手入れの行き届いた石畳を、豪華な服に帽子を被った中年男性が走っていた。息は切れ、走り慣れていないのは出た腹と不格好さから明らか。それでも必死な形相で全力疾走し、角を曲がった。
「にげっ」
膝を支えに一休みした男性が呟いて顔を上げ、絶句した。目の前には数多、白い目が目立つ人々が座っていたのだ。
「逃げ……」
見せ物小屋の客のように期待感いっぱいに、目を異様に爛々とさせる彼らは簡単に、彼を安心から絶望へ突き落とした。
「おかえりなさい」
その言葉に男性は右を向いた。
挨拶した者は右手に握った黒いナイフを一閃させる。
「……た」
蓑虫のように宙づりにされた服装がよく似た男性が痙攣し、その首からはもったいないくらいに命をふき出した。
「たすけ」
揺れる3脚に目を引かれ、惨状を目の当たりにしてしてしまった男性は過呼吸でも無いのに息が乱れ、乾いた喉からかすれた声が漏れた。
「助けてぇ」
3度目、自分だけは助かりたい、とわかるような悲痛な叫び。
「俺らの子供を殺しておいて、死んで謝れ!」
「拷問された、息子の痛みを思い知れ!」
「俺達を少しも助けなかったくせに!」
「石を投げろ!」
嬉々とした表情は、目を怒りに燃やし歯をむき出した鬼の形相になった。頬骨が張り苦労のにじみ出る皺の観客達は、堅い手から礫を放つ。
「ぁぁあああ!」
中から1つが色白の額に当たり、男性は赤ん坊のように張って逃げ出した。
「どうせ逃げても戻ってくるからさ。もう十分、人生楽しんだろ? 民の分までな。今度は民を楽しませないと」
その足は、体は、言葉を発する大剣が伸ばした無数の白い手によって押さえつけられた。
「列に戻ってください。吊せば気絶できますから」
振り返った者は黒子のような覆いをつけ、茶色くなったエプロンを着けていた。
「もっと苦しめ、悲しめ! 私達みたいに!」
「おとうさんをかえせ!」
赤ん坊を抱えた母親が吐き捨て、子供が叫ぶ。それをきっかけに加虐を求めるシュプレヒコールが始め、一斉に親指を下に向ける。
「あなたもダメみたいですね。とても痛いですよ」
静かに言うともう動かなくなった男性の股間にナイフを突き立て、一閃。
「×××」
男性は悲鳴を上げ、観客の大歓声がそれを打ち消す。
やることは人間が動物にやっていることは変わらなかった。
ほどなく彼もその後に続いた。だが、観客唯一の武装、農具で滅多打ちにされなかっただけ彼はましだった。
真っ赤になった外堀で洗い、町を照らす、職人が作ったとしか思えないたくさんの街灯に死体の風防を取り付ける。
「今回のことはなんとお礼をして良いか。自由にしてもらえるばかりか、仇まで打たせてもろうて」
「自由になっただけでは、皆、悔しさを持て余すでしょう。家族というのは、そういうものでないかと思って」
その1つを見上げている鴉男の側に老人が寄り、若いリーダーが控えていた。他では子供が涙に塗れた手に手に石を持ち、怒りを穿った。
「ありがたや、ありがたや。年寄りにはお礼をいうことしかできんでの」
「いいえ、あなた方が味方になってくれただけで、随分楽になりました。逃げ道をふさげたのも大きかったです」
「お礼を言われるほど事じゃあない。民を虐げた報いじゃ、皆そう思うとる」
「今から終了を手紙で伝えます。じきカイセス皇がいらっしゃるでしょう。皆さんで歓迎してください」
老人とリーダーが任せろと言わんばかりに力強くうなづいた。