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[39305] 椎名高志先生作品短編集
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/23 18:40
「夜に咲く話の華」「Night Talker」で公開してたものの再掲載になります。なお、現在は削除済みです。
凄く短いのもありますし、かなり古い作品になりますが、よろしければ読んでやってください。



[39305] 丁稚を待ちながら(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:52
 今日も、あいつが登ってくる。
 この、美人でセクシー、頭脳明晰な私、美神令子がシャワーを浴びているから、裸を覗こうとやってくる。
 内ドアは結界付きだから、いくらあいつ――横島忠夫が煩悩を最大限にしても、絶対に覗くことは不可能。
 なので外窓からってのは、若さのなせるわざよね。
 だって、ここは地上十数メートル。
 排水管を伝ってこれるとは言え、そうとう体力と気力が必要なんだもの。
 途中に仕掛けた罠を乗り越え、荒い息を吐きながら、ひたすらに登ってくる彼。
 その彼に報いるため、私は先だって、新たな仕掛けを施した。
 最後の手がかりとなるべきところを、つるつるのコンニャクに変えてみたのよ。
 何でコンニャクかって?
 そうね……強いて言えば、冷蔵庫を覗いていて、ふと閃いたとしか言えないわ。
 バレないような彩色も加工も簡単ってことが、私の悪戯心をいたく刺激して、思わずにんまりと笑っちゃった。
 殺しても死なないような彼だからこそ、こんなことを仕掛けられる。
 他の人なら、絶対に慌てふためいて落ちてしまうような罠だけど、彼なら難なく乗り越えてくれるだろう。
 そう思ったのは、私のエゴだったのだろうか。
 罠を仕掛けて二日後。
 彼が来るだろう時間を見計らって、私はシャワーを浴びようと浴室に行った。
 最近は、二人で居ようものなら、私の中が疼くようになりはじめてしまっている。
 見られるのが快感?
 相手が頼もしくなってきた横島クンだから?
 それとも、私が彼を好きだと自覚したから……?
 彼の欲望がギラギラと私を焼き、視線だけでも私の肌を熱くさせる。
 それを期待するなんて、私も馬鹿になったものよね。
 そう自嘲して、シャワーを少し強めに設定する。
 期待の汗と、考えすぎたのか痛む額と、なぜかべっとりと付いている血のりを洗い流す私。
 彼の到着までには、まだ余裕があるはず。
 だから、それまでに磨いておかなければと、私は白鮎のような指で、そっと自分の肌に触れていく。
 窓を見ると、確かに開いていたはずが、いつの間にか閉まっており、しかも封印さえ施されてしまっていた。
 開けようとしても、誰がやったのか、私の霊能力では太刀打ちできないほど強力な御札が張ってあるらしく、私の手のほうが痛んでしまう。
 ところどころ赤黒くなってしまっているのは、そのせいなのかしら?
 それにしては、左フトモモも同様に、いえ、それ以上に腫れてどす黒くなっているのは何故なのだろう。
 時折痛むのは、骨折でもしたみたいな感じだけれど――
 この私にしては珍しいことに、どうにも記憶があいまいね。
 そして、あの変な光景も幻視だったのかしら?
 開いた窓から彼の顔が見えて、その一瞬後に、手が滑って彼が落ちたように見えたのは。
 びっくりして窓を全開にすると、見えたのは、一面の赤。
 真下の地面が赤くペイントされていた。
 そして、その中心にいるのは、手足が不自然な方向に捻じ曲がっている彼。
 一目で即死と分かる、変な光景。
 どこが変だって?
 だって、今まで、何回彼を叩き落したと思っているのよ。
 少なくとも、両手じゃ数え切れないほどなのよ?
 それに、もっと高いところから落ちた時だってあるのに、その彼が、こんな阿呆らしい罠で、やすやすと死んでしまうなんて思わないじゃない。
 だから私は、これが現実か確かめるべく、窓から身を乗り出して、そして――
 浮遊感を覚えたような、気がする。
 でも変よね。
 それをしたならば、今、ここに私が居るはずないじゃない。
 シャワーを浴びながら、彼の訪れを待っていられるはずがないじゃないのよ。
 もうすぐ、彼が来る。
 私の、元々赤い髪は、今や血でもっと赤くなっているけれど、それでも彼は綺麗だって言ってくれるだろう。
 彼は私の丁稚で、私は彼の雇い主なのだから、言わなかったら、酷い目にあわせてやる!
 おキヌちゃんよりも、小鳩ちゃんよりも、シロよりもタマモよりも、そして、ルシオラよりも――私のほうが綺麗だって、絶対に言わせてみせる。
 だって私は、美人でセクシー、頭脳明晰な美神令子なんだから。
 ほら、もうじき彼が来る。
 窓を開けようと彼が来る。
 ぎしぎしと音を立てていた管がぴたりと静止し、そろりと窓に彼の指が掛かる。
 ほら、もうすぐよ。
 彼が来て、私は彼を迎え入れて、そして私も彼も、綺麗になるの。
 二人とも赤黒いけれど、そんなのすぐに洗い流して、白い祝福に包まれるのよ。
 まだかしら?
 まだ入ってこれないのかしら?
 少しじれて聞き耳を立てると、何やら排水管の下のほうが音を立てているよう聞こえた。
 ……どうやら、さっきのは空耳だったみたい。
 まったく、丁稚のくせして、いつまで私を待たせるつもりなのかしらね。
 いいわ、こうなったら、ずっと待っててあげる。
 私も、いつまで経っても落ちないこの血のりをどうにかしておかなければならないしね。
 彼のためにも、もう少し綺麗になっておきたいのは、決してエゴじゃないわよね?
 私は、彼のために、と思いながらシャワーを浴び続けた。
 水滴が骨を濡らし、肉をうがつとも、全然痛くないわ。
 湯煙りに包まれて寒くもないから、体が冷えきっていても、これも問題ない。
 窓が全然曇らないとしても、熱く感じるシャワーを、私は浴び続ける。
 丁稚を待ちながら――


 ―終―



[39305] 儀式(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:52
「美神さん、何やってるんですか?」
 氷室キヌは、そう言って座り込んで作業をしている美神令子の手元を後ろからのぞき込んだ。
 お盆も終盤に差しかかるこの暑い日々、いくら日が傾き始め少々日陰になっているとはいえ、日傘もささずに外で美神がするような仕事があっただろうか?
 キヌは、出掛ける前に伝えられていた仕事のスケジュールを思い出す。
 高校に通いつつ、ゴーストスイーパー助手として美神に雇われている彼女は、長期旅行の際にそう言ったコマゴマとしたことを纏めあげていったはずだった。
 なので、美神がこんなところで何をしているか、興味津々となってしまう。
「えっ!? な、なに、あんた、いつ帰ってきたのよ?」
 対する美神は、両手で何かを隠しながら大声を上げた。
 立ち上る煙が、静かに、そっと流れていくのは隠しきれぬが、何を燃やしていたかは秘密である。
 また、少々言葉がきつい口調になってしまったのも仕方ないだろう。
 知られたなら、普段の傲慢な態度と違うなんて言われそうなのだ。
 迫力に気圧されて、少々後ずさりながらキヌは質問に答えた。
「いつって、ついさっきですよ。部屋にいないから、どこにいるのかと思わず探しちゃったじゃないですか」
「あぁ、そうなの……って、もうそんな時間だったの?」
 確か、美神の記憶によれば、キヌの帰宅はもう少し遅くなるはずだった。
 何せ、お盆の時期は少々時期がずれていても交通機関はかなり混むのだ。
 空を見上げ、現在時間を確かめようとした美神へ、あっさりとキヌは告げる。
「列車がすいていたので、早めに帰ってこれました」
 そして、にっこりと笑顔。
「ただいま、美神さん」
「お、お帰り。おキヌちゃん」
 帰宅時間変更を予期していなかった美神は、一瞬、しまった、と思ったが、すぐにこの場を切り抜けるべく、あいさつしながら立ち上がる。
 相手に合わせ、自然、視線が上向きとなったキヌは、それでも隠れるように美神がしていたことが気になって後ろを覗こうとした。
 だが、それを質問させぬべく、美神は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「それで、あっちは快適だった? お義父さんたちは元気にしてた? 宿題はすませてきたの?」
 キヌが出掛けていた先は、実家と言うべき氷室家だった。
 色々あって今は東京に住んでいる彼女だが、お盆など、年に何回かはこうやって人骨温泉近くにある実家へ帰って行く。
 今回の帰郷も例年のことであり、帰宅時間が多少早まったとて、キヌを責めることは絶対に出来ない。
 いつもなら、書類の山に埋もれて一刻でも早く帰宅を待ちわびるのだ。
 それが、今回に限って予定を見誤ったのは、美神の問題だろう。
 消えていく炎の臭いをかぎながら、キヌは、真面目に答えた。
「はい、みんな元気でしたよ。地脈も安定してますし、お義姉ちゃんも修行してますから、何も問題ありませんが……」
 少しずつ後退させられるキヌの目には、今まで美神の体躯に隠れていた地面が見え始めている。
 それを当の本人は気付いていないのか、にこやかな顔となりながら、先手必勝とばかりに美神は告げた。
「あいつなら、今日は休みよ。さっさとアパートへ行ってらっしゃい」
 あいつとは、キヌの同僚、横島忠夫だ。
 すけべなのが玉に瑕――それが長所でもあるのだが――な彼は、キヌの思い人でもある。
 思わず、それで事務所にいなかったのか、と言いかけたことを忘れ納得して後ろを向こうとしたキヌだが、頭に引っかかるものを感じて、もう一度美神へ質問する。
「それで、何を燃やしていたんですか? ゴミ……じゃないですよね、やっぱり」
「何いっているのよ。そんなの、あいつに命じて出させればすむことじゃない」
「だったら、何をしてたんですか?」
 いつまでも納得しないキヌに、美神は慌てたかのように大声を出した。
「う、裏帳簿よっ! みんな出掛けてるときでないと処分出来ないでしょうがっ!」
 大声を出せるような内容だろうか?
 キヌは呆れた。
 と同時に、それが嘘であることも、付き合いの長いキヌには、良く分かっていた。
 美神は、このようなお金に関することを、更には脱税行為になることを、表だっては他人へ言わないのだ。
 脂汗を流す美神の後ろから、風にのって燃やしきれなかった一部が飛んでくる。
 二人の足下に落ちたそれを、先に気付いたキヌは取り上げると、つい何なのか見やってしまった。
「えーと、人の名前……みたいな……」
「で、電話帳よ! ほら、工作には色々人脈が必要でしょ!」
 ここに及んでも隠そうとする美神が、先と違う説明をする。
 よって当然のごとく納得しないキヌが無言で睨むと、突っ込みは無用とばかりに美神はそっぽを向いた。
 このまま詰問しても、天の邪鬼な美神さんは真相を言わないだろう――
 そう感じたキヌは、ふと、思い付いた冗談を言ってみることにした。
「何も隠すことないじゃないですか。横島さんと違って、えっちなものじゃないんですから」
「そんなんじゃないわよ! 除霊名簿なんだか……あっ!?」
 キヌの、努めて明るい口調に図らずも誘導されたことで、してやられた美神がびっくりする。
 すぐに口を押さえたが、もはや言い逃れは通用しそうに無い。
 なので、渋々ではあるが、美神は他言無用と前置きして内容を告げ始めた。
「これはね……あたしたちが今までに除霊した人たちの、名簿の一部よ。ほら、お盆の時期だから、もしかすると帰ってくるかもしれないでしょ? だから先手を打って、成仏してねって、お祓いしてたのよ」
 お金を受け取って悪霊を祓うゴーストスイーパーは、当の悪霊からは憎まれる。
 いくら天国への階段を登らせるとはいえ、未練残したままの霊魂には、常識は通用しないのだ。
 それでも、超一流プロとして活躍中の美神には、恨んだまま現世にとどまっている悪霊はいないはずであるし、たとえ天国から戻ってきたとしても、何か影響を与えられるとは思えない。
 不思議そうな顔のままなキヌへ、美神は続けた。
「そんな顔するだろうから、黙ってたのに……」
「いえ、ちょっとびっくりしただけですけど……でも、そんな重要なことなら、なんで私たちに黙ってやってたんですか?」
 いかにもばつが悪そうな美神へ、キヌはそう問いかけたが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「私なりの、けじめってやつ……かしらね」
 言葉を紡ぎながら、先の燃え残しを、今度こそ完全なる灰にすべくライターで火を付ける美神。
 少し白い煙が立ち上るが、それも僅かな時間のこと。
 煙は、二人の前で、みるみるうちに消え去ってしまった。
「みながあの世へ行っているかは、いくら私でも完全には分からないわ。そして、私が関与しなければ害を与え続けていただろう人たちかもしれないけれども……責任は取らないとね」
 微笑む美神の顔は、いつになく白い。
 いくぶん影にいるため、夕日とのコントラストで白さが強調されているのかもしれないが、それだけではないだろう。
 仕事を手伝ったキヌや横島たちへ、心配させまいとしていたに違いない。
 一人で燃やしていた美神の心境を思い、ふいにキヌの眼から涙がこぼれる。
 それを軽く右手人差し指で拭ってやりながら、美神は言った。
「これは私の、私だけの仕事。あなたにも、横島にも、誰にも肩代わりは出来ないし、させないわよ」
 自嘲気味とも取れる言葉を口にしながら、美神は真っ直ぐにキヌを見る。
 その言葉の重さをおぼろげながらも実感し、キヌは何も言えなくなった。
 現在高校生のキヌには、まだ責任の二文字は重すぎる。
 幽霊時代――正確には生き霊時代と言うべきか?――は三百年にもなるが、その間、自分の人生はもちろんのこと、他人の人生へ気を回すことは必要なかったからだ。
 ましてや除霊された人たちへの責任など、ほとんど考えたことがない。
 対象は悪霊で、生ある者へ悪さをしているわけで、でも、その前は普通の人間だったわけで……
 拭いさられても、涙はこぼれ続けていく。 
「そんなに泣き虫じゃ、横島クンに嫌われるわよ?」
 美神は、先のお返しとばかりにおどけた内容を告げた。
 あえて彼の名を発言することで、気持ちの切り替えをさせようとしたのだろう。
 その気遣いがとても眩しくて、キヌは、無言で頷くことしか出来なかった。
 黙ってしまったキヌへは荒療治が必要なのかしら、と思った美神は、手早くハンカチを取り出すと彼女の手へ押しつける。
 そして、力強い言葉。
「生きているからこそ出来ることがある――そうでしょ? あなたの行くべき場所へ、さっさと行ってらっしゃい!」
「……はい!」
 励ましを受け止めたキヌは、すぐに涙を拭くと、どこへと言わず、くるりと振り向いてゆっくりと駆け出していく。
 次第に早足となっていくキヌを見ながら、送り出した美神は満足げに微笑んだ。
「生者も死者も相手にしなくちゃいけないんだから、大変になったわよね」
 しみじみと言うわりには、どこか嬉しそうでもある。
 母親も、その両親も悪霊相手の仕事だった美神にとって、どちらかと言えば霊魂はなじみ深い存在である。
 生まれては死に、死んで生まれ変わる命の大切さ。
 自らの意志でゴーストスイーパーとなった彼女と違い、なかば成り行きでなったキヌや横島には、その重みを感じるのはもう少し時間が必要かもしれない。
 とはいえ、高校卒業前に実感されたなら、別な意味で困る事態になってしまうのだが。
「私もまだ結婚してないんだけどねぇ……」
 子供相手なんてまっぴらゴメンと公言する美神なので、先ほどの後押しによるキヌらの可能性を想像すると、思わず苦笑してしまう。
 そして、尊さと責任の重さを教え込むのは自分しかいないかもしれないとの考えが、更に妙な感じを与える。
 確かに事務所開設にあたり、アルバイトを募集したのは自分だ。
 だが、単なる丁稚奉公がたくましくなり、使い勝手の良い助手もまっすぐ育っていったにもかかわらず、今もって数年しか年の離れていない自分が中心となり彼らへあれこれ指示している事実は、考えると妙に気恥ずかしい。
 だが、それらの感慨もすぐに消えさり、美神は顔をキリリと引き締めた。
「さてと、あっちのフォローだけでなく、こっちのアフターフォローも終わらせないと」
 先ほどまでしていた、毎年の儀式。
 彼らの除霊で大金をせしめている美神がこんなことをしても、彼らはきっと嬉しくないだろう。
 それでも、誰か一人くらいは悼んであげたいと美神は思う。
 死者が戻り、生者との束の間の交わりが可能となるかもしれないこの時期、哀悼の儀式はどこでもおこなわれている。
 けれど悪霊へ、もはや誰にも迷惑掛けることなく、永久に思い出の対象となったはずの彼らへ鎮魂の儀式をおこなうのは、私ぐらいなものだろうから――
 白い煙が夕闇に隠れ、次第に見えなくなっていく。
 何が起きてもおかしくない逢魔が時、蝉の鳴き声さえ聞こえない静けさの中、美神はひたすらに黙祷し続けるのであった。


 ―終―

 あなたの魂に、安らぎあれと祈ります。



[39305] 年の初めに(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:53
「それじゃあ、おやすみなさい」
 美神令子と、同居している氷室キヌが、お互いに礼儀正しく頭を下げて言う。
 先ほどまで他の同居人、タマモとシロを交えてテレビを見ながらすごし、時報とともに挨拶したばかりだ。
 そう、今日は元日。
 正確に言えば、大晦日の夜ということになるのだろう。
 時報を聞いても、先ほどまでどこからか聞こえていた除夜の鐘が無くなっても、何となくそう変わったようには感じない。
 まだ参拝していないからだろうか、と美神は思った。
 ここにいるのは、いずれも可愛らしい女性ばかり。
 夜、参拝客でごった返ししているであろう場所へ出かけていくのは、対処は出来るものの、トラブルに巻き込まれる可能性を下げるためにも好ましくない。
 なので神社への参拝は、朝になったら行こうとなった決めたところである。
 ちなみに、そのメンバーに横島忠夫――もう一人のアルバイト――は入っていない。
 静かに参拝したいのに、美人を見かけてはナンパしようとする彼がいたならば、出来っこない。
 彼へ好ましい感情を抱いているらしいキヌや、彼を先生と慕うシロなどは納得しがたい表情を浮かべていたが、タマモがあっさり意見に同意したため、今夜はゆっくり眠ることになったのだ。
 みなと別れ、部屋で一人となった美神は、寝巻きに着替えようとして、ふと考えてしまった。
 このまま横島のところへ押しかけたら、あいつはきちんと挨拶返してくれるだろうか、と。
 朝になれば、呼ばなくとも勝手にここへ押しかけてくるだろうことは間違いない。
 先ほど口にした内容とは食い違っているが、希望と現実が違うのは世の常。
 むしろ、現実から目をそらそうとする美神の天邪鬼的精神のほうが問題ありそうである。
 そして、彼の行動を阻止せんと今夜中に強襲することを一人で決めたのも、更なる問題としか思えない。
 だが美神は、そんなの関係ないわとばかりに嬉々として出かける用意をし始めたのだった。


 ピンポーン!
 およそ三十分後、美神は横島のドアホンを鳴らしていた。
 約束も無く、こんな真夜中に女性が男性宅へ一人で尋ねてくるなんて、少々非常識なのではなかろうか。
 それでも横島という人間は、相手が美人であれば、許してしまう人間なのである。
 悲しい男のサガで構成された横島に、なぜこれほど心惹かれるのか、美神自身も分からない。
 ただ分かるのは、彼が笑みを浮かべてドアを開けてくれるだろうこと。
 わくわくしながら十秒が過ぎ、思い描いたとおり、にこやかな笑みで横島が出迎える。
「明けましておめでとーございまッス! 美神さん、今年こそはよろしくぅ!!」
 抱きつこうとしたのか、美神へ突進していった横島は、しかし、何故か彼女の横を通り抜けようとした。
 普段の彼なら、絶対に美神へ飛びついていくはず。
 なのに、まるで脱出しようとするかのごとく、美神とドアの隙間を彼は探している。
 思い描いていた行動との違いを、美神は疑問に思った。
 それに、先ほどの少々ヤケクソ気味な大声が、妙な違和感を美神に抱かせる。
「誰か、居るの?」
「ああっ、美神さん、ちょっと待って!」
 静止むなしく、美神の視線が部屋を見回す。
 すると、先ほど就寝挨拶したばかりのキヌ、シロ、タマモ、それに、この部屋隣に住む花戸小鳩までもが既に座っているではないか。
 眉の辺りがピクピク動き始めた美神へ、弁解するかのような横島の言葉がかけられる。
「あ、あの、美神さん。えーと、成り行きで前から約束してたってーか、おもちや年越しそば持ってこられたら断れないんやー。みんな貧乏が悪いんやー!」
 あわあわしている横島の言葉を聞き、それまで静かだった四人が、それぞれ意見を述べ始める。
「え、それじゃあ、小鳩の年越しそばは邪魔だったんですか……」
 すがるような目つきの小鳩に罪悪感を感じた横島へ、ぶーたれた様子のシロが文句を言う。
「先生、来年こそは肉食べたいって言ってたでござらんか。だから拙者、取って置きのしし肉を年明けすぐに持ってきたと言うのに……不満でござるか?」
 更に、キヌもにこやかな笑みで畳み掛ける。
「せっかくおせち料理作ったんですから、温かいうちに食べてもらおうとするのは当然ですよね」
 最後のタマモは、どこかそっぽ向きながらぼそぼそと言った。
「まあ、私に年賀状来るはずないから、横島のやつ見てたほうが面白いかと思って。で、横島がエッチなブツを隠すより先に来ようとしたら、この時間に来るしか……なかったのよ」
 非難するような視線の的となり、いたたまれなくなったのか、いきなり横島がダッシュする。
「あ、ちょっとまった」
 しかし、美神に阻まれた!
 狭い廊下のため美神の横をすり抜けようとした横島だったが、さりげなく出されたおみ足で、盛大にコケてしまう。
「もう、美神さんったら、何やっているんですか」
 そうキヌは文句を言ったが、彼女が非難しているのは、足を出した行為ではなく、彼をコケさせた結果のみであった。
 普段なら、突如として押しかけた美少女たちから逃げる横島ではない。
 とはいえ、ゴミ箱のティッシュを片付ける暇もなく居座った彼女たちの、いわば台風の目状態となってしまった彼には、美神の来訪は千載一遇の脱出好機だったのだ。
 それを阻止した美神を、キヌは責めず、むしろ賞賛する。
 彼が転ばされてしまったことさえ、考えてみれば、すぐそばで優しく手当てしてあげるチャンス。
 美神以外のみなが、にやり、と邪悪な笑みを心の中で浮かべていると、ふと、肝心要の横島がいつまで経っても起き上がってこないことに気付いた。
 そっと視線を向けてみると、彼は仰向けで横たわっていた。
 先ほど顔面から倒れこんだのに、姿勢変更はしたらしい。
 で、すりむいた額に血がにじんでいるのを気にせず、横島は、ある一点を見つめていた。
 脱出の邪魔をした美神の、そのスカートの中を!
「……」
 視線が足元に集まっているのを感じた美神も、ようやくではあるが、それに気付く。
 ゆっくりと頭を下に下げ、反対に、口の端がおもむろに上がっていく彼女。
 気付かれたことを知った横島は、蛇ににらまれた蛙のごとく、動けないまま言い訳を口にした。
「美、美神さん。そんな、僕ぁ、何もしてねーっスよ。えぇ、パンツが白だなんて見えてませんからっ! 強烈地獄――じゃなくて、凶悪遅刻――じゃなくて、恐悦至極じゃなく――あ、これで良いいのか」
「結局見てるんでしょーがぁっ!!」
 ひとり、うんうんと頷いた横島を、ガッガッ! と二度三度力一杯踏みつけ、美神は怒鳴る。
「こんのエロガキがっ、タダで見ようなんてっ、三年早いのよっ!」
 そして、彼の襟首をがっちり掴むと、さすがに事態の推移を不安に思った他の女性たちへ向かい、こう告げた。
「容疑者一名確保したから、朝まで尋問出来るわよ。どうする?」
 もちろん、彼女らに異存があろうはずもない。
 そのままズルズルと横島は引きずられていき、バタンと扉は閉まった。
 中からはガタガタと何かの動く音、楽しげな談笑や嬌声、ときどき悲鳴らしき声も聞こえる。
 だが翌日の午後遅く、ようやく開いた部屋の扉は、女性五人を無事に送り出していた。
「ねぇ、これから初詣に行かない?」
 いかにも満足げな表情を浮かべている美神が、くるりと振り返ってそう提案すると、他の女性たちも賛成した。
「じゃあ、いったん着替えないとね。あ、小鳩ちゃんもいるから……そうね、二時間後に迎えに来るからそれまでに着替えといて」
 そうして、ルンルン気分で彼女らが立ち去った部屋からは、なぜか精魂使いはてた横島だけが残されたのだった。
 ちゃんちゃん。


 ―終―



[39305] 好物お肉の考察(絶チル)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:53
 注意!
 残虐行為を暗示する描写が含まれておりますゆえ、読んで不快感を持った方にはあらかじめ謝罪させていただきます。


 思い出すのは、肉がかなり柔らかかったということ。
 そして、あっけなく冷たくなっていったということ。
 年数だけで言うならば、さほど昔の話じゃない。
 でも子供の私にとって、それは、はるか昔の遠い出来事。
 今から思えば、空論と仮説と少々の事実で出来た、まるでジェンガのごとき内容だったかもしれない。
 一つの事実で瓦解する脆い内容が、その全て──

「こら、紫穂。また肉しか食べなかったな。きちんと野菜も食べてくれよ」
 私、三宮紫穂の同居人、職場の上司でもある皆本光一さんは、夕食の後、そんな言葉で私をたしなめた。
 何でも、私の嗜好は教育上好ましくないんだって。
 貴方は私の親ではないんだから、そんなこと言わなくたっていいのに……
 少々ほっぺを膨らませながら、私は文句を言った。
「だって、お肉だけでお腹いっぱいになるんだもの。それに……」
「それに?」
 剣呑な顔付きとなった彼に、私は茶化すかのようにこうも告げる。
「育つべきところは育っているんだから、全然問題ないでしょ」
 途端に、周囲は喧噪へと包まれた。
「紫穂っ! あたしより育っているのかぁ? 上か下かどっちなのか、ハッキリしてもらおうじゃないか!!」
 真っ赤な髪の毛を逆立てて、こう叫んだのは、同僚の明石薫ちゃん。
「育ってるんは、お腹とか体重だけやないんか」
 眼鏡の位置を直しながら、そう揶揄したのは、同じく同僚の野上葵ちゃん。
 どちらも私と同じ年の、とても大切な仲間で、信頼できる人。
 あ、皆本さんがそうでないとは言ってないわよ。
 ただ、二人とは立ち位置が異なるだけの話。
 その彼は、一人難しい顔をした後、左人差し指でテーブルを叩きながら私を見た。
「いったい、何が不満なんだ? それに、食べ終わった今だから言うけど、その……能力を使いながら肉を食べるのは、なかなかにエグいんだが」
 お肉を食べるためには、生あるものを殺さねばならない。
 その際の感触をサイコメトリーで実感できる私は、たまにではあるけど、つい口にして嫌がられてしまっている。
 こんなにも美味なのに、ねぇ。
 皆本さんの言葉に対する華麗な無視を見抜いたのか、彼が、この際、と語気を強める。
「食事終えたから、ちょっと二人で話あおうか」
 いつもの途方に暮れた顔じゃなく、決意を秘めた、真剣な眼差し。
 凛々しく見えて胸の奥にぶるっと震えが来たけれど、それを何とか押し殺して、私はその言葉に応じた。
「ええ、私は構わないけど……薫ちゃんと葵ちゃんは?」
 二人きりとなれば、残りの二人が騒ぎ立てるのは必至だ。
 なにせ、愛しの彼と二人きりなんてシーン、そうそう無いものね♪
「すまないけど、席を外してくれないか」
 彼の有無を言わせぬ言葉で、薫ちゃんたちは、しぶしぶ引き下がった。
「紫穂に手ぇ出したら承知しないからなっつ!!」
 訂正、かなり強引に連れ出されていった。
 これからどんな尋問が、と始まる前から危ない方向へ期待感を覚えた私に、皆本さんが右手拳をテーブルの上へ置いて詰問する。
「さてと、野菜を食べたくない訳を、きりきり白状してもらおうじゃないか」
 まだ、卓上電灯をともされないだけマシなのかしら?
 残念なことに、別な意味でムードたっぷりな室内。
 その中で私は、そうねぇ、と物語るような調子で語り始めていた。

 昔、と言ってもまだ数年前の話だけれど、私は食べ物が好きでなかった。
 まだ能力がときどきにしか発現しなく、同じ食べ物なのに、食べたその時々でずいぶんと印象が変わるため、驚くよりも不気味に感じたのよね。
 野菜は農薬の味がするし、お肉も、死んだ際の悲鳴が聞こえてくるようで気持ち悪かったのを覚えているわ。
 え? 今じゃ楽しんでいるじゃないかって?
 ……そうね、あのことが切っ掛けで、ずいぶんとマシになったかしら。
 話変わるけど、皆本さん、私のママのこと聞いたことある?
 無いわよね。
 そんなしかめ面して、繋がり無い話はいいから、なんて言わないでよ。
 これも、皆本さんの質問に答えているだけなんだから。
 で、どう繋がっているかだけれど……
 私が食べられるようになったのは、ママのあの件が切っ掛けなの。
 ママが、死んだこと。
 同情なんて、必要ないわ。
 だって……ガミガミうるさかったし、私のことでいつもパパと言い争いしていたし、まあ、自分の子供を認められない、今から考えると可哀想な人だったわ。
 もう関係ないけどね。
 親のことをそんな風に言うな、なんて怒られても困ってしまうわ。
 その分、パパが私のこと信頼しているから、平気。
 今は薫ちゃんたちも居るし、何より、皆本さんが居るから大丈夫よ。
 やぁね、からかってなんかいないわ。
 本当のことだから、ね、じゃあおやすみなさい。
 ……えっと、この手はなに?
 私のこと、今夜は帰さないわってこと!?
 嬉しいけれど、事前に言ってくれれれば、用意のしがいもあったのに──
 きゃっ!
 そんなに強く掴まないでよ。
 睨まなくてもいいじゃない。
 はいはい、ちゃんと続きを話します。
 えーと──事の起こりは、彼女の娘、紫穂が高レベルサイコメトリー能力を身につけてしまったことだった。
 え? 口調変えなくてもいいだろって言われても……まあいいじゃない、こういうのは雰囲気が大切なのよね、雰囲気が。
 何より、皆本さんの深刻そうな顔に合わせているだけなんだけど、納得できない?
 ならば、休ませてもら……はいはい、納得したならば続けるわね。
 ──それまでも、兆候はあった。
 特定のものへ不満を表したり、教えられもしないことを話したり、読めるはずない文字をすらすら読んだりと、普通の子供では考えられない事柄がたまに発生していたのだ。
 利発な子供であること、それだけならまだ救いようもあっただろう。
 困ったのは、それがもとで彼女が口にする食べ物が極端に限られてしまったことだった。
 幼児のころは無理やりにでも口へ入れることの出来たミルクでさえ、長じるにつれ何故か飲みたがらなくなり、他の食材も嫌がったのだ。
 当然、母親は原因を探ろうとしたが、彼女が見たところ食材に問題はなく、医師の診察で子供の身体に問題が見当たらないこともあり、どうしてこのような態度を取るのかは誰にも分からなかった。
 まさか、サイコメトリー能力で食材の内容のみならず、かかわった人間の思考まで読み取り不快感を示すとは、誰も想像しえないことだからだ。
 能力は、高ければ良いというものではない。
 しかるべき判断と経験が無ければ、悪影響を及ぼすものである。
 そして子供の能力は、周囲にまで悪影響を及ぼすほどのものであった。
 当時も超能力者を管理する組織、バベルはあり、超能力検査で高いレベルの反応があった人物がスカウトされうることは、政府広報などによりで国民へ知らされていた。
 だが、幼児時分からそれほどのレベルを持ちえている人物がいることを誰も思いつかず、検査に至るまでに相当な時間を費やしてしまう。
 今では妊婦健診にまで組み込まれている超能力検査も、当時はまだその段階ではなかったのだ。
 そして、理由が分かったその時は、既に遅すぎた。
 ただでさえストレスの掛かる子育てにおいて、自分の子供が食事を拒否するのは親にとって過酷な負担となってしまう。
 会話が成り立ってからも、いや、成り立ってからは特にだが、否定的発言をされて喜ぶ人間はいないし、それを読み取ってますます子供が不機嫌になるとの、いわゆる『負のスパイラル』が発生してしまったのだ。
 警察庁の高官である父親は、そのような状態に仕事柄慣れていたものの、母親は事実に耐えることが出来なかった。
 子供の能力が物体だけでなく、他人の思考、隠しておきたい奥底をも読み取れることが分かったとき、彼女は恐怖し、それが知られたことでヒステリー状態となってしまったのである。
 耐えられる人間は、どれほど居るだろう。
 少なくとも彼女がそうでなかったことは、責められはしない。
 エスパー人口が増え、少々の異常事態に対応出来るようになった現在のバベル職員でさえ、耐えられる人間は、ほとんど居やしないのだから。
 その結果、家には父親と娘だけが残された。
 父親にとり、まだ幼い子供を抱えたまま離職することは金銭面や家事能力面で難しく、また、検査結果から子供の能力がバベルに知れたため、ほどなくして娘はバベルに預けられた。
 単なる育児所に娘を預けらることは出来なく、また、離職ないし休業して育児専念とするにはあまりに重要人物となっていた父親には、それ以外の選択肢が無かったのだ。
 それ以後、娘は育っていく。
 母親が居なくなってのち、食べることにいくばくかの楽しみを見いだしたから。
 バベルでの生活が、父親にまで見捨てられたのではなく、愛情のためであることを読み取ったから。
 そして、他にも同様な境遇の子供がいると知ったから。
 すくすくとまではいかないが、娘は、生きることに僅かな意味を見いだして育っていくのであった。 
 終・わ・り。
 ……何で溜め息吐いているのよ。
 昔の話で退屈でもしたの?
 まだ、野菜を食べない理由を言ってないだろって?
 あら、そうだったかしら。
 えーと、本当に聞きたい……の?
 皆本さんには、言っておかなければならないのかしら……パパに口止めされているけど、旦那様に隠し事はよろしくないわよね。
 ちょっと、露骨に呆れた顔しなくたっていいじゃない!
 どうせ、いつかはそうなるんだし、気にしないの。
 訂正を求めると言うのなら、私も言わないことにするわよ。
 了承?
 了承でいいのね?
 じゃあ、言うわね。
 私は、野菜が食べられないのではなくて、肉ならば食べられるってことなのよ。
 どうして肉が大丈夫になったかと言うと……
 これは、ママとパパのおかげ。
 パパが食べさせてくれたお肉の、その味が苦しさを上回っていたから、なの。
 何を食べたのかは、ひ・み・つ。
 怨念を持ったモノを、その対象者が食べても、特段呪われたり後遺症が残ったりしないって能力で理解したからなのよ。
 安心して食べられるから、無意識に能力使っても問題ないし、逆にそれが少々楽しみになったので、お肉ならば大丈夫ってこと。
 ちょっと、何を食べたかなんて聞かないでよね。
 本当に聞きたいのなら……そうね、ヒントをあげる。
 私はお肉が食べられるようになったし、それはパパとママのおかげなこと。
 パパが独身生活長くて料理上手なこと。
 ママが居なくなってからも、私とパパは以前より円満な関係を築けていること。
 後は……私に護身のため子供用拳銃持たせてくれるようになったこと、かしら。
 パパが警察庁高官だから出来たことだけど……
 で、これ以上は、聡明なる皆本さんなら言わなくても分かるわよね?
 じゃあ、今度こそお休みなさい、って……皆本さん、顔色良くないわよ。
 看病必要かしら?
 そんな、全力で首振るなんて困った人ね。
 私がきちんと看病してあげるから、安心して。
 休めば良くなるからって……そう? 駄目なときには早く言ってね。
 私たち、一緒の生活しているんだし、たまには甘えてくれたっていいんだから。
 それじゃあ、皆本さんが早く良くなるように、私は引っ込みます。
 また明日。
 ──そうそう、明日の朝食は私が作るけど、おじやで良い?
 もしかすると、煮込みでお肉入れてしまうかもしれないけど、気にしないでね。
 今度こそ、お休みなさい。
 ぐっすり眠ってね。


 ─終─



[39305] 検査と日常(絶チル)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:54
「あのさー、皆本」
 唐突に、明石薫がベッドに横たわったまま声を出した。
 ベッドにいるとはいえ、怪我をしているのではなく、単に頭痛のため検査されている間、横になっているだけなのだが、どうにも暇に感じたらしく、近くに居る幾人もの検査技師は取りあえず置いといて、モニターをじっと見詰めてデータの意味を考え込むチーム主任へ話しかけることにしたらしい。
 日本トップ超能力者の一人である薫は、現在、日本国政府が管理する組織バベルに所属している。
 未就学児の時分から高すぎる能力を発揮してしまったため、家族と平穏な時間を過ごすことが出来なくなり、保護されたのだ。
 両親がいわゆる世間で有名人だったこと、能力がサイコキノであったことも問題を複雑化させていた。
 更には、能力をコントロールさせようとする歴代の指揮官とのいざこざでもって、バベル内でも平穏な時間を持つために数年が必要となったのは、彼女だけの責任ではなかろう。
 同じ境遇の高レベルエスパー少女たち――年齢も不思議と同じだった――と支えあい、周囲とのさまざまな軋轢を切り抜け、ようやく多少なりともマシな上司、皆本光一とめぐり会えたのは、本当に喜ばしいことだ。
 彼女の能力がサイコキノなので、感情が高ぶった際、たまに、本人としてはごくたまに、皆本へ力を使ってしまうことはあるものの、かなり仲良くやれている部類に入ると思われる。
 他のチームメイト、野上葵と三宮紫穂も皆本と仲良くやっている。
 時々、そっちにえこひいきしているようなことがあれば即座にお仕置きしてしまうこともあるが、それは許容範囲だろうと薫は考えている。
 みな小学生なので、まだ一線を越えることはないと思っているからだ。
 少なくとも、最近親しくなってきた他の若い女性バベル職員――みな、すぐにでも結婚できる年齢なのが癪に障る――といちゃいちゃしている場合に比べれば可愛いものである。
 今日も今日とて傷薬を手放せない皆本は、頭の片隅で痛みを押さえ込みながらデータに集中していたのだが、それゆえ、薫の言葉へ反応を返すのが遅れた。
「……ん? あれ、何かしたかい?」
 どうやら、手伝っている女性職員の物音か、と思ったらしい。
「何かじゃねーよ。あたしが話しかけてるのにさ、無視しちゃってからに……もしかして、あたしに見ほれてた?」
 皆本は、薫から意地の悪い笑みでそう言われ、なぜか頭痛が酷くなったような気がして溜め息を吐いた。
「あのなぁ。どーやったらデータと君を同時に見られるんだ? もうちょっとで終わるから、無駄口叩かず大人しくしてろよな」
 彼女たちの体調管理も、皆本の重要な役目である。
 日々、人間らしく育っていくかどうかは、これひとえに同居人である皆本の手腕にかかっているのだ。
 女性としての発達具合確認から、アクセサリーの作成や薬の研究開発、服の見立てなどなど、まさにエロゲ的要素ふんだんな日々と言えよう。
「こら、勝手にモノローグを入れるな」
 紫穂じゃあるまいし、と皆本は注意した。
 彼女はチームメイトなのだが、その能力はサイコメトリーであり、たまに皆本の心を読み取っては、あることないこと言いふらしてくれるのだ。
 人格を突き崩すような事柄さえ平然と言ってのけるのだから、今の薫の発言同様、始末が悪い。
 睨みながらの言葉へ、なぜ注意されるのか判らないのか、ムッとした顔つきで薫が答えた。
「えー? 今日の皆本はノリが悪いから、だいじょーぶだと思ったんだけどなぁ……それに、中身だって間違ってないと思うけど?」
「中身って、なんだ? 中身って……さっきのあれか?」
 いやそうな顔つきの皆本へ、ニヒヒ、と薫が笑う。
「そう、それっ。なんだぁ、ちゃんと判ってるじゃんか」
 安心したように、わざわざホッと溜め息をも吐いた薫を見て、更に頭痛を覚えながら皆本は反論した。
「アクセサリーの作成は、ESPリミッター作成業務だろ? 薬は、僕の鎮痛剤だし、服の見立てって言っても、買い物に付き合わされているだけだろーが」
「あれ? あたしのパンツ確認だってしてるじゃんかー。いまさら照れなくてもイイってー、このむっつりスケベさんは」
 勝ち誇ったような口調で、薫が揶揄を入れる。
「か、確認だって!? 君が勝手に僕へ見せてくるだけだろうがぁ。洗濯までさせているくせに、なんで破廉恥な言い方になるんだ? だいたい、今日の検査はキミが今朝、頭イタいって言ったからで……そこっ、わ・ら・わ・な・い・よ・う・に」
 皆本が睨んだ先では、検査助手を務めていた女性職員が口元を押さえている。
 まるで掛け合い漫才のようなやり取りに、つい口元が緩んでしまったらしい。
「あっ、ご、ごめんなさい。つい……」
 そう弁解しながらも、彼女の笑いはなかなか収まろうとはしなかった。
 特段面白かったわけではないのだが、皆本と出会う以前、薫たちがかなり厭世的表情を浮かべていたのを覚えていたため、それとのギャップが激しいらしい。
 もちろん、超能力によるお仕置きがくれば間違いなく生命にかかわる大事になってしまうと頭では判っているのだが、どうにも止まらないようだ。
「ベツに怒らなくたっていーじゃんか。事実は事実だろ?」
 一応は笑ってはいけないと気付いている検査助手だが、当の薫は、またもやどこが変なのか理解できないといった風で呆れている皆本へそう告げる。
「それに、そろそろ検査も終わりなんだろー? すこぉしばかり無駄口たたいてたってイイじゃんかぁ」
「よくないっつーの!」
 圧力とストレスに負けないよう、鍛えに鍛えたはずの皆本の腹筋が、軋みをあげる。
 彼にとって幸いだったのは、ようやっと出た検査結果が、問題なしと表示してきたことだった。
 近頃の出動で、頭に異常がと思い検査したのだが、格言に反し、少々体調が悪くなっただけのようだ。
「……ほら、終わったから、さっさと着替えて合流してこい。そろそろあいつらも来るからさ」
 皆本は、机に置いておいた、こちらは自分専用の鎮痛剤を手に取りながら、そう薫へ言った。
 彼女が属するチーム『ザ・チルドレン』は、先に言った紫穂と葵との、合計三人のメンバーで構成されている。
 普通の検査時は、みな、それぞれが心配になるのか、一人だけが検査対象であっても他の二人も皆本に引っ付いて待っていることが多い。
 今日は頭痛で薫が学校を休んだため、比較的短時間、更に言えばいつもより平穏無事に検査が終わっているが、普段のやかましさと言ったら筆舌に尽くしがたい。
 薫が着替えに行けば、少しの間休みが取れると思い、皆本はそう彼女へ言ったのだが、逆の事態になることも考えられ、一瞬皆本はギクッとした。
 まさか、『それまでの間、独り占めするー』とか言ってこないだろうな……と考えてしまったのだ。
 常に皆本とじゃれたがる三人なので、他の二人が学校に行っている今なら、薫はそう言い出しかねない。
 そろそろ学校終わる時間なので、大人しくさせるつもりで言ったのが逆効果になった、では洒落にならない。
 皆本の生傷は、主に薫が主原因であるものの、二人からのお仕置きも、これも強烈なのだ。
 恥ずかしい思い出暴露程度ならともかく――それもご免こうむりたいが――高度百メーターへのテレポートなんかされたら、命にかかわる。
 二の句を思いつけず、思わずもう一回薬瓶へ手を伸ばした皆本を見ながら、幸いにして、珍しくも薫は素直に頷いた。
「あぁー……うん。着替えないと」
 検査の際は、それ用の服装になっているため、このまま迎えにいくのはまずいだろう。
 その常識をようやっと理解してくれたか、と皆本は思ったが、ふと見ると、彼女は何もせずつっ立っているではないか。
「薫、さっさと着替えて来たらどうだ?」
 行動の意味を理解できないが、さっさと休息したくそう告げた皆本へ、彼女は胸に手を当てたまま、首を右にかしげてこう答えた。
「あの……先生が、着替えさせてくださるんですよね? あたし、待ってますから……」
 何というラブコメな台詞!
 貴方はどこの誰ですかと訪ねる暇も無く、皆本の左手後方、入り口ドアの方向から呆れた声が掛けられた。
「なんつー似合わない言葉や。皆本はん篭絡するには、まだまだ研究が必要なんとちゃうんか」
「表情がいまいちよねー。もっと、こう、瞳を輝かせなきゃ」
 どの時点から見ていたのだろう。
 葵と紫穂、それぞれから辛辣な言葉が発せられたことで、皆本は逃げ出したくなったが、それをさせじ、と薫が超能力で行動を押さえ込む。
 そして、何も問題ないじゃん! と叫んだ。
「ほら、あたしさ、病人だしぃ、検査されてる身だしぃ、何の不都合も無いでしょーが」
 勝ち誇ったその言葉にムッときて、紫穂も葵も反論し始めた。
 その横で、こそこそと逃げ出す男が一人。
 口論になったことで、一時的に拘束から抜け出せられたようだ。
「なんでいつもこーなるんだぁ?」
 ドアをすり抜けてから、そうぼやく皆本の耳朶を、叫び声が打つ。
「あーっ! 皆本はん、逃げはったぁ!!」
 何だか知らないが、葵もそうとう怒っているようだ。
 あわてて廊下を駆け出す皆本を見て、知っている人が声を掛ける。
「よっ、今日も愛の逃避行か? がんばれよー」
「この色男めが!」
 ……誰も心配の声を掛けてくれはしないのだが。
 笑い声の後を、かしまし娘たちが追いかける。
 たかが検査一つでこのような事態になることを、数年前、誰が想像しえただろうか?
 ただ一人の犠牲者を別として、安堵と微笑とが、今日も今日とてバベル局内を包み込むのだった。


 ―終―



[39305] 真熱の夜(絶チル)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:57
 元ネタ:トキコ氏

「あっつぃ……」
 左手を上方向に突き出し、三宮紫穂は寝汗を掻きながら、うっすらと目を開けた。
 横たわったベッドは、今日も快適だ。
 なのに、どうしようもなく空気が熱く感じられるのは、どうしたことだろう。
 タオルケットをはだけ、寝巻きだけの上半身を露出した彼女の肢体が、うっすらと透けて見える。
 が、さすがに裸になるのはためらいを覚えていた。
 別に、隣で寝ているチームメイトに遠慮したり、羞恥心が湧いているからではない。
 このまま汗を掻き続けていたらダイエットになるかしら、などと思ってしまったからである。
 寝不足のほうがよっぽど美容に影響があるものの、もうろうとした頭では、そこまで考えが回らないようだ。
 ぼんやりと、左手を見やる紫穂。
 と、そこに何か夜光に反射するものがあった。
 何かしら、と思う間もなく、すぐにその正体に気づく。
 ああ、指輪なのね……
 左手薬指にはめた指輪は、彼女の上司、皆本光一が作製した超能力リミッターである。
 それが真夜中でも、ぼんやりと存在を示していた。
 金属で出来ているため、付けているそこだけが微妙にひんやりとする。
 熱に浮かされた目つきで、紫穂はその指輪を見つめた。
 いつもは気にならないのに、この暑さで、そこだけが妙に気になって仕方が無い。
 彼が作った、私のためだけの指輪――
 夢見る女の子である紫穂は、そこに指輪をはめることがどういう意味を持っているか、よく知っている。
 普段は気にしないようしているのも、その事実を気にしだすと彼のサポート役が勤まらなくなるほど恥ずかしくなってしまうからなのだ。
 でも、今ならば、みなが寝静まっている今ならば、それを気にしてもいいわよね?
 わずか、手に力を込める。
 この指輪は、特別な何かがない限り、絶対にはずさないわ。
 そんなことを思うと、余計にアツさが感じられてしまう。
 体温の熱なのか、気温の暑さなのかは判らない。
 でも、それがため、指輪のひんやりさがますます心地よい。
 まるで彼に看病されているような気分を感じながら、いつしか紫穂は眠りに就くのであった。


 ―終―



[39305] 帰ってきた、はぐれ悪魔(GS美神+悪が呼ぶ!)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:58
「ふっ……ここか。今度のやつは」
 男は、サングラス越しに高校の校舎を見つめた。
 情報によれば、ここは妖怪の巣と化しているのだと言う。
 机妖怪や、ピアノ妖怪、そして、好都合なことには、魔力を持ったものさえ居るのだと言う。
 俺がしようとする仕事にとっては、実におあつらえ向きの場所だ。
 俺が何をしようとも、彼らの気に紛れて、やつらは何も感知できないだろうからな。
 まあ、まだ感知できるやつが居るとして、だ。
 だが、数が減ったとは言え、いつ何時、追っ手が掛かるか分かったものではない。
 しかし、それまでは、ここで仕事させてもらうさ。
 なにせ、人間界での仕事って、これしか分からないからなぁ。
 男は苦笑すると、黒スーツに身を包んでいる身を踊らせた。
 長く垂らした黒髪も、ぱっと跳ね上がり、その辺一帯が黒一色に染まる。
 まず行くのは、職員……いや、校長室か。
 仕事は、それからだな。
 そして彼は、堂々と校門から進入していった。

 校長室で彼は、一人の男と向き合った。
「歴戦の人物が、まさかこんな若い男性だとは思わなかったな」
「既に、十年以上になるかな。俺はプロだから、歳は関係ないだろ?」
「経歴は読んだよ……見事なものだ。これなら妖怪が巣くう我が高校も、少しは綺麗になるだろう」
「では、雇ってくれるのか?」
「もちろんだよ。ここは、君のようなプロフェッショナルを待っていたんだ」
 男たちは、にやりと笑いあうと、契約書を整えた。
「明日には……いや、これから取りかかろうか?」
 サングラスの奥から鋭い眼光を飛ばす男に、もう一人の男は、少し考えてから答えた。
「少し待ってくれ。仕事をスムースにするため、明日、ちょっとしたことをしてからだな。それから頼む」
「分かった」
 男たちは納得して、別れた。


 そして翌日。
 男は、昨日の格好のまま、体育館の壇上に立たせられていた。
 横島は、生徒たちと一緒に立ちながら、黙って男を見ていた。
「あいつ……俺と同じ? いや、まるっきり正反対……? しかし、妙に気になるのは何故だ?」
 男からは、魔界出身の匂いがする。横島には、彼は悪魔族なのだろうと思われた。
 しかし、何故か魔力が感じられないのだ。
 人間なのに、ルシオラの因子で魔力を感じさせてしまう横島とは、反転した存在のようである。
 どんなやつなんだ? そして、どんな理由で、この高校に?
 戸惑う横島らの前で、男は、堂々と挨拶した。
「こんど採用された、伊藤妖火堂です。よろしくお願いします」
 ざわめく生徒を前に、校長が補足する。
「伊藤さんは、今度、我が校の用務員として採用されました。掃除のプロだから、みんなも教えを請うようにな。とくに横島は!」
 最後の一言で、どっと笑い声があがる。
 横島が掃除をさぼっていることを、校長までもが知っているのだ。他の生徒も、噂くらい聞いている。
 そして、受けたと思った校長は、更に続きを言った。
「そうそう、伊藤さんのことを、ダイ○ーさんとか、西○さんなどと言っちゃいかんからな」
 それを聞いて、体育館の中は、ますます笑い声で包まれた。
 やはり、言う機会を確保して良かった……
 校長は、心の中でガッツポーズをすると、大歓声に、満足げに頷くのであった。
 一方、伊藤は、サングラスの奥で、恥ずかしさで顔を赤くしながら、拷問に耐えていた。
 何でギャグになってしまうんだ……?
 俺はもう、ギャグとは縁を切ったはずなのに……
 最初の際の経験から、身を隠す場所として高校を選んでいた伊藤は、この高校の存在を知って喜んだ。
 こんなにも力のたまり場になっているここなら、俺なんか些細なものだからと。
 かつて『魔王後継者』の一人とされ、しかし逃げ出した、はぐれ悪魔――伊藤妖火堂(いとうようかどう)。
 魔界から追われる日々だった彼は、ここなら追っ手も掛かりにくいだろうと考え、ここに来た。
 しかし、彼は知らない。
 横島のギャグワールドがここを包み、今までのハードボイルド路線が、ものの見事に壊されていくのを。
 そして、元ネタがギャグ出身者の常として、自分が以前の笑われる存在に変わろうとしているのを。
 今までの比でない苦難は、いま、まさに始まったばかりなのだ。
 負けるな伊藤。頑張れ伊藤。いつかきっと、シリアスに戻れる日まで……ありえないけど。


 ―続く―



[39305] はぐれ悪魔、再び(GS美神+悪が呼ぶ!)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:59
「そこの男、待て!」
 サングラスの男が、男子生徒に声を掛ける。
「は、俺ですか?」
 廊下を走っていた男子生徒――横島は、前を塞がれて立ち止まらざるを得なかった。
 掃除当番をサボるため、玄関までダッシュしている最中なので、一刻も早く横を通り抜けたい。
 そう思って、目前の男の隙を伺うのだが、その隙が見あたらない。
 それどころか、気に押されて後退寸前だ。
「……何の用事ですか、用務員さん」
 とうとう横島は、威圧感を跳ね返すべく、声を出した。
 こいつ、今朝紹介された、用務員だよな?
 何で、俺を止めるんだ?
 しかも、そんな格好なのに、なんて迫力だ……
 男の格好は、ただの作業服。しかも、それなのにサングラスで、手には箒とちり取りを持っただけの姿だ。
 ちり取りを持ったままの手が、すいと上がり、横島めがけてピタリと止まる。
「用事も何も、お前、理解していないのか……?」
 男の怒気が、目に見えて膨れあがっていく。
「理解も何も、そんな怖くして、どうするんですか?」
 やばい。
 横島の防御本能が反応し、右手に霊力が集まっていく。
「……? その霊力……そうか、お前が横島か?」
「何故それを?」
「知っているぞ、お前の評価もな……これで益々、ここを通すわけにはいかなくなった」
 俺の、何を知っているというのだろう?
 まさか、魔界から、何かの使命を帯びてきたやつなんだろうか?
 それなら、俺の名前を知っているのも分かる……
 しかし、学校でとはね。
 横島の苦笑を無視して、男は再度、構える。
 まずいっ。
 横島は、こんなところで戦いたくなかったので、一気に切り出した。
「ああっ、そーいえば、たしか、『三越』さんでしたっけか? すいません、ちょっとどいてーな」
「俺は、三越でも三井でもなーい!!」
 男は、そう言いながら箒を突きつける。
「俺は、伊藤だ~!」
「で、その『加藤』さんが、何か?」
 名前を間違える……美神直伝のギャグワールドに、横島は引きずり込もうとする。
 相手は、それに慣れてないのか、箒の先を横島からずらし、肩で息をしてから言い放った。
「廊下は、走るな!」
「は?」
「廊下は走るものではない。そして、掃除もサボるものではないんだ。それくらい理解しておけ」
「あ、あの……呼び止めたのって、それだけ……?」
「俺は、プロの用務員だからな」
 伊藤は、そう言って薄く笑った。
 あっけにとられた横島に、伊藤は、先を続ける。
「だから、後ろで待っているお友達に、大人しく引っ張られていくのだな」
「ええっ!?」
 横島と伊藤が対峙している間に、追っかけてきたクラスメートが、仁王立ちになっている。
 前門の虎、後門の狼。
 間に挟まれた横島は、より危険度の低い方を選択した。
 すなわち、大人しく掃除することを選んだのである。
 だが横島は、去る前に伊藤に聞いた。
「なあ、あんた。俺のことを、誰から聞いた?」
 それだけは、聞いておかないと、今後の対処が出来ない。
 敵なのかどうかの確認だ。場合によっては、ワルキューレに、魔界の情勢を聞く必要もあるかもしれない。
 横島は、サングラスを透かして相手の目を見ようとした。
 その、かなり厳しい顔に対し、伊藤は、あっさりと答えた。
「なに、校長から注意を受けていてな。『GS見習の横島は、掃除サボるし色々と要注意だからな』、と言っていたぞ」
「校長から……? それじゃ、あんた、魔界からは?」
「そんな言葉は、ここでは言わないことだ。俺は、忘れたよ」
 さらりとかわす伊藤に、横島は突っ込もうしたが、だがそれは果たせなかった。
 しびれを切らせたクラスメートが、横島を引っ張っていったからである。
「あれが横島か……危なかった」
 伊藤は、誰も居なくなってから、ぽつりと呟いた。
 手に持ったちり取りを、そっと床に置く。
「あのまま続けていたら、俺は、あいつに……これを投げていたかもしれない。そうすれば、掃除のやり直しになるところだったからな」
 採用された日に、首にはなりたくない。
 それが、今の彼の思考だった。
 悪魔ではなく、あくまで用務員として生きようとする伊藤は、それが横島によって狂わされそうになるのを感じて、少し暗くなるのであった。


 ―続く―



[39305] はぐれ悪魔、再会する(GS美神+悪が呼ぶ!)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:58
「ねぇ。そこのぼーや。ここいら辺に高校はないかい?」
 学校から帰り道。の妖艶な美人女性から、そう問いかけられた横島は、いきなり飛びつこうとした。
「ずっと前から愛してました~~!」
「ふん」
 しかし女性は、軽く笑うだけで、それを避けようともしなかった。
 このままいけるのか?
 横島が、そう思った瞬間、彼は、いきなり地面に叩き付けられた。
「慌てないの、ぼーや。お姉さんと良いことしたければ、それなりに順序ってものが、あるんだからね」
「な、なんだ……?」
 横島は、地面にうつぶせになり、圧力に耐えていた。
 以前、アシュタロスに美神さんを奪われたときに受けた、重力攻撃と同じもののようだ。
 となると、やつと同じく魔界の実力派なのか……?
 軽くカールした長い黒髪を持つ、ナイスボディの女性は、横島の近くまで来ると、膝をついて再度、問いかけた。
「もう一度、聞くよ。この近くの高校は、どこだい?」
「お、俺が通っている高校が、そうっす……」
「そこで、サングラスをかけた男を見たことは?」
「!?」
「あるんだね……?」
 横島は、サングラスと言う単語だけで反応してしまった。
 伊藤とか言う用務員のことか?
 やつには、やはり何かがあるのか?
「あいつとの関係は、いったい……」
 問いかける横島に、女性は軽く微笑んでいった。
「それを言うと、お前を殺すことになるから、答えたくないわね。さて、その高校は、どっちだい?」
 動けない……
 横島は、手をあげて高校を示そうとしたが、それが果たせない。
 それを不服従と取った彼女は、ますます圧力を掛けていった。
「さあ、答えてくれるわよね?」
 にっこり彼女は笑ったが、もう、横島には、それを見る余裕が無くなっていた。
 このままじゃ、やばい。
 そう思って文珠を発動させようとしたとき、ふっと圧力が弱まった。
「やっと会えた……」
 ……?
 その言葉を疑問に思って顔を上げようとすると、かけ声と共に衝撃が襲ってきた。
「パンプル・ピンプル・パムポップン!」
 衝撃は、横島の傍にいる女性に向かって放たれたようだが、女性は、難なくそれを交わした。
 のみならず、綺麗におれを横島の周囲に分散するおまけ付きだ。
 どうやら、そこで大人しく横たわっていろとのメッセージらしい。
 それで横島は、死んだふりのまま、周囲を見た。
 視界の端に、今来たのか、伊藤用務員が立っているのが見える。
 あいつが、あれをやったのか……?
 仕事を抜けてきたのか、未だに作業服で、しかもその手には、便所たわしが握られている格好で、あれをか……
 それにしても、凄い恥ずかしい呪文だな。
 横島は、助けられたお礼も忘れて、そう思った。
 ところで、いったい伊藤は、どうやってこの現場が分かったのだろう。
 少しして、笑いが収まった横島は疑問に思ったが、謎の美女と対峙する伊藤を邪魔せず、じっと話の内容を聞くことにした。
 その伊藤は、鋭く言葉を飛ばした。
「あれを、避けるか……」
「あれくらい、造作もないことですわよ。それは、ご存じのはず。私たちには、人間界の黒魔術など、無意味なのですから」
「俺を追いかけるなと、言ったはずだ」
「そんなこと言わないでください。あなた様が居なかったら、私の居る意味も無いのですから……かのアシュタロスが倒れ、反勢力が力を失ったた今、絶好の機会なのですよ」
 悲しそうな目をした女性に、伊藤は言い放つ。
「魔力の無い俺に、戻る場所など無いさ」
「それは問題無いのですよ。だってあなた様も、魔……」
「言うな!」
 言葉を途中で遮った伊藤は、激しい言葉を後悔するかのように、溜め息を吐いてから続けた。
「俺は、悪魔じゃない。それから、武器でもないんだ。俺は、只の伊藤妖火堂……それで良いじゃないか。もちろん、後の二人もそう思っているから、人間界に居るんだろう?」
 !?
 横島は、それを聞いてびっくりした。
 こいつと同じ存在が、あと二人も……?
「ええ。でも、妹たちが一緒ですから、問題ありませんわ。あなた様だけが、私から逃げ回って……そんなに私と合体するのが、お嫌ですか?」
 合体……こんな美女と、合体?
 そんな美味しいことが可能なやつだったのかぁ!?
 横島は、死んだふりを続けられず、がばっと飛び上がった。
「お姉さん、僕と合体しましょ~~!!」
「「その合体じゃな~い!!」」
 そのとたん横島は、伊藤と女性、二人から殴られて、空のかなたに飛んでいってしまった。
 ああ、これで出番終わり……?
 そんな思考を残して。
 横島を見送っている間、ここで簡単に説明しておこう。
 伊藤は、とある魔王から分かたれた魔力の源の一つ、魔王翔が人化したものである。
 悪魔ではないので、魔力を持っていないのである。
 ちなみに魔力は目前の彼女が持っており、通常の状態でも彼女は使えるが、最大限の魔力を発揮するためには、二人が合体する必要があったりする。
 横島の思っている意味とは、まるで違い、美神との合体技のようなものである。
 説明の間に横島が星になったことを確認した伊藤は、薄く笑った。
「もちろん、きさまの出番は終わりだ。ギャグに引きずり込まれては、困るからな」
 伊藤は、声にならない声に答えた後、学校に戻るべく、踵を返した。
「それじゃな、六波羅。俺には仕事がある。だから、魔界では暮らせんのだ。悪く思うな……これを俺だと……いや、何でもない。元気でな」
 伊藤は、手に持ったものを彼女に渡そうとしたが、それが学校の品であることを思い出してやめた。
 いや、便所掃除の品など、渡されても困ったことだろうが、伊藤は、それを考慮してはいなかったのだ。
 さよならを告げられて、泣き出しそうになった女性――六波羅は、ぐっと拳を握りしめて言った。
「分かりました。それでは、その気になるまで、待ってますね」
「そんなときが訪れるとは、思わないがな……」
 捨て台詞を残した伊藤の後ろ姿を、六波羅は、ずっと見送っていた。


 そして、一週間。
 伊藤は、順調に仕事をこなしていた。
 本人は迷惑であろうが、クールな言動から、徐々に女生徒の人気も高まっているようである。
 空のかなたに消えた横島は、やはり戻ってきたが、伊藤を追求せず、取り敢えず大人しくしていた。
 すぐに問題は起きないだろうと見たからである。
 決して、廊下を走った件で素行不良を指摘されたので、単位がどうなるか怖れたせいではない……はずである。
 例え、それが理由の98%を占めていたとしても、だ。
 まあ、ワルキューレから、『3馬鹿トリオ・あく○いざー3』との情報も得たので、そんな噂がたつのなら、害は少ないだろうと思ったせいもあるようだ。
 ただ、横島には、引っかかるものがあった。
 あの名前も知らない女性は、伊藤とどんな関係なのだろうかと。
 くそう、俺も合体したいぜ!
 やはり横島は、男より女が気になるのであった。


 今日もまた、体育館で全校集会が開かれている。
 そこで伊藤は、壇上で挨拶した女性を苦々しげに見ていた。
 彼以外のほとんどは好意的な顔をしていると言うのに、何故そんな顔をしているのだろうか。
 それは、彼女のした挨拶にあった。
 薄く微笑む新任先生は、こう語っていた。
『今度赴任しました六波羅ヒロミと申します。姓は違いますが、用務員の伊藤の半身です。よろしくお願いします』
 間違っては居ない。間違っては居ないのだが……
 ここで言うのは、止めて欲しかったな。
 伊藤は、『あの美女は俺のもんじゃ~』と心で叫ぶ横島の視線を受けながら、冷や汗を掻くのであった。


 ―終―



[39305] ホワイトの決意(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 21:59
 高校を卒業し、とうとう美神令子の事務所を辞めて独立することになった横島。
 卒業式も終わったので、連日事務所に顔を出しては私物の整理を行っていた。
 しかし、新事務所の場所は未定だった。お金が足りないので、別途事務所を確保出来なかったのだ。
 そのため、取りあえず今までのアパートで仕事を受け付けることを横島は考えていた。
 そんなある日。美神は横島一人だけを所長室に呼んでいた。
(いったい、今更なんだろうな?)
 横島は疑問だった。
 事務所を辞めると言ったときでさえ、にこやかだったあの美神が、今は厳しい顔をしている。
 不安にかられながら彼女が何を言うのか待ったが、一向に言葉が発せられない。
 立ちすくんだ横島と、デスクの椅子に座ったままの美神。
 一分、二分……
 時計の音だけが、静寂の部屋に木霊する。
 とうとう我慢しきれなくなった横島は、口を開いた。
「あの、美か……」
「横島くん!」
 それにかぶせるように、美神は横島を呼んだ。
「は、はいっ!」
 条件反射的に答えた横島だったが、その後が続かない。
 言いかけた言葉を飲み込んで、横島は待った。
 美神は、そんな横島を数秒眺めたが、ふと目をそらすと、小声で声を掛けた。
「本当は、あんたにやりたくないんだけれど、税務署がうるさいから、仕方なく渡さなければならないんだからね」
「な、何を?」
 横島の質問を、美神は無視した。
 そして立ち上がると、机の引き出しから封筒を取り出した。
 それを持って横島に近づくと、美神は彼の手に押し付ける。
「退職金なんて、バイトには勿体ないんだけどね……」
「えっ、退職金なんて貰えるんすか?」
 横島の驚きようも、もっともだ。
 今までの言動を思い浮かべれば、狂ったのかとでも言いたいくらいだ。
 しかし、それを言う前に、横島は手渡された封筒の中身をそっと確かめようとした。
 やけに薄い封筒には、せいぜいがとこ紙切れ一枚程度しか入ってないようだ。
 だが、今はお金が欲しい。たとえ千円だろうと、あの美神さんから頂けるお金だ。ありがたく頂戴したかった。
(まさか、五百円札じゃないだろうな?)
 失礼な、だが周囲には正当な感想さえ抱きながら中を見た横島は驚いた。
「こ、これは!?」
「何も言わないで!!」
 横島の叫びに、またもや美神の言葉が重なる。
 明らかに、彼にしゃべってほしくない様子だった。
 だが、それでも横島は言わずにいられなかった。
「あの……金額欄が、何も書いてないっすけど?」
 彼の手にあったのは、小切手。きちんと押印もされている。
 しかし、本来書かれるべきはずの金額欄は、何も書かれていなかった。そう、『白紙小切手』とでも言うべき代物だった。
「いいから、それを受け取って、さっさと出ていって!」
 くるりと後ろを振り向いた美神の声は、ヒステリック気味に大きい。
「今日はホワイトデーだから、白関連で、あんたには相応しいでしょ! たいしたことないんだから、感謝なんてしないでね!!」
「けれど……」
「そうよ、税務署やママが、うるさいからだけなんだからね! そうでなければ……なんであんたに……」
 次第に小さくなる美神の声。
 そんな彼女の後ろ姿に、横島は静かに語りかけた。
「美神さん。俺、これを受け取れません」
「何で!? それじゃ不服だって言うの?」
「そうじゃなくて……多すぎるんすよ」
 苦笑いした横島に、美神は振り向いて叫んだ。
「一億でも百億でも、好きなだけ持っていったら良いでしょ! どうせこれから会えないんだから、せめてお金に不自由しないでちょうだい! 何ならものでも良いわよ!!」
「いやです」
 言って横島は美神に近づいた。
「でも、そこまで美神さんが言うのなら、お願いがあるんですけど……」
「何? おキヌちゃんを連れて行きたいとでも言うの? それともシロやタマモかしら? 人工幽霊付きの事務所でも良いわよ」
「そんな話じゃないっす」
 横島は、泣き出しそうな美神を抱きしめて、囁いた。
「俺は美神さんが欲しいです」
「……良いわよ。欲しいなら、体をあげるわ」
 横島の言葉に、美神は投げやりに答えた。
 それに対し、横島は真剣な口調で続けた。
「そんなんじゃないっす! 俺は……美神さんの心が欲しいんです」
「えっ?」
「本当は俺、出ていきたくなかったんす。でも仕送りが無くなるから、あの給料じゃ生活出来なくなるから、自分で稼ごうとして……でも今まで、美神さんは引き留めてくれなかったから……美神さん」
「なぁに?」
「俺、退職金じゃなくて美神さんの心が、真っ白な美神さんの心が欲しいって言ったら、貰えますか?」
 その言葉に、美神は涙を流しながら答えた。
「良いわよ。代わりにあたしにも、あんたの白いものを頂戴!!」
 そして押し倒すようかのように、情熱的に横島に抱きついていった。
 今宵は、白いヴェールに包まれて、二人きり。
 そしていつかは、白いドレスとタキシード。
 ホワイトデーに相応しく、白いシーツの海でたゆたう二人には、幸せな未来が待っていることだろう。
 二人に、幸あれ。


 ―終―



[39305] 真夏の光(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 22:00
 元ネタ:サスケ氏

 海! 誰が何を言おうとも、夏は海である。
 彼女と二人きりで海水浴に来た横島は、痛烈にそう思った。
「似合ってないかもしれないけれど……」
 そう言った横島の彼女、ルシオラは既に着替えを終え、横島の目前で恥ずかしげに手を組んでいる。
 何気に胸部を隠しているような気がするのは、たぶん、バストサイズに自信が無いことが影響しているのだろう。
 恋人である横島がえっち大好きと知りながら、このような黒色で地味目の、スクール水着と見まがいかねないワンピースを着るとは、いかなることか。
 しかも、様々な妨害工作を突破してやってきたと言うのにだ。
 そんな、不満を言ってしまいそうな状況でありながら、横島は、一言も発しなかった。
 変わりに、いやっほうと奇声を上げ、目の色を変えて彼女に飛びかかかっていく。
 言葉による賞賛を期待していたルシオラは、あっけなく押し倒され、横島と密着した状態になってしまった。
「何を……」
 更には、いきなりだったため不満を言おうとした彼女の唇を強引に奪うと、ひとしきり楽しんだ後になって、ようやく彼は口を開いた。
「あまりに眩しかったんでさー。つい……」
 途中で口を濁したのは、下になっているルシオラ視線があまりにきついためだろう。
 素直にかわいいとか似合っているとか言えばよいところを、昼間から押し倒してしまったのだから、ある意味当然の結果だ。
 そのまま数瞬、二人は見詰め合ったが、先に行動を起こしたのは被害者であるルシオラであった。
 しどろもどろとなった横島を見続けているうちに、横島はセクハラ魔人なのだから仕方ないとあきらめたのである。
 以前、東京タワーでキスを迫られたときは反射的に拒否してしまったが、今はそうもいかない。
 何せ、身と心を任せてから、自分も彼のセクハラを受けないと妙な感じがするほどになってしまっていたりするのだから。
 幸いにして、周囲には誰も居ない――と言うか、ルシオラの幻術と横島の文珠で結界を張っていたのだが――から、どんなポーズをとろうとも、どんな行動を起こそうと、誰にも知られる心配は無い。
 期待でみじろぎした彼女の動きで、彼もにやりと笑う。
「えっち」
 あまりの言葉に憤慨したルシオラに、横島は更に続けた。
「蛍なのに、真っ黒な水着で誘惑するんだからなー、俺の太陽は。だから、太陽になるよう燃え上がらせるからね」
 良く見ると、横島の股間もトランクスタイプ水着を突き破りそうなほどになっている。
 ぴくぴくと脈打つたび、水着越しにルシオラへ暴発するような熱を伝えてくるため、彼女の体温も急上昇していく。
 空の太陽はどこまでも熱く、互いの太陽もまた、それなしでは生きていけないような圧倒的熱量を互いに与えていく。
 熱くなりすぎたら、すぐそばの海に入ればいいし、あるいは、その中でとか――
 横島に開発されたルシオラの脳裏には、既に、当初の思惑と異なった方向に進んでいることに気が付いていない。
 結局彼らは、陽が沈むまで互いの太陽の恩恵を受け続けたのであった。


 ―終―



[39305] 核ミサイルの未来(絶チル)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 22:01
「薫っ! 大人しく連行されろ!!」
 目前に立つ、若干二十歳ながらも国際手配されている女性エスパー明石薫へ、皆本光一はそう怒鳴った。
 昔は日本政府内務省付きバベル職員として働いていた彼女なのだが、今は国際エスパー犯罪者組織『パンドラ』に身を置いている。
 彼女の上司として共にバベルで働いていた皆本は、未だに彼女の離反が信じられなかった。
 彼女と一緒にチーム『ザ・チルドレン』として頑張っていた残りの二人、三宮紫穂と野上葵は未だバベルに居るからだ。
 薫のみが離れていった理由を、紫穂も葵も知り得ていない。
 なので皆本は、無言で首を振った薫へ、こう続けた。
「お前は、昔からそうだったよな。人一倍元気なくせに、いつも一人で悩みを抱えては落ち込んでしまう。しょうもない理由で他人を巻き込んでは、あっさりとコトを収めてしまう。ホント、やっかいなヤツだった」
「過去形ってことは、今は違うのね?」
「何か事件を起こすたび、僕の胃に穴を開ける、やっかいな存在だってのは変わってないよ。特に、こうやってブラスターを突きつけられても顔色一つ変えないってのは、ノーマルかエスパーかを問わず、普通は驚異だろう?」
 苦笑した皆本を見て、薫がからかうような口調で答える。
「そんなの、『世界征服』を目指したからには日常茶飯事じゃんか。いちいちビビってなんかいられないよ?」
 昔、十年ほど昔、まだ皆本がチルドレンの上司となったばかりのことだ。
 将来の夢を書くよう指示された彼女たちが最終的に提出したものには、無謀にも『世界征服』と書かれていた。
 正確に言えば、書いたのは薫で、他の二人はそれを手伝うと書いたのだが、紫穂も葵も現実を見据えて皆本と共に居る立場を選択したからには、主犯となる薫だけが未だ野望を持っているのは、子供の夢を持ちすぎだと揶揄されても仕方がないところだろう。
 更に言えば、その夢が他人の幸福を犠牲にするとなれば、公務員としての義務と上司としての責任を感じている皆本が阻止へ回るのは当然だ。
 そんな皆本の悲壮な決意を余所に、薫は平然と突っ立っていたが、少しして、いきなりピンと耳をそばだてる。
 小型通信機から聞こえてくるのは、懐かしい葵の、しかしせっぱ詰まった声。
「薫かっ!? あかん、核ミサイルが……逃げれへん!!」
 とうとう通常手段を諦めたのか、最強とも言われる犯罪者抹殺のため、誰かが核爆弾使用を決定してしまったようだ。
 葵の叫びと、ほとんどあきらめの境地となった皆本の溜め息をまるで聞いていなかったかのように、薫は、ゆっくりと呟く。
「まだっ! まだ、終わんないよ……」
 予知によれば、ここに至ってしまったからには破滅しか残されていない。
 みるみるうちに迫ってくるミサイルの持つエネルギーは、単にぶつかっただけでも質量 m と速さ v の2乗に比例するパワーを持つが、加えて爆弾の破壊力が合わさるとなれば、ただ一人のサイコキノが扱えるものではない。
 なのに薫は、悠然と構え、空に向かって叫んだ。
「だってあたしは、まだやり残したことがあるからっ!」
 何をしようとするのか、彼女はいきなり空へ飛び出した。
「まさか、受け止めるのか!?」
 それこそまさかだが、皆本の視線を受け、彼女は空中で停止し、空一杯に意識を広げていく。
 位置を確かめ、速度を合わせ、ターゲットを捕捉する。
 物理どころか、小学校の基礎勉強でさえ嫌がっていた時分の薫では、到底持ち得ない集中力と作業量。
「サイキックぅ……」
 彼女が能力を使うときの癖。
 まるで漫画の必殺技を繰り出すときのように、そう言って一旦肺に大きく空気を送り込んだ彼女は、網目状に作り上げた意識でもってきっちりミサイルを捕まえてから、自分が爆発したかのような盛大な声で怒鳴った。
「スーパー・デンジャラス・ギャリア風きゃーっちアンドうっちゃり投げぇっっっつ!!」
 無意識下でテレパシーでも使っていたのか、遠く離れていたはずの薫の声が皆本の耳朶をも打つ。
 一瞬だけキーンと耳鳴りがするが、それが治まったときには、ミサイルは、遙か遠くへ投げ飛ばされていた。
「そんなのって……ありなのかぁ……?」
 さきほどの計算式は、物理の基本だ。
 十代のころから天才と称され、今も十二分に頭の働く皆本にとり、その基本を覆すような光景は理解の範疇外である。
 どれほどのエネルギーがつぎ込まれたのだろう。
 土俵際で体勢を入れ替え、相手を逆に放り出してしまう相撲技『うっちゃり』が、この非常識なパワーの名称に相応しいかはともかく、薫に投げ飛ばされたミサイルは、自らの推進力に薫のパワーを上乗せされ第二宇宙速度を突破したのか、地球からひたすらに遠ざかっていくようだ。
 轟音が次第に遠ざかっていく中、呆然としていた皆本の意識を呼び戻したのは、眼前に降り立つ、一人の女性の姿だった。
「やった……皆本、あたし、やり遂げたよね?」
 汗だくながらも、輝く笑みでそう問いかけるのは、まぎれもなく薫だ。
 皆本は、その背中に、真白い羽根を見た気がした。
 破滅を食い止める、まさに天使――
 が、それも一瞬のこと。
 力を使い果たして崩れ落ちる彼女を慌てて抱きかかえると、ギッと唇を噛んでから、皆本は誰へ言うともなく呟く。
「なんてことを……」
 それは、ミサイルを発射した人物への恨み言であり、爆発を阻止してしまった薫への呆れた言葉である。
 そして、予言されながらも今ここに至るまで何も出来なかった自分への情けなさも多分に含まれている。
 呟きを耳ざとく聞きつけた薫は、皆本に抱かれて嬉しそうな顔をしながら、それに応えた。
「だってさ、まだあたし、世界征服を諦めてないもん。これから自分のものになる場所を、ミサイルごときで壊されちゃうのは我慢できないしね」
「馬鹿っ!! そんなことを言いたいんじゃないっ!!」
 ――久しぶりに感じる彼の体温は、とても暖かいな。
 そんな感想を抱きつつ、薫は罵倒へこう返す。
「……皆本と一緒だったとき、力じゃ何も解決出来ないって、そう思うときもあった。皆本が心の中に閉じこもったときなんかにね。でも、力があれば解決出来ることもある――あのミサイルのように、さ」
「それだけか?」
 皆本は、呆然として問いかける。
「お前は、力を見せつけるためだけにあんなことをしでかしたのか!?」
「そうじゃない!」
 薫は、反射的に叫ぶ。
「そうじゃなくて……何というか、力があって、悪いことなんか無いって、そう示したかっただけ。ねぇ、皆本。あたしにこんな不相応な力があったら……やっぱり不安に思う?」
 薫の言葉を聞き、不意に皆本の脳裏に言葉が浮かぶ。
『――きみは、ここに居ていいんだ』
 それは、欲しかった言葉。
 与えたかった言葉。
 ずっと心の奥に眠っている、大切な言葉――
 ゆっくりと、自分の言葉を確かめるかのように、皆本は言った。
「君は、君であり続けていいんだ。パンドラに入ったも何か目的があったんだろう? 力のあるなしじゃなく、犯罪者と捜査官の関係じゃなく、ただ、君がそうあるように居ればいいんだ……そして、君たちも同じように思うだろ?」
 最後の言葉は、後ろに立った人物へのものだ。
 気配を感じて問いかけたのだが、それをさも当然のごとく、二つの答えが返ってくる。
「まったく、呆れちゃうわね。皆本さんに抱きかかえられるためだけに、あんなことをしでかしちゃうなんて」
「せやな。他にも方法はあるやろーが。まったく、うちらのリーダーは、どうしようもなく阿呆やなぁ」
 最初のは紫穂の、次は葵の言葉だが、表面上は呆れているものの、その顔を見れば嬉しくて笑っているのがハッキリ分かる。
 一人チームを離脱した薫が、未だ皆本を思い続けていたのが分かり、思いを同じくしていた二人も安堵したらしい。
 皆本には後れを取ったものの、駆けつけてくれた二人を見て、薫と皆本も顔がほころぶ。
 しかし皆本は、すぐに顔を引き締めた。
「……で、どうするんだ、これから。いくらミサイルを防いだ功労があっても、罪は消えないぞ?」
 国際手配された薫には、大人しく捕まって刑を受けるか、今後も逃げるかしか手は無い。
 そう言った皆本へ、薫はこう告げた。
「大丈夫。そろそろ始まるから」
「なにが――」
 問い直そうとした皆本の頭上、いや、街のあちらこちらから、いきなり大音量ノイズが発せられる。
 またミサイル攻撃の兆候かとギョッとした三人の耳に、ノイズは、次第に声へと変わっていった。
『……と言うわけで、さきほど発射された核ミサイルはあたしが弾き飛ばしました。各国のお偉いさん、ミサイルを使ったあなた達は、立派なテロリストです。助かったみんな、大統領に立候補するあたし、明石薫を応援してね! 繰り返します。先ほど発射さ……』
 薫の仲間が、誰か電波ジャックでもしたのだろうか。
 どこの放送局も同じ音声を繰り返している。
「なんや、あれ。まるで選挙演説やないか」
 葵の呟きに、薫はひょうひょうと答えた。
「そうだよ。みんな、忘れたの? 世界征服するって夢を。ここまでゴダゴダになった世界を、あたしたち以外の誰が纏めあげられるって言うのさ。あたしたちには、力がある。そして、あたしたちを信じてくれる人がいる――そうだよね」
 言い終わり、えへへ、といたずらっ子のような笑い声を出した薫へ、みなの視線が集中する。
 しかし、それは、暖かな眼差しであった。
「せやったな。確かに昔、征服するっつーとったなぁ」
「まあ、確かに状況を一夜でひっくり返すには、強引な技も必要かもしれないわよね」
 でも、と二人は言葉を切ってずいと詰め寄る。
「だからと言って皆本さん独占は許さないわよっ!!」
 前から後ろから、美女のありったけの力による抱擁を受け、皆本は、何でこんなことにと思いつつ、思考が停止していくのを感じるのだった。


 そして数ヶ月後、世界は、一応の統一をみた。
 ぴちぴちギャルの、まるで天使の福音かと思えるごとき選挙活動が功を奏したらしい。
 詳しいことは誰もが知っているものの、みな、直接語ろうとはしない。
 ただ、男たちの間でこんな言葉がはやったのみである。
「ああ、ちくしょー。『薫の海』へ行きてぇなあ」
 月面に最近出来たばかりの、小さなクレーター。
 もちろん、ゼロに等しいほどの確率で、何故か月に到達してしまった核ミサイルが作った穴ぼこである。
 名前の由来は、言わずもがな。
 そして、その意味するところは――『酒池肉林』である。
「まるで漫画のようだよなぁ……」
 皆本の、そんな呟きが風に飛ばされ、ふわりと舞い上がるものの、飛ばされた先で儚く掻き消されていく。
「ホントは嬉しいんだろ、このすけべ!」
 そんな会話が日常になってしまった、皆本べったりな女王さまたちの統治は、今、まさに始まったばかりであった。


「で、パンドラに入った本当の理由って何だ?」
「えーとね、単に暴れたかったとか、ちょいと背伸びをしたかったとか色々あるけど、皆本に……好きな人に追いかけて貰いたかったから、ってのじゃ駄目?」
「あのなぁ……僕が『ほーら追いかけてごらん』とか言われて素直に追いかけると思ってたのかよ」
「うん、だって、ちゃんと追いかけてくれたし。結果おーらいでしょ」
「それって、男と女の立場が逆じゃ……」
「今さら固いこと言わなくたっていーじゃん。あ、ここだけは硬くしていいから」
「馬鹿っ!」
 果たして相手を捕まえたのは、どちらやら。
 どうやら、予知からは上手く逃げられても、運命からは逃げられないようであった。


 ―終―



[39305] 唐巣和弘雪山奮闘記(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 22:01
 元ネタ:米田鷹雄氏

 雪景色。
 日本なら、ごく一部を除いてどこでも見られる、普通の光景だ。
 だが、スキー場になるくらいの低い雪山で、これほどの猛吹雪は、周囲数メートル以外は全く見えないほどの猛吹雪は、私が幼少を過ごした旭川でも滅多に見られない。
 異常気象による、自然現象? 
 いやいや、そんなものではすまされないほどの暴風雪は、絶対にそれでは無い。
 断言しても良い。
 今のこの状態は、眼前の妖怪、雪女が自力で作り出しているのだ、と。


 私、唐須がゴーストスイーパーを職として、既に二十年以上が経過している。
 その間、色々なことがあった。
 キリスト教の神父となったこと、破門されたこと、自力で教会を建てたのはいいが赤貧にあえいでいること、そして、弟子を育ててきたこと――
 どれもが微妙な位置関係で、今現在の状況とはまるで関係ないかもしれない。
 だが、ずっと他者の為に悪霊退散をおこなってきたこと、それが今回の依頼へ繋がっていることだけは確かだ。
 何回も危険な場面を切り抜けてきたはずなのだが、しかし、今回ばかりは分が悪いような気がしてならない。
 先ほどから、どれだけ攻撃を仕掛けても、まるで効いたそぶりが見られないのだ。
「なんだ。もう、それで終わりかい?」
 涼しげな微笑みでそう雪女に切り替えされたとき、私は笑った。
「貴方を排除するのは、私の義務なものでね」
 やせ我慢もいいところだ。
 笑ったのは、相手の涼しげな顔を崩すためだが――雪女だけに、ほてった顔になることは無いだろう。
 どうにかして、あの顔を崩せないだろうか?
 そんなことを考えてもみたが、今までの戦いを振り返ってみれば、難事業だということは、言われなくても分かっている。
 お札は、投げつけても相手に届くことなく吹き飛ばされてしまう。
 主へ祈っても、厚い雲に遮られて届かない。
 祝詞を唱えても、相手の顔は一向に変わらない。
 おまけに、力が吸い取られていく感じさえしているとあれば、危機感は募る一方だ。
 それにしても、何でこんなに消耗するのだろう?
 これほど熱い眼差しで睨んでも、溶ける気配がまるで見られないとは、いったい……
 次の手を考えあぐねていた私に、雪女は、ほほほ、と笑いながら言ってきた。
「殿方の熱い眼差しでも、私は融かされない。なぜなら、私を融かすほどの殿方は居ないからねぇ」
 ますます妖艶な笑みを浮かべ、雪女が一歩、前へ出る。
 私は後ずさりしようとして、そこで初めて気付いた。
「脚が?」
 いつの間にか、脚が雪で動けなくなっている。
 故郷の雪は、こんなに重くない。
 たかが十数分の、いや、試行錯誤の数分間で脚が動けなくなることは、考えられない。
「ふぬっ!!」
 力を篭めたが、脚が抜けない。
 雪女が近付いてくるというのに……
 ぎりり、と歯ぎしりをしている私に、彼女は、ふと少々驚いた声をあげた。
「おや、そこはまだ熱いままかえ? ……ふむ、これも一興」
 なにがそこだ。
 私は、訳の分からぬまま、相手の油断を好機と捉え、今できる最大の攻撃を放った。
「くらえ、ヘッドライトビーム!!」
 昔の私には出来なかった技。
 面積広くなった額から発せられる熱光線は、雪女なら効果覿面のはず。
 力が抜けているため少々弱々しいが、距離の縮まった今ならそれでも大丈夫のはず。
「あっ!?」
 そう思った私に、彼女の驚き声が聞こえたが、しかし――それ以上は、悔しいかな、何も起こらなかった。
 彼女は、目を僅かに抑えただけで、まったく怯まなかった。
「熱くさせるのは、そこじゃないぞえ」
 この言葉も意味不明だ。
 彼女は、今や腕も十分に動かせなくなった私に近付き、すっと座った。
「なぶり殺しにするつもりか?」
 情けないことに、今の私にはこの状況を覆す体力が残っていない。
 一撃くらいは殴れるだろうが、そもそも、妖怪とはいえ女性を殴るのは主義ではない。
 弟子の美神くん、あるいはその弟子の横島くんなら他の解決策もあるだろうが、私も、今の弟子となっているピートくんも、彼女には勝てない気がする。
 だが、せめて少しでもダメージを。
 そう思った私の顔を、彼女はじっと見詰めてきた。
「なんだ? 凍死させるつもりだろうが、まだ私には十分に力があるぞ?」
 ハッタリは効かないだろう。
 そうは思っていても、力の差をひっくり返すには、相手を挑発して自分と対等にすることが重要だ。
 先輩ではなく、弟子から学んだことを、今、私はしていた。
 言動に問題はあるが、日本一とも言われる彼女なら、大逆転が可能だろう。
 あやかりたいと願いつつ、私は、それが叶えられる可能性が限りなく小さいことを知っていた。
 じっと、死刑執行の瞬間を待つ。
 が、雪女は、しげしげと私の下半身を見るばかりだった。
「これはこれは、まだ現役ではないか」
 謎の言葉と共に、雪女が、ほう、と溜め息を吐く。
 色っぽい?
 不覚にも、その仕草へのときめきが抑えられない。
 禁欲生活により蓄えた力は、ちょっとやそっとでは解放されないはず。
 なのに、三本目の脚が、自己主張を始めてしまう。
「ふふふ。お前の火照りをさまそうではないか」
「近付くな!」
 警告というか、無駄な咆吼を出したものの、私の下半身は、感情とは裏腹に熱量を放出し始めている。
 だが、彼女はそれを苦にせず、動けない私の脚の、まだ雪に埋もれていないズボンチャックを発見すると、いきなりそれをおろした。
「な、何をする?」
「決まってるじゃない。あんたの熱を奪うのさ」
 確かに今、一番熱があるのはそこだ。
 しかし、そこは……
「う、ううっ!」
 彼女が舌を這わせただけで、快感が走ってしまった。
 美神くんのお母さんと同居してたときでさえ我慢していた快楽が、一気に脳髄へ到達する。
 彼女は冷たいはずなのに、それに応えられるのか?
 私の疑問は、彼女の言葉で無理矢理納得させられてしまった。
「あんた、旭川出身とか言ってたかしら? だからかしらね、お外でするのに慣れてるみたい。ふふふ……頼もしいわね」
 ああ、確かに若い頃は無茶もやったさ。
 吹雪に隠れてこっそり、なんて話もあちこちで聞いていた。
 だが、こんな、吹雪の中でことをしていたなんて話は、聞いたことも見たこともないんだが!?
 私の逡巡を余所に、ちゅう、と彼女は吸い上げようとする。
「うわっ!?」
 冷たくて縮こまったはずの睾丸が、生産を始めようとしている。
 何故だ。
 私は、女性になぶられて喜ぶ気質ではないはずだ!
 自分の意志に反しても、悲しくとも、そこが立派にそびえ立っていく。
 思わず、先の言葉が脳裏に浮かび、現実逃避してしまうではないか。
 げ、現役なのかぁ……頭はげてから、めっきり女性とは縁遠くなったしなぁ、やっぱり美智恵くんを押し倒しておくべきだったよなぁ……
 ちろちろと、冷たい炎に焼かれながら、私の股間に力が集まっていく。
 先ほど放ったサンライトビーム以上の熱が、一点に集まっていく。
 そんな状態ではあるが、ふと、私は気付いた。
 もしかして……これを浴びせれば雪女は溶けるかも?
 馬鹿な、と言われそうだが、私は、それほどの力を溜め込んでいるように感じられる。
 絶えて久しかった液体が、溜まりにたまっている。
 これならば!?
 私は、彼女が大きく咥えこんでいる最中、いきなり放った。
 音が聞こえそうなほどの放出。
 熱いはずのそれが彼女の口を満たし、あふれ、服を汚していく。
 だが、一向に彼女へダメージを与えた気配は無い。
「どうして、溶けないんだ……」
 がくぜんと呟いた言葉さえも彼女は滋養としようとしているのか、胸に付いた一滴一滴を舐めながら、満足げな答えが返ってくる。
「これくらいの熱さじゃ、あたしは溶かせないわよ。もっとどろどろで、溶岩のような固まりじゃなければね」
 そして、口を拭い去って、すっくと立ち上がる。
「まあ、あんたも人間にしては熱かったわ。ふふふ、ごちそうさま。まあ、でもあんたのは……」
 熱いとは言ってくれたものの、ダメージを与えるどころか、彼女の栄養にしかならなかった……
 しかも、女性の奥地ではなく、お口で放ってしまうなんて!
 彼女の言葉が耳に入ってくるが、それが意味を成さない。
 悔しさのあまり、がっくりと私はうなだれたが、ふと、彼女がすくいきれずに零した液体が、雪上に残っているのが見えた。
「せめて一太刀……」
 液体ですぐにカチカチとなった雪玉を、右手で投げつけようと私は試みる。
 しかし、男の根源を吸い取られた今の私には、もうその力は残っていなかった。
 急速に意識が遠ざかっていく。
 最後に残された思考は、無念さでしかなかった。
『胸部さえも見ないで終わってしまうとはっ! この唐巣、一生の不覚っ!!』
 そして、私は気を失った。


 次に私が気が付いたときは、既に何もかもが終わっていた。
 えーと、その、私が倒された後のことは、みなご承知の通りだから私の口から言うことは無い。
 私は弟子に助けられ、意識を取り戻したのだそうだ。
 話によると、あの雪女は熱量を吸い取る特殊能力があったらしい。
 なので、私の熱量や、信仰心さえも吸い取ったようだった。
 どうりで普通に戦っていても力が抜けていった訳だ。
「なるほどね……」
 納得はしたが、いくつか疑問も残る。
 私はどうして吸い尽くされなかったのか、また、どうやって美神くんは退治したのか、この二点だ。
 二つめは、ばつが悪い様子でわたわたしている彼女から聞き出そうとしたものの、それとなくそらされて聞き出せなかった。
 まあ、いい。
 さすが優秀なゴーストスイーパーだと褒めるのみだ。
 ただ、一つめは妙に気になる。
 まさとは思うが、嫌な考えが頭から離れない。
『あんたのはね、まずくて全部飲み干すまでいかなかったのよ』
 そんな嘲笑が未だに聞こえてきそうで、わたしは小さく歌った。
「るーるるー。るるるー」
 男の尊厳が、信仰心を越えるものなのかは、もう分からない。
 むしろ、美神くんと一緒に仕事をしているセクハラ大王横島くんのほうが、その辺を良く知っているのだろう。
 だとしても、私はまだ死にたくないし、負けたくない。
 取りあえず、ちょっとお金を貯めてそっち方面も鍛える必要があるなと、私は密かに決意するのだった。


 ―終―



[39305] 真夏の妖精(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 22:02
 元ネタ:六条一馬氏

 夏が来る――
 ぎらぎらと太陽が輝き、暖房費の必要が無い季節。
 貧乏な横島にとって、ありがたい季節である。
 と同時に、寂しい季節――でもあった。
 夏休みになると、愛しい彼女が帰省してしまうからだ。
 その彼女、氷室キヌの実家は、東京から遠く離れた人骨温泉の近くで代々神主をやっている。
 昨年は一人で帰った彼女だったが、今年は、何を思ったか、横島と共に行きたいと言い出した。
 行く金が無いと断った彼に、わたしが出しますからと無理やり誘った彼女は、今、神社へ向かわず、その近くの川へ二人で立ち寄っていた。
「ここですねー。水が冷たくて、綺麗で、好きな場所なんですよ」
 朝が早かったため眠いとぼやく横島を岸辺に置き、さっと川へ入るキヌ。
 素足にサンダルであるため、スカートを少しめくった程度で平気なのだ。
 そして、まだぼーっとしている彼へ、えいっと水を掛けてしまう。
「な、何するんスか!?」
 とたんに大声を出した横島を見て、えへへと彼女は笑った。
「目、覚めてくれた?」
 悪びれることなく、にこにことしているキヌを見て、横島が膨れる。
「おキヌちゃん、かんべ……」
 そうして、ぼやきを言い掛けたのだが、その声が途中で尻切れとんぼとなってしまう。
 何故なら、そこに居たのは、キヌであってキヌでなかったからだ。
 見なれたピンクのスリップ――キャミソールだったかな?と、それで隠し切れない白い下着。
 肩紐は、健康的なラインを浮かび上がらせている。
 白いスカートは逆光で透け、ぴちぴちした太ももの線を横島へ見せてしまっている。
 魅惑の女性――
 キヌではなく何か別な存在、そう、妖精か女神がそこに居るような感じがする。
「どうしたの? 欲情した?」
 少し呆けていたのだろう。
 キヌから言葉を掛けられて、横島は慌てた。
「ばっ、馬鹿! んなわけねーだろ? いくら俺がお前のこと好きだからと言って、ところかまわずエロな気分には……」
「なるんでしょ」
 しかも返答を中途で遮られ、ごくあっさりと性癖を暴露された彼へ、キヌは、こうも言ってくる。
「でもね、そうなるのは、もう少し待っててね。義父さんと義母さん、早苗お姉ちゃんへ報告するまでは、お預けだからね」
 がーんとなった横島の気持ちを分かっているのか分かっていないのか、両手でスカートをひらひらさせながら屈託無く笑うキヌ。
 横島は、そんな彼女を眩しげに目を細めて、いつまでも見やるのであった。


 ―終―



[39305] たそがれて(GS美神)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 22:02
 元ネタ:六条一馬氏

 日が暮れる――
 青空が赤く染まっていき、蝉の鳴き声がうるさく感じられなくなってきても、タマモはまだ、縁側に腰掛けたまま外をぼんやりと眺めていた。
 障子を隔てた部屋の中では、同僚のシロが眠っている。
 昼間食べたスイカでお腹が膨れたせいだろう。
 あるいは、今朝から大騒ぎをした挙句、ここまで走ってきた疲れのせいだろうか。
 お腹を押さえ、すやすやと眠る姿は、まるで幼子のようだ。
 その態度を少しだけ腹立たしく感じながら、しかしタマモは彼女を起こそうとはしなかった。
 起こせば、また騒動が始まるに決まっている。
 それは推定で無く、もはや既定事実であったからだ。
 起こすとしたら、問題の責任者に起こしてもらわねばならないだろう。
 その問題を起こした人たちが戻ってこない以上、自分だけが大声で迷惑こうむるのは勘弁してほしい。
 タマモは、そう思いながら、コツンと軽い音を立てて後頭部を柱にぶつけた。
 痛みと共に、何度も自問自答した一つの問いが脳裏で火花を散らす。
 何で、こんなところでぼんやりしているのだろうか、と。
 自分たちは、招かれざる客であるはずなのだ。
 その自覚はタマモにもあった。
 何せ、ここは同僚のキヌの実家、その離れであり、母屋のほうでは、久しぶりに帰ってきたキヌの婚約話で盛り上がっているはずなのだ。
 男を連れてきただけでも十分問題なのに、その男を慕う女性が――シロのことであるが――後を追ってきたとなれば、修羅場になってもおかしくは無い。
 現に、キヌの姉は一緒に来た男、横島を糾弾し、言い訳を一切認めようとしなかった。
 妙な理屈をわめきたてるシロと共にタマモが離れに居るよう言われたのは、詮方ないことだろう。
 しかし、とタマモは思う。
 そもそもこうなったのは、シロもタマモも知らない間に横島とキヌが二人で出かけたことが原因であると。
 確かに、近日中に出かけるようなことを聞いた覚えはある。
 しかし、それが今日で、しかも自分たちが目覚める前に出かけてしまったことに落胆したのは、何も横島を慕っているシロだけでは無かったのだ。
 そうでなければ、パニックになりかけていたシロをなだめて二人の後を追おうと提案しなかったはずである。
 かすかな匂いと、便宜上の保護者である美神さんから聞き出した内容を手がかりに、タマモはキヌの故郷まで来てしまった。
 ここまで来た以上、本当に二人の仲を邪魔しに来たのであれば、すごすごと離れで夕暮れを見ている場合では無いのだ。
 そうは思いつつ、タマモは動こうとはしなかった。
 一緒に来たシロは寝ており、話し相手は誰もいない。
 また、いただいたスイカもとうの昔に食べ終わってしまっており、手に持ったペットボトルの中身も、ほとんど残っていない。
 やることが無く、暇の極致のはずなのだが、だからと言って二人の邪魔をするのも無粋であると心の片隅で理解していたからである。
 遠くから聞こえてくる鐘の音が、わびしさを倍増させていく。
 が、わびしくてもキヌや横島を憎んだり嫉妬したりまでいかないのは、それが当然とも思っていたからであろう。
 昔々、石に閉じ込められる前に自らが行ってきた打算の行為では無く、心底からの愛情。
 薄々感じていたそれが、ここまで追いかけてきてキヌら二人にあると知ったとき、ほっとしたのも紛れも無い事実だ。
 自分にも、いつかそんな相手を見つけられるのかしらね。
 半ば自嘲気味ながら、そんな風に心が鎮まっていくのは、この鐘の音が影響しているのかもしれない。
 諸行無常と鐘の音が鳴り響く。
 先ほど聞いた話では、これは亡くなった人々を弔うための鐘なのだと言う。
 自分には関係ないわと思いながら、心のどこかで、それに同調する考えも沸き起こってくる。
 全ての人間に祝福と安らぎあれ、と。
 タマモは、目前の黄昏を心にしまいこみ、どのような祝いの言葉を発せば良いのか、あれこれと考え始めた。
 たぶんキヌも横島も笑顔でやってくるのだろうから、そのとき自分も笑みを浮かべられるよう、最後の雫を地面に落として。


 ―終―


 あなたの魂に安らぎあれと思います。



[39305] 制服とネクタイ(絶チル)
Name: 凍幻◆786b687b ID:86a11131
Date: 2014/01/21 22:03
 元ネタ:たかす氏

 中学生になるにあたって、私、三宮紫穂の属するチーム『ザ・チルドレン』のバベルにおける制服は新調された。
 小学生時分のデザインも、まあ悪くはなかったわ。
 けれども、いつまでも同じ格好ってのは、成長して無いように感じられて、ちょっとばかり不満に思うわよね。
 そうそう、新デザインについても、旧デザイン同様、同僚の明石薫ちゃんの意見がずいぶんと取り入れられたみたい。
 だって、今回もミニスカートなんだもの。
 私の意見としては、脚に傷がつかないようロングスカートにしてほしいところだけれども、『ミニ以外は認めねぇ』って言われたら苦笑しちゃうわよねぇ。
 見せるのがあの人だけならば構わないけれど、出動のたびに他人にも見られそうになるのは、考えものだわ。
 薫ちゃんも見る気満々だし……やる気上昇のためだとはいえ、もうちょっとどうにかならないのかしら?
 それ以外の点については、以前と比べてスッキリしている感じがして悪くないわよね。
 もしかすると、小学校時代の持ち物を整理していた際に出てきた、とある物体と比較してしまったことも、気分が良いと感じる原因なのかもしれない。
 その物体とは――首輪。
 今の上司、皆本光一さんの前担当から使用させられていた、首輪型ESPリミッター。
 電気ショック機能付属など、ずいぶんと不快な方向に特化していた代物だったのよね。
 以前の制服が蝶ネクタイだったので、それを多少なりとも連想させられて、首に妙な圧迫感を感じていたこともあったわ。
 あれはあれで可愛く感じないことも無かったんだけれども、これからの制服は普通のネクタイになったから、連想することは無いと思う――そう思いたい。
 手元に残っていた首輪は、もう機能しないけれど、それでも捨てられなくて収納箱の奥底に仕舞われてあったの。
 今回、手にとって驚く。
 だって、とても小さくて、でも、今の自分でさえ嵌められる気がして、私はまだあのときから抜け出せていないのかと恐れを抱いてしまったから。
 チーム内で一番反抗的だった薫ちゃんを大人しくさせるため、私ともう一人のチームメイト、野上葵ちゃんにはことあるごとに電気ショックが与えられていた。
 私は、まだ恐怖を克服できてないの?
 上司が変わり、もう付けなくて良いと知っても、私は首輪を手放せないで居る。
 皆本さんとの最初の絆だから?
 それとも……恐怖の象徴だから? 
 体育座りのまま、私は黙って体を抱いた。
 もう、以前の私じゃないことは判っている。
 背は伸びたし、何より、目前の鏡がささやく。
『貴方はもう、縛られていないわよ』と。
 首の圧迫感、苦しさはもう感じない。
 でも、皆本さんに頼っている限り、私は彼に縛られているのだろうとは思う。
 それは不快じゃない。
 だって、自由意志なんだもの。
 首輪がなくても、ネクタイがなくても、私は彼に身も心も縛られてしまっている。
 チームメイトの二人もそう。
 何かに縛られている、その点でいえば、私たちの心は全く成長していないのかもしれない。
 身体だけは、成長の証として鏡にミニスカートと両足、隠された部分を映し出していたりする。
 鏡に切り取られた、私の一部分が告げる残酷な言葉。
『まだもう少し、足りないんじゃないの?』 
 ネクタイを送る行為は、社会人男性へのありきたりなプレゼントとしての意味がある一方、『あなたに首ったけ』の意味があるとも言われていたりする。
 皆本さんは、いつになったらもう一方の意味に気づいてくれるのかしらね。
 ネクタイ一つでこんな妄想をする私を、どう思ってくれるのかしら。
 呆れたりするかもしれない。
 でも、でも、きっと悪くは思ってくれないはず。
 これも妄想だけれどね。
 新しい制服で、座して待つ。
 それだけで私は、これからのことにときめいたりするのだった。


 ―終―


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