≪横島≫
7月も後半に入り学生達は夏休み。
六道女学園霊能科の3年生は世間の高校3年生とは違ってのんびりとしたものだ。
それというのもほとんどがG・Sの後継者なので高校を卒業と同時にG・S見習いになるものがほとんどで進学率はそれほど高いものではないからだ。
進学が目的ではないので宿題なんかもほとんど無い。
そんなことをするくらいなら霊能力者としての修行に勤しんでいたほうがよほど将来役に立つ。
一部、今年のG・S資格試験を受けるために選抜の3名に入ろうとするものは予断はできないものの、すでにG・Sとして活動している令子ちゃんたちにとっては時間がたっぷりと空いている。
雪之丞はかつて俺が通っていた高校に通っていた。
高校生としての生活は乱させないので成績、出席率ともに悪くは無い。
宿題は約束させて夏休みが始まる前に全て片付けさせた。
例の加速空間の部屋を開放させてやったからこそ可能な芸当だ。
最近は4人への講義もこの空間でやることが多い。
俺はというと大学に通いつつイロイロと準備に追われていた。
来年令子ちゃんたちが卒業すると同時にG・S事務所を開くことになっていたからだ。
彼女達なら個別で事務所を開いても大丈夫だと思ったのだが皆の希望で一緒に事務所を開くことになった。
代表は俺で事務所の方針は今の俺が活動するものと同じく、殺さずに済むものは殺さないという方針。
新規事務所とはいえ俺が長いことフリーでG・S活動をしていたのでそれなりに顧客はあるし、協会内での評判も上々。能力、ランクともに高いため大丈夫だろうと冥華さんも太鼓判を押してくれた。
そのほかにもマンションの建設。
イギリスに行く前からカオスを味方にしようと思っていたためにマンションの地下に大きな実験施設を建設したり、特殊な環境下で生活する妖怪のために部屋を作ったり(実際にはどんな妖怪が住み着くかなんてわ
からないので設備は後々受注するのだが)と予想より時間がかかっている。
完成予定は来年の秋ごろだ。
その他にもリリシア等が人間界で生活できるための根回しなんかで夏まではG・S活動もできないほど忙しかった。
まぁ、順調に行けば来年は卒業論文を提出するだけで卒業可能なくらい単位は取れるから来年からは本格的にG・Sとして活動ができる。
卒業論文はもう書き終えてあるし。
手続なんかも大体は片付けた。
そんなわけで夏休みの間だけではあるが唐巣神父から紹介状をもらい妙神山へとやってきた。
希望者だけ参加にしたのだが全員参加である。
前回の歴史で美神さんへの紹介状の発給を渋っていた神父も今回はそれほどではなかった。
流石に雪之丞への発給は渋っていたのだが。
妙神山の山道は険しい。
道幅50cmも無いような断崖が長く続く。
「ずいぶんと歩きにくい道だな。」
自分の荷物と令子ちゃんの荷物を持っての感想がそれか?
かく言う俺もエミの荷物を持ってやってるのだが。
一番荷物も多い冥子ちゃんの荷物を3人が分担して持っている。
名目上は単独で空を飛べる俺と雪之丞が荷物の多くを担当したほうがいいということなのだが、実際には体力の無い冥子ちゃんを慮ってのものだ。
式神で登ればいいのかもしれないが、冥子ちゃんもがんばって自分の足で登ると言い出したので。
よい傾向ではある。
しかし元々体力がそれほど高いほうでもなく一般人ではまともに登ることもできないような山道では青息吐息なのはいなめない。
休憩を挟む。
「何だってこんな辺鄙な場所にあるんだ?」
「世界でも有数に霊格の高い山だからな。人間界は神界と魔界の緩い中立地帯で双方の勢力から大きな干渉はできない。ここは比較的神界に近いからこそ神と人間の接点として修行場があるわけだ。」
「・・・もっともらしいっちゃあもっともらしいんだがな。」
「どうした?」
「アモンとかリリシアとかジルとかみてっとどうもそんな大仰なもんいらねえような気がするんだが。」
「アレは例外中の例外だ。神界にしろ、魔界にしろ人間を危険視していないからこそそういう不緩衝地帯を作り上げているんだ。それが全体の意思ではないのかもしれないが、目的を果たすためなら人間がどれほど
死のうがお構いなしだと考えるものは少なからず存在する。神話を見ていればそういう記述はいくらでもあるだろう?」
「・・・。」
「ま、妙神山に住まう神は神々の中でも親人間派、穏健派だからそう警戒することも無い。さて、もう一踏ん張りだ。だいたい1時間も歩けばつくだろう。」
俺は冥子ちゃんの荷物を2つ、雪之丞に1つ持たせて令子ちゃんたちの荷物を0にすると再び歩き始める。
・
・
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≪令子≫
「・・・ここね。」
「『この門をくぐる者 汝一切の望みを捨てよ 管理人』・・・ねぇ。管理人ってのがいまいち迫力に欠けるワケ。」
「見てのとおり修行をさせてもらいに来た。管理人殿にお目通し願いたい。」
横島さんが門の装飾の鬼面にそう伝える。
「ほう、我らに気がつくか。だが我らはこの門を守る鬼、許可無き者我らをくぐることまかりならん!」
「この『右の鬼門』!」
「そしてこの『左の鬼門』ある限り、おぬし達のような未熟者には決してこの門開きはせん!」
「あら、お客様?」
あの装飾品、本物の鬼だったのか。
でも見得を切った直後、門は内側から開かれた。
「・・・5秒と持たなかったな。」
雪之丞が冷たい、そして的確な突込みを入れる。
「小竜姫さまぁ!不用意に扉を開かれては困ります。我らにも役目というものが・・・。」
「そう固いことを申すな。・・・一度にこれほどの修行者がやってきたのは初めてなのですから。」
私達を一瞥して横島さんに声をかける。
「あなた、名はなんと言いますか?紹介状はお持ちでしょうね?」
「俺は横島忠夫。唐巣神父からの紹介です。彼女達は右から美神令子、横島エミ、六道冥子、伊達雪之丞。いずれも修行希望者です。」
「唐巣・・・あぁ、あの方、かなり筋のよい方でしたね。人間にしては上出来の部類です。」
「人間にしては・・・か。」
?
「小竜姫さま。やはりここは規則どおりこの者達を試す必要があると思います。」
「試しもせずに通しては鬼門の名折れ。」
「・・・しかたありませんね。早くしてくださいな。」
「その方たち、我らと手合わせ願おうか。勝たぬ限り中に入れぬ!」
「まった!」
すぐにも挑みかかろうとする鬼門の機先を制して横島さんが待ったをかける。
鬼門たちはずっこけた。・・・ふ~ん。
「どうしました?」
「こっちはこのとおり5人もいます。一人で修行を受けに来た修行者と比べれば試練が甘くなりはしませんか?」
「それもそうですね。では皆さんの中から代表で2名が試練を受けてください。それで全員の可否を決めましょう。」
「私が行くわ。ブラドー島じゃあ何もしなかったしね。」
「だったらもう一人は私なワケ。いいよね?忠にぃ。」
「あぁ。」
エミにアイコンタクトを送る。
エミも私のやることがわかっているらしい。
「それでははじめてください。」
今度こそとばかり鬼門たちが私達に襲い掛かってくる。
「エミ!」
言われるまでもなくエミは衰弱の呪いを紙人形を鬼門たちの足元に纏わりつかせる。
「このぉ!」
その間に2体の鬼門の間をすり抜けると私は思いっきり門を蹴りとばした。
「「うぉわぁぁぁ!」」
鬼門たちが盛大にずっこけた。
思ったとおり、視界と体が切り離されてる分バランスが悪い。
足元を衰弱させて視界を揺らしてやったらおもいっきりこけた。
「6秒。変則的ではありますが新記録ですね。」
「それで、あなたが管理人でいいのかしら?」
見た目ではそう見えないけどさっきの横島さんとの会話を省みるにそんな気がする。
「えぇ、私がここの管理人、小竜姫です。」
私達に一気に霊圧がかかる。
これはゼクウさまで慣れてなければ吹き飛ばされるところだわ。
「ともかく、鬼門を倒したものには中で修行を受ける権利があります。さ、どーぞ。」
小竜姫さまに案内されておくにはいる。・・・銭湯?
もろに銭湯の脱衣所って感じのデザインだ。
「俗界の衣服はここで着替えてください。」
横島さんと雪之丞と別れて脱衣所に入る。
「なんか、いまいち緊張感にかけるなぁ。」
「ホント、さっきのがなければここがそんなに凄いところとは思えないワケ。」
冥子は物珍しそうにキョロキョロしている。
あ、そうか。あの娘が銭湯なんて知ってるわけもないか。
「それで、当修行場はイロイロなコースがありますけれどどういう修行がなさりたいんです?」
え~と・・・
「俺以外は最初に短期間で強くなれる修行を。その後にそれを使いこなすための修行をつけてやってください。まだ学生なんで1ヶ月くらいを目処で。」
「それだと最初の修行で強くなっているか死んでいるかのどちらかになってしまいますけど?」
「俺はかまわねえぜ。」
雪之丞が壁の向こうで威勢のいい声を上げた。
だとしたらこっちも姉弟子として負けてらんないわ。
「こっちもOKよ。それでこそありがたみがあるってもんね。」
エミ、冥子も同意の声を上げる。
「威勢がいいですね。それで、あなたはどうされますか?」
「俺には一番きつい修行をお願いします。」
「・・・ウルトラスペシャルデンジャラス&ハード修行コース。このコースは私の上司が参加することになります。人間界でいまだ達成どころか修行を受けたものもいないコースになりますがそれでもよろしいですか?」
「そのつもりだ。」
「それでは後ほど契約書を交わしてもらいます。それと事前に修行を受ける資格があるかどうかテストさせてもらいますのでそのつもりで。」
・・・横島さんなら大丈夫よね?
「それでは奥へどうぞ。」
小竜姫さまに連れられて修行場に案内される。
どこまでも続く地平線の風景。
異界空間だ。
そこに3人の人影が立っていた。