無限の広がる海。大きく響く波の音は、まるで生命の誕生を祝福しているかのようだった。
つい先ほど浜辺に打ち上げられた裸の少年は、ゆっくり瞳を横に動かすと、体を起こし空を見上げた。
海の色は深いオレンジ色だった。空は少し暗く、たくさんの雪が降っていて、その粒に海の色が美しく反射している。
それはまるで光の様だと少年は思った。
「寒いな…。」
雪の降る中、裸でいれば寒いと感じるのは当然である。
しかし、少年「渚カヲル」にとってはそれすらも不思議な感覚であった。
「まるでリリンみたいだ。」
「そう、ヒトよ。魂にヒトもシトも無いもの。自分が生を望めば魂は切り離され復元する力が働くわ。L.C.Lを通して出来た肉体にアナタのイメージを通したんだわ」
突然海から聞こえた少女の声にカヲルは驚きもせず一考した。
「つまり、僕はリリンとして生れ落ちたのか。何の為に?誰の為に?」
「それは私にもわからないわ。アナタが望んだ事だもの。」
「僕の望みか…。無意識下にでも僕はリリンになる事を望んでいたんだろうか。」
「そうかもしれない。アナタは碇君と触れ合って、彼と心を通わせたかったのでしょう?なら、そう思っていても不思議ではないわ。私もそうだもの。」
「なら、君は何故肉体を持たないんだい?彼と一番心を通わせたかったのは君だろう?」
「私はこの世界を…碇君を見守るって決めたから。」
「ふうん。まぁいいけど。僕は自分が何をしたいのかブラブラ探してみるとするよ。彼にでも会ってみようかな。」
「そう。」
少女の返答まで少しの間があった。
カヲルはそれに少し笑い、立ち上がると海に向かって話しかけた。
「でもさ、母親2人に見守られるってちょっと甘やかすにも程があるんじゃない?」
「…何が言いたいの?」
「だって、初号機を通して彼のお母さんがこの世界を見守ってる。なのに君まで見守っていたら過保護すぎると思わないかい?」
「……。」
「君もどうすればいいのか判らないんだろ?だったら彼に近い場所で様子でも見てみたら?」
「それもいいかもしれない。」
「…今度こそ君と僕は似てきたかもしれないね。」
「それは違うわ。碇君に求める物が違うもの。」
少女の言葉にカヲルは少しムっとした。
「一緒にいたいだけじゃないの?同じさ。」
「違うわ。友情と愛は違うもの。」
「フフ…そういう事か。」
カヲルはレイの気持ちを理解して目を閉じ、また笑った。
「それを理解しているならとっとと彼の所に戻りなよ。綾波レイ。」
「でも私は、碇君に昔の記憶を引きずって欲しくないの。」
カヲルは少し驚いた。
「彼は忘れてしまったの?」
「碇君だけではないわ。ヒトが覚えていたまま生きていくにはサードインパクトは辛すぎたもの。」
「そう、僕に生きる目的が出来たよ。彼には思い出してもらわなきゃ。」
「何故?」
「忘れられなくする為に直接殺してもらったのに、自分だけ忘れてるなんて癪だからね。ありがとう。どうせ思い出すんだ。君も早く来たら?」
そう伝えると裸のままカヲルは去っていった。
もう人の声は聞こえない。海は悲しみを飲み込み、新しい生命を祝福する。
大きな波がカヲルの残した足跡を消し去った頃、すぐ横に少女の足が新しい跡を作り出していた。