突然感じたムアッと咽る様な異臭で、俺は目を覚ました。
昨日作った煮物の失敗作を、置きっぱなしにしたからか!?
「ぁ……っ!?」
だが目を覚まして、ふと煮物はその日のうちに処分したことを思い出してホッと安堵しようするが、現在進行形であり予想以上の強烈な臭いに覚醒したばかりの意識がまたすぐに飛びそうになる。
夢の世界に旅立ちそうになる意識を慌てて首を振ることで引き戻し、その強烈過ぎる臭いの原因を探そうと周囲に目を配り……唖然とした。
目に映るゴミ、ゴミ、ゴミ……
自分がいる場所(様々な書物の山)を含めて、たまにテレビで見るゴミ屋敷が可愛く見えるほどのゴミの山が、視界いっぱいに広がっていた。
明らかに自分の知らない場所である現在地を確認しようと座っている状態での視界からでなく、立って確認しようと身を起こしたときチクッと髪の毛が引っ張られる痛みを感じた。
たぶん、髪が何かに引っかかったのかと思い髪の毛に触れたとき、ある違和感を覚える。
――髪が、長い?
自慢ではないが、俺は髪の毛が耳に掛かる前にいつも切っていた。
長いと乾かすの面倒だし、目に入るのは勘弁して欲しかったし、何より金が掛からない!!
市販で売っているバリカンには、長さを決めて切れる道具がついているので、少し伸びたなと思えば自分で切ることが出来る。
そうすれば、かかるお金はバリカン使用による電気代のみで、美容院に行って切ってもらうより断然安上がりなのだ!!
――っと話がずれた…
というわけで今現在、手の中の腰まであるような黒髪を俺は不思議な物を見るような目で見ている。と
「誰かいるのか?」
「!?」
髪の毛に意識を集中したせいで、声をかけられるまで人の気配に気づくことが出来なかった。
慌てて視線を向けると、俺の髪の毛と同じくらいまで伸ばした髭面の男。
あれ?どこかで見たような顔だな?
そんなことを思い、首を傾げる。
すると、男は俺の姿を見つけるなり、衝撃の一言を発した。
「…捨て子か」
「……ぇ?」
捨て子?
誰が?――俺?
ちょっと待て、俺は今年で20歳になる成人男性ですよ!?
身長だって180はあるんだ。どう考えったて捨て子には見えないでしょう!?
あまりにも可笑しな発言に思わず否定の言葉を出そうとして、ふと自分の体の違和感に気づいた。
いつもの感覚とは幾分…いや、明からに体が縮んでいる。
現に男へと伸ばした手の長さや、大きさがいつもの俺の体とは似ても似つかない小さく可愛らしいものとなっていた。
混乱しそうになるのを必死に耐え、現状の確認とこれからを考えるように頭を働かせる。
自分の記憶を辿って、こんな状況になった原因を探るが、ここ最近の記憶がボヤけて思い出せない。
となると、今の状況を何とかするには……
「…あ、あの!」
「あん?」
目の前の男に聞くしかない。
今出した声が、少女の声のように聞こえたけど……今は、男から情報を引き出すのを優先する。
「ここは、どこなんですか?」
「流星街…つっても分からねぇか」
「……」
分からない?
とんでもない、自分の趣味のせいで理解したくないことまで理解してしまった。
俺の趣味は読書である。
といっても紙媒体ものだけでなく、ネット内にあるものも読んでいた。
そして、最近とある漫画のきっかけで「二次創作」というものに興味を持ち始めていたところであった。
そして今の現状が、俺が今まで読んできたあるジャンルの序章の部分と酷似していた。
「転生・憑依系」
場所によって呼び方は様々だが、登場人物が様々な理由で現在の記憶や知識を持ったまま他人に乗り移ったり、第二の人生を歩むというジャンルと似ていたのだ。
そして、目の前の男が言った「流星街」というここの名前……仮説だと思いながらも間違いないだろうと俺の頭は判断している。
つまり、ここは「ハンター×ハンター」の世界で、俺は転生…もしくは憑依の類を体験している。
……それも多分少女となって……
小鳥の囀り…ではなくカラスに似た鳥の不気味な鳴き声を目覚ましに、俺は目を覚ました。
まだ寝ていたいと、駄々をこねる体を無理やり起こして自分の今の状況を確認する。
目線を自分の体へ向けると、男物のTシャツだけを着ている幼女の体。
「……はぁ」
期待はしていなかったとはいえ、思わず溜息が漏れた。
夢であって欲しかったが、俺は「ハンター×ハンター」の世界に転生or憑依をしてしまったらしい……年端もいかぬ少女の体という最悪な条件で……
さらに、俺は良かったと思うが、人によっては多分最悪にな事象が一つ…
「おう、起きてるか?」
「……おはようございます。ノブナガさん」
俺がこの世界に来て一番最初に会った人物である髭面の男、ノブナガ=ハザマ…… そう幻影旅団No1のあのノブナガである。
最初は俺をそのまま放って置くつもりだったそうだが、心の変化があって俺を拾ってくれた。
変化というのは、俺の体から出ているこの靄のようなもののせいである。
念…だと思う……というか、それしかない。
今の自分は年齢的に5?6歳くらい。
この歳で念を習得しているとなれば、興味をもたれるのも納得できる。
最初は、なんで念なんて覚えてるんだよ!とか思ってはいたが…よくよく考えると、まだ今の年代を聞いてないからなんともいえないが、外の様子からして将来だろう。
必ずキメラアントの脅威がこの世界に降りかかる。
完結していない漫画であるが故に、結末がどうなるか分からないが、最低でも師団長クラスの実力を持っていなければ“死”または、やつらのお仲間に…なんてことになりかねない。
そう考えると、念を習得しているという今の状況は大変ありがたい。
それに、ノブナガに拾ってもらえなかっただろうし……
「昨日も言っただろう、敬語は止めろ」
「あ、すみま……ごめん」
「ほれ、これ着て出かける準備しろ」
「?……わぷっ!?」
無愛想な会話の後に、突然投げて寄越された衣服を受け取りきれず、顔面に直撃し埋もれた。
この体の小ささに慣れてないので、つい男の頃の感覚で体を動かしてしまって昨日も似たような行動を何度かしてしまっている。
今の体の不便さに何度目かの不満を感じながら、そこから脱出して衣服を確認すると、子供用の白いTシャツと黒いズボン、それと全身を覆い隠せる…フード付きのオーバーコート?
「お前の容姿は少し目立つからな、外に出るときは隠してろ」
「あ、はい…じゃなくて、うん」
鏡を見ていないから、自分の全体像を見ていないが、そんなに目立つ容姿をしているのだろうか?
まあ、昨日は自分の姿を確認するより、腹の虫との格闘に集中してたからな……今度、確認してみよう。
と、そんなことを思いつつその場で借りていたシャツを脱いでTシャツなどに袖を通していく。
ちなみに目が覚めたとき、俺はボロイ布切れ一枚を身体に巻いただけの状態だった。
そんな服装なら、捨て子とか思われても仕方ないな……いや、それ以前にあんな所に子供が一人でいる時点で完全に捨て子か……
そんな思考の海に沈みながら、身体だけは渡された服を着ていき、そんな俺をノブナガはその場で待っている。
……まあ、性別が反転したとはいえ男の感性のままなので別に気にしてないけど。
というか、幼女に反応するような性癖の持ち主とは思えないしね。
いや、そもそも恋愛とかそういう類をする人には見え……これはさすがに失礼か?
あっ、そうだ。
目が覚めたときに着ていたのは布切れ一枚といったけど、下着は下だけだけどちゃんとつけていたから、別にノーパンじゃないよ……ん?誰に言い訳してるんだ俺?
とにかく、長い髪の毛ごとオーバーコートを羽織り、フードを被ると準備完了。
今になって気づいたが。着替えている途中何度も女になっている自分の体が目に入るが特に動揺などを起こすことがない自分に、逆に少し驚いた。
まあ、これから長い付き合いになる体だし、これは別に悪いことじゃないだろう。
「よし、いくぞ」
「うん」
そういって歩き出すノブナガの後を、小走りについていく。
歩幅が違うので、そうでもしないと置いてかれてしまうからだ。
懸命に後をついていきながら、ふと気付く。
……あれ?どこ行くか俺聞いてないんだけど…
自分の後を必死についてくる少女を横目で見ながら、ノブナガは昨日の出来事を思い出した。
気まぐれで立ち寄った場所で見つけた、捨て子の少女。
いつものノブナガであればそのまま置いていくところを、彼女から漂っている”あるモノ”を見てつい拾ってしまった。
”念”、”オーラ”
自分の生活の中で、あるのが当たり前になったモノが彼女を包み込んでいた。
少女の見た目は5?6歳といったところで、今はフードで隠れてしまっているが腰まである綺麗な黒髪。
そして、光に当たるとダイヤのような淡い輝きを放つ右目という人体収集家にとっては手に入れてみたい特徴を除けば、どこにでもいそうな子供。
しかし、彼の後をついてくる少女の纏うオーラは揺らぎもせず静寂を保っている。
年齢と念の錬度があまりにも不釣合い。
こんな面白そうなガキが、どこぞの収集家の奴等のものになるのは面白くない。
ダメ元で言ってみるか…
必死に自分の後をついてくる少女を横目に、ノブナガはあることを考えていた。