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[533] 帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/03/25 18:15
 城と村から大分離れた森の中ほどにあるそれなりの広さの広場に四つの人影があった。
 若い頃のカオスとマリア、マリア姫に見送られながら横島が周囲に置いた五つの文珠に『時・間・移・動・戻』と込める。

「なんつうか、世話になったなカオス」

「ああ、小僧が此処に取り残されて,以来なかなかに楽しめたぞ」
 カオスが苦笑しつつ答えてくる。

「しっかし最後まで小僧か、…なんちゅうか霊能者として俺も結構成長したけどカオスにしてみりゃ小僧なんだよな」
 横島ががくりとうなだれる。

「まあ良いだろう、……しかし横島ここまで来て言うのもなんだが本当に元の時代に帰るのか?」

「ああ、下手にこっちに残ると多分魔女狩りの全盛期辺りにカオスの足手まといになりそうだしな」
 まあそこまで生きる事ができるかわからんが、と付け加える。

「まあ興味深い観察対象がいなくなるのは痛手だが、まあ仕方あるまいな。私にお前を止める権利はないからな」

「じゃあな」
 周囲の文珠が一斉に輝きそれに包まれた横島が消えていく。後には何も残らず

「さて、私たちも戻るとするか」
 そう言いカオスは自分の研究所に足を向けた。
「させるか----ッ!!」
 魔族としての姿を現した蛸のヌルが大量に放った魔力の氷柱に横島が貫かれ、それに冷静さを失った美神が神通棍を手に突撃を仕掛けるも雷の足から放たれた電撃を受けてその姿を消した。

「ふむ、後はあなたたちだけですね」
 ヌルがマリアの能力を知った上でそう言う。

「くっ、マリア足止めを頼む」
 カオスがそう言い横島の遺体の側から離れ地獄炉に向かう。

「させん!」
 そう言いながら、ヌルが足を振り上げた瞬間にヌルの背後で光があふれてヌルの注意を一瞬逸らさせる。

「つう、ここってどこだ?」
 時間移動してきた横島があたりを見回すとヌルが視界に入りついでカオスたちも目に入る。

「な!、きさま!?」
 ヌルが背後に現れた横島と死体同然の横島を見比べる。

「まあタイミング的には良かったんかな?」
 ヌルの足元に《縛》と込めた文珠を転がして発動を確認すると横をすり抜けついでに、研ぎ澄ました霊波刀をポケットから取り出した《強》の字を込めた文珠で補強して頭頂部を切り飛ばす。

「こっちが先かな?」
 倒れた横島に後から現れた横島が駆け寄ると、ヌルに背中を見せて《蘇・生・復・活》と四つに念を込めて発動させる。

「な!」
 カオス達が驚く間に傷が消え呼吸が再開された様で死んでいた横島の胸が規則正しく上下する。

「まあ、次はあっちだな」
 横島が目を向けると、ヌルが地獄炉から供給される魔力を使い無理やり呪縛を解いたらしく、問答無用で三つの足を向けてくる。

「死ね!」
 足が振り下ろされる前に《速》の文字で既に移動していた横島が加速を乗せた霊波刀で三本の足を切り離しついでに再生が済みきっていない傷口に手を突っ込んで中に《洗・脳》の二つの文珠を叩き込む。

「ヌル、お前は地上に出て行きたくもないのに無理やりつれて来られた魔族だ。そして今お前は自分が帰るために必要なものを手に入れた、さあ今なら心置きなく魔界に帰れるぞ?」
 効果を及ぼしたのかヌルの線目がやや虚ろになる。
 ヌルがもぞもぞと動き出し、地獄炉に向かう。
 それを止めようと動こうとしたゲソバルスキーをまだ《速》の効果時間内だった横島が叩き切る。

「さあ、俺の事なんぞ忘れて帰ろうな」
 文珠に《扉》と込めた物を押し当て出てくる悪霊っぽいものに引きずられないように注意しつつ扉を開くと。
 横島の最後の一言で地獄炉にヌルが飛び込み続く様に三体のゲソバルスキーの体を地獄炉に横島が放り込み扉を閉める。

「ふう、……上手く行ったか。ああ寿命が縮む」
 既に常時身に着けている文珠を使い果たし、これが失敗すれば魔法を掻い潜って接近戦を挑む必要があったために緊張が解けた横島の額に汗がにじむ。

「カオスたちは無事か?」
 一応横島が目を向けると全員五体満足だった様でそれぞれ起き上がる。

「取り合えず終わりやな」

「小僧貴様一体?」
 不審げなカオスの表情に事情説明の必要を感じさせられる。マリアがいつでも動ける様に構えて見ている。

「ん、ああここからちょっと未来の話かな?。大体三年以内だけど俺は今ここで助かった横島忠夫の可能性の一つでね、まあ時間移動できる能力持って現代に戻る途中なんだが。そいつが起きてなおかつ現代に帰るために努力するつもりがあるんなら、これを渡しておいてくれないか?」
 横島が背負っていた袋から擦り切れた本と真新しくはないが似た装丁の普通の本を取り出す。

「もしここに骨を埋める気なら、この日記焼き捨てるのもありだしな」

「時間移動のときに小僧が自分で連れて行けば良いのではないのか?」
 そう言って来るのだが、根本的に横島が自分の時間移動に誰かを連れて行く場合《同・行》の二文字を追加する必要がある。
 
「まあ、時間移動自体危険だし次も上手く行くとは限らないからなー」
 それに今六文字が制御の限界だし、と付け加える。

「まあともかく、突然なんだが過去の俺を頼んで良いか?、多分見放されたら、餓死するか野生化するだろうし」
 カオスが考える素振りを見せるので、カオス自身に頼み込んで書いてもらった手紙を横島が袋から取り出し渡す。帰る事に渋っていたわりにその辺妙に面倒見が良かったりする。 

「そう言うわけなんで、こき使って構わんから」
 そう言うと、横島は袋から文珠を取り出し今度は地面に六つ並べる。

「ああ、じゃあな次こそ現代に飛べるといいなあ」
 展開について行けていないマリア姫を放っておいて、六つに《時・間・移・動・現・代》と込め横島は強くマリアに触れて飛ばされる前の事務所周辺を強く思い浮かべる。

「今度こそ、たどり着く。俺はここで終わるわけにはいかん!」
 光に包まれ横島が姿を消すと、まるで入れ違いのように寝ていた横島が目を覚ます。

「まあ、小僧も言っておったしせいぜいこき使ってやるか」
 カオスがそう言うと地獄炉を止めるための解析を再開した。



[533] Re[2]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/04/13 21:25
『オーナー、そろそろ休憩終了の時刻ですが』
 人工幽霊一号が憑いたバイクからベンチで休憩している横島に時間を知らせる。
 時間移動で帰ってきたのは良いのだが、大雑把過ぎる指定のためにプチ逆行してしまった横島がちゃっかり彼のオーナーになっていたりする。
 まあ戸籍がなかった(現時点で昔の自分がいる以上横島忠夫を名乗れない)時間移動を繰り返す事も横島は考えたがそもそも十文字以上の文珠の同時制御が現時点で不可能な以上取るべき行動なんて限られている。
ちなみにせっかく現代に帰ってきたのに、生きるか死ぬかなんて修行を行いたいと思わなかったので妙神山に行く事は考えにも入れていない。

「もーちょい休ませてくれ、つうか午前中で六軒のお得意さんに挨拶してきたんだから今日は後一軒だけだろうが!、と言うより何でそんなに張り切ってるんだ?」
 既に帰って来て三ケ月になるが、割と最近街で大人の幼児化が起こった以外では対して変わりなく生活してきた。
 まあ戸籍等に関しては色々とやったのだが。
 スーツ姿にバンダナは似合わないので外している横島はふと思い人工幽霊一号に疑問を投げかける。

『いえ、実体を持たせた分身で歩き回るのはそれなりにやってきましたけどこの二輪の不安定さもまた捨てがたいと思いまして』
 人工幽霊が声に楽しげな色を乗せる。

「なあ、もしかして俺の霊気を大量に吸ったせいで意味もなく俺の影響でも受けたんじゃねーのか?」
 マリアが製作される前に帰ってきたために、人口魂については素人同然の横島が本人?にたずねる。

『?、自分では感じませんがそうなのかも知れません』
 人工魂が実際に影響を受けるのかわからなかったのだがマリアも微妙に変化していたみたいだし、環境が人を変えると納得すると横島が空を見上げた。

「ん?」
 見上げた空を何かが飛んでいく。

「魔法の箒か?」
 バンダナを巻いた学生らしき人間が跨る箒が、空を駆けていく。

『あれ、オーナーですか?』
 同じものを感知したらしい人工幽霊一号には詳細まで見えたらしい。

「なら、ありゃ炎の狐か」
 既に見えない位置まで飛んで行ってしまった箒の事を考えてため息をつく。

「午後からの予定はまだ時間があるからぎりぎり間に合わせる、行った事ある事務所だから”転””移”で行けるな」
 ぶつぶつと横島が呟く。

『オーナー?』

「すまん、先に事務所まで帰ってくれ」
 そう言った横島が栄光の手を発現させて自分の影の中に手を突っ込む。
「魔法の箒を追うのにバイクじゃ不足なんだよな」
 影の中から自作の箒を取り出すと霊力を注ぎ込む。
 影の中に物を入れる技術は六道家や鬼道家やら調べてそこそこ名のある式神使いの人間を”模”して影の中に物を入れる技術は感覚的に理解した上で努力したがそれでも習得に一月近くかかっている。

「んじゃ、行きますか」
 横島が箒に念を込めると空に飛び立った。

 人工幽霊一号と別れ十分もしないうちに、その姿を見つける。

「これは夢だ、夢だ、夢だ」
 引きつった顔の横島(若)がぶつぶつ呟いている。

「お、いたいた」
 普通の速さで飛んでいた横島(若)の横を通りすぎる。

「そのまま何も考えるなよ」
 横島が栄光の手を伸ばし炎の狐に触れて地面に降りる念を流し込む。
 その直後に炎の狐が高度を下げてやがてビルの屋上に降り立った。

「あんただれだ?」
 ついさっきまでぶつぶつ呟いていた横島(若)が聞いてくる。

「俺が誰だかわからんか?」
 横島(若)が首を捻っているようだが出てくるはずもないだろう。

「まあ、それはともかくもうすぐ美神さん辺りが箒を探しに来るだろうからそれまではこれで抑えて置いた方がいいだろ」
 影の中から取り出した呪式を組み込んだロープを横島(若)に渡すと影に箒を戻す。
 
「後でお前の家に行くから、その時にでも説明してやるからな」
 腕時計を見て時間が迫っているのを確認すると、横島がその場から転移した。

「結局、なにがなんだかわからんが助かった」
 横島(若)が縄でぐるぐる巻きにされた箒を置いてそう呟いた。


 横島が帰宅した際にもう一つ人影があることに気がついた人工幽霊一号がたずねてくる。
『オーナー、そちらの方は』
「誰だ?」
 人工幽霊一号に、横島(若)が疑問を抱く。

「さっき話したここの管理人だ、つうか人の話ちっとも聞いてねえじゃねえかお前は」
 横島が叫ぶ。
 とりあえず応接間に通してソファーに座るように促すと横島も対面に座り込んだ。

以下横島(若)が横島、横島が忠夫でお送りします。

「そうだったよな、なあ俺の未来があんただってのは本当に間違いないんだよな」 
 横島の質問に忠夫が答えた。
「まあその一つではあるわな、お前は中世に行かないかもしれないし。そもそも美神除霊事務所で働いてなけりゃ俺の生涯で時間移動能力者に会う確率なんて殆どないだろうし」
 時間移動能力者の美神親子を思い浮かべて忠夫が苦笑する。

「まあお前と接触したのはたまたまだったけど、お前があそこにいるんならGS試験に選手で出たり魔族に襲われたりして結構危険な目にあったりするんだが、俺が辞めてなかった以上お前が辞める事もないよな」
 まあGS試験は強固に出ない事を言えば何とかなるだろうけどな、と忠夫が付け加える。

「ん、まあともかくあそこで働き続けるんなら一端の霊能者になった俺が霊能の基礎とか教えてやれるけど?」
 霊波刀を瞬時に出して見せる。

「俺にも霊能があったんか」
 驚いている横島に忠夫が篭手状の右手から霊波刀を出しつつ左手からソーサーを二つ作り出しコントロールして室内を飛ばして見せる。

「おー、ついに俺にもヒーローの兆しが!」
 横島が栄光の手から発している霊波刀に視線を釘付けにしているのを見て、とりあえず全てを消すと忠夫は部屋の書類入れからそのうち渡そうと思って書いていた訓練メニューを出してみせる。

「これをやるんならここまでは来れる、やらないならまあぼちぼち死ぬ危険冒しつつあそこで霊力上げていくしかないな」
 忠夫の声に、横島が頭の中で霊波刀を出した自分が一人で霊団に突っ込ませられている図を想像する。

「別にどんな道を進もうがお前の勝手だしな、俺の話自体はあと一つだけここで働かないか?」

「エンゲージの契約書とかなら断るからな」
 オフィス小笠原の時の事を思い出した横島が引き攣った顔でそう言って来る。

「いま俺は霊能関係の道具の製作を本業にしててな、と言っても厄珍堂に並んでる商品の十分の一にも満たない種類だけどな」
 中世でカオスの道具作成の助手の際に、必要な技術の手ほどきと知識をしてもらったために、ある程度までなら設備と材料をそろえれば自作できる位には至っていた。魔法の箒は中世で作成してこっちに持ってきた物の一つだったりする。

「んでだ。契約内容は雑用全般、時給で千円くらい出そう」
 横島の目の色が変わる。

「これが俺の名刺、受ける気があるんなら電話しろ」
 名刺を受け取った横島が考え事をしながら入り口から出て行くのを見送ると人工幽霊一号が声を掛けてくる。

『オーナー、雇用の意図が理解できませんが』
 その言葉に忠夫が苦笑する。

「一つ目はこの時期まともな物を食ってなかった自分に同情した事、二つ目は俺の知ってる歴史通りならここの所有者が美神さんになる事件がもうすぐ起きるんで、その際に今の美神さんの事務所が使えなくならないように細工すんのにあいつがいたほうが都合が良いって事だな、んで三つ目は霊符の作成とか以外に霊能鍛えるのに役に立つんだよなとは言ってもコントロールとかの方面で出力が上がるわけじゃ無いけど」

『二つ目の理由は直接オーナーが出向いた方が確実では?』
 人工幽霊一号の言葉に答えずに、忠夫が渡した名刺と同じものを見る
とそこには楯嶋忠夫と書かれていた。

「まあこの世界の横島忠夫に幸あれ、って所だな」
 苦笑して忠夫が今日受けた注文分のファックスを持って自分の工房に向かった。



[533] Re[3]:帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/04/13 21:12
オーナーの朝は、腰に手を当てた牛乳の一気飲みから始まります。

「んじゃあ、工房の方に行くから客とか来たら呼んでくれ」
 オーナーはそう言って、地下室を片付けて建て増しした工房にいかれました。

『今日は快晴ですし、オーナーも外出なされば良いのですが』
 業務が軌道に乗ったために、以前ほど新規顧客の開拓に乗り出したりしなくなったために、オーナーのバイクも埃をかぶってしまいます。
 まあ業務が上手く言っているのは、喜ばしい限りですが。

『オーナーの様子でも見に行きましょうか』
 自分の体の中でありながら、地下の工房は完全に結界で覆われているために見ることが出来ませんから仕方がありませんが。
 まあ別に隠し事されるのが嫌な訳ではありませんが、オーナーが気になりますし。
「うし、始めるか」
 地下の結界の中に入り込むとオーナーが結跏趺坐(本人談)で床に座り込み、目の前に箱と紙を置き右手にマジックを持ち左手に数字を書き込むとマジックを置いて目を閉じて集中を始めました、最初に聞いた時にはオーナーが文珠を作っていると言うだけでそれ以上の説明がなかったのですが、最近御自分の霊力を収束させて作っていると説明していただきました。

「出ろ!」
 掛け声はいらないそうですが、オーナーの手に六つの文珠を握られていました、何でもストックを出すだけだと消耗は殆どしないが自分の霊力纏め上げると疲労が強いそうです。

「んじゃあ、次は」
 手に持っていた文珠のうち五つを目の前の箱の中に置くと残りの一つに《戻》と込めて御自分に使用されました。外見的な変化は手に書いていた数字が消えていたくらいでしょうか。

「五個か、一回目と」
 オーナーはマジックで紙に棒線を一本引かれました。

「2回目ー、なんか実感がわかんが出ろ!」
 再び御自分の手に数字を書き込む辺りから二十数回以上これを繰り返して箱が一杯になるまで繰り返して、最後に《反》《映》と込めると朝の仕事の時間は終わりだそうです、何でも夜型の生活を繰り返したせいか午前中は道具の製作を行わないそうです。
「おーい、人工幽霊一号ー」
 昼食を簡単な物で済ませる代わりに量と栄養のバランスは考える方針でオーナーは「仕事が軌道に乗ったらメイドとか雇いたいな」と洩らしていらっしゃいました。
 オーナーが壁に掛けられた私の端末の一つである目の絵の前で手を振ってらっしゃいます。別に部屋の中は私の認識の内なのですが。

「そろそろあいつが来るだろうから、昨日のうちに作っておいた霊符の仕分け作業をやる様に言っといてくれ」
 あの日の後横島さんは、オーナーに対して「あの乳と尻が見れなくなるのは自分に取って痛手だ」と断言されてオーナーが「なら週一にするか?」と言われそれで雇用契約が結ばれ現在に至ります。

『オーナーはどちらへ?』
 多分食休みでは、思うのですが外出の場合連絡できる状態にしておくのが社会人として常識でしょう、オカルト業界の一部の人間は社会の常識が通用しない人間がいるとオーナー自身こぼしておられましたが。
 幸い部屋に戻られるようなのでその心配は必要では無かったようですが。
『お疲れ様でした、横島さん』
 霊符を配達するお得意様ごとに依頼通りにダンボールに詰め込んでいる仕事に、一区切りをつけたらしい横島さんに話しかける事にしました。

「ああ…なあ、つうかほんとにこんな仕事で時給千円出して貰って良いのか?」
 時給255円で死ぬ危険性のある除霊の仕事に、重量のある荷物を担いで走る事に比べれば確かに楽な仕事かも知れません。

『オーナーが、食料事情に関しては「まともな物を食わないで体を壊さなかった自分が異常だった」とおっしゃっていましたし、「どうせ月に四万収入がプラスされても、半分は必要だが要らない事に使われるだろうしな」とも付け加えられました』
 苦笑する横島さんに冷えた麦茶のグラスを渡し部屋を後にしました。
「んじゃ、俺そろそろ帰るかな」
 仕分けも終わり、休憩ついでにくつろいでいた横島さんが壁の時計を見てそう仰いました。
『お気をつけて』
 横島さん自身、オーナーが死んだ話を聞いて他人事では無い事に思い至ったらしく霊能の練習にそれなりに取り組んでいるそうです。
「今日のノルマがやっと終わった」
 オーナーが、横島さんが帰った後に工房から疲れた顔で出てきましたので、浴槽の準備が済んでいる事を伝えると感謝されて今日はこのまま就寝されるようです、明日は今日横島さんに仕分けして頂いた分を送る為に久しぶりに御自分で届けて回られるそうなので、同行させて頂きます。オーナーも直接顧客の方から要望を聞いて客離れが起きないように努力する所は時にオーナー本人の言うように商才があるようにも思えます。

「んじゃあ、寝過ごさないように起すの頼んだからな」
 そう言ってベットに潜り込まれましたので、意識の比重を防犯に傾けたいと思います。オーナー良い夢を。



[533] Re:[4]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/04/22 22:32
「ほう、……忠夫もやるようになったじゃないか」
 空港のロビーで、横島が右手から生み出した霊的防御力の盾と大樹が現地のゲリラから巻き上げたナイフがぶつかり合い静止する。

「あのな、いい加減にしねーとお袋にばらすぞ?」
 忠夫が競り合いながらも集中を途切れさせないように六角形の盾を押し返そうとする。

「まさか霊能者になってるとは思っちゃいなかったが、だがな。その程度で俺に勝てるなんて思ってないだろ?」
 大樹がナイフを手放し、拳に切り替える。

「!」
 サイキックソーサーを解除し、霊的防御力を全身に纏いなおしながら忠夫が構えた瞬間に側頭部を狙った拳を体を沈めて回避すると霊気を拳に纏わせて顎を狙う。
 その拳を大樹は僅かにスウェーバックで避けるとカウンター気味の一撃を体重を乗せて放つ。

「くらえ」
 顎を狙った動きのせいでがら空きになった腹に拳が入る前に再び霊力で腹の前に盾を作るが、読まれていたのか軌道を変えた拳が忠夫の顔面に入る。

「お前が母さんに言わなければ、さすがに俺も此処までやるつもりは無かったんだが」
 大樹がそう言うとさっきの運動で乱れたスーツを整える。

「いや、お袋なら気づくんじゃねーのか?」
 顔を抑えながら忠夫が起き上がる。

「さすがに母さんとはいえこれだけ離れてどうこうできるわけないだろうが」

「いや、あえて息子として言わせてもらえるんならお袋なら地球の裏側だろうが気づくと思うぞ」
 もう顔に赤みすら残っていない忠夫がそう突っ込む。

「二人ともほどほどにしておかないと、いい加減警備員の団体さんに囲まれるぞ?」
 楯嶋が殴り合いが始まった時点から掛けていた結界を解除してそう呼びかける。
 ちなみに前回と同じように空港にスチュワーデスを引き連れて降りてきた時点で人払いに似た効果のある結界を文珠《人》《払》で出していたりする。

「この結界の維持を考えると通路を通れなくなった人間が苦情出しててもおかしくないしな」
「いや、さすがにやる気は無いんだが所で忠夫。この人は」
 紹介をはじめる前に、横島母に言うと脅されて真っ先に口封じを考えた大樹に傍観者に徹していた楯嶋が名刺を差し出す。

「楯嶋創具社長の楯嶋です」
「これはどうも」
 交換した大樹の名刺には日本語で村枝商事ナルニア支社と書かれた物だったりする、一時帰国の為にこれを作成していたのであろうそれを見て父親とはいえ一流の商社の人間とはこんな感じなんだろう、と思い楯嶋は関心していた。

「先に言っとくけど、楯嶋さんの所で週一でバイトしてるからな」
 バイト先の上司が空港の迎えについてくる理由がわからない大樹が目で忠夫に聞くと、忠夫が首を横に振る。

「まあ、親御さんに会ってみたいと言うのも無くは無いんですけど本当は荷物を受け取りに来ただけなんですよね」
 縦嶋がそう言い足元に置かれたアタッシュケースを持ち上げる。

「それでは失礼して」
 そう言いながら縦嶋がその場を後にすると、二人の間に沈黙が流れる。

「まあいい、とにかく父さん先に用事を片付けるからついて来い」
 毒気を抜かれた大樹にそのままついて行った。
「あっどうも美神さん」
 縦嶋が何故か村枝商事付近で見かけた美神に声を掛ける。
 ちなみに、商売取引そのものはやっていないのだが別段同業者でもないので普通の反応だったりする。

「そういえば、美神さんオーソドックスに神通棍使ってましたよね?」
「ええ」
 関わりが少ないせいか話が読めないのか美神が頷く。

「今度霊具の調整を始めるつもりなんで、ここで営業しておこうかなと思いまして」
 まあ、なぜここに楯嶋が居るのかと言えば記憶の通りに事が進んでいるのならここで足止めしておけばあの意味の無い戦いが回避できるんではなかろうかと思っていたりする、何よりも今現在の横島忠夫の状態なら霊能が使えるせいか十に一つ位は勝ち目があったりするしかもソーサーの威力を考えるとぶち切れした忠夫が本気で躊躇無く殺しかねなかったりする。
「でも結構ですわ、昔と違って今の状態で早々不覚は取りませんから」
「そうですか、ではお仕事頑張って下さい」
 これ以上時間を稼げないと判断した楯嶋が標的を忠夫と大樹に変更すると、影の中から見鬼君人間調整バージョンを取り出すと文珠《変》《調》で霊気の波長を変えて横島忠夫の霊気を探した。
「つうわけで、大変だったんだよ今回」
 無事美神と大樹が出会う事なく、大樹を帰した後に楯嶋創具に来ていた横島にぼやく。

「それであんなにしつこく出てきたんかあんた」
 実際空港を含め三回も街で偶然出会えば不自然に思うだろうが二回目以降は霊気の波長を変えた際に印象まで変わったのか特に追求されていなかったりする。

「そうしなけりゃいけない理由があるんなら喜んで俺の知る歴史に干渉するぞ俺は」
「性質が悪くないか?、それ」
 横島の言葉に楯嶋が苦笑する。

「まあ完全な傍観者とか、積極的に介入するとか言う選択肢はあるだろうけど俺が知る歴史以上に厄介な事になると責任取り辛いし。その時その時で対処していくしかないわけだしな」

「ああ、そうそう一つ聞いて置きたかったんだけどな?」
 横島の言葉に楯嶋が頷く。

「なんかあんた煩悩薄くないか?、美神さん相手にしてるときも俺とは思えん程落ち着いてたし」
「あー、そりゃあいわゆる『馬鹿につける薬』の副作用っつうか後遺症だな」 
「あるんかそんなんが!」
 オカルトの道具関連でも聞いた事の無い不可思議な物の実在が認められた事に横島はショックを受けているように見えた。

「いや、と言うか文珠で《賢》ってやる時になるべくイメージしやすくするために賢くなるじゃなくて賢くなりやすいように脳を刺激する念を込めたんだよな」

「そのせいで今枯れて来てるつうんか!」
 枯れる、と言う言葉に肩を落とした楯嶋が続ける。

「実際ろくにオカルト知識の無いただの学生が全盛期のカオスに知識面で追いつく為にどうにかしようと思うのならそのぐらいのペナルティが必要になるんだよ、もちろん文字の段階から覚えたけどな」

「でも、その年で枯れたくないし」

「枯れるって言うな!、俺だってあの美神さんがあの時代から時間移動しなけりゃ知識面含めて鍛えんでも問題なかったんやぞ!」
 楯嶋が漢泣きを見せるが、横島が取り合わない。
 実際普通の除霊だけならそこまで知識面を鍛える必要は無いのだがそれだけでやっていけるほど甘くも無かったりする

「実際最初はカオスの名声を上げる行為に何度も中世で妖怪だの亡霊だのとガチでぶつかってなけりゃ、知識面を鍛えようともしなかっただろうしな」 
 苦い思い出をかみ締めている楯嶋に横島がやや引いている。

「まあ、ともかくある意味無駄な諍いなんぞあっても無駄だし万一前回あの時に俺が勝っていてホテルのキーとか奪っていたとしても美神さんが俺を受け入れんだろうしな」

「そりゃそうだな」
 横島も肩を落としたが、すぐに元に戻る。
「だが、あのチチとシリを親父の魔の手から救えただけでも価値があるじゃねーか!」
 楯嶋は楯嶋自分は自分と割り切った横島はそう言った。



[533] Re:[5]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/04/29 14:13
「色々と準備してきたんだがなー」
 楯嶋の真横に、横島と天竜童子が並んで座っている。

「?よくわからんが、おぬしデジャブーランドに連れて行ってくれるのだろう?」
 天竜童子が確認するように聞いてくる。
 ちなみに意外に空いていたために外の景色を眺めつつ、楯嶋の思考が回りつづける。

「ああ、本当はコインロッカーにでもその剣預けて行くのが早いんだろうがちょっと遠回りでも俺の仕事場に寄っていく方が安全に管理出来るからな」
 楯嶋が二人を見つけたときに不良にからまれた横島を天竜童子が助けているところだったので、とりあえず不良に影から取り出した符で幻を見せつつこども銀行券を渡して引き下がって貰うと、二人に事情を聞いて今に至る。 

「所で、抜け出してきたらしいけどその小竜姫って人の立場を考えた上での行動なんだよなもちろん」
 楯嶋の問いに天竜童子がうつむく。

「まあ、小竜姫様の事は置いとくとしてだ天竜。お前何に乗るのか考えといたほうがいいぞ?待ち時間とか考えても正直いくつ乗れるかわからんし」
 横島の言葉に楯嶋が意外そうな顔をする。

「まあ、俺はナンパするつもりだから別に混んでいようがいまいが代わりがないけどな」
 楯嶋が意外そうな顔を崩し、不機嫌そうな顔になる。

「俺にこいつを押し付けるつもりか?」
 楯嶋が目に見えて不機嫌になる。

「いや、何が悲しゅうて男三人連れ立ってアトラクションにいかにゃならん」
 横島の言葉に自分も同じ立場なら言うだろうな、と思いつつも何というか二人だと、多分親子連れに見られたりして微妙だし、とか考えていたりする。

「次の駅だろ、とりあえず事務所に行ってから考りゃいいだろうに」
 横島に促された二人が下りて事務所に向かった。
「なあ、人工幽霊一号」
『なんでしょうか、オーナー』
 念のためにメドーサとの戦闘があっても、生き延びられるくらいの道具を影の中に押し込みながら楯嶋が言う。

「俺に万一の事があったら、俺の道具類売却して次のオーナー探して良いからな」
 イームとヤームは搦め手無しでも制圧できるだけの戦闘技術はあると自負しているのだが、相手がメドーサなら最善で死体寸前と言ったところだろうが。まあ関わらないというのが一番だろうが事務所を奪った手前今回の件で美神除霊事務所が吹き飛ばされるのは回避したい所だ。

「まあ保険は掛けておくけど」
 色々と準備しておいたうちの一つに現状に適している案があった為に既に横島に言って事務所内に設置した対攻撃製結界用の札を無駄にしたと考えつつ準備を済ませて手に皮製の鞄を持つと既に応接間で待っていた二人を連れて外に出ると、楯嶋は暇に任せて研究していたカタストロフAの複製改良品を取り出す。

「じゃ、行って来る」
『お気をつけて』
 薬を飲み込んだ楯嶋と二人(一人と一柱?)の姿が掻き消えると、静寂に満たされた。
「ここがデジャブーランドか!」
 比喩抜きに目を輝かせかねない天竜童子と横島を連れると楯嶋は一日フリーパス券を二人分購入して自分は普通の入場券を買う。

「一時間で戻るから、入り口近くに一度来てくれ。それから先はナンパしようがアトラクション楽しもうが構わんから」
 そう言った楯嶋が、再び薬を服用しテレポートで姿を消した。
「こっそりと《抽》《出》した天竜の体臭を込めて、と」
 式神ケント紙に似た紙にそれを込めつつその紙を放り投げると紙が天竜童子の姿に変わる。

「んで《偽》《物》《増》《殖》してと」
 普通に《増》《殖》だけすると、全く同一の物が出来上がるのだが二個の文珠しか使わないせいか同じだけの数を生んだ場合一時間程度しか持たないために四つ使う必要があったりする、ぶっちゃけ《無》《限》《増》《殖》でも問題は無いのだが亀と地形を使った方をなんとなく思い浮かべるためにこっちの方が念を込め易かったりする。

「んじゃあ、この辺りからある程度以上に離れて人に迷惑をかけないようにな」
 中世に行く前の時に悪霊が住み着いて、それを払う依頼があった廃工場から数百体の天竜童子(偽)が一斉に飛び出して行った。
「待ったんだが」
「昼飯俺もまだだし、奢ってやる」
 結界を張ったりして天竜童子の偽者を作るのに時間を予想以上に取られた楯嶋が二人にそう言うとそれ以上何も言わずについて来る。

「まあ、遅れたのはすまんかったけど手を抜くわけにもいかんかったからな」
 文珠の効果が切れる前に再び《消》《臭》をかけると三人連れ立ってガイドブックに載っていたレストランに入って行った。



[533] Re:[6]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/05/03 15:32
「竜神の小竜姫がこんなところに来るなんて…」
 扉の隙間から美神が応接用のソファーに座っている小竜姫を確認して呟く。
 
「どうしよう…!きっと修行場建て直す時に建築費ケチったのがばれたんだわ…!!」
『そんな事してたんですか…!』
 美神の独白におキヌが軽く突っ込む。
「実は…私はとても困っているのです!!」
「ああ!!、ごめんなさい何でもするから許して!!」
 おキヌに頼んで入れてもらった一番いいお茶を運んで行った美神に小竜姫がすがりつくように詰め寄る。

「良かった、唐巣さんが外国に行っていて頼れるのがあなただけだったので」
「え?、あれ?手抜き工事の話じゃ?」
 髪が僅かに乱れた美神が引き攣っている顔を戻しつつ話を聞く体制に持って行く。
「我らの考証にけちを着けこんな格好をさせるなど」
「みっともない…!」
 人間の姿をした鬼門の二人がMIBのような黒服に文句を言う。

「あんた達いつの時代考証してんのよ!」
「郷に入れば郷に従うべきでしょう!、美神さんの言う通りにしなさい」
 美神と小竜姫が鬼門にそう言う。

『小竜姫様も似合いますよ!』
「からかわないで下さい、私だって恥ずかしいのを我慢しているんです」
 おキヌが小竜姫をほめると小竜姫が眉間に皺を寄せる。
 事務所で天竜童子を探す依頼を受けた美神が三人の姿を見た後に目立ちすぎると言う理由で服を現代の物に替えさせ今に至る。
『あっ』
 一行より高い位置に浮いていたおキヌがその視点の高さからか人ごみの中に角がついている子供の姿を見つける。
「見つけたの!?」
『今そこの角を右に』
 それに気がついた美神が聞くとその子供が歩いていった道の方をおキヌが指差す。
「そっちですか!」
 小竜姫が人ごみの中をすり抜けて角を曲がろうと駆け抜ける。
 さすがに目立つので飛ばないようだがそれでも人が増えて歩きにくくなってきた事を考えるのならさすが武神とでも呼べるような体捌きですり抜けると後から追ってくる美神達を振り返りながら駆け抜け、見覚えのある姿に安堵しつつその肩に手を置くと、次の瞬間天竜童子がポスッ!と言う気の抜けた音と共に元の霊気に帰る。

「で、殿下!」
 ほんの数瞬呆然としていた小竜姫が我に返るとその頃には美神達も追いついて来る。

「見つかったんじゃないの?」
 辺りに誰もいない事に不審を抱いた美神が聞いてくる。

「今、殿下の体に触った途端消えてしまいました。考えられる可能性として天界最高の結界破りの札の他に分身の様な物を作る物も持ち出していたのではないでしょうか」

「厄介ね、……でも触るだけで消えるんなら人数に任せて端から消していくのが手っ取り早いわね、二手に分かれる?」
「そうですね、では私とおキヌさんで空から探しましょうか」
 本格的な交戦になる事が決まっているのならともかく、こういう状態で一箇所に固まって動く理由が無いために小竜姫が考えた末に目立つのを承知で提案する。

「それじゃあ、三時間経ったら一度事務所の方に来て。探した範囲を照らし合わせて多少は絞り込めるでしょ、まあこれがそのガキの仕業じゃないってんなら直接デジャブーランドに行って見たほうが早いけど」
『何でですか?』
 美神の言葉におキヌが疑問を持つ。

「まあ、追われてると判っていて手がかりがあるんなら真っ先にそこに当たると思うのが普通でしょ?。小竜姫が行きたがっていたのを聞いてたから尚更よ、それでもデジャブーランドに行くんならこんなまねなんてしないで向こうについて姿を隠す道具でも使っていた方が利口だと思うわ実際にあるかどうかはともかく、結界破りがあるんならそう言うのが宝物庫にあってもおかしくないのよね」

「話が逸れたけど、こんな真似を誰か別の相手がするんならそいつがそのガキを捕まえた上で撹乱するためにこんな事してると考えられるわ」
 捕まっている、の辺りで小竜姫が難しそうな顔をする。
「ともかく、霊気的な痕跡辿って本物を追うにしても偽者がどれだけいるのかわからないんじゃ、とにかく動いて様子を見るしかないじゃない実際に探してすぐに見つかったって事は。この近辺に偽者が集中しているか分散させてなお適当に歩いて見つかる位の数がいるってことでしょ」

『判りました、美神さんも頑張ってくださいね』
 おキヌがそう言いビルの屋上まで浮き上がると続いて小竜姫も浮かび上がる。
「では三時間後に」
 そう言いながら街全体が見渡せる位の高さまで飛び上がるとゆるゆると移動していった。

「ともかく行きましょう、デジャブーランド内にいる気もするけど偽者の中に混じって本物がいる可能性のほうを取りたいのよね、わざわざこれだけの事をするんならこっちの方がいる可能性高そうだし」


 三時間経過


「こっちは三百以上の偽者を見つけたけど、本物はいなかったわね」
 事務所の応接室でやや疲れた様な声で言う美神が空から探していたおキヌが近隣の街の地図と照らし合わせつつ少なくとも合わせて五百以上の偽者を消したにも関わらず本物が見つからない苛立ちを見せる。

「今度はデジャブーランドの方に行きましょう。正直これだけやって偽者から手がかりが得られらない以上そっちを当たったほうが賢明よ」

「では行きましょう」
 優れない表情の小竜姫を促して事務所から美神たちは出て行った。
「ここがデジャブーランドですか?」
 入り口を抜けてものすごい賑わいに圧倒された小竜姫が呟く。

「そう、空から探せる範囲内にいるんならともかく…」
「殿下!」
 説明の途中にグレート・ウォール・マウンテンに並んでいた天竜童子と楯嶋を見つけた小竜姫が駆け出していく。

「小竜姫か!」
 今の今まで浮かべていた満面の笑みが曇り悲痛なものに変わる。

「その手を離しなさい」
 はぐれられると困るため、手をつないでいた楯嶋に詰め寄る小竜姫に周囲が注目する。

「ほい」
 あっさりと離した楯嶋に、警戒しつつも小竜姫が天竜童子を確保して飛び下がる。

「待つのじゃ」
 神剣を抜きかねない小竜姫に天竜童子が待ったをかける。

「世話になったな楯嶋」
「まあ、今回は時間切れみたいだから次はしっかり許可を貰ってからこいよ」
 苦笑する二人の間に険悪な物が無いのを見て、小竜姫が警戒を僅かに緩める。
 竜神二人(二柱)の後ろにいた美神とおキヌに周囲をぶらついてナンパのターゲットを探していた横島が見つける。
「美神さん、どうしてここに、は!そうか二人の間には切っても切れない赤い糸が……」
 言葉が終わる前にダイブをした横島を今日一日で溜まったストレスを吐き出すかのような強烈な一撃で沈めると、美神は横島を引きずって行こうとする前に小竜姫の方を振り返る。

「これで依頼は完了って事で良いのよね?」
「すみません、謝礼の方は後日改めて」
 安心した小竜姫の額に血管が浮き上がる。

「帰った後説明してもらいますから」
 天竜童子の顔が引き攣っていたのを見たが、それを無視して手を振ってやると更に悲痛な顔になり鬼門ともども出口から出て行くのを見送ると、楯嶋も視線を集めているのを気にして帰る事にした。



[533] Re:[7]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/05/06 21:36
「デジャブーランドとは良い所であったな」
 事の二日後に妙神山を登った横島と楯嶋の二人が妙に機嫌の良い天竜童子にそう言われて首を捻る。
 横島はナンパが上手くいかなかった事で、楯嶋は偽者と本物を見分けやすいように目の下に影を入れて置いたのにそれに誰も追及を入れなかった事に対して首を捻る。

「ああ、そうそうこれ天竜童子への貢物」
 影の中から二つの石像を引きずり出す。

「なんじゃ、それは?」
 天竜童子が興味深そうに石像を眺めた後に手で触り危険が無い事を確認して楯嶋にそう聞いてくる。

「天竜童子誘拐(未遂)犯の二竜組」
「な、なんじゃと」
 さすがに自分に危機が迫っているとは思っていなかったのか驚いている天竜を置いておいて、横島に小竜姫を呼びに行かせる。

「まあ、こいつら自体小悪党程度の人材と言うか竜材なんだがこいつらを裏で良い様に使っていた奴がいて」

「そやつの目的はわからぬと言う事か?」
 真剣な表情になる天竜に楯嶋が続ける。

「いや、石像に残っていた意識は強く騙された!って告げて来る」

「結局、それがどうしたと言うのじゃ」
 先を続けない楯嶋を天竜童子が促してくる。

「今回天竜童子殺害を計画していたみたいなんだが、どうもこいつらが標的を見つけ切れなかった事で黒幕に始末されたみたいでな」

 丁度そこに小竜姫が現れる。 

「その事について詳しく教えてもらえますね?」
 聞こえていたようで、言わなければ吐かせるとでも言う様な視線を放ってくる。

「ああ、じゃあ最初から昨日の朝一番にあったフリーマーケットで売られていたこの二体の石像を俺が購入する所から始まるんだが」
「ちょっと待てぃ!」
 小竜姫と一緒に戻ってきた横島が突っ込む。

「……………よし待ったぞ、で続けるがこの石像を」
「更に待て、と言うかこんなんが売ってあったんかい!」
「まあフリーマーケットは意外に奥が深いからな、それはともかく」
 要望に答えて暫く待った後に話を続ける。
「なんか微妙に竜気っぽいのが石像から漂ってたんでこのカタストロフAで調べてみたんだが、どうもさっきも言ったがこいつらの黒幕の方は天竜童子の殺害を主に動いていたみたいで、こいつらは体のいい捨て駒だったわけなんだが、一つ聞きたい」

「なんです?」
「あ、天竜童子のほうです」
 返答を返してきた小竜姫に慌てて言葉を付け加える。

「なんじゃ?」
「このまま石像のまま放置するか、壊して後腐れなく始末するかこいつらを許すか」
「余の王としての器が試されると言うわけか」

(そこまで大げさな事を言うつもりは無いんだけど前回とは違う形で会う事になったから正直こいつらの忠誠心当てに出来んからな)
 などといった事を楯嶋が考えていると。

「ふむ」
 天竜童子が一つ頷き石像を見る。

「小竜姫、天界にこやつらを連れてゆき治療する全てはそれからじゃ」
「あー、実はここで治療出来るように色々と用意してきたりする」
 楯嶋が影に手を突っ込んだ後に陰陽道で使う木行の札の束をいくつか取り出し、イームとヤームに隙間無く貼り付ける。

「ああ、殿下これに神通力込めてもらえますか?」
「しかし、王族と言えど余は未だに角が生え変わっておらん、……神通力が使えんのだ」
 誰も楯嶋が殿下と呼んだ事に疑問を抱かずに天竜童子が手に持った札に注目している。

「まあ、その程度の事を自分がやる筋合いが無いとか言うんでしたら別ですがね」
「その様な事、余は言わぬ!!」
 そう強く天竜童子が叫んだ瞬間、天竜童子の頭の角が生え変わる。

「では、よろしくお願いします」
 角が生え変わった直後に竜気が手の中の陰符を通じて二つの石像を包んでいる陽符に木気たる竜気それも竜神王の王家のそれが流れ込み符への過剰供給による竜気が土行の術である石化を完全に相克し尽くした。

「ここは」
「ヤ…ヤームの兄貴、俺達助かったんだな」
 石化が解けて呆然としている二人の前に小竜姫を伴った天竜童子が歩み出る。

「その方達が余に害成そうとした事について未遂故咎めはせぬ」

「殿下…!!、申し訳ありませんでしたッ!!」
 前回楯嶋の経験したように二人して土下座しているのを見ながら楯嶋の頭に疑問が生まれる、この会話の流れに巻き込んだのは確かに自分なのだが上手く行き過ぎている様な気がしてならなかったりする。

「俺…俺、利用されているとも知らず大それた事を…!!」
「それは良い、それよりなぜこうなったのか申してみよ」

「へい…!俺ちゃその昔竜族の下級官吏でやした」
 ヤームが俯いたまま語り始める。
「それが職務怠慢を咎められ、地上へ追放されたんでやす」
 『いや、それ自業自得なんじゃ?』と突っ込みを入れるのを楯嶋が必死に我慢する。
「それで余と父上を恨んでおったのか」

「へい、それで黒いローブを着た顔を隠した奴に恨みを晴らし役人に戻れるチャンスだと……」
 
「それでそやつの言葉を信じたと言うのじゃな?」
「へい、霊格の高さからまんざら嘘ではなかろうと」
(あーこの辺で美神さんにぼろくそに貶されたんだよな)
 楯嶋が心の中でだんだん思い出してきた細部と照らし合わせる。 


「よし、話はわかった!お前達余の家来になれ!」
「えっ…!!な、なんともったいない」

 一応、メドーサとの対面が無かった事と意図的に操作した事務所の無事以外は前回と大差ない流れになったと安心している楯嶋の耳に余計な一言が紛れ込む。

「どうじゃ、横島今日一日で余は三人も家臣を増やしたのじゃ名君じゃろう?」

「三人って、俺も入ってんのかやっぱり」
「お主余を利用したであろう?、その程度の事で済むのじゃから感謝して貰わねばな」

「本気……だろうなやっぱり」
 疲れたような楯嶋の声が妙神山の修行所の一角に流れて消えた。



[533] Re:[8]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/06/05 17:43
 楯嶋創具の応接室に置かれた固めのソファーに楯嶋と美神、それに付いて来た横島が座っていた。ちなみにおキヌもいるのだが人工幽霊一号とお茶のこだわりについて延々と会話しているためこの場にはいなかったりする。 
「今年も残す所一週間きりましたね」
 楯嶋が、改造を施した神通棍を手渡しながらそう呟く。
「そうね、今年は誰かが余計な事してくれたおかげで竜神の子供を苦労して捜す羽目になったし」
 美神の一言が楯嶋の心に突き刺さり、美神の隣で大量に砂糖を入れたコーヒーを飲んでいる横島がその時に行われた折檻を思い出して顔を青ざめる。普段であれば数分で復活する横島が家に帰りついて半日近く寝込んだ事を考えればその違いがはっきりするだろう。

「まあ、それはともかく頼んでおいた分は終わったのかしら?」
「重量そのままに霊力を増幅する機能を強化したんですが、本当にいいんですかね?、正直言うと神通棍の寿命が部分補強してなお縮みましたけど」
「大丈夫よ、それは予備の一本だから」
 ああなるほど、と楯嶋が思った瞬間それが来た。

 ドオオオオオオオン!!

「人工幽霊一号、何があった!?」
『何かが事務所の結界に衝突しました、かなり強力な霊体のようです』
 即座に返してきた、反応にそういえばこんな事もあったな、と楯嶋が思い当たる。
「敷地に落ちたかな?」
 そう言った楯嶋の後に続いて美神と横島が付いてくる。

「……!?トナカイにソリ…!?」
 ひっくり返って目を回しているトナカイとその側で地面に突き刺さった物を見た美神が呟く。
「ま…まさか」
 横島の頭の中で一つの答えが浮かび上がる。
 うー-と唸っている頭上にいかにもな輪を浮かばせたやや肥満体系の白いひげの老人が腰を抑えて倒れていた。

「サ、サンタクロース…!?」
 美神が信じられないような顔で見る。
「マジ?」
「単にどっかの宣伝活動に従事しているおっさんでは…」
 横島もやや引き攣った顔で美神の後に続く。

「こんな街中にでっかい結界張りくさって何のマネじゃい!!」
 一番前に出ていた楯嶋にサンタ?が詰め寄ろうとするがぐき、と言う音が腰から聞こえると地面に倒れこむ。

「ちょっと、おっさん大丈夫?」
 腰痛に耐えて起き上がろうとするサンタ?に美神が声をかける。
「だだだだだ、年に一度の大仕事があだー」
「とりあえず、運んで置くか」
 当事者でありながら、一番部外者のような顔をしていた楯嶋が懐から取り出した治癒符をサンタクロースの腰に貼り付けて肩を貸す。
 
 事務所の部屋の一つに運び込んだサンタクロースが怒りをぶつけてくる。
「ちくしょー!おんどれー!、アホボケカス」
 好き勝手に叫ぶサンタクロースを美神が見鬼君を向け強い反応を示す事を確認する。
「ちょっとガラが悪いけど、本物のようね」
『どうもその様だな、美神殿』
 横島のバンダナに目が開き、しゃべりだす。
「心眼、判るのか?」
『本物を見た事など無いのだが、そのソリとトナカイから似たような力が見受けられる。主よ……第一この場で嘘をつく理由があるとも思えんのだが』
 心眼の言葉にひっくり返ったそりを起した楯嶋が心眼になんとも言えない表情を向けたのを誰も見ることなく視線は腰を痛めたサンタのために用意したベットに向けられていた。 
「アホンダラ!!この商売体が資本なんやぞ、お上品になんぞやっとったら。らちあかんわい!!」
「おじいさん」
 横島が同級生に見せたら偽者だ!と断言される顔でサンタクロースに声をかける。
「本当に災難でしたね。悪いのはみんな僕達です」
 その顔のまま、サンタクロースが横たわっているベッドに近寄る。
「お・・・おう、ホンマやでちょお気い付けとけや!!」
 やや押されぎみのサンタクロースがテンションをやや下げる。

「ところで、ボク何でも言いなりになる裸のおねーさんがほしい」
「………おんどれサンタなめとるやろ」
 両手を何かに祈る形に組んでサンタに迫る横島にサンタがテンションを上げる。

「サンタは良い子にプレゼントくれるんとちゃうんかい」
 いきなり態度を豹変して喧嘩調になる横島にサンタも完全に切れる。
「おどれは、その年でその態度でそんなもの欲しがっといて良い子のつもりかいっ!!」 
 ふう、とサンタが息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「サンタっちゅうんは、子供にはプレゼントを配るもんなんや。最初から悪いやつなんておらへんからな」
「バブバブ、ボク三歳」
「「死んでしまえ!!」」
 美神とサンタの叫びがはもる。

「あのなあ、地球上で本物のサンタはわし一人や。そやから配れる数も高が知れ取るから抽選で選ばれた子供にだけプレゼントを配るんや」
「かなり大変そうだな」
 会話に特に入り込まなかった楯嶋が口に出す」
 サンタが悔しげな顔をして自分の腰を抑える。
「今晩中にあと百二十人に配らなあかんのに……、どないしてくれるんじゃー」
『あの、私でよければお手伝いしましょうか?』
 外でサンタを発見したあと一緒に来ていたおキヌがそう言う。
「ねーちゃんホンマけ!?」
「一応俺も行かないとまずいよな」
 忘れていなければ、結界を弱めて置くことも出来たので一応反省している楯嶋がそう言う。

「ほな、時間がないさかいすぐ行ってくれ!行き先はトナカイが知っとるからな。子供の枕元にプレゼントを置いて来たったらええからな」
「どうする、おキヌちゃんは行かなくてもとりあえず俺一人でも何とかなるけど」
 楯嶋がおキヌにそう言う、まあ実際二人だけだと間が持たないような気がしないでもないのだが。
『いえ、大丈夫です私幽霊ですから寒さとか感じませんし』
 きづかいはいらないとばかりにおキヌが言う。

「ああ、そうそうプレゼントはこの袋に手を入れたったらその子が欲しいものが出てくるさかい全部配ったら自分の分もだしてみい、ええもん出てくるで」
「さあ、出かけましょう…!子供達の夢をかなえに」
 いつの間に着替えたのか美神がサンタルックでそう言う。
「僕達の手で、みんなを喜ばせられるなんてなんてすばらしいんだろう」
 横島も同じ様な服を着て、表情を一変させている。
 二人のうそ臭い笑顔が周囲に不審な空気を撒き散らす。
『……』

 言葉も無く浮いているおキヌを美神が引き攣れ、外に向かったあとサンタが「おっ、おいお前ら勘違いしてへんか?その袋は確かに欲しいものが出てくるけど」と言ったのを人工幽霊一号だけが聞いていた。


「今年最後の仕事がサンタの手伝いだなんて、ロマンチックじゃない」
(やはり、全世界の富これしかないわ。明日から私が地球の支配者…!!)
 美神の言葉に横島が後に続く。
「わははは!、仕事の報酬には大人のロマンもありますしね」
(ねーちゃん、何でも言う事聞く裸のねーちゃん)
 
 表面はともかく、内面ぐだぐだの二人を見ているうちに次の子供の家に到着したらしくトナカイが空中で停止する。

「んじゃ、行きますか」
 二階のベランダに下りた楯嶋に、二人が続くと楯嶋が窓の鍵の前で指を突きつける。
「なにやってんだ?」
 横島の問いかけに答えず、ガラスの向こう側に集めた霊気で作ったサイキックソーサーミニをコントロールしてあっさり開ける。
「鍵開けだな、昔やんちゃ盛りだった頃に某城で閂型の窓をこれで開けた事もある」
 楯嶋がそう言った時に、おキヌが追いついてくる。
『あのー、それなら次から私が中から開けましょうか』
「じゃあ、お願いするかな」
 会話している二人を置き去りにして、美神と横島が袋の中から取り出された鉄道模型に難癖をつけている。

「あんときは確か子供が目を覚ましたんだったよな」
 さりげなく、影の中から直径二センチ位長さ三十センチの筒状の物体を引き抜く。
『吹き矢ですか?』
 おキヌに聞かれて楯嶋が頷く。

「なにやってるの?、もう終わったわよ」
 今回は子供の眠りが浅かったのか起きなかったようなのであっさり済ませると出てきたふたりに屋根の上で待機していたトナカイに合図をして降りてきてもらう。

「ああそういや、そうだったな」
 一人納得した楯嶋が、ポケットから耳栓を取りだし両方の耳につけると再びトナカイに跨った。
「これで120人目か・・・」
 あの後、トナカイが高度を上げて世界中の夜を偽サンタが駆け巡り、何度か騒ぎ出した子供を眠らせたり、お前欲しい物全部買って貰えるんじゃねーのか?。といいたくなるような豪邸の警備網を赤いジャケットの怪盗を思わせるような華麗さで潜り抜けて途中の部屋で起きていた美人の使用人をナンパしようとした横島を美神が音を出さずに撲殺しかけたりと色々とやったりしているうちにとうとう最後の一人の家にたどり着き枕元に人気のあるキャラクターの1メートル以上あるぬいぐるみを置いた楯嶋が戻ってくる。

「いやー、普段の除霊とは比べ物にならない位きついっすね」
 げっそりとした横島が空元気でそう言うと、トナカイの手綱を引いた美神も疲れた顔で「そうね」とだけ答えた。
「まあ、でも素でこなすよりは大分ましでしょうに」
 トナカイの移動速度がつらかったので途中で結界札を使って風除けを作ったものの、何故かトナカイが嫌がったために途中で破棄して耐え抜く羽目になっていたりする。
『そろそろ、事務所ですよ』
 いつの間にか見覚えのある町並みになっていたのを見て楯嶋があくびを一つかみ殺してトナカイが事務所の庭に降り立つと、そのまま入り口からトイレに駆け込む。
『大丈夫ですかオーナー』
「……大丈夫だ、ちょっとトナカイに酔っただけだしな」
 微妙な物に酔った楯嶋がサンタの居る部屋に行くと、えらくぼろぼろのぬいぐるみを抱いた美神が、なんとなく満足そうな顔をして手毬を抱えたおキヌちゃんを連れて強化した神通棍を入れたケースを持って出て行くところだった。
「ちょっと遅いとは思いますけど、メリークリスマス」
 生気は戻っているが、疲労が抜け切れていない美神を見送ると部屋の隅で子供の頃に裸のねーちゃんを願わなかった自分を責めている横島を尻目にサンタの方に向かう。

「まあ、普通に考えればサンタの袋から出てくるのは子供の頃に願ったプレゼントとか言うのがオチだけどな」
「なんや、しっとったんかい」
 サンタがつまらなさそうに言う。

「まあ、というわけで袋から出てくる物を意図的に変えてみようかと」
 ポケットのなかの文珠を、《記》《憶》《干》《渉》と込めて自分の記憶に干渉してとある物以外に対する物欲を一時的に締め出しながら手を袋の中に突っ込むと、文珠の効果が現れて袋の中に突っ込んだ手の中に硬くて冷たい物が現れる。

「えっと」
 握った物を取り出すと、そこには宝石の様なものが現れる。

「欲しいものが現れる以上、欲しいものを知っている必要があり欲しいもの以外を除外すれば欲しいものが出てくる……と、まさか本気で上手くいくとは思ってなかったが」
「なんであんたがそれなんだ?」
『ふむ、強い力をその石から感じるのだが』
 心眼も、あきれていたのか出てくるのか面倒だったのかソリの上では一言もしゃべらなかためにいきなり興味を示してきた事に驚きを覚える。
 とりあえず、現世に復帰した横島に手に持ったそれを見せる。
「『氷の涙』、雪女一族の宝とか色々言ってるけど実際に見たのは初めてでな、オカルトアイテムの資料に断片的に乗っかってた情報だけで取り出せるっつうのは本当にすごいな」

「説明は後でするから、とにかく今は冷凍庫に行かないとな」
 慌てて、楯嶋が走って行く後に横島も続く。
「0度以下で保存しないと解けちまうんだよこれ」
「めんどくさいな」
「所有者の霊能力を百倍にするそうだ、個人的には霊圧これ以上に上げる必要ないけど総霊力量が百倍になるんなら色々とやりたくても出来なかった事とか試して上手く行かなかった事とか出来そうだしな」
 掴んでいる氷の涙に溶け出す予兆はまだ無いが、本物であるならば霊能者として間違いなくこれ以上に無い力を得る事になるだろう。

「明日になってみないと効果の程はわからんが、出来れば本物であったら良いな」
 冷凍庫の周囲に罠の魔方陣を張って一息ついた楯嶋に横島が近寄る。

「そうそう、心眼にはあんたの事を既に話してあるからな?」
 横島が思い出したように言う。
「まあ、妥当な判断だが所でいつのまに竜気を貰ったんだ?確か私と殿下からの贈り物ですとか言ってたと思うんだが」
 楯嶋の知る限り、共に行動した範疇で横島が天竜童子の臣下になった記憶は無かったのだが。

「あんたが、あのデジャブーランドで俺と天竜を置いてなんか一度離れた時に天竜に付き添ってて綺麗なねーちゃんに見とれて適当に返事を返してたらいつの間にか」
『それを聞くと殿下が悲しむぞ主よ』
『そうですね、あまり良い事とは思えません』
 心眼に人工幽霊一号が追従する。
「まあ、俺のときみたいに小判に目がくらんで臣下になる約束するよりはましだと思うんだが」
『どちらが良いとは言えんな』
 心眼が疲れたような声を出していた。



[533] Re:[9]帰還者忠夫
Name: 茶刀
Date: 2006/06/24 20:52
 楯嶋創具の一室に特別に畳を運び込んで作った和室にぐつぐつと何かが煮えたぎる音と鍋の中の魚や野菜が煮えて部屋の中に熱気と匂いを充満させる。
「元旦そうそう鍋かい!」
 おせち料理でも期待していたのか、美神が古代の叡智を授けてもらった日の帰りに事務所によった横島が扉を開けたあと開口一番言い放った。
「あら、良い所に来たわね」
 着物姿の女性が割烹着を外しつつ席に着く。
「ボク横島忠夫って言いま……」
 言い切る前に過去の自分の反応を理解していった楯嶋の踵落としが横島の頭に落ちる。
「食事時に埃を立てるな、掃除はしてるがともかくおとなしくしろ」
 唐突に、横島の頭を女性が抱え込んで胸に押し付ける。
「痛かったわよねえ」
 女性が頭を抱えた事で胸が横島の頭に押し付けられ、同時に大量の霊気が煩悩の奥底から湧き上がる。
「あら?、良いわねこの熱さ」
 女性がそう言って、横島の体を抱きしめると煩悩の奥底から更に湧き上がった霊力が一気に女性に吸収されていく、抱きしめられた事で煩悩により霊力が大量に湧き上がりそれを女性に吸収されているにも関わらず疲労を見せない横島に本当は何も起こっていないのでは、と錯覚を起こすような速度で霊力が生じ吸収されていく。
「んで、今ので解けそうかその呪い」
 楯嶋の一言に、女性が手を離し首を横に振る。
「無理みたいね、全く貧乏くじってこんな事を言うのかしら」

『事情の説明を求める』
 さりげない動きで横島の霊力を吸い取った相手に危機感を覚えた心眼が省霊力状態から復帰して声を上げる。
「彼女は北海道の雪山の雪女さんだそうだ」
「そうね、その辺りは今はどうでもいい事だけど」
「彼女が元の”氷の涙”の所有者でな」
「あのクリスマスの時のか?」
 楯嶋の言葉に思い出した横島がたずねる。
「なんでも、雪女が雪山から降りる為にはに力の半分位を雪山に残して次の雪女を作って初めて下山できるそうでな、それで力が半減した状態で氷の涙の反応を追ってここまで来たそうなんだが」
『正直普通の人間と変わらない程度の力しか感じないのだが』
「ああ、氷の涙を守る例のトラップに引っかかった時にトラップの熱病の呪も食らったらしくて」
『呪いなのか?、楯嶋殿には解除できんのか?』
「いや、ちからを半減した後にそう言うのに対する抵抗力が落ちていたみたいで、それでも無理に妖気で呪いに抵抗した際に呪いが変質したようなんだよな、まあ自然に力が回復するまで待つのが一番だろうな」

「解除事態は不可能ではないんでしょうけど、次の代の雪女の方がいる以上呪いを解いた直後に消える可能性が有りますから」
 扉を開けて三十代後半くらいの男性が入ってくる。
「どうぞ、横島さんもいかがです?」
 鍋の具の追加と冷えたビールを持ってくる。

「あなたもいかがです?」
 部屋の隅で膝を抱えていたそれに男性が声をかける。
『おぬし、人工幽霊一号殿と同じ霊波を感じるが』
「ええ、先日大掃除の際に不要なオカルトアイテムの霊気を吸収した際にこの段階まで実体化できるようになりまして」
 大掃除の際に、楯嶋が作ったは良いがお得意先では買い手のつかない額の破魔札の霊気等および溜まっていた文珠を全て吸収したおかげなのか人工幽霊一号はほぼ実体化した状態になっている。ちなみに外見は人工幽霊一号の生みの親で人嫌いな渋鯖男爵の若い頃と似ているらしい。

「まあ、そんなわけで昨日からここにいるわけだけど、何か疑問でもあるのかしら?」
 雪女が具をぱくつく手を止めて横島ではなく額の心眼に声をかける。
『楯嶋殿が良いと言うのであれば私が何かを言うまでも無い』

「なあ、これ赤くないか?」
 横島が鍋を覗き込んでそう言う。
「チゲ鍋だからな、タカの爪・唐辛子何より古漬け白菜キムチ入ってるし」
「いや、それはともかく、何であの人鍋食べて大丈夫なんだ?」
 興味を失って鍋に戻った雪女を見て横島が楯嶋にそう言う。
「ああ、本人曰くかき氷の方が良かったみたいだけど別に普通に人間が食べる程度のものならエネルギーを吸収できるらしい」

「ちなみに、彼女に闇鍋したときに好きなもの入れせせると溶けるからこっちにしたんだが」
「ちなみに私も食べる事が出来ます」
 人工幽霊一号がそう言う、こっちが本体ではないのだが五感がなぜかついている、どうも濃い霊気のせいで半精霊化しているらしい。
 横島も楯嶋も知らないが、精霊獣と呼ばれる存在に近い状態だったりする。


「うまい!」
 バクバクがつがつむしゃむしゃという擬音が聞こえて来そうな勢いで鍋の中身を平らげる横島に楯嶋が疑問に思う。
「ちゃんと給料渡してるから食費は足りてるだろうに」
 最近、文珠の霊気を体に取り込ませて破魔札に込めさせる作業を横島に任せているために時給の交渉に応じて千五百円まで吊り上げたために何も食べていない状況に陥るはずも無いのだが、昔の自分と同じような欠食っぷりをみせる事に納得できなかったりする。

「うむ、男としての絶対必需品を購入する資金に当ててるからそっちは潤ってるからなあ」
 過去のじぶん
「あほか!、大体あの狭い部屋にこれ以上エロ本置くスペースなんてなかろうに」
『我も言ってはいるのだが、主の霊力源の一つが煩悩である以上完全に否定するわけにも行かぬし』
 ぼやいた心眼が、ふと楯嶋の事情を思い出す。
『そういえば、楯嶋殿はどうやって霊力を?』
「俺の場合は、どうも煩悩そのものから執着心に歪めた感じでこっちに帰ってくるとかの執着心を霊力源にしてた見たいでなあこいつも場合によってはそうなる可能性もあるんだよな」
「だからって、枯れたくないんだが俺は」
 横島が会話に入ってくる、というか別にバンダナを外したわけでもないので会話そのものは食べているから割り込まなかっただけなのだが。

「まあ、いいか所で」
 サイズ的には五・六人で囲む鍋が空になった頃に横島が楯嶋に向き合う。
「俺に使えそうな道具を貸してくれ、どうも俺が霊力持ちになった事を知った美神さんが俺をGSにするかどうか迷ってるみたいなんだよな」
「んで、一押しするためになんか道具をくれと?」
 確かに、自分の霊力はともかく煩悩でブーストかけたときにはタイガーはともかくピートも驚く位の霊力がでていたなあ、と思い今は心眼がいる為に霊力のコントロールの方も心配するほどの事ではないから知識面と除霊経験と霊力の安定をクリアできれば三流でもGSと名乗れるかなーとか考えていたりする、その後問題山積やんと突っ込んだあと過去の自分を振り返ってよくこれで試験に通ったなあ、とよくわからない感情がわきあがっていた。
『我としては、主には早いと思うのだが主が乗り気でな』
「一応言っとくが試験の二次は実戦だぞ?、本当に大丈夫なのか?」
 確かに、過去の自分よりは上だと言えるが、あの白龍寺のGS三人に比べて地力が上かと聞かれると陰念よりしたの霊力で確かにサイキックソーサーならダメージを与えられるであろうが今の自分のようにいくつも作ってなお霊的防御力が一般人並に残るわけではないので刺し違えるのはともかく楯嶋は勝利するのは難しいと思っている。
 それゆえの道具の調達なのだろうが、神通棍や霊刀は扱いにある程度熟知が必要だろうし破魔札の類は一個しか道具を持ち込めないルールにおいて不利だと言える、最近完成した液状のゴーレムでも持たせるかなどと考えていると心眼が言う。
『楯嶋殿、我を持ち込んだ時点で既に他の道具は持ち込めんのでは?』
「いや、一応分類として式神になるんだし。それがだめなら冥子ちゃんの十二神将二鬼目出した時点で失格だろうし」
 まあ、裏で六道家が圧力掛けた可能性もあるけど。という言葉を胸のうちで呟いて楯嶋が考えをまとめる。

「勝つだけなら問題ないだろ、たとえば例の精霊の入った壺を探してきて一つ目の願いで二つ目以降の願いで曲解、聞き違いなんかを行ったら自害しろって願いにした上で二つ目の願いで試験期間中自分に攻撃を仕掛けてくる相手を全て倒せとか命令するとか美神さんはあっさり封印したけどこの命令なら。願いをかなえる為に精霊としての力を存分に発揮してくれるからそこらのGS候補程度なら問題なくあしらえるだろうし」
『霊能者としてどうかと思うのだが』
 心眼が納得いかなさそうに言う。
「まあ、後はこの悪魔払い用の聖水(祝福済み)で濃塩酸3:濃硝酸1の混合比で混ぜた液体を僅かに薄めた物を相手の頭にぶちまけるとか」
 ちなみに上の混合比で出来る王水は酸化しにくい金を溶かせる液体だったりする。
「霊力を込めていない攻撃が無力化されるんなら霊力の込められた聖水で割れば届くだろうし」
 まあ、地道に基礎を重ねて霊圧を栄光の手を発現させる所まで来れば霊波刀を教える位はやるんだがなあと思うがふと考える。

「俺確か試験当日に自分の実戦があるって聞かされて行きたく無いって駄々こねた記憶があるんだが、何でそんなに乗り気なんだ」
「GS横島か、いい響きやなあ」
『主はどうも我に頼って合格する気らしいのでな』
 心眼が疲れたような声をだす。
「まあ、使えるかどうかはともかく霊刀の類でも用意しようか?」
 霊能の基礎を磨いた三年間に接近戦に関して適切なアドバイスが出来る人間がいなかったので自己流の体術に霊波刀を組み合わせたものしか使えない自分よりは心眼の方が適切に接近戦を教えられるだろうと楯嶋は思った。

「まあ、先の事はどうなるかわからんが三回戦で演技で倒されて資格を取得する方法もあるし無理に勝つ必要も無いし」
『我にも存在意義はあるのだが』
 心眼が悔しそうに言う。
「はあ、でもな正直今の横島が確実に勝てるのは遠距離攻撃手段の無い九能市さんとか位で遠距離から霊力温存しつつ自分のペースに持ち込んで戦う相手ならサイキックソーサーとか避け放題だろうしなあ」
「と言うか、そう思うんなら”氷の涙”貸してくれ、今から試験までの間に俺が強くなれば心眼も文句は無いんだろ?」
「ああ、そりゃ無理だもう既に彼女に返した後だから、ここに住み込む事と”氷の涙”を返す事を条件に雇ったから」
「雇った?」
「なんか、下手すると女っ気なくなりそうだし丁度良いからなあ」
 なぜか楯嶋が目を逸らす。
「ええ、下手に動くと全ての雪女を敵に回しかねないもの」
 中身の無くなった鍋を人工幽霊一号が片付けている間に雪女が付け加える。
「まあ、正式に彼女を倒して奪うのも気が引けたし」
 楯嶋が理由としては半々くらいかな?とか考えながら続ける。
「別に実戦経験不足していても道具屋には関係ないだろ?」
 最悪元始風水盤の時は出張る必要あるけどな、と心の中で付け加えると楯嶋は横島忠夫強化計画を心眼に任せて自室に戻った。


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