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[41966] ヱヴァンゲリヲン新劇場版―空白の14年間―
Name: 蛮族A◆c3dbb705 ID:7003afef
Date: 2016/03/04 01:38
第10の使徒との戦闘で覚醒した初号機。ニアサードインパクトを起こしながらも間一髪のところで活動を停止した。しかし人類と使徒の戦いは続き、その中で様々な思惑を抱いた人々の野望が交差していく。廃墟と化した第三新東京市に佇む白銀の髪の少女、襲来する第11の使徒、そして存在しないはずのエヴァ。
14年後の世界に続く物語が幕を開ける。

これはヱヴァンゲリヲン新劇場版:破から、Qまでの空白の14年間を補完するために書いた二次創作小説です。独自解釈による設定の違いや考察があるかもしれませんが、よろしくお願いします。 ハーメルンでも連載中です



[41966] 【第壱話】 新たなる希望
Name: 蛮族A◆c3dbb705 ID:7003afef
Date: 2016/03/04 01:20
         0
 私は空っぽだ。
 男と女が愛し合って生まれたわけでもない。
 ただ大人たちの歪んだエゴによって生み出された。

 無。

 それが私を表現する言葉だ。

 無。

 それしかない。

 無。

 それだけでいい。
 じゃあ何故、私は存在するのだろう。
 無であり続けることに意味があるのだろうか。
 分からない。
 誰か教えて欲しい。

 私が今、ここにいる理由を。





          1
 いつものように熱気が青空に漂う第三新東京市。しかし今は日本の首都であるにも関わらず人々の喧騒はなく、窓ガラスの殆どが割れた高層ビルが折り重なるように倒れている光景がどこまでも広がっていた。ある意味で現実離れした幻想的な光景だが、同時に首都を壊滅まで追いやるほど巨大な力がこの世界にあるという恐ろしさもあった。

 いつ半壊状態のビルが倒れてくるか分からない場所だ。そんな立ち入り禁止のテープが張られるまでもなく、立ち入ってはならないということが分かる場所に少女はいた。

 雪の結晶が光を乱反射するように輝いている白銀の髪を風に揺らし、赤い瞳でその光景を眺める。腰まである長髪だが、一般女性と比べて異常なまでに髪が長いというわけではなく、背丈が低いゆえにそうなっていると表現したほうが妥当だ。学生服を着ていなければ、子供料金でピヨピヨという音とともに改札を通っても堂々としていられるであろう。

「たしかここに、あった」

 少女は雪原のように白く、華奢な腕を伸ばして方向を確認する。人差し指を立てた先に緑色の公衆電話があり、そこへ向かって静かに歩き出す。途中、足場が崩れることもあったが、驚くこともなく右に避けてやり過ごした。公衆電話の前に立つと、背負っていたリュックサックを前にもってき、中から一枚のカードキーを取り出す。

 そこには顔写真とともに少女の名前である「雪風ハルナ」と明朝体で書かれており、その横には無花果(いちじく)の葉と皮の剥けた林檎とともに「NERV」という文字のあるロゴが並んでいた。そんなカードキーを公衆電話に挿入すると、起動音とともに「番号を入力してください」というノイズ混じりの電子音声が流れる。どうやら公衆電話にとってこのカードキーは認証用ではなく、回数券みたいな扱いなのだろう。

「加持さんに連絡。あと少しで到着する、と」

 あくまでも事務的にそう言いながら、ハルナという少女は受話器を手に取った。しかしその細い人差し指が番号を入力するよりも前に、止まった。

『現在、特別非常事態宣言発令中のため、全ての回線は不通となっております』

 番号を入力せずとも、女性の声が受話器から聞こえたのだ。同時に、

 轟音。

 足音のようにも聞こえる。

 ほどなくして警報音が周囲に鳴り響き、逃げるべき人間などハルナしかいない街に避難を促すアナウンスが流れ始めた。ハルナはカードキーをリュックサックに締まって、音のする方向に視線をやった。

 轟音。

 近づいてくる。

 視線の先には巨大な山があった。山の向こうから音はしているようだ。時々、ミサイルが打ち込まれる音と、爆発による黒煙が立ち昇るのが見える。しかし肝心のそれは中々姿を現さない。

 轟音。

 ちょうどそれが姿を現した時に止まった。
 山の陰から出てきた巨躯はハルナの視界に入って暫時、立ち止まった。そしてこちらを見る。幽鬼のようにゆらりとした挙動は高層ビルを遥かに超える大きさであるにも関わらず、恐怖よりまず不気味さを感じさせるものであった。

 轟音。

 ひび割れた電柱から垂れ下がった電線を揺らし、歩いた時の衝撃だけで崩れ掛けのビルを倒壊させ、空を切り裂き殺到してくるミサイルをものともせずに進撃を続けた。純白の巨人は長い両腕を揺らしながら、到底その巨体を支えられるとは思えないほど細い足でひび割れた大地を闊歩する。そこに頭部はない。

 まるで幼児が真っ白な粘土で人間らしきものを形作ったかのような、歪で不気味な外観をしたものがそこにあった。

 使徒。

 人類は彼らをそう呼び、倒すべき存在と位置づけて今日まで戦いを繰り広げてきた。

「あれが使徒か。思ったよりも大きいな」

 ハルナとてあれほど巨大な存在を目の前にしたのは初めてのはずだ。だが彼女は恐怖を微塵も表情に浮かべることなく、ただただここにいたら踏み潰されるという冷静な判断のもと、公衆電話の受話器を丁寧に元の位置に戻してその場を後にした。





          2
「パターン青、使徒です!」

 警報音やオペレーターの声、そして外部からの爆発音が混ざり合うなか、一人の女性の声がひときわ大きく響いた。前方のモニターは破壊されており、各々のノートパソコンの画面からそれを確認するほかなかった。モニターだけではない。外壁そのものが巨大な何かによって突き破られており、少しの振動で割れた天井の隙間から土やら石ころが落ちてくる。外から迫り来る使徒の足の裏に押し潰されるよりも先に、天井の崩壊とともになだれ込んでくる土砂に埋もれるのが先ではないのだろうかと思うほど破壊されていた。

「第十一の使徒……まさかもう来るなんて」

 腰まで伸びた黒髪を揺らし、ギプスのされた左腕を隠すようにジャケットを羽織っている女性―――葛城ミサトは先ほど声を上げた、ショートカットの青年のようにも見える顔立ちのオペレーター、伊吹マヤのノートパソコンの画面を覗いた。そして焦りの感情を瞳の裏側に隠し、凛とした声調でそう言った。

 人類の敵である使徒が襲来したのは何も今回が初めてではない。今まで七体もの使徒と交戦し、彼らは見事にそれを殲滅した実績がある。おそらく世界でどの軍隊よりも強大な敵と戦っているであろう組織「NERV(ネルフ)」、その構成員が彼女らなのだ。とはいえ何も彼女らが生身で使徒と戦うわけではない。保有する人型兵器エヴァンゲリオンを運用して、初めて使徒と同じ土俵に立つことのできるというもの。

 しかし今、一日前に襲来した第十の使徒によってそれも不可能となっている。今現在、運用可能なエヴァは存在しないし、運用に必要な適正パイロットも確保できていないのが現状だ。それどころか、ネルフの中枢部とも言える、発令所もろくに機能していないときた。今のネルフは剣と鎧を失った兵士だ。戦う使命を持ちながらも戦う術を失っている。

「Mark.6は格納庫で眠ったまま。搭乗者もいなければ、こちらからは起動すらもできない。弐号機、零号機は大破。初号機は凍結。現時点で動かせるエヴァは一体もいないってことね」

「せめて、Mark.6のパイロットが存在していたら……」

 マヤは画面に映る戦況を横目で見ながら衰弱した様子でそう呟いた。戦況は当然ながら芳しくない。戦略自衛隊の航空戦力を表す赤いマーカーが次々とロストしていく。対する敵の反応を示す青のマーカーはまるで障害などないかのように悠々と前進を続けている。

「私たちが機能を停止したMark.6を調べたけどパイロットはいなかった。ダミーシステムなのか、それとも〝いなくなった〟のか。どちらにせよ戦力として数えないほうが良いわね」

「こんな時に碇司令はいないなんて。何を考えているのか分かりませんよ、あの人たち」

 マヤは吐き捨てるようにそう言った。

 第十の使徒襲来よりネルフの最高責任者である碇ゲンドウと副司令の冬月コウゾウは姿を見せない。現時点で使徒に対抗できる唯一の手段を持つネルフ。それを束ねる者たちが一斉に行方をくらます出来事に関して、陰謀の匂いを嗅ぎつける人間も少なくはない。それは「そうね」とマヤの言葉に同意したミサトも同じだった。疑う根拠やら理由を考えている余裕はない。女の勘。脳内で疑問を抱く自分にたいして、そう回答した。

 それに今は誰かを疑っている場合ではない。深く考えるのはやめた。

「初号機だけでも動かせればいいんですけどね」

 そう言ったのはオールバックにメガネをかけたオペレーターの男性だった。名前は日向マコトという。日向の発言にミサトは一人の少年のことを思い出し、静かなる後悔を胸に抱き黙り込んだ。
かつて寝食をともにした同居人の少年だ。彼は初号機のパイロットで大切な人を助けるために第十の使徒と戦い、その中で覚醒した初号機に取り込まれた。ブラックボックスの塊とも言えるエヴァと過剰にシンクロしたことが原因とされている。その過剰にシンクロした理由が大切な人を助けるためで、その背中を押したのがミサトだった。

 あの時、自分は果たして彼に「行きなさい」と言うべきだったのだろうか。

「ただでさえ使徒を取り込んで不安定な初号機を動かして、また何かが起こったらどうするのですか」

 マヤは黙り込んでいるミサトの代わりに答えた。

「いつ初号機が目覚めるかだって分からない状況なんです。また初号機が覚醒してフォースインパクトが起これば、人類は滅びますよ。今度こそ」

 初号機の起こしたニアサードインパクトにより世界はさらに傷を負う結果となった。大気汚染などの二次被害も想定されているのが現状だ。初号機の覚醒によるそれは止まっているというよりも、徐々に進んでいるという表現のほうが正しいのかもしれない。

 もしこれで世界がセカンドインパクト以来の被害を受けたとするならば、その罪は誰が背負うのか。一人は自分、そしてもう一人は―――。

 世界を捨てて、大切な存在を救おうとした少年。

「どうしょうもないことよ。それよりも今は目の前の使徒殲滅を最優先に考えましょ。エヴァがなくても防衛設備で足止めはできるはず。もしそれでも効果がなければ初号機の凍結を解除」

「しかしそれは!」

 首筋に汗を流しながら、マヤは立ち上がり言った。

「使徒の進行を許しても、待っているものは人類滅亡よ」

 ミサトは自分の判断に絶対的自信があるわけではなかったが、これが最適解であるという結論が揺らぐことはなかった。あくまでも現状で手段の選択はできない。絶望的状況で出せる結論などいつも消去法で導き出されるものだ。

 脳裏に浮かぶのは初号機パイロットの少年、碇シンジ。

 彼の姿をかき消して、ミサトは指揮に戻った。

 おそらく彼が行った選択の結果は、この先ではっきりとするだろうから。





          3
 要塞都市、第三新東京市。

 三七時間前、ここに山はなかった。ここには学校、ショッピングモール、住宅街、行き交う人々の雑踏や車両のエンジン音があったはずだ。その地下に巨大な空間が存在しそれらは「ジオフロント」と呼ばれ、ネルフの本部として存在していた。

 しかし今、人智を超えた力によって大地は地下から抉れて盛り上がり、山のようになっている。当然ながらそこにあった人々の生活は蹂躙された。ここに住む人々の大半は疎開したか、もうこの世にいないかのどちらかだ。

 そんな廃棄された要塞都市の上空を三機の大型輸送機が駆け抜けていく。オスプレイをそのまま巨大化したような外観だった。いつぞやのアニメのように戦艦が空を飛んで宇宙へ旅立つようにも見え、その場に熱心なアニメオタクが鼻息を荒くしながら、少年時代に制作した宇宙戦艦のプラモデルを押入れから取り出して走り回るほどの光景であろう。

『使徒は現在も進行を続けている。我々、戦略自衛隊の兵器も、まぁ効果はないだろうな。あれはまぁ俺の結婚式で隊長がした余興みたいなものだ。隊長はウケねぇの分かってても、誰の結婚式でもあの余興をするからな。ウケないの前提でもやるのが決まり、ってこと』

 事務的な連絡が面倒になったのか、いつも飲み会で話している時と同じ陽気な感じの調子に戻った。今から命をかけて国を守ろうとする者らしからぬ口調だったが、部下たちは逆にそれで緊張がほぐれて、今まで殺伐としていた通信回線に微かな笑い声が交じるようになる。

 隊長がよくやる余興とは、全裸に大きめの葉っぱを股間につけて「やった、やった」とよく分からない踊りのことを指す。場が白けるだけで無意味、という意味である。

『おい、加賀美。あれはお前たちが分かっていないだけだ。昔は流行ったのだ、そういうものがな。お前の結婚式でもやったが、親世代は分かっているようだったぞ』

『隊長。多分その元ネタが分かっている人にもウケてねぇっすよ』

 その隊長と部下である加賀美のやりとりに、緊張が適度にほぐれ、思わず霧島キョウコはコックピットの中で吹き出した。赤みかがったショートカットの髪に、潤いを秘めた唇から少し息が漏れる。二〇歳にしては幼さの残る顔立ちをしていた。迷彩柄の分厚いパイロットスーツの上からでも分かる胸のふくらみは、本人としては邪魔でしかない。しかし水着姿で海岸に立ち笑みを浮かべた姿が表紙の写真集を売れば、書店の売上の上位にランクインするはずだ。

『加賀美は作戦終了後、減給処分とする。さぁウケない余興は終わった。これからは俺たちの出番だ。使徒襲来より続けてきた訓練の成果を見せる時だ』

『ウケないって自分で言っちゃったよ、この人。ま、了解っす』

「了解。終わらせましょう、私たち大人が」

 キョウコは操縦桿を握り締めて、決意の言葉を口にした。返事こそないものの、隊長や加賀美、輸送機のクルーたちもそれに同意し頷いた。

 大型輸送機の後部ハッチが開き、そこから爬虫類にも似た兵器が姿を表す。深緑色の装甲を全身に纏っており、大きく突き出した頭部と胸部から伸びたマニピュレーターが特徴的だ。少し猫背気味なティラノサウルスのようにも見える。背中にはミサイルランチャーやガトリングガンなどの火器がこれでもかというほど積み込まれていた。

 陸上軽巡洋艦トライデント改二。セカンドインパクト後の混迷する世界情勢の中で他国を圧倒するために開発が進んでいたロボット兵器計画を元に、戦略自衛隊が使徒殲滅を目的としてそれを引き継ぎ開発した。トライデント、トライデント改と二機の試作機を経てようやく実戦投入が行われるということだ。

 人類が初めて手にした、エヴァ以外で使徒に対抗できる兵器。

 エヴァのように暴走や稼働制限時間もなく安定した性能を発揮する。今回の実戦でその優れた性能が認められれば、エヴァはお役御免になるだろう。

 もう子供達が犠牲になることはない。

「響、霧島キョウコ―――降下します!」

 トライデント改二が射出口のレール上にて火花を散らせながら突き進み、その巨体を大空へと投げ出す。ほどなくしてパラシュートが展開し、荒れ果てた大地を抉りながら降り立つ。

『暁、加賀美ショウヤ―――降下するぜ!』

『雷、香取ゴウ―――降下!』

 続いて他の二機も第三新東京市に降下していく。計三体のトライデント改二が土煙巻き上がる戦場へと出陣した。

 キョウコが使徒と呼ばれる存在を目撃したのはその時だった。目と鼻の先というわけではなかったが、少なくとも全身のスラスター類を全開にすれば五秒ほどでぶつかるであろう距離だ。

「あれが、使徒」

 もちろん映像ではいくつも見てきた。しかしいざ目の前にいる巨大な存在を目の前にすれば驚きを隠さずにはいられなかった。高層ビルがミニチュアのように思えるサイズ感に圧倒されるも、今は自分も巨大な存在となって戦う術を持っているのだと自分に言い聞かせて、気持ちを奮い立たせる。

 そうだ、子供達は今自分が感じている恐怖を何回も抱き、それでも勇気を振り絞って立ち向かっていたのだ。自分たち大人が臆してどうする。

『予定通り、フォーメーションデルタで片付ける。加賀美がアタッカーだ、いいな?』

『任せてくださいな』

 目の前にいる使徒は歪なフォルムながらも両手両足ははっきりと分かる。それ以外に特徴的なものと言えば背中に生えた七本の触手だろうか。あれが攻撃手段なのか。そういう報告はないがいちおう警戒しておいたほうがいいだろう。大きさ的には使徒のほうが若干優っているが、こちらは数で優っている。

 戦闘において重要なのは個の強さではなく、集団としての強さであることを教えてやろう。そう決意し、キョウコはフットペダルを勢いよく踏み込む。

『全機突貫!』

 隊長の香取がそう叫ぶと、三機のトライデント改二は全身に備え付けられた六基のスラスターを一斉点火して大地を疾走する。トライデント改二はマニピュレーターのある両腕を前に出して展開、そこから正八角形の赤みがかった防護壁のようなものを展開する。

「A.T.フィールド展開!」

 自我境界、人が人を形作るために必要不可欠なもの。それがA.T.フィールド。通常、生物は己を形成するためにだけフィールドを展開し続けており、防護壁としての機能はない。だが使徒のように強力なA.T.フィールドを持つものはそれを無敵の防御手段としたり、トリッキーな攻撃手段に転用する。ゆえに使徒に対して通常兵器は通用しない。

 使徒と対等に戦うにはA.T.フィールドを展開し、使徒のそれを中和しながら戦える兵器が必要となる。そして今までそれがエヴァに限られていた。

『エヴァでなくとも使徒を倒せるのだと証明してみせよう! フィールド中和開始』

 二機のトライデント改二は使徒に突撃すると、使徒の発生させたA.T.フィールドとぶつかりあう。周囲に眩い閃光が四散し、衝撃波によって崩れかけていた高層ビルや瓦礫が宙に舞う。

「中和率、七〇%に到達! いけます、加賀美さん」

 キョウコがそう叫ぶと答えるように、奥の方から加賀美のトライデント改二が直進する。

『おう! 虎の子を使うぞ。使徒殲滅兵器ムラマサノヤリ展開』

 加賀美のトライデント改二の背中に格納されていた銀色のパイルバンカーが頭頂部まで移動し、ユニコーンの角となり使徒の胸部に向かって猛進する。使徒にはコアと呼ばれる部位が存在し、それを破壊しない限りは倒せない。そう、この兵器はコアを打ち貫くためのもの。

 回線を通じて加賀美の獣のような咆哮が、キョウコの鼓膜に叩き込まれていく。

『人類を舐めるなぁッ!』

 しかし直後、激しい爆発と光の奔流がキョウコの視界を純白に染めた。





EPISODE:1  Nobody do not know me.





          4
 半分に割れたスイカが土砂の中に一つ埋もれていた。近くに竿が突き刺さっていたりジョウロが転がっていたりすることから、ここはきっとスイカ畑だったのだろうとハルナは直感的にそう思った。陶器のように白い肌の腕を伸ばし、半分に割れたスイカを持ち上げた。そこから種を親指と人差し指で掴んで口に放り込む。奥歯で噛み砕き、そのまま胃の中に落としていく。少し空腹は満たされた。

 元々、この場所には鉄の天井がったらしい。しかし今、天井に大穴が空き、その向こうから黒煙で濁された青空が顔を出している。ジオフロント。人類の最終防衛ラインと言われるこの場所に雪風ハルナはいた。

「二分遅刻、ごめん」

 同じく大穴の空いた天井を眺めている一人の男にハルナは言った。

「それはいいんだが、食べるのはどうかと思うぞ?」

 男は無精髭の伸びた口顎を動かしながら、ハルナに体を向けた。ボサボサな黒髪を後ろで束ねており、水色のカッターシャツには泥汚れがある。少なくとも事務椅子を尻で掃除しているだけの男ではないのが伺える。彼は今この瞬間まで動き回っていたのだろう。

 しかし焦燥感は表面に出しておらず、余裕のある大人の男といったところか。

「スイカの種のこと? 加持さんが前にそれも食べられると私に教えてくれたから」

「地面に落ちたものを食べていいとは言ってないさ」

 外では今も絶え間なく轟音が響いているにも関わらず、取り乱すことなくハルナの真似をして地面に落ちたスイカから種を拾って食べた。しかし当然ながら、泥の味がしたようで思わず吐き出してしまう。

「よく食べられるな」

「食べられるもの。で、私をここに呼び出した理由を教えて欲しいな」

 直後、深緑色の装甲をした巨大兵器、トライデント改二が大穴から落下してきた。それは地面に背中から落下すると、衝撃によって周囲の地面を抉り土煙を巻き上げる。巻き上げられた土煙で何がどうなっているのかは分からない。しかし直後、爆発音ではない鋭い音、言うなれば閃光が駆け抜けるような鋭い音がし、今度はバラバラになったトライデント改二が同じ場所に落ちてきた。

「遅刻理由はこいつだな」

 続いて大穴からトライデント改二の残骸―――いや吹き出した鮮血のようにオイルでべっとりと濡れている姿は「屍」と表現すべきか―――を持った、純白の天使が降り立った。先ほどハルナが見た姿からは変化しており、背中に七本の触手と四枚の歪な形をした羽を生やしている。

 そう、使徒だ。

「あれを倒せ、ということ?」

「ああ」

「でも武器がないよ」

「そうだな。だから今からその武器を取りに行く。ついてこい」

「うん」

 静かにハルナは頷くと加持の背中について歩いた。後ろのほうでは爆発や破壊や殺戮が行われていたが、彼女は怯えるどころか振り返ることすらもせずに前に進んでいく。

 途中、紫色の巨人が槍に胸を貫かれて浮いている光景が目に入った。一本角の頭部にある獣めいた双眸は光を失い、荒れ果てた大地に視線を落としている。右腕と二の腕から先を失った左腕をだらしなく垂らしている。

「あれが戦ってくれればいいんだけどな。戦うついでに、人類を滅ぼしかねないから困ったもんだ」

 加持は紫色の巨人を一瞥すると、再び早足で歩み始めた。

 ハルナがそれを第十の使徒との戦闘で覚醒し、ニアサードインパクトによって人類を滅ぼしかけた悪魔―――エヴァンゲリオン初号機だと知るのはもう少し先になる。

 しばらくすると抉れた大地の裂け目に鉄の扉が見えた。こんな場所に扉があるということは普段は使われていないものなのだろう。ハルナは表情にこそ出さないものの、秘密の扉を見つけた子供が冒険心に沸き立つような感覚を味わっていた。この先に何があるのだろうという疑問と、早くその向こうを見たいという気持ちにならざるをえない。

 外の世界をあまり知らないハルナなら、尚更のことだった。

「レディーを迎え入れるには、雰囲気のない扉だが我慢してくれよ」

 加持がところどころ錆びた鉄の扉に手をかけると、力いっぱい引いて開けた。ドアの向こうには暗闇が続いていた。そこから錆びた鉄とオイルの臭いが熱気と混ざり合って二人を濡らす。

「この先だ」

 扉の向こうはコンクリート打ちの壁の廊下となっており、壁には赤いペンキで『戦略自衛隊技術研究所ネルフ支部はこちら』と描かれていた。奥の方から鳴り響く機械音が包丁で鉄板を叩いたように鋭く、鼓膜に突き刺さってくる。

「ここは元々、戦略自衛隊の支部だったんだ。どうしてもネルフを監視しようと、政治的圧力やら権限やらで無理やり置いたとさ。ネルフと戦自の因縁は深いからねぇ。とはいえ予算は降りないわ、技術面でネルフに劣るわで一年もしないうちにお払い箱となった―――というのが公開されている情報さ」

「んじゃ、加持さんは戦略自衛隊の人?」

「俺はあくまでもNERV主席監察官さ。表向きは。協力者ってところかね」

 長い廊下を抜けると一〇名ほどの作業員が天井より吊るされた武器の整備を行っていた。二枚のチェーンソーの刃が合わさった凶悪で、殺意しか感じ取ることのできない兵器だ。これならあらゆる生物を殺すことができると確信が持てるほどのものとなっていた。この黄色の装甲が血に染まる光景が容易に想像できる。しかし有り得ないほど巨大だった。これが持てる者などハルナが先ほど見た使徒ぐらいだろう。

 そんなことを思いながら巨大なチェーンソーを眺めるハルナに、加持は続けて説明する。

「しかし実際は残った数名のメンバーで組織が結成された。ネルフがエヴァという兵器を独占していることに危機感を抱き、それに対抗しようと、な。それがヴィレ……ここはその隠れ家であり、その兵器開発の中枢を担う場所でもある」

「対抗勢力の敷地内に秘密基地を作ったの?」

「灯台下暗し、っていうだろ? まぁ兵器開発の都合上、物資の搬入や建造を目立たずに行えるのがここだけだったということだ。外でこんな大きなものを作っているほうがバレやすいってものだ。それにネルフから部品もいくつか拝借はしていたし」

 本当は敵勢力が何らかのアクションを起こしてから動くはずだったのかもしれない。しかし今、ネルフ側にも使徒に対抗できる手段がないらしく、ここで使徒を倒さなければ人類滅亡という状況だ。ゆえに苦渋の決断ではあるが、ヴィレ側で使徒を殲滅するという選択をすることになった。

「ネルフは人類を守るだけが目的ではないの?」

「まぁ一筋縄ではいかない問題があるってことさ」

「わかった」

「大人同士のキナ臭い争いだ。信用できなくなることもあるだろうさ。それでも信じて欲しい。これから君がしなければならないことは、確実に人類を救うためになる、と」

「大丈夫、加持さんのことは悪い人じゃないって信用しているから」

 さらに歩を進めると薄暗い空間に出た。錆びた鉄の臭いは未だにするものの、それに混ざって若干の生臭さが漂っていた。魚市場の中に立っているような感覚だ。金属から生臭さはするはずもない。ならばそこにある「機械以外の何か」は生物的なものなのかもしれない。と、ハルナは右手に薄らと浮かび上がる巨人の頭部を眺める。

「私は、私のやるべきことをやるだけ」

 やれと言われたことを完璧に遂行する。それが今、ハルナのできることだ。その赤い瞳に映るのは兵器か、生物か、それとも神に等しき存在か。暗闇の中でぼんやりと揺らぐシルエットは、その双眸でたしかにハルナを見つめていた。

「これがその武器。戦略自衛隊によって製造された初のエヴァンゲリオン……ロストナンバーだ」

「ロストナンバー……」

「零号機、初号機、弐号機、参号機……これは存在するはずのないエヴァ、といったところか」

 天井の照明機器が一斉に点灯し、鉄色の装甲が濁った明かりに濡らされる。新車のように光沢のある紺色の装甲と、頭部にある二本角が印象的だった。

 ハルナを見つめていたような双眸はそこにはなく―――いやあるとするならば装甲の下か。その目は頭部に何重にも貼り付けられた拘束具の向こう側にあるような気が、ハルナにはした―――、突き出した顎や前方に伸びた二本の角は、どこか神話に出てくる悪魔を彷彿とさせる外観だった。もちろん悪魔など誰一人として目撃したことはない。しかしその凶悪な外観が肉食動物だとか恐竜だとか、そういう現実的なものを超越したイメージを抱かせていた。

「これに乗って使徒と戦ってくれ」

 加持はロストナンバーと呼ばれるエヴァを見つめるハルナに体を向け、静かにそう言った。大人である自分はエヴァには乗れない。子供を大人の争いに巻き込むことへの後ろめたさと、大人という子供を守る立場でありながら何もできない自分への悔しさを込めているようにも思えた。結局、戦うのは子供なのか、と。

 ここで嫌だと言えば、別の選択肢を取ろう。エヴァから逃げずに戦った結果、多くのものを失い、世界を滅ぼしかけるという大罪を背負うこととなった少年を知っているからこその決意だ。心のどこかでハルナが逃げて欲しいと、加持は願っていたのかもしれない。

 だが、雪風ハルナという少女は戸惑うことなく答える。

「いいよ、戦う。でも操縦方法とか知らないから、マニュアル本とか貸して欲しいな」

 彼女にとって戦うということは現実味を帯びていない、未知の世界であった。すなわち未知の世界に飛び込むということは、空っぽの自分を埋めるピースを見つけ出せるかもしれないということで、ゆえにハルナは表情には出さないもののワクワクしていた。

 人間として赤ん坊から一三歳の少女まで育っていく過程を経験せず、ただ今この姿で生まれてきて一年も経っていない空っぽの自分を変えられるかもしれない。

 目の前の悪魔的な外見をした盲目のエヴァはハルナにとって希望だった。





          5
 ハルナはエヴァのコックピットブロックとなる場所、エントリープラグの中で瞳を閉じてただひたすらに時が過ぎるのを待っていた。その間にもオペレーターや技師たちの声が回線を通じて聞こえてくる。外では機械が駆動する音がし、時々上下に大きく揺れたりもした。

『第三次冷却、終了』
『フライホイール、回転停止』
『接続を解除します』
『補助電圧に問題なし』
『停止信号プラグ、排出終了』
『了解、エントリープラグ挿入』
『脊椎伝導システムを開放、接続準備』
『探査針、打ち込み完了』
『インテリア、固定終了』
『了解。第一次コンタクト』
『エントリープラグ注水』

 血のような臭気を帯びた粘着質な液体が足元から上がってき、ハルナの全身を覆う。これはL.C.Lと呼ばれる特殊な液体で、これにより直接血液に酸素を供給することができるようになる。それ以外にも外部からの衝撃から守ってくれたりもするらしい。

『主電源接続完了』
『了解、第二次コンタクトに入ります』
『調子はどう? ゼーレの隠し子ちゃーん』

 そこに間の抜けた女性の陽気な声が混ざる。同時に目の前のインターフェイスに映像ありの回線が開き、頭に包帯を巻いた赤いメガネの少女の顔が映った。

「誰?」

『まぁ、私は助っ人としてこっちに来た、エヴァのパイロット、かな。まぁこいつには乗れないけどね』

「名前」

『真希波・マリ・イラストリアス。マリでいいよー。君の名前は?』

 マリと名乗る少女は左右二つに束ねた茶色の長髪を揺らし、首をかしげる。頭の包帯といい、左腕のギプスといい、首元にあてられた血の滲んだガーゼといい、怪我をしていて動くこともやっとのなのに無理していることがはっきりと分かった。おまけに病衣を着ている。病院から抜け出してきたのだろうか。

「雪風ハルナ」

『ハルナちゃんかー。よろろ! 新しいエヴァパイロットが来るから気になって見に来たの』

「よろしく」

『そっけないなー……せっかくの戦いなんだから、明るく行こうよ』

「明るく……こういう時って、どういう表情や仕草をすればいいか分からないな」

『何か、アイツみたいね。にしても、このエヴァの名前、ロストナンバーって少し味気のない名前じゃない? 今なら名称登録変更できるから、何か別の何かにするかい?』

 正直、ハルナはこのエヴァの名前がロストナンバーでもいい、と思っていた。しかし名称の決定権が自分にあるというのなら、何か別の名前を考えなければいけないという妙な使命感に駆られた。「決めてもいい」が「決めなければいけない」と感じられた。

『第二次コンタクトに入ります』
『インターフェイスを接続』
『A10神経接続、異常なし』

 突如、不思議な感覚に襲われた。まるで自分が巨大化したような感覚。誰かと繋がる感覚。母の胎内に戻ったような感覚。全てハルナにとって初めての経験であったが、はっきりと感じ取ることができた。そこには底知れない安心感がある。自分とエヴァが同じ存在であると確信が持てるゆえの感覚だ。

『LCL、電荷状態は正常』
『ダミーシステムとのリンク完了。本体との接続不良なし』
『初期コンタクト、全て問題なし』
『リスク1405までオールクリアー。シナプス計測。シンクロ率38.8%』

 そうか、エヴァも自分と同じ空っぽの存在なんだ。

 ハルナは本能的にそう思った。自分と同じ、果てしなく「無」に近い存在である。世界中で自分だけだと思っていた存在を、こんなところで見つけることができた。ハルナは嬉しく思い、笑みをこぼす。

「決まったよ」

 多分これが初めて、ハルナが自分で決めたことになるだろう。

「無号機。それがこの子の名前」

 自分を象徴する言葉をそこに置いた。ロストナンバーという違和感のある名前よりもずっと自分にフィットする名前だとハルナは感じた。

『いいの? ロストナンバーよりも地味な名前だけど』

「うん。無号機が、いい」

『そっか。まっ、零号機からMark.6までの全てのエヴァの中に入ることのないエヴァ。存在するはずのないもの、すなわち「無」……名前を付けるとしたら妥当かにゃー』

 いまいちマリという女の語尾が耳に馴染まないでいるハルナは、適当に聞き流しながらも操縦桿に手を伸ばした。人差し指から順に優しく握る。

『あ、あとこのエヴァはダミープラグと君の意識を直結させることで稼働しているんだけど、初回稼動時で調整不足なところもあって脳神経に多大な負荷があるかもしれないから気をつけてね。稼働中は極力抑えているんだけど、接続を切ったり、限界稼働時間を超えると負荷が襲いかかってくるだろうし』

「つまりどういうこと?」

『戦闘後に頭痛がある』

「それなら大丈夫」

『ならよかったにゃ。死ぬことはないだろうから安心して』

「了解」

 直後、ハルナの耳に「発進準備完了」という言葉は入ってきた。

「行くよ、無号機」

 悪魔じみた顔立ちの巨人は頭部を上げ、装甲の隙間から漏れ出す青白い光を煌めかせた。





          6
 土砂が撒き散らされ緑が蹂躙されたジオフロント。右腕を破損したトライデント改二は、かろうじて生きていた自動姿勢制御機能によってゆらりと立ち上がる。黒い瘴気のようなものが立ち昇るなか、そのパイロットである霧島キョウコは、回線越しから漏れてくる断末魔によってようやく意識を取り戻した。

『隊長……が、やめろ……俺は、まだ……』

 肉が擦り切れる音と血が流れ落ちる音が混ざり合い、掠れた声の中に絶望が滲み出していた。そんな加賀美の声に救いの言葉を投げかけることもできず、キョウコはひたすら華奢な体を震えさせながらもかろうじて操縦桿を握っている。何度逃げ出そうと思ったことか。

『足が、潰れてらぁ……畜生、歩けねぇ……這い出るし、か』

 加賀美の乗っているトライデント改二は両手両足を熱線によって溶かされ、虎の子として持っていた巨大なパイルバンカー、使徒殲滅兵器ムラサメノヤリを地面に落としている。そこかしこからオイルが漏れ出し、見るも無惨な有様となっていた。

 そんな彼の前に純白の天使は降り立った。使徒は無傷だ。攻撃すればするほど被弾箇所を瞬時に再生させ、そこから触手を生やしてくる。使徒の上半身には無数の触手が歪に蠢いており、見る者の食欲を失せさせるような容貌となっていた。

『俺は、こんっ、ところ、でぇ……し、ぬ、わけに、は……』

 加賀美の乗るトライデント改二に使徒の触手たちが殺到する。

『ユカ、リ……あ、いし』

 愛する者への最期の言葉も途中で遮るように、使徒の触手が機体を貫き潰していく。崩壊するコックピットの鉄や電子機器に加賀美の肉体が押し潰されていく音を最後に、回線は途切れた。

「加賀美さん。加賀美さんが。う、うっ! うわぁぁぁッ!」

 キョウコはその時、悲しみや絶望よりも怒りを抱いた。使徒という血も涙もない存在に抱いた、二〇年の人生の中で感じたことがない研ぎ澄まされた怒りだ。限界まで切れ味を追求した殺意を胸に、キョウコはフットペダルを蹴った。キョウコの乗るトライデント改二は背部のスラスターを吹き荒ばせて、加賀美の亡骸に向かって突進する。その横の地面に突き刺さったムラサメノヤリを手に取るために。

「私は、私はまだ」

 使徒の放つ触手がキョウコの乗るトライデント改二の右足に突き刺さる。爆発を起こしながらも、残った左足とスラスターで前進していく。

 セカンドインパクト時に両親を目の前で失った時の悲しみ、助けられなかった悔しさがあったからこそ、トライデントのパイロットとして厳しい訓練にも耐えられた。そして今、絶望的な状況でも諦めず、自分の身が犠牲になることも厭わないで立ち向かえるのだ。恐怖、絶望、諦念、全てを乗り越えて戦う強さをキョウコは持っていた。

「守るために戦える!」

 大人でも乗ることのできるトライデントの実用性を証明し、エヴァが必要なくなる世界にしよう。子供が犠牲にならなくて済むように。キョウコはその意志とともに、左腕で加賀美機の装備していたムラサメノヤリを抱き、そのまま使徒に向かっていく。

「A.Tフィールド中和開始。ああッ!」

 しかし一機では中和速度が遅く、到達するまでに使徒の触手がキョウコの乗るトライデント改二の頭部と左肩、左足を貫く。そのまま持ち上げられて土砂でできた山に打ち付けられる。衝撃でキョウコは頭を打ち、破損した電子機器によって右腕を押し潰されていた。

 もはや感覚のない右腕を左手で押さえながら、血だらけになった顔面で空を仰ぐ。機体から立ち昇る黒煙で青空は隠れてしまっている。ふとそこに黒い陰が浮かぶ。

 死神がそこにいた。

 大破したトライデント改二の前に使徒は降り立ち、蠢く触手を広げて胸部を突き出す。純白の身体の中から赤い球体が露出する。あれがコアと呼ばれる部位で、使徒を殺すにはこの部位を破壊しなければならない。

 そんなコアが光を集め始める。隊長を殺した熱線を再び放つようだ。あれには如何なる盾も通用しない。光に飲み込まれたが最期。死に際の言葉も残せぬまま、この世界から消滅してしまうだろう。

「認めたくない」

 キョウコは左手を伸ばす。届くはずのない青空に向けて。

 どれほどの正義や決意があったとしても、やはり使徒と呼ばれる絶対的な存在を殺すことなど不可能であった。使徒は神にも等しい、いや神そのものであるとも言える。人間ごときが知恵を振り絞って武器を作り出したとしても、傷一つ負わせることはできなかった。

 人類は神には勝てない。

 それが導き出される結論だった。

 目指した理想を何一つ達成できぬまま、キョウコは死にゆく自分を受け入れられず、ただ涙を流す。

「人類が無力だと、いう、こと……を」

 否。

 神を以てすれば、人類は神を蹂躙することができる。

 刹那、キョウコの乗ったトライデント改二の背後にあった土砂が舞い上がり、使徒ではないもう一つの巨影が姿を現した。舞い上がる土砂のせいで巨影の正体は分からない。ただ分かることは、人型であることだけ。

 使徒は目標を変更し、コアを土砂の中から飛び出してきた巨人へと向けて、煌く閃光とともに熱線を放った。熱線によって周囲を舞う土砂は吹き飛び、その全貌が明らかとなる。

 二本角で悪魔的な顔立ちの頭部、細長い四肢、上に突き出した肩。背中にはトライデントと同型のスラスターが装着されており、それを噴射させることで飛び上がったのだ。両腕の肘には鋭利な刃物が収納されているようで、その先には両手に持たれた巨大な武器があった。チェーンソー二機を合体させた殺意の塊のような武器、それを二本角の巨人は大きく振りかぶって、天に向けて跳躍していた。

 その時、青空が見えた。ジオフロントの天井に空いた大穴から眩い光が差し込み、巨人の艶やかな紺色の装甲に降り注ぐ。

 使徒の放った熱線を寸前で右にかわした巨人は、チェーンソーを起動しその刃を使徒の右肩に叩き込む。使徒の右肩は抉れ、そこから鮮血が吹き出した。大地に荒々しく降り立った巨人は使徒の右肩に抉りこまれたチェーンソーを引き抜いて、使徒に向けてその凶悪に回転する刃を構える。

「あれは……エヴァ」

 衰弱した声でキョウコは土砂から飛び出してきた巨人をそう呼んだ。

 汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。

 人間が神を殺すために神を使って創造した最強の兵器。

『そこ邪魔』

 回線越しにキョウコが聞いた声は、少女のものだった。





          7
―――君は外の世界を知りたいか?

 ふとハルナの脳裏にある言葉が浮かんだ。生まれてまもない頃、加持が言っていたことだ。今でも覚えている。あの言葉がなければ自分は今ここにはいない。きっと冷たい棺桶の中で〝エヴァの部品〟として存在していただろう。



『射出口は土砂に埋もれていたが、そっちは大丈夫か』

 回線が繋がり、加持の声が聞こえた。本部のほうで指揮を執ってくれるようだ。

「心配ありがとう。大丈夫、無理やり飛び出した」

『そうか。状況は?』

 ハルナは赤い瞳を目の前に佇む触手だらけの純白の巨人―――使徒に向けた。

「今からこいつを」

 ハルナの乗るエヴァ無号機は血飛沫がこびりついた武器、大型粉砕兵器デュアルソーを構えた。デュアルソーの二枚の刃が獲物の血を欲するがごとく、激しい回転を続けている。

「殺すところ」

 無号機は背中のスラスターを噴射させながら駆け出した。デュアルソーを横に振りかぶり、腰を大きく曲げることで使徒の触手を薙ぎ払う。触手が切断されると同時に再生が開始されるが、無号機は間髪入れずにもう一度デュアルソーによる斬撃を下から繰り出した。

 使徒から吹き出す鮮血の軌跡がデュアルソーの回転する刃に弾かれて四散していく。周囲に血の雨が降り注ぐなか、ついに触手の再生が一時的に止まる。ハルナはそれを見逃さなかった。

 無号機は両手で使徒の触手を掴んで自身に引き込むと、右足を上げて使徒の露出したコアを思いっきり蹴り飛ばした。掴まれていた触手はちぎれ、強い衝撃を受けたコアにはヒビが入る。使徒はその巨体で地面を削りながら吹っ飛んでいくと、ピラミッドのような形状をしたネルフ本部にぶつかることでようやく止まった。



―――綺麗なものも、醜いものも、そこにはある。

 無数の死体―――生きてはいるだろうが言葉どころか感情すらも存在しない肉の塊―――が折り重なって倒れている一室で、ハルナは目覚めた。自分の足元に転がっている死体たちは皆、白銀の髪に赤い瞳という、性別は違えど自分と同じような容姿をしていた。



「イメージで操作できるのか。これを作った人、凄いな」

 ネルフ本部に背中を打ち付けながらもゆらりと起き上がった使徒は、無号機に向けて熱線を放つ。それを無号機は右足で地面を蹴って回避すると、背中のスラスターを全開にして使徒に向かっていった。スラスターからは青白い炎が吹き出し、まるで翼のように周囲に広がっていく。無号機は両足で駆けることなく、地面から少し浮いた状態で大地をスケートのように滑走した。

 無号機はスラスターで滑走しながら、右手に持ったデュアルソーを使徒に向かって投げつける。しかし使徒の展開した強烈なA.Tフィールドによって弾かれ、デュアルソーは宙に舞う。

 使徒は再び無号機に視点を向けようとした。だが大地に無号機の姿はない。

 大きく跳躍した無号機は空中にてデュアルソーを手に取り、落下時の勢いをそのままに回転する二枚の刃を使徒に向かって振り下ろす。



―――ダミープラグの中では知ることのできない、本物の世界だ。

 自分は何故か魂を持って生まれた。足元にある肉塊どもと何も変わらないのに、どうして魂が宿ったのか。理由は不明だが今生きているという実感はあった。ゆえに抱く恐怖。ダミープラグというエヴァを動かすための部品でしかない自分が怖くて仕方なくなった。生きる意味は他にあると本能的にそう思ったのだ。



「そろそろ」

 デュアルソーは使徒の右腕を肩から切断した。しかしそこから溢れ出して再生してくる触手によってデュアルソーは破壊され、爆風が無号機と使徒の間に起こる。赤い炎が混じった黒煙の中、無号機は右肘に格納されていた諸刃のプログレッシブナイフを左手に持ち構えた。プログレッシブナイフの刃は高振動を始め、赤みを帯びていく。



―――もし君がそれを知りたいというのなら、俺についてこい。

 死臭渦巻く場所にて、銃を構えながらも優しく声をかけてくる加持は、ハルナにとって救世主以外何者でもなかった。空っぽなのに魂だけ存在する自分が、この先どうすればいいか。分からない。だから導いてくれる人を求めていたのだ。

 そしてハルナは手を伸ばした。



「消えろ」

 ハルナの瞳が殺意の色に染まり、揺れる。獲物を捕らえて牙を突き立てた肉食獣、そのものであった。

 無号機は切れ味が最高潮に達したプログレッシブナイフを目の前の使徒のコアに突き刺した。ヒビ割れた部分にプログレッシブナイフの刃が入り込み、そのまま背部まで肉を切り裂いていく。コアごと胴体を貫通した無号機の左腕は血に染まる。

 直後、使徒はコアを破壊されたことによる形状崩壊を起こし、全身が鮮血となって弾き飛び、ジオフロントの大地を赤く染めた。使徒の鮮血によってぬかるんだ大地に、プログレッシブナイフを突き刺す動作のまま停止した無号機は屹立していた。。

 ハルナはただ知りたかった。この世界のことを。

 美しいもの、醜いもの、人の温かみ、冷たさ、喜び、憎悪、怒り、悲しみ、全て。

 それらが自分の「無」に何かを与えてくれるかもしれないと思ったから。

 無号機はネルフ本部の前で佇む。かすかに立ち昇る黒煙の中、プログレッシブナイフを右肘に戻して静かに青空を仰ぐ。

「これからはよろしく、無号機」

 自分と同じ存在に、ハルナは声をかけた。

 無号機の返事はなかった。

 直後、戦闘後の負荷が襲いかかってきたようで、殴られたような痛みと同時にハルナは意識を深淵まで落としていった。死ぬわけではないと直感でそう思ったが、それでも薄れゆく意識の中でハルナはほんの少しだけ恐怖を感じた。


               つづく


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