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[11336] GS美神 クロスオーバー系短編集
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/04/17 21:56

 GS美神といろいろな作品のクロスオーバー短編集です。
 自分でもGS美神である必然性に首を傾げたくなるものもありますが、大雑把なくくりだとお考えください。
 話の中心人物がどちらの作品にも登場しないオリジナルの場合は、タイトルの後に(オリ主)と表記しています。




[11336] 愛の行方
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/04/17 21:57

「あれ、今日なんかありましたっけ?」
 特に除霊仕事の話は聞いていなかったけれど、財布がすっからかんで家にも何もないので、すきっ腹を抱えて事務所にやって来た横島――キヌに食事でも出してもらえればという思惑である――が、除霊用具一式を持って出かける準備をしている美神に訊ねる。
「あら、横島君。ちょっと唐巣先生のところにいこうと思ってね」
 美神はそういうと、横島の様子に気付いたのか「おキヌちゃんには厄珍堂に行ってもらってるのよ。これでなんか食べなさい」と、ぽんと万札を放ってそのまま出かけていった。
「……へ?」
 横島は呆然とその後ろ姿を見送ってから、なにか危険物にでも触るかのようにそっと美神の投げた札を拾い上げる。
 ためつすがめつ、その札を穴が開くほど見つめる横島。
「ほ、本物だよな。あの美神さんが金をくれた?
 いやいやいや、天地がひっくり返ってもそんなことがあるわけはねーよな。
 てことは、給料前借りさせてくれたってことなのか? それだって、前にどんだけ頭下げてやっと許してもらったことか……
 とすれば、何かの陰謀か? イタリア系マフィアは殺す相手に贈り物をするらしいが……」
 美神に気前よく金を渡されたことに衝撃を受けた横島は、空腹であったことさえも忘れ、漫然と手の中の札を弄び続ける。
 結局、横島はキヌが戻ってくるまで、ぽけっとその場で放心していた。



愛の行方



「神様、ありがとうございます。こんな日がいつか来てくれないかと思いながら、私は心の中でそれをあり得ないことなのだと諦めてしまっていました。これは奇跡に他なりません」
 喜びのあまり滂沱の涙を流しながら、唐巣が自らの神へと感謝の祈りを捧げる。
「まったく、大げさなんだから先生は」
 その様子にやれやれと美神は首を振るが、ピートも「先生の行動も仕方ないことだと思いますよ」と、こちらも未だに自分の見たものが信じられないといった表情で美神をみつめている。
 この日、ふらりと唐巣神父の教会にやってきた美神は、霊障に悩まされているものの普通のGSを雇うことは出来ない困窮した人々の依頼を全て自分で引き受けたのだ。
 そして霊障の解決のために惜しみなく除霊具は使用したものの、依頼人から除霊料金はびた一文受けとらなかった。
 それどころか、生活に困っている人々には自ら何がしかの援助を与えさえしたのだ。
「さすがは唐巣神父のお弟子さんですね。とても素晴らしい方です。TVなんかで聞く評判を信じていたのが恥ずかしいですよ」
 そう信者の一人にいわれても、唐巣は曖昧な笑みを浮かべて頷くことしか出来なかった。
 彼の知る美神は、ある部分では世間の悪評をさらに数倍したような人間であるはずで、まさに自身が狐につままれているような気分だったのである。


 ピートまでもが白昼夢でも見たのかと考えていたが、これは一日だけの奇跡ではなかった。
 それからの美神は決してあこぎな商売をしようとしなかったのである。
 金持ちの依頼人から必要な経費だけは取ったものの、それ以上に数多くの霊的な問題を抱えた人々を、美神は無償で救っていった。
 噂が噂を呼び、すぐに美神除霊事務所が唐巣の教会と同じように、GSに相談することもできずに途方に暮れていた人々の駆け込む場所となっていったのも不思議はない。


 横島やキヌへの美神の対応も変わった。
 横島にはきちんと先輩・師匠GSとしてオカルト知識を教え込み始め、給料もきちんとGS助手に相応しい額を与えるようになったのだ。
 そして実力は十分にあったのだからと、ある程度横島の知識が向上したと認められたところで――「まだしばらくは自分の元で研修を続けること」という条件こそつけたものの――GS協会に彼の本免許を申請した。
 美神は横島をすでに一人前のGSであると認めたのだ。
 自分の本免許を見て感動した横島も、美神の評判が「弱きを助ける正義のGS」として鰻上りになると共に、一緒に仕事をしている彼に対する女性の見る目も変わり始めていたので、このまま美神除霊事務所で働くことになんの依存もなかった。
 こちらは打算まみれであるが、まあ横島らしいといえよう。
 もちろん、美神はキヌにも横島と同じように個人的に指導を始めた。
 さらに「おキヌちゃんは学生なんだから」と、事務仕事や家事は多くを自分が引き受けるようになったのである。
 最初は横島もキヌも豹変した美神に驚き、横島に至っては「一度、病院に行ってきちんと検査してみましょうよ」などと真剣に言い出したものだが、その時も当の美神は怒りもせず「私はどこも変じゃないわよ。みんなが私が変わったって言ってる方が不思議だわ」と、心からにこやかに笑っているだけだった。


 また美神は、これまであまり積極的でなかった六道女学院での特別講師なども、頻繁に請け負うようになった。
 後進の育成は重要な義務だというのである。
「みんなは霊能力という特別な力を持っているからここ(六道女学院)にいるわ。それに優越感を持っている人もいるかもしれないし、そのせいで苦労してきた人もいるかもしれない。でも、これだけは忘れないで欲しいの。あなたたちの力は、この世界のどこかで苦しんでいる誰かを救うことが出来る。そして、それはとても素晴らしいことなのよ」
 六道女学院の学生たちが以前の美神に向けていた視線は羨望に満ちたものであったが、いまや少女たちが美神に向ける視線には、揺るぎない敬意が込められていた。



 歴史上には平和と愛を唱え、俗に聖者や聖人などと呼ばれた人間が数多くいる。
 その中には、ある日を境に人が変わったように高潔な人徳者になったといわれている者も、決して少なくはない。
 いかにもな理由付けはいくらも出来るだろう。
 しかし、その正しさは今や誰にも分からない。



 もう一つの現在、もう一つの宇宙。
「本当によろしいのですね?」
 決して翻意することはないのだとわかってしまっていても、もう一度ベスパは悲しげにアシュタロスに確認をとる。
「ああ。私は魂の牢獄から抜け出してみせる。その結果が世界を踏みにじることになるのだとしてもな。
 ――いや、むしろ永久に邪悪な存在であることを強要し、勝ってはならぬ戦いの悪役を演じ続けさせるような世界など滅んでしまえばいいのだ!」
 悟ったように穏やかに語りだしたアシュタロスだが、唐突にその感情を爆発させ、拳を手近な壁へと思い切り叩きつけた。
 アシュタロスの繋がれた装置――コスモ・プロセッサ(宇宙処理装置)や究極の魔体の防衛システムといった研究の副産物――がわずかに震える。
「……すまないな、ベスパ。お前には辛い思いをさせる」
 すぐに穏やかな調子に戻ったアシュタロスが、優しくベスパを慰撫する。
 アシュタロスは直接的に世界へ喧嘩を売ることよりも、新たな可能性の高い方法を選んだ。
 それはアシュタロスにとって当然のことであるが、ベスパには――道具としてつくられた事を理解しながら、常に献身的に自分を支えてくれた彼女にだけは――負い目を感じていたのだ。
「いえ、そんなことはありません。私の喜びはアシュ様の願いが叶うことですから」
「……ありがとう」
 そっと手を伸ばし、アシュタロスがベスパの頬を優しく撫でる。
「アシュ様……」
 ベスパがその手をそっと上から押さえた。
「……さあ、やってくれ」
 名残惜しげに手を離し、ベスパがゆっくりと装置の最終スイッチを入れる。
「ぐ、ぐああああああああああああああああああああああああっ」
 装置が作動を始めると、即座に歯をむき出してアシュタロスが叫び出す。
 爆発する苦痛。
 強大な魔人であるアシュタロスがこれまでに感じたことのない責め苦が彼を苛んでいく。
 魂そのものを絞り上げられ、切り裂かれるような痛み。
「……っ」
 その苦痛の叫びを聞きながら、張り裂けそうな胸を押さえ、歯を食いしばり、ベスパは装置を止めようとする自分を必死に抑えていた。
 すでに苦悶の声はやみ、アシュタロスはぶるぶると小刻みにその身を震わせるだけになっている。
 ベスパはアシュタロスと、彼から徐々にタンクを経由して流れ出していく感情の力線を見つめる。
 適応不全の魔物アシュタロス。
 彼に邪悪であることを拒ませざるを得なかったその一部が排出されていくのだ。
 二度とアシュタロスに戻らぬように、二度と同じ存在に戻らぬように、どこか別の宇宙へと。
 視線をわずかに戻すと、アシュタロスも辛そうに頭をもたげ、ベスパと同じものを見ていた。
 その行く先を、どことも知れぬ汚染先を。
「……少なく……とも……狂気を……流すより……マシでは……ないかね」
 まだ残るそれがいわせたのか、か細い声でアシュタロスが笑った。
 ベスパも懸命に笑顔を作って頷き返す。
 数分後、ついにそれが完了した時、アシュタロスは完全にこの世界の在り方に適応していた。
 世界が望んでいる以上に。


 どんな神族もわずかな邪心や悪意を持つように、どんな魔族も良心や善意を心のどこかに持っている。
 結局のところ、彼らは同じカードの裏表であり、どちらも演じられるように世界によって定められているのだから。
 だから彼らは理解しあうことが不可能ではないし、お互いを認め協力体制をつくることもできる。
 それはデタントの原動力でもあるし、世界の秩序を保つ基でもあるのだ。
 そして、アシュタロスを苦しめ続けたものでもある。
 決して他の存在になることも滅ぶことも出来ないのに、永久に悪である自分を嫌悪してしまうほどにそれを持ってしまっていたから。


 世界は破滅に向かっている。
 これまでは神と魔の争いで最後の歯止めになったものを、最重要な魔族の一人が失っていたから。
 アシュタロスはもう以前のアシュタロスではない。
 それが分かっていても、最後までベスパは付き添っていた。
 そして史上最悪の殺戮兵鬼、究極の魔体が世界を荒廃させていくのを目撃した。
 究極の魔体自体はすでに止められていたが、世界が再びこのどん底から復興できるチャンスはほとんどないだろうと、シミュレーションを行った高度な演算兵鬼の土偶羅はいっている。
 まだ、しばらくはこの世界も続くだろう。
 しかし結局は一からやり直すことになる。
 茶番劇を繰り返してでも守られようとしていた世界は、もうひっくり返ってしまったのだ。


「……記念碑か」
 ぽーっ、と放射能の息を吐き出しながら――元からそんな気もないが、これによるわずかな汚染など、いまさら気にする必要がない――土偶羅が呟く。
「ああ、ずっと残る奴を。……でも、これは私のためのものだよ。無意味な感傷だってことはわかってるんだけどね」
 無人の荒野の中央。彼女の注文通りのものを土偶羅の指示で作り上げていく埴輪兵たちを見ながら、ベスパが寂しく笑った。
 この世界の未来に生まれる誰かがそれを見ても、決してそれが持つ正しい意味合いを理解はしないだろう。
 その永劫を超えて残るはずの像は、ベスパがアシュタロスに――彼女の愛したアシュタロスに思いを馳せるためのもの。
 ただ、その像はアシュタロスではない。
 本当は世界を踏みにじりたくなどなかったのに、魂の牢獄から逃れるために最後にはそれを行ってしまったアシュタロスは、そんなことを望まないだろう。
 だからこれは土偶羅と共に調査をし、ことの経過を知ったベスパだけに理解できるもの。
 アシュタロスの優しさをこの上なく体現した者の姿。
 すらりと伸びた足、身体にぴったりとフィットした露出の多い服、右手に握られた神通棍、溌剌とした表情、長く伸びて舞う赤い髪。
 その台座には、彼女が口癖のように言っていた言葉が刻まれている。
『私はみんなを愛してるのよ! この世界中のあなたたち、みんなを!』









※ 「GS美神」×「世界の中心で愛を叫んだけもの/ハーラン・エリスン」






[11336] 学園へ (オリ主)
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/04/17 21:59
 青年は初め、半信半疑だった。いや、自分ではまったく信じていないつもりでいた。
 学校に伝わるくだらない怪談話の亜種だろうと。
 どこの学校にもそれぞれに似たような怪談話がある。教職についてそれほど経っていない青年は、赴任した学校と自分の卒業したそこしか知らなかったが、それでもそういった話は自然と耳に入ったものだ。夜中に動く銅像や人体模型。勝手に鳴るピアノやこちらを見やる音楽家の肖像画。トイレの個室にいる女の子。
 とはいえ、そういった話はほぼすべてといっていいくらい、学校の中で起こる怪異についてのものだ。そしてユートピア思想的なものではない。
 これは生徒たちが代々に渡って語り継いできた噂話ではなく、いつかの時代の教師が現実逃避的に考えた夢想なのだろうか。
 いま思い返しても、なぜ自分がこんな馬鹿げたことに同意したのかと青年は苦笑してしまう。
 もちろん青年には客観的に自分を分析することもできた。
 最大の理由は恩義である。
 現実を理解しているつもりではあったが、それでも理想を胸に秘めて教師になった青年。その彼が、陰湿な生徒同士の関係や、自己・子ども中心的な親たちから四六時中寄せられる苦情に潰されていくのに時間はかからなかった。努力をすればするほど、溝が生まれ反発を受け、泥沼に陥っていく。
 うつ病にかかる教師は珍しくないという悲しい現実が、だが彼に味方をした。完全に駄目になる前に治療を受けて最悪の事態に陥る前に踏みとどまれたのだから。
 そのまま、夢破れ現実に押しつぶされて学校を去っていくことも青年にはできた。
 そして青年はそうするつもりでいた。やはり、自分は甘かったのだと。
 そこへある提案をしてきたのは、赴任当初から彼を励まし導いてくれた――青年が教師になろうと思ったきっかけの一つである学生時代の担任にも似た――包容力のある先輩教師。彼が気づいてくれなければ、青年の症状はさらにひどい状態に進んでいただろう。
 だから、自分の口にしていることすべてを信じている様子の先輩教師に言われるまま、青年は約束の場所――指定された教室に、伝えられた日時の深夜二時に足を踏み入れたのだ。
 ここでの記憶はすぐに曖昧になってしまい、その時のことで青年が覚えているものは少ない。
 ただ、がらんとした教室の中央に置かれた机をみて、まだ新しい学校には場違いだなと思ったことだけはよく覚えている。そして同時に、その古い木製の机には、何かしら郷愁をかき立てられるものが――自分がそういったものを使っていたことなどないのに――あると思ったことも。



学園へ



 学校の正面に立つ立派な石像。青年が見上げているそれは、しかしただの石像ではなかった。
 一見したところは、ごく普通の石像同様に揺るぐことのない確固たるものに見えるが、まるで一種のスクランブル・スーツを着てでもいるかのように、そこから受けるイメージがくるくると変わっていくのだ。
 石像のモデルである女性自体は変わらない。
 だが青年が眺めている間にも、それは希望に満ちた新入生から、落ち着きの現れ始めた一般生徒へ、そして下級生を導く力強さを備えながらもまだまだ未来へ向かっているところだという若さと希望がにじみ出た最上級生へ。そして青年も外からはこう見えていたのではという若い教師に変わっていき、生徒だけでなく教師たちをも導くベテラン教師に、最高責任者であり学校すべてを厳しくも優しい瞳で見つめる校長にと変化を続ける。
「ようこそ、私たちの学校へ」
 そう後ろから声をかけられたときには、青年の見ている石像は――なんらかの銘や解説があるわけでもないのにはっきりそうと分かる――この学校の創始者のものとなっていた。
「少し遅れたわね、ごめんなさい」
「いえ、まったく」
 「学級委員の仕事が思ったより長引いちゃって」そう言って穏やかに相手が笑った時、青年は目の前にいるのが生徒の一人に違いないという不思議な印象を受けた。頼りがいのある、クラスのことを任せられるような生徒だと――残念なことに以前青年が受け持っていたクラスには彼女のような生徒はいなかった。
 青年は慌ててその考えを頭から振り払う。
 「行けばわかるよ」と、先輩教師からはあまり詳しいことまでは聞き出せなかったが、いま青年の目の前にいる相手は間違いなくこの学校の重要人物だろう。先ほどまで見ていた像にも似た、ロングヘアの黒髪の女性。
 彼女を見て生徒だと思う人間などいるはずがない。もしかしたら校長その人ではないか、と青年は思った。
「学校はそこに属する全員が重要な要素なのよ。それぞれに役割はあるけど、その価値に差はないわ」
 青年の考えを読んだかのように女性は言い、簡単にお互いの紹介をする。
 そして「まずはこの学校がどういうところなのか、自分の目で確かめたいでしょう」と、先に立って女性は校舎の案内をしようと歩き出した。
 その後ろについて校舎内に入る前に、もう一度青年は先ほどの石像を振り返ってみる。
 どこか違和感が拭えなかったのだ。
 そのもたらすイメージが常に変わることにではない。それは、そういうものなのだと、不思議と理解ができている。
 しかし、その違和感の正体を突き止める前に「どうかした?」と声をかけられ、青年は軽く頭を振りつつ、「なんでもないです」と靴を履きかえ廊下に歩を進めていくのだった。


 授業中に廊下にまで聞こえてくる声。それは青年の学校でもあったもの。違うのは、ここではそれがすべて授業に熱中した生徒や教師の声だということだ。内容のない雑談もなければ、歩き回る生徒たちの足音も聞こえない。
 青年がそれに気を取られていることに気づき、そっと女性が一つの教室の後ろ側のドアを示す。
 青年はその窓から教室を覗き込んでみた。
 ――生徒全員が授業に集中している!
 青年の頭に自分――というよりも彼の後ろの女性――が見ているせいではという考えもわずかに過ぎったが、彼らが廊下にいることに気づいている様子の生徒もいない。
 本当に全員が真面目に授業に取り組んでいるのだ。
「学校で勉強する。そんな簡単な日常さえ今まで手に入れられなかった子もいれば、それまで荒れていた子もいるわ。先生だって似たり寄ったり。ただ、心の中で学校への渇望を持っていれば、ここでは誰だってそれを最大限に表に出すことになるの。だから、うちの学校にいるみんなは、しっかりとそれぞれのすべきことに取り組むのよ。それが彼らの望みなんだから。
 まあ、中には最初に反発を見せる人もいないとはいわないけどね。特に自分の意思でここに来たんだということを認められない人は、そういった態度をとることも往々にしてあるわ。
 でも、大丈夫。最後にはこの学校こそが自分の求めていたところなんだっていうことを、ちゃんと誰もが理解することになるんだから。仲間たちの友情、尊敬できる先生の暖かい導きを得てね。
 ――これって青春だと思わない?」
 青年は素直に女性に同意した。「その通りですね。そう、これぞ青春です」
 “青春”、ここでなければ、堂々と言い切るのに多少気恥ずかしさを覚えたかもしれない言葉だ。だが、ここではそんな思いを抱くことの方が間違っているのだと、青年にもたしかに感じ取れたのだ。


 一通り中を見て廻り、別の出入り口から校舎の外へと女性と一緒に出た青年が目にしたのは、きれいに整備された芝生の敷きつめられた広い運動場と、その奥に立つ建物。
「あれは寮よ。生徒も教員もみんなあそこに住んでるの。以前はここには学校しかなかったんだけど、それじゃ片手落ちよね。私たちは単に一日数時間同じ場所で過ごすだけの他人じゃない。学校という共同体に属する仲間なんだから」
 青年はその寮の方からも、学生たちの声が聞こえていることに気づく。
「彼らは食事当番ね。ローテーションで自分たちの食事を作っているの。学校は学問だけを学ぶところじゃないわ。折角の機会なんだから、あらゆることを覚えなきゃ、もったいないもの」
 まったく料理の腕には自信のない青年は曖昧にうなづいて、目をさらにその先へ向ける。
 運動場と寮のさらに向こう。そこは鬱葱とした森だった。深くどこまでも続いているような森。
 この森に出口はあるのか、森以外のものがその先にあるのだろうかと青年はいぶかしむ。
「昔はあまり周りがいい環境じゃなかったの。どんよりと広がる荒野って感じでね。だけど、当然学校には周囲の環境も大事でしょ。だから今は……まあ、あまり奥には行かない方がいいけど、いいところでしょ。
 そうそう、反対側は海に突き出た岬になっているわ。泳ぐことだってできるわよ」
 「見に行きましょうか」と女性に連れられるまま校舎を回り込むように歩いて行くと、すぐに塩の香りが漂ってきた。
 なだらかに傾斜した道はそのまま砂浜に到達し、その先は水平線の彼方まで見事にコバルトブルーの海以外なにもない。
 一方には広大な海が広がり、他方はどこまでも生い茂る森。
 閉塞感や囚われたような感情を覚えるべきなのかも知れない場所。しかし青年がこの場所に、この学校に感じるのは、ここが安全で守られた小世界だという思い。
 それは不健康なことなのだろうか。
 青年はもやもやとした気持ちで訊ねる。「この学校から出ていった人は――」
 女性に訊ねている途中で、青年は自分がとてつもない馬鹿になったような気がした。
 一体、自分は誰のおかげで今ここにいるというのだ。
「ここは素晴らしい一つの世界よ。
 でも牢獄じゃないわ。いつだって――それは仲間なんだから、悲しさも覚えるけど――出て行きたい人は、みんなの笑顔で送り出してあげてるわ」
 ここを去りたい人間はいつでも出て行ける。おそらくここに来る人間の中には、青年のようにここを離れた誰かに誘われた者もいるのだろう。
 だが、と青年は思う。それはこの学校から完全には切れていないということだ。
 戻りたいと思えば――青年をこうして受け入れたのと同じように――ここはいつでもその人を受け入れるのだろう。
 出て行くことは可能でも、心の芯から卒業や転任していくことは決してできない学校。
 それに、ここで数日でも過ごした後でここから離れたいと思うほど、意志の強い人間がどれほどいるのだろう?
 そもそも、なぜこの素晴らしい場所を離れる必要があるのだ?


 そうして周囲を一回りして校舎へと戻ってきた青年は、もう一度その前に立つ石像をじっくりと眺める。
 今度は別の方向から来たこともあり、先ほど感じた違和感がなんだったのかが、はっきりと分かった。
 青年はそれに納得する。今の青年にはその意味が理解でき、それが正しいことだと心が全面的に賛意を示していたのだから。
 その像は片方の腕をすっと前に伸ばしており、その手の先は指を差すように形作られている。
 それだけならおかしなことはない。探せばこういった像のある学校はいくらでも出てくるだろう。それは飛び立つものたちに道を示すことの象徴。学校というものの役割を体現した姿。
 ――ただし、それが外を指しているのならばだ。
 この石像は確信を込めた表情で“学校”を指差していた。
 優しく、活気に満ち、常に青春真っ盛りの、それだけで完結した一つの宇宙を。









「GS美神」×「理想の学校/デイヴィッド・イーリイ」






[11336] 不完全な神 (オリ主)
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/04/17 21:59

 日暮神(ひぐらし しん)の日常は平凡なものだった。
 その日の朝までは。



不完全な神



 運命の日、日暮神はいつもと変わらぬ早朝に家を出て高校に向かった。部活の朝練があるため、彼以外の生徒はまだこの辺りでは見かけない時間である。
 そんないつもの通学路を歩く彼の前に、ぽっかりと一つの穴が開いていた。
 なにもおかしな現象が起きたわけではない。単にマンホールのふたがなくなっていただけだ。
 窃盗なのかイタズラなのかは知らないが、迷惑な話だと彼は思う。
 どこかに連絡しておくべきなのだろうかと、彼は少しの間だけ悩んだ。面倒だとは思ったものの、彼の場合はきちんと前を見ていたからいいが、考え事でもしながら歩いてきた人間がいれば下まで落ちてしまうかも知れない。間抜けな姿をさらすだけならまだしも、この深さなら大怪我や死もあり得るだろう。
 警察でいいのかな。
 マンホールの縁で底を覗き込みながらそんなことを考えて携帯を操作していた彼は、ここの正確な場所を聞かれたときのために、電柱などに番地があるかとふと周りを見やった。
 ――間一髪。
 彼は声も上げずに壁からこちらに飛び掛ってきた太ったトラ縞の猫を受け止める。
 驚いて身体が硬直していたことが逆に良かったのだろう。慌てて避けようなどと考えれば、足を踏み外して落ちていたかもしれない。また、気づかずに斜め後ろから飛び掛られても、結果は同じようなものだっただろう。猫の体重とはいえ、予想もしていないところへ衝撃を受ければ、直立不動ではいられない。
 勘弁しろよ。そう思いながらも、彼と同じくらい驚いたような――まるで自分がなぜこんな行動を取ったのか分かっていないような――顔をしたその猫を優しく道路に下ろしてやる。
 恐ろしく感じてもいい出来事だったが、その猫のちょっと不細工な愛嬌のある顔をみていると彼にこみ上げてきた感情は笑いだった。
 そいつが足早に一声みぎゃーと鳴いて走り去るのを見送り、彼は再び学校へと歩き出しかけ「いや、やっぱり誰かが処理に来るまで残っていよう」と思い直す。自分もあわや落ちかけた穴だ。何か起きたら寝覚めが悪くなるだろう。
 そんな彼の数メートル先の道、彼が気を変えていなければちょうど歩いていたはずのあたりを、ヒュンと音を立てて切れた電線が叩く。
 ついているのか、いないのか。
 今はだらりと垂れ下がりわずかに揺れている電線を見て、彼はさすがに嫌な気分になる。今日は厄日というやつなのだろうかと、彼はその日の日中を怯えた気持ちで過ごすことになった。


 少なくとも学校では彼に大したことは起きなかった。資料をカートで運んでいる教師にぶつかられ、階段から落ちかけたことを除けば。
 今日はひどく神経が疲れたとため息をつきながら、彼は夕暮れの道を家へと向かっている。
 その道の半ばほどで、急激に天候が荒れ始めた。一天にわかにかき曇り、というやつだ。
 彼は黒雲の中に稲光を見て再び嫌な予感を覚える。学校でも何度か感じたそれは当たらなかったが、朝からの運の悪さでは、雷に打たれることだってあり得るのではないか、と。
 だから、普段ならば大雨が降ってきても走って家へと急ぐだけの彼も、この時はどこかに避難したいと切に思ったのだ。
 だが、雨が降り始めたのは、自宅にはまだ遠いが住宅街の中。駆け込めるような場所はないし、樹木の下など余計に駄目だろう。
 海外の家には避雷室なんてものもあるらしいが、とりあえず建物の中にさえ入れば安全だろうと、彼は目に入った十字架を目指して走り出す。きっと教会なら雨宿りくらいさせてくれるだろう。
 そうして息を切らして教会へとやってきた彼だったが、雨の中に浮かび上がるその姿を見て一瞬足をとめてしまう。
 昼休みに友人と交わした他愛もない会話を思い出したのだ。「朝から不運続きでさ」「――天罰でも当たったんじゃないか」
 そんな目に遭う覚えはまったくなかったが、稲光に照らされて鋭く光る教会の十字架を見て、その会話がふと脳裏に蘇ったのだ。
 ――その時、落雷が命中した。
 彼に、ではない。
 ちょうど見上げていた十字架にである。
 ぎいっと軋むような音を立てて、それは根元から折れ曲がり、彼の方へ倒れ込んでくる。
 彼に出来たのは、目をぎゅっと瞑って身体を強張らせることだけ。
 激しい衝撃音が耳朶を打つ。
 まだギリギリのところで屋根と繋がっていたらしいその十字架は、円を描くように彼の鼻先数センチを掠めて教会の入り口へと激突していた。
 目を開けた彼は、助かったことを喜ぶ前に、その光景にぞっと背筋を凍らせる。
 もし、あの教会のドアに鍵がかかっていたら?
 彼はそこで押しつぶされていたに違いない。
 確かめる気は起きなかった。
 「……天罰」彼はそっとその言葉をつぶやいてみる。
 まさか本当に何かの意思が自分を罰しようとしている、あるいは単に殺そうとしているというのだろうか、と。
 彼は半ば後ずさるように、教会の敷地からおぼつかない足取りで出て行く。
 役目は終えたとでもいうかのように、急激に空が晴れ渡っていったことにも気づかない。
 しっかりとした安心感、現実感を求めるかのように、多少こすれて傷つけられることも厭わずブロック塀に手をふれながら彼は自宅を目指してゆっくりと歩いていく。
 そうして家まで後わずか一ブロックというところまでたどり着くと、彼の前に低い唸り声が立ちはだかっていた。
 おそらくは雑種なのだろう、種類は分からないが、がっちりとした黒い毛並みの大型犬。どう考えても、放し飼いにしておいていい類の犬ではない。
 途切れずに唸り続けている口元には茶色く濁った太い牙。しかも絶えずその先から唾液が零れ落ち続けている。
 黒犬が身体を撓めて飛びかかってくる前、彼が体を反転させて全速力で逃げ出す前、一秒となかったはずだが、その不気味に血走った瞳の焦点がおかしいのを彼はしっかりと見た。
 絶対にやばい病気にかかっているに違いない。はっきりと頭で思ったわけではないが、彼はそう結論づけていた。
 さっきまでの天罰がどうこういう考えは、すでにどこかへ吹き飛んでいる。
 いま重要なのは、とにかくこいつから逃げ切ることだけだと彼は走る。
 明らかに狂っているように見えるのに、追ってくる黒犬の足取りだけはレース犬ででもあるかのように力強く正確だ。
 人間は犬と駆け比べで勝てはしない。直線なら尚のこと。
 彼は鞄を振り向き様に投げつけ、それが上手く鼻面に命中したことで黒犬が転倒しふらついている隙に、塀を乗り越え他人の庭へと飛びこむ。
 この際、怒られるくらいはなんてこともない。とにかくこの家の住人に話して、あの犬を保健所かどこかへ――、そう考えていた彼は、最後の残り日がすっと陰るのに気づいて上を見上げた。
 彼が手をかけてやっと身体を引き上げた壁を、軽々と黒犬が飛び越えているところだった。
 跳躍力がありすぎたせいか、黒犬が彼をも飛び越していくことが分かった瞬間、彼は先ほど乗り越えた壁に再び飛びすがるように取りつき、踵に犬の唾液と生暖かい息を感じながら腕の力だけで必死に体を道路へと放り出す。
 腰から落ちた痛みも気にかける暇はなく、すぐさま身を起こした彼の耳に甲高いクラクションの音が押し寄せてきた。
 迫りくるトラック。驚愕した顔の運転手――驚くぐらいならハンドルを切ってくれよと、引き伸ばされた時間の中で彼は妙に冷静にぼやく。
 ――引き伸ばされている時間! まだだ、まだ間に合う! 
 世界がゆっくりと動いている中、彼は体をトラックと反対側の壁とのわずかな隙間へと投げ出す。
 彼と同じようにまた壁を跳び越えてきた黒犬が、フロントガラスに叩きつけられるのが見える。
 目の前を大きなタイヤが通り過ぎていく。
 トラックが電柱に衝突してひしゃげる派手な音と共に、すっと時間の流れが戻ってきた。
 「やったぜ、くそ野郎が」彼はアスファルトにへたり込んだまま、顔を上げて勝鬨を上げる。彼の中では、すでに偶然ではなく何かに狙われているのだという思いが確信に変わっていたのだろう。
 そいつを見事に出し抜いてやったんだと、引きつったような哄笑を上げる彼。その視界が唐突にくるくると回転を始めた。
「――え」
 間抜けな声がわずかに漏れるが、すぐに何も喋れなくなる。
 残った酸素が消費され尽くすほんの少しだけ前に、彼はくるくると回る視界の中にそれを捉えて理解した。
 トラックが荷台に積んでいた荷物。――衝突の衝撃で固定が外れ、横滑りに飛び出した巨大な一枚のガラス板が、自分の首をすっぱりと切断したのだと。
 地面へと墜落する前に、彼の視界は暗く閉ざされた。


 神様の声を彼は聞いていた。
 ――神様だって? やれやれ。大体もう脳が動いていないのなら、なぜ声が聞こえるのだろう。不思議な声を聞いたり、美しい映像を見たりという臨死体験は、血流中の二酸化炭素が過剰になることで起きると聞いたような気がする。だが、自分の場合は血を全身に送り出している心臓のある方と、キレイにさよならしていたはずだが。そんなことを彼がぼんやりと考えている間にも、声は彼に語りかけ続ける。
「望む力は何か?」「どこへ転生したいのか?」
 そんな言葉が切れ切れに彼の頭に入り込んでくるが、彼はそれに注意を払おうとはしない。
 そもそもなんであんな死に方をしなければいけなかったのだろうか。仮に不遜だの不敬だのの罪なら両親の方だろうと、いまさらながらに彼はそんなことを考えている。
 ……「望む力は?」響く声が少しだけ大きくなる。
 反抗のつもりか、単にどうでもよく他に思いつかなかったからか。
 彼は昨日就寝前に読んでいたマンガのことをふと思い出し、一言だけ口にした。
「アッちゃんの力であの世界に」
 それだけでも相手にはきちんと理解できたのだろう。
 彼は自分の体――もしくはいま自分が外を感じている何か――が渦を巻くようにどこかへと落ちていくのを感じた。
 ところでそれってどんな力なんだろうな、と重力を強く感じ始めながら彼は薄笑いを浮かべる。
 これは最後の力で混乱した脳が見ている夢か何かなのだろうが、彼が読んでいたマンガにも名だけで姿さえ出てこなかったものの名を出したことがひどくおかしく思えた。そういえば、そのマンガもあと十巻以上続いていたのにもう読めないわけだ。
 まあ、名前の出てた三人の中じゃ、たぶん一番偉いよな。それが彼が移動する前のとりとめのない思考の最後のものだった。


 実に惜しかった。私は素直にそう思う。
 またも失敗だったのだが、そこにいつものような半ば諦め交じりの悔しさは存在しない。
 単純に惜しかったという思いだけがある。
 やはりあの名前を選んでみたのが良かったのだろう。
 神(しん)。
 多かれ少なかれ、当然のようにその名前をからかわれたことがあったに違いない。
 誇大妄想に陥るか、親を恨むか、あるいは単に変わった名前として気に入っていたか。それはどうでもいい。ようするに自分と神(かみ)というものに、ちょっとでも関係性を感じたことがある人間なら誰でもいいのだ。
 もちろん、最初からこれほど惜しい結果になるとは思わなかった。これからしばらくは、もっと馬鹿げた要望を伝えてくる奴らにうんざりすることになるだろう。
 それでも、可能性が少しでも高くなるかもしれない以上、これからも神だのそれに類似した名前の奴を――他の有望そうな何かを思いつくまでは――選んで殺していくことになるだろう。――ああ、今回は上手くいかなかったが、二桁のスコアを誇るトラにはご褒美の魚をやっておかなくては。なんとか選んだ奴を殺す過程に絡めれば、そういった干渉をする力くらいは私にだってあるのだから、報いてやらないと。それに、あの太っちょのことはとても気に入っている。


 さて、今度はどいつにしようか? 面倒だし効率のことを考えると、しばらく観察してからやるよりも数をこなしていった方がいいのは確かだろうから、姓の順番か、地域ごとにやっていくか。
 チンパンジーだっていつかはシェイクスピアをタイプする。
 世界は無限にあるんだし、人間も無限にいる。
 いつかは、私のような――いや、それ以上の馬鹿にもめぐり会えるだろう。
 忌々しいことに時間だけは永遠にある。
 ……その馬鹿にめぐり会えるまでは、だな。
 ああ、本当に待ち遠しい。私のように裏をかいた気で「お前の持つのと同じ力が欲しい」などと言い出すのではなく、さらに一歩進んで「お前の力が欲しい」と口を滑らしてしまうような馬鹿のことが。
 その時こそ、私はすべてをそいつに押しつけられる。
 ……その後、私はどうなるのだろうか?
 何度も考えた疑問。そしてこたえはいつだって同じ。
 ――知ったことか!
 延々と人を殺しては、好きな力を持たせ好きな世界へ転生させる以外のことができない人生なんかに、一体なんの意味がある?
 無にでもなった方がマシだね。









「GS美神」×「クレヨンしんちゃん ブリブリ王国の秘宝」 それと「オーメン」のオマージュを少し






[11336] Twist of Fate (GS×ネギま)
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/04/18 21:54

「へー、もうすぐ三百年なんですか。大先輩ですね」
「でも、私って才能なくって……」
「そんなことないですよー。私と違ってみんなに見えるし、ものも持てるんですよ。きっときちんと成長はしてるんだと思います。ほら、神様とかって普通の人間とは時間の尺度が違うっていうじゃないですか」
「……ほんとにそう思います?」
「もちろんですよ。私も協力しますから、一緒に頑張りましょう」
「わかりました。私、もうちょっとここで頑張ってみます~。
 ……うふ、お友達がいるっていいですね」
「えへへ、実は私もずっと夢だったんです。こうやって、お友達をつくるのが」



Twist of Fate さよ編



「岩が落っこちますよ~!」
 人は誰もいないのは確認していたけれど、さらに念のため大きな声で警告をしてから、えいと山の中腹でぐらぐらしていた危ない岩を落とすキヌ。
 岩はごろごろと山肌を転げ落ち――
「うわぁ、やっちゃいました~!」
「こういうのは本当は持ち上げて動かせるといいんですよねー。私が手伝えるといいんですけど」
 のんびりとキヌのところに飛んできたさよが、役立たずでごめんなさいと詫びる。
「いえいえ、そんなことないですよ~」
 幽霊でありながら、ある程度の重さまでなら持ち上げられるキヌが「私もまだまだ精進です」と逆立ち腕立てのようなことを始める。そもそも体重もなく、重力に縛られているわけでもないけれど、精神的に鍛えていると思い込むことが重要なのである――と、キヌたちは思うことにしていた。
 ともかく、うんせうんせと端が歪んでしまったガードレールを元に戻そうと頑張るキヌ。
「やっぱりちょっと、目立ちますね~。えいっ!」
「それは駄目ですよー、おキヌさん。それに近くにいないと効果が続かないんですよね」
 ガードレールに作りたてのまっさらで傷のない状態という幻影を纏わせたキヌに、笑ってさよが駄目出しをする。
「うー、見た目だけでも何とかしたかったのに~」
 えぐえぐと泣き真似をしてみせるキヌ。山の中でこれまで誰とも交流のなかった彼女は、歳?の割りに子供っぽいところがある――まあ、騒がしい学校で同年代の生徒たちを長年見てきた経験を持つさよにもそんなところがあるので、これは単に二人の性格的なものかもしれないが。
「あ、そうだ。さっき聞いたんですけど、あそこの温泉宿に幽霊が出るって噂が流れてるらしいんです。もしかして、おキヌさんのことなんじゃないですか?」
 「私はどうせ見えませんし」とさよは言うが、自分も特にその温泉宿をうろついた覚えのないキヌは首をかしげる。
「どうなんでしょうね~。でも山の神様としては、もし地元の人の商売を邪魔なんてしてたら大変ですし、一度行ってみましょうか」
 「その時に迷惑をかけたらいけないですから、お客さんが寝ついた真夜中頃に行きましょう」などと言っている辺り、この二人は人に怖がられる幽霊としての自覚がないというか、わざとやってるんじゃないかという気もしてくる。
 もちろん、真夜中にホテルの主人の部屋へ壁から現れたキヌは、悲鳴と失神によって迎えられた。


「あの、ワンダーホーゲルってなんですか?」
 数百年前の娘であるキヌはもとより、さよも知らなかったので、明痔大学ワンダーホーゲル部員と名乗った幽霊――温泉宿で噂になっていた存在――に二人は興味を持って訊ねる。
 特にさよは、同じ幽霊なのに最初に出会ったときに悲鳴を上げて逃げてしまったことを――相手にはあまりよく見えていなかったにせよ――申し訳なく思っているせいか積極的である。
「ワンダーホーゲルというのは、ドイツ語で渡り鳥という意味で、徒歩旅行活動のことでありますっ。本来は生きた教育を求めて実際に野外や史跡で世界に触れたり、あちこちの大学を渡り歩いたりすることなのでありますが、今では山登りなどの体育会系的側面が強くなっているっス」
「それで山で遭難して死んじゃったわけなんですね~」
「はいっ、そうであります」
 なぜかやけに元気のいい死人の彼を、それは災難でしたねー、とさよが慰める。
 しかし、自分は山を愛しているので、山で死ねたことはある意味では嬉しいのだとワンダーホーゲルは話す。
「ただ、家族もおりますし、未だに自分の死体を見つけてもらえず放置されているのは気がかりなのであります」
「じゃあ、ワンダーホーゲルさんの遺体をきちんと見つければ、それで成仏なされるんですか~」
「そのつもりでありますっ」
 キヌの問いにワンダーホーゲルは力強く頷いた。
「おキヌさん、手伝ってあげましょうよ。神様のお仕事っぽいですよー、これって」
「そうですね~。ワンダーホーゲルさん、私たちにお手伝いさせてください」
 ワンダーホーゲルには申し訳ないけれど、刺激の少ない山の中にあって明確に何かやることが、目的ができるのが嬉しくてキヌとさよははしゃぎ気味である。
 そんな遠足気分にもみえる二人だが、ワンダーホーゲルも別にそのことに悪感情を持ってはいなかった。山が好きだという言葉に偽りはなく、こうして大まかな場所しか分からない自分の死体を目指してであっても、みんなで山を行くこと自体が楽しいのである。
「それにしても、自分たちは雄大な山を見て、山の神様なんて言葉を使ったりするんスが、ほんとにこの山に神様がいるとは思わなかったであります」
「いえ、そんな……。へっぽこでごめんなさい」
 自分の山?で遭難死させてしまったという形でもあるので、キヌはぺこりと申し訳なさそうに頭を下げた。
「そういえば、そうなんですよね。ごめんなさい」
 自称、山の神様の助手で友達というさよもそれにならう。
「いいえ、それは自分が未熟だったせいでありますっ。お二人にはなんの責任もないっス」
 そんな風に自分たちの話をして理解と友情を深めながら一行は雪山を進んでいく。
 途中でまだ冬の山らしく吹雪いて来たものの、霊体の三人にはそんなものはなんのその。
「……ただ、視界は悪いっスね」
「体の場所は大体しか分からないんですよね」
「そうっス。もうこの辺だったとは思うんでありますが……」
「じゃあ、このまま吹雪が止むのを待ちましょうか~」
 とはいっても、ただ無為に天候が好転するのを待つというのは暇なものである。生前はこういう時にはビバーク――いやゆる露営――をしていたとワンダーホーゲルから聞いたキヌは、ワンダーホーゲルの言葉だけからビバーク用具を幻影で再現する遊びを始めた。
「こんな大きさのテントって持ち運べないんじゃ……」
「そんな感じっス。後、天井はもうちょっと低いであります」
「あれ? おキヌさん、これ入り口がないですー」
「ええと寝袋は、たぶんジッパー――って言って分かりますかねぇ?」
「携帯用コンロもあると便利っス」
「あ、それじゃ普通の焚き火ですよー。テントが燃えちゃいますー」
「――ちょこれーとは知ってますよ~」
「……なんでマカダミアなんスか?」
「板チョコが定番な気はしますけど、これはこれで栄養があるんじゃないですか?」
 やってみるとこれは意外に夢中になれる遊びで、ずいぶんと時間つぶしになった。
 そうして幻影を作り出すキヌを見て、さよも「いつかはおキヌさんみたいになりたいなぁ。頑張ろう」と、決意を新たにする。
 何をどう頑張ればいいのかは、本人にもよく分かっていないのだけれど。


 そして一週間後。
「ん~と、ここは一回掘りましたよね?」
「昨日の吹雪で埋まっちゃったとこだと思いますよ」
「今日はここからでありますっ」
 目的地にたどり着いた後、大体この辺りで自分は死んだのだとワンダーホーゲルは主張した。
 しかし、その大体この辺りという範囲は非常に広かったのだ。しかもここはまだ春を待つ雪山。どんどんと雪が降り積もっていくのである。
 しかも積もった雪を掘って死体を捜せる――つまり、物理的にものに干渉できるのはキヌ一人だけだったのだ。
「実はこれって、素直に雪解けを待った方が早いんじゃないですかね」
「ここまで頑張ったんだから自分で見つけたいです~」
 すっかり応援組みと化した二人に支えられ、キヌは黙々と手で雪を掘っていくのであった。


 さらに一ヶ月と少し後。
「きゃーっ! 出ました~!」
 叫び声はついに達成したという喜びからか、純粋にいきなり死人の顔に直面した驚きか。
「こうやって見比べると、ワンダーホーゲルさんの方か血色がいいですね」
 キヌの背に隠れるように恐々とではあるが――慣れた幽霊よりも死体が怖い様子――、死体とワンダーホーゲルの顔を交互に見てさよが幽霊の方が生き生きしていると感心する。
 ただの物質となってしまった死体より、魂である霊体の方が生命力を持っているのは事実である。
 申し訳ないと思いつつ、捜索の日々で仲良くなった友人の青ざめ凍りついた死体からは、つい目をそらしたくなってしまうのはキヌも同じであった。


 死体を山から運び降ろした後は、キヌが顔見知りになった温泉宿の主人――最初は腰を抜かしたものの、「こったらめんこいお化けだったら、むしろ客寄せになるで」と、あっさりとキヌを受け入れてくれた――に頼んで遺族に連絡してもらう。
「これでお別れですね~」
「寂しくなりますー」
 キヌとさよにそう手を握って言われ、ワンダーホーゲルも感涙している。
「いつかきっと生まれ変わって、またこの山に来るッスよ。山を愛する魂は不滅ですっ」
 堅くそう誓い、ワンダーホーゲルは移送されていく自分の遺体と共に故郷へ帰っていった。
「……いいことしましたよね、私たち。幽霊の私でも誰かの役に立てたんですよね」
「もちろんですよ~。正しい神様のあり方なんてわからないですけど、誰かが私たちに感謝してくれるのって嬉しいですね~」
 二人はのんびりと上空に浮かびながら、自分たちの住む山々を眺める。
「今度は、最初から悲劇が起こらないように頑張りましょうね~」
「ええ、パトロール頑張っちゃいます」
 二人で山とみんなを守っていこうとキヌとさよは決意を新たにする。


 そして数日後、「あの、成仏ってどうやるんでありましょうか?」と、きまり悪そうに戻ってきたワンダーホーゲル――他の部員たちの証言などから、遺体のないまますでに葬儀自体は終わってしまっていたため――を加え、この山の守り神様は三人になった。



TOF さよ編 了






[11336] Twist of Fate (GS×ネギま)
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/04/18 21:56

「危ないっ!」
 降り注ぐ魔法をかわすうち、思わず体勢を崩してしまった女性へと迫る悪魔の鉤爪。彼女のパートナーも召喚された別の悪魔たちと交戦中で、彼女の窮状に気づきはしたものの手を差し伸べることはできそうにない。彼女が死を覚悟しかけたその瞬間――悪魔の鉤爪は輝く六角形の盾にあっさりと受け止められていた。
「大丈夫っすか?」
 「まったく、いきなりこんなとこかよ。もうちょっと考えて送ってくれりゃいいのに」ぼやくように言いながら、唐突に、なのに自然とそこに存在していた不思議な青年――彼女らの使う魔力とも気とも違う雰囲気を纏っている――は、そのまま悪魔を押し返すように弾き飛ばすと、不思議な力で編まれた盾を霧散させ、今度はその手に小さなガラス玉の様なものを生み出した。
「防?」
 一瞬、その玉にそんな文字が浮かび上がったかと思うと、すぐに彼女とパートナーは強固な結界に守られていた。
 悪魔の群れを巧みに避けて、彼女とパートナーだけを守るように生み出されたそれは、どんな巧みな術操作によるものか。
 「……すごい」結界に触れようとした彼女は、それが自分たちを守るように形を変えていくことにも気づく。
 その性質に助けられパートナーと彼女が合流する間にも、青年は「おっとっと」と危ういような余裕のあるようなよくわからない態度で悪魔たちの攻撃をかわしつつ、何事かを悪魔たちと話している様子。
「そっか。そいつに呼ばれて戦ってるっつーわけだな。こっちの悪魔ってそんな感じなのか――いや、独り言だから、気にすんな」
 そのうちに青年はどうやら納得がいったようで、ぽんとさきほどの玉をもう三つ作り出す。
 「探」の字が込められた玉を握ってわずかに目を閉じた後、「そりゃっ」と「捕」の玉を思い切りよく遠くに投げ、「還」の玉はそのまま地面に叩きつける。
 それでおしまい。
 人に仇なす悪い魔法使いは捕らえられ、悪魔の群れは全てが本来属する場所へと還っていった。


「ふあぁ。今日はこっちで寝たんだったにゃー」
 欠伸とともにベッドの上でぐぐっと背中が伸ばされる。
 「うっ、ちょっときつくなってきたかな」少女は着替えのブラをつけながらほくそ笑む。クラスメートに絶対中学二年生じゃないだろという存在が何人もいるとはいえ、仲の良い友人たちの中ではそれなりに抜け出たんじゃないかと、最近の成長に関して自信ありである。
「おはよー、おとーさん」
 元気よく書斎の扉を勢いよく引き開けて彼女は父親に声をかける。
「ああ。おはよう、ゆーな」
 穏やかな声で父親もそれに答えた。しかし裕奈の目は、父が机から振り返る前にさっと手を滑らせたのを見逃さない。
「そこに何を隠したのかなぁ?」
「えっ! いや、なんにも隠したりしてないよ」
 そういう明石教授の目は泳いでおり、隠しごとをしているのが丸分かりである。
「わかりやすいんだから、おとーさんは――それっ」
 積み重なった本の下に手を差し入れて、裕奈は目当てのものを引き出す。
「……」
「……」
 それは金髪美女たちの妖しいヌードが満載された雑誌だった。
「エロオヤジーっ。おかーさんに言いつけてやるー」
「ち、ちがうんだ、ゆーな。これは横島君がお土産だっていってだね」
「ふふん。入手ルートはどうあれ、にやにや見入ってたのは事実でしょ。有罪だねっ」
「あの、母さんには……」
「んー、どうしよっかなー。ついでにドネットさんにも、おとーさんが金髪美女のヌードに夢中になってたって教えてあげたいしなあ。
 ところで、まったく話は変わるんだけど、私欲しい服が――痛っ」
 後ろからコツンと叩かれて、裕奈が大げさに頭を抱える。
 まあ、ドアを開け放して騒いでいれば、それほど広いわけでもない家の中、当然キッチンにもそのやり取りが聞こえていたのだ。
「こら、ゆーな。ずうずうしい真似しないの。それと、あなた。後でちょっとお話しましょうね。
 ――私も欲しい服があるのよ」
 「早く来ないと食べつくされちゃうわよ」と言い残してキッチンに戻っていく母と裕奈を見送って、「恨むぞ、横島君」と明石教授は一人ため息を零すのだった。


「それじゃ横島さん、お父さんたちの同僚になるの?」
「同僚って、すごく曖昧な言葉だな、そりゃ。俺も教授って呼ばれたりするとか?」
 もったいぶって講堂で講義を行う横島を思い浮かべ、「うわ、似合わなーい」と裕奈が笑う。
 麻帆良ならそれも不可能ではないが、ただでさえ見た目が二十歳手前な上に、横島はジーンズにジャケット、頭には真っ赤なバンダナというスタイルに昔から拘り続けているのだ。少なくとも日本では大学生たちにあまり受け入れられそうにない。
「おや、横島君はまだ言っていなかったのかい」
「ふふ、ゆーな。なんと横島さんはゆーなたちの先生になるのよ」
「ええーっ! だって“女子”中学生だよ。女の子ばっかりなんだよ!」
 裕奈の驚きの理由に横島が思わず食卓に突っ伏す。
「僕も学園長にそう危険性を進言したんだけどね。どうしても横島君にお孫さんを守りつつ、ネギ君の補佐をしてもらいたいと言われて、聞いてくれなかったんだ」
「そんなことしたんかいっ! 俺にだって理性と常識くらい――」
 そう言っている最中に、「ほんとかにゃー」と身を乗り出して最近育ち盛りの胸をぎゅっと強調させた裕奈に目が釘付けになり、横島は親たちから数十本の魔法の射手をくらうことになった。
「やっぱり、最初に口を滑らすんじゃなかったかしらね」
 数秒でけろっとした顔で起き上がってくる横島をみて、学園長に実力があって信頼できるフリーの人間に心当たりがないかと訊かれたときに横島のことを話したのをわずかに後悔する親たちだった。
「相変わらず横島さんの回復力はすごいなー。
 あれ? おとーさん、そのネギ君って、もしかしてサウザンド・マスターの子供のこと? まだ小さいんじゃなかったっけ」
「そうね。飛び級して十歳で魔法学校を卒業。その卒業試験が日本の学校で先生をすることだったらしいわね」
「うわ、マジ? さすが血筋だなぁ。それにしても魔法学校行かなくて良かった」
 胸を撫で下ろしている裕奈をみて、明石教授は苦笑いを浮かべる。「魔法学校の卒業試験といっても、普通はもっとまともだけどね」
「ほんとかなー。
 ん? じゃあ、高畑先生はどうなるの」
「忙しい人だからね。完全にクラス担当からは外れることになるんじゃないかな。ちなみに横島君が担任でネギ君は副担任扱いになるそうだよ」
「ぜってえ、おかしいよな。万年留年危機の駄目学生だった俺と、主席卒業の天才。どっちが担任に相応しいかってんだ」
 ネギの年齢を気にすることなく横島は責任を投げたがる。
「もう、横島さんに担任されるこっちの身にもなってよ」
 裕奈はそういうが、「なに、実際の仕事はきちんとネギに任せるから大丈夫」と横島は胸を叩く。
「大体ネギの補佐つーても、魔法関係でなんか問題起こしたらでいいって言われてるしな。それにいざという時は学園長の孫の方を優先していいってことだぞ」
 人の親として気持ちは分かるけど、あからさま過ぎるよねと明石教授が零す。
「あはは。でも、木乃香かぁ。あの魔力はちょっと羨ましいんだよねぇ」
 親の方針で魔法に関わっていないにも関わらず、裕奈を始めとする多くの魔法使いたちよりも木乃香の潜在的な魔力量は上なのだ。
「おいおい、ゆーな。本人には内緒だよ」
「わかってますって」
 この後、中等部の教員寮に横島を案内するところをクラスのパパラッチに見られて、裕奈はしばらくあらぬ噂を潰すのに苦労した。


「そうなのよ。こないだ見られたときも、私が変な男に引っかかってるって噂があちこちで出ちゃったんだから」
「ひどいな。かっこいい青年と一緒で羨ましがられたとかいう話にならない?」
「ならないって。
 あ、あの子かな――杖、でかっ!」
 クラスメイトの明日菜と木乃香が連れている赤毛の少年をみて、思わず裕奈が通学路の影から叫ぶ。
 どうせ教室――横島は学園長室――で会うことになっているものの、なんとなく気になってしまい、二人は駅まで様子を見に来ていたのだが、ネギはいかにも魔法使いの杖といった背丈より長い大振りな杖を手にしていたのだ。
「隠す気ないんじゃないの、あれ」
「どうかなぁ。まあ、杖くらいならファッションなり出身地の伝統なり、誤魔化しようはあるんじゃね」
「そっか。でも、なんで明日菜たちなんだろ。うち(2-A)には魔法関係いっぱいいるのに」
「さあ? 一般の人たちと暮らして魔法をばらさないって事も、卒業の課題の一部とかなんじゃないの。俺にもばれるまでは普通の教師として接しろってお達しが来てるし」
 横島がそんなことを言っているそばから、ネギはくしゃみと共に魔力を撒き散らし、明日菜を下着姿に剥いた。
「ぶっ。なんてガキだ。後でぶん殴って、それからなんか奢ってやろう」
「だああっ! 横島さんはお父さんの――ていうことは私の――遠縁の親戚ってことになってるんだから、女子中学生への猥褻行為で捕まったりしないでよね」
 実はこの設定自体は、クラスメイトたちに問い詰められている時に裕奈が口走ってしまったものなのだが。
「大丈夫だ――揉み消しには自信があるからな。なにせ俺には文珠が……あれ、裕奈? おーい、もう行くのか?」
 母の命の恩人だというし、小さい頃からたまに遊んでもらってもいるので、悪い人じゃないのは分かっているけれど、しばらくは様子見がてらクラスでは横島と距離をとっておこうと思う裕奈であった。


「そうそう、ネギ君はまだ住むとこが決まっとらんのでな。しばらくはお前たちの部屋に泊めてやってもらえんかの」
 学園長の言葉に、明日菜ははっきりと嫌悪を顔に浮かべる。
 なんと新しい副担任だという少年と、新担任だといういいところ大学生くらいにしか見えない青年のせいで、大好きな高畑と会う機会が減るだけでも辛いのに、なぜ住居の面倒までみてやらなければいけないのか。
 「この子、かわえーよ」という木乃香に、「ガキはキライなのよ」と思わず明日菜は言ってしまった。
「そんな、僕は――」
 ネギもいささかむっとして反論しかけるが、横島がすっと二人の間に入る。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。
 たしかにいきなり子供を預かれっていうのは大変ですよ、学園長。それに教員寮に空きがないっていうならいい方法があります。寮の俺の部屋にネギを泊めるんです。それで俺が木乃香ちゃんたちの部屋に行けば、八方丸く収まります」
「そんなわけあるかーっ!」
 途中までは期待を込めて聞いていた明日菜が怒鳴り、普段は孫娘の木乃香との見合いなどを積極的に人に勧める学園長も、この提案はさすがに却下した。
 ぷりぷりしながら明日菜が木乃香と先に教室に戻った後、横島とネギも教室に向かいながら改めて自己紹介し合っていた。
「なあ、ネギ。教育実習で肩書きは副担任だっていっても、ただ見てるだけじゃ折角日本にまで来たのにつまらねえだろ? だから、クラスの大体のことはお前に任せてやろうと俺は思ってるんだ。なに、お前ならきっと立派に先生ができるさ」
「――は、はい、わかりました。頑張ります」
 横島の心にあるのは信頼でも励ましでもなんでもないのだが、言われたネギの方はかなりやる気になっている。
「でも、こんなにたくさんの年上の女の人たちに教えることになるんですよね。横島先生、教師としての心構えみたいなものはありますか」
 実は横島も新米教師だということをまだ知らないネギが、学園長から渡された名簿を見ながらアドバイスを求める。
「え……うーん……。まず当然として贔屓をしない、生徒全員に平等に接することかな」
 愛子やピートに対するのと自分に対する態度があまりにも違った――本人の自業自得なのだが――高校の担任教師を思い出して、横島が笑う。
「それと、欠点を責めるんじゃなく、いいところを見つけ出してそこを褒めて伸ばしてやるのもいいかもしれない」
 さらに自分の霊能力の発現のきっかけになってくれた小竜姫のことを思い出して、横島はそうもつけ加える。
 ネギもそんな横島の言葉を真剣に受け止めていた。


 少し拍子抜けした。それが刹那の偽らざる感想だ。
 横島忠夫という名前は、裏の世界ではそれなりに有名なもの。謎に包まれた文珠というマジック・アイテムを使いこなすといい、その活躍は多岐に渡っている。
 ただ、あまり積極的に仕事をしたがっておらず、おまけに美女と一緒という条件でなければ受けないことも多くあって、その評価は曖昧だし詳しい人物像まではほとんど知られていない。
 だから実際にはどんなすごい人物なのかと気合を入れて身構えていたところに、新担任として教室に入ってきた男があまりにも一般人と変わらなければ、多少気が抜けてしまってもそれは仕方のないことだろう。
「龍宮、どう思う?」
「安易に魔法を使いすぎだな。仕掛けられた黒板消しを空中で停めたところなど、もう少しでクラス中にばれるところだ」
「いや、ネギ先生のことじゃなくてだな……」
 寮の同部屋で、同じく裏の世界の住人である真名は、生やさしい目で揉みくちゃにされる新副担任を見ていた。
「はは、わかっているさ。横島先生のことだろう。あの裏にいる人間らしくない様子を見事な隠れ蓑と思い、いざとなれば戦士に変貌するのではないか、などと考えているのかい?
 ――それは大間違いだ。といっても、単純にあのままでも文珠という能力のおかげで問題がないんだよ。横島忠夫――横島先生に関しては、達人らしく振舞う必要なんかないというのが正しいのさ」
 「実は昔、一緒に仕事をしたことがあるんだ」真名がニヤリと笑ってつけ加える。「お前がどんな噂を聞いているかは知らないが、ひとことで言い表すとすれば、横島先生は“女好き”だよ」
 それを聞いて脱力する刹那に、「私も口説かれたしな」と真名が笑いかける。
「お前も気をつけないと横島先生に――いや、そんなことはないか」
「今、何を根拠にした」
 刹那の身体の成長のあまり見られない一部をあからさまにじろじろと見て意見を変えた真名に、刹那が低い声で問いかける。その手はいつでも愛刀を抜ける体勢だ。
「怒るのが自覚している証拠だろう。それに昔と変わっていなければ、あの人のストライクゾーンは広いから、お前も実際には十分対象になる。
 ともかく、横島先生は学園長が信用して雇ったわけだし、お前が目を配っておくべきなのは、近衛と同室にされるらしいネギ先生の方だと思うぞ」
 そう言われてしまえば、いかに英雄ナギ・スプリングフィールドの息子とはいえ、まだ十歳の少年はどうも頼りなく見える。
 おまけにサウザンド・マスター絡みの事件が起きないとも限らない。
「まったく、学園長は何を考えて……」
 そう刹那が愚痴ってしまうのはしょうのないことだろう。
「いつっ」
 刹那が突然上がった声に目を横島に戻すと、彼は鼻を押さえてうめいていた。どうやら、飛んできた消しゴムに直撃されたらしい。
 「鼻の下、鼻の下」と、認識阻害まで使って裕奈が声をかけている。
「あれはどうしたんだ?」
「インタビューだと身を乗り出した朝倉の胸を、やに下がった目で見つめていたようだな。――女好きだと言っただろう」
「……頭が痛い。ほんとうに学園長はなんであんな人たちを。お嬢様に何かあったらどうするつもりなんだ」
 まずは、横島のことをある程度知っているらしい裕奈に後で詳しい話を聞かねばと心に決める刹那であった。
 一方の横島は、ネギから借りた名簿でクラスメイトの顔と名前を一致させようとしているかのように、じっくりと女生徒を眺めては名前を確かめ、「素晴らしいな」と満足げに頷いているところだった。


「ふぅ。初日だから、一日終わるとどっと疲れるな」
「それを言っていいのはネギ先生だと思うよ」
 放課後になり早速2-Aの生徒たちが教室で開いてくれた横島とネギの歓迎会。「お疲れ様」と紙コップを渡してやりはしたものの、基本的には教室の後ろに控えていただけの横島の言葉に真名が苦笑を漏らす。
 その時、教室がどっと沸いた。
 クラス委員長の雪広あやかが早くも記念だとネギの銅像――というくらい担任の横島の方が添え物のようになっている――をあっという間に作らせていたのだ。
 それを見た横島は、何事か思いついたかのようにあやかのところへ向かう。
「なあ、あやかちゃん。こんな銅像も作れるか? 費用は学園長持ちなんだけど」
 横島が手に持っているのは文珠で作り出したばかりの緻密な設計図。ちなみに費用は学園長持ちといいながら、まったく許可は取っていない。
「あ、はい。大丈夫だと思いますが、このお名前はたしか……」
「ちょっと待て、雪広あやか。こいつは何か勘違いをしているようだ」
 遮るようにそう言って、いつの間にか彼らの横に来ていたエヴァンジェリンが、強引に横島を脇へと引っ張っていく。クラスメイトであっても、あまり他人と関わろうとしてこなかった――こちらからの関わりも拒んでいた――エヴァンジェリンの意外な態度に、あやかはずいぶんと気になったものの、彼女の他人を寄せつけない雰囲気自体は変わらず、そこへ声はかけられなかった。
「んで、どうしたんだ。えっと……エヴァンジェリンだよな」
 「さすがに私のことは知っているか」エヴァンジェリンは満足げな笑みを浮かべる。
 単に名簿で名前を覚えたというだけのことだったのだが、横島はエヴァンジェリンのいう意味にも気づいた。
「明石教授から聞いただけで詳しくは知らん。有名な吸血鬼だってことくらいだな」
 後半は声を落として横島はこたえる。
「認識阻害くらい使わんか」
 軽い調子でエヴァンジェリンが探りを入れ、「悪い。俺、そういう魔法使えないんだ」と横島はあっさりとばらした。
「ほう、そうなのか。では、私が」
 その告白にも顔色をまったく変えずに、エヴァンジェリンは二人に認識阻害をかけた。気になって彼らの様子を窺っていた者も、それですぐに興味を失う。
「だが、あいつは見えているんだろ」
 ふわふわと生徒たちの間を動いている幽霊――出席番号一番、相坂さよ――にエヴァンジェリンが目をやり、横島もああと頷く。
「席を動かさないことって名簿に書いてあったし、見習い中の土地神みたいなもんじゃないのか? なら、きちんと祀った方が成長にもいいかと思ったんだが」
「なるほど。お前はそう考えるのか。
 いや、あいつはただの地縛霊だよ。学園の連中は手が出せないから放ってあるだけだ」
 「ここに囚われて、どこにも行くことができない哀れな存在さ」エヴァンジェリンはわずかに自嘲気味にそう話す。
「そういや、こっちに来てから幽霊なんて初めてみるもんな。どう対処していいかわからんほど、こっちじゃ珍しいのかもしれん。
 ……んでも、よくみると悲しそうだな、あの娘。あれはよくない」
 元いた世界では、横島にもキヌつながりで浮遊霊の知り合いがいたりしたものだが、彼らは浮遊霊であることを受け入れ、その生活に馴染んでいた。それはそれで問題があるのだが、少なくとも彼らは現世や生への強い渇望を持ってはいなかった。それは、不安定な霊体を蝕み悪霊へと変化させてしまう芽なのだ。
 横島は普段文珠を作るときよりも心持ち気合を入れて霊力を練り、「成/仏」と二文字を込めた文珠を手の中に生み出す。
 しかし、横島がそれをさよへと投げる前に、エヴァンジェリンがその手をさっと抑えた。
「――あっ」
 どうやら自分でも意外な行動だったらしく、エヴァンジェリンは舌打ちをしてなにごとか悪態をつく。
「どうしたんだ?」
「なんでもない。……ただ、あいつが友達を欲しがっている様子だったのを思い出しただけだ」
 それを聞いて横島は「ほんとはきちんと輪廻の環に戻った方が、本人のためにはいいんだけどなあ」などと言いつつも、先ほどの文珠を消した。
「まあ、一応俺のクラスの生徒っつーわけだし、担任としてなにか考えておくか」
 「……それにしても、友達か」そう優しい顔で呟く横島を、エヴァンジェリンは不思議そうな目で見る。
「クラスの連中に対するお前の態度を見るに、幽霊でも欲望の対象にするかと思ったんだがな」
 からかうように言われると、「はは、似合わねえのは分かってるさ」と横島は照れたように笑って、ネギたちのテーブルに向かっていってしまった。
 「もちろん、吸血鬼でも幽霊でも、可愛い女の子は大好きだぞ」そう言い残して。
「……おかしな男だ。茶々丸、さっきのは解析できたか」
「いえ、まったくデータにない魔法です」
 文珠の生成場面を記録していた茶々丸が首を横に振る。
「やはりな。……本人も言っていた。認識阻害のような魔法は使えないと。あれは何か別の体系の術だ。魔力とも気ともどこか違う。どちらかといえば気に似ているようだが、同じものではない」
「マスターの障害になるでしょうか」
「それは、まだわからんな。どうせ学園の大規模メンテナンスは来年だ。それまでに見極めていくさ」
 「それに他が駄目なら、奴自身を利用できるかも知れんしな」と、エヴァンジェリンは悪役顔で微笑んだ。


「ねえ、先生たち。今、いいかな」
「どうした、ゆーな?」
「ネギ君、早速魔法使ってるところを見られてたよ。あと、桜咲さんから横島さんのことすっごい訊かれた。一応、曖昧に答えといたけどさ」
 歓迎会も終わり、「時間も遅いし、後片づけはやっとくよ」と引き受けて残った横島と高畑の下にやって来た裕奈が報告する。
「えっ、もうかい? ネギ君、大丈夫かな」
 隠すべき魔法がばれたりした時などの刑罰にオコジョ化というものがあるが、これは普通はそこまで厳格に適応されない。あまりに目に余る場合や改善が見られない、もしくは大規模に問題を起こしたなどの場合に行われる処置である。
「いきなりサポートが必要っすかねえ。それと曖昧にっていうのが気になるんだけど」
 横島もやれやれと笑っただけで、自分の話題の方が気になる様子だ。そうして裕奈も交え、わいわいと一日を終えた時点での感想を話し合うことになった。
 さっき歓迎会の最中に何をやっていたのか気になっていたという裕奈と高畑に、横島は相坂さよのことを話す。
 裕奈はネギの魔法を目撃したのがクラスメイトの長谷川千雨であり、彼女は“普通であることに拘っている変わり者”なので、たぶん大丈夫だろう、と魔法がばれたことについて見た限りでの予想を教える。まず千雨本人が、自分が魔法をみたなどということを信じようとはしないだろう、と。
 それにネギが魔法を見られた原因は、たくさんの本を抱えていたために階段から落ちかけた宮崎のどかを風の魔法を使って助けたため。特にこういった理由の場合は、発覚しても多めにみてもらえる可能性が高い。
 さらに高畑と裕奈が、横島に探りを入れてきた桜咲刹那が木乃香の熱心な護衛であると教える。「知っているかもしれないが」と前置きして、さらに名簿に書いた京都神鳴流というのは退魔の剣術系流派だということも教える。
「も一回おさらいしとこうかな。このクラスで学園――関東魔法協会側に多少なりとも関わってる魔法関係者なのは誰なんだ?」
「六人だね。裕奈君、龍宮君、桜咲君、春日君、それにエヴァンジェリンと絡操君だ」
「えっ、美空も? 私、初耳なんだけど」
「あれ、そうだったかな」
 魔法生徒と呼ばれる魔法使いの学生たちは、基本的に特定の魔法先生の下についているので横の繋がりは意外と薄い。学園警備などに関わっている実力者は顔見知りになることもあるが、まだそこまでの実力はついていないと評価されている美空や、あくまで魔法を両親に習っているだけで正式に学園に魔法使いとして所属しているわけではない――明石教授はともかく、元々フリーだった母親の方に思うところがあるらしい――裕奈はお互いを知らなかったのだ。
「とにかく、この六人が魔法組だってことを念頭に置きつつ、ネギを見てりゃいいわけだな」
「高畑先生からネギくんに釘刺しといた方がいいと思うよ。魔法にずいぶん頼ってるみたいだから」
「まあ、俺もオープンなとっから来たし、最初はかなり気をつけないと駄目だったもんな」
 「今でもたまに魔法の秘匿とか頭から抜けちまうけど」と笑う横島を諌めつつ、まずは安易に魔法を使わないよう気をつけることを徹底させようと方針を決め、ネギには翌日に高畑がアドバイスをした。
 さり気なく、魔法を使ったのを誰かに見られていたよと匂わせつつのアドバイスだったので、ネギも真剣に聞いていた。
 そのおかげか、ネギの魔法使用率はある程度――完全にではない――下がったようである。
 ちなみに横島も、のどかにネギから聞いたということにして、本を大量に運ぶような時はきちんと人を頼るようにとアドバイスをした。「俺ならいつでも手伝うぜ」というアピールが、男性が少し苦手なのどかにどう受け止められたのかは分からないが。


 就任から数日も経てば、クラスの生徒も教師もお互いのことがそれなりに分かってくる。
 そこで木乃香の警護が最優先の任務になっているという横島の話を聞いて、刹那が実力を見たいと手合わせを提案してきた。
 学園の人物評価は、特に学園長の孫である木乃香の周辺のものはしっかりしているので大丈夫だとは思うものの、連携が必要な事態にならないとも限らないのだから。
 ――というのは建前で、本当は「木乃香ちゃんを近くからしっかりと護衛するために、口説いてそういう関係になった方がいいのかな」という横島の発言が、裕奈経由で刹那に伝わったことが大きな理由である。
 ただでさえ刹那は、無節操に女性に――あまつさえ生徒に――声をかける横島の態度に不信感を募らせていたのだ。これでは相当な実力があるのでもなければ、木乃香の傍に置いておくことなどできないと考えてしまっても仕方がないだろう。
 その提案を横島も快く受け入れる。
 常に「防」や「護」といった文珠を複数個仕込んでいる横島だけに、試合をするのは怖くない。一発でやられなければ、いくらでも対応は出来る。それに万が一相手の方がものすごく強いとなったら、いささかみっともなくとも「転/移」して逃げてしまえばいいのだから――無事に逃げられるのも実力のウチという横島の主張が、試合で受け入れられるかはともかくとして。
「あれ、なぜに二人が?」
 ところが横島が指定の世界樹近くの人避けの魔法のかかった広場に来てみれば、そこには刹那だけでなく、真名と裕奈がいた。
 それだけで少し及び腰になっている辺りが性格である。
「私も横島先生とやってみたくてね」
 戦闘狂などではないが、以前横島の力を間近で見たことがあり、自分の成長度合いも確かめたい真名が二挺の拳銃を手にする。
「私は立会い人だよー。横島さんが試合にかこつけてセクハラすると困るからね」
 「横島さんのことだから心配だにゃー」などといっているけれど、こちらは純粋に横島と刹那がやりあうのに興味があったという側面が強い。
 仲は良くても、横島や刹那の真剣な戦いは見たことがなかったのだ。
「よろしいですか」
 刹那が木刀に偽装して常に持つ野太刀、夕凪をすうっと鞘から抜く。
「あんまりよくはないが、仕方ないだろ」
 真名に目を配りつつ、横島は右手に霊波刀、左手にサイキック・ソーサーを作り出す。
「それが横島先生のスタイルですか」
「まあな」
 じりと間合いを詰める刹那に集中すると見せた横島の手から、サイキック・ソーサーがノー・モーションで真名に向かって飛ぶ。以前の横島は振りかぶって投げるようにしていたが、ようは自分の霊波を固めたものであるサイキック・ソーサーは意思だけで自由に動かせるのだ。
「くっ!」
 咄嗟にクロスさせた拳銃で受けた真名が、サイキック・ソーサーの爆発と共に大きく後ろに吹き飛ばされる。
 一瞬刹那がそちらに注意を割いたのを感じ取り、横島は一気に先をなまらせた霊波刀を伸ばした。
 剣と盾という見た目から剣闘士のような戦い方を想像した刹那の裏をかく戦法だ。
 しかし刹那も優秀な神鳴流剣士。向かってきた霊波刀にわずかに肩を掠られながらも、身体を沈み込ませるようにして直撃を避けながら横島目掛けて突っ込んでくる。
「でーいっ」
 横島はならばと、そのまま数十メートルにまで伸びた霊波刀を薙ぎ払う。
 その動作を読んだ刹那は夕凪を霊波刀に合わせるが、圧力負けしてそのまま倒れこむように地面へと転げていった。
 「うおっ! んなもんまで持ち出してんのかよ」刹那に追撃しようとしたところで「護」の文珠が発動し、遠距離からのライフル射撃――弾は非殺傷性の麻痺魔法弾――を選んだ真名の攻撃を受け止めた。
 横島は「護」の文珠に守られながら、もう一つ「護」の文珠を改めて作っておく。安全第一が横島の信条なのだ。
「神鳴流奥義――斬岩剣っ!」
 その隙に刹那が出し惜しみ出来る相手ではないと、本気で巨岩をも真っ二つにする気の込もった一撃を放ってきた。
「ふっ、甘いぜ」
 わずかな判断ミス。刹那は未だ発動中の「護」の文珠に受け止められた剣にさらに気を送り込むことでその障壁を破ろうとしてしまった。
 仮にこの障壁が破られてもまだ防御系の文珠がある横島は、その隙に落ち着いて次の文珠を作れたのだ。
「はい、『捕』まえたっと」
「なっ、これは――」
 魔法による拘束ではない。ただ刹那の身体が動かなくなった。そして喉元に霊波刀が突きつけられる。
「おとなしく投降しろーっ。君の親友が泣いてるぞー」
「だ、誰が泣いていますかっ!」
「横島さん、卑怯だぁ」
 ブーイングと非難を浴びている横島の下へ、ライフルを降ろしやれやれと両手を上げた真名が戻ってきた。
「……なるほど、勝者の特権か」
 そういう真名の視線は――
「横島さんのえっちーっ」
 右手で霊波刀を突きつけながら刹那の体を支えていた左手。それがまだ萌え出る最中の膨らみをぐっと握っているのを見つけた裕奈の蹴りが横島の顎を捉える。
 文珠もわかっているというか、こういう場面では発動しないのだ。
「いや、今のは本当に不可抗力であってですね……」
 そう言う横島だが、蹴られながらも裕奈のスカートの中を凝視していたこともあり、能力的評価こそ上げたものの、教師としての信頼度はまた下がったようである。


 三学期も終盤に入ったある日、横島たちと同じ中等部の教師、瀬流彦が学園長室に呼ばれていた。
「ほう、二人とも頑張っとるか」
 学園長に問われ、未経験のまま三学期から突然の受け持ちとなったにも関わらず、ネギも横島もクラスの大多数と打ち解け、特にネギの方は十歳とは思えないほどの授業内容だと瀬流彦が褒める。
「横島先生もすごい熱意ですよ。どうやら、ガードの固い高等部の女性教員たちとの合コンの約束を取りつけたみたいですから」
 僕もいつの間にか頭数に入ってました、と少し嬉しそうでもある瀬流彦。
 それきり、二人とも横島の話題はあっさりと流して、ネギの最終課題のことを話していく。これは今は教育実習のような扱いのネギを、正式な麻帆良学園の教師とするためのものだ。
「やっぱり、2-Aに関することがいいんじゃないですか。釘を刺すまでもなく、横島先生が手を貸しすぎることはないと思いますし」
「うむ。それでは、期末試験を課題にするかの」
 本人の成績は悪くないものの、クラスはいつも学年最下位だと木乃香から聞いていた学園長は、これをいい機会と捉えた。


「あの、横島先生。次の期末試験で僕らの2-Aを最下位から抜けさせないといけないんですが、横島先生に何かいい考えはありますか」
 金曜日の放課後、最終課題を教えられたネギが改まって職員室で横島に訊ねてきた。
 2-Aの成績を上げること。これは副担任とはいえ、2-A専属のネギには相応しい課題といえるだろう。
 とはいえ魔法使い側と知らなくても、同じクラスを受け持っている――しかも担任の――横島を無視するわけにもいかないのが当たり前であるし、クラスの下の方の成績が思った以上にひどかったので、こうしてネギは知恵を借りに来たのだ。
「ああ、バカレンジャーとかいうのがいるもんな」
 「俺も人のこといえる成績じゃなかったけど」とネギに笑いかけつつ、横島はクラスのことを考える。こちらも他に受け持ちのクラスもないので、この数週で2-Aの生徒たちのことにはかなり詳しくなっている。
 ついセクハラ発言をして一部の生徒からは警戒されてもいるが、「もう、そういう人だと割り切るしかない」と諦め半分に腹を括った刹那のような生徒とは、逆に関係が徐々に良くなってきているのは怪我の功名か。
「とりあえず、上は問題ないよな」
 超、葉加瀬、あやか、のどかなどは学年でみても相当に上位にいる。
「あれ? ちょっと前の成績表ってないか。あったら見たいんだけど」
 ネギが前任者の高畑が残したそれを、「横島の机から」見つけ出して手渡す。
 それを確認しながら、なんでだろうと横島は首を捻る。
「横島先生、どうかしましたか?」
「うーん、ちょっと気になることがあってさ。ネギはとりあえず他の先生に過去問でも貰って、傾向分析とかやっといてくれ。俺はちょっと当てを当たってみるから」
 そう言って横島は慌しく職員室を後にした。


「というわけで、やってきました」
「なにが“というわけ”なんだ?」
 エヴァンジェリンは自宅まで突然に押しかけてきた横島に対して、嫌そうな顔を隠そうともしない。
「だって困ったら相談しろって――」
「そんなこと言っとらんわ!」
「いや、名簿にそう書いてあったぞ」
「……そうか。タカミチめ、どうしてくれよう」
 エヴァンジェリンは危ない笑みを浮かべて高畑のお仕置き方法の選定に入った。実はエヴァンジェリンと高畑の二人は元クラスメイトでもあり、それなりに気心の知れた仲なのだ。
 それに魔法の別荘を貸すことで高畑の修行を手伝ってやったこともあり、エヴァンジェリンは高畑にもっと自分に敬意を払うべきだと言い続けている。
 そんなエヴァンジェリンは怖いのでそのまま放っておき、「どうぞ」とお茶を出してくれた茶々丸と横島は話し始めた。横島が気になったのは茶々丸の成績のことだったので、ちょうどよかったのである。
「茶々丸ってロボットだよな」
「はい。正確にはガイノイドというそうですが」
「何で成績悪いの?」
「さあ。私にもわかりません」
 その後、今度タカミチを呼んでこいというエヴァンジェリンとも話し、横島は茶々丸の製作者――超鈴音、葉加瀬聡美――の研究室を訪れることになる。
 ようするに、暗記系の問題は問題なく解けるものの、応用系の問題が解けていないわけで、それは茶々丸のプログラム自体の問題だと結論づけたのだ。
「それで、横島先生は茶々丸のプログラム・データを見てどうするつもりネ? 正直、先生には理解できるかも怪しいと思うヨ」
 超は横島に対して礼儀正しくはあるものの懐疑的な態度である。
「容赦ねえな」
 確かに休んだ教師の代理でやった半自習な数学の授業での自分の様子を見ていたのだから、その態度も仕方ないかと横島は笑う。
「ただこの場で思考パターンとかに関わる部分を見せてくれればいいんだ。絶対に悪用とかはしない。俺も教師として茶々丸の役に立ちたいんだよ」
 半信半疑ながらも、それくらいなら問題ないかと超は横島の要求を呑む。超も関東魔法協会に属してはいないが、裏の世界のことは知っており、噂に聞く横島が気にかかってはいたのだ。
 そして横島はその内容をしっかりと「憶」えて帰り、自室で――しっかりと結界を張ってから――力を解放してパソコンに向かった。
 超と葉加瀬が届けられた新しいプログラム・データに驚愕したのは翌日のことである。


「ふぅ。なるほどね」
 頭を下げる刹那の話を聞いて、横島が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そうか、そうか。俺が試験の期間くらい真面目にやろうと、下位の方の一人をトップ組みに持ってきてやったり、なんとかしてサボりそうなエヴァンジェリン含めた下の方の連中に補習を受けさせてやろうといろいろ四苦八苦してる時に、ネギの野郎は女の子たちと遊び歩いてるわけだな」
「い、いえ。ですからどこかから流れた噂の『頭が良くなる魔法の本』というのを、お嬢様を含めたみなさんで図書館島に探しに行ったものと」
 そのネギ一行を飲み込んだ図書館島の崩れた床が、あっという間に修復されてそれ以上尾行ができなくなってしまったと、横島に助力を求めに来た刹那が説明する。
 ちなみに床を壊したのは学園長の操るゴーレムだったのが、刹那は単に図書館島の機械仕掛けのトラップだと思っていた。
「クラスのため? いや、違うな。あいつはやっぱ女の子たちといちゃいちゃしたいに違いない。だって、あくまでくだらない噂だろ。確かにここならそういうのもあるのかも知れんが、厳重に管理されてるに決まってる。なりふり構わないっていうならそれもいいが、それなら生徒連れじゃなく自分一人で行って取って来るべきなのは明白だ。何か途中で起こっても、生徒たちさえテストを受ければいいんだから、危険を負うのは自分だけにしとくべきだぜ」
「横島先生なら、そうなされるんですね」
 とにかく木乃香が心配で仕方がない刹那は、「どうしてネギ先生は一般人を……」と渋い顔である。
「ん、俺なら? 
 刹那ちゃんや真名ちゃんを誘うかな。頼れるし、そこそこ成績不振だし」
「言ってることが違うじゃないですか!」
「客観的な意見と自分のやりたいことなんて違うに決まってるだろ。俺は刹那ちゃんと一緒に図書館島でいちゃいちゃしたいぞ」
 えへんと、横島はよく分からない宣言と共に胸を張る。
「ふぅ。横島先生に相談したのが間違いでした。私は図書館島に戻って――」
「おっと、待った。いま問題なのはネギのことだろ。そして俺はああいう美形予備軍が女の子と楽しんでるのをそっと見守ってやるほど優しくはない」
 行こうと刹那の手を取って、横島が教員寮からすぐそばの学校へと走り出す。
「あ、あの、何を……」
 わずかに手を引かれることに顔を赤くしながら刹那が訊ねる。
「ネギとテスト前に遊んでる子たちにお仕置きするのさ。刹那ちゃん、認識阻害」
 横島に言われて刹那が校舎に入る前に二人に行使する。文珠でも同じことは出来るのだが、すぐに阻害がかかるにせよ発動の瞬間に文珠が発する霊力自体はかなり目立つので、魔法使い側に無用な混乱を起こさないよう、使える人間が近くにいれば横島はそちらを頼るのが癖になっているのだ。
「あ、新田先生」
 宿直室の人影を刹那がみてとる。
「そう、一部生徒から鬼と恐れられている厳格な彼が今日の宿直なのだよ」
 その見回り経路の先に陣取り、横島が「結/界」と込めた文珠を数個一度に使用した。
「これは! この前のものよりずいぶんと強力ですね」
 その力に驚愕した刹那が、何を始めるのかと興味深げに横島を見守る。
「これは、俺の力を外に漏らさないためのものなんだ。知ってる人もいるけど、ばれるとちょっと問題が起きるかもしれないんでね」
 「だから、刹那ちゃんも内緒だよ」横島は人差し指を唇に当て、悪巧み仲間に向けるかのような笑みを刹那に向けた。「ああ。それと、半魔の俺の姿を見ても――」
「えっ?」
 刹那は一瞬、横島の言ったことが理解できなかった。
 この人は、横島先生は、今なんと言ったのだ?
 刹那の思考が追いつく前に、横島は普段抑えつけてある自身に秘められた力を解き放っていた。
 すぐに横島の意思で抑えられていくものの、横島を中心に吹き出したのは退魔の仕事に慣れた刹那でさえ震え上がるほど強大な魔の力。
 そしてそれが治まったときには、横島の外見にもはっきりとわかる違いが生じていた。
 思わず声を上げそうになり、刹那ははっと口を押さえる。
「刹那ちゃーん?」
「す、すみません。
 そ、その……横島先生、か、可愛いですね」
「笑わないで、って言ったのにーっ!」
 横島が廊下に身を投げ、駄々をこねるかのように手足をじたばたさせる。
 ルシオラたちには非常に不本意だろうが、頭にひょっこりと生えた二節の触覚と相まって、その姿は見事に台所の害虫を連想させた。そもそも触角の形も違うのにそう思わせるのが、横島のキャラクターというものだろう。
「あんまり似合ってないのはわかってるさ。可愛い女の子ならともかく、俺みたいなのにこんなん生えててもな」
 そう、ふてくされて座り込む横島に、「あの、もしかして横島先生はハーフなのですか?」と刹那が躊躇いがちに訊ねる。
「いや、生まれた時は人間だったんだけどな。高校生の頃にその時は敵だった魔族たちのスパイをやらされてたら、味方の対艦砲撃で大怪我しちゃってさ。そしたらスパイと知らないとはいえ、あいつらの方が優しいくらいなんだよ。『横島は私が助けるでちゅ』なんて言って、俺の吹っ飛ばされた分を自分の霊基構造で補ってくれようとしたりしてさ。
 まあ、魔族と人間の身体の違いを考えずにやったもんだから、そのせいでギリギリ生きてたのにあわや死ぬとこだったけどな。ただ霊基構造ぶち込んだからって、俺に使えるかっつーの。ルシオラが慌てて自分のも使って癒合させてくれて助かったよ」
 衝撃的な話をあっけらかんと語る横島に、刹那はどう反応すべきなのかも分からない。
「とにかくそんなわけで、俺の霊基構造は魔族のとごたまぜになってて、この姿になれば俺はパピリオやルシオラの力が使えるんだ。膨大な魔力、眷属、幻影、麻酔にマッド・サイエンティストな知識って奴を――刹那ちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもありません」
 慌てて刹那は視線を戻し、横島の目をしっかりと見つめ直す。
 横島の話していることはきちんと聞いていたものの、いつの間にかピコピコと動く横島のそれに、なぜかたまらなく興味と視線が吸い寄せられていたのだ。
「まあ、今回は単純に大きな魔力とそれをコントロールする力が必要ってだけだけどさ」
 新田が階段を上がってくるのを聞きつけた横島が、そう言って怒涛の勢いで文珠を生み出していく。
 宙に浮かぶ文珠の群れが淡い輝きで二人を照らし出す。
 「強/制」「召/喚」「長」「瀬」「楓」「早」「乙」「女」「神」「楽」「坂」「明」「日」「菜」「近」「衛」「木」「乃」「香」「古/菲」「佐」「々」「木」「宮」「崎」「本/屋」「綾」「瀬」「夕」「映」「子/供」「教/師」
「あの、ところどころフル・ネームじゃなかったり、重複?があったりとかするようですが……」
「イメージさえしっかりしてりゃ、漢字なんて補助の方向付けみたいなもんだからな。もしかしたら、強制召喚の四文字だけでもいけるかも知れねーけど、折角なんで大盤振舞だ」
 一気に発動させたそれを超人的な――まあ、人間以上の存在になっているのは確かだ――制御力で統制し、新田の前に全員を落っことしたところで、元の姿に戻ってさっときびすを返し、刹那と一緒に横島は現場から退場。
 召喚されたネギたちは図書館島のトラップだと思うだろうし、夜中にうろつく悪い子供たちは、新田がたっぷりと絞ってくれるだろう。


「ネギには後で俺からも、夜中に生徒を連れまわしたことを怒っとくよ」
 学校を出たところで、木乃香を待つと残る刹那に横島が手を振りながらいう。
「たぶん、もうひどく怒られていると思いますから、あまり強くは言わないで上げてくださいね」
 腹を立ててはいたものの、こうして木乃香の無事が確保されてしまえば、十歳の子供にそこまできつく当たる気にもなれない根の優しい刹那である。
「んー……。そういや、俺も夜のデートしたわけだしなぁ」
 そんな横島の軽口も、今はあまり気にならなかった。
「言っておきますけど、そうやって変に言いふらしたりはしないでくださいよ」
 念のため釘を刺してはおく刹那。今回のことで横島への信頼度が上がったとはいっても、もとがずいぶんと下方にあったのだから。
「ちぇっ。久しぶりの美少女とのデートだったのに、自慢はできんのか。
 そうそう、多少このせいもあるんだってことは頭の片隅に置いといて、非難の目を割り引いてくれると嬉しいな」
 横島が自分の両拳を頭に当て、人差し指で先ほどの触角を模した動きをしてみせる。
「元々俺は年上のお姉さま好きで、決してロリコンじゃなかったんだ。それが俺の一部になったあいつらが俺の本能を侵食したんだよ。『背がちっちゃくても可愛ければOKでちゅ』『胸なんて小さい方が素敵なのよ。一般にスレンダーと呼ばれる体形のバランスの方が、普遍的に美しいとされる比率に近いんだから』なんてさ。だから俺が教室で夕映ちゃんに欲情しちゃったりするのも温かい目で見守ってくれると――うわぉっ」
「木乃香お嬢様に不埒な真似をしたら斬り落としますよ」
「刀を俺のあれに突きつけるのはやめてー。今度からなるべく刹那ちゃんを妄想の対象にするからー」
「そういうことを言ってるんじゃありません!」
 半分本気で――どうせ横島には通じないだろうと思っているので――刹那が夕凪を振り回し、それを横島が半泣きで避ける。結局そんなやり取りを続けているうちに、夜遅いこともあってか、新田のお説教から解放されたネギたちの声が校舎から聞こえ始めてしまった。
「……はぁ。でも横島先生、今日は本当にありがとうございました。お嬢様を助け出してくださったこと。そのために力を使ってくださったこと」
 さすがに潮時だと少し自分の行動を恥ずかしくも思った刹那が刀を納め、きちんと礼を言って横島を見送ろうとする。
「ああ、気にしないで。君がどう考えてるのかは俺にはわかんないけど、少なくとも俺は魔族と混じり合っちゃったのが悪いことだなんて思ってないから。別に何が何でも純粋な人間でいなきゃいけないってこともないだろうし、おかげで刹那ちゃんも欲情の対象に出来るようになったんだからな。世界が広がったわけだよ。
 ――ちなみに、こうして思うままを喋っちゃったり、すぐ気に入った女性に飛びついちゃったりするのも、魔族が欲望に忠実に生きてる存在なせいってことで一つ」
 そう最後には、昔から横島を知る者ならあからさまに疑問符をつけるだろうことをつけ加えると、「それじゃ、学校で」と横島は振り返らずに走り去っていった。
「ふふ……きっと、私のこともわかっていたんですよね」
 刹那は静かに呟き、自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
 普段は隠されているが、刹那の背中には白い羽がある。彼女もまた純粋な人間ではないのだ。
 白い羽は忌まわしい烏族の血の証だと、刹那はずっとそれを嫌っていた。
 でも、横島なら気軽に言うかもしれない。「かっこいいじゃん。俺と違って似合ってるよ」などと。
 刹那にはそれが容易に想像できた。
「横島先生は強いんですね。自分の人外の証を、ちょっとした冗談の種くらいに考えてしまえる」
 実際には、横島のそれは精神的な強さなどではなく、単に生まれた世界や環境が違ったために、本当にそこまで大したことだと思っていないだけなのだが、刹那には横島のあり方がひどくまぶしく感じられた。


 そして期末テストで、2-Aは無事に最下位から脱出する。
 これには、新田にしぼられ安直な方法に頼るのはやめようと考え直したネギの全員対象の放課後補習――横島がさらに緊張感を持って勉強するために英単語野球拳をやろうと言い出したところへ高畑が通りかかるなど、ちょっとした問題は起こったが――や、茶々丸の飛躍、なぜかオールゼロでクラス平均に加えられていた相坂さよを計算から抜いたことなど、様々な要因が上げられるだろうが、ともかく晴れてネギ・スプリングフィールドは正式な教員として、引き続き3-Aの副担任となることが決まったのである。



Twist of Fate ネギ編



 世界の可能性は無限。もちろんそこに暮らす人たちにはかけがえのないものだけど、世界なんて呆れるほどたくさんあるんだ。そして常に分岐し続ける。
 これは超さんの事件の時に理解したこと。
 それなのに、こうしてこういう世界にこの時期に来たなんて、何か意味があるのだと錯覚してしまいそうになる。
 もちろんこれは偶然だ。そこまで複雑な事前調査は不可能だったんだから。
 でも偶然でもいい。それでも僕は、ここの横島さんの手助けをしたいという気持ちを抑えることができないんだ。
 思い返せば、僕が副担任をすることになるクラスの担任である「横島先生」として初めて挨拶をした時から、横島さんにはずっと助けてもらいっ放しだった。それは、あの人自身が問題を持ち込んで来たことだって一度や二度じゃきかないけど、だからって受けた恩が消えるはずもない。
 半人前以下だった僕を教え導き、時には――というか、いろいろな場面で――反面教師として引き上げてくれた横島さんがいなかったら、未だに僕はサウザンド・マスターに憧れているだけの中途半端な魔法使いだったに違いない。
 あの人はそんな素振りを見せようとはしなかったけれど、友人や仲間たちから裏切り者と罵られ続けるのは、どんなに悲しかっただろう。
 もちろん、横島さんは適応したし、見事に幸せを手に入れてみせた――少なくとも本人はそう言っているし、横島さんの性格からして本当にそう思っているんだろう。
 だけど、新しく何かを得たからといって、捨てざるを得なかったものの価値が変わるわけはないんだ。
 ここでは、あの人を“人類の敵”なんて存在にしてたまるもんか。僕の自己満足にしかならないのは分かってるけど、ここの横島さんには絶対に人として幸せになってもらいたい。
 一度、横島さんがひたすら強さを求めていた僕にこんなことを言ってくれた。「ある程度以上の強さを手に入れちまうと、それと一緒にいろんなもんも背負い込むことになるぜ。あくまで俺の経験からだけど、強くなるほど平穏な生活からは遠ざかっていくってのは真理な気がする」と。
 横島さんは、僕と違って有名な家系に生まれたわけでも、それどころか魔法使い――もとい霊能者の家に生まれたわけでもない。それなのに横島さんはどんどんと危険な事件に巻き込まれ、その中であっという間に強くなっていったのだという。
 それは強くならざるを得なかったから。そうしないと大事な人を失ってしまうことになっていたからだと僕は思う。
 横島さんの優しさが、横島さんをそういう立場に追い込んでしまったんだ。
 だから、ここでは僕がそうはさせない。
 運命や宇宙意思という言葉を使う人もいるけど、それは大まかな流れ、確率の大きさの違いという以上の意味じゃない。
 そう、そして必要なら僕があの人の肩代わりをしてみせるさ。
 自分の行動を、人生を無意味なものでなくするために、責任を負えるよう僕は改変処置を受けた。そう、責任はとても重たい。だけど僕は必ず自分の意思でやり遂げてみせる。
 僕は世のため人のために働く、マギステル・マギ(立派な魔法使い)なんだから。


「自給250円っ」
「やりますっ」
 僕はきっと「昔の横島さんはこんな風だったんだ」という、意外さを感じるに違いないと思っていた。人は時と共に変わっていってしまうものだから。
 だけど、美神令子さんと横島さんの出会いの様子をみていたら、「あの人は昔からちっとも変わっていないんだなぁ」としか思えなかった。
 変わらないこと。それは横島さんがどんな人生を送ってきたかを知っているが故にすごいとも思えますけど……
 女性に対する態度に関しては、少しくらいは成長した方がいいんじゃないかと思いますよ、僕は。これはもう、あっちの横島さんに対する愚痴でしかないですけど。
「すみません。ゴースト・スイーパーの仕事に興味があるんですが」
 美神さんがアルバイト助手募集のポスターを片付けて横島さんとビルに入ろうとする直前に、そう声をかける。
 すると横島さんが殺気だった目つきで僕を睨んできた。
 ああ、やっぱりこの人は横島さんだ。
 慣れ親しんだ嫉妬の炎が嬉しくて、僕は思わず横島さんに笑いかけてしまった。
 そんなつもりはまったくなかったのに、どうやら横島さんは鼻で笑われたとでも思ってしまったみたいだ。態度は同じでも「僕の知ってる横島さんにはもう少しだけ余裕があったなあ」と、この横島さんの若さを感じられた瞬間だ。
「――変質者と理想的なモデル系美青年か。普通なら決まりなんだけど、こっちなら給料がすごく節約できるし……」
 そう悩み始めた美神さんに横島さんが慌ててまくし立て始める。
「ちょ、こんなちゃらい奴、駄目に決まってますよ。悪霊と戦うキツイ仕事なんすよね。俺みたいにきちんとした覚悟を持ってなきゃ、すぐやめちまうに決まってますよ」
 この時期の横島さんにはGSとしての覚悟なんてまったくなかったと聞いたような気がしますけど――ああ、美人のお姉さんと一緒にいるためならなんだってやってやるっていう覚悟のことなんですね。確かに横島さんのそれは驚嘆に値しますから。
 ともかく、僕か横島さんのどちらかを選ばせるような真似をさせてはまずいです。横島さんを手助けしたいというのが第一義ですが、横島さんが懐かしそうに語ってくれた交友関係もきちんと築かせてあげたいですから。まあ、ほとんど僕には聞かせてくれなかったので、女性の方からの又聞きが多いんですけど。
「仕事を横取りしようとかそういうつもりはないんです。こうして割り込むように声をかけてしまったのは、僕も純粋にGSという仕事に興味があるからで、給料はいくらでもかまいません。それに僕らはバイトという形になるようですし、助手は一人よりも二人の方が都合がいいのではないでしょうか」
 自分が女性を大好きなように、美神さんという人はお金が大好きなのだと横島さんは言っていた。
 それならこういう提案を受けてくれる可能性は高いんじゃないだろうか。
 GSが稼ぐお金に比べたら、ただ同然の労働力が二人も手に入るんだから。
「……とりあえず、二人とも中で話しましょうか」
 そう美神さんに言われた時には、僕はもう横島さんと同僚になるんだってことを確信していた。


 不思議な青年。それが彼の第一印象。
 スケベな馬鹿としかいいようがないもう一人とは大違い。
 落ち着いた物腰、紳士的な態度。どこか憧れのお兄ちゃんを思い起こさせる。おまけに文句なしの美形だ。依頼人に与える印象は申し分ない。
 さらにGS助手を志望した理由が、彼はウェールズの片田舎の小さな村の家系出身で、代々に渡って継承してきた魔法を人の役に立てたいからだっていうんだから、250円で雇うことに罪悪感を覚えたほどだわ。
 そして、すぐに私は彼がどれほどお買い得だったかを知ることになる。
 ネギさん――「22歳と年上ですけれど、助手なんですから呼び捨てで構わないですよ」と本人は言っているけど、唐巣先生を呼び捨てに出来るかっていったら出来ないのと同じようにそうする気にはなれない――と横島君を連れての最初の仕事は、鬼塚邸での除霊。
 犯罪組織のボスだった鬼塚畜三郎の霊が現れるのを察知して、玄関のドアを開けようとしていた横島君を即座に引き戻して後ろに庇ったネギさんの動きは、洗練された見事なものだった。
 横島君にやらせるつもりだった不寝番も自分で進んで引き受けるし、悪霊の誘惑にも乗らずに冷静に相手の正体を見抜く目も持っている。
 除霊を終えたときには、「はっきりいって、ネギさんがいれば横島君は要らないわね」というのが偽らざる気持ちだった。
 でもそう言った私に、「横島さんがいてくれて、いつでも交代できるという安心感があるから、見張りに集中できたんです」と、すかさずネギさんが横島君をフォローしてきた。
 この時を含め、いくつも仕事をこなしていくうちに、ネギさんはどうも横島君をすごく気にかけているみたいだということがわかってきた。
 もしかしたらネギさんはそういう趣味の人なのかと思って、それとなく訊いてもみたけど、それは笑って否定された。「横島さんには友情以上のものを感じてはいませんよ。偏見はないですけど、僕はストレートです」だそうだ。
 確かに風呂場を覗きに来た横島君を私がバスタオル姿でしばいてる時に、少し顔を赤くしてそっぽを向いてたわね。ただ、それも礼儀的なもので、私の魅力になびいている様にはみえないのがちょっと悔しかったな。
 まさか横島君のようになれなんて言いはしないけど、もっと私を意識させたいと思うのも事実。いま私が感じている思いは、恋ではないけれど、昔少女の頃にお兄ちゃんに女性としてみてもらえなかったときと同じような感情ではあるのかもしれない。
 私は一枚の依頼書を手に取る。
 場所は人骨温泉ホテル。ネギさんは日本語に堪能だけど、まだ来てからの日は浅いそうだから、露天風呂でのんびりという日本の文化は初体験かもしれない。
 これは次の仕事として良さそうだ。
 湯に火照る艶姿を見たら、少しはこの私の魅力を思い知るかも知れないしね。


 まだ雪の残る山道を僕たちはゆっくりと登っていく。
「さ、酸素ー」
 僕も横島さんもたくさんの荷物を背負っているけど、まだこういうことに慣れていない横島さんは山道の途中で音をあげた。女性絡みなら信じられないタフネスを発揮する横島さんも、さすがにまだこの時期は体力が十分に鍛えられていなかったようだ。
「少し休みませんか」
 僕はそう声をかけたけど、手ぶらの――これから中心となって除霊を行うのだから、疲労はない方が良いに決まっている――美神さんは「若いんだから頑張りなさーい」と横島さんに笑顔で発破をかけながらそのまま行ってしまった。
 どうしよう。依頼書を見る限り、霊はホテルだけに出現している。荷物なしで美神さんを行かせる方が危ないかもしれない。
 「急がずに横島さんのペースで来てくださいね」と横島さんに声をかけてから、僕は急いで美神さんを追っていった。
 ホテルについて荷物を降ろすと、僕はすぐに空を飛んで――こっちに来る時に杖は持ってこなかったのだけれど、最近厄珍さんの伝手で似たようなものを手に入れた。美神さんが出世払いでいいからと買ってくれたのだ。250円の自給が多少上がったとしても、そう簡単には返せそうにない金額なんですけど――横島さんの様子を見に戻ることにした。
 美神さんはのんびりと宿のご主人が用意してくれた鍋をつつき始めていたし、除霊を始めるのはもう少ししてからなのだろう。


 人柱になってから三百年。成仏も出来ず、土地の神様になるほどの才能もなかった私は一人寂しく長い長い時を過ごしていました。
 だから横島さんを見かけたとき、この人なら私と替わってくれるかもしれないと、つい出来心を起こしてしまったんです。
 横島さんのこき使われ方を見て、こんな扱いでも平気な人なら私と替わってくれるかも、なんて都合のいいコトを考えてしまった私。
 そんな悪霊になりかけていた私を止めてくれたのが、ネギ・すぷりんぐふぃーるどさんでした。
 あと少しで横島さんを押しつぶしかけていた私の仕掛けた大岩。それをネギさんは片手で軽々と吹き飛ばしたんです。
 「た、助かった。にしてもすげーな、ネギの魔法は」と、それは私同様、横島さんにも驚きだったようでした。
 「ちょっとした気と中国拳法の応用ですよ」って、ネギさんはなんでもないことのように照れてましたけど。
 その時、横島さんが私のことを思い出してこっちを見やり、私は慌てて逃げ出そうとしたんですけど、それより早く「戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)」ネギさんの声が聞こえたと思ったら、私の身体は風のような空気のような不思議なものに纏わりつかれて動かなくなっていました。
 近づいて来るネギさんを見つめていたとき、私は不思議なことに穏やかな心持ちでした。
 除霊されてしまうのは正直とっても怖かったんですけど、「これで解放される」「人を殺して替わったりしなくて良かった」という安堵の気持ちの方がずっと強かったんです。それに、この人にならという不思議な安心感みたいなものがネギさんにはありました。
 でも、そんな覚悟を決めた――ついさっき横島さんを殺すところだった――私に、ネギさんは優しく事情を訊いてきてくれたんです。
 気がついたら、私はネギさんの胸の中で泣きじゃくっていました。
 私は元々ものに触れるんですけど、それを知らないせいかネギさんが身体から不思議な力を発していたので、私は穏やかな暖かさに包み込まれて、まるで記憶にもないお母さんの胸に抱かれているような気分でした。
 だから私は、私を土地に縛っているものをわんだーほーげるさんへと挿げ替えてもらった後で、美神さんが「成仏させて上げようか?」というのを遠慮したんです。
 もっとネギさんたちと一緒にいて、仲良くなってみたかったから。
 そんな終始ネギさんにぴったりだった私の様子から美神さんもピンときたようで、私は美神さんの除霊事務所に雇ってもらえることになりました。
 なんと日給三百円も貰えるんだそうです。
 ネギさんや横島さんは苦笑してましたけど、幽霊の私には十分すぎる位のお給料だってすぐにわかりました。
 横島さんもすぐに私のことを許してくれましたし、この事務所は本当にみなさん良い人ばかりです。
 今の私の願いは、消える前に少しでもこの人たちの役に立つことですね。


 四人で仕事をするのにも馴染んできた今日この頃。
 最初は横島君に対しておキヌちゃんは遠慮がちな様子だったんだけど、何かと仲良くなれるようにネギさんが間を取り持ってあげていたおかげで、今では二人もすごく打ち解けている。
 だからたまには遊びも兼ねてと、私たちはリゾート海水浴場での除霊を引き受けたのだ。夜にホテルに出る怪物の正体を突き止めて除霊してくれという依頼なので、昼間は自由に楽しめる。
 これはいい機会だと、「サンオイル塗ってくださらない」とネギさんに頼んでみる。
 「それなら、おキヌさんに――」と言いかけて、フナムシを鷲掴みにしたおキヌちゃんが横島君と戯れているのを見たネギさんは優しい顔で微笑むと、差し出した壜を受け取って私の露出した背中へオイルを塗り始めた。
 ワンピースではなくビキニを着てくるべきだったかしらと、平然と手際よく作業を終えて「後はご自分で出来ますよね」と壜を返してくるネギさんの様子にちょっと後悔。横島君なら鼻息を荒くして、下手したら鼻血でも流しかねないシチュエーションだというのに、なんでこうも下心の影さえ見せないんだろう。
 最初に遠慮したのも私に気を使っただけだろうし、ほんとにストレートなのかという疑いが再燃してくるわね。
 そこへ今度はカニと横島君で遊んでいたおキヌちゃんが戻ってきた。
「面白いところですねー。私、海って初めてです」
 そっか。ずっと山に呪縛されてたんだし、昔は旅も楽じゃないもんね。生まれた場所で生涯を終えるのが普通だったんだし、今は存分に海を楽しむといいわ。――でも、そうやって死んだクラゲを振り回すのはやめてね。
「私も好きよ、こういう仕事。リゾートの仕事って遊べるし金になるし、最高よね」
 「俺も海とか大好き」と明らかに違う目的で言っている横島君はさておき、ネギさんはどうなのかと水を向けてみれば、「僕のせ――友人がプライベートビーチ、というか南の島を持っていたので遊びに連れて行ってもらったことがあります。こういうところも賑やかでいいですけど、あそこも穏やかで広々していて良かったですね」だって。
「お前、山奥出身じゃなかったのかよ」
「出身はそうですけど、ずっと閉じこもっていたわけではないですし、交友関係がなかったわけじゃないですから」
 ネギさんが少しだけ寂しそうに「今はとても疎遠になってしまいましたが」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。
 もちろん細かく問い正したりはしない。
 私はネギさんの腕を取って、「泳ぎましょ」と明るく波打ち際に引っ張っていく。後ろから聞こえる横島君の恨み言を気にするネギさん――むしろ、あててる私のを気にしなさいよ――を、えいと海の中に突き飛ばす。
 それから私たちはみんなで夕方まで楽しく遊んだ。
 ネギさんは具体的なことをほとんど話さないけど、いつか昔の思い出話をしてくれるようになるといいな。
 ――ちなみに依頼自体は、奥さんの人魚に逃げられた半漁人が探しに来ていただけで、よりが戻ると素直に海に帰って行った。最初、横島君が人魚の方を口説こうとしかけてたけど、モノノケなのはともかく、子持ちの人妻というのは荷が重過ぎたらしい。


 どんな霊障が相手でも、いつだってスマートに依頼をこなしていくのが当たり前の美神さん。
 だけど、今回は依頼主から共同作戦と聞いて、美神さんはあからさまに顔を引きつらせた。
 共同作戦の相手は同じGSの六道冥子さん。美神さんとは知り合い――本人は「友達じゃない~」と主張していたけど――らしい。
 六道さんは美神さんや僕よりも年上だけど、全体にあどけなさを残していて、その物腰は柔らかなお嬢様といった感じだ。ちょっと木乃香さんを思い出す。
 そんな可愛らしい六道さんを見て横島さんが黙っているわけもなく、「始めまして~」と挨拶をしてくる六道さんの手を取って「ずっと前から愛してました」と、いきなり真顔で告げた。
 横島さんは同じような手法をよくナンパに使っています。そういったやり方で上手くいくとは僕には思えないんですけどね。――まあ、女性関係に疎い僕がなにか言えた義理ではありませんが。
 六道さんは「今お会いしたばかりですけど~」と、素直な答えを返している。
「愛は時空を超えるんですっ」
 強い口調で言い切ると、「ぼかーもー」と横島さんが唇を突き出して六道さんに迫り出す。
 「やりすぎですよ」と僕が横島さんを引き離すのと、六道さんの影から彼女の式神たちが飛び出すのはほぼ同時だった。
 「やらせとけばよかったのよ」と美神さんは言いますけど、いま僕は横島さんをかばうというより、横島さんから六道さんを助けようとしたんですよ。
 美神さんは僕が横島さんに甘いといいますけど、さすがにセクハラを擁護するつもりはないですから。
「ごめんなさい~。このコたちも悪気はないのよ~。霊の気配で殺気立ってるだけなの~」
 そう言って六道さんが、飛び出した勢いのまま僕の腰にばくりと噛みついていた式神の一体――彼女の式神は十二支に対応していて、このコは猪のビカラというらしい――をなだめて引き剥がす。こちらに主人への敵意がないのが分かってか、どちらかといえばスキンシップといった感じの噛み方――予想される本来の力からすれば、ですけど――だったので、僕も「大丈夫です」とビカラの頭を撫でてやる。
 それを見て六道さんがぱーっと顔をほころばせた。
 どうやら彼女の式神たちをみると、多くの人は怖がって逃げてしまうのが普通らしい。
 確かに見た目が怖そうなコもいますけど、羊のハイラなんかは見た目も可愛いじゃないですか。
 そう言うと、六道さんはますます喜んで、僕を一緒にインダラ――馬の式神だ――に乗せてくれた。美神さんがちょっと睨んできたけど、こうしていても魔法の使用には問題がないですから除霊には差し支えないですよ。


 私たちは鬼門から霊を呼び込んでしまうアンテナになっていると令子ちゃんが判断した最上階に向かってるところ。
 お友達の令子ちゃんと一緒のお仕事っていうだけでもとっても嬉しかったのに、今はこうして一緒にインダラに乗ってくれる人がいる。
 “お友達になりましょう~”。何度も何度も、たくさんの人に言ってきた言葉。だけど、令子ちゃんとエミちゃん以外にはみんなからはねつけられた言葉。
「はい。こちらこそよろしく」
 その返事がどれだけ嬉しかったか、きっとネギくんはわかってない。だけど私にはとっても大きな意味のある言葉だったんだよ。
 だから私は、幸せすぎて普段でもよく舌足らずになってしまう口がきっと上手く回ってくれないだろうと思って、言葉のかわりにぎゅっとネギくんを抱きしめる。
 映画でも、馬に乗った女の人は男の人をぎゅっとしてたから、不自然じゃないよね。
「ちょっと冥子、霊の数が多すぎてバサラの吸引力が弱まってるわよ!」
 令子ちゃんに言われて、それまで雑霊を吸い込んで私たちに近づけさせないでいてくれたバサラちゃんが、もう少しでお腹いっぱいになりかけているのに気づいた。
「霊の数が多すぎるみたい~。あと数分くらいしか持ちそうにないわ~」
「急ぎましょう。この霊の入り口さえ結界で封じてしまえば、これ以上は増えないから」
 サンチラちゃんやビカラちゃんも頑張ってくれてるけど、バテてきちゃったみたい。
 しかも、私自身は弱いことを悟ったのか、霊たちがこっちに集中し始めた。
 不安になりかけたその時、それまでは長い杖を振るっておキヌちゃんや横島君に近づく霊を牽制していたネギくんの力強い声が響いた。
「魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)光の101矢(ルーキス)」
 ネギ君の周囲から無数の光が矢のように霊たちに向かっていく。
「すごーい」
 あっという間にこの階にいた霊たちのほとんどが滅されてしまった。私は呆気にとられてぼんやりとネギ君を見つめるだけ。
「さすがネギさんね」
 令子ちゃんはさすがに冷静で、そう言いながらこの隙に結界を完成させていた。
「私はまた何もできなかったわ~」
 この子たちは強いけど、私は霊能者といっても何もできないんだもの。一人だとほとんど仕事も失敗しちゃう。そんな風に落ち込みかけていたら、ネギ君が軽くみんなを撫でながら私に声をかけてくれた。
「お疲れ様でした。それにしても、冥子さんはとってもすごい式神使いなんですね。僕も別の式神使いに会ったことがありますけど、その人はただ式神を使っていただけでした。だけど冥子さんはそうじゃない。冥子さんの式神のみんなは、信頼関係のある友人だから、冥子さんのために自発的に頑張ってくれている。まさに愛情で結ばれてるパートナー同士。これが本当の式神使いというものなんですね」
「あ、ありがとう。そういってもらえると嬉しいわ~」
 ネギ君は本当に心から私を褒めてくれてるみたい。すごく嬉しいんだけど、一緒に悔しさもこみ上げてくる。お母様の言う通りなら、私はもっともっとこの子たちの力を引き出して上げられるはずなんだもの。
「私、一生懸命頑張るわ~。だから、また一緒にお仕事してくれないかしら~」


 冥子ちゃんにうるうるした目で懇願されて、ネギの奴がちょっと困ってる。
 まあ、俺達はバイトだしな。勝手に共同の仕事の約束なんかしちまうわけにはいかねーだろ。
 それにしても、あのもてっぷりを見てると実に我が身が悲しくなってくる。
 ――うん。やっぱり、いい気味だ。困れ、困れ。
 美神さんも自分に懐いてた冥子ちゃんが、いつの間にかネギに夢中になってるみたいで面白くなさそうだ。
 どいつもこいつもなんでこんな奴がいいんだか。
 ……はぁ。理由がわかるから、余計に腹が立つんだよな。
 俺だって金髪碧眼の美形だったら……
「あんたの場合は、外面より内面に問題が大有りじゃない」
 口に出しちまってたみたいで美神さんが呆れた声をかけてくる。
 ううっ。
「あれ? じゃあ、外面はそう悪くないってことっスか? 
 おキヌちゃん、どう思う?」
「え……えーとぉ……」
「うわぁぁあん! どうせ俺にはいいとこなんか一個もないんだぁーーーっ!」
「あ、ああっ、待ってください、横島さーん。急に訊かれて戸惑っちゃっただけなんですー」


 どこかへ走り去って行く横島君を、おキヌちゃんが追いかけていく。
 やれやれ。
 まあ、暴走しても他人にかける迷惑の大きさからすれば、冥子よりはだいぶましだけど。
 そう、下手に強く注意すると泣いちゃって、それにともなって式神が暴れるから冥子はやりにくい。
 今もネギさんの腕に抱きついている冥子を、話があるからとそっとネギさんから引き剥がす。
 事務所に話を通すならともかく、直接他人の助手に共同除霊の話を持ちかけるなんていうのはマナー違反だと、きちんと教えておかないと。
 私はなるべく落ち着いた口調でそのことを冥子に告げる。
「知らなかったわ~。ごめんなさい~」
 素直な性格の冥子もきちんと謝ってくれた。ただし、「もちろん、令子ちゃんも一緒にやりましょうね~」って、問題自体は何も解決しないんだけど。
 うーん。今回はネギさんのおかげで上手く行ったけど、やっぱり時限爆弾みたいな冥子と一緒の除霊っていうのは、あんまり気が進まないのよね。
 冥子は期待を込めて、今度は私を潤んだ瞳で見上げている。
 こりゃ、断ったらひどいことになるわね。
「わかったわよ。なにか、冥子と一緒に出来る仕事がないか気にかけとく。でも私たちだって忙しいんだから、そんなにすぐにどうこうとはいかないかもしれないからね」
 「だから令子ちゃん、大好き」そう冥子が満面の笑顔で抱きついてくる。
 ほんとうに子どもみたいに素直で感情的。だから見捨てられないのね。
 結局この後は全員で会食することになった。最初は冥子の行き着けの店に行こうかと思ったんだけど、安物だけどスーツ姿でいることの多いネギさんはともかく、横島君の服装で入れる店じゃなかった。
 まあ、冥子は全員で楽しくお喋りを続けたかっただけみたいだから、気にしてなかったけど。
 今度、ネギさんにはちゃんとした服を仕立てて上げようかしら。ウチの事務所の顔の一人なんだしね。


 仕送りを増やしてもらおうとかけた電話はあっさりとはねつけられた。嫌なら来いなんて、誰がナルニアなんてジャングルしかない非文明圏に住めるかってんだ。
 かといって美神さんに値上げ交渉しようかと考えても、いい結果がまったく予想できん。
 特に問題なのが、ネギが俺と同じ自給で働いていることだ。
 つーか、あいつだったら絶対もっとマシな条件で働けるだろうに……。俺と同じで美神さん目当てなのか? 表に出さんがムッツリだという可能性は大いにある。くそっ、あの姉ちゃんは俺のだ! 
 そんなことを考えながら事務所に向かうと、扉の前に褐色の肌に見事な黒い髪をしたエキゾチックな美女がいた。


「引き抜きですって? なんの冗談よ。あんたの専門はブードゥーからエジプトまで幅広い呪いでしょうが」
「何かおかしいかしら? あたしだって本業はゴーストスイーパーなんだから、優秀な助手は必要よ」
 エミの言っていること自体は何もおかしくない。確かに優秀なGS助手は貴重で、雇い主のGSが対した相手ではない――敵対しても大丈夫――と判断されれば好条件で引き抜きにかかることも珍しくはないんだから。
 はっきり言って、仮にエミの下にネギさんがいて250円で働いてると知ったなら、私は何が何でも彼を手に入れようとしただろう。だから、エミの行動のその部分は理解できる。
 ただ、わからないのはこれだ。「どうして、横島君まで?」
「あら、わからないの。人並みはずれた煩悩パワーと妖怪変化に好かれやすい非人間的な魅力。彼もGS助手に相応しいわ。
 大体、自給250円なんて頭がおかしいとしか思えないワケ。それで二人ともどうやって生活してるのよ」
 「時間のあるときに山に入って食料を調達したりしてますね。東京の生活にはまだあまり慣れてなくて」ネギさんはあっさりとそんなことを言う。ちょっと、ちょっと。そんなことするぐらいなら、素直に昇給を求めに来てくれていいのに。少なくとも絶対にエミの出す条件よりは上に――ん、待ってよ。自給250円? GS協会に出す書類や税務署がらみのあれこれには、きちんと脱税のための仕込みがしてあるのに? 
「はぁ、冥子ね」
 わずかにだけど、エミの眉がぴくりと動く。
 情報の出所がわかったからって、だからどうしたということじゃないけど。別に冥子に悪気がないのもわかってるから、私は軽くため息をつくだけだ。たぶん、新しいお友だちたちのことを、エミにも話さずにはいられなかったんだろう。それを聞いたエミがどういう行動を起こすかは、また別の問題だ。
「友達だから話くらいはするワケ。それより、二人とも。ウチにくれば年俸二千万出すわよ」
 恐らく、それは最初の交渉額。私の出方次第でさらに積む可能性は大きいだろう。ネギさんを買うには二人で四千万じゃまだ安すぎる。
 横島君はその金額に驚いてるけど、ネギさんは事態を静観してる。……いえ、横島君の反応を窺ってるのかしら。
 正直、横島君だけなら――相手がエミじゃなきゃ――のしつけて上げたっていいんだけど、ネギさんは絶対に渡せない。というか、エミも冥子から、ネギさんの横島君への過剰にも見える友情意識のことを聞いているんでしょうね、きっと。
 でも一日会っただけで、本当にそこまであの冥子にわかったのかしら? たしかに、そうじゃなきゃ二人一緒に引き抜こうなんて言い出すのは腑に落ちないけど……「――二人の用途は同じなのかしら?」
「……」
 ビンゴね。わずかとはいえ、さっきよりも激しい動揺がエミの顔を一瞬過ぎった。
「そうよ、あんたと私はしょっちゅう対立してるわ。あんたの呪いにかけられた人間が私を頼ってくるからね」
「情報操作はやめて欲しいワケ。おたくみたいに金さえもらえばなんでもするんじゃなくて、あたしは政府機関や警察から依頼を受けて、法の目をかいくぐる悪党を罰してるだけよ」
「つまりそれには私が邪魔なんでしょ。私の近くに長いこといて、私の霊力にある程度免疫ができている人間は、私に対する格好の呪いの道具――生贄よね」
 横島君が慌ててエミから距離を取り、ネギさんのエミをみる目つきが少しきつくなる。
 ――よし、もらった! これで今からエミが何を言っても、不信感は残って大金だけで引き抜くのは不可能。
「……ふん。いつでもいいわ。その気になったら私に連絡してちょうだい。不安ならきちんと契約書で条件を決めるから」
 エミは硬い声でそれだけ言って、“ネギさんだけ”に名刺を渡して事務所から出て行く。方針を変え、疑惑を半ば認めた上でネギさん一人にターゲットを変えたのだ。
 でも甘い。たぶんその条件ではネギさんは動かない。
 それに横島君だけじゃなくて、ここにはおキヌちゃんもいる。彼女を連れてくることになった原因の一つはネギさん。もちろん全責任は私にあるけど、ネギさんもそれを感じているのは間違いない。横島君も一緒ならまだ迷ったかもしれないけど、自分一人で彼女を置いて移籍しようとは考えないだろう。
 でも念のため、私は全員――ネギさん、横島君、おキヌちゃん――の給料を平等に上げることにした。
 ただ、さっきエミの出した条件には――どころか、普通のアルバイトの給料にされ――まったく届いていない。
 だって、他のメンバーと区別されるのをネギさんは嫌っているし、かといって横島君にまでネギさんが受けるにふさわしい給料を払うなんてとんでもないことだわ。
 今もおキヌちゃんや横島君と一緒に素直に喜んでるし、これで大丈夫よね。
「ともかく、横島君。これでちょっとは懲りたでしょ。お金に目をくらまされるようじゃ駄目よ」



TOF ネギ編 1 了



※ 短編集といいながら、このネギ編は書きたい話がまだあることもあり、だらだらとした感じで続きます。次話以降はタイトルに「ネギ編 2」等の表記をつけます。それがなければ別の人の話です。






[11336] Twist of Fate (GS×ネギま)
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056
Date: 2010/07/27 00:01

 がんがんと教会のドアが激しく叩かれ、返事も待たず引き開けられたかと思うと、中に一人の青年が飛び込んでくる。
「た、助けてくださいっ! 唐巣先生っ!」
「ちょっと、一体なんなの? あんた、誰よ?」
 また栄養失調で倒れたという話を聞いて、教会に差し入れに来ていた唐巣神父の弟子、美神令子が油断なく神通棍に手を伸ばしながら青年を問い質す。
「す、すみません。僕はピートといいまして……あの、唐巣先生は」
「唐巣のおっさんならベッドで寝てるぞ。ちゃんと食って一日休んでれば大丈夫だろ」
 奥から出てきた横島が、青年の顔――整った顔立ち、青い瞳、赤みがかったブロンドの髪、ようするに美形――を見て少し顔をしかめながら応じる。
「お片付け終わりました~」
 キヌも食器を片づけ終えて、ふよふよと美神のもとに飛んできた。
 美神の肩の上に浮かび、「あれ、どちら様ですか~?」と顔を寄せて訊ねてくるキヌに、青年は「――うっ」とわずかに身を引く。
「怖がらなくてもいいわよ。おキヌちゃんは幽霊だけど――」
「あ、いえ、そうではないんです。不快にさせてしまったのなら申し訳ありませんでした、おキヌさん。僕は唐巣先生を訪ねてきたもので、ピートといいます。今のは、その……ニンニクの臭いが……」
 唐巣にスタミナをつけてもらおうと、キヌは料理にたっぷりニンニクを使い、その残りをしまってきたばかり。キッチンにも未だに充満しているその料理の匂いを周囲に纏っていたのだ。
「ニンニク、苦手なんですか~。駄目ですよ、好き嫌いしちゃ」
 メッとキヌが指を立てる。
「好き嫌いというか――実は僕はヴァンパイア・ハーフなんです。なのでニンニクはちょっと……」
 相手が幽霊と仲良くしている人間たちということもあってか、そう言うとピートは抑えていた魔の力を少し解放してみせた。
 美神は顔を引き締め、横島は思わず後ずさる。
「なるほどね。そういえば、先生から聞いたことがあったわ。地中海にある島に集団で住んでるんだったかしら」
「ええ。中世に母が支配者だったブラドー伯爵という吸血鬼を倒してからは、ヴァンパイアやヴァンパイア・ハーフが仲良く暮らす平和な地になったんです」
 「そんな穏やかな土地が……」ピートは悲しさと情けなさの入り混じった表情を浮かべる。
「何があったの?」
 真剣な顔で美神がピートに訊ねる。目の前のピート――唐巣が指導しているヴァンパイア・ハーフ――のことは以前に聞いている。彼の実力もだ。そのピートの母もドラキュラと並び、GSのみならず一般にもよく知られた伝説的存在。そんな二人が外部に頼ってくるなど、余程の大事件が起きたと想像するに難くないのである。
「……えーと、そもそもの原因は、アンが母に“ちび年増”と言ったことなんです」
「――はぁ?」



Twist of fate エヴァンジェリン編



「それで、こんなに面子を集めて何しようってワケ?」
 ブラドー島――特に気にされなかったのか、島の名前自体はブラドー伯爵が支配者だった時から変わっていない――に向かう小型機上で、美神除霊事務所を筆頭に唐巣や六道冥子、ドクター・カオスといった個性的面々を代表してエミが訊ねる。
「すみません。急いでみなさんに声をかけなければいけなかったので、説明不足でした。皆さんには、母とアン・ヘルシングの喧嘩を止めてほしいのです」
「ヘルシング?」
 それはオカルト関係者なら誰でも聞き覚えのあるファミリー・ネームである。
「私のママがヘルシング教授――有名なヴァン・ヘルシングの孫のオカルト学者よ――のゼミにいたから、私も何度か彼のところに連れて行ってもらったことがあるの。そこで小さな女の子と遊んでやったのを覚えてるわ」
 そう言う美神に、「それがアンだと思います」とピートも頷く。
「なんだか懐かしいわね。今は中学生くらいになってるのかしら」
「話が見えてきたかの。ヴァン・ヘルシングのひ孫が、伝説の“闇の福音”退治に乗り出したということか」
 カオスは納得したようであるが、エミがそれに疑問をぶつける。
「ちょっと、待ちなさいよ。そういう方面の知識があって、それもヘルシング教授の関係者なら、ブラドー島の支配者である闇の福音――これ自体、自分の名前に引っ掛けた自称らしいし――エヴァンジェリン・マクダウェルが、実際には女子供には手をかけないし、人間を積極的に襲ったこともないのを知ってるはずよ」
「私も~、人と共存できる吸血鬼だって習ったわ~」
 全員の視線がどういうことだとピートに集まり、彼は重い口を開く。
「もう、十年も前のことです――」
 ピートの歯切れが悪いのは、重たい話だからではなく、むしろあまりに馬鹿馬鹿しい話だったからなのだと、一同はすぐに彼に同情することになる。


 十年前、地中海の孤島ブラドー島をヘルシング教授が訪れていた。
 彼に島を案内するのは、この当時も今と変わらぬ姿だったピート。ヴァンパイア・ハーフにとって、数百歳という年齢はまだまだ若年なのである。
 そして一通り島民たちと話をしながら島を歩いたヘルシング教授は、最後にエヴァンジェリンとの会見に臨んだ。
「島の方たちともいろいろ話しました。この島のみなさんは人間との共存を望んでいるのですね」
「最近は世間もオカルトに詳しくなり、交通手段の発達で世界も狭くなったしな。いつまでも閉じこもってばかりはいられないと思ったらしい」
 エヴァンジェリンはどうでもいいことだというかのように、ふんと鼻を鳴らす。
 その態度にヘルシング教授が探るように訊く。「あなたは賛成ではないのですか?」
「あの、実は母は、昔から気が向くと好き勝手に島を出て、世界をあちこちと遊び歩いていたんです。これまで閉鎖的だった島の人たちの意見の変化は、何を今更と思っているようで……」
 ピートの言葉で闇の福音の意外なフットワークの軽さを知って、ヘルシング教授は大いに驚いた。
 なるほど、さすがは伝説。行動も普通の闇に生きる吸血鬼のそれではない。
「それに、元々母も――多少見下し気味ではありますが――人間を嫌っていたわけではないんです。現に僕だってハーフなのですから。ただ、積極的に人間に関わるのが面倒くさいというだけなんです」
 ピートに苦笑いされ、余計なことをとエヴァンジェリンがそっぽを向く。
 そこへ唐突に「吸血鬼――覚悟!」と、手に聖水銃を持った一人の小さな少女が走りこんで来た。
 幼い日のアン・ヘルシングである。
「よすんだ、アン!」
 それを慌てて取り押さえ、ヘルシング教授がエヴァンジェリンに謝罪する。「すみません。この子はヴァンお爺ちゃんを英雄視していまして、いつか自分も吸血鬼退治をするんだときかなくて」
「アンちゃん、だったね。僕は悪いことしてないけど、それでも仲良くはできないかな?」
 ピートが困った顔のヘルシング教授に抱きかかえられながらもじたばたと暴れるアンに優しく訊ねる。
「仲良くするより、やっつける方がいい。アン、ひいお爺ちゃんみたいになるんだもん」
「お前、いい加減に――」
 アンに怒鳴りかけるヘルシング教授を、「まだ小さいから仕方ありませんよ」と制し、ピートはそれでも優しくアンを諭そうとする。
 これで話が終われば、まだ微笑ましいエピソードになったのであるが、大人げない一人がそれを許さずに割り込んだ。
「そうだぞ、気にすることはない。たかがヴラドごときを倒した奴を英雄視してこの私に挑もうという愉快なガキには、そのチャンスを与えてやろうじゃないか」
 エヴァンジェリンがニヤリと唇を歪めて笑う。
 次の瞬間、張り巡らされた糸がヘルシング教授に絡みついて自由を奪い、アンを解放する。
「さあ、かかって来るがいい」
「か、母さん、落ちつい――うわっ!」
 慌てて止めに入るピートには、瞬動で懐に潜り込んでの豪快な投げ技がプレゼントされた。
 基本は相手の力を利用したものだが、エヴァンジェリンの怪力もプラスされて、ピートは崩れた壁の下敷きに。
「うわぁぁぁっ!」
 からかいの気持ちが強く、本気の殺気などはぶつけられていなかったこともあるが、恐怖に震えながらも逃げ出さずに聖水銃の銃口をエヴァンジェリンに向けたアンの勇気は賞賛に値するだろう。
 エヴァンジェリンも素直にそう認めたが、彼女がそういう相手に報いる方法は過激である。
「ハハハ、貴様の根性は褒めてやろう。
 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――」


「それで、そんな小さい子を氷漬けにしたのか。
 ひでー奴だな」
 もちろん殺す気などこれっぽっちもなかったので、アンはすぐにピートに助け出されたのであるが、それでもほとんどの人はやり過ぎだというだろう。
「母は、“戦士の心を持った者を、か弱い子羊扱いするのは失礼だからな”なんて言って笑ってましたけどね」
 傍迷惑な母の行動には慣れてますと、疲れたようにピートが言う。
「そんなわけで、彼女はすり込みのように、助けたピート君に好意を抱いてしまったんだよ」
 唐巣の言葉に、「アンさんにとっては、ピートさんが自分を救ってくれた恩人なんですね」と、キヌも自分を助けてくれた美神や横島のことと重ね合わせてピートをみつめる。
「それだけなら、少し僕が困るだけですんだんですけどね」
「今回のことにも関係があるわけね」
 美神の問いにピートが頷く。
「数年前からアンは、僕を悪の化身である母から解放するんだと息巻いているんです」
 エヴァンジェリン自身が「悪の魔法使い」などと時たま自称することもあり、アン・ヘルシングの中ではピートはエヴァンジェリンの息子というより、悪い吸血鬼に囚われている王子様のような存在になっていたのだ。
「つまりアンちゃんは~、エヴァンジェリンさんを倒して~、ピート君と結婚したいのね~」
 冥子のストレートな言葉にピートが顔を赤らめる。
「別にお前がほんとにそのエヴァンジェリンって母親に隷属させられてるわけじゃないんだろ? だったら素直に結婚してやったらどうだ。そうすりゃ、無駄に争う必要も――少なくともそのアンって娘の方にはなくなるだろ」
 美形嫌いではあるが、アンが中学生くらいと聞いているので、そこまでの嫉妬心は起きなかった横島が、簡単な解決法としてそんなことを焚きつける。
「いや、そう簡単にはいかないよ、横島君。結婚というのはお互いがきちんと心を確かめ合った上で行われる神聖なもので――」
 神父として、「とりあえず結婚」などという考え方が許容できなかった唐巣はそう止めるが、美神もそんなことは気にしない様子で、積極的にピートにすすめる。「あなたはヴァンパイア・ハーフだから人間の法に従う必要もないしね。アンの年齢だって問題にならないはずよ」
 美神もGSとして、どういう状況になっているかはわからないが、吸血鬼退治の秘儀を受け継ぐヘルシングの末裔、アン・ヘルシングと、伝説の吸血鬼“闇の福音”エヴァンジェリン・マクダウェルとの戦いに割り込むより、そちらの方がよほど安全だと考えているのだ。
「別に嫌いじゃないんでしょ? アンのこと」
「それは好意を持ってくれているのは嬉しいですし、いい娘だとは思いますけど……」
 困ったようにアンへの気持ちを話し出すピートだったが、そこへ唐突に怒鳴り声が飛び込んできた。
「どこへ行っていた! このバカ息子が!」
「なっ、コウモリ!」
 美神が見つけたのは、小型機の羽に器用につかまった数匹のコウモリ。その口々から声は伝わってきていた。
「僕の手には負えなそうだったので、応援を頼みに――」
「そんな余計なことをしなくても、お前がいれば――とにかく、とっとと帰って来んかーっ!」
 「あ、母さん今の状況は――」ピートもそう訊ねようとしたが、言いたいことは言ってしまったのか、コウモリたちは彼の言葉を待たずにさっさと飛び去ってしまうのだった。


「吸血鬼っていうから~、もっと不気味なお城に住んでるんだと思ってたわ~」
 小型機から乗り換えた船でブラドー島に近づくにつれ、まず見えてきたのは白く輝く荘厳な城だった。
「今でもメイド型のオートマタ(自動人形)たちが、しっかりと整備をしていますし、母は優雅な暮らしが自分に相応しいと考えていますから」
「その辺は昔の貴族っぽいな」
「ドラキュラ伯爵などとは違って、母は別に爵位持ちというわけでもないんですけどね」
 そんなことを言っている間にも、船はマリアの操縦で無事に島へと接岸した。
 そうして島に上陸すると、すぐにピートの顔色が悪くなる。
「この匂いは……ニンニクとネギかな」
 唐巣が不思議そうに言った通り、島のあちこちからそういったユリ科植物の香りが漂ってきていたのだ。
「魔法の痕跡もあるわね。そのアンって娘は一体なにを考えてるワケ?」
 どうやら、持ち運べる種などを大量に用意して、魔法で強引に促成栽培をしたらしい。
「僕たちのようなヴァンパイアやヴァンパイア・ハーフは、ニンニクが苦手なんです。ただ、母の場合は身体に影響はそれほどなくて、単に臭いなどが大嫌いというものなので、余計に頭にきていると思います」
「でも、それくらいなら、とっくにアンがお仕置きされて終わってるんじゃないの? エヴァンジェリンは日光も平気なハイ・デイライト・ウォーカーだったはずでしょ」
「アンはヘルシング家に伝わっていた対吸血鬼マシン、イージス・スーツ「ゴリアテ号」も持ち出してきていたんです。それであっさりと捕まえることが困難になった上に、これまで母に挑んでは手ひどくはね返されていた経験から、今回は徹底して島の地下に張り巡らされた地下道――相当古い時代のもので僕たちも知りませんでした――を利用したゲリラ戦に終始しているんです」
「そんなに何度もエヴァンジェリンにやられても、懲りずに戻ってくるってことは、よっぽどピートのことが好きなのね。
 もう、あきらめて付き合ってあげたら?」
 投げやり気味な美神の言葉に一同が生暖かい目でピートを見やった。
「あの……ほら、まずはとにかくアンと話ができるようにしないと駄目ですから」
「ふーん、そう? 
 でも、いくら相手がこそこそ戦ってるからって、私たちが手を出すまでもなく闇の福音が本気になれば――」
「母の得意な戦法は、とにかく高威力の魔法を使った殲滅戦ですし、おまけに地下道をモグラみたいに這い回るのは嫌だと自分は出向かず村人たちを送り込み続けた結果、みんながアンの洗脳装置にやられて戦力がじわじわと増えているんです。そうなると村人ごと大きな魔法で攻撃するわけにもいかなくなってしまったようで……」
 迷惑を被っているのは、間違いなく無関係な村人たちのようだ。
 そして彼らがともかく近くの集落に向かおうとした時、唐突に目の前の地面が二つに割れた。
 そこから飛び出した巨大なはさみ状の機械の手が、ピートをしっかりと鷲づかみにする。その手に続いて全身を現したのは、ずんぐりと丸っこい3メートルほどの大きさのイージス・スーツ。それはピートをつかんだまま、美神たちから跳び離れ、次いで頭部を覆っていたプレートが左右に割れて収納されていく。中から覗いたのはまだ幼さを残した少女の顔だった。
「ピートおにーさま、お探ししましたわ!」
「ア、アン!」
「さあ、後はあのちんちくりんを退治すれば、晴れて私たちは――」
「――っ! 精霊石よ!」
 歳に似合わぬ熱っぽい表情のアン・ヘルシングが歓喜を露わにしたところで、第六感に何かを感じた美神が素早くイヤリングにして身につけていた二つの精霊石を霊力をこめて投げ上げる。
 その精霊石が弾けて彼らを守る結界を形成するのとほぼ同時に、エヴァンジェリンの声が彼女もろとも遥か頭上から降ってきた。「――ハイオーニエ・クリュスタレ(永遠の氷河)!」
 瞬間、世界は白一色に染まっていく。大地が、草木が、大気全てが氷結していく。
 精霊石が生んだわずかな猶予時間を利用し、美神にわずかに遅れてエミや冥子の式神、マリアや唐巣も身を守る結界を張ろうと試みたが、耐えられたのはほんの数秒。膨大な魔力に飲み込まれ、彼らもまた、恐怖と驚愕の表情を浮かべて凍結したアンやピートに続くのだった。


 後になってエヴァンジェリンは、最初からピートが残っていれば、彼を人質に使ってもっと早くに決着をつけられたのだと平然と言ってのけ、これがさらにアンの怒りを買ったために、また翌年には大きな騒動が巻き起こることになる。
 とはいえ、今日のところは下半身が凍ったままのアンをニンニク責めにして、ひとまずは溜飲を下げるエヴァンジェリンであった。
 またGS側の助っ人たちは、何もできずに凍らされて風邪を引いた挙句、エヴァンジェリンの広域殲滅呪文によりピートから受けた報酬よりも高額の被害を被り――主に膨大な魔力を受けて駄目になったオカルトアイテム等が理由――踏んだり蹴ったりだった。
「ブラドーの100倍は強いかのぉ」
「あいつ、少なくとも上級魔族クラスなワケ」
「あれだけのことをしたアン君の今の扱いを見ても、少しひねくれてはいるが彼女が本当は人間に対して優しい存在だとわかるのは救いだね」
「ピートの親父は絶対ロリコンだ――いえ、俺は何もひぎゃあぁぁぁっ」
 そういった被害の代償にと、エミがピートに迫ってアンとの間に新たな抗争が生まれたり、やられたらやり返すがモットーの美神が次の対決時に事務所を上げてアンの味方をしたりと、これ以降エヴァンジェリンの周りは以前よりもさらに騒がしくなっていくのだが、意外と当人たちはその状況を楽しんでおり、一番精神的にも金銭的にも被害を受けるのが、人のいい真面目な唐巣神父ということになるのだった。


「――主よ。本当は気を許しあうところまでいっているのに、どうして彼らは仲良くできないのでしょうか?」
「ケケケ、マア気楽ニヤロウゼ神父。禿ガ進ムゾ? 
 アト、今度ハ誰デモ良イカラ切ラセテクレヨナ、御主人」
「……またそのうち来るだろうから、美神のところのエロガキとでも遊ぶんだな」
「ケケッ、血マミレニシテヤルゼ!」



TOF エヴァンジェリン編 了





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