今日も、あいつが登ってくる。
この、美人でセクシー、頭脳明晰な私、美神令子がシャワーを浴びているから、裸を覗こうとやってくる。
内ドアは結界付きだから、いくらあいつ――横島忠夫が煩悩を最大限にしても、絶対に覗くことは不可能。
なので外窓からってのは、若さのなせるわざよね。
だって、ここは地上十数メートル。
排水管を伝ってこれるとは言え、そうとう体力と気力が必要なんだもの。
途中に仕掛けた罠を乗り越え、荒い息を吐きながら、ひたすらに登ってくる彼。
その彼に報いるため、私は先だって、新たな仕掛けを施した。
最後の手がかりとなるべきところを、つるつるのコンニャクに変えてみたのよ。
何でコンニャクかって?
そうね……強いて言えば、冷蔵庫を覗いていて、ふと閃いたとしか言えないわ。
バレないような彩色も加工も簡単ってことが、私の悪戯心をいたく刺激して、思わずにんまりと笑っちゃった。
殺しても死なないような彼だからこそ、こんなことを仕掛けられる。
他の人なら、絶対に慌てふためいて落ちてしまうような罠だけど、彼なら難なく乗り越えてくれるだろう。
そう思ったのは、私のエゴだったのだろうか。
罠を仕掛けて二日後。
彼が来るだろう時間を見計らって、私はシャワーを浴びようと浴室に行った。
最近は、二人で居ようものなら、私の中が疼くようになりはじめてしまっている。
見られるのが快感?
相手が頼もしくなってきた横島クンだから?
それとも、私が彼を好きだと自覚したから……?
彼の欲望がギラギラと私を焼き、視線だけでも私の肌を熱くさせる。
それを期待するなんて、私も馬鹿になったものよね。
そう自嘲して、シャワーを少し強めに設定する。
期待の汗と、考えすぎたのか痛む額と、なぜかべっとりと付いている血のりを洗い流す私。
彼の到着までには、まだ余裕があるはず。
だから、それまでに磨いておかなければと、私は白鮎のような指で、そっと自分の肌に触れていく。
窓を見ると、確かに開いていたはずが、いつの間にか閉まっており、しかも封印さえ施されてしまっていた。
開けようとしても、誰がやったのか、私の霊能力では太刀打ちできないほど強力な御札が張ってあるらしく、私の手のほうが痛んでしまう。
ところどころ赤黒くなってしまっているのは、そのせいなのかしら?
それにしては、左フトモモも同様に、いえ、それ以上に腫れてどす黒くなっているのは何故なのだろう。
時折痛むのは、骨折でもしたみたいな感じだけれど――
この私にしては珍しいことに、どうにも記憶があいまいね。
そして、あの変な光景も幻視だったのかしら?
開いた窓から彼の顔が見えて、その一瞬後に、手が滑って彼が落ちたように見えたのは。
びっくりして窓を全開にすると、見えたのは、一面の赤。
真下の地面が赤くペイントされていた。
そして、その中心にいるのは、手足が不自然な方向に捻じ曲がっている彼。
一目で即死と分かる、変な光景。
どこが変だって?
だって、今まで、何回彼を叩き落したと思っているのよ。
少なくとも、両手じゃ数え切れないほどなのよ?
それに、もっと高いところから落ちた時だってあるのに、その彼が、こんな阿呆らしい罠で、やすやすと死んでしまうなんて思わないじゃない。
だから私は、これが現実か確かめるべく、窓から身を乗り出して、そして――
浮遊感を覚えたような、気がする。
でも変よね。
それをしたならば、今、ここに私が居るはずないじゃない。
シャワーを浴びながら、彼の訪れを待っていられるはずがないじゃないのよ。
もうすぐ、彼が来る。
私の、元々赤い髪は、今や血でもっと赤くなっているけれど、それでも彼は綺麗だって言ってくれるだろう。
彼は私の丁稚で、私は彼の雇い主なのだから、言わなかったら、酷い目にあわせてやる!
おキヌちゃんよりも、小鳩ちゃんよりも、シロよりもタマモよりも、そして、ルシオラよりも――私のほうが綺麗だって、絶対に言わせてみせる。
だって私は、美人でセクシー、頭脳明晰な美神令子なんだから。
ほら、もうじき彼が来る。
窓を開けようと彼が来る。
ぎしぎしと音を立てていた管がぴたりと静止し、そろりと窓に彼の指が掛かる。
ほら、もうすぐよ。
彼が来て、私は彼を迎え入れて、そして私も彼も、綺麗になるの。
二人とも赤黒いけれど、そんなのすぐに洗い流して、白い祝福に包まれるのよ。
まだかしら?
まだ入ってこれないのかしら?
少しじれて聞き耳を立てると、何やら排水管の下のほうが音を立てているよう聞こえた。
……どうやら、さっきのは空耳だったみたい。
まったく、丁稚のくせして、いつまで私を待たせるつもりなのかしらね。
いいわ、こうなったら、ずっと待っててあげる。
私も、いつまで経っても落ちないこの血のりをどうにかしておかなければならないしね。
彼のためにも、もう少し綺麗になっておきたいのは、決してエゴじゃないわよね?
私は、彼のために、と思いながらシャワーを浴び続けた。
水滴が骨を濡らし、肉をうがつとも、全然痛くないわ。
湯煙りに包まれて寒くもないから、体が冷えきっていても、これも問題ない。
窓が全然曇らないとしても、熱く感じるシャワーを、私は浴び続ける。
丁稚を待ちながら――
―終―