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[538] ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/03/26 05:11
 
この世に、『現実』ほど残酷で無慈悲なものはない。


 
始りはいつだって唐突だ。人生を投げ出したくなるくらいに。

 
でもだからといって本当に人生を投げ出されるとは思わなかった。

 
憑依物。異世界トリップ。そんな風に呼ばれる二次小説がある。



 
辞書で調べたわけではないので合っているかどうかは知らないが、まあ、簡単に言えば漫画やアニメ、ゲームなんかの世界の登場人物に現実の世界の人間の精神だか魂が乗り移ってしまうと言うというものだ。

 
だがしかし! 何故俺はよりにもよってコイツに憑依しているんだっ!?

 いくらなんでもこれはアリエナイって!!

 
俺は思わず神を呪った。

 
っていうか、キーやん一発殴らせて。うん、お願いだから。

 
憑依物。憑いた世界はGS美神。


 普通こういう場合は横島とか美神だろう。10歩引いてもピートや雪之丞、唐巣神父。西条は個人的には微妙。いや、だって役割が結構地味だったし。

 ちなみに100歩ならタイガーやカオス、鬼道辺りか? 意表を突くならアシュタロス。魔王ライフもちょっと憧れる。


 
無論、勝手に言っているだけなのだが、俺の基準の中では例え万歩退いてもコイツはない。



 
脇役の中の脇役。名前といい顔といい、間違いなく作者がテキトーに作った一発キャラ。



 
俺は目の前にある鏡に向かって思わず呟く。




「何で陰念がここにいんねん?」



 
とりあえず軽く現実逃避。

 
ブロークン・フェイス

 第一話 不良とオカマと霊波砲

 
陰念。俺の記憶が確かならばGS試験編で登場した脇役であり、横島に因縁ふっかけ便所を破壊。
その後、奴との試合にてハッタリにビビって突っ込んで自爆。そのまま暴走して魔族化、理性をなくして暴れるはあっさり勘九朗に倒されるは犬に舐められるはで散々な挙句、『その後、彼の姿を見たものは誰もいなかった』な使い捨てキャラである。



 
鏡を見る。そこに映る自分の顔。



 
今すぐヤクザの下っ端として登場しても違和感ない。むしろ天職。でも生涯かけても親分は無理。所詮その程度の器。精々アニキが限界だろう。



 
何の因果でこんな奴に憑依せねばならんのか? 間違いなくこの先の人生真っ暗である。



 
身に覚えはない。あるはずもない。それ以前に「何故こうなったのか」と言う原因を想像することさえさっぱりだ。


 
とりあえずこう言うときのお約束として「これは夢だっ! 夢だっっ!! 夢なんだぁぁぁぁっ!!!」と柱に向かってヘッドバット。そのままキツツキのようにガンガン頭を乱打。

 
額が割れて血が出てきた。

 頭がもの凄く痛った。

 
それらを「大丈夫。きっと気の所為さ」と笑顔で無視。そしてめげずに再トライ。

 
だんだんと痛みを感じなくなった。

 頭の中が朦朧(もうろう)としてきた。

 何故か視線がぼやけてくる。

 
うむ。このまま頑張れば陰念の身体から抜け出せそうな予感。そんな淡い期待に身を任せ、ひたすら柱に向かって『ガンガン逝こうぜ』を選ぶ。




「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!




「五月蝿いわよ陰念っ! アンタの所為で眠れないじゃないのよっ!!」



 
そこへ突然勘九朗乱入。可愛らしいハート柄のピンクのパジャマとお揃いのナイトキャップ、右手にはくまさんのぬいぐるみを装備。


 
これで幼い少女ならばまだ微笑ましいのかもしれないのだが、生憎そこは勘九朗。可愛いというベクトルの反対側へとジェット機に乗って音速飛行中。いや、それより某12人の黄金な闘士たちの拳の速度程に速いかも。


 
いい年齢したごっつい男がこんな格好。はっきり言って変態だ。間違いなく変態だ。誰がどう見たって変態だ。むしろ見たくねぇ。もはや視覚的ジェノサイド。存在自体が悪。一種の精神兵器と言っても過言じゃない。




「夜更かしはお肌の大敵なのよっ!」



 
などと叫びつつ、迷わず陰念へ霊波砲。「ぐはぁぁっ!」と吹っ飛ぶ俺。きりもりしつつ、床に激突した。


 
意識はあるから一応手加減しているのだろうが、かなり痛い。っていうか、知り合いが頭から血を流しつつも柱に頭をぶつけているんだから、事情ぐらい聞けよと思う。




「全く。旅館の中ではしゃぐんじゃないわよ。今何時だと思っているの? 明日は試験があるんだから貴方もさっさと寝なさい」



 
言いたいことを言ってそのまま勘九朗は去っていった。最後まで怪我をしているはずの同僚に何の心配もなしにだ。今もなお血をだらだらと流しているのだから「はしゃぐ」の一言で済まさないで欲しい。


 
ちなみに今8時。毎日9時前に眠る勘九朗はある意味とっても良い子。

 
そんなこんなで、俺の陰念憑依ライフがスタートした。

 
………お願い。誰か俺と代わって。



 
切実な気持ちでそう願う。

 
後書き



 
魔が差した。ゴメン。おすすめSS紹介掲示板にあった憑依物総合があまりにも面白かったもんでつい。


 
ツッコミを入れてくれる方募集中。あと、どうやれば改行できるのかよくわかっていないので誰か教えてください。



[538] Re:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/03/29 01:15

 さて、とりあえず現実を認めなくてはならない。



大雑把に傷の手当てを済ませ、飛び散った血を拭く。

 何やら柱がホラーのように凄まじいことになっていたが、些細なことは気にしない。



 ここはGS試験会場近くにあるありふれた旅館。時期は試験日前日。同じ旅館に雪之丞(マザコン)と勘九朗(オカマ)も泊まっている。用心のためか、さすがにメドーサまではいないが。




 正直言ってこれが夢やら妄想なら大変ありがたいのだが、目覚めない以上、コイツの身体でやっていくしかない。




 認めたくないのは若さゆえの過ちよりも、今ここにある現実。




 そして再び鏡を見た。

 やっぱり、そこに映る姿はまだ陰念のままだった。


 第二話 不良と鬼と霊波砲


 OK。認めよう。俺は陰念だ。だが、どこまで俺は陰念なのか? 知識は? 能力は? これで外見だけなら泣くぞ俺。



 過去を思い返してみる。当然、俺の記憶ではなく陰念の記憶だ。そして走馬灯のように流れる、『俺』とは明らかに違う記憶の群れ。



 ………なんというか、見事に外見通りの人生だった。まあ、陰念の本名が実は『山田 太郎』だったことには驚いたっていうか、吹き出したが。



 そうだよな。確かに『陰念』っていう苗字の奴も名前の奴もいないよな。でも、『山田』に『太郎』は親御さん手抜きだと思う。全国の山田太郎さん、ゴメン。
 
とりあえず名前は置いといて、過去を振り返ってみよう。


 

 小さなときからワルガキで、15で不良と呼ばれたよ。

 喧嘩や恐喝は日常茶飯事。盗んだバイクで走り出したのも一度や二度ではない。誰が見ても間違いなく不良と呼ぶだろう。

 思うに、彼が本格的にグレたのは、小学時代ではなかろうか。



 記憶の片隅に残る、初恋の人。自分とは違うクラスだったけど、好きになってしまった。夏子という名前の少女。そして、彼女宛てに書いた初めての恋文(ラブレター)。




 先生に見つかり、皆の前で朗読されました。


 ―――『恋』という字って、『変』に似てるね。


 致命傷でした。


 これ以上過去を探るのはさすがに悪い気がしてくる。ひとまず知識の方は問題ないとして、次はやっぱり能力だ。霊能力が使えませんじゃ話しにならない。



 まずは霊波砲。基本ではあるが、これが使えないと話にならない。

 精神を集中させ、体の中にある力を感じ取る。血流の流れに乗って体を流れる俺の―――陰念の霊力。それを右手に込め、霊波として収束させる。




「はあっ!」




 気合一閃。右手から放つ閃光。それはあっさりと壁をぶち抜き、風穴を開けた。

 ………ちょっぴり感動。少年の頃、誰でも一度は憧れた光線技。まさか、本当に使える日が来るとは。

 高鳴る心臓を落ち着かせ、ひとまず部屋の模様替え。テレビを右にズラしてみた。



 ザ・カモフラージュ!!

 いや、だってここ旅館の中だし。




 ………男なら細かいことに気にするなっ! 次は白龍会お馴染みの魔装術だっ!!




「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




 身体から溢れた霊波が魔物のようなカタチとなって全身を覆う。それと同時に、体の奥底から力が湧き上がる感覚と、強い消耗感の二つを感じた。



 これが魔装術か。なるほど。陰念が切り札だと言っていたのも頷ける。例えるならば5レベルくらい一度に上がったような感じか? もしくはドーピング。

 まるで別人にでもなったような霊力の出力だ。素でこうだったらいいのに。



 一通り体を動かしたあと、俺はすぐさま術を解いた。このまま魔物になったらシャレにならない。危険な術である以上、用心に越したことはないだろう。




 霊波砲、魔装術。いずれも問題なし。この分なら、全身の傷跡から霊波砲を放つ『傷跡ビーム(仮)』も撃てる。

 幸いなことに、基本的な性能は陰念と同等のようだ。知識もあるから、意識すれば陰念の代わりとしてなりきることも難しいことじゃない。まあ、このまま脇役として終わる気ないけど。



 やはり、これから先の指針を決めて置くべきだな。指針があるかないかでは大きく変わってくる。

 憑依物として最初に決めること。それはあまりにも単純な2択だ。


  1、このままこの世界で暮らしていく



  2、何としてでも元の世界に帰る


 まあ、悩む必要もない。選ぶべき選択肢はすでに決まっている。


  1、このままこの世界で暮らしていく



 →2、何としてでも元の世界に帰る


 元の世界に帰るに決まっておろう。常識人なら当たり前だ。危険と不条理がいっぱいが漫画の世界。頼まれたって行きたくない。



 それなのに本気で前者を選ぶ人。もしいたら、悪いことは言いませんから、さっさとカウンセラーに行って来い(キッパリ)。

 現実世界が死にたくなるくらい嫌いな奴でもない限り、危険がいっぱいの世界に行きたいとは思わないから。




 見ろっ! この俺をっ!! この世界について早々、頭は血塗れになるは霊波砲で吹っ飛ばされるわで危うく死ぬところだったじゃないかっ!!!
 まあ、何て恐ろしい。




 自業自得などと言ってはいけない。いくら俺でもいきなり陰念にでもなっていなければ柱に頭をぶつけるような奇行には走らない。

 つまり、全ては陰念が悪いのだ。うん、コレ決定。




 とはいえ、漫画にもピンからキリまでいろいろある。それこそ世話焼きな幼馴染とか妹のような無邪気な後輩とかお嬢様風の先輩とか気さくな学園アイドルとかお色気たっぷりの女教師とかにもてまくりハーレムの主人公にでも憑依したのなら、俺はその世界に骨を埋めても良い。それが男なら当然の選択肢だ。



 でも陰念。この顔で『もてる』なんて言葉は天地が逆さまになるくらいアリエナイ。女子高生が見たらキャーキャー騒ぐぞ。間違いなく別の意味でな。




 まあ、俺の妄想は置いといて、話を戻そう。

 元の世界に帰る。それは良い。問題はそのための方法だ。自分の世界への帰還。どう考えても難しい。だが、幸いにも俺には原作の知識がある。


 な~に、漫画の世界は物理法則とか結構デタラメだ。ましてや、この世界には霊能力なる非常識がある。上手く使えば元の世界に戻れるかもしれない。そう考えれば希望も沸いてくる。

 まずは帰るための方法を幾つか候補に挙げておこう。




 例えば、美神親子の時間移動能力。



 言うまでもなく無理だな。この世界の過去にもどったところで意味はなし。しかも修正力があってあまり使えないからなこの能力。

 中世編のときのように精神だけの逆行なら、あるいは陰念になる前の俺に戻れるかもしれないが、さすがに可能性は低いだろう。アレは半ば事故だったし。




 例えば、横島の文殊。



 ………これもさすがにキツイか。どんな文字を入れればいいのやら。それに異世界へと行くのだ。一文字で帰れるとは思えない。『帰』などと入れても陰念家もとい、山田家に辿り着くのがオチだろう。文字数を増やしてもやっぱり確実に帰るための文字などわからないし。

 確かに、原作ではもはや霊能とは関係なしに半ば『何でもアリ』な術となっていたので惜しい気はするんだけどな。特に後半。

 時間移動や美神との『合』『体』、メドーサを一撃で『滅』ぼす辺りはまだしも、アシュタロスを『模』倣するのは明らかに文殊の限界を超えているとしか思えない。




 精々模倣できるのは300マイトの範囲内だろっ!? なんで互角なんだよ? 何で誰も疑問に思わないんだよ? どっから不足分の霊力持ち出したっ!? 

 有り得ないよ。デタラメだよ。いくら霊能力とはいえ、質量保存の法則無視してるだろ明らかに。物理学者に喧嘩売ってるような気がするぞコレ。




 とりあえずキリがないので次っ!




 例えば、ドクターカオスの発明。



 ………………もはや論外。

 馬鹿と天才は紙一重。それを地でいく爺さんだ。時々もの凄いものを発明するのは認めるが、残念なことに痴呆症。

 2×2? 算数レベルの問題になやむなよっ! しかもマリアに聞くなよっ! おまけに間違っているしっ!!



 こんな奴に自らの命運を託すのは、ペットボトル・ロケットでイスカンダルを目指すようなものだ。あまりにも無謀。俺はまだ死にたくない。

 事情を説明して時空消滅内服液とか渡されたら殺す気で撃つぞ霊波砲。




 う~ん。となれば一番確実なのはアシュタロス、そして宇宙処理装置(コスモプロセッサ)か。死んだ妖怪が生き返ったり、天地創造が出来たりと、創造も破壊も思うがまま。文字通り不可能を可能とする究極の力。

 GS美神の世界において、コレに勝るものは存在しないだろう。これを使えば俺が元の世界に戻れる可能性は極めて高い。それにアシュタロスは魔神。人間よりも物知りだ。ひょっとしたら俺がこの世界に来た原因も知っているかもしれない。



 無論、ただの人間がアシュタロス程の上級魔族には会える訳がない。仮に奇跡的に会えたとしても、「元の世界に帰してくれ」などと言って聞き入れてくれるはずもないだろう。

 絶望的だ。『本来なら』。




 だが、この身体は『陰念』。そして陰念の上司はメドーサで、メドーサはアシュタロスの部下。薄いとはいえ、繋がりがあるなら可能性はある。

 今後功績を上げ、魔族からも認められるようになれば、興味を持ってアシュタロスが会おうとするかもしれない。



 そして、『俺』には原作の知識、この世界の未来の出来事を知っている。いくら魔神とはいえ、未来の情報は欲しがるはずだ。魔族にしては温厚な方だから、上手くいけば取引を出来るだろう。少なくとも、相手にとって悪い話ではないはず。



 しかし、この方法には一つ大きな問題がある。アシュタロス。その目的は確か、新世界の創造。あるいは自らの完全なる死。

 つまり、アシュタロス側に着くということは同時に、この世界の破滅の片棒を担ぐ危険性もあると言うことだ。




 できるのか? そんなたいそれたことを。この、俺が………。

 脳裏に漫画を読んできたときの場面が、走馬灯のように駆け巡る。




 美神、横島、おキヌちゃん、雪之丞、ピート、エミ、唐巣神父、タイガー、シロ、タマモ、西条…………




 そして、その他多くの人たち。




 あるときは彼らに楽しまされ、あるときは彼らに笑わせられた。

 正直、泣いた記憶はないや。いや、マジで。




 そんな彼らを犠牲に出来るのか? そこまでして、俺は元の世界に帰りたいのか?


 ―――ま、いっか。




 どうせ俺、この漫画古本で売ったし。


 ひとはね、こころにゆとりがあってはじめてひとにやさしくできるんだよ。


 陰念になった時点で、俺の辞書から慈愛の文字は焼却した。

 心を亡くすと『忙しい』ではなく『無情』になるのだ。

 昔とある政治家(おえらいさん)は言いました。




「人間一人の命の重さは、この地球(ほし)よりも重い」




 と―――




 ならば、一人の俺(にんげん)の為に、世界を滅ぼしても問題なかろう。




 いいじゃん。どうせ、陰念悪者だし。




 そう言うわけで、まずは横島抹殺決定。いや、アイツはどう考えても邪魔者だし。

 ほっとくと陰念じゃあ手も足も出なくなる。殺せるうちに殺さないと。



 いやいや、『殺す』なんて物騒な。

 危険がいっぱいGS試験。試合中に不幸な事故が1つくらい起きてもおかしくない。



 俺は元の世界に帰る。そのために手段なんて選んでいられないのだ。




 よおぉぉぉぉぉしっ!




「やぁてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



「へ~え、明日に向けて気合充分ね陰念。きっとメドーサさまもお喜びになるわ」




 声高に叫ぶ俺の耳に、ブリザード如きの冷たい声が聞こえてきた。

 振り向いては行けない。下手したら死ぬ。そんな予感とは裏腹に、俺の身体は自然と後ろを向く。




 ―――視線の先には、一人の鬼がいた。




 現実世界なら比喩表現。しかしここは漫画の世界。本当に鬼がいるからタチが悪い。

 長く伸びた髪。表情のわかり辛い能面のような顔。そして、額にあるヘアバンドからは、鬼を思わせる二本の角が生えていた。




 勘九朗・イン・魔装術!?




「でもね、陰念。あたし、言ったわよね? 五月蝿くて眠れないって。アンタも早く寝なさいって………」




 え~と、気のせいでしょうか? 声は淡々としているのに、何やら殺気を感じて冷や汗が出るんですが。

 それと勘九朗さん。さっき右手に持っていたくまさんのむいぐるみ。代わりにバスタード・ソードを装備しているように見えるのは私の目の錯覚ですよね?



 はっはっはっは。気のせいだよ。気のせいに決まっているじゃないか。俺、陰念。勘九朗の味方だよ? ここには誰も敵はいないんだよ? 剣なんて必要ないじゃないか。必要あるわけがない。

 うん、そうだ。目の錯覚だ。錯覚に決まっている。

 でも目の前の幻は、そんな現実逃避を許してくれなくて……。




「そんなに眠れないんだったら―――」




 陰念の身体か俺の本能か。迫り来る命の危険を感じ、咄嗟に右手に霊波を込める。そして次の瞬間――




「アタシがっ! アンタをっ! 眠りにつかせてあげるわっ!!」




 手に持った剣で斬り掛かってきた勘九朗に迷わず霊波砲。そしてすぐさま全力ダッシュ!!

 戦略的撤退。陰念のスペックではどうあがいても『魔装術(フルアーマー)勘九朗』には勝てない。それがこの世界の真理。よって逃げるが勝ち。っていうか、逃げなきゃ死ぬ。

 走る走る。死ぬ気で走る。走る走る。死にたくないから走る。

 襲いかかる鬼の魔の手。追いつかれたら即ゲーム・オーバー。




 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ! 逃げなきゃダメだっ!!




「待ちなさぁぁぁいっ! 二度と騒げないように寝かしてあげるわぁぁぁっ!!」


「誰が待つかっ! それ、絶対二度と目ぇ覚めねぇだろっ!!」




 時折飛んでくる霊波砲を避けながら、命懸けの鬼ごっこ。やっぱり漫画の世界は恐ろしい。俺、一時間足らずで何回死にかけた?

 もう嫌だっ! 誰か、今すぐ俺と代わってくれっ!! どうかお願いします(土下座)。



 結局、生死を賭けた夜のマラソンは、騒ぎを聞きつけた雪之丞が止めに入るまで続くことになった。




「くそぉぉぉぉぉっ! 俺は、俺は絶対に元の世界に帰ってやるからなぁぁぁぁぁっ!!」



「訳のわからないこと言ってないで、大人しくアタシに殺られなさぁぁぁぁいっ! この、美容の敵ぃぃぃぃぃっ!!」



[538] Re[2]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/04/01 06:18

 昔とある学者は言った。



「人間は考える葦(あし)である」



 と―――。

 確かに人間は弱い。鳥のように飛ぶことも出来ず、虎のように強いわけではない。しかしそれでもこの世界に君臨できるのは『考える』ことが出来たからだ。
 いくらこの身体が陰念で、その力は神族や魔族に遠く及ばずとしても、『考える』という行為までもが劣るとは思わない。
 未来への予測、現状における判断、そして過去から学ぶ経験と知識。それこそが人が人である由縁であり、万物の霊長たる人の本分。



 だからこそ、考えねばならない。『陰念』としてどう動いていくかを。未来の知識。それを充分に生かし、美神たちを出し抜き、魔族に信用を与え、アシュタロスに会う為の道筋を。



 原作の流れを思い出し、自分が係わり合いになれそうで、かつ功績が上げれそうなもの。そして自分が元の世界に帰るための最適な未来を思い描いて見る。



「………香港で何とかケリが着きそうだな」



 周りに聞こえないように小声で呟いた。
 香港。メドーサ一味が元始風水盤を作り、その力でこの世界を一部とはいえ、魔界に変えた事件。


 月の件も成功させればかなりの功績となるが、やはり早めに接触して帰る手段を得たい。さっさと陰念辞めたいという気持ちもあるが、下手に長引くと『俺』というイレギュラーによって先の展開が読めなくなってしまうのだ。それを防ぐためにも、何とか香港で終わりにせねば。


 原作では失敗するはずのこの計画を成功させ、その上でおそらく巻きこまれるであろう美神令子を捕獲する。それぐらいは可能なはずだ。



「………………ん。…………陰……」



 元始風水盤とエネルギー結晶。この2つがあればアシュタロスに会う為の土産としては充分だろう。とくにエネルギー結晶は1000年前からの悲願だ。気を良くして自ら功労者たちの前に姿を見せてもおかしくない。


 それでも無理なら危険を承知でメドーサを利用するしかないか。コスモプロセッサや究極の魔体などの情報をさり気なくメドーサに教えて、無理にでもアシュタロスの関心を引きつけて―――



「………念。おい、い…………」



 しかし、この手段は出来れば使いたくない。メドーサは頭が良い。利用していることに気付くだろう。それがプラスに働けば良いのだが、機密を知っていると危険視される恐れもある。



 メドーサは人間の命を何とも思っていない反面、人間でも使えるのなら利用するという考えの持ち主だ。故に微妙。それが吉と出るか、凶と出るか。



 可能性はおそらく半々。成功すれば何もかも上手く行くかもしれないが、もし失敗すれば、そのとき、間違いなく、俺の命は―――



「―――おいっ! さっきから聞いてんのか陰念っ!!」


「…………!! な、何だよ雪之丞!」



 いきなり肩を叩かれて思わずビビる。物騒なことを考えているときに大きな声で声をかけないで欲しい。これで相手が雪之丞じゃなくてメドーサなら心臓が止まるぞ。根は結構小心者なのだ。



「何だじゃねぇよ。さっきから声かけてんのに無視しやがって」



 どうやら思考に没頭するあまり、声に気がつかなかったようだ。あるいは、まだ『陰念』と呼ばれることに慣れていない所為もあるかもしれんが。



「勘九朗が昼メシにしようってよ。いつまでも呆けてないでさっさと食おうぜ」


「おう」



 軽く返事をして雪之丞の後を追いかける。

 陰念憑依から一夜が開け、試験当日。一次審査、霊力の測定も当然楽勝。次の試合までに空いた時間で俺は今後の予定を立てていた。
 前回も言ったが、この世界で骨を埋める気はないし、命を賭けてこの世界を救う気もさらさらない。予定も見事にアシュタロスの勝利を前提としたものだ。



 選択としては、アシュタロス側ではなく、GS側―――人間側につくという道もあった。確かに、そうすれば余計な犠牲はなくせるかもしれない。例えば、ルシオラとか。



 でも、そうすると俺一生陰念。しかも下手せずとも魔族に命を狙われます。そこまでしてこの世界に尽くす義理って欠片もありゃしない。
 それこそ世話焼きな幼馴染とか妹のような無邪気な後輩とかお嬢様風の先輩とか気さくな学園アイドルとかお色気たっぷりの女教師とかにもてまくりハーレムの主人公にでも憑依したのなら、俺はその世界を救っても良いんだが、この身体陰念だし。


 例え『聖書級大崩壊』(ハルマゲドン)が起ころうが、世界が滅びようが知ったことじゃない。俺にとっちゃあ自分の命のほうが遥かに大切だ。他人を犠牲にしてでも俺は元の世界に帰る。コレ、決定事項。



 人としては最低かも。でも文句のある方、一度陰念になってから言ってください。こちらの事情を無視して正論言う人、ただの偽善者だから。

 ま、いいじゃん。何も俺は世界を滅ぼしたいわけじゃない。世界をメチャクチャにしてやると、そう思うほど腐っていないし。
 ただ本来あるべき場所に帰りたいだけ。ありふれた日常を謳歌したいだけだ。そのための努力をする。本当にただ、それだけ。

 だからとりあえず、これだけは言っておく。

 もしこの世界が滅びても、それは俺じゃなくてアシュタロスの所為だから。

 第三話 不良と昼メシと霊波砲

 近くの広場に広げられたカラフルなレジャーシート。その上にはいくつもの弁当箱が置かれていた。中身はおにぎり、からあげ、卵焼き、ハンバーグ、ほうれん草のお浸しや焼き魚など、シンプルながらもボリュームがあり、大の男3人で食べても余りある量が詰められている。



「今朝ちょっと寝坊しちゃったからそんなに手の込んだものは作れなかったけど、味の方は保証するわ」


「構いやしねえよ。腹に入っちまえば皆一緒だ」



 勘九朗の言葉にぶっきらぼうにそう言い返す雪之丞。この会話からわかるように、目の前の弁当は全て勘九朗が作ったものだ。
 見かけによらず手先は器用で、料理や裁縫は得意らしい。また、昨夜こそ追い掛け回されたが、普段は以外と世話焼きで気配り上手。学歴の方も優秀とか。


 霊能力の才能においてはまさに天才。魔装術込みとはいえ、現時点でGSトップクラスの美神に匹敵、いや、凌駕しうる戦闘力の持ち主。はっきり言って生粋のエリートだと評しても良い。


 『変態』と言う欠点はあるけど。

 ―――お、この卵焼き、甘味が程よい感じだ。しかもふっくらしてる。

「どう、雪之丞? あたしたちの敵になりそうなのはいた?」


「まあな。女とバンパイア・ハーフ、もう一人は…よくわからん」



 女は美神(ミカ・レイ)、バンパイア・ハーフはピート、そしてもう一人は横島だろう。元の世界に帰りたいという、些細な俺の願いを阻む障害たち。
 特に横島は要注意だ。今はまだしも、後半には大きく化ける。アシュタロスの野望を阻んだ功績はある意味一番大きい。


 まあ、だからこそ不幸な事故を起こす訳だが。

 ―――ほう、中身は鮭か。おにぎりとしては定番だな。しかもちゃんとほぐしてあるし。

「だが、いずれにせよ主席合格は俺たちがいただく! GSのエース! おいしい…! おいしすぎるぜっ!!」


「ほっぺにごはんつぶついているわよ、雪之丞」



 原作通りに行けば、横島と戦うのは三回戦。そしておそらく四回戦は雪之丞だろうな。
 魔族――メドーサから信頼を得るにはそれこそ優勝でもしたいのだが、さすがに陰念で勘九朗に勝てるとは思わない。
 贅沢は言わず、とりあえず今回は事故に見せかけた横島の抹殺だけで充分だろ。雪之丞の方が強いのはメドーサもわかっているし、陰念が四回戦で負けたからと言っていきなり切り捨てるような真似はしまい。利用できるうちは利用するだろう。

 ―――ラッキー。ハンバーグにチーズが入ってる。俺、好きなんだよなコレ。

「もう。仕方がないわね。ごはんつぶ、あたしが取ってあげるわ」


「ちょっと待て、何故顔を近づける!? 何故頬を赤く染める!? 何処を使って取る気だ何処でっ!!」



 原作から、現在の横島の実力を考え、陰念でどうやって倒すかをシュミレート。



 はっきり言って、勝つのは難しいことじゃない。いや、むしろ簡単。いくら横島には人並みはずれた煩悩と心眼のサポートがあるとはいえ、相手は霊能の基礎も習っていないただのド素人。原作と同じ過ちを犯さぬ限り、陰念が負ける心配はまずない。

 ―――このからあげもいけるな。また作ってくれるよう頼んどこ。

「恥かしがらなくてもいいじゃない。あたしと貴方の仲なんだから」


「気色悪いこと言ってんじゃねえ!! 俺に近づくな! 離れろっ!」



 むしろ問題は『どうやって事故を起こすか?』だ。別に少しくらいやり過ぎても支障はないが、横島は悪運と生命力は人一倍強いからな。


 ここで『死にませんでした』じゃあ、話しにならない。なんとしても確実に息の根を止めたいところ。
 だからと言ってあからさまに殺す訳にもいかないし。いや、審判にはどうとでも言い訳できるけど、美神たちから目の敵にでもされかねないんだよな。そうなると俺の生存率が低くなる。



 だからこそ、あくまでも『純粋な事故』で済ましておきたいのだ。余計な不安要素は抱え込みたくない。

 ―――雪之丞の分のからあげも~らいっ!

「まあ、照れちゃって……」


「身体を擦り付けるのやめろ! 腰をくねらせんな! うわ、み、耳に息がぁぁっ! 下半身にナンか硬いモン当たってんじゃねぇかっ!!」



 なにやら俺のすぐ傍で雪之丞に危機が迫っていたが、思考に没頭している俺は気がつかない。気がつかないといったら気がつかないのだ。


 さ~て、後に遺恨とならないような試合の道筋でもシュミレートしてみるか。



「ねえねえ、あの2人ってもしかして……」


「さっきもホラ、そのケがありそうな美形がバンダナ巻いた人に泣きながら……」



 近くを通りかかった腐女子たちが、雪之丞を襲う勘九朗を見ながら、何やらひそひそと話をしていた。
 若干、嬉しそうに。



 うむ。何処の時代、何処の世界にでもいるものなんだなこ~ゆ~人種。正直、ノーマルな俺には理解できないのだが。



 しかし、まさかこの会場に勘九朗の同志がいようとは。知らないだけで実は結構いるんだろうか? 同性愛好者(ホモ)って。



「陰念! テメエも他人事のように見てんじゃねえ!!」



 ―――いや、だって他人事だし。



 この身体になって1つだけ感謝したことがある。陰念不細工ヤクザ顔。女にもてないが、男にももてない。勘九朗のタイプじゃないのだ。

『やっぱり、男の人はたくましい人が良いわね。ホラ、白馬の王子様っていうか、いざとなったらあたしを守ってくれる人に憧れるっていうか。
 あ、でも、逆に母性本能がくすぐられちゃうタイプにも弱いわね。ほっとけないっていうか、アタシがいなきゃダメっていう感じが………』



(勘九朗談、陰念の記憶の一部から抜擢)

 余談だが、雪之丞は両者を兼ね沿えた『パーフェクト』らしい。可哀想に。せめてマザコンじゃなければセクハラの回数も減っただろうに。
 俺には彼の尻の無事を祈ることしかできない。頑張れ雪之丞。俺は隣で見守っているぞ。



「いや、見ていないで少しは助けようとしろよっ! 昨日は俺が助けてやっただろ!!」



 それはそれ、これはこれ。誰が最初に言ったのかは知らんが、ステキな言葉だと思う。
 とはいえ、さすがにここで見捨てて彼が『痔』にでもなったら心が痛む。昨夜の鬼ごっこの恩もあるし、少しぐらいなら助け舟を出しても良かろう。



「おい、そろそろ会場に行ったほうがいいんじゃねえか? 食後なんだし、軽くウォーミング・アップでもしといた方が良いだろ」



 勘九朗は少し考えた後、残念そうに呟く。



「確かにまだ時間はあるけど、ここで『ヤル』のは無理そうね。遅刻するわけにはいかないし、そろそろ行きましょう」



 そう言い、テキパキと弁当箱やレジャーシートを片付けていく。
 何を『ヤル』気だったのかを気にしてはいけない。深く考えるな。きっとウォーミング・アップのことを言いたかったのだろう。うん。きっとそうに違いない。



「助かったぜ陰念」



 おそらくは本心からの言葉であろう雪之丞を見て、ちょっぴり外道なことも考えてしまう。



 ここで彼に『痔』にでもなってもらえば、楽に四回戦勝てたんじゃあなかったんだろうか? と。

 ―――あ、今回タイトルに反して霊波砲撃ってねえや。



[538] Re[3]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/04/09 02:12
 受験者数1852名、合格枠は32名。何かと問われれば、今年のGS資格取得試験のありさまだ。
 大雑把に計算して58人中に1人。東大より遥かに倍率は高い。いや、東大の倍率って知らないけど。

 現代の基盤はあくまで科学。幽霊や妖怪は今の科学では定義するのが難しい。
 何だかわからないモノを退治するために何だかわからない能力を持った人間が必要となり、除霊の際の危険さと合わさって、GS協会は本当に優れた能力を持つ人間にしか資格を与えないとか。





 ま、プロになれば下手すりゃ死ぬし、審査を厳しくするのは当然かもしれない。





 さて、それで何気にお知らせすることがあるのだが。
 実は陰念って凄かったりする。はっきり言ってしまえば相当強い。この歳でこの実力なら天才と称しても問題ないほどに。
 いきなりこんなことを言ったからといって「何言ってんだお前?」などと思わないで欲しい。いや、俺も実際驚いたけど事実なのだから仕方がない。

 まあ、漫画だと気付きにくいのは仕方がないのだが、美神とか唐巣神父はあれでもGS界のカリスマ。その実力は人間の中では間違いなく最強クラス。そんな奴らと肩を並べて戦うレギュラー級キャラもまた最強クラス。立場的にはまだGS見習いな陰念と比べるのはあまりにも酷である。

 確かにその実力は勘九朗、雪之丞に劣るものの、これでも陰念はメドーサから魔装術を教わり、手駒の1つとして考えられているのだ。決して弱いわけではない。
 現状でも仕事さえ選べば一生GSとしてメシを食っていけるくらいの実力はある。少なくとも、一部の例外を除けば同じく試験を受けた選手たちとは雲泥の力の差だ。油断をしなければ楽にGS資格を手に入れられるだろう。



 今日行なわれる試合は一回戦のみ。続きは明日になる。横島と戦うのは三回戦だろうし、大した奴が相手になるとは思えないからさほど緊張する必要はない。
 それでも俺にとって初めての試合だ。元の世界に帰る為にもこんなところからつまづいてなんかいられない。精々頑張るとするか。





 ―――そんな訳で、GS試験編。本格的に始動中。





 第四話 不良と演歌と霊波砲




「時間です! 選手たちが入場してきました」



 合図のブザーと共に会場に入る選手たち。ぱっと見てみたが、その姿にはまるで統一性が見当たらない。仏教系らしい僧や山伏の格好をした奴、かと言って向こうにいる奴は普通にスーツ着たサラリーマンだし、コックらしき奴とか西部劇のガンマンみたいな男もいた。
 人種もバラバラだ。ターバン巻いた黒人、某格闘ゲームにそっくりなコスプレ(?)をした白人、そのまま忍者やサムライな黄色人種。傍から見ているだけでは一体何の会場なのかわかりゃしない。



「第一試合は128名、64試合が行なわれます! 今回の審判長晴野氏、組み合わせを決める『ラプラスのダイス』を振ります!」

「『ラプラスのダイス』はあらゆる霊的干渉をよせつけず、運命を示すサイコロある! このサイコロで決められたことは絶対公平かつ宿命あるね!」



 何やら解説者の厄珍が『ラプラスのダイス』の説明をしていた。その近くで爺さんがサイコロを振り、各試合の組み合わせが決まっていく。

 断言は出来ないが、おそらく組み合わせは原作と同じなのだろう。ちゃんと横島とも当たる。あのサイコロが『運命』(決められた未来)を示すのなら当然かもしれないが。
 俺が順当に勝ち上がっていけば2回戦はタイガー、3回戦で横島。4回戦は雪之丞が来るだろうし、準決勝はミカ・レイ、決勝は勘九朗で間違いあるまい。
 さすがに5回戦が誰と当たるかはわからんが、どうせ名もなき雑魚だし、4回戦で負けるつもりなのでどうでもいいや。



「私の出番まではまだ時間があるみたいだし、アンタたちの応援でもしとくわ」



 64試合もあると一度に済ませるわけにもいかない。当然、同じコートで何試合か行なわれ、自分の出番が来るまで手持ちぶさな選手もいる。俺や雪之丞はわりと早い方だが、どうも勘九朗は最後の方らしい。どうのこうの言っても結構面倒見のいい彼としては、自分だけではなく仲間の試合も気になるのだろう。



「じゃ、俺はそろそろ出番だから6番コートに行って来るわ」



 俺は勘九朗にそう告げ、コートに向かって行く。

 6番コート。その結果内にはすでに対戦相手らしき男が待ち構えいた。見たところ、それほど強そうには見えない。外見ではなく、感じる霊力がそれほど高そうに見えないのだ。

 俺の対戦相手は一言で言えばビジュアル系。ピートと比べても見劣りしない美形だ。金持ちなのか、明らかに高級ブランドそうな服をきちんと着こなし、高価そうなアクセサリーもしっかり身につけていた。



「ねえねえ、あの人、格好いいと思わない? ホラ、6番コートの…」

「あ、ホント。お金も持っていそうよね」

「断然! わたしあの人応援するっ! だって美形だしぃ」



 男の価値は顔にあるとばかりに、はしゃぎたてて褒めちぎる女性客。その一方で、陰念に対しては――



「何あの対戦相手。顔に傷入ってるし、目つき悪いし、背も低いし。どっかのヤクザ? どうでもいいからさっさと負けて欲しいわね」

「っていうかさ、気持ち悪いわね。なんか目を合わせただけで因縁つけられるっていうか。犯されるっていうか。クスリでもやってそう。社会のクズって感じ?」

「なんであんなのが試合に参加してるのよ。早くボコボコにやられちゃったらいいのに…」
 


 そのファッションセンスといい、整った顔立ちといい、確かに対戦相手の男は女性を引きつけるだけの魅力があるかも知れない。イケメンだ。だからと言ってここまで声援が極端に分かれるのは正直どうかと思う。





 ―――イジメ、かっこわるい。

 そして、数少ない俺の応援をしてくれるはずの勘九朗は――



「う~ん。顔はなかなかだけど、もう少し筋肉にボリュームが欲しいところね」



 何やら対戦相手側の評価をしていた。その目線は常に尻や胸元に向いている。
 お前一体何しに来た?



「フッ、貧相そうな男だね。勝負というのは時に凄く残酷だ。お互いがどんなに頑張っても、最後には必ず勝者と敗者にわかれてしまうのだから。
 君には君の事情があるだろう。勝たなくてはいけない理由もね。だけど、どんなに君が頑張っても最後に勝つのはこの僕だ! 何故なら! こんなにも多くのカワイイ女の子たちが、僕の勝利を願っているからさっ!!」



 パフォーマンス? そう言いたくなるくらい手を大きく動かし叫び出す対戦相手。謎の手法でキラリと光る白い歯。比喩ではなく本当に光ってた。
 霊波か? あれも霊波なのか?



「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」



 そして、そんな挙動不審な男に向かって何故か女性たちから黄色い声援が沸き上がる上がる。何だか凄く理不尽だ。納得いかない。

 いいさいいさ。悔しくなんてないさ。アイツなんて原作じゃあヒトコマすら出たかどうかも怪しいくらいの脇役じゃないか。まだ陰念の方がマシだろ? なあ、マシだって言ってくれよっ!?
 だから悔しくなんてないのさ。周りがどうだろうと関係ない。気にする必要はないさ。

 でもコレだけは言わせて欲しい。いや、むしろ俺は言わなくてはならない。
 入っていないから。さっきアイツが言った『女の子』の中に絶対お前は入っていないからっ!?





 ―――だからテメエはとっとと帰れカマ九朗っ!! 頬を染めてるんじゃねぇよ! キショイっ!!

 ……すまん横島。今まで俺は呑気に漫画読んでいるだけだったから気がつかなかった。お前が涙流したり女性からボコボコにされたり藁人形打ってたときの気持ちが。
 だけど今ならわかる気がする。間違いなく今の俺はお前の同志のハズだ。
 とりあえずこの男はブチノメス。それはもう、徹底的に。



「いいぜ。見せてやらぁ! 俺が生と死の狭間でさまよい、手に入れた新しい俺の技(ちから)をっ!!」

「―――むっ!」



 俺の高めた霊波に気押されたのか、男の表情に緊張が走る。それをまっすぐに睨みつけたまま、俺は簡単な構えをとる。
 静かに右手と左手を重ね、床に向けたまま両足を開く。身体には余分な力をこめず、全身の力を抜いて自然体へ。



「試合開始っ!!」


 審判が、戦いの始りを告げる。その声を聞いた俺は依然として手は下に向けたまま、目の前の男に向かって叫んだ。



「くらいやがれっ! 必殺――」

 それは一筋の閃光。

 それは一瞬の煌き。


 その光は迷うことなく流されることなく、ただ瞳の赴く先にひたむき走る。



 それは本物では有り得ず、その眼はありし日の傷に過ぎぬただの偽り。

 されどその輝きは本物に劣らず、雌雄を決するのは使い手のみ。



 館を支えし柱にて、その身を削りて幾千回。我が身体に宿りし新たな力。

 流れし鮮血と共に放たれる眩き光。



 汝、その名は―――




 ―――偽・心眼ビームっ!!

「のわぁぁぁぁぁっ!!」



 そのまま態勢を崩すことなく、俺が額から放った霊波砲をまともに顔面に食らった男はあっさりと吹っ飛び、結界にぶつかりリバウンド。無様に尻を天へと向けたままあっさりダウン。

「く……ひ、卑怯だぞ…普通…こういうときは……手から出すものじゃ……」

「吹っ飛べっ! 恵まれぬ漢たちの、愛と勇気と希望を乗せてぇぇぇっ!!」



 何やら倒れたまま呟く男に向かって、自分でも何言ってるのかわからないことを叫びつつ再びビーム発射。狙いは勿論顔。



「がふぅぅぅっ!!」



 弱っ!!



 再び吹っ飛ぶ男。鼻から噴出した鼻血は放物線に沿って綺麗なアーチを描き、まるで虹の様に(見えるはずもない)。リプレイでもしているかのようにしっかり結界にぶつかりリバウンド。無様に尻を天へと向けたままダウン。今度はちゃんと気絶していた。

 折角整っていた顔立ちもたった2発のビームの所為でボコボコに変形。原型の3割残っていれば良い方だ。頬は大きく腫れ上がり、歯は折れ、鼻から血がだくだく流れていた。髪がパーマにならなかったことが少し残念。



 ふっ、愚かな。意味ありげに手を下に向けたからと言ってあっさり引っかかりおって。



 男の敗因。それは純粋な実力差というのもあるが、予想外の攻撃を食らって霊圧が乱れたからだ。
 霊能力を使った試合といっても、ようは格闘技やスポーツと同じで、メンタル面に大きな影響が出る。意識した個所や万全な精神状態ならば身に纏う霊圧がダメージを軽減するが、その反面、不意打ちや奇襲、意識外からの攻撃には酷く脆い。

 陰念が最初から持っていた『傷跡から霊波砲を放つ』能力。その能力をベースに俺が新しく作った『偽・心眼ビーム』。その名の通り、額の傷から霊波砲を撃つ技だ。
 実は威力は通常の霊波砲と変わらなかったりするのだが、まあ、元々心眼の目から怪光線に対抗して冗談半分で作った技だがら仕方がない。(ちなみに額の傷は第一話参照)

 とはいえ、フェイントや牽制くらいには使えるし、両手が塞がっているときでも使用は可能。それに手から撃つのとは違い、標的を『見た』時には既に『照準』ができているため速効性が高いなど、見た目と名前とは裏腹に結構使える技だったりする。

 まあ、弱点と言える弱点は、折角血が止まっていた傷口がさっきの衝撃で再び開いて血が出て結構痛いということぐらい?
 自爆などと言ってはいけない。勝利のための名誉の負傷という奴だ。傷が完全に塞がるまで二度とこの技使わないけどな。



「勝者、陰念選手っ!」


 審判のその言葉に、周囲が途端に騒がしくなる。冷めた視線、飛び交う罵声。その全てが華麗なる勝者たる陰念に向けられたものだ。やがて彼女たちは声を揃えて叫び出す。



「「「「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」」」」



 会場中の女性たちの心が一つになったかのような、熱烈なラブ・コールならぬデス・コール。ご丁寧にも指を使ったジェスチャー付き。ここまで来ると呪詛でもかけられている気がした。
 あ、向こうにいる奴、本当に藁人形打ってるし。

 いいさいいさ。顔の良い奴はただそれだけで人生勝ち組み。悪けりゃ負け組み。それが世の中なの真理だ。所詮男は顔。心の方が大事だ何てただの綺麗事に過ぎやしない。
 顔が悪かったら漫画の世界ではやられ役。ブ男主人公は登場しない。ライバルキャラは大概美形。それはもはや常識だ。雑魚役にスキンヘッドやヒゲづら、豚男なんかはお約束。

 だから、陰念にクレームが飛ぶのは仕方がないこと。いちいち気にしたって惨めになるだけ。地球に重力があることに文句を言っても意味はないのだ。
 それでも、これだけは言わなくてはならない。仏の顔も三度まで。心の中で叫ぶだけじゃ耐えきれない。



「どさくさに紛れてテメエまで一緒になって叫んでんじゃあねぇぇぇっ勘九朗ぉぉぉぉっ!!」

「あらやだ。あたしったらつい………」



 鎌田勘九朗、テメエさっきからいい加減にしろよ。俺の応援するんじゃなかったのか?
 本気でコイツは何しに来たのか? 本当に仲間の応援をする気があったのか? その真相は誰にもわからなかった。





 それはともかく、陰念無事に一回戦突破。
 



 その日の夜、ニュースで銃刀法違反を犯したカオス容疑者を連行する警官隊が映っていたが、それよりも幽霊演歌歌手としてカムバックしたジェームス伝次郎がCD売り上げ100万枚突破したことに驚く。



『すぅぅてぇたぁおんなぁあのほお

 なみだぁああざけぇぇ~~っ!!』byジェームズ伝次郎



 ―――この世界は演歌が熱いのかっ!?

 っていうか、陰念もCD持っていた。(しかもサイン入り)



「あら、あたしも持っているわよ。結構良い男だったし」

「俺だって持ってるぜ。ママも演歌は好きだったからな」





 ………これでメドーサも持っているとか言うオチなら笑うぞ俺は。

 死ぬ前からいた熱烈なファン、演歌が好きなお年寄、そしてなにより『幽霊』という話題性と気取ったセリフや小手先の技術に頼らないその歌声がミリオンヒットの理由とか。
 「まるで、魂の叫び声を聞いているかのようだ」とある有名な俳優さんに評価されたらしい。まさに的を射てる評論と言えよう。





 当然、そのときの俺はメドーサどころかアシュタロスまでもが「フム、なかなか興味深い…」などと言ってたことは知る由もない。
 脇役と言っても本人の努力次第で侮れない。そんなことを知ることが出来た、貴重なヒトコマ。



[538] Re[4]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/04/09 02:28
 日は落ち夜もふけ、月と星が静寂に満ちた世界を照らし出す。
 俺が泊まっている旅館の近くにある公園。その片隅にあったジャングルジムから夜空を見上げる。

 空を埋める星は本当に綺麗で、眺めた月は何処か幻想的にも見えた。
 周囲には誰もおらず、その静けさもあって、俺はふと「本当に漫画の世界に来たのだろうか?」と思ってしまう。

 本当は陰念だと思っているのは俺の錯覚で、いつも通りの身体で、いつも通りの日常を、自分が生まれた世界で暮らしているのではないだろうか?

 月を見上げると、そんな考えも膨らんでくる。
 天から降り注ぐ月の光りは、俺がいた世界と何一つ変わっちゃいなかった。





 ―――まあ、あの月には現実世界と違って月神族がいるんだけどな。




 ぶっちゃけた。センチメンタルな気持ちをぶっ潰し。甘えたことを考えたって現実は変わらん。感傷的になっても時間の無駄。
俺が生きて自分の世界に帰るためには強くならなきゃならんのだ。このまま陰念の実力では間違いなく死ぬ。



 別にGS試験では今のままでも問題ない。問題なのはその次。
 香港編。それは今のような『試合』ではなく、れっきとした『実戦』だ。生死をかけた命のやり取り。戦場において情けは自らの足枷となり、迷いは自らの重石となる。そして一瞬の判断ミスはときに致命的となり、容易くその命を散らす。


 敵意と殺意が飛び交うそのような殺伐な状況など、平凡に暮らしてきた俺の人生の中で………………………………………………………………………勘九朗との鬼ごっこ以外にない。(第二話参照)



 一応陰念も一般的には強いのだが、周りの奴らは強すぎる。このままでは足手まとい。いくらなんでも「メドーサが助けてくれるかも」などと楽観的にはなれんぞ。間違いなく捨て駒にされるのがオチだ。

 結局ところ頼れるのは自分自身。だから強くなるために修行でもする必要があるのだが、呑気に基礎トレーニングでもしている時間などない。香港編までどれだけ猶予があるかは知らないが、それほど長くはあるまい。短期間で確実に強くなれる方法を考えなければ。





 ―――いっそう、銃火器で武装するか?




 身も蓋もないやり方だが、手っ取り早く強くなるには有効な手段でもある。『霊体』としての性質の強い神族や魔族、悪霊などには銀の銃弾でも使わなければ効果はないが、人間相手には鉛弾で充分。
 いくら妙な力を持っていても所詮は人間。身体が剣で出来ているわけではないし、弾より速くは走れない。GSだろうが一般人だろうが、頭の中身に弾丸ブチ込まれたらそれでオシマイ。と言うことには変わりないのだ。
はっきり言って、陰念が霊波砲撃つより陰念がカノン砲撃った方が威力も効果もあるぞ。

 まあ、その案でやるなら霊能力者より傭兵でも雇った方が金銭的にも実力でも効率的なのでひとまず却下。あくまでも『霊能力者』として価値を見出さねば。メドーサに「用無し」とでも言われて切り捨てられたら困る。



 一応、『陰念強化プラン』はいくつか考えているけどね。具体的には両手両足の指の数じゃあ数え切れないくらい。もっとも、その中で実際に有効なのはどれだけあるのかは知らないけど。

 これでも俺は用心深い。故に策くらいならいくらでも用意してみせる。漫画の世界は危険がいっぱい。最悪の場合はジ・エンド。無策で挑むなど愚かな真似などせん。生き残るためにも、一つの策が失敗したらすぐさま別の策に移れるくらいはしないとな。



 今、俺が右手に持っている神通棍もその一つだ。不測の事態が起こり現在進行中の『プランA』が失敗した際、状況に応じて『プランB』もしくは『プランC』に移行する。神通棍は『プランB』に必要な小道具の一つで、それ自体に意味はないが、持っているだけでも計画の成功率が高くなるのだ。

 それにしても高いよオカルト・アイテム。試合会場の売店で、ポップコーンやポテトチップスなどのお菓子類、キーホルダーなどの土産物の隣に無造作に置かれていたオカルト・グッズ。ただの棒きれにしか見えない神通棍、コレ一本で新車が買える価格です。

 思わず「詐欺だっ!」と言いたくなったぞ。幸いにも陰念の口座に五億ほど入っていたから購入したけど。



 ふっふっふ。実は陰念こと本名山田太郎はリッチマンなのだ。金融界を牛耳るとさえ言われているYAMADAグループ。その会長が陰念の父親。さあ、我を御曹司として敬うがいい。





 ごめん。嘘。オヤジはただのサラリーマン。




 本当はメドーサの部下になったとき彼女から「前金だ」と言われて貰いました。

 冗談はさておき、明日は今後に大きく関わる出来事がある。横島との試合、そして偶然起きてしまった不幸な『事故』。上手くやり遂げねばならない。
 大丈夫。きっと上手くいくさ。その為の準備は万全だ。策だって用意してある。後は軽く新技の実験、そして明日に備えて体を休めればいい。何の心配もする必要はないさ。

 そして時は流れて翌日、陰念二回戦の試合が始まる。



「虎ジャ虎ジャっ! わっしは虎になるんジャぁぁぁぁぁっ!!」



 あ、やべ。タイガーの精神感応力って陰念でどうやって防ぐかサッパリ考えてなかった。



 第五話 不良と虎と霊波砲



 陰念vsタイガー寅吉



 タイガー。彼の精神感応力ははっきり言って厄介極まりない。「所詮は幻覚」などと言うレベルではないのだ。
強力な暗示をかければ冷たい硬貨でも火傷する。例え幻であっても本物と同じ結果を起こせるならば、それはもはや現実と変わりない。

 原作ではあまりにも彼の存在は薄かったが、いくらエミのサポート付きとはいえ、初登場時には危うく美神がなす術もなくやられる一歩手前まで追い詰められたほどの能力者。
 一人だからある程度パワーは落ちているかもしれんが、だからと言って陰念如きにどうにかできるとは思えんぞ。ある意味文殊同様反則技だし。

 不味い。非常にマズイ。資格も取れずに負けたら一生陰念程度で済まないかも。下手すりゃメドーサに殺される。『プランC』すら発動できるかどうか…。

 いや、待て。落ち着け。確か原作では陰念はタイガーに圧勝している筈だ。しかも俺のときとは違ってタイガーの能力を知らず、おそらくは魔装術を使わずに。
 だったら陰念が幻術に対する対抗策を持っていてもおかしくない。むしろ持っていないほうがおかしいだろう。

 そう思った俺は陰念の記憶を探った。しかし、探してもそれらしいのが全く見つからない。
 かなり本気で焦った。陰念が忘れているから思い出せない、というのはありえない。今まで説明していなかったが、俺にとって陰念の『記憶を探る』と言う行為は『あやふやな記憶を思い出す』というより、『きちんと整理された本棚から本を取り出す』という行為に近い。
 人間の脳は今まで経験したことを全て記録しているらしいが、俺はその記録を自由に引き出せると言うわけだ。だから陰念が忘れていようが関係ないのだが……。



「試合開始っ!」

「ワシもやるときゃやるケンノ――!!」





 ―――しまった。いろいろ考えていた所為で先手を打たれたかっ!



 途端に虎人の姿に変わるタイガー。さらに、瞬く間にその数が増えていく。
 1人が2人、2人が3人。そして最終的には12人ものタイガーに俺は囲まれてしまった。
 ただし、その内11人半透明。

 幽霊のように、とでも言えばいいのだろうか。姿は見えているのだが、身体が透けていて向こう側が見える。まさにスケスケだ。
 向こうに1人だけ実体ありそうな奴がいるが、アレが本体か?



「いくですケンノ――!」



 叫び声と共に一斉に襲いかかるスケスケタイガー×11。その有様はなかなか迫力があった。スケスケだけど。
 あ、本体らしき1人が後ろに回りこもうとしている。罠かもしれんが、とりあえずそいつ目掛けて霊波砲。



「ぐわぁぁぁぁぁっ!! な、なんでジャ。なんでわっしの位置がわかるんジャぁぁぁっ!?」



 クリティカル・ヒット。本当にこいつが本体かよ。タイガーの動揺から察するに罠とは思えないし、手を抜いているわけでもないらしい。何故スケスケなのかは疑問に思ったが、考えるのは後にして立て続けに霊波砲を浴びせる。



「ぬぉぉぉぉぉっ! ま、まだジャ。まだ、この程度でわっしは………」



 何やら言おうとしていたが、無視してさらに霊波砲。巨体が吹っ飛んだが気にせずに霊波砲。追撃でさらに霊波砲。もひとつおまけに霊波砲。



「タイガー選手ダウンっ!」

「駄目あるね。アレだけ食らえばもう勝負は決まったあるよ」



 解説者の厄珍の言う通り、いくらタフでもタイガーはもう限界だろう。一回戦のキザヤローなら死んでるぞ。はっきり言って。



 それにしても、何故スケスケ? 確かに、こんな風に中途半端な幻なら陰念が圧勝してもおかしくないのだが。
 エミがいない所為か? いや、待てよ。確か、勘九朗にはタイガーの幻覚が通じなかったよな。

 まともに食らった美神。中途半端だった陰念。全く効かない勘九朗。この違いは? 勘九朗にあって美神にないもの。そして、陰念に関係あるもの。それは一体…。
 



 …………ひょっとして、魔装術か。




 魔装術は悪魔と契約がどうたらこうたら言っているが、簡単に言えば霊波の鎧を身に纏ってパワーアップな術だ。タイガーの精神感応がどういう原理か詳しく知らないが、霊能力関係の能力なら身体を覆う霊波によって遮られてもおかしくない。

 思えば、勘九朗の時は魔装術を使ってたし、陰念も何度か魔装術を使ったことがある。身体に霊波の残りカスが付着していたのかも。そして、その残りカスが効果を半減してスケスケなのかもしれない。

 とりあえず時間が空いたので仮説を立てていたが、試合はまだ終わっていなかった。



「ワシはっ! ワシはっ! 負けるわけにはいかんのジャっ!!」

「おおっと、なんとタイガー選手、再び立ちあがったぁぁぁっ!」



 元気な奴。正直言ってこれ以上頑張っても怪我が増えるだけだぞ。別にタイガーに恨みはないし、俺はサドでもないので大人しく寝てて欲しいんだが。
 しかし、タイガーは叫ぶ。まるで、獣が天に向かって吠えるかのように。



「エミさんはわっしの恩人っ!! その恩に報いるためにも、資格とって今以上にエミさんのお役に立てるようにならんとあかんのジャぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 身体は既にボロボロ。だが、それにしてはあまりにも凄まじい気迫だ。
 愛しい者の為に傷付いた身体に鞭打って立ち上がる。その心意気は立派だが、肝心の相手(エミ)は応援もせずに別の男(ピート)の尻を追っているのが泣けてくる。
 嗚呼、哀れなりタイガー……。恨むなら自分を恨んでくれ。主に顔。


 とはいえ、流石にここまでしつこいのは煩わらしい。同情するが金はやらん。それが俺のスタイルだ。今の俺にとってタイガーは捨てるのが面倒な粗大ゴミ。
 このまま霊波砲撃ってもいいが、また立ち上がって来ると思うとキリがない。次の試合に備えてとっとと終わりにしたい。



 しぶとい相手には霊力中枢(チャクラ)や霊圧の低い箇所に攻撃を加えるのがセオリーだが、生憎なことに陰念程度の霊視では何処にあるのかさっぱりだ。
 いっそう、股間にでも霊波砲ブチ込むか?



 ―――やむおえん。タイガーを栄えある試作技実験台一号に認定してやろう。昨日思いついたばかりだから上手く手加減できんかもしれんが、死んでも俺を恨むな。俺意外なら誰を恨んでも良いから。

 まあ、安心してくれ。悪霊にでもなったらなったで俺がちゃんと除霊してやるよ。具体的には霊波砲でだが。



「いくぜっ!」



 俺は走り出して間合いを詰めた。お互いの拳と拳が当たるほどの近い距離。まだ勝負を諦めていないのか、タイガーは渾身の力で拳を振りかざす。
 大振り過ぎたそのパンチを屈んでかわし、さらに近づく。そして俺の右手がタイガーの身体を掴んだ。



「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 掴んだ手を媒体に、俺の身体から溢れ出した霊波が凄い勢いでタイガーの身体に纏わりついていく。
 『必殺技』とは、文字通り相手を必ず殺す技のことだ。陰念の霊波の出力は雪之丞たちと比べると遥かに低い。
 『攻撃は最大の防御』という言葉がある。故に、考えたみた。ならばどんな技なら陰念でも『必殺』になりうるのかを。



「な…、なんと陰念選手の霊波がタイガー選手の全身を覆っていくっ! まるでその姿は繭に包まれるさなぎのようです!」

「一体何あるか!? あんな技、今まで見たことも聞いたこともないあるよっ!!」



 防ぐことも避けることもできず、最大の威力を放つ技。それはまさに、『必殺技』と呼べるのではないだろうか?
 周囲が驚きで包まれる中、俺は無慈悲に終わりを告げるキーワードを呟く。



「爆ぜろ」





 ―――我流魔装技参式・包牙魔装爆!





 魔装術の術式を応用し、霊波を纏わせる対象を『自分』ではなく『相手』へ向けた『霊波の繭』。
 それは俺が命じた瞬間、『霊波の繭』その全てが『霊波砲』へと変換した。
 魔装術で纏う霊波も、霊波砲で放つ霊波も、本質的には変わりないからこそ出来る芸当だ。
全包囲零距離から一斉に放たれる、無数の霊波砲。霊波で密閉されるが故に防ぐことも避けることも出来ず、その威力は100パーセント相手に叩きつけられる。


 霊力中枢(チャクラ)や霊圧の低い箇所がわからなければまとめて叩けばいいだけだ。いくら手加減をしていても、全身から襲いかかるこの衝撃を受けて意識を保てる人間などいない。


 喧しいほどの爆音と視界を遮る白煙が消えたとき、その中心にいたのは俺と力尽き倒れたタイガー。
 それは、試合の勝者と敗者を分けた瞬間だった。



「勝者、陰念!」



 審判が勝利を告げると同時に沸き起こる歓声。と言いたいところだが、正直言ってあんまり観客はいない。特に女性客。所詮男は顔さ。


 それにしてもこの技。使ってみてわかったが、俺が思っていたよりも遥かに―――




 ―――使いモンにならねぇ。




 いや、確かに威力はあるよ。零距離だしまともに食らうし。下手したら陰念の出力でも中級魔族に通じるくらいに。でもこの技、性質上どうしても相手に触れないと発動できないのが痛い。

 「接近戦用の技と割り切ればいいじゃん」などというレベルじゃないのだよこの欠点は。いくら直接食らっていないとはいえ、術の爆心地にいるんだぞ俺が。

 故に防ぐことも避けることも出来ず、まともに自分で使った技に巻きこまれる。最大出力で使ったりなんかしたら、ほとんど自爆するのと変わりない。敵も自分もまとめて『必殺』だ。
 必然的に自分にまで影響が出ないよう威力を抑えて使うことになるのだろうが、当然、それでは『必殺』技にならない。まさに本末転倒である。

 まあ、人間相手ならばそれでも気絶くらいはするし、一か八かの玉砕覚悟で使えば肉を切らせて骨を断てるかもしれんが。



 とりあえず、今回の技の反省点を考えながらも次の試合に備える。もともと参式は弐式からの派生技として作ったものだ。さほど期待してないし、まだ使い道があるならそれでいいや。

 それにしても―――――次はいよいよ横島か。
 三回戦が横島なのは間違いない。さっき会った雪之丞から聞いたし、自分でも確認済みだ。しかし、いざ戦うとなると途端に緊張してくる。それはもうガチガチ。この戦いが将来を左右すると言っても過言じゃないからな。





 ―――うむ。とりあえずトイレにでも行って落ち着こう。





「あら、アンタもトイレ? じゃあ丁度良いわ。一緒に行きましょ」



 途中で会った勘九朗の言葉に同意して男2人仲良く連れション。
 雪之丞ならともかく、陰念ならば無防備に背中―――もとい尻を向けても大丈夫。



「「正義の裁きを受けるがよい!」「極楽へ行かせてやるぜ!」いやいや…」



 ん? 男子トイレの中から何やら男の声が聞こえてくる。先客? いや、別に俺たち以外にトイレに行く奴がいてもおかしくないけどさ。
 それにしても公衆の場で何言ってるんだアイツ。試験に受かって頭のネジでも外れた何処ぞの阿呆でもいんのか?



「「愛」! このフレーズは入れたいな。しかももっとこー燃える男のたくましさみたいなものを…」



 男の呟きはなおも続く。時々「うへへへ…うへ…」と笑い声が聞こえてきて、とてもじゃないがまともな奴とは思えない。一瞬「迂回するか」とも思ったが、後ろには一向に気にした様子のない勘九朗もいるし、今更行くのを止めるのも馬鹿らしい。適当にシカトしてさっさと済ませよう。





 そう思い、俺は薄い木のドアを開き―――





「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 思わず飛び出た驚きの声と共に、目の前の男に指差した。



 見た目はコレといって特徴のない、何処にでもいるような平凡な少年。
 しかし、俺はこの男のことをよく知っている。はっきり言って、本人よりも遥かに詳しく知っているだろう。
 その能力を。その煩悩を。そして何より、その未来と才能の危険性を―――。

 しまった。そう言えばこんな場面って原作であったよーな気が。すっかり忘れてたけど。

 迂闊などと言わないで欲しい。こっちだっていくら漫画を読んでいるといっても、細かな詳細まで全て覚えているわけじゃない。考え事をしていたり、緊張していたりすれば忘れることだってあるさ。人間なんだ。うっかりだってやるよ。完璧にはなれやしない。
 と、頭の中で言い訳展開。



「どうしたの陰念? ―――あら」



 後ろから来た勘九朗が怪訝な顔をして入ってきたが、俺はそれを気にする余裕はない。
 流石に今回ばかりは予想していなかったため、思考が一瞬カオス状態になる。何を言えば良いのか、この後どう動けば良いのか考えが追いつかない。頭ン中がグルグル回って何が何やら。
ちなみにカオスと言っても爺さんの方ではない念のため。



「確か、アナタは雪之丞のお気に入りの……」

「え、え~と。私が何かアナタ様のお気に障ることをいたしましたでしょうか……?」



 思いっきり低姿勢でこちらの顔色をうかがうバンダナを巻いた男。お世辞にもまっとうな道を歩いているとは思えないような男がいきなり指差し、叫び出したのだ。彼の性格ならば――いや、一般人でも――ビクビク怯えていても無理はない。



 まあ、何と言うか、現状を一言で表せば―――







 ―――陰念、横島とファースト・コンタクト。



[538] Re[5]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/04/21 18:16
 
 はてさて、このような場合俺は一体どうするべきだろうか?
 目の前には今後の障害になるであろう横島。後ろには仲間である勘九朗。



 原作でもこういう場面はあったはずだが、陰念って何をしたっけ? ヤバイ。あんまし詳しく覚えてねぇよ俺。
 だって脇役だし陰念。余り印象に残っていなくても当然なのだ。



 落ち着け。落ち着いて考えろ。カオス状態になっている場合じゃない。情報は少しでも多いに越したことはないのだ。思い出せ。陰念が何をしたのかを。



 確か横島に因縁ふっかけ便所を破壊。その後、奴との試合にてハッタリにビビって突っ込んで自爆。そのまま暴走して魔物化、理性をなくして暴れるはあっさり勘九朗に倒されるは犬に舐められるはで散々な挙句、『その後、彼の姿を見たものは誰もいなかった』な使い捨てキャラ………って、それはもういい! 俺まで原作と同じ行動をとってどうする!? 



 そうだ。所詮原作は原作。何も同じことをする必要はない。つうか、同じ行動とってたら元の世界に帰れないどころか碌な目にあわねぇよ。所詮陰念って一発キャラなんだから。



 横島を目にして俺は悩む。ある意味、これはチャンスなのでは? 原作と同じ結果は却下。むしろ、原作と違う行動をとる方が重要なのかもしれない。
 先手必勝という言葉もある。行動を早回しにするのもアリかもしれない。ここには審判もいないし、ルールに捕らわれずに済む。確実に止めを刺すことが出来るのだ。






 ―――どうする? いっそう、この場で仕留めるか? 






 第六話 不良とハッタリと霊波砲(前編)

 却下。むしろ論外。



 いかんいかん。どうも異世界に来たせいか、思考が物騒になってる。俺の目的はあくまでも自分の世界に帰ること。横島に関しては『手段』の一端であって、目的ではない。手段に固執して目的を見失っては本末転倒もいいところだ。

 大体、現状でそんな真似を出来るのか? 確かに、陰念の力なら横島を倒すのは容易い。しかし、この場には勘九朗がいる。
 試合ならともかく、こんな場所で俺が暴れれば無用なトラブルを避けるためにも勘九朗は俺を止めるだろう。

 それに仮に成功したとしても、美神たちだけじゃなくて雪之丞にも目をつけられるぞ。雪之丞ってなんでか知らないけど横島と戦いたがってるし。



「………………ん。…………陰……」


 横島の抹殺。それはプランAにおいて要となる部分だ。失敗すれば、最悪、プランCにまで移行してしまう。

 プランC―――それは万が一、横島に『負けた』場合、口封じに殺しに来かねないメドーサからどうやって逃げるかを考えた最終作戦。未来の知識を餌に、神族側に取り入ろうとする方法だ。しかしそれでは宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)は起動できない。
 小竜姫を頼って神族に保護を求めれば命だけは助かるかもしれないが、そうなれば俺は自分の世界には帰れず、一生陰念のままかも知れなくなるのだ。

 それゆえ慎重を期せねばならない。俺の目的は自分の世界に帰ることなのだから。こんな重要なことを突発的な判断で決断して良いものではない。



 ならばこのまま適当に? それはそれでもったいない。折角標的と会ったのだ。少しでも勝算を上げるための行動をしておきたい。

 原作では横島に因縁吹っかけてきたよな。それは使えるかもしれない。横島の霊力源は煩悩。主な供給法は妄想だ。だったら脅して心を恐怖で覆い尽くしてやればいい。ケンカなどでもビビらせるのは有効な手段だが、横島のようなタイプにはなおさら効果的だろう。



 しかし、現実問題としてまっとうな街道を歩いてきた(つもり)の俺としては、人を脅すと言ってもどうすれば良いのかわからんぞ……。



「………念。ねえ、い…………」


 よし、こういう時こそ陰念の記憶だ。不良真っ盛りな陰念の経験を頼れば横島の一人や二人、脅すことくらい容易いはず。
 さあ、思い出せ。こういうときはどうするのかをっ!





~回想中~



陰 念『ああっ!? なんだテメー、いきなり俺にガン飛ばしてきやがって』

一般人『そ、そんな~。誤解ですよ。俺、いや、僕はそんなことしてませんって』

陰 念『あんだとぉっ! だったら俺が悪いって言うのかよ!!』

一般人『い、いえ、そんな………』

陰 念『男の癖にオドオドしやがって。気にいらねぇな。一発目の前にいる誰かをぶん殴ってやれば少しはスッキリするとは思わね~か? あ~ん?』

一般人『ひぇ~っ、か、勘弁してください』

陰 念『謝るんなら言葉よりも行動で示すべきなんじゃね~か? ゴメンで済んだら警察も裁判所もいらねえよな。そんなモン社会の常識ってやつだろ。オラ、わかったらさっさと出すモンだしな』

一般人『そ、そんな~。僕、お金全然持っていないんです』

陰 念『ああっ!! 折角こっちが穏便に済ましてやるって言ってんのにそんなナメた態度とろ~ってんのかっ!? いいからテメーはハイハイ頷いてとっととあり金全部出しやがれっ!!』



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 って、いきなりカツアゲしてどうするっ!! ろくな記憶ねえよ陰念! 大体横島の時給255円だぞ!? すっごい貧乏だぞ! 正真正銘完全無欠冗談でも間違いでも勘違いでもなく問答無用で『僕、お金全然持っていないんです』だぞっ!! 財布の中に50円くらいしかなくて『それが全財産なんです』とか言われたらどうするだよ俺!! 相手が横島だとちっとも冗談に聞こえんしっ!!



 ちっ、所詮陰念は脇役かよ。使えん奴め。少しでも女にもてようとしてギターの練習なんて無駄なことをやるくらいならもっと俺のためになることをしてろ。



 こうなっては仕方あるまい。事前案としてこの俺自らが―――

「………ふっ」

「……っ!!」



 ぞくぞくぞく。と全身に嫌な悪寒が走り、冷や汗が流れる。身に迫る危険、脳裏に走る意味不明な言葉の羅列と謎のイメージ。それは咲き乱れる薔薇の華、それは逞しく汗が飛び散るマッスル・ボディ、それはきわどい切れ込みのビキニ・パンツ、そして……兄貴。





 ア・ニ・キっ!! ア・ニ・キっ!! ア・ニ・キっ!! ア・ニ・キっ!!

 常人なら吐き気をもよおすイメージが頭の中でフィーバーした。具体的には♂×♂。生命の理に真っ向から喧嘩を売った禁断の核融合。一部の腐女子に大人気。

 熱したヤカンに手で触れると、人はそれを『熱い』と脳が感じる前に瞬間的に手を離すという。いわゆる脊髄反射と呼ばれる現象だが、ようするに人は自分の身を守る為に無意識に行動をとることもあるのだ。

 だからこそ、これもきっと脊髄反射。俺の耳に勘九朗の生暖かい息をかけられたとき、陰念の中における生存本能が咄嗟にその身体を突き動かした。

 迷わず、ためらわず、そして全力で。右手から渾身の霊波砲。火事場の底力なのか、一切の『溜め』なしで放ったとはいえその威力はなかなか洒落にならなかった。一般人なら運が悪けりゃ一生目覚めず、良くても当分入院は避けられない。

 しかし、そんな一撃を勘九朗はまるで虫でも追い払うかのようにあっさりと弾く。霊波を手に集中していたのだろうが、不意打ち同然の霊波砲を苦もせずに逸らせる辺り、陰念と勘九朗の力の差を意識せずにはいられない。

 弾かれた霊波砲は傍にあったコンクリの壁と水道管を一瞬で粉砕し、どばどば溢れ出した水で床が水浸しになっていた。

 ―――ちっ、仕留め損ねたか。

 さっきの攻撃が通じないとなると、それこそ玉砕覚悟で参式を最大出力で撃つしか方法はない。あるいは、雪之丞と手を組んで殲滅するか? 

「いきなり何するのよ陰念。危ないじゃない」

「それはこっちのセリフだぁぁぁぁぁぁっ!!」



 勘九朗が文句を言ってきたが、こっちの方が深刻だ。すぐさま怒鳴り返す。
 全く、人が考え事をしているときにいきなり耳に息をかけてきやがって。俺の脳内会議では例えさっきの一撃の当たり所が『良くて』そのまま極楽に逝っても『正当防衛』で満場一致するぞ。間違いなく。



「そんなに怒らなくてもいいじゃない。さっきから話しかけても気付かなかったから軽くお茶目になっただけよ。ただの冗談なのに……」

「世の中にはやってもいい冗談と、やったら犯罪な冗談があるんだっ! お前は神話級の大罪を犯そうとしたのに『お茶目』の一言で済ます気かっ!!」

「神話級って……」



 同性愛はキリスト教では禁止されていたはずだ(確か)。きっと勘九朗の日頃の行ないにはキーやんも怒ってるに違いない(たぶん)。ならば神話級と言っても問題ないだろう(と思う)。



「………で、一体何のようだ? 事と次第によっては刺し違えてもお前を殺すぞ」



 殺気を隠さず叩きつけ、決死の表情で勘九朗を睨みつける。これでもし、「実は私、前からアナタのことが……」とか頬を染めて言われたら俺は本気で参式を発動させるだろう。人には例え死んでも勝たなくてはならない戦いがあるのだ。



「そんな顔して怖いわねぇ。アタシはただあの子が帰ったみたいだから教えようとしただけよ」

「……………………へっ?」



 きょろきょろと、辺りを見渡せど横島の姿は見えない。試しに掃除用具入れや便器の中も覗いて見たがいなかった。
 事前に確認してしっかりと計画を立てましょう。と、要はそーゆーお話。



 もういいや。誰かに見られる前に俺も帰ろう。このままだとトイレの壁の修理費出さないといけないし。
 バレなきゃ犯罪じゃない。コレ、社会の常識。その後、係りの人に見つからず逃亡成功。

 そんなこんなで、三回戦開始。


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 陰念vs横島



「横島さんがんばれーーーっ!!」



 観客席では頑張っておキヌちゃんが懸命に応援していた。うんうん。漫画で読んでいたときから思っていたけど本当に可愛いし良い子だ。その姿は微笑ましい。



 でも俺陰念。職場の同僚はマザコンとオカマ。共にマッチョ。応援してくれる女の子は一人もいません。



 嗚呼~、なんだか別の意味でも殺意沸いてきたな~。横島に。



 原作ではおキヌちゃん以外でもシロとかルシオラとか小鳩ちゃんに好意を持たれてたし、未来では美神と結婚してたし。その他にも夏子とか夏子とか夏子とか………ってヤバイ。今ちょっぴり陰念の思考みたいのが混じったぞ。(第二話参照)



 ちなみにその隣ではエミがピートの名前を叫んでいて、その横で怪我だらけのタイガーがしくしく泣いた。



「くっくっく…美神令子の弟子が相手なら手加減はいらねーな」



 とりあえず悪役丸出しな声で凄みを利かせてみる。何気にトイレでの件や、俺がもてないことに対する八つ辺りも込めて。
 セリフ自体はありきたりだが、そこは流石に現役不良。泣く子も逃げ出す程に似合ってた。あまりにも似合うこの顔がちょっぴり悲しい。



「あたしゃ単なる雑用係っスよ~~~!! 手加減してくれ~~~!!」

 ―――ごめん無理。全力を持って止め刺す。

 何やら横島はぶつぶつ言っているが、綺麗サッパリ無視! 悲しいけどこれ、重要なのね。
 恨むなら美神を恨んでくれ。たぶん、出会わなければ死にそうな目にもあわずにそれなりに幸せに暮らせたと思うから。

 ただし、警察に捕まる可能性アリ。

 むしろ、原作を見る限り捕まっていないほうがおかしいと思う。覗きもセクハラも犯罪です。



「試合開始!!」

「オラッ!」



 それはさておき、開始の合図と共に霊波砲。手から放たれた光線が横島目掛けて突き進む。
 まずは小手調べ。それほど力をこめていないが、それでもヘヴィ級ボクサーのストレート並の威力がある。当たればけっこー痛い。



「わーーっちょいまちーーっ!! タンマーーー!!」



 無論、車も霊波砲も急には止まれない。叫び声とは関係なく音を立てて迫り―――



「うぎゃーっ!!」



 恐怖を感じた横島は悲鳴(むしろ奇声)をあげた。しかし、その霊波砲が当たる寸前で額に着けていたバンダナの目が開かれ、そこから放たれた怪光線が迎撃する。



 やぱりいたか心眼。原作でもいたし、ここでもいると思ったさ。



「陰念め…あのバカ、まだ奴をなめてやがって!」

「しかたないわ。しょせん陰念にはあたしらほどのセンスがないから…」



 外野から聞こえる雪之丞と勘九朗の冷たい声。

 失礼な。誰がなめるかあんなモン。この世界で横島を一番危険視しているのは間違いなくこの俺だぞ。っていうか、少しは声援くらい送れよ。お前ら、一応今は俺の仲間だろ? おキヌちゃんを見習えおキヌちゃんを!
 


「死ぬかと思ったじゃねーか…!! ハラハラさせんなよっ!!」



 いきなり横島が怒鳴りだす。一瞬、『は? これは試(死)合なのに何言ってんだ?』と頭の中で思ったが、どうやら俺ではなく心眼に言ってるらしい。紛らわしい奴め。

 その後、いきなり「うへへ…うへ…」と笑い出したりして、錯乱したか、それとも妙な電波でも受信したようにしか見えなかったが、どうやら心眼の声は俺には聞こえないようだ。
 もともとバンダナに口などあるわけがない(それをいうなら目もないが)ので、ひょっとしたらテレパシーでも使って会話しているのかもしれない。だとしたら、向こうの作戦がこっちにはわからないので厄介と言えば厄介だが……。



 正直、心眼はそれほど脅威じゃない。いくら光線を放てるからと言っても、心眼はあくまでも『道具』だ。『横島』という霊力源(タンク)から霊波(水)を出すための道具(蛇口)。それこそが『心眼』であり、別に心眼自身が霊力を持っているというわけではない。使い手(横島)の動きを封じればそれで終わりである。

 とはいえ、冷静な判断力を持ち、サポートも優れているので油断は出来ないが。ある意味すぐ錯乱する横島よりもよっぽど厄介だからな。



「どらーーーっ!! もーヤケクソじゃああーっ!! 横島忠夫バーニングファイヤーパーーンチッ!!」



 作戦が決まったのか、俺に向かって走り出す横島。その右手には紫電が走る程の強力な霊波が込められている。接近戦に持ちこんで霊力を一点につぎ込んだパンチ――短期決戦が心眼の狙いか。
 『原作通り』のセオリー。確かに、現状ではそれが一番有効な手段。だが―――



「させるかよっ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラっ!!」



 質より量。込める霊力は最小限で、両手を使って数撃ちの霊波砲猛ラッシュ! そのうち何発かはわざと外して横島の手前やすぐ隣に着弾させ、無理矢理相手の足を止めさせた。至近距離で霊波砲の爆音と衝撃にさらされ、横島は半ばパニック状態に陥る。



「どわーーーっ死ぬーーっ! 死んでしまうーーっ! バンダナ! なんとかしてくれーーっ!!」



 一発一発の威力は普通に殴られたのとたいして変わらないが、見た目は派手でなによりも避けづらい。いくらなんでもこの弾幕を無傷で突破するのは不可能だ。
 雪之丞のようなバトルジャンキーなら耐えて突っ走るだろうし、勘九朗クラスの霊的防御力ならそもそも通じないが、普通の人間なら間違いなくビビる。
 案の定、精神的にヘタレな横島は強引に突っ込もうとはせずに回避に専念した。


 これで倒せるとは思っちゃいない。ただの牽制。トイレでも言ったが、横島の霊力源は煩悩。主な供給法は妄想だ。だったら脅して心を恐怖で覆い尽くしてやればいい。脅すだけなら張子の虎、威力のない数だけの霊波砲で充分。

 既に使い手の動きは封じた。これで心眼に打つ手はない。いくら威力は低めにしているといっても、生身で何発か食らえば足は止まる。そうなればそのときを狙って全力で霊波砲を撃てばいいだけ。
 仮に、心眼が手助けをすれば霊力で身を守って接近戦に持ちこめるかもしれない。だが、そんな真似をすれば折角右手に込めた霊力が無駄になってしまう。
 タンクが壊れるか、中の水がなくなれば蛇口である心眼は何もできないのだ。



 心眼と横島には悪いが、最初からこっちの狙いは長期決戦。横島の霊力をカラにしてから確実に仕留めさせてもらう。と、ゆーわけで、



「オラオラオラっ!! どうしたどうした! テメーはあの美神令子の弟子なんだろうが! ふざけたフリはさっさとやめて本気でかかって来やがれっ!!」

「ひぃーーーー。堪忍や~~堪忍してくれ~~。バンダナ、はよ何とかしろっ!

 ………ってちょっと待て、無理ってどーゆーことだ! 自分でなんとかしろ? って俺は美神さんたちとは違うただの一般人やぞっ!! こんな状況でなんとかできるワケねぇーだろっ!!」



 俺は声を上げつつひたすら霊波砲。ちなみに上のセリフは外野の方で「いつまでも遊んでないでさっさと終わらせろよ陰念!」というような冷たい視線を受けたので、彼らを誤魔化すために言ってみました。っていうか、少しは応援しろよ。

 横島はなにやら心眼に文句を言いながらも器用に避けつづけているが、それでもいつまでも続かないだろう。
 恐怖という名のプレッシャーを背負いつつ全力で動くというのは想像以上に体力を消耗するものだ。横島は過酷なバイトで人一倍体力があるが、陰念も白龍会の修行で人より身体を鍛えているし、それにこちらは消耗を最小限に抑えている。今の状況はどちらが有利なのかは子供でもわかる理屈だ。



「陰念選手の猛攻を辛うじて避ける横島選手。このままジリ貧でしょうか?」

「もう駄目アルね。そもそもあの坊主が試験に合格したことすら奇跡アルよ。あとは時間の問題アル」



 正直、俺もそう思う。だが油断などするものか。横島がしぶとく避けつづけている所為で右手の霊力もまだまだ健在。万が一接近戦に持ちこまれてアレをまともにくらえば逆転される可能性もまだアリ。勝率いや、殺率100パーセントでない限り俺は気は緩めん。



 どうする? このまま流れに乗って一気にケリをつけるか? いや、ここは確実に仕留めるためにも一,二発キツイのを横島にぶつけてみよう。それなりに威力があるのが当たりそうになれば心眼も霊力を防御にまわすはず。そうなればこちらの勝ちは確定だ。



 霊波の出力を上げた一撃を繰り出すために一瞬、意識を集中させ、大きく息を吸い込む。そして―――



 横島の反撃!



 横島は呪文を唱えた。

「のっぴょっぴょーーーん!!」

 ずるっ。

 陰念は転倒してしまった。



 観客Aも転倒してしまった。



 観客Bも転倒してしまった。



 観客Cは硬直してしまった。



 そして、観客Dは暴れ出した。


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「きいいーーっ!! 離してっ! お願いだから離してっ!! あんな奴に! あんな奴に私のヒトキリマルがぁぁぁーーーっ!!」

「暴れちゃあ駄目だって氷雅さん! 今試合中なんだから!! お願いだから落ち着いてっ!!」



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 しまった! いきなりの一発ギャグで漫画のようにコケてしまうとはあまりにも不覚! 現在、思いっきり隙だらけっ!? こんなことで負けたら俺絶対末代まで恥じかくぞ!!



「わっはっはっはっは! もらったぁぁぁっ! 必殺・横島忠夫バーニングファイヤーパーーンチッ!!」

 ―――陰念、実は地味にも最大のピンチ到来…!!



[538] Re[6]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/05/07 04:07

 俺は忘れていた。何故、俺がアレほどまでに横島を危険視していたのかを…。

 横島の恐ろしさ。それは決して煩悩から来る膨大な霊力でもなければ、文殊を始めとする稀有な霊能力などではない。

 シリアスでもギャグをやらかし魔族すらコケさせ、例え戦いの最中でも他の誰もが真似出来ない(やらない)行動を平然ととり、それなのに最後には何故か必ず勝利を導く生粋の道化師。

 普段はお荷物同然にも関わらず、なのにいざというときには戦況を一変する一手となる、この漫画最大のジョーカー。

 敵う筈のない魔神すら予想できぬ行動で出し抜いた究極の『意外性』。小物と侮ると痛い目を見る伏兵。それこそが横島の最大の武器であり、文殊などの能力はそれを彩る付属品(オマケ)に過ぎない。

「わっはっはっはっは! もらったぁぁぁっ! 必殺・横島忠夫バーニングファイヤーパーーンチッ!!」

 ヤバイ! 本気でヤバイ!! 今から悠長に立ちあがる暇はない! このままではまともにくらう! くそ、こうなったら一か八か!! 俺はあの技の封印を解く!!

 第七話 不良とハッタリと霊波砲(後編)

 いっけーっ! 今こそ必殺のぉぉぉっ!

 ―――偽・心眼ビーーーームっ!!

 額の傷から放つ霊波砲は床を穿ち、その反動を利用して俺の身体は宙を舞う。アクション映画さながらのアクロバットな動きで俺は迫り来る『横島忠夫バーニングファイヤーパーーンチッ!!』を回避。そのままバク宙の要領で華麗に着地した。



 ―――再び額の傷口が開いて血がだらだらなのは言うまでもない。



 スカっ! と空振りに終わった『横島忠夫バーニングファイヤーパーーンチッ!!』は床に叩きつけられ、爆発でもしたかのような轟音を周囲に響かせる。その衝撃はコートの結界内を地震のように床を大きく震わせた。とんでもない霊波の出力だ。純粋な出力だけなら、生身の陰念よりも……上っ!?

 チィ! 才能の差ってやつはこれほどあるのかよっ!! シャレにならんぞこの威力!! アイツ、心眼がいるとはいえまだ開花して間もない霊能初心者だろ!? 今の一撃を魔装術なしの陰念が食らったら冗談抜きで一発KОものだったぞっ!!

 俺は隠しきれない敵意を滲ませて視線を横島へ向ける。そのとき、横島は―――

「い、痛てぇーーーーーー!! 手が~~~っ!! 手が潰れる~~~っ!!」

 ………手を抑えながら床を転がってました。真剣になるのがアホらしくなって呆然と立ち尽くす俺。やがて腹の中からどうしようもない感情が湧き上がってくる。

 いや、確かに硬い床を思いっきり殴ったりしたら手は痛いですよ。ろくに武道を習っていない素人だったら下手な拳の握り方して捻ったりするのもよくある事です。

 事情はわかりますよ。うん。それはもう。
 横島クンがわざとやってるってことじゃないことも、他の人ならいざ知らず漫画を読んだことのある私にはちゃんとわかります。わかっていますよ。ええ、もちろん。
 でも、何故でしょう? 横島クンのあの態度……

人 を 馬 鹿 に し て い る よ う に し か 見 え な い!!

 ………おっけー。大丈夫、俺は冷静さ。原作と同じなら横島の霊力はもうスッカラカン。つまり、俺は最初の予定通りコトを進めたってワケだ。だったら前々から計画していた通り『不幸な事故』を起こしてさっさと横島を『殲滅』してしまえばいい。アレ、『抹殺』だっけ? ま、いっか。どっちも似たようのモンだろ。うん。問題ない。問題ない。

「とことん人をおちょくるのが好きみたいだな。『まだ余裕です』ってか?
 いいぜ、上等だ! 俺如きに本気になる必要がないって言うなら!! こっちが先に本気でやってやらぁぁぁっ!!」

 怒った『演技』をして声を荒げる。『演技』ですあくまでも。ついでに額の血をぬぐった。頭部って大した怪我じゃなくても血が大げさに出るからね。やりづらいってありゃしない。

 ……今ふと思ったけど、ひょとして観客から見れば額の傷って横島のパンチがカスって出来たように見えたんじゃないだろーか? 実際はただの自爆なんだけど。

「お…お前がやれとゆーから殴ったんやぞっ!! どーすんだよっ!! 殺されるぞっ!?」

 ―――やだなー横島クン。そんなに慌てなくてもいいじゃないか。『殺されるぞ』なんてそんな………

今 の 状 況 が よ く わ か っ て る じ ゃ な い か っ!!

 他意はないようん。最初からそのつもりだったし。決して『のっぴょっぴょーーーん!!』は関係ない。関係ないったら関係ない。

 ここから先は時間との勝負。短期決戦だ。さっさとケリをつける。グズグズしてたら原作のように魔物になってしまう。それは嫌だ。これ以上ワケのわからん姿になりたくない。

 と、いうことで、お約束の魔装術発動!!

「いくぜっ! はーーーーーッ!!」


「なっ…!? 霊波で体を覆って化け物に…!!」

「こ…これは…!!」

「悪魔と契約した者だけが使えるという『魔装術』だわ!! あれを使える人間が…!? どうやってあの術を…!!」

 あーしんど。使ったのはいいんだけど、陰念がまだまだ未熟だから制御するのが大変なんだよな~。

 霊波の出力が上がるのはいいんだけど、パワーを抑えきれない所為で思うように動けないし、外見も子供が書いた怪獣みたいに無意味にトゲだらけで形が整ってない。おまけにこの術を使ってる間、魔装技を始めとするいくつかの技が使えなくなるんだよな~。まあ、その分生身より強くなるのは確かなんだけど。



 それはともかく、まずは最初の一発――

「くらえッ!!」

 霊波で覆われた拳で殴りかかった。ちなみに威力は直撃=即死クラス。岩盤を容易く砕けます。

「ひーーーっ!?」


「横島選手、紙一重でかわしたーーっ!!」

 ちっ…!! 思った以上に動きが鈍い! 危うく本当に『当たる』ところだったぞ。準備はまだ終わっていないのに『ソレをやる』のはまだ早い。だが……

「うわっ!? よっ…避けたのに腕がああーーっ!? あだだだだだーーっ!!」

 横島の霊力はカラで、右腕もこの試合中は使用不可。これで『詰み』まであとちょっとだな。

「どーにか陰念も勝てそうじゃない?」

「いや…まだわからんぞ。魔装術は人間の限界を超えた技だ。コントロールするには達人のレベルの実力が必要だが、陰念は技を手に入れただけの三下だ。横島には通用せんかもしれんぞ」

「バカに横島に肩入れするのね」

「俺は敵を侮るようなマネはせん」


「雪之丞…あんた…」

「…………」


「あーゆー母性本能くすぐるタイプに弱いわね!? わかるわ! あんたも私の仲間なのね!!」

「お前みてーな変態と一緒にすんじゃねーーー!!」

 ―――つーかテメーら!! さっきから応援する気ないんならとっとと帰れっ!!

 俺に味方は一人もいません。むしろ雪之丞は敵。でもいいです。味方がいなければ他人を利用するだけですから。それが本当の『策士』というもの。
 ホラ、ようやく来た。俺が待ち望んでいた人物が。

「横島クン!! 遠慮はいらないわ!! 相手が魔装術でくるならこっちも本気でいくのよっ!!」

 いつのまにか、観客席にはミカ・レイの変装をといた美神令子の姿。お待ちしていました。アナタが俺にとっての勝利の女神。そして横島にとっての不幸な死神。

「必殺技よ!! こんなときのために教えといた『アレ』を使うのよっ!!」

「美神令子…!! 必殺技だと…!?」

 原作を知ってる俺にはそれがハッタリで時間稼ぎが目的と知っているのだが、さも『驚きました』とばかりに声を張り上げてみる。

「そんなバカな…。信じられん! 俺の魔装術が破られるはずがない!! ……だが、『あの』美神令子があそこまで言う以上、嘘と言い切るのは…。

 横島! お前は俺の魔装術を目の当たりにして、それでもなお俺を倒せるほどの必殺技が、本当にあると言うのか!?」

 内心オドオド、『私、警戒してますよ』というような感じで横島に問い掛けた。もちろん演技。一方、横島は心眼となにやら相談中(俺の目には電波受信中)。やがて作戦が決まったのか、おもむろに俺に向かって指差し叫び出す。

「なかなかやるじゃねーか陰念…!! やはり貴様には仮面を脱ぎ捨て、真の実力を見せねばならんよ―だ…!!」

「見せてみろ、横島! 美神令子仕込みの必殺技とやらを…!」

 雪之丞、陰念を応援する気かけらもナシ。むしろアイツ、横島を応援してないか?
 ひょっとして白龍会修行時代、小金欲しさに勘九朗とのデートを内緒でセッティングしたことをまだ根に持ってんだろーか? 心の狭い奴め。
 大体それやったの俺じゃねえよ。『陰念』だよ。

「日本最高のGS美神令子直伝の必殺技…!! これから貴様に思う存分味合わせてやる…っ!!」

 周囲に緊張が走る。観客も多くは無言で固唾を飲んで静まりかえった。そして、それからどれだけ時間が過ぎただろうか? おそらくほんのわずかな時間しかたっていないに違いない。
 唐突に、何の前触れもなくその静寂は打ち砕かれた!

「くっくっくっくっく…。くっ、はっはっはっはっはっはっはーーっ!!」

 あまりにもおかしすぎて笑いをこらえきれず、俺は大声を立てて笑い出す!!



 ―――これで、『準備』は全て整った!!



 横島の霊力をカラにしたのは、ただ反撃を恐れていただけじゃない。カラにすれば原作通り美神が『必殺技』(ハッタリ)のことを言い出すと踏んだからだ。さらに俺は念入りに横島本人の『言質』もしっかりとった。これで俺が――『陰念』が、本当に必殺技があると思っていても『おかしくない』状況。



 陰念は観客に、いや、むしろ『美神令子』に聞こえるように大きな声で叫んだ。

「おもしれぇーーっ!! これでようやくお互いが本気ってワケだ…っ!! だったら俺も出し惜しみはせずに一気に決着をつけてやるぜっ!!」


「「……………えっ?」」



 美神の顔色が悪くなった。



 おキヌの顔色も悪くなった(?)。



 横島は泣き出しそうな顔で叫び出した。



「み、美神さ~~んっ!!」


 っていうか、もうすでに泣いていた。



「俺が勝つか…!! それとも『美神令子』直伝の必殺技とやらを叩きつけてお前が勝つのか…!! 勝負だっ!!」

「ちょ、ちょっとタンマ…っ!! ひょっとして状況がさらに悪化しとらんか!? おい、バンダナ! なんとかしろよーーーっ!!
 なんか俺の人生美神さんの所為で悪い方悪い方に転がってんとちゃうか!? うわ~っ! きっとそうや! そうなんや~!! きっと前世とかでもあの女の所為で殺されたとかそんなオチなんや~~っ!! あの女の前世は本当は悪魔なんや~~っ!!」

 なんやら微妙に的を射ているようなセリフを吐きつつ、必死の形相で錯乱状態の横島。しかし、俺は一切の妥協も容赦しない。さらに止めを刺すべく言葉を続ける。

「油断させてから『美神令子』直伝の必殺技とやらを叩きつけようってハラかっ!? ナメやがって…!! そう何度も騙されるものか!!
 テメーの『美神令子』直伝の必殺技が俺の魔装術を破れるって言うんなら、テメーが使う前に全力を持って仕留めるまでだっ!! 死んでも俺を恨むなよっ…!!」

 陰念は観客に、いや、むしろ『美神令子』に聞こえるような大きな声で叫んだ。
 ちなみに最後のセリフだけが俺の本音。

 なんったって、『日本最高のGS美神令子直伝の必殺技』である。しかも師がけしかけて弟子も『ある』とはっきりと公言した。ちゃんと周囲の観客も聞いている。証人にはこと欠かさない。

 そう、『俺』は『美神令子』直伝の必殺技がハッタリであることを知っているが、『陰念』はそれがハッタリであることを知っているはずがない。だからこそ、ありもしない『必殺技』を警戒して過剰なまでの―――対戦相手が死にかねない程の攻撃を加えても不自然ではないのだ。


 つまり、コレはあくまでも『不幸な事故』である。陰念選手は横島選手を殺すつもりはなかったのに、師匠である『美神令子』が余計なことを言った結果、横島選手は死んでしまった。

 陰念の実力ならば横島の命を奪うくらいの攻撃を加えることは出来るが、それをするだけの理由がなく、『故意に相手を殺そうとした』と思われると後でどんな報復が来るかわからない。
 原作で見る限り、美神はどうのこうの言っても自分の身内には甘いのだ。『横島抹殺』は所詮は目的を達成するための手段の一端。それだけで目をつけられたらたまったもんじゃない。俺的にはわりに合わん。

 しかし、ちゃんとそうするだけの理由があり、その上原因が自分の『言葉』にあるとしたら、いくら美神でも必要以上に責めたてることなんて出来やしない。何故なら、第三者の視点で見ればそれは全て自業自得。神聖な試合の場に『ハッタリ』なんぞかます方が悪い。

 当初の予定通り、プランA『試合中に不幸な事故と見せかけて横島抹殺』の準備はすべて整った! 後は実行に移すだけだっ!!

 『ハッタリ』。それは諸刃の刃。使い方次第では自分より格上の相手でも出し抜けるが、一歩間違えれば致命的なミスとなる。ましてや、相手がソレをハッタリだと気付いているならば、逆に『利用される』ことさえあるのだ。

 折角『美神令子』がくれた千載一隅のこのチャンス…っ!! 逃すつもりなど毛頭にないっ!! 邪魔が入らぬうちに終わらせる!!

「恨むんなら『美神令子』を恨みなっ!! くらいやがれっ!!」

 とことん『美神令子』の名前を強調し、間合いを詰めて俺はその手にありったけの霊力を込めて解き放つ。魔装術で増幅(ブースト)した状態での、渾身の霊波砲。それは俺が今まで撃ってきた中でも最高の一撃。この威力では例えプロのGSでもまともに受ければ命はなく、すっかり腰が引けてしまった横島は『避けられない』。

「ひーーーッ!! もーーーアカンっ…!! 死ぬ……!?」

 直撃…ッ!! いや―――

「えっ…!? バンダナーーーー!?」

 そう、霊波砲が炸裂する瞬間、咄嗟に飛び出した心眼が身代わりとなって横島を守ったのだ。原作では雪之丞との戦いのときに同じことをしたが、同じぐらいに追い詰められれば陰念の試合で庇っていてもおかしくはない。
 元々心眼は横島が身につけていたバンダナに小竜姫が神通力を授けて生まれた仮初の命。その存在理由は横島自身を成長させ、勝利を導き、死なせないように守ること。
 その目的のために身を散らすのは心眼にとって本望だろう。

 ―――無駄なことだけど。

「バンダナが……!! バッ…バ…バ…!! 
 バ…ババンババンバンバン♪」

 横島現在錯乱中。『いい湯だなアハハン♪』。



 このあとやっぱり心眼が最後の力を振り絞って「自分を信じろ」とか感動的な別れの言葉とか伝えてるんだろ~なやっぱり。
 でも俺の耳にはそんな言葉は聞こえない。心眼の声は肉声じゃなくてテレパシーっぽいから仕方ない。ま、そういうワケだから…。



 ―――気にせずもう一発霊波砲。



「がはっ…!!」



「……っ!! 横島さん!?」

「横島クン…ッ!!」

 障害はなくなっため、今度こそ横島に直撃! まるで人形のようになす術もなく吹き飛んだ。その光景に美神やおキヌちゃんは呆然とする。

 さっきのより若干威力は弱めだが、それでも普通の人間なら充分過ぎるほど致命傷。撃った霊波砲が爆弾のように破裂音と爆風をもたらし、横島の身体は白煙の中に消え去った。
 だが、まだ終わりではない。

「まだまだっ!! 『あの』美神令子の弟子相手に手なんぞ抜くかよ!!」

 観客に、いや、むしろ『美神令子』に聞こえるような大きな声でそう叫び、続けざまに両手を使って連続霊波砲。最初のような数だけの張子の虎ではない、一発一発に膨大なエネルギーを込めた霊波砲だ。狂ったように爆音が何度も鳴り響く…!

「うらららららららららららららーーーッ!!」

 確実に、全力で、徹底的にまで霊波砲を撃ち続ける。手を抜いてはいけない。これほどの機会はもう二度と訪れないのだから。
 原作を知っている俺にはわかる。横島は俺が目的を果たす上で最大の障害になりうると。アイツの悪運は筋金入りだ。『万が一』さえない程に自分の限界まで攻撃を叩きつける…っ!!

 俺は必死の形相で霊波砲を何度も撃った。その表情は今の状況には合っていないだろう。確実に葬るであろう攻撃を続けているのにもかかわらず、心境はむしろ追い詰められた草食動物のように焦っていたからだ。



 ―――俺はこの世界に来てから胸のうちに秘める『恐怖』を忘れようと常に考え続けていた。



 以前読んだことのある漫画を必死に思い出し、策を練り、陰念の能力を少しでも応用しようと頭をフルに使う。
 陰念は弱い。だからこそ、この世界の未来の知識を上手く利用しようと、例え不測の事態が起こっても対応できるようになろうとしなくては俺は生きていけないと思っていた。



 そして、俺は気付いてしまった。一つのある仮説を。
 横島は何度も死にそうな目にあった。これから先、さらに何度も死にそうな目にあうだろう。どうしようもない絶体絶命の危機の数々。しかし、どれだけ危険にさらされても、本当に死んだことは一度たりともない。

 とんでもない『悪運』。そんな言葉で片付けてもいいのだろうか? 確かに、一度や二度ならおかしくない。だが、コインを100回投げて100回とも表ならば「なにかコインに仕掛けを施しているんじゃないだろうか?」と疑うのが人間だ。
 どれだけ危険にさらされても、本当に死んだことは一度たりともないのなら、それは「偶然ではなく必然なのでは?」と思ってしまってもおかしくない。

 漫画を読んでいた頃なら『作者の都合』で説明はつくが、こうしてこの世界に来ている以上、そんな言葉では納得できない。
 しかし、この世界にはあるのだ。『作者の都合』に匹敵しうる反則的な存在が。そして、あれほど考え続けていた俺が『それ』に気付かぬはずがない。

 やがて度重なる霊波砲と魔装術の維持に霊力と体力を奪われ、俺の攻撃が終わる。もう限界だ。早く魔装術を解かなければ本当に魔物になってしまう。俺は気を静めて術を解いた。
 荒い呼吸を繰り返しながら、横島がいるであろうと思われる付近に目を向ける。

「ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……」



「陰念選手の容赦ない猛攻…っ!! 結界内には白い煙で覆われています。よほど横島選手を警戒をしていたのでしょうか? これでは勝敗以前に横島選手の安否が気にかかるところです……」

「死んだね! 面白い奴だったあるのになー」

 現在の、『陰念』に出来る全力の攻撃。心眼が庇うことは予想できた。それに、白煙に紛れて何発かは外れてしまったかもしれない。



 ―――それらの可能性を考慮に入れてなお、確実に横島を葬れるであろう猛攻。もし、これでまだ生きているというのなら、今の俺にはなす術がない。



 横島はどれだけ危険にさらされても、本当に死んだことは一度たりともなかった。
 だが、本来なら死んでいてもおかしくない、あるいは死ぬはずだった状況は何度かある。そして、そのときは必ず近くにいた誰かに助けられるのだ。

 例えば、九兵衛のときは高速で走る車から投げ飛ばされた。しかし、八兵衛が横島の身体に憑依し、その神通力によって一命を取り留める。

 例えば、本編で三度も使用された火角結界。一度目はいくつもの要素が重なったからだし、二度目などは横島が言った管とは違う色の管をわざと美神が切ったからこそ命拾いをした。

 例えば、ルシオラを庇ったときのベスパの一撃。このときはルシオラが自分の命と引き換えに横島を救った。そしてそれはその後のアシュタロス戦の勝利にも繋がる要因の一つにもなる。

 生身で大気圏突入というのもあった。普通ならばまず助からない。だが、マリアが身をていして守ったおかげで死ぬことはなかった。
 このような数々の危機の中でも特に極めつけは中世編だろう。

 時間移動にはただジャンプするだけの力があればいいだけではない。能力を思い通りに使いこなすには明確なイメージ――脳の中の地図やコンパス、すなわち『時間座標』――が必要となる。

 それなのに、横島がヌルの攻撃を受けてカオスに「死んでいる」と告げられて、『偶然』雷の攻撃を受けて『たまたま』横島が死ぬ少し前へと『時間移動』。さらに、そのときだけは『特別』な『精神だけの逆行』。

 あまりにも話が出来すぎている。自分の能力を使いこなせない美神が、こんな都合のいいことを立て続けに起こす確率などありえない。まさに奇跡という言葉すら生ぬるいほどの快挙。

 小竜姫はのちに語った。この世界には時間の復元力があるから時間移動能力は大した力ではない。横島もそのままでも蘇生可能だったのではないか、と。

 しかし、本当にそんな真似が可能だったのだろうか? 死者を蘇す。唯一、可能性があるとすればカオスだろうが、そのカオスが「死んでいる」と言ったのだ。それなのにあとであっさり「生き帰らせられるぞ」などと言うとも考えにくい。

 ならば、実は真相が逆なのではないだろうか? 横島はそのままでも蘇生が可能だったのではなく、そのままでは死んでしまう。それが、本来の流れだった。



 だからこそ!! 『精神だけの逆行』などという反則技を行ない、横島が『死んだ』という歴史を『修正』したのではないのか!?

 もし、この仮説が正しいとすれば―――横島忠夫が幾度なく危機にさらされても死ぬことがなかったのは不確定な『偶然』などではない。すなわちそれは確固たる『必然』。
 だとしたら、おそらくは例えアシュタロスであっても横島を『殺せない』。

 観客たちのどよめき、策謀するものたちの思惑、親しきものたちの不安の中、1つの試合が終わりを迎えた。



 ―――そして、周囲を包む白煙が晴れ、その結末が白日の元に晒される。



「勝者陰念!!」



[538] Re[7]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/05/07 04:34

 そういえば俺ってどうやってこの世界にやって来たんだろうか? と、ふと疑問に思った。



 以前読んだネットの小説では交通事故に遭って死亡。そして気がついたら何故か漫画やアニメ、ゲームなんかの世界にいたというパターンが多かったが、今思えば極めて謎だ。何故たかが車に轢かれた程度で異世界へと行くんだろーか? 明らかに物理法則を舐めているとしか思えない。



 ひょっとしてアレか? 実は死に間際に見た妄想とかいうオチ? 走馬灯の代わりに現実逃避を起こしたとか。



 身も蓋もない話しだが『事故のショックで魂が抜け出して、たまたま自分のいた世界の漫画やアニメ、ゲームなんかとよく似たパラレル・ワールドへ迷い込んだ』などと言われるよりよっぽど現実味がある。ホラ、確かこーゆー小説って『ドリーム』とか『異世界トリップ』とか言うしさ。



 ならば今の俺の状況は臨死体験? 無論、車に轢かれた覚えはないのだが、本当は俺が忘れているだけで本体は血塗れで腕とか足とか欠けていたり、今の横島クンよりも酷い黒焦げ状態なのかもしれない。そう思うと、考えるだけで気が滅入りそうだ。



 しかし、仮にそうだとしても何故陰念なんて脇役なんだ? 俺の妄想ならもう少しマシなキャラ………いや、そもそも別の作品のような気がするのだが。少なくともこの作品じゃないと思う。大体俺この漫画全巻古本で売ったし。



 例えば世話焼きな幼馴染とか妹のような無邪気な後輩とかお嬢様風の先輩とか気さくな学園アイドルとかお色気たっぷりの女教師とかにもてまくりハーレムの主人公とかさ。
 そんな都合よく思い通りにならなかったとしても、最近読んだ漫画や小説などの影響を受けるような気がする。

 ならば、俺はむしろ神にも魔王にも錬金術師にも召喚師にもプロのハンターにも魔法少年先生にも魔導探偵にも伝説の勇者にも魔本の持ち主にも史上最強の弟子にも超能力者にも赤き守護者にも血継限界持ちの忍者にも白い悪魔のパイロットにも世紀末救世主にも召喚器を持った救世主候補にも魔眼持ちの少年にも悪魔の実の能力者にも学園都市の幻想殺しにもドラまたにも真の壬生一族にも執事にもきらめき高校の生徒にも鋼の後継者にも召喚教師にもパトラッシュにもなれただろう。

 いや、最後のはウケ狙いじゃなくてこの世界に来る前に読んだ本がフランダースの犬だったもんで。つい。
 


 ふむ。これはアシュタロスに会ったら相談するべきかもしれんな。前者(既に死亡。現在妄想中)ならもはやどうしようもないが、後者(魂抜け出して異世界へ)なら帰るついでに生き返らせてもらおう。漫画ではメドーサも蘇ったんだからきっと出来るはずだ。



「救護班! 救護班急げ!!」

「駄目だ!? 怪我が大きすぎて心霊治療(ヒーリング)だけでは追いつかない!! 白井総合病院に連絡をとれ! 早く医師を手配しろ!!」 



 などと考えている俺には周囲の状況に気がつかない。気がつかないといったら気がつかない。辺りに漂う焦げた人肉の匂いに気付いていなければ、目の前にある黒焦げの物体にも気付いていないのだ。



「担架です! それと手配が済みました! あとすぐに救急車を出すそうです!!」

「よし、慎重に運べ! 患者の様態を悪化させぬようにな!!」



 ……お父さんお母さん、ごめんなさい。仕方がなかったんです。ちゃんと理由があったんです。やらなきゃやられる。きっとそういう状況だったんです。

 だって今の上司はメドーサ。人の命は虫けら同然。「役立たずは死にな」などと言われてもおかしくない。いや、マジで。



 周囲の観客が騒がしいく、係りの人たちは事体を収拾するべく慌ただしく動き出す。そして担架に乗せられた黒焦げ物体(横島)がゆっくりと退場して行った。一目見て命に関わる重態とわかるその姿は、心ある者ならば思わず目を背けたくなる。っていうか、俺は目を背けました。



 ―――いや、原因は間違いなく俺だけど。



 陰念って雑魚キャラにも見えるけど、本当は結構強い。霊波砲一発岩をも砕く。元いた世界の筋肉ムキムキな挌闘家なんてイチコロだ。実力的にはそこら辺の通行人の一人や二人、殺すことなんてチョロイチョロイ。ギャグではない以上、「あ~、死ぬかと思った」と一言で済むはずがない。



 結論を言おう。俺の行動で原作の流れは少し変り、陰念は試合に勝った。妥当といえば妥当だろう。才能はともかく、地力の差が違うのだ。漫画で横島が勝てたのは運がよかっただけに過ぎない。



 しかし、横島クンはちゃっかり生き残りました。



 いや、正確に言えば生き残ったと思う(たぶん)。確認はまだしていないけど。



 第八話 不良と宇宙と霊波砲

 今、俺は会場から抜け出して人気のない公園にいた。昨日も行った旅館近くの公園だ。時間帯の所為か、それとも近頃のガキどもは砂場や滑り台よりゲーム気の方が良いのか知らないが、俺以外には誰もいない。好都合だ。落ち着いて考え事をするためにも静かな場所の方が良い。あのまま会場の中にいるのは居心地悪いし。



 すみませんが観客の皆さん。人を殺人犯でも見るような目で見ないでください。あと、コソコソ陰口も叩くな! 外見は陰念でも心はナイーブなんだよっ!! 何か俺に言いたいことがあるなら堂々と言えっ!!

 ………閑話休題(それはさておき)………

 霊波砲の嵐と白煙が晴れた後、横島は身体を黒く焦がしながらも生きていた。ただし、本気でギリギリで。片足くらいは確実にあの世に一歩踏み込んでいるくらいの大怪我だ。
 具体的には霊波砲が生んだ熱量による大火傷や破裂した際の衝撃による骨折や打撲など。内臓も傷付いているのか、血も吐いていた。

 一見、死んでいてもおかしくなさそうな状態だが、身体が時折ピクピク動いていたので一応まだ生きてることは生きている。

 確かにそのままほっといたら死ぬかも知れないが、俺がわざわざ事故死の御膳立てをして、自分の計画通りに事が進み、全力で致命傷оr即死クラスの攻撃を連発していたにも関わらず、『まだ生きている』のだ。ならば必ず『生き残る』。そう、心の中で確信した。
 うん、大丈夫だろう。美神の折檻なら血塗れで倒れていてもヒトコマで直ってたし。



 はっきり言おう。確かに人を殺すことに抵抗はある。だからこそ、今のうちに殺そうとした。少しでも相手が『人間』ではなく、『漫画の中のキャラクター』と思える内に。俺が自分からわざわざ横島達に会いに行かなかったのはそういう事情からだ。迷いは勿論あっただろう。しかし、手は抜いていない。


 だからこそ、並の人間―――いや、プロのGSであってもあの状況では2~3回は死んでいないと『おかしい』のだ。そもそも、あの時横島の霊力はゼロか極めてそれに近い状態。コンクリの壁すら容易く貫く陰念の霊波砲をくらって『この程度』のはずがない。



 窮地に陥ったことで生存本能が霊能力を発動させたのか、それとも心眼が最後の力を振り絞って守ったのか、はたまた白煙に紛れて霊波砲が全弾見当違いの方向へ飛んでいったか。考えられる原因を挙げろといえばいくらでも言えるが、原作を知っている以上、やはり『たまたま』だとは思えない。



 ―――思えるはずが、ない。



 嗚呼そうさ。予想はしていたよ。横島が死なないのは『偶然』ではなくて『必然』。ちゃんと理由があるってことは!!
 俺にとっての最大の障害は『横島』じゃなくてこの『世界』そのものなんだな!? なあ、そうだろ『宇宙意思』!!



 横島は死ぬわけにはいかない。何故なら、横島は歴史に大きく関わっているからだ。未来を知っているという点では、俺は時間移動をしたと同じ状況ともいえる。ならば、宇宙は俺の知る未来と同じように進むだろう。
 鶏が先か卵が先か。その問いに意味はない。時間はただその身に孕んだ矛盾を押し流したまま流れる。すなわち、『矛盾』を修正しようとする時間の復元力だ。

 本来なら、未来のピースが欠ければ代わりのものがそこに当てはまるように時代は動く。歴史に『戦争が起こる』と書いていれば、たとえ時間移動して争いの火種を消してもその時点で新たな火種が生まれ、歴史と同じような流れをたどることになるのだ。



 だが、それとて限界はあるだろう。全く同じ人物などいないし、そう都合よく代わりとなる人物もいるとは限らないからだ。

 主役が病気で倒れた。そして、中止することは出来ず代わりの役者がどうしても用意できないならどうするか? 簡単なことだ。無理矢理にでも舞台に主役を引っ張り込めば良い。それが『必然』。それが横島を殺せない『理由』。

 この世界で横島が与える影響は、代わりの者を用意できないほどに大きすぎる。故に、横島は死なない。宇宙意思の干渉が、横島を殺させない。
 おそらくそれは『エネルギー結晶』を体内にもつ美神も同様だろう。彼女もまた、代わりとなる者がいないのだから。



 だからこそ原作から外れようとする俺の行動は、宇宙にとっては邪魔者に他ならないのだろう。
 しかし、そんな向こうの事情など俺の知ったことじゃない。人間は良く言えば自由、悪く言えば自分勝手な生き物だ。クーラーや自動車が温暖化の原因に繋がると知っていても『便利だから』の一言で地球を汚すのが人間。そして、俺もそんな人間だ。だから私利私欲のため精一杯抵抗させてもらう。



 元の世界に帰る。そのために宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)は作動させる。宇宙が邪魔をするなら受けて立つ。確かに俺は弱い。相手から見れば虫けら同然だろう。だが、虫にも魂はある。風が吹けば桶屋も儲かるのだ。だから――



 ―――かかって来いや宇宙意思!! ちっぽけな虫が起こすバタフライ効果を舐めるなよっ!!


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 などと心の中で叫んでみたが、横島が生きていて「ほっ」と安心したという事実もあったりする。俺の目的は横島を『殺す』ことじゃなくて元の世界に『帰る』こと。横島は可能なら仕留めておきたかったが、俺に好んで人を殺すような危ない趣味などあるわけない。

 俺は何処にでもいるような一般人。過去に辛い出来事があったわけでもないし、両親もちゃんと生きている。人を殺すなんてそんな物騒なことも勿論経験ない。死体を見たら取り乱すだろう。
 いくら元の世界に帰るためとはいえ、人を平然と殺すことなどやわな心臓を持つ一般人には到底出来ないのだ。



 ―――自分の手を汚さなければわりとОKだが。



 ぶっちゃけ、メドーサが何の罪のない人を殺そうとしても俺は見捨てられるだろう。だって俺は何処にでもいるような一般人。触らぬ神に祟りナシ。

 道端で喧嘩している人がいても警察にすら連絡入れずに見て見ぬフリ。テレビでどっかの国が悲惨な目にあっても「可哀想に…」と言うだけで、ボランティアもしないし募金もしない。政治家が天下りしても文句を言うだけ。そんな何処にでもいるような、ありふれた一般人なのだ。

 そもそも原始風水盤作るときにいっぱい風水師の方々が死ぬし。止める気ないぞ俺は。犠牲を恐れちゃ何も出来ない。だからと言って俺が死ぬのはNGだ。だからこそ俺は他の誰かを犠牲にしてでもこの世界からオサラバする。



 大体、俺が邪魔者ならば宇宙意思はとっとと俺を元の世界に帰すべきなのだ。このまま俺がこの世界にいれば歴史からズレにズレて碌なことにならないに違いないのだから。それなのに一向に帰す様子がないということは、自力で帰れということ。
 結果として犠牲となるものが出ても、それは俺じゃなくてこの宇宙が悪い。うん、決定。わけもわからずこの世界に来た俺だって充分被害者さ。

 そう、思うことにする。そう思わなければとてもじゃないが陰念ライフやってらんない。

 宇宙意思相手に勝つことは可能か? と聞かれたら、理論上はYESである。

 ……あくまでも理論上はね。俺が出来るかどうかは別として。

 相手が宇宙というと一見、勝ち目がなさそうにも思えるが、原作を読む限り決して全知全能の存在というわけではない。それは宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)の『存在』が証明している。なにしろこの機械、不完全な状態でしかも結果として新しい宇宙こそ造れなかったものの、ちゃんと作動してメドーサたちは蘇ったし、天地想像まであと一歩だった。

 結果が全てという人もいるが、過程を見てわかることもあるのである。宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)は宇宙にとっての唯一の天敵。自分を滅ぼしうる凶刃だ。
 もし本当に全知全能なら、喉元まで刃を突き付けられるような真似にはならない。アシュタロスが何か仕出かす前に彼を失脚すればそれでいいだけである。



 つまり、宇宙を脅かす存在が『実在』したという時点で、『宇宙は絶対なる存在ではない』ということの証明になるのだ。そして、『絶対』でない以上、どれだけ低くても―――それこそコンマ以下の確率だったとしても、可能性はある。と思いたい。
 っていうか、思わなきゃ人生やっていけない。ギリギリまで干渉してこない以上、『干渉の限界』や『範囲』もあると思う。ひょっとしたらそれほど大きな干渉も出来ないかもしれない。その辺りの情報は少ないのでまだなんとも言えんが。



 それにうろ覚えだがアシュタロスが言ってた。「世界を滅ぼそうとする私の意思もまた、宇宙の意思だ」と。もし、それが本当だとすれば……。



 『アポートシス』という言葉がある。生憎人に誇れるほどの知識はないので詳しくは知らないが、要は生物の体の中には自身を『生かす』ためのプログラムだけではなく、逆に自身を『殺す』ためのプログラムもまた存在しているというのだ。オタマジャクシがカエルになる過程で尻尾がなくなるのもこの『アポートシス』の働きだとか。

 まあ、学業は人に誉められる成績ではなかったので上の説明は正確かどうかは自信がないものの、俺が何を言いたいのかわかってくれると思う。
 つまり、アシュタロスは一種の『アポートシス』ではないかということだ。



 ならば勝ち目はある。宇宙が死ぬこともまた、一つの摂理だからだ。俺が勝てないならば、勝てそうな奴を勝てるように導けばいい。原作を知る俺ならば出来るはずだ。



 情報を制するものは世界を制するという。生憎俺如きでは『宇宙意思』(せかい)を『上回る』(せいする)ことは出来ないだろう。試合に勝っても横島は生きているし、資格も既に持っているから原作と大して違いはない。宇宙からすれば簡単に修正できる範囲に違いない。
 ならば精々引っ掻き回してやるだけだ。引っ掻き回して、騙して、利用して。元の世界に帰るためならば俺は人間や魔族は勿論、魔神やこの世界すら利用する。必要だというならしてみせる。



 ―――その結果、この世界はおそらく滅びるだろう。他ならぬアシュタロスの手によって。



 ベスパの話だとアシュタロスはむしろ死にたがっているようなことを言ってたらしいが、ぶっちゃけ綺麗事だと思う。話しの流れから『死にたい』と言ったのは嘘ではないかもしれないが、彼の中には少なくとも二重人格のような形で『死ぬより新しい宇宙を創造したい』と願った欲望が在った筈だ。

 何故なら、単に魂の牢獄から抜け出したいだけなら宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)を作動させて自分の存在を滅ぼせいいからだ。宇宙を滅ぼせるなら魂の牢獄くらい簡単に潰せるだろう。
 なのに自分を滅ぼそうとはなかった。それに横島にエネルギー結晶が壊されたときの狂った姿もとてもではないが演技とは思えない。それらは『宇宙の創造』もまた彼の本心である証拠ではないだろうか。



 そして俺はそれを知ってもなお黙認する。世界を滅ぼしたいとは思わないが、俺はヒーローじゃない。魔神相手にこの世界を守って自分の世界に帰るなんて都合の良いことが出来るとは思えないし、そしてどちらの方が優先順位が高いかといえばもちろん俺が自分の世界に帰ることに決まってる。

 薄情と言うな。一般人は他人より自分の方が大事なんだ。余所の世界の安否までいちいち気にしていられない。『陰念』は勇者じゃない。『小悪党』な脇役だ。世界が滅びても責任は全てアシュタロス。脇役は脇役らしく小賢しく振舞わせてもらう。



 まずは味方だな。戦力は多いに越したことはない。陰念は弱いから何かあったときに俺を守ってくれる奴が欲しい。メドーサや勘九朗では駄目だ。必要ならあっさりと見捨てるだろう。それでは意味がない。可能なら俺が駒として使える優秀な人材が欲しい。

 ―――現状で『それ』に当てはまる人物は唯一人。伊達雪之丞。彼を俺の味方に引き込む。

 雪之丞を例えるなら誇り高い狼と言ったところか。ただし、おつむの方も獣並。義理高いし、性格は結構単純、しかも強い。彼を俺の味方に引き込めば、これ以上ない最良の駒となるだろう。

 ただし、原作通り進めば雪之丞は裏切る。原因はピート戦の際における勘九朗の横槍。雪之丞のプライドが卑怯な勝利を許せなかった。仮にそれがなければ雪之丞は負けたとしても裏切らなかったかもしれない。ならば横槍を妨害するか? 



 ……却下。妨害事体は可能。しかし、メドーサの怒りを買う恐れがある。
 よって、俺は横槍を受け入れた上で雪之丞を『説得』させなければならない。それは可能か?



 ……不可能。プライドが邪魔して説得に耳を貸さない。
 ならば、発想の転換だ。逆にそのプライドを刺激して利用してやれば良い。



 獣は自分より強いものには従うという。俺が欲しいのは『狼』じゃない。使い勝手の良い『犬』だ。ならば狼に首輪をつけて犬にしてみせる。
 ハイリスク・ハイリターン。やり方は危険だが、危険を犯すだけの価値はあるだろう。

 とはいえ、俺はこれからやることを重さを考えて思わずため息をつきつつ、小さく呟いた。



「やるしかないか。プランB『打倒・雪之丞』。勝算は低いから出来ればやりたくなかったんだが……」



 救いといえば勝算がゼロではないということくらいか? 俺のやり方次第では三割までは持っていけると思う。雪之丞が最後まで神通棍に騙されてくれれば更にもう一割くらいは。あとは『俺』のあの仮説次第だろう。



 試しに俺は『霊力中枢』から霊力を引き出し右手に込めた。その流れに一切の淀みはなく、少し力を込めば手からは破壊をもたらす光が放たれることだろう。



 霊気の『れ』も知らない一般人だった俺が、何故こうもスムーズに霊力を操れるのか? その答えはこの体の中には陰念と俺、二人の魂が入っているからではないだろうか。



 もし、この仮説が正しければ、俺は新たな―――いや、『本当』の意味で自分の力を手に入れられるだろう。それはこれから先、ささやかながらも役立つ力になるに違いない。



 幸いにも横島の怪我のおかげで係りの人が忙しく、次の試合までの時間が20分延長したのは嬉しい誤算だった。今はこの時間を有効活用するとしよう。
 まずは当面の安全確保。香港編に備えての仕込みに現在の戦力調査。やるべきことはいろいろある。いつまでも呑気に考えている場合ではない。



「とりあえず横島の見舞いにでも行くとするか」



 いくら責任を美神に押しつけたとはいえ、念には念を入れるに越したことはない。きっかり、ちゃっかり、徹底的に死にかけた責任を美神に押し付けてやろう。
 それに宇宙意思の干渉はあくまでも俺の推測だ。ひょっとしたら辛うじて生きていたのは本当に偶然で、治療の過程であっさりくたばったかもしれない。確認の必要はある。



 ―――できれば幽霊になっていてもいいから死んでくれている方が俺的にはやりやすいんだが。



 そしたら無理に雪之丞と戦う必要ないし。



[538] Re[8]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/05/09 06:27

 見舞いの品といえばやっぱり花か果物が定番だろう。網目模様のメロンなら文句なし。その際、メロンの味や送る人への味の好みは関係ない。大切なのは「費用にどれだけかかったか?」。つまり送った品物の『値段』だ。

 いつの時代でも高価な品物というのはそれだけで誠意が伝わりやすいものである。お代官様に山吹色のお菓子を送るのは基礎中の基礎。慰謝料は現代ではわかりやすい和解案。土下座など現代人には無意味である。

 しかし、直接現金を渡すにはそれはそれで問題がある。人という生き物は妙にプライドが高いのだ。簡単に金で解決しようとすれば他人から嫌な目で見られてしまう。それ以前に美神に現金を渡すのは危険だ。どれだけ金を請求させられるか考えるだけで恐ろしい。



 何か、見舞いに適した良い品はないものか……。そう思いつつ、店舗の中の品物を一つ一つ手に取る。



 とはいえ、所詮ここは会場の片隅にある小さな売店。品揃えが悪くて花は勿論大した果物も売っていない。ありふれたお菓子とか週刊誌とか新聞紙とか破魔札とか神通棍とかマンドラゴラとかは割りと無造作に置いたりするのだが。



 ……マンドラゴラか。これも一応花だよな。



 手に取り値札を見た。



 大特価! 今なら一つ二億五千万(税別)!!



 そっと、棚に戻す。



 ―――俺は何も見なかった。



 …………やめよう。うん。見舞いに行くのにこんな悪趣味な花を送っちゃ駄目だ。人としてのセンスが疑われる。決して値段は関係ない。何しろ俺は何も見なかったから。
 
 しかし、この棚ってひょっとして呪術関連の商品か? 水晶ドクロとか焼いたイモリとか藁人形とかの『いかにも』な物体が置いていた。

 う~ん、藁人形か。これならそんなに金がかからないだろうし、本編でよく横島が打ってたから実用性は高いかもしれない。試しに値札を覗いて見る。



 藁人形、一体500万。日本製の藁使用の本格的な作りで、数十種類の呪薬に浸した一級品。今なら羊の骸骨もおまけについてきます。これで気になるあの人もイ・チ・コ・ロ。



 ―――誰が買うんだこのキャッチコピーで?


 まあ、エミのような呪術師なら買うかもしれんが……。未だにオカルト・アイテムは奥が深すぎて俺には理解できなかった。元いた世界なら間違いなく『霊感商法』で詐欺の疑いをかけられたに違いない。っていうか、高すぎるぞオカルト・アイテム! 一般人ならすぐに破産だ!!



 流石に高価な品とはいえ、病室に藁人形を持っていくわけにはいかないだろう。そう言い聞かせた俺は網に入ったみかんとリンゴを適当に購入。何故かザクロがあったので一応買っておく。

 まあ、無難といえば無難だろう。それにあまりにも高価な品物を渡しても足元見られる可能性があるし。何より大切なのはお金よりも誠意だ。高価な品物を送って相手の気を惹こうなんて浅はか過ぎる。人として恥に思うべき行為だろう。



 ………決してお金をケチったわけではない。



 そもそも、何処にでもいる一般人にこんなわけのわからないものに大金出せという方が間違いなのだ。俺はおかしくないし、ケチでもない。

 そう自分に言い聞かせて、果物を入れた紙袋を手に持ち、そのまま会場横に設置してあったタクシー乗り場へ向かった。丁度一台空いていたので待たずに済んだのはラッキーだ。先客らしき人物が俺の顔を見るなり道を譲ったのは気のせいだろう。
 時間が限られている以上、俺は一秒たりとも無駄には出来ないのだ。



「どちらまで?」



 堅気には見えないグラサンとアゴヒゲがよく似合う運転手に、俺はためらわずに言った。



「白井総合病院」



 いざ逝かんヴァルハラへ。願わくば、そのままバットエンドに直行しませんように……。





 第九話 不良と見舞いと霊波砲



 途中、廊下であった看護婦たちに恐れられながらも横島のいる病室へと向かう。それにしても受付の女性に病室を聞こうとしたら泣いて謝られたのはさすがにショックだった。



「そこまで酷いのかよ陰念の顔って……」



 さすがにヘコむ俺。好んでこんな顔になったわけじゃないのに……。
 やはりこれは夢じゃない。夢なら俺の扱いはもっと良いはずだ。夢の時くらいは女の子にモテモテ状態になってもいいはずなのだ。
 一瞬、『整形』という単語が頭によぎる。

 いかんいかん。余計なことを考えるな。ここから先は戦場だ。一瞬の油断が命取りになる。下手に失言などをしないように気をつけねば。

 俺は落ち着いて深呼吸を繰り返し、目的の部屋のドアをコンコンとノックした。



「は~い」



 おキヌちゃんだろうか? 病室から女性の声が聞こえてきたので俺は部屋に入る。もちろん入室前に服装のチェックは欠かさない。身だしなみに気を配るのは紳士として基本である。



「「「「………………っ!?」」」」



 おや、何故彼らは驚いて放心状態なのだろうか? 突然の来訪者に驚く人はいるだろうが、紳士らしくノックはかかさなかったというのに…。
 やや怪訝に思いつつ、部屋の中を見渡した。

 部屋の中は何処にでもあるような病室だ。白を基調とした清潔そうな部屋。患者の為に窓から見える景色も配慮しているのか、眺めも良い。花瓶はあるが花はいけてなかったので、やはり時間を惜しまず花屋でも探した方が良かったかもしれない。

 そして、ベットにミイラ男のように顔まで包帯ぐるぐる巻きな横島だと思われる物体。見ただけでは状態はよくわからんが、ベットに横たわっている以上、峠は越えたと思われる。少なくとも死にはしないだろう。人情と利益の板ばさみで、ほっとしたような残念なような相反する複雑な気分。

 それ以外には美神におキヌちゃん、唐巣神父、そしてピートの四人がいた。幸いにも小竜姫はここにはいない。おそらくは会場にいるメドーサを警戒してだろう。

 本来裏方の唐巣神父がここにいるのは、小竜姫が横島が試合の参加の切っ掛けになっていたことに責任を感じ、自分の代わりに唐巣神父に様子を見てきてもらったといったところか? エミやタイガーは会場の警備、冥子もまだ仕事があるからこの場にいないのだろう。実に好都合だ。



「貴様! 何しに来たっ!!」



 硬直が解けたのか、俺の姿を見るなり敵意100%で睨みつけ叫び出すピート。開口一番そんな態度はお兄さん感心できないぞ。うん。

 その声に反応したのか、周囲にいた美神たちもすぐに俺に気を向け、辺りの空気は途端に重たくなる。これが比喩ではない辺り、流石は漫画と言えよう。感情が高ぶっているのか、身体から漏れ出た霊圧が俺に圧し掛かっているのだ。



 はっはっは。正直に言います。怖いです。心臓がバクバクいってます。横島との戦い前にトイレに行っていなければちびっていたかもしれません。
 何気に一番怖いのはおキヌちゃんかも知れない。「ふっふっふ…」と黒く笑いながら妖包丁シメサバ丸(だっけ?)を研ぐのはやめて頂きたい。



 しかし、窮地の際ほどポーカーフェイスを忘れてはいけない。相手から目をそらさず、内心の焦りを隠し、あくまでも対等の立場だと自分に自己暗示。頭の中に勝利する自分の姿をイメージする。

 さあ、いくぜ。戦闘開始だ!

 俺は不敵にピートに向かって言う。



「何しに来た? 対戦相手の怪我の具合を心配して様子を見に来るのはそんなに不思議なことか?」

「ふざけるなっ!! 横島さんをここまで傷付けておいて!!」



 感情の赴くまま、ピートは罵詈雑言を浴びせる。勿論、俺にとっては些細なことだ。必要な話以外はあっさりと聞き流す。

 話を聞く限り、横島の様態がここまで安定しているのは半ば奇跡に近いらしい。会場側が怪我人を想定して優秀なヒーリングの使い手を用意しなかったり、事前に病院側の協力を得られるようにしなければ死んでいてもおかしくなかったそうだ。

 親しい友人が死にそうな状態になり、その要因となった人物が尋ねてくれば確かに感情的にもなるだろうが…。

 俺はなおも激昂し、食って掛かるピートを無視して唐巣神父に目を向けた。こういう感情丸出しな奴を説得するには、下手に話すよりも相手が尊敬している人物に説得してもらう方が手っ取り早い。
 元読者を舐めるなよ。テメー等の性格なんぞお見通しだ。



「アンタは確か唐巣神父だったよな。アンタの高名は俺も知ってるぜ。
 ところで、アンタのトコの神様は『やり過ぎたかもしれない』って思ってわざわざ見舞いに来た奴まで責めたてるような奴なのかい?」



 うん。ホントにこの場にこの人がいて助かった。ついでに礼とばかりに見舞い品に買った紙袋も手渡す。『神』の名を持ち出した以上、彼は俺を迂闊には責められないだろう。感情任せに動けば自分の信じる神まで汚しかねない。


「……ピート君。気持ちは分からないわけではないが、こうして見舞いに来て己の過ちを認めようとする者にまで責めるのはよくない。憎しみは何も生まない。そして、主の御心は救いを請う者の前では寛大なのだから…」

「…………くっ」



 まだ納得はしていないだろうが、それでも尊敬する師に逆らうわけにもいかず大人しくなるピート。
 しかし、ここで最大の強敵が動き出す。



「随分ね。単純なピートやお人よしの先生ならともかく、私は騙されないわよ。
 アレはいくら何でもやり過ぎよ。勝つだけなら最初の一発で充分だった。なのに貴方はあれだけの霊波砲撃ち込んだ。明らかに異常だわ。何かを企んでいるとしか思えない。
 本当は彼に殺意があったんじゃないの? それとも上司の命令とか?」



 ………この女、この場を利用して俺がメドーサの部下だと白状させようってハラか!? 『陰念』ならまだしも、『口先の魔術師』と呼ばれたこの『俺』を舐めるなよっ!!
 自称だが。しかも今命名。



「企んでる? 一体何の事だ………って、言っても信じるわけねえよな。こんな疑心暗鬼の状態ならな」



 俺は美神の問いに対し、さも『疑われても仕方がない』とばかりに態度で示す。下手に否定しても揚げ足を取られるだけだ。ならば眼には眼を。歯には歯を。問いかけには問いかけを。早々に『保険』を使わせてもらう。

 俺は半ば挑発するような口調で美神に言った。



「ならば逆に問うぜ。―――だったらどうする? 気が済むまで殴るってか? やめときな。むしろ困るのはアンタの方だぜ。
 なんせ横島の怪我は正々堂々と戦っての結果だ。いくら弟子が負けたからって師匠が対戦相手を傷付けりゃ、問題になるだろーよ。やってることはただの八つ当たりだしな」



 付け加えるならば、俺の試合はまだ終わっていないのも理由の一つだ。俺は勝ち抜いた以上、次は四回戦を控えている。
 故に、この場ではいくら美神が強くても俺に手を出すことは出来ない。最悪の場合、次の対戦相手になるかもしれないピートを勝たせるために故意に傷付けたと思われかねないからだ。そうなればピートは失格だろうし、この場にいる美神や唐巣神父の立場も悪くなるだろう。
 


 勇敢と無謀は別のもの。虎穴に入るなら襲われても対応できるように鉄砲くらい用意するものだ。ちゃんと打算があっての見舞いである。俺の姑息さを舐めないで頂きたい。
 これで相手側から力任せによる強引な『脅迫』という手段を封じた。もはや恐れることはない。明確な証拠がない以上、口論だけならこっちの方が有利だ。



「くっ!」



 そして聡明な彼女はそこまでちゃんと理解しているのだろう。悔しそうに唇を噛むが、挑発的な事を言ってる俺に対して手を出そうとはしてこない。



「……………じゃあ、質問を変えるわ。あくまでも今回の件は事故だって言うのね? そして心配になって様子を見に来た、と」

「ああ。勿論だ」

「へえ……。そのわりには私は貴方が謝ろうとしているようには見えないんだけど? そればかりか、貴方の振る舞いはわざとこちらを挑発しているように見えるわよ」

「当たり前だ。心配はしたが、謝る気はない。なんせ、俺は悪くないんだからな」



 俺は皮肉気に言い放つ。その言葉に驚いたのか、一瞬声を出すのを忘れて口パク状態の美神。

 口論で勝つためのコツ。それはまず、相手をよく知ること。そして何より、ポーカーフェイスを忘れてはならない。決して相手に弱みを見せず、逆に相手を動揺させて思考を奪う。後は反論を許さず理路整然とまくし立てればいい。



「き、貴様っ!」



 怒りに駆られたピートよりも早く俺は怒鳴りつける!



「ふざけるなっ!! 貴様らはまだ理解していないのか!! GSの仕事は命懸けだ!! 死人なんざ、珍しくともなんともねぇ!! だったら資格を取ろうと参加する時点で死を覚悟するのは当然じゃねぇか!! 試合で怪我をするのはもはや言うまでもねえ!! 参加者全員が同じ条件なんだからな!!」



 嘘は言っていない。間違ったことも言っていない。GS試験に参加した以上、横島が重傷を負う危険性は充分にあたのだから。参加者全員が同じ条件なのだから、加害者だといって責めたてることは出来ない。
 だから客観的には極めて正しい意見といえよう。もっとも、俺は死なんぞ覚悟してないが。



「なのにテメー等は何だ!? コイツが試合で死にかけた程度で対戦相手を一方的に責めようとして!! プロになりゃあ、いつ死んでもおかしくねぇ!! そんなにコイツに死んで欲しくないのならこんな死亡率の高い業界から足洗わせりゃあいいだけだろーがっ!!」



 むしろ、是非そうしてください。横島がいなくなるのは大歓迎です。ルシオラも裏切らずに済むし、メドーサも生存するかもしれない。オカマは微妙。たぶん無理。
 まあ、宇宙意思がそれを許すとは思わないけど。



「何より一番文句を言いたいのはアンタだ! 美神令子!!」

「………何よ」



 さーて、そろそろいきますか。相手の弱みを突くのは戦術としては常套手段。折角なので読者を代表して心置きなく責めさせてもらう。



「ふん。テメーの名は聞いてるぜ。良くない噂ばかりだがな。助手の時給が255円だとか、幽霊をタダ同然でこき使うとか、金さえ出せば極道相手でも除霊するとか、脱税の常習犯とか、妙神山建て替えるときに手抜き工事したとか、いずれもとことん金に汚いって噂ばかりだがよ」



 他にも銀行強盗の幽霊の件でも問題あるよな。ちなみに俺は『噂』と言っているが、いずれも漫画でやっていた事実である。もちろん全て犯罪。

 案の定、心当たりのある美神の顔色はどんどん悪くなり「どこでバレたのかしら…?」と呟き、弟子のあまりの行ないに唐巣神父はロザリオを握りつつ「申し訳ありません主よ! 私の、私の指導がいたらなかった所為で!!」と涙を流しながら神に許しを請う。その隣ではピートが「先生、しっかりしてください!」と励まし、おキヌちゃんが「タダ同然じゃありませんよ。私、日給30円も貰ってます!」と美神にフォロー入れるフリをして唐巣神父にトドメを刺していた。

 悪意のない一言って余計に痛いよね。まあ、容赦する気ってないけどさ。



「まあ、俺だって全部が全部本当だとは思っていないさ。若いうちに成功したからその妬みの悪評もあるだろーよ。だがな、火のないところで煙はたたないって言う以上、本当の部分もあるんだろ?
 ったく、ここまで悪く言われるなんてアンタ、ろくでもない人間だな。アンタをそんな風に育てた師匠の顔を一回見てみたいぜ」



 この言葉は相当効いたのか、「主よ!! こんな無力で罪深い私をどうか、どうかお許しをっ!!!」と叫びつつ、力の限り頭をかきむしる唐巣神父。ピートは「先生! 落ち着いてください!!」と必死に彼を抑えつけていた。



 ……可哀想に。責任感の強い貴方はそうやってどんどんと自分の『カミ』から見放されてしまったんだね。
 


 ヤバイ。正直ちょっと面白い。このまま唐巣神父を虐めたい気もするが、話が進まないので本題に入る。



「だがよ、少なくとも噂ではどんな悪評でもアンタの実力だけは評価していたんだぜ。『日本で最高のGS』だってな。だからその弟子が相手だと知ってこっちは油断せず、自分の持てる力を尽くして戦ったんだ。全力を出して試合に臨んだんだ……」



 そして再び俺は怒鳴った!



「なのになんだコイツは!! 神聖な試合を汚すかのようにふざけた態度をとりやがって!! そしてようやく本気にさせて、今までの辛く厳しい修行の成果を試せると思えばあっさり死に掛けやがる!! 
 確かに最初の一発で充分だと思ったさっ!! だがな、そのときにアンタの悪評やコイツのふざけた態度を思い出したんだ!! だから『これも演技に違いない』って思ったんだよ!! なんせ、相手には『日本で最高のGS』直伝の必殺技が残っていたんだからな!! だから例え負けても悔いが残らぬように全力を尽くしたんだ!! こっちだって好んで人を殺すなんてコト、出来ねーよっ!!!」



 さすがに大声を出しすぎて喉が痛くなる。俺は荒い呼吸を繰り返した。最後のセリフは…………まあ、嘘は言っていない。俺も好んで人を殺そうとは思わないし。

 基本的には何一つ間違ったことをいていない、むしろ正論を前にさすがに美神も文句を言えなくなってしまう。ムスっとしたまま俺を睨みつけるだけだ。しかしピートはまだ納得できないのか、俺に目を向ける。



「それでも………お前が横島さんをあんな風にしたのには変わりがないんだ。そして僕はそれを許せそうにない……」

「これだけ言ってまだわかんねぇのかよ…っ!! 俺は試合で正々堂々と戦ったんだ!! だから結果はどうであれ俺に非はねぇ!! もし、コイツが死にかけたことに『責任』をとらなきゃならない奴がいるとすれば、コイツの師匠である美神令子だ!! この女が一番悪い!! 『責任』をとらせるならこの女にとらせろ!!!」



 ―――そのとき、俺は奇跡を見た。



 俺は今まで『人の力に限界はない』という言葉はただの幻想だと思っていた。世界は有限である。エントロピーには誰も逆らえない。無限などこの世にない以上、限界は必ず訪れるのだ。人如きが物理法則を越えることなど出来やしない。『それが現実だ』と、そう思っていた。

 しかし、世の中には稀にいるのだ。確率とか理屈とか、そう言った小難しいことをぶち壊し、あらゆる苦難をものともせずに目的を果たそうとするデタラメな者たちが――。

 ―――さあ凡人共よ、眼を開いて見るがいい。これこそが人の可能性。これこそ人体の神秘。限界すら超える、人の執念というものだ。



 それは死を超越した不死鳥のように生命力に満ち溢れ――


 それは背に大きな翼を持つかのように天へと舞い上がり――


 それは獲物を狙う鷹のように飛び込んできた―――ミイラ男。



「と、ゆーことは、責任とって美神さんが体を使って慰めてくれるんですね~~っ!!」

「こんなときくらい大人しく死んでなさい!!」



 唇をタコのように伸ばして襲いかかったミイラ男(横島?)を美神は神速のコークスクリューで迎撃。その一撃を受けてミイラ男は「がはぁ…っ!」とうめき声を上げて再び眠りにつく。

 正確に言えば血反吐を吐いて床に沈みました。さらに美神はその頭をハイヒールで踏みつけてグリグリと抉っている。





 ………………条件反射?





 死にかけた程の怪我人がやる行動でもなければ、怪我人に対してする行動でもない。きっと二人にとっては先程の攻防も呼吸をするくらい自然なことなのだろう。
 っていうか、アイツ本当に人間か? 確かにこの前見たときは死にかけ寸前で担架で運ばれていたはずなんだが……。



 煩悩もここまで来れば立派だと思う。この煩悩さえあれば夢の永久機関の実現も出来るに違いない。世界は一人の人間の心によって救われるのだ。人々は皆、飢えや貧しさから逃れられるだろう。



 漫画ならともかく、生で見るとどうツッコミを入れれば良いのやら。一瞬の出来事なのに俺は思わず戸惑い、思考が妙な方向に流れる。



 あ、向こうではおキヌちゃんと唐巣神父がコケてるし。



 何やら固まっていたピートも、錆付いたロボットのようにぎこちなくこちらを振り向いた。



「それでも………お前が横島さんをあんな風にしたのには変わりがないんだ。そして、僕はそれを許せそうにない……」



 『人とは忘却する生き物である』と言ったのは誰であっただろうか…?



 どうやらピートはあの一連の動作をなかったことにするようだ。懸命な判断と言えよう。俺もさっきのは幻覚だったと思いたい。というか、幻覚決定。そう思わないと今まで信じてきた『常識』とかが音を立てて崩れてくる。

 人体の神秘って凄いね。限界の向こうは無限大さ。



「…………だったらどうすんだ?」



 もう何もかもどうでもよくなって気の抜けた声で問いかけた。ここでまた『責任』とか言えば再びミイラ男は蘇るだろう。
 コントはもういい。だから俺は代わりにピートの答えを促す。



「決まってる。お前の次の対戦相手は僕だ。だから僕は正々堂々とお前と戦い、横島さんの無念を晴らしてやる」



 晴らすも何もまだ生きてるっていうか、死にそうにないんだが。宇宙意思とか関係なく。
 ゴキブリの生命力の方がまだ可愛げがあるだろう。ゴキブリと違って洗剤かけても死なないし。

 まあいい。ピートのやる気が出るのはこちらにとっても好都合だ。試合で雪之丞が苦戦すれば苦戦するほど俺が試合で楽に戦える。ここは一つ、発破をかけてやろう。



「無理だな。テメーには出来やしねぇよ」

「なんだと!」

「忘れたのか? テメーの次の対戦相手は伊達雪之丞。俺の同門だ。アイツは人間だが強いぜ。俺や、今のお前よりもな」

「……………!?」



 何か思うことがあるのか、言葉を詰まらせるピート。
 このときの彼は自分の境遇に悩みを抱えていた。精神的なエネルギーである霊能は意志の力に左右されやすい。そのために自分の秘められた力を引き出せなかったのだ。今のままでは雪之丞には到底及ばないだろう。



「どーしても勝ちたいなら迷いを捨てなバンパイア・ハーフ。主の御心は救いを請う者の前では寛大なんだろ? 現状を悲観しても立場は変らねぇ。認めたくないことから眼を瞑っても何も始まらないんだ。世の中いっそう開き直らなきゃ、前に進めないときもあるんだぜ」



 それだけ言うと俺はくるりと背を向け、ドアへ向かって歩き出した。

 これで用件は済んだ。横島の生存は確認したし、あれだけ言えばメドーサとの繋がりの証拠を掴めないうちは俺に手を出そうとはしまい。ピートにアドバイスを送った今となっては、ここにいても時間の無駄である。

 ピートはなおも俺に何か言いたそうであったが、これ以上俺は干渉する気はない。干渉して、感情移入する気はない。彼等はあくまでも敵なのだ。目的のためには殺し合いをせねばならない。

 俺は決して後ろを振り返ることなく、病室から出ていった。

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 ふう。これでピートの方は大丈夫だろう。神聖な力とバンパイア・ハーフとしての力。その二つの力を持つことがピートの真価だ。彼がそのことに気付けば原作通り五分に戦えるはず。雪之丞を充分に消耗させてくれるに違いない。

 仮にそのまま勝っても問題なし。俺的には雪之丞よりピートと戦ったほうが勝算が高いかもしれないし。むしろ是非とも頑張って勝って欲しいところだ。



 審判さ~ん。道具は一つだけなら何でもアリなんですよね? 『ニンニク』ってコート内に持ち込んでもОKですか?



 駄目だとか言われたら試合前にギョウザをたらふく食うだけだが。脆いよねバンパイアって。弱点多過ぎだしさ。


 まあ、その辺りはきっと原作通りピートの負けになるだろう。さて、ここから先は他人の心配よりも自分のことだ。いつまでも人の心配なんてしてられない。大体、今は横島やピートよりも俺のほうが遥かに不味い状況なのだから……。



 見舞いそのものは充分な成果であったといえよう。しかし、ここに来て一つ予想を大きく裏切る事態が起こった。いや、気付いたというべきか。



 俺は当初、陰念は『弱い』と思っていた。

 しかし、それはとんだ間違いである。『弱い』なんてとんでもない。この身体になって初めて分かった。漫画を読んでいるときには気付かなかったが、陰念は俺が思っていたよりも遥かに『強い』。



 俺は当初、美神たちは『強い』と思っていた。

 しかし、それはとんだ間違いである。『強い』なんてとんでもない。直接会ってみて初めて分かった。あのとき、俺に押し寄せた霊圧。それはこちらの予想を遥かに越えるものだった。
 そう、美神たちは『強い』なんてものじゃない。『強すぎる』のだ。



 俺は敵を過小評価しすぎていた。陰念が雑魚ではなく、陰念が雑魚に見えるくらい相手が強いのだ。宇宙意思以前に、目の前の障害さえ遠く及ばない。



 はっきり言おう。このままでは死ぬ。



 強くならねばならない。無茶もしなければならない。それでも自分の世界に帰れるかどうか分からない。



 ―――力が欲しい。



 俺は心の底から願う。まだ半分も生きていない人生の中で、何よりも強く、強く、心から叫んだ。

 強くならなければ……………………………………………待ち受けるのは『死』。



[538] Re[9]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/05/20 00:38
 光陰矢の如し。時間は待ってはくれない。こちらの都合とはお構いなしに時は過ぎている。俺が不安になろうが悩んでいようが関係なく。

 雪之丞vsピートの激闘にも終止符が打たれようとしていた。



「えっ…!?」



 突然、ピートの動きが止まる。注意深く見ていた俺は『ソレ』に辛うじて気付くことが出来た。彼の足元に転がったピアスが一瞬、霊波の足枷となって動きを妨害していたことに――。その隙を逃さず放った雪之丞の拳は顔に入り、続けざまに霊波砲の群れを炸裂させた!



「うわあああっ!!」

「ふ…トロい奴だ。まともにくらうとはな…! だが、楽しかったぜ! こんな戦いは久しぶりだ…!」



 結局、俺のアドバイスがピートにどれだけ影響があったのかは分からないが、試合の途中で勘九朗の妨害が入り、雪之丞の勝利に終わった。

 原作と全く同じ展開といえばそんな気もするし、若干違いがあったといわれればそんな気もする。いずれにしろ細かい部分までは覚えていないし、これからやるべきことが同じならどちらでも構わない。俺には関係のないことだ。



「お…俺が仲間になったのは強くなるためだ!! あんな奴、実力で倒せた…!! そ…それを…!!」



 さ~て、ここから先は『口先の魔術師』(自称)の腕の見せ所だ! 俺の目的を果たすためにも上手く雪之丞を引き込んでやる!!



「俺はもう貴様らを仲間と思わん!!」



 悪いな雪之丞。そういうわけにはいかないんだ。

 綺麗事を言うつもりはない。俺は自分が何よりも大切だ。普通ならそれが当然だろ? 友を助けるために自分を犠牲にするのは美談かもしれないが、そんな真似俺には到底出来ない。だから俺は他人を犠牲にする。例え自分のすることが人として最低な行為であっても、自分の身を守る為なら鬼にでも悪魔にでも魂を売ってやる。

 伊達雪之丞。お前が原作通りGS側に入れば向こうの戦力は更に増強する。ただでさえ、相手は俺の予想より強かったのだ。横島の抹殺にも失敗した以上、それを大人しく認めるわけにはいかない……。



 そしてゴメン雪之丞。きっとお前は弓とは付き合えない。



 第十話 不良と俺と霊波砲

「試合を放棄する気? そんなことメドーサさまはお許しにならないわよ!?」



 勘九朗って本当は結構良い奴なのかも。わざわざ裏切りを宣言した雪之丞の身の心配をしている。俺ならさっさと雪之丞の離反をメドーサにチクって終わりだぞ。



「試合は続ける! だが…終わったら俺は抜けさしてもらうぜ。あのヘビ女が俺を殺すというなら、どこかで修行してさらに強くなって返り討ちにしてやる!」



 そういうことは影でひっそり言うものである。この馬鹿は勘九朗がすぐさま報告すれば速攻メドーサに始末されるかも知れないと気付かないんだろうか? 
 気付かないんだろうな。馬鹿だから。



 ―――だが、馬鹿だからこそ簡単に扱える。



「そいつは随分身勝手じゃあねぇーか。雪之丞」

「陰念か。どけ。貴様に用はない」

「悪いが俺には用があるんだよ。テメーみたいな自分の弱さを他人の所為にする奴には虫唾が走るんでな」

「貴様! 俺を愚弄する気か!!」



 いきなり胸倉を捕まれ、思いっきり睨まれる。暴力反対。人は話し合うことで分かりあえるんですよ? なのに雪之丞は殺気でバリバリだ。明らかにカルシウムが不足している。

 牛乳を飲め! 牛乳を!! 怖いです。逃げ出したいです。しかもタチの悪いことに、見舞いのときのように殴られないという保証は何処にもない。
 それでもここで退くわけにはいかない以上、動揺を押し殺して続けるしかないのだ。
 俺は挑発的な態度を続ける。



「あ~ん? 事実だろうが。『実力で倒せた』?
 寝言は寝てから言いな。互いの実力は互角だったんだ。あのまま続ければ魔装術の限界が来たと同時にテメーの負けだったろーよ。だから手を出したんだ。そんな簡単なことぐらい自分で気付けよ」

「そんなことはない! 俺はあのままでも………」

「勝てるってか。どうやって? 自信を持って言う以上、策の一つや二つくらいあるんだろうな? 何もないって言うのはなしだぜ。そんなんじゃ、誰も納得できやしねぇ」

「…………………」



 ペンは剣に勝てるらしいが、口は拳に勝てるのだ。相手にそこそこの理性と知性が残っていれば正論の前には打ち勝てない。
 俺に言い負かされた雪之丞は顔をうつむかせる。手は今も離していないし、相変わらず相手は怖かったが、逆ギレとばかりに開き直る。



「で、テメーを勝たせるために横槍したのが気に食わないってわけか。ふざけんなよ! テメーがもっと強ければいいだけじゃねーか!! 弱かったから、負けそうだったからこんな結果になったんだ!!
 そもそも『仲間になったのは強くなるためだ』だと!? 実際に強くなっただろーが!! テメーに魔装術を教えたのは誰だ!? 金だって受け取ったじゃねーか!! それなのに一回気にいらねえことがあったからって『やめます』ってか? ああ随分お偉いことで…」



 この辺は事実である。陰念の記憶によると、メドーサは自分の配下になる代わりの報酬として『魔装術』と金を持ち出してきた。逆らうと『殺されるか石にされるか』というまるっきり脅迫だったとはいえ、常日頃から『強くなりたい』と願っていた雪之丞はちゃんと納得して報酬を受け取ったのだ。いくら『試合を邪魔されたから』と言っても、ただそれだけで相手を裏切るのはあまりにも身勝手だと思う。



「何様のつもりだテメーは? 仕事もこなさないで何恩を仇で返す真似やってる!! 受けた義理ぐらいちゃんと返せ!! まったく、テメーのママも自分の息子がこんなわがまま坊やに育ってさぞ喜んでいるだろうよ!!」

「………貴様!! さっきから言わせておけば俺だけではなくママのことまで侮辱する気か!?」



 さすがにマザコン相手にこれは禁句だったのか、怒りを剥き出しで殺気を放ち出す雪之丞。思わず冷や汗が出て唇も乾いてくる。だがこちらも今更引くわけには行かない。っていうか、今更引いたら確実にボコられる。故に前に突き進むのみだ。
 開き直った一般人を舐めるなよ!! 



「だったらどうだって言うんだっ!! 殴るってか!? テメーは自分が負け犬だと認めたくないからって自分より弱い奴を喜んで殴るってわけだ!! だからテメーはガキなんだよ!! 認めたくないことや自分の間違いを暴力でしか解決できねぇ!! それじゃあ、ただのガキ大将じゃあねーか!! そんなんでテメーのママは喜ぶのか!? ああっ!? ママのことを大切に思ってるんなら、俺を殴らずちゃんと口で納得できる答えを出してみろ!!」



 口を止めては行けない。とにかく勢いでまくしたてる。今にも殴りそうだったが、『ママ』の名前が出た途端に拳を引っ込める辺り、単純である。
 唐巣神父が神の名前を出されると弱いように、雪之丞はママという言葉を出されると弱いらしい。ある種の信仰心のようなものがあるのだろう。きっと。

 よし、このまま相手が冷静になって俺がただ『適当』に『好き勝手に言っているだけ』と気付かれる前に、一気に終わらせる!!



「気に入らないか? なら一つ賭けをしろ雪之丞」

「……賭けだと?」



 さ~て、覚悟を決めろよ俺。ここから先は綱渡りだ。今までの試合のような格下ではない、『陰念よりも強い』相手だ。

 駆け引き、小細工、先読み。それらを駆使してなお、勝てるかどうかわからない。それでも世界相手に喧嘩を売ろうっていうんだから、危険な賭けをしなければ勝ち目なんてなくなってしまう。相手が修正できないくらい、引っ掻き回してやらねばならないのだ。



「勝負の内容は簡単さ。次の俺との試合で勝てばいい。お前が勝てばさっき侮辱したことはきっちり詫びてやる。抜けたきゃ抜けな。もう止めたりしねーよ」



 雪之丞は必ずこの勝負に乗る。格下の相手にここまで挑発されたのだ。バトルジャンキーでしかもプライドの高い雪之丞が黙ったままのはずがない。例え、『どんな条件』を出しても雪之丞は乗ってくる。



「だが、約束しろ雪之丞! テメーが負けたら俺の舎弟になりな!! 嫌だとは言わせねえ!! わがまま坊やは俺が一生アゴで扱き使ってやるよ!!」

「テメー…。本気で俺に勝てると思ってんのか!」



 雪之丞は自分が負けるなどと微塵も思っていないだろう。そしてその考えは間違いだとは言えない。
 わかっている。勝ち目は低い。雪之丞は強い。俺よりも遥かに。それくらい、俺だって理解しているのだ。それでも―――



「例え勝算が低くてもやる前から諦めるわけにはいかねーんだよ! こっちには負けられない事情があるんでな!! さあ、テメーはどうする!? 受けてたつか? それとも尻尾巻いて逃げ出すか? 選ぶのはテメーだ! さっさと決めな!!」

「いいだろう! その勝負、受けてたってやる!! 精々首を洗っていろ! 俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる!!」



 怒りに満ちた表情でそう言い放ち、ようやく俺の胸倉から手を離してスタスタ歩き出した。

 ふー。何とか殴られずに思惑通りにいけた。ひとまず交渉成功だ。あとは試合で勝てばいい。そうすればプライドの高い雪之丞は内心どう思っていようと必ず俺に従うだろう。
 もっとも、『勝つ』ことが一番困難なのだが。



「………陰念。アンタ本当に勝てると思っているの? 雪之丞は強いわ。アンタよりも確実にね。
 今からでも遅くないわ。謝ってきなさい。下手すると試合で殺されかねないわよ」



 うん。オカマだけど勘九朗は本当は良い奴だ。これでホモでなければさぞ友達も増えただろう。正直言ってその提案は非常に魅力的だが、俺だってやるときはやるのだ。ここまで言っといて今更逃げるわけにはいかない。



「大丈夫さ。俺だって策がないわけじゃねえ。それに負けられない事情もあるしな。
 それよりもこの試合でお前は絶対に手を出すなよ。そんな真似をすれば雪之丞も黙っていないぜ。
 ま、安心しな。雪之丞をちゃんと寄り戻してやるよ。だからアンタは精々愛しのダーリンの帰りでも待っていな」

「まあ。そんな……。愛しのダーリンだなんて………」



 ………スミマセン軽口を叩いた私が悪かったです。ですから顔を赤く染めないで下さい腰をクネクネしないで下さい。なんか得体の知れない妄想に浸るのは止めて下さいはっきり言って気持ち悪いですから。あと「陰念も意外と頼りになるわね…」なんて事を呟きながら熱い眼差しで俺の『尻』を見つめないで下さいお願いします土下座でもなんでもしますから。俺はれっきとした『ノーマル』なんですソッチの趣味はないんです。悪寒がします雪之丞に睨まれたとき以上に冷や汗が流れます。頼むから標的は雪之丞一人だけにして下さいお二人がどれだけ仲良くなっても私は邪魔しませんからどうかお願いいいから俺を巻き込むな!!



 負けられない理由が、増えてしまった。



 実は良い奴かもしれないが、やっぱり勘九朗は勘九朗なのだ。これはなんとしてでも雪之丞を引き止めねばならない。アイツを生贄に捧げなければ、次のターゲットはきっと俺だ!


 綺麗事を言うつもりはない。俺は自分が何よりも大切だ。普通ならそれが当然だろ? 友を助けるために自分を犠牲にするのは美談かもしれないが、そんな真似俺には到底出来ない。だから俺は他人を犠牲にする。例え自分のすることが人として最低な行為であっても、自分の身を守る為なら鬼にでも悪魔にでもオカマにでも魂を売ってやる。


 許せ雪之丞。恨むなら勘九朗と簡単に口車に乗った自分の愚かさを恨め。俺だって貞操は惜しい。


 なおも熱い視線を向ける勘九朗に身の危険を感じた俺は「じゃ! 俺は用事があるから!!」と言って会場から逃げ出した。

 まあ、実際にやるべきことがあるのだが。実力不足を補う為にも何かしら対策を立てておかねばならない。



 そういうわけで、俺は再び公園にいる。

 今日も良い天気だ。日が沈むのにもまだ時間が残っているし、正直、この時間帯なら子供たちの一人や二人居ないほうがおかしい気もするが、まあ、人気のないほうが何かと都合が良いので気にしない。

 さすがに近くに人がいると新技の練習とかが出来ないからな。昨夜も木が何本か消し飛んだり、遊具が使用不可になったし。流れ弾でもぶつかったら死人が出るかもしれん。



 さて、雪之丞に喧嘩を売ったのは良いんだが、とりあえずはっきりと言っておく。陰念と雪之丞とでは極めて相性が悪い。

 お互いが同門ということもあってか、同じタイプの霊能力者なのだ。両者共に魔装術の使い手であり、かつ霊波砲を得意とする。それでいて実力は雪之丞が上なのだからまさに最悪。同じ技同士がぶつかれば、あとは単純に力の強い方が勝つ。あまりにも簡単な理屈である。

 何より厄介なのが魔装術。時間制限があるとはいえ、霊能力は勿論、身体能力までも強化するこの術は地味ながら強い。文殊や超加速のようにそれ自体が勝敗を決するほどの力はないが、効果が単純故に強力。メドーサが「強くしてやる」と言ってこの技を教えたのも頷ける話である。
 物質化まで霊波の鎧を収束できる雪之丞相手に霊波砲撃っても鎧に弾かれるだけだろう。未熟な陰念の魔装術では万に一つも勝ち目がない。



 では、勝つためにどうすれば良いのか? 答えは容易だ。同じ技同士がぶつかれば強い方が勝つ。ならば、違う技をぶつければいいだけである。

 とはいえ、雪之丞に通用する技は少ない。魔装術や霊波砲は不可。傷跡ビーム(仮)も偽・心眼ビームも威力的には霊波砲と同等しかない。我流魔装技参式の包牙魔装爆なら全力を出せば鎧を突破出来るかもしれないが、自爆技であるこの技では良くて相打ち、実際にはむしろ自滅の方だろう。魔装技と魔装術は同時に使えない。むこうは鎧を着ているのに、こっちは生身なのだ。勝ち目の薄いギャンブルなど試したくない。

 あと俺が作った技となると………弐式はそもそも攻撃系の技じゃないし、カミカゼやパイル・バンカーはまだ未完成で欠点も多い。やはり素人の浅知恵で使えそうな技をそう簡単に作れないか…。大体、俺この世界に来たばっかりだしな。



 やはりここは先人の知恵を借りるのが無難だろう。原作の知識は生かすべきだ。陰念の霊力でも魔装術を打ち破れる技なら、横島と雪之丞の試合にある。


 サイキック・ソーサー。霊力を一点に集中して作る霊波の盾。全身の霊力を集めるために防御力は0になる極めて危険な技だが、威力の方は美神も保証済み。この技ならおそらく陰念でも雪之丞の守りを突破するには充分だろう。



 無論、これは本来横島の技だが、雪之丞も試合中に見ただけで使っていた辺りさほど難しい技ではない。美神のような『道具の扱いに優れた』タイプや唐巣神父のように『他者から力を借りる』タイプならともかく、陰念は横島たちと同じ『霊波を直接武器にする』タイプの人間だ。一応、技のほうは対雪之丞戦を想定して昨夜のうちに取得済みである。



 とはいえ、陰念は横島とは違って煩悩なんかで霊力が上がったりしない。霊能力者としてはそれなりに優秀だが、それ以外は極普通の人間である。霊波の出力もさほど高くないし霊力の最大値も万全とは言いがたい。

 同じ技を使っても使い手の実力次第で威力は変わるものである。成長していない今のままでも横島は知識や経験はともかく、才能と煩悩だけなら最強だからな。現状での俺のサイキック・ソーサーは原作の横島以下と考えた方が無難か……。

 雪之丞に勝つ為には可能な限り省エネで、最大限威力を発揮できるように工夫した方がいいだろう。投げつける際に、先端部分を槍の穂先のように鋭くして貫通力を高めてみるか。あとは出来るだけ顔などの霊波の薄い部分を狙うのも効果的かもしれない。



 あと他にやるべきことは………やはり陰念の能力の底上げか。いくら原作の知識があっても、それだけで戦いに勝てるほど甘くはない。今回のような試合ならまだマシだが、実戦なら確実に死ねるだろう。もっと強くならねばならない。

 強くなるために修行する。基本ではあるが大切だ。それには異存ない。なにしろ俺の将来がかかっているのだ。ちょっと位厳しい修行でも俺は成し遂げてみせる。



 でも正直言って予想以上でした。美神たち強すぎ。このままでは勝てません。香港であっさりバットエンド。宇宙意思の干渉とか以前の問題だった。


 それこそ陰念の身体で美神レベルの実力者になろうと思ったら、一生を費やしてもかなうかどうか危ういぞ。策や小細工で埋めるにも限界がある。いくら頑張ってもアリでは象には勝てない。

 実際にはそこまで力の差はないのだろうが、現状では小学生のカラテ・チャンピオンがプロのK1ファイターに喧嘩を売るぐらいはありそうだ。技術や経験以前に根本的な基礎能力に差がありすぎる。
 甘く見ていた。最初から力の差は分かっていたが、それでも精々小学生が高校生に喧嘩を売る程度だと思っていたのに………。



 これが脇役でそれなりの才能しか与えられていない者と、主役としてずば抜けた能力を持つ者との差か………。

 ―――アレ、ひょっとしてピートってヘボくない?

 そりゃあ、今の俺(陰念)よりは強いかもしれないし雪之丞ぐらいの実力はあるだろうが、俺が見る限り美神や唐巣神父よりかは弱い。プロと素人の差とは言えるかもしれないが、ピートの年齢700歳。人間は80前後も生きれば老衰してもおかしくないから、一生分どころか八~九生分だ。それなのに実力は美神や唐巣神父に劣り、雪之丞と同程度。

 あまりにもヘボくないか? いくら俺でもそれだけ時間があれば何とかなると思うぞ。学校にも行かずGS資格も取らず、お前は680年間くらい何をやっていたんだとツッコミたい。



 まあ、いい。ピートのヘボキャラ疑惑は脇に置いといて、本題だ。雪之丞対策には時間がないのでこのまま行くしかない。しかし、香港編にはまだ期間があるだろう。問題は『香港編まで一体どれくらい猶予があるか?』である。時間があればまだ死なずに済む対策を立てられるかもしれない。 

 コミックには書かれてなかったし、書いていたとしてもそんなに詳しく覚えていないからな。おそらく、長く見積もっても二、三ヶ月ぐらいだと思うのだが……………それだけだと明らかに時間が足りません。

 当たり前だ!! 小学生が三ヶ月でプロに勝てると思うか!? いくらなんでもこんな短期間で都合よくパワーアップなんぞ出来るかいっ!!



 カモン! 斉天大聖(サル)!!
 カモン! 精神と時の部屋!!



 冗談抜きで正攻法で美神たちに追いつこうと思ったら『敵だ!』とか『作品違う!!』とか無視して上の二つのような手段に頼らんと死ぬぞ!!



 何とか陰念強化案を練らねばなるまいな。さすがにサルの助けは借りられん。

 別に手っ取り早く強くなる方法がないわけではない。原作でも美神がアルテミスを憑依したり竜神の武具を身に着けることでパワーアップした事例がある。力がなければ力のあるところから持ってくればいいのだ。簡単な理屈である。
 それはわかる。それはわかるが、いくらそういう知識があっても実際に使えそうなものがないのが痛い。

 それこそ欲を言えば『竜の牙』とか『八房』クラスの武器が欲しいところだが、さすがに陰念で小竜姫やら人狼族に喧嘩売るのは無謀を通り越して投身自殺と変わりない。火を消す水がないから代わりに油をぶっかけるようなものだ。
 無論、却下。そんな危険な真似をするくらいなら現状のまま香港編へ突入した方がまだマシである。



 『武具』による強化案が使えないとなると………あとは『憑依』か。自らの身体に他者の力を取り込み、一次的に霊力を上げる技術。それこそ、高位の神でも降ろせば中級クラスの魔族にも対応できるかもしれない。

 もっとも、実際にはリスクや制約、対象との契約や術の習得の困難さなどの問題があり、使い手は限られているのが現状だ。一週間かけて陣を書いたのに、呼び出した際に相手の機嫌を損ねて逆に呪いをかけられたり、上手く憑依で来ても身体が耐えられなくて死ぬ場合もある。空気を入れすぎた風船のように『パン!』と弾けると言えば分かりやすいだろう。『憑依』というのは本来極めて危険な手段なのだ。しかし――。



 正直、この方法には心当たりがある。



 そりゃあ、そうだろう。今の俺の状態は『憑依』とよく似ているのだから。もし、俺の仮説が正しいとすれば………。



 試してみる価値はある。
 俺は座禅を組んで意識を集中した。独特のリズムでゆっくりと呼吸を繰り返す。白竜会時代で習った基本的な霊力回復術だ。精神を統一し、周囲にある霊気を感じ取り、その身に受け入れることで回復を促す。

 なお、何も霊力を回復させるのに座禅をしなければならないわけでもない。霊力というのは基本的に気力みたいなものだ。感情の起伏で一時的に出力が上昇したり、回復するのはざらである。
 美神なら金、横島なら女といえば分かり易いだろう。主役の癖に欲望方面ばかりなのがアレだと思うが……。



 精神を統一し、辺りの霊気を感じ取れるようになった状態で、俺は意識を自分の身体へと向けた。



 感じる。俺の―――『陰念』の身体の中には二つの霊力がある。



 俺が霊感も超能力もないただの一般人にも関わらず、あっさりと霊波砲撃ったり魔装術を纏ったりしているのは、この身体が一般人のものではなく陰念だからだ。
 『俺』自身が使い方を知らなくても、『陰念』の身体とその中にある彼の魂が自分の技を覚えているのだろう。人がわざわざ意識して『歩こう』と思わずとも歩けるように、俺は霊波砲を意識せずに『撃つ』ことができる。



 そして、俺は今まで陰念の霊力しか使わず、自分で霊波をコントロールしていなかった。ならば、陰念の力だけではなく自分の本来の力と併用することでパワーアップすることが出来るのではないだろうか?



 まあ、なんというか…………………俺の霊力はものすごい潜在能力を秘めているとかじゃなく、一般人らしく『ショボイ』としか言えないけど……。
 こーゆーときは世界を一変するほどの力が眠っていても良いと思うぞ俺は。ホラ、その力の所為でこの世界に飛ばされたとかさ。


 くそ! こんなことなら休みの日にゲーム三昧ではなく山奥で滝にでも打たれときゃやかったぜ。



 ならばコントロールだ! 二人分の制御力なら今まで使えなかった技も使えるようになるかもしれない。俺は試しに、陰念の身体の感覚には頼らず、自分の意思だけで霊波を練る。すると、意外なことにスムーズに霊力は溜まった。霊力中枢(チャクラ)にもおかしなところは見当たらない。
 俺はすぐ傍にあった木に狙いを定め、手のひらを向ける。



「はっ!!」



 気合の声と共に、強力な霊波砲が生まれた。手から飛び出した光の奔流は狙いたがわず気の幹を粉砕する! それなりの太さがあったにもかかわらず、木はあっさりと地面に崩れ落ちた。

 驚いたことに、俺の制御力は陰念のものと比べても見劣りしていない。おそらくは眠っていた才能とかではなく、単に間接的とはいえ陰念の霊力を使っていた為だろう。俺の魂が、陰念を手本に霊力を扱う感覚を『覚えた』のだ。

 ―――これは、いけるかもしれない。
 俺の実力は低い。だが、修行の際に陰念だけではなく『俺自身』の霊力まで上げることが出来たらどうだ?

 従来の陰念と比べて制御力は二倍、経験値も二倍である。一人ではどうにも出来なくとも、二人掛かりなら美神たちにも『勝てる』……いや、それは流石に無理か。だが、『出し抜く』ことぐらいなら出来るかもしれない。

 もともと美神たちだって自分より強い妖怪やら魔族と戦って勝利して来たのだ。戦いは何も実力が全てではない。これで俺の持つ原作の知識も活かせれば……。
 希望が出てきた。可能性はある。ならば俺のやるべきことは一つ。前に進むだけだ。よ~し、
 


「いくぜ!!」

「……その前にちょっと署まで来てもらえるかね?」



 ―――ハイ?



 振り返ると、それなりに年季の入った警察の方が立っていた。



「昨夜から近所の住民に通報があってね。この公園で不審な男が暴れ回っているそうだ。実際、いくつかの木がへし折れていたり、ブランコや滑り台が壊れてしまっている。危険を感じてか、折角の天気なのにも関わらず人は公園から離れてしまったよ」



 …………そう言えば、昨夜、寝る前に『新技』の練習を『この公園で』したっけ。



 ―――えっ! もしかしてこの公園に人気がないのは俺の所為!?



「イヤ、私ハ通リスガリノ無関係ナ人間デスヨ?」



 こんなときこそ『口先の魔術師』(自称)の真価を見せるときだ! 大丈夫さ! 人は話し合うことでどんなことでも分かり合える―――



「とりあえず、『つい先程』倒したばかりの木のことも聞きたいので、大人しく着いて来てくれると嬉しいんだがね」



 ―――はずがありませんでした。所詮、自分以外は皆他人です。話し合いで解決できるなら戦争なんて起こらないんです。



 見られていたのかよ。いくらなんでも現行犯じゃあ何を言っても無理だって。
 しかし、ここで大人しく捕まれば確実に雪之丞との試合に間に合わない。それだけは駄目だ。流石にそれは不味い。そんなふざけた真似をすればメドーサ以前に雪之丞に殺される。

 散々挑発したからな……。ならばここは一つ―――



「三十六計、逃げるに如かず!!」

「あ、コラ! 待ちなさいっ!! くそ、逃がすものか!! 国家権力を舐めるなよ!! 

 ―――こちら米沢、こちら米沢。例の件の犯人と思われる人物が逃亡中。至急、応援を頼む!」



 人生を賭けた鬼ごっこが始まった。



 陰念vs国家の狗


 捕まるか、時間切れでゲームオーバー。
 雪之丞との試合まであと30分。



[538] Re[10]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/05/28 05:17

「逮捕しろーっ!! 社会秩序の敵め―――っ!!」

「止まれ―――っ!! 止まらんと撃つぞっ!!」



 現在、逃亡中。俺のすぐ後ろでは数えるのも怖いくらいのパトカーがサイレン鳴らして追ってきます。


 Why? 不条理です。世の中なんか間違っています。この世には神も仏もいないんですか?



 ―――え? 小竜姫? ヒャクメ? キーやん? 

 はっはっはっはっは。何を言っているのやら。神なんて所詮人間が考えた『自分を助けてくれる都合のよい存在』じゃないか。信者だって救いが得られると思うから信仰するんだよ? 助けもしない神様を、一体何処の誰が信仰するって言うんだい? 
 俺は今の俺を救ってくれん神なんて神とは認めん。



 何故だ! 何故俺が警察に追われなければならない!! 俺は無実だ!! そりゃあ、横島の場合は『雪之丞に勝つため』などと言いつつ覗きに精を出していたからパトカーに追われていたのにも納得できるさっ! しかし、俺は雪之丞に勝つために真面目に策を練り修行に取り組んでいたのだ!! むしろ誉められるべき行為ですよ? それなのに何故!?

 これはきっと宇宙意思の陰謀である。自分にとって邪魔者である俺を排除するためにこんな陰険な真似をしているに違いない。俺に落ち度はないはずだ! そう、俺は悪くはない。

 警察は俺よりもむしろ横島を捕らえるべきだろう。叩けばいくらでもほこりが出てくるはずだ。例えばセクハラとかセクハラとかセクハラとか。



 あとセクハラ!



 ひょっとしたら飢えを凌ぐためにスーパーで万引きとか弁当屋のゴミ箱漁りとかもやっていたかもしれないが、とりあえず横島と言えばセクハラである。実物を見た俺だからこそ断言できる。セクハラのしていない横島などパチモンと言っても過言ではない。そしてセクハラは犯罪だ。

 世のため人のため女性のため、そして何より俺のためにも彼には是非とも何年かムショ暮らしを満喫して欲しい。美神でも可。むしろ大歓迎。

 逮捕できるだけの罪状なら充分あるだろう。脱税とか脅迫とか詐欺とか労働基準法違反とか。こんなんで良いのか主人公? 素で捕まっていてもおかしくないぞこの女。問題がありすぎる。ないのはちゃんとした証拠だけだ。



 ―――いっそう、勝ち目の低い直接対決は避けて、その辺の証拠でも探した方が良いかもしれない。



 と、そんなことを考えながら現実逃避に精を出していた。



 第十一話 不良と警察と霊波砲

 俺は今、横島の凄まじさを肌身で感じている。よくよく考えて見れば、彼はとんでもなく凄い。文殊などの霊能に目覚める前からその能力は人間離れをしていたのだ。



 ―――アイツ、こいつらに追われながら痴漢やってる余裕があったのか!?



 原作では逃げながらもギリギリまで覗きをやっていたはずだ。しかも警察以外に多数の被害者(おんな)にも追われていて。
 とんでもない奴だ。でも馬鹿だ。とんでもない馬鹿だ。この辺りの土地勘がないとはいえ、俺なんて逃げるだけでもギリギリですよ!?

 当然の事ながら、人が走るより車が走る方が早い。「スピード違反!!」って叫びたいくらいの速度で迫ってくるパトカーの群れから逃げるのは難しいのだ。
 時折、人であることの身軽さを生かして狭い小道や屋根上ショートカットを敢行しているのだが、所詮は個人対組織。数で押され、すぐに回り込まれてしまう。



 いかん。このままでは捕まる。

 一瞬、追ってくるパトカーに「片っ端から霊波砲ぶち込むか?」というステキアイディアが頭をよぎる。



 ―――殺るか?



 しかし、決断は向こうの方が早かったようだ。俺のすぐ傍で何やら「パン!」とした音が響いてくる。



「ま、マジかよ………」



 後ろを振り向けば、車の窓から身を乗り出して拳銃構えている警官がいたりする。
 アイツら、本気で撃ってきやがった………。



「お、落ち着け白井! 何も本当に撃たなくても……」

「私は兄たちとは違う! 救う価値のない命はむしろ葬るべきだ!! 卑劣な犯罪者如きに、我々警察が敗北することなどあってはならんのだぁぁぁぁぁぁっ!!」


 
誰だよあんなの警官にした奴は!?

 くそぉぉぉぉぉぉっ!! 絶対に逃げ切ってやるーっ!! こんなところで死んでたまるかっ!!



 こうなりゃヤケだ!! 新技のテストも兼ねて奴等を振り切ってやるっ!! 練習では失敗に終わったが、自分の意思で霊波をコントロールできることに気付いた今の俺なら出来るはず!

 俺は足に霊波を込めた。身体を傾け、クラウチング・スタートの姿勢へ。
 それは限界まで伸びたゴムが縮もうとするかのように。それは弓が矢を放とうとするかのように――。 

 溜めた力を一気に放出させ、撃ち出す。そのとき、俺の身体は一陣の風となる。まるで火薬で撃ち出された銃弾であるかのように、高速で宙を駆けたのだ。

 周囲の風景が流れていく。一体時速が何キロくらい出ているのか、俺に吹きつける風が凄い。『暴走上等』なパトカーたちが瞬時に遥か後方へと遠ざかった。



 高速移動術・カミカゼ。



 原理は極めて単純。両足から放った霊波砲の反発力を推進剤として、ロケットのように高速で突き進む技である。ひねりも何もなく、話を聞く限り誰でも簡単に出来そうな気もするが、これが相当難しい。



 ―――貴方は足の指ではしを持てますか?



 一言で言えばそういうことだ。手で出来るからといって足で出来るとは限らない。俺自身、陰念と俺の二人掛かりでようやく実現できたのだ。正直言って、誰か他の人間がこの技を使えるとは思えない。



 俺だって練習では失敗していて、今日初めて使いました。
 故に、今更ながらこの技の問題点に気付く。



 眼前に迫り来るどっかの家のブロック塀。このままでは頭から激突コース。
 だが、俺の身体は回避出来ない。この技はロケットと同じなのだ。両足からの霊波砲をジェット噴射する勢いで加速する。その速度は大変凄まじいものだ。

 しかし、スピードはあるがその所為で曲がれません。空気抵抗が激しすぎて、足を曲げることが出来ねえ。そればかりか、指一本まともに動かせられなかったり。無論、加速してから急に止まることも不可能です。
 はっきりと言おう。この技、



「使えねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」



 ハンドルもなければブレーキもない、アクセルだけの車に乗るよーなものである。カミカゼは神風でも、実際には神風特攻隊の方だった。



「のおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」



 成す術もなく、そのまま轟音を響かせつつ俺の身体は塀に激突する。あっさりと堀は破壊され、意識がゆっくりと暗転する………。







「いて、いてててて…」



 一瞬、気を失っていたかもしれない。全身が痛い。死ぬほど痛い。だが、幸いにも軽い打撲だけで済んだようだ。俺は埋もれた瓦礫から起きあがった。
 どうやらここはあの堀の家の中らしい。辺りはまるで大砲の弾でも飛びこんできたかのように乱雑している。

 危ないところだった……。俺は横島ではない。極普通の人間だ。そして、普通の人間ならあんなデタラメな速度で頭からぶつかったら間違いなく御陀仏だろう。

 しかし、俺には霊能力がある。激突の瞬間、咄嗟にかけた魔装術のお陰で生きているばかりか、怪我らしい怪我をしないで済んだのだ。この技は霊波の鎧を身に纏うため、防御力もかなり上昇する。生身なら今頃顔が変形しているだけでは済まされなかっただろう。

 だが、俺は自分のすぐ傍に老人が倒れているのを見て、顔を青ざめた。
 そう、普通の人間ではただでは済まない速度でぶつかったのだ。周囲に与える影響も生半可なものではない。



「う、ううう…………」



 老人の口元には何か赤くてドロドロとしたものがへばりついている。一瞬、最悪の事態を想定した。まさか、さっきの衝撃で飛び散った破片で怪我でもしたのか? この高齢である。打ち所が悪ければ命に関わるかもしれない。



「おい、爺さんしっかりしろっ!!」


 俺は爺さんの肩を慌ててゆすった。すると気付いたのか、何かうめき声を上げてゆっくりと起きあがる。

 良かった。怪我らしい怪我はしていない。これなら大丈夫だろう。俺は胸をなでおろす。
 そしてその爺さんは俺の姿を見て呟いた。



「―――ば………」

「ば?」



 言葉を聞き取るために彼の口元に耳を近づける。



「ばーさんや、メシはまだかいの?」



 そのジジイの手には大きなどんぶり。山盛りのご飯が、真っ赤な『イチゴジャム』をつけてのっかっていた。



 ―――ザ・アルツハイマー!



 ちなみに口元についていたものはジャムだった。



「ばーさんや、ワシの眼鏡を知らんかの?」

「……さて、いくか」



 なおも呟くジジイ。眼鏡は既に掛けていた。俺は、何事もなかったかのように無視することにする。賢明な判断と言えよう。この手の輩は相手にしてもきりがない。

 しかし、無視することが出来ないものもある。



「いたぞぉぉぉぉぉっ!! 絶対に捕まえろーっ!!」



 俺を追ってくる熱心なストーカーの皆さんだ。
 


「ちっ、こうなったら仕方がない!!」



 このまま遅刻で不戦敗にでもなったら笑い話にしかならない。ここは強引にでも追っ手を振り払うべきだろう。

 俺は眼前の電柱に狙いを定める。霊波砲を撃つように右手に霊力を集中、霊波を放出すると同時に溢れる光りを剣状に束ねた。

 手のひらに具現化される霊波刀。本来陰念のスキルではないが、二人掛かりの制御力さえあれば撃ち出さずに剣の形で霊波を固定するのは容易い。あとは集中力とイメージ力の問題だ。



「たぁぁぁぁぁっ!!」



 霊波刀を振るい、傍にある電柱を斬りつけた。―――が、硬い。いくらコントロールに長けていても出力が低い所為か、刃は半ば切り込んだ所で止まった。

 ならば―――



「爆ぜろっ!!」



 俺の意思を受け霊波刀は爆発し、その衝撃で電柱をへし折った。
 簡単な理屈である。魔装術を霊波砲に変えられるなら、霊波刀を霊波砲に変えれぬ道理がない。

 名付けるとすれば『霊爆刃』と言ったところか? 一度使うと得物を失うのは痛いが、霊圧の低い一般人がくらえば間違いなく致命傷。日本刀で切りつけられて爆弾を括り付けられたようなものだ。霊能者相手でもそれなりに威力は期待できる。



 一方、へし折れた電柱はというと、俺の狙い通り道路に倒れこみパトカー達の行く手を阻む。
 この電柱で追跡を振り切ろうという平和的な解決手段だ。俺にも良心というものは残っている。直接霊波砲をぶつけるような真似はしないさ。



 しかし、一つ計算ミスがあった。世の中には慣性の法則と言うものがある。自動車は急には止まれない。
 結果、パトカーはそのまま突き進んでぶつかり、立て続けに玉突き衝突事故を引き起こす。



 なにやら悲鳴とか怒声とかでかなりの大惨事っぽくなっていたが、彼等はきっとまだ幸運だったに違いない。ここが映画の世界ならば、今頃さらに爆発炎上だろう。

 俺は気にしない。っていうか、気にすんな。事故だ事故。いちいち気にしていたら頭が神父のようになってしまう。
 


 それはさておき、追っては片付いたことだし、このまま走れば何とか間に合いそうだ。
 と油断したのも束の間、新たな追っ手が俺に迫ってきた。



 ―――しつこいっ!! って、テメーかよ!!



 見覚えのある顔だった。具体的にはこの事件が生まれた要因であり、俺に冤罪(?)を被せた憎き男。公園で最初に会った警官が、必死の形相で自転車をこいでいたのだ。



「待て―――っ!! 貴様のよーな反社会的な人物は法で裁かれねばならんのだー!!」

「それは違うっ!! 絶対に違うぞっ!! 俺を横島とかと一緒にすんなっ!! 俺はアイツらと違って人生真面目に頑張って生きてんだよ!!」



 俺は思わず言い返した。
 失礼なオッサンである。私は奴等とは違う善良な一般市民ですよ?

 それにしても不味い。試合会場には次の角を曲がれば着くのだが、こんな奴連れてきたら試合が出来ない。残りの時間もないというのに………ええい、うっとしい!! 邪魔者はさっさと消えろ!! 俺には重大なる使命があるんだ!! 俺の邪魔をするって言うのなら今すぐ相手になってやる!!

 俺は迷わず手を警官に向けた。そして霊力を集中する。この辺の動作も何度もやっているからもはや手馴れたものだ。結構凶悪なくらいにエネルギーを集め―――



「吹っ飛べっ!!」



 俺の意思に従い、毎度おなじみの霊波砲が撃ち出された。それなりに威力を込めていたから、たぶん岩くらいなら砕けるだろう。



「うっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」



 必死の形相で悲鳴を上げる警察官。一般人相手にぶつかればたぶんそのまま三途の川。ひょっとしたら今ごろ警官の頭の中には走馬灯でも流れているかもしれない。

 しかし、さすがに俺もそこまでするほど鬼じゃないぞ? 命はむやみに奪ってはいけない尊いものです。

 俺の放った霊波砲は警官に迫っていたものの、その手前の地面に着弾した。砕かれたアスファルト。轟音が周囲の音を掻き消し、粉塵がその視界を塞ぐ。
 俺は逃げることさえ出来れば良いのだ。目くらましをすればそれで充分。

 とはいえ、至近距離からの霊波砲には驚いたのか、自転車の急ブレーキと男の叫び声が辺りに響いた。
 ただでさえ、限界まで加速していたのだ。道路には砕けたアスファルトで足場が悪くなり、さらに突然視界まで失った。こんな状況でまともに走れるわけがない。

 慣性の法則。自動車も自転車も急には止まれない。それは偉大なる自然の摂理だ。



 問、その結果彼はどうなりましたか?



 答え―――お巡りさんは壁にぶつかって、気を失ってしまいました。



 まあ、そのままほったらかしにしても死にはしないだろう。あれだけボロボロだった横島だって元気だったし。
 さらばだ! 我が宿敵(とも)よ!! 
 アンタのことはすぐに忘れるぜ。それより今は雪之丞だ!!

 ・
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 ・
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 ・

 そうして、数々の試練を乗り越え、俺はついに戦場へと辿りつく。



「え――、やむをえません。陰念選手は試合放棄とみなし、この試合…」

「ちょっと待ったぁ!! 俺ならここにいるぜっ!!」



 全力で走っていたせいで、汗は流れたまま息を切らせながらも審判に向かって声を張り上げた。

 危ない危ない。まさしくギリギリ。もう少し遅れていたら戦わずに負けるところだった…。さすがにそんな間抜けな敗北だけは勘弁してもらいたい。

 命懸けの戦いなどしたくはないが、こっちも一般人なりに危険を覚悟をしてやっている。今更、戦いから逃げて生涯を気楽に過ごすことなど出来ない。ならば、俺は元の世界に帰って平和を満喫するためなら鬼でも悪魔でも魂を売ってやるまでだ。
 今なら定価80パーセントオフの大安売りだ。目的のためなら『危険』(あかじ)覚悟はやむ追えない。



「フ…秘密の特訓でもしてきたか?」

「そいつは見てからのお楽しみさ…」



 不敵な笑みを浮かべる雪之丞に対し、こちらも笑みを返す。内心の恐怖を見せるな。弱気になっても勝てやしない。ならば外面だけでも強気にならねばならないのだ。


 もう、後戻りは出来ない。するわけにはいかない。いつまでもふざけている場合ではないのだ。



『現状を悲観しても立場は変らねぇ。認めたくないことから眼を瞑っても何も始まらないんだ。世の中いっそう開き直らなきゃ、前に進めないときもあるんだぜ』



 この言葉は、何もピート一人に言った言葉ではない。自分に向けて言った言葉でもある。
 俺はこの日のために用意した神通棍を強く、強く握り締めた。



 ……上手くやれるはずだ。策は立てた。やれるだけのこともした。あとは自分を信じて精一杯全力を尽くせばいい。



 本当は戦いなどしたくはない。俺は雪之丞とは違い、強敵を前に喜ぶようなバトルジャンキーではないのだ。ジェットコースターもバンジージャンプもお断りな一般人。金を貰ったって乗る気なし。むしろ人より怖がりだと言ってもいい。



 サイキック・ソーサーなら、確かに雪之丞にも通用するだろう。だが、あの技は諸刃の剣だ。霊力を一点に集中してしまうため、効果は高いがその他の部分は常人以下。下手をしたら間違いなく………死ぬ。

 だが、逆に『使わなければ』試合に負けても死なずに済むのではないのだろうか? 雪之丞は香港で敵に回った勘九朗も助けようとしていたのだ。いくらあれだけ挑発したからと言っても、わざわざ相手の息の根まで止めるとは思えない。


 それでも、例え勝てる可能性が一パーセントでもあるのなら………。 



 死ぬのは怖い。痛いこともしたくない。好んで人を傷付けられない。それらを乗り越えるための勇気なんて出やしない。

 それでも、恐怖ならある。死ぬことよりも、痛みよりも、傷付けるよりも怖い、とびっきりの恐怖が。

 ―――『俺』は『陰念』じゃない。



 ―――この世界は『俺』の居場所ではない。



 ―――誰も『俺』の存在を知らない。



 ―――誰も、『俺』の本当の名前を知らない。



 俺は、『胡蝶の夢』なんて認められない。



 死にたくない。だけどそれ以上に、このまま『消えたくない』。



 今はまだいい。しかし、一年後は? 五年後は? 十年後は? 『原作』の知識の後の世界では、『俺』は一体どうなってしまうのか?


 『俺』の中にある『記憶』でしか、『俺』は『俺』の存在を『確認』できない。この世界では誰も『俺』の存在を『認識』してくれないのだ。誰も『俺』の『名前』を呼びかけてはくれないのだ。



 何十年も異国の地に住み着き、日本語を忘れてしまった日本人がいるという。
 走らない足が退化するように、飛ばない翼が縮むように、そして不要な尻尾が失われていくように―――
 使わない『不要なモノ』はやがて消えていく。


 ならば、『俺』が度重なる時の流れに埋もれて、己の存在を『忘れない』と言い切れるのだろうか?



 『夢』が覚めないのならば、それはもはや『夢』ではない。もう一つの『現実』だ。そしてかっての『現実』は古き『夢』となって世界は反転する。

 臆病な俺は、そうなってしまうことが何よりも恐ろしい。人は二度死ぬと言う。一度目は命が潰えたとき。そして二度目は、人々の記憶から忘れられてしまったとき……。

 俺は、死にたくない。疑いたくない。自分の存在を。俺はこのまま先に『二度目の死』を迎えるのはまっぴらだ。

 自分で自分の『名前』すら忘れる前に。このまま夢と現実が入れ替わる前に――。

 ―――自分のいた世界に戻りたい。

 それだけが、今の俺を支える唯一の希望。『どうやって帰るか?』を考えている内は、俺は自分で自分を見失わずに済むのだ。

 だから、俺は『前に進める』。迷うことが時間の無駄なら、俺は迷わない。『恐怖』があるなら、それ以上の恐怖で塗り潰す。

 伊達や酔狂でこの世界に喧嘩売ってるわけではないのだ。ふざけることはあってもマジである。



 横島はサイキック・ソーサーを使っても引き分けだった。だが、俺は! 横島の生んだ結果を超えて勝ってやる!!

 俺は、雪之丞を倒す!! それが出来ずして何が『宇宙意思』を出し抜くだ!! 俺が本当に勝たなければならない相手は、雪之丞如きに躓いていいような楽な相手ではない!!



「試合開始!!」



 審判の言葉に両者の間に空気が張り詰める。両者ともにまだ手は出さない。互いに出方を伺い合う。『陰念』の様子がいつもとは違う所為か、雪之丞も少し警戒しているのかもしれない。
 挑発でもして相手の攻撃を誘うか? 



 サイキック・ソーサーはまだ『使えない』。あんな危険な技、防御用として使うのは自殺行為。あくまでも『攻撃用』として割り切る。



 痺れを切らした雪之丞が動き出す寸前、どこかで誰かが叫ぶ。

 何やら周囲が騒がしい。遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。その言葉が耳に届いたとき、俺は辺りにあった緊張を打ち破り、前へと走り出す。

 急がねばならない。急いでこの身を潜めねば。このままでは戦わずして負けてしまう。
 心臓の鼓動にせかされるかのように俺は前へと走り―――



 そして―――鉄扉は開かれた!

「不審な男がこっちに逃げてきませんでしたかっ!? 人相の悪い、公共物の破壊、公務執行妨害、不法侵入、傷害罪、器物破損などの罪を犯した凶悪犯ですっ!!」

「どこだ――っ!! 米沢の仇は必ず俺が取ってやるからな…っ!!」

「探せっ! 絶対に逃がすなよ!! 例え危険な目にあっても、正義の為にも我々警察がヤクザ如きに屈するわけにはいかんのだっ!!」

「ばーさんや、メシはまだかいの?」

 ―――警官(+おまけ)乱入。突然の出来事に会場はちょっとした騒ぎになる。

 まったく、物騒な世の中だ。今はまだ昼間だというのに凶悪犯がこの近くをうろついているとは…。

 ちなみに俺は無関係。陰念は霊能力者兼GS候補。不良であっても決してヤクザなどではない。
 だから彼等が追ってきたのは別の誰かだ。そうに決まってる。



「………オイ、何故俺の後ろに隠れる?」

「いや、なんとなく」



 うん、私はあくまでも無関係ですよ? ホラ、世の中にはよく似た人が3万人はいるって言うし。
 顔を隠しながら必死になって自己暗示。信じていれば夢だってきっと叶うんです。



 まあ、なんていうか―――



 確かに俺、サイキック・ソーサーは参考にしましたが、こんなトコまで横島の真似をする気はありません。

 っていうか、何なんですかあの罪状。公共物の破壊? 公務執行妨害? 不法侵入? 傷害罪? 器物破損? 心当たりがないといえば嘘になりますが、ひょっとして俺、別の意味で横島超えていませんか?



 わざとじゃありません。わざとじゃないんです。



 折角こっちが珍しくシリアスでやろうって場面に、わざわざギャグなんかやらないって!!
 とりあえず、無事に雪之丞との試合を再開できたとだけは言っておく。

 犯人は結局見つからなかったそーだ。



[538] Re[11]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/06/11 07:44
 目には目を、

 そして歯に歯を。



 こんな非現実的な世界に迷い込んだ以上、こちらも非現実的にならねばならない。これまでの常識を捨てなければ、何も出来やしないのだ。
 腹をくくれ。一般的な道徳観など捨てろ。迷っている時間など無駄だ。無駄ならやめろ。弱者である俺に余計なモノまで背負い込む余裕など、ない。

 俺はあくまでも『一般人』だ。だが、そう思うのは単なる甘えに他ならない。
 自分がいくら「一般人だ」と主張しても、相手が手を抜いてくれやしないのだ。それは『事実』であってもマイナスにこそなれ、プラスになることなど有り得ない。



 つまり、それは『余計な』モノだということ。
 ―――ならば、まずは最初に『ソレ』を捨てろ。



 相手は強い。『一般人』などでは万が一にも勝機を勝ち取れないだろう。それでも勝たねばならないのなら、俺は捨てなければならない。そして変らねばならない。
 故に、今この場だけは『戦士』となろう。理想的で最良の、


 獣のように獰猛で―――


 人形のように感情(ココロ)なく――


 機械のように計算高い――


 そんな、最高の『戦士』に俺はなる。

 それが出来ずして、目の前の『戦士』は打倒し得ない。



「警官たちの突入で一時的に試合が止まってしまいましたが、無事試合を再開です。
 さて、試合も四回戦になりましたが、やはり注目の一戦は陰念選手対伊達雪之丞選手の試合でしょう。同じ白龍会の同門同士、一体どのような戦いを見せるのか? 
 解説者の厄珍さん、どのような結果になると思われますか?」

「むさい男同士の戦いなど興味ないある。大体勝敗なんてやる前から見えているあるな」

「と、言いますと?」

「魔装術ある。陰念のものは霊波を纏うだけの、例えるなら『液体』。それに対して雪之丞は物理化して『固体』にまで凝縮できるあるよ。『液体』と『固体』がぶつかればどうなるかは小学生でもわかる理屈ある」



 厄珍の指摘は決して間違いではない。魔装術の完成度は雪之丞の方が遥かに上で、純粋な霊力や霊波の出力も俺より一つか二つ、段が違う。
 わかりやすくゲーム風に言えば、相手は攻撃力や守備力は勿論、HPとMPまでもが自分より高いのだ。

 こちらが持ち得る限り最大の攻撃は相手にとって致命傷とならず、向こうのありふれた何気ない一撃が必殺の牙となって俺に襲いかかる。二人の間にある力量の差はあきらかに明白だ。

 だから、この戦いは始まる前から俺の負けだといっても良い。

 無論、霊波の制御力に関しては俺に分があるが、優れた物量の前には些細な小細工や器用さで覆せる程甘くはない。犠牲を承知の上で力任せに押しきられれば、それでオシマイ。戦争というものの大半は、物量が勝るものが勝利を収めてきたのだから――。

 それでも、勝たねばならないのだ。勝たねばならない以上、取るべき方法は一つ。雪之丞の行動を読み、時に誘導し、騙すことで相手を『出し抜く』。



 相手に決して弱みを見せるな。己の頭の中では常に勝利を描け。
 実力差を変えられないのなら、せめて最後まで敗北を考えずに自分の全てを出し切る必要がある。実力で負け、心でも負けているようでは万が一にも勝ち目はない。

 不要なものは全てを泥に捨て、必要なものは何があっても手放さない。弱者が強者を相手に出来るのはただそれだけだ。



 恐怖など不用―――ただ身体の動きを鈍らせるだけ。


 情けなど不用―――ただ腕の動きを鈍らせるだけ。


 迷いなど不要―――ただ足の動きを鈍らせるだけ。



 勝利に必要なのは覚悟と決意。そして追い詰められたネズミのような極限さと、狂いのない正確な策略のみ。

 今なお心に残る『くだらないモノ』に告げる。



 ―――アレは人間じゃない。



 ただの障害物だ。


 ならば徹底的に叩き潰せっ!!






 第十二話 不良とザリガニと霊波砲(前編)



 陰念vs雪之丞



 試合は既に始まっているが、まだ動きはない。二人は互いに距離を取りながら相手の出方を伺っていた。

 元々、俺は霊力の消耗を抑えるためにも積極的に動くつもりはない。故に、自分から動かない。
 雪之丞側としても、いつもとは雰囲気の違う『陰念』と、彼の手に持っている『神通棍』に対し、若干警戒を抱いているのだろう。



 実力差を埋めるために道具を使うのは珍しいことではない。もっとも、『こんなモノ』一つで埋められるような差ではないし、そもそも俺にも『陰念』にもコレを振りまわすスキルなど持ち合わせていないが――。



 無言で続く膠着状態。それは嵐の前の静けさか。張り詰めた緊張の糸が、時の流れを何倍にも引き延ばした。



「お前が何を企んでいるかは知らんが、俺はそんなものでは倒せんぞ」



 やがて焦れてきたのだろう。現状を打破すべく、雪之丞が動き出す。



「だが、油断はせん。全力でお前を倒し、俺ばかりかママまでも侮辱したことを後悔させてやるっ!!」



 迷いのない瞳の中に、己の力量に対する絶対的な自信を持って―――。

 ―――『戦士』は吠える! その手に勝利を掴むが為に!!
 


「おおおおっ!!」



 獣のような咆哮を上げ、雪之丞の姿に変化が訪れた。溢れ出した霊波が、明確なカタチ、明確な脅威となって具現化する。

 ―――その術の名は魔装術。人知を超えた『魔』の力を、『人』の知性で振るう魔性の技。『禁忌』と恐れられる邪法の一つだ。



「おおーっと雪之丞選手、いきなり魔装術!! 霊波の鎧を物質化したーっ!!」



 そう、それでいい! 思う存分力を出せっ!

 次の試合へ向けて力を温存でもされれば、俺の細い勝機はなくなってしまう。
 逆に、彼が全力を出せば―――



「虚弱で母親に甘えていた俺が、こんなに『カッコよく強くたくましく』なれたのは―――」

「喧しいっ!! さっさと来やがれ!! この、『ザリガニ』野郎ーっ!!」


 ・
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 ・



 そのとき、たぶん世界は止まった。



 俺の言葉に、一瞬、静寂だけが全てを支配する。やがて時は動き出し、彼は額に筋が走り、肩をプルプル振るわせながらもゆっくりと再起動を果たす。



「こ…、この俺が…ザリガニだと…?」

「ああそうさ。はっきり言ってテメーの魔装術はザリガニとかの甲殻類っぽいんだよ。悪く言えば『怪人ザリガニ男』、良く言っても『無敵超人ロブスターマン』ってトコか?」



 どちらにせよ、手にハサミがついていないのが実に惜しいところだ。興味を持った人は頭の中で想像してみるといい。ハサミのついた魔装術イン雪之丞(前期)。『絶対』似合っているから。

 ちなみに上の言葉だが、俺的にはむしろ前者。そもそも見た目からして『悪の秘密結社』の『手先』その1。『総統』はもちろんアシュタロスだ。とりあえずトゲトゲだらけのその外見で正義のヒーローを語るには無理があると思う。子供に人気が出そうにない。



 よーするに、



「俺はお世辞でもなければカッコイイなんて戯言言わねーぞ!!」



 大きな声であからさまに挑発する俺。
 だが、決して嘘は言っていない。私は『正直』に言いました。観客の中にはウケたのか、いきなり笑い出したりはしないものの、若干笑みをこらえている者までいる。むしろそーゆー奴の方が多いくらいだ。



 ―――あ、視界の隅っこで『女幹部』(メドーサ)までが笑いをこらえているし。



 雪之丞は思わず怒りで顔を真っ赤変えて睨みつけている。歯軋りすら聞こえてきそうなくらいだ。ってゆーか、実際に聞こえてきた。

 まあ、無理もない。プライドの高い奴が、ここまで馬鹿にされて陽気に愉快に笑っていられるはずもない。ましてや雪之丞は短気だ。彼の堪忍袋が切れるのも時間の問題だろう。

 俺はさらにトドメを指すべく言葉を続ける。



「それなのに大声で『カッコイイ』? 馬鹿じゃねーの? どーゆー美的センスしてんだお前? それがカッコイイんだったら、綺麗だったらしいお前のママの顔はどんなんだ? さしずめザリガニ似か? それともカニ似? エビ似? 案外サソリ似だったりしてな。

 うわ~、想像したら相当不細工だなお前の親って。うちの母親はちゃんとした人間で良かったぜ」

「き、貴様~っ!!!」



 マザコンに対して禁句を連発。さすがにコレだけは許せなかったのか、雪之丞がマジでキレる。殺意すら振りまいて右手に凶悪なまでの霊力を込めていた。



「くたばれっ!!」



 気合一閃。灼熱の太陽を思わせるほどの脅威が、俺を目掛けて襲いかかる!
 同じ霊波砲であっても、まず大きさが違う。そして密度が違う。荒れ狂う暴威は、俺が撃つ霊波砲とは比べ物にならない。そう、それはまさに必殺の一撃――。



 だが、俺は顔に笑みを浮かべていた。―――浮かべていたはずだ。内心の恐怖を隠した、虚勢の笑み。それに力強い決意と自信を無理矢理ねじ込む。

 手を持ち上げ構える。使うのはその手になじんだ『霊波砲』。それを見て、雪之丞が嘲笑う。

 確かに、彼の霊波砲は俺よりも遥かに上だ。まともにぶつかりあえば、弱い方はあっさりと飲み込まれてしまうだろう。
 それでも―――



「……!?」



 その表情に、驚愕を浮かべる雪之丞。必殺のはずの一撃は、見当違いな方向へ飛んでいく。



 まともにぶつかれば飲み込まれるなら、まともにぶつけなければいい。そう、射線の軸から『ズラす』だけなら、陰念程度の霊波砲でも出来る。



 それは近い未来、核ジャックを行なったアシュタロスを止めるために赴いた南極で『雪之丞』を含むGSメンバーがパピリオの攻撃を防ぐために行なった手段。

 数千マイトはある魔族の一撃を、たかが百マイト前後の人間がズラせたのだ。いくら俺と雪之丞との間に大きな力差があろうとも、襲いかかる力の向きを変えることくらいなら無理ではない。

 皮肉な話だが、美神たちは俺にとって最大の障害であり、そして頼りになる師匠でもある。彼女たちの戦いの多くは自分を超える強者との戦いだった。それらに常に勝利し続けてきたのは、運だけではない。相手を出し抜く優れた兵法を持ち得ていたからだ。

 セコかろーが、卑怯だろうが、世の中勝ったモンが勝ちである。彼女たちの兵法は俺にとってまさに最高の教材だ。それを利用しないテはない。



「くそ! たかが一発防いだ程度でいい気になるなよっ!!」



 吐き捨てるように雪之丞は立て続けに光を放つ。両手を使っての連続霊波砲。力任せに相手を押しきる彼が得意とする戦術。攻撃は最大の防御とばかりに、威力と数で敵を圧倒する。
 それは策も何もない、愚直なまでな行為。しかし、それを行ない確実な勝利を手に出来るほどの自信と力量を、彼は持っている。

 一発でもまともに受けたらただでは済まない。俺は神通棍を腰に刺し、執拗に攻め立てる光の群れを両手を使って辛うじて捌く。逸らすのは直撃コースのみ。力を温存するためにも避けられるものは回避した。

 だが、あまりにも数が多い。俺より相手が霊波砲を撃つ速度の方が速いのだ。やがて徐々に押されていき、捌ききれなかった3条の光が俺を襲い―――



「まだまだっ!!」



 叫ぶと同時に、俺は体中の傷跡から噴水の如く霊波を放出させた。陰念が最初から持っていたスキルの一つで、俺は勝手に『傷跡ビーム(仮)』(正式名称不明)と呼んでいる。身体の傷を媒体に放つ変形した霊波砲の一種で、刃のように伸びたそれは雪之丞のものと比べればやはり貧弱だが、その圧力で一瞬、攻撃を押し留めることなら出来る。

 俺は、そのとき生まれた僅かな隙間に身体を滑りこませ、押し寄せる猛威から逃れた。



 ―――よし! いけるっ!!



 この距離ならいくら雪之丞が攻撃しようとも捌けるだろう。最初は不安だった『ズラす』タイミングも大分掴んで来た。もはや、相手が手数を増やしても同じ事だ。全て避けきってみせる。

 そう、『この距離』ならば………。



「互いに撃ち合う霊波砲の応酬…っ!! 両者一歩も譲りません! これは長引くかっ!!」

「どうした雪之丞!! テメーの本気ってやつはその程度か!? いや、そんなわけねーよな? 俺はまだ本気どころか魔装術さえ使ってねーんだぜ! いつまでも遊んでないで本気できやがれっ!! それが出来ないんならテメーはただ態度だけが偉そうなだけの雑魚だ!!」



 このまま撃ち合いが続けば遠からず勝てる。サイキック・ソーサーを使うまでもないだろう。しかし、俺の予想に反して雪之丞は冷静だった。嵐のような猛攻が、突然途切れる。



「なるほど……お前が魔装術を使わないのはわざとだな? 挑発して相手の冷静さを奪い攻撃を誘って、テメーは最小限の力で凌いで俺を消耗させるという戦法か。
 ピートとの戦いで俺が消耗していることも計算に入れての作戦ってわけだな!? さしずめ、その神通棍はただのハッタリといったところか?」



 さすがに相手も丸っきりの馬鹿ではないらしい。ここまで挑発されると返って頭が冷えるか。

 彼の推測は正しい。確かに、挑発を続けたのは相手の霊力を尽きるのを誘う目的もあった。魔装術は強力だが、常に霊力を全力で飛ばしている状態である為、長くは持たない。長期戦ならむしろ半端な魔装術など使わない方が勝利に繋がるのだ。
 サイキック・ソーサーが通じるかどうかの確証がない以上、こちらとしてもなるべく勝算を上げておきたい。

 神通棍に関しても同様。あれはただ相手の注意を惹きつける為『だけ』に用意した『ハッタリ』。別に接近戦用の武器で、如何にも『それらしいモノ』であれば何でも良かった。無論、神通棍ではなく神通ヌンチャックでも役割に違いなどない。



 ―――もっとも、バレたからと言っても不都合など何一つないが。



「ならば俺を甘くみすぎだ!! 間合いを詰めて連続攻撃してやる!! 全部捌き切れるか陰念!!」



 はあっ? 何を言ってやがる。俺がいつお前を甘くみた?

 弱者を舐めるな。力がなければ頭を使う。ソレこそが『人間』の真骨頂。策というものは複数用意して初めて意味があるものだ。先程までのは単なる『保険』に過ぎない。
 つまり―――



「甘くみすぎてんのは―――」



 迫り来る雪之丞に照準を向ける。



「テメーの方だ雪之丞!!」



 その手から放たれたのは、やはり霊波砲。だが、あらゆる『応用』は常に『基本』の中からから生まれるモノ。



「そんなものでっ!!」

「爆ぜろ!!」

「何っ!?」



 俺の叫びに反応し、霊波砲は虚空にてその力を解放させる。何もない空間で着弾し、雪之丞の周囲を爆風と爆煙が覆った。
 そして俺は突き進む。右手に神通棍を握り締め、距離を詰める。その『本命』を叩きつけるために!



「陰念選手、そのまま煙の中へと突っ込んだっ! 一体、何をする気なのでしょうか!!」



 煙で視界の遮られた中、俺は標的の姿を確かに捉えていた。『普通』なら相手の姿など見えるはずがない。それでも『霊能力者』ならば『視る』ことが出来る!
 『霊視』―――それは何も『幽霊』だけを見る能力ではない。文字通り、『霊』的存在を見抜く力だ。

 そして、『魔装術』は『霊』波の鎧を纏う術。目を瞑っていても分かる。いくら『陰念』の『霊視』能力が未熟でも、『物質化』まで引き起こすほどの、一際輝くあの霊力を見落とすことなどない!!



 霊力中枢(チャクラ)より生まれ、血液のように全身に循環する霊力。俺はその大量の霊力を小さく一点に集中させ、左の手のひらに淡く輝く一筋の光として束ねた。

 その技は、本来サイキック・ソーサーと呼ばれる技。だが、従来の平らな六角形とは明らかに形状が違う。
 槍の穂先のような鋭さをイメージして造られたその姿は、ソーサーというよりもむしろ『投槍』(ジャベリン)。いや、大きさから言えば『投矢』(ダート)といった方が的確かもしれない。

 盾としての機能を捨て、先端を細く鋭く作製。それによって貫通力を高め、攻撃のみに特化させる。霊力によって作られた面積そのものは本来のものより小さいため、技の威力を無駄に削ぐことなくコストの削減を可能とした。



 サイキック・ソーサーは諸刃の刃。小さく紋りこむことで如何なる攻撃をも弾くバリヤーを形成するが、その他の部分の防御力はゼロ。
 しかし、攻撃のみを前提とし、相手に投げつけるだけなら何ら問題ない。形成時はゼロのままだが、手放すと同時に欠点は消えてなくなる。無防備になるのは一瞬だけ。その一瞬も煙が覆い隠す。



 俺は握り締めた光の『刃』を、渾身の力を持って投擲した。



「う……!!」

「おおっと、一体白煙の中で何があったのか、伊達選手の身体が吹っ飛んだーっ!! そのまま床に激突―――!! これは決まったか―――!!」



 ―――いや、まだだ! まだ終わっていないっ!!



 この程度で倒せるようなら、最初から『一般人』を捨てる覚悟などしない。 
 忘れるな。相手は俺より『遥かに』強い!

 間髪入れずに襲いかかった霊波砲を再びズラす。

 ふい打ちが通じるのは弱者が強者に対してか、己の力量をわきまえぬ馬鹿だけだ。極限まで追い詰められた弱者(ネズミ)は、僅かな物音さえ敏感に反応する。油断なんて無駄なことをする余裕はない。



「…の…やろう…!! やってくれるじゃねーか…!!」



 煙の中から、雪之丞がゆっくりと起き上がる。膝を突きながらも、その鋭い視線に揺らぎはない。その戦意はむしろさらに増している。
 だが、肉体まではそうはいかない。彼の左腕の部分は鎧を砕かれ、血塗れた状態で力なくぶら下がっていた。

 その姿を見て、少し驚く。俺が狙ったのは人体において確実に弱点となり、かつ、鎧に覆われていない無防備な『顔面』。断じて『左腕』などではない。それなのにこのような結果になったということは、視界を遮られていた状態であるにも関わらず本能的に危険を感じたのであろう。
 首から上を『ふっ飛ばす』ぐらいのつもりで投げたのに、直前でガードされたのだ。さすがに大した直観力である。

 だが、今の攻撃は無駄ではない。一つの、最も重要なことが証明された。



「うおおおおっ!!」



 再び獣のような咆哮を上げ、雪之丞は霊波を集中させて鎧を修復する。
 だが、見た目だけだ。壊れたものを直した以上、余分な霊力を消耗したはずだし、先程の傷まで治ったわけではない。ダメージは確かに与えている。

 そしてダメージを与えられる以上、繰り返し使えば『陰念』であっても『雪之丞』を倒せる。
 一撃で倒さなければ倒れるまで攻撃すればいい!



 ―――そう、勝利を掴むのは、決して不可能なことではない!!

「陰念、テメーさっき何をしやがった?」



 若干、困惑を浮かべた表情で俺に問い掛けてきたが、無論、素直に答える義務などない。俺は小馬鹿にした表情を浮かべ、



「大人しく自分の手のうちを見せる馬鹿がいると思うか?」



 と言い返した。
 雪之丞は視線を動かす。その眼の先には、俺が右手に持つ神通棍。
 優れた詐欺師は、見抜かれた『嘘』を利用してさらに相手を騙す。



「…………なるほどな。それはただのハッタリじゃねえってことか」



 ミス・リード。相手を騙すのに嘘を並べる必要はない。ただ真実を隠し、代わりに『それらしきもの』を見えやすい場所に置けばいい。後は相手が勝手に誤解してくれる。手品と同じ要領だ。



「くっくっくっくっ……。面白れーっ! 見直したぜ陰念! まさかこんな奥の手を隠し持っていたとはな!!」



 雪之丞は、笑っていた。それは狂気によるものではなく、諦観によるものでもない。傷付き苦痛を訴えるはずの腕など何とも思わず、子供のように無邪気に―――そのワリには凶悪そーなツラで―――笑い飛ばす! 傷付いた身体、それさえまるで快感であるかのように!!



「上等だ!! それでこそ戦いがいがあるっ!! ゾクゾクするぜ…! 強い奴をこの手で引き裂いてやれると思うとな…!!」



 M……いやS? いや、こんな時までふざけている場合ではないか。
 つまり、彼は生粋の、



 『戦闘狂』(バトルジャンキー)。



 頭をよぎる一つの単語。普通、得体の知れぬ技を受ければ恐怖の一つや二つ感じてもおかしくはないものだ。
 だが、雪之丞はそれを恐れるどころか喜んでいる。己に匹敵し得る強者と戦えることを。そして、それに打ち勝つことを。
 顔に獰猛な笑みを浮かべ、力強く拳を握るその姿は、まるで戦うことだけを生きがいとする一頭の闘犬のようだ。



 伊達雪之丞。彼はこの試合を純粋に楽しんでいる。怪我どころか、最悪死に至る危険性もある戦いだと承知のうえで……。



 ―――理解できない…。理解できるはずもない!



 理解できぬ感情を前に、身体に鳥肌が走る。恐れを知らぬ飽くなき闘争心。その心に返ってこちらの方が気圧された。
 現状ではむしろ俺の方が優位に立っているはずだ。局面は当初の予想以上に上手く行っていると言っても良い。相手の攻撃は一度も受けず、こちらの攻撃は確かに通用している…。

 しかし、その心の強度は明らかに違っていた。相手の心が鋼なら、俺はガラス細工にペンキを塗って鋼に見せただけのメッキ。それは己すら偽る素晴らしい出来だが、度重なる雨を受ければ容易く剥がれる儚いものだ。

 恐れや不安などの様々なストレスが、俺の心を穿つ雨へと変わる。知らず知らずのうちに心臓が早鐘のような鼓動を響き鳴らした。

 早々に決着を突けねば、おそらく先に尽きるのは雪之丞の霊力ではなく、俺の心―――。
 
 だから、そんな恐怖を振り払うかのように、あるいは目を背けるように、俺は声を張り上げ叫び出す。
 『じゃ、そゆことで!』などと言って逃げるわけにはいかない。



「引き裂かれんのは―――」



 例え、『戦士』としての姿が仮初の『嘘』であっても―――



「テメーの方だ!」



 最後までそれを貫ければ、紛れもない『真実』となる!



 俺の放った霊波砲は再び爆煙を吐き出す。煙に紛れつつ、俺は左手に霊力を込め、サイキック・ソーサーを形成し――
 それに対して、彼の行動はあまりにも迅速だった。



「二度も同じ手をくうかっ!!」



 雪之丞は俺がサイキック・ソーサーを投げつける前に煙の中から抜け出す。そして俺から距離を取った。冷静な判断だ。基本的な動作とも言えるが、無防備に突っ込むのではなく、相手の手のうちを見極めるために距離を取るのは合理的と言える。俺にとっては忌々しい程に…。



 ちぃ! 予想以上に立ち直りが早い!! もう一発くらいは食らわせられるかと思っていたのだが―――。

 次に彼が選ぶ行動は―――――

 不味いっ! 

 俺は慌ててソーサーを消し、魔装術を身に纏う。



 『雪之丞』の性格ならば、おそらく―――



「くらえ―――ッ!!」



 『問答無用』とばかりの、霊波砲による『縦断爆撃』!! 標的も何もなく、怒涛の如く押し迫る殺傷の顎!!



 間一髪、かろうじて術の発動に間に合った俺は、腹をかすっただけで済む。だが、それを幸運と思うことは出来なかった。霊波の出力が違いすぎる。かすっただけだというのに、身体の芯まで響くような痛みが、衝撃が、灼熱を伴い腹部を襲う。

 耐えられないわけではない。致命傷とも程遠い。それでも俺は流れた冷や汗を止めることが出来ない。



 ―――あと刹那遅ければ、死んでいた。



 魔装術の上からでさえ、この威力。サイキック・ソーサーで無防備になっている状態でくらっていれば、相手の意思に関わらず俺の命はなかっただろう……。
 雪之丞は俺の姿を『霊視』出来ないのか、それとも単にそのやり方に気付いていないのか。霊波砲は闇雲に撃っているだけだが、今だ止む気配がない。



 このままではヤバイ!! 煙で視界がない所為で、この場で『ズラす』のは極めて困難! 正確な位置とタイミングが掴めない!
 早くここから離れなければ―――!?



 そして、己の失策に気付いたときにはあまりにも遅かった。



 やり方は他にもあった。何なら、その場でじっと息を潜めていればいい。いつまでも霊波砲が撃てるはずがない。彼の霊力も無尽蔵ではないのだ。今まで相手に使わせた量から考えれば、そう長くは持たなかったはず――。

 その場から離れるのも構わない。しかし、それならば牽制用に一発霊波砲を撃ってから動けば良かったのだ。
 そうしたら、こんな状況に陥ることもなかったというのに―――。



 彼が『ソレ』を狙っていたのか? それともただの偶然か?

 その答えはわからない。だが、今の状況は隠れた獲物を捕らえるために『炙り出す』行為によく似ていた。



 煙の中から『不用意』に飛び出した『俺』(エモノ)。それは『狩人』からすれば恰好の標的だ。

 雪之丞が笑う。間近に迫る己の勝利を確信して――。

 その手の照準は紛れもなく俺に向けられている。そして俺にその一撃を止める手段はなく、防ぐことも出来ない。
 互いの位置、姿勢、そしてタイミング。その全てがシビアなもので、『ズラす』にも『避ける』にも無理がある。



 何故、こうなってしまったのか? 

 その答えだけは知っていた。それは怖かったからだ。目も使えぬ状況で、牙をむく脅威が恐ろしくて、俺は怯えて逃げてしまった。

 何も考えずに、ただ闇雲に―――。

 ―――『恐怖』は、身体だけではなく頭の動きまで鈍らせていた。



[538] Re[12]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/06/18 22:03
 ―――認めよう。結局、俺は甘く見ていた。
 雪之丞を、ではない。『戦い』という行為そのものを甘く見ていたのだ。


 
自動車にはねられそうになった瞬間、世界はスローモーションのようにゆっくりと流れた。
 テレビの体験談などで、こんな話を聞いたことはないだろうか? 


 
時間とは常に一定ではない。自分の状態、経験、周囲の状況などによって感じる時間の長さの違い―――いわゆる『体感速度』というものがある。
 間近に迫った『死』への『恐怖』。その危機感は己の集中力を極限まで高め、世界に流れる時間を遅くする。
 今の俺の状況は、丁度それと同じ。


 向けられた手から、霊力がゆっくりと溜まっていくのを感じる。あまりにも高出力なその霊波は、鎧の上から俺を撃ち抜くぐらいのことは簡単に出来るだろう。

 それがわかっていても、もはやどうすることも出来なかった。この世界は加速した感覚が生み出した擬似的なモノ。頭は普段通りに動かせても、身体までは対応できない。周囲の動きがゆっくりと見えているのに、俺の身体はそれ以上に遅い。


 
それは死刑を宣告され、刑が執行されるまでの囚人に似ている。牢獄に捕らわれ、身動きは取れないまま。できることは、ただ静かに最後の時が来るのを待ち続けるのみ――。

 『諦め』の心は、むしろ終わりが訪れるときを今か今かと待ちわびていた。





 第十三話 不良とザリガニと霊波砲(後編)
 
打つ手がない。もう一度言おう。互いの位置、姿勢、そしてタイミング。その全てがシビアなもので、『ズラす』にも『避ける』にも無理がある。

 ならば横島戦のように、霊波砲の反動で避けるのは?
 ―――不可能。

 一撃だけなら、避けられるかも知れない。ただし、一撃『だけ』ならば。
 霊波砲は連続で撃つことができる。着地の際に生まれる隙、あるいは身動きの取れない空中―――そこでそのまま追撃を受ければ、それこそ逃れようがなく直撃を受けるだろう。むしろ下手に避けることで余計に打ち所が悪くなり、致命的な傷を受ける危険性だってある。


 
―――ならば、このまま往生際悪く足掻くより、大人しくくらったほうが得策ではないのか?

(…………ざけ…な………)
 
そもそも、『一般人』に過ぎないこの『俺』が、『陰念』程度のスペックでここまで戦えたこと事体敢闘賞モノだろう。
 誰もが『雪之丞』の勝利を疑わなかったはずだ。俺があそこまで追い詰めたのなら胸を張るには充分ではないか?

(………ざけるな…)
 
負けたところで後からの挽回は不可能ではない。もともとGS試験編はさほど重要ではないのだ。どれほど頑張っても事件の規模そのものが大した物ではないので、大きな変化を与えらせるわけではない。

 どんな流れに転がろーとも神魔のデタントに影響を与えるわけでもないし、コスモ・プロセッサを発動出来るわけでもない。世界全体から見れば、この試合の行方など本当に些細なもの。実質的に重要なのはむしろこの次だ。

(……ふざけるな)
 
幸い、香港編までにはまだ時間はある。対抗策ならいくらでも建てることが出来るだろう。強くなるための修行だって出来る。
 下手に突き進んで取り返しのつかない事態にでもなったら、そっちの方がよっぽど大変だ。ならばここで退くのも一手。

 いつまでも無理をやる必要など――――

(……ふざけんなっ!!)
 
―――あるに決まっているだろうがこのボケが…っ!!
 
この程度の難易度! この程度の障害!! たかが雪之丞『ごとき』に負ける程度で、俺は一体何を成し遂げられる!? こんなところで躓くようなら、戦うと決めた意味がない!!
 
―――ソレは心の奥に眠る慟哭!


 
『一般人』!? そんな言葉など言い訳にしかならん!! いつまでも甘えた幻想を持ちこむな!! 
 誰も俺の勝利を信じなくてもいい!! だが、自分まで自分の勝利を疑ってどうするっ!? こんな気持ちのまま負けて胸など張れるか!!
 
―――ソレは真摯たる決意! 
 
何故、俺は魔族と手を組むことを選んだ?

 何故、俺は必死になって策を練った?

 何故、俺は横島を殺そうと思った?

 何故、俺は警官に追われなければならなかった?
 
………いや、最後のはあんまり関係ないけど。
 
―――あくまでも『平凡』でいることを望んだが故、理不尽な現状に対して憤る炎(こころ)!
 
全ては自分の世界に帰るが為に―――。


 
それは『普通』を取り戻すために『普通』を捨てると誓った、一人の男の意地とプライド。己のあまりの情けなさに、その感情は暴発した!!


 
故に、叫ぶ。その言葉に、魂を込めて――。
 
ふ ざ け ん な っ!!!
 
俺は何『諦める』なんて『無駄』なことやってやがるっ!? そんな『余裕』があるワケねぇだろーがっ!!
 『無駄』ならするなっ!! 頭を使う暇があるならとっとと考えろ!! どうやってこの危機を乗りきり、その手に『勝利』を掴むかを!!


 
―――はっきりと言おう。これはただの『逆ギレ』であると。


 
しかし、突発的な感情は『本能』がもたらす『恐怖』さえも凌駕する。束縛から放たれた思考はいつもより速い速度で回り始めた。


 
現状で取り得る最良の手段―――それは腕一本を犠牲にして強引に振り払うこと。

 身体に直撃さえしなければ致命傷は避けられる。意識が残っていれば、片腕が使えずとも戦うことは不可能ではない。それどころか意表を突けるはずだ。
 勝利の確信は隙を作り出す。相手がその姿に驚いているうちに、キツイ一撃をくらわせてやるまでだ!

 最悪、二度と腕が使い物にならない危険性もあるだろう。だが、魔装術の装甲とヒーリングの治癒力さえあれば『最悪』の可能性は俺が思うよりずっと低い『ハズ』。

 ひょっとしたら、もっと良い手段があったのかもしれない。あのとき、恐怖に捕らわれずに落ち着いて行動していれば、少なくともこんな立場にはならなかっただろう。

 しかし、今更そんなことを考えても遅い。『もしも』の仮定など意味がないのだ。今は今出来ることをしなければならない。そして、今出来ることは『当たって砕けろ』の覚悟で挑むだけ………、


 
………いや、待てよ。もう一つ、手段が残っていないか?


 
それは欠けたパズルのピースがあるべき場所へ収まるように。断片的ないくつかの単語が合わさり、一つの答えとなった。

 『霊波砲の反動』、『魔装術の装甲』、そして『遅い』と『当たって砕けろ』。


 
ぶつけ本番で賭けに挑むのも悪くはない。無理をする必要があるのだ。無茶もしなくてはならない。実力で勝てないのなら、常に意表を突いて相手を出し抜く。


 
―――弱者には、弱者なりの戦い方がある。


 
往生際の悪さ。それもまた、一つの強さ。


 
静止した時間は、再びいつもと変わらぬ流れを取り戻した。俺を見る雪之丞の視線から真っ向に立ち向かう。その心に恐怖はない。あるのはヤケクソ気味に暴れ出す衝動だけ。


 窮鼠猫を噛む。追い詰められたネズミは、己の天敵に対しても牙を突き立てるという。
 思考はまとまった。迷いなどない。徹底的に、全力で―――。
 そして口を開いて言葉を紡ぐ。空気を震わせ、その心を奮わせるが為へと。



「雪之丞!!」


 
―――どうせやるなら、とことんやってやる…っ!!


 
俺は足に霊波を込めた。身体を傾け、クラウチング・スタートの姿勢へ。
 それは限界まで伸びたゴムが縮もうとするかのように。それは弓が矢を放とうとするかのように――。 



「この一撃を『受けとめられるモンなら』―――」


 
『液体』と『固体』がぶつかり合えばどうなるか? 『液体』は衝突に耐えきれず、『固体』の強度の前に打ち砕かれる。それは小学生でもわかる理屈。

 しかし、世の中には何事にも『例外』というものがある。



「―――『受けとめて見やがれっ!!』」


 
その程度の挑発に雪之丞は一瞬、それこそコンマの時間動きを止めて―――

 俺にとっては、そんな『一瞬』であまりにも充分だった。


 溜めた力を一気に放出させ、撃ち出す。そのとき、俺の身体は一陣の風となる。まるで火薬で撃ち出された銃弾であるかのように、高速で宙を駆けた。

 撃ち出された霊波砲の反動。それは『避ける』為のものではない。雪之丞に正面から『当たって砕け』るための、最速の一撃。
 逃げられないのなら、体ごとぶつかっていくだけだ!



「な……っ!?」


 
そのあまりの速度に雪之丞は驚きの表情は上げ、それが致命的となる。
 彼は意地など張らずに最初から避ければ良かったのだ。所詮この技は自爆技。ハンドルもなければブレーキもない、アクセルだけの自動車。速度は出せるが、ただそれだけ。まっすぐ進んで、そのままぶつかるだけしか能がない。

 しかし、その加速が生み出したエネルギーはブロック塀を瞬時に粉砕する。一つの失敗は新たな可能性を見出すことに成功していた。
 この技は『使えない』のではない。最初から使い方を間違っていただけなのだ。そう、この技は高速移動術などではない。魔装術の使用を前提とした―――


 
―――高速『突進』術・カミカゼ!!
 
魔装術は確かに有効な能力だ。霊能力だけではなく、肉体強化まで施されるこの技は単純であるが故に強い。『単純』であること、それは一つの強みである。
 だが、そんな魔装術であっても、体重そのものが変るわけではない。霊波には基本的に『重さ』が存在しないのである。

 ところで、ウォーター・カッターというものをご存知だろうか?
 高圧、そして『高速』で撃ち出された水は、ダイヤモンドすら切断する。『液体』であっても条件次第で『固体』に打ち勝てるのだ。


 銃弾のような小さな質量であっても、火薬を使って高速で飛ばせば人の身体さえ容易くふっ飛ばす。

 凄まじい加速が、俺の体重を何十倍もの重さに変えた。瞬間的に、トンすら超えるのではないかという重量が生まれる。高速で撃ち出された人体、それが生み出した膨大なエネルギーを、いくら霊能力を持っているといっても、たかが人間に受け止められるはずもない。



「…………っ!?」


 
雪之丞の身体は、巨大な砲弾と化した俺に勢い良く轢き飛ばされ、コート内の結界へと叩きつけられた。



「一体何をしたのか!? 陰念選手の身体が高速で動いたかと思うと、次の瞬間、両者ともに吹っ飛ばされた―――っ!!」


 
身体が飛ばされたのは俺も同様。それは例えるならビリヤードの玉の如く。接触の際の反動でその軌道は歪み、床が変形する程に力強く叩きつけられる。
 それは予想の範疇。肝心なのはこれからの行動。

 互いに吹き飛ばされた状況で、先に動いたのは俺。早々に立ち上がり、魔装術を解除する。

 まともにくらったとはいえ、俺も雪之丞もダメージは残ってはいないだろう。確かにカミカゼの威力は凄まじい。例えるなら暴走するトラックに轢き逃げされるようなものだ。しかし、いくら霊波の鎧を纏っているといっても、あの技は基本的に速度による『物理的』ダメージを与えるもの。

 試験者の霊能力を測るために、コート内に張られている結界は『霊的』ダメージ以外は無効化する。つまりカミカゼに出来る事と言えば、せいぜい『精神的』ダメージを与えることだけ。
 だが、それで充分。

 長期戦は不利。自分の感情を騙し騙しやっていくのは正直キツイ。今ので相手の意表は完全に突いた。ならば、このチャンスを逃す術はない。
 軽く飛んだ意識の中で俺は叫ぶ!


 
―――このまま一気にケリをつける…っ!! 


 
置かれた状況は同じ。それでも、こうなることが予想できていた『俺』と、意外な結果に意表を突かれた『雪之丞』とでは、その後の動作へ移る『早さ』が違う。


 
―――今この瞬間だけならば、互いの実力差など関係なく、単純に『俺』の方が『速い』!



「うおおおおおっ!!」


 
渾身の力で放った霊波砲は、今だ態勢を崩したままの雪之丞に炸裂。
 こんなモノでは彼を倒せない。『物質化』するほどの密度をもつ霊波を貫くには、それ相応のエネルギーをぶつける必要がある。あの程度ではダメージなど与えられないだろう。
 『陰念』の出力の低さでまともに通用する技はサイキック・ソーサーのみ。

 それでも構わない。あれもただの煙幕、そして隙を作るための小細工だ。威力そのものは効かずとも、その衝撃で彼の体重を持ち上げ、逃げ場のない空中へ浮かすことは可能である。
 そう、この一撃は避けられない。


 
―――煙を引き裂いて再び光の『刃』は飛翔する!



「ぐが………っ!!」



 ダート型サイキック・ソーサー。その光の中に包容された破壊のエネルギー。それは黒いウェットスーツのような霊波に覆われた雪之丞の腹部へと吸い込まれるかのように命中した。

 これで二発目。さすがの雪之丞も苦しそうだ。身を守っていた霊波は大きく破かれ、その下に隠されていた腹に出来た痛々しい傷。辺りに血がしたり落ちている。

 それでも俺は攻撃の手を緩めない。雪之丞へと向かって突き出した双手。それはまるで撫でるかのように優しくそっと彼に触れた。



「地獄に―――」


 
右手は鎧に覆われていない、あまりにも無防備な顔へ。そして左手は鎧が破損し、傷付いたばかりの腹部へと―――。
 そのまま俺は両手にありったけの霊力を込め、一気に放出する!



「―――堕ちろ…っ!!」


 
―――二点同時・ゼロ距離霊波砲っ!!


 
押しつけられた魔手から生まれる灼熱の閃光。それは雪之丞の肉を食い尽くさんと、猛然と牙を突き立てた!



「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 
雪之丞がその苦痛に絶叫を上げながら後方へ弾き飛ばされる。いくら『陰念』の出力が彼より下であっても、先程の一撃はかなり効いただろう。
 どれほど強固な鎧にも、鋼に覆われていない部分はある。鎧を貫くほどの出力を出せないならば、鎧に覆われていない部分を狙えばいい。


 
剥き出しの顔と、貫かれたばかりの腹部。そこならば通常の霊波砲でも充分。


 
もっとも、それ相応の代償は支払うことになったが。突き出した両腕。至近距離からの霊波砲の余熱でかるく火傷をし、湯気が昇っていた。
 動かすたびに走る痛み。使えぬわけではないが、動きが一瞬停滞する。さらに、



「ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……、ハァ……」


 
俺が繰り返すのは荒い呼吸。精神的、肉体的ともに疲労は限界だと訴えてくる。身体は酸素と休息を求めていた。それこそ、許されるのなら今すぐこの場で大の字になりたいくらいだ。


 
だが、そうもいくまい。ゆらりと、まるで陽炎のように儚く、されどその瞳は決して曇ることなく、死人のようにゆっくり立ち上がる雪之丞。
 ただ、表情だけは死人のような覇気のないものではなく、鬼の形相さながらだ。


 
満身創痍。それでもなお、闘志潰えることなく。その姿は人でもなかれば獣でもない。一人の鬼であり、一人の修羅だ。
 そして修羅が求めるものは戦いと、その決着。



「………いん、ねん……」


 
修羅は叫ぶ! 地獄の底から響くような怒声を持って―――。



「―――陰念っ!!」


 
それはその身体とは思えないほどの速度。怪我の痛みも体の疲れも見せず、鎧を修復する暇も惜しんで地を蹴り駆けだす雪之丞。

 もはや霊波砲を撃つ霊力すら惜しいのだろう。魔装術はその維持だけでも膨大な霊力を消耗する。それを序盤から使い続けているのだ。彼の限界(タイム・リミット)は近い。
 故に、余計なことは何一つしようとはせずに、ただ拳だけが力強く握られていた。

 決着をつけるために彼が選んだのは接近戦(イン・ファイト)。逃れず捌けぬ程の近距離から、力の限りぶん殴る。単純かつ原始的な手段。


 
策もなく、ただまっすぐ進んでぶつかるっ!! 


 
はっきりと言おう。それが『正解』。策や小細工などは弱者が強者に勝つための手段。強者は生半可な策など必要ない。相手の小細工ごと正面から叩き潰せばことは足りる。

 優れた物量の前には些細な小細工や器用さで覆せる程甘くはない。犠牲を承知の上で力任せに押しきられれば、それでオシマイ。戦争というものの大半は、物量が勝るものが勝利を収めてきたのだから――。


 
霊波砲はいくら撃ってもズラされた。ならば直接殴れば良いだけだ。打撃をズラせるような器用な真似は出来ないし、そもそも『俺』に彼と挌闘をやらかす技術など在るわけない。最初から接近戦に挑まれていれば、俺に勝ち目など微塵もないだろう。

 なのに、何故雪之丞が今までそれをしなかったのか、気付いた人はいただろうか?


 その理由は単純。俺が『神通棍』を持っていたからだ。

 あれはただ相手の注意を惹きつける為『だけ』に用意した『ハッタリ』。別に接近戦用の武器で、如何にも『それらしいモノ』であれば何でも良かった。無論、神通棍ではなく神通ヌンチャックでも役割に違いなどない。

 そう、『接近戦用』の武器で、『それらしいモノ』であれば―――。



「くらえ雪之丞っ!!」


 
殴り合える間合いまであと五、六メートルといったところで、俺は神通棍を彼へ向かって高く放り投げた。緩やかな曲線を描く『それ』を、反射的に雪之丞は目で追う。


 
彼は今まで自慢の鎧を砕いたのはあの『神通棍』(ハッタリ)だと、俺の目的はあくまでも『接近戦』だと思いこんでいる。そう思いこむように、こちらは誘導した。
 『煙幕』も、煙の中に紛れるまで『近づいて』攻撃したのも、全てはこの為の『布石』。誰の目からも『遠くから投げられる』サイキック・ソーサーの存在を隠し通した。

 故にその『神通棍』を警戒し、咄嗟に目で追うのは自然な動作。その所為で俺から注意が逸れたのも必然。


 
―――その隙を逃さぬことも、俺にとっては当然のことだった。


 
手のひらから生まれる閃光。それを無防備になった雪之丞に叩きつける!

 神通棍はただの『ハッタリ』。その役目はこの瞬間、終えた。
 そして、三度目のサイキック・ソーサーは寸分違わず腹を貫き―――



「…………がはぁっ!」



 ―――傷を抉るかのごとく爆散した。



「………!!」


 
声にならぬ獣のようなうめき声を上げ、雪之丞は――――それでも倒れない!?

 霊力もなく、体力もない。うつむいたままの顔で、傷付き血を流しながらも『負けてたまるか!』という意地と決意だけで今にも崩れ落ちそうな脚を支えている。



「俺は…誓ったんだ! 強くなるってよ……。
 赤ン坊の俺を置いて―――!! 年もとれずに死んじまったママによ―――!!
 だから俺はこんなところで負けねぇ…っ!! 負けてたまるか!!」

「いいや、テメーの負けた雪之丞」


 
そんな彼をいたわるように肩に手を置きながら、無慈悲な宣告を告げる。
 理想だけで変えられるほど、現実は甘くはない。あれほど消費した体力と霊力。それはすでに彼の持ち得る限界を超えている。

 サイキック・ソーサーを三発受けて倒れないのは驚嘆に値するが、ただそれだけだ。



「魔装術を解け。そのまんまだと、人間辞めることになっちまうぜ」


 
嘘でもなければ、比喩でもない。魔装術は禁忌の術。人に人を超えた力を与えるが、限界を超えれば力に心を奪われ魔物と化す。その危険性こそが、この術のもたらす代償。意地を張り続けるにはリスクが大きすぎる。



「………全て計算づくってワケか。その神通棍も、俺をわざと挑発したのも、無駄弾撃たせたのも、煙に紛れて攻撃したのも、不用意に飛び出して隙を見せたのも全部……」


 
いや、最後の奴だけはこちらとしても計算外。その辺は所詮未熟だと言うことか。だが、それ以外はこちらの意図通りだ。
 行動を読み、時に誘導し、騙すことで相手を『出し抜く』。それが、俺が勝つ上での最低条件だった。



「……一つだけ教えろ陰念。何故、俺が負けた?」



 以外にあっさりと術を解く雪之丞。彼もようやく気付いたのだろう。この戦いを始終動かしていたのは、決して自分ではないことに……。

 彼は俺の手のひらの上で踊る『道化師』(ピエロ)に過ぎない。



 しかし、負けた理由か。何と答えるべきだろうか? 運が悪かったとも言えるし、すぐにキレる精神的な未熟さも在るだろう。原作の知識を俺が持っていた部分も大きい。



「それはな、雪之丞。お前が―――」


 
それでも敢えて一つに絞るとすればそれは―――



「―――坊やだからさ」


 
結局のところ、雪之丞はただの子供なのだろう。彼の『強くなりたい』、それだけの目的しか持たずに具体的な道のりがない。

 強くなるために魔族と手を組み、やり方が気に入らないからと言うだけであっさり離脱。何の計画性もないその行動は、単に先のことも考えずに感情任せで動いているだけの子供ではないか。

 戦闘狂(バトル・ジャンキー)。雪之丞にとっての『戦い』とは、己のプライドを満たし、ただ楽しむだけの『遊び』に過ぎない。
 だからこそ、その戦い方や手段には本人の嗜好が大きく関わり、その行動は極めて読みやすい。卑怯な手などは決して使おうとはしない。

 彼はただまっすぐに自分の力をぶつけるだけだ。力はあるが、戦いにおける駆け引きや、相手の裏を突くことには優れていない。

 それは『勝つ』ために手段を選ばぬ俺にとって、付け入る隙はあまりにも多いことでもある。


 
―――負けられない理由があるのは、こちらも同じ!!



「うおおおおおおおっ!!」


 
勝敗は既に決まったが、試合はまだ終わっていない。試験のルール上、二回戦より先は敗北宣言(ギブアップ)はないのだ。勝つためには完全に意識を落すか、戦闘続行が不可能だと思われるまで叩きのめすしかない。



「おおっと、あの技はタイガー選手を倒した―――」

「爆ぜろ!」


 
―――我流魔装技参式・包牙魔装爆!!


 
霊波の繭はその力を解放させた。最低限の出力で放たれた全包囲ゼロ距離霊波砲は、雪之丞の意識を刈り取る。



「勝者陰念!」


 
ようやく手に入れた念願の勝利。しかし、それに酔いしれる程のゆとりなどない。疲労と安堵感だけが身体を満たす。
 ただ、胸の中には一つの疑問が残った。



「『赤ン坊』って………アイツ、本当にママのこと覚えてんのか…?」


 
ちなみに俺は三歳以前の記憶はない。

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 試合が終わった後、思わず俺まで倒れてしまいそうな身体を引きずり、近くの自販機でスポーツ飲料を購入。すぐ傍にある安物のソファーに体を委ねた。
 運動と緊張のしすぎで、もう喉がカラカラである。今後の計画も立てておかねばならない。弱者は姑息に立ち回らなければならないのだ。
 それはともかく、



「ふ~う。やっと一息つけたな……」


 
とりあえず、結果は上々。何とか雪之丞に勝つことが出来来た。つまり、賭けは俺の勝ちだ。雪之丞、俺の舎弟決定。
 賭けといっても、負けても俺は謝るだけで特に損はしないけど。

 彼の性格からいって、当面はGS側につくことを阻止できたと思っても良いだろう。少なくとも、いきなり裏切ることは考えにくい。

 それでも油断は出来ないので、念のために後で見舞いついでに小細工をしに行く予定だが。彼の性格はともかく、宇宙意思の干渉も在り得るからな……。万が一の可能性も考えて少しでも不安要素は消しておきたい。


 
―――どうせなら、美神たちに証拠を掴ませないように動くとするか。


 
この計画を成功させてもそれほど利益はないが、しばらく身の安全を確保できるだろう。証拠さえなければ彼女らが強引な手段に出ることも在るまい。

 などと考えていたら、何時の間にか勘九朗がやって来た。



「凄いじゃない陰念。まさか本当に勝つとは思わなかったわよ。しかも、あんな一方的な試合でね。メドーサ様も驚いていたわ」


 
呑気なことを言ってくれやがる。一方的だと? 何も知らない気楽な観客の立場から見ればそう見えたかもしれんが、実際には紙一重である。

 確かに、雪之丞から一撃もまともにくらわず、逆にあれだけ攻撃を叩きつけた。切り札のはずの魔装術を使ったのも一瞬だけだ。その点だけを見れば一方的な勝利のようにも見えるかも知れない。

 もちろん、真相とは違うがね。一撃でもまともにくらえば『敗北』。あれだけ攻撃を叩きつけてようやく『勝利』。現実にはそれだけ力差があるのだ。
 一方的な勝利などではなく、『一方的』にしなければ『勝てなかった』というのが正しい。

 いくら俺の策略通りに事が進んだとはいえ、最初のズラすことや神通棍のハッタリさえ一種の賭けだった。一歩間違えれば負けていたのは俺の方だろう。
 ………実際に一回、『間違った』(ビビった)せいで負けそーになったし。


 魔装術もあまり使わなかったのは、もちろん霊力不足の問題もあるが、単にサイキック・ソーサーと併用が出来ないからである。

 何しろ『全身の霊力を一点に集中する』サイキック・ソーサーと、『全身に霊波の鎧を纏う』魔装術だからな…。やってることは見事に逆のベクトルだ。こんなもん、いくら制御力が上がろーが同時に使えるわけがない。

 まあ、正直言って疲れているし、そんな面倒なこと説明する気などサラサラないんだが。教えたところで一文の得にもならんし。



「そうそう、メドーサ様から貴方に伝言があったわ」


 
何だ? 『陰念』宛てに伝言なんてヤケに珍しいな。俺が頑張ったからたまには部下でもねぎらおうとでも思ったのだろうか? 個人的には『言葉』よりも『品物』だったら嬉しいところだ。


 
―――例えば『火角結界』とか。


 
しかし、どうもこの世界は俺のことが嫌いらしい。それも徹底的に。勘九朗の口から出された言葉は、俺を奈落の底へと叩きこむものだった。



「『準決勝』も楽しみにしている。だ、そうよ」



 ……はい?


 
雪之丞との試合は四回戦。その次の試合は五回戦であり、準決勝はさらにその後だ。『次の試合』ではなく、わざわざ『準決勝』と言った意図がわからない。どういうことだ? 準決勝って何かあったっけ?

 俺は記憶の糸を辿る。前にトーナメント表を見たよな(第四話参照)。ええっと、確か準決勝の相手は…………。


 
ぶ――――っ! と、思わず口からジュースを吹き出す。勘九朗はしっかりと盛大に飛び散った飛沫までも回避しながら「汚いわね」と呟くが、そんなことを気にしている余裕などない。


 最悪の可能性に思い立った俺は青ざめた顔で、錆付いたロボットのように『ギィィィ』とでも聞こえてきそうなくらいぎこちない動きで勘九朗に尋ねた。
 何かの間違いであることを祈りつつ―――。



「………それはマジでそう言ったのか?」

「ええ、もちろん」

「俺の記憶が正しければ、準決勝の対戦相手って『ミカ・レイ』とかゆー奴じゃないのか?」

「まだ決まったわけじゃないけど………まあ、そうなるでしょうね」


 
他人事のようにあっさりと言う勘九朗。もちろん彼も気付いているはずだ。『ミカ・レイ』という名前は偽名に過ぎない事に。


 
…………マテやコラ。

 あのオバハン!! 『準決勝も楽しみにしている』って、よりにもよって俺にあの『美神令子』を倒せってことか!?


 
無謀も無謀。彼女と今の俺との力差は、例えるなら小学生のカラテ・チャンピオンがプロのK1ファイターに喧嘩を売るぐらい。技術や経験以前に根本的な基礎能力に差がありすぎる。
 ついでに、病院で会ったとき(第九話参照)にかなり好き勝手言っていたり。


 
一つだけ教えてくださいメドーサさん。いえ、メドーサ様。『陰念』って何か貴方の気に障るようなことでもしましたか?


 
うん、やっぱりこの世界には神も仏もいやがらねぇ。だけど悪魔だけはきっちり健在。しかも仕事熱心だ。
 一難さってまた一難。ただ平凡な幸せを夢見る俺は、立ち塞がる最凶の相手を前に本気で泣きそうになった。
 
陰念vs美神令子
 
 ―――それは遠回しに俺に『死ね』と?



[538] Re[13]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/07/19 00:23

 試合会場の一室にある医務室。俺が中に入ろうとすると「まだ応急処置しか済んでいませんから…」と呼び止めようとした係りの人。仕方がなく俺は「あ~ん? なんか文句あるってのか!?」と相手の胸倉掴みながら『説得』。

 「で、ですが、これは決まりでして……」となかなか理解を示してくれない係りの人に俺は「あああっ!! テメー、俺に喧嘩を売ってんのか!!」と拳を振り上げながら『説得』。

 「そ、それじゃあ、五分間だけなら………」とまだケチなことを言ってくる係りの人に「ああ、そう言えば俺は握力にけっこー自信があってな……」と言いながら、左手でリンゴを『ぐしゃ』と握り潰すデモンストレーションを披露。そして右手は係りの人の頭の上へ。

 何故かガタガタと奮える係りの人に「すまん。さっき何を言ったか良く聞こえなかった。なんて言ったんだ? なんつーか、五分だけとかいうふざけた戯言が聞こえたよーな気がしたんだが……」と睨みつけ―――もとい、口を大きく開けて笑いながら『説得』。

 「ひぃ! わ、わかりました! お好きなようにしてください!!」と快く頷いてくれた係りの人に「おいおい、何泣いてんだよ。まるで俺が何かしたみてーじゃねーか。おい、俺が何かアンタにしたのか? 何もしてないだろ? なあ?」と顔を近づけながら『慰める』。

 「な、何もしていません! 何もしていませんから、もう勘弁してください!!」と必死な係りの人に「ああ。そうだよな。俺は何もしていないよな? あ、あと、このことは誰にも言うなよ。もし、誰かに言ったら…………どうなるかわかってんだろうなっ!!」と両手で相手の頬を抑えつけながら誠心誠意を込めて『お願い』。

 幸いにも、比較的物分りの良かった係りの人はまるで壊れたメトロノームのように凄い勢いで首を上下に振ってくれた。うむ。やはり人は言葉と言葉で分かり合える生き物なのだな。暴力反対。平和万歳。



 ちなみに陰念ヤクザ顔。二条の傷跡の走ったその面構えは、どう見ても堅気の人間には見えない。
 はじめてこの顔が役に立った瞬間である。あまり嬉しくないがな。

 そんな些細な事はほっといて、俺は無事に医務室に入りお目当ての人物とご対面することになる。個室のベットには意識を失い横たわっている雪之丞。体中に巻かれた包帯は戦いの激しさを物語っていた。



「………今思えば、俺ってかなり過激なことやってんな」



 試合中の精神的な高揚で脳内に分泌されたノルアドレナリンとかドーパミンとか、きっとその辺のものがドバドバ分泌された所為で今まで気にしなかったが、左腕に一発、腹に二発、計三発のサイキック・ソーサー(ダート)加え、顔面と腹部に撃ったゼロ距離霊波砲だ。相手が雪之丞じゃなかったら死んでたぞ。腹の傷口に塩どころか塩酸塗りこんでいたし。



 まあ、死んでいないのならそれでいいや。世の中所詮結果が全てである。



 さて、さっさと用事を済ませるとするか。もちろん、俺がこの部屋にやって来たのは雪之丞のお見舞い―――などと愁傷なことを言うわけではない。こんな忙しいときにそんなことやってられるか。本当の目的はちょっとした細工をするためである。


 原作では冥子の式神であるマコラだかマクラだがドグラだが、そんな感じの奴がメドーサに化けて雪之丞をひっかけようとしていた。ならば原作とは流れが異なっているとはいえ、今回もそれをする可能性は高いだろう。彼女たちの目的は試合そのものよりも証拠を掴むことだし。

 流石に賭けに負けた以上、雪之丞が大人しくメドーサと白龍会の繋がりを吐くとは思わんが、カメラに気付かずあっさりとひっかかる危険性もある。妨害工作をするに越したことはない。ざっと見回したところ、この部屋にカメラらしきものは見当たらなかったが念のためだ。

 

「これで良しっと」



 俺は無事、『ソレ』をベットの下にセットした。本当は時限爆弾でも仕込みたかったのだが、ないので別のもので代用。時間通りに『爆発』するという意味では似たよーなモンだが。



 ―――死ぬなよ、雪之丞。大丈夫。お前ならきっと生き残れるさ。



 こうして一仕事を終えたものの、俺の表情はあまり優れない。これからのことを思うと思わず「はあ…」とため息がもれる。

 確かに霊波刀は使えたけど、いくら二人掛かりの制御力とはいえアレまで使える自信は俺にはないぞ…。

 しかし、勘九朗にああ言った以上、やるだけはやらねばなるまい。負けたとしても言い訳の材料くらいは必要なのだ。


 …………全く、難儀なことになったもんだ。俺、絶対この世界から嫌われてるよ。心当たりがあると言えばあるけどな。俺、アシュタロス側だし。
 とはいえ、もう少し難易度を下げても罰はあたらんと思うぞ。個人的にはEASY(易しい)を希望。だから俺は一般人なんだって。



 今更ながら、実は少し、勘九朗の提案を断ったことを後悔していたりする。『彼女』相手だと、むしろ命の危険に関わるからな。『保険』を捨ててでも試合に勝つことを優先するべきだったかもしれない。



 ―――物語は十分くらい前まで戻る。

 第十四話 不良とピアスと霊波砲



 勘九朗の言った「『準決勝』も楽しみにしている。だ、そうよ」というメドーサの伝言に、思わず俺はムンクになった。



 ―――具体的には『叫び』。



 うわっ! 何この展開!? 例えるならば、最初のダンジョンで出てきた中ボスを苦労の末ようやく倒したと思ったら、その次に出てきたのが大魔王(ラスボス)でした。みたいな感じだぞっ!!

 ゲームバランスが悪すぎである。人、それをクソゲーと呼ぶ。こんなモン、クリアできるか。つーか、責任者出て来い!


 思わず「そんなに気に入らんのなら直接『死ね』と言いに来いやっ!」などと開き直りたくなった。無論、本当にメドーサが来たら即刻逃げるが。



 ―――逃げ切れるかどうかは別として。



 うん、ひとまず落ち着こう。冷静になって考えれば何故こんなことを言い出したのかもわかるはず。原作の知識と陰念の記憶。その二つからメドーサの思考を推察する。



 一番最悪の状況は、『俺』の正体に気付いた彼女が邪魔者を処分しようとしたパターン。



 ―――うん。それはないな。



 決して楽観的な観測ではない。メドーサはプロ。本当に始末したければこんな回りくどい真似しないで後ろからグサっと刺す。それが一番確実で手っ取り早い。それをしないということは、何か別の考えがあるということだ。
 そもそも、お世辞にも魔族に脅威を感じるような実力なんてないぞ。所詮陰念脇役だし。
 
 ちなみに俺の正体に関しては『どうでもいい』。どうせ遅かれ早かれ自分からバラすしな。要は『利用価値のある手駒』だと相手に思わせればそれでいいのだ。役に立つなら、魔族がたかが人間の中身を気にしたりはしないだろう。

 ま、俺の勘では『まだバレていない』と告げているがね。不審や驚きはあっても、あからさまなヘマなんてやってない。少しくらい様子がおかしくても『GS試験の最中だから』と考えれば納得出来る範囲だ。



 ならば、一番高い可能性は『言葉通り』準決勝を楽しみにしていることか。これはこれでマズイ。



 雪之丞との試合はギリギリの勝利だが、観客には圧倒的な勝利に映っていてもおかしくないのだ。ならば、傍目で見ていたメドーサが誤解をしていないとも言いきれない。
 たぶん、メドーサにとって『陰念』は「或いは捨て駒として使える『かも』知れない」程度の感想しか持っていなかったのだろう。

 それが格上のはずの雪之丞に勝った。興味を惹きつけるには充分である。下手をしたら『今まで自分の本当の力を隠していたのか?』などと思われたかもしれん。
 だが、上司に高い評価を受けるのは嬉しいが、過剰な期待は本人にとって迷惑以外何にもならない。なんせ、対戦相手は『あの』美神令子だ。『倒せ』と言うには相手が悪すぎる。



 原作を詳しく知らない方や妙な誤解をされている方の為に、彼女について簡単に説明しておこう。
 美神令子―――彼女こそが原作における真の『主役』である。



 「はぁ?」などと言わないで欲しい。あと「えっ、横島は?」とかも。いや、まあ、言いたいことは分かる。言いたいことは分かるのだが『主役は美神』。これは紛れもない『事実』なのだ。
 
 確かに、二次小説では主役の大半を横島に奪われ、彼女の扱いと言えばアンチだったりヘイトだったり脇役だったり、あるいは一切合財出番なかったり単なるオリキャラや横島の引き立て役だったり………はっきり言って碌な扱いを受けてねぇ。つーか、美神がまともに活躍する二次小説(長編)なんてあったけ? いくら性格がアレとはいえ、原作レギュラーキャラとは思えないくらいの悲惨さである。むしろ『嫌われキャラ確定』。それほどまでに読者(ファン)の間から人気がないのだろうか?



 ―――うん、たぶん『ない』(断定)。人気投票でもやったらベストスリーはおろか、10位圏内にも入るかどうか怪しい。



 それはさておき、敢えてもう一度言わせてもらおう。横島ではなく、彼女こそが真の主役なのだ。
 疑うのならコミックを手にとって見てみるといい。そうすれば貴方は美神が主役だと言う、揺るぎ無い『証拠』を目にするだろう。

 ―――GS美神極楽大作戦!!

 ハイ、ここ注目!

 ―――GS『美神』極楽大作戦!!

 分かっていただけただろうか? 例え、読者の皆さんからとことん嫌われていよーとも!! 例え、おキヌちゃんとかシロとかタマモとか小竜姫とかの方が人気があっても!! 例え、原作自体アシュタロス編で横島に見せ場を全部奪われていたって!! 『タイトル』に『美神』と書かれている以上、主役の座についているのは『美神』令子―――この人である!! 横島なんぞあくまで彼女の『助手』(オマケ)に過ぎない!



 でも、お菓子についている『おもちゃ』(オマケ)が欲しくてお菓子を買う人って結構いるよね……。

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 余談だが、ルシオラの死(正確には子供に転生)の真相の裏側には『やべぇ! このままいくと美神の立場が本気でなくなる!!』と危機感を抱いた原作者の手によって葬られたのではないかと疑っているのは、単に俺の考えすぎだろうか……?

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 まあ、ヤバそうな発言は置いといて、ひとまず結論などを言わせてもらおう。一応主役である美神と、顔のデザインからして既に使い捨てキャラな陰念とでは、なんかもー人生辞めたくなるって言うか、「お前はもう死んでいる」っていうくらいに勝ち目がない。

 そもそも、能力的に同じタイプである『陰念』と雪之丞の相性が『最悪』と評するならば、『俺』と美神の相性はまさに『凶悪』。
 『勝つためには手段を選ばない』という性格的に同じタイプであることはいうまでもなく、実力や経験、技量や才能はもちろん、その戦闘スタイルが『天敵』と言うほど相性が悪いのだ。


 今までの試合を見ていただければ分かると思うが、俺が戦う上でのメインはあくまでも霊波砲―――つまり遠距離攻撃である。

 『陰念』ならまだしも、『俺』は所詮『一般人』。武道の奥義を極めているわけでもなければ、喧嘩に明け暮れた日々を過ごしたこともない。『喧嘩上等!』な性格などしていないのである。

 この世界に来てからまだ三日目。実力うんぬんよりまず『経験』が不足しているので『戦い』そのものに慣れていない。そんな俺が咄嗟の判断力、反射神経での攻防がキーとなる『接近戦』をやらかす『技量』もなければ『根性』もあるわけないのだ。
 遠くからチマチマ策を練って戦うのが精一杯。正直、それでも結構キツイです。心の中ではいつもブルブル奮えています。



 情けないとか言うな。俺は今まで妖怪とガチンコやって勝てるような奴とタイマンしたことねーんだよ。



 タイガーや横島戦は今の俺のほうが強いからなんとかなった。雪之丞戦には相手に遠距離を誘導したからなんとかなった。でも美神はいくら何でも無理。

 よーするに、神通棍での『接近戦』をメインとする美神とは、元もとの実力以前にとことん相性が悪い!

 特に美神!! この女は瀕死状態でズタボロの敵を靴のかかとでグリグリ踏みつけながら罵詈雑言を吐くよーな容赦のないタイプだ! 下手したらマジで殺されかねない! 怖くなるのは当然さっ!!


 しかし、リストラくらったサラリーマンのように悲嘆に暮れていた俺に、意外なところから救いの手が現われた。



「安心しなさい。いざとなったら私だって援護するわ。メドーサ様からの許可も貰っているしね」



 そう言って、勘九朗は手の中にあるピアスを見せる。
 彼が持っているピアスはただのピアスではない。メドーサから貰ったオカルト・アイテムである。

 その能力は身につけているだけで念話による通信機としての機能と、投げつければ相手の動きを阻害するためのトラップ。
 効力はせいぜい一瞬、相手の動きを止める程度の効果だが、実戦においては僅かなミスが命取りとなるし、公然の場で使っても気付かれ難いという利点を持つ。まさにサポートにはうってつけのアイテムと言えよう。



 突然降って出た提案に、俺は惹かれながらも悩む。確かに、彼の言葉はありがたい。いくら美神が強いと言っても同じ人間だ。隙さえあれば今の俺でも勝ち目はある。勝ち目はあるのだが、一つ気がかりなこともある。


 ―――この方法は『諸刃の剣』だ。



「いや、アンタは手を出さないでくれ。試合は俺だけの力で挑みたい」

「―――!? 何雪之丞みたいなこと言ってんのよ! 相手は誰だか分かっているの!? いくらなんでも今度こそ勝ち目なんてないわ!!」



 あ、やっぱりわかる? そう、泣きたくなるくらい俺に勝ち目はない。でも、その手段を使うのって危険なんだよね。



「だからだよ…」

「?」

「そのピアスは既に雪之丞とバンパイア・ハーフの試合で使っているだろ? あいつらだって馬鹿じゃないさ。証拠はなくてもたぶん感づいている。マークされているぜ俺たちは。また同じ事をやって上手く行く保証はない。バレりゃ、皆失格だ。そうなれば折角の計画が台無しになるんじゃねーか?」

「それは………」



 陰念の記憶によれば『資格を取ったら必要に応じて妖怪どもに手心を加える計画』だと聞いている。資格自体はもう取っているし、ここで反則を犯して資格を失うのでは本末転倒だ。

 ま、俺は資格を取るのは単なるお題目ではないかと疑っている。白龍会の寺の中は今でも会長が何故かどっかの漫画で見たことがあるようなポーズで固まっているし。庭には化け物まで飼っている。

 いくら明確な証拠なくても、こんなあからさまなことをしていれば『疑ってください』といっているもんだぞ。
 警戒されたらGSとしてやり難くなることがわからぬメドーサではないだろう。ましてや、ノコノコと試験会場まで来ていたらなおさらだ。小竜姫をからかうのは楽しいかも知れないが、やり口があまりにもお粗末である。



 だが、本当の目的が『魔族とGSが裏で繋がる』ことではなく、俺たちの『採用試験』であるのなら納得がいく。つまり『資格』うんぬんはオマケで、GS候補生と戦わせることで自分の『配下』として使えるかどうかを見るのが目的ならば、彼女がわざわざ試験会場に来た理由にも説明がつくのだ。

 その証拠に、原作で勘九朗が失格になったときも少しもうろたえていなかった(と思う)し、その後すぐに香港編で原始風水盤のような大掛かりな計画を立てていた。どう考えても『資格』を取ることを重要視していたようには思えない。
 そして俺の勘が正しければ、勘九朗だけはその真相を聞いているはず。さしずめ、彼はもう『内定』を貰っているといったところか。



 本音を漏らせば、俺にとって別に準決勝はどうでもいい。無論、死ぬのは困るが、例え試合で負けても大きな支障はないのだ。だが、魔族との繋がりがバレるのは大きく困る。
 メドーサや勘九朗は例え証拠を掴まれても逃げ切れる自信があるだろーが、俺はもう国家権力から狙われるのはコリゴリである。



「貴方の言いたいことは分かったけど………勝ち目はあるの? メドーサ様の言葉は絶対よ」

「ある!!」



 心配そうに尋ねる勘九朗に力強く答えた。



「確かに、勝ち目は低い。奇跡でも起こらなきゃ、無理かもな。……だがな、それでも勝つための策はある。決して0じゃない。少しでも可能性があるなら、やるだけやってみたいんだ!」

「………でも」

「聞いてくれ勘九朗。俺は今までプライドだけが高いだけの馬鹿だった。お前や雪之丞より弱いのを誤魔化そうと、表面だけは常に偉そうに、強そうに振舞っていた……」



 そこで俺は一端区切り、勘九朗の目を正面から見つめる。そして声を張り上げた!



「だがな、俺だって男だ! 周りの目ばっかり気にして自分を強そうに見せるんじゃなく、本当に強くなりたいんだよ!! このGS試験を機に、俺は今までの自分を捨てて新しい俺に生まれ変わる! 本当に『強い』自分に!! 例え勝ち目は低くても自分の力だけでいけるところまで行きたいんだ!! だから頼む! 手は出さないでくれ!! どんなことがあっても、俺に最後まで戦わせてくれ!!」



 俺の叫びに、勘九朗はしばし押し黙って悩んでいたが、やがてふっきれたような顔で口を開く。



「……わかったわ。貴方の試合には最後まで手は出さない。メドーサ様からは私が言っておくわね」



 ―――これでひとまずは安心か?



 最悪、証拠さえ見つからなければ香港編までは一安心できる。美神に負けてもメドーサの機嫌は悪くなるかもしれんが、さほど問題にはならないだろう。負けるのが当然の実力差があるし。



「頑張りなさい。貴方と決勝で戦えるように祈っているわ」



 用事は済んだのか、そう言って立ち去ろうとする勘九朗。

 だが、正直それは勘弁してくれ。現時点では美神より強い勘九朗相手に勝つ手段なんて『試合前に下剤ジュースを飲ませる』くらいしか思いつかん。
 『出来るのか?』と問われれば『出来る』と答えるけど。こいつ、意外と情に厚い部分があるからな。口先一つで騙すのは簡単そうだ。



 ―――やったら後が怖いけど。

「―――あ、そうそう陰念」



 何か思い出したのか、くるりと振りかえり、俺の目を見つめてくる勘九朗。心なしか、その瞳が妙に熱っぽい。



「アンタ、私が思っていたよりずっとイイ男よ」



 そういって微笑(気色悪い)を浮かべる彼に思わず悪寒が走り、何故か尻に危険を感じたのは無理もないだろう。

 だって俺ノーマルだし。

 ボンキュボンな綺麗なねーちゃんにでも言われればまさしく本望だが、相手はホモ疑惑満載なごっつい男である。恐ろしくて身に危険を感じてしまう。
 同じ言葉であっても誰が言うかで意味が大きく異なるものだなと、麻痺した思考の中で呆然と考えていた。



 ―――俺、ひょっとして勘九朗フラグを立ててない?



 雪之丞の件といい、今回の件といい、否定できないところが恐ろしい。



 ………そういや、アイツって『攻め』なのか? 二次小説では全部そんな感じだったが、体は漢(をとこ)でも心が乙女(をとめ)ならむしろ『受け』―――って、どうでもいいよそんなこと! どっちにしろ想像するのは気持ち悪い!!
 君子危うきに近寄らず。身をもって謎を解明する気など毛頭ないのだ。

 そんなくだらないことよりも今は優先して考えることがある。勘九朗が立ち去ったのを見届けて、俺はポツリと呟いた。



「…………さて、勘九朗には口先だけで誤魔化したとはいえ、実際にはどーしよーかね?」



 相手を騙すのに『人情』で攻めるのは詐欺師の基本である。その際に動揺を隠すだけの『無表情』(ポーカーフェイス)では駄目だ。あくまでも感情豊かに『友情』とか『熱血』とかのヒーローもののノリで。



 ―――まあ、よーするに、勘九朗に言ったのはほとんどデタラメで、本当は勝算ありません。



 でも俺は別に嘘はついていません。奇跡は、起こらないから奇跡って言うんですよ?



 とはいえ、あそこまで啖呵を切ったからな……。あっさり負けては恰好がつかん。考えるだけ考えてみるか。俺には原作の知識もある。陰念だって一応は一流の霊能力者だ。対戦相手が『超』一流とはいえ、裏技次第では勝ち目もあるかも知れん。

 頭の中で美神について思い返してみる。最初に思い浮かぶものといえばやはり『金』。こんなにがめつい性格で、親御さんは育て方を間違ったとしか思えない。

 しかし、意外とこれが弱点にならなかったりする。いや、読者の人気的には致命傷だが、俺が彼女を買収するのはそのまま戦うよりもさらに無謀なのだ。

 一応、善悪の区別は………………………人とは基準が大きく違っていると思われるが、ついている。お金欲しさに魔族側に着くような真似はしないだろう。それ以前に仮に買収できるとして、一体いくら金銭を要求されるのかを考えるだけでも恐ろしい。


 ―――たぶん、ケタは億ではなく兆。

 ………その他の手段を考えてみよう。



 確か美神って、ゴキブリが嫌いだったよな。あまり詳しくは覚えていないが、ゴキブリを駆除するのに危うく東京に核ミサイルが発射されそうになったというエピソードがあったよーな気がする。



 ―――いっそう、瓶にでも詰め込んで投げつけてみるか?



 小さな瓶にうじゃうじゃと蠢く黒き物体。台所に潜む漆黒なる混沌の覇者が、彼女の顔に目掛けて『フライング・ボディ・アタック』でもかませば、ひょっとしたら気絶してくれるかもしれない。少なくとも精神的ダメージは大だろう。俺自身そんな目に合うのはまっぴらゴメンだ。

 ただし、彼女が冥子のように暴走(プッツン)でも起こせば間違いなく俺の死亡ルート確定。使うとすれば、ある意味一種のギャンブルである。一か八か、命のコインを賭けてみるか?



 ――却下。死ぬのは嫌だ。大体、現実的にはこの案を使うのは無理っぽい。試合中にゴキブリ持ちこむのは流石に審判も『道具』扱いにはしてくれんだろうしな。いくらなんでも『霊能』と全く関係ないし。


 せめて『実戦』だったらもう少し考慮するのだが。個人的には『試合』という形式が俺の足枷になっている。決められた『ルール』がある以上、迂闊な真似をすれば反則になるのだ。負けるだけならともかく、折角手に入れたGS資格を自ら捨てるような結果になるのも惜しい。

 その辺の事情がなければ最終手段としておキヌちゃんの一人や二人、人質として使うとゆー外道な方法もあるのだが……。



 ―――いや、口だけで本気ではやりませんよ? たぶん。



 正直なところ、『勝つ』手段が全くないというわけではない。何故なら、試合のルールに縛られているのは何も俺だけではないからである。


 ミカ・レイ。彼女の正体は美神令子だ。そして何故正体を隠しているかと言えば、既にプロのGSである彼女はGS試験に参加することが出来ず、偽名を使ってでも参加しなければ潜入捜査が出来ないからである。


 GS協会のお偉いさんには話が通っているかもしれないが、潜入捜査である以上、真相を知るものは少ないだろう。ましてや、美神令子は良くも悪くも有名だ。会場にいる者のほとんどはその名前を聞いたことがあるハズ。

 つまり試合の最中に大勢の観客が見ている中で、頭にかぶっているヅラでも外されたら立場的に一気に窮地に立たされるというワケである。
 いくらお偉いさんが事情を知っていたとしても、偉大なる民主主義―――数の暴力には勝てんのだ。

 まさか素直に『潜入捜査です』とは言えんだろーし、『他人の空似です』と偽って試合を続行することも出来まい。そしてルール違反をやっている以上、正体がバレたらその時点で美神を失格にせざるおえない。



 「な~んだ。楽勝じゃん」などと思った方。そんな考えはサッカリン。はっきり言って甘すぎるっ! 『理論上』出来るからといって『現実』でできるとは限らないのだ。
 机上の理論だけで現実に持ちこめるのなら、今頃世界は巨大ロボットやらワープ、時間移動を実用化しているだろう。SFの世界に突入だ。コロニーの建造にも着手しているかもしれない。
 だが、世の中はそんなに甘くはないのだよ。



 前回も述べたが、今回も敢えて述べよう。彼女と今の俺との力差は、例えるなら小学生のカラテ・チャンピオンがプロのK1ファイターに喧嘩を売るぐらい。技術や経験以前に根本的な基礎能力に差がありすぎる。

 美神だって馬鹿じゃない。自分の正体がバレれば不味いのは百も承知。警戒だってしているだろう。そんな中に俺がノコノコ近づいてヅラを取ろうとしたらどうなるか?

 ―――脳裏に、血塗れの床に横たわる俺(陰念)の姿がよぎる。

 たぶん、当たらずとも遠からずの未来予想図。ほとんど未来視レベル。彼女の間合いに入った瞬間、俺は速攻ボコられる。ヅラを取る余裕などない。



 と、なると……やはり相手の意表を突くしかないのだが、熱血馬鹿な雪之丞ならともかく、プロのGSすら騙す程のものともなると難しい。


 考え得る限りで一番勝算が高い方法はやはり奇襲だろう。試合開始早々相手の間合いの外からヅラを取る。実力に差がありすぎる以上、最低コレが出来なければ勝つ手段はない。

 しかし、間合いの外からヅラを取るなんてそんな都合のよい技など手持ちにあるわけない。そもそも美神戦は想定外なのだ。



 さすがに霊波砲の風圧程度で取れるよ―なものだったら、当の昔に正体バレてるだろうし。カミカゼで突っ込んでも『曲がれない、止まれない、動けない』の三拍子が揃ってるからな。こんな技ではヅラを取るのは難しい。魔装術纏って玉砕覚悟で突撃やっても玉砕するだけだ。実は他にも手持ちに技はあるのだが、接近戦用ばかりだ。もーどうしよーもない。お手上げである。


 つまり、現状では『理論上』可能であっても、『現実』にはこの手段を実行に移せない。



 ―――そう、あくまでも『現状』では……。



 正直に言えば、手持ちにはないが心当たりならある。間合いの外から彼女のヅラを取るのに適した技が。



 横島の第二の霊能―――『栄光の手』(ハンズ・オブ・グローリー)。



 霊波刀の一種であり形状を自らの意思で変化できるこの技は、腕に覆った霊波を伸ばして攻撃したことがあった。
 これならば相手に近づかずともヅラを取れるし、俺が霊波刀を使えることを誰も知らない以上、意表は突けるはず。勝算は充分にあるだろう。
 


 問題は、果たして俺に『この技が使えるか』である。しかも準決勝までにと言う制限つき。準決勝の開始予定時間までに使えるのは一時間くらいしかない。

 「いや、それは無理だろ…」と思わず言いたくなるが、そんなことを言っても状況は変わらない。ならばそれは『無駄』なことだ。弱い俺は無駄なことをやってる余裕などない。



「ま、やるだけやってみますか」



 まずは、売店にでも行き、それから雪之丞のところだな。原作とは違い、彼がメドーサとの繋がりを自供するとも思えないが、念には念を入れる。少しばかり『細工』をさせていただくとしよう。
 美神たちの計画を真っ向から潰すことは出来ないが、原作の知識があれば裏から嫌がらせの妨害くらいなら出来るのだ。

 

 とり得る手段は全て取る。力のない小物はズル賢く動き回らなきゃ、勝ち目がない。精々、卑怯に姑息に頑張らせてもらうとしますか。



 一つ言っておく。確かに、美神は強敵だ。



 実力があり才能があり経験や技量は勿論、勝つために手段を選ばない彼女を相手にするのは雪之丞に勝つことよりも難しいだろう。

 だが、それでも『卑怯さと姑息さ』に置いては俺の方が遥かに上である。むしろ、『陰念』ではなく『陰険』と改名するべきだろう。実力はともかく、相手を『出し抜く』ことに関してはこの世界の誰が相手でも俺は勝てるのだ。



 ―――『何故か』って?



 はん。決まってんだろ。



 ただでさえ俺の性能(スペック)は『陰念』なんだぞ! 最低それくらい『勝ってる』と思わなきゃ、この世界でやっていけねぇーだろーがっ!!

 『絶望』なんてしていたら、負ける勝負もやっぱり負けてしまうのだ。勝つためにはどんな僅かな『希望』であってもしがみつくしかない。

 だから、俺は勝てる。と、思いこんでいる。いや、思いこみたい。うん、お願い。何も言わないで。無茶を言っているのはちゃんと自覚しているから。

 ・
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 なお、文中で何度もヅラヅラ連呼したが、美神はあくまでも自分の正体を隠すためにカツラを着けているだけであり、彼女自身がハゲているとゆーわけではない念のため。



[538] Re[14]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/08/31 00:10

「さて、試験の方もいよいよ終盤になってきました。この試合に勝った者はベスト四入りです!」



 そーゆー訳で、現在五回戦突入。コートの上で突っ立ってる俺はそこで思いがけない人物と戦う羽目になってしまった。



 ―――何故、コイツがここにいる?



 この場にいたのが、例えば鬼道とか弓かおりなら驚きはしても「ああ、GS資格を取りに来たんだな」と納得できなくもない。エミとか西条でも「潜入捜査に来たんだな」と納得してやろう。俺は基本的には温厚なのだ。
 でもコイツだけは無理。問題がありすぎる。



 具体的には著作権。



 ある意味、アシュタロスやキーやんが目の前に現われるより納得いかんぞ! 何故、コイツがここにいるっ!? こんな奴、本当に原作で出て来たっけ?



「ヘイ、ユー! 私ノコトヲえきすとらト思テ、ナメテハイケマセンネ―――! 資格ヲ持ッテイナクトモ、強力ナ魔道師ヤすいーぱーイルノデース!!」



 妙なアクセントで話すやせ細ったハゲ男。彼が俺の対戦相手だった。

 浅黒い肌―――それは別に構わない。黒人だって何人かはいるだろう。カオスやピートも参加している辺り、参加資格に年齢や人種は定めていないかもしれん。

 ドクロのネックレス―――まあ、悪趣味かもしれないが、人のセンスにとやかく文句をつけるつもりはない。一種のオカルト・アイテムだという可能性だってある。

 服を着ていない―――それもまあ、大目に見よう。別に素っ裸ではなく隠すべき部分は隠しているのでギリギリセーフ。真冬でこんな格好だと言うのなら正気を疑うが、今は気温もそこそこあるし、民族の文化や風習だと言われれば納得できないこともない。



 なんせ怪しさ胡散臭さいっぱいのオカルトの世界。多少服装や性格のおかしい変人たちにも目も瞑ろう。その辺は個人の自由である。警察に捕まらず他人に迷惑をかけない程度ならば好きにすれば良いさ。



「試合開始!!」



 だがな。いくら俺が基本的には温厚だとしても、これだけは言わせてもらおう。
 俺は右手に霊波を込める。男は大きく息を吸い込んだ。
 そして次の瞬間、お互いの技と技がぶつかり合う!!



「ヨーガふぁいやっ!!」

「テメーはインドに帰ってストリートファイトでもやってろぉぉぉぉぉっ!!」



 口から噴出した炎に目掛けて霊波砲で反撃! 手のひらから放たれた霊波の光は圧力を伴って炎を貫き、某格闘ゲームに登場した『インド人型UMA』―――俺は手足を伸ばせて口から火を吹き、挙句の果てにはテレポートまで出来る奴を同じ人類とは認めん―――の顔に直撃!



「ぶっ!!」



 さらに彼の不幸はそれだけに留まらなかった。霊波砲の勢いに押され逆流した炎が『ぼおぉぉぉぉぉっ!!』と彼の体に纏わりつく。ガソリンぶっ掛けた人間のように勢い良く萌えあがる炎。



「―――――――――っ!!!」



 何やら声にならない叫びを響かせながらも、火を消すべくじたばたしながら床に転がり回る男。まさに一瞬の出来事だ。外見に反してやたらと弱い。

 ………なんだ、ただのパチモンかよ。驚かせやがって。

 普通なら全身を火で包まれたら間違いなく焼死するが、漫画の世界なのでたぶん大丈夫。
 さっさと試合を終わりにしてヒーリングを受けさせれば回復するだろうし、仮に最悪の事態になったとしてもただの事故で済む(外道)。



「おい、審判」



 俺は試合の終了を呼び掛けた。



「………いや、まだだ!」

「あ~ん?」



 審判の反応に怪訝な声を上げながらも対戦相手の方に顔を向けようとして―――



「ぐっ…!」



 突然の反撃に体をよろめかせる。頬を殴られたような衝撃。いきなりの出来事に俺は驚きを隠せない。



 まさか、あのパチモンの仕業か!? 嘘だろ、結構距離が開いていたはずだぞっ!! 一体どうやって!?



 これでも霊波を扱うことに関しては敏感だ。対雪之丞戦の慣れもあるが、霊波砲の類であれば事前に察知できる自信がある。とはいってあの距離を一瞬で詰めるのは魔装術でも使わない限り不可能。ましてや、あんな態勢から―――



 ―――まさか!?



 一つの考えが頭を過る。嫌な予感がした。



「マジかよ………」



 その『まさか』だった。パチモンの方へと視線を向けると、ちょうどゴムのように伸びていた『腕』が元の長さに縮まるところだったのだ!



 おいマテやコラッ!! 腕が4,5メートルは伸びていたぞっ!! 一体どう言う原理だ!? 科学的にちゃんと説明しろ!!



 いや、まて落ち着け。ピートの例もあることだし、案外なんかの妖怪のハーフの可能性だってあるかも知れない。ろくろ首は首が伸びるのだ。腕が伸びる妖怪くらいいてもおかしくないだろう。
 例えば、ナメック星人とのハーフとか。



 そんなことを呑気に考えていた俺とは裏腹に、パチモンの方は怒りに燃えていた。



「シット! 私コノ国ニ来テ、コンナ屈辱受ケタノコレデ二回目デース!! じゃぱにーず許シマセ――――ン!!」



 肌を黒く焦がしながら―――いや、元々黒いけど―――俺を睨みつけたパチモン。体の炎は既に消えているが、余韻を残すかのように薄く煙が上がっている。そんな姿がなおさら怒りの大きさを示すように見えなくもない。

 俺は口元についた血を拭う。かすかに走る痛みが自分の甘さを認識させる。

 ああ、そうだよな。確かに油断しすぎだ。仮にも今は五回戦。実力だって一回戦のキザ野郎より少しは上だろう。一瞬で終わるほど甘くはない。

 それじゃあ、少しは気合を入れて行くとしようかね。こんな『雑魚』相手にいつまでも手間取っている暇はないのだ!



「いくぜっ!!」

「サセマセ―――ン!」



 走り出す俺を迎い撃つように、拳を伸ばすパチモン。

 降り注ぐ矢のような猛攻―――とでも喩えればそれなりに恰好がつくかもしれないが、実際にはフェイントもなければ腰も入っていない稚拙な乱打(パンチ)。
 ただ伸びるだけでリーチの長さだってまるで生かしきれていない。某ゴム人間に伸びる腕の使い方の一つや二つ、ご教授願うべきだろう。



 俺はそれらの拳を手で捌き、あるいは避けながら足を滑らせるようにして前へと進む。この程度のスピードならば目で見切るのはそう難しいものじゃない。



 ああ、そうそう。誤解をしないようにここで明言しておくが、接近戦が苦手なのは『俺』自身の問題であって『陰念』の方とは無関係だ。

 元々陰念に雪之丞、勘九朗を加えた白龍寺三人組は遠近両用。霊波砲はもちろん、霊的格闘の扱いだってお手のもの。俺には分からずとも、この体がやり方を覚えている。

 『陰念』の肉体のスペックは美神クラスと比べると逃げたくなるが、一般GSクラスより遥かに格上。喩えるなら小学生と幼稚園並だ。
 いくら俺に一般人並の戦闘技術と根性しかなくとも、幼稚園児にビビる程情けなくはない!

 伸びる腕の群れを潜り抜け、自分の間合いに入る。



「ヨーガ…………っ」

「遅せぇっ!!」



 再び火を吹こうとするより早く、瞬く間に距離を詰めた俺の手のひらが口を押さえた。さらに―――



「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 即座に伸びた霊波の束がパチモンの体を繭状に覆う!

 包牙魔装爆―――自分まで巻き込まないように威力は最低出力(ミニマム)。およそ霊波砲一発分のエネルギー。
 だが、相手が『人間』ならばそれで充分。



「知ってるか? 人を気絶させるのに岩でも砕けるような威力は必要ねえ。鍛えようのない急所に衝撃をぶつける。威力は低くても、それだけで人はあっさり意識を手放すもんだ」



 我流魔装技参式―――



「爆ぜろ!!」



 ―――包牙魔装爆っ!!



 全包囲ゼロ距離霊波砲。生み出された衝撃から逃げる場所はなく防ぐことも出来ず、その全てを叩きこまれたパチモンはあっさり意識を失った。

 彼の正体の真相はともかくとして、耐久性は人並みにしかなかったらしい。



「勝者陰念!!」



 そして隣にあるコートでは、ちょうどもう一人のベスト四が名乗りをあげるところだった。



「勝者ミカ・レイ!!」



 その瞬間、俺の準決勝進出―――そしてvs美神(ミカ・レイ)が決定する。






 第十五話 不良と目覚ましと霊波砲






 一つ問いかけよう。貴方にとって戦いで勝敗を決する一番重要な要素とは何か?

 純粋な互いの強さ? それとも張り巡らされた策略? あるいは見惚れるほどに華麗なる技か、何があろうとも揺らぐことのない精神力か?



 どれも正解とも言えるかもしれないし、違うかもしれない。それらはその場の状況と個人の考えによって代わってくるものだ。一概に『これこそが正しい』と答えを決め付けることはできない。

 俺的には『強さ』と答える気もするが、実力差があっても戦いに勝てる場合もあるのだ。全てはその場の状況次第。



 何故俺が雪之丞に勝てたのか? その理由を語る上でピートの存在は外せない。



 ピートの実力は雪之丞とほぼ互角である。結果として負けてしまったものの、彼の努力は俺の勝利に大きく貢献することになった。

 どれほど強い力があっても、使えなければ意味はない。この世に『無限』など存在しない以上、力は使えば使うほど『消耗』するのだ。

 そして俺との試合のとき、雪之丞はピート戦で消耗した体力と霊力が完全に回復しないまま戦うことになり、俺の勝利の一端を補うことになる。それは決定的ではないものの、紛れもない『事実』。



 つまり俺が何を言いたいのかといえば、俺が美神と戦う前には『雪之丞』という強敵との戦いを経験しているわけであり、勝ちはしたものの大分『消耗』したと言っても可笑しなことではないのではないかと思う。

 対して、美神の方は単なる雑魚ばっかで、ほぼ万全の状態だ。これは明らかに不公平。戦う前からハンデをつけて戦うのと変わりない。

 よーするに、最終的な結論を言うならば―――



「負けたときの言い訳にはならねーもんかね?」



 というわけである。



 いや、実際には消耗って言うほど消耗していないけどさ。一発もまともに攻撃受けなかったし。

 『戦う前から何負けたと気のこと考えていやがるこの根性なし!!』と罵られると否定できないのだが、こちとら結構ヤバいのである。このままでは瞬殺されてしまう。

 まあ、なんというか、世の中はそんなに甘くないというわけで―――

 栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)が未だに使えません。

 当然の結果だと言われればそうかもしれない。陰念はあくまで脇役なのだ。命の危機に新しい力に目覚めたり、誰かが助けてくれるような主人公補正スキルは持っていない。

 うん。マジで不味い。五回戦も終わってしまった以上、準決勝までの残り時間はあと僅か。試合後のわずかな休憩時間が終われば恐怖の恐怖の美神戦が待ちうけている。



 ううう、試合のことを思うとストレスで胃に穴があきそうだ。この世界に来てからというものの、ピンチばっかりで碌なことがない。そのうち絶対出来るぞ十円ハゲ。



 まだ不幸中の幸いは、美神も立場的には『正義の味方』だという点だ。

 『魔族』で『悪党』なメドーサなら人間の命など虫けら同然だが、仮にも美神は陰念と同じ『人間』。決して『鬼』などではあるまい。原作でも人を殺したことはなかったし、下手に『防御力ゼロ』(サイキック・ソーサー)さえ使おうとしなければ命まではとられない。と思う。



 ま、その場合でも骨の一本や二本などという生温い怪我では済まず、半分くらいは極楽逝きになるんだろーが。その辺は『死ぬよりマシ』と割り切るしかない。
 うん、割り切れ。『感情』よりも『理屈』の方が大切なんだ。痛みなんて我慢しろ。無理でもなんでも割り切るしかないんだ。割り切ってください俺の『感情』。



 無理矢理割り切ろうと思っても、やっぱり痛い思いをするのは嫌なわけで、これから最後の足掻きだ。やれるだけのことはやる。とことんやってやる! で、



「なんか用か? 俺にはアンタに付き合ってる暇なんかないんだがな」

「ツレないこと言わないでよ。戦う前にちょっと話したいのよ」



 試合の終わって医務室へと足を運んでいた俺の前に、美神(ミカ・レイバージョン)が立ち塞がった。
 想定内といえば想定内なのでさほど驚きはないが、それでもやはり彼女に会うのはいろいろと苦手意識がある。これからのことを考えればなおさらだ。



「そう、例えば………メドーサのこととかね?」

「はあ? 何の話しだ?」



 彼女の問いに、見事にすっとぼけてみせた。アカデミー賞並の名演技………とは言い過ぎだが、違和感のない自然な表情。別に人並みはずれた演技力などないが、何を言われるか事前に予想できていれば動揺など見せないで済む。



「………とぼけてもダメよ。ネタはもうあがってんだから。素直に認めて自首した方が身のためよ」

「ったく、いきなり訳のわからんことを言いやがって…。

 自首? 一体俺が何をやったってゆーんだ? 何言ってんのかよくわかんねーが、ネタがあがってんならこんな回りくどい事なんてやってないでさっさと告発でも何でもやればいいだろ。

 そんなモノが本当にあるんならな」

「……………っ!!」



 まあ、彼女が証拠など掴んでいないことを承知での発言なのだが。さっきの試合が始まる前にも医務室に行ったが、雪之丞はまだ眠ったままだった。ならば彼を白状させるとしても『今』からか『これから』だ。

 だからこそ、いつまでも美神に関わっていないで適当にあしらって医務室に行き、妨害する必要がある。念のために『保険』をセットしているが、アレは下手すると雪之丞が死にかねないからな。出来れば平和的に解決したい。



「用件がそれだけなら俺はもう行くぜ。じゃあな」

「ま、待ちなさい!」



 言葉だけなら無視して行くところだが、逃げられないようにちゃんと肩を掴んでいた。しかも爪が突きたてられていて痛い。

 早くしないと手遅れになるとゆーのに。手遅れになったら絶対後悔するぞ。俺も雪之丞も、そして美神自身も―――。



「アンタもしつこいな。俺はアンタと違って暇じゃないんだ。何か不正でもしたっていうなら証拠を突きつけて失格でもなんでもすればいいだろーが。俺は別に止めやしねーぜ。何も証拠がないっていうんなら単にテメーが大恥をかくだけだけどな。

 ま、こっちはテメーの勝手な妄想癖に付き合ってやる暇もなければ義理もないんでね。話し相手が欲しいんならその辺の壁にでも向かって話しかけてもらえるか? 相槌がないのは珠に傷だが、逃げもせずにどんな虚言でも我侭でも文句一つ言わず大人しく聞いてくれるぞ。アンタにゃピッタリの相手じゃないか?

 まあ、周囲から変人扱いされるかもしれねーが……。な~に、元から変人なんだ。変人扱いされても何も問題ねえさ」



 焦っている所為か、口調が乱暴になり相手のことを気遣うゆとりがなくなる。急がねばならない。急がねばならないのだ。今から走っていっても間に合うかどうか………。
 しかし美神の手は決して離れず、心なしか更に爪は突きたてられる。―――駄目だ。もう間に合いそうにもない…。

 俺は諦めることにした。そうすると途端に心が穏やかになり、なんかもーどうでも良くなる。



「いいからとっとと白状すればいいのよ! でないと次の試合命の保証は――――」



 なにやら美神が叫び出すが、俺は話しを聞き流して心の中で『南無』と呟く。

 悪いな雪之丞。『時間切れ』(タイム・アップ)だ。だが、俺はお前を信じているぞ。お前はこんなところで死ぬよーな奴じゃない。

 生き延びろよ。そしてお互い生きて再会しよう我が友よ。



「ちょっとアンタ! 人の話を―――――」

<ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! >

<ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!>

<リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン!!>

<起きろっ! 起きろっ! 起きろっ! 起きろっ!>

「な、何?」



 いきなりの音に美神が戸惑いを見せたが、なんてことはない。俺が医務室に仕込んだ目覚ましのベルが鳴り出しただけだ。それ自体に意味はなく単に喧しいだけ。驚くかもしれないが、命に別条はない。

<朝~朝だよ~。朝ご飯食べて極楽に逝くよ~>

 だが、こんな経験はないだろうか? 消し忘れたのか、突然大きく鳴り響いた目覚ましの音に心臓が止まってしまうかと思うくらいに驚いてしまったことが―――。

<後悔しな! ヒヒヒヒッ!>

 この仕掛けはただの『導火線』。爆発を起こすための『爆弾』なら別に用意してある。
 いや、既に『用意されている』と言うべきだろう。

<オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!>

<無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!!>

「ふ…」



 大人でも予想外の騒音にはビビるものだ。ましてや、精神的に未成熟な『子供』であれば泣き叫んでしまってもおかしくはあるまい。

<俺様の名前を言ってみろぉぉぉぉぉぉっ!!>

<我が生涯に一片の悔いなしぃぃぃぃぃぃっ!!!>

「ふえ………」



 ちなみに目覚ましの声は全て『陰念』ボイス。きちんと『感情』込めて録音しました。
 さて、ここで問題。メドーサに化けるのは一体『誰』の式神でしょーか?

<お兄ちゃ~ん、朝だよ~。早く起きて~。ねえ、早く起きてってば。もう……早く起きてくれないと『チュウ』しちゃうぞ♪>

「…………………!!」



 ………無論、コレも陰念ボイス。なお誤解をしないで頂きたいが、『決して』俺の趣味ではない。場を和ませるためのユーモア・センスは何歳なっても大切なのである。ちょっとしたお茶目心だ。

 でも最後の奴だけは流石に悪ふざけが過ぎたと反省。コレを全国にいる血の繋がらない妹に対して幻想を抱いているむさ苦しいお兄ちゃん達が聞こうものなら、俺は彼等に抹殺されるかもしれん。自分でやっておきながら聞いてて思わず鳥肌がたったぞ……。

 そして、ついに『彼女』の緊張の糸がキレた。



「ふ、ふええ―――――――ん!! 令子ちゃ~~~んっ!!」



 叫び声と同時に、医務室の方からは凄まじい轟音。ガラスが割れたりする程度はまだ可愛いもので、コンクリートが粉砕するような音から何かの爆発音まで聞こえてくる。その振動がこっちの方まで伝わってきているので、まるで地震でも起こったかのようだ。
 だが、これは天災などではなくれっきとした人災。

 六道冥子―――彼女は霊力だけなら美神すら上回り、十二神将という十二人の強力な式神を操るGS。しかし精神的には極めて未熟で、一度暴走すればペンペン草一つ残さず瓦礫の山を作り出す。
 喩えるならばまさに『ミサイルの発射ボタンを握った幼稚園児』。それこそが彼女なのである。

<ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! >

<ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ!!>

<リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン!!>

<起きろっ! 起きろっ! 起きろっ! 起きろっ!>

 目覚ましはなおも鳴り響く。美神はあまりの事にあっけにとられていた。時々、雪之丞らしき悲鳴が聞こえてくるのは気のせいだろう。俺は約束したのだ。再び彼と生きて会うと……。

<朝~朝だよ~。朝ご飯食べて極楽に逝くよ~>

「ばーさんや、メシは何処かいの……?」

「オイ! 爺さん!! おにぎりなんか食ってないでさっさと逃げろっ!! なんかやベーぞ!!」

「ふええ―――――ん!!」

<後悔しな! ヒヒヒヒッ!>

「シャ―――ッ!!」

「キィッ!!」

「キェエ―――ッ!!」

「ちっ、怪我人だからって舐めるなよっ! なんだか知らねーがこのまま黙って化け物どもにやられてたまるか!! いくぜっ!!」

<オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!>

「ガ―――ッ!!」

「ブギャ――ッ!!」

<無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!!>

「な、何ぃ――――っ!!」

<俺様の名前を言ってみろぉぉぉぉぉぉっ!!>

「ふええ―――――ん!! 令子ちゃ~~~んっ!!」

「う、うあぁぁぁぁっ――――!!!」

<我が生涯に一片の悔いなしぃぃぃぃぃぃっ!!!>

 そして無数の破壊音をバックに<お兄ちゃ~ん、朝だよ~。早く起きて~。ねえ、早く起きてってば。もう……早く起きてくれないと『チュウ』しちゃうぞ♪>の声……。

 音だけしか聞こえないので部屋の中は想像しか出来ないが、明らかに異様な空間がそこには形成されていた。



「余計なお世話かもしれんが、そんなところでぼーとしていていいのか?」

「…………はっ!」



 親切心で膠着状態の美神に声をかけてみると、まるで俺を親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。だが今はそんな場合ではないと分かっているのか、すぐさま医務室へ向かって駆け出した。



「……さて、行くか」



 それを見届けて、俺もまた歩き出す。そう、医務室のある方とは反対側へと―――。



 式神に破壊されたのか、喧しかった目覚ましも聞こえなくなっている。その代わりといってはなんだが、何処からともなくパトカーのサイレンが鳴り響いてきたのだ。この騒ぎを聞きつけてきたのだろう。相変わらず対応が早いな。

 公園での件を考えると、俺が今から医務室に向かうのは自殺行為の何物でもない。
 とりあえず冥子は暴れているし、『証拠を掴ませない』という俺の目的は達成できたと言っても良いだろう。もはや長居は無用だ。



 さ~て、修行修行っと。早いとこ栄光の手を使えるようにならなきゃならんしな。







 ちなみに、俺のいない医務室ではこんな会話が繰り広げられていた―――らしい。

「おいキミ、しっかりしたまえ!!」

「あはは~っ。待ってよママ~。え? この川を渡ちゃ駄目? そんなこと言ったらママのいるところまで逝けないじゃないか~」

「むう、いかん。頭部を強く打っているし血が止まらん。このままでは手遅れになってしまう……。おい医者だ! 早く医者を呼べっ!!」

「おい、この化け物を連れた少女はもしかして………」

「間違いあるまい。得体の知れぬ力を振るい、周囲に破壊を撒き散らす。我々が奴を見失ったのもちょうどこの辺りだ。同じ日によく似た行動…。
 もはや偶然とは思えん。おそらく彼女はあのヤクザ男の仲間だろう」

「なら、さっきから叫んでいるレイ・コチャンなる人物は………」

「あの男のことだ。合流されると厄介だな……。なんとしても今のうちに捕らえねば―――」

「ちょっと冥子! アンタは何やってんのよっ!! 折角の作戦が台無しじゃない!!」

「あ、令子ちゃ~~~ん!」

「「な、なにぃ――――――っ!!!」」

「おい! どういうことだ!! レイ・コチャンとはあの男じゃないのか!?」

「まさか三人組!? 不味いぞ。一人でさえ手がつけられんというのに、三人も集まればもうおしまいだ。例え応援を呼んでもかなわんぞっ!! おい、どうする……?」

「どうすると言われても………」

「どうもこーもないっ!!」



「「白井!?」」



「思い出せ! 自分たちが警察官を目指していたあの頃の情熱を!! 善良な一般市民を守る。そのために我々は警察官になったのではないのか!!」

「「お、おお………」」

「か弱き老人に暴行を振るう輩がいればジャーマン・スープレックス! 幼子を狙う誘拐犯見かければ延髄蹴り! 女性を襲う強盗ならば撃ち殺せっ!! 人権を無視するよーな奴の人権など認めるな!!
 我々こそ正義! 我々こそ断罪者!! 犯罪をこの世から消すのが我等の使命!! 卑劣な犯罪者如きに、我々警察が敗北することなどあってはならんのだぁぁぁぁぁぁっ!!」



「そ、そうだ………それが俺たちの役目なんだ」

「くう~、目からウロコが落ちたぜ」

「親父、俺はやるぜ!」



「相手が誰であろうとも関係ない! 正義を守る為にも退くわけにはいかん!! 我ら警察こそ、市民を守る為の最後の盾なのだ!! 例え最後の一兵となり、命が燃え尽きようとも立ち向かわねばならんっ!!」

「いくぞぉぉぉぉっ!! 全軍突撃~っ!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」



「ちょ……ちょっと待てアンタら!? 今のこの子にそんな火に油を注ぐ真似をしたら――――」

「ふええ――――――ん!! 来ないで~~~っ!!」

「「「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ!!!」」」

「どーして私までぇぇぇぇぇぇっ!!」

「おやおや………ばーさんは幾つになっても元気でうらやましいわい」


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 後に分かったことだが、この事件は六道家の力によって全てもみ消されたらしい。所詮、正義も圧倒的な暴力と財力と権力には勝てないといったところだろうか?

「全く貴方ときたら、わずか一日の間に二件も事件を起こすなんて……」

「え~ん。お母様! 私、本当に公園なんて行っていないってば!」

「嘘おっしゃい! 貴方以外に街中で暴れるGSなんていますか! 今日という今日は許しませんよ!!」

「いや~~! 式神でお仕置きするのはやめて~~!!」

 そのついでに、公園での一件も『なかったこと』にされたのは嬉しい誤算だった。

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 まあ、そんなこんなでいろいろあったがいよいよ準決勝。陰念vsミカ・レイ。
 俺の方はというと、努力の甲斐なく『栄光の手』は使えませんでした。

 だから『陰念』に主人公補正はないんだって!!

 始めに言っておく。陰念に『栄光の手』を使うための素質がないわけではない。現に俺は完成こそしていないものの、具現化するまであと一歩――――いや、あと二歩というところまでは来ていた。
 その足りない部分さえ補えば霊波刀の応用で作ることが出来る。だが、その二歩がどうしても埋められない。



 具現化に足りてない最初の一歩は、『創り出すモノ』の明確なイメージ。いくら二人分の制御力があるとはいえ、それだけでは宝の持ち腐れなのだ。技術だけでは技の模倣は出来ない。

 例えば人物画を描く場合、モデルがいるかどうかでは作品の精密さが大きく違ってくるだろう。それと同じように霊波を思い描くカタチに纏め上げるには、あやふやな『記憶』や『想像』だけではなくイメージに近いモノ―――できれば『実物』を見てそのまま写生した方が完成度が高くなるのだ。

 ちくしょう! こんなことになると予想できたら古本で売ったりしないのにっ!!

 バイロン曰く、『事実は小説より奇なり』。世の中何が起こるか分からないものだ。今更後悔しても遅い。

 『俺』はこの漫画の読者だが、頭に『元』がつく。結構長い時間読んでいないのでうろ覚えな部分はあるし、余り印象に残らなかったところまでは記憶に残していない。

 俺、いまいち『栄光の手』のことを覚えていないんだよな~。後半からすっかり文殊に出番を奪われていた所為で、どのような姿形をしていたのかさっぱりだ。



 そしてもう一点―――これは正直ヘコむのだが、具現化するための霊波の出力が足りていない。
 はっはっはっは。分かりやすく言おう。このままいくと香港編に突入する頃には美神どころか横島クンにも負けそーです。おキヌちゃんくらいしか勝てそーにない。情けなくて泣けてきそうだ。


 いや、もちろん頑張って修行するなり小細工したりはするけどさ。それでもショックを受けると同時に、『所詮陰念』と思わずにはいられない。

 ―――ま、そんな『先』のことを心配する暇なんてないんですが。

 俺は既にコートの中で待ちうける美神(ミカ・レイ)へと目を向けた。
 なるほど。『名は体を現す』とは良く言ったものだ。こうして改めて彼女を見れば、まず目に付くのはその美しさ。

 歴史に残る芸術品のような整った美貌。全てが計算されたかのようにすらりとした完璧なプロモーション。眉は意思の強さを示すようにきりっとしていて、大きな瞳は揺るぎ無い自信を表す。そして小さく可憐な唇は異性を惹きつける色香があった。

 女性を計る上で一つの基準となるスリーサイズもまた文句のつけようがない。ボン、キュ、ボンな理想的とも言えるそのスタイルは、同性であれば誰もが羨み、そして妬むだろう。

 それはまさに『美』の『神』。人の世に舞い降りたビーナス。100人中100人の人が声を揃えて『美人』と評価するであろうその美しさで優しく微笑みかけられたのなら、男であれば思わず見惚れ、鼻の下を伸ばすに違いない。






 ………ただし、『背後に黒いオーラを纏っていなければ』という条件付で。






 女性らしい、やわらかな笑みを浮かべる口元。

 ―――でも、何故か目は全く笑っていない。



 些細な仕草からにじみ出る、優雅で上品な物腰。

 ―――でも、何故かもの凄いプレッシャー。
 そこには、女神の仮面をつけた一人の鬼が突っ立っていた。


 うん、そうだよね。美神に『正義の味方』って言葉は死ぬほど似合わないよね。
 考えが甘すぎました。

 全く、近頃の若いモンはカルシウムが不足していて困る。些細なストレスなど笑い飛ばすくらいのことが出来なければ大物にはなれんぞ。俺はそんなに彼女の気に障るような行動をとったか? 



 うん、とっています。でもできれば『過去のこと』と水に流してもらえませんか?



 試合で横島を半殺しにしたこととか。
 病院で会ったとき好き勝手に言ったこととか。
 あるいは、さっき廊下であったときの態度とか目覚ましに陰念ボイスを吹き込んだこともお気に召さなかったかもしれないが……。



 いずれにせよ、怒らせる原因に心当たりなら充分あった。充分過ぎるほどにあった。ひょっとしなくても、俺ヤバイかも知れない。



 彼女を見ているだけで身体から嫌な汗がだらだらと溢れだし、足元は武者震いではない振動でぶるぶる震えている。
 無論、頭の中だって命の危険を知らしめるべく警鐘を鳴らす。潰れるくらい叩きすぎてデスメタル並のヒートアップだ。



 ぶっちゃけて言おう。俺は逃げたい。今すぐにでも。恥も外聞も我が身に迫る命の危機の前には無力なもの。
 人間、誰しも死にたくはないものです。それは至極当然のこと。遺伝子に刻まれた生存本能が『逃げろ逃げろ』と訴えている。許されるものなら地平線の向こうまで裸足で逃げ出すだろう。

 そう、『許される』ものならば………。

 俺は視線をそっと背後に動かした。

 なるほど。さすがに準決勝ともなると注目も増すのか、観客席には今までよりもずっと大勢の人でにぎわっている。いつもなら空いている席の一つや二つ、すぐに見つかるものだが、今はほぼ満席に近い。

 おそらくこの中には単なる見物客だけではなく、商売敵になる相手の面を拝めようとする現役のGSや、試合内容を吟味するGS協会のお偉いさん、GSという職業に夢をはせる将来のGS候補生たちもいるのだろう。誰もが今年度の主席が誰に決まるのかを注目していた。



 そしてその中にはもちろん、我等が上司メドーサ様のお姿も………。



 何故か、モルモットで実験中なマッドな科学者のような瞳で『じっ――――と』俺のことを観察しておりました。

 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目ですか? 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ! 逃げちゃ駄目だっ!! 

 おいコラオカマ! 「メドーサ様からは私が言っておく」とか言ってたが、一体何を吹き込みやがったっ!? なんか、一挙一動逃さずとばかりに俺の方をシリアスな表情で見つめてんぞ!!

 こんな状況で敵前逃亡なんて真似をやらかして彼女に恥をかかせたら後で一体どうなるのかを思うと、怖くて怖くて逃げたくても逃げられません。
 『鬼が出るか蛇が出るか』という言葉がありますが、両方同時に出てきたらどうしたらいいのでしょうか?

 GS美神世界最凶最悪の女傑ダックに挟まれて一心に視線を浴び続ける俺。

 ―――そんなに見つめちゃイヤ~~~ん。

 いや、お願いしますからマジでやめてください。感激以外の涙が目から溢れてしまいますから。



 前門の美神、後門のメドーサ。人外レベルの二人の美女に囲まれて俺の心臓は張り裂けそうなくらいドキドキです。



 嗚呼、痛いほどに高鳴るこの鼓動! 既に頭の中では彼女たちの姿でいっぱいいっぱいです!!
 はっ! もしや、これが『恋』っ!? 

 ………『つり橋効果』って要するにただの現実逃避じゃないかしらと思う今日この頃。

 ―――すまん雪之丞。再会はお互いあの世に逝ってからになりそうだ。



[538] Re[15]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/11/08 23:49

 俺が陰念の身体に乗り移る二,三日くらい前。メドーサからこんなことを言われたことがある。



『貴方達の実力なら、資格を取るのに問題はないでしょう。ですが、もしかしたら私の存在に感づいて何かしらの邪魔が入るかもしれません。

 もし、その邪魔者が美神令子という女だったら…………気をつけなさい。貴方達が並の人間に遅れを取るとは思いませんが、彼女だけは別格よ』



 人間などゴミ同然に思っていたメドーサが、用心とはいえ警戒するほどの相手。それが美神という女だった…。
 そして、それから僅かに時間が流れた現在。

 ―――具体的にどう何を気をつければ良いんですかねメドーサ様?

 ヘビに睨まれたカエルは動けなくなるらしい。それは今の俺の状況と似ているよーな気がした。

 前を見る。そこにいるのは美神令子。背後から立ち上る黒いオーラは心に不吉な予感を掻き立てる。
 ……あんな奴とガチンコやったら俺は死ぬかも知れん。故に前には進めない。

 後ろを―――怖くて見れない。視線に重さがあるなら俺なんかとっくに潰されるってくらいに視線を感じる。見られている…。無茶苦茶見られてるって!
 文字通り『人でなし』であり、『悪魔』な上司メドーサ様。彼女の期待を裏切ればたぶん死ぬ。故に後ろにも戻れない。



 前にも進めず後ろにも戻れない。力なき『弱者』(カエル)はただその場でじっと震えるだけ。思わず助けの一つや二つ、欲しくなって来る。嗚呼、誰か俺を救ってくれる味方はいないものか。



 ちなみに勘九朗は両手を組み、俺の方を真摯な眼差しで見つめながら祈るような仕草をしていた。
 これが俺に思いを寄せる美少女とかなら、せめてもの慰めにはなったのに……(涙)。



「陰念選手、早くコートへ上がりたまえ。―――陰念選手? お~い、聞こえていないのか?」



 いろんな意味で救いようのない状況。無慈悲な審判は死へと繋がる十三階段を早く登れ早く登れと急かしたてる。どうも死神様は熱烈な俺のファンらしい。サインならやらんぞ。握手もなしだ。

 どうしたものかと視線を動かすと、ちょうど美神と目が合う。彼女は俺を見るなりニコリと可愛らしい笑みを浮かべた。
 俺も真似してニコリと可愛らしい(?)笑みを浮かべてみる。



「気色悪いことやっとらんでとっととこんか!!」

「―――い、イエスサー!」



 正しくはマム。あまりの迫力に押され、思わず軍隊口調でコクコク頷く。死地へと向かう俺を止める奴は、当然の事ながら誰もいない………。

 本気で救いがねーなオイ! 絶体絶命もここまでくればもはや笑うしかない。むしろ笑え!!



 はっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは…………



 ―――上等だっ!!



 下手に逃げ道があるより完全に包囲されているほうがかえって覚悟も出来るってもんだ。どうしよーもない状況だからこそあえて開き直ってやる。
 勝ち目がない。死ぬかもしれない。で、それがどーした?

 俺の目的は宇宙処理装置(コスモ・プロセッサ)を使って元の世界に帰ること。その為にはエネルギー結晶を魂に含む美神との戦いは避けられないといっても過言じゃない。

 それに勝算だって少しはある。机上の空論に過ぎずとも、可能性があれば決してゼロではないのだ。俺にとっての勝利条件は彼女を倒すか、もしくは頭のヅラをとること。
 栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)は使えずともそれに代わりはない。



 ヘビに睨まれて動けないカエルがいるなら言ってやる。



 ―――テメーは馬鹿か?



 怖いんだろう。死にたくないんだろう。もっと生きていたいし、やりたいことだったあるんだろう……。
 だったら何突っ立てやがる! 死にたくないなら必死で逃げろっ!! そのまま大人しく『死ぬ』(食われる)ときを待ってんじゃねえ!!

 人の感情(こころ)が『恐怖』を感じるのは、ただ現状を悲観し、何もせずに『諦める』ためではない。悲観しうる現状から『逃げ出し』、『生き延びる』ために存在する。
 そう、『恐怖』とはすなわちソレから『抗う』ための原動力だ。



 背水の陣―――後ろへ逃げられないなら、敵陣を突き抜けて『逃げる』(たたかう)まで。



 試合が始まる前の一時間、使えもしない技の練習だけに費やしたわけではない。やり方次第で弱者でも強者に突き立てる牙があることを教えてやろう!



 ちなみに陰念の中の人の半分は『強がり』で出来ています。
 プラス思考プラス思考。






 第十六話 不良とハンデと霊波砲(前編)



 準決勝
 陰念vsミカ・レイ(美神令子)

 コートの上、美神と向かい合う俺。
 体力、霊力共に問題なし。ベストコンディションというわけでもないが、雪之丞戦での疲労も回復している。戦闘準備も万全だ。

 ちなみに今回は手ぶら。神通棍を使うという案もあったのだが、陰念とは相性が悪いのかどーもイマイチ使いこなせん。
 ある意味、仕方がないといえば仕方がない。三人組を見れば分かるように、白龍寺での修行のメインは霊的格闘や霊波砲。オカルトアイテムなど安物の破魔札を練習で何回か使ったくらいだ。

 あと、不良時代に愛用していた釘バットもよく使いこんでいた所為か、ちょっぴり霊力が篭っていたんだが……。



 陰念が雪之丞に初めて遭遇(カツアゲ)した日、人気のない路地裏で思いっきりボコられた挙句へし折られました。



 その後、リベンジを誓って高校を中退。両親の反対を振り切って白龍寺に入門。やがて新しい門下生として訪れた雪之丞と再開を果たすのだが、それはまた別のお話。



『………誰だテメーは?』



 相手の方はすっかり忘れ去られてたのはお約束。




「試合開始!」



 ―――先手必勝! 



「いくぜっ!!」



 掛け声が掛かるやいなや、右手に霊波を込めて全力の霊波砲。どうせ受けに回れば押しきられるのがオチ。ならば攻めて攻めて攻めまくる!

 魔装術は温存。確かにこの術はパワーが上がるのだが、今の『陰念』のレベルで使うのはキツイ。体に掛かる負担は大きく、制御にも手が掛かるので凝った技が使えなくなる。
 どのみち正攻法で挑んでも勝ち目などない。裏技卑怯技万万歳。小手先の技でチマチマ攻めるだけなら、消耗の激しい魔装術に頼るのはむしろマイナスだ。



 まあ、最大の理由は制御にミスって暴走し、これ以上ゲテモノになるのがイヤなだけですが。



 その点、霊波砲はスピードもあり、連射も出来るので使いやすい。美神には遠距離からの攻撃手段がない以上、間合いを取ればまだやりようもあるだろう。離れた場所から攻撃を仕掛け、隙さえ作ることが出来れば―――。



 先制をとった俺に対して、美神は不可解な行動をとった。霊波砲を避けるわけでもなく、防ごうとするわけでもない。
 ただ『止まれ』とでも言うように開いた右手を前へと突き出す。

 そして―――擬音に直すと『がしっ』と。気楽と。無造作に。表情一つ変えることなく。

 あまりにも違和感なく行なわれたため、俺は勿論、観客も審判も、思わず呆気に取られた。

 やがて震えた声で実況が叫び出す。



「………な、なんと! ミカ・レイ選手、『素手』で霊波砲を掴みました―ーーっ!!」



 騒ぎ出す観客。頬をつねる俺。彼女はそのままにっこり笑顔で、手に持った『それ』をゆっくりと握り潰す。



 ………マジですか? 一応アレ、車のボンネットくらいなら軽く撃ち抜けるパワーが込められているんですが…。よりにもよって素手で掴みますか握り潰しますか? リンゴを握り潰すとは訳が違うんですよ。

 確かに、手のひらに高い霊圧をかければそんなことも可能かもしれないが、よほどの実力と自信がなければ出来ない芸当だ。
 つーか、まともな神経した奴なら出来てもまずやらん。普通に避けたり防ぐ方が遥かに安全だし。



 にもかかわらず、彼女がわざわざこんなことをした理由は何か?



 簡単なことだ。これは単なるデモンストレーション。陰念(俺)とミカ・レイ(美神)の格の違いを見せつけるための、過剰までの演出。



「まさか、こんなしょぼい一撃だけで終わりって事はないわよね?」

「―――舐めるなっ!!」



 嘲笑を浮かべてのあからさまな挑発。それに俺はあえて乗る。
 ビビって動けなくなるくらいなら、がむしゃらに動いた方がまだマシだ。

 

「くらいやがれ…ッ!!」



 再度放つは霊波砲。威力も先程と同じかそれより下。相手が右手を向けるのも先程と同じ。
 だが、今度は少し趣向を凝らせてもらう。

 その手が再び霊波砲を掴もうとした瞬間に、俺は叫ぶ!



「分かれろ!」

「………えっ?」



 突き出した彼女の右手は空をきる。俺の言葉に従い、霊波砲は左右両端に分かれて挟むように襲い掛かり、

 更に―――もう一つ細工を施す。



「爆ぜろ!」



 二条の霊波砲が爆ぜ割れ、爆音が響く。至近距離からの爆発。広範囲に霊波が飛び散った分、防ぐことは出来ないが直接的な威力はゼロに等しい。
 しかし、それで充分。黒煙が視覚を遮り、焼けた空気が嗅覚を鈍らせ、爆音が聴覚を麻痺させる。一時的に感覚を低下させ、動き難くするくらいの効果はあるはず…。



「オラオラオラオラオラオラオラオラ―――ッ!!」



 すぐさま、連続で霊波砲を放つ! 質より量。下手な鉄砲も数うちゃ当たる。両手から機関銃のように次々と放たれた霊波砲。それは避ける隙間などないほどに一面を覆い尽くす。

 戦いは力押しだけが能ではない。俺の場合、倒せずとも頭のヅラを落してしまえば勝ちなのだ。普通に霊波砲を撃っても当てられるとは思っていないが、カツラくらい一発だけでもまともに当てれば落せる。
 そう、一発の霊波砲がこの試合の勝敗を分けるのだ。

 おまけにも一つ!



「爆ぜろ! 分かれろ! 散れ! 落ちろ! 昇れ! 曲がれ! 回れ!」



 俺の言葉に答えるかのように、実に多種多様な変化を見せる霊波砲。虚空で爆発し、二つに分かれ、霧雨のように無数に散ったかと思えば、上昇、下降、大きな弧を描くものもあり、旋回し背後からと質を変え軌道を変え、霊波の光はコートの中を縦横無尽に暴れまわる。



「こ、これは凄い…っ!! 霊波がまるで意思を持っているかのように動き回っています!!」

「す、凄いアル! ワタシ、今まで霊波砲の使い手を何人も見てきたアルが、ここまで自由に扱える人見たことないアルよ!」



 それは当然! 魂が二つあるから霊波の制御力も二倍。考えてみればいい。例え子供であっても、『身長』が突然二倍に増えたらどうなるか…?

 今の俺は霊波の制御『だけ』なら美神を超える。相性や技能、知識や経験、出力や才能などの点から考えるとまだまだ出来ることに限りがあるが、霊波砲の正確なコントロールや形を変えるくらいは朝飯前だ。



 なお、余談ではあるが、いちいち口に出さずとも軌道を変えたり爆破したりするのは出来る。別に呪文や言霊の類ではないのだ。その辺は単なる気持ちの問題である。

 だが、決して意味がない訳でもない。横島の煩悩然り、美神の金銭欲然り。霊能力は術者のテンションによって効果が増減するケースが多い。『言葉』そのものに意味はなくても、『叫ぶ』ことで感情を高ぶらせば技の威力を上げることへ繋がるのだ。



 ―――ま、俺の場合は更に恐怖を紛らわすためという意味合いもあるんですが。



「取り囲め…ッ!!」



 そして五条の霊波砲が檻の様に周囲をくるくる回り―――



「爆ぜろ!!」



 連鎖し、一際大きな爆発を引き起こす!



「はあ、はあ、はあ、はあ…………」



 さすがに一度にこれだけの霊波を放出するのはしんどい。この身体あまり霊力の総量多くないからな………。

 一時、攻撃の手を休める。マラソンをした後のような疲労が身体を覆い、肺が大量の酸素を欲していた。
 これで倒せるとまではいかずとも、頭がポロリといった嬉しいサービスがあれば……。



「―――気は済んだかしら?」



 …………こんなことだろーとは思ったさ。あれで終わりじゃあ、あまりにも話が上手すぎる。いくらなんでも抵抗がなさ過ぎだ。



「ミ、ミカ・レイ選手、まるで何もなかったかのように無傷です!」



 無傷? それだけじゃない。あれだけの霊波砲の中、カツラどころか顔や服に『煤汚れ』すら着いていないのは一体どーゆー理屈だよ…?



「ま、霊波をここまで自在に扱えることには感心してあげても良いけど、制御力に比べて出力があまりにも低すぎよ。おまけに下手に手を加えちゃってるもんだから、通常よりさらにパワーが落ちてる。
 これじゃあ、単なる大道芸ね。赤ん坊一人、勝てやしないわよ」



 くっ、この女(アマ)、よくもまあ好き放題言いやがって! 言っとくけど、多少威力が落ちてもあれだけ食らえば飢えたグリズリーも裸足で逃げ出すぞ!? 赤ん坊にも勝てないって、そんな化け物じみた赤ん坊が何処の世界に―――

 ………美神 ひのめ(0歳)。

 ―――って、この世界にいるしっ!! 


 
生まれつき超度7並のパイロキネシスを持つ天災的な潜在能力、それは一度泣き喚けば辺り一面を火の海へと変える『プチ冥子』。あまりにもデタラメすぎる才能は700年も生きているどっかのバンパイア・ハーフとは比べ物にならない。



 恐るべし美神一族! 相手はこちらの予想以上の実力―――などとは言うつもりはない。向こうは主役、こっちは脇役。過小評価などしていないさ。小学生のカラテチャンピオンとプロのK1ファイター。ある意味『予想通り』とも言える結果。

 そう、つまりそれは、俺が前に言ってた『試合開始早々相手の間合いの外からヅラを取る。実力に差がありすぎる以上、最低コレが出来なければ勝つ手段はない』という『予想通り』であり、栄光の手も使えぬ現状ではもはや勝利は絶望的です。



「…………で、芸はもうオシマイなの? だったら―――」



 そうして、手に得物を構えた美神。霊波の刃が柄から伸びた。

 ―――来る…!! 


 その手に握られたのは彼女にとってはお馴染みの―――



「神通棍!?」

「ミカ・レイってなんだか令子ちゃんに似てるあるな…!?」



 本人です! 厄珍お願い真実に気付いて!!
 でも俺の心の声は誰にも届かず、美神は駆け出す。それはさながら疾風のように。



「今度はこっちから行くわよ!」



 ―――速い…っ!!



 魔装術を纏った雪之丞と比べてもなお、見劣りしない程のスピード。生身の人間が出せるような速度じゃねーぞ! 



 彼女は基本的に特殊な能力などは持たず、戦闘方法もメインは神通棍による接近戦。それは一見地味にも見えるが、裏を返せば特殊な能力など不用で、かつ接近戦に持ち込むことが長けているとも言えるのではないだろうか?

 横島が『最強の切り札』(ジョーカー)ならば、さしずめ美神は『最高の手札』(スペードのエース)。キングの前すらお構いなし、大胆不敵に我が道を貫く気高い『女戦士』(アマゾネス)だ。『GSトップクラス』(人間最高レベル)といわれるその実力は素人目で計れる程甘くはない!



 俺は慌てて後ろに下がりつつ、牽制で霊波砲を放つ。だがそれも神通棍の一振りで蹴散らされ、彼女はさらに間合いを詰めた。
 動きを止められない。逃げる暇などない。こちらが離れるよりも相手が進む方がずっと早い……。



 ―――ええい! 出来ればこんなことはしたくはないんだがっ!!



「はぁぁぁぁぁ!!」



 体の中の霊気を束ね、右手から剣の形に収束する。
 逃げる暇がないのなら、危険を承知で直接受け止めるまで―――。



「あれは霊波刀………陰念ったら、一体いつの間にあんな技を―――」



 驚くオカマ。無理もない。今日警察官(ストーカー)に追われているときに初めて使いました。
 そして肝心の美神はというと、それを見るなり口元に笑みを浮かべる。

 ニヤリという擬音が似合いそうな、悪役っぽい笑みを―――うわー、ものすげー嫌な予感っ!!



 剣の間合いに入った彼女は神通棍を大きく振りかぶり、上段から振り落とす!



 速い―――だが、決してその軌道を見切れない程ではない。脳天を砕こうと迫る凶器を、霊波刀で受け止めた。
 その途端に訪れた重い―――あまりにも重い衝撃。その重みに思わず愕然とする。



「陰念選手、ミカ・レイ選手の攻撃を受けとめたっ!!」

 いや、違う! これは受け止めたんじゃなくて―――

「あら? どうしたの? 顔色、悪いわよ」



 何処となく暗い微笑を携えて、俺に尋ねてくる美神。



 そりゃあ、顔色だって悪くなるさ!! 受け止めた神通棍―――それは重い! とてつもなく重い!! 



 まるで象が圧し掛かってきているよーな圧倒的な圧力。額に流れる汗は無視。霊波刀の出力を最大まで上げ、全身の筋肉を総動員して迫る凶器を支えています。もういっぱいいっぱいです。
 さらに今一番問題なのは、圧し掛かってくる圧力が徐々に強くなっていることだ。そう、それは真綿で首をしめるかの如く、徐々に徐々に……。

 必死な表情の俺とは裏腹に、彼女は涼しげな表情。しかも、どことなく面白そうな様子で―――。



「ほらほら、そんなにふざけて手を抜いている場合じゃないわよ。もっともっと死ぬ気で頑張らないと…………本当に死ぬわよ?」



 黒い笑みを浮かべつつ、そんなことを言ってのけました……。
 うわ、最低だこの女! 遊んでやがるっ!!

 その気になれば俺なんか瞬殺出来るくせに!! この状況を楽しむために『わざと』受け止めさせたな!!



 徐々に徐々に強まる霊圧。それは物理的な力となって俺に襲い掛かってくる。受けとめている俺は汗がだらだら。お得意の霊波砲を撃つ余裕さえない。僅かでも霊圧を下げれば俺は押し潰される。マジでギリギリだ。
 そんなこととはお構いなしに更に強まる圧力と、悲鳴を上げる肉体……。

 圧し掛かる神通棍をそらすことも弾くことも出来ずに、力尽きたその時点でゲームオーバー。……もはや絶体絶命か?



 ―――認められるかそんなモン…ッ!!



 俺にだって意地がある。美神は確かに美人かもしれんが、俺は横島と違ってマゾじゃない。傲慢な女に虐げられて芽生えるのは殺意とストレスだけだ。こーゆー女の思い通りになるのは心底気に食わん。

 まだ試合は始まったばかり。王手にはまだ早い。だからこそ、俺は叫ぶ。このクソムカツク傲慢な女に一泡拭かせてやるために!!



「爆ぜろっ!」



 その一言に反応し、手に握った霊波刀は膨張し、弾け飛ぶ!

 霊爆刃―――霊波刀を霊波砲に変えて爆発を起こす霊波刀の応用技。その衝撃は神通棍を通してゼロ距離から直接叩きつけた!

 思いも寄らぬ爆発に、さすがの美神も打つ手はない。彼女がどれほど強くても、『体重』そのものは変わらないのだ。その身体は爆発に押されて4,5メートルの距離を吹き飛ぶ。



「うらっ!!」



 その隙に俺は後ろに跳んで距離を取り、間髪入れずに霊波砲を放った。



「こんなモノ―――!」



 滅びを生み出す光の奔流。それは美神の神通棍の一振りであまりにもあっさりと蹴散らされる。
 ただの霊波砲が通じる相手ではない。そんなことは百も承知。僅かに稼いだ時間で霊波刀を作り、次なる攻撃の手を構成する。



 身体は弓、右手に矢を、左手には弦を―――。

 脚、腰、肩、手。全身をゴムのように捻じ曲げる。右手に握った霊波刀は敵を貫く凶弾だ。強く、強く握り締めた。
 そこに左手の弦をそっと添える。その手には淡い霊波の輝き。そしてゴムが弾けて元に戻るかのように、限界まで引き絞った力を解放させた!



「撃ち抜け!」



 槍投げ競技のように右手から大きく投擲された霊波刀。それは左手から撃たれた霊波砲によって、更なる加速を得る!

 霊波刀+霊波砲。霊波によって生み出され、放たれた光の矢―――高速射撃術『フェイタル・アロー』。



 猛スピードで放たれた霊波の弾丸が美神へと向かって襲い掛かり―――



「うっとしいっ!」



 ………神通棍の一振りであっさりと蹴散らされました。

 霊波砲と同じ扱いっ!? 折角の新技なのに!!

 フェイタル・アローは数ある俺の技の中でも遠距離戦最速を誇る。連射こそ出来ないものの、霊波砲の三倍(推定)の威力と六倍(希望)の速度を持つかなり強力な技ですよ!? それなのに………。

 これが通用しない以上、遠距離からの攻撃はほぼ無意味だ。数で攻めようにも霊波砲が効いた様子は全くないし、遥かにトロいサイキック・ソーサーなんぞ投げたところで当たらんだろう。



 ………もはや距離をとっても得られるアドバンテージはないか。



 憂鬱気分でその事実を認めた。彼女がその気になればあっという間に間合いを詰められ、必殺の一撃を叩きこめる。離れていても試合が終わるのが数秒長引くだけ。勝ち目なんて微塵もありゃしない。

 つまり、本気で覚悟を決めるねーと駄目ってことかよ。ったく、気が重いし胃も痛い……。



 これからやろうとしていることを思うと、恐怖で足がガクガク震えてきそうだ。だから俺は大きく息を吸い、自分に強く強く言い聞かせる。



 雪之丞との戦いで一つ分かったことがある。それは俺はあくまでも『一般人』に過ぎないことだ。数日前まで普通に暮らしていたっていうのに、いきなり『戦士』になんかなれやしない。いくら自分を偽り仮面を被ろうとも、ふとした拍子に仮面は砕けてしまう…。

 それなら、別の思考を持ちこむまでだ。『一般人』に『戦士』になるのを強要するのは無理がある。ならば、『一般人』でも無理のない理屈を押しこめばいい。

 さて、自らに問う。『気がついたら漫画の中の世界にいました』というのは、『現実的に』有り得るか否か。その事象を『科学的に』説明できるかどうかを―――。



 あまりにも無茶苦茶だ。説明など出来るわけがない。仮にパラレル・ワールドなるものがあったとしよう。なんらかのショックで別世界に移動するのも『あり』だと考える。

 しかし、それが『たまたま』自分の知っている『漫画』の世界で………などという戯言にもならぬ非現実的な説明で、一体どこの馬鹿が疑いもなく信じるのだろうか?



 ―――なら、これはきっと『夢』なのだろう。



 なんせ、その『漫画』の世界に来ているのだ。科学的に説明できないし、あまりにも現実的ではない。ならば『夢』だと思う以外に説明できないではないか。

 痛みがある。感覚がある。そんな些細なモノは関係ない。『夢』だと思う以外に説明がつかない以上、これはあくまでも『夢』であり、『夢』であるということはすなわち、『現実』ではない。



 そして、『現実』ではないと言うのなら―――俺は何も恐れる必要がなく、如何なることでも成し遂げるだろう。何しろこれは俺の『夢』だ。
 脇役だって主役に勝てる。死ぬことなんて有り得ない。奇跡の大逆転だってあるだろう。夢の中なら非現実的なことの百や二百、あっても可笑しくないのだ。



 故に、例えこの世界を滅ぼすことすら、罪なき人々を虐殺することすら………。



 ―――俺には出来る。これは所詮ただの『夢』なのだから……。



「………いくぜっ!!」



 再び霊波刀を具現化。その剣を持って前へと駆け出す。

 恐怖など消えた。ある意味においては現実逃避―――だが、あまりにも現実的とは言えない現状では、こちらの言い分の方が正しくも思えてくる。

 死中に活あり。危険を承知であえて彼女のテリトリー、つまりは接近戦まで距離を詰めた。

 簡単な理屈だ。距離を取ってチマチマちょっかいかけても勝てない。だったら―――間合いを詰め、確実に当たる攻撃を仕掛ける。
 同じ速さでも距離が近ければ近いほど速く感じる。体感速度と呼ばれる現象だ。

 『陰念』本来の戦闘スタイルは遠近両用。経験と技術の不足は創意工夫、根性のなさは開き直りでカバー。この身体が『陰念』ならば接近戦でも対応できるハズ。

 急に走り出した俺を見ても余裕を崩さぬ美神。俺が何をしようとも負けるわけがないという、確固たる自信があるのだろう。
 ならば上等だ! そのままくたばれ!!



「爆ぜろっ!」



 横薙ぎに振ると同時に霊波刀が爆ぜる。だがその形は失われぬまま、勢いだけを推進力に変えて―――影すら捕らえられぬ速度で刃が彼女の首筋へと迫る!

 霊波刀の表面のみを霊波砲に変え、カミカゼと同様に爆発的な加速を生み出す高速剣。それはもう一つの霊爆刃―――霊爆閃とでも呼ぼうか?

 一部とはいえ刀身を削って振るうこの技。威力は霊爆刃に劣り、切れ味も鈍る。何度も使えば消えてなくなる。
 しかし、『速さ』という一点。それだけは特化している。『速い』ということはただそれだけで武器となるものだ。紙切れ一枚とて、皮膚を切り裂く。ましてやこれは霊波の刃。当たり所が悪ければ充分致命傷―――。



「チッ!」



 舌打ちしつつ、きちんと神通棍で弾いたのは流石。
 ―――ならば当たるまで斬りつけるまで!



「爪竜連牙斬!!」



 霊波刀に立て続けに爆発が起こり、その数と同じだけの斬撃が繰り出され、その数と同じだけの剣戟が起きる。

 剣を修めた者から見れば、その剣はあまりにも稚拙。技などカケラも見当たらぬ幼児の児戯。はっきり言ってしまえば『ただ出鱈目に振りまわしただけ』の剣。

 だが、速度だけなら紛れもなく『神速』。霊爆閃の一閃が稲妻ならば、この技は嵐だ。まさに触れるもの全てを切り刻む、荒れ狂う殺意の暴風!
 爆発の勢いは振るわれる剣の慣性を打ちのめし、人が振るえる限度を超えた速度で剣を振る! 振る! 振る!
 その速度は相手に反撃する暇など与えない。



 次々と起こる爆発の剣戟はその轟音と飛び散る火花でかなり派手だ。それを見て興奮したのか、観客から大きな歓声が巻き起こった。



「陰念選手、凄まじい猛攻で押しています!! ミカ・レイ選手、あまりの速さに防戦に回るのが精一杯か…っ!?」



 見た目に騙されて的違いな事をほざく実況。無責任にはしゃぎたてる観客。



 はっはっは。傍から見る脇役は呑気でいいよなオイ。俺なんてしかめっ面で脂汗が流れるよ。アイツらは湖で泳ぐ白鳥の足がどうなっているのか知らない。

 なんせ爆発の勢いを利用して、慣性の法則と肉体の限界に真っ向から喧嘩を売っているのである。それは一体何を意味するのか?

 ―――腕が痛てぇっ!! 肩が外れる!! 手がもげるうっ!! 

 限界の向こうは無限大ではなく、ただの自爆なのだ。
 痛みで涙がこぼれそう。無理矢理剣に『振り回されている』所為で肉体が悲鳴を上げ、血流も偏り、挙句に骨が軋む音まで聞こえてきそうだ。翌朝は筋肉痛だと断言しよう。この技、絶対身体に良くない。

 でも、無茶をするのも仕方がない。霊能力とは決して物理法則を覆すものではないのだ。あくまでも物理法則+α。出来ることの範囲は増えるものの、やはり物理法則には支配されてしまう。それは反則技の代名詞でもある文珠とて例外ではない。



 つまり、だ。10キロの水を氷に出来ても、20キロに増やすことは出来ない。それと同じ事。
 例え制御力が高くても、俺自身の霊波の出力が美神達と比べて圧倒的に低い以上、どんな技を使っても大した威力にはならないのだ。

 それでもなお、遥か格上である彼女達に勝とうとするならば、あとは【防御力ゼロ】(サイキック・ソーサー)のように何らかの代償を支払う必要があるのだが………どーも代償が『腕一本』じゃあ、あまりにも不足のよーだ。



 一見、試合は俺の優勢のように見えるが、実際には相当劣勢である。リスクを覚悟で放つ連続霊爆閃―――爪竜連牙斬。それが、先程から一撃たりとも当たっていない。かすりもしない。全て彼女の神通棍で弾かれている。



 剣速そのものは俺の方が遥かに上。その速度は文字通り目にも止まらない。
 それを、美神は並外れた直観力で凌ぎきる。まるで次が何処を切りつけるのか見えているように、事前に剣の軌道に割り込み弾いていく。

 その動作はあまりにも無駄がない。隙がない。物理的な『速さ』は勝っていても、時間的な『早さ』が劣るからこそ、幾度繰り返そうとも刃は決して届かないのだ。



 このまま続ければ霊波刀を構成する霊力を使い果たすか、振るう剣の反動で腕がイカレるな……。対して、美神の方にはまだまだ余裕の色が見える。

 長引けば長引くほど俺の不利―――少しでも余裕のあるうちに一か八か仕掛けるしかない!



 大きく息を吸う。手をしっかりと握る。俺は低い姿勢から一気に駆け込み、



「虎牙―――」



 霊波の爆発と下半身のバネを存分に生かし、ジャンプをしながら渾身の力で斬り上げた!
 死角スレスレ、地を這うような低い位置から高速の斬撃。これを見切るのは達人ですら至難なはず…。



 ―――それでもなお、刃は届かない。



 下から牙を向けて襲い掛かる霊波刀。それを大きく後ろにのぞけることで美神は避ける。空振りした剣はそのまま空を切り―――刃を届かせんと再び爆ぜた!
 それは跳びあがった虎が獲物に襲うかのように、もう一度牙は彼女を襲い掛かる!



「―――破斬…ッ!!」



 霊波の爆発は慣性を捻じ曲げ、逆のベクトルへと吹き飛ばした。天に向かって突き進む剣、それを地に向かって振り落とす!



「く――――っ!」



 のぞけったままの姿勢でありながら、美神は恐ろしいまでの反射神経で剣先に対して神通棍を割り込ませる。

 大きくぶつかり合った霊波刀(ヤイバ)と神通棍(ヤイバ)は激しい霊波の火花を散らす!!



 ―――ぶつかり合ったその瞬間は、正しく互角。



 無論、単なる霊圧だけならば陰念は美神の足元にも及ばない。
 だが、美神は姿勢を大きく崩している状態だ。単純な腕力なら男である陰念が勝る。加えて天からの重力を伴って振り落とした斬撃は、そんな不完全な態勢で弾けるほど甘くはない!
 
 そして、俺はその拮抗を崩すための『言葉』は持っている!



「爆ぜろっ!!」



 ―――霊爆刃!!

 生み出した爆発で美神は姿勢を完全に崩した。衝撃に押されて転倒しようとする彼女の身体……。

 ―――手を伸ばす。その身体が倒れるよりも早く右手は神通棍を掴み、俺の方へと引き寄せる。

 この試合に勝つのに美神を倒す必要などない。カツラさえとれば俺の勝ちだ。反対側の左手はその頭のカツラを―――



 『どかっ!』と、コートに鈍い音が響く。



「……がっ!!」



 その手が届くより先に、美神のハイキックが俺の側頭部を捕らえる。あまりの衝撃で肺の中の空気が絞り出た。



 あの状況で……なんて反応速度とバランス感覚だ……。



 中まで響いた振動は脳にダメージを与え、立つことさえ出来ずに膝を着く。
 派手にシェイクされた頭は痛いというより麻痺して感覚がない。意識が朦朧としてそのまま手放したくなる。



「女の顔を殴ろうとするなんて最低じゃない?」



 しかし、それでも無理矢理意識を繋ぎとめた。俺は嘲笑う。憮然と言い放つ美神に対して―――。

 頭部は肉体的にも霊的にも急所である。カツラの事を抜きにしても、用心されていて攻め難い箇所であろう。
 故に、失敗は容易に予測できた。その際の次なる手としてこの『右手』ある。

 この試合はまだ終わっていない。俺の意識はまだ残っている。
 追撃もかけずに余裕の笑みを浮かべている―――その油断がテメーの命取りだ…っ!



「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」



 俺の叫びと共に、霊波が『右手』から漏れ出す。その霊波は今だ手放さずにいた『神通棍』を『伝って』美神の身体にへばりつき、瞬く間に大きな『繭』を形成した。



 この技は自分自身をも巻き込むために最大の威力で放てぬ間抜けな技―――



「おおっと、陰念選手、この技は―――」



 ―――それでも『人間』が相手なら『気絶』くらいはする…っ!!



「爆ぜろ…っ!!」



 ―――魔装技参式・包牙魔装爆!!



 それは避けることが出来ず、防ぐことも許さぬ『必倒』の一撃。全包囲ゼロ距離霊波砲が、美神の身体を撃ち抜き、噴出す黒煙がその姿をかき消した。



 この技が決まったとき、俺は自分の勝利を確信する。確かに美神は強いが、あまりにも相手を侮りすぎだ。



 包牙魔装爆は俺にとって切り札の一つ。『点』としての貫通力ではサイキック・ソーサーの方が上だが、『面』としての総合的な攻撃力で考えるとこちらの方が強い。
 生み出したエネルギーをそっくりそのまま攻撃力に変換でき、霊的防御の低い箇所を余すことなく攻撃できるこの技は対人用としては最高クラス。

 それに陰念だって馬鹿に出来るもんじゃないのだ。元々、彼は霊能力者として優れた才能を持っている。
 だが、本人の偏屈な性格と雪之丞、勘九朗といった自分以上の優れた才能の持ち主が身近にいたコンプレックスで、惜しくもその素質を充分に発揮できなかった…。

 そして、それはもう過去の話。今は『俺』がいる。『陰念』の素質、そこに俺の持つ原作の知識と霊波の制御力が加わったことで、文字通り『120パーセント』の力を引き出し、使いこなせるようになったのだ!

 威力などさしたる問題ではない。人間であれば脳を揺さぶられれば気絶する。心臓を刺せば子供でも大人を殺せる。肝心なのは力ではなくその使い方。
 そして俺は誰よりも霊波を上手く『制御』できる!



 ザコとは違うのだよ! ザコとは――――



「―――グフッ!!」



 サッカーボールの如く、俺の身体は遠くへと蹴り飛ばされた。予想を裏切るその攻撃に対応できず、受身すら取れずに床に転がるハメとなる。激しく咳き込み、腹部には激痛が走る。
 しかし、それはあまりにも些細なことだ。

 ―――信じられない。信じたくない。そんな感情が頭を巡る中、ふらつく身体で見上げた瞳は爆煙のヴェールから現われた彼女の姿を捉えている。

 先程までと何の変わりもなく、傷一つなく汚れ一つなく。まるで、それが真理であるかのように堂々と、不敵に、相手を見下すよ―な視線で、余裕を見せる笑みを浮かべてまっすぐに突っ立っていた。



「だから言ったでしょ。こんな大道芸じゃあ赤ん坊一人、勝てやしないって」

「馬鹿な! 一体どうやって―――」



 疑問が思わず口を動かす。タイミングは完璧。ミスなどなかった。タフさがウリのタイガーすら問答無用で沈めたのに、華奢な美神に耐えられるはずが――。
 


「今の技、発想としては面白いわよ。全身を覆うんですもの。避けられっこない。でも、決して防げないってワケでもないわ」



 ―――!?



「一次試験の応用よ。霊能力者なら身体から霊波を放出できる。それで全身を覆って相殺したってワケ。
 まあ、全てはアンタの出力の低さがダメすぎるからこそ、出来た芸当だけど……」



 確かに身体から霊波を放出すれば、ある程度攻撃を防ぐのは可能だろう。だが、それは『霊波の鎧』―――魔装術と比べるとあまりにも程度が低い。『霊波の衣』とでも言うべきレベルだ。

 雪之丞の物質化が『固体』なら、陰念のは『液体』。美神に至っては『気体』かそれ以下。ないよりマシ程度。
 しかし、互いの実力差―――そしてなにより『自分を巻き込むため、全力で使えない』という魔装爆の欠点により、彼女の守りを突破できるほどの霊波を放出できなかったのだろう。



 ………つまりこの技、自分より弱い相手くらいにしか使えないって事ですか? うわ~、本気で自爆以外に使い道ねぇー!



「さて、と。それじゃあ疑問にも答えたところで―――」



 ―――全身に悪寒が走る。汗が吹き出す。脳の警鐘が鳴り響く。



 ヤバイ! これはヤバイ!! 美神から溢れる霊波は今まで感じたどれよりも大きい…!?
 避けないと………死ぬ!!



 圧倒的な衝動が思考を押し潰す。俺はただ本能に従うまま、痛む身体に鞭打って横に跳んだ。



「そろそろ気合入れていきましょうか…ッ!!」



 そうして、ゆっくりとゆっくりと………神通棍は振り落とされる。
 膨大な量の霊波が床を叩き、そして―――



 ――――激震が、走った!



「………!?」



 コートが揺れる。横島戦でもこんなことがあったが、それとはまた規模が違っていた。地を走る衝撃だけで尻餅をつく。驚きで言葉が出ない。そして、俺は見た。



 このコート内は周囲を強力な結界で覆っている。無論、コートの床にも。それは観客に対する安全面を配慮しただけではない。次々と行なわれる試合を進めやすくするためでもあるのだ。

 陰念レベルの霊波砲でさえ、コンクリの壁をぶち抜ける。そんな威力の応酬が続く中、『床』に結界を敷き詰めていなければどうなるか? 試合後のコートの清掃と整頓だけで日が暮れるに違いない。

 雪之丞が魔装術を纏った状態でさえ、傷一つ付けられなかった強力な結界。それなのに―――



 彼女が振り落とした場所には大きな焦げ目が着き、中心が抉られていた。強力な霊波を結界が受けきれずに負った傷跡。それは瞬間的な霊波の出力なら物質化クラスの魔装術をも超えている証だ。



 ―――断言してもいい。さっきの一撃を食らっていれば俺など即死する。魔装術を纏っていても、だ。



「あら、ごめんなさい。少し、強すぎたかしら? でも大丈夫よね。仮にやりすぎたとしても……」



 そう話す美神の顔は笑顔。でも黒い。



「なにしろGSの仕事は命懸けですもの。死人なんて、珍しくともなんともないわ。
 だったら資格を取ろうと参加する時点で死を覚悟するのは当然よね? 試合で怪我をするのは当たり前だし。
 恨みっこは当然ナシよ。ちゃんと参加者全員が同じ条件なんだから」



 ……うわ~い、もの凄くどっかで聞いたことのあるよーなセリフ。病院の一件、しっかり根に持っていやがるし。
 もしかしてこの人、俺を嬲り殺しにするつもりですか?



 ヒロインである『ハズ』なのに、ファンの間から主役の座を『否定』され、絶望的にまで人気がない理由がわかったよーな気がした。



 ………さーて、どうしたものかね。現状は極めて劣勢。未だに試合が続いているのは単に美神が遊んでいるからに過ぎない。本気になったら陰念如き瞬殺決定だ。
 唯一、俺に勝機があるとすれば本気を出していない今だけ。

 正直、美神を出し抜く手段がないわけじゃない。これでも元読者だ。その知識を利用すれば一度や二度くらい意表を突くのも容易い。
 だが、一度や二度出し抜いた程度でどうしろというのか?

 勝機(チャンス)が作れても決定打がない。並の攻撃じゃあ、当たってもダメージはゼロ。通用しそうな技もなくはないが、リスクと失敗率が高すぎて二の足を踏む。魔装術もここまで差があるとただの気休めだ。いや、むしろ使わないほうが良いかもしれない。

 何しろ、迂闊に刺激すれば即座に本気になる可能性だってある。そうなれば即ジ・エンド。そして負ければ病院送りで済む保証はない。
 ぶっちゃけ、今の心境を嘘偽りなく語ろう。



 こんなん勝てるか!! さっきの奇襲が失敗した時点で勝ち目なんざねえよ!! あまりにも性能(スペック)に差がありすぎるっつーの!! せめてハンデくらいよこせやハンデを!!



 あの………夢ならそろそろ奇跡の一つや二つ起きてもらえませんかね? いや、もう、マジでお願い。このまま逝くと本気で地獄を見る羽目になりますから……。



 しかし、俺はこのとき考え事に没頭するあまり気付いていなかった。美神が試合の最中であるにもかかわらず、ちらりとコートの『外』へと視線を向けたことを―――。

 俺がその視線の意味、そして『ハンデ』なら最初からついていたことに気付くのはもう少し後のことになる。



[538] Re[16]:ブロークン・フェイス(現実→GS)
Name: アルファ
Date: 2006/12/07 01:55

 遥か古来より、人は高き空を飛ぶことに夢を抱き続けて来た。



 鳥の羽を蝋で固め、天空を目指したイカロス。人類に空へと舞い上がる翼を与えたライト兄弟。人々は幻想で、そして現実で―――天に羽ばたくことを夢に見る。

 やがて人は科学という名の翼を借りて、遥か自由な大空を征し、天上の星々すら手を届かせた。



 人にとって空とは聖域である。世界のあらゆる神話においても『天』とはすなわち神の住む領域。
 決して手の届かない場所―――故に、そこに恐れを抱き、憧れを抱く。誰もが一度は、空へと飛び立つことを願ったことがあるだろう。



 だが、人は飛べるのだ。無粋な道具の助けがなくとも、背に翼が生えてなくてもいい。霊波はときに重力の束縛をも打ち破り、人に空を舞う力を与えることが出来る。



 やり方は至ってシンプル。気絶した『フリ』をしている奴の身体を、霊波を込めて思いっきり蹴飛ばしてやればいい。
 そう、例えば今の俺の状況のように―――

 美神に蹴り飛ばされた俺の身体は大きなアーチを描いて空中遊泳。嗚呼、俺は今、翼もなしに空を飛んでいる―――。



「―――ぐぇ……ッ!!」



 潰れたカエルみたいな呻き声。空への旅はコートの結界に激突してピリオドをうつ。ドサっと大きな音を立てて身体が床に落ちた。



 く………っ!! 倒れた相手を躊躇なく蹴飛ばすか普通!? 折角穏便に試合を終わらせようと思ったのに……っ!!



 死骸も食らう熊に死んだフリは逆効果らしいが、美神に気絶したフリも逆効果だ。ガードも出来ずにモロに食らった。ゴホゴホと激しく咳き込み、胃液が口へと逆流(リバース)する。昼食を抜いていなければ辺り一面大惨事となっていただろう。
 
 どうもこの夢は性質の悪い『悪夢』らしいな。さっきからボコられるばかりで、奇跡は一向に起ころうとしやがらない。

 ………オマケにホラ! 今も美神(悪夢)が俺に駆け寄ってきてるし!!



「こん畜生…ッ!!」



 『来るんじゃねーよ!』と霊波砲、霊波砲、霊波砲―――と力の限り霊波の砲弾を撃ち続けたが、当然のことながら俺の霊波砲が当たるはずもない。振るわれる神通棍が鉄壁と化して攻撃を阻む。

 美神の反射神経はまさに脅威的。俺の攻撃を蹴散らし続け、移動速度すら衰えない。一発一発がちょっとした手榴弾ぐらいの威力があるそれは、彼女に対しては牽制程度の役にも立たなかった。



 ―――なら、こんなのはどーだ!
 パーに開いていた手を丸め、指の先端を美神に向けた。



「はぁ――ッ!」



 ―――拡散型霊波砲『五指霊波弾』! 五本の指先からそれぞれ五条の閃光が迸る。タイムラグもなしに同時に襲い掛かる五つの霊波砲。それを走りながら捌くのは極めて難しい。

 しかし、それは神通棍で防ぐことを前提とした場合だ。迫り来る霊波砲を少しも気にせず、彼女はスピードを上げる。

 そして激突―――五度の爆音の後、煙の中から現われたのは、傷どころか『煤汚れ』一つない美神の姿…!



 ………微かだが確かに見えた。直撃の瞬間、彼女の霊波が高まり、放出された光が衣のように身を覆ったのを――。

 俺の包牙魔装爆を破った『霊波の衣』。これが霊波砲を遮断したのだろう。おそらく、初めの方に俺が撃った連続霊波砲を受けて無事だったのもあれの所為だ。攻撃が全て吹き出される霊波の勢いに弾かれたのなら、傷どころか汚れすらついていなかった事にも納得がいく。



 だが………種が分かったところで打つ手はない! 俺と美神の力の差は歴然…!!



「くそったれ!!」



 霊的格闘―――霊力中枢(チャクラ)を回し、遠い間合いから渾身の回し蹴りを放つ。それを間抜けとでも思うなら思うツボ。つま先から伸びた霊波の刃が、届かぬはずの距離を埋め―――



「甘いわね」



 ―――素手で掴まれた!?

 霊波越しから伝わる強い霊圧。いくら動かしてもビクともしない。霊波砲を掴めるなら霊波刀でも変わりないってことかよ……。だが、しかし―――



「何でだ! 何で攻撃が当たらねぇッ!!」



 思わず自棄になって叫ぶ。
 こっちもただ黙って殴られていたわけじゃない。霊波刀に霊波砲。様々な手法を凝らし、技を尽くし、相手の隙を付こうとして来た。にも変わらず、ちっとも通じていないのだ。
 まるで俺の考えなど見透かされているように――



「あら? そんなの簡単よ。目は口ほどにものを言うって言葉、聞いたことない? アンタみたいなド素人の狙いなんて見え見えなのよ。攻撃の来るタイミングさえわかれば、防ぐのは別に難しくないわ」



 ―――本気で見透かされてんのかよ…。

 俺と美神の間には大きな差がある。相性や出力。確かにそれもあるだろう。だがそれだけじゃない。

 こうして俺の疑問にわざわざ答えているのも余裕があるからだろう。俺に負けるわけがないと、そう思っているからだ。
 下手な工夫や素人の浅はかな戦術などでは追いつけない明確な差。それは―――



「それじゃあ、もう一回吹っ飛びなさい!」



 ―――などと試合中に呑気に考えている場合ではなく、袈裟懸けに振るわれた神通棍は俺の身体を野球のボールの如く叩き飛ばした。
 そのとき、彼女の視線が何処に向けられていたのか知る由もなく………。





 第十七話 不良とハンデと霊波砲(中編)

「………ッ!」



 声すら―――出せない……。

 奇妙な浮遊感の中、意識が一瞬どこか遠くに飛ぶ。それも床に叩きつけられる衝撃で激痛と共に取り戻した。



 ―――痛ッ! 息が詰まる…!



「ホラホラ! ボサっとしてると死んでも知らないわよ!!」



 その声に俺は痛みで喘ぐ暇もなく起き上がり、すぐさま右に跳んだ。―――間髪入れず、ミシッと床が軋んだ音を立てる。先程まで頭のあった場所に、大きく跳躍した美神がハイヒールを叩きこんだのだ。

 危ねぇ………。さっきやったみたい気絶したフリなんかやってたら、今頃頭にくぼみが出来てたぞ。



「………チッ!」



 あからさまな舌打ちが妙にサマになっている一応ヒロイン。こんなの主役にしてこの世界は大丈夫なのかと真剣に問い質したい。

 とにかく身体中が痛かった。満身創痍と言ってもいいだろう。折れた骨はないと思うが、ヒビくらいなら何箇所も入っていそうだ。顔も負けたプロボクサーのように大きく腫れ上がり、夜道を歩けば素で妖怪と間違われるんじゃないかってくらい変形していた。前回から今回までの間に散々殴られた結果である。

 だが、痛みさえ無視すれば意識ははっきりとしているし、動きに支障のある怪我もない。

 それが幸いと呼べるかどうかは微妙なところ。さっきから何度もボコられているにも関わらず、この有様なのだ。肉体の防衛本能で気絶することもなければ、痛覚が麻痺することもなかった。ここまで徹底していると、心にある疑念も確信へと変わってくる。



 ―――間違いない。この女、とことんしばきなれてやがる。



 最大限の苦痛を味あわすべく、生かさず殺さずじわじわなぶる。いっそう気絶させてくれ。頼むから。

 横島はなんでこんな奴の助手なんてやってんだ? 毎回毎回しばかれてるクセに。やっぱりマゾか? マゾなのか!? 



「たぁ―――っ!!」



 でも生憎俺はノーマルだ。正直言って一般人のチンケなプライドはもー限界。
 故に―――。



「チョウのよーに舞い…!!」

「………!?」

「ゴキブリのよーに逃げる!!」



 コケる美神。走る俺。さらに攻撃を振るう鬼のような彼女を前に堪らず戦術的撤退。プライドを捨てて明日へ向かって全力疾走。
 捕まえて御覧なさい~。あはははは~~。



「な、なんと陰念選手、いきなり背を向け逃げ出してしました! これは前代未聞、前代未聞です!!」

「………って、待たんかコラ――ッ!!」



 逃げる俺。追いかける美神。生死をかけた鬼ごっこが始まった。

 本当はこの会場から抜け出したいくらいだが、そんな真似をすれば今度はヘビが追ってくるのでNG。必然的にコート内を走り回るしかない。

 限定された空間で逃げるのに必要なのはスピードではなくむしろブレーキ。攻撃を避け、隅に追い込まれないよう方向転換する際には一度スピードを落す必要がある。強いブレーキをかけることが出来れば、その分無防備な時間のロスを短縮できるのだ。

 その点では俺は美神に大きく勝っている。男と女の身体能力差もあるが、なにより俺は裸足の裏に即席で作った霊波のスパイク。対して相手は走り難そうなハイヒール。っていうか、戦いの最中にそんなモン履いてくんなよ…。
 挙句に霊波砲一発すら放てない美神では必死に逃げる俺に攻撃する術はない。

 走る振動だけでも身体中がベキベキ悲鳴を上げるが、このまま殴られるよりはマシと全力疾走。最初の方は霊爆閃のおかげで何とか相手の攻撃を封じ均衡状態に持ち込めていた試合も、使わなくなってからは俺が一方的にボコられる試合―――というか、むしろ公開処刑―――が続いていたから仕方がない。



 ―――え? なんで霊爆閃を使わないのかって?



 はっはっは。他人事だと思って無茶を言いなさんな。世の中には限界ってモンがあるんだよ。霊能力者といっても人間だ。血の通わぬ無機質なロボットじゃない。
 ホラ、現に俺の右腕なんか派手に『血塗れ』だし。



 ………どうやら、度重なる霊爆閃の反動で毛細血管が耐えきれず破裂したよーだ。左腕は無事だし、無理に使おうと思えば使えるが、さすがに血を見たら普通はビビる。

 まあ、右腕も見た目ほど痛くはない(美神に殴られたところの方が痛い)し、骨とか神経とかはちゃんと繋がっているから、我慢すれば動かすのに支障がないのが救いといえば救いか。右利きだからか、左手だと霊波が練り難いんだよな。



 とはいえ、勝ち目が見当たらなく、かすり傷すら負わせられない現状。ここまで来ると思わず背を向けて逃げ出したくなる。
 ―――っていうか、さっきから現在進行形で逃亡中。



 あるときはコート内の障害物(審判)を盾代わりに利用し、あるときには霊波のスパイクで結界を駆け登る。その姿はお世辞にも優雅とはいえないが、その分実用的でもあった。



「陰念選手、ミカ・レイ選手の猛攻に背を向けて全力疾走! コート内を巧みに逃げ回っております! 確かにルール的には問題ありませんが、女相手にそんな真似をして彼は恥かしくないんでしょうか!?」



 実況のセリフに賛同したのか、観客席からも俺に向かって激しいブーイング。



 やかましいっ!! 俺のモットーは【命を大事に】なんだよ!!



 観客(エキストラ)どもも俺にブーイングかける前に一発殴られてみろ。泣いて土下座で謝るぞ。『もう殴らないで下さい』ってな。

 ………俺だってもう泣きたい。怖い怖い上司の視線と『これは夢だ』と半ば現実逃避でもやってなきゃあ、とうの昔に土下座してる。



「もう陰念の奴に勝ち目はないあるよ。もうこれ以上この試合を見るより、家に帰ってキレイなネーちゃんいっぱい出てくるテレビでも見たほうが有意義ある。さっさとやられて試合終わるよろし」



 一方的な展開となった試合に飽きたのか、厄珍は鼻クソほじほじ丸めてピン。
 ―――うん、このオッサンは後でしばく。なんかムカツク。



 ったく、脇役どもはこっちの気持ちも知らずに好き勝手言いやがって……。戦術的撤退だって立派に兵法の一つですよ? 美神は強い。真っ向から戦いを挑んでも勝算はないだろう。
 だったら、戦わなければいい。いっそ、このまま逃げ回って追いかけっこを続け、体力と根性勝負にでも持ち込む方が―――。



 ―――ギロリ。


 ぞくぞくぞく!!



 急に全身から悪寒を感じ、元凶を探るべく見たのは観客席の一角。
 そこには、何やら勝ち誇った笑みを浮かべる小竜姫と『殺すぞテメエ』的な視線で俺を睨むメドーサ様のお姿が…………。



 ―――くそぉぉぉぉぉぉぉぉッ! やるしかねーのかよ!!



 せめてあの技が完成していれば……。速度、威力共にフェイタル・アローを凌駕するであろう、今だ未完の【究極の霊波砲】。いや、正確に言えば既に『完成している』のだが、とてもじゃないが『使えない』。いろんな意味でヤバ過ぎる。



 なら―――アレを試してみるか。これも出来れば使いたくないんだが、背に腹は代えられない。
 頼むから耐えてくれよ…俺の右腕ッ!



 走る勢いのまま、右足を軸にして回転(ターン)。美神の姿を正面から睨みつけ―――



「てりゃっ!!」



 ―――足元に霊波砲を数発撃ち込み、即席の煙幕で身を隠す。



「陰念選手、煙で姿を隠しました! 一体、何をするつもりなのでしょうか!?」

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」



 ―――要はイメージの問題だ。霊波に形など関係ない。
 隙がないなら作ればいい。簡単な理屈だ。その上で、防ぎきれない強力な一撃を叩きこむ!
 


「煙の中から飛び出した陰念選手、魔装術を使っております! 一度姿を隠して時間差での突撃か!?」

「こんな子供騙しで……ッ!」



 甘く見るな! 俺がそんな子供騙しで終わるわけがないだろーが!
 神通棍の風切り音。霊波と霊波がぶつかる衝撃音。



「――――え…っ?」



 戸惑った美神の声。一瞬の静寂。やがて、観客席からいくつかの悲鳴が響いた。
 いくら怪我人当然のバイオレンスなGS試験と言えど、これは流石にショッキングな映像だったらしい。



「………な、なんと!? ミカ・レイ選手の攻撃で陰念選手の身体が真っ二つに―――ッ!!」

「――――!? 違う! これは………偽者(ダミー)!!」



 ―――今頃気付いても遅い!
 そして、今だ粉塵の舞う『煙の中』から俺は一言呟く。



「爆ぜろ」



 その瞬間、魔装術の形をした『霊波砲』は大きく爆ぜた…!
 偽装霊波砲・魔装術―――これぞ魔装術が未熟な『陰念』だからこそ通用する芸当(物質化だったら騙すのはまず無理)。俺にとっては霊波砲の正確なコントロールや形を変えるくらいは朝飯前。その気になれば漫画みたいに竜や鳳凰の形をした霊波砲だって撃てる。代わりに形を整えるのに力を割くから威力が極端に下がるという本末転倒な技………だが、コケ脅しにはそれで充分。



 今度こそ、俺は本当に煙の中から飛び出し、左右両手に霊波刀を具現化する。
 霊波刀の二刀流、それを十字に交差し、大きくのぞけり頭上にかざした。

 霊爆刃+霊爆閃―――二刀剣技『デュアル・クロス』! 刃を重ねた状態で右手の霊爆閃で加速、左手から放たれる霊爆刃は回避も防御も困難。発動前の溜めが大きいのが弱点だが、偽装霊波砲で意表を突いた今なら―――!?

 しかし、美神の顔を見たときに俺は逆に驚く。ちっともうろたえていない。そればかりか神通棍を構え、視線はまっすぐに俺の姿を捉えている。口元には嘲笑う笑み。
 このまま攻撃を仕掛けても良いのかという僅かな迷い。心に生まれた小さな不安。



 先に攻撃を仕掛けないところを見ると、一旦防御してからカウンター狙い―――か?

 ………なら好都合だ。人の体重など軽々と吹き飛ばす霊爆刃を受け止められないのは既に実証済み。ガードするつもりならそのガードごと叩き潰すまで!



「斬り裂け!!」



 迷いを断ち切るような大声で剣を振った。右の剣が爆音を響かせて加速する。十字の剣閃を戦槌の如く振り落とす。そして、左の剣がその身に秘めるエネルギーを開放―――する直前、美神が動いた。

 後ろではなく、前へ。まっすぐに落ちて来る双剣から力押しで立ち向かうのではなく、横薙ぎに撫でるように神通棍を振るう。彼女の身体がバレエのように廻る。



「…………なっ!?」



 そして防がないはずの強力な一撃は、美神の身体を捕らえることなく床を爆音が虚しく響く。



「いくら速くても、何度も見れば目だって慣れてくるわ。闇雲に剣を振りまわすだけじゃあ、私はとらえられないわよ」



 ―――剣筋を完全に見切られた!? 受け『止める』んじゃなくて、受け『流した』だと!?



 今、はっきりと自覚する。根本的に『俺』と美神は違うのだ。いくら開き直ろうとも、策を凝らそうとも、制御力に勝っていようとも、『俺』はあくまで一般人。戦う力があっても、戦闘行為そのものはただの素人に過ぎない。

 だが、美神は違う。彼女はこれまで多くの人外なるものたちと戦い、勝利を収めてきた戦闘のプロフェッショナル。戦いの果てに磨き続けた咄嗟の判断力と直観力、それらを含んだ戦う上での『戦闘センス』とでも呼ぶものが桁違いに優れ、洗練されているのだ。これで同じ人間だとは思えない程に……。

 人は己の常識を超えた存在と対峙したとき、誰もがこう呟く。

 ―――化け物。

 と………。



 そのような意味では、今の俺にとって美神はまさに化け物だった。



「そろそろ―――極楽にでも逝ってみる?」


 ―――!!


「紅蓮剣ッ!」



 相手に恐怖を与えるような凄惨な笑みを前に、俺は咄嗟に右手の霊波刀を投げつけ、爆破する…!

 投擲型霊爆刃『紅蓮剣』。至近距離から考えなしに放った爆撃は俺の身体を浅く焼いたが、その際の爆発の衝撃を生かして距離をとる。
 そして当然の事ながら美神は無傷…。



 ―――くそ…っ! これが脇役と主役の差とでも言うのか!! 素人とプロの差とでも言うのか!?



 霊波の出力が違いすぎる。修羅場をくぐった数が違いすぎる。何をやっても傷一つどころかホコリ一つつけられん。こんな奴相手にどうやって勝てと? 



 無論、俺だって何もせずにただ黙ってやられてた訳じゃない。幾つか気付いたことだってある。

 『霊波の衣』―――と、俺が勝手に呼んでいる単なる霊波の放出―――はやはりそれ程硬くはないらしい。魔装術より確実に下だ。

 通常の霊波砲やフェイタル・アローのような技に関しては神通棍で弾いていることから考えると、陰念の出力であってもあれを貫通し、ダメージを与えるのはそう難しくない。デュアル・クロス並の大技さえ決まれば一発逆転もまた可能…。
 ―――あくまでも『当たれば』の話しだが。



 そしてもう一つ。これはいささか自信がないが、どうも美神の様子がおかしい。

 落ち着きがないと言うか、上手くいかなくてイラついているというか…………試合中なのに、意識が俺だけに向いていないようにも感じるのだ。顔には相変わらず笑顔を浮かべているが、どうも『復讐の最中で楽しくて仕方がない』といった腹黒い笑みとは何かが違う――――ような気がする。

 根拠があるわけではない。ただの気のせいかもしれない。でも、何だ? この違和感は………。



 そんな俺の葛藤を無視して攻めたてる美神。くそぉぉぉぉぉっ! せめて考える時間ぐらいよこせ…っ!!



「転進転進、退却にあらず!!」

「―――待ちなさい!!」



 上司の視線は気になるが、ひとまず時間を稼ぐ手に出た。霊波のスパイクに更に霊波のカギ爪を装備し、ゴキブリの如く結界の天井に張りきカサカサ這いずる。
 しかし、今回の鬼ごっこは実にあっさりと終わりを迎えるハメとなった。



「この……っ!」

「―――のがッ!!」



 凄い勢いで迫ってきた美神の『飛び道具』(ハイヒール)が頭に突き刺さる! あえなく身体は下に落ち、床に転がった。



「もらった!!」



 今までの鬱憤を晴らすべく、洒落にならない霊圧で凶器を握る美神!

 俺はすぐに起きあがろうとして―――突然走った激痛に顔をしかめ、動きが止まった。
 痛むのは右肩。霊爆閃で特に負担をかけた場所だ。さっきのデュアル・クロスの反動で本格的にヤバくなったらしい。

 それは時間にして刹那でも、戦いにおいて初動の遅れは致命的なミス。もう神通棍は間近に迫っている…!



 不味い! もう、避けられない――ッ! 身の危険を感じ、咄嗟に右手を向ける。霊波刀を―――いや、それではダメだ。受け止められない。
 霊波刀ではなく、アレを受け止められるくらいの…………もっともっと強固なモノを―――!!



 そして、振り落とされた神通棍。金属音にも似た激突音がコートに響く…!



 だが、その一撃が身体に届くことはない。間際に思い描いた最硬の盾が、そこにあった。



「陰念選手、タテのようなもので神通棍を受け止めた―――ッ!!」

「霊的エネルギーを一点に集中して小さなバリアーをつくったあるよ!!」



 手のひらから生み出された小さな盾は、膨大なエネルギーが込められた霊波の一撃をものともせずに受け止める。
 その盾の名は―――サイキック・ソーサー。



「なるほど、ね。小さく絞りこめばどんな攻撃もかわせるカタいバリアーができるってワケね。
 でも―――」



 微かな抵抗を嘲笑うかのように、閃光の如く放たれたカカトが俺の額にめり込む。

 

「―――が…ッ」

「アンタ、馬鹿? それってつまり、他の場所は普通人以下の防御力もなくなるってことじゃない」



 憮然と吐き捨てる美神の言葉。それも少しづつ遠ざかっていく………。

 ゆっくりと傾いていく身体、薄く透けていくサイキック・ソーサー、除々に暗くなる視界――――嗚呼、散々痛い目を見たけど……これでようやく楽に……………。



「―――てい…ッ!」

「&$”#%|¥*<…ッ!?」



 ――――痛ッ! もの凄く痛ッ!! 



 喉から発したのは悲鳴にならない悲鳴。


 このアマ! 気絶寸前の相手の頭を掴んで自分の霊波を流し込みやがったッ!!



 気絶した奴起こすのに水をぶっ掛けることがあるが、今のはそんな生易しいもんじゃない。『脳味噌の中に爆竹入れられたかと思った』とでも言えば、俺が体験した衝撃を少しは理解していただけるだろうか? しかも、口から白い煙を吐き出すオマケ付きだ。

 俺は掴まれていた頭を慌てて振りほどき、急いでその場から離れた。



「………目は覚めたかしら?」



 ええ、それはもうおかげさまで。頭は死ぬほどガンガンいってるけど思考はクリアだ。だからなおさら痛いと感じる。

 うん。この人、絶対マゾです。マジで容赦のカケラもありません。いや、そんなこと漫画を読んでいたときから気付いていたけどさ。



 ―――くそ! どうする!? むしろどうしたらいい!? このまま猫にいたぶられるネズミの如く、相手が飽きるまで延々とボコられ続けろってかっ!? 冗談じゃねぇッ!!



 魔装術を使うか? 能力は上がるし、少なくとも受けるダメージは軽減されるだろう。このまま生身でボコられ続けるよりは―――。

 ………いや、ダメだ。魔装術は消耗が激しい。今の霊力ではもって数分。それ以上維持しようとすれば制御力に関係なく暴走を引き起こす。さすがに人間やめたくないし、術の制御に手をとられ使える技が極端に制限されるのも辛い。



 サイキック・ソーサーはどうだ? 美神とて人間。防御力なら雪之丞の魔装術の方が数段上だ。当たればおそらく一撃でケリが着く。

 しかし、これもリスクが大きい。サイキック・ソーサーは威力はあるが防御力ゼロ。避けられて反撃を食らえばそれで最期。俺は確実に死…………ぬ? あれ………?



 ―――なんで俺は生きてるんだ?



 別に自殺願望があるわけではない。だが、さっき美神の攻撃を受け止めたのはサイキック・ソーサー。蹴りはこれを消す前に入った。つまり防御力ゼロ。それなのに俺はこうして生きている。
 
 なら、それは美神が手加減をしたからだ。わざわざ俺が死なないように。何故? ―――俺を痛めつけたかったから。
 ………本当にそれだけか? 蹴りだけならともかく、人の頭の中に霊波を流すような面倒な真似までして、『本当』にそんな理由なのか?



 何か、違和感を感じた。形の合わないパズルのピースを無理矢理押し込めたような、歪な感覚。
 俺は、何かを見落としてる………? 一体、何を? 美神のやりたいこと、やろうとしていること――――その『目的』は一体何だ?



 そのとき試合の最中にも関わらず視線を俺から外し、観客席側を見る美神―――その視線の先にいる人物を見て、ようやくバラバラだったピースが繋がった気がした。
 


 ―――そういう………ことか。



 目は口ほどにものを言う。確かに、その通りかもしれない。

 ある仮説が生まれた。もしそうだとすれば、今までの不可解な行為にも辻褄が合う。ならば選ぶべき技は一つ。最強にて最低の武具―――サイキック・ソーサー。

 俺の予想が正しければ、少なくとも死ぬことはない。だが、もしも、俺の予想が外れていたら……?



 ―――関係ない。どうせコレはただの『夢』だ。『現実』なんかじゃない。なら、恐れる必要なんてない。この世界で失うものなど、何一つないのだから……。



 覚悟が、決まった。



 俺は無言で手から光の刃を生み出す。形は刀と言うよりは、むしろ細剣(レイピア)。今までよりもずっと細身なそれは一見、すぐに折れてしまいそうなくらい頼りなく見える。



「また霊波刀? アンタも学習能力がないわね……。今更何をしたって無駄よ。アンタみたいな素人剣術なんて目を瞑ったって避けられるわ」



 それはおそらく事実。俺と美神にはそれぐらいの技量の差がある。剣筋は見切られ、もう霊爆閃や霊爆刃も彼女には通用しないだろう。
 だから俺は手にした剣を何の小細工もすることなく、そのまままっすぐと振るう。掛け声一つなく、大きく上段から振りかぶる無言で放つ斬撃。

 迎え撃とうと美神は神通棍で霊波の刃を受け止め―――そのまま徐々に押し返すつもりだったのだろう。最初に俺が霊波刀で彼女の神通棍を受け止めたときのように………。

 しかし、二つの刃がぶつかり合い、弾かれたのは紛れもなく『神通棍』!



「………え?」



 明らかに予想とは違うその結果に、彼女は驚き態勢を崩す。物理的な『腕力』ではない。純粋な『霊圧』の差で美神の神通棍を弾いたのだ。

 彼女にとってのミスは一つ。今までの戦いから、見た目だけでこの剣を『霊波刀』だと思っていたこと。

 だが、これは『霊波刀』ではない。俺の霊力を凝縮させて作り上げた【細剣】(レイピア)型の『サイキック・ソーサー』。刀身が細いのは脆いのではなく、その分の密度を高めているからだ。そして俺が【禁じ手】としていた技の一つでもある。



 ―――サイキック・ソーサーと霊波刀の違いは何か?



 形が違うという答えでは不正解。俺は雪之丞戦で【投矢】(ダート)型のサイキック・ソーサーを作ったが、その気になれば槍や斧の形をした霊波刀(と呼んでいいのか微妙だが)を作る事だって出来る。無論、サイキック・ソーサーの形をした『霊波刀』も作るのは可能だ。

 もともと霊波に決まった形などない。故に明確なイメージと緻密なコントロールがあれば、如何なるカタチにでも変えられる。形ではなく、重要なのは『霊波の全てを一点に集中するかしないか』という点。
 身体を覆う霊波までも一点に集めることで大きな効果を生み出すが、それ以外の箇所は普通人以下。それこそがサイキック・ソーサー。一か八かの必殺技だ。


 完全に意表がつかれた美神に向かって再度攻撃を仕掛ける。大きく踏みこみ横薙ぎに剣を振るった。


 細剣(レイピア)とはその細さゆえ、斬るのではなく突くための武器。だが、この剣は大量の霊波を圧縮して作られたもの。切れ味は霊波刀の比ではない。

 しかし、これは形こそ違うが【防御力ゼロ】(サイキック・ソーサー)。一撃でも攻撃を食らえばアウト。そして剣の形をしているので接近戦用。あまりにも危なっかしくて案としてはあったものの、とてもじゃないが実戦では使い物にならんと判断した一品。



 そう、この技は実戦では使えない。だからこそ――――俺の推測の裏付けになるのだ。



 俺の剣が美神をとらえたと思った瞬間、急に視界が沈む。足が滑り前倒しに倒れたのだと気付いたのは床に叩きつけられた直後――。

 おそらくは死角からの足払い―――もっとも、俺の目には何をしたのか見えなかった。いつ動いたのかもわからない。どれだけ切れ味の良い剣を持っていても、当たらなければ意味はない。これがプロと素人の、歴然とした戦闘技術の差。

 そして床に倒れた俺へとそのまま美神の足が伸びる。何時の間にか、両方キチンと履いていたハイヒール。それで俺の頭を力の限り―――踏みつけた!



「ぐっ………!?」



 その恰好はまさに―――



「おおっと、これは………!? 女王様! まさに女王様です!!」



 一言で言えばそんな状態。床に這いつくばった姿勢で、グリグリとカカトを押しつけられて痛い。



 しかし! 痛み以上にこれはあまりにも屈辱的な恰好!! こんな観衆の面前でだぞ! 土下座でもやった方がまだマシだ!!



 一部の特殊性癖の持ち主はコレで快感を感じるらしいが、無論俺はその一部には含まれない。せめてそこから逃れようとジタバタもがくが、しっかりと足に込められた霊圧が重すぎて抜け出せない。必死に暴れてもびくともせず、逆に床に押しつけられて息苦しくなる。

 『おーほほほ』と高笑いをしながら俺の頭をカカトでグリグリする美神の姿は、ナチュラルで殺意が湧き出して来た。



 ―――殺す! この女(アマ)、いつか絶対殺す!!



 だが、これでようやく納得がいった。二度にわたるサイキック・ソーサー。防御力ゼロ。それなのに俺は生きている。試合もまだ終わっていない。

 もはや間違いあるまい。美神は最初からこの試合の勝ち負けなどこだわっていないのだ。俺がいくら傷付こうとも、こうして生きているのが何よりの証拠。



「あら? 随分と苦しそうじゃない。そろそろわんわん泣き叫んで命乞いでもしてみる? 事と次第によっては聞いてあげてもいいわよ」



 事と次第? はん。俺に魔族(メドーサ)との繋がりを自供しろとでも言うつもりか? 

 『ミカ・レイ』が試合で勝っても意味はない。プロである『美神』が正体を偽り、この試験に参加したのはあくまで『魔族とGSが裏で繋がることを阻止する』ため。

 ったく、なんで俺はこんな単純な事に気付かなかったんだ? いや、気付いていたくせに忘れてたって言った方が正しいというべきか…。



 ―――もうテメーの魂胆は見えたんだよ…ッ!



「だあぁぁぁぁぁ―――ッ!!」



 叫び声と共に身体中の傷跡から無数の霊波砲を放つ! 陰念特有の技である『傷跡ビーム(仮)』(正式名称募集中)。この距離、この数では避けることは出来ない。しかし―――。



「無駄な足掻きを!」



 彼女の宣言通り、それらは一つたりとも当たることはない。数に頼れば威力は落ちる。美神の身体から霊波が溢れ衣となり、ぶつかり合う霊波と霊波が相殺し合う。

 だが、それでいい。全身から霊波を放出するということは、その分一点にかける霊圧は弱まるということ。
 上から押さえつけようとする足の力が弱まる。意識が俺から離れた一瞬―――俺はその隙を狙い、身体を横転させて束縛から逃れた。

 そして、遠すぎず近すぎず、ある程度の距離をあけてから――――俺は急に目でも回ったかのように足元をふらつかせる。



「陰念選手、さすがにもう限界か? 身体がふらついております」



 いや、『わざと』だ。少しでも体力・霊力を回復させ、思考をまとめるための時間稼ぎ。勿論、試合中にこんな真似をすれば隙だらけ。『襲ってください』と言ってるようなもの。



 ―――相手が試合に勝つ気があるのなら、という前提がつくが。



 美神は最初からこの試合に勝つ気などない。現にわざわざ隙を見せていると言うのに、彼女はかえって戸惑う様子で決して手を出そうとはしなかった。

 当然だ。彼女が目的を果たすには俺に勝つのではなく、白龍寺―――陰念、雪之丞、勘九朗の三人を失格にしなければならないのだから。

 そして失格にするためには何らかの不正の証拠を掴む必要がある。それは例えば魔族に荷担していることだったり、試合の最中に反則行為を働いたりすること―――。



 そう、だからこそ美神は自ら囮となったのだ! 彼女が圧倒的な力差を見せつければピートの時のような妨害が来ると、先を見通して――。



 道理で遊んでばっかで俺を倒そうとしないわけだ。妨害が入る前に早々と試合を終わらせれば目的が果たせなくなるんだからな。

 俺が美神に対して感じた違和感も、試合中にもかかわらず勘九朗やメドーサの方へチラチラと視線を向けていたのが原因だったのだろう。
 妨害の証拠さえ掴めば、俺と勘九朗は確実に失格。雪之丞もピートの足の怪我と状況証拠があれば失格にするのは難しくない。

 事実、本来ならば彼女の予想通りに事が進んでいただろう。―――『本来』ならば。

 だが、彼女は知らない。そこまで考えが至ったわけではないにしろ、結果として俺は彼女の目的を見抜き、勘九朗に『手を出すな』と告げていたことを………!



 つまり、この試合――――『どんな結果』に終わろうとも、最初から『美神』が勝つことは有り得ない。



「これくらいでダウン? 情けないわね……。男だったらもっと頑張ったらどう? やっぱり師匠がいけないのかしら。きっと陰険で年増でタレ乳のオバハンだわ」



 ―――と、判断するのはいささか早計か…。



 行動を起こさない俺にいい加減に焦れたのか、挑発をする美神と背後から感じる強い怒気を前に考えを改める。



 確かに勘九朗は手を出さないと約束したが、メドーサにとってはたかが人間の言葉。いちいち聞いてやる義理などない。この試合に飽きたら(もしくは怒ったら)勘九朗へ強制的に妨害を命じる可能性もある。

 それに美神もいくら痛めつけても何のリアクションがなければ、何か別の手段に講じるだろう。自供をとるにも勘九朗とは決勝戦、雪之丞に至っては川の向こうでママとの再会中だが、俺の予想もつかない方法で証拠を掴んでこないとも限らない。



 美神の事情がどうであれ、やはり俺が勝つ必要があるのだ。大体『どんな結果』だ? ふざけるな。例え美神が負けたとしても、俺が死ぬような結末は認められない。
 認められるのは生ある勝利。完膚なくGS軍営に敗北を叩き付ける事だけだ。



 だが、どうやって勝てばいい? 俺の勝利条件は美神を倒すか、彼女のカツラを奪うこと。可能性がないわけではないが、互いの実力差を思うとゼロに近い。正攻法ではまず無理だろう。
 相手の思考の裏―――いや、その裏の裏までかく気でいなければ………。



 俺が美神よりも有利な点は? 大きく分ければ二つ―――【情報】と【霊波の制御】。たったそれだけだ。実力や経験では足元にも及ぶまい。

 なら、考えろ。思考こそは人の最大の武器。俺はこの世界のことを『この世界』の誰よりも知ってる。ならば『この世界』の誰が相手でも出し抜ける筈。



 美神令子……横島忠夫……宇宙意思………GS試験での試合の数々―――……雪之丞……いや、待てよ………『雪之丞』…? そういえば美神って! それにパチモンの試合のときは確か―――。

 ………俺では美神の致命的な隙を作ることは出来ない。でも、彼女に隙が出来る『場面』を作ることなら、あるいは――――。

「ちょっと、いつまでふらついているの? それとも、最初から酔っ払っていたのかしら?
 ―――道理で弱いと思ったわ。何しろ酔っ払いですもの。そんなに飲み過ぎたのならアルコール塗れの頭に一発、気付け薬を叩き込んであげるけど?」

「へっ、やってみろよ。やれるもんなら、な。」



 今までとは違う強気な発言と態度に、美神は用心し身構えた―――ようにも見える。

 裏の『裏』。それはすなわち『表』。さらにその『裏』は?
 小細工しか出来ないのなら、小細工に小細工を重ねて世界すら騙し、利用するまでだ。
 幸い、傷だらけにもかかわらず思考力は鈍っていない。他ならぬ美神が、そうなるようにした。



 弱者が強者に勝つには相応の代償を支払う必要がある。当たり前のことだ。傷一つなく勝てるとは思わない。危険に晒されずに勝てるとは思わない。足りないものを補うのに、別の何かで支払うのは自明の理。

 なら、存分に支払ってやろう。賭けるのはこの命だ。足りないとは言わせない。



「おぉぉぉぉぉぉぉ……!!」



 雄叫びと共に俺は駆け出す。霊波を手に込め、前へ、前へと―――。

 見せてやる! 今までのような手抜きではない、己が身をも滅ぼす全力(フルパワー)の包牙魔装爆を…ッ!!



 確かに危険な賭けになる。無事でいられる保証などどこにもない。勝算がどれだけあるかも分からない。
 それでも―――

 俺の予想が正しければ! 最後の瞬間まで美神を欺き続ければ! 最後の最後で笑うのはこの俺だっ!!

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 …………どうせ負けてもこれは『夢』なのだと、死んでも失うものは何もないと、心の奥でそっと呟く。

 ――――『夢』であれ『現実』であれ、そう思って前に進むしか道はない。
 


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