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[14303] 念獣(H×H オリ主 15禁 少しだけ転生)
Name: えせる◆aa27d688 ID:66c509db
Date: 2010/11/26 21:50
世界は祝福されている。
そんなこと誰が言ったのだろう。
いや、違う。これは他でもない、自分の思い込みだったのだ。
今なら、その間違いがはっきりわかる。
赤子が生まれたときに挙げる産声。
あれは祝福などではなく、きっと嘆いているのだ。
呪われた世界に投げ出されたことを。
だから――――……
「うふふふふふふ」
下腹部を撫ぜながら私は笑った。
自分のやっていることは正しいのだ。
だって、どうせ嘆くほど呪われているのだ。それにどれだけ呪いが足された所で、結果は何も変わりはしない。
「うふふふふふふ、もうすぐよ……」
大きくなってきた下腹部を撫ぜる。
「うふふふふははははははは」
笑いが止まらない。
あのときから抱き続けていた願いがやっと成就するのだから。

* * *

揺れる。
揺れる。
世界が揺れる。
違う、揺れているのは世界じゃない、揺れているのは自分。
いつも優しい父と母が可笑しげに自分を見ている。
「ほうら、お父さんとお母さんがこちらを見てますよ~~、ほら笑い返してあげなさい」
自分を揺らしている男たちが笑う。
両の掌に『父』と『母』を乗せた男が近寄ってくる。
「ほら、お前たちが目に入れても痛くないほど可愛がっていた娘の艶姿だよ、ほら笑え!」
両親を自分の顔の傍に置き、その唇を引っ張り挙げる。
まるでピエロのような笑い。
現実味がない笑い。
それを見て、
「――――ふふ」
どうしようもないほど、笑いがこみ上げてきた。
「おやおや、ついに壊れちまったみたいだぜ!」
男達はそれを見て更に笑った。
「しかし、深窓の令嬢だのなんだの言われてた娘もこうしちまえば、そこらの女の変わらねぇな」
「いや、でもやっぱり具合はいいぜ、使い古されてないしなぁ、この肌もそこらでは味わえないぜ」
生暖かい男の舌が肌を這う。
その気色悪い感触も今となってはどうだっていい。

この世界では、自分は神であった。なのに――――

こんなことが現実であっていいはずがない。
思うのはそれだけだ。
「あら、やっと見つけたわ、綺麗ね。さすが世界に一つしかないといわれた『クライムーン』、いいわね、持っているものを不幸にするという曰くも輝きに拍車をかけてるわ」
数人がかりで張った封印を破った男が周りに見せる。まるで自慢をするように。
そして、そのままこちらに歩み寄り、私を見下ろしてきた。
「んんー、もうだめね。私綺麗なものには目がないんだけれど、あなたはもうだめ。やっぱり人の輝きは心よね。外見だけ美しくても、もうあきちゃったわ……あら、でも」
自分を一番最初に揺らしたその男は、服を着ながら語り続ける。
腹部に彫られた大きな刺青が、そのしぐさに合わせてうねうねと動いていた。
気味が悪い、と私は思った。
「あなたちもありがとうね、この封印だけは一人だと、どうにもならなかったの。……まったく厄介なものを張ってくれたものだわ」
服を着終わった男が周りを見て笑う。
「こんなことであいつらに借りを作りたくなかったから、本当に感謝してるわ」
男達もそれに笑い返す。
「いや、感謝したいのはこっちですよ、こうやってゴミのように俺達を捨てた小娘をおもちゃに出来るんですから」
それを見て刺青の男は満足げにうなずく。
「じゃあ、もういいわよね?」
振るわれる腕。
はぜる男達の頭。
「私は、綺麗なものにしか興味がないの。アナタ達みたいな汚いものと組んでいたことなんて忘れたいのよ」
揺れなくなった世界に呆然としながら。
私はその男を見上げた。
「……案外壊れちゃった瞳もいいものだわね。何も映していないって言うのも乙だわ」
あごに手がかかる。
「今は、満足しちゃってるから、その瞳に免じて生かしておいてあげる。綺麗なものには私は優しいのよ」
べろり、となんともいえない感触が瞳を襲った。気持ち悪い。
「ん、おいしいわ、じゃあ、またね」
私が目を押さえのた打ち回っているうちに、男は姿を消したようだ。
ガランドウの部屋。そこで私は。
「うふふ、うふふ」
と、笑った。
ああ、もうすぐ夜が明ける。
そうすれば夢が覚めると思い、それだけを縁にしながら、私は笑い続ける。
両親の首を、膝の上に抱きながら。



どうせこれは夢なのだ。
そうでなければ、こんなことはありえない。
自分は祝福されていたはずだ。
神に選ばれた子供。
そのはずだ。
そうでなければ、こんな恵まれたことがあるはずがない。
自分は前の生の記憶を持って生まれた。
それもかつて自分が物語の中で目にした世界に。
歓喜した。
前の生ではぱっとしない毎日であったため、空想に逃げることが多かった。
そして、その空想で思い描いた世界にやってこれたのだ。
しかも、生まれた家は世界でも有数の富豪であった。
何をするにしても前の生では目にすることすら許されなかったものが使われる。
そんな日々を送りながら、本を読んでも怪しまれない歳になった。
すぐに情報を集め始める。
思う描いていた空想を実現させるために。
だが、まずそれには大きな壁が立ちはだかった。
時代が違う。
物語の主人公達はまだ生まれていない。
彼らと知り合うことが出来る頃には、自分は彼らと釣り合わない歳になっているだろう。

ならば、もう一つの空想を実現させることにしよう。

それは秘匿されている『モノ』だが――自分が生まれた家くらいの富豪となれば、むしろ身近なものだ。
自分の護衛。両親や私を裏切って、あの男についた、『元』護衛達。
父や母に持ついている彼らの何人かはライセンスを所有するプロであった。
彼らに使っているのを見たと一言言って貰えればいい。
両親は一人娘の自分には甘い。
望みはすぐにかなえられた。
宝石商である父の伝手でよぶことが出来た一流の教師。
初めて目の当たりにする物語の登場人物に、自分はおおはしゃぎをした。
そして始まる、修行の日々。
しかし、それは長くは続かなかった。
『悪いけど、いくら私でもねぇ。現状に満足しているやつに、これ以上教えることなんて出来ないわ。アナタ――そんなに面白い原石でもないしね』
そういい残し教師は去ってしまう。
確かに、そうだろう。
前の生で自分が空想におぼれたのは、生きていて面白くなかったから。
しかし、今は違う。
望めばなんでも手に入る。
自分の言葉に誰も逆らわない。
たとえば、自分をなめ回すような目つきで見た護衛たちをクビにすることも。
そして、その護衛たちのこれからの仕事を奪うことも。
この世界では、自分は神であった。
でも、結局それは偽りでしかなくて――――



世界は呪われている。
朝になっても、夢は覚めなかった。
連絡が取れないことから、駆けつけてきた父の部下によって自分は保護された。
接してくる人々の感触が、自分にこれが現実だと嫌が応に悟らせる。
そして思い知らされる。
両親はなくなり、血縁は自分一人だということを。
残された膨大な財産は当然自分が相続することになる。
それを目あてでよってくる元部下たち――――
世界は呪われている。
もうどうでもよくなった。
全ては夢だったのだ。
ならばせめて、この夢を覚ませたあの刺青の男だけは。
素性は調べなくてもわかっている。
あの男自体は物語には出てきていなかったが、あの刺青には見覚えがある。
A級賞金首。
普通に依頼しても断られる。
皆命が惜しいのだろう。
遺産を使い莫大な賞金をかけたが、経過は思わしくない。
――――私が読んだ物語には出てこなかったのだから、それまでに死ぬことは間違いないのだが。
しかし、それを待つという考えだけは選ぶ気にならなかった。
「うふふふ」
なぜならわかっているから。
物語に出てこないのは自分に殺されるせいだということを。
結果は決まっている。
だから後はどのように『確定』させるかだけだ。
人に頼んでも埒が明かない。
しかし、自分には彼を殺すほどの才能はない。
ならば。
「……作り出せばいいのよ」
私の資質は具現化系。
だから作り出せるはずだ。彼を殺す『モノ』を。
でも、普通に作ってはだめだ。
だから、
「お願い、あの人探して、お金はいくらかかってもいいからぁ!」
託す相手を探させる。
それが実るまで時間がかかるから。
もともと伝手はあったのだ。
探し出されるまでそんなに時間はかからない。
小さな子供にしか見えない――かつて自分の教師役だった女性は不機嫌そうにこちらを見ている。

「うふふ、先生お願いがあるんです」
「ふん。アンタの気味悪い笑い顔を見ているほど、私も暇じゃないんだけどね。さっさと用件をいいな」
どうやら、彼女は急いでいるようだ。
ならば、手早く要件を済ませよう。
自分も早くこの呪われた世界から解放されたいのだから。
「報酬は、私の持っているお金全部。お願いしたいのは……」
大きくなった下腹部を撫ぜる。
「この子を。この子は、何をすべきか自分で理解しています。だから、それを達成できるように手助けをお願いします。お願いできますよね、先生?」
先生は首をかしげている。
その視線は私の下腹部に寄せられている。
大きくなりはしたが、まだ臨月には程遠いのが疑問なのだろう。
なら、話は簡単だ。
「ちょっと待っていてくださいね、すぐに済ませますから」
遠いなら手繰り寄せればいい。
与えるものを与えればいいだけ、これはそういったものなのだから。
それに与えるものは――――
私は手元に用意してあったナイフを首筋に当てた。
「……っ! ちょっと待ちなさい!」

――――与えるのは、死者の念。

それは物語の中で一番強いものとされていたから。
だから、私は想いのままに、ナイフに力を込め、首を掻き切った。
「ああ、やっとこれで解放される……」
薄れ逝く意識の中で、叫び声が耳を劈く。
それは自分の中から響く音だ。

――――ああ、きっと嘆いているのだろう。
この呪われた世界に生まれたことを。








あとがき
HDDの片隅に埋もれていたもの発掘。
連載抱えすぎていて更新する余裕があまりなさそうなので、とりあえず、チラ裏においておきます。そして、感想が少なかったら、そのまま埋もれさせますw



[14303] 第二話
Name: えせる◆aa27d688 ID:a701f12e
Date: 2010/11/26 21:51
――気持ち悪い。ビスケはそれを眺めながら、吐き気を必死に抑えていた。
ここは、ビスケが師範をしている心源流の修行場のひとつ。といっても、道場のような建物があるわけではない。心身を鍛えるのに最適な、豊かであり、そして、危険でもある人の手がまったく入っていない広大な森林。ここは周りへの被害を気にせずに、彼女たちのような念を会得した超能力者が全力を出せる場所であり、また、すべてを開放したとしても、能力の秘密を守りきれる環境であった。
だが、ビスケの視線の先にある存在が行っているのは、念の修行において基礎とされている四大行であり、特に周辺に破壊をもたらすようなものでもなければ、それ自体は心源流の高弟であれば皆知っていることであるから、弟子たちに秘密にするような内容でもない。事実、この程度の内容の修行であれば、彼女のような師範が直接監督するようなことは少なく、師範代に任せるのが普通であった。
ならば何故、心源流の中でも有数の実力を持つ師範である彼女が、わざわざこの場所まで出向いて修行を監督しているのか?
それは、彼女の視線の先で四大行のひとつである纏をし続けている存在のせいであり、それはビスケに吐き気を覚えさせている原因でもあった。





    ――念獣――
              第二話






ビスケがかつての出来の悪い生徒から遺言として託され、今修行を監督している存在――それは見た目は、十二、三の少女に過ぎない。長く伸ばされた髪は後ろで高く、無造作に結ばれている。存在の遺伝上の母親であった、出来の悪い生徒の髪の毛は明るく、太陽を彷彿とさせるような金色であったが、少女のそれはどこまでも深く、吸い込まれそうな漆黒をまとっていた。今は閉じられているまぶたの奥にある瞳も、奈落のそこのような深い闇をたたえており、母親の碧とは相容れない。唯一、その透き通るような白い肌だけが母親と酷似しているが、遺伝されたのはそれだけであり、目鼻の造形もまったく違っていて見た目から、出来の悪い生徒と目の前の少女を親子としてつなげて考えるのは難しかった。

だが、ビスケは、少女がこの世に生まれ出た経緯を知っている。母親は保護されたときに、複数からレイプされた痕跡があったと聞いている。だから、この少女の見た目は、その抵抗できない相手をおもちゃにした唾棄すべき外道どもの誰かの種のせいなのかも知れない。出来が悪かったとはいえ、かつて教えを授けた生徒の身に降りかかった不幸には煮え立つような怒りを覚えたが、そのことは今ビスケが覚えている吐き気とはまったく関係がなかった。
ビスケ自身、女性ということもあって、そういったことには意外に潔癖な感性を持っていたが、生まれてきた子に罪があるわけがない。地獄の亡者に向けるようなさげすみは外道どもにこそふさわしいのであって、無垢な少女に向ける理由などあるはずがない。しかし、どうしても、ビスケは少女に対して不快なものを見るような視線を向けずにいられなかった。少女が存在していることに吐き気をもよおさずにはいられなかった。

そして、それは、ビスケと少女がこんな僻地で修行していることにも関係していた。

少女には、まだ、名前がない。それは名づける義務を持った母親がそれを放棄して、安楽の世界に旅立ったせいであったが、その義務は育ての親として指名されたビスケに引き継がれ、ビスケも最初はその義務を、権利として行使する気であった。赤子に名前をつける。名前とは、名づけられた存在を形づけるもの。与えられた名前が赤子のその後の人生を決めると言ってもいい。だからこそ、大変困難な義務であり、楽しい権利でもあった。ビスケは義務としての難解さよりも、権利としての享楽を取る性格の持ち主である。だから、彼女の五十年近い経験を生かして、いい名前をつけてやろうと、不幸な生まれが吹き飛ぶくらいに愉快なものをつけてやろうと、最適な名前をつけるべく、その赤子を観察した。

そして、その赤子の持つ歪さに気がついた。

赤子は、ビスケが感じた歪さが、正しかったというかとでも言うように、急激に変化を遂げる。変化、そう変化だ。それは決して成長と呼ぶことはできない。通常、人の赤子が、己の日本の足で立って、言葉を解するようになるまで、どれだけの時間が必要だろうか? それはここの成長度合いの差でさまざまであろうが、絶対に二時間足らずということはないはずであった。
ビスケが、赤子の名前を決めるべく、生まれたばかりの赤子を寝台に乗せ、そばにいた使用人にその世話を任せ、調べ物をするべく書斎にこもり、戻るまで約二時間。書斎から戻ったビスケの頭の中には、すでにいくつかの名前の候補があり、あとは実際に赤子の顔を見ながら決めようと考えていた。だが、そのすべてが霧散する。部屋に戻ったビスケが目にしたのは、三歳児くらいにまで変化した赤子の姿であった。

「よろしくお願いします」

ビスケをその光がない瞳で見つめ、赤子――存在は口を開いた。生まれてから二時間、まだ何もわかるはずがない、何も知らされていないというのに、存在は己の役目を理解し、そして、その役目を果たすために、ビスケが必要な人物であると判断したのだ。
存在から言葉を投げかけられた、ビスケは、恐怖とも、戦慄ともいえない感情とともに、そのあってはならない存在に吐き気を覚えたのだ。





その出会いから、一月、今に至る。急激な変化をし続ける存在を人目から隠すために、ビスケは存在とともにこの修行場にこもっていた。存在は最近になってようやく、十二、三歳くらいの年で変化をとめた。その理由は定かではないが、もしかしたら、最低限、人を殺すことができる身体能力を持ち、なおかつ子供として油断される姿を選んだのかもしれない。ビスケが今までの急激な変化についていけなかったため、まだ、存在は名前を与えられていない。変化がとまった今こそ、最低限の義務を果たすべく、ビスケが、名前を与えようと、存在を見つめるが、吐き気が邪魔をして、思考がうまくまとまらない。そもそも、あの存在に人としての名前を与えていいのだろうか? そんな疑念すらわいている。

存在は、一月という、短い時間で大きく姿を変えた。そのことも歪なことだが、その変化はまだいい。最初は戸惑ったが、念という超常的な能力のことを考えれば、納得できる範囲だ。ビスケ自身も本来の姿とはかけ離れた姿に己に肉体を変化させているし、ビスケの師匠は念の力によって、百をとっくに越えているはずなのに悠々自適と暮らしている。それに伝説ではあるが、その想いの強さから念によって急激な成長を遂げたものもいる。それらのことを考えれば、この変化はまだ理解はできる。死者の念という、ビスケが知る限りで一番強い念を与えられているのだから。

だから、ビスケが吐き気を覚えている原因は他にある。ビスケが吐き気を覚えるほど、歪と感じているのは、その存在のあり方そのもの。

通常、人に限らず、すべての生き物は、生きる、己を残すということを至上としている。己の命をつなぐために、奪い、他者を殺すなんていうことは、自然界では当たり前のことであり、人や一部の哺乳類で見られる、自己犠牲も、ついては、己の分身である子供や同族を守るために過ぎない。
だが、この存在はどうだろうか?
人として、生き物として根幹を成している、生きるという意志がない。ありとあらゆる感情も持っていない。あるのはただひとつ。母親の、存在の創造者の温かい夢の世界を壊したものへの復讐だけ。それだけしか抱いていない。
そんなものを人として、生き物として認めることなどできはしない。
ならば、念獣として考えたのならば、どうだろうか?
そもそも、存在は母親に復讐のためだけに作られたのであるし、そのひとつの目的のためだけにあるその姿は道具に過ぎず、念獣と呼ぶのにふさわしい。
だが、一月とはいえ、存在と寝食をともにしてきたビスケには、そう決め付けることもできなかった。
存在の胸はゆっくりと上下している、手を握れば温かさを、鼓動を伝えてくる。呼吸もすれば食事もする、そして、その胸に刃物を突き立てれば、赤い噴水が吹き上がるだろう。そう、確かに存在は生きているのだ。
生きているものを念獣と定義することはできない。
だから、歪。
あり方は、人としても、生き物としてもあってはならない。だが、その身体は確かに生きている。
あまりにも歪。だから、見ていると吐き気が止まらない。

ゆえに、まだ、名前をつけることができない。

「終わりました。ありがとうございます」

ビスケが、吐き気と葛藤していると、存在――少女は纏をやめ、ビスケに頭を下げる。

「そう……」

その言葉の意味を悟り、ビスケは呟きを返す。どうやら、名前をつけるのは間に合わなかったようだ。
ビスケは、少女の母親に、少女を導いてくれと頼まれていたが、実際には何も教えてはいない。
少女はすでに必要な知識を持っていた。念の修行方法など、ビスケがいつ教えたのか? と首をひねりたくなるようなほど、心源流の修行方法そのままであり、体術に関しても、人ではない存在の、少女に人としての動きを教えても仕方がないので、何も授けてはいない。授けずとも、ただ殴るだけ、ただ噛み付くだけで、普通の相手――プロのハンターを普通と評するのはどうかとおもうが――ならば、一撃で絶命する。それだけの身体能力を、オーラを少女は持っていた。

「そう、いくのね……」

だから、ビスケはただ見守っていただけ。少女に頼られることもほとんどなかった。唯一、少女が己の特性を調べようと水見式を行ったときに、何の変化も出なかったときに、原因を尋ねられたくらいだ。水見式を行えば、通常、その行ったものの特性に沿った変化が現れる、強化系ならば、水が溢れ出す、変化形なら味が変わるといったように。だが、少女には何の変化も起こらなかった。特質系というわけでもない。もしかしたら、少女自身が念によって作られた存在であることが原因なのかもしれない。
ビスケが、その予想を口に出すと、少女は、そうですか、とつぶやき、それ以上、そのことを気にするそぶりは見せなかった。そして、再び、己の能力を調べるためだけの修行に戻っていった。
だから、これは必然。何のアドバイスも必要としない少女が、己の能力を調べ終わるまでに一月。その後に待っているのは、別れともいえない何か。

「はい、ありがとうございました」

少女は再び頭を下げる。そこには当然気持ちなどこもってはいない。儀礼的なもの。だから、ビスケは無視してもよかった。
だが、名前をつけるという義務を果たせなかった後悔の想いから、少女には必要はないだろうと思える忠告をあえて口に乗せる。

「あんたには、必要ないかもしれないけど、仇をみつけたのなら、まず最初によく観察しなさい。相手の能力がなんなのか、それがはっきりと分からない間は、決して、本気で攻めてはだめ。身体能力だけが、オーラの量だけが、勝負を決めるわけではない。念能力者の戦いっていうのは、そういうものだわさ……」
「はい、わかりました。ありがとうございます」

少女は、再びビスケに頭を下げると、そのまま背を向ける。そして、とん、と軽く地面をけったかとおもうと、その姿をあっというまに遠方へと移動させた。

「……これで終わり、楽な仕事だったわさ」

一月。ただ見守っていただけ、それだけの仕事で、ビスケは、小国の予算に匹敵するほどの報酬をえた。だから、彼女は喜んでいいはずだった。
けれど……

「名前くらい、付けてやりたかったわさ」

敵を討てば、その場で消えてなくなる命なのかもしれない。だから、少女に名前をつけるという行為は、銃弾に名前をつけるのと同じなのだろう。
ビスケには、それが分かっていた。
だけど、どうしても……

「ふう」

それが心残りで仕方がなかった。

















あとがき
気分転換に執筆。
待ってくれる人が、感想をくれる人がいれば、また書きます。
気長にお待ちください。


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