった顔でユーノ問いかける。
 心なしか答えるユーノの声も震えているように思える。

「あれ、何かな?」
「黒いドラゴン……かな」

 二人の視線の先には雷雲を背に、紅き眼を携えた漆黒の竜が巨大な翼を広げていた。




「ね、ねぇ、フェイト?アレってちょーっとやばそうじゃない?」

 アルフは宙に浮かぶドラゴンを指差しながら、自らの主である少女へと声をかける。
 ただのドラゴンであれば、優秀な魔導師である主とその使い魔である自分なら十分対応可能だろう。だが、この世界にドラゴンなど存在するはずもない。
 自分たちが強制発動させたジュエルシードが原因であることは疑うべくもない。
 そしてあの漆黒の竜から感じることのできる魔力、威圧感は自分たちが知る従来のドラゴンとは比べ物にならないほど強力だった。
 流石の自分たちもアレに正面から挑み、ただで済むと思えるほどアルフも楽観的ではない。
 場合によっては撤退も考える必要があると考え、自らの主へと目を向けるが、そこにはやはり自分の想像通りにデバイスを構える主の姿があった。

「確かに強そうだけど……でも、やらないと。母さんが待ってる」

 予想通りの主の答えに小さくため息をつく。
 この小さなご主人様は基本的に自分のことを省みない。目的のためなら自身が傷付くことも厭わずに無茶をしてしまうのだ。
 アルフとしては危険なことや無茶はしないで貰いたいのだが、この主は彼女の母親の為ならどんな危険や無茶も厭わない。自分がいくら諌めても聞き入れてくれないことも、過去の経験からわかりきっている。

「そう言うと思った。あたしがサポートするからさっさと終わらせて帰ろう」

 ならば自分にできることはただ一つ。主の盾、牙としてフェイトを守る為に全力を尽くす。自らの命をかけて。

「うん、ごめんね。付き合わせて」
「水臭いこと言わないの。フェイトはあたしのご主人様なんだから当然だろ。でも危なくなったらさっさと逃げるよ?」
「うん、わかってる」

 とフェイトは言うが、アルフとしてはあまり信用することはできない。くどいようだが、この主は自分の限界を超えて無理をしてしまうのだ。
 危なくなる前に決着を着けるか、いざというときは首根っこ捕まえてでも連れ帰ろうと密かに決意する。

「じゃあ、行こう。アルフ、バルディッシュ」
『yes, sir』
「あいよ」

 黒の魔導師は飛ぶ。
 願いを叶える宝石をその手中に収めんが為に。





「ねぇ、ユーノくん。なんかアレすっごく強そうに見えるんだけど」
「う、うん……確かに今までのジュエルシードとは比べ物にならないくらいの力を感じる」

 黒竜の体長は軽く三メートルを超えるだろうか。広げた翼も合せれば十メートル弱にも及ぶかもしれない巨体からは、見掛け倒しに留まらない脅威を見て取れる。

「もしかしてあれってゆーとくんだったりする?」

 今までにない力の強さを発揮するジュエルシードと、連絡が取れなくなった少年。
 あの少年が自分と同じように魔力の素養を持っていることはなのはも知っている。そしてジュエルシードがより強い力を発揮するには、強い意志と願いを必要とするのをユーノから聞き及んでいる。それらの知識から、あの黒竜がジュエルシードに取り込まれた少年の変わり果てた姿だという結論に辿り着くのはそう難しいことではなかった。

「うん。多分……間違いない。勇斗の魔力がジュエルシードの力で増幅、暴走してるんだと思う」
「じゃあ、早く助けないとっ!」
「うん!でも気をつけて。あのドラゴンだけじゃない。あの黒い子や使い魔もいるんだから」

 なのはに警告しながらも自らの定位置であるなのはの肩へと移動するユーノ。
 攻撃能力ではなのはに遠く及ばないが、バインドやシールドによるサポートならばお手の物だ。

「ゆーとくん、絶対に助けるからね」
『flier fin』

 なのはのブーツから魔力によって形成された翼が広がる。

「行こう!レイジングハート!ユーノくん!」
『all right』

 白の魔導師は飛ぶ。
 かけがえのない友達を救うために。








「フォトンランサーセット」
『fire』

 咆哮する黒竜の背後から金色の魔力弾が飛来する。
 黒竜は周囲を警戒しておらず、弾速も易々と回避されるような速度ではない。完全に直撃コース。
 だが、魔力弾は黒竜に届く直前で光の壁のようなものに阻まれ四散する。

「魔力シールド……それもかなり強力な奴だね」
「ただでさえ硬そうな奴なのに……面倒臭いことだねぇ」

 フォトンランサーの着弾でフェイト達の存在に気付いた黒竜は、ゆっくりとその頭をフェイト達へと向ける。
 漆黒の鱗に身を包み、鋭い爪と牙を持つ黒竜。その真紅の瞳は自らの獲物を睥睨するかのように、フェイトとアルフ達の姿を映し出す。
 ただそれだけの行為で黒竜から放たれるプレッシャーが増大したように感じられる。

「ま、あの白いのも来てることだし、ちゃっちゃとやりますか」

 ちらりとアルフが一瞥した方向にはレイジングハートを携え、こちらに向かってくるなのはの姿が見える。
 今までの言動から、いきなりこちらに攻撃をしかけたりはせず、ジュエルシードの封印を優先するだろうが下手に割り込まれてもこちらの連携の邪魔になる。
 その前に決着をつけるのがベストであろう。
 フェイトとアルフの二人は互いに一瞥し、頷くと共に散開する。
 フェイトがそのスピードでかく乱し、それに気を取られた相手のバリアをアルフが叩き割り、そこにフェイトが攻撃を当てるのが彼女たちの最も得意とするバトルスタイルである。今回もその例に漏れず、フェイトが黒竜の懐へと潜り込む。

『Scythe form』
「はあぁぁっ!」

 魔力刃を形成した鎌をすれ違い様に黒竜の腹部めがけて一閃。

「速いっ!?」

 だが、黒竜はその巨体に見合わぬ敏捷さを見せ、すんでの所で金色の刃から逃れる。
そればかりかフェイトの行く手を塞ぐかのように広げられた翼がフェイトを襲う。

「こんのぉっ!」

 フェイトをかばうようにして割り込んだアルフが拳を振るう。
 翼の勢いを止めるのではなく、あくまで逸らすようにして打ち込まれた一撃に、巨竜の翼は目論見どおりにフェイトの軌道を外れる。
 それを確認したアルフは続けて黒竜の体へと拳を打ち込もうとするが、振り下ろされた爪がそれを許さない。
 舌打ちしながら後退してその一撃から逃れる。

『Photon lancer Full auto fire』

 そこに撃ち込まれる雷撃の弾丸。単発ではなく複数同時発射による着弾の衝撃に、黒竜は体を大きく揺さぶられるが、形成する魔力シールドを貫くには至らない。
 黒竜はその真紅の瞳をフェイトへと定め、咆哮と共にその顎を大きく開く。単なる咆哮ではない。その証拠に並び立つ牙の隙間からは、ちろちろと黒い炎が覗き見えた。
 寸暇を置かずに膨れ上がった黒炎の塊がフェイトへと放たれる。
 フェイトの想像以上に黒炎の迫るスピードが速い。だが、それ以上のスピードを持つフェイトはマントを翻しながらそれを回避する。

「フェイトっ!!」
「っ!?」

 アルフの警告が放たれた時、既に黒竜の牙がフェイトの間近に迫っていた。

「くっ!」

 回避が間に合わない。そう判断したフェイトは反射的に魔法陣による円形の盾――ラウンドシールドを形成する。
 この一撃でシールドが抜かれることはないだろうが、防御が得意でない自分ではそれなりの魔力を削り取られてしまうだろう。
 油断したつもりはないが、この黒竜のスピードとパワーはフェイトが想定していたそれを遥かに上回っていた。

『Divine』
「バスターッ!!」

 あわや牙がシールドへと届こうとする寸前。
 桜色の閃光が黒竜を飲み込み、膨大な光の奔流が黒竜を大きく弾き飛す。

「フェイトちゃんっ、大丈夫!?」
「フェイトッ!」

 なのはがフェイトへと近づこうとするが、それを阻むようにアルフが割り込み、射抜くような視線でなのはを牽制する。

「私は大丈夫だよ、アルフ」

 唸るように威嚇を続けるアルフを宥めたフェイトは、とまどうような視線をなのはへと向ける。
 何故、敵であるはずの自分を助けたのか。その瞳には不審ととまどいがありありと見て取れた。

「私は――」
「なのはっ!」

 そのフェイトの視線に答えるかのようになのはが口を開いたとき、黒き炎の濁流がなのはの視界を覆い尽くす。
ユーノの警告に気付いた時には既に時遅し。
なのはがとっさに取れた行動はレイジングハートを手にした腕で頭を庇う動作だけだった。

『Protection』

 なのはを救ったのはレイジングハートがオートで発動したバリアとユーノの防御魔法。二重のバリアがなのはを包み込み、黒炎を遮る。
 だが、それを持ってしても黒炎の威力は防御の上から魔力を削り取っていく。
 いつ終わるとも知れない黒炎を遮ったのは黒き魔導師とその使い魔。

「アークセイバーッ!!」
「バリアブレイクっ!!」

 黒竜の上下に回り込んだフェイトが上空から魔力の刃を撃ち放ち、アルフが下から拳を突き上げる。
 それぞれの攻撃が黒竜のシールドに直撃し、爆発がその巨体を包み込む。
 なのはとユーノ、フェイトとアルフが黒竜を中心にそれぞれ距離を置いて静止する。

「大丈夫?なのは」
「う、うん。ありがと、ユーノくん」
「うん。でもあのドラゴン、なのはの砲撃を食らってまだ動けたなんて……」

 ユーノの言葉になのはも表情を険しくして爆煙に包まれた黒竜へ視線を向ける。
 なのはのディバインバスターの威力は通常の魔導師のそれを大きく上回る。暴走したジュエルシードを叩きつけた魔力だけで強引に「封印」してしまうほどに。事実、今までのジュエルシードの暴走体でディバインバスターに耐え切ったものはなかった。
 しかし、あの黒竜は耐えたどころか反撃の一撃まで叩き込んできた。動植物や魔力を持たない人間を取り込んだだけではここまでの力を持ち得ない。
 魔力を持つ人間を取り込んだ場合、こうまで力が増幅されるのかと驚愕を禁じえなかった。
 おそらくフェイトとアルフの攻撃でも仕留めるまでには至っていないだろう。その憂いが正しかったことを証明するかのように黒竜の咆哮が爆煙を吹き飛ばし、その巨体が健在であることを示していた。

「化け物だね。あいつ」

 苦虫を噛み潰したように呟くアルフだが、フェイトはその言葉を否定するかのように静かに首を振る。

「でも攻撃は通ってる。倒せない相手じゃない」

 フェイトの言葉どおり、黒竜の全身は度重なる攻撃で大きく傷付いていた。なのはの砲撃によって体を覆う鱗の大半は削り取られ、頭と足からも血が流れ出ている。
 なのは達の攻撃は非殺傷設定ではあるが、純粋な魔力生命体である黒竜には魔力ダメージがそのまま肉体的ダメージを与えていた。
 黒竜のダメージだけを考えれば止めを刺すのは容易に思えるが、手負いの獣は追い詰めれば追い詰めた分だけより強い力で逆襲してくる。
 怒りに燃える黒竜の瞳と雄叫びがそれを如実に物語っていた。

「フェイトちゃん!私、なのは!高町なのは!」

 黒竜から注意を逸らさないままフェイトへ呼びかけるなのは。友達である少年を確実に助けるには、自分の力だけでは足りないかもしれない。そう思ったなのはは気持ちの赴くままにフェイトへと呼びかけていた。
 フェイトも黒竜を警戒したまま、なのはの声へ耳を傾ける。

「お願い!力を貸して!あのドラゴン……ジュエルシードには私の友達が取り込まれてるの!」

 その言葉にフェイトの瞳がほんのわずかに揺らぐ。
 あのジュエルシードを強制発動させたのは自分たちだ。ならば彼女の友達が取り込まれたのは自分たちに責任がある。

「フェイトっ!そんな奴に構う事ない!あたしたちの目的はジュエルシードを手に入れることだろ!」

 ジュエルシードを封印すれば、取り込まれたモノも開放されるのだから気にすることはない。言葉にしない想いがアルフの口調には込められていた。
 自分たちの目的。それはジュエルシードを手に入れること。それが母での願いであれば、どんなことをしても叶える。
 その想いが揺らぎかけたフェイトを次なる行動へと駆り立てていた。

『photon lancer. get set.』

 小さく頷いた後、バルディッシュを掲げ周囲に複数の魔力発射体であるフォトンスフィアを形成する。

「ファイア!」

 射出と同時に移動。幾つかはかわされたが、高速の雷撃が黒竜の体へと次々に突き刺さり、その衝撃が黒竜を揺さぶる。
先の攻撃で既に黒竜のシールドは完全に消失している。
 お返しとばかりに黒竜の炎弾が次々と放たれるが、得意の高速機動で回避していく。

「チェーンバインド!」

 翼をはためかせ、フェイトを追おうとした黒竜の四肢、翼を魔力で形成された鎖が拘束する。
 黒竜を拘束する鎖はアルフが発したものだけでなく、さらに別の方向からも放たれていた。
 目を向ければ空中に静止した状態でフェレットの使い魔もチェーンバインドを発生させていた。
 さらに視線を這わせれば、その近くにはあの白い魔導師がバカみたいな量の魔力をチャージしているのが見て取れる。
 積極的な連携を取れずとも、こちらが作ったチャンスを逃すつもりはないようだ。獲物を掠め取られるようで気に入らないが、文句を言うほどの余裕は無い。
 傷付いているとはいえ、黒竜はバインドを引き千切らんばかりの力で暴れているからだ。

「フェイトッ!」

 アルフが呼びかけるまでも無く、自らの主もこの機を逃すような真似はしない。

「ディバイィィン・バスタァァァァッ!」
「サンダー・スマッシャー!!」

 同時に放たれた金と桜色の閃光が今度こそ黒竜の体を撃ち貫き、眩いばかりの閃光と爆発を引き起こす。
 閃光が収まると黒竜は声もなく崩れ落ち、その身を大地へと墜落させていく。

「やったの……?」
「多分……」

 落下の衝撃と共に大地に臥した黒竜を油断なく、見据えながら呟くなのは。
 フェイト達も安易に近づくことはせずに、黒竜を警戒している。
 黒竜の翼は半ばから引き千切れ、片腕も消失している。立ち上がることすら不可能なダメージと言っていいだろう。
 それにも関わらず、不安を掻き立てられるような不吉な予感をその場にいる誰もが感じていた。
 なのはの言葉に頷くユーノが確信を持てないのもそのせいだ。
 もし、この場にジュエルシードに取り込まれた少年がいたらこう言っていただろう。「おまえ……それは失敗フラグだ」と。



 少女は知らない。

 少年は力を欲していた。

 結末を知っていても何もできない自分。

 ただ見ているだけの自分に苛立ちを感じていた。

 自らより小さな女の子が戦う姿をただ見ているだけしかできない自分。

 仕方ないのないことだと自分を慰めながらも、その実、誰よりも力を欲していた。



 そして発動した願いを叶える宝石はその想いに感応した。
 力を求める想いと暴走する力は打ちのめされてなお、更なる力を欲した。
 少年が秘めた魔力の素養とジュエルシードの力が共鳴し、数十倍に増幅され、倒れ臥した黒竜の体が輝きに包まれていく。

「フェイト。これって……!」
「なのは、気をつけてっ!」

 アルフとユーノの口から同時に警告の言葉が発せられる。
 黒竜を包み込む光は沈静を告げるものではない。その輝きが増すごとに発せられる魔力が膨れ上がる。傷つく前のそれを上回る勢いで。


 黒竜が輝きの中でゆっくりと立ち上がる。光が収まったとき、黒竜の姿は変貌していた。
 より禍々しく。より強靭な姿へと。体の数箇所に赤い水晶のようなものが埋め込まれ、前腕と一体化したその翼はさらに肥大化し、凶悪な威容を誇っていた。
 変化する前と変わらぬ真紅の瞳が天を射抜き、その口からは咆哮が迸った。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

なのはとフェイトの想いを嘲笑うかの如く、黒竜はさらなる力を得て闇竜として羽撃いた。
互いの目的、想いを果たすため、白と黒の魔導師はついに共闘を果たす。
想い、貫くために。星の光と雷光が交錯する。

勇斗『俺の声が聞こえるか』



[9464] 第六話 『俺の声が聞こえるか』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:31

 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ!

 両腕両足がまずボキッと折れて、そこにロッ骨にヒビが入り、ちょっと苦しくてうずくまったところに小錦がドスンと乗ってきた痛みがしたと思ったら、魔王とフェイトにデバイスを向けられていた。何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった。
 素で何が起きたのかさっぱりわからない。そもそも俺は何をしていたんだっけ?と考えて、ジュエルシードの発動に巻き込まれたことを思い出し、体を動かそうとしてその感覚がないことに気付く。そして認識する。自分がどこか見覚えのあるドラゴンになっている。いや、その中にいる、というべきだろうか。
 おk、状況把握。ジュエルシードの暴走体に取り込まれて、これからなのはとフェイトによるスーパーフルボッコタイムですね。
 うわぁ。
 さっきの痛みはフォトンランサーとかディバインシューターを雨あられと食らったんだろうか。……バスターとかスマッシャーはもっと痛いのか。イヤ過ぎる。
 そんなことを考えていると、ドラゴンは翼をはためかせて空中へと飛び上がる。
 速ぇ。自分自身が空を飛ぶ……と言うよりは空飛ぶ缶詰の中にいる感覚に戸惑いながら、声を出したり、このドラゴンを動かそうとするのだがこれと言った変化はない。
 むぅ、視覚と思考以外はどうにもならんらしい。
 痛いのはイヤだが仕方ない。おとなしくなのは達のスーパーフルボッコを味わうしかないのだろう。あの二人がいるのならば、この状況はすぐに解決する。
 そんな楽観を抱きながら、これから始まるスーパーフルボッコタイムに戦々恐々な俺だった。





 風を切り裂きながら竜は一直線にフェイトとアルフに向かって飛翔する。

「さっきよりも速いっ!?」
「くっ!」

 その巨体ゆえに大きく回避行動を取ろうとする二人だが、すれ違いざまに竜が不規則に翼をはためかせて発生させた気流の乱れに捉われ、動きを乱される。
 そこに竜のブレスが薙ぎ払うように撃ち放たれる。
 黒炎とも呼ぶのも生ぬるい苛烈な一撃。先程までは塊として撃ち出されていたそれは奔流となって弧を描く。塊と違い、一度かわしてもそのまま首の向きを傾けるだけで、方向を変えられるのだから厄介なこと極まりない。絶え間なく放たれる奔流にフェイトもアルフも回避行動を取るだけで精一杯。反撃に移る余裕がない。

「ディバイーン…わきゃうっ!?」
『Round Shield』

 フェイトを援護しようとディバインバスターを撃とうとするなのはだが、魔力の収束を感じた竜は標的をなのはへと変更する。
 すんでのところでラウンドシールドを発動させて直撃を防ぐが、黒炎の奔流はシールドの上からでもなのはの魔力をガリガリと削っていく。

「なのはぁっ!」

 すかさずユーノがチェーンバインドで竜を拘束しようとするが、翼の一振りで絡みついたチェーンを易々と引き千切られてしまう。
 その動作のおかげで、一度はブレスが途切れるが、さほどの間をおかずにユーノに向かって再度撃ち放たれる。

「ユーノくんっ!」

 幸い、ブレスそのものの速度は速くない。シールドを解除したなのはが即座に抱きかかえるようにしてユーノを保護する。

「あんな威力の攻撃をタメ無しで撃ってくるなんて反則だよーっ!!」

 奔流から逃げ惑いながら叫ぶなのは。
 なのはの叫びにユーノも心の底から同意する。
 竜のブレスとなのはのディバインバスター。直接ぶつかり合えばおそらくなのはが押し切るだろう。だがディバインバスターの発射には若干の溜めを必要とするに対し、竜のブレスにはそれがない。威力そのものに大きな差がないのにこれでは、なのはが反則と嘆くのも仕方ない。

「ディバイン・シューター!シュートッ!」

 なのはが発動したのは対フェイト用に覚えた魔力誘導弾、ディバインシューター。
 複数の魔力弾は弾速こそ遅いものの、チャージや大掛かりな魔法陣制御を必要としない為、発射速度と連射性能に優れる。威力そのものもディバインバスターには及ばないが、自動追尾とバリア貫通能力を付与してあるため、牽制には最適と言えるだろう。
 高速移動しながら発射された魔力弾は、桜色の弧を描きながら竜へと次々に着弾する。

「やったっ!?」
「いや、まだだっ!」

 着弾によって生じた爆煙を、翼の羽ばたきで吹き飛ばした竜の姿は全くの無傷だった。

「うそぉ……」

 確かにディバインバスターよりも威力は低いが、それでも並の魔導師に直撃すれば一撃で昏倒させる程の威力はあるのだ。
 全弾命中したにも関わらず、堪えた様子すらないのは流石のなのはもショックを隠しきれない。
 竜は低く唸りながらなのはへと視線を向けて吼える。真紅の瞳に怒りを湛えた竜がなのは達に向かって羽ばたこうとした瞬間――雷撃の弾丸が竜の翼目掛けて撃ち放たれる。その衝撃に踏鞴を踏んだ竜が振り返るも、雷撃が繰り出された方向には無人の空が広がるばかり。

「はああああぁっ!!」

 そこを狙って繰り出されたのは、竜の顎を狙い済ましたアルフ渾身の一撃。全身で体当たりするような勢いで竜の下顎を拳で打ち抜く。
 さすがの巨体も頭を揺さぶる一撃は効いたのか、グラリとその巨体が揺れる。

「よ……っし?」

 確かな手ごたえを感じて竜を振り返るアルフが見たものは、打ち抜かれた顎を大きく開き、今にも放たれようとしている黒炎のゆらぎだった。
タラリとアルフの額を冷や汗が伝う。

『Thunder rage get set』
『stand by ready』

 雷光が竜の巨体を絡め取るように拘束する。

「サンダーレイジッ!!」
「ディバインバスターッ!!」

 そこに降り注ぐ幾筋もの雷光と桜色の閃光が十字の形となって竜を射抜く。響き渡る竜の苦痛の叫び。
 だが、この一撃をもってしても竜はなお健在だった。体表を覆う鱗はところどころ剥がれ落ち、少なくないダメージを負ってはいるように見えるが、五体そのものは全くの無事だ。
 むしろ生半可に傷つけた分、却って怒らせてしまっただけのようにも見える。

「これは……」
「ちょっとまずいねぇ」

 真紅の瞳に怒りを滾らせて吼える竜の姿に、ユーノとアルフの呟きが重なる。
 ディバインバスターとサンダーレイジ。なのはとフェイトの攻撃魔法の中でも共に上位の威力を誇る魔法である。それが直撃してなお、あの程度のダメージでは撃墜は容易ではない。なのはもフェイトもより威力の高い攻撃手段は存在するが、それを撃つチャンスを得られるかどうかが問題であった。
 バインドを容易に無理やり引き千切る膂力に加えて、冗談みたいな速射性を持った火力と悪夢のような装甲。全く持って化け物と呼ぶに相応しい存在だった。





 ――――何、この無茶苦茶な強さ。
 目の前で繰り広げられる悪夢みたいな光景に絶句していた。いやいやいやいやマジありえねぇ。
 なんなの、こいつのアホみたいな強さ。AAAクラスの魔導師が二人もいるのだからすぐに封印されるだろうと楽観していたのだが、それは大いに誤った認識だったらしい。逆に圧倒するとかどんだけだよ。
 もし、今自分の顔を鏡で見ることができれば、全身蒼白で冷や汗を流しているに違いない。バスターとサンダーレイジ喰らって堪えてないってどんだけ硬いんだよ。
 おまけにその痛みはきっちり俺に伝わってるのだから始末に負えない。目が覚めた時程ではないが、全身を思いっきり叩きつけられた様な痛みが体を苛んでいる。
 俺の体がちゃんとあるのならボロボロ涙が零れてるところである。俺涙目ってレベルじゃねぇ。
 いや、そんなことはどうでも良い。俺のことよりフェイトやなのは達がヤバイ。俺のせいであいつら怪我なんてさせたくない、
 体の自由が効かないとか言っている場合じゃなかった。何が何でもこのドラゴンを押さえつけなければならない。
 こんな状態でどこまでジュエルシードの力に抗えるのかはわからない。そもそも俺にそんなことが可能なのかどうか。
 だけどもやるしかない。俺のせいであんな小さな子供が傷付くところなんて絶対に見たくないのだから。
 体の感覚がない以上、今の俺にできるのはただ念じる。
 止まれ、止まれと強く。




 間断ない黒炎の奔流に晒され、なのはとフェイト、共に攻める機会を失っていた。
 正確に言えば、アクセルシューターやフォトンランサーなどは何度も撃ち込んでいるのだが、それらの攻撃ではせいぜいブレスを数瞬止める程度の役目しか果たさない。
 竜自身の攻撃もブレスだけでなく、翼や尾による直接打撃や翼の羽ばたきによって起こされる突風など多岐に渡るようになっている。
 おまけに固定砲台のようにその場で静止するのではなく、ドラゴン自身も空中を絶え間なく移動しながら攻撃するスタイルに切り替えてきた。
 ユーノやアルフがそれぞれ防御のサポートに入ってるため、ダメージらしいダメージは受けていないが、このままではいずれこちらが先に力尽きてしまうのは明白だろう。
 それがわかっているからこそ焦りが生じ、隙ができる。

「フェイトォッ!」

 竜の突進によりアルフが分断され、さらに翼から繰り出される突風の衝撃に吹き飛ばされるフェイト。

「くっ!」

 体勢を整える為にフェイトの動きが一瞬止まる。
 振り抜かれる竜の尾。回避も防御も間に合わない。

「フェイトちゃんっ!」

 そこに割り込んだのは白い影。唸りを上げて迫る尾の一撃に押されながらも、魔法陣の輝きが衝撃を相殺する。

「お願い、フェイトちゃん!力を貸して!」

 一度止められながらもなお、振りぬこうとする尾の一撃に顔をしかめながらも少女は懇願する。

「フェイトちゃんにも戦う理由があるのはわかるけど!だけど、今だけは力を貸して欲しいの!私の……大切な友達を、ゆーとくんを助けるために!」

 なのはに脳裏に浮かぶ、友達の姿。いつもすまし顔で人のことをおちょくってばかり。そのくせ、こっちが落ち込んだときには不敵な笑みを浮かべて励ましてくれた。
 その友達が今、目の前で危ない目に遭っているのだ。一分一秒でも早く助け出す。その為には形振りかまっていられない。

「友達……」
「フェイトちゃんも知ってるでしょっ、ゆーとくんのこと!」

 なのはに問われるフェイトだが、そんな聞き覚えのない名前を聞かされても首を傾げざるを得ない。そもそもフェイトと関わった人間なんて片手で足る程にしかいないのだ。
 そんな人物に心当たりなどない――と言おうとして一人の子供の顔が思い浮かんだ。

「なのはぁっ!」
「こいつっ!」

 ユーノとアルフのバインドが竜の尾を縛り付ける。二人のバインドはさほどの間を置かずに破壊されるが、なのはとフェイトの二人が離脱する間を作るにはそれで充分。

「あの子があのドラゴンの中に……?」

 ジュエルシードを自分に渡した少年。ただの子供にしか見えなかったがこの世界の住人が知るはずもないことを次々と言ってのけた怪しい少年。
 自分から食事を奢ると誘いながらもお金が足りず、結局自分も足りない分を払った。その時の落ち込みようがあまりにも滑稽で可笑しくて、後で思い出したとき自分でも知らない内に笑みを零していた。
 自分が良いと言ってるにも関わらず、足りなかった分のお金を必ず返すと言って泣きながら去っていったおかしな少年。
 そもそもお互いのことを知らないのにどうやってまた会うつもりだったのだろうか?
 あれがリニスに聞いたことのあるお笑い芸人、というモノだったのだろうかと真剣に考えたこともあった。
 考えれば考えるほどに突っ込みどころしか浮かばなかった少年の顔を思い浮かべる。

「わたし達だけじゃあのジュエルシードは封印できない……でも、みんなでやれば!」

 あの白い子の言うとおりだった。あのジュエルシードの暴走体であるドラゴンは手強い。
 今までのようにお互いが好き勝手に戦って、その隙を突くだけではあのドラゴンを落とすには足りない。
 自分とアルフだけでは力が足りない。でもあの子の言うように力を合わせれば。

「アルフ」
「あー、はいはい。一時休戦だね。わかってるよ。この際だからしょーがないね」

 自分が言葉を発するまでもなく、アルフはその意図を察してくれる。元々あのジュエルシードを強制発動させたのは自分たちだ。
 ならばそれに巻き込んだ責任は取らなければならない。

『さっきの砲撃より強い魔法、ある?』

 竜のブレスをかわしながら白い子に念話を飛ばす。
 自分の最強の攻撃魔法を使えば必ずあの竜へダメージを与えられる。だが、それを持ってしても仕留め切れない可能性がある。
 確実にあのドラゴンを仕留める為にはもう一手欲しい。

『……うん!あるある!とっておきのおっきいのがあるよ!』

 フェイトの意図することが伝わったのだろう。なのはは弾んだ声で念話を返す。
 フェイトと協力できることがよほど嬉しいのだろう。もしくは友達とやらを助け出せる確率が上がったからか。
 お互いに回避行動を取りながら垣間見たその表情は笑顔だった。

『でも、その分時間がかかっちゃう……シュート!』

 翼による一撃から後退しながらディバインシューターを撃ち込む。
文字通りけん制にしかならない一撃だが、反撃できる時にしておかないと一気に押し込まれてしまう。

『私も同じ。だから――』

 強い攻撃にはそれだけチャージに時間がかかる。それはフェイトにも同じことが言えた。

「ぼくたちでその時間を作る!」
「そういうこと!」

 ユーノのバインドが巨体を拘束し、そこにアルフが拳を撃ち込む。
巨体が揺るぐのは一瞬。そのまま追撃して反撃を受けるような愚を犯さず、即座に離脱する。

「アーク・セイバァーッ!」

 バインドを引き千切った竜がそれを追う前に、金色の刃が竜の頭めがけて飛来する。絶妙な角度で振るわれた翼が刃を弾き飛ばす。

「今」
「うん!バスター!!」

 間髪おかずに桜色の奔流が逆方向から撃ち放たれる。
回避が間に合わないと判断した竜は黒炎を撃ち放つ。
激突する黒炎と桜色の閃光が拮抗するのは数秒。

「ちっこいの!」
「わかってる!」

 幾重にも施されたバインドが竜の口を塞ぐように放たれる。拘束できるのはほんの一瞬でも、戦いにおいてはその一瞬が大きな隙を生み出すこともある。
 事実、ほんのわずかに弱まった黒炎を桜色の光が一気に飲み込み、竜の頭部を打ち据える。揺らいだ巨体はすぐに持ち直し、高速飛行からのブレスが孤を描く。
 ディバインバスターでは決定打足りえない。だが、確実にそのダメージは蓄積していく。今程度のダメージでは必殺の一撃を放つためのチャージ時間を稼げない。ならばそれができる程度までにダメージを与えて弱らせる必要がある。

「シュート!」

 ディバインシューターを竜の眼前で誘爆させる。目晦まし。

「はああぁっ!」

 念話による打ち合わせどおりのタイミング。
 竜が視界を失ったわずかの隙をついてフェイトが一気に接近し、刃を振り下ろす。最も防御が薄く、脆い箇所。紅き瞳へと。
 竜の絶叫が響き渡る。

「いける!いけるよ、フェイトちゃん!」
「うん」

 互いに好き勝手に動くのではない。
 お互いがお互いにタイミングを合わせていくことで防御に余裕が生まれ、攻撃のチャンスが増えていく。
 四人全員がその確かな手応えを感じていた。





 それからどれだけの時間が経ったのだろうか。

「たくっ!どんだけタフなんだいっ!」

 アルフの自棄になったような叫びに誰もが頷く。
 竜の牙を。ブレスを。翼を。どれだけの回数を防御、回避をしてきたのだろう。どれだけの攻撃を撃ち込んだのか。
 確かにダメージは蓄積し、ドラゴンの動きも鈍りその力にも衰えが見え始めた。


 ――――だが、それ以上になのは達の消耗が激しかった。

 魔法の行使に消耗するのは魔力だけではない。長時間動き続ければ気力も体力も消耗する。敵が気を抜けない強敵であればあるほど、その消耗の度合いは激しい。
 なのはもフェイトも肩で息をしている。アルフとユーノもそれは変わりない。
 決めの一手を撃つだけの余力は残してある。だが、それを決めるための布石を打つ力が残っていない。後一手。ほんのわずかなピースが足りない。

「このぉっ!!」

 一瞬の隙をついてフェイトが竜の首の根元へと取り付く。

『Thunder smasher』

 零距離射撃。その一撃は確かにより強いダメージを与えるが、同時にフェイトの隙を作ることになる。

「あ」

 咆哮と共に竜の体が旋回し、振り落とされる。

「フェイトちゃん!」
「フェイトォッ!」

 なのはとアルフの叫びが重なる。
 無防備なフェイトに振り下ろされる翼の一撃。回避も防御も援護も間に合わない。
 次の瞬間に訪れる自らの結末を想像して反射的に目を閉じるフェイト。
 風圧がフェイトの全身をさらう。




「…………?」

 だが、その次に訪れるはずの衝撃が訪れない。
恐る恐る目を開いて見れば、竜の一撃はフェイトに当たるほんの数センチ手前で静止していた。

「どういう……こと?」

 呆然としたなのはの呟きに答えるものはいない。
何故、竜が動きを止めたのか。
誰も答えを出せずに、ただただ見守っていた。


(俺の声が聞こえるかっ!!)


 静寂を打ち破ったのは一つの声。なのはとユーノにとっては聞き慣れた。フェイトにとっては聞き覚えのある。アルフにとっては初めて聞く声。
 少年の声が確かに全員の脳裏に響いていた。

「ゆーとくん!?」

(フェイト!なのは!俺がこいつを抑えてるうちに……早くっ!)

 その声は苦しげに震えていた。気付けば竜は何かに耐えるように小刻みに震えて出している。それに気付いたフェイトは即座に離脱して距離を取る。
 もはや何が起きているかは明白だ。取り込まれたはずの少年の意識が、あの竜の動きを抑えているのだろう。

「ゆーとくん、大丈夫なの!?」
(全然っ!大丈夫じゃねぇっ!大丈夫じゃねぇけど早くジュエルシードをっ……封、いんっ!早く……じゃないとっ!虹吹いた写メばらまく……っ!」
「なななっ!だから虹なんて吹いてないってばーっ!!」

 フェイトにとって、会話の最後の部分は意味不明だったが、口調とは裏腹に意外と余裕がありそうな少年の様子になのはとユーノ、ともどもホッと安堵のため息を漏らす。
 だが、あまり時間の猶予は無さそうだ。黒竜は咆哮を上げながら、その体を動かそうとしている。

(アルフっ!ユーノ!バインドをっ!……俺だけじゃ、持たないっ!)

 少年の叫びにバインドが幾重にも竜の体へと絡み付いていく。
 体の制御を取り戻したのか、魔力の鎖に抗い暴れ出し始めるが、戒めを破ることができない。今までのダメージに加え、少年の抑えが効いている為か、ギリギリの所で拘束できている。

「なのはっ!」
「フェイトっ!」

 二人が呼びかけるまでも無く、なのはとフェイトはそれぞれの最強の攻撃を繰り出す準備をしていた。

『Phalanx Shift』
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 フェイトの詠唱と共に周囲には次々と光球が浮かび上がっていく。瞬く間にその数を増やし、その総数は30を超える。その全てが連射型の大型光球。合計38個のフォトンスフィアから毎秒7発の斉射を4秒継続し、総数1064発のフォトンランサーで敵を撃ち貫く。
 師であるリニスによって伝えられた現在のフェイトの最大最強の攻撃魔法。


「ゆーとくん……絶対に助けるよ!」
『Starlight Breaker』

 深呼吸と共にシーリングモードに変形したレイジングハートを高々と掲げる。なのはの周囲に桜色の閃光が次々と現れ、前方に設置した巨大な魔法陣の中央へと収束していく。
 その光景は、名前の由来となった星空に流星が落ちる様、「星の光(スターライト)」を幻想させ、更に輝きを増していく。
 なのはが今までに使用した魔力だけでなく、他の魔導師が使用した周囲の魔力残滓さえも収束・再利用することで、術者の限界を超えた威力を叩き出す必殺必倒の攻撃魔法。

 必死に拘束を逃れようとして暴れる竜を押さえながら、その中にいる少年はその光景を見て思った。



――――死ぬ。絶対に死ぬ。



 非殺傷設定。物理的なダメージを与えない純粋魔力攻撃。だが、それはあくまで肉体が傷付かないだけの話で痛みは当然ある。
 今までに食らった攻撃でも泣くほど痛かった。だが、これから自分が受けるであろう攻撃はそれら全てを足してなお、お釣りが来るであろうほどの威力を誇ることは想像に難くない。
 それがAAAクラスの二人の魔導師から同時に繰り出されるのだ。


――逃げたい。今すぐ竜の拘束を解除して本気で逃げたい。


 だが、そうなればあの少女達を今度こそ傷付けてしまう。意識を取り戻して以来、ずっと竜の動きを止めようと念じていたが、それが叶ったのはフェイトの零距離を受けた直後だ。
 それまでに蓄積されたダメージと、彼女の与えたショックでようやく自分の意識を表に出せるようになったのだ。
 次も上手くいくとは限らないし、なにより彼女達に余力は残っていない。
 自分の選択肢がないことに少年は絶望し、これから起こる運命を受け入れた。


「フォトンランサー・ファランクスシフト……ッ!」
「これが私の全力全開!」

 そんな少年の悲壮な決意を知ることなく、二人の少女は全ての力を注ぎ込む。

「撃ち砕け……!」
「スターライト……ッ!」

 38個のフォトンスフィアが激しいスパークを起こし、桜色の光球は直径1メートルを超えてなお輝きを増す。

「ファイアッ!!」
「ブレイカ――ッ!!」

 そしてそれぞれのトリガーが引かれる。

 無数の雷の槍が。
 桜色の閃光が柱となって。
 轟音と共に竜の姿を飲み込み、断末魔の叫びが響き渡る。


「うわぁ……」
「……死んだ、かな」


 その凄まじい光景を見た使い魔とフェレットもどきは、同時に引きつった顔で呟いた。
 二人は確かに聞いた。
 断末魔の叫びは竜のものだけではない。
「うぎゃ―――――ーっ!!」と少年の絶叫が確かに二人の耳には届いていたのである。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

仮初とはいえ、フェイトと力を合わせたなのはは確かな手ごたえを感じていた。
そしてなのはとフェイト。
彼女らの力によって救われた勇斗もまた新たな力に目覚めようとしていた。

勇斗『秘密』



[9464] 第七話 『秘密』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:31
 視界を覆い尽くす閃光が収まったとき、ドラゴンの姿は跡形もなく消え去り、俺は自分の体を取り戻していた。
 ジュエルシードの力なのか封印の余波なのかどうかは不明だが、淡く輝くジュエルシードと共にゆっくりと空中からビルの屋上へと降り立つ。
 眼前に浮かぶ青い石をしっかりと掴み、見つめる。
 知ってはいるつもりだったが、改めてこいつはヤバイもんだと再認識。
 いや、ホント、今度と言う今度は絶対に死んだと思ったね。
 実際、さっきのアレは死ぬほど痛かった。ガンダムで自爆したときの痛みはきっとこんな感じなのだろう。

「ゆーとくんっ!」

 俺の後に続くようにしてなのは、フェイトらが次々に降りてくる。

「無事で良かったっ、平気?なんともない?」
「あー、まぁ、おかげさまで。すまん、世話をかけた」

 本当は全然無事でも平気でもないのだが、涙を浮かべながら駆け寄ってくるなのはにそれを口にするわけにもいかない。
 いらん世話をかけてた上に、こんな心配させてしまったのだから本当に申し訳ない。

「良かったぁ」
「フェイトもありがとうな。二人とも怪我してない?」
「あ……うん」

 どこか気まずそうにこちらを見ていたフェイトだが、こちらの質問にはしっかりと返答してくれた。そのまま、なのはにも改めて目を向ける。

「私も平気っ」

 ぐっ、と両手で力こぶを作る仕草が微笑ましい。無事で何よりだ。
 少しこちらから離れた所でこちらの様子を伺っているアルフにも怪我はないようだ。そのアルフを警戒しているユーノもまぁ、大丈夫っぽい。
 というかアルフがめっちゃこっち睨んでますね、ハイ。今にもジュエルシードよこせとか言ってきそう。

「とりあえずそれをこっちに渡してもらおうか」

 とか思ったそばから本当に言ってきたし。
 その言葉に反応したなのははフェイトを、ユーノはアルフに対してそれぞれ警戒の態勢を取る。
 さっきのドラゴンとやりあったばかりなのに元気なものである。俺はもう帰って寝たい。
 フェイトのほうは対応を決めかねているのか、戸惑いながらアルフとこちら、交互に視線を向けていた。
 原作だとどっちが手にしたんだっけ?うん、すっかり忘れた。まぁ、いいか。

「ほいよ」
「え」

 俺は手にした共にポケットから小さな封筒を取り出し、ジュエルシードと一緒にフェイトへ放り投げる。
 フェイトは慌ててそれをキャッチし、きょとんとした顔をこちらに向けてくる。

「今回の迷惑賃代わりだ。正直すまんかった」
「え、ちょっ、ゆーとくんっ!?」
「勇斗!?」

 驚いた二人が物凄い勢いで振り向くが、それに先んじて頭を下げる。

「ホントにすまん。でも今回は助けてもらったってことでここは一つ。今の状態で戦うのはお互いよくないだろうし」
「う……」

 なのはも自分から協力を頼んだことを思い出したのか、あまり強く出れない。

「…………はぁ」

 立場上、ユーノがあっさりと見逃すのも拙いのだろうが、渋々と同意してくれた。つくづくすまん。
 やべぇ、なんか今回のことで一杯借りを作った気がしてならない。とはいえ、なのはとユーノには悪いけど、これがベストの選択だと思う。
 なのはもフェイトもさっきの戦いでほとんどの魔力を使い果たしているはずだ。アルフとユーノはわからんけども。
 仮になのはに渡した場合、フェイトはともかくアルフは間違いなく奪おうとするだろう。そうなった場合、なし崩しにフェイトも参加せざるを得ないだろうし、双方ともに消耗しきった状態での戦いになる。万全の状態でもアレだが、消耗しきった状態で飛んだり撃ったりするのはどちらもより危険だろう。さっきのアレの直後にそういうのは勘弁してもらいたい。
 はっきり言って俺も限界超えてるし。

「あんた、一体何のつもりだい?」
「疲れたから帰って寝たい」

 訝しげなアルフの疑問に即答したら、皆に白い目を向けられたのは気のせいだろうか。
 アルフは呆れた顔で、深くため息をつき、

「フェイトに聞いてたとおり、わけわかんない奴だねぇ」
「失敬な」

 そこのちびっことフェレットもどき、神妙な顔でうんうんと頷いてんじゃねぇ。

「その、ありがとう。それとごめんなさい」

 白いのとケダモノを睨みつけてたところ、フェイトから遠慮がちに声をかけられる。
 振り向けば、アルフは奇妙な生き物を見るような目で、フェイトは相変わらず気まずそう……というよりどういった顔をしていいかわからないって感じでこちらを見つめていた。
 アルフの目線には色々と言いたいことがあるものの、それはまた後日の機会に回そう。そのうちいくらでも時間は作れるんだろうし。

「おーう、またなー」
「あ、フェイトちゃん!?」

 俺は気楽に手を振り、なのはは手を伸ばして呼びかけるが、フェイト達はそのまま飛び去っていってしまう。

「まだ話したいこと、一杯あったのに……」

 シュンとあからさまに肩を落として落ち込むなのは。
 そういえばなのははフェイトに伝えたいことがあると、色々考え込んでいた。多分、俺のせいで全部伝え切れなかったのだろう。つくづく悪いことをしてしまった。

「まぁ、まだ機会はあるから次に頑張ればいいよ。今回はあいつと力を合わせる事ができたってことだけで満足しとけ」

 俺の記憶の中で、なのはがフェイトと初めて力を合わせたのは時の庭園……じゃなくって、海だっけ?本来、二人が力を合わせて戦うのはもっと先の話なのだ。
 それを考えれば今回の件はマイナスばかりではないだろう。多分。俺の願望だけど。

「……うん、そうだよね。私、ちゃんとフェイトちゃんと力を合わせる事ができたんだよね。だったらちゃんと話もできるはず」

 なのはは、自分に言い聞かせるように目を閉じて呟く。

「うん、私もっと頑張る!」

 そしてその目を開けた時はいつものなのは。
 切り替えはえぇー、と思いつつ、まぁ、まともに話すらできなかった相手と、一緒に何かをやり遂げたことはなのはにとって大きな自信になったのかもしれない。

「まー、頑張れ」
「うー、なんか投げやりだよぉ」

 実際に投げやりなのだから当然だろう。

「だって人事だし」
「ひどっ」
「ま、まぁまぁ」

 まぁ、それはともかく。

「もー、ダメ。限界」

 バタンとみっともなく足から崩れ落ちた俺は、そのまま地面にうつ伏せに倒れた。

「わーっ、ゆ、ゆーとくんっ!?」
「ど、どうしたの!?」

 慌ててなのはに抱き起こされ、ユーノが駆け寄ってくる。

「おおおぉ……カラダイタイカラダイタイ」

 全身を苛む痛みに思わず涙がポロポロと零れ出る。
 なのフェイコンビによる全力全開フルボッコ、それともジュエルシードの暴走が原因なのか、意識を取り戻した時の痛みに加えて、全身が限界突破の筋肉痛状態。しかもそれがずっと続いているのだから始末に負えない。痛いよー痛いよー。

「ちょっ、さっきまでピンピンしてたじゃんっ!」
「アレ、痩せ我慢……」

 男の意地とかそんなんで我慢してただけです。同じ男なんだからその辺りは言わずとも察して欲しい。

「な、泣くほど痛いのを我慢しなくても……」

 だって、こんなの見せたらフェイトとか気に病みそうじゃん。ただでさえジュエルシード発動させたの気にしてたっぽいし。一応男として見栄張っておきたいじゃん!誰得状態だけども。

「どうでもいいから早く……回復まほーを……ギブミー」

 いい加減、意識も飛びそうなんだけど。

「ユ、ユーノくん!お願い!」
「う、うん!」









「はー、今回はやばかったねぇ」

 この世界においての住まいである、マンションの一室に戻ってきたフェイトとアルフ。
 今回の件には相当肝を冷やされたが、こうして無事にジュエルシードを手に入れたことにホッと息をつくアルフだが、一つだけ気になっていることがあった。

「ねぇ、フェイト。あの子、ジュエルシードと一緒に何を寄越したの?」
「うん、これだね」

 あの謎の少年からジェエルシードと一緒に渡された封筒。何が入ってるのかはまだ開けていないのでフェイトにもわからない。
 封を切って開けてみると、そこから出てきたのは、

「百円玉が三枚に……お菓子の割引券?なんだい、こりゃ?」
「さ、さぁ?」

 首を傾げるアルフにとぼけてはみせたものの、フェイトにはなんとく察しが付いていた。
 三百円はこの前に必ず返すと言っていたもの。一緒にお菓子の割引券が入っていたのは少年なりの気遣い……なのだろうか?この近辺でそれなりに人気があると、以前会った時に話していた店のものだ。
 ちなみにアルフにはお金のやりとりのことは伝えていない。
 多分、その件を誰かに話したことを知ったら、あの少年は物凄く落ち込んでしまうだろう。それはなんとなく可哀想かなと思った為、アルフには伝えていなかったのだ。そもそもあの少年とは、もう会うことはないだろうと考えていたし。
 まさか、実際にこうして再会し、あまつさえしっかりとお金を返してくるとは思ってもいなかった。

「変な子……」
「本当にねぇ」

 思わず呟いたフェイトに、深く頷き返すアルフだった。









 結局、ユーノの魔法による治療で痛みは和らいだものの、完全に治ることは無かった。
 ユーノの推測だと、ジュエルシードによる暴走の後遺症で体そのものではなく、リンカーコアそのものに大きな負荷がかかったせいだろうと。あいにくとそれを調べる設備が整ってないので正確なことはわからないが、使い慣れていない魔力を限界以上まで酷使したことによる、リンカーコアの筋肉痛のようなものらしい。
 AAAクラスの魔導師二人相手にあれだけ暴れたのだからその説にも納得はできる。
 その後も歩くことはおろか、立ち上がることさえできなかった俺は、なのはの連絡を受けて迎えに来た士郎さんによって自宅まで送り届けられる羽目になる。
 情けねー。

 そして俺の中で起きた変化に気付いたのは、翌日の朝だった。



「魔力使えるようになった」

 まだ全身の痛みに泣きたくなるものの、なんとか体を動かせるようになった俺は、早朝の魔法訓練をしているなのは達に合流して開口一番そう言った。

「え?」
「ほれ」

 目を丸くして驚くなのはに嘘ではないという証拠に右手に魔力を込める。まだ、要領を得ていないためスムーズにとは言い難いが、それでも確かに俺の右手には黒と紺を足して二で割ったような色の魔力光が輝いていた。無論、術式といったものは構築できていないのでただ光っているだけで何の効力もないんだろうけど。

「わぁ」
「いつから使えるようになったの?」
「多分、ジュエルシードに取り込まれたときからだと思う。気付いたのは今日になってからだけど」

 何しろ昨日は全身筋肉痛で自分の魔力を意識する余裕も無かった。それなりに痛みが引いた今朝になって、ようやく自分の体に起こった微細な変化を意識することができたのだ。

「災い転じて福となすって奴だな。一度、死に掛けた甲斐はあったってわけだ」
「死に掛けたってそんな大げさな」

 あはは、と笑うなのはだがスターライトブレイカーとファランクスシフトを同時に食らったあの恐怖は、撃った張本人には想像できまい。
 脳裏に浮かぶのは、なのフェイ最後の一撃。
 あぁ、あれはトラウマなんて生易しいもんじゃねぇ。あれは物凄い恐怖ですよ。はっきり言おう。マジで死んだと思った。こうして生きてるのが自分でも不思議なくらいだ。
 ああなるのは確かに自業自得なのだが、もうちょっと手加減して欲しかった。あれは人間一人が食らう痛みじゃねぇ。あれだけの魔力ダメージを喰らった人間がかつていただろうか?
 そのうちフェイトもスターライトブレイカーは喰らうのだろうが、俺はさらにファランクスシフトが上乗せされている。状況が状況だっただけに誰にも文句は言えないのだが、それでもあの恐怖は筆舌に尽くしがたい。
 原作でスターライトブレイカーを習得したのがいつかは知らないが、ここのなのはにアイディアを提供したのは俺である。
 まさか自分が、フェイトに先んじてスターライトブレイカー犠牲者第一号になるとは想像もしていなかった。あれはトラウマになる。実際に喰らった俺が言うんだから間違いない。
 フハハハ、まさか闇の書の中にいるはやての気分どころか、フェイトの味わった恐怖と痛みをそれ以上のボリュームで味わうなんて夢にも思わなかったぜっ!ふぁーはっはっは!
 何故だか自然と涙が溢れてきた。

「ゆ、ゆうとくん?ど、どうしたのっ?」」
「いや、別に」

 いきなり涙を流した俺に慌てるなのはに首を振って答える。
 たとえ魔力の使い方を覚えて戦えるようになっても、こいつとだけは絶対に戦うまいと心に誓う。

「まぁ、そんなわけで改めて魔法のご指導のほどお願いします。ユーノ先生」
「……うん、ぼくで良ければ」

 涙ながら頭を下げる俺に、ユーノは慰めるようにポンと肩に手を置く。その小さな瞳は何も言うなと語りかけていた。言葉にしなくても俺の考えていたことは伝わったらしい。
 フッ、こうやって男同士の友情は育まれていくのである。
 フェレットに同情される男子小学生の図に戸惑うちびっ子のことはこの際、忘れておく。
 こうして魔力を使えるようになった俺は、改めてユーノ先生から魔法の実技指導を受けていくことになる。
 リンカーコアが目覚めて魔力が発動できるようになれば俺だってヒーローになれる!
 そう思っていた時期が僕にもありました。





 目を閉じて意識を集中する。魔力の流れを誘導し、手の平へと集めていく。
 今、俺が行おうとしているのは魔力運用の初歩の初歩である魔力弾の生成。魔力弾と言っても殺傷力は皆無で、魔力でゴムボールを生成するようなものだ。
 魔法学校において一番最初に教わる、本当に基礎中の基礎らしい。

「うん、そう。その調子」

 ユーノの声を聞き流しながら、手の平に十分に集まった魔力を形にすべく収束させていく。

「はれ?」

 俺の素っ頓狂な声と裏腹に、手の平で収束していく魔力は俺の意図する以上に膨張を続けていく。

「わーっ、ストップ!ストップ!」
「魔力集めすぎ、集めすぎっ!」

 ユーノとなのはの静止の声も虚しく、手の平で光球をなした魔力はさらに膨張していき、


――――爆発した。





「おおおおおおぅっ!」

 暴発による魔力逆流と、爆発の衝撃で頭を打ち付けた痛みに地面をのた打ち回り、涙を浮かべたまま悶え苦しむ俺。

「え、と……大丈夫?」

 ちゃっかりと自分達はシールドで事なきを得たなのはが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「大丈夫に見えるか?」
「えっと……全然」
「ですよね」

 実際その通りなので減らず口を叩くこともできない。

「うぅ、また失敗……」

 手を地面に着いたまま立ち上がることも出来ず、がっくりと跪く。こうして俺が魔法の発動に失敗したのは一度や二度ではない。昨日までと違い、はっきりと自分の中に流れる魔力を感じたり、その流れをある程度、制御できるようにはなった。だが、いざ魔力を制御し、魔法として発動させようとする段階になると途端に魔力の制御が乱れ、今のように暴発してしまうのだ。
 砲撃はおろか、魔力弾の生成すらままならない状態であった。

「しょ、しょうがないよっ!ゆーとくんは私と違ってデバイスも持ってないんだから、ねっ、ユーノくん?」
「え、えっと……」

 項垂れる俺を励まそうとするなのはだが、その同情や哀れみの視線が物凄く痛い。時に同情は罵声や嘲りよりも人の心を傷付けることがあるということをまだ知らないのだろう。九歳の女の子にそれを悟れっていうのは無茶な注文だよね、こんちくしょうっ!

「ユーノ先生、正直に答えてください」

 頭を上げないまま、魔法の師へと問う。

「一般的に魔法学校の生徒がこの魔法を習得するまでの平均時間は?」
「えっと……大体5分くらいかな」

 よーするにこんなんで苦労する人間はほとんどいないってことですね。そして俺が費やした時間は軽く一時間を越えようとしてた。

「フッ」

 あぁ、そうだ。こんなことは最初から知っていたはずだ。いつだって世の中はこんなはずじゃないことばっかりで。
 世の中には才能を持つ奴と持たない奴の二種類が存在する。俺には魔法を使う才能がない。ただ、それだけの話なのだ。
 珍しくも無い。極めてありふれた、どこにでも転がっている事実。

「ドチクショ――――っ!!」
「あ、ゆ、ゆーとくんっ!?」






 叫びながら走り出した少年は、なのはの制止も聞くことなくそのまま姿が見えなくなってしまう。

「ユーノくん」

 ジロリとユーノと睨みつけるなのは。少女にしては珍しくその瞳には非難の色が浮かんでいる。

「もう少し言い方ってものがあるんじゃないかな?」

 だが、ユーノはそれに怯むことなく静かに首を振る。

「あのね、なのは。男の子の場合、そういう風に変に気を使われると逆に傷付くものなんだよ」
「そうなの?」

 年齢のわりに聡いなのはだが、そこはまだ小学三年生。異性のそういった意地やプライドと言ったものにまでは考えが及ばず、首を傾げてしまう。

「そうなの。まぁ、それはともかく」
「わあぁっ!?」

 ひょこっと背後から声を掛けられ、あまつさえ耳に息を吹きかけられたことで飛び上がらんがばりに慌てふためくなのは。
 振り向いた先には先ほど走り去ったばかりの少年が、何事も無かったかのように立っていた。

「ゆ、ゆゆゆゆゆーとくんっ!?な、なんでっ!?」

 落ち込んでたんじゃないの?と口をパクパク開くなのはを、少年は鼻で笑い飛ばす。

「ふっ、ぶわぁかめ。あの程度でいつまでも落ち込むほど浅い人生経験ではないわっ!」

 10年足らずの人生は十分浅いんじゃないかな、と思うなのはだが、少年は気に止めることもなく、フェレットの耳元へ小声で何事かを囁く。

「……っていうのはできる?」
「うん。できることはできるけど」
「んじゃ、まずは念話。んで、その次にそれの練習プランを頼むわ」
「わかった。まかせて」
「えっと、何の話?」

 何やら頷き合う二人の会話を聞き取ることができず、首を傾げるなのはだが、

「秘密。フッフッフ」
「だってさ」

 怪しい笑みを浮かべる少年と、肩を竦めるフェレットの友人に何やら一抹の不安を覚えてしまうなのはであった。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

ジュエルシードの危険性を再認識したなのは達は決意も新たに探索を続ける。
なのはとフェイト、二人の少女が対峙した時、新たな魔法使いが降臨する。
傷付いたフェイトを救うため、勇斗は走る。

勇斗『不意打ちクラッシュ』



[9464] 第八話 『不意打ちクラッシュ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:32

『遂に念話を覚えたぞ!』
『え、と……うん、おめでとう』

 授業中に声高々に叫んだ俺に対するなのはの賞賛の声はかなり微妙な感じだった。念話ぐらいでそこまで喜ばなくても、という意図が込められている気がして仕方ない。

『でも授業中にそんな大声出さなくてもいいと思うんだけど』

 俺の勘違いだったらしい。確かに授業中に自分にしか聞こえない声で、いきなり大声を上げられたら俺だってウザイと思う。
 なのはの言葉は疑いようもないくらい正論だった。
 念話の練習事態は当初から始めていたが、使えるようになったのはついさっきなので舞い上がってしまった。反省。

『ね、ゆーとくんはまだジュエルシードの探索続けるの?』
『はい?』

 黒板に書かれている文字をノートに写しながら、このちびっこはいきなり何を言い出すのだろうかと首を傾げる。

『昨日はすごく危なかったよね。私やユーノくんと違ってゆーとくんはまだ魔法が使えない。だからこれからは私とユーノくんだけで探したほうが良いと思うんだ』
『ふむ』

 なのはの言い分は正しい。元より自衛の手段もない俺はジュエルシード発動時は無力。ジュエルシード捜索とアイディアを出すくらいしかできない。
 捜索にしたって今後、フェイトが今回のように強制発動という手段を取らないとも限らない。まぁ、それはジュエルシード見つけた時点で俺が触らず、なのはに任せれば問題ないのだけども。とはいえ、こうして俺が協力してるのは少しでも二人の力になりたいという俺の自己満足でしかない。
 それにそろそろアースラとそこの執務官であるクロスケもお出ましになる時期だ。そうなると俺にできることはほとんどなくなってしまう。
 とはいえ、ここまで関わっておいて、後はおまかせハイさよならってのも色々後ろ髪を引かれる。例え自らの自己満足でしかないとしても。

『そういうなのはこそ、ジュエルシード探しから手を引く気はないのか?おまえだって昨日は十分やばかったろ?』

 そう、昨日のあれは一歩間違えばなのはだって落ちてた可能性がある。どう考えても原因は俺だったけど。二度同じヘマをするつもりはないのでそこはスルーさせてもらう。

『……私は、やめないよ。確かに最初はユーノくんのお手伝いだったけども今は違う。あの子と……フェイトちゃんと話がしたい」
『うん』
『それにジュエルシードだって放って置いたら、またゆーとくんみたいに巻き込まちゃう人が出ちゃうかもしれない。私はそんな人たちを出したくない』
『なるほど』

 なのはの決意表明を聞きながら考える。まぁ、元から彼女を止めたり説教するつもりなどサラサラない。
 なのは自身で戦う理由がはっきりしてるのなら問題ない。
 俺にできるのは、ほんのちょっと元気が出るように背中を押したり、頑張り過ぎない程度に抑止する。結局、それが俺のポジションだろう。もうお役目御免という気はするが。

『俺は正直言うと知らない人間がどうとかは二の次なんだけど』

 なのはの息を飲む気配が伝わる。小学生相手にわざわざ言うことじゃないな、と思いつつ言葉を続ける。

『友達が傷つくのも嫌だし、知ってて何もしないってのもヤダ。だから俺も最後まで付き合う』
『ゆーとくん』

 脳裏に響く声には少しだけホッとしたような気配が感じられた気がする。

『心配はいらんぞ。危なくなったらすぐに逃げる。ハッタリと逃げ足に関しては自信があるからなっ!』
『それは偉そうに自慢するとこなのかな?』
『まぁ、なのはみたいなお子様にはまだわからんよな』

 ハッタリも逃げ足も戦いにおいてはどちらも重要な要素である。特にこれらは自分より強い相手ならばなおさら必要なことだぞ、と言おうとしてなのはのような強者には無縁のことだと気付く。くうっ、こんな小学生時から格差社会の波が押し寄せているとはっ!

『お子様って、ゆーとくんだって同い年だよ……』
『フッ』

 肉体的にはともかく、人生の経験値はざっと二倍以上あるのだから、その指摘は鼻で笑わざるを得ない。

『フって、何?なになに、何なのその余裕はっ?』
『強いて言えば大人の余裕だな』

 予想通りのなのはの反応に笑みを零しつつ、嘲笑う。
 まぁ、肉体年齢が若返った分、精神年齢も少し下がった気がするけど。実際に生きてきた年齢で計算すると悲しくなってくるので言及しない。

『まぁ、口喧嘩で俺に勝てたら対等と認めてやろう。フッフッフッフ』
『うぅー』

 子供らしく唸るなのはをからかいつつ、今後の方針を考える。アースラとの合流はそう遠くない。
 そして合流した後はジュエルシード探索のためにしばらく学校を休むことになるはずだ。
 俺がアースラについていって何をするのかというと、それとなくプレシアのことをほのめかしてエイミィとかの負担を減らすことぐらいしかできないのだが。
 後は俺自身、しっかりと魔法を使えるようになっておきたいから、この機に適正検査とか受けときたい。ぶっちゃけて言うと、手出ししなくても解決する事件のことよりそっちのが理由として大きい。 朝の訓練でミッド式の適正は絶望的な気はするが、もしかしたら近代ベルカ式ならば望みはあるかもしれない。もしかしたら俺も知らない稀少技能とかあるかも!
 まぁ、夢見過ぎると後で落胆がでかいから過度の期待はせんが。
 今回の事件でどうこうするってのは無理っぽいが、闇の書事件の時にはなんとか戦えるくらいには……と考えて相手が悪過ぎることに気付く。
 無理。シグナムとかヴィータみたいなガチなのはもちろんザッフィーやシャマルすら手に負えるような相手じゃねぇよ。闇の書の闇とか暴走はやてとかはもっと問題外。
 素で戦闘において俺が活躍できそうな場面が一つもないことに絶望した。
 無印もA'sも周辺の奴のレベル高すぎだろ、あんちくしょうめ。つーか、そもそもあいつらと戦うような状況にしたくない。
 結局、今後においても自分が役に立ちそうな場面が想像できず、一人しょんぼりする俺であった。
 ……現実ってせつないなぁ。





 放課後になって、現実という壁について悩みながらトボトボ歩いていると、不意にジュエルシードの気配を感じる。

「あれ、もう?」

 まだ発動はしていないが、この感じだとそう長い猶予はない。
 場所は……海のほう。ってことは、間違いなく今回の戦闘でクロスケが現れる。

「はぇーよ、こんちくしょうっ!」

 細かいことまで覚えていない自分の原作知識を恨みつつ、まだ痛む体に鞭打って走り出す。

『なのはっ!』
『うん!私も感じてたっ!ユーノくんと一緒に向かってるからっ!』

 念話で呼びかければ、すぐさま勢いよく返事が返ってくる。

『OK。なら現地合流だ。フェイト達もそこにいるはずだから油断すんなよ』
『うんっ、まかせて!』

 と口では注意を呼びかけたものの、二人がまともに激突する前にクロノが止めてくれるだろうからあまり心配はしていない。
 ジュエルシードの暴走体なんぞはそれこその二人の敵じゃない。
 問題はただ一つ。こっから海の公園まで大分距離があることだ。到着が遅れて結界に締め出され、アースラ一行とのご対面を逃したとか嫌過ぎる。
 なのはなんかは、どちらかというと俺がジュエルシード探索に加わるのに反対っぽいからこれ幸いにと置いてかれてしまう可能性がゼロとは言い切れない。

「俺が着く前に終わるなよ……!」

 痛みに悲鳴を上げる体を叱咤しつつ、俺は全力で疾走した。




「ぜえっ!ぜぇっ!」 

 全力疾走の甲斐あって、なんとか結界内に入り込むことができた。
 あぁ、くそっ、しんどい!
 空を見上げればそこには桜色の閃光が奔っている。のんびり歩いている余裕はないようだ。
 膝についていた手を上げて、再度走り出す。

「って、もういるんかい」

 なのはとフェイトの間に立つ黒髪の少年。あれ、いくつだっけ?背丈はあんま俺らと変わんねーのな、とか思ってるとクロノに向けて雷撃が撃ち込まれる。
 撃ったのは獣形態のアルフだ。着弾時に発生した煙にクロノが包まれた隙にジュエルシードへと手を伸ばすフェイト。それを煙の中から撃ち出された魔力弾が襲い掛かる。
 魔力弾はフェイトを撃ち抜き、フェイトはそのまま地面へと落下……

「って、うぉいっ!」

 って、フェイトが思いっきり大ピンチじゃねぇかっ!?なんか血が出てるし!?
 予想外の事態に緩めかけたスピードを落とさぬままに走り続ける。
 落下したフェイトはアルフが受け止めたが、既にクロノは追い討ちをかけるべくデバイスを構えている。
 なのはは双方の間に割って入り、クロノを止めるように両手を広げる――一方で俺は使えるようになったばかりの魔力をつま先へと集中。疾走の勢いをそのままに地を蹴る。
 狙いは一つ、一意専心……!

「ダメ「不意打ちクラッシュッ!!」

 クロノの後頭部目掛けて飛び蹴りを放つ。
 クロノはこちらに背を向けたまま、このタイミングならかわせまい!そう確信した俺だったが、砂糖を入れたリンディ茶の十倍は甘かったようだ。

「はれ?」

 俺の渾身の力を込めたつま先は半身を向けたクロノの左手一本、正確にはそこから発生している魔法陣によって受け止められていた。
 どころか、魔法陣が輝きを発したかと思うと、そのままつま先から弾き飛ばされた。

「あうちっ!」

 受身を取り損ねた俺はモロに尻餅をつき、その痛みに悶える。
 うぅ、最近こんなんばっかし……!
 俺が転げまわっている隙にフェイトを背に乗せたアルフはそのまま撤退していく。クロノはというと、なのはに阻まれていたこともあって追うタイミングを逸したようだ。

「で、君は一体何のつもりだ?」

 軽く肩を落としたかと思うと、尻餅をついたままの俺にチャキっとデバイスを向ける執務官様。俺は内心冷や汗を掻きつつ、両手を上げて言った。

「いや、とりあえず攻撃は止めなきゃと思って。手段が蹴りだったのは走ってきた勢いというかついノリで?」

 どうせ効くとは思ってなかったし。
 あはは、と愛想笑いを浮かべてみたが、クロノくんは二コリともしてくれなかった。
 ですよね。

「あ、あの、ゆーとくんはっ」

 慌てふためいて俺の弁護をしようとするなのはに大丈夫と手を振りつつ、どうしようかと考える。まぁ、考えるまでもなくこちらの悪ノリが過ぎたのは明らかだ。
 ここは奥義、猛虎落地勢を使わざるを得ない。

「ごめんなさい」

 これでもかと地面に頭を擦り付ける勢いで謝る。ここでクロスケと対立しても何も得しないのだ。
 後々まで粘着するような性格じゃないのは知っているが、禍根は消しておくにこしたことはない。
 俺は協調と平和の為ならプライドなどゴミのように捨てられる男なのである。

『だったら初めからやんなきゃいいのに』

 最後の思考が念話として駄々漏れだったらしい。なのはに突っ込まれてしまった。

『いや、プライドは捨ててもノリは捨てちゃいけないと思うんだ』
「どうでもいいが、僕にも聞こえてるわけだが」

 残念。覚えたての俺の念話は対象指定が上手くできてなかったらしい。
 クロノ執務官の目は冷たかった。

「まぁ、そんなわけで覚えたての魔力を使ってちょっとやんちゃしてみたくなっただけです。ごめんなさい」

 再度頭を下げるとようやくクロノはデバイスを引っ込めてくれた。小さくため息をつくその姿は心なしか物凄く脱力しているように見える。

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ」

 そう言って尻餅ついたままの俺へと手を差し伸べてくれた。男に差し伸べられても嬉しくないんだけどなーと思いつつ、素直にその手を掴んで起き上がる。

「遠峯勇斗。そっちの白いのが魔王でちっこいのが淫獣」

 自分の名前もボケようと思ったけど、特に属性もない凡人だけに適当なネタが思い浮かばなかった。

「ま、また魔王って言ったーっ!私、魔王じゃないもんっ!」
「い、いんじゅうって何っ!?」
「……君らはどういった関係なんだ?」

 ブンブンと手を振って抗議する白いのと淫獣を横目にぼそりつ呟くクロノであった。



『クロノ』

 クロノがジュエルシードを確保すると、リンディさんからのモニタ通信が入ってきた。
 おぉ、やっぱりリンディさんって美人。マジで子持ちに見えん。

「すみません、片方は逃がしてしまいました」
『うーん、ま、大丈夫よ。でね?ちょっとお話を聞きたいからそっちの子達を案内してくれるかしら?』

 と、こんな感じでアースラご招待になった魔王一行であった。

「だから魔王じゃないってばっ!」

 ちっ、念話で小声で呟いたつもりがしっかり聞かれていた。うーん、まだまだ出力調整がイマイチだねぇ。






「おー、ここが噂のアースラかっ!俺は今!猛烈に感動しているぅ!」

 未知の技術で作られた戦艦!男として心が踊る!
 まぁ、転移魔法で飛んできたからここはちょっと変わった通路でしかないし、外観なんて見てないのだけども。

「ゆーとくん、知ってるの?」
「いや、全然」

 本当は知ってるけど説明がめんどいので適当に誤魔化す。

「知らないのになんで感動できるの?」
「だからノリだって」

 即答した俺になのはは小さくため息をつき、

「まぁ、ゆーとくんだもんね」

 うわぁ。なんか凄い失礼なことを考えられてる気がする。

『ねぇ、ユーノくん、ここって一体……?』

 クロノの後に続きながらなのはが不安そうに念話で問いかける。

『時空管理局の次元航行船の中だね。えと、簡単に言うと幾つもある次元世界を自由に移動する、その為の船』
『え、と……あんま簡単じゃないかも』

 いや、十分簡単だろ、と思ったけどSFとかそういったのに縁がないとピンと来ないのかもしれない。口を挟もうと思ったけど、面倒なのでそのままユーノに説明をまかせる。
 その説明を聞き流しながらふと思う。次元世界、か。その中に元々俺がいた世界はあるのだろうか?まぁ、次元世界っていう括りをしてもこの地球って星の世界は一つしかないだろうから、次元世界という括りとはまた違った解釈の次元かな。並行宇宙とか言い方は色々ありそうだけども。

「あぁ、いつまでもその姿は窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除しても平気だよ」

 ユーノの説明が一区切りついた後でそうクロノが切り出してきた。おまえが言うなと言いたい。
 覚えている限り、君はいっつもバリアジャケットを着込んでいる気がするのは俺の記憶違いだろうか。
 まぁ、どうでもいいことではあるんだけども。

「あぁ、そっか」

 クロノに言われたままバリアジャケットを解除するなのは。いっつも思うけどホントこれ便利だよね。

「君も元の姿に戻っていいんじゃないか」
「あ、そういえばそうですね。ずっとその姿でいたから忘れていました」

 いや、人として忘れるのはまずくないのか、それ。

「ふぇ?」

 クロノの言葉に頷いたユーノが光を放ち始め、人間の姿へと変わっていく。そして俺はすかさず携帯を取り出し、なのはに見えないようにカメラの準備をする。
 実はひそかにユーノバレの瞬間を心待ちにしていたのである。

「へっ?」

 もっとも当のなのははそれどころではないようで、驚きの声を上げつつ、一人百面相をしていた。
 もちろんそんな面白顔は逃がさずにシャッターを切る。

「ふぅ、なのはにこの姿を見せるのは久しぶりになるのかな」

 なにすっとぼけてるの、このお子様?久しぶりどころか思いっきり初めてです。

「ふぇえ?ええ?」

 爽やかぶってるユーノと対照的に動揺しまくりななのはに苦笑せざるを得ない。シャッターは切るけども。

「ふぇ――――っ!?」

 そしてなのはの悲鳴がアースラ内に響き渡ったのである。

「な、なのは?」
「ユーノくんってっ、ユーノくんってっ、その何!?えぇ、ウソっ!?ふぇぇぇ~っ!?」
「……君たちの間で何か見解の相違でも?」
「まぁ、フェレットに成りすまして女湯に潜り込んだのが露呈しただけかな」
「ちょっ、勇斗!?」
「ほう」

 ボソッと小声で呟く。クロノは興味深そうに頷き、なのははその時のことを思い出したのか、ワナワナと震えだし、その瞳には涙がたまっていく。
 ユーノと二人でお互いに慌ててるが、別に嘘は言ってないので仕方あるまい。

「あ、あああぁ」
「お、おおお落ち着いて、なのはっ!」
「お前も落ち着け」
「誰のせいだよっ!?」

 いや、どう考えてもおまえのせいだと思うのだが。

「よしよし。女湯に忍び込むような変態には後でたっぷりとお仕置きしないとなー」

 なのはを慰めるように頭に手を置いて撫でるのだが、それを聞いたユーノは見てるこっちが笑えるくらい慌てていた。

「し、忍び込んでないからっ!あれはなのはとその友達に無理やり連れ込まれただけでっ」
「そして忍さんや美由紀さんと混浴したというのか、貴様ーっ!お子様三人はどうでもいいがその二人と混浴とか羨ましすぎるぞ、コラーっ!!」
「そっちっ!?いきなりそんな暴露されてもっ!」

 待たせてるリンディさんそっちのけで騒いでたらクロノくんに軽い説教くらいました。
 とりあえず涙ぐんでるなのはを宥めて、ユーノが人間形態を見せたのは今回が初めてってことを認識させて収拾をつけましたとさ。

「まぁ、ほら。フェレットになってるときのこいつって見た目だけじゃなくて心もフェレットになりかけてるから人間扱いしなくていいんじゃないかな」
「う、うん、そう……なのかな?」
「ちょっ、勇斗っ!そんな勝手なこと……っ」
『だってキミ、フェレットん時、なのはの指舐めてたりしてたじゃん。それともアレは何か?人間時にも持ってる性癖?』

 なのはに聞こえないよう、こっそりと念話で尋ねる。
 もしここで肯定されたら友達としての付き合い方を考えなければならない。

『う、た、確かにフェレット形態の習性は、姿にある程度影響されてるけど』
『人間扱いしないってのは言葉のあやというか冗談みたいなもんだから真に受けるなよー?』
『君が言うと本気にしか聞こえないんだけど……』

 実際、嘘や冗談をいう時も含め、俺はいつも本気なのだからそれは当然だ。

 そんなやりとりをしつつ、リンディさんの部屋へと招かれた三人であった。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

ついにアースラとの合流を果たした勇斗達。
少女の助けになる力を得るため、勇斗は自らの秘密をリンディに打ち明けるのだった。

リンディ『アースラへようこそ』




[9464] 第九話 『アースラへようこそ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:33
「わお」
「うわぁ」

 クロノに連れられた部屋の中を見て、なのはと二人で思わず声をあげてしまう。
 無駄に数が多い盆栽に真ん中に台座のように備えられた畳。そこには野点に使われるような傘どころか鹿威しまであった。いかにも急ごしらえといった感じで、部屋の壁と酷くミスマッチだ。
 そーいやこんな部屋でしたね。多分、こちらに合わせて用意してくれたんだとは思うけど畳とかはどっから調達したのだろうか。元からあったのか。恐るべしアースラの資材倉庫。

「三人ともアースラへようこそ。まぁ、どーぞ、どーぞ、楽にしてちょうだい」

 正座で出迎えてくれた艦長さんはえらくユルユルなノリだった。知ってたけどね。
 予備知識の無いなのはとユーノは呆気に取られた様子で顔を見合わせていた。


「どーぞ」
「あ、はい」
「いただきます」

 出された羊羹にさっそく手をつける。ミッドチルダにも羊羹ってあるのか?イメージ的に和風のものは無さそうな気がするんだが。
 説明はユーなのに任せて俺は羊羹を食べるのに専念する。
 こちらの説明が終われば今度はリンディさんのロストロギア講義。すっかり忘れかけてたけどジュエルシード数個が完全に発動していれば幾つかの世界をまとめて滅ぼせるんだっけか。そんなもんの暴走体に取り込まれていたのだと思うと、今さらながらにぞっとする。
 くわばらくわばら。
 双方の話を聞き流しながら今後のことを思案する。ユーなのが取る選択肢など決まりきってるからどうでも良い。問題は俺自身というか、どこまでこちらが持つ情報をばらすかだ。
 下手に全部ばらして予想外の展開かつ悪い方向に流れるのは困る。今後の流れとしてフェイトが関わってくるのは海上大決戦となのはとの一騎討ち、そこから時の庭園に雪崩れ込んだはずだ。
 出来ることなら海上決戦後にそのまま時の庭園に雪崩れ込みたい。海上決戦の後、フェイトはプレシアに虐待を受け、それが原因でアルフはプレシアに反抗して怪我を負い、アリサに保護されたはず。この流れだと一騎討ちイベントがなくなってしまうけど後でフォロー……できるか?一応二人の共闘イベントはもう経験済みだからそれを考えれば……いや、でも、うーん?
 後先を色々考えるのはどうにも苦手だ。基本的に、後先考えず行き当たりばったりのその場のノリが全てだからなぁ。
 自分一人でならそれもいいのだが、他の人も巻き込む場合はそうもいかない。そもそも今回の場合は、基本的に俺が手出しできない。何か起こってもその責任を取れないのだから。
 何も手出ししなければ、結果オーライとはわかっていても、フェイトのことは早く何とかしてやりたいというのが人情である。
 俺が一人あれこれ考えている間に、話の流れは記憶どおり時空管理局が全権を受け持つと宣言し、なのは達は今夜一晩考えて、改めて今後のことを話すという結論に至る。

「送っていこう。元の場所でいいね?」
「あー、その前にちょこっとお話があるんですが。この二人抜きで」
「え?」

 なのはとユーノを指差す俺に二人は揃って驚きの声を上げる。

「ゆーとくん?」
「ちょっと俺の魔力に関して聞きたいことがあって。二人は先に戻ってていーよ」

 不審がる二人にはそう言いつつ、ちらっとリンディさんに目配せする。
 暗に二人には聞かせたくない話があるという意を込めて。

「そういえば、あなたはジュエルシードの暴走に巻き込まれていたんだったわね。確かに一度、ちゃんとした検査をしたほうが良いわね」

 さすが大人の美人。俺の考えを正確に察してくれたらしい。

「検査には時間がかかるから、勇斗くんの言うとおり二人は一足先に帰ったほうがいいわね。お家の人も心配するでしょうし」
「えっと」
「心配はいらないわよ。ちゃんと検査をして、問題がないことを確認したら責任を持って送っていくから、ね?」
「あ、はい」

 口を開きかけたなのはを遮るようにしてリンディさんに畳み掛けられたなのはは、少しだけシュンとした感じで頷く。

「さ、行こう」
「帰ったらメールするよー」

 クロノに背中を押されて出て行くなのはに、心配無用とひらひらと手を振って見送る。
 まったく心配性だねぇ。



「それで一体、何のお話かしら?あなたの魔力についてのお話だけではないんでしょう?」
「あの二人がまだ知らないフェイト・テスタロッサの事情とかその他諸々の情報を」

 にっこりと笑うリンディさんに俺は即答した。リンディさんは興味深そうに目を瞬かせる。

「そういえばあなたはフェイトさんとお話したって言ってたわね。その時に聞きだしたの?」
「まぁ、本人も知らない事情とかも色々知ってたりしますが」
「どうやって?」
「そちらの言葉で言う稀少技能みたいなもんですかね。予知夢とかそんな感じの」
「予知夢?」

 あらかじめ考えていたでっちあげの理由をぶちかましてみた。
 まぁ、こんなこと言われていきなり信じたりする人間はいないだろうが、この虚言をある程度、信じさせるだけの手札はある。
 仮に信じてもらえなくても、それでどうこうなるわけではないはず。多分。
 前の人生の記憶云々とかいきなりぶちまけるよりは、多少信憑性がある……と思う。たぶん。

「あなたたちのことも少しだけ知ってますよ。エイミィさんとかクロノ執務官の師匠で猫の使い魔のロッテとアリアの姉妹のこととか」

 俺が口にした単語にリンディさんの目が驚きに見開かれる。そして一瞬だけ警戒の色を見せたような気がする。

「興味深い話ね。詳しく聞かせて貰えるかしら?」

 食いついた。今の表情を見る限り、動揺や警戒の色を見せないのは流石。実際に何を考えているかまではわからんが、リンディさんなら悪いようにはしないだろう。
 エイミィに録画されてるかもしれんが……まぁ、大丈夫かな、多分。

「えーと、どこから話しましょうか?」
「そうね。まずはあなたのその能力について教えてもらえるかしら?」

 俺がでっちあっげた能力の詳細は以下の通りだ。
 自分の知らない未来の光景を夢として見る。時系列はバラバラ。そしてそこで見たことは必ずしも現実になるわけではなく、それに干渉するような行動を取れば、違う結果になることもある。俺の意思でその能力を制御することはできず、見たい光景や時期などを選択することもできない。発動も完全にランダム。俺自身もあまりよくわかっていない力だということ。

「と、まぁ、そんなわけでして」

 我ながら色々穴のある説明だが、でっちあげだから仕方ない。突っ込まれてもそこはよくわからないで通せばいい。何しろ夢として見ているだけという設定なのだから。

「なるほど。それで私たちのことも知っていた、というわけね」

 ふんふんと頷くリンディさん。今のところ、いくつか質問はされたものの、俺の言葉そのものを疑っている様子はない。全部信じてくれてるとも思わないけど。

「まぁ、よく当たる占い程度に思ってもらえばいいかと。ちなみにこのことを人に話すのは初めてです」
「それはどうして?」
「さっきも言ったとおり、俺が見た未来は必ず実現するわけではないですからね。好きなように力を使えるわけでもなし。人に話してそれが広まって面倒なことになるのも嫌ですし」

 実際、俺の記憶なんてあやふやだったり、はっきりしない部分も多いのであながち嘘でもない。

「それに先に起こることを話して、変な方向に変わっても困りますからね。俺が見た未来は概ねハッピーエンドだったんで」
「と、いうからには今回の事件について、これから起きる事も結末も知っているのかしら?」

 流石に鋭い。俺の口ぶりと既に話した内容からそれを察したらしい。

「まぁ、全部が全部ってわけじゃないですけどね。それも必ず実現するとは限らないわけですけど」
「なるほど、ね。勇斗さんの能力については大体わかったわ」

 そう言ってリンディさんは例の角砂糖入りの緑茶に口をつける。
 角砂糖いれるときになのはが引きつった声上げてたなぁ。

「ちなみにどれくらい俺の話どのくらい信じてます?」
「そうねぇ。三割ぐらいかしら?」

 笑顔でこともなげに宣言するリンディさん。
 俺もお茶に口をつけながら思案する。ふむ。まぁ、三割ならいい線いってる、か?

「まぁ、それなら話を聞く価値がある程度には思ってもらえるわけですよね?」
「そうね。流石に全部は信じてあげられないけど、話を聞くぐらいなら、ね。何か、私たちに頼みたいことがあるんでしょう?」
「そこまで見抜かれましたか」

 元から隠すつもりはなかったので、話が早くて助かる。

「こちらが渡す情報はフェイト・テスタロッサとその黒幕について。まぁ、信憑性を保障するもんは何もないんですが」

 これから起こることについては話さないほうがいいだろう。あー、でもアースラが攻撃を受けるタイミングくらいは言っておいたほうがいいかもしれない。

「で、こっちが希望するのは俺の事件解決までのアースラ乗船許可。あとできたらでいいので魔法を教えてください」
「その理由は?」
「ここまで関わったからには最後まで見届けたいですし。あとはフェイトやなのはのことも気になりますしね。なのはとユーノは絶対に捜査協力を申し出るはずですから」

 きっと今頃二人で相談してる頃だろう。クロノからは元の日常に帰れと言われても、なのはがフェイトのことを放っておけるはずもない。
 そうなれば必然的にユーノもついてくる。

「それはそういう未来を見たから?」
「友人としての確信です。ユーノだけならともかく、なのははフェイトのことを物凄く心配してますから」

 実際、原作知識が無かったとしても、なのはがこの件に最後まで関わろうとするのは想像に難くない。

「で、魔法覚えたいってのは、それを見てるだけの自分が歯痒いから。正直、なのはみたいにすぐ力が付くとは思ってませんけど、何もしないよりはマシかなーと」

 元より腹芸は得意ではない。思ったことをそのまま口に出して伝える。こんなことをなのは達の前で言ったら赤面ものである。
 リンディさんとエイミィについては最初から諦めてる。クロスケは……まぁ、いいや。

「と、まぁ、俺の条件はこんなとこですが、どんなもんでしょ?」
「そうねぇ……」

 リンディさんは顎に手を当てたまま、こちらを見つめている。俺も真っ向からその瞳を受け止め、やましいことは何もないですよー、という意を込めて見つめ返す。
 俺の条件を飲んでくれるかということについては正直、かなり分が悪い。
 なのは達は戦力としてのメリットを提供することで捜査協力の許可が下りたが、俺の場合はそうもいかない。俺の情報が正しいという証拠が無い以上、リンディさんらにとってのメリットは皆無に等しい。そもそも俺の情報なしでも事件解決には何にも影響しないのだから。
 まー、ダメだったら大人しく諦めよう。

「ま、いいでしょう。魔法を教えることに関してはまだ確約できないけど、それでもいいのなら」
「オールオッケーです」

 そんなあっさり許可出していいのか、アースラ艦長。と思ったが、こちらにとっては都合がいいので口に出さない。

「他に条件として、身柄を一時、時空管理局預かりとすること。こちらの指示には必ず従うこと。いい?」
「それは勿論」

 リンディさんの言葉に頷く。個人ならともかく管理局は組織として動いてるのだ。個々人が指示を無視して勝手に行動などしたら組織として成り立たない。
 非常時にはその限りではない場合もあるが、基本的に上の指示を効かない人間は邪魔にしかならない。人間社会の基本だね。
 もっとも、俺が現場に出張ることはないだろうけどさ。

「じゃ、聞かせてもらいましょうか。フェイト・テスタロッサについての情報を」

 そうして俺は何から話したもんかと思案しながら、フェイト、そしてプレシアのことを語りだす。
 フェイトがジュエルシードを集める理由は母であるプレシア・テスタロッサに命じられたから。
 プレシアは過去の事故によって一人娘であるアリシアを死なせてしまう。アリシアを死なせたプレシアは、死んだ娘を取り戻そうと様々な研究を行い、やがて人造生命を作り出すことを目的としたプロジェクト『F.A.T.E』に辿り着く。その研究成果としてアリシアの遺伝子を元に作り出した人造生命体にアリシアの記憶を転写することに成功する。
 だが、それは上手くいかなかった。アリシアの遺伝子情報、記憶を受け継いでも性格や利き手、アリシアが持っていなかった魔力素質を持っていた。
 そのアリシアをアリシアではない別の存在と認識したプレシアは、アリシアの記憶を削除してフェイトと名付け、自らの道具として育成していく。そして今現在のプレシアはアリシアを蘇生させる手段を失われた異世界『アルハザード』に求め、次元震の狭間にそれへの道があると信じ、その為にジュエルシードを必要としている。
 フェイトをアリシアの偽者として認識しているプレシアは、フェイトを密かに憎み、彼女を虐待していること。
 うろ覚えの為、細かいことや一部の概要は間違っているかもしれないことが、大筋では間違ってないと付け加えて、俺の話は終わりとなる。

「……と、まぁ、俺が知ってるのはこんなことです」
「……そう」

 俺の話を聞き終えたリンディさんは静かにため息をついた。
 俺からここまで詳細な情報を聞けるとは思っていなかったこともあるだろうが、フェイトやプレシアの境遇にやるせない思いがあるのだろう。
 俺自身、改めて口に出して話すことで暗鬱とした気分になってきた。
 プレシアの境遇には同情もするし、哀しむ気持ちもわかる。
 小説版では事故においてもプレシアに責は無く、利益を優先するために無茶なスケジュールを立てた上層部や、彼女の立てた安全基準を無視していった上司こそが加害者といえる。プレシアは間違いなく被害者の一人なのだ。
 だからといって、彼女がフェイトを憎む理由にはならない。彼女が暴走した魔力炉と同じ魔力光を持つことも、アリシアと似て非なる存在になったことも何一つフェイトの責任ではないのだから。
 フェイトをアリシアの偽者でなく、もう一人の娘として接することさえ出来れば。プレシアもフェイトも今とは違った形で幸せに暮らすことができたはずなのだ。
 そう思うと、やるせない想いで胸が苦しくなる。
 実際にフェイトと会って言葉を交わした時間はわずかだが、彼女が凄く良い子だというのは肌で感じ、だからこそ少しでもその負担や悲しみを減らし、力になってやりたいと思う。
 知らず知らずのうちに俺は自らの拳を力一杯握り締めていた。
 その手にそっとリンディさんの手が添えられ、俺は慌てて顔を上げる。

「ありがとう。勇斗さんには辛い話をさせてしまったわね」
「あ、いえ。別に俺は。っていうか、そもそも俺から持ち出した話ですし」

 そもそも俺が辛い訳じゃないし。リンディさんの気遣うような視線に慌てて手を振る俺に、リンディさんからハンカチを差し出される。

「えっと?」

 差し出されたハンカチの意味がわからずに首を傾げる。

「目に涙、溜まってるわよ」
「おおっ!?」

 言われて見れば、涙こそ流れていない流れていないものの、確かに涙が溜まっている感じがあった。
 慌てて目を閉じて自分の手でそれを拭う。やばい、これは恥ずかしい。

「あ、あははは……」

 流石に気まずくなった俺は愛想笑いを浮かべるが、リンディさんの慈しむ様な視線が物凄く痛かった。

「さて、随分と長話になってしまったわね。今日はこの辺でお話は切り上げましょうか」

 だからリンディさんの言葉は正直有難かった。このまま生暖かい視線を向けられ続けたら死んでしまう。

「この件が解決するまでアースラに乗るんだったら、ご両親にお話する必要があるでしょう?これ以上遅くなるまえに一度帰ったほうがいいわ」
「あー、そういえばそうですね」

 忘れていたわけではないが、気が重い。どう話すかは考えてはいるものの、信じてもらえるかは微妙なとこだ。
 今更許可下りなかったらどうしよう。

「艦長、お話は終わりましたか?」

 俺が頭を悩ませているとタイミングよく、扉からクロノが入ってくる。
 いや、違うか。多分、エイミィと一緒にモニタから話を聞いていたんだろう。

「えぇ。クロノ。勇斗さんを送ってあげて」
「はい」
「じゃ、勇斗さん。またね」
「はい」

 リンディさんに頭を下げた後……立ち上がろうとして、

「……何をしているんだ?」
「あ、足痺れた……」
「あらあら」

 リンディさんはともかくクロノくんの視線が物凄く痛かったです。
 最近あんまり長時間正座をする機会がなかったのを、ちょっぴり後悔した。








「艦長、彼のこと本当によかったんですか?」

 勇斗とリンディの会話は勇斗の予想通り、クロノとエイミィの二人でモニターしていた。
 それだけにクロノは安易に勇斗のアースラ乗艦を許可したことに対して不安を覗かせている。

「確かに、彼の言うことをそのまま鵜呑みにすることはできないわね」
「未来予知なんてレアスキル中のレアですからねー」
 クロノとは対照的にアースラ通信主任兼執務官補佐である少女、エイミィは暢気な声を上げながらアースラの端末を操作している。
 未来の出来事を夢として見る事ができると少年は言った。確かに幾多の次元世界の中にはそういったような能力が存在したという記録はある。
 とはいえ、それがそのまま彼の言葉を信じる理由にはならない。

「夢に見たにしては、情報がやけに細かい」

 彼の話した情報は、あいまいな夢という形で見たにしては、やけに具体的過ぎた。視覚情報と聴覚情報だけで得られるような情報ではない。
 フェイト達に関しての話は全て出鱈目。何らかの方法で自分達のことを調べ上げ、この世界以外の世界の住人、もしくは犯罪者――という可能性もゼロではない。

「彼の言っていることが本当ならばよし。もしも虚言や何か別の目的があるなら、身近に置いておいたほうが対処しやすいでしょ?」
「それは……たしかにそうですが」

 勇斗が何かを企んでいるというのなら、目の届かない場所に置くよりもアースラ内のほうが監視も警戒もし易い。
 それがリンディが勇斗の乗艦を許可した理由の一つでもある。

「エイミィ、彼の語ったことと彼自身に関する情報の調査。まかせたよ」
「もっちろん。既に取り掛かってますよー」

 クロノの言葉に軽快に答えながらも、手を動かし続けるエイミィ。
 リンディとの会話時から既に勇斗の証言を裏付ける事実に関しての調査は開始している。
 勇斗に関しても、この世界での生い立ちや経歴について何か不審な点がないかどうかなどを調べる必要がある。

「頼りにしてるよ」
「おう、まっかせて♪」

 流石に一昼夜でその全てを調べ上げるのは不可能だろうが、執務官補佐の名は伊達ではない。
 数日中に必要な情報は全て手に入れてくれるだろうとクロノは確信している。

「ま、直接話した限りでは、杞憂に終わりそうな気はするんだけどもね」
「ですねー。あれが演技だとしたら超一流の役者になれますね」

 おとがいに指を当てながら勇斗の様子を脳裏に思い起こすリンディの言葉に、エイミィも同意する。
 能力云々の話ははっきり言って胡散臭いと感じた。
 だが、フェイト・テスタロッサとプレシア・テスタロッサの話をするときに彼が浮かべた哀しみや苦悶の表情。そこに嘘や偽りは感じられなかった。
 リンディは一見、のほほんとした暢気な人物に見えるが、AAクラスの優秀な魔導師であり、時空管理局提督としても確かな手腕と能力を持っている。
 人を見る目に関しても、相応の自負を持っている。
 そのリンディが見た限り、勇斗は全てを語っていない。未来のこと以外にも何か隠している節は感じられるが、プレシア親子に対して深い憂慮を抱き、フェイトやなのはを気にしていると言った言葉におそらく嘘はないだろう。
 少なくとも本質的には悪人ではないだろう、というのがリンディの判断である。
 無論、それだけで信用するほど迂闊な人間ではないが。

「クロノ。余裕ができたらでいいから、彼の魔法訓練を見てあげなさい」
「僕が……ですか?」
「えぇ。直接接する機会が多ければ、その分、彼の人となりも理解しやすいでしょ?」
「了解です」

 もし、彼が何らかの行動を起こしたとしても、自分たちならば十分対処は可能だろうとも思う。
 勇斗との会話記録に目を通しながら、今後のことを思案する。

「大魔導師プレシア・テスタロッサにジュエルシード、か。思っていた以上に厄介なことになりそうね」



■PREVIEW NEXT EPISODE■

なのは、ユーノと共にアースラへと搭乗する勇斗。
そこで勇斗は自らに秘められた可能性を知ることになる。

なのは『元気出そうよ、ね?』



[9464] 第十話 『元気出そうよ、ね?』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:33
 そんなこんなであの手のこの手でなんとか両親を説得し、ユーなの共どもアースラのお世話になることになった。
 両親とのやりとりは色々あったが、ここでは割愛。
 なにはともあれ理解のある両親で本当に良かったと思う。
 まぁ、それはそれとして、俺、というかなのはのフォローとしてやることが一つだけあった。
 
 
「というわけで、俺となのははしばらく休むことになるんでよろしく」
『……というわけ、と言われても詳しいことは何にも聞いてないんだけど』

 電話口から呆れたようなガッカリしたような声が響く。

「まぁ、俺としては全部ぶっちゃけてしまいとこなんだが、色々とめんどくさい事情があってだな……」
『遠峯くんっていつもそうやってはぐらかすよね』
「基本、人間ができてないんだ。すまん」
『…………』

 否定も肯定もない沈黙の間が微妙に痛かった。

「……ごめんなさい」
『もう、しょうがないなぁ』

 と、言いつつもその声はどこか楽しそうだった。

「まぁ、そんなわけでバニングスにも伝えといてくれ。なのはの面倒は出来る限り見とくってな」
『自分で言えばいいのに』

 くすりと笑う気配が伝わってくる。

「や、だって俺あいつにあんま好かれてないっぽいしなぁ。俺が電話したら絶対不機嫌になるぞ、あいつ」

 普段の態度から見るに、俺が電話してもあんまいい顔はしないだろう。
 日頃から色々手を抜きまくりでいい加減な俺は、真面目なバニングスにとっては微妙に気に入らない存在なのだろう。
 露骨に嫌われてる……まではいかないが、好かれていることはまずない、と思う。
 俺がバニングスに電話したときの第一声を想像してみる。

『なんであんたが私に電話してくるのよ』

 うん、大体こんな感じだな。

『あはは、確かにそうかも。アリサちゃん、遠峯くんと話してると楽しそうだもんね』
「地が出ているという意味では間違ってないかもしれんが、色々話のつながりがおかしいぞ、それ」
『あはは』
「ま、いいや。長話してもなんだから今日はこの辺でな」

 時刻は二十時を回っている。小学三年生の身の上であまり長く話し込むのもまずいだろう。と、いうかそんなに月村と話し込む話題もない。

『うん、ありがとう、遠峯くん。色々気を使ってくれて』
「まぁ、なのはも色々手一杯だし。俺にできるのはこんくらいのもんだ」

 生きてきた年数の長さや経験の割にできることがしょぼすぎる。いい加減、自嘲も飽きてきたけど。

『……なのはちゃんのこと、よろしくね』
「おう、まかせとけ。そっちも元気でな。おやすみ」
『うん、遠峯君も元気で。おやすみなさい』

 月村の言葉を聞き届けたあと、ピと携帯の通話ボタンを押し、ベッドに寝転がる。

「おやすみなさい、か」

 こうして夜中に女の子へ電話するのはいつ振りだろう。
 年下とはいえ、ちょいとブランクが長かったこともあり、柄にもなく緊張してしまった。
 普段はメールで済ませてるもんなぁ。

 ――おやすみー――

 不意に昔の記憶が蘇り、胸がチクリと痛む。
 前世の記憶がある……といっても、その時の自分がどうなったのかどうかはさっぱり記憶がない。
 色々割り切ったつもりではいるが、時々不意に思い出したりもする。
 諦めが悪いというか未練がましいというか。うざっ。
 頭を振って、頭を切り替える。
 昔のことなんてどうでもいい。過ぎたことを言ってもどうしようもない。
 今はこれからのことだけを考えよう。
 手にした携帯を放り投げ、布団にもぐりこむ。
 色々堂々巡りしそうな思考を放棄して、俺は眠りについた。
 



 で、翌日。三人一緒に魔力資質の検査兼能力テストを受けたりしてるわけで。
 アースラの指揮下に入る以上、個々人の能力はきちんと把握しておかなかればならないのだから当然の処置だろう。
 魔力資質には当然、個人差がある。魔力そのものの量だったり、魔力を雷や炎に変えたりする変換資質などなど。個々人が持つ魔力資質によって、それぞれが得意とする魔法も変わってくる。
 なのはが砲撃や硬い防御、ユーノが補助や回復系を得意とするのも資質による部分が大きい。
 瞬間的に出せる魔力量が少なかったり、それを制御する力が無かったり、魔力をエネルギーに変換する効率が悪かったりすると、せっかく魔力があっても宝の持ち腐れだったりするわけだ、こんちくしょうっ!

「あ……え、と、元気出そうよ、ね?」
「なのは……こういうときはそっとしておいてあげるのが一番良いんだよ」
「あぁ。こういうときは下手に慰められるとかえって傷付けてしまうものだ」
「やかましいっ!そーゆーのは本人の聞こえないとこでやりやがれ、こんちくしょうっ!」

 人が現実に打ちひしがれてる後ろで泣けてくる雑談してんじゃねーよ!

「まずはその涙を拭いたほうがいい」
「泣いてないっ!泣いてないもんねっ!これは涙じゃなくてただの水だもんねっ!」

 クロノが出したハンカチは受け取らずに腕でごしごしと水を拭う。
 クロノはそれで気を悪くする素振りも見せず、俺の肩にポンと手を置く。

「まぁ、そう気を落とすことは無い。ここまで酷い結果は僕も見たことも聞いた事もないが、今後の努力と訓練次第ではある程度どうにかなることもあるかもしれない」
「励ましてるのかトドメを刺しているのかよくわからないお言葉をありがとよ、この野郎」

 優しく慰められるよりは遥かにマシだけどさ。これはこれでバカにされてるようで腹立ちますね、ちくしょうっ!

「くそ……っ残りの項目はユーノもクロノもなのはもぶっちぎってやる……!」
「別に気合を入れたからといって数値が上がるわけじゃないんだが」
「アーアーキコエナーイ」

 クロノの言葉に耳を塞ぎながら計測台へと向かう。
 残った検査項目は魔力の保有量と最大放出量のみ。他の項目に関しての結果は思い出したくもない。
 それぞれの結果はモニターにレーダーチャートで表されている。
 魔力を使い慣れていない俺と違って、スムーズに魔力を操れる二人は既に検査を全て終えている。
 今、表示されているのはなのはとユーノだけでなく、参考用に表示されたクロノの計三人分。クロノは全体的に大きい円状。流石に執務官だけあって、全ての能力が高いレベルでまとまっている。なのはのはデコボコ。魔法を使うようになった期間を考えれば技術に得手不得手があるのは仕方ない。だが、それでも瞬間最大出力や魔力保有量などの部分ではクロノを上回っているのは流石。チートもいい加減にしろと言いたい。ユーノは全体のバランスはいいのだが、攻撃能力や魔力量という点では、前述の二人よりは数段下のようだ。
 俺のは全て終わってないが、既に悲惨な結果に終わるのは確定している。ちくそー。ちくそー。

『はいはーい。じゃ、ゆーとくん、おもいっきり魔力を全開にしてみてー』
「へーい」

 レントゲンを撮るような計測器の前に立ち、目を閉じて意識を集中する。
 そういえば今まで魔力を全開にしたことなかったなぁ。大抵その前に暴発してたしなっ!
 リンカーコアから流れる魔力を全身へと送り込み、徐々にその量を増やしていく。
 あぁ、それにしても計算違ったよなぁ。まさか、ここまで酷い結果になるとは思わなかった。
 今までの検査でミッド式どころか近代ベルカ式に対してもほとんど適正がないことが判明。魔力制御とか魔力を効率良くエネルギーに変換する能力が致命的に欠けていた。
 練習時に魔力弾とか、体外に魔力をエネルギーとして生成しようとして暴発していたのは、ここら辺の能力が低い為らしい。
 魔力使えるようになったとヌカ喜びした結果がこのザマだよ。
 なんだよ、魔法使うと爆発ってギャグか。どこの虚無かと問い詰めたい。アレか、使い魔でも使役しろってのか。ジャンルが違いますね。ハイ。
 あー、くそ。なんだか段々と腹が立ってきた。魔力があっても無くてもただ見てることしか出来ないってなにそれ。激しく意味ねぇ。
 クロノの言ったとおり努力や訓練でなんとかなるにしても、限界はあるだろうし短期間でどうにかなるもんじゃないだろう。

『ゆーとくん、ゆーとくん、ストープッ!』
「ほぇ?」

 エイミィの慌てたような声に思わず間抜けな声を出してしまった。
 目を開けて周りを見れば、クロノとユーノ、モニターのエイミィが目を丸くしてこちらを見ている。
 なのははみんなが何を驚いているのかわからないって顔だった。
 一体、何さ?

『ゆーとくん、どっか体が痛かったり、息切れしたりとかない?』

 俺は階段を昇り降りした老人ですか?

「ぜんぜん余裕ですが、何か?」

 別に体はなんともないし、魔力はまだ上がる気がする。

「よっ」

 漫画みたいに声出して気合いれようかとも思ったけど、後で恥ずかしくなるのは確実なのでやめておいた。
 小学生だからイタイのもある程度は許される気がするけど記録されてたら嫌過ぎる。

「んー、これが限界出力かな?」

 魔力自体はまだストックがある感じだが、これ以上は魔力を引き出せそうに無い。

『ふぇー、こりゃ驚いた。最大出力はユーノくん以上、クロノくん未満。総魔力量にいたってはなのはちゃんの3倍以上だよ』
「は?」

 待て。今、エイミィが言ってたことは何かおかしい。サラッと何かとんでもないことを言われた気がする。

「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回」
『最大出力はユーノくん以上、クロノくん未満。総魔力量はなのはちゃんの3倍以上』
「……」

 いや、エイミィさん。今日は四月一日じゃないですよ?

「またまたご冗談を……」
『いや、冗談でもドッキリでも嘘でもなくて本当だってば』
「……マジで?」

 クロノに視線を向ける。とっても渋い顔して頷かれた。

「わぁっ、ゆーとくん。すごいすごいっ!」

 笑顔で駆け寄ってきたなのはが俺の手を握って上下にブンブン振ってくる。

「いやいや待て待て落ち着け、これは孔明の罠だ」
「君が落ち着け。慌てるのもわかるが、孔明の罠でもエイミィのドッキリでもなく、れっきとした事実だ」

 頭をこずかれた。クロノの言うとおりちょっとパニック状態だったのは否定できない。
 少しだけ落ち着いて現実を見つめなおそう。

「マジか」
「マジだ」
「ひょっとして俺って魔導師ランク凄いことになる?」

 なのはの総魔力量三倍以上となると間違いなくオーバーSランク。下手するとはやて以上だ。
 これはひょっとすると俺TUEEEEEフラグ!

「いや、それはない」

 1秒で否定された。

「なんでさ」
「確かに魔導師ランクに総魔力量や最大出力は大きく影響する。だけどそれを運用する技術がないんじゃ、まるで意味が無い」
『ちなみにゆーとくんの最大出力まで到達するのにかかる時間は、なのはちゃんのざっと30倍だね。瞬間最大出力は10分の1以下。エネルギー変換効率も同じようなもんだねー』
「おk。把握した」

 最大出力が高くても、そこに到達するまでに時間がかかる。そして瞬間的に出せる力は豆粒みたいなもの。いくら魔力量が多くても、それを制御できなければ意味は無い。
 冷静になって考えればすぐわかることだった。

「意味ねー。なんという宝の持ち腐れ」

 まったくだ、と呟くクロノの声をよそにへなへなと座り込む。もう、一気に力抜けた。やる気なくしたー。

「だ、大丈夫だよっ、クロノくんも言ってたじゃない。練習すればちゃんと使えるようになるよっ」

 それは正論だろうが、技術どころか適正値まで最低な人間が練習したところまでどこまで伸びるんだろうか。

『はい。これがゆーとくんの計測結果だよー』

 エイミィの声にモニターを見れば、クロノ、なのは、ユーノに続いて俺のデータが表示されていた。

「これは……なんともまぁ」

 頭上からクロノの呆れた声がするが、仕方ない。結果だけを見れば俺もそう思う。
 デコボコとか鋭角とかそんなレベルじゃねぇ。
 直線だった。ちょうど総魔力量と最大出力が正反対の位置にあって、その二つだけ――特に総魔力量だけがアホみたいに高くて、他のが限りなく無に等しいレベル。

「もうこれは笑うしかないな」
「まったくだ」

 どうでもいいけどクロノくんってさっきから容赦ないよね。下手に慰められたり同情されるよりはよっぽどいいんだけどさ。
 つーか、どうしたもんかねー、本当。

「さて、これから二時間くらいなら僕は手が空いている。その時間なら契約どおり魔法を教えてあげられるがどうする?」

 本気で黄昏かけてたところに、頭上からした声に思わず、クロノの顔を見上げる。

「え?クロノが教えてくれんの?」

 驚きの余り、マジマジとクロノの顔を見つめてしまった。魔法を教えてくれるのがいつの間にか確定してたのもびっくりだが、執務官がじきじきに教えてくれるとは二重にびっくりだ。せいぜい適当な武装隊員くらいだと思ってたんだけど。

「僕では不満か?」
「いや、全然ありがたいけど」

 不満などあろうはずもない。どう考えてもこの中の面子で一番技術が高いのはクロノなのだ。
 それに不満を抱いたら誰に教えて貰えと言うのか。

「契約?魔法を教える……ってなんのこと?」
「ぼくも聞いてないけど」

 なのはとユーノが二人揃って首を傾げる。この二人には俺がアースラに乗る条件云々の話はしてないから疑問に思うのも当然だ。

「や、暇があったらアースラの人に魔法教えてくれって頼んだんだよ。ユーノはなのはと一緒にジュエルシード確保してもらわなきゃいけないから、負担かけちゃいけないと思って」

 ジュエルシード捜索に関しては、探索はアースラ、確保はなのはとユーノの二人で行うことになっている。二人がジュエルシード探索に協力するに当たって、アースラ側のメリットとして自分たちを戦力として提供したのだ。
 なのは自身の能力は、既に幾つものジュエルシードを危なげなく封印していることで実証されているし、何よりもなのは自身がフェイトとのことに関して強いこだわりを見せて、この件に関わりたいと思っている。
 アースラ単体でも事件解決は出来るが、クロノという戦力を温存できるのに越したことは無い。
 民間人が関わることにクロノはあまりいい顔をしなかっただろうが、なのはの希望とアースラのメリットを考えればおのずと答えは決まる。
 リンディさんもあぁ見えて結構したたかだもんね。
 まぁ、そんなわけでいつ出動になるかわからないユーノに負担をかけるよりは、アースラの武装局員の誰かにでも教えてもらおうと思ってたわけだ。

「で、あわよくばデバイスでも借りて練習できないかなー、とも思って」
「そういうのは口に出して言うものじゃない」
「細かいこと気にすると禿げるぞ」
「訓練用のデバイスを貸し出すつもりだったがいらないようだな」
「ごめんなさい」

 速攻で頭を下げた。

「なんか、ゆーとくんとクロノくんて仲良しさん?」
「みたいだね」
「そーなのか?」
「知らん」

 つれない執務官だった。







「げほっ、げほげほっ!くっそ、また失敗かよ……っ」

 魔力弾の生成に失敗し、また盛大に爆発させた。

「少し休憩にしよう。あんまり根を詰めすぎてもよくない」
「へーい」

 監督していたクロノの言葉に素直に従い、その場に座り込む。
 俺等がアースラに乗って既に10日が過ぎようとしていた。
 その間に発見したジュエルシード4つのうち、2つはなのは。それ以外の2つはこちらに隠れて探索しているフェイトが確保した。
 こっちの捜査の網を掻い潜ってジュエルシードを確保していくフェイトの手腕には、エイミィも感心していたっけ。
 で、その間、俺個人の訓練進捗具合はというと、とても芳しくない。

「10日かけて覚えた魔法は3つだけかぁ」

 それも初歩の初歩。リアルタイムでなのはが魔法を覚えていった過程を見てるだけに、この成果は凹まざるを得ない。
 俺は朝から晩まで訓練に費やしているのに対し、なのはが費やした時間は実戦と早朝訓練だけ。泣けてくるね。

「そう落ち込むことは無いよ。この短期間で3つも覚えれば上出来だ。正直な話、君がここまで努力するとは思ってなかったよ」
「そいつぁどーも」

 クロノが投げてよこした清涼飲料水のペットボトルを受け取って口を付ける。
 喉を潤すその液体が、疲労した体にはやけに美味く感じられた。

「つっても、魔法学校の平均とかに比べるとやっぱり大分遅いんだろ?」
「あぁ。だが、君の適正を考えればそれは仕方ない。いくら魔力を持っていても誰にでも向き不向きがある。君は全部苦手なんだからな」
「慰めても褒めてもないだろ、それ」

 ジロリと横目でにらみ付けるが、クロノは全く気にせず、

「あぁ。単なる事実を述べただけだ」

 しらっと言ってのけやがりましたよ、こいつ。

「けっ」

 だが、その遠慮の無さが案外心地よかったりもする。
 向こうがどう感じてるかは知らないが、この十日間で大分クロノとも打ち解けられたような気がする。友達、というよりは悪友みたいな感じだが。

「君はもっと自分に自信を持っていい。確かに君に魔法を使う適正はないが、絶対的な魔力量という努力では得られないアドバンテージがある。
 時間は人の十倍二十倍はかかるだろうが、努力次第でいくらでも強くなれるさ」
「十倍二十倍ってめちゃくちゃハンデじゃねーか?」

 ニ・三倍なら軽く流せるかもしれないけど十倍二十倍はさすがに無理ゲーだと思うんだが。

「事実だから仕方が無い。無責任なことを言って責任転嫁をされても困るからな」
「しねーよ、んなこと。責任転嫁カコワルイ」
「それはこちらとしても助かる」

 共に沈黙。
 野郎相手に気まずいとも思わないが、今の俺はどの程度、信用されてるんだろうか?

「そーいや、俺が言ってた件の立証はできた?」

 あれから大したことは話していない。こちらからも特に言及してないし、向こうからも何か聞かれることはなかった。
 俺の質問にクロノは片目を開け、

「目下の所、検証中……と言いたいところだが、こちらが調べられる限り、君の言ったことは概ね正しいことが判っている」
「さすが。仕事が速い」

 俺の証言が手がかりになったとはいえ、それをこの短時間で検証できるのはやっぱり凄いことなんだと思う。
 プロジェクト『Fate』なんて絶対に非合法だからデータは少ないだろうに。

「で、俺は今どの程度信頼されてるんでせうか?」
「60%、と言ったところだな、君が全てを語ってるなんて僕も艦長も思っていない。だが、少なくともこちらに対して害意は持ってないと判断している」

 前の三割に比べたら大分進歩したように思える。
 クロノがこうして俺に付き合ってくれるのは、俺の監視の意味合いもあるのだろう。
 まぁ、何にしろ俺が敵意を持ってないと思ってくれればそれで十分だ。別に俺の全てを信じてもらう必要性はないし。

「まぁ、実際に害意なんて持ってないしなぁ」

 むしろこっちが世話になってる分感謝してるくらいだ。

「ま、雑談はこの辺にして訓練再開といきますか」

 飲み干して空になったペットボトルをゴミ箱にシュート。ホールインワン。

「もう一度、魔力運用を一からおさらいだ。術式の構築そのものは上手くいってるんだ。魔法として発動させる最後の制御を誤るな」
「それはわかってるけどさー」

 理屈でわかるのとそれを実践するのはまた別の話。頭でわかってそれが即実践できるなら誰も苦労しねーです。
 もう既に同じことを何回繰り返したのか数えるのもアホらしい。つくづく自分に魔法の才能が無いのを思い知らされる。

「つべこべ文句言わない。これがクリアできなきゃ次のステップには進めないんだから」
「へーい」

 両手を胸の前に向かい合わせ、魔力を集中させる。デバイスは未使用。
 前に一度訓練用のを借りたら、魔力の許容量オーバーでぶっ壊しました。それ以来、使用許可が下りてません。
 弁償しなきゃいけないのかどうか、密かに戦々恐々してるのは秘密である。
 掌へと魔力を集中させ、術式を構築していく。ここまではいつも問題ない。問題は構築した術式を発動させる瞬間。いつも同じタイミングで、魔力は俺の制御能力を超えて暴発してしまう。
 毎度毎度同じとこで失敗してるだけに嫌でも緊張してしまう。漫画みたいな魔力や気みたいな使い方ができないのがなんとも……ん?

「どうした。急に手を止めて?」
「いや、ふと思いついたことがあってさ」

 術式を破棄して右手を振り払う。その仕草で集中させた魔力は霧散する。
 グッと拳を握り締め、再度魔力を集中していく。
 さて、上手くいくかな?












「……無茶苦茶するな、君は」

 クロノが呆れた顔で呟くが、今の俺には全く気にならない。

「ふっふっふー。だけどこれは大きな進歩じゃね?」

 思いつきで試したことが思いのほか上手くいっただけに、クロノの呆れた視線なぞどこ吹く風だ。
 使える。この技はいける。

「浮かれてるところ申し訳ないが、それはそんなに大した技じゃないぞ」
「なんですと?」

 静かにため息を吐きながら言うクロノを振り返る。
 せっかくまともに使える技が増えたというのにその言葉は聞き捨てならない。

「はっきり言って今、君がやっていることは魔導師なら誰でもできる。技術レベルで言えば最低のFランクだ。だが、誰もそんなことをする人間はいない。何故だかわかるか?」
「知らん」

 魔法初心者の俺にそんなこと聞かれてわかるはずない。技術的に最低ランクってのは、わからなくもないけど。

「魔力の消費に対して得られる効果が低すぎるからだ。ちゃんと術式を組んで魔法として発動させてやれば、半分以下の魔力で同じ効果を発揮できる。そんなに難しくない難度でな」
「おおぅ……」

 なんという衝撃の事実……でもないか。俺のやってることは文字通り力技に過ぎない。ちょっと工夫すればもっと効率の良い方法なんていくらでもあるんだろう。
 例えて言うなら、川を渡るのに橋がすぐそこにあるのに泳いで渡るみたいな?確かに非効率極まりねーなー。

「第一、そんな無茶な使い方をすればあっという間に魔力が底を尽きる。並みの魔導師が同じことをすれば3分も持たないぞ」
「いや、全然平気だけど?」

 今現在進行形で技は発動中。使い始めてから3分くらい経った気がするが、特にこれといった変化はない。たしかに魔力は常時消費している感はあるが、それで底がついたり、辛いとはまったく感じないのだが。

「そんなはずは……いや、そうだったな。君の魔力量は冗談みたいな量だったか」

 どうでもいいけど本人の目の前でそんな頭痛そうにため息つくな。

「ま、細かいことはいいや。俺が使える手札が増えたことに変わりないんだし」
「ポジティブだな」
「うだうだ言ってもしゃーねーしなぁ。手持ちの札でやりくりするしかないだろ」

 愚痴愚痴文句を言ったところで何も解決しない。うだうだ悩んでいるよりは、こうして何かしら動いてるほうがよっぽど建設的だ。
 最近はどうにも思考が泥沼にハマりつつあった気がしなくもないけど。

「なぁなぁ、一回だけ模擬戦やってみない?」

 流石にクロノに勝とうとは思ってないが、今の自分がどれだけ動けるかは試してみたい。
 昨日までに覚えた念話などの魔法に比べて、確実に魔力を使っているという実感がある。自分一人で試すより、他の誰か相手に試してみたい衝動に駆られるのは、魔法初心者として仕方ないと思う。

「僕としてはそんなことよりさっきまでの訓練に戻ることをお勧めする。そんな力技に頼るより、基礎を覚えたほうがよっぽど有意義だぞ」
「つーても、そっちは全然進歩ないからなぁ。諦めるつもりはないけど、ちょっとした気分転換は必要じゃん?そこから何か掴めるかもしれないし」

 実際、訓練のほうは行き詰まってる。才能がない状態なのはわかっててやってるけど、それでも凹むものは凹む。
 できないもんを繰り返すより、多少、遠回りで方向性が変わったとしても新しい一歩を踏み出せたなら、そっち方面に進みたくなるのは人間の性だろう。

「……仕方ない、一回だけだぞ」

 俺の興奮した様子に、渋々と頷くクロノ。なんだかんだで面倒見いいよね、この子。

「勝負は先に一発入れたほうが勝ち。ハンデとして僕は最初の1分は攻撃しない」
「了解」

 彼我の実力差を鑑みればハンデは当然。クロノはS2Uどころかバリアジャケットも展開していない。
 や、実際にはそんなハンデ関係無しに歯が立たないが、今回は端から勝ち負けは関係ない。
 俺がどれだけ動けるかを実感するためにクロノが付き合ってくれるだけの話だ。
 出し惜しみはしない。最初から全力で行く……!

「行くぞ……!」
「いつでも」

 魔力の出力を全開。一撃を繰り出すために、軸足に力を込め……

警報が鳴り響いた。

『エマージェンシー!捜索域の海域にて、大型の魔力反応を感知!』







■PREVIEW NEXT EPISODE■

勇斗達が見たものは海上で複数のジュエルシードを封印しようとするフェイトの姿。
翻弄されるフェイトの危機に白き魔導師が翔ぶ。
ただ一つの想いを伝えるために。

なのは『友達になりたいんだ』



[9464] 第十一話 『友達になりたいんだ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:35
「な、なんてことしてんの!あの子達!」

 管制室に飛び込むと同時にエイミィさんの悲鳴じみた声が上がる。モニターに映し出されているのは、荒れ狂う海上で奮闘するフェイトの姿。
 竜巻のように立ち昇る水流と幾筋も煌く雷の閃光。
 うわぁ、こりゃすげぇや。台風も目じゃないね。

「ジュエルシードの反応は6つ!」

 海中にあると思われるジュエルシード探索のために、海に雷撃を撃ち込みジュエルシードを強制発動させる。海に沈んだジュエルシードを見つけるのにその方法は間違いじゃない。
 例え海に魔法で潜れたとしても、石ころ程度の大きさしかないジュエルシードを探す出すなんて不可能に近い。
 問題は残ったジュエルシードが複数あること。一個一個ならばともかく、六個のジュエルシードを同時に封印するなんて離れ業はフェイトの力量を持ってしても不可能だ。
 ましてや強制発動のために、この広い海全域に強力な雷撃を撃ち込んで魔力の大半を消耗しているはず。
 その証拠にフェイトは封印どころかジュエルシードの暴走によって生じた雷や突風、巻き上げられた水流に一方的に翻弄されていた。

「なんとも呆れた無茶をする子だわ」
「母親に認められたい一心ですからね。無茶も限界も考慮にないんでしょう」

 リンディさんが呆れるのももっともだが、フェイトからすればどんな無茶でも無理な事だろうと、母親が望むならやり遂げるしか選択肢がない。
 少なくとも今のフェイトにとって、母親の為に生きるのが全てなのだから。

「……そうね。あなたの話した事が事実なら、あの子はどんな無謀なことでも挑んでしまうのでしょうね」

 母親として、プレシアのフェイトに対する扱いには忸怩たる思いがあるのだろう。いつも明るいリンディさんの声は何時に無く重い。

「でも、あれじゃ間違いなく自滅します。あれは個人に為せる魔力の限界を超えている」

 実際、クロノの言うとおりバルディッシュから放たれる魔力刃の光も明滅して今にも消えてしまいそうだ。
 アルフがサポートしているとはいえ、ジュエルシードの封印どころか十数分持ちこたえられるかすら怪しい。

「フェイトちゃんっ!」

 そこに息を切らしたなのはが飛び込んでくる。エマージェンシーコールを聞いて、急いで駆け込んできたんだろうけど第一声がそれか。

「あの私、いそいで現場にっ!」
「その必要はないよ。放っておけばあの子は自滅する」
「えっ?」
「仮に自滅しなくても力を使い果たしたところで叩けばいい」
「で、でも……っ」
「今のうちに捕獲の準備を」

 クロノの言葉になのはは戸惑いを隠せない。クロノの言ってることは正しい。漁夫の利と言ってしまえば聞こえは悪いかもしれないが、現実の問題として、最小限のリスクで最大の成果を出すにはそれが一番だ。
 奇麗事や感情論だけで通らないのが大人の世界なのだ。

「私たちは常に最善の選択をしなければならない。残酷に見えるかもしれないけどこれが現実」
「でも……」

 とはいえ、ただの小学三年生の女の子でしかないなのはにそれがすんなり受け入れられるはずも無い。
 なのはにとって、フェイトはただの敵じゃない。伝えたい想い、伝えたい言葉がある相手。
 正論で感情をねじ伏せるには、純真で優しく、そして幼すぎる。それが長所でもあるんだが。
 放っておいてもユーノと共謀して飛び出しちゃうんだろうけど駄目元で助け舟出してみますかね。

「とはいえ……」
「フェイトの背後にはプレシア・テスタロッサが控えてる」

 助け舟を出そうとしたらリンディさんの言葉を遮る形になってしまったでござる。あれ?
 周りの視線がこっちに集中して、ちょっと気まずい。リンディさんも視線で俺の言葉の続きを促している。
 やば、なんか踏まなくてもいい地雷踏んだ?内心で焦りつつも平静を装って言葉を続ける。

「プレシアがこちらに仕掛けてくる前に、先手を打つのも手じゃないですか?」
「プレシア・テスタロッサがアースラに攻撃を仕掛けてくると?」
「十中八九。次元攻撃を仕掛けてくる機を狙ってるかと」

 仮にフェイトの自滅を待ったとしても、次元干渉攻撃の直撃を受ければアースラと言えどもダメージは受ける。
 そうなった場合、フェイトらが逃走、もしくはプレシアに転送された場合の追跡はかなり困難になるはず。
 プレシアの情報をはっきりと掴んでなかった原作も、一時的な機能停止に追い込まれ、まんまとしてやられたはずだ。

「次元跳躍攻撃?そんなもの……いや、プレシアほどの大魔導師なら有り得ない話じゃないか」
「俺の話を信じてくれるなら、フェイト・テスタロッサは保護対象でしょ?こっちで確実に保護して話を聞くべきじゃないですか?」

 フェイトが実行犯であることに変わりは無いが、それでも何も知らず、ただ母親の願いを叶える為だけに動いている彼女の事情を鑑みれば、被害者であるとも言える。
 フェイトの背後にプレシアがいると言う俺の話に確証が無い以上、管理局のような公的機関っぽいのがそれを鵜呑みにしての判断は厳禁だろうが、そこはリンディさんの母性というか人情に期待。現場の判断でなんとかして貰いたい。アルフの協力があれば、ある程度の確証は得られるはずだけどもどうだろう。
 ……いや、いっそのことこの場でアルフを引き込めないか?

「え?え?え、と、何の……お話?」

 話についていけず、首を傾げるなのは。なのはにはフェイトの事情話してないから当然の反応だ。
 この子の場合、あまり知りすぎても深く悩んで動けなくなってしまうかもしれないので伝えていない。
 なのはもユーノもフェイトも何でもかんでも自分で抱え込む癖あるから面倒臭いんだよなぁ。もっとお気楽極楽で良いのに。

「お子様には内緒のお話だ」
「って、ゆーとくんも同い年だよっ!」
「残念。俺は九歳。なのははまだ八歳。俺のが一コ年上だ」
「それでも一コしか変わらないしっ!たった数ヶ月しか変わらないじゃんっ!」
「ふぅん。それでも俺のが年上であることには変わりない」
「なのは、落ち着いて。今はそれどころじゃないからっ」
「あっ、そ、そうだ。フェイトちゃんがっ!」

 ユーノに宥められてようやく今の状況を思い出したのか、またあたふたし始めるなのは。
 忙しないやっちゃのう。

「君もだ。今は遊んでいる場合じゃないだろう」

 コツンと頭を小突かれた。はい、誠にもってその通りでございます。

「なのはのせいで怒られたじゃないか」
「えぇっ、私っ!?」

 ジト目でなのはを見てると、難しい顔で考え込んでいたリンディさんが顔を上げ、なのはとユーノへ呼びかける。

「なのはさん、ユーノくん」
「は、はいっ!」
「今すぐ現場へ飛んでください。フェイト・テスタロッサと共同でジュエルシードを封印した後に彼女の身柄を確保。できますね?」

 一瞬、リンディさんの言葉に何を言われたのかわからず、きょとんとするなのはだったが、すぐに笑顔となって勢いよく頷く。

「はいっ!ユーノくんっ!」
「う、うん!」

 頷いたなのははユーノの手を引いて勢いよく転送ポッドへと駆け出す。

「ゆーとくんっ!」

 呼びかけられた声に言葉は返さない。ただ親指だけを上げた拳で応え、なのははそれに力強く頷く。
 頑張れ、主人公。

「クロノはいつでも出動できるよう待機。アレックス、ランディはアースラの対魔力防御。エイミィは彼女の逃走追跡の準備を」
「はい!」

 なのは達が転送される傍らでリンディさんはテキパキとクルーに指示を出し、各員それに従っていく。
 エイミィさんたちはともかく、クロノまでもが何も反論せずに従うのはちょっと意外。リンディさんの指示に逆らったりはしないだろうけど、何かお小言っぽいのは出ると思ったのに。

「これで満足かしら?」
「……もしかして、最初からそのつもりでした?」

 にっこり笑顔なリンディさんに背筋が寒くなったのは気のせいだと思いたい。

「想像にお任せするわ。少なくともフェイト・テスタロッサの背後関係がはっきりしてなければ、さっきの言葉通りに行動したのは間違いなかったでしょうし」
「でも、プレシアが背後にいるっていう確証は取れてませんよね?」

 俺の話で裏づけが取れたのはプレシアが人造生命の研究をして姿を暗ましたってことくらいだろう。
 今の段階ではフェイトのバックにプレシアがいるという確証は何も取れてないはずだ。

「管理局提督としては間違った判断かもしれないわね。でも、あなたの話が真実だとしたらあの子は少しでも早く保護してあげたい。例え母親から引き離す形になっても、ね」

 物憂げに呟くリンディさんの横顔はどこまでも優しく、それでいてどこか複雑そうな表情だった。
 モニターに目を戻すと、ちょうどなのはがフェイトに魔力を分け与えている。
 二人できっちり半分こ、か。

「なのはさんの想い、あの子に伝わるといいわね」

 呟かれた言葉に静かに頷く。できれば俺もあの場に行って力になりたいところだけど、如何せんまともに空も飛べないんじゃどうしようもない。
 俺に他にできることは、と。

「ちょっと通信したい奴いるんですけどいいですか?」












「あー、テステス。アルフさん聞こえますか~?」

 ちゃんとリンディさんに許可を貰って、フェイトに聞こえないようアルフに通信を送る。
 ネタに走ろうかと思いつつ、とっさに良いネタが出てこない自分の懐の狭さが悲しい。

『あ?アンタ誰?』

 なのはに飛び掛ってユーノに遮られたアルフさんはご機嫌斜めでした。

「や、前にフェイトと一緒にご飯食べて、こないだレッドアイズなドラゴンになっちゃった通りすがりの小学生です」
「……一体、何をやってたんだ君は?」

 クロノが呆れた声で突っ込むが、俺にもよくわからないうちにそうなってたんだから答えようが無い。
 それはともかくとして。

『今、忙しいんだっ!話なら後にしなっ!』
「プレシアからフェイトを引き離すのに協力しない?」
『……!?』

 再度ユーノに飛び掛ろうとしたアルフの動きがピタリと止まる。

「フェイトがプレシアの命令で動いてることも虐待されてることも知ってる。このままプレシアの元にいてもフェイトは幸せにはなれない。アルフもそう思ってるんだろ?」
『…………』

 アルフからの返答は無い。狼形態だから表情は読めないが、逡巡してるのは間違いないはず。

「俺はフェイトを助けたい。普通の女の子として友達と笑って、遊んで、幸せになってほしいと思う。その為には今の状況をなんとかしないといけない」

 嘘偽りの無い本当の気持ち。フェイトがどんなに良い子で、今まで、いや今も苦しんでいることを知ってる。そしてフェイトがちゃんと笑える未来があることも知っている。それを一分一秒でも早く実現させたい。

『……なんでアンタはフェイトのことをそんなに気にかけてくれるんだい?一体、何の得があって?』
「なんでって……」

 なんでだ?フェイトが良い子だから?可哀想だから?将来、有望な可愛い子だから?未来を知ってるから?
 全部当てはまる気もするが、なんかしっくり来ない。う~ん、そうだなぁ。

「友達……だから?」
『……あんたが?フェイトの?』

 うわぁ。まるで信じてねぇし。

「ま、フェイトはそう思ってないだろうけどさ。俺は勝手にそう思ってるよ。一緒に飯食えば友達になる理由には充分。と、いうか可愛い女の子を助けるのに理由はいらんわっ!」

 って、そこまで言って思ったけど、別に誰かを助けるのに理由っていらなくね?どっちかっていうと条件反射的にそう思ったから行動しただけだし。
 そもそも古今東西、可愛い女の子を助けるのは当然のことだね!

「まぁ、それは置いといて、今のプレシアは正気を失ってる。このままフェイトが尽くしてもそう遠くないうちに必ず捨てられる。管理局に協力かつ、色々証言してくれればフェイトの無実は証明できる」
『それ、本当かい?』
「横にいるクロノ執務官様に確認したから大丈夫。裁判やら何やらで半年くらいかかるけど」

 そこら辺は念のため、事前にクロノやリンディさんに確認済みだ。あくまで俺の言ったことが全て事実なら、という前提だが。

「あくまでフェイト・テスタロッサがプレシア・テスタロッサの目的を知らず、命令のままに動いているという前提だがな」
『あたし達はジュエルシードを何のために使うのかも知らされていないし、ただ集めて来いって言われただけさ。あの女の目的なんか知りやしないよ』

 クロノの補足に答えるアルフは苦々しく答える。必死こいてジュエルシード持っていった結果がフェイトの虐待だったのだから当然か。
 あー、思い出したら俺までむかついてきた。プレシアの境遇には同情するが、やってることにはさらさら共感できない。ぜってぇ、プレシアの思い通りにはさせてやんね。

『あんた達を信じていいのかい?』

 アルフの問いに俺は力強く頷き、自信満々に答える。

「おう、まかせろ。このクロノ執務官様が全部解決してくれる!」
「人に丸投げかっ!おいっ!」
「や、だって俺執務官じゃないし。大丈夫、大丈夫。クロノくんって愛想は無いけど実は優しいから」
「勝手なこと言うんじゃないっ!」
「あはは、本当のこと言われたからって照れない照れない♪」
「うるさいっ!」

 エイミィさんに怒鳴るクロノくんだが、その顔が赤くなっててはまるで威厳がなかったりするわけで。

「って、何撮ってるんだ、おいっ!」
「や、もちろん面白そうだから。あとでなのはとユーノにも見せてあげようと思って。ふひひ」

 こういったときの為に、デジカメはあらかじめ持ち込んでいる。エイミィさんと共謀して密かに録画もばっちりだったするのは秘密だ。

「なんで君はそういうくだらないことだけは手が込んでるんだっ!」
「才能?」
「そんな才能は捨ててしまえっ!」
『……あんたたちを信用して本当に大丈夫かい?』

 小さく呟くアルフはとても不安そうだった。





 なんておバカなやりとりをしてる間に、向こうもクライマックスのようだ。
 ユーノとアルフがバインドで立ち昇る水流を抑え、なのはとフェイト、二人のデバイスがシーリングモードへと変形していく。
 レイジングハートが。
 バルディッシュが。
 それぞれが桜色と金色の魔法陣を形成し、強く、激しく、輝きを増していく。

『せーのっ!』
『サンダァァァァァァッ!』
『ディバイィィィィンッ!』

 二人が構えるその光景に、無意識のうちに拳を強く握り締める。あー、くそ、かっけぇなぁ、二人とも。
 この光景を知っていてなお興奮を抑えきれない。
 ただ見てるだけじゃない。俺もあいつらと同じ場所に立ちたい。もっと……もっと、強くなりたい。

『レイジィィィッ!!』
『バスタァァァッ!!』

 なのはのディバインバスター・フルパワーとフェイトのサンダーレイジが同時に炸裂する。
 桜色の閃光が迸り、無数の雷が降り注ぎ、モニターが閃光の輝きに包まれる。

「ジュエルシード6個全ての封印を確認しました!」
「な、なんて出鱈目な……!」
「でも、凄いわ」

 たったの一度の攻撃でジュエルシード6個全てを封印。あんだけ荒れ狂っていた嵐が嘘のように収まり、雲の隙間からは太陽に光が差し込んでいる。
 まー、たしかに今の攻撃は圧巻の一言につきる。
 攻撃の余波で舞い上がった海水が雨のようにしたたり落ちる中、なのはがゆっくりとフェイトに近寄っていく。

『友達に、なりたいんだ』

 背景と相まってある意味、感動的な光景なんだけどもさ。

「あれ?ゆーとくん、なんか顔色悪くない?大丈夫?」
「いや、ちょっとトラウマが……あはは」

 少し前の出来事を思い出し、思わず目頭を押さえてしまう。
 俺、アレより凄いのを前にモロに喰らってたんだよね。ジュエルシードの暴走に取り込まれてたとはいえ、よく無事だったんもんだ。今更ながらにぞっとする。
 そしてしみじみと思う。なんで俺生きてるんだろ?
 なんてことを思った次の瞬間、アースラのモニターが警告を告げる真っ赤な画面に切り替わり、警報が鳴り響く。

「次元干渉!本艦及び戦闘区域に向けて魔力攻撃来ます!」
「来たかっ!」
「アースラ対魔力防御を出力全開っ!」
「なのはっ!フェイトッ!アルフっ!ユーノ!上空から魔力攻撃が来る!全力でガードっ!」
「着弾まであと6秒!」

 プレシアからの次元跳躍攻撃がアースラ、そしてなのは達を襲う。
 エイミィさんの報告に即座にリンディさんが指示を出し、俺はなのは達へと警告を発する。
 だが、アースラへの攻撃はこちらの読みどおり。リンディさんの指示を待つまでも無く、警戒態勢にあったアースラの対魔力シールドが発動し、その攻撃を防ぐ。
 が、その衝撃の全てを吸収しきれず、ブリッジも振動に大きく揺れ、俺も体勢を崩して膝を突く。

「おわっ、とっ!?……って、フェイトッ!」

 アースラが振動に揺れる中、モニターに映し出される光景に思わず声を出す。

『母さん……?』

 フェイトを除いた面々は俺の警告と空に発生した異変に、すぐに防御魔法を発動させるがフェイトは事態を飲み込めず、何のリアクションも起こしてない。
 頭上に発生した紫の雷光にただうろたえてるだけ。
 次の瞬間には紫電が奔り、なのは達へと降り注ごうとしている。フェイトやアルフをもターゲットとして。

『フェイトォッ!』

 アルフがフェイトの元へと飛ぶが距離があり過ぎる。間に合わない。

『フェイトちゃんっ!』
『!?』

 フェイトへの降り注ぐ雷撃に事態を察したなのはが飛び込む!

『あああああああぁっ!!』
「なのはっ!」

 自ら雷撃に飛び込む形となったなのはがフェイトの身代わりとなって、雷をその身に受ける。
 あのバカ……っ!
 雷撃のショックで意識を失ったのか、なのははそのままぐったりとして動かない。
 デバイスだかバリアジャケットのセーフティの一つである自動浮遊機能のおかげで落下はしていないが、ピンチには変わりない。
 ユーノとアルフは自身の防御で動きが取れない。

「クロノっ!」
「わかってる!けど、今の攻撃を防いだ余波で転送に若干のラグが生じるっ!」

 返ってきた答えはあまり良いものじゃない。やべ。なんか俺の知ってる展開となんか違ってきた。

『さぁ、フェイト……その子の杖ごとジュエルシードを奪いなさい』
「この声は……」

 アースラが拾ったフェイトへの念話。声の主は間違いなく。

「プレシア・テスタロッサ……っ!」

 ヤバイ。このままじゃ全部のジュエルシードが持っていかれる。どうする。どうすればいい。

『か、母さんっ、でもっ!』

 プレシアに命じられたフェイトだが、さすがに抵抗があるらしくすぐには実行に移せない。
 ただ戸惑いの表情を空へと向けるだけだ。
 このタイミングなら……間に合うか?

『なのはっ!』
『フェイトッ』

 フェイトが躊躇してる隙にユーノとアルフが二人の下へと駆けつける。

『…………フェイト、あなたは本当に使えないわね。もう、いいわ』
『母さん……?』
『フェイトッ!』


 フェイトの呟きに対する返答は紫電の閃光。
幾筋もの雷光が収束し、フェイトへと降りかかる。

『ああああああぁぁぁぁっっ!!』

 アルフがフェイトを庇うようにシールドを張るが、プレシアの雷撃はそれすらも貫いて二人に降り注ぐ。

『くっ!』

 ユーノは気絶したなのはを庇うだけで手一杯。
 バルディッシュは砕け散るようにして待機状態に戻り、フェイトも気を失う。
アルフのほうは辛うじて意識があるようで、フェイトを慎重に抱きかかえている。

「って、ジュエルシードがっ!?」

 先ほど封印したばかりの6個のジュエルシードが空中に吸い込まれるように消えていく。
 プレシアの物質転送魔法か。

「大丈夫っ!ちゃんと捕まえてるよっ!」

 流石。こういうときのエイミィさんは頼もしすぎる。
 ジュエルシードの物質転送を逆探知し、プレシアの本拠地座標を即座に割り出している。

「武装局員。転送ポッドから出動!任務はプレシア・テスタロッサの確保です!」





■PREVIEW NEXT EPISODE■

遂に姿を現したプレシア・テスタロッサ。
明かされるフェイト出生の秘密。
全てに決着を着けるため、魔導師たちは時の庭園へと挑む。

クロノ『作戦は一刻を争う』



[9464] 第十二話 『作戦は一刻を争う』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:36
「え。ジュエルシード、プレシアが持ってんの?」
「あぁ。前に戻ったときと、今回の探索の直前に全部転送しちまったんだよ」

 アースラになのは達が回収され治療を受けている間、アルフから聞いた話に俺は愕然としていた。
 プレシアの元にあるジュエルシードは全部で13個。これって原作より絶対数が多いよね?
 回収したジュエルシードはてっきりフェイトが全部持ってるもんだと思ったが当てが外れた。
 海での探索が失敗する可能性が考慮すれば、事前にジュエルシードをプレシアへ転送するのは十分有り得た話だった。
 なのはと決戦時にはフェイトが改めて全部持ち出してたんだっけ?
 うーん、これってひょっとしなくてもヤバイ?
 原作での正確な差異がわからんが、増加した分のジュエルシードがどれだけ影響するのかがさっぱり読めない。規模が増加した次元震を、リンディさんとアースラが抑えられるかどうか。






「お疲れさま。それから……初めまして、フェイトさん」

 なのは達の治療を終え、ブリッジへと向かった俺たちを迎えるリンディさん。フェイトの境遇を慮ってか、その声は深い憂慮に満ちていた。
 だが、フェイトは沈んだ表情のまま顔を上げず、手にしたボロボロのバルディッシュを握り締める。
 こちらに協力すると誓ったアルフと違い、フェイトは魔力を抑制する手錠を嵌められている。
 時の庭園にアースラが向かうまでの間、フェイトとアルフにはクロノらによる事情聴取が行われた。アルフのほうは積極的に知る限りの情報を話してくれたが、フェイトは黙秘したままずっとこんな調子だ。母親から攻撃されたショックもあるだろうが、フェイト自身はまだプレシアの味方だ。仕方なくはあるんだが。

『母親が逮捕されるシーンを見せるのは忍びないわ。なのはさん、フェイトさんをどこか別の部屋に』
『あ、はい』

「フェイトちゃん、良かったら私の部屋」

 フェイトを誘うなのはの声は、オペレーターからの報告で中断される。
 ブリッジを見れば時の庭園に転送された武装隊が玉座の間に侵入し、プレシアと相対しているところだった。玉座に座るプレシアを取り囲む武装局員が降伏勧告を出すが、プレシアはそれを鼻で笑うだけで一切の動きを見せない。
 そして別働隊があの場所へと踏み込む。プレシアの生きる目的。この事件の発端とも言える彼女の元へと。
 クロノとエイミィさんはアルフの証言を検証する為に別室にいるままだが、通信は繋がっていて二人ともこの光景を見ているはずだ。

「えっ?」
「…………っ」

 それを見たなのはとフェイトが目を見開き、驚きに声にならない声を上げる。何かの液体に満たされたカプセルとそこに浮かぶ金色の髪を持つ幼い少女。
 フェイトと瓜二つの容姿を持つ、アリシア・テスタロッサの姿がそこにあった。

「私のアリシアに近寄らないで!」

 玉座からアリシアの元へ転移したプレシアが武装局員たちを吹き飛ばす。即座に武装局員たちが反撃するが、その攻撃は全て弾かれ徒労に終わる。
 逆にプレシアの雷撃が、玉座の間を含めた全ての武装局員たちへと降り注ぐ。

「あ」

 と小さく間抜けな声を上げたのは俺。やべぇ、雰囲気に飲まれてこの展開を伝えるの忘れてた。
 自分の犯したミスに背筋が凍りつき、血の気が引いていく。
 リンディさんの警告空しく、局員たちはその攻撃を防ぐことすらできず全員が崩れ落ちる。何人もの人間がバタバタと倒れていく光景は悪い冗談のようだった。
 崩れ落ちた局員たちはリンディさんの指示で即座にエイミィさんに強制送還される。エイミィさんの報告の中で、死人がいないという言葉を聞いて少なからず安堵した。
 自分の落ち度で余計な犠牲を出したことに関しては大いに自省すべきだが、後悔や泣き言はひとまず後回し。
 心の中で武装局員の人たちに謝罪しながら、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「アリ……シア?」

 フェイトの呟きをよそに俺はモニターのプレシアを睨みつける。
 アリシアの眠るカプセルへと手を添えたプレシアは静かに独白していく。

「もう駄目ね……時間が無いわ。13個のジュエルシードでアルハザードへ辿り着けるかわからないけど」

 カプセルへと縋るプレシアは静かにこちらへと視線を向ける。憎悪にも似た暗い感情を秘めた目を。

「でも、もういいわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な日々を。この子の身代わりの人形を娘扱いするのも」

 プレシアの言葉にフェイトが身を竦める。反射的に口出ししたくなる衝動を押さえ込み、拳を強く握り締めて自らを抑制する。
 ここは俺なんかが口出すすべきじゃない。

「聞いていて?あなたのことよ、フェイト」

 フェイトに事実を知らせないようにすることはできたかもしれない。でも俺はそれをしない。プレシアに依存したままでは、例えなのはがいても立ち直れるかどうか怪しいからだ。
 確かに世の中には知らないでいたほうが良い事実もある。だけど、どんなに辛くて悲しい真実だとしてもそれを受け止め、自分で立ち上がらなければフェイトは、前に進むことさえできなくなるかもしれない。だからフェイトには全てを知らせる。自分で選んで、自分で決めて、自分の力で戦わせる為に。
 フェイトにはそれだけのことができると知っているとはいえ、こんな子供にやらせることじゃないなと自嘲する。他に方法が無い自分がやるせない。

「せっかくアリシアの記憶を上げたのにそっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない私のお人形」

 プレシアのその言葉に、エイミィがプレシアの過去を話し始める。
 プレシアがアリシアを事故で亡くし、人造生命を生み出す研究をしていたこと。フェイトという名前がその研究の開発コードであったことを。

「そうよ。その通り。だけど駄目ね。ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は所詮、作り物」

 フェイトの表情が曇り、プレシアの言葉一つ一つに苛立ちが募っていく。違う!と叫びたい衝動を必死に押さえる。

「アリシアはもっと優しく笑ってくれた。アリシアは時々わがままを言うけど、私の言うことをとてもよく聞いてくれた」

 知らぬ間に歯を強く食いしばっていた。内から出る衝動を押さえ込む為に。非常に苛々してくる。むかついてくる。

「やめて……」
「アリシアはいつでも優しくしてくれた」

 なのはの呟きなど意に介さず、プレシアの独白は続く。

「フェイト。あなたはやっぱりアリシアの偽者よ」

 違う。

「せっかくあげたアリシアの記憶はあなたじゃ駄目だった」
「やめて……っ、やめてよっ!」
「アリシアが甦らせるまでの間に、私が慰みに使うだけのただのお人形」

 プレシアの言葉一つ一つに苛立ちが募っていく。プレシアの言葉全てを否定したい衝動を必死に抑える。

「だからもういらないわ。どこへなりと……消えなさいっ!」
「お願いっ!もう、やめてぇっ!」

 なのはの懇願にプレシアは高らかな笑いを上げる。

「良いことを教えてあげるわ。あなたを作り出してから私はずっとね、あなたが……」

 違う。そんなはずはない。そうじゃないはずだ。

「大嫌いだったのよっ!」

 プレシアのその言葉にフェイトの手からバルディッシュが零れ落ち、中央の宝玉が砕け散る。
 そして俺の我慢の限界もここまでだった。

「いい加減にしやがれ!」

 気付けば俺は思い切り叫んでいた。崩れ落ちようとしていたフェイトがビクリと身を竦める。

「さっきから黙って聞いてればねちねちねちねちと、くだらないことばっかほざきやがって!」

 俺の激昂にもプレシアは顔色一つ変えず、ただ冷たい目でこちらを見ている。
 それがますます俺を苛立たせる。
 一度吐き出した以上、俺の言葉は止まらない。感情の赴くまま、後先考えずに口走っていた。
 後でエイミィに録画されたのを見せられ悶絶する羽目になるのだが、そんなのを今の俺が知る由も無い。

「生まれがどうだろうと、フェイトはあんたの娘でアリシアの妹だろう!!アリシアが今のあんたとフェイトを見たら、どう思うか考えたことあるのかよっ!」
「私の娘でアリシアの妹……?人形相手に何をふざけたことを」

 アリシアの名前にプレシアの顔色が変わる。

「ふざけたも何も、実際その通りだろうが!アリシアの遺伝子を使った時点でフェイトはあんたの娘だよ!形や生まれ方なんか関係ない!今のあんたをアリシアが見たら、さぞ悲しむだろうよ!」
「何も知らない子供が……っ!愛するものと未来を奪われた痛みと悲しみがどれほどのものか知りもしないくせに……っ」
「知ってるさ!俺だって全部失った!過去も未来も、誰よりも好きだった奴も全部!痛くて辛くて悲しかったさ!死んだほうがマシだって思うくらいに!」

 遠峯勇斗としてではなく、その前の「鷺沢侑斗」としての俺。遠峯勇斗が何故、鷺沢悠斗としての記憶を持っているのかはわからない。
 鷺沢悠斗が死んで転生でもしたのか、ただ単に遠峯勇斗が鷺沢悠斗としての記憶を持っているだけなのか。
 そんなのはどっちでもいい。ただ俺の主観としては、恋人もいて幸せだった日々をいきなり奪われたようなものだ。
 鷺沢悠斗として死んだ記憶もなく、いきなり別人として生きることを強いられた。選択権も何もあったもんじゃない。
 訳もわからずそんな状況になって、絶望したしもう何もかもどうでもいいと思ったりもした。吹っ切って立ち直るまで結構な時間を必要とした。

「それでも!その痛みや絶望を周りのやつにぶつけていい理由になんかならない!アリシアのことは同情するが、そんなのはフェイトに八つ当たりする理由にはならねぇよっ!」
「八つ当たりですって?」
「そうだよ、あんたはフェイトを道具としてじゃなく、自分の娘として、アリシアの妹として愛することができたはずだ!それをしなかったのはアリシアを甦らせることができなくて八つ当たりする相手が欲しかっただけだろ!器がちいせーんだよ!」

 力のかぎり叫んだ俺をプレシアが思い切り睨むが、そんなものに怯む今の俺ではない。

「くだらない……どこの世界に作り出した紛い物を自分の娘として扱う親がいるというの?」
「紛い物なんかじゃない!何度でも言ってやる!お前がどう思おうとフェイトはあんたの娘なんだよ!家族に生まれ方や血のつながりとか関係あるか!」

 思い浮かべるのはリンディさんの養子になったフェイト。ヴォルケンリッターに囲まれたはやて。
 そして笑って送り出してくれた俺の両親。
 そう、家族になるのに生まれや血のつながりなんて問題じゃない。プレシアにだってフェイトを娘として扱うことができたはずなんだ。

「フェイトを犠牲にしてアリシアを生き返らせたって、それでアリシアが喜ぶのかよ!母親が自分の妹を虐めたって悲しむんじゃないのかよ……」

 ――優しいから壊れちゃったんだよ
 かすかに記憶に残るアリシアの言葉。きっとアリシアだって、今のプレシアの姿なんて望んでいないはずなんだ。

「…………」

 プレシアの顔から怒りが消え去る。そのプレシアの瞳を見た瞬間、悪寒が走った。
 プレシアの顔には何の感情も浮かんでいない。無表情のはずなのに酷く不安を掻き立てられる。

『大変大変!ちょっと見てください!屋敷内に魔力反応多数!』
『なんだ……何が起こってる!?』

 エイミィとクロノの声に舌打ちする。
 モニターが映し出すのは時の庭園の床から現れる無数の鎧たち。傀儡兵か。
 別に俺の言葉でプレシアが大人しくなるとは端から思ってないが、やっぱりこうなるか。

「プレシア・テスタロッサ、あなたまさか……!?」
「私たちの旅を邪魔されたくないのよ」

 アリシアのカプセルを台座から宙に浮かべるプレシア。

「私たちは旅立つの!忘れられた都、アルハザードへっ!取り戻すのよ!全てを!」
「あの分からず屋が……っ」

 踵を返して、走り出す。

「ゆーとくんっ!?」
「プレシアをぶん殴りに行く!一発入れないと気がすまねぇっ!!」

 ここまで頭にきたのも久々だ。昔TVで見てたときもそうそうキてた気がするが、こうして当事者として関わるとここまで腹が立つものとは。
 ただのアニメのキャラではなく、この世界において生きるただの人間として接したせいかもしれない。

「そんな無茶な!」
「無茶でも何でも関係ない。やると言ったらやる。絶対にぶん殴る!」

 ユーノにそう答えたとき、呆然とした顔でこちらを見るフェイトが目に入った。
 何か不思議な生き物を見るような目でこちらを見ている。前にもこんな珍獣を見るような目をされたような?

「…………」
「……あぁっ、もう!」

 呆けたフェイトを見ていると、どうしようもない苛立ちを感じてしまった。
 放っておいても自分で立ち直るだろうが、とりあえず自分の思うままに行動することにする。

「あ」

 床に落ちたバルディッシュを拾い上げ、フェイトに握らせる。そしてフェイトにおもいっきり魔力を注ぎ込む。
 ディバイドエナジー。自らの魔力を他人に分け与える魔法。俺が少しでも役に立てればと、念話の次に習得した魔法だ。

「このまま泣き寝入りするのも、プレシアに文句を言いに行くのもおまえの自由だ」

 そっと握り締めた手を離す。あー、もう、こういった説教じみたこと言うのは大嫌いなんだけどなぁ。
 あー、やだやだ。

「自分で決めろ。自分の意思で。プレシアの人形のまま終わるのか。フェイト・テスタロッサとしての自分を始めるのか」

 今までのフェイトは自分の意思ではなく、プレシアの意思で動いてきた。ただプレシアに認めてもらいたい。それだけで。
 今まではそれだけで良かったのかもしれない。でもフェイトにはプレシアだけじゃない。もっと多くの人間と関わることになる。
 使い魔のアルフ、なのは。そしてシグナムやはやて、アリサやすずか。エリオとキャロ。もっともっと多くの人たちと出会って、絆を紡いでいく。
 それを為すのはプレシアの人形ではなく、フェイト・テスタロッサ自身。
 フェイトに背を向けて、今度こそ走り出す。これ以上、俺が手を差し伸べる必要は無い。俺が余計なことをするまでも無く、フェイトは自分で立ち上がれるから。

「あ、ゆーとくん、待って!」

 なのはが後ろから声をかけてくるが止まらない。
 今頃はクロノも転送ポッドに向かってるはずだ。俺自身は転移を使えないからそれに便乗するしかないだろう。



「クロノッ!」

 転送ポッドへ向かうクロノを呼び止める。

「俺も行くっ!」
「君が?」

 俺の言葉にクロノは意外そうに眉を上げる。

「あそこなら飛ぶ必要な無い。俺だって戦える!今は少しでも戦力が必要だろ?」

 プレシアはジュエルシードと時の庭園の動力を用いて次元震を発動させようとしている。もし、中規模以上の次元震が発動すれば地球を含め、複数の世界が消滅してしまう。それを止めるために、クロノだけでなくリンディさんも出撃するはずだ。
 飛べない、撃てない俺だけど、場所が室内かつ傀儡兵ならば俺の新しい力で戦える。なのはたちには遠く及ばないけど、それでもないよりはマシなはずだ。
 冷静に考えれば戦力どころか足手まといなはずだが、この時の俺は頭に血が昇っていて、冷静に戦力の差まで考えることができていなかった。

「君には無理……いや、エイミィ。敵は駆動炉から魔力の供給を受けているんだったな?」
『うん、そうだよ!』
「……いいだろう。こちらの指示には絶対に従うこと。いいね」
「おうよ」

 是非も無い。流石にクロノを無視をして突っ走るほどの度胸は元から無い。

「ゆーとくんっ!クロノくんっ!」

 そうこうしてるうちになのはとユーノが追い付いてくる。フェイトとアルフの姿は見当たらない。医務室のほうか?

「私も行く!」
「僕もっ!」
「……よし、行こう!」

 俺たちの同行を承諾したクロノはすぐさま走り出し、俺たちも続く。

「と、その前に。なのは、手出して」
「?」

 走りながら差し出されたなのはの手を握り、魔力を送り込む。

「俺よりなのはが全快のほうが戦力バランスいいからな」

 海上決戦から数時間も経ってない連戦だ。フェイト同様、なのはもそれなりに消耗したままだったはず。
 こうして魔力を供給することで大分マシになったはずだ。

「ありがとう。でも、ゆーとくんは」
「全然余裕。魔力、気力、体力共に万全だ」

 俺が保有する魔力量はなのはの三倍以上。消耗したなのはとフェイトを全快させてなおまだ余裕がある。だから戦力的に遥かに劣る俺が、二人を回復させるのは当然と言える。

「ね、さっき言ってた全部失ったって……」

 再びポッドへ走りながら、なのはが気遣わしげに口にした言葉にドキリとする。

「あ、あー、あれな……」

 やべぇ。勢いに任せていらんことまで言ってしまったことに今更ながらに気付いた。

「全部でまかせというかノリというか。すまん、勢いに任せて適当に言った」
「勇斗……」
「あはは……」

 ユーノがジト目で睨んでくるのを笑って誤魔化す。

「……本当に本当?」
「大丈夫。"遠峯勇斗"はさっき言ったような不幸とは一切無縁だ。心配無用。気にするな」
「わわっ」

 まだ心配そうななのはの頭を掴んでやや乱暴に撫でる。

「も、もーっ!」

 ぷんすかと可愛く怒るなのはに自然と笑みが浮かぶ。

「わはは、今はとにかくプレシアをぶっ飛ばす!」
「……」

 そんなやり取りの中、クロノだけは何も言わず俺に視線を向けていたことに、俺は気付いていなかった。









「おーおー、うじゃうじゃいやがる」

 意空間の狭間に漂う時の庭園。岩盤を繰りぬいて浮上した城、というのが一番適切な表現だろうか。
 そこへと降り立った俺たちの行く手に立ち塞がるのは無数の傀儡兵。それぞれがAクラスの魔力を持つ機械仕掛けの鎧。
 さっきまでの俺なら挑もうとすら思わなかったに違いない。だが、今は違う。アドレナリンが過剰なまでに分泌され、興奮状態にあるせいか、恐怖もためらいも感じない。
 体の奥底から湧き上がる魔力。今の俺ならどんなことでもできる気がする。

「っていうか、ゆーとくん戦えるようになったの?」
「まぁ、見てなって」

 俺が戦うということに不安を隠せないなのはの呟きに、俺は不敵な笑みを浮かべ、腕を突き出し、広げた掌を一本一本握り締めていく。
そこに魔力を集中し、手近にある岩へと思い切り叩き付ける。
 拳を叩きつけられた箇所は粉砕され、拳大の穴が開いている。

「わ、すごい」

 なのはの感嘆の声に気分を良くしつつ、この技を解説する。

「どーよ?魔力を魔法として使うんじゃなく、収束したまま体に留める。で、それをこうやって体全体を覆うことで攻撃力・防御力ともに大幅アップ!」

 おまけに身体能力まで上がるおまけつき。2,3メートルの垂直ジャンプも余裕。100m世界新だって狙えるね。

「そ、そんなことできるの?」
「……できることはできるけど、消耗する魔力が馬鹿みたいに多いのに、得られる効果がもの凄く小さいよ。そんなことするくらいなら素直に身体能力強化とかの魔法を使ったほうがいいと思うんだけど……」
「生憎とそんなんまだ使えないんだよ」

 ユーノの呆れたような苦笑するような生暖かい視線とお言葉は一発で切り捨てる。
 俺が今、使える魔法は念話とディバイドエナジー。後は魔法陣を足場として形成するフローターフィールド、落下速度を緩和する魔法。
 身体能力強化どころかただ浮いたり飛んだりすることもできない。攻撃魔法に関しては全部爆発するしな!ぶっちゃけ人とか物にダメージ与えられるレベルの魔法を暴発させたら俺までダメージを受けるし。一度試してエライ目に遭ったのも、忌まわしい記憶である。

「手持ちの札で一番使えるのがこれなんだからしゃーないべ」

 ちなみにこれ、当然ながら非殺傷設定なんて便利なもんは当然ない。今回は傀儡兵が相手だから気にする必要ないけど。

「お喋りの時間はそこまでだ。作戦は一刻を争う」

 クロノの言葉どおり、傀儡兵たちはこちらをターゲットと見定めたのかこちらに向かって動き出そうとしていた。
 なのはがレイジングハートを構えるが、クロノが片手を挙げて制する。

「勇斗。君が使えるかどうかの試金石だ。君がやれ」

 なるほど。ここでこいつらを倒せなきゃ、先に進むまでもなくアースラで留守番ってことになるわけだ。

「上等!一気に蹴散らすっ!」

 両の拳を握り締め、一気に魔力出力を上げる。一足飛びに間合いを詰めようと足に力をいれ、一気に踏み込む――

「ぐえっ!?」
「そうじゃない。その溜め込んだ魔力を直接あいつらにぶつけるんだ」

 クロノに首根っこ捕まえて押さえられた。

「首を絞めるな、首を!思いっきり絞まったじゃねーかっ!」
「細かいことは気にするな。とにかく言われたとおりにやれ。時間が惜しい」
「ぬぐっ……!」

 色々言いたいことはあるのだが、確かにクロノの言うとおり時間が惜しい。
 もたもたしてるとプレシアがジュエルシードを発動させて手遅れになってしまう。それは洒落にならん。

「わーったよ、くそっ!」

 この怒りは眼前の傀儡兵に全部ぶつけてやる!腕を大きく広げ、両手がそれぞれ濃紺の魔力光の輝きに包まれていく。

「ぶっとべっ!!」

 気合一閃。咆哮と共に広げた両腕を交差させるように勢いよく振り下ろす。
 拳を包んでいた輝きが奔流となって傀儡兵たちの姿を飲み込んでいく。
 その圧巻とも言える光景に、無意識のうちに口の端が釣り上がる。

「はっはー!どうだっ!傀儡兵程度なら俺にだっ……て?」

 魔力の光が収まった時、そこから現れたのは数えるのもアホらしい数の傀儡兵たち。その姿は先ほどまでとなんら変わりなく、傷一つ見えたようには見えない。
 あ、あれ……?

「な、なんで……?」
「魔力をエネルギーに変換したわけでもなく、そのまま浴びせただけだ。ダメージなんて与えられるわけないだろう」

 呆然とする俺の呟きにクロノが答える。

「あー」

 俺の技は圧縮した魔力を体内に留めることで、身体能力や破壊力を強化させている。
 けど、今のように体外に圧縮魔力を放出したからといって、物理的破壊力が生じるわけではない。
 基本的に魔力というのはあくまで素材や燃料のようなものに過ぎず、魔法というプログラムを通して初めて様々な効果を発生させることができるのだ。
 魔力そのものを浴びたからといって普通の人間や物質になんらかの作用を及ぼすことはない。
 クロノに言われるままにやってしまったが、傀儡兵達にダメージがないのは当たり前のことだった。
 てっきり、俺の知らない不思議バリアでもあるのかと思ってしまったぜ。

「って、うぉいっ!それがわかってるんなら無意味なことやらせんなよっ!」
「別に無意味じゃないさ。あいつらをよく見るんだ」

 食って掛かる俺にクロノはまともに取り合わず、傀儡兵たちを指差す。

「あん?」

 別に何も変化は……。

「……動きが、止まってる?」
「そうか!あいつらは外部から魔力供給を受けてる!そこに大量の魔力を浴びせてやれば……!」

 言われて見れば、先ほどまでこちらに向かおうと動き出していた傀儡兵たちは、その動きをピタリと止めている。
 なにやらユーノが解説っぽいこと喋っているがどういうこと?

「魔力を外部供給に頼ってる魔導兵器に、別の魔力を大量に浴びせてやれば、供給される魔力の波長が変化し、動作不良を起こす」

 それほど長い時間じゃないがな、と短く付け足すクロノ。

「もっとも、それを実行するには馬鹿みたいな量の魔力が必要になる上、そんな使い方するくらいなら普通に砲撃やバインドで使ったほうが遥かに効率が良い」
「今の魔力量だとなのはのディバインバスター二発分ぐらいだもんね」
「え」
「そんなに?」

 うわぁ。確かにそれは盛大な魔力の無駄遣いな気がする。俺が顔を引きつらせ、なのはが驚きの声を上げている間にもクロノはデバイスのS2Uを掲げる。

『Stinger Snipe』

 S2Uの先端から光の鞭が発生し、動きを止めた傀儡兵らを次々と撃ち貫き、薙ぎ払う。
 速い。光の鞭は瞬く間に門を塞ぐように立ちはだかっていた傀儡兵を一掃する。

「道はできた!いくよ!」
「おう!」
「う、うん!」

 クロノに続いて、俺、なのは、ユーノの順に駆け出していく。
 庭園の扉はさっきのクロノの魔法で吹き飛んでいる。
 扉の中は回廊となっており、次元震の影響か床が所々崩れ落ちた箇所には、無駄にカラフルな空間とそこに混じった黒い穴を覗き見ることができる。

「その穴、黒い空間があるところは気をつけて」
「虚数空間。落ちたら最後、飛行魔法もキャンセルされて二度と上がってこれない」
「き、気をつける」

 ユーノとクロノの言葉に、なのはがおっかなびっくり答える。俺の場合は元から飛べないので、落ちたらアウトという点ではあまり関係ない。

「それと勇斗は絶対に前に出るな。敵の動きを止めるのだけに専念してくれれば、それでいい」

 虚数空間への注意を促したクロノが次に言った言葉がこれだった。

「なんで。俺だって」
「戦えない。あいつらは個々にAランクの魔力を持っている。君の魔力自体はSランク以上だが、戦闘力で言えばEランクだ。まともに戦えやしない」
「む」

 反論しようと開いた言葉を遮られ、口を噤む。そんなことはない、と言いたいところだが、クロノがそう言うならそうなのだろう。
 魔力全開でいけば傀儡兵くらいなら蹴散らせそうな気はするんだがなぁ。

「少しでも戦力が欲しいからこそ、ここに来るのを許可したが、勝手に動かれれば足手まといだ。僕の指示に従えないならアースラに強制送還する」
「……了解」

 クロノの言うことに反論の余地はない。俺だって自己満足の為に足手まといになるのは本望じゃない。
 直接殴ったり暴れたりできないのは不満だが、アースラでお留守番するよりは遥かにマシだ。どんな形だろうとプレシアの元に辿り着いて一発ぶん殴れればそれでいい。
 今の話だと、そのチャンスがあるかどうか限りなく怪しい気がしてきたけど。
 まずは次元震を止めることが最優先だ。俺個人の欲求なんか優先できるはずもない。

「それと気付いてるかどうかは知らないが、君の瞬間最大出力はこの前の計測より遥かに上がってる」
「……あぁ」

 言われて見ればそんな感じだ。特に意識していなかったけど、この前、というかつい数時間前に比べても湧き上がる力が比較にならないくらい強くなってる気がする。
 なんでだろう?

「どうやら君は感情の昂ぶりと出力が比例しているらしい。テンションだけは下げるな。少しでも出力が下がれば効果はないからね」
「テンション下がるようなこと言った直後にする説明じゃないな」
「できなかったり、魔力が尽きればその場で強制送還するだけの話だ。今からでも戻るか?」

 挑発するようなクロノの物言いに思わず頬が引き攣る。
 野郎。俺がどう答えるかわかってて聞いてやがる。さっきの写真の意趣返しか?

「誰が!最後までやるに決まってんだろっ!」
「その意気だ」
「クロノくんとゆーとくんって、やっぱり仲良しさん?」
「みたいだね」

 後ろの年少二人組の言葉は今は無視。

「どーでもいいけど感情によって強さが変わるとか、なんか主人公っぽくない?」

 強くなってEランクとか切なすぎて泣けてきそうだけど。

「単に自分の力を制御できないくらい未熟なだけだろう」
「ですよね」

 容赦ないクロノの言葉にぐうの音も出なかった。
 回廊を走り続ける内に次の扉が近づき、クロノがその扉を蹴り開ける。扉の先は広いホールになっていて、そこにも無数の傀儡兵が待ち構えていた。

「勇斗!」
「おうよ!」

 ホールに飛び込むと同時に両手を頭上から振り降ろし、あらかじめ溜め込んでいた魔力を盛大にぶちまける。
 多量の魔力を浴びた傀儡兵たちはその動きを停止し、飛行していた奴らもボトボトと落ちていく。
 なんか田舎の木を蹴ったら落ちてくるクワガタみてぇ。あれってカブト虫はなかなか落ちてこないんだよね。

「ここから二手に別れる。なのはとユーノは最上階にある駆動炉の封印を!勇斗は僕と一緒にプレシアの元へ!」
「うんっ!」
「わっ」

 フライヤーフィンを発生させたなのはがユーノを掴んで、動きを止めた傀儡兵を飛び越え、階上へ向かっていく。
 なんか人間形態でもフェレットと同じ扱いな気がするのは俺の気のせいだろうか。
 A'sのクロノは散々ユーノをフェレットとか使い魔扱いしてたけど、実はなのはも喋るフェレット程度にしかユーノを認識してないんじゃないんだろうか。

「クロノくんとゆーとくんも気をつけて!」

 なのはの声にクロノは笑みを浮かべて頷き、俺はサムズアップで応じる。

「僕達も行こう」
『Blaze Cannon』

 S2Uから放たれた砲撃が、道を塞ぐ傀儡兵たちを吹き飛ばす。階下への道へ走り出しながら疑問に思ったことを聞いてみる。

「そういや俺があいつ等と一緒じゃないのはなんで?」

 プレシアに用がある俺としては願ったり叶ったりだが、クロノが任務に関して俺の私情を考慮するはずもない。

「なのはたちに初心者のお守りをさせるわけにはいかないだろう?」
「俺は子供か?」
「どこからどう見てもな」

 そうでした。

「ここからは時間との勝負だ。遅れるな」
「その言葉、そのまま返す。初心者に負けたら格好悪いぞ」

 併走していたクロノの先に出ようと走るスピードを上げていく。するとクロノも負けじと速度を上げて行く。

「口の減らない奴だ」
「おまえもな」







■PREVIEW NEXT EPISODE■

プレシアの元へと向かうクロノと勇斗。
アルフと合流した三人はついにプレシアの元へ辿り着く。
病に冒されなお圧倒的な力を持つプレシアを相手に勝算はあるのか。

勇斗『吹き飛べ』




※※※※※※
圧縮した魔力を体内に止めることで身体能力が上昇する。
傀儡兵が大量の魔力を浴びせると動きを止める。
上記二点はこのSSのオリジナル設定です。



[9464] 第十三話 『吹き飛べ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:37
「んなくそーっ!」

 もう何体目か数えるのもアホらしいほど沸いてきた傀儡兵へと魔力をぶつける。
 動きを止めた傀儡兵をクロノが吹き飛ばす。

「ハッ……ハァッ……ハッ」
「息が上がっているな。そろそろ魔力切れか?」
「誰がっ!」

 クロノにはそう息巻いたものの、魔力はともかく体の疲労のほうが問題だった。庭園に突入してからほとんどノンストップで走りっぱなしだ。特別鍛えていない小学生の体力だとなかなかしんどい。
 クロノのほうは所々飛んだり、元から体のほうもそれなりに鍛えているんだろう。息も絶え絶えなこちらと比べて、涼しい顔をしていやがる。
 あー、くそ。明日からでも体も鍛えるべきか?

「本当に魔力は問題ないのか?」
「当然。今まで使ってきた魔力の四倍は残ってる」

 膝に手をつきながら気遣わしげなクロノに答える。体力はともかく魔力に関しては強がりでもなんでもない。ここにくるまでにかなりの魔力を使った感じはあるが、魔力切れには程遠い。

「本当に呆れた魔力量だな……君、本当に人間か?」
「君、何気に俺に対して凄い辛辣だよね?正真正銘の人間だっつーの。どっからどう見ても普通の小学生だろうが」
「見た目はともかく、君の言動に関しては『普通』を否定せざるを得ない」
「さよか」

 実際に普通じゃないから仕方ない。生きてきた年数だけで言えばクロノの倍近い。体の実年齢や環境のせいか、精神年齢的に成長してる気は全くないが。というかたまに退化してる気がしなくもない。生きてきた年数分、老成しててもヤだけどさ。

「休憩はここまでだ。そろそろ行くよ」
「あいよ」

 クロノの言葉に汗を拭い、走り出す。エイミィさんによるとプレシアの元まではあと僅か。
 これが最後の休憩となるだろう。今のところ二人とも傷らしい傷は負っていない。原作だとプレシアの元に着いたクロノは流血してたが、少しは俺も役に立っているのか。もしくはここから何かあるのか。どちらにしろ一欠けらの油断も許されない。
――と、気を引き締めた瞬間。

「勇斗!」
「おおっ!?」

 突如として側面の壁が崩れ落ち、足を止めた俺は先行するクロノと分断される。
 崩れ落ちた壁から、わらわらと現れる傀儡兵たち。
 道を塞いだ瓦礫の隙間から覗き見れば、先行くクロノの前方にもアホみたいにデカイ奴が行く手を塞いでいる。
 アレって確かなのはとフェイトが二人がかりで倒した奴か?

「勇斗!少しの間自分で持ちこたえろ!」
「言われなくてもっ!」

 瓦礫の向こうにいるクロノに怒鳴り返す。
 さすがのクロノでも、あのデカイのとこちらのを同時には対処できないはず。分断された俺を心配してくれるのは有難いが、傀儡兵相手ならなんとかなる。

「このっ!」

 魔力をぶつける間もなく振り下ろされる銀光。とっさに地を蹴って転がりながらそれをかわす。
 これだけ接近されたのは初めてだが、この程度でびびってなどいられない。足が震えてるのはきっと気のせい!
 転がる勢いのまま起き上がり、後方へと跳んで距離を取る。この間に十分な量の魔力チャージは完了している。後はこれをぶちかますだけだ。

「THE ワールド!時よ止まれぇっ!」

 こちらへと駆け寄ってくる傀儡兵達に腕を振り下ろし、大量の魔力を浴びせる。
 今までの例に漏れず、魔力を浴びた傀儡兵はその動きを止める。

「って、飛んでた!?」

 魔力の拡散が足りなかったらしい。さっきの一撃から逃れた一体が翼を羽ばたかせて一直線に向かってくる。
 奴の動きを止めるだけの魔力チャージが間に合わない。
 振り下ろされる斬撃を見据え、拳を強く握る。銀の煌きを真っ向から受け止めるべく、拳を振り抜――

「無理っ!!」

 斬撃を受け止めず、横っ飛びにかわす。無理。あんな勢いよく振り下ろされる剣を素手で受けるとか怖すぎる。万が一受けて、斬られたりしたら洒落にならない。
 振り下ろされた剣が床を砕き、陥没させる。受けなくて良かった。冷や汗を掻きつつも、この隙に動きを止められるだけのチャージを完了させる。
 今度こそ右の拳を振り抜き、そこから放たれた濃紺の輝きが傀儡兵を撃ち抜く。
 こちらに向かって剣を振り上げようとしていた傀儡兵はその途中で動きを止め――

「ねぇーっ!?」

 振り上げた勢いのまま剣がすっぽ抜けて飛んで来た。寸分たがわずこちらの頭に目掛けて飛来する刃。
 思考する前に体が反応する。首を僅かに傾げ、その横を風を切りながら通り抜ける剣。

「ふ、ふははは」

 あ、あぶねぇ。渇いた笑いを浮かべながら流れ落ちる汗を拭う。
 並の反射神経だったら死んでいた。笑えねぇ。
 へなへなと脱力して座り込んだところに、轟音が響く。
 そういや、瓦礫の向こうではクロノが戦ってるんだった。

「って、お前らは動くなーっ!!」

 最初に動きを止めた奴等がギギギ、と動き始める気配を見せたので再度、魔力をぶち込む。
 つーか、本当に効率悪いな、コレ。まともに攻撃エネルギーに変換すりゃ粉々にしてお釣りに来るだけの魔力使って、数十秒しか動き止められないとか色々ひでぇ。
 幸いにして傀儡兵は近くにあるものしか反応せず、動きを止めた間に距離を取れば追ってこない。だからこそ攻撃力並以下の俺でも役には立てているわけだが。

「……」

 自分の拳と動きを止めた傀儡兵を見比べる。本当に効かないかちょっと試してみるか。
半身を開いて拳を引く。

「どっせいっ!」

 気合一閃。腰の回転に合わせ、魔力を乗せた拳を思い切り振り抜く。右手に衝撃。拳の直撃した傀儡兵はその衝撃に大きく吹き飛ぶ。が。

「…………まるで効いてねー」

 確かに吹き飛んだ。だが、その金属の鎧はほんの僅かに凹んでいるだけで、ダメージらしいダメージを与えたとは思えない。もし、傀儡兵がまともに動けたら吹き飛ばすことすらできたか怪しい。たしかにこれではクロノのいうとおり、まともにやったら傀儡兵とすら戦えそうにない。

「ふっ、所詮はEランクか」

 泣けてきた。思いっきり部屋の隅で体育座りしたい気分だが、そんなことしてるとまた傀儡兵が動き出すのでとっととクロノと合流しよう。
 そっと瓦礫から顔を覗かせて見ると、クロノが杖をデカイ傀儡兵に突き立てているところだった。
 杖を突きたてられた傀儡兵は大きくその体を震わせ、その直後に崩れ落ちていく。
 ブレイクインパルス、だったか?物体の固有振動数をどーたらこーたらで粉砕する魔法。人間に使ったらどうなるか考えたくない魔法の一つである。
 とりあえず周囲を見渡し、危険はないことを確認。一足飛びで瓦礫を飛び越えようと踏み出す。

「おおっ!?」

 庭園全体を揺さぶるような振動が襲い、足場の瓦礫が崩れ落ち、跳ぼうとしていた俺は中途半端な踏み込みで宙へと放り出される。
 上下が逆転した視界には、三メートルくらいはありそうな巨大な岩の塊が迫り来る。やべ。

「勇斗!!」

 クロノの声が遠い。流石にあれだけでかいのは俺の力じゃどうにもならない。踏ん張りが利かない空中ならなおさらだ。
 俺に出来ることは少しでもダメージを少なくするために、魔力を集中し、亀のように体を縮こまらせるだけ。

「――――っ!」

 数瞬後に訪れる衝撃に思わず目を閉じる。
 だが、次に俺が感じたのは硬い岩の衝撃ではなく、ふにょんとしたやわらかい感触だった。
 ふにょん?

「?」

 どこか身に覚えのある感触に目を開ければ、そこにはアルフの顔のどアップ。
 なるほど。手の甲に感じたこの気持ち良い感触の正体はこれか。

「危ない所だったね」
「助かった。ありがとう」

 アルフに抱きかかえられたまま礼を言う。なんという役得。助けてくれたのがアルフで良かった。
 なのはやフェイトではこんな素敵な感触は得られなかった。おっぱい!
 できることなら手の向きを変えたいところだが、今後に色々支障が出るのは確実なので自重する。

「よっ、と」

 アルフが床に着地し、当然のように俺も下ろされる。出来ればプレシアのとこまで抱き抱えて欲しいところだが仕方ない。

「無事か!」

 珍しく慌てた様子を見せるクロノに若干の新鮮さを感じずにはいられない。

「アルフのおかげで。ってか、なのは達んとこに向かったんじゃないの?」

 クロノへの応対もそこそこに疑問に思ったことを尋ねる。てっきりなのはの方へ合流したと思ったんだが。

「それがさぁ、聞いてよ、もうっ」

 途端にアルフの顔がにやけてクネクネしだしたので、ぎょっとしながら後ずさる。

「確かに最初はあのなのはって子の所に行ってたんだけどね?フェイトが自分からあの子のこと助けにきたんだよぉっ!」
「は、はぁ」
「あの子、あんたの言うとおり自分で立ち上がってくれたんだよっ!あたしゃ、もう、嬉しくってさぁっ……!」

 いつの間にか溢れ出した涙を拭いながら語るアルフ。
 尻尾がぱたぱた揺れるのを見るまでもなく、嬉しさで感極まってるのはわかるんだが、ここで惚気られてもちょっと困る。

「フェイトがね、ちゃんと終わらせて、ちゃんと、本当の自分を始めるって……ひっく」
「そっか」

 ちょっと過程が変わったかもしれないが、ちゃんとフェイトは自分で立ち上がってくれたらしい。
 元から俺が心配する必要なかったんだろうけどさ。
 今でも脳裏にその光景を思い浮かべることができる。傷ついたバルディッシュと共に立ち上がるフェイトの姿。助けに来たフェイトの姿を見て、うんうんと頷くなのはの笑顔。
 あぁ、あれを見たときには本当にテンションが上がったものだ。と、いうか今現在進行形でテンション上がってきた。

「で、君はフェイトに言われてこっちの救援にきたわけか?」
「えっ?あ、そうそう。フェイトやなのはがあんたのこと頼りないから面倒見てくれってさ。あんた、あんまり信用されてないんだねぇ」

 頼りないのは事実なだけに文句は言えないが、ぐりぐりと人の頭を抑えながらそんなに嬉しそうな顔なのは何故かね。
 そこにガラッと何かが崩れ落ちた音。振り向けば、またさっき俺が動きを止めた奴がこちらに向かおうとしている。

「てめーらはひっこんでろっ!」

 腕を一閃させて、傀儡兵の動きを止める。本っ当に効率悪いな、これっ!

「……君、また出力上がってないか?」
「時間が勿体無い。急ごう」

 クロノの言葉に口の端を吊り上げることで答え、走り出す。
 脳内BGMはフェイトの復活時に流れたあの曲だ。テンション上がらないほうがおかしい。

「あんた、飛べないんだろ?あたしに乗っていきな」

 アルフが狼形態となって併走する。

「サンキュッ!」

 アルフの背中に手を伸ばし、その背に飛び乗る。
 人間形態で抱き抱えてくれるほうが感触的にはありがたいが、これはこれでアリだな。アルフライダーとでも名乗るか。

「語呂が悪すぎるな……」
「何がさ?」
「や、こっちの話」
「それより団体さんのご到着だ」

 前方には傀儡兵たちの壁。馬鹿でかいのから小さいのまで、大小勢ぞろいのお出迎えだ。

「おまかせっ!」

 チャージは既に完了している。片腕を振り抜き魔力を放出。
 動きを止めた傀儡兵をクロノが撃ち抜き、道を作る。

「待ってろよ、プレシア!絶対に泣かしちゃるっ!!」







『取り戻すのよ。こんなはずじゃなかった世界の全てを!』

 アースラを通じてリンディさんとプレシアの会話が聞こえてくる。
 ちとまずい。計13個のジュエルシードによって発生する次元震。なのはが駆動炉を封印したとしても次元断層が発生する可能性があるらしい。
 リンディさんでも抑えきれないことに舌打ちをする。

「あそこだ!あの先がプレシアのいる部屋だ!」
「よし!」

 アルフが指差した扉は半ば崩れ落ちた瓦礫に埋もれていた。クロノは迷うことなく砲撃を撃ち放ち、道を作る。
 こっからはクロノくんによるスーパー名言タイム。

「世界はいつだって!こんなはずじゃないことばっかりだよ!ずっと昔からいつだって!誰だってそうなんだ!」

 クロノが飛び込んで叫んでいる間に、砲撃で発生した粉塵に紛れた俺とアルフは散開し、瓦礫の裏をこそこそと移動する。
 今のプレシアには何を言っても通じやしないし、こちらとしても最初から話をするつもりはなかった。勿論、オーバーSランクの魔導師相手に真っ向勝負する気などさらさらない。
 ジュエルシードはプレシアの杖に格納されているのか、目視で確認することは出来ない。とにもかくにもあの杖を分捕るのが先か。
 プレシアを挟んで反対側にいるアルフと念話でタイミングを図る。

「こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは個人の自由だ!だけど自分の勝手な憎しみに無関係な人間まで巻き込んで良い権利はどこの誰にもありは「不意打ち上等ーっ!!」

 クロノの言葉を途中で遮って瓦礫から飛び出した俺は、両手に掴んだ石ころを全力で投擲。視界の端でクロノが顔を顰めた気がするが気にしない。
 俺の魔力を付与したところで石には何の効果もないので、ただ力任せに投げつけただけ。だが、ただの石とてそれなりの大きさと速度を持って撃ち出せば十分凶器と成り得る。身体能力を強化した俺の腕力ならば当たれば痛い程度では済まない。多分。
 勿論、ただの石ころなどプレシアにとっては身じろぎ一つせず止められるだろう。

「プレシアァッ!!」
『Blaze Cannon』

 戦闘力皆無に等しい俺は囮に過ぎない。
 アルフが瓦礫から飛び出し、拳を振りかざす。同時にS2Uからも蒼い閃光が迸る。アリシアのカプセルが背後にある以上、プレシアは受ける以外の選択肢はない。
 俺の投擲した石は宙に発生したガラスの結晶のような障壁に弾かれ、アルフの拳とクロノの砲撃もそれぞれ同じように手と杖の先に生じた魔法陣のシールドに受け止められる。狂ってもオーバーSランク。そう容易くはいかないか。

「邪魔よっ!」

 拳と砲撃の一撃は魔法陣の爆発で弾かれ、相殺される。
 プレシアが発した声と同時に彼女とアリシアを取り囲むように無数の光球が現れる。
 ヤバイ――と声を発する前に、退避行動へ移る。

「うおぉっ!?」

 雨あられと降り注ぐ雷の矢を必死に身を捩ってかわす。幸いというかこちらに飛んで来た数はそう多くない。
 すぐさま瓦礫の影に飛び込んで伏せる。フォトンランサーが破壊して飛び散った破片が落ちてくるがそんなのは気にしていられない。

「その声、さっき散々好き勝手言ってくれた坊やのようね……」

 プレシアの攻撃が止んだと思ったら、そんな声が聞こえてきた。
 ばれてーら。カサコサと伏せた体勢のままその場を離れる。同じ位置にいるのはまずい。
 クロノとアルフの反応がないが、さすがにあれで終わりということはないだろう。だとしたら俺の出来ることは何か?囮として少しでもプレシアの気を引く。それしかない。
 ないけど……やりたくないなぁ。まともに突っ込むのもごめんだが、キレたプレシアさんに目を付けられるのも御免被りたい。さっきは勢いのまま、思うままを口走ってしまったが、時間を置いて考えるとアレはない。言ってることが無駄に青臭くて恥ずかしかった。っていうか、プレシアに言葉で言って通じるなら誰も苦労しませんよー。
 ノリと勢いって怖い。

「ナカニダレモイマセンヨ」
「そこっ!」
「うひぃっ!?」

 思わず発した声にすかさずランサーが発射された。壁にした瓦礫が撃ち砕かれ、頭上を掠めていく。

「危ねぇな、オイッ!問答無用で攻撃してくんじゃねぇよっ!?」

 咄嗟に足をバネにして前転宙返り。一瞬先まで体があった箇所に穴が開いた。うわぁ。

「子供相手に何、殺る気満々なんだよっ!?大人なら子供を労われーっ!」

 叫びながらその場から走り出し、次の瓦礫へと身を潜めるが、プレシアは容赦なくランサーを撃ち放ってくる。
 そのどれもが俺自身を狙うのでなく、ギリギリ俺に直撃しないように足元や眼前の壁を狙っている。
 くそっ、完全に遊んでやがる。一撃で仕留めるのではなく、猫が鼠をいたぶるようにじわじわとこちらを追い詰める気だ。俺はそれに対して足を止めることもできず、ただ無様に走り、転げまわることしかできない。

「ふふ。あなたはを家に入り込んだ虫けらを労わるのかしら?」

 お約束過ぎる返答に泣けてくる。

「こんないたいけな子供に対して虫けらとか感性おかしいだろっ!」

 足元を吹き飛ばされた勢いで一回転して転ぶ。仰向けに倒されるが、すぐに全身をバネにして跳ね起きる。

「いたいけな子供?誰が?」
「まったくだ」

 プレシアの声に応えたのは俺じゃない。どこからか現れたクロノがプレシアの頭上からデバイスを振り下ろす。

『Stinger Snipe』

 一条の閃光が螺旋を描きながらプレシアへと迫る。そして同時に雷の弾丸が降り注ぐ。設置型のフォトンランサー・マルチショット。
 プレシアが左手をかざして発動させたシールドがスティンガースナイプを弾き、ランサーはオートで発動したと思しき障壁に遮られる。そこへ飛び込む一筋の影。アルフが飛び込んだ勢いのままに拳を叩きつける。叩き付けた拳も障壁によって遮られるが、アルフはそれでもなお拳を振り抜こうとその場に踏みとどまる。

「うあああぁっ!」

 咆哮。アルフの拳が遂にプレシアの障壁を破り、消失させる。プレシアの反撃を警戒したアルフはすぐさま後退し、距離を取る。

「スナイプショットッ!」

 その隙を逃がすクロノではない。弾かれた光の鞭を撒き戻し、リチャージ。初撃に勝る速度で撃ち出される。
 迫り来る光を迎撃しようとフォトンランサーが放たれるが、光の鞭はそのことごとくを撃ち砕き、プレシアに肉薄する。
 プレシアが手にした杖でそれを薙ぎ払う。杖の先端が紫の魔力光に包まれ、光の鞭と衝突した瞬間に爆発する。
 これで終わり、ということは絶対にない。俺はコレ幸いとばかりに距離を取り、大きく息を吸い込む。

「勇斗!君はもういい。下がってろ!」

 言われるまでも無い。だが、プレシアには言いたいことが一つだけ残っている。瓦礫の頂上に陣取り声を大にして叫ぶ。

「自分の年を考えてファッション決めろ、おばはん!そんなんだから将来、娘が露出狂になるんだよっ!このヒス持ち年増ーっ!」
「そんなこと言ってないで早く帰れ!このバカッ!」

 あ、アルフがこけてる。

「って、おぉっ!?」

 言いたいことを言ってすっきりしたのも束の間、爆煙の中から魔力の鎖が飛来する。
 慌てて飛びのいてそれをかわすも、続く二本目の鎖が、空中で俺の脚を絡め取る。

「しまっ……どわぁぁあっ!?いてッ!いてっ!」

 地面に叩きつけられ、物凄い勢いでプレシアのほうへと引き寄せられる。いてぇっ!
 頭がゴツンゴツン地面にこすりつけられてるがなっ!すぐに両手で頭を覆うも痛いものは痛い。

「バカッ!」
「このっ!」
「邪魔しないで」

 すかさずクロノとアルフが動こうとするが、床から湧き出した傀儡兵たちが間に割り込んでくる。
 二人にとって少数の傀儡兵たちなど相手にはならないが、プレシアにとってはほんの僅かの時間を稼げればそれで十分だった。

「動かないで」

 傀儡兵たちを蹴散らしたクロノ達の動きを止めたのはプレシアの声と、そのプレシアに首を掴まれた俺の姿だった。

「動けばこの子の命はないわよ?」
「ぐっ……!」

 片手でギリギリと首を締め上げられ、苦痛の呻きが漏れる。
 くっそ、調子に乗りすぎて下手こいた。自らの失態を悔やむも時すでに遅し。
 子供の体とはいえ、首を片手で持ち上げられるだけでも結構しんどいのに、さらに締め付けられるのは中々に堪えるな、これ。

「くそっ!」
「ちっ」

 さしものクロノも俺という人質がいては思うように動けない。アルフも動けずに舌打ちする。

「この子の命が惜しければ、そちらのジュエルシードを渡しなさい。そうすればこの子は返してあげるわ」

 俺の首を締め上げながらプレシアはゆっくりとクロノへ視線を巡らせる。
 プレシアがあとほんのわずか力を込めれば、俺の首はあっさりとへし折られてしまうのは想像に難くない。

「……断る」

 僅かな逡巡のあと、クロノはきっぱりと断言する。
 ジュエルシードを渡せば幾多の世界を巻き込む次元震が発生する。子供一人の命と比べるべくも無い、当然の答えだった。

「でしょうね」

 プレシアのほうも本気で取り引きしようと思ってはいなかったらしく、素っ気無い声を出して、その視線を俺へと向ける。

「よくも随分と好き勝手に喚いてくれたものねぇ?あなたにはたっぷぶっ!?」

 嗜虐の笑みを浮かべたプレシアの声は途中で途切れる。理由は簡単、俺が脱ぎ捨てた靴が顔面直撃したせいだ。

「こ、このっ……!」
「ふぁ、ふはは……ざまぁ」

 怒りの表情を見せるプレシアに嘲笑を向ける。喉が締められてるせいで、声が掠れてるのが様にならない。
あと、もう少し。

「バカッ!この状況で相手を怒らせてどうする!?」

 クロノの罵声が聞こえてくる。まぁ、確かにクロノの言うとおりなんだが、このまま首を絞められっぱなしはストレスが溜まる。少しでも一矢報いておきたいと思うのが人情だと思う。生きていて価値が生じる人質だからこそ、この程度ですぐに殺されることはないだろうし。

「母さん!」
「フェイトっ!」

 アルフの声に視線を向ければ、駆け寄ってくるフェイトの姿が目に入る。

「何をしに来たの」

 プレシアの言葉にフェイトの足が止まる。

「もうあなたには用はないわ。消えなさい」

 フェイトは一瞬、悲しげに目を伏せるがすぐにキッとした視線をプレシアに向ける。
 いける。

「あなたに言いたいことがあって来ました」
「……あなたっ!?」

 プレシアが驚愕の声を上げる。相手はフェイトではなく、この俺。気付くのがほんの僅かに遅い。もう俺の準備は整っている。
 俺は締められた時からプレシアの腕を掴んでいる手に力を込め、嘲笑を浮かべる。

「吹き飛べ」
「待っ」

 その言葉をトリガーに魔法を発動させる。
 俺の制御力が極端に低いせいで、魔法として発動させるときに魔力は制御を失い暴走する。暴走した魔力はその力を純粋な破壊エネルギーへと変化させ、爆発を引き起こす。無論、使用した魔力が大きければその規模も破壊力も格段に上昇する。早い話がただの自爆。
 例え、プレシアとも言えどもこれだけの至近距離、不意打ちならば防御も間に合わないはず。魔力も十分な量をチャージしていたから、破壊力も問題ない。
 俺の手から膨大な閃光が溢れ出し、瞬く間に俺とプレシアを飲み込んでいく。訓練でもこれだけの魔力を暴発させたことはないので、どれだけの規模になるかはわからない。
 まぁ、フェイト達ならこの距離でもなんとかガードは間に合うだろう。
 この出力で魔力を暴発させれば、死にはしないまでも確実に俺は意識を失う。プレシアが気絶するかどうかは微妙な線だが、本人も次元魔法の使用で体に負担がかかってる以上、ただでは済まないだろう。あとはクロノに丸投げだ。
 視界を閃光が埋め尽くす中、俺は意識を手放した。



■PREVIEW NEXT EPISODE■

自らの犠牲を厭わず、プレシアと自爆した勇斗。
全てが終わるかに思えたその時、予想だにしない危機が勇斗達を襲う。
そして勇斗は新たな力を手にする。

勇斗『変身』



[9464] 第十四話 『変身』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:38


「……とくん!……くん!」

 誰かの声が聞こえる。声が遠い。言葉も途切れ途切れで何を言っているのかわからない。

「しっ……て!……くん!」
「……ん」

 白濁する意識の中でゆっくりと瞼を上げる。視界には薄ぼんやりとした誰かの泣き顔。
 徐々にぶれていた輪郭が収まり、視界がはっきりしていく。

「ゆーとくんっ!しっかりして!」

 涙目で叫ぶなのはの声に、ようやく意識を覚醒させる。

「……よ、元気、そうだな」
「ゆーとくん!……ぐすっ、よかったぁ」

 ぐすっと涙ぐむなのはの頭を軽く叩こうとして、腕に走った痛みに思わずうめき声を上げてしまう。

「じっとしてて。大した怪我じゃないけど、あまり動かないほうがいい」

 どうやら今の俺は仰向けに寝かされ、ユーノによって治療されてる真っ最中らしい。
 全身に走る痛みに顔を顰めながら首を動かすと、倒れているプレシアを拘束するクロノと、それを心配そうに見つめるフェイト、寄り添うアルフの姿が見えた。
 どうやら俺の目論見どおりに事が進んだらしい。
 辺り一帯は俺とプレシアがいたと思しき場所を中心に放射状に亀裂が走っていた。アリシアのカプセルも地に落ちていたが、プレシアが防御魔法を張っていたのか、カプセルそのものは無傷だった。

「どのくらい気絶してた?」
「一分くらい、かな。僕達がここに着いた時、ちょうど君が自爆したところだったよ」
「もうっ、あんな無茶したらダメだよっ。すっごく心配したんだからねっ!」

 なのはが涙を拭って、ぷんすかと頬を膨らませる。子供らしいその仕草に思わず笑みが零れてしまう。

「ゆーとくんっ!」
「ごめんなさい」

 そんな俺をなのはが睨んでくるので、ここは素直に謝る。
 でもあの状況で他に取れる手段って他になかったじゃん?って言ったらバスターでお仕置きされそうだから言わないけど。SLBなんて二度と喰らいたくない。
 あそこで躊躇してたらプレシアに気付かれる可能性が高かった。俺としてはクロノ達の足を引っ張らないように考えて選択したベストの行動だったと思うんだが、心配かけたのは申し訳ないと思う。自分のせいで原作より状況悪化とか嫌だからと後先考えてなかったのは認める。もっとも、ああいう状況になってしまった時点で問題外なのだけど。足手まといにだけはならないようにと思ってたんだが、失敗したなぁ。
 あのプレシアへの文句はもっと安全な場所から言うべきだった。大いに反省。

「クロノも怒ってたよ。アースラに戻ったらリンディさんと二人で説教だってさ」
「うへぇ」

 クロノの説教だけでも長そうなのにそこにリンディさんが加わるとどうなるんだ。普段温和なだけに、こういうときはその反動が大きそうでおっかない。
 正座で一時間コースとか覚悟しないといけないだろうか。
 げんなりとする俺になのははしたり顔でうんうんと頷く。

「一杯無茶してみんなに心配かけたんだから当然だよ」

 無茶するにはお互い様だろと言いたい。よく見ればなのはやユーノのバリアジャケットは所々ダメージを負っている。
 怪我らしいものはしていないが、なんだかんだで駆動炉まで相当な激戦だったようだ。

「ま、とにかくこれで一件落着、かな」

 大本であるプレシアが拘束されたことで、ジュエルシードによる次元震も抑えたことになる。この後に俺等ができることはない。事後処理はクロノ達、管理局の仕事だ。
 プレシアが生き残ったことが、どのような変化をもたらすかはわからない。フェイトがちゃんと心の整理をつけられるのか気がかりだが、俺が口出しできる領分でもない。なのはとアルフにケアは任せよう。
 ……大丈夫、だよな?などと、俺が考えているところにそれは突然起きた。

――喰イタイ

 この場にいる全員の頭にその言葉は静かに響いた。全身が総毛立つ感覚。思わず反射的に起き上がる。

『プレシアからオーバーSランクの魔力反応発生!』
「うわっ!?」

 エイミィさんの警句とクロノの叫びが聞こえたのは全くの同時だった。

「母さんっ!」
「ダメだよっ、フェイトッ!なんかヤバイ!」

 なんだ?意識を失っているプレシアから妙な光が溢れて出ている。それがクロノを弾き飛ばし、何らかのフィールドを張っているように見えた。
 フェイトがプレシアに駆け寄ろうとしてアルフが抑えられている。
 確かにアルフに言うとおり、アレは何かやばい。誰もが緊張と警戒に満ちた視線でプレシアから溢れ出る光を注視している。

――喰イタイ

 再度、先ほどの声が脳裏に響き、次の瞬間、その声の主は姿を現した。

「げ」

 プレシアの上に人の頭ほどもあろうかという巨大な目玉が出現する。そこからワイヤーフレームのように紫色の光が輪郭を形成し、プレシア自身もその中へと組み込まれていく。そしてフレームの間を満たすように白い光が満ちていく。

「何……あれ?」

 なのはの呟きに答えるものはいない。そんなのこっちが聞きたいくらいだ。
 あんなのが出てくるなんて聞いていない。まったく予想だにしていなかった事態に俺は大いに混乱していた。
 何?何が起きている?なんでプレシアからあんな目玉が出てくる?ってか、アレ何?喰いたいって何を?
 白い光が満ちた後に姿を現したのは巨大な目玉を中心に添えた、球体、だろうか?直径三メートルはありそうな巨大な球体。幾何学模様を刻まれた金属質の輝き。そこから何本もの触手のようなものが生えてくる。巨大な目玉が周囲を一巡し、それがこちらを向いたときにピタリと動きが止まる。

――見ツケタ

「なぁ?アレ、明らかにこっちを狙ってる気がするんだけど」
「やっぱり?私もそう思うんだけど」

 嫌な予感に顔を引きつらせながらも、なのははレイジングハートを構えて警戒態勢に入っている。なのはだけじゃない。
 クロノもフェイトもデバイスを構え、臨戦態勢だ。俺もユーノに肩を借りながら目玉と向き合う。

「みんな、気を抜くな。こいつの正体は不明だが、明らかに敵意を持っている。エイミィっ!」
『アースラのデータベースに該当データあり!こいつは……第ニ級封印・破壊指定のロストロギア『モントリヒト』!」
「モントリヒト……?」

 そんな名前聞いたことがない。何それ。
 モントリヒトという名称らしい目玉は、こちらに視線を定めたまま、触手モドキを無造作に動かしている。目玉以外の部分は機械みたいだが、ナマモノの目玉がギュルギュル回っていて、物凄く不気味だ。

『人間のリンカーコアに寄生して魔力を吸い続ける機械生命体!こいつに取り憑かれた人間は負の感情を増幅されて、やがて……正気を失う……!』

 エイミィさんの言葉に顔色を変えるフェイト。データを読み上げるエイミィさんの声に悲痛の色が混ざっていたのは、フェイトを気遣ってのことだろう。
 そのデータが正しいのならば、プレシアが狂い、フェイトを憎悪したのはまさにこいつが全ての元凶という可能性が高い。

「こいつが……こいつが母さんを……?」

 自らに言い聞かせるように呟くフェイト。アルフが抑えているせいか、辛うじてフェイトは平静を保っているが、いつ爆発してもおかしくない。
 自らを虐げ、絶望を突きつけた母親が自然に狂ったのではなく、別の原因があって、それが眼前に現れたとしたら。

「内部に取り込まれたプレシア・テスタロッサはどうなっている?」

 フェイトと目玉の両方に気を配りながら問いかけるクロノ。敵の魔力はオーバーSランク。能力は未知数。迂闊に飛び掛れる相手ではない。
 今の問いはフェイトに言い聞かせて落ち着かせようという意図もあるのだろう。

『プレシア・テスタロッサのバイタル確認!今のところ生きてるけど、この状態が続くと危ないかも!』

 その言葉を聞いたフェイトはすぐに行動を起こす。

『Thunder Smasher』

 デバイスを構え、金色の魔法陣が形成される。

「サンダァァァァッ!」
「ダメだっ!フェイトっ!電撃系の魔法は中のプレシアまでダメージがいく!」
「――っ!」

 クロノの言葉にフェイトの動きが止まる。相手は金属。プレシアがその中に囚われているのならば、電撃による攻撃はそのまま中のプレシアへと伝わる可能性がある。

『みんな、気をつけて!一度、そいつに取り憑かれたらそれっきり引き剥がせないよっ!』

 フェイトの魔力に反応したのか、うねうねくねっていた触手がピタリと動きを止める。相変わらず視線はこちらに定めたままなのが、非常に嫌な予感全開である。

「万一、取り憑かれた場合の対処方法はあるのか?」
『えっと、その時、憑いてる人より大きな魔力を持った人間がいる時、その人に取り憑こうと実体化するみたい』
「っていうことは、今ここにプレシアさんより大きな魔力を持った人がいるから、あれが出てきたってこと?」
「母さんより大きな魔力を持った人……?」

 フェイトの言葉にみんなの視線が一斉に俺に集中する。

「え、アレが出てきたの俺のせい?」

 嫌な予感的中。クロノが思いっきり渋い顔で首肯する。
 それを合図にした訳でないだろうが、静止していた触手が一斉にこちら目掛けて飛来する。その総数は軽く十を超える。

「ディバイン・シューター!シュートっ!」
「フォトンランサー!ファイアッ!」
「スティンガースナイプッ!」

 それらを金と桜色、蒼の閃光が全て撃ち落し、俺はユーノに肩を借りたまま後方へと飛ぶ。ユーノの治療のおかげで、多少の痛みはあるが、動きそのものには支障はない。

「エイミィっ!勇斗をアースラに転送してくれ!」

 目玉の狙いは間違いなく俺。で、俺の力は問題外。傀儡兵と違って、独立稼動タイプのこいつに大量の魔力を浴びせても効果は無い。
 そんな俺がこの場にいても邪魔になるだけ。ここまで来て外野に押しやられるのは癪だが仕方ない。

『了解……えっ!』

 うわぁ。エイミィさんが上げた声にまたまた嫌な予感しかしない。

『モントリヒトから時の庭園全体を覆うように結界が……ッ……っ!』

 エイミィさんの言葉が途中からノイズ交じりとなって聞こえなくなる。

「ひょっとして……閉じ込められた?」
「みたい、だね」

 エイミィさんが残した言葉と状況から推察すると、多分この目玉野郎が通信と転移を妨害する結界を張ったに違いない。
 フェイトたちに撃ち落された触手は千切れた傍から再生している。伊達にプレシアの魔力を吸い続けてたわけでなく、戦闘力も半端じゃなく高そうだ。
 こんなのに狙われるとか本当勘弁して欲しい。
 ギロリとモントリヒトの目がギュルギュルと動き回り、俺達を睥睨する。まるで獲物を見つけた肉食獣が舌舐めずりをしているかのようだ。
 この場合のメインディッシュってやっぱり俺なんだろうなぁ。あんなナマモノもどきに寄生されるとかゾッとしない話だ。

「ちっ!ユーノは勇斗のガードを!残りの全員で一気に仕掛ける!!」
「うんっ!」

 クロノの言葉にユーノ以外の全員が頷き、モントリヒトを取り囲むように移動し、行動を開始する。

「チェーンバインドッ!」

 まずはアルフによるバインド。魔力の鎖がモントリヒトの触手へと絡みつき拘束する。その隙にバルディッシュを携えたフェイトが接近。黒き戦斧に金色の刃が煌く。

「はあぁぁぁっ!?」

 戦鎌を振り下ろそうとしたフェイトの顔に驚愕が走る。アルフが拘束したものとは別にさらに触手が生まれ、その手を伸ばす。必然とフェイトは振り下ろそうとした手を止め、回避行動に移らざるをえない。伸ばされる銀の魔手を舞うようにかわし、戦鎌で払いのけ、モントリヒト本体から引き離されるフェイト。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト」
「ディバィィィィン!バスタァァァァァッ!!」

 そこを狙い撃つ二人の魔導師。剣状の蒼く輝く刃が無数に降り注ぎ、桜色の閃光が球体を丸ごと飲み込む。

「やったか……?」
「や、そのセリフは失敗フラグだ」

 クロノに対して呟いた言葉に反応するかのように、五つの閃光が迸る。

「くっ!」

 五つの閃光は俺達を個々に狙い撃ち、こちらに飛んできたのはユーノが受け止める。

「そんな……無傷?」

 自らに向けられた閃光を防いだなのはが呆然と呟く。
 モントリヒトは爆煙から悠然と姿を表し、その装甲は鈍い輝きを放っている。ショックを受けているのはなのはだけじゃない。クロノもフェイトも少なからず驚きを見せていた。
 俺とて例外ではない。なのはの砲撃食らって無傷とかどんなインチキ。

「いや、違う。奴の装甲は純粋魔力ダメージを受け付けないんだ。奴の攻撃を迎撃した時、物理ダメージ設定にしていたスティンガースナイプは確かに奴の本体を傷つけていた」

 最初に触手を迎撃したときのことを言ってるのか。だが、その傷は既に再生したのか、こちらからは傷らしきものは窺えない。

「じゃあ、物理ダメージ設定で!」

 パンと掌に拳を打ちつけ、獰猛な笑みを浮かべるアルフ。なんだか凄く嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「でも、加減を間違えたら母さんが……」
「うっ、そっか」

 アルフ自身はプレシアの安否などどうでもよさそうだが、プレシアに何かあればフェイトが悲しむことになる。それはアルフの望むべき結果ではない。
 物理ダメージなら通るが、その威力が大きすぎれば、奴の装甲を抜いた分のダメージはそのままプレシアが受けることになる。

「生半可なダメージはすぐ再生する上に、下手にデカイダメージを与えるとプレシアがヤバイ。ひでぇハンデだな」
「でもやるしかない。必ず、母さんを取り戻す」

 力強く宣言したフェイトは、強くバルディッシュを握り締めて構える。今のフェイトには躊躇いも迷いもない。
 プレシアが狂った原因が奴ならば、奴を倒しプレシアを救出すれば、アリシアの記憶にある優しい母に戻るのではないかという想いもあるのかもしれない。

「うん、やろう。私達も協力するから、一緒に頑張ろう!」
「あぁ。どのみち奴は放っておけない。あんな危険なものを野放しには出来ないからね」

 なのはもクロノも気力十分。っていうかラスボスだったはずのプレシアが一転して囚われのヒロインとか何この超展開。
 や、わかりやすいラスボスが出てきたのは良いんだが、俺としては予想外の事態に置いてけぼりを食らった気分である。
 そしてラスボスのターゲットであり、近接戦しかできない上に飛べない俺もヒロインポジションですね、わかります。
 フェイトとプレシアが和解出来そうな目が出てきたのは良いが、それ以外はまったく喜べない。

「アルフはあの子を守ってあげて」
「あぁ、任せときな」

 さっきのように飛べない俺を犬形態で乗せてくれるのか。だが、それよりも先にモントリヒトが動く。
 ジャキっと全身の至るところから緑色の宝玉が開き、発光を始める。

「あー、またしても嫌な予感」
「くるぞっ!」

 クロノが叫んだ直後、無数の宝玉から閃光が迸る。無差別にばら撒かれる光はその進路にあるものを撃ち砕き破壊する。何、この超破壊兵器。

「くっ……重いっ!」

 こちらに飛んできたのは固さに定評あるユーノ先生が全て防ぐ。だが、閃光の弾丸は絶え間なく降り注ぎ、容赦なくユーノのシールドを削り取る。これだけの攻撃を全方位にばら撒かれては、なのはたちも容易に反撃に移れない。この攻撃がいつまで続くのか?ユーノの影に隠れることしかできない歯痒さに拳を握り締める。
 不意に弾丸が止む。流石にこれだけの攻撃を無制限に撃ち続けることはできないのか。緑の宝玉はまるでチャージへのカウントダウンを示すかのように点滅している。

「勇斗!ユーノ!足元に気をつけろっ!」
「は?」

 モントリヒトの触手の何本かが地面に撃ち込まれているのに気付いたときには、時既に遅し。

「おわぁぁあぁっ!?」
「勇斗っ!」

 床を突き破ってきた触手にユーノが弾き飛ばされ、俺は足を絡め取られて、そのまま宙高く舞い上げられる!

「またこのオチかあぁぁぁっ!?」

 ついさっきも同じようにプレシアに捕まったばかり。宙に舞い上がったままモントリヒトの目玉と視線が合う。

―喰ラウ

 先ほどまでと違い、頭に声が響いたわけではない。俺の錯覚かもしれないが、その視線は確かにそう物語っているように感じられた。

「美女ならまだしも目玉に喰われるなんて嫌だあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 心の底から絶叫した。空を飛べない俺には宙でなす術など無い。このまま触手に引きずり込まれて奴に喰われる光景が脳裏を掠める。実際には喰われるのではなく、あれが俺のリンカーコアに寄生して魔力と精神を喰らうのだろうが、どちらにしろ全力で御免被りたい。

「させないっ!」

 視界を掠めたのは黒い影。金の閃きが触手を切り裂き、小さな手が俺の体を抱きとめる。

「た、助かったぁ!サンキュっ!フェイト!愛してる!」
「え?あ、えっ、えと」

 とにかくあの巨大目玉から逃れられた感激の余り、思わずフェイトに抱きつく。フェイトが戸惑ったり、お姫様抱っこされてる俺格好悪いとか、とっさに自分が何を口走ったのか一切合財色々気にしていられなかった。それだけ本能的な恐怖が大きかったのである。

「ディバインシューターッ!シュートッ!」
「ブレイズキャノンッ!」

 ディバインシューターが触手を刈り取り、クロノの砲撃が放たれる。
 直撃コース!ってか、あの威力はプレシアやばくね?と心配する俺だが、それは杞憂どころじゃなかった。
 ディバインシューターはモントリヒトを覆うように展開した球状のシールドに弾かれ、その上に展開された板状のシールドがブレイズキャノンを受け止める。ブレイズキャノンはそのまま何の抵抗も無く板に吸い込まれ、消失。だが、板状のシールドは消えることなく、蒼い輝きに包まれる。

「あ、またやな予感」
「まさか……魔力反射シールド!?」

 俺の呟きとユーノの叫びが重なる。シールドが一際強く輝いたと思った直後、クロノの魔力光と同じ輝きが拡散するように撃ち放たれる。

「くっ!」

 俺とフェイトがいる場所はモロにそれの射程距離内。俺を抱えたまま回避行動を取るフェイトだが、両手が塞がっている上に、拡散具合が半端じゃない。

「あっ!」
「フェイトっ!?」

 俺を庇うように身を挺したフェイトの肩を魔力弾が掠める。フェイトの顔が痛みにゆがみ、その衝撃でまたしても俺は放り出される。
 くそっ!完全にお荷物過ぎる!
 中に放り出された俺に再度、触手が迫る。

「こ……のっ!ナマモノ風情が調子に乗るなぁぁぁぁっ!」

 魔力を右の拳に集中。俺の体を掴もうとした触手へ拳を叩きつける。その衝撃に触手は俺への軌道をずらす。
 続けざまに他の触手が何本も飛来するが、それは緑色のチェーンによって遮られる。

「アルフッ!フェイトをっ!」

 俺は落下速度緩和の魔法を発動させながら叫ぶ。俺が叫ぶまでも無く、アルフが体勢を崩したフェイトを受け止める。
 アルフに受け止められたフェイトはすぐに自力で飛翔し、バルディッシュを構えなおす。
 拡散して反射した為か、思ったほどフェイトへのダメージはなさそうだ。
 そのことに安堵しつつも、先ほど目の前で見せられたフェイトの苦痛に歪んだ顔が脳裏をよぎる。

「あったまきた!この目玉野郎!ぜってぇ、ぶっとばす!」

 頭に血が上った俺は叫びながら、片手をついて床へと降り立つ――瞬間、俺が着地した床が罅割れる。

「へ?」

 プレシアとの戦闘や次元震、そしてモントリヒトとの戦闘で大分床にもガタが来ていたのかもしれない。
 落下速度を多少緩和したとはいえ、俺が着地した時の衝撃が床の耐久限度に止めを刺したっぽい。

「のおおぉぉぉぉぉっ!?」

 改めて跳躍する間もなく、俺は床の崩壊に飲まれていった。










 勇斗が床の崩壊に飲まれて十分ほどが経過しようとしていた。
 彼の救出にはユーノを向かわせ、残った全員で応戦していたが、戦況は芳しくなかった。
 強力な再生能力に加え、魔力攻撃を吸収、拡散して反射するシールドが厄介極まりない。幸い、魔力反射シールドは一度に一方向しか展開できないことは判明したが、通常のシールドも予想以上に固い。なのは達の力なら、破るのは難しくないが、問題はプレシアが中にいる以上、強力すぎる攻撃を迂闊に仕掛けるわけにもいかない。
 モントリヒトの防御を抜き、なおかつプレシアにダメージを与えないように加減するのは口で言うほど容易なことではない。この面子の中でそれだけの技量を持つ者は限られている。魔法を覚えて間もないなのはでは、非殺傷以外での微妙な手加減をする技術はまだ持ち得ていない。
 フェイトは技量という点では基準を満たしているが、相手が母親を内包している為、肝心なところで踏ん切りがつけられない。
 クロノの攻撃は反射シールドで防がれ、他の攻撃は魔力シールドや装甲に遮られる。向こうの攻撃は触手だけでなく、チャージが完了すれば嵐のような斉射。
 こちらが落とされることは無いが、魔力を消耗するばかりでモントリヒトに決定的なダメージを与えることが出来ない。
 特に動力炉の封印に魔力の大半を費やしたなのはの消耗が激しい。元よりなのは本人の体力は同年代と比べても低いほうだ。海上決戦からここに至るまでの連戦で魔力も体力も底が見え始めていた。

「一か八か、突っ込む!サポートを!」
「待て、フェイトッ!それは無謀だっ!」

 そんななのはの消耗を見て取ったフェイトがクロノの制止を振り切って接近を試みる。無数の触手による防壁に加え、相手は魔導師のリンカーコアに寄生するという能力を持った相手だ。最大の魔力を持った勇斗が近辺にいるとはいえ、他の誰かが寄生されない保証は無い。どのように魔導師のリンカーコアに寄生するのか?そのプロセスが判明しない以上、クロスレンジでの攻撃はリスクが大きすぎる。
 迫り来る触手をすり抜け、切り裂き、モントリヒトへ肉薄するフェイト。やむなくクロノたちも魔力弾を触手、または本体へと撃ち込むことでサポートに徹する。
 触手による弾幕を潜り抜けたフェイトが思い切りバルディッシュを振りかぶる。

『Scythe Slash』

 バリア貫通能力を付与され、刃の強度を増した魔力刃がその輝きを増す。フェイトがバルディッシュを限界まで引いて、振り下ろす直前。床からフェイトの体を貫かんと湧き出る触手。

「フェイトちゃんっ!」

 なのはが悲鳴を上げる。触手がフェイトの体を貫く。
 否。触手が貫いたのはその残像。
 ブリッツアクション。短距離限定の超高速移動魔法を発動させたフェイトは既にモントリヒトの後方に回り込み、その刃を振り下ろそうとしている。
 金色の刃が紫の障壁に食い止められる。だが、フェイトは構わずバルディッシュを握る腕に力を込め続ける。

「はぁぁぁっ!!」

 気合一閃。フェイトの咆哮とともに振りぬかれたバルディッシュの魔力刃が障壁を切り裂く。続けざまに刃を振り上げようとしたフェイトが見たものは、輝く緑の宝玉。
 攻撃態勢に入ったフェイトにそれをかわす余力は無い。そして撃ち出された魔力弾がフェイトを小さな体を捉える。一発。ニ発。三発。四発。五発。途切れることなく撃ち出される弾丸の全てがフェイトを捉える。

「フェイトちゃんっ!」

 助けに入ろうとするなのはだが、モントリヒトはそれすらも許さない。緑の宝玉はフェイトだけに向けられたのでない。魔力弾による弾幕が他者の介入を許さない。なのはもクロノもアルフも。それぞれが己に向けられた攻撃を防ぐのに手一杯でフェイトのフォローまで手が回らない。

「……くっ」

 弾丸の連射を喰らったフェイトは、なんとか空中で姿勢を制御し着地する。
 バルディッシュによって防御魔法「ディフェンサー」が発動した為、致命傷はさけたがフェイトの防御は元々高くない。
 今の攻撃によってかなり魔力を減らしてしまった。だが、これしきで諦めるわけにはいかない。膝を着き、肩で息を切らしながらもキッと顔を上げる。

「フェイトっ!」
「危ないっ!」

 アルフとなのはが悲鳴にも近い声を上げる。

「……っ!」

 顔を上げたフェイトに迫るのは特大の魔力球。とっさに立ち上がろうとするフェイトだが、これまでのダメージと疲労で足に力が入らずにそのまま崩れ落ちる。
 回避も防御も間に合わない。そうフェイトが思った瞬間――

「させるかぁぁぁっ!」

 弾丸のように飛び込む影が一つ。
 迫り来る輝きに飛び込んだ勢いのまま、振りかざした右手を叩きつける。

「って、重ッ!熱ッ!痛ッ!無理だ、これーっ!?」

 叩き付けた右手は僅かに魔力弾の速度を僅かに減じたものの、相殺にはまるで威力が足らず、たまらず両手で受ける。もちろん片手でどうしようもなかったものが両手に変わったところで、どうにかなりはしない。ほんの数瞬だけ押さえ込むのが関の山。それを過ぎれば瞬く間にフェイト共々飲み込まれる。

「ディバインバスタァァァッ!」

 フェイトと飛び込んだ影を救ったのは横合いから放たれた桜色の閃光。桜色の奔流が、モントリヒトが放った魔力弾を跡形も無く飲み込む。
 飛び込んだ影が作り出したほんの僅かの間が、なのはにディバインバスターを撃つチャンスを与えたのだ。

「おわあぁぁぁっ!?」

 魔力弾を直に受け止めていた影、遠峯勇斗はディバインバスターの余波で思い切り吹き飛ばれ、フェイトの傍に叩きつけられていたが。

「だ、大丈夫?」
「へ、平気……」

 叩きつけられた時に強かに顔面を打ちつけたため、鼻を押さえながらよろよろと起き上がる勇斗。
 フェイトには強がって見せても、その目には思いっきり涙が浮かんでいる辺り格好が付かない。

「フェイトちゃんっ!ゆーとくんっ!平気ッ!?」
「おー、おかげさまでなー。……いてて」

 モントリヒトに向けてデバイスを構えたまま降りてくるなのはに片手を上げて応える勇斗。
 なのはの見る限り、服はボロボロだが勇斗自身に大きな怪我はないようだ。

「馬鹿っ!なんで戻ってきたっ!?奴の狙いは君なんだぞっ!そのまま終わるまで隠れてろ!」

 勇斗の無事に安堵しつつも罵声を飛ばすクロノ。
 勇斗個人の魔力量は桁外れだが、いかんせんそれを扱う技量がない。このモントリヒト相手に彼が出来ることはない。それは彼自身もわかっているはずだ。
 彼自身がモントリヒトのターゲットである以上、最良の選択はモントリヒトの手の届かないところに退避していることだ。
 もし勇斗にモントリヒトが取り憑いてしまえば、そこから引き剥がす手段はないのだから。

「そーしたいのはやまやまなんだが、俺にも戦う理由ができちまったからなぁ」

 溢れ出た涙を指で拭い、しっかりと両足で立ち上がる。心なしか足が震えているように見えるのは恐怖の為か。

「わけのわからないことをっ!戦えない君の出る幕じゃないっ」

 勇斗の返答は不遜なまでの自信に満ちた声。

「それはどうかな」

 クロノがそれを訝しむ間もなく、勇斗はポケットから何かを取り出す。

「まさか……!?」
『Get set』

 勇斗が手にしているのはX字の形をした金属製プレート。フェイトの声に応えるようにプレートは音声を発する。
 漆黒に彩られたそれの正体にいち早く気付いたフェイトにニヤリと笑みを浮かべる勇斗。

「リニスの置き土産さ」
「リニスの……?」

 リニス。フェイトを一人前の魔導師として育て上げたプレシアの使い魔。久しく口にすることのなかった名前にフェイトの瞳が揺れる。

「二人とも危ないっ!」

 なのはの警句と同時に三人がその場を飛びのく。勇斗を狙って繰り出された触手は空しく空を切る結果となる。

「見せてやるよ……リニスから預かった力と想いっ!」

 地面に転がるように着地した勇斗はすぐさまに起き上がり、漆黒のプレートを握り締めたまま右肘を立て、左手を抱え込むように上半身を捻る。

 強く握り締められた両の拳が軋むように音を上げる。

「変身!」
 
 瞬間的に腕が交差した後、交差気味に掲げられた左手が半円を描き、さらに反転する。
 溢れ出す魔力の奔流。黒いプレートが輝きだし、濃紺の光が全身を包み込み、その姿を変えていく。
 かつてレイジングハートを手にした時以上の高揚感と魔力が勇斗を包み込む。あのとき以来、感じていた己の無力。劣等感。
 思えば、彼がこの事件に関わったのは自らの確固とした意思によるものではない。
 友人である少女を放っておけなかったといえば、聞こえはいいが、見て見ぬ振りをするのは後味が悪いというだけの軽い気持ち。
 なんとなく。流れで。それが良いか悪いかはまた別の問題である。
 初めから十全たる覚悟と決意を持って物事に取り組むことのできる人間はそう多くない。そうできる人間にしたって、それ以前の過程で相応の経験を経てようやく覚悟と決意を持つことができるのだ。
 勇斗は良くも悪くも自分の限界を知っていた。力がないこと。自分が何を成さずとも最終的にはハッピーエンドとも言うべき結末に落ち着くことを。それゆえ、今回のことは自覚の有る無しに関わらず、どこか他人事として考えている節があった。こうして時の庭園内部へと来ることになったのは、今までの惰性とその場の勢いに過ぎない。
 だが、今は違う。クロノやフェイトらにはこの僅かな時間に勇斗の身に何が起こったのかを知り得ない。それでも彼自身から溢れ出る魔力と気迫。自分が戦うという確固たる意思を感じ取ることが出来た。

 勇斗の全身を覆う光が消える。
 両手には銀色に煌く手甲。漆黒のジャケット。そして腰にある銀色のベルトには鈍い輝きを放つ赤き宝玉。
 漆黒のバリアジャケットに身を包んだ少年は高らかに叫ぶ。

「やぁぁぁぁってやるぜっ!!」




■PREVIEW NEXT EPISODE■

託されたのは母と子の幸せを願う想い。
プレシアを救出のため、少年と少女は一丸となって古の遺産へと挑む

なのは『おっきいのいきます』



[9464] 第十五話 『おっきいのいきます』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:38

「いってぇ……」

 どこだ、ここ?ひりひりと痛む頭を擦りながら辺りを見回す。何に使うか分からないコンピューターらしきものに工具が散らばっている部屋。
 随分長いこと使われてなかったのか、それら全てが埃を被っている。
 床が崩れ落ちた後、無我夢中でフローターフィールドを形成し、横穴――もとい壁が崩れていたこの部屋に飛び込んだのだ。
 崩れた床のその下まで崩壊してるとか、どんだけ時の庭園脆いんだよと文句を言いたい。苦情を言う相手はやはりプレシアだろうか?次元震の影響もあったのだろうが、もしあのまま落下してたら時の庭園から放り出されていたかもしれない。空間の狭間に放り出された末路なんて想像するのも恐ろしい。やっぱりアースラで大人しく留守番しているべきだった。
 今日だけで何回死にかけたのか。頭が冷静さを取り戻すと、ほとほと無謀な行動をしてしまったと思う。ノリと勢いだけで行動すると碌なことにならないのは、散々身に染みて分かっているはずなのに学習しない自分が恨めしい。

「結局のところ、これっぽっちの力じゃ役立たずなんだよな」

 ボソリと呟いたまま立ち上がる気力も起きず、座り込んだまま自分の手を見つめる。バカみたいにでかい魔力があっても、それを扱えないのではまさに宝の持ち腐れ。それでもなんとか力が欲しくて、色々試行錯誤してみたものの、結果は焼け石に水。
 俺は一体何をしているんだろうね。ちょっとした手違いと、少しでも自分より小さな女の子の負担を軽くしてやりたいと、勘違いした責任感から行動を共にした。そして発覚した俺の力。だが、それで何かが変わる事は無かった。

「……………はぁ」

 自分が今、何を欲しているのかに気付き、自嘲する。なのはの手助けをしたいと思っていたくせに、いつの間にか自分自身の力を欲している。本末転倒も甚だしい。自分が俗な人間なのは百も承知だが、改めて自覚するとちょっと凹む。
 とりあえずこれからどうしたものか。クロノ達のことは気がかりだが、AAAクラスが三人いるだから心配は無用だろう。相手がロストロギアとはいえ、あの三人が揃って負けるのは、ちょっと想像できない。俺が出て行っても足手まといにしかならないのだから、決着が着くまで隠れているのが正解だろう。
 つっても、上でドンパチやってるのだから、いずれここも崩壊に巻き込まれるかもしれない。どうにかして上に向かわなきゃいけないか。
 のろのろと立ち上がり、出口を探そうと足を踏み出し――。

「へ?」

 足元から広がる魔法陣。トラップ?侵入者撃退用のトラップですか?そんなんあるなんて聞いてませんよ?
 俺が行動を起こすよりも早く魔法陣が強い輝きを発し――――俺の視界は反転していた。

「こんなんばっかし……っ」

 視界が上下反転したまま呟く。どうやらさっきの魔法陣は強制転移をさせるためのものだったらしい。
 さっきの部屋とはまた違う場所だ。部屋の中央に台座らしきものがあるだけで大した広さじゃない。なんだ、ここは。

「よっ、と」

 いい加減、上下逆さまの体勢は飽きたので起き上がり、改めて台座へと目を向ける。
 円柱状の台座の上にはポツンと、黒い金属の三角形の形をしたプレートが置かれていた。

「もしかして……デバイス?」

 色は違うが、バルディッシュのスタンバイフォームを連想する。大きさ的にも似たようなものだろう。
 なんでこんなところにデバイスが?疑問に思ってプレートへと手を伸ばし――

『待っていました』

 台座の向こう側に現れた人影が静かに言った。

「おおっ!?」

 突然、現れた人影に驚いて思わず後ずさって尻餅を着く。何っ!誰ッ!?ここに来てまた知らない敵とか勘弁してくれっ!?

『私の名前はリニス。この時の庭園の主、プレシア・テスタロッサの使い魔です』

 今、聞いた言葉に思わず耳を疑い、顔を上げる。そこにあったのは確かになんとなく見覚えのある顔だった。
 リニス。プレシアの使い魔でフェイトの教育係。だが、彼女はフェイトが魔導師として完成したとき、その役目を終えて消滅したはず。
 それが、何故今こうして俺の目の前に立っているのか?

『今の私は本体ではありません。このデバイスに記録されたデータを再生しているだけの立体映像です』

 立体映像?恐る恐る立ち上がって、リニスへと手を伸ばす。リニスの体に触れたように見えた手は、何の感触もなく空を切る。おぉ、すげぇ。立体映像とか初めて見た。

『このメッセージが再生されている時、私は既に主プレシアとの契約を終え、消滅しています。我が主、プレシアとその娘、フェイト・テスタロッサ、その使い魔であるアルフ以外の者が私の部屋に立ち入った時、このメッセージが再生されるよう設定してあります」

 立体映像の中に手を突っ込む俺に構わず話し続けるリニス。手をリニスの顔の前で振ったり、舌を出しても何も反応が無い。受け答えなどできない、文字通りの再生オンリーのデータらしい。

『私が果たせなかった願い。それを誰かに託す為に。プレシアとフェイト。あの二人のことを……』

 そしてリニスはプレシアとフェイトのことを語りだす。プレシアがアリシアを失った過去。フェイト誕生のこと、そしてリニスが生まれた理由。
 プレシアはフェイトを道具として扱うことで、自分にとっての価値を見出そうとしていたこと。アリシアを失ったことに対する自責の念が、プレシアを壊し、それゆえにフェイトを二人目の娘として愛することを許さなかった。
 そのどれもが俺にとっては既知の情報ではあるが、ただ再生されるだけのメッセージである以上、口出しは意味を持たない。かといってそのままこの場を去ることも出来ずにリニスの話に耳を傾けてしまう。淡々と話し続けるリニスだが、その一言一言に深い憂慮が含まれていた。
 これはリニスの遺言。フェイトの為に動けば、主であるプレシアを裏切ることになる。逆にプレシアの意に添い続ければ、フェイトが不幸になる。主と自らが育てた少女の間でリニスは葛藤し続けた。そして両方を救うには時間が足りなかった。リニスとプレシアの契約内容はフェイトを一人前の魔導師として育て上げること。フェイトが優秀であるがゆえに、リニスの時間を奪ってしまった。

『結局、私にはあの親子のわだかまりを解くことが出来ませんでした。消えゆく私にできたことは、あの子の為に作ったデバイス、バルディッシュに願いを託し、この名も無きデバイスにメッセージを残すことだけ』

 気付けば自分の頬から涙が滑り落ちていた。リニスの語ったことなんて元から知っている。全て知っている、はずなのに。それで何で今さら俺は涙など流しているんだ。いつから俺はこんなに涙脆くなったのだろう。
 リニスが語る言葉一つ一つに込められた悲しみと無念。それが痛いほどに伝わってしまう。

『あなたが何者で、何を目的としてこの地を訪れたのかはわかりません。身勝手な言い分であることは百も承知です。ですが、どうか……どうか、あの二人のことをお願いします……!』

 そんなことお願いされても正直困る。何をどうすればいいのか検討もつかない。だけども。
 ――――モントリヒト。魔導師のリンカーコアに寄生し、その精神を狂わせるというロストロギア。
 フェイトとアルフ、そしてリニス。テスタロッサ一家の深い哀しみがあの目玉に起因するというのではあれば。アレは全力で排除しなければならない。
 俺の知っている知識にはあんなもの存在しなかった。俺という存在があいつをプレシアから引きずり出した。

「もしかして、これが俺がこの世界にいる理由、なのかな」

 訳もわからずに元の世界からこの世界に生を受けた。それなりに長い間、悩んだり葛藤した覚えもある。図らずもなのはと関わり、この件にも関わってきた。
 結果として状況が好転したかどうかは我ながら激しく判断に悩むところだ。だけどもしもあのロストロギアからプレシアを救い、正気に戻すことが出来れば。
 フェイトとプレシアは普通の親子として過ごすことが出来るのかもしれない。勿論プレシアが元に戻らない、いや戻ってもフェイトを愛するとは限らないが、それでも賭けてみる価値は十分あるはずだ。
 フェイトとプレシアを救う、その為に俺はこの世界に来た?

「いやいやいやいや」

 突拍子も無い、こじ付けにも程がある考え方に苦笑してしまう。流石にそれはねーよ。突っ込みどころが多すぎる。

『Get Set』
「お」

 不意にバルディッシュに似た男性ボイスで喋ったデバイスが俺のほうへ飛んできた。反射的に伸ばした手でそれを受け止める。

『もし、あなたがプレシアとフェイトの為に動いてくれるなら、そのデバイスはきっとあなたの力になるでしょう。既に消え去った私が払える唯一の対価です』

 手にしたデバイスがキィンと小さく鳴った後、リニスの映像がうっすらと透け、徐々にぼやけてくる。

『プレシアとフェイトをお願いします……あの親子とあなたに、幸があらんことを……』

 そしてリニスは跡形も無く消え去った。
 全く、主人想いにもほどがある。自分が消え去った後にもこんなデバイスを残してメッセージを託すとか。相手が悪人とかだったらどうするんだ。あんな頼まれ方をしたら嫌と言えるわけがない。
 あぁ、もう!ついさっきノリと勢いで行動するのはやめようって決めたばっかりなのに!どんだけ乗せられやすいんだ、俺は。
 胸の奥から沸々と熱い何かがこみ上げてくる。魔力がでかいだけの俺がデバイスを手にしたところで何ができるとも思えない。やれるのか、俺に?
 俺の力でクロノたちの助けになるのか?むしろ足を引っ張ってしまうのがオチじゃないのか。だが、男としてここで隠れているのが正しいのか?自分より年下の子供に任せて何もしないことが?
 理性が自分が足手まといだ、何もするなと囁きかけ、同時に心が動け、暴れろ、行動しろと叫ぶ。
 相反する二つの想いにどうしようもないジレンマに苛まれる。
 どうする?どうするのが正しい?考えろ、俺が選べる一番正しい選択肢を……!

「って!あーっもうっ!うぜぇっ!うだうだ考えるのはやめだ!全っ然っ!俺らしくねぇっ!」

 頭を掻き毟りながら腹の底から声を出して叫ぶ。そもそも俺が頭使って行動してロクな結果になった覚えが無い。
 こういうときは走る!何も考えずに走る!何が出来るかじゃなくて、俺がどうしたいかだっ!

 ――そうそう。そうやって何も考えてないほうがゆーとらしいよ?

 不意に昔、言われた言葉を思い出す。余計なお世話だ、ほっとけや。
 脳裏に過ぎった面影に突っ込みを入れ、手にしたデバイスを強く握り締める。リニスが託してくれた力。無駄になんかしない。
 上のほうから伝わる振動がまだ戦いが続いていることを教えてくれる。

「おまえの力、貸してもらうぞ」
『OK, Boss』

 問いかけに対して、なんとも力強い答えが返ってくる。インテリジェントデバイス、か。レイジングハートの時はダメだったが、魔力の目覚めた俺なら使えるはず。いや、使ってみせる。

『勇斗!聞こえたら、応答して!勇斗!』

 この声はユーノか。中々いいタイミングで迎えが来た。

「いくぜ、相棒」
『All right』

 デバイスを握り締め、自らの纏うバリアジャケットを頭に描きながら、走り出した。














「変……身!」

 モントリヒトからの攻撃をかわし、漆黒のバリアジャケットを身に纏う。
 モントリヒト。古代の遺産、ロストロギア。恐怖が無いといえば嘘になる。ただ、それを凌駕する何かが恐怖を抑え、俺を突き動かす。熱く、激しい何かが。
 拳を広げ、指を一本一本握り締める。迷うことなど何一つ無い。あの目玉からプレシアを引き剥がし、ぶち壊す。ただ、それだけの話だ。

「やぁぁぁぁってやるぜっ!!」

 自らを鼓舞するように叫び、力の限りに地を蹴って疾走する。デバイスの機能は魔法発動の補助ではなく、魔力制御にリソースの大半を割いている。クロノ曰く、俺一人で魔力を圧縮・収束させても、実際は消費魔力の半分も有効利用できず、そのほとんどを無駄遣いしている。だが、デバイスのサポートを得ることで、その無駄遣いしていた魔力を、少しは有効に使えるようになった。おかげで身体能力強化の効果は今までよりも遥かに高い。赤くもないし角もないが、スピードもパワーも三倍はパワーアップしている。
 ぶっつけ本番で魔法を行使することも考えたが、俺の魔法資質はほぼ全滅なので、おそらく効果は薄い。ならば今までにやっていたことのサポートをさせ、強化したほうが確実に効果があり、信頼性も高い。

「バカッ!真正面から行く奴があるかっ!?」

 クロノの罵声が聞こえるが、構わずに突き進む。見る見る間にこちらに向かう触手との距離が消失していく。触手との距離が零になる瞬間、大きく膝を曲げ、跳躍。
 5メートル以上の跳躍。自分の想像以上の跳躍に内心焦りつつも、上方にフローターフィールドを二重に展開し、そこに突っ込む。
 フローターフィールドの使い道は単なる足場の形成に留まらない。術者の調整によって、収縮性を持たせ、トランポリンのように反発力を持たせることが出来る。勿論、俺一人ではそんな細かい調整もできず、瞬時に形成できる数もせいぜい一つ。デバイスのサポートという恩恵があってこそ可能となる技だ。
 大きく沈み込んだフィールドに手を着き、狙いを定める。一点集中。そして一気に跳ぶ。フィールドの反発力を加えた跳躍は、最初のそれを遥かに上回る速度で俺の体を加速させる。突き出した足先に魔力を集中。収束した魔力の輝きに足先が濃紺の輝きに包まれる。

「ライダァァァァキィィック!!」

 超高速で繰り出された蹴りは、伸ばされる触手のことごとくを弾き、モントリヒト本体へと迫る。

「うらぁっ!」

 モントリヒトのシールドとキックが衝突する。途端、足先と障壁の間に激しいスパークが生じる。硬い。貫くのは無理か。ここで無茶をする愚を犯さずに、膝を曲げて障壁を蹴りつけ、その反動で離脱する。

「全然効いてねー」

 奴の障壁には罅一つ入ってなかった。それどころか、こちらを挑発するように忙しくその眼球を動かし、睥睨していた。今何かした?と言わんばかりに再生した触手を蠢かせていた。野郎。ちょっと、いやかなりムカついた。

「バカか、君はっ!?」
「へぐおっ!?」

 頭頂部に衝撃。頭を抑えながら見上げると、拳骨を構えたクロノが睨んでいた。

「考えもなしに突っ込んでどうする!大体君が奴に憑かれたらそれで詰むんだぞ!そもそもそのデバイスはなんだ!?どこから手に入れたっ!?」
「んねヘマしねーよっ!いきなしゲンコかますなっ!このデバイスは拾ったっ!」」

 いきなり胸倉を掴んで怒鳴るクロノにこちらも負けじと怒鳴り返す。

「まったく……っ」
「おおっ!?」

 クロノが小さくため息を吐いたかと思うと、不意に胸倉を掴んだまま振り回され、そのまま上に引っ張られる。
 さっきまで居た場所を見下ろすと、そこには当然のように触手が突き立てられていた。油断も隙も無いな、あの目玉野郎。

「アルフ!このバカを頼む!」
「おっと」

 そのままクロノに投げられ、アルフに受け止められる。

「俺の扱い酷くね?」
「でも、勇斗が落ちたとき、助けに行けって僕に言ったのはクロノだよ。クロノはクロノなりに君の事を心配してるんだよ」

 俺に遅れて下から飛んで来たユーノが苦笑しながら言う。

「あいつは僕達だけでなんとかする。君はアルフと一緒にできるだけ遠くへ離れるんだ」

 モントリヒトに目を向けたまま、デバイスを構えるクロノはこちらを見向きもしない。

「頭から血流しながら言っても説得力ねーよ」
「それでもこいつ相手に君ができることはないよ」

 狼形態になったアルフに跨りながら指摘するが、クロノは動揺する素振りも見せずにさらりと言ってのける。可愛げのねぇ。

「ふん、あいつの狙いが俺なら囮ぐらいにはなる。あんまり長引かせるとプレシアが持たないだろーが。さっさと決着つけよーぜ」
「それができれば苦労しない。モントリヒトの防御は硬い。そう簡単には抜けないんだ」
「まぁ、この面子で苦戦してるんだからそうだろうけどさ。何かあいつの行動パターンとか優先順位ぐらいは検討つかないか?そこに俺を囮に使った作戦とか」

 言ってる間に触手が飛んでくる。本当っしつこいな、こいつ。触手を掻い潜るように飛翔するアルフに捕まりつつ、追いすぎる触手を蹴りつけ、薙ぎ払う。

「……ないこともない」

 触手を撃ち落しながら、クロノは苦々しい顔で口を開き、プランを語り始めた。



「OK。じゃ、それで」
「って、そんなにあっさりっ!?」

 念話で伝えられたクロノのプランに頷くと、なのはが驚きの声を上げる。そんな驚かれても。

「本当にわかってるのか?このプランは君が一番危険に晒されるんだぞ?」
「その為にユーノ先生がいるんだろ?なんとかなるよ。と、ゆーわけでユーノ先生はさっさとフェレットになっておくれ」
「う、うん」

 どのみち、こちらが選べる選択肢はそう多くないし、プレシアがどれだけの時間、無事でいられるか不明なのだから悩む時間も惜しい。手があるならさっさと実行するべきだ。

「んじゃ、手っ取り早く行こうぜ。あの目玉に目にモノみせちゃる……!」

 フェレットモードのユーノを懐にしまい、アルフから飛び降りてモントリヒトの真正面へと降り立つ。
 さっきからひたすら触手で俺ばかり狙いやがって本当にうぜぇ。

「フォトンランサー・セット!ファイアッ!」

 まずは俺に向かって繰り出された触手をフェイトのランサーが薙ぎ払う。

「シュートッ!」

 次の手は4つの光がモントリヒトへと撃ち放たれる。桜色の光球はモントリヒトのシールドに阻まれるも、最後の一発がシールドに罅を入れる。そこに放たれるのは蒼い閃光。スティンガースナイプ。この中で一番手強いのはクロノだと認識しているのか、例の魔力反射シールドはクロノの攻撃に反応して形成される。だが、スティンガースナイプはクロノの意思で自由に軌道を変えられる射撃魔法。設置型のシールドでは止められない。
 光の鞭は器用に反射シールドを迂回し、なのはの攻撃で罅割れたシールドもろとも装甲を撃ち貫く。
 だが、こちらが追撃をかける前にモントリヒトの宝玉が輝き出す。クロノが言ったとおりのパターンだ。
 例えシールドを破ったとしても決定打を仕掛ける前にこの攻撃が飛んでくる。防御に徹すればこちらのシールドを貫かれることはないが、こちらからも攻撃できず、その威力に押し出される。その隙にモントリヒトは悠々と装甲と障壁の再生を行ってしまう。
 なのはのディバインバスター・フルパワーならば、これらの攻撃を撃ち抜いてモントリヒトへダメージを与えられるだろうが、その場合、中のプレシアが危険になる。クロノやフェイトではモントリヒトの攻撃を相殺してなお適切なダメージを与えるだけの威力は出せない。
 全方位に放たれる上、威力も相当に高くて厄介な代物だが、こっからが俺の仕事だ。モントリヒト目掛けて地を蹴る。
 湧き上がる恐怖を押さえ込みながら疾走するスピードを上げていく。
 これは賭けだ。予想が外れれば一発で終わりかねないが、上手くいけばプレシアを取り返すチャンスが生まれる。
 臨界まで輝きを増した宝玉から嵐のような砲撃が放たれる。辺り一帯を紫の弾丸が薙ぎ払う。しかし、俺に飛んでくるのは魔力弾ではなく触手だった。
 全方位に魔力弾が放たれる中、俺がいる方向にだけ、魔力弾は飛んでこなかった。
 やはり、か。クロノが予想したとおりの結果に、自然と口の端が釣り上がる。
 奴の目的はあくまで俺を取り込むこと。ならば俺に致命傷を与えるような攻撃は仕掛けてこない。宿主ともいうべき俺が死んでは意味がないからだ。

「ユーノッ!」
「任せて!」

 フェレット形態になって俺のジャケットに潜り込んでいるユーノがバリアを形成する。
 半球状のバリアを文字通りの盾として触手を弾き、なおも距離を詰める。これが砲撃だったら突き進むどころか思いっきり吹き飛ばされていたはずだ。
 そして、俺とモントリヒトの距離がゼロになろうとする瞬間、跳ぶ。奴の障壁はまだ復活していない。

「後は」
「まかせて」

 俺の言葉をすぐ後方にいたフェイトが引き継ぐ。
 モントリヒトに反応する間も与えず、金の閃きが二度、三度と瞬く。切り裂かれる装甲。
 その装甲をアルフが掴み、力ずくで引き剥がしにかかる。
 俺とアルフを捉えようと触手が伸ばされるが、それらのことごとくをクロノとなのはが撃ち抜き、ユーノが拘束し、俺は逃げ回る。

「こんっのぉぉぉぉぉっ!」

 ついにアルフが装甲を引き剥がし、内部のプレシアが露出する。

「母さんッ!」

 すかさずフェイトがプレシアを拘束しているコードやらなにやらを切断し、解放されたプレシアをアルフが抱き抱えて脱出する。
 モントリヒトは宝玉のチャージをしつつ、受けたダメージの再生を行っている。あれだけフェイトが切りつけたにも関わらず、堪えた様子がないのには辟易するが、プレシアを取り戻した以上、遠慮する必要はない。
 モントリヒトがチャージを完了する前に、なのはの元へ跳ぶ。

「仕上げは任せた」
「うん!」

 フローターフィールドの上に乗った俺はなのはの影に隠れ、ユーノをなのはの肩へ。
こちらに攻撃するチャンスを与えまいとモントリヒトの全方位射撃が飛んでくる。触手のおまけつきだ。

「防御は僕がッ!」
「で、魔力供給は俺、と。残弾気にせず、全力全開でぶちかましてやれっ!」
「了解!高町なのは、おっきいのいきます!」

 ユーノが防御を担当し、俺はなのはの肩へ手を置き、魔力を供給。なのはがレイジングハートを構えて、魔力のチャージを始める。

『Starlight Breaker』

 なのはが選択したのは一撃必殺最大最強の収束砲撃魔法。レイジングハートの先端に光球が発生し、周囲の魔力が光となって収束していく。
 プレシアを奪還されたせいか、今までよりも砲撃の激しさが増している。だが、ユーノの強固なシールドはそれらの全てを受け止め、光球は更に輝きを増していく。
 数秒に渡って降り注いだモントリヒトの攻撃が止まる。だが、まだだ。なのはのチャージは完了しているが、今はまだ撃てない。

「サンダァァァスマッシャァァァァァ!」
「ブレイズキャノン!」

 モントリヒトに牙を剥くのは、フェイトとクロノが同時に撃ちだした金と蒼の奔流。
 確実にモントリヒトの障壁を貫き、ダメージを与える威力を持つ砲撃は、モントリヒトの張った板状のシールドに吸い込まれていく。魔力反射シールド。
 無制限に反射できるということはないだろうが、スターライトブレイカーが反射されないという保証はない。二人の砲撃は確実にスターライトブレイカーを当てる為の布石。あのシールドが出現した時点でなのははレイジングハートを振り上げている。光球はなのはの制御限界を超えるのではないかというほど大きくなり、スパークを発している。

「全力全開!スタァァァライトッ!ブレイカァァァァァァァッ!!」

 ――――桜色の閃光が濁流のごとく迸った。







「あいっかわらずふざけた威力だなー」

 なのはが砲撃した場所を見下ろす。そこにはでっかいクレーターが穿たれている。中心にはモントリヒトの残骸。うん、見事に粉々だ。恐ろしい。これが後々さらにパワーアップしていくのだから恐ろしい。仮にも友達になりたいって子にコレを撃ち込めるんだから恐ろしい。
 いつかの出来事を思い出して体がガクガク震えるのも致し方なし。

「あはは。でも、プレシアさんが無事で良かったよ」

 なのはの視線の先にはアリシアのカプセルと、そのすぐ傍でフェイト達がプレシアを介抱していた。ユーノが確認したところ、衰弱はしてるがなんとか生きているようだった。
 そんな状態でアリシアのカプセルに張った結界を維持し続けたプレシアの執念には、本当に驚かされる。

「まー、今度こそ一件落着ってことで」
「うん、私ももうヘトヘトー」

 流石のなのはも疲れたのか、俺のフローターフィールドの上にへなへなと座り込む。
 今日一日中ずっと戦いっぱなしだったからなぁ。

「いや……安心するのはまだ早いかもしれない」
「は?」

 不吉なことを言い出したクロノは難しい顔で、モントリヒトの残骸を睨みつけていた。

「まだアースラとの連絡が取れない。奴が張った結界がまだ維持されてるんだ」
「おいおい……」
「それってまさか……」

 俺たちの嬉しくない予感を裏付けるように、モントリヒトの残骸が動き出した。
 うそぉ…………。
 呆然と俺たちが呆けてる中、残骸から目玉が浮かび上がり、光が輪郭を形成していく。

「ねぇ、なんかさっきと形違うような……?」
「第二形態ですね、わかります」

 なのはの呟きに、引き攣った顔で返す俺だった。こんなお約束は嬉しく無さ過ぎる。







■PREVIEW NEXT EPISODE■

真の力を顕したモントリヒトに追い詰められていく勇斗達。
絶体絶命のピンチに陥ったそのとき、勇斗の拳は真っ赤に燃えて勝利を掴めと轟き叫ぶ。

勇斗『俺のこの手が真っ赤に燃える』



[9464] 第十六話 『俺のこの手が真っ赤に燃える』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:39


 RPGでもシューティングでもなんでもいいが、大抵のゲームにはボスというものが存在する。長い苦難の果てに、ついに辿り着いた最後のボス。いわゆるラスボスという奴だ。そいつを討ち果たしたとき、ゲームのエンディングを見るまでも無く、ある種の感動と達成感に包まれる、なんてことは多くのプレイヤーが経験したことがあるだろう。
 だが、倒したはずのラスボスが立ち上がり、更なる力と異形へと変化した姿で再び立ち塞がったとしたら?
 初戦を苦戦することも無く、物足りないとさえ感じていたプレイヤーは、それでこそ倒し甲斐があると、意気揚々と挑むのか?それとも、初戦から全ての力を注ぎ込み、HPもMPももう残ってねーよ!なんだよ、第二形態って!聞いてねーよ!こっちにはもう余力なんざ残ってねーよ!ふざけんな!、と絶望と共に挑むのか?
 少なくとも今の俺の気分は限りなく後者だった。


 眼下のモントリヒトは既に新たな姿となって悠然と佇んでいた。
 でっかい球体から、今度はどんな複雑かつ異形に変化するのかと思いきや、意外にもモントリヒトが形成したのは人と同じ形だった。ただし、その身長は3メートル前後はありそうだし、その肌……装甲?は例によって銀色に鈍く輝いている。おまけに両肩には、それぞれ赤と蒼の宝玉を埋め込まれたシールドのようなものまで付いていた。そしてその頭部には鼻や口がなく、モントリヒトの本体と思われる巨大な目玉が一つあるだけ。ファンタジーやゲームに良く出てくる一つ目巨人、サイクロプスの類がメタル化した感じだ。棍棒などの武器は持っておらず、徒手空拳だが、とっても強くて硬そうである。

「やっぱり、さっきより強くなってる……のかな?」

 隣のなのはがレイジングハートを構えながら呟く。たしかに触手とビームを撒き散らす球体と、金属の一つ目巨人。外見だけでどちらが強いのかを判別するのは難しいところだ。

「プレシアを取られたから弱体化、だと嬉しいかなぁ。18号吐き出したセルみたいに」
「相手は長い間、魔導師の魔力を蓄積してきた化け物だ。そんな安易な希望は抱かないほうがいいよ」
「だよ……なぁっ!?」

 クロノの言葉に同意しようとした言葉が、驚愕に変わる。眼前には10メートル以上の距離を一瞬にして跳躍し、拳を振り抜こうとするモントリヒト。

『Protection』
「このっ!」

 レイジングハートとユーノが同時にバリアを発動する。

「うそっ!?」

 だが、その二つのバリアはモントリヒトの拳が衝突すると何の抵抗も無く消失した。どころか、足場にしていたフローターフィールドさえ唐突に消え去る。
 それに驚く間も声を出す暇も無い。ほとんど反射的に右手でなのはを突き飛ばし、左腕を掲げる。

「がっ!?」

 腕のガードもくそもない。モントリヒトの拳はガードごと俺の体を打ち据え、その衝撃に肺の空気が一気に押し出される。足場も無く、宙に浮いたままの状態の俺は踏みとどまるどころか何の抵抗も無く吹き飛ばされた。
 次の衝撃は背中。壁にでもぶつかったのか。誰かが俺の名前を呼んだ気がするが、こっちは飛びそうな意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。呼吸できているのかさえわからない。ぼやけた視界に桜色の閃光が迸る。だが、それはモントリヒトにヒットする前に消失した。バリアやシールドに遮られた、という感じではない。
 ユーノとレイジングハートのバリアが何の抵抗も無く破られ、なのはの砲撃をもかき消す。脳裏に浮んだのは魔力結合をキャンセルするフィールド。

「離れろっ、なのはぁっ!」

 壁にめり込んだまま、力の限り叫んだつもりだったが、体に受けたダメージのせいか声量が思いのほか小さい。だが、それでもなのはには伝わったようで、モントリヒトが迫るより早く後退する。
 モントリヒトは無理になのはを追おうとはせず、くるりと俺のほうへ向き直る。くっ、第二形態でも俺を優先するのは相変わらずかよっ!モントリヒトに蒼と金の光が撃ち込まれるが、やはりなのはの砲撃と同じようにモントリヒトに当たる前にかき消される。

「くっ、そおっ!」

 胸と背中に走る痛みを無視して、足を振り上げ、足裏で壁を蹴って無理やり壁から抜け出す。浮遊感。動きが制限される空中にいるのはまずい。
 フローターフィールドを形成し、右腕を叩き込む。反動で床へと無理やり勢いをつけることで間一髪、五指を広げた迫るモントリヒトから逃れることに成功する。
 着地の衝撃で足が痺れそうになるが、これも無視してモントリヒトへと視線を向けると、またしても手を広げたまま落下してくる巨人の姿。

「やば……っ!」

 すぐにその場を跳ぼうとして足に力をいれるが、思うように力が入らずよろけてしまう。捕まる――そう思った瞬間、考えるより早く腕を振りぬく。
 床を叩いた反動でほんの少しだけ、自分のいる位置をずらせた。数センチ先で巨人の指が床へと叩きつけられる。
 ――完全に殺る気だ、こいつ。
 少なくとも、俺が致命傷を負わない程度のダメージを与えることに躊躇はないようだ。
 顔を上げれば、腕を振り下ろした体勢で無防備なモントリヒトの頭。
 思い切り大地を蹴る。左腕が痺れて動かない。右手に魔力を集中。撃ち抜け。

「おおおおぉっ!!」

 渾身の力を込めて、モントリヒトの顎へ振り上げた拳を叩きつける。拳はそのまま綺麗に振り抜かれ、巨人はその上体を大きく仰け反らせる。

「ざまぁ……っ」

 おまけとばかりにモントリヒトの胸を蹴り付けて、大きく距離を取る。

「スティンガースナイプッ!」

 俺が離れると同時にクロノの声が聞こえた。蒼い鞭の向かう先はモントリヒト――ではなく壁。魔力の鞭が壁を突き崩し、崩落を起こさせる。モントリヒトは崩れ落ちた岩の中へと飲み込まれていく。
 流石、クロノ。理解が早い上に、対処も的確だ。

「ゆーとくんっ、平気っ!?」

 すかさずなのは達全員が俺の元へと飛んでくる。

「なんとか……」

 背中と左腕の痛みをやせ我慢しながら頷く。単純な打撃だったせいか、思いのほかダメージは少ない。とはいえ、バリアジャケット無しなら確実に行動不能になっていた。リニスとデバイスに心底感謝せざるをえない。

「今のうちに作戦会議、かな」
「え?」
「これで終われば苦労はないよ。あれはただの時間稼ぎに過ぎない」
「そ、そっか」

 クロノの言うとおりだ。ラスボスがあの程度で終わるはずがない。無駄に頑丈そうだし。

「あれ、アルフは?」

 ふと周りを見渡して気付いた。アルフの姿が何処にも無い。

「アルフには母さんとアリシアのことをお願いしたの」
「あー……」

 確かにプレシアを放っておいて、またあいつに取り込まれたらさっきまでの苦労が水の泡だ。アリシアとて、相手がAMF持ちならプレシアのシールドも意味は無い。既にその命はないとしても、これからの戦いに巻き込まれたら一溜まりもないだろう。そうなった場合、なのは辺りが気を取られて物凄いピンチに落ちかねない。俺とて幼女のグロは御免こうむりたいとこだ。

「グッジョブ。ナイス判断だ」
「うん。でも問題は……」
「あいつをどうするか、だな。こっちの魔法がかき消されたのって……」
『Seached jummer fild』(ジャマーフィールドを検知しました)

 予想通りとはいえ、バルディッシュの言葉にげんなりせざるを得ない。いやいや、ここでAMFとか難易度高すぎるだろ。

「ジャマー……フィールド?」
「アンチマギリングフィールド。効果範囲内の魔力結合・魔法を無効にするAAAランクの防御魔法だよ」
「……えっと、つまり?」

 まだ必要最低限の知識しかないなのはが、クロノの言葉を理解できず首を傾げる。アースラに初めて行った時も思ったけど、何気に国語能力は年齢相応なんだよな、こいつ。

「フィールド内だと攻撃魔法はもちろん、飛行魔法なんかもキャンセルされちゃうんだ」
「えぇっ!?そ、それってどうすればいいのっ!?」

 クロノとユーノの説明で、状況を理解したなのははあたふたと慌て始める。まぁ、この時期ならその反応だよね。
 魔法を使い始めて一ヶ月も経ってないなのはにAMFの対処法なんてあるはずもない。
 つまり相手にAMFがある限り、今のなのはは完全に戦力外だ。あの強敵相手にそれは非常に勘弁して欲しいのだが。

「幸い、あいつのAMFは強力だが、範囲はそんなに広くない。近づかれたらとにかく距離を取るんだ。いいね」
「う、うん。わかった」

 魔法の使えないなのはなんて、本当にただの小学三年生の女の子でしかない。あいつの拳なんて喰らったら一発で終わりだ。
 そういう意味ではさっきのは本当に危なかった。狙いが俺で良かった……というべきか。ん?

「俺の強化は影響なかった気がするんだけど?」

 今頃になって気付いたが、俺の身体強化はAMFの効果を受けていない。そうでなければいくらバリアジャケットがあったとはいえ、意識を保っていたとは思えない。さっき、あいつを殴ったときも強化が無効にされてたらあの高さまで跳ぶことすらできなかったはずだ。

「当然だ。君のそれは魔力結合もしてないし、魔法ですらない。ただ魔力を圧縮・収束しているだけだ。AMFの効果を受ける要素がない」
「おぉ」

 そんな副次効果があるとは初めて知った。これはちょっと嬉しい誤算である。

「あ、じゃあっ、私もゆーとくんと同じことをやれば!」
「やめとけ。おまえ運動能力ゼロじゃん」
「どのみち、あれじゃあ大したダメージも与えられないよ」
「あうぅ……」

 俺とユーノ、ダブルの突っ込みにしょんぼりするなのは。実際、俺が殴った時も罅一つ入っていない。なのはが同じ事をしても役には立つまい。俺もだけど。

「で、クロノとフェイトはAMF対策あるん?」
「あぁ。かなり強力なAMFだが、手はある」
「私も。リニスに対処方法は一通り教わってるから」
「流石。二人とも頼りになる」

 予想通りとはいえ、ここまで断言してくれるのはなかなか心強い。

「僕とフェイトで仕掛ける。なのはとユーノは距離を取って勇斗の護衛を頼む」
「わかった」
「うん、まかせて!」
「了解」

 俺一人だけ護衛対象ですか、そうですか。色々反論したい思いはあるが、相手の能力が全て解っていない以上、獲物の俺が突っ込むのは愚策でしかない。ここは大人しく従うしかないか。
 フェレットがなのはの肩から俺の肩へと移ると同時に、瓦礫から手を伸ばすようにしてモントリヒトがその姿を現す。
 あれだけの岩が直撃しても、ダメージらしきものを負っているようには見受けられない。やれやれ――っだ!?

「とおっ!?」

 猛然とした勢いでモントリヒトが走り出し、俺は手を引っ張られ、空中へと舞い上がる。右手一本で空に吊り上げられるのは、結構おっかない。
 内心びびりつつも、目に入った光景に思わず声を張り上げる。

「もっと速くっ!高くっ!あいつが跳んで来るっ!」
「わかってるっ!」

 俺が言うまでも無くなのははグンと飛翔するスピードを上げる。モントリヒトは既に足を曲げて、跳躍の体勢に入っている。さっきのことを鑑みれば、この程度の距離なら一瞬で詰められてしまう。
 モントリヒトがまさに跳躍しようとした瞬間――――

「サンダァァァァァッ!レイジ――――――ッ!」

 無数の雷が閃いた。
 いくらAMFが魔法を打ち消すといっても、魔法によって発生した雷や炎、物理的な攻撃には何の影響も及ぼさない。ましてや相手は金属。雷撃は弱点とも言えるはずだ。
だが、雷が巨人へと到達する直前、紫色の壁に弾かれる。寸暇を置かず、クロノのブレイズキャノンが撃ち放たれるが、紫の壁が消失すると同時にモントリヒトの眼前で蒼光が消失してしまう。
 AMFだけでなくそれ以外の防御もバッチリですか、そうですか。卑怯くせぇ。
 モントリヒトの巨大な瞳はフェイト達の攻撃など、まるで意に介さず俺だけに視線を固定している。高校生くらいの美少女ならともかく、こんな化け物に好かれても何も嬉しくない。
 巨体が跳ぶ――――その背に銀の羽根を生やして。
 速い。グングンと距離が詰まってくる。このままでは追いつかれるのも時間の問題か。そうなるとなのははモロにAMFの効果範囲に囚われることになる。

「なのは!手ぇ放せっ!早くっ!」
「ダメッ!絶対放さないもんっ!」

 こちらを振り向くことなく叫び、ぎゅっとその小さな手に力を込めてくる。

「アホかっ!このままじゃ、お前まで巻き込まれるだろがっ!俺なら大丈夫だから手を離せっ!」
「ヤダッ!ゆーとくんを見捨てるようなことなんて絶対にしないもんっ!レイジングハートッ!」
『Devine shooter』

 大きく孤を描くように飛翔しながら、なのはの周囲に4つの光球が生じる。

「シュートッ!」

 4つの光球が一直線に追いすがるモントリヒトに向かうが、それらは当然のごとくAMFによって消失し、足止めにすらならない。
 俺達とモントリヒトの間にクロノとフェイトが割り込み、攻撃をしかけるが、モントリヒトのAMFと防御魔法による二重の防御の前にはあまり効果がない。
 くっ、こっちが一方的に引っ張られている体勢では無理に腕を振り解くことも出来やしない。こんなときに頑固さを発動させるなよ!

「ユーノッ!」
「うんっ!」

 俺の肩からユーノが飛ぶ。空中に留まったユーノはバインドで周囲の岩を絡めとリ、それをバリケードの如く展開する。
が、それすらも銀の巨人の足を止めるに至らない。既に得た加速とその巨体はそれ自体が巨大な弾丸、いや砲弾のようなものだ。おまけに障壁でさらに硬度を増している。
銀の砲弾は苦も無く岩のバリケードを粉砕し、こちらに手を伸ばす。
 それから逃れようと軌道を変えるなのはだが、速度はともかく小回りが効いていない。あの巨体でなのはより小回りが効いて、スピードも速いとか反則にも程がある!だが、モントリヒトの反則具合は俺の想像の上を行っていた。
 肘の部分から腕が切り離され、更なる速度で飛んでくる。――俗に言うロケットパンチだ。

「うそぉ―――っ!?」
「反則にも程があるだろ―――――ッ!?」

 なのはと俺の悲鳴が重なる。飛翔する腕が本体とは別の軌道を描いて飛翔し、回り込むようにしてこちらの行く手を塞ぐ。すぐ後方には本体。まさに絶対絶命。

「このぉっ!!」
 
 金と蒼の閃光がそれぞれ腕とモントリヒト本体へと撃ち放たれる。行く手を塞いだ腕はAMFも防御魔法も発動できないのか、雷撃をモロに受け、弾き飛ばされる。

「やたっ!」

 その光景に思わず歓声を上げる俺だが、それは俺達を遮る影が生じたことで、すぐにぬか喜びだったことを思い知る。

「!?」

 なのはの足元で発生した桜色の羽根――フライヤーフィンが消失した。それはモントリヒトのAMF範囲内に囚われたことを意味する。
顔を上げた俺が見たのは眼前に振り下ろされる巨大な手。巨人の腕は二本。フェイトに弾き飛ばされたのとは別の、もう一本の腕。

「くっそぉっ!!」

 俺に出来たのは、ようやく痺れの取れた左腕を振り上げ、右腕を無理やり引き下げることだけだった。




 バカでかいハンマーを思い切り叩きつけられたような衝撃。上も下もわからないまま引き飛ばされる中、ただひたすらになのはの小さな体を抱きかかえる様に引き込む。
視界どころか意識を留めることすら危うい中、ただただなのはの体を抱きしめる。どれほどの時間そうしていたのか。一瞬、もしくは数秒か。
 その終わりを告げたのは柔らかな感触だった。

「しっかりしてっ!」

 全身を苛む痛みの中、呼びかけられる声に応じようとなんとか意識を覚醒させる。

「フェイ……ト、か?」

 ぼやける視界の中、心配そうにこちらを覗き込むフェイトの顔が映る。

「じっとしてて。頭から出血してる」

 出血?マジか。反射的に手を頭に当てる。ぬちゃり。

「うわ」

 手の平にぬめりとした嫌な感覚。手の平が見事にべっとりと鮮血に染まっていた。
 かすり傷程度ならともかく、ここまでの出血量には慣れていないので、軽い眩暈を覚える。
 ちっ。しっかりしろ。このぐらいかすり傷の範疇だ。頭を軽く振って、状況の把握に努める。
 今の俺はなのはを抱きかかえたまま、魔法陣の上にいた。この魔力光の色はフェイトのか。どうやら吹き飛ばされた俺はフェイトのフローターフィールドに救われたらしい。でなれば完全に床に叩きつけられ、もっと酷いダメージを受けていたところだ。
 上を見上げればクロノが一人でモントリヒトを足止めしていた。AMFの間合いを見切っているのか、付かず離れずといった距離を保ち、的確に攻撃を浴びせている。もっともまともに攻撃が通っているようにも見えないが。

「なのはっ!勇斗っ!大丈夫ッ!?」
「あぁ、なんとか平……気?」

 こちらに飛んでくるユーノにそう返したとき、なのはを抱えている手にヌラリとした感触を覚える。そういえば、さっきからなのはは一言も喋っていない。

「なのは?」

 慌てて抱きかかえていた手を緩めて、顔を覗き込む――次の瞬間、頭の中が真っ白になった。
 なのはの目は閉ざされたまま。それはまだいい。だが、その額から流れ出る赤いものはなんだ?
 いや、頭ではわかっている。わかってはいるのだが、理性がそれを理解するのを拒むように思考を停止させていた。
 なんで?何故こうなった?俺のせい……なのか?俺がここに来て、あいつを引っ張り出したからなのはがこんな目にあったのか?
 手にかかる重みはあまりに小さくて軽い。自分より遥かに年下の小さな女の子。たとえ俺自身より力があったとしても、そんなのは何の関係も無い。
その女の子がこうして自分のせいで傷ついた。俺の軽はずみな行動のせいで。俺の。俺のせいで。

「なのは、しっかりして!」

 思考のループに陥りかけた所をユーノの叫び声で現実に引き戻される。
 ――そうだ。今は呆けている場合じゃない。反省も後悔もそんなものは全てが終わってからいくらでもできる。
 今、俺がやるべきことは――

「……ユーノ。なのはを頼む」

 そっと、胸に抱いたなのはをユーノへと引き渡す。回復魔法も怪我への対処知識もない俺がなのはに対してできることはない。

「うん、勇斗は……っ」

 なのはを抱えたユーノが俺の顔を見て、言葉を詰まらせる。多分、今の俺の顔には何の感情も浮かんでいない。
 自分でも驚くほど頭の中が冴え渡っていく。怒りと哀しみ。それらの感情が収束していく。ただ、一つのことを成す為に。その思考を研ぎ済ませていく。

「あいつは潰す……絶対に」
「あっ、待って!」

 フェイトの声を置き去りして駆け出す。この場に留まっていれば、またなのはが巻き込まれる。
 上を見れば、クロノが弾き飛ばされ、一直線にこちらに向かってくるモントリヒトの巨体。
 そうだ。来い。お前を呼び出したのが俺なら、俺の手で決着を着けてやる。

「バカッ!逃げろっ!」

 足を止めた俺にクロノが叫ぶ。その声を無視して、モントリヒトにのみ意識を集中する。奴の動き、その一つ一つに対応すべく、全身に魔力を漲らせていく。
 モントリヒトが降下しながら拳を振り上げる。それが振り下ろされると同時に跳ぶ。大地に叩きつけられた腕へと飛び乗り、その腕を駆け上がっていく。

「おおおおおっ!……らぁっ!」

 力の限り、握り締めた拳を、目玉のある頭部へ横殴りに叩きつける。モントリヒトの巨体がぐらりと揺らぐ。
 まだだ。まだ、全然足りない。着地と同時に右足を突き出し、横っ面に叩き込む。
 クロノは言った。俺の魔力は俺のテンション、つまり気持ちによって出力が左右されると。ならば、俺の気持ちが昂ぶれば昂ぶるほど、その強さは増していくはず。
 もっとだ。もっと、もっと。もっと、熱く……!強く……!

「右に跳んでっ!」

 フェイトの声にすぐさま左足で跳ぶ。さっきまで俺がいた位置に、蚊でも叩き潰すかのようにモントリヒトの右手が叩きつけられる。

「サンダァァァ!スマッシャァァァァッ!」
「ふっ」

 モントリヒトの正面から撃ち込まれる雷撃。俺は着地すると同時に地を蹴り、モントリヒトの背後から拳を叩きつける。
 雷撃と拳を遮るは紫の障壁。障壁から発せられる反発力で、体ごと拳が吹き飛ばされる。

「……っ、まだまだぁっ!」

 床に体を叩きつけられながらも、転がりながら体を起こす。
 まだだ。これしきで倒れてなどいられない。もっと、もっと熱くなれ。もっと強く、強く……!そして奴を倒す手段を考えろ。どんな手を使ってでも倒す手段を見つけ出せ。
 モントリヒトの体が旋回。風を切りながらその腕が猛烈な勢いで振り回される。

「くっ」

 地面にこれでもかというくらい体を擦り付ける勢いで伏せて、その腕をやり過ごす。風圧だけで体が飛ばされそうになるのを、しっかりと両手で床を掴むことで防ぐ。

「このおぉぉっ!」

 上空から降下してきたクロノが、勢いそのままにデバイスを振りぬく。どごん、という打撃音と共にモントリヒトの巨体が数メートル吹き飛ばされる。
 執務官すげー、と思いつつも、体を起こして突撃する。

「奴のシールドの宝玉を狙え!あれがAMFとシールドの発生装置だ!」

 その言葉を実証するかのようにクロノの魔力弾が撃ち込まれる。当然のようにそれに対してAMFが発動し、魔力弾はかき消されたが、確かに奴の蒼い宝玉が光を発しているのを見た。
 それを確認した俺とフェイトが左右から挟み込むように移動し、同時に突撃する。
 伸ばされた手に躊躇することなく、疾走する速度を上げる。身を捩ってかわそうとするが、指が左肩を掠めた。その衝撃で体を一回転させながらも足は止めない。焼けるような鈍い痛みが左肩を襲う。無視。腕に飛び乗る。
 目指すは先ほど光った蒼い宝玉と対を成す赤き宝玉。

「撃ち抜ぶっ!?」

 拳を振りあげた瞬間、目の前に迫る紫の壁。その先に透けて見える赤い宝玉が光を放っていた。紫の壁に体ごと衝突し、弾き飛ばされる。
 虚空を見上げながら、今日だけで何度目になるかわからない、体が宙に浮く感覚。不意に胴に腕が回されて、引っ張られる。

「君は退いてろ……と言っても聞かない、か」

 俺を肩に抱えたまま飛ぶクロノが、人の目を見て小さくため息をつく。
 
「ってか、人を荷物のように担ぐのやめれ。この体勢は頭に血が上るだろうが」
「奴への攻撃は僕とフェイトでやる。君は囮として回避に専念するんだ。いいね」
「……了解」

 さらりと文句を受け流されつつも、クロノの指示に頷く。
 くどいようだが、俺の攻撃ではダメージを与えられない。それは今までの攻撃が証明している。例え、一回や二回、同じ箇所を攻撃したところでダメージを与えることはできない。だが、奴が俺を捕まえようとする瞬間だけは紫の障壁は解除されるし、俺に注意が向けられる分、クロノ達への攻撃も頻度が減る。必然的にクロノたちが攻撃するチャンスは増えるし、体勢を崩すくらいなら俺にだってできる。やれることがひとつでもあるならいくらでも動いてやる。

「くれぐれもへまをするな」
「そっちこそなぁっ!」

 俺の声を合図に空中に放り出される。俺は体をひねりつつ、空中でフローターフィールドを展開、それを足場にして再度跳躍し、こちらに向かっていたモントリヒトの背後に回りこむ。
 地面を滑りながら着地しつつ、次の動作へ出るために力を溜める。右か左か、上か正面か。次にモントリヒトが起こす動きに対応するために意識を尖らしていく。
 ここから先は一つのミスも許されない。奴の一挙手一投足に意識を集中し、突き崩す。
 巨人は俺が後ろに回ったことで足を止め、左足を軸として振り向こうとする。

「そこおっ!」

 背後にフィールド展開。後ろに滑る勢いをも利用して体ごとフィールドの中へと突っ込む。プロレスのリングロープと同じ要領だ。
 反動を利用して飛び出した俺は地面すれすれを飛び、足先を突き出す。
 突き出された足先は狙い通り、巨人の軸足へと突き刺さり、その巨体を横転させる。だが、巨人はそれでも俺を捕らえるべく手を伸ばしてくる。起き上がったばかりの俺は逃げられない。

「ぐうっ……!」

 振り下ろされた手を両手で受け止める。あまりの重量に支える両腕が悲鳴を上げ、足元が陥没する。このまま握り潰されるか、押し潰されるか。
 大ピンチにも程があるが、同時に今がチャンスでもある。このタイミングならば障壁は形成されまい。もちろん、この隙を逃す二人ではない。

『Blaze Canon』
「アークッ!セイバァァァッ!」

 蒼の奔流と金の刃が蒼い宝玉目掛けて飛ぶ。そしてAMFの影響下にありながらも二つの光が宝玉へと激突し、巨体が吹き飛び、俺も解放される。

「……ちっ」

 モントリヒトから距離を取りながら、その姿を確認した俺は思わず舌打ちする。
 二人の攻撃は確かに宝玉へと直撃した。だが、AMFの効果で威力を減じたのか、宝玉を破壊するには至っていない。二人が与えたダメージは小さな皹に留まっていた。

『予想より防御が硬い……』
「だけど効いてる。あいつを潰すまで何度でも繰り返すまでだ……!」

 フェイトの念話に拳を握り直しながら答える。硬さの代償か、球体時の出鱈目な再生能力は消失しているようだ。あの防御力で再生能力そのままだったら、確実に詰む。

『どのみちあいつを倒さなきゃ脱出もできないんだ。このまま行く!』
『うん!』
「おう!」


 この巨人との戦闘を始めて、どのくらいの時間が経ったのだろうか。宝玉に一撃を入れたせいか、奴の防御に隙がなくなった。
 俺を捕らえることよりも、自らの防御に専念するように行動パターンが変化していった。おかげであれ以降、こちらはまともにダメージを与えることができず、時間と共に体力と魔力を消耗していくだけだった。魔力は俺が供給できるからいいものの、体力のほうはそうもいかない。
 実際、俺の体は何度も奴の攻撃を掠め、その度に吹き飛ばされている。バリアジャケットがなければとっくに戦線離脱しているところだ。
 確実に蓄積していく疲労の中、完全に防戦へと回っていた。奴を突き崩す一瞬のチャンスを待ちながら。

「ちいぃぃっ!」

 転げまわりながら連続して繰り出される巨人の足をかわす。

「手をっ!」

 フェイトの声に転げまわりながら天に向かって手を伸ばす。飛来するフェイトが俺の手を掴み、モントリヒトの射程距離から離脱する。

「後ろだっ!」

 距離を取って安堵するまもなくクロノの警告。飛翔するこちらの後を追うようにモントリヒトの腕が切り離され、文字通り飛んでくる。
 待ち望んでいたチャンスに自然と口の端が釣りあがる。

「そいつを待ってたっ!フェイトッ!」
「はいっ!」

 フェイトがぐるりと回転し、飛来する腕と向き合った瞬間に俺の手を離す。当然、俺はモントリヒトの腕に向かって飛ばされるが、この軌道ならばギリギリ腕の上を通り抜けられる。

「ここだぁっ!」

 腕とすれ違う瞬間、拳を思い切り眼下に叩きつける。上からのベクトルを受けた腕はそのまま進路を変更し、床を砕きながら停止する。すかさず、肘の部分にあるバーニアをフェイトが切り裂き、その機能を停止させる。装甲以外の箇所はそれほど硬くないようだ。
 俺は拳を振るった直後にフローターフィールドを形成し、反転。両手で抱えるようにしてその腕を持ち上げる。

「クロノ!奴の宝玉をこっちに向けてくれ!」

 ジャイアントスイングの要領で腕を振り回しながら叫ぶ。

『了解ッ!』

 俺の意図を察したクロノが、砲撃で奴の足場を崩す。バランスを崩し、膝をつくモントリヒトが肩のシールド――AMFを発生させる蒼い宝玉をこちらに晒す。

「ロケット!パァァァァァンチッ!!」

 そして腕を掴んでいた両手を離す。
 確かにモントリヒトの装甲は硬い。だけどこうして奴の装甲自身をぶち当ててやれば……!
 唸りを上げて飛ぶモントリヒトの腕。紫の障壁が発生するが、自らの身体は対象外なのか、宝玉に向かって突き進む腕は何事も無かったかのように障壁をすり抜け、シールドに直撃し、腕もろとも砕け散る。

「よっしゃあっ!」
「やった!」
「まだだ!一気に決めるよ!」

 歓声を上げる俺とフェイトを窘めるように声を上げたクロノがS2Uを高々と掲げ、クロノの前方に幾つもの環状魔法陣が浮かび上がる。

「バルディッシュ!」
『Thunder Smasher』

 バルディッシュを構えたフェイトも同じように砲撃の体勢に入る。そして放たれる二つの砲撃とそれを遮る紫の障壁。

「いけるか……?」

 AMFが消えた今なら奴の障壁も貫けるはず――。
 だが、そんな俺の思惑を裏切るかのように巨人が張った障壁は全く揺るぎを見せることなく、二つの砲撃を遮り続ける。

「くっ……硬い!」
「AMF無しでもこの硬さか……!」

 二人の声にも焦りが出ているが、続いて起きた現象が更なる衝撃を俺達にもたらす。
 砕かれたシールドと腕の破片の一つが浮かび上がり、本体へとくっついて光を放ち出す。

「まさか……再生しようとしているのかっ!?」
「くそっ!」

 クロノが驚愕に満ちた声を上げるのと同時に、俺は左手で床を叩いて跳躍する。
 再生のスピードは球体時とは比較にならないくらい遅い。再生中は動けないのか、障壁以外は何の動きも見せてはいないが、このままではまずい。同じ手が二度通用するとは限らない。AMFが復活してしまえば、こちらの勝ち目は限りなく少なくなってしまう。奴が完全に再生する前にあの障壁を破り、本体を破壊しなければならない。

「こ、のおぉぉぉっ!」

 フローターフィールドによる反動を利用して、二つの光を遮る障壁に魔力を集中した足先を繰り出す。
 ――通じない。逆に弾かれた。
 踏ん張りの効かない飛び蹴りでは駄目だ。瞬間的破壊力はともかく、負荷をかけ続けることが出来ない。
 今の自分に出来る一番効果的な方法は何か?思考を巡らせようとしたその時――――上空から桜色の閃光が溢れた。
 その光の発信源に目を向けたとき、安堵すると共に、自然と口元に笑みが浮かんでしまう。
 ――流石、主人公。最後の最後で美味しいところを全て持っていく。

「ごめん、皆!後はまかせて!」

 光の羽根を広げたレイジングハートを勇ましく掲げる白き魔導師。その眼前には星々の煌きが収束するように強大な光球が輝きを発していた。
 AMFを封じた今なら、なのはの火力も最大限に発揮することができる。

「スターライトォッ!」
「駄目だ!まだ撃つな!」

 クロノの叫びに暴発寸前の輝きに杖を振り下ろそうとしていたなのはの動きがピタリと止まる。

「今、撃っても本体を完全に破壊することはできない!僕達があの障壁を破るまで待つんだ!」

 確かにクロノが言うとおりだった。障壁とAMFが無くてもなお、あの装甲は驚異的な防御力を誇る。あれを完膚なきまでに一撃で破壊できるのは、なのはのスターライトブレイカーだけだろう。障壁越しのスターライトブレイカーでは、多分、本体を完全に破壊することは出来ない。
 そして今のなのはに二発目はない。ユーノの治療によって、動けるくらいには回復したみたいだが、この短時間で完全に回復しているはずが無い。よく見ればなのはの身体は小さく震え、息も切らしていた。魔力は俺が補充できても、体力が限界だろう。それはこの場にいる全員に言えることだ。なのは以外の全員で障壁を破り、スターライトブレイカーで決める。これが俺達の取り得る最良かつ最後の手段だ。

「で、でもっ!」
「僕達を信じて、なのはっ!」

 モントリヒトの障壁に緑色の鎖が絡みつき、負荷を増大させる。

「私達が必ず破るからっ!」

 金の奔流がその輝きを増す。
 あぁ、そうだ。そうだとも。こんな奴にこの面子が負けるはずもない。
 胸の奥から湧き上がる熱い衝動。もっと、もっとだ。もっと熱く、もっと激しく。もっと燃え上がれ。
 湧き上がる衝動のまま、右手を掲げる。俺の気持ちが昂ぶれば、魔力値は上がる。もっともっと昂ぶらせるには……!

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅっ!」

 掲げた右手に魔力を集中。濃紺の輝きが右手全体を包み込んでいく。

「勝利を掴めと!轟き叫ぶぅっ!」

 咆哮と共に、右手を包むこむ光がその輝きを増していく。もっとだ……もっともっと、燃え上がれ……!

「ぶわぁくねつっ!」

 拳を強く握り締め、地を蹴る。

「ゴォォォドッ!フィンガァァァァッ!!」

 五指を広げ、全魔力を集中した掌を障壁と叩きつける。掌に込められた魔力と障壁が干渉し、激しい光を放つ。

「ぐううぅぅっ!!」

 障壁から発する反発力に、足、腰、身体全体で抗い、障壁を破るべく腕を押し込んでいく。

「うおおおおぉぉっ!!」

 だが、雄たけびと共に押し込む腕は障壁を貫くことなく、その途中でピタリと止まってしまう。どれだけ力を込めようともそれ以上先へ進められない。フェイトたちに目を向ける余裕も無い。右手一本。いや、指先一本でいい……!頼む、貫いてくれぇ……っ!
 だが、どれだけ願っても、力を、想いを込めても、右手は一ミリたりともその先へ進むことは無い。腕の感触はあとほんの少しの力で障壁が破れることを伝えているのに……っ。あと少し……っ、ほんの少しなのに……っ!
 足掻く俺達をあざ笑うかのように、破壊されたモントリヒトの腕が修復されていく。
 ――もう駄目なのか?

「く……そぉぉぉぉっ!」

 口から迸る絶叫も空しく、諦めかけた――――その時、不思議なことが起こった。

「!?」

 俺の体を取り巻くようにオレンジ色の輝き、否、オレンジ色の環状魔法陣が浮かび上がる。
 ――これはなんだ?魔法?誰の?何の?この色はこの場にいる誰のものとも違う。何だ、何が起きている?
 突然の事態に困惑する俺の思いとは無関係に魔法陣は輝きを増し――粉々に砕け散った。
 一体、何が起きたのか?俺が疑問に思うよりも早く変化は訪れた。
 リンカーコアを通じて湧き上がる魔力量が、突然一気に増大したのだ。

「魔力が上がった……?」

 訳がわからない。自分の身に一体何が起きたのか?全く理解できない。理解できないが、この力ならば―――いける。

「う、おおおおおぉぉっ!!」

 力の限り叫びながら、増大した魔力を全て右手に注ぎ込む。指先がほんの少しずつだが、動き出す。一ミリ、二ミリ、三ミリ……っ!

「いっけえぇぇぇぇっ!!」

 そして遂に人差し指が障壁を貫く。その確かな手ごたえに口の端が釣りあがり、人差し指へ全ての魔力を集中させる。指先一つ。俺が制御できる量を超えて。

「ヒィィィトッ!エンドォッ!」

 魔法を発動させる。限界を超えて集められた魔力は暴発し、破壊のエネルギーへと変わっていく。荒れ狂う破壊の力はモントリヒトの強固な障壁へ皹を入れ、それが蜘蛛の巣状に広がっていく。
 例え、どんな強固な壁だろうと、小さな穴一つ空いてしまえば。川の流れを堰き止める堤防が小さな穴一つで決壊するように。皹が障壁全体に広がった時――――金と蒼の閃光が紫の壁を撃ち砕いた。
 障壁が破れ、その中で暴発していた魔力が俺の右腕を丸ごと飲み込みつつ、体をも吹き飛ばす。その衝撃と右腕が引き裂かれるような痛みに意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって意識を繋ぎ止める。まだ意識を失うわけにはいかない。モントリヒトの消滅を見届けるまでは……っ。

「スタァァァライトォッ!ブレイカァァァァァッ!!」

 瓦礫に叩きつけられ、朦朧とする視界の中で、まさに星を砕かんとする勢いで桜色の閃光が迸る。先ほどの撃ったものよりも更に太く、強い輝きを放つ光に飲み込まれる巨人の姿。
 眩い輝きの中で、その輪郭は揺らぎ、崩れ落ちていく。
 決まった。これ以上ないくらい完璧に。後は、最後の詰めを残すのみ。

「フルドライブ、いけるか?」

 桜色の奔流が迸る中、痛む体に鞭打って身を起こす。バリアジャケットが消し飛んだ右手は動かないどころか、まったく感覚がなかった。これはヤバイかな、と思いつつ、腰のデバイスへと声をかける。

『three second』
「十分だっ!」

 辛うじて動く左手をベルトの宝玉へとかざす。

『Blade Form』

 デバイスの無機質な声と共にベルトから光の柄が生じ、それをしっかりと握り締める。
 まだだ。まだ、早い。俺がフルドライブを扱えるのはわずか三秒。使い時を誤るわけにはいかない。
 スターライトブレイカーの光が勢いを弱め、やがて消え去っていく。そこに巨人の姿はない。巨大なクレーターの中心にあるのは巨人の成れの果て。
 だが、俺も、クロノも、フェイトも、ユーノも。誰一人として気を緩めるものはいない。当たり前だ。あの目玉はあの状態からあの姿で復活したのだから。奴の本体を消し去るまでこの戦いは終わらない。
 そして瓦礫の中から光が浮かび上がる。モントリヒトの核となる目玉が。

「今だ!」

 俺は握り締めた柄を引き抜き、蒼と緑の鎖が幾重にも目玉へ絡みつき、フェイトが飛ぶ。
 黒い金属質でできた柄と鍔先。柄と鋭く尖った鍔先の中央には紅い宝玉。そこから形成されるのは濃紺に輝く魔力の刃。ただし、その刃の長さは俺の身長をも超える。一言で言えばバルディッシュのザンバーフォームだ。本来なら通常の剣サイズまで刃を収束させたいところだが、俺の能力ではデバイスの力を借りてもこれが精一杯。おまけにこの形状を保っていられるのはほんの数秒。魔力刃の形成にリソースを割いているため、俺の身体能力も大きく下がるが、攻撃力だけは格段に上昇している。

「そこぉっ!」

 振り抜いた大剣を投擲。すぐさま床を蹴って疾走。光の刃が巨大な目玉を刺し貫く。

 ――残り二秒。

 フェイトが閃光の刃を振り下ろすのと同時に大剣の柄を握る。

 ――残り一秒。

「はあああぁぁっ!!」
「ずあああぁぁっ!!」

 金の刃が天から地へ一直線に奔り、濃紺の刃が真一文字に奔る。

 ――ゼロ。濃紺の魔力刃が霧散する。

 十文字に切り裂かれた目玉。古の遺産は音もなく爆発し――――消失した。


 ……終わった。今度こそ。モントリヒトの消滅を見届けたことで、緊張の糸がぷつんと切れた。

「もー、ダメ。限界」

 体力も気力も、限界を超えて使い果たした。カラン、と手からデバイスが零れ落ち、がっくりと膝を付く。
 重くなった目蓋に抗うこともなく、俺は意識を手放した。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

ジュエルシードを巡る事件はひとまずの決着を迎えることとなる。
力を使い果たし、傷付いた戦士達は一時の休息を過ごすのであった。

なのは『皆にいっぱい心配させた罰なの』



[9464] 第十七話 『皆にいっぱい心配させた罰なの』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:40
 次に俺が目を覚ましたとき、そこはアースラの医務室だった。時の庭園で俺が気を失ってから丸一日眠り続けていたらしい。
 俺の怪我は全治三週間。全身に擦過傷と打撲多数。特に酷いのが右腕。どうやら最後の自爆で骨折してたらしく、今はギプスで完全に固定されていた。頭には包帯が巻かれ、鏡で見た自分の姿は中々に痛々しい。ってか自分の自爆が一番ダメージでかいってどうなのよ。

「人の忠告を無視して無茶した君が一番悪い。自業自得だな。しばらくは動かずに安静にしているんだな」
「へいへい」

 クロノの有難いお言葉に肩を竦めて答える。自分だって頭に包帯巻いているくせに。
 まぁ、この有様では動こうという気も起きない。というか、筋肉痛で身体を動かすのも億劫だ。
 そんなことよりも、だ。俺の視線を察したのか、俺よりも先にクロノが口を開く。

「無傷、とはいかないが全員無事だ。プレシアも含めて、な。怪我も君以外は軽傷の範囲だ」
「なのはも?」
「あぁ。精密検査の結果も問題なし。傷跡も残らないし、後遺症の心配もないよ」
「……そっか」

 それを聞いてようやく安心することができた。最大の懸念が解消され、肩の荷が一つ下りたことになる。

「とはいえ、あれだけの激戦だったんだ。流石に疲れたらしく、検査を受けた後ぐっすり眠ってるよ」
「まぁ、丸半日戦いっぱなしだもんなぁ」

 消耗したのは魔力や体力だけではない。長時間の戦闘は気力といった精神的な消耗も大きかっただろう。海でのジュエルシード封印からゆっくり休む間もなかったのだ。俺よりは軽傷とはいえ、しばらくは目覚めないんじゃないだろうか。

「……そういやクロノはちゃんと休んだのか?」

 長時間の戦闘をこなしたのはクロノも同じだ。執務官が激務なのは承知の上だが、もしもあの一戦の後に休みなしで活動していたのなら、どんだけ化け物なんだ、と言いたくなるところだ。っていうか罰ゲーム?

「さすがにあの戦いの後に休み無しで動けるほど僕もタフじゃない。事後処理や武装隊員の治療後にしっかり睡眠は取らせて貰ったよ」
「だよねぇ」

 とはいえ、俺やなのはたちのように時間の許す限り休んだ、というわけではないだろう。この件の事後処理がたかだか数時間で終わるとも思えない。休息も必要最低限ってところなんだろうなぁ。社会人は大変だ。

「……そういやプレシアとフェイトの扱いは?」
「フェイトとアルフの二人は護送室だ。どんな理由があるにせよ、あの二人はこの事件の重要参考人だからね。しばらくは隔離することになる」
「そっか。で、プレシアは?」

 淡白な反応をする俺に、クロノは意外そうに眉を上げる。どんな事情があろうともあの二人が事件の実行犯なのは違いない。何事もなかったかのように俺たちと同じ扱いにできるはずがないのだ。こればっかりはどうしようもない。

「プレシア・テスタロッサはフェイト達とは別室で治療中だ。今回の件とは別に、元々病を患っていたようだ。現在では治る見込みのない、ね。多分、半年も持たないというのが医師の見解だ」

 そういえば、そんな話だった気もするな、と朧気な記憶を引っ張り出す。俺が知る知識との最大の違いがプレシアの生存。だが、それもたった半年足らずの延命に過ぎない。それがフェイトにとってプラスに働くのかどうか。なのはやクロノたちに余分な怪我と負担をかけさせただけの価値があるのか。それを考えるとどうにも暗鬱な気分になってくる。

「プレシアの意識は戻った?意識を失う前と何か変化は?」

 モントリヒトを破壊した影響が出たかどうかを確認する問い掛け。あの時、エイミィさんとの通信は途中で切れてしまったので、モントリヒトに対する情報は中途半端にしか得ていない。
 モントリヒトがプレシアの精神を狂わせていたとして、どこからどこまで影響を与えていたのか、モントリヒトを破壊することで、その精神は復調するのか?それとも狂った精神は元に戻らないのか。それらの意を込めた質問にクロノは複雑な表情を浮かべて言った。

「彼女の意識は戻ったよ。モントリヒトを破壊したことが功を奏したんだろう。次元震を起こそうとしていた彼女とは、まるで別人のように穏やかになって、こちらにも協力的だよ」

 ただし、と前置きをしてからクロノは静かにため息をつく。

「フェイトとの面会を頑なに拒絶している。道具と話すことは無い、とね。フェイトのほうはプレシアとの面会を望んでいるんだが……」

 その言葉に眉を顰める。はてさて、これはどう判断すればいいのだろう。管理局には好意的でフェイトだけ拒絶?それだけを聞くとあまり良い展開ではない。

「クロノとリンディさんの見解は?」
「……なんともいえない。性格が変わったことに関してはモントリヒトの影響下から脱したということで説明はつくが……フェイトの事に関しては、ね」
「モントリヒトの件を抜きにしても、本心からフェイトを憎んでいた……ってことか?」
「もしくは、本心を偽ってフェイトを自分から遠ざけようとしている可能性もある、というのが母さ……艦長の見解だ」
「……自分から遠ざける、ねぇ」

 クロノの話を聞きながら、ベッドに身を横たえる。
 確かにその線も考えられなくはない。狂気に走った親が、本来愛すべき子供を憎み、傷付け、疎んできた。それが正気に戻ったとき、親はどんな気持ちでいるのだろうか?例え、理由があったとしても何事もなかったかのように我が子に接することができるだろうか?否。まともな神経を持った人間ならできるはずがない……と思う。だからプレシアはフェイトを拒絶しているのだろうか。自分に時間がないことは彼女自身もわかっていたはずだ。フェイトを受け入れ、娘として扱ってもそう遠くないうちに別れは訪れる。一度は拒絶され、それでも心を通わせた肉親が逝ってしまえば、フェイトはより深い悲しみに包まれるだろう。だったら初めから受け入れず、自分から遠ざけることでやがて来る別れの悲しみを少なくしようとでも言うのか。

「正気に戻ったプレシアが、本心ではフェイトを自分の子供として認識し、愛していたとしたら、今はどういう気分なんだろうな」
「さて、な」

 クロノの疑問に対する答えを俺は持たない。実際にそんな経験をしていない俺達がその答えを持つはずがない。想像は出来ても、その当人の気持ちを理解することなどできるはずもないのだから。ましてや俺とクロノは親ですらない。どれだけ想像しようが、考えようが、プレシアの気持ちを理解することなどできはしない。今、俺が考えていることもただの推測だ。今のプレシアの本心など知りようが無い。

「――優しいから、壊れた、か」

 闇の書の中でアリシアが語った言葉。プレシアの願いはたった一人の娘と静かに幸せに暮らすことだけだったはずだ。どこにでもある、誰にでも手に入れられるはずの当たり前の小さな幸せ。
 そしてフェイトの願いは家族で幸せに暮らすこと。これまたどこにでもある、誰でも手に入れられるはずの当たり前な小さな幸せ。
 プレシアが正気に、元の優しい性格に戻れば全てが上手くいく。モントリヒトを倒したとき俺はそう思っていたし、フェイトはずっと前からそう信じて頑張ってきた。だけどその先に待っていたのはこれだ。
 プレシアはフェイトを遠ざけ、その余命も残り少ない。二人の願いは相反するものではないはずなのに。大それた願いではないはずなのに。それが叶うことはないのか。

「壊れやすい願いばっかだな、本当」

 こんなにも小さくささやかな願いですら、世界は叶えてくれやしない。
 呟く俺にクロノは黙したまま何も語らない。クロノ自身、俺と同じようなことを考えたことがあるのだろう。多分、俺よりも深く、何度も。一人の子供として、執務官として、人間として。世界は何時だってこんなはずじゃないことばっかり。プレシアに言い放った言葉は自分自身にも言い聞かせた言葉なんだろうな、と思いつつ、自分がするべきことを考える。

「ま、とにかくプレシアとフェイトを会わせないことには何も始まんねーか」
「それはそうなんだが……相変わらず軽いな、君は」

 軽い口調で言い放つ俺に、クロノが呆れたような表情を浮かべる。

「や、どーせ他人事だし」

 結局、どこまで行ってもこれはプレシア親子の問題でしかない。他人でしかない俺達があれこれ考えたことで、根本的な問題を解決することはできないだろうし。

「他人事に激昂して怒鳴り散らした人間が言っても説得力はないがな」
「……ぎゃふん」

 やめて、やめて。人の黒歴史を掘り返すのはやーめーてー。時の庭園突入時の俺を揶揄するクロノにぐぅの音も出ずに脱力する。

「あれは、まぁ……若気の至りという奴で」
「君はまだ9歳だろうに」
「こまけぇこたぁ気にすんな」

 俺が手を振って言うと、クロノは静かにため息をついた。

「で、この件についてはどうすんのさ」

 最終的には二人を面会させることになるだろうが、物事にはタイミングというものがある。事が事だけに遅すぎても早すぎても良い結果にはならないだろう。

「今日一日は様子見、だな。あまり長引かせてもフェイトが精神的に参ってしまうだろうし、明日にも二人を引き合わせてみようと思っている」

 僕と艦長が立ち会ってね、と付け足して言葉を切るクロノ。明日、か。

「それって俺らも立ち会える?」
「君らの立場はあくまで協力者だ。外部の人間を立ち会わせるわけにはいかないよ」

 と、首を振るクロノ。

「まぁ、そうだよねぇ」

 他人事と言い張ったものの、気にならないと言えば嘘になる。今回の件に関しては少なからず俺にも原因、いや責任か?少なくとも最終的には原作と同じ程度にはフェイトが笑える結末にしなければならないと思う。まぁ、何をどうすればいいのかはさっぱり思い浮かばないのだが。たかだか9歳の子供が説教したってプレシアに通じるはずもない。っていうかその場に立ち会えなければ何も出来ないのだけども。

「ただし」
「ん?」
「なんだかんだで君達はテスタロッサ親子と関わりを持っている。二人を引き合わせる前に短時間ならフェイトとプレシア、両方との面会は許可できる」
「ひゅう」

 おぉ。クロノの粋な計らいに思わず口笛を吹いてしまう。

「さすが、話がわかる」
「理由や経緯はどうあれ、テスタロッサ親子が一番反応を見せたのは君達だからね。……事が上手く運ぶならそれに越したことはないさ」
「……ま、そうだよな」

 後半、幾分柔らかな口調になったクロノに同意の意を込めて頷く。
 起こしていた体を横たえ、小さく息をつきながら目を閉じる。最良の結果は無理でも、少しでもより良い結果に終わることを誰しもが望んでいるのだから。

「勇斗」
「あん?」

 クロノの声色が不意に変わった。それにつられて、身体を起こしながらクロノを見ると、声色同様、やけに真剣な顔をしていた。
 何さ?

「モントリヒトの障壁を破ったとき、君の周りに魔法陣が浮かんだのを覚えているな?」
「……あぁ」

 そういえばそんなこともあった。というか色々気にかけることが多すぎて、すっかり忘れていた。あの後、いきなり魔力が上がったおかげであの障壁を突破できたんだよなぁ。

「あれは魔力を抑制する出力リミッター解除の術式だ。君に何か心当たりはあるか?」
「は?」

 今、なんとクロノはなんと言った?魔力の出力リミッター?俺に?

「……その様子だと何もなさそうだな」

 あるはずがない。少なくともユーノが現れるまで魔法なんかと無縁の生活を送ってきたのだ。それからわずか一ヶ月足らず。魔力リミッターをかけられることなどなかったし、かけられる理由すら見当たらない。そもそも誰が何のためにそんなことをする必要があるというのだ。
 クロノやリンディさんにも、今までの経緯は話しているため、俺の反応も予想の範囲内だったのだろう。クロノはやっぱりか、と呟いて頷く。

「当たり前だが、魔力リミッターが自然にかかるなんてことはあり得ない。つまり、何者かが君に魔力リミッターをかけたことになる」

 見知らぬ何者か、いやそれ以前に自分が知らない間に自分の身体に何かされていた。善意、もしくは悪意によるものか、どちらにしろ良い気分はしない。得も言われぬ不快感と不安が胸の奥から込み上げてくる。誰が何のために?いや、そもそも俺がいたのは魔法とは無縁の管理外世界だ。何故、そんな俺に魔力リミッターをかける必要がある?そもそも一体いつから?
 確かに俺はこの世界に生まれた時から前の世界の知識と、俺という意識を持っていた。だが、赤ん坊や幼少期のころは意識も曖昧になることが多かったし、寝てる間などは今でも完全に無防備だ。そういったときに誰かが魔力リミッターをかけることなど造作も無い。……だけど誰が一体何のために?いくら考えても結局はそこに行き着いてしまう。

「アースラ内で行った検査では、今の君に魔力的な異常や負荷といったものは見受けられない。魔力リミッターも含めてね。その怪我を除けば、精神、肉体とも正常だ。その点は安心してくれていい」
「……あぁ」

 と言われても、心から安堵できるはずもない。本人の知らない間にかけられた魔力リミッターなんて、普通に考えたら悪意によるものではないかと疑ってしまう。

「そう不安そうな顔をするな。魔力の制御ができない子供に安全対策としてリミッターをかけることはそんなに珍しいことじゃない。これは推測でしかないが、何らかの理由で君の世界を訪れた魔導師が君の資質に気付き、暴走しないようにリミッターをかけていったんじゃないかな。リミッターそのものは君に対して害を及ぼすものじゃないしね」
「……そういうもんなのか」

 返す言葉は自分で思っているより沈んだものになっていた。無駄にショックを受けているらしい自分に内心で舌打ちする。
 クロノの言っていることは確かにあり得ない話ではないと思う。だが、海鳴には俺のほかになのはやはやてらもいる。少なくとも俺の知る限りでは二人にリミッターがかけられていたという事実はないはずだ。
 よりにもよって何故俺だけ?八神家を監視している猫姉妹の仕業か?いや、少なくとも魔法に関わってからはやての家に行った事はない。猫姉妹が俺に何かする理由にはならない。

「君に実害がないことは保障するよ。もし不安が残るなら本局でもっと本格的な検査を受けてもいい。もっとも空間が安定してからのことだから当分先の話になるが」
「本局ねぇ」

 まぁ、クロノがそこまで言うなら大丈夫なんだろう。気休めに嘘を言うような奴でもないし。
 とはいえ、本局での検査というのは些か心惹かれるものがある。や、検査自体はあまり興味ないが、本局そのものは俺にとって未知の領域だ。
 異空間に浮かぶ魔法文明が生み出した巨大な船とも言うべき施設。中に色んな施設が混在するらしい、それに興味を惹かれないはずがない。

「まぁ、念のため受けておこうかな。手続きよろしくお願いします」

 興味のない素振りを見せつつ、クロノに頭を下げたとこで、ふと重大なことに気付く。

「俺が使ってたデバイスは?」

 目が覚めたときは既にこの病人服?のようなものを着ていてバリアジャケットは解除されていたし、辺りを見回してもあの黒いデバイスは何処にも見当たらない。

「あぁ、あのデバイスなら技術班が検査しているよ。君に許可を取らなかったのは申し訳ないと思うが、正体不明のデバイスを無闇に放置することもできないからね」
「ん、ちゃんと管理してくれるならいいや」

 クロノの判断は妥当なものなので文句つけようがない。リニスから託された大事なもの、という認識はあるが、事態が事態だけに俺もあのデバイスについて全てわかっているわけではない。メンテの件も含めて専門家に任せておくべきだろう。

「有耶無耶になっていたが、あのデバイスを手に入れた経緯。しっかり聞かせてもらおうか」
「了解」

 と言っても、大して話すことはない気もするのだが。
 部屋の外から迫る音に気付いたのは、デバイスを手に入れた経緯を一通り話し終えたところだった。



「ゆーとくんっ!」

 バタバタと慌しい音と共にドアが開かれ、なのはが飛び込んでくる。その額や腕には包帯が巻かれており、小さな女の子に不釣合いなそれらは、なのはの姿を酷く痛々しいものに感じさせていた。脳裏にフラッシュバックするのは、目を閉じたまま血を流すなのはの姿。
 彼女が傷ついたのは間違いなく俺のせいだ。どんな顔で向き合えばいいのだろうか。

「良かった。ちゃんと目が覚めたんだね!」
「お、おう」

 が、なのはは俯く俺の内心などお構い無しに駆け寄ってきて、ぎゅっと俺の左手を握る。その勢いのまま、なのはと真っ向から目を合わせてしまう。
 そこには、俺を責めるような意思や隔意は無く、俺の身を案じて揺れる瞳。まぁ、なのは自身は怪我の理由が俺にあるとはこれっぽちも思ってもいないだろうから、当然といえば当然なのだけど。

「本当に本当に心配したんだからねっ!もうっ、駄目だよ、あんな無茶したら!」
「……あぁ、悪かった。反省してるよ」

 なのはに対する負い目と無茶をした自覚はあるので、ぷくーっと頬を膨らませるなのはに苦笑しながら謝罪する。

『自省するのはおおいに結構だが、済んだことにいつまでも囚われないことだ。なのはも君が落ち込んだ姿を見れば、却って気にしてしまうからな』
『うるせーよ。言われなくてもわかってるっつーの。てか、人の心を読むな』
『君があまりにも分かりやすいんだよ』

 クロノに説教されるまでも無い。元々自虐趣味はないし、なのはを見てればそんな気も失せる。
 同じ過ちは繰り返さないよう、後でしっかり一人反省会はしなきゃならないが。

「大体ゆーとくんは魔法もほとんど使えないのに無茶し過ぎだよ。それなのに一人でどんどん出ちゃうし。私たちがどれだけ心配したと思ってるのっ!?」
「え?あ、はい……」

 あるぇー?なんか説教始まった?

「くっくっくく……」
「あはは……」

 変な声が聞こえたと思ったら、クロノの野郎が笑いを抑えきれないといった感じで肩を揺らしていやがる。
 いつの間にかその隣にはユーノまで来ていて、同情するように苦笑を浮かべていた。

「なのはの言うとおりだな。僕や艦長も君には色々言いたいことがある。一人一時間の説教は覚悟しておくんだな」
「げ」

 いやいや、一人一時間の説教とかどんだけ長いんだよっ!?

「ゆーとくんがやった無茶を考えれば当然だよっ。大体ゆーとくんは普段から……」
「僕は仕事があるからお暇させてもらうよ。なのは、ユーノ、勇斗のことはよろしく頼む」
「うん、まかせてっ」
「了解」

 そう行って部屋から出て行くクロノに力強く頷くなのは。ユーノはともかく、なのはは何かの使命に目覚めたかのように瞳に力が漲っている。

「さて、ゆーとくん?お説教はまだまだこれからだよ?」

 くるりと向き直ったなのはがにこやかに宣言する。
 えー?いや、でも、たしかに今回は俺の軽率な行動に問題が多かったのは確かだ。自戒の意味も込めてここは大人しく聞き入れよう。
 ……と決意してから、15分後。延々と続けられるなのはの説教を聞きながら俺は思った。
 無茶をすることに関しては、なのはも人のこと言えなくね?と。今さらながらにそのことに思い至ると今度は腹が立ってきた。
 自分が一番無茶しているのに、人に無茶するなと説教するのは何事か。うん、ここは反撃に出ても許されるだろう。

「てい」
「ふぇっ!?」

 不意打ち気味になのはの鼻をつまむ。本当は両手でうめぼしグリグリの刑に処したいところだが、右腕が使えないのでしょうがない。

「よくよく考えたらおまえも人のこと言えないくらい無茶してるじゃねーか」
「そ、そんなことないよー。私、無茶なんてしてないもんっ!」

 鼻をつまんでいるせいか、なのはの声がくぐもって中々愉快なことになっている。

「いーや、してるね。モントリヒトに追っかけられたとき、人が離せって言っても手を離さなかったのはどこの誰かな~?」
「だ、だって、あそこで手を離したらゆーとくんがっ……」
「手を離さなかった結果、一緒にぶっ飛ばされて怪我して心配させて、迷惑をかけたのは何処の誰だったかな?」

 我ながらちょっと意地の悪い言い方かな、と思わないでもない。が、後のなのは撃墜事件防止の為にも、自分が無茶をした結果、人に心配させたり迷惑をかけることの重大さを、早い段階で自覚させるべきだ。人のことを言えた義理じゃないが、自身のことは今はとりあえず置いておいて。

「う、うぅ……」
「……まぁ、俺のことを心配してくれたのは有難かったけど、気持ち優先で行動することがベストじゃないってこと。自分の力と状況を考えて、常にベストな結果を出せるようになろうな。俺みたいに無茶をして人に心配させたり迷惑かけるのは嫌だろ?」
「……う、うん」

 なのはが大人しく頷いたところで鼻から手を離し、ポンポンと頭を叩くと、なのははくすぐったそうに目を細める。

「でも勇斗がそれを言う?」
「それはほら、反面教師的な意味で」

 ユーノの的確な突っ込みに反論できず、目を泳がしながら答える。

「あはは。ゆーとくんも一緒に悪いとこ直してしかなきゃね」
「そーですねー」

 小学三年生と同じレベルにある自分が情けなくて泣けてきた。なのはとユーノは力なくうなだれる俺に声を上げて笑い合う。

「お」

 そんなとき、俺の腹の虫がきゅるきゅる~、と鳴き出す。

「そういや、昨日から何も食ってないんだっけ……」

 それは腹も減るわなぁ。意識した途端、猛烈な空腹感が湧き上がってきた。

「あはは、私もお腹空いてきたかも……」
「なのはも昨日の夜食べて、さっき起きたばっかりだもんね」
「ユーノは?」
「僕もまだ。なのはが起きてから一緒に食べようと思ってたから」

 はいはい。そこで俺とか入ってないあたり、ユーノはとことんなのはラブですね。

「まぁ、とりあえずは飯だな。……って」

 二人は普通に食堂までいけばいいのだろうが、俺はどうすればいいのだろう。勝手に出歩いていいものなのか。正直今の状態で歩くのは中々しんどいのだが。

「あ、ゆーとくんの分は私たちが取ってきてあげるよ。それでみんなで一緒に食べよっ」
「ん、じゃあお願いする。よろしく頼む」
「あ、リクエストか何かある?」
「肉が食いたい」

 丸一日寝てた怪我人がリクエストするようなものではない気がするが、それ以上に空腹感が強い。おかげで食欲も普段の二割増しである。

「うん、わかった。行こっ、ユーノくん」
「うん」

 俺が頼むと、なのはは嬉しそうに頷いてユーノと一緒に食堂へと向かう。
 動けないってのは中々だるいなぁ、と思いつつ、見送る俺はまだ気付いていなかった。
 この先に待ち受ける羞恥プレイと言う名の罰ゲームのことを。




「お待たせ。はい、勇斗」
「さんきゅ」

 程なくして二人が戻り、ユーノが俺の分の食事をベッドに備え付けのテーブルに載せてくれる。
 ユーノに礼を言いつつ、フォークに手を伸ばそうとして右手が固定されていることに気付く。
 あー、そうか。右手使えないなんだっけ……。しばらくは色々不自由する羽目になりそうだなぁ、と暗鬱になってるとこになのはが俺の様子に気付く。

「あ、そっか。ゆーとくん、利き手を怪我してるんだっけ」
「まぁ、左手は使えるし。ちょいと不便だけどな」
「んー、あ、そうだっ!」

 左手でフォークを取ろうとする前に、ひょいとなのはが俺のフォークを奪い去る。

「もしもし?」

 俺が何のつもりかと問いかける前になのははから揚げをフォークで突き刺し、俺の前に突き出す。

「はい、ゆーとくん。あーん♪」
「ちょっ!?」
「…………っ」

 なのはの奇行にユーノが声を上げる。
 そして俺の脳裏には、昔の光景が過ぎる。

――え、と、はい、あーん

 それは遠い日の想い出。
 どこにでもあるような公園のベンチに座り、差し出されたのは小さく分けられたハンバーグ。
 真っ赤になりながらも、嬉しそうで、でも困ったような彼女の顔が鮮明に浮かび上がり、なのはの姿と重なる。

「ゆーとくん?」

 絶句する俺を不思議に思ったなのはが首を傾げ、想い出の彼女のイメージが霧散する。

「あ、と、それはねーよ。どんな羞恥プレイだよ」

 動揺をひた隠しにしながら、なんとかそれだけの言葉を絞り出す。

「左手で食べるの大変でしょ?私が食べさせてあげるよ。はい、あーん♪」
「…………いやいや」

 胸の中に棘が刺さったような痛みを仕舞い込み、小さく首を振る。
 幸いなのはは俺の動揺に気付くことなく、無邪気にからあげを差し出してくる。
 ん、大丈夫。もういつもの俺に戻った。

「いいから。自分で食べられるから」
「そうだよ。それになのはがするくらいなら僕がっ」
「いや、それは死んでも勘弁な」

 がたっと物凄い勢いで立ち上がるユーノにぴしゃりと言い放つ。女の子にやられるだけでも羞恥プレイレベルなのに男に食べさせられるのは罰ゲームってレベルじゃねーぞ。そんなのを受け入れるくらいなら俺は断食を選ぶ。

「だーめ。ゆーとくんは怪我人なんだから人の厚意はちゃんと受けないと」
「いや、怪我人とか関係ないから。飯くらい普通に食えるから」

 そう言ってなんとかなのはを説得しようとしたのだが、なのはは笑顔のままフォークを突き出し、頑として譲ろうとしない。

「だーめっ。わたし、もう決めたもん。ゆーとくんには私が絶対食べさせてあげる。はい、あーん」

 おかしい。人がここまで引き攣った顔で拒絶してるにも関わらず、なのはが笑顔を崩さない。普段のなのはだったら嫌がる人間にここまで強引なことをするはずがない。

「嫌がらせかっ!?嫌がらせなんだなっ!?」
「あはは、やだなぁ」

 俺の叫びになのはは動揺することなく、静かに言い放った。

「別に普段の仕返しをするチャンスだとか、照れるゆーとくんを見れる貴重チャンスだなー、なんてこれっぽっちも思ってないよ?」
「嘘だっ!!厚意どころか悪意の全力全開じゃねーかっ!?」
「はい、あーん」
「無視かよっ!?」
「むー。ゆーとくんはそんなに私に食べさせられるの嫌なの?」
「はっきり言って嫌だ」

 笑顔から一転、ぷくーっと頬を膨らませるなのはに、きっぱり躊躇い無く言い放つ。

「じゃ、なおさらだね。はい、あーん?」
「うぉいっ!?」
「皆にいっぱい心配させた罰なの。はい、あーん♪」

 にっこりとするなのはに悪魔の笑顔を見た。


■PREVIEW NEXT EPISODE■

戦いは終わった。だが、事件の全てが解決したわけではない。
母と子。すれ違う想いと願い。
果たして二人が笑い合える時は訪れるのか

リンディ『あなた自身が確かめて』




[9464] 第十八話 『あなた自身が確かめて』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:42


 何をどう言ってもこの悪魔はフォークを返してくれそうにないので、結局大人しく従う羽目になる。もっとも、照れたり焦ったりしたところを見せれば、なのはの思う壺なので、そういったものは心の奥底に押し込んで淡々と食べさせてもらっているのだが。
 子供のやることを深く考えたら負けだよ、うん。

「まったく、人の嫌がることを率先してやるなんて、誰の影響受けたんだか」
「いや、間違いなく君だから」
「ゆーとくんだけには言われたくないよ」

 即座に入れられた突込みに肩を竦め、口の中のものを咀嚼しながら二人の様子を眺める。
 ユーノはなのはの肩越しに怨念めいた顔でこちらを睨み――あれ、無自覚なんだろうなぁ――、なのはは平静な俺の様子に微妙に不満そうだったが、人の世話をするのが楽しいか、いつのまにかにこにことした笑顔で手を動かしていた。付け焼刃にも程があるというか、やっぱり人を弄るには向いてない性格だよね。

「どうでもいいけど、これやってると恋人みたいだよね」
「えっ?ふわっ、ええっ!?こ、恋人っ!?」

 というわけで軽く反撃してみたら案の定、面白いくらい慌てふためいてくれる。ユーノの目つきがさらに険しくなったような気がするけど気にしない。

「え、えとっ、これはそういう意味じゃなくてですねっ、えと、そのあのっ」

 顔を真っ赤にして、身振り手振りをしつつ否定しようとするなのはが小動物チックで面白い。ある意味シャッターチャンスではあるのだが、携帯もデジカメも手元にないので、なのはの慌てぶりを見て楽しむに留める。俺とやり合うにはまだまだ経験値が足りない。後々このネタでまた遊んであげよう。
 俺の苦笑に気付いたなのはがからかわれていることを悟り、頬を膨らませるのだが、それでも最後まで俺に食べさせるのは、律儀というかなんというか。感心するやら呆れるやらでやっぱり苦笑してしまう。
 やがて一日ぶりの食事を終え、食後のお茶で一服していると、話題は自然とフェイトのことに移る。
 フェイトの処遇については、なのはも聞いていたのだが、プレシアの事に関しては何も聞いてなかったらしい。寝て起きてすぐ俺のところに来たから当然か。結局、俺が二人に一から説明する羽目になり、明日、テスタロッサ親子と面会ができることまでを伝える。クロノが逃げたのは、こいつらに説明する手間を俺に押し付けたんじゃないだろうか、と邪推してしまう。

「フェイトちゃん……大丈夫かな」

 お茶を両手で持ったなのはが俯きながら呟く。沈痛な面持ちからは、母親との対面に臨むフェイトへの憂慮がありありと見て取れる。
 どう声をかけたものか。個人的にありきたりの言葉をかけるのは好きじゃないし、かといって結果がどう転ぶかわからないことを安易に「大丈夫だよ」と無責任なことを言うわけにもいかない。一しきり悩んだ末に出た言葉は、結局ありきたりの言葉だった。

「まぁ、なるようになるだろ。親子の問題だけに俺らにはどうしようもできん」
「あはは……それはそうなんだけどね」

 力無く笑うなのはに、ため息をつきながらも言葉を続ける。まったく。語彙の少ない自分に辟易する。

「だから、まぁ、フェイトが落ち込んだら慰めてやればいいし、上手くいけば一緒に喜べばいい。友達になるんだろ?」
「…………」

 俺の言葉が予想外だったのか、きょとんした顔で俺を見つめるなのは。

「……なんだよ」

 その無言の視線が微妙に居心地が悪くて口を開くと、なのははいきなりおかしそうに笑い出す。笑いの発作を起こすなのはにユーノも目を丸くした。
 わけが解らず憮然とした視線を送り続けていると、その視線に気付いたなのは、はにかんだ笑みを浮かべて言った。

「あはは、ごめんね。ゆーとくんって、冷たいように見えて、やっぱり優しいんだなって」

 どっかで聞いたようなセリフに俺は肩を竦めて嘆息する。

「そうだぞ。知らなかったなら覚えとけ。そのうちテストに出るから」
「いやいや、出ないから。どんなテストだよ」
「あはは」

 ユーノの適切な突っ込みに笑みをこぼすなのはを眺めながら思う。子供はそうやって無邪気に笑っているのが一番良い。
 フェイトも同じように笑わせるにはどうすれば良いのか。お子様二人を眺め、ゆっくりとお茶を啜りながら思案する俺であった。






「はい、ゆーとくん。預かってたデバイスを返しておくよ」
「あ、ども」

 翌日、プレシアらの面会に向かう途中で、エイミィさんから預かり処分になっていたデバイスを受け取る。
 リニスから託された黒いインテリジェントデバイス。俺にとって初めての相棒となったデバイス。手にしていたのはほんのわずかな時間のはずなのに、妙に手に馴染む気がした。

「よ、一日ぶり」

 俺の呼びかけに、自らを発光させて応えるデバイス。バルディッシュもそうだが、こいつは輪をかけて無口らしい。一般的にこういうものなのか、レイジングハートが饒舌なのか、イマイチ判断に悩むところである。

「でも、危ないところだったねー。その子、自爆装置付きだったから一歩間違えば危ないところだったよ」
「あー、なるほど。自爆装……ち?」

 なん……だと?
 あはは、と笑い流すエイミィさんの言葉に足を止め、左手にあるデバイスをまじまじと見つめる。そしてぎこちない動きでゆっくりと視線をエイミィさんへと移す。

「マジで?」
「うん、マジマジ。その子はプレシアさんとフェイトちゃんの為に作られた子でしょ?もし、術者が二人に危害を加えようとしたら、術者の魔力で自分もろとも自爆するプログラムがセットしてあったよ」
「自爆……?」

 何それ、超怖い。おそらく今の俺は物凄く引き攣ってた顔をしているはずだ。
 確かにフェイトらの為に残したデバイスなのにその力が彼女らに向けられては本末転倒だ。リニスがそういったプログラムを仕掛けるのは不思議なことではない。不思議ではないのだが……。

「うん、良くて行動不能。悪ければ肉片も残らずに木っ端微塵!」

 うぉい!リニス――――ッ!!それ洒落になってないからーっ!?
 ボンッと手でゼスチャーするエイミィに俺は絶句し、呆然と視線をデバイスに戻す。その視線に黒いデバイスは抑揚のない音声を発する。

『No problem』
「問題大アリだろっ!?」

 もしモントリヒトが出てくる前にこいつを拾ってたら、確実に俺あの世行きだったじゃねーかよっ!?

「あはは、どうどう。まぁ、結果オーライということで。今はもう、そのプログラムは解除されてるから安心していいよ」

 俺を宥めるエイミィさんに同調するように光るデバイス。ひょっとしてこいつ、物凄くイイ性格をしてるんじゃないだろうか?
 このデバイスの封印を解いたことを、ほんのちょっぴり後悔した。






「面会時間は5分。申し訳ないがそれ以上は許可できない」
「あいあいよー」

 プレシアのほうはなのはが面会してたらしいので、俺は先にフェイトと会う事に。エイミィさんは他に用事があるらしく、どこかへ行ってしまった。
 クロノから簡単な注意事項を聞いた後、クロノと二人で面会室へと入る。中は小さな部屋だった。よくドラマで見るような面会室のような作りで内装と呼べるようなものはなく、部屋の中央を透明な板のようなもので仕切られ、その向こうに緊張した面持ちのフェイトと、その後方であくびをしているアルフの姿があった。

「よっ」
「あっ、え、えっと、こんにちわ」

 何故、挨拶しただけでそんなに慌てる?そんな反応をされるようなことをやらかした覚えはないのだが。

「ほら、フェイト。落ち着いて」
「あ、う、うん」

 アルフに宥められるフェイトに首を傾げつつ、備えられた椅子に腰掛け、クロノは入口のすぐ傍に備えられた椅子へと腰を下ろす。

「えーと、元気?」

 例の白い服を来たフェイトはなのはと同じようにところどころ包帯を巻いていたが、顔色などを見る限りは大したことなさそうだ。

「う、うん。……えっと、私達より、そっちのほうが酷い怪我だと思うんだけど」

 困惑したように呟くフェイトと自分の姿を見比べる。確かにどう見ても俺のほうが重傷だった。

「まぁ、なんとか平気だと思う。多分。それよりはい」

 仕切りに小さく開けられた穴からデバイスを差し出すと、フェイトは不思議そうに首を傾げる。

「えっと……?」
「前に言ったっけ?リニスの残したデバイスだよ」

 そしてこのデバイスを手に入れた経緯をフェイトに語る。自らが消えた後もずっと、リニスはフェイトやアルフ、プレシアを心配し、想い続けていたことを。

「そっか……リニスが」

 俺の話を聞き終えたフェイトはうっすらと涙ぐんでいた。その後ろにいるアルフもその目に涙を溜めていて、思わず笑みを零してしまう。

「ま、そんなわけだからこいつはフェイトが持っているといい」
「え、でも?」
「リニスが最後に残したものだからな。俺が持ち続けるにはちょっと重すぎる」

 せっかく手に入れたインテリジェントデバイスを手放すのは正直惜しい。というか物凄く勿体無い気分で一杯だが、どのみち俺には扱いきれない代物だ。手に入れた経緯が経緯だけに、フェイトに渡すのが筋だと思う。
 両手でデバイスを持ったフェイトはそれを胸に抱いて、目を瞑る。手にしたデバイスからリニスの想いを感じ取ろうとしているように見えた。
 やがてゆっくりと目を開けたフェイトは、手の平のデバイスを見つめた後、ゆっくりとその手をこちらへ差し出す。

「ありがとう。でも、やっぱりこの子はあなたが持っていて。私にはこの子と同じように、リニスが残してくれたバルディッシュがいるから大丈夫」
「や、でも」
「それにロストロギアから母さんを解放できたのはあなたのおかげだから。この子はあなたに持っていて欲しい。ね、君もそう思うでしょ?」

 フェイトの呼びかけに答えるように、黒いデバイスは一瞬だけ明滅する。おまえ、一歩間違えれば俺ごと自爆するつもりだったとちゃうんかい?と突っ込みたかったが、フェイトの手前、なんとか自制する。流石にここで空気読めない行動はしたくない。とはいえ、ここですんなりデバイスを受け取るのもなにかアレな気がして、助けを求めるようにアルフに視線を向ける。

「あたしはフェイトが決めたことに異論はないよ」

 助けを求める視線はあえなく却下されてしまった。まぁ、フェイトがそう言うのなら、こちらも拒否する理由はないのだが、どうも気持ち的に抵抗がある。あるのだが、結局断る理由が思い浮かばないのと、フェイトの期待するような視線に耐え切れず、結局、差し出されたデバイスを受け取ってしまう。

「え、と、じゃあ、有難くこいつは貰っとくよ。大切にする」
「うん。大事にしてあげて」

 俺がデバイスを受け取ると、フェイトは嬉しそうに笑みを浮かべるのだが、プレシアとまだ話を付けていないせいか、どこか無理のある痛々しい笑みだった。
 あー、なんかやだなぁ。こういう雰囲気。とはいえ、プレシアの件に関しては俺もどう転ぶのかさっぱり検討がつかない。何を言えばいいのか迷いながら頬を掻き、口を開く。

「えっとさ、プレシアのことなんだけど」
「うん」

 プレシアの名前を出すと、フェイトから笑みが消える。プレシアのことは既にクロノから聞き知っているはずだから当然の反応だ。

「もし、直接話してプレシアに拒絶されても、フェイトのこと必要としている奴はいるから。そのことは忘れないでくれよ?」
「…………」

 我ながらもう少しマシな言い方は無いものか。っていうかこの言い方で伝わるのか?と、自問自答しながらも言葉を選んで話し続ける。

「えっと、アルフもなのはもフェイトのことを大切に思ってて、心配してるから。フェイトには笑顔で居て欲しいと思ってるからさ、早く元気出して」
「…………」
「あー、っと。勿論俺も心配してる一人だからな?その、なんというかえーと?」

 何も言葉を発さないフェイトにしどろもどろになる俺。あぁ、人をからかったり挑発するのは得意だが、こうやって面と向かって慰めたり励ましたりすることは滅多に無い。事がことだけにお気楽な言葉も言えずに、困り果ててしまう。そんな俺を見て、フェイトはくすりと笑う。楽しそうに、というよりは苦笑という表現が適切か。

「大丈夫。母さんが何を言っても、覚悟は出来てるから平気だよ」
「ん、そっか」

 俺にはそれ以上にかける言葉は無かった。しょうもねぇなぁ、俺は。後何か言っておくことは、と。

「あー、そうだ。こいつの名前、フェイトがつけてくれないかな?」

 そういって手を広げ、そこにあるデバイスを見せる。

「この子の名前……?」
「あぁ、まだこいつに名前ないんだ。俺はネーミングセンス悪いから、格好良い奴を考えてくれると有難い」

 俺が名前をつけるとキ○グストーンとかサンラ○ザーとか、ブラックク○スとかパクリか微妙なものしか浮かばない。
 きょとんとしていたフェイトは、僅かに逡巡したあと、ゆっくりと頷く。

「うん、わかった。格好良いの考えてみる」
「ん、よろしく」

 控えめな笑みを浮かべて頷くフェイトの表情を見る限り、やはり元気になったとは言い難いが、俺がこれ以上できることはなさそうだ。
 丁度、話に区切りが付いたところで、クロノが面会時間の終了を告げ、俺はフェイトとアルフに「またな」と言い残して退出する。
 わかりきっていたことではあるが、自分に出来ないことを思い知らされると若干、気が滅入るねぇ。







「あ、ゆーとくん……」

 プレシアとの面会室の前まで行くと、なのはがしょんぼりした様子で立ち尽くしていた。傍らに立っているユーノとリンディさんも浮かない顔をしている。

「その様子だと上手くいかなかったみたいだな」

 俺が聞くと、なのはは力の無い笑みを浮かべながら頷く。

「うん、フェイトちゃんと仲良くしてってお願いしたんだけど……」

 あえなく撃沈、と。俺にとっては予想通りの結果ではあるが、正直なのはが纏ってる雰囲気は辛気臭くて困る。だから昨日の内にプレシアと会うのはやめとけって言ったのに。

「てい」

 既に包帯の取れたなのはの額目掛けて、渾身の力を込めたデコピンをお見舞いする。

「あいたっ!?い、いきなり何するのっ!?」
「いや、辛気臭い顔してるから、つい」

 額を両手で押さえながら涙目のなのはにしれっと言い放つ。

「プレシアのほうは俺がなんとかしてやるからお前はフェイトんとこ行っとれ」

 俺の言葉に沈んでいたなのはの表情がパッと明るくなり、勢い込んで迫ってくる。

「なんとかできるのっ!?」
「できるといいなぁ、的な?」

 俺の答えに、しょんぼりとした顔に戻るなのは。心なしかリンディさんたちの視線も冷たいものになってるのは気のせいでせうか?
 一応、俺なりに策は考えてきたけども、プレシアが本当に心からフェイトを嫌ってたら端からお手上げである。ぶっちゃけカウンセラーでも何でもない俺にそこまで面倒見れるはずも無い。

「まぁ、そんなわけで今度は俺がプレシアに突貫したいんですけども、いいんですか?」
「そうね。勇斗くんが面会している間、なのはさんがフェイトさんと面会するのなら、クロノを付き添わせるけどどうする?」

 と、俺ではなく、なのはに尋ねるリンディさん。なのははリンディさんと俺を交互に目を這わせ、わずかの時間考え込んでから答える。

「あ、と、ゆーとくんとプレシアさんの話の後で大丈夫です。プレシアさんのことも気になりますから」
「え?聞いてくの?なのはが?」

 反射的に呟いた言葉に、この場の全員の視線が俺に集中する。

「何か、なのはさんに聞かれたら、いけないことでもあるの?」
「なのはというか18歳未満には刺激が強いというか、教育上よくないというか……」

 って、この面子の中で18歳以上、リンディさんしかいねぇし。

「一体、何を話すつもりなんだ、君は」
「聞きたい?別に言ってもいいけど後悔しない?」

 呆れたように呟くクロノに念を押すように確認する。

「え、ええと……」
「18歳未満お断りかつ、裏表の全く無い素直で率直かつ忌憚の無いことを一切合財洗いざらい全部ここで聞きたいと?ここにいるお子様に間違いなく倫理的に問題になることを喋るけど一向に構わないわけ?つか、本当に言っていいんだな?」

 口ごもったクロノに反論の隙を与えずに言葉を吐き出し、しつこいくらいの念を押す。
 一息で喋ったため、ぜぇはぁと息を切らす俺に誰もが微妙な視線を向けつつ、口を開かない――ただ一人を除いて。

「勇斗くんとプレシアの面会には私が立ち会います。なのはさんとユーノくんは話は聞かせてあげられないけど、ここで待っているか、フェイトさんに会いに行くかは自由にしていいわよ。クロノはなのはさん達に付き添ってあげて。以上、勇斗くん、何か問題はある?」
「パーフェクトです」

 気付けば自然と敬礼で返していた。にこりと微笑むリンディさんに何故か悪寒を感じたのは俺だけじゃないと思う。




 面会室は当たり前のようにフェイトのとこと同じような作りでプレシアは仕切りの向こう側に気だるげに座っていた。
 俺は仕切りの前に設置された椅子に座り、リンディさんはクロノと同じように扉近くの椅子に腰を下ろす。

「ちっす」

 片手で挨拶するも、眼前の女性はつまらなそうに一瞥するだけで、それ以上の反応は見せない。

「随分と酷い有様ね」

 何から話そうか迷っていると、意外なことにプレシアから声をかけてきた。フェイトと同じ白い服を来たプレシアの瞳は穏やかで、確かに以前に比べて柔らかい雰囲気を纏っているようにも思える。

「ちょっとばかし無茶が過ぎたようで。大いに反省してるとこです。自分の力量に合わないことはするもんじゃないですね」
「そうね。あなたの力は未熟すぎる。戦いの場に出るならもっと技量を上げてからにしなさい。その程度の力じゃ自分の身を守るどころか、仲間まで傷付けることになるわ」
「…………」

 あるぇー?プレシアを説得?しに来たはずがなんで俺、逆に諭されてるの?
 絶句してる俺にプレシアは可笑しそうに笑みを浮かべる。しかもその目にはまるで子供を慈しむような温もりさえ浮かんでいた。何これ、予想外にも程がある。
 落ち着け、俺。ここで呑まれるな。とりあえず世間話は端に置いてさっさと本題に入ろう。

「えっと、フェイトのことなんだけど」
「使い捨ての道具のことなんて私の知ったことではないわね」

 人が最後まで言う前にぴしゃりと言い切りやがった。その悠然とした態度からは怒りや憎しみといったものを読み取ることはできない。強いて言うならどうでもいい、無関心、と言うのが一番適切なんだろうか。本当にフェイトのことをどうでもいいと思っているのか、はたまた興味のないフリなのかは判別できない。最初のやり取りは想定外だったが、この反応は事前の話で聞いていたとおりなので予想の範疇ではある。情や正論で訴えるという手段はすでになのはやリンディさんが試みたはず。なら、俺が同じことをしても効果はないだろう。っていうか情や正論で訴えるのは俺のキャラじゃないのでやりたくないし。

「じゃ、フェイトは俺が貰ってもいいですよね?」
「好きにすれば?」
「母親に捨てられて落ち込んでるところに付け込んで、あなたに向けられている忠誠心というか依存心を全部俺に向けさせて、心身ともに俺の思うがままにさせても問題ないわけですよね?」
「……興味がないわね」

 と表情を変えることなく言いいつも、答えるまでに若干の間があったわけですが。

「ってことは、だ」

 一度言葉を切り、プレシアの反応を見逃さないよう、真っ向から彼女の目を見据え、力の限りに叫ぶ。

「10年後までにフェイトを×××として●●し、俺を△△△△と○○させ、とても人には言えないような○○なこととか□□を仕込んで俺色に染め上げてもお構いなしってことだなっ!?あまつさへぶっ!?」

「駄目に決まってるでしょっ!」
「構うに決まってるでしょっ!人の娘を何だと思ってるのよっ!?」

 リンディさんのハリセンが俺の頭をどつき、プレシアの拳が仕切りに炸裂する。

「――はっ!?」
「ふっ」

 すぐにプレシアが自分の失態を悟るがもう遅い。どつかれた頭をさすりながら口の端を吊り上げる。まさに計画通り!
 正直、こんな上手くいくとはこれっぽちも思ってなかったので俺もびっくりだ。リンディさんの突っ込みは予想外だったけど。っていうかリンディさん、そのハリセンはどこから出しましたか?
 拳を叩きつけた姿勢のまま固まっていたプレシアは、小刻みに震えながらゆっくりと居住まいを正すが、一度取ってしまったリアクションは覆しようが無い。心なしか顔も赤い気がする。俺は口を開かず、ただニヤニヤしながら立ち上がり、そそくさと後ずさりながらドアへと向かう。

「じゃ、俺はもうこれで十分なんで。あ、リンディさん、後でプレシアさんが反応したとこだけ録画データのダビングお願いしますね」
「なっ……!」

 クロノの説明によると、この部屋の様子は常時録画されているらしい。一度ああいった反応を見せれば、プレシアがどう言い繕おうが効果は無い。

「じゃあ、プレシアさん。後は娘さんとご~ゆ~くっ~り~」

 思わず声を漏らすプレシアときょとんとした顔でこちらを見ているリンディさんに、ひらひらと手を振りながらそっと部屋から退出する。
 任務完了。正直、自分でもこんな展開アリなのかと首を傾げざるを得ないが、これなら後はなんとかなるだろう。

「…………」

 言い忘れたことがあったので、もう一度、扉を開け、首だけひょこっと中を覗き込む。

「何をどうしたらアリシアが喜ぶのか……それを考えてください」

 それだけ言って、そっと扉を閉じた。

「……恥ずいこと言ったかな」

 我ながら似合わないことを言ったという自覚はある。が、まぁ、プレシアには一番効果的な言葉なんじゃないかなとも思う。
 一息ついて辺りを見回すが、なのはたちの姿はなかった。フェイトのところに行ったのだろうか。
 何を話してるのか気になる気もするが、俺が気にするだけ野暮な気もしなくもない。
 大人しく部屋で養生しときますか。





「……一体、何なのあの子は」

 勇斗がドアを閉めた後、そう呟いたプレシアはへなへなと脱力したようにテーブルに伏せる。そんなプレシアに苦笑を浮かべるリンディも間違いなくプレシアと同じ気持ちを共有していた。

「確かに色々おかしな子ではあるけど……」

 オーバーSクラスの魔力に加えて、本来、彼が持つはずの無い知識を持ち、言動も普通の九歳児とは言い難い。資質や精神的な面で言えば、なのはも普通とは言い難いが、根本的な問題で勇斗は何かが普通とは違う。彼が語った、未来を夢として見る能力に関しても、その全てが真実だとは思っていない。まだ何か隠していることがあるのは間違いない。だが、

「根は悪い子じゃないと思うわ。純粋にあなたとフェイトさんのことを心配している。多分、ね」
「あれは心配しているのではなくて、楽しんでいるように見えたのだけど……」

 ゆっくりと伏せていた身を起こしながら呟くプレシアに、またしても苦笑を漏らすリンディ。

「確かにそれは否定できないわね」

 あれはあの子の素の性格だろう。人をからかって遊ぶ、度を過ぎれば人間関係を悪化させかねない性質の悪い性格だ。先ほどプレシアに対してかけた言葉の中で、『良い子』と明言しなかった理由の一端はそこにもある。もちろん、先の勇斗の問題発言にも理由はある。『良い子』は間違ってもあんなことは口にしない。あの時の勇斗の発言は、プレシアをはめる為の演技で、目が限りなく本気に見えたのは気のせいだと思いたい。どちらにしろ時の庭園の件も含め、勇斗に説教する事柄がまた一つ増えたことにリンディは内心でため息をつく。
 どうにも居心地が悪そうに視線をさ迷わせながら押し黙るプレシアに、リンディは何も言わない。視線を合わせることも無く、備えられた椅子に腰掛け、静かにプレシアの言葉を待つ。時空管理局の提督としてではなく、子供を持つ母親として愚痴や言いたいことがあるなら話を聞こう、とその態度で物語っていた。

「今更……今更どんな顔をしてあの子に会えるのよ」

 搾り出すように呟かれた言葉は悔恨と苦悩に満ちていた。
 モントリヒトというロストロギアによって、確かに自分の精神は変調を来たしていた。だが、それでも自らの行いは、全て自分の意思で行ったものだ。二人目の娘とも言える存在を憎み、この手で傷付けた。その時の自分の感情、記憶、手に残る感触。その全てを自分は確かに覚えている。
 本当は自分でも分かっていた。執務官が言った通り、失った過去を取り戻すことなどできるはずがないことを。だが、それでもそれに縋らなければならなかった。あらゆる手段を模索し、ありとあらゆる手法を試した。そしていつしか狂気に囚われ、モントリヒトというロストロギアに憑りつかれ、その狂気は加速した。
 モントリヒトが破壊されたことで自分は狂気から解き放たれた。だが、それで自らの行いが清算されたわけではない。フェイトに抱いていた狂おしいまでの憎悪は確かに自分の中にあったものなのだ。例え正気に戻ったとして、それで今まで抱いていた憎しみが全て消え去ったわけではない。
 無論、今ならば自らの過ちを認めることができる。だが、いや、だからこそ、というべきか。あれだけのことをしてきた自分が、今更母親としてフェイトに接することなどできるはずがなかった。
 仮にそれができたとしても、自分の命はそう長くない。今の自分がフェイトとの距離を近づけても結局は傷付けてしまうだけではないのか。近づいても傷つくだけならば、いっそ最初から下手な希望など抱かせずに遠ざけるべきではないか。それがプレシアの出した結論だった。
 だが、そんなプレシアの目論見はあっさりと崩壊してしまう。思考のうちであらゆるシミュレートを重ね、どんな美辞麗句や正論を並べ立てられようとも跳ね除け、フェイトがどんなことをしても突き放し、本心を晒すようなことは絶対にしないはずだった。その為の手段も覚悟も全て揃っていたはずなのに。よりにもよってあんな子供騙しとしかいえない手管に引っかかってしまうとは。あまりにも情けなくて自己嫌悪すると同時に、怒りが込み上げてくる。そう、思い返せばあの子供には時の庭園でもさんざ好き勝手に罵声を浴びせられたのだ。年増だのなんだの人が気にしていることを遠慮ナシに抉った上に先ほどの一件。

「……そうね、あの子には必ずお返しをしてあげなければならないわね、フ、フフフ」

 今回の件による罪状で生きている間に自由を得られることは無いだろう。だが、どんな手段でも良い。あの子供にはなんらかの形で必ず返礼をしようと心に決める。

「え、え~と、プレシア……さん?」

 先ほどのプレシアの言葉に返答しようとしたリンディだったが、いきなり虚ろな瞳で虚ろな笑みを浮かべるプレシアにドン引きしていた。

「こほん。と、とにかく……っ」

 場の雰囲気を切り替えようと、大きく咳払いをしたリンディは、先ほど投げかけようとした言葉を伝える為に口を開く。

「過去のことはどうあれ、今のあなたがフェイトさんを大事に思っているのならそれでいいんじゃないかしら。犯した過ちも過去も消すことはできない。だからこそ今を生きて未来に繋げるべきではなくて?あなた自身だけの為でなく、アリシアさんとフェイトさんの為にも、ね」
「……今更、あの子と親子になんてなれるはずがないわ」

 搾り出されるように呟かれた声に、リンディは静かに嘆息する。

「それは、あなた自身が確かめて。あの子と会って、話して。答えを出すのはそれからで十分でしょう?」

 リンディもそれ以上を語る気は無いのか、静かに立ち上がりプレシアに背を向ける。

「一時間後、フェイトさんを連れてきます。先ほども告げたように彼女、どうしてもあなたに話したいことがあるそうよ」

 リンディが退室し、一人プレシアは目を閉じる。

「アリシアの妹……ね」

 アリシアが生前、妹が欲しいとプレシアにねだり、困らされた記憶が蘇る。
 アリシアの死後、一度も思い出すことすらなかった記憶。

 ――何をどうしたらアリシアが喜ぶのか……それを考えてください

 勇斗の残した言葉が脳裏に過ぎる。
 アリシアは優しい子だった。
 もしアリシアが生きていたら、フェイトのことをどう思っていただろうか。
 もしアリシアが今の自分たちを見ていたら何を望むのだろうか。
 いつしかプレシアの頬には幾筋もの涙が伝っていた。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

時の庭園での出来事から数日が経過した。
以前の日常へと戻るなのはとフェイト。そして訪れる別れの時。
二人の少女は互いの名前を呼び合い、再会を誓うのであった。

勇斗『私も人間だから』



[9464] 第十九話 『私も人間だから』 無印編エピローグ
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:46
 プレシアとフェイトとの面会から数日が経過していた。あれからフェイトたちと顔を会わせる機会は無かったが、リンディさんによると、フェイトはぎこちないながらもプレシアと親子として上手くやっているらしい。
 で、肝心の処遇だが。

「クロノくん、フェイトちゃんはこれからどうなるの?」

 なのはの中でプレシアやアルフは考慮の中にないらしい。

「事情があったとはいえ、彼女が次元干渉犯罪の一端を担ったのは紛れも無い事実だ。重罪だからね、数百年以上の幽閉が普通なんだが」
「そんな!」

 思わず叫ぶなのはだが、これから先の結果を知っている俺としてはクロノの持って回った言い回しにニヤニヤさざるを得ない。わざわざ不安を煽るような言い方をするとかどんだけ素直じゃないんだ。
 どうでもいいけど数百年って普通の人間なら生きてないだろ。いや、次元世界の中にはそれくらい生きる亜人みたいなのもいるんだろうか。

「なんだがっ!」

 なのはの叫びに対して念を押すように強く言うクロノが、俺の表情に気付いて眉根を寄せる。

「なんだ、その顔は?」
「や、別に。どーぞ、どーぞ」

 と、言いつつ、後ろでに回した手でデジカメの準備をする。
 クロノは俺の顔に僅かの不快感を表しながらも、なのはに対しての説明を続ける。

「状況が特殊だし、彼女が自らの意思で次元犯罪に加担していなかったこともはっきりしている。後は偉い人達にその事実をどう理解させるかなんだけど、その辺にはちょっと自信がある。心配しなくていいよ」

 そこまで言って、クロノはなのはを安心させるように笑みを浮かべる。
 俺としてはプレシアのことも聞いておきたいところだ。ロストロギアの影響を受けていたとはいえ、主犯の彼女がフェイトのように軽い処罰で済むとも思えない。が、それをここで聞き出して、なのはの喜びに水を差すのも躊躇われる。後で改めて聞くべきだろう。
 ・・・・・・どんな刑に決まろうと、どのみち彼女の命はそう長くないのだろうし。微妙に暗鬱とした気分になり、静かに内心でため息を付く。

「クロノくん……」
「何も知らされず、ただ母親の願いを叶える為に一生懸命なだけだった子を罪に問う程、時空管理局は冷徹な集団じゃないから」

 クロノのその言葉でようやくなのはも笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。

「クロノくんってもしかして凄く優しい?」
「なっ!?」
「はは……」

 その言葉に対するクロノとユーノの反応は両極端で中々に面白い。一人は顔を真っ赤なたこのように赤面し、もう一人は青筋を浮かべ乾いた笑みを浮かべる。その傍らで俺はシャッターを押しながら嘲笑を浮かべ、嫉妬乙と心の中で呟く。

「し、執務官として当然の発言だ!私情は別に入ってない!って、何を撮ってるっ!?」
「とっても優しいけど照れ屋さんなクロノくんの赤面した顔ですが何か?いやぁ、照れてるクロノくんも中々かわいいねぇ」
「あははっ、本当本当。別に照れなくてもいいのに」
「照れてないっ!」

 いやいや真っ赤になって声を荒げたら、余計説得力ないがな。
 その証拠になのははくすくすと笑い、さっきまで青筋浮かべてたユーノまで笑みを零している。

「なんだよ、笑うなよっ!」

 年齢の割りに大人びているとはいえ、この辺はまだまだ青いねぇ。とりあえずなのはたちと一緒に笑っておいた。
 ひとまずはこれで一件落着といったところかな。後は家に帰ってゆっくりしたいところではあるが、次元震の影響で空間が乱れ、数日は地球に戻れない。
 ま、どうせこの怪我では何もできないので適当にゴロゴロするだけかな、と考えていると。

「あ、いたいた。勇斗くん」
「ほえ?」

 呼びかけられた声に振り向くと、そこにはリンディさんが手招きしていた。

「勇斗くんはこれから何か予定とかあるの?」
「いや、この有様ですし部屋に帰ってゴロゴロしていようかと」

 片手での生活って不便過ぎる。持ち込んだDSでドラクエをプレイするのにも難儀する始末だ。DSと一緒に持ち込んだ本を読むぐらいしか暇を潰す手段が無い。まぁ、DS本体を置いてやれば、片腕でも十分プレイはできるけど。

「そう、ならちょっとだけ私に付き合って貰えるかしら?」
「別に構いませんけど、何の用ですか?」

 俺が尋ねるとリンディさんは腰と顎に手を当てて、見惚れるような笑顔を浮かべて言った。

「えぇ、ちょっと勇斗くんに色々お話したいことがあって。プレシアさんとの面会時の発言とか時の庭園での行動とか、その他諸々あなたの問題行動についてたっぷり二時間ほど。もちろんあなたの国の慣習にのっとって正座でね」

 リンディさんから下された死刑宣告から逃れる術は無かった。







 そしてリンディさんの説教が始まってきっかり二時間後。

「確認するけど、本当にあの時言った言葉は本気じゃないわよね?」
「本当に本当です。あの場限りのでまかせですってば。そもそも俺は同年代の女の子に興味はありませんです」

 確かにあの時の俺の発言は問題発言だが、あれを本気に取られても困る。アルフならまだしも見た目幼女をどうこうする気などこれっぽちもない。

「そうなの?」
「はい」
「ゆーとくん、あなた、まさか……!」

 突然、リンディさんがハッと何かに気付いたように息を呑み、こちらを凝視してくる。



「男の子が好きなの?」



 そのあまりに予想外の発言に全力で畳に突っ伏した。

「ねーですっ!ありえねーですっ!幼女に興味がないだけで女子高生以上のナイスバディのお姉さんが大好きなだけです!」

 ガバッと身を起こし、リンディさんの発言を全力で否定する。
 ねーよっ!その発想はねーよ!糖分取り過ぎで脳が溶けてるんですか、あなたはっ!

「あぁ、そういうこと。良かった。勇斗くんがそういう趣味を持ってたらどうしようかと本気で心配しちゃったわ」
「俺はむしろそういう発想ができるあなたの脳が心配です……」
「やぁねぇ。ちょっとしたジョークよ、ジョーク」

 世の中には言っていい冗談と悪い冗談があると思うのですが。

「重ねて聞くようであれだけど、本当に同年代の子に興味はないの?」
「ないです。せいぜい友達レベルです」

 これ以上、変な疑いをもたれてはたまらないのでそこはきっぱり否定しておく。

「例えば、勇斗くんの同い年でとびきり可愛くて、性格の良い勇斗くん好みの女の子に告白されたらどう?」

 何がどう?なのかさっぱりですがな。

「十年、いや八年後とかならともかく、今の年代でそんなん言われても困ります。適当にあしらいますよ」

 俺がそう答えるとリンディさんはなるほどなるほど、と納得したように頷く。
 一体、今の質問に何の意味があったのだろうか。

「まぁ、いいわ。ゆーとくんもしっかり反省しているようだし、お説教はこれまでにしましょうか。楽にしていいわよ」
「へーい、おぉぉぉ、あ、足が」

 一度立ち上がろうとしたが、足が痺れたことでソレも叶わず転げ回るという、醜態を晒す羽目になる。たかだか二時間程度の正座でここまで足が痺れるとは不覚。昔はこれぐらい平気だったはずなのに。良い意味でも悪い意味でも慣れって怖ぇ。

「ところで……フェイトのさんのことはもうクロノから聞いたのよね?」
「えぇ、まぁ。プレシアについてはまだ何も聞いてないですけど」
「そう。プレシア・テスタロッサについては正直に言うとフェイトさんと同じようにはいかないわ」

 消沈したようなリンディさんの言葉にやはり、と思いながら姿勢を正してその続きを促す。

「いくらロストロギアの影響を受けていたとはいえ、彼女が行ったことは一歩間違えば幾つもの世界を滅ぼしかねない重罪なの。主犯である彼女はどうあっても終身刑を免れないわ。もっとも病に冒された彼女の命はそう長くない。おそらく裁判が終わる頃にはもう……」
「そう、ですか」

 そう言って目を伏せるリンディさんにそれ以上返す言葉は無かった。
 全てが救えると思うほど自惚れてもいないし、子供でもない。だが、それでもどうにもやるせない思いだけは残ってしまうようだ。果たしてこの結末は原作よりハッピーエンドと言えるのだろうか?

「今回の結末はあなたが知っているとおりになったのかしら?」

 黙り込む俺の内心を見透かしたかのようにリンディさんの声が掛けられる。

「いや、俺の知ってる結末ではプレシアは助かってません。アリシアと一緒に虚数空間に飲み込まれてました」

 そもそもあそこでモントリヒトなんて得体の知れないもんが出てくるとは夢にも思わなかった。今になって冷静に考えると俺が時の庭園に突っ込むとかマジ有り得ないよね。笑えねぇ。本当ゾッとする。感情の勢いって本当おっかない。何度思い返しても自分の行動に血の気が引く思いだ。

「そもそも俺の見た未来では、俺は時の庭園に乗り込んでないですからね。傀儡兵はともかくあのモントリヒトってロストロギアが出てくるのは本当想定外でしたよ」

 すっかり温くなったお茶を啜りながら、偽りの無い本心を吐露する。

「正直言うとこれで良かったのかっていう気持ちはあります。俺が動いたせいであのロストロギアを呼び出し、その結果としてなのはや他のみんなを危険に晒して……プレシアは助かってもトータルでそれがプラスになったのかっていうのは今の段階じゃ判断できません。今んとこはプラスかなって気はしますけど、将来的にはどうなのかなって」

 なのは達は結果的には大事なかったし、プレシアとフェイトも仲直りができた、ということは喜ばしいことだと思う。だが、それでもフェイトが母親と一緒にいられるのは一年にも満たない。今は良くてもその後のフェイトがどうにも気がかりだ。原作のフェイトはなんだかんだで立ち直ってたけど、こちらのフェイトも上手く立ち直れるとは限らない。下手にプレシアと幸せな時間を過ごせば、いざ別れのときに反動が酷いことになるんじゃないかという不安が尽きない。
 理由はどうあれ、これは俺が改変してしまったことだ。それを安直に良いことだと断じれるほど、自分に自信を持てない。
 自分が人の人生を変えてしまう。普通に生きていればそんなことを考えることはないだろうが、なまじ未来の知識を知っているばかりにその変化を容易に認識できてしまう。この件に関わった当初は、力の無い俺なんかが大筋を変える事はないとタカを括っていたのだが、今更ながらにその考えが甘いということを思い知る。
 何も知らない無知も困りものだが、知り過ぎるというのもあまりよろしくない。本当、今更過ぎる。自分の考えの足りなさに大きくため息をついた。

「そうね。確かに先のことまで考えればキリがないわ。結果の良し悪しなんて全てが終わってみなければわからないもの」

 でも、と区切ったリンディさんはクスリと笑みを浮かべて言った。

「あの子の、フェイトさんの笑顔を見れば、今回の結末もそう悪くないと思うわよ」
「……と言われましても」

 俺はそれを一切見てないわけですが。

「しばらくは彼女たちに会わせてあげられないけど、本局へ移動する前にはなんとか機会を作るから。その時を楽しみにしててちょうだい」

 リンディさんのやけに弾んだ声に、何かが引っかかる。あれはいたずらを思いついた子供の目だ。

「何か企んでますね」
「いいえ、私は何も」

 私は、ということは他の誰かが企んでるわけですね。
 微妙に気になるものの、リンディさん相手にそれを追求する気も起きず、出されたお茶菓子を味わってまったりすることにした。






 そしてそれから数日が経過し、ようやく俺達は地球へと帰還することになる。

「ふぬ……っ!」

 身体を伸ばし、全身で風を受ける。こうやって風や太陽の光をまともに浴びるのは随分久しぶりな気がする。
 アースラ艦内の環境も悪くはないが、やはり人間こうやって陽射しを定期的に浴びるのが一番良い。

「それじゃ、なのはさん。さっき話したとおり後ほどお邪魔させていただくわね」
「はいっ。お待ちしてます。それじゃ勇斗くん、またねっ!」
「おー、気をつけて帰れなー」

 元気良く手を振って駆け出すなのはとその肩に乗ったユーノをリンディさんと二人で見送る。朝早くから元気なお子様だねぇ。

「それじゃ、私たちも行きましょうか」
「はいな」

 頷いてリンディさんを先導するように歩き出す。何故リンディさんが俺に同伴しているかというとうちの両親への説明の為である。
 数日に渡って家を空けたこともあるし、何よりも俺の怪我もある。流石にリンディさんには保護者という名目があるので、俺たちを帰してそのままというわけにはいかないらしい。俺個人としてはそんなことしなくても、という気持ちも無くは無いのだが、大人には体裁というものがあるのでリンディさんの申し出に異議を挟むことなく受け入れることにした。ウチの両親たちのリンディさんに対する心証を悪いものにしたくないという思いもある。
 もっともそれ以上の問題として、あの両親にこの怪我をどう説明したものか。別にやましいことはないのだが、どうにも後ろめたい気分は拭えず、微妙に足取りを重くしていた。
 結果だけ言えば、リンディさんに続いてこっぴどく説教を喰らう羽目になるわけだが、その辺りは割愛させてもらおう。リンディさんに対しての風当たりも俺が心配してた程、大したことはなく杞憂に終わる。今後、どれほど関わるかはさっぱり不明だが、なんだかんだで母さんとリンディさんは良い茶飲み友達になりそうな気がした。いずれ、その辺りを語る機会があるかもしれん。
 とにかく、ここんとこ波乱続きだった俺の生活も、ようやくありふれた日常へと戻ることになる。


「うーす」
「あ、ゆーとくん。おはよー」
「あ、おはよう、ゆーとく……」

 何やら感動の再会をしていたっぽいなのは達三人組に挨拶してみれば、振り返った月村がこちらを見た途端、返した言葉を途切れさせる。
 久しぶりになのはに会って気が緩んだのか、うっすらと涙が浮かぶその目は三角巾で吊り下げられたギプス付きの俺の腕に固定されている。

「ちょっ、あんた、その腕どうしたのよっ!?」
「転んだんだよ。四階から一階まで。凄くね?多分校内記録更新したぜ」
「そんな記録ないし、そんなバカがいるかぁっ!」

 ブイッと手を突き出すと、アリサが物凄い剣幕で怒鳴ってきた。何が不満なのかよくわからんが、とりあえず胸を張って答えておく。

「ここにいるぞー」
「だから威張るなぁっ!」
「ふぅん。相変わらずキレの良い突っ込み。腕は衰えてないようだな。安心したぞ」
「ああぁぁっ、もうっ!あんたこそ相っ変わらず小憎たらしいわねっ!」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてないっ!」
「ア、アリサちゃん!抑えて抑えてっ」
「どーどー」

 慌ててアリサを制止するなのはをフォローすべく、俺も制止の言葉をかけたのだが、

「だからあんたが言うなっ!」

 朝っぱらからテンションの高いお子様である。

「えっと、その怪我大丈夫なの?」
「おう、全然問題ないぞ。ギプスが取れるまで一週間くらいかかるけど、それ以外はへっちゃらへーだ。心配には及ばん」

 腕以外の傷は既に魔法によって完治している。利き手が使えないのは不便だが、それ以外は何も問題は無い。
 自信満々に頷く俺に、月村も安心したように笑みを零し、

「そっか。だって、良かったね、アリサちゃん」
「……なんでそこであたしに振るわけ?」
「なーんでだろーねー?」
「うふふ、なーんでだろーねー」

 俺はニヤニヤと、月村は微笑ましく笑みを浮かべ、アリサが青筋を浮かべ、なのはがそれを宥める。
 いつも通りと言えばいつも通りな俺たちの日常だった。



「はい、ゆーとくんが休んでたときの分のノート」
「お?」

 月村から差し出されたルーズリーフの束に思わず間抜けな声を上げてしまう。
 見ればなのはも同じようにアリサからルーズリーフの束を差し出されて、きょとんとしていた。
 なるほど、俺らが休んでいた分の授業内容を月村とアリサがしっかりルーズリーフに取ってくれていたらしい。
 その辺りのことはすっかり頭から抜け落ちていたのでこれはこれで嬉しいサプライズだ。

「サンキュ。恩に着るよ」

 礼を言ってルーズリーフを受け取るが、月村は何か考え込みながら、じーっ、とルーズリーフを持つ俺の手に視線を注いでいた。

「えっと、何か?」
「ゆーとくんって、確か右利きだったよね」
「うん」
「ギプス取れるまでノート取ってあげようか?」
「お願いします」
「早ッ!?」
「即答っ!?」

 何故に月村でなくアリサとなのはが反応するか。

「うん、任されたよ」
「あんたねー、少しは考える素振りくらいみせないよ。いくらなんでも即答はないでしょ」

 詰め寄ってくるアリサの後ろで、なのはも云々と頷いていた。

「や、即断即決即答がモットーだし。甘えられるとこは甘えておこうかと」

 聖祥は出席番号が苗字の五十音順なので、俺と月村は実は男女で出席番号順で並んだとき隣だったりする。そのおかげで昔からイベントとか班分けとかで一緒になる機会も多く、女子の中では一番仲が良かったりするのだ。少なくともアリサをからかうときに息を合わせたり、このくらいのことで遠慮しない程度には。
 今のところ俺の中の女子好感度ランクでは月村が一位である。

「困ったときはお互い様だし。ね」
「そうそう」

 さすがに左手でノートを取るのはしんどいのでここは月村の厚意に甘えたい。
 お返しは翠屋のお菓子でいいかなーと考えつつ、月村ん家まで行ったことが無いのを思い出してどうやって渡そうか悩む。それなりに仲が良くても放課後まで男女で一緒にいる機会はそう多くない。
 流石に学校にお菓子持ってくるのはまずいんだよなぁ。高校んときはそうでも無かった気がするが、小中は何故かその辺り厳しい。まぁ、機会があればその時でいいやと一人で結論付ける。

「ま、すずかがいいなら口出すことでもないけどさ」

 さっきのは十分口出ししてたような気もするが、ここは大人の包容力でスルーしてあげよう。

「あ、そうだ。今日国語と理科の小テストあるんだよ」

 ポンと思い出したように手を合わせる月村の発言に

「あぁ、そういえばそうだったわね」
「へー」

 と流すアリサと俺。

「えぇぇぇぇっ!?」

 と顔を青くして悲鳴を上げるのがなのは。
 一週間以上、学校を休んでいては元から苦手な国語は勿論、理科もかなり危ないんじゃないだろうか。

「き、きき、聞いてないよっ!?」

 見ていて哀れなほど慌てふためくなのは。

「あんたは休んでたんだから当然でしょ」
「だな」
「いや、あんたも少しは慌てなさいよ。さすがのあんただって休み明けの抜き打ちテストはキツイんじゃないの?利き手だって使えないでしょーに」
「そ、そうだよっ!テストだよっ、テスト!」

 おまえは慌て過ぎだ。

「ふぅん」

 涙目のなのはと訝しげな視線を向けてくるアリサに向けて不敵な笑みを浮かべる。
 たかだか小テストごときで慌てるとは所詮小学生ですな。小テストごときの点数で一喜一憂などしていられんわ!

「なんでそんな自信満々なのっ!ゆーとくん、勉強道具とか一切持ち込んでなかったよねっ!?」
「いや、そんなん当たり前だろ。たるいし」

 流石にアースラに勉強道具を持ち込んだりはしない。いや、もしかしたらなのはは持ち込んだのかもしれないけど。この反応を見る限り、どちらにしろ成果らしきものはなさそうだ。

「とりあえず範囲だけおせーてくれぃ」
「うん、えっとね……」
「はいはい、なのはは時間ギリギリまであたしがミッチリ仕込んであげるから」
「うぅ……お願いしますぅ」

 俺が教科書を持って月村の前の席に座る傍らで、なのははアリサに首根っこを掴まれて引き摺られていく。その様は昼下がりに売られていく子牛の様な哀愁を醸し出していた。
 とても時の庭園で悪魔の様な活躍をした輩と同一人物には見えないね。とりあえずフェイトに見せるように一枚撮っておこうか。これを見せたときの二人の反応が楽しみである。



 小テストなので、テスト終了後、隣の席の子と交換して答え合わせをするので、結果はすぐに出る。その結果はというと、

「うぅ……」

 なのは撃沈。

「今回はしょうがないよ、次頑張ろう」

 月村はまずまず。

「なんであんたみたいなのが毎回満点取れるわけ……本当、世の中理不尽だわ」
「さすがに左手じゃ書くの遅くて時間ギリギリだったけどなー」

 選択式の問題が多かったことも幸いし、俺とアリサは普通に満点。字が普段より格段に汚いのは致し方なし。さすがにブランクと多少のハンデがあろうと小学校の勉強くらいはね。
 人間使わない知識はどんどん忘れるものなので、中学以降もこの成績を維持できるかはかなり怪しい。

「うぅ、不公平だよぉ。ここ数日のゆーとくん、ドラクエと遊戯王しかやってるの見たこと無かったのにぃ」
「暇を持て余してたからなー。おかげで主人公用の錬金最強防具全部揃ったぜ」

 何しろ運動も出来ないテレビも見れない。ネットも繋がらないでは持ち込んだゲームくらいしかやることがない。
 一人のときはドラクエ。なのはとは遊戯王やってたおかげで退屈せずに済んだが。

「あんたら学校休んで何やってたのよ……」






 そして俺たちが日常へと戻って数日後、アースラから連絡が入る。内容は裁判やら何やらの為にフェイトたちが本局へと移動すること、そしてその前に少しだけ俺たちがフェイトと会うことが出来るので、その待ち合わせについて。
 その数分後、興奮したなのはから電話が来たのは言うまでも無いだろう。



 さてさて。待ち合わせ場所に来たまではいいのだが。こっそりと林の中から覗いて見れば橋の上には人影が三つ。クロノとフェイト、アルフ。プレシアの姿は見当たらない。なのはもまだ来ていないようだ。

「よっこらせ、と」

 とりあえず、ここなら見つかることもないだろう。しっかりと携帯の電源を切ってから地面へと腰を下ろす。
 クロノとアルフはいつもの服だったが、フェイトは前に着てたワンピースではなく、黒いシャツとショートパンツといった出で立ちだ。
 ここから見る分には、その顔に憂いはなく、純粋に友達を会うのを楽しみにしている様子が見て取れる。
 クロノによると、フェイトはなのはだけでなく、俺とも話したいと言っていたらしい。それを聞いた俺も初めはフェイトと話す気満々だったのだが、フェイトの元気そうな姿を見て満足してしまった。
 会う時間が限られているのならば、なのはとフェイトを二人っきりで時間の限り話をさせてやりたいと思う。俺との話に時間を割くよりはそっちのが有意義だろう。
 こうして隠れているのもここに来るまでに原作の光景を思い出し、俺がなのはとフェイトの間に立ち入るのも絵面的にかなり微妙かなー、と感じてしまったわけだ。二人に気を遣わせて離れたクロノ達のように俺も一緒に離れればいいだけの気もするが、フェイトが俺とも話したいと言ってたのならそれもまた微妙な気がするわけで。何を言ってるのかわからないと思うが、俺も良くわからん。
 そうこうしている間に、程なくしてなのはが到着する。フェイトに駆け寄る様は本当に嬉しそうで尻尾を振った子犬という表現がぴったりである。
 それを迎えるフェイトも笑顔を零し、なんとも微笑ましい光景だ。
 脇役に過ぎない俺はこうして裏方に徹し、二人の記念写真を取ることに専念しよう。



 そして感極まったなのはが涙を流しながらフェイトに抱きつき、フェイトもなのはをあやすようにしながら涙を流す。
 あ、やべ。ちょっと涙腺にきた。
 二人の会話までは流石に聞こえないが、あの二人が今までどんな想いでいたのかを知っているだけに、このシーンを知っていてもやはりくるものがある。
 流石にここでカメラを向けるのは無粋、かな。

「良かったな……二人とも」
「それに関しては同意だが、君はこんなとこで何やってるんだ」
「何って、脇役らしく舞台裏に潜んでるだけやん」
「ひょっとしてフェイトに会わないつもりなのか?」
「あぁ。別にこれが最後ってわけでもないしな。今更のこのこ出てくのもなんか気まずい……し?」

 いや待て、俺は誰と話しているんだ。
 ぎぎぎ、と音がしそうな勢いで振り向くとそこにはやれやれと呆れた顔をしたクロノが立っていた。

「いつからそこに?」
「たった今だ。君の持ってるカメラのレンズが反射しているのに気付いてな」

 おおう、しまった。俺としたことがなんたる不覚。

「じゃ、そゆことで」

 初志貫徹。あの光景を見た後にフェイトに会うのはなおさら気恥ずかしい気がするので、手を上げて挨拶した俺は即逃亡を図った。





「え?え?ちょっ、ゆ、ゆーとくんっ!?」
「ク、クロノ……これは?」

 逃亡を図った俺はあっさりとバインドで捕獲され、簀巻きにされた状態でなのはたちの前に放り出されていた。
 流石にこれは想像の範囲外だったのか、さっきまで涙を流していたなのはもフェイトも目を白黒させて驚いていた。

「そこの林に隠れていたんだよ。ここに来てフェイトと顔会わせるのが照れ臭かったらしい」
「ゆーとくんでも照れることがあるんだ」

 何気になのはが失礼なことを言っている気がする。

「私も人間だから……」
「似合わないからやめろ」

 神妙な顔をして言ったら即これだよ。

「俺の扱い酷くね?」
「君の日頃の行いを考えれば妥当だろう」

 血も涙も無いクロノの言葉にうんうんと頷くなのは。
 清廉潔白な俺が一体何をしたというのか、小一時間ほど問い詰めたい。後でしっぺしちゃる。

「これはちょっと酷いんじゃ……」
「そーだ、そーだ、怪我人なんだからもっといたわれー」

 俺のあんまりな扱いに困惑するフェイトに便乗して、抗議の声を上げる。

「そもそも俺は縛られるより縛るほうが大好きだ!」
「そんな性癖を暴露されても困るんだが」

 と呆れながらも、ようやくバインドを解除してくれる。

「あまり時間がないんだから余計な手間を取らせないでくれ」
「むしろ全く手間がかからないようにするつもりだったんだがなー」
「……もしかして私の会うのが嫌だった?」
「いやいや、違う違う。クロノの言うとおり照れ臭くなっただけだって」

 不安そうに呟くフェイトに苦笑しながら手を振って否定する。だからアルフさん、フェイトの後ろで威嚇しないでください。

「なら、良かった。君にも話したいこと、あったから」
「そか」

 気付いたらクロノたちは俺とフェイトを残して場を離れていた。
 って、おーい。なのはまでいっちゃうの?

『うん、わたしはちゃんと言いたいこと言えたから、今度はゆーとくんの番だよ』

 と、念話で返されても。聞きたい話はあっても、俺から言うことは特に何もないんだが。

「えっと、プレシアとはちゃんと仲良くやれてる?」

 俺にとって唯一の気がかりはそれだ。リンディさんやクロノからはただ上手くやってるとだけで、あまり詳しい話は聞いていない。二人を疑うわけではないが、フェイト本人の口から話を聞かないうちには、心底安堵することもできない。

「うん。まだ、ちょっとぎこちないとこもあるけど、母さんは昔の母さん……アリシアの記憶にあるとおりの優しい母さんに戻ってくれたよ。私のことも……ちゃんと、娘だって、言ってくれたんだよ」

 言いながらそのときのことを思い出したのか、フェイトはうっすらと涙を浮かべる。

「うん」
「君やなのはとと話して後、母さんに会いに行ったんだ。始めは母さん、私のこと見てくれなくて。やっぱり母さんは私のこと嫌いなのかなって、母さんにとってただの人形でしかないのかなって思った」
「うん」
「でも、それでも私はやっぱり母さんが好きだから。言ったんだ。私は母さんの娘で、もし母さんが私を娘だって思ってくれるなら、世界中の誰からも、どんな出来事からも母さんを守るって。わたしが母さんの娘だからじゃない。母さんが……私の母さんだからって」
「うん」
「そしたらね、母さんがわたしのこと抱きしめてくれて……今までごめんなさいって言ってくれて……うっくっ」
「そっか、良かったな」

 堰が溢れたように涙を流すフェイトの頭にそっと手を伸ばして、くしゃくしゃっと頭を撫でる。

「うん……うんっ」

 フェイトはそれ以上言葉に出来ず、両手で涙を拭う。
 それだけ聞ければもう十分だ。リンディさんの言うとおりだった。今のフェイトを見れば、プレシアが助かった意味は十分にある。その先に待っている別れも今のフェイトなら乗り越えていけるだろう。
 フェイトにハンカチを差し出しながらそう確信することができた。

「ちゃんとお礼を言いたいと思ってて」
「ん」

 ひとしきり泣いた後、ハンカチで涙を拭ったフェイトは照れくさそうにはにかむ。

「優しい母さんに戻ってくれたのは君のおかげ……本当にありがとう」
「…………」

 面と向かって初めて見た笑顔。本当に嬉しそうな、心からの笑顔に思わず見とれてしまう。
 やばい、可愛い。なんだか胸がドキドキしてきた。

「そ、そういうのはなのはやクロノ達に言ってくれ。俺は餌になっただけし。俺のほうこそ礼を言わなきゃな。フェイトやアルフにも散々助けてもらったし」

 高鳴る鼓動を誤魔化すように、なんとか言葉を絞り出す。
 あのモントリヒトを呼び出した以外、俺は役に立ってない。最後はともかく、それ以外は基本的に俺のほうがフェイト達に助けてもらいっぱなしだった。

「お互い様、かな」
「だな」

 言って、お互いに小さく笑う。

「ま、友達だからな。こまけぇこたぁ気にすんな」
「え?友……達?」

 俺の言葉にフェイトはきょとんとした顔を浮かべる。

「えっと、俺はとっくにそのつもりだったけどまずかったか?」

 言ってから思い出したが、フェイトはなのはと友達になったばかりだった。なのはを差し置いて友達宣言は少しばかり図々しかったか。

「あ、そうじゃなくて。私は、その、君の名前も覚えてなかった」
「ありゃま」

 しゅんとなるフェイトを見て、あれ?と首を傾げる。

「そもそも俺名前教えたっけ?」
「え、と……」

 と訪ねてもフェイトは微妙に困った表情を浮かべるだけだった。思い返してみれば、フェイトに名乗った記憶が全く無い。名前を覚えて無くても当然だった。

「勇斗。遠峯勇斗」
「……勇斗」
「おう」

 フェイトが俺の名前を呼び、頷いて応える。
 するとフェイトは何か躊躇うような素振りを見せ、やがて意を決したように深呼吸して言った。

「……その、不束者ですが末永くよろしくお願いします」
「…………は?」

 いや、待て。今の言葉はなにかおかしい。おまけに何故に頬を染めるか。

「ちょっと待った。今のセリフは何か間違ってる」
「え?そんなはずない……と思うんだけど」
「いやいやおかしいから。その台詞は結婚とかするときに言う台詞だぞ?」
「え、うん。だから合ってる……よね?」

 後半は自信なさげに呟くフェイトの言葉に一瞬、言葉を失う。
 何か嫌な汗が背中に流れるのを感じる。

「すまんが、俺にはさっぱり訳がわからん。一から説明してくれ」
「え、うん。……前に告白してくれたよね?」

 告……白だと?

「誰が?」
「勇斗が」
「誰に」
「私に」
「どこで?」
「時の庭園で愛してるって」

 その時のことを思い出しているのか、顔を真っ赤にしつつも、てきぱきと答えていくフェイト。一方の俺は顔面蒼白だ。
 やべぇ。
 さっぱり覚えがないのだが、あのときは無駄にテンションハイだったし、切羽詰って追い詰められてたからその時のノリと勢いで何を口走っていても不思議じゃない。っていうかフェイトがそう言ったのならそうなのだろう。おまけにフェイトは真に受けてるっぽい。えっと、どうしよう。こういう反応されると、勢いで口にしただけとは言い出しづらい。

「えーと、それで?」

 内心の動揺を隠しつつ、先を促す。

「そのことを母さんに言ったら……その、うちの家訓で最初に告白された男の子に助けられたら結婚しなきゃいけないんだって……」





「――――はっ!?」

 いかん。あまりの馬鹿馬鹿しさに一瞬、意識が飛びかけてしまった。な、なにを考えてるんだ、あのおばはん……。
 確かにフェイトは可愛らしいし、将来有望というか確定だが、今の幼女相手に結婚とか恋愛感情とかどうあがいてもねーよ。確かに可愛いとは思ったけど!
 っていうか何それ。何、一体プレシアは何を考えている。フェイトにこんなこと吹き込んでどうしようというのか。
 不意に思い出すのはいつぞやのリンディさんの何か企んでいるかのような態度。そしてその前に聞かれた意図不明な質問。
 嫌がらせか?俺に対する嫌がらせなのかっ!?俺が幼女は守備範囲外というのを考慮に入れた上での嫌がらせなのかっ!?
 リンディさんとプレシアが結託して俺に対する嫌がらせを始めたとでも言うのかっ!?
 あぁ、でも将来を考えるとわりと美味しい!?

「勇斗……?」

 俺が固まっていたのを不審に思ったフェイトが上目遣いに顔を覗き込んでくる。
 あの二人に対する追求は後で考えよう。冷静になれ、俺。とりあえず今はフェイトの過ちを正さねばならない。

「フェイト……」
「は、はいっ」

 ポンとフェイトの肩に手を置き、神妙な顔をして語りかける。

「お前は騙されている。それは真っ赤な嘘だ」
「え?」
「世の中そんな家訓はない。プレシアはお前をからかって遊んでるだけだ」
「え?え?そうなのっ?」
「うん、間違いない」
「えっと、それじゃ、結婚とかしなくていいの?」
「当たり前だ」

 この年で結婚とかいくらなんでもありえないだろう。常識的に考えて。問題は、ずっと時の庭園で暮らしていたフェイトに世間一般の常識がないということだ。や、普通に生活を送る程度のものはあるんだろうが、母親に言われた程度でそんなデタラメを信じるのはまずいだろう。

「そ、そうなんだ。良かった……本当に」

 心の底からホッとしたように安堵のため息をつくフェイト。実は物凄く抵抗があったらしい。
 それはそれで複雑な気も……まったくしないか。とにかく素直すぎるのも考え物である。
 フェイトはそのまま何やら小声でぶつくさ呟いていたが、不意に顔を上げて言った。

「あ、そうだ。リニスの残したデバイス、持ってる?」
「ん、こいつか?」

 ポケットから黒いプレート状のデバイスを取り出す。リニスの残した名も無きデバイス。
 アースラで受け取って以来、肌身離さず持ち歩いている。

「その子の名前、ちゃんと考えてきたんだ」
「さんきゅ。なんて名前?」
「うん、えっとね」

 フェイトは俺の手の中のデバイスを見つめながら、一呼吸置いて言った。

「ダークブレイカー」

 微妙に物騒な名前だった。

「バルディッシュは闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧。この子はバルディッシュの兄弟だから闇を破壊する黒き刃、夜を照らす赤き光っていう意味を込めたんだけど、どう、かな?」
「……良いんじゃないか。おまえはどう思う?」

 手の中の黒いデバイスは喜びを表すかのように輝く。

『Thank you』
「だとさ。こいつも気に入ったみたいだ。ありがとな」
「うん。気に入ってもらえて、良かった」

 そう言って笑うフェイトは本当に良い笑顔だった。
 色々苦労もあったけど、この笑顔が代価ならばそう悪いものでもなかったと思う。

「時間だ、そろそろいいか」

 フェイトの笑顔に和んでいると、ちょうどクロノが声をかけてくる。

「あぁ、問題ない」
「うん」
「フェイトちゃんっ!」

 俺たちが頷くと、なのはがフェイトに駆け寄り、ツインテールをくくったピンクのリボンを解き、フェイトに差し出す。

「思い出に出来るもの、こんなのしかないんだけど」
「……じゃ、私も」

 フェイトも同じように黒いリボンを解き、なのはへと差し出す。
 そしてお互いに差し出した手を重ねる。

「ありがとう、なのは」
「フェイトちゃん……」
「きっとまた」
「うん……」

 再会を約束した二人の手がゆっくりと離れていく。
 俺も何かフェイトに渡したいかな、と思ったがそうそう都合よく渡せるものがあるはずもなく。
 まぁ、ここで俺が何かするのも無粋というものだろう。

「ん」

 そうしてフェイトから手を離したなのはの肩に、アルフが預かっていたユーノを乗せる。
 どうでもいいけどこんな時くらい人間の姿に戻ってもいいんじゃないだろうか。本当にどうでもいいけど。

「ありがとう、アルフさんも元気でね」
「あぁ。色々ありがとうね、なのは、ユーノ、勇斗」
「こっちこそ」

 ナイスおっぱい!時の庭園でのあの感触は忘れません。と、心の中だけで付け足しておく。

「それじゃ、僕も」
「うん、クロノくんもまたね」
「フェイト達のことよろしくな」
「あぁ、任せておけ」

 お互いに拳を突き出して、軽く合わせる。
 転移の魔法陣を発動させたクロノたちを三人で見送る。

「フェイト。今まで甘えられなかった分、いっぱいお母さんに甘えておけ。自分で我侭かなって思うくらいが丁度良いはずだ」
「えと、うん。……頑張ってみる」

 魔法陣の輝きが増していく中、なのはとフェイトの二人はうっすらと涙を浮かべている。
 裁判を受けている人物と管理外世界の人間の直接の面会やリアルタイム通信は禁じられている。裁判が終わるまでの半年間、フェイトと直接会うことはできない。
 少しだけ長いお別れを惜しむようにフェイトがゆっくり手を振り、それを見たなのはが大きく手を振り返す。
 そして魔法陣が一際強い輝きを放ったとき、三人の姿は跡形もなく消えていた。
 それでも俺たちは一言も発することなく、余韻を味わうように海風に当っていた。

「なのは」
「帰るか」
「うん!」

 こうして俺たちが関わった一つの事件は終わりを迎えることとなる。
 五月半ばを過ぎた空は綺麗に澄み渡り、風が踊っていた。








     リリカルブレイカー 第一部  完







































 なのはと別れた帰り道、携帯がメールの着信を告げる音を鳴らす。
 そのメールを見て、ぴしりと動きを止める俺。
 浸っていたハッピーエンドが一瞬で吹き飛び、一難去ってまた一難、という言葉が脳裏に過ぎる。
 色々あり過ぎて忘れていた、いや考えないようにしていたというべきか。今まではフェイトの事があったため、先のことは気にすまいと考えていたが、こうして本人から連絡が来ては嫌でも考えざるを得ない。
 一通のメールに返事を返しながら、俺は不覚ため息をついた。


『最近、見かけないけどどうしたん?
                  八神はやて』



■PREVIEW NEXT EPISODE■

一難去ってまた一難。
一つの苦難が解決しても、運命はそれを嘲笑うかのように次なる苦難を運んでくるのであった。

勇斗『間違ってるのは俺じゃない』



[9464] 第二十話 『間違ってるのは俺じゃない』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:46
 八神はやてにメールを返した勇斗は、行き先を変更し、歩きながら悩んでいた。
 闇の書事件をどう対応しよう、と。
 P.T事件で散々周りに迷惑をかけ、自らも酷い目にあったことを大いに自省し、闇の書事件には関わらないようにしようと考えた。が、すぐにそれは不可能だと悟る。
 問題の一つは、既に自分は八神はやてと友達になっていること。
 二人が出会ったのは去年の夏休み。遠峯勇斗、実は隠れた読書好きである。前の人生で通学に電車で一時間以上かけて通っていた彼は、暇つぶしの道具として文庫本サイズの小説を愛用していた。新作の携帯ゲームなどを購入したときはその限りではなかったが、基本的に出歩くときには常に小説を持ち歩き、何かしら時間が空けば本を読み耽る習慣が身についてしまっている。とはいえ、たかだが当時小学二年生でしかない勇斗に多くの本を購入するお金があるはずもなく――お小遣いの大半はTVゲームやカードゲーム、プラモなどに費やしている――、学校の図書室や図書館などから本を借りることはそう珍しいことではなかった。
 八神はやてと出会ったのはいつものように図書館へ本を借りに行った時のことだった。
 自分と同い年くらいの車椅子の少女。肩にかからない程度の髪にバッテン状の髪飾りを見て、おぼろげに彼女が八神はやてだと気付く。
 初めて見た彼女は、自分の手がギリギリ届くかどうかという位置にある本を取ろうと、懸命に手を伸ばしていた。ベタベタというかテンプレ過ぎるだろと呆れるのと同時に、こんなん現実にあるんだなぁ、と妙な感心をしながらその本を代わりに取ってやったのが、遠峯勇斗と八神はやての出会いだった。
 はやてに礼を言われながら、思わぬ原作キャラとの出会いにどうしたものかと逡巡する勇斗。このまま立ち去るか、思い切って話しかけてみるか。彼女の境遇を知らなければ、迷わず前者を選んでいただろう。だが、彼はヴォルケンリッターと出会う前の彼女が、孤独に苛まれていたことを知っていた。同年代の友達と交流がないのは、本人の自覚あるなしに関わらず、良いことではない。はやての正確な誕生日は忘れてしまったが、ヴォルケンリッターたちが現われるまであと一年はあるはずだ。その間、年の近い友人のいない彼女の孤独は如何ほどのものであろうか。縁もなく、深い事情を知らなければ迷わず前者を選択できる。だが、縁はなくとも自分はそれなりに事情を知っている。彼女にこれから起きるであろう出来事まで。結局、数秒悩んだ末に勇斗は後者を選択する。はやての境遇に対する同情と、自分は所詮一般人であり、自分一人が彼女と友達になったところで悪影響はないだろうという認識の元、軽い気持ちで選んだ行動だった。

 幸い、というべきか。人懐こい性格のはやてと勇斗はすぐに意気投合し、それなりに仲良くなっていた。今年に入ってからは、月一度くらいの頻度で図書館で待ち合わせ、そのままお互いの家に交互に遊びに行って、夕飯を食べる程度に。(勇斗の両親にははやての希望で、はやてが孤児だということは隠されている)
 この段階でA's開始前にヴォルケンリッターと顔合わせすることは既に確定済みである。
 ユーノと出会い、なのはと一緒にジュエルシード探しを始めたとき、そんなことはすっかり勇斗の頭から抜け落ちていた。というか無意識に考えないようにしていた。
 はやての心情、その他、一切合財を無視して立ち回れば、回避は可能かもしれないが、勇斗にそこまでの気概などありはしない。別のフラグが立つ可能性も大いに有り得る。
 もっとも、それだけならば大した問題にはならなかっただろう。ヴォルケンリッター達が蒐集を開始して、なのは達と事を構えたとしても、自分は戦闘力の無さを理由として管理局側に協力しなければ良い。そうすれば、ヴォルケンリッターと知り合いということは誤魔化せるし、後は勝手に原作どおりのシナリオが進む……はずだった。
 ――自身の魔力覚醒という最大の問題点がなければ。
 覚醒そのものが問題なのではない。なのはの三倍以上という自身の強大過ぎる魔力量が大問題だった。
 どのくらいのページが埋まるのかは定かではないが、もし、自身の魔力が蒐集されれば、闇の書の完成は大幅に早まるのは間違いない。はやてを助けるのに闇の書の完成は不可欠なので、蒐集されること自体は問題ない。ただ、時期を誤れば、なのはとフェイト、片方が戦闘不能の時に闇の書が完成してしまえば。その時の結果はあまり想像したくない。
 早い段階でヴォルケンリッターと仲良くなっておけば、自身が蒐集されることは防げるかもしれない。だが、いざ蒐集が開始されたとき、戦闘能力が無く、ただ魔力だけがでかい自分は、ヴォルケンリッターにとって格好の的と判断され、クロノたちに自分が保護されるのは間違いない、と思う。そうなれば否応なしに関わらざるを得なくなる。自分が前線に出ることは無いだろうが、猫姉妹の介入も考えればどさくさに紛れて蒐集される可能性がないとも言えない。
 勇斗の考える限り、どう転ぼうとも闇の書事件に不干渉を貫くことは不可避であった。
 不干渉ができないならば、どう関わるのが最良か。迂闊な行動は最悪の結果を起こしかねない。例え、原作知識があったとしても自分が関わった場合の変化まで知ることは出来ないのだから。
 図書館までの道すがら、散々考え抜いた末に出した結論は、

「今日は考えるのやめよう」

 問題の先送りだった。
 どのみち、今はまだ五月半ば。はやての誕生日は六月の頭、まだヴォルケンリッターすら出てきていない。シグナム達が行動を起こす場合にしても数ヶ月の猶予があるはずだ。はやてを監視しているはずの猫姉妹についても、自身が闇の書に気付いたような反応させ見せなければ、手出しはしてこないだろう。勇斗が未来の知識を持ちえていることは、上には報告しないようにと、リンディから確約を得ている。多少は警戒をされているかもしれないが、猫姉妹にとって自分は、闇の書の餌程度にしか見られていないだろう。

「なんというエサマスター」

 自らが口にした言葉に思いっきり落ち込む勇斗。図書館を視界に納めながら、せめて今日一日くらいはフェイトとの別れの余韻に浸ろうと心に決めるのであった。






「よっ、おひさ」
「ん。あぁ、ひさし……ぶりって、その腕どないしたん?」

 図書館内で本を読んでいるはやてを見つけ、声をかける勇斗。はやても読んでいた本から顔を上げて声を返すが、勇斗の右腕を見て驚きに目を見開く。

「階段で転んだんだ。六階から一階まで」

 皆が皆、同じような反応を返すので、勇斗の答えもまた慣れたものである。さりげなく階数が増えてたりするが。

「あー、ゆーとくんならやりかねんなぁ。気をつけんとあかんよー」
「……うん。気をつける」

 笑顔でしれっと言ってのけるはやてにどこかやるせない表情の勇斗だった。まだ本当のことを話す気は無いが、ボケをスルーされてもそれはそれで寂しいものがある。無論、はやてはわかっててやっていた。

「で、その腕、大丈夫なん?」
「それはもう全然。こもうすぐ外せるし」

 首を傾げる少女にその証拠にほれ、と三角巾につられた腕を軽く振ってみせる。

「ならええけど。最近顔見せへんかったのも、その怪我関係あるん?」
「あるような、ないような」

 どこからどこまで話したものかと、一考する勇斗。ヴォルケンリッターたちが出てくれば、魔法関係の話も平然と話せる。だが、それ以前に話すのは猫姉妹の手前まずいのではないか、と。
 勇斗自身は、アリサやすずか辺りには別にいつバレても構わないと考えている。その二人に魔法バレをしないのはあくまでなのはに止められてるだけで、それがなければ適当な機会に話しているだろう。機会があれば。ゆえに今現在なのはと関係ないはやてには、いずれ魔法バレをする気満々であった。
 問題はその時期なのだが、いっそのこと考え無しの子供を装って早々に魔法バレしてしまうのもありかもしれない。後で何か対策をするにしても、こちらの評価が低いほうがやりやすいだろう。それにいざ、ヴォルケンリッター達が出てきたときも、あらかじめはやて本人から魔導師――自分を魔導師と形容していいかは甚だ疑問が残るが――の友人がいることを伝えさせたほうが、無駄な警戒をされずに済むかもしれない。リンカーコアやデバイスがあるからといって、問答無用に攻撃されることは無いだろうが、手を打っておくに越したことはない。うん、そうしようと思いつきのままに結論付け、辺りに人気の無いことを確認してから勇斗は言った。

「えーと、魔法使いになった」
「いつの間に30歳超えたん?精神と時の部屋にでも篭っとったん?」
「その魔法使いちゃうわ、ボケェー」
「あたっ」

 寸暇を置かずにボケをかますはやての脳天へ、すかさず手刀が振り下ろされる。身構える間もなく直撃した為、効果は抜群のようだ。

「うぅっ、こんないたいけな少女に暴力振るうなんて鬼畜やわぁ」
「いたいけな少女はそんなボケかまさんわ」

 頭を手で擦りながら上目遣いの涙目で抗議するはやてだが、勇斗は一片の同情も浮かべず、きっぱりと言い捨てる。
 この年齢でこんなネタを使うはやての将来を心配しつつも、原作で乳揉み魔だったことを考えるともう手遅れかもしれないと内心で呟く勇斗であった。

「まぁ、それはともかく人目のあるとこで話す内容じゃないから、俺んちか、はやてんちに移動しよう。もう少しで飯時でもあるし」
「まだ引っ張るん?一発ネタを使いまわすのはあんまり感心せんなー」
「ネタかどうかは後でみせちゃるわ。で、どっちの家行く?」
「ゆーとくんが人目のないとこでわたしを手篭めにしようと考えてる件」
「洗濯板のお子様が寝言をほざいとる件。せめてブラつけるようになってから言え」
「うわ、セクハラや!セクハラ発言!」
「図書館ではお静かに」

 さすがに衆人環視の中でセクハラを連呼されると決まりが悪いらしく、人差し指を立てながら正論ではやての言葉を封じる。

「むぅぅ」

 はやてはとても不満そうだったが、正論をねじ伏せることもできず、他の人間に注意される前に渋々と図書館を後にするのであった。

「で、結局どーすんだ?」
「前はゆーとくんの家やったから、今度はわたしんちやな。ちょうど冷蔵庫の中も空っぽやし、調味料も切れ掛かっとったしなぁ」
「俺は荷物持ちか」
「よろしくなー」
「怪我人に荷物持ちとかはやてが鬼畜過ぎる件」
「無理なら別にええよ?」
「魔法使えるようになった俺に対する挑戦と見た。普段の三倍の荷物でも余裕です」
「ほっほー。それは楽しみやなぁ」
「一度死に掛けてパワーアップした俺を舐めるなよ」
「それ魔法使いちゃう。戦闘民族や」

 そういえば、一度死に掛けた(実際には気を失っただけ)なのははやはりパワーアップしたのだろうかと益体もないことを考えながら、片手一本で器用に車椅子を押していく勇斗と、久々に友達との会話を余すことなく楽しむはやて。
 仲の良い兄弟のようにじゃれあう二人の姿はどこにでもある、日常の光景だった。







「まさか本当に三倍の荷物を持たされるとは思わなかった」
「まさか本当に三倍の荷物を持てるとは思わんかったわ」

 八神家と到着し、片手に担いだ荷物を降ろして一息つく勇斗に呆れたように呟くはやて。
 あれだけ偉そうな口を叩くならば、物は試しと、日用品を含めて普段の三倍の量を買い込んで見れば、当の勇斗は片手にも関わらず、本当にあっさりと大量の荷物を持ち上げてしまった。それも八神家に到着するまで文句一つ言わず、さほど疲れた様子すら見せない。
 泣きを入れて詫びをいれる勇斗を楽しみにしていたはやてとしては、感心すると同時に、拍子抜けもいいとこである。

「買った後に持てなかったら、どうするつもりだったんだ……」
「そんときはちゃんと宅配頼むから問題なしや」
「おいおい」

 しれっと言ってのけるはやてに苦笑しながら、ふとある事に気付く勇斗。

「あれ?それって最初から俺が運ぶ必要なくね?」
「さてさて、お昼の準備せなあかんなー。食材はちゃんとキッチンまで運んでなー」
「おーい、はやてさーん?」

 自分では何一つ持たず、さっさと家の奥へ入ってしまったはやてに呼びかけるが、勇斗の声は空しく廊下に響き渡るだけであった。





 はやてが振舞った昼食を存分に味わった後、食後のお茶を楽しみながらユーノと出会いから始まる一連の事件を語る勇斗。
 念のため、なのはやフェイトの戦闘スタイルなどに関しては、シグナムやヴィータたちに伝わる可能性を考え、詳細は伏せている。

「と、いうわけだ」
「はー、それは盛大な夢やったなぁ。うん、作り話にしては及第点やな」
「おい」

 勇斗と同じようにお茶を啜りながら、勇斗が話したことを夢と一笑に付すはやて。勇斗の力を見ても、作り話だと思ってるようだ。
 勇斗としてもそう簡単に信じて貰おうと思ってなかったが、夢や作り話の一言で片付けられるとさすがに文句の一言も言いたくなる。おまえ、話の最中に散々質問したり相槌を打っていたのとちゃうのかと。

「でもゆーとくんが全く役に立ってない辺りは、妙に信憑性があるわなぁ」
「はぐっ」

 痛いところを突かれ、思わず自分の胸を押さえる勇斗。
 はやてはニヤニヤとした邪な笑みを浮かべ、さらに追い討ちをかけていく。

「ジュエルシード探しで暴走に巻き込まれて、かえって相方の子に迷惑かけたり」
「ぐっ」
「執務官の子に蹴りをかまして返り討ちにあったり」
「ぐぬっ」
「でっかい魔力あっても才能ゼロで全然魔法使えなかったり」
「うぐっ」
「ラストダンジョンでその他大勢の雑魚一体も倒せなかったり」
「くぬっ」
「何もしないうちに敵に捕まったり」
「はうっ」
「デバイスとやらを手に入れてもラスボスにまるで歯が立たなかったり」
「くっ、うっ……」
「でも餌とか補給係としては役に立っとるんやから、いっそのことエサマスターとか人間補給装置とか名乗ったらええんちゃう?」
「…………」

 はやてのトドメとも言える言葉に、言葉も無いままテーブルの上に撃沈する勇斗。ビクン、ビクンとたまに痙攣しているように見えるのははやての錯覚か。

「お~い、生きとる~?」

 指先でツンツンと勇斗の頭をつつく。

「返事が無い。ただのエサマスターのようや」
「やかましいっ!好きでエサマスターやっとるのとちゃうわ、こんちくしょーっ!」

 はやての言葉にガバッと身を起こしながら、力の限りに叫び出す勇斗。その目にうっすらと涙が浮かんでいるのをはやては見逃さなかった。

「そんなに弱くて悪いか、悪いのは俺かっ!?たかだか数週間であそこまで強くなるなのはが異常なんだっ!あんな戦闘民族と一緒にすんじゃねーっ!」

 一気に叫んだ為、軽い酸欠を起こしながら息を切らして両手を付く勇斗に、はやては生暖かい視線を送りながら言った。

「そこで決め台詞」
「間違ってるのは俺じゃない!世界のほうだ!」
「負け犬乙」
「アホなことやらすな」
「あたっ」

 いい加減はやてに合わせるのも飽きてきたので、手刀をはやての脳天に叩き込む勇斗。
 はやてに乗せられてノリのままに叫んだものの、頬が微かに赤くなっている辺り、実は結構恥ずかしかったのかもしれない。

「うぅ、暴力反対ー」
「言葉の暴力反対はいいのか?」
「レディーファーストっていう言葉知っとる?」
「生憎と俺は老若男女全て平等に扱う主義でな」
「うわ、やっぱり鬼畜や鬼畜。ドSや」
「その通りだ。羨ましいか」
「なんでそこで威張るん?」
「ノリだ」
「さよか」

 しょーもないやりとりに二人してため息をついた。

「で、今の話が本当なら魔法見せて。魔法。変身できるんやろ、変身」
「いいけどさ。ブレイカー」

 何事も無かったかのように囃し立てるはやてにため息をつきつつも、バリアジャケットを纏うために立ち上がり、ベルトのバックルへと装着した相棒へと声をかける。

『Get set』
「喋った!?」

 突如、声を発したダークブレイカーの声に驚くはやて。

「そりゃ、喋るさ。インテリジェントデバイスだからな」
「ほーほー。な、な、ちょっとわたしにも触らせて?」
「別にいいけど」

 そんなはやての反応に気を良くしつつ、それを表に出さないようにしながらバックルからダークブレイカーを外し、はやてに差し出す。
 はやては興味津々と言った感じで、壊れ物を扱うかのように丁寧にプレート状のダークブレイカーを受け取る。

「へー。この子が魔導師の杖になるん?」
「まぁ、便宜上そういうことになってるけど、実際には杖以外の形も少なくないけどな」

 普遍的なデバイスの形状は杖が多いが、勇斗の知る限り杖以外の形態を取るデバイスも多い。斧だったり、剣だったり、ハンマーだったり、ナックルだったり。勇斗の知っているメインキャラの中でまともに杖として使っていたのは、なのはとクロノくらいである。エクセリオン以降のレイジングハートを純粋な杖と呼んでよいかは甚だ疑問ではあるが。

「な、この子、わたしが呼んでも返事してくれる?」
「大丈夫だよ。結構無口な奴だけど」

 こちらに戻って以降、身体を動かしたり実際に魔力を使ってのトレーニングは、腕の怪我が治るまで禁止されていた。勇斗としても、怪我を悪化させてまで頑張ろうと言う気概は持ち合わせていないので、直接の魔力行使は行っていない。だが、早朝にはなのはと同じようにユーノの講義を受けたり、アースラでダークブレイカーにインストールされた初心者用の訓練プログラムを使っての鍛錬は続けている。魔力行使に関しての成果はまるで出ていないが、その過程でデバイスとの信頼関係はゆっくりと、しかし確実に築かれつつあった。

「えっと、八神はやて言います。よろしく」
『こちらこそ』

 はやての呼びかけに無機質ながらもしっかりとした答えが返される。

「わ、わ。ちゃんと答えてくれたっ。聞いた、聞いた?」
「あぁ、しっかり聞こえてたから落ち着け」

 はやてには珍しい、子供らしい無邪気な反応に苦笑を零す勇斗。
 生来の気性か、その生い立ちによるものか。はやてはなのはらと比較しても、高い精神年齢を持っていた。それ自体は悪いことではないのだが、周りに心配や迷惑をかけまいと振舞う様が、本来持っているはずのある種の子供らしさを打ち消していた。最近は多少なりとも改善されているように見えるが、なのはと同じように、はやてももっと子供らしく周囲に甘えるべきだと、勇斗は考えている。
 ヴォルケンリッターという家族ができれば、もっとこんな顔を見る機会も増えるのだろうか。そんなことを考えながら、勇斗は嬉しそうにダークブレイカーへ話しかけるはやてを見守っていた。



「んじゃ、お待ちかねの変身といきますか」

 ひとしきりダークブレイカーと会話して満足したはやてから、ダークブレイカーを受け取る勇斗。

「わくわく」

 ダークブレイカーと会話したことで、はやてはすっかり勇斗の話を信じたらしく、期待に満ちた眼差しを送っていた。

「んじゃま、変身」

 気の抜けた声と共に勇斗の姿が光に包まれ、パーカーとジーンズの服装が、漆黒のジャケットと同色のシャツ、パンツへと変わっていく。その腰にあるベルトにはダークブレイカーの本体である赤い宝玉が鈍い輝きを放っている。

「どーよって……凄く不満そうだな」

 多少得意げに声をかけた勇斗だったが、はやてに浮かんでいる表情に気付き、怪訝な目を向ける。

「地味!」
「……知らんがな」

 ビシッと指を差して指摘するはやてに脱力しながら返答する勇斗。
 そうか。お前にとっては魔法が実在したことよりそっちが重要なのか、と内心で突っ込むのがやっとだった。

「変身するならもっとこう、仮面ライダーのように気合の入ったポーズと掛け声がお約束やろ!?」
「すまん、素のテンションでやるにはちょっと恥ずかしい」

 時の庭園では文字通り仮面ライダーを真似た変身ポーズをノリノリで決めていたが、こういったお披露目かつ、素でやるのには抵抗がある勇斗だった。

「ヘタレや。ヘタレ。ヘタレがここにおる」
「うっせ」
「そもそもそれの何処が魔法使いの格好?ベルト以外、全然普通やん。全身真っ黒とか厨ニ病真っ盛り?」
「……ほっといてくれ」

 はやての指摘に多少なりとも自覚があるのか、返す言葉にも力が篭もっていない。

「魔法使いならもっとフリルとかマントつけて、カラフルな色使いで額にはティアラとか」
「そんなん着た俺を見たいか?」
「…………ごめん、わたしが悪かった」

 一瞬なりとも脳内でそのビジョンを浮かべてしまったのか、げんなりとした表情で呟くはやて。
 勇斗としてもそんなのを喜々としてリクエストされたり、はやてが特殊な性癖に目覚めるようなことになったらたまったものではない。

「じゃ、今度は魔法見せて。どんなん使えるんやったっけ?」
「えっと、魔力供給に、足場を作る魔法、下に落ちる速度を緩める魔法。あとは体が頑丈になったり、力が上がったり」
「まほう……つか、い?」

 勇斗が使う魔法のバリエーションに彼を魔法使いとして呼んで良いものか。思わず首を傾げてしまうはやて。

「得意な距離は?」
「近接戦」
「魔法使い?」
「……やっぱ微妙だよなぁ」

 本人も常々自覚があったらしく、力の無い笑みを浮かべたまま、はやてから目を逸らしていく。
 そもそも最後のはどこぞの執務官に指摘されたとおり、ミッドチルダの定義では魔法と呼べる代物ではない、別の何かである。

「やっぱりエサマ「だまらっしゃい」

 はやてに最後まで言わせず、三度手刀を叩き込んで黙らせる勇斗だった。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

日常へと戻った勇斗達が過ごすのはありふれた平穏な日々。
そんな日々の中、フェイトへのメッセージ作成の為、勇斗は月村家への招待を受けるのであった。

アリサ『天上天下唯我独尊』



[9464] 第二十一話 『天上天下唯我独尊』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:46
「ねぇねぇ、ゆーとくん。今日って暇かな?」

 はやてのお宅訪問から数日後のある放課後。帰り支度をしていた勇斗はいきなりこんなことを尋ねられた。
 声をかけてきたなのはの背後には、当然のようにアリサとすずかの姿もある。

「まぁ、暇だけど?」
「これからすずかちゃんちに集まって、フェイトちゃんに送るビデオメールを作るんだけど、ゆーとくんも来てくれるよね?」
「ヤダ」

 なのはの誘いに間髪入れずに答える勇斗。

「え?」

 あまりの即答振りと予想外の答えに、思わず目を丸くするなのは。アリサとすずかも鼻白んでいる

「な、なんで、暇してるんでしょ?一緒にビデオメール作ろうよっ」
「いいよ、俺は手紙で。そんなに話すことないし」

 もちろん、勇斗もフェイトのことが気にならない、と言えば嘘になる。だが、今言った言葉どおり、なのはのようにあれこれと話したいことが山ほどあるわけではない。こちらの近況や尋ねたいことがあるのならば、手紙で十分事足りる。
 そして何よりビデオメールという形式が、いまいち自分には合わない。電話や普通に顔を会わせて話すのなら、いくらでも話せるが、ビデオカメラに向かって一方的に話しかける、というのがどうにもこそばゆく、やりづらいイメージしかなかったのだ。
 それゆえに勇斗は手紙という形式を選んだのだが、今のやり取りでなのはが納得するはずも無い。

「むー。勇斗くん、薄情だよぅ」
「まーな。今後のために覚えておくと良いぞよ」

 ぷくーっと頬を膨らますなのはにも涼しい顔を崩さない勇斗。
 それを見かねたアリサが、やれやれとため息をつきながらなのはに助け舟を出す。

「別にいいじゃない、ビデオメールぐらい。減るもんじゃないんだから」
「ヤなものはヤです。本人が乗り気じゃないんだからいいじゃん、別に」

 取り付く島もない勇斗に、アリサたちは顔を見合わせて肩を竦める。
 いつもどおり飄々とした態度の勇斗が何を考えているのか、少女達が察するにはまだまだ理解が足りないようだ。
 勇斗からしてみれば、逆に何故そこまでビデオメールにこだわるかが疑問である。手紙には手紙なりの良さがあるというのに、お子様達にはそこら辺わからないのだろうか。
 そこまで考えて、自分も手書きの手紙などを書く機会がほとんどなかったな、と思い出す。以前、手紙を書いたのは、前の世界の中学生くらいまで遡るかもしれない。

『もしかして朝のこと怒ってる?』

 念話でこっそりと話しかけてくるなのは。
 なのはが言っているのは、早朝の魔法訓練時に起きたことである。
 ようやく右腕のギプスも取れ、全快した勇斗は身体を思い切り動かせることに浮かれ、軽い気持ちでなのはとの模擬戦を提案したのだ。
 勿論、なのはが本気を出せば瞬殺されてしまう為、ディバインバスター無し、ディバインシューターは2発まで。3m以上の高さで飛ぶの禁止などなど盛りだくさんのハンデをつけての話だ。
 「さすがにそれはハンデ大きすぎるよぅ」とはなのはの弁だが、勇斗やユーノからしてみれば、それでも足りなさ過ぎるくらいだ。
 その成長速度・技術・魔力。魔導師として、自分が如何に規格外であるかを早めに認識させなければ、と勇斗とユーノが結託したのをなのはは知る由もない。
 模擬戦の結果は言うまでも無く、勇斗のノックアウト負け。けん制にとして放たれたディバインシューターの一撃にあえなく沈むという情けなさ過ぎるオチだった。
 撃ったほうも撃たれたほうも、ディバインシューターが並の魔導師ならば一撃で昏倒させる威力を持っているという認識が無かった故の喜劇である。
 手加減されようが、ハンデをつけようが、なのはを相手にするときは今後一切の油断・過小評価を絶対にしないと、心に誓った勇斗であった。

『いや、それは無いから』

 問われた勇斗のほうは、予想外の言葉に思わず苦笑を漏らしてしまう。
 なのはの中で自分はそんな小さな人間に思われてるのかー、と内心で少しショックを受けつつ、なのはの問いを否定する。

『むー、じゃあ、なんでなのー?』
『さて、な』

 再び頬を膨らますなのはをはぐらかすように笑みを浮かべ、席から立ち上がる。

「ね、ゆーとくん?」
「んー?」

 すると、今まで沈黙を保っていたすずかが口を開き、勇斗の顔を覗き込むように首を傾げる。

「ノートのお礼、そのうちしてくれるって言ってたよね?」

 その一言ですずかの言わんとしていることを察し、勇斗の顔が微妙に引き攣る。
 確かに、勇斗には学校を休んでいる時と腕が治るまでの間、すずかに授業のノートを取って貰っていた借りがある。先日、ギプスが取れた際に、そのうち何らかの形ですずかに礼を返すとも宣言していた。
 「おおっ、その手があったか」と、すずかの意図に気付いたアリサもにんまりと笑みを浮かべる。

「無理にとは言わないけど、駄目かな?」
「ふっふーん、男なら二言はないわよねぇ?」

 控えめにお願いをするすずかと、何故か勝ち誇るアリサ。その後ろではなのはもうんうんと頷きながら念話を送ってくる。

『そういえばこないだレイジングハートを貸してあげたよね。そのお礼ってわけじゃないけど、お願い聞いてくれると嬉しいなあぁ」
『……』

 そう、ちょっとした仕込みというか保険の為、勇斗はなのはからレイジングハートを借りていた。
 なんとか拝み倒すことで一晩だけ借りることはできたのだが、理由をなのはに言うこともできなかったため、借りを一つ作った形になっている。

「……やれやれだ」

 すずかとなのは二人分の借りがある勇斗は、それを跳ね除けるだけの理由も思い浮かべられず、ため息と共に首を縦に振るのだった。











「でけぇ」

 それが月村邸に対する第一印象だった。勇斗が月村邸を訪れるのは今回が初めてである。メイドによるリムジンによる送り迎えもだが、こうして屋敷と言えるような家に招かれるのも勇斗にとっては初体験だ。庶民の枠を出ない勇斗が圧倒されるのも無理は無いだろう。たとえ、それが予備知識として知っていたとしても。

「そう、かな?」
「そんな驚くほどじゃないでしょ。さ、行くわよ」

 小さな呟きに反応する二人の少女に、「これだから金持ちって奴は……」と呟く少年。同情するようにポンポンとその肩を叩くツインテールの少女の図を、月村家のメイド、ノエル・K・エーアリヒカイトは温かい目で見守っていた。


「おぉ」
「んな~」

 月村家のメイドであり、ノエルの妹、ファリン・K・エーアリヒカイトに案内された客間に足を踏み入れると、一匹の子猫が勇斗の足に擦り寄ってきた。
 勇斗はすかさずしゃがみ込み、子猫をあやすようにその顎をなで始め、

「にゃー」
「んにゃ~」
「んにゃ?」
「にゃ~」
「に゛え゛え゛え」
「にゃー」
「に゛ぇ゛ー」
「にゃぁ」
「にゃ」

 そうして勇斗から静かに離れる子猫と、それを手を振って見送る勇斗。少女達は唖然とした表情でそれを見ていた。

「ゆ、ゆーとくん、今の何っ?」
「あんた、もしかして猫と話せるの?」
「え?もしかしてお前ら話せないの?」

 と、驚いたように返す勇斗に沈黙する少女達。
 沈黙は数秒間続き、やがて、勇斗が呆れた表情で口を開く。

「や、ただのコミュニケーションで言葉は通じないからな?」

 こうしてアリサと勇斗の鬼ごっこが始まるのであった。



「うーむ、しかしなんというぬこ天国。これは癖になるかもしれん」

 ひとしきり走り回った後、ファリンが入れた紅茶で喉の渇きを潤しながら、子猫たちと戯れる勇斗。
 この屋敷に大量の子猫たちがいることを知ってはいたものの、実際にたくさんの子猫たちを前にすると、自然と和んでしまうものなのだろう。
 そんな勇斗をアリサとなのはは訝しげに眺めていた。

「私は猫好きなあんたに違和感があるわ……」
「だよねぇ」
「おまえらの中で俺は一体どんなイメージなんだ」
「にゃー」

 さも心外と言わんばかりに睨みつける勇斗だが、その頭と膝には子猫が乗っかっていて、何の威厳もない。

「天上天下唯我独尊」
「愉快犯でいじめっ子。自分が楽しければそれで良いみたいな?」
「うむ、大体合ってるぞよ」
「にゃー」
「……合ってるんだ」

 アリサとなのはの容赦のない言葉をあっさりと肯定する勇斗。
 そんな友人達のやりとりに苦笑するすずか。仲が良いことには変わりないが、どこかズレてる気がしてならない。

「ね、ゆーとくん。その子たちが気に入ったならいつでも遊びにきていいからね」
「んー、まぁ、機会があればなー」

 膝に乗せた子猫の頭を撫でながら返事をする勇斗。勇斗にとっても魅力的な提案だが、女の子三人の中に自分から男一人で飛び込む気にはならなかった。
 クラス連中を誘って女の子の家に押しかけるのも何か間違っている気もする。さっさとユーノを含めて魔法バレしてしまえばいいのにと、内心で考える勇斗であった。

「すずかちゃん、撮影の準備できましたよー」

 そんな勇斗の思考を中断したのは、ビデオカメラを三脚にセットしたファリンの声だった。
 顔を上げれば、手を振りながら駆け寄ってくるファリンの姿が目に映る。

「わきゃう!?」
「わわっ、ファリンさん!?」

 そして彼女はこけた。躓くようなものは何もないにも関わらずだ。
 ドジっ子って本当にいるんだなぁ、と妙な感慨を抱きながら、ファリンに手を貸そうと立ち上がろうとする勇斗だが、

「にゃー」
「どいてくれ」
「なー」
「にゃー」

 頭や膝に乗った子猫達は微動だにせず、動くに動けない。

「いいじゃない、そのままで。せっかくだしこのまま撮っちゃいましょう」
「マジか」

 勇斗が子猫達と交渉している間にファリンは自力で立ち上がり、アリサは人の悪い笑みを浮かべながらそんな提案をしてくる。

「あ、それはいい考えかも」
「うんうん。賛成ーっ!」

 ここぞとばかりにすずか達もアリサの提案に乗ってくる。
 結局、そのまま猫達に拘束されて動けない勇斗を中心として、ビデオメールの撮影が開始される。
 そして撮影終了後は、なし崩し的に四人でゲーム勝負へと移行していく。

「あうぅぅ、またキングボンビーがー」
「ふははは、ざまをみー。貴様等など私の敵ではないわー」
「棒読みで言うのがまた腹立つわね……」
「ゆーとくん、妨害の仕方が的確すぎるよ……」
「ふぅん、肉を切らせて骨を絶つ。これぞ勝利の秘訣よ」
「自分がメカボンビーあるのに出動させないで、そのまま人になすりつけるとかどんだけ捨て身なのよ」
「基本ですよ、基本。ふふのはー」

 と、調子に乗る勇斗だったが、残る三人が結託し、勇斗を集中攻撃することであえなく敗北する羽目になる。

「ボードゲームで結託して一人を集中攻撃するのって大人げなくね?」
「えへへー、ゆーとくん。勝てば官軍って言葉知ってる?」

 アースラ内で遊んだとき、散々勇斗がなのはに対して言った台詞をここぞとばかりに真似てくるなのは。

「おまえ、段々性格悪くなってるよな」
「ゆーとの影響ね」
「ゆーとくんの影響だね」
「えぇっ、みんな酷いよぉっ!?」

 三人娘の言葉にどこから突っ込むべきか、投げやりな気持ちで悩む勇斗だった。




「じゃあ、よろしくね」
「しっかり届けなさいよ」
「あいあいよー」

 ノエルによって自宅まで送られた勇斗の手には、今回撮ったDVD-ROMの他にもたくさんの本や映画のDVDの入った袋が吊り下げられていた。その中には、今日撮ったものとは別に、なのはとユーノが撮った魔法関連の話題込みのディスクも混ざっている。
 法絡みのディスクを除いたこれらは、三人娘からフェイトへと貸し出されるものである。
 それを何故、勇斗が預かるのかというと、明日の休日、魔力関係の精密検査を受ける為に管理局の本局に赴くからである。
 なのはも本局へ行きたがっていたのだが、生憎と明日は家族とでかける予定がある為、今回は見送ることになっている。規約により、たとえアースラに搭乗できてもフェイトに会う事ができない、というのも大きいだろう。

「そういえばゆーとはフェイトに何か貸さないの?」

 勇斗が今、手にしているのは、勇斗以外の三人が持ち寄ったもので、明日自宅からもって行く勇斗のものは一切含まれていない。

「んー、日本文化の象徴とか、情操教育に関してのものをいくつか送ろうかな、と」
「情操教育って……」
「色々閉鎖的な環境で育った子だからな。色々知らないこと多いんだよ。羞恥心とか、羞恥心とか。できれば早めにそこは矯正しときたい」

 勇斗個人に関しては、将来のフェイトの露出が増えること事態は目の保養になるとも考えてるが、それに対して何の羞恥心を抱かないのは人間としてどうなのかかなり不安があった。無論、状況が状況だったゆえに、そんなことを気にしていられなかったとも考えられるが、母親がアレなだけに根本的に羞恥心が欠けている可能性も否めない。
 友人として、一般的な教養は持たせたいというのが勇斗の考えである。彼個人にとって、恥じらいのない女性というのは大きなマイナスポイントである。

「ゆーとくんがまともなこと言ってるよ……」
「驚きだね」
「てっきり私色に染め上げる!とか言って変なものばっかり渡すんじゃないかと思ってたわ」
「俺はどこの金色大使か」

 自らに対する言い草に憤慨する勇斗だったが、日頃の行いを鑑みれば妥当なところであるし、アリサの言もあながち間違っていない。むしろ的確であると言えよう。

「あはは。それじゃゆーとくん、また学校でね」
「ばいばーい」
「またねー」
「おー、またなー」

 なのは達がリムジンに乗るのを手を振りながら見送りながら、フェイトに羞恥心というものを学ばせるには、何を貸すのが一番良いのか思案する勇斗だった。
 もっとも、一晩考えた末に具体的なにをどうすればいいのか思い浮かばず、あえなく挫折するのだが。



■PREVIEW NEXT EPISODE■

自らにかけられたリミッター。
その謎を解くというお題目を盾に、勇斗は管理局本局を訪れる。
そこで待っていたのは、予期せぬ出会いだった。

勇斗『指切り』



[9464] 第二十二話 『指切り』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:47
「迷った……」

 人の行きかう道のど真ん中、途方に暮れた勇斗の姿があった。
 自分にかけられていたという出力リミッターに関して、綿密な調査を受ける為にこの管理局本局へ辿り着いたのが正午。
 アースラに搭乗した際、クロノにフェイトへの荷物、なのはと勇斗の両親(勇斗となのはがそれぞれ両親へ事情を説明したときに、お互いに友人の名前を出していた為、本人達の知らぬ間に親同士の交流が出来ていたらしい。家を出る際に母親から荷物を渡され、そのことを聞かされた勇斗はなんとも言えない微妙な気分を味わされていた)からアースラークルーへのおみやげを手渡し、リンディやエイミィを交えてまったりとお互いの近況を報告し合った。
 闇の書の件の対応についてはいまだに結論が出ていなかったが、それを除けば和気藹々とした道程だったといえよう。
 そして本局に辿り着き、一通りの検査を終えた後、結果が出るまでの暇を潰す方法として勇斗が選んだのが本局見学だった。
 クロノやエイミィ等は、今回の調査や別件での報告で手が離せず、案内がなくても問題ないと主張した挙句の結果がこの様である。
 形式上は船として分類されている時空管理局本局だが、その内部には様々な施設を内包しており管理局の本部としての役割に留まらず、一個の街としても機能している。
 探索の中、デパートはまだしも、ゲームセンターや動物園、水族館まで見つけたときの勇斗は驚くところなのか呆れるべきなのか真剣に悩んだほどだ。
 とはいえ、時空管理局本部ともなれば仕事に追われ、一年のほぼ九割以上をそこで過ごす局員も珍しくない。そういった局員達が気軽にかつ、身近にリフレッシュできる娯楽施設は欠かすことはできない。
 予算の無駄使いと言うなかれ。そういった施設は民間企業からの出資で運営されている為、資金的な問題はクリアされているし、そもそも太陽の光がない場所での生活なのだ。適度な息抜きもできなければ、仕事などやってられないだろう。管理局員とて一個の人間なのだから。
 そんな広大な場所を土地勘も宛てもなく、興味の引かれるままにさ迷い歩けば道に迷うのも当然と言えよう。

「ま、いっか」

 調査結果が出るだろうと言われていた時間にはまだ大分余裕がある。道などその辺にいる人に聞けばわかるだろうと楽観的な結論を出し、見知らぬ場所を見て回ろうと一歩を踏み出そうとし、

「――お?」

 いつの間にか服の裾を誰かに掴まれていた。
 振り返りみれば、そこには勇斗よりもさらに小さな子供の姿。
 年のころは小学校に上がるかどうかと言ったところだろうか。その右手はしっかりと勇斗の服の裾を掴み、涙ぐんだ瞳で勇斗を見つめていた。
 勇斗の第六感が最大限の警鐘を鳴らしていた。
 辺りにその子の保護者らしき人物はいない。小さな子供が街中で一人で涙目。それだけで状況把握には十分だ。

「えっと……ボ」

 「ボク、お父さんとお母さんは?」と訪ねようとして、その子がスカートをはいていることに気付く。短い髪から男の子かと思ったが、女の子のようだ。

「お嬢ちゃん、お父さんかお母さんは?」

 ――まったく、この年代はパッと見じゃ性別がわかりづらい。
 内心で毒づきながらも表面上は笑顔を装い、女の子を刺激しないように訪ねた。

「ふぇ……」

 が、そんな勇斗の想いも虚しく、女の子の涙は臨界点を突破しようとしていた。

「おねぇぇぇちゃぁぁぁん!おかぁぁぁぁさんっ!」

 それに気付いた時にはもはや止める術なし。如何に見た目の年齢以上の知識と経験を持っていたとしても、泣き出す迷子の涙を瞬時に止める術など無い。
 言葉にならない女の子の泣き声に行きかう人々が次々と足を止め、少女に裾を掴まれた勇斗に不審と非難の目を向ける。
 流石の勇斗もこれには大いに戸惑った。もしもこれが子供の姿でなかったら間違いなく警察――もとい局員に通報され、職務質問を受けていたに違いない。
 不幸中の幸いというべきか、周りの目には男の子が女の子に何かして泣かしているようにしか見えていない。それはそれで問題ではあるが。

「お、落ち着いて。お姉ちゃんもお母さんもすぐに見つかるからっ。ね、ねっ。ほら飴玉あげるからっ!」

 と、必死に泣きつく女の子をあやすのだが、まるで効果はない。そもそも勇斗の声を聞いてすらいなかった。
 ――誰でもいいから助けて
 即座に自力での解決を放棄した勇斗の心の叫びを聞きつけたかのように、救いの主は現われた。

「あー、こんなところにいたー」

 泣き声を聞きつけたのか、髪の短い少女の姉と思しき少女が、向かいの角から姿を見せて駆け寄ってくる。
 こちらは目の前で泣いている女の子と違い、腰まで届く髪の長さで性別は一目瞭然である。
 後頭部につけているであろう藍色のリボンがより、その可愛らしさを強調していた。

「おねーちゃんっ!」

 その姿を見た女の子は、一瞬で泣き止み、即座に掴んでいた勇斗の服の裾を放して姉の元へ駆け出す。

「もー、一人で勝手に歩いちゃ駄目って言ったでしょ?めっ」
「うぅ……ごめんなさい」

 女の子が泣き止み、妹を嗜める姉と反省する妹という微笑ましい光景に、足を止めていた人々は口元に微かな笑みを浮かべながらその場を後にしていく。
 もっとも、この場で誰よりもほっとしたのは勇斗だろう。古今東西、女の子の涙というのは何者にも勝る最終兵器となり得る。
 知らない街中で自分よりも小さな女の子にいきなり泣き出されては、とても生きた心地がしないものだ。
 大きく安堵のため息をつきながら、二人の少女達の下へと歩み寄る。
 さすがに立ち去るにしても一声かけておかないと、なんとなく後味が悪い。

「良かったな、お姉ちゃん見つかって」
「!?」

 姉との会話に夢中になっていた女の子を声かけた途端、女の子はビクッと身体を縮こまらせ、即座に姉の後ろへと身を隠してしまう。

「おぉぅ……」

 女の子を刺激しないように出来る限り、優しく穏やかに声をかけたつもりだったのだが、ここまで露骨に怯えられると流石にショックを受ける。

「あの、どちら様ですか?」

 姉の少女も露骨に警戒心を露にして妹を庇うように、勇斗を睨みつける。
 勇斗より明らかに年下にも関わらず、この気概は大したものだと感心すると同時に、何故自分がこうも敵愾心むき出しにされなければならないのか。
 自分が誰から見ても善人だと主張するつもりはないが、これはこれで切ない気持ちで一杯になってしまう。

「や、ただの通りすがりだから気にしないでいいよ」

 俺ってそんなに悪人に見えるのかなぁ、と内心で大きく傷付きながら力なく首を振る。
 迷子が保護者を見つけたのならそれ以上関わる必要もない。心の中では泣き出したい気持ちで一杯であるが。
 踵を返し歩き出そうとしたその時。

「ねぇ、おねーちゃん。おかーさんは?」
「……………………え?」

 踏み出した一歩を思わず止め、顔だけちらりと振り返る。またしても嫌な予感全開である。

「え?あ、あれ?あれあれ?あれれ?お、おかーさーん?」

 妹に問われた姉は、露骨に顔色を変え、焦りに満ちた顔でキョロキョロと辺りを見回している。
 その子につられて勇斗も辺りを見回すが、姉妹の母親らしき人物はまったく見当たらない。

「おねーちゃん?おかーさんどこー?」
「えっ、えっと、あれー?お、おかしいなー、あはは」
「おいおい」

 思わず呟いた勇斗の言葉に反応するかのように、妹の女の子の瞳に再び涙が溜まっていく。
 なんのことはない。迷子が二人に増えただけで何も解決していなかった。

「だ、だいじょうぶっ!おかーさんはわたしがすぐに見つけるからっ。ねっ、ねっ!」

 妹の涙に気付いた姉が慌てて妹を宥めるが、姉の焦りを敏感に感じ取っているのかまるで効果はない。
 と、いうか宥めてる姉自身がその瞳に涙を浮かべていては、まるっきり逆効果だ。
(おねーちゃん、丸っきり駄目じゃん)
 心の中でおもいっきり突っ込んで見たものの、このままにしておくわけにもいかない。
 やれやれと大きくため息をついて、今にも泣き出しそうな妹の顔の前に手を差し出す。

「心配すんな。おにーちゃんも一緒に探してやるから。ほら、飴でも舐めて元気だしな。なっ?」

 しゃがみこんで目線を低くしながら、女の子を怯えさせないように努めて優しい笑顔(のつもり)で笑いかける。
 が、女の子はまたしても怯えた顔で即座に姉の影へと回り込んでしまう。

「…………うぐぅ」

 勇斗は涙を流しながら手を付き跪きたい気持ちで一杯になった。
 事実、彼の頭はその心情どおり思いっきり項垂れていた。流石に手を付いて跪くのは自制したが。
 手助けしたいのはやまやまだが、当の本人にここまで嫌われていては何もできない。
 どうしたものかと頭を掻きながら顔を上げると、姉の少女とばっちり目が合う。
 姉のほうは妹と違い、きょとんとした目で勇斗を見つめている。
 これならコミュニケーションが取れるかもしれないと一縷の望みを託し、にへらと締りのない笑みを浮かべて手を振る勇斗。

「おにいちゃんもおかあさん、探してくれるの?」

 首を傾げて訪ねる少女に内心ガッツポーズをとる。

「おう、任せとけ。見つかるまで一緒に探してやるぞ」
「うん、ありがとうっ!」

 勇斗が力強く頷くと、少女もはちきれんばかりの笑顔を見せる。
 その笑顔に気をよくした勇斗は立ち上がり、姉の少女の頭を撫でようと手を伸ばすが、その手はすっと避けられる。

「…………」

 さりげなく避けたほうの少女は、先ほど変わらないニコニコとした笑顔のまま勇斗を見上げている。

「……お母さん、探そうか?」
「うん!」

 少女の元気な返事に癒されつつも、どこかやるせない思いで一杯な勇斗だった。

「んじゃま、とりあえずその辺歩いてみるか」
「みよー!」

 いまだに姉の影に隠れている妹とは対照的に、姉のほうは随分と人懐こい性格のようだ。
 所々、行動に棘があるように感じるのは気のせいということにして、二人を先導するように歩き出した。
 むんず、と服の裾を引かれる感覚。
 デジャブを感じつつも、振り返り見れば、予想通りに笑顔のまま自分の服の裾を掴んでいる少女の顔があった。
 そして妹は姉の手をぎゅっと握ったまま、怯えながらこちらを見上げている。
 ――この姉妹は人の服の裾を掴むのが趣味なのか?

「ま、いっか」

 あまり深く考えず、今はこの子達の母親を探すことに専念しようと気持ちを切り替える。

「そういや君達の名前は?」
「ギンガー!」
「……スバル」

 聞き覚えのありすぎる名前に思考が停止すること数秒。



「なん……だと?」


 引き攣った顔でそれだけ呟くのが精一杯だった。





 とはいえ、それでやることが変わるわけでもない。
 幸いにして、彼女達の母親であるクイント・ナカジマはすぐに見つかった、いや、見つけてもらったというべきか。
 五分ほど歩いたところでスバルが音を上げ(勇斗に会う前から長い時間迷子になってたらしい)、困り果てた勇斗が最終手段とばかりに周囲へ無差別念話を送信したのである。
 周囲の人たちから一斉に注目を浴び、スバルが縮こまったりする場面もあったが、効果は抜群でさほどの間を置かずにクイントからの念話が届くことになる。
 そうして無事に合流したまでは良かったのだが。

「やー、初対面なのにいきなりご馳走してもらって申し訳ありません」

 何故かクイント、ナカジマ姉妹と一緒に夕食を食べていたりする。しかも何故か中華である。もしかしたら中華によく似た何かなのかもしれないが、勇斗はそこまで突っ込むことはしない。

「あら、娘が世話になったんだからこれくらいは当然よ。それに出会い頭にアレだものねぇ?」
「あ、あはは……まぁ、よく考えたら朝食ったきりでしたからねぇ」

 クイントの含み笑いにつられて、いや、それ以上に目の前にある大量の料理に乾いた笑いしか出せない勇斗。
 スバルとギンガが人並み外れた大食いであることは知っていたが、実際にこうして目にするとなんとも言えない感慨を覚える。
 スバル、ギンガ共に可愛らしい見た目を裏切るように目前にある山のような料理を次々に平らげていくし、クイントに至ってはその二人を軽く凌駕する勢いである。
 ごく普通の一般人の感覚を持つ勇斗が圧倒されるのも無理はない。
 そもそもどうしてこうなったのか。そもそもの発端となった出来事を思い出し、勇斗は小さくため息をついた。
 念話によって無事にクイントと合流したまでは良かったのだが、出会い頭の挨拶直後に勇斗の腹の虫が盛大に鳴ったのである。
 こちらについて早々検査が始まり、昼食を食べる間もなかった。
 色々な検査を受けている内に空腹を忘れていたが、夕食時ともなればそれを思い出すのも無理はないだろう。

「つーか、こっちの金持たないまま出歩くとかねーな……」

 あまりにクロノ達がバタバタしていたせいで、勇斗もクロノ達も換金することを失念していた。
 クロノとの待ち合わせの時間まではあと数時間もある。こうしてクイントと出会っていなければ、その時間まで空腹で街をさ迷い歩いていたことは確実だろう。

「こっちの……っていうことは、勇斗くんは管理外世界の子なの?」
「えぇ。地球ってとこですけど。ちょっとしたゴタゴタがあって、それに巻き込まれたというか、首を突っ込んだのが原因で色々ありまして」
「へぇ、中々面白そう。ね、ね、良かったら勇斗くんの世界のこと詳しく聞かせてくれない?」
「聞きたいー」

 興味津々と言った感じに身を乗り出すクイントと、それに手を挙げて賛同するギンガ。スバルも声こそ出さないが、僅かに期待するような目を勇斗に向けている。

「まぁ、それは全然構わないんですが」
「本当!?私、地上本部の所属だから管理外世界に関わることって滅多になくって。機会さえあれば色々知りたいなーって思ってたのよ」
「はぁ」

 何から話すべきかと思う以上に、自分が持っていたクイントのイメージと目の前にいるクイントのギャップの差に戸惑う勇斗。
 理想の母親のような性格をイメージしていたのだが、実際にこうして話しているとそれが大きな誤りであったことを思い知らされる。
 一言で言えば明るくて勢いがある。落ち着いた母親というよりは、社交性に富んだ女子大生のお姉さんというのが一番しっくり来る。
 あなたは一体何歳ですか?流石に既婚の女性に年齢を問い正したりしないだけの分別は持っているので口に出したりはしないが。
 スバル・ギンガ以上に好奇心に満ちた視線に戸惑いながら、クイント及びギンガの質問攻めに遭う勇斗であった。




「んー、美味しかったー。もう大満足っ」
「まんぞくー!」
「まんぞくー」
「そりゃあれだけ食べればねぇ……」

 ナカジマ一家に聞こえないよう小さな声で呟く勇斗。クイントとギンガの質問攻めはともかく三人の異常な食いっぷりの良さに多少当てられたようである。

「ね、ね、勇斗くんはこれからまだ時間ある?良かったら、私達と一緒にの食後の運動しない?」
「食後の運動、ですか」

 携帯の時間を確認するが、クロノとの待ち合わせまでは大分ある。
 どうせ決まった目的もないし、断る理由もない。
 それにナカジマ一家がする運動と聞いて連想するのはシューティングアーツ。
 殴ったり蹴ったりされるのはアレだが、あの魔力で動くローラー型デバイスには興味がある。
 あわよくば、自分もちょっとくらいならやらせてもらえるかもしれないという邪な思いも湧いてくる。
 空を飛べない勇斗にとって、それは非常に魅力的な提案に思えた。

「喜んでお供させていただきます」

 少年は打算に満ちた思いのまま、クイントの誘いに乗った――――までは良かったのだが。

「……どうしてこうなった」

 本局内にあるトレーニングルーム。クイントに連れられるままにここに来た勇斗はバリアジャケット姿のクイントと対峙していた。

「お母さんもおにいちゃんも頑張れーっ!」
「んふふー。シューティングアーツやってみたいんでしょ?だったら勇斗くんの実力を知っておかないと適切に教えられないじゃない?」
「や、だったら別に模擬戦形式じゃなくても」
「これが一番手っ取り早くてわかりやすいの。大丈夫、ちゃんと手加減はして上げるから」

 勇斗の予想通り、クイントの言う食後の運動とはスバルとギンガにシューティングアーツを教えることだった。
 だが、乗り気のギンガに対して、スバルのほうはあまり気乗りしない様子だった。
 出会った当初から感じていたことだが、現在のスバルはSTS時と違い、かなり控えめな性格らしい。
 スバルがこのような態度を見せるのは毎度のことらしく、クイントも仕方ないかといった表情で苦笑しながらギンガの分のローラー型デバイスを準備していた。
 が、そこでめざとくスバルの分のデバイスを見つけた勇斗がスバルの代わりにシューティングアーツをやってみたいと申し出たのが事の発端だった。
(バトルマニア?)
 妙にわくわくとした表情でこちらを見つめるクイントに対してそんなことを感じてしまう勇斗。
 

「さぁさぁ、勇斗くんも早くバリアジャケット展開して。時間が勿体無いよ」
「……ま、いっか」
『Get set』

 手加減するといった言葉通り、クイントの腕にリボルバーナックルは展開されていない。
 それで大怪我をすることもないだろうと判断した勇斗は、流れにまかせたままバリアジャケットを展開する。

「へぇ……」

 勇斗の展開したバリアジャケットの質に、思わず感嘆の息を漏らすクイント。
 勇斗本人の魔力資質は絶望的だが、バリアジャケットはデバイスによって構築される。
 勇斗の無駄にでかい魔力を使ってダークブレイカーが構成したバリアジャケットの性能は、なのはやフェイトと比較しても遜色ない代物である。

「先手は譲ってあげる。いつでもどうぞ」
「じゃ、遠慮なく」

 右手を突き出し、半身に構える。勿論、勇斗は武術の心得などはないので漫画の見様見真似である。
 辛うじて腰が引けてないのは、日頃のダークブレイカーによるシミュレーションの成果でもあった。

「魔力……全開っ!」

 勇斗の全身を膨大な魔力が満たし、その身体能力を引き上げる。
 右足で地を蹴り上げ、一足飛びにクイントの元まで駆け抜ける。
 勢いを減じぬまま、後ろに引いた拳を突き出す。仕掛けもフェイントもない愚直なだけの真っ直ぐな一撃。
 そんな一撃がクイントに通じるはずもなく、わずかな体捌きだけでかわされる。
 無論、勇斗も今の一撃が当たるとは微塵も思っていない。振り抜いた拳の勢いそのままに体を反転。振り上げられた左の踵がクイントへと襲いかかる。
 だが、その渾身の力を込めた一撃もわずかに上半身を反らすだけでかわされる。
 それは空中に跳んだ勇斗の体を無防備にクイントへ晒していることを意味する。
 勇斗が体勢を整える間もなくクイントの足が閃き、小柄な体が大きく弾き飛ばされる。

「くおっのぉ!」

 空中を回転しながら吹き飛ばされながらも、フローターフィールドを形成して体を止める。
 無防備な状態に食らったにも関わらず、勇斗の体にダメージはほとんどない。明らかにそうなるように加減された一撃だった。
 その証拠にクイントは笑顔で手招きしている。

「にゃろおっ……!」

 勝てないまでも一矢くらいは報いてやる。
 勇斗の湧き上がる闘争心を反映するように魔力が増大し、クイント目掛けて跳ぶ。

「ライダアアアキィ――ック!」

 フローターフィールドによる反動と跳躍の勢いで加速した蹴りがクイントへと炸裂する。

「ふーん、なるほど。フィールドの反動を足場にして加速……ね。中々面白いこと考えるわね」

 しかし、勇斗にとって最大級の威力を込めた一撃も、クイントの突き出した手の平で簡単に受け止められていた。
 防御魔法を発動するまでもなく、無造作に掲げられた手ががっしりと勇斗の足を掴みとっている。

「うぞ……」

 流石にこれには勇斗も絶句する。ブレイドフォームを除けば、一撃の破壊力は最大の威力を誇る。
 それがこうも簡単に受け止められてはショックも大きい。

「残念、無念、また来週~」
「つぁっ!」

 クイントに放り投げられ、受身も取れずに無様に転げまわる。

「魔力は大きいけど、体術も魔力の収束率もまだまだね」
「ぬぐ……っ」

 片手を付いて立ち上がる勇斗へウインクを送るクイント。
 その余裕が勇斗のちっぽけな自尊心を刺激する。

「ブレイカー、魔力リミッター完全解除……!」
『OK,Boss. limit break』
「え?」

 ダークブレイカーが無機質な音声を発した後、ベルトの本玉が強い輝きを発し、勇斗の魔力が一気に増大する。
 その余りに大きな魔力量に流石のクイントもたじろぐ。

「ちょ、ちょっと勇斗くん?もしかして今まで魔力リミッター付けてたの?」
「えぇ、まぁ。元々扱えてない魔力だったら普段は抑えとけって、とある執務官にアドバイス貰ってたんで」

 基本的に魔力は大きければ大きいほど、その制御に必要な技術のレベルも高くなってくる。
 ましてや勇斗の魔力量はAAAクラスの魔導師と比較しても桁外れに大きい。
 それだけ大きな魔力を才能皆無の勇斗が扱えるはずもなく、却って暴走の危険すら孕んでいる。
 以前、アースラで支給品のデバイスを壊したのが良い例だ。
 ダークブレイカーのサポートを得ても、その制御は基本的に大雑把なもので、一般的に見れば安定しているとはとても言い難い。
 それゆえ、クロノのアドバイスで普段はリミッターでその大きすぎる魔力を制限している。
 暴走の危険を抑えるのはもちろん、小さな魔力のほうが魔力コントロールをしやすいからだ。
 もちろん、このリミッターは自主的に付けたものなので、勇斗の意思で自由に解除できる。

「えーと、リミッター付けてた状態でもAAAクラスの魔力はあったと思うんだけどー?」

 勇斗が膨大な魔力を持っているにも関わらず、ロクに魔法を使えないということは食事の時に聞き及んでいる。
 実際、リミッターを付けた状態でも勇斗の魔力量は陸戦AAランクのクイントを上回っていた。
 今の勇斗の魔力量はそれすらも生温いと感じられるほどに大きい。

「これが俺の全力全開……そしてこれがぁっ!」

 地を蹴り上げて疾走。その右手はベルトの宝玉部分に添えられている。

『blade form』

 ダークブレイカーの宝玉から光の柄が生じ、勇斗の右手がそれを引き抜く。
 限りなく黒に近い紺色の巨大な刃が真一文字に閃く。
 クイントはわずかに後退することで、危なげなく黒刃を回避。
 振り抜いた刃が避けられたと判断するや否や、左足で床を叩きつけ、急制動をかける。
 ダークブレイカーを後ろに引き込み、剣先は真っ直ぐにクイントを狙い定めている。

「俺のジョーカーだっ!!」

 右足が床を蹴るのと同時に雷光のごとく漆黒の刃が突き出される。
 間違いなく今の勇斗にとって最大最強の一撃。
 ――決まった!
 これ以上ないくらい最高のタイミングで繰り出した自身の一撃に、自覚の無いまま口の端が釣り上がる。

「――甘い」
「!?」

 だが、その笑みは次の瞬間には凍りつくことになる。
 クイントの繰り出した拳が正面から黒刃と激突し、寸暇を置かず粉々に撃ち砕く。
 ナックルバンカー。拳の全面に硬質のフィールドを形成し叩き込むことで、高威力の衝撃を撃ち込むシューティングアーツの技の一つである。
 二人の体が交錯し、踏み込んだ勢いのまま立ち位置が逆転する。

「くっ!」
「チェックメイト、ね」

 一瞬の亡失から立ち直り、瞬時に振り返る勇斗の眼前にクイントの拳が突き出される。
 寸止めにも関わらず、拳圧によって勇斗の髪が揺らぐ。

「ギブっす……」

 そう呟いた勇斗はへなへなと腰が抜けたように座り込む。
 勝てるとは思っていなかったが、ここまで徹底的に力の差を見せつけられてはぐうの音も出ない。

「ふふっ。魔力の大きさに頼ってるだけじゃ、戦いには勝てないわよ」
「肝に命じときます……」

 クイントが差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がる勇斗。
 クイントと対峙した時間はごく僅かにも関わらず、体力的にも精神的にも大きく消耗していた。
 人と戦う時の緊張が並大抵のことでないことを改めて思い知らさせると同時に、自分より年下のはずの少女たちに畏敬の念を抱いてしまう。
 自分は模擬戦でもこの有様なのに、彼女たちは幾度も実戦をこなし平然としている。ことあるごとに自分との差を思い知らされるばかりだった。

「おかあさんすごーい!」
「うん、かっこよかったー!」

 模擬戦が終わったと判断したギンガとスバルがクイントに駆け寄り、楽しげにはしゃぎ回る。
 その子供ならではの無邪気さに勇斗の頬が緩むのも束の間、

「おにいちゃんはいいとこ一つもなかったねー」
「ほっとけ」

 ギンガの悪意のない笑顔の一言で密かに傷ついていた。
 それから約一時間ほど、勇斗はギンガとともにクイントからシューティングアーツの手ほどきを受けることとなる。
 もっとも一時間で教わることはたかがしれており、ローラー型デバイスの扱いについて教わっただけで時間が過ぎてしまう。
 クイントがギンガ、スバルにシューティングアーツを教え始めたのはつい最近のことらしく、ギンガもさほどローラー型デバイスの扱いに慣れているわけではない。
 が、魔力ばかり大きくて資質のない勇斗と差は歴然で、曲がりになりにも自由に動けていた。
 それに引き換え勇斗は、真っ直ぐに走るどころか、魔力コントロールの加減を間違え、後頭部から転ぶ始末。
 ギンガとスバルの二人に思い切り笑われ、年上の面目丸潰れであった。




 クロノとの待ち合わせ時間が近づき、ナカジマ一家との別れの時が近づいていた。

「今日はありがとうございました。食事までご馳走になった上に色々教えて貰ったり」
「気にしないで。この子達が随分お世話になっちゃったし。困ったときはお互い様。ね?」
「そう言ってもらえると助かります」

 勇斗からしてみれば、クイントには会って早々、今に到るまで世話になりっぱなしだった。
 食事からシューティングアーツの教示、果てはクロノとの待ち合わせ区画の道案内までして貰っていた。
 妙なとこで義理堅いところがあるこの少年は、これから先、クイント相手には頭が上がらないだろうな、と無意識の内に自覚していた。

「おにいちゃん、また一緒にあそぼーね。今度はわたしがみっちりシューティングアーツ教えてあげるから」

 今日一日で随分と勇斗に懐いたギンガが、服の裾を掴みながら笑いかける。
 勇斗からしてみれば、その言葉の前半はともかく、後半部分には苦笑するしかない。

「はっはっは。そんときはよろしくなー。つっても、次がいつになるかはわからんが」

 こんなにも自分に懐いてくれている少女と遊んでやりたいのは山々だが、自分が本局やミッドチルダを訪れる機会はそうそうない。
 逆にギンガ達が管理外世界である地球を訪れることもまずないだろう。
 メールなどのやりとりならともかく、今回のように一緒に遊ぶ機会などそうそう生まれない。

「むー。だめー、おにいちゃんはまたわたしと遊ぶのー」
「や、そう言われてもなぁ」

 可愛らしく頬を膨らませるギンガが裾を引っ張るが、こればっかりは気軽に約束できる問題でもない。

「ふふっ。大丈夫よー、ギンガ。お兄ちゃんが管理局に入ればいつでも会えるから」
「いやいやいや。今んとこそんな予定微塵もありませんから」
「あら、そうなの?」

 心底意外、というような表情で首を傾げるクイント。その可愛らしい様はとても二児の母親とは思えない。

「や、だって俺魔法の才能ないですし」

 今現在において、勇斗は管理局に入ろうとは考えていなかった。
 魔法について興味はあるが、魔力量が大きいだけで大したことが出来るわけでもない。
 闇の書事件はともかく、10年後もなのはやフェイト達の手助けをしようなどとも考えていない。
 無論、魔法をもっと知りたいという個人的欲求はあるが。

「別に魔法を使う人間だけが管理局員になるわけじゃないわよ?勇斗くんは真面目そうだし、裏方とか事務作業に向いてるかも。何だったら私が推薦状出してあげてもいいわよ」
「いやいやいや。そういう問題でもないですから」
「そうなの?気が変わったらいつでも言ってちょうだい。隊長に掛け合うくらいはして上げるから」
「どこまで本気ですか?」
「もちろん全部」

 勇斗の疑わしげな視線ににっこりとした笑顔で答えるクイント。
 気休めでも武装局員や執務官になれると言わない辺り、今の言葉も本気かもしれないと勇斗は思った。
 ちなみにギンガは未だに頬を膨らませたまま勇斗を睨みつけている。

「……高校入った後なら考えておきますよ」

 その視線に耐えかねてボソリと妥協案を零す。

「高校?」
「それっていつー?」

 親子揃って首を傾げるクイントとギンガ。ちなみにスバルは未だに勇斗に対して警戒を解かず、先程からずっとクイントの影から覗き見ている状態である。

「えっと高校ってのは、こっちの世界で義務教育が終わった後に学校で、大体7年後くらい?」
「おーそーいーっ!」

 ポツリと呟いた勇斗の言葉にあからさまな不満を示すギンガ。

「わかった!わかった!たまにはこっちに来れるよう頼んでみるからそれで我慢しろっ!」
「だってさ、ギンガ。その辺で許してあげなさい。じゃないとおにいちゃんに嫌われちゃうわよー?」

 せめてもの妥協案を出す勇斗に助け舟を出すクイント。

「むー」

 ギンガはそれでもなお不満そうだったが、大好きな母親の言葉に渋々と引き下がる。

「ぜったいだよ?ぜったいまた遊んでくれないとダメだよ?」
「わーった、わーった。ほら、指切り」

 そういってギンガに小指を差し出す勇斗。

「ゆびきり?」

 差し出された言葉の意味がわからず、首を傾げるギンガ。
 

「俺の世界で約束するときはこうするの。ほら、ギンガも同じように指出して」
「こう?」

 勇斗の指を真似て、ギンガも同じように小指を差し出す。

「そ。で、こうやって指を絡めて。指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ゆびきった、と」

 勇斗が言い切るのと同時に二人の指が離れる。
 自分の小指を眺めながら、不思議そうに呟くギンガ。

「今のが指切り?」
「そ、約束破ったら針千本飲まなきゃいけないんだ」
「針を飲むの……?すごく、痛そう」
「うん、だからこれは絶対に約束を守るっていう誓いなんだ」
「へー。ね、おにいちゃん。もっかい指切りしよ!」
「あいよ。ほら」

 勇斗が差し出した小指に、今度はギンガから指を絡め、楽しそうに絡めた指を揺らす。

「ゆびきりげんまーん、嘘ついたらはりせんぼんのーます!ゆびきったー!」
「ふふっ、良かったね。ギンガ」
「うん!おにいちゃん、約束破ったら針千本だよー」
「はいはい。わかってますよー」

 元気にはしゃぎ回るギンガに勇斗とクイントは頬を緩ませ、スバルはどことなく羨ましそうな瞳で見つめていた。

「それじゃ、勇斗くん。こっちに来る時があったら絶対連絡ちょうだいね」
「えぇ、もちろん。俺も針は飲みたくないですから。な、ギンガ?」
「うん、約束だよー」

 クイントの足にぴったりとくっついているギンガに目配せすると、ギンガもクイントにくっついたまま手を振り返す。
 ギンガと反対側の足にくっついてるスバルに手を振ると、こちらもどこかビクビクしながら小さく手を振り返してくれる。
 完全に打ち解けたとは言い難いが、手を振り返す程度には気を許してくれたようだ。
 今のスバルをなのはと会わせたらどうなるだろうか?心の中に湧いてでた疑問に実行してみたい衝動にかられるが、実行するにしてもそれはまた次以降の機会だろう。

「じゃ、クイントさん。お世話になりました。ギンガもスバルもまたなー」
「またね。勇斗くん」
「おにいちゃん、またねー」
「ばいばーい」

 名残惜しい気持ちを振り払い、小さく手を振った後、ナカジマ一家に向けて背を向ける。
 予想もしない形で、思わぬ人物達の出会いを果たしてしまったが、悪い気分ではなかった。
 勇斗の記憶ではクイントは地上部隊の一員で、本局にいるような役職ではない。本局にいるのは恐らく戦闘機人であるギンガやスバルのメンテナンス絡みだろうと推測するが、そこら辺の事情は知ったところでどうこうする話でも無いのであまり興味はない。
 自分が習得出来るかどうかは別にして、近代ベルカ式を教わる機会が出来たこと。そしてギンガといった妹のような存在が出来たのが単純に楽しかった。
 無論、今の世界で周りにいる子供――なのはやユーノ達は友人というよりは妹や弟と言った感覚が一番近い。だが、本人以外からしてみれば勇斗は9歳の小学三年生に過ぎず、扱いもそれ相応、魔法関係の力関係に至っては最底辺である。
 ギンガのように純粋に自分を年上の存在として慕ってくれる存在は、勇斗にとって非常に新鮮だった。

「駄目元でリンディさんに頼んでみるかな」

 そんなに高い頻度で会いに行くことはできないだろうが、半年、もしくは一年に一回くらいなら頼み込めばミッドチルダか本局には連れてきてもらえるだろうと、楽観的に思考する。
 実際、リンディに今回の出来事を話した所、勇斗の予想以上にあっさりと許可が降り、1,2ヶ月に一度の頻度でナカジマ家と接することになったのは余談である。
 クイントが数年の内に死亡することを思い出した勇斗が、悩み葛藤することになるのはまだしばらく後のことであった。






「すまないな。待たせてしまったか?」

 クロノが待ち合わせの応接室に入ると、そこには既に勇斗がお茶を飲みながらくつろいでいた。

「や、今来たとこだ。それよかお茶飲む?」
「……君が入れるのか?」

 確かにこの部屋には日本茶の用意がしてあったが、目の前の少年が自分でお茶を入れたとなるとなんとも言えぬ違和感を感じてしまう。

「別に毒なんて入れねーから心配するな。要らんのなら別に構わんが」

 思わず呟いた言葉に少年は半目でこちらを睨みつける。微妙にズレた反論がなんとも彼らしい。

「いや、せっかくだ。貰おう」
「了解」

 勇斗が急須から湯呑みにお茶を注ぐのを眺めながら、やはりどこか掴みどころの無い少年だと思う。
 自分より一回り以上年下のはずなのに、どうにもその仕草一つ一つが見た目を裏切っている。
 精神年齢で言えばなのはやフェイトも年不相応なのだが、目の前の少年はそれ以上の根本的な部分で違うように思える。

「ほいよ」
「あぁ、ありがとう。済まないな、こんな時間まで待たせてしまって」

 勇斗に入れたお茶をすすりながら頭を下げる。
 検査の結果自体は少し前に出ていたのだが、執務官であるクロノの時間が取れなかった。
 執務官と言う職務柄、本局に来てやることは山ほどあった。フェイトやプレシアの裁判における手続きやその他の業務における報告。その他諸々の雑務を片付けてようやく開放されたのがつい先程だ。艦長であるリンディや執務官補佐のエイミィもそう大差のない状態だろう。
 本人の希望とは言え、管理外世界の民間人である勇斗をこんな時間まで放置して待たせることには小さな引け目を感じていた。
 が、当の勇斗はそんな憂慮は無用だとばかりに小さく笑みを浮かべる。

「いや、こっちが無理言って頼んだようなもんだから仕方ない。気にされても困る。で、なんかわかった?」

 勇斗が管理局の精密検査を受けた理由。それは彼自身にかけられていたリミッターについて調べるためだ。
 リミッター自体に危険性がないことは判明しているが、本人の知らぬ間に付けられたというはあまり良い気はしないだろう。
 今回の検査で何か一つでも情報を得られれば、というのが今回の経緯だ。

「結論から言おう。君には二重のリミッターがかけられていた」
「二重?」

 予想もしていなかった言葉に勇斗の表情が訝しげなものに変わる。

「あぁ。その一つは君も知っての通り、時の庭園で解かれたものだ。生憎とリミッターが解けた理由まではわからなかった。あの極限状態で高まった君の魔力にリミッターが耐えられなかったか……」

 もしくはリミッターをかけた第三者があの場にいた、もしくは監視をしていて意図的に解除したか。後者の可能性を口に出さず、心の中だけで呟く。
 今の段階では判断材料が少なすぎる。今のところ勇斗の周辺では不審な出来事は起きていないのだから、わざわざ不安がらせることを言う必要もないだろう。

「ふーん、自力でリミッターが壊せることもあるんか」
「魔力リミッターにも色々あってね。バインドと同じように状況次第では力ずくで壊せることも稀にあるんだよ」

 最もそれには掛けられたリミッターの術式が相当にお粗末な場合に限られる。
 そもそも犯罪者などにかけられることが多いリミッターがそんな容易に壊されてしまっては本末転倒だ。
 個人レベルならともかく、管理局が正式にかけたリミッターが力ずくで解除されることはまずあり得ない。

「そしてもう一つのリミッターについてたが、以前、君はレイジングハートを使おうとしてリンクに失敗したと言っていたな?」
「あぁ、そういえばそんなこともあったなぁ」
「その原因がもう一つのリミッターのせいだ。こいつは魔力を制限するだけじゃなく、リンカーコアの外部とのリンクを遮断する。レイジングハートのリンクに失敗したのも、初期に魔力を全く扱えなかったのはこいつが原因だ」
「なんでそんなものを?」
「以前にも言った通り、君の大きすぎる魔力が暴走するのを危惧して、というのが一番可能性が高い。制御し切れない大きな魔力が危険だと言うことは君も身を持って味わっているだろう?」
「まぁ、な」

 自らの右手を抑えながら頷く勇斗。日頃から魔法を発動させては失敗し、自らの体を傷つけた彼にしてみれば、魔力暴走の可能性はそう低くない。
 もし、もっと彼の精神が幼く、無自覚に魔力を発動させていれば。それが街中や人が密集している場所であれば?
 下手なテロよりも大きな被害をもたらしていた可能性がある。ぞっとしない話だ。

「そのリミッターが解けたのはおそらく君がジュエルシードに取り込まれた時だ。強制発動したジュエルシードが君の魔力を無理やり引き出したせいだろうな。外部からの無理やり引きちぎられたような痕跡が微かに見つかったよ」

 無論、それによる悪影響は今はないがな、と付け加える。

「そしてその二つのリミッターがかけられたのは8年から9年ほど前」
「ってことは俺が生まれてすぐってこと、か。暴走を防ぐためって言えば聞こえはいいがなんともまぁ、都合の良い話だねぇ」
「まぁ、な」

 自分のことなのに他人事のように語る勇斗に思わず苦笑が漏れる。
 実際、彼の言うとおり些か都合の良い、というか出来すぎな話だ。
 魔力の暴走を防ぐ為に赤ん坊のうちにリミッターをかけるというのはそう珍しい話ではない。
 生まれつき魔力の大きい子供はいるし、無自覚のうちに魔力を発動させる例も少なくない。
 だが、それはあくまで魔法が日常的に使われる管理世界に置いての話だ。
 それを管理外世界の人間。それも生まれたばかりの赤ん坊に二重のリミッターを設ける。魔導師と何の縁もゆかりもない人間がだ。
 これを自然な出来事と捉えるには無理がある。

「申し訳ないが、検査の結果わかったのはこれだけだ。これ以上に関しては僕たちも調べようも無い」

 残念ながら勇斗の体に残された術の痕跡からだけではそれ以上の情報は得られない。
 誰が何の目的で勇斗に処置を施したのか。それについては何の手がかりを得ることはできなかった。

「そうか。ま、わからないものはどうしようもないな」

 が、当の本人はあっけらかんとしていて特に何かを気にした様子はない。
 言葉通り、わからないものはなるようにしかならないと気楽に考えているのだろう。

「ただ、君にかけられた術式から悪影響を及ぼすものは一切ない。今現在において後遺症もないことは保証するよ」
「ん、それだけで十分だ。フェイトの裁判とかで忙しいのに悪かったな。ありがとう。感謝する」

 姿勢を正した勇斗が頭を下げる。普段の調子がアレなのに、こういう所では礼儀正しい。
 やはりどうにも掴み難い少年だった。

「いや、これくらいはお安い御用さ。気になることがあったら何でも気軽に相談してくれていい」

 口には出ささないが、P.T事件に置いて勇斗のもたらした情報によって大分助けられている。
 勇斗の協力がなかったとしても、事件は解決出来たと思うが、あの情報のおかげでスムーズにことが運んだ部分もある。
 現地協力者に対してこれくらいの協力は惜しむほどの労力でも無い。

「ん、そん時はよろしく頼む」

 そう言って勇斗は湯呑みに手を伸ばし、お茶を啜る。すっかり冷え切っていたであろうそれにわずかに顔をしかめたのがクロノには妙に可笑しく感じられた。

「明日は昼ごろにここを発つ。それまでゆっくりしていってくれ」
「言われんでもそうするがなー。もう体中痛くてあんま動きたくねぇ」
「……君は今まで何をやってたんだ?」

 勇斗がシューティングアーツの練習で何度も転んだことをクロノが知る由もない。
 勇斗のほうも今日起こった事を手短に話すのは難しいと感じたのか、苦笑交じりの顔をして言った。

「ま、色々と、な……」
「色々、ねぇ」

 見知った人間のいないこの本局で、どうやったら体を痛めるようなことができるのか。
 話題には事欠かない少年だとクロノは思う。
 どうやらフェイトやプレシアに聞かせる話題が一つ増えることになりそうだ。
 詳しい話を聞こうとしたところで、ふと思い出した事がある。

「……そういえば君、こっちで食事取ったか?」
「今頃、それを聞くかお前は」






■PREVIEW NEXT EPISODE■

勇斗の家を襲撃する三人の少女。
そこで彼女達は思いもよらぬ勇斗の秘密を知るのであった

勇斗『駄目だ、こいつら。早く何とかしないと』



[9464] 第二十三話 『駄目だ、こいつら。早く何とかしないと』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:48
「こんな時間になに難しい顔してるの。何か問題でもあったのかしら?」

 アースラ艦内にある一室。
 何をするでもなく、モニターに表示されるデータをただ見つめていたクロノに声をかけたのは、二人分のコーヒーを手にしたリンディだった。

「いえ、問題というほどのことでも。ただ個人的にちょっと気になって」

 クロノの分のコーヒーを手渡し、モニターを覗き込みリンディ。そこに表示されているのは彼女も見知っている少年のデータだった。

「勇斗くんの検査結果ね。特にこれといった異常は見受けられなかったんでしょ?」

 遠峯勇斗。P.T事件においての現地協力者。類稀な魔力とは裏腹に魔法の才能は皆無。自称、不確定ながらも未来予知の能力を持つと怪しい少年。
 その少年にかけられていたという魔力リミッターとそれに関する検査結果についてはリンディも既に報告は受けている。
 新たな疑問は発生したものの、現時点では些事に過ぎないものばかりだ。執務官のクロノが気にかけるほどのものではない。

「えぇ。検査結果そのものには特筆すべきことはありません。ただ、勇斗個人の魔力に関してちょっと思うべきところがありまして」

 そう言ってクロノがモニター内のとあるデータを拡大させる。
 その内容は今回あらためて検査された勇斗の魔法資質の結果であった。
 データはそれぞれ数値化され、レーダーチャートで表示されている。
 その形は以前、アースラ内で行った時の検査と同様、限りなく直線に近い形状をした多角形であった。

「本当、いつ見ても限りなく非常識な結果ねぇ」

 そのデータに関しても既に聞き及んでいたが、改めてそのデタラメさ具合に感嘆を禁じえない。
 高いのは総魔力量と最大出力のみで他の数値は限りなくゼロに近い。グラフの形自体は以前と同じだが、リミッターがなくなったせいか、魔力量と出力に関しては以前のそれよりも増大していた。

「えぇ、まったくです。確かに魔力量と才能は必ずしも比例するとは限りませんが……」

 クロノの言葉通り、個人の持つ魔力量と魔法に対する才能は必ずしも比例しない。
 実際、クロノ自身もそれに該当する。両親ともに優れた魔導師である為か、クロノが生まれ持った魔力量はかなりのものがあった。その反面、彼の魔法に対する才能は魔力量に比すれば凡庸なものだった。
 その彼が弱冠14歳の若さでAAA+クラスの魔導師に登り詰められたのは、優秀な師に恵まれたこともあったが、何よりも彼自身の努力の成果に他ならない。
 似た様な境遇を持った勇斗に、クロノが少なからず共感を覚えていることを感じ取ったリンディだったが、彼女が口にしたのは別のことだった。

「彼の場合、それが極端過ぎる……クロノが懸念しているのはその事?」
「えぇ、その通りです。確かにリンカーコアを持っていてもその資質が低いことはありますが……彼ははっきり異常です」

 出力だけでなく、魔力そのものを制限するリミッターをかけた状態でなのはの三倍以上の魔力量。
 今回の検査で改めて計測した勇斗がさらに馬鹿げた数値を弾き出したことは言うまでもない。
 常識として一個人が持ち得る魔力許容量を完全に超えていた。
 それだけの魔力を持った人間は、過去の歴史を紐解いても片手の指で事足りるほどしか存在しないだろう。
 にも関わらず、それを行使する素質が皆無。ただのレアケースと断じるにはあまりにも不自然なバランスである。

「まるでリンカーコアを持たない人間に無理やり強大な魔力だけを付与したような……」

 以前は、その異常性に気付きながらもそんなこともあるだろうと、それほど気に留めることはなかった。
 だが、勇斗にかけられたリミッターとそれに関する調査結果。それを知った後ではどうしてもただのレアケースと断じれなかった。
 今回のことで過去のデータを調査してみたが、やはり勇斗ほど極端な例は過去に存在しない。
 クロノが何を言いたのか察知したリンディが、彼の言葉を引き継ぐように口を開く。

「人為的に処置を施された人造魔導師。勇斗くんにその可能性があると?」

 人造魔導師。人間に対して人為的な処理・調整を行うことで強力な魔力や魔法行使能力を得た魔導師。魔法文明が全盛になって以降、何度も実験と失敗を繰り返し、研究されてきた技術である。フェイトを生み出した「プロジェクトF.A.T.E」、人の身体と機械を融合させ、常人を超える能力を付与させる『戦闘機人』といった生命操作技術として根源を同じくするものである(ただし、フェイト・テスタロッサや後に生まれるであろうエリオ・モンディアルがリンカーコアを要しているのはあくまで偶発的な自然発生であり、彼女らはこの定義での人造魔導師には当てはまらない)。
 だが、倫理的、そしてその成功率など様々な点から問題視され、現在では違法かつ禁忌とされている技術である。
 無論、法律で禁止されているとはいえ、管理局の目を逃れ水面下でこの手の研究を進める者は後を絶たない。
 勇斗の異常なまでに強大な魔力とアンバランスな素質はそういった者たちによる研究の成果ではないかとクロノは考えたのである。

「あくまで推論と可能性の問題、ですけどね。少なくとも検査結果ではそれらしき痕跡は一切見つかっていませんし、彼の身辺にも魔法世界と関わっていたという事実はありません」

 人造魔導師というのは主に外科的な処置・処理が一般的な方法である。それゆえ、調査を行えば程度の差はあれ、何らかの痕跡を発見することが可能なのだ。
 だが、勇斗の体もリンカーコアにも何らかの処置をされた痕跡は皆無。彼と初めて対面した後に、その言動から徹底的に身辺調査を行ったこともあった。
 その結果はシロ。彼の両親は元よりその親族にまで手を広げて調査したが、魔法世界との関係を持ったものは存在せず、記録や記憶を改竄された形跡もなく、DNA鑑定の結果でも、彼の両親の実子であることは証明された。(この事は後に勇斗に話し、謝罪している。無論、勇斗はそうされることを想定していたので気に留めずに笑い流していた)
 もっとも、個人レベルでの接触などは流石に調査しきれるものではないので、完全に魔法世界との関わりがないとは言い切れない。

「仮にその可能性があったとしても、その目的が謎よね。魔力が大きいだけでそれを扱えない魔導師の需要なんてないもの」

 リンディの言うとおり、魔力が大きいだけでその力を制御できない魔導師など、基本的に何の役にも立たないし必要とされていない。
 魔導師というものはただ力が大きれば良いというわけではない。無論、魔力が大きいに越したことはないが、それはあくまで制御された力であることが前提である。
 完全に制御された10の力が制御されていない1000の力を凌駕することさえあるのだ。勇斗のようなアンバランスな力を持つものを必要とされることはまずないと言っていい。
 仮に彼を一から魔導師として鍛え育て上げたとしても、まともな戦力になるかどうかは怪しいところだ。
 勇斗がクロノと同じだけの努力を10年20年続けたとしても、彼と同じ領域に辿り着くことはまずないと言って良いだろう。如何に魔力が強大でもそれを扱う才能・資質が絶望的なレベルで低い。

「まともでない手段であの魔力を活かす手段があるのか。それとも本命はあの子が持っている予知能力?あの膨大な魔力はその副産物という可能性も……」

 勇斗が持っていると言っていた予知能力。この力についても不明な点が多いが、彼が知るはずもないプレシア・テスタロッサについての知識を持っていたことは事実。この力が事実で、勇斗が人造魔導師として処置を加えられていた場合はこの力を得ることが本命だったとも考えられる。本人が扱えないほどの魔力はその過程で得られた副産物ではないのかとリンディは推論する。
 予知能力云々は勇斗が話の辻褄合わせにでっち上げたまったくの出鱈目なので、当の本人が聞いていたら乾いた笑いを浮かべながら目を逸らしたことだろう。まさか別の世界で自分達に起きた話がアニメとして存在し、さらにはその記憶を持った人間がこの世界にいるという、今話している推論より遥かに荒唐無稽な出来事が真実であると想像できるはずもない。

「または実験の失敗作……それゆえリミッターをかけて管理外世界に放置したという可能性もありますね」
「確かにそう考えるとリミッターをかけた理由としては納得はいくけど……」

 人造魔導師の実験による失敗作。魔力を付与することには成功したものの、それを扱う資質を付与できなかった。ゆえに失敗作としてリミッターをかけてその魔力を封印。実験の痕跡を隠そうとした、と考えればある程度の辻褄合わせはできる。
 とはいえ、それで疑問が全て消えたわけではない。処置した人造魔導師をわざわざ管理外世界とはいえ、自らの管理下に置かずに放置する理由。現在の技術であれほどの魔力を付与できるのか。何者がそれを為したのかなど細かく挙げていけばきりがない。

「結局は根拠のない推論に過ぎないわよねぇ。それを裏付ける証拠なんて何にもないんだもの」

 真剣な表情でモニターのデータを睨んでいたリンディの表情が緩み、その手がカップへと伸びる。
 多少時間が経っていたことでいくらか温くなっていたが、糖分とミルクたっぷりのコーヒーの味は悪くなかった。
 リンディの雰囲気が緩んだのに合わせてクロノも肩の力を抜き、椅子にもたれ掛かりながら自身のカップに口をつける。
 口の中に広がるブラックの苦味がひどく心地よかったと同時に、母と同じ味付けでなかったことを密かに安堵した。

「えぇ。実際、ただの杞憂だと思います。リミッターがかけられて九年。真相がどうあれ、いまさら彼自身に何か起きることもないでしょう」

 そう。今まで上げたのは全て根拠のない推測ばかりだ。それを実証する物証など何一つ存在しない。無用な危惧を抱かせる必要もないと判断したが故に本人にこのことは話していない。
 実際、話しているクロノ達も本気でそんなことを考えているわけではなく、他愛のない雑談の延長として可能性を論じたに過ぎないのだ。
 勇斗自身を見ていても何ら異常は――性格に問題はあるかもしれないが――ない。

「そうね。もっとも彼の場合、たとえ真相がどうだろうと簡単に受け入れちゃいそうだけども」

 冗談交じりに言うリンディの言葉に、クロノもそうなった場合を想像してみる。
 自身が何者かに何らかの処置をされたと告げられた時の勇斗の反応を。
 自分よりも年下のくせに妙に達観した雰囲気を漂わせるときもある少年はどんな顔をするだろうか。
 最初に浮かべる感情は驚き?恐怖?それとも不快感?どの感情を浮かべても不自然ではない。だが、最終的にあのとぼけた少年は素知らぬ顔でこう言う気がする。
 「ふーん」、と。
 思い浮かべてたその光景に自然と苦笑が零れる。結局、よくわからない変な奴というのがクロノの勇斗に対する評価である。

「違いありません。良くも悪くも深く考えない奴ですからね」
「ふふっ、本人が聞いたらなんて言うかしらね?」
「事実ですから」






「ふぇっくし!」
「ゆーとくん、風邪?」
「さぁ。誰か俺の噂でもしてんじゃないのか」

 首を傾げるすずかに鼻を啜りながら答える。さすがにこんな時期に風邪とか微妙すぎて嫌だ。

「だとしたら間違いなく陰口かしらね。心当たりはさぞかし多いんでしょうけど」
「否定はせんけど何故に貴公はそこまで偉そうなのか?」

 問いかけても金髪ツンデレはふふんと不敵な笑みを浮かべるだけでスルーされた。
 胸を張るのはいいが、ツルペタな小学生にやられてもちっとも嬉しくない。今度アルフにでも頼んでみようか。

「誰か心当たりでもあるの?」
「はてさてどうだろ」

 最近やたらと交友関係が広がってるので噂されるような相手には事欠かないような気がする。
 プレシア親子とかナカジマ一家とか。まぁ、陰口叩いてるとしたらどっかの執務官あたりだろう。

「まぁ、それはさておき三人揃って何の用さ」

 放課後になるや否や、三人示し合わせたように人の席まで押し寄せてきおった。

「ね、今日あんた暇?」
「暇と言えば暇だけど」

 忙しいと言えば忙しい。何しろはやての誕生日まで残り少ないのである。
 闇の書対策も色々あれこれ考えたり手を打ったりはしているが、これがベスト!と言えるようなものはない。
 猫姉妹の行動とかヴォルケンズの反応とか完全に読みきれるはずもなく。フェイトん時のモントリヒトのような、俺の知らない不確定要素がないとも限らない。
 深読みしだしたらキリがない。いっそのこと俺の知ってること全部話してクロノとリンディさんに丸投げしてしたいくらいだ。
 猫姉妹も今のとこは行動を起こしてないだろうが、管理局とのつながりをもつ俺がヴォルケンズと接触した場合、何らかのリアクションを起こしてくる可能性はある。あぁもう面倒くさい。
 あれこれ考えて行動するのは好きじゃないが、今回ばかりはそうもいかないのが辛いところだ。こうやって頭をうんうんと悩ませていると、なまじ知識があるのも考え物であると思う。あれこれ考えすぎて逆に動けなくなる。
 あとついでにはやての誕生日プレゼントも考えなきゃならない。女の子にプレゼントするのは初めてではないが、小学三年生とかなるとまた話は別で、めんどくせーとか思わなくもないのだがそうもいかねーなぁと世の中の世知辛さを思い知らされている今日この頃である。

「じゃ、今日はあんたんちに襲撃かけるわね」
「あぁ、好きにすればいいんじゃないかな……んですと?」

 軽く聞き流しかけた言葉に思わず顔を上げる。そこには三人娘がニヤニヤした顔でこちらを見つめていた。

「ほら、まだゆーとくんの家で遊んだことなかったでしょ?せっかくだから一度遊びに行って見たいなーって思って」
「前にすずかの家にも行ったんだし、問題ないわよね」
「男の子の家って初めてだからちょっと楽しみなんだ」

 俺が唖然としている間に三人娘は好き勝手なことを言っていた。あれか、この前の撮影会は今日の前フリでもあったのか、おい。

「都合が悪いなら次の機会にするけどどうかな?」

 可愛く首を傾げる月村さんですが、そのうち俺の家に来るのは確定事項なわけですね。汚いな、流石月村汚い。

「それとも何?何か私達に見られて困るようなものでもあるの?」

 むしろそっちのほうが面白いと言わんばかりに良い笑顔のアリサさん。
 見られて困るものは無いが、下手に触られては困るものはある。まぁ、こいつらなら大丈夫だろうけど。

「まぁ、いっか。好きにすればいいんじゃないかな」

 無理に反対する理由も無い。どうせ闇の書対策も妙案を思いつく気はしない。ならば気分転換を兼ねてこいつらと遊ぶのも悪くないだろう。

「よし、決まりね。ふっふっふ、前回の負けは今日あんたんちでしっかりと返してあげるわ!」
「ふぅん、良かろう。俺の連勝記録が伸びるだけの話よ」

 ちなみに連勝しているのはアリサにだけで月村には負け越し、なのはは大体五分の戦績である。

「ふん、そうやって笑ってられるのも今のうちよ。何故なら見違えるほど強くなった私のポケモンが今度こそあんたを倒すんだから!」
「…………」

 見事なほどに自ら敗北フラグを立てたアリサにどう答えたものかと一考し口を開いた。

「デレデレ☆ツンデーレ☆デレッデー☆ドン、チャン、テイィィン!ツンデレのアリサが勝負を仕掛けてきた」
「誰がツンデレかぁっ!」

 ポケモンシルバーのライバルのBGMに合わせて口ずさんだらなのはと月村が盛大に噴き出し、アリサが吼えた。なのはと月村は笑いのツボにはまったらしく、アリサに顔を見られないように顔を俯かせているが、肩が小刻みに震えているので笑いをこらえてるのがモロバレである。そしてそれを見てますますご機嫌斜めになるアリサ。
 仕方ない、フォローをしてやるか。

「デレッデーデー☆デレッデー☆ツンデーレ☆ツンデーレ☆ツンデーレ☆デレッデー☆」
「あは、あはははっ!」
「だ、だめっ、もう駄目ッ!あはははは!」

 最後の一押しをしてやると堰を切ったように腹を抱えて笑い出す二人。

「その妙な歌はやめなさいっ!あんた達も笑うなぁ!」

 俺の頬を両手で引っ張って怒鳴るツンデレだが、効果は逆効果のようだ。なのはと月村は更なる笑いの発作に包まれて笑い転げる寸前である。

「アリサは怒鳴った。しかし逆効果のようだ」
「あんたが余計なこと言うからーっ!」
「ツンデレ乙」
「誰がいつデレたかーっ!?」
「俺に対してはツンで、なのはとすずかに対してデレだと思うのだがいかがだろう?」
「いちいち律儀に答えるなっ!」

 一体このツンデレは俺にどうしろと言うのだろうか。
 なのはとすずかの笑いを止めようとする金髪ツンデレを横目にしながら、俺は静かにため息をついた。



「うぅ、ほっぺが痛いよぉ」

 アリサの家のリムジンで送ってもらって俺んちまで到着したまではいいものの、月村が赤くなった頬を擦っていた。笑いの発作を止めるためにアリサが散々引っ張った結果がこの惨状である。

「大丈夫か?まったく……アリサももうちょい手加減してやれよな、大人気ない」
「おまえが言うなっ!」
「笑いが収まるタイミングでBGMを口ずさんで笑わせたのはゆーとくんだよぉ」

 アリサにはたかれ、月村同様に赤くなった頬を擦るなのはが涙目で睨みつけられた。やれやれである。
 肩を竦めて我が家の玄関の扉を開ける。

「ただいまー」
『お邪魔しまーす』

 俺の声に続いて三人娘の挨拶の声が続いた所で、女の子三人の中に男一人という状況に慣れつつある自分に気付く。
 前の記憶を鑑みれば、小学校低学年の頃はあまり男女の区別なく遊んでいたが、三、四年の頃から少しずつ男女別々のグループに分かれていったように思う。ちょうど今がその時期なのだが、俺はこのままでいいのだろうかとも思わなくもない。ま、他に深い付き合いもないから別にいいかと割り切る傍ら、廊下の奥のドアが開き、パタパタとスリッパの音を鳴らす大人の女性が一人。ぶっちゃけ俺の母親である。
 普段は父親と同様に会社に行っているはずだが、こないだの休日出勤の代休で今日は家にいるのである。

「ただいま、母さん」
「お帰りーって、あらあらまぁまぁ」

 母さんは俺のすぐ後ろにいる三人の姿を見て、口に手を当てながら目を丸くする。その目に好奇の光が宿ったのはまぁ、予想通りではあった。

「俺の母さん。で、こっちがクラスメイト」

 母親相手に女友達を紹介するのはどうにもこそばゆい。下手に受け狙いにはしらず、適当に紹介する。

「アリサ・バニングスです」
「高町なのはです」
「月村すずかです」
「アリサちゃんになのはちゃん、すずかちゃんね。大したおもてなしもできないけどゆっくりしていってね」

 と、言いつつ、母さんの視線はなのはにロックオンされ、興味深げに見つめていた。
 それに気付いたなのはが困惑気味に首を傾げる。

「え、えと、何か?」
「あ、ごめんなさい。なのはちゃんのことはゆーちゃんから色々聞いてたから」
「ゆーちゃん?」
「色々?」
「なのはちゃんのこと?」

 母さんの言葉で三人娘の視線が一斉に俺に向けられる。アリサの口元が緩み、キラリと眼が光ったように見えたのは多分気のせいじゃない。無視無視。

『えと、ゆーとくん。もしかして……』
『うむ、うちの家族には魔法のことも全部話してあるぞよ』
『ええっ!?』

 そういやなのはにはそのこと話してなかったか。
 驚きの声を念話だけで留め、表情には少ししか出さないとは器用なことをするものだ。なにやら小声で「なんで、なんでそんな簡単に話してるの……?」と、なにやらショックを受けているが、それを口ではなく念話で呟いてるのは流石と感心するべきだろうか。
 そんななのはたちの様子を気付いているのか楽しんでいるのかは定かではないが、うちの母さんは相変わらずニコニコと俺等のことを眺めている。微妙に確信犯じゃねーだろうなぁ、こんちくせう。


 とりあえず玄関でつっ立ってても仕方ないのでリビングまで三人を案内する。母さんはお茶菓子を用意しにキッチンへ。

「んじゃ、ちょっとここで待っててくれ。ちょっと俺は自分の部屋行ってくるから」
「あ、私も一緒に行く!ふっふっふ、怪しげなものを隠そうとしたってそうはいかないわよ」

 と、二階の自分の部屋に戻ろうとした俺の前に立ち塞がったのは言うまでもなく金髪ツンデレだった。
 口には出さないが、なのはと月村も俺の部屋に興味あるのか、アリサに賛同したそうな顔をしていた。

「別に来ても構わんが、そんなに俺の着替えが見たいのか?」
「な……っ!?」

 この言葉の効果は覿面で真っ赤になったアリサに蹴り出されるようにリビングから追い出された。
 初めて来る人の家だと言うのに物怖じしない性格は非常によろしい。


 手早く着替えて戻ってくると、そこに母さんの姿はなく、三人娘が仲良くお茶をしていた。
 月村の家で飲んだような本格的な紅茶ではないが、特に気にした様子はなかったことに少しだけ安堵する。

「おまたせ」
「お帰り、ゆーちゃん♪」

 開口一番のアリサのセリフがこれだ。そのニヤニヤとした顔はこれ以上ないくらい嬉しそうで本当に楽しそうだった。

「おかえりー、ゆーちゃん♪」
「先にお茶頂いてます、ゆーちゃん♪」

 あらかじめ三人で示し合わせていたのか、なのはと月村まで便乗していやがる。顔を見ればアリサ以外の二人もノリノリなのは一発でわかる。
 もっとも、あらかじめ予想していたのでこれくらいで動揺する俺ではない。げんなりした顔を装いながらアリサが紅茶を口に含んだタイミングを見計らって口を開いた。

「まぁ、せいぜいゆっくりしていってくれ。あーたん」

 ぶはっと、アリサの口から盛大に紅茶が吹き出された。ちっ、しまった。俺としたことが写メを撮り逃してしまった。

「あつっあつっ!」
「あああ、アリサちゃん、大丈夫っ!?」
「はわわっ!」

 しまった。紅茶でやるのは失敗だったか。吹き出した紅茶がおもいっきりアリサの手にかかっていた。タオルを持ってアリサに慌てて駆け寄る。
 幸い、口の中に含める程度には冷やしていたせいか、火傷はしていないようだ。タオルを手渡した後、キッチンに濡れタオルを取りに走る。

「ゆーとくん」

 濡れタオルをなのはに手渡したところで、月村にジロリと睨まれた。流石に今回ばかりは申し開きもできないのでアリサに平伏して謝る。

「ごめんなさい、調子に乗りました。もうしません」
「うん。今度やるときはちゃんと危なくないタイミングでしないと駄目だよ?」
「御意」
「って、待ちなさない、こらぁっ!」

 月村の言葉に頷くとアリサから怒声が飛んでくる。

「なんでしょうか、あーたん」
「どうしたの、あーたん」
「問題はそこじゃないっ!誰があーたんよっ!?誰がっ」

 怒りが有頂天のあーたんだが、顔を真っ赤にしていてはまるで迫力がない。月村はニコニコしながら、俺は笑いそうになるのをこらえて平静を装いながらあーたんの反応を楽しむ。

「説明が必要ですかな、あーたん?」
「ねぇ?」

 例によって月村と示し合わせたように首を傾げる。どうでもいいけど稀にこの子が物凄くブラックストマックに思えるのは俺だけだろうか。

「だからあんたたちは~~っ!」
「あ、アリサちゃん、落ち着いてっ」
「逆ギレよくない。あだ名で呼んでくれたクラスメイトに親しみを込めてあだ名を呼んであげたじゃないか。それとも何か?あーたんが俺のあだ名を呼ぶのは良くてその逆はダメなのか?」

 俺の言葉となのはに抑えられ、辛うじて自制したらしいアリサだが、その頬があからさまに引き攣っていてニヤニヤが止まらない。

「う……な、なら私だけじゃなくてすずかやなのはにもあるんでしょうねっ。すずかはなんて呼ぶのよっ」
「…………すずちゃん?」
「今の間は何よっ!絶対に今考えたでしょっ!私の時と絶対に差があるでしょっ!」
「HAHAHAそんなことないさ」
「ちゃんと人の目を見て言いなさいっ!露骨に目を逸らすなぁっ!」
「まぁ、落ち着きたまえあーたん」
「あ・ん・た・が・い・う・な~。ほら、すずかもなんか言ってやんなさいっ」

 ご希望通りに月村のあだ名を考えたのに何が不満なのか。人の頬をぎうぎう引っ張るのはやめてほしい。ここぞとばかりに月村を自分の味方に引き入れようと必死だな、おい。

「すずちゃん、かぁ……うん、悪くないかも」
「…………」
「月村はすずちゃんで気に入ったみたいだけど?」

 あーたんと違ってすずちゃんは俺の命名が気に入ってくれたらしい。

「ね、ね、ゆーとくん。私は?」

 自分もあだ名で呼んで欲しいのか、なのはが子犬のように手をついて身を乗り出してきた。魔法使ってるときはアレだけど普段は子犬系だよね、こいつ。

「うむ、おまえに相応しいのが一つあるぞ」
「本当っ!?」

 まぁ、なのはのあだ名なんて考えるまでもない。わくわくと目を輝かせるなのはに鷹揚に頷いて言った。

「白い悪魔」

 あ、こけた。

「ひ、酷いよぉっ!なんで私が悪魔なのっ!?」

 よっぽど期待していたのか、ガバっと起き上がって涙目で抗議してくるなのはだった。

「いや、そのセリフ違うから。ここはこう返すべきだぞ?『悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で……話を聞いてもらうから!』だ」
「誰のセリフなのか知らないけど、私そんなこと言わないもんっ!」
「…………」
「な、何、その目!?そんな冷めた目で見ないでよぉ!」
「や、知らないって幸せなことだなぁって思って」
「どういう意味っ!?」
「言葉通りだ」

 その後もすったもんだの話し合いの末、今まで通りの呼び方をすることに落ち着くことになる。
 主にあーたんと白い悪魔の抵抗によって。

「ちょっと、残念かも」
「と、月村は仰ってますが」
「……別に本人が良いなら好きにすれば?」

 今までのやりとりで相当な体力を消耗したのか、ソファにもたれかかるアリサの言葉はすごく投げやりだった。

「そういえばなんですずかちゃんだけ苗字で呼んでるの?」
「ぬ?や、基本的に俺は苗字で呼んでるぞ、アリサやなのはとかが例外なだけで」

 現に他のクラスメイトは例外的に名前で呼ぶやつもいるが、基本的には苗字で呼んでいる。
 これは単に以前からの習慣である。小学校低学年くらいは基本的に名前を呼び捨て、小学校高学年くらいから苗字で呼ぶようになり、高校から女子だけさん付けで呼ぶようになっていた……気がする。
 この風習はまぁ、地域差とかがあるのだろう。聖祥の場合は私立ということもあってか、名前にくん、ちゃん付けが普通で俺のように男女問わず呼び捨てにするのは少数派である。

「なのはは自分で名前で呼べって言ったからだし、アリサはバニングスって言うのがなんか呼びにくかっただけだし」
「そんな理由かいっ!」
「あ、だったら私もすずかでいいよ」
「ん、わかった。じゃあ今度からそうする」
「さらっと無視するなぁっ!」
「まぁまぁ落ち着けあーたん」
「だ・か・ら、あーたんは禁止って言ったでしょうが~」

 またしても両の頬を引っ張られる。
 口では勝てないと悟ったのか、最近、実力行使が多くなってきたのが困る。
 さすがに年下の女の子相手にやり返すのも大人気ないので、こちらからは手が出せない。
 いつもなら止めてくれるなのはも『白い悪魔』で大いにご立腹なようで、さり気なくアリサと一緒に俺の頬を引っ張るのに参加していやがりますね、こんちくせう。

「ふふっ、みんな楽しそうね。はい、これケーキの差し入れよ」

 母よ、息子が二人の女の子に頬を引っ張られているのに言う事はそれだけですか?
 俺の頬を率先して引っ張ってるアリサはもちろん、なのはもすずかも母さんに礼は言うけど、俺の状況に対して一言も無いのはどうかと思うのですが。

「ゆーちゃんがはやてちゃん以外の女の子を連れてくるなんて本当、珍しいわねぇ。ねぇねぇ、ゆーちゃんの好きな子ってこの子達の中にいるの?」

 母さんの爆弾発言にぴきりと俺の顔が引き攣る。
 助けどころかさらりと核を投下してくれやがったよ、この母上は。三人娘の視線が驚きと共に見開かれ、俺に殺到したのは言うまでもない。

「いやいや教えないから」

 と言ったものの、この手の話題で引くような相手ではなかった。

「なになに、ゆーとくん好きな子いるのっ?」
「誰々?うちの学校?」
「そもそもはやてちゃんって誰?」

 三人が三人とも目を輝かせて迫ってくる。
 正直に言おう。傀儡兵の十倍怖かった。

「言わねーしっ、教えねーしっ!断固黙秘権を発動するっ!」

 思わず三人の勢いに後退りながら叫ぶが、俺の言葉にアリサがニヤリと嗤った。

「ふっふっふ、否定しないってことは好きな子がいるってのは本当のようね」
「ぬぐっ……」

 ぬかった。母さんの核投下があまりの不意打ちだったので俺ともあろうものが選択肢を誤ったか。
 そして見た。三人娘の奥で計画通り!と言わんばかりに微笑む母の姿を。

「謀ったな!?母さんっ!」
「あらあら人聞きの悪い。普段から無駄に落ち着いてて愛想のないゆーちゃんの困った顔見て楽しもうだなんてこれっぽちも思ってないわよ?」
「本音駄々漏れじゃねーかっ!?それでも母親か、おい!」

 反射的に突っ込むも、母さんはそれすらも美味と言わんばかりにうふふと微笑んでいる。
 さ、最低だ、この母親……!

「うわー、ゆーとくんがこんな動揺してるの初めて見たかも」
「確かになかなか見れるもんじゃないわね……流石だわ」
「ちょっと新鮮で面白いかも」

 おまえらここぞとばかりに言いたい放題ですね。アリサはいつもどおりだけど露骨に目を輝かせてるすずかももの凄く新鮮だよ。悪い意味でなっ!

「フフフ。じゃ、私は邪魔にならないように引っ込んでるけど、ゆーちゃんの好きな子聞き出したらおばさんにも教えてね?」
『はーいっ!』

 この短時間でなに結託してるのこの人たち。

「とゆーわけでぇ」
「尋問タイムといきましょーかぁ、ゆーちゃん♪」
「はやてちゃんって子のことも教えてもらおうかなー」

 なんか今まで見た中で一番楽しそうなんですけどっ!

「はやてのことは幾らでも喋るけど、他の事には黙秘権を発動して断固拒否する」

 笑顔でにじり寄ってくる三人から少しずつ後退る。なんだ、この迫力。
 つーか、小学三年生の分際でなに人の色恋沙汰に興味持ってんの。そもそも俺が小学校の頃は――入学式の日に速攻で隣の席の子に一目惚れしてたね、そういえばっ!
 過ぎ去りし日々に愕然としているといつの間にか背中が壁に当たっていた。

「ふふふっ、ゆーとくんっ。もう逃げられないよ~」
「なのは、今の自分の鏡で見てみるといい。悪魔と言う言葉が相応しいぞ」
「うっ」

 俺の言葉になのはの動きがピタリと止まる。良かった、ここでレイジングハートを構えながら「悪魔でいいよ」とか言われたら本気で卒倒しかねない。

「なのは、こいつの口車に乗っちゃダメよ。ここでこいつの弱みを握っとかないと延々とこいつに主導権を握られたままよ」
「うわぁ、何そのジャイアン理論。将来の夢はガキ大将ですか?空き地でリサイタルでも開きますか?」
「誰がジャイアンかぁっ!?」

 間髪入れずにアリサを指差す。

「実際、学級委員もやってて事あるごとに仕切ってるから立場的には似たようなもんじゃないのか」
「うん、確かに」
「言われてみれば……」

 矛先転換成功。ふふふのふ。アリサよ、俺を相手にするには君はまだ未熟っ!

「二人してこっち見るなぁ!だいたいアンタだって同じ学級委員でしょうがっ」
「や、俺は押し付けられただけだし」
「私だってそうよっ」

 一、二年の頃ならばともかく、三年生にもなると学級委員が面倒な役割だというのは周知の事実だ。
 基本的にこういった役割を割り振られる人間は自分から進んで立候補する人間と、他人に押し付けられた運のない人間の二通りである。
 不運にも今のクラスに自分から進んで厄介ごとを引き受けてくれる酔狂な(限りなく私見)人間はおらず、なんやかんやで俺とアリサが学級委員を引き受けさせられる羽目になったのである。
 アリサは仕切り上手な所や面倒見の良さを買われ、俺は部活もやってない塾も行ってない暇人として。あとは下手に成績が良いとこういったことを押し付けられやすいという弊害もある。

「で、それはそれとしてゆーとくんの好きな人って誰なの?私たちの知ってる人?」

 何事もなかったかのように話題をリバースされた。やはり一番手強いのは貴様か、すずか!
 口調は何気ない風だが、その瞳は他の誰より輝いて見えた。普段、地味なくせにこういうときは無駄に押せ押せである。

「ノーコメント。どちらにせよ、答える義務はない。俺が答えなきゃいけない理由を是非とも教えてくれ」
「私たちが勇斗の弱みを握るため」
「帰れ」
「じゃあじゃあ、ヒントだけでもっ!年とか住んでる場所とか」
「却下。答える必要性が無い」

 そんな情報は俺が知りたいくらいである。

「というか、そういうおまえらはどうなのよ?好きなヤツとかいないの?」
『え?』

 俺の言葉に三人とも顔を見合わせる。まぁ、俺の知ってる通りならこいつら19歳になっても男の影すら見当たらないわけだが。
 もしかしなくても未だに初恋すらまだなんじゃないだろうか。

「えっと、私は今のところそういうのは……すずかちゃんは?」
「私も特にいない……かな。アリサちゃん」
「……いないわよ」

 三人が三人とも微妙に困ったような表情で顔を見合わせている。顔がちっとも赤くなっていない辺り、素でいないようだ。

「駄目だ、こいつら。早く何とかしないと」

 盛大に溜息をつきながら言ってやった。
 三人とも同級生の間では密かにそれなりに人気高いのに。予想していたことではあるが、これは酷い。ユーノや友人たちに憐憫を感じてしまう。

「う、うるさいっ、わざわざ声に出して言うな!」
「いや、ついつい。まー、個人の自由だから別に文句を言う気はないから気にするな」
「うぅ、そう言いながらもゆーとくんの視線に思いっきり哀れみを感じるよぅ」
「うむ、鋭いな。褒めてやろう」
「全然嬉しくないよ……」

 多分、ユーノも聞いたら悲しむと思うよ。

「え、えっと、じゃあ、はやてちゃんって子のことは?」

 自分たちの旗色が悪いと思ったのか、ここぞとばかりに話題を切り替えるすずか。
 些か強引な気もするが、ここは大人の態度で乗って上げるしよう。

「はやて、ね。まぁ、そっちはそのうち紹介するよ。間違いなくお前らとも気が合うだろうさ」

 はやての誕生日まであとわずか。それまでには対応を決めなければならない。なのは以外は今すぐに紹介しても問題ないが、なのはが絡むとヴォルケンリッターや猫姉妹の対応がややこしくなる。状況がある程度安定するまでは、慎重な対応をしなければならないだろう。

「へー。どんな子なの?」
「芸人?」
「あんた……絶対適当に言ってるでしょう?」
「当たらずとも遠からずってとこだな」
「何よそれ。もっと真面目に答えなさいよね」
「んー、何から話したものか」

 そんなこんなで三人が帰るまで雑談したりゲームしたりして過ごしたのであった。




 三人が笑顔で帰ったのを見送りながら、空を見上げて思う。
 こんな当たり前で何気ない日常。きっと誰もがずっと続いて当然だと思っている日々。
 だけどそんな当たり前の日々は何かの拍子に簡単に失われてしまうことを俺は知っている。いや、俺だけじゃない。誰もがそれを知っていてなお日常を生きている。それだけの話だ。
 胸の奥がチクリと痛む。
 失われた未来。そこにあるはずだった笑顔。
 失われた過去は戻らない。

「現在を戦って未来を変える、か」

 俺がいることで変わる未来。それがどんな結末を迎えるかはわからない。動こうが動くまいが、俺の知る通りの未来にはならないだろう。
 なら少しでも自らの望む未来の為にできる限りのことをしていくだけだ。
 なのはやアリサ、すずかの笑顔。そこに加わるフェイトやはやて。あいつらが笑って過ごせる小さな幸せを壊さないように。
 そして何よりも俺自身の為に。精一杯頑張ろうと改めて思った。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

自らの過ちを悔い、残された時間の全てを娘の為に費やすプレシア。
母の笑顔の為、戦い続けた少女は戸惑いながらも今ある幸せを噛み締めていく。

プレシア『あなたの思うままに』



[9464] 第二十四話 『あなたの思うままに』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:48
「ほら、いらっしゃいフェイト」
「は、はいっ」

 プレシアに呼ばれたフェイトは緊張した様子で声を返し、恐る恐るプレシアの元へ向かう。
 本人は平静を保ってるつもりなのだろうが、右手と右足を同時に出している所からもその緊張具合が窺い知れる。
 そんなフェイトに苦笑しながらもベッドの上に腰掛け、自らの膝を叩いてそこに座るよう促すプレシア。

「し、失礼しますっ」

 そう言ってゆっくりと、壊れ物に触れるかのようにプレシアの膝の上へと座るフェイト。
 そのかしこまった姿勢にプレシアばかりでなく、狼形態でそれを眺めているアルフも苦笑を禁じえない。
 こうしてプレシアがフェイトを膝の上に乗せるのは今回が初めてではない。半ば日課になりつつもあるのだが、未だにフェイトは慣れる様子がない。
 フェイトがプレシアに対して自然に振舞うことができないのは、今までの経緯を考えれば当然のことではある。が、流石にそろそろ慣れて欲しいとプレシアが考えるのも仕方のないことだろう。自らがその元凶であることを鑑みればあまり強くは言えないのだが、この程度でここまで緊張されてはプレシアとしても困ったものである。
 これがアリシアであれば、こちらの心境お構いなしに甘えてくるだろうに。
 内心で静かにため息をつきつつも、手にしたブラシでフェイトの髪をゆっくりと梳かしていく。
 そしてそれを続けていくうちに緊張していたフェイトの力も抜け、目を閉じリラックスしていくのが見て取れる。
 以前のフェイトには見られなかった、心から安心しきった様子にアルフの尻尾はパタパタと揺れていた。


 アースラ内で暮すようになってから、プレシアの態度は劇的に変わっていた。
 そのあまりの変わりようにアルフは驚くより先に薄気味悪さを覚えたほどである。
 以前のプレシアは研究にかかりきりで、元よりフェイトやアルフとの接点は少なく、顔を合わせたら合わせたでフェイトに対し理不尽なまでに辛く当たっていた。
 それがアースラで一緒に暮らすようになってからというもの、時間の許す限りフェイトと一緒に過ごし、過保護としか言いようのないほどフェイトを甘やかそうとしている。
 具体的に言えば、寝るときは同じベッドの中、食事は必ず親子一緒に食べ、シャワーも一緒に入り、フェイトの髪を洗ったりドライヤーで乾かしたりなどなど一日中フェイトにべったりである。
 プレシアとしてはフェイトからももっと甘えて欲しいと考えているのだが、フェイト自身が進んで甘えられる性格で無い為、今のところあまりうまくいっていない。
 フェイトはそんなプレシアに戸惑いつつも、彼女――アリシア――の記憶にある優しい母を愛おしく想い、アルフもフェイトが喜ぶのなら、と一歩引いた位置で二人を見守っていたのだが。

「――――さてアルフ、準備はできてるわね?」

 プレシアの腕の中でフェイトが眠りについた後、アルフの戦いはそこから始まる。
 フェイトを見る時とは打って変わって獲物を狙う獣の目つきでアルフを見据えるプレシア。

「ふふん、もちろん。いつでもどうぞ」

 それに対し、アルフも獲物を前にした狼のごとき不敵な笑みを浮かべ応えた。




「私の命はあまり長くない。私の代わり――いえ、私とリニスの分まであなたがフェイトのことを守りなさい」

 フェイトとプレシアがアースラで暮らすことになって間もないとき、プレシアがアルフに向けて語った言葉だ。
 自身の身体は病に冒されている。たとえ、その身が生き長らえたとしても、今回の事件による罪で数百年単位の幽閉は免れない。
 今こうしているようにフェイトの傍にいられるのはせいぜい半年にも満たないだろう。
 フェイトはプレシアが生きている限り、一緒にいることを望むだろうが、プレシア自身はフェイトの枷になることを望んでいない。
 今はまだしも、裁判が終わりフェイトが自由の身になった時には、彼女が自分の意思で選択肢を選び、望むままの道を進むべきだと考えている。
 アリシアの妹であるフェイトが幸せになること。それが今のプレシアにとって唯一にして最大の望みとなっていた。
 ゆえにプレシアはフェイトの為にできることとして、二つの行動を起こした。
 一つは母親として、できる限りの時間をフェイトと過ごすこと。
 過去にフェイトにしてきたことを鑑みれば、今更、母親として接することはひどく独善的かつ身勝手なことだろうと思う。

 ――――それでも
 フェイトがまだ自分を母親として認め、求めているのなら――――

 過去の贖罪、アリシアとリニス、そして自分自身の為に。フェイトと親子として生きていく。
 きっと、それがアリシアとリニスの望む、自分達の姿だろう。
 そしてもう一つ。
 プレシアの使いとして必要な知識、技能はリニスによって教え込こまれ、魔導師としては高いレベルにはあるフェイトだが、他の面、特に人間的には年齢相応の成長しか遂げていない。
 もちろん、今後もプレシアが親として傍にいられるならそれでも問題ない。フェイトの成長に合わせて色々教えていけばいいのだが、プレシアに残された時間はそう多くはない。
 だからこそ、プレシアは自らの代わりにフェイトを支え、守る存在として使い魔のアルフに目をつけた。
 自身の経験から得た処世術、特に善意の人間を装った悪意を持つ人間や悪徳企業などに対する術。それら全てをアルフに授けるべく、一週間のうち三日間を講義に費やすようになった。
 アルフ自身はこういった講義や頭を使うことはあまり好きではない。だが、フェイトの笑顔の為に必要なことなら話は別である。
 アルフも、フェイトの能力的な面に関しては十二分に信頼しているが、いかんせん人が良すぎると常々思っていた。プレシアの言うように善意を装った悪人にコロッとだまされると言うことは十分にあり得ることだと。
 フェイトに悪意を持って近づく人間、いやどんなことからもフェイトを自分が守り抜くと――あの日、フェイトと使い魔の契約を成した日に決めていた。物理的な意味合いだけではなく、精神的な意味でも。
 
 
 こうして一人と一匹の利害は一致した。
 
 
「アルフ。フェイトの純真さを利用し、泣かすような輩がいたとしたら、どうするかわかっているわね」
「ふん、そんなの決まってるじゃないか。ありとあらゆる手段を用いてそいつを排除する。生まれてきたことを後悔させてねっ」
「そう、その通りよ。そしてその為に必要なことは・・・・・・」

 こうしてプレシアとアルフの夜は過ぎていく。
 そしてその光景を眺めている人影が三つ。

「なんていうか・・・・・・プレシアさんって最初会った時とは完っ全に別人だよねぇ」
「アリシアの蘇生に向けられていた狂気がベクトルを変えただけとも思えるが・・・・・・」
「どちらにしても極端から極端に走る性格よねぇ」

 それぞれに呟く執務官補佐と執務官、そしてアースラ艦長の背中にはそこはかとない哀愁が漂っていた








「ヒュゥゥ……」

 息を吸い込むと同時に精神を集中し、魔力を集中させる。
 脳裏に魔力を発動させるイメージを描き、

「ハッ!」

 短い掛け声とともに放出する。
 莫大な魔力が体から放たれると同時に体全体が浮遊感に包み込まれる。

「やったっ!やったよ、ゆーとくん!」
「うん、そう。その調子。そのまま魔力の放出を続けて」

 ユーノに言われるまま魔力の放出を続ける。
 ついでに出力も上げ続けるが、現状を維持するだけでこれといった効果はでなかった。

「ふい~っ」

 やがて集中力を切らした俺は魔力の放出を止め、そのままヘナヘナと地面に座り込む。

「うん。まずは一歩前進ってとこだね。今度からはもっと長い時間今のを維持し続けられるようにしてみようか」
「……了解。でも今日はもう疲れたやめー。ギブっ」

 短時間の魔力行使にも関わらず、普段以上の気力を消耗した俺はだらしなく四肢を投げ出し、地面に横たわる。

「あはは、お疲れ様。でもついにゆーとくんも飛べるようになったんだね。おめでとうっ」
「……」

 なのはの笑顔は心からのもので悪意はないのはわかっている。わかっているのだが、今の彼女の言葉にどうしても悪意しか感じられないのは俺の性格がねじ曲がっているせいだろう。

「そーですね。たった10cm程度地面に浮かんだだけなのを飛んだと表現していいかは甚だしく疑問だがなー」

 おまけにジャンプして10cm以上の高さから発動してもゆっくりと規定の高さまで下がっていくという微妙加減。
 素直に喜ぶのは中々難しい。

「でもでもでもっ、今まで出来なかったことが出来るようになったんだよ!もっと自信持たなくちゃ!」
「それはそーなんだけどさー。ていっ」
「にゃぁっ!?ひゃんでわらひのくひふらむのーっ!?」
「自由に空を飛び回りなおかつ、レイジングハート無しでも魔法使えるようになり始めたお前に言われると皮肉にしか聞こえん!」

 つまんだなのはのほっぺをむにむにと引っ張る。うむ、相変わらずぷにぷにと柔らかいほっぺである。

「ごひゃいだよー!」
「それってただの八つ当たりだよね」
「うむ、その通りだ」

 しみじみとしたユーノの呟きに頷き、なのはの頬から手を放す。

「うー、ゆーとくんやっぱりいじめっこだよぉ」
「まぁ、気にするな。そのうち快感に変わるかもしれないぞ?」
「絶対イヤだよ……」

 うん、俺も実際にそうなったらかなり困る。
 なのはがなおも文句を続けようとしたところで、なのはの携帯が鳴り出す。

「はい、もしもし。なのはです」
『……』
「あ、エイミィさん。うん、おはようクロノくん」

 どうやら相手はアースラの面々らしい。
 すぐさまなのはが傍らにいる俺とユーノも会話に参加できるように携帯を操作する。
 アースラ脅威の技術力の賜物であり、俺の携帯もアースラからの通信が届くよう改造されている。
 便利は便利だけど壊れたらメーカーじゃ修理してもらえ無いんだろうなぁ。
 
『――そう、なのはさんには魔導師としての溢れる才能と未来があるわ』

 そして他愛もない雑談から、またリンディさんの勧誘が始まった。
 リンディさんがなのはを誘うのは今回に始まったことではない。もはやお馴染みというか恒例というか。
 俺とユーノは深々とため息をつき、なのはもまたか……と言った感じに若干引き攣った顔をしていた。

『だからね~、今の学校卒業してからでいいし、基本業務の希望も聞くからやっぱりウチに就職しない?お給料は良いし、福利厚生もバッチリだし♪』
「あ、あのあの前から申し上げてます通り、流石に小卒で就職というのはこちらの世界のこの国の法律的にはちょっと……なんというか……」

 いきなり猫なで声に変わったリンディに困惑しながらも反論するなのは。
 まぁ、さすがに小卒で就職は無いわなぁ。世界どころか国が変われば風習も変わる。能力さえあれば今の年齢で働くことも可能なのは考えようによっては素晴らしいことだが、日本の常識的にも世間的にも小卒は無理がある。原作での中卒もかなりアレだけど。
 こっちの世界の経歴としてなのは達はやっぱ中卒で記録されてたんだろうか?
 ちなみに俺がリンディさんに勧誘されたことは一度もない。当たり前と言えば当たり前だが。
 年齢的にバイトもできない身の上としてはお給料の部分に非常に惹かれるものがある。
 いかんせん、元大学生の感覚だと小学生で扱える金額は非常に心許ない。ガンプラももっと買いたいし、16になったらすぐに免許も取ってバイクもまた買いたい。あと自分専用のPCも欲しいのである。
 とはいえ、俺程度の力ではバイト扱いで働くのも難しいのかなぁ。
 今度クイントさんにでも相談してみようか。海では無理でも海以上に人材不足な陸なら幾らか基準が緩いかもしれない。

「なっ、僕は使い魔じゃない!一応、人間の魔導師だっ!」
『あぁ、そうだったか、忘れてたよ。その姿があまりにも様になってるもんだからな』
「っ、なんだとぉ……」

 などとしょーもないことを考えていると、いつの間にかクロノとユーノの喧嘩が始まってたでござる。

「あっ、変身」

 クロノの言葉にカチンときたユーノがなのはの肩から降り、久々の人間形態になる。本当に久々だなぁ。

「これならどうだ」
『うん、人間形態への変身も隙が無い。やっぱり優秀な使い魔だな』

 胸を張って言い返すユーノに動じた様子もなく、平然とユーノを使い魔扱いするクロノ。

「っ。別に使い魔だからどうこうってことはないけど。なんかクロノに悪意を持って言われると妙にカチンとくる」
『心外だなぁ。褒めてるんじゃないか、優秀だって』
「嘘つけっ!大体クロノはなんで僕にそう突っかかるんだ」
『はぁっ!?それは自意識過剰というものじゃないか。それを言うならなんで君は僕のこと呼び捨てにするんだっ』

 双方熱くなってまいりました。

「呼び捨てでいいって言ったじゃないか!」

 うん、言ったな確かに。俺も一緒に言われたから間違いない。

「それにクロノだってなのはにクロノくんって言われてポッとかしてたくせに」
『はぁっ!?誰がいつっ!?何月何日の何時何分!?証拠はあるのかっ!?』

 普段年齢以上に大人びてるクロノくんも熱くなるとこのザマである。やれやれである。

「ゆーとっ!」

 傍観者を気取っていたらこっちに振られた。
 まぁ、ここはユーノ先生の言い分が正論なので加勢してあげよう。

「聞きたいかね?」
『!?』

 呼び掛けたユーノではなく、携帯を取り出し、気のない声でクロノに問いかける。

「5月×日15時34分。証拠はこの画像かな?」

 空中に浮かぶモニターに向け、保存してある画像を見せる。無論、この画像はいつぞやのアースラ内で撮影したクロノがポっとしたときの画像である。

「どーだっ!これが動かぬ証拠だ!」
『ぐっ……くくっ』

 勝ち誇るユーノと顔を真っ赤にして体を震わせるクロノ。これはこれでレアかもしれない。迷わずシャッターを押して即保存する。

『って、撮るなぁっ!』

 モニターの向こうで怒鳴られてもまったく怖くない。俺は無表情で肩を竦めるだけだ。

「あはは。やっぱりいいなぁ、男の子同士は仲良しさんで」

 このやりとりを仲良しさんの一言で断じれる女の子思考ってたまに凄いと思うな、俺。

「なのは……それは違う!」
『し……心外だ』

 二人揃って反論するが、それはなのはとエイミィさんの笑いを誘うだけである。

『ま、やんちゃ坊主たちは置いておいて。実は今回の通信はいつものご連絡なのですよ』

 アースラ側から俺達に連絡することと言えば、言うまでもなくフェイト達のことである。
 フェイトと別れてから月日が経つのは早いもので、もう二度目の公判が終わったそうである。
 フェイトに関してはほぼ無罪、最低でも執行猶予の範囲になるらしい。
 主犯であるプレシアに関しては情状酌量の余地ありということで減刑を申請しているが、事件の重大さゆえに実刑を免れることは難しいとクロノは言っていた。
 もっとも当の本人は自身の余命が長くないことを悟っている為か、自身の裁判結果自体にはあまり興味がないらしい。

「フェイトちゃんはそのこと知ってるの?」

 なのはの問いにクロノは静かに首を横に振る。

『プレシア本人は、当分伝えるつもりはないそうだ』

 フェイトはプレシアの身体のことを知らない。それをフェイトに伝えることは容易だが、内容が内容だけに安易に行えることでもなかった。

「……そっか」

 なのはもそれを理解しつつ、フェイトの心情を考えるとやりきれないといった表情で俯く。
 フェイトから届いた過去二回のビデオメール(魔法製のディスク含む)で姿を見せたプレシアは、時の庭園で見た彼女とは別人のように穏やかで、どこにでもいる子を想う母親で。フェイトとプレシアはどこにでもいる幸せな親子だった。
 ただしその幸せな時間はあくまで時間制限付き。それも最悪数ヶ月、長くても一年にも満たない時間。
 その時間が終わりを告げた時。フェイトの心情を考えれば、なのはが落ち込むのも無理はない。俺だって同じ気持ちなのだから。
 とはいえ、俺まで落ち込むわけにはいかない。

「おまえが落ち込んでも仕方ないだろ」
「ふぇっ?」

 ポンと多少の勢いをつけてなのはの頭に手を置く。

「先のことを今から心配したって仕方ない。フェイトが落ち込んだ時に元気付けてやるのが友達の役目だろ」

 口で言うほど簡単なことではないだろう。
 だが、俺達が落ち込んだところで良いことがあるわけでもない。ならばフェイトが落ち込んだときに、少しでも元気になる手助けをできるように心構えをしておくほうがよほど健全である。
 俺の手を頭に載せたまま、きょとんしていたなのはだったが、やがて勢いよく頷いて言った。

「うんっ。そうだよね、私達がフェイトちゃんの傍にいてあげればいいんだよねっ」

 そこまで言った覚えはないのだが、なのはが笑顔になったのならばよし。

「そういうことだ」
『もちろんこっちでもできる限りのフォローはするつもりだ。その辺りはあまり意識せず、今までどおりにフェイトと接してやってくれ』
「うんっ、ありがとう。二人とも」
『で、お待ちかねのアレはもう送っといたから。今日辺り届いてるんじゃないかな』
「本当ですかっ?」

 エイミィさんのお言葉にぱぁっとなのはの顔が輝く。言うでもないがアレというのはフェイトからのビデオメールである。

『あぁ、返事を作ったら通信をくれ。責任を持って彼女に手渡すから』
「うんっ、ありがとう」
『じゃ、こっちからもまた連絡するね。あと、今日の夕方くらいに例の通信入れるから』
「はい、待ってます」
『何の話だ?』
『内緒のお話だよ♪』

 エイミィさんの答えに「まぁ、いいか」と呟きながらも訝しむクロノ。
 執務官通さないであんな話決めてよかったのかと突っ込みたいとこだが、サプライズにしていたほうが面白いので口には出すまい。

『じゃあ、ユーノ。引き続き二人にちゃんと魔法を教えるんだぞ』
「心配しなくてもちゃんとやるよ」
『……可愛くないな、君は』
「可愛くなくて結構だよっ」

 小声で呟くクロノを忌々しげに睨みつけるユーノ。
 いつの間にこの二人はこんな相性悪くなったのだろうか。

「まぁ、喧嘩するほど仲がいいとも言うか」
『「違う!」』
「あははっ、それじゃあ、また」
『またね』

 思わず呟いた言葉に異口同音で反応する男の子組とは対照的に、女の子組はさわやかな挨拶をかわしながら通信を切るのであった。

「もしかしたらもう届いてるかな?」
「うん、届いてるかも」
「また三人組に拉致られる放課後が始まるお……」
「じゃあ、帰ろっ」

 もちろんなのははそんな俺の言葉に耳を貸すことなく、早足で帰路につく。
 その後は学校に行って、放課後には三人組に拉致られ、フェイトから送られたビデオを見て、なのはがフェイトの様子に感動して泣き出して。アリサとすずかがなのはが慰めて、俺がこっそりと撮影する。
 アリサとすずかは習い事がある為、返信用のビデオメールはまた後日ということで解散。
 残った俺は魔法用のディスクを見るのとサプライズの為、そのまま高町家に連行されるのであった。







「うー、疲れたぁ」
「お疲れ様、アルフ」

 調査審問の為、フェイトとアルフ、プレシアの三人は本局へと訪れていた。

「しっかし裁判ってのは色々と面倒で疲れるね」
「うん、色々とね」
「肩は凝るし、お腹も減ったし……」
「今日はエイミィが夕食を作ってくれてるらしいから、それまで我慢なさいな」
「へ~い」

 プレシアに嗜められるアルフに思わず笑みを浮かべるフェイト。
 一時期のアルフはプレシアに対し、事あるごとに嫌悪感を露にしていたのだが今ではそれが嘘のように消失していた。
 自分にとって一番身近な二人が仲良くしてくれているのを見ると、自然と頬が緩んでしまう。

「エイミィ、随分と張り切ってたみたいだけど何かあるのかな?」

 今日に限ってエイミィは夕食の時間を指定し、それまでにはアースラに帰るように指示してきた。
 エイミィが料理を作ること自体は珍しいことではないが、わざわざ時間を指定するというのは自由気ままな彼女にしては珍しいことだった。

「ま、あたしとしては美味しいご飯が食べられるんならそれでいいや。ああ見えてエイミィは料理上手いからねー」
「もう、アルフったら。……母さん?」

 今にも涎を垂らしそうなくらいだらしなく頬を緩ませるアルフに苦笑していると、プレシアがじっと自分のことを見ているのに気付く。

「裁判が終わったらあなたはどうするか考えてる?」

 ――裁判が終わったら。
 自分は自由の身になり、プレシアは刑を執行される。クロノやリンディの尽力で多少の減刑はされるだろうが、実刑は免れない。
 かなり長期間の幽閉、あるいは隔離処分が降されるであろうことは既に聞いている。
 自分が自由になったとき、どうするか。漠然と考え続けてはいた。
 リンディからは管理局に入らないかと誘われているし、なのはや勇斗といった友人に会いに行きたいとも思う。
 だが、それらを押しのけるほど強い気持ちがフェイトの中にはあった。

「私は母さんやアルフと一緒にいれればそれで十分かな」

 やっと心が通じ合えた。唯一の肉親である母とずっと一緒に過ごしたい。それは偽らざるフェイトの本心であった。

「フェイト」

 フェイトの頭に手を置いたプレシアは叱るのではなく、諭すように穏やかな声で語りかける。

「あなたはこれまではずっと私の為に生きていた」

 それがプレシアの望みでもあり、フェイトの望みでもあった。誰に強制されたわけでもない。フェイト自身の想い。でも、とプレシアは言葉を続ける。

「これからは自分自身の為に生きなさい。あなたの思うままに。あなたが望むとおりに、ね」
「……自分自身、のため」

 自分に囚われるな。暗にプレシアはそう告げていた。

「今の私の望みはあなた自身が幸せになること。私だけでなく、あなたの自身の世界を広げなさい。自分が一番したいこと、やりたいことがなんなのかゆっくり考えてみなさい」
「……はい」

 頷いてはみたものの、やはりすぐには答えは出せそうにない。母と一緒に笑って過ごすことが自分にとってなにより望んだことなのだから。
 でも、とフェイトは自問自答する。自分と母を切り離して考えた場合はどうだろう?
 自分自身の世界を広げる。
 思い浮かぶのは高町なのはの笑顔であり、遠峰勇斗の自分を見守るような穏やかな眼差しだった。
 自分が何をしたいのか。今は答えが出せない。だけど裁判が終わり自由になったら。
 まず始めに友達に会いに行こう。そこから自分の世界が広がる気がする。
 自分が何をしたいのか、全てはそこから始まるのだと。
 プレシアの手に優しく撫でられながら、フェイトは静かに確信していた。

「ところでフェイト。勇斗くんへの返事はどうするの?」

 びくりとフェイトがその身を震わせる。
 勇斗への返事。
 ――それは時の庭園で勢いのままに勇斗が何も考えずに口走った「愛している」という言葉に対しての返事である。
 勇斗本人にフェイトを異性としてどうこうという気持ちは皆無なのだが、いかんせん対人経験が少ないフェイトがそれを察することはできず、思いっきり言葉通り真に受けていた。
 異性からの告白どころか友達すらいなかったフェイトが、母であるプレシアへ相談したのは極めて当然の流れである。
 ただ今回の場合は相手が悪かったと言うべきか、運が悪かったと言うべきか。
 年増やらなにやら罵詈雑言を浴びせられたことの勇斗への意趣返し、そして娘の初々しい反応をみたいという理由で結婚を唆されたことはフェイトの記憶に新しい。
 勇斗のことは嫌いではないが、そもそも男女の恋愛観すら持ち得ていないフェイトにいきなり結婚というには過程も心の準備もなさ過ぎであった。
 自らの誤った知識を勇斗に指摘された時は、今すぐ結婚しなくていいという事実に心の底から安堵すると同時に顔から火が出そうなくらい恥ずかしい思いをした。
 咄嗟に勇斗のデバイス――ダークブレイカーのことに言及して話題を逸らせたのは超ファインプレーだったと密かにフェイトは自画自賛するほどである。
 ちなみに勇斗は話の流れですっかり誤解が解けた気でいるが、もちろんフェイトは依然と勘違いしたままだ。
 プレシアとアルフはフェイトの勘違いだということは理解しているが、フェイトの成長の為という名目の元あえてフェイトには伝えていない。

「ど、どうって言われても勇斗はその、友達だし……別に付き合ってとかそういうこと言われたわけじゃないし……」

 確かに告白はされた。友達にもなった。だが、そこから先どうこうしようとは何も言われていない。フェイトから返事をどうこうする義理はないのだが。

「あら、あなたはせっかく告白してくれた男の子に何も返事を返さないつもりなの?」
「う、うぅ……」

 プレシアの言葉に反論することもできず、俯きながら首から上を赤一色に染め上げるフェイト。
 当たり前だが、まともな人付き合いの無かったフェイトに、人から告白された時に対する術や知識などあろうはずもない。
 勇斗のことは好きか嫌いかで言えば好きだ。だが、それが男女のそれかというとまた別の問題である。
 友達として好きなのか、異性として好きなのか。フェイトは勇斗のことをほとんど知らない上に、恋愛経験も無く幼いフェイトがそう簡単に答えを出せるはずも無い。
 ビデオメールでのやりとりは直接顔を合わせてないこともあって、特に意識せず話しているが、実際に顔を合わせた時、今回のように煽られてしまえばたちまちフェイトの脳はオーバーヒートしてしまうだろう。

「勇斗くんも可哀想に。せっかく勇気を振り絞って告白したのに、何の返事を貰えないなんてねぇ」
「うぅ……」

 プレシアの本心を微塵も込めていない言葉だがフェイトには効果抜群だ。
 顔を真っ赤にしながらうー、うーと唸り始めるフェイト。
 そしてそんなフェイトをグッと抱きしめたくなる衝動掻き立てられる一人と一匹。
 困り果てて悩むフェイトの姿は反則的なまでの可愛さを醸し出していた。
 今のフェイトの姿を見れば誰もが嗜虐心を掻き立てられ、ちょっかいを掛けたくなるような可愛さ。言うなればドS生産機というべきか。
 冷静な様を装っているプレシアとアルフだが、その内心はフェイトの可愛らしい様に萌え狂るわんばかりに興奮していた。
 フェイトが顔を赤くしたり照れたりする反応がまた堪んないんだよねー、と惚気るアルフの表情はとても蕩けていたと後にエイミィは語る。

「ふふっ。勇斗くんに会った時にどうするのか今からしっかり考えておきなさい」

 とうとうフェイトがその眼に涙を浮かべ始めた時、この話はおしまいとばかりにプレシアがフェイトの頭を撫でる。
 フェイトが可哀想という理由ではなく、涙目で見上げるフェイトの凄まじい破壊力にこれ以上自らの衝動を制しきる自信がなかっただけである。

「……はい」

 プレシアの言葉にゆっくりと頷いたフェイトだが、結局、アースラに戻るまでフェイトは顔を真っ赤にしたままであった。
 このように勇斗をダシにしてプレシアがフェイトを可愛がるのは、勇斗がフェイトに本心から感情を抱いていないことをリンディと連携して確認しているからこそできることである。
 もっとも、仮にフェイトが勇斗や他の誰かに恋愛感情を抱いたとしても、プレシアはそれに干渉しようとも思っていない。
 あくまでフェイトの意思を尊重して見守るというスタンスである。――――ただし、フェイトを泣かせないという条件付きではあったが。
 もし、仮にフェイトをいたずらに悲しませ、泣かすような愚かな輩がいた場合――
「もちろん、噛み殺す♪」
「生まれてきた事を後悔させてあげるわ」
 一匹と一人の手によって地獄を見ることは必定であろう。





 そしてアースラに戻ったフェイトとアルフが夕食の時間に呼び出された先に待っていたのは――

「おおっ、いらっしゃい」
「いらっしゃ~い」

 手を振って待ち構えていたエイミィとリンディ、クロノ。プレシアの姿もある。そして大量に盛り付けられた豪華な料理の数々だった。

「おぉっ肉!肉!」
「エイミィ……どうしたの、これ?」

 目の前のご馳走にしっぽを振るアルフと、あまりの豪華さに唖然とするフェイト。

「えへへー。今日はフェイトちゃんとアルフの契約記念日でしょ?せっかくの記念日だからちょっとしたお祝いをしようって」
「ちょ、ちょっとってレベルじゃないよ、これ。かなりの量と豪華さだよ」

 目の前に並べられた料理の数々はとてもフェイト達だけで食べ切れる量ではなく、軽く10人前は超えているだろう。

「えっへへ。趣味はいってまーす」
「さぁ、今日は二人が主役なんだから座って座って」
「ほら、アルフも」
「ふふっ、おめでとう。二人とも」

 リンディとクロノに促されるままに席に着くフェイトとアルフ。
 その二人の前にプレシアが持ってきたケーキが置かれる。

「ふっふっふー、実はこのケーキ、プレシアさんのお手製なんだよ~」
「母さんの……!?」
「うぇっ!?」

 驚くフェイトとアルフの視線を受けたプレシアは少しだけ照れた笑みを浮かべる。

「ケーキなんて作るの何年ぶりかわからないけど、今の私に出来るのはこれくらいだから……ごめんなさいね。大したことできなくて」
「そ……そんなことない。そんなことないよっ。母さんが作ってくれただけで……私嬉しくて」

 プレシアが自分のため作ってくれたケーキ。ただそれだけでフェイトの胸は一杯になり、自然と涙が溢れてくる。

「ほらほら、誕生日じゃないけどケーキ用のキャンドルも用意したよ。これを三本立てて、火を付けて……と」
「この習慣、なのはさん達の世界でもおんなじなんですってね」
「ケーキと……ろうそくですか?」
「で、照明を少し落として」
「わぁ……綺麗」
「……うん」

 暗くなった室内で、ケーキのキャンドルに灯された灯りが神秘的な雰囲気を醸し出し、思わず感嘆の声を漏らすフェイトとアルフ。

「さ、二人で火を吹き消して」
「あ、えぇと」
「その……」

 こうやって祝われる経験がない二人は思わず顔を見合わせてしどろもどろになってしまう。

「ほら、二人とも遠慮しないで」
「じゃ、アルフ……」
「う、うん。それじゃぁ……」

 プレシアに促され、意を決する二人。せーのっとタイミングを合わせてろうそくの灯を吹き消す二人。
 照明が元の明るさを取り戻し、拍手の音が響き渡る。

「記念日おめでとう」
「二人ともおめでとう」
「よかったね、二人とも」
「あ、ありがとうっ。みんな、ありがとうっ」
「あー、もう。あんまりフェイトを照れさせないで。私もなんだか照れるんだから」

 祝われたのがフェイトだけならばともかく、自分もセットととなると流石のアルフも照れくさくなったようで、フェイト共々顔を赤くし、周囲の笑いを誘っていた。
 そしてそこに響き渡るさらなる拍手の音。

『あはは、おめでとう。フェイトちゃん、アルフさん。今日はそんな記念日だったんだね。私からもお礼を言わせて』
『僕からも』
『よっ、おめでとさん』

 突然の声に振り向くとそこには空間モニター越しに映る友人達の姿があった。

「なのはに勇斗……!?」
「ユーノも」
『『うん』』
『おう』

 驚く二人に画面越しの少年少女はしてやったりといった顔で頷く。

「えっえっ、これってリアルタイム通信じゃ!?」
「可愛い身内の特別な日だと、管理の注意力も散漫になるらしいわね」

 慌てるフェイトにしたり顔で答えるリンディ。その奥ではクロノが静かにため息をついていた。

「厳密には0.05秒遅れで繋いでるので、リアルタイム通信ではないですしね」

 誰がどう聞いても詭弁でしかないのだが、それを気に留める無粋な者はこの場には存在しない。
 

「なのは……」
『うん』

 モニターの中央に映るなのは。そこから一歩引いた位置に勇斗が立っていた。

「こっちはその、元気だよ。みんな凄く優しくてなんだか上手く心がついてこない」
『あはは。きっとすぐ追いついてくるよ、きっと大丈夫』
「うん」
『アルフ、元気?』
「あぁ、もう滅茶苦茶元気!」
『元気そうで何よりだ』
「……あ」

 勇斗に声をかけられると同時に、先刻プレシアにからかわれたことを思い出し、ボンッとフェイトの顔が赤面する。

『?どした?なんか動揺してるみたいだけど』
「な、何でもない!何でもない!何でもない!平気だよっ!」

 不思議そうに小首を傾げる勇斗に真っ赤になりながら手を振って否定するフェイト。
 そんなフェイトをクロノを除く女性陣は生暖かい目で見守っていた。

「そ、それより勇斗達がいるのは外なの!?そこは森の中っ!?」
『うん、裏山。今はあんまり長く話せないし、贈り物もすぐに送れないから』
『フッ』
『……なに、ゆーとくんその笑いは』
『フッフッフ、後のお楽しみよ』
『うー、絶対また何か企んでるよぅ」

 怪しげな笑みを浮かべる勇斗に不審感を全開にするなのはだったが、時間がないことを思い出し、今は追求しないことにしたようだ。
 
『こほん。私たちからのお祝い。見ててね』
『standby ready』
『いくよ、ユーノくん。ゆーとくん!レイジングハート』
『all right』
『うん!』
『いつでも』

 右肩にユーノ。左肩に勇斗の手を置かれたなのはがレイジングハートを構え、天を仰ぐ。

『夜空に向けて……砲撃魔法平和利用編!』
『Starlight Breaker』
『スターライトブレイカー!打ち上げ花火バージョン!』

 フルドライブモードのレイジングハートの先端に巨大な魔力が収束し、桜色の輝きが周囲を染め上げる。

『ブレイク……シュート!』

 爆音と共に夜空へ撃ち出され、爆発音と共に細やかな光となって四散。それが一発だけではなく細やかな連鎖を起こし、夜空を華やかに彩る。
 桜色の光だけでなく、緑と青の光が入り交じり、本物の花火さながらの彩りを与えていた。

「凄い……」
「まぁ……」
「綺麗……」
「光のアートね」
「また無闇に巨大な魔力を……」
「凄いなのは……!夜空にきらきら光が舞って……凄く綺麗」

 今までに見たことのない美しい光景に思わず感嘆の息を漏らすフェイト。
 他のアースラの面々もその光景に見惚れ、あるいは呆れたりしながらも、その様に心奪われていた。
 だが、その後に続けられた出来事に別の意味で度肝を抜かれる。

『うん、続けていくよ。二人とも』
『うん!』
『おうよ!』
『『『せーのっ!』』』

 一度目に勝る轟音と光の連鎖。

「れ、連発!?」
「相変わらず……なんつーバカ魔力っ!?」

 スターライトブレイカーの二連発。常識を疑うような魔力量に唖然とするアースラ組だったが、そこにさらに不敵な声が響く。

『何を勘違いしてるんだ……?』
「……なに?」

 ニヤリとした笑みを浮かべる勇斗の声が静かに響く。

『俺たちのターンはまだ終わっちゃいないぜ!』
「ま、まさか……」
『スターライトブレイカァァァ!』
『グォレンダァ!』

 そこからはフェイト達の想像を絶する光景だった。
 スターライトブレイカーが五連発で撃ち出されるシーンはまさに圧巻の一言に尽きた。
 もうそれはそんじょそこらの花火大会など目じゃないほどの圧倒的な光と音の乱舞。

「なんて非常識な……」

 フェイトやクロノ、エイミィだけでなく、流石のプレシアもその出鱈目な光景に言葉を失っていた。
 ここまでくると驚きも感動も通り越してただただ呆れるばかりである。

『ハァハァ……ハァハァ……』

 とはいえ、流石に計七発ものスターライトブレイカーは堪えたらしく、なのはもユーノも盛大に息を切らしていた。

「な、なのは……ユーノ、大丈夫?」
『あ、あははっ。大丈夫』
『も……全然っ』
『そんな息絶え絶えに言っても説得力ないがなー』
「なんで君は平然としてるんだ……?」
『鍛えてますから』

 そういうレベルの問題ではない。クロノの中で勇斗はなのは以上に常識も非常識も超越した変態に認定された瞬間である。

『ちゃんとしたプレゼントはビデオの返事と一緒に送るね』
『あ、俺のはもうエイミィさんに渡してあるから』
『……え?』

 息も絶え絶えななのはがギギギと首をゆっくり後ろに回して勇斗を振り返る。

『エイミィさーん』
「はいはーい」

 勇斗が呼びかけると、エイミィは予め用意してあったプレゼントをそれぞれフェイトとアルフに手渡す。

「え?え?」
『俺から二人へのお祝い。大したもんじゃないけど受け取ってくれ』
「あ、ありが『なんでなんで!なんでどーしてぇっ!?』

 フェイトの感謝の言葉をかき消したのは、動揺したなのはの声だった。

『なんでなんでゆーとくんプレゼント用意してるの!?私たちが連絡受けたのついこないだだよぉっ!?』
『勘だ』
『嘘だっ!!』
『チッ』
『ほら、今舌打ちしたぁっ!ズルイズルイッ!なんで自分だけフェイトちゃんにプレゼント送ってるのさぁ!』
『そんなの決まってるじゃないか』
『……なんとなくわかった気がするけど一応言ってみて』
『人を出し抜くとか好きだからーっ!』
『ゆーとくんの……バカァァァァァッ!!』
『あーっ!?』

 そして炸裂する爆発音。

「あ、あのなのはちゃん……そろそろ時間なんだけど」
『あっ、あの今のはどうしても今日のうちに伝えたかったお祝い!』
「……うん……ありがとう。ありがと、なのは。……あと、勇斗、大丈夫?」
『う~い』

 と返事は帰ってくるものの、勇斗は倒れ伏したまま起き上がらず片手を上げるのみである。

『きっとすぐ、すぐにまた逢えるから。だから今は普通にお別れ。またね、フェイトちゃん』
「うん、ありがとう。なのは」

 フェイトが感謝の言葉を伝えると、なのはは嬉しそうに頷き、その肩でユーノが、後ろには復活した勇斗が静かに手を振っていた。
 そしてモニターの映像が途切れる。

「ごめんね、ここまで」

 エイミィが心から申し訳なさそうに謝るが、フェイトには今ので十分だった。

「うん。みんな……ありがとう。なんだか色々……嬉しくて、胸が詰まったり……ごめんなさい……全然上手く言えないんだけど……本当に……ありがとうっ」

 自然と溢れる涙を堪えながら湧き上がる言葉を口にしていくフェイト。

「ほらっ、泣かないの。なのはちゃんや勇斗くんに笑われるわよ」

 奇しくも。プレシアがフェイトに投げかけた言葉は数時間前に、なのはがアリサからかけられたものとほぼ同じものだった。

「そうだよ、フェイトォ。今はご飯なんだから」
「そういうあなたももらい泣きしてるわよ」
「あうぅっ。そういう突っ込みは反則だよぉ」

 プレシアの突っ込みにドッと笑いが巻き起こる。
 そしてアースラでは手の開いた他の乗員を巻き込み、フェイトとアルフの契約記念日を盛大に祝われたのであった。
 たくさんの笑顔と温もりに包まれて……。
 フェイトは今、確かな幸せを感じていた。










 ――遠峰勇斗が行方不明になったと知らされたのはその十日後。
 5月31日のことだった。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

 突然姿を暗ました遠峰勇斗。
 約束をかわした少女。共に過ごすクラスメイト達。
 それは彼と関わりのある少女たちに不安と悲しみをもたらすのであった。

 勇斗『僕がニュータイプだ』



[9464] 第二十五話 『僕がニュータイプだ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:50
 遠峯勇斗に連絡が取れなくなった。
 それを高町なのはが知ったのは5月31日の夜。
 いつまでたっても帰宅しない勇斗を心配した彼の両親からの連絡が来たのは19時を回ってからのことだった。
 いくら勇斗が外見に合わない行動や性格をしていたとしても、世間一般の目で見ればただの小学三年生に過ぎない。
 こっそりと家を抜け出す程度ならばともかく、両親に一言の連絡もなく夕飯の時間にも帰宅せず、携帯にも繋がらない。
 そんな状況で彼の両親が心配し、勇斗の友達に連絡をすることは当然の成り行きだった。
 とはいえ、初夏も近いこの季節。携帯はバッテリーが切れてるだけかもしれないし、陽はまだ落ちていない。
 それゆえ、勇斗の母からなのはへの電話も最初はそれほど深刻なものではなかった。
 ことが深刻な事態なのかもしれないと、なのはが思い知ったのはその直後のことである。
 念話が通じなかったのだ。正確に言えば、いくら念話で呼びかけても反応がなかったというのが正しいか。
 なのはの魔力を持ってすれば、海鳴市全域に念話を届かせることはそう難しいことではない。
 一度だけでなく、何度も何度も呼びかけたが、勇斗からの反応は一切無かった。
 一瞬、念話が届かない海鳴市の外まで出かけたのかとも考えたが、平日であり、学校で会ったばかりの勇斗が両親に何の連絡もなしに遠出するとは考えにくい。
 なのはの胸に言い知れぬ不安と焦燥が生まれる。
 念話でユーノに、塾の授業を受ける為、その場に居合わせたアリサとすずかにも、勇斗と連絡つかないことを伝えて心当たりがないか聞いてみたが誰もが首を横に振る。
 あからさまに顔色を変えるなのはに顔を見合わせるアリサとすずか。
 念話のことを知らない二人からすれば、何がなのはをそこまで不安にさせるのかわからない。
 時間と勇斗の性格を考えれば、それほど深刻な事態だとは思えないからだ。

「大丈夫よ。あのバカのことだから明日になれば普通に顔出すわよ」
「うん。そもそもゆーとくんが大変なことになってることを想像するほうが難しいかも」
「言えてるわ」

 なんでもかんでも一人で抱え込み過ぎる傾向のある友達を元気付けるため、冗談交じりに笑い合う二人。
 そんな二人の気遣いを察したなのはもぎこちないながら笑みを浮かべて頷く。

「……うん。そうだよね。ゆーとくんだもん、きっと平気だよね」

 すずかの言葉どおり、普段の何事にも動じない、人をおちょくってばかりの勇斗がどうにかなるような場面は中々思い浮かばない。
 なのはより遥かに弱いとは言え、まがりなりにも魔力を使える以上、誘拐などの犯罪に巻き込まれたとも考えにくい。
 彼一人ならばともかく、ダークブレイカーというデバイスもついているのだ。もし何らかの事件に巻き込まれたとしても、念話で自分やユーノに知らせることぐらいはできるはずだ。
 魔法関係のトラブルならあるいは、とも考えるが、ジュエルシード事件から一ヶ月ほどしか経ってないこの時期にそうそう魔法絡みの事件が起きるとも思えない。
 きっとどこかで居眠りしてたり、念話の届かないような場所にいるだけに違いない。
 明日になれば、いや、少しすれば「心配かけて悪かった。すまん」と、勇斗自身から何らかの連絡があるはずだと自分に言い聞かせ、塾の授業へと集中する。
 結局その日、遠峯勇斗からの連絡はなく、翌日にクラスの担任から改めて勇斗が行方不明になったと聞かされるのであった。




 遠峯勇斗が行方不明になったという事実は、なのはを通じてアースラクルーにも伝わることとなる。

『本当にすまない。手を貸したいのはやまやまなんだが、管理外世界のことには安易に手を出せないんだ』
「……うん。やっぱりそうだよね」

 通信越しのクロノの返答に、なのはの心は更に沈んでいく。
 学校が終わった後、ユーノと協力して念話で呼びかけたり、探査魔法まで用いて勇斗を探したが進展はなかった。
 藁にも縋る思いでアースラへと連絡したのだが、結果は思わしくない。
 もっとも、なのはとしてもこの返答は想定の範囲内ではあった。
 基本的に管理局は、ロストロギアや管理世界に関わりのある犯罪者などが関与していない場合、管理外世界での活動は行えない。
 個人や家族レベルでの移住や交流などはその限りではないが、今回のような事態の場合、クロノ達が何の名目も無く勇斗の探索に協力することはできないのだ。

『念のため、こっちでも転移魔法の痕跡やロストロギアの紛失記録を調べてるよ。何かあったら連絡するからね』
「は、はいっ。お願いします!」
『勇斗のことだ。きっと無事でいるさ。魔力と悪運の強さだけはぴか一だからな。そのうち何事もなかったかのように顔を見せるよ』

 図らずも。なのはを元気付けようとしたクロノの言葉は前日にアリサが言った言葉と似通っていた。

「あはは、私の友達も同じようなこと言ってたよ」
『まぁ、ゆーとくんだもんね』
『勇斗なら仕方ないな』

 エイミィの身も蓋もない言い分に、寸暇を置かずに頷くクロノ。
 普段の勇斗がどう思われてるか、それだけで窺い知れようものだ。
 そのことにほんの少しだけなのはにも笑顔が戻る。

「それじゃ、何かわかったら連絡ください。こっちも何かあったらまた連絡します」
『はいはーい』



 なのはとの通信が切れた後、即座にクロノはリンディへと問いかける。

「どう思われますか、艦長?」
「今の段階ではなんとも言えないわね。自分の気まぐれで騒ぎを起こすような子じゃないとは思うけど」

 現状では情報が少なすぎた。性格に多少の問題はあっても、常識まで欠けた子供ではないし、年齢以上に成熟した精神は持っている。
 子供の家出やいたずらという線は除外できるだろうが、問題の解決にはならない。
 何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろうが、その目的や由来などはまるで検討もつかない。

「なにかこっち絡みの問題ですかね?」

 魔法絡みの何かに巻き込まれた。そう考えれば念話が通じなかったこと、デバイスのダークブレイカーからも何の連絡もなく失踪したことの説明はつく。
 ある程度の魔法が使える者ならば、なのはやユーノに連絡を取る手段を絶った上で、連れ去ることはそう難しいことではない。
 魔力が大きいとはいえ、彼個人の戦闘力は大したことはないのだから。

「ロストロギアの可能性も捨てきれないけど……ジュエルシード事件からさほど時間も経っていない。こんな短期間にそうそう何度もロストロギアが関係あるとは思いたくはないわね」

 ジュエルシードのように、何らかの事故や偶発的な要因で管理外世界にロストロギアがあることは、実はそれほど珍しいことではない。
 とはいえ、ジュエルシードが落下してから数ヶ月の間もおかずに、新たなロストロギアが落下、もしくは発見されるとは考え辛い。
 実際にはジュエルシードだけでなく、9年ほど前から闇の書という危険極まりないロストロギアが存在するのだが、それをリンディたちが知る由もない。

「こちらの関係者が勇斗個人を狙ったという可能性もゼロとはいえませんが……」
「だとしても目的が謎よね。勇斗くん自身は管理外世界の一般人に過ぎないし、彼個人に特筆する価値なんてないはずだもの」

 如何に魔力が強大であろうと、基本的にその力を行使するのは本人にしかできない。資質のない勇斗に魔導師としての価値ははっきり言ってないに等しい。
 無論、他人に供給することで、時と場合によって大きな戦力になることもあるが、そんなレアケースのためにわざわざ一個人を攫う理由にはならない。
 クロノやリンディの脳裏に、以前に話した『勇斗が人造魔導師である可能性』がよぎったが、あの話自体、根拠のない与太話に過ぎないため口に出すことはしない。

「どちらにせよ、こちらでもできる限りのことはしてみないとね」

 なのはに言ったように転移魔法の痕跡や、ロストロギアの紛失届けの洗い出しなど、クロノ達にできることがないわけではない。
 それで手がかりがつかめる可能性は低いと考えているが、ただ推論を重ねるよりはよほど建設的である。

「このこと、フェイトちゃんにはやっぱり伝えるべきですかね?」

 エイミィの質問に、そうね、とリンディは考え込む。フェイトに事情を伝えたところで彼女にできることは何もない。
 彼女自身、裁判中の為、自由に動ける身分ではないのだ。
 フェイトにとって、勇斗はなのはと同じ、初めてできた友達であり、かけがえのない存在であるはずだ。
 なのは自身がそうであるように、勇斗が行方不明になったことを知れば大いに心を痛め、悲しませることは間違いないだろう。
 余計な心配をかけるより、なんらかの進展があるまで黙っている、という選択肢も存在する。

「いいわ。彼女達には私から話しておきましょう」
「いいんですか?」
「どのみちいつかは話さなきゃならないでしょうしね。後になって知らされるよりは早いほうがいいでしょう?」
「……了解です」

 少しの間をおいてクロノは頷いた。
 今のフェイトは環境的にも精神的にも良い傾向にある。時間がかかるとはいえ、裁判の状況も順調であり、プレシアとの関係も良好なものを築いている。
 そんなところに友人の失踪という悪いニュースを伝えたくないという思いがクロノにはあった。
 だが、リンディの言うとおり、ビデオメールの件もありいつまでも隠しておくことはできない。失踪が長引けばなおさらである。
 こういったことは後になって知らされるほうがショックが大きいものだ。
 そんなクロノの心情を察したのだろう。リンディは笑っていった。

「そんなに心配しなくて大丈夫よ。フェイトさんにはプレシア女史もアルフもいる。なのはさんも私達もね」
「えぇ、わかっています」

 リンディの言わんとすることを察して頷くクロノ。
 もし、フェイトが一人ならば際限なく落ち込んだかもしれない。
 しかし、なのはにアリサやすずかといった友人や家族達がいるように、フェイトにもプレシアやアルフ、そして自分達が支えとなることができる。
 必要以上に心配することはないのだ。




「勇斗が行方不明……」

 リンディから一通りの話を聞き終えたフェイトは呆然と呟く。
 この場にいるのはプレシアとアルフのみ。勇斗のことを伝えたリンディはプレシアの目配せもあってこの場を退席している。

「彼のことが心配?」
「……うん。勇斗だけじゃなくなのはも。きっと落ち込んでるだろうなって」
「そうね、彼女は優しい子だから」

 そう答えつつも、プレシアは内心で小さな驚きを覚えていた。
 フェイトが行方不明になった勇斗だけなく、それを心配するなのはの事まで気にかけていることに。
 娘のそんな些細な成長を密かに喜びつつ、フェイトの独白に耳を傾ける。

「こういう時。友達が困ったり苦しんでる時に何もして上げられないのって、こんなにも心が苦しいんだね」

 もし自分が自由に動けるのなら。すぐにでもなのはの元へ駆けつけたい。
 声をかけて、励まして、一緒に勇斗を探しに行きたい。
 その想いだけがフェイトの心を占めていく。

「そうね。人にとって一番辛いのは自分が何もできないことだから」

 プレシア自身。その想いを嫌というほど思い知らされ続けていた。自身が狂気に囚われてしまうほどに。
 だからこそ。自らと同じ過ちを繰り返させないために、フェイトの肩を抱き、声をかける。

「だからこそ強くなりなさい。力や心だけなく、地位や権力も。あらゆる望みを叶えられるように強くなりなさい」

 以前、リニスが消えたときにも同じ言葉を投げかけた。
 あの時のプレシアは確かにフェイトを憎み、疎んでいた。それでもこの言葉を伝えたのは本能的に自らと同じ過ちを繰り返させたくないと思っていたせいかもしれない。

「……私は強く、なれるのかな?私は一人じゃ何もできなかった。なのはや勇斗。アルフ、クロノ達がいなかったら母さんは……」

 以前は即座に母の言葉に頷くことができたが、今回はすぐに頷くことはできなかった。
 フェイトの脳裏に過ぎるのはジュエルシード事件。今の自分とプレシアがあるのは、自分の力だけではない。
 なのはを始め、他の様々な人の力を借りて、助けてもらったからこそ今の幸せな時がある。
 自分一人では母も自分も、何も救えなかった。

「フェイト」

 プレシアはそっとフェイトの身体を引き寄せ、自らの身体にもたれ掛からせる。

「人との繋がりも強さのうちよ。自信を持っていいわ。あなたはきっと強くなれる。」

 ――過ちを犯し、それから目を逸らし続けた私よりずっと、と付け加える。

「前を向いて迷わず真っ直ぐ進みなさい。えへんと胸を張って、ね」
「……はいっ」

 わずかの間を置いてフェイトは静かに、力強く、はっきりと頷いた。
 その返事にプレシアは満足そうに頷き、そっとフェイトの頭を撫でた。
 フェイトが時空管理局嘱託魔導師認定試験の受験を決意したのは、翌日の話である。










「んぁ?」

 遠峰勇斗が目を覚ました時、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
 見慣れぬ光景にガバっと身を起こし、慌てて視線を周囲に走らせる。
 学校の教室と同じ程度の広さに、洋風の調度品を備えた高級ホテルの一室のような部屋だった。
 当然ながら、勇斗には自らがこんな場所で寝ていた理由に心当たりは無い。

「……………なにっ、一体何が起きたっ!?」

 自身に何があったのか把握出来ず、慌てふためく勇斗。
 得も知れぬ悪寒に襲われながらもまずは自身の体を確認する。
 怪我らしきものもなく、服装の乱れも無い。腰のベルトにはしっかりと相棒であるデバイスも存在する。

「……ふぅ。おまえも一緒だったか」

 自分一人ではなく、デバイスも共にあったことにひとまず安堵の溜息をつく。

「そうか、俺は……」

 頭を振って混乱した精神を落ち着かせ、自らの記憶を辿る。
 学校が終わった後、自分は裏山で魔法の練習をしていた。
 そしていざ帰ろうというとき、突然ダークブレイカーが何者かの攻撃を警告を発した。
 すぐさま魔力を発動したのだが、相手の姿を見ることすらできずに背後から衝撃を受け、そのまま意識を失ったのだ。

「ブレイカー、どんな奴が誰でここはどこかわかるか?」

『sorry. I don't know. It was stopped a system till I came to here』
「マジか」

 自らのデバイスの返答に思わず顔を顰める。
 ダークブレイカーの機能を停止できる輩がいるということは間違いなく魔法絡みの事件に巻き込まれたということだ。
 だが、自らの知識にこの時期に起きる魔法絡みの事件は存在しない。
 強いて言えばはやての誕生日によるヴォルケンリッターの召喚だが、それが自分をこうして拉致することには繋がらない。
 そもそもまだヴォルケンリッターが召喚されてすらいないのだ。
 保有魔力量はともかく、それ以外に取り柄もない、家庭的にも特別な背景のない自分が拉致される理由など皆目見当がつかなかった。

「んー、考えてもわからんか」

 何しろ情報が少なすぎる。相手の姿さえ見ていないのだからその思惑を測れるはずもない。
 内心では大いに狼狽え、そのせいか手足にうまく力が入らない。表面上だけは平静を装いつつ、仰向けに倒れこむ。
 マットの質は悪くなく、程よい柔らかさのおかげで適度にリラックスできた。
 部屋の様子を改めて探る。窓はなく、扉が三つ。外の様子がわかりそうなものはないが、ただ監禁するにしては部屋の質が高過ぎる。
 手足も拘束されておらず、すぐに自分がどうこうされるということはなさそうだが、ますます相手の意図が分からない。

「何が目的なのやら」

 呟きながら随分と落ち着きを取り戻した自分を自覚する。

「いい加減、場慣れしてきたかなぁ」

 本来ならもっと慌てふためき、落ち着きを無くしていい事態だが、ここ数カ月の体験ですっかり耐性がついていた。
 そもそも自身が転生とでもいうべき体験をしているのだ。それに比べればこの程度の異常は許容範囲とも言えよう。
 最初にジュエルシードの暴走体と遭遇した時は大いに混乱し、テンパッていたが。

「いよっと!」

 腹筋を使ってベッドの上から跳ね起き、そのまま室内を探索する。
 ベッドの他には机や筆記用具などが存在したが、この場所の手がかりになるようなものはなにもない。
 部屋に備えられた三つの扉のウチ、二つは浴室とトイレが個別に存在していた。

「随分と豪勢なことで」

 監禁するにしてはやけに待遇の良い部屋であることに呆れながら残った扉へと向かう。最後に残った扉が外へ出る唯一の場所であることは間違いないだろう。
 ドアノブを回してみるが、やはり当然のように鍵がかかっていた。
 ならば、と扉から少し距離を取り、五指を広げた右手を突き出し、人差し指から一本ずつ指を折り、拳を強く握り締める。

「ブレイカー」
『Get set』

 一言で主の考えを察したダークブレイカーがバリアジャケットを展開。
 漆黒のジャケットに身を包んだ勇斗はすぐさま魔力を開放。
 背後に展開したフローターフィールドへ向かって軽くステップを踏む。

「衝撃のぉぉぉ……」

 柔軟性を持たせたフィールドに体を沈み込ませ、腰だめに構えた拳に全魔力を集中する。
 狙いはもちろん目の前の扉。

「ファーストブリットォォッ!」

 フィールドの反動をそのまま突進の勢いに変えて繰り出す一撃。
 だが、勇斗の拳が扉に触れようとした瞬間、青色の魔法陣が浮かび上がり、拳を遮る。

「ちいいっ!」

 敢え無く拳ごと体を弾かれ、大きく後退る。

「うー、やっぱ結界ぐらい張ってあるか」

 ならばと今度は向きを変え、再度フローターフィールドを展開。

「撃滅のセカンドブリットォッ!!」

 壁に向けて再度の一撃。
 が、こちらも扉の時と同様に結界によって阻まれる。

「ムリ、お手上げ」

 デバイスを取り上げなかったのも、勇斗の力では結界を破ることはできないという確信があったからこそだろう。
 ならば意固地になって結界を破ろうとしても徒労に終わるに違いない。
 そう判断した勇斗はあっさりと力尽くでの脱出を諦める。

「しかしまぁ、どーしたもんかね」

 今すぐ自分の身に危険がないと推測したものの、現状では気休めにしかならない。
 相手が何者で、自分が何の目的でここに連れてこられたのかわからなければ対策のとりようもないのだ。
 開き直った勇斗はバリアジャケットを解除し、ベッドの上に体を投げ出す。

「ま、なるよーになるかね」

 少なくとも現状に置いて体を動かしてできることはない。
 現状でできることはいざという時に行動を起こせるように備えておくこと。
 そしてこれから為すこと、自分がここに拉致される理由など模索することである。
 開き直るしかない心境の中、勇斗はそっと目を閉じ、なんらかの変化が起きる機を待つ。
 気がかりは色々ある。
 家族のこと、なのはたちやはやてのこと。
 当たり前のように圏外を表示する携帯電話の時間を見れば、丸一日近い時間が経過してていた。
 家族や友達に心配をかけたことはもちろん、無事に帰れたとしても、行方不明になったことの理由付けなど、頭の痛い問題は山盛りである。
 おまけにはやての誕生日までの時間は残り少ない。騎士たちが蒐集に取り掛かるまでまだ時間はあるとはいえ、自分がいつまで拘束されているのかも予想出来ない。
 万が一に備えて幾つか手は打ったものの、それがどう転ぶのかは皆目見当がつかないのだ。できればそれが徒労になるようにしたい。
 そして何よりも気になることが一つ。

「はやての誕生日までに戻れるかなぁ」

 彼女の誕生日を一緒に祝うと約束した。
 自分にとっては些細なことだが、約束した彼女にとっては友達に祝ってもらう初めての誕生日のはず。
 ――期待しないで待っとるよ
 口ではそう言っていたが、内心ではおおいに喜び、期待していてくれたはずだ。
 ヴォルケンリッターやリーゼアリア、リーゼロッテらグレアム提督の動向が読めないため、なのはやすずからを誘うことはできないが、自分ひとりでもちゃんと彼女を祝うつもりでいた。
 その約束が反故にされたとあれば彼女は間違いなく心を痛めるだろう。
 事情を話し、きちんと謝れば彼女は笑って許してくれるに違いない。自分の痛みや悲しみを全部自分の心の中にしまいこんで。幼いくせに何もかも自分ひとりで抱え込んでしまう子だから。
 そこまで考えた途端、勇斗の胸に何とも言えない熱い何かがこみ上げてくる。
 ――何が何でも帰らねばならない。はやての誕生日を祝えるように。約束を守るために。
 少なくとも全てを知っている自分があの子の悲しみを増やしてはいけない。
 今すぐにでも体を動かし、ここを脱出したい衝動を必死に押さえ込む。
 Eランク相当の自分ではなのはやフェイトのように力任せの行動は起こせない。
 ならば残された手は考える事。相手が自分の知識や小細工が通じるかどうかすらもわからない。
 が、何もせずに諦めるという選択肢はなかった。
 逸る気持ちを落ち着かせ、頭をフルに回転させる。
 自分の居場所に戻るチャンスを最大限に活かす為に。


 そしてその機は思いの外早く訪れることになった。





「めーしー!腹減ったぞー」

 目が覚めてから一時間後、勇斗は力の限り思い切り叫んでいた。
 考えてみれば丸一日食事を取っていない。一度空腹を自覚すれば、後は際限ない空腹感を覚えるのも必定と言えよう。
 部屋の中に冷蔵庫や食事などはない。こちらを餓死させようという魂胆でなければ、こうして空腹を訴えていれば食事の差し入れぐらいはあるはずだ。
 そして案の定、ガチャリと扉が開き、食事を載せたワゴンを運んだ初老の男性が姿を見せる。
 当然だが、その男性に見覚えはない。魔法に関わりのある初老の男性といえばグレアム提督を思い浮かべたが、生憎と勇斗に面識はないし、眼前の男性は記憶の中にあるグレアムと違い、かなり華奢な体格で、提督というより執事と言ったほうがお似合いな容姿だ。
 初老の男性はベッドの上にあぐらをかく勇斗に優雅に一礼する。

「食事は一日三食お持ち致します。貴方様が大人しくされていればこちらから危害を加えることはありません」

(問答無用で拉致っといて何を抜け抜けと)
 心の中で毒づき、殴りかかりたくなる衝動を抑えながら、相手の様子を伺う。
 一見無防備に見えるが、おそらく自分が襲いかかったとしてもあっさりと返り討ちに遭うに違いない。
 が、まるっきり話が通じないこともなさそうだ。この機を逃がす手はない。

「ならなんで俺なんかを拉致した?何が目的だ」
「申し訳ありませんが、私にはそれをお答えすることはできません」

 間髪入れずに返ってきた答えが予想の範囲内であったことに辟易しつつも、次の質問を投げかける。

「んじゃ、とっとと家に帰してくれないか。こう見えても忙しいんだ。守らなきゃいけない約束があるんでな」

 射殺さんばかりの気持ちで睨みつけるが、当然目の前の相手はそれに怯むこと無く口を開く。

「申し訳ありませんが、それもできません。私としても心苦しいばかりですが、最低でも数日間は拘束させて頂くことになります。最悪、半年ほどはここにいてもらうかもしれませんが、心配なさいますな。この部屋からの外出は許可出来ませんが、ご入用のものがあれば可能な限りは用意致しましょう」
「なるほど、ね」

 図らずも自分の推測を裏付ける発言を得たことで自然と勇斗の口が笑みを象る。
 その勇斗の表情の変化を疑問に思ったのか、相手はほんの僅かに眉根を寄せる。

「――――」

 が、次の瞬間に勇斗が発した言葉に初老の男性は言葉を失う。


「……生憎とあなたのおっしゃる言葉の意味がわかりかねます」

 初老の男性が答えるまでの僅かの間とほんの僅かの狼狽した気配。それが勇斗に自身の推測が真実であるという確信に与えた。

「隠す必要はないさ。こちとらあんたらの目的も手段も全てお見通しだ」

 そして小さな声で、しかし相手にはっきりと聞こえるようにそれを口に出す。
 それによってこちらを訝しんでいた相手の雰囲気が豹変する。こちらが不穏な動きをすればすぐにでも襲いかかってきそうな殺気を顕にした態度へと。

「おまえ……一体どうしてそれを……っ」
「かつて戦争があった……」

 相手の剥き出しの殺気に内心で大いに怯えつつも、表面上は不敵な笑みを崩さないまま勇斗は口を開く。
 いきなり語りだした勇斗の真意が読めないまでも、いざとなればすぐに行動に移れるよう身構える初老の男性。

「その戦いの中で、特殊な力を持った人間がいたってのは聞いたことはあるか?鋭い洞察力を持ち、時には未来を垣間見ることすらできたという力を持った者がいたことを」
「まさか……おまえが?」

 相手の反応に満足し、自分に酔いながら鷹揚に頷き、バカは言った。

「そう、僕がニュータイプだ」












■PREVIEW NEXT EPISODE■

 囚われの身となった勇斗。
 果たして勇斗はこの窮地を脱出し、自らの居場所に戻ることができるのか。
 そしてついに迎える闇の書の覚醒。
 物語は新たな局面を迎えようとしていた。

アリサ『あんたを殺すわ』





[9464] 第二十六話 『あんたを殺すわ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:57
 すずか、なのは、アリサの三人は、月村邸にていつも通りのお茶会を開いていた。
 いや、いつも通りというには些か語弊があるか。
 普段であれば笑顔で談笑している少女たちの表情は曇り、誰が話題を振ってもそれに返す言葉は常より少なく、盛り上がることなく交わす言葉が潰える。
 今もまた、すずかが読んだ本の話題を振ってみたのだが、友人二人の返事はうわの空である。
 すずかは今日、何度目かになるため息を静かについた。
 自分も含め、友人たちの表情が曇っている原因は一つしかない。
 クラスメイトが行方不明をという事実。
 それも最近になって行動する機会が増えた、仲の良い友人であればなおのことだろう。
 遠峰勇斗。それが行方不明になった友人の名前である。
 彼が行方不明になったと担任から告げられたのは昨日の朝。それから既に一日以上が経過しているが、彼が見つかったという連絡は来ていない。
 いつも通り友人二人を誘ってみたまではいいが、自分も含めてとても楽しく語らえるような雰囲気ではない。
 アリサはどこか不機嫌そうな顔を隠しもせず、なのはの表情も深く沈んでいる。きっと自分も似た様な顔をしているだろうなと、すずかは思う。
 すずかにとって遠峰勇斗という少年は少し変わった存在であった。

 クラス内において特別に目立つ人物、というわけではない。
 友達付き合いは人並みだし、彼自身が何か問題を起こすこともまずなかった。
 学力に関してはアリサと学年一位を争う程ではあるが、運動神経に関しては並。
 授業中に積極的に手を上げて回答するわけでもなく、体育でも目立った活躍があるわけでもない。クラス内では口数も少なく、最初は無口な印象が強かった。実際は無口というより内弁慶なだけで、気に入った相手にはその限りでないことを知ったのは、入学してしばらくのことである。
 物事を率先してやるタイプではなく、むしろ面倒なことは人に押し付けて何かとサボろうとする。一時期、学業に関してもその傾向が見られ、アリサと一悶着起こしたこともあった程だ。
 クラス内で揉め事があっても、基本的には我関せずと素知らぬ顔をする。
 そのくせ、クラスメイトが困り果て、本当にどうしようもなくなったときにだけボソッと呟いて解決策を提示していったりと、他の人が目の届かない所に目が届くというか、他のクラスメイトが見落としがちなところはさり気なくフォローしているという有様。
 面倒見がよく、率先してリーダーシップを取るアリサが表のリーダーとすれば、目立たないところで影でこっそりと動く勇斗は影のリーダー、否、裏方と言うべきか。
 そして時折、見ているこちらが不安になるくらい遠くを見つめる視線。
 出席番号が隣同士と言うこともあったが、すずかが勇斗に対して興味を抱き、観察するようになったのは、同年代の少年とは違った何かを感じとったからかもしれない。
 いつでもどこでも自信に満ち溢れた言動と、一歩引いた立ち位置で自分やクラスメイトを見る視線が、どこか姉や友人の兄と似通っていると気付いたのは最近のことである。
 そんな彼が行方不明になったと聞いても、すずかにはどこか信じられず、実感を得ることができなかった。
 彼の名前を呼べば、何事も無かったかのように姿を現して返事を返してくれるのではないか。そんな錯覚すら覚えてしまうほどに。
 そう、まさに今、すずかの目の前でこそこそとアリサの背後に回る少年のように。

「……!?」

 思わず両の目を両手でこするすずか。再び目を開けた時、そこに少年の姿はない。

「すずかちゃん?」
「どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない。ちょっと疲れてるのかな」
「?」

 すずかの不審な挙動に顔を見合わせるなのはとアリサは揃って首を傾げる。
 そんな二人に乾いた笑いを浮かべながら、誤魔化すように手元の紅茶へと手を伸ばす。
 既に温くなった紅茶を口に含みながら思案する。
 勇斗がこんなところにいるはずがない。彼が無事なら真っ先に無事だという連絡をくれるはず。わざわざここまで来ていたずらを仕込んだりは――

「むしろ率先してやりそうだなぁ……」

 溜息と共に、ティーカップを置く。
 そう思った途端、先程見た勇斗は幻覚でも気のせいでも無く、本物の勇斗であるという確信がすずかの中に生まれてしまった。
 ――いる。勇斗は必ずこの近くに潜んでいる。
 世の中には二種類の人間がいるのだ。ネタの為に体を張る人間とそうでない者。勇斗は間違いなく前者である。

「だから何の話よ?」
「えっとね、ゆーとくんのことなんだけど」
「ゆーとくんが?」

 なのはとアリサが首を傾げたその瞬間――

「にゃー」
「いてっ!?こらこら、たかるな、登るな、爪を立てるなーっ!!」

 アリサが座る椅子の裏で、子猫たちにたかられる勇斗のが声を荒げていた。

「ゆーと、くん?」
「……あんた、そんなとこで何やってるの?」
「……はぁ」

 なのはは呆然と。
 アリサは声を震わせながら。
 すずかはため息をつきながら。
 三人の視線が勇斗へと集中する。
 勇斗にたかっていた猫達は、場の雰囲気を読み取ったのか、逃げるように散っていった。
 三人に気付かれたことであからさまにしくじったと渋面を作る勇斗だが、それも一瞬、胸を張って答えた。

「アリサを脅かそうとしたら、猫の襲撃を受けて困り果ててた!」
「胸を張って言うことかぁぁぁぁっ!」
「っていうか、なんでそんな平然といつもどおりなのっ!?」

 アリサに胸倉を掴まれ、なのはに詰め寄られる勇斗。すずかも彼女にしては珍しく、呆れと非難の入り混じった視線で勇斗を責め立ていた。
それに対し、勇斗は軽く息をつき、すぐに頭を下げた。

「心配かけて本当に済まなかった。本当にすまん」

「え……?」
「うそ……っ?」

 勇斗が素直に頭を下げるという事態に思わず動揺するアリサとなのは。
 誰に言われるまでも無く、自発的に勇斗が頭を下げて謝罪する。
 てっきりいつものように茶化して有耶無耶のうちに自分のペースに持っていこうとするだろうと思っていただけに、二人にとっては天地がひっくり返らんばかりの衝撃だった。
 無意識の内に一歩、二歩と後退してしまうほどに。

「二人ともその反応はちょっと酷いよ」
「流石の俺でもちょっと傷付くぞ」

 二人のあんまりな反応にすずかは苦笑し、顔を上げた勇斗も乾いた笑いを浮かべていた。

「いや、だって……」
「ゆーとくんだもんねぇ?」
「せっかくいの一番に無事を知らせに来たのにこの扱い。俺、もう帰っていいかな」

 ポンポンとすずかに肩を叩かれる勇斗の背中にはなんともいえない哀愁が漂っていた。

「だ、だったら、普通に出てきなさいよっ!普通に!私達がどんだけ心配してたと思ってるのよ!」
「そ、そうだよっ!みんなすっごく心配してたんだよっ!」

 珍しくしおらしい勇斗に、流石に言い過ぎたと思ったのか慌てて弁解するアリサとなのは。

「顔出そうと思ったら、葬式とかお通夜みたいな雰囲気だろ?そんなところに普通に出てくのもなかなか気が引けるぞ」
「……う」

 そう言われてしまうと、アリサ達には自分たちが落ち込んでいたという自覚があるだけに返す言葉がない。
 そして普段のように淡々とした、もしくはニヤニヤとした表情の勇斗なら、まだ違った態度が取れたかも知れないが、今の勇斗はしおらしいどころか、どこか落ち込んでいるように感じられ、それが一段とアリサ達の調子を狂わせる要因となっていた。

「でも、心配してくれたのは嬉しかったよ。ありがとう」

 極めつけにこの言葉である。ストレートな言葉と普段とのギャップに、アリサは妙な気恥ずかしさが沸き上がってしまう。

「心配してたのはなのはとすずかだけで、私はあんたの心配なんてしてないわよっ」
「え。アリサちゃんさっき私たちって……」
「言ってない!」
「私もそう聞こえてたけど」
「気のせいっ」

 なのはやすずかの突っ込みにも威嚇せんばかりに否定するアリサだが、その顔が真っ赤に染まっていては照れ隠しだというのがモロバレである。
 そんなアリサを勇斗が黙って見ているはずもなく、ニヤリとした笑みを一瞬だけ浮かべては消し、言った。

「そんな顔真っ赤にして言われてもなぁ。照れ隠しってのバレバレだぞ、あーたん♪」
「だからあーたん言うなぁっ!」

 ガーっと怒鳴りつけるアリサだが、アリサをからかい慣れてる勇斗からすれば、どこ吹く風だ。
 むしろそういう反応こそ勇斗の望む ものである。

「アリサちゃん、そうやってムキになればなるほど、照れ隠しだって言ってるようなものだよ」
「……くっ」

 すずかの容赦ない突っ込みにアリサの動きが止まる。そこへ勇斗となのはの追撃の言葉が突き刺さる。

「まぁ、もう手遅れだけどな」
「あはは……流石に弁護できないかも」
「くっ、くぬぬ……っ」

 ここで逆上しては勇斗の思う壺だ、落ち着け……落ち着くのよ私、と自らの理性をフルに動員して気を落ち着かせるアリサ。
 だが、もちろんここを見逃すほど、勇斗は優しくない。

「やれやれ、モテる男は辛いな。オチオチ行方不明にもなっていられん」

 大げさに頭を振って盛大なため息をつき、なのはとすずかは「それはないない」と言わんばかりの呆れた表情で手を振って否定するが、アリサの視界には入らない。
 アリサはただ顔を伏せ、きつく、強く握りしめた手を震わせながらも、こんな見え透いた挑発に乗ってはイケナイと、必死に感情を押さえ込む。

「つーか、そんだけムキになるってことは、実は俺のこと好きだろ、おまえ」

 ――――ブチッ
 その時、アリサの後ろにいたなのはとすずかは、何かが切れた音を聞いた――――ような気がした。
 腕の震えは、いつまにか止まり、アリサは顔を伏せたまま静かに、ポツリと呟く。


「あんたを殺すわ」


「いきなり殺人予告!?」
「ア、アリサちゃん落ち着いてっ!」

 普段のアリサからは想像もできない、何の感情も篭っていない言葉。
 それは聞く者に得も知れぬ不安を抱かせるのに十分過ぎる力を持っていた。
 なのははおろか、普段は勇斗と一緒になってアリサを煽るすずかすら、危機感を抱いてしまうほどに。

「これが噂のヤンデレか」
「ここに来てまだ煽るの!?」
「おまえも突っ込みとして成長し――!?」

 なのはの反応に満足そうに呟いた勇斗の言葉が中断される。
 それを為したのはノーモーションで繰り出されたアリサの拳に他ならない。
 辛うじて回避したものの、アリサの一撃は確かに勇斗の鼻先を掠めていた。

「避けるなぁっ!バカゆーと!」
「避けなきゃ痛いだろ!」
「あんたのバカは一度死ななきゃ治らないのよ!大人しく私に殺されなさい!」

 続けざまに二発目の拳。だが、それも虚しく空を切る。

「フハハッ!残念だったな、一度死んだくらいでは治らんわ!」
「え、そっち?」
「なら、二回死ねぇぇぇーっ!!」

 アリサと勇斗の追いかけっこは、アリサの体力が尽きるまで続いたという。



「で、落ち着いたか?」
「誰のせいよっ!」
「まぁ、それはそれとして」
「あんた、やっぱり私に喧嘩売ってるわよね?そうでしょ?そうなんでしょ?」
「ア、アリサちゃん」
「抑えて抑えて」

 なのはとすずかに抑えられるアリサを見て小さく笑う勇斗。
 勇斗の笑みが自分を嘲笑うものと判断したアリサが声を張り上げようとしたその時――。

「そ、それよりっ、一体何があったの!?」

 このままで無限ループに入ってしまう。そう判断したなのはがとっさに言葉を割り込ませる。

「うん、それなんだけどな……」

 勇斗のほうも、そのことはちゃんと話さなければならないと思っていたのだろう。
 それ以上アリサを冷やかすことは無く、一息つく。
 そして勇斗にしては本当に珍しく、酷く困惑したような表情で言った。

「何も覚えてないんだ」

「はぁ?」
「えっと、それってどういう……こと?」

 首を傾げた三人の視線を受けながら、勇斗自身どう説明したらいいものか困ったように話し始めた。

「まぁ、言葉どおりなんだけどさ。気付いたら裏山にいて、時間が二日ばかし過ぎてたっていう。いつ、なんでそこにいたのかさっぱり覚えてないんだよ」

 思いもよらぬ勇斗の話に三人は一様に困惑した顔を見合わせながらも、勇斗の話に耳を傾ける。

「それって、二日間ずっとそこで気を失ってたってこと?」
「さて、どうだろう。記憶が飛ぶ前は夕方で街中を歩いてただけのはずなんだけど……」

 すずかの疑問に、勇斗自身も首を傾げながら答える。

「夕方だったはずなのに、気付いたら真っ昼間。で、慌てて携帯見たら二日も過ぎてるだろ?俺自身訳わかんなくて困ったわ。で、とりあえず母さんに連絡して、事情説明して、そのまま病院に連行された」
「病院?」
「まぁ、二日も行方不明になってたから何も言い訳できなくてな。一通りの検査やらなにやら受けてたらもうこの時間よ」

 行方不明となっていた子供が見つかれば、まずその安否を気遣うのが人の親であろう。
 ましてや本人はこの二日間のことを何も覚えていないとくれば、真っ先に病院で検査を受けさせるのは当然の判断と言えた。

「……それで結果はどうだったの?」
「心身ともに異常なし。脳にも特に異常はないらしいから、なにかのきっかけで思い出す可能性はあるんだとさ。だから心配はいらん」

 恐る恐る尋ねるすずかに不敵に笑って答える勇斗。

「だからって、微妙に言葉繋がってないわよ、それ」
「細かいこと気にするな。ま、結果的に何もなかったんだからそれ以上気にするな。結果オーライでいいじゃないか」
「いや、そこはもう少し気にかけたほうがいいと思うんだけど……」
「あいにくと俺は過去を振り返らない主義なんだ」
「……あんたを心配した私達がバカだったわ」

 なのはの突っ込みに胸を張って答える勇斗にガックリと脱力するアリサ。もはや心配してたことを否定する気力すら失くしたようだ。
 散々こちらが心配したにも関わらず、当の本人がこうまでケロっとしていればそれも仕方の無いことだろう。
 丸二日も行方知れずの上、その間の記憶が無いということは、一般的にはかなりの大問題のはずだが、この限りなく能天気な少年には大したことではないらしい。
 一番不安なはずの本人がこうまでお気楽では、これ以上心配したり、突っ込むのもバカらしくなってしまう。

「あはは、でも本当ゆーとくんが無事でよかったよ」

 そんな友人達の態度と雰囲気に、自然とすずかも笑顔を零す。
 心のうちでアリサと同じことを感じながら、勇斗の一連の行動は自分達が必要以上に心配したり、不安にさせない為の配慮だったのではないかとも思う。
 勇斗のどこまでもお気楽で根拠の無い自信に満ちた態度は、漠然とした不安や憂慮を吹き飛ばしてしまうものがある。
 それを本人が意図してのものなのか、無意識のうちにそうなっているのかまでは、すずかにはわからなかったが、勇斗のそんな雰囲気をすずかは好ましく思っていた。

「心配かけたのは本当に悪かった。つくづくすまん」
「そんなに謝らなくていいわよ。話聞いた限りじゃあんたが悪いってわけでもないし」

 そっけない口調で言いながら顔を逸らすアリサだが、それが照れ隠しであることは一目瞭然である。
 それを分かっている勇斗となのは、すずかの三人は顔を見合わせて小さく笑い合い、アリサがほんの少し顔を赤くする。
 下手に反論しないのは、自分が照れている自覚があるせいか、もしくは反応することが勇斗の思う壺だと学習したためか。
 つい少し前まで漂っていた暗鬱とした雰囲気は、すっかりと消え去っていた。
 そんな中、ふとある事に気付いたなのはが念話を飛ばす。

『ね、ダークブレイカーに聞けば何があったかわかるんじゃないの?』
『残念。こいつも俺と同じ症状だったらしい』

 軽く返された勇斗の返事に、なのはの表情が一瞬だけ変わる。
 声にまで出なかったのは僥倖というべきか。

『それって、もしかして』
『デバイスに干渉できるってことは間違いなく魔法絡みなんだろうな』

 なのはの考えをあっけらかんと肯定する勇斗。
 動揺するなのはが口を開く前に、そのまま言葉を続ける。

『ま、俺もこいつも特に異常はなかったんだ。そのうちまたアースラで調べてもらうさ。あっちにはもう連絡いれてあるしな。変な心配はしなくていいよ。絶対大丈夫だ』
『……それ、絶対根拠ないよね?』

 一片の迷いすら見せずに断言する勇斗。
 返ってくる答えを半ば予想しつつも、なのははその問いを聞かずに入られなかった。

『俺の勘は当たる』
『…………』

 確信に満ち溢れたその口調に、反論する気力を根こそぎ奪われてしまうなのはであった。

「そうそう、忘れるところだった。こうしてここまで来たのは、生還の報告だけじゃなくて三人に頼みたいことがあったからなんだけど」
「ゆーとくんが?」
「私達に……」
「頼みたいこと?」

 勇斗の言葉に三人は顔を見合わせ、勇斗はいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべていた。













「……はぁ」

 留守電に入っていたメッセージを聞き終えたはやては静かに息をつく。
 メッセージの内容は自分の主治医である石田幸恵から食事の誘いだった。
 明日は自分の誕生日である。それに対する気遣いそのものは有難かったが、今のはやては誕生日など喜べる心境にはなかった。

「ゆーとくんのアホ」

 自分のベッドでうつ伏せになりながら呟く。
 遠峯勇斗。二日ほど前から行方不明になった友人。
 ほんの数日前には一緒に笑い合い、自分の誕生日を祝ってくれると約束してくれた。

「祝ってくれる本人がいなくなってどうすんのや」

 彼の母親から勇斗の失踪を聞かされたとき、はやては耳を疑った。
 色々常識を疑いたくなるセンスを持つ友人だが、はやてにとって唯一の同年代の少年である。
 そんな友人が自分の誕生日を祝ってくれると言ったのだ。
 同年代の友達に祝ってもらう初めての誕生日。同年代の少年少女に比べ、精神的に成熟しているとはいえ、九歳の少女がそれを楽しみにしていないはずがなかった。
 それがほんの二日前に中止を余儀なくされてしまった。祝ってくれる友人の消失という最悪の形で。
 胸にぽっかりと穴が開いたような消失感。小説や漫画などでよくある表現だが、自分がそれをこうして味わうことなど思いもよらなかった。
 自分の誕生日などどうでもいい。
 ただただ無事であって欲しい。
 その想いを込めてぽつりと友人の名前を呟く。

「ゆーとくん」

 ――ガタッ

 突然の物音に反射的に振り向く。

「なんでわかったのだ?音も無く忍び寄るゆーと君に」
「――――ひっ!?」

 窓からの侵入者に声にならない悲鳴を上げるはやて。

「なななななな……」
「にぬねの?」

 涙目で動揺しながら手探りでベッドの上に放置されていた本を手に取るはやて。

「何しとんねん、あほ――――っ!!」
「おぶうっ!?」

 はやては手にした厚さ五センチの本を力の限りに投擲。投擲された凶器は狙い違わず侵入者――遠峯勇斗の顔面に角から突き刺さった。

「てっ、あぶなっ、落ちる!死ぬっ」

 窓枠に足をかけ乗り越えようとしていた勇斗は顔面への衝撃に、危うく落下しながらもなんとかバランスを取り戻して部屋の中へと転げ落ちる。
 はやての部屋は二階。
 そこから落下しかけたと言う恐怖に全身の毛が総毛立ち、顔色は血の気が引いて真っ青になっていた。
 そしてそこだけ赤くなった鼻を押さえながら涙目で叫ぶ。

「あぶねーなっ!落ちたらどーすんだ!?今のは本気でヤバかったぞっ!!」
「こんな夜中にいきなり窓から不法侵入するほうがよっぽど危ないわッ!行方不明になってたくせに常識捨てた登場すなーっ!」
「寝てたらアレかなーと思って、気を遣ってこっそりと窓から入って驚かそうと思ってきたんだろーが!」
「気の使い方が間違っとる!本気で心臓止まるかと思ったわ、アホーッ!」

 言い返すはやても心の底から驚いたらしく、こちらも涙目である。

「だからってこんな分厚い本投げるなよっ!本気で死ぬかと思ったわ!」
「自称魔法使いならそれくらいなんとかせい!このエサマスター!」
「自称とかエサマスター言うなッ!!」

 お互いに本気で怖い想いをしたせいで、常に無い勢いで罵り合うが、息つく間もなく大声を張り上げた為、どちらともなく酸欠に陥り息が切れていた。

「ハァハァ……ちょっと、休憩……つーか、ご近所迷惑、や」
「異議、なし……」

 はやての提案を即座に勇斗も受け入れ、お互いに息を整える。
 その間に昂ぶった感情も収まり、はやては顔を上げて静かに問いかけた。

「で、何しにきたん?」
「無事の報告とこれから起きるサプライズについて報告しようかと」
「サプライズー?」

 即答する勇斗にはやては胡乱げな視線を向ける。
 この少年の言うことは話半分に聞くのが一番だと、今までの付き合いで嫌と言うほど熟知している。
 サプライズとやらが気にならないと言えば嘘になるが、勇斗の言葉どおりに受け取るほど愚かなはやてではない。
 姿勢を正し、真剣な眼差しで真っ向から勇斗と視線を合わせる。

「その前に言うことあるやろ?」

 じっと見つめてくるはやての視線に、勇斗は一瞬首を傾げかけるが、すぐにその意図を察知して真顔で頭を下げる。

「心配かけてごめんなさい。私は笑顔でいます。元気です」
「全然笑顔ちゃうやん」

 と、苦笑交じりに突っ込むはやてだが、その声には普段の柔らかさが戻っていた。
 その登場の仕方には色々文句や突込みどころしか出てこないが、こうして目の前に無事な姿の勇斗が目の前にいる。
 それを確認した途端、先ほどまでの暗鬱な気持ちは全て吹き飛んでいた。

「ほんまのほんまに平気なん?」
「おう。心身ともに良好。心配無用でござる」
「そか。なら良かった」

 きっぱりと言い切る勇斗にようやくはやても笑顔を見せ、にこやかに訪ねた。

「で、夜中に女の子の部屋に不法侵入した件について、おばさんと警察、どっちに通報されるのがええ?」
「すいません、どっちも勘弁してください」

 勇斗は即座に頭をじゅうたんに擦り付けた。



「そもそもなんでこんな時間になったんよ?」

 二人ははやての部屋からリビングに移動し、勇斗がお茶を入れる。勇斗が入れたお茶を啜すりながら、はやては不機嫌そうに詰問する。
 時計が指し示す時刻は既に23時を回っている。一般的にこんな時間に人の家を訪ねるのは常識外である。

「簡単に言えば病院に連れてかれたり他の友達に報告したりする内に夜になって外出禁止令出されて、こっそり抜け出す機会を待ってたらこんな時間だった」
「うん?」

 曖昧に頷いたはやてに、勇斗はなのは達に話した内容をそのまま説明していく。
 要約すれば、行方不明になったいた時間のことは何も覚えていなかったこと、当分の間、一人での外出を禁止され、どこかに出かけるときは必ず両親のどちらか、もしくは友人と同伴することが義務付けられたことの二点である。
 実際、夕方にすずかの家に行ったときも、母親同伴という条件の下、許可された外出であった。
 些か過保護と言えなくも無いが、小学三年生の息子が原因不明の行方不明になった両親の心情を考えれば、勇斗も反論できず、渋々ながらも受け入れざるを得なかった。
 すずかの家にいった時点で日が暮れかけ、帰宅したときには19時を回っていた。行方不明から帰ってきたばかりの勇斗にそんな時間からの外出など許可されるはずも無い。
 仕方無しに、自室で寝たフリをしてこっそりと家を抜け出してきたのである。
 そこまで聞いたはやては心底呆れたようにため息をついた。

「別にそこまでせんでも電話で連絡くれたらそれでええやん」
「うーん、決定的瞬間を見逃すのは勿体無いかなーと思って」
「そーかそーか、そんなに私の驚く顔が見たかったんか」

 はやての知る勇斗なら、そんなくだらないことの為だけに膨大な労力を費やしかねい。
 そんなことするくらいならば、もっと早く無事だという連絡をよこせと言う怒りが込み上げてくる。
 電話でもなくとも、メール一つさえ貰っていれば、あんなにも苦しい思いをするはずなかったのに、と。

「いやいや、そっちじゃなくて」

 そんなはやてから発せられる怒気に慌てて弁解する勇斗。

「えっと、さっきも言ってたサプライズ!あれを説明するのにちょっと電話じゃ話しにくかったんだって!連絡が遅くなったのはホントにごめんだけどっ!」
「……人に余計な心配かけさせた分の価値が無ければ、どうなるか覚悟できとるよな?」
「うむ、それに関しては心配無用だ」

 ジト目で睨むはやてに少しも怯むことなく頷く勇斗。
 毎度の事ながら、勇斗のこの自信がどこから来るのかはやてには全く理解できない。
 性格、と言ってしまえばそれまでなのだが。

「で、そのサプライズって何やの?」
「うむ、それはだな……」

 ちらりと時計に目を這わせた勇斗は、一呼吸おいて言った。

「おめでとう!日付が変わると同時にあなたに家族ができます!」
「…………」

 はやては無言で携帯を取り出して言った。

「……さておばさんに連絡しよか。あ、救急車呼んだほうがええかな?」
「うん、まぁ、その反応は予想通りだけど話は最後まで聞いてもらおうか」

 と言いながらも、テーブル越しにしっかりとはやての携帯を手で抑えてるあたり通報されるような事態は心から避けたいらしい。

「…………」
「お願いですから最後まで聞いてください」

 はやての無言の圧力に抗いきれず、勇斗は頭を下げて頼み込んだ。
 それに少しだけ溜飲をさげたはやては無言でその先を促す。

「えっと、はやての部屋にあったこの本だけどさ」

 リビングに移動する際に、はやての許可を得て持ち出した本を指し示す。
 十字状に絡まった鎖で封を為された一冊の本。

「こいつは闇の書っていって、ロストロギアっていう魔法文明の遺産の一つなんだ」
「へー」

 と頷きつつも、可哀想なものを見るような視線から、はやてが勇斗の話を一ミクロンも信じてないことは明白だった。

「なんでそんなもんがうちにあるんよ?」
「まぁ、それは旅する魔道書云々だから。詳しいことはシャマル先生あたりにでも聞いてくれ」
「シャマル先生って誰やねん」
「この闇の書の守護騎士。はやての誕生日になるとこの本から、おっぱい魔人、幼女、うっかりお姉さん、マッチョな犬。計三人と一匹があなたの僕として出てきます」

 その言葉を聞いた途端、胡乱げ目つきから一転、真剣な顔つきへと変化したはやてがバンっとテーブルに手をついて言った。

「おっぱい魔人について詳しく」
「……あぁ、そこに反応するんだ」

 守護騎士や僕より如実に反応を表した箇所がそこか、と呆れると同時に説明するのが色々面倒臭くなる勇斗であった。

「ま、あれだ。百聞は一見に如かず。とりあえず日が変わった辺りだか、明日の夜だか忘れたけどいきなりその本から4人出てくるからビビって気絶しないようにな」
「え、何。そのネタ、明日の夜まで引っ張るん?」
「……」

 おっぱい魔人で釣れたと思いきや、ちっとも信じていないはやてに文句が出そうになった勇斗だが、それが当たり前の反応かと思い留まる。

「つーか、魔法は信じても、俺の話は信じないのな」
「あはは。だってこんな本から人が出てくるとかまるっきりファンタジーやん」
「魔法も十分ファンタジーだけどな」

 とはいえ、光ったり飛んだりするよりも本から人が出てくるほうが遥かに難易度が高く思えるのも事実。
 逆の立場なら自分だって信じないだろうと思い直した勇斗はこれ以上の説明を放棄し、日付が変わるのまで放置を決め込みお茶をすする。

「んー、確かにそーなんやけど、ゆーとくんが見せてくれた魔法であんま凄いのなかったからなー」

 そんな勇斗をニヤニヤと見つめながら揶揄するはやて。
 はやても勇斗が意味なく出鱈目や嘘を言うとは思ってないが、流石に「自室にある本が魔法の本で、そこから4人の僕が出てきます」と言われて、「はい、そうですか」と信じるわけがない。
 勇斗自身が魔法を使って見せた前例もあるので、心のどこかではもしかしたら……と考えているが、それを表に出したりはしない。

「……しばらくすりゃ出てくるお前の新しい家族に好きなだけ見せてもらいやがれ、こんちくしょう」

 勇斗からすれば腹立たしいことこの上ないが、手持ちで胸を張って魔法と言えるのはフローターフィールドぐらいのものである。
 落下速度緩和は見た目的に地味。バリアジャケット装着はダークブレイカーによって行われているし、ディバイドエナジーは供給する相手がいないのではやてには見せていない。
 つい最近になって飛行魔法がまがりなりにも使えるようになったが、現時点では飛行というよりホバリングと言ったほうが適切だろう。
 身体能力強化に関しては、厳密には魔法ですらない。

「あはは、怒らない怒らない。ゆーとくんがどんなにしょぼい魔法使いでも、誰からも相手にされない嘘吐き少年でもわたしだけは友達でいたるからなー」
「へいへい。ありがとーございます」

 はやての揶揄に普段通り無表情で返す勇斗だが、はやてからすればそんな反応でも楽しいらしく、終始ニコニコとしていた。

「……と、そろそろかな?」

 時計が午前零時を指そうとしているのに気付き、持参した荷物からごそごそと何かを取り出す勇斗。

「ほいよ」
「……クラッカーにカメラ?」

 勇斗に渡されたクラッカーに首を傾げるはやて。いつものことながら勇斗の行動は意図が読みにくい。

「や、ヴォルケンズ召喚シーンをきっちり納めておこうかと。本から人が出てくる瞬間なんてなかなか見れないし。で、俺がシャッター押したら即クラッカーな。ふっふっふー、ヴォルケンズがどんな顔するかワクテカだ」
「……」

 無駄に好奇心を滾らせている勇斗を眺めながら、ヴォルケンズというのはおそらく闇の書から出てくる人たちを指しているのだろうと、ぼんやりと判断するはやて。
 はやてが知らない言葉を呟き、何やら一人で自己完結している勇斗だが、こんなものまで用意しているということは、先ほどまでの話はどうやら本気らしいというのは理解した。
 そうなると気になるのは、何が勇斗をこんな行動に至らせた根拠だ。
 基本的に面倒臭がりな勇斗が、何らかの確信もなしにここまで行動するとは思えない。

「そもそもなんでゆーとくんがそんなこと知ってるん?」

 はやてが疑問に思ったことをそのまま問いかけると、勇斗は間髪入れずに答えた。

「俺の勘は当たる」
「……さよか」

 躊躇なくキリッと真面目な顔で即答する勇斗に、はやては突っ込む気力すら無くしていた。
 まともに答える気がないのであれば、問い詰めるだけ無駄と判断したはやては静かにため息をつく。
 居間の時計へを視線を向けると時刻は23時59分。まもなく、日付が変わり、はやての誕生日となる。
 ちらりと勇斗へ目を向ける。
 ヴォルケンズとやらが現れるのがよほど楽しみなのか、その視線は時計とテーブルに置かれた闇の書を何度も往復していた。

(こいつ、絶対、私の誕生日忘れとるやろ……)

 先ほどまでは、単純に勇斗と話ができることを楽しんでいたが、こうなると妙に腹が立ってくる。
 このまま何も起きなかったらどうしてくれようかと、思考を巡らせた時、リビングの時計が0時を回ったことを告げる。

「…………」
「…………」

 一秒。二秒。三秒、四秒、五秒。
 二人が黙したまま闇の書を見つめること30秒が経過した。

「……なにも起こらへんな?」

 ジロリと勇斗を睨みつけるはやて。

「うーん、明日の夜だったっけなぁ?」

 勇斗にとっては十年以上前の記憶である。
 闇の書の覚醒がはやての誕生日の夜だったということは覚えているが、それが日付が変わった直後なのか、さらに陽が昇って落ちた後の夜なのかまでははっきりと覚えていない。
 漠然とはやての誕生日になった瞬間に出てきたと思っていたのだが、こうして一分以上経過しても何も起きないところを見ると違っていたらしい。
 もしくは、勇斗の記憶と違い、闇の書の覚醒にズレが生じたのか。

「あ」

 勇斗がはやてのキツイ視線に晒されながら、うーんと唸っていると、不意にはやてが手を叩いて声を上げる。

「ここの時計、2,3分進んでるの忘れてたわ」
「うおぃ!」 

 てへ、と可愛らしく舌を出すはやてに勇斗が思わず裏拳で突っ込みを入れたその瞬間――――――ソレは目覚めた。


 ふわりと宙に浮かび上がり、明滅する光を放つ古の書。


 長い長い時間の果てに改変され、呪いという楔を打ち込まれた忌むべき魔導書。


 本来の名を失ったその魔導書の名を闇の書と言った。



■PREVIEW NEXT EPISODE■

 ついに覚醒した闇の書。
 それは闇の書の主であるはやてとその守護騎士達との邂逅を意味する。
 その場に居合わせた勇斗が取る行動とその意図は?

勇斗『俺が正義だ』



[9464] 第二十七話 『俺が正義だ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:58
 闇の書から放たれる光が明滅的に部屋を照らす。
 それは幻想的とも言える光景だった。
 だが、次の瞬間、本の表面に血管のようなものが浮かび上がり、本の内側から外へと食い破ろうとするかのごとく脈動を始める。
 僅かの間を置いて、闇の書を縛る鎖がはじけ飛び、開かれた本の頁が自動的にめくられ、それがまた突然に閉じる。
 その異様な光景にはやては驚きと同時に恐怖を感じ、その手が自然と隣に座る勇斗へと伸ばされる。
 自らの手に、はやての手が重ねられたことを気付きつつも、勇斗は闇の書から目を離せない。
 あらかじめ知ってはいても、実際にこうして自らが立ち会えば、否がおうにも緊張を強いられる。
 知識通りのことが起きたことに対する感慨と、本当にここから先は自分の知っている通りに展開するのかという疑惑。
 様々な感情が入り混じった気持ちのまま、闇の書をじっと見つめ続ける。

『Anfang』(起動)

 闇の書がその無機質な言葉と共に一層強い光を放ち、それと共鳴するようにはやての胸からもリンカーコアが浮かび上がる。

「ふぇっ!?」
「大丈夫」

 突然の事態に怯えるはやてを安心させるように、はやての手を握る勇斗。
 そのことにはやてが安堵するのも一瞬、次の瞬間には幾何学的な模様の光――ベルカ式魔法陣が浮かび上がり白い光が部屋の中を満たす。
 光が収まった後、恐る恐る目を開けたはやては小さく息を飲む。
 紫の光を放つ魔法陣を背後に、四人の人影があった。
 長い髪の女性と短い髪の女性、小柄な少女。そして鍛え抜かれた肉体に獣の耳と尾を持つ男性。
 四人ともが黒く袖のない薄手の衣服に身を包み、自らの主たる少女へ片膝を着き、頭を下げていた。

 はやては一連の光景に目を奪われ、そっと彼女の手を離した勇斗はカメラのシャッターを押す。
 新たなる主に忠誠を誓う言葉――――これまでに幾度も繰り返した宣誓を行おうと将たる女性が口を開きかけたその瞬間。


 クラッカーが打ち鳴らす音と、そこから放たれた紙が四人へと降り注いだ。
 それも一発ではなく、二発、三発と連続し、最終的に計六発ものクラッカー音が打ち鳴らされた。
 それを為したのは勿論、勇斗とそれに釣られるようにしてクラッカーを手にしたはやてである。
 テーブルの上には使い捨てられたクラッカーの残骸が転がっている。

「ほ、ほんまに人が出てきよった……」

 いつの間にかテーブルに並べられていたクラッカーを全て打ちつくした後、今更のように呆然と呟くはやて。

「だから言ったろうが。これからはもっと俺のことを敬い奉れ」
「意味わからへんがな」
「まったくだ」
「って、自分で言ったんやろ」
「そうだっけ?」
「ボケたおすのも程ほどにしとき」
「あいにくと、俺の専門は突っ込みでな」
「どの口で言う。少なくとも今の流れは十分過ぎるほどボケボケや」
「知らんがな」

 突然、漫才を始めた二人に置いてけぼりを食らったのは闇の書から現われた四人――闇の書の守護騎士ことヴォルケンリッター達である。
 随分と長い時間を過ごしてきた彼女らだが、クラッカーで出迎えられ、自分達のことを置き去りにして漫才を始めるような主は見たことがなかった。

「つーか、さっきからみんな、呆れたようにこっちを見てるわけだが」
「あ」

 呆けたように自分達を見るヴォルケンリッター達を勇斗が指差すと、思い出したように声を上げるはやて。
 予想外、というかこの突飛な事態にはやて自身、随分と平静を失っていた。

「え、えっと、どないしよっ!ええと、こういうとき何から始めたらええんやろっ」
「とりあえず落ち着け。俺が人数分のお茶菓子用意しとくから自己紹介あたりから始めとけ」
「あ、うん。そやな。えー……と、それじゃ皆さん、適当に椅子に座って楽にしてください」

 はやてがある程度落ち着いたのを見計らって勇斗はキッチンへと足を運び、闇の書から現われた四人――闇の書の守護騎士達は、はやてに促されるまま、狐につままれたような顔でそれぞれの席に着くのであった。





「つーか、さっきから当たり前のようにいるけどおめーは何者だ?」

 主であるはやてに一通りの説明を終えた後、当然のように同席してお茶を啜ってる勇斗を睨みつける小柄な少女――鉄槌の騎士ヴィータ。
 闇の書とその主を守る守護騎士であるヴォルケンリッター達からしてみれば、部外者かつ人柄もわからない人物に事情を説明することはしたくはない。はやての鶴の一言でなし崩し的に自分達のことを明かすことになってしまったが、いつまでも看過できる事柄でもない。

「おかまいなく。ただの通りすがりの小学生です」
「この世界の通りすがりは当然のように人の家でお茶を啜るものなのか」
「その通りだ。覚えておけ」

 長い髪をポニーテールに結った女性――シグナムの射抜くような視線に表面上は無表情で答える勇斗だが、内心では大いにびびっている。
 虚勢を張ることに関しては、一人前の勇斗だった。
 勇斗の扱いをどうしたものかと思案したヴォルケンリッターたちは顔を見合わせ、その視線が伺いを立てるようにはやてに集中する。

「ソレの言うことは話半分で聞き流しといてええよ。色々得体の知れない物体やけど無害やから」
「うわぁい。さり気なく物凄く酷いこと言ってらー」
「あはは、冗談冗談。こんなでも私の友達や。名前は遠峯勇斗くん。一応、みんなと同じ魔導師?」
「そこで疑問系かよ、こんちくせう」

 はやてが口にした魔導師という言葉に、ヴォルケンリッターたちの視線が瞬時に勇斗へと集中する。
 敵意こそ表に出さないものの、勇斗に対して警戒心を向けているのは明らかだった。
 その態度に表面上はなんともない風を装い続ける勇斗だが、内心ではガクガク震えださんばかりに戦々恐々である。
 自分達は魔導師ではなく騎士です、と訂正の言葉を飲み込んだシグナムが静かにはやてへ問いかける。

「主はやて。先ほどこの世界に魔法は存在しないと伺いましたが」
「あー、そうなんやけど。この勇斗くんとその友達のなのはちゃんって子はなんや色々あって魔法使えるようになったんやて」
「まー、そゆこと。で、こいつが俺の相棒、ダークブレイカー」
『Hello』

 腰のベルトからダークブレイカーを外して騎士達に見せる勇斗。

「あ、管理局に告げ口したりとかしないからその辺は心配しなくていいよ」

 その発言に騎士たちの警戒心がますます強くなる傍ら、はやては不思議そうに首を傾げる。

「なんでそこで管理局が出てくるん?」

 以前、勇斗から聞いた話で管理局が警察のようなものだとは理解している。が、それがどうして今ここで話題に上るのか。

「や、だって蒐集ってのはいろんな人や生き物襲ってやってるんだから通り魔みたいなもんだろ。ふつー今までの前科で指名手配されてるだろ」
「おお」
「……通り、魔」

 納得するように手を打つはやてとは対照的に引きつった顔で呟く金髪のショートボブの女性――シャマル。
 騎士であるという誇りと自負を持つヴォルケンリッター達にとっては、些か以上に不本意すぎる呼ばれ方だったようで、シャマルだけでなく他の面子の表情もどこか引き攣っていた。
 とはいえ、やっていることそのものは、確かに通り魔と大差ない以上、面と向かって反論もできず、震える手を握り締めながらぐっと言葉を飲み込む。
 そんなヴォルケンリッター達に追い討ちをかけるように更なる爆弾発言が投下される。

「せやけどそうなると困ったなー。この場合、やっぱり自首とかせなあかんのかな?」
「じ、自首!?」

 はやての何気ない一言で慌てたのはヴォルケンリッター達である。
 先ほど闇の書の説明をした際、主であるはやてから蒐集行為をしないよう"お願い"された。
 自分は闇の書の完成によって得られる力なぞ望んでいない。ましてや人に迷惑かける行為など絶対にしてはならないと。
 過去にそんなことを言う主は存在せず、自らの所有物である自分達に、"命令"ではなく"お願い"をしたのだ。騎士達がはやての発言に驚きを通り越して呆然とさせたのがほんの数分前のこと。
 が、今度は蒐集の禁止どころか過去に敵対したこともあった管理局への自首発言である。
 ヴォルケンリッターの面々が受ける衝撃は如何ほどのものか。
 予想だにしない発言の連続にもはや思考回路は停止寸前である。
 が、幸か不幸か、ヴォルケンリッター達の硬直は勇斗の忍び笑いによって短時間で解かれることになる。

「いいんじゃねーの。過去のことは気にしないで。大事なのは今とこれから、だろ?」

 シグナム達が唖然とする様に笑いを堪え切れなかった勇斗が笑いながらそんなことを言い出した。

「せやかてなぁ」

 生真面目で責任感が強く、頑固なのがはやてである。
 管理局のことを知らなければ。勇斗の発言が無ければ、こんなことを悩むこともなかっただろうが、勇斗の言うとおり過去にヴォルケンリッター達が罪を犯し、その罪を裁く組織が存在するというのであれば、自首して罪を償うのが筋だろうと考え込んでしまう。
 だが、出会ったばかりとはいえ自分は主として、ヴォルケンリッター達の面倒を見ると決めたばかりだ。その自分が騎士達をそのまま管理局に引き渡してしまう行為は正しいのか。
 どうするのが一番正しい選択なのか。そう簡単に答えが出そうにもない難問にはやてはうーんうーんと唸り、騎士達は途方に暮れたように自らの主を見守っていた。
 主を悩ませている原因が自分達の過去の行いである以上、下手な口出しをすることをすることも躊躇われる。
 彼女らは闇の書の主の命に従うプログラムに過ぎない。主に自主しろと命じられればそれに抗う術はない。
 どうにもこの新しい闇の書の主は、自分達の調子を狂わせてしまうと心ひそかに嘆息するシグナムであった。


 真面目過ぎるはやてとそれに振り回される守護騎士達の反応に、自然と口の端が釣り上がる勇斗。
 もう少し、この光景を眺めていたいが、時間的にそれも厳しい。
 ひとまずこの場の収拾をつけるために口を開く。

「シグナム達は主の命令に従っただけだろ。主の命令に逆らえかったんだから情状酌量の余地あり。だから今は執行猶予期間。OK?」
「んーん?」

 勇斗の言うことになるほどと思う反面、それはただ自分にとって都合の良い解釈をしてるだけではないかと思ってしまう。
 そんなはやてに決断を促すように勇斗は問いかける。

「返事は、“はい”か“イエス”でお答え下さい」
「選択肢ないし」
「ちなみに答えは聞いてない」
「めっちゃ矛盾しとるがな」
「はっはっはっは」
「笑って誤魔化すな」

「これが……夫婦漫才……?」
「それはちが……くないのか?」

 シャマルと獣耳の男性――ザフィーラは首を傾げ、シグナムとヴィータは微妙な表情で主とその友人を眺めることしかできなかった

「と、いうわけで今後無理やり蒐集しない限り、ヴォルケンリッター達は無罪」
「……なんでそんな自信満々に断言できるん?」

 ふふん、と不敵な笑みを浮かべながら断言する勇斗をジト目で見つめるはやて。
 そんなはやての視線に勇斗は躊躇い無く、迷いなく、きっぱりと答える。

「俺が正義だ」

 その発言にはやてばかりか騎士たちまでもが「うわぁ」という呆れの感情を込めた視線で勇斗を見る。
 それに若干気まずさを感じたのか、勇斗は頬を掻きながら改めて口を開く。

「まぁ、シグナム達は主の命令に逆らえないようになってるんだからそれぐらいは仕方ないさ」

 シグナム達ヴォルケンリッターは魔法技術によって生み出された疑似生命――魔法生命体である。
 それゆえ、定められたプログラムに逆らうことはできないようになっている。
 たとえ、どんなに歴代の主達に蔑まれ、道具扱いされようともその命には逆らえず、ただただ闇の書を完成させるための道具として。
 しばし沈黙していたはやては、改めてシャマル、シグナム、ザフィーラ、ヴィータと、自らの守護騎士と名乗る人物へと視線を移していく。
 先程までのシグナム達の話で彼女らが魔法生命体であり、主の命に従う存在であることは聞いている。
 主の名に逆らうことができないということも、明言はされていないが、勇斗の語ることに何の異論も挟まないと言うことは真実なのだろうと理解する。

「ま、どうしても気になるってんなら、そのうち俺からクロノ――管理局の執務管に話つけるよ。あいつは話のわかる良い奴だから、騎士たちにも悪いようにはしないよ。ただ、しばらくはシグナム達のこと知っておけ。お互いのことよく知って、話し合って、それから決めればいいさ。というかそうしろ」
「なんで最後に命令してんだ、おまえ」

 勇斗の後押しするような言葉と、それに噛み付くヴィータにくすりと笑みを零すはやて。
 言い分はかなりめちゃくちゃに聞こえるが、一理ある。
 彼の言うとおり、主である自分は騎士たちのことをよく知らなければならない。
 贖罪をするのは、それからでも遅くはないはずだ。
 やがてはやては諦めたようにそっとため息を付いて口を開いた。

「――そか。そんなら仕方ないかな。自首はひとまず保留や」

 そんな言葉とは裏腹にはやての表情は嬉しそうに緩んでいた。
 それを確認した勇斗も満足そうに頷く。

「ん、仕方ない」

 ひとまず自分たちが管理局に自首という事態は避けられ、こちらも心密かに安堵するヴォルケンリッター達だが、内心では大いに勇斗に対する疑念と警戒を強くしていた。

 ――この少年は何者なのか?

 自分達に対する認識が、あまりにも正確過ぎる。管理局の自分たちに対する姿勢、そして自分たちが主に逆らえないということを確信している態度など、先に自分達がした話だけでは説明できない。
 闇の書の覚醒の場に立ち会っていたことも含めて、騎士達が勇斗を警戒するには十分過ぎる理由があった。
 あらかじめ闇の書を含めた自分たちのことを調べ、何らかの目的を持ってこの場にいるとしか考えられない。
 もっとも、その目的までは皆目見当が付かないのだが。
 主とのやりとりを見る限りでは悪意のようなものは感じられず、主自身もまた心を許しているように見える。
 どのように対応すべきか、騎士達は互いの視線を合わせながらも結論を出すことができない。


「さて、俺はそろそろおいとまさせて貰うよ」

 そう言って立ち上がる勇斗。

「あれ?泊まってかへんの?」
「そうしたいのはやまやまだが、勝手に抜け出してきたのバレたら俺がピンチ。主に今後の自由とか説教的な意味で」
「あ、そか。そんなら仕方ないなー」

 はやてからすれば、引き止めたい気持ちはあったが、勇斗の事情を鑑みれば仕方ない。

「学校が終わったらまた来るよ。ちゃんと今日の夕方以降は予定空けてあんだろ?」
「え?」

 勇斗が言っている言葉の意味が一瞬理解できず、きょとんとした目を向けるはやて。
 芳しくない反応をするはやてに勇斗は呆れたようにため息をついて言った。

「や、おまえの誕生日会やるっつったろ。忘れたとか言ったら泣くぞ」

 そこまで言われて、やっと、はやては勇斗の言いたいことが理解できたと同時に、自分の誕生日が忘れられてなかったことに嬉しさが込み上げて来る。
 ただ、それを態度に出すのがなんとなく悔しかったので、笑顔で本心とは別のことを口走っていた。

「忘れたから泣け」
「おまえの血の色は何色だ」

 仏頂面で睨む勇斗と楽しそうに笑い出すはやて。そんな二人を、なんとも言えない面持ちで見守るヴォルケンリッターであった。



「しかし、こんな夜遅くにゆーとくん一人で帰すのも心配やなぁ」

 勇斗を玄関まで見送りに来たはやてがぼそりと呟く。

「なめんな。家に帰るくらい一人で十分だっての」
「今日まで行方不明になっとったお子様が言っても何も説得力がないことについて一言」
「…………」

 ぐぅの音も出ない勇斗だった。

「そんなわけで申し訳ないけど、誰かゆーとくんを家まで送ってあげることお願いできんかな?」

 はやての言葉に、ヴォルケンリッターたちは顔を見合わせ、シグナムが一歩前に進み出る。
 彼女らにしてみれば勇斗の真意を探る願ってもない機会だった。

「ならばその役、私が引き受けましょう」
「うん、いきなりこんなこと頼んでごめんな、シグナム。ゆーとくんのことよろしく」
「は、お任せください」

 はやてがシグナムと話す様を見ながら、よくもまぁ、そんな平然とタメ口で話せるものだと感心してしまう勇斗。
 八神はやてという少女は決して礼儀知らずでも世間知らずでもない。
 普通、いきなり本から見ず知らずの得体の知れない人間が出てきたとして、ほんの僅かの時間でこうまで普通に接することができるものなのだろうかと思う。
 闇の書を通じて、騎士達となんらかの精神的なリンクがあるのか、子供ゆえの無邪気さ、はたまたはやての適応力が並外れて高いのか、単に大雑把なだけなのか、判断のつけようはなかったが、いずれにしろはやてという少女の懐の広さを再認識する勇斗であった。
 それに引き換え、とその視線を騎士達に移す。
 はやてとの会話中もほとんど口を挟むこと無く、ずっと自分を警戒するような視線を送られていた。
 自身の言動を鑑みれば当然といえば当然なのだが、それ以上に感情を表に出すこと無く、必要以上に他者を拒絶するような雰囲気が漂っていたように思える。
 これがはやてと関わるうちに、態度が軟化し、シャマルはうっかり、ヴィータがツンデレ、ザフィーラが子犬モードとそれぞれ変化していく様を思うと自然と頬が緩んでしまう勇斗。

「何見てんだテメー」

 その笑みに気付いたヴィータが、見世物じゃないとばかりに勇斗睨みつけるが、それも束の間。

「こーら。そんなこと言うたらあかんよ」
「あう」

 すかさずはやてがヴィータのおでこを軽くこずき、それがまた勇斗に小さな笑みを浮かべさせる。

「じゃ、また明日……や、もう今日か。また夕方にな」
「ん、また後でなー」
「おー、風邪引くなよー」
「そっちこそまた迷子ならんようになー」
「……おうよ」

 楽しそうに手を振って見送るはやてとがっくり項垂れて見送られる勇斗。
 しばらくは同じネタでからかわれることを嘆く少年と、良いネタができたとほくそ笑む主たる幼き少女。
 そんな二人を見る騎士達の目はやはり、なんとも言えない微妙なものだった。





 シグナムと勇斗。
 どちらが喋ることもなく淡々と道を歩くこと数分。

「遠峯」
「あのさ」

 口を開いたのはまったく同時だった。
 見上げる勇斗と見下ろすシグナムの視線が交差する。

「先にいい?」
「あぁ」

 シグナムの許可を得たものの、どこから話すべきか迷うように頭を掻く勇斗。
 急かすことなくたた無言で隣を歩くシグナムにどこか既視感を覚え、それがいつぞやになのはを家まで送っていったときのことだと思い出す。
 あの時もなのはを送り届けた後、彼女の姉に送られていた。
 ほんの数ヶ月前までは平凡な生活を送っていたはずなのに、最近では随分と様変わりをしたものだと自然に苦笑が漏れてしまう。

「どうした?」
「や、なんでもな……じゃ、なかった」

 こほんと軽く咳払いして仕切り直す。
 ただ、これから言う言葉がどうにも自分にあってない気がして、最初の一言が切り出しにくく目が泳いでしまう。
 が、このまま黙っているわけにもいかず、シグナムの前に回りこみ、意を決して口を開く。

「はやてのことよろしく頼む」

 そんな勇斗の言葉が予想外だったのか、シグナムは意表を突かれたような顔で足を止める。

「って、まぁ俺に言われるまでもないだろうけど」

 やはり柄でもないことを言ったという自覚があるのか、すぐにシグナムから顔を逸らして頬を掻く勇斗。
 そんな勇斗が可笑しかったのか、シグナムの口にわずかに微笑が浮かぶ。

「無論だ。主を守るのが騎士の務め。心配は無用だ」

 月光の元――静かに、だが力強く宣言するシグナムの姿は見るものに威厳を感じさせ、例えようのない美しさを誇っていた。

「……どうした?」
「えっ、あ、いや、何でもない何でもない!」

 まさか見惚れていたと告げるわけにもいかず、慌てて手を振る勇斗。
 ただでさえシグナムは並外れた容姿を誇っている。そこにほんのわずかとはいえ、微笑みというスパイスが加われればその美しさは言うに及ばず。
 勇斗が見とれてしまうのも無理はなかった。
 もっとも、この季節に黒のノースリーブにミニスカートという出で立ちは酷く不自然ではあったが。

「?」

 そんな勇斗の態度に首を傾げるシグナムに、不覚にも更にときめいてしまう勇斗であった。
 遠峰勇斗。過去に惚れた異性は全て一目惚れである。

「いや、えと、そんなことよりそっちも言いたいことあるんだろ?」
「あぁ、そうだったな。お前に少々訪ねたいことがある」

 シグナムの言いたいことを察したのだろう。
 勇斗も顔を引き締めて口を開く。

「なんで俺がシグナム達のことを知っているのか、だろ?」
「……ほう」

 自らの言いたいことを察知したらしい勇斗に思わず感嘆の声が上がる。
 主であるはやてとのやりとりを見る限りではただの間の抜けた子供にしか見えないが、予想外に頭が回るようだ。
 そしてますます疑念と警戒を強めていく――いつでも、自らの武器たるデバイスで斬りかかれるように。

「お察しの通り、俺はあんた達のことを知ってる。闇の書のことも含めて、な。それもあんた達以上に」
「貴様の目的はなんだ?主はやてが闇の書の主と知って近づいたのか?」

 チャキ、と自らのデバイスである剣――レヴァンティンを実体化させ、剣先を勇斗の鼻先に突き付ける。
 自らに突きつけられた剣先とシグナムから発せられる威圧感。極めて小さい範囲だが結界も張られていた。
 それだけで勇斗は腰が抜けてしまいそうになるが、胆力を振り絞って辛うじて耐え続ける。

「半分当たりで半分ハズレってとこかな」

 勇斗のその言葉にシグナムは目を細め、無言のまま先を促す。

「はやてと知り合った時に闇の書の主だってことは知ってた。けど、あいつと友達になったのはそれが理由じゃない」

 じゃあ、何が理由かと問われると、勇斗自身明確な答えは持っていなかった。
 単なる同情や憐憫とも言えるし、興味本位も無かったとは言い切れない。
 だから頬を掻きながら勇斗は思ったままを口にする。

「放っておけなかったってとこかな。あいつにこれから起こることを知ってて、何もしないってのはどうも寝覚めが悪くなりそうで」

 なのはのジュエルシード集めに協力したときもそうだった。
 あの時から自らに大した力がないことは自覚している。だから積極的に魔法の世界に関わろうは思っていなかった。
 無論、魔法に対して興味を抱き、機会があれば接してみたいという相反する思いも抱いてはいたが。
 何より、本当に自分が知っている通りの出来事が実際に起こる保証も無かった。
 結果として興味本位の行動故に、自分から首を突っ込む形になってしまったが。
 力が無いことを理由にいつでも魔法の世界から手を引くことはできた。それをしなかったのは、自身が魔法を使ってみたいという欲求に抗えなかったから。。
 だが、一番の理由は今、口にしたように事情を知ってなお知らない振りをすることが自分にとって後味が悪かったからだろう。
 まだこれが自分にとって関わりの薄い、もしくは遠くの出来事ならば気にすることはなかったかもしれない。
 しかし、勇斗にとって高町なのははれっきとしたクラスメイトであり、八神はやては彼の手が届くところにいた。
 ただ、それだけの話である。

「こんな言葉じゃ納得しないだろうけどさ。こんな道端で全てを話すにはちと長い話になる。できれば一週間くらい後でゆっくり話したい」

 はやても交えてな、と付け加える。
 勇斗にとって一週間という期間はヴォルケンリッター達がこの世界、引いては新しい主のことを理解するための時間である。
 勇斗の知っている全てを話すにしても、今の状態より、はやてと接し騎士達自身が心象的に変わってからの方が良いと判断した為だ。

「その間に貴様が主によって良からぬ行動を取らないという保証は?」

 シグナム自身、勇斗が嘘をついているようには見えないし、悪意も感じ取れなかった。
 先の言葉からも、本気で主であるはやてのことを案じているようにしか思えない。
 だが、自分たちに関する詳しい事情を知りつつ、管理局に繋がりのある人間をおいそれと信じ、放置することもできなかった。
 切っ先を突きつけたまま、勇斗の返答を待つ。

「少なくとも保証できるもんは持ってないな。まぁ、はやてに対し何かやるってんならとっくにやってるだろうけど」

 そんなシグナムに苦笑しながら答える勇斗。自分の言動を鑑みれば、元よりこの展開は予測の範囲内である。
 それゆえ、内心で怯えることはあっても動揺することはない。

「処遇はシグナムに任せる。24時間監視付けるのでもいいし、魔法かなんかでいつでも俺の命を断てるようにしてくれてもいい」

 だからこの場で即殺すのは勘弁な!と冗談交じりに言う。
 無論、冗談交じりに言ったものの、本当に殺されては叶わないので本心からの言葉であるが。

「…………」

 無言のまま勇斗を見据えながら思考するシグナム。
 先程から勇斗の体は恐怖のためか、細かく震えていた。
 顔面蒼白となりながらも、これだけの口が叩けるのはある意味大したものだとも思う。
 これが演技ならば、この少年は魔導師よりも俳優の素質があるだろう。
 やがて、シグナムはゆっくりとレヴァンティンを下ろし鞘に収める。
 それに勇斗がホッと安堵の溜息をついたのも束の間。
 自身の周囲にベルカ式魔法陣が浮かび上がったことにギョッとする勇斗。
 そのベルカ式魔法陣が自らの腕に巻き付くように収束し、キンっという音と共に消失する。

「おまえのことを監視するための術だ。おまえが不審な行動をしない限り害はない」
「不審な行動したらその場でお陀仏ってとこかな?」

 実際はシグナムにそこまでの魔法は使えないのだが、あえて詳細な効果を教える必要もない。
 さてな、と小さく答えるに留める。
 シグナム自身は目の前の少年をまだ信用も信頼もできない。
 が、相手の思惑も目的も見えない以上、安易に手を出すことは憚れた。
 自分達以上に自分達のことを知っていると言う言葉も気にならないと言えば嘘になるだろう。
 主であるはやてがこの少年を信頼しきっているということも考慮し、下した判断は条件付きの保留。
 この少年が何か良からぬことを企んでいるとしても、わざわざ自分達の前に姿を表すメリットがない。
 一週間という期間が気に掛かるが、その程度で何ができるとも思わない。
 自分達のことをあらかじめ知っていたのならば、闇の書が覚醒する前に行動を起こすことも十分可能だったのだから。
 レヴァンティンを待機モードに戻し、結界も解除する。

「少し時間を食ってしまったな。おまえの家まではまだかかるのか?」

 シグナムの口から出たのは、結界内での会話とまるっきり繋がっていない言葉だった。
 ひとまず、自分の安全が保証されたと判断した勇斗は、安堵の溜息をつくと同時に、気の抜けた反動でへなへなと座り込んでしまう。

「フッ。度胸があるのか、ないのか。よく分からない奴だ」

 そう言って苦笑するシグナムはそっと勇斗へと手を差し伸べる。

「やー、なにぶん素人なもんで。場慣れもあんましてないのさ」

 シグナムの手に掴まりながら立ち上がる勇斗。腰が抜けていなかったのは僥倖といえたかもしれない。

「じゃー、まぁ、とりあえず俺のことは置いておいて。もののついでに相談というか頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「ほう?」

 ニヤリと笑う勇斗に、シグナムは興味深げに頷いた





■PREVIEW NEXT EPISODE■

ヴォルケンリッターとの邂逅を果たした勇斗。
だが、それは一つの始まりに過ぎなかった。
一つの出会いがまた新たな出会いを呼び、更なる物語を紡ぐ。
勇斗の企みはまだ終わっていなかった。

なのは『私、なのは。高町なのはです』



[9464] 第二十八話 『私、なのは。高町なのはです』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:58
 八神はやてはその日、終始ご機嫌だった。
 一番の理由はなんといっても闇の書の守護騎士――ヴォルケンリッターという新たな家族ができたことである。
 夜が明けぬうちに騎士達の服の寸法を測り、インターネットの通販サイトで彼女らの服を注文した。(ザフィーラは獣形態があることと本人の意向で除外)
 お急ぎ便の名のとおり、午後には品物が届き、思う存分シグナム達の着せ替えを楽しむはやて。
 ボディラインが露になる簡素な服装も味があるといえなくも無いが、騎士達は皆それぞれが平均以上に整った容姿を持っている。
 素材が良いからこそ、しっかりと着飾るべき、と主張するはやてに勧められるがまま、与えられた衣服に着替えていくシグナム達。
 騎士達には過去の主から、こういった物品を与えられた記憶がない。
 清潔な住まいや満足な食事はおろか、嗜好品としての衣服を与えられるなど考えたことすらなかった。
 自分達は常に人としてではなくモノとして扱われ、時には主からすら疎まれながらも闇の書の守護騎士として歴代の主に仕え、ただ闇の書の蒐集を繰り返してきた。
 道具として扱われる自分達の境遇に不満がなかったといえば嘘になる。
 だが、それが自分達の在るべき姿なのだと疑うことすらなく、闇の書が在る限り永遠に続く運命として受け入れていた。

 ――ところが。
 この八神はやてという新しい主は、出会って一日も経たないうちに、今までの主とは一味も二味も違うことを何度も騎士達に認識させていく。
 個々に主と同レベルの部屋を与えられ、今までに食べたことも無いような美味しい食事を一緒に食べ、自分達を着飾り、満足そうに笑う主。
 闇の書を完成させる為の道具に過ぎない自分達をモノではなく、文字通りの家族として扱う接し方。
 ことあるごとに戸惑いながらも、騎士達はそんな新しい主を自然と好ましく思うようになり始めていた。



 そして人数分の生活用品を一通り買い揃え、シグナム達をはやての心ゆくまで着飾った頃には、勇斗との約束の時間まであと僅かとなっていた。
 はやての機嫌が良い二つ目の理由。
 それは同年代の友達から祝ってもらう初めての誕生日である。
 一度は祝ってくれる本人が行方不明になったことで潰えたかに見えたり、誕生日の直前にひょっこりと顔を見せたその本人が祝うことを忘れてると思い込んだりで、二度がっかりしたもの、三度目の正直といわんばかりに鼻歌交じりでテーブルに料理を並べていくはやて。
 食事を用意するのが祝われる当人というのは、大いに間違っているが、祝う側の勇斗はただの小学生でありその財力も平均的な小学生でしかない。
 小学生二人分ならまだしも、財力、料理の腕、共にはやてに大きく劣る勇斗に、騎士達を加えた人数分の食事を用意しろというのは酷な話だろう。
 はやてからしてみれば、友達に祝ってもらうという事実が一番重要なので、食事の用意くらいどうということもない。
 むしろ自分の誕生日だけではなく、騎士達の歓迎会という意味合いも兼ねている為、腕の振るいどころであるとすら考えている。
 騎士達に手伝われながら料理を並べていくはやては、何度も時計を見やりながら、勇斗が訪ねてくるのを今か今かと待ち構えていた。

 そんなはやてを見る騎士達の心境は、なんとも言えない複雑なものだった。
 主に対してではない。主が心待ちにしている少年こそが騎士達の悩みの種だった。
 将たるシグナムが下した決断は保留。だが、それで彼女達の懸念が全て晴れたわけではなく、あくまで結論を先延ばししたに過ぎない。
 自分たちのことを前もって知っていた少年に悪意があるならば、もっと早い段階で何らかの手を打てただろう。
 数日程度の時間を与えたとて、何をどうこうしてくるとも思えないが、思惑の知れない相手ほど厄介な存在は無い。
 はやてに少年のことをそれとなく尋ねてみても、変わった性格だが、はやてにとって大切な友人であること以上の情報を聞くことはできなかった。
 主や自分達に敵対する兆候は見られないが、なんとも扱いに困る存在だった。
 詳しい話を聞こうとしても、一週間後に全て話すの一点張りでそれ以上取り付く島も無い。(ヴィータは力尽くで聞き出すことを主張したが、はやての友人ということもあって、穏健派のシャマルがなんとかが説得した)
 また、これから行われる勇斗の悪巧みもある種の面倒ごとであると同時に、はやてを喜ばすことになる繋がり、ますます複雑な思いに駆られるのだが。



 時計の針が午後4時半を回った頃、八神家に来客を告げるチャイムが鳴り響く。

「はーい」
『おっす、オラ悟空。いっちょ、やってみっか』
「寒いボケかましてないで、早く入ってきー」
『…………』

 予想通りの来客のボケを華麗スルーするはやて。
 カメラに映る来客は微妙に傷ついた顔でしょんぼりしていたが、それの束の間。すぐにいつもの憮然とした表情に戻り、胸を張って言った。

『だが断る。家主の玄関までの出迎えを要求する』
「何でそこまで態度でかいん?」
『すんません、お願いします。玄関まで来てください』
「変わり身早いな、おい」

 傍らで見ていたヴィータが思わず突っ込んでしまうほど、勇斗が頭を下げるのは素早かった。

「あはは。ま、ゆーとくんやから。何企んでるのか知らんけど、今行ったげるよー」
『何故ばれたし』
「いや、普通にわかるだろ。常識的に考えて」
『やべぇ。まさかこの国に来て一日と経たないヴィータなんぞに常識を語られる日が来ようとは』
「おまえそこで待ってろ。今からちょっと稽古つけてやる」
『ごめんなさい。割と本気で命の危険を感じるので勘弁してください』

 そんなやりとりをする二人をはやてはクスクスと笑いながら眺めていたが、一方は言葉どおり本気で身の危険を感じ、もう一方も半ば本気で痛めつけてやろうかと考えていたことは知る由もなかった。



『ハッピーバースデー!はやてちゃん!』
「へ」

 車椅子をヴィータに押してもらい、シグナムに扉を開けてもらったはやてを待ち受けていたのはクラッカーと紙ふぶきの洗礼、そして祝いの言葉だった。
 目の前にいるのは、自分を呼び出した少年でなく、見覚えのある、だが初対面の少女三人と初めて見る少年が一人。
 予想だにしなかった事態に呆然とするはやての前に、扉の影から現れた勇斗がしてやったりという笑みを浮かべながら言った。

「計画通り。ふっふっふ、さすがのはやても驚いたようだな」
「……あ、ええと?」

 勇斗の姿を見て、なんとか停止した思考を再起動させたはやてだが、初めて会う面々を前にどういう反応をしたらよいかわからず、助けを求めるような視線を勇斗に送る。
 それを受けた勇斗は満足そうに頷き、

「紹介しよう。白い悪魔と愉快な仲間達だ」
「悪魔じゃないもん!」
「初対面の人間に妙な紹介をするなぁっ!!」
「へぐぉっ!?」

 金髪の少女から見事なまでの回し蹴りを食らっていた。



 リビングに集合した面々は、八神家と勇斗が連れてきた面子が対面するような形で互いの自己紹介をすることになった。

「えー、というわけで改めまして。手前から順に俺の友達の月村すずか、アリサ・バニングス、高町なのは、ユーノ・スクライア」

 と、アリサに蹴られた脇腹を押さえながら、勇斗が連れてきた面子を簡単に紹介する。

「月村すずかです。ゆーとくんのクラスメイトで読書が趣味です。はやてちゃんも読書が好きって聞いてるので、本のこと色々話せたらと思ってます。よろしくね」
「あ、え、と。八神はやて言います。ゆーとくんとは図書館でナンパされて知り合いました」
「さらりと捏造すんなや」

 なのは達が反応する前に素早く突っ込む勇斗。
 リビングに戻るまでの間で、はやても普段の調子を大分取り戻したようだ。

「えー、でも図書館で最初に話しかけてきたのはゆーとくんだったよ?」
「本を代わりに取ってやったのをナンパと解釈するなら、見解の相違としかいいようがないな」

 そんな二人のやりとりを見て、すずか達は瞬時に理解した。

――あぁ、この二人似たもの同士だ――と

 ともに何気ない会話にさらりと捏造を混ぜてくる辺り、いつぞやに勇斗がはやてを相方と評していたのはあながち冗談でもなかったのかと、今更ながらに悟る四人。
 片方が影響を与えた結果、こうなった可能性も否定できないが。

「その辺じっくりと話し合いたい気もするが、それはまたの機会だ。お次、アリサどうぞ」
「ん。アリサ・バニングス。すずかと同じく、そこのゆーととはクラスメイトよ」

 勇斗の振りを受け、立ち上がって自己紹介するアリサ。

「通称あーたん。最近やたら暴力的になってきたなので近づかないように。噛み付かれます」
「噛むかっ!つーか、それはあんたのせいでしょ!そしてあーたん言うなっ!」

 がなりたてるアリサだが、すずかを挟んで安全圏にいる勇斗はどこ吹く風である。

「と、わかるように突っ込み兼ツンデレ属性です。言い方はキツイけど相手のことを色々思いやれる良い子です」
「……あんた後で覚えてなさいよ」

 付け足された評価に怒っていいやら照れていいやらで言葉が出ないアリサだったが、このままでは話が進まない為、グッと拳を強く握り締めて罵倒の言葉を飲み込んで腰を下ろす。
 両隣でクスクス小さく笑う二人をキッと睨みつけるも、照れ隠しであるのは明白な為、効果は薄い。
 アリサと入れ替わるように立ち上がったなのははおほんと小さくかしこまり、最初にはやて、次にヴィータ、シャマル、シグナム、獣姿のザフィーラへと順に目を向けて頭を小さく下げる。

「私なのは。高町なのはです。やっぱりアリサちゃんやすずかちゃんと同じようにゆーとくんのクラスメイトです。喫茶翠屋の娘で、今日のケーキはうちで用意させてもらいました。後で感想とか聞かせて貰えると嬉しいな」

 なのはの言うとおり、ケーキはここに来る途中で翠屋で調達してきたものである。前日の注文になってしまったが、娘の友達になる子の誕生日ならと、翠屋のパティシエであるなのはの母、桃子自ら腕を振るった一品である。

「翠屋のケーキ」

 翠屋のケーキと聞いたはやては、思わずポンと両手を合わせる。その目は期待に満ち溢れ、輝いてるようにすら見えた。
 はやて自身が直接翠屋を利用したことはないが、担当医師である石田や勇斗の両親経由でちょくちょく翠屋の商品にはお世話になっている。
 特に翠屋特製シュークリームははやてのお気に入りである。

「翠屋さんのお菓子はみんな美味しいんよー。こっちに来て最初に食べられるなんてヴィータ達はラッキーやなー」
「あ、うん」

 と、反射的に頷くヴィータだが、今の段階では素直に喜ぶより戸惑いのほうが大きく、曖昧な返事しか返せない。
 はやてはそんな反応を気に留めることもなく、なのはの隣に座るユーノへと目を向ける。
 なのは達三人は勇斗から写メを見せてもらったことがあるが、こうして人間形態のユーノを見るのは初めてである。

「ボクはユーノ・スクライア。ホームスティって形で今日からしばらく勇斗の家にお世話になっています」

 何故、ユーノがフェレット形態でなく人間形態でここにいるのか?
 簡単に言えば、女性多数の中に男一人は嫌だからお前も来いと、勇斗に無理やり連れてこられただけである。(ザフィーラは獣形態の為、人数計算から除外)
 ユーノ自身はあまり気乗りしなかったが、なのはが勇斗の意見に賛成した時点で彼に拒否しきれることもなく。
 今、ユーノが名乗ったような設定をでっち上げられた挙句、勇斗の服を借りて参加することになってしまった。
 八神家に来るまでの間、フェレットと同じ名前であることも含め、すずかやアリサの質問攻めにというおまけつきで。
 フェレットのユーノとの関係は、ユーノの友人が飼い主で、フェレットの名前はその友人が人間のユーノからつけたという設定を、これまた勇斗がでっちあげて説明したのは余談である。
 ユーノの自己紹介が終わると、シグナムの視線が勇斗へと向けられ、それを受けた勇斗も小さく頷く。
 なのはとユーノが、勇斗と同様に管理局と繋がりのある魔導師ということを、守護騎士たちは既に聞き及んでいる。
 前日に、勇斗がなのは達を巻き込んだはやての誕生会の計画をシグナムに話した為だ。
 さすがに勇斗といえど、シグナム達の許可もなしに魔導師であるなのはたちを連れて行くだけの度胸はない。
 無用な警戒を与えるどころか、自分の命すら危うくなるからだ。
 そしてなのは達とはやてを会わせる為の条件は、闇の書のことや守護騎士たちの正体を伏せておくことだった。
 できれば、これ以上魔導師との接触は避けたいところだが、勇斗は、いずれはやてとなのは達を会わせる約束をしていたし、はやて本人も会いたがっていると聞いた以上、遅かれ早かれ、いつかはなのは達と会うことになってしまうだろう。
 そう判断したシグナムは思念通話でシャマル達と相談し、闇の書と自分達の正体は伏せるという条件で、なのは達を八神家に招待することを承諾し、はやてもこれに同意している。
 魔導師と言っても魔法を行使しない限り、そうでない人間との区別は容易なことではない。それは同じ魔導師であっても同様だ。
 念話、もしくは検査用の魔法や機械などを用いればリンカーコアの有無、魔法の適正などは調べることができるが、そうでない場合は本人が魔法を行使しない限り、そうそう判別がつけられるものではない。
 それゆえ、シグナム達が注意していれば、なのは達に魔法関係者とバレる心配は無い。
 今のように念話を使わずに、アイコンコンタクトで確認をとったのも、念話を使用してなのはやユーノ、レイジングハートに察知されるのを防ぐ為だ。

 そしてシグナム達守護騎士の素っ気無い自己紹介も行われ、そのまま誕生日のお約束のケーキのろうそく消し、プレゼントタイムと瞬く間に時が過ぎていく。
 初対面ながらも、読書という同じ趣味を持つはやてとすずかは意気投合し、アリサが持ち前のリーダーシップを発揮して進行を仕切ることで、はやての誕生日会は盛大な盛り上がりを見せる。
 基本は小学生組が雑談やゲームで盛り上がり、それを守護騎士達が遠巻きに眺めているという形ではあったが。
 今までの生活が戦いを中心としていただけあって、守護騎士達はこういった場にはあまり慣れていない。魔導師であるなのは、ユーノとも必要最低限の接触で済ませ、距離を置いておきたいという思惑もある。それゆえ、はやてからの誘いもやんわりと辞退し続けている。
 とはいえ、はやて達の楽しげな様子を眺めているだけでも場の雰囲気を味わうことはできる。はやての用意した数々の料理に舌鼓を打ちながら、騎士達も心穏やかな時間を楽しんでいた。
 全員がそれぞれの過ごし方で、この誕生日会を楽しんでいた。

「あれ、そういえばゆーとくんは?」

 ユーノを含めた小学生組が対戦ゲームで盛り上がっている時、勇斗が普段以上に発言していないことに気づくなのは。

「あれ、そーいえば」

 元々勇斗は口数が多いわけでないが、ピンポイントに入れてくる突っ込みや野次さえ今日は無い。
 はやてが辺りを見回すと、シャマルが苦笑しながらザフィーラを指差す。

「おお」

 嬉しそうに声を上げたはやて達が見たものは、ザフィーラに背中から寄りかかり、すやすやと眠る勇斗の姿だった。
 それを見たアリサがにんまりと笑みを浮かべ、小声ですずかに呼びかける。

「すずか、カメラよ!カメラ用意!」
「もう、悪趣味だよ。アリサちゃん」

 と言いつつも、しっかりと持参したデジカメをアリサに手渡すすずか。

「シャマル!こっちもカメラ用意!あと油性ペン!」
「え、あ、はいっ」

 負けじとはやてもシャマルに呼びかけ、なのはもいそいそと携帯を手に撮影の準備をする。

「ふっふっふ。このあたしを前に隙をさらしたのが運の尽きよ」
「アリサちゃん、その台詞、なんだか悪役っぽいよ」
「じゃ、あんたはその携帯しまいなさいよ」
「そこはほら、こんなチャンス滅多にないし。ゆーとくんもチャンスは逃がすなって言ってたし」

 逆にアリサから突っ込まれたなのはだが、日ごろ弄られてる鬱憤がたまってるせいか、勇斗の寝顔というチャンスを逃す気はまったくないようだ。
 「どんな些細なチャンスでも絶対に逃さず、蓄えておくのが俺のモットーなのだ」と、なのはに力説したのは勇斗自身である。

「まぁ、日頃の自業自得かな」

 ユーノも普段の勇斗の行いを鑑みて、あえて止めることもないだろうと判断し、傍観者に徹する。無論、騎士達にもそれを止める理由は無い。

「やっぱ定番のおでこに肉からいっとこか?」
「流石に油性は……せめて水性にしとこうよ」
「でも、こいつの焦った顔見られる数少ない機会よ?油性で落書きされたっていう絶望的な顔見てみたくない?」
「あ、だったら水性で書いたのを、油性ペンで書いたって言って騙せないかな?」
「オッケー。じゃ、それでいきましょう」

 誰も止めるものがいないまま、無防備に眠る勇斗の顔に落書きをして盛り上がる少女たち。言うまでもなく、その過程の全てがカメラに収められていく。
 良くも悪くも、勇斗が少女たちに馴染んでいるゆえの容赦のなさだった。



「けど、これだけ騒いでるのに全然起きる気配ないなー」

 うりうりと、落書きに染まった勇斗の頬を指でつつくはやてだが、眠りこけた勇斗は一向に目覚める気配がない。

「そういえば学校でもやたら眠そうにしてたわね。っていうか、主催者が寝てどーすんのよ」

 はやてと同じように勇斗の頬を突っつきながら、学校での勇斗の様子を思い浮かべるアリサ。
 休み時間はもちろん、授業中もうつらうつらと必死に眠気を堪えていた。意外に思えるかも知れないが、勇斗は学校での授業態度は基本的に真面目なのだ。

「昨日ほとんど寝てなかったみたい。朝まで起きてたって言ってたよ」
「朝まで?何かしてたん?」

 すずかの言葉に、自分と遅くまで起きていたのが原因かと、一瞬、ギクリとするはやてだが、朝までという言葉に首を傾げる。
 勇斗がはやての家を出たのは午前一時を過ぎていたが、勇斗を送って行ったシグナムが帰ってきたのは二時前だ。
 帰ったのがいくら遅くても、寝る時間が無かったということはないだろう。

「さぁ。何かはしてたみたいなんだけど、秘密なんだって」
「ゆーとくん、隠し事大好きだもんねぇ……」
「そーいえば、人をびっくりさせて楽しむのが生き甲斐とも言うっとたなぁ」
「……ハタ迷惑極まりないわね」

 こめかみを指で押さえながら呟くアリサに云々と頷く一同。なのは達ばかりか、その話を聞いていたユーノや騎士達までも同じ思いだった。
 そもそも、はやての誕生日会の企画も昨日になっていきなり知らさせれた挙句に参加を乞われたのだ。
 頼まれる側からすれば、もっと早くに知らせろと文句の一つや二つ出るとこである。
 もっと早くにそれを知っていれば前もって予定を空けていたし、事前にもっと色々準備できることはあったのに、と。
 実際、アリサやすずかは習い事の予定が入っていたのだ。
 もっとも、懸命に頭を下げる勇斗の姿に、アリサとすずかは文句を言いつつもそれを勇斗に告げること無く、参加を承諾したのだが。
 勇斗がはやての家に行くのが遅くなったのは、その後、なのは達と一緒にプレゼントを買いに行って時間がかかったことも原因のひとつである。

「こーして眠ってる分には可愛げもあるのにねぇ」

 むにむにと勇斗の頬を両手で引っ張るアリサ。流石に苦しそうな表情を見せる勇斗だが、目覚める気配はない。

「あはは、本当だね」

 実際、寝ている勇斗は落書きされたことも相まって、普段の仏頂面からは想像できないほど間抜けなことになっている。
 なのはを始め、すずかもはやても、くすくすと小さな笑いを漏らしていた。

 誕生日会がお開きになる頃にようやく目覚めた勇斗は、鏡に映った自分の顔と、それらが収められた画像データを見せられて、開口一番、こう呟くのが精一杯だった。

「……ぎゃふん」

 心底嫌そうに引きつった表情で呟かれたその言葉が、周りの更なる笑いを誘い、それがますます勇斗の顔を憮然とさせる。

「フェイトに良いおみやげできたわねー」
「やめれ」
「みんなのデータまとめてCDに焼かなきゃいけないねー」
「鬼か!」
「あ、じゃあ、明日にでもフェイトちゃんに送るビデオメール作ろうよ!はやてちゃんも一緒に」
「やめて!」
「え、と……私もええの?」
「聞けよ!」
「もちろん!」
「いじめだこれーっ!?」

 勇斗の叫びは悉く無視されるが、普段の行いを鑑みれば完全な自業自得であった。
 もっとも、本人も本気で嫌がっているというよりは、ノリで嫌がってるだけだったが。
 こうして、はやての誕生日会は盛況のうちに幕を閉じるのであった。










※設定補足
魔導師とそうでない人間を見分ける区別云々は、A's本編で、シャマルが「変身魔法を使っていれば~」の発言から、
特に調べようとしない限り判断できないと推察したため、本SSではそういう設定にしてあります。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

新たなる主と穏やかな日々を過ごす守護騎士達。
たとえ、共に過ごした時間は短くても、強く、確かな絆が結ばれていく。
そんな時、はやてと騎士達は勇斗から驚きの事実を伝えられ、決断を迫られるのであった。

シグナム『この剣にかけて』



[9464] 第二十九話 『この剣にかけて』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:59
『でね、ゆーとくんってば結局拗ねちゃって、今日来てないんだ。意外と頑固だよね、ゆーとくんて』

 なのはの言葉に同意するように頷くアリサとすずか。そして八神はやてという新しい友達。
 プレシアと共に、なのはから送られてきたビデオメールを見ていたフェイトは、そんななのはたちの様子にくすりと笑みを零してしまう。
 その理由はフェイトの手元にあるもう一枚のディスク。なのは達に先んじて送られた勇斗からのビデオメールである。
 自分が行方不明になったことで、フェイトが必要以上に心配していたのではないかと考えた勇斗。自分がフェイトにとってそこまでの存在かどうか、自意識過剰なのではないかと二時間も無駄に悩んだ末に、ふとフェイトの沈んだ顔を想像してしまったのが決め手だった。
 妙な焦燥感に駆られた勇斗は、結局アースラへの報告だけではなく、フェイト宛のビデオメールを編集してしまう。
 何を話すべきかも纏まらない内にビデオカメラを回し、編集が終わったのは夜が明けた頃だった。これがはやての誕生日に勇斗が寝不足に陥った原因である。
 編集されたビデオメールの内容そのものは10分にも満たないものだったが、ビデオにはばっちり時計が映っており、目ざとくそれを見つけたプレシアによって、勇斗がどれだけの時間を撮影に費やし、言葉選びに四苦八苦したのかを看破されていていたりする。
 勇斗はこのビデオメールの存在をなのは達には秘密にしておくように頼んでおり、それがフェイトの笑みを深くする一因となっていた。言うまでも無く、それがなのは達に知られるのは照れくさかったのである。

「ああいうのをツンデレと言うのよ。あの手のタイプが親しい相手に冷たい態度を取ったら、裏では正反対のことを考えてると思いなさい」
「……そうなの?」
「そ。男の考え方なんて単純なものよ」

 母とそんな会話を交わしながら、勇斗のビデオメールを見ていた時のことを思い出すフェイト。
 なのは達がこのことを知ったらどんな反応をするのだろうか。勇斗に頼まれた以上、実際に話す気はないが、なのは達や勇斗の反応を想像するだけで、自然とフェイトの顔に笑みが浮かんでしまう。
 が、すずかが口にした言葉にビクリと身体を竦める。

『そうそう、ゆーとくんて好きな女の子いるみたいなんだけど、フェイトちゃんは知ってた?』

 ――――勇斗が好きな女の子。フェイトの脳裏に勇斗が時の庭園で叫んだ言葉がよぎる。

『フェイト!愛してる!』

 嬉しさと困惑、恥ずかしさが綯い交ぜになり、フェイトの顔を徐々に赤面させていく。
 それとは対照的に、一緒にビデオを見ていたプレシアの目が鋭く細められた。なのは達の言う、勇斗の好きな子がフェイトではないことを理解している為だ。
 フェイトと勇斗の性格、心情。それらを考慮し、どう立ち回るべきか。フェイトにとって最善の結果を導く出すべく、プレシアの頭脳が瞬時にフル回転する。
 遠峰勇斗の性格はある程度、把握している。アースラに自分の無事を連絡しているにも関わらず、こうしてわざわざビデオメールで無事を知らせることからも、フェイトのことをそれなりに大切に思っていることは推察できる。たとえ彼の好きな人とやらが、フェイトではないとしても、フェイトを傷つけるような行動は取らないだろう。
 一方、フェイトは間違いなく勇斗に対して好意を持っている。ただし、それはまだ男女のソレではなく、自分たちを救ってくれたという恩義と告白された(と思い込んでいる)困惑による、友情の延長のようなものだ。真相を知っても、今の段階ならば必要以上に大きなショックを受けることは無いだろう。予定よりも早いが、勇斗本人の口からネタ晴らしをさせるのがベストだろうと、プレシアは判断する。

「どうするの、フェイト?なのはちゃんたちに教えてあげる?」

 そんな考えはおくびにも出さず、したり顔で尋ねるプレシア。

「え?で、でも、勇斗が教えなかったってことはなのは達には知られたくないってことだよね?だったらこういうことは言わないほうがいいんじゃない、かな」
「ふふっ、そうね。だったら勇斗くんには、このことは秘密にしておくから大丈夫って伝えて、安心させてあげなさい」
「う、うん。そう、します」

 予想通り、しどろもどろになって話すフェイトを、さらりと誘導するプレシア。こうすれば、勇斗は自身のミスに気付き、次のビデオメールでは弁解せざるを得ないだろう。
 フェイトの勘違いがそのままであることを知った勇斗がどんな顔をするのか見れないのは残念だが、ビデオ越しとはいえ、勇斗がどんな顔で弁解するのか今から楽しみで仕方ない。
 以前の意趣返しをようやくできることに一人ほくそえむプレシアだった。






「……!?」
「いきなり震えてどないしたん?」
「いや、なんかいきなり悪寒が……」

 なんだろう、このフラグをスルーしたせいで、とてつもなく巨大な地雷を設置してしまったような後味の悪さは?

「そんなことはいいからとっとと話を聞かせろ。いい加減こっちは待ちわびてんだよ」

 首をかしげて心当たりを思い返してみるが、そんなことをするまでもなく悪寒を感じる原因は目の前に山ほどあった。
 俺の目の前に座る鉄槌の騎士は随分とご機嫌斜めのようです。

「おまえの言うとおり、一週間待ったんだ。今更約束を違えるようなことはあるまいな?」
「はっはっは。そんな命を捨てるような真似するくらいなら、最初から来ないって」

 ジロリと睨んでくるシグナムの視線が恐ろしいので、両手を挙げて降参の意を示す。
 はやての誕生日から一週間。騎士達との約束どおり、俺の知っていることを話すため、八神家を訪れていた。
 リビングにはシグナム達、守護騎士一同はもちろん、はやても同席している。
 誕生日会以来、顔を会わせていなかったが、一週間ぶりに出会った彼女たちの雰囲気は幾分か和らいでいるような気がしなくもない。

「つっても、何から話したもんかな?」
「そういうことは前もって整理しとけよ」

 ヴィータの態度が非常に冷たいです。雰囲気が和らいだと感じたのは俺の気のせいかもしれない。

「まず、この世界の人間であるおまえがどうして我らと闇の書のことを知っているのか、ということから話してもらおうか」

 どう切り出したものかと考える間もなく、シグナムから詰問される。その目には、あの夜に話した時と同じように、強い疑念と微かな敵意が含まれていた。
 いきなりそれから話してもまず信じてもらえないだろうが、上手く納得させられる話し方が思い浮かぶわけでもない。
 頬を掻いて思案した後、当初の予定どおり、ありのままを話すことにした。

「これから先に起きることを知っているから。正確に言えば、俺のいない並行世界での出来事を知っているって言った方が正しいかな」
「……頭でも打った?熱でもあるん?病院行く?」

 笑われる、もしくは怒鳴られるのを覚悟で言った言葉に対する最初の反応がこれだった。
 はやての表情からして、かなり本気なのが実に微妙な気持ちにさせてくれる。

「熱はないし、精神は正常だから大丈夫。とりあえず最後まで話を聞けぃ」

 萎えかけた気持ちを奮い立たせるように顔を上げたところで、騎士達の表情に気付く。
 てっきりふざけるなと怒鳴り散らされるものとばかり思っていたが、意外にも騎士達は平静を保ったまま、こちらに視線を送っていた。
 あれ?と思わず首を傾げるのも束の間。

「そういった類のレアスキルを持つ者の話は聞いたことがある。おまえがそうであるという保証はどこにもないがな」

 そのシグナムの言葉には、俺の言うことを信じたわけではないが、話くらいは聞いてやる、というニュアンスが込められていた。
 話を聞いてくれるのであれば、こちらには都合が良い。特に反論はせず、軽く肩を竦めるだけで話を続けることにする。

「具体的に俺が知っているのは、この街で起きる魔法がらみの事件が二つと10年後の出来事。まぁ、10年後のほうは今回関係ないから脇に置いておくけどさ」

 ここで一息をついて、シグナム達の表情を見回す。一向に口を開かないとこを見ると、俺の話が終わるまでは口を挟む気はないようだ

「で、魔法絡みの事件ってのが、一つはシグナム達が出てくる前にあったジュエルシード事件。おおまかな話の顛末ははやてから聞いてるよな?」

 俺が確認すると、肯定するように首を振るシグナム達。一から説明する手間が省けたことにホッとしつつも、俺は本題を切り出す。

「肝心なのはもう一つの事件。闇の書とそれに関わる事件」

 薄々予想はしていたのだろう。騎士達はそれに何の反応を示すことなく、沈黙を保っている。
 はやてが僅かに動揺する気配を見せるが、彼女が口を開く前に言葉を続ける。

「正確な時期は俺もわかんないけどな。半年もしないうちに、シグナムたちが闇の書の蒐集を始めるんだよ」
「バカな」

 そんなことが有り得るわけがないと、俺の言葉を一笑に付するシグナム。ヴィータも鼻白んだ顔をし、シャマルとはやてが頭の可愛そうな子を見るような目で見つめてくる。ザフィーラは狼形態なので、表情はわからないが、鼻で笑われた気がする。
 さっきからこんなんばっかしじゃね?と、泣きたいところだがこれも想定の範囲内。主であるはやてが蒐集を望まない以上、今の段階で蒐集を行う理由も必然性もないので、彼女らの反応は当然と言えるだろう。だが、次に放った俺の一言で、少なくとも守護騎士達の顔色は一変した。

「放っておけば闇の書がはやての命を奪うってことがわかっても?」
「へ?」
「……今、なんと言った?」

 きょとんとするはやてと対照的に、シグナムを始めとした他の面々は鋭い目つきでこちらを睨んでくる。その視線の鋭さに思わず、仰け反り息を呑みつつも、どうにか言葉を搾り出す。

「闇の書がはやての命を奪うって言った。細かい理屈や原理はわかんないけど、闇の書がはやての体に負担をかけてるんだとさ。足が動かないのもそれのせいらしい」
「あはは、またまたー」

 と、はやてだけが軽く笑い飛ばすが、他の面々はそうもいかない。
 俺の言ったことが、頭ごなしに否定できる事象ではないと理解しているのだろう。その表情は、焦燥とそれに思い至らなかった自分たちに対する怒りで歪んでいた。

「あ、あれ?」

 場の雰囲気から、はやても俺の言ったことが単なる冗談と笑い飛ばせるものではないと悟り、やや困惑した表情を浮かべる。

「……シャマル」
「……うん。はやてちゃん、ちょっとごめんね。クラールヴィント、お願い」

 搾り出すようなシグナムの声に、シャマルが立ち上がる。はやての隣に座り、彼女の指輪型デバイス、クラールヴィントが起動すると、はやての体の周りに緑に輝くリングのようなものが浮かび上がる。はやては何も言わないまま、シャマルの指示に従っている。その顔に困惑は既になく、どこか達観したような何かが浮かんでいた。
 そんなはやてを見て、チクリと胸に痛みが走ると同時に、何気なく言った自分の言葉を後悔していた。実際には何とかなるにしても、本人を目の前にして『死ぬ』なんて言い出すんじゃなかった、と。そんな自分の迂闊さに小さく舌打ちしたものの、口早に話を続ける。

「まぁ、結論から言えば、はやては助かるし、足も完治する。闇の書の完全消滅という形でな」

 シャマルの検査結果を待たずに口を開いた俺に、一斉に視線が集中する。

「……お前は一体、何を知っている?」
「闇の書の、本当の名前を覚えてるか?」

 シグナムの質問に答えず、俺はそう返した。
 案の定、はやても騎士達も、何を言っているのかわからないという困惑した表情を浮かべている。

「闇の書には別の、本当の名前があるんだよ。正式名称『夜天の書』。闇の書が呪われた魔導書となる前の呼び名だ」

 俺が静かに告げたその言葉に、騎士達がビクリと反応する。反射的に否定しようとして、それが失敗したかのようにその瞳が揺らいでいた。例え、記憶に無くとも、夜天の書という言葉に何らかのインスピレーションを受けたのだろう。
 その中でも一際強い反応を見せるものがいた。

「夜天の、書……?」
「ヴィータ?」

 手の平で顔を覆ったヴィータが画面蒼白にして声を絞り出す。その危うい雰囲気に、思わず腰を浮かすが、それよりも先にヴィータへと伸びる手があった。

「…はや、て?」
「……大丈夫。何も心配せんでええ。大丈夫やから、な?」

 まるで小さな子供をあやすかのようにヴィータを抱きしめるはやて。ヴィータの震えはピタリと止まり、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。
 九歳とは思えぬ包容力と行動に、感心するやら呆れるやらで、小さな笑みが零れてしまう。
 これがなのはやアリサなら茶々の一つでも入れるところだが、流石にヴィータ相手にそれをするような度胸はないし、空気が読めないわけでもない。
 たった一週間という短い間でも、はやてと騎士達の間には確かな絆が結ばれているようだ。それに少なからず安堵しながら、シグナムへと向き直る。

「まずは俺の知ってることを話しとくよ。色々突っ込みたいこと言いたいことはあるだろうけど、とりあえずは最後まで聞いてくれ」
「……いいだろう」

 困惑から立ち直ったシグナムは、考えるような素振りを見せつつも、静かに首肯し、そのまま視線をシャマルへと送る。
 既にはやての検査は終わったようで、どこか悲壮感溢れた表情でシャマルが頷く。闇の書がはやての身体を侵している、という確認が取れたのだろう。念話でも何か会話がなされたのかも知れないが、盗聴スキルのない俺に、それを確認する術はない。

「んじゃ、まずは闇の書事件の顛末からだな。さっきも言った通り、あくまで俺が知ってるのは俺の存在しない平行世界での話だ」

 そう前置きした俺は、ゆっくりと自分の知っていることを話しだす。
 はやての身を案じたシグナム達が、はやてに内密で蒐集を開始したこと。ヴィータのなのは襲撃から始まる管理局との戦い。改変された夜天の書――闇の書が完成しても、主に待ち受けているのは、防衛ブログラムの暴走という破滅。そして、はやては完成した闇の書の呪縛を破り、暴走を止める為に闇の書の防衛プログラムを切り離すことに成功し、フェイト達と協力して防衛プログラムのコアをアルカンシェルで消滅させたこと。時をおけば無限に防衛プログラムを再生してしまう闇の書を、守護騎士プログラムを切り離した後、完全消滅させることで、闇の書の呪いを断ち切ったということを。

『闇の書の管制人格は、はやてとお前らの幸せだけ祈って逝ったよ。自分は世界一幸せなデバイスだって言い残してな』

 リインフォース――闇の書の管制人格のことだけは、俺の口からはやてに伝える気にはならず、守護騎士達のみに念話でこっそりと伝えた。

「と、まぁ、俺の知ってる顛末はこんなところだ」

 時折、シグナム達から詰問されることはあったものの、覚えている限りの出来事はなんとか話し終えた。が、話を終えても誰も沈黙したまま言葉を発することはない。
 はやては何時の間にやら浮いてきた闇の書をぎゅっと抱きしめ、シグナムたちも考えこむように腕を組んだままだった。

「――それで、おまえが私達にそれを話した目的と理由はなんだ?」

 おそらく、守護騎士達は俺とはやてに聞かれないよう、念話で相談していたんだろう。しばしの間をおいた後、シグナムが口を開いた。

「理由の一つは俺の存在。どーも、俺の魔力は人並み外れてるらしくてな。俺が蒐集されんのは一向に構わないんだが、そのせいで闇の書の完成が変なタイミング、ようはフェイトやなのはが回復しきってないときに、暴走されると全てを丸く収めるのが難しくなる。だったら俺の知ってることを話して完成させる場所と時期を調整してもらいたいなって」

 放っておいてもハッピーエンドになることに干渉する一番の理由はそれだった。

「暴走した防衛プログラムを止めるのは、シグナム達だけじゃ多分無理だ。闇の書の完全消滅は、俺の知ってる皆の力が揃って始めてできる奇跡だと思ってる」

 実際、リインフォースという犠牲があったにしろ闇の書事件は結果だけ見れば、最良と言えるだろう。だが、それはあくまで綱渡りのような、一歩間違えば地球が終わりを迎えかねない危うさを孕んでいる。原作であの結果を出したのはあくまでいくつもの偶然と奇跡が重なった結果と言っても過言ではない。
 出来れば何も干渉しないのがベストなのだろうが、俺という存在がいることで何がどう転ぶかはわからない。プレシアの時もそれで痛い目を見ている。もしかしたら、俺が死ぬなりなんなりするのが一番ベストなのかもしれないが、流石にそんな自己犠牲精神は持ちあわせていない。

「で、こっからは俺のお願い。最初から管理局と協力して闇の書を完成させて欲しい。それがはやてを救うのに最良の手段だと思うし、守護騎士の皆のためになると思う」

 そう言って、俺は頭を下げる。結局、どれだけの時間を費やしても、俺には他にベストな案など思い浮かばなかった。
 俺自身は魔力がデカイだけで何の取り柄も知恵もない。下手な小細工を考えるより、最初から管理局と連携を取って、闇の書を完全消滅させるのが一番リスクが少ないと思ったのだ。

『それに俺の知っている通りに、シグナム達が人を襲って蒐集した場合は、管理局の法的には無罪になっても、少なからずはやてが負い目をもつことにもなる。だから、そんなことにならないよう合法的な手段で蒐集して欲しいっていうのもある』

 念話ではやてに聞こえないよう、こっそりとシグナム達に伝える。

「なるほど、な」

 頭を下げたまま聞こえてくる言葉は、わずかに苦渋の色を含んでいるように感じられた。

 「お前の言いたいことは理解した。だが、おまえの言葉が真実だということをどうやって証明する?何故、おまえにはそんな知識がある?」

 顔を上げた俺は、シグナムから目を逸らさず、苦笑する。
 シグナム達からしたら、当然の疑問だろう。当然過ぎるがゆえに、その疑問に対する俺の答えも既に決まっていた。

「証明なんて何もできやしない。さっきも言ったとおり、俺はあくまで知っているだけだ。頭の中にある知識を証明する手立てなんてなにもないさ」

 人の記憶を覗く方法、StSでヴェロッサが見せたようなレアスキルがあれば話は別だろうが、あんな力を持った人間がそうホイホイといるわけがない。というかいたらイヤだ。それに、あまり人に見られたくない記憶もある。
 リンディさんやクロノに話した時と同じように、ただ信じてもらうしかない。

「で、俺になんでそんな知識があるかっていう質問だが……」

 肩を竦めて小さく苦笑した。

「それはむしろ俺が知りたいところだ」

 そう。俺に何故、前世の記憶とでも言うべきものがあるのか。
 人の未来を知っているということは、それに干渉し、そいつの未来を左右することができ得る。
 無論、人と関わる以上、自分が誰かに影響を与えることは十分にありえるだろうが、未来を知ってて行動するのと、それを知らずに行動するには大きな違いがある。
 自分が誰かの人生を変えてしまう。それがより良いものであれば問題ない。だが、自分が行動したせいで、不幸な未来へ変えてしまったとしたら?
 明るい未来を自分の行動が摘みとってしまう。それがとてつもなく恐ろしい。
 そんな未来の知識などないまま、いや、いっそ前世の記憶すらないまま、「遠峰勇斗」として真っさらな人生を送っていたほうが良かったのではないか。
 ゲームで言う二周目とも言うべき今のこの状況。本来なら数年かけて培うべき知識や経験が最初からあるのだから、それによって受ける恩恵は大きい。ある意味、強くてニューゲームみたいなものだ。そのアドバンテージに酔いしれ、周りを見下し、優越感に浸ったことがないといえば嘘になる。
 だけど、そんな俺がこれから先、普通に暮らしていけるのだろうか。中身と身体のズレがいつかどこかで決定的な破綻をもたらしてしまうのではないだろうか?
 ――本当の意味で、誰かを愛していくことができるのだろうか、と。今までに何度も繰り返してきた疑問。何度もそれに対する答えを探し、出た結論はいつも同じだった。

「物心ついたとき、初めから知識として持ってたんだ。実際に知ってたことが起きるまでは半信半疑だったけどな。何でそんなこと知ってたのかなんて、俺にもわからん。自分がどうして歩けるのかとかそんなようなレベルの話だよ」

 肩を竦めて、微かに自嘲を浮かべる。
 先を知っていようがいまいが、結果はやってみなければわからない。どうせ結果などやってみないとわからないのだから、その時々で自分が一番良いと思った行動をやり通す。
 多分、何もしないで後悔するよりは、がむしゃらにでも何かやって後悔するほうがいくらか前向きな考えだと思う。
 一度こうと決めたらそれが終わるまで、ためらいや後悔は全て後回しにして、終わったあとでいくらでも反省すればいい。
 それが俺の出した結論だった。

「俺の話はこんな所だ。シグナム達が管理局と共同戦線張るって言うなら、話は俺が通す。クロノ執務官やリンディ提督は話のわかる人だから、そう悪い扱いは受けないはずだよ」
「それを断ればどうする?」

 今日、何度目かによるシグナムの詰問に俺は肩を竦める。

「どうにもできない。俺から蒐集したいってんならいつでも応じるけど、それ以外は何もできないさ。俺だって命は惜しいから、管理局にも通報しない。信用できないんだったら24時間監視付けてくれたっていいぞ」

 実際、シグナム達が管理局と敵対すると言い出したら、俺にはどうすることもできない。
 それとなくシグナム達の説得を続けるくらいで、シグナム達の目を盗んでまでどうこうしようとは思わない。
 命が惜しいのは勿論だが、相手に信用してもらおうというなら、こちらも信じてもらえるような行動を取り続けなければならないと思うからだ。
 ……もっとも、俺がそんな信用を勝ち取れるかどうかはかなり怪しいところだが。

「聞きたいことがあるんやけど」

 それまで俺の話を黙って聞いていたはやてが口を開く。じっと、俺の目を真っ向から見据えていた。

「どうぞ」
「ゆーとくんが初めて会ったときに声かけてくれたのは、私のこと知ってたから?私の境遇も、これから起こることも全部知ってて声かけたん?」

 いつになく真剣なはやての声に思わず気圧される。
 ――怒っている、のだろうか。
 だとしたら無理もない。誰だって自分のことを、本人の知らぬ間に知られていい気はしない。ましてや、これから起こることまでも知っていたというなら、嫌悪すら浮かべてもおかしくない。友達と思っていた人間が、何らかの意図や目的を持って自分に近づいてきたのだとしたら――嫌われこそすれ、好かれはしないだろう。

「あぁ、全部知ってた」

 俺は正直に答えた。後ろめたさに目を逸らしたくなるが、それをしてしまうのははやてに失礼な気がして、グッと堪える。

「あそこで出会ったのは偶然。声をかけたのは、まぁ、はやてが一人だってことを知ってたから、同情と言えばそうなのかもな」
「うん」

 はやては何の感情も見せないまま頷く。その無反応が逆に怖くて、居心地が悪い。

「……けど、そのまま仲良くなったのは、お前の境遇とか先のこと知ってたとか関係ないからな。……はやてがはやてだから友達になれたんだ。自慢じゃないが、あの時は俺に魔力あるなんて知らなかったし、先のことなんて考えてなかったからな」

 自分で言ってて何が言いたいのかわからない。なんだか妙に気恥ずかしい気になってくる。なおもじっと無言で見つめ続けてくるはやての視線に耐え切れなくなり、ついに視線を逸らしてしまう。
 逸らした目を再びはやてに向けるが、相変わらず無言のまま見つめてくるばかりだ。すぐにまた目を逸らす。
 はやてだけでなく、騎士達も何も言わず、ただじっと俺とはやての成り行きを見守っている。
 ぐっ、やりづれぇ……。と、いうかいい加減何か言ってくれ。この場合、下手な罵詈雑言より無言のほうが余計に妙なプレッシャーを感じる。

「くすっ……あはは」

 不意に、はやてが笑い出す。
 うん、確かに今の俺は傍から見たら挙動不審になってるかもしれない。が、だからと言って笑われて良い気分がするはずもない。けれども、俺が何か文句を言うのも間違いな気がして、ただ憮然とした表情を作ることしか出来ない。

「ゆーとくんは基本お人好しやもんなー」

 それだけ言ってケラケラと笑い続けるはやて。俺にどうしろと。正直言って、リアクションにも困る。
 ヴォルケンずも呆気に取られたように笑い続けるはやてに困惑していた。

「ゆーとくん」
「ん」

 不意に俺を呼ぶ声は穏やかで。どこか安心しきっているように思えた。

「今日話したことに嘘はない。全部本当だって誓える?」
「うん」

 はやての言葉に寸暇を置かずに頷く。少なくとも今日言ったことに嘘はない。まぁ、言ってないことはあるけど。

「もし、嘘だったら翠屋のメニュー全品奢りな?」
「どんとこい」
「ヴィータのハンマー百叩きも追加で」
「手加減抜きで思いっきりぶっ叩いてやる」
「それ死ぬよね。いいけど」
「シグナム」
「生まれてきたことを後悔させてやります」
「……いいけどさ」

 ヴィータもシグナムも乗り気過ぎて困る。
 大丈夫だとは判ってても、万が一そうなったときのことを考えると恐怖を禁じ得ない。死亡フラグ全開な気すらしてくる。
 自覚のないまま、顔をしかめていたらしく、はやてもシグナムもヴィータもシャマルも人の顔を見て笑っていやがる。ちくしょう。

「仕方ないから、ゆーとくんの言う事信じたげるよ」
「……そりゃ、どうも」

 その言葉は有難いのだが、くすくす笑いながらでは有難味も半減である。

「ヴィータとシグナムもお仕置きのときにはよろしくなー」
「まかせろ」
「この剣にかけて」
「なんでおまえらそんな殺る気に満ち溢れてるんだ……」

 げんなりと呟くが、俺のつぶやきは八神家にとって笑いの種にしかならなかった。

「ね、もう一つ聞きたいんやけどいい?」
「一つでも二つでも、好きなだけ聞いてくれ」

 遠慮がちなはやての声に投げやりに答える。今更俺のほうで隠すことなんてそうそう無かった。

「私のために闇の書を蒐集して、完成したら少なからず、誰かが危ない目に遭うってことになるんよね」
「……まぁ、100%安全ってことにはならんな」

 はやての言葉に不穏なものを感じ、思わず顔をしかめる。シグナムたちもそれを感じ取ったのか、さっきまで緩んでいた顔つきが厳しいものに変わっていた。

「だったら――――」
「言っとくけど、助けられる友達を見殺しにしろとか言ったら、怒るからな」

 シグナムたちも口を開きかけようとしていたみたいだが、俺の方がわずかに早かった。はやての言葉を途中で遮り、睨みつける。

「誰かが危ない目に遭うくらいなら、自分が死んでもいいとか考えるなよ。そんなのはお前の自己満足だ。残された人間のことを考えない自分勝手な考えだ。俺は絶対認めないからな」

 ふつふつと込み上げてくる怒りを胸に、言葉を叩きつけるように言い放つ。なのはもフェイトもはやても、自分のことは置いて人を優先し、どこか達観しているような節がある。
 それはそれで素晴らしいことかもしれないが、自分を蔑ろにするという考えが気に入らない。この位の年ならもっと自分を優先するべきなのだ。
 考えの押し付けかもしれないが、彼女たちはもっとわがままを言っていいし、言って欲しい。

「少なくとも俺はお前を助けたいし、その為ならちょっとやそっとの危ないことなんてなんてことない。シグナム達やなのはだって同じ考えだ」

 ――――そこまで言って、自分の口が滑ったことに気付く。
 なんか勝手に突っ走って凄く恥ずかしいことを言った気がする。

「まぁ、闇の書が完成した時、俺に出来ることは何も無いから、足引っ張らないよう安全なとこに引っ込んでるしかないんだけどさ」

 言ってることがあまりに情けなくて、格好つかくて、そのまま目を逸らす。


 僅かの間。


「ぷっ。あははっ」

 はやての笑いを契機に、他の面子まで笑い出す。

「ぬぐぅ……」

 彼女らの笑いになに一つ抗うことも出来ず、気まずさと恥ずかしさから組んだ手で顔を覆うようにして伏せる。
 やべぇ。情けなくて死にたい。

「と、ともかくだっ!今後の方針はそっちで検討してくれっ。俺の言ったことも検証して欲しいし、それでもっと良い方法が出てくるならそれに越したことはないし」
「ゆーとくん、顔真っ赤」
「……ほっといてくれ」

 結局、八神家はなんとか俺の話を信じてくれることになり、今後の対応は俺の話を元に色々検討して備えるという結論に落ち着いた。
 管理局と協力するかどうかは、対応が決まるまでは保留と言うことになった。
 守護騎士達にしても、俺の話は鵜呑みに出来ず、彼女ら自身で色々検証するつもりらしいから当然といえば当然である。
 ともあれ、なんとか無事に話が着いたことに、俺はひとまず安堵の溜息をつくのであった。





■PREVIEW NEXT EPISODE■
嘱託魔導師試験に合格したフェイトから勇斗達の元へビデオメールが届く。
奇しくもそれは守護騎士達が管理局との共闘を決意した日だった。
シグナムと共にアースラへと赴く勇斗。
クロノとリンディは驚愕と共に二人を迎えるのであった

すずか『私は応援するよ』



[9464] 第三十話 『私は応援するよ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/05 23:59
「嘱託試験ねぇ」
「受かるといいね、フェイトちゃん」
「だな」

 煎餅をかじりつつ、なのはの言葉に頷く。
 なのはの家でフェイトからのビデオメールを見終えた俺たちは、まったりと雑談していた。
 ビデオの内容は、フェイトが嘱託魔導師試験の受験を決めたこと、それに向けて勉強を頑張っているということだった。
 プレシアから新しい魔法も教わっているらしく、終始、笑顔のフェイトにこっちまで嬉しくなってくる。やっぱり女の子の笑顔は良いね。ただし、可愛い子に限る。
 フェイトからのビデオメールが届いたのは今朝。本来ならばアリサとすずか、はやても加わるはずだったのだが、アリサとすずかはお稽古。はやては通院の為、今回は俺となのは、ユーノを含めた三人だけだ。全員の都合が良い日に改めて集合し、フェイトに送るビデオメールを作成することになるだろう。

「そういえば、ゆーとくんはまだ魔法の練習再開しないの?」
「んー、まだ自由に出歩けないからなぁ」
「そっかぁ、残念」

 なのはの言う魔法の練習というのは、毎朝の早朝練習のことだ。ジュエルシードがらみで始めた魔法の練習だが、なのはは今でもその習慣を続けている。
 俺もつい最近までは続けていたが、母親から出された【移動時は保護者同伴】命令が未だに解除されないので、これ幸いにと早朝練習を休んでいた。
 前の人生でも部活に入っていたわけでもなく、バイトくらいしかしてない俺には、早朝練習はしんどすぎる。魔法の練習そのものは嫌いではないが、P.T事件中のように切迫した事態でもなく、これといった目標もないまま、朝早く起きて、練習を続けることがだんだんと辛くなり始めていた。
 自慢ではないが、基本だらけるのが大好きなダメ人間なのだ。
 それでも今まで続けてこられたのは、惰性と、なのはが続けてるのに先に自分が挫折するのはみっともないという、酷く情けく消極的な理由だった。日々の練習で確実な進歩が見られれば、また違ったのだろうが、才能皆無な俺の成長はあまりに芳しくなかった。おまけに人が半歩進んでいる間に五十歩も百歩も先を進んでいく輩がいては、やる気が失せてしまうのも仕方のないことだろうと言い訳してみる。
 一度、習慣が途切れてしまうと、なかなか再開しようという気にならないのが人の性。このペースでいくら頑張ったとしても、闇の書事件においても何かできるようなレベルになれるとも思えず、【移動時は保護者同伴】命令が解除されたとしても、毎日から週に二回くらいの頻度に減らす気満々の俺であった。実にヘタレである。

「え、と。ゆーとくんにちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」

 なのはが何やらおねだりしたそうな視線でこちらを見上げてくる。その様はまるで餌をねだるわんこだ。

「ヤダ」
「まだ何も言ってないよ!」

 言わなくてもわかるから先に断ったのだが。

「俺宛てのディスク見せろっつーんだろ」
「う……」

 じろりと一瞥すると、図星を刺されたなのはは慌てて弁解を始める。

「だ、だって、やっぱり気になるもん!別に見ても減るものじゃないんだからいいでしょっ?」

 あたふたするなのはに苦笑しつつ、思案する。なのはが言っているのは、フェイトが俺宛に送ってきたビデオメールのことだ。
 基本的にフェイトから送られてくるディスクは二種類存在する。一つは魔法のことを伏せたアリサ達にも見せられるディスク。もう一つは魔法関連の話題も収めたディスクだ。
 それが今回に限って後者が二種。一つはいつもどおり、俺となのは宛て。もう一つは俺個人に宛てられたものだ。
 前回なのは達に先んじてビデオメールを送っていたので、それに対して返したものだろう。
 なのはの言うとおり、別に見せたところで減るものではないのだが、わざわざ自分に宛ててくれたのをなのはと一緒に見るのもいかがなものかと考えてしまう。

「お手」
「……?」

 そう言って手の平を上にして差し出すと、首を傾げながらもおずおずと手を載せてくるなのは。

「たまにおまえ、凄く可愛いよね」
「え?え?え?」

 手を乗せたままきょとんとするなのはの姿に和む。俺が元の姿だったら、思わず頭を撫でているところだ。同年代の姿でやるとアレだからしないけど。

「さて、見るもの見たし帰るか」

 立ち上がろうと膝立ちになったところで、ガシッと手首を掴まれた。

「……見せないよ?」
「お手したのに?」
「別にお手したら見せるなんて言ってないし」
「……ジーッ」
「声に出してもダメだから」
「うぅ……、ゆーとくんのいじわるぅ」

 涙目で見上げる視線に、むくむくと嗜虐心が鎌首をもたげてくる。やばい。これはもっといぢめたくなる。

「ゆーと……あんまりなのはを苛めちゃダメだよ」

 さて、どうしてくれようかと思ったところで、ユーノから釘を刺された。

「いや、そう言われても、こういぢめてオーラを出されると……」
「そんなの出してないからっ!」

 この場で『いぢめてオーラ』を察知できるのは俺だけらしかった。ちっ。
 まぁ、なのはの言うとおり、別に見せても減るものではない。フェイトがわざわざ俺宛てにしたのも、俺が先に送ったビデオメールのことを内緒にして欲しいと言ったから、その辺りについて言及してあるからだろう。ネタにされるのがわかりきっているから、あまり見せたくはないが、どうしても隠し通さなければならないというほどのものでもない。これだけ頼まれると、見せてもいいかなとも思ってしまう。
 とはいえ、無条件に見せるのも何かあれだしなぁ。

「よし。なのはには貸しイチな」
「え?」

 俺の言葉に、なのはとその肩に居座るユーノが揃って気の抜けた声をあげる。

「ただで見せるのはイヤだから、今度、俺が何か頼みたいこととかあったら、無条件で何か一つ言うことを聞く。この交換条件でどうだ?」

 口の端を吊り上げ、なのはの不安を煽るようにふっふっふと、怪しい笑みを浮かべる。

「うぅ、なんだか物凄い変なこと頼まれそうだよぉ……」
「僕にはゆーとに悪魔の尻尾と羽根が生えてるように見えるよ……」
「ふふふふふふのふ」

 俺はなおさら二人の不安を煽るように笑いながら、ディスクをかざす。

「イヤなら構わんぞ。ただしこいつを見るなら諦めるんだな」
「ううぅ……」

 頭を抱えて悩むなのはは、手の平を向けて言った。

「ご、五分、考えさせて!」

 俺の言うことを一つ聞くというのはそんなにも悩む条件なのだろうか?
 そう思った自分が如何に浅はかで愚かなことをしたと思い知ったのは、わずか数分後。もっと悩むべきは俺自身だったのだ。





 メールの中身は、予想通り無事を知らせたメールを送ったことに対する礼だった。この程度の内容ならわざわざ別個にする必要はないのに、律儀な子である。感心する俺の傍らで、なにやらものすごくニヤニヤしたなのはとフェレットが、チラチラとこちらを見てくるが、そんなものは無視だ。フェレットの表情なんて読めないけどそういう雰囲気だけは伝わってくる。

『あとね、なのは達が勇斗の好きな子が誰かって聞いてきたんだけど』

 フェイトのその言葉に、ジロリとなのはを睨み付けると、なのはは乾いた笑いを浮かべて目を逸らす。
 そんなものフェイトが知ってるはずないだろうに。つーか、そんな情報を拡散すな。などと、お茶を飲みながらのんきに構えていたら、いきなりフェイトが、もじもじと顔を赤くしながらとんでもないことを言い出した。

『勇斗が私を好きだってことは絶対話さないから安心して』

 ブフゥッ!

「きたなっ」
「げふっ、げふっ、がふっ、げほっ!」

 盛大に噴き出した。おもいっきり咽た。

「だ、大丈夫?」

 あまりに咽すぎたので、見かねたなのはに背中をさすられる。

「いったい、何を……」

 とりあえずビデオを止めたが、フェイトが何のつもりで今の発言をしたのか、まるで理解出来ない。いつの間にそういう話になった?
 フェイトが冗談を言うとも思えないので、少なくともフェイトにはそういう風に思い込む何かがあったのだろう。
 それが何かを、混乱した頭で思い出そうとしたところ――――俺に向けられる二つの生暖かい視線に気付く。

「…………」

 そこには物凄い笑顔のなのはがこちらをじっと見つめていた。心なしか目が輝いてるようにすら見える。その肩に乗ったフェレットは、グッとサムズアップしていた。

「違う。これは違うんだ」

 咽たせいで涙目の俺はイヤイヤと首を振るが、そんなことでこの状況が覆せるはずもない。

「えへへー。そっか、そっか。フェイトちゃんだったんだー。そういえば勇斗くん、フェイトちゃんだけには凄く優しかったもんねー」
「だから違う!あんまり調子の乗るとほっぺた引っ張るぞ!」
「うにゃあぁ!?へもへもゆーとひゅんはおまっはひゃよー」
「どう見ても照れ隠しだよね」
「ええぃっ、やかましいっ!」
「じゃあじゃあ、ゆーとくんはフェイトちゃんのこと嫌いなの?」
「なわけあるか。好きに決まってんだろ!」

 と、反射的に答えたところで、なのはがさらにへらーとした笑みを浮かべたことに気付く。
 あれ?なんか取り返しの付かないこと口走った?

「レイジングハート、今のちゃんと録音した?」
『Of course. I'm perfect』
「おぉぉいっ!?」

 ちょ、おま!?何してんの!?

「やったね、なのは」
「うん、大成功!」

 幼女とフェレットが打ち合うシュールな図に突っ込みたくなったが、それより先に突っ込まなければいけないことがある。

「なのはのくせにそんな高度な技を!?」
「えへへー。そうそうゆーとくんにやられてばかりじゃないよ?すごいでしょー?」
「何、無邪気な笑顔で恐ろしいことしてんだ、この悪魔!」
「前に君がやってたこと真似しただけだと思うよ」
「えへへー、はやくアリサちゃんやすずかちゃんに教えてあげないと」
「待てぃっ!?」

 すちゃっと携帯を取り出し、メールを送信しようとするなのはを阻止しようと立ち上がろうとして――――緑色の光に雁字搦めにされた。

「僕に任せて!」
「ユーノ君ナイスっ!」
「てめぇぇぇぇ!ユゥゥゥノォォォッ!?」

 バタバタと丘に上がった魚のようにあがくものの、それでメール送信を阻止できるはずもなく。
 あえなく他の三人に俺がフェイトを好きだという誤報が広まってしまったのである。
 この手の話題はムキになればなる程、相手が喜ぶという事実を、動転した俺はすっかり忘れ去ってしまっていた。
 フェイトが勘違いした理由と、なのはに対して一つだけ命令できる権利があったことを思い出したのは、しばらくしてからだった。
 人間、動転するとまともに思考が働かないものだね。



「ふっふっふー、そーか、そーか、あんたがフェイトのことをねー」
「フェイトちゃんはゆーとくん好みの大人しくて可愛い子やもんなー」
「ゆーとくん、私は応援するよ。頑張って!」

 後日、今まで見たこと無いほど生き生きとしたお子様達を前に、俺は深く深く息をついた。
 こいつら相手に誤解解くの無理。俺は即座に釈明を放棄した。
 何もかもが面倒になった俺は、お子様連中の話を適当に聞き流し、フェイトの誤解をどうやって解くべきか頭を悩ませるのだった。
 えぇ、同じ日に届いてたシャマルからのメールなんて二の次にしてしまうほどに。





「まったく、君から話があるときはいつも厄介ごとばかりだな」
「本当に……流石にこの展開は予想できなかったわねぇ」

 俺の話を一通り聞き終えたクロノとリンディさんは共に呆れが混じった苦笑を零す。
 そしてマジマジと俺の隣にいる――長く、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした女性――変身魔法を使っているシグナムへと視線を移す。
 ここはアースラ内にある一室。俺はクロノにロストロギアの話があるということで、アースラへの乗船許可を申請した。
 以前のフェイトの件もあって、クロノは俺の話を無下にすることなく、話し合いの場を設けてくれた。もっとも、待ち合わせの場に事前の連絡無く、変身魔法を使って変装したシグナムを連れてきたことには当然のようの難色を示す。だが、それもロストロギアの関係者だということ、そして、そのロストロギアが闇の書と告げたことで、なんとか説得し、この状況へ持っていったわけだ。

 シグナム達が出した結論は、俺が希望したとおり、管理局と協力して闇の書の防衛プログラムを破壊すること。
 もっとも、それには条件付きで、俺を仲介とし、シグナムが管理局の人間――この場合はリンディさんとクロノが信頼に足る人物かどうかを見極めることだった。
 シグナムが信頼に値しない人物だと判断すれば、管理局との協力はなし。そうなればクロノたちもシグナムをただで帰すわけにはいかないだろうし、荒事になるのは想像に難くない。その場合、俺がどうなるのかは想像したくもない。
 俺と同行するのがシグナム一人だったり、変身魔法を使っているのは、そうなった場合を想定してのことだろうか。管理局と協力しない場合、彼女たちがどうするのかは、聞いても教えてくれなかった。この辺り、俺もまだ完全には信用されていないことが窺い知れる。当たり前といえば当たり前だが。

「是非とも、闇の書の騎士としての見解を聞きたいな」

 余談だが、シグナムが闇の書の騎士とは説明してない。まぁ、闇の書の関係者と言えば、守護騎士か主のほぼ二択になるので推測は難しくないだろうが。

「正直なところを言えば、我らも半信半疑ではあります。ですが、彼の話に否定し難い一面があるのも事実。実際、我らには闇の書完成後の主に関する記憶がほとんどありません。夜天の書、という名にも覚えはありませんが、名状しがたい何かを感じています」
「なるほど……ね。それにしてもよく彼の話でこちらと協力体制を取る気になったわね。彼の言うことに、嘘偽りがあった場合にはどうするつもりなの?」
「無論、生まれてきたことを後悔するほどの苦痛と恐怖を与えます」

 うわぃ。即答だい。前にも同じようなことを言われた気がするが、聞かされる側としては全然嬉しくない話だ。そんな思いが顔に出ていたのか、リンディさんとクロノは小さく笑みを零し、

「その時はこちらも協力しよう」
「よろしくお願いします」

 などと、のたまいやがった。俺としては憮然とするばかりである。

「彼の話を信じた根拠としては、現時点でわかる限りの情報は全て真実であること。また、我らを騙したところで、彼自身には何の利点もないということでしょうか。我らに害為すつもりならば、我らの出現前に闇の書と主を押さえることが出来たのですから」
「突拍子もなく、確たる証拠もない。その割に現時点で得られる情報はすべて事実で、君には調べようのないものばかり。本当に君の情報は扱いに困るな。大体、君、前は予知能力みたいな力だって言ってなかったか?」
「いやぁ、あの時はどう説明したものか散々迷っててさぁ。最初から知識があるって言っても信憑性ないから予知能力ってことにしたんだよ」

 ジロリと睨むクロノに肩を竦めて弁解するが、

「予知能力もたいして変わるもんじゃない」
「ごもっとも」

 返す言葉もなかった。

 それから、シグナムとリンディさん、クロノの間で情報交換を交えて、協議が行われる。
 具体的には闇の書の蒐集方法と、その間の騎士達と主の処遇について。
 現段階では、シグナムは自分が闇の書の騎士であること以外は伏せ、主――つまりはやてのことにはまだ何も言及しておらず、クロノ達もあえて言及していない。闇の書の蒐集についても、管理局主導だからといって簡単にできる問題でもないし、アースラが闇の書担当になると決まったわけでもない。闇の書の防衛プログラムを消滅させるためのアルカンシェルも、容易に装備できる武装でなく、話し合うべきことは山ほどある。それらが互いに納得いくように練られるまではそのことを切り出す気はないのだろう。その辺りに関して俺が口出しできることはない。話さえ詰めていけば、必然的にはやて自身のことに言及することになるのだから。
 今のところははやて本人の素情には触れず、闇の書の主という呼称で話を通していた。
 そんなこんなで話し合いは5時間以上も経過し、詰めの部分へと入っていた。

「最終的には、今の闇の書の主に全てが掛かっているわけか」

 ぽつりとクロノが呟く。そう、闇の書の呪いを断ち切る鍵は、はやてが握っているのだ。
 闇の書の蒐集を行うのは確定事項だ。年内に闇の書を完成させなければはやての命は保たない。管理局としても、今のはやてはロストロギアによる被害者でしか無く、保護対象なのだ。闇の書だけ取り上げて済む問題ではない。どのみち、はやてが死んでしまえば闇の書の転生機能が働き、何処かへと転移してしまうのだから。
 だが、たとえ闇の書が完成してもはやてが闇の書に取り込まれ、暴走してしまえば、結局は同じことの繰り返しだ。せいぜいアルカンシェルを使うか否かの差しか無い。

「本人はやる気満々だったがなぁ」

 俺の話を聞いた時から、色々決意したようで無駄に活力溢れていた。実際、魔法について鋭意勉強中で、幼いながらもどこか達観してた今までのはやてとは何かが変わっていた。諦めていた自分の命に希望が見えたから――――ではない。
 今の家族と過ごす大切な時間が、自分が思っていたよりずっと先の未来へと続いていける。それを自分の手で為すことができる。そんな想いがはやてに力を与えているのではないかと思えた。

「だけど、やる気だけでどうにかなるものでもないわ。万が一、今の主さんが闇の書の暴走を止められなかった場合も想定して、何らかの対策は用意しないと」
「……遺憾ながら、我が主も同じ意見です」

 リンディさんの言葉に首肯するするシグナムがこちらに視線を向け、それを受けて、以前に彼女たちへ話した方法を再度繰り返す。

「暴走間際を狙った凍結魔法による永久封印」
「なるほど……確かにそれならば、一時的にとはいえ、闇の書を封印を出来る可能性はあるが……」
「所詮は一時しのぎで、根本的な解決にはならないわね」
「その間に、はやてを救う方法が見つかれば御の字ってとこでしょうけどもね……」

 正直、それは難しいだろう。実際、グレアム提督が何年も闇の書を調べ、その果てに出したのが凍結魔法による永久封印だ。少なくとも、あと半年やそこらでより良い方法が見つかる可能性は低い。

「主も自分が闇の書の管理権限を取り戻せなかったときは、そうされることを望んでいます」

 苦虫を噛み潰したようなシグナムの表情から、それが苦渋の決断であることは容易に見て取れた。闇の書の呪いやアルカンシェルで蒸発させられるよりはわずかにマシなだけで、はやての刻が奪われることに変わりはない。たとえ、長い時間の果てに闇の書から解き放たれても、守護騎士以外の友人――俺やなのは達とは異なる時間を過ごすことになってしまう。出会って間もないとはいえ、そうなった時に味わう苦しみや孤独は、筆舌に尽くしがたい。俺とて曲がりなりにも同じような状況に陥ったのだから。
 脳裏をかすめた笑顔を頭の片隅に追いやりながら、場の暗い雰囲気を変えるべく、俺は口を開いた。

「ま、それもこれもあいつが上手くやれば杞憂に終わるんだけどな。なんとでもなるさ」
「気楽に言ってくれるな」
「気負ったところで事態が好転するわけでもない。備えは必要だけど、何もかも万端の備えなんてそうそうできるわけじゃない。手持ちの札を揃えたら、あとはドーンと構えてりゃいいさ。あれこれ考えすぎてたら、禿げるぞ」
「君は楽観過ぎだ」
「ふふっ、でも勇斗くんの言うことにも一理あるわね。それに闇の書についての情報がこれだけ揃って、守護騎士達までもこちらに協力してくれるんだもの。事前の備えとしては、これだけでも十分すぎるわ」

 もちろん、情報の裏づけは必要だけども、とリンディさんは付け足す。
 おそらくこれから無限書庫漁りが行われるんだろうけど、その辺りのことは俺の管轄外だ。ユーノが駆り出されるかどうかは知らんけど。
 いや、むしろここは俺からユーノのことを密告して扱き使うよう申請しよう。この間の恨み、はらさでおくべきか。

「もう一つ確認しときたいんだが」
「ん?」

 腕を組んだクロノが視線を俺に向ける。何時に無く鋭い視線にわずかながらも怯みつつ、その言葉の先を待つ。

「君の話だとなのはとフェイトを巻き込むことが前提だが、本気か?たしかに闇の書の完成までにはフェイトの裁判も終わってるだろうが」

 クロノの言いたいことはわかる。ジュエルシードのときや、A'sと違い、今回はなのはもフェイトもこの件に関わる必要はない。
 闇の書の防衛プログラムが現れるのは海鳴ではなく、無人惑星。はやてさえ、管理権限を取り戻せば、後はアルカンシェルだけで片が着く。
 シグナム達が蒐集されなければ、戦力的にもなのはたちを巻き込む必要は無い。

「あぁ、まぁ、クロノと守護騎士のみんなでも大丈夫だろうけどな。備えがあるに越したことは無いし」

 俺とて闇の書の全てを知っているわけではない。俺の知らない何かが起きる可能性もゼロではないのだ。あの二人がいてくれたほうが心強い。無関係な二人をわざわざ危ない目に遭わすのは心苦しくもあるが、そこで躊躇し、救えるはずの友達を失うほうがもっと苦しい。
 それに、二人とももうはやての友達になっているのだ。話をすれば、自分から協力を申し出てくるに違いない。こっちが嫌だって言っても、だ。
 その様子が手に取るように想像でき、思わず苦笑が漏れる。あいつらが友達の危機にじっとしていられるはずないのだ。

「事情を話せばきっと自分達から手伝うって言うだろうさ」
「……確かにあの子らの性格ならそうだろうが。まぁ、本人達から協力を申し出るのなら、僕から言うことはない。こちらとしても、手札が増えることに異論は無いからね。それに……」

 人の事を言えた義理でもないしな、と小さくクロノは呟く。

「ん。あ、でもあの二人には当分黙っててくれないかな。この話をするときは、俺の口から話したい」
「この計画の発案者は君だ。好きにすればいい」
「さんきゅ」

 責任とも言えない、ただの自己満足。おそらくクロノもそれを察してくれたような気がするが、あえて俺の好きなようにやらせてくれたことに感謝した。
 そして最終的には以下のような条件で話が決まった。

 闇の書の蒐集は管理局の監視下の元、管理局指定の野生動物、もしくは任意の協力者から行うこと。
 シグナム達が管理局を信用し、自分達から主の素性を明かすまで、管理局側は主の調査をせず、守護騎士たちにも干渉しない。
 闇の書の主――はやてに関しては、シグナム達から素性を明かされ次第、管理局による検査を受け、闇の書の頁が400頁、つまり管制人格が起動するまでは従来通りの生活を行う。管制人格起動後は、闇の書ともどもアースラの保護下に置く。
 闇の書は、完成までの間、管理局の預かりとし、アースラにて保存する。
 闇の書の完成は無人惑星にて行う。

 他にも色々あるが、大雑把に言えばこんなところだ。
 蒐集の開始時期に関してはアースラ側の準備や根回し、上層部の説得など色々ある為、すぐに、というわけにはいかないらしいが。
 そして最後の蒐集は俺から。蒐集された場合、数日間はまともに魔法が使えなくなる。常時人手不足にある管理局の人間から収集することはできないし、作戦の内容からして、公に蒐集する人間を募るわけにもいかない。その上、アルカンシェル使用のことを考えれば、闇の書完成時、周囲に生き物がいない状況が望ましい。そういった状況を作り出す為にも、自由に大量の頁を蒐集でき、戦闘ができなくても差し支えないのは俺くらいのものだ。多少、ページのロスがあっても、より確実な状況を作り出すことを優先したのだ。
 余談ではあるが、シグナム曰く、俺から蒐集した場合、一人で100ページは下らないとの推測だった。
 なのはでさえ、16だか30くらいだったっけ?少なくとも40は超えてなかった気がするから、それを考えると冗談みたいな数値である。

「出鱈目だな」
「おまえ、本当に人間か」
「魔導の才能は欠片もないのに」
「非常識にも限度がある」
「さすが、人間補給装置や」

 などと、八神家からは散々なコメントも貰った。はっはっは。
 そんなことはさておき、あれだ。シグナムにしろ、クロノ達にしろ、俺の言うことが真実だという前提で話を進めているのが恐ろしく意外だった。

「フェイトの件もある。君の情報の正確さは前回に実証済みだ。それに彼女の言った通り、僕らを騙したところで君にメリットはないからな。無論、こちらでも裏付けは取らせてもらうが」
「ここまで来てお前の話を疑うようなら最初から別の手段を取っている」

 さようですか。でもさ、なんでこんなすんなり話進んでるの?お互いの譲歩具合が普通じゃ考えられないくらい凄くて、聞いてるこっちが不安になってくるんだが。

「守護騎士自ら交渉に来ることなんて、今までに前例がないことですもの。折角のチャンス、急いてことを仕損じるよりも、慎重かつ確実にことを進めたいのよ。私個人としても。あなたの言うとおり、闇の書の呪いをここで断ち切れるのなら、この程度の譲歩、なんてことないわよ」
「上の説得や、根回しに関しては、多大な労力が必要だがな」
「すまん、苦労をかける」

 俺としても、法的に見たらかなり無茶なことを頼んでいるのは理解できるため、素直に頭を下げるしかない。出来る限りの協力は惜しまないつもりだが、いかんせん俺個人ができることなどスズメの涙ほどもない。飯くらいは奢ってやりたいところだが、小学生の俺ではそれすらもできない。つくづく小学生ってのはこういうとこで不自由だと実感する。

「別に君が謝る必要はないよ。これは執務官として当然の責務だ。むしろ君には感謝しなければいけないんだろうな。君がいなければこうして彼女との交渉のテーブルに付くことも無かったんだ」
「うむうむ。これからは思う存分、俺のことを崇め奉るが良いぞ」
「調子に乗るな」

 えへんと胸を張ったら軽く一蹴された。クロノの目に割と本気の色を感じた俺は、とりあえず肩を竦め、その視線をシグナムへと移す。

「リンディ提督やクロノ執務官が出された条件は、過去の我らの行いを鑑みれば過ぎた厚遇とすら言える。ならば、こちらも相応の礼儀を見せねばならんだろう。主の意向もあるしな」

 なるほどと、首肯する。まぁ、はやての性格を考えれば、自分から管理局に身柄を預けようとしても不思議ではない。この条件ならお互いに許容範囲内らしい。

「ま、とりあえずは一安心、かな?」
「大変なのはこれからだがな」
「頑張れー」

 心を込めて応援したら三方から睨まれた。

「や、どーせ、俺はもう最後蒐集される以外、何もできないしさ。戦力的にも役に立たんし」

 その俺の言葉にしばし、沈黙を保っていた三人だったが、やがてゆっくりとシグナムが口を開く。

「ならば、お前にはわれらが稽古を付けてやろう。多少なりとも実力の底上げをしておくにこしたことはないだろう」
「え」
「あら、それはいいアイディアね」
「うん、君は近接タイプだからな。ベルカの騎士直々に教われるのはいい勉強になるはずだ。みっちり鍛えてもらうと良い」
「え」
「遠慮する必要はないぞ。主に教えるついでだ」
「いや、謹んで遠」
「なのはもフェイトも日々、練習してるのに君だけサボるつもりか?別に強制するつもりはないが、一人だけ何もしないとは良い身分だな」
「…………」

 ……なんでこんなことに?
 話し合いが上手くいったのはいいが、どうしてこうなった?
 予想だにしない成り行きに俺は一人頭を抱え、他の三人の笑いを買っていた。






■PREVIEW NEXT EPISODE■
とある休日。
勇斗はさっそくヴィータとシグナムの二人に稽古をつけてもらうことになる。
二人との稽古で勇斗は何を思うのか。

勇斗『遠峯勇斗、行くぜぇっ!』




[9464] 第三十一話 『遠峯勇斗、行くぜぇっ!』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/06 00:04

 週末の土曜日。以前、シグナムが言い出した守護騎士によるいじめ、もとい、俺の稽古が行われていた。

「死ぬ死ぬ死ぬっ!」

 迫りくる鉄塊をしゃがみ込むことでギリギリ避ける。
 頭上の僅か数センチ上をヴィータのデバイスことグラーフアイゼンが通過する。

「安心しろ、お前の防御でも防げる程度にしか力込めてねーから。おまえでもちゃんと受け止められる」

 と、片手でハンマーことグラーフアイゼンを軽々と振り回すヴィータだが、怖いものは怖い。
 ブンッと唸りを上げて旋回するハンマーが今度は頭上から振り降ろされる。

「無理っ!」

 横っ飛びで大きく距離を取る。
 ハンマーを叩きつけられた地面が、サッカーボール大ほどの穴を開ける。
 いやいや、あんなの受け止めたら俺の腕、砕けるって!

「動きに無駄が多すぎだ。かわすならもっと小さな動きでかわせ。あと目をつぶるな」
「素人に無茶言うなっ!鉄塊が迫るだけで怖いんだよっ!?うひゃらおうっ!?」

 叫んでいる間に一発、二発と飛来するゲートボール、もとい鉄球。
 大分速度は遅めに調整してあるんだろうが、それでも怖いものは怖い。
 こっちは大げさに体を逸らしたり、飛んだり跳ねたりしながら必死に回避する。

「言っとくけど、一度かわしたらそれで終わりじゃねーぞ。魔導戦は相手だけじゃなく全周囲に気を配っとけ」
「は?ぶぅっ!?」

 背後から衝撃。一人が体当たりしてきたような衝撃に、前のめりに地面に叩きつけられる。

「ちゃんと受身取らねーと痛いぞ」
「…………はい」

 言葉通りヴィータはちゃんと手加減してくれるようで、大したダメージはない。
 何をどうあがいても勝てる道理はないのだが、このままヤラレっぱなしというのも格好がつかない。

「……ふんっ!」

 せめて一撃くらいは浴びせようと、手を付いて跳ね起きる。
 
 右足を距離を取るため後ろに置き、軸足の回転に合わせて、ヴィータ目がけて打ち出す。
 が、いくら力の差があるとはいえ、ヴィータの容姿は幼女。一瞬だけ心のブレーキがかかり、初動が遅れる。

「遅い」

 全力の前蹴りは、わずかにヴィータが体を逸らすだけであっさりと避けられる。
 そしてヴィータが気怠げに振るったグラーフアイゼンが俺の体めがけて飛んでくる。
 とっさに左腕でガード!したまでは良かったのだが、

「うおぅっ!?」

 ガードした腕ごと体をふっ飛ばされた。
 数メートルほどゴロゴロと転がり込んでようやく停止する俺の体。左腕が思いっきり痺れた。

「無理ゲーすぎるだろ、これ……」

 さっきからヴィータは片腕しか使ってない。
 何をどうやっても一撃を当てるヴィジョンすら浮かんでこねーぞ、これ。

「動きが素直すぎるんだよ。何を狙ってるかバレバレだ。っていうか、それ以前にお前、一瞬攻撃を躊躇ったろ」
「……いやぁ、さすがに幼女相手だとどうしても良心が痛んで」

 相手の実力とか関係なしに躊躇するのは人の性質だと思うのですよ。

「ゆーとくんが良……心?」

 黙れ、そこの幼女。はやてには心のなかでだけ突っ込みを入れてスルー。
 仰向けに転がった状態からもそもそと起き上がる。

「お前があたしに遠慮なんて100年はえーよ。こう見えてもおまえなんかよりずっと長く生きてるんだ。もっと全力でぶつかって来い」

 ビシッとグラーフアイゼンを突きつけるヴィータ。
 幼女とはいえ、その実力故かその様は中々堂に入っている。なんとなく俺も同じように指を突きつけ、言ってみた。

「つまりロリババァ!」
「いっぺん死んどけ、コラァッ!」

 言うまでもなく、俺はヴィータにボコボコにされた。



「うぅ……痛いよぉ、痛いよぉ」

 シャマル先生の回復魔法を受けながら、痛みに喘ぐ俺。ちゃんと手加減はされてても痛いものは痛かった。

「今のはゆーとくんが悪い」
「ゆーとくんが悪いですね」
「自業自得だ」
「おまえが悪い」

 はやてに続き、シャマル先生、シグナム、ザフィーラとフルボッコの嵐だった。

「すんませんでした……」

 つい、勢いに任せて口走ったことはいえ、弁解の余地はまるでなかったので、土下座にて許しを請う。

「ふん」

 案の定、取り付く島もなかった。ヴィータは軽く鼻を鳴らすが、こちらを見向きもしない。

「このお詫びは翠屋のシュークリームにてどうか一つ」
「……ちゃんと、はやての分も買っとけよ」
「イエッサー」

 ジロリと横目で睨めつけられながら、へへーと、地べたに頭を擦り付けながら謝罪する俺。
 今月の小遣いがマッハでピンチである。

「さて、一休みしたら今度は私が相手をしよう。ヴィータよりはお前もやりやすいだろう」
「……うぇい」

 シグナムの言葉に生返事を返すものの、ヴィータとはまた別の意味でやりづらい。
 とんでもなく美人な上に、スタイル抜群。正直、直視するのが辛いくらい綺麗なのだ。あと、どうしてもその胸に目が行ってしまう。
 なんてことを口走ったら色んな意味で人生が終わるので流石に口に出さない。
 あいつも十分でかかったけど、シグナムはさらにその上を行く。さすがにおっぱい魔神の異名は伊達じゃない。
 いつかあれに顔を埋めてみたいが、未来永劫叶わぬ夢だろう。
 訓練のどさくさに紛れれば……と思わないでもないが、さすがにそこまでする勇気はない。実にチキンな俺である。



「…………とりあえずレヴァンティン使うのはやめませんか」
「心配いらん。ちゃんと切れないように魔力でコーティングしてある。せいぜい木刀で軽くこづかれた程度にしか感じないだろう」

 と言われてましても、まず刃物は視覚的によろしくないのですよ。普通にこえぇ。

「ゆーとくん、腰引けとるよー」
「うるせー!こっちは刃物怖いんだから仕方ないだろっ!」

 自分ではそんなつもりはないのだが、傍から見ると思いっきり腰が引けてるらしい。
 口に出していったとおり、刃物怖いから仕方ない。シミュレーションで向けられるのと、実際に向き合うのではまた恐怖の度合いが違うのだ。
 素手で刃物相手とか心理的に超無理ゲーなんですけど。レバ剣超こえぇ。

「……一応、実戦はくぐり抜けたと聞いているが」
「あんときはマジギレしてて、テンションおかしかったからな……一回だけだし」

 シグナムは時の庭園でのことを言っているのだろうが、あれをカウントしていいのかどうかは個人的に疑問だ。
 デバイスもなしにいきなり時の庭園に突っ込むとか、冷静になって考えると色々有り得ねぇ。
 ブレイカーのある今でも、同じことが出来るかというとかなりの疑問だ。二度とやりたくないぞ、あんなん。
 テンション振り切った時の俺の行動は色々おかしい。

「マジキレ?ゆーとくんが……?」
「……なんだ、その目は」

 ボソリと呟いたはやてが、心底意外そうな顔でこちらを見ていた。

「いや、ゆーとくんでもマジキレすることがあるんやなー、と」
「……若気の至りだ」
「いや、今も十分若いやん」

 はやての突っ込みを聞き流しつつ、心の中でため息をつく。
 あの時のことは思い出すと恥ずかしいのであまり突っ込まれたくない。勢いに任せるとロクなことをしないのが俺の悪い癖だ。

「やれやれ、どうやらお前は刃物に慣れることから始めないといけないようだな」
「やー、慣れても無駄な気はするんだよなぁ。何をどうやってもおまえらレベルに辿りつける気しないし……才能ないからなぁ」

 適性が無いのは管理局のお済み付きだし。闇の書戦では、魔力吸われて終わりだし。
 魔法は使い続けたいけど、管理局に入る気は無いから、ぶっちゃけ俺が強くなる必要性感じないし。
 ジュエルシードの時はなのはだけに戦わせるのに抵抗があったが、今回は上手くいけば、なのはもフェイトも上手く戦わずに済む可能性もある。
 はやてとリインフォースが防衛プログラムを切り離せば、アルカンシェルでドカンで終わるし。
 なんだかんだで前ほどの緊迫感がないのだ。何かあれば前みたいに力ないのを悔やんだりするんだろうけど……。
 あれだ。普段はまったく勉強するつもりもないくせに、テスト直前になって、なんで普段から勉強しなかったんだって後悔するようなものだ。
 後悔したところで、テストが終われば結局教訓を生かさずに今まで通りっていうダメパターン。

「……おまえのその桁外れの魔力は十分才能の一つだと思うがな」
「元があっても、他の資質が皆無って言われてるしなぁ。まぁ、やるだけやってみるけど」

 と、口に出してから自分の失態に気付く。経緯はどうあれ、人に付き合ってもらってこんな愚痴々言ってるのは非常に礼節を欠く行為だった。

「すまん、言い訳がましかった」

 軽く頭を下げてから、パンと頬を叩いて気を入れ直す。思ってても、わざわざ口に出して言うことでなかった。
 うん、やるからにはちゃんとやんなきゃ駄目だな。

「お願いします」

 改めてシグナムに向き直って、拳を構える。今はやるだけやっておこう。

「……よくわからんな、おまえは」

 シグナムに珍獣を見るような目をされた。

「放っとけ」

 スウッと息を吸って、吐き出す。まずは一撃でも当てることを目標に……。

「遠峯勇斗、行くぜぇっ!」

 地を蹴って、後ろに引いた拳を突き出す。
 当然のようにするりと身をさばいたシグナムにかわされ、横薙ぎの一閃が脇腹へと突き刺さる。

「がふっ!」
「不用意に跳ぶな。空中で身動きが取れない分だけ、おまえは敵に無防備を晒すことになる」

 横薙ぎの一撃をまともに喰らった俺は、ゴロゴロと転がりつつもなんとか起き上がり、自らの脇腹へと視線を向ける。
 ズキズキと痛みはあるが、衣服を始め、確かにに切られてない。シグナムの言うとおり、切るというよりは棒で殴られたような衝撃だった。
 とはいえ視覚がまんま刃物なので、やられる側としては非常に心臓に悪い。
 シグナムは右手に剣を下げたまま追撃してこない。
 どうする?迂闊に攻めればまたさっきの二の舞だ。かと言って、俺がシグナムの隙を見つけることなんてできるはずもない。どうすればいいんだ、これ。早くも詰んだ気がする。

「こないのなら……こちらから行くぞ!」
「おおっ!?」

 下から切り上げるように迫る白刃。思わず片目を瞑りながらも、後方に飛んで交わす。
 すかさず返すように振り下ろされる一撃。反射的に上げた両腕でガード。なんとか止めた、次は……っ。

「腹ががら空きだ」
「うっ……」

 下を見れば、シグナムの爪先が俺の体に当たるギリギリで止まっていた。

「一撃を止めたところで気を抜くな。剣士の攻撃が剣だけのものとは限らないのだからな」
「……了解」

 もっとも、そんなん言われただけで実行に出来れば苦労はないのだが。

「さて、今度は好きなだけ打ち込んでこい。私から反撃は一切しない。まずは一撃でも当ててみろ」

 そう言って、シグナムは先程同様、片手に剣を下げた状態で手招きをする。
 と、言われても。まったく当てられる気がしないのだが。

「まぁ、やるだけやってみるか……」

 今の俺が隙を見出そうとするだけ無駄だ。ならば、何も考えず突撃あるのみ。




 そして結論。

「ゼェ……ゼェ……どー考えても無理!」
「諦め早いなー」

 十分後、体力を使い果たした俺はあえなく地面に転がっていた。
 茶化してくるはやてだが、見てるだけのお前には言われたくないぞ。

「う……る、せぇ……」

 無理なもんは無理だ。元々俺は体育の成績も並で運動が特別得意でもないのだ。
 何をどうしたってシグナムに当てられる道理があるわけねー。

「ヴィータも言っていただろう。動きに無駄が大きすぎる。がむしゃらに動くのではなく、まず相手の動きをよく見てそれに合わせて動け」
「こ、こちとら魔力がでかいだけの……普通の、小学生、だ。んな、簡単に……出来る、か」
「流石にすぐに出来るとは思ってない。おまえのペースでゆっくりやれば良い。稽古をつけると言い出したのは私だからな。おまえがやるというなら時間の許す限り付き合おう」

 私服に戻ったシグナムがこちらを見下ろしながら、有難いお言葉をかけてくれる。くっ、この角度ではスカートの中が見えない!あ、でもこの角度でも胸の大きさはよくわかる。すげーな、本当。
 それはさておき、嬉しいような、嬉しくないような実に複雑なお言葉である。
 痛いのも疲れるのも嫌だが、シグナムのような美人にそう言われるのは悪くない気分だ。内容が色気もへったくれもない戦闘訓練だというのは置いといて。

「ひょっとしてシグナムがそう言うってことは、もしかして俺って格闘のほうの才能あったりする?」

 微かな希望を抱いて聞いてみた。

「ないな」
「ねーよ」
「ないですね」
「ないな」

 守護騎士全員で完璧にハモりやがった。
 しかも全員馬鹿にしてるわけでもなく、ただ淡々と事実を述べてるって感じなのが泣けるね、ちくしょう!

「…………ですよね」

 知ってた。言ってみただけだよ。

「大丈夫、別に戦えなくても、ゆーとくんにはいいとこ一杯あるよ」
「いや、そこで慰めとか同情いらないから」

 本気で言ってるのが余計惨めになるわ。

「強くなるのに一番重要なのは才能ではない。努力をしても必ず報われるものではないが、才能があってもそれを磨く努力をしなければ伸びしろはたかが知れている。もし、お前が本当に力を必要とするのなら、大切なものは何か、自分でよく考えることだな」
「…………」

 シグナムのご高説はもっともなのだが、あいにくと俺が戦うための力を必要とするかどうかはかなり微妙なところだ。
 才能がないと言われているものをあえて頑張る理由も必要性も、今のところは皆無だった。

「……今日のところは、この辺にしておこう。この稽古、今後も続ける気はあるか?」
「んー」

 中々難しい所だ。強くなりたいかどうかで言えばなりたい。
 こうして魔力を全開にして体を動かすのも楽しいといえば楽しい。
 だが、必死になって頑張るほどのことでもないというのが正直なとこなのだ。

「……シグナム達さえ良ければ週一で付き合ってもらっていいか?」

 考えた末に出した言葉は、酷く当たり障りのないものだった。

「あぁ、構わん。おまえがそれで良いのならな」

 シグナムは特に文句をいう事もなく頷いた。
 ……その目に僅かだか失望の色が浮かんだ気もする。
 が、だからといってそれを払拭する為に何かしようとするほどの気概も湧いてこない。
 所詮、俺は魔力がでかいだけのインドア派の一般人なのだと自分に言い聞かせて。








「おにーちゃーん!」

 管理局本局のベンチに座り、ぼんやりと午前中の出来事を思い返していると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 顔を上げれば、ほぼ一か月ぶりに見かけるナカジマ姉妹とクイントさんの姿があった。
 前に約束した通り、またギンガと遊ぶために本局を訪れたのだ。

「よぅ、元気にしてたか」

 駆け寄ってくるギンガに手を挙げて答えると、嬉しそうに頷き、

「うん、元気だよ!おにーちゃんも元気にしてた?」
「おう、元気だぞ」

 そしてスバルは相変わらずクイントさんの後ろでオドオドとこちらを覗き込んでいた。

「スバルも元気かー?」

 ヒラヒラと手を振ったら、ビクッと怯えられた。ちょっと凹む。

「もー、スバルったらしょうがないわねー。ごめんね、ゆーとくん、この子人見知りするから」
「いや、まぁ、いいですけどね」

 自分が子供に好かれやすいとは思ってないし。

「あはは。お詫びというわけじゃないけど、ちゃんと約束のものは持ってきたわよ」

 そう言ってウインクしながら、ローラブーツを掲げるクイントさん。

「おおっ!」

 今回の訪問に当たって、前もってシューティングアーツとローラブーツを教えて欲しいと頼んでおいたのだ。
 正直シューティングアーツのほうはおまけ程度なのだが、あのローラブーツは一度使ってみたかった。
 未知の体験に、心が弾む。

「おにーちゃんには私が一からしっかり教えて上げるね」
「ん、よろしく頼むよ。ギンガ先生」

 俺の手を取って胸を張るギンガに思わず頬が綻ぶ。あぁ、もうこいつは可愛いなぁ。
 フェイトやなのはとはまた違った可愛さを持つギンガは思いっきり甘やかして愛でたくなる。
 フェイト達も十分妹的な存在だが、ギンガは純粋(?)に妹として扱いたい貴重な存在だ。

「うん!ビシバシ行くからね!」

 こうして、ギンガとクイントさんによるシューティングアーツ体験講座が始まったのだが。

「うおおおおおっ!?」

 ローラーブーツが作動し、下半身だけがもの凄い勢いで前進し、取り残された上半身が引っ張られるようについていく。

「おにーちゃん、魔力強すぎ!強すぎ!」
「どわぁぁっ!?」

 必然的に体のバランスが崩れ、後頭部から落下する。

「おおおお~~~~~~っ!?

 いてぇ!咄嗟に圧縮魔力でガードしたけど後頭部からモロに落下は痛い!

「だ、大丈夫、ゆーとくん?」
「は、はい。なんとか……」

 心配そうに駆け寄ってきたクイントさんになんとか頷き返す。

「おにーちゃん、涙出てるよ……」
「……うん、大丈夫だけど痛かった」

 ギンガは可哀想な子を見るような目で見つめ、スバルは遠くからハラハラとした顔をしていた。

「だめだよー、いきなりあんな風に魔力全開にしたら。初めははもっとゆっくり小さく魔力を注いでいかななきゃ」

 指を立ててしたり顔で言うギンガ。

「いや、俺としては針の穴に糸を通すようなつもりでゆっくり注いだつもりなんだけど……」

 いくら俺でもいきなり魔力全開でローラーブーツを発動させたりなんかしない。
 リミッターもかかってるし、以前アースラのデバイスをぶっ壊した前科も踏まえて、細心の注意を払って魔力を注ぎこんだ……はずなのだが。

「……あれで?本当に?」
「…………うん」

 ギンガの驚いたような呆れたような視線に気まずく頷く。その隣ではクイントさんがアラアラと苦笑していた。

「おにーちゃん」
「はい」

 腰に手を当ててたギンガが、やれやれといった感じで小さくため息をつく。
 おかしい。いつの間にか立場が逆転しているぞ。

「魔力はもっと、もーっと小さくしないとダメだよ。おにーちゃんの大雑把で大きすぎるよ。ローラーブーツはでりけーとなんだからねっ!」
「……はい」

 ギンガの言葉にただ頷くことしかできない。あとクイントさん楽しそうにクスクス笑わないでください。
 スバルはスバルで何かギンガを尊敬の眼差しで見てるし。なんだ、これ。

「じゃ、おにーちゃん、もっかい最初っからやってみようか」
「あいよ」

 転ばないように、バランスを取りながら慎重に立ち上がる。
 できる限り小さくして魔力を注ぎ込む。

「お」

 ほんの少しだけ、ローラーが回りだす。

「うん。その調子。そのままの出力で動いてみて」
「了解」

 ギンガの言うとおり、体のバランスを上手く取りながら出力を維持する。
 トロトロと亀の如きスピードながら、俺の体は少しずつ前進していく。

「そうそう、その調子♪」

 ギンガが手本を見せるように俺の前へと回りこんでくる。
 その動きに淀みは無く、ローラーブーツの制御を完全にモノにしているようだ。
 うぅ、俺も早くあのくらい動けるようになりたい。
 こうしてギンガに先導されながら、訓練室をグルリと一週する。

「よしっ!じゃあ、ちょっとずつ出力あげてみようか。ちょっとずつだよ、ちょっとずつ。いきなりドバーッてやったらダメだよ」
「あぁ、わかってるよ」

 ギンガがそっと俺の横に並び、俺もちょびっとだけ魔力の出力を上げる。

「と、ととっ」

 前進するスピードが上がり、一瞬だけバランスを崩すがすぐに立て直す。

「うん、そう。上手上手!」

 ギンガがスピードを上げた俺の横に並び、嬉しそうにパチパチと手を叩いてくる。
 こっちはこっちで魔力制御に必死だけど、段々楽しくなってきた。

「その速さでいいから、ちゃんと私のあと付いてきてね」
「お、おう」

 ただ室内を回るだけではなく、ジグザクに動いたり、180度ターンと、ギンガのあとをノロノロとついていく。
 普通に歩くのと大して変わらない速度だが、最初に比べれば大分動けるようになれたと思う。

「そうそう、その調子。良い感じだよ、おにーちゃん♪」

 それにしてもギンガ可愛い。妹属性はなかったはずだが、ギンガのせいで何か目覚めてしまいそうだ。
 ギンガの「おにーちゃん」は何か癖になる。

「って、おにーちゃん、速い速い!」
「おおおっ!?」

 などと考えこんだせいで、魔力制御が雑になった。気付けば、ローラーブーツが物凄い勢いで加速していた。

「くっ、なんのっ!」

 伊達に俺もローラーブーツに慣れてきたわけではない。今度はきっちりと重心を制御し、体勢を整えることに成功する。

「危ないッ」
「おにーちゃん、前前っ!」
「げ」

 姿勢を制御するために、視線が進行方向から離れていた。
 スバルとギンガの声に目の前には壁。
 当たり前だが、今の俺に急停止できるような技術はない。このままではモロに壁に激突してしまう。

「ぐっ!なんとぉーっ!」

 右足を蹴り上げる。ローラーが壁面と激突するも、回転は止まらない。

「エフェクトファン全開!」

 魔力を制御し、ローラーブーツの更なる機能を作動させる。
 ローラーはそのまま壁面に大してグリップ力を発揮し、回転を続ける。
 俺はその流れに逆らうことなく、体勢を整え壁面走行へと移行する。

「ずおっとっとぉっ!?」

 半ばしゃがみ込むような姿勢になったが、ローラーブーツがうまい具合に重力を制御してくれるようで、なんとか走り続けられている。

「おにーちゃん、凄い凄い!」

 ギンガの喝采になんとか手を振って返すが、割と冷や汗もんだった。危なねぇ。

「ハッハッハー!俺だってこれくらぶっ!?」
「あ」

 壁を斜めに上昇して行き着いた先は天井だった。
 そのままローラーブーツへの魔力供給が切れ、ボトリと落下。

「へぶっ!?おおおおっ!?」

 べチャリと、顔面からモロに落下し、痛みで転げまわる。

「だ、大丈夫、ゆーとくん!?」

 慌てて駆け寄ってくるクイントさんとギンガ。

「大丈夫ですけどいてぇっ!超いてぇっ!?」

 ズキズキと痛む鼻を抑えながらぶつかったとこを見上げると、思いっきり人型に凹んでいた。

「……人型の穴なんて空くの初めて見たぞ」

 どこのギャグ漫画だよと、言いたい。

「……プッ」

 誰かが噴きだすような声に振り向けば、いつのまにか来ていたスバルが笑いをこらえていた。

「……フフフ、あははっ」

 が、すぐにこらえきれず、思っきり笑いだしていた。

「ふふふっ、あははははっ」

 釣られるようにしてギンガも笑い出す。うん、まぁ、これは笑うしかないな。
 自然と俺の口にも笑みが浮かび、声を出して笑っていた。

「おにーちゃん、鼻血出てるよ」
「お、サンキュー、スバル」

 ひとしきり笑ったあと、おずおずとスバルがティッシュを差し出してくる。
 まだおっかなびっくりという感じだが、少しは距離が縮まったようでちょっと嬉しいと思いながら、ティッシュを鼻に詰める。

「……うむ、実に格好悪いな、俺」
「あははっ、でもおにーちゃんらしくていいと思うよ♪」
「…………」

 うん、わかってる。ギンガは悪気があって言っているわけじゃない。

「それは物凄く嬉しくないぞ……どんなイメージだ、おい」
「えーと、お笑いの人?」
「なんでやねん!」

 俺が突っ込むとギンガが笑いながらきゃーっと逃げ出し、スバルも小さく笑い出す。
 やれやれ。散々な目にあったが、まぁ二人が楽しいからいいか。
 なんやかんだで、ナカジマ家との交流を楽しんだ俺だった。



 余談だが、この後のローラーブーツの練習で、三回ほど壁にぶつかるハメになる。流石に穴は開けなかったけど。
 いつか絶対ローラーブーツを使いこなしてやると俺は心に誓った。








■PREVIEW NEXT EPISODE■
人は誰でも忘れえぬ記憶がある。
夏のある日、勇斗は一人海鳴を発つ。
そこは勇斗にとって、愛しく、かけがえのない思い出の場所だった
勇斗『また会えるのかな』



[9464] 第三十二話 『また会えるのかな』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/06 00:05



 ヴォルケンリッターとクロノ達の間で共同戦線が張られてからしばしの時が流れた。
 今のところ蒐集は順調。それまでの過程でクロノは騎士たちの信用を得て、闇の書の主であるはやても、管理局の保護扱いになった。
 保護扱いと言っても、定期的に検査などを受けるだけで、今のところは海鳴での生活を保っている。なにはともあれ順調でよろしい。
 小学生の俺達は夏休みへと突入し、暑いながらも穏やかな時を過ごしている。
 と言っても、早朝の魔法練習は週二回、ヴォルケンズとの稽古は一週間に一回。本局に行って、ギンガ、スバルと遊ぶのが月一回と、普通の小学生らしからぬ行動は続いているのだが。
 すずかやアリサとも、夏休みに入って会う頻度は減っているのだが、フェイトへのビデオメールの件もあり、なんだかんだで一週間に一度は会っていたりする。
 例の俺の好きな人云々の話については、なのは達は俺から何を言っても信じないので完全放置――――フェイトには全力土下座で全てを話し、許しを乞うたことで、なんとか誤解を解き、許してもらった。
 と言っても、元々、フェイトは怒ったり、落胆してるようではなく、それどころか少し安心したように見えた。
 告白されて喜んでいた、というより、対応の仕方がわからず困っていたのだろう、というのが俺の見解である。
 リアルタイムのやりとりでない為、俺が謝った直後の反応を見たわけではないので、どこまで当たってるかはわからないが、フェイトの素直な隠し事のできない性格を考慮すれば、そう的外れでもないだろう。
 ともあれ、なんとか穏便にフェイトの誤解が解けたことに、俺はホッと息をついた。まぁ、代わりに一つばかりあるお願いをされてしまったのだが。

『良かったら勇斗の好きな人がどんな子なのか、教えて欲しいな』

 正直、かなり迷った。
 あいつのことは言葉にしたくないと思う反面、誰かに話したいという矛盾する気持ちもあった。無論、誰彼構わずに話せることでもないのだが。
 だが、フェイトなら口も固いだろうし、ちゃんと口止めを頼んで、俺がこの前みたいな自爆をしなければ大丈夫だろうと思える。
 それに、こちらが妙な勘違いさせてしまった以上、ちゃんと話すのが筋ではないだろうか?
 そんな自分に対する言い訳をいくつも並べ立て、結局、俺はフェイトへのビデオメールであいつがどんな性格でどんな子だったのかを思う存分、惚気ていた。

 今日、俺が海鳴から離れ、この地を訪れているのは、久しぶりにあいつのことを口に出したせいで、妙な感慨に囚われてしまったのが原因だ。
 前の俺が生まれ育ち、あいつと出会った場所。
 海鳴から三時間以上もかけて辿り着いた駅の改札を出た時、俺は抑えようのない胸の高鳴りと同時に、自分の全てを失ってしまいそうな言いようのない不安を抱いていた。



 彼女――白河優奈と俺――鷺沢侑斗が出会ったのは高校の入学式当日。隣の席に座っていた肩まで伸ばした髪に、やや幼い顔立ちをした女の子。あっさりと俺は一目惚れした。

「よろしくね、鷺沢くん」

 初めて見た優奈の笑顔は今でも忘れることなく、俺の記憶に刻まれている。第一印象は大人しくて真面目な子。それは間違いではなかったが、接するうちにもっと色々な彼女を知っていくことになる。
 幸い、出席番号が並びあってることもあって、学校では彼女と接する機会も多く、一学期が終わる頃にはそれなりに仲良くなっていた。

「おーい、鷺沢くーん、もう放課後だよー」

 放課後まで爆睡してた俺を起こしてくれたり。

「ほら、見て見て。これ、かーいでしょー?」

 新しく買った携帯のストラップを嬉しそうに見せびらかしたり。

「うぅー、鷺沢くん酷いよぉ」

 しっかり者と思えば、意外に抜けててからかいやすかったり。

「うん。班対抗戦、絶対勝とうね」

 変なとこで頑固で負けず嫌いだったり。

「やっほー、バイトしてるとこ見学しに来たよー」

 優奈の傍にいて、他愛も無い話をする。ただそれだけの時間が何より楽しかった。
 あいつと一緒にいられるなら、どんなことだって頑張れる。何だって出来る。本気でそんなことを思っていた。




 駅から歩いて数分。
 俺とあいつが通っていた高校へと辿りつく。
 夏休みにも関わらず――いや、だからこそか。部活動に勤しむ連中の喧騒が聞こえてくる。
 幸か不幸かはわからないが、オンボロな校舎は、俺の記憶の中にあるものと大差はない。
 さすがに中に入ったりはしないが、グラウンドや校舎を眺めていることで、あの頃の記憶が鮮明に思い出せる気がした。
 なんだかんだで、三年間通っていたこの学校にはあいつとの思い出が山ほどある。
 体育祭や文化祭、球技大会などのイベントはもちろん、宿題を写させてもらったり、図書室で一緒に本を探したり。この学校での記憶のほとんどはあいつとの記憶ばかりだった。
 俺達が入学した年まであと三年。その上、部活も料理部だったあいつがいるはずもないのに、その姿を探している自分に苦笑してしまう。頭では分かっていてても、感情というか根っこの部分まではどうも制御が効いてない。
 名残り惜しくもあるが、今日一日という限られた時間で回りたい場所はまだまだある。
 後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする。
 あいつと一緒に行った様々な場所。何度も行ったあの店に、プールに公園、カラオケや映画館、ゲーセンなどなど。思いついた場所に足を運ぶだけで、あっという間に時間が過ぎていく。
 そして最後に辿り着いたのは、小さな高台だった。


 夕焼けの色に染まる街の景色を見下ろしながら、そっと息をつく。
 かつての俺の家や、あいつの家にも行ったが、どちらもまったく別の表札がかかっていた。
 この世界に前の俺がいない、というのは少しだけホッとした。別に俺が存在したからといって、何か弊害があるわけでもないだろうが、気持ち的に良い気分はしないし、なんというか反応に困る。
 優奈がいないのは、高校入学の時期にこちらに引越してきたのだから、ある意味当然と言える。いたらいたらで、存在を確認できて嬉しいことこの上なしなのだが、これもどう対応すべきか困る。
 遠く離れた地に住んでいるただの小学三年生が出来ることなんて何一つない。ろくに面識も接点もないのにアプローチのしようもない。
 小学生というのは気楽で時間がある反面、制限も大きい。
 門限も厳しいし、バイトもできない。小学生のお小遣いではここに来るだけでも金銭的にいっぱいいっぱいだ。おかげで今日、海鳴である祭りにも行けやしない。高校生以降の自分勝手にやってた頃を思い返せば、存外不自由な面も多く、たまにミッドチルダでバイトできないか、本気で考えることもある。
 せめて高校生の身ならば、こっちの学校に入学なり、編入なり、バイトなど、できることが一気に広がるのだが。
 やれやれと自嘲しながら、そっと目を瞑る。
 この丘は小さなベンチがあるだけで他には何も無い。だが、俺にとっては思い出深い、とても大事な場所だった。
 あの夜のことを、俺は絶対に忘れない。


 クラスの仲の良い数人で花火大会に連れ立ったあの日。花火が始まる前にみんなで出店を満喫してたはいいが、人が多すぎて結局みんなバラバラになって。花火が始まる少し前にあいつを誘ってこの場所に来た。
 あの時は、断られたらどうしよう、って本当に緊張していたっけ。
 少し迷った素振りを見せながらも、頷いてくれたあいつの手をはぐれないようにって手を繋いだ。我ながらあざとすぎる。
 人ごみを抜けても、手を離したくなくて、あいつが何も言わないのをいいことにずっと手を繋いでた。
 ぐっ、思い出したならなんか恥ずかしくなってきた。


「わぁっ」

 花火が打ち上げられた時間に少し遅れて、ここに辿り着いた優奈は真っ先にそんな声を上げた。

「ふっふー。いい穴場だろ?出店出してるとこから離れてるし、階段登るのもしんどいからあんま人来ないんだ」
「うん、ありがとう。鷺沢くん」

 得意げに胸を張る俺に、優奈はくすくすと笑う。
 そのまましばらくは二人で花火を見ながらはしゃいでた。

「な、白河」
「ん?」

 花火の光に照り返されながら振り向く優奈は、凄く幻想的で綺麗で。その姿を愛しく思いながら、俺は自分の気持ちを口にした。

「俺、お前のこと好きだ」
「え?」

 不意な言葉に優奈が目を丸くする。見る見る間に優奈の顔が朱に染まっていく。

「え、えと、今、なんて……?」

 顔を真っ赤にしたまま慌てふためく優奈の姿がまた可愛くて。さらに愛しい気持ちが込み上げてくる。

「俺は白河のことが好きだって言ったんだ」
「…………っ」

 今、思い返してみれば、どんだけ唐突で捻りのない告白なんだよ、と過去の自分で突っ込みたくなる。
 俺の再度の言葉に白河は言葉を詰まらせ……その瞳から一筋の涙が零れた。

「し、白河っ!?」
「……うっ、……ひっく」

 流石に慌てたね。あいつがどんな反応するか、いくつか予想はしてたものの、まさか泣かれるとは思わなかった。

「ご、ごめん!あのっ、ええと……っ、と、とにかくごめん!」

 すっかりパニクってまともな言葉一つすら出てこなかった。
 慌てふためきながら慰めようとする俺に、優奈は涙を流したまま、首を振る。

「違……ごめん、その……嬉しくて」
「え」

 えへへ、と笑いながら涙を拭う優奈は涙ぐんだ声ではっきり言った。

「私も鷺沢くんのこと……好き、です」

 その言葉を聞いた瞬間、思考が止まり、再起動するまでに数秒かかった。
 正直、脈はあると思ってた。だが、妄想していたのと違って、直に聞くその言葉は、俺の思考を凍りつかせるには十分すぎる破壊力を持っていた。

「鷺沢くん?」
「あ、えとっ、そのっ、本当に?」

 顔を真っ赤にしたまま、こくりと頷く優奈。
 我が世の春が来た!心の中でガッツポーズを取るが同時にパニクってもいた。この後、何を口にするべき言葉がまったく沸いてこなかった。
 それでもどうにか頭をフル回転させて、ようやく言葉を搾り出す。

「その、俺と、付き合ってください」
「……はい!」

 嬉しそうに頷いたあいつの笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。
 そうして付き合い始めた俺達は、文字通りいつも一緒にいて、バカップルとして周りによく冷やかされたもんだ。
 もっとも、あいつと一緒に過ごす時間を心から楽しんでいた俺に、その程度の冷やかしなど何するものでもない。
 料理が好きで、わざわざ俺の分まで弁当を作ってくれて。その癖、変に嫉妬深くて。

「鷺沢くんて、さっきの子と仲良いいんだね」
「えー、と、もしかして川村のこと言ってる?」
「バイトしてるとき、凄く楽しそうに見えたけど」
「いや、普通だと思うけど。……もしかして妬いてる?」
「…………そんなことないもん」
「今の間はなんだ、間は」
「気のせいです」

 と、言いつつもあからさまにふくれっ面でわかりやすぎる。

「心配しなくても、俺は優奈しか眼中に無いから安心しろ。いつでも優奈一筋だよ」
「わっ」

 そう言って優奈の頭を引き寄せて撫でる。

「うー」

 頬を膨らませながらも、優奈は俺の手を払いのけることなく、頬を赤く染めたまま、俺の胸に体重を預けてくる。
 そんな優奈がますます可愛らしくて。

「で、そういう優奈は何時になったら俺こと名前で読んでくれるのかなー?」
「あ、うぅ……」

 付き合ってから二ヶ月経って、俺は優奈のことを呼び捨てにするようになったが、優奈は相変わらず苗字でしか呼んでくれない。
 単に照れてるだけなのはわかってるが、そういうところを苛めたくなるのも優奈の魅力の一つだった。

「優奈の呼び方が余所余所しくて、たまに俺、本当は嫌われてるんじゃないかなーって」
「そんなこと絶対ない!」

 こちらがびっくりするくらいの大声で叫ぶ優奈を呆気に取られた顔で見つめる。

「あ」

 優奈は自分が出した声の大きさに自分で驚き、恥ずかしくなったのか、顔を赤くしたまま、シュンとうなだれる。

「鷺沢くんのこと……大好き、だよ」

 今度は掠れるくらい小さな声。
 声を大にして叫びたい。
 
 俺 を 萌 え 殺 す 気 か
 
 だが、それくらいで許してやるほど、俺は優しくない。

「じゃ、名前で呼んで」
「うぅー、いじわる……」

 ニヤニヤと見つめる俺を、優奈は恨みがましい眼つきで睨み返すが、やがて意を決したように口を開く。

「ゆ、侑斗、くん……」
「君付けかぁ」
「うぅー、いじわるぅ…‥っ」

 ちょっと苛めすぎたのか、優奈は涙目になったきたので、思わず笑い出してしまう。

「わーった、わーった。今回はこれくらいで許してやるよ。でも、いつかは名前呼び捨てにできるようにな」
「……努力します」

 結局、優奈が俺を呼び捨てにできるようになったのは、高三になってからのことだった。
 やがて、高二になってからは、優奈も俺と同じ店でバイトを始めて。ほとんどの時間をあいつとばかり過ごした。
 常に一緒に何かをやる必要なんてない。ただ、お互いがお互いを感じられる距離にいられればそれだけでよかった。
 悲しみも喜びの記憶も全部あいつとの記憶ばかり。
 大学も同じところを受けて、二人で同じ部屋を借りて、一緒に住んだ。もちろん、たまには喧嘩もしたけど、その記憶すら二人にとっては大切な想い出になって。
 優奈と出会い、優奈に触れて、優奈と笑いあった。ただ、大好きなだけの不器用な恋。
 俺にとって、あいつと過ごした時間は何よりも輝いていて、かけがえのない時間だった。
 もし、運命というのがあるなら、あいつこそ運命の相手だと、本気で思っていた。
 あいつの隣が俺の指定席。それがずっと先、これからもずっと、ずっと続いていく。それを疑うことすらなく、信じ続けていた。




「本当、何がどうなったんだろな」

 そっと目を開けて、眼下に広がる光景を見つめる。ここから見る景色は記憶にあるものとなんら変りない。
 それが妙に胸を苦しくさせる。
 気付けばこの世界で生まれ変わっていて、元の世界の俺がどうなったのかはさっぱりわからない。
 俺は死んだのか。それともただ、俺の記憶だけがここの俺にあるのか。それを確かめる術すらない。
 願わくば、元の世界のあいつはどんな形であれ、幸せになっていて欲しい。幸せそうに笑っているあいつの横にいるのが、俺であれば言うことはない。

『boss』
「ん?」

 不意に声をかけられた。
 声の元は俺の腰のベルト――ダークブレイカーだ。こいつから俺に声をかけるのは珍しい。

『Is it all right?』(大丈夫ですか?)

 何が、と問い返そうとして、自分の頬を涙が伝っているのに気付き、慌ててそれを拭う。

「わりぃ。大丈夫、ちょっと昔を思い出しただけだから」

 そう。俺は大丈夫。
 たしかにあいつと会えなくなったことで、かつての俺は絶望した。今の状況を呪いもした。いっそ、自ら死を選ぼうかとも思った。
 だけども、あいつの笑顔が俺を救ってくれた。
 例え、もう二度と優奈に会えなかったとしても、あいつと過ごした日々を無に返すことなんてできやしない。
 俺が自ら死を選んだりすれば、あいつは絶対に怒り、悲しむ。だから俺は精一杯、現在を生きる。あいつに胸を張れるように。
 そう思ったら、絶望して跪いてなどいられない。前を向いて、真っ直ぐに生き抜く。
 そして、運が良ければ、この世界にもあいつがいて、また会えるかも知れない。あの日々を取り戻せるかも知れない。
 たとえ世界が変わっても、何度でも二人で生きていきたい

「また会えるのかな、おまえに」

 目を細めてあいつと何度も見た光景を強く心に刻み込む。
 この世界にも優奈がいたとして、会える可能性は限りなくゼロに近いだろうと思う。そして、俺にとって如何に大事な想い出だろうとも、それは既に十年以上過去のものだ。いつまでも鮮明に覚えておくこなとできないし、実際、朧気になってきてる記憶も少なくない。
 いつかは優奈のことを諦め、他の誰かを好きになる時がくるかもしれない。
 会えない人間をいつまでも忘れずに、そいつだけを愛し続けられるほど、俺は強くはないし、一途でもない。
 いつだって、本当は誰かの温もりに触れたくて求め続けている。自分の心全てをさらけ出して、それでも安らげる相手を。
 それでも、いつかそう遠くないときにそんな時が来たとしても、俺は優奈のことを忘れたりはしない。
 例え、他の誰かを好きになったとしても、あいつへと続くこの記憶は決して無くすことはない。
 あいつと過ごした日々があるからこそ、今の俺があるのだから。
 そうだよな、優奈?

『boss』
「ん、今度はなんだ?」
『I forever with you』(私は、いつまでもあなたと共に)

 突然、ブレイカーが発した言葉に意表を突かれ、思わず俺は言葉を失う。
 そして、プッと噴き出す。

「ありがとよ、相棒。頼りにしてるよ」
『All right』

 ブレイカーには、今日ここに来た目的も理由も話していない。それなのに、わずかな独り言と行動だけで、何かを察し、俺を励ましてくれた。ロクに扱ってやることすらできない主だというのにだ。
 つくづく、自分には過ぎたデバイスだと思う。

「そのうち、お前には話すよ」

 誰にも話していない俺の秘密と、語ることのないであろう過去。クロノやなのは達なら、もしかしたら信じてくれるかもしれないが、同時に憐憫や同情も受けてしまうだろう。そんなのは面倒くさいだ。
 だが、この相棒なら何も言うことなく、ただ話を聞いてくれるだろう。
 俺の大事な想い出をこいつならただ共有してくれる。そんな気がする。

「さて、そろそろ帰るか」
『Yes,boss』




 海鳴に戻った頃にはすっかり日が暮れていた。だが、今日は夏祭りということもあって、駅前は喧騒に包まれている。
 俺としても、誘われたクラスの男子連中に合流して、お祭り気分を楽しみたいところだが、今日の交通費で有り金を使い果たしている。
 ひとり寂しく、どこか景色の良いところで花火でも眺めてるか、と考えたところで、すずかからメールが届く。

『今、どこにいる?良かったら、一緒にお祭り行かない?なのはちゃんとアリサちゃんも一緒だよ』

 有難い誘いではあるのだが、これまた先立つモノがなくてはどうしようもない。
 適当に返事を返そうとしたところで、浴衣姿の三人娘の後ろ姿を発見した。ツインテールの肩にはフェレットもどきがいるので見間違いようもない。
 俺はメール返しながら、そっとその後姿に近づいてく。


「あ、ゆーとくんから、メール返ってきた」
「なんだって?」
「えーと、『今、後ろにいるよ?』って、え?」
「ふーっ」
「うひゃぁっ!」

 髪をアップにしたすずかがメールを読み上げると同時に、顕になったそのうなじに息を吹きかける。
 それに驚いたすずかが、飛び上がり、すずかの悲鳴になのはとアリサまで驚きの声を上げる。

「ゆゆゆゆゆゆーとくんっ!?」
「よっ、三人ともお揃いで」

 慌てふためく三人にケラケラと笑いかける。

「あ、あんたねぇ。もっと普通に声かけらんないのっ!?」
「……いや、俺にはこれが普通なんだけど?」
「そろそろ自分の普通が他の人の普通と違うってことに気付こうよ……」

 なのはが心底呆れたような顔で呟く。失敬な。

「で、できれば次からは、こういうことしないで、声だけかけて欲しいな」

 未だに心臓がばくばくしてるのか、胸を押さえながら言うすずかに、神妙に頷く。

「善処しよう」
「……絶対、する気ないよ、この人」

 なのはの言葉はスルーしてマジマジと三人の姿を見つめる。

「な、なによ」
「いや、三人とも浴衣なんだなって。よく似合ってる。普段と違う雰囲気出てていいな」
「そ、そうかな?」
「何よ。いきなり、褒めても何も出ないわよ」
「え、本当?えへへー、ありがとう」

 などと、三人とも誉められて満更でもなさそうだ。
 実際、お世辞でも何でもなく、本当に似合っていた。
 すずかは暗めの青をベースに花をあしらった、清楚ながらも落ち着いた印象を醸し出している。
 アリサは、赤をベースにした派手な色合いだが、アリサ自身の綺麗な金髪と相まって、嫌味にならない華やかさがある。
 なのはは、白い浴衣に赤やら青で模様のついたやつで、いつもどおりのイメージなのだが、似合っていることに変わりはない。

「でも、なんかゆーとくんに褒められるとなんか変な感じ」
「了解した。これからはなのはは絶対に褒めないで、貶すことだけに専念しよう」
「わぁっ、ごめん。ウソウソっ、今のなしっ!」

 そんなやりとりにすずかとアリサが笑い出し、釣られるように俺となのはも笑い出す。

「ここにいるってことは、ゆーとくんもお祭り行くんだよね?一人?」
「他に行く相手がいないんだったら、一緒に連れてってあげてもいーわよ」

 何故に上から目線なのだ、この金髪は。

「行きたいはやまやまなんだが、生憎と持ち合わせがない。ちょっと、用事があって、財布の中身がすっからかんなのだ」
「……前から思ってたけど、あんた、本当は凄いバカでしょ?」

 アリサの言葉には遠慮も容赦の欠片もなかった。

「ご想像におまかせしよう。とにかく、そんなわけでどっか景色のイイトコで花火見物でもしてるよ、一人だけ飲み食いできないのはしんどいからなー」

 久しぶりの屋台の味を楽しめないのは残念だが、これが最後の機会というわけでもない。

「あ、だったら、私と半分こする?多分、私一人じゃ食べきれないの多いし、そのほうが色々なの食べれそうだし」

 などと、すずかがとても有難い提案を申し出てくれた。しかし女の子に奢ってもらうのはどーよ?、と思った瞬間、俺の腹の虫がこれ以上ないくらいのタイミングで反応した。

 ぐきゅるるー。

「あはは、お腹は正直だね」
「えっと、その、いいのか?」
「うん。どーせならみんなで回ったほうが楽しいもん」

 やべぇ、ちょっと、ジーンときた。すずかの心意気に惚れそうだ。

「有り難くその提案を受けさせていただきます」

 へへー、と土下座しそうな勢いで頭を下げる。最近、すずかに借りを作りっぱなしが気がするが、それはそのうちコツコツと返しておくことにして、今は有り難く甘えさせてもらおう。

「すずかはこいつを甘やかしすぎ」

 正直、俺もそう思う。

「今なら荷物持ちでもなんでもやらせてもらおう」
「お祭りでそんなに荷物出ないと思う」
「なのはのくせに的確な突っ込み……だと?」
「あ、せっかく私も分けてあげようと思ったのに、そういうこと言うんだ?」

 即座に俺は膝をついて頭を下げる

「イヌとお呼び下さい」
「……あんた、プライドってもんはないの?」

 俺は胸を張って答えた。

「フンッ、プライドで腹は満たされぬわっ!」
「…………はぁ、しょーがないわね、私の分も分けてあげるわよ」
「マジか」
「すずかとなのはが分けるのに、私だけ分けないわけにはいかないでしょーが」
「いかん、アリサが漢らしすぎて、これまた惚れてしまいそうだ」
「よし、その喧嘩買ったわ。そこになおりなさい」
「調子に乗りました。ごめんなさい」

 拳を手の平に打ち付ける音が、アリサの本気度を感じさせたので、即座に謝った。






「はい、ゆーとくん、あーん」
「え」

 目の前には爪楊枝に刺されたたこ焼きが突き出されている。
 以前のアースラでの出来事がフラッシュバックする。
 それはいい。
 だが、この衆人環視の中でこれは一種の羞恥プレイではなかろうか?

「えっと……すずかさん?」
「えへへ。一度、こういうのやってみたかったんだよね」

 うわぃ。なに、このデジャヴ。
 流石にこれは勘弁して欲しいなぁと思ったところで、俺の腹の虫が泣きだす。
 そういや、昼飯も食ってなかったか。ぐきゅるるーと、腹の虫は美味そうな餌を前にしたことで、全力で暴れだしたようだ。

「ちなみに普通に自分で食べるのはなし?」
「うん」

 笑顔で即答だった。
 ……まぁ、いいか。正直、羞恥よりも空腹のが耐え難い。
 子供相手に深く考えたら負けだと、自分に言い聞かせ、すずかの差し出したたこ焼きにかぶりつく。
 うん、熱い。熱いが美味い。

「美味しい?」
「ほふほふ」
「ゆーとくん、ゆーとくん、今度はこっち」

 たこ焼きを口いっぱいに頬張ってコクコクと頷いてると、なのはから焼きそばを突き出される。
 なんとかたこ焼きを飲み込むと、焼きそばを口の中一杯に突っ込まれる。
 まぁ、美味いことは美味いんだが、何かこう・・・・・・色々間違っている気がして仕方ない。

「……おかしい、本来ならあーん、という行為はもっと心ときめくラブラブな雰囲気の元で行われるべきではないのか」
「どっちかっていうと、餌をもらうペット?」
「鬼か、お前は」

 とうとうなのはに人外扱いされた。甚だ不本意だ。

「あはは。ま、でも間違ってないんじゃない?珍獣的な意味で」
「誰が、珍獣か」

 ギロリとアリサ睨んだところで、なのはが口を挟む。

「でも、さっきイヌって呼んでいいって言ったよね?」
「…………」

 俺は自らの行いを大いに自省した。これからはもう少し後先考えて発言することにしよう。というか、近頃、この三人組の会話レベルが飛躍的に上がってる気がして仕方ない。

「言っておくけど、私はやらないわよ」
「そのほうが助かります」

 この状況であーんされてもまったくときめかないし、嬉しかない。どう考えても拷問です。本当にありがとうございました。
 と、そこに背後からたったったと、足音が聞こえてきた。

「ゆぅぅぅとぉぉぉぉっ!!」

 振り向けば、見覚えのある子どもが、物凄い勢いで駆け寄ってきたかと思うと、地を蹴って飛び上がった

「死ねぃっ!」
「おまえがな」

 繰り出された飛び蹴りを半歩身体をずらして回避し、カウンター気味に額に掌打を押し当てる。

「ふべっ!」

 あえなくクラスメイトAの男子は尻から落下し、無様な声を上げる。

「なにやってんだ?」
「それはこっちの台詞だ!なんだよっ!金無いから来ないとか言ってたのになんでいるんだよっ!?」
「金ないのは本当だぞ。ただ、すずかたちが奢ってくれるっていうから付いてきてるだけだ」
「……おまえ、男としてのプライドないの?」
「空腹の前にはそんなものポイ捨てだ」

 沈黙の間。

「とりあえず、詳しいを聞かせてもらおうか?」

 背後からどこからともなく現れたクラスメイトBにガシッと肩を組まれた。

「そーそー、ちょっと男同士で話そうぜ」

 さらに反対側をクラスメイトCに掴まれる。どうやらこいつらはこの三人で祭りにきてたらしい。

「あー、ちょい待っててくれ」

 俺らのやり取りに呆気に取られてる三人娘に手を振りながら、ズルズルとクラスメイト三人に引きずられていく。

「さて、皆の者。どうなのだ、こやつの量刑は?」
「死を」
「死を」

 人気のない場所に連れ込まれた途端、これである。これ以上ないというくらい殺る気全開だった。

「さて、そこのリア充?なにか言い訳はあるか?」

 どこにリア充がいるというのか。辺りを見回してみるが、俺らの他にそれらしき人影は見当たらない。
 どこにそんな輩がいるのか、視線で問いかける

「おまえだよ!おまえ!何、訳分からんこと言ってるんだ、こいつら、的な目してんじゃねーよ!」
「何、訳分からんこと言ってるんだ、こいつら。バカじゃねーの。死ねばいいのに」
「口に出して言うな!さらりと付け加えるな!」
「わがままだなぁ」
「誰のせいだよっ!」
「大変だな、頑張れ。じゃ、そゆことで」
「こらこらこらぁっ!?」

 あまり三人を待たせても悪いので、話を切り上げようとしたらガシッと手を掴まれた。

「いや、俺そっちの趣味はないんだけど……」
「俺だってねーよっ!?」
「それは結構」
「落ち着け、孝太。こいつの口車に乗るな」
「勇斗、何も言わずオレの言ったとおりのことを想像してみろ」

 このままグダグダやっても解放されそうにないので、仕方なく頷く。

「親友の誘いを断って、女と一緒にいるけしからん輩を見つけた」
「ふんふん」
「そしたら、そいつはクラスでもトップ5に入る可愛い子二人にあーんして、焼きそばやらたこ焼きを食べさせてもらってた。お前ならどうする?」

 想像してみた。

「よし、殺しに行くぞ。どこだ、そいつは」
『おまえだよ!』

 三方から同時に声がハモった。
 あぁ、客観的に見たらそうなるのか。

「なら、問題ないな。一件落着」
『するか!』

 再びハモられる。
 まぁ、気持ちはわからなくもない。主観的に拷問だったとしても、そんな光景を見せられれば誰だって殺意を抱かざるを得ないだろう。

「つまり、おまえらも同じことをしたいと?」
「…………」

 三人は揃って口を噤む。
 殺意を抱くには十分だが、自分が同じことをしたいかというと、単純にイエスとは言えないだろう。
 冷静になって考えれば、周りに人がいる中あれをやるのは恥ずかしいし、照れくさい。
 仮にしたいと思っても、この年代の子どもが素直に言えるはずもない。
 それを理解した上で俺は口を開く。

「まぁ、その、なんだ」

 俺は口元にたっぷりと悪意と嘲りを込めて嗤った。

「負け犬乙」
「コロスッ!」
「シネッ!」
「ユ"ルザン!」
「わはははーっ!」

 即座に手やら足が飛んできたので、すかさず逃げる。

「てめぇっ、逃げるな!ゆーとっ!」

 そんな言葉をわざわざ聞く義理はない。魔力で強化した逃げ足でささっと距離を取り、胸をはる。

「ふははっ、生憎だがこの遠峰勇斗。逃げも隠れもするし、嘘も言う!」
「全部ダメだろ!」
「ふぅん、よかろう。ならば出店の出し物で決着をつけようではないか」
「のったぁっ!俺の射的の腕前見せてやる!」
「よし、金魚すくいとカタヌキもくわえよーぜ!」
「ビリは罰ゲームだな!」

 なんだかんだでノリの良いこいつらが大好きです。

「こらー、アンタ達いつまで待たせんのよー」
「悪い、悪い。ちょっとこれから出店で勝負することになってさ」
「とりあえず一致団結してこいつを潰す」

 云々と頷くクラスメイト一同だが、射的や金魚すくいでどうやって一致団結するのか、実に興味深いとこだ。

「へー、なんか楽しそう」
「私達も参加しよっか?」
「うん、それもいいね。あれ?でもゆーとくん、お金ないんだよね?」
「大丈夫!こいつらが全員で俺一人の分くらいカンパしてくれるらしいから」
「え」

 呆けるクラスメイトに胸を張って言う。

「自慢じゃないが、今の俺の財布には百円玉一枚とてないぞ」
「……本当に自慢になんねーな」
「なんでそんな偉そうに言えるんだ」
「こいつに常識を適用したら負けだぞ」

 どこに行っても俺の評価はこんなものばっかりである。世の中理不尽な。

「まー、おまえらが金出さんなら、勝負の話はなしだな。まさか男と男の勝負なのに、女に金出させるわけにはいかんだろう」
「ちっ……」
「汚いな、さすがゆーと。汚い」
「もっと褒めれ」
「褒めてねぇ!」

 クラスメイトABCは顔を付き合わせて、しばらく逡巡していたが、結局は三人で俺の分を出すということで合意したようだ。

「ぜってー、ぶちのめすからな!」

 いきり立って、先を歩いていくお子様三人の背中を見送りながら、俺はひそかにほくそ笑む。

「よし、これでタダで遊べるぜ」
「……もしかして、ゆーとくん、最初から狙ってた?」

 なのはが戦慄したように恐る恐る尋ねてくる。
 俺はニヤリとした笑みでただ一言だけ答えた。

「計画通り」

 なのはとアリサがサッと、一歩距離を取った。

「小悪党の鏡ね……」
「だろー?」
「だから褒めてないってば」
「あはは」

 そんなこんなでお子様連中と賑やかにお祭りを楽しむこととなった。
 賑やかな喧騒の中、そっと星の瞬く夜空を見上げる。
 もし、優奈がこの世界にいるのなら。あいつもこの空の下、同じように星を見ているんだろうか?

「ゆーとーっ!何ボーっとしてんだ、置いてくぞー」
「おー、今いくー」









■PREVIEW NEXT EPISODE■
プレシアとクロノ達の尽力により、フェイトの裁判は予定より早く終ることになる。
勇斗となのは、二人はフェイトとの再会の約束を果たすために、管理局本局へと赴く。
そして、勇斗はとある人物との出会いを果たすのであった。

カリム『お初にお目にかかります』



[9464] 第三十三話 『お初にお目にかかります』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/06 00:11
「はっ!!」
「おっと!」

 気迫の篭った拳を、右手で払いのけると同時に左の拳を突き出す。
 ――手応えはない。相手は俺が払いのけた勢いそのままに踏み込むことで、俺の後方へとすり抜けるように俺の拳をかわしていた。
 舌打ちして振り返れば、眼前には風を切りながら迫る足先。受けるか、かわすか。俺は瞬時に判断し、更に踏み込んだ。

「ふんっ!」

 足が振り切られる前に自ら額をぶち当てることで、威力を半減させる。

「――!?」

 予想外の対応と、激突の衝撃に相手の体勢が崩れる。頭への衝撃は少なからず俺にダメージを与えていたが、それを堪えながら、相手の足が引き戻される前に掴み、軸足を払う。

「わっ!?」

 当然、両足が地につかない相手はそのまま背中から地面に倒れこみ、俺は彼女の足をつかんだまま、その眼前に拳を突きつける。

「俺の勝ち、だな」
「う゛ーっ」

 ニヤリと俺が笑いかけると、倒れたままの少女――ギンガは悔しそうに頬を膨らませる。

「むー。今のはいけると思ったんだけどなぁ」
「はっはっは。そう簡単に幼女に負けるわけにはいかんのだよ」

 若干、フラつきながらも、そのままギンガの手を掴んで起こしてやるが、言葉で言うほど余裕があったわけではない。
 こうして手合わせをするようになって何ヶ月か経つが、彼女の成長ぶりは凄まじい。
 最初の頃は体格や元々の魔力量に差があったため、俺でも軽くあしらえていたのだが、最近は手加減する余裕がどんどんなくなってきた。
 俺たちくらいの年齢だと、わずかな年齢の差が見た目以上の大きなハンデとなるはずだが、それを覆す勢いでギンガは強くなってきている。
 魔力量で言えば俺が圧倒的に上だが、いかんせん、その魔力を俺は全く有効に扱えていない。最近ではギンガも、デバイスなしの俺と同等の身体能力強化ができるようになっている。
 格闘の技術的にもギンガが毎日シューティングアーツの練習してるのに対し、俺は週に一度のヴォルケンズとの練習くらいしかやってないので、当然といえば当然なのだが。
 魔法の練習は飛ぶこと最優先にしているのだが、少しだけ比重を変えたほうがいいかもしれん。

「あはは、今度こそお兄ちゃんに勝つんだって頑張ってきたのにねー」

 クイントさんが、楽しそうに笑いながらギンガを宥めるが、当の本人はぷくーっと顔を膨らませたまま、こちらに迫ってくる。

「むー、お兄ちゃん。もう一回!もう一回やろっ!」
「あははー、いいけど、少し休憩してからなー」

 俺は引き攣った笑みを浮かべながら、ギンガの頭を撫でる。
 さっきの蹴りのダメージがまだ残っていて、連戦はちょっときついのだ。と、いうかそもそも俺はそんなに体力ないぞ。

「お疲れさまー。おねーちゃん、おにーちゃん。はい、タオル」
「お、サンキュー」
「ありがとー、スバルー!」

 たたたと駆け寄ってきたスバルがタオルを差し出すが、タオルなど目に入らない様子でスバルをムギューっと抱きしめるギンガ。

「お、おねーちゃん、苦しい……」

 ギンガに強く抱きしめられたスバルがもがくが、ギンガには聞こえていないようだ。スバルの苦鳴を気にもとめずに頬ずりを続ける。
 なるほど。このコミュニケーションのおかげで、内気なスバルが十年後にはああなるのか。納得した。

「お、おにーちゃんも見てないで、助け……」

 ギンガのハグから俺に助けを求めたスバルの言葉が途中で途切れる。その顔は思いっきり引き攣っていた。はて?と首を傾げて、ようやく額に流れるぬらりとした感触に気づく。

「おお?」

 ドクドクと物凄い勢いで出血していた。あ、まずいと思った瞬間に、クラリと酷い立ち眩みをしたときのように世界が回る感覚。

「勇斗くん!?」
「おにーちゃんっ!」

 クイントさんとギンガ、スバルの慌てた声を聞きながら、俺の視界はフェードアウトしていった。




「大丈夫、おにーちゃん?」
「あー、ダイジョブ、ダイジョブ」

 頭に包帯を巻いてベンチに横になった俺を、スバルが心配そうに覗き込んでくる。
 思えば、スバルもよくここまで懐いてくれたものだと思う。
 初めて会ったときは、怖がられてまともに会話すらできなかったことを思うと感無量である。
 とはいえ、スバルが俺に心を許してくれたきっかけが、俺にとってのトラウマであることを思うと中々に複雑な気分だったりするのだが。
 以前、ローラーブーツを借りたまではいいが、それを上手く制御できずに暴走してた挙句、壁に激突して人形の穴を空けるという、ギャグ漫画のような醜態を晒してしまったのは、間違いないく俺にとっての黒歴史。が、それでスバルが大笑いして、気を許してくれたきっかけになったのだから、人生何がどう転ぶかわかったものではない。スバル、ギンガの中で、「面白いお兄ちゃん」として俺のキャラクターが成立してしまったことは非常に泣けてくる。せっかく、俺を年上として扱ってくれる貴重な相手なのに。

「ほら、ギンガ」

 クイントさんの声に振り向けば、しゅんとしたギンガがクイントさんに背中を押されていた。

「あ、あの、ごめんね、おにーちゃん」

 何をしょげているのかと思ったら、俺に怪我させたことを気にしてるらしい。やれやれと思う反面、そんなギンガを可愛らしく思う。

「そんなもん気にすんな。これは試合中の事故だから仕方ない。俺は全然気にして無いから」
「ホントに?ホントのホントにおにーちゃん、怒ってない?」

 あぁ、もう。涙目で首を傾げるギンガ、マジで可愛いなぁ。
 身体を起こし、こいこいと、手を振って、ギンガを招き寄せる。

「ホントにホントに怒ってないからだいじょーぶ。そんなことで怒ったりしないぞ、おにーちゃんは」

 そう言って、ギンガの頭に載せた手をワシャワシャと動かす。
 少しくすぐったそうに目を細めながら、こちらを上目遣いで伺うギンガがまた可愛い。
 やがて、ギンガも俺が怒ってないということを理解したのか、えへへー、と心地良さそうに顔をふやけさせていた。
 いやいや、こういう素直で可愛い子供は本当に癒されるね。

「今日も泊まってくから、夜までたーっぷり遊んでやるからな」
「うん!」

 月に一度、俺がギンガ達に会いに来た時はこうして昼に魔法の練習して、夜は俺が持ってきたDVDを見たり、ゲームして遊ぶのが習慣になっている。
 なんだかんだで、ギンガもスバルも俺と遊ぶ時間を楽しみにしてくれているので、俺としても遊びがいがあるというものだ。

「ん?」

 服の裾を引っ張られて、振り向けば期待に満ちた眼差しで俺を見上げるスバル。

「Wの続きは……?」
「大丈夫だ、問題ない」

 俺の言葉にパァっと顔を輝かせるスバル。サイクロンとジョーカーのメモリを渡したら、一晩中それで変身ごっこするくらいにナカジマ姉妹は仮面ライダーWにご執心だった。











 本局にあるナカジマ家にお泊りした翌日。俺はリンディさんに先導されながら、本局の通路を進んでいた。

「ごめんなさいね、段取りをつけるのが遅くなってしまって」
「いえ、無茶を言ったのはこちらなので。お気になさらずに」

 今回、俺が本局を訪れた理由は三つあった。一つは勿論、ギンガたちに会うこと。まぁ、こっちはただの習慣というだけで、今回はオマケみたいなものだ。
 本題の一つは今日の午後、フェイトの裁判が終わるため、なのはと一緒に彼女と会いに来たのだ。
 その為、実は昨日、本局に来た時点でなのはも一緒だったりする。裁判の参考人として一足先に本局に来ていたユーノとクロノらが、本局初訪問となるなのはを案内するということで、到着早々別行動だったわけだが。
 裁判終了が俺の記憶にあるより、一ヶ月以上も早い気がするが、そこら辺はプレシアが生存しているところが影響しているのだろう。プレシアの病状など気になる点がないわけでもないが、今のところ良い方向に影響しているようなので、結果オーライと言ったところだ。
 なのはとフェイトが喜んでいるところに、闇の書関連の話をするのは少々気が引けるのだが、闇の書の完成が近付いているのも事実なので、これ以上、話を先延ばしにするわけにもいかない。
 今の蒐集ペースに加え、なのはとフェイト、俺を蒐集すれば、十二月の頭には、闇の書は完成することだろう。
 色々、順調過ぎて、何か落とし穴が待っているような気がしなくもないが、今のところ理想の流れではある。柄にもなく、裏で色々動いた甲斐はあったというものだ。正直、これ以上面倒なことはしたくないのだが、最後にもう一つだけしておかなければならないことがある。それが、今回、本局を訪れたもう一つの目的だ。
 ここ、数ヶ月、何度も似たような話をしたかと思うと、我ながら気が滅入るが、これが最後と自分に言い聞かせる。ギンガとスバルの為でもあるのだから。

「ここよ」

 リンディさんに案内されて入った部屋には二人の男性が待っていた。

「お久しぶりです。グレアム提督」

 まず、既に顔見知りとなった初老の男性に挨拶する。表向きはリンディさんとクロノ経由で知り合ったことになっているが、それはさておき、俺はもう一人の人物へと向き直る。

「初めまして、ゼスト・グランガイツさん。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」

 そう言って頭を下げる俺を、ゼスト・グランガイツは胡乱気な眼差しで見つめていた。



 ゼストさん相手に話すことなど、端から決まっていた。
 レジアス中将(現在の階級はもっと低いらしいが)と最高評議会、ジェイル・スカリエッティとの繋がり。戦闘機人絡みの捜査で、クイントさんを含めたゼストさんの部隊が全滅すること。そして、死亡したゼストさんと、ゼスト隊の一員でもあるメガーヌの娘、ルーテシアが、スカリエッティの手により、レリックウェポンとして利用されたことなどなど。
 うろ覚えながらも、リンディさんやグレアム提督のフォローを交えつつ、なんとか最後まで話を聞いてもらうことができた。

「そんな与太話を信じろというのか?」

 そう言って、鋭い眼光で俺を見据えるゼストさんは、誰がどう見ても不機嫌そのものだ。まぁ、自分の親友が犯罪者の片棒を担ぎ、自分の部隊が全滅させられると聞かされれば、誰だって良い気分になるはずもない。おまけに、ゼスト隊が全滅する時期や、その過程などに関して詳しい情報は一切不明――というか俺も知らん――のだ。与太話と一蹴されるのは当然だった。

「そう思うのが自然だろうな。我々としても、彼の話が妄想や与太話、あるいは何かの間違いであって欲しいと思っている」

 グレアム提督が重々しく口を開く。聞こえようによっては酷いことを言われてる気もするが、グレアム提督やリンディさん達の立場を考えれば、そう思いたいのも無理はない。実際、この場を設けてもらうにあたり、あらかじめ話の内容をクロノを含めた三人に伝えたときは、三人揃って頭を抱え、苦い顔をしていた。

「なんで君は、そういう洒落にならないことをさらっと話すんだ」

 無論、他人事だからに決まっている。それを口にしたら、三者ともが恨みがましい目付きで俺を睨んできたのは、記憶に新しい。

「だが、この子の話を一概に虚言や妄言の類と断ずることも出来ないのが頭の痛いところでね。非公式ながらもP.T事件や闇の書事件において、それが証明されている」

 深い深い溜息をつきながら語るグレアム提督に、ゼストさんは沈黙し、リンディさんが用意した資料を手に取る。P.T事件と闇の書事件。その二つの事件に関する俺の発言とかをまとめたものらしい。俺が公にしないでくれと、頼んだことなので、非公式の資料ではあるが、二人の提督のお墨付きなので、ある程度の信頼性は得られるだろう。

「仮に君の言ったことが、事実として……俺にどうしろというつもりだ?」

 一通り、資料に目を通し終えたゼストさんは呻くように言った。
 予想された反応の一つではあるが、中々に難しい問題だ。管理局の人間に対して、危険だから捜査を打ち切れと言って済ませられる問題ではない。対策を立てようにも、ゼスト隊がどのような状況で、どんな風に全滅したのかを俺は知らない。部下を庇ったゼストさんをチンクが殺したというのは、微かに覚えているが、そんな情報だけでは何の役にも立たない。スカリエッティの戦闘機人、ナンバーズに対しても、誰がどんな能力を持っていたかすら覚えていないし、そもそも名前と顔もほとんど一致してない。つーか、一度にあんな人数出されて覚えられるわけがねー。
 この件に関して、俺が言えることなどたかがしれていた。せいぜいがナンバーズの能力の一部、AMF機能を備えたガジェットの情報くらいのものだ。

「具体的に何をどうすればいいってのは、俺にもわかりません。俺が知っている通りのことが、実際にこの世界で起こるという確証もありませんし」

 現実に俺が関わったことで変わったことはあるし、俺が知らないだけで異なっている部分もたくさんあるかもしれない。

「それでも、もし、俺が言ったことが現実に起こったとき、そうと知っているのといないのでは、取れる選択肢も行動も異なるはずです。変えられる悲劇があるならば、俺はそれを変えたい。あなたやクイントさんに死んで欲しくない――ギンガやスバルの為にも」
「……そうか、聞き覚えのある名前だと思ったが、君がクイントの言っていた子か」

 クイントさんから、俺の話を聞いたことがあるらしい。まぁ、ギンガやスバルらの遊び相手程度にしか聞いていないだろうけども。

「クイントの子供たちのことをどの程度知っている?」

 ゼストさんの探るような視線に、どこまで話したものか、一瞬、逡巡するが、ここは正直に答えることにした。

「二人がスカリエッティ以外の何者かが、クイントさんの遺伝子を基にして生み出した戦闘機人のプロトタイプだということ。製作者に関してはスカリエッティも把握してなくて、十年後の時点で、彼女らのことを知ったときはタイプゼロと呼んでいたこと。後は、俺の記憶だと、ミッド在住でしたね。今現在、なんで本局で暮らしてるのかは知りませんけど」
「……なぜ、クイントの子供たちと接触した?」

 ゼストさんの疑問に、俺は寸暇を置かず、きっぱりと答える。

「ただの偶然です。局内で迷子になってたとき、迷子のスバルに泣きつかれました」
「…………」

 場に白けたような空気が漂った――ような気がする。



「――――そうか」

 長い長い沈黙の末、ようやくゼストさんが搾り出すように呟いた。心なしか、物凄く脱力しているようにも見えるが、気にしないようにしとこう。
 その後は、お約束になりつつある、相手方からの質問に俺が答えるというやりとり――半分もまともに答えられなかったが――を経て、お開きとなり、俺はリンディさんに連れられ、部屋を後にした。

「ふへぇ……」

 部屋を出た俺は、大きく息をつきながら肩を落とした。

「ふふっ、お疲れ様」

 そんな俺の様子がおかしかったのか、リンディさんがくすくすと笑いながら、ねぎらいの言葉をかけてくれる。

「流石に疲れた?」
「疲れたというかなんというか……どっちかっていうと肩の荷が降りたってのが正しいですかね。もうこんな役回りをすることはないでしょうし」

 グッと肩を解すように腕を回す。元々、交渉や説得などといった話術は得意ではない、というか大の苦手だ。人間、性に合わないことはするべきではないと、とことんまで実感した。
 とはいえ、今回の件ばかりは何もせずにいたら、後々絶対に後悔することになるので、そうも言ってられなかったのだが。一応、やれるだけのことはやったつもりだが、今回の結果がどう転ぶかはなんとも言えない。願わくば、最良の結果になって欲しいとは思うのだが……。
 そんな考えが顔に出ていたのか、リンディさんの手がぽんと、頭に乗せられる。

「大丈夫。あなたの思いはちゃんとゼスト隊長に伝わっているわ。管轄は違うけれども、私やグレアム提督も可能なかぎり、彼に協力していくつもりよ。あなたが心配しているようなことには絶対させないから、安心して」
「……はい」

 リンディさんに頭を撫でられながら、ゼストさんが言った言葉を思い返す。

「君の言葉を全て信じることはできない。だが、クイントとメガーヌ――いや、俺の部下たちは絶対に死なせないと約束しよう」

 ――そこにあんた自身も含めろよ、と思ったが、口に出すことはしなかった。部外者である俺が、これ以上の言葉を挟むのも筋違いな気がしたからだ。
 それにしても、だ。未来を知ってても、やれることに限りがあるというのはやるせないものがある。
 ティアナの兄、ティーダ・ランスターのことにしてもそうだ。首都防空隊だか何かの任務中に殉職したということは知っているが、それだけではゼスト隊以上に手の打ちようがなかった。俺がコネを持っているリンディさんやグレアム提督の管轄が海なのに対し、ティーダ・ランスターは陸の所属。部署の配置換えとかで回避する手段も考えはしたものの、管轄の違いや本人が首都防空隊の任務を志望しているケースを考えるとそれも難しいだろう。そもそも、殉職の時期がわからないのが一番のネックだ。一番ベストなのは、前線から離れてもらうことだが、ゼストさんの時と同様、死ぬかもしれないから前線を離れろなどと、言うわけにはいかない。死の危険性があるのは、本人は承知の上だろうし、管理局の任務――いや、生きている限り、死の可能性っというのは大なり小なり隣合わせにあるものなのだから。リンディさんやグレアム提督に何か手を打ってもらえないかと頼んではみたものの、この件に関してはどうにかなる可能性は、かなり低いだろう。
 心の中で、深くため息をつく。いまさらではあるが、世の中どうにもならんことが多すぎる。
 まぁ、ティーダ・ランスターの件に関しては、面識もないし、どんな人物かも知らんので、どうにかならくても、ニュースでまったく関わりの無い赤の他人が死亡したとか、その程度で済ませられてしまうのだけど。
 ――ただ、自分の手の届く範囲にいる、ギンガやスバル、なのはやフェイト、はやて達の笑顔だけはなんとか守りたいと思う。例え、どんなに自分の力が小さいとしても、やれるだけのことはやっていく。そう、決めたのだ。








 暇だ。
 リンディさんに連れられて、今度は別の応接間に通された。何でも、俺に会わせたい人物がいるから、ということで一人ここに待たされていた。
 なんでも俺のことを話したら、向こうから話したいと言ってきたらしい。なのはとかならまだしも、俺と話したいとか奇特にも程がある。
 まぁ、フェイトの裁判が終わるまでまだ時間がある。人と会うのは一向に構わないのだが、五分も待たされると暇を持て余してきた。
 何か、退屈を紛らわす方法はないかなー、と考え始めたところで、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
 室内にいるのは俺一人。え?これ、俺が返事しなきゃいけない?
 どう反応するべきか一瞬、迷ったものの、「どうぞ」と、返して扉が開くのを待つ。

「失礼します」

 と、扉を開けて入ってきたのは、十三、四歳の少女だった。
 頭には赤いカチューシャを付け、髪は長い金髪。だが、その質感はフェイトよりもふわっとした感じで、いかにもお嬢様っぽい雰囲気を漂わせていた。
 整った容姿に、どこか気品のようなものを感じさせる可愛い子だ。

「どちら様?」

 首を傾げながら尋ねると、少女は、俺の手にしたグラスに気付いたのか、こちらの質問に答えないまま、手振りでジュースを飲むよう勧めてくる。特に遠慮する必要もなかったので、俺はそのままグラスのストローに口をつける。少女はそのタイミングを狙ったかのように、自らの名を告げた。

「お初にお目にかかります。私はカリム・グラシアと申します」
「――っ!?」

 咽た。危うく口に含んだ液体を盛大に噴き出すところだった。

「だ、大丈夫ですか?」

 咽た俺の背中を、少女――もとい、カリム・グラシアがさすってくれる。美少女に背中を摩ってもらうのは悪い気分ではないが、何よりも先に言いたいことが一つある。

「なんで、聖王教会のお偉いさんがここに……?」
「……その様子ですと、私のこともご存知のようですね、遠峰勇斗さん?」

 俺の背中をさすりながら、にこやかに告げるカリムの言葉で、俺は自分の失態を悟った。いや、別に後ろめたいころがあるわけではないので、これといった問題はないのだけれども。

「……で、俺に用って何です?」

 気を取り直してそう尋ねたものの、半ば予想はついていた。以前、リンディさんとクロノに俺のことを、持っている知識のことを含め、とある人物に話してもよいかと、聞かれたことがある。二人が信用における人物ならば、という条件付きで許可を出したが、その相手がこのカリムなのだろう。二人が信用してる人物ならば問題あるまいと、その時は気にも止めなかったが、少し考えれば、十分予想できることだった。内容は十中八九、俺の持っている知識に関することだろう。

「リンディ提督から伺っていませんか?あなたと“お話”したかったんですよ」

 口元に指を当てて、にっこりと微笑むカリム。距離が近い。
 “お話”という単語に妙なざわつきを感じてしまったのは、まちがいなくなのはのせい。
 が、それ以上にカリムの笑顔がヤバイ。その微笑みに不覚にも胸がときめく。いかん、可愛い。本来なら守備範囲外のはずだが、いや、今の俺の状態からすれば十分ストライクゾーンか。いや、まぁ、とにかく必要以上にドギマギしてしまうのは、美少女を前にした男の悲しい性というものだろう。
 『浮気者』
 なにか、脳内で誰かの声が聞こえてきたような気がするが、今のはノーカン……だろう。

「……まぁ、なんでもいいけどさ」

 カリム相手にあれこれ駆け引きする必要もないだろう。相手が何を考えてるかはわからないが、久々に年頃の美少女と話す機会だ。気楽にお喋りするとしよう。
 正面に座り直すカリムに、肩の力を抜きながらそんなことを考えていた。




「で、クロノの奴、顔を真っ赤にしてさー」
「へぇー、あのクロノ執務官が?」

 カリムとのお喋りは、予想以上に弾んでいた。初対面の相手と何を話したものかと思ったが、話の種は意外と転がっているもので、俺はクロノや八神家の面々を話題に出し、カリムはカリムで弟(ヴェロッサ)や、幼少時からの付き合いがあるシスターの話題など、話題に困ることはなかった。ちなみに彼女の護衛でもあるシスターは別の部屋で待機しているらしい。一応、俺の知識のことはできるだけ広めないで欲しいという俺の希望に配慮してくれたらしい。ありがたや、ありがたや。
 それはさておき、カリムとのお喋りの結論。
 ――美少女とのお喋りめっちゃ楽しい。
 いくらなのは達の精神年齢が高いとはいえ、所詮は子供。なんというかこうしてカリムのような、ちゃんとした年頃の少女と話すのは、また別の感慨というか楽しさがあるのだ。うん、やっぱ幼女と話すよりカリムのような美少女と話すほうが精神衛生的にも楽しいことを再認識。子供としてではなく、ちゃんとした異性の女の子として接することのできる相手って初めてじゃないだろうか。シグナムやシャマルはそれ以前の問題が山積みだっただし、エイミィはある意味、人妻のようなもんだしなぁ。

「……それにしても」

 などと、話が一段落したところで一人悦に浸っていると、カリムがじっ、とこちらを興味深そうに見つめていた。

「勇斗さんと話していると、年下と話しているという気がしませんね。同年代か、年上の方と話しているような……」
「ふむ」

 なんとも的を射たカリムの言葉に、相づちを打つ。

「ま、こう見えても色々あるから、な」
「色々、ですか」
「そ、色々、な」

 適当にはぐらかす俺を見つめるカリムの視線に、少しだけ動悸が早まり、それを誤魔化すように――カリム自身がわざわざ入れてくれた――紅茶のカップに手を伸ばす。
 そういや前の人生では、優奈を除けばこうやって女の子と一対一で話した記憶はほとんどなかったような気がする。
 なのはと仲良くなって以降、幼女も含めた女の子と話す機会が随分増えたものだ。
 そのまま、なんとなく会話が途切れ、沈黙が続く。しばしの間をおいて、それを破ったのはカリムのほうだった。

「――災いの時来たれり。古き妄執に囚われた者、集う地。十三に分かたれた欠片は再び一つとなり、虚空の彼方より来たりし魂を贄に、古の神蘇らん。其の力、数多の理を喰らい尽くし、全てを破滅へ誘うだろう」

 カリムがいきなり電波なことを呟きだした――と思ったのも一瞬、すぐにその言葉が何なのかと気付く。

「もしかしなくても、カリム――さんのレアスキルで出した予言か?」

 カリムは呼び捨てにしかけた俺の言葉に、機嫌を損ねること無く頷く。

「カリム、と呼び捨てで結構ですよ。お察しのとおり、私の能力『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』によって書き出された預言書の一節です」

 俺が知っているスカリエッティ関連のものとはまた別物。しかもパッと聞いた響きでは、スカリエッティの時より遥かに規模がでかく、悪い内容の気がするのは気のせいだろうか。
 心なしか、カリムの表情も硬くなっているのは、その不吉極まりない内容ゆえか。
 
「私の『預言者の著書』については、どの程度、ご存知ですか?」
「えー、と?」

 こめかみに手を当てて、過去の記憶を掘り返す。うー、あそこら辺は放送時とDVDで一回見ただけだから、あんま覚えてないんだよな。

「何年かに一回使えて、よく当たる占い程度の確率で未来を予言する……で合ってる?」
「えぇ、正確には一年に一度、ですけど。大雑把にはその通りです。そこまでご存知なら話は早いですね」

 その先のカリムの言葉を予想しながら、姿勢を正す。

「率直にお聞きします――この予言についての知識をお持ちですか?」
「ないな」

 予想通りの問いに、俺は即答した。その即答ぶりに目を丸くしたカリムを可愛いな、と思いつつ、続く言葉を口にする。

「今の予言が何年後を示すのかは知らないけど、俺の持ってる知識には、その予言について聞いたこともないし、これから先、十年前後の間にそれらしき事件が起こったていう認識もない」

 ――あくまでも、俺が知っている知識の中では、と付け加えながら思案する。俺が知らないだけで、実際はあの世界でも今の予言に該当する事件が起きていた可能性がないとはいえないが、この予言はニュアンス的にはスカリエッティのそれより大きな災厄のように聞こえた。もし、そんな大きな事件があったとしたら、StSでも話題にくらいには出ていただろう。ゆえに、俺の知ってる世界では起きていないと考えるのが妥当だ。とはいえ、俺の推論だけで結論づけるのは早計といえる。

「ちなみに今の予言は、どんな解釈がされてるんだ?」
「……過去に封印された何かが蘇り、管理局を凌駕するであろう力で、幾多の次元世界を崩壊させること……今の時点では、その程度しかわかりません」

 ため息混じりのカリムの言葉は予想通り、とんでもない内容だった。ていうか、明らかにスカリエッティの時よりやばくね?

「大丈夫ですよ。勇斗さんが知っているとおり、よく当たる占い程度の的中率ですから、必ず当たるとは限りませんし」

 と、眉根を寄せていた俺を安心させるつもりなのか、先程までの硬い表情を和らげて言うカリムだが、その言葉どおり、「はい、そうですか」と納得出来るものでもなかろうに。
 とはいえ、それを口にしたところで、俺に何かできるわけではない。カリムに合わせて、気楽な雰囲気で肩を竦める。

「まぁ、俺の知ってる世界では、それに該当することは起きてないな。十何年経っても、管理局は健在だし。なんとかなるだろ」

 万が一、なにかあったとしても、なのはにフェイト、はやてと守護騎士達が揃えば大抵のことはなんとかしてしまうだろう。というか、あの面子が揃ってどうにかならない場面が想像できない。完全に他力本願なのが男として情けなくはあるが。

「…………」
「……なに?」

 紅茶のカップに口を付けようとしたところで、カリムが珍しいものを見るような目でこちらを見ているのに気付く。

「いえ、クロノ執務官の言うとおり、面白い人だな、と思いまして」
「あんまり良い意味で言われた気はしないな……」

 クスリと笑うカリムに苦笑で返す。はっきり言って、クロノが俺のことを好意的に話す様が想像できない。と、いうか今の流れのどの辺でそう思うんだ。
 そんな俺の内心を知る由もなく、カリムは上品に微笑む。

「いえいえ、そんなことはありませんよ。フフッ」

 笑いながら言われても説得力がない。まぁ、あいつがどんな風に俺のことを話していようが構わないのだけど。

「まぁ、何にしても悪かったな。今回の予言に関しては何の役に立てそうにもない」
「……今回の、ということは別の機会なら何か知ってらっしゃるんですね?」

 にこにこと笑顔を崩さないくせに、一々、耳聡いな。

「こっちで同じことが起これば、の話だ。それにしたってことが起きるのは十年後。当分はそれに関して話すことはないよ。下手に話して悪い方向に流れが変わっても困るし」

 情報の出し惜しみをするわけではないが、流石に今から機動六課のことを話したところで、時期尚早過ぎる。スカリエッティのことにしたって、ゼストさんに伝えた以上の情報は持ってない。

「それは残念。どんな話が聞けるか楽しみにしていましたのに」

 頬に手を当てて、あらあらと呟くカリムだが、笑顔のまま言われても、まったく残念そうに見えない。

「心配しなくても、時期がくればちゃんと話すよ」
「はい。その時を楽しみにしています。約束、ですよ」

 唇に人差し指を当てながら言うカリムに苦笑しながらも、「了解」と返す。
 可愛いけど、一筋縄でいかないお嬢様。それがカリムとのファーストコンタクトに対する感想だった。









■PREVIEW NEXT EPISODE■

無事、フェイトとの再会を果たした勇斗となのは達。
闇の書の完成を目前としながらも、慌ただしくも穏やかな時間が流れる。
そして、ついに闇の書の完成の時が訪れる

シュテル『以後、お見知りおきを』



[9464] 第三十四話 『以後、お見知りおきを』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/06 00:09

「と、いうわけで今日から新しい友だちになる海外からの留学生です。フェイトさん、どうぞ」
「あの、フェイト・テスタロッサと言います。よろしくお願いします」

 そう言って教室の壇上で挨拶するフェイトは、見ていて気の毒になりそうなくらい緊張していた。
 俺やなのは達に気付いてあの状態なのだから、そうでなかったらどうなっていたのやら。
 微笑ましくもあり、少しだけハラハラドキドキものだが、これが子を持つ親、もしくは弟や妹を見守る兄の心境というものだろうか。
 しかし、まぁ、世の中、色々上手く回っているものである。頬杖をつきながらこうなった経緯を思い返す。

 フェイトの裁判の結果は、想定通り保護観察処分ということで、実質無罪。プレシアに関しては数百年単位の幽閉という処分――が本来の実刑になるはずだったのだが、例のロストロギアの影響下にあったことで正常な状態ではなかったこと、その他司法取引もろもろに加え、プレシアの病気のこともあって、管理局の監視下にある病院で療養中らしい。魔力の大幅封印や、外出禁止などの多くな制限はあれど、ある意味では無罪のようなものである。
 闇の書事件についてフェイトとなのはに話した結果は、こちらも当然のように二人の協力を得られた――どころか、何故もっと早く話さなかったのかと逆に怒られた。既にはやては二人にとっても友人なので、こちらも想定の範囲内ではあったのだが。
 そんな訳でこちらの予定通りことは進み、なのは・フェイトVSヴィータ・シグナムの模擬戦を経て(結果はもちろんヴィータ・シグナムの圧勝)、二人の同意のもと、リンカーコアを蒐集。現在はなのはとフェイトのデバイス強化、アースラのアルカンシェル取り付け及び、メンテナンス待ちといった状況である。なのフェイの回復と、それらが終わり次第、二人のリハビリ代わりの模擬戦を行い、俺のリンカーコアを蒐集、闇の書消滅作戦実行という手はずである。
 で、何故フェイトが聖祥に転入しているのか?アースラの整備中、リンディさんらアースラクルーがヴォルケンリッターの監視という名目で海鳴に引っ越してくるのは想定どおりだったが、それにフェイトまでついてきたのは、少しばかり意外だった。フェイトの性格を考えれば、入院したプレシアの傍を離れないだろうと思っていたからだ。
 それについてフェイトにそれとなく聞いてみたところ、「母さんがね、私ぐらいの子供はちゃんと学校に行って、友達と過ごす時間を大事にしなさい。それで、どんなことがあったのか一杯聞かせてねって言われて……」、ということらしい。寂しさ半分、嬉しさ半分といった感じのフェイトに俺の保護欲が大いに掻き立てられたのは、秘密である。
 そんなわけで、週に一度プレシアに会いに行くのが、フェイトの一番の楽しみでもあるらしい。
 よくよく考えれば、原作と状況が違っているのにも関わらず、わざわざリンディさん達が引っ越してきたのは多分にフェイトの為だったのだろう。あらかじめプレシアと話し合った結果、こうなるようにしたのかもしれない。真相はどうなのかわからんが、フェイトが幸せそうならば、まぁ、いいやと思う。

 などと俺が思い耽っているうちに、朝のホームルームは終了し、フェイトはクラスメイトたちに囲まれ、質問攻めに遭っていた。
 うむ、こうして大勢に囲まれて質問攻めに遭うとか一種のイジメやね、これは。
 人事のように生暖かく見守っていたのだが、ちょうど人ごみの隙間から、ばっちりとフェイトと視線が合ってしまう。

(ど、どうしよう!?)

 念話を使わずとも、その表情が如実にそう語っていた。
 いや、うん、俺に言われても困る。自慢じゃないが、人を仕切るのは得意じゃないぞ、俺。知らんぷりしようにも、フェイトの視線は俺から離れず、切実に助けを求めてきていた。今にも念話を使ってきそうな勢いである。

『ど、どうしよう、勇斗?た、助けて』

 うわぁい、本当に念話使ってきましたよ、おい。ええぃ、その捨てられた子犬のような目はやめぃ!
 たまらず俺は視線をそらし、学級委員長にゼスチャーで助けを求める。
 幸い、聡明な委員長様ことアリサ・バニングスはすぐさまこちらの意図を察したようで、大きく頭を振りながら、クラスメイトの輪へを向かっていく。

「はーいはい、転入初日の留学生をみんなでよってたかって、わやくちゃにしないの!」

 アリサの視線が「貸し一つね」と語っていた気がするのは気のせいだと思いたい。多分。

「あはは、フェイトちゃん大人気だね」
「まぁ、小学生の転入なんてこんなもんだろ」

 手際よくクラスメイト達の質問を仕切っていくアリサの姿に、ホッと肩の力を抜いたところにやってくるすずかとなのは。

「自分でフェイトちゃんを助けに行かなくて良かったの?」

 と、どこか含みのある言い方をしてくるなのは。こいつはいまだに俺とフェイトの仲を変な方向に解釈しようとしていやがる。

「適材適所。ああいうのはアリサに任せる。俺の出番じゃないやい」
「あはは、そういうことにしてあげるよ」
「そういうことにしとけ」

 意味深に笑いあうすずかとなのはにちょびっとだけイラッとするが、ここでムキになってしまっては大人として負けである。
 紳士たるもの、この程度で感情を顕にしたりなんかしないのである。

「あ、お昼、私達はフェイトちゃんと一緒に食べるんだけど、ゆーとくんはどーする?」
「いきません」

 ニヤニヤと聞いてくるなのはに即答。聖祥は給食ではなく、弁当持参なので基本的には仲の良い友達同士で、屋上や中庭、教室など適当な場所で食べるものである。無論、俺らくらいの年齢だと、流石に普段から男女混合というグループは少なく、それは俺とて例外ではない。放課後は一緒に遊んだりするようになっても、昼飯まで一緒に食べたりはしてない。

「えー、フェイトちゃん、ゆーとくんと一緒にお昼食べるのすっごく楽しみにしてたよ?」
「うんうん、友達としてフェイトちゃんの期待を裏切っちゃいけないと思うな」
「…………」

 二人の悪意が透けてみえるのはきっと気のせいじゃないと思う。
 それでも相手がこの二人、いやアリサを加えた三人ならば、俺は難なくいつもどおりの悪友との昼飯を過ごしていただろう。別にフェイトと昼飯を食べるのが嫌なわけではないが、わざわざ学校で女子四人に混ざって昼飯というのは流石に気恥ずかしいものがあるのは否定出来ない――気もしたけど、よくよく考えたら夏の祭り以降、その辺りの感覚は大分麻痺してたな、そういや。でも、さすがに昼飯まで一緒にするのはなぁ……。




――昼休み。

「え、勇斗は一緒じゃないの?……そっか。ちょっと残念、かな。あ、いいよ、全然気にしないでっ、私は全然平気だから」

 あからさまに肩を落としながら言っても説得力ありません、フェイトさん。というか、クラス中の視線が俺に集まって、俺が悪役ムードなのですが。
 はぁ、と静かにため息をつきながら覚悟完了。仕方ないね。

「今日だけだかんな」
「あ、うん!」

 俺が弁当を持って横に並ぶと、フェイトの顔がパァッと花が綻ぶような笑顔で頷く。やれやれである。そこの三人組、ニヤニヤした顔でこっち見んな。







「な、なんだかいっぱいあるね……」
「まぁ、最近はどれも同じような性能だし、見た目で選んでいいんじゃない?」
「でもやっぱ、メール性能がいいヤツがいいよね」
「カメラが綺麗だと色々楽しいんだよ」
「うぅ……」

 三方からの異なる意見を浴びせられながら、フェイトは唸りながら携帯電話のカタログとにらめっこしていた。
 三者の意見がそれぞれ分かれてて、初心者を混乱させるなよとは思いつつも、眼前の光景自体は微笑ましくもあり、何も問題ない。
 問題なのは……

「何故、俺の席に集まる?」

 わいわいがやがやと集まるこの四人は、何故か休み時間にわざわざ俺の席に集まっていた。
 四人の誰かのとこでいいじゃん?

「だって、ゆーとくん自分からは絶対にこないし」

 微妙に不満そうに頬をふくらませるすずかに手に持った本を見せる。

「見ての通り、俺は読書中なのですが」
「そもそもフェイトちゃんの為に携帯のカタログ集めてきたのゆーとくんだよ?」

 俺の言葉は華麗にスルーされ、なのはは相変わらずニヤニヤとした視線を向けてくる。
 うん、たしかに昨日家電量販店にガンプラを買いに行ったとき、フェイトが携帯を持ってないことを思い出して、ついでとばかりにカタログを集めて持ってきたのは俺だ。

「カタログはお前らに渡したんだから、別に俺のとこに来る必要ないよね?」
「何言ってんのよ。そこまでしたんなら男として最後まで面倒見なさいよ」
「誤解を招く言い方はやめぃ」

 ジロリと睨みつけるが、アリサはふふんと胸を張るばかりでまるで意に介さない。わざとやってないか、こいつ。

「ごめん。迷惑、だったかな?」
「いや、そんなことはないけどさ」

 シュンとするフェイトに慌てて言い繕う。迷惑というか単純な疑問なだけで。

「それでゆーとくんからフェイトちゃんへのアドバイスは?」
「や、なんでもいいんじゃない――か?」

 さらりと流れを無視するすずかへの返答に、三方から冷たい視線が突き刺さる。
 俺にどうしろと?当のフェイトはそっかー、と頷いて再びカタログに見入ってるから問題ないだろーが。

「……適当に目星つけて、後は店頭で実際に見て決めればいいんじゃないか。もしくは誰かと同じのとか」
「そっか。そういうのもありだね」

 三人の視線に耐えかねてそう口にしたところ、フェイトは素直にうんうんと頷くのに対し、

「微妙に的外れだよね、ゆーとくんて」
「30点」
「意外とへたれ?」
「……どう答えりゃ満足なんだよ」

 フェイトに聞こえないように、それぞれ好き勝手呟く三人に対して、俺は深く深くため息をついた。




「どうしてこうなった」

 結局、放課後も四人に付き合って、フェイトの携帯を買ってそのまま翠屋コースまで付き合わされてしまった。なんかもうどっと疲労感で一杯である。
 でもまぁ。なのは達と楽しそうに携帯を弄るフェイトを横目でチラリと見る。会ったばかりのどこか暗い雰囲気を持ったフェイトも良いが、女の子はやはりこういったニコニコとした楽しそうな笑顔が一番似合う、フェイトを見ていると、こちらもなんだか癒された気分になる。

「ね、ゆーとくん」
「んー?」

 正面に座ったすずかの声に向き直りながら、生返事を返す。

「フェイトちゃんと一緒にいて楽しい?」

 いきなり何を言い出すのだろうか、こやつは。言葉の代わりに、白けた視線をそのニヤけた顔に目一杯送ってやることにする。

「ふふっ。フェイトちゃんを見るときのゆーとくん、どんな顔してるか気付いてる?」
「…………」

 とっさに言葉を返せず、思わず押し黙ってしまう。

「どんなって……普通、だろ?」

 わずかの間を置いて口にした言葉は、自分で思っていたより力がなかった。それはすずかにも伝わったらしく、クスクスと小さく忍び笑いを漏らし、それがまた俺を憮然とさせる。

「ふーん、あれがゆーとくんの普通なんだ?へー、へー」

 何時になく挑発的なすずかに対し、無言で指先を曲げ、こいこいと手招きする。

「?……わっ」
「おまえもなのはも無駄に勘ぐりすぎだっつーの、こら」

 無防備に顔を寄せたすずかの頬を突っつく。子供特有のぷにぷにとした感触が指先を押し返すが、気にせずグリグリと押し付ける。

「ご、ごめんなさい、あはは」

 笑いながら誤っても、まるで誠意が感じられんのですが。まぁ、許してやるとしよう。

「みんな仲良いんだね」

 すずかとじゃれ合っているところをしっかりとフェイトに見られたらしく、こちらもなんだか楽しそうにニコニコしていた。こっちが送ったビデオメールでもそれなりに雰囲気は伝わっているはずだが、こうして一緒の場にいるとまた違った感慨があるのだろう。

「うむ、見ての通りだ」

 あえて否定するほどのことでもなかったので首肯すると、なのはが呆れたような視線で口を開く。

「いつものことだけど、ゆーとくんてすっごく偉そうだよね」
「うむ。頼もしいだろう?」
「いやいや、意味わかんないから」

 ビシッとアリサから裏拳で突っ込みをいれられた。俺なりに意味はあるのだが、わざわざ口にして語るほどのものではない。

「フッ」
「何よ、その意味深な笑いは」
「いや、別に?ふっふっふ」
「すっごい悪人の笑みだよぅ」
「ゆーとくんて、そーゆう表情似合うよね」

 口の端をわざとらしく釣り上げて笑ってみたら、なのはとアリサは思いっきり嫌そうな顔で引き、フェイトとすずかは何故か笑っていた。

「そうだろう、そうだろう」
「褒めてない褒めてない」

 心底疲れた顔で呟いたアリサは、今見た嫌な光景を振り払うように頭を振り、フェイトへと向き直る。その表情は何時になく真剣なのだが、どこか慄いているように見えるのは気のせいだろうか。

「ね、フェイト。さっきから不思議に思ったことあるんだけど一つ聞いていい?」
「ん、何?」

 フェイトが頷くと、アリサは一呼吸置いて言った。




「なんであんた、ガンダム知ってるの?」


「……え、と?」

 アリサの質問の意図がわからず、首を傾げるフェイト。俺の方はあぁ、とアリサの言いたいことに察しがついたが、口を挟まずに見守ることにする。

「こっちの常識、じゃないの?」

 きょとんと答えるフェイトに、アリサは大きく頭を振る。

「たしかにガンダムを知ってるくらいなら私も驚かないわ。ガンダムが世界的に知名度が高いのは確かなんだろうけど……でもね」

 そこで言葉を切ったアリサは、俺に向かってビシッと指をつける。

「女の子で海外に住んでたあんたがアレと語り合えるほど詳しいのはおかしいでしょ!」

 アリサが言ってるのは家電量販店で携帯を買った後の出来事である。ようはフェイトの買い物ついでにいつもの習性で俺がガンプラコーナーを覗き、ついてきたフェイトとそこに並んでたガンプラについて小一時間ほど語り合ってたことについてである。まぁ、語り合ってたといっても、一方的に俺が解説してたようなものだが。
 無論、一般的な女子小学生ならば、そんなものを聞いて楽しいわけがないし、俺とてそのくらいは理解しているのでアリサ達に講釈じみたことをしたことはない。が、フェイトはというと、実に興味深げに話を聞いて一々感心してくれたので、俺としてもつい熱の入った講釈をしてしまった。もちろん、アリサ達は話についていけず置き去りである。自分の好きなものになると熱くなるオタクの悪い癖である。ちょっと反省。

「そう、なの?」
「そう!なんであんなに詳しいのよ!?」
「え、と、勇斗にXとGのDVDを貸してもらって、あとGジェネレーションFっていうゲームを本体ごと借りてクリアしたから?」

 どこかおかしい?、といった感じに首を傾げるフェイトに対し、アリサがもの凄い勢いでこちらへ振り返る。

「次にアリサはやっぱりお前かと言う」
「やっぱりお前かーっ!?、って言わせたのはあんたでしょう!?」

 グイグイと頬を引っ張れる。理不尽な。

「はひかほんひゃいへも?」
「問題大ありよ!フェイトに何を見せてるのよ!」

 俺の頬から手を離し、胸を張って吠えるアリサへ、俺はニヤリと笑って言い放つ。

「自分の好きなモノを人に勧めるのに何か問題でも?別に無理に見せたわけでも押し付けたわけでもないぞ?」
「……う」
「フェイト自身が確かめて、自分で気に入ったんだ。人の趣味嗜好に文句をつける気か?」
「……くっ」

 俺の正論にアリサは悔しそうに言葉を詰まらせる……が、やがて諦めたようにため息をついた。

「……はぁ。別にあんたの趣味嗜好にとやかく言う気はないけど、フェイトを変な方向に引き込むのだけはやめてよね」
「うむ、大丈夫だ。まかせとけ」

 日本の小学校の一般常識を教える意味でも、絶対無敵な地球防衛組のDVDセットも見せたから問題ない。あと基本として仮面ライダーBLACKも。

「二人は何の話をしてるの?」
「えーと、ガンダムは世間一般的にはあまり女の子が見るものじゃないかなぁ、と」
「そうなの?」
「うん、割合で言えば少ないほうかな。でもXとGから入るなんて、ゆーとくんて、やっぱりマニアックだよね」
「ほっとけ」

 趣味が入っているのは否定しないが、これはフェイトに対する情操教育も兼ねているのだ。フェイトに対する羞恥心を覚えさせるのに何がいいか、色々考えたものの、結局良い案が思い浮かばず、とりあえず一般的な男女間というか恋愛観みたいなものを覚えさせるのが間接的に羞恥心を覚えるのに繋がるかなー?という自分でも強引過ぎる結論ゆえの選択だ。Xはガンダムにしてはラブコメ要素が強いからちょうど良かったんだよ。地味だし、子供受けはしなさそうだけど!Gも色々アクが強いけど、普通に熱いし面白いし、ラブあるし。
 って、うん?フェイトの疑問に答えていったなのはとすずかだが、今の発言には引っ掛かるものがある。

「もしかしてすずかもガンダムわかるの?」

 俺と同じことをアリサも気付いたらしく、俺が言おうとしたことをそのまま代弁してくれた。

「お姉ちゃんが機械弄りとか好きで、前から結構ロボットもののアニメとかは見てて。私が機械系とか工学系とかに興味あるのもそれに影響受けてたり……」

 えへへ、と照れたように笑うすずか。
 なのはもアリサも親友の意外な一面に絶句している。フェイトだけ事態が飲み込めず、きょとんとしているが。
 意外だ。普段のすずかの外見と性格からは想像も付かなかった事実に俺とて驚愕を禁じえない。物凄く意外だけど、元凶が忍さんというあたりでなにか物凄く納得した。ノエルにわざわざロケットパンチをつけるような人間ならそれも頷ける。
 今まで話題にしなかったのは、なのはやアリサに遠慮してのことだろう。俺と二人きりで話したことはないし。

「もしかしてガンダム以外も網羅してたりする?」
「うん、スパロボに出てくるやつなら一通り見たことあるよ」
「…………」

 さらりと言ってのけるすずかだが、もしかして俺より詳しかったりするのだろうか。
 すずかの底しれぬ恐ろしさを実感した気分だった。

「お嬢様方、こちらはサービスになります。どうぞ、お召し上がりください」

 そんな声とともに、テーブルの中央にフルーツタルトの皿が置かれる。
 聞き慣れた声に声の主へと目を向けると、ロングコートを来た三十代後半の男が立っていた。
 俺にとって見慣れた、またフェイトを除いた三人にとって面識のある男は人懐こい笑顔を浮かべて軽く会釈し、なのはたちもこんにちわーと気軽に挨拶を返す。
 男は初対面であるフェイトへと向け、一人ほうほうと、したり顔で頷く。何を考えてるのか微妙に想像つくのが嫌だ。

「え、と?」
「これは失礼。初めまして、フェイトちゃん。勇斗の父、遠峰相馬です。よろしく」

 一人、事態が飲み込めず混乱するフェイトに向かって自己紹介をする我が父。

「え、勇斗のお父さん?は、はじめまして、フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

 流石にこの展開は不意打ちというか想定外だったらしく、フェイトは必要以上に慌てふためきながら、挨拶を返す。

「そんな緊張しなくていいぞ。俺が言うのもなんだけど、適当な扱いでいい」
「おいおい、せっかく帰って来たばかりの父さんに向かって随分だな」

 くしゃくしゃと俺の頭を撫でる父親をジロリと睨めつける。

「自分の息子を差し置いてその友達に挨拶をするのはどうなんだ?というかなんでここにいんのさ」
「もちろん可愛い息子に会いに来たにきまってるじゃないか!はっはっは、お前の居場所は携帯のGPSでいつでも把握してるからな!」

 グリグリと頭を撫でられながら思う。うむ、我が父ながら相変わらずテンション高い。

「……え、と?」
「あぁ、うちの父さん、普段は海外出張に行ってること多くてさ。今日、ちょうど日本に帰ってきたばかりなんだよ」

 相変わらず混乱状態の続くフェイトへ簡単に事情を説明する。なのは達は授業参観やら、うちに遊びに来たときに面識があり、その時にさらっと事情は説明済みである。
 余談ではあるが、フェイトに貸したDVDの持ち主はあくまで父さんである。俺が誕生日プレゼントに強請ったのもあるが、小学生が自力で多数のDVDセットを揃えられるはずもない。良く言えば、少年の心を忘れない大人。身も蓋もない言い方をすれば、子供を卒業できない大人のオタクである。母さんも若干、この趣味には辟易気味だが、かなり前から諦めてるようだ。

「フェイトちゃんのことは勇斗からよく聞いてるよ。可愛くて良い子だってね。かなりひねくれてた子だけど、勇斗のことこれからもよろしく頼むよ」
「あ、はい、こちらこそ」

 可愛くて良い子、というあたりにフェイト以外の三人のニヤニヤした視線が俺に集中してくる。たしかに言ったけど、断じて自発的に言ったのではない。あくまで客観的意見を述べただけで俺の主観で言った訳ではない。いや、主観的に見ても間違ってはいないけど。

「うんうん、なんなら私のことはパパと呼んでくれて構わないからね。フェイトちゃんみたいな可愛い子ならいつでも勇斗の嫁に来てくれて構わないよ。なんなら養子でもいい」
「え?パパ……?」

 突然のことに何を言われたのかわからなかったらしく、一瞬、首を傾げるフェイトだが、すぐにその意味を理解したのか見る見る間にその顔が赤くなっていく。俺としては赤くなったフェイトがとても可愛いのでもっと見ていたいが、ここらで助け舟を出しておかないと色々まずい気がして仕方ない。

「軽い冗談だから、真に受けなくていいからな。なのは達がウチに来たときにも同じこと言ってるから」

 そのことを思い出したのか、なのは達は一様に苦笑いを浮かべている。なのはもアリサも今のフェイトと同じように慌てふためいたのは、まぁ、俺も見ていて楽しくはあったけど。

「冗談だとは心外だな。お父さんはいつでもどこでも本気だぞ?フェイトちゃんやすずかちゃんたちのような可愛い女の子が娘になるというのは父親冥利に尽きるというものだ」
「ええい、小学生に言う言葉か!いいからもう帰れ!」

 割と本気で言ってるようだからこの父親も困ったもんである。俺の一喝もなんのその。軽く肩を竦めただけで堪えた様子はまるでない。

「はっはっは。言われなくてもこの辺で失礼するよ。なのはちゃんのお父さん、お母さんや、リンディさんとも話をしていきたいからな」

 そう言って、いつのまにかリンディさんと桃子さんたちが集まってる一角を指差す。どうやら、俺らの席に来るまでに軽い挨拶は済ませてきたようだ。

「勇斗ー、帰るときは久々にお父さんと一緒に帰ろうな~」
「あー、はいはい」

 しっしと邪険に追い払い、ため息をつく。嫌いじゃないけど、人に紹介するには若干恥ずかしい父親であることは否めない。まぁ、母さん同様、こんな俺を一人息子として大事に扱ってくれる有難い家族ではあるのだけど。

「あはは、相変わらず楽しい人だね。ゆーとくんのお父さん」
「……俺はすごく疲れるぞ」
「ああして話してるの見てると、やっぱりゆーとのお父さんって感じするわ」
「うんうん、親子って感じするよねー」

 うん、素直に喜べない。どう考えても褒めてないぞ、こいつら。

「パパ……お父さん、かぁ。……うん、でも……」

 もしもし、フェイトさん?聞こえてきた呟きの元を辿ると、フェイトは何やら真剣な表情でぶつぶつと呟いていた。
 おーい、と声をかけようとしたところで、フェイトにとって父と言うべき存在がいないことを思い出し、思い留まる。リンディさんの養子になった場合もしかりだ。この場合、どう言ったものか。
 よくよく思い返してみれば、はやても両親は不在である。一応、うちの両親にははやての家庭環境のことは伏せているが、一年以上もの付き合いでそれとなく気付き、はやてに対しても、実の息子である俺と同じように接している。フェイトが望みさえすれば、父さんも母さんも、実の子どものように接してくれるのは間違いない。
 しばしの間、言うべき言葉を迷ったが、意を決して口を開くことにした。

「まぁ、フェイトさえ良ければ好きに呼んでくれていいぞ。父さんは間違いなく喜ぶから」

 我ながらなんとも気の利かない台詞である。

「えっ、あ、わ、私は別に」

 またしても慌てふためき、弁明するフェイトに少しだけ苦笑する。プレシアが存命している中、リンディさんから養子の話が出てるかどうかはわからない。が、フェイトを一人の子どもとして扱ってくれる人間は多ければ多い程良い。

「遠慮すんな。フェイトがしたいようにすればいい。誰に迷惑をかけるでもない。むしろ、父さんは喜ぶだけだから」
「あ、えっと……」
「んな真面目に考えなくていいから、適当でいいって適当で」

 真剣に答えようとするフェイトにやっぱり苦笑を禁じえない。

「ね、ね、ゆーとくん」
「……なんだ?」

 異様に目を輝かせたすずかに嫌な予感が全開である。

「ひょっとして、今の遠まわしなプロポーズ?」
「え?」
「わ」
「へぇ」
「…………」

 フェイトが驚きの声をあげ、なのはとアリサが興味深げに声を漏らす。

「いやいや違うから。なんでそーなる」
「えー、だって?今のは普通に考えたらそう取れるよ?」
「普通じゃないから」
「え、あの、勇斗?」
「そんな意図はないから安心していいぞ。あんまりこいつらの言う事、真に受けるな」
「あんたが言うなが、あんたが」
「ええぃ、やかましい」
「またまたー、ゆーとくんの照れ屋さん」
「おまえ、生意気」
「あいたっ!?なんで私だけデコピン!?」
「やりやすかったから」
「酷っ!?」

 そんなこんなでフェイトが転入してからも、相変わらずの日常が続いたのであった。






 あっと言う間に時は流れ、ついに闇の書を完成させる時が来た。
 既に場所は無人の管理世界。この場にいるのは、俺、フェイト、なのは、ユーノ、クロノ、アルフに加えてはやて、ヴォルケンリッター、リインフォースのみで、他には虫一匹すら見当たらない見渡すかぎりの荒野だ。
 ここで俺のリンカーコアを蒐集して、闇の書を完成、はやてが管理者権限で闇の書の防衛プログラムを排出、俺以外のメンバー全員で防衛プログラムのコアを露出させ、アルカンシェルでドカン、という手筈になっている。
 闇の書は現在、管制人格ことリインフォースの起動に必要な400頁まで蒐集完了している。さすがにクロノ達管理局正規の人間は、有事の時に備える必要があったため、蒐集はできなかったらしいが、蒐集を開始した時期が早かったこと、なのはとフェイトの協力もあって、かなりゆったりしたペースで蒐集は進んだらしい。
 あとは俺のリンカーコアだけで残り266頁を蒐集すれば、めでたく闇の書は完成する。つーか、なのはやフェイト達でさえ、50頁いかなかったことを考えると、我ながらどれだけ非常識なんだと思う。どのみち、自分じゃ全然扱いきれてないんだけど。管理局の調査によれば、実際は俺のリンカーコアからは260頁より多く蒐集できるらしいが、蒐集期間に余裕があったこと、完成時に確実に周りに被害を出さないこと状況を作ることを優先した結果、一番最後に蒐集することになった。蒐集の犠牲になった野生動物には申し訳ないが、防衛プログラムの暴走に巻き込まれるはマシと思ってもらうしかない。

「むぅ、流石に緊張するな」

 いざ、闇の書にリンカーコアを蒐集される段階になると、さすがの俺も緊張を拭いきれない。フェイトもなのはも例外なく、蒐集された後は気を失っているからなぁ。

「おまえが緊張してどうする。どうせ蒐集した後は何もしないだろうに」
「いや、まぁ、そうなんだけど。計画の発案者としてはやっぱこう、責任感みたいなものを感じるじゃん?」
「え?ゆーとくんにそんなんあったん?」

 シグナムとはやてが酷い。

「失敬な」

 が、どうやら俺の味方は一人もいないようで、他の面々も釣られたように笑いを上げていた。

「そんな心配せんでもへーきや。私にはリインフォースがついとるし、ばっちりや」

 と力強く宣言する車椅子の少女――八神はやてはいつも以上に、気合が入っていた。
 400頁の蒐集が完了した時点で、はやては検査やその他諸々の準備の為に、アースラ艦内で保護されていた。その間に管制人格にリインフォースと名づけ、色々な話をした結果、はやては今まで以上に色々ご機嫌なのである。(俺は知らなかったが、400頁以上の蒐集と主であるはやての許可さえあれば、力は行使できないまでも実体化までは可能らしい)
 闇の書の完成させてしまえば、否応無く別れることになるリインフォースの存在をシグナム達がはやてに伝えたのは、防衛プログラムの破壊という目的を抜きにしても、可能なかぎりはやてとリインフォースの想い出を増やそうという意図があったのだろう、と思う。例え、共に過ごした時間が短くともそれははやてにとっても、リインフォースにとってもかけがえのない宝物になるのだから。

「それにシグナム、ヴィータやシャマル、ザフィーラもおるし、なのはちゃんたちもバックアップしてくれる」
「そういうことだ。リーゼ達もなにかあったときにフォローできるよう、アースラで待機してくれている。大概のことはどうにかできるよ」
「そうそう。クロノくんの言うとおり。皆で力を合わせればきっと大丈夫」
「うん。その為にバルディッシュもレイジングハートも新しい力を手に入れたんだしね」

 はやての言葉にクロノも頷き、なのはとフェイトもそれぞれのデバイスを手に頷く。

「まぁ、たしかにこれだけの面子が揃っててどうにかできないことのほうが少ない気はするけどな……」

 どいつもこいつもAランク以上の猛者で、全員でひと暴れすれば小国ひとつくらいなら簡単に制圧できそうだから困る。頼もしいと言えば頼もしいのだけど。
 が、俺以外に不安を抱いていたものがもう一人存在したらしい。

「主、本当に闇の書を完成させてしまうのですか?もっと時間をおいてからのほうが……」
「おめーはまだうだうだ言ってんのか。はやてがやるって決めたんだから、いい加減、覚悟決めろ」

 一人、おろおろとうろたえて、ヴィータに叱責されたは、言わずとしれた闇の書の管制人格ことリインフォースであった。

「いや、しかし、万が一、主が管理者権限を取り戻すことができねば……」
「せやから、それは私がなんとかするから平気やって言うてるやろー」

 このやりとりは何度か繰り返してきたようで、はやてもいささか辟易してるようだった。
 リインフォースの心配していることもわからなくはない。もし、はやてが管理者権限を使うことが出来ず、暴走を許してしまうようなことになれば、クロノがグレアム提督から譲り受けた氷結の杖――デュランダルで、はやては凍結封印をされてしまうからだ。
 もちろん、守護騎士一同やなのは、フェイトも、その対応について積極的に賛同しているわけではない。だが、闇の書を完成させなければはやての命は失われるし、暴走してしまっても結果は同じ。次善の策として、はやてが凍結封印されるのは、はやて自らが望んだことでもあり、闇の書からはやてを解放する手段を模索する時間を得るためのものであるのだ。それについてはこの場の誰もが納得済みのはずなのだが、リインフォースだけは未だに踏ん切りがつかないようだった。

「みんなが手伝ってくれてここまでこれた。だから今度は私達の番や。大丈夫、みんなの想いをムダにしないためにも、絶対に成功させてみせる、ええな?」

 リインフォースを自分の目線の高さまでかがませ、母親が子供に言い聞かせるように説き伏せるはやて。体格や年を考えれば立場的には逆なのに、それはどこか滑稽なようで、微笑ましい光景であった。

「……了解しました。我が主」

 やがて、はやての真っ直ぐな視線にリインフォースも負けたようで、渋々と頷く。

「ん、それでこそ、闇の書――いや夜天の書の祝福の風や」

 そんなリインフォースをはやては満足そうに見つめ、こちらへ向き直る。

「じゃ、ゆーとくん」
「おう」

 呼ばれて、はやての前に一歩進み出る。

「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
「うぃっす」

 はやての脇には既に指輪型のデバイス――クラールヴィントと闇の書をスタンバってるシャマルが控えている。

「それじゃ、みんな、後は手筈どおりに。何が起きても、すぐに対処できるよう構えておいてくれ」

 クロノの指示に各々が返事をして、俺とシャマルを囲むようにして距離を取り、円陣を組む。

「それじゃ……行きます!」
「…………っ!」

 シャマルがクラールヴィントを用いて作成した『鏡』へ腕を差し入れると同時に、何かが俺の身体を貫く感触。痛みそのものはほとんどないとはいえ、自分の胸から人の腕が生えている光景はなんとも言えない不快感があった。

『Sammlung.』(蒐集)

 シャマルの手にした闇の書が、俺のリンカーコアから魔力を蒐集していく。

「あ……ぐっ!」

 全身から力を、いや魂を抜かれるような感触に思わず声が漏れる。
 一瞬――もしくは十数秒か、いつ終われるとも知れぬ感覚の中、悲鳴じみた声が聞こえてきた。

「――な、何これ!?」

 最初に聞こえたのはシャマルの声。

「蒐集が止まらない――そんな馬鹿な!?」
「一体、何が起きている?」

 リインフォースやシグナム達の声が聞こえるが、朦朧とした意識の中では何が起きているのか判別できず、ただ自分の中の力だけが奪われていく。

「うっ……くっ…………あぁっ!?」

 闇の書に吸われる力が勢いを増し、全身を針で突き刺されたような激痛が襲う。

「勇斗!」
「ゆーとくん!」

 フェイトとなのはの声が聞こえた、次の瞬間――――その痛みは消え失せ、代わりに全身に大きな衝撃を受けて吹き飛ばされた。

「あ……く、な……にが?」
「大丈夫かい、勇斗!」

 吹き飛ばされた俺はアルフに抱きとめられたようだった。背中に柔らかな感触を感じながらも、途切れそうな意識を繋ぎ止め、目をうっすらと開く。
 そこには禍々しい紫色の光を放つ闇の書。
 蒐集したはずのシャマルも、俺と同様に吹き飛ばされたらしく、ザフィーラとシグナムに支えられている。
 リインフォースやヴィータも驚愕と動揺を顕にしていることから、これが想定外の事態であることは理解できるが、何が起きているのかまったくわからない。

「これは……封鎖領域か!?」

 闇の書を中心として結界魔法が発動する。ザフィーラがそれを察知したとき、この場にいる誰もが行動を起こす前に囚われていた。

「なにか、ヤバイ!皆、一箇所に固まれ!」

 クロノの声に、みんなが俺の周りへと集まっていく。はやてと俺を最後方に据えながら、闇の書を警戒する。

『Anfang.』(起動)

 闇の書がそう発音した直後、闇の書を取り囲むように3つの光が出現した直後――その声は辺り一体に響いた。

「あああああああああぁっ!?」
「リインフォース!?」

 リインフォースの身体を闇の書が発しているのと同じ光が包み込み、すぐにその光はリインフォースから離れ、闇の書と同化する。
 何が起きてるのかわからず、呆然としている間に、三つの光と闇の書はうっすらと人の形を取っていく。
 闇の書は細身の若い男、そして三つの光は見覚えがある――しかし確実に異なる少女たちの姿へと。

「なのは……?」
「フェイト、ちゃん」
「そして主はやて……か」

 細身の男に見覚えはない。が、少女の姿は纏っている衣装や、髪、瞳の色こそ違えど、それぞれなのは、フェイト、はやての姿をしていた。

「貴様ら……何者だ!?」

 はやてを守るように立つシグナムがレヴァンティンを構え、問い掛ける。
 男を中心にして浮かぶ少女の内の一人――ショートカットの髪型をしたなのはそっくりの少女が、嘲笑うような笑みを浮かべて言った。

「闇の書の構築体(マテリアル)。以後、お見知りおきを」






■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル。そう名乗った者たちは圧倒的な力を持って、勇斗達へと牙をむく。
闇の書に隠された秘密とは?
激闘のさなか、一人動けぬ勇斗は敵の手に落ちる。
与えられた夢の中、勇斗は幻の温もりを抱いて眠ることを選ぶのであった。

勇斗『もう離さない』



[9464] 第三十五話 『もう離さない』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/06 00:11
「結界内内部との通信つながりません!」

 アースラ内部は、突如として発生した古代ベルカ式の結界魔法――封鎖領域のせいでクロノ達との連絡が取れず混乱していた。
 闇の書に何らかの異変が生じたところまではモニターしていたのだが、封鎖領域が発生してからは、内部をモニターすることはおろか、通信することすらできない。
 以前、シグナムらに同じものを実演してもらい、ある程度の解析を行ったのだが、現在発生しているものはそれよりも強固で、内部への侵入すら固く阻まれていた。
 この様子では、結界を完全に破壊しない限り、内部からの転移も不可能であろう。

「一体、何が起こっているというの……?」

 勇斗や守護騎士達からの話を元に、綿密な調査を行い、計画を立てたはずだった。
 それが最後の最後に思わぬアクシデントが生じた。
 提督としての経験と勘が、今、起きている事態が尋常ならざるものであると告げている。それにも関わらず、現状打つ手立てがない。
 モニターから伝えていた状況は、明らかに今まで起きた闇の書の暴走とは異なるもの。なのは達が内部に囚われている以上、無闇にアルカンシェルを撃つこともできない。

「リンディ提督。私たちで内部に侵入できないか試してみます」
「これはちょっと、普通じゃないからね……」

 今回の作戦に同行したグレアムの使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテ。普段は陽気な彼女らの表情も、何時になく厳しいモノに変わっている。クロノの父であるクライドが殉職した事件以来、彼女らも闇の書と深い因縁を持ち、長年独自に調査を続けてきたが、その彼女らからしても今回の事態は想定外のモノだった。

「えぇ、お願いします。あのメンバーなら何が起きても大抵のことはなんとかできるはずなのだけど……」

 戦力的にはAAAクラス以上の魔導師が五人以上も揃っているのだ。犯罪組織の一つや二つ、簡単に殲滅できるだけの戦力なのだが、今起きている事態はそれだけの戦力を以てしたなお、不安を抱かせるに足る何かがあった。

「了解しました。リーゼアリアとリーゼロッテ、出撃します」
「あいつらは、私らが責任をもって連れて帰ってくるよ」

 そんなリンディの不安を払拭するように、リーゼとロッテの二人は力強く頷いて笑ってみせた。




「また最後の最後で俺の知らないのが出てくんのかよ……!」

 アルフに支えられた勇斗が苛立たしげに呻く。脳裏に浮かぶのは時の庭園での出来事。結果的に、より良い結末を迎えたものの、一歩間違えば誰かが命を落としてもおかしくはなかった。今、眼前で起きている出来事も以前と同様、もしくはそれ以上に悪い事態が起こったように思える。引き金となった原因が、明らかに自分の存在であることも。
 忌々しげに睨みつけるその先には、なのは、フェイト、はやてに似た少女と全く見覚えのない男。
 そんな勇斗の苛立ちを嘲笑うかのように、男は優雅な仕草で片手を上げ、一礼する。
 整った顔立ちと長身、そして白いスーツといった出で立ちも相まって、男の振る舞いは、気品のようなものを感じさせる。そして、その容貌はある人物を連想させた。
 警戒心を顕にしながらも、ぽつりとはやてが呟く。

「リインフォースに似てる……?」

 透き通るような銀の髪。勇斗達を見下ろすその眼差しは燃えるような紅。さらに男が漂わせている空気――気配とも言うべきそれは、たしかにリインフォースのものと似通っていた。

「私の名はフェリクス・アンゾルゲ。初めまして、八神はやてと管理局の諸君。そして久しいね、守護騎士達と管制人格――いや、今はリインフォースと呼ぶべきか」

 一見、友好的とも思える挨拶に、なのは達は戸惑い、リインフォースを含めた守護騎士達は眉根を寄せ、視線を交わし合う。

「生憎だが、我らに貴様との面識はない。ただの人間ではなかろう……闇の書とリインフォースに何をした?」

 詰問するシグナムの声は硬い。
 蒐集された勇斗ほどではないが、ザフィーラに支えられたリインフォースは明らかに衰弱していた。先程のリインフォースから発せられた光に力のほとんどを奪われたかのように。
 勇斗から聞かされた話もそうだったが、自らの一部とも言える闇の書が自分達の知らぬ現象を引き起こし、あまつさえそこから明確な意志と知能を持った存在が現れれば、平静を保てと言う方が無茶なことだろう。

「ふむ、そうか。君達の記憶は一度リセットしたままだったか。私のことを覚えていないのも無理はないね」

 ただ一人得心が行ったかのように頷く男――フェリクス。嘲笑うわけでもなく、だが明らかに自分達の知らぬ何かを把握している男に守護騎士達は言い様のない不安と不快感が湧き上がるのを抑えられない。

「あたしらの記憶をリセットだぁ?フカしこいてんじゃねーよ!とっとと、こっちの質問に答えろ!てめーらは一体何者で、リインフォースに何をしやがった!」

 ヴィータの怒声に反応したのはフェリクスではなく、その傍らに控える三人の少女の二人。フェイトとはやてに似た二人がクスクスと嘲笑を浮かべていた。

「この――――っ」

 それを挑発と受け取ったヴィータは、グラーフアイゼンを構えて飛び出そうとするが、フェリクスが口にした言葉にピタリと動きを止める。

「八神はやてとリインフォース、そして君達を闇の書から切り離した。八神はやてを蝕んでいた闇の書の呪いは消え失せたはずだ。ついでにリインフォースの記憶とリンクして共有させてもらった――こんな説明でいいかな?」

 バカな、と守護騎士の誰かが呟く。知らず知らずのうちに、その視線がリインフォースへと向けられる。

「奴の言葉は事実だ。私と守護騎士システムは完全に闇の書から切り離された。我が主も、闇の書の枷から解き放たれている」

 リインフォース自身も戸惑いながら、フェリクスの言葉を首肯する。闇の書は、本来、その真の所有者のみがそのシステムに干渉することができる。もし、それ以外の他者が無理に干渉しようとすれば、持ち主を飲み込んで転生してしまうという、厄介極まりない特性を持つがゆえに、今まで誰も闇の書の暴走を止めることができなかった。また、真の所有者と言えど、闇の書の完成後に、管制プログラム(リインフォース)と防衛プログラム、双方の認証を受けなければ、管理者権限を得ることはできない。現在の主であるはやて、そして管制プログラムであるリインフォースを介さずにシステムに干渉することなど、普通に考えれば有り得ない事態なのだ。
 そんなリインフォース達の動揺を嘲笑うかのように――否、嘲笑いながら、更なる爆弾を投下するフェリクス。

「夜天の書の最後の主、そして闇の書の最初の主――そう言えば納得できるかな?」

 闇の書の正式名称は夜天の書――本来は主人と共に旅をし、様々な技術を記録し保存する為の健全な魔導書であった。
 歴代の主によって改変を重ねた夜天の書は、いつしかその主と周囲に破滅をもたらす制御不能の危険物と変わってしまう。例え破壊しても、主足りえる素質を持った人間の元へ転移し、また破滅に導く。長い時の間に本来の名は失われ、闇の書と呼ばれるようになった。
 だが、その過程はあくまで偶発的なもので、改変を加えた歴代の主たちが意図してそうしたわけではないというのが、調査結果であり、クロノたちの認識であった。

「――――まさか、夜天の書を闇の書へと改悪したのは君なのか?」
「改悪したつもりはないがね。まぁ、全てが私の意図した通りは言わないが、概ねその通りだ」

 クロノの問いにさも心外そうな顔をしてみせるフェリクスだが、それがフェイクであることは誰の目から見ても明らかである。むしろ、そういう流れを意図的に作り出し、これから語られる話の演出をしているようにすら見えた。自分のコレクションを見せびらかすコレクター、あるいは自らの研究成果を自慢する学者のように。
 それを察したクロノは、これからの行動を左右する為の情報を得るために、あえてその流れに乗ることを選択する。

「君の言う目的とはなんだ」

 その問いに、フェリクスはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、口の端を釣り上げて言った。

「永遠の命と決して砕けることのない強大な力」
「………………バカ?」

 漫画やアニメならともかく、まさか現実に、真面目な顔でそんな妄言を言う人間がいたことを信じられず、思わず呟く勇斗。

「――しっ。本人、真面目に言ってるつもりらしいから、最後まで黙って聞く!機嫌損ねて話聞きそびれたらどうするん。妄想垂れ流しの厨二病全開とか思っていても口に出して言ったあかん」
「はやてちゃん、自分で全部口に出してるよ……」
「あ」

 なのはの指摘に、慌てて口を抑えるはやてだが、時既に遅し。ぼそりと生暖かい視線と共に呟く勇斗。

「間抜け」
「うぅ、元はと言えばゆーとくんが」
「責任転嫁すな」
「うー」

 フッと鼻で笑う勇斗と悔しそうに唸るはやて。
 いきなり漫才を始めた二人のせいで、緊張感とか緊迫感とか色々台無しだった。
 フェリクス達から目を離したりはしないが、クロノは頭痛を感じたかのように顔をしかめる。

「すこし黙っててくれ」
「ごめんなさい」

 流石に漫才を続ける状況でないことはわかっているので、素直に謝罪する二人。

「ふ、くくく。中々面白い子達だね」

 一方のフェリクスはそんなやりとりに気分を害するわけでもなく、楽しげに肩を揺らす。その傍らに控える三人の少女達は、若干白けた視線を送っていたが。

「遠峰勇斗くんだったね。たしかにそう感じるのも無理はない。永遠の命と砕けることのない強大な力。どちらも夢物語のようなものだ」

 だが、と言葉を切り、その手に闇の書を出現させる。勇斗が突っ込みたいのは、内容よりも言い回しの方なのだが、流石にこの時点での突っ込みは自重する。

「夜天の書の転生機能と防衛プログラムが暴走したときの力。その二つを完全に自分のものとした場合はどうかな?」

 闇の書の暴走は、放置すれば世界の一つを滅ぼしかねないほど危険極まりないものである。
 空間歪曲と反応消滅を引き起こすことで対象を殲滅する、アルカンシェルクラスの力を持ってようやく止められるものだが、それとて完全ではない。封印することはできず、破壊すればそのまま新たな主の素質を持った者のもとへと転生することで無限に再生してしまう。
 無限再生機能と圧倒的な魔力を、一個人の意志の元、自由に扱えるようになった時、その力の強大さは計り知れない。アルカンシェルが、暴走した闇の書に通用したのも、明確な意思を持たないものであったことも大きい。もし、適切な知識と判断力が備わっていたなら、アルカンシェルの力を以てしても、一時的な破壊すら困難になるだろう。
 闇の書が暴走した力の恐ろしさを、話でしか聞いていないなのはやフェイト達と、ぼんやりとしか覚えていない勇斗はピンと来ない顔で首を傾げているが、クロノや守護騎士達はその戦慄に身を震わせていた。
 湧き上がる恐怖と嫌悪感から、反射的に反論の言葉を口にするシャマル。

「そんなことできるはずが……!」
「できるのさ。容易いことではなかったけどね。闇の書を主を必要としない自律稼働ができるシステムとして再構築し、自身をそのシステムと一体化する、と言えば解りやすいかな?」

 その言葉の意味することを理解したクロノが、信じられないといったように口を開く。

「つまりはお前自身が、主を兼ねた闇の書そのものとなったということか」
「その通り。さすがその若さで執務官になっただけのことはある。理解が早い」

 感心、感心と頷くフェリクスだが、口で言うほど簡単なことではない。闇の書の構成システムの煩雑さは言うに及ばず、また一個の生命体を魔法生命体として再構成するということは、ミッドチルダなどの管理世界でも現存せず、かつてプレシアが求めた死者蘇生と同様、禁断の秘術とされる類のものだ。使い魔のように、人造魂魄を憑依させて新たな個体を創りだすものとはまた別の、一線を画す技術である。
 その難度の高さを理解するクロノやリインフォース達は、驚愕を禁じえない。それに機嫌を良くしたフェリクスは、さも自慢気に話を続ける。

「私の頭脳をもってしても、容易いことではなかったよ。再構成のプロセスを構築したまでは良かったが、システムの起動には外部からの膨大なエネルギーが必要でね。それを集める前に、私の命は尽きるところだった。そこで夜天の書の機能を応用し、プログラム化した自身をそのメモリの一部に眠らせておいたのさ。こうして必要な魔力が貯まるその時までね」

 自身の望みが叶った喜びからか、その声は僅かに震えていた。

「闇の書の暴走は、貴様が意図的に仕組んだものなのか?」

 そう問い掛けたシグナムの声に感情の色はない。
 闇の書の守護騎士として、長い時間を過ごしてきた。始まりすら思い出せない長い長い時の流れ。道具として、永劫とも言える時間の中をひたすら戦い抜いてきた。そこに安らぎなど存在しない。ただ感情を凍てつかせ、戦い、殺し、殺されるだけの終りのない旅。それでも、そこには騎士としての誇りと使命があったはずだった。
 だが、フェリクスの語る言葉と、そこから推測される事実がその全てを否定しようとしていた。
 問われた男は、ゆっくりと口の端を持ち上げ嗤う。

「そう、全ては私が望んだものだ」

 だらりと下げた両手を広げ、自らの成果を誇るように声を上げる。

「闇の書の蒐集は、その主に力を与えるためではない。私の為に魔力を蓄えるもの。もっとも、その機能は完全ではなかった。一度、完成してしまえば、それ以上蒐集をすることはできず、必要な魔力量にも届かない。ゆえに蒐集が終わる度に暴走を起こし、蒐集をリセットさせるという回りくどい手段を取らざるを得なかった。おまけに蓄積できるのは、完成時の過剰魔力と、暴走後の残魔力だけという致命的なバグを残してしまった。おかげでここまで来るのに随分と長い時間がかかってしまったが、まぁ、それも些細なことだろう」

 フェリクスはシグナム達へ向かって、深々と一礼する。

「守護騎士の諸君、君達のおかげで私の望みは叶った。感謝する。君達はもう用済みだ。私が与えた偽りの記憶を信じ、戦い続ける君達の姿は実に愉快だったよ」
「ふざ――」
「つまり、我らは貴様の掌の上で踊らされ続けたということか」

 はやてが上げた怒声を制し、静かに問うシグナム。その声色に怒りはなく、むしろ穏やかですらあった。声を発したシグナムだけでなく、他の騎士達も同じようにどこか達観した雰囲気を纏っていた。
 予期していたものとは違う反応に、フェリクスは眉根を寄せる。

「意外に冷静だね。君達が長年苦しんできた原因は私にあるわけだが、それに対して含むことはないのかい?」

 リインフォースと記憶を共有するフェリクスは知っている。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、守護騎士四騎が、如何に自分達の運命を呪い、嘆き、苦しみ、怒りを感じていたことを。
 それを表立って顕していたのはヴィータのみだが、表面に出さないだけで、他の三人も例外ではない。
 それを与えた元凶が眼前にいるにも関わらず、こうして平静でいることはフェリクスにとって意外かつ興味深いことであった。

「恨みつらみが無いと言えば嘘になるだろうな。だが、それは所詮、過ぎた過去の話だ」
「犯してきた罪から目を逸らすつもりはねぇ。罰は受けるし、償いもしていく。だけど、あたし達にとって一番大事なのは現在(いま)と未来(これから)だ」
「はやてちゃんや執務官が示してくれた道を一歩一歩、歩んでいく。それが私達、夜天の守護騎士の新たな責務」
「そして主とその友に害なすものあらば、その全てを払いのけて進むのみ」

 それは守護騎士達の誓いの言葉。はやてと過ごしたこれまでの時間の中で見出した新たな道。守護騎士達は、はやてやクロノと話し合い、闇の書の闇と決着を付けた後は、管理局に所属し、過去の罪と向き合っていくことを既に決めていた。
 フェリクスに対する怒りや憎悪以上に、今、自分達が手に入れた主とその幸せを守っていく――それが守護騎士達にとって一番の願いだ。
 こうしてはやてと巡り逢い、初めての幸せを手に入れた事を思えば、過去の境遇などなんら問題ではない。全てが語られたことで、かえってそれを感謝すべきかもしれない――そう思えるほどに。

「そんなことより、こうして結界を張ったということは何かしら目的があるのだろう。それを聞かせてもらおうか」

 予想だにしない返答に、唖然とした表情を見せていたフェリクスだが、シグナムの声に我に返ったように肩を竦める。

「いやいや驚いたね。実に面白い変化をしたものだ。まったく、これだから世の中は面白い」

 くくく、と忍び笑いを漏らしながら、ひとしきり笑ったフェリクスは、居住まいを正して、その真意を告げる。

「そんなに大したことじゃない。人間、誰しも新しいチカラを手に入れたらそれを試してみたくなるだろう?目の前にこれだけ力を持った人間が集まっているんだ。手に入れた力を試す絶好のチャンスだと思わないかい?」

 ようやく見えてきたフェリクスの真意に、クロノはグレアムから譲り受けた新型デバイス――氷結の杖、デュランダルを構え直す。フェリクスの目に宿る光と同じものを、過去の犯罪者に見たことがある。半ばそれを確信しつつも、あえて問いを投げかける。

「わざわざ管理局を敵に回してどうする気だ?そんなことをして、君が得をすることはないと思うが」
「損得の問題ではないよ。私が楽しめればそれでいい。如何に管理局だろうと、今の私をどうこうすることはできない。君達が今まで闇の書に対して何も出来なかったようにね。そして何より私は――」

 一呼吸の間を置いて、嗤った。


「絶望と恐怖に歪んだ人間の顔が大好きなんだ」


 その笑みを見たなのは達の背筋を冷ややかな何かが駆け抜け、知らず知らずのうちに一歩後ずさる。
 それは、なのはやフェイト達が初めて感じた純粋な人の悪意。どこまでも禍々しく、歪んだ狂気と言う名の感情。

「ただの愉快犯かよ」

 げんなりと呟く勇斗の言葉にも、フェリクスは余裕の笑みを浮かべて頷き、その視線を勇斗へと固定する。

「まぁ、君が立てた計画が上手くいけば、どうしようもなかったけどね。こうして覚醒できなければ、如何に私といえども防衛プログラムもろとも消滅していた」
「どうせならそのまま消滅してろ。そのほうが後腐れなくて助かる」

 一般人である勇斗からすれば、フェリクスの悪意に恐怖と嫌悪感を抱かずにいられない。それを打ち消すようにわざとふてぶてしい態度を取ると同時に、事態が自分の想像以上に悪化していることに舌打ちする。

「そう邪険にしないでくれたまえ。君には純粋に感謝しているのさ。本来なら私がこうして覚醒するまで、あと数回は主を渡る必要があった。君の人間離れした魔力のおかげでこうして顕現することができた。ありがとう」
「はん。感謝するなら言葉じゃなくて態度で表せ。具体的に言えば、俺に迷惑のかかるような真似するな。誰にも迷惑かけないとことでひっそりしてろ」
「なんで君はそんなに偉そうなんだ」

 自力で立つことも出来ないほど消耗し、アルフに支えられたままの勇斗だが、その言葉と態度だけは普段通り――どころか、更に強気であった。思わず突っ込んだクロノの言葉に他の面々も一様に頷いてしまうほどに。

「……ひょっとして、自分がどういう状況に置かれているかわかっていないのでしょうか?」
「頭の悪そーな顔してるもんねぇ」
「塵芥共の中でも特別なアホのようだな」

 フェリクスの傍らに控える三人にすら呆れられていた。

「うるせぇ、ほっとけ。そもそもお前らはなんだ。どっかで見たような格好しやがって。パチもんですか?2Pカラーですか?アホですか?生まれたてのちびっ子の分際で偉そうにほざくな。100年早ぇ」

 怒鳴り散らすわけではない――が、淡々と喋る勇斗の口調には、傍らで聞いているなのはが思わず「うわぁ」と、呟いてしまうほどに悪意に満ちていた。たしかに三人の少女の容姿は、それぞれなのは、フェイト、はやての三人に似ているが、髪型や目付きなどに差異が見受けられ、身に纏うバリアジャケットやデバイスの色も、より暗く、闇をイメージさせるものに変じている。本人達と並べてみれば、格闘ゲームなどの2Pカラーと言い張ることも出来なくはない。

「……あいつ、僕がヤッちゃってもいいかな?」
「塵芥風情が……貴様には口の聞き方を教え込んでやる必要があるようだな」

 フェイトとはやてに似た少女は、青筋を立てて、これでもかというほど言わんばかりの殺気を勇斗に向ける。
 対する勇斗はそれを鼻で笑い飛ばし、ますます二人の殺意を煽っていた。

「こ、の……っ!」

 今にも勇斗へと襲いかからんとする二人を制したのは、なのはに似た漆黒のバリアジャケットを纏った少女。

「落ち着いてください、二人とも。あの程度の存在相手にムキになることはありません」
「その通りだ。ゲームを始める前に自己紹介を済ませておこう」

 その少女の言葉に頷くフェリクスは、傍らの少女達を紹介するように指し示す。

「彼女たちは、君たちの言う闇の書の最深部に封印された永遠結晶「エグザミア」と、それを支える無限連環(エターナルリング)の構成体(マテリアル)。それを元に私が創り出した、ヴォルケンリッターに代わる新たな守護騎士のようなものと思ってもらっていい」

 なのはに似たショートカットの少女が、ゆっくりと一礼する。

「理のマテリアル、シュテル・ザ・デストラクター。短い間ですがお見知りおきを」

 青い髪をしたフェイトに似た少女が声を張り上げる。

「僕は強くて格好良い力のマテリアル、レヴィ・ザ・スラッシャー☆君達を永遠の闇に葬る者だ。その魂に僕の名を刻みこむがいい!」

 はやてと瓜二つの姿をした少女が冷酷に口の端を釣り上げて嗤う。

「貴様ら塵芥共の命、この闇統べる王、ロード・ディアーチェに捧げよ」

 三人から放たれる魔力と威圧感――そのどれをとっても、敵として容易ならざる強さを感じさせるには十分なものがあった。

「おまえらがなのは達の姿をしてるのはなんでだ。わざわざそんな姿にする理由がどこにある」

 どこか震えるような勇斗の質問に答えたのは、マテリアル達ではなくフェリクスだった。

「強いて言えば、今回の蒐集した人間達の中でもとりわけ優れた力と資質を持っていた、ということかな。まぁ、私の趣味が占める割合が一番大きいがね」
「つまり……そういうことかよ」

 心の底から沸き上がってくる戦慄を抑えられないのか、わなわなと小刻みに身体を震わせながら、声を絞り出す勇斗。
 次の瞬間には、辺り一帯に響く大声で叫ぶ。





「てめぇ、ロリコンかぁぁぁぁ――――――ーっ!?」




 それを聞いた誰もが思考を停止した。
 その叫びに込められた想いは深く――切なく。静かな怒りが込められていた。

「何がかなしゅーて、なのはやはやてみたいなちんちくりんでぺったんこなロリなんか増やさきゃならんのだ!」
「ちんちくりん?」
「ぺったんこ?」

 悪し様に名前を出されたなのはとはやてが引きつった笑みを浮かべる。

「どーせならアルフやシグナムみたいにもっとこうムチムチで大人の魅力に溢れた若くて胸のデカイ綺麗な美人にせんか、ドアホー!!」
「ちょう黙れ」
「はうっ!?」

 なおも叫ぼうとする勇斗のみぞおちにはやての裏拳が炸裂。蒐集のダメージが抜けていない勇斗は、そのまま沈黙せざるを得なかった。

「あー、っと」
「こほん」

 アルフとシグナムが、勇斗の空気を読まない発言を払拭するように咳払いをする。若干、その頬が朱に染まっているように見えるが、それに突っ込むものはいない。どさくさとはいえ、誉められて悪い気はしていない二人だった。

「……貴様ら、そいつの仲間でいることが恥ずかしくないか?」
「……言うな」

 ディアーチェの憐れむような声に、僅かな間をおいて答えるクロノ。

「……仕切り直しと行こうか」

 気勢を削がれたのはフェリクスも同様で、どこかげんなりしながらも新たな術式の構築と詠唱を始め、その周囲に新たな光が生じる。
 その数は計八つ。光はフェリクスやマテリアル達が現れた時と同じように姿を変じていく。それは、なのは達にとっても見覚えのあるものだった。

「あれは……シグナムさん達?」
「だけど、シグナム達のあの格好は……」
「クロノやユーノに勇斗……アルフまで」

 なのは達の前に立ち塞がったのは、かすかに色素の薄い、勇斗、クロノ、ユーノ、アルフ、そして見たことのない騎士甲冑に身を包んだ守護騎士四騎の姿だった。

「あの姿は……」
「あぁ。昔のあたし達だ」

 新たに出現した、自分たちと同じ姿をした者たちにも、動じることなく分析するシグナム達。
 プログラムである守護騎士達は、システムさえ完全であれば、闇の書同様、何度でも再生可能である。オリジナルともいうべきシグナム達は、フェリクスによって闇の書から切り離されてしまったが、バックアップデータというべきものはフェリクスの持つ闇の書に保存されている。それゆえ、今やってみせたように過去のシグナム達のデータを再現することは、そう難しいことではない。

「そして執務官や遠峯勇斗の姿は、蒐集時のデータから創りだした、というところか」
「で、でも、クロノくんやアルフさんは蒐集されてませんよ?」

 苦い顔で呟くシグナムになのはが反論する。なのはの言うとおり、執務官という立場上、常に有事に備えなければならないクロノや、使い魔であるアルフは蒐集されていない。蒐集したデータなど存在するはずがないのだが、リインフォースは静かに首を振る。

「蒐集した者たちの記憶にあるデータを再現したのだろう。直接、蒐集したときより再現度は劣るがな」
「な、なるほど……」

 感心するなのはと対照的に、勇斗は辟易した様子で呟く。

「まるっきり、自分と同じ姿ってのもゾッとしないな」
「本当に……」
「まったくだ」

 勇斗の言葉に頷くユーノとアルフ。マテリアルたちもよく似ているが、細部や雰囲気はオリジナルとは似て非なるものだ。だが、勇斗達のコピーは文字通りの瓜二つ。並んで立てばオリジナルとの見分けはまったくつかないだろう。本来、鏡などでしか見ない自分の姿をこうして見るのはなんとも奇妙な気分だった。

「さて、お喋りの時間はここまでにしよう。構えたまえ」

 フェリクスの言葉に応じて、マテリアル、そしてコピー達が各々に戦闘態勢を取る。

「リインフォース、行けるか?」
「闇の書の機能はほぼ使えん。私個人の魔力もあまり残ってないな……」

 ザフィーラの声に、苦々しい声で答えるリインフォース。かつて守護騎士達と比してなお、最強を誇った力の大半はフェリクスに奪われており、個人としての力はほとんど残されていなかった。

「ということはユニゾン能力には何の問題もないっちゅーことやな」
「は、いや、しかし、我が主――――っ」
「諦めろ」

 はやての不敵な笑みに、全てを察したリインフォースが反論の言葉を口にしようとして、シグナムに止められる。

「我らが主は一度決めたことを曲げるお方ではない。ならば、騎士として我らが為すべきことは、ただ一つ。――違うか?」

 はやてやシグナムだけでなく、他の守護騎士三人も一様にその視線で諦めろと語っていた。何事か上手く反論しようとしたリインフォースだが、言葉に詰まったように唸った後、やがて諦観のため息を漏らした。

「…………はぁ。お前の言うとおりだな、将」
「ん、主のいうことは聞かなあかんでー」

 それに満足するようににっこりと笑うはやて。

「あなたと言う人は……」

 呆れ半分、感心半分に呟くリインフォース。実戦経験のないはやてを今回のような戦いに加わらせたくないというのが本音であるが、それを許せる状況でもなく、なによりはやて自身がやる気満々である。ならば、融合騎として最善を尽くすのが自分の役目、と気持ちを切り替える。――――信頼できる仲間と共に。

「いくよ、リインフォース!」
「はい、我が主!」

 その声とともに二人は融合<ユニゾン>する。主とその融合騎が一つになることで他のデバイスを遥かに凌駕する力を得る、融合型デバイスのみに許された力。
 はやての髪と瞳の色が白と蒼へと変化し、その身を自身がイメージした騎士甲冑が覆っていく。

「よっしゃ、準備完了や!」

 三対六枚の黒き翼を羽ばたかせ、白の騎士甲冑に身を包み、その手に剣十字の杖を携えたその姿は、闇の書の呪いから完全に解き放たれた、夜天の王に相応しいものだった。

「アルフは、勇斗をお願い!」
「オッケー」
「ぐっ……!」

 フェイトの指示に、アルフは勇斗の身を横に抱き抱えて後方へ飛ぶ。
 自分より経験が浅いはやてですら戦うというのに、自らは何も出来ないもどかしさに歯ぎしりする勇斗。
 普段は自分が戦う必要も意義も見いだせていないが、いざこうして戦いになると自分に力がないことに憤慨してしまう。
 例え、万全の態勢であったとしても自身が何の戦力にもならないことは理解しているが、実際にお荷物として扱われる状況は歯がゆいばかりだった。

「先手必勝、こっちから行くぜ!アイゼン!」
『Jawohl』(了解)

 手にした鉄球を、ハンマー状のアームドデバイス――グラーフアイゼンで打ち出すヴィータ。
 四発同時に打ち出された鉄球が一直線にフェリクス達へと向かう。
 もちろんこの一撃でどうにかなるような相手でないことはヴィータも承知している。あくまで牽制の一撃を先に繰り出し、戦いの流れを引き寄せるための一手に過ぎない。
 実際、ヴィータの予想通り、マテリアル達やコピーはなんなくその一撃を回避――――

「のわ――――っ!?」

 否、約一名ほど、為す術も無く直撃し、幻のようにその体を霧散させた者がいた。
 あまりの呆気無さに、敵味方ともに呆然としてしまう。

「こ、こらぁぁぁっ!なんだ、その弱さは!?弱いにもほどがあるだろっ!?」

 言うまでもなく、吹き飛んだのは勇斗のコピーである。

「あー、いや、そのなんというか」

 コピーを生み出したフェリクス自身もこれは予想していなかったのか、なんとも言えない表情で頬をかく。

「オリジナルが弱すぎたせいでしょうね」
「うわ、しょぼっ」
「口程にもないとはこのことか……」
「実際に弱いから仕方ないな」
「あぁ、結局あたしらにも一発も入れられなかったしな」
「やられてばっかりでしたもんねぇ」
「結局、この半年で大した進歩は見られなかったな」
「うるっせーよっ、こんちくしょうっ!!」

 敵であるマテリアルばかりか、味方の守護騎士達からも酷評を受け、思いっきり涙目で叫ぶ勇斗であった。
 マテリアルたちはともかく、守護騎士たちに悪意はない。ただ単に事実を述べているだけである。

「ならば、これはせめての侘びだ。安らかな闇の中、幻の温もりを抱いて眠るといい」
「――――!?」
「――――なっ!?」

 突如として勇斗を抱えたアルフの目前にフェリクスが出現する。前衛として前に出ていたシグナムやクロノたちを抜いて出現したフェリクスに誰もが驚愕を隠せない。

「さようなら。遠峯勇斗くん」
「……あ」

 フェリクスのかざした掌に吸い込まれるように、アルフの腕に抱かれた勇斗の姿が掻き消えた。


「勇斗くん!」
「勇斗っ!!」

 なのはとフェイトの声が響き渡った。










「……て……さだ…………よ」

 まどろみの中、体を揺さぶられる感覚。どこかで聞いたような懐かしい声。
 その心地良さにいつまでも身を委ねたい衝動に駆られる。

「ほーら、いい加減に起き……って!!」
「おおっ!?」

 頭に鈍い衝撃。寝ぼけていた頭が急速に覚醒し、目を開き、その眼前の光景に絶句する。

「え」
「うん、やっと起きたね。今日は講義の日でしょ。早くしないと遅刻しちゃうよ?」

 そういって目の前の少女は満足そうににっこりと笑う。初めて会った時から随分と伸びた腰まで流れる黒髪。下着にYシャツを羽織っただけの簡素な格好。どれも見間違えようのはずのない、記憶の中にあるものそのままの姿。

「……あ、う」
「?」

 うまく言葉を発することができない。九年間ずっと求め続けたはずの姿がそこにあるのに。話したいことがたくさんあったはずなのに。
 次から次へと感情が溢れて混乱している。

「優……奈」

 ようやく彼女の名前だけを搾り出す。

「ん?」

 不思議そうに首を傾げる彼女が、次の瞬間――慌てたように俺の名前を呼ぶ。

「ど、どうしたの、侑斗!?」
「え、あ、あれ?」

 気付けば俺の瞳から、涙が溢れて出ていた。
 なんで泣いているのか、自分でもよくわからない。自分が直前まで何をしていたのかすら考えることもできず。ただただ溢れ出る感情に翻弄される。

「う……く……っ……あ」

 涙が止まらない。思考も感情もまとまらず、声にならない声で泣き続けることしかできない。こんなに泣いたのは何時以来だろうか。

「大丈夫……大丈夫だよ」

 ふわりと柑橘系の香りとともに、暖かい感触が俺を包む。
 いきなり泣き出した俺に呆気に取られていた優奈が、あやすように俺を抱いてくれたのだ。

「ゆ、う……なぁ……」

 情け無く声を上げて縋りつく俺の背中を、優奈は優しく撫で続ける。

「うん、大丈夫。私はここにいるから……大丈夫だよ」

 頭の片隅で何かが警鐘を鳴らすが、思考が上手く働かない。これは現実じゃない。夢だと何かが囁きかけるが、それでも構わない。
 失ったはずの……九年間追い求め続けた恋人が目の間にいる。それだけで良かった。他の何もいらない。ただ、彼女がいてくれるなら、それで良い。
 忘れかけたはずの記憶が次々に鮮明に蘇っていく。夢でも幻でも構わない。
 自分より大事なモノ。それを再び俺は手にすることができた。

「もう離さない」

 だから――――彼女の体を強く強く抱きしめた。














■PREVIEW NEXT EPISODE■

安らかな闇の中、勇斗は現実から目を背け、眠ることを選択した。
一方、なのはたちと守護騎士は、なのは達以上の力を与えられたマテリアルと自らの過去との対決に臨むのであった。

シュテル『永遠の闇に抱かれて眠りなさい』



※言うまでもありませんが、フェリクス・アンゾルゲおよび、マテリアル達の一部設定は当作品のオリジナル設定となっています。



[9464] 第三十六話 『永遠の闇に抱かれて眠りなさい』
Name: しんおう◆f580e11d ID:3bb9ae1b
Date: 2012/02/06 00:12
遠峯勇斗が目の前で消滅した。その場にいた大半の者がそれを彼の死として解釈する。

「おまえぇっ!」

 真っ先に動き出したのは、アルフ。牙を剥き出しのまま、溢れ出る感情を拳に乗せて振り被る。
 アルフにとって勇斗は、なのはと並んでフェイトに笑顔を取り戻させた恩人であり、気の良い友人であった。
 何を考えているのか、いまいち把握しづらい子供だが、その行動の端々からフェイトへの気遣いと優しさを感じ取ることができ、アルフなりに仲間意識を持っていた。
 そんな勇斗をフェイトに任されたのに、何もできなかった。不甲斐ない自分自身とフェリクスへの怒りを込めた一撃は、フェリクスが展開した障壁――漆黒のベルカ式魔方陣になんなく阻まれる。

「フッ」
「こっのぉぉぉぉぉぉっ!」

 嘲笑を浮かべるフェリクスの障壁を突き破るべく、なおも拳に力を込めるが一ミリたりとも先へ進むことはできない。
 アルフお得意のバリアブレイクも、出力に差がありすぎるゆえかまるで効果がなく、逆にフェリクスの一撃で弾き飛ばされてしまう。

「よくも……勇斗をっ!!」
「レイジングハート!」
『all light』
「――――っ!」

 ハーケンフォームへと変形したバルディッシュを携え、飛翔するフェイト。
 砲撃を放つべく、愛杖を向けるなのは。
 言葉にならない叫びを上げながら、剣十字――シュベルトクロイツを構えるはやて。
 三人が三人とも大事な友達を消された怒りで、頭に血が上っていた。
 勇斗の仇を討つ。その想いゆえに意識がフェリクスへと集中し、自らに迫るものに気付けない。
 アルフを弾き飛ばしたフェリクスは三者に対して、構えを取ることもなく、悠然と笑みを浮かべていた。

「キミの相手は僕だよ」
「――っ!?」

 煌く蒼の閃光。フェイトの背後から迫ったその影は一瞬でフェイトを追い抜き、回り込むようにその刃を振るう。

「くぅっ!」

 とっさに構えたバルディッシュで辛うじて受け止めるも、衝撃を殺しきれず弾き飛ばされる。

「フェイトちゃんっ!」
「なのは、上だ!」

 ユーノの警告に振り向けば、そこにはなのはと同じように砲撃態勢をとったシュテルの姿。

「くっ、バスターっ!」

 咄嗟に方向を切り替えたなのはとシュテルが砲撃を放ったのは、全くの同時。正面からぶつかり合う砲撃が拮抗するのは、ほんの一瞬。

「くうぅっ!」

 じりじりとシュテルの砲撃が、なのはのそれを押し返し――撃ち砕いた。

「!?」
「このぉっ!」

 シュテルの砲撃がなのはの小さな体を飲み込む寸前、なのはの眼前に発生した緑色のシールドが、光の奔流を遮る。
 そのわずかな隙にユーノはなのはを抱えて離脱する。

「あ、ありがと、ユーノくん」
「うん、でも……まさかなのはが力負けするなんて」

 目の前で起きた事象が信じられず、呆然と呟くユーノ。元々なのははずば抜けていた魔力を有していた。その砲撃力はまさに一撃必殺。並の魔導師なら防御の上からでも一撃で落とす威力を持ち、単純な威力で言えばこの場で最強の攻撃力と言っても過言ではないはずだった。
 それをあっさりと打ち負かした相手への戦慄を禁じ得ない。
 当の本人は、なのはとユーノの視線を受け、クスリと微笑む。

「一瞬とはいえ、私の砲撃を遠隔操作のシールドで阻むとは……なかなか良い腕ですね」

 通常、遠隔操作で発生させたシールドは、距離が離れるほどその強度が落ちる。にも関わらず、自身の砲撃を曲がりなりにも遮ったユーノの力量に、シュテルは素直な賛辞を贈る。

「――だが、所詮は塵芥よ」
『我が主!』
「!?」

 降り注ぐは無数の黒刃。いち早くそれに気付いたリインフォースが声を上げるが、すでに砲撃体制に入っていたはやてにそれを防ぐ術がない。いくらこの半年間、魔法についての知識習得に励んだとはいえ、それを活かす経験がなさすぎた。
 闇色のナイフが驟雨のごとく降り注ぎ、はやての姿を爆炎が覆い尽くす。

「はやて!」
「主!」
「はやてちゃん!!」
「よそ見してる暇はありませんよ?」

 守護騎士やなのは達が声を上げて、はやての元へと飛ぼうするが、それを許す相手ではなかった。

「くっ!?」

 守護騎士達には自身のコピーが襲いかかり、なのはとユーノにはいくつもの光弾が飛来する。

「ははははっ!遅い遅い!君のスピードはそんなものかい!?」
「……っ!」

 高速で空を縦横無尽に飛翔するフェイトに追随しながら嘲笑うレヴィ。そのスピードはフェイトを上回り、ときに纏わりつくように、ときには回り込むようにして、斬撃を加えていく。なのはが自らを上回る砲撃力を持った相手に出会ったことがないように、フェイトもまた、自身のスピードを超える敵と相対するのは初めてであった。その戸惑いと勇斗のことに対する動揺が、彼女の動きをわずかながら鈍らせ、防戦一方になる一因となっていた。

「ずいぶんと隙だらけだな、塵芥ども?」

 防戦一方のなのはとフェイト、そのいずれかが、決定的な隙を見せた瞬間を狙い撃とうと、その手に魔力スフィアを発生させるディアーチェ。
 嗜虐に満ちた笑みを浮かべながら、その狙いを定める。

「バルムンク!」
「!?」

 爆煙の中から放たれたのは白い閃光。不意を突いた砲撃は狙いを違えることなくディアーチェへと直撃する。

「私には祝福の風がついとる!そう簡単にやれると思ったら大間違いや!」

 たとえ、はやて自身に経験と技能が足りなくても、それを補うのが祝福の風たるリインフォースだ。
 反応できないはやての代わりに、防御魔法を発動し、そのまま攻撃の補助までやってのけた。
 闇の書本体としての機能の大半を失っているが、融合騎としての機能は健在である。

「羽根も揃わぬ小鴉風情が……」

 シュベルトクロイツを構えて啖呵を切るはやてに、ディアーチェは忌々しげに舌打ちし、手にしたデバイス――エルシニアクロイツを向けた。




「くっ、このっ……!」

 一方、クロノは自身のコピーに加え、ユーノ、アルフのコピーらに三対一の状況を強いられていた。
 コピークロノの砲撃、ユーノのバインド、そしてアルフの射撃を紙一重で回避、あるいは防御しつつも、その瞳は冷静に戦況を見据えていた。
 フェリクスと同一化した闇の書がオリジナルのデータを保有しているせいだろう。守護騎士たちとそのコピーの能力は完全に同一のようで、その戦力は限りなく拮抗しているように見受けられた。
 自分たちのコピーも蒐集時のデータや、蒐集された人間の記憶から忠実に再現されているようで、こちらも侮れる敵ではない。
 そして、なのは、フェイト、はやてのデータを元にして作られた三人は、単純な出力で言えばオリジナルを上回っている。
 後退したフェリクスは今のところ積極的に参戦する気はないようで、傍観に徹している。数の上では互角だが、戦況的にこちらが不利なのは否めない。

(――だが、付け入る隙はある!)

 「スティンガー!」

 数発の光の弾丸をばら蒔くようにようにして発射する。威力よりも速度を重視したその弾丸は、目標に衝突すると同時に爆発を起こし、その目を眩ませる。
 ダメージはほとんど与えられていないだろうが、今の一撃は元より牽制が狙いだ。コピー三人が蹈鞴を踏んだ隙に一気に距離を取り、そのまま攻撃の狙いをつける。

『Blaze Cannon』

 デュランダルより放たれる蒼い閃光。

「ちぃっ!?」

 放たれた砲撃の狙いはシグナムのコピー。オリジナルのシグナムと相対し、互いに牽制しあっていたところに放たれた一撃はレヴァンティンを一閃することで迎撃する。だが、それは相対するシグナムに大きな隙を作ることになる。
 無論、シグナムがその隙を逃すはずもない。

「はあああぁっ!」

 コピーシグナムが気づいたときには、刃を分割し、鞭状連結刃――シュランゲフォルムとなったレヴァンティンの刃が周囲を舞っていた。
 自分の死角から襲い来る刃を、勘でたたき落し、強引にその囲いを突破するが、それはシグナムに誘導された結果だ。

「飛竜一閃!」

 自身の心臓目がけて、飛来する連結刃。膨大な魔力を乗せたその一撃と自身の間にレヴァンティンを挟み込んだまでは良かったが、その勢いと威力を止められない。

「わっ、バカっ!!」

 吹き飛ばされるコピーシグナムの先にはコピーヴィータ。まさか仲間を迎撃したり、避けたりするわけにはもいかず、そのまま巻き添えを食らう。
 狙い通り、自分たちのコピーを払いのけたシグナムとヴィータは残りの守護騎士コピーへと一撃を当て、そのままクロノの元へ合流。
 返す一撃でマテリアル達へ牽制の一撃を繰り出す三人。

「そこっ!」
「はぁっ!」
「おらぁっ!」

 マテリアル達は危なげ無くそれを回避するが、その隙になのはたちも離脱し、クロノ達と合流する。
 集結したなのはたちへデバイスを向けるマテリアル達だが、フェリクスが手でそれを制す。
 なのは達の体制が整うまで待て、という意だ。そんな主の意を察したマテリアル達は呆れたようにため息を付くが、元より圧倒している身だ。その程度のハンデを与える余裕は持ち合わせている。

「あまり余裕ぶるのもいかがなものかと思いますが」
「ふん、塵芥どもが何をしようとも我らの勝利は揺るがぬ」
「そうとも。所詮奴らは僕達の力の前に跪く運命なのさ」

 マテリアル達は自らの勝利を疑わない。如何なる力をもってしても、闇を砕くことはできない。砕け得ぬ闇こそが自分たちにとって唯一絶対の力なのだから。





「大丈夫か、みんな」
「うん、私たちはなんとか……」

 クロノに頷き返すなのは達。バリアジャケットはところどころ傷付いているが、動きに支障が出るようなダメージは受けていない。
 でも、とその先に呟く言葉が続かない。言うまでもない、消えてしまった勇斗のことが彼女たちに大きく影響している。

『遠峯勇斗は無事だ。心配する必要はない』
「本当っ!?」

 なのはとフェイトの喰いつくような反応に苦笑しながらも肯定するリインフォース。

『あぁ。遠峯優斗は消失したのではない。闇の書内部の捕縛空間に閉じ込められているだけだ』

 それを聞いたなのは達をの顔がぱぁっと明るくなる。

「助ける方法は?」

 そう尋ねるフェイトの声は若干、浮ついていた。絶望から一転、希望へと変わった故に多少気が逸っているのだろう。

「方法は二つ。私を倒すか、彼が自分の意思で夢から覚めることだ」

 ――答えたのはリインフォースではない。トントンと自分の胸を叩きながら答えたのは、フェリクスだった。

「夢?」
「そう。彼は現実では決して叶うことのない夢を見ているのさ。自分が望む、自分にだけ優しい、自分にだけ都合の良い、心地良い夢をね」

 そう言ってフェリクスが浮かべる穏やかな笑みが、なぜかなのはやフェイト達の背筋に悪寒を走らせる。口では言い表せない、何か嫌な予感が。

「断言してもいい。彼はこのまま闇の書の中で夢を見ているほうが一番幸せだ。彼にとって理想の夢を見ているんだからね。そのまま夢を見続けさせてあげるのが、彼にとって一番良いことだと思わないかい?」
「そんなことない!勝手なことを言うな!勇斗のこと何も知らないくせに!」

 胸の中にある言いようのない不安と焦燥から、思わず叫ぶフェイト。このまま勇斗が遠くに行ってしまい、二度と会えないかもしれない。そんな予感が生まれてしまった。

「ふむ。確かに私は彼のことを知らないな」

 闇の書の夢は、対象の深層意識にアクセスし、対象者が強く望んでいる夢を見せる。蒐集時に対象の記憶もある程度は読み取れるが、無論、記憶や考えなど、その全てを読み取るわけでもない。
 フェリクス自身、勇斗の望む夢や記憶などに大した興味を抱いておらず、読み取ってもいない。ゆえにフェイトの言うことを否定しない。

「逆に問おう。君たちはあの少年のことをどれほど理解しているのかな?彼が何者で、彼が望む夢が何なのかそれを理解しているのかい?仮に君たちが彼を夢から目覚めさせたとして、本当に彼は喜ぶのかな?逆に君たちを恨むのではないかな?」
「…………っ」

 反射的にその言葉を否定しようとするフェイトだが、それを否定するだけの材料を自分が持ってないことに気付き、息を飲む。
 勇斗が何を望み、何をしたいのか。そんなことまで勇斗のことを理解しているわけではない。

「――惑わされるな、フェイト」

 そんなフェイトを叱咤するように声をかけたのクロノだった。

「あいつは、君やなのはのそういう反応を楽しんでいるだけだ。一々あいつらの言葉を真に受ける必要はない」

 クロノの脳裏に浮かぶのは過去に相対した犯罪者であり、師ともいうべき姉妹の姿だ。この手の輩はこちらが反応すればするだけ、つけあがる。過去にいくつもの実体験があるのだから間違いない。
 現にフェリクスはクロノの言葉を否定もせずに、笑みを浮かべている。今、このやりとりさえもどう転ぶのか楽しんでいるのだ。

「……でも」

 フェイトにとって勇斗が何を望んでいるのかを知らないのは事実。もし、フェリクスの言うとおり、現実では叶わない夢を見ているとしたら、勇斗が自分たちを恨む可能性はゼロではないのではないか。
 もしも、大切な友達から恨みのこもった視線を向けられたとしたら。それはフェイトにとって、母から捨てられるのと同じくらい恐ろしいことだ。

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

 そっとフェイトの手に自らの手を重ねて、微笑むなのは。

「夢は所詮、夢や。いつまでも寝てるようなら私たちが叩き起こしてあげなあかん」

 なのはが重ねた手の上に、はやても自らの手を重ね、力強く断言する
 はやての言葉にうんうんと頷きながら、なのはが言葉を続ける。

「友達が間違ってたら、ぶつかってでもそれを正してあげるのが、本当の友達だよ」

 かつて、アリサ、フェイトと全力全開でぶつかりあったなのはだからこそ言える言葉だったが、とても九歳の少女が言う言葉ではない。そんじょそこらの男よりもよっぽど漢らしい考え方である。生憎とこの場でそれを突っ込める者は、目下、闇の書内部にて現実逃避中であったが。

「……うん、そうだね」

 フェイト自身、なのはと真っ向からぶつかって、想いをぶつけられて、何度も何度も心を揺さぶられた。
 だからこそ、なのはの言葉が正しいと信じることができる。
 たとえ、どんなに夢が良いものだとしても、それは現実ではない。
 現実には自分やなのは、アリサやすずか、そして彼の両親やクラスメイト達。勇斗の帰りを待っている人間がたくさんいるのだ。それを放っておいて夢の中に逃げ込むことが、正しいはずがない。今から自分たちがやろうとしていることが間違っていないという確信が湧いてくる。
 確かな想いを胸に、しっかりとバルディッシュを構えなおす。

「それに勇斗なら自力で目覚めるかもしれないし」

 それはフェイトから勇斗への信頼。勇斗が見せる常に根拠のない自信と揺らぐことのない不敵な態度は、自身の精神的な脆さを自覚しているフェイトにとって、精神的な強さを持った人間の理想型であり、憧憬の対象でもあった。あともう少し、日常で勇斗と触れる時間が多ければ、それが間違いであることに気付けたのだろうが。

「いや、それはねーだろ」
『……自分の欲望に忠実な者ほど、夢に囚われやすいものだからな』
「……ゆーとくん、自分の欲求に素直だもんね」
「普段からわがままでやりたい放題やからなぁ」
「おまけに気合も根性もありません」

 ぼろくそな言われようであった。
 日常で勇斗と接する機会の多いなのはやはやて。週一の特訓で勇斗のヘタレっぷりを存分に知っている騎士たちは、フェイトのように誤った信頼を抱いたりはしない。
 基本的に勇斗は自分の欲求には限りなく忠実かつ怠け者で、闇の書の夢が見せるような誘惑には、一番弱いタイプの性格だと言えよう。
 もっとも、突飛な言動も多く読めない部分もあるので、自力で脱出する可能性もなきにしもあらずだが。
 なのは達の発言は八割本気、二割冗談といったである。

「みんな酷い……」
「事実だから仕方ない」

 ――それでも変なところで面倒見が良かったり、責任感があったりもするが。
 と、心の中でだけ補足するクロノ。本当に自分勝手なだけの輩ならば、ジュエルシード事件や今回の闇の書事件に首を突っ込んだりしない。本人の弁を信じるならば、彼の介入がなくても事態は無事に解決するのだから。本人ができる限りで、より良い方向にしたいと思っているからこそ、面倒な立ち回りを自身の意思で行ってきた。結果的にそれが事態の悪化を招いたとしても。
 口では偽悪ぶっているが、なんだかんだで勇斗はお人好しでバカなのだ。
 そんなバカを助けるためにも、改めて確認する。

「リインフォース。勇斗を叩き起こす方法は、奴の言うとおりで正しいのか?」
『あぁ。奴が行動不可能なほどのダメージを与えれば、夢の結界を維持する余裕はなくなる。奴にどれだけのダメージを与えようが、遠峯勇斗にダメージが及ぶことはない』
「つまり、おもいっきりやっていいってことだよね?」
『あぁ、思う存分やってくれ』
「うん!」

 何がそんなに嬉しいのか、先ほどまでとは打って変わってやる気全開のなのはが勢いよく頷く。
 そんなに砲撃を撃ちこむのが好きか、と突っ込みたいヴィータだが、あえてそれには触れず、口にしたのは別のことだ。

「まぁ、今あいつがいたらいたで邪魔だし、かえって都合がいいかもな」

 勇斗の魔力が如何に多かろうと、この面子の中では、戦闘力は皆無に等しい。魔力補給のみに専念させたとしても、彼の守りを考えればデメリットのほうが大きい。先のコピーのように、このレベルでの闘いでは、当たれば一撃で墜ちる弱さなのだ。そもそも蒐集を受けた後では、ロクな魔力も残っていまい。ならば、彼の安否を気遣わずにすむこの状況は却って好都合ともいえる。

「どのみち奴らを倒さねば、我らとてこの結界から脱出できん」
「私たちが蒔いた種ですもの。自分たちできっちり刈り取っていかないと」
「バックアップデータとはいえ、我らと同じ存在がいるのも良い気分ではない」
「おし。いっちょ、ぶちかましてやるか!」

 気合十分なヴォルケンリッター達に、クロノも頷く。

 「僕らがこうして戦っている間に、勇斗一人夢の中というのも癪だ。あいつらを倒してとっとと叩き起そう」

 自分たちの勝利を疑いもしないクロノの口調に、ディアーチェが失笑する。

「愚かな。コピーは貴様らと互角。そして我ら三人の魔力は貴様らを上回っている。魔力でも数でも劣る貴様らに勝機などないわ。現に先の貴様らは我らに防戦一方だったではないか」
「そうとも。所詮、君たちは僕達の踏み台に過ぎないさ。闇の力の前にひれ伏すがいい!」
「最終的な目標はフェリクスだが、まずは確実に戦力を削いでいく。フォーメーションを組んで一気に行くよ」
「うん!」
「練習通りに、だね」
「所詮、コピーはコピーでしかないことを思い知らせたる!」

 自信に満ちたレヴィの言葉を華麗にスルーするクロノ達。

「聞けよ!僕達の話を!無視するな、こらー!」
「壊れかけの融合騎と使い捨てのプログラムごときが……笑わせてくれる」

 そんなクロノ達に不満を露わにするレビィと、鼻で笑い飛ばすディアーチェ。
 レビィはぶんぶんと手を振り回し、ディアーチェは嘲笑を浮かべているが、自分たち――特にディアーチェは巨大な地雷を踏んだことにまだ気づかない。

「そんな君達に素敵な言葉をプレゼント」

 そんなレビィに、はやてはにっこりと笑いかけて告げる。

「弱い犬ほどよく吠える。キャンキャン耳障りやからちょう黙れ」
『あ……主?』

 明らかにはやての雰囲気が激変していた。言葉の刺々しさ以前に彼女が纏う空気そのものが。
 表面上はにこやかなだけに、その小柄な体から発せられる怒気がなおさら恐ろしく感じれられる。その豹変ぶりにリインフォースを始めとした味方のほうが思わず距離をとってしまう程に。

「小鴉風情が……今、なんと言った」
「黙れ言うたん聞こえんかったか?闇統べる王だかなんだか知らへんけど、人の家族を侮辱して、ただじゃ済まさへんからな」
「こ……のっ」

 まさに一触即発。ディアーチェとはやて。闇統べる王と夜天の王の視線が交差し、見えない火花を散らす。

「はやてが怒ってるの……初めて見た」

 ヴィータの呟きに思わずコクコクと頷く守護騎士一同。普段の温厚が服を着て歩いてるようなはやてが、ここまで怒気を露わにするなど想像すらできなかった。
 『普段、温厚な人間ほど怒ると怖い』という言葉をまさに体現している。

「ヴィータとザフィーラ、フェイトちゃんが前衛!最優先撃墜目標は向こうのシャマルとユーノくん。敵さんにはチャージタイムを与えないことを第一に!」

 てきぱきと指示を飛ばすはやて。この半年間、魔法の知識習得と並行して受けた指揮官研修は伊達ではない。

「シグナムとクロノくんは遊撃!ちょいと数多めに受け持つことになるかもしれんが踏ん張って!アルフとユーノくん、シャマルはそのサポート!なのはちゃんと私はみんなが盾になってくれてる隙にでっかいのの準備!」

 自分が出そうとした指示を全て出されてしまったクロノが密かに肩を落とし、その肩を慰めるようにして叩くユーノ。

「小鴉風情が調子に乗るなぁっ!ガラクタ同然の融合騎と守護騎士ともども灰塵と化してくれる!」
「やれるもんならやってみぃ!夜天の王とその守護騎士の力、その魂に刻み込んだる!」

 ディアーチェとはやて。闇統べる王と夜天の王。二人の王が火蓋を切って落とし、

「ふん、魔力の差は歴然だ!君たちがどうあがこうと勝ち目はないよ!」
「残念だけど、さっきのようにはいかない……!魔力の差が戦力の決定的差でないことを教えてあげる!」

 レヴィとフェイト。蒼と金の閃光が空を翔ける、

「我が力の全てを持って、あなた方を撃ち砕きましょう。永遠の闇に抱かれて眠りなさい」
「……いつかは眠るよ。でも、それは今じゃない。私たちも、ゆーとくんも帰りを待ってくれてる人がいる。だから……今は戦う!未来を掴むために!」

 シュテルとなのは。黒と白の砲撃魔導師がその力を解き放つ。
 互いの存在を掛け、未来を勝ち取るために、











 気まずい。ひたすら気まずかった。
 理由は言うまでもない。ついさっきまで恋人に泣きついていた自分が無様で情けなすぎて合わせる顔がないからだ。
 優奈はというと、こちらとは逆に上機嫌で朝飯の支度をしている。
 優奈の顔を見た瞬間、頭の中が真っ白になり、あんな行動をとってしまったが、ひとしきり泣いた今ではなんとか落ち着いている。
 まずは状況整理。これは多分、闇の書が見せる夢。
 これまでの九年間のことが夢で、優奈といる現在が本当だとも考えたいところだが、それにしてはこの九年間で体験したことを夢というにはあまりに鮮明過ぎた。
 立派なヲタであることを自認し、ある程度の妄想癖も持ち合わせている俺だが、流石に限度がある。フェイトやなのはとの出来事。今まで生きてきたはずの九年間は夢ではないと断言できる。
 自らの手を見る。『遠峯勇斗』の、子供の手ではない。もっと成長した男の、成人男性の手だ。鏡を覗き見れば九年振りの自分の素顔。懐かしいやら感慨深いやらで何とも言えない不思議な気持ちだった。

「ゆーとー、ご飯出来たよー」

 背中に掛けられた声にちらりと振り向く。寝巻き替わりのYシャツ(高校時代に俺が使ってたもの)から黒のフレアスカートとボーダーのシャツ、その上からアンサンブルを着込んだラフな服装へ着替え、伸ばした髪は一つにくくってポニーにしている。俺の視線に「ん?」と小首を傾げた姿が可愛らしくて、嬉しさとか愛しさとか綯い交ぜになった感情が湧き上がる。くそっ、夢でも相変わらず可愛い!
 気まずい思いはあるが、いつまでもそれにこだわっていると何も進まないので、ぐっと心を平静に保ちながら部屋の中央に置かれた小さなテーブルの前に座る。
 テーブルに並べられているのは、バターを塗ったトーストにサラダ。ベーコンエッグにコンソメスープと簡単な食事だ。
 俺も優奈も朝からそんなに食べるほうではないので、朝食としてはこれで十分、事足りる。
 いただきます、と手を合わせてから無言で食べ始める……のだが、優奈がじっとこっちを見てるのでひたすらに俺だけが気まずい。

「こっち見んな」

 力なく言ってはみるものの、それが照れ隠しであることは相手にもバレバレである。「ん、ごめん」と謝りつつも優奈はこっちをちらちらと嬉しそうに見てくる。
 何か言おうとも思ったが、今の俺が何を言っても効果がないことは明白なので、とりあえずは食事に専念しつつ、これからのことを考える。
 俺の選択肢は二つ。このまま夢を見続けるか、否か。これは夢で、現実では家族や友達が待っている。もし、俺が戻らなければ確実に悲しむ人間がいるのだから答えなんか決まっている。決まっているのだが……。
 ちらりと優奈を覗き見る。ばっちりと目が合う。優しく微笑む彼女の瞳を覗き込んだとたん、無性に胸が締め付けられる。
 九年間ずっと求め続けたもの。夢でも幻でも……この笑顔を自分から手放すことなんて出来るのか?
 嫌だ。手放したくなんてない。現実で彼女と会うのはほぼ不可能だろう。仮に、あの世界でも彼女がいたとしても、それは俺の知っている彼女とはまた別人なのだ。
 夢と現実、そこに何の違いがあるのか。
 戦力にならない俺がいようといなくても、なのは達の勝敗には何の影響もない。というかあの面子で負けるとこが想像できない。
 原作の流れを鑑みても、俺が中にいたら攻撃できないってことはなかったはず。フェイトが中にいた時、なのはは思いっきり攻撃してたし。
 なら、俺がこのまま夢を見続けても大丈夫なはずだ。フェリクスが敗れることによって、この夢が終わりを告げるのならそれでいい。
 だから、それまでは。
 言い訳に言い訳を重ねていることは自覚している。
 それでも。もう見ることのできないこの夢を見続けていたいという欲求を、俺は止められなかった。



 朝食後、食器洗いを終えたところで、優奈にでこぴんをお見舞いする。

「あいたっ!何っ!?いきなり何するのっ!?」
「いつまでも人のことニヤニヤ見てるからだ」

 誰がどう見ても八つ当たりである。

「うー、だって、ゆーとが私に抱きついて泣くなんて初めてだったし。私を頼ってくれたんだって思ったら、なんかこー自然と顔がにやけちゃったんだもん」

 聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる理由に、頬がかぁっと赤くなるのを自覚する。
 一々そういう反応されると、こっちも反応に困る。

「あー、と」

 言葉に詰まって優奈の頭にぽんと手を置く。

「……おまえぐらいにしか見せないからな、俺の弱みは」

 さすがに面と向かっていうのは恥ずかしいので目を逸らしながら、ぼそりと呟く。
 小声で呟いたものの、優奈にはしっかりと聞こえていたらしく、一瞬、きょとんとしたものの、すぐに嬉しそうに頷く。

「……うん」

 その笑顔を見て、改めて自覚してしまう。俺はどうしようもなく、この笑顔が好きで、こいつの為ならなんでもできてしまう。
 ただ、こいつと一緒にいたい。それだけが俺にとって一番大事なことなのだと。

「優奈、こっち」
「……?」

 窓側の陽の当たる場所へ移動して座り、優奈を呼び寄せる。

「あの、えと、ゆーと?」

 俺の前に座らせた優奈を、後ろからそっと抱きしめる。
 困惑した優奈の声が聞こえるが、今は無視。

「悪い。しばらくこのままで頼む」
「……珍しいね、ゆーとがこんな風に甘えてくるのって」

 強ばっていた優奈の体から力が抜け、そっと俺に体を預けてくれる。

「たまには……な」
「何があったのかは教えてくれないの?」

 さっきも同じことを聞かれた。

「……ごめん」

 言える、はずがない。それを言ったらこの夢が終わってしまう気がして。

「しょーがいないなぁ、もー」

 今日は講義を休みと言ったときにも、同じことを言った優奈。
 俺が普段の状態でないことを察してくれた優奈は、それ以上、何も言わずに今日一日俺といることを了承してくれた。
 その気遣いが有難い。
 優奈の腰に回した俺の手に、そっと優奈の手が重ねられる。

「ゆーとの手、冷たくて気持ちいい」
「冷血だから仕方ない」
「ん、でもゆーとにこうして抱かれてるとすごくあったかいよ?」
「そりゃ良かったな」
「うん」

 今はただ、こうして何も考えずに彼女の温もりに触れていたかった。


















■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達との激闘は続く。
一度は優勢に立ったかに見えたなのは達だったが、それは新たな絶望の始まりに過ぎなかった。

ディアーチェ『闇は砕けぬ』




[9464] 第三十七話 『闇は砕けぬ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/02/06 00:13
 空中を飛び交う複数の光。それらの幾つかが時に交差し、時にぶつかり合う。
 複雑に入り乱れる光の一つは『雷刃の襲撃者』レヴィ・ザ・スラッシャー。
 シュテルの砲撃から逃れるべく飛行するなのはを、背後から急襲する。
 トップスピードに乗った死角からの一撃。回避や防御はおろか反応することすら許さない最速の一撃――のはずだった。
 死角からの刃を振り下ろそうとしたその瞬間、くるりと反転するなのは。
 その手したデバイスには今まさに放たれようとしている砲撃の光が輝いていた。
 レヴィの額にたらりと一筋の汗が流れる。

「バスターっ!!」
「わーっ!?」

 なのはのショートバスターを必死で回避するレヴィ。
 フェイトすら上回るスピードを持つ彼女だが、フェイト同様なのはの攻撃力をもってすれば、その装甲は紙のようなものだ。
 威力より発射スピードを重視したショートバスターとはいえ、こんな近距離で直撃すれば洒落にならないダメージを受けてしまう。

「なんで!?なんで、なんで今のに反応できるのさ!」

 それはなのはが持つ天性の空間認識能力ゆえに為し得た業。
 常人よりはるかに優れたその能力が、視覚外からの攻撃さえも認識し、空戦を行うでの大きなアドバンテージとなっている。

「レヴィ!その場を離れなさい!」
「え?」

 シュテルの声に振り向いたレヴィが見たものは、範囲攻撃魔法のチャージを終えたはやてがシュベルトクロイツを振り下ろす姿。

「わわっ!?」

 散弾のように撃ちだされる楔状の光弾。撃ちだされる量も範囲も並大抵のものではない。例えるなら無数の刺が壁となって迫りくるようなものだ。
 回避は間に合わない。シールドを張って防御しようとするレヴィだが、はやての光弾がそれに届くことなかった。

「アホゥ!こんな塵芥どもに言いようにさせてどうする!」

 はやての光弾を撃ち落としたディアーチェが怒鳴る。
 始めは圧倒的に優位に立っていたはずが、気付けば五分の戦いに持ち込まれている。
 スペックでは完全に上のはずなのに。何故か押しきれない。相手の戦闘データも全て持っているはずなのに、相手はそれらを尽く上回ってくる。

「って、王様、後ろ!」
「――っ!?」

 まともな声も出ないまま振り向き、シールドを展開。背後から迫る切っ先が、肌に触れる数ミリ先で辛うじて止まる。

「貴っ様ぁ……!」

 ギリ、と歯噛みをしながらハーケンフォームのバルディッシュを振り下ろしたフェイトを睨みつける。
 ――五分ではない。完全に押されている。
 理性ではそれを理解するが、彼女のプライドがそれを否定する。

「おのれぇっ!」

 シールドを張った手とは逆の手で砲撃を撃つが、そんな見え透いた攻撃がフェイトに当たるはずもない。

「でぇぇぇぃっ!」
「むん!」

 そんなディアーチェに襲い掛かるのは二つの影。頭上から急降下してくるアルフとザフィーラのダブルキック。

「ちぃぃぃっ!」

 ディアーチェのシールドはその一撃も防ぐが、二人は止められた反動を利用してそのまま反転。
 二人を追ってきたコピーユーノとコピークロノに交差気味に一撃を与える。

「くそっ、何故だ!塵芥どもは何故こうも我らのデータを上回ってくる!?」

 なのは達の連携は戦う相手を選ばない。状況に応じてめまぐるしく攻撃をする相手を変更し、柔軟にフォーメーションを変えていく。
 ゆえにディアーチェたちはデータにないその動きに翻弄され、惑わされる。

「所詮、データはデータでしかない。僕達人間は日々進化していくものさ」

 声と共に降り注ぐは蒼き閃光の刃。スティンガーブレイド・エクスキューションシフト。

「くっ!」

 シールドで防御するディアーチェだが、無数の魔力刃が防御の上からでも魔力を削り取っていく。

「そして強い想いは、いつだって私達の力を限界以上に引き出してくれる!」

 バスターモードとなったレイジングハートを構えたなのはが吼える。

『Divine Buster』

 圧倒的な破壊力を秘めた桜色の閃光が迸る。クロノの攻撃で消耗したディアーチェが耐えれる威力ではない。

「うわあああぁっ!?」

 直撃。そして爆発。

「……やった?」
「いや」

 なのはの言葉を否定しながら、クロノは次への布石を打つ。
 辺りを見回せば、ディアーチェ以外のマテリアルの姿がない。
 爆発の煙が晴れたそこには、予想通りディアーチェを守るようにレヴィとシュテルの姿があった。

「たしかにデータ以上の力を発揮しているようですね」

 シュテル達が持つデータは一ヶ月以上前、それもデバイスにカートリッジシステムを追加する前のもの。
 リインフォースの暴走に備え、なのは達が戦力アップをする前に蒐集した為だ。
 もちろん、マテリアル達は元々持っているデータに加え、なのは達の成長を踏まえた上で戦っていたのだが、彼女たちはこちらの予想を尽く超えてくる。単純な力量の話ではない。互いの力を補い、合わせ、そして何よりもその強い意志で、個々の持つ力以上のものを発揮してくるのだ。
 一瞬とはいえ、自らが追い詰められたことに、苦々しげな表情をしていたディアーチェだが、すぐに余裕を取り戻し口の端を釣り上げる。

「ふん、いいだろう。認めてやろう、奴らの力を」
 
 認めなければならない。自らの慢心を。相手を侮っていたことを。力を合わせた彼女たちの力が自分たちに匹敵することを。
 だが、それは敗北を意味するものではない。

「ま、それでも勝つのは僕達だけどね!」

 オリジナルであるフェイト達以上の生み出された自分たちに敗北などあるはずもない。
 自らの力に対する自信以上の確信を持って、闇統べる王は宣告する。

「我らが全力を持って、貴様らを打ち砕こう」

 緩やかに振られるエルシニアクロイツを振るディアーチェ。その周囲に次々と浮かび上がる魔力スフィア。

「……いやいや、ちょっと、待て」

 その数が軽く50を越えた所で、思わず呟くクロノ。クロノだけでなく、なのはもフェイトもたらりと冷や汗が流れる。
 詠唱もチャージも行わず、ほんの一秒ほどの時間で魔力スフィアを80前後も発生させる魔力とその処理速度。
 フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトが発生させる魔力スフィアが最大でも50に満たないことを鑑みれば、その異常さがよく分かるだろう。

「先の屈辱、百倍にして返してくれる」

 ディアーチェがニヤリと口の端を釣り上げる。
 エルニシアクロイツが振り下ろされ、計83個の魔力スフィアから一斉に魔力弾が撃ち放たれた。

「これは……っ!」

 全周囲に放たれたそれを回避することもできず、シールドを張って受け止めるクロノ。
 ディアーチェの傍に控えているシュテルとレヴィ以外の全ての者がその攻撃に晒されている。コピーも、主であるフェリクスさえも。もっとも、フェリクスだけはシールドで防ぎながら薄ら笑いを浮かべているのだが。
 一撃一撃は決して小さなものではないが、耐えられないほどの威力ではない。
 問題なのはその数と範囲、そして連射速度。敵も味方も見境なく、容赦なく乱れ撃つ。
 だが、これだけの攻撃をそう長く続けられるはずはない。この攻撃が途切れた瞬間に反撃に出るべく思考を巡らせるが、それを断ち切るように閃く光があった。
 バスターモードとなったルシフェリオンを構え、酷薄な笑みを浮かべるシュテルの姿。その切っ先は真っ直ぐ自分に向けられていた。
 クロノの背筋が凍りつく。
 なのはの砲撃すらあっさりと打ち負かすアレの直撃を受ければ、一撃で落とされる。それがわかっていても手の打ちようがない。
 クロノの焦燥をあざ笑うかのように、紅蓮の炎の如く迸る紅き閃光。

「クロノくん!」

 なのはの叫びも虚しく、クロノのシールドは紙切れのように撃ち抜かれる。そしてグラリとクロノの体は崩れ落ち、落下していく。

「人の心配してる場合じゃないと思うけどなぁ」

 嘲笑する声は背後から。防御とクロノへ意識を向けた分だけ、反応が遅れた。

「あ」

 背後からの蒼刃がなのはの背中を切り裂く。
 辛うじて顔だけ振り返ったなのはが、信じられないといった風に目を見開く。
 この弾幕の中を、どうして移動できるのか、とその表情が物語っていた。
 理屈自体はそんな複雑なものではない。ディアーチェが意図的に弾速を調整し、なのはへと繋がる空白を作り出し、そこをレヴィが高速で駆け抜けただけのこと。だが、口で言うほど簡単なことではない。
 複数のスフィアから発射する弾速を部分的に調整する繊細な処理能力と、ほんの一瞬だけ作られた空間を駆け抜ける圧倒的な速度。この二つがあって初めて成し得るコンビネーション。

「なのはぁっ!」

 フェイトの悲痛な叫びが響く中、なのはさえもその小柄な体を落下させていく。

「レヴィも言ったであろう。貴様らに人の心配をする余裕はない、と」

 ディアーチェの弾幕の威力が増す。

「貴様らに許されるのは絶望の中であがき、もがき、苦しみ続けることのみよ!」

 圧倒的な魔力を誇るマテリアル達に小細工など必要ない。ただ、その圧倒的な力を持って、正面から喰らえばいい。
 ディアーチェが範囲攻撃で動きを止め、シュテルが撃ち砕き、レヴィが切り裂く。
 互いの短所を補うのではなく、ただ長所を組み合わせる。
 それがマテリアルにとって最大の力を発揮する最良のコンビネーション。
 彼女らからすれば、フェリクスが生み出したコピーも元より不要。初めから自分たちだけがいれば十分なのだ。

「くっ、うおおおおお!」
「ザフィーラっ!?」

 この窮地を打開すべく動いたのは蒼き守護の獣。シャマルの呼びかけに応えることなくシールドによる防御を捨て、その身を弾幕に晒しながら突っ込んでいく。
 被弾面積を減らすために頭から突っ込んでいく様はまるで人間ミサイルのごとく、文字通りの特攻だ。

「ふっ、愚かな。シュテル」
「えぇ」

 ディアーチェに言われるまでもなく、その照準をザフィーラへ移すシュテル。如何に守護の獣とはいえ、シールドもなしにシュテルの砲撃を受ければ只では済まない。

「これで三人――!?」

 今まさに砲撃を撃ち放とうとするその瞬間、シュテルの手元に絡みつく魔力の鎖。
 輝く魔力光は淡い緑。それはフェレット形態になることで被弾面積を減らし、接近したユーノが仕掛けたチェーンバインド。
 いくら被弾面積が減ったとはいえ、この弾幕の中を移動するのは、目隠しで綱渡りするような自殺行為に等しい。
 ザフィーラに気を取られたシュテル達の隙をついた、ユーノの英断と言えるだろう
 ユーノのバインドに引っ張られたルシフェリオンの矛先がディアーチェへと向かう。

「ば――っ!」
「――っ!!」
「王様!シュテるん!」

 今更、砲撃を止められるタイミングではなかった。超至近距離で放たれた砲撃が自身もろとも巻き込み暴発する。
 弾幕が止んだ。

「いまだ!」
『Barrier jacket. Sonic form』

 フェイトのバリアジャケットが変化する。限界まで防御を薄くし、より高速移動に適した形態へと。
 マントやスカートを排除し、フェイトの幼い肢体を包むのは薄手のレオタードとスパッツ。受けに必要な手足以外の防御は捨て、限界まで速度のみを特化させた超高速機動形態。
 両手両足に発現した光の翼「ソニックセイル」によって加速したフェイトの姿が掻き消える。

「速――っ!?」

 予想外の事態に動揺しながらも、フェイトの攻撃に反応できたレヴィは流石というべきか。
 だが、いくらデータを持っていてもそれを活かす経験のないレヴィは、動揺から完全に立ち直ることができず、先ほどまでとは段違いのスピードで攻め来るフェイトに反撃するここともままならない。

「そんなっ。この僕がスピードで負ける!?」

 実際にレヴィとソニックフォームでのフェイトとの間にスピード差は殆ど無い。だが、精神の揺らぎが二人の明暗を分けた。
 ついにはレヴィのバルニフィカスをバルディッシュが弾き、フェイトの手がレヴィの胸に添えられる。

「待――っ」
「プラズマスマッシャァァァァァッ!!」

 零距離から砲撃を受けたレヴィの小柄な体が吹き飛ぶ。

「ヴィータちゃん!シグナム!」
「おう!」
「わかっている!」

 今が好機と見たシャマルがヴィータとシグナムに呼びかける。
 長年、共に戦い続けたきた彼女らにそれ以上の言葉は不要。
 ディアーチェの攻撃が止んだ時点でコピー達もシグナム達も動き始めている。
 ユーノに攻撃しているコピークロノをシグナムが紫電一閃で叩き落し、コピーザフィーラの蹴りをかわしたヴィータが、救い上げるように相手の体を打ち上げる。
 二人のコピーの行く先にはシャマルが待ち受けている。

「クラールヴィント、お願い!」

 シャマルの指先にはめられた指輪、クラールヴィントから紐で繋がれた振り子が射出される。その振り子がコピー二人の体に巻き付き、締め上げて拘束する。

「でぃぃぃやぁっ!」

 そこをヴィータがマテリアルたちのいる方角めがけて打ち出す。
 同じようにアルフやユーノ達も残りのコピー達を同じ方向に誘導している。
 圧倒的有利が覆されたことで生まれたほんの僅かな動揺が、コピー達の動きを鈍らせている。
 反撃の時が訪れようとしていた。

「なのは、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。それよりフェイトちゃん」

 レヴィの一撃をまともに受けたなのはだったが、レヴィの攻撃が非殺傷設定だったこともあり、なんとか持ち直していた。
 もちろん痛みもあるが、そこは持ち前の不屈の意志でカバー。なのはの闘志にはいささかの陰りも見えない。
 回復や体を慮るよりも先にやることがあると、その瞳が訴えていた。
 なのはのそんな瞳を見てしまえば、フェイトはそれ以上何も言うことはできない。ただその意を汲むだけだ。

「うん。バルディッシュ、ザンバーフォーム!」
「レイジングハート、エクセリオンモード!」
『Ignition』

 カートリッジをロードした二機のデバイスが、主の呼びかけに応え、その姿を変えていく。
 全ての枷を解き放ち、自らと主人の力、その全てを出しきるための形態へと。
 エクセリオンモードとザンバーフォーム。
 レイジングハートは全ての悲しみを撃ち貫く意志を具現化した槍の如き姿へ。
 バルディッシュは夜を切り裂く閃光の刃――巨大な魔力刃を携えた大剣へ。

「私達の全力全開!」
「ここで出しきる!」

 互いのデバイスを携えた二人がその魔力を集中させていく。戦いを終わらせるために――。

「この塵芥どもがぁっ!!」

 爆煙を吹き飛ばし、逆上したディアーチェが姿を表す。その傍らには弱ったレヴィを支えるシュテルの姿もある。
 さすがのマテリアル達もそのバリアジャケットは所々破れ、少なくないダメージを受けていた。

「もはや容赦はせん!その身も魂も粉々に撃ち砕いてくれるわ!」
「悪いがそれは阻ませてもらう」

 逆上したディアーチェの声を遮るのは、落ち着き払った少年の声。

「なっ!?」
「これは!?」
「わっ!?」

 ディアーチェの宣告の応えるかのように発動するのは蒼の鎖。
 空中から射出された魔力の鎖がマテリアルたちの四肢に絡みつき、その動きを拘束する。

「貴様はあの時……!」

 シュテルの砲撃で落ちたクロノの姿がそこにあった。

「シールドを破られた瞬間、身を捻ることで直撃は避けたんだ。落ちたように見せかけたのはこの隙を突くための演技さ」

 と、余裕ぶるクロノだが、完全にシュテルの砲撃を避けたわけではなかった。その証拠に左肩のバリアジャケット部分は完全に消し飛んでいる。
 あとコンマ数秒でも反応が遅れていれば、演技ではなく本当に落ちていただろう。
 クロノの言葉にギリッと歯噛みするディアーチェ。見れば、自分たちではなく、他のコピー達や、主であるフェリクスまでも、クロノのバインドによってその身を拘束されていた。
 先になのはがディバインバスターをディアーチェに直撃させたときから準備していた、設置型のトラップ。
 これだけの人数と広範囲にバインドを同時に仕掛けるなど、並の技量では到底不可能なことだ。
 クロノのデータは持っていたが、蒐集を行っていない為、完全なものではない。ここまでの技量を持っていたことに少なからず驚かされる。

「だが、この程度のバインドなぞ!」
「拘束を解く暇なんて与えへん!クラウソラス!」

 力任せにバインドを破ろうとするディアーチェだが、はやての砲撃がマテリアルたちに襲い掛かる。

「鋼の頸!」

 それに続くは地面から突き出した巨大な魔力の杭。魔力の杭が檻のように構成され、マテリアルやコピー達の行動を制限する。
 そんな彼女らを縛る更なる拘束。鎖状、あるいは縄状に構成された魔力が幾重にも彼女たちの体に絡みつき、その自由を奪う。
 クロノ、アルフ、そしてユーノによる三重のバインド。フェリクスを含め、これだけの大人数を同時に拘束すれば、その分、効果時間も短くなるが、彼らからすれば、ほんの僅かな時間さえ稼げればそれで十分だった。

「お待たせしました。おっきいのいきますっ!」
「N&F中距離殲滅コンビネーション!」

 魔力チャージを終えたなのはとフェイト。二人がそれぞれの愛機を携え、叫ぶ。

「全力全開!」

 レイジングハート・エクレセリオンが、照準・弾道安定のためのバレルフィールドを展開。
 
「疾風迅雷!」

 なのはの魔力をバルデイッシュ・ザンバーの刀身に集中させ、自らの魔力を上乗せして斬撃を放つ。
 攻撃ではない。斬撃によって放たれた魔力は、相手に一切のダメージを与えることなく、フィールドを満たしていく。

「……これはっ!?」

 そのことに気付いたシュテルが声を上げるが、既に時遅し。

『ブラストカラミティ!』

 唱和する声と共に放たれるエクセリオンバスターとプラズマスマッシャー。
 バレルフィールド内に満たされた魔力が、混じり合う二つの砲撃の威力を拡張・拡散し、単独ではなし得ない威力の空間攻撃が完成する。
 その範囲ゆえに、回避できる代物ではない。
 フェリクスによって生み出されたコピーとマテリアル。そしてフェリクス自身をもその範囲に加え、全力全開の一撃が炸裂する。
 金と桜色の閃光が乱舞し、その先にあるもの全てを飲み込み、爆発の渦へと包み込んでいく。

「この……塵芥どもがぁぁぁぁっ!!」

 ディアーチェの怒声も、その姿ごとブラストカラミティによって生じた爆音と光に飲み込まれていく。

「も一つおまけや!」

 辺り一面を眩い輝きが満たす中、二人に遅れてチャージを完了したはやてが、天高く掲げた剣十字を振り下ろす。

「遠き地にて、闇に沈め……ディアボリックエミッション!」

 ブラストカラミティによって発生した爆煙が収まらぬ中に発生する闇色の魔力スフィア。それは瞬く間に巨大化し、飲み込んだものすべてをその牙にかける。顎に捉えた獲物を食らい尽くす純粋魔力攻撃。その効果範囲はなのは達のブラストカラミティすら上回る。
 共に非殺傷設定ではあるが、その威力は絶大。たとえオーバーSランクの魔導師が万全の状態で防御したとしても只では済まない。バインドの拘束を受けていたフェリクス達が今の攻撃を耐えたとしても、まともに戦える力など残っていまい。
 そう確信させるほど、凄まじい一撃だった。

「これだけの攻撃だ……ただで済むはずはない」

 と、口にするクロノの表情は未だに硬いままだ。
 まともな防御も回避もできない状況に追い込み、あれだけ大規模な攻撃を直撃させた。常識的に考えれば勝負は決まったようなものだ。
 嫌な予感が拭えないのは、フェリクスが浮かべていたあの笑み。バインドによって拘束され、攻撃を受ける直前になっても、あの笑みが消えることはなかった。あれは自分たちが何をしても、自分を害することはできないという確信によるもの。
 だが、たとえ闇の書の力を得たとしても、あの攻撃を食らって無事でいられるはずはない。仮に暴走体が相手だとしても、確実に通ると断言できるほど、強力な一撃だったのだから。
 そう確信してなお拭えない不安を抱きながら、クロノはデュランダルを構える。自らの不安が杞憂であることを祈りながら。
 息を切らしたなのはたちも油断なく構えながら、爆煙が晴れるのを待つ。
 それから飛び出したのは複数の影。
 ブラストカラミティの攻撃範囲ギリギリにいたことで、僅かながらも威力が減じたヴォルケンリッターのコピー達であった。
 その姿は満身創痍も、その目は戦う意志を失っていない。
 それらに抗すべく向かったのは、もちろんオリジナルの騎士たち。

「一々気に入らねぇんだよっ!おまえらも!あいつらも!」

 ボロボロになりながらも鉄槌を振るうコピーヴィータ。
 過去の自分自身の攻撃をいなしながら、ヴィータは内心で深々と溜息をつく。
 ――昔の自分はこんなにも余裕がなかったのか、と。
 思い返せば心当たりは山ほどある。いつも苛立ち、周りに当たり散らし、自分の運命を呪うばかりの日々。自分だけではない。他の守護騎士たちも自分ほど表面には出さないまでも、苛立ち、嘆き、自らの運命を呪っていた。
 八神はやてと出会うことで自分は、自分たちは変わることができた。
 悪い夢は終わり、現在(いま)という幸せを得ることができた。

「だからおまえの悪夢も終わらせてやる」

 呟きながら、ギリッとグラーフアイゼンのグリップを強く握りしめる。
 二人のヴィータがラケーテンフォルムとなったグラーフアイゼンを構え、カートリッジをロード。

「はあぁぁぁぁっ!」

 自分の体ごとグラーフアイゼンを旋回させ、瞬く間に二人の距離がゼロとなる。
 コピーヴィータの一撃が帽子を吹き飛ばしながらこめかみを削り取り、ヴィータの一撃はコピーヴィータの体の真芯を捉え撃ち抜く。

「……なんで、なんで、同じ自分なのに」

 コピーヴィータが、風穴の空いた自分の体を呆然と見下ろしながら呟く。単純なダメージの差だけではない。明らかに自分の動きは先読みされていた。

「昔の自分のやることだ。予想もつくし対処もできるさ」

 力や技術は正に拮抗していた。確かに目覚めて以降の経験値分、オリジナルのヴィータに分があったのは確かだが、それ以上に二人の明暗を分けたのは別の要因だった。
 今のヴィータにあって、昔のヴィータにないもの。それははやての存在。
 過去のヴィータは守護騎士たる使命ゆえに戦ってきたが、今のヴィータはそれだけではない。
 縛られた使命ではなく自らの意思で、主であるはやてと仲間である守護騎士達――大切な家族を守るために戦っている。
 自分の存在すら呪い、揺らいできた過去の自分とは心の在り方そのものが違うのだ。
 はやての為にも、自分の為にも、そんな過去の自分に負ける要素など、どこにもなかった。

「なんで……なんでだよ!」

 もちろん、今のヴィータを知らないコピーヴィータにそれがわかるはずもない。ただただ理不尽に振り回される自分の境遇が悲しく、恨めしかった。

「泣くな。年中イライラ来て周りに当たり散らしてっから……辛い時や悲しい時……素直になんなきゃなんねーときも素直になれねーんだ」

 そんな過去の自分を見て、自然とそんな言葉を口にしていた。

「うるせぇ……!うるせぇ……っ」
「泣くのも、素直に悲しいって言うのも、別に悪いことじゃねーんだ。思い出せ。仲間がいるだろ?自分たちだって悲しいのに辛いのに、全然素直じゃねーお前を受け止めてくれた連中が」

 本人達に面と向かって言うことはこれからもきっとない。だけど、仲間たちと主への感謝を忘れることはこれから先一秒たりともないと断言できる。

「それは……う……ぁぁあ……っ!」

 コピーヴィータの限界が訪れた。その体は少しずつ光の粒子となって消えて行く。
 ヴィータ自身、過去に何度も経験してきた現象だ。何度経験しても自身が消失する恐怖と、これからも同じことが繰り返されるであろう自身の運命に対する絶望は筆舌に尽くしがたい。

「心配すんな。次に目が覚めたときには、はやての作ってくれるあったかくてギガうまなご飯が待ってる。お前を受け止めてくれた連中も一緒だ。悪い夢は全部終わるんだ」

 それがわかるからこそ、柄にもなくそんな言葉を投げかけていた。
 昔の自分に同じ言葉を投げかけて、それを信じる事ができるだろうかと自問自答する。おそらく、普通の状態なら無理だっただろう。
 それでも。自らの身が消失しようとする今なら。

「……本当に?」
「あぁ、だから安心して眠れ」

 半信半疑でも良い。過去の自分に少しでもいいから信じて欲しかった。感じて欲しかった。
 自分と仲間たちを包み込んでくれる優しい主人。幸せな未来への希望を。
 ヴィータの言葉を聞いたコピーヴィータはどこか寂しそうに、だが穏やかな顔でそっと目を閉じ、消滅していった。
 コピーとはいえ、確かに自分と同じ存在だったあいつは未来への希望を信じる事ができたのだろうか。
 それを確かめる術はないが、少なくとも前の自分とは違う気持ちで眠りにつけたはずだ。
 グッと、グラーフアイゼンを握る手に力を込める。
 まだ、やるべきことがある。今の自分の言葉を偽りにしないために。
 長かった悪夢を、完全に終わらせるために。
 その視線を全ての元凶へと向けた。



 その煙が晴れた時に現れた光景は、少なからずなのは達を安堵させるものだった。
 最初に目に入ったのは倒れ伏す三人のマテリアル達。
 そのバリアジャケットは辛うじて衣服の形状を留めてはいるものの、ボロボロに引き裂かれ、手にしたデバイスもところどころ破損していた。誰の目から見ても戦闘は不可能だろう。

「――っ!」

 そして最後の煙が晴れたそこにある影を認めた時、なのはやフェイト、はやてが小さく息を呑む。

「まさか……この私がここまで追い込まれるとはね……」

 彼女達が見たものは、片腕、片足を含む半身を消失し、見るも無残な姿となったフェリクスだった。
 限りなく人間に近い実体として具現化しているシグナムと違い、フェリクスの肉体は純粋魔力で生成されたものだ。
 たとえ、非殺傷の攻撃といえど、魔力による攻撃はそのまま肉体の損傷へと繋がる。

「些か以上に君たちの力を侮っていたようだ……」

 顔面蒼白、息も絶え絶えといったフェリクスの姿は、文字通りに虫の息と言えた。
 想像だにしていなかった光景になのはとはやての心が揺れる。自らの力と、人を傷つけたことに。
 彼女たちは自分が傷つく覚悟はあっても、ここまで人を傷つけることを想定していなかった。
 とはいえ、執務官たるクロノとヴォルケンリッター達には一切の動揺も躊躇いも罪悪感も存在しない。

「ここまでだ。大人しく降伏するんだ。今ならまだ弁護の余地が与えられる」

 もうフェリクスに戦う力など残されていない。有利なのは自分たちのはずだ。この状況を覆すことなどできない。
 ――そのはずなのに。
 胸の奥から沸き上がる不安を消すことができない。いや、それどころかますます大きくなっていく。
 自分たちは何か思い違いをしている。そんな予感が半ば確信となって、クロノを苛む。
 ヴォルケンリッターたちも同じものを感じているのだろう。その顔は緊張に強ばっていた。

「安い芝居はその辺にしやがれ。リインフォースの力を奪ったテメーがその程度で参るタマか」

 ヴィータの言葉に、フェリクスの苦しげな息が止まり、表情が固まる。

「く、くくくっ」

 そして零れるのは笑い声。

「やはり守護騎士の諸君には通じないか。流石に闇の書の力をよく分かっている」

 残された手で自身の顔を覆いながらも哄笑は止まらない。それどころか傷ついていたその肉体は、ぼこりと肉が盛り上がり消失していた部分が瞬く間に再生していく。まずは骨。それを覆うように神経が構成され、肉と皮がそれを覆っていく。
 あまりにグロテスクなその光景に、なのはとはやてが小さく悲鳴を上げる。
 僅か数秒の後に、フェリクスの姿は傷どころか埃一つ無い姿に戻っていた。

「そんな……っ」
「驚くことはない。闇の書の防衛プログラムの力を持ってすれば、この程度の再生などたやすいことだ」

 フェイトの驚く声にも、フェリクスは静かに答える。

「システムU-D……最大稼働」

 フェリクスの魔力量が増大し、その背から闇色の翼が噴出する。
 その形はまるで蝶のように。だが、その禍々しさはどこまでも不吉なものしか感じさせない。

「……この魔力量はっ」

 クロノが呻き、その場の誰もが総毛立ち、その圧倒的なまでの力を悟る。
 たった一個人がこれだけのプレッシャーを放つことができるのかと。
 個々の力では絶対に歯が立たないことを本能で理解させられる。
 魔力量だけなら勇斗も良い勝負かもしれないが、その出力や威圧感は比べ物にならない。


「そして」

 ぱちんと掲げた指を鳴らす。その瞬間、倒れ付していたマテリアル達の体は光に包まれ、フェリクスの元へと飛んでいく。
 パンッと、彼女達を覆う光がはじけた時、そこにはフェリクス同様、傷一つないマテリアル達の姿があった。
 もしかしたら、という予感はあったが、それがこうも容易く目の前で起きると流石に動揺を隠せない。

「主ある限り、我らもまた何度でも蘇るのです」

 閉じられた目を開き、ゆっくりと告げる星光の殲滅者。

「君たちがいくら抗おうともそれは無駄なこと。僕達は闇そのものなんだよ」

 雷刃の襲撃者が嘲笑う。すべての抵抗は無意味だと。

「闇は砕けぬ」

 闇統べる王が絶望を告げる。闇を切り裂くことも、撃ち砕くことも誰にもできない、と。

「そして闇の書の転生機能は、この身を塵一つ残さず消滅させたとしても、無からこの身を再生する」

 それは絶望の宣告。自分を倒す手段はないと明言していた。

「なら、どんな手を使ってでも君を封印するまでだ!」

 それが難しいことは誰よりもクロノ自身がわかっていた。
 氷結の杖――デュランダル。闇の書を封じるべく、グレアムが作らせた最新式のデバイスだ。
 フェリクスに通用するかどうかはわからない。だが、執務官として何もせずに諦めることなどできるはずもない。
 そしてフェリクスの言葉に屈する者など、この場に誰一人いない。
 誰一人抵抗の意思を失うことなく、戦意を漲らせていた。

「ふむ、誰も私に屈する気はないようだね」

 フェリクスの言葉に動く金の閃光。背後からの振り下ろされる大剣をフェリクスは片手で受け止める。

「当たり前だ!私達は勇斗を絶対に助ける!友達を見捨てたりなんかしない!」

 振り下ろす切っ先に力を込めながら叫ぶフェイト。
 もし、自分たちがここで諦めれば、勇斗は永遠に夢の中だ。そんなのは嫌だ。
 大事な友達だからこそ、絶対に助けてみせる。フェイトの瞳がそう告げていた。

「ならば、直接彼を助けに行けばいい。君にそれだけの力と価値があれば、だがね」
「え?」

 その言葉の意味を問いただす間はなかった。バルディッシュを振り下ろすフェイトが、先の勇斗と同じように光となって消失し、フェリクスの中へと消えていく。

「フェイトちゃん!」
「心配はいらない。あの少年の夢の中に送っただけだ」

 嘲笑の笑みを浮かべながら、フェリクスはゆっくりとなのはたちの方へと振り返る。

「ゆーとくんの夢?」
「そう、そこで彼女は知るだろう。自らの無力を。あの少年は夢の中の世界をいたく気に入ったようだ。決して自らの意志で目覚めることはないだろう」

 勇斗がどんな夢を見ているかはフェリクスにもわからない。だが、勇斗が現実では決して叶うことのない夢に囚われ、深みにハマっていることはわかる。
 かつて闇の書の夢に囚われた誰よりも深い眠りに落ちていることを。

「たとえ彼女がどんなに呼びかけても、あの少年は自らの夢を捨てることなどできない。そして彼女は自分の無力さと価値を知るだろう」

 フェリクスの表情が楽しくて楽しくて仕方がないという風に歪んでいく。

「大切な友達を助けることも出来ず、自らの無力に打ちひしがれる様はさぞかし滑稽だと思わないかね?」
「最低の発想だな」

 聞いていているだけで虫唾が走る考え方だった。クロノはその嫌悪感を隠そうともせず吐き捨てる。

「そんなこと、絶対に起きない!ゆーとくんは絶対にそんなことしないよ!」

 なのはがフェリクスの言葉を否定する。

「ほう?」
「確かに私達はゆーとくんのことを知らないかも知れない。でも、ゆーとくんは絶対にフェイトちゃんを、友達を悲しませるようなことはしないもん!」

 意地悪で、皮肉屋で、お世辞にも性格が良いとは言えない。だけど、本当はすごく優しいことを知っている。
 何の力もないのに、危険を承知でジュエルシード探しを手伝ってくれた。友達の為に、本気で怒ることができるのを知っている。
 そんな勇斗がフェイトの声を無視したりすることなんてできるはずがない。
 フェリクスの言うように、自分を呼ぶ友達の声を無視してまで夢の世界に逃げ込むことなど、できるはずがない。

「人の欲望の深さを知らないからこそ言える言葉だな」

 言外になのはの言葉を否定しながら、フェリクスは嘆息する。
 なのはの言うことは所詮、綺麗事でしかない。人の欲深さは、時にそれまで築いてきた情や絆、理屈など歯牙にも掛けないことがある。

「いいだろう。さほどの時を置かずとも答えは出る」

 自分の言うこととなのはの言うこと、どちらが正しいかはまもなく判明する。勇斗自身の選択によって。

「だが、その前にまず君たち自身を絶望に染め上げよう」

 力で持ってなのは達を撃ち砕く。然る後、勇斗の夢の中での結果を突きつける。
 圧倒的な力の差を見せつけ、その上で心を砕く。
 その時、彼女たちはどんな表情を見せてくれるのか。
 今からそれを思うだけで身が震えるような快感を抑えられない。
 闇の書の闇。呪いの根源がその力を、存分に振るおうとしていた。







※本作品のブラストカラミティはNanohaWikiを参考に独自の解釈で描写しています。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

夢の世界へと迷い込んだフェイトは勇斗の名を呼び続ける。
勇斗は過去への想いを断ち切ることができるのか。
決断を下した勇斗の前に、フェリクスが立ち塞がる。

勇斗『俺の妄想を舐めるな』



[9464] 第三十八話 『俺の妄想を舐めるな』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/02/06 00:13

 無造作に接近してくるフェリクスに対し、真っ先に動いたのはシグナムとヴィータだった。
 左右両側からの挟撃。並の魔導師なら反応することも叶わないほどの苛烈な一撃。
 だが、フェリクスは両手を動かすことしない。
 背部にある闇の翼がその形を人間の手のそれへと変化し、白刃と鉄槌をそれぞれ受け止める。

「どうした、守護騎士の力はそんなものか?」
「くっ!」
「こっ、のおおおおおぉ!」

 シグナムとヴィータ。二人ともがデバイスを握る手に力を込めるが、闇の手に掴まれたデバイスはびくともしない。

「その程度では話にならないな」

 突如としてデバイスを掴む闇の手が爆発する。なのはの砲撃にも匹敵しかねない威力の爆発が二人を吹き飛ばし、入れ替わりに突撃するアルフとザフィーラ。
 ユーノとシャマルが二人の突撃をバインドで援護。
 ユーノのチェーンバインドとシャマルのクラールヴィントの糸がフェリクスの四肢へと絡みつく。

「君たちの全力をぶつけてくるがいい。その全てを砕き、絶望に染め上げよう」

 自らの四肢に絡みつくバインドを、闇の翼で無造作に引きちぎり、アルフとザフィーラを体ごと闇の手で鷲掴みにする。

「うぁっ!?」
「おおっ!?」

 そのまま無造作に後方へと投げ捨てる。さして力を込めているように見えない動作だが、投げられた二人はまともに受け身を取ることもできないほどの勢いで大地へと叩きつけられる。
 フェリクスは自ら攻撃をしかけることなく、薄ら笑いを浮かべながらその場に静止する。
 対策を練る時間を与えてやるといわんばかりの余裕だ。

「リインフォース。奴の言ったことは全て事実だと思うか?」

 フェリクスに相対しながら、はやての中のリインフォースに尋ねるクロノ。
 先ほどは威勢よく啖呵を切ったものの、フェリクスの言葉が真実ならば、例えどれだけダメージを与えようとも、フェリクスには決定打足りえない。封印とて容易ではないだろう。
 何の策もないまま戦い続ければ、こちらが消耗するだけでやがて力尽きる。
 フェイトと勇斗を見捨てるつもりはないが、執務官として勝算のない戦いを続けるわけにはいかず、撤退も考える必要がある。
 執務官としても個人としても歯がゆいばかりだが、クロノにこの状況を打破する手立ては思い浮かばなかった。
 だが、闇の書の管制人格であったリインフォースなら何か手立てを見出せるかもしれないと、かすかな望みを託したのだが。

『……例えアルカンシェルで消滅させたとて、闇の書本体と同様に再生する可能性は十分にある。奴のハッタリ、とは言い切れない』
「凍結魔法やほかの手段での封印は?」
『それも不可能だろう。凍結も一時的な時間稼ぎにしかならない。一定以上の攻撃ならばダメージは与えることはできるだろうが、それだけだ。時間さえあれば無限に再生する』

 リインフォースの答えは尽くこちらの希望の芽を摘んでいくが、それでも簡単に諦めるわけにはいかない。

「何か打つ手はないか?」
『転生プログラムに割り込みをかけることができれば……あるいは』
「なるほど。たしかに良いアイディアだ。転生プログラムに干渉し、機能不全に陥っている隙に私のコアを撃ち抜けば、確かに再生はできない」

 クロノとリインフォースの会話を邪魔することなく聞いていたフェリクスが口を挟む。
 あっさりと自分を消滅させる手段を吐露するフェリクスに訝しむクロノだが、すぐにそれが余裕からきているものだと理解する。

「だが、今の君に干渉する術はない、そうだろう?」
『…………』

 リインフォースの沈黙は、そのままフェリクスの言葉を肯定していた。
 もし、本来の計画通り、はやてが夜天の書の主として目覚め、システムが自分の管理下にある状態ならば転生機能を停止させ、自分ごと闇の書を消滅させることができた。
 だが、今はこうして闇の書システムと切り離され、融合騎としての能力以外はほとんど失い、自身に残された魔力はこの場の誰よりも低い。
 今の自分が外部からシステムに干渉しても、負荷をかけることすらできないだろう。
 自らの無力さに歯噛みしながらもリインフォースは思考を走らせる。かけがえのない主と大切な騎士達を生かす術を。
 初めて出会えたのだ。課せられた使命ではなく、自らの意志で守りたいと思える主に。
 祝福の風として新しい名前をくれた優しい主。悲しみの連鎖を断ち切ってくれると約束してくれた。
 たとえ、自らが消えてもその主と大切な家族だけは守りたい。
 だが、目の前の闇はそんな想いすらあざ笑うように動きだす。

「作戦タイムはこの辺でいいだろう。そろそろ私からも仕掛けさせてもらおうか」

 フェリクスが威嚇するように両手と闇の翼を広げる。

「させるかよっ!」
「はああぁっ!」
「主に手出しはさせん!」

 フェリクスの左右、後方から、ヴィータ、シグナム、ザフィーラが襲い掛かる。
 四つの影が交差するのは一瞬。右から迫る鉄槌を拳で砕き、左からの斬撃を手刀で断ち切る。そして背後からの拳は闇の翼によって叩き落す。

「アイゼン!?」
「な……っ!?」

 一瞬で自らの相棒を砕かれたヴィータが目を瞠る。レヴァンティンの刀身を半ばから断ち切られたシグナムも動揺を隠しきれない。

「ヴィータちゃん!シグナムさん!離れて!」
「クラウソラス!」

 なのはとはやての同時の砲撃。桜色と白の閃光が爆ぜる。
 だが、二人の砲撃はフェリクスにダメージを与えることなく、闇の翼によって遮られていた。

「上ががら空きだ!」
「後ろもね!」

 両手の塞がったフェリクスを狙い撃つのはクロノとアルフ。上からブレイズ・キャノン。後ろからプラズマランサーマルチショット。

「温いな」

 受け止めていたなのはとはやての砲撃を闇の翼で振り払う。
 ただそれだけの動作で二人の砲撃は相殺される。そして蒼い閃光と雷の弾丸はそれぞれ闇色の砲撃と闇の雷によって迎撃される。

「今のはなのはとフェイトのっ!?」

 辛うじてフェリクスの雷撃を回避したアルフが叫ぶ。
 今、フェリクスが使ったのは、魔力光こそ異なるものの、間違いなくディバインバスターとプラズマスマッシャーだった。

「あぁ、言うまでないと思っていたが、闇の書が蒐集した魔法は私も使える。その点も踏まえて攻撃してくることだ」

 闇はただ笑う。人の意志を砕き、絶望に染め上げる為に。




「う……ここは?」

 フェイトが目覚めたのは、アスファルトの上だった。
 見回してみるも、辺りに人影は見当たらない。代わりに見えるのは見知らぬ街の風景。どうやらどこかのビルの屋上で気を失っていたようだ。
 ビルの柵から見下す風景は海鳴やその近辺のそれではない。ジュエルシードを探すために、海鳴やその近辺を調べつくしたフェイトには一目でそれがわかる。
 辺りに戦闘や魔法が行使された形跡は全く見当たらない。なのはやフェリクス達の姿も。自分が置かれた状況について、フェイトは混乱することなく冷静に分析する。
 この状況、そしてフェリクスが語った言葉から推察すれば、答えはほぼ限られてくる。

「もしかして、ここが勇斗の夢の中?」
『It is thought that it is very likely』(その可能性が一番高いと思われます)

 試しに最大効果範囲での念話を試みる。ただ、勇斗の名を呼びかける。
 勇斗の名を呼びつづけて数分。それに対する応えはない。
 単に自分の念話が届いていないのか、勇斗が応えないだけなのか。
 前者ならまだいい。だが、後者だとすれば。
 ズキンと心に痛みが走る。勇斗が現実の自分を拒絶し、この夢の世界を選んだのだとしたら。

「そんなこと……ない!」

 ブンブンと頭を振って、弱気な考えを振り払う。
 ――大丈夫。ちゃんと会って、話せば勇斗は必ず戻ってきてくれる。探そう、勇斗を。
 眼下の街を見下ろす。そこにはたくさんの人がいて、にぎやかな街の喧騒が見て取れる
 この広い街のどこに勇斗がいるのかはわからない。だけど、このまま無為に時を過ごすこともできない。
 バリアジャケットを解除し、駆け出す。
 ――勇斗、絶対、一緒に帰ろう





「――フェイト?」

 フェイトが俺を呼んだ――ような気がした。
 が、いくら耳を済ませてもフェイトの声は聞こえない。

「どうしたの?侑斗?」

 手を繋いだ優奈が可愛く首を傾げる。
 今は優奈と二人でのデート中。街中を目的もなくただ歩くだけのどうということはない時間。

「あ、いや……気のせい、かな」

 人の行きかうショッピングモールを見回したが、フェイトの姿はもちろん、声すら聞こえない。
 当たり前だ、ここは俺の夢の中だ。キャラクターとしてのフェイトならばこの世界にもいるし、俺の部屋にもDVDやコミックはおろか、フィギュアもある。
 が、キャラクターとしてのフェイトが俺の名前を呼ぶなんてことは絶対にない。
 フェイトが俺の夢の中に来た?そんな馬鹿なと思う反面、有り得ないことではない、と思う。あの世界が夢でなかったとしたら。
 正直、優奈と過ごす時間が増えれば増えるほど、あの世界での出来事は夢だったのではないか、という思いが強くなっていく。
 夢と現実の境が曖昧になっている、というべきか。
 情けない話だが、自分からこの世界に別れを告げることはできそうになかった。この世界で過ごす時間が多くなるほど、深みにハマっていることを自覚しているのに。
 ただ、さっきの声をそのまま無視することも躊躇われた。
 念の為、というわけでもないが、最大音量で念話を発する。ただ、彼女の名前だけを。
 数回の呼びかけに応える声はない。やはりさっきの声は気のせいだったのか。

「ゆーとー?」
「あぁ、悪い。行こうか」

 ぎゅっと手を握る力を強くする優奈に、手を握り返し笑いかける。

「ん」

 たったそれだけのことで嬉しそうににへらーと笑う優奈に苦笑すると同時に愛しさがこみ上げてくる。
 あぁ、どうしようもないくらい自分はこいつを好きなんだと何度も認識させられる笑顔。
 同時にこみ上げてくる罪悪感。わかってる。こんなことをしているはずじゃない。こんな夢の世界にいつまでも逃げこんでていいはずがない。外ではなのは達が必死に戦ってるはずなのに。

「また難しい顔してる」
「ぬ」

 優奈の指が俺の頬に突き刺さる。
 そのまま楽しそうにぷにぷにと突っついてくる優奈。
 じろりと優奈の顔を睨みつけるが、この状態で効果があるはずもなく。

「えへへー」
「…………」

 胸から込み上げてくる罪悪感に優奈の顔を直視してるのが辛くなってくる。
 さっきのフェイトの声が聞こえるまでは、そんなものほとんど感じなかったはずなのに。

「あっ、と、ちょっと喉乾いたから飲みもん買ってくるわ」
「え、あっ、ちょっと!」

 優奈の指から逃れるように身を引き、繋いでいた手を放す。
 一度、気にし始めたら、次々に罪悪感が膨れ上がってくる。
 この罪悪感を抱えたまま、優奈といるにはちょっと骨が折れそうだった。
 気分を一度リセットするべく、少しだけ一人になりたかった。

「すぐ戻るからそこで待ってろ」

 傍にあったベンチを指さしながら、優奈に背を向ける。
 「もーっ」っと頬を膨らませた優奈の顔に、ちょっとだけ笑いを零しながら俺は自販機へと向かった。





 人混みの中をフェイトは走り抜ける。
 勇斗の姿は一向に見つからない。当たり前だ。何の手がかりもなく人一人を探すことなど容易ではない。土地勘のない場所ならなおさらだ。
 走りながら何度も何度も念話で勇斗へと呼びかける。
 だが、それに応える声はなく、時間と共に不安や焦慮ばかりが募っていく。

「わっ」
「あっ」

 周りに意識を割きすぎて、前方への注意を怠っていたのがまずかった。
 進行方向に立っていた女性にまともに正面衝突をかましてしまう。
 かなりの勢いで走っていたため、双方バランスを崩し、ぶつかった女性にのしかかるように倒れこんでしまう。

「ご、ごめんなさい!」
「いたた……だめだよー、よそ見しながら走ったら……って」

 慌てて立ち上がり頭を下げるフェイト。女性のほうは尻餅をついた格好になっていたが、すぐに立ち上がり、スカートの上からお尻のあたりをさすっていた。が、なぜかフェイトの顔を見ると、驚いたように目を瞬かせる。

「あの、本当にごめんなさい!お怪我はありませんか?」
「うん、平気。あなたのほうは大丈夫?」
「あ、はい。平気です」

 フェイトが応える間にも女性は、自分の目でフェイトの体を見て、怪我がないことを確認するとフェイトの服の汚れを払ってくれる。

「うん、これでよし」
「あ、ありがとうございます」

 親切な人だな、とフェイトは思う。屈んでフェイトと視線の高さを合わせた女性の、腰まで伸ばした髪から柑橘系の良い香りが漂ってくる。
 年は十代後半だろうか、少なくともエイミィよりは年上に見える。落ち着いた雰囲気に優しい笑顔。あと胸がおっきい。
 以前に聞いた勇斗の好きな人はこんな人なのかな、と考える。
 
「そんなに急いでどうしたの?」
「え、と……人を探してるんです。私と同じ位の年の男の子で、ちょっと目つきの悪い遠峯勇斗って子なんですけど」
「ゆーと……」

 女性はうーん、と首を傾げるものの、申し訳なさそうに口を開く。

「うーん、ごめんね。今日はそんな子見かけてないなぁ」
「そう、ですか」

 期待はしていないかったものの、どうしても落胆してしまう。

「ね、良かったら、お姉ちゃんも一緒にその子探してあげよっか?」
「え?」
「そのほうが一人で探すより早く見つけられるでしょ?」

 思いがけない提案に、反射的に頷きかけるが、これ以上迷惑をかけられないという思いで踏みとどまる。

「そんな、悪いです」
「んー、でもあなたのそんな必死な顔見てると、どうしても放っておけなくて。ダメかな?」
「……」

 自分一人で効率が悪いのは確かだ。念話も通じないこの状況で、勇斗を見つけ出す自信もなかった。
 この女の人に迷惑をかけるのは心苦しかったが、あまり遠慮をしている余裕がないのも確かだった。

「すみません。お願いできますか?」
「うん。じゃあ、えっと携帯は持ってる?連絡用に番号交換できるかな?あと、探してる男の子の特徴も」
「あ、はい。え、と……」

 言われるままに互いの連絡先を赤外線通信で交換したところで、ピタリと女性の動きが止まる。目を瞬かせてて、何かに驚いてるようだった。

「あの?」
「あ、ごめん。フェイトちゃんって言うんだね。私は優奈。改めてよろしくね」
「はい、こちらこそ。それでこれが探してる男の子の写真です」

 優奈と名乗った女性が何に驚いたのか気になったものの、今はそんなことを気にしている場合ではない。交換したメールアドレスに、携帯に保存してあった勇斗の写メも送る。
 携帯を買ったばかりの頃に撮った、気怠そうな顔をした勇斗の画像を見た女性は、小さく吹き出してしまう。

「?」
「あはは、ごめんね。お姉ちゃんの知ってる人も、よくこんな仏頂面してるなぁって思って」

 優奈はくすくすと楽しげに笑った後、すくっと立ってフェイトに笑いかける。

「じゃあ、別れてこの子を探そうか。お互いに見つけたらすぐに連絡ね。私の他にももう一人いるから、きっとすぐ見つかるよ」

 もう一人、という言葉でまた遠慮しそうになったが、それをグッと飲み込む。まずは勇斗を見つけないとどうにもならないのだ。

「はい、ありがとうございます!よろしくお願いします!じゃあ、私はあっちのほうを探してみます」
「今度は人にぶつかっちゃだめだよー」

 優奈に勢いよく頭を下げたフェイトは、そのまま背を向けて歩き出す。優奈に言われた通りに今度は人にぶつからないようにちゃんと前にも気を配りながら。
 目的の人物が、間抜け面で自分を見ていたことに気付くことなく。




「…………」

 優奈とフェイトが一緒にいるのを目撃した瞬間、誇張でもなんでもなく思考が停止していた。
 なぜ、とかどうして、という言葉すら浮かんでこない、文字通りの思考停止。
 フェイトは俺に気付くことなく去っていき、優奈がそれを見送る。
 わかってるはずだ。フェイトが俺を呼びに来たというのなら、俺は目を覚まさなきゃいけない。
 
 ――――優奈に別れを告げなければならない。
 
「あ、侑斗」

 俺を見つけた優奈が駆け寄ってくる。

「ね、ね、今の子、見た?すっごく可愛い子だよねっ、おまけにあの子、フェイト・テスタロッサって言うんだって。なのはに出てくるフェイトちゃんにそっくりなだけじゃなくて、名前も同じなんてすっごい偶然!」

 どうでもいいことだが、同棲してる関係上、自然と俺が見るものは優奈も見ることが多い。俺ほど深くはないものの、優奈もアニメに関してはそこそこの知識を持っている。『リリカルなのは』に関しても。

「実際にいるんだねー、ああいう子。人形みたいですっごく可愛いっ。それで、あの子が友達探してるっていうから――」

 テンションの上がる優奈に、普段なら軽口の一つや二つ叩いて見せるところだが、今の俺にそんな余裕はなかった。
 一向に返事を返さない俺に、優奈が心配そうに顔を覗き込む。

「侑斗?大丈夫?顔色悪いよ?」

 優奈の言う通り、血の気が引いてる感覚はあった。

「あ、うん。平気」

 どうにか止まっていた思考を解凍し、それだけ答える。

「どうみても大丈夫じゃないよ。顔、真っ青だよ?とりあえず、座ろう?」

 優奈に言われるがままに手を引かれ、ベンチに座らせられる。
 優奈が不安げに俺の様子を伺ってくる。
 言わなきゃ。
 「もう、俺は行かないといけない」って。
 こうして繋いだ優奈の手を振りほどいて、行かなきゃいけないんだ。
 夢を見る時間は――もう、終わらせなきゃいけないんだ。
 ただ、それだけのことなのに。
 体は小刻みに震え、顔を上げることすらできない。
 情けない。フェイトはちゃんと自分の力で夢の世界から目覚めたのに。
 動かなきゃいけないってわかってるのに。この手を放したくない。

「侑斗」

 ぎゅっと、優奈が俺の手を両手で包み込む。

「大丈夫、侑斗ならきっと大丈夫だよ。ほーら、ちゃんと顔を上げて、ね?」

 顔を上げれば、見慣れたいつもの笑顔。今まで何度も俺に力をくれたあの笑顔。

「……くっ」

 自然と笑いが零れる。そうだ、この笑顔にちゃんと向き合える自分でいなきゃ。
 いつだってそうだ。今までも、これからも。

「ちょっと、いきなり笑うのはヒドイんじゃないかな」

 ぷくーっとふくれっ面で睨む優奈。

「悪い、悪い。ふんっ!」
「ゆ、侑斗!?」

 いきなり自分の額を殴りつけた俺に慌てる優奈。

「~~っ」

 思ったより効いた。自分で殴った額を抑えつけながら、優奈に笑いかける。

「ちょっと気合入れただけだ、心配すんな」
「そう言われても……」

 少しだけその瞳が可哀想な人を見るものになっているのに、苦笑しながら立ち上がる。

「悪い。俺、もう行くわ」
「……それが侑斗の答え?」

 俺を見る優奈はどこまでも穏やかで優しい瞳をしていた。

「あぁ」

 優奈の顔を見据えてしっかり頷く。

「この世界なら私はずっと侑斗と一緒にいてあげられるんだよ。元の世界に私はいない。それでもいいの?」

 優奈の言葉一つ一つに胸が張り裂けそうになる。優奈のいない世界に戻る。

「よくはない……けどさ」

 できることならずっとこの世界にいたい。他の誰に何を言われてもいい。ただ優奈と一緒にいることができるなら、世界中の全てを敵に回したって構わない。
 フェイトやなのは達を見捨てでも。
 だけども。

「現実で俺のことを呼ぶ仲間を見捨てたら、おまえに顔向けできねぇもん」

 自分ではちゃんと笑ったつもりだったが、どこか無理のある笑いだったかもしれない。

「俺があんな小さな子見捨てたっつったら、絶対怒るし」

 そう、優奈なら絶対にそんなことを望まない。むしろ悲しむし、怒る。
 優奈はそういう奴なんだ。だから、そんな優奈だからこそ、俺はあいつに胸を張って会える自分でいたい。
 いつだって、優奈の笑顔と真っ向から向き合える人間でいたいんだ。

「だから、俺は行くよ」
「……うん」

 目を閉じて優奈は静かに頷く。その口元に小さな笑みを浮かべながら。

「そんな侑斗だから、私も好きになったんだよ」

 ゆっくりと立ち上がり、両手を差し出す優奈。その手の平には黒い金属のプレート、ダークブレイカーが載せられていた。
 いつしか周囲から人影は消え、二人だけの世界となっていた。

「可愛い女の子を泣かせたらダメだよ?」
「善処はしよう」

 クスリといたずらっぽく笑う優奈に投げやりに答えながらダークブレイカーを受け取る。
 この夢の世界から出る前に一つだけ確認したいことがあった。

「なぁ、この世界……ってか、遠峯勇斗がいる世界にお前はいるのかな?」
「さぁ、どうだろ、わかんない。私はあなたの記憶の中の存在でしかないもの」

 まぁ、そうだよな。ここはあくまで俺の深層意識が創りだした世界であって、そこにいる優奈が俺の知らないことを知っているはずがないのだ。
 それでも、ただ聞いてみたかった。

「もし、こっちの世界の私を見つけたらどうするの?」

 いたずらっぽい眼をして優奈が俺の顔を覗き込んでくる。
 そんなもの決まっている。

「告白して付き合う」
「侑斗のこと振っちゃうかも知れないよ?」
「何度だって諦めない」
「他に好きな人や付き合ってる人がいるかもしれないよ?」
「殺してでも奪い取る」

 優奈が一瞬白い眼をしたが、スルーされた。

「侑斗より年上かもしれない」
「百も承知」
「侑斗よりずっとずっと年下かもしれないよ?」
「ロリコン上等」
「変態」
「…………」

 自分が優奈にしたことを考えると割と否定出来なかった。
 俺の考えを見透かしたのか、優奈は若干、顔を赤くしながら睨めつける。

「侑斗のえっち」
「……まぁ、好きな相手にはしょうがない」

 微妙に目を逸らしながら、もっともらしく頷いておいた。

「もうっ」

 俺の態度に困ったような、呆れたような顔をしながら優奈は続ける。

「人妻やおばあちゃんだったりしたらどうする?」

 これはさすがに即答できなかった。むぅ、そう来たか。

「……その時に考える」
「あはは、侑斗らしいね」

 優奈は心底、おかしそうに笑う。
 うっせ。流石の俺もそのレベルまで来ると即答で付き合おうとか言える自信はねーよ。
 
「でも、この世界に私がいたとしても、あなたの知ってる私じゃないんだよ。同じようでまったくの別人」

 そんなことは言われるまでもなくわかっている。

「この世界の私に、元の世界の私を見ないで接することができる?」
「…………」

 答えることができなかった。いや、答えはわかりきっている。わかっているからこそ、答えられなかった。
 そんなことできるはずがない。
 彼女と同じ顔、同じ名前、同じ存在でありながら、別の人間。そんな子に会えば、嫌でも俺の知っている優奈の面影を重ねることだろう。
 押し黙る俺を見て、優奈はくすりと笑う。

「だめだよ。誰かに私の代わりなんて求めちゃ。それがこの世界の私でも、ね」
「…………」

 優奈の言葉にぐうの音も出ない。確かに彼女の言うことは正論だ。
 もしも、自分を好きな相手が自分を通して他の誰かを見ていたら、それはとても切なく悲しいことだろう。
 この世界の優奈が、俺の世界の彼女と全くの同一である保証はない。いや、俺自身が別人となっているのだから、俺と会った時点で別の存在になるとも言える。
 二人の優奈に何かしらの差異があるごとに、きっと俺は二人の優奈を比べてしまう。それをこちらの優奈に気付かれたら、必ず彼女を悲しませてしまう。
 そんなのは絶対に嫌だ。
 好きな女を悲しませるようなことだけは絶対にしたくない。
 
「この世界の私に会うな、とは言わないよ。でもね、鷺沢侑斗じゃなくて、遠峯勇斗として、ちゃんとその子自身と向き合ってあげて」

 この世界の私に限らずにね、と優奈はどこか寂しそうに笑う。

「私のことを想ってくれてるのは嬉しいけど、あなたを縛る枷にはなりたくいから」
「でも、俺はっ!」
「ほーら、もう行かなくちゃ。これ以上、あの子を待たせるわけにもいかないでしょ」

 自分でも何を言おうとしたのかわからない言葉は、優奈の言葉に遮られる。

「さっきも言ったけど、可愛い女の子を泣かせちゃダメだよ」

 優奈はぴたりと突き出した指を俺の口に当てる。
 何か言わなくちゃいけない。優奈にぶつけなくちゃいけない想いが喉まで出かかっているのに。それがどうしても言葉にならない。

「私を言い訳にしないで。あなたのことを大切に想っている女の子とちゃんと向き合ってあげて、ね?」

 不意に視界が歪む。優奈の言ってることは正しい。何をどうしたって、俺が俺の知っている優奈と元の俺として会うことはもう絶対にないのだ。
 だから、優奈の言ってることが正しい。

「私のこと想ってくれるのは嬉しい。でも、ね」

 一度言葉を切って、優奈は寂しそうに笑う。

「あなた自身のために、忘れることも忘れないでね」
「――――っ」

 気付けば俺は優奈の体を強く抱きしめていた。言葉にならない想いを彼女に告げる為に。強く、強く。

「うん、大丈夫……侑斗ならきっと大丈夫だから」

 俺の胸に顔を埋めながら、優奈はそっと俺の背中を撫でる。
 どうしようもないほど彼女が愛おしく大切だった。

「……俺、お前のこと好きで良かった」
「うん、私も侑斗のこと大好き」

 そっと手を緩め、唇を重ねる。触れるだけの拙いキス。
 腕の中の優奈は涙ぐんだ顔で微笑む。

「侑斗、大好き」


 ――――だから、侑斗は侑斗の幸せを見つけて。私の好きな侑斗のままで


  ――――侑斗ならきっと、どんなことでも乗り越えていけるはずだから


    ――――約束、だよ?


 そして、いつしか腕の中の優奈は消えていった。
 俺の手の中に、その温もりだけ残して。
 くっそ。言いたいことだけ言って消えやがって。
 夢の中なら夢らしく、もっと俺にだけ都合の良い展開になれよな、ちくしょう。

「くっくく」

 知らず知らずのうちに笑いが零れる。
 勝手に一方的な約束だけしてんじゃねーよ、バカ。
 あんな顔であんなこと言われたら、守るしかないじゃないかよ、アホ。

 どれくらいの間、そうして立っていたのだろう。気付けばフェイトがすぐ傍に立っていた。

「……あなたは?」

 全ての人間が消えていった中、フェイトが警戒心を露わにしたまま俺を睨み付ける。
 何故そんな目で見られてるのかわからなかったが、すぐに自分の姿のことを思い出す。

「あぁ、この見た目じゃわからないか。俺俺、勇斗」
「え、勇斗?本当に?」

 驚きに目を瞬かせるフェイト。
 今の俺の姿は鷺沢侑斗であって、遠峯勇斗ではない。どことなく面影があるような気がしなくもないが、体は全くの別人なので遠峯勇斗が成長しても、今の俺の姿には絶対にならない。
 フェイトがわからないのも当然だった。

「本当、本当。その証拠に……そうだな、お前と初めて会った時の痴態を余すことなく語ってみせようか」
「えっ!?」

 フェイトの顔が瞬時に羞恥に染まる。

「いやぁ、あの時は傑作だったな。シリアスな場面でいきなり「わーっ!わー!わー!信じる!信じるから!」

 言いかけた言葉はフェイトの大声によって掻き消される。うむ、顔を真っ赤にして両手を振る必死な様が実に苛め甲斐があって良い。

「も、もー。勇斗のいぢわる」
「ははっ」

 ぷんすかと怒る様がまた子供らしくて可愛かったが、さすがに今はフェイトで遊んでいる場合ではない。

「悪かった。手間をかけさせたな」
「え、あ、うん。えっと、その……」
「ん?」

 何か気まずそうに言い淀むフェイトに首を傾げる。なんぞ?

「その、泣いてる、の?」
「は?」

 何を言われてるのか、さっぱりわからなかった。

「涙、流してる」
「おおっ!?」

 慌ててフェイトに背を向ける。言われて自分の顔に手を当ててみれば、頬には涙が伝い、確かに泣いていた。自分でも気付かぬまま、涙をたれ流していたようだ。
 げ、マジか。
 フェイトにマジ泣きを見られたことに、顔が赤くなるのを感じる。ぐぬぅっ、なんという不覚。
 ゴシゴシと手で涙を拭い、何事もなかったかのようにフェイトへと向き直る。

「あ、あはは」

 乾いた笑いしか出てこなかった。
 フェイトはしょうがないなぁ、と言った感じに小さく笑みを零す。
 ぐ、幼女に同情されるとは不覚すぎる。

「それで、なんでそんな姿に?」
「あぁ……まぁ、色々と複雑で面倒な事情があってだな。まぁ、細かいことは気にするな」
「説明がめんどくさいだけでしょ?」
「はい」

 半目になったフェイトにぴしゃりと言い当てられた。
 それなりに付き合いが長くなってきただけあって、ある程度はこっちの思考も読まれるようになってしまったようだ。

「ま、とりあえずはさっさとここから出るか。ここにいてもしゃーないし」
「うん、そうだね」

 フェイトが頷いた瞬間、コツコツと足音が響き、俺とフェイトは素早くその音源へと向き直る。

「やれやれ、どうやら今回の賭けは私の負けのようだ」

 そいつは敵意の籠った俺たちの視線を止めず、悠然と近づいてくる。

「賭けとやらが何のことかは知らんが、何しに来た」
「完全に堕ちたと思ったものだが、その姿といい君は中々に面白いね」

 こっちの問いをサラリと無視し、フェリクスは俺を観察するように視線を動かす。
 奴がどこまで俺のことを知ったのかは知らないが、男に見られても何も嬉しくない。

「つーか、なんでお前がここにいんだよ?外はどうした。あと、勝手に人の夢の中に入ってくんな」
「つれないことを言うね。この世界を作り出したのは私だ。私の処理能力をもってすれば、外とこの世界、同時に活動することなぞ造作もないことだよ」

 いちいち身振り手振りするな、気障ったらしい。

「そーかい。ま、なかなか良い夢を見せてもらったよ、礼を言う。が、そろそろタイムリミットみたいなんでな、帰らせてもらうぞ」
「そうかい?遠慮せず、もっとゆっくりしていけばいい。現実で君を待っているのは絶望だけだ。そちらのお嬢さんも一緒に、終わらない夢を見ていけばいいじゃないか」
「悪くはない提案だが、こっちにも都合ってもんがある。お断りだ」

 きっぱりと言う俺の言葉に、フェリクスはやれやれと肩を竦める。

「こちらは親切心で言っているのだがね」
「くどい。邪魔するってんなら力づくで押しとおるぞ」
「……君程度の力で?ふっ」

 今、鼻で笑いやがったぞ、こいつ。

「帰るというなら邪魔をするつもりはなかったが……そういうことならお相手しよう」

 そう言ってフェリクスはゆっくりとその両手を広げる。
 しまった、余計なこと言ったか。

「ま、いいか。ちゃっちゃと片付けて帰ろうぜ、フェイト」
「うん」

 俺はダークブレイカーを、フェイトはバルディッシュを取り出して構える。
 熱い。体の奥底から心が燃え上がる。力が。想いが。次々と体の奥から溢れてくる。
 体の芯からゾクゾクしてくる。
 普通に考えれば、俺がこいつに勝てる道理はない。だけど。
 ――負ける気がしない。
 相手がどこの誰だろうが、どんな手を使ってこようが今なら微塵も負ける気がしない。
 そんな確信があった。

「ダークブレイカーっ!」
「バルディッシュ・アサルト!」

 二人の声、二つのデバイスの声がそれぞれ唱和する。

『変身!』
『Get set』

 俺とフェイト、共に黒いバリアジャケットを纏い、飛び出す。
 フェイトはいつものマントにスカートのライトニングフォーム。
 俺はジャケットをロングコートへと代え、少しだけマイナーチェンジ。なぜならこっちのが裾がはためいて格好良いから。

「ふ。帰る?どこに帰るというのだね?」

 俺よりスピードに勝るフェイトが先行し、フェリクスの背後へと回り込む。

「私達が想う人のところ。私達を想う人のところに!」

 振り下ろされた戦斧はフェリクスの背中から生えた蝶のような黒い羽根に止められる。

「邪魔はする奴はぶっ飛ばす!」

 そこへ突進の勢いそのままに拳を振り下ろす。
 空振り。
 掴んだバルディッシュを受け流すように逸らしたフェリクスは空高く舞い上がることで、俺の拳をかわしていた。

「君たち程度の力でそれが為せるとでも?」
「やぁぁ「やってみせる!」

 取られた!?俺の決め台詞取られた!?
 おかげで跳ぼうとしてたのにバランス崩してこけたぞ、おい。
 フェリクス同様、空高く飛び上がったフェイトが、ハーケンフォームのバルディッシュを横薙ぎに一閃。
 フェリクスはその一撃を闇の翼で撫でるように受け流し、横薙ぎの拳でフェイトを弾き飛ばす。
 追撃は砲撃の一手。フェリクスの手から生じた魔力スフィアが膨張し、閃光が迸る。







「――――っ!」

 ――防げない。
 そう思ったフェイトは反射的に目をつぶってしまう。

「――やっぱりな」

 背後から聞こえてきた声と共に、体が何かに抱きとめられる。
 直後に響く轟音。
 だが、それだけだ。予想していた衝撃も痛みもまるでない。

「――?」

 恐る恐るを目を開けてみれば、自分の背後から伸ばされる腕が視界に入った。
 そのまま視線を動かせば、自分の肩に回された手と、見慣れない顔がそこにあった。

「ゆーと?」

 左手でフェイトを抱き止め、右手を突き出した体勢の勇斗がニヤリとした笑みを浮かべて笑っていた。
 自分を助けてくれたのが勇斗であったことに安堵する反面、どうして?という疑問が浮かび上がる。
 勇斗は、戦闘力という意味では自分よりも遥かに弱い。その勇斗が何故フェリクスの攻撃を止められたのか。
 いや、それ以前に勇斗は飛ぶことができなかったはずだ。それにも拘わらず、今の勇斗は空中でフェイトを抱きとめ、自身の力で飛んでいる。

「フン、どーやら思った通りみたいだな」
「なんのことかな?」

 そうとぼけたように言うフェリクスだが、勇斗が何を言いたいのかすでにわかっているだろうことは、その楽しげな表情から予測がついた。
 突き出していた手の平を、感触を確かめるように開いたり閉じたりしながら、勇斗は確信に満ちた声で語る。

「ここは現実の世界じゃない。お前が作り出した一種の精神世界みたいなもんだ。現実の強さや物理法則がそのまま適用されるわけじゃない」

 それは勇斗自身の体が、『遠峯勇斗』ではなく、『鷺沢侑斗』のままでいることから推測したことだ。

「ここでの強さを決めつけるのは現実の強さじゃない。精神力、つまり心の強さが全てを決める。たとえ現実では不可能なことも、自身のイメージとそれを具現化する精神力さえあればなんだってできる」

 勇斗の言葉を裏付けるように、フェリクスの笑みが深くなり、勇斗も歯を剥き出しにして凶悪な笑みを浮かべる。
 単なる幻覚やそれに類する魔法の可能性もゼロではなかったが、こうして自身が体現したこととフェリクスの表情が、自身の推測が当たっていることを物語っている。

「だったら!今の俺は絶対無敵だぜ!」

 その言葉を証明するかのように、その右手に凄まじい魔力が集中し、その余波がフェイトの髪やマント、勇斗のコートをたなびかせる。

「フ。それに気付いたのは褒めておこう。だが、こう見えても私は生身で100年以上を生きた身だ。今の外見は肉体の最盛期である20代に設定してあるがね」

 自身に満ちた勇斗の言葉を、フェリクスは一笑に付す。

「たかだか十数年にも満たない時間しか生きていない君たちが私に勝てる道理はない」

 精神力の強さは生きた年月と経験に比例する。自分の生きてきた年数の半分も生きていない勇斗やフェイトでは、絶対に自分に勝つことはできない。フェリクスはそう言いたいのだろう。

「自分で飛べるな?」
「あ、うん」

 だが、勇斗はフェリクスの言葉に些かも動じることはない。フェイトが自力で飛翔魔法を発動させたことを確認すると、その手を離し、余裕の笑みを浮かべたままフェリクスへと向き合う。
 フェリクスの言いたいことは十分伝わっている。確かに、精神力や心の強さといったものは、生きてきた年月と培った経験に比例することは事実だろう。
 ――だが。

「俺達が勝てないかどうか……その身で確かめてみろ!」

 右手に魔力を集中して、真正面から突撃。
 フェリクスはいつものように手をかざすこともせずに障壁を張って攻撃を防ごうとし――

「――っ!?」

 初めて、その表情を驚愕に染める。
 フェイトやなのはの攻撃を尽く防いできた障壁が、ただの拳の一撃で、何の苦も無く破壊された。
 障壁を破壊した拳はそのまま勢いを減じることなく、フェリクスの顔面に突き刺さり、その体ごと吹き飛ばす。

「ぐっ、馬鹿な!?」

 空中で体勢を立て直しながら、口元を拭うフェリクス。その手には口から流れ出る血が付着していた。

「馬鹿はてめーだ!てめーみてな、ポッと出の寄生虫野郎が今の俺に勝とうなんざ――」

 腰だめに拳をかまえ、瞬時にフェリクスの懐へと潜り込む。動揺するフェリクスに防御や距離を取る間も与えない。

「一億年はえぇんだよ!」

 下から渾身の力を込めて振り上げられる拳が、フェリクスの下顎を打ち抜く。
 ――力が漲る。
 溢れ出る気持ちが。想いが。そのまま自分の力となる。
 それが勇斗の素直な感触だった。
 仮に闇の書の夢の世界に来る前の勇斗ならば、ここまでの力を発揮することはなかっただろう。
 心の強さとは、生きてきた年月と経験、それだけで決まるものではない。
 今の勇斗は優奈との再会、そして新たに交わした約束によって、かつてないほど気勢が燃え滾っている。
 それが幻だろうと錯覚だろうと夢だろうと関係ない。重要なのは自身の心の在り方。
 ただ長い年月を生きてきたことを誇るような相手など物の数ではない。
 今の自分なら不可能はないと錯覚できるほどに、その心は燃え上がり、果てしなく強さを増してく。
 調子に乗った単純バカの勢いほど、始末に負えないものはない。
 皮肉にも、この夢の世界での出来事が一時的とはいえ、フェリクスを圧倒する心の強さを勇斗に与えていた。

「勇斗凄い」
「はっ!まだまだこんなもんじゃすまさねぇ!」

 フェリクスに向かって右手をかざす。
 ――いける。
 今まで感じたことのない、確かな手ごたえに、勇斗の口の端が吊り上る。

「カイザード!アルザード!キ・スク・ハンセ・グロス・シルク!」

 その手に渦巻くは紺色の魔力。勇斗が言葉を紡ぐごとに秘められた魔力は強くなり、その大きさを増していく。

「灰燼と化せ冥界の賢者!七つの鍵を持て開け地獄の門!」

 勇斗の手に生じた光球は優に直径二メートルを超えるほど巨大なものとなり、その力を解き放つ瞬間を待つ。

「七鍵守護神(ハーロ・イーン)ッ!!」

 迸る紺色の閃光。
 なのはのエクセリオンバスターと比較してもなんら遜色ない砲撃魔法。
 現実世界では一度も成功したことない砲撃に、勇斗の興奮は留まることを知らない。
 空を自在に飛び、砲撃を撃つ。ユーノと出会い、目指し、叶うことのなかった魔導師としての自分が今ここにあるのだ。
 高揚する気分を抑えられるわけがない。
 ちなみ、別に呪文の詠唱をしなくても砲撃は撃てる。わざわざ詠唱をしたのはあくまで自分の気分を盛り上げるためだ。
 その盛り上がった気分で威力が上がるので、全くの無駄というわけではないのだが。

「いつまでも調子に乗らないでもらいたいな」

 先の体験から、勇斗の砲撃を受け止める愚を犯さずに回避したフェリクスは、その周囲に無数の魔法陣を発生させる。
 それは召喚の魔法陣。体長数メートルを超える異形が次々に召喚されていく。
 鋭い牙と爪を持ち、体躯を鉄よりも固い鱗で覆い、その背に翼をもつ異形の名はドラゴン。
 噛み合わせた牙の隙間から、灼熱の炎がちらちらと垣間見える。召喚された数は50は下るまい。

「これだけの火竜のブレス。さばききれるかな?」

 フェリクスの言葉が終わりきれない内に、無数のドラゴンがその口から灼熱の炎を吐き出され、勇斗へと襲い掛かる。

「ふん、造作もない。来い!レッドアイズダークネスドラゴン!」

 大きくその手を横に払って叫ぶ勇斗の声に応えるように、その眼前に出現する巨大な影。
 その瞳は燃える紅蓮のごとく紅く澄んだ瞳と漆黒の体躯。禍々しい体の数箇所に埋め込まれた赤い水晶、そして前腕と一体化した強大な翼を持つ黒竜。
 勇斗にとってはカードゲームでお馴染みの、フェイトにとっても見覚えのある、かつてジュエルシードの力によって勇斗自身が変貌した竜の姿がそこにあった。

「全てを焼き尽くせ!ダークネスギガフレイム!」

 レッドアイズダークネスドラゴンの吐き出す黒炎の奔流。黒炎と灼熱の炎が激突し、大爆発を引き起こす。
 その余波だけで数体のドラゴンが飲み込まれ、消滅していく。

「ハーハッハッハ!どうした、でかい口叩いた割には大したことねぇなぁ!」

 レッドアイズの背に仁王立ちで腕を組み、高笑いする勇斗はノリノリであった。

「レッドアイズ!そのまま全てを薙ぎ払え!」

 勇斗の命令通り、レッドアイズは、吐き出す黒炎で次々とドラゴン達を撃ち落としていく。
 相手のブレスなどものともしない、圧倒的な力の具現だった。

「な、なんか勇斗のほうが悪役っぽいような……」

 フェイトの呟く通り、燃え盛る火炎の中で、破壊の限りを尽くす黒竜の背に立つその姿は誰がどう見えてもファンタジーの魔王そのものだった。

「くっ、いくらここが精神世界とはいえ、ここまで明確にイメージを具現化させるとは……!」

 理屈で理解しても、普通はその個々人が持っている常識や理性によって、非現実を明確に具現化するのは制限される。
 それは魔導師といえども同様。魔導師の使う魔法はあくまで物理法則や自然現象をプログラム化し、それを修正することで事象を起こしているのであり、今の勇斗のように現実世界の法則を一切無視した召喚や力の具現は、似ているようで全く異なるプロセスなのだ。

「はっはー!オタクの妄想力を舐めるな!封印していた厨二病を全開にすればこの程度、屁でもないぜ!」

 勇斗にとってこの程度の妄想など日常茶飯事だ。漫画やゲーム、小説やアニメなどに出てきた様々な能力を自分が使えたら、と考えることは誰にでもあるだろう。
 例えば、自分が通う学校の授業中に、学校ごと見知らぬ異世界へ転移する。そして現れる未知のモンスターや様々なトラブル。その中で自分は新たな力に目覚め、主人公として活躍する。もちろん、ヒロインは当時、自分の好きな女の子。
 このような、とても人には言えない恥ずかして痛い妄想は多くの人間が一度くらいは考えたことがあるはずだ。
 勇斗もその例に漏れない。ただ、勇斗の場合、その妄想がより鮮明かつ具体的、そしてバリエーションに富んでいた。
 今回の場合、たまたまそれが有利に働いていた。無論、現実世界においてはほとんど役に立つことのない、むしろとても人には言うことのできない恥ずかしい性癖である。
 
「まったく……どこまでも出鱈目な人間だな、君は」

 感心半分、呆れ半分といった感じにため息をつくフェリクス。
 その周囲には直径1メートルを超える魔力スフィアが三つ。それぞれ、星が瞬くように周囲から魔力を収束する桜色、雷がスパークする金、そして白く瞬く輝きを発している。
 それを目にした勇斗はすぐに狙いを察する。

「ふん、トリプルブレイカーか」

 なのはのスターライトブレイカー、フェイトのプラズマザンバー、はやてのラグナロク。
 厳密にはオリジナルと異なるプロセスだろうが、三人娘の最強技を同時に繰り出そうとしているのは間違いない。

「君の友人の技だ。存分に味わうと良い」

 そして三つのスフィアから撃ちだされる三つの閃光。三つの奔流は互いに交じり合い、一つの巨大な奔流となって勇斗へ牙を剥く。

「だが断る!リバースカードオープン!」

 レッドアイズの前に一枚の伏せたカードが浮かび上がり、それが捲られる。カードの色は暗い赤。描かれた絵は金属の装甲。

「魔法反射装甲レアメタルプラス!」

 オープンになったカードはレッドアイズダークネスドラゴンへと同化し、その体を金属の光沢で包み込む。
 トリプルプレイカーの光がレッドアイズの体へと直撃する。

「勇斗!」

 そのあまりの凄まじさに戦慄するフェイトだが、その次に見た光景に言葉を失う。
 黒竜へと直撃した光がその体になんらダメージを与えることなく吸収されたと思いきや、黒竜の体が眩い光を放ち始める。
 ニイッと勇斗の顔が凶悪に歪む。

「レッドアイズダークネスメタルドラゴンに魔法は通用しない!受けた砲撃は全て跳ね返す!」
「ちょっと待てぇっ!法則無視にも限度があるぞ!?」

 勇斗のあまりに理不尽な言葉に、思わず抗議してしまうフェリクス。
 だが、もちろんそれに取り合う勇斗ではない。誰がどう見ても悪役のしたり顔で宣言する。

「俺がルールだ!全部跳ね返せぇぇぇっ!」

 実際のゲームルールも現実も、一切合財無視した俺ルールを宣言した次の瞬間、吸収された魔力が全て放出される。ただ、放出するだけではない。威力の増幅こそされていないが、吸収された膨大な魔力が幾筋もの光となって拡散され、理不尽なまでの破壊の力をまき散らす。生き残っていたドラゴンたちもその余波に巻き込まれ、根こそぎ消滅していく。
 フェリクスすらも盛大に顔を引き攣らせながら、それらを防御していた。

「強靭!無敵!最強!粉砕!玉砕!大喝采!ふぁーはっははは!」
「す、凄いけどなんだかなぁ……」

 炎に包まれた街中で、拳を振り上げて高笑いする姿に、流石のフェイトもドン引きである。勇斗のテンションは色々な意味でクライマックスに達していた。

「お?」

 不意に巨大な影が太陽の光を遮った。
 なにかと見上げてみれば、そこには空を覆わんばかりの岩石の塊、いや隕石が落下しようとしていた。

「どうやらまともに君と相対するのは間違いだったようだ。理不尽には理不尽をもって返そう」
「いやいやいや、限度があるだろう」

 お前が言うなという言葉を飲み込み、衣服がボロボロになったフェリクスはパチンと指を鳴らす。
 それに呼応するように勇斗とフェイトをそれぞれ囲むように巨大な異形が出現する。

「げ」

 全長100メートルは超えるだろうか、先のドラゴンなど比較ならないほど、巨大な体に触手が蠢くグロテスクな姿。
 見覚えのあるその姿に、思わず声を漏らす勇斗。
 アニメで見た、闇の書の防衛プログラムの暴走体だった。それが何体も並ぶその光景は怪獣大決戦と呼ぶに相応しい光景だった。

「おおっ!?」

 考える間もなく、周囲の暴走体から一斉に攻撃される。
 直径1,2メートルはありそうな太さの触手が振り回され、撃ち放たれる砲撃の嵐。
 この世界でいくら自分が強化されていようとも、さすがにこれらの攻撃をまともに喰らう気にはなれない。
 触手を回避すべく飛翔し、吐き出す黒炎で迎撃するレッドアイズの背にしがみつこうとしたところで、同じように翻弄されるフェイトの姿が目に入る。
 チリッと胸に走る不快感。
 反射的にレッドアイズの背を蹴り、飛翔する。
 主が離れたレッドアイズは役目を終えたかのようにその姿を消失する。

「オルァ!」

 フェイトに叩きつけられようとした触手を蹴り千切り、迫る砲撃を自らの砲撃で撃ち落とす。

「ふっ。君はともかく、そのお嬢さんには私の相手は務まらないようだね」
「――っ」

 フェリクスの言葉に息を呑むフェイト。

「君が言ったように、この世界で優劣を決するのは心の強さ。悲しみと痛みに震える弱い彼女では戦力にならない」

 フェリクスの言葉を伝えるためか、暴走体はピタリとその動きを止める。
 グッとフェイトがバルディッシュを握りしめる。何も反論できなかった。
 リニスに教えられた魔法技術や戦闘技術には自信――いや、誇りがある。だが、自分の心の弱さについては誰に言われるまでもなく自覚していた。

「今の君はとても幸せな時間を過ごしている。だが、同時にいつも心のどこかで怯えている。違うかい?」
「…………」

 何も言い返さず、フェリクスを見据えながら、フェイトはフェリクスの言葉を反芻する。
 なのはを始めとする大事な友達。そして母であるプレシアとも上手くやっている。不満など何もない、幸せな時間を生きている。それは間違いない。
 同時に、それがいつか壊れるのでないか。かつてプレシアに捨てられた時のように、またいつか全てを失うときが来てしまうのではないだろうか。

「人の温もりや優しさが本当は恐い。裏切られるかも知れないから。そうだろう?」
「……」

 否――とは言わない。確かにその言葉は如実にフェイトの心情を表していた。
 なのはもプレシアもクロノ、アリサやすずか、そして勇斗が自分に愛想を尽かしてしまうことが何よりも恐ろしい。
 自分は誰かに縋っていなければ生きられない。そんな考えを否定することができない。
 でも、それでも。

「それがどうした」

 自分の胸から沸き上がってくる想いを代弁するように力強い声が響く。

「誰だって弱さや不安なんて持ってるし、一人で生きることなんてできやしない。俺がこの世界に引き籠ろうとしたようにな」

 フェイトにとって、その言葉は意外なものだった。何故なら普段の勇斗はいつだって根拠のない自信に満ち溢れ、不安や怯えなんかとは一切縁のない素振りをしていた。
 そんな勇斗でも自分と同じような不安を持っているなど、思ってもいなかった。

 ――そっか。勇斗も私も同じなんだ。ううん、勇斗だけじゃない。きっと、なのはやクロノ達も同じ。

 それは当たり前のことで、誰もが不安や怖れを抱えて、それでも前を向いて生きている。

「大事なのは踏み出す一歩。迷いや恐れを乗り越える為の決意と勇気」

 自然と言葉が出ていた。湧き上がる想いが、そのまま言葉になる。

「なのはが決意と勇気をくれた。母さんとリニスが私に力と願いを託してくれた。ひとりじゃないし、ひとりじゃなかった。――私達は、いつだって!」

 ――そうだよ、フェイト。わたしもずっとフェイトと一緒。だからあなたはひとりじゃないよ

 不意に声が聞こえた。
 驚きに眼を瞬かせ、辺りを見回すが、勇斗にもフェリクスにもその声は聞こえた様子はなく、不審げな顔でフェイトを見ていた。

 ――わたしはフェイトのお姉さんだからね。リニスと一緒にずっとフェイトを見守っているよ

 心の中に響く優しい声。それが誰の声か理解した時――フェイトの胸を暖かい気持ちが満たす。
 一度も話すことなく、一目会うことすらなかった存在。
 それでも、今この瞬間、はっきりとその存在を感じることが出来た。
 自分の中に眠る彼女の記憶と魂。それがこの精神世界で声という形を取ったのかも知れない。

 ――ありがとう、アリシア

 心に浮かぶアリシアが嬉しそうに微笑む。
 バルディッシュを握る手に力が篭る。
 勇斗と視線を交わす。
 不敵な笑みを浮かべて頷く勇斗。自然と自分も笑みがこぼれる。
 こうして隣に誰かがいてくれる。見守ってくれる誰かがいる。それだけでどんな困難だって乗り越える力が湧いてくる。

「だから、こんなところで絶対に止まってなんかいられない!」
「そういうことだ。少なくともこいつはそれだけ強さを持ってる。おまえや俺なんかよりずっと強い力をな。なんなら賭けようか?おまえらの相手はフェイト一人で十分だ。俺はサボる」

 自信に満ち溢れた顔で断言され、慌てたのはフェイトのほうだった。

「え?ちょ、勇斗?」

 寝耳に水とはこのことだ。さっきまで自分がピンチになっているのを勇斗は忘れているのかと。確かに負けるつもりなんてないけど、わざわざ私一人で戦う必要なんてないよね?、と慌てふためきながら視線で抗議するが、当の本人は楽しそうに笑うだけだ。
 自分の困惑してる様を明らかに楽しんでいた。
 時と場合を考えてほしい。ちょっとだけムッとする。

「ゆ・う・と?」
「冗談だ、冗談」

 抗議の意を込めて名前を呼ぶが、勇斗はまったく意に介すことなく、楽しそうにポンポンと自分の頭を叩く。
 完全に子供扱いだった。フェイトからすれば不本意極まりない。

「なかなか面白いことを言う」

 蚊帳の外にされかけたフェリクスが苦笑しながら口を挟む。

「ま、それはともかくこの暴走体は任せたぞ」
「ゆ~と~?」」

 やっぱりサボるつもりなのか、と抗議の視線で睨みつける。
 暴走体とやらに相対したのはわずかな時間だか、その攻撃力と再生能力は生半可なものではない。
 それが計八体いて、それを自分一人で相手にしろという。どう考えても新手の苛めにしか思えなかった。

「大丈夫、大丈夫。ここは夢の世界。自分で出来るって思えばなんだってできるんだって。現実じゃなんにも出来ない俺がこんなに大活躍なんだぞ?」
「そういうことじゃなくて――」
「俺はあっちを片付ける。どっちが先に片付けるか競争な。負けたら罰ゲーム」

 勇斗はその視線を天空へと走らせる。今にも落ちようとしている巨大な岩塊へと。

「あ」

 確かにあれを放っておくわけにはいかない。あんなものが落ちてきたら、流石に自分も勇斗も只ではすまないだろう。

「というわけでこっちは任せた」
「うん」

 二人して頷き、それぞれの相棒へと目を向ける。

「いくぜ、ブレイカー」
『OK, Boss』

 バックル状のダークブレイカーから伸びた柄を掴む勇斗。

「バルディッシュ、こっちもザンバーフォーム、いけるね?」
『Yes, sir』

 アサルトモードへと戻ったバルディッシュに、優しく語りかけるフェイト。

『Zamber form』

 二機のデバイスが主の呼びかけに応え、その姿を変えていく。
 紅い宝玉に紺色の魔力刃。
 金の宝玉に金色の魔力刃。
 カートリッジシステムの有無など、一部違いがあるものの、二機のデバイスは同じ姿へと形を変える。
 闇を切り裂く閃光の刃へと。
 (余談ではあるが、勇斗は大剣状にしか魔力刃を収束できなかったので、ブレイドフォームからザンバーフォームに名称を変更している)
 互いのデバイスを見て、フェイトはくすりと笑う。

「お揃い、だね」
「そうだな」

 元々はおまえのパクリだし、と心の中で呟きながら勇斗も笑う。

「いい加減、私を無視していちゃつくのはその辺にしてくれないかね」

 延々とフェリクスの存在を無視し続ける二人を辛抱強く待っていたフェリクスだったが、流石に痺れを切らしたようだ。
 常に余裕を絶やさなかった表情が、微妙に引き攣っている。

「あぁ、悪い悪い。意外に空気読むんだな、あんた」
「…………」

 勇斗の言葉にフェリクスの顔からは感情が消えて行く。誰がどうみても不機嫌になっていた。

「んじゃ、さっさとあれを片付けておまえもぶっ飛ばしてやるよ。行くぞ、フェイト!」
「うん!」

 二つの黒が飛翔し、同時に二人を囲んでいた暴走体も動き出す。
 勇斗は一直線に天空へと飛翔し、フェイトは暴走体の真っ只中に飛び込んでいく。

「疾風迅雷!」
『Jet Zamber』

 バルディッシュザンバーの刀身が数百メートルを超えるほどの長さへと伸びる。
 全身を使って強大な刃を振り回すフェイト。
 横薙ぎの一閃は何の苦もなく暴走体を真っ二つに切り裂く。

 ――戦える。力が――湧いてくる!

 一度それを自覚すれば、あとは湧いてくる力をそのまま解き放つだけだった。
 瞬時に再生する暴走体の触手、砲撃をくぐり抜けながら刃を振るい、次々と切り裂きながら、術式を構築する。
 溢れ出る想いを形にする魔法を。
 黒雲が空を覆い、雷鳴が鳴り響く。

「サンダァァァ!レイジッ!」

 広域雷撃魔法サンダーレイジ。リニスからの卒業課題であり、今までに何度もフェイトを救ってくれた切り札の一つ。
 勇斗がやったように強く、強くイメージする。
 全てを焼き尽くすように焦がし、一片の肉片すら残させない強い雷を。

 ――今の私ならできる。アリシアとリニスが見守ってくれている。なのは達が待っている。そして何より勇斗が隣にいてくれる

 無数の雷が閃く。遅れて鳴り響く轟音。
 再生もへったくれもない。常では有り得ないほど巨大な雷が暴走体へと降り注ぎ、一瞬でその巨体を消滅させる。それも八体一度に。
 そして雷雲を引き裂いて翔ぶ影が一つ。

「燃えろぉっ!」

 右手で突き出した大剣の刀身が灼熱の炎に包まれる。

「もっと、もっと、もっと、もっとっ!燃え上がれぇぇぇぇぇっ!」

 刀身を覆う炎は留まることを知らず、どこまでも激しく燃え盛る。
 勇斗の全身すら包み込み、なお燃え上がる。
 それはまるで一筋の流星のごとく。

「おおおおおおおおっ!」

 流星が岩塊へと激突する。
 空一面を覆わんばかりの巨大な岩塊が一瞬にして粉々に砕け散った。

「馬鹿な……!」

 フェリクスが呆然と呟く。
 有り得ない。自分の力がここまで簡単に、完膚なきまでに打ち負けるなど。
 自分の半分も生きていない子供程度が自分の力を凌駕する?それも二人も。
 いくらここが精神世界とはいえ、そんなことあり得るはずがなかった。

「フェリクスッ!」

 茫然自失していたフェリクスの意識を呼び戻したのは青年の声。
 紺色に輝く刃が自分に向けて振り下ろされようとしてた。

「ちっ!」

 闇の翼を体を包み込むように広げ、全力の力を込めた障壁を展開。激しい衝撃を受けながらも、なんとか刃を受け止める。
 だが、刃に込められた力は些かも緩まず、フェリクスを押し続ける。

「何故だ……何故、私が押される?」

 フェリクスの声に、勇斗は歯を剥き出しにして嘲笑う。

「言ったはずだぞ、俺の妄想を舐めるな」

 強引にブレイカーを振りきり、フェリクスを弾き飛ばす。

「有り得ない……私が負けることなど!」

 フェリクスの手が手刀を形作り、そこから魔力刃を構成し、振り上げる。
 衝撃。肉を切り裂く感触は――ない。
 振り上げた刃は、素手で勇斗に受け止められていた。
 受け止めた刃を力任せに握りつぶす。それだけで魔力の刃は粉々に砕け散る。
 勇斗はフェリクスの傍へと飛び、呼びかける。

「決めるぞ、フェイト!」
「うん!プラズマランサーファランクスシフト!」

 既に術式の構築は終えている。
 40を超える魔力スフィアを展開し、バルディッシュザンバーを振り下ろす。
 展開された計42個の光弾が放電と輝きを放ち始める。

「ファイア!」

 フェイトの声と共に、プラズマランサーの一斉発射が開始される。
 秒間10発の高速連射を4秒間、計1064発の雷の矢を叩きこむフェイトの必殺魔法。
 文字通り、雷の嵐となってフェリクスへと放たれる。

「舐めるなっ!」

 闇の翼と両手で障壁を展開し、防御。力を集中すれば、この程度の攻撃を防げない道理はない。
 だが、その瞳に信じられないものを見る。
 無数の雷の中、自らに向かって飛翔する存在を。

「おおおおおっ!」

 紺色の刃が閃く。障壁が一瞬にして砕け散る。

「貴様っ!」
「まだだ!」

 振り下ろした大剣を突き上げるようにしてフェリクスの胸へと突き刺す。

「ぐっ!?」
「うおおおおっ!」

 刃を突き刺したまま、更なる上空目指して飛翔する。

「フェイトォッ!」

 飛翔する先には、雷を纏った大剣を振りかざしたフェイトの姿。

「雷光一閃!プラズマザンバー……ッ」

 バルディッシュザンバーに集められた魔力が、今までのどの一撃よりも大きく、強く収束されていく。
 闇を切り裂く閃光の刃。その名を冠するに相応しい一撃を放つ為に。

「ブレイカァァァァ!」

 渾身の力を込めて、バルディッシュザンバーを振り下ろす。
 轟音さえも置き去りにして、閃光の刃が天と地を貫く。

「おおおおおおらぁぁぁ!」

 勇斗はフェリクスの体を盾にし、なおも上昇を続ける。
 上からフェイトのプラズマザンバー、下から勇斗の刺突。
 さしものフェリクスも声にならない叫びをあげ続けるが、二人の一撃は止まらない。
 そして、ついにフェイトと勇斗、二人の位置が交差し、二人の刃がフェリクスの体を断ち切る。

「ば……か、な」

 呆然としたフェリクスの声が響く。

「私達の」
「勝ちだ」

 二人の言葉の後、フェリクスの体は爆発の光に包まれた。




「くっくくく。いやいや、実に恐れいった」

 下半身を断ち切られ、上半身だけの姿となって、なおフェリクスは健在だった。
 これだけボロボロになっても、まだ笑みを浮かべる余裕があった。

「……おまえもしつこいな」

 フェリクスのしぶとさに辟易したようにため息をつく勇斗。
 止めを刺すべく、ダークブレイカーを振り上げるが、フェリクスの口から出たのは予想外の言葉だった。

「いや、ここは大人しく負けを認めよう。君たちは私の想像以上に強かった」

 フェリクスの殊勝な言葉に、勇斗は訝しげに眉根を寄せるが、続く言葉ですぐに納得することになる。

「君に優しい夢のステージはこれで終わりだ。ここからは残酷で厳しい現実のステージで君たちをもてなすとしよう」
「ふん、そういうことか」
「君たちは必ず後悔することになるだろう。私の言うとおり夢の世界で幸せな夢を見続けたほうが良かったとね」
「しねーよ、んなもん」

 ダークブレイカーを一閃。残ったフェリクスの上半身を縦に二分割する。

「ふふふ、君たちの絶望楽しみにさせてもらうよ」

 顔を二分割されたフェリクスは、そう言い残して消滅する。
 言葉通り、決着は現実世界で着けるつもりのようだ。

「なのはやシグナム達がおまえなんかに負けるかよ」
「……そこに自分は含めないんだね」
「ふっ」

 フェイトのジト目での突っ込みを鼻で笑って受け流す勇斗。
 現実で自分が役に立つと考えるほど、自惚れてはいないつもりだった。
 ただ単に他人任せなだけとも言えるが。

「ね、勇斗」
「ん?」

 ――私、勇斗のこと迎えに来て良かったんだよね?

 フェイトが思い浮かべるのは涙を流していた勇斗の顔。
 だが、口に出したのは別の言葉だった。

「絶対、みんな一緒に帰ろうね」
「あぁ」

 フェイトの言葉に勇斗は力強く頷く。
 この世界で何があったのかはわからないが、勇斗は自分で答えを選んだ。
 それが自分の中に浮かんだ疑問の答えなのだろう。
 今の勇斗の顔に、迷いや後悔はない。
 なら、きっと自分がこうしてここにいるのは間違いでなかったはずだ。
 話したいこと、聞きたいことが一杯ある。
 だけどそれは戦いが終わってからでいい。
 今は大切な友達と一緒に戦い抜くのみ。

「……ところで」
「ん?」

 先ほどまでとは打って変わって、途方に暮れた顔で勇斗は言った。

「どうやってここから出りゃいいんだ?」
「…………」












■PREVIEW NEXT EPISODE■

現実の世界へと戻った勇斗とフェイトを待っていたのは残酷な現実だった。
圧倒的な力の前にはいかなる想いも無力なのか。
恐怖と絶望に囚われた勇斗は、再び立ち上ることができるのだろうか。

ダークブレイカー『Are you going to give up?』







[9464] 第三十九話 『Are you going to give up?』
Name: しんおう◆f580e11d ID:f2d4a5a1
Date: 2012/02/06 00:18

 空に金色の閃光が爆ぜる。
 爆ぜた閃光の中には二つの影。
 フェイトの結界破壊魔法・スプライトザンバーによって闇の書の精神世界から脱出してきたフェイトと勇斗だ。
 精神世界から戻ると同時に、勇斗も鷺沢悠斗から遠峯勇斗の子供の姿へと、バリアジャケットもいつものズボンにシャツにジャケットを着た姿へと戻っている。
 そして精神世界とは違い、現実での勇斗は飛翔魔法を使用できない。
 精神世界で飛翔魔法を発動させたままの気分でいる勇斗は当然、重力に従って落下する。

「って、うわおおおっ!?」
「勇斗!」

 落下する勇斗を素早くフェイトが抱き留める。俗にいうお姫様抱っこの状態で。

「大丈夫?」
「……おう、もう大丈夫だから降ろしてくれぃ」

 流石に自分より年下、しかも女の子相手にこの構図は恥ずかしかったらしく、勇斗の顔が朱に染まる。
 即座にフローターフィールドを展開して、降ろすように頼んだものの、フェイトは楽しそうに笑って勇斗をを降ろそうとしない。

「照れてる勇斗ってなんか新鮮だな。もう少し見てたいかも」
「おい、こら」
「あはは」

 仏頂面でフェイトを睨み付ける勇斗だが今の状態では逆効果でしかなく、かえってフェイトの笑いを誘う結果になる。

「――ずいぶんと余裕ですね」

 そこに響くのは呆れたような少女の声。
 勇斗とフェイトはすぐさま緊張を取り戻し、警戒の視線を向ける。
 その先には悠然と佇むマテリアルの三人とフェリクス達の姿。その姿を認めると同時に、二人の胸を嫌な予感が支配する。

「……おい、なのは達はどうした?」

 そう問いかける勇斗の声はかすかに震えていた。
 勇斗の問いに、闇統べる王ことロード・ディアーチェは嘲笑を浮かべてゆっくりと指先で指し示す。
 敵を目前にしながら、勇斗とフェイトはディアーチェの指し示す先へと視線を移してしまう。

「……っぁ、く」
「……っ」

 何が起こったのか、勇斗はすぐに理解できなかった。いや、理解したくなかったというべきか。
 最初に視界に映るのは半ばからへし折れて大地に突き刺さるレヴァンティン。
 その先に映るのは、バリアジャケットが裂け、ボロボロになって倒れ伏すなのはやクロノ達。
 誰一人、意識のある者はいない。遠目では死んでいるのか、気を失っているだけなのかすらわからない。
 あまりに衝撃的な光景に、フェイトすらも声をあげることができなかった。

 ――嘘、だろ?

 そんな言葉だけが勇斗の頭の中に浮かぶ。
 ありえない。なのは達が負けるはずない。
 勇斗が勝手に決め付けていた幻想が、脆くも崩れ去っていく。

 ――なんでこんなことになった?俺がいたから?俺のせいで?
 
 自分が余計なことをしたから。責任感とも罪悪感とも知れない感情が勇斗の心を塗りつぶしていく。
 血の気が引き、勇斗の全身から力が抜けていく。
 今の勇斗に精神世界で見せた強さや、ふてぶてしさは欠片も存在しない。
 勇斗の精神的な強さは、いわば硝子の刃のようなものだ。
 攻めに回れば強いが、守りに入れば非常に脆い。
 この世界にいる経緯こそ特殊だが、所詮は特殊な訓練を受けたわけでもなく、窮地に慣れているわけでもない常人に過ぎない。
 許容量を超えた衝撃にはあっさりと心が折られてしまう。
 そんな勇斗が動揺する様に、フェリクスとマテリアル達は心底満足そうに笑みを浮かべている。

「言っただろう?あの世界で夢を見ていたほうが君たちは幸せだったと。待っているのは残酷で厳しい現実だとね」

 ちょいちょいとフェリクスは地上を指差す。
 飛べない勇斗に対する気遣いのつもりか、地上に降りろということだろう。
 すぐにでもなのは達のところへ飛びたい気持ちを抑え、フェイトは地上へと降り、勇斗を降ろす。
 そこからの反応は対照的だった。
 顔面を蒼白にして見上げる勇斗と、バルディッシュを構え戦闘態勢を取るフェイト。

「実に良い表情だ。そう、それが見たかった」

 嗜虐の笑みを浮かべたフェリクスが、ゆっくりとその手を勇斗へと差し向ける。

「勇斗っ!」

 足が竦んだ勇斗は動くことすら叶わない。
 それに反応できたのはフェイトだけ。
 放たれた砲撃から勇斗を庇うように立ち塞がり、シールドを張る。

「くうっ……っ!」

 砲撃自体はシールドで防げる。だが、フェリクスの砲撃はなのはにも匹敵する威力で以って、防御の上からフェイトの魔力をどんどん削り取っていく。

「バカっ!俺に構うな!」

 怒鳴る勇斗だが、その足は大地に縫い付けられたように動かず、取るべき手段も思いつかない。

「ダメだよ。友達を見捨てるなんてできない……っ」

「――っ」

 勇斗の脳裏に、時の庭園での出来事がフラッシュバックする。
 モントリヒトの攻撃から自分を助けようとして傷を負ったなのはの姿。
 あのときも結局、自分は足手まといでしかなく、助けられるばかりだった。

 ――動かなくちゃ
   ――どうにかしなくちゃ

 そう思っても、動けない。何をすればいいのかわからない。
 フェイトの前に出たところで、何の壁にもならずに吹き飛ばされるのは容易に想像できる。
 考える間にも、フェイトのバリアジャケットは引き裂かれ、スカートやマントがボロボロになっていく。

 ――なにかしなくちゃ
   ――フェイトを助けないと
   
 ただ気持ちだけが先走り、自分がすべきことが思いつかない。まともな思考ができないほど勇斗の精神は追い詰められていた。

「くくく、それこそが塵芥にふさわしい顔だ。さぁ、その顔をより深い絶望に染め上げよ」

 ディアーチェの声が響く。
 フェリクスの更に頭上。三つの光が煌々と輝きを放つ。
 レヴィ、シュテル、そしてディアーチェの三人がそれぞれのデバイスを構え、砲撃体勢に入っていた。
 フェイトと勇斗の背筋が凍りつく。
 この状況であんなものを喰らって耐えきれるわけがない。

「あなた方は絶望の中、どんな表情を見せてくれますか?」

 抑揚のないシュテルの宣告とともに、三つの閃光が大地を貫いた。




「あっ……くっ」

 全身を打ちつけられたかのような痛みが苛む中、ゆっくりと目を開ける。
 全身に痛みは走るが、五体そのものに大きなダメージはない。
 予想よりも小さなダメージに訝しむが、すぐにその理由を理解した。

「あ……あぁ」

 小さく、かすれた声が漏れる。勇斗を庇うようにフェイトが覆いかぶさっていた。
 身に付けていたマントやスカートはおろか、全身のバリアジャケットがボロボロだった。結んでいたツインテールも解け、意識はない。
 目に見える傷こそないが、見るからに痛々しい姿だった。手にしたバルディッシュも無数の罅が走り、無残な姿で転がっている。
 自分が受けるはずだったダメージのほとんどをフェイトが受けていたのは一目瞭然だった。

「あ……くっ」

 遠くには同じような惨状のなのは達が再び視界に入る。
 ――それもこれも全部自分のせいだ。全部、俺がいたから

「攻撃は非殺傷だ。命に別状はないから心配しなくていい」

 フェリクスの声が響く。

「私が見たいのは自らの無力を知り、悔やみ、嘆くその姿だ。今の君のようにね」

 だから殺す必要はない。より長く、はっきりとその姿を楽しむために。

「我が主ながら、随分と歪んだ性癖ですね」

 フェリクスの言葉に、深々とため息をつくシュテル。
 頭上から響く声に、勇斗はギリっと歯噛みする。
 フェリクス達に対する怒りはある。だが、何もできない。する力がない。
 自分に力がないのが悔しい。自分のせいで何もかも失うのが怖い。

「もう、立ち上がる気力もないかい?今から私たちは君に攻撃する。その子を巻き込んでも構わないというならそれでもいいがね」

 愉悦に歪んだ顔でフェリクスは、勇斗に向かって手を向ける。

「く……そっ」

 小さく毒づきながらも、フェイトをゆっくりと横たえ、よろよろと立ち上がる。
 頭の中を様々な思考が駆け巡り、ぐちゃぐちゃになりながらも、フェイトをこれ以上傷つけさせないためにその場を離れる。

「そうだ。塵芥は塵芥らしく、地べたを這いずり回るがいい!」

 全身に力が入らず、よたよたと無様に歩く勇斗に向けて、ディアーチェが魔力弾を一発、二発と続けざまに連射する。
 直接、勇斗を狙うのではなく、その足元や進行方向を狙って揺さぶる。

「ぐっ!」

 足元からの衝撃にバランスを崩し、倒れこむ。

「く、そっ」

 両手を地に着いて跪く勇斗の目に、悔し涙が溢れる。
 良かれと思ってしたことが、最悪の結果を招いた自分。失うことに怯え、震える自分。何もできない自分。
 敵であるフェリクス達よりも、自分に対する不甲斐なさと失望、怒りのほうが、より強く湧き上がってくる。

「ちくしょう……ちくしょう……っ」

 力が欲しかった。フェイト達を助ける力が。力さえ、力さえあれば。
 だけど、弱い自分には何もできない。抗えない。勝てるわけがない。
 もう一度立ち上がる力すら沸いてこなかった。

『Are you going to give up?』(あなたはこのまま跪いて終わる気ですか?)

 自らの嗚咽が漏れる中、その声は静かに――――だが、はっきりと勇斗の耳に届いた。

「ブレイ……カー?」

 声は勇斗が腰につけたデバイス、ダークブレイカーのものだ。
 呆然とする勇斗になおもダークブレイカーは無機質な音声で語りかける。

『You give up a promise with them and are over?』(彼女達との約束を放棄して、跪き続けるつもりですか?)
「……っ」

 ――――だから、侑斗は侑斗の幸せを見つけて。私の好きな侑斗のままで
  ――――侑斗ならきっと、どんなことでも乗り越えていけるはずだから
    ――――約束、だよ?

 ――――絶対、みんな一緒に帰ろうね

 ドクンと、胸の鼓動が大きくなるのを感じた。

『She recovered from despair. What do you do?』(彼女は絶望から立ち上がりました。あなたはどうしますか?)

 脳裏に浮かぶのはプレシアに真実を告げられた時のフェイトの姿。あの時、少女は確かに絶望の底に落ちたはずだ。
 まだ幼く、か弱い少女にとって、それがどんなに悲しくて苦しいことなのか。勇斗にとって想像もつかないほど辛いことだろう。
 それでも彼女は立ち上がった。逃げることもせず、捨てることもせず、真っ向から向き合うために。
 夢の中で肩を抱いたフェイトの感触を思い出す。まだ小さく頼りない華奢な少女の体。
 あんな小さくて幼い子供が立ち上がって見せた。
 それなのに自分がこんな程度のことで絶望して良いのか?
 ギリっと、歯噛みをしながら地面に着いた手に力を込める。

 一方的に交わされた、誰よりも大切な人との約束。
 ついさっき約束したばかりなのに、もう、忘れかけていた。
 みんな無事に帰らなきゃいけない。あいつを探さなければならない。こんなところで跪いている場合じゃない。
 力が無いことが、何もしないまま諦める理由になるのか?
 
 ――答えなど初めから決まっていた。

「……決まってるだろ」

 体はまだ恐怖に震えている。相手は強大。自分は無力。力の差は歴然としている。勝ち目など万に一つもない。
 だが、それがどうしたというのだ。
 なのはやフェイト。彼女達が同じ状況ならどうするだろうか?
 ゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。込み上げて来る静かな願いを胸に秘めて。

「戦う!あいつらをぶっ飛ばす!」

 仁王立ちとなって吠える。自らに言い聞かせ、鼓舞するように。

「くっ……くくく……あははははははははっ!」

 それまで黙って見ていたディアーチェが、こらえきれなくなったように笑い出す。

「笑わせるな、塵芥。そのように震えた体で何ができる?貴様程度では戦いにすらならんわ!」

 フェリクスや他のマテリアル達もディアーチェと同じことを思ったのだろう。それぞれに失笑や呆れたように溜息を漏らしている。

「…………」

 ディアーチェの言うとおりだった。足はガクガクと震え、拳を作る手も震えていた。無様なことこの上ない。
 まずはこの震えをどうにかしなければ満足に動くことさえできないだろうと、勇斗自身理解しているが、理解したところでどうにもならないのが恐怖であり、感情なのだ。頭でわかっただけでどうにかなるほど、世の中甘くはない。
 拳を強く握りこみ、すうっと息を吸い込む勇斗。自分の中にある、ちっぽけな勇気を呼び覚ますために。

「ふんっ!」

 思い切り自分の顔面に拳を叩きつける。

「お、おお?」

 その衝撃は自身が想像していた以上の衝撃を与え、勇斗の体をふらつかせる。

「……恐怖のあまり、気でも狂いましたか?」

 突拍子のないその行動に、憐憫の視線を向けるシュテル。
 それに対して優斗は痛む額を押さえながらも不敵な笑みを浮かべる。その目に涙を浮かべながら。

「まさか。ただ震えを止めただけだ」

 その言葉の通り、少年の震えは止まっていた。
 だが、それがどうしたというのか。そんなことはなんら状況に変化を及ぼさない。
 彼の力では何もできない。待つのは絶望の未来でしかないのに。

 ――にも関わらず、何故そんな笑みを浮かべられるのか?

 そんなシュテルが抱いた疑問を知る由もなく、勇斗は不敵な笑みを浮かべたまま口を開く。

「一つ、賭けをしようぜ」
「賭け?」

 フェリクスが何の気もなしに訊き返す。

「このまま戦えば俺は瞬殺される。だからハンデを付けようぜ」
「ほう?」

 ――何を言い出すかのかと思えば
 そう語るフェリクスの視線に怯むことなく勇斗は言葉を続ける。

「お前らが使うのは非殺傷の魔法のみ。攻撃対象は俺だけ。俺の心を折ればお前らの勝ち。俺がお前らをぶっとばす、もしくは非殺傷でない攻撃をしたり、俺の仲間に攻撃すればお前らの負けだ」

 まともに戦えば勝ち目などない。それは勇斗自身が良く理解している。だからこその提案だった。
 彼我の力量差を考えれば、これでもハンデとすら言えないようなハンデだ。勇斗が勝つ可能性など限りなくゼロに等しい。
 フェリクスやマテリアル達からすれば失笑ものだ。

「馬鹿馬鹿しい。そんな結果の分かりきった賭けを受ける必要がどこにある?」
「やってみればわかるさ。お前らなんかに今の俺の心を折ることなんてできやしない。勝つのは俺だ」

 ディアーチェの言葉を、勇斗はあからさまな挑発で返す。圧倒的に不利な状況にも関わらず、勇斗の態度は傲岸不遜そのものだ。
 だが、それが空元気であり、かつ、わざとディアーチェ達の自尊心を刺激し、自分の賭けに乗らせようという魂胆が見え見えだった。

「――いいだろう」

 剣呑な光を目に宿したディアーチェが口を開くよりも先に、フェリクスが同意を示す。
 ディアーチェが不服全開の視線をフェリクスに向けるが、フェリクスは大らかに笑みを浮かべてそれを受け流す。

「瑣末な希望にすがる姿もまた一興。その希望を跡形もなく打ち砕かれ、絶望に伏す姿はなお良い」

 フェリクスの嗜虐の笑みに応えるのは、これまた不敵な笑み。鋭い眼差しに、口の端を釣り上げて笑う様は、子供が浮かべるには幾分不適切なものだ。あと数年、年を重ねていればさぞかし悪人面と評されるであろう笑みを張り付けたまま、両手を腰だめに構える勇斗。
 飛べない勇斗に対するせめてもの情けか、三人のマテリアルとフェリクスはゆっくりと、地に降り立つ。

「じゃ、まずは僕から遊ばせてもらおうかな」

 とん、と軽やかに一歩を踏み出したのはレヴィ・ザ・スラッシャー。
 その姿が不意に掻き消える。

「少しは楽しませてよね」
「――あ?」

 眼前にその姿を捉えた時には、レヴィのデバイス――鎌状のハーケンフォームとなったバルニフィカスの魔力刃が勇斗の体を袈裟がけに切り裂いていた。
 文字通り目にも止まらぬ速さに勇斗は反応すらできない。非殺傷設定ゆえに傷はないが、バリアジャケットは切り裂かれ、体には引き裂かれるような痛みが走る。
 痛みにあえぐ間もなく、勇斗の胸にレヴィの手が触れる。
 
「雷刃爆光破!」
「――――っ!!」

 雷光が爆ぜる。零距離で炸裂した砲撃魔法に声にならない叫びをあげたまま吹っ飛ばされる勇斗。受け身も防御も取れないまま、背後の瓦礫に激突して埋もれてしまう。

「……って、弱っ!?もうちょっと反応くらいしようよ!?」

 あまりの手ごたえのなさにレヴィのほうが困惑してしまう。

「口ほどにもない。これで終わりですか」

 期待していたわけではないが、こうも簡単に終わってしまっては、シュテルも落胆の吐息を禁じ得なえかった――が。
 ガラッと、崩れた瓦礫を押しのけて立ち上がる人影。

「いってぇなっ、くそが!」

 その目には相変わらず涙が浮かんでいるが、五体そのものはかろうじて無事だ。吹き飛ばされながらも、体に圧縮魔力を纏い続けたおかげで、瓦礫に突っ込んだときのダメージはある程度相殺していた。無論、レヴィの攻撃による痛みはその体を苛んでいるが。

「ふふん、そうこなくちゃ楽しくないよ」

 良い玩具ができたと言わんばかりの笑みを浮かべて数発の魔力スフィアを発生させるレヴィ。

「さぁ、どこまで耐えられるかな!?」
「俺が勝つまでに決まってるんだろ!」

 レヴィが手を振ると同時に撃ち出される槍のような魔力弾。勇斗はダッシュしてそれをかわすが、その行く手を阻むように次々と魔力弾が撃ち込まれていく。

「ほらほら!しっかり避けなよ!」

 足元を崩され、よろけたところに撃ち込まれる魔力弾を、自ら跳んで転げ回ることで回避。次に撃ち込まれた魔力弾を両手をついて跳ね起きてかわす。
 わざと当たるかどうかギリギリのラインで撃ち込まれる攻撃を、両手両足を駆使して文字通り必死にかわしていく。
 地べたを転げ回るその姿は、無様なことこの上ないが、それでも少しずつレヴィとの距離を詰めていく。
 飛び散った破片がぶつかる痛みに顔をしかめながも、勇斗は一足飛びでレヴィを捉えられる間合いへと踏み込む。
 よろける体を軸足一本でバランスを取り、思い切り跳ぶ。体ごとぶつかる勢いで拳を繰り出し――

「――っ!?」

 何も捉えることなく空を切った。

「遅いね。そんなスピードでは僕の影すら踏むことはできない!」

 瞬時に勇斗の背後へと回り込んだレヴィに慌てて振り向く勇斗だが、振り向き終わる前にその体を衝撃が襲う。
 加減をしているとはいえ、その威力は勇斗をボールのように吹き飛ばし、勢い余って一回転させたところで岩山へと叩きつける。
 かはっと息を吐き出した勇斗は、そのまま背中から滑るように崩れ落ちる。

「君は弱い。特別な力もない。そんな君が何をしようとしても無駄なんだよ。大人しく諦めたらどうだい?」

 岩山に背中をもたれたまま座り込む勇斗を、悠然と見下しながら告げるレヴィ。
 顔を伏せているため、勇斗の表情までは見えないが、さぞかし力の差に絶望していることだろう、と愉悦に浸るが、その期待は次の瞬間に裏切られる。
 荒い息をつきながらも顔を上げた勇斗の目には一切の怯えも諦めも存在しなかった。ただ決意だけを湛えた視線でレヴィを射抜き、ゆっくりと立ち上がる。

「弱いからどうした?」

 ゆっくりと一歩を踏み出す

「特別な力がないからなんだ?」

 誰に言うでもなく、自分自身に言い聞かせるように吐き出す言葉。
 ざっ、ざっ、と踏み出す歩みには確かな力強さがあった。

「そんなもの諦める理由になんかなりはしない」

 倒れ伏した彼女達がそんなことで諦めたりするだろうか?そんなものは考えるまでもない。自分より小さな女の子たちは、こんな痛みを超えて戦ってきた。

「おまえらを出したのが俺なら、俺が片を付ける。あいつらの未来を奪わせたりなんかしない」

 様々な因縁に縛られ、苦しんできた彼女らが心の底から笑いあえる未来を知っている。それを自分という存在のせいで台無しにするなどあってはならない。

「ふん。偉そうなことを言っても、力のない君には何もできない。できるのはただ絶望して闇に墜ちることだけさ!」

 手にしたバルニフィカスを突き付け、レヴィは勇斗の決意と覚悟を鼻で笑い飛ばす。
 弱い者が何を言おうとそれは負け犬の遠吠えに過ぎないのだから。

「力がないってんなら……」

 足を止めた勇斗が両腕を胸の前で交差させる。

「今!この場で!手に入れりゃぁいいんだろうがぁっ!!」
『Get set』

 叫び声と共に、交差させた腕を広げて自らの魔力を全開にして解き放つ。
 同時にダークブレイカーがボロボロになった勇斗のバリアジャケットを再構成する。
 
「えっ!?」
「なっ!?」
「バカな……っ」
「……っ!」

 マテリアル達はおろか、フェリクスすらも眼前に起きた光景に言葉を失った。

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 止まらない。
 勇斗の小さな体から溢れ出る魔力の放出が。
 気付けば辺り一帯、いや結界内全てを勇斗の体から溢れ出る濃紺の魔力光が満たしていた。
 勇斗が行っている行為自体は、意味のない――いや、何の効果も付与していない魔力をまき散らすだけの魔力の無駄遣いでしかない。
 にも関わらず彼らを驚愕させているのは、その魔力量。

「どこにこんな魔力が……」

 信じられないと言った風にシュテルが呟く。闇の書に蒐集されてさほどの時も経っていない。仮に全ての魔力を蒐集しきらなかったとしても、残っているのは搾りかすのようなもののはずだ。

「ありえぬ……っ」

 ディアーチェが苦虫を噛み潰したような表情で、睨みつける。
 勇斗が今放出している魔力量だけでも自分が持つ魔力量を凌駕している。
 通常では考えられない異常な事態だった。

「ふん!たしかに凄い魔力だけど……君には宝の持ち腐れだね!」

 だが、勇斗がその魔力を使いこなす術がないことは、マテリアル達も知っている。
 恐るるに足らずと、威嚇の魔力弾を撃ち放つ。
 レヴィの放った魔力弾は勇斗の頬を掠めるが、勇斗の瞳には一片の恐怖も浮かばない。

「いくぞ、ブレイカー!」
『Get set』

 猛然とレヴィめがけて突撃をかける勇斗。

「データよりも数段速い」

 予想以上のスピードで疾走する勇斗に、シュテルは僅かに目を瞠る。
 蒐集時に得た勇斗のデータ。先ほどまでと比べても、目に見えて魔力の出力が上がっていた。
 高ぶった感情のおかげで、普段以上の出力と集中力を発揮している。

「だけど、僕からすれば亀みたいな遅さだね!」

 ふわりと浮きあがったレヴィは瞬時に勇斗の横へ回り込む。勇斗からすれば、まるで瞬間移動でもしたかのような移動スピードだ。
 蒼い閃光が閃き、勇斗の肩に切り裂かれたような痛みが走る。その痛みと衝撃でバランスを崩した勇斗は前へとつんのめる。

「まだだっ!」
「わっ!?」

 そのまま転ぶかのように見えた勇斗だが、地面に着いた手で器用に反動をつけ、後方のレヴィへと飛び蹴りを放つ。
 不意を突いた一撃だったが、そんな体勢からの蹴りに勢いも威力も乗るわけがない。レヴィは持ち前の反射神経であっさりとそれを回避する。
 回避されたほうの勇斗は不自然な体勢で跳んだことがたたり、顔面から地面にべちゃりと無様に着地する。

「おーい?」

 そのままピクリとも動かない勇斗を、バルニフィカスでツンツンとつつくレヴィ。

「……これで終わり?」

 拍子抜けしたようにレヴィが呟いたその瞬間、勇斗の体が翻る。

「ちえぃ!」
「うわっ!?」

 半身を起した状態での足払い。これまたあっさりとかわされるが、払った足を基点にしてレヴィ目掛けて跳ぶ。

「がああああぁっ!!」

 広げた五指をひっかくように振り下ろす。空振り。その勢いのまま体を反転させて、左後ろ回し蹴り。空振り。
 軸足が滑り、横倒しになった体を左手で支え、右足を蹴り上げる。

「わ、わ、わわっ!?」

 不意打ちから始まった攻撃は途切れることなくレヴィを攻め続ける。
 両手両足、時には肩、ひじ、果てには頭まで使って攻め続ける様は、御世辞にも洗練されているとはいえず、不格好極まりない。

「このっ、調子に乗るなーっ!」

 密着状態で勇斗の攻撃を全てかわし続けたレヴィは、拳を振り切った状態の勇斗から一足飛びで間合いをとり、手にしたハーケンフォームのバルニフィカスを一閃。

「が……っ」
「電刃衝!」

 痛みに動きが止まったところに、魔力弾による追撃。
 為す術もなく直撃を受けた勇斗はそのまま踏ん張ることもできず、膝から崩れ落ちて倒れ伏す。

「へっへーん!どうだ!これでもう起き上がれないだろ!」

 自らの成果に満足したレヴィが自慢げに胸を張るが、やんわりとシュテルがそれを否定する。

「いえ、まだ終わってないようですよ」
「え?」

 見れば、そこには生ける屍のごとく、ゆらゆらと体を起こす勇斗の姿があった。

「げっ」
「まだ……まだ」


 身に纏ったバリアジャケットはボロボロになり、息を切らしながらも、その眼光は炯炯としており異様な雰囲気を醸し出していた。

「代わりましょう」

 勇斗の異常な雰囲気にどん引きしたレヴィに代わり、シュテルが一歩前に踏み出す。

「先に一つだけ言っておきますが……あなたの念話、だだ漏れですよ?」

 ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、言っていた勇斗の動きが一瞬、ぴたりと止まり、気まずそうに眼を逸らした。

「『俺が時間を稼ぐ。その間に回復してこいつらを倒す手段を考えろ。俺に何があっても絶対に出てくるな』、ですか」

 淡々と告げるシュテルの言葉に、勇斗の頬がひくつく。
 それは、レヴィに攻撃をしてる途中から、倒れているなのは達へと送り続けた勇斗のメッセージだった。
 本人は秘密のつもりだったのかもしれないが、生憎と敵である彼女らにもだだ漏れだった。
 ぐぎ、と呻きながら、羞恥に顔を赤くする勇斗が目を馳せると、レヴィとディアーチェ、フェリクスまでも薄ら笑いを浮かべていた。
 敵にも筒抜けのメッセージに本人だけが気付いていないなど、滑稽極まりない。

「自分の力では私たちに勝つことはできない。だから自らの身を盾として仲間が回復する時間を稼ぐ。自己犠牲の精神というものですね。実に感動的です」

 まったく感銘した様子のない表情で、シュテルは淡々と告げる。

「ですが無意味です。例え彼女らが立ち上がったとて、その魔力は尽き、戦う力など残されていません。あなたがどんなに時間を稼いだとしてもそれは徒労に過ぎません」

 事実、シュテルの言うとおり、彼女らの攻撃によってなのは達の残存魔力はほとんど残っていない。
 より長く嬲り、深い絶望を与えるというフェリクスの意向により、攻撃こそ非殺傷に設定されていたが、その苛烈な攻撃は彼女らの体力、魔力を根こそぎ削り取っていた。
 仮に立ち上がったとしても、まともな攻撃一つできないほどに。
 シュテルの言葉は、勇斗からすれば死刑宣告に等しいものであった。
 が、勇斗が起こした反応はシュテルの予期したものとは違うものだった。

「フ、フフフ、ハハッ」

 かすかに響く笑い声。
 予想していた絶望、恐怖、あるいはそれらに類するものとは相反する反応に、シュテルは眉を顰める。

「まぁ、この期に及んであいつらの手を借りようと考えてる時点でだっせぇよなぁ」

 クククッと微かに忍び笑いを漏らしながら顔を覆っていた右手を突き出し、五指を広げる勇斗。

「端っから自分だけで決着をつける気でなきゃ、勝てるもんも勝てないよな」

 言葉にした決意を表すように、広げた指を一本一本握りこむ。

「本気で勝てると思ってるのですか?あなたの力で?」
「勝つ」

 淀みなく、躊躇のない即答に思わず鼻白むシュテル。はったりかと思いきや、少なくとも目を見る限りは本気で言っているようにしか見えない。この状況でどうしてそう断言できるのか。勇斗の思考は完全にシュテルの理解を超えていた。

「いいでしょう。何を持ってそう思えるのかはわかりませんが、あなたの全てを私が撃ち砕きましょう」
「上等!」

 背後にフローターフィールドを多重展開。自らそこに飛び込み、フィールドの反発力を利用しての加速。
 シュテルはそれを妨害することなくただ見守る。

「衝撃のファーストブリットォッ!!」

 自らの跳躍力とフィールドの反発力を加えて繰り出す拳。

「話になりませんね」

 勇斗の全力の一撃は、シュテルが指一本掲げて形成したシールドにあえなく阻まれる。
 シュテルの髪一つ、微動だにさせることすらできない。

「ならっ!」

 一撃で通じないのならば、通じるまで撃ち込むと言わんばかりに、左右の拳を連続で叩きこむ。
 もちろん勇斗の力では、何十、何百、何千発打ち込もうが、シュテルのシールドを破ることなどできるはずもない。
 むしろ打ち込む勇斗の拳のほうがシールドの硬さに負け、血を滲ませる始末。
 それでも勇斗はその手を止めない。ただ愚直なまでに拳を叩きつける。
 勇斗の気の済むまで攻撃させるつもりだったシュテルだが、これでは時間の無駄と思いなおし、展開したシールドを爆発させ勇斗を吹き飛ばす。

「ぬぐっ!」
「今度はこちらからいきます」

 飛び起きた勇斗に迫るのはなのはのアクセルシューターと同質の誘導操作弾パイロシューター。
 反射的に首を逸らして回避したものの、光球はすぐにターンし、勇斗の背中に叩きつけられる。

「がっ……!?」

 背後からの衝撃に意識が飛びかける。

「がああっ!」

 前のめりに倒れかけたところに足を踏み出し、踏ん張る。キッとシュテルを見据えるとそのまま突撃をかける。

「何度やろうと同じことです」

 愚かなことを、と言わんばかりにシュテルの前に発生した魔力スフィアが六発の光弾となって勇斗に襲いかかる。
 自らの力量では回避も迎撃も不可能。そう判断した勇斗は両腕で頭をガードするようにして、自ら弾幕に突っ込む。
 だが非殺傷とは言え、その威力は尋常なものではない。勇斗程度がガードしたとはいえ、そんなものは紙の盾で銃弾に挑むようなものだ。
 シュテルの予想違わず、全身に光弾を浴びた勇斗は何の抵抗もなく吹き飛ばされる。

「終わりにしましょう」

 これ以上、茶番につき合っていられないとばかりにデバイス――ルシフェリオンを構える。
 迸る光の奔流。
 ブラストファイアー。なのはのディバインバスターすら凌駕する威力の砲撃が勇斗を飲み込む。
 悲鳴すらも上げられず、地面に激突する勇斗。
 ――――終わった
 あれだけの攻撃を受ければもう立つこともできないだろう。そう考えたシュテルがそのまま踵を返そうとしたその時――信じがたいものをその瞳に映した。

「――っ!?」

 小さく呻きながらも、両手をつき、立ち上がろうとする勇斗の姿を。未だ屈することのない、闘う意思を秘めた瞳を。
 何故立ち上がれる?どうしてまだ闘おうと思えるのか?
 そもそもレヴィの攻撃を何発も喰らった時点で並の魔導師が戦闘不能になるだけのダメージは受けている。
 そこに自らの攻撃を受ければ、闘う意思はおろか、意識を繋ぎ止めることすら困難なはず。
 実際、勇斗は起き上がろうとしても失敗し、その顔を地面にぶつけている。
 それでも。
 震える手を大地に付き、懸命に起き上がろうとしているその姿に得も知れぬ感情が湧きあがってくる。
 レヴィも同じものを感じているのか。シュテルと同様、薄気味悪いものを見るような目つきをしている。

「ふん、まったく。あのような塵芥を相手に何を手こずっている」

 必死に立ち上がろうとしている勇斗の頭を勢いよく踏みつけるディアーチェ。

「我にまかせろ。こんな下郎の意思など粉みじんに粉砕してくれるわ」

 ぐりぐりと勇斗の頭を踏みにじりながら、口の端を釣り上げるディアーチェ。
 踏んだ足先から睨み上げる勇斗の視線を楽しそうに見下ろしていると、ぼそりと勇斗が呟く。

「どうでもいいけど、丸見えだぞ」
「?」

 一瞬、勇斗の言葉が何を指しているのかわからず、首を傾げるディアーチェだが、その視線が自分のスカートの中を指していることに気付き、羞恥に顔が染まる。

「この塵芥がぁっ!」

 羞恥と怒りに震えながら再度、振り上げた足を叩きつけるように振り下ろすが、勇斗は転がるようにしてそれを回避する。

「幼女の下着なんて見ても、何も感じないから気にするな」
「死ね!」

 起き上がりざまに発した言葉に対する返答は砲撃だった。
 その反応を予期していた勇斗は、かろうじてその一撃を転げて回避するが、避けられたのはそこまでだった。

「遅いっ!」

 転げて立ち上がったところに放たれた魔力弾。狙い違わず勇斗の足を払う。

「くっ」

 痛みに顔を顰めながらも、体を支えるべく手を突き出すが、それもまた光によって弾かれる。
 結果、無様に顔面から大地へと激突する。

「楽には終わらせん。じわじわと嬲りつくしてくれるわ!」
「くっ、があぁっ!」

 痛みに震える体に鞭打って起き上がるが、動く間もなく、ディアーチェの魔力弾がその体に突き刺さる。
 腹に突き刺さった一撃に、カハッと息を吐き出す。
 そこに続く連弾。
 一発、二発、三発と途切れることのない魔力弾が勇斗の全身を打ち据える。

「ハハハッ、踊れ!踊れ!我に歯向かったことを死ぬほど後悔させてくれる!」

 勇斗の体が崩れ落ちようとすれば、下から跳ね上げるようにして魔力弾をぶつける。
 途中で倒れることすら許さない苛烈な攻撃に、勇斗の体はディアーチェの意のままに翻弄され続ける。

「貴様の闘志、希望……その全てを消し飛ばしてくれる!」

 エルシニアクロイツを振りかざし、光が爆ぜる。
 非殺傷である以外に手加減など存在しない砲撃魔法――アロンダイトが勇斗の体を飲み込む。
 ゴミのように吹き飛んだ勇斗が瓦礫へと激突し、その体は崩れ落ちる瓦礫の中へと埋もれていく。
 瓦礫の中から、力なく垂れ下がった左手だけが伸ばされる様は、ある種の墓標のようにも見えた。

「ふむ、少しやりすぎたか?」

 瓦礫から突き出された手はピクリとも動かない。あれだけの攻撃を受ければ意識が飛んでもおかしくないし、瓦礫に激突したダメージだけでも相当なものだろう。非殺傷設定のおかげで肉体にダメージはないとはいえ、地面や瓦礫に激突すれば、少なくない物理ダメージを受ける。打ちどころが悪ければ、そのまま死に至ることもあるだろう。

「やりすぎですよ、ディアーチェ。殺してしまってはこちらの負けになってしまいます」
「ふん、余波による負傷まで面倒は見れぬわ。それで死んだのならば、こやつの負けよ」

 やんわりと諭すシュテルの言葉を鼻で笑い飛ばしながら、勇斗の手を蹴り飛ばすディアーチェ。
 ピクリとも動かぬ手に、「所詮はこの程度か」と鼻を鳴らす。生死を確認するためにここから引きずり出すかどうか思案したところに変化は起きた。
 突如として勇斗の手が動き、ディアーチェの足をガしっと鷲掴みにする。

「なっ!?」
「ま~だ~ま~だ~」

 続いて聞こえるのは地獄の底から響くような声。
 ガラガラと瓦礫の破片が崩れ落ち、その中から現れる人影。
 目に尋常でない光を宿し、血に塗れた顔で瓦礫から這い出る様は、さながら生ける屍のごとく。

「ひっ」

 あまりに異様な様子の勇斗に思わず声を上げるディアーチェ。

「は、放せっ、下郎がっ!」

 自らの足を掴む手を蹴り飛ばすと、ディアーチェは慌てて距離を取る。

「薄気味悪い……こやつ、本当に人間か」
「どっちかっていうとゾンビ?少なくとも人間じゃないよね」

 心底気味悪がるディアーチェにレヴィも頷く。
 散々な言われようだが、そんなことは勇斗の耳に入らず、ボロボロになりながらもなんとか立ち上がろうとする。

「本当に理解できませんね。あなたが立ち上がったところで何もできない。それは嫌というほどその身で味わったはずです。何故、立ち上がるのですか?」
「……できるか、できないか、じゃねぇ。やるか、やらないか、なんだ……よ」

 息も絶え絶え、満身創痍になりながらも、辛うじて立ち上がる勇斗。
 バリアジャケットはとうの昔にぼろ雑巾のようになり、全身に打ち身や擦り傷が見受けられる。勇斗のような特別な訓練を受けていない普通の人間では、立ち上がる気力さえ残らないはずだ。
 ――それなのに何故。

「質問を変えましょうか。どうして立ち上がれるのですか?」
「…………」

 シュテルの質問に勇斗は答えない。ただ、口の端を釣り上げて笑うだけだ。

「ふむ。精神が肉体を凌駕した……というやつかな?」

 今まで沈黙を保っていたフェリクスが、興味深そうに勇斗を見つめる。
 フェリクスの目から見ても勇斗の体は既に限界を超えているし、事実、気力だけが勇斗を支えていた。

「一つ、私から提案があるのだが、聞いてもらえるかな?」
「……言って、みろよ」

 ボロボロになりながらも、傲岸不遜な態度を崩さず、勇斗はフェリクスに先を促す。

「仲間の命と引き換えに君を見逃す……と言ったら、君はどうする?」
「お断りに決まってんだろ、ボケ」

 即答だった。

「理由を聞いてもいいかな?何がそこまで君を支えている?」

 そんな勇斗の返答に薄ら笑いを浮かべつつも、フェリクスは問う。
 少し傷めつければすぐにボロを出すものと思っていたが、中々どうして予想外に粘る。
 夢の世界で自分を一蹴したとはいえ、所詮はただの人間。ここまで粘るとは思っていなかった。
 先の問いにしても興味半分、からかい半分から出た言葉だが、まさか即答されるとは思わなかった。
 人間だれしも自分の身が一番大事なものだ。最終的な選択が同じだとしても、多少は葛藤を見せると思っていたが、それすらもない。
 ゆえに興味を惹かれる。何がこの少年の心を支えているのか。何をすればその心を砕けるのか。その心が絶望に染まった時、どんな表情を見せるのかを。
 
「飯がまずくなるから」
「……は?」

 勇斗が何を言っているのか、一瞬、理解できなかった。マテリアル達も同様に、毒気を抜かれたようにきょとんとしていた。

「仲間を見捨てたりしたら、次から食う飯がまずくなる。そんな後味の悪いことして自分だけ生き延びても、美味い飯の食えない人生なんてごめんだね」

 ――そして何より、あいつに、あいつらに胸を張って会える自分でいたいから。
 心の中で、そっと付け加える勇斗。
 倒れる度、心が折れそうになる度、勇斗の脳裏に響く声達が力をくれた。

  ――頑張って、ゆーと
    誰よりも愛しい人。彼女に誇れる自分であるように。
    心に浮かぶ彼女の笑顔があれば、なんだって乗り越えられる気がする。

  ――みんな一緒に帰ろうね
    交わした約束
  ――ゆーとくん
  ――ゆーと
  ――お兄ちゃん
  ――勇斗
  ――ゆうちゃん
    たくさんの自分を呼ぶ声。
    クライメイトや妹分、家族達の声。

 勇斗の妄想が生み出した、ただの幻聴に過ぎないその声達が、何度も脳裏に響く。
 立ち上がる力を。諦めない強さを与えてくれる。
 だから立ち上がれる。頑張れる。

「くくくっ、いいねぇ、君は」

 おかしくてたまらないといった風に、顔を掌で覆うフェリクス。
 そして口の端を釣り上げて嗤う。

「君の絶望に歪んだ顔……なんとしても見たくなった」
「俺が勝つから無理だ」
「その様でよく言う。奇跡でも起きない限り、そんなことはありえぬな」

 鼻で笑いながら魔力スフィアを発生させるディアーチェ。
 勇斗の覇気に、一時的に呑まれたものの、冷静に考えれば空元気がいつまでも続くものでもない。如何に精神が肉体を凌駕しようと、すぐに限界は訪れる。
 
「だったら、その奇跡を起こすまでだ!」

 痛む体に鞭打ち、再び駆け出す。

「なんの力もない塵芥風情が笑わせるな!我がそのふざけた幻想をぶち殺してくれるわぁっ!」

 無数の魔力弾を斉射するディアーチェ。
 身体中に奔る痛みを無視して勇斗は疾走する。
 気力で痛みに耐えたとしても、限度はあるし、子供の体に残された体力もそう多くない。
 賭けに出るならこれが最後のチャンス。残された全ての力を振り絞って、走り抜ける。

「ブレイカー!勇気はあるか!?」
『Such a thing is not necessary.I should have probability』(そんなものは必要ない。私には確率があればいい)
「確率は!?」
『0.000000125%』

 相棒から返ってきた答えに思わず頬が緩む。

「上等、行くぞ!」
『OK, Boss』

 可能性がゼロでないのなら、後はそこに全賭けするのみ。

「いやいやいや、ありえないから」
「単純な算数も理解できないほど愚かなのですか?」

 そんな二人の会話に思わず突っ込みを入れるレヴィとシュテル。
 無謀とか蛮勇といったレベルですらない。
 ディアーチェですら、呆然と攻撃の手を止めている。

「ふん、こんな言葉を知っているか……?」

 ディアーチェの攻撃を避けるために開いた距離を、この隙に詰めながら声高に宣言する勇斗。

「成功率なんてのは単なる目安だ、足りない分は勇気で補えばいい!」
「限度があるわっ!」

 突っ込みどころ満載の宣言に、思わず砲撃で突っ込みを入れるディアーチェ。

「あぶねぇっ!砲撃で突っ込むな!死ぬだろ!?」
「やかましいわ!」

 辛うじて砲撃を回避した勇斗に叫ぶディアーチェを横にぽつりと呟くレヴィ。

「知らなかった……勇気ってそんなことができるんだ」
「いえ、できませんから」

 すっかり勇斗のペースに巻き込まれているマテリアル達だったが、攻撃に晒されている勇斗は至って大真面目だ。
 幸い、ディアーチェが逆上しているせいか、その狙いが雑になり辛うじて回避を続けているが、その分、彼女らとの距離がまた開いてしまっている。
 遠距離攻撃手段のない勇斗はなんとしても距離を詰めなければならない。

「んなくそぉぉぉっ!」

 このまま避け続けても先にこちらの体力が尽きる。そう判断した勇斗は一か八かより前へと踏み込み――そこに迫るのは扇状に放たれた複数の魔力弾。
 左右前方に逃げ場はない。踏み込んだ勢いの為、後退することも不可能。

「くのぁっ!」

 反射的に上に跳ぶ。
 ディアーチェの口に笑みが浮かぶ。それはディアーチェからすれば格好の的。
 飛行魔法の使えない勇斗では、空中で身動きができない。勇斗お得意のフローターフィールドは展開、着地の二工程が必要で、この局面では確実に狙い撃たれ間に合わない。

「消し飛ぶがいい!」

 格好の的めがけて放たれる光の奔流。その軌道は空中の勇斗を確実に捉えていた――はずだった。
 突風が巻き起こった。

「なに?」

 ディアーチェの口から驚愕の声が漏れる。
 必中のはずの砲撃が避けられた――のみならず、的の背中にはつい先ほどまで存在しなかったものがある。
 ディアーチェと視線が合った勇斗の口の端が釣り上がる。
 勇斗の背中に広がる黒い翼――同じ黒でもはやてのスレイプニールのような羽根の生えた翼ではなく、蝙蝠や翼竜などのような膜状の翼――が打ち鳴らされる。
 それはこの半年間、勇斗がずっと練習してきた飛行魔法の成果。
 今まで一度も成功しなかったこの魔法がこの土壇場で成功したのは、追い詰められて極限まで研ぎ澄まされた勇斗の集中力と、勇斗に合わせて魔法プログラムの最適化を行ってきたダークブレイカーの力だ。
 まだ飛行と呼べるほどの効果は発揮できない。せいぜいが空中での姿勢を変えたり、滑空、移動スピードの増加程度のものだったが、勇斗にとっては大きな進化であった。

「ちぃ!」

 驚愕から立ち直ったディアーチェが攻撃を再開する。
 降下スピードを加速した勇斗は着地後、即座に疾走する。そのスピードは目に見えて速くなっている。

「確かに速くなったが……その程度ではなぁっ!」

 だが、いくら勇斗が成長したとはいえ、彼我の実力差を考えれば誤差の範囲でしかない上に、距離が詰まればその分、当てることは容易になる。
 牽制の一撃から続けて放った本命の魔力弾。今度こそ、回避は不可能。

「おおおっ!」

 それを悟った勇斗は突進の勢いそのままに体ごと旋回。左腕を真っ向から魔力弾に叩きつける。

「無駄だ!貴様程度の力では防げぬわっ!」

 ディアーチェの言葉通り、叩きつけた腕は振り切るどころか逆に押し返されようとしている。
 が、ここで押し返されては今までと何も変わらない。最後の賭けに出るには、ここが最初で最後の勝負どころだった。

 ――頑張って、ゆーと

 思い浮かべるのは、自らを奮い立たせる魔法の言葉。あの笑顔と言葉があれば、なんだって乗り越えられる気がした。
 道理も。無茶も。自分の限界も。どんな不可能さえも。

「――がああああああああぁぁぁぁっ!」

 咆哮と共に全ての力を左腕に集中させる。己の限界を超えて、腕を振り切る。
 魔力弾ごと地面へ腕を叩きつける。その衝撃に大地が爆ぜ、砂塵が辺りを覆う。

「あれを弾いた?」

 忌々しげに口を歪めるディアーチェ。無論、全力には程遠い一撃だ。だが、それでも勇斗の力では到底防げるものではなかったはずだ。
 新たな魔法を発動しただけでなく、魔力の出力自体もディアーチェの予想以上に増大している証拠だった。

「塵芥風情が!」

 取るに足らない存在であるはずの勇斗の抵抗が酷く癇に障った。自らの手で勇斗を屈服させなければ、この苛立ちは収まりそうにもない。
 視界を塞ぐ砂塵を吹き飛ばす。

「あれ?」

 素っ頓狂な声を上げたのはレヴィ。そこにあるはずの勇斗の姿がなかった。

「上か!」

 見上げた先には巨大な光刃――ザンバーフォームと化したダークブレイカーを掲げる勇斗の姿。
 その視線が見据えるのはマテリアル達の奥にいるフェリクスただ一人。最初から全力を込めた一撃を叩きこむ相手は決めていた。
 マテリアル達が守護騎士達と同じような存在なら、元を断たない限り復活する。――そう推測しての判断だった。

「フェリクスっ!」

 黒翼を打ち鳴らし、フェリクス目掛けて下降する。
 ディアーチェが撃ち落とそうと構えるが、当のフェリクスがそれを制す。
 フェリクス自身が迎撃するわけでもなく、ただ薄ら笑いを浮かべて勇斗の姿を見ていた。
 勇斗の左腕は先のダメージでせいで動かないのか、右腕一本でダークブレイカーを掲げる勇斗。
 自らが扱える全魔力を刀身へと集中する。その証拠に背部の黒翼は掻き消え、纏っていたぼろ雑巾同然のバリアジャケットすら解除され、自身の身長をも超える大きさの魔力刃へと魔力が収束していく。
 文字通り全ての力を込め、振り下ろす刃は――――何の成果を残すことなく止められた。

「――あ、ぐっ!」

 勇斗の口から失意の声が漏れ、すぐに苦鳴に代わる。
 全力を込めた刃は、片腕一本であっさりと止められ、カウンター気味にもう片方の手が勇斗の首を捉える。
 刃を掴んだ手を無造作に握るだけで、巨大な刃はあっさりと砕け、半ばから剣先までの魔力刃が消失する。

「残念だったね。如何に強大な魔力だろうと使いこなせばければ何の意味もない。もし、君がその力の半分でも扱うことができたなら、私を一度くらいは殺せただろうに」

 憐憫の意を込めて、勇斗の瞳を見つめる。
 この状況にあって、なお勇斗の瞳は闘う意思を失っていない。その精神力の強さには感心させられるが、所詮そこまでだ。
 想いだけでは何もできはしない。

「君には中々楽しませてもらったが、もう終わりにしよう」

 勇斗の体を釣り上げ、その体にもう片方の手を押し当てる。
 これまでのダメージに加えて、バリアジャケットなしに攻撃を受ければ、今度こそ立ち上がることはできないだろうという確信を込めて。

「ゲームオーバーだ」

 密着した手から放たれる魔力弾。その衝撃で、勇斗の体は大きく吹き飛ばされる。
 マテリアル達を飛び越えて吹き飛ばされる中、ゆっくりと勇斗の口が弧を描く。

「……?」

 シュテルは吹き飛ばされる勇斗の体を視線で追いながら、何か違和感に気付く。
 勇斗の手にしたデバイス――ダークブレイカーの魔力刃が完全に消失していた。
 ――確かにあの刃は主の手によって砕かれた。だが、鍔元から半ばまでの刃はつい先ほどまで残っていたはず。
 ただダメージによって消失したと考えるのが自然だったが、シュテルの中の何かが警告を鳴らしていた。
 何気なく視線を主に戻した先にその原因を見た。

 ――主の傍らに、切り取られたように浮かぶ魔力刃を。
   ――限界を超えて圧縮された魔力が、今まさに解き放たれようとしているのを

「防御を!」

 シュテルが叫んだその瞬間、魔力刃が爆ぜた。
 かつて時の庭園でプレシア相手に実行した自爆とは比較にならないほどの魔力暴走。
 その光はフェリクスはおろかマテリアル達まで飲み込み、その先にある勇斗の体すら捉える。
 勇斗の狙いは、最初からこの一撃だった。
 如何に自分の全力を振り絞ろうと、真っ向からの攻撃が通じるとは思っていなかった。
 相手の油断を誘い、不意を突く他に方法はないと。
 かと言って、相手に密着した状態で自爆しても、自分一人に意識が集中している状態ではその意図に気付かれる。
 また、今の自分が自分を中心にして魔力を暴走させればまず命はない。
 自分の命を犠牲にして、仲間を助けようとする自己犠牲精神など勇斗は持ち合わせていない。
 暴走を仕掛け、その上で自分が助かるためには、暴走の中心からある程度の距離を離す必要があった。
 フェリクスに接近した後、上手く距離が取れるかどうかは、完全に運任せ。
 作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末で、成功率も限りなくゼロに近い代物だった。
 自らの暴走による光に飲まれながらも、勇斗は出来すぎな結果に笑いながら、意識を途切れさせた。




「やれやれ、最後の最後まで彼には驚かさせられる」

 暴走の光が収まったそこには、無傷で佇むフェリクスとマテリアル達の姿があった。

「あ、危なかったー」

 ぐいっと冷や汗を拭うレヴィ。あの時、シュテルの警告がわずかでも遅れていたら防御魔法が間に合わなかった。
 辺りの惨状を見れば、もし無防備な状態で暴走に巻き込まれていたら、少なくないダメージを受けていたのは間違いない。

「人の執念というものも侮れないものですね……」

 ただ想いの力だけでここまでできるのかと、シュテルは驚嘆を禁じ得ない。

「だが、それも全ては徒労に終わった」

 その視線が捉えるのは、爆心地から遠く、ゴミのように転がる勇斗の姿。
 元から着ていた衣服はボロボロになり、ピクリとも動かない。
 いくら爆心地から距離があったとはいえ、とても無事と言える状態ではない。

「自身の魔力で傷を負うとは……どこまでも愚かな奴よ。まだ息はあるか?」

 遠隔発生したバインドで勇斗を拘束する。両手、両足、胴体を拘束されるその様は、見えない十字架に磔にされたようにも見える。
 頭は項垂れたままだが、かすかに呼吸している様子が窺える為、死んではいないようだ。

「完全に意識を失っているようですね」
「あれ、どうするの?」
「決まっている。叩き起し、その顔を絶望と恐怖に染めてやる」

 レヴィの声にディアーチェはニヤリとした笑みを浮かべ、手をかざす。
 気付けの一発と言わんばかりに、魔力弾を撃ち放つ。
 ディアーチェの放った一撃がまさに勇斗に当たろうとしたその瞬間――真っ二つに切り裂かれた。

「貴様……」

 ディアーチェ達の目が驚きに見開かれる。
 翻るは黒い外套。金色に輝く刃を携えたフェイトが勇斗を庇うように立ち塞がっていた。
 立ち塞がっているのはフェイトだけではない。
 銀光が閃き、勇斗の戒めを断ち切る。
 シャマルに抱きとめられた勇斗を守るように、倒れていたはずの全員が並び立っていた。

「これ以上、勇斗には指一本触れさせない!」






■PREVIEW NEXT EPISODE■

立ち向かう勇気と諦めない強さ。
繋いだ心と想いが更なる力を呼び、不可能を可能にする。
解き放つ力が剣となり、未来を切り開く。

フェイト『私に力を』



[9464] 第四十話 『私に力を』
Name: しんおう◆f580e11d ID:f2d4a5a1
Date: 2012/02/06 00:21



「ほう……」

 勇斗を守るように並び立つフェイト達に、フェリクスは感嘆の声を漏らす。
 あれだけ徹底的に打ちのめされたにも拘わらず、誰の目にも諦めや怯えは見られない。
 それどころかボロボロだったはずのバリアジャケットも修復され、その姿は今まで以上の覇気に満ちていた。

「ふん、あれだけやられてまだ懲りぬか。いくら外見を取り繕おうとも、貴様らに戦う力など残っていまい」

 そんなフェイト達の姿勢を、ディアーチェは虚勢と見てとった。
 フェイトはもちろん、シグナム達もフェリクスとマテリアルの圧倒的な力によって徹底的に打ちのめされた。
 非殺傷とはいえ、その苛烈な攻撃は彼女たちの魔力を根こそぎ削り取られ、戦う為の力など残っているはずがなかった。

「シャマル、テスタロッサ。遠峯を頼む」
「ええ」
「シグナム達も気を付けて」

 ディアーチェの言葉を無視して、シャマルは勇斗へ回復魔法をかけ、フェイトがそれに寄り添う。

「我らに戦う力があるかどうか――」

 バリアジャケット同様、自身の魔力で修復したレヴァンティンを携え、シグナムが一歩を踏み出す。

「その身で確かめろ!」

 繰り出す一閃はまさに電光石火の如く。

「わわっ!?」

 瞬く間に間合いを詰めた横薙ぎの一閃が、受け止めたバルフィニカスごとレヴィの体を吹き飛ばす。

「おのれ!」
「させない!」

 シグナムに攻撃をしかけようとしたディアーチェとシュテルだが、そうはさせじとなのはとクロノの砲撃が放たれる。

「ちっ!」

 攻撃を中断し、砲撃を飛翔してかわすディアーチェ。そこに唸りを上げて迫るのは鋼の鉄塊。

「おらぁっ!」

 横殴りにグラーフアイゼンを叩きつけるヴィータ。その威力はシールドごとディアーチェを弾き飛ばす。

「ちょっと、ちょっと!こいつら普通に戦えるよ!?なんで!?魔力切れじゃなかったの?」
「確かに……残り魔力を全て振り絞った一撃、というわけではなさそうですね」

 空中で踏みとどまったディアーチェの元へ集うシュテルとレヴィ。
 シュテルの言葉通り、シグナム達の攻撃は平時と比較しても遜色ない威力だった。息切れ一つ見せない立ち姿からも、残り少ない魔力を振り絞ってようやく繰り出した一撃、というわけでもないらしい。

「――まさか」
「――そういうことか」

 シュテルとフェリクスが同時に同じ結論に思い至り、その視線を勇斗へと向ける。
 シャマルの回復魔法を受けたまま、まだ意識が戻っていないようだが、二人には意地悪くほくそ笑む勇斗のイメージが重なって見えた。

「あの塵芥……とことんふざけた真似をしてくれる」
「え?なになに、どういうこと?」

 二人の視線から察したディアーチェと、一人だけ状況を理解できないレヴィ。

「君らの想像通り、勇斗が僕たちに魔力を供給したんだ。おかげでもう一度戦うことができる」

 時間稼ぎの意も込め、クロノがあっさりとネタばらしをする。

「まんまと彼にしてやられたわけですね」

 シュテルは静かにため息をつく。
 勇斗が結界内を魔力を放出したあの時、てっきり、勇斗の高ぶった感情と未熟な技量のせいで制御できない魔力が放出されていたと思い込んでいた。事実、先の戦闘中にも、魔力を高める度ごとに無駄な魔力がだだ漏れであった。その考えは間違いではないが、勇斗は放出する魔力を目晦ましとして利用し、それに乗じて長距離からのディバイドエナジーを実行。クロノ達に魔力を供給していたのだ。
 放出する魔力量に圧倒され動揺していたこと、勇斗の技量であの距離のディバイドエナジーができるわけがないと侮っていたことでその可能性を見逃していた。(実際、勇斗自身もあれだけの長距離からの魔力供給ができるかどうかは賭けではあった)

「ついでに言えば、おまえらに念話を漏れさせていたのもわざとだ。ダミーの念話でおまえらを油断させたとこで、こっそりと本命の念話を送り続けてたんだよ、あいつ。変なとこで器用だよな。内容ほとんど同じだったからあんま意味なかったけど」

 と、ボヤくヴィータだが、勇斗がその念話を送り続けなければ、なのはやフェイト達はクロノ達の制止も聞かずにすぐ飛び出していたに違いない。

「なん……だと?」

 ヴィータが語る言葉に衝撃を受けるディアーチェ達。
 最初に湧き上がってきた感情は驚愕。自分たちに翻弄されるだけだった勇斗が影でそんな芸当をしていたのか。
 次に湧き上がってきたのは、遥かに格下である相手の思惑にまんまと乗せられたという屈辱感。

「まったく。普段は自己中心的かつめんどくさがりでやる気ないくせに、追い詰められると無茶ばかりする」

 クロノが辟易したように呟く。時の庭園でもそうだった。頭に血が上ると人の言うことなんか聞きやしない。自分の力量も鑑みずに感情のままに行動する。そのくせ小細工には抜かりない。
 厄介極まりないが、それに助けられたこともまた事実であり、そうさせざるを得ない状況にしてしまった自分の見通しの甘さが腹立たしくもある。

「……あの少年にしてやられたことは認めよう。それで、君たちに何ができる?」

 例え、魔力が回復したとしても戦力の差は埋まらない。それは先の戦いで証明されている。
 クロノ達の総力を結集したとしても、無限に再生するフェリクスには決定打を与えられないのだ。いや、それどころかこちらの攻撃はほとんど通らず、返り討ちに遭う始末。
 撤退しようにも、転移を妨害する結界を破壊するスターライトブレイカーは、チャージを妨害され失敗に終わっていた。
 勝利も撤退も不可能。打つ手立てなど、何一つないはずだった。

「――私は今日まであいつを見くびっていた」

 不意にフェリクスの問いを無視して、ぽつりとシグナムが呟く。
 訝しげに眼を細めるフェリクス達にも構わず、シグナムの独白は続く。

「稽古をつけたところで、あいつにとっては所詮遊び感覚だったのだろうな。少し厳しくすればすぐに音を上げ投げ出す。高町やテスタロッサ達のような戦士とは比するに値しない、普通の人間だとな」

 シグナムの言うとおり、勇斗はなのはやフェイトのように本気で強くなろうとはしていなかった。
 強くなりたいとは思っても、才能がないことを理由に最初から諦め、多少の練習はしても、本気で努力することをしなかった。
 むしろ自らそれを茶化し、努力しないことへの理由づけにしていた。
 シグナム自身、それが悪いことだとは思わない。
 人間、誰しもがなのはやフェイトのように努力し、研鑽を続けられるような人間ばかりでないことはよく知っている。
 闇の書に関しての情報をくれたことには感謝はしていたし、ある種の度胸のようなものは認めていたが、勇斗の人間性そのものは人並み程度にしか評価していなかった。

「だが、あいつはこの場の誰よりも弱いくせに、諦めることをしなかった。絶対に勝ち目のない戦いと知りつつもどこまでも足掻き、戦い抜いた」

 万が一にもフェリクス達に気付かれることを懸念し、こちらから念話を返すことはしなかったが、それでも勇斗が自分たちに念話を送り続けたのは、自分たちが立ち上がることを信じていた為だろう。
 そして、その上で自らの全力を尽くした。
 自分一人だけでフェリクス達を倒すと言ったのも、はったりではなく本心からの言葉だったに違いない。
 ただ時間を稼ぐだけならば、最後の特攻など行う必要もないのだから。

「結果は徒労に終わったがな」

 ディアーチェが鼻で笑い飛ばす。
 実際、勇斗が稼いだ時間など十分にも満たず、フェリクス達にも毛筋ほどの傷すら付けられなかった。
 愚かな行いだと嘲笑う。
 たしかに結果だけ見れば、勇斗の行為は愚行と言えるかもしれない。
 最後の特攻などその最たる例だ。シグナム自身、あそこまでやるとわかっていればもっと早くに出て止めていた。

「たしかにな――――だが、否、だからこそ、騎士たる我らが貴様らに屈することなどできん」

 シグナムの言葉は、そのままなのは達全員の総意だった。
 結果がどうあれ、誰よりも弱い勇斗があそこまでやってみせたのだ。
 何度も傷付き、倒れ、地面に這いつくばり、それでもなお立ち上がり、挑んでいく。
 途中で何度飛び出そうと思ったことか。歯を食いしばり、自身を抑制し、勝利への道を模索したのは、勇斗の意気に報いる為。
 あの奮闘を見せられ、黙っていられるわけがない。
 騎士としても、―個人としても、このまま終われる理由などどこにもなかった。

「ならば再び貴様らを地面に這いつくばらせるのみよ!」
「――残念だが、そういうわけにはいかん」

 響いたのは、なのは達でもフェリクス達でもない男の声。

「何っ!?」
「これはっ!?」
「うぇっ!?」

 突如としてマテリアル達、一人一人を拘束するように光の輪が発生し、その動きを封じる。
 現れたのは仮面を被った一人の男。その手には一枚のカードがクルクルと回っていた。

「貴様ぁっ!何者だ!」
「……人形風情と話す舌など持たん」
「あうっ!」

 仮面の戦士はその手をかざし、三人まとめて更なるリングで拘束し、計六重のバインドの上から半透明な正四角錐――クリスタルケージを構築する。
 クリスタルケージの中に閉じ込められたレヴィとディアーチェが何事かを喚き散らしているが、その声はクリスタルケージに遮られ、外に届くことはない。シュテルが懸命にバインドを解除しようとしても、強固なバインドはシュテルの力をもってしてもビクともしない。

「これで貴様の人形どもは当分の間動けんぞ」

 マテリアルたちの様子を確認した仮面の戦士は、フェリクスに向けて静かに宣告する。

「私の結界に侵入してくるとは大したものだ。君達のお友達かな?」

 マテリアルたちが拘束されたことになんら動揺を見せず、フェリクスはクロノへと問いかける。
 一瞬だけ、仮面の戦士へと目を向けたクロノはきっぱりと断言した。

「いや、全く知らない見たこともない赤の他人だ。間違っても一緒にしないで欲しい」
「…………」

 クロノの言葉に仮面の戦士は沈黙を守っているが、その視線はフェリクスにだけ向けられ、クロノ達もまた、仮面の戦士へ警戒を払っていないことから、言葉とは裏腹に協力関係にあることは一目瞭然だった。
 もしかしたら勇斗が時間稼ぎしている間にクロノ達を介抱したのは、この仮面の戦士かもしれない。

「まぁいい。何人こようと何を企んでいようと結果は変わらない」

 おしゃべりの時間は飽きたと言わんばかりに笑みを浮かべ、フェリクスはその両手に魔力スフィアを発生させ、臨戦態勢に入る。

「さぁ、せいぜい私を楽しませてくれたまえ」





「……う」

 シャマルが回復魔法をかけ続けること数分。シャマルの腕の中で、ようやく勇斗がその目を覚ます。

「勇斗……!大丈夫?」
「……」

 フェイトの声に顔をあげるが、その瞳は焦点が合わず声を返すこともない。
 子供の体には大きすぎるダメージを受けただけに、まだ意識も半ば混濁しているようだった。
 シャマルもフェイトも、勇斗に無理強いを強いることはせず、自然と意識がはっきりするのを待つ。
 意識のはっきりした勇斗がハッと顔を上げるまで、待つこと十数秒。

「――っ。勝った……のか?」

 自分の最後の一撃が通じたのかどうかはわからない。
 だが、こうしてフェイトが目の前にいてシャマルに介抱されているということは戦いが終わったということなのか。
 そう考えた勇斗だが、すぐに否定される。

「ううん、まだ。今はなのは達が戦ってくれてる」
「……だったら、俺に、構わないで……二人も行けって」

 体に走る痛みに顔をしかめながら言う勇斗。
 気を失い、一度緊張の糸が途切れたことで、さっきまでのように痛みを無視して動くことはできそうにない。
 例え、自分が動けるようになったとしても戦力にならないのはわかりきっている。
 だから足手まといでしかない自分のことは放っておいて戦え、と言ったのだが、それに対してフェイトは静かに首を振って否定する。

「残念だけど今の私たちだけじゃ勝てない。勇斗の力も必要なの」
「…………」

 胡乱げな眼差しでフェイトを見返すが、その表情は真剣そのもので、冗談を言っているようにも見えない。
 そもそも自分と違って、こんな状況で冗談を言うような性格ではない。
 こんな自分が何の役に立つのだろうかと、半信半疑ながらも、勇斗は視線で先を促す。

「……まだ、魔力は残ってる?」

 少しだけ力の戻った右手には、自爆しても手放さなかったダークブレイカー。
 ちらりと目を馳せると、罅だらけのフレームにはまっている宝玉が、「問題ない」とでも言いたげに瞬く。
 ブレイカーを握る手にグッと力を込め、目を瞑る。
 正直に言えば、体力も精神力も限界まで使い果たしていた。
 シャマルの回復魔法を受け続けているとはいえ、立ち上がることすら億劫だった。
(――だけど、それでも)

「俺の力が必要なんだな?」
「うん」

 寸暇を置かずに返される力強い声。
 こんな状況にも拘わらず、自分が必要とされているという事実に少しだけ嬉しくなる。

 ――たとえ魔力がなくなろうが、魂を燃やし尽くしてでも必要な魔力を絞り出してやる

 そう思うだけで、確信が沸いてくる。
 沸々と込み上げて来る気持ちが、そのまま魔力へと変換されるかのように。

「大丈夫だ、いける」
「うん」

 しっかりと頷き返した勇斗に、フェイトもまた頷き返す。

「時間がないから手短に説明するね。まずバルディッシュとダークブレイカーを媒体にして、私と勇斗のリンカーコアを同調させる」
「……うん」

 聞いたことがない手法に若干の疑問を抱きながらも頷き、先を促す勇斗。

「そうすれば同調したリンカーコアを通じて、私が勇斗の魔力を自分のものとして扱える」
「……そんなことできんのか?」

 人の魔力を自分のものとして扱う。そんな都合の良いものがあるのかと、半信半疑で聞き返す勇斗だが、

「うん。元々は魔導炉とかの自分以外の魔力を自分の力として使う母さんのレアスキルなんだ。それを魔法でエミュレートできるようにって、母さんが私用に術式を組んで教えてくれたの」

 どこか嬉しそうに語るフェイトの言葉に、得心がいったように頷く勇斗。
 思い返してみれば、いつかのビデオレターでもプレシアから新しい魔法を教わっていると嬉しそうに話していたことがあった。

「まだ未完成だけど、今回の場合はそれを応用して勇斗自身をカートリッジに見立てたもの……っていうとイメージしやすいかな」
「エサマスターに人間補給装置の次は人間カートリッジ……か」

 自分に回ってくる役割が尽く裏方的かつネタ的なネーミングが付くことに、苦笑を禁じ得なかった。
 同時にそれも悪くない、と思う。
 自分が主役的な立ち回りを演じたいという願望もあるにはあるが、取り立てて目標もなく、大した努力もしてない自分にはそれが分相応だろう。
 今は自分にできることがあるだけでも上出来とも言える。

「オーケー。任せろ。特大の魔力を注ぎ込んでやる。何をどうすればいい?」

 ようやく立ち上がれる程度までに回復してきた体を起こしながら、口の端を釣り上げる勇斗。
 勇斗の魔力を半分でも使えていれば、自分を倒すことができるとは、フェリクス自身の言葉だ。
 フェイトが言うとおりのことが出来るならば、それで十分片を付けられる。
 あの傲岸不遜な鼻っ柱をへし折り、なおかつ自分の不始末をこの手で拭えると思えば自然と笑みも浮かぶが、そこでふと気付くことがあった。

「……お前の体は大丈夫なのか?」
「えっ……」

 突然の勇斗の言葉に、フェイトは虚を突かれた顔をする。

「普通のカートリッジシステムだって体に負担大きいんだろ?俺の魔力をカートリッジ代わりに使ってお前の体はなんともないのか?」
「えっと……」

 気まずそうに言いよどむフェイトに、勇斗は自分の勘が嫌な方に当たっていることを悟る。
 元々、カートリッジシステムは瞬時に爆発的に魔力を上げたり、魔力総量の底上げができる強力なシステムだが、その分制御は難しく、使いこなせるデバイスと術者は少ない。その上、ミッドチルダ式の魔法や繊細なインテリジェントデバイスとの相性は良くないとされているのだ。
 その理由として最も多く上げられる理由の一つはデバイスの破損や術者の負傷が相次いだことにある。
 自分の能力を外的な要因で引き上げるには、多かれ少なかれリスクを伴うものなのだ。
 勇斗の問い詰めるような視線を浴び続けたフェイトは、観念したかのようにポツリポツリと語り始める。

「全くの無事……ってわけにはいかない思う。単なる魔力総量の底上げじゃなく、出力そのものも大幅に引き上げるから、私の体やリンカーコアにもかなりの負担がかかる、かな。最悪、私自身が大きすぎる力に耐えられなくなるかもしれない」

 その言葉と雰囲気で、フェイトの言葉がオブラードに包んだ言い方であることを勇斗は直感した。
 リンカーコアのシンクロによって、魔力総量や出力が上がったとしても、それを受け止めるフェイトの許容量<キャパシティ>そのものがあがるわけではない。
 空気を入れ過ぎた風船が破裂するように、術者の能力以上の魔力は術者の体そのものを破壊しかねない。
 フェイトの言う最悪というのは、フェイト自身の死を意味しているのだろう。

「でも、大丈夫。勇斗やみんなは絶対無事に帰れるようにするか痛っ!?」

 額をチョップされたフェイトが涙目で勇斗を見るが、逆に勇斗に睨み返され、たじろいでしまう。

「阿呆。お前も一緒じゃないと意味がないわ。お前も必ず無事に帰れ。いいな、約束しろ」

 他に手立てがない以上、止めることはしない。シャマルが何も言わない以上、他に自分たちが勝つ方法もないのだろう。
 トラブルの原因たる自分が偉そうに言える立場ではないことは、十分わかっていたがそれでも言わずにいられなかった。

「…………」

 フェイトは何も言えずに目を逸らす。元々が嘘をつけない性格だ。その場しのぎの嘘を言うことすら躊躇ってしまう。

「フェイト」
「う」

 フェイトの頬に手を添え、ぐいっと無理やり正面を向かせ、目を合わせる。

「おまえが死んだりしたら俺も死ぬ。俺自身が人質だ。いいな、俺を死なせたくなかったら必ず生きて帰れ」
「……」

 一瞬、勇斗が何を言っているのかわからず、きょとんとするフェイト。傍で聞いているシャマルも同じ反応だ。
 勇斗自身、勢いで馬鹿なことを口走っているのは自覚しているが、一度口に出したことを無かったことにもできない。

 間。

 勇斗とフェイトの周囲一メートルだけ沈黙が支配しているかのような錯覚。
 数秒の沈黙に耐えられなくなった勇斗の目が泳ぎ出す。

「ぷっ……あははっ」

 静寂を破ったのはフェイトの笑い声。

「自分が何言ってるかわかってる?」

 涙が出るほどおかしかったらしく、フェイトはくすくす笑いながら目元をこする。

「うるせー、わかってて言ってるよ、ほっとっけ。ついでに冗談じゃなく、本気の大真面目だ。俺はやるといったらやるからな」

 そう言って顔を真っ赤にしながら、ぷいっと顔を背ける勇斗がおかしくて、ますますフェイトの笑いを誘う。

「うん、わかった。約束する。みんな無事に帰ろうね」
「……おう」

 とびっきりの笑顔で言うフェイトに、少しだけ見惚れながら頷く勇斗。

「で、俺は何をどうすればいい?」
「術式の構築と制御は私がするから、勇斗とダークブレイカーは私の指示通りに呪文の詠唱と魔力の制御をして。それ以外はとくに動いたりする必要もないから」
「了解……っ」
「ゆーとくんっ、まだダメよ!」

 頷いた勇斗は体の痛みに顔を顰めながらも、立ち上がろうとし、シャマルに止められる。
 出血は止まり、ある程度は体の痛みも和らいだが、まだ左手も動かず十分に回復したとは言い難い。

「いや、もう大丈夫。あんまりのんびりもしていられないだろ?」

 よろよろと立ち上がった勇斗の視線は上空で繰り広げられる戦いへと向けられる。今はまだ均衡を保っているようだが、それもいつまで保てるかはわからない。

「立ってるだけなら、もう十分だ。シャマルはあっちのサポートに行ってやってくれ」

 シャマルは迷うようにその視線をフェイトに向けるが、フェイトは苦笑しながらも頷く。

「……もう、二人ともあまり無理はしないでね」

 そう言うシャマルはどこか哀愁を漂わせながらも、ゆっくりと飛翔し、勇斗とフェイトを守るように位置取るユーノ、アルフと合流する。
 あの三人は後衛組として前線メンバーのサポート兼勇斗とフェイトのガードの役割なのだろう。

「じゃ、こっちも始めよう。ダークブレイカーをバルデュッシュに重ねて」

 そう言ってフェイトはザンバーフォームのバルディッシュを両手に持ち、刃先を胸の高さくらいに合わせるようにして構える。

「こうか?」

 それに習い、フェイトに寄り添うように並び立った勇斗も形ばかりの魔力刃を形成し、刀身を交差させるようにダークブレイカーを重ねる。

「うん」

 フェイトが頷き、目を閉じると重なり合った2つの刃先を中心として金色の魔法陣が展開される。

「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ。いま契約のもと新たな道を指し示せ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 フェイトの言葉が紡がれる度、新たな魔法陣が展開され、複雑な術式が展開され、金色の魔法陣が明滅する。
 勇斗もまた、念話で伝えられた言葉を復唱し、ダークブレイカーへ魔力を放出していく。

 ドクン、と。心臓の鼓動のように二人のリンカーコアがリンクを始める。

「ぐ……っ!?」

 ダークブレイカーを通じて無理やり力を吸い出されるような虚脱感。
 バチッとダークブレイカーとバルデュッシュの交差点で、魔力の余波が弾ける。
 バルデッシュを通じてフェイトに溢れんばかりの魔力が注がれていく。

「……ふぁっ……んっ、くっ」

 フェイトの体の中を熱い奔流が埋め尽くすように、勇斗の魔力が駆け巡る。

「あ……うっ、ああぁぁぁっぁっ!」
「フェイトッ!?」

(想像していた以上に魔力の流れが強い……!)
 全身に電流が流れたかのような痛みが襲い、なおもフェイトの体を蹂躙する。
 二人のリンカーコアの波長のズレによって、勇斗の魔力がフェイトの制御から外れ、暴走しているのだ。
 ただでさえ、難しい他人の魔力制御。それも自分より遥かに大きな魔力を制御するのはフェイトにとっても容易なことではない。
 自分のリンカーコアの波長を制御し勇斗のそれと上手く同調させられなければ、待っているのは魔力暴走による自身の破滅。

「大……丈夫、だ、か……らっ、勇斗はそのまま、魔力の……出力をい、じ……し、て」
「だけどっ!」

 勇斗の目から見て、とても大丈夫そうには見えない。
 フェイトの体の至る所から紺色の魔力光がスパークし、その表情は苦痛に歪み、汗にまみれている。
 出力を半分程度に抑えているのに、この状態だ。
 このままではフェリクスを倒すどころか、自滅しかねない。

「大丈夫っ、だから……!私、を……信、じてっ」

 苦痛に喘ぎながらも、フェイトは必死に術式を維持し、リンカーコアの同調させようとしている。

「……っ」

 今の勇斗にフェイトの助けになるようなことは何一つできない。ただ、何もできない自身に対する怒りと屈辱だけが勇斗の心を苛んでいく。

『Boss』

 そんな勇斗に相棒であるダークブレイカーはただ一言呼びかける。
 それ以上の言葉はなく、ただ本体である宝玉を明滅させる。
 勇斗にはそれが「自分の為すべきことを為せ」と、無言のメッセージのように感じられた。

「……ちっ」

 小さく舌打ち。さっきからこの相棒に活を入れられっぱなしだった。これではどっちが主か分かったものではない。
 ぎゅっと、ダークブレイカーを握る手に力を込め直す。
 悔やむのも悩むのも全ては後回し。今はただ為すべきことを為さねばならない。

「わかった。お前を信じる。俺の魔力も、命も、全部お前にくれてやる。だから絶対勝つぞ!」

 勇斗の言葉にフェイトは苦しげに呻きながらも小さく笑みを浮かべる。
 そしてより強く、深く集中する。自分に全てを預けてくれた勇斗の為に。
 今、自分たちを信じて戦ってくれているなのはやクロノ達の期待と信頼に応える為に。

「うっ……ん……っ!」

 自らの中で暴れ回る魔力の熱さに苦しみながらも、少しずつリンカーコアの波長を調整していく。
 やがて無秩序に暴れるだけだった魔力は、少しずつその流れを変えていく。
 フェイトの意に沿って流れを変えながらも、どこまでも熱く、燃え盛る炎の如く激しい流れへと。
(熱い……)
 リンカーコアの同調率が上がるにつれ、自身の体が芯から燃え上がるような感覚。
 だが、それは決して不快なものではない。
 むしろかつてないほど気分が高揚し、無限に力が沸いてくるような気がしてくる。
(これが……勇斗の魔力)
 自分の中を駆け巡る熱い奔流。その中から勇斗の心を感じたような気がした。
 戦いに対する恐怖。色んなものを失くすことに怯える弱さ。自身の無力と絶望。自分に対する心配と信頼。
 気のせいかもしれない。
 だけど、心と心が繋がった気がして、凄く嬉しかった。

「勇斗、もっと強く!」

 だからこそより強い力を求める。
 心と心をより強く繋ぎ、感じたいから。

「もっと強く……?」

 フェイトが自分の魔力を制御し始めているのは勇斗にも伝わっていた。
 フェイト同様、勇斗もまた、フェイトの心を感じ始めている。
 自分に対する掛け値なしの信頼と昂ぶる心を。
 それがむずかゆくもあるが、それ以上に心地良さを感じていた。
 今まで感じたことのあるものとはまた違う、誰かとの一体感。
 それにより心が高揚する。
 こんなボロボロの体でも、今まで以上の力が出せる気がしてくる。
 もっと。もっと強くなれる気がしてくる。
 勇斗からフェイトに注ぎ込まれる魔力が増大する。

「もっと強く!」
「もっと強く!?」

 足りない。もっともっと強く。

「もっと、もっと……もっと強く!」
「もっと……もっと……強く!」

 金と紺の輝きが交互に明滅する。
 それは二人の心を写す鏡のように。
 交互に明滅する光は、互いの輝きを単独のそれより強く引き立たせる。
 だが、その強すぎる輝きはフェリクスの目をも惹きつけることになる。

「なるほど。あれが君たちの起死回生の一手……というわけかい?」

 フェリクスの目から見て、具体的に何をしようとしているのかはわからないが、勇斗の魔力を使って何かしようと言うのは見て取れた。

「しかしあの少年……よくもまぁ魔力が続くものだ。あれだけの魔力を一体、どこに……。いや、待てよ……」

 勇斗の底なしとも言える魔力量に感心すると同時に呆れるフェリクスだが、不意に自分の記憶に引っかかるものを感じた。
 通常ではあり得ないほどの魔力。かつてそれを可能にする技法を耳にしたことがあったような。

「あの普通じゃない魔力……何か知ってるのかい?」

 既に満身創痍、息も絶え絶えといった変身魔法の解けた仮面の戦士――グレアムの使い魔であり、クロノの師匠でもあるリーゼロッテが面白そうなことを聞いたと言わんばかりの笑みを浮かべ、問いかける。
 もっとも、ロッテの笑みが虚勢からくる空元気ということは誰の目にも明らかだった。
 姿を消し、影からクロノ達をサポートしていたロッテの姉妹――リーゼアリアもその姿をさらけ出され、二人そろってボロボロの姿になっている。
 もっとも、程度の差はあれ、フェリクスを除いた全員がボロボロで、限界が近いことには変わりはない。

「いや、考えるのは後にしよう。例えあの二人が何をしでかそうと私の身を脅かせるとも思えないが、君たちが何の勝算もなく挑むほど愚かだとは思えないのでね」

 フェリクスの言葉にロッテ達は内心で舌打ちをする。
 上手いこと話を長引かせて時間を稼ぐつもりだったが、今度はあっさりと流れを断ち切られた。
 最初の時のように、こちらの攻撃を全て受ける心算ならば事はもっと楽に運べたのだが、そう上手くはいかないらしい。

「そろそろ遊びは終わりにさせて貰おう」

 フェリクスがかざした手の先には勇斗とフェイトの二人。

「させるかよっ!」

 上空からヴィータ。

「あの二人に手出しはさせん!」

 下からシグナム。

「フェイトはあたしが守る!」

 後方からアルフ。

「クラウソラス!」
「エクセリオンバスター!」

 そして左右からなのはとはやての砲撃。

「貫け。闇の雷よ」

 輝くのは闇の光。
 フェリクスの周囲に大小三十を超える闇色の魔力スフィア。全方位に放たれた闇の光がなのはとはやての砲撃を撃ち貫き、近接戦をしかけた者を尽く撃ち落とす。

「星よ、集え。全てを撃ち貫く光となれ」

 フェリクスのかざした手に流星の如く魔力が収束していく。
 その様を見て、誰もが理解する。
 フェリクスが放とうとしているのは、スターライトブレイカー。
 なのはの切り札。そして先程、なのは達に壊滅的なダメージを与えた魔法でもある。

「スターライトブレイカー」

 放たれるは全てを撃ち貫く星の光。

 それを真正面からその身で受けたのは3つの影。

「ぬおおおおおおおおっ!!」
「あんたの思い通りにだけはさせないよ……!」
「あの二人に手出しはさせない……!」

 ザフィーラ、ロッテ、アリアの三人は文字通り自らの身を盾とするように、正面からスターライトブレイカーを受け止める。
 ヴォルケンリッターであるザフィーラは言うに及ばず、ロッテとアリアにとってもフェリクスは因縁のある相手だ。
 11年前。闇の書の暴走により、グレアムの部下であり、クロノの父親でもあるクライド・ハラオウンは命を落とした。
 クライドの死が幼いクロノやリンディに与えた影響は言うに及ばず、ロッテとアリアの主、グレアムはクライドの死を自らの責任としてずっと己を責め続けていた。
 使い魔であるロッテやアリアもまた、自分たちの教え子でもあるクライドの死を嘆き悲しみ、闇の書を憎み続けてきた。
 公式の捜査が打ち切られた後でも、グレアムと自分たちは闇の書を永久に葬り去ろうと誓い、密かにその痕跡を追い続けていた。
 そして遂に闇の書の呪縛を完全に断ち切る機会を得た。
 当初の予定とは異なってしまったが、より少ない犠牲で済むのならばそれがいいと、グレアムはそれに賭け、渋々ながらも二人もそれを承知し、クロノ達に全てを託したはずだった。
 そこに現れた全ての元凶とでも言うべき存在。
 心のどこかで、自分たちの憎しみをぶつけるべき相手が現れたことを喜んでいたかもしれない。
 自分たちの手で止めを刺せないのは業腹だが、ここで奴を倒せるならばこの身がいくら傷つこうが構いはしない。

「無駄だ。その程度では止まらんよ」

 撃ち放たれた一撃は圧倒的な力を持って、三人の魔力を削り取り――――あっけなくその体ごと飲み込んでいった。
 魔力も気力も根こそぎ奪い取られる中――ロッテとアリアの二人は僅かに振り返り、自分たちの弟子へと託した。

「ユーノ!」
「わかってる!」

 スターライトブレイカーを止めたのはクロノとユーノが展開した五メートルにも及ぶ巨大な氷の盾。
 青と緑の魔法陣が幾重にも展開され、全てを撃ち貫く星の光さえ受け止める。
 ただの氷の盾ではない。氷結魔法に特化したデュランダルの機能を最大限に活かした氷盾であり、クロノとユーノにより幾重にも術式を重ねたクロノ達にとっての切り札である。

「無駄なことを」

 クロノ達が必死に足掻く様をフェリクスは嘲笑う。
 スターライトブレイカーの照射時間はそう長くない。放たれた一撃はすでにフェリクスの制御を放たれているが、込められた魔力はクロノ達全員の力を合わせても止められるものでない。数秒もしないうちに、彼らの後方にいる勇斗とフェイトをも飲み込むはずだった。
 スターライトブレイカーの圧倒的な威力の前に、二人の魔力は瞬く間に削り取られていく。
 まともに受け止めれば、三秒も持たなかったに違いない。
 だが、二人の狙いは最初から受け止めることではない。
 ユーノが展開済みの防御結界を維持し、クロノが最後の仕掛けを展開する。

「はあああぁぁぁぁぁっ!」
「こん……のぉぉぉぉっ!」

 クロノとユーノが残った力の全てを展開した術式に注ぎ込み、氷の盾からバレルフィールドを展開された。

「――――まさか」
『跳ね返せぇぇぇぇぇぇっ!!』

 フェリクスがその意図に気付いた瞬間――星の光は逆流し、自ら放った閃光にその身を曝す。
 魔法ランクSSS――ミラージュ・リフレクション。
 特殊な術式により、魔力を光、氷の盾を鏡に見立てて、相手の砲撃魔法を光のように反射する最高クラスの防御魔法。
 デュランダルの超高速演算処理とクロノの長年培った魔力変換技術、そしてユーノのずば抜けた結界技能が合わさったことで初めて可能になった超高等魔法。
 もちろん、強力な術特有の様々な欠点も存在する。
 消費魔力は膨大で、術式の展開に時間がかかり、また魔法を受け止めて反射するまでの間、完全に無防備になるが、術式展開までの時間はロッテ、アリア、ザフィーラがその身を呈して稼ぎ、自身の力に驕りのあるフェリクスは追撃を仕掛けることはなかった。
 おそらく今の一撃をもってしてもフェリクスには決定打足りえないだろう。その証拠に幾らかのダメージを受けながらも、爆煙を振り払うフェリクスの姿が垣間見えた。
 今の一撃で魔力とともに気力、体力のほとんどを使い果たしてしまったクロノとユーノは、緩やかに落下していくが、自分達の役目を果たした二人の口元には小さな笑みが浮かんでいる。

「あ、と……は」
「まか……せた、よ」

 薄れゆく意識の中、二人は金の閃光が一際輝く光景を目に焼き付けていた。



 次々に仲間たちが倒れていく姿を前にしながらも、二人の心は揺るがない。
 何故ならそれは倒れていった仲間たちの意思を、希望が自分達へ託されているだけなのだから。

「アルカス・クルタス・エイギアス。今、二つの力が一つとなりて、新たな力を紡ぎ出す」

 目を閉じたフェイトは、互いのリンカーコアを同調させる最後の詠唱を紡ぐ。
 そして、ゆっくりとその目を開く。

 「私に力を」

 勇斗とフェイト。二人のリンカーコアが完全に同調する。

「シンクロ……」
「……ドライブ」

 勇斗からフェイトへ。二人の力が一つに昇華され、二つのデバイスの声が重なる。

『『Ignition』』

 金色の閃光が。
 
 
 爆ぜる。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

フェイト達の反撃が始まった。
託された想いと絆。
未来を切り拓く力が闇を照らしだす。

はやて『これが勝利の鍵や!』



[9464] 第四十一話 『これが勝利の鍵や!』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/03/06 15:07
 金の閃光が奔った。

「な」

 一瞬だった。
 スターライトブレイカーを跳ね返されたフェリクスが第二波を放つべく構えた右腕が宙を舞い、ゆっくりと消えていく。
 その場にいた誰もがその姿を認識することすら叶わなかった、高速を超えた神速。
 なのはも、はやても、そしてフェリクスすらもフェイトの動きを捉えるどころか反応することすら許されなかった。
 ザンバーフォームのバルディッシュを両手で振りおろし、ソニックフォームとなったフェイトの姿はフェリクスの遥か後方。
 両腕、両足、そして背中に輝く光の羽根――高速機動魔法ソニックセイルは、半ばまでがフェイトの魔力光の金、そして残り半分が勇斗の魔力光である濃紺で形成されていた。
 ぐらりと一人残された勇斗の姿が崩れる。
 とっさに勇斗はダークブレイカーを逆手に持ち替え、地面に突き刺すことで体勢を立て直す。
 残った力を振り絞り、伏せた顔を上げて叫ぶ。

「いけぇっ、フェイトォッ!」

 凍り付いていた時間が再び動き出す。
 轟音。
 瞬く間に距離を詰めたフェイトは、再びバルディッシュを振り下ろし、フェリクスは残った左腕と背中の翼で防御し、それを受け止めていた。
 激突は一瞬。フェリクスの闇の翼に光の亀裂が生じる。
 フェイトはすぐに刃を引き、体を旋回。横殴りの一撃を見舞い、最初の一撃で罅割れていたフェリクスの翼を真一文字に切り砕く。
 幾重にも張り巡らされたはずの物理と魔力の複合フィールドは、フェイトの刃の前になんら意味を持たない。
 フェリクスはその間に再生した右腕からの砲撃。そこにフェイトの姿はすでになく、フェリクスの背後へと移動している。
 振り下ろされた刃はフェリクスの背中を翼ごと撫で切り、放たれた砲撃は空を切る。
 続けて放たれた砲撃もフェイトの影さえ踏むことができない。

「プラズマ……スマッシャアアアァッ!」

 フェリクスの頭上から撃ち放たれ砲撃。フェイト単独のそれとは全く別物と言えるほどの威力。
 凄まじい轟音とフェリクスの体を丸ごと飲み込んで有り余るほどの雷。
 フェリクスの防御を貫き、その体を大地へと叩きつける。
 その勢いは半径数メートルをクレーター状に穿つほどだ。

「フェイトちゃん、凄い」

 なのは達が束になっても勝負にすらならなかったフェリクスを完全に圧倒していた。
 フェリクスに落とされたクロノとユーノ達を救助するなのはが、思わず手を止めてしまうほどその力は凄まじかった。

『あぁ、たしかに凄まじい力だ……だが』

 リインフォースもなのはの言葉に頷くが、

「フェイトちゃん、苦しそうや……」
「ハッ、ハァッ……ハァッ、くっ」

 はやての言うとおり、フェイトは滝のような汗を流し息を切らせていた。
(体力の消耗が予想以上に激しい――!)
 勇斗とのシンクロドライブは当初の想定以上にフェイトの体力を奪っていた。
 そして力を振るう度、フェイトの全身を激しい痛みが苛んでいく。
 その余りに大きすぎる力はフェイトの技量をもってしても、細かい制御が効かず、その動きも大雑把なものになってしまう。
 最初の一撃を浴びせたとき、必要以上にフェリクスとの距離を取ってしまったのが最たる例だ。
 本来のフェイトならば、無駄な距離を開けずにすぐさま第二撃を放っているところだ。
 そればかりかフェイトの体を苛み、リンカーコアもろとも無視することのないダメージが蓄積していく。
(あまり長くは保たない……一気に決めないと!)
 極度の疲労と全身を苛む痛みによって、動きを止めた一瞬がフェイトにとっての隙となった。

「!」

 視界に映るのは、文字通りの弾幕。数えるのも馬鹿らしいほどの魔力スフィアから無数の魔力弾が撃ち出され、壁となって迫っていた。
 体を苛む痛みによって初動が遅れたフェイトに、回避する術はない。

「くっ!」

 とっさにシールドを展開。
 金色の魔法陣が壁となり、迫りくる無数の魔力弾を尽く遮る。
 だが、フェリクスの無差別射撃は留まることを知らない。絶え間なく撃ち出される弾幕にフェイトは完全に身動きができなくなってしまった。

「その力、そう長くは保つまい……これでチェックメイトだ」

 両手を翳して魔力弾を撃つフェリクスは静かに告げる。
 切り飛ばされた腕も、切り砕かれた闇の翼も先にフェイトから受けたダメージも完全に回復していた。
 フェイトの表情を見れば、その限界が近いことは一目瞭然である。
 こうして足止めさえしておけば、すぐにフェイトは自滅することだろう。
 実際、今こうしている間にもフェイトは苦痛に顔しかめ、魔法陣の輝きにも揺らぎが生じている。

 その光景を目にしながらギリっと、歯噛みする勇斗。
 勇斗の位置からでは遠すぎて、フェイトの表情までは伺えない。
 だがリンカーコアシンクロの影響からか、フェイトが極度に体力を消耗し、苦痛に苛まれていることははっきりと理解できた。
 ダークブレイカーの柄を握る手が、白く変色するほどまでに強く、強く握りしめる。
 できることなら今すぐフェイトが受けている痛みを変わってやりたい。
 大の男であるはずの自分が、自分よりずっと年下で小さな女の子に代償を支払わせている。
 その事実に。こんな状況にしてしまった自分への不甲斐なさ、迂闊さに対する怒りで胸が張り裂けそうになる。
 フェイトへ魔力を送る以外、文字通り歯噛みしながら見守ることしかできない。

 ――――くそっくそっくそっ!

 悔しい。
 あまりにも無力な自分が。
 本来守るべき対象である、小さな女の子に痛みを背負わせている自分が。

 ――――力が

 かつてプレシア・テスタロッサ事件の時にも抱いた想いが。
 今、再び蘇る。

 ――――力が欲しい!

 ダークブレイカーを通じて注ぎ込まれる魔力と共に。
 勇斗のその想いはフェイトへと流れ込む。

(――大丈夫。大丈夫だよ)

 注ぎ込まれる魔力と熱い想いに応えるように。
 フェイトの体にもまた、際限なく力が満ち溢れてくる。
 シールドを張る手とは逆の手のバルディッシュを後方へと引き、力を注ぎ込む。

「はぁぁぁぁっ!!」
「何っ!?」

 湧き上がる想いを刃に変えて。
 数十倍にも膨れ上がった強大な刀身がフェリクスの体ごと弾幕を薙ぎ払う。

「――私は、私たちは絶対に負けないから」

 勇斗の想いを微妙に勘違いしながらも、フェイトはしっかりとバルディッシュを握りしめる。
 土塊と共に宙を舞うフェリクスが、体勢を立て直す前に。
 フェイトは一筋の閃光と化す。
 一閃。
 閃光と化したフェイトの一撃で弾き飛ばされるフェリクス。
 一閃。
 フェリクスが反応する間など与えない。
 一閃。
 フェリクスの再生を上回る速度でダメージを与えていく。
 一閃。
 一閃。
 一閃。
 一閃。

「はああああぁっ!」

 仕上げとばかりに刀身でフェリクスの体をより高く打ち上げる。
 打ち上げた先にはあらかじめ設置しておいた設置型捕獲魔法「ライトニングバインド」が仕掛けてあり、不可視の魔法陣に触れたフェリクスの両手首、両足首が金色のリングによって、拘束される。

「ぐっ!」

 フェイトの攻撃で受けたダメージを再生中のフェリクスに、瞬時にその拘束から逃れる術はない。

「勇斗っ!」
「おうっ!」

 振り返らずに自分を呼ぶ声に、応える勇斗。
 それ以上の言葉を交わさずとも、フェイトが為そうとすることは理解できた気がした。
 フェイトはバルディッシュを両手で胸の前にかざし、勇斗はダークブレイカーを通じて残った魔力の全てをフェイトへと注ぎ込む。

『アルカス・クルタス・エイギアス!』

 フェイトと勇斗、二人の声が重なる。
 フェリクスの周囲に次々と一メートル弱の魔力スフィアが生じていく。

「疾風なりし天神、」
「今導きのもと撃ちかかれ!」

 フェイトの言葉を引き継いだ勇斗が叫ぶ。
 リンカーコアだけでなく、二人の想いと心が互いのデバイスを通じて一つになる。

「くっ!?」

 フェリクスを囲い込むように配置された魔力スフィアは計十二。その一つ一つが膨大な魔力を秘めていることは一目で見て取れる。
 バインドを必死で振りほどこうとするフェリクスだが、その四肢を拘束する雷光の輪はビクともしない。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。雷光爆裂!プラズマザンバーファランクスシフト!」

 溢れ出る魔力を解き放つ瞬間を焦がれるように、魔力スフィアとバルディッシュの刀身に幾筋もの雷が奔る。
 バルデッシュを天高く掲げる。
 この戦いを終わらせる最初の一撃を撃ち放つ為に。

「こらぁぁぁぁっ!よくもボク達をこんな目に遭わせてくれたなぁぁぁぁっ!」

 拘束されていたマテリアルたちがようやくその戒めを破り、クリスタルケージから脱出する。
 が、彼女達は少しばかり遅かった。

『撃ち砕け!スパークッファイアァァァァッ!!』

 フェイトと勇斗、二人の声が重なる。
 展開した魔力スフィア、振り落とされたバルディッシュの刀身から雷光が迸る。
 計十三の同時砲撃。全周囲からの同時砲撃の威力はフェリクスの防御を紙切れのように貫き、その身を蹂躙する。

「ぐっあああああああああぁぁぁ――――――っ!!」

 断末魔の叫びに等しい絶叫。
 その絶叫すらも、砲撃の轟音の前に掻き消えていく。
 非殺傷設定ではあるが、純粋魔力生命体と化したフェリクスには、魔力ダメージがそのまま存在そのものへのダメージとなる。
 同時にその強すぎる威力は闇の書システムそのものであるフェリクスを通じ、マテリアルたちにすらダメージを与える。

「あっぐっああああああああああぁぁぁっ!」

 フェリクスからフィードバックされたダメージに悲鳴を上げ、再び行動不能の状態へと陥るマテリアル達。

「スパァァァァァァクッエンドッ!!」

 雷光がより一層強い輝きを放ち、一点へと集束する。
 全力を振り絞った最後の一撃。
 いくもの雷光が爆発の連鎖を起こし、フェリクスを包み込む。

「ハッ……ハァッ!……ハァッハァ……!」

 全力を出し尽くしたフェイトの眼差しは、確かにフェリクスの肉体が跡形もなく消滅するのを捉えていた。

「へっ……ざまぁ、みやが……れ」

 それを見届けた勇斗は、今度こそ魔力、精根共に使い果たして気を失い、どさりと崩れ落ちた。
 そして全ての力を使い果たしたのはフェイトもまた同様だった。

「あとは……おね……が、い」

 シンクロドライブによって酷使された体とリンカーコアはとうの昔に限界を超えていた。
 意識を失い、落下しようとするフェイトをアルフが受け止める。

「お疲れ様、フェイト」

 優しく微笑みながら、限界を超えて全力を尽くした主を心から誇りに思うアルフ。


『――――だが、言ったはずだ。全ては無意味だと』


 その声は全員の頭の中に響いた。
 聞き間違えるはずもない。勇斗を除いた全員がまだ終わってないことを理解していたのだから。
 声の発信源はフェリクスの肉体が消滅した場所。
 そこに闇色の小さな光が瞬いていた。
 闇の書システムの核ともいうべきもの。
 たとえ、いかなる攻撃によって肉体が消滅したとしても、闇の書システムは無からの再生さえも可能とする。
 長き時に渡り、幾多の人間を苦しめてきたもっとも厄介な機能がそれだった。

 『私は蘇る。何度でも』

 フェリクスの肉体が瞬く間に再生されていく。
 傷一つない、完全な状態へと。

『――ところがどっこい、そうは問屋が卸させへん』
「――――っ!」

 フェリクスの背後に現れたのはリインフォース。
 完全消滅から再生するほんのわずかな隙を狙って突き出された拳が、フェリクスの胸を貫く。
 フェリクスの目が驚きに見開かれる。
 いくら再生中の隙を狙ったとは言え、自らに力を奪われたはずのリインフォースにこんな芸当をするだけの力が残っているはずがなかった。
 僅かに振り返ったその瞳で捉えたリインフォースは、背中に三対六枚の黒翼と騎士甲冑を備え、全盛期の力を取り戻しているように見えた。
 そしてフェリクスがその動揺から立ち直る前にリインフォースは更なる行動を起こす。
 
「ユニゾン・イン」
「なっ!?」

 リインフォースの姿が掻き消える。
 ユニゾン・インの言葉通り、フェリクスへと強制的にユニゾンしたのだ。
 闇の書のシステムそのものとなったフェリクスとその管制人格であるリインフォース。
 条件さえ揃えられれば、ユニゾンすることそのものはそう難しいことではない。

「バカな……!力を失った君にこんなことができるはず……!」

 無からの再生――転生機能は確かに膨大なリソースを必要とし、闇の書システムのガードプログラムは通常時に比べ、そのセキュリティレベルが低下する。
 だが、自身の魔力のほとんどを失ったリインフォースにそのガードプログラムを突破し、自分とユニゾンするだけの力があるはずがなかった。
 ――あまつさえ、管理者権限を奪い、闇の書のシステムに干渉を行うことなど。
 フェリクスとユニゾンしたリインフォースは、その全能力を闇の書プログラムの改変へと注いでいた。
 デバイスが術者の肉体を掌握し、術者の意識に反して行動を行う、融合事故に近い現象を起こし、闇の書の転生機能プログラムの停止を行っているのだ。

『たしかに私一人の力では無理だったろうな』
『だけど今は私がおる!』
「――――っ!」

 リインフォースに続いて響いた声――八神はやての声で、フェリクスは全てを悟る。

「逆ユニゾンか!?」

 逆ユニゾン。それは術者がマスター権限により起こす、疑似融合事故とでもいうべき現象。
 術者ではなく、デバイスが主体となるユニゾン(融合)。
 リインフォースがはやてにユニゾンするのではなく、はやてがリインフォースにユニゾンすることによって、リインフォースはかつての力を取り戻すことに成功したのだ。

『これが勝利の鍵や!』
「くっ。だが、覚醒したばかりでそんな真似をすれば――っ!」

 逆ユニゾンは、通常のユニゾンとは比較にならないほどの術者へ負担がかかる。
 その状態でさらに他者へユニゾンを行えば、術者とデバイスの負担は余計に跳ね上がる。
 長年、闇の書にリンカーコアを浸食され続けたはやてに悪影響が出ないはずがない。

『ゆーとくんやフェイトちゃんがあれだけ頑張ったんや……だったら私かてこれくらい!』

 逆ユニゾンを言い出したのは、言うまでもなくはやて自身。
 もちろん、リインフォースや守護騎士たちははやての身を案じ、反対したが一度決意を固めたはやての意思を覆すことはできなかった。
 勇斗やフェイトのことがなかったとしても、元来責任感の強い少女の意思は変わらなかっただろう。
 フェイトがフェリクスを消滅させ、無からの再生プロセスを起動させる。
 その隙をついて、力を取り戻したリインフォースがユニゾンによって、管理者権限を掌握し転生機能を停止させる。
 これが勇斗の稼いだ時間によって決まったプランである。

「ぐっ……くっ!わかっているのかっ。こんな真似をすれば貴様だけだなくリインフォース自身も只ではすまんぞ!?」

 ユニゾン状態でや闇の書のプログラムに干渉するのは、少なからずリインフォース自身のプログラムにもダメージを与える。
 いくらリインフォースでも管理者権限を掌握できるのはそう長くない。その短時間で転生機能だけをピンポイントで改変するのは流石に不可能だった。
 転生機能の停止によって、リインフォースがどこまでの機能を損壊するかは、リインフォース自身にすら未知数。
 最悪、存在の消滅すらあり得るのだ。
 もちろん、当人達はそんなことは百も承知している。

『主と融合騎は一心同体』
『私もリインフォースもあんたなんかに負けるほど……やわやない!』
「くっ!」

 フェリクスにはもはや止める術はない。
 体の制御を奪われ、システムの停止も止めることができない。

『見つけた……システムU-D。これが転生機能の源……このリンクを断ち切れば』
「……っ!」

 リインフォースは見つけたのは転生機能の力の源でもあるシステムU-D。
 無限ともいえる魔力を供給するこのシステムとの接続を破壊すれば、転生機能もその機能を停止する。
 時間を惜しんだリインフォースは、正式な停止プロセスを踏むことなく、自らの構成ごとその接続回路の破壊に取り掛かる。
 フェリクスはそれを防ぐべく、制御を取り戻すことにリソースを振り分けるが、わずかに間に合わないことを理解していた。
 そして気付く。
 全てを撃ち貫く桜色の光が輝いていることを。


 その直径は5メートルを優に超えていた。
 なのはの制御能力限界まで集められた膨大な魔力。
 それはこの戦いで撒き散らされた魔力の残滓。
 フェリクス達との戦いで消費された互いの魔力。そして勇斗が放出したほとんどの手つかずの魔力。
 なのは個人では到底為しえない魔力量が集束され、その力の全てがフェリクスに向けて解き放たれようとしていた。
 そして。ついに転生機能とシステムU-Dとのリンクを破壊したリインフォースとはやてがフェリクスからユニゾンを解除する。

「なのはちゃん……あとはよろ、しく」

 逆ユニゾンによって限界を超えたはやてもまた、力を使い果たしその意識を失う。

「今だ!高町なのは!」

 そんなはやてを胸に抱いたリインフォースは、わずかに残された力を振り絞り離脱する。

 フェリクスはリインフォースのユニゾンの影響でまだ体を動かすことができない。

「スターライトッブレイカ―――――ッ!!」

 大気が震え、音さえ超えて光が迸る。

「ぬっおおおおおおおおっ!」

 直撃の寸前に体の制御を取り戻す。
 回避する間はない。
 残った力全てを振り絞って受け止める。
 リインフォースによって、転生機能とシステムU-Dとのリンクは確かに破壊された。
 だが、まだ闇の書にはバックアップ機能が残っている。それを利用すればシステムU-Dとの破壊されたリンクを復旧し、転生機能もまた復活する。
 スターライトブレイカーを受け止めると同時にシステムの復旧も開始している。
 システムが復旧するまでの時間は一分弱。
 この一撃さえしのぎ切れば、もうなのは達に自分を止める術はない。
 
 ――これさえ、この一撃さえ凌げば

 そしてフェリクスは見る。
 受け止めた砲撃の先に瞬く更なる星の光を。

「みんなから受け取った想いと力、その全てを込めて……全力全開!」

 辺りに撒き散らされた魔力は、なのはの力をもってしてなお一度で集束しきれる量ではなかった。
 だからこそ可能なスターライトブレイカーの連打。
 なのはは自身に残された全ての力を注ぎこみ、レイジングハートを掲げる。
 繋がれた希望、託された想いの全てを込めた全力全開の一撃を撃ち放つ為に。

「スタァァァライトッブレイカアアアアアアァァァァッ!!」

 闇を撃ち貫く星の光が再び爆ぜる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 受け止めていた最初のスターライトブレイカーの上から更に重ねられた一撃。
 諦めも。
 絶望も。
 闇さえも消し去る光の中へ、フェリクスの姿は飲み込まれていった。



「ハァ……ハァ……やった、の?」

 自分でも驚くほど凄まじい一撃だった。文字通りのなのはの全てを込めた全力全開。
 自分の力だけでは到底為し得ないほどの威力のスターブレイカーを二発。
 フェリクスのいた地点を見据えていたなのはだが、次第にその瞼がゆっくりと閉じられていく。
 気力を限界まで使い果たしたことで気を失いつつあった。
 ぐらりとその体が崩れ落ちる。

「なのはぁっ!」

 それを、シャマルに介抱され意識を取り戻したユーノがしっかりと受け止める。
 自身も飛ぶのがやっとだったユーノだが、受け止めたなのはが規則正しく寝息を立てていることに安堵する。
 そしてフェリクスのいた場所へと目を向ける。
 スターライトブレイカーの爆煙により、フェリクスがどうなったのかは伺いしれない。
 予兆は何もなかった。

「私の勝ちだ!」
「――――っ!」

 声は背後から。満身創痍。傷だらけのフェリクスがなのはの背後へと転移していた。
 なのはの意識は無く、両手が塞がったユーノにもフェリクスの一撃を防ぐ手立てはない。
 轟音。
 思わず目を閉じたユーノだったが、いつまで立っても二人を襲うはずの衝撃はなかった。
 恐る恐る目を開ければ、フェリクスは腕を振りかざした状態で静止していた。その胸に先ほどまではなかった風穴を開けて。

「確かに闇を砕くことはできないかもしれん。だが――」

 その声は静かに告げる。

「闇は光の中に消え去るものだ」

 シグナムはボーゲンフォルム――弓状になったレヴァンティンをそっと降ろす。
 フェリクスは呆然と自らの胸に空いた穴を見下ろしていた。
 シャマルが転移座標を算出し、シグナムが撃ち貫く。
 コアを撃ち抜かれるのと転生機能の復旧までの差は1.3秒だった。

「――見事。私の完敗のようだ」

 自らの敗北を悟ったフェリクスは静かに笑う。
 コアを失ったフェリクスは、ゆっくりとその姿を光の粒に変え、消失していく。

「君たちがここまでやるとは計算違いだった。つくづく人間というものは面白いな」
「君もその人間の一人だろう」

 これまた意識を取り戻したクロノが半ば呆れ顔で呟く。
 諭すように言うクロノの言葉にフェリクスは小さく笑う。

「そうだったな。運命に飲み込まれ絶望に沈むのが人ならば、それに抗い切り拓くのもまた人の業か」

 フェリクスはかつての自分に思いを馳せるが、それもまた過ぎ去った過去のこと。それを語る時間もその気もない。
 敗れ、消えゆくのみの存在となった自分だが、不思議と悪い気分ではなかった。

「長い年月をかけたわりに、あっさりした終焉だがこの気分のまま逝けるのならそれも悪くないかもしれんな」
「散々人に迷惑かけておいて、言うことはそれかよ。結局てめーは何がしたかったんだよ」

 心底迷惑そうにヴィータが毒づく。
 自分たちを――否、闇の書に関わり不幸になった者たち全ての元凶とも言うべき存在なのだ。
 謝罪しろ――とは思わないが、したり顔で逝かれるのも、それはそれで不快だった。

「――あぁ、一つ思い出したことがある」

 ヴィータの言葉を無視し、フェリクスは倒れたまま意識のない勇斗を指差す。

「彼はこの世界の…………――」

 最後まで言い切ることなく、光の粒子となって消滅した。
 夜天の書を闇の書へと改変し、多くの不幸をもたらした元凶ともいえる存在の最後は、ひどくあっさりとしたものだった。

「あいつ、何を言おうとしたんだ?執務官、聞こえたか?」

 フェリクスの言いかけた言葉は途中で不明瞭になり、ヴィータの位置からでは聞きとることができなかった。
 フェリクスに一番近い位置にいたクロノなら、と問いかけたがクロノは難しい顔で静かに首を振る。

「……いや。とりあえず終わったか」

 フェリクスの消滅にともない、結界が消えていく。
 フェリクスが最後に残した言葉が気がかりではあるものの、ひとまず闇の書事件は終わりを告げた――――かに見えた。

「こらーっ!僕たちのこと忘れるなーっ!」

 突然響いた怒声に振り向けば、そこには顔を真っ赤にして怒鳴るレヴィ、悔しげに顔を歪めるディアーチェ。そして一人平然としたシュテルの姿があった。

『あ』

 残ったものが皆、呆けたような声を上げる。

「よくもやってくれたなっ!今から強くてカッコイイこのレヴィ・ザ・スラッシャーが……あれ?」

 威勢よく指さし、啖呵を切ろうとしたレヴィだが、ぐらりとその体が傾く。

「無茶ですよ、レヴィ。私達のダメージも相当なものです。ここは一度退くしかありません」

 倒れかけたレヴィをそっと支えて諭すシュテル。

「えぇーっ!?」
「ここで無茶をしては元も子もありませんよ。王、よろしいですね」

 レヴィ同様、ディアーチェもシュテルの案に不満を顕にするが、不承不承頷く。

「チッ。運が良かったな、塵芥ども!だが次に会った時は今回のように行くと思うな!」
「今度はおまえら皆、ギッタギッタにしてやるかなー!覚えてろよ!」
「それでは皆さん、ごきげんよう」

 マテリアル達は三者三様の言葉を残し、飛び去っていく。

「いいの、クロノ?あの子達を放っておいて」
「……良くはないが、今はどうしようない。僕達に彼女らを追撃する力なんて残ってない」
「ま、そりゃそうだね」

 問いかけたアルフ自身、今すぐにでも休みたい気持ちで一杯だった。
 クロノの言うとおり、他の面子も皆満身創痍。とても戦う余力など残っていない。

「今はとにかく休もう」

 アースラから数人の武装局員が降りてくるのを確認しながら、クロノは呟く。
 気がかりはいくつかある。
 逃亡したマテリアル達の対処、フェイトやはやて、リインフォースの容態。
 そしてフェリクスが最後に残した言葉。
 それでも今は。
 全力を出し切った少女たちの寝顔を見ながら思う。
 全てが終わった時、彼女たちが笑顔でいられるように、と。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

闇の書に端を発した戦いはひとまずの決着を迎えた。
だがフェイトとリインフォース。二人の傷跡はあまりに深く大きい。
彼女たちの支払った大きすぎる代償に、勇斗は何を思うのか

リインフォース『この生命ある限り』



[9464] 第四十二話 『この生命ある限り』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/03/06 15:07
 辺り一面に広がる色は赤。
 どこまでも見渡しても、赤、赤、赤。
 ぴちゃりという音に、自分の足元を見れば赤い水に浸った自分の足。
 ――否、これは水ではない。血だ。
 気付けば辺りには、血の海に倒れ伏す無数の人影。
 一目見ただけでは生きているのか、死んでいるのかさえわからない。
 何がどうして。何故、俺がこんなとこにいるのかさっぱりわからない。
 ただ、目の前の地獄のような光景が恐ろしく、全身を震えさせていた。

「ひっ」

 不意に目の前で倒れている人影が動きだし、情けない声を上げながら後退る。
 一つ、二つ、と次々に人影は動き出し、その全てが這いずる様にこっちに向かってくる。
 光のない瞳が俺を見つめ、語りかけてくる。

 ――オマエダ
 ――――オマエガ
 
 
 ――オマエガコロシタ――


 声につられるようにして見た自分の両手は――――真っ赤な血に染まっていた。



「うわあああぁぁぁぁぁっ!?」

 気付けば――そこは見知らぬ部屋のベッドで、母さんが驚いた顔でこっちを見ていた。

「大丈夫?随分うなされてたみたいだけど……?」
「ゆ……め……って、いつっ」

 自分の全身が冷や汗に濡れていること、そして体を動かそうとして走る痛みに顔をしかめる。
 よくよく見れば、ここは病院のようで、俺の全身はあちこちに包帯やら絆創膏で酷い有様だった。
 そうか、あれは夢か。
 うん、思い返せばあれははっきりと夢だと断言できる。夢特有の現実感のなさというかそんな感じだった。
 あんな地獄のような光景が現実ではありえるはずがない。

「……って、フェイトは!?他のみんなは!?」

 気を失う前のことを思い出し、母さんに問い詰める。が、何故か母さんは心底呆れたように深いため息をつく。

「怪我だけで言えば、ゆーちゃんが一番重症。他の子達は程度の差はあるけど、みんな無事よ」

 母さんの言葉を聞いて、ようやく安堵の息をつく。
 良かった、みんな無事なのか。一時期は本当にもう駄目かと思ったが、みんな助かって本当に良かった。
 この時、もう少し俺に注意力があれば、母さんの言葉と表情に陰りがあることの意味に気付けたのだろうか。

「もう。あんまりおかーさんを心配させないで。おとーさんもおかーさんも本当に心配したんだから」

 むぎゅ、と母さんに抱きしめられる。魔法関係に首突っ込んで、親を心配させるのはこれで何度目か。

「リンディさんとクロノ君から大体の話を聞いたわ。あんまり無茶しないで……」

 さすがに言い訳も浮かんでこず、不肖の息子としては、ただ一言言うのが精一杯だった。

「……ごめんなさい」
「ん。でもよく頑張ったわね」

 母さんに抱きしめられたまま、背中を撫でられる。
 撫でられるがまま思う。
 確かにあの時の自分は全力を尽くした。だが、本当はもっとうまくやる方法があったのではないかという思考が、ずっと頭の中を埋め尽くしていた。






 俺が簡単な診察を受け、クロノが病室を訪れたのは正午を回ってのことだった。
 母さんは一度家に戻ると言って、席を外している。

「さて、何から話そうか」
「みんなの状況を詳しく頼む」

 開口一番、そう言ったクロノに間髪入れずに答えた。
 母さんから聞き出せたのは、みんながとりあえずは無事だということ。俺が三日間眠り続けたこと、大きな傷は魔法で直してもらったが、体力の低下が著しく数日の入院が必要なことくらいだった。

「みんな丸一日はまともに動けないほどに消耗していたが、外傷に限れば、みんな軽傷みたいなものだ。命に別状はないし、ほぼ完治している。君に比べれば大したことはない……って、前にもこんなことを言った気がするな」
「あー……」

 うん、確かに時の庭園でも同じようなことを聞いた気がする。なんというデジャヴ。
 まぁ、母さんも大体同じようなことを聞いていたが、クロノから聞かされることで、改めてホッとする。

「みんなの詳しい状況を話す前に、一つ君に訊きたいことがある」
「なんだ、改まって」

 クロノはやけに真剣な顔をしていた。真面目な顔をしているのはいつものことだが、妙に鬼気迫ってるというかなんというか。

「君はこの世界の人間じゃないのか?」
「…………」

 この質問には意表を突かれた。
 何を言ったらいいのやら。これだけ真剣な顔をしているということは、冗談や軽口で言っているわけではないのだろう。
 別に隠すことではないが、どう言ったものか。

「んー」

 一しきり唸った後、俺は言った。

「イエスでもあり、ノーでもある」

 俺の言葉にクロノは動揺することなく、視線で続きを促す。

「この俺、遠峯勇斗の体は間違いなくこの世界の人間だよ。ただ、魂っていうか記憶っつーのかな。遠峯勇斗じゃなく、別の人間として生きてきた記憶がある。そういった意味じゃ、遠峯勇斗の中身としての俺はこの世界の人間じゃないのかもな」
「なぜ、それを黙っていた?」
「話す必要性がなかった。いきなりこんなことを言っても、普通は信じないだろ?話してどうこうなる問題でもないし。せいぜい危ないやつだと思われるのが関の山だ」
「……確かにそうだな」

 そう言って、わずかに苦笑するクロノ。
 今回の話にしたって、クロノから聞かれなければ、相手がクロノでなければ、こんな妄言じみたことは話せない。
 なのはやフェイトが相手だったなら、適当にすっとぼけてたところだ。

「その話、詳しく聞かせてくれ。別の人間の記憶……前に言っていた君のいないこの世界の記憶とも関係あるのか?」

 そういやヴォルケンリッターや闇の書の知識に関して、前にそんなことを話してたな。

「まぁ、大体そんなところだ。正確には別の世界の人間である俺の記憶の中に、この世界の知識があったっていうべきかな」
「…………別の世界。それはどういう世界なんだ?管理局の定義で言う次元世界ということか?」
「んー、次元世界の括りを正確に知らんけど、多分違うな。どっちかっていうと並行世界って言ったほうが正しいかな」
「並行世界……か」

 並行世界。よく漫画や小説にある魔界や異次元世界なんかとは異なるパラレルワールドとも言われるifの世界。
 幸い、クロノも並行世界という言葉は知っているらしいので、その辺りの説明をする手間は省けたようだ。
 
「ここと同じ地球、同じ歴史。生きてた時間というか年代にちょっとズレはあるけど、数年だから誤差の範囲……って言っていいのか。細かい差異は結構あるけど、この地球と大差はないよ。あぁ、有名人とか歴史の教科書に載ってるような出来事は大体同じだな。知らない出来事もちらほらあったけど。魔法とかはない……はずだけど」

 もしかしたら俺が知らなかっただけで実はあった可能性もあるけど、そこはとりあえずどうでもいい。

「この世界に、前の君はいるのか?」
「さぁ、な。いるかもしれないし、いないかもしれない。少なくともこの時期に住んでた住所にはいなかったな」
「……前の世界の君はどうなったんだ?」
「さて、ね。死んだのか、それ以外の何かあったのかもさっぱりだ。普通に暮らしてた記憶はあるが、それが途中でぷっつりと切れてそのままだ」

 特に悲嘆するでもなく、ため息交じりに話す。

「……そうか。並行世界、別人としての記憶――」

 それだけ言って、クロノは何やら難しい顔で黙り込んでしまう。

「つーか、なんでいきなりそんなこと訊くんだ。何があった?」
「……実はフェリクスが君のバカげた魔力の大きさに何か心当たりがあったみたいなんだ」

 寝耳に水の話だった。

「どういうことだ?」

 自分でも薄々わかっていた。自分の魔力量が異常だとか突然変異とかそんなレベルで片付けられるものじゃないということを。
 闇の書に蒐集されて、なおあれだけの魔力を使えていたのだ。普通に考えてそんな魔力を持った人間がいるとは思えない。

「詳しいことは何もわからない。だが、フェリクスは消滅する瞬間、君のことをこう言っていた。『彼はこの世界の人間ではない』、と」

 俺のバカげた魔力は、前の記憶を持っている……ということに起因している、ということなのだろうか?
 もしくは俺の記憶を覗いての台詞なのか。それだけでは判断のしようがない。

「他には何か言ってなかったか?何か……えっと他に何かわかるようなことは」

 幾分動揺していたのだろう。自分でも考えがまとまらないまま口走っていた。

「いや、それだけだ。残念ながら他には何もない」
「…………そっか」

 クロノの言葉に一気に脱力する。はっきり言って、それだけでは今までわかっていることと何も変わらない。
 少し整理しよう。
 フェリクスは俺の魔力の大きさに何か知っていた。奴が俺のことを別の世界の人間と言った。
 安易に考えれば、俺のバカ魔力は、俺が並行世界の人間であることに影響している、ということになる。
 ……が、単に俺の記憶を見てそう言った可能性もある。

「……どのみち、これだけじゃ何にもわからんか」

 推測に推測を重ねただけで答えが出るはずもなく、大きくため息をついた。

「すまない。僕から話を振っておいてなんだか、情報が少なすぎる。こちらに人手が余っていれば、無限書庫で調査をしたいところなんだが……」

 申し訳なさそうに言うクロノに肩を竦める。万年、人手不足の管理局にそんな余裕があるはずもない。

「いいよ、別に。謝ることはないさ。何かわかったところで、何が変わるとも思わんし。何かのついでにわかったことがあったら教えてくれ」

 この世界に生まれて十年近くが経っている。
 もし、人為的な方法で俺をこの世界に転生させ、何かしようっていう輩がいるならもっと早くに事を起こしているだろう。
 俺の魔力に何らかの秘密があったとしても、今更何か起こるとも思えない。
 闇の書事件に一区切りがついた今、これから先、魔法絡みの事件に関わることもそうそうないだろう。

「そうか。そう言ってくれるとこちらも助かる」
「そういや、この話はみんな知ってるのか?」

 別にバレたらバレたらで構わないが、変に気を使われたり、勘ぐられると面倒臭い。

「いや、僕の他には艦長だけだ。フェリクスの言葉は他のみんなには聞こえなかったらしい」
「そっか。なら黙っといてくれ。いちいち説明すんのも、余計な気を使われるのも面倒だ。」

 隠す必要もないが、わざわざ話す必要もない。

「そう言うだろうと思っていたよ。まったく、君は次から次へと新しいネタを提供してくれるな。おまけに前に話したことと微妙に設定が変わっている」
「……悪かったよ。もうこれ以上のネタは出ないから安心してくれ。こっちもこっちでわかりやすく説明するのに色々考えたんだよ。こっちだって前世の記憶云々の話なんて信じてもらえるとは思わなかったし」
「君の考えた設定も大概だがな。とんでも具合では、実際の話とそう大差はない」
「うっせ」

 ニヤリと笑うクロノに仏頂面で返す。色々と皮肉めいたことを言ってくれるが、俺が嘘を言っていたことを咎める気はないらしい。
 ここで説教されても面倒くさいだけなので、有難い。

「とりあえず君の九歳児らしからぬ言動や性格に色々納得がいったよ。前の記憶、というが元の君はいくつだったんだ?」
「一応、こんなでも二十歳は越えてたよ」
「……とすると今の君の精神年齢は三十路越え、ということか」

 意地悪く笑うクロノに小さく嘆息を返す。

「どうだかな。精神年齢ってのは、環境によって変わるもんだろ。赤ん坊からやり直して小学生やってた俺が順当な成長をしてるとは思えんな」

 朱に交われば朱くなると言うように、こんな特異な環境で全うな精神的成熟をしているとは思わない。と、いうか自分の精神が30代になったとかは思いたくない。

「あぁ、確かにそういう考えた方もあるか。むしろ君の場合は退化してたりするのかもな」

 それに関してはあまり否定する気もない。

「少年の心を忘れない純真な大人だと言ってくれ」
「ふっ」

 鼻で笑いやがったこの野郎。まぁ、想像通りの反応なので、一々腹を立てたりはしない。

「まぁ、君の戯言は置いておくとして、この話をカリムにしても構わないか?」
「カリムに?まぁ、別に構わないけど」

 まぁ、あの子なら下手なことはしないだろう。美少女だし。美少女だし。美少女だし。
 大事なことなので三回言いました。

「ある意味では、管理局よりも顔が広いからな。ひょっとしたら君のことも何か情報が入るかもしれない」
「まぁ……そうかもな」

 聖王教会のことはあまり詳しく知らないが、管理局とは別の分野でロストロギアやら何やらに詳しいイメージがある。
 俺のことに関して、そう簡単に情報があるとも思わないが、情報源が多いに越したことはないだろう。

「次に君が気を失ったあとに起きたことだが……」

 俺が気を失った後の戦いの顛末を、詳しく聞かされることになる。

「そんな面倒なやつだったのか……」

 一通り、クロノの話を聞き終えてげんなりする俺。
 なんだよ、それ。フェイトと俺のシンクロドライブだけじゃ止めを刺せず、はやてとリインフォースの逆ユニゾン。
 なのはのスターライトブレイカー二連打にシグナムのシュツルムファルケンまでしてようやく倒したとか、聞いてるだけでも頭が痛くなっている。
 よくもそんな輩を相手に全員無事だったものだと、改めて思う。洒落抜きに死人が出てもおかしくない状況だったことを思い出し、背筋がゾッとする。

「にしてもあのパチモン三人組が生きてるのか……」
「あぁ、彼女らに関しては捜索を続けているが、管理、管理外世界問わず、今のところ彼女らの痕跡は見つかっていない。無害とも思えないが、しばらくは様子見だな」
「できればそのまま消滅とかしてくれてると、後腐れなくて助かるんだがなぁ……」
「その可能性はなくもないが……」

 気付けば、クロノは意外そうな顔でこっちを見ていた。

「なんだよ?」
「いや、フェイトや守護騎士達については随分親身になっていたのに、マテリアル達に対しては辛辣だと思ってね。なのはやはやて辺りは逆に彼女らの心配をしていたが」
「んー」

 実にあいつららしい反応だと思う。一方で確かに俺のほうは傍から見ればダブルスタンダードとも言える反応をしているのかもしれない。

「あいつらが出てきた原因が俺だからな……そのせいで他に迷惑をかけるくらいなら、さっさと消えてくれと思ってる、のかな」

 フェイトや守護騎士達に関しては、事情を詳しく知っていたというのも大きいかもしれない。
 マテリアルの性格も、オリジナルであるなのは達に比べて物騒……いや、結構アホっぽかったな。
 ちゃんと話してみれば、意外に害はない……かも?
 とはいえ。

「あいつらにはただボコボコにされただけだしな……どうにかしようと思うより、自分の責任になるのがヤなだけかな……」

 自分で言ってて、アレだが微妙に日本語がおかしい上に、実に自己保身全開で、人間が小さい。
 これでもかというくらい痛めつけられたし、あれを笑ってはい、そーですかと流せるほど器が大きい人間ではないのだ。
 あー、自分で思ってて、ちょっと凹んできた。

「別にフェリクスが出てきたのは君の責任じゃない。あんな事態は誰にも予測できなかった。もし、責任があるとすれば僕や艦長だ。君は所詮ただの民間協力者なんだからな」
「……と、言われてもな」

 理屈の上ではクロノの言っていることは正しい。下っ端が問題を起こせば、その責任はその管理者にあるというのが、組織の基本だ。――実際に守られているかどうか別として。
 が、実際問題として全ての元凶は俺にあるのだ。はい、そーですかと言われて納得するのは難しい。
 まぁ、責任を取れと言われても何もできないのだが。

「まったく……普段はちゃらんぽらんなくせに変な所で責任感が強いな、君は」
「さすがに今回は、な」

 深くため息をつく。プレシアの時も大概だが、今回はそれに輪をかけてやばかった。責任を丸投げして、何事もなかったことにするほど、図太い神経はしてない。
 改善はしたいとは思うものの、どちらも予想外のこと過ぎて対応のしようがなかった、とも言えるのだが。

「正直……君にこの話をするのは気が引けるな」
「ん?」

 どこか後ろめたさを感じる表情で、クロノが息をつく。
 まだ何かあるのだろうか。

「みんなの詳しい状況をまだ話していなかったな」
「あぁ」

 言われてみれば、怪我は大したことないで終わってて、別の話に誘導されてた気がする。
 外傷が大したことないと聞いて安堵していたが、さっきのクロノの言葉が妙に引っかかり、急に胸騒ぎを覚える。

「なのはは心身共に問題なく、今はもう普通に学校に行っている。ユーノやアルフ、リーゼ姉妹や守護騎士たちもほぼ全快し、今は事後処理で本局にいる」

 クロノの言葉に頷く。ここまでは特に悪い話ではない。残るははやてとリインフォース、そして本来ならなのはと一緒に学校に行っているはずのフェイト。
 母さんもクロノも、怪我は大したことないと言っていた。ならば、それ以外に何かあるというのだろうか。
 嫌な胸騒ぎが収まらない。

「はやては逆ユニゾンの負荷が大きかったんだろうな。目を覚ましたのは昨日のことだ。リンカーコアも当初の予定より大きな負荷がかかっていて、安静の為、一カ月は魔法禁止。とはいえ、足の回復には時間がかかるだろうが、後遺症もなく、今は本局で検査入院。数日で自宅療養に戻れるだろう」
「……そっか」

 ホッと胸を撫で下ろす。逆ユニゾンとやらが、どれだけはやての負担になるのかわからなかったが、聞いた限りでは、原作よりも負荷がかかったものの、許容範囲と言えるものだろう。
 不謹慎かもしれないが、そのくらいなら大きな問題ではない……のかな。

「そしてリインフォースだが、フェリクスに強制的にユニゾンしたこと、転生プログラムの強制停止の代償でユニゾン能力と夜天の書の機能の喪失、保有魔力の大幅低下――実質、もう戦うことはできなくなった。が、他の守護騎士同様、闇の書システムから完全に切り離されたおかげで、当初に想定していた防衛プログラム再生の脅威はない」
「……と、いうことはだ」
「あぁ、彼女が消滅する必要はなくなったということだ。戦闘能力はほぼ皆無になったが、日常生活を送る分には何も問題ない。しばらくは安静にする必要があるけどね」

 要するに魔法の使えないただの人(?)になる、ということか。
 リインフォース本人としては、色々不本意だろうが、はやてとしては何も問題はないだろう。

「とりあえずは結果オーライ?」
「そういうことになるな。はやてはもちろん、リインフォースや守護騎士も喜んでいたよ」
「……そっか」

 災い転じて福となす。本来の歴史であれば消えるはずだったリインフォースが生き残れるのは、単純に喜ばしいことだ。
 リインフォースに甘えるはやてを想像して、自然と頬が緩んでしまう。
 良いことばかりではないが、マイナスよりはプラスのほうが大きいだろう。

「そして最後にフェイトのことなんだが……何度も言うように怪我自体は大したことはない。シンクロドライブの影響でまだ意識は戻ってないが、目を覚ますのは時間の問題。普通の生活を送る分には何の問題もない」
「……普通の生活?」

 クロノの回りくどい言葉に再び嫌な汗が流れる。
 一度言葉を切ったクロノは、俺の様子を伺いながらゆっくりと口を開く。

「フェイトのリンカーコアは、シンクロドライブの負荷に耐えられなかった。彼女はもう二度と魔法を使うことはできない」

 世界がぐらりと揺れる感覚。
 頭が真っ白になった。
 クロノの言っている言葉が理解できなかった。いや、理解することを拒んでいた。
 フェイトが……二度と魔法を使えない?
 取り返しのつかない過ちを犯してしまったという喪失感だけが、俺の感情を支配していた。








「はぁ」

 リインフォースに車イスを押されながら、八神はやては大きくため息をつく。
 理由は一つ。言うまでもなくフェイトのことだ。
 シンクロドライブによる負荷で彼女のリンカーコアは大きく傷ついてしまった。
 闇の蒐集によって小さくなってしまったのとは違う。
 コアそのものの構成が傷つき過ぎて、回復が見込めない状態なのだ。
 魔導師が持つ、魔力の源と言われるリンカーコアだが、その生成プロセスや構成など、解明されていないことも多くある。
 異常をきたしたリンカーコアの治療方法も、ある程度は研究が進んでいるが、今回のフェイトのように一定のラインを越えて損傷したものは治療が難しいとされている。
 フェイトが魔法を使えなくなる。それはあまりにも大きすぎる代償だった。
 その原因は言うまでもなく、フェリクスの出現。そしてそれは闇の書の主である自分を救おうとすることから始まった。
 責任感の強い彼女が、全ての原因が自分にあると考えるのは自然な流れだろう。

「我が主、あまり気を落とさぬよう。全ての原因は私にあるのですから」

 このやりとりも何度目になるのか。はやてが自分を元凶と考えるようにリインフォースもまた、責任は自らにあると考えていた。
 その言葉に反論しかけるはやてだが、朝から何度も同じやりとりを繰り返しているだけに、さすがに不毛と言う結論に至り、グッと言葉を飲み込んで小さくため息をつく。

「はぁ。まぁ、私たちがここで言い合っても仕方ないか」
「……騎士達も治療方法を探しています。きっと何か良い手段が見つかるでしょう」
 
 躊躇いがちに口を開くリインフォースの言うとおり、守護騎士とユーノは残務処理の合間を縫って、無限書庫でフェイトのリンカーコアを回復させる方法を探していた。
 本来ならばリインフォース自身もそれに加わるつもりだったのだが、フェリクスへの逆ユニゾンの後遺症で体の衰弱が激しく、守護騎士一同に猛反発を食らってしまい、結果として同じく安静にしていなければならないはやてに付き添っていた。

「ゆーと君も随分気にしてたみたいやしなぁ」

 クロノから勇斗が目を覚ましたという連絡は入っている。
 だが、フェイトのことを話した後は呆然自失として、何を言ってもまともな反応が返ってこなかったらしい。
 なのはやアリサ、すずか達も見舞いに行ったようだが、何を言っても上の空で、まともな会話にならなかったようだ。

「あぁ見えて責任感の強い子ですから。ですが彼ならきっとすぐに立ち直ると思いますよ」

 リインフォース自身は勇斗と話したことはない。だが、闇の書の中ではやてと接する勇斗をずっと見ていた。
 なんだかんだで人を気遣うことの出来る心優しい少年だと思う。そしてフェリクスとの戦いで見せた精神の強さ。
 欠点の多い性格ではあるが、なのはやフェイト同様、芯の強い子だと思っている。
 今回の件は、自身の怪我以上にフェイトのことを気に病んでいるだろうが、きっと自力で立ち直れるはずだ。

「ん、そやね。私らが落ち込んでても何の解決にもならないし」

 そもそも一番辛いのは自分達でなくフェイトなのだ。
 責任の所在がどこにあれ、ただ落ち込んでいるだけでは何の解決にもならない。
 自分たちに何ができるのかはわからない。だが。

「今は自分たちにできることをしていくしかない」

 自己満足に過ぎないかもしれないが、フェイトやなのは、勇斗達に自分たちは助けられた。
 ならば自分たちはそれに報いなければならない。
 どう報いていくかはまだわからない。それでもしっかりと前を向いて、歩き出さなければいけない。

「私な、このまま管理局に入ろうと思うんよ」
「はい」
「フェイトちゃんやなのはちゃん、クロノくんやゆーとくん達に助けてもらったように私も色んな人を助けていきたい」
「はい」

 それはこの半年間ずっと考えてきたこと。自分に力があるなら、それを人の為に使いたいと。
 今はまだ弱く、小さく、頼りないかもしれない。

「私は強くなりたい。もっと、もっと色んなことができるように」
「はい」

 リインフォースも薄々こうなる予感がしていた。
 騎士たちが自分たちの道を決めたように、はやてもまた、自らの意思で道を選ぶだろうと。

「だからリインフォースにもそれを手伝ってもらいたい。教えてほしいこと、一緒にやりたいこと、たくさんある」

 そう言って自分を振り返る小さな主にリインフォースは小さく頷く。

「この身は魔道の力を失い、非力な身です」

 きっと、この先二度と自らが力を振るうことはないだろう。だけれども。

「この命ある限り、あなたと共に歩んでいきます。それが私の役目であり、喜びなのですから」

 祝福の風、リインフォースの言葉に、小さな主は嬉しそうに微笑んだ。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

自らが招いた取り返しのつかない事態に勇斗は心を大きく痛めた。
彼を気遣う少女達の想いも勇斗には届かない。
罪悪感に苛まれる勇斗が起こした行動とは。

勇斗『ずっと傍にいる』



[9464] 第四十三話 『ずっと傍にいる』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/03/13 22:33
 寝覚めは最悪だった。
 頭ん中を色んなことがぐちゃぐちゃしてて、まともな睡眠が取れていない。
 クロノの話の後、なのは達が来てた気がするが、何を話していたのかまるで覚えてない。
 くそっ。どうせ魔法が使えなくなるなら、フェイトではなく俺がそうなるべきだったのだ。
 フェイトが代償を払う理由なんてどこにもなかった。
 フェイトがこれから歩むべき道、フェイトがこれから救うべきはずだった人、その全てを全部俺が台無しにしてしまった。
 吐き気がする。このまま自暴自棄になって、がむしゃらに暴れたい衝動に駆られる。
 だが、それを実行するだけの度胸も行動力もなく、何度も自問自答を繰り返しながらこうして今に至る。
 自分自身が非常にうざってぇ。
 駄目だ、このまま考え込んでも変に思考のループに入るだけでマイナスにしかならない。

 ――侑斗ならきっと、どんなことでも乗り越えていけるはずだから
 ――約束、だよ?

 闇の書の中で優奈が残した言葉が脳裏によぎる。

「いきなりこれはキツイよ……」

 額に手を当てて、天井を見上げる。
 こんなん何をどう乗り越えりゃいいんだよ、と泣き言を言いたい。
 はぁ、とため息をつきながらベッドを下り、カーテンを開ける。
 太陽の日差しが眩しい。
 太陽の光に目を細めながら、右手を開いて閉じる。
 傷はもちろん、関節など体中の至る所に痛みが走る。特に左腕は骨にひびが入っているらしく、痛みが酷い。
 だが、多少無理をすれば動けないことはない。
 何はともかくフェイトに会いに行こう。
 何を話していいか、何ができるのかはわからない。いや、きっと何もできない。
 それでも。
 今はとにかく行動あるのみ。
 右手で頬をはる。

「いてぇ」

 けど、少しだけ胸のモヤモヤが吹っ飛んだ気がする。
 思い立ったら即行動を実践すべく、俺は病室のドアへと向かった。



 結局、無理やり退院の許可とり、ハラオウン家を訪れたのは午後になってからだった。
 しきりに一緒に行こうとする母さんを追い払うのに大分労力を使ったのは余談である。
 フェイトの見舞いに母親がついてくるとか恥ずかしすぎる。

「おーう、よく来たな。まずは上がりなよ」
「…………」

 インターホンを鳴らして出てきたのは、StSで見た、人間形態のちびアルフだった。

「あの、アルフさん?その姿は一体……?」
「あぁ、フェイトがあんなことになっちゃったからね。魔力節約のためだよ」
「――っ。えっと、大丈夫……なのか?」

 アルフの言葉に自分の考えの足りなさを思い知る。少し考えれば、アルフにも影響が出ることなどすぐわかることだったのに、まったく思い至らなかった。

「んー、まぁ。あと二、三日は平気かな。ただ、それ以降もフェイトが治らないようだと誰かと魔力供給の契約だけでも結ばないとまずいんだけど」
「俺!それ俺がやる!絶対に俺!」

 使い魔は主から魔力の供給を受けて、その存在を維持している。フェイトのリンカーコアがその機能を停止するということは、そのまま使い魔でもあるアルフの存在すらも消えてしまうことに繋がる。
 今は蓄えていた魔力とか、何らかの手段で存在を維持しているのだろうが、それももって、二、三日ということなのだろう。
 そして、フェイトが治らない状態で、その問題を解消するならば、魔力供給を他の誰かに頼らければならない。
 なら、その役目は、全ての元凶である俺がやるべきなのだ。

「……そう言うと思ったよ」

 俺の勢いに一瞬きょとんとしたアルフだったが、すぐにそれを苦笑に変える。

「……バレバレですか」
「それはもう。クロノやリンディさんはもちろん、なのはまで絶対言うよねーって断言してたからね」

 ニヤリと笑うアルフ。そんなにわかりやすいか、俺は。

「ふーん」
「?」

 アルフが云々と何か納得したように頷いてるのに、首を傾げる。

「クロノからこの世の終わりみたいな顔して落ち込んでるって聞いたけど、案外元気だね」
「……そんな酷い顔してたのか、俺は」

 してたんだろうなぁ。

「まぁ、いつまでも落ち込んでてもしょうがないしな」
「うんうん。あんたのその立ち直りの早さは良いことだと思うよ」
「そうだろう、そうだろう」
「……自分で頷くとこじゃないだろう、そこは」
「ふぅん」

 アルフの突っ込みに不敵に笑って見せる。
 空元気に過ぎないが、それでも落ち込んでる姿を見せて周りを心配させるよりは遥かにマシである……と思う。

「アルフー。いつまでそんなとこで話し込んでるのー。ゆーとくんも早く上がりなよー」

 奥からエイミィさんの声が聞こえてくる。

「っと、いけない、つい話し込んじゃったね。まずは上がって、上がって」
「おじゃまします」

 アルフに促され、居間へ通されるとエイミィさんがジュースを用意してくれていた。

「いらっしゃい、ゆーとくん。艦長とクロノくんは今お仕事でいないけど、まぁ、ゆっくりしていってよ」
「ありがとうございます。えっと、それでフェイトは……」
「フェイトちゃんはあっちの部屋で寝てるよ。おいで」

 エイミィさんに案内されるまま、フェイトの部屋へと入っていく。
 フェイトの部屋を訪れるのはこれで二回目。それ以前は引っ越しの時に一回だけ入ったっきりだ。
 シックな内装は至ってシンプルで必要最低限の家具の他には、俺らやプレシアとの写真が飾ってあるだけ。
 あまり女の子らしくないのが、ある意味フェイトらしいとも思えた。
 そしてフェイトはベッドの中で、安らかな寝息を立てていた。

「クロノくんに聞いてたかもしれないけど、身体のほうはもう問題なし」
「まぁ、ちょっと過労みたいな感じでしばらくは安静にしてないとだけどな。そろそろ目も覚める頃合いじゃないかな」

 エイミィさんの言葉をアルフが補足する。

「じゃあ、私たちは居間のほうにいるから何かあったら呼んでね」
「あ、はい」

 気を利かせてくれたのか、エイミィさんとアルフは俺を残して部屋を出ていく……と思いきや、ひょこっとエイミィさんが顔だけ覗かせる。

「眠り姫は王子様のキスで目覚めるんだよねー、ふふふ」
「……しませんてば」

 というか何故こっちの世界の話を知っている。それとも向こうにも似たような話があるのか。

「んー、残念。フェイトちゃんも喜ぶと思うんだけどなー」
「ないない」

 嫌われてはいないと思うが、流石にそれはないし、超えちゃいけない一線だろう。

「ちぇー、つまんないのー。ま、いいや。ごゆっくりー」
「……まったく」

 やれやれ、エイミィさんの冗談にも困ったものだ。まぁ、落ち込んでる俺に対して気を使ってくれた……と、勝手に思っておこう。

「よっと」

 机に備えられていた椅子をベッドのすぐ横に移動させて座り、フェイトの寝顔を眺める。
 背もたれに腕を乗せ、その上に顎を乗せる。
 すーすーと可愛い寝息を立て、血色も良いところを見ると、本当にただ寝ているだけのようだ。
 少し揺さぶれば、すぐにでも目覚め、いつもの笑顔を見せてくれそうな雰囲気だ。
 リンカーコアのことを告げたら、どんな顔をするのだろうか。
 落ち込むのか、平然と受け止めるのか。
 いや、内心はどうあれ、俺達に気を遣い、少なくとも表向きは落ち込んだりはしない気がする。
 フェイトはそうやって、色々自分で抱え込んでしまう子だ。
 なのは辺りにならその辺もさらけ出しそうな気もするが、俺では役者不足かな、やっぱ。
 変に背負わないで済むのが楽かなと思う反面、寂しいとも思う。
 って、もう既に背負いきれない程の責任があるっての。
 自分に突っ込みを入れつつ、フェイトへと手を伸ばす。
 突き出した指先は、プ二プ二と柔らかい頬へと突き刺さる。
 が、フェイトは一向に目覚める気配はない。
 そのまま手をフェイトの額へと当てる。
 ……まぁ、平熱、なのかな。
 にへら、とフェイトの口元がだらしなく緩んだ気がした。

「夢、見てるのかな」

 どことなく嬉しそうな寝顔を見ている限り、俺のように悪夢を見ているということはなさそうだ。
 結局、俺には何ができるのだろう。
 こうしてフェイトの寝顔を見ていても、償いになるようなことなど何も思い浮かばない。
 どうすんだ、俺。

「ん……」

 とか思っているといきなりフェイトが小さく声を上げ、その目がぱちりと開く。ちょっとびっくり。
 ぼんやりとしたフェイトの目がゆっくりと横に流れ、俺を捉える。

「ゆう……と?」
「おう。えーと、調子はどうだ?」
「…………」

 沈黙。多分、状況を整理しているのだと思う。

「ちょっと、だるい……かな」

 四日も寝たきりなら、健康体でもそうなるだろう。実際、昨日の俺も怪我とは別に体が重い感じがしていた。
 とりあえずエイミィさんやアルフに知らせて来るか。

「そっか。今、エイミィさん呼んでくるからちょっと待ってな」
「あ」

 そう言ってフェイトの額に乗せていた手を離すと、残念そうな声を上げるがこれは仕方ない。

「こんな手で良ければ後でいくらでも貸してやるから、安心しろ」
「……うん」

 目を潤ませながら嬉しそうに頷くフェイトは、ちょっと可愛かった。

「じゃ、ゆーとくんはちょっとここで待っててね」

 エイミィさんにフェイトが目覚めたことを伝え、エイミィさんとアルフに続いて部屋に入ろうとしたとことで止められた。

「え?」
「なに、女の子の着替えを覗く気かい?」

 エイミィの影からひょこっと顔を出したアルフがニヤリと笑う。
 オーケー、把握した。手を挙げて降参の意を示す。

「終わったら呼んでくれ」
「うん、ちょっと長くなるから、テレビでも見てゆっくりしてて」
「あー、はい」

 と、言われたものの、とてもテレビを見るような気分ではない。
 ソファに座ったまま、ぼんやりと過ごす。
 うむぅ、特に意識してやることがないと、ズキズキと地味に傷が痛い。
 こんなもんで済んだのは幸運と言えたのだろう。自分の力も弁えず、あれこれやろうとした結果がこのザマだ。
 そのツケを払うのが自分一人ならまだしも、他人を巻き込むあたり性質が悪い。
 マイナスだけでなくプラスとなった面もある。だが、フェイトに一生モノの傷跡を残したという事実はなんら変わりない。
 考えれば考えるほど頭が痛くなってくるという。
 …………誰かに色々弱音を吐き出したいとこだが、そういうわけにもいかない。
 やれやれだ。
 などと益体もないことを考えてどのくらいの時間が経過したのか。
 ガチャリとエイミィさんがフェイトの部屋から出てくる。

「今はアルフが話してるから、もう少し待ってね」
「あ、はい」
「一応、フェイトちゃんには私から全部話しておいたからね」

 他の皆の現状、そしてフェイトのリンカーコアのことだろう。
 本当なら、リンカーコアのことは俺から話さなければいけないことだったと思う。
 俺をいったん、部屋から追い出したのは、わざわざその役回りを引き受けてくれたということか。

「……ありがとうございます」

 すみませんと言いかけた言葉を飲み込み、代わりに感謝を告げ、頭を下げる。

「まったく、何でもかんでも自分の責任にしないの。こう言ったらなんだけど、誰もゆーとくんには期待なんかしてないんだからね。もっと自分の身を弁えること。君は自分の実力以上によく頑張ったよ」
「…………」

 反論の言葉を出ないまま、ぐりぐりとエイミィさんに頭を撫でられる。地味に傷に響くんですけど、それ。
 エイミィさんの言葉は正しい。誰も俺に期待なんかしてなかったろうし、あの戦いで実力以上のものを出し切ったとは思う。
 だが、だからと言ってそれで済まされる問題ではないのだ。
 それを言ってもどうにもならないことだから、口には出さない。顔には幾らか出てる気がするけども。

「おまたせー」

 やがて、フェイトとの話を終えたアルフが出てくる。

「ま、今の君の役目は少しでもフェイトちゃんの傍にいること。行ってこい、男の子!」

 エイミィさんに背中をはたかれながらも、フェイトの部屋へと後押しされる。

「どーでもいいけど、どっかから色々情報歪んで伝わってませんか」

 その役目は俺よか、なのは辺りの役目だと思うのです。
 まぁ、まだこの時間なら学校終わってないだろうけど。
 あ、なのはに連絡するの忘れた。まぁ、いいか。エイミィさんがやってくれるだろう。
 俺が部屋に入ると、別のパジャマに着替えたらしいフェイトが体を起こして待っていた。
 微妙に頭がふらついていて危なっかしい。

「寝てろ」
「あぅ」

 有無を言わさず頭を押さえ、勢いが付き過ぎないようにゆっくりとベッドに寝かしつける。

「話は全部聞いたんだな?おまえのリンカーコアのことも」

 ここに来て、回りくどい話をする気はなかった。
 単刀直入、本題から切りだす。

「うん」

 自分がもう二度と魔法を使えないかもしれない。そのことを知っているはずなのに。
 この少女は何故、そんな穏やかな顔をしていられるのか。

「すまない。全部、俺の責任だ。俺がもっとうまくやれていれば」

 静かに頭を下げる。
 もしも、俺が自分の魔力をちゃんと使いこなせていれば。もっと、別の方法で立ち回っていれば。
 頭に浮かぶ方法はどれも実現不可能で、今更何をどうすることもできない。
 こうしてフェイトに謝罪をしてみたものの、これから先、何をどう償っていけばいいのかもわからない。
 色々どうしようもなかった。

「勇斗、顔を上げて」

 フェイトの言葉に下げていた頭を上げる。
 わかっている。この子が俺に謝罪も責任も求めないことも。こうして謝罪することも俺の自己満足でしかないことも。

「私は勇斗を恨んだりしてないし、自分のやったことに後悔もしてないよ」
「…………」

 フェイトの言葉は間違いなく本心だろう。その表情はどこか誇らしげですらあった。

「勇斗にはばれちゃったけど、ちゃんと生きて帰れる自信もなかったんだ。多分、あの時勇斗の言葉があったから私はここにいひゃ!?」

 ぎうーっと、フェイトの頬を引っ張り、程よく伸びきったとこで指を放す。

「いきなり何するの!?」
「最初にアホなこと考えてたことの罰です。どんな時でもちゃんと自分のことを第一に考えるようにしなさい」
「……勇斗に言われたくないよ」

 頬を抑えたフェイトにジト目で睨まれた。

「失敬な。俺はいつでもどこでも自分が最優先だぞ」
「へー」

 まったく微塵もこれっぽっちも信じていない目だった。ちょっとイラッと来たので、また頬を引っ張ろうと手をワキワキさせる。

「と、とにかく!私は自分のできることをやりきったんだもん。勇斗や皆と一緒に頑張ったことは、私にとって誰にでも自慢できることだよ?」

 俺の手を見たフェイトが慌てて弁解するように言葉を続ける。うん、まぁ、確かにちゃんと生きて帰ってきたし、俺がこれ以上何か言えるわけがないので、大人しく手を下ろす。

「……えへんと胸を張ってか?」
「うん。えへん」

 ベッドに寝たまま、わずかに胸を逸らすフェイト。

「…………」
「…………」

 沈黙の間。

「くっ」

 先に声を上げたのはどちらかだったか。どちらともなく小さく吹き出し、次第にそれが笑い声に変わる。

「もう、笑うなんて酷いよ、勇斗」
「自分で笑っといて言うセリフじゃないな」

 実際、言葉とは裏腹にフェイトの顔も綻んでいた。
 魔法が使えなくなったことに対して何の憂いもない、少なくとも表に出さないほどには割り切ってるらしい。
 ……強いな、この子は。
 おかげでこちらのモヤモヤもかなり吹き飛ばされてしまった。
 こんなフェイトを前に、落ち込んでうじうじと後悔している姿など見せられるわけがない。

「よし、決めた」
「?」

 いきなり声を上げた俺にフェイトが不思議そうに首を傾げる。

「俺はお前の力になりたい。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。俺にできることなんてたかが知れてるけど、出来る範囲ならなんでもやる」
「え、と」

 フェイトは俺の言葉についていけず、きょとんとしている。

「もし、お前が望むならずっと傍にいる。呼べばいつでも駆けつける」
「ゆ、勇斗?あ、あの、私の魔法のことを気にしてるなら」
「このまま何もしないなんて俺の気が済まない。おまえの気持ちなんて知ったこっちゃない。俺が俺自身の為にそうしたい」

 フェイトの言葉をぴしゃりと遮り、自分の意思を伝える。
 そう、何がどういう結果だろうと、俺が俺自身のためにしか動けない。フェイトが俺を許そうが許すまいが関係なかった。
 フェイトやなのはのように誰かの為に自分を犠牲にしようなんて露ほども思えない。
 だから俺は自分の気が済むように自分のやりたいことしかやれないのだ。

「勇斗、言ってることがめちゃくちゃだよ……」
「前からだ」

 俺も思いつきと勢いで喋ってて、多分何を言っているかよくわかってない。

「……確かにそうかも」

 言って、くすりと笑うフェイト。

「おまえが逆の立場だったらどうするよ。俺が気にしてない。だからお前も気にするなって言われて、何もしないままでいられるか?」
「……それは」

 フェイトの性格からして、絶対無理だろう。というか俺以上に気にする姿しか見えない。

「まぁ、そんなわけだ。俺にしてほしいことがあれば何でも言ってくれ。お前に甘えてもらえると俺も嬉しいし」
「?私に甘えられると嬉しいの?迷惑じゃなくて?」
「んー、なんていうか自分が気に入ってる人に頼られたり、必要とされると嬉しくなったりしない?何かしてあげたいと思ったり。度が過ぎたり、好きでもない奴だとイライラするだけだけど」
「……それならなんとなくわかるかも」

 というかプレシアに対してのフェイトがまさにそれだったな。

「というわけで好きなだけ俺に甘えるがよいぞよ」
「……って言われても」

 困ったように苦笑するフェイト。
 ですよね。いきなりこんなことを言われても普通は困惑するだけだ。そもそも甘えたいと思える相手とは限らない。
 客観的に見て、フェイトが俺に対して甘えたいと思うかは……うん、まずねぇな。というか、実にキモい。ちょっと凹んだ。自重しろ俺。

「まぁ、なんかして欲しいこと思いついたら言え。できる範囲でならやらせてもらうから」
「……うん、ありがとう」

 わずかに逡巡を見せたフェイトだが、やがて観念したように頷き、苦笑の表情を見せる。

「でもね、勇斗。さっきの台詞、まるでプロポーズだよ?」
「…………」

 えーと、額に指先を当てて、自分が言ったセリフを一つずつ思い返す。
 ………………おおぅ。

「ち、違うぞ!?別にそういう意味じゃなくてだな!?」
「うん、わかってるけど。前にもこんなことあったよね」

 言うまでもなく時の庭園でのことだ。くすくす笑うフェイトに気の利いた返しの言葉も浮かばない。

「ごめんなさい」

 とりあえず謝っとく。何故に人はこうも過ちを繰り返すのか。

「気にしなくていいけど、勇斗って結構勢いだけでモノを言うよね。気を付けたほうがいいよ」
「……はい」

 優奈にも同じようなこと言われたことあったな……。
 九歳の女の子に諭されるとか何この寂寥感。
 くすくす楽しそうに笑うフェイトとしょんぼりする俺。
 どうしてこうなった。


 きゅるるる~



「…………」
「…………」

 不意に鳴り響いた音に沈黙する二人。
 なんだ、この既視感。あまりに測ったようなタイミングに困惑せざるを得ない。
 無言のままフェイトを見ていると、その顔が見る見る間に真っ赤に染まり、やがて布団の中へと引っ込んでいく。
 やばい。これは可愛い。

「食欲はある?」
「…………一応」

 布団の中から小さく声が返ってくる。込み上げて来る笑いを声に出さないようにするのがかなりしんどいが、なんとか堪えつつ立ち上がる。
 鳴り響いた音には触れないのが紳士の嗜み。

「ん。じゃあ、エイミィさんに何か用意してもらってくるよ」
「…………」

 返事はなかったが、布団の中の膨らみが小さく頷いた気がした。あぁ、もうフェイト可愛いなぁ。超可愛い。
 フェイトを妹にするクロノがマジに羨ましい。ギンガもだけど、こういう可愛くて素直な妹がいたら、絶対に可愛がるぞ、俺。

「お、ゆーとくん。ちょうどいいところに」

 部屋を出ると、ちょうどエイミィさんがおかゆをトレイに乗せてるところだった。

「グッドタイミングです。エイミィさん」
「えへへー。フェイトちゃんも四日ぶりのお目覚めだからねー。お腹空いてるんじゃないかと思ったんだ。久しぶりの食事だから、胃に優しいおかゆにしといたよ」
「なんという先読み能力。嫁力高すぎですよ」

 フェイトを妹に、エイミィさんを嫁にするエリート執務管が羨ましすぎる。ちくしょう。リア充爆発しろ。
 エイミィさんからトレイごと受け取る。湯気が立った卵がゆは実に美味そうだった。

「ふふ、ありがと。ゆーとくんはもう食べてきたんだよね?」
「えぇ、一応」

 時間が時間だけに、ここに来る前に母さんと昼食は済ませている。

「そっか。じゃあ、フェイトちゃんのことよろしくねー」

 そうして肩に手を置かれ、くるりと反転させられる。
 俺だけかい。ソファに座るアルフもニヤニヤとこっちを見て、手を振るだけでこっちに来る気はないらしい。
 いいけどさ。
 そのままフェイトの部屋へと押しやられ、ドアを閉められる。
 なんだかなぁ。まぁ、いいや。
 見るとフェイトはまだ布団の中に引き籠っていた。

「フェイトー。お待ちかねのご飯ですよー」

 返事はない。フェイトは絶賛引き籠り発症中のようだった。
 やれやれ。
 俺はトレイを机に置き、布団へと手をかける。

「せいっ!」
「わっ!?」

 無理やり布団を引っぺがす。
 縮こまって涙目のフェイトがこちらを見上げていた。

「エイミィさんがおかゆを作ってくれてたよ。食べられるか?」

 特に突っ込むことなくスルーする俺マジ紳士。

「……うん」

 顔を真っ赤にしたまま涙目でのそのそと体を起こすフェイト。いかん、これは萌える。マジに可愛い。超撫でたい。

「じゃあ――」

 そのままトレイごとおかゆをフェイトに渡そうとして気付く。以前、俺がアースラで寝てたベッドと違って、このベッドには食事を置くような台はついてない。
 膝に乗せても良いんだが今のフェイトだと、ちょっと不安定で危ないか。どうすっかな。
 一瞬、あの時の悪夢が蘇るが、それをフェイトにやるにはちょっと恥ずかし……くもないな、別に。子供相手に真剣に考えるのもアホらしい。

「勇斗?」
「あぁ、悪い」

 椅子に座り、スプーンでおかゆを掬う。うん、まぁ、適度な温度に冷めてるかな?

「はい、あーん」
「えっ、ええっ!?」

 口元に差し出されたスプーンに大いに慌てふためくフェイト。

「期待を裏切らないリアクションありがとうございます」
「え、いや、平気っ!自分で食べられるからっ!」
「ダメ。具合の悪い半病人は大人しく言うことを聞きなさい」
「だ、大丈夫。ご飯くらい自分で食べられるから!」
「却下」
「物凄く良い笑顔で言われたよ!?」

 いかん、これは実に楽しい。むくむくと俺の嗜虐心が鎌首もたげてきましたよ?

「まぁ、フェイトがこんな俺なんかに食べさせられるのが絶対嫌だと言うのならしないけどどうする?」
「べ、別に嫌ってわけじゃないけど……恥ずかしいっていうか」
「……そうだよな、俺みたいな底辺を極めた人間なんかに食べさせられたら、フェイトにとって恥になるもんな」

 どんよりとした雰囲気を作って言ってみる。

「そんなこと言ってないよ!?そ、そうじゃなくて……」
「いや、無理しなくていいよ。俺が悪かった。心底、嫌がってる相手にこういうことするのはよくないよな……」
「う~~っ」

 涙目で唸るフェイトが恨めしそうにこっちを見てくる。あぁ、いいねぇ。その表情。ゾクゾクするね。

「勇斗のイヂワル……あ、あーん」

 やがて観念したように、フェイトがあーんと口を開ける。
 あぁ、もう可愛いなぁ。優奈もこうしてよく弄ったものである。チクリと胸を刺すような痛みがよぎったが、無視。
 こうして真っ赤になったフェイトにおかゆを食べさせるという俺の任務はバッチリ成功したのである。

「ね、勇斗。一つお願いしてもいい?」

 食事を終え、再び横になったフェイトがこちらを見上げ、おずおずと言う。

「さっきも言ったけど、一つと言わず、何個でも来い」

 俺のやることが償いになるとは思わないが、フェイトの望みは出来る限り叶えてやりたいのは本音だ。

「さっきみたいに手、乗せてもらっていい?」

 そういやさっきなんか名残惜しそうにしてたな。
 リクエスト通り、フェイトの前髪をかき分け、おでこに手を置いてやる。

「こんなんでいいのか?」
「ありがとう。勇斗の手、冷たくて気持ちいい」
「冷血な人間だから仕方ない」

 そっけなく言うと、なぜか可笑しそうに笑いだすフェイト。

「なんだよ」
「アリサが言ってたよ。手が冷たい人は、心のあったかい人なんだって」

 なんとも言えない答えが返ってきたものだ。

「それはただの迷信で、手が冷たいのは冷え症なだけだからな?」
「フフッ」

 俺の言葉にフェイトは嬉しそうに笑うだけだった。
 何がそんなに楽しいんだか。

「つーか、俺の手より濡らしたタオルのほうが良くないか?」
「ヤダ。勇斗の手が良い」

 思わぬ言葉に胸がきゅんとした。やだ、この子可愛い。
 そして言った後に恥ずかしくなったのか、少しだけ布団を引き上げて顔を隠しながら言葉を続ける。

「あ、えっとね。誰かの手が触れてると、なんだか安心するの。だからタオルより勇斗の手のほうが……いいなぁって」

 あぁ、確かに弱ってる時に誰か、というか人の温もりに触れていると安心できるもんな。
 最後のほうはボソボソと小声になっていったのでよく聞こえなかったが、大体納得した。

「そうか」

 一言だけ返し、俺はフェイトの額に手を乗せ続けた。






「エイミィさん!フェイトちゃんが目を覚ましたって!」

 学校が終わるなり、なのははすずか、アリサと共にハラオウン家の住むマンションへと急行した。
 だが、連絡してきたエイミィは、何故かハラオウン家の住む部屋ではなく、そのマンションの玄関を待ち合わせ場所に指定してきた。念話も禁止というオマケつきで。

「ごめんね。今は訳あって面会謝絶なの」
「え」

 エイミィの言葉にフェイトの身に何かあったのかと、顔を青ざめるなのは達だったが、続くエイミィの言葉でそれが杞憂であることを悟る。

「あ、具合が悪化したとかそんなんじゃないよ?むしろ経過は順調バッチリ」
「じゃあ、なんで面会謝絶なんですか?」

 安堵のため息をついたなのは達だが、なのはもアリサもすずかの質問に同意するように頷く。

「ふふふ~。それはですねー。見てのお楽しみなのですよ♪」

 人差し指を立て、シーッとゼスチャーをするエイミィに導かれるまま、なのは達が見たものは。

 フェイトの額に手を乗せ、いつになく穏やかな表情をした勇斗と、幸せそうな顔で目を瞑るフェイトの姿だった。
 フェイトは目を瞑っているだけで、眠っているわけではないらしく、時折勇斗へと話しかけ、それに勇斗が返すというなんとも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 ドアの隙間から除く小学生三人組が目を輝かせたのは言うまでもない。

(わぁ。なんかいい雰囲気♪)
(すずか!カメラ!)
(うん!)

 勇斗たちに聞こえないように携帯のカメラではなく、シャッター音をオフにしたデジカメという念の入りようである。
 小声ではしゃぐという器用な真似をする三人娘を、エイミィと子犬形態になったアルフは満足そうに眺めていた。
 こうなることを想定していたエイミィは、あらかじめフェイトの部屋に盗撮カメラを設置済みである。
 一連の流れは全て録画済みで、即日プレシアの元へ送られた。
 娘の可愛らしい姿は彼女を大いに喜ばせたという。
 勇斗とフェイトがなのは達に気付いたのは、散々彼女らにからかわれるネタを提供した後のことであった。







■PREVIEW NEXT EPISODE■

プレシアの死期が迫っていた。
目を覚ましたばかりのフェイトだったが、学校に復帰する間もなくプレシアへの元へと向かう。
母との最後の時間を過ごすフェイトは、これからの自分の道を模索するのであった。
そして勇斗となのはの前に再び彼女が姿を表す。

レヴィ『楽しく遊ぼうかっ!』



[9464] 第四十四話『楽しく遊ぼうかっ!』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/04/25 01:45
「私はもうすぐ死ぬわ」

 プレシアの容態が悪化したと連絡を受け、ミッドチルダの病院で再会した母の最初の一言がそれだった。

「……」

 「大丈夫、すぐに治るよ」と、声をかけたかった。だが、やせ細り、青白い顔でベッドにもたれかかる母親の姿は、そんな言葉をかけることさえ躊躇わさせた。
 プレシアの死期が近いことは誰の目にも明らかだった。
 この半年間の生活でプレシアが不治の病に侵されていること、最後の別れがそう遠くないことも、薄々わかっていた。
 その上で、プレシアがなのはや勇斗達、友達の元へフェイトを送り出したことも。
 だからといって、プレシアの言葉にそのまま頷くことは母の死を肯定するようで、フェイトは押し黙ることしかできなかった。

「いらっしゃい、フェイト」

 そんな娘に苦笑しながら、フェイトを呼び寄せるプレシア。フェイトが近くまで寄り添うと、そっとその頬を撫でる。

「あなたの話を聞かせてちょうだい。学校でのこと、友達とのこと、そしてこれからのこと」

 これから、というのがプレシアが死んだ後のことを指しているのが否応にもわかってしまった。
 切なくて、悲しくて、涙が溢れそうになりながらも、それを堪え、プレシアの望みを叶えるために口を開く。
 ジュエルシードの事件以降、母に対して少しだけ変わった言葉遣いでポツリポツリと話し始める。

「うん、あのね……」

 なのはやアリサ、すずか。そして勇斗ら友達のこと。学校での生活。そして闇の書事件でのこと。自らがもう二度と魔法が使えなくなってしまったことを、一つずつ、ゆっくりと。
 海鳴に来た後、定期的に送っていたビデオメールで既に話したことも、改めて話していく。
 母との会話を、全て自分の中に刻み込むように。

「シンクロドライブを使ったこと、後悔してる?」

 プレシアの問いかけに、フェイトは迷うことなく首を横に振る。

「後悔なんてしてないよ。私は自分のできることをやりきったから」

 数日前、勇斗に言ったのとほぼ同じ言葉。それは嘘偽りのないフェイトの本音だった。
 プレシアも事のあらましはリンディから聞き及んでいる。
 フェイトが自らの教えた魔法「シンクロドライブ」を使ったことで、二度と魔法を使えない体になったことも。
 その経緯に関して、誰かを恨むつもりも無かったし、自分にそんな資格があるとも思ってない。
 フェイトが自分で選び、自分で決めて、自分でやったことならば、自分が口出しすることは何もない。
 シンクロドライブを含め、今の自分がフェイトに与えられるものは、全て託したのだから。
 こうして話を聞いているのは、ただの自己満足にすぎない。

「魔法を使えなくなったことに未練はない?」

 勇斗がついに出来なかった質問をプレシアは直球ど真ん中に投げ込んだ。
 フェイトはそれに少しだけ困った顔をしながらも、すぐに口を開く。

「……ないって言えば嘘になるかな。でも、魔法が私の全てじゃないから。魔法が使えなくても、私は私の道を進んでいける」

 そう言って目を閉じたフェイトが浮かべるのは、ひたむきに自分に向かってくる白い少女と何度倒れてもその度に立ち上がる少年の姿。
 白い少女は出会う度に自分の名前を呼んでくれた。拒絶する自分に臆することもなく。
 少年は自分の力ではどうにもならないことでも諦めることなく、何度も立ち上がった。
 力のあるなしは問題ではない。
 本当に大事なのは魔法の力じゃなく、その心の強さ。
 どんな時にだって諦めない強さ。それをあの二人は教えてくれた。

「それにね、闇の書の夢の中でアリシアの声を聞いたの。リニスと一緒にずっと私のこと見守っていてくれるって。だから私は平気だよ」

 ――わたしはフェイトのお姉さんだからね。リニスと一緒にずっとフェイトを見守っているよ

 あの時に聞こえたアリシアの声。他人に話せば幻聴だと笑われるかもしれない。
 それでも、あの声は幻聴や聞き間違いではなく、本当のアリシアのものだと信じることができた。

「そう、アリシアが……」

 フェイトの言葉にプレシアもまた、目を瞑る。
 最愛の娘、アリシア。アリシアのことをよく知る彼女だからこそ、フェイトの言葉が真実だったのだろうと、すんなり受け入れてしまった。
 時折、我儘を言って困らされたりしたこともあったけど、あの子は誰よりも優しい子だった。
 きっとフェイトの言葉通り、いつまでもアリシアは自分の妹を見守っていくのだろう。
 アリシアとリニスは今の自分達を見てどう思うだろうか?
 半年前までなら、自分の在り方に心を痛めていたと思う。
 でも、今の自分達の在り方なら、そう悪くはないはずだ。例え、別れの時が近いとしても。

「私、管理局に入ろうと思うんだ。もちろん、今すぐってわけじゃないし、魔法も使えなくなっちゃったけど」

 魔法が使えなくても、エイミィ達のように管理局で働くことはできる。
 自分がはなのはやクロノに助けてもらったように、誰かを助けていきたい。
 直接、自分が誰かを助けることはできなくなってしまったかもしれないが、それでも誰かの手助けをしたい。
 その為に選んだ道が管理局で働くことだった。
 まだ、具体的にどんな道を進んでいくのかは決めていないが、幸い話を聞く相手に困ることはない。
 色んな人から色んな話を聞いて、ゆっくりと自分の道を決めていきたい。
 一つ一つ、自分に言い聞かせるように、自らの夢を語るフェイトにプレシアは微笑を浮かべて相槌を打っていた。
 自分がいなくなっても、フェイトは大丈夫だという安堵を抱きながら。







「ゆーとくん、最近ボーっとしてること多いよね」

 学校からの帰り道、なのは、アリサ、すずかの三人娘と一緒に歩いていると、唐突にすずかが話を振ってきた。
 フェイトが目を覚まして五日後の放課後。フェイトは大事を取って自宅療養を続けていたが、プレシアの容態が急変したとのことで、ミッドチルダの病院へと行ってしまった。
 三日前から学校に復帰しつつ、昨日までフェイトのところへ毎日通い詰めていた俺は唐突に予定が空いてしまい、こいつら三人と一緒に帰っている。
 フェイトが目を覚ました日のことを含め、なのはたちに散々冷やかされたのは言うまでもない。
 元凶の俺としては当たり前のことをしていただけなのだが、なのはにそれを言ったら、
「あれはゆーとくんのせいじゃないよ。誰の責任でもない。そんな風に自分のせいにして決めつけたら駄目っ。そんなのフェイトちゃんだって喜ばないもん」
 と、ふくれっ面で怒られた。
 はやてやリインフォース、ヴォルケンズとも少しだけ話したが、フェリクスのことは自分たちの責任と考え、俺に原因があると言う人間は誰一人いなかった。
 まぁ、元々の歴史の流れというか原作知識がなければ、確かにそういう見方もあるのだろう。
 ここで俺の責任だと喚き立てたところで、結局それは俺の独りよがりで自己満足にしかならないので特に反論はしなかったが。
 肝心なのは、俺がこれからどう行動するか、だ。
 まぁ、それはそれとして。

「傷が痛くて痛くて今にも死にそうなんだ」
「大人しく入院してなさいよ」

 俺の言葉にアリサが呆れたように突っ込む。

「一度、無理言って退院しといて、どの面下げて戻れと言うか」

 フェイトがこっちにいない以上、無理に退院する必要性はなくなってしまった。
 アリサの言うとおり、もっかい入院してたほうが楽だったかもしれないが、さすがに体裁が悪い。
 こう見えて、俺は見栄っ張りなのだ。
 それに傷が痛むことは事実だが、実際はそこまで痛くない。
 俺が学校でボーっとしている理由は別にある。
 「複数の思考行動・魔法処理を並列で行う」マルチタスクの練習を兼ねて、ブレイカーにミッドチルダの文字を教えてもらっているのだ。
 もっとも、大きな魔力を持っているとその分マルチタスクの処理が難しくなるらしく、もともとの才能がない上に、限度知らずの魔力を持ってる俺は、文字を習う程度のことでも他のことがおろそかになりがちになる。
 慣れればもうちょい改善はされるらしいが……。
 マルチタスクを習ったばかりのなのはが、戦闘シミュレーションなんて高度なことをやっていたことを思い返すと、あまりの格差社会に泣けてくるが、俺も無限書庫で調べもの出来るようになる程度には、ミッドの文字を覚えておきたいのだ。

『授業中に魔法の練習するなとは言わないけど、ゆーとくんはまだ怪我してるんだから無理しちゃダメだよ?』
『へいへい』

 無論、なのはには速攻でばれていた。やっていることの難度には天と地くらいの差があるけどこいつも最初は結構ボーっとしてることが多かったので、止めはしないらしい。

「それだけフェイトちゃんに会いたかったんだもんね。仕方ないよ」

 すずかが茶化してくるが、その言葉自体は間違ってないので否定しない。フェイトが目を覚ました日、俺がフェイトの額に手を乗せていたことがお子様三人の妙な想像に拍車をかけたようだ。やれやれである。

「俺に対しては別にいいけど、フェイトや他の奴に今みたいに行き過ぎた勘ぐりはやめとけよ。自分の想像や願望で物事を決めつけたり、度が過ぎると色々こじれて面倒なことになるからなー」

 たとえば、フェイトが俺以外の誰か他の異性に興味を抱いた時とか。なのは達が変に決めつけて、あれやこれやと話を進めたとき、色々面倒くさい方向に拗れてしまうことがあるかもしれない。
 年頃の女の子が恋愛ごとに興味を持つのは当然のことだし、悪いことではない。
 が、それが行き過ぎると色々面倒なことになる。実体験こそないが、その手のトラブルに関する体験談はことかかない。
 過去の俺の友人や、優奈の友人も何度かそれを経験している。
 子供のうちは、ちょっとした喧嘩程度で収まるだろうが、釘を刺しておくに越したことはないだろう。

「見れば、三人とも呆気にとられたような顔でこちらを見ていた。失敬な奴らだ」
「そ、そこは声に出して言うことじゃないよ!?」
「本当にあんたは極々稀にまともなこと言うわよね……万に一回くらいだけど」

 なのははともかく、アリサが失敬極まりない。一体、こいつは俺を何だと思っているのか。

「ま、何事もほどほどにな」
「あ、あはは……ごめんね」
「謝らなくてもいいけどな。俺以外の奴には気を付けてと言うか」

 すずかの謝罪に軽く肩を竦めながら言う。
 いたずら好きの俺があんまり偉そうに言えた義理でもないし。

「俺に対して言う分には……まぁ、好きなだけ言ってくれ」

 それくらいの度量は持っていたいと思う。傍から見たら偉そうにしてるだけですね、はい。

「え、と、じゃあ、この際だから聞いてみるけど、ゆーとくんは、結局フェイトちゃんのことどう思ってるの?」

 控えめに手を上げておずおずと聞いてくるすずか。

「どうって言われてもな」
「こういこと言ったら、また怒られちゃうかもしれないけど、ゆーとくんのフェイトちゃんへの接し方は、私たちより優しいっていうか、なんか特別な気がして」

 すずかの言葉になのはとアリサも凄い勢いで云々と頷いている。勢いつけすぎだろう。
 確かに言われてみれば、そんなこと気もしないでもない。
 なんでだろう。妙に保護欲が刺激されるのかな。

「ゆーとくん、フェイトちゃんと話してる時、自分がどんな顔してるかわかってる?」

 すずかの言葉に一考する。フェイトと話してる時の自分の顔、ねぇ。

「すずかん家の猫たちを可愛がってるような顔?」

 俺がそう言うと、三人揃って、うん?と首を傾げた後、すごく不味いものを食べたんだけど、素直にそれを言えないような、なんとも言えない表情になった。
 そして俺に向けられる視線が揃って冷たい。

「まぁ、フェイトの可愛いとは思ってるよ。ペットとか愛玩動物的な意味で。あとはこんな妹が欲しかった的な?」
「ペット……」
「愛玩動物……」
「妹って……」

 すずか、アリサ、なのはの視線がもっと冷たくなった。
 ちょっと居心地が悪いが、本当のことなのだから仕方なかろう。

「だいたいフェイトだって俺のこと異性としてどうこう考えてないだろ」

 異性どうこうというよりは頼れる相手というか、保護者……もなんか違うか。
 ただの友達以上には思ってくれているとは思うが、そこに恋愛感情云々はないと思う。

「ゆーとくん……」
「これだから男は……」
「はぁ……」

 三人揃って憐れみの視線を向けてくる。これが見解の相違というものか。
 その辺はフェイトに直に確認しとけと言いたいところだが、経験がないだけに本人も男女のそれとかあんまりわかってなさそうな気がするしなぁ。
 下手に思考誘導して勘違いされてもアレだ。

「フェイトにはあんま下手なこと言うなよ。あいつが勘違いで俺のこと好きになったら不幸すぎるだろ」
「あ、うん。それはそうかも」
「間違いなく不幸ね」
「うん。確かに」

 一秒の間もなく速攻で肯定された。なにその華麗な三連コンボ。
 うん、自分で言っててなんだけどそこまでストレートな反応されると悲しくなるね!
 いくら俺でも泣くぞ!

「あははっ、冗談だよ」
「は?」

 精神的に軽く泣きが入ったところで、吹き出すように笑うなのは。アリサとすずかも同じようにケラケラと笑い出す。

「ふっふーん、最近ようやくあんたの微妙な表情を読み取れるようになったわ。慣れれば意外と読みやすいわよね」
「うん。今のゆーとくん、ちょっと可愛かったよ」

 いや、読みやすいのは否定せんけど、憮然としてたのを可愛いと言うのはなにかおかしいぞ、すずか。

「それにこないだのゆーとくんとフェイトちゃんを見てたら、不幸だなんて思わないよ」
「そうそう、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、ラブラブなオーラ漂わせてたわよ。当人の自覚あるなしに」
「二人ともなんだかすごく幸せそうだったよ?」

 なのは、アリサ、すずかの順にそろって生暖かい視線を向けてくる。
 こいつらの目にフィルターがかかってただけ……だと思うけどな、うん。
 確かに居心地は良かったけども。

「……まぁ、なんでもいいけどな」

 投げやりに呟いた俺の言葉に三人がくすくすと楽しそうに笑う。
 まぁ、可愛い子が笑ってるのは良いことだと思っておこ――小さくため息をつこうとしたところ、不意に魔力を感じた。

「おい、なのは」
「……うん」

 一瞬だけ、なのははアリサとすずかに目を這わせるが、躊躇っている場合でないと判断し、頷きあう。

「なに、どうしたの?」
「いいからちょっと下がってろ。説明は全部後だ」

 なのはと一緒に二人をかばうように、前に出て、それぞれのデバイスを構える。
 前方5メートルほどの場所に浮かび上がる蒼い魔法陣。この魔力光には見覚えがある。
 冗談じゃねぇぞ、こんな街中で出て来るのか。クロノ達アースラ組やヴォルケンリッターもまとめて本局に出払ってて、今この街にいる魔導師は俺となのはだけ。やばい。
 周囲に人影がないのが不幸中の幸いか。

「な、なによっ、あれ!?」
「な、なにが起きてるの……」
「変身!」
「レイジングハート!お願い!」

 驚く二人をよそに俺となのははそれぞれバリアジャケットを纏う。

「え、ゆーとくん?なのはちゃん?」
「ちょ、何っ!?」

 バリアジャケットを纏った俺達に慌てふためくすずかとアリサだが、それに構っている暇はない。
 どうする。どうこの場を切り抜ける?
 蒼い魔法陣はより強く輝き、その上に人影が浮かび上がる。

「あっははは!遂に見つけたぞ!」

 斧状のデバイスを振り回し、外套を靡かせる小さな人影。
 レヴィ・ザ・スラッシャー。
 フェイトと同じ姿を持つ、闇の書のマテリアル。
 ハーケンフォームとなったデバイスを振り回し、彼女の口が弧を描く。

「さあーて、楽しく遊ぼうかっ!」

 場所がまずい。結界もなしにこんな奴の相手をしてたら色々まずい。どうする?どうする?
 時間が足りなさすぎて、考えがまとまらない。
 だが、レヴィより早く何か行動しなければならない。

「じゃん!けん!」

 レヴィの口にした「遊ぼう」というキーワードにとっさに叫び、右拳を左手で覆うように腰溜めで構えていた。我ながらテンパりすぎだろう。

「「ポン!」」

 そして出される俺のグーとレヴィのチョキ。

「そんな……僕が負けた!?」

 ノッてきた。薄々感じてたけど、やっぱりこいつはアホだ。だが、この流れを損なうわけにはいかない。

「あっちむいてぇぇぇぇ!」

 人差し指を付きだし、このまま勢いとノリで全部誤魔化す!
 無駄に大声で叫びながらなのはに念話を送る。

『今のうちにバスターでぶっとばせ!』
『ええっ!?いや、それはなんというか、あの、ちょっと酷いと思うんだけど!?』
『外道上等!』
『駄目だよっ!』

 ええぃっ、使えない奴!っていうか俺は俺で何をしてるんだとセルフ突っ込みしつつも、突き出した指を動かす。

「ホイッ!」

 俺の指が指したのは上。レヴィが向いたのは左。
 ニヤリと笑うレヴィ。
 そして再び始まるバトル。

「じゃん!けん!」

 ノリノリだな、お前。
 本当に何やってるんだろう、俺。後ろの三人がどんな目でこっちを見ているのかは想像したくもない。

「「ほい!」」

 奴はパー。俺はグー。
 キラリとレヴィの目が光った――ような気がした。

「あっちむいて……ほぉぉい!」

 レヴィの指差した方向と俺の向けた顔の方向は完全に一致していた。

「負けた……!」

 がっくりと項垂れ、大げさに膝付く。

「あっははー!僕の勝ちー!強いぞ、凄いぞ、かっこいー!」

 あー、うん。凄いね、ハイハイ。実に簡単な性格だな、おい。

「え、と……なのは、何この……何?」
「フェイト……ちゃん、じゃあ、ないよね?」
「え、えっと、これはね、その……えっと、なんて申しますか……」

 後ろから聞こえてくる声で、実に平和な光景が想像できるが、こっちはこっちでこれからどうしようと脳がフルに回転中である。
 このままなんとか戦闘を回避したい……。
 最低でもアリサとすずかからは引き離せるようにしたいが、どうしたものか。

「さぁ、次は何して遊ぼうか!」
「…………」

 立ち上がり、胸を張って言ったところで、レヴィはジッとこちらを見つめてくる。
 嫌な予感しかしねぇ。

「そんなの決まってるじゃないか」

 ニヤリとその口が歪み、左手を掲げるレヴィ。その手には魔力スフィア。
 俺、即座に反転してダッシュ。

「この前の続きだぁぁぁっ!」
「やっぱりかぁぁぁぁぁっ!?」

 俺と入れ替わるように前進するなのはと後方での爆音を置き去りに、すずかとアリサを両脇に抱えて走る。

「えっ、あっ、ちょっ、ゆーとくん!?」
「ちょっ!?バカ、スケベッ!どこ触ってんのよ!?」
「舌噛むから黙ってろ!後でいくらでも文句は聞いてやる!」

 抱きかかえた二人の罵声もほどほどに聞き流し、全力で走る。
 たいして体格の変わらない子供二人を抱えるのは割と一苦労なんだよ!
 なのは一人を置いて逃げるのは心苦しいが、互いの能力を考えるとこれが最善だと言い聞かせる。
 なのはならあいつ一人ならなんとかなる……はず。他の二人が出てくる前に、この二人をどっか適当なところに降ろしてクロノに連絡しないと。

「ねぇねぇ、どこいくの?」
「とりあえず人のいないとこ……ろ?」

 横を振り向くとそこには、ソニックフォーム(?)となったレヴィの笑顔。
 人が全力疾走してる横で「やっほー」とか手を振ってんじゃねぇよ!

『右に跳んで!』

 なのはからの念話にすぐさま右に跳ぶ。
 コンマ数秒の間を置かずに飛来する桜色の砲撃。
 危ねぇよ!
 レヴィの末路を見届けることなく、近場の公園へと駆け込む。
 近所では一番大きい公園で、山のほうに行けば比較的人が少ないはず。

「せーのっ!」

 声は頭上から。反射的に横に跳ぶ。
 両脇から小さな悲鳴が聞こえてくるが、構っている余裕はない。
 すぐ横を光の刃が掠めていく。
 だから危ねぇっての!?
 おまけに無理やり跳んだ為、上手く着地できる体勢になかった。
 視界に映るのは、ハーケンフォームの刃を地面に突き刺したまま、もう片方の手をこちらに向けるレヴィの姿。
 魔力弾の輝き。砲撃じゃないだけマシだが、空中じゃまともに身動きが取れない!
 フローターフィールドじゃ間に合わねぇ!

「んなくそぉぉぉぉっ!」

 限界ぎりぎりまで意識を集中。

『Flier Wing』

 俺の背中から黒翼が広がる。右の羽根を強くはばたかせることで無理やり方向転換。
 レヴィの蒼い魔力弾が頬を掠め、羽根を撃ち貫く。
 魔力で作った羽根だから痛みはないが、その勢いで体勢が更に崩れる。

「南無三!」

 地面に激突する寸前に、クッション代わりにフローターフィールドを展開。ワンバウンドで衝撃を殺した後に、地面へと放り出される。

「つぅ……!」
「一体全体なんなのよーっ!もうっ!」
「勇斗くん、その羽根……!?」
「げっ」

 両脇から聞こえる声を無視して顔を上げるとそこには砲撃の光。
 今からじゃ二人を抱えて避けられない。
 反射的に二人を放り出し前進。

「ぐっ……があああああぁぁっ!」

 両手を広げ、身体全体で砲撃を受け止めるが、俺に受けきれる威力じゃない。踏ん張った足ごと押されていく。
 せめて後ろの二人に当たらないようにしないといけない。ほんの少しでいい。軌道を逸らせれば!

「ぬぅぅぅらあぁっ!」

 魔力を集中し、下から右足を蹴り上げ――俺の体は数回転する勢いで後方に吹っ飛ばされた。
 後ろにあった木をいくつかぶち折ったところでようやく止まる。

「か……はっ」

 やべぇ、意識が飛びかけた。

「ゆーとくん!」
「ゆーとっ!」

 聞こえてくる声からすると、二人は無事か。
 霞む視界に二人が駆け寄ってくるのが見て取れた。
 額にぬらりとした感触を感じながら立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。
 くそっ、動け、俺。
 なんとか震える手で体を支えつつも、なんとか起き上がり、そのままこちらに向かってくるアリサとすずかを交差するように駆け抜ける。

「ちょっ!ゆーと!?」
「ゆーとくん!?」

 二人の声を置き去りにして、拳を振り上げる。

「うらぁ!」

 勢いに振り下ろした拳はレヴィのシールドになんなく受け止められる。

「へー、あれを食らって立ち上がれるんだ?やっぱり君頑丈だね」

 割と本気で死にそうだけどな!
 余裕綽々のレヴィに内心毒づきながらも、拳を叩きつけた反動で距離を取る。

「なのはは、どうした?」

 肩で息をしながら問いかける。流石にあの短時間でなのはがやられたとは思えない。

「へっへーん、あんな奴に僕が止められるもんか!無視して置いてきた!」
「置いてくんなよ!あいつと遊んでろよ!」

 俺じゃまともにお前の相手なんかできねぇんだよ!こんちくしょう!

「えー?だって君が逃げるからしょうがないじゃん」

 フェイトと同じ顔でぷくーっと頬を膨らます様は、ちょっと可愛いが、違う。そうじゃない。

「逃げたら追ってくるとか犬か、おまえは」
「えっへん!」
「褒めてねぇよ!偉そうに胸張るな!」

 ええぃ、アホの相手は疲れる!

「ぶーっ、わがままだなぁ」
「おまえがな!」

 疲れる。アホの相手は疲れる。

「あんたそっくりね」
「一緒にするな!すずかも頷くな!」

 こんなんと一緒にされたらさすがに傷付く。

「大体君のせいで僕たちは酷い目に遭ったんだぞ!ちゃんと責任取れ!」
「誤解を招く言い方をするな!こっちだって死ぬほど痛かったんだよ!おまえらこそ責任取れ!」
「……えーと、痴話喧嘩?」

 すずかさん黙っててください。

「え……と、どういう状況?」

 レヴィに置いてかれ、ようやく飛んできたなのはがぽつりと呟いた。
 俺もよくわからん。

「げ」

 そこに感じた二つの魔力。先ほどのレヴィと同じように浮かび上がる二つの魔法陣が浮かび上がっていた。
 ――色はそれぞれ燃えるような赤と紫がかった闇色。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

レヴィに続いて現れたはシュテルとディアーチェ。
絶体絶命の危機に陥ったかにみえた勇斗達だが、
物語は意外な方向へと展開していく。


シュテル『その身を持って罪を贖いなさい』




[9464] 第四十五話『その身を持って罪を贖いなさい』
Name: しんおう◆f580e11d ID:f2d4a5a1
Date: 2012/05/09 21:18
 赤と闇色の転移魔法陣から現れたのは、残る二人のマテリアル――シュテルとディアーチェだった。
 まずい。アホのレヴィ一人ならなのはで対応できたかもしれないが、この二人まで出てきたら始末に負えない。
 なのはもさっきまでと打って変わって、厳しい表情で二人の出現を見つめていた。

「王様ー、シュテるんー!見て見てー。ちゃんとこいつら見つけたよー!褒めて褒めて!」

 どうする。どうやってこの場を切り抜ける。戦っても勝ち目はない。
 考えろ。どんな方法でもいい。なのはやすずか達を逃がす方法を。って、そうそう思いつけば苦労なんかしねぇ!
 テンパりながら思考を回転させるうちに、シュテルとディアーチェは俺達とレヴィを睥睨する。
 レヴィ、なのは、すずか、アリサ、そして最後に俺へと視線を送るシュテルの目つきが鋭くなる。

「その身を持って罪を贖いなさい」

 シュテルがデバイスを高々と掲げて、ポツリと呟く。

「くっ!?」
「だめぇっ!!」

 この位置ではなのはは間に合わない。
 無駄とは知りつつも、せめてもの抵抗にと翼を広げ、すずか達から離れるように跳ぶ。
 そして解き放たれる紅き光の奔流。

「なんで―――っ!?」
「え」

 シュテルが撃ち放った砲撃。それは寸分違わずレヴィを直撃し、吹き飛ばした。
 俺もなのはも。目の前で何が起きたのか理解できず、無防備な状態でただ見ていることしかできなかった。

「このアホウがっ!貴様の頭は空っぽか!?何の為に我らがこんなところまで来たか忘れたか!?」

 ディアーチェが吹っ飛んだレヴィをキャッチし、ガクガクと襟元を掴んで揺さぶる。

「え?えーと…………ハッ、しまった!あいつの間抜け面見たらイラッとしてつい忘れてた!?」
「…………」

 無言でレヴィの頭をはたくディアーチェ。なんだ、このコント。というか間抜け面っていうのは俺のことか、おい。

「レヴィがご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
「あ、いや、えーと……」

 ふわりと俺の前に着地し、スカートをちょこんと摘まんで頭を下げるシュテル。ちょっと目の前の事態に頭が追い付いていかない。
 あ、でもこのポーズのシュテルはちょっと可愛い。

「ど、どういうことなの……?」

 遅れてなのはもふわりと着地し、困惑した顔で俺に聞いてくる。だから俺が知るか。

「私たちに戦う意思はありません。少し長くなりますが、話を聞いてもらえますか?」
「…………」

 俺となのはは互いに困った顔を見合わせる。
 そこへ鳴り響く、ぐ~っという音。

「…………」

 無言のまま音の発生源へと目を向ける。

「うぅ~。王様ー、シュテるんー、お腹減ったよー」

 盛大に腹の虫を鳴かせて、へなへなと座り込むレヴィの姿あった。
 またか。またこのパターンか。あれか、フェイトの遺伝子は俺の前で腹ペコになる因子でも持ってるのか、おい。

「……とりあえずクロノくんに連絡しよっか」
「……だな」

 なのはの言葉に頷く。
 こいつらが俺らを殺る気なら、すぐにやれるはず。それをこうして話し合おうと言うなら拒否する理由はない。どうせ戦ったら負ける。
 この様子ならすぐにどうこうされる危険はなさそうだ。
 何が目的なのかはさっぱりだが、とりあえずクロノ達やヴォルケンリッターを呼ぶのが先決だろう。
 っと、その前に。

「すずかとアリサは怪我ない――」
「怪我してるのはあんたでしょう!人の心配する前に自分の心配しなさいよ!」
「そうだよ!早く病院行かなきゃっ!血が一杯でてるんだよ!」

 おう。言われてみれば絶賛、頭から出血中でしたね。
 気を抜いて自覚した途端、頭がくらくらしてきた。貧血だ、これ。
 とりあえず二人ともちょっとコートとか汚れてるくらいで怪我はないようだ。

「なに、これくらい問題ない。ほっとけば治る」

 頭ってのは出血が派手だと聞いた気がする。見た目ほど大した怪我じゃないだろう。多分。
 これ以上心配かけるわけにもいかないので、適当に嘯く。

「なんだったら吸うか?」
「……す、吸わないよ!それより早く病院!」

 今の間は何でしょうか、すずかさん。あれ、夜の一族って血、吸うんだっけ?まぁ、それは置いてといて。

「病院はちょっとな……」

 ちらりと視線をマテリアル達に向ける。流石にこいつら込みで病院行くのは躊躇われるし、かといってなのはに任せきりなのも気が引ける。
 いや、俺がいても役に立たないのはわかってるんだけどさ。

「じゃあ、うちに来て。輸血用の血液もあるし、ノエルならちゃんと怪我の手当てもできるから」

 こっちの事情を察してくれたらしいすずかがそう提案しつつ、すでに携帯を取り出して電話していた。
 もっかい視線をマテリアル達に向ける。

「ご心配なく。そちらに危害を加える気はありませんから。王やこの子にも絶対に手出しはさせません」

 と、言われても前回あれだけフルボッコされた挙句、ついさっきも攻撃を食らったばかりなんだがな。
 まぁ、現状考えると信じるしかないんだけど。

「これ以上巻き込みたくないんだが……」
「もう十分巻き込まれてるわよ!ちゃんと納得のいく説明してもらうまで、帰らないからね!」

 そう言いつつ、アリサがハンカチを俺の額に押し当ててこようとする。

「バカ、汚れるからいいって。こんなのほっとけば治るって」
「よくない!いいからこれくらいさせない!」

 いやいや、お嬢様のハンカチが血染めのハンカチになるとかやだよ、俺。洗っても落ちないし、代わりのハンカチとか買ってプレゼントもやだって。
 逃げようとしたところで足元がふらつく。

「あ」

 と気付いた時には足から力が抜け、一気に視界が暗転した。
 このまま倒れるかな、と思ったところで後ろから抱き止められる感覚。

「あまり無理はいけませんよ」

 この声はシュテルか。
 無理させたのはどこの誰だよ、と心の中で毒づきながらも動けない。

「ゆーとくん、ここはすずかちゃんの言うとおりにしよ?」
「もう少ししたらノエルが迎えに来てくれるから」
「……その間の説明は全部まかせた」
「ええっ!?」

 なのはの驚く声をよそに、ゆっくりと仰向けに寝かせられ、頭が何かに乗せられた。
 しばらくして額に布らしきものを押し付けられる。
 視界が戻ってくると、予想通りアリサがハンカチを押し付けていた。

「……ありがとう」

 文句を言うわけにもいかず、素直に礼を言っておく。

「いいわよ、別に。本当あんたってば、変なとこでこだわるわよね」
「それはよく言われるな」

 俺の額にハンカチを押し付けるアリサと、それを心配そうに見てるすずかとなのは。
 後ろでは「お腹減ったよー」と「やかましい!もう少し我慢せぬか!」というやりとりが聞こえる。

「変わりましょうか?」
「別にいい。というかあんたたちは一体何なの?」

 と、頭上でのやりとり。
 少し視線をずらせばシュテルの顔が見えた。
 あれ、もしかして俺シュテルに膝枕されてる状況か。
 本当になんだ、この状況。

「この人の娘です」
「ちょっと待てぃっ!」

 シュテルがとんでもないことを言い出したので思わず突っ込んだ。
 シュテルは何か間違えましたか?という感じにちょこんと首を傾げる。

「真顔で出鱈目を言うな!」

 アリサもすずかもなのはも目が点になってるじゃねーか!

「間違ってませんよ?あなたの魔力を元にして私たちは人の姿を与えられたのですから」
「それならそう言え!過程を色々省くな!思わず声に出して突っ込んじまったじゃねぇか!」
「大声を出すと傷に響きますよ?」

 …………余りにも淡々としたシュテルの対応に、なんかもう色々とどうでもよくなってきた。

「なのは、アリサとすずかに説明」
「う、うん」

 迎えのノエルさんが来るまでの間、どうしてこうなったと何度も自問自答を繰り返さずにはいられなかった。







「……あー、まぁ、なんというか」

 ノエルさんに手当してもらい、案内してもらった部屋に通された俺はなんとも言えない気持ちで目の前の光景を眺めていた。
 本当にどうしてこうなった。
 テーブルに並べられた料理が次々に消えていく。
 ファリンさんが料理を並べる傍から消えていく光景はまさに圧巻の一言に尽きた。
 一体小柄な体のどこにそんな入るのか。レヴィだけでなく、シュテルもディアーチェも物凄い勢いで料理を平らげていた。
 俺だけでなく、忍さんを含めた他のみんなも呆然としている。

「どんだけ飢えてんだ、おまえら」
「今までいたところはロクに食ベる物もない世界ばかりだったもので」
「はぐっ、んっ、この世界に着いたのだってついさっきだったんだよ、はぐはぐっ、王様!シュテるん!これも美味しいよ!」
「ええぃ、食事ぐらいもっと静かに食わんか、愚か者!」

 治療中に奮い立たせた警戒心とか敵意とかが、物凄い勢いで萎えていくのがわかる。
 マテリアルって飯食わないと死ぬのか?ヴォルケンリッターはどうなんだっけ?うん、わからん。まぁ、もうどうでもいいや。
 遠慮しろと突っ込むのも面倒になってきた。素なのか計算なのか。……どう考えても前者にしか思えないから困る。
 大丈夫?と聞いてくるなのは達に、大丈夫だと返しながら、マテリアル達の食事を投げやりな気持ちで見守る。
 クロノとリンディさん達がこちらに来るまで三十分ほどかかると言ってから、もうそろそろか。
 忍さんに食費を請求されたら、管理局に丸投げしようと心に決めつつ、こいつらの目的を考える。
 一番ありがちなこの前の仕返し……と思ったが、この状況ではそれも怪しい。
 じゃあ、他に何があるかというと、管理局の保護を受けにきた……って、こいつらの性格考えるとそれもない気がする。
 そもそも俺はこいつらに関して知ってることが少な過ぎる。
 満腹になった途端襲ってきたらどうしよう。クロノ、早く来てくれー。

「おかわり!」

 レヴィが空になった皿を突き出してくる。

「ちったぁ遠慮しろ」
「あはは。おかわりはいっぱいるから大丈夫ですよー」

 ファリンさんはメイドの鏡ですね!うちにも欲しい。嫁でもいい。

「いっただきまーす!」

 そしてレヴィは俺の言葉など聞いてすらいなかった。

「御馳走様でした」
「うむ、なかなかに美味であったぞ。褒めてつかわそう」
「シュテルはともかく、タダ飯食らってふんぞり返るおまえは何様だ」
「決まっておろう?我こそが王よ!」

 無い胸を張ってドヤ顔の王様に外を指差して言う。

「帰れ」
「いやいや、ダメだよ!?クロノくん達来るまで待たないと!」

 レヴィが満腹になった頃、ようやくアースラが到着するのであった。





 忍さん達に丁重にお礼を述べ、アリサとすずかを含め、後日改めて事の顛末を話すと約束し、俺達はアースラへ。
 療養中のはやてとリインフォースを除いたヴォルケンリッターと、クロノ、リンディさん、そして俺となのはでマテリアルたちの話を聞いていた。

「つまり話をまとめると、あなたたちは前の戦いのダメージで自力で魔力を補給することができなくなったから、私たちにどうにかしろ、と。そういうこと?」

 リンディさんの言うとおり、シュテル達の話を要約するとそういうことだった。
 正式な手順を踏んで闇の書システムから切り離されたシグナムと違い、マテリアルたちは闇の書システムと繋がったままの状態だった。
 その状態で闇の書システムことフェリクスが消滅してしまった結果、マテリアル達のプログラムに異常をきたし、自力で魔力を補給できなくなってしまった。
 わかりやすい例えをするならゲームのセーブ中に電源切られて、セーブファイルが壊れたとかそんなイメージか。
 このままでは存在を維持することも難しいため、それをどうにかするために俺達のとこへやってきたと。

「まぁ、そういうことだ。貴様らの力を借りるのは我としても非常に不本意ではあるがな」
「そのまま消えてしまえ」

 無駄に態度のでかいディアーチェにボソッと言い放つ。
 人の力を借りに来たのなら、もっとそれらしい態度を取れと。
 俺の一言にディアーチェが剣呑な瞳を向けて来るが、今の奴らはアースラに乗船する前に、魔力の封印処置を受けている。恐れる理由など何もない。

「ゆーとくんっ!」

 なのはが怖い顔で睨んでくるが、俺はそれを無視して言い放つ。

「俺はこいつらのせいで痛い目に遭ったんだぞ。こんな態度で力を貸せって言われてもな」

 自分でも大人げないと思わなくもない。が、なのはのように過ぎたことだからと言って、無条件に許せるほど人間ができてない。
 こいつらが直接の原因ではないが、フェイトが魔法を使えなくなった原因の一端を担っているとも言える。
 そう思うと萎えかけていた敵意も再び沸いてくる。

「ねぇねぇ、シュテるん。こいつ人間ちっさいよ」
「やかましいわ!」
「だって、しょうがないじゃんかー。あの時は僕たちは生まれたばっかだったし、主に逆らうことなんてできなかったんだんだもん」
「……む」

 声を荒げる俺に、レヴィは眉根を寄せ、頬を膨らませながら口を尖らせる。

「って、ついさっき俺ぶっ飛ばされたばっかりだぞ、おい」
「あれは、え、と、その……つい、カッとなって。ごめんね!」

 てへ、と笑って舌を出すレヴィ。反省してないだろ、おまえ!

「ごめんで済んだら管理局はいらんわ!」
「重ね重ね申し訳ありません。この子には私からよく言って聞かせますから」
「シュテるん!いたひいたひ!」

 シュテルがレヴィの頬を外側に引っ張りながら、頭を下げる。

「少なくとも今の私たちに敵意はありませんし、今後も管理局の法を犯すつもりもありません。そこは信じていただけませんか?」

 まぁ、これまでのやりとりを見る限り、確かに悪意はないんだろうけどさ。

「主であるフェリクスを倒されたことに対して、あなた達に遺恨はないの?」
「……イコン?」

 リンディさんの質問に首を傾げるレヴィ。アホの子には難しい言葉だったらしい。
 リンディさんはその様子に苦笑しながら、わかりやすい言葉で説明し直す。

「私たちを恨んだり、怒ったりしてないかってことよ」
「うーん、あの時はやられたことにムカついたけど今はそんなでもないよ?」
「確かにフェリクスは我らを生み出した主ではある。が、だからといってそこに忠誠や情などありはせんよ」
「あなた達と戦ったのも、主に従うことをプログラムで定められているが故。私たち個人としては、あなた方に敵対する理由はありません」
「そういうものなの?」

 リンディさんがマテリアル達ではなく、騎士達に問いかける。

「はやてより前の主に関しては大体同じ意見だな。ムカつく奴らばっかりで、そいつがやられたからって敵討ちしてやろーだなんて露ほども思わねーよ」
「ヴィータの言うとおりです。主に従う義務はあっても、忠誠や親愛を抱くことはまずありませんでした。主はやてが特別なのです」

 守護騎士達の扱いは相当に酷かったらしいから、シグナム達の言葉にも頷ける。
 だとしたらマテリアル達の言葉もある程度は信用してもいいのかもしれない。話してる限りには世間知らずの子供っぽいし、フェリクスとの交流もゼロだったろうし。
 ただし。

「その割には、随分と乗り気で戦ってたように見えるが」

 クロノの言葉に俺も頷く。あれを「単に強制されたから戦いました」、で済ますのは無理があるだろう。

「はい。拒む理由もありませんでしたから、思いっきりやらせていただきました。あなた方との戦いは実に有意義な時間でした。近いうちにまた手合わせを願いたいところですね」

 したり顔で答えるシュテル。オリジナルと同じで実に戦闘民族な思考回路ですね!

「だってよ、なのは」
「うん。喜んで」

 ……てっきり断ると思ってたけど、オリジナルも完全に同じ思考でした。
 アースラが来る前に少し話してたみたいだし、こいつん中じゃもうシュテルと友達なのかな。
 シグナムとの戦いはガチだから嫌と言っていたが、シュテルの場合は違うような印象でも受けているのか、似た者同士で妙なシンパシーでも感じているのか。

「ふん。レヴィやシュテルはともかく、我としては貴様らに受けた借りを数百倍にして返しやりたいところではあるがな」

 剣呑な目つきでこちらを睨んでくるディアーチェの言葉に場の雰囲気が緊迫に包まれる。
 こちらもに、負けじと睨む返すが、ディアーチェはそれを鼻で笑い流し、口を開く。

「本来なら貴様らまとめて血祭りにあげてやるところだが……」

 そこまで言って、一瞬だけレヴィとシュテルに目を馳せたディアーチェは静かに息をつく。

「この二人を消滅させるわけにはいかん。王として臣下を守る責務があるからな」
「へぇ……」

 意外だ。思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
 こんな傍若無人が服着て歩いてるような奴がちゃんとシュテルとレヴィのことを考えているとは。

「王様……優しい!凄い!格好良い!」

 見れば、レヴィがうるうると涙ぐんだ目でディアーチェを見ていた。無表情のシュテルもそこはかとなく嬉しそうにディアーチェを見つめていた。
 つーか、この場のほとんどの面子が微笑ましそうに、あるいは生暖かい目でディアーチェを見つめていた。
 そして自らの失態にハッと気付くディアーチェ。

「か、勘違いするなぁっ!これはあくまで王としての責務で、別にシュテルとレヴィがいなくなったら寂しいとか困るとかそういうことでは断じてないぞ!」

 語るに落ちるとはこのことか。
 ここまでテンプレ通りのツンデレをやられると、かえって清々しい。
 俺は突っ込み代わりにこれでもかというくらい生暖かい視線を送ってやった。

「うがああああああぁぁぁっ!そんな目で見るなぁっ!」




「で、結局君らは僕たちに何をどうして欲しいんだ」

 ディアーチェが一通り落ち着いた後で、話を再開するクロノ。
 魔力封印してなかったら大惨事になってたかもしれん。

「ふん!簡単なことだ。我らと契約して下僕になれ!」
「お帰りはあちらです」

 偉そうにふんぞり返ったディアーチェに丁寧に出入り口を誘導してやる。

「くっくっく、まぁそう遠慮するな。貴様ごときが我が末席とは言え、我が臣下になれ……って帰るなぁ!?」

 一通りマテリアル達のことはわかったので、後は終わってからクロノに話聞けばいいやと思って、一人退席しようとしたら物凄い勢いでディアーチェが追ってきた。

「や、もう俺必要なさそうだし。じゃ、そゆことで」

 とりあえずこいつらが根っからの悪人とかじゃなくて、分別のついてないだけの子供だってのはわかった。あとはリンディさんに任せとけば問題ないだろう。

「だから待てぃっ!貴様がいなくては話にならんだろうが!」
「えー?」
「えー?じゃない!元はと言えば貴様と雷のチビの一撃が全ての元凶だろーがっ!?あの攻撃が一番我らのプログラムにダメージを与えたんだぞ!?ちゃんと責任とれぇぇぇっ!」
「だって下僕とかやだし」
「何が不満だ!王たる我の手となり足となり尽くせるのだぞ。栄光の極みではないか!」

 おまえは栄光という文字の意味を辞書で調べるか、ググれ。

「だが断る。主なら考えてやらんこともないが、下僕なんぞ真っ平御免だ」

 なにが悲しゅうてこんな幼女の下僕にならなにゃいかんのだ。俺にとってのメリットなど何一つない。
 尽くされるのは大好きだが、こんなのに尽くすのなんて嫌だ。
 相手が美人でおっぱいでかくて優しいお姉さまならまだ考えないこともない。

「主?ロクに魔導も使えん塵芥風情が?……ハッ」

 おもいっきり馬鹿にしやがったな、こんにゃろ。

「こひゃ!きひゃまなんのつもひだ!はなひぇ!いたひ!いたひ!」
「おー、よく伸びる伸びる。いくら王様でも自分の立場を弁えるってことは覚えとかないといけないぞー」

 ちょっとムカついたので両頬を引っ張ってやる。
 暴れるディアーチェだが、魔力を封印された幼女など何するものでもない。

「貴様ぁっ!後で覚えていろよ!!」

 程々にして解放してやると、そそくさとシュテル達の後ろへと逃げた。ふはは、可愛いものよのぅ。

「ゆーとくん、あんまり女の子をいじめちゃ駄目だよ」
「なのはさん。私めはさっきの百億倍は痛い目に遭っておるのです。あの位は許されて然るべきだと思うのですよ」
「うん、確かに」
「至極当然の権利ですね」
「貴様らが頷くな、馬鹿者ぉっ!」

 頷くレヴィとシュテルに突っ込むディアーチェ。いいトリオだな、おまえら。

「っていうか俺じゃなくてもいいだろ。リンディさんに適当な人見つけてもらえよ」

 要は使い魔と同じで魔力供給とかのラインを結ぶってことだろう。
 なのはとか立候補しそうだし、大丈夫だろう。

「いえ、それは難しいかと」

 シュタッと手を挙げて答えるシュテル。

「自慢になりますが、私たちは並の使い魔とは比較にならない程優秀です。ですから契約者にかかる負担も並大抵のものではありません。並みの魔導士では、まず耐えられないでしょう」

 自分で優秀とか自慢するあたり流石ですね、シュテルさん。でも戦闘力はともかく他の面は色々アレなんじゃないだろうかと思わなくもないけど、ここは黙っていよう。

「私とかでも?」
「あまりおすすめはしません。普段の行動には支障はでないでしょうが、全力での魔法戦闘にはそれなりに支障をきたすと思います」
「……流石にそれは負担が大きすぎやしないか?」

 クロノの言葉に頷く。なのはクラスでも支障が出るとかどんだけ燃費悪いんだ。

「元より本来は想定していないイレギュラーな手段ですから仕方ありません。例え人の手を借りたとしても、消滅を免れる手段が見つかっただけ御の字と言えるでしょう」
「おんの……じ?」
「後で辞書引きなさい」

 首を傾げるなのはにピシャリと言い放つ。

「さすがになのはさんクラス以上でこの子達と契約してくれそうな人を探すのは、難しいわね……」
「正直に言うと、私たちの魔力残量もあまり余裕はありません。このまま契約者が見つからなければ消滅まであと二週間ほどでしょうか」

 リンディさんとシュテルの言葉に、必然的と俺に皆の視線が集中する。
 まー、俺ならどうせ契約していようがいまいがロクに魔法は使えないしな。
 こいつらと話すことで、根っからの悪人じゃないということもわかった。演技とか計算じゃなければだけど。

「どうか私たちと契約を結んでいただけませんか……?」

 可愛らしく小首を傾げるシュテルの視線が真っ直ぐに向けられ、レヴィとディアーチェも僅かながら緊張した面持ちでこっちを見てくる。
 こいつらにされたことを鑑みても、これから悪事を働かないと言うなら消滅という末路は可哀想だと思うし、なんとかしてやりたいとも思う。

「もう人に迷惑かけるようなことはしないって誓えるか?」
「誓います」
「誓う誓う!」
「……誓ってやる」

 シュテル、レヴィ、そして渋々ながらもディアーチェも頷く。どこまで信用したらいいかは怪しいとこだが、魔力封印してあれば当面は大丈夫だろう。

「30分くらい考えさせてくれ」
「えーっ!?」
「はぁっ!?人に誓わせておいてこれかっ!?ふざけるな、今すぐここで契約しろぉっ!」
「……だから、おまえらは人にものを頼むときのその態度をどうにかしろって」

 大声を上げるレヴィとディアーチェに嘆息しながら、部屋の出入り口へと向かう。

「どこ行くんだ?」
「散歩」

 クロノの問いに振り向くことなく答え、ギャーギャーうるさいディアーチェ達の声を無視して部屋を後にする。
 向かうはエイミィさんのいるであろう、通信室。




「というわけなんだけど、フェイトとしてはどう思う?お前が魔法を使えなくなった奴らの一端はあいつらにもあると思うんだけど」

 そもそもの元凶が俺というのはひとまず置いといて。
 エイミィさんに頼んで、ミッドのフェイトと話をさせてもらっていた。
 あいつらと契約を結ぶのなら、まず一番の被害者であるフェイトに話を通すのが筋だと思ったからだ。
 万が一、いや億が一?フェイトがあいつらとの契約に難を示すようなら、契約しないつもりだった。
 まぁ、絶対にそんなことがないのはわかりきっちゃいるんだけど。

『ゆーとはどう思ってるの?』
「先にお前から教えてくれ」

 俺がそう言うと、フェイトはくすりと笑って。

『ゆーとがあの子たちのことどう思って、どうしたいのか教えて欲しいな。お願い』

 両手を合わせ、くいっと可愛らしく小首を傾げて言うフェイト。

「無駄にあざといな」

 どこで覚えたそんなの。微妙にキャラ違くないか。
 俺が突っ込むと、見る見る間にフェイトの顔が真っ赤になり、シュンとなっていく。

『す、すずかに教わってやってみたんだけど、やっぱりダメだった……かな?』
「何を教えとるんだ、あいつは……」

 思わず額を抑える俺の傍らで、エイミィさんがクスクスと笑いを零す。

「いやいやフェイトちゃん、今のは可愛かったよー。どんどんやってこー!」

 あなたも無駄に煽らないでください。

「まぁ、無理はしない程度にな。で、俺がどう思ってるかだけど」

 前に自分で言うこと聞くって宣言した手前、フェイトにお願いされたら断るわけにもいかない。
 思っていることを正直に話すことにした。

「そうだなぁ。良くも悪くもあいつらはアホだ」
『あ、あはは……』

 アホの部分を強調しながらきっぱり断言した俺にフェイトは苦笑する。

「生まれたてで、単純に物事を知らないと言うか善悪の区別ついてないと言うか子供なんだろうな。まぁ、根は悪い奴じゃなさそうだから、なんとかしてやりたいと思ってる」
『うん、ゆーとならそう言うと思った。私も同じ考えだよ』
「おーおー、二人とも通じ合ってるねー」
「誰でも大体同じ考えだと思います」
『だよね』

 茶化すエイミィは二人でさらりと受け流す。

「じゃあ、そういうことで」
『でも、アルフの魔力もお願いしてるのに、マテリアルの三人まで契約して大丈夫?』

 アルフとは、フェイトが目を覚ました日のうちに魔力供給の契約は済ませている。主はフェイトのまま、魔力の供給だけ俺という形だ。
 フェイトは計四人分の魔力負荷が俺の負担にならないかどうか心配しているのだろう。

「へーきへーき。魔力の大きさだけが取り柄だからな。後はリンディさんにお任せだし」

 魔力を供給した後のことはリンディさんに全部丸投げする所存だ。小学三年じゃ、お子様三人の身の上をどうこうできないし。はやては特例。
 あいつらが今後、どんな道を選んでいくつもりなのかは知らないが、リンディさんに任せれば悪いようにはしないだろう。
 犯罪行為に手を染めないのなら、後はあいつらの自由だ。何をするかは全く想像つかないが。
 もしかしたらフェイトと同じようにハラオウン家の養子になるかもしれない。
 そうなったらそうなったでクロノの顔が見物である。自然と頬が緩むのも仕方ない。
 って、こっちのフェイトはプレシアが死んだらどうするつもりなのだろう。少し気になったが、プレシアが生きている今、それを聞くのは流石にデリカシーがないので自重する。

『そっか。後でどうなったのか教えてね』
「それは俺よりエイミィさんとかに聞いたほうがいいと思うけど、まぁ、わかった。あんまり待たせすぎてもうるさいだろうし、そろそろ行くよ」
『うん、頑張ってね』
「おまえもな」

 何を頑張るのかはよくわからんが。






「で、契約を結ぶのはいいけど、俺らに危害を加えない保証はあるのか?」

 部屋に戻って契約する旨を話すと、すぐに契約しようということになって、場所を広い訓練室へと移した。

「そう言うと思いまして、契約の術式に組み込み済みです」
「術式は既にこちらで検証済みよ。魔力供給の他には、契約者に危害を加えないこと、契約者の意思で任意に契約を破棄できるってことかしら」
「魔力以外で君に負担や危害を及ぼすようなことがないのは保障する。安心して契約するといい」

 シャマルだけなら疑うところだが、クロノがそういうのなら大丈夫だろう。
 こいつらが悪巧みをした時の抑止力としては弱い気がするが、ここら辺がお互いの歩み寄れるボーダーラインみたいなもんだろうか。
 契約者による命令は絶対強制とか組み込んだら、ディアーチェ辺りが猛反発しそうだ。まぁ……大丈夫、なのかな。ちょっと不安だ。
 フェイトと話していた間に検証が済んだってことは、俺が契約することを完全に見透かされたようでちょっと癪だけど。
 他にも何か色々聞いておくことがあるような気がするけど、まぁ、後でいいか。
 さっさと契約を済ませよう。

「もう一度言っとくけど、二度と俺や俺の仲間に手を出すようなことはするなよ。そんときは即契約破棄して塵も残さず消滅させるからな」
「はっ、魔力しか取り得のない塵芥風情が吠えよるわ。その言葉そっくりそのまま返そう。レヴィやシュテルに仇なすならば、文字通り塵芥として葬り去ってくれる」

 契約の魔法陣の中央上で、ディアーチェと敵意全開にして睨みあう。

「意外に二人とも似た者同士?」
「「一緒にするな!」」

 なのはの呟きに俺とディアーチェの声が重なる。

「ハモった!」
「ぐっ」
「くっ」

 レヴィの楽しそうな声に、俺たちの悔しそうな声が続く。

「あはは、やっぱり似た者同士だ」
「これなら仲良くやっていけそうですね」
「……お前らは一度、脳をゆすいでこい」

 なのはとシュテルに向けて漏らした言葉は、他の面子の笑いを誘うだけだった。







■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達を契約を結んだ勇斗。
だが、そこには思わぬ落とし穴が待ち受けていた。

勇斗『これは悪夢だ』



[9464] 第四十六話『これは悪夢だ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/05/23 02:06

「何か身体に変化はありますか?」
「んー、なんとなくおまえらとラインで繋がった……?ような気がする。なんとなく」

 マテリアル達との契約はつつがなく終わった。
 今、シュテルに言った通り、自身のリンカーコアとマテリアル三人のコアと魔力的な繋がりを感じる。
 アルフの時はほとんど感じなかったが、これは俺が主としてちゃんと設定されてるせいなのか。

「魔力的な負荷はどうだ?」
「全くない」

 三人とのライン以外は、別段、体に変わったことはない。負荷らしい負荷など微塵も感じない。

「……貴様本当に人間か?」
「……前に戦った時も思ったけど、本当は別の生き物なんじゃない?」
「おまえらに言われたくねぇ」

 人を変なモノを見る目をしてくるディアーチェとレヴィにぴしゃりと言い放つ。
 いい加減、自分の魔力が人外じみてるのは自覚してるが、おまえらはそのおかげで助かったんだろーが。リンク切ったろか。

「何はともあれ、これで契約は完了です。これからよろしくお願いします、我が主」
「…………っ!?」

 主……、だと?
 予想だにしていなかった響きに衝撃が走る。
 シュテルの無感情な言葉で何故これほどの衝撃を受けるのか。いや、無感情だらこそか?
 いかん、これは良い……!
 まさか、自分が主と呼ばれるのがこれほど良いものだとは……!
 妄想の中でならいくらでもあるが、現実に呼ばれるのは別格の味わいがある……!
 相手がちんまいとはいえ、可愛い女の子なら全然アリだ。
 これは萌える……萌えるぞぉぉぉっ!

「おい、なんかこいつフリーズしてるぞ」

 ヴィータの声で我に返る。

「ははっ、そんな馬鹿な」

 頭を振って、何事もなかったかのように振る舞う。危ない危ない。もしこれがシグナムとかアルフだったら即死だった。

「変なご主人様ー」
「!?」

 レヴィの言葉に、一瞬意識が飛びかけた。
 なんだ、この破壊力。いかん、あの声でご主人様はヤバい……!
 相手がちんちくりんのレヴィでも筆舌に尽くしがたい破壊力がある。
 くそっ、俺にメリットがないと思っていた契約に、まさかこんな特典があるとは。
 ご褒美です!本当にありがとうございました!
 脳内でレヴィの言葉をリピートしつつ、少しだけ期待を込めてディアーチェへと視線を送る。

「言っとくが、我は貴様ごときを主とは認めておらんぞ」
「だろうな」

 少しだけホッとしたような、残念なような。

「まぁ、いいや。リンディさん、とりあえず俺はそろそろ帰りますね」
「そうね。今日のところはこの辺でお開きにしましょうか」

 あんまり遅くなるとまた親に心配かける。こいつらの話はまた明日に回していいだろう。幸い休みだし、明日ならたっぷり時間はある。

「なのははどうする?帰るなら送ってくけど」
「あ、うん、そうだね。私も帰るよ」
「では、行きましょうか」
「うむ」
「うん、僕お腹減ったー」

 なのはに続く、シュテル、ディアーチェ、レヴィの声に俺は無言で振り返る。

「どうした、早く貴様の家に案内しろ」
「おまえらは一体何を言ってるんだ」

 ふんぞり返るディアーチェに冷たく言い放った。
 俺だけでなくマテリアル達以外の全員が怪訝な目でこいつらを見つめている。
 その視線にシュテルは不思議そうに首を傾げ、何かを思い出したかのようにぽんと手を叩く。

「あぁ、説明していませんでしたね」
「何を」

 なんだか猛烈に嫌な予感がしてきましたよ、俺。

「主と私達を繋ぐラインは非常に不安定なので、あまり長い時間、離れているとリンクが切れてしまうんです」
「……ちょっと待って」

 俺は額に手を当てて、シュテルの言ったことを頭の中で整理する。

「離れているって距離で具体的にどのくらい?」
「主の半径200メートル以内ならセーフです」
「めっちゃ近くね?」
「はい」

 こともなげに頷くシュテル。半径200メートルって、めちゃくちゃ距離近いよね?

「ちなみにどのくらいの時間離れると駄目なの?」
「今の状態だと一日4時間以上離れるとアウトですね。時間が経ってラインが安定すれば距離も時間もだいぶ伸びると思いますが」
「…………ちょい待ち」

 手で待ったをかけて、改めてシュテルの言葉を整理する。
 えーと、つまり一日20時間以上をマテリアル達と200メートル以内の距離で生活しろと?
 ははっ、ナイスジョーク!

「冗談だよな?」
「大マジです」

 あっさりと返されたシュテルの言葉に絶句する俺。
 いやいや半径200メートルの制限って相当しんどいよね?

「……アルフとの契約ではそんなことなかったけど」
「先ほども言いましたが、こうして私たちが契約すること自体イレギュラーなので、色々制約がつきます。せめて主の魔導の才が人並みであればこの制約はなかったのですが」
「……ディバイドエナジーとかじゃ駄目?」
「それができたら苦労せんわ。プログラムの不具合で我らが魔力を受け渡しができるのは同じマテリアルと闇の書システムのみ。他者から魔力を供給するには契約を通してラインを通さねばならんのだ。全部貴様らのせいだぞ」

 そう言ってジロリと俺を睨むディアーチェ。そんなん俺が知るか。

「ちなみにラインが切れたらどうなる?」
「もう一度最初から契約の結び直し……と言いたいところですが、一度契約を結ぶと三カ月は再契約が不可能です」
「なにその色々後付けっぽいたくさんの制約!?色々聞いてませんよ!?」
「何も聞かれませんでしたから」

 しれっと言ってのけるシュテルの言葉に軽く意思が飛びかけた。
 確かに契約によって俺自身に直接かかる負担は魔力以外にない。だけどそんな制約やデメリットとかあるなら、最初に言っとけよ!?

「困ったわね……。私たちのマンションはゆーとくんのお家より1キロ以上はあるし、24時間以内に部屋を借りるのも難しいわよ」

 となると、こいつら俺ん家に泊めなきゃならんの?しかも一日二日とかじゃなく長期間?
 
 「そんなわけですので、お世話になります」

 ぺこりと頭を下げるシュテル。

「なるよー」

 シュテルに続いて楽しそうに声を上げるレヴィ。

「ふん、せいぜい我に尽くすがいい!」

 そして偉そうに踏ん反り返るディアーチェ。
 え、え、ちょ、マジで?四六時中こいつらと一緒にいなきゃあかんの?
 ハハッ、これなんてエロゲ?
 つーか、相手がシグナムとかシャマルならともかく、こんなのと一緒の生活なんて全く嬉しくねぇっ!
 主とかご主人様にはちょっときゅんと来たけど!

「これは悪夢だ。夢に違いない。こんなん現実に起きるわきゃねぇ、ハハッ」

 虚ろな目で呟く俺に、クロノがポンと肩を置く。

「残念ながらこれは現実だ」




「お話は大体わかりました」

 リンディさんから一通りの説明を受けた父さんが神妙に頷く。
 幸か不幸か、今日は父さんも母さんもちゃんと帰って来る日だ。
 ただでさえ俺の怪我が増えて、こんなの三人連れてきて何をどう説明すればいいのかと悩んだが、そこら辺はリンディさんに丸投げして解決した。
 が、うちの両親は色々大らかだけど流石に今回の事態はそんな簡単じゃないだろう。

「勇斗」

 父さんが俺をジッと見てくる。

「おまえはこの子らに怪我させられて、それでも許して、この子達を助けたいと思ってるんだな?」
「……まぁ、流石に消滅させるのは可哀相だし、根っから悪い奴らじゃないと思ってる。やっていいことと悪いことの区別がまだついてないだけで」

 なんかフェイトにも同じようなこと言ったな、俺。
 俺がそう言うと父さんは口元に笑みを浮かべ、隣の母さんはニコニコしながらぽんぽんと俺の頭を撫でてくる。
 人前で恥ずかしいからやめて!

「ディアーチェちゃん、シュテルちゃん、レヴィちゃん」

 今度は母さんがマテリアル達の前にしゃがみ、名前を一人一人呼んで、顔を覗き込む。
 今まで黙ってた三人が、少しだけビクッとする。母さんに顔を見つめられる三人はどことなく罰が悪そうな顔をしている。
 さっきまでそんな顔全然見せ無かったろ、お前ら。母さんすげー。
 どうでもいいけど、こいつらの名前にちゃんづけって呼び辛そうだな。

「もう無闇に人を傷つけたり、悪いことしないって私と約束できる?」
「な、なんで我がそのようなこ――」
「約束できる?」

 反論しかけたディアーチェの言葉をぴしゃりと遮る母さん。すげぇ、母さんのひと睨みでディアーチェが押し黙った!
 心なしか父さんが怯えてるような気がするのは気のせいということにしておこう。

「……約束します」
「ぼ、僕も」
「……わかった」

 シュテル、レヴィ、ディアーチェの三人が恐る恐る頷くと、母さんはにっこりと笑みを浮かべる。

「うん、素直でよろしい」

 微妙に脅迫混じってたと思うけど黙っておこう、うん。とばっちりは嫌だ。

「お父さん」
「うん、どうせ部屋も余ってることだしな」

 そう言って、父さんと母さんは互いに頷き合う。
 え、それでOKなの?

「リンディさん、この子達は私達が責任を持ってお預かりします」
「はい、よろしくお願いします。こちらでも出来る限りのことはさせて貰いますので」

 母さんとリンディさんはこちらも何やら話が通じてる。本当にあっさりだな、おい。

「ディアーチェちゃん、シュテルちゃん、レヴィちゃん。これからよろしくね」

 にっこり笑いかける母さんを、マテリアル達は呆気にとられた顔で見ていた。





 夕食後、居間のソファに座り、図書室で借りてきた本を読む。
 なんだか、どっと疲れた。

「お疲れさん」

 隣に父さんが苦笑しながら座り、頭をぽんぽんと叩いてくる。

「……色々ありがとう」

 マテリアル達、そして、その他色々なことも含めて感謝の言葉を口にする。
 照れくさいので正面からは言えなかったが。

「娘が増えたと思えば、これくらいなんてことないさ。母さんも喜んでたろ?」

 うん、まぁ。リンディさんが帰った後、あれこれ戸惑う三人に話しかける母さんは傍から見ていても楽しんでいたのがわかった。
 なのは達が来た時もそうだが、子供を相手にしている時の母さんは本当に楽しそうだ。
 これは俺がちゃんと子供らしく振る舞えてないから余計になのかな、と思ってしまう。

「母さんたちの後は、久しぶりに父さんと一緒に男二人で入るか」
「むさ苦しいし、狭いからヤダ」

 反射的に答えてから、しまったと思うも時既に遅し。

「こいつは……!」

 父さんは笑いながら人の頭を鷲掴みにし、乱暴に揺すってくる。おおうっ。
 今日のお礼に背中くらい流してやれば良かったと思うが、今から言い直すのも恥ずかしいので、またの機会にしておこう。

「こらっレヴィ!」

 ディアーチェの怒鳴り声が聞こえてきたので何事かと思って振り向けば、そこにはバスタオル一枚で駆け回るレヴィの姿。
 すかさず俺は立ち上がり、レヴィの背後から脳天に手刀を叩き落す。

「あいたっ!?」
「ちゃんと服着なさい。はしたない。とゆーか、髪ぐらい乾かせ」
「ええー?めんどくさいからいいよぉっ」

 ぷくーっと頬を膨らませるレヴィ。
 しょーがねーな、こいつは。

「とりあえずパジャマ着てきなさい。あぁ、パジャマ濡れないように髪をタオルで覆ってな。そしたら俺のアイスくれてやるから」
「……アイスってなに?」

 む、アイスも知らんのか。

「甘くて冷たくて美味しい食べ物だ。きっとレヴィも好きになると思う」
「本当っ!?言ったからね!約束だよっ!」
「って、早っ!?」

 目を輝かせたと思ったら速攻でいなくなっていた。どんだけ物につられやすいんだ。
 知らない人にはついていかないよう、しっかり言い聞かせないといかんかな、これ。なんという父親気分。だが、これはこれで悪くない。
 とりあえずドライヤーとブラシ取ってくるか。

「ご主人様!アイス!」
「だからはえーよ!?」



「レヴィがお手数をおかけします」
「いいけどな、別に」

 女の子の髪を弄るのは嫌いじゃない。
 パジャマに着替えたレヴィの髪を持ち上げながら髪の内側から乾かすようにドライヤーを当てていく。
 ちなみにマテリアル達が今着ているパジャマは、家に帰る途中にリンディさんが、数日分の着替えと一緒に買ってくれたものだ。
 レヴィは水色、シュテルがピンク、ディアーチェが紫と各々自分の好みの色のパジャマだ。
 シンプルだが、子供らしくフリルとかついてて、三人ともそれなりに似合ってる。
 明日は明日で、三人用の家具とか日用品とか、追加の服など色々買いに行く予定だ。めんどくせぇ。

「あー、これ気持ちいーかもー」

 後ろからでは見えないが、声から察するにさぞかしふやけた表情をしているのだろう。
 髪が傷まないよう、細心の注意を払いながら乾かしていく。
 その最中にもレヴィはずっと「あー」とか「うー」とか気持ち良さそうな声を上げているので、こちらとしてもやりがいがある。
 あー、久しぶりだなぁ、女の子の髪乾かすの。
 7,8割乾いたところでブラシに持ち替え、長い髪を梳かしていく。
 サラサラな上に綺麗だからいじり甲斐ありそうだな、これ……。触り心地もバッチリだ。
 そのうち、髪型弄らせてくんないかな。長いから色々な髪型を楽しめそう。
 ポニテとかポニテとかポニテとかっ!

「よし、終わり」
「ふえー」

 一通りブラッシングを終えるとレヴィはすっかり蕩けていた。

「そんなに気持ち良かったのか?」

 問いかけるディアーチェに、レヴィはテーブルに突っ伏したまま頷くという器用なことをやってのける。
 クイクイ。
 振り返れば、シュテルが俺の服の裾を引っ張り、無言の眼差しで訴えていた。
 可愛いな、おまえ。

「……おまえもするか?」

 コクコク。
 無言で頷くシュテルに少し萌えた。
 自分でドライヤーかけたのか母さんがかけたのかは知らんが、もう髪は乾いてるけど、ま、いいか。
 レヴィにしたように、シュテルの髪も梳かしていく。
 レヴィのように声は上げなかったが、多分満足してくれたんだろう。多分。こいつはイマイチ表情が読めぬ。

「ディアーチェはどうする?」
「いらん」

 まったくデレなかった。うん、これが正しい反応だ。
 まぁ、レヴィとシュテルもデレたというよりはモノに釣られたっていったほうが正しい気がするけど。

「ふふー。ゆーちゃんも良いおにーさんやってるわねー」

 気付けば母さんと父さんが微笑ましそうに俺達のやり取りを見ていた。
 うわー、なんだかすげぇむず痒い。
 だけどまぁ、こういうのも悪くはない、かな。うん。
 レヴィはアホの子だけど、アホの子ほど可愛いというか。
 シュテルも無表情で何考えてるかわからんが、仕草に可愛いところあるし。
 ディアーチェは一向に態度変わらんけど、小さい子の反抗期のようで、ある意味微笑ましくて可愛い。
 ……………………あれ、もしかして俺マテリアル達のことかなり気に入ってる?

「どうした、愉快な顔をして」
「……なんでもない」

 こいつらに異常なまでの親近感を覚えている自分に気付き、愕然とした。
 ちょっと待て。こいつらはこの前、っていうかついさっきまで敵と認識してたはずだぞ。
 滅茶苦茶痛い目に遭わされたし、シグナム達やフェイトと違って、知っていることも少ない。
 なのにこんな簡単に心を許していいのか!?敵意とまではいかなくても、もっと警戒心もっとけよ!
 自分自身を嗜めてると、またクイクイと服の裾を引っ張れる感触。

「ご主人様、アイス!」

 ……ニパッと笑うレヴィになんか色々どうでも良くなった。
 俺ってチョロイなぁと思いつつ、アイスを取りに冷蔵庫へ向かった。





 皆が寝静まった夜。なんとなく目が冴えてしまい、今で一人居間にいた。
 自分で入れたココアをすすりながら、今日何度目かになるため息をつく。
 本当にどうしてこうなった。
 レヴィがアイスを食べ終えた後は、俺の両親を含め、トランプやらウノやらで盛り上がっていた。
 数日前には考えもしなかったことがこうも色々起きると、何か変なものに憑かれてるんじゃないかとさえ思えてくる。
 まぁ、単純に悪いこととは断じれないんだけど。
 つーか、普通に楽しんでたしな、俺。

「まだ起きていたのですか?」

 振り返れば、パジャマ姿のシュテルがそこに立っていた。

「おまえこそどうした。眠れないのか?」
「はい。なんとなく目が覚めてしまいまして」
「おまえもココア飲む?」

 俺が聞くと、シュテルはわずかに考え込んだ後に頷く。

「頂きます」

 俺は座っていたソファから立ち上がり、キッチンへと向かう。
 適当にカップを取り出し、ココアを入れる。
 その間、シュテルは何も言わずその作業を見ていた。

「ほら」
「ありがとうございます」

 俺からカップを受け取ったシュテルは、軽く頭を下げる。

「他の二人は?」
「ぐっすり寝ていますよ。今まで野宿ばかりで、暖かい布団で寝るなんて初めてのことですから」
「なるほど」

 ソファに座りながら、思わず苦笑する。正直、こいつらがサバイバル慣れしているとは思えない。
 ここに来るまでの間、さぞかし苦労したのだろう。
 レヴィとディアーチェが騒ぎ、それをシュテルが宥める光景が目に浮かぶようだ。
 しかしこいつと二人きりになるなんてのも妙な状況だ。これから一緒に暮らすならそんな機会も増えるのかもしれないけど。
 ……ちょうどいいからここで聞いておくか。

「なんで俺なんだ?」

 俺の言葉にシュテルは不思議そうに小首を傾げる。

「本当は俺に頼らなくても何とかする方法はあったんじゃないか?わざわざ俺のとこに来たのは他に目的があるんじゃないのか?」

 根拠は何もない。が、一度そう考えたら何か裏があるんじゃないのか?という考えが消えなくなってしまった。

「考えすぎですよ。少なくとも私達はこれが最善と考えたからこそ、あなたを頼ったのです。ですが……」

 そう言葉を切って、シュテルは俺の隣にちょこんと座る。

「私があなたに興味を持っているのは事実です。あくまで個人的に、ですが」

 興味、ねぇ。

「あの戦いは99%私達の勝ちが決まっていました」

 目を閉じながら語るシュテルに目を向ける。
 その横顔には何の感情も浮かんでおらず、淡々と事実を語っているだけのように見えた。

「なのに覆されました。あなた方が勝利したのは奇跡と言っていいでしょうね」

 まぁ、クロノから事の顛末を聞く限り、シュテルの言うこともあながち間違いではない。
 九死に一生を得たと言っても過言ではないほど、あの戦いは厳しいものだった。
 その元凶が俺だというのが尚更頭の痛いとこだが。

「その奇跡を起こした一番の原動力はあなただと思っています。

 そう言ってシュテルは真っ直ぐに俺の目を見てくる。
 こいつは一体何を言ってるのか。シュテルの荒唐無稽な言葉に思わず鼻で笑ってしまう。

「ねーよ。大した事はできてない……と思いたくはないけど、勝ったのは他の皆が頑張ったからだ」

 あの場の誰が欠けても勝つことはできなかっただろう。その中で俺が果たした役割なんて微々たるものだ。

「確かに純粋な力だけで言えば、あなたは魔力が大きいだけ。あの中で最も弱かった。割合で言えば全体の0.1%にも満たないでしょうね」

 ……多分事実なんだろうけど、それって虫けら以下ですねよね!ちょっと泣きそうになるね。くすん。

「ですが、ただ大きな魔力を持っているだけで何度も立ち上がれるほど、私達の攻撃は軽くないつもりですよ」
「…………」

 うん、まぁ、あれは確かに痛かったし、自分でもよく頑張ったと思う。マジに何回も死ぬかと思った。あれだけの痛みは今までに味わったことがない。
 つーか、マジによく気絶しなかったな、俺。まさに奇跡かもしんない。
 あの時の痛みは今、思い出しても思わず身震いしてしまう程だ。
 そんな俺の心情を読んだかのように、シュテルは問いかけてくる。

「あの時と同じ事、もう一度出来ますか?」
「絶っっ対無理!」

 それだけは自信を持って言える。
 あんなんもう一回やったら絶対死ぬ!

「でしょうね。魔力ダメージとはいえ、あれだけまともに食らえば、普通は意識を保つことさえ出来ないはずです。それをあなたは訳の分からない力で何度も立ち上がって来ました」

 なんだか物凄い無駄に持ち上げられている気がして仕方ない。

「どう考えても買い被りで過大評価だと思うけどな」
「そうかもしれません。でも、それゆえに私はあなたに興味を抱きました。傍に入れば退屈しない、そんな気を抱かせる程度には」

 なんだかな。それは勘違いだと声を大にして言いたい。持ち上げられすぎて体がむず痒くなってきたぞ。

「はっきり言って、その期待には添えないと思うぞ。特に取り柄もないし、特別面白い話もできん」

 自分で言っててあれだが、俺は特別なのは魔力と前の世界の記憶を持っているだけで、それ以外は正真正銘の凡人だ。
 一緒にいたとしても大して面白いとも思わない。
 だが、シュテルは俺の言葉など聞こえなかったかのようにココアを啜っていた。って聞けよ、おい。
 思わず突っ込みたい衝動を抑えながら、ふと浮かんだ疑問を投げかかる。

「そういや色々ゴタゴタし過ぎて聞くの忘れたけど、これからどうするつもりなんだ?管理局にでも入んの?」

 俺の問いにシュテルは首を横に振る。

「管理局の仕事に興味はありません。王もレヴィも管理局のような型のハマった組織で働くのは性に合わないでしょうし」
「確かに」

 シュテルの言葉に思わず頷く。団体行動というか、規律行動みたいなの向いてなさそうだもんなぁ。

「それにしばらくはあなたの傍を離れらませんから。まずは世界のことを実際に目で見て、触れて、それからゆっくりと考えたいと思ってます」
「ふーん、そっか」

 こうした話を聞くと、なんとなく大したもんだと思ってしまう。
 俺は自分のこれからのことなんてロクに考えてないからなぁ。
 ネットしてプラモ作って、アニメ見て、可愛い女の子といちゃいちゃしたいぐらいしか思いうかばねぇ。
 人に迷惑かけずそれができれば後のことなんて割とどーでもいい。
 そう考えると前はそれを完全に満たしてたからなぁ。
 闇の書の夢の中でもそれを堪能してたし。久しぶりの優奈のちちしりふとももは実に最高でした!
 優奈のことは自身の中で一応の決着をつけたつもりではいる。
 この世界の優奈に拘ることはしないし、前の優奈に縛られすぎるつもりもない。
 だが、それを差し引いても、俺には出来過ぎた恋人だったのだ。見た目も性格もあのやーらかい体も色々勿体ねぇ!
 微妙に闇の書の夢の世界にも未練残してる辺り、実にダメダメな俺である。
 一時的に昔の自分に戻った影響か、単に子供の賢者タイム終了しただけなのかわからんが、闇の書事件以降、俺の煩悩は割と全開です。
 あぁ、くそ、思い出したらムラムラしてきた。

「……顔と手つきがいやらしいです」
「……………………」

 無意識のうちに両手をワキワキさせていたようだ。隣のシュテルの視線が物凄く冷たかった。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達と奇妙な関係を結んだ勇斗。
戸惑いを感じながらも、新しい生活に心地良さを感じていく。
その一方、なのは達は密やかにある計画を企ていたのだった。

なのは『温泉だよ!温泉!』



[9464] 第四十七話『温泉だよ!温泉!』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/06/17 20:57
「というわけで、皆に新しいお友達を紹介します」

 うん、まぁ、必然的にこうなるのはわかっていたんだが、改めて実現すると頭痛くなってきますね!

「オイッスー♪僕はすごくて強くてカッコいー、レヴィ・ザ・スラッシャー!」
「シュテル・ザ・デストラクターです。よろしくお願いします」
「我はロード・ディアーチェ。塵芥どもよ、我にふれ伏すがいい!はーはっはっは!」

 壇上には聖祥の制服に身を包んだレヴィ、シュテル、ディアーチェの姿。
 つーか、ディアーチェは黙れ。喋るな。聞いてるこっちが頭痛くなってくる。
 言動がぶっ飛んでるディアーチェ、なのはとフェイトに容姿が似通っているレヴィとシュテル。この三人を見て、クラスメイト達がざわざわと騒がしくなるのも仕方ないとこだろう。
 これから先生が言うことでもっと騒がしくなるんだろうなぁ、と現実逃避――もとい達観モードに入る俺。

「本来なら三人の転入生が一緒に同じクラスというのはあり得ないんですが、この三人は外国から来たばかりで、今はゆーとくんのお家にホームスティしてます。日本に不慣れなことと合わせて、特例で三人ともゆーとくんがいるこのクラスに編入になりました。みんな仲良くしてあげてね」

 一瞬だけ沈黙が降り、次の瞬間、クラス中の視線が俺に視線する。あー、まぁ、こうなるよね。
 先生が言った言葉は、俺からあまり離れられない三人を一まとめにするため、うちの両親がゴリ押しした結果だ。
 同じ学校なら大体200メートルの条件はクリアできるが、各行事やその他諸々のことを考えると、同じクラスでなければいざという時に都合が悪いこと起きそうだし。
 そしてホームルームがが終わった途端、クラスメイト達は一斉に俺やシュテル達のところへ殺到する。

「おい、ゆーと!どういうことだよ!?なんで今まで黙ってたんだ!?」
「ってゆーか、シュテルちゃんとレヴィちゃん?なんで高町さんとテスタロッサさんにあんな似てるの!?」

 あー、やかましい。

「俺に質問をするな!」

 と、声を大にして叫びたい。しないけど。見ればなのはやフェイトのとこにもとばっちりいってら。

「今まで黙ってたのはめんどいから。似てるのはただの偶然。シュテル達が家に来たのは、海外に父さんがよく出張している関係で色々複雑な事情があったから!以上!」

 と、言い切ったところでクラスメイト達が静かになるはずもなく、授業が始まるまでクラスメイト達の質問攻めが続く中、シュテル達がやってきてから今日までの出来事を思い出す。



 シュテル達がやってきた翌日は当初の予定通り、彼女らの服や日用品、家具など、家族総出で買い物。
 うん、彼女でもない女の買い物に付き合うのは退屈だと思ったけど、ちょっと考えを改めた。
 母さんにとっかえひっかえ服を着せられるマテリアル達のファッションショーはまぁ、悪くなかった。これが親とか兄の気持ちというものか。
 個人的には色々楽しめた一日だったが、その夜、クロノからプレシアが亡くなったということを知らされた。
 色々思うことはある。が、思うだけで何か行動できるわけでもなく。レヴィ達の遊び相手もしながら思いふける。
 一番に思うのはやはりフェイトのこと。クロノの話では、泣いたり取り乱すこともなく、少なくとも表面上は落ち着いているとのことだった。
 何か力になりたいとは思うが、こういったデリケートな問題で俺が出来ることなんてそうそうない。
 葬儀やら何やらはリンディさん達の方で取り仕切り、明日はなのはもフェイトのとこに行くようなので、余計に俺に出来ることがない。
 あっちの葬儀がどんな形式なのかはわからんが、シュテル達を連れて行くわけにもいかんだろうし。
 葬儀など一通りのことが終われば、フェイトはこちらに戻り、学校にも復帰するつもりらしい。
 散々思い悩んで俺がしたことは、「無理するな」とメッセージを送り、後のことはなのはに全部丸投げするだけだった。だっせぇ。
 後は……うん、実際に会ってみないことにはどうしようもないという結論。こんなんばっかしだな。
 そして、それとは別に俺を悩ませることがもう一つ。
 言うまでもなく、俺と離れられないマテリアル達のことだ。
 俺と長時間離れられないということは、必然的にマテリアルたちも学校に通う必要が出てくるわけで。
 父さんと母さんは乗り気で、リンディさんも協力してくれてるから戸籍とか手続き自体は問題ない。
 手続きとか準備その他諸々が終わるまでは俺も学校を休むことになったけど。それはいい。
 問題はアホの子とディアーチェだ。
 二人とも言動がぶっ飛んでるからなぁ。

「おい、ユート。何をボーっとしてる。うぬのターンぞ」
「ああ、はいはい。俺のターン。ドロー」

 そして今は俺とシュテル、レヴィとディアーチェでチームを組んでタッグデュエルの真っ最中。
 俺の部屋の漫画を見たレヴィが速攻ではまったので、俺の使ってないカードをあげた。

「王様とシュテルんも一緒にやろうよ!」

 目を輝かせて言うレヴィに程なくして、シュテルとディアーチェも陥落し、今に至る。
 口でワクワク言いながらデッキ組むレヴィ。無言でカードと睨めっこするシュテル。ぶつくさ言いながらもせっせとデッキ作りに励むディアーチェ。
 三者三様でデッキ組む様は見ていて楽しい。
 でもレヴィ、40枚全部モンスターカードはやめとこうな。

「ボクは場のモンスター二体をリリース!闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕に宿れ。光の化身、ここに降臨!現れろ、銀河眼の光子竜!フハハハー強いぞ、凄いぞ、カッコいー!」
「トラップカード発動。奈落の落とし穴で、銀河眼の光子竜を破壊して除外です」
「ああっ!?そんな……!ボクの銀河眼の光子竜が!?」
「させるかぁっ!さらにトラップ発動!神の宣告!ライフ半分をコストに、うぬのトラップを無効にし、破壊する!」

 三人とも楽しそうで何よりです。遠峯家は今日も平和だった。





「ゆーとくーん、遊びに来たよー」

 マテリアル達の転入予定日前日。こっちに戻ってきたフェイトを連れてなのは達がやってきた。
 いつものアリサ、すずかに加えて、今回はユーノ(人間形態)もセットだ。
 いつのまにやらアリサとすずかにもユーノのネタばれをやったらしい。

「やっほー、ゆーと、久しぶり」
「おう、元気そうで何よりだ」

 数日振りに会ったフェイトは意外に元気だった。なのはやアリサ達がちゃんと元気付けられたのだろう。
 こうして表面上だけでも元気にしていられるなら、俺が何か言うこともないかな。
 
「ゆーとくんも元気そうだね」
「見ての通り何も問題ない」

 すずかにそう返すも、まだいくつかの絆創膏や包帯は残ったままなので、あまり説得力ないかもしれん。
 そして気付けばアリサがジーッと俺のことを見ていた。

「どした?」
「本当に怪我は大丈夫なの?」

 あぁ、この間の怪我を心配してくれてんのか。心配性だね、この子も。

「だからなんともないって。すずかにも言ったけど、学校休んでるのは怪我じゃなくて、マテリアル達と離れられないせいだから」

 実際、出血が派手だっただけで怪我そのものは大したものじゃないし、傷もほとんど塞がっている。

「そ。ならいいけど」

 そういうアリサの頬はわずかに赤くなってる気がした。ツンデレ可愛い。
 指摘してからかってもいいのだが、ここはスルーしておこう。

「また随分とぞろぞろ沸いてきたものだな」

 居間でシュテル、レヴィと桃鉄やっていたディアーチェが鬱陶しそうに口を開く。

「あはは、三人がどうしてるのかと思って気になって」

 なのはのスルースキルはたまに凄いと思う。

「いらっしゃい、ナノハ」
「うん、シュテルも久しぶり。元気にしてた?」
「はい、おかげさまで。主のお父様とお母様にも良くしてもらっています」

 シュテルとなのははすっかり馴染んどる。双子の姉妹とかで十分通用しそうだな。
 レヴィのほうもフェイトに気付くと、片手を上げて声をかける。

「お、オリジナルもいるじゃん、オイッスー!」

 あ、フェイトが脱力した。

「私はフェイトだよ、フェイト・テスタロッサ」
「へいと?」
「フェイト!」

 思わず怒鳴るフェイトに、レヴィはふふんとすまし顔で口を開く。

「めんどくさいから『オリジナル』でいいや」
「いやいやそっちのが面倒だろ?」

 思わず突っ込んだ俺の言葉にコクコクとフェイトも頷く。

「そこを可能にするのが強くて凄くてカッコいい、サイキョーのボククオリティさ!」

 意味不明過ぎて、何を言っているのかわかりません。やっぱこいつアホの子だ。

「褒めてもいいんだぞー?」
「相変わらずレヴィはアホの子だなぁ」

 チラチラっと擬音が付きそうな目で見てくるので、とりあえず撫でておいた。

「えっへん!」
「褒めてないわよね、それ」

 アリサの突っ込み通りなのだが、レヴィは聞いてやしねぇ。

「レヴィは髪型変えたんだね。ポニーテールよく似合ってるよ」

 すずかの言うとおり、今日のレヴィはフェイトと同じツインテールではなく、ポニーテールである。
 ポニテはいい。心が洗われる。

「ふふん、どうだ。カッコイイだろ~?」
「う、うん……そうだね」

 ドヤ顔のレヴィだが、どう見ても格好良いより可愛いと言いたげななのはである。

「ちなみにレヴィの髪型をセットしたのは主です」

 シュテルの一言に、場の雰囲気がザワッっとし、視線が俺に集中する。
 どいつもこいつも信じられないような慄いたような顔していやがる。その反応は読めていたけどな。

「ふっふっふー。ご主人様に髪梳かされるとすっごく、気持ちいいんだぞー?」
「そ、そうなの?」

 何故か偉そうなレヴィの発言に思わず問い返すすずか。

「というか、あんた髪型のセットなんてできたの?」

 アリサも半信半疑というか疑い八割といった感じで俺に目を向けてくる。

「まぁ、昇天ペガサスMIX盛りとかは無理だけど簡単な奴ならな」

 優奈の髪型を何度も弄り倒したし。ショートも好きだけど、長い髪だと色々な髪型セット出来て楽しい。

「なんでポニーテール?」
「俺の趣味だ!ポニテ最高!」

 ユーノの呟きに即答する。
 うなじ!下ろした時とは違う髪の揺れ方!そしてそれを下ろした時に味わえるギャップで二度美味しい!
 ポニテは最高ッの髪型だね!
 グッと拳を握って断言する俺だが、周りは微妙に引いていた。アレ?

「そんなにポニテ好きなの?」
「大好きです!」

 すずかの質問にまたも即答する俺。

「え、と……じゃあ、シグナムさんとか?」
「最高っです!初対面の時、思いっきり見蕩れてました!」

 あれは惚れる。マジに。って、あん時はポニテどうこう以前にシグナムが美人過ぎて見惚れたんだけど。髪下ろしたとこもそのうち見たい。マジに。

「レヴィのポニテをセットした時も見蕩れてましたね。自分でセットしたくせに」
「ポニテの前ではしょうがない」

 シュテルの言うとおり、自分でセットしておいてなんだが、あまりの可愛さに衝撃を受けた。
 写メにもばっちり永久保存です。
 闇の書の夢の中では色々ありすぎて、優奈の髪をセットするの忘れてたのが今でも悔やまれる。
 せっかく付き合った後、ポニテにするために髪を伸ばしてくれたというのに。ちくしょう、俺のアホッ!
 気付けば周りは更に引いていた。
 いいけどね、別に。わかってもらわなくても。シグナムとレヴィのポニテだけでも俺は充分です。

「なんだったら今度ポニーにしてきてあげようか?」
「お願いします!」

 苦笑しながら言うすずかに全力で食いついていた。
 すずかの手を取り、ブンブン振る。

「食いつき早っ」
「どんだけ好きなのよ!?」

 世界中の可愛い子がポニテになったら萌え死にそうなくらい大好きです。

「あはは……」

 フェイトはもう笑うしかないという感じで苦笑していた。

「シュテルよ、今更だがこんなのと契約してよかったのか……?」
「実害はありませんし。…………他に選択肢もありませんでしたから」

 本人目の前にして言うな、お前ら。ほっといてくれ。

「そ、そうだ、王様。はやてちゃんからの伝言があるよ」

 場の空気を呼んだなのはが強引に話題を転換する。

「小鴉が?」
「うん。三人が元気にしてて嬉しいって。退院できたら真っ先に会いに行くって」
「おい、ゆーと。玄関に塩を撒いておけ」
「よく知ってるな、その習慣」

 微妙に間違ってるけど。

「そんなことしたら駄目だよ、王様。はやてちゃん、三人が無事だって知って、すごく喜んでたんだから」
「知ったことか。あやつの間の抜けた顔や気の抜けた喋り方が気に入らんのだ。顔を見なくてせいせいするわ」

 髪の色と目つき以外はおんなじ顔やーん、と突っ込みたくなったのは俺だけはあるまい。
 とはいえ、この数日でわかったことがあるが、この王様、何気に面倒見が良い。
 シュテルとレヴィの為に俺と契約するのを厭わなかったりするし。
 タッグデュエルん時も自分がメインになるより、レヴィをサポートしてばっかだったし。
 はやてに絡まれても、嫌々を装いながら相手をするディアーチェの姿が容易に思い浮かぶ。
 いや、本当に嫌がってるかもしんないけど。

「明日からレヴィ達も聖祥に通うんだよね」
「うん。制服とかもこないだ全部買いに行ったぞ」

 三人が着てるのも見たし、父さん達が写真撮ってた。
 ちょこんとスカートつまみ上げるシュテルが可愛かった。レヴィとディアーチェは何故かドヤ顔だったけど。

「あ、でも学校に行くんならシュテルやレヴィの『主』や『ご主人様』はマズイんじゃない?」
「だよなぁ、やっぱし」

 すずかの言うとおり、シュテルはともかく、レヴィが学校とそれ以外でちゃんと呼び方を切り替えられるとは思えない。
 やっぱり『主』と『ご主人様』は諦めるしかないのか……!

「と、いうわけでシュテルとレヴィは俺のこと、名前で呼ぶ……ように」

 断腸の思いで、二人にそう告げる。ぐぬぬ……二人の呼び方、結構気に入ってたのに。

「そんなにご主人様気に入ってたんだ……」
「最悪ね」
「まぁ、ゆーとだし」

 すずかが苦笑し、アリサとユーノが冷たい目で見ていた。

「ご主人様舐めんな!男の浪漫の一つだぞ!メイド服装備だと更に破壊力は倍だ!」
「そうなの?」
「いや、僕は別に……」

 なのはに聞かれて首を横に振るユーノ。わかっていない。おまえはわかっていないよ。可愛い子が自分に向かって口にした時の破壊力を!
 他人に言われた時と自分に言われた時とでは天と地ほどの破壊力があるんだよ!

「なのは、ちょっと」
「え、なに」

 ゴニョゴニョと耳打ちする。

「というわけでお願いします」
「う、うん。よくわかんないけどわかった」

 そうしてとててと、ユーノの前に移動するなのは。

「おかえりさないませ、ご主人様♪」
「!?」

 (はぁと)って付きそうな甘ったるい声でユーノに笑顔を向けるなのは。
 一瞬でユーノの顔がボッて火が付きそうな勢いで赤く染まり、よろよろと後退していく。
 うん、これはわかりやすい。

「え、と……ゆーとくんこれでいいの?」
「百点満点だ。偉いぞ、なのは。今のは最高に可愛かった」

 見事に俺の要求に答えきったなのはにグッとサムズアップする。

「えっ、あっ、そ、そうかな?」

 えへへーと照れる姿もそれはそれで可愛らしくてよい。普段のなのはは割と可愛いよね、うん。

「で、どーですか、ユーノ先生。ご主人様の破壊力は」
「う、うん。確かにこれは……凄いね。正直ここまでとは思わなかったよ」

 未だに顔を真っ赤に染めたままのユーノが俺の言葉に頷く。
 わかってくれたか!兄弟!
 新たな絆を紡いだ俺達はガシッと固く手を取り合ったのだった。

「もしかして、クロノもそうなのかな?」
「うん、あいつには『お兄ちゃん』で良いと思うよ。言う時は録画を忘れずに。頼む!」
「え、あ、う、うん」

 戸惑いながらも頷くフェイト。よし、これで決定的瞬間を見逃すこともない。

「男って……」
「あはは……」

 アリサとすずかはなんとも言えない顔をしていた。

「えっと……よくわかんないけど、これからはユートって呼べばいいの?」
「そゆことだ」

 話の流れを把握できなかったらしいレヴィに頷く。

「やたっ!ご主人様って呼んだほうが得するってシュテルんから言われてたんだけど、ホントはめんどくさかったんだよねー」
「なん……だと?」

 したり顔で呟くレヴィに驚愕を隠せない。

「レヴィにそんな高度な真似ができただと?」
「え、そっち?」

 いや、だってすずかさん、レヴィだよ?レヴィみたいなアホの子がシュテルに言われたからって、俺をわざとご主人様と呼ぶなんて芸当できるとは思わないだろ?

「えっへん。凄いだろー、褒めてもいいんだぞー?」
「いや、どう考えてもバカにされてると思うんだけど……」

 またも小声で突っ込むアリサだが、ドヤ顔でチラチラとこっちを見るレヴィはもちろん聞いていない。
 あぁ、もう、アホ可愛いなぁ、こいつは。アホ可愛いの撫でざるを得ない。

「それでなんで私の名前だけちゃんと呼べないんだろう……」

 遠い目をするフェイトをポンポンと肩を叩いてなのはが慰めていた。




「あー、やっぱユーノは無限書庫の司書やるのか」
「うん、このままずっとなのはのとこにもいるわけにもいかないしね。こうして誘われたのもいい機会かなって」

 そして話はユーノやフェイト達の今後の話になっていた。すずかやアリサは先に話を聞いていたのか、今はマテリアル達三人とTVゲームをしている。

「で、なのはとフェイトも管理局入り……か」
「うん。私はもう魔法使えなくなっちゃったけど、エイミィみたいに執務官補佐を目指してみようかなって」
「フェイトはなんとなくそうなるような気もしてたけど……なのはもやっぱ管理局かぁ」

 まぁ、二人の性格的にこうなるのは当然っちゃ当然なんだけど。なのは達のような子供が働くっていうのはどうにも心理的になんだかなーと思ってしまう。

「ゆーとくんは私達が管理局に入るの反対?」

 よっぽど俺が渋い顔をしてたのだろう。なのはだけでなく、フェイトもなんとなく不安そうな顔でこっちを覗き込んでいた。

「気持ち的には反対。どんだけ凄い力があったって、なのは達はまだ子供なんだし、子供は子供らしく小学生として遊んでればいいし、子供や女の子を危ない目にはできるだけ遭わせたくないって考えてる」

 俺の言葉になのは達は少し困ったような悲しいような、そんな表情になる。
 まぁ、闇の書事件に巻き込んだ俺が言えた義理じゃないけど。感情的な面では、能力があるとはいえ幼い子供でも働ける管理世界の制度には異議申し立てをしたい部分もあるが、その反面、そうせざるを得ない事情があるということも理解できるし、本人が自分で決めてそうしている以上、一概に悪いこととも言い切れない。
所変われば事情も変わる。一方の価値観だけで他所様の価値観を否定するのはおこがましい。

「でも、二人がちゃんと自分で考えてそう決めたんなら止めないし、応援する」

 そう言った途端、ぱああああっと笑顔に変わるなのは。フェイトもほっとしたように息をつく。

「うん!ありがとう!」
「……別に礼を言われるようなことじゃないし」

 不覚にもなのはのことを可愛いと思ってしまった。くそぅ、なんか負けた気分。

「あと怪我だけはすんなよ。どうしようもない時以外はちゃんと休んで無理すんな。おまえ普段から頑張りすぎで無茶しすぎなんだよ」
「今日のおまえが言うなスレはここですか?」

 いつから話を聞いていたのか、シュテルの突っ込みにすずか達がクスクス笑いだす。

「余計な知識は覚えんでいい」

 っていうか、俺は普段頑張ってねぇ。

「はいはい、ボク知ってる!これがツンデレってやつだよね!」

 レヴィの発言に他の奴らがドッと笑う。
 なんでこいつら二、三日ネット触っただけでこういうの覚えてくんの。

「ユートの履歴を漁りましたから」
「漁るな!あと人の心を読むな!」

 くそっ、俺のやった後にPC触ってると思ったら人の履歴辿ってたのかよ!?
 うぎぎ、やっぱ来年のお年玉貰ったら自分専用のPC買おう。
 このまま居間のPC使うのはデンジャラス過ぎる。

「ゆーとくんはどうするの?」
「……別に何にも考えてないなぁ。世の為人の為ってのは柄じゃないし」

 誰かに必要とされるのは嬉しいことだが、進んで自分からどうこうしようとは思わない。
 そこそこ安定して普通の暮らしができればいい程度にしか考えてない。
 管理局入りも考えなくもないが、俺が入って何かできるとも思わないしなぁ。
 つーか、なのはやフェイトが昇進していく中、一人だけヒラで終わりそうな未来が確定してそうでイヤだ。

「ふん、大した志もない凡人の貴様風情ではその程度だろうよ」

 まったくもってその通りだが、ディアーチェに言われると腹が立つのは何故だろうな。

「そういうお前らには何かあんのか」
「ふふん、そんなの決まってるじゃないか!」

 そう言って立ち上がったのはディアーチェではなく、レヴィ。

「まず力を取り戻したらゆーととの契約を解除!そんでもってこの前の仕返しにブッた斬って撃ち抜いて、楽しく襲撃<スラッシュ>!死と破壊をバラ撒いてやるのさ!」
「ほう」

 ふんぞり返って物騒極まりない宣言するレヴィ。その発言内容に自然と俺の目が細まる。

「あっ、このバカッ!」
「ふぐっ!?うむむー!」
「……はぁ」

 慌ててレヴィの口を抑えるディアーチェとため息をつくシュテル。
 そーか、そーか、やけに大人しいと思ったらやっぱり裏でそんなことを考えていやがったか。すっかり騙されてたぜ。いや、今までのも十分素だった気もするけど。

「てい!」

 脳内にとあるイメージを強く描き、レヴィとディアーチェの頭に触れ、魔法を発動させる。
 キンッ!

「わっ!?」
「なっ!バインド!?」

 レヴィとディアーチェの両手を後ろ手に、両足も足首のところで揃えるように魔力のリングで拘束。
 両手両足を封じられた二人はもつれるように床に転がる。

「おお、上手くいったいった。やってみるもんだな」
「ゆーとくん、バインドもできるようになったの?」
「あぁ、練習はずっとしてた。成功したのは初めてだけど」

 いつか彼女ができた時に緊縛プレイができるようにと、飛行魔法と並行して練習はしていた。日常で一番使えそうなのはこれだしな。
 両手両足に加えてボディラインを浮かび上がらせるようにエロく縛り上げれれば完璧なのだが、現状はこれが手一杯。
 相手に直接触れないと発動できないし、多分俺から一メートルも離れればすぐ消える。
 ついでに出力も弱いから、普通の魔導師相手ならすぐに破られるだろう。うん、実戦ではとても使えねーな、これ。
 だが、リミッターをかけられているこいつらにはこれで十分。

「フッフッフ、さてどうしてくれようか」

 にやりと笑みを浮かべながら手をワキワキさせる。

「ゆーとくん、手がなんだかえっちぃよ」

 なのはが半目で呟くが、そんなものは気にしない。
 怪しい笑みを浮かべながら近寄る俺に、レヴィとディアーチェは必死に動いて抵抗を試みる。

「なんでボクと王様だけ!?シュテルんは!?」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで縛るなぁっ!?あっ、やめっ!?あっはははは!」

 レヴィとディアーチェの脇に手を差し込み、秘奥義くすぐり地獄の計発動。
 うーむ、できれば空中に座標固定のバインドのほうがやりやすいな。今度練習してみよう。

「あ、あひゃひゃ!しょ、しょうがないじゃん!ボク達はそういう存在として生み出されたんだし!」

 死と破壊をばら撒く、ねぇ。まぁ、フェリクスが生きてたらロクなことしてなかったのは確かだろうけど。

「そんなことないよ」

 そう言って優しく声をかけたのはフェイトだった。

「誰に何のために作られたのかなんて関係ない。誰だって、どんな存在だって自分の生き方は自分で決められるんだよ」

 レヴィ達に自分のことを重ねているんだろうか。
 語りかけるフェイトの眼はどこまでも穏やかで優しかった。

「だからレヴィ達もきっと変われるよ。私がそうだったから」
「オリジナルも?」
「うん。今すぐには無理かもしれないけど、みんなと一緒に入れば、きっと。ね、ゆーと」
「そこで俺に振られても」

 戸惑う俺に、フェイトは楽しそうに笑うだけだった。

「どーでもいいが、早く解かぬか、アホウっ!」
「王様はまだ反省が足りないようです」

 くすぐり地獄再開。

「で、本当のとこはどういうつもりなのさ。今レヴィが言ってたように完全回復する宛てあるのか?」

 聞く相手はシュテル。マテリアル達は自力で魔力供給できずに、俺と契約したわけだが時間をかければなんとかする手段があるのだろうか。

「いえ、手段は探していますが今のところさっぱり」
「つまりレヴィ達の取らぬ狸の皮算用ってわけか」
「あははっ、わかったなら、いい加減に――あひゃひゃ、離さぬか阿呆!!」
「だから反省が足りないって、王様。ゴメンナサイは?」
「ひゃひゃひゃっ、誰が貴様なぞに――ひゃうっ!?貴様どこを触っ、ひゃはははっ!」

 そんなわけで自分からゴメンナサイするまで思う存分、レヴィとディアーチェをくすぐりました。





「あ、そうだ、ゆーとくん」

 レヴィとディアーチェを解放し、お茶を淹れ直すと、なのはが何やら企んでいるような顔で話しかけてきた。

「あのね、年明けに私とすずかちゃんとアリサちゃん、フェイトちゃんとクロノくん達の家族皆で合同の旅行しようって話してるんだ。ユーノくんも一緒。ゆーとくんとシュテル達もどう?」
「行かない」
「即答!?なんで!?温泉だよ!温泉!」
「僕は家でゴロゴロしたいです」

 ズズーッとお茶を飲みながら答える。わざわざ休みの日にでかけるなんてかったるいことしたくないです。
 ただでさえ最近は色々にあって精神的にも疲れているんだ、年末年始ぐらい引き籠らせてください。
 というかどんだけ大所帯だ。

「温泉って何?」
「えっと、温泉っていうのはね」

 すずかから温泉の説明を聞くレヴィ。この二人もなんだか相性良さそうな気がするなぁ。

「ユート!温泉行こう!ごちそう食べたい!」

 すずかから説明を聞き終えた途端バンッと机を叩いて迫るレヴィ。
 そうか、そういう風に釣られたか。

「行ってらっしゃい」

 僕はお留守番してます。

「うん!行ってきます!」

 目をキラキラ輝かせて頷くレヴィ。あぁ、アホの子は可愛いなぁ。

「って、こやつが行かねば我らも行けんぞ」
「ハッ、そうか!」

 ディアーチェの突っ込みにポンと手を叩くレヴィ。

「そこに気付くとは……やはり天才」
「こやつがアホウなだけだ」
「えっへん!」

 レヴィさん、王様にも思いっきり馬鹿にされてますよ。

「シュテルと王様も温泉行きたいよね?」
「はい」
「ふむ……まぁ、王としての見聞を広めるのも悪くないな」

 なのはの奴、外堀から埋めにかかりやがった。あと、王様は素直に行きたいと言いなさい。

「で、ゆーと、どうするの?私はゆーとやレヴィ達とも一緒に旅行に行きたいな」

 そう言って、小首を傾げるフェイト。なんか前よりも明るくなってないか、こいつ。
 つーか、フェイトにそう言われると俺としては断る術がない。
 レヴィがワクワク、シュテルがジーっと、ディアーチェが上から目線で俺を見つめてくる。
 ……まぁ、いいか。こいつらが楽しそうにしてるのを見るのは俺もなんだか楽しいし。

「わーったよ。母さんに聞いてとく」

 今日は二人とも仕事でまだ帰ってきてないが、多分大丈夫だろう。

「やたっ!」

 パシッとハイタッチを交わし合うマテリアル達三人。
 なのは達も嬉しそうに頷く。
 やれやれ。年末も騒がしくなりそうだ。




 ……なんてことがあって、思い出すだけでどっと疲れてきた。
 横ではレヴィがやれ王様だの、オリジナルだの呼んでて頭痛い。
 あんだけ学校ではそう呼ぶなっつったのに、俺の呼び方以外全部ダメじゃねーか。
 あぁ、もう海外暮らしが長かったとか、頭の弱い子ということでで適当にごまかすしかないかなー。
 周囲の喧騒をよそに、俺は一人ため息をついた。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

温泉旅行の最中、ひょんなことからディアーチェは勇斗への二択を迫る。
奇跡の代償は二度と魔法が使えなくなること。
勇斗が選ぶ選択は?

ディアーチェ『貴様は本物の馬鹿かっ!?』





[9464] 第四十八話 『貴様は本物の馬鹿かっ!?』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/08/10 10:53
 そんなこんなで新年開けて早々、高町家、ハラオウン家、月村家、バニングス家、そして我が遠峯家合同の家族旅行である。
 うん、いざ集まってみるとなんだ、この人数。ざっと見て二十人は下らない。

「多すぎだろう、これ」
「泊る所、小さな旅館なんだけど丸ごと貸切みたいだよ」
「マジか」

 サラッとすずかがとんでもないことを言った。スケールでけぇ。
 ちなみに今こうして乗っているのも、ノエルさんの運転するマイクロバス。家族旅行でマイクロバス貸切とか初めてだぞ、俺。この規模で家族旅行と言っていいのか謎だが。
 俺は一番後ろの左隅。隣にすずか、その隣にアリサ、エイミィ、美由紀さん。俺の前になのは、ユーノ。その前にフェイトとレヴィ。後は適当に。
 後ろから眺める限りでは、ワイワイガヤガヤとみんな楽しそうである。

「とりあえず俺は眠いので寝ます。飯時になったら起こしてください」
「え」
「くぅ」
「早いよ!?」

 すずかの叫びが聞こえるが、普段、正月を寝て過ごす俺に早起きはしんどいのです。
 今回の旅行もシュテル達が楽しんで、俺がまったりできればそれで良い。
 というわけで、アリサが何か言ってるような気がするが、それをBGMにゆっくりと眠りにつく俺であった。


「おはようございます」

 そんなこんなで目的に到着。
 あまり大きな街ではないが、落ち着いた雰囲気の温泉街だ。
 木造の旅館が並び、石畳の細い路地。格子窓に土壁、頭上に張り出す渡り廊下の欄干。新年にも拘わらず、程よく人が行きかい、活気にあふれている。
 いいなぁ、こういうレトロな街並み。
 俺たちの泊る旅館は、小さく年代の入った建物だが、しっかり手入れされてて趣がある。

「本当にお昼以外は全部寝てたわね……どんだけ寝るのよ」

 人が感慨に耽ってる横で、呆れ顔でため息をつくアリサ。
 徹夜でポケモンしてたら眠くもなる。

「寝る子は育つ」
「旅行で寝なくてもいいのに」
「移動中ならいいじゃん」
「ゆーとくん、フリーダム過ぎるよ」
「いつもどおりですね」
「だから自分で言わないっ!」

 すずかとアリサの突っ込みは今日も絶好調です。

「荷物を部屋に置いたら、各自で自由行動ね。夕飯の時間まではちゃんと戻ってくること。いいわね」
「「「はーい」」」

 保護者様からのお言葉をいただき、各自自由行動となる。
 部屋は男女別なので、各自で荷物を置いてきてから、再度玄関に集合。

「見て見て、あそこに射的場あるよ!あ、あっちには卓球場だって!」
「ちょっと落ち着きなさいって。時間はたっぷりあるんだからそんな慌てなくてもいいでしょ」

 さっそく声を上げてるのはフェイトとアリサの金髪コンビ。
 フェイトにとって初めての旅行だからか、妙にテンション高いな。つーか、フェイトってあんなキャラだっけ?
 そこはかとない違和感に首を傾げながらも、これからの行動を思案する。
 個人的には温泉につかって、部屋でまったりしたい。寒いし。が。

「シュテルん、王様!あっちにお菓子一杯並んでたよ!」
「ふむ、食べ歩きも悪くないな」
「お年玉があるからといって、無計画に使い過ぎないでくださいね、二人とも」

 例の制限もあるし、こいつらから離れるわけにもいかんか。
 小さくため息をついて、なのは達に言う。

「とりあえず各自適当に行動しようか。この人数でぞろぞろ動くのはあれだし」
「あ、うん。そうだね」

 子供ばかりとはいえ、これだけの大人数でまとまって動くのは、他の観光客に迷惑がかかる。
 3、4人ずつで行動するのが一番いいだろう。

「ゆーとくんはシュテル達と一緒に行動するんだね」
「例の制限もあるし、監督役も兼ねてな」
「そっか……」

 なにか残念そうななのはに首を傾げるが、いきなりなのが身を寄せてくる。
 なぜかアルフも一緒だ。

「ね、フェイトちゃん、こっちに戻ってきてから前よりも明るくなったよね」
「ん?あぁ、そうだな」

 なのが言っているのはプレシアが亡くなって以降の話だ。
 さっきもそうだけど、前に家に来た時からそれは感じていた。ジュエルシード事件以降、フェイトはどんどん明るくなっていたが、ここ最近のフェイトは輪をかけて明るくなったと思う。

「私たちに心配かけないようにかなり無理してるんだと思う。本当はプレシアさんのことで凄く落ち込んでるはずなのに」
「――っ」

 なのはに言われて初めてその可能性に気付いた。てっきり、なのは達に励まされて元気になったんだと思っていたが、言われてみれば今のフェイトの明るさはどこか不自然だった。
 自分の迂闊さと無神経さに舌打ちする。自分を思いっきり殴りつけたい衝動に駆られるが、なのはの前でそれは自制する。

「フェイト、プレシアが死んだ日から一度も泣いてないんだよ」
「……マジで?」

 こくりと頷くアルフ。
 それはまずい。具体的に何がどうまずいかはわからんけど、すごくまずい気がする。
 精神的に脆そうなフェイトが泣いてないってどういうことなの。

「フェイトの性格で涙一つ流さないのは、凄く無理してると思うんだ。でも、あたしやクロノ達がいくら言っても大丈夫って……」

 アルフの言うことはもっともだ。あんだけプレシアにべったりだったフェイトが泣かないって相当なことだ。
 どういう経緯でそういう無理しているのかはさっぱりだが、これでフェイトの不自然な明るさにも合点がいった。
 色々我慢して空元気を出しているが今のフェイトなんだろう。
 確かに最初のうちは空元気でもいいと思ったが、それがあまりに長期間続きすぎている。
 今は良くても、そのうち無理したツケが出てくるんじゃないだろうか。最悪プレシアみたいに壊れるかもしれない。それはまずい。
 とにかく、だ。

「よーするに俺になんとかしろってか」
「うん、私じゃ無理だったけど、ゆーとくんなら多分」

 それは買い被りだ。
 
「あたしからも頼むよ。今のフェイトは見てて正直辛いんだよ。あたしにできることならなんでもするからさっ、お願いっ」

 だから無理だってば。なのはで無理だったなら俺にできるわけがない。
 わけがないのだが、なんとかしないわけにもいかない。こうなった原因の一端は俺にもあるし……って、こんなんばっかりじゃねーか、ちくしょう!
 どうにかするのは確定事項として、じゃあ、どうするっていうと何も手段が思い浮かばない。
 そんな簡単にいい案が浮かぶかっ!

「とりあえずなのはも協力しれ」
「何かいい方法あるの!?」

 パァッとなのはが嬉しそうに綻ぶ。

「そんなものはない」

 なのはとアルフの視線が一気に冷たくなった。

「だが行き当たりばったりは得意だ。まかせろ」
「…………うぅ、不安だよぉ」
「人選間違った気がしてきたよ……」

 自分から頼んでおいて失礼な奴らだ。俺に頼んだお前らが悪い。

「ユートーっ、早く行かないと置いてくぞーっ!」

 あぁ、レヴィ達のやつ、もうあんなとこまで行ってやがる。早いよ!

「よし、とりあえずなのは隊員に指令。えーと」

 夕飯の時間が19時だから……。

「17時ぐらいに旅館戻ってきて、俺とフェイト、んでなのはの三人で話ができるように場をセッティングすること。オーケー?」
「了解であります、隊長!」

 ビシッと敬礼するなのは。なんだかんだでこの子もノリがいい。

「ユートーッ、はーやーくーっ!」
「あぁ、わかったってば。今行くっ」

 はてさて、どうしたものか……。
 レヴィ達を追っかけながら、途方に暮れる俺だった。




「疲れた……」

 あれからずっとレヴィ達に付き合った結果、へとへとになりながら旅館へと戻ってきた。
 なのはとの約束した時間にはまだ少し余裕がある。

「貴様は本当に体力無いな」
「おまえらがはしゃぎすぎなんだよ」
「はぁっ?誰がいつ何時何分はしゃいだ!?」
「卓球に射的とレヴィと二人ではしゃぎ回ってたじゃねーか。相手してた俺とシュテルの身にもなれ」

 食べ歩き一時間、射的15分、卓球ダブルスをぶっ続けで二時間とか正月明けからハード過ぎるわ。
 なんで子供ってこんな元気なの。

「はっ。あの程度、はしゃいでたうちに入らぬわ。あの程度でバテる貴様がへタレなのだ。我の下僕ならこの程度涼しい顔でこなしてみろ」
「おまえらと普通の小学生男子を一緒にするな……俺が死にます。あと下僕じゃねぇ」

 見た目は小学生だけど、なんだかんだでこいつら、体力も凄いある。学力はすぐ冬休みに入ったからよくわからんけど、魔力なしですずかとタメ張るような奴らに体力勝負とか素で死にます。

「ご飯まではボク達の部屋でカード勝負だねっ!」
「ごめんなさい、少し休ませて」

 体力的にしんどいのもあるけど、フェイトの件を先になんとかしなきゃいけない。

「えー」
「レヴィ、あまり無茶を言ってはいけませんよ。まだ時間はたくさんあります」
「はーい」

 シュテルがレヴィを諭してくれて一安心だけど、おまえらと遊ぶのは確定なのね。
 表面上はシュテルもいつもと変わらんけど、やけに目が輝いてる。楽しんでるならいいけど。

「じゃ、また後でな」
「はい」

 ひらひらと手を振って、自分の部屋へと戻る。
 部屋割りは割と適当だが、一応子供組は男女別にしてある。
 子供組は俺とクロノ、ユーノで一室。小学三年生組とアルフ、エイミィさん、美由紀さんは一緒の部屋。
 余談ではあるが、恭也さんと忍さんは同じ部屋。あとメイドの嗜みがどーたらこーたらでノエルさんとファリンも別室らしい。大人組はまぁ、どうでもいいや。

「あぁ、戻ってきたか」

 部屋に戻ると、先に温泉にでも入ったのか、浴衣に着替えたクロノがいた。
 和椅子に座って本を読む姿が妙に絵になってるな、このイケメン。

「なのはから伝言だ。フェイトと一緒に中庭で待っているそうだ」
「そっか、サンキュ」

 中庭って外か。寒くないか、それ。どんくらい前から待ってるんだ、一体。
 あまり待たせてもまずいので、部屋に入って早々身を翻したところで、声がかかる。

「君も気付いてると思うが、プレシアのことでフェイトはかなり無理をしていると思うんだ」

 すいませんすいません。なのはに言われるまでほとんど気付いてませんでした。
 あまりの罰の悪さにクロノとまともに顔を合せられてねぇ。

「僕や母さんもそれとなく気を使っているんだが、あまり効果がなくてな。彼女をどうにかできるとしたら、君かなのはしかいないと思っている」
「俺にどーしろと」

 半身だけ振り返ってぼやく。
 正直、なんとかしたいのはやまやまだが、俺なんぞにメンタル的なケアを求められても困る。

「具体的に何をどうしろとは言わない、ただできるだけ彼女を気をかけてやってほしいんだ。頼む」
「……わーったよ。でも、変な期待はすんなよ」

 そんな真剣に頼まれたら茶化して誤魔化すこともできない。渋々ながらも了承する。
 どーせなのはにも言われてたし、やることは変わらない。

「あぁ、わかってる。それに元々僕が言うまでもなかっただろうしな」

 こっちの考えを見透かしたかのような笑いがちょっとムカつく。
 憮然としながら、再度中庭に向かおうとしたところで、また背中に声がかかる。

「フェイトを頼む」
「あぁ」

 声だけで返事をし、なのは達の待つ中庭へと向かった。




「あ、ゆーと」
「おう」

 中庭、正確には中庭への出入り口に設けられた長椅子に、なのはとフェイト二人並んで腰かけていた。
 こちらも温泉上がりなのか、浴衣に髪降ろしたVerという素晴らしい組み合わせだった。

「とりあえず一枚」
「「え?」」

 二人の声がハモる。
 パシャリと携帯で一枚。無論、画質は最高クオリティで保存。役得役得。

「なんでいきなり撮ってるの!?」
「いや、可愛い子見かけたからつい」
「えっ」
「ゆーとくん、いきなり何言ってるの!?」

 しどろもどろになるフェイトとなのはがマジに可愛くてほっこりする。変に耐性ないのが余計に素晴らしい。
 もう一枚パシャリと。当たり前だけど、可愛い子がいても見ず知らずの人にはやりません。

「いや、冗談抜きに二人とも可愛いぞ。浴衣も似合ってるし、髪降ろすと普段と全然雰囲気変わって凄く良い」
「え、そ、そうかな」

 照れ照れのフェイト、ごちそう様です。制服の時のツインテにしながら真ん中だけ髪降ろしたのも大好きだけど。

「髪降ろしたなのはも久しぶりだけど、やっぱ俺は髪降ろしたほうが好きだな。そっちのが普段より可愛い」
「……ゆーとくんってたまにサラッとそういうこと言うよね」

 照れながらも若干ジト目のなのは。

「おまえらくらいしか言わんて」

 同年代というか異性として意識してる女の子には、そうそう言えないけど、妹くらいの女の子に可愛いというのに抵抗ある男はいまい。

「えっ!?えっ!?それってどういう……?」
「顔を真っ赤にしておたおたするなのちゃん可愛い」
「な、なのちゃん!?ど、どうしたの、今日のゆーとくん変だよ!?」
「嫌ならやめるけど」
「え、あ?べ、別に嫌じゃないけど……うぅ」

 プシューッと湯気が出そうなくらい真っ赤になるなのちゃん、マジに可愛い。これはお持ち帰りしたくなる。

「…………それで私たちに話って何?」

 気付けばフェイトの冷たい視線が突き刺さっていた。

「あぁ、えっと……」

 いかん、目的を忘れかけてたっていうか、結局何も思いついてない。
 どうしよう。

「ゆーと?」

 小首を傾げるフェイトにどうしたものかと思い悩む。うーん、ここはストレートにいくか?

「単刀直入に言う。泣け」
「え?」

 フェイトがきょとんとした顔でこっちを見るが、構わず言葉を続ける。

「皆、お前が無理してるって心配してるんだよ。だから一度思いっきり泣け、喚け、叫べ」
「……ゆーとくん、それはちょっと」

 なのはが心底呆れた顔をしているが、今は無視。俺だってかなりアレなこと言ってるのは自覚してる。ロクな考えが浮かばなかったんだよ。

「全然無理なんてしてないよ、私は大丈夫。強い子だもん」

 グッと拳を握って笑うフェイト。その笑顔には一片の陰りもない。が、アルフの話をお聞いた後だと、逆に不安を煽ってくる。
 多分、なのはやクロノ達にも同じことを言い続けたのだろう。人の良いなのは達なら、これ以上は強く言えなかったのかもしれない。

「てい」
「あいたっ!?」

 問答無用でその額にデコピンを打ち込む。
 それも一発では終わらせず、二発三発。

「な、何するの!?」

 サッと手で額をガードするフェイト。ちょっとだけ涙目だ。

「全然大丈夫に見えねーから皆心配してるんだよ。何をそんな意固地になってるんだよ?まるでなのはみたいだぞ?悪い意味で」
「私!?しかも悪い意味って!?」

 何やら騒がしい声が聞こえるが、これもまた無視。

「別に……意固地になんてなってないもん」

 頬を膨らませて、ぷいっと目を逸らすのは意固地になってる証拠です、フェイトさん。
 小さくため息をつきながら思案する。どうすっかなぁ。
 フェイトの様子を見る限り、今は大丈夫かもしれない。が、このまま心の裡に色々ため込んでいくと、後で取り返しのつかないことになるかもしれない。
 そうなる前になんとかしたいけど、どーすんだ、これ。地雷踏む覚悟でいってみるしかないかなぁ。

「アルフから聞いたけど、おまえプレシアが死んでから泣いてないんだろ?どう考えても無理してるだろ」
「無理してないもん。私は強い子だから平気だよ」

 ……完全に駄々っ子モードに入っとる。これはこれでレアなんだが、それで満足するわけにもいかない。
 なのはと顔を見合わせると、向こうも少し困ったような顔をしていた。

「それは泣かない理由になんねーよ。つーか、やけに強い子にこだわるな。プレシアと何があった?」

 フェイトが強い子だというのは異論はない。が、今のフェイトは必要以上に『強い子』に固執している気がする。

「……母さんと約束したんだ。魔法が使えなくても、母さんがいなくなっても、強く生きていくって」

 そういう、ことか。
 なんとなくだが合点がいった。
 プレシアと約束したから。強くなるって決めたから。だから泣くこともしない。そうフェイトは決めたのか。
 一途で真っ直ぐなフェイトらしいと言えばフェイトらしいのかもしれない。が。

「あいたっ!?」

 再度、全力全開のデコピンをお見舞いしてやる。

「おまえ、バカ。ホントにバカ。頭固い。豆腐メンタルが無理すんな」
「そ、そんな言い方って――っ」
「フェイトちゃんっ!」

 声を荒げるフェイトに俺が反論するより早く割り込む声。
 なのはがギュッとフェイトの手を握る。

「あのね、私、上手く言えないんだけど、フェイトちゃん間違ってると思う」

 微かに目に涙を浮かべながら迫るなのはは、フェイトに反論する隙を与えることなく言葉を捲し立てる。

「そういうのは多分、強いって言わない。悲しいときはちゃんと泣いて、全部吐き出して。自分一人で抱え込まないで。私じゃ、あんまり役に立てないかもだけど、それでも色々話して欲しいし、頼ってほしい。ううん、私じゃなくてもいいの。ゆーとくんでも、アルフさんでも、クロノくんでも、リンディさんでもいい。ただ我慢して自分の中に抱え込むのだけはダメ。そんなことしたら、いつかフェイトちゃんが壊れちゃう。私、そんなのは嫌だよっ!」
「なのは……」

 なのはの訴えにフェイトは戸惑うように瞳を揺らす。

「誰かに弱みを見せることができるのも、強さのうちだ。受け入りだけど。泣きたいときは思いっきり泣け。誰かに聞いて欲しかったら、俺でもなのはでもいいから、何でも言え。一人で抱え込むよりずっといい。そうやって頼る相手がいるのも、そいつの強さだ」

 言いながら、ポンポンとフェイトの頭を優しく叩く。なのはもフェイトも、困っていたら勝手に助けてくれるような奴らが周りにいる。
 それはとても幸せなことで、本人の人徳によるものだ。
 それに引き替え俺なんて……負のスパイラルに陥りそうだから思い出すのはやめておこう。

「誰にも頼らない強さってのもあるかもしれない。けど、それは同時に誰にも頼れない寂しい強さなんじゃないかって、俺は思う。フェイトにはそんな風に強くなってほしくないかな。どーせ人一人の力なんて高が知れてるんだ。頼れる相手には頼って、そいつが困ってる時は自分が力を貸す。お互いがお互いを助け合える強さを目指すほうがフェイトにはあってるんじゃないかな……って、何言ってるんだ、俺」

 深く考えずに思うままを言葉にしてたら、自分でもよくわからんことを口走っていた。
 何も言わずにこっちを見つめてくるフェイトとなのはの視線がちょっと痛い。

「あー、っと。とりあえずプレシアが死んで悲しかったんだろ。いままで泣けなかった分まで全部泣いちゃえよ。ここでさ」

 くしゃりとフェイトの顔が歪む。

「……うっ、くっ」

 押し込めいた感情が少しずつ溢れていくように、フェイトの瞳から涙が零れていく。

「フェイトちゃん」

 涙を零すフェイトをあやすように、なのはがそっと抱きしめる。

「……なのはぁ……」
「うん。大丈夫……大丈夫だから」

 嗚咽を流してすすり泣くフェイトの背中を、なのはが優しく撫でていく。
 よく見れば、なのはの目からも光る雫が零れ落ちていた。

「…………」

 もう大丈夫かな。
 ポロポロと涙を零すフェイトを抱きしめるなのは。いつぞやの別れとは逆の構図。
 その光景を心に焼き付けながら、そっとその場を後にする俺だった。



 自分の部屋に戻ろうとしたら、途中に浴衣姿のアルフとアリサ、そしてすずかが待ち構えていた。
 俺はそのまま浴衣姿のアルフへと歩み寄り、ぎゅっとその手を握る。

「ナイス浴衣!」
「第一声がそれかいっ!」

 アリサに思いっきり頭をはたかれた。痛い。

「仕方ないだろ!?アルフの浴衣姿最高だったんだから!こんなもの前にして他に優先して言うことなんかあるか!?」

 微かに濡れた髪!浴衣越しに強調される胸のボリューム!今回の旅行で一番楽しみにしてたんだからな!

「あー、まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、他に言うことあるよね?」

 しゃがみこんだアルフにガシッっと両肩を掴まれた。本気と書いて目がマジだった。

「すいません。とりあえず万事オッケーな感じでどうにかなったと思います。今はなのちゃんが面倒見てます」
「なの……」
「ちゃん?」

 アリすずが変なとこで反応した。

「本当?本当に?フェイトはもう大丈夫?」
「うん。今頃なのはと一緒に思いっきり泣いてるから大丈夫だって」

 フェイトを心配するアルフが妙に可愛くて、苦笑しながらもしっかり頷いてみる。
 つーか、あれ俺がいなくても良かったよね。多少時間はかかっても、なのはなら自力でどうにかできた気がするけど、まぁ、いいか。

「良かった……良かったよぉ……」

 へたりと座り込んで、ポロポロと涙を零し始めるアルフ。
 まったく、主従揃って涙もろいなぁ。
 できれば頭を撫でたいところだが、肩をがっちりと抑えられてるので、肩に置かれた手をポンポンと叩くに留める。

「あれ、なんか良い雰囲気?」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よって奴かしら……」

 すずかとアリサが何やらこっち見て小声で囁いてるがよく聞こえない。なんとなくロクでもないことのような気はするが。

「ありがとね、ゆーと。プレシアのことといい、あたしの魔力のことといい、今回のことといい、あんたには世話になりっぱなしだねぇ」

 えへへと笑いながら涙を拭うアルフにドキッとする。
 あんま意識したことはなかったけど、こうして至近距離で見ると、アルフもすげー美人だなぁと再認識。
 やばい、ちょっとドキドキしてきた。

「い、いや……まぁ、大本の原因はその、俺にあるようなもんだし」
「んふふ~、謙遜しなくてもいいよぉっ!よし、約束通り、ご褒美をあげよう」

 ポンポンと人の頭を叩くアルフに首を傾げる。

「ご褒美?」
「そ。さっき言っただろ?あたしにできることならなんでもしてあげるって」

 そういやそんなこと言われたような……って、そっちの意味だったのか。
 って――。

「なんでも?」
「ん~、なんでも♪」

 視線が一瞬だけ下がる。
 ………………………………なんでも?
 ……………それはひょっとしてエッチなこと、いや一緒に風呂とかもアリですか?
 普通ならアウトだけど、今の俺が子供なのと合わせてアルフなら軽いノリでオッケーしてくれそうな気がする。
 「ん、そんなんでいいの?それくらいならお安い御用さ」みたいな感じで!
 そして湯船にタオルをつけるのは、ルール的にNG。
 場合によっては、全部見える可能性がある!
 よく考えろ、俺。
 この選択肢は超重要だ。フラグを一歩間違えればアウトだ。
 まずアルフ以外に知られたら色んな意味で俺が死亡する。なのは達の視線的な意味で。
 旅館の風呂はアウト。色々危険な要因が多すぎる。
 ここは温泉街。個室の混浴とか探せばいくらでもある。
 上手くアルフだけを誘い出して一緒に旅館を抜け出すという手も使えるだろう。

「いつになく真剣な顔してるわね」
「なんか目が血走ってるような気もするけど……」
「……そんなに真剣に悩むことかい?」
「今まで生きてきた中で一番真剣に悩んでます」
「どんだけ薄い人生なのよ」

 アリサの突っ込みは今日も鋭利です。
 だが、俺にとっては重大なことなんだ。
 シグナムのいないこの場において、アルフは一番貴重で身近なおっぱい成分なんだよ!
 一緒に温泉というミッションさえ達成されれば――
 「へーえ、あたしの身体見て、こんなんにしちゃったんだ……いけない子だねぇ」
 とかアルフが迫ってきて、さらにあんなことやこんなことになる可能性がコンマ数パーセントでもあるかもしれないのだ。
 ふ、ふはははははっ!この世の春がきたぁぁ!

「目が物凄く真剣なのに、口元緩んでるよ……」
「何かよからぬこと企んでるんだろうけど……はっきり言ってキモいわね」
「おーい、ゆーとー?帰っておいで~」
「――――ハッ!?」

 ぺしぺしと頭を叩かれたことで正気戻る。
 いかんいかん、久々に妄想全開してた。

「え~と、すまん。この件に関してはまた後で」
「はいよ。何考えてるか知らないけどほどほどにしておくれよ」
「あ~、まぁ、無理なら適当に拒否ってくれればいいです、はい」

 っていうか、冷静になって考えれば程々のお願いしとかないと後でしっぺ返しくるよね、色々と。
 うん、さっきのは妄想に留めておこう。勿体無いけど!勿体無いけど……!

「ち、血の涙……?」
「いったい、何を頼む気だったのこいつは……」
「あはは……」

 アリすずがドン引きし、アルフが苦笑していた。
 その後、夕食時にフェイトと顔を合わせたとき、少しだけ恥ずかしそうに「ありがとう」と言われた。
 とりあえずは、任務完了ってとこかな?








「ね、クロノくん。魔法の練習、相手してもらっていいかな?」

 発端はなのはのこの一言だった。
 別にどうということはない。なのはが夕食後に魔法の練習をするのはいつもの日課らしいし、たまたまクロノがいたのでその練習相手に指名し、ユーノに結界役を頼み、他の連中がそれを見物する。
 ただそれだけの話だったのだが。

「ねぇねぇ、オリジナルはやんないの?」

 レヴィがさらりと地雷を踏んだ。
 そうか、こいつらはまだ知らなかったか。

「えっと……私はもう魔法使えなくなっちゃったから」
「そうなの?」

 なのは達の練習を横目にフェイトがマテリアル達に事情を説明するが、それを聞いてるだけで耳と心が痛い。
 結局、今だに解決手段も見つかってないし、俺もロクにフェイトにしてやれることがない。
 なんというか自分のダメさ具合を突き付けられているようで辛い。

「ええ!?それじゃもうボクとガチバトルできないじゃん!?」
「うん、ごめんね」
「むー。せっかく対オリジナル用に新しい必殺技とか色々考えたのにー」
「あはは」

 ぷんすかと頬を膨らますレヴィを宥めるフェイト。
 微笑ましい光景ではあるのだが、俺は自分の罪悪感でいっぱいいっぱいです。
 ……旅行なんてこないで無限書庫に引き籠ってたほうが良かったんじゃないかと今更ながらに思ってきた。

「王、すこし良いですか?」
「む?」

 一通り、話を聞き終えたシュテルがディアーチェと本を広げて何やら話していた。
 っていうか、どっからあの本出てきた?装丁は闇の書、もとい夜天の書に似てるけど。

「……ここの式をこうすれば」
「ふむ、たしかに。だが、触媒はどうする?」
「一人うってつけの人間がいるじゃないですか」
「ん?あぁ、そういえばそうだな」

 クルリと二人の視線がこっちに向く。いきなりだからちょっとビビった。

「……えー、と、何の話だ?」
「一言で言えば、フェイトのリンカーコアを治せます」
「マジで!?」
「え?」
「さっすが、シュテルん!」

 シュテルの一言に俺とフェイトが驚きの声を上げ、レヴィがはしゃぐ。

「念のため、コアの状態を確認したいのでリミッターを解除してもらえますか?」
「え?ああ、うん」

 現在、マテリアル達は保険の意味合いを兼ねて、魔力リミッターをかけてある。なので今こいつらが使えるのは念話くらいのものだ。
 まぁ、俺からの供給ラインがまだ不安定だから、全力で暴れるのはしばらく無理だろうけど。
 有事に備えて……というわけでもないが、形だけの主とはいえ、クロノ、リンディさんに加えて俺もリミッターの解除権限を持っている。
 つーか、負荷だけでかくて供給量が少ないってどんだけ変換効率悪いんだ。俺とこいつらのどっちに原因あるかは知らんけど。

「どのくらい解除すればいい?」
「Dランクまで解除してもらえれば十分です」
「我の分も忘れるなよ」
「あいよ」

 言われるままにシュテルとディアーチェのリミッター制限を緩める。

「ねぇねぇ、シュテルん、ボクは?」
「今回はお休みです」
「えー、つまんなーい」

 まぁ、レヴィはこういうの向いてなさそうだし。

「魔力が完全回復するまでは我慢しとけ。そしたらなのはでもシグナム達でも好きなだけガチバトルで遊んでいいから」
「ふふー、今の言葉しかと覚えたからな!」

 だからどこで覚えた、その微妙な言い回しは。

「では失礼します」

 キンッと甲高い音を立てて、フェイトの体を包み込むように環状魔法陣が生じる。
 そして十数秒して魔法陣が霧散する。

「大丈夫、これならなんとかなります」
「本当?」

 そのシュテルの言葉に俺はグッと拳を握り、フェイトが嬉しそうに聞き返す。
 やった!これでフェイトがまた魔法を使えるようになる!
 これは本気で嬉しい。知らず知らずのうちに頬が緩む。

「もっとも、完治には時間がかかりますし、それまでは一切の魔法が使えませんよ?」
「全然平気!」

 おおぅ、フェイトもテンションあがってる。いつにない勢いでちょいびびった。

「時間かかるってどのくらい?」
「一年か二年か……あるいはもっとかかるかもしれません。そこら辺はリンカーコアの回復力次第ですね」

 思ったよりなげぇ。が、今まで全く快復への手がかりがなかったのに比べれば大きな進歩だろう。
 チラッとフェイトを見ると思いっきり目が合った。そして頷くフェイト。

「おね「頼むシュテル。フェイトを治してやってくれ」

 あ、思いっきりフェイトの台詞に被った。フェイトが微妙に恨めしそうな視線で睨んでくるが、まぁ、いいや。可愛いからむしろご褒美です。

「治すのは構わん。だが、何の代価も払わずに治せるわけではない。それ相応の代償が必要だぞ?」
「代償?」

 ディアーチェの言葉に鸚鵡返しに聞き返す。どうでもいいけど、なんでお前そんなにすっごく楽しそうな顔してるだ。

「この治療法は、治癒するもの以上の魔力キャパシティを持つリンカーコアの一部を移植し、それを元に本来の機能を回復させる。実際には違うが、リンカーコアを移植するようなイメージだな。そういえば相応のリスクを生じることは想像に難くあるまい?」
「王?」
「シュテル、貴様は口を挟むな」

 小首を傾げたシュテルをディアーチェが一喝する。

「リスクってどういうこと?」
「フッ、大体察しはついておるのだろう?」

 フェイトの質問にディアーチェは心底楽しそうに口の端を釣り上げる。
 そしてディアーチェの視線は真っ直ぐに俺を射抜く。
 まぁ、この場合、提供者は必然的に俺だよな。フェイト以上の魔力キャパシティを持ったリンカーコアなんてそうそういないだろう。身近でお手軽なのは、それこそ俺くらいしかいねぇ。クロノやユーノじゃ、フェイトよりキャパシティは少ないし、なのはでもフェイトと大して変わらんだろう。あぁ、はやてならいけるのかも?
 とはいえ、リスクがあるならそれこそあいつらにやらせるわけにはいかない。

「提供者は二度と魔導を使えん。魔力自体の生成は可能だが、それを行使する機能が失われるのだからな。未来永劫、自力で魔導を行使することは叶わぬ。さぁ、どうするユート?」
「問題ない。やってくれ」

 俺は迷わず即答する。

「…………」

 なぜか、周りの奴らが驚いたような顔をしてフリーズする。

「なんだよ?」
「貴様は本物の馬鹿かっ!?わかっているのか!?貴様は二度と魔導を使えなくなる!ただ魔力を生むだけの機械となるのだぞ!?何を一切の迷いなしに即答するか!?もっと悩め!苦しめ!苦悩しろ!」

 何をキレているのか、こいつは。つーか、魔力を生むだけの機械って。どこで覚えたそんな表現。

「なぁ、こいつなんでキレてんの?」
「ユートが悩む姿を見て愉悦に浸りたかったんじゃないでしょうか」
「……歪んだ性格してるなぁ」
「貴様に言われたくないわっ!」

 そうだろう、そうだろうと煽りたくなったが、フェイトを治す前に機嫌を損ねるのもまずいので自重する。

「まぁ、そんなわけでフェイトを治してください。お願いします」
「だ、ダメだよ、ゆーと!そんなこと――んんっ!?」

 とりあえずフェイトがうるさそうなのでバインドで猿轡かまして、両手両足を拘束しといた。
 んーんー唸るフェイトをディアーチェの前に転がす。

「ちょっ!?いきなり何してんのよ!?」
「バインド」

 アリサに即答しつつ、ディアーチェへと愛想笑いを向ける。

「ささっ、王様。今のうちにフェイトの治療お願いします」
「ゆーとくんらしいと言えばらしいけど、これはちょっと……」
「貴様は目的の為ならば手段を選ばんのか」
「一切の躊躇いの無さが逆に怖いですね」

 すずかどころかディアーチェとシュテルまでが思いっきり引いていた。
 フハハ、なんとでも言うがいい。この遠峰勇斗、目的のためならば手段を選ばん!

「もう一度だけ確認するが、本当にわかってるのか?脅しでも冗談でもなく二度と魔導が使えなくなるのだぞ?」

 これは俺のことを心配してくれているのだろうか?微妙に不機嫌そうなディアーチェの顔からはイマイチ判別できん。

「おまえらへの魔力供給は問題なくできるんだろ?なら問題ない。どーせ、元々まともに使えてないしな。前に戻るだけだ、バサッとやってくれい」

 魔法への未練がないと言えば嘘になる。自力で空を飛んでみたいし、もっと色々魔法を覚えてみたかった。
 が、俺のせいでフェイトが魔法を使えなくなったのだから、その程度の未練は断ち切らなければならない。
 俺じゃどうせ何もできないし、フェイトに有効利用してもらったほうが絶対に良い。

「…………つまらん奴だ」

 鼻を鳴らして、そう吐き捨てるディアーチェ。何がそんなに気に入らんのか知らんが、ほっとけ。

「ふん。シュテル、サポートは頼んだぞ」
「はい。おまかせを」

 シュテルがフェイトを中心に魔法陣を展開する。

「動くなよ、ユート」
「っ!?」

 俺の前に立ったディアーチェが問答無用で俺の胸に腕を突き立てる。
 いってぇぇぇぇっ!?
 心臓を鷲掴みにされたかのような激痛に思わず声が漏れそうになる。
 物理的に腕を突き立てられたわけじゃない。
 現にディアーチェの腕は俺の胸ではなく、胸に展開されてる異空間のようなとこへ突き刺さっている。
 シャマルの旅の鏡のように魔力的な何かで俺のリンカーコアへ干渉しているのだろうが、これはちょっとシャレにならないくらい、痛ぇっ!
 が、そんな俺にかまいもせず、ディアーチェは無造作に腕を引き抜く。
 うわっ、なんか体の中からブチブチ切れるような感覚。闇の書にリンカーコア吸われた時より痛ぇ!
 ディアーチェが腕を引き抜くと、その手には紺色の輝きを放つ光。あれが俺のリンカーコアか?
 って、全身から力が抜けていく感覚。俺はへなへなと座り込んでしまう。
 おおおおおっ、目が回る。

「シュテル、貴様のほうの準備は良いか?」
「いつでもどうぞ」
「んー!んー!んんー!」

 シュテルの足元にはバインドで拘束されたままのフェイト。
 何やら必死にもがいているが、あの状態では何もできない。
 そしてディアーチェが俺のリンカーコアをフェイトの胸へと押し当てる。

「んっ……んんっ!」

 ビクビクッとフェイトの身体が跳ね上がり、顔が真っ赤に染まっていく。
 なんか微妙にエロいな。つーか、大丈夫なか、おい。
 ディアーチェの腕に環状魔法陣が展開され、ゆっくりとフェイトの胸へと埋没していく。
 地面に展開されてシュテルの魔法陣とディアーチェの腕の魔法陣が同調するように明滅し、輝きを増していく。
 そして不意に魔法陣が消滅する。

「終わったぞ」

 フェイトの胸から腕を抜き取ったディアーチェとなんかぐったりしてるフェイト。
 とりあえずもうバインド解除するか。

「ん?あれ?」

 バインドが解けない。……って、そっか、解除もできないのか。

「すまん、シュテル。フェイトのバインド解除してやって」

 こくりと頷いて、シュテルがフェイトを縛るバインドに触れると、瞬時に弾けていくバインド。
 わかっちゃいたけど、俺のバインド弱いなぁ。

「うぅ……ゆーと、酷いよ」

 起き上がって涙目でこちらを睨むフェイトになんか凄くゾクゾクして興奮した。
 いかん、もっと苛めたい。

『ゆーとのヘンタイ』

 そんな優奈の声が脳内に響いた気がする。
 否定できる要素がなにもないね、うん。

「何やってるの?」

 ユーノを先頭になのは達が戻ってきた。

「って、フェイトちゃん大丈夫!?」

 涙ぐんでるフェイトに気付いたなのはが慌ててフェイトに駆け寄る。

「ゆーとくん、フェイトちゃんに何したの?」

 キッとなのはが俺を睨んでくる。
 いかん、これはマジに怒ってる。気付けばクロノもユーノも真剣な顔で俺を睨んでいた。

「待て、話を聞け。別に苛めてたわけじゃないぞ、単にフェイトのリンカーコアを治そうとしていただけで」
「フェイトちゃんの?」
「ええっとだな」

 三人の視線にビビりながら、なんとか要約して伝える。

「というわけで、決してフェイトを苛めてたわけじゃないです、はい」
「補足すれば、いつ完治するかはこやつの回復力次第。それまで一切魔導は使えんぞ。出血大サービスで完治したときには、すぐわかるよう仕掛けをしておいてやったぞ」

 ふふんと、鼻を鳴らす王様。
 さっきまで不機嫌だった割にえらく得意げだ。つーか、サービスいいな。
 本質的に世話焼きというか、人が良いというか、面倒見が良いと言うか。初対面ん時と印象変わりすぎだろ。
 俺にだけ風当り冷たい気がするけど。

「そうだったんだ。でもゆーとくん、本当に良かったの?」

 なのはの言わんとしていることはわかる。

「何も問題はない」

 キリっと付きそうな勢いで即答する。

「全然良くないよ!」
「おおっ!?」

 復活したフェイトが物凄い剣幕で怒鳴ってきた。

「なんで私の話聞かないでこんなことするの!?私が治ってもゆーとが代わりに魔法を使えなくなるんじゃ意味ないよっ!それで私が治っても全然嬉しくなんかないっ!」

 驚いた。フェイトがこんな怒ってるの初めて見た。なのはもクロノもユーノもアリサとすずかも目を点にして驚いてる。シュテル達は冷めた目で見てるけど。

「初めて会った時からそうだよ!ゆーとは私の都合考えないでいっつも!いっつも!勝手に話を進めて!振り回して!」
「ハッ」

 内心ではフェイトの剣幕にビビりながらも、鼻で笑い飛ばし、口の端を釣り上げる。

「前にも言ったろうが。俺は俺のやりたいようにする。お前の都合や気持ちなんか知ったことか!」
「ゆーともかなりテンパってるね」
「テンパり過ぎて自分で何言ってるか、わかってないんじゃないのか」

 そこの男二人うるさいよっ!フェイトがこんな感情丸出しで怒るなんて想像もしてなかったから、こっちだっていっぱいいっぱいだよ!

「ゆーとくんって実は想定外のことに弱い?」

 なのはまでうっせぇ!あぁ、もう、なんか頭ぐるぐるしてきて訳分かんなくなってきた!

「げ」

 気付いたらフェイトがこっちを睨みながらポロポロと涙を流していた。
 待って、待って。ここで泣くのはおかしい。おかしいよね!?なにこの、どうすりゃいいのっ!?

「――――っ!?」

 不意に。フェイトに思いっきり抱きつかれた。
 ちょっと待て。身長差があまりないから顔が近い!
 俺の肩に顔を埋めるようにして嗚咽を上げるフェイト。え、なにこれ、マジにどうすりゃいいの?
 助けを求めようと周りに視線で訴えようとするが――

「痴話喧嘩か、アホらしい」
「部屋でトランプでもしましょうか」
「いいねー、おやつ賭けての真剣勝負……燃えるね!」
「私たちも先に戻ろっか」
「うん、そうだね」
「そうしましょう」
「僕達もなのはの部屋にお邪魔させてもらおう」
「留守番してるアルフにもこのこと伝えないといけないしね」

 え!?この状態で皆帰るの!?

「ちょっと待ってっ!置いてかないで!お願いします!助けてっ!」

 身動きの取れないままそう叫ぶが、シュテル達は一度も振り返ることなく去っていく。
 すすり泣くフェイトと俺だけが無情にも取り残される。
 フェイトを振り払うわけにもいかず、途方にくれる俺。
 えっと……、こういうときは抱いたほうがいいんだろうか。
 恐る恐るその華奢な腰に手を添えて、もう片方の手を頭へと載せて優しく撫でていく。
 どのくらいそうしていただろうか。

「ゆーとのバカ」

 顔を伏せたままフェイトが小さく呟く。

「バカ、バカ、バカ…………大っ嫌い」

 大嫌い入りましたー。つーか、そんなにバカバカ連呼しなくてもよかろうに。
 まぁ、自分でも自覚してるから、甘んじて受け入れるけど。

「――――でも、大好き」
「――――ッ!?」

 小さくため息をついたところに、辛うじて聞こえるくらいの小さな囁き。
 そしてぎゅっと俺に捕まるフェイトの手に力が入る。
 この状況でその言葉はあまりに不意打ち過ぎた。

「え、あ?」

 予想だにしなかった衝撃に、言葉が上手く出てこない。
 え?この状況での好きって?え?あ?どういう意味?
 少しだけ顔の向きを変える。
 相変わらず、フェイトは俺の肩に顔を埋めているので表情が見えない。
 どういう意図での発言なのか、まったく予想できない。
 どころか、フェイトの髪から漂う良い匂いに、不覚にもクラクラとしてきた。
 ちょっと待て、俺。何フェイト相手にドキドキしてんの。
 待て待て待て、小学生相手にドキドキするとかおかしいだろ。
 シチュエーションか!?シチュエーションのせいか!?
 わからん!もう何もかもわからん!
 だが、待て。落ち着いて良く考えろ。まだ幼いとはいえ、フェイトは将来を約束された美少女。
 こんな美少女に俺が告白されるなんてことがこの先あるか?否、あるはずがない。
 こーなったらもー、フェイトで行くしか――!
 って、ちょっと待て、俺。この思考はおかしい。さっきから色々テンパりすぎだろう。
 一度、頭を冷やせ。まずは深呼吸して呼吸を整えて……って、スッとフェイトが俺から離れる。
 あれ?
 フェイトは目を赤くし、涙を貯めた半目でこちらを睨みながら言う。

「ゆーとのバーカ」
「えっと……フェイト?さっきのは?」
「べーっだ!」

 呆然とする俺に対し、フェイトはあかんべーで返す。
 なんか凄く可愛くて貴重なものを見た気がするけど、これはどういう反応をすればいいのでせう?
一瞬レヴィがダブって見えた。
 そしてそのまま身を翻し、タタっと走り去ってしまうフェイト。

「oh……」

 一人取り残される俺。
 わからん。女って何考えてるかさっぱりわからん!

「……俺も戻るか」

 フェイトの姿が見えなくなって、さらに数秒ほどボーっとした後、一人ごちる。いい加減、寒いし。
 そして一歩を踏み出し――

「あれ?」

 不意に視界が真っ暗になった。
 立ち眩みの酷い奴だ、と思った瞬間には体中から力が抜け、崩れ落ちる。
 あー、これやばくね?などと他人事のように思いながら、俺の意識は途切れた。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

意識を失った勇斗を介抱したのはシュテルだった。
体力が低下し、精神的にも弱った勇斗はその心情をシュテルに吐露していく。
そして勇斗への態度を変化させたフェイトに勇斗は困惑しながらも、フェイトとの距離の取り方を考えることになる。

フェイト『絶対許さない』



[9464] 第四十九話『絶対許さない』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/08/29 23:36
「勇斗が謝るまで、絶対許さない」

 部屋に戻ってきたフェイトはかつてないほど不機嫌な様子で頬を膨らませていた。

(アルフさん、私フェイトちゃんが怒ってるの初めて見たんですけど……!)
(あたしだってずっとフェイトと一緒にいたけど、この子が怒ってるのなんて初めてだよ!)

 フェイトが怒るという初めての事態に慌てふためくなのは達。
 何しろアルフですら、フェイトが怒っているのを見るのは初めてなのだ。しかも怒っている相手は敵とかではなく、友達である勇斗に対して。
 あのフェイトが友達に対して、こんなに怒りを露わにすることなど誰も想像することすらできなかった。

(あぁ、でも怒ってるフェイトもこれはこれで可愛い!)
(アルフさん……)

 一人悶えるアルフにかける言葉もないなのは。

「あやつは人を怒らせる才に長けているのか?」
「一理あるわね」

 心底どうでもよさそうなディアーチェの言葉にうんうんと頷くアリサ。
 意図してか無意識なのかしらないが、遠峰勇斗という人物は煽ることに関しては、超一流だとアリサは思っている。

「で、でもゆーとくんだって、フェイトちゃんのためにやったんだし、ね?」
「そういう問題じゃないよ!」
「わっ!?」

 声を荒げるフェイトに唖然とする一同。一体、何が温厚なフェイトの逆鱗に触れたのか、誰も理解できない。

「そもそもゆーとは自分のことを大事にしなさすぎだよ!無茶しすぎなの!」
(えぇー……)
 と、心の中でハモると同時に、そういうことかと納得するなのは達。

「フェイトちゃんも人のこと言えないと思うけど……」
「なのはも大概だと思う」
「君もな」

 なのはからフェイト、ユーノからなのは、そしてクロノからユーノへと突っ込みの三重奏が続く。
 自覚のないフェイトとなのはは「えぇー」と、不満の声を上げ、自覚のあるユーノは「うぐっ」と少しだけ悔しそうに唸る。

「あはは、クロノくんも苦労が絶えないねぇ」

 クロノが小さくため息をつき、エイミィがそう締めたところで、ドッと笑いが起きる。

「まぁ、フェイト達のことは置いといて、普段のあいつは十分すぎるほど自分勝手で自分を大事にしてると思うけど……」
「だよねぇ」

 アリサの言葉にすずかも云々と頷く。
 普段の勇斗は、基本的に自分の興味のないことは自分から動くことはしないし、積極性もない。一言で言えばやる気のないぐうたら人間である。フェイトの言うように、無茶をするような人間からは程遠い。

「あと意地悪だし。いつだって自分のこと大事にしてると思うけどなぁ……」

 と、なのはもアリサ達に同意する。
 ヴォルケンリッター達との訓練中でも「痛いの嫌だァァァっ!」と言って、ヴィータから逃げ回っていたのは記憶に新しい。
 もっとも、それでも訓練そのものを投げ出したりしない辺り、変なとこで律儀だなぁとも思っていたが。

「へー、なのははそんなこと言っていいのかなー?」

 と、ニヤニヤしながら口を出してきたのは、なのはの姉こと高町美由希である。

「えっと……なにかあったっけ?」
「ジュエルシード探しのとき、ゆーとくんに何度もおぶって貰って帰ってきたのはどこの誰だったかなー?」
「にゃあああぁっ!?」

 本人すら忘れかけていたことを蒸し返され、慌てふためくなのは。
 ジュエルシード探しを始めたころ、魔法を使うことに慣れていなかったなのはは必要以上に体力を消耗し、勇斗におぶってもらって帰宅したことが数回あったのだ。

「へー。そんなことがあったんだ?」
「美由希さん、その話詳しく聞かせてください!」

 美由希の振った話に颯爽と食いつくすずかとアリサ。

「あの時は随分と幸せそうな顔で寝てたよねー。一度ゆーとくんの肩によだれをべったりと垂らしてたりして」
「おおお、お姉ちゃん!?」

 なのは自身、寝てて身に覚えのないことを暴露され、見る見る間に羞恥に顔が朱に染まっていく。

「そ、そ、それ嘘だよね!?私、涎なんか垂らしてないよ!?ユ、ユーノくん!嘘だよね!?」

 一縷の望みをかけて、ユーノへと縋るなのはだったが、無情にもユーノは首を横に振る。

「ごめん、なのは。美由希さんの言ってることは本当だよ」
「えええええぇっ!?だ、だって、そんなの私知らない!!」
「そりゃ、なのはは気持ちよさそうにゆーとくんの背中で寝てたもの。なのはを背負って家まで来るの、ゆーとくん凄く大変だったと思うけど、文句ひとつ言ってなかったよ?家まで来た時、プルプル手が震えてた時もあったもの」

 実際、当時の勇斗は魔法も使えない、正真正銘のただの小学生である。ほぼ同じ体格のなのはを背負って高町家まで送り届けるのは、かなりの重労働であった。

「え、私そんなの聞いてない」

 初めて聞く出来事に戸惑うなのは。勇斗の性格ならそれをネタにからかったり、嫌味の一つも言ってきそうなものだ。

「なのはに気を遣ったんだと思うよ。なのはがこれ知ったら、ゆーとくんに遠慮しちゃうでしょ?あ、これ内緒にしてって言われてたけど、もう時効だよね」

 そう言って、てへっと笑って舌を出す美由希。

「変なとこで気を遣うわね、あいつ」
「ゆーとくんらしいって言えばらしいかも」

 呆れるアリサとクスリと笑うすずか。
 普段の行動は色々配慮に欠けているかと思えば、時たまこんなふうに気を遣う。実にアンバランスというべきか。

「そういえば、あの時も……」

 勇斗がジュエルシードに取り込まれた時を思い返すなのは。
 泣くほど痛いくせに、フェイトの前では何事も無かったかのように振る舞っていた。
(そっか。自分以外の誰かが気にするような時には優しいんだ)
 もしかしたら、普段、意地悪なのもそれを悟られないためのポーズかもしれない。
(いや、やっぱりあれは素で楽しんでるよね、絶対)
 無駄に深読みしかけたなのはだが、すぐにそれはないと頭を振る。
 なのはやアリサをからかっている時の勇斗は実に楽しそうで、あれがポーズだということは絶対にない。

「なのは」
「え、な、なに、フェイトちゃん」

 ガシッとフェイトに肩を掴まれたなのはは、怯えたように身を竦める。

「何か、私に隠してるよね?」
「そそそそ、そんなことないよ!?」

 慌てて否定するなのはだが、その態度が全てを物語っていた。
 フェイトはじっ、となのはの目を覗きこんだまま言う。

「私達、友達だよね?」

 フェイトの目は完全に据わっていた。

「やっぱり、ゆーとは弱いくせに無茶し過ぎだよ。もっと自分のことを第一に考えるべきだと思う」

 一通り、なのはから話を聞いて、フェイトが出した結論がそれだった。
 「フェイトちゃんが怖かった」っと、えぐえぐと涙目で語るなのはをアリサとすずかが慰め、クロノ達は心底どうでもいいと思いながら、フェイトの言葉を聞いていた。
 そして時の庭園や、ディアーチェ達と戦ったときのことを持ちだして、勇斗に対する愚痴を語るフェイトに対し、誰もがこう思った。
 (愚痴に見せかけた惚気だ、これ)
 レヴィとディアーチェに至っては、とっくの昔に興味を失い、二人でカードゲームを始めている。

「ね、ディアーチェ。私は魔法使えなくなってもいいから、ゆーとを元に戻してあげる事はできない?」
「部品交換じゃあるまいし、そうポンポンと気軽に戻せるものか、たわけ。我のターン、ドロー」

 フェイトのほうを振り返ることなく切り捨てるディアーチェ。
 ディアーチェの言葉にシュンとするフェイトだが、続くディアーチェの言葉にハッと顔を上げる。

「そもそも元より奴の心配などする必要なぞないわ」
「えっ、それってどういう……」
「放っておいても一ヶ月もすれば、元に戻る。二度と魔導が使えなくなるというのも奴の器を試すための方便よ。期待外れもいいとこだったがな」
「そうなの!?」

 パァァァッとフェイトの顔が輝く。

(わぁー、すっごく良い笑顔)
(よっぽど嬉しいのね……)
(あはは、フェイトちゃんは可愛いなぁ)

 と、アリサ、すずか、エイミィと、フェイトの表情にそれぞれの感慨を抱く。

「方……便ってなんだっけ?」

 そして言葉の意味がわからず一人首を傾げるなのは。

「喜ぶのは勝手だが、このことは奴に喋るなよ。興が削がれる。それ、このモンスターでダイレクトアタック」
「えぇーっ!?ボクの負け!?」

 釘を刺すディアーチェに一瞬躊躇するフェイトだが、
(うん、魔法が使えないって思ってればゆーともそうそう無茶しないよね)

「うん、わかった。絶対に言わない」

 と、強く頷くのであった。
 そもそも管理局に入ったりするのならともかく、日常生活においてはそうそう無茶をする機会も必要もないのだが、微妙に興奮状態のフェイトはそこまで頭が回っていなかった。
 伊達にレヴィのオリジナルをやっていない。

「いいのかなぁ?」
「ゆーと自身があんまり気にしてなさそうだし、いいんじゃない」

 微妙に罰が悪そうなすずかに対し、投げやりに答えるアリサ。もはや付き合いきれず勝手にやってくれと、その表情で語っていた。

「って、あれ?そういえばシュテルは?」

 ふと、なのはが部屋を見回せばシュテルの姿が見当たらない。フェイトが部屋に戻ってきた時には、確かに一緒にいたはずだったのだが。

「シュテルんならオリジナルと入れ替わりに出てったよ」
「私と?」
「うん。えっと……あれ?今はユートと一緒にいるみたい」
「そんなのわかるの?」

 なのはの問いに、レヴィは自慢げに胸を張る。

「もっちろん!ボク達三人は元々同じシステムの一部だからね。お互いの状態や位置の把握くらいすぐわかる。ついでにユートとも契約で繋がってるから、位置くらいならすぐわかるのさ!」
「へー、そうなんだ。すごいね」
「えっへん!」
「二人で何してるのかな?」

 ポツリと呟いたすずかの言葉に、一瞬、部屋が沈黙に包まれる。

「これは様子を見に行くしかないわね」
「何を期待してるのか、こやつらは」

 キラリと目を輝かせるアリサに、呆れ顔で呟くディアーチェ。
 考えてることは大体察しが付くが、勇斗とシュテルに限って、アリサ達が期待しているようなシチュエーションはないと断言できる。
 二人が一緒にいる原因も検討は付く、というか自分が原因だとわかっているがそれを口にする気にもならない。

「レヴィ、風呂に行くぞ」
「えぇー。、その前にもう一戦!」
「後にしろ。まずは昼間の汗を流さねばな」
「は~い。じゃ、シュテルんも呼んでこよーっと!」
「あ、こら、待て!」

 ディアーチェが呼び止める間もなく、部屋を飛び出すレヴィ。

「まったくあやつは本当に人の話を聞かぬな」

 そう愚痴りつつも、自分とレヴィ、シュテルの分を含め、三人分の浴衣とお風呂セットを用意するディアーチェ。
 そして周囲の生暖かい視線に気付き、ジロリと睨め付ける。

「なんだ、貴様ら」
「あはは、ディアーチェは面倒見良くて優しいなーって」
「本当、本当。シュテルとレヴィのこと、本当に大事なのねー」
「見てて微笑ましくなるね」
「な、な、な……」

 なのは、アリサ、すずかのコンビネーションアタックにより、見る見る間にディアーチェの顔が赤くなっていく。
 それを見ている美由希、エイミィ、フェイト、アルフ、クロノ、ユーノもまた、より一層生暖かい視線をそれぞれ送っていた。

「こ、これは王としての務めよ!王が臣下の面倒を見るのは当然の責務であろう!」

 精一杯見栄を張っているディアーチェだったが、照れ隠しなのは一目瞭然だった。

「私たちもまたお風呂はいろっか?」
「うん、そうだね」

 ディアーチェによって和んだ空気のせいか、毒気を抜かれてたフェイトとなのは達もまた、温泉に入る準備を始めるのだった。





 気付けば見慣れぬ部屋で寝かされていた。

「あれ?」

 どこだ、ここ?

「おおっ?」

 身体を起こそうとしたところで、視界がぐるっとまわり崩れ落ちる。

「まだ寝ていたほうがいいですよ」

 声のした方に目を向ければ、和椅子に座ってるシュテルがいた。

「えーと?」

 状況がよくわからない。俺なにしてたんだっけ?……って、そか。旅館に戻ろうとして、いきなり力抜けたんだっけ。

「リンカーコアの一部を摘出した影響です。王の摘出方法があまりに雑だったので、念のため様子を身に戻ったのですが、案の定でしたね」
「あぁ、シュテルが助けてくれたのか。ありがとう」
「いえ、ユートに凍死されては私も困りますし」

 さらっと怖いことを言われた。

「……そんなにやばかったのか?」
「今のユートなら二時間くらいでアウトです」
「…………」

 いやいやそれ笑えないって。
 ディアーチェに文句を言いたいとこだが、特に見返りなしでフェイトの治療やってくれただけでも御の字というか、下手に突っつくと藪蛇になりそうな気がする。
 結果オーライということで、今回だけは黙っとこう。

「どのくらい寝てた?」
「二十分ほどですね」

 思ったより時間経ってなかった。どうするかな、と思ったけど別に何かやることもあるわけでもないのだから、このままぐったりしてよう。
 ごろんと横になったまま、顔だけシュテルの方に向ける。

「フェイト達は俺のこと知ってるの?」
「いいえ、言ってませんから。今ごろ、皆でトランプでもしてるんじゃないしょうか」
「そか。一応フェイト達には黙っといてくれ。変に気にされてもうざってぇから」
「…………」

 不思議なものを見るような目で見つめられた。

「なんだよ」
「いえ。強引な手段を躊躇いなく使うくせに、そういうところには気を使うのですね」
「まぁ、一応」
「そういう気遣いが出来るなら、最初からきちんと説得すればよかったのでは?」
「いや、だって面倒くさかったし」
「…………」

 無言の視線がなんとも居心地悪い。

「そんなことをしてるといずれ愛想を尽かされますよ」
「…………それもいいかもな」

 俺を見るシュテルの目が細まる。
 《――――でも、大好き》
 さっきフェイトに言われた言葉を思い出す。
 くそぅ、胸がドキドキしてきた。
 あの好きがどういう意味での好きなのかはわからない。友達としてのソレなのか、異性としてのソレなのか。
 前者なら問題ないが、もし後者ならば色々問題ありというか。
 もちろん個人的には嬉しい。凄く嬉しい。勢いでオッケーしてもいいんじゃないかと思うくらい嬉しい。
 今はもちろん年齢的にも精神的にも手を出せないが、10年、いや6年も経てば、俺的には問題はないどころか大歓迎だ。
 が、フェイト側からすれば色々問題ありだろう。
 フェイトが俺のどこを好きになったのかはわからんが、それは純粋に俺に惹かれたというより、特殊な状況とかが重なった吊り橋効果的なものに違いない。
 一歩引いた立場で見れば、色々と正気に戻ると思う。
 それはそれで物凄く勿体ない気がするけど!
 あと色々釣り合わないのがみえていて、愛想を尽かされた時フェイトに捨てられるのが怖い。
 自分で言うのもアレだが、相手への依存心はかなり高いほうなのだ。
 フェイトに捨てられたら立ち直れないぞ、俺。

「まぁ、ほら、俺なんか好きになっても得することなんてないし」

 シュテルの視線がチクチク刺さるので、つい言い訳してしまう俺。

「意外ですね。普段の溺れそうなくらい自信に満ち溢れたユートからそんな言葉が出るなんて」

 シュテルの忌憚のない言葉に思わず失笑する。まぁ、周りから見たらそう見えるように振る舞ってるんだから当たり前か。

「あんなのは只のポーズ、ハッタリだ。何時だって自分に自信なんてない。戦いだってその場の勢いとノリだけでやりすごしてたきただけだ。お前らと戦った時だって怖くて怖くて仕方なかった。特別頭が良いわけでもないし、体力も平凡。魔力だってただデカいだけで使いこなせないし、性格だってロクなもんじゃないしな。俺が自信持てるものなんて何一つない」
「たしかに」

 そこで即肯定されると辛いです、シュテルさん。事実だけど。

「でも、ハッタリでも見せかけでもそう振る舞ってれば、後は腹くくって動くしかなくなる。周りの人間だって、必要以上に不安に駆られることもないしな」

 形から入ることで、中身の無い自分を誤魔化している。いつの間にか、そんな風にする癖が身についてしまった。
 普段の生活でそれを意識することはほとんどないし、感じる必要もない。
 だけど、魔法に関わって、なのはやフェイト、ユーノ、クロノ達との差を見せつけられる度に、自分が何も持ってないことを思い知らされてきた。
 人に誇れるものが何もない。それを口にすることはないようにしてきたが、それでも時たま、無性に胸が痛くなる時がある。
 ……って、なんで俺にシュテルにこんな暴露してるの!?

「シュテルっ、今言ったのは全部オフレコな!絶っっっ対、誰にも話すなよ!」
「今夜の話の種として最適だと思っていたのですが」
「やめてください、死んでしまいます」

 微かに小首を傾げて言うシュテルに、奥義、猛虎落地勢を発動する。つまり全力の土下座。
 こんなことなのは達に知られたら、マジに俺が色々終わってしまう。マジにやめてください。

「貸し一つ、ですね」
「……はい」

 かすかに口を弧を描いて言うシュテルに否応なしに頷く。
 ぐぅぅ、本当になんでシュテルにこんなこと漏らしてしまったんだろう。
 体力落ちて精神的にも弱気になってたか?それかシュテルがあんまり茶化したり感情を出すタイプじゃないから気が緩んでたとか。どちらにしろ、今度からは気をつけよう。割と洒落にならん。
 そのまま二人とも無言。シュテルは手元の本に視線を戻し、俺は寝転がったままボーっとしてる。
 やばい、これはそのまま寝てしまいそうになる。まだ温泉入ってないのに寝るのはちょっとやだ。
 ムクリと起きて、端っこに移動されたテーブルの急須を手に取る。
 む、微妙に体に力入らんな。どんだけ適当にやったんだ、あの王様。

「お茶入れるけど飲むか?」
「いただきます」

 二人分のお茶を入れると、シュテルもこっちに来て座る。
 二人してズズッとお茶を飲む。

「落ち着きますね」
「あぁ」
「甘いもの欲しくなりません?」
「はやて達のお土産用に買った饅頭くらいしかないぞ」
「いただきましょう」

 お土産は後で買いなおしておこう。

「おいしいですね」
「うん、うまい」

 ズズーッとお茶を飲んで一息。
 なんという至福の時間。
 シュテルもそこはかとなく、満ち足りてそうな顔をしていた。
 はぁ、落ち着く。
 これだよ、これ。俺が今回の旅行で求めていたものは。

「もう一息ついたら風呂行ってくるわ」
「はい。私も上がる時は念話を送るので合わせてくださいね」

 それは家でやっているように俺がお前の髪を乾かせと言うことか。
 こういう場所でくらい、自分で乾かすか他の奴にやってもらっても良かろうに。
 まぁ、いいけど。試したいこともあるしな。

「了解」

 そして部屋の中はズズーッとお茶を飲む音だけが響く。
 平和だ。
 ドタドタドタッ。
 そして俺の至福の時を破壊する使者の足音が聞こえてきた。
 短い至福の時だった。

「シュテルん、お風呂はいろーっ!」

 ドタドタとやかましい音を立ててレヴィが部屋に侵入してきた。
 やはりお前か。

「奇遇ですね、ちょうどそうしようと思ってました」
「えっへへー。さっすがシュテルん。以心伝心だね!……って」

 レヴィの視線がシュテルの手元の饅頭に移動する。

「二人だけでお饅頭とかずるい!」

 おまえは晩飯前に散々お菓子とか食ったろうが。
 やれやれ。

「おまえもお茶飲むか?」
「もちろん!」

 勢い良く頷き、シュテルの隣に腰を下ろし、饅頭を頬張るレヴィ。
 遠慮も躊躇いもねーな、本当に。いいけど。

「ほれ。熱いから気をつけろよ」
「うん!」

 饅頭を頬張りながら、ふーふーとお茶を冷ますレヴィは実に小動物チックだった。

「こら、レヴィ。風呂に入るのに着替えも持たんでどうする?ほれ、貴様とシュテルの分だ」
「おお!」
「ありがとうございます」

 レヴィに遅れてディアーチェや、他の面子までゾロゾロとやってきた。
 その中にはフェイトの姿も見受けられた。
 そのフェイトと目が合った。
 プイッと目を逸らされた。まだ怒ってるみたいだが、どう反応すればいいんだ、これ。
 つーか、さっきの告白?みたいなのはスルーしろということでいいのか、おい。
 フェイトへの対応に困り果てる俺に、なのはがそっと耳打ちしてくる。

「あのね、ゆーとくんが謝るまで口利かないし、許さないって。だから早く謝っちゃったほうがいいよ」
「謝るって何を……?」

 正直、どれについて謝ればいいのかわからない。
 今までの経験からして、何が悪いのかもわからずに謝るのは更なる地雷を踏むことになりかねないんですよ。

「えーっと、ゆーとくんが無茶をしたこと?」
「いつの話だ、それ」

 シュテル達が出てきたときはともかく、それ以降で無茶なんてしてないぞ。そもそもいつも好きで無茶してるんじゃないくて、無茶せざるを得ない状況だから無茶してるだけで。

「あ、えっと、無茶っていうか自分を大事に?」
「いのちだいじに?」
「作戦の話じゃないよっ!ゆーとくんが自分を犠牲にしてフェイトちゃんを治したのを怒ってるの!」
「自分を……犠牲?」

 眉間に指を当てて考え込む。

「んんー…………って、あぁ」

 俺が魔法を使えなくなったこと言ってるのか。ようやく合点がいって、ポンと手を叩く。

「となると俺が謝ることはないから、もうフェイトと一生口聞いてもらえないのか。すごく残念だけど仕方ないな」
「えっ!?」

 と、思わず声を出して反応したフェイトとバッチリ目が合う。慌てて眼を逸らすフェイトちゃん可愛い。
 フェイトの反応が面白くて、少しだけ顔がにやけてしまう。

「なんでそうなるの?」

 口を利かないことになってるらしいフェイトに変わって質問してくるなのは。良いコンビだねおまえら。
 どうでもいいけど最初に耳打ちした意味すっかりなくなってるな。

「だって別に謝ることだと思ってませんし。そもそも自分を犠牲にしたとか、これっっっっっぽちも思ってませんし」
「なんでそんなにドヤ顔なのよ、アンタは」

 アリサが呆れ顔で突っ込んでくる。
 ただのノリだ。

「じゃあ、どういうつもりだったんだい?」
「えーと」

 アルフの質問になんと答えるべきか。フェイトも横目でチラチラ見てくるし。
 俺的には自分の尻拭いしただけなんだが、それだとフェイト納得しなさそうだし。

「魔力の有効利用?宝の持ち腐れの俺が魔法使うより、色々やる気のフェイトが魔法使えたほうがどう考えてもいいだろ。元々、これ以上魔法に関わる気なかったし、何も問題ないじゃん。言っとくが、俺は自己犠牲精神なんぞ、これっぽちも持ってないからそこは安心しろ。何時だって自分最優先だ」
「だってさ、フェイト」
「…………」

 アルフがフェイトに振るが、フェイトは横目で頬を膨らませてて、凄く不服そうだった。
 これ以上は埒があかない気がしてきた。

「じゃあ、そうゆことで。俺は温泉行ってくる」
「え、それ以上フォロー無し!?」

 なのはのリアクションが期待を裏切らず、俺は嬉しい。

「だってなぁ……これ以上何言っても平行線っぽいし。どうしろと」
「そ、それはそうかもしれないけど!ほら、もっとこう……何か、ね?」
「その何かを教えてください」

 口先だけで謝るのは簡単だけど、それだとすぐバレそうだし。強引にバインドした件のほうなら、謝るのは吝かではないのだが。

「では、ゆーと。先に行ってますね。また後ほど」
「おう」
「後でねー」

 そして空気を読まず、部屋を出ていくマテリアル三人娘。
 ヒラヒラと手を振って見送るが、我関せずの態度は実にフリーダムだ。
 って、よく見たら饅頭の箱、全部空じゃねーか!?いつの間にか湯呑一個増えてるし!?
 ディアーチェと三人で全部食い尽くしていきやがった……!

「俺の分、残しとけよ……!」
「なのは、私達もいこ」
「えっ、でも……」

  ワナワナと怒りに震える俺をよそに、フェイトが不機嫌そうになのはの手を取って、部屋を出ていこうとする。
 困惑するなのはが俺とフェイトを交互に見てくるが、俺は肩を竦めるだけだ。お手上げです。

「本当面倒臭いわね、あんた達」

 手を繋いだまま、部屋を出ていく二人を見送りながら、アリサが心底呆れたように言う。

「俺も微妙に困ってます」
「微妙に……ね」

 すずかが意味深に呟くが、それに突っ込む気は起きなかった。
 フェイトと喧嘩をしたいわけじゃないし、仲直りできるならしたいと思ってる。
 その反面、フェイトとある程度、距離を取ったほうがいいじゃないかとも思う。
 なのはならともかく、俺に依存とかしたらアレだろうし。ちょっと寂しいし、かなり勿体無いとも思うけど!

「本当、君はトラブルに暇がないな」

 クロノがため息混じりに言う。
 好きでそうなったわけじゃないんだけどなー。どうしたものだか。






「で、結局どうするの?」
「うぅ…………」

 すずかの問いに、フェイトは顔半分をお湯に沈めて困ったように唸る。

「さっきまでの威勢はどうしたのよ」

 アリサの言うとおり、勇斗の目がなくなった途端、フェイトは意気消沈してずっと唸りっ放しだった。
 勇斗を許さないと言ったまでは良かったが、当の本人が無茶をしたという自覚もなければ、自己を犠牲にしたという気持ちは皆無のようだった。
 確かに勇斗の言うとおり、本人に魔法に対する未練はないのかもしれない。元々魔法と密接な生活を送ってきた自分と違い、勇斗は魔力に目覚めて一年足らず。その上、馬鹿みたいに大きな魔力も才能がないせいで宝の持ち腐れで、大した執着は持っていないようだった。
 時の庭園でも、闇の書事件でも、確かに状況が無茶を強いていたのもまた事実だった。
 そして、これからの生活でも無茶をする機会などそうそうにないだろう。
 これでは完全に自分の空回りだ。
 かと言って今更、勇斗にどういう態度を取っていいかわからない。

「うぅー、なのはぁ、どうしよう……」

 涙目でなのはに泣きつくフェイト。

「だ、大丈夫だよ。なんとかなるって」

 よしよしとフェイトを慰める反面、夕方までのフェイトとのギャップに苦笑するなのは。
 もちろん、なのはからすれば今のフェイトのほうがよっぽど安心できるのだが。

「結局、フェイトはどうしたいわけよ?」
「えっと……ゆーとにお礼言って、仲直り……したい」

 涙目かつ上目遣いで人差し指を突き合わせながら答えるフェイト。
 その可愛らしさに質問したアリサが、一瞬きゅんとなるのを誰が責められようか。

「だ、大丈夫よ!あいつのことだから別に怒ってないってっ」
「……でも、あんな態度取って、どんな顔して会えばいいのかわからないよ」
「あー、うん、まぁ確かにね」

 実際、さっきまでの勇斗を見てれば、怒ってもいないし、さほど気にしているとも思えない。
 が、フェイトからすれば、どういう態度で接すればいいのかわからないのも確かだ。
 何事も無かったかのように接するのがベストな気もするが、フェイトの性格でそれは難しいだろう。
 面倒くさい。実に面倒くさいと思うのだが、こんな可愛らしいフェイトを放って置けないのもまた、アリサの性分だった。

「大丈夫、うん、私がなんとかしてあげるから!任せなさい!」

 ドンと胸を叩くアリサ。
 そんな頼もしいアリサに「お~」と拍手を送るなのはとすずか。リーダー格の少女は実に頼もしかった。

「それでそれで、具体的にはどうするの?」
「それは……えっと、これから考えるんだけど」

 アリサに迫るなのはだが、アリサとてすぐに何か良いアイディアが閃くわけではない。

「それは一度置いといて!シュテルはゆーとと二人で何してたのよ?」

 話題転換とばかりにシュテルに話を振るアリサ。

「どうと言われましても……ただ話をしてお茶をしていただけですが」
「話ってどんな?」

 と、興味津々に食いつくすずか。

「強いて言えばユートの弱みについて、でしょうか?」

 ザワリと場の雰囲気が変わった。

「なになにっ、ゆーとくんの弱みって何?」
「教えなさい!それ今すぐ教えなさい!」

 真っ先に食いついたのはなのはとアリサ。
 すずかも迫りこそしないものの、興味深そうにシュテルを見つめている。

「残念ですがそれは秘密、です。ユートと約束しましたから」

 口元に人差し指を当てて言うシュテルは、微かに微笑む。

「えー」
「むむ……」
「残念」

 なのは、アリサ、すずかがそれぞれ不満の声を上げるが、レヴィならともかく、シュテルはそう簡単には口を割らないだろう。
 潔く引くしかないと考える三人だが、フェイトだけは違ったようだ。

「ゆーとが?シュテルに弱みを見せたの?」
「はい。バッチリと」
「なんでそんなことに?」
「さぁ?本人も自覚しないままに口にしたようでしたが」
「…………」

 シュテルとの会話で段々とその表情が無表情になっていくフェイト。

「フェ、フェイトちゃん?」

 その無表情は見ているものをやけに不安させるものだった。思わずフェイトを呼ぶなのはだったが。

「ずるい」
「え?」
「ずるい!なんでシュテルにだけ弱み見せるの!」
「私に言われても」

 不意に激高するフェイトだが、シュテルとてそんな風に言われても答えようがない。
 彼女自身、勇斗が何を思ってあんなことを漏らしたのか知る由もないのだから。

「私には全然そんなの見せてくれないくせに……私の弱みはいっぱい見られてるのに……」

(弱みと言うか、格好悪いところなら結構見てる気がするけど、それじゃダメなのかな?)

 と、なのはがそんな感慨を抱いていることも知らず、フェイトは再び頬を膨らませて不機嫌な顔になる。

(ヤキモチ……かな?)
(どうかしら……どっちかっていうと自分だけ弱みを見られてて悔しいとかそんな感じ?)
(かなぁ)

 ヒソヒソと話すすずかとアリサの二人もいまいちフェイトの考えが読めない。というか、フェイト自身よくわかっていないように見受けられる。

「もっかい聞くけど、フェイトはどうしたいのよ?」

 ため息交じりに先ほどともう一度同じ質問をするアリサ。
 本人のやりたいことをはっきりさせなければ何も始まらない。
 フェイトは一しきりう~ん、と唸った後、首を傾げながら言う。

「えっと……ゆーとの弱みを握りたい?」
「アリサちゃんみたい」
「ちょっと、なのは?それはどーいう意味かしら?」
「べ、べべつに深い意味はないよ!?」

 アリサがなのはに迫る間も、フェイトは自問自答を繰り返し、うんうん唸っている。

「違う……ぎゃふんと言わせたい?うーん、力になりたい……?」

 そして不意に何かを悟ったかのようにポンと手を合わせる。

「そっか。私、ゆーとに頼って欲しいんだ」

――俺はお前の力になりたい。俺にできることがあったらなんでも言ってくれ
――俺にできることなんてたかが知れてるけど、出来る範囲ならなんでもやる

 闇の書事件のすぐ後に勇斗に言われた言葉。
 嬉しかった。自分に優しくしてくれる人がすぐ傍にいてくれるという安心感をくれた。
 もちろん、勇斗だけでなく、なのはやアリサ、すずか、クロノやリンディ達もそれは同様だ。
 それでもやはりフェイトにとって、なのはと勇斗の二人は特別な存在だった。
 自惚れかも知れないが、自分はなのはを必要とし、なのはは自分を必要としてくれている。
 では勇斗とはどうだろうか?
 フェイトにとって、勇斗はなのはと同じくらい大切で大好きな友達だ。
 ずっと傍にいて欲しいし、仲良くしていたい。自分にとって無くてはならない存在だと思う。
 だけど勇斗は多分違う。
 ズキリと胸が痛む。
 勇斗は自分を大切にしてくれている。それは間違いない。そうでなければ、自らのリンカーコアを代償に自分を助けたりはしないだろう。
 だけど、そこまでだ。
 なのはのように自分を必要とはしていない。いや、多分、自分だけでなく特定の誰かを必要としていない。そんな気がする。
 それが無性に寂しくて悲しい。
 自分が勇斗を必要としてるように、勇斗にも誰かを、いや、自分自身を必要として欲しい。頼って欲しい。
 だから勇斗の自分自身を顧みない行動に、あんなにも腹を立てたのだと思う。

「よし!」

 そうと決まれば後は行動あるのみ。
 まずは自分の気持ちをしっかりと勇斗に伝えよう。何ができるかはわからない。いや、多分すぐにできることはないだろう。
 でもまずはしっかりと自分の気持ちを伝えることから始めなければならない。
 それを目の前の大事な友達が教えてくれたのだ。

「なのは、私頑張ってみる!」
「え、あ、うん?」

 グッと自分の両手を握ってくるフェイトの勢いに押されながら頷くなのは。
 正直、何がどうなったのかさっぱりわからない。わからないが、フェイトのすっきりとした表情を見る限り、何かしらの答えを見いだせたのだろう。

「頑張ってね、フェイトちゃん。私、応援してるから」
「うん!」

 しっかりと手を握り合い、お互いに微笑む二人。

「どーでもいいけど、私達すっかり蚊帳の外ね」
「あ、あはは……」

 アリサの言葉に苦笑するしかないすずかだった。

「極楽、極楽~♪」
「月を見ながらの温泉もまた趣きがあるものですね」
「うむ。たまにはこういうのも悪くないな」

 マテリアル三人娘は思う存分、露天風呂を堪能していた。

 一方その頃。

「ゆーとー、僕たちは先に上がってるよー」
「……女の風呂ってなげぇ」

 シュテルからの連絡を待つ勇斗は、のぼせかけていた。





■PREVIEW NEXT EPISODE■

自らの気持ちをはっきりと見出したフェイト。
勇斗にフェイトの想いは届くのか。


フェイト『私がゆーとを守るから』





[9464] 第五十話『私がゆーとを守るから』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/12/12 00:59

「あれ?シュテル達は髪乾かさなくていいの?」

 風呂から上がったシュテルとレヴィは、浴衣に着替え、髪もタオルで水気を取るとそのまま脱衣場を出ようとしていた。

「はい、ゆーとが待っていますから」

 シュテルからゆーとへ一方通行の念話だったが、部屋での会話でこちらの意図は充分通じてるはずだ。
 どちらかの部屋か、浴場の入り口辺りで待っているだろう。
 なのはが反応を返す前に、シュテルとレヴィは脱衣場を後にする。

「ゆーとくんが?」

 ゆーとが待っていることと、髪を乾かさないことの因果関係がわからず首を傾げるなのは。

「そういえばシュテルとレヴィの髪はゆーとが乾かしてるって言ってなかった?」
「あぁ、確かにそんなことも聞いたかも」

 アリサが言うように、シュテル達が聖祥に転入してきたときにそんな会話があったことを思い出す。

「…………」

 一瞬の沈黙。
 そしてなのは、アリサ、すずかの三人は素早く脱衣場から通路へと顔を覗かせる。

「つーか、ドライヤーとブラシあんのか」
「こんなこともあろうかとバッチリ準備してます」
「シュテルん、さっすがー♪」

 そこには並んで歩く三人の姿。
 三人の距離の近さは仲の良い兄妹のように見えた。

「昼間も思ったけど、ゆーとくんとシュテル達って、すっかり馴染んでるよね」
「うん。学校じゃあんまり話してるとこ見てないからちょっと意外かも」

 すずかの言葉に頷くなのは。
 同じクラスとはいえ、学校では勇斗とシュテル達は必要最低限の会話しか交わしていない。
 とはいえ、昼間や今の様子を見る限り、勇斗とシュテル達の関係は非常に良好そうだ。

「普段、どんな風にしてるのかちょっと想像し辛いわね……」

 脱衣場に戻りながら、アリサも「うーん」と唸りながら首を傾げる。

「というか、アンタは行かなくていいの?ぼっち?」
「誰がぼっちか!?」

 アリサの失礼極まりない発言に、自らの髪を乾かしていたディアーチェが噛み付かんばかりの勢いで吠える。

「あやつにそこまで気を許していないだけだ!貴様らとて、ユートにそこまでとさせようと思わんだろうが!」
「それは、まぁ」
「ちょっと抵抗あるかな」

 ディアーチェに言われて納得するアリサとすずか。
 どうしても嫌だと言うほどではないが、積極的にやって欲しいとは思えなかった。

((ゆーと(くん)に髪を梳かしてもらう……))

 一方、おもむろにその光景を想像するなのはとフェイト。

(あんまりイヤじゃないかも)
(ちょっと興味あるかも)

 と、満更でもない様子だった。

「シュテルとレヴィが懐いておるのはオリジナルの影響か?」

 なのはとフェイトに不可解なものを見るような視線を向けるディアーチェだった。





「ほい、ドライヤー終わりっと。そのままじっとしてて」
「はい?」

 シュテルの髪を乾かし終え、昼間のうちに買っといたものを取り出す。
 俺の言うとおり、じっとしたままのシュテルの後ろ髪を素早く束ね、サッとリボンで留める。
 赤いリボンに束ねられた小さなしっぽ。素の髪型も悪くないが、これはこれでいい感じのアクセントになっていて可愛らしいと思う。
 自分のささやかな仕事に、満足して頷く。

「よし、オッケー」
「はぁ。これは……?」

 怪訝そうに自分の髪を束ねる赤いリボンを触るシュテルに、俺は胸を張って言った。

「俺の自己満足!うん、すごい似合ってる」
「……そうですか」

 シュテルの視線が微妙に冷たかったけど、解いたりしない辺り嫌がってはいない、と思う。多分。
 手鏡で色んな角度から自分の髪型を確かめるシュテルが妙に和む。表情変わってないけど!
 エイミィと美由紀さんの生暖かい視線がすっごく痛いけど、ここは気にしたら負けなので、全力で平静を装う。

「なになに、シュテルんイメチェン?カッコイー♪」
「そうですか?」
「うん!赤はシュテルんの色って感じでバッチリだよ!」
「ありがとうございます」

 レヴィに褒められた途端、頬を赤らめてすごく嬉しそうなシュテル。俺とレヴィとで反応が凄まじく違いますね。

「あ、シュテルん終わったんだったら、次は僕の番だよね!ハイ!」
「へーい」

 ドンと俺の前に座るレヴィに投げやりに返事を返しながら、ドライヤーとブラシを手に取る。
 夜にシュテルとレヴィの髪を乾かし、朝レヴィの髪をセットするのは、もはや日課となっている為、俺もかなり手慣れたものだ。
 レヴィの髪を乾かし終えたところで、先程と同じように昼間買っておいた水色のリボンを取り出す。
 いつものようにアップのポニテにして、と。

「ほいよ、これで終わり」
「うんっ……って、あれ?リボンがいつもと違う?」
「ちょうどいい水色のがあったからな」

 シュテルは赤、レヴィは水色、ディアーチェは紫と、それぞれ自分の魔力光というかイメージカラーをいたく気に入っている。
 たまたま物色していた店でそれぞれに似合いそうなのを見つけたから、遅めの誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを兼ねて買っといたのだ。
 12月はバタバタして金なかったからな。

「お、お、おおー?」

 シュテルが持った手鏡を見ながらくるくる回るレヴィ。
 いつもの紐状リボンと違い、今回のはなのはと同じタイプの布状のリボンで、少し雰囲気も変わってる。
 それが物珍しいのか、妙に楽しそうだ。

「どう?どう?シュテルん?」
「えぇ、とてもよく似合ってます」
「えへへー。やっぱ水色最強だよね!」

 最強の意味がまったくわからんが、とりあえず喜んでるようで何よりだ。

「一応ディアーチェの分もあるけど……どうしたもんだかな」

 いつもあいつが付けてるとの同じタイプの髪留め。バリアジャケットでは紫だけど、前に買いに行ったときは紫が無いと文句を言っていた。
 紫の見つけたから、ここぞとばかり買っておいたけど、面と向かって渡すのはちょいと照れくさい。
 俺から貰ったもんを素直に喜ぶとは思えんしなぁ。
 手の中で紙袋を転がしながら、どう渡したものか思い悩む。

「王の分ですか?」
「うん。シュテルとレヴィだけじゃ不公平だし、一応な」
「へー、ユートにしては気が利くじゃん」
「おまえはもう少し謙虚さというか人を敬ったり感謝する気持ちを学べ」
「ありがとう!ユート!」

 俺の言葉に対して即座にニパッとした笑顔で返してくるレヴィ。

「……うん、自分が嬉しいことされたらそうやってお礼を言おうな」

 くっそぅ。アホの子可愛い。反射的に頭を撫でてしまう。

「えへへー」

 と嬉しそうに撫でられてるレヴィ見てるとこちらもほっこりしてしまう。

「私も大事にします。ありがとう、ユート」
「ん」

 二人とも喜んでくれて何よりだ。こそこそ買いに行った甲斐があったというものだ、うん。

「……って、あれ?」

 なんか急に眠くなったきた。なんだ、これ。

「そろそろ限界みたいですね」

 あぁ、ディアーチェがやったやつの後遺症か。あぁ、くそっ、ダメだ。眠い。

「おやすみなさい、ユート」

 シュテルの声を聴きながら、俺は意識を手放した。




「あれ?ゆーとくん寝てるの?」

 シュテルが振り返り見れば、なのは達が浴場から戻ってきたようだった。
 戻る途中で誘ったのだろう。クロノやユーノの姿も見受けられる。

「ご覧のとおりです。昼間にはしゃぎ過ぎて疲れが溜まってたんでしょう」

 シュテルの膝に頭を乗せ、無防備に眠る勇斗の姿。穏やかな顔で静かに寝息を立てていた。

「はしゃぐゆーと……?」

 まだ面と勇斗と話す覚悟ができず、なのはの影に隠れるようにして部屋に戻ってきたフェイトが、レヴィのようにはしゃぐ勇斗の姿を想像しようとして失敗していた。

「そんなことよりねぇねぇ、王様!」
「む?」

 これみよがしに自分の髪に結ばれているリボンをチラチラと覗かせてアピールするレヴィ。
 
「ほう、新しいリボンか。なかなか似合っているではないか」
「えへへー、でしょでしょー?」
「やれやれ、その程度ではしゃぐな、まったく」

 と、言うディアーチェだが、言葉とは裏腹にレヴィを見る視線はとても優しいものだった。

「…………む?」

 が、不意に強烈なプレッシャーを感じ、その根源へと視線を移す。

「…………」

 そこにはこちらに視線を送りながらチラッチラッとリボンで止めた髪をアピールするシュテルの姿。
 余りに露骨すぎて、素直に褒めることを躊躇いそうになるディアーチェだが、スルーしたらしたでシュテルがあからさまに落ち込むのは想像に難くない。
 レヴィ同様、思ったことを素直に伝えることにした。

「イメチェンか?ふむ、普段と異なる趣だがうぬと赤の組み合わせは実に様になっておるな」

 勇斗が聞けば、「おまえはホストか」と言わんばかりの台詞をサラリと言ってのけるディアーチェ。
 今回のようにシュテルとレヴィがディアーチェに褒めてもらいたがるのは日常茶飯事なので、ディアーチェも慣れたものだ。

「もっと褒めてください」
「いよっ!シュテルん最高っ!カッコいい!理のマテリアルは伊達じゃない!」
「えへん」

 ディアーチェとレヴィに褒められ、シュテルはとても嬉しそうだった。
 最後は全くリボンと関係ないが。

「あ、はい。王様の分だよ!」
「む?」

 そしてレヴィが手渡したのは、勇斗が用意したディアーチェへのプレゼントだった。
 ディアーチェが袋を開けると、いつも愛用している髪飾りの色違い。以前、買い物に行った時に見つけられなかった紫色の髪飾。

「ほほーう」

 内心から滲み出る嬉しさを隠しきれず、いそいそとお気に入りの色の髪飾りに付け替えるディアーチェ。

「ふむ。やはり紫こそ王に相応しい至高の色よ」

 シュテルの持った鏡に映る自分を見ながら、満足そうに頷くディアーチェ。

「えへへ、王様嬉しい?気に入った?」
「うむ。悪くない」

 鷹揚に頷くディアーチェ。言葉だけでなく、表情からも上機嫌なのが見て取れた。
 レヴィもそれに満足しながら、ディアーチェにとっての爆弾をさらりと投下する。

「じゃ、ユートにお礼言わなきゃだね!」
「は?」

 レヴィの言葉の意図が理解できず、怪訝な声を上げるディアーチェ。

「私たちのリボンも、王の髪飾りもユートからのプレゼントですよ」
「…………なんと」

 シュテルの言葉になんとも言えない表情に変わるディアーチェ。
 てっきりシュテル、もしくはレヴィからのプレゼントと思っていただけに、思わぬ方向から不意打ちを喰らった気分だった。

「自分が嬉しいことされたらちゃんとお礼を言わないとイケないんだよ、王様」
「む、むう」

 得意げにで勇斗が言っていたことを語るレヴィ。先のやりとりをみていたエイミィと美由紀はクスクスと忍び笑いを漏らしている。
 周りの視線が集中し、心理的プレッシャーを受けるディアーチェ。
 レヴィの言うことは正論だ。王として変に誤魔化したり、逃げを取るのは彼女のプライドが許さない。
 覚悟を決め、小さく咳払いするディアーチェ。

「ん、んんっ。まぁ、その、なんだ。貴様にしては良い仕事をしたな。褒めてやろう」

 と、シュテルの膝上で寝息を立てている勇斗に向かって言い放つ。

「起きてる時に言えばいいのに」
「う、うるさい!せっかく我が礼を言っているのに寝ているこやつが悪い。これで充分よ!」

 なのはの指摘に、頬を染めてそっぽを向くディアーチェだが、単に面と向かってお礼を言うのが照れているだけなのは、誰の目にも明らかだった。

「あはは、でも三人とも本当に仲良いんだね」
「当然!僕、王様もシュテルんも大好きだもん!」

 そう言って両手でそれぞれディアーチェとシュテルの腕を抱きかかえるレヴィ。
 その反動で勇斗がシュテルの膝から転がり落ちたが、特に気にする者はいない。

「ええぃ、暑苦しいわ!」

 口ではそう言いながらも、決して振り払おうとしないディアーチェとなすがままのシュテル。
 そんな三人を見て、なのは達も自然と笑顔になるのだった。

「あ、そうだ!」

 なのはがいそいそと自分のリボンを取り出し、シュテルと同じように後ろ髪を束ねる。

「えへへー、これでお揃い♪」
「…………」

 髪の長さこそ違えど、の手をきゅっと握ってくるなのはに、シュテルはほんわかとした気持ちにさせられる。

「なんだか胸のあたりが温かくなりました」
「えへへ、でしょー?」

 シュテルの反応に、笑顔を零すなのは。
 シュテルはその知識や性格に比して、自身の感情や人の気持ちと言ったものについては疎い部分がある。
 そういった部分を刺激すると、時々こんな反応をしてくれるので、ついつい構ってしまいたくなる。
 自分に似た容姿も相まって、シュテルを妹のように思ってしまうなのはだった。

「ねぇねぇ、オリジナル」
「うん、私たちもお揃いにしよっか」
「えっへっへー」

 自らの袖を引っ張るレヴィに対し、フェイトも快く頷き、レヴィと同じように髪型をポニーテールにセットする。
 後で話を聞いた勇斗が、寝ていたことを心底悔やみながら床を叩くことになるのだが、それはまた別の話。

「えへへーっ、おっそろい♪おっそろい♪」
「あはは」

(レヴィを見てると、アリシアを思い出すな)
 レヴィの自由奔放さは、不意に記憶の中にあるアリシアの記憶を呼び起こす。
 フェイトの記憶の中のアリシアも、レヴィのように明瞭快活なところがあった。
 アリシアとレヴィがちょっとだけ似てるかな、と思うフェイトだが、「そんなことないよー」とすぐに否定する声がどこからか聞こえてきた気がして、クスリと笑みを零すフェイト。

「どうしたの、オリジナル?」
「ううん、なんでもない」

 と、言いながら、レヴィの頭を撫でるフェイト。自分に妹がいたらこんな感じなのかなと、フェイトもまたなのはと同じようなことを考えていた。
 そんなこんなで自分のオリジナルたちと楽しそうにしてるシュテルとレヴィを微笑ましそうに見守るディアーチェ。
 自分達にこの姿を与えたかつての主であるフェリクスが滅ぼされ、一時はどうなることかと思ったが、今の二人を見ていればこの生活も悪くないと思える。
 フェリクスを主とし、この姿で顕現したときに持っていた、あらゆるモノを蹂躙し、破壊し、全てを奪いたい――そんな破壊衝動が今ではすっかり消失している。
 死と混沌。破壊と永遠の闇が自分たちの望みだったはずだ。
 それが何の因果か、こうして穏やかで平和な時を過ごしている。
 (我も丸くなったものよ)
 色々不本意な流れで始まったこの生活だが、ディアーチェ自身も心地よいと感じている。
 何か重大なことを忘れている気もするのだが、それを考えようとすると、記憶に靄がかかったようになり、上手く思い出すことができない。
 この件に関してはシュテルとレヴィも同様なのだが、そのうち思い出すだろうと、気長に考えることにしている。
 ちらりと今の生活の元凶とも言える存在に目を向ける。
 世界に二人といないだろう巨大な魔力を持ちながら、才能皆無というある意味矛盾した存在。
 人間的には特筆すべきことのない、どこにでもいる普通の凡愚。
 躊躇なく己の力を手放すという、ディアーチェには理解のできない愚行を犯す愚者。
 こんな輩に出し抜かれたかと思うと腹立たしいことこの上ないが、無防備にアホ面を晒して寝ている顔を見ていると腹を立てていることすらアホらしくなってくる。
 不平不満を上げればキリがないが、勇斗の両親には非常に世話にもなっているし、髪飾りの件も含めて多少は感謝してやろうと思いながら鼻を鳴らすディアーチェだった。




 寝覚めはすこぶる悪かった。
 寝起きはそんなに悪い方ではなかったはずだが、昨日の後遺症か普段以上に気怠い。
 あの後、シュテル達の部屋で寝た俺をクロノ達に運んでもらったらしく、睡眠時間はたっぷりなはずなのだが、あまり芳しい体調ではなかった。

「あまり調子よくなさそうだな」

 洗面場で顔を洗ってきた俺に、クロノが気遣うような表情を見せる。

「あー、少しな」

 熱とかはなさそうだが、いかんせん体がだるい。普通に動く分には問題ないが、正直あまり動きまわりたくないのが本音だ。

「リンカーコア移植の後遺症も大変だね。今日はあんまり出歩かないで、ゆっくりしていたほうがいいよ」
「だなー。レヴィ達にもそれとなく……ん?」

 待て。なんでユーノが俺の調子が悪い原因を知ってるんだ。

「後遺症のことシュテルから聞いたのか?」
「ううん。なんとなくそうじゃないかなって思ってカマをかけただけ。ゆーとって実はけっこう単純だよね」

 と、そんなことを爽やかに笑って言ってのけるユーノ。
 ぐぬ。そんな単純な手に引っかかるとは……!

「ま、君と付き合ってくならこれくらいできないとな」

 よほど俺が間を抜けた顔をしていたのか、小さく笑いながら言ってのけるクロノ。
 人をなんだと思っているのか。
 パンッと手の平で自分の顔を叩く。しっ、ちょっと気合入った。

「わかってると思うけど、フェイトやなのは達には黙ってろよ」
「うん、わかってる。だけど、君が無理してバレたら元も子もないんだから、そこは気をつけたほうがいいよ」
「へーい」

 ユーノの忠告に生返事を返す。
 あっさりとこの二人にバレてしまったことが悔しいが、フェイトにバレなければいいや。
 今日、明日バレないようになんとか頑張ろう。そしたら冬休み終わるまでの数日会う機会もないだろうし、うん。
 って、フェイトとは昨日喧嘩(?)したままだっけ。
 どうしよ。落ち込んではいないから、放っておいても良い気もするのだけど。
 まぁ、顔合わせたとこの出たとこ勝負か。
 などと考えていたら、コンコンとドアをノックする音。

「はーい、どうぞー」

 ユーノが返事をし、開いたドアからひょこっと顔を出したのはフェイトだった。

「おはよう。あ、あの、ゆーと、今ちょっといいかな?二人で話したいことがあるんだけど」
「いいけど」

 微妙にそわそわした様子のフェイト。
 なんか昨日とえらい違いだな。あれから何があった。
 まぁ、仲直りの申し出なら渡りに船だ。昨日の無理やりバインドの件も謝っておこう。

「じゃ、ちょっと行ってくる」



「フェイトが来た途端、シャキってしてたね」
「わざとやってるのか無自覚なのかわからないが、あの切り換えは凄いな」
「前に『実力はないが、ハッタリと虚勢は任せろ!』とか言ってたしね」
「何の自慢にもならないけど、こういう時は感心するべきなのかな」
「どうだろうね」

 投げやりに語り合うクロノとユーノだった。




 お互いに話すことなく、昨日、なのはとフェイトと話した場所へとやってきた。

「あのね、リンカーコアのこと、ありがとう」
「ん」

 こちらに向き直ったフェイトの言葉を素直に受け取る。
 ここに来るまでに覚悟を決めたのか、先程までの浮ついた様子はなく、普段通りのフェイトだったので、なんとなく拍子抜けしてしまった。

「俺が謝るまで口きかないって言ってたみたいだけど、もういいのか?」
「うん、もういい。ゆーとは我儘だし、何言ってもこっちの言うこと聞いてくれないもん」

 それだけ聞くと、俺が物凄い駄々っ子のようにしか聞こえないんですけど。

「失敬な。正しいと思ったらちゃんと言うこと聞くぞ」
「正しいの前に『俺が』って付くんでしょ?」
「…………」

 まったくもってその通りだったので、反論ができない。
 黙りこくってしまった俺を、フェイトがおかしそうにクスクスと笑う。

「ゆーとが好き勝手するなら私もそうするって決めたの。私のやりたいように、私が好きなことをするって」

 フェイトがこんなことを言い出すのはちょっと、いや、かなり意外だった。
 勝手に俺が抱いていたイメージに過ぎないが、基本的には自分より他人を優先する子だと思ってた。
 明らかに俺の影響の気がして仕方ないが、フェイトに限って言えば、これは良い変化なんじゃないかな。
 とか思ってたら、急に真剣な顔になるフェイト。

「ゆーとはあんまり自覚してないかもしれないけど、時の庭園でも闇の書の時も、ゆーとは凄く危なかったんだよ?いっぱい怪我して、たくさん血を流して。誰よりも弱いのに、誰よりもボロボロになって、それでも立ち向かっていって」

 自覚はあった。あったよ?痛かったし、怖かったし、もう二度とやりたくないと思うくらいには。

「私、怖かった。時の庭園でゆーとが倒れて、なのはが泣きながらゆーとのこと呼んでても全然目を覚まさなくて」

 なにそれ初耳。いや、確かに目を覚ました後、なのはにいっぱい怒られたけど。
 とはいえ、なのはの性格を考えれば容易にその光景は思い浮かべることができる。当然と言えば当然だった。
 やっべ……過ぎたこととはいえ、大いに申し訳ない気分になった。

「シュテル達と戦ったときだってそうだよ。私もなのはもはやても、ゆーとのことすっごく心配したんだよ。すぐに飛び出していきたかった。ゆーとを助けに行きたかった。それを我慢するの、すごく辛かった。もし、逆の立場だったらゆーとはどうだった?」
「う……」

 そういう言い方をされると、こちらとしては本当に返す言葉がない。確かにあの時はあぁするしかなかったと思ったし、今も他に手段を思いつけない。
 だが、俺の行動がフェイト達に凄く心配をかけたというのは間違いない。
 フェイトの言うとおり、逆の立場で考えると……非常に申し訳ない気分で一杯になってきた。

「その……ごめんなさい」
「反省した?」
「はい……本当にごめんなさい。すいませんでした」

 素直に頭を下げる。

「えへへー。ゆーとに謝らせちゃった♪」

 頭を下げた俺に、フェイトが満足そうに微笑む。
 してやられた感が強いが、非は俺のほうにあるので何も言うまい。

「でも、ゆーとはこれから先、同じようなことがあったらきっとまた同じことするよね。誰に心配かけても、きっと自分のやりたいように、思うままにするんだよね。相手が自分より強くても、真っ直ぐに立ち向かっていく」
「どうかなぁ……」

 あんなことそうそうないだろうし、あんな無茶は金輪際したくないぞ。

「きっとするよ。ゆーとだもん」

 そんな自信満々に言い切られても困る。どう返そうか困る俺に構わず、フェイトは言葉を続ける。

「だから私は強くなる。今までよりも、もっと、ずっと強くなる」

 静かな。だけどそれは強い意志を込めた誓いの言葉だった。

「ゆーとがどんな無茶をしても守れるように強くなるよ。ううん、ゆーとだけじゃない。なのはもアルフもはやても。私の大切な人たち皆を守れるくらい強くなる。だから、ゆーとに何かあった時、困った時があったら、何でも言って」

 ぎゅっと手を掴まれる。そしてフェイトの真剣な眼差しに気圧され、思わず仰け反る。

「何があっても、私がゆーとを守るから――って、なんでそうな嫌そうな顔するの!?」

 今の心境がダイレクトに表情に出てしまったようだ。

「いや、女の子に守るって言われて、喜ぶ男もそうそういないと思うぞ」
「えっ」
「ミッドじゃどうか知らんが、こっちの世界じゃ逆だ。そういうのは男が女の子に言うものであって、逆は喜ぶどころか情けなくて惨めになってくる」

 フェイトの決意に水を差すつもりはなかったんだが、守られるしかない自分を想像して凄く微妙な気分になってしまった。
 いや、実際今までもそうだったんだけど、改めてそれを言われると物凄く凹む。

「ええっ!?あっ、えと、私そんなつもりじゃ全然なくてっ!」

 手をわたわたとして、否定するフェイト。

「うん。まぁ、それはわかってるけど」

 っていうか、まだお前完治してないだろうが。いや、でも俺も魔力使えないから条件同じか。
 魔法なしの状態だと…………アカン、それでもフェイトのほうが強い気がしてきた。

「ちょっとマジに凹んできた」
「ええっ、あっ、えっ、うぅ、だ、大丈夫、大丈夫だよ!ゆーとは全然情けなくないし、惨めじゃないよ?」
「そういう風に慰められると逆効果の時もあるって覚えておいたほうがいいぞ」
「ええっ」

 だんだんフェイトが涙目になってきたが、俺の惨め具合も急上昇です。マジに泣きたくなってきた。

「じゃ、じゃあじゃあ、私に何かしてほしいことない?私ゆーとのして欲しいことなんでもするよ?」

 その台詞は色々グッと来ますけどね!今、この心境で言われても色々微妙なのですよ!
 でも、とりあえずはだ。

「フェイト」
「うん」
「今の台詞、他の奴には絶対言うなよ。なのはだろうが、クロノだろうが、ユーノだろうが、誰にも絶対言うな。特に男には。絶対だぞ」

 フェイトの目を真っ向から見つめて、俺は力強く言い聞かせた。

「う、うん。よくわからないけどわかった」

 あんなもの、他の奴になんて絶対に聞かせられない。
 フェイトは色んな意味で自覚がないから、ちゃんと線引きしておかないと色々心配でしょうがない。
 どうにもこの子は俺の保護欲を必要以上に掻き立ててきて困る。

「それで、ゆーとは私に何かして欲しいことないの?」
「いや、別にないけど」

 フェイトの表情が見る見る間に曇った。
 そうそう九歳の女の子にして欲しいことなんてあるはずなかろう。

「な、なんでもいいんだよ!?ゆーとが私にしてくれたように、私もゆーとに何かしたいの!」
「……と言われましても。とりあえず落ち着け」

 何か色々テンパりすぎだ。そんな大したことしたか、俺?……って思ったけどリンカーコア移植は傍から見たら大したことか。

「てゆーか、友達相手に何かして欲しいことないって、わざわざ言うもんじゃないだろ。どーせ、困ってたことあったら勝手に助けるくせに」
「最初に言ったのはゆーとだよ」

 ジロリと睨まれた。
 そう言えばそうでした。

「過ぎた過去のことは気にするな」
「ゆーとって自分のことは棚に上げるよね」
「すいません」
「謝るくらいなら、私のお願い一つ聞いてほしいな」
「……できることなら」

 この流れだと何か無茶ぶりをされる予感しかしない。
 人間、嫌な予感だけはよく当たるものだ。

「ゆーとの弱み教えて」
「何故そうなる」

 フェイトの思考が理解不能だった。

「シュテルには言ったんでしょ?シュテルだけずるいよ。私だってゆーとの弱いところ知って、力になりたいもん」
「いや、その思考は色々おかしい」

 言わんとするところはなんとなくわかるけども。

「大体、シュテルにだって本当は言うつもりなんてなくて、たまたまポロっと出ただけで」
「じゃあ、私にも言ったっていいと思うよ」
「嫌です」
「むー」

 思いっきり頬を膨らませるフェイト。
 なんだろう、これは嫉妬……か?なんか色々間違った方向にズレてる気がして仕方ないが、うーん。

「そもそも人には簡単に言えないからこそ弱みなわけで」
「シュテルには言ったんでしょ?」
「だから、その気はなかったんだって」
「じゃあ、どういう人だったら、ゆーとは弱みを見せるの」
「どう……って言われてもなぁ」

 真っ先に浮かんだのは優奈の顔。
 あいつにだけは色々弱みを見せられたなぁ。
 好きな人……っていうだけじゃないな。なんだろう。

「自分が心から甘えられるくらい気を許せる人?」
「ゆーとが甘える……?」

 うーんと、首を傾げるフェイト。
 俺が甘える姿を想像して失敗したようだ。

「どんな人だったら、ゆーとは甘えられるの?」

 なんだ、この怒涛の尋問。フェイトってこういうキャラだったっけ?

「言わなきゃダメ?」
「うん」

 即答だった。

「なんか色々暴走してませんか」
「暴走でもいいよ。教えて」

 このフェイトさん、ちょっと怖い。微妙に目が座ってるよ。本気と書いてマジだよ。

「えーと……」

 俺が甘える相手って……どんなだ?
 優奈の普段の素行を思い返してみる。
 どう言やいいんだ、これ。

「具体的にどうこうってのはよくわからん。気付いたらそうなってたっていうか、なんだろうな。お互いに好きになってたら自然とそうなるのかな」
「お互いに……好き?」
「うん。ただの好きじゃなくて、こーなんていうのかな。お互いをお互いに必要として……ずっと一緒にいたいって思うような……って、うん。自分でもよくわからん」

 駄目だ。この辺りの感覚は上手く言葉に出来ねぇや。

「ううん。なんとなくだけど、わかった気がする。私にとってのなのはがそんな感じだもん」
「そっか」

 言われてみればそんな感じだ。
 普段のなのはとフェイトがお互いに甘えて、甘えられてをそのまま体現していた。
 そういった相手が身近に居るのは素直に羨ましいと思う。

「ゆーと、私、頑張るね」
「何を」

 グッと拳を握るフェイトに嫌な予感しかしない。いや、話の流れでなんとなくわかるけど。

「ゆーとに甘えてもらうように!」
「最初の目的見失ってないか?」

 正直、フェイトが何をどうしたいのかわからんが、色々どうでも良くなりつつあった。

「最初の目的……?」

 うーん、うーんと考え込むフェイト。

「あ」
「前から薄々思ってたけど、実はおまえアホの子だろ」

 流石レヴィのオリジナルは伊達じゃない。

「…………アホの子じゃないもん」
「声に力がないぞ」
「ゆーとのいぢわる」

 頬を膨らませて、こちらを睨みつけるフェイトは実に子供らしくて可愛かった。

「まぁな!」
「褒めてないよっ!」
「ハッハッハッ」
「もー、ゆーとのバカ」

 と、言いながらもフェイトはどこか楽しそうだった。





「あれ?」
「む?」

 フェイトと一緒に朝食に向かう途中、ディアーチェ達と鉢合わせた。
 目ざとくディアーチェの髪飾りが変わっていることに気付く俺。
 茶羽織のポケットを漁る。うん、ディアーチェ用に買っといた袋がない。
 シュテルにアイコンタクト。
 コクリと頷くシュテル。
 自然と自分の頬がニヤけてしまうのを感じた。

「えぇいっ!ニヤニヤするな、気持ち悪い!」

 と、言われても自分が買ったものを身に着けてくれるとやっぱり嬉しいわけで。

「すまんな。けど、似合ってるよ」
「ふん。王たる我には当然であろう」

 と、口では威張りながらも、微妙に頬を染めて照れるディアーチェが可愛くて、俺満足。
 基本的に俺にはつれない態度だけど、こういう顔や、シュテルとレヴィへの接し方を見てると、ディアーチェも根は良い子なんだと思わされる。
 最初の印象は最悪だったけどな、うん。過ぎたことは言うまい。

「見て見て!今日はすずかに髪セットしてもらったんだよー」

 髪の先端を俺が上げたリボンで束ねたレヴィがくるくると回る。
 フェイトが髪下ろした時と同じ髪型か。
 これでこれで。
 グッとサムズアップすると、レヴィも「えへへー」と嬉しそうに笑う。
 シュテルもリボン装備で結構嬉しい。

「後で雪合戦やるつもりですが、ユートもどうですか?」
「パス。昨日の卓球合戦で筋肉痛なんだよ」

 実際には筋肉痛よりも後遺症のが深刻なんだけど、シュテルもそれをわかってて話を振ってるのだろう。
 自然とフェイトに俺の調子が悪い理由付けをすることができる。ナイスフォローだ。
 実際、さっきから何回か軽い貧血気味でふらつきそうになってる。気合で耐えてるけど。この状況で激しく動いたら問答無用でぶっ倒れるぞ、俺。

「軟弱者め」
「うっせーよ」

 そんなこんなで旅行の時間は過ぎていくのだった。
 正直、滅茶苦茶疲れたが、結果的には行ってよかったと思える楽しい旅行だった。
 ただ一つ惜しむらくは。

「フェイトを怒らせたから、あたしが言うこと聞くってのはチャラだね。頼みたいことがあるんなら、フェイトにお願いしときな♪」

 アルフのこの非情な宣告に、俺が心で泣いたのは言うまでもない。






■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達との何気ない日常を過ごす勇斗。
穏やかで平和な日々の中、勇斗は改めてその大切さを思い知るのであった。

ディアーチェ『究極にして至高の闇』



[9464] 第五十一話『究極にして至高の闇』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2012/12/12 01:03
 学校が終わって家に着くと同時に母さんからメールが来た。
 内容は急な用事が入ったため、今日、明日と家を空けること。
 食材はあるから、食事は各自で作ってくれと言う内容だった。
 明日は休みだから弁当は作らなくてよし。
 父さんは出張中でいないから、俺とマテリアルズだけか。
 美少女三人と一つ屋根の下と文字で書いたらドキドキものなのだが、いかんせん年齢が低すぎて情緒も何もあったものじゃなかった。
 それはさておき、冷蔵庫の中身を確認。確かに食材は一通り揃っているので、二日くらいは大丈夫そうだ。

「そんなわけで、今日の夕飯は俺が作ることになりました」

 ザワッ。

「貴様が……?」
「作れるんですか……?」
「僕、ハンバーグがいいー!」

 ディアーチェとシュテルの疑惑の視線。「お前ら、正座な」と、言いたいところだが、気持ちはわからんでもない。
 レヴィの要望通り、今日の夕飯はハンバーグにしてやろう。

「母さんやはやてとかと比較されても困るけど、人並みに食えるものは作れるぞ。あんまり凝ったものは作れないけど。ハンバーグくらいならいける」

 こう見えても優奈やはやての手伝いはよくしたし、両親がいないときはたまに自炊もする。
 自信を持って美味いと断言はしないが、あからさまに不味いものは作らない程度の自信はある。

「…………」
「…………」
「やたっ!」

 それでもなお尽きない疑惑の視線。レヴィは後で頭を撫でてやろう。

「文句があるなら自分で作れ」
「ふむ、そうするか」
「え」

 と、したり顔で言うディアーチェに今度は俺が驚く番だった。
 俺の出した声に、不満そうに睨んでくるディアーチェ。

「今の『え』はなんだ?」
「いや、おまえ料理できるの?」

 一緒に生活するようになって一カ月以上経とうとしているが、シュテルはおろかディアーチェが料理してるところなんて一度も見たことがない。
 俺が疑問に思うのも当然だろう。

「ふっ。我を甘く見るなよ。王たる我にかかれば、料理など朝飯前よ!」

 と、偉そうに胸を張るディアーチェ。王は料理とかしないじゃないかと突っ込みたいところだが、あえて黙っておこう。
 しかし晩飯を作るのに朝飯前とかこれ如何に。
 普段の言動を見るに、とても料理が上手そうには見えないが、オリジナルがあのはやてだ。
 もしかしたらはやてと同等の腕前かもしれん。

「よかろう。そこまで言うならその腕前、見せてもらおう。だが、お前に俺の舌を満足させることができるかな?」

 と、なんとなく漫画の悪役風に挑発してみた。多少、危険な賭けをしていると思わないでもないが、外れても一食くらいならリスクは少ない。
 ディアーチェの性格を考えれば、多少煽ったほうがその力をフルに使ってきそうだし。

「フッ。その挑戦しかと受け取った!我が至高の力、その舌で存分に味わうがよい!ハーッハッハ!」

 そして、案の定、高笑いを上げながらノッてくるディアーチェ。
 闇統べる王は実にノリが良かった。


 そして夕飯の時が訪れる。
 テーブルに並べられた料理を見て、思った。
 王様、超すげぇ、と。
 
「ざっと、こんなものよ」
「おみそれいたしました」

 勝ち誇るディアーチェに、俺は即座に頭を下げる。
 テーブルの上に並べられた料理の数々。香ばしい匂いと豪華な見た目に思わず、感嘆の息を漏らす。
 レヴィのリクエストしたハンバーグは和風からデミグラスソースまで選り取り見取り。形状も綺麗な楕円を構成し、完璧。歪さなど欠片も見受けられず、焼き加減も完璧だ。
 添えられたニンジンやじゃがいもも綺麗にカットされ、見た目にも食欲を誘う。
 他にもブイヨンスープにグラタン、サラダなど、どれを見ても一流レストランのフルコースと比較しても遜色ない出来栄えと言っても過言ではないだろう。
 漫画とかギャルゲーだと見た目が良くても味が破滅的だったりするだろうが、ここまで完璧な見た目と匂いでそれはないと断言できる。
 これは絶対に美味い。
 フラフラと匂いに釣られた動物のように食卓につく俺。
 やばい、これはマジに美味そうだ。早く食いてぇ。

「さっすが王様~」

 レヴィも俺同様、手のひらを合わせて目を輝かせている。わかる、わかるぞ、その気持ち。でも、涎は拭け。

「いっただきまーす♪」
「いただきます」

 これ以上、食欲を抑えられず、目の前の料理へと手を付ける。
 まずはハンバーグ。ソースは和風を選択し、箸で小さく切り分ける。溢れ出る肉汁の量がすげぇ。なに、これどう焼いたらこんなんなるの。
 恐る恐る口に運ぶ。やべぇ、超うめぇ。
 レヴィと俺は、二人で凄まじい勢いで料理を口に運んでいく。これマジにうめぇ。
 味付けが俺の好みにジャストフィット過ぎるぞ、おい。
 凄まじい勢いで料理を掻き込んでいく俺とレヴィを見て、ディアーチェはフフンと鼻をならし、満足そうな笑みを浮かべていた。

「それにしても王」
「む?」
「この量はいささか多すぎではないでしょうか?」
「う……」

 シュテルのツッコミに、ディアーチェの顔が引きつる。
 シュテルの言葉通り、テーブルに並べられた料理の量は四人分にしては、ちょっと、いや、かなり多い。

「ちと、張り切りすぎたか」

 何をそんなに張り切ったのか……って、俺の煽りとレヴィの期待の眼差しのせいですね、すみません。
 だが、二人の心配は杞憂に過ぎない。

「ふっふっふ、二人共そんな心配は無用だよ、あぐ、んぐぐ」
「レヴィの言うとおりだとも」
「む?どういうことだ?」

 訝しげに眉根を寄せるディアーチェに、レヴィと俺は胸を張って答える。

「こんな美味しいご飯、僕達が残すわけないじゃないかっ!」
「おうとも。せっかくの手作り料理だ、何が何でも食べきってみせよう。それが美味いモノならなおのことよ」

 そして更なる勢いで食べ始める俺とレヴィ。こんな美味いものを残すなんてとんでもない。

「……アホウ共が」

 と、小さく呟くディアーチェだが、その口元に小さな笑みが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
 こいつらといると、アホなテンションになるときが増えてきたが、まぁ、これはこれで。
 そしてなんとか全ての料理を平らげることは出来たのだが。

「さすがに食い過ぎた……」
「うぅ…僕、もう動けない……」

 俺とレヴィは完全に食い過ぎて、動くことも出来なかった。

「だから無理して食うなと言ったであろうが」
「……せっかく王様が作ったご飯だし」
「どうぞ、胃腸薬です」
「さんきゅ……」

 ソファで仰向けになりながら、シュテルから薬を受け取る。
 うー、しんど。
 ここでシュテルの膝枕とかあったら、なお言うことなしだったのだが、口に出したらディアーチェにぶっ飛ばされそうな気がするのでそれは黙っとこう。
 代わりに口にしたのは別の言葉。

「しかしお世辞抜きに美味かったぞ。こんだけ上手いなら普段から作ればいいのに」
「僕も王様のご飯もっと食べたい!」

 シュタッと手を上げて俺に賛同するレヴィ。コクコクとシュテルも頷く。

「父さんも母さんもディアーチェの料理食べたら泣いて喜ぶぞ。冗談抜きに」

 父さんと二人の時に、「可愛い娘の手料理食べれたら幸せだよなー」とポロリと零したのを聞いたことがある。
 あの父親なら本当にマジ泣きするんじゃなかろうか。

「まぁ、貴様らがそこまで言うのなら、たまには作ってやらんでもない」

 微かに頬を染めて喜んでるディアーチェ可愛い。

「だが、勘違いするなよ。レヴィとシュテル、父様、母様の為に作るんであって、貴様にはそのおこぼれをくれてやるに過ぎんのだからな!」
「知ってた」

 おこぼれだろうが、何だろうが美味い飯が食えるなら何でもいいです。
 余談だが、マテリアル達は父さん母さんの意向(というか懇願)とか紆余曲折あって、二人とはちゃんと父親、母親として付き合っている。
 ディアーチェが父様、母様、シュテルがお父様、お母様、レヴィがパパ、ママと、呼んでいる。
 一番渋ったのはディアーチェだったが、最終的に母さんの泣き落としに陥落した。
 照れながら父様、母様と呼ぶディアーチェがとても可愛かったです。
 「じゃあ、俺のことは兄と呼ぶべきだな」、と言ったらゴミを見るような目で「馬鹿か、貴様は」と真顔で言われたけど。扱いの差が酷い。
 最初は不安しか無かったけど、こうして一緒に生活してみると、なかなかどうして悪くないと思う、現金な俺だった。








「――てください、ユート」
「…………おはようございます」

 翌日。休日ということで惰眠を貪ってたらシュテルに起こされた。

「来客ですよ」
「……誰ぞ」

 特に誰かと約束した覚えはないのだが。時計を見れば10時を回っていた。
 休日の朝っぱらから人んちに来るなんてどこの物好きだ。

「ちゃんと顔を洗って、着替えてから降りてきてください」
「へーい」

 シュテルに生返事を返しながら、のそのそと起きる。
 普段はちゃんと自分で起きてるけど、こういうやりとりは久々で新婚とか同棲っぽくていいなぁ、と思う。
 いやいや、あいつは妹。血が繋がってないけど妹。でも、血が繋がってないなら結婚も問題ないわけで。
 って、何考えるんだ、俺。駄目だ、このギャルゲ脳、まだ寝ぼけてる。
 まともに機能していない脳を正常な状態に戻すべく、パンと頬を両手ではたく。さっさと着替えて顔洗ってこよう。



「もしやと思ったが、やっぱりまた君たちか。おはようございます」
「おはよー、ゆーと」
「おはよ、ゆーとくん。でも、挨拶より先にその台詞はないと思うよ」

 今の来客は予想通りのなのフェイで、レヴィ、ディアーチェらと共にこたつでぬくぬくしてた。

「アポなしで来客する輩には相応の対応だろう。ふぁーあ」
「昨日、ゆーとの予定確認したでしょ?今日は家で一日中だらだらしてるって」

 そういやそんなやりとりをした気がする。

「朝食は食べますか?」
「うん」
「では、すぐに用意しますので、15分ほどお待ちください」
「はい」

 テーブルにシュテルがお茶を置いてくれたので、ありがたく頂戴する。あったけぇ。体が温まる。

「休日の朝っぱらからウチに来るなんて暇だな、おまえら」
「だってゆーと、最近学校であまり構ってくれないんだもん」

 フェイトがふくれっ面で睨んでくる。その台詞だけ聞くと、色々誤解されそうで非常にアレだ。

「こっちは只でさえ男連中とつるんでる時間減ってるんだ。学校くらい見逃してくれ」

 フェイト達といる時間も楽しいが、やっぱり男は男同士でつるみたい時間もあるわけで。
 ここ一ヶ月は常にマテリアルと一緒にいるから、なおさらそういう時間が減っている。ユーノも本局行っちゃったし、クロノは仕事忙しいみたいだし。
 多少なりとも学校の男連中との仲も維持しておきたいとこなのだ。

「うん、わかってる。だから、今日でゆーと分、一杯補充するね」
「…………」

 フェイトの好意が余りに真っ直ぐかつ、あからさまで黙りこむしかなかった。
 嬉しいんだけど、何か複雑な気分。明らかにこれ「like」じゃなくて「love」だよな。フェイト自身が自覚してるかは怪しいところだけど。

「あはっ、ゆーとくん照れてる♪」
「うっせーよ」
「こやつの何がそんなに良いのか……」

 フェイトを訝しげに見るディアーチェに心底賛同せざるを得ない。
 フェイトのことを好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだが、それが「love」かと言うと断じて「否」と言える。
 今のところはこの距離感が一番適切だと思ってるし、フェイトもそれ以上の関係は望んでいないだろう。年齢的にもそれが良いと思う。
 先のことはわからないけど、今はこのままでいいかな、うん。ちょいと受け身で情けない気はするけど。
 もっとも、フェイトの好意が薄れたり、他のやつに向かったりするとかなり複雑な気はする……つーか、悲しいものがあるけど。
 逆にもっと強くなったら、俺はその時どうするだろうか?
 成長したフェイトに今と同等以上の好意を向けられたとこを想像してみる。

「…………」

 至極、あっさりと攻略される気しかしなかった。あれ?
 と、いうか今のフェイトでもこれ以上の関係望まれたらどうだろう?断れるか、俺?
 …………うん?
 もしかしなくても今の段階で俺かなりフェイトに攻略されてる?いやいやいや、流石に考えすぎだと思う、けど。ううむ。

「なんか難しい顔してるね?はい、フェイトちゃん、あーん」
「あーん。うん、何考えてるんだろう?」

 人が微妙に真剣に悩んでる横で、なのはとフェイトはみかんの食べさせっこしてイチャついていた。
 くっそぅ、なんかムカつく。

「お待たせしました」
「お、さんきゅ」

 そうこうしてる間にシュテルが朝飯の用意をしてくれた。
 焼き鮭に豆腐の味噌汁とだし巻き玉子に白ご飯と、オーソドックスな朝飯だった。

「いっただきます」

 両手を合わせてから、有り難くいただく。
 まずは玉子から。

「あ、これ美味い」

 いつもと味付けがちょっと違うが、これはこれで。
 向かいに座るシュテルがわずかに胸を撫で下ろすような気配。
 よくよく見たら、エプロンしとる。
 今更気付いたけど、これ全部シュテルが作ったのか。ディアーチェはさっきからずっとこたつに入りっぱだし。
 そうか、シュテルも料理できるのか。ディアーチェができるならシュテルができても不思議はない。
 鮭も良い焼き加減だし、味噌汁も普通に美味い。
 何時になく新鮮な気分なせいか、普段よりも箸も進む。
 五分も経たずに、あっという間に平らげる。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お粗末様です」

 そしてすぐさま食器を片付け始めるシュテル。

「あ、いいよ。食器洗いくらい俺やるって」
「いいえ、ゆーとは座っててください。デザートもありますから」

 そう言ってシュテルが出してきたのはみかんの入った牛乳寒天。

「これもシュテルが作ったのか?」
「はい。口に合うかどうかわかりませんが」
「シュテルが作ったんなら大丈夫だろ」

 料理が不味いやつは基本レシピ通りに作らないから不味いわけで。
 さっきの朝食は普通に上手かったから、そこは心配する必要もない。
 スプーンで掬い、口に含む。
 寒天特有の控えめな甘さながらもすっきりとした味が口の中に広がる。

「うん、やっぱり美味い」
「なら良かったです」

 食後のデザートをまったりと味わう。うむ、これも休日の至高の過ごし方よな。
 なんとも懐かしいやりとりで、心底安らぐ。

「ゆーとくんってさぁ」
「ん?」

 スプーンを加えたまま、なのは達のほうを見ると、なのフェイがジッとこちらを見ていた。

「ご飯食べてる時、すっごい幸せそうだよね」
「本当。見てるこっちまで幸せになってくる感じ」

 実に反応に困る言葉だった。どんな顔して食ってたんだ、俺。

「それにシュテルとゆーとって、なんだか新婚さんみたいだね。なんか微笑ましい」

 追い打ちでさらっと、そんなことを笑顔で言ってくれるフェイト。
 俺も薄々そんなことを思ってたけど、傍から見てもそんな感じだったのか。ちょっと照れる。
 ってか、お前はそんな感想でいいのか。嫉妬とかそういうのゼロっぽいけど、今の俺はそんな程度のポジションか。ホッとしたような残念なような。
 ちらりとシュテルを見ると、目が合った。
 肩を竦められた。心底どうでも良さそうな反応だった。ですよね!ちょっと傷ついたけど、これが当然の反応だった。

「まぁ、実際シュテルとディアーチェは嫁力たけーよ。炊事洗濯掃除と家事全般能力高いし」

 そうなのだ。料理だけじゃく掃除から洗濯まで何やらせても俺以上にこなして、父さん、母さんからの評価も高い。おかげで俺の肩身が狭い。

「二人共将来、良い嫁になると思うよ。俺が保証する」
「またわけのわからんことを……そもそも誰と結婚しろというか」

 またアホなことを、と言わんばかりの顔のディアーチェ。
 問題はそこだ。二人なら引く手数多だと思う。実際、クラスでもクールな感じがいいとか、踏んで欲しいとか罵って欲しいとかそういった人気もある
 って小学生の癖にうちのクラス変態多すぎだろう。
 それはさておき、この二人が異性に対して好意を抱く様がサッパリ想像できん。無理やりに結婚相手を想像するならば、だ。

「例えば……俺とか?」
「寝言は寝て言え。アホウ」
「…………はぁ」

 ディアーチェは一言で一蹴し、シュテルには盛大なため息をつかれた。

「すんませんでした」

 自分でも言っててないと思った。
 仮に俺がこいつらと結婚した場合はどうなんだろう。
 ちょっと、想像してみよう。まずはディアーチェから。

「…………」

 無理だった。というか俺にデレデレなディアーチェが想像できない。
 まぁ、なんだかんだで文句を言いつつもしっかりと世話をしてくれそうな気はする。って、それだと今と大して変わらんな。
 シュテルの場合はどうだろう?
 表情は今と大して変わらないだろう。だけど行動とか言葉でストレートに好意を表してくる。
 昼の弁当とか俺の分だけシュテルが作ったり、座る時もいつも俺の隣にしたり。
 祭りとか人混みとかではぐれないようにさり気なく俺の服の裾掴んだり。
 フェイト辺りに「ユートは私のです」とか宣言したりとか。
 ………………めちゃくちゃアリだな。
 やべぇ、シュテル滅茶苦茶可愛い。余裕で惚れる。

「なんかゆーとくん、ニヤニヤしてる……」
「どーせ、なにか良からぬ妄想をしているのだろう」

 気付いた時にはなのはとディアーチェの視線が冷たかった。

「えーと、とりあえず何する?」

 こほん、と小さく咳払いして取り繕った言葉に、フェイトは小首を傾げる。

「だらだらするんでしょ?」

 微妙に答えになってない。いいけどさ。

「よろしい。ならばサイバーフォーミュラ鑑賞会だ」

 棚からDVDBOX一式を取り出す。こういう機会でもなければ、あんまり見ないんだよなDVDって。

「面白いの?」

 今までずっと寝そべって漫画を読んでたレヴィが反応した。

「ラスト2話が神だ。晩飯のおかずを賭けてもいい」

 レヴィの目が輝いた。小説を読んでいたディアーチェも顔を上げる。
 長すぎて今日中に最終話までたどり着けないことは黙っておこう。
 洗い物を終えたシュテルもいそいそと集まってくる。
 プレーヤーにディスクをセットしたところで、はたと気付く。
 俺とシュテルがこたつに入れない。

「シュテル、こっち」

 なのはが端に寄って、ポンポンと自分の隣を叩く。

「では失礼します」

 なのはとセットでこたつに入るシュテル。
 あれ、俺は?と、思ったらフェイトが端に寄る。

「はい、どーぞ」
「あ、うん」

 薦められがままにフェイトの隣に腰を下ろす。

「狭い」

 体の小さい子供とはいえ、二人は狭い。腕と腕が完全に密着しとる。

「でも暖かいよ」
「そーゆー問題か?」

 顔が近い。確かにフェイトの体温が直に感じられるし、なんか良い匂いしてくるけど。
 なんでこいつこんな平然としてんの。俺のほうが無駄に意識しててなんか釈然としない。
 って、寄りかかってくんなっ。

「えへへ」

 すぐ隣で聞こえた小さな、でも凄く楽しそうな声。なんだこの可愛い生き物。
 …………しょうがねーなぁ。
 つーか、甘え方うまくなったな、おい。
 まぁ、フェイトが嬉しそうならいいや、と思いつつ、鑑賞会を始めるのであった。




「レヴィー。こたつで寝るなー、風邪ひくぞー」
「zzz……」

 駄目だ、これ。
 さすがに長時間の視聴は疲れたのか、レヴィが完全におねむだった。
 涎を垂らして、実に気持ちよさそうに寝とる。

「ユート」

 シュテルの視線が俺を捉える。言わんとすることは大体察せられるのだが。

「こたつから出たくないです」
「夕食はユートの好きなハヤシライスです」
「イエッサー」

 なのフェイが俺らのやりとりに首を傾げてる中、全気力を振り絞ってこたつから出る。
 レヴィをベッドまで運ぶミッションスタート。
 魔力が使えなくなってるから、滅茶苦茶しんどいけどな!
 眠ってるレヴィをこたつから引きずりだし、できるだけ刺激を与えないようにおぶって部屋まで運んでいく。
 なんとか運び終えて戻ると、なのふぇいがニコニコとこっちを見てくる。

「なんだよ」
「ゆーとくん、ちゃんとお兄さんしてるんだなぁって」
「うん、なんか手つきが手慣れてたし」
「一度や二度じゃないからなぁ」

 こたつ出してから何回目だろう、この作業。
 レヴィほどじゃないが、ディアーチェも一回か二回運んだことがある。
 「我の臣下ならばこのくらい当然よ!」などと、ふんぞり返って、全然照れたりしないのであまり面白味がない。
 寝顔だけは見た目相応に可愛いのだけれども。

「レヴィは『こたつから布団へ夢の極楽ツアー』などと名付けていましたが」
「あんにゃろう」

 俺に運ばせる気満々じゃねーか。
 でも、気持ちはわかる。凄いわかる。こたつで寝て、そのまま布団へというのは筆舌に尽くし難い安心感というか心地良さがある。
 ディアーチェもだが、特にレヴィのあのふにゃふにゃした寝顔見えてたら、『まぁ、いいか』とも思ってしまうのも事実である。

「さて、レヴィが起きる前に夕飯を作ってしまうか」
「ユートはお茶でも飲んでゆっくりしてください」
「へーい」

 夕飯の支度に取り掛かるべく、キッチンに向かうディアーチェとシュテル。

「あ、私たちも手伝うよ。行こ、フェイトちゃん」
「うん」

 と、なのはとフェイトもキッチンへと行ってしまう。
 一人寂しく残された俺はシュテルの入れなおしてくれたお茶を啜りながら、こたつでみかん。
 みかんとこたつの組み合わせは最強。異論は認めない。
 ……しかし、後ろからキャッキャッと声が聞こえてくる度に疎外感が半端ない。せつねぇ。
 こういうときに野郎が最低もう一人欲しいんだけど、クロノもユーノも忙しいみたいだしなぁ。
 かたや執務管にもう片方は無限図書の司書。どっちもエリート街道まっしぐらで俺との格差が酷い。
 なのフェイやはやても、春から正式に局員になるし、置いてけぼり喰らった感がすげぇ。
 本来ならそんなこと感じる必要性なんて微塵もないのだが、周りが変態的に凄い奴らばっかりなので劣等感がクライマックス。
 今の自分がこのままでいいのかと、何度も思う。
 思って結局何もしないんだけど。凡人の辛いとこである。



「フハハハハハ!みよ、これぞ究極にして至高の闇!」
「おおー!」

 高笑いするディアーチェと、寝起きにはしゃぐレヴィだが、これってただのハヤシライスですよね。

『いただきまーす!』

 と、いつの間にか夕飯どころか泊ることになってるなのフェイも交えて、皆でいただきますをする。
 うめぇ。このハヤシライス超うめぇ。

「あはは、そんなに急いで食べなくてもおかわり一杯あるから大丈夫だよ」
「ちゃんとサラダとかも食べないと駄目だよ」

 と、なのフェイ。

「母親か、おまえらは」

 という俺に突っ込み、なのフェイが揃って笑う。
 ディアーチェがレヴィの食べっぷりを見ながら、満足そうに頷き、レヴィの口元をシュテルが拭う。
 昨日も思ったけど、こんな生活も悪くないとしみじみ思う。
 いつまでもこの生活が続くかはわからない。
 なのはやフェイトが正式に管理局に入ったら、こうして彼女らと接する機会は段々と減っていくだろう。
 男女が別れる中学に進学したら、それはもっと顕著になる。そうなった時、俺は彼女らと疎遠にならず、今の関係を保っていられるのか。
 普段の自分の人付き合いを考えると、あまり自信がない。
 フェイトやなのはの笑顔が見られなくなるのはちょっと寂しい。
 そしてマテリアル達とも、いつかは別れる日がくるだろう。それを思うと無性に胸が締め付けられる感慨に囚われる。
 ただ、しばらくは何事もなく、こんな穏やかで平和な日々が続けばいい。
 この時の俺は、そう思っていた。
 ほんの一カ月も経たずに訪れる、あの日までは。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

嘱託試験を受けるために本局を訪れた勇斗とマテリアル達。
試験の間、一人ナカジマ家を訪れる勇斗。
そこで勇斗は再び魔力を発動することになる。

勇斗『終わり良ければ全て良しってね』



[9464] 第五十一.五話
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2013/02/17 11:17

 2月初頭の朝。
 寒さは衰えず事を知らず、寝起きの布団の魔力が絶大な猛威を振るう。
 特に用のない休日ともなれば、それに抗う気力さえ奪われる。
 平日なら起きる時間にウトウトと目覚めるが、それだけだ。部屋の空気がいつも以上に冷えているのは肌で感じ取れる。
 こんな日は暖かい布団の中に引きこもるに限る。
 開きかけた目を再び閉じ、腕に抱いた枕をギュッと抱きしめる。
 むぎゅっ。

「…………?」

 なんかいつもと感触が違うような?
 うっすらと目を開ける。

「…………」

 そこにあったのは枕ではなく、誰かの頭のようだった。
 さわさわと、抱きしめたものを撫でて感じるのは枕とは違う布触りと人肌のぬくもり。
 なんだこれ、なんだこれ。
 …………まぁ、いいか。
 少し気になったが、疑問以上に布団の心地良さと押し寄せる眠気には勝てなかった。
 まどろみの中、腕の中の抱き心地を堪能しながら眠りへと落ちていった。



 数時間ほど話は遡る。
 この日は寒い冬の日々でも、一際気温が低い日だった。
 ――寒い。
 夜遅くに用を足しに起きたシュテルが、トイレから自分の部屋に戻ることすら躊躇う程に。
 トイレから最も近い部屋は勇斗の部屋。
 勇斗の部屋へと侵入し、一目散にベッドへと潜り込むシュテル。
 人肌で暖められた布団は、冷たい外気を遮り、シュテルを温もりに包み込む。
 シュテルがホッと一息つくのも束の間。

「う、ん……」
「!?」

 本来の布団の主である勇斗の腕がシュテルを抱き寄せ、勇斗の胸元に顔を埋める体勢になってしまう。
 ぎゅっと勇斗の腕に力が込められる感触が伝わるが、それは決してシュテルが不快に感じるような強さではなく、むしろ程良い圧力と温もりを感じさせる絶妙な力加減だった。
 ――実は起きてたりしませんか?
 自分が布団に入った瞬間に抱き寄せ、あまつさえこの力加減。寝相にしては明らかに不自然だった。
 が、頭上から聞こえてくる穏やかな寝息と、ぴたりと耳元にくっついた胸から聞こえてくるゆっくりとした鼓動がシュテルの疑念を裏切っていた。
 自分を驚かせようとしたり、何らかの意図があるならば、息遣いや鼓動に何かしら不自然な様子が見られるはずだが、そういった兆候はまるで見られない。
 どうやら本当に熟睡したまま、こんな芸当をやってのけているようだった。
 ――どうしたものでしょうか。
 あまりの寒さに耐え切れず、本能的に近場にある布団に潜り込んだまではいいが、こういった展開は予想していなかった。
 程よく温まった所で自分の部屋に戻るのが妥当なところなのだが。
 ――これはちょっと、いや、かなり。
 心地良い。
 自らの身体に掛かる重み。髪にかかる勇斗の吐息。布団と人肌の温もり。それらが複合し、寝起きの布団、まどろみの中の炬燵に匹敵する魔力を発揮していた。
 ――まぁ、たまにはこういうのもいいかもしれません。
 深夜の冷たい外気の中、自分の部屋に戻って眠るより、この温もりの中で眠ってしまえばどんなに心地良いことか。
 かつて闇の書の中で感じていた暖かな温もり。ディアーチェやレヴィから感じていたものとは似て非なる、だけど暖かな温もりをしっかりと感じながら、シュテルは眠りについていた。




「………………!???!?!?」

 昼近くになってようやく目覚めた俺は何故かシュテルを抱きしめて寝ていた。
 状況が全く飲み込めず、密着状態から少しだけ身を離すと、シュテルとばっちり目が合う。

「おはようございます」
「……おはようございます」

 この状況で第一声がそれか、と突っ込みたい所だが、他に突っ込みどころ盛りだくさんでどこから突っ込めばいいのかわからない。
 まずは状況確認。
 素早く視線を周囲に馳せ、ここが俺の部屋で俺のベッドであることを確認。
 俺が寝ぼけてシュテルの部屋に忍び込んだわけではなくて、ちょっとだけ安堵する。
 そんなオチだったら非は100%俺にあり、言い逃れも何も出来ず、割と本気でディアーチェに殺されかねない。

「すいません、なんでシュテルさんが俺のベッドにいるんでしょうか?」
「昨日は寒かったですよね?」
「はい」

 確かに昨日は寒かった。この冬で一番冷え込んだといってもいい。風呂上りに夜更かしもせず、早々と布団に潜り込むくらい寒かった。

「ですからトイレに行った帰りに一番手近な勇斗の布団に潜り込みました」
「いや、その理屈はおかしい」
「……?」
「そこで、何故?と言いたげに首を傾げられても困る」

 シュテルの部屋と俺の部屋で数メートルくらいしか距離が変わらないだろうに。無表情が常のこいつは本気なのか冗談なのかイマイチわからん。

「とても良い寝心地でした」
「あ、はい」

 シュテルにしては珍しく、うっとりとした顔で呟き、とても満足そうだった。
 寝心地で言えば俺も良かったけどさ。こうやって誰かと一緒に寝るなんて随分と久しぶりだったし。
 こう、なんというか人の温もりを感じながら寝るというのは妙な安心感があるは事実だ。もしかしたらシュテルも同じように感じていたのかもしれない。
 俺相手にそんなもん感じるのかは甚だ疑問だが。

「普段からこうして一緒に寝るのも悪くないかもしれませんね」
「いやぁ、それはどうだろう」

 主に世間的に。

「何か問題が?」
「えーと、だな……」

 どう説明したら良いものか。

「体裁悪いじゃん?一応性別が違うことだし」
「私は特に気にしませんが」

 うん、まぁ、その辺無頓着というか、俺を異性として見てないだろうから抵抗は無さそうだな。
 俺も気にするかというと……まぁ、悪い気分ではない。ときたまドキッとさせられることもあるが、日常的にシュテルを異性として意識することはほとんどない。
 世間体的にそんなことを気にするレベルでもない気がしてきた。
 参った。理詰めのシュテルを上手い具合に説得する理由が思い浮かばない。

「まぁ……お前がいいならいいか」
「はい」

 俺とシュテルで間違いが起きるはずもない。慣れるまで多少はドキドキするくらいはあるかもしれないが、流石に今のシュテル相手に性的興奮を覚えることはない。
 今、こうして至近距離で話していても、感覚的には猫や小動物を抱いて寝るというのが一番近い。
 本人がしたいというなら、こうして一緒に寝るのも悪くないかもしれない。

「一応、言っとくけどなのはや他の奴らには言うなよ。色々聞かれると面倒くさい」
「はい。私もそのくらいは弁えていますから心配なさらぬよう」

 シュテル相手にそんな心配はしていない。問題はレヴィ経由から広まる可能性が一番怖い。
 流石に同じ屋根の下に住んでるディアーチェとレヴィ相手には隠し通せないだろうしなぁ。
 まぁ、やましいことは何もないからバレても堂々としていればいいか。
 誤解されて困る相手がいるわけでもなし。

「てかさ」
「はい」
「添い寝相手が欲しいなら、俺じゃなくてディアーチェとかレヴィのが良くね?父さんとか母さんとかでも良いと思うんだけど」
「…………」

 俺の言葉に、シュテルは小首を傾げて考えこむ。
 とゆーか、俺以外にはたまにやってたよね。

「どうにもユートの寝心地は格別でして。何故でしょう?」
「知らん」

 こうして、時折夜中にシュテルが布団に潜り込んでくるようになったのである。
 どうしてこうなった。







「そーいえば、ゆーちゃん。もうすぐバレンタインねー」

 シュテルと二人揃って遅めの朝食兼昼食の後、居間でPSPをやっていると唐突に母さんが話題に振ってきた。

「そだね」

 が、これも毎年のことなので、俺はディスプレイから目を逸らすことなく適当に流す。

「うぅ……ゆーちゃん、冷たいー。少しはおかーさんの話に乗ってよー」
「母親とバレンタインの話とか一種の拷問だと思います」

 背後から抱きつかれて非常にうざったいことこの上ない。
 ちなみに去年までは母さん以外からの収穫はゼロである。ちくせう。

「ねー、ママー。バレンタインってなーにー?」

 ゴロゴロとアニメを見ていたレヴィがこちらを振り返りながら、話に加わってくる。

「んふふー、よくぞ聞いてくれましたー。バレンタインってのはね、女の子が好きな男にチョコレートをプレゼントして、愛を告白する日なの」

 去年まで俺がロクに話に乗らなかったせいもあったのだろうが、バレンタインを語る母さんは実にノリノリで楽しそうだ。

「えー、僕チョコ貰うほうが良いー」
「くだらん」
「…………」

 不満げに頬を膨らませるレヴィ、、興味なさげに読書に勤しむディアーチェとシュテル。三人の反応は実に予想通りだった。
 ある意味、俺以上にバレンタインから遠いんじゃないのか、こいつら。

「むー、うちの子達はもっと青春を楽しむべきだと思うなー」

 小学三年生に言うことでもねぇ。
 いい年した大人が一番反応してるのもどうかと思うのだが、そこで諦める母さんではなかった。

「ま、別に渡す相手は好きな男の子じゃなくても、仲の良い子だったり、お兄ちゃんとかお父さんにあげるのもありよ。もちろん女の子同士もね♪」

 ガタッと音を立てて、立ち上がったのは言うまでもなくレヴィだった。

「王様……!シュテるん……!」

 これ以上ないくらい期待に満ちた瞳を、ディアーチェとシュテルに向けるレヴィ。

「やらんぞ、面倒くさい」
「あげませんよ」
「…………」

 素っ気なく言い放つ二人だが、その程度で挫けるレヴィではない。
 期待を込めた瞳をますます輝かせながら、ソワソワと体を揺らす。

「ワクワク」
「…………」
「…………」
「王様とシュテるんのチョコ欲しいなー」
「…………」
「…………」
「ジ―――――ーっ」

 結果は最初から見えていた。

「ええぃっ!鬱陶しい!ちゃんとくれてやるから、いつまでもこっちを見るな!」
「……仕方ありませんね」

 ディアーチェ、シュテル、共に陥落。

「やた――ーっ!えへへ、王様とシュテるんのチョコ楽しみー♪」

 そしてレヴィの視線がくるりとこちらに向けられ、ぎょっとする。

「えへへ、ユートー♪」
「…………」

 レヴィの視線からさっと目を逸らし、手元のPSPへと集中する。

「ワクワク」

 しかし回り込まれてしまった。
 PSPを持った俺の手を押しのけ、ジーっとこちらを見上げてくる視線がまことに鬱陶しい。

「…………」
「…………」

 真っ向からぶつかる俺とレヴィの視線。
 俺は無言でカードデッキを取り出す。
 するとレヴィもまた不敵な笑みを浮かべて自らのデッキを取り出す。

「おい、デュエルしろよ」
「はっはっはー!貴様のデッキなど僕の最強デッキで粉砕してくれる!」
「「デュエル!」」

 そして始まる俺とレヴィのデュエル。
 ぽつりとシュテルが呟いた。

「今日も平和ですね」




「超銀河眼の光子龍でダイレクトアタック!アルティメット・フォトン・ストリーム!!」
「ぐっ」
「はっはっはー!コレで僕の勝ちー!強靭!無敵!最強!強いぞ!凄いぞ!カッコイー!」

 今日もレヴィは絶好調です。

「ユートッ!」
「あぁ、わかった、わかった。くれてやるから静かにしろ。やかましい。」
「やたっ!」

 小さくガッツポーズをとって喜ぶ。レヴィ。

「王様、シュテるん、ユート!約束だからね!約束破ったら針千本飲むんだよ!」

 ディアーチェ、シュテルと俺は三人揃って小さくため息をつきながらも、了承の意を示す。
 やれやれだ。面倒くせぇ。

「レヴィには甘々ですね」

 俺の背後でデュエルを見ていたシュテルが、小声で呟く。

「……何のことかさっぱりだ」

 スッとシュテルが俺の場に伏せられていたカードをめくり、無言でひらひらさせる。
 カードの効果は相手の攻撃をそのまま相手に反射してダメージを与えるカード。このトラップカードを発動していれば俺の勝ちだった。
 なおもシュテルは無言で俺にそのカードをひらひらしてくる。ええい、鬱陶しい。
 素早くカードを奪い取り、軽くシュテルの頭をこずく。

「……痛いです」
「しつこい子にはお仕置きです」

 全然痛くなさそうに頭抑えるシュテルが抗議の視線を送ってくるがスルー。

「じゃあ、バレンタイン前はみんなでチョコ作りね♪」

 母さんはテンション高すぎです。

「いや、俺はその辺のコンビニで買ってくるし」

 が、母さんは得意げに俺を見下ろし、

「あらあらー。今月発売のプラモ買う予定のゆーちゃんは、100円でも多く節約したいとこじゃないかなー?」

 何故、俺の今月のお小遣いの使い道を把握してるし。

「それにレヴィだけにあげて、ディアーチェやシュテルにあげないってことはしないわよねー?」

 母さんの後ろでは、ディアーチェが馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻をならし、シュテルも興味なさげに読書へ戻っている。
 いや、あいつらにはいらないんじゃねーかなぁ。

「その点、手作りなら材料費はお母さん持ちだから色々お得だと思うなー」
「…………」

 確かに今月は色々と金銭的に厳しい。
 だが、何が楽しくて男の俺がバレンタインにチョコを作らねばならんのか。
 あぁ、もうなんか色々とめんどくせぇ。
 深く深くため息をつく俺だった。




 そしてやってきたバレンタイン当日。

「ユート!」
「ほい」

 朝の挨拶もそこそこにチョコの催促をしてくるレヴィ。
 俺は昨日のうちに作ったチョコをラッピングした袋を手渡す。

「ありがとっ!ねぇねぇ、これもう食べてもいい?」
「別にいいけど、ディアーチェとかシュテルの分もあるんだろ?全部一度に食わないでゆっくり食っとけ。おかわりはないんだから」
「むむむ、確かに……あっ、シュテるん!おはよう」

 シュテルを見つけると、すぐさますっ飛んでいくレヴィを見て、やれやれと苦笑する。
 チョコくらいであそこまではしゃぐのに呆れる反面、なんとも微笑ましい。
 手作りチョコなんて初めて作ったけど、あそこまで喜んでくれるなら作った甲斐もあったかなと思う。
 …………そして部屋に置いてきた残りの袋をどうしようか悩む。
 ディアーチェとシュテルに渡すのはまぁ、いい。
 なんとなくフェイト達の分も一応揃えたんだけど、どうしようかなぁ。



「フハハハハハ!これぞ究極にして至高の闇!」
「おおー!」

 顔洗って、居間に行くと朝っぱらからテンションの高い王様とレヴィ。
 朝食が並べられてる中、どんと、究極にして至高の闇とやらが鎮座していた。
 いや、それただのチョコケーキですよね。でかいし、美味そうだけど。
 前にも同じフレーズを聞いた気がするが、どんだけ好きなんだ。
 朝からケーキはどうかと思うが、レヴィが昨日からお預けを喰らっていたため、致しかないとも思う。

「てゆーか、レヴィ一人にワンホールとか気合い入り過ぎだろう」

 テーブルにつきながら、ぼそりと呟く。
 そうなのだ。ディアーチェがレヴィに用意したのは中くらいの大きさのワンホールのケーキ。
 デコレーションもしっかりと凝っていて、どれだけ気合いいれて作ったのか、ぜひ問い詰めたいところだ。

「ふん。この程度、我にかかれば赤子の手を捻るようなものよ」

 微妙に使い方を間違ってるような気がしなくもない。それに俺は知っている。
 ここ数日、ディアーチェが母さんの用意したお菓子作りの雑誌やら何やらをこっそりと読み込んでいたことを。
 まぁ、ここであえて突っ込むようなことはすまい。

「うーん、おいしー」

 嬉しそうにレヴィがチョコケーキを食べ始める傍らで、ディアーチェが横目で俺を見てぼそりと呟く。

「言っておくが、貴様の分はないぞ」
「うん。最初から期待してない」

 正直に言うと、今年は結構貰えるチョコの数が増えるんじゃないかと思っている。
 フェイトやなのは、すずか、はやて辺りからは無難に貰える気がする。義理だろうけど。
 義理とわかっていても貰えると嬉しいので、期待してしまうのは男の性だと言えるだろう、うん。
 とはいえ、シュテルはともかくディアーチェからも貰えると期待するほどお気楽な俺ではない。
 まぁ、ほんの少しくらい、もしかしたら貰えるんじゃないかなと、米粒ほどの期待してなかったと言えば嘘になるけど。

「ま、レヴィにあげたからおまえにも一応な」

 そう言ってディアーチェの手の中に適当にラップした袋を、そっと放る。
 きょとんとした顔で手の中の袋と俺を交互に見るディアーチェ。

「…………」
「…………なんだよ」

 そんなに俺からもらうのが意外か。

「いや」

 そう返しながらも、困惑した手の中の包みへと目を落とすディアーチェ。
 そんなに戸惑うほどのことなのだろうか。
 逆の立場で考えてみると……うん、かなり戸惑うかもしれないな、うん。
 と、そこで人の袖をつかみ、くいくいと引っ張る輩が一人。

「おまえにもあるから安心しろって」

 ジッとこちらを見つめるシュテルに苦笑しながらチョコを手渡す。

「ありがとうございます」
「おまえもそんなに俺からのチョコ欲しかったのか?」

 チョコを催促してくるシュテルが意外だったので冗談交じりに聞くと。

「いえ、王とレヴィだけもらって私だけ貰えないのは何か不公平な気がしたので」
「……そうか」

 シュテルらしいと言えばシュテルらしいのだが。
 なんとなく落胆しつつも納得する俺に、シュテルがスッと赤い包装紙に包まれた箱を差し出してくる。

「よければどうぞ」
「サンキュ」

 密かに期待してただけに、いざこうして実際にもらうとやっぱり嬉しい。例え、ディアーチェやレヴィのオマケだとわかってはいても、だ。
 それが手作りともなれば、なおさらだ。
 俺とシュテル、ディアーチェはそれぞれにチョコを作り、お互いに作ったものは隠していた(冷蔵庫で冷やすときはそれぞれ名前入りの箱に入れて隠すと言う手の込んだことをしていた)ので、中身までは知らないが、シュテルの料理の腕前を知っていると、味のほうも期待してしまう。

「よかったねー、ゆーちゃん」

 さっきから俺らのやりとりを見ていた母さんはこれ以上ないくらいニヤニヤしていた。
 ディアーチェとシュテルからチョコを貰った父さんも、いつになく上機嫌だった。

「ゆーちゃん、ゆーちゃん。おかーさんには?」

 レヴィに負けず劣らず目を輝かせながら迫る母さん。

「あります……はい」
「ありがとー♪ゆーちゃん大好き!可愛い子供たちのおかげでおかーさん幸せ-」

 ええぃ、抱きつくな、頬ずりするな、鬱陶しい。

「ゆーとー?おとーさんだけ何も貰ってないんだけどなー」

 などと戯けたことをのたまう父親に、俺はまず冷ややかな一瞥をくれてやった。

「男からチョコ貰いたいの?」
「いや、とりあえず言ってみただけだ。お母さんと娘たちからもらったチョコだけでお父さんは大満足だ」
「それはよかった」

 遠峯家はバレンタインの朝も平和だった。



 すずか達からチョコを貰ってはしゃぐレヴィを横目にしつつ、学校ではバレンタイン特有の空気を味わっていた。
 わかっちゃいたが、男子の間では平静を装いつつ、妙な緊迫感というか言いようのない雰囲気が漂っている。
 気持ちは痛いほどわかる。本命がいる奴は言わずもがな。いなくて義理でも貰えたらいいなとか、もらえる宛てが皆無でも、そこはかとなく期待してしまうのは仕方のないことだ。
 対して女子の方は割と普通というか、女子同士の間でチョコ交換したりと和気藹々と言った感じだ。
 まぁ、本命とかに渡す気がなければ大半はそんなものだろう。
 このなんとも言えない温度差が実にアレでアレである。
 で、俺の方はというといつもの面子から特に何もなく、微妙にホッとしたようながっかりしたようななんともやるせない気分を味わっていた。
 あいつらとは朝、普通に挨拶しただけで以降、特に絡みもないまま放課後になろうとしていた。
 人前で渡されるのは照れ臭いし、恥ずかしいからそこは有難いのだが、ここまで華麗にスルーされたらされたで、ヤキモキしてしまう自分がなんかイヤだというか情けない。
 そして迎えた放課後。
 まさかの収穫ゼロ。
 なのは達は普通に挨拶しながらさっさと帰ってしまった。
 あっるぇー?
 普通に期待してた自分が情けなくて死にたい。



「ただいまー」

 そこはかとない敗北感に塗れながら帰宅すると、玄関には大量の靴があった。
 何事と思うのも束の間、居間の方からひょこっと見慣れた輩が顔を出す。

「おかえりー、ゆーとくん」
「何故いる」
「むー、いきなりそれはご挨拶やなぁ」

 ぷくーっと頬を膨らませる少女は八神はやてだった。

「おかえりー」
「「「「おじゃましてまーす」」」」

 そしてはやてに続いて次々に顔を出すフェイト、すずか、なのは、アリサ。

「ふっふっふー、驚いてる驚いてる」

 してやったりといった顔のはやて。お前の入れ知恵か、子狸。

「学校で誰からも貰えず、寂しーい思いをしてたゆーとくんに今、颯爽と救世主が!」
「じゃ、そゆことで」

 そのまま居間には行かず、二階の自分の部屋へと直行する。

「あぁ、ちょっと待った!なんでそこで華麗にスルーするん!?せっかくバレンタインチョコ用意したのにっ」
「いや、間に合ってます」

 ちゃんとシュテルから貰ってるし!
 階下からギャーギャーと騒ぐ声が聞こえるが無視。
 くっそぅ。まんまと子狸の策略にハマった自分が腹立たしい。
 ええぃ、くそっ。お情けのチョコなぞいるものかっ!

『ゆーとくーん、ごめーん。機嫌直して~』

 ベッドにふて寝しようと飛び込むのと同時に、はやてからの念話が届く。
 別に怒ってねーし!と、返そうと思ったが、もはや念話は一方通行しかできないのを思い出し、着替えてから渋々居間へと向かう。
 居間にはさっきの面子に加え、リインフォースまでいた。

「別に怒ってないって。着替えにいってただけだ」

 軽くリインフォースに手を上げて挨拶し、ソファに座る。
 すぐさまシュテルが紅茶を差し出してくれたので、有り難くいただく。
 もうシュテルだけでいいんじゃないかな。

「はい、ゆーと。バレンタインのチョコ」
「私からも。義理だけどね」
「私も義理だけど」

 フェイト、なのは、すずかから次々へとチョコを手渡される。

「……ありがとう」

 貰えるのは有難いんだけど、こう気軽に手渡されると情緒もヘッタクレもあったもんじゃないね。
 義理と宣言してるなのはとすずかも大概だけど、フェイトも完全に友達に渡すノリだ、これ。
 最後にはやてからも綺麗にラッピングされたチョコを受け取る。

「昨日、みんなで集まって作ったんよー。ちゃんと味わって食べてなー」
「へーい」

 おかしい。可愛い女の子からの手作りチョコをこんなに貰う。本来はうっひょーと喜ぶべき場面なのに、全く素直に喜べないのは何故だろう。

「むぅ。ゆーとくん、こんなに可愛い女の子から一杯チョコ貰えてるのにエラく不服そうやなぁ」
「ソンナコトナイヨ、トッテモウレシイナ、ワーイ」

 と、はしゃいでみせたのに、何故か皆苦笑い浮かべるか、冷たい視線を送ってくるかな。
 わかってない、わかってないんだよ、こいつらは。バレンタインチョコってのはこんなワイワイガヤガヤしたような場所じゃなくて、校舎裏とかで二人っきりのシチュエーションで、頬を赤く染めながらドキドキとした緊張感の中で渡されるのが肝なのですよ!
 こんないかにも友達にあげるついでみたいなシチュエーションで渡されても喜び半減なのだ。
 そんな中、アリサと目が合う。

「私はあげないわよ」

 冷めた視線のままピシャリと言い放つアリサ。

「だと思いました」

 この子の場合、義理で男子にチョコを渡すのはイマイチ想像できない。
 本命が出来たら出来たで楽しそうだが、まぁ、俺には無縁だろう。

「遠峰」
「はい?」

 呼ばれて振り返ると、リインフォースがそっとラッピングされた箱を差し出していた。

「え」
「主に誘われてな。お前には随分と世話になった。そのお礼にと思って作ってきたんだ。主に比べれば不出来なものだが、受け取ってくれないか」

 そう言って、ほんの少し照れ臭そうに微笑むリインフォース。

「…………」

 ヤバイ。これは完全な不意打ちだった。
 リインフォースが綺麗なのは言うまでもないが、照れて頬を染める様はある種の可愛さも内包していた。

「あ、ありがとう。すっげー嬉しい」
「そう言って貰えると作った甲斐があった」

 俺がチョコを受けると、リインフォースは本当に嬉しそうに微笑む。
 その笑顔があまりに魅力的過ぎて、完全に見蕩れてしまった。
 気付けば、心臓の鼓動が物凄い速さで高鳴っていた。

「……私達とリインフォースで随分反応が違うやね~」

 はたと気付けば。
 はやてがジト目で凝視していた。はやてだけではない、なのはは冷ややかな目で、フェイトとすずかは微笑ましそうに、アリサやれやれと言わんばかりに呆れた視線をそれぞれ俺に向けていた。

「いや、まぁ、そのなんだ」
「えーよ、えーよ。リインフォースは美人やからなー。私達みたいな子供と違う反応も仕方ないしー」

 あかん。はやてが完全に拗ねた。
 リインフォースに助けを乞う視線を向けるが、クスクスと楽しそうに笑うだけで助け舟を出してくれそうにもない。
 あぁ、もうめんどくせぇな、こいつ!

「あー、もう、ちょっとタイム」

 ダッシュで自分の部屋に戻り、自作のチョコを持ってくる。
 ちと予定外だが、まぁいいや。
 キッチンにから皿を出し、そこにラッピングしてた袋から中身を出してまとめる。

「ほら。これで機嫌を直せ。一応俺の自作だ」

 そう言って、テーブルに皿を置く。

「これ、トリュフ……だよね?ゆーとくんが作ったの?これを?」

 なのはが目をぱちくりさせながら言う。

「レヴィにねだられてな。味見はしてあるからそこは心配してないぞ」
「ユートのチョコ美味しかったよー」
「美味しくいただきました」
「貴様にしては上出来だったな」

 と、援護射撃をしてくれるレヴィ、シュテル、ディアーチェ。

「ゆ、ゆーとくんがトリュフ……?ま、負けたかも」

 何故かがっくりと肩を落とすなのは。何か勘違いしている気もするが、トリュフなんて初心者の俺でも作れるくらい簡単なものである。
、ガンバレ翠屋の娘。

「も、もらってええの?」

 らしくなく遠慮がちに聞いてくるはやてに頷く。

「その為に持ってきたんだ。遠慮無く食え」
「じゃ、じゃあ」

 俺の作ったトリュフは思いの外好評だった。
 もちろん、俺が貰ったチョコも不味いはずもなく、美味しくいただきました。
 ちょっと予想してたのは異なるものの、賑やかなバレンタインを過ごすのであった。



[9464] 第五十二話『終わり良ければ全て良しってね』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2013/04/19 22:39
「お久しぶりです。グレアム提督。ロッテとアリアも」

 管理局本局にて、久々にグレアム提督と猫姉妹と再会する。

「すまないね。わざわざ時間をとってもらって」
「いえ。俺のほうも時間を持て余していたところですし。提督とも話しておきたいことはありましたから。本当ならもっと早くに来るべきことでしたし」

 闇の書事件を直接担当したのはリンディ提督だが、闇の書の蒐集やマテリアル達の事後処理など、色々な面でグレアム提督のバックアップがあったと聞いてる。
 モニター越しに礼は伝えたものの、本来ならもっと早く来るべきだったのだ。
 今日までずれ込んだのは色々ゴタゴタしてたのもあったが、本局に来るのが面倒臭かったというのが一番大きい理由である。
 俺の言葉に、グレアム提督は少しだけ困ったように眉根を寄せる。

「いや、それを言うならばこちらも同じだ。君には色々迷惑をかけたのだから」

 グレアム提督の言葉は、暗に半年以上前の出来事に言及しているのだろう。俺は気にしてないようという風に曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めた。
 大本は俺の怠慢と言えなくもない。

「しかし、あんたには色々驚かせられるねぇ。まさかあの子達が嘱託試験を受けるなんて。こんなことになるなんて想像もしなかったよ」
「それは俺も同じだ」

 ポンポンと人の頭を叩くアリアの言葉にしみじみと頷く。
 今日、俺が管理局に来た理由の半分は、シュテル達三人が嘱託試験を受けに来た為だ。
 シュテル達が管理局の嘱託魔導士の試験を受けたいと言ってきたのは、ほんの数日前のことだ。






「嘱託試験?おまえら三人が?」
「はい」

 マテリアル達が管理局の嘱託試験を受けると言い出したのは、バレンタインも過ぎた二月半ばのことだった。

「シュテルだけじゃなくて?レヴィとディアーチェも?」
「もちろん!」
「何か文句でもあるのか?」

 胸を張るレヴィ。ジロリと睨んでくるディアーチェ。

「いや、文句はない。文句はないんだけど……」

 解せぬ。
 シュテルはまぁ、なんとなくわかる。が、レヴィとディアーチェがわざわざ管理局の仕事をするというイメージがまったくない。果てしなくない。
 どっちかっていうと好き勝手やって、逆に取り締まられる側のイメージしか沸いてこない。

「どういう風の吹き回しだ?」
「ふん、嘱託魔導師としてなら合法的に暴れられるだろう?」
「僕もブッた斬って撃ち抜いて、楽しく襲撃<スラッシュ>したい!」
「激しく納得した」

 ディアーチェとレヴィの言葉に深く頷いた。言っていることは物騒極まりないが。
 要は今まで大人しく普通の生活してきたが、欲求不満というか、色々物足りなくなってきたということか。
 言葉通り派手に暴れたいのだろう。
 ディアーチェの言うとおり、嘱託魔導師としてなら、非合法の組織やら何やらを相手に合法的に暴れられるのだろう。
 クロノから聞いた話では、単に嘱託魔導師と言っても、やることは千差万別らしい。
 年中人手不足の管理局だけに、危険地帯での調査チームや要人の警護、辺境世界の魔獣退治などなど仕事は多岐にわたる。
 もちろん、能力や実績などによって仕事の難度や報酬も変わるらしいが。
 管理局に正式に入局しているわけではない為、福利厚生がなかったり危険手当や保障と言った面では待遇が劣るが、その分、仕事を受けるか否かなどは本人の自由意思が尊重されている、ということだ。
 マテリアル三人は正式に管理局へ入局するより、こちらのほうが合ってると言えるだろう。

「魔力は大丈夫なんだっけ」

 能力的な面では人格を除けば心配はしていない。が、いかんせんこいつらは魔力を自力供給できないのでそこが唯一の心配だった。

「おかげさまで。通常時の魔力供給もナノハ達の自然回復と同程度。ユートと離れられている時間も一日12時間までなら大丈夫です」
「ふむ」

 最初は消費ばかり無駄に大きくて、最低限の魔力しか供給できなかったのだが、俺の魔力との適合性が大分進んだらしい。
 約半日か。二か月ちょいでこんだけ伸びれば上出来か。離れていられる距離も今では5kmと、普通に生活する分にはあまり気にしなくてもいいようになってはいる。
 シュテル曰く、緊急時には一気に魔力を補給する方法もあるらしいから、短期での任務ならば、魔力面での心配も必要なさそうだ。
 その緊急時の方法を聞いたら、何故かディアーチェに不機嫌そうな顔で睨まれ、教えてもらえなかったが。あまり良い手段ではなさそうので、それ以上は突っ込まなかったけど。

「父さんと母さんに許可は?」
「これから!ユートも一緒に説得よろしく!」

 0.1秒で返事をするレヴィ。

「ですよねー」

 動機はどうあれ、結果的に世の中の役に立つことならば俺に異論はない。こいつらならよほどのことがない限り、危険性もほとんどないだろうし。
 後日、リンディさんも交えて両親の説得をすることになる。
 父さん、母さんどちらもあまり良い顔はしなかったが、元々は俺ら子供の意思を尊重してくれる方針だったこと、リンディさんの口添えもあって、なんとか許可を得ることに成功して今日に至る。




「本当にあんたってば、非常識の塊だよねぇ。あの子たちがあんな風に変わるとは思いもしなかったよ」
「失敬な。というか俺は別に何もしてないだろ」

 人が座ってるソファーにもたれかかり、ツンツンと上から人の頭をつつくのはやめろ、猫。

「そう思ってるのは本人だけってね。あんたに自覚はないかもしれないけど、あの子達、最初に会った時とは随分雰囲気が変わってたよ」
「もちろん、なのはちゃんやフェイトちゃん達の影響も大きいんだろうけどね。やっぱり四六時中一緒にいる人間の影響は無視できないもんだよ」
「そんなもんかねぇ」

 リーゼとアリアの言葉を話半分に聞き流す。初対面はともかく、二度目以降はずっとあんな感じだとも思ったが。

「君と初めて会ってからもう半年以上にもなるか。まさか、こんなことになるとは思いもよらなかったが」
「いや、本当にまったくもって」

 グレアム提督の言葉に深く同意する。なんか同じようなやり取り何度も繰り返したような気がするけど、色々と予想外のことばっかり起き過ぎである。
 大本の原因の大半がこれまた俺にあるのが困りものだが。流石にこれ以上は何事も起きるとは思いたくないのが本音である。

「最初会った時は、なんだ、こいつ、と思ったもんだけどね。本当に世の中何がどう転ぶかわからんもんだ」

 したり顔でグリグリと人の頭を撫でながら、リーゼが言う。

「やかましい。いきなり拉致監禁されてテンパってたんだよ。察しろ。というかおまえもあんなんに引っかかるな」

 リーゼが言っているのは、はやての誕生日直前の俺の誘拐事件の『僕がニュータイプだ』発言のことである。
 表向きには、俺が二日間行方不明になり、その間の記憶を失くしていることになっているが、そんなのは方便であり、その間の記憶は実は全部ある。
 あの事件の真相はというと、管理局との関わりを持ってしまった俺が事前に守護騎士達と接触し、不測の事態に陥ることを危惧したグレアム提督の指示で行動を起こした猫姉妹の仕業だったのだ。
 少しだけあの当時のことを思い出す。





 監禁された部屋で執事風の老人と話した俺はある一言を言い放った。

「そう、僕がニュータイプだ」
「って、んなわけあるかいっ!?そりゃアニメの話だ!そもそも戦争なんて体験してないだろがっ!」
「良いノリツッコミだ。だけど素が出てるぞ、猫」

 釣れた。釣れるといいなとは思ったけど、本当に釣れるとは思わなかった。
 老人の姿のまま、口調が元のそれに戻っているので非常にシュールだ。

「…………………」

 沈黙する猫。どっちが化けてるのかは知らんが。どこかでグレアム提督も見ているはずだ。
 俺は適当にアタリを付けて、天井の一角を見上げる。

「茶番はよしましょう、グレアム提督。こっちにあなた達と敵対する意志はありません。ヴォルケンリッターや闇の書について、話したいことがあります」
「――おまえ」

 俺の言葉に老人の雰囲気が一変する。ただの子供から危険人物へと認識を改めたかのように目つきが鋭きなり、敵意を露わにしてくる。
 いきなり攻撃を仕掛けてくることはない……とは思っていても内心では結構びびる俺。が、ここで怯んでもいられない。
 元々、グレアム提督とは話をしなければならないと思っていた。上手い具合に対応策を考えられず、後回しにしてきたことがこうして裏目に出てしまい、大いに自省する。俺の悪い癖だ。

「言っときますけど、こっちはあなた達のやろうとしてることも、闇の書の守護騎士がこれから起こすことも全部お見通しですよ。あなた達がこうやって俺に手を出すことだって想定の範囲内だし、それに対しての手も打ってあります。このまま一方的に俺を監禁していてもお互い益は無いですよ」

 多少のハッタリを交えつつ、なおも呼びかける。
 これで相手がグレアム提督とまったく関係なくて、まったくの別人だったら酷い道化というかお笑い種である。
 はやての誕生日、ひいては守護騎士達が出てくる直前の時期、俺に干渉する相手なんて消去法で他に思い浮かばなかったというのもあるが。
 俺に魔力をリミッターをかけた輩……という可能性もあるが、今この時期にわざわざちょっかいかけてくるとも思えない。
 そんなことを考えていると、不意に目の前の老人が猫耳を生やした女性へと姿を変える。
 髪が短いほうだから……。

「えーっと」

 あ、駄目だ。名前忘れた。

「アリアロッテだっけ?」
「リーゼロッテ!合体させるな!」

 猫耳少女、もといリーゼロッテは小さくため息を付いて呆れたような視線で睨めつけてくる。

「父様があんたを連れて来いってさ。それと部屋の監視カメラはそっちじゃなくて、あっち」

 俺が向いてた方と丸っきり逆のほうを指さすロッテ。
 酷く気まずかった。これは恥ずかしい。

「………………グレアム提督のとこ行こうか」
「……こんなの言うこと信じて大丈夫かな」

 そんなこんなでグレアム提督を説得し、なんとか協力を取り付けたという経緯があった。






「いやあ、人生何が起こるかわからんもんですね、本当に」

 深々とため息をつく。4月にユーノと出会って以来、大分常人離れした体験をしたが、それが日常になるとは思わなんだ。

「君の場合はとびきりだけどね。あたし達も管理局に入って長いけど、あそこまでのことはそうそう起きないよ」
「そうそうあんなことが起きてたまるか」

 アリアに言葉に思わず毒づく。
 AAAクラスの魔導師があんだけ揃っているにも関わらず全滅しかけるような相手がポンポン出てきてたまるか。
 それこそ世界が数日おきに破滅するわっ!

「それはどうかな~?あんた、運の悪そうな顔してるからね、これからも受難の日々間違いないね」

 うんうんとしたり顔で頷くロッテ。

「おい、やめろ」

 それ、マジになったら洒落にならない。程々に刺激は欲しいけど、命が危なくなるようなことは勘弁してほしい。
 少なくとも俺の知る限りでは魔法絡みの事件が海鳴で起きることはないはずなんだ。
 魔力も使えなくなった今、そうそう巻き込まれたらたまったもんじゃない。
 適当に話を切り替えないといつまでも弄られそうだ。

「そういや、はやてから聞いたんですけど、全部話したんですって?」

 孤児となったはやてを、資金的な援助や法的な後見人として支援していたのはこのグレアム提督だ。
 今までほとんど会うことはなかったそうだが、ついこないだグレアム提督が八神家を訪れ、自らが管理局の提督であること、と自身が計画していたことについて全て語ったらしい。

「未遂とはいえ、私がやろうとしていたことはあの子には全て話しておくべきだったからね」

 自嘲気味に言うグレアム提督。
 まぁ、確かにはやて一人を犠牲にしてどうこうするのは最善と言えなかっただろうが、もしはやてが管理者権限を持つことが出来なかった場合には、グレアム提督の選んだ方法が次善の策になったのも事実なわけで。
 結果論的なものもあるのでそれに関して、俺はどうこう言うつもりもないので曖昧に頷いておく。

「でも、はやては笑って許したんでしょう?それどころか、おじいちゃんとお姉ちゃんができたって思いっきり喜んでましたよ」

 俺の言葉にグレアム提督は苦笑し、猫姉妹はむず痒そうな、なんとも言えない顔をする。
 騎士達を家族として迎えた時と同じくらいニコニコした顔で、嬉しそうに語るはやての顔を思い出す。
 足のこともあって、はやては自分自身が長く生きられないと達観したようなところがあった。
 多分、闇の書の呪いのことを無意識のうちに感じ取っていたのだろうが、自身の扱いがぞんざいというか諦めていた節がある。
 仮に、自分がグレアム提督の計画通りに凍結封印されたとて、誰を恨むことなく受け入れていたのだろうと思う。
 結果として守護騎士とリインフォースと家族として過ごせる今の環境があれば、グレアム提督の計画は許す許さない以前にどうでも良いことだったんだろう。
 自分で『そんなこと』呼ばわりだったからなぁ。

「終わり良ければ全て良しってね。本人が気にしてないならそれでいいじゃないですか。大事なのは過去じゃなくて、これからをどうするかってことで」
「……その通りだな」

 同意する言葉はとは裏腹に、提督の口調と表情がそう簡単にはいかない、とでも言いたげだった。
 実際、それで簡単に割り切れるほど、世の中は単純じゃないからめんどくさい。
 俺自身、フェイトの魔力のことを考えると全て良しとはとても言えないのだけれども、過ぎたことをうだうだ言うより、これから先になにをするかを考えるべきなのだ。
 フェイトにとって何をすればいいのかっていう、自問にまた戻るのだけど。
 最近、俺からは何もしてないし、もうちょい一緒にいる時間増やすべきなのかなぁ、うーん。まぁ、それはおいおい考えるとしよう、

「それはそれとして、二人は実に微妙な顔してるな」
「う」
「ぐっ」

 そうなのだ。アリアとロッテは八神家の話をするときは、怒っているような申し訳ないようななんとも言えない複雑そうな顔している。
 俺が指摘すると、ロッテは小さくため息をついた。

「八神、というより闇の書の管理人格や守護騎士の奴らにに対しては、色々とね。クライドくんのこととか考えるとやっぱり複雑なんだよ」

 クライド・ハラオウン。猫姉妹やグレアム提督の教え子で、クロノの父親。10年前の闇の書の犠牲者。
 リインフォースやシグナム達の意志はともかく、彼女らに原因の一端があるのは変えようのない事実だ。そう簡単に割り切れるものではないのだろう。
 こればっかりは俺にもどうこう出来ないので何も言えない。できることなら、はやて達と仲良くして欲しいとこなんだけど。
 と、俺が心中複雑な気持ちでいると。

「なーんてね」

 ロッテはいきなりニッとイタズラっぽい笑みを浮かべて、俺の頭に載せた手をワシャワシャと動かす。

「なんぞ」
「そんなしけた顔すんない。弟子が吹っ切ってるのに師匠のあたしらがいつまでも引きずるわけにはいかんだろー」

 弟子ってのはクロノのことか。クロノにとって闇の書は父親の仇とでも言うべきものだったはずだ。にも関わらず、あいつは驚くほどあっさりと騎士達を受け入れていた。情が薄いというわけでなく、それがあいつの器の大きさなんだろう。
 自分があいつと同じ立場だったらと考えると、あそこまですんなり受け入れれるかどうかは怪しいところだ。

「あいつらに対して、まだわだかまりがあるのは本当だけどね。本当の黒幕はきっちり倒したんだ。あたしらも前を向いていかんとね」
「それに、連中の覚悟を聞いちゃったら……ね」

 ロッテの言葉にアリアも頷きながら、小さく呟く。覚悟とやらが何のことを指しているのかはさっぱりだが、まぁ、いいか。

「ただ……ねぇ」

 と、思ったらロッテがいささかげんなりした顔をする。

「何さ」

 他に何か問題でもあるのだろうか。

「八神のおねーちゃん呼ばわりがどうにもむず痒くて……あんたからもやめるように言ってくんない?」
「ハッ」
「あ、鼻で笑ったな、こいつ」
「いや、その光景を想像したら、つい」

 はやてにおねーちゃん呼ばわりされて、困惑する二人を思い浮かべたら実に微笑ましかった。
 そもそもグレアム提督がはやてん家を訪問すると聞いて、猫姉妹をおねーちゃん呼ばわりするように入れ知恵をしたのは俺である。
 普通にさん付けするよりそっちのが面白いんじゃないかなーと深く考えずに言ったことだが、効果は抜群のようだ。

「いいじゃん、いいじゃん。そっちのほうがお互い親近感も沸くだろうし。ね、グレアム提督」
「あぁ、そうだね。二人のあんな反応は久しぶりだ。あの子も喜んでいたしな」
「「と、父様!」」

 グレアム提督の言葉に猫姉妹の声がハモり、俺とグレアム提督は声を上げて笑うのだった。
 この調子なら、八神家とグレアム家が心の底から笑い合える日も、そう遠くないのかな、と思えるのだった。






「おーい、ギンガー?」
「…………」

 返事がない。ギンガさんはとても機嫌が悪いようだった。

「ごめんね、ゆーとくん。この子、ずっとゆーとくんと会えなくて拗ねてるの」

 俺とは目を合わせず、そっぽを向くギンガに苦笑するクイントさん。スバルもあはは、と困ったような曖昧な笑みを浮べている。
 数カ月ぶりに顔を合わせたらこの様である。
 ナカジマ家の引越しやら、闇の書事件やら俺の怪我とかなにやらで、ギンガと会うのは随分と久しぶりだった。
 ミッド西部エルセアに引越ししたナカジマ家に招待されたまでは良かったが、ここまでギンガの機嫌を損ねているとは。

「ごめん、ギンガ。俺が悪かった。許して」

 平伏平身低頭の体で謝ってみる。

「お兄ちゃんなんて知らないもん」

 まったく取りつくしまもなかった。拗ねてる様も子供らしくて可愛いと言えば可愛いのだが、ずっとこの調子では収まりが悪い。
 困り果てた俺はクイントさんへと助けを求めるのだが、誰かと通信中の模様。
 しばらく見ていると何やら深刻な様子で、通信を終えると、申し訳無さそうな顔で手を合わせて、俺に謝るクイントさん。

「ごめんなさい、ゆーとく。ちょっと緊急の出動が入っちゃってすぐに出ないといけないの」
「え」
「本当にごめんね。今日中には帰ってこれるはずだから、二人のことお願い。ギンガ、スバル、ちゃんと良い子にしてお留守番してるのよ」
「うん」
「はーい」
「えぇー?」

 俺が呆気にとられてる間にクイントさんは、そそくさと外出の準備をして出て行ってしまう。
 呆然とする俺に、ギンガはぷいっとそっぽを向き、スバルは頑張って、とゼスチャーをする。
 うぇー、どうすんの、これ。
 マテリアル達も、試験が終われば猫姉妹がここまで送ってくれる手筈になっている。
 流石にそれまでにはなんとかギンガの機嫌を直したいとこなんだけれども。
 うむ、まいった。何も方法が思い浮かばない。

 そして、何も解決しないまま一時間余りが経過した。
 ギンガは完全に俺を無視したまま、スバルとTVゲームに興じている。
 ギンガを宥める良い手も浮かばずに、俺はというと黙ってそれを後ろから眺めているだけだ。

「…………俺、もう帰ったほうがいいかな」

 ポツリと呟くと、ギンガの体が一瞬ビクッとなる。
 そのままわざとらしく大きなため息付いてみると、チラッとこちらを向いたギンガと視線が合う。
 ギンガは慌てて視線を逸らすが、その後も俺が何度か憂鬱そうにため息をつくと、その度にチラッチラッとギンガがこちらを伺ってくる。
 可愛いなぁ、と苦笑する俺。これ、このまま諦めたフリして何もしないほうが逆に良い気がしてきた。
 名付けて「北風と太陽」作戦。何のひねりもねぇ、と自分で突っ込む。
 シュテル達の試験はもうちょいかかるのかな。今頃は実技試験でもやってる頃だろうか。
 そんな風に考えている時、場の空気が変わった。

『Caution. Emergency. 』

 ポケットに収まったままのダークブレイカーが警告を発する。
 覚えのあるこの感覚。結界内に閉じ込められたか?
 ギンガ達も異常に気付いたようで、ギンガがスバルを落ち着かせるように抱きしめていた。
 誰が?何の目的で?
 思考を走らせながらも拳を握る。
 魔力の使えない今の俺にこの二人を守れるのか?
 響く破砕音。
 その衝撃で部屋が揺れる。地震――ではない。外部からの攻撃で壁に穴が開けられていた。
 壁に空いた穴から現れたのは二十代後半のいかにもガラの悪そうな二人の男だった。
 手にはそれぞれデバイスと思しき杖を携えていた。

「おい、三人いるぞ。二人じゃないのか」
「いや、二人で合ってる。そっちの二人だ。こっちのガキはオマケだな」

 二人の会話から狙いがギンガとスバルだということを悟る。
 ギンガとスバルを狙う理由――二人が戦闘機人だと知っての襲撃ということか。
 ギンガの表情が険しくなり、怯えるスバルを後ろに庇うように立つ。
 どうする?どう動く?
 俺の立ち位置はちょうどギンガ達と男達の間に位置する。もっとも室内でその距離は合ってないようなものだが。
 ええぃ、迷ってる暇はない!やるなら先手必勝で行くしかない!




 意を決した勇斗は男たちに向かって突撃をかける。

「邪魔だ」

 だが、所詮魔力を使わないただの子供の突撃など、魔導師にとっては取るに足らないものだ。
 打撃用魔力を付与したデバイスの一振りで文字通り一蹴する。

「お兄ちゃん!」

 勇斗はそのまま壁まで吹き飛ばされ、ギンガの悲痛な叫びが響く。

「ぐ……くっそ」

 壁に叩きつけられた勇斗は気絶こそしなかったものの、痛みに顔をしかめる。
 やはりどう考えても魔力なしに挑むのは無謀以外の何物でもなかった。魔力も使えない子供では万に一つも勝ち目があるはずもない。
 ――せめて魔力が使えれば。

『Get set』

 自らの無力さに歯噛みする勇斗にその声は確かに届いた。
 ――ブレイ、カー……?
 ポケットから出したダークブレイカーは、力強く明滅していた。いつでも自分はいけると言わんばかりに。
 まさかと思い、自らの裡にあるリンカーコアへと感覚を伸ばす勇斗。
 ドクン。
 心臓の鼓動と共に、確かに感じた力の脈動。
 闇の書事件以来、使うことのなかった、既に失ったはずの力。
 だが、それは確かに自らの裡にあった。理由などどうでも良い。今、まさに求めていたはずの力がそこにあるのだから。
 ――いける!
 そう確信した瞬間には、ブレイカーを握りこみ飛び出していた。
 それに気づいた襲撃者たちは互いに目配せをし、一人が気怠そうにデバイスを突き出す。
 突き出されたデバイスから光弾が撃ち出されようとした瞬間、勇斗は叫ぶ。
 震える自身を鼓舞し、再び魔導の力を得るために。

「変身!」

 漆黒のバリアジャケットを纏いながら、地を這うように身を屈めて前進することで撃ち出された魔力弾を回避する。
 男の懐に入り込んだ勇斗の視界に映るのは、横薙ぎに振るわれるデバイス。回避する間はない。
 勇斗は左手でデバイスをガード。その衝撃に体を流されながらも、右の足裏を男の膝へと叩き込む。
 苦鳴を上げる男の膝を踏み台に、跳び上がる勇斗。

「どるぅあ!」

 咆哮と共に男の下顎を蹴り上げる。
 そして勇斗を襲う衝撃。
 もう一人の男が放った魔力弾が勇斗を直撃していた。
 身動きの取れない空中での直撃。勇斗は受け身も取れずに床へと落下する。
 勝利を確信した男は笑みを浮かべるが、すぐさま起き上がって突撃をかける勇斗に驚愕の表情を浮かべる。
 勇斗の魔導師としての能力は最下層だが、扱うデバイスとその魔力量は超一級品。ダークブレイカーの構成するバリアジャケットだけなら、なのは達と比較しても遜色のない強度を誇っていた。
 低ランク魔導師の攻撃一発程度なら勇斗でも問題なく耐えられる。

「いってぇな、この!」

 無論、衝撃によるダメージはあるものの、守護騎士達との訓練、そしてマテリアル達と戦った今の勇斗なら怯むことなく次の行動を起こすことができる。
 
「ガキが調子に乗るな!」

 とはいえ、基礎能力の低さばかりはどうにもならない。
 不意を突いた突撃も男のデバイスを横薙ぎした一撃であえなく止められる。
 ガードはしたものの、続く魔力弾とデバイスの打撃を織り交ぜた攻撃に完全に足を止められてしまう。
 防戦一方の勇斗のバリアジャケットが徐々に損傷していく。いくらバリアジャケットが強固でも術者の能力が最低レベルでは限界も自ずと知れる。
 勇斗は自らのリーチの短さに小さく舌打ちする。
 今の勇斗には相手が振り回すデバイスと魔力弾を掻い潜って、自分の距離に持ち込むだけのパワーも技術もない。完全なジリ貧であった。
 このままでは埒があかないと、勇斗はダメージ覚悟で更に踏み込む。だが、それは男の狙いどころでもあった。
 牽制の魔力弾を打つ間にチャージした魔力を全て注ぎ込んだデバイスを思い切り勇斗に振り下ろす。
 勇斗はその一撃を避けられない。左肩へとまともに受けた衝撃は予想以上に重く、バリアジャケットを損壊させ、勇斗に膝を着かせる。
 にも、関わらず勇斗は、ニイっと不敵な笑みを浮かべる。勇斗は両手で抱え込むようにしっかりとデバイスを掴みこんでいた。

「今だ!ギンガ!」
「――っ!?」

 勇斗の叫びに、一瞬、男の注意が後方のギンガ達へと向けられる。
 が、そこにはきょとんとした顔でギンガとスバルが呆けているだけだった。

「かかったな、アホが!」

 勇斗へと注意を戻した男の視界に映るのは、掴んだデバイスを踏み台にして跳んだ勇斗の膝。

「アホはおまえだ」
「あら?」

 勇斗の渾身の膝蹴りを阻んだのは拳大ほど小型の魔力シールド。
 両手を使わずとも、低出力のシールドを張ることは低ランク魔導師でもさほど難しい技術ではない。

「やばっ」

 空中で無防備な勇斗の顔面に男は容赦なく横殴りの一撃を与える。
 殴り飛ばされて床に転がる勇斗を、男は背中から容赦なく踏みつけ動きを封じる。

「終わりだ、小僧」

 勇斗を踏みつけたまま、男は魔力をチャージし、魔力弾を放とうとし――――

「やああああああ!」

 膝裏に凄まじい衝撃を受けた。ギンガの拳が勇斗を踏んでいた男の膝裏を撃ち抜いたのだ。
 男の顔が驚愕に歪み、体勢が崩れる。
 拳を振り抜いたギンガはそのまま体を回転させ、回し蹴りを男の脇腹へと叩き込む。
 幼いとはいえ、クイント直伝の格闘術。魔力の出力こそまだ低いが、男にダメージを与えるには充分な威力だ。
 ギンガの攻撃で男は床に転がり、痛みにうめき声をあげる。
 その隙を逃すかと、言わんばかりに跳ね起きる勇斗。一瞬だけ、ギンガに目配せし、互いに頷きあう。

「おおおおっ!」
「はあああっ!」

 二人ともに止めの一撃を放つべく、魔力を集中する。
 それに気づいた男が痛みに耐えながらも、立ち上がろうとするが、その動きは精彩を欠いていた。

「「ダブルキック!」」

 二人同時の飛び蹴り。
 勇斗の両足が顔面、ギンガの右足が鳩尾へとそれぞれ突き刺さる。
 二人の蹴りで男は吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。そのまま声もなく崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。
 二人とも、警戒したまま男に近づき様子を見るが、完全に気絶しているようだった。
 それを確認してようやく安堵の息をつく二人。
 そして二人して顔を見合わせる。

「へへっ」
「あははっ」

 どちらともなく突き出した拳を軽く突き合わせて、同時に笑い出す。

「ううっ、おねえちゃーん!」

 安心して気が抜けたのか、半泣きのスバルがギンガへと抱きつく。

「大丈夫、大丈夫だから。スバルはおねーちゃんが守ってあげるからね」

 よしよしと、スバルをあやすギンガ。
 そんな二人を、微笑ましく思いながら見守る勇斗。
 勇斗からすればギンガもスバルもまだまだ幼いが、ギンガの常にスバルを庇うような立ち回り、気にかけている様は年上の自分も見習わなくてはと思う。

「あ、おにいちゃん。怪我は大丈夫?」
「ん?あぁ、これか。へーきへーき」

 勇斗の頬も赤く腫れあがり、唇を切ってわずかながらも出血している。肩もバリアジャケットが破損し、生身が剥き出しになり、こちらも腫れ上がっていた。
 見るからに痛々しい様にギンガが心配そうに眉根を寄せるが、勇斗は心配ないと笑って強がってみせる。
 実際には左手は痛くて動かせないし、現在進行でズキンズキンと痛みはあるのだが、そこは得意のやせ我慢で見栄を張っていた。

「さて、とりあえず管理局に連絡しないとだな」

 男たちの狙いはともかく、素性はわからないままだが、それは自分ではなく管理局の仕事だと理解している。
 ギンガの力を借りたとはいえ、自分が魔導師二人相手に勝ったっという事実が、勇斗を浮かれさせていた。
 襲撃者の二人が気絶しているにも関わらず、まだ結界が消えていないことに気付かない程度には。

『Caution. Not yet over』

 ダークブレイカーの警告にギョッとする勇斗達が、慌てて周囲を見回す。

「げ」
「やれやれ。たかがガキ二人を捕まえるのに何を手こずっているのやら……」

 男たちが最初に開けた壁の穴から、さらに数人の男たちが現れるのだった。



■PREVIEW NEXT EPISODE■

勇斗達を襲う更なる襲撃者たち。
力の限り抵抗する勇斗だったが、純然たる力の差に膝を屈する。
無力な己を悔やみ、力を欲するのだった。

勇斗『力が欲しい』



[9464] 第五十三話『力が欲しい』
Name: しんおう◆f580e11d ID:0e84263c
Date: 2013/05/29 00:10



 敵の総勢は気絶した二人を除き、五人。
 それに対して戦えるのは、満身創痍の勇斗とデバイスのないギンガの二人。
 スバルもシューティングアーツの手ほどきを受けてはいるが、実際に戦えるレベルには至っていない。
 彼我の戦力差は明からだった。どう考えても勇斗達に勝ち目はない。
 内心で舌打ちする勇斗。
 せめて、自分の見た目が無傷だったら、保有魔力にモノを言わせて、魔導師ランクを偽ってはったりをかますところだったが、今の有様では即座に見破られてしまうだろう。
 外部に助けを求めようにも、結界が張られて通信は遮断されている。
 感覚的に結界強度自体はさほど高いように思えない。なのはやマテリアル達なら片手間で破れるような代物だろうが、今の勇斗達にはそれを為す手立てもない。

「おまえらの目的は何だ」

 せめてもの時間稼ぎにと、勇斗は男達に向かって問いかける。
 返答はない。
 リーダー格と思しき三十代の髭面の男が倒れている二人を確認し、舌打ちする。
 ――シカトかよ!
 と、内心で叫ぶ勇斗だが、この状況では迂闊に行動することはできない。
 先手必勝とばかりに奇襲を仕掛けるのは場が悪すぎた。

「ターゲットは女のガキ二人だ。傷はつけるなよ。男のガキは適当に黙らせろ」

 リーダーの指示で、後ろに控えていた男のうち二人が前に出る。

「問答無用かよ、くそったれ!」

 毒づきながらも、それを迎え撃つべく、勇斗も動きだし、ギンガもそれに続く。
 狭い室内で、これだけの人数がいると自ずと動きも制限される。
 男達の動きは、素人のものではないが、かといってシグナムやヴィータなどと比べれば、遥かに稚拙で遅い。
 実際、勇斗の目でも辛うじてその動きを捉えることはできる。
 ただ、見えることと対処できることはまた別の問題だ。
 魔力を付与されたデバイスを、一撃、二撃と避ける勇斗。
 だが、振り上げられた三撃目を避けきれず、右手でガード。威力を殺しきれず、身体ごと吹き飛ばされ、壁へと激突。
 その衝撃に勇斗の動きが止まる。
 そこへ撃ち出される魔力の刃。
 ザクッ。
 剥き出しの左肩が切り裂かれる感触。
 腕を伝うぬらりとした感触と、焼けるような痛みが勇斗を襲う。
 魔力ダメージとは根本的に異なる肉体へのダメージ。
 
「~~~~~~~っ!」

 歯を食いしばり、悲鳴を上げることだけは避けたが、左肩の痛みが和らぐことはない。
 過去の戦いでも物理的なダメージは何度も受けている。
 だが、打撃や衝撃による痛みと、肉体を裂かれる斬撃系のダメージはまったく別のモノだ。流れ出る血と切り裂かれた肉の感触が、否が応にも傷の存在を認識させる。
 非殺傷設定の魔力刃による斬撃は一瞬、もしくは十数秒の我慢で耐えることができるが、実際に切り裂かれた肉体の痛みは途切れることなく、勇斗は左肩を抑えて痛みにのたうち回る。
 それでも痛みに耐え、なんとか立ち上がろうとする勇斗だったが。

「「おにいちゃん!」」
 
 ギンガとスバルの悲鳴にも似た叫び。
 視界に映る光に対し、防御も回避もできずに、その身で受けることしかできなかった。
 サッカーボール大の砲撃が額を直撃し、皮膚が裂ける。
 朦朧とする意識の中、思考だけを巡らせる。
 どうあがいても勝ち目はなかった。一か八かの自爆も、ギンガとスバルを巻き込んでしまう以上使うことはできない。
 ここで無駄に抵抗し、命を失うようなことになるより、このまま気を失ってクイントや管理局に全てを任せてしまうのが一番だと、結論付ける。
 ――俺は弱い。精一杯やって、駄目だったなら仕方ない。
 仰向けに倒れ、そのまま意識を失いかける。

「おにいちゃん!!」

 聞こえてくるのは、ギンガの悲痛な叫び。
 ――あー、もうそんな泣きそうな声だすなよ。俺より自分のこと心配しろって。そんな声出されたら。
 理屈では理解している。何をどうしたって、今の自分ではこの場の全員を倒すことはできない。
 一人、二人を倒したところで結果は変わらない。このまま抵抗せず、男達が去った後、すぐに管理局に連絡するのが正しい。
 それでも。
 小さな女の子が泣きそうな声で自分を呼んでいる。
 ただそれだけ理由で、胸の奥で燻る何かが自分を突き動かす。理屈など必要ない。動けと。

「うがあああああぁっ!」

 絶叫しながら、全身を使って跳ね起きる勇斗。
 ギンガとスバルの二人をバインドで捕え、連れ去ろうとした男達がギョッとして振り返る。
 立ち上がった勇斗は額の裂傷と左肩から血を流し、バリアジャケットもボロボロで満身創痍。痛みに涙を溢れさせながらもその瞳は怯懦を知らず、獣のような獰猛さを宿していた。
 その様が子供の外見に似合わぬ、異様な迫力を醸し出していた。
 ギンガとスバル、そして四人の男は既に外へ出ていて、室内に残っているのは一人だけ。勇斗とギンガに倒された男の一人を起こそうとしていた。
 勇斗はまず手近に転がっていたテーブルを、室内に残っていた男に向かって蹴り上げる。
 視界を塞いだそれを、男は魔力弾で粉砕するが、続いて飛んできたモノにギョッとする。
 テーブルに続いて飛んできたのは、人間。先に勇斗達が倒した男の片割れを、勇斗が蹴り上げたのだ。
 流石に仲間を撃ち落とすわけにもいかず、男は舌打ちしながらも、仲間を受け止める。
 そして次に視界に映るのは靴裏。
 勇斗の飛び蹴りが顔面へと炸裂し、男は呻きながら顔をおさえる。

「ふん!」

 着地した勇斗は、男の股間へと躊躇なく足を振り上げる。
 蹴りは男の股間を粉砕し、白目を剥いた男は泡を吹きながら倒れる。
 常の勇斗なら、男としても人間としても、急所への攻撃を躊躇っていただろうが、絶望的とも言えるこの状況では、躊躇や道徳と言ったものは全て投げ捨てていた。後先を考える余裕がないと言ってもいい。
 男が倒れるのを見届けることなく、すぐにその場を飛び退く勇斗。
 そこに突き刺さるのはナイフほどの大きさの光の刃。
 先に勇斗の肩を切り裂いたのもこの攻撃だ。
 外を見れば、男の一人がこちらに向けて光の刃を撃ち出すところだった。

「ぬぅあああ!」

 続いて飛来する刃を、ザンバーフォームと化したダークブレイカーで叩き落す。
 外までの距離は三メートル。そのまま飛び出したところで狙い撃ちされるのは明らかだった。

「ふんぬぁっ!」

 ならば、と勇斗はブレイカーを一度、床に突き刺し、倒れている男の襟首を掴み、無造作に盾代わりに外へと投げつける。ブレイカーを引き抜き、自らもその後を追う。
 投げつけた男を迂回するように飛来するのは光の鞭。
 とっさにブレイカーで薙ぎ払うが、切断することはできず、光の鞭は幾重にも魔力刃に絡みつく。
 ブレイカーを奪おうとする鞭に対抗するように柄を握る右手に力を込め、綱引きのような体勢で完全に動きを止められた勇斗。目を馳せ、状況を確認する。
 残る相手は四人。一人は光の鞭をデバイスから出している痩身の男。先の光の刃の攻撃もこの男だ。
 仲間をやられた怒りからか、その表情はかなり殺気だっている。
 リーダー格と思しき髭面の男は怒り、というより面倒なことになったと言わんばかりに気怠そうに息をついている。
 そして残る二人はそれぞれバインドで拘束したギンガとスバルを抱きかかえている。
 ギンガとスバルは両手、両足に加え、声を出せないように口元もバインドされ、涙目で唸っていた。
 心配するなと、笑いかけたい勇斗だったが、強く引かれた鞭がそれを許さない。
 引かれる力に逆らわず、思い切り踏み込んでいく。だが、それは相手も想定していたようで、狼狽えることもなく鞭を消失させると、代わりに三本ほどの光の刃を作り出す。
 「げ」、と勇斗が声を上げる間に、撃ち出される光の刃に自ら飛び込む格好となってしまう。

 「くっ、のぁ!」

 右手一本で握るブレイカーを振り上げて、なんとか光の刃を弾き飛ばす。
 だが、巨大なブレイカーを片手一本で振り上げた代償として、完全に飛び込んだ勢いは殺され、武器を振り上げた無防備な状態を敵に晒すことになる。
 そこに魔力の輝きを帯びたデバイスが、深々と勇斗の腹へと叩き込まれていた。
 カウンター気味に叩き込まれた一撃に、勇斗は受け身も取れずに吹き飛ばされ、地面に転がる。
 痛みに加えて上手く呼吸ができず、苦しげに息を吐き出す。

「調子に乗り過ぎだ、クソガキ」

 腹を押さえて咳き込む勇斗を、男は容赦なく蹴り飛ばす。
 よろよろと立ち上がろうとする勇斗を、男は光の鞭で、両腕ごと体を縛り上げる。次いで、一瞬の浮遊感。一本釣りのように、宙高く釣り上げられていた。だが、次の瞬間、勢いよく地面へと叩きつけられる。
 両手を拘束されている為、受け身も取れず、全身を襲う衝撃に意識が飛びかける。
 二度、三度それが繰り返され、男が手を止めた時、勇斗は完全に虫の息というべき状態だった。
 全身を幾度も殴打し、息も絶え絶え、立ち上がることさえ困難であろう状態だったが、男達を見上げるその瞳だけは戦う意思を失わず、炯々としていた。
 それを見た男が再度、叩きつけようとデバイスを振り上げるが、髭面の男がそれを制する。

「ガキにしちゃ見上げた根性だ。なんでそこまで頑張る?」
「泣いてる女の子を、助ける、のに……理由が、いるか?」

 両手を拘束されたまま、力なく立ち上がってきた勇斗の答えに男達は目を丸くする。

「クッ……ククク。はーっはっは!いいねぇ、子供は純粋で!ハハハッ!」

 ――子供でも、純粋でもないんだがな。
 と、腹を抱えて笑う髭面の男に内心で返す勇斗。息を整えながらも、反撃の機を狙っているが、いかんせんダメージが大きすぎた。
 全身の痛みに加え、額と肩の出血。ただ立っているだけでも足が笑い、たった一撃を満足に繰り出せるかどうかすら怪しい。
 ブレイカーこそ手放さなかったが、その魔力で構成された刀身は、既に消滅している。

「良ーいことを教えてやろうか、小僧?」

 ひとしきり笑った髭面の男がニヤニヤとした表情を浮かべながら言う。
 何を言い出すのかと不審げな顔をした勇斗を確認し、髭面の男はギンガ達を指差す。
 その動作に、ギンガ達二人は拘束されたまま、ビクッと身を竦める。

「お前が助けようとしてるあの二人はな、ただの人間じゃない」

 ――いや、知ってるし。
 自慢げに語り始めた男を、内心で突っ込みを入れつつ、冷めた目で見据える勇斗。

「身体に機械を埋め込まれた、戦闘用に生み出された人型兵器――つまり化け物さ。今はまだ子供だが、成長したら、俺らのような並の魔導師なんか一捻りで殺せる化け物だ。わかるか?お前が助けようとしているのは人間じゃない。人の皮を被った化け物なのさ」

 ふと、ギンガ達に目を見れば、目を瞑り、嫌々と首を振っていた。
 過去に、目の前の男のように戦闘機人であるギンガ達を実験動物や人間以外のモノとして扱われた経験があるのだろう。クイントやゲンヤはともかく、幼い子供であるギンガ達が辛い思いをしたであろうことは、勇斗にも推察できた。
 ギンガとスバルが、二人の素情を知ったことで、勇斗も同じようにギンガ達への態度が変わることを恐れていることも。
 戦闘機人に限らず、些細な違いで人が人を差別し、迫害することなど、別に珍しくもない、良くありふれた出来事だ。

「ク、クククっ。ハハッ、ハハハ、フゥーハハハッ!」

 知らず知らずのうち、勇斗は笑っていた。
 男達は明らかに異常な勇斗の態度を不審に思いながらも、警戒する。

「何を言い正すのかと思えば、くだらん」

 ひとしきり笑った勇斗は男達を睥睨し、一笑に付す。
 その顔は、男達を見下し、この場にいる誰よりも悪意に満ちた笑みを浮かべていた。

「人型兵器?それがどうした?生まれがどうだろうと、小さな女の子二人を攫うような下種に比べれば、遥かに全うだろう」

 たっぷりと皮肉と嘲りを込めた笑みを浮かべ、勇斗は続ける。

「相手が兵器だろうが、人工生命体だろうが、機械だろうが、プログラムだろうが、妖怪だろうが、悪魔だろうが、バケモンだろうが、二次元だろうが」

 そこで勇斗は息を大きく吸い、勝ち誇ったように宣言する。

「俺好みで可愛くて、性格が良くて、柔らかければ一向に構わん!むしろウェルカムだ!」
「………………」

 辺りが静寂に包まれる。
 ギンガとスバルはきょとんと呆け、男達も勇斗が何を言っているのか理解できず、呆然としていた。

「……あれ?」

 そんな周囲の反応に戸惑う勇斗。

「おまえ……ガキの癖にそんな特殊性癖に目覚めるのはどうかと思うぞ」
「つーか、真性の変態?」
「二次元とかねーよ」
「…………」

 男達は皆、可哀相なものを見る目で勇斗を見つめていた。

「犯罪者に同情される筋合いはねぇぇぇぇぇっ…………っと!?」

 思わず叫んだ勇斗だったが、不意にその視界が揺れる。
 まともに立っていることも出来ず、膝を着く。出血量が身体の限界を超えようとしていた。

「ふん、流石に限界のようだな。こっちも無駄に殺しをする趣味はない。そのまま大人しく寝ておけ。見逃してやる」

 髭面の男は、先の勇斗の発言を完全にスルーすることに決めたようだった。

「誰がっ、ふぶっ!?」

 髭面の男の言葉に勢いよく立ち上がろうとした勇斗だが、髭面の男が撃ち出した光が足元を直撃し、顔面から転倒する。足元を見れば、男が撃った光は両足首を縛るようにバインドしていた。

「じゃあな、小僧」

 光の鞭を使っていた男がデバイスから鞭を切り離す。
 光の鞭は、男のデバイスから切り離されてもそのままバインドとして機能するようで、拘束力は全く弱まっていない。
 両手両足を拘束され、文字通り手も足も出ない勇斗は、男達が倒れていた仲間を介抱する様を、無様に這いつくばって見ていることだけしかできなかった。

「ぐっ……ぬううううっ!」

 全身に力を込め、無理やりバインドを引きちぎろうとする勇斗だが、勇斗を縛る光はビクともしない。

『お兄ちゃん、大丈夫だから』

 脳裏に響く声に、ハッと顔を上げる勇斗。
 見れば、男達に抱えられたギンガが涙を流しながら、ニッコリと笑っていた。

『私達は大丈夫だから。お母さんとお父さんがきっと助けてくれるから大丈夫』

 念話で語りかける声はかすかに震えていた。

『わたしもへーき!だからお兄ちゃんも、もうムリしないで大丈夫だよ』

 赤く目を腫らしたスバルも、ギンガと同じように笑いかける。
 自分達のことより、勇斗を気遣い、元気付けるように。無理して笑顔を作る二人の少女。
 ざわりと。
 勇斗の中の何かが弾けた。
 理屈も打算もない。ただ、感情だけを爆発させて。
 自分より小さな女の子にこんな顔をさせて。ただ見ているだけなど、どうして我慢できようか。
 ――考えろ、今、こいつをどうにかする方法を。なんでもいい、とにかく動けるようにならないと!
 必死に思考を巡らせる勇斗。自分が持っている僅かな魔導の知識を元に、必死に対抗策を探す。
 ――力尽くで破るのは無理。ならば!
 目を閉じ、自らを拘束する術式へと意識を集中する。
 ほんのわずかの綻びで良い。針の穴ほどのほつれさえ見つけられれば。
 ――見つけた。

「うっ、おおおおお!」

 構築された術式のほんのわずかな穴。そこに自らの魔力を送り込む。
 それは既に発動させた術の効力を強化するだけで、何の意味もなさない。
 だが、それでも勇斗はひたすらに魔力を送り続ける。
 勇斗を縛る光はその輝きを増し、眩いばかりの輝きを発し始める。
 勇斗の行動に気付いた男達が足を止め、怪訝に眉根を寄せる。

「ぐっおおおおおおっ!」

 そして、光が弾ける。
 その場にいる誰もが、何が起きたのかを理解できなかった。

「ふ、へへへ……」

 閃光が収まった時、そこには自らの足で立つ、勇斗の姿があった。

「てめぇ……バインドに自分の魔力を注ぎ込んで暴発させたのか」

 髭面の男が勇斗のやったことを看破し、わずかに声を震わせて戦慄する。
 風船に限界を超えて空気を入れれば破裂する。勇斗のやったことはそれと同じだ。
 術式の制御限界を超えて魔力を注がれた魔法は暴発を起こす。だが、注がれた魔力が大きければ大きいほど、その規模と暴発時の破壊力は増す。
 肉体に密着しているバインドを暴発させれば、そのダメージをダイレクトに受けることになる。
 実際、笑いながら立つ勇斗の体は少なくないダメージを受けていた。
 バインドが触れていた二の腕、胸、そして足首には夥しいほどの裂傷と火傷を追い、至るところから血を流している。

「イカレてるぜ、てめぇ」
「だけど、これで動ける……ぜ」

 そう言った勇斗だったが、既にダメージは体の限界を超えていた。
 地を蹴る足にもほとんど力が入らず、そのまま跳ぶどころか前のめりに倒れてしまう。

「う、ぐっ……く、そ」

 立ち上がろうとしても、限界を超えた身体は、戦おうとする意志とは裏腹にまったく応えてくれない。
 その場にいる誰もが、勇斗の行動に絶句し、数秒の間、動けずにいた。
 勇斗によって一度、気絶させられた男ですら手を出そうと思わない程、異様な光景だった。

「……行くぞ、さすがにこれ以上時間をかけるのはまずい」

 ぽつりと髭面の男が呟き、ハッとしたように男達が動き出す。
 勇斗はそれを這いつくばったまま見送ることしかできない。

『バイバイ、お兄ちゃん』

 ギンガとスバルからの念話。
 それを聞いても、身体は何一つ言うことを聞いてくれない。
 どれだけ力を込めようとしても、指が土を掻きむしるばかりで起き上がることすらできなかった。
 何もできない。

「ふっ……ぐっ」

 勇斗の視界が溢れる涙で滲む。
 何もできない自分。たった二人の少女すら守れない。
 脳裏によぎるのは時の庭園でのなのは、闇の書事件でのフェイトや仲間達の傷付き倒れた姿。
 ――あの時も、今も。俺は弱くて何もできなかった……!

「ち……く、しょう」

 己の無力を呪う勇斗。
 何故、自分はこんなにも無力なのか。どうして、力を得ようとしなかったのか。後悔ばかりが先に立つ。
 ――力が……力が欲しい。ギンガを、スバルを。助ける力が。

「力が欲しい……!」
「――力ならありますよ」

 次の瞬間、勇斗の眼前を三色の光が埋め尽くす。
 その正体は三つの転移魔法陣が放つ輝き。
 その色は赤、水色、紫。
 転移魔法陣から現れたのは星光の殲滅者、雷刃の襲撃者、そして闇統べる王。
 暗黒甲冑<デアボリカ>を纏った闇統べる王は口の端を釣り上げ、静かに宣言する。

「我らが貴様の力だ」

 ディアーチェ達の出現を、勇斗はただ呆然と見上げていた。

「ふん、随分と手酷くやられたな?」
「たの……む。ギン、ガ……と、スバルを助け、て」

 からかい半分に勇斗へと声をかけたディアーチェだったが、そこに返ってきたのは、息も絶え絶えに、悔し涙を流しながらの懇願だった。
 恥も外見も、体裁さえもかなぐり捨てて、自らに懇願する勇斗に、ディアーチェは続く揶揄の言葉を飲み込んでしまう。
 代わりに口にしたのは別の言葉だった。

「貴様のその願い、引き受けた。安心してそこで寝ているがいい。シュテル」
「はい。回復魔法はあまり得意ではないのですが」

 勇斗の傍らで膝を着いたシュテルは、勇斗の肩へそっと手をかざし、回復魔法を発動させる。
 シュテルの手から発せられる赤い魔力光が勇斗を包み込み、ほんのわずかだが痛みを和らげていく。

「後のことは全て任せてください。管理局もすぐ来ます」

 シュテルの力強い言葉に、勇斗はかすかな笑みを浮かべ、安堵からそのまま意識を失う。
 勇斗の肩の出血が止まったのを確認したシュテルは、そのままディアーチェ達と並び立つ。
 結界内に転移してきたシュテル達を警戒していた男達が、シュテルの言葉で騒然とし始めた。
 自分達が張った結界内に、容易に転移してきたことから、シュテル達の力量が見た目通りのものではないことを理解している為、不用意な行動は起こさなかったが、管理局が来るとなると、いつまでもこのままではいられない。

「下手なことはするなよ。こっちには人質がいるんだ」

 髭面の男がギンガとスバルを拘束している男に目配せすると、別の男が二人の喉元に光の刃を突き付ける。
 シュテル達の出現に目を丸くしていた二人だが、突き付けられた刃に身を硬くし、表情を強張らせる。

「ね、王様。ボク、胸のあたりがなんかムカムカしてるんだけど」

 それまで黙って傷付いた勇斗を見下ろしていたレヴィが、ぼそりと呟く。
 普段の明るいレヴィが見せることのない、冷ややかな視線で男達を睨め付ける。
 以前、なのは達にやられた時や、ゲームなどで負けた時の悔しさや怒りとは異なった不快感。
 レヴィ自身、今までに覚えのない感情だった。

「目の前の塵芥どもに思う存分ぶつけてやるがよい。なに、生きてさえいれば管理局の連中もとやかく言わんだろう」
「ちょうど立っているのは六人。一人、二人までですね」

 ギンガ達のことなど、まるで目に入らないかのように話すディアーチェとシュテル。
 微笑を浮かべ、口調こそ静かなものだが、二人の目はまるで笑っていなかった。
 (まさか、あの時、小鴉どもが感じていたものを、今度は我が味わうことになるとはな)
 (どうにも不快なものですね。身近な人間が、ここまで一方的にやられることは)
 二人とも口には出さないものの、明らかに気分を害していた。雰囲気は剣呑そのもの。醸し出すオーラだけで男達を威圧している。
 自らが抱いている思いに、戸惑うのと同時に、それ以上の怒りを覚えていた。
 自分達で思っていた以上に、勇斗に対して気を許していたことを自覚する。

「こ……のっ、シカトしてんじゃねぇ!」

 男達の一人がそのプレッシャーに耐えられず魔力弾を撃ち放つ。

「ふん」

 ディアーチェは、虫でも追い払うかのごとく、手にしたデバイス――エルニシアクロイツを一閃し、砲撃――エクスカリバーを撃ち放つ。
 男達がそれに驚く間もなく、ディアーチェのエクスカリバーが魔力弾を飲み込み、男を吹き飛ばす。
 直撃を受けた男は一撃で昏倒し、白目を剥きながら痙攣していた。
 威力もさることながら、人質がいるのに躊躇も遠慮もない一撃に、男達は言葉を失う。

「て、てめぇっ!人質がどうなってもいいのかっ!」

 いち早く、正気に戻った髭面が唾を吐きながら怒鳴る。
 ディアーチェはそれに対し、嘲笑を浮かべ、悠然と答える。

「人質?そんなもの、どこにいる?」

 ハッとなった男達が、ギンガとスバルへ目をやると、二人を捕えていた男二人は既に倒れ伏していた。

「君達、弱すぎ。こんなんじゃ全然物足りないよ」

 手にしたバルフィニカスを男達へと向け、冷笑を浮かべるレヴィ。
 その姿はフェイトのソニックフォーム同様、極限まで速さを追及したバリアジャケット――スプライトフォームへと変化している。
 文字通り目にも止まらぬスピードと早業に、助けられたギンガやスバルさえも呆然としていた。

「さ、これでもう大丈夫だよ」

 ギンガとスバルのバインドを切り裂いたレヴィが笑いかけることで、ようやく状況を把握する。

「あ、あの、ありがとうございます!」

 レヴィへと頭を下げたギンガは、スバルの手を掴むとすぐに、勇斗の元へ駆け出す。

「ま、ま――ぐほぉっ!?」

 それを制止しようとした男の腹に、赤い魔力弾が突き刺さる。その威力に、男の体が宙に浮く。
 赤い魔力弾――パイロシューター。それはなのはとアクセルシューターと同様の誘導魔力弾。
 男の腹へとめり込んだパイロシューターはそれだけでは終わらず、そのまま上昇し、男の下顎を撃ち抜く。
 続けざまに11発ものパイロシューターが飛来し、男の腕、足、肩、腹、全身をくまなく撃ち抜き、また戻ってきて再度、男の体を打ち据える。
 男が倒れようとすれば、数発のパイロシューターが下から撃ち抜き、無理やりに立たせる様は、まるでダンスの如く。
 すぐに気絶しないよう、絶妙に威力を調整された計12発のパイロシューターが、男を躍らせること数十秒。
 男がようやく倒れることができたとき、その様はボロ雑巾よりも酷いものになっていた。

「二人とも手緩いですね。やるならこれくらい徹底しないと」
「……お、おう」
「シュ、シュテルん、物凄く怒ってる?」

 フフフ、と笑みを浮かべるシュテルに、ディアーチェやレヴィすら怯えていた。
 ギンガも気絶している勇斗を抱き起しながら、少しだけ怯えていたが、ただ一人、スバルだけは尊敬のまなざしをシュテルに向けていた。
 そして相対する男達が受けた恐怖はディアーチェ達の比ではない。
 一度気絶して起こされた者は、そのまま気絶していたほうが良かったと思うほど、シュテル達に相対する恐怖は大きい。
 今だ立っている髭面の男ともう一人は、顔面を蒼白にし、冷や汗を掻いていた。

「わかった。俺達の負けだ。投降する」

 髭面の男は逃走も抵抗も無意味と悟り、両手を上げて降伏を宣言する。
 もう一人の男も、同じことを考えていたのだろう。あからさまに安堵のため息をつくが。

「何を勘違いしている?」

 ディアーチェのその一言で顔色が変わる。

「我らは管理局ではない。貴様らの投降を受け入れる筋合いはないな。こやつが勝手に自爆したことを除いても、我の下僕をここまで痛めつけてくれたのだ。それ相応の礼はせねばなるまい?」

 男の怯える様を楽しそうに眺めながら、冷酷に告げるディアーチェ。

「う、うわああああ!」

 ついに恐怖に耐えきれなくなった男が、ディアーチェ達に背を向けて逃走を図る。

「ハッ、我から逃げられると思うたか!」

 ディアーチェがエルニシアクロイツを頭上高く上げると、そこに数十の黒い魔力の弾丸が生じる。

「インフェルノ!」

 エルニシアクロイツを勢いよく振り降ろすことで、魔力弾が驟雨の如く、男の背中へ突き刺さる。
 一発、二発と断続的に全身を撃ち抜かれる痛みに、男は絶叫を上げて倒れ伏す。

「くっそおおおお!」

 仲間の倒れる様を見た髭面の男がやけくそ気味に叫び、デバイスを構える。
 投降も逃亡もできない。同じやられるにしてもせめてもの抵抗を、と考えたのだろう。
 狙いをシュテルへと定め、一撃を放とうとしたその瞬間、紅蓮の炎が視界を埋め尽くす。
 炎熱を帯びた砲撃が、デバイスを弾き飛ばし、髭面の男の顔を掠め、その軌道を上空へと変える。
 焼け焦げた己のデバイスを見た男は、抵抗すら叶わないのだと思い知る。
 男が意識を失う直前に見たものは、無数の赤い魔力弾だった。



 次に男達が目覚めたのは、全身に電流を流されたショックを受けた時だった。

「なっなっなっ…………」
「なんだよ……なんだよ、これぇっ!?」
「おい、どうなってんだよ、これっ!」

 目覚めた男達全員が、自分達の身に起こっていることを理解できず、動揺の声を上げる。
 当然だろう。目が覚めたら、地上から10メートルの高さにバインドで吊るされていたのだから。

「やかましい。黙れ、塵芥ども」

 ディアーチェの一喝で、ピタリと声を止める男達。
 ディアーチェ、シュテル、レヴィの三人が自分達を囲む位置に浮かび、それぞれ巨大な魔法陣を展開していたからだ。
 自分達の言動如何で、チャージされた膨大な魔力の矛先が自分達に向けられることは容易に想像できた。

「騒がなくてもちゃんと説明しますよ」
「簡単に言うと、ボク達が物足りないから最後に一発、デカいの撃ちこんでスカッとしようってだけどね~」

 レヴィがさらっと口にした言葉に、男達は、さーっと血の気を失う者、口汚く罵る者と、各々に反応を見せる。

「ふっざけんな!」
「てめぇら悪魔かっ!」
「血も涙もねぇのか!?」
「殺す気かっ!?」
「管理局を呼んでくれぇ!」

 もちろん、ディアーチェ達はそんな罵倒などどこ吹く風とばかりに受け流すどころか、男達の反応を心地良さそうに楽しんでいた。
 男達は自分達が悪党だと言う自覚は持っているし、今までに非道な行いもしてきた。
 だが、それを差し引いても、眼前の少女達は、自分達以上の凶悪な人間以外のナニかにしか見えなかった。
 そんな男達にディアーチェはにこやかに宣言する。

「心配するな、殺しはせん」

 ディアーチェの言葉に、男達は一様に安堵の息をつくが、それもシュテルの言葉を聞くまでだった。
 
「ただ、死んだ方が数十倍マシと言う程度の痛みですから」

 それを聞いた男達が一斉に騒ぎ出す。中には恐慌状態に陥るものもいた。
 だが、そんな彼らの叫びは、ディアーチェ達を喜ばす以上の意味を持たない。

「ハーハッハッハ!泣け!喚け!叫べ!実に心地良いメロディよなぁ!」
「王、ノッているところ、申し訳ないのですが、間もなくクロノさん達が到着する頃合いかと」
「む、そうか」

 さすがにクロノ達がこれを見られたら止められるだろうことは想像に難くない。
 ディアーチェ達としても必要以上の面倒を起こす気はなかった。

「ならばさっさと決めるか!」

 無論、やめるという選択肢は存在しない。
 シュテル、レヴィ、ディアーチェは各々が最大の一撃を放つべく、最大限に魔力を高めていく。

「集え明星!全てを灼き消す焔と成れ!!ルシフェリオン!ブレイカアアアアアッ――ッッ!!
「砕け散れッ! 雷刃滅殺!極っ光ぉぉぉぉぉっ斬っ!!」
「紫天に吼えよ、我が鼓動、出よ巨獣!ジャガーノート!!」

 この直後、クロノ達より先に、異変を察知したクイントとメガーヌが駆けつけるのだが、彼女達が見たものは、ボロ雑巾より酷い姿になった襲撃者達の末路であった。

■PREVIEW NEXT EPISODE■

マテリアル達の活躍で救われた勇斗達。
ギンガとスバルはそれぞれに目標を見出し、決意を固める。
そして自らの才能と言う壁に悩む勇斗に、ディアーチェは過酷な現実を突きつけるのだった。

ディアーチェ『諦めろ』



[9464] 第五十四話『諦めろ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2013/08/18 03:42
 勇斗が自宅で目を覚ましたのは、ナカジマ家の襲撃から三日後のことだった。
 目を覚ました勇斗は身体の節々に走る痛みに顔をしかめるが、傷そのものはすでに塞がっており、大事ないことは理解できた。
 目覚めたのが自室であったことから、事態は無事に解決したであろうことは想像に難くない。
 最低限の状況を確認し、安堵したことで空腹を覚えた勇斗がフラフラと居間へ向かうと、ディアーチェが一人本を読んでいた。

「ようやく目覚めたか、このうつけが」

 開口一番鼻を鳴らすディアーチェに、なんと声をかけたものかと逡巡する勇斗。

「助けてくれてありがとう」

 数瞬、考えた末に出た言葉は感謝の言葉だった。
 虚を突いた勇斗の言葉に呆気を取られるディアーチェだったが、こちらも数瞬の後には普段の調子で応える。

「ふん。貴様は我らの魔力の供給源だからな。貴様が死んだら代わりの供給源を探すのに手間がかかる。それだけのことよ」
「うん。それでもありがとう」

 そう言って柔らかく笑う勇斗に、ディアーチェは薄気味悪そうに眉根を寄せる。

「まだ本調子ではないか。頭のネジが数本ぶっとんだか?」

 普段のいけしゃあしゃあと憎まれ口を叩く普段の勇斗とのギャップが大きすぎて、実に気持ち悪いと感じるディアーチェだった。

「ヒドイ。俺は素直な気持ちを述べているだけなのに」
「ふん。らしくない態度を取るからだ。貴様がそんな殊勝な態度だと、こちらの調子が狂うわ」
「へいへい」

 ディアーチェの悪態に頭を掻く勇斗だったが、そこで腹の虫がぐーっと盛大な主張を始める。

「とりあえずお腹が空きました」

 ディアーチェは一瞬冷めた目で勇斗を射抜くが、すぐにため息をついてエプロンを身に付ける。

「そこで座って待っているがいい。すぐに用意してやる」

 いそいそと料理に取り掛かるディアーチェを横目に座る勇斗。
 悪態を叩きながらも、しっかりと世話を焼いてくれるディアーチェの面倒見の良さに改めて感心するのだった。

「ほれ、存分に食らうがよい」
「早いなっ!?」

 座って五分もしない内に出てきた料理に思わず突っ込む勇斗。

「ふふん。貴様が目覚める時間やその後の行動なぞ、想定の範囲内よ。我にかかれば下準備も万全だ!」

 自慢げに踏ん反り返るディアーチェの発言に、どこから突っ込むべきか悩む勇斗だったが漂う匂いに食欲を刺激され、まずは食事を優先することにした。
 ディアーチェが用意したのは鶏肉としめじ、卵の入った雑炊。青ネギや黒ゴマが色彩を彩り、香りだけでなく見た目にも食欲をそそる逸品だった。
 雑炊にしたのは、弱った勇斗の胃を気遣って消化の良いものを選択した結果だろう。
 はふはふと冷ましながら一心不乱に食べ続ける勇斗。
 三日振りの食事にも関わらず、瞬く間に平らげた勇斗は、空になった容器をディアーチェに差し出す。

「おかわり」
「寝起きでどんだけ食べるか、貴様」

 と、言いつつもすぐさまおかわりをよそってくるディアーチェ。

「ごちそうさまでした」
「うむ」

 瞬く間におかわりも平らげた勇斗にディアーチェは満足そうに頷く。

「ところで俺が気絶した後、何がどうなった」

 胃を満たしたところで、ようやく事の経緯を確認する勇斗。大体の推察はできているが、確認しないわけにはいかない。

「無論、我ら三人で賊を死なない程度に痛めつけ、黒幕の場所を吐かせた後、そやつらも壊滅させてやったわ。あぁ、小娘二人はもちろん無事にクイント殿に引き渡しておいたから心配は無用だ」
「…………」

 さらっととんでもないことを言ってのけたディアーチェに、言葉を失う勇斗。予想以上にやらかしていた。
 黒幕――という言葉に一瞬、某スカリエッティが浮かんだが、まさかと思う反面、こいつらならやりかねないとも思ってしまう。
 何やらかしてんのこいつら……という思いを丁寧に胸の奥にしまいこみ、恐る恐る尋ねる。

「えーと、黒幕ってのはスカリエッティとかいうのじゃないよな?」
「いや?捕えたのは小娘二人を生み出した奴ららしいが、それ以上のことは管理局に任せたので知らんな」
「あ、そうですか」

 ホッとしたような、そうでないような何とも言えない気持ちになる勇斗だったが、それ以上深く考えるのをやめておくことにした。
 どの道、その辺りに関して勇斗がすべきことはない。

「ところで、体の調子はどうだ。傷のほうは局の魔導師があらからた治療をしたはずだ。傷跡はいくらか残るらしいが」
「ん。少しだるいし、身体を動かすとちょいと痛むけど、大して気にするほどでもないかな。傷跡は……どうでもいいや」

 体がだるいのは、三日間も寝ていたせいだろうし、傷の痛みも生活に支障が出るほどでもなく、傷跡に至っては、日常生活で目立つものでもなければ支障はない。
 心配ないといった風に、勇斗は軽く肩を動かしてアピールする。

「ふむ、そうか。ならば遠慮はいらぬな」
「え」

 ディアーチェの言葉に何やら不穏を感じた勇斗だったが、次の瞬間に視界に入ったのはディアーチェの拳だった。
 ディアーチェの拳が容赦なく勇斗の頬に突き刺さる。
 魔力こそ込められいなかったものの、その衝撃に勇斗は椅子から転げ落ちる。

「いきなりなにしやがる!」
「此度の件、貴様はどれだけ自分が短慮で愚かな行動を取ったか、わかっているのか?」

 突然の凶行に怒鳴る勇斗だったが、ディアーチェの冷たい視線に射抜かれ、口を噤んでしまう。

「何の打算や勝機もなく、勝てぬ相手にただ挑むのは勇気でもなんでもない。ただの無謀だ。我らとの戦いで、自分は力ある特別な人間だとでも驕ったか?貴様一人の力など塵にも等しい小さなものだ。身の程を知れ」
「…………ッ」

 ディアーチェの辛辣な言葉。だが、勇斗はそれに対して何一つ反論できない。
 ディアーチェの言うとおりに、驕ったつもりなどなかった。
 だが、時の庭園やディアーチェ達との戦いを潜り抜けたことで、自分でも知らず知らずのうちに調子に乗っていたのかもしれない。
 なのはやディアーチェ達は客観的に見ても特別な強さを誇っている。自分はそんな彼女らが戦う戦場でまがりなりも生き残ってきた。
 そんじょそこいらにいる並の魔導師相手なら自分一人でもなんとかなると、心のどこかでそう思っていたのを、勇斗は否定することができなかった。

「力のない人間には力のない人間なりの戦い方がある。ただ闇雲に勝てぬ戦いを挑むのは畜生にも劣る愚行よ。もし、あの場で我らが現れなければ、貴様はただ無駄死にをするだけだったぞ?感情のまま動くだけでは、何一つ為せぬ」

 ディアーチェの正論に、勇斗はぐうの音も出ない。実際、勇斗はあの戦いで自分の行いが最善でないと知りつつも、感情のままに動き、無謀な戦いをしていた。
 ディアーチェたちが現れなければ、ギンガ達も助けることも出来ず、自ら負ったダメージで死んでいたかもしれない。文字通りの無駄死にだ。
 反論もできず、ただ押し黙ることしかできない勇斗に、ディアーチェは鼻を鳴らして告げる。

「負けるのは良い。生きてさえいれば次がある。だが、死ぬことだけは絶対に許さぬ。生き抜く為に最善を尽くせ。まがりなりにも貴様は我らと契約を結んでいるのだ。我の許可なく無駄死になど絶対に許さぬ。よいな、これは命令ぞ」

 それはディアーチェなりの助言であり、激励だった。

 「…………あぁ、わかったよ」

 遠まわしなようで、ストレートな物言いに、素直に首肯する勇斗。
 慰めや同情の一切ない言葉だからこそ、それは勇斗の心に響く。
 勇斗自身、別に自らが犠牲になって誰かを助けようなどと思ったことは一度もない。そんな自己犠牲の精神など最初から持ち合わせていないが、後先を顧みず、我武者羅に行動した結果がこの様だ。ディアーチェの言うとおり、無駄死に意味などない。大いに自省する必要があった。
 どうせ動くならば、自らの望む結果を叩きださなければ意味がないのだ。

「ん?」

 そこで、勇斗はふと気づく。

「なぁ、なんで俺、また魔力使えるようになったんだ?」

 フェイトのリンカーコア治療の代償として、勇斗自身は二度と魔力が使えなくなるとディアーチェは言っていた。
 闘いの時はそんなことを気にしている余裕がなかったが、よくよく考えてみればおかしいことに、今更気付く。

「あれは只のでまかせ、ハッタリ、嘘だ。一時的にリンカーコアが不調になるだけで、一カ月もすれば元通りよ」

 悪びた様子もなく、しれっと言ってのけるディアーチェ。

「おい……っ」

 一瞬、青筋を浮かべる勇斗だが、すぐにため息をついて頭を落ち着かせる。

「まぁ、いいか」

 どのみち、魔力が使えようが使えまいが、ここ数カ月の自分が魔法について何かをしようとしたとも思えない。
 フェイトの治療をしてくれたことに感謝こそすれど、恨んだりするのは筋違いだろうと考える。
 そんな勇斗をディアーチェはつまらなさそうに一瞥し、嘆息する。

「話は終わりましたか?」

 振り返れば制服姿のシュテルとレヴィが立っていた。
 勇斗とディアーチェの話が終わるまで、廊下で待っていたのだろう。

「元より大した話はしてない。こやつ相手にそんな気遣いは不要だ」

 と、鼻を鳴らすディアーチェに、シュテルは小首を傾げる。

「そうですか?そろそろユートが目を覚ます頃合いだと言って、お母様やお父様に自分が面倒を見るから学校を休むと自分で言い出したのは王だったと記憶しているのですが。私たちの中で一番ユートを心配していたのも王だとおもっ――」
「わ~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 シュテルの言葉を大声で遮るディアーチェだが、時既に遅し。
 遅まきながら制服姿のシュテルに対し、ディアーチェが私服なこと、ディアーチェが用意してくれた食事が、普段以上に手際よく出されたことに、合点がいく勇斗。
 改めて、ディアーチェの面倒見の良さに感心する。

「いらんことを言うな、バカ者ぉぉぉぉっ!?」
(でも否定はしないんですね)

 顔を真っ赤にして涙目で怒鳴るディアーチェに口を押えられながらもシュテルは思う。
 口では色々文句を言いながらも、基本的にはお人好しで誰よりも面倒見の良い王をシュテルは誇らしく思うと同時に、好ましく思う。
 こうやって照れ隠しする様も非常に魅力的で、ついついからかってしまうのも、シュテルからすれば必然であり、仕方のないことであった。
 ディアーチェの背後からサムズアップを贈る勇斗に、シュテルもまた密かにサムズアップで応える。

「そうそう。それに試験を中断して、真っ先にユートのとこ行こうって言い出したのも王様だしね」
「わーっ!わーっ!わーっ!」

 今度はレヴィの口を塞いで大声を出すディアーチェに勇斗としては苦笑するしかなかった。

「あはは、ディアーチェは本当に可愛いなぁ」
「なっ……!」

 勇斗の言葉にディアーチェの顔がさらに朱く染まる。
 普段から攻撃的なディアーチェは、一旦受けに回ると酷く脆い。
 見ていて可哀相なくらい狼狽えていて、それがまた勇斗の嗜虐心をそそる。

「可愛いとか言うなぁっ!!」
「大丈夫だ。ディアーチェは誰がどう見ても可愛い。俺が全力で保証する」

 キリッと、真面目な顔つきになった勇斗がきっぱりと断言する。
 状況はともかく、今の言葉そのものは偽りのない、勇斗の本心だ。
 それがディアーチェにも伝わったのか、顔を真っ赤にしたまま、口をパクパクさせていた。
 あまりに動転していたため、罵声が声にならない。

『可愛いよな、本当』
『ええ、とても』

 念話越しにしっかりシュテルと通じ合う勇斗だったが、お見舞いに来たフェイトやなのはに今回の無茶を長々と説教されることとなるのだった。



 そして翌日。コンコンと、部屋をノックする音に応じる勇斗。

「はいよ」
「来客ですよ、ユート」

 勇斗がドアを開ける前にシュテルがドアを開き、そこには不安そうにこちらを見るギンガの姿があった。

「よっ、ギンガ」
「おにいちゃんっ!」
「おっと」

 勇斗が声を掛けると、ギンガは一目散に勇斗へと抱きつく。
 ギンガの勢いに多少よろけながらも、勇斗はしっかりとギンガを抱き留める。

「ごめんね、ごめんねっ」

 瞳に涙を貯めて、泣きじゃくるギンガはひたすら勇斗に向けて謝り続ける。

「大丈夫、大丈夫だよ、ギンガ」

 ずっと勇斗のことを心配していたのだろう。
 ギンガの目は赤く腫れ上がっていた。
 部屋の外に立つクイントとスバルに会釈し、勇斗はギンガを落ち着かせるように優しく頭を撫でていく。

「落ち着いたか?」

 数分後、ようやく泣き止んだギンガの涙を拭う勇斗。

「……うん。あの、おにいちゃん?」
「ん?」
「……私のこと、怒ってない?」

 自らが普通の人間でなく、戦闘機人であることを隠していたこと、そしてそのことで勇斗を巻き込み、怪我をさせたこと。
 ギンガがそれらを気にしていることを察した勇斗は、ニッと力強く笑ってみせる。

「何も怒る理由が無いな。ギンガは俺にとってただの可愛い女の子で、それ以上でもそれ以下でもない。ギンガが気にするようなことは何もないよ。悪い奴らはシュテル達がやっつけてくれたしな」
「~~~~~~っ」

 勇斗の言葉に感極まったギンガは再び涙を目に貯め、勇斗の胸に顔を埋めるように抱きつき、勇斗もまたそれを優しく抱きとめる。

「おにいちゃん、私、強くなる」

 勇斗の胸に顔を埋めたまま、ギンガは静かに宣言する。
 ゆっくりと顔をあげ、勇斗の瞳を見つめる。

「もっと、もっと強くなる。それで私がおにいちゃんを守るの。もうあんなおにいちゃんが怪我するの見たくないから」

 それがギンガの誓い。
 強い意志が篭められた瞳と、つい最近どこかで聞いたような言葉に、勇斗は苦笑することしかできなかった。

「…………ギンガなら強くなれるよ。俺なんかより、ずっと、強く」
「うん!」

 勇斗の言葉にギンガはようやく笑顔を見せ、嬉しそうに頷く。

「はい!私も強くなる!シュテルおねーちゃんみたいになるの!」

 いきなり手を上げて宣言するスバルに目を丸くする勇斗。
 今までのおどおどとしたスバルからは考えられないくらい活き活きと、はっきりした宣言だった。
 (これはもしかして……)
 何やら確信めいたものを感じながら、スバルに問いかける勇斗。

「シュテルのことどう思ってる?」
「強くて凄くて格好良い!」
「あー……」

 その一言で勇斗は確信する。
 本来、未来のなのはに向けられるべき尊敬と憧れがそっくりそのままシュテルに向けられていることを。

「まぁ、いっか……」

 それが悪影響を及ぼすとも思えないし、今更どうこうできることもない。
 有り体に言えば、どうこうするのが面倒くさかっただけである。

「えへへー」

 楽しそうにシュテルに抱きつくスバルと、微妙に困ったような視線で助けを求めるシュテルを見れば、これはこれでありと思ってしまう勇斗だった。
 そして同時に勇斗は胸に鈍い痛みを覚える自分に気付く。
 それは過去に何度も感じていた痛み。
 自分より小さな女の子に守ると言われる自分。自分が守ると言えない歯がゆさ。守るだけの力がない自分への憤り。
 それらが綯い交ぜになった痛みは、クイントの謝罪やギンガ達姉妹と話している間も消えることはなかった。




 その夜。
 勇斗は一人庭で立ち尽くし、空を見上げていた。

「傷は治っているはいえ、病み上がりだ。とっとと寝ろ、馬鹿者」

 声をかけたのは、パジャマ姿のディアーチェ。自分たちの部屋から庭に立つ勇斗を見つけて、わざわざ降りてきたのだろう。

 グッと握りこんだ自らの拳を凝視する勇斗。数秒間思考したのちに、ディアーチェのほうへ振り返りもせず口を開く。

「なぁ」
「なんだ」
「俺が魔法の訓練とかして、強くなれるか?」
「無理だな」

 一秒の間も置かず即答するディアーチェ。

「貴様も知っている通り、魔導は生まれ持った資質に大きく左右される。無論、努力や経験、戦略で才能が上の者を凌駕することも可能だが、それでも限界はある。魔導に限ったことではないがな」

 最後にディアーチェが取ってつけた言葉が、過去の記憶を呼び覚まし、痛いほど胸に突き刺さる。
 スポーツでも勉強でもなんでも、二人の人間が同じことをしても、そこには何らかの差が生まれる。
 人間の能力と言うものは、何一つ他の人間と同じではない。生まれ育った環境、自身のセンスや努力。あらゆる要素にその能力は左右されていく。
 そして、世の中には持つものと持たない人間がいる。
 勇斗自身、何かに秀でたわけでもない、どこにでもいる平凡な人間だからこそ、それを痛いほど痛感していた。

「貴様は魔力量と出力だけは異常なレベルだが、それだけだ。他の資質は最低レベル。特に魔力の変換効率が悪すぎる」
「それはクロノ達からも聞いたけどさ、具体的にどのくらい違うんだ?」
「そうさな。並の魔導師が1の魔力でできることを、貴様がやろうとすれば500の魔力が必要になる」
「……そこまで?」

 引き攣った顔で聞き返す勇斗に、ディアーチェは鷹揚に頷く。

「比喩でもなんでもなくな。魔導の属性によって、多少の差はあるが貴様の魔導の才は皆無だ。魔力量と出力だけ強くても、魔導士としてはどうにもならん」

 以前に受けた適正検査で、ある程度は察していた勇斗だったが、実際に数値として出されるとより大きなショックを受けざるを得なかった。
 数倍程度なら、自身の努力次第で覆えせるかもしれないと考えていた勇斗だが、500倍という数字にはただただ絶望するしかなかった。

「そういうわけだ。普通にやったところで貴様の才ではDランクにも届かぬだろうよ。はっきり言って、貴様は魔力量以外に何の取り柄もないただの凡人だ。生半可な努力と覚悟ではどうにもならん。諦めろ」
「……そうかい」

 ディアーチェの無慈悲な宣告にがっくりと項垂れる勇斗。
 ジュエルシード事件やディアーチェ達との戦い、そして今回のことで、自分の力の無さを嫌と言うほど味わった。
 平和な時には、自分が力を得る必要がないと思い、一度は魔法の力を手放すことすら選択した。その事に後悔はない。
 が、魔力を取り戻したとしても自分は力を得られぬという現実に、勇斗はただ打ちのめされる。

「わかったら、さっさと寝ろ。これ以上父様と母様を心配させるな」
「あぁ、そうだな……おやすみ」

 フラフラと力なく家の中へ戻る勇斗を見届け、ディアーチェは嘆息する。

「良いんですか、あれで」
「ふん。あれで諦める程度の想いなら最初から見込みはない。生半可な希望など与える必要はない」

 突然かけられた声にも動じることなく答えるディアーチェ。
 そんなディアーチェをシュテルはただじっと見つめる。

「……なんだ、その眼は」
「いえ。そのわりには随分とヒントを散りばめた物言いだと思いまして」

 そう言って、含みのある笑みを浮かべるシュテルに、ディアーチェは小さく舌打ちする。

「前々から思っていたが、貴様、実は我のことを尊敬しておらんだろっ!?」
「まさか。いついかなる時も王への畏敬を忘れたことなどありませんよ」
「ぐぬぬ」
「さ、私達も部屋へ戻りましょう。暖かくなってきたとはいえ、まだまだ夜風は冷えます」

 飄々と促すシュテルにディアーチェも渋々従う。
 家に入る前に一度だけ立ち止まり、夜空に浮かぶ月を見上げて思う。

(人は苦境に陥った時こそ、その真価を問われる。ユート、貴様は平凡で安寧な日々と艱難辛苦、どちらを選ぶ?)





■PREVIEW NEXT EPISODE■

日常に戻る勇斗だったが、その心に宿った迷いが消えることはなかった。
その迷いに気付き、勇斗の背中を押す者達がいた。
勇斗は自らの限界を超えることができるのか。

フェイト『信じてる』






引っ越しやら夏コミ原稿やらスパロボで更新遅れました。
申し訳ありません。
状況が落ち着いたので、次回はもっと早く更新できる、はず。
マテリアルズのキャラが強すぎて、フェイトが息してないの。
主人公との距離の差が致命的になってしまったという。
INNOCENTもちまちまやってますけど、アインスとマテリアルズ可愛すぎて本編キャラが霞むという。
もうINNOCENT仕様でギャルゲー出せばいいと思います



[9464] 第五十五話『信じてる』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2013/08/30 16:05
「あー、くっそ」

 すっげーもやもやする。
 昼休み。一人屋上へと出た俺は、弁当を食べ終えるとベンチにもたれかかる。
 冬も終わりかけてるとはいえ、まだまだ外が冷えるこの時期、屋上に出るような物好きは俺の他に見当たらない。
 こうして一人で考え事をするには丁度良いんだが、やっぱり寒い。
 空を見上げながら小さくため息をつく。
 ここ数日、ずっと胸にモヤモヤしたものを抱えたまま苛立ちが募っている。
 原因なんてわかりきっている。
 俺は強くなれない。そんなわかりきったことを諦めきれずにずっと燻っている。
 別に俺が強くなる必要も理由もない。それがわかっているのにこの様だ。
 頭ではわかっていてもどうしようもないことだけに厄介極まりない。
 立ち上がってフェンスを掴む。

「あー、もう色々めんどくせぇ」
「だーれだ♪」

 不意に柔らかな感触に視界が塞がれる。

「鬼ヶ島羅刹」
「…………誰?」

 ボケ方を誤ったようだ。

「なんか用か、フェイト」

 名前を呼ぶと、目を覆っていた手が離される。
 振り返れば予想通りフェイトが立っていた。

「とゆーか、気配消して忍び寄ってくるな。ドア開けたの全然気付かなかったぞ」
「だって、そうしないと不意打ちにならないでしょ?」
「物騒だな!」

 この子は日に日に染まってはいけない何かに染まっていると同時に何かが残念な子になっている気がしてならない。
 誰の影響だまったく。

「あはは。ね、ゆーと」
「んー」

生返事を返しながらベンチに座ると、フェイトも隣に座ってくる。

「落ち込んでる?」
「いや全然」
「……」

 間髪入れずの返答に、すぐにムッとした表情になるフェイト。

「嘘。ゆーと、無理してるよ」
「してねーよ」
「してる」
「してない」
「してる」
「してません」
「してる」

 子供染みたやりとりに、静かにため息をつく。アホくさ。

「そんなに無理してるように見えたか?」
「うん。普段通りにしようとしてるだろうけど、どこかぎこちないよ。多分、なのは達も気付いてると思う」

 マジか。演技力にはわりと自信があったけど、こいつらに見破られるとは。
 自分で思っているより凹んでいたらしい。

「それで俺が落ち込んで、無理してたらどーだっていうんだ。言っとくけど、慰めも同情もいらんぞ。余計、惨めになるだけだからな」

 仏頂面で言うと、フェイトはクスリと笑う。
 何が楽しいんだか。

「ゆーとらしいね」
「さよか」
「でも、ゆーとのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「そりゃどーも」

 フェイトの言葉を適当に聞き流しながら、またしてもため息をつく。

「ただ吐き出すだけでも良いんじゃないかな」
「…………」

 穏やかな笑みを浮かべるフェイトを、胡乱げに見やる。
 フェイトの言うとおり、九歳の少女に、自分が感じている劣等感やら情けなさ、溜めこんでいるものを全部吐き出す姿を想像してみた。
 情けなさすぎて死にそうになっただけだった。

「絶対にイヤだ」
「むー」

 フェイトの眉が吊り上る。

「俺を精神的に殺す気か」
「うん、一度死んで楽になっちゃえばいいと思うよ」
「なにこの子怖い」

 にこやかに言うフェイトに戦慄を覚える。思わずフェイトから距離を取るように後ずさりしてしまう。
 リンディさん色々教育間違えてませんか。

「えへん」
「そこ威張るとこ違う」

 可愛らしく胸を張るフェイトだが、そこはいろいろ間違っていると思う。
 なんでこんな残念な子になってるの、本当。可愛いけど。

「冗談はおいといて、勇斗はもっと色々楽にしていいと思うよ」
「充分過ぎるほど楽にしてるがなー」

 できないことはしない。頑張り過ぎない程度に無理をしない。それが俺の基本スタンスだ。
 面倒なことは必要最低限しかしないのに、これ以上楽にしろと言われても。

「普段の生活じゃなくて、何かあった時に抱え込みすぎなの」

 そもそも何かを抱え込んだ覚えがないのだが。ジュエルシードんときも闇の書の時も基本は他人に丸投げである。
 ちょっとフェイトが何を言いたいのかわからない。
 フェイトから見て、何がそう見えているんだろうか。

「と言われても。具体的にどうしろと」
「誰かに甘えればいいんじゃないかな。私とか」
「…………」

 間。

「……ハッ」

 思いっきり鼻で笑ってやった。

「痛い痛い!?」

 フェイトは無言で俺の腕を抓ってきた。
 地味に力入っててマジに痛いんですけど!?

「むぅぅぅ、私じゃダメ?」
「甘える相手としては不適切だろう」

 即答してやったら、フェイトはますます仏頂面になっていく。
 うん、甘えるよりこうやってからかう相手のほうが適切だ。
 
「というより俺は甘えるより甘やかしたい。というわけでカモン」

 ポンポンと揃えた膝を叩く。

「え?」

 俺の行為が何を意味するのかわからず、きょとんとするフェイト。

「膝枕させろ」
「え」

 ポンポンと催促するように膝を叩く。

「え?私?私がゆーとに膝枕してもらうの!?」

 僅かの間を置いてようやくフェイトの理解が追いついたようだ。
 狼狽する姿が見てて楽しい。

「そ」
「なんで!?」
「なんとなくそういう気分なんだ」
「意味がわからないよ……」
「大丈夫、俺だってわかってない。ただ、なんとなくそうしたいだけだ」
「うぅ……ゆーとってそういうのばっかりだよね」
「基本、その場の勢いとノリで生きてるからな。それでどーする?膝枕させてくれないのか?」
「うぅ……だ、だって恥ずかしいよ」

 俺はそうやって恥ずかしがるフェイトを見るのが大好きです。

「そうかぁ、俺の膝枕はイヤかぁ。欝だ。死のう」

 心底、残念そうに呟いてみた。

「い、嫌じゃないよっ!ただなんか恥ずかしいだけだもん」

 そう言って、顔を赤くしながらもじもじするフェイト。
 可愛い!可愛いよ、この幼女!

「え、えと……お邪魔します」

 覚悟を決めたのか、おずおずとフェイトは俺の膝に頭を載せる。
 膝に心地よい重みを感じながら、フェイトの髪に手を伸ばし、ゆっくりと撫でていく。

「ん」

 フェイトが気持ちよさそうに声を上げる。
 思いつきでやってみたけど、これはこれで悪くない。
 色々モヤモヤしてたものが全部吹っ飛んで穏やかな気分になれる。
 冷静に考えれば俺が強くなる必要なんてない。こうした日常で戦うことなんてないのだから。
 ないんだけど、やっぱりスッキリしない。
 弱いままの自分が嫌だ。だけど強くなる見込みがないというジレンマ。
 理屈じゃ納得出来ない感情がひたすら自分の中で渦巻いている。堂々巡りだ。

「ゆーと」
「ん?」

 フェイトは俺に撫でられたまま語り続ける。

「ゆーとがやりたいことをやればいいんだと思うよ」
「…………」
「大丈夫。ゆーとならきっと上手くいくから」
「そういう根拠のない断定やめれ。ただのプレッシャーだから。買い被り過ぎだから。んなわけねーから」
「ヤダ」
「駄々っ子か、貴様」
「えへへー」

 このフェイトちゃん、随分小憎らしい反応してくれますね。
 よい度胸だ。
 俺は深々とため息をついて言ってやった。

「やっぱおまえレヴィのオリジナルだわ」
「どういう意味!?」

 ガバっと起き上がるフェイト。微妙に泣きそうな顔だ。

「色々残念なアホの子という意味だ」
「えぇっ!?」

 フェイトの反応がイチイチ楽しい。というか、お前微妙にレヴィのことをアレだと思ってたな。

「って、そうじゃなくて!」

 ガシッと手を掴まれた。だから、顔が近い。

「ゆーとならきっと大丈夫。ゆーとが考えて、悩んで、その上で出した答えならきっと正しいんだよ」
「だからその根拠は何だ」
「だってゆーとだもん」

 そう言ってにっこりと笑うフェイト。
 可愛いけどそのその純真無垢で無条件の信頼が痛いんですけど!
 いろいろ汚れきった自分を自覚して心が痛いんですけど!

「俺だって間違えるぞ」
「うん。でもゆーとは一人じゃないでしょ。シュテルもディアーチェもレヴィも傍にいる。私だって今は魔力使えないけど、ゆーとが困ってる時はいつでも力になるよ。なのはもクロノもはやても。きっと皆がゆーとを助けてくれる。ゆーとが私達を助けてくれたみたいに」
「…………」

 うまく言葉が出てこない。
 確かに俺一人では何も出来ない。俺が助けを求めれば、皆はきっと力を貸してくれるだろう。
 ただ俺はそんなことをしてもらえるほど、大したことをしてこれたんだろうか。
 闇雲に突っ走って、結果オーライになっただけで、そこまで言ってもらえる価値などあるんだろうか。
 俺の葛藤を見透かしたように、フェイトは穏やかな声で言う。

「ゆーとはいつだって誰かの為に怒って、誰かを助けるためにいっぱい怪我して、誰かの為に一生懸命頑張ってる」
「いや、俺が自分がそうしたいからそうしてるだけで、誰かの為になんて殊勝なことはしたことないぞ」
「だから私はゆーとを信じてる。ゆーとならきっとうまくできるよ」

 ぼそりと言った呟いた俺の言葉は見事にスルーされた。
 ……………………もうやだ、この子。
 なんで俺なんかにそんな真っ直ぐな信頼向けてくるの。
 そんな恥ずかしい台詞がスラスラ出てくるの。
 フェイトの顔を直視できず、顔を逸らしてしまう。
 きっと今の俺の顔は赤くなってる。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
 くっそぅ。そこまで信頼されたらその気になってしまうじゃないか。
 できなくてもやるしかない。そんな気持ちにさせられてしまう。

「まったく……恥ずかしいことを言う奴だな」
「えへへ、そうかな?」

 はにかむフェイト。
 幼女にノセられてるようじゃ、俺もまだまだだな。
 色々精進せねばならんが、今は先に出さなきゃならない答えがある。

「でも、ありがとな。少し気が楽になった」
「うん」

 答えはまだ出せていない。
 だけど、その答えを出すために、この小さな少女に背中を押してもらえたのは確かだった。








「こうしてお前と散歩するのも随分と久しぶりだな」

 珍しく平日に休みの父さんから散歩に誘われた。
 特に断る理由もないまま、他愛のない話をしながら臨海公園まで来たのだが。

「で、悩み事は解決したか?」
「…………」

 前触れもなくいきなり切り込んできた。
 沈黙する俺に、父さんはニヤリと笑って見せる。

「朝から比べると随分すっきりした顔つきになっていたからな。学校で何かあったか」

 ぐぬぅ。内心を見透かされたようで面白くないと思う反面、父さんになら仕方ないかとも思ってしまう。
 この分なら母さんにもバレバレなのだろう。
 ていうか、そんなに俺わかりやすい?フェイトの件といい、内心を見透かされるのは色々面白くない。

「そう不貞腐れるな。何年お前を育ててきたと思ってるんだ。親をあんまり甘くみないほうがいいな」
「へいへい」

 父さんが乱暴に俺の頭を撫でてくる。甘く見たつもりはないのだが、やっぱり面白くない。

「解決はまだしてないけど……背中は押してもらったかな」
「ほほぅ……ちなみに相手は誰だ?フェイトちゃん?なのはちゃん?それともすずかちゃんか?」

 父さんのことは尊敬してるし、父親としてわりと理想だと思うけど、こういうところはちょっとアレかな、うん。
 真っ先にフェイトを上げてるあたりがなんとも嫌な嗅覚をしている。

「ノーコメント」
「ふふん。否定しないということはその中の誰かと言うことか」
「ノーコメント」

 ここでノったら相手の思うつぼだ。ジロリと一瞥するだけでそれ以上の反応はしない。

「ははっ。まぁ、いい。それで答えは出せそうか?」
「……どうかな」

 背中は押してもらった。気持ち的には無茶でも挑んでみたい。
 だが、失敗する確率が遥かに高いことへの挑戦はどうしても二の足を踏んでしまう。
 やるだけやっても上手くいかず、全部無駄になる。それが怖い。

「やれやれ。おまえは昔から、物分かりが良すぎるからな。……最近は大分無茶するようになったきたみたいだけど」

 自分で言うのもなんだが、今の自分は世間一般から見れば物分かりの良い子供として生きてきたと思う。
 学校での成績は優秀だし、親に対しても我儘らしい我儘を言った記憶もない。
 中身を考えれば、まったくもって当たり前のことなのだが。

「勉強も良くできるし、お父さんとお母さんを困らせるような我儘は全然言わない。勇斗はお父さんたちの自慢の息子だ。だけどおまえはもっと自分に素直になるべきだな」

 ぐりぐりと頭を乱暴に撫でてくる父さん。フェイトも似たようなこと言ってたな。

「と、言われてもなぁ」

 仏頂面のまま、されるがままに小さくため息をつく。
 自分なりに十分すぎるほど素直に生きているつもりなのだ。
 アリサあたりから見れば、十分すぎるほどフリーダムに生きてることだろう。

「自分にできないことはしない。自分にできることだけをしっかりやっていく。それは大事なことだ。だけど、それだけじゃ小さくまとまるだけで、自分の可能性を狭めるだけだぞ」
「…………」

 今の言葉はぐさりと来た。
 人並みの努力はすることがあっても、それ以上のことをしてこなかった。平凡な自分が何かをして、大成することもないと思っているからだ。
 できないことは無理してやらない、と言えば聞こえはいいが、それは自分の枠以上のことに対して挑むことをしなかっただけだ。
 人並みに頑張り、人並みにできればそれで良いという諦観がそこにあった。

「いざっていうときは、大分無茶するみたいだけどな。普段そこそこにしか頑張らない人間が無理したところで、結果はたかが知れてるもんだ。なぁ?」
「…………」

 人の痛いとこざっくざっく斬り抉ってきますね!
 ここんとこそんなんばっかりだからマジにで心に痛いとこだ。

「フッフッフ、だいぶダメージを受けているようだな」
「……楽しそうだね」
「ハッハッハッハッ!凹んだおまえを見るのは実に楽しいなぁ!普段、どれだけ弄ってもさらりとスルーするから面白みがなかったんだ。さぁ、もっと凹め!絶望しろ!」
「それが父親の言うことかぁーっ!?」

 悪役よろしく両手を広げて高笑いする父親に思わず突っ込んでしまう。いい歳こいて恥ずかしいことしてんじゃねぇよ!おもいっきり殴りてぇ!
 駄目だ、この親父。早く何とかしないと。

「そうそう。そうやって、子供はもっと子供らしく感情を表に出していけ。溜めこむ必要なんてないぞ」
「…………」
「やりたいと思ったら失敗することなんて考えずに突っ走れ。無理無茶無謀は若者の特権だ」

 前言撤回。してやられた。父さんは意地の悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「いくらでも当たって砕けてこい。好きなだけ挫折すればいい。挫折して、立ち上がった時こそ人間は成長するもんだ。一人で立てなくなっても、お前の周りには引っ張りあげてくれる友達がたくさんいるだろうさ」

 脳裏に浮かぶのは、なのはやフェイト、八神家にクロノやユーノ。そしてマテリアル達三人。
 積極的に手を引っ張ってくれそうな奴らから、嫌々ながらもなんだかんだで引っ張ってくれそうな奴らばっかだった。
 人がどんなに渋っても、引き摺ってでも引っ張っていきそうな奴らばっかだな、おい。

「……怪我とか危ないことして一杯心配かけるかもしれないよ」
「あぁ、好きなだけ心配かけろ。子供の心配をするのは親の特権だ。お母さんはあんまり良い顔しないだろうけど、お前が本当にやりたいことならきっと納得してくれる」

 やばい。ちょっとうるっとしてきた。普段はおちゃらけてる癖に、決めるときはしっかり決めてくるのがずるいと思う。

「だけど、最後には必ず無事に帰ってこい。それだけ守れば、お父さんはずっとお前を応援してる」
「……うん、ありがとう」

 涙があふれそうになるのをなんとかこらえるが、今の顔を見せたくなくて明後日の方向を向いてしまう。
 父さんはそれを察したのか、小さく笑って俺の頭から手を離す。

「じゃ、お父さんは先に家に帰ってるからな。夕飯までにはちゃんと帰ってこいよ」
「…………うん」

 父さんは俺の顔を見ることなく去っていく。
 はぁ、本当に叶わないなぁ。
 グッと握った拳を見つめる。
 もう迷わない。
 失敗も後のことも考えない。今は只、自分のやりたいことをやる。ダメならダメでその時に考えればいい。
 空を見る。既に夕焼けに染まった赤い空。
 ふつふつと胸に湧き上がるものがあった。
 いってもたってもいられなくなり、俺は海へと走りだした。



「ブレイカー、周囲に人はいるか?」
『There is not the person to a radius of less than 2 kilometers』(半径二キロメートル以内に人はいません)

 思い切り息を吸う。
 そして海に向かって叫ぶ。

「うわああああああああああああああああああああああああああああぁっ」

 力の限り、これでもかというくらい大声で叫ぶ。
 胸の内に溜まった鬱屈を全て吐き出すように。

「げふっ、かふっけふっ」

 咽た。
 口元を拭い、ぽつりと呟く。

「強くなってやる。絶対に」

 時の庭園で、血を流して気を失ったなのは。
 闇の書事件で、傷付き倒れ伏す仲間達と、リンカーコアが破損するほどに自らを酷使したフェイト。
 泣きじゃくり、自分へと手を伸ばすギンガとスバル。
 いつだって、俺は弱くて何もできず、自分の無力を嘆くことしかできなかった。
 それなのに、自分には才能がないから。強くなる必要がないから。自分が戦う必要なんてないから。
 色々な言い訳をして何もしなかった。
 その結果がこの様だ。
 才能がどうとか、戦う必要がどうとかもう関係ない。
 これから先、何かあった時に何もできず無力に絶望するだけの自分なんて、もう絶対にごめんだった。

「強くなりたいんですか?」
「――――っ!?」

 横からした声に文字通り跳び上がって驚いた。
 びっくりした、びっくりした、びっくりした!
 なんでここにシュテルがいんの!?さっき、ブレイカー人いないって言ったじゃん!?

「何やら叫び声が聞こえたものですから」
『Because she is not a human being』(彼女は人間ではありませんから)

 人の心を読んだかのように返してくれる二人。

「うん、とりあえずシュテル達や守護騎士達も人としてカウントするようにしてくれ」
『Ok,Boss』
「んで、シュテルは気配消して近づくのやめれ」
「善処しましょう」

 あ、する気ないな、こいつ。つーか、さっきの聞かれてたとかどんな羞恥プレイ。
 今更ながらに羞恥で顔が赤くなってくる。

「それでいきなり吠えてどうした。とうとう正気を失ったか」
「王様、シュテルん!このタイヤキ美味しいよ!」
「おまえらもいたんかい!?」

 少し奥のベンチに座ってる二人に思わず突っ込む。

「むぐぉぉぉっ、なんという赤っ恥」
「貴様から魔力と恥を取ったら何も残るまい」

 羞恥に悶える俺にディアーチェが喧嘩を売ってくる。
 その生意気な口を左右に引っ張ってやりたいが、今は抑える。
 丁度良い……と言えば良いのかもしれない。

「はぁ。まぁ、いいや。おまえらに頼みがある」
「おやつ食べてるからムリ!」

 間髪入れずに答えるレヴィ。うん、おまえはそのままタイヤキ食ってろ。
 レヴィを軽くスルーして、シュテルに向き合う。
 軽く息を吸って吐いて、決意を新たにする。

「強くなりたい。俺を鍛えてほしいんだ」

 前からずっと考えていた。俺が強くなるための手段。それがシュテル達に鍛えてもらうことだった。
 自分一人で鍛えても、魔法の知識は乏しいし、すぐ頭打ちになるだろう。そもそも一人でやったら三日も続かない自信がある。
 自分で言うのもなんだか、飽きっぽいと言うか根性がないと言うか。誰かと一緒にやるか、監督して貰わないと絶対に挫折する。
 ならば、身近にいて最強クラスのやつに鍛えてもらうのが一番の近道というのが俺の出した結論。
 なのはやヴォルケンの皆は管理局の仕事を始めていて、俺の為に時間を割いてもらうのは気が引ける。
 その点、シュテル達なら時間もあるし、強さも申し分ない。何より一番距離が近い。物理的な意味で。
 シュテルならきちんと理論だった訓練メニューも考えてくれそうだし。
 シュテルは少しの間、首を傾げて口を開こうとするが、そこに割り込む声があった。

「何度も言わせるな。やるだけ無駄だ。貴様に魔導の才はない。諦めろ」
「口にあんこついてるぞ」
「なにっ!?」

 慌てて口元を拭うディアーチェ。
 格好良く決めたつもりだったかもしれないが、口元にあんこを付けていては締まるものも締まらない。

「なんで君らは、こう色々オチをつけてくれるかね」
「主の影響ではないでしょうか」
「なん……だと?って、話が脱線してるわっ」

 軽くシュテルに突っ込みの手を入れた後、ディアーチェに向き合う。

「才能がないのはよくわかってるさ。だけどこのまま何もしないで弱いままってのも、俺自身が納得できない。やるだけやりたいんだ」

 この感情は理屈じゃない。ただこのまま何もせず、釈然としないまま生きていくのが嫌だった。
 結果的に強くなれないとしても、やれるだけやってからでないと諦めもつかない。ただそれだけの理由だ。

「だから頼む。俺が強くなるために力を貸してほしい」

 ゆっくりと頭を下げる。
 頭を下げた状態では三人がどんな表情をしているのかはわからない。
 やがて、小さくため息をつく音がして、辺りに結界が張られた。

「顔を上げて構えよ」

 言われるままに顔を上げてみれば、そこにはバリアジャケットを纏ったディアーチェの姿。
 デバイスを構え、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべている。

「貴様の覚悟、試してやる。我に一撃与えてみよ」

 つまりテストというとか。

「上等!」
『GetSet!』

 バリアジャケットを纏い、拳を強く握りしめる。
 そしてディアーチェのリミッターを解除する。
 元々、無条件に力を貸してもらえるとは思ってなかった。
 下手に無理難題を吹っかけるよりは、このほうがわかりやすくていい。難易度は別にして、だが。
 右足で地を蹴る。
 視界に閃いたのは闇の刃。
 反射的に首を傾ける。
 闇の刃は頬を撫で切り、後方へと突き抜ける。
 ぬらりと頬を液体が伝う感触。
 その意味を理解せぬまま、拳を突き出す。
 その拳はディアーチェの突き出した手にあっさりと止められた。

「この程度では、何百年かかっても我に一撃当てることなどできんな」
「うおっ!?」

 身体が宙に浮かぶ感覚。
 突き出した手を逆に掴まれ、空中へと放り出されていた。
 くそっ!羽根を出して姿勢を制御しようとする――が、羽根が出ない!?

『Concentration lack』

 魔力の出力不足!?ここで力出し切れないでどうすんだよ、俺!
 そうこうしてる間にも下から迫るのは闇色の閃光。
 両腕でガードするが、問答無用で吹き飛ばされる。
 くっ……そ。飛びそうになる意識を繋ぎ留めて下を見るが、そこにディアーチェの姿はない。

「反応が遅い」

 声はすぐ頭上から。
 振り仰いだ瞬間、視界に映るのは、振り降ろされたディアーチェのデバイス。
 防御する間もなく、叩き落とされた俺は、受け身も取れずに大地へ激突する。
 い……ってぇ。
 頭を殴られ、落下した衝撃で全身を痛みが苛む。

「この三か月間、貴様を観察してきたが、貴様が持っているのはけた外れの魔力だけ。それ以外は魔導の才どころか特筆すべき才など何一つない。魔力だけではどうにもならん。それは貴様自身が一番わかっておろう」

 地面に手をついて体を起こす俺に、ディアーチェは淡々と告げる。
 まったくもってその通りだ。反論の余地がない。

「魔力供給の礼代わりだ。有事に力が必要なら我らが力を貸してやる。貴様は無駄な努力などせず、我の背に隠れていればよい」

 態度こそ傲岸不遜そのものだが、言っている内容はディアーチェなりに俺を気遣ってくれているのだろう。見事なツンデレと言わざるをえない。
 まぁ、下手に俺が前に出て死んでも、こいつらの魔力供給源がいなくなるせいかもしれんが。

「俺も出来ればそうしたいとこなんだが……」

 よろよろと立ち上がりながら、ディアーチェを見据える。
 あー、いてぇ。俺が強くなろうとしたら、きっと毎日こんな痛い思いしなきゃならないんだろうなぁ。
 速攻で挫けそうになってくる。
 おまけに痛くて苦しい思いをしたところで、それに対する見返りも、ほとんどないのだろう。実際に強くなれるかどうかもわからない。
 ディアーチェの言うとおり、無駄な努力になる可能性も高いだろうし、素直にこいつらの力を頼ったほうが賢いのだろう。
 だけど、それでも。
 脳裏に浮かぶのは、血を流すなのは。俺を庇って倒れたフェイト。そして俺を呼ぶギンガの泣き顔だった。

「俺は!俺自身の力が欲しいんだよっ!」

 叫びながら魔力を上げていく。
 力が……力が欲しい。
 それが自分以外の誰かや、ただ与えられただけの力じゃ駄目なんだ。
 自分に力がないことを、自分が何もしなかったことを悔やむのはもうしたくない。
 俺の前で、仲間が傷ついたり泣くのを見るのなんて嫌だ。
 俺が弱いせいで、取り返しのつかないことになるなんて嫌なんだよ。

 ――頑張って、ゆーと

 闇の書の中で聞いた優奈の声を思い出す。
 あぁ、そうだよ。一度くらいは死ぬ気でやってみなきゃ、あいつに顔向けできやしねぇ。
 もう会えなくても、あいつにとって誇れる自分でいたいから。倒れるまでやってやる。
 距離を詰めるために猛然とダッシュ。加速の勢いそのままに拳を振るう。

「――――ぐっ!?」

 ディアーチェは上半身を逸らすだけでかわし、あまつさえ膝でカウンターを入れてきやがった。
 腹を押さえて身をかがめようとした瞬間、視界に映るのは膝。
 頭部を襲う衝撃に視界が真っ白に染まり、無様に尻餅をつく。

「いってぇぇぇぇっなっ!くそっ!」

 すぐに跳ね起きるが、今のダメージが思いのほか大きく、視界がチカチカする。
 くそっ、格闘もできんのかよ、このちびっこ!
 額をぬるりとした感触が伝う。額が割れたか。容赦の欠片もねぇな、この野郎。

「どうした、塵芥。この程度で終わりか?以前、我らと戦った時の十分の一も魔力が出ていないぞ。自らの力もコントロールできない輩が高望みをするな」

 余裕綽々で手招きするディアーチェ。完全に舐めきってやがる。って、今の俺、そんなに魔力出力が低下してるのか!?
 だけどやるしかない。

「余計なお世話だっ!」

 再び突進。再度、勢いに任せての拳打――――と見せかけてフェイント。
 突き出した拳を途中で止め、前蹴りを繰り出そうとするが、

「見え透いた手よな」
「――っ」

 俺が足を振り切る前に、ディアーチェは足裏で俺の膝を受け止め、そのまま頭を掴まれる。

「吹き飛べ」

 頭を掴まれたまま、ディアーチェの砲撃。為す術もなく吹き飛ばされた俺は仰向けに地面に寝転がっていた。くっそ……もう、全身がいてぇ。

「この世には持つものと持たざる者がいる。持たざる者はどれだけ努力しようと、足掻こうとも、才能、天運、それらを持つものには決して届かぬ。それが世の理。努力をすれば報われる?ハッ、現実を直視できぬ愚者の世迷言よな」

 本当にこいつの言葉は耳が痛い。

「星と雷のチビは持つもの。そして貴様は持たざる者――――特別な才など何も持たぬ凡愚。魔導の才に限ったことではない。それは貴様自身が誰よりも理解しているはずだろう?」

 ディアーチェの言うとおり、持つ者と持たない者の差は生半可なことでは埋まることはない。
 それを思い知らされた過去の苦い記憶が蘇る。
 中学時代、必死に頑張った部活でただの一度もレギュラーを取れなかった惨めな自分。
 なのはがどんどん魔法を覚えていく中、魔力弾一つ作れない情けなさで一杯の自分。
 なのはやフェイトが頑張っていても、ただ見ていることだけしかできない自分。
 いつでもどこでも、他人から見れば些細なことだろうと、それを思い知る機会に暇はない。
 誰が何を言おうが、世の中は誰にでも平等に不平等なのだ。
 だからこそ、今も昔も色んなモノを諦めて、平凡に生きていくつもりだった。できないことは望まない。できることだけやっていけば、それでいいと思っていた。
 ディアーチェの言うとおり、何をやっても人並み以上の才能がないなんてのは、俺が一番わかっている。

「とはいえ、あんまり無理無理言われると逆にムカついてきな。意地でも覆したくなってくる」

 全身を使って跳ね起きる。
 と、いうか自分で考えててだんだん腹が立ってきた。考え方が実にみみっちくてちいせぇ、うぜぇ。

「才能なんざ知るか!やるっていったらやるんだよ!」

 拳を強く握り、ディアーチェへと殴りかかる。
 ディアーチェはこちらの拳を苦も無くかわし、俺の腕を掴む。その口元にうっすらと笑みすら浮かべていた。

「フッ、その気概だけは褒めてやる。だが、仮に力を手に入れたとしてその先に何を求める?何を為す?」
「決まってるだろが!俺の邪魔する奴を全てぶっ倒す!例え相手が何だろうと!神や悪魔だろうがぶっ飛ばす!」
「ハッ!その口ぶりでは我の力すら超える気でいるのか?貴様が?魔力の大きさ以外、何の取り柄もない、特別な力など一切持たぬ貴様風情が?」
「超えるさ。超えてやる」

 確かに今の俺には魔力以外何もない。

 ――確かに君に魔法を使う適正はないが、絶対的な魔力量という努力では得られないアドバンテージがある
 ――もし、君がその力の半分でも扱うことができたなら、私を一度くらいは殺せただろうに

 クロノとフェリクスが言っていた、俺の、俺にしかない絶対的なアドバンテージ。
 今の俺にはそれを扱うだけの力はない。なのはやフェイトみたいな才能も、はやてみたいなレアスキルもない。
 だけど、それでも。

「特別な力がなくなったってぇぇぇぇぇっ!」

 渾身の力を込めた前蹴りを、ディアーチェは大きく飛び退くことで避ける。

「ククク」

 こっちは大きく息切れしているが、向こうは涼しい顔をして、小さく忍び笑いしていやがる。

「ハハハハハハハッ!ハーハッハッハッ!」

 否。忍び笑いどころか、これでもかというくらい大笑いしていた。自分でもそれぐらい笑われるくらいのことを言ったのは自覚している。

「大言壮語もそこまでいくと、いっそ清々しいわ!だがまだ足りんな!貴様が求めるものは力だけか!最も欲するもののは何だ!貴様の野望、本性、その全てを吐き出せ!欲を解き放て!」

 ……たくっ。
 どいつもこいつも好きにやれだの、欲を解き放てだの好き勝手行ってくれる。
 それができずに人がどんだけ色々我慢して諦めてきたと思ってるんだ。
 いいだろう。そこまで言うなら全部解き放ってやる。
 俺が一番欲しいもの……。
 力?いや、別に本当だったらそんなもんは最低限あればいい。
 金?それも生活に困らない程度あればそれでいい。
 俺が一番欲しいもの…………それは……!

「可愛くておっぱいが大きくてイチャイチャできる彼女!毎日好き勝手して退廃的で肉欲にまみれた日々が送りたい!」
「……………………………………………………」
「シュテるん、肉欲ってなに?」
「レヴィは知らなくて良いことです」

 ディアーチェが固まり、レヴィは言葉の意味が分からなかったのか不思議そうに首を傾げ、シュテルは無表情だった。
 あ、今なら一撃いれられるかな。

「欲にまみれすぎだ、このド助平が!!!!!!!」
「ごほぅっ!?」

 フリーズから解凍されたディアーチェの砲撃で空を舞う。
 たっぷり数秒空を舞ったあと、べちゃりと地面に叩きつけられる。

「おまえが全部吐き出せっつったんだろーがあああああっ!?」
「モノには限度があるわっ!なんだ、その欲望は!?女!?肉欲!?十年早いわっ、阿呆が!」

 顔を真っ赤にして捲し立てるディアーチェ。

「そんなもん知るかあああああっ!男が女に興味を持って何が悪い!?こちとら闇の書の夢の中でやってから性欲全開なんだよ!日々性欲を持て余しながら発散する場もない苦しみが貴様にわかってたまるかああああああああ!!」
「なっ……!?貴様、よもや我らに対して欲情しているのではあるまいな!?」

 ディアーチェが身の危険を感じたのか、俺の視線から自らの体を隠すように身を捩る。

「…………………………ハッ」

 鼻で笑ってやった。

「笑かすな。そんな貧相な体で欲情するものかよ。シグナムやリインフォースならともかく、おまえら程度なら裸見たって欲情しないから安心しろ」

 シッシッと犬を払うように手を振る。
 ディアーチェの眼がすぅっと細くなった。背筋に悪寒。
 あ、これはヤバい。
 全身で命の危険を感じ取っていた。しまった、つい本音が。

「死ね」
「うおおおああっ!?」

 四方八方から闇色のダガーが雨のように降り注ぐ!
 身を捩り、屈めて必死に躱す!
 痛い!何本かは躱しきれずに普通に肩や足を掠めていく。非殺傷じゃないしっ!めっちゃ血が出てるんですけど!?

「殺す気かっ!?」
「死ね!貴様のようなエロスはここで死んだ方が世の為だ!」

 無茶苦茶なことを言いながらディアーチェは次々と魔力弾を撃ちこんでくる。

「だからおまえが欲望を解き放ていうんたんだろーが!人間の三大欲求舐めんな!」

 口とは裏腹に忙しく体を動かし、魔力弾から逃げ回る。まともに食らったら死ぬ!
 別に俺だって好き好んで人に性癖を曝す趣味はないし、相手はちゃんと選ぶ。
 今回だって、ディアーチェが煽らなければわざわざ言うこともなかったっつーの!理不尽だ!
 闇統べる王だのなんだの名乗ってるくせに純情そのものじゃねーか!お子ちゃまめ!

「やかましい!貴様のその穢れに穢れた情欲など何の役にも立たんわっ!貴様の性根を叩き直し、その煩悩を浄化してくれる!」
「ざけんな!男のエロに対する欲求を舐めんな!エロこそ力!エロこそ正義だあっ!」
「ほざいたな、助平がっ!ならば今ここで!その力を示して見せよッ!」

 ディアーチェは魔力弾を止め、こちらに向かって左手を突き出す。そこに展開されるのは防御の魔法陣。
 正面から防御を抜いてみろってことか。

「上等……!」

 俺の魔力は思いが強ければ強いほど、その出力を増していく。
 ならば、溜まりに溜まった煩悩を解き放ち、強い気持ちに変えていけば。
 文字通りエロこそ力になる。

「高まれ俺の性欲!沸きたて煩悩!エロこそ無限の可能性を解き放つ!」

 まず脳裏に浮かべるのはわがままボディのリインフォース!……はちょっと罪悪感が沸いてくるからやめておこう。
 代わりに浮かべるのはシグナム。乳魔神(ヴィータ命名)のごとき理想のおっぱい!
 大きさは言うに及ばず、服の上からでもわかる黄金比とでもいうべきライン。
 あの乳をあーして、こーしてエロ同人的なあれこれを妄想する!
 恥ずかしがりながらも決して本気で抵抗せずされるがままのシグナム!最高です!
 そして思い出せ!時の庭園で触れたアルフのおっぱいの柔らかさ。
 大きさではシグナムに劣るが、標準サイズを余裕で上回る。形も申し分ない。
 まともに触れたとは言い難いが、あの感触は極上だ!


「!?」
「どーしたん?」
「いえ、何か悪寒が」
「風邪かなぁ。暖かくなってきたとはいえ、ちゃんと暖かくして寝ないとあかんよー」
「…………そうですね」

「どうしたの、アルフ?」
「いや、なんかこう凄く嫌なものを感じたんだけど……」
「何もなさそうだけど?」
「うーん、気のせいかなぁ?」


「ユートの魔力が数倍に跳ね上がった!?」
「馬鹿な……こやつ、本当に煩悩で魔力を上げておるのか。信じられぬ……っ」
「鼻の下が伸びているのもあって、人間としては非常に残念ですが」

 三者三様に驚くマテリアル達。
 ふふふ。だが、まだだ。俺のエロ妄想はこんなものじゃない。……俺にはとっておきがまだ残っている。
 優奈とのありし日々。
 思い出せ、あの肌の感触、柔らかさ、張り、大きさ、むっちり感。あいつとやったプレイと調教の数々を!

「ブレイカァァァァァっ!俺とお前っ、全ての力をここで出し切るぞ!」
『Get set』

 ザンバーフォームとなったブレイカーを突き出すように構え、全魔力を集中する。

「おおおおおぉぉぉぉっ!」

 もっと鮮明に思い出せ。
 昔の記憶だけでない。
 闇の書の中で起きたあの時のことを全て思い出せ。
 あのちちを!しりを!ふとももを!あいつの全てを!

「無限の煩悩が俺のパワーだああああああああっ!」

 背中からバサリと黒翼が広がり、魔力が爆発的に高まる。

「魔力がさら数倍、いや数十倍にまで跳ね上がりましたね」
「よくわかんないけど煩悩パワーすごい!」
「解せぬ……。何故こんなバカがこれほどまでの魔力と出力を叩きだせる?いや、だからこそ、性格も能力も他が全てが残念なのか?」

 ディアーチェは失礼極まりないな、こんちくしょう!残念言うな!
 自分の制御能力限界までチャージした魔力。それを魔力刃へと集束させていく。

「行くぜ、ブレイカー」

 ブレイカーは言葉を発さず、ただ、宝玉を瞬かせることで応える。
 切っ先を後方へと流し、黒翼で勢いをつけて突進する。
 しかし袈裟がけに振り降ろした刃は、片手一本で止められる。

「ふん、やはりこの程度か。話にならん。魔力がどれだけ上がろうとも貴様には扱えん。これが現実。貴様には決して越えられぬ壁……限界というものよ!」
「ぐうううっ!」

 ギリギリと力を込めて振り降ろす刃は微動だにしない。そんなものは言われるまでもなくわかっている。
 だけど、なのはやフェイトはどんなことがあっても諦めなかった。
 だから俺だって、そう簡単に諦める訳にはいかない。

「もう一度言う。貴様では無理だ」
「ぐっ!?」

 ディアーチェのシールドが爆発し、ブレイカーの刀身が弾かれる。
 次の瞬間にはディアーチェの拳が俺の腹へと突き刺さる。

「か……はっ」

 みぞおちへと突き刺さった一撃に呼吸が止まる。
 だが、ディアーチェは追撃の手を緩めない。
 腹へと突き刺さった一撃をそのまま突き上げ、俺の顎まで打ち抜く。
 一瞬の浮遊感。
 ディアーチェが俺の襟首を掴んで釣り上げ、拳の連打を叩きこんでくる。

「がっ……‥あっ」

 一撃一撃が幼女の拳とは思えないほど、重い。一発ごとに意識が持っていかれそうになる。

「なんどでも言うぞ。貴様は持たぬ者だ。戦場に立つべきでない」

 その声は突き放すように冷たかった。
 そっとディーアチェの手が胸に添えられる。

「もう無理をするな。眠れ」

 優しく響くその声の直後、ディアーチェの砲撃が俺の胸を貫いた。
 限界だった。
 もう立つ力すら残っていない。
 ディアーチェが襟首から手を離す。
 足が地面に触れ、そのまま膝から崩れ落ち――――

 ――信じてる

 頭に響く声。
 それが俺に力をくれる。

「うあああああああっ!」

 膝に力を入れ、ブレイカーを振り上げる。
 ディアーチェは不意打ちだった、その一撃さえも見を捩ってかわしてしまう。

「なっ、貴様、まだ!?」

 こんな俺なんかを曇りなく信じてくれる奴がいる。

 ――私がゆーとを守るから
 ――私がおにいちゃんを守るの

 守られるだけなんて冗談じゃない。俺が守らなきゃ。
 あいつらを守れるくらいに強く。女の子の涙なんて見たくない。
 可愛い彼女との肉欲の日々。それが一番の目的だが、それを心置きなくするためには大切な仲間に笑顔でいてほしい。
 その為に超えられない壁が目の前にあるというのなら。

「限界をぶち破る!俺の意思で!俺自身の為に!もう誰も泣かせるかあああああ!!」

 俺は左手を突き出し、砲撃の術式を展開する。
 術式自体はなのはやフェイトのを参考にずっと前から組んであったものだ。

「砲撃?だが貴様に扱えるはずが……」

 あぁ、そうだとも。もちろん今まで一度も成功したことはない。
 俺の意図が読めずに戸惑うするディアーチェに、口の端を釣り上げて笑って見せる。

「ディバイン!バスタアアアアアアアッ!」

 ディアーチェ俺の間に展開された砲撃の術式が俺の制御能力を超えて暴発し、大爆発を起こす。
 この至近距離で暴発すれば、俺も少なくないダメージを受ける。つーか、受けた。すげぇ痛い。
 今のでディアーチェにダメージを与えられたとは思っていない。だが、一瞬とはいえ俺の姿を見失ったはずだ。
 側面に回りこみ、横殴りの一撃。
 これで……どうだぁっ!

「惜しかったな」

 しかし爆煙を裂いた一撃は、わずかに体を逸らしたディアーチェの前髪を揺らすに留める。
 ブレイカーの魔力刃が四散する。
 もう力が残ってない。ここまで――――で終われるか!

「池内フラーッシュ!!」
「なっ!?」

 説明しよう!
 池内フラッシュとは懐中電灯のスイッチを一秒間に三回オン・オフを繰り返し、 更にライトの位置を微妙にずらすことによって、 相手の網膜いっぱいに光の跡を残し、相手の視界を奪う究極の光技である!
 もちろん、今は懐中電灯がないので、ブレイカーの本玉から発する光を代用している。
 だが、効果は抜群だ!

「うっ、くっ!?」

 ディアーチェはまばたきを繰り返し、ほんの僅かだが動きが鈍る。
 今、この瞬間しかチャンスはない!
 俺は最後の力を振り絞り、ブレイカーの魔力刃を再構成。
 全魔力を振り絞った刀身が眩い輝きに包まれ、俺は全力で振り下ろす。

「バカが!それではせっかくの目眩ましが意味をなさぬわ!」

 刀身が放つ光がディアーチェにとって目印になったのだろう。ディアーチェの手は寸分違わずブレイカーの刀身を掴みとる。

「むっ!?」

 そこで手応えに違和感を覚える。
 当たり前だ。ディアーチェが掴んだのは俺が切り離した刀身だけ。
 俺自身はディアーチェの背後に回りこんでいる。
 ディアーチェはまだ俺の位置に気づいていない。
 右の拳を握りしめる。
 こっちのダメージはとっくに限界を超えている。
 これが正真正銘最後の力を振り絞った一撃――――!





「ぐぅ……」

 視界に映ったのは空だった。

「あぁ……と?」

 どうやら気を失っていたみたいだ。

「いってぇぇっ!」

 起き上がるだけで激痛が走る。
 ディアーチェと戦ったとこまでは覚えてるけど、最後は何がどうなった?
 最後に殴りかかったところで記憶が途切れている。

「ふん、ようやくお目覚めか。馬鹿者め」

 声のした方を向けば、隣のベンチにディアーチェ達が座っていた。
 …………のは、いいんだけど、やたら野良猫にたかられている。でも、三匹だから今日は少ないほうか。
 それぞれの膝の上で猫達が気持ちよさそうに日向ぼっこしてた。
 原因はわかっている。シュテルだ。何故かは知らないが、あいつは俺以上に猫に好かれ、外にいると十匹以上の猫が集まることも珍しくない。
 一方でレヴィは猫にあまり好かれない体質らしく、レヴィが近寄ると猫の大半は逃げてしまう。
 シュテルとレヴィが揃うと、良い具合にお互いの性質が相殺され、今のような状況になる。
 って、そんなこと今はどうでもよくて。

「最後どうなった?」

 ディアーチェが手を上げ、薬指だけを上げる。
 何ぞ?

「こたび唯一の貴様の戦果だ」。

 何?と、思ったが、よくよく見れば、指先がほんの少しだけ赤くなっている箇所がある。
 傷とも言えないような跡。
 最後の一撃が掠った……のか?

「本来ならこの程度で一撃与えたとはとても言えぬが、貴様の能力を考えれば上出来というところか」
「じゃあ……!」
「ふん。大まけにまけて合格にしてやろう」

 しっ。小さくガッツポーズを取る。ディアーチェは凄くやる気なさげというか、仕方ないという顔をしているが、合格は合格だ。

「だが」

 と、喜んでいたらディアーチェが半目で睨み付けてきたと思ったら、ガシッとアイアンクローを喰らう。

「アホか、貴様は!攻撃の途中で意識を失う奴があるか!あまつさえそのまま足を滑らせるとは何事か!思い切り頭から落ちるとこだったぞ、この愚か者が!!」
「はいっ、ごめんなさいっ!?すいません!すいません!あ、指めり込んで痛い!痛い!?」

 ディアーチェのあまりの剣幕に反射的に謝ってしまう。つーか、俺の頭がメキメキ音を立ててブレイク寸前なんですけど!?

「まったく……貴様には一から色々叩き込まねばならぬことが多すぎるようだな」

 王様がすっかりやる気なのは有難いんですけど、いい加減手を離してくれませんかね!

「良いかユート。我らが手を貸す以上、半端なことは許さぬ。これから貴様に待っているのは24時間、魔導の魔導による魔導のための生活だ」

 あ、あれ?なんか話が変な方向に行ってませんか?王様、なんかすっごい凶悪な笑みを浮かべてるんですけど!

「なに、今すぐ強くなれとは言わん。才のない貴様にそこまでの無茶振りはせぬ」

 にこやかな笑顔が逆に怖い
 と思ったら、不意に真顔になるディアーチェ。

「十年だ。十年で貴様にオーバーSランクの力を身につけさせる」
「…………!」

 オーバーSランク?俺が?十年で?

「……なれるのか」
「してみせる」

 きっぱりと断言するディアーチェ。
 その言葉に体が震える。届くのか。俺がなのはやディアーチェ達に。
 武者震いに震える俺に、ディアーチェはにこやかに宣言する。

「なに、なれなければ死ぬだけの話だ」
「ちょっと待って!?」
「我の忠告を散々無視して選んだ道だ。なに、死んだほうが一億倍マシな修行にもきっと耐えられることだろう」
「待って!その桁数おかしいから!何やらせる気!?」
「ちなみに現在の生存確率は4.27%です」

 シュテルの言葉に別の意味で震える。

「低いなっ!?一割切ってますよ!?っていうか、語呂的に死ねって言ってない!?」
「ハッハッハッ。仕方なかろう。才のない貴様が強くなるならその程度のリスクは負わねばらなるまい。命を懸けて死線を数百は越えねば到達できぬ頂きよ」
「にこやかに言うことじゃありませんことよ!?あぁ、もうツッコミが追いつかねぇっ!」
「才のない貴様の覚悟、しかと受け止めた。我らの全力を持って才のない貴様を鍛えあげてやろう」
「その決意は有難いんですけど、才能ない連呼するのやめてくれませんかね!ガラスハートの俺のココロは既にボロボロですよ!?」
「気にするな。別に貴様を悪しざまに罵っているわけではない。単なる事実だ」
「だからそういうのを面と向かってにこやかに言うなし!しまいには泣くぞ!」

 こうして、俺は強くなるためにディアーチェ達の協力を取り付けることに成功したのだが。
 正直、不安しかない。人選を間違った感がひしひしと沸き上がってくる。
 十年後の俺は生きていられるのだろうか……。




■PREVIEW NEXT EPISODE■
勇斗の修行の日々が始まった。
日に日に厳しくなっていく修行に勇斗は耐えることができるのか。
そして勇斗の修行を知ったなのはが取った行動とは。

なのは『もうやめてよ』





[9464] 第五十六話『もうやめてよ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2014/01/31 10:28
「ゆーと達が何か隠し事してる」

 放課後。いつものようにアリサの家で集まっている中、フェイトはそう切り出した。
 この場にいるのは、フェイト、なのは、アリサ、すずかだけで、そこに勇斗やマテリアル達の姿はない。

「確かに何か企んでるみたいだけど」

 身を乗り出したフェイトの剣幕に若干怯えながら頷くなのは。
 思い当たる節はいくつもあった。
 ここ一週間ほど、勇斗達は放課後遊びに誘っても、用があるからと断られてばかりだ。
 そしてそれ以上に勇斗の様子がおかしい。
 元から学校では活発でない勇斗だが、休み時間はおろか、授業中でもボーっとして先生に注意されたり、体育の授業でも凡ミスが多くなっていた。
 本人はそういうこともあると言っていたが、なのはとフェイトには魔力を使って何かしていることはわかっていた。
 だが、そのことを問い詰めても、いつもの意地の悪い笑みを浮かべて「秘密だ」の一言ではぐらかされる。
 マテリアル達に尋ねても、返ってくる答えは同じ。あの四人が何かを企んでいるのは誰の目にも明らかだった。
 とはいえ、ああ見えて勇斗は意外と良識を持っている。誰かの害になるようなことはしないはずなので、あまり気に留めていなかった。
 ――ただ一人、フェイトを除いて。

「えっと……それでフェイトちゃんはどうしたいの?」

 おずおずと尋ねるなのはにフェイトはキッパリと言う。

「私達だけ仲間外れってズルいと思う。ゆーと達が何を企んでるのか調べよう」

(『私達』じゃなくて『私が』の間違いじゃないかなぁ)
 と、なのは達三人は思ったが、フェイトの剣幕に口に出すことはできなかった。
 早い話、フェイトは勇斗に仲間外れにされていることを拗ねているのだろう。
 付き合いの長い自分達ではなく、マテリアルの三人がそれに加担していることも、要因の一つだろう。
 「なんで私を誘ってくれないの」と、頬を膨らますフェイトの顔が如実にそれを語っていた。
 どうしようかと、顔を見合わせる三人。
 幸か不幸か、今日は塾などの予定もなく、特に何をするかも決めていない。
 仕方ないという風に覚悟を決めたアリサが口を開く。

「調べるって具体的に何をどうするのよ」
「うん。まずはゆーとの家に行ってみよう。四人で何かしてるのは間違いないから、いきなり行ってみれば何か手がかりがあると思うんだ」
「誰もいなかったらどうするの?」
「その時はその時!」

 きっぱりと即答するフェイトになのは達は、勇斗の影を見た。良くも悪くも毒されている、と思わずにはいられなかった。
 フェイトを上手く宥める手段も思い浮かばなかった三人は、しぶしぶと遠峯家へと向かうのだったが。

「ユート?王様とシュテるんと一緒に出てるよ」

 いざアポなしで遠峯家を訪れてみればレヴィしかおらず、肝心の勇斗は不在だった。

「三人でどこ行ったの?」
「それは教えられないねー。秘密だもん♪」

 フェイトの質問にレヴィは予想通りの答えを返してくるが、フェイトは動じずにあらかじめ用意してきたものを取り出す。

「ゆーとのとこまで案内してくれたら、このソーダ飴あげる」
「道案内は任せて!」

 なのは達三人は思った。
 (だんだんゆーとくんのやり口に似てきたなぁ)
 と。




 「こんな山奥で何してるのよ、あいつら……」

 レヴィに案内されてやってきたのは、市街から離れた山間部。
 魔法で飛んでこなければ、とても日帰りで来れるような場所ではなかった。(アリサはレヴィに、すずかとフェイトはなのはにそれぞれ抱えられてきた)
 アリサがぼやくのも無理はない。

「ね、本当にこんなところにゆーとくん達いるの?」
「うん。そろそろ着くはずだけど」
「なんか……この辺、熱くない?」

 レヴィを先頭に歩く一行だが、不意になのはが異変に気付く。
 三月になり、春の兆しが見えてきたとはいえ、まだまだ肌寒い時期だ。
 それなのに、なのは達が歩く辺りには不自然な熱気が漂っていた。

「あ、こっちかな?」

 レヴィがその熱気の流れている大本を察したのか、ズンズンと歩いていく。
 慌ててレヴィの後を追っていくなのは達が見たものは。

「…………何これ」

 燃え盛る炎から逃れるように、切り立った崖を登る勇斗の姿だった。

「ぐぬおおおおおっ!」
「早く登らないと焼け焦げますよ?」
「初心者に無茶振りするなぁああああああ!」

 崖の高さはゆうに二十メートルはあろうか、そこから十メートルほどの高さに素手でへばり付く勇斗とその五メートルほど下を浮遊するシュテル。
 シュテルの手からは、勇斗を追い立てるように真っ赤な炎が放出されていた。

「構わん。シュテル、もっと火力を上げよ」

 なのは達の傍から少し離れたところに腕を組んで立つディアーチェが実に活き活きとした表情で指示を飛ばす。

「だ、そうですよ」
「死ぬわあああああ!!」

 叫びながらも勇斗は、必死に崖を登っていく。だが、命綱もない上、手を掛けたところが崩れたり、足を踏み外したりで、見ている方が心配になる危うい光景だった。

「王様やっほー♪」
「む。ようやく来たのか」

 レヴィが声をかけたところでようやくなのは達に気付くディアーチェだが、なのは達が来ていることにさほど驚いた様子はない。

「あの……これは一体何してるの?」
「見ての通り、ロッククライミングだ。指の力や握力を鍛えるのに丁度良い。基礎的な体力も向上するからな」

 フェイトの疑問にディアーチェは鼻を鳴らして自慢げに答える。
 (違う、そうじゃない)
 と、脳内で突っ込む一同だったが、混乱する頭では正常な突っ込みをすることができない。
 軽く頭を振ったアリサが一つずつ状況を整理すべく口を開く。

「私たちが来てるのには驚かないのね」
「最初からいつまでも隠し通せるとは思っておらん。むしろ、もっと早くに嗅ぎつけてくるものと思ったが……」

 ディアーチェの挑発的な視線がフェイトとなのはを射抜く。
 それを敏感に察したフェイトの表情が一瞬だけ険しくなるが、フェイトが何かを言う前にアリサがため息混じりに口を開く。

「で、一度聞くけど、なんでこんなことをしてるの?」
「奴が強くなりたいと懇願してきたのでな。修行をつけてやっているのだ」
「ゆーとくんが強く……?」

 なのはにとって、それは意外な言葉だった。
 普段の勇斗を見ている限り、元々力に固執するような性格ではなかった。
 魔力に目覚めた当初こそ、魔法の訓練をしていたが、それもあまり長くは続かなかった。
 理由を尋ねれば「いやー向いてないし」と、本人は気だるげに言っていた。
 ここ半年ほどは守護騎士達相手に訓練を行っていることは知っていたが、それとてシグナム達に強制されたからと本人は言っており、訓練そのものには酷く消極的だった。
 そんな勇斗が何故今更強くなりたいなどと言い出したのか。
 ミッドチルダで事件に巻き込まれて怪我をしたことが原因なのかとも思ったが、勇斗自身が詳しく話したがらなかったので、どのような心変わりがあったのかまではわからない。
 とはいえ、勇斗自身が強くなろうとすること自体に異論もないし、良いことだと思うのだが。

「あれはちょっと……やりすぎじゃない?」

 なのはの言葉にアリサとすずかもコクコクと頷く。
 命綱も道具もない。すぐ下には燃え盛る炎。もし落下すれば浮遊魔法を発動する前に炎の中へ、その身を晒すことになる。
 バリアジャケットを纏っているとはいえ、無傷では済まない。一歩間違えば大怪我だ。
 なのは達は知らないが、今の勇斗はシュテルが組んだプロテクトによって、念話以外の魔法は使えず、使えるのは魔力による身体能力の強化だけだ。
 炎がなくても、この高さから落下すれば無事では済まない。

「やつには魔導の才も武の才もない。奴が望む力を手に入れるには、文字通り命がけで己の限界を越えていかねばならんのだ。それも一度や二度ではなく、何十、何百とな」
「でも、それで怪我したら――」
「怪我を恐れて強くなれるものか。それに貴様に口出しする権利などなかろう」

 なおも食い下がろうとするなのはに、ディアーチェはぴしゃりと言い放つ。
 確かに自分が勇斗のことに関して、どうこう口を挟むのは筋違いかもしれない、となのはは思う。
 だが、何事にも限度というものがある。
 何事も限度を超えた行為ならば、友達としてしっかり止めるべきだと、すぐに思い直す。

「危ないっ!」

 すずかの悲鳴に顔を上げれば、勇斗が足場を崩していた。
 落下こそしなかったが、足場は完全に崩れ、両足が宙に浮いている。両腕だけで崖にへばり付く勇斗は今にも落下しそうだった。

「やれやれ」

 なのはを一瞥したディアーチェはすぐに勇斗の元へと飛翔する。
 無論、勇斗を助けるためではない。

「苦戦しているようだな?」
「見りゃわかるだろ!だから助けてください!」

 間近で見れば、崖を掴む勇斗の腕は疲労で震えていた。いかに魔力で身体能力を強化しようとも、持久力まであげることはできない。
 こうして捕まっているだけで、勇斗の限界は刻一刻と近づいている。
 命の危険が間近に迫っている勇斗が、自然と敬語で懇願するのも無理はない。

「よかろう。助けてやろう。ただし、『二度と強くなりたいとは言いません。困った時は全て王に助けを乞います。私めは一人では何もできない愚かな塵芥です。偉大なる闇統べる王の力でどうかお救い下さい』と懇願できたらな」
「……おい」

 実に愉しげに言うディアーチェに勇斗は怒りを込めた視線をぶつけるが、それはむしろディアーチェを喜ばせるだけだ。

「ほらほらどうした?早く言わんと焼け死ぬぞ?あぁ、もちろん我が助けた場合は貴様の修行はこれまでだ。今後一切、我らは貴様の修行の手助けはせん」
「死んでも言うかぁっ!」

 ディアーチェの煽りに怒鳴り返す勇斗。
 あからさまな挑発だとはわかっているが、勇斗が助けを乞えばディアーチェは本当に修行を終了させてしまうだろう。
 そしてそれ以上に男の意地にかけて、ディアーチェに助けを乞うことはできなかった。

「ぐっ……ぬうぅぅっ!」

 勇斗は両腕に更なる力を込め、全身を持ち上げる。
 限界を超えた腕が悲鳴を上げるが、ここで無理をしなければ命はない。
 限界まで体を引き上げた勇斗は、そこから手をかける場所を探し、腕を伸ばす。
 ほんの数秒とは言え、全体重を曲げた片腕一本で支えるのには、凄まじい負荷がかかる。
 それでも今の窮地を脱するには、文字通り己の限界を超えた力を発揮し続けなければならない。

「そうそう、その意気だ。せいぜい死ぬ気で限界を超えていくがよい」

 青筋を浮かべながらも、文句を言う余裕すらないまま崖を登り続ける勇斗。
 それを見守るディアーチェは、心底楽しそうな表情を浮かべていた。
 勇斗が無事に崖を登り終えたのはそれから十五分後のことだった。


「ぜぇ………………ぜぇ」
「…………大丈夫?」

 フェイトが倒れ伏す勇斗に声をかけるが、返る返事はない。
 限界を超えた疲労で、フェイト達がいることに突っ込むどころか返事を返す余裕すらないのだ。

「いつもこんなことやってるの?」
「いつも、ではないですね。流石に毎日このペースでは体を壊します。限界まで酷使した後は、きちんと休養を取っていますよ。きちんと出来上がっていない子供の身体で無理は禁物ですからね」

 すずかの言葉に平然と答えるシュテル。
(充分過ぎるほど無理してるよ、これ)
 つい先ほどまでの光景を思い出し、現在進行形で体力を使い果たした勇斗を見ながら、全員が心の中で同じ突っ込みをした。

「ディアーチェは修行って言ってたけど、何してるの?」
「今のところは大したことはしていませんよ。基本的な体力作りと、魔導戦における知識の蓄積、そして魔力制御の訓練です」
「具体的には?」

 フェイトの矢継ぎ早の質問に、ディアーチェはどこまで話したものかと一瞬だけ思案するが、特に隠す必要性もないのでありのままを話すことにした。
 まずはシュテル謹製の筋力・魔力出力・魔力制御を養う魔力プログラム。
 なのはが普段から行っている魔力の出力や量を向上させる為、体に魔力的な負荷をかけるプログラムに、筋力的負荷をかける効果を付与。
 さらに魔力の制御能力を向上させるために、常に一定量の魔力を全身に流し続けることを強制するプログラム。
 コントロールする魔力量は多すぎても少なすぎても駄目で、適量の魔力を流し続けなければ、まともに体を動かすことのできないほどの負荷が体にかかる仕掛けになっている。
 寝る時以外、日常的にこのプログラムを使用することで、勇斗は常に魔力・筋力・魔力コントロールの三つを同時に鍛えられるようになっている。
 強大だが不安定な魔力出力、平均的な小学生男子の筋力、幼稚園児にも劣る魔力コントロール能力しかない勇斗を鍛えるにはうってつけのプログラムと言えた。
 もっとも、魔力出力はともかく、筋力に対する負荷は、まだ幼い子供の体に害を及ぼさないよう、今の段階では多少体が重く感じる程度の微々たる負荷でしかない。
 勇斗にとって一番問題なのは、魔力制御のプログラムだ。
 なのはやフェイトならば、意識せず行えるような制御でも、今の勇斗には多大な集中を要することになり、精神的に大きな負荷となっていた。
 それでも、この一週間を経て、日常生活には差し支えないレベルには適応しているのだが。
 学校での体育や体を使ったミスが多くなったのはこのプログラムが原因で、なのはやフェイトが学校で感じていた魔力を使用した『何か』の正体もこのプログラムである。
 なのは達が異変を察知しつつも、それ以上の変化を悟らせなかったのは、勇斗の人並み外れたやせ我慢の賜物であった。

「話を聞いているだけでそれだけでも相当辛そうなんだけど……それだけじゃだめなの?」

 ちらりといまだにへばり続けている勇斗を見るアリサ。
 当然です、とシュテルは頷いて続ける。

「あくまで基礎能力の向上に過ぎませんから。強くなる為にはきちんと体を動かして、基礎からみっちり鍛えていかねばなりません。基本メニューは朝4時に起きてランニング。学校では戦闘シミュレーションを50本。放課後は基礎体力トレーニング、夕食後に魔力制御訓練。その日の疲労具合によって、体力トレーニングを魔導知識の習得に充てることもありますが」

 アリサの言葉にしれっと答えるシュテル。

「それを毎日……?」

 なのはが頬を引き攣らせる。
 言葉にすれば簡単な内容だが、先程までの勇斗を見る限り、質・量ともに並の小学生がこなす内容でないことは明らかだ。
 もっともなのは自身も他者から見れば十分厳しい訓練メニューを日々行っている。本人は楽しんでいる為、あまり自覚していないが。

「いつか死んじゃわない?」
「弟子は生かさず殺さずが基本と言いますから」

 にこりともせずに言ってのけるシュテルに、聞いたアリサのほうが戦慄を覚える。
 冗談、と信じたいところだが、先程までの光景がそれをさせなかった。

「ゆーとくんは辛くないの?」

 ようやく息の整ってきた勇斗に、すずかは興味本位で尋ねる。本当に何気ない、軽い気持ちで出た言葉だった。

「辛いに決まってるだろうがあああああああっ!」

 がばっと起き上がり絶叫する勇斗にビクッと怯えるすずか。

「アホみたいに早く起こされたと思えばタイヤ引かされてランニング!少しでもペース遅れればすぐに火や電撃が飛んでくる!何時間も重い岩を両手に持たされてたり!ただの体力作りでなんで命綱もなしに崖上りやらさたり、燃え盛る炎の上で足を縛られて腹筋・背筋をやらされねばならんのだ!死ぬわ!毎日毎日、目が霞んで体が動かなくなるまでボロボロにされるんだぞ!」

 この一週間の辛い修行内容を思い出す勇斗の瞳からは、とめどめなく涙が溢れていた。

「こないだはこないだで恐怖を克服する修行ですってジッとしてるだけでいいって言われたら、全身バインドされて身じろぎすらできなくて、真剣のシグナムに何度何度も体に触れるか触れられないかのとこでレバ剣振られて!何十、何百回と体を掠めていったんだぞ!一振りごとに薄皮一枚切り刻まれる恐怖がわかるか!?死ぬより怖かったわ!」

 興奮のあまり日本語がおかしくなっているが、勇斗の剣幕に押され突っ込むことのできないなのは達。
 どうやらマテリアルの三人だけでなく、シグナム達も修行には協力しているようだ。
 言っていることはよく理解できなかったが、トラウマになるほど恐ろしい目に遭ったことだけは痛いほど伝わってきた。

「うっうぅ…………辛かったよぅ、怖かったよぅ。刃物怖い刃物怖い刃物怖い刃物怖い」
「だ、大丈夫だよ、もう怖くないから、怖くないから!」
「ご、ごめんね。もう何も聞かないから、落ち着いて。ね?」

 虚ろな目でガタガタと震える勇斗を慌てて宥めるフェイトとすずか。
 あの勇斗が何をどうしたらこんなに怯えさせることができるのか、フェイト達にはにわかに信じたい。
 アリサが、じろりとディアーチェ達を睨む。

「一体どんな恐ろしい目に遭わせたらこんなになるのよ……」
「ふふん、それは企業秘密だ」

 ディアーチェは悪びれもせず、むしろ誇るように言ってのける。

「やりすぎだよ……もっと普通のトレーニングじゃだめなの?」

 なのはから見てもマテリアル達の修行は常軌を逸してる。こんな修行を続けていれば勇斗が壊れてしまうのではないか、となのはが思うのも無理はない。

「先にも言ったであろう。才能の無い奴には、普通のトレーニングでは足りないと」
「だけど、このままじゃゆーとくんが!」
「それを決めるのはあなたではありません」

 ディアーチェに食ってかかるなのはを諌めるようにシュテルが割って入る。

「この修行はユート自身が決め、ユート自身の意思で始めたことです。部外者のあなたにそれを止める権利も口を挟む資格もないと思いますが?」
「…………」

 シュテルの言葉に、なのははすぐに反論できない。だが、シュテルの視線から目を逸らさず、真っ向から受け止め、反論の言葉を模索する。

「あーっと、なのは?」

 視線をぶつけ合う二人に声をかけたのは、勇斗だった。今にも言い合いを始めそうな二人の雰囲気に中てられ、正気に戻ったようだ。
 二人のピリピリとした雰囲気に若干腰が引け気味なのは、皆見ない振りをしてあげた。

「俺は大丈夫だから、そんなに心配しなくても平気だぞ?」
「…………」

 (あれ?なんでなのはが怒ってんの?)
 なのはの鋭い視線に怯む勇斗。
 心配をかけているのは理解できるが、睨まれる理由が思い当たらず困惑している。

「ゆーとくん、辛いんでしょ?」
「うん、辛い」

 なのはの言葉に勇斗は即答する。

「泣くほど怖い目にも一杯あったんでしょ?」
「うん」
「やめたいと思ったことはないの?」
「毎日思ってる」
「シュテル達に修行してもらってるの後悔してない?」
「いつもしてる」

 矢継ぎ早に繰り出されるなのはの質問にことごとく即答する勇斗。
 次第にその場にいる勇斗とマテリアル以外の全員が「おいおい……」とでも言いたげな微妙な面持ちになり、ディアーチェ達は「ほほぅ……」と、楽しげな笑みを浮かべていた。

「えっと……何か強くならなきゃいけない目標とかあるの?」
「いや、別に」
「…………なんで頑張ってるの?」
「えーと、勢いというかノリ……?いや、でも」

 半目になったなのはの質問に勇斗は視線を泳がせながら考え込む。
 誤魔化そうとしているのではなく、自分自身、ちゃんとした答えを持っていないようだった。
 数秒ほど悩んで導き出された答えは。
 
「…………なんでだろうなぁ」

 遠い目をして呟く勇斗に向けられたのは、なのは達の可哀相なものを見る視線だった。

「もう……ゆーとくんらしいというか、なんというか」

 なのははそっとため息をつく。肝心の勇斗本人がこの有様では、悩んでる自分がバカみたいだと思ってしまう。

「まぁ、細かいことは気にするな」
「それだけ話す元気があれば、休憩は充分ですね」

 背後からかけられた声に、ビクリとする勇斗。
 恐る恐る振り返るその先には、四つの魔力スフィアを浮かべて立つシュテル。

「いや……あの、シュテルさん?俺まだ腕上がらないんですけど?」
「戦いが常に万全の状態で行えるとでも?」
「…………」

 ピクリとも表情を変えないまま言い放つシュテルと、顔を引き攣らせる勇斗。
 二人の間に流れる微妙な間を一陣の風が通り抜けていく。
 そして次の瞬間、勇斗は地を蹴り、赤い光球がそれを追っていくつも飛び交う。

「ぬああああああああああっ!」

 奇声を上げながら魔力弾から逃げ惑う勇斗。

「えっと……これは?」
「見ての通り、シュテルの攻撃を凌ぐ訓練だ。反射神経や動体視力、周囲に対する警戒などを一度に鍛えられる」

 ふふんと自慢げにすずかに解説するディアーチェ。
 解説している間にも勇斗は凄まじい形相で動き回り、身を捩り、地を転がりながら魔力弾を回避しつづけている。

「ふーん、あいつもあんな顔するんだ」

 学校ではほとんど見せることのない勇斗の表情に、アリサが感心したように呟く。
 先程までは遠目で表情はわからなかったが、土にまみれ、歯を食いしばる勇斗と言うのは中々にレアだった。
 そんな勇斗を見ながら、やがてフェイトが意を決したように口を開く。

「ディアーチェ」
「ん?」
「私もゆーとの修行に協力する。魔力はまだ使えないけど、魔力なしの模擬戦相手とか、魔法の勉強なら私も力になれると思うんだ」

 そう言ってディアーチェに迫るフェイトの瞳は輝いていた。
 純粋に勇斗の力になりたいという思いももちろんある。だが、それ以上に最近少なくなっていた勇斗との接点を増やせるという思いが、フェイトを無自覚のうちに駆り立てていた。

「構わんぞ、スケジュールの管理はシュテルに一任しておる。貴様の都合に合わせてスケジュールを組むがよい」
「あ、う、うん」

 思いのほかあっさりとした答えにフェイトは拍子抜けする。

「そう驚くこともあるまい。貴様の性格から考えればそう言うのはわかっていたしな。人手が増えるのはこちらも手間が省けて助かる」
「うん!そういうことなら任せて」

 ディアーチェの言葉に嬉しそうに頷くフェイト。
 勇斗の力になれるのがそんなに嬉しいのか、とディアーチェには甚だ疑問だが、あまり興味もないのでひとまず置いておくことにした。

「あっ」

 なのはが上げた声に目を向けば、勇斗が魔力弾を避け損なっていた。まずは顔面、左腕、そして胴体へと次々に魔力弾が突き刺さっていく。
 体に受けた衝撃で転げる勇斗だったが、すぐに跳ね起きる。

「ぬうううっ!まだまだぁ!」

 その口からは血を流し、直撃を受けた腕はバリアジャケットが裂け、わずかに赤く腫れあがっていた。
 それに気付いたフェイト達は眉を顰める。
 
「非殺傷設定じゃないの?」
「敵がわざわざ非殺傷で戦ってくれると思うのか?ある程度は実際の怪我にも慣らしておかんとな。怪我に怯んで動けませんでした、では話にならん」
「……うん、そうだね」

 非殺傷設定でも痛みそのものは十二分に与えることができる。が、痛みだけのダメージと、実際に怪我をするのとでは意味合いは異なってくる。
 単純な痛みだけなら耐えられても、自分の肉体が怪我をして、血を流すことで委縮する人間は少なくない。
 フェイト自身もそれがわかっているからこそ、殺傷設定での修行を安易に咎めたりはしない。

「でも、ゆーとの場合はあんまり必要ないんじゃないかな?」

 そういってフェイトは苦笑する。

「がああああっ!」

 視線の先には魔力弾を潜り抜けて、シュテルに飛び蹴りをする勇斗の姿。蹴りそのものはあっさりとかわされるが、その瞳には怪我をする恐怖や怯えは微塵もなく、剥き出しの闘争心に満ちていた。

「あれはあれで問題だ。委縮しないのは結構だが、奴は一度スイッチが入るとなりふり構わなくなって、防御がおろそかになる。あれでは命がいくつあっても足らん」

 ディアーチェは深々とため息をつく。

「怪我をすることの恐怖とデメリットをしっかりとわからせんと、いずれ取り返しのつかんことになる。大体あやつは初めて会った時からそうだ。戦い方などまるでなってないへタレの分際で、怯まず向かってくる。猪突猛進にも限度があるわ。ちょっと辛いメニューを課せばすぐに泣き言をいうくせに、諦めることをしらないからなおのこと性質が悪い。そもそも――」

 愚痴愚痴と勇斗に対する不平、不満を並べ始めるディアーチェ。
 戦闘時の癖から日常生活における態度まで、つらつらと語るディアーチェをフェイト達はきょとんとして見つめている。
 口にしていることは罵詈雑言だが、ディーアチェのどこか楽しげな表情から、ディアーチェ自身、勇斗との生活を楽しみ、満喫してることが見て取れた。
 やがて、フェイトがこらえきれなくなったように笑い出す。

「ふふっ」
「む?」
「よく見てるんだね、ゆーとのこと」
「……なぁっ!?」

 フェイトの嬉しそうな視線と、なのは達の生暖かい視線の意味に気付いたディアーチェの顔が一気に朱に染まる。

「み、妙な勘違いをするなよっ!?あやつが死ぬと我らの魔力供給に支障が出るから気にかけているだけで、貴様らの勘ぐるようなことは一切合財何もないからな!」
「勘ぐるって……私たちは何も言ってないけど?」

 と、ニヤニヤしたアリサが突っ込みを入れ、フェイト達も一斉に噴き出す。

「え、ええいっ、何がおかしい貴様ら!」

 吠えるディアーチェだが、顔を赤らめたままではまるで迫力がなく、より一層の笑いを誘うばかりだった。
 先程までの緊迫した雰囲気とは一転、和やかな空気に変わったと思ったその時だった。
 鈍器を思い切り叩きつけたような音が鳴り響いたのは。
 音の発生源はシュテル。
 手にしたデバイス――ルシフェリオンを思い切り大地に叩きつけたのが原因だ。
 ルシフェリオンを叩きつけた半径二メートルほどが大きく陥没し、その数cm横には勇斗の頭。
 もしルシフェリオンが直撃していれば、勇斗の頭はトマトよりも簡単にひしゃげていたことだろう。

「ぐっおおおおっ!」

 その証拠に勇斗の顔は一瞬で真っ青になり、慌ててシュテルから距離を取るように転げ回る。

「先程までの勢いはどうしました?」

 シュテルが挑発するように勇斗をルシフェリオンで指し示すが、今の一撃を見た後では勇斗は容易に飛び込めない。
 青ざめた顔でジリジリと後退していく。

「こないなら……こちらから行きますよ!」

 地を蹴ったシュテルが、一瞬で勇斗との間合いを詰める。
 唸りを上げて振り回されるルシフェリオンを必死でかわす勇斗。
 その無造作に振るわれる一撃の一つ一つが岩を砕き、地を割る。勇斗の防御を容易に突き破り、致命傷を与えうる攻撃力を持っていることが伺えた。

「ちょ、ちょっと、あれかなりヤバイんじゃないの?」
「うむ、急所に当たれば死ぬな」

 慌てるアリサにディアーチェはさも当然という風に答える。

「そんなあっさり!?」
「そうだよ!さすがにやり過ぎだよ!シュテルを止めないと!」

 アリサが驚愕し、なのはがシュテルを止めようと足を踏み出すが、ディアーチェがそれを制する。

「何度も言わせるな。命懸けの修行だからこそ意味がある。部外者は口も手も出すでない」

 そんなやりとりの間にもシュテルの攻撃は止むこと続いていく。
 勇斗は大きく間合いを取ることでなんとかかわしていくが、完全に後手に回っていた。

「逃げてばかりで終わりですか?そうやって逃げるばかりでは永久に勝てませんよ?」
「簡単に言ってくれる…………!」

 自分より遥かに上の技量を持つ相手が、自分に致命傷を与える一撃を繰り出し続ける。
 こうして逃げるだけでも必死なのに、そんな状況で攻撃に出られるかと、声を大にして言いたい勇斗だが、シュテルのいうことにも理はあった。
 無造作に振るわれる一撃を掻い潜って攻撃に移る。
 そこまではいい。だが、攻撃が空振りに終わり、シュテルの攻撃をまともに喰らえば?
 ただ痛いでは済まない。最悪の場合、死すらあり得る。
 その恐怖に体が竦みそうになる。

「恐れを持つことは恥ではありません。自分より強いものに恐怖を抱くのは生物として当然のこと。大切なのは恐怖に飲み込まれず、一歩を踏み出すこと」
「――――っ!」

 そしてついにシュテルの一撃が勇斗の体を捉える。
 勇斗の体が蹴り飛ばされた小石のように軽々と吹き飛ばされる。
 血反吐をまき散らしながら、大地に叩きつけられる勇斗。
 アリサ達が声にならない悲鳴を上げる。

「ゆーとくん!」
「まだ……だァッ!!」

 駆け寄ろうとしたなのはを止めたのは勇斗の叫び。
 大きなダメージを受けながらも、勇斗は手を付いて立ち上がろうとする。
 攻撃が当たる瞬間、自分から後ろに跳ぶことでダメージを半減させていたのだ。
 だが、それでもダメージが大きいことには変わりない。

「そう。それでいいんです。急所さえ外しておけば、そう簡単に死ぬことはありません」

 わずかに微笑んでそう告げたシュテルは、魔力弾で容赦なく追撃をかける。
 ダメージが残る勇斗はまともな回避ができないまま、その追撃を受けるがままだ。
 その光景にアリサとすずかは目を背け、なのははフェイトに目を向ける。
 フェイトは目を背けることも、シュテルを止めようともせず、ぎゅっと手に力を込め、何かに耐えるような視線を勇斗へと向けていた。
(なんで……?なんでフェイトちゃん止めないの?)
 目の前で起きている光景はディアーチェ達と本気で戦った時と同じ、いや、それ以上に血を流す勇斗の姿。
 反撃どころか、回避するままならない状況でも、シュテルは攻撃の手を止めない。
 ついには砲撃の体勢に入り、魔力のチャージを始める。
 倒れた勇斗は地に付したまま、動かない。

「ブラストファイア……シュート!」

 業火の如き赤い奔流が撃ち放たれる。
 光がピクリとも動けない勇斗を飲み込もうとした瞬間――桜色の魔法陣が赤き光を遮る。

「――何の真似ですか、ナノハ?」
「もうやめてよ」

 勇斗とシュテルの間に入ったなのはが俯いたまま言う。

「こんなのやりすぎだよ!ゆーとくんはもう動けないんだよ!?こんな無茶苦茶、修行でも何でもない!」

 顔を上げて叫ぶなのは。その瞳には涙と共にシュテルに対する敵意すら浮かんでいた。

「――だそうですよ?」

 シュテルはそう呟きながら、背後へとルシフェリオンを振るう。
 振り下ろされた刃は紺色の魔力刃。
 渾身の力を込めた一撃はあっさりとルシフェリオンに受け止められる。

「チッ」

 舌打ちと共にザンバーフォームのブレイカーを振り下ろした勇斗が力尽きたように膝をつく。
 そのまま倒れそうになる勇斗をシュテルがそっと受け止める。

「最後の一撃に全てを賭けるのは悪く無いですが、消耗しすぎですね。最低限の力を残しておかないと」
「人のことを容赦、なく……徹底的にやってくれたのはどこのどいつだ……よ」

 勇斗の文句に、シュテルはクスリと小さく笑みを浮かべる。
 勇斗は最初からシュテルの止めの一撃を待っていた。
 最後の一撃を放った直後の隙を狙うつもりで、攻撃を耐えていたのだ。シュテルのアドバイス通り、ほんのわずかに体を動かすことで急所への直撃を避けることで。
 そして、なのはがシュテルの一撃を防いだ瞬間、着弾の光に紛れてシュテルの背後に回りこみ、ザンバーフォームでの一撃を撃ち放った。
 結果から言えば、呆気無く止められてしまったものの、彼我の実力差考えれば当然のことだ。
 シュテルに支えられたまま、勇斗はなのはへと目を向ける。

「……このザマじゃ心配するな、とも言えないけど、さ。俺は大丈夫だから」
「全ッ然大丈夫じゃないよ!ゆーとくん、今、自分がどんなになってるかわかってるの!?そんな血だらけでも言っても全然説得力ないよ!!そんなんじゃいつか死んじゃうよ!?」

 癇癪を起こしたように叫ぶなのはの言葉を勇斗は黙って聞いている。

「なんでそこまでしなきゃいけないの!ゆーとくんがそこまで頑張ることないじゃない!頑張る理由なんてないんでしょっ!?」
「…………」

 なのはの悲痛な叫びに勇斗はすぐに言葉を返すことができない。
 ――なのはが泣きながらゆーとのこと呼んでても全然目を覚まさなくて
 不意にフェイトの言葉を思い出す。
 なのはは過去に父親である高町士郎が仕事で大怪我をし入院していた時期がある。
 その頃の勇斗は、なのはとクラスも違い、ほとんど話すこともない間柄でフォローすることもできなかったが、なのはなりに大変な時期だったのは間違いない。
 自身の血塗れの姿が、否が応でもそういったことを思い出せてしまうのかもしれないと、勇斗は思う。
 だからといって、今の修行を辞める気はなかった。
 勇斗には勇斗なりの強くなる為の理由がある。だが、それを安易に言葉にすることは憚られた。
 胸に秘めた決意を言葉にした瞬間、それが薄っぺらい何かに変わってしてしまうような気がしてしまうからだ。
 そして何より照れ臭い。自分のキャラに似合っていない恥ずかしいことを言うのが嫌だった。
 どうすればなのはの納得いくように説得できるのか、勇斗の脳がフルに回転していた。

「あっ、おい」

 が、勇斗が答えを出す前になのはは背を向け走り出してしまう。

「なのはっ!」

 そしてそれを追うフェイト。
 勇斗も追いかけようとするが、体のダメージが大きく、最初の一歩で躓き、無様に転倒してしまう。

「その状態でまともに動けるはずがないでしょう」
「……だから、怪我をさせた、本人が言うな」

 倒れてまま恨みがましくシュテルを睨めつける勇斗だが、シュテルはそんな視線などどこ吹く風だ。

「そろそろ湖の騎士が来る時間です。それまでは安静にしていてください」

 シュテルは事前に治癒魔法のスペシャリストであるシャマルにあらかじめ勇斗の治療を依頼していた。
 容赦なく勇斗に攻撃していたのは、シャマルの治癒という保険があったからこそでもある。

「……だっせぇ」
「ユートはそこで大人しくしていてください。弟子の不始末は師である私が片付けておきましょう」

 どことなく得意げなシュテルを、勇斗は顔を引きつらせて見送ることしか出来なかった。
 自分がいないとこで何を言われるのか。嫌な予感しかしない勇斗であった。



「なのは」

 なのはは、膝を抱えて座り込んでいた。
 フェイトはそっとその隣に腰を下ろし、なのはの顔を覗きこむ。その瞳には涙が浮かんでいた。

「私わからないよ。ゆーとくんもシュテル達も。なんであんな危ないことするの。ゆーとくんに才能がないっていうなら、無理して強くなることなんてないよ」
「……私にはゆーとの気持ち、ちょっとわかるかな」

 なのはは無言でフェイトに目を向ける。フェイトは少しだけ目を伏せて話を続ける。

「今のゆーとはね、私が母さんの為に頑張ってる時と同じ目をしてた。目的の為に、なりふり構わず……だから私には止められなかった」
「だからって……頑張る理由もないのにあんなことしなくても」
「きっと勇斗には勇斗なりに頑張る理由があるんだと思うよ。多分、私達に話すのが恥ずかしいだけで」

 そう言ってフェイトはくすりと笑う。
 言われてみれば、となのはは思う。
 勇斗は何かと秘密主義で嘘つきだ。本当に大した理由がない可能性もあるが、それであの厳しい修行を続けられるとは思えない。
 フェイトが言うように、理由を話すのが恥ずかしいというのも実にありえそうな話だ。

「自分自身の力が欲しい。本人はそう言っていましたね」
「シュテル……」

 なのはを追ってきたシュテルもいつの間にか後ろにいた。

「シュテル達はなんでゆーとくんに協力してるの?」

 勇斗とシュテル達の間でどんなやりとりがあったのかをなのはは知らない。
 だが、シュテルはともかくディアーチェの性格から考えて、ただ勇斗が頼んだからと言って、無条件に協力するとは思えなかった。
 問われたシュテルはおとがいに手を当てて、数秒ほど考えこむ。

「面白いから、でしょうか」
「……」

 予想外の答えに、なのはとフェイトは目を丸くする。

「もちろん、本人が望んだから、というのもありますが、一番の理由は見てて飽きないからですね」
「え、と……それはどういう?」
「言葉通りですよ。追い詰めれば追い詰めるほど、普段の余裕ぶった態度が粉微塵になりますし」

 なのはの問いにシュテルは楽しそうな表情を浮かべながら答える。

「それは確かに……まぁ」
「あはは……」

 なんとなしに同意してしまうなのはと苦笑するフェイト。

「それに魔力しか取り柄のないユートが、どこまでやれるのかを見てみたいんです。弱くてへタレで、すぐ泣き言をいう……でも、いつか何かやり遂げそうな、そんな可能性を期待している……のかもしれません。おそらく王やレヴィも同じ気持ちだと思いますよ」
「でも……」

 シュテルの言わんとしていることはなのはにも、なんとなく理解はできた。
 だが、それでも理性の部分でどうしても認めたくないという気持ちが勝ってしまう。
 脳裏に浮かぶのは時の庭園と闇の書事件で血だらけになった勇斗の姿。
 過去に高町士郎が怪我で入院した頃の出来事を想起させてしまうのだ。
 家族の中で浮いてしまう自分。その中で感じた孤独。
 無論、今の自分が同じ状況になることはないのだが、何度も怪我をした勇斗を見ているとあの頃に感じた気持ちが蘇ってしまうのだ。

「あんま本人のいないとこで好き勝手言ってんなよ、いてて……」

 シャマルの治療をひと通り受けたらしい勇斗が、包帯まみれの痛々しい姿で現れる。

「で、結局なのはは何がどう気に入らないんだ。俺が無茶してるのがそんなに心配か?」
「友達を心配するのは当たり前だよ!あんな無茶続けたらいつか死んじゃうんだよ!」

 勇斗の偉そうな物言いに、なのはもカッとなって言い返す。

「そうかもしれないな。けど、おまえのやろうとしている管理局の仕事だってそれは同じだぞ」
「それは……‥っ」

 勇斗の言葉に、冷水を浴びせられたようなに動揺するなのは。

「自分は強いから安全だとでも思っているのか?世の中おまえより強いやつなんていくらでもいるし、搦め手や数の暴力、策略。まぁ、力押し以外にも命の危険なんて幾らでもあるだろうよ。管理局の仕事だけじゃない。普通に生きているだけで事故やら病気やら、命の危険なんてそこら中に転がってるんだ」
「それは……そうだけどっ」

 勇斗のいつになく冷たい瞳になのはは強く言い返せない。

「前線に出てるような奴が俺のやることに口出しするな。俺には俺の理由がある」
「…………っ」

 勇斗の言うことは正論だ。それだけになのはは何も言い返せない。ただ、言葉に出来ない反感の思いだけが強くなり、悔しそうに歯噛みする。

「……なんてな。半分冗談だ」
「え?」

 先ほど前までと打って変わり、一転してやる気のなさ気な表情になった勇斗が気怠そうに肩を竦め、笑いかける。

「大丈夫だよ。シュテルもディアーチェもレヴィも、血も涙も無い鬼とか悪魔のように振る舞ってるけど、あれでいてちゃんと俺のことを心配してくれてるんだ。なのはの心配しているようなことには絶対にならないよ。大丈夫」
「本人の前で抜け抜けといいますね」
「おまえが言うな。それに事実だからな」

 ジト目のシュテルに、お返しと言わんばかりの笑みを浮かべて言い返す勇斗。
 シュテルも特に否定はせず、少しだけ面白くなさそうに小さくため息をつく。
 そのやりとりをフェイトは楽しそうに笑みを浮かべ、なのははいつも通り、自分が勇斗のペースに乗せられかけているのを自覚していた。

「でも……」
「そんなに信用ないか、俺は?」
「うん」

 まだ不満気ななのはに勇斗はがっかりしたように肩を竦め、即答するなのはにがっくりと項垂れる。

「酷くない?」
「だってゆーとくん嘘つきだもん」
「プッ……あはは」

 勇斗となのはのやりとりに吹き出すフェイト。シュテルも当然ですねと言わんばかりに頷いていた。

「おまえらなぁ……」

 恨めしそうに睨みつける勇斗だが、それがかえってなのはも含めた三人の笑いを誘うだけであった。
 嘆息する勇斗だったが、やがて開き直ったように切り出した。

「だったら約束してやる。俺は修行でも実戦でも絶対に死なない。それで文句ないだろ」
「文句っていうか……そういう問題じゃないんだけど」

 勇斗の微妙に的外れな物言いに、苦笑するなのは。

「あー、うるさいうるさい。これで納得しとけ。おまえが何言ってもおれは修行をやめる気はないんだから、この辺で妥協してとけっつーの」
「もう、強引だなぁ」
「性分だからな、諦めろ」
「なにそれ……本当にゆーとくんって我儘だよね。はぁ、しょうがないなぁ」

 そういってなのはも諦めたように笑う。
 身も蓋もない、だけど勇斗らしい態度に、いつもこうして乗せられてしまう。
 色々いざこざがないわけではないが、最終的には悪い気分ではない。

「よしっ、ようやく笑ったな」

 なのはが笑顔を見せたことで、勇斗も満足そうに頷く。

「絶対、約束だよ。絶対に絶対に死んじゃダメだからね」
「あぁ、約束だ。例え虚数空間に落ちたって戻ってくるし、死んでも生き返ってやるから安心しろ」
「ゾンビだよ、それ。人間やめてるよ……」

 そう文句を言いながら、なのはもすっかりいつもの調子を取り戻していた。

「ま、俺のことはさて置き、さっき俺が言ったことも忘れるなよ。おまえだって、一歩間違えば危ないことをしているんだ。それだけは忘れるな」
「……うん、そうだね」

 諭すような穏やかな物言いに、なのはも素直に頷く。
 勇斗はなのはが無理をして大怪我をした未来を知っている。
 そして、この世界で同じことが起きたとして、おそらく自分はその場にいないということも。
 未来の一部を知っているだけで、何から何まで思うようになるほど自分が万能でないことを、嫌というほど味わってきた。
 だからこそ、自分が無茶の反面教師となって、なのはが無理や無茶をしないようにという思いも存在していた。
 そんな思いを今度は言葉にしてはっきりと伝える。

「無理するなとは言わない。無理しなきゃいけない時もあるけどな。だけど、調子が悪かったり、無理や無茶をする時は、ちゃんと周りに伝えるんだ。一人で無理する必要なんて無い。おまえになら、皆協力してフォローしてくれる。おまえに何かあったらフェイトもアリサもすずかも、ユーノやクロノ、他にも色んな奴が心配するし、困るんだからな」

 そこで言葉を切った勇斗は、少しだけ照れ臭そうにそっぽを向いて一言付け加える。

「もちろん、俺だって、な」
「……うんっ」

 その仕草が無性におかしくなって、なのはは吹き出しながらも嬉しそうに頷く。

「一件落着、ですかね」
「うん。で・も」

 シュテルの言葉に頷くフェイトだったが、にっこりと笑顔を浮かべたまま勇斗の元へ歩いて行く。

「ね、ゆーと。なんでシュテルやシグナム達に話して、私達には内緒にしてたの?」
「え」
「フェ、フェイトちゃん?」

 フェイトは間違いなく笑顔だ。だが、その笑顔に勇斗どころかなのはすら怯えていた。

「いや、えと、まぁ、その、なんか面倒臭そうなことになりそうが気がして、な?」
「ただの問題の先送りですよね」

しどろもどろになる勇斗にシュテルの鋭い突っ込みが入る。

「ふーん。ゆーとはそんな目で私の事見てたんだ?」
「あ、いや、いや、その、ごめんなさい」
「フフフ、やだなぁ。なんで謝るの?私は全然怒ってないよ?」
「嘘だっ!目が笑ってない!絶対怒ってる!」
「だから怒ってないよ?ずっと傍にいるって言ってくれたのに、全然傍にいてくれなかったり。私のこと、のけ者にしたことなんて全然怒ってないから♪」

 笑顔で迫るフェイトに勇斗は顔面蒼白にして怯えていた。

「あそこまでユートを怯えさせるとは……やりますね、フェイト」
「あ、あはは……」

 笑顔のまま怒るフェイトと必死に謝る勇斗に、なのはは苦笑するしかなかった。




「で、なにがどうなってこうなるのさ」

 日中の修行を終えた勇斗は、マテリアル達共々、すずかの家を訪れていた。
 フェイトやなのははもちろん、はやてや付き添いのリインフォースまでいた。

「すずかちゃんの提案なんよー。明日は学校もお休みだし、せっかくやから色々親睦を深めようって。ゆーと君も明日は修行お休みやろ?」
「…………や、まぁ、そうだけどね」

 当然ながらシグナム達に修行の許可を取り付けた際、はやても事情は全て知っている。
 疲れきった勇斗としては、さっさとやることだけやって休みたいのいうのが本音である。
 もっとも、この一週間隠し事をしていたことの後ろめたさや、色んな人に協力や口止めをした関係上、今の自分が立場的に弱いこともあって、迂闊に文句を言うことも憚られた。
 (まぁ、いいか)
 勇斗自身、なのは達と過ごす時間が嫌なわけではない。
 明日一日くらいは自分の時間を捨て、彼女たちとの時間を過ごすのも悪く無いだろうと思う。

「私達で、美味しい美味しいご飯作ったげるから期待しててなー」
「へーい」

 生返事を返す勇斗だが、修行漬けの勇斗に取って、日に三度の食事は一日に最も楽しみな時間の一つになっている。
 修行が始まってからの一週間、時間はあっても疲労で動けず、趣味や娯楽に費やす時間がめっきり減ってしまった。
 そんな中でディアーチェが用意する食事は味良し、見た目良し、栄養良しと唯一の楽しみと化していた。
 今回はそれにはやても加わり、より豪華になることは間違いない。

「そんなわけで、頑張ろうな、王様~」
「ええいっ、寄るな小鴉!鬱陶しいわっ!」

 ディアーチェに楽しそうに擦り付くはやて。

「そんなつれないこと言わんと……お姉ちゃんって甘えてええんよ?」
「呼ぶかっ!たわけっ!」

 はやてはディアーチェを双子の妹のように思っているのか、普段から事あるごとに可愛がる……というかちょっかいをかけている。
 ディアーチェのほうは、一見邪見に扱っているが、なんだかんだでしっかりとはやてに構っている辺り、内心では満更ではないのかもしれないと、勇斗は思っている。
 口に出して言えば、本人は思い切り否定するだろうが。

「なんだかんだで、仲良いよな、あいつら」
「主が楽しそうで何よりだ」

 勇斗の呟きに、隣で座るリインフォースが云々と頷く。
 今回ははやて、ディアーチェが中心となって小学生女子組が夕飯を作るということで、勇斗はリインフォース共々待機組である。

「修行のほうは順調かい?」
「つっても、まだ一週間だからなぁ。正直キツいっていう感想しか出てこないよ」
「うん……まぁ、そうだろうね」

 リインフォースも勇斗の修行内容は知っているだけに、苦笑するしかなかった。

「続けられそう?」
「…………ノ、ノーコメントで」

 リインフォースの質問に、勇斗は即答できず苦悩に満ちた表情で答える。
 なのはには偉そうに啖呵を切ったはいいが、実際問題としてこの修業を十年間続けるられるかというと、全く自信を持てなかった。
 またしても苦笑するリインフォースだが、仕方ないなとも思う。
 シュテルから今後の修行内容を聞いているが、普通の人間が自分の意志で続けていくのはまず無理だと断言できる内容ばかりだ。
 勇斗が途中で挫折しても、それを責めることはできないとリインフォースは思う。

「大きな怪我だけはしないように。主が心配される」
「はい。気をつけます」

 リインフォースの言葉自体は有難いのだが、リインフォースは心配してくれないのか、と内心でいじける勇斗だった。
 小さく嘆息しながらも、そのまま視線をリインフォースへと目を向ける。
 整った容姿に透き通るように流れる銀髪。シグナムに負けず劣らずのわがままボディ。
 色んな意味で反則だな、と改めて思う。
 リインフォースを見ているだけで、自然と胸が高鳴るのも無理は無いと自分に言い訳をする勇斗。
 こうして美人を眺めているだけで、役得を感じてしまうのは悲しい男の性か。

「なんだい?」

 その勇斗の視線に気づいたリインフォースが可愛らしく首を傾げる。

「そっちの調子はどうかなって。こっちの生活にはもう慣れた?」

 リインフォースが実体を持って三ヶ月が経とうとしている。
 この世界のことは闇の書内部から見てきただけに十分な知識を持っているが、実際に自分の体を得て生活をしていくことはまったく勝手が違うことだろう。

「主や騎士達がよくしてくれるからね。料理や掃除に買い物、家事はばっちり仕込んでもらったよ」
「…………それはそれは」

 楽しそうなリインフォースに、勇斗はなんとも言えない表情で笑う。
 古代ベルカの融合騎が家事を覚えたことを誇らしげに語る姿は、どこかシュールでもあった。

「でもリインフォースの料理か……普通に食べてみたいな」
「なら、今度家に来た時にごちそうしようか。これでも主に太鼓判を貰っているからね」
「ほほう……是非ともお願いします」

 期せずして得たチャンスに勇斗は自然と胸が高鳴り、無意識の内にガッツポーズを取る。
 リインフォースのような美人の手料理など、めったに味わえるものではない。それもはやての太鼓判付きならば、味も相当に期待できることだろう。

「三ヶ月でそこまで馴染むとは……大したもんだ」

 手放しで褒める勇斗だが、リインフォースは何故か複雑そうな表情を浮かべる。

「なに?」
「いや、ちょっと主やヴィータ達に言われたことを思い出してね……」

 そう言って、リインフォースはどこか遠い目をする。

「何言われたんだ?」
「なんでも私とシグナムは八神家で一人暮らしをさせられない子トップ2らしい」
「……なんでまた」

 首を傾げる勇斗。シグナムはわかる。はっきり言って彼女はとても家事が得意には見えないし、実際その通りだろう。
 仕事に関してはきっちりやるだろうが、食事などになるとコンビニ弁当や外食で済ませてしまうイメージがある。
 それに対し、リインフォースは料理も掃除も何から何まで完璧にこなしそうに見える。
 実際、先ほどの口調からも、それらが苦手とも思えない。
 仮に一人暮らしをさせたところで問題があるようには思えなかったが、はたと思い当たることがあった。

「…………さては自分のことだと、いきなり杜撰になるタイプか」
「…………」

 ついと目を逸らすリインフォース。
 そのわかりやすいリアクションに、おもわず苦笑してしまう勇斗。
 勇斗自身、同じような性質がある為、リインフォースの気持ちはよく理解できてしまう。

「はやても苦労しそうだなぁ」

 今のリインフォースはほとんど魔法を扱えない。
 守護騎士達や今後仕事が増えていくであろうはやてに比べ、一人で留守番することも多くなるかもしれない。
 そういった時のことを考えると、一家の主としてはやてはリインフォースを大いに心配することだろう。

「あ、主に心配をかけることはしないっ」
「だといいな」

 しっかり者と思っていたリインフォースの以外な一面を見れた勇斗は楽しげに笑う。

「むぅ。そんなに笑わなくてもいいじゃないか」

 リインフォースはリインフォースで、笑われたことが不満なのか、小さく頬を膨らませる。
 そして、そんな仕草もまた可愛らしく、一層勇斗の笑いを誘う。
 自分が知っているリインフォースより、随分柔らかい雰囲気になっていると勇斗は思う。
 騎士達がはやてと一緒に過ごすことで変わっていったように、リインフォースもまた変化していっているのだろう。

「いいじゃないか。こうして笑い合うのも悪くないぞ?」
「笑っているのは君だけだ」

 そう言ってますます拗ねるリインフォース。

「なんや、そーしてると姉弟みたいやなぁ」
「出来の悪い弟としっかり者の姉ってとこかしらね」

 料理を運んでくるはやてとアリサが、二人をそんなふうに評する。

「弟……ねぇ」

 二人の会話までは聞こえていなかったのか、勇斗としては心外な評価だと思うと同時に、何をどうしたって見た目が似ていないだろうがと突っ込みたいところだった。
 あくまで雰囲気的なものだというのはわかっていたが。

「弟……弟か」

 そして何やらリインフォースは満更ではない表情で何やら呟いていた。
 八神家には妹的な存在としてヴィータがいるが、弟のような存在はいない。
 もしかしたら弟のような存在に憧れのようなものを欲しているのかもしれない。

「弟が欲しいのか?」
「えっ、いや、別にそういうわけではっ」

 あたふたと否定するリインフォースだが、明らかに動揺していた。

「いっそのこと、ゆーとくんが本当にリインフォースの弟になってしまうのもええんやない?」
「あ、主!」

 はやてがその場の勢いでからかっているのは誰の目にも明らかだが、リインフォースのほうは真に受けているのか、顔が赤くなっていた。

「そしたらおまえが俺のおかんか……ぞっとしないな」
「うーん、ゆーとくんみたいな子供は遠慮したいなー」
「違いないわね」

 アリサがはやての言葉に頷き、続いて料理を運んできたなのはたちも、「確かに」と笑い出す。
 勇斗としては突っ込む気にもなれず、賢者のように悟りきった顔でその光景を眺めていた。





 勇斗は眼を閉じ、意識を集中する。
 全身に流れる魔力をリンカーコアへと集中して圧縮、より密度の増した魔力をまた全身へと送り出す。
 特別な技能ではなく、ありふれた基本的な魔力コントロールの修練。
 それを夕食後、一時間続けるのが日課となりつつあった。

「というわけで貴様らもやってみるがよい」
「え、と……こんな感じ?」
「うーん、こんなもん?」

 勇斗の傍らで同じことをする少女が二人。言うまでもなく、なのはとはやてだ。
 濁流のように荒々しい流れのはやてと、穏やかだがより濃度の高い魔力の流れを安定させるなのは。
 違いはあれど、二人ともに、勇斗のものより質・量ともに数段上のレベルで安定しているのは一目で見て取れた。

「わかるな?一週間続けてきた貴様と、立った今初めてやったこやつらとの差が?」

 眼を開け、二人を確認した勇斗が無言のまま頷く。
 元々理解しているつもりだったが、改めて手痛い現実を突き付けられた勇斗の眉間には深い皺が刻まれている。

「これが貴様とこやつらとの才能の差だ。貴様が必死に昇る階段を横から十段、二十段飛ばしで駆け上がっていく。そんな輩が貴様の目標だ。超えられるか、貴様に?」

 ディアーチェの煽りに鋭い視線を返す勇斗。
 本人たち以上に、傍らにいるなのは達のほうが冷や冷やとする、剣呑な雰囲気が漂っていた。
 勇斗の手が、微かに震える。
 それは本人にだけわかる程度の小さな震え。
 越えられない、出来っこない、無理だ、諦めろと語りかける自分と、それを認められずに足掻こうとする自分。
 二つの思いがせめぎ合う中、ふとフェイトと目が合う。
 勇斗と目が合ったフェイトは、グッと拳を握り、自信に満ちた顔で「絶対に大丈夫!」と言わんばかりの笑みを浮かべて力強く頷く。
 (なんで、そんなドヤ顔なんだ……キャラ違くないか、おい)
 と、思う勇斗だが、そんなフェイトを見ていると、不思議と迷いが消えていく。
 あそこまで無条件に信頼されていると、おちおちと弱気になることすらできなくなってしまう。それがたとえ、虚勢だとしても。

「超えるさ。その為に死ぬ思いをして努力してるんだからな」

 不敵な笑みを浮かべて言い放つ勇斗に、ディアーチェもまた不敵な笑みを浮かべる。

「フン、すぐに泣きを入れるへタレの分際で言うではないか。その鼻っ柱を完膚なきまでにへし折ってやるから覚悟するがいい」
「はっ!やれるもんならやってみろ。俺の心はすぐ折れるが、何度でも立ち直るぞ。そのしつこさに辟易するがいい」

 お互いに睨みあい、フッフッフと笑い合う勇斗とディアーチェ。

「毎度毎度、飽きないわね、あんたたち……」
「あはは……でも楽しそうだし、いいんじゃないかな?」

 いい加減になのは達も見慣れてきた、いつもの光景であった。




■PREVIEW NEXT EPISODE■

厳しい修行が続く日々の中、花見へ出かける勇斗達。
桜舞い散る中で、それぞれの思いを胸に少年と少女は穏やかな時間を過ごすのであった。

ギンガ『おにーちゃんのお嫁さんになる』



[9464] 第五十七話『私がおにーちゃんのお嫁さんになる』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2014/07/13 20:55


 桜が見事に咲き乱れる春休みの最終日。
 なのは達一同に誘われて、彼女らの家族や時空管理局関係者その他もろもろが、大量参加のお花見に来ていた。
 場所はすずかのつてで、かなり広い場所を確保されていたのだが、数えるのも馬鹿らしいほどの大所帯である。
 ぱっと見、五十人は下らないんじゃないのか、これ。
 皆、楽しそうで結構なのだが、人見知りかつ大人数が苦手な俺としてはちょっと億劫である。
 開始早々、こそこそと端っこのほうに移動してまったりモードに移行しているのだが。

「えへへー」

 何故か、あぐらを掻いた膝にギンガが乗っている。

「みんな、楽しそうだね、おにーちゃん♪」
「うん、まぁ……」

 ギンガもわざわざ俺と一緒にいなくてもいいんだぞ?、と言いたくなる言葉を飲み込みながら、背後の桜に寄りかかる。
 俺の膝の上に座るギンガは、これ以上なく楽しそうにニコニコしているからだ。
 元々俺になついていたギンガだが、例の襲撃事件以降、さらに俺にべったりだった。
 ナカジマ家をこのお花見に誘った時も、一番はしゃいで、喜んでいたのもギンガである。
 なんか色々フラグを立ててしまったようだが、どうしたもんだか。いや、今んとこどうしようもないのだけど。
 幼女のフラグの叩き折り方なんて知らんし。
 成長したら、俺のダメ人間具合に愛想つかれそうな気もするが、小さい時の思い込みって色々美化されることも多々ある。
 ギンガの俺に対する思いがどちらに転ぶかは不明だが、当面は普通に接することにしようと思う。
 なんだかんだで小さくても可愛い女の子に好かれるのは、悪い気分じゃないのだ。

「あー、こんなところにいたー」
「ゆーとくん、ギンガちゃん」

 アリサとすずかコンビに見つかった。
 二人を含めた小学生組や八神家には、さっきナカジマ一家を紹介済みである。
 俺にベッタリなギンガを見て、皆、したり顔をしていたが、あえて突っ込むこともしない。自分から藪をつついて蛇を出す趣味はないのだ。

「よっす」
「二人してなんでこんな隅っこにいるのよ」
「騒がしいのが苦手な上に疲れてるんだよ、察しろ」
「そういえば、昨日まで山篭りしてたんだっけ?」
「……まーな」

 すずかの言うとおり、俺は春休み返上で修行の為に山篭りをさせられていた。
 だが、あれをただの山篭りで評されるのは大いに不服だった。

「ディアーチェ達のことだし、またとんでもない無茶ぶりだったんでしょー?」
「まーな。春休み初日に宿題全部やらされたと思った翌日に、ブレイカーだけ持たされてドラゴンやら魔獣わんさかの山に放り込まれたからな」

 フフフと暗い笑みを浮かべて、一週間あまりの辛い日々を思い返す。

「昼夜問わず野生の魔獣に追い回されて、何度も死にかけてなぁ……なんで野生動物があんなに強いんだよー。ちっこいうさぎみたいの一撃が木の数本叩き折るんだぜ?ありえねぇよ、こえーよ!」

 たった一週間で命を落としかけたのは一度や二度じゃない。
 山の中には身長二メートルを超える熊や火を噴くイノシシ、角から電撃を出す鹿やら、デンジャラスな生き物にあふれていた。
 ディアーチェ達は人を山に放り込むだけ放り込んで、後は基本、遠まわしなアドバイスと見てるだけで全然手助けしてくれないし!むしろ積極的に魔獣をけしかけたりで何度も殺されかけたよ!
 いや、本当、死に物狂いだった。大半が逃げても俺より足速いし、群れに囲まれたりで本当洒落になんねぇ。
 相手がどんな戦い方をしてくるのか、見た目だけで判断してたら電撃とか炎飛んでくるし。
 あんな魔獣を相手にして撃退したり、逆に狩り返した自分を本当に褒めてあげたい。おかげで生死がかかってる状況では、生き物を切ったり、殺すことに躊躇することはなくなった。
 命懸けの実戦経験という意味では、すでになのはやフェイトを超えているんじゃないだろか。

「食料も完全に自給自足だっだし。ブレイカーに聞いて野草を食ったり、川魚捕まえたり、木の実採ったり。最初の三日はまともに食い物確保できなくてマジに飢え死にしかけたぞ……狩った猪とか自分で捌いたりしたし。硬いし、臭いし、不味いし。調味料も何一つなかったし!」

 塩や醤油の有り難みを嫌というほど思い知った。木の実は酸っぱいし、甘くないし。普段口にしてる食べ物の有り難みを本当に思い知らされたね。火も人力で起こしたし。あ、思い出したらまた涙が。
 事前にブレイカーに管理局御用達のサバイバルツールをインストールさせられたのは、ディアーチェ達のせめてもの慈悲だったのだろう。
 ブレイカーが毒の警告や、食用にできるかどうかの判別をしれくれなきゃ、餓死か食中毒で死んでいた。

「相変わらず壮絶な日々を送ってるのね……」
「それで生きてるゆーとくんも凄いね……」

 二人はまたドン引きし、ギンガはよしよしと、頭を撫でてくれていた。
 天使や。天使がここにおる。

「でもそれだけやったんなら、結構強くなったんでしょ?」
「どーかなぁ」

 アリサの言うとおり、この一ヶ月弱、死ぬ気で努力してきた。今まで生きてきた人生全ての努力量をこの一ヶ月で上回った自信はある。
 体力もそれなりに付いたし、山篭りを始めた頃には逃げまわるしかできなかった相手も、最終日にはそこそこ狩れるようにはなった。
 ただ、それは俺が強くなったと言うより、そいつらとの戦い方を理解しただけだ。ゲームで言えば、相手の弱点属性や行動パターンを読めるようになったというか。
 肝心の目標であるなのは達やディアーチェ達との差が縮まったとはまったく思えない。

「なのは達との差がでかすぎると思い知っただけのような気がするなぁ」
「……そんなになのはちゃん達、凄いの?」
「今朝もなのはとフェイトにボコボコにされたばかりです」

 魔力をDランクに制限したなのはに触れることも出来ず、魔力一切なしの体術戦ですらフェイトに一方的に負け続けている。
 いくらあいつらが戦い慣れしているとはいえ、それなりに実戦経験を経てのハンデ戦で、なおこれだけの差があると、流石に凹まざるを得ない。
 負ける度にもう辞めたいと思う。

「ふん、貴様とヤツらではそもそもの土台が違うわ。一ヶ月やそこらで追いつけるものか」
「例えるならナノハ達は完成した城。ユートはこれから砂漠で土台を作るための資材を集めているようなところですね」
「またわかりやすいような、わかりにくいような微妙な例えをしおる……」

 会話に加わってきたのはディアーチェにシュテル。その後ろには両手に溢れんばかりの料理を抱えてきたレヴィ。
 これまた幸せそうに頬を膨らませるレヴィは見ていて微笑ましい限りだ。
 っていうか、砂漠に城って、どんだけ立地条件悪いんだ。

「あ、ゆーとくんいたー」
「もー、なんでこんな端っこにいるかな」

 ついでになのはとフェイトまで寄ってきた。
 なんなの、君ら。なんで揃いも揃って俺のとこに寄ってきますかね!
 どうせ寄ってくるならリインフォースとかシグナムとかアルフあたりにしてくれ!
 胸ぺったんに囲まれてもまったく嬉しくない。おっぱい成分が圧倒的に足らんのだよ!
 そんなことを考えていると、フェイトが俺に訝しげな視線を向けていた。

「ゆーと、何かヘンなこと考えてる?」
「……俺はいつでも真面目なことしか考えてないぞ」
「うん、真面目にヘンなこと考えてるよね」
「失敬な」

 最近はフェイトまで色々と容赦がなくなってきた。
 そんなやりとりをしてると、ぐーと俺の腹が鳴る。

「はい、おにーちゃん。あーん」
「んぐ……もぐもぐ」

 ギンガが差し出した唐揚げをありがたく頂く。
 冷めているにもかかわらず、肉汁が溢れだしてうめぇ。下味がしっかり効いてるのもポイント高い。

「なんでナチュラルにあーんされてるのよ、あんたは」
「素振りのしすぎて腕が上がらねぇんだよ」
「どんだけ苛烈なのよ、あんたの修行は」

 アリサの表情が呆れ顔から同情へと変わっていく。
 その間にも、ギンガが差し出したサンドイッチを咥える。

「たったの素振り五千本で今日の分の修行は休みにしてやったのだ。安いものだろう」

 自慢気に言うディアーチェだけど、小学四年生がそれこなすの死ぬほど辛かったんですよ。

「よく続けられるね、本当……」
「いや、本当に俺もそう思う」

 すずかの呆れたような感心した声に心から頷く。
 この一ヶ月の辛い日々を思い返す度に思う。あれ人間がこなす修行じゃないって、本当。
 生きてるのが奇跡だと思う。何度やめようと思ったか、数えるのも馬鹿らしいほどだ。

「なんつーか、辞めるに辞められなくなってきてるんだよなぁ……外堀的な意味で」

 この修業がまだディアーチェ達三人だけのものなら、俺もまだ辞めることができたかもしれない。
 だが、ディアーチェ達はあっという間にヴォルケンリッター達はおろか、クイントさんや、リーゼ、アリアたちまで交えて俺の修行計画を立てて実行しているのだ。
 すずかなんか、修行場所に自分んちの敷地を使っていいとか言ってくれたし。
 俺の知らぬ間に色んな人を巻き込んでて、その上、皆がノリノリなのがこれまた辛い。
 猫姉妹も面白がって無茶な修行方法考えるのやめてくれませんかね!平凡な僕のライフはとっくにゼロよ!

「それを見越して私達に頼んだのでしょう?」

 クスリと笑って言うシュテル。こっちの考えはすっかり見透かされている。

「そーだけどさー、そーだけどさー」

 それでも現状の辛さに愚痴を零したいのである。
 がっくりと項垂れる俺を、ギンガがまたよしよしと慰めるように頭を撫でてくれる。

「ギンガはいーこだなー」
「えへへ」

 年下の女の子に慰められる俺を、皆が同情的な視線で見つめる。

「でもどんなに辛くっても、やめないんだよね?」

 くすくす笑いながら、フェイトが俺の隣に腰を下ろす。

「まぁ、さっきも言ったように引くに引けない状況ってのもあるが……」

 ディアーチェ、シュテル、レヴィの顔を順に眺める。
 三人共俺の視線の意味がわからず、それぞれに怪訝な顔をする。

「俺のために頑張ってくれてる奴が一杯いるからな。毎日毎日、色々と一生懸命に」
「どういうこと?」

 すずかとありさは首を傾げ、なのは達は得心が行ったように笑みを浮かべる。

「ディアーチェは毎日俺のことを観察して、俺の体調に合わせて食事を作ってくれるし」
「……っ」

 ディアーチェの顔が朱に染まる。俺に気付かれていないとでも思っていたのだろうが、甘い甘い。
 毎日の献立も栄養バランスはもちろん、疲労回復に効果が出る食材を使うようにしている。
 修行を始めた頃は俺の食欲がないのに合わせ、栄養を摂取しやすいピューレスープを用意してくれた。
 甘さ控えめのリッチなフルーツ牛乳風味にしあげることで、食欲がなくても口にしやすい味に仕上げているのも大きなポイントだ。
 魔法の勉強で頭を使った時は、ディアーチェ謹製のマフィンなど、お菓子の差し入れも頻繁にしてくれる。
 時折、夜遅くまで、一人でレシピとにらめっこして、栄養バランスを考えた献立を熟考していることを俺は知っている。
 傲慢な態度とは裏腹に、その気遣いの細かさには毎度毎度頭が下がる。
 正直、今のディアーチェなら喜んで下僕に甘んじても良いと思っているほどだ。

「シュテルは修行の後、毎日マッサージしてくれるし」

 シュテルがほんの僅か、少しだけ自慢気に胸を張る。ディアーチェとレヴィを除けば俺にしか気付かない程度に
 あれがまた痛気持ち良いという。全身疲労した状態で受けるあのマッサージはすげぇ癖になる。
 整体も込みだから時折叫ぶほど痛い時もあるが、あの限界まで肉体を酷使する修行で翌日に疲れを残さないのは、シュテルのマッサージあってのものだ。
 ディアーチェの食事管理とシュテルのマッサージ。この2つがあってこそ、俺の体はあの辛い修行に耐えられているのだろう。
 無論、シュテルが俺の限界ギリギリを見極めて、修行メニューを考えてくれているというのもあるが。本当にギリギリだけど。
 あとはあれだ。
 夜の添い寝。気持ちが弱っている時に、誰かの体温を感じられるのはとても安心してしまう。
 山籠もりしてた一週間は、地べたで一人野宿だったからかなり心細かった。
 いつの間にか、シュテルの温もりが俺の精神安定剤になっていたことを思い知らされてしまったのである。
 流石に恥ずかしいので、絶対に口にはしないけど。

「レヴィはレヴィで無理やり元気を押し付けられるからな」

 えっへんと得意気にレヴィは胸を張る。素直に褒めていないのだが、まったく通じていない。
 日々の修行で、少しずつ強くなっている実感はある。
 だが、ソレ以上に目標とするなのはやシュテル達との大きな差を実感してしまうのだ。
 俺が何時間もかけて進めた一歩をあいつらはものの数秒で何十歩、何百歩も進んでいく絶望。
 修行の厳しさにも大概心が折れるが、そのことがより、俺の心を容赦なく粉微塵にする。
 が、レヴィはそんな俺の心情などお構いなしに、俺の小さな進歩を自分のことのように、俺以上に喜ぶのだ。
「やったじゃん!昨日はボクの攻撃五回しか防げなかったのに、今日は十回も防いだよ!」
 とか
「今日のおやつはアイス!……そしてぇー!更にプリン!このふたつをミックスしてぇー!」
「食べ物で遊ぶでない、阿呆」
「あうっ!?」
 一々、しょーもないことではしゃいで、こっちの暗い気持ちを吹き飛ばしてくれる。
 一つ一つが小さなことでもレヴィは無自覚にこっちに元気を押し付け続けるのだ。
 塵も積もればなんとやら。レヴィと一緒にいると、大抵の悩みはどうでもよくなってしまう。
 他にも現在進行形で、俺に内緒にしているつもりで、やってくれていることもある。
 もちろん、修行に付き合ってくれるフェイトやなのは、シグナム達にも感謝はしているが、やっぱりディアーチェ、シュテル、レヴィは別格だ。
 この三人の内、誰か一人でも欠けていたら、俺は今までの修行に耐えられなかっただろう。
 こいつら以外、ここまで無茶な修行はしないとしても、だ。
 三人ともが三人とも、俺の為に頑張ってくれている。全力で力を貸してくれている。

「だから頑張れる。愚痴も泣き言も言うし、後悔もするけど、それでも投げ出さないでいられるのは三人のおかげだよ。本当に感謝してる」
「ふ、ふん!当然よ!我がここまで親身に尽くしてやっているのだ。途中で諦めることなどあってはならぬことだ!」
「王様~、そう言いながら顔真っ赤だよ?もしかして照れてる?」
「レヴィ、そこは気付いても黙っておくのが優しさというものですよ。ディアーチェは只でさえ褒められるのに慣れていないツンデレのですから。日頃、憎まれ口を叩きあっているユートの言葉なら、なおさらです」

 レヴィを窘めるように見せかけて、しっかりディアーチェを煽っているシュテル。
 シュテルも誰の影響か知らんが、日に日にディアーチェの扱いがぞんざいになっている気がして仕方ない。二人なりの親愛表現なのかもしれないが。

「おのれら~~~~」

 羞恥のせいか、はたまた怒りのせいか。より顔を真っ赤にして震える王様がそこにいた。

「ええい、貴様らそこになおれ!今日という今日は王に対する礼儀というものを叩きこんでやるわ!」
「わーっ!」

 そして始まるマテリアル娘三人の鬼ごっこ。仲が良くてなによりである。
 なのはたちもマテリアル達のやりとりに笑みを零していた。

「む~」

 が、そこで一人、不満そうにこちらを見上げる瞳があった。

「どした、ギンガ?」
「わたしも!わたしももっと頑張るから!おにーちゃんと一緒に頑張るから!一緒に強くなろう!」

 唐突に何を言いだすのやら。
 あれか?俺がマテリアル達三人の名前を出してギンガの名前を上げなかったから妬いているんだろうか。

「そうだな。一緒に頑張ろ」
「うん!」

 屈託のない笑顔で頷くギンガ。天使か。
 疲労に痛みを上げる腕を持ち上げ、そっと髪を撫でるとギンガは心地よさそうに目を細め、俺の胸に顔を寄せ抱きついてくる。
 なに、この可愛い生き物。お持ち帰りしたい。

「ゆーとも変わったよね」

 フェイトが俺に撫でられてるギンガを微笑ましく見守りながら呟く。

「そうか?」
「うん。会った頃のゆーとだったら今みたいに素直に感情を出さなかったでしょ?全部自分の中に抱え込んで表に出さなかったよ」
「確かにねー。一年前のあんたならもっとすかした顔で気取ってたわよ。ふふんって鼻で笑いながら」
「…………」

 言われてみればそんな気もしなくもないが、それは俺が変わったというよりは、単に俺の余裕がなくなってるだけじゃねーかな。
 精神的にも体力的にも色々ギリギリなだけで。
 まぁ、単純にこいつらとの距離が近くなったというのもあるんだろうけど。
 あっ、てか、思い出してみればなんか色々こっ恥ずかしいことを言った気がしてきた。
 どうしよう、今更恥ずかしくなってきた。

「……ま、なんでもいいや」
「あはは、そういうところはゆーと君らしいよね」
「投げやりというか適当よね」

 なのはとアリサ言葉に、照れ隠しも含めて肩を竦めるだけで応える。俺が変わったかどうかは大した問題じゃないしな。
 小さく息をつき、桜の舞う空を眺める。
 修行は辛くはあるが、まがりなりにも強くなっている実感はあるし、充実感もある。
 友人にも恵まれ、環境的にも今の俺は凄く恵まれているのだろう。
 足りないモノは色々あるけど、これ以上は高望みというものだろう。

「細かいことはどーでもいいさ。俺は俺のやりたいことがやれればいいんだよ」
「おにーちゃんのやりたいこと?」
「ってなに?」

 小首を傾げるギンガとフェイト。

「なにって、そりゃー」

 ふと考える。俺のやりたいことってなんだっけ。
 ――誰よりも強くなりたい
 負ければ悔しいし、なのは達よりも弱いままの自分は嫌だとは思うが、これはどっちかっていうと、自分が後悔しない為の手段であってやりたいことではない。
 別にシグナムみたいな脳筋と本気のガチバトルをしたいとは思わんし。
 そんなことよりは――――

「可愛い嫁とずっとイチャイチャして過ごしてたい」

 誰と視線を合わせることもなく、空を見上げたままぽつりと呟く。
 おっぱいが大きければなおもよし。
 おっぱい。おっぱいは良い。どんなに辛く、落ち込んだ時でも、おっぱいと口に出すだけで不思議と元気が出る。
 山籠もり中に絶望の淵に立った時、おっぱいという魔法の言葉が無ければ、俺は気力を失っていた。
 「おっぱい……おっぱい…………おっぱい!おーっぱい!」と、口にするだけで失った気力を蘇らせることができた。
 同時にディアーチェの養豚場の豚を見るような眼差しも味わったが。残念ながら俺にマゾ属性はなかったので、そちらに喜びを見出すことはできなかったが。
 兎にも角にもおっぱいは素晴らしい。
 おっぱい。それは人類の夢。人類の希望。揉んでよし、吸ってよし、挟んでよしな素敵な巨乳おっぱい。
 シグナムも大概おっぱい魔人だが、リインフォースのわがままボディも捨てがたい。あのおっぱいに縦セタとかなんだよ。埋もれたい。
 やわらかおっぱい。素敵なおっぱい。あぁっ、ちくしょう、あのおっぱいを好きに揉めるはやてがホントに妬ましい!!
 うちにいるのちっぱいばっかだし!リインフォースやシグナム級とはいわないまでも、アルフクラスの素敵おっぱいが一人くらいうちに入ればよかったのに!
 今、俺の周りにも将来はともかく、現在はちっぱいしかいねぇし!こんちくしょう!

「…………」
「ん?」

 気付けば周りの視線が俺に集中していた。誰もが目を丸くしたまま、固まっていた。何、この寒いを通り越して空気が凍りついた感。
 誰も彼もが「何言ってんだ、こいつ?」的なオーラを漂わせていた。
 え、あれ?おっぱいのことは口に出してないよ。なのに何、この空気。

「はい!じゃあ、私がおにーちゃんのお嫁さんになる!」

 しゅたっ、と挙手しながら宣言したのは、俺の膝の上にいるギンガであった。

「えー、と」

 この反応は想定していなかった。気のせいか周りの空気が更に固まったような気がする。
 誰もが俺の一挙手一投足見逃さず、何を言うのか監視してるような。
 ギンガが嫁かぁ。ちょっと考えてみる。
 将来的には容姿、スタイル、性格文句なし。今の子供の状態で決めつけるのもアレだが、相性的にも悪い気はしない。
 食費が心配だがそれ以外は非の打ちどころなし。
 あ、これ十年後くらいに迫られたらあっさり落ちるな、俺。
 ここで光源氏計画を発動させるのも考え方の一つとしてはアリといえばアリなのだが、さすがに俺みたいなダメ人間の見本のような奴と将来を確約させるのは色んな意味でアウトな気がして仕方ない。
 非情に勿体なくはあるが、このフラグは折ったほうが良いんだろう。

「あっはっは。俺としてはギンガがお嫁さんになってくれるのは大いにアリだけど、俺みたいなダメ人間を選んじゃダメだぞー」

 と、無難に諭してみる。あ、でも後で後悔しそう。

「大丈夫!私がしっかりとおにーちゃんを真人間に更生させてあげるから!」

 えへんと誇らしく胸を張るギンガ。
 その反応も想定していなかった。どこで覚えたそんな言葉。そもそもちゃんと意味わかってて言ってるのか怪しい。
 というかダメ人間は否定しないのか?微妙に傷つきますよ、俺。
 こんなやりとりに、幼女相手に何やってんだと言わんばかりの虫を見るようなアリサの視線が絶対零度のごとく突き刺さり、フェイトやなのは、すずかは興味津々といった表情でこちらを観察している。
 いつのまにか、遠巻きで見てるクイントさんやうちの母親は、あらあらうふふと言わんばかりに楽しそうにこのやりとりを見守ってる。
 なに、この見世物状態。

「あー、まぁ、その、なんだ。俺より良いやつはいっぱいいるぞ?」
「私はおにーちゃんがいい!」

 即答された。つーか、顔が近い。あー、その、なんだ。いかん、完全に恋は盲目状態になってる。

「んー」

 これはどうしたもんか。頭を掻きながら途方に暮れてしまう。

「おにーちゃんは私のこと嫌い?」
「いや、そんなことはないんだけど……」

 途方に暮れつつ、視線で周りに助けを求めてみるものの、周囲の視線は先ほどと変わらず、助けてくれるどころか、どうみても楽しんでます。あぅあぅ。

「まぁ、あれだ。さすがにまだ結婚とか早いから。そういうのはもっと大きくなってからな」
「むー、大きくなったらってどれくらい?一年?二年?」
「その程度じゃ大きくなったとは言えません」
「むぅ。じゃあ、どのくらい」

 不満げに頬を膨らませるギンガ。

「うーんと、十年くらい?」
「えー」

 めちゃくちゃご不満なようだ。うーむ、ここで適当にはぐらかすのは逆効果かもしれん。
 ギンガに視線を合わせて、出来る限り穏やかに言う。

「俺もギンガもまだ子供だからな。これから先、何があるかわからない。ギンガは俺の他に好きな奴ができるかもしれないし、俺がギンガ以外の女の子を好きになるかもしれない」
「そんなのイヤだもん」

 口を尖らせていうギンガのストレートな物言いに苦笑する。
 まだ小さな子供とはいえ、この真っ直ぐな好意はすごく嬉しい。
 ギンガをあやすように頭を撫でる。正論で感情を納得させるのは難しい。

「ギンガは今の俺と一緒にいるだけじゃ不満か?」
「ううん」

 首を横に振って即答するギンガ。

「じゃ、しばらくはこのままな。もっと大きくなった時の為に楽しみは一杯取っておかなきゃ。今は、今やって楽しいことをしていこう」
「今やって楽しいこと?」

 ギンガは眉根を寄せて、小首を傾げる。

「そ。子供の時にしかできない楽しいこといっぱいあるんだぞー。今のうちにそういうの全部楽しんでかないとな」

 こういった気兼ねのないスキンシップも、恋人とかにならん限りは今の内だけだろう。

「先のことはもっと後でな。今は今のまま、楽しんでこうぜ。な?」

 ポンポンと、考え込むギンガの頭を叩く。
 やがてギンガは元気よく頷き、

「うん!」

 と勢いよく俺に抱きついてくる。
 少しだけ背後の木に背中を打ち付けながらも、しっかりとギンガを抱きしめる。
 ひとまずこんなところか。
 が、そこでようやく周りの視線に気付く。
 一様に、驚きながらも感心したように口を開けていた。

「ゆーとくんが珍しくまともなこと言ってる」
「今から嵐でもくるのかしら」

 なのはとアリサが非常に失礼なこと言ってる。貴様らは俺をなんだと思っていやがる。
 後で泣かしちゃる。

「良かったね、ギンガ」
「うん!」

 ギンガの頭を撫でるフェイトと、それを微笑ましそうに見守るすずか。
 意外なほど特別な反応をしない二人に、ちょっとだけ拍子抜けしてる自分に気付く。
 そっかー、二人はギンガのお嫁さんになる発言にノーリアクションかー。
 すずかはともかく、フェイトもそういう反応かー。
 微妙にショック受けてるな、俺。
 フェイトの好意はあくまで友達としてのそれで、異性のそれじゃないってのはわかってたはずなのに。
 ヤキモチ的な反応を期待してたらしい自分にイラッとした。

「そういえばさ、あんたは好きな子いたんじゃなかったっけ?」

 話がまとまりかけたところに、アリサがさらっと燃料を投下しおった。

「おにーちゃん?」

 ギンガの顔が「どういうこと?」と、不安げに訴えていた。

「振られたんだよ、察しろ」

 年末の出来事を思い出し、少しだけ胸が疼く。
 あれが自分の記憶が創りだした世界での出来事だとしても、自分の中で区切りを付けたという意味では振られたという言葉もあながち的外れではないだろう。

「えっ、いつ!?」
「誰!?誰に振られたの!?」
「本当にいたの!?」

 が、そんな感傷など少女たちの好奇心の前には無意味だった。

「振られたのは年末。それ以上は黙秘だ。というか、振られた人間に対して傷を抉るような真似すんな」

 過ぎたこととはいえ、そうホイホイと気軽に話す内容ではない。
 なのは、アリサ、すずかは少しだけバツが悪そうな顔をする。

「ご、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって」
「いきなりだったからつい。その、ごめん」
「ごめんなさい」

 その傍らでフェイトが苦笑する。その目には少しだけ俺を気遣うような光が見えた。

「それなりに吹っ切れてるからいいけどな。まぁ、でもあんまり話したいことでもないから聞いてくれるな」

 とは言ったものの、一度気まずい雰囲気になったら、そう簡単に払拭できるものでもなく、微妙な空気になってしまった。

「ん?」

 ぎゅっと、ギンガが俺に抱きつく力を強くしていた。

「私はずっとおにーちゃんのこと、好きだからね」

 ギンガの真っ直ぐな好意に思わず苦笑してしまう。

「ん、ありがとうな」
「良かったね、ゆーと。可愛い女の子に好かれて」
「やかましいよ」

 フェイトのからかう声に、俺もまた笑って返す。
 ギンガのおかげで、いい感じに空気が切り替わった。

「ね、少し思ったんだけど」

 その空気に便乗して、なのはが言う。

「別に女の子とイチャイチャするのが目的なら、ゆーとくん、別に強くなる必要ないよね?修行いらなくない?普段からフェイトちゃんとイチャイチャしてるし、今もギンガとイチャイチャしてるし」

 場の空気が一瞬固まった―――――――ような気がした。

「べ、別にイチャイチャなんてしてないよ!?」

 俺よりも早くフェイトが言い返すが、なのはたちははいはいと言わんばかりにまともに取り合わなかった。
 やれやれと、思いながら俺は小さく息を吸い込み、言った。

「それはそれ!これはこれ!後、小学生以下はイチャイチャの対象になりません!せめて中学生以上が俺の守備範囲です!」

 なのは達の俺を見る目が、酷く憐れみに満ちた視線になったのは気のせいだと思いたかった。
 ただでさえ、その場の勢いだけで動いたのが間違いだったんじゃないかと、日々悩み続けている所に追い打ちをかけるのはやめよう。




 その後、レティ提督が盛大に酔っ払って八神家が絡まれたり、何故かクロノが焼きそばを焼き始めたり、ギンガがスバル、レヴィと一緒に遊びまわったりして。
 今度こそぼっちになった俺はこれ幸いとばかりに会場から離れた場所へと移動し、地べたに仰向けになって寝そべっていた。
 花見の喧騒が微かに聞こえるか聞こえないほど離れた場所。先ほどまでとは打って変わって静寂な空間。
 その中で、低い視点から見る桜は、通常の視線から見るのものとは、また別の美しさがあった。
 緩やかな風の中、舞い散る花びらがゆっくりと落ちてくる。
 賑やかな喧騒も悪くないが、こうして静かにゆったりとした時間のほうが俺は好きだった。

「まったく、貴様は目を話すとすぐいなくなるな」
「いいだろ、別に。騒がしいのより、こうやって静かに景色を楽しむほうが俺の性に合ってるんだよ」

 声の主を見ないまま答える。

「桜は日本を代表する華だという。華やかに咲き誇り、美しく散ってゆく。その様に『風流』というものを感じるのだろうな。そういう意味では、貴様の楽しみ方のほうが正しいのかもしれん」
「侘び寂びが日本古来の在り方だからな。おまえもこうやって寝そべって見上げてみるといい。視点が変われば見えてくるものも変わってくるぞ」
「…………」

 すぐ隣で、誰かが横になる気配。素直に俺の言葉に従うことを少し意外に思いつつも、そのまま二人で黙って空を見上げる。

「美しい光景だ……だが、同時になぜだか切ないような気持ちにもなるな」
「華の美しさは不変じゃない。限りある時間でだけ魅せられるものだからな。滅びの美学……っていうとちょっと語弊があるけど、限られた時間、終わりあるものだからこそ、その美しさがより輝くんだろうさ」
「…………」

 無言。それが示すのは肯定か否定か。
 どれだけの時間が過ぎたのか。やがて出た言葉はどちらのものでもなかった。

「舞い散る花を見上げていると、時を忘れてしまうな……。このまま眠ってしまいそうになる」
「たまにはいいんじゃないか。時間はたっぷりある」

 仮に二人共寝てしまったとしても、誰かが気づくだろうし、携帯もあるから困ることはないだろう。
 いざとなればブレイカーが起こしてくれる。
 そう考えた俺は、そのまま瞳を閉じる。
 隣から小さな寝息が聞こえてくるのにそう時間はかからなかった。












「さすがに夜はまだ冷えるか」

 フェイトがハラオウン家の養子になることが決まったり、はやてが新しい融合騎を創ることを決意したり、俺が寝ている間に色々あった花見は、何事も無く終了した。
 そして日付も変わった真夜中。俺は一人家を抜け出して呟く。
 こんな時間に子供が一人で歩いているのを見つけられたら、間違いなく補導されるだろうが、翌日が平日ということもあって街に人気はない。
 こういうときに変身魔法の一つでも使えたら便利なのにと独りごちる。
 もっとも、以前に同じことを口にした時は「おまえにそんな魔法が覚えられるとでも思うか?」と、ディアーチェに一蹴されたのだが。
 そんなことを思い出しながら、足早に目的地へと向かう。

「おぉ……」

 毎年見ているとはいえ、思わず感嘆の声が漏れてしまうほど、鮮やかな光景だった。
 真夜中の桜並木道。
 陽の出ている中に見る光景とはまったく別の光景。
 わずかな街灯が舞い散る花びらを照らし出す光景は幻想的とも言えるほど、美しかった。

「見事な夜桜ですね」
「ぬはおぅっ!?」

 背後からの予期せぬ声に、奇声を上げながら振り返る。
 夜風に髪を揺らしながら、眼前の光景に関心するシュテルがそこにいた。

「なぜいる」

 完全に想定外の事態にドキドキと胸を抑えながら問いかける。

「こんな夜中にこっそりと抜け出す怪しい人影が見えたものですから」

 かすかに微笑むシュテルの顔には、明らかにこちらを驚かせて楽しんでいる色が見えた。

「……性格の悪い奴」
「契約主の悪影響でしょう」

 間髪入れずに返ってくる答えに辟易するが、否定もしきれず小さくため息をつく。
 だが次の瞬間、一際強い風が吹き、地面に溜まっていた花びらが一斉に舞い上がる。

「――――――ッ」

 俺もシュテルも、突然の桜吹雪に目を奪われる。
 言葉も発することができないまま、二人して自然の美しさに浸る。

「とても良いものを見せてもらいました」

 ポツリと呟くシュテルに眼を向ける勇斗。
 桜舞い散る並木道の中、栗色の髪を揺らして微笑むシュテルの姿は、まるで絵画のように美しかった。

「ユート?」
「――――っ」

 ボーっとしていた俺を不審に思ったシュテルが声をかけられ、平静に戻る。
 いかん。なんでシュテル相手にドキドキしてるんだ、俺。
 不覚にも、シュテルのことを「可愛い」ではなく、「綺麗」だと思ってしまった。
 ロリコンの気はなかったはずだけども。
 小さく息をついて、近くのベンチへと腰掛ける。
 持ってきたポットのお茶をコップとなる蓋へと注ぎ、一口つける。
 想像通り、夜は冷える。熱いのを入れてきて正解だった。

「昼の桜もいいけど、夜の桜もいいもんだろ?」

 シュテルは立ったまま、桜に見入っていた。
 なのはと同じ容姿にも関わらず、醸し出す雰囲気は遥かに大人びていた。

「えぇ。ディアーチェやレヴィにも見せてあげたかったですね」
「……小学生が夜中に出歩くのは、色々問題あるしなぁ。四人だとちょい目立つな」
「私達は変身魔法がありますから大丈夫です」
「卑怯な」

 クスクスと笑うシュテルだが、不意にくしゅっと可愛らしいくしゃみをする。

「そんな薄着で出てくるからだ」

 シュテルのミニスカートにトレーナー。昼はともかく、春先の夜には些か軽装過ぎるだろう。

「悠長に準備してたら誰かさんを見失いそうだったので」
「……そうかい」

 やれやれとため息を付きながらも、俺は着ていたジャケットを脱ぎ、シュテルに羽織らせる。
 漫画やアニメではよくあるシーンだが、実際に自分がやるのは初めてだな。ちょっと気恥ずかしい。

「ユート?」
「俺は最初っから着込んでるから平気だ」
「…………」

 本当はちょっと肌寒いけど、そこは男の意地で我慢。
 シュテルは羽織ったジャケットをボーっと眺めていたが、やがていそいそと着込んで、襟元を合わせる。

「……ユートの匂いがしますね」
「え」

 何それ。

「え、嘘。汗臭い?」

 自分じゃ全然わからなかったけど。
 慌てる俺に、シュテルは静かに首を横に振る。

「汗の匂いとは少し違います。嫌な匂いではなく、どこかホッとする感じです」
「うぇー?」

 そう言われてもさっぱりわからん。気にはなるのだが、今更返せと言うことも出来ず。シュテルがなんか嬉しそうにしてるからなおさらである。
 匂いフェチか、こやつ。
 困惑しつつも、どうすることもできず、すごすごとベンチに戻る俺。
 シュテルもすぐ隣に座る。

「お茶をもらえますか?」
「あいよ」

 コップとなる蓋は一個しかないし、予備も持ってきてないので、俺が口を付けたのをそのまま渡す。無論、口をつけてない箇所をこちら向きにして。
 シュテルはそんなことを気にすることもなく、まだ湯気の立つお茶に口を付け、一息つく。

「こんな良い景色を独り占めなんてズルいですよ」
「レヴィを巻き込むとうるさそうだしなぁ」

 俺の中の勝手なルールだが、夜桜は一人、もしくは好きな奴と二人で見るものだと相場が決まっている。
 実際、優奈と付き合うようになってからは、毎年こうやって二人で夜桜見物に来ていた。
 まさかシュテルと二人で見ることになるとは思ってもいなかったが。
 シュテルから手渡されたお茶をズズッと音を立てて飲む。
 まぁ、これはこれで悪くないかなとも思う。
 しばし無言の間が続く。
 今日はこんなんばっかだな。

「ユートと一緒にいると、世界が広がりますね。あなたと契約しなかったら、こんな穏やかな世界を見ることはなかったでしょう」
「……そんなこともないと思うけどな」

 三人共、驚くくらい今の生活に馴染んでいる。例え、俺と契約しなくても、遅かれ早かれ今のような生活をしていた気もするが。
 こいつらから影響は受けているが、俺が何か影響を与えたとは全く思わない。

「私も、ディアーチェもレヴィも。今、こうしているのはユートやナノハ達の影響が大きいんですよ。あなたが思う以上に」
「……そんなもんかね」

 シュテルの言葉はリップ・サービス的なものとも思うが、本心からの言葉にも聞こえた。まぁ、どちらでも良いのだけど。

「世界が広がるのは俺も同じだよ。こんな酷い目に遭わせられるとは思ってなかった」

 この地球にはいないドラゴンや魔獣の住む世界での山篭りがまさにその典型だ。
 多分、いや間違いなく修行を続けていけばもっと酷い目に遭わせられるのだろう。

「あの程度で音を上げられては困ります。もっと色んな修行プランを練っているのですから」
「…………お手柔らかにな」

 楽しそうに言うシュテルに、俺はそう懇願するのが精一杯だった。
 程々にして欲しいとは思う反面、泣き言ばかり言えないのも事実だった。
 シュテル達は、俺の修行のかたらわ、管理局の嘱託魔導士としても働いていた。
 三人のうち、誰かしら一人は俺の修行を見てくれているが、休日は他の二人が管理局の仕事をしている時もある。
 嘱託とはいえ、強力な魔導士である三人は、かなり重宝されているらしい。一ヶ月やそこらで、金額的にもかなりの稼ぎがあるとか。
 気にしてもどうしようもないとはいえ、三人の契約主でもある俺としてはかなり肩身の狭い思いもしていた。
 いつかは俺も、三人のように戦える日が来るのだろうか。
 そんな自分が全く想像できないのがなんとも情けなかった。


「ユートはユートのまま、頑張ればいいんですよ」
「…………あぁ」

 シュテルの見透かしたような物言いに、そう返すことしか出来なかった。
 まぁ、どうしたってそうするしかないのだけども。
 星空と桜を見上げていると、いきなり肩に重みを感じる。
 ちらりと横を見ると、シュテルが寄りかかっていた。

「こうしていると、ユートの温もりを感じます」
「そんないーものか?」
「私は好きですよ。ユートの匂いも。温もりも」

 そこで俺個人を、と言わない当たりがなんとも微妙なラインである。

「男として……ってわけではないんだよな」
「…………考えたこともありませんでしたね」
「…………だと思った」

 ぬいぐるみとか抱き枕みたいなものか、俺は。
 添い寝同様、シュテルがそれで喜ぶならそれはそれで構わない。
 シュテルに対する恩返しとしてはささやか過ぎるほどに些細なものだが。

「来年も、再来年も同じ光景を見ていたいものですね」
「見れるだろ。いくらでも」

 今の奇妙な関係がいつまで続くのかはわからない。
 だが、夜桜を見るくらいなら、そう難しいことじゃない。

「ま、こういうのは誰と見るかが一番大事なんだけど」

 一人で見るのも悪くないが、こういった時間は自分にとって大切な誰かといるのが凄く重要なんだと思う。

「私では不満ですか?」

 かすかに笑いを含んだ声。
 電車で座っている時とかもそうだが、肩に感じる可愛い女の子の重みは非常に心地が良い。それが見知らぬ子だったとしても。男とブスは死ね。

「悪くはない。欲を言えば、俺の腕を抱え込んで抱きつく感じだともっといい」

 そこにおっぱいがあればなおよし!まぁ、シュテルにそんなものは期待できないのだが。

「こうですか?」
「!?」

 しゅるりとシュテルが俺の腕を駆け込むように抱きついてきた。
 まさか本当にやるとは思わなかった。思わなかったのだが…………イイ!
 やばい。ちょっとドキドキしてきた。
 ギンガのスキンシップには感じることのなかったドキドキ。
 左腕全体に感じる重みと温もり。
 胸の柔らかい感触はないが、これはこれで。

「…………すごく良い」
「…………確かに悪くないですね」

 俺の腕を抱えたまま、体重を預けてくるシュテル。
 ちょっと、いや、かなり幸せな気分だった。もうロリコンでもいいや。
 それから一時間ほど、俺達は無言で夜桜を堪能していたのであった。
 翌日、寝坊して、レヴィの布団ダイブで叩き起こされたのは余談である。






~第二部 Resolution完


■PREVIEW NEXT EPISODE■
シュテル達の手により新生したダークブレイカー。
手にした新しい力に興奮する勇斗。
そんな勇斗をディアーチェは戦いの場へと誘うのであった。


ディアーチェ『インター・ミドルチャンピオンシップ』



少しずつ、更新速度を戻していきたい所存。
なんもかんもモバマスと艦これとビルドファイターズと京ちゃんSSが悪い。
ケンイチもおっぱいも大好きです



[9464] 第五十八話『インター・ミドルチャンピオンシップ』
Name: しんおう◆f580e11d ID:7301321f
Date: 2014/10/31 22:46



「ぬうううううっ…………ぎゃああああああああっ!」

 今日も今日とて勇斗の気合を入れた声が悲鳴と変わっていく。

「アッハッハ~。早く何とかしないと、まーたビリビリするよー」
「できるか、アホ――――――ッ!!」

 レヴィが撃ちだす無数の雷球を拳で叩き落とし、あるいは避けていく勇斗。
 だが、レビィの周りに浮かぶ魔力スフィアは30を超えている。
 徐々に雷球が撃ちだされる間隔が短くなり、勇斗の処理能力を越えようとしていた。
 ジリジリと後退していく勇斗。このままでは何をどうしたところで、ジリ貧になるだけだった。

「んなっ……くそぉおおおおおおおお!」

 意を決して地を蹴り、レヴィへと突貫していく。
 地を這うほど体勢を低くし、なおかつ両腕でガードすることで、被弾面積をギリギリまで減らす。

「あ」

 が、そんな体勢でまともに走れるわけがなく、ほんの数メートル進んだところでバランスを崩す。

「はい、ざんね~ん」

 そこへ放たれるレビィの集中砲火。体勢を崩した勇斗にそれを回避する術はない――――かに見えた。

「どるぅあっ!」

 倒れこむ勢いと地についた手、そしてもう片方の手を思い切り地に叩きつけた反動で、宙へと跳ぶ勇斗。
 撃ち出された雷球は全て誰もいない地へと吸い込まれていく。

「あれっ!?」

 これにはさすがのレヴィも意表を突かれた。目を瞬かせて宙へと跳び上がる勇斗を見送る。
 空中にフローターフィールドを展開し、それを蹴った反動でレヴィへ蹴りかかる。
 レヴィは余裕の笑みを浮かべながら、ひょいと後ろに跳ぶことで回避。間髪入れず、横殴りにバルフィニカスを振るう。
 対する勇斗はあえて前に出て受けることで、威力を削ぐ。回転軌道は外側より内側のほうが力が弱い。

「がああああああ!」

 獣じみた叫び声を上げながら拳を撃ち込んでいく勇斗。
 斧を振るうに適しない間合いながらも、柄を的確に振るい、勇斗の攻撃をいなしていくレヴィ。
 勇斗の隙を付いて、間合いを取り、柄頭による一撃で勇斗を打ち据える。

「っ……!」

 脇腹へクリーンヒットした一撃は、勇斗の息をつまらせ、その体を数メートル吹き飛ばすが、勇斗はすぐに跳ね起きる。
 目を血走らせ、歯を食いしばらせながら再度突貫していく勇斗。その様に、一瞬だけ、顔を強張らせるレヴィだが、すぐにそれを笑みに変えて迎えうつ。

「あの子はまた変わったね」

 そんな二人のトレーニングを遠巻きに見守りながらリインフォースは呟く。

「まるで飢えた獣だ。傍から見ているだけで鬼気迫るものを感じるよ」
「……あはは」

 リインフォースと一緒に座るフェイトも、同意するような苦笑を浮かべる。
 元々、トレーニング中の勇斗はおちゃらける余裕もなく必死だったが、件の山篭り以降、リインフォースの言うように野生の獣じみた気迫が加わっていた。
 それは闇の書事件の時、ディアーチェ達と相対した時に見せていたものと同じものでもあった。

「ふふん。24時間、常に生命の危機に晒すことで奴の生存本能と野生を散々刺激してやったからな。おかげで気迫だけは一人前だ」

 自慢気に語るディアーチェだが、それを聞かされる二人は苦笑するしかない。
 何もそこまでしなくても……と思わなくもないが、実際に今の勇斗と相対すると、気圧されることが度々あるようになってきているので、一概に否定もできない。
 弱いくせに何度倒しても怯まず、眼光を光らせながら幽鬼のように起き上がってくる様は一種のホラーである。
 例え実力で圧倒していても、怯懦を微塵も見せずに何度も向かってくる相手は不気味なことこの上ない。
 今更ながらに、ディアーチェ達が味わった恐怖をフェイト達も理解したのであった。

「む。時間か」

 午前の修行終了を知らせるアラームが鳴り響く。
 勇斗とレヴィのほうも、バルフィニカスが時間を告げることでトレーニングを終了する。
 レヴィのほうは余裕綽々だが、勇斗のほうは幾つも雷球を食らった後が見受けられ、体のあちこちから煙を上げ、まさに満身創痍といった風体であった。
 そして、糸の切れた人形のようにバタリと倒れる。
 早朝から続く体力トレーニングおよび筋力トレーニング。そしてフェイト、レヴィとの組手。
 体力はとっくに限界を越え、気力だけで体を動かしていたため、一度気を緩めると数時間はまともに動けない。
 丸一日修行に費やす休日では、すでにお馴染みの光景となっていた。
 その為、フェイトも特に慌てること無くスポーツドリンクとタオルを手に勇斗へと駆け寄っていく。

「はい、ゆーと」

 倒れた勇斗の汗を拭き、体を起こしながら口元にストローを宛がうフェイト。
 疲労とダメージで半目の勇斗は、言葉を発する余力もないままストローを咥える。

「今日もお疲れ様」

 そのまま勇斗の頭を自分の膝へと乗せるフェイト。
 以前、勇斗が冗談半分で膝枕を頼んだのだが、フェイトは特に拒絶せずあっさりと許諾。
 実際に膝枕してみたとことろ、勇斗もフェイトもそれを気に入ってしまった為、こうして勇斗が休憩を取るときは恒例となっていた。
 それを見たなのは達が(早く付き合えばいいのに……)と毎度思っていることを、フェイトは知る由もない。

「……いつもすまん」

 微かに呟かれた勇斗の言葉には、膝枕のことだけでなく修行に付き合ってくれていることに対しての礼も含まれていた。

「ううん、私も好きでやってることだから。ゆーととこうして一緒にトレーニングするの、楽しいよ」

 勇斗とマテリアル達三人は四年生になってから行われたクラス替えで、フェイト、なのは、アリサ、すずか達とは別のクラスになってしまった。
 そのために、学校で二人が接する機会は格段に減っていた。
 フェイトにとって、こうして修行に付き合うことは自らの修行のみならず、勇斗と一緒の時間を過ごす大事な時間でもあった。
 そんな二人には目もくれず、レヴィはたたっとディアーチェの元へと駆け寄ってくる。

「王様ー。お腹減った!ご飯!」
「あと少し待て。シュテルのやつもそろそろ帰ってくる時間だ」
「あっ、そっか」

 シュテルは前日から、勇斗のダークブレイカーと一緒に時空管理局本局へと赴いていた。
 表向きは嘱託の任務に関することと、ダークブレイカーのメンテナンスという理由だが、それは事実の半分でしかない。

「楽しみだなー。ユート、どんな顔して驚くかな~」
「ふん。我らが労を取ったのだ。それなりの驚きを見せてもらわんと割に合わん」

 悪い笑みを浮かべ合う二人に、リインフォースは事情を呑み込めずに首を傾げる。

「何かサプライズでも仕掛けるのかい?」
「えへへー。ボク達三人でちょっとねー」
「ま、ちょっとした余興のようなものだ」

 核心には触れず、いかにも悪巧みしていますという態度だったが、それが悪いものでないということはリインフォースにも感じ取れた。
 最初に出会った時とは随分異なる少女たちの様子に、自分や騎士たちのようにこの世界の人間の影響を受け、変わっていったのだと思う。
 穏やかに吹く風に髪を揺らしながら、こんな平和な日々がずっと続くように、リインフォースは心静かに祈る。
 ギンガを伴ったシュテルが姿を見せたのは、それから間もなくのことだった。

「おにーちゃん♪」

 ギンガは勇斗の姿を見つけるやいなや、尻尾を振った子犬のように駆け寄っていく。

「……おー、ってリインフォースも来てたのか」

 顔だけ向けて応える勇斗が、今更ながらにリインフォースの存在に気付く。

「今頃気付いたのか」

 呆れるディアーチェ。それだけ修行に集中していた、とも言えるが、同時に周りに気を向ける余裕がなかったともいえる。
 レヴィが如何に手を抜いているとはいえ、下手に気を抜けば大怪我をする可能性も高いのだ。全神経を傾けなければ、命に係わりかねない。

「戦いは常に一対一で行われるものでもない。もっと周りにも気を配れ」
「…………へい」

 勇斗としては、そんなにすぐできるか!と返したいところではあったが、ディアーチェの言っていること自体は正論なので、心の中で吐き出すだけに留めておく。

「ディアーチェさんたちは厳しすぎます」
「そうだよ。ユートは初心者なんだから、もっと優しくしてあげないと」
「貴様らは甘やかし過ぎだ」

 何かと世話を焼きたがるギンガとフェイトの抗議を、ため息をつきながら一蹴するディアーチェ。

「あれはあれでバランスが取れてるのかな?」
「ですね」

 そんなやりとりに笑みを零すリインフォースと、王もなんだかんだで大甘なのですが、と内心で思いながらも頷くシュテル。

「そんなことよりお腹減ったよー。ごーはーんーっ!」

 騒ぐにレヴィに、やれやれとため息をつきながら、用意していた弁当を広げるディアーチェ。もちろんディアーチェ特製である。

「えへへー、わたしもお弁当持ってきたんだよ。お母さんのお手伝いしたの」

 そう言って、10人前はありそうな分量の弁当を広げるのはギンガ。
 その分量に皆が一瞬、顔を引き攣らせるが、お花見の時にギンガやスバルの大食いを思い知らされているので、すぐに苦笑いに変える。

「ゆーと、食べられそう?」
「もうちょいタンマ……先に食ってていいぞ」

 食欲はちゃんとあるが、レヴィから受けたダメージが回復していないため、食事のために体を動かすのも億劫な状態だった。
 修行を開始した当初は、あまりの疲労に食欲すら失せていたのだが、今は食欲がある分だけマシと言えた。一か月の修行の成果が出ているとも言える。

「いいよ、私も待ってるから」
「私も」

 マテリアルたちが既に食べ始めている中、フェイトとギンガは嫌な顔一つせず、勇斗の回復を待つ。

「すまんなぁ」

 二人の優しさに、心の中で涙する勇斗。最近、自分が置かれている状況があまりにも過酷すぎているせいか、ほんの些細なことでも妙に感動するようになってしまっていた。

「一応、私もお弁当を作ってきたんだけど……」
「マジで!?」

 リインフォースの言葉に反射的に起き上がる勇斗。
 そのあまりの勢いにフェイトとギンガ、そしてリインフォースが目を白黒させる。

「う、うん。最近、主に習って料理の勉強もしててね。練習も兼ねて作ってきたんだけど」
「もしかしなくても、俺の分も?」
「もちろん。前に約束もしてたしね。君の好みも主にからちゃんと聞いてるよ」

 無言のまま、グッと拳を握りガッツポーズを作り、心の中ではやてに賛辞を贈る勇斗。
 今まで接する機会はあまりなかったが、性格よし、スタイルよし、器量よしと三拍子揃ったリインフォースは、勇斗の中でぶっちぎりにお近づきたい女性No1であった。
 そんな相手が自分のために弁当を作ってくれていた。
 男としてこれを喜ばずにいられようか。

「有難くいただきます!」
「そんな大げさな……」

 今にも涙を流して土下座しそうな勇斗に苦笑しながら、弁当を広げるリインフォース。

「ところで体のほうは大丈夫なのかい?」
「はっはっは。リインフォースの手作り弁当を食べられるなら、こんなのなんてこと―――っ!?」

 そこまで言ったところで、自分に突き刺さる二つの冷たい視線に気づく勇斗。
 いうまでもなく、フェイトとギンガである。
 たらりと冷や汗が額を伝う。
 流石の勇斗も今の自分の行動が、二人の機嫌を損ねるものだったと気付けないほど愚かではない。

「いや、その、ごめんなさい」

 無駄な言い訳することの愚を知る勇斗は、即座に頭を下げて謝罪する。

「……おにーちゃんのバカ」

 頬を膨らませて、口を尖らせるギンガ。
 こちらは見た目にわかりやすいほど、不満を顕わにしていたが、もう一方のフェイトは、笑顔を張り付かせたままに言う。

「別に怒ってないよ?よかったね、動けるまで回復して」

 表情に不自然なところはない。誰がどう見ても笑顔なのだが、フェイトが放つ不可視の威圧感がそれを何よりも恐ろしいものに変えていた。

「でも顔色悪いよ?大丈夫?」

 おそらくフェイト自身、自分が謎の威圧感を放っていることに気付いていないのだろう。威圧感に顔を蒼くする勇斗を見て、不思議そうに首を傾げていた。

「だ、大丈夫っ!へーきです!おかげさまでばっちりです!ハイ!」
「……そう?なら、いいけど」

 そんなやりとりに、リインフォースは小さく忍び笑いを漏らし、勇斗は少しだけ気恥ずかしそうに顔を赤くする。

「君たちを見ていると、本当に飽きないね」
「……そんな面白いもんじゃないだろうに」

 勇斗のその言葉にリインフォースの笑みを深くし、照れながらも、それがまんざらでもない顔をする勇斗。
 それがますますギンガとフェイトの機嫌を損ねていく。

「む~、なんかリインフォースさんだけおにーちゃんの態度違うような」
「美人に弱いんだね、ゆーとって。シグナムと話してる時も、鼻の下伸ばしてるし」
「シュ、シュテルー!ブ、ブレイカーは!?」

 ギンガとフェイトの視線が突き刺さる中、話題を変えようとばかりにシュテルの呼びかける勇斗。

「メンテンスはばっちりです」

 箸を咥えたまま、シュテルは手の平に載せたダークブレイカーを差し出す。
 ギンガとフェイトから逃げるように、シュテルの元へと駆け寄った勇斗はダークブレイカーを受け取る。

「やっぱこいつがいないとどうにも落ち着かなくてな」

 勇斗がダークブレイカーと離れていた時間は二日間にも満たないが、その僅かな時間が勇斗にとってはとても長い時間のように思われた。ジュエルシード事件以来、常に肌身離さず持ち歩いていた大事な相棒であり、自分の一部ともなっていた。
 ブレイカーも勇斗の言葉に応えるように、明滅する。

「ただメンテナンスをしてきただけではないぞ?聞いて驚け――」
「俺の誕生日プレゼントとして、俺専用に強化・カスタマイズしてくれたんだろ?」

 得意げに語ろうとするディアーチェの言葉を遮り、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる勇斗。

「貴様、なぜそれを知っている!?」
「ふははっ。ぶわぁーかめっ!俺を甘く見るなよ。おまえらが夜中に集まって、ブレイカーの強化計画を練っていたことなど、まるっとお見通しだ!」
「馬鹿な……貴様の体力は底を尽き、夜中に目を覚ます余力など残っていなかったはずだ!」
「これもすべて山籠もりの修行のおかげさ。あの二十四時間、いつ襲われるかわからない状況が俺の感覚を鋭敏にし、ブレイカーを取る時に俺の部屋に侵入した貴様らの気配を察知させたのよ」
「なん……だと?」
「さすがに毎回とはいかないがな。それでも一度気付けば、気配を消しておまえらの会話を盗み聞くことなど造作もない。フフン」
「ぐぬぬ」

 ドヤ顔で語る勇斗に、ディアーチェは心底悔しそうな顔をする。
 約一か月もの時間をかけて準備をして勇斗を驚かすはずが、逆に出し抜かれていたという事実がディアーチェを憤慨させていた。
 実際、勇斗が気付けたのは単なる偶然の産物だったのだが、もっともらしく語ることで、ディアーチェたちを煽ることに成功していた。
 ここのところ、ずっと自分が下手に出ることが多かったので、ささやかな意趣返しでもあった。

「ちぇー、つまんないのー」
「実に可愛げのない弟子ですね」

 ディアーチェ同様、勇斗の驚く顔を楽しみにしていたレヴィとシュテルも、実に不満げだった。

「可愛くない弟子で悪かったな」

 そんな三人を楽しげに笑っていた勇斗だが、不意に真面目な顔つきで、頭を下げる。

「でも、本当にありがとう。感謝してもしきれないよ。本当にありがとう」

 お世辞でもなんでもない、本心からの言葉だった。
 強化計画の内容をすべて聞いたわけではない。
 だが、ブレイカーの強化に用いられたパーツ代や費用は、全て三人が管理局の嘱託として働いて稼いだ給金が使われていたことを知っている。
 こうして修行につけてもらっていることも加えて、一生感謝しても感謝しきれず、受けた恩を返しきることもできないと、勇斗は思っていた。
 思っていることを全て口にするつもりはなかった。言葉にすることで、陳腐になってしまう思いもある。
 恩を返しきることはできないが、せめて自分の精一杯の態度と行動で応えていこうと、勇斗は改めて思った。
 

「ふ、ふん。この程度、我からすれば取るに足らぬ些事よ。だが、塵芥は塵芥らしく精々励むがよい」

 勇斗の言葉と態度で、その思いの深さを感じたのか、そっぽを向きつつ言い放つディアーチェ。
 だが、その素っ気ない言葉と態度がただの照れ隠しであることを、微かに朱に染まる頬が示していた。
 そしてシュテルとレヴィもまた、満足げに笑みを浮かべ、それを見た勇斗もまた笑みを浮かべていたのだが。

「ねぇ、ゆーと」
「ねぇ、おにーちゃん」

 不意に背後から肩と手を掴まれる。

「な、なにかな?」

 背後からのプレッシャーに振り向くことができないまま尋ねる勇斗。

「今日、おにーちゃんの誕生日なの?」
「そうだけど」

 掴まれた手にギュッと力が込められる。

「なんで教えてくれなかったの?」
「き、聞かれなかったから?」

 肩に置かれた手にも力が込められる。
 自分から誕生日を告げるのは、プレゼントを催促しているようで格好悪いという心情や、誕生会などを開かれて祝われるのが照れくさいという理由もあった。
 そして、誕生日が過ぎた後に、それを知ったフェイト達の反応を見たいといういたずら心も。
 だから、はやてやディアーチェたちに口止めをしていたのだが、さすがにこの状況でそれを口にすることはしなかった。
 なのはやアリサ、すずか達は、去年の時点では誕生日を祝うほど親しくもなかったので、フェイト同様勇斗の誕生日を把握していなかった。

「なんでディアーチェさんたちは知ってるの?」
「そりゃー、一緒に住んでれば。かーさんがつい、ポロリと」

 ギンガとフェイト、共に本気で怒っているのがひしひしと感じる勇斗が、タラリと冷や汗を流す。

「ひ、人に面と向かって祝われるの苦手なんだよ!自分の誕生日会とかすごく苦手でさ!」

 でまかせのようにも聞こえるが、これは勇斗の紛れもない本心でもあった。
 単に人と必要以上に接するのが苦手なコミュ障とも言えるが。

「そんなことはどうでもいいからさっ!飯!飯を食おう!腹減っちゃったからさ!」

 あからさまに話題を変えようとしているのは見え見えだったが、ギンガとフェイトは不機嫌なオーラを漂わせながらも、それ以上追及することはなかった。



「おお~」

 広げられたリインフォース作のお弁当を見た勇斗が感嘆の息を漏らす。
 おにぎりに加え、唐揚げにハンバーグ、ポテトサラダ、ベーコンのアスパラ巻きなど、定番のおかずが並んでいた。

「いただきます」

 手始めに唐揚げから手をつける勇斗。
 ゆっくりと味わうように咀嚼し、飲み込む。
 リインフォースが少しだけ不安そうにそれを見つめる。

「うまい」

 真顔でぼそりと呟いた勇斗は、そのまま次のおかずへと箸を伸ばし、口に運んでいく。

「うん、これもうまい」

 そういって、がつがつと他のおかずにも手を伸ばし、物凄い勢いでお弁当を平らげていく勇斗。
 その勢いにようやくリインフォースもホッと一息をつく。

「口にあったようで良かった」
「いや、お世辞抜きでまじにうまいよ」
「主のアドバイスのおかげだよ。私一人だったらまだまだ」

 実際、厳しい目で見ればリインフォースよりはやてやディアーチェのほうが料理の腕は上だろう。
 とはいえ、これはあくまで二人が特別なのであって、一般的な視点で見ればリインフォースも標準以上の腕前と言えた。

「料理を初めて一か月やそこらでこんだけできれば十分だって。リインフォースの手料理なら、いつだって歓迎だよ」
「そう言って貰えるならなによりだ。また今度作ってみるよ」
「是非にお願いします!」

 いつになく顔が緩んでいる勇斗をジッと見つめる視線が二つ。

(前に私たちが作ったお弁当の時は、あんなにはしゃいでなかったのに……)
(おにーちゃんのばか)

 無自覚のまま不機嫌オーラを放つフェイトと、あからさまに頬を膨らませんがらものすごい勢いで食べていくギンガ。

「それでギンガの弁当は俺も貰ってよいのかな……?」

 そんな二人のオーラに怯えつつも、恐る恐る尋ねる勇斗。
 ギンガが自分のために弁当作りを手伝ったことぐらいは理解できる。多少、自意識過剰という自覚もあるが、それを無下にするつもりはなかった。
 とはいえ、今のギンガに無許可で手を出す度胸もない。

「リインフォースさんのがあるでしょ?」
「はい」

 ギロリと睨まれ、縮こまる勇斗。ギンガが落ち着いたときに、改めて平身低頭で謝ろうと心に決める勇斗だった。

「モテモテだねー、ユート」
「えらく殺伐としておるがな。アレのどこがいいのか、正直理解に苦しむところでもある」
「これが修羅場、というものでしょうか」

 シュテル達三人は、遠巻きにその様子を眺め、ゆっくりと寛いでいた。

「そういや、今日はなんで来てくれたん?いや、用がなくてもリインフォースが来てくれるならいつでも大歓迎だけど」

 今までにもリインフォースが、修行の見物にくることはあったが、大抵はやてや守護騎士たちの誰かが一緒で、リインフォース一人のパターンはなかった。

「他のみんなは管理局の仕事でね。私も管理局の仕事を手伝いたいって言ってるんだけど、主に自分の趣味を見つけるまでは、仕事は禁止だって言われてしまって」
「あー」

 なんとなくだが、はやてのやりたいことが察せられた。
 守護騎士たちは、この世界に過ごす中でそれぞれに自分に合った趣味や娯楽を見つけている。
 シグナムは剣道場の師範、シャマルは料理、ヴィータはご近所の老人たちとのゲートボール。ザフィーラに関しては、勇斗は知らないが、みなそれぞれがこの世界での楽しみを有している。
 守護騎士たちに遅れて実体化したリインフォースにも、同じように日常生活において自分の楽しみを見つけて欲しいと、はやては願っているのだろう。

「そんなわけで、今は色々と試しているところなんだ。まずは主のお役に立てるよう、料理や家事からね」

 グッと拳を握るリインフォースに、勇斗は小さく苦笑する。
 まずはやての役に立てることから手を出すあたり、なんともリインフォースらしいと思ってしまう。

「もしかしなくても、今日ははやての差し金?」
「うん。一人で暇を持て余すくらいなら、お弁当の差し入れでもどうかって」
「なるほど。あいつにも礼を言っておかないとな」

 おそらく、これがはやてなりの誕生日プレゼントなんだろうと察する勇斗。
 事実、それを裏付けるように後で、はやてから『誕生日おめでとうメール』が届くことになる。
 プレゼントはリインフォースの手料理ということが記されており、勇斗ははやてに深く感謝した。






「それでブレイカーの強化って具体的に何をしたんだ?」

 昼食を終え、ギンガとフェイトとのプレッシャーに顔を引き攣らせながら尋ねる勇斗。

「おおまかには三つです。まずは新しい形態の追加ですね。武器戦闘用に実体剣のソードフォーム」
「剣ならザンバーがあるじゃん」

 そう言う勇斗に、ディアーチェがわざとらしくため息をつく。

「貴様が安定して魔力刃を維持できるのはせいぜい数十秒だろう。おまけに刃がでかいせいで、攻撃はすべて大振りかつ読まれやすい。一撃の破壊力が欲しいときは良いが、通常戦闘には使えんだろう」
「……はい」
「拳のみで戦うスタイルを貫くのなら、それはそれで構いませんが、武器を持った相手に素手で戦えますか?」
「無理です」

 シュテルの言葉に即答する。
 以前、時の庭園で刃物相手に拳を打ちつけようとしたことがあったが、恐怖から実践することはできなかった。
 今でも刃物相手に拳一つで戦う度胸はないし、能力的にも無事で済む自信はない。

「……もう剣だけで戦えばいいんじゃない?」
「それも少し考えたんだけどなぁ」

 ギンガの言葉に、眉根を寄せる勇斗。
 勇斗は射撃魔法を使えず、近接戦闘を行うしかない。リーチをわずかでも補う武器を持つのは当然の帰結だ。
 徒手空拳での戦いに拘る必要もなく、ギンガの言うように剣だけの戦い方に絞ったほうが、修行の効率も良いだろう。
 勇斗がそうしないのは、ディアーチェたちのような格上の相手ではなく、ギンガのような女子供相手に武器で戦いにくいという心理的な問題だ。
 魔力を使えないフェイトとの木剣を用いた模擬戦でも、たとえ技量で下回っていようとも絶対に怪我をさせない心積もりで戦っていた。
 武器を用いた一撃よりも、素手での一撃のほうが、いざというときの加減が効く。
 とはいえ、拳と剣の両方の戦い方をそれぞれ身に着けるより、どちらか片方に絞るほうが合理的なのは明らかだった。

「無理に拘ることもなかろう。魔法戦はセオリーに拘る必要はない。貴様自身が貴様にとって一番戦いやすく、強さを発揮できるのなら、それが貴様にとって最適なスタイルだ」
「ふむ」

 ディアーチェの言葉に頷く勇斗。実戦において、剣道や空手の試合のような明確なルールや禁止事項はない。
 どちらか一方に拘るのでなく、その時々で最適な戦い方をするというのも、ある意味では正しいと言えるかもしれない。

「そーそー。自分が一番やりやすいのが一番だって。もともと勇斗に型なんてあってないような、めちゃくちゃな戦い方なんだから」
「ほっとけ」

 レヴィの茶化すような物言いに思わず言い返すが、反論はできなかった。
 実際、この一か月の修行では明確な戦い方というものは教わっていない。あくまで基本的な剣の振り方や、拳の握り方など、基礎的なものに留まっている。
 悪いところや隙があれば、容赦なくそこを打ち据えられるが、戦い方そのものに文句をつけられたこともない。
 彼女たちなりに、勇斗のバトルスタイルを尊重してくれていたのかもしれない。

「剣は烈火の将。格闘は守護獣。それぞれのエキスパートである二人に基本を徹底的に仕込んでもらえばよいのです。あとはそれを自分の中で消化し、ユートだけのスタイルに昇華すればよいのです」
「…………できるのか、そんなもん?」

 シュテルはさらっと言ってのけるが、それが口で言うほど簡単なことではないし、それができるほど自分に才能があるとも思えない
 シュテルは薄らと笑みを浮かべて断言する。

「してみせます。どんなこともできるまでやれば不可能はありません。その為の修行メニューならいくらでも用意してみせましょう」
「嫌な予感しかしませんね、それ!!」

 不敵に笑うシュテルに、悪寒が走るのを禁じ得ない勇斗だった。
 今でさえ、死ぬほど苦しい修行メニューなのに、必要とあらば今まで以上に過酷な修行を課してくるのは、容易に想像できた。

「それはさておき、もう一つのダークブレイカーの強化内容について説明しましょう」
「聞けよ、おい」

 そんな勇斗の声は当然のごとく無視された。

「二つ目は機能の特化。ダークブレイカーは高性能のデバイスですが、あくまで汎用機。魔導士としては特殊かつ半人前以下の勇斗ではその性能の半分も引き出せていません」
「う」

 痛いところを突かれて、呻く勇斗。
 ダークブレイカーはバルディッシュのプロトタイプとして製作されたものだ。プロトタイプとはいえ、リニスの技術と高級なパーツが惜しみなく使われていることもあり、その性能は超一級品である。
 だが、それはあくまで通常の魔導士が使う場合においての話である。
 勇斗のようにろくに魔法も扱えず、魔力運用も特殊なケースにおいては、その性能をフルに活かすことができずにいた。
 ダークブレイカーが如何に優れたデバイスで、自身を勇斗に合わせてカスタマイズしようとも限界がある。
 例えるならF1カーを都市部の通勤に使用するようなものだ。どんなに高性能な道具であっても、適切な使い手が、適切な使い方をしなければ宝の持ち腐れなのだ。

「一般的な魔法の発動と補助は必要最低限にオミット。代わりに魔力の収束・運用にリソースの大半の割合を割いてます。アームドデバイスよりの仕様ですね」

 勇斗は出力と魔力量はともかく、魔法の適正資質が著しく低い。
 技術を学ぶことで、砲撃などの魔法を使えるようにはなれるが、適正がないものを無理に使用したところでその威力はたかが知れているのである。
 ならばそれらを扱うことは最初から捨てて、より効果の高いものにリソースを振るのは当然と言えた。

「これにより今までより魔力の収束・運用能力は飛躍的にアップしているはずです。今までと同じ使い方でも、攻撃力や防御力は五割ほど上がっているでしょう」
「五割……か」

 デバイスの改良で、今までの1.5倍も能力が上がる。カスタマイズとしては、十分すぎるほどの効果が出ている。
 にも関わらず勇斗の表情は晴れない。

「満足いかない……という顔だな?」
「ブレイカーやおまえらのカスタマイズじゃなく、自分自身にな」

 素っ気なくディアーチェに応える勇斗。

「正直、このまま十年修行したところでおまえらに追いつくイメージがまったく思い浮かばない。戦い方や技術はともかく、単純な出力差をどうにかする方法がまったく重い浮かばん」

 現状で、勇斗はなのは達が本気で張ったバリアに傷一つつけられない。それどころか、単純な攻撃力や防御力ではデバイスを装備したギンガにすら劣っていた。
 如何に魔力出力が高くても、ただ圧縮しているだけの状態では、きちんと手順を踏んで発動させた魔法の出力に遠く及ばない。
 この一か月の修行は体力づくりと、基本的な魔力運用が大部分を占めている。そのおかげで魔力運用能力も上がってはいるが、攻撃力や防御力の上昇は極めて微々たるものだった。
 単純なパワーの差が、そのまま強さを意味するものではない。だが、最低限のパワーすら無ければ、戦いにすらならないのも事実だった。
 勇斗自身が言うように、今の伸び幅では十年修行したところで、なのは達の足元どころか影を追うことすらできない。
 魔導士ランクで言えばCランクに届くかどうかというレベルだ。
 だが、勇斗の言葉を聞いたディアーチェたちは、お互いに顔を見合わせてにんまりとした笑みを浮かべあう。

「それを打開するために、ダークブレイカーを強化したのだ。貴様の魔力圧縮をさらに高いレベルに引き上げるためにな」
「ふっふっふー、この機能はすごいよー。ボク達の知識をフルに使って設計したとっておきだからね!その名も魔王の獄炎<デモンズフレア>!」
「…………」

 また大げさな名前を……と非情にむず痒い思いに駆られた勇斗だが、喉まで出かかった突っ込みの言葉をグッと堪える。

「まだまだ改修の余地はありますが……発動できればBランク、フルドライブならばSSランクに匹敵する力を手に入れられるはずです」
「マジで!?できるのか、そんなことっ!?」

 SSランクに匹敵する力と聞いて、目を見開く勇斗。

「理屈としてはそう難しいことではありません。原理は収束魔法<ブレイカー>と同じです。ただ、全て自前の魔力でより高密度に行うだけです。収束を超えた超収束とでもいいましょうか。高圧をかけて撃ち出した水が鋼鉄を穿つように、ある一定ラインを越えて圧縮された魔力は、飛躍的に効果が高まります」
「その分、難易度は跳ね上がるし、消費する魔力量も桁違いに上がる。今の貴様では一瞬たりとも発動させることすらできぬだろうよ」

 ディアーチェの言葉は辛辣だったが、それ以上に勇斗の瞳は期待と希望に輝き、手にしたブレイカーを強く握りしめる。

「それでも可能性はゼロじゃない……!」

 ディアーチェ達を信じ、ただがむしゃらに修行をしてきたこの一カ月。出口もわからず、暗闇の迷路を進む気持ちだったが、デモンズフレアという光明を得た。
 果ても先も見えない状況で手に入れた光。興奮しないわけがなかった。

「ちょっと試してみる!」
「今の貴様では無理だと言うのに……まぁ、いい。いつもの魔力圧縮をより高出力、より高純度をイメージしてやってみるがいい。既定のLVまで達すればあとはブレイカーが発動させてくれる」

 文字通り新しい玩具を手に入れた子供のようにはしゃぐ勇斗にディアーチェは静かにため息をつき、シュテルとレヴィは勇斗の喜び様に小さく手を打ち付けあう。

「いくぞ、ブレイカー」
『Get set』

  待機状態のまま、サポートに入るブレイカー。
 小さく息を吸った勇斗は両手を軽く握り、魔力を集中する。

「フンっ!」

 常に行っているように、魔力を集中・圧縮して全身に纏う。
 シュテルの言うとおり、ブレイカーを強化した恩恵で、普段より遥かに強く、淀みなく魔力が流れている。
 なのは達には遠く及ばないが、それでも予想以上の成果に、驚きと興奮を隠せない。
 そしてデモンズフレアを発動させるべく、さらに意識を集中し、魔力を高めていく。

「…………」

 ディアーチェ達が見守る中、魔力はその出力を増していくが、目立った変化は訪れないまま、数分が経過した。

「何も起きないな……」

 気まずさが漂う空気の中、ポツリと呟く勇斗。

「だから無理だと言っただろうが。出力も魔力運用能力もまるで足らぬわ。最低でも出力は今の1.5倍。運用能力はざっと5倍は必要だな」
「できるかぁっ!?」

 さらっと言ってのけるディアーチェに反射的に突っ込む勇斗。
 口で言うほど、能力を伸ばすのは簡単なことではない。どちらの能力も鍛えれば鍛えるほど、簡単に上がるものではないのだ。

「ま、起動させるのに3年。一分のフルドライブに6年といったところか」
「長いなっ!?しかも一分って!?」

 気の遠くなりそうな時間に勇斗の視界がぐらりと揺らぐ。
 例えSSランクの力を手に入れても、一分という短い時間では、できることも高が知れているように思えた。

「貴様の才能の無さと、習得しようとしている技術の難度を考えれば、これでも十分早いくらいだ」
「修行のペースを倍にすれば、多少は縮まると思いますが」
「それ、俺が生き残ること考慮してませんよね?」

 勇斗の疑問にシュテルは薄く笑うだけだった。

「ぐぅ……発動だけで三年で、それでもCランクか」

 逆に言えば、今の自分はどうあがいてもDランク以下の出力しかないということだった。
 逸る気持ちと、無慈悲な現実に歯噛みする勇斗だったが、今の自分の現状を鑑みれば、文句を言うこともできない。
 簡単に追い付ける差ではないことは理解していたが、改めてその差を見せつけられると否が応にも落胆してしまう。
 がっくりを肩を落とす勇斗に、フェイトやギンガが声をかえようとする。

「まっ、ないものねだりをしてもしゃーないか」

 顔を上げた勇斗は勇斗はさらっと言ってのけ、二人を拍子抜けさせる。
(これはこれで色々出来そうだしな)
 内心でほくそ笑む勇斗。
 デモンズ・フレアが発動できずとも、ブレイカーの機能自体は大幅に上がっている。
 まずはそれらを使いこなし、その上で試してみたいアイデアがいくつかあった。
 ゾクゾクと背筋を何かが這い上がってくる感触。
 勇斗は今、無性にそれらを試してみたい衝動に駆られていた。

「せっかくだ。このまま午後の修行を始めようぜ!」
「たわけ」
「おうっ!?」

 ブレイカーを構えて威勢よく叫ぶ勇斗だったが、ディアーチェが華麗に足払いを決める。
 体力が回復しきっていない勇斗は受け身も取れずに無様に転がり、ディアーチェは勇斗の背をグリグリと踏みつける。

「体力を使い果たした貴様が満足に動けるわけなかろう。今日のところは大人しくシュテルの講義を受けるが良い」
「ぐぐぐっ」

 ディアーチェに反論したい勇斗だったが、実際、ディアーチェの足を払いのけるほどの体力も残っていなかった。

「だが、逸る貴様の気持ちもわからんでもない。どうせ新しい力を試すのなら、シミュレーションや模擬戦などより実戦のがよかろう」
「!」

 足をどけたディアーチェと振り返る勇斗。目が合ったディアーチェはにんまりと笑みを浮かべて言う。

「インターミドル・チャンピオンシップ」
「簡単に説明すれば全管理世界の10代最強決定戦です」
「簡単すぎないかな?」

 シュテルの大雑把過ぎる説明に、フェイトが苦笑しながら突っ込みをいれるが、勇斗の耳には入っていなかった。
 ――10代最強決定戦。
 シンプルながらも、心惹かれる言葉に、勇斗は自然と笑みを浮かべていた。
 ――最強。
 男なら誰もが一度は憧れる称号だ。今の自分が届くとは微塵も思わない。
 だが、新しい力を手にしたばかりの今は、無性に何かに挑みたい気持ちが溢れていた。
 戦う相手がどうだろうと挑まずにはいられない。心の底から湧き上がる衝動を抑えられなかった。

「ちなみ開催は半年後です」
「待てるかぁっ!?」

 シュテルに全力で突っ込みを入れる勇斗。
 手に入れたばかりの力を試す場として、さすがに半年は長すぎるというものだ。

「と、言うと思ったのでな。来週開催の別の大会にエントリーしといた」

 そう言って取り出したチラシをひらひらとさせるディアーチェ。

「…………お前ら俺で遊んでるだろ」

 完全に弄ばれていることを自覚し、項垂れる勇斗。
 師弟関係のせいか、完全に弄られる側の立場になっているのが、微妙に腹立たしい限りだった。

「この大会は15歳以下限定のタッグバトルになります。その為に、ユート以外にもう一人必要になるのですが」
「ま、ど~してもっていうならボク達の誰かがタッグを組んであげてもいいんだけど」
「他の参加者が可哀想すぎるので、やめて差し上げろ」

 15歳以下という規定ならば、マテリアル達も問題なく出場できる。が、いかんせん勇斗との力の差があり過ぎる。大多数の参加者も同様だろう。
 勇斗の力試しとして参加する為のパートナーとして、マテリアル達は不適切といえた。

「おにーちゃん♪」

 そんな勇斗の前にギンガがニコニコとした顔で、ちょこんと座る。
 言わんとすることは容易に察せられた。
 きちんとデバイスを装備したギンガの実力は、今の勇斗とさほど大きな差はない。
 同等のタッグパートナーとしては、最適と言える。

「大会のレベル的にはどうなんだ?」
「クイントさんによれば、上位に残るのは難しいけど、腕試しにはちょうどいいんじゃないかな?とのことです」

 つまり、今の勇斗やギンガたちでも、全く戦えないレベルの大会ではないということだ。
 ならば問題はない。修行を始めて以来、ちゃんとした形式で化け物レベル以外の人間と戦ったことはない。
 今の自分がどの程度の力があり、どこまで戦えるのか。
 参加を迷う理由はなかった。

「ギンガ、俺と一緒に大会に出てくれるか?」
「はいっ!」

 先ほどまでの不機嫌はどこにいったのか。ギンガは満面の笑みで頷いた。

「決まりですね。ユートとギンガは一週間、タッグバトルを前提とした修行メニューをこなしてもらいます」
「時間もあまりない。ブレイカーの慣らしも兼ねて、時間ギリギリまでしごいてやろう」
「え。ちょっと待った。もしかしてギンガも一緒にこっちで修行するのか?」

 ディアーチェの言葉に顔を引きつらせた勇斗だったが、それ以上にシュテルの言葉に引っかかるものがあった。

「クイントさんやゲンヤさんにはあらかじめ許可を貰っていますので心配は無用ですよ」
「全部予定通りかい……」
「えっへへー」

 勇斗の言葉にしてやったりという感じに笑うギンガ。
 誕生日のことは知らなかったようだが、大会のことはあらかじめギンガも承知の上で、こちらに来たようだった。
 ディアーチェ達の手の平で踊らされている感は否めないが、自分の意向に沿ったものでもある以上、文句はない。

「うっし。いっちょやってみっか」

 パシッと自らの手のひらを叩く勇斗。

「主達の予定が合うようなら応援に行くよ」
「なのはたちにも声をかけておくね」

 リインフォースとフェイトは、すっかり応援に駆けつける気だった。

「まぁ……ほどほどにな」

 体育会系の部活に所属したことのない勇斗は、応援されることに慣れていなかった。
 あまりことを大げさにされると、期待に添えない結果を出してしまった時、非常にいたたまれない気持ちになりそうなので、できるだけ控えめにお願いしたいところだが、それをわざわざ言えるはずもない。
 一抹の不安と期待を胸に、勇斗は大会までの修行に備えるのだった。




■PREVIEW NEXT EPISODE■
タッグバトルトーナメントに出場する勇斗とギンガ。
初めての試合。初めてのタッグバトル。
苦戦を強いられる最中、勇斗は新たな想いと共に新しい技を発動させる。


ダークブレイカー『Burst wing』



なのセントでビルドファイターズネタとか考えてるんですけど、本編のペースがアレな状況なんで脳内だけに留めてます。
次回は一月あたりに更新したい。(できるとは言っていない)


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