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[39693] 英雄達の邂逅(マブラヴ&ヤマトのクロスオーバー)  
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/06/13 09:41
初めまして油揚げと申します。

マブラヴのことを初めて知ったのはTEのアニメからです。アニメを見た後にオルタを購入してプレイしてドはまりしました。こんな若輩者なのでマブラヴの設定を間違えることがあると思います。

この作品を書こうと思ったきっかけはこの掲示板にたくさんのすばらしい作品があったからです。時には本当に感動することもありました。
ですが文章を書くと言うにはこれが初めてなので拙い文です。文才もない下手の物好きの作品ですので助言などをしていただけるとありがたいです。

ちなみに皆さんが気になるヤマトの登場は新潟戦あたりとなります。


注意。

無双成分、キャラ崩壊、ご都合主義が多分に含まれます。

テンプレ展開。



[39693] 第一話 「舞台袖にて」 2016年6月13日改訂
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/06/18 21:37
「ん―――朝か…」

白銀はもう明るくなった部屋で自然と目が覚めてむくりと体を起こす。
いつも通りのさわやかとはいえないだるさの残る朝だった。
布団の中でまだ微睡みかけているがふと今の今まで見ていた夢の内容が気になった。

「突然違う世界に飛ばされて―――訳もわからず訓練小隊に入れられて―――いや違う、二度目?…」

微睡みかけていた白銀の脳に一気に様々な記憶が濁流のように流入する。

元の世界でハチャメチャな生活を送った―――突然BETAのいる世界に来た―――訳もわからず訓練小隊に入れられた―――天元山の噴火からお婆さんを助けた―――オルタネイティブ4の挫折を知った―――冥夜の乗る移民船団を見送った―――二度目のループをした―――まりもちゃんを失った―――元の世界で挫折を味わい覚悟を決めた―――甲21号作戦で仲間を喪った―――仲間を喪いながらも甲1号作戦を成功させた―――。

「なんだこれ…俺の記憶なのか?」

あまりの情報量の多さ。こんなことがあった、という知識のみならず感情すらも付随した記憶の濁流に白銀の脳は対処しきれず激しい頭痛とめまいを引き起こした。

深い悲しみ、喜び、愛情、記憶の機関はたった数年だがその濃密な感情に今の白銀は追いついていて無い。

胃には何も残っていないのに脳は何かを吐き出そうと嘔吐く。

時間にして数分、まだ完全に記憶を自分のものとして飲み込むことはできていない。だが覚醒した脳は現状の異常さを感じ取った。

「そういえば朝なのにえらい静かだな…純夏も起こしに来ないし…まさかな」

カーテンから漏れてくる光が早朝であることを示す。
いつもなら出勤する夫や投稿する子供で騒がしくなるはず。休日でも車の走行音が聞こえてきてもおかしくない。

武は一つの可能性が思い当たる。もうあり得ないと思っていた可能性だ。だが心から待ち望んだ可能性。

その可能性を確かめるために頭痛の続く頭を抱えながらのそのそと布団から這い出てカーテンのそばまで行く。半信半疑だが頭の痛みをこらえながら両手でカーテンの端を持ちカーテンを勢いよく開ける。

白銀の目に太陽の光が勢いよく飛び込んだ。

「…ハハハハッ!そうか!そうなのか!またこの世界か!」

一気に武の脳は覚醒し状況を飲み込んだ。自然と笑いがこみ上げてくる。もはや頭痛は歓喜に塗りつぶされた。

「よし!よしよし!これで世界を救える!―――みんなを救える!」

手を握り勢いよく何度も引く。
そして心の底から歓喜した。三度目のループをしたことを、皆をハッピーエンドに導くチャンスが得られたことを。

白銀の体をパラジニウム光包むとき白銀はたった一つだけのことを望んだ。

――もう一度この世界でやり直したい――

ただ一つの願いだが叶えられる筈がない願いだった。
白銀自身も叶えられるはずはないと思いながらも願った。どうしようもないと思いながらも願った。
しかしその願いは思いがけず叶った。
神でも仏でも今ならどんなものでも信じてやる。



武はすぐに着替え手荷物をまとめ始めた。軍で鍛えられた動きで寝起きとは思えない俊敏さだ。
ものの五分で武は懐かしい白陵高校の制服に袖を通しゲームガイやその他ソフト、教科書を鞄に詰めた。
気持ちが高ぶり転びそうになりながら危なげに階段を降り勢いよく靴のかかとを踏みながら玄関の扉を開けた。

目の前に広がる元は住宅街であった廃墟。隣の純夏の家に危なげに腰を下ろした鋼の巨人、撃震。なにも音がしない世界。

今までで二度見た光景だった。二度目のように純夏の家の撃震に近寄って確かめなくても分かる。

靴をはき直しながら目の前の撃震を眺める。

眺めて数十秒。撃震は崩れた。この光景も三度目で懐かしさすら覚えた。
間違いない。またこの世界だ。

ならばやることは決まっている、いややらねばならない。

「行ってきます。」

家に向かって敬礼した。元の世界へ、一度目と二度目の世界での仲間達へ、そして今までの自分へと。

一度目は力も何もかもが無かった。
二度目は覚悟が無かった。
三度目、力も覚悟も知識もある。
世界を変えるには小さなことかもしれない。だがこれ以上何を望む?いやこれ以上はただのわがままだ。

今度こそは、今度だけは、手の届く人々だけでも助けてみせる。

「助ける」とは簡単で陳腐な言葉だがこれほど実現が困難な言葉は無い。だがこれが一番適当な言葉だ。



部屋から出て数分後、どうせならゲームガイとか科学の教科書とかケータイとか持ってきた方がよかったかな?と後悔した。
我ながら興奮しすぎだと笑みをこぼした。




武は廃墟となった住宅街を抜け、横浜基地の前の坂道で葉をつけていない街路樹の桜の中の一本の前で立ち止まった。
見渡す限りの廃墟と枯れているか生きているかも分からない街路樹。

前の世界の伊隅大尉や速瀬中尉、涼宮中尉達などのA-01の先人達の墓標。

「伊隅大尉、速瀬中尉、涼宮中尉……あなたたちから教わったことは俺の中に生きています。だけどもっと教わりたかった…」

武の目にうっすらと涙が浮かぶ。だが流しはしない。
彼女らは生きている。
悲しみの涙では無くうれしさの涙で泣こう。

「今度はもう授業放棄はさせませんよ。俺がこの世界を卒業するまでは」

武は顔を引き締めて、万感の思いを持って桜の木に向け敬礼をした。次は死なせない、皆を救う。オルタネイティブ4を完遂し仲間を、ついでに世界を救ってやる。

「顔を合わせたことも無いA-01の先人方…任せてください」

墓標を背に横浜基地に足を向ける。
誰かが背中にぬくもりを感じながら自然と脚が速くなった。




横浜基地の門には二人の黒人とアジア系の二人の伍長の門兵がしゃべっていた。その二人を見るとこの世界が平和なのでは無いかと錯覚すらさせる。
武にとっては見慣れた二人だがあちらにとってはまったくの他人だ。本来は不審者であるすぐ武に銃を向けてもおかしくないのだが訓練兵と見間違えて話しかけてきた。
やはりこの時点の横浜基地には後方の雰囲気が流れている。しかもこの基地はオルタネイティブ4、つまり人類の剣先となる基地である。たとえBETAではなく人間であっても警戒せねばならない。
香月博士があのような行動に出たのもうなずける。

「おい、そこの訓練兵。こんな廃墟に出歩くとは物好きなやつだな」

武がだいぶ近づくとやっとこちらを見付けて声をかけた。
そしてアジア風の方の伍長が不思議なものを見るような目で近づいてくる。

どうもこんにちは、今日はお日柄もよくー。

「そう言わないでくれよ、この廃墟になっているが俺の故郷なんだから」

武はとくに緊張もせず笑いながら返事をする。正しくはこの世界のここは武の故郷では無いのだが元の世界ではここが故郷だったから嘘はついていないだろう。
対処法はもう分かっているから慌てる必要は無い。

「そいつは悪いことを言ってしまったな、すまない」

伍長は素直に謝罪の言葉を口にする。
ほんとにいい人達だから一度目の時もう少し優しくして欲しかったな、と変なことを考える余裕すら感じる。

「いいってことさ、今はただの廃墟だ」

こんないい奴に嘘ぎりぎりのことを言ったことに少し自責の念を覚えなくも無い。

「そういえば部隊証を見せてくれ、こんな後方の基地でも戻るには必要な規則なんだ。まったく規則はめんどくさいな」

伍長はうっすら笑みを浮かべながら手を差し出す。
ここで下手なことを言うと独房に入れられ貴重な時間を浪費してしまう。この貴重な時間の浪費は武にとってはとても痛いことだ。しかし三度目で対処法を知っている武は気軽に答えた。

「すまない俺は部隊章を持ってないんだ。待て待て!銃なんて向けんな!俺は香月博士の直属の諜報員だ!」

持っていないと言うとすぐに伍長はすぐさま距離をとり睨みながら自動小銃の銃口を向けた。後ろの黒人の伍長も同様だ。
さすがに不抜けていたとしても兵士、敵だと識別した後の行動は迅速だ。
しかし香月博士直属というと少しだけ警戒がほんの少しだけ和らぐ気がした。ほんの少しだけだが。

「手を頭の後ろに組んで後ろを向け!」

「ひとまず香月博士に連絡を入れてくれ、あとその時白銀が純夏に会いに来た、と伝えてくれ。」

一応指示には従う。だがここで従順になりすぎても俺の言葉に信憑性が無くなるからわざと偉そうな口ぶりでしゃべる。

「……わかった。」


伍長は俺の前に回り込んで俺の顔をまじまじと見る。
よせやい、俺はノンケなんだ。俺がどんなにいい男だってそんなに見つめられると照れるぜ。
伍長は俺の自信に満ちた渾身のどや顔に渋々、というか嫌々了承した。いやどうしたらいいか分からず了承するしか無かったという方が正しい。

「おい!いいのか!?」

後ろに控えていた黒人の伍長は驚いたように声をかける。

「仕方ないだろ博士に関わることはすべて報告しろって指示なんだから!」

だが苦々しい顔をしてそれだけ応える。

いやすみませんね気を悪くさせちゃって。でもここで香月先生の所に連絡させないとこまるんです。

銃を向けながら電話に向かい後ずさりして門のとなりの事務所に据え付けられた電話を取る。
アジア系の伍長が連絡を取るのを白銀はまるで注文の商品が届くのを待つかのような気軽さで電話を待った。黒人の伍長は依然武に銃を向け警戒を続けている。

銃を突きつけられながらリラックスできるのは武の剛胆さというかお馬鹿なだけか。

香月博士なら必ず反応すると武には確信があった。重要な被検体の名前とその死んだと思われていた重要な関係者の名前だ。これで反応しない香月博士である筈がない。




所変わって香月博士の自室
香月博士はいつも理性的な彼女には珍しく苛立っていた。だがそれもしょうがないことだ。
鎧衣課長からの報告から全世界でグレイ11が消滅したことが分かったから。グレイ11は凄乃男の燃料でもありG弾の原料である。後者に関してはもとよりG弾を使わせるつもりが毛頭なかったのでさしたる理由ではない。
しかし前者はそうはいかない。凄乃男はオルタネイティブ4の根幹をなす戦略機動要塞だ、これなくしてオルタネイティブ4の完遂はあり得ない。その貴重な燃料が微量ながらも消失したのだ。しかも原因不明だから気味が悪い。
そして何よりも天才と自負する自分の知らないところで何かが起こっていると思うとはらわたが煮えくりかえる思いであった。
苛立つ香月博士のもとに突然門兵の伍長から連絡が入った。

「なによ、いま忙しいから後にしてもらえる?」

いっそのことこの回線も切断してしまおうかしら。そうしたらもっと研究に集中できるかもしれない。
そうだそうしてしまおう。

「はあ、しかし香月副司令の直属の諜報員と名乗る男が門に来ていまして…」

電話の先の伍長がひるんだ様子が伝わっていた。
だが私には勿論そんな奴に心当たりがあるはずがなかった。もしも鎧衣ならそんなところに行かず直接ここに忍び込むだろう。A-01ならこんな回りくどいことはしない。ならば残された可能性は敵。しかし第五計画推進派がどんな莫迦でもでもこんな馬鹿正直に正門からは来ないだろう。
この私の所に直接来るなんて遂に第五計画派は幼児退行してしまったか。
この諜報員を捕まえたところで所詮は末端。どうせ何も分からずじまい、ただの嫌がらせだろう。

私は
そっちで処理しなさいと言いかけると聞き逃すことのできない言葉を耳にする。

「その男が、白銀が純夏に会いに来た、という伝言を伝えてほしいと申していまして」

私は自分の耳を疑った。純夏とは横浜ハイブに捕らえられ実験台となってしまった悲劇の少女でオルタネイティブ4の中心人物だ。両親などの関係者は皆死んでいるためその名を知っている者がいるはずがない。
白銀にしてももう死んでいる男の名だ。鑑純夏は白銀に対する思いしか残っていないため00ユニットの調整のためにいたら良いとは思ってはいたが確かに死んだはずで記録上でもそうなっている。
第五計画派の嫌がらせにしても変に凝り過ぎじゃ無いのか。

「その男に替わりなさい」

研究の邪魔をされたことにいらつきを感じながらもその男のことを考える。
まんまと敵の思惑に引っかかった気がするも考えないわけにはいかない。

鑑純夏、白銀武について知っているとはただの人間であるはずが無い。しかし第五計画推進派にしては堂々としすぎている、偶然白銀が生きているなんて…これは無いかな。私は様々な可能性に考えを巡らせながらただその男が電話に出るのを待った。



「おい、香月副司令が替われだとよ」

伍長はすんなりと香月副司令が通信に応じたことに驚きながらも武に電話を渡す。
そらきた。
俺はアジア系の伍長にありがとうと一言言うと電話を受け取った。

「お久しぶりです香月先生。」

武は久しく会わなかった恩師に話しかけるように気楽に、なれなれしく第一声を放った。

「先生?私は「教え子なんて持ったことないわよ?」ッ !」

武は電話の先で香月先生が驚いているのを考えると可笑しかった。

どの世界でも香月博士にはいつも一杯食わされているから仕返しだ。

さすがに声に出して笑うと申し訳なくて笑いは心の中に納めた。

「すみません、一度いたずらをしてみたいと思っていまして」

「まあいいわ、あなたが白銀ね?言っておくけど純夏なんて人物いないわよ?」

たいして気分を害した様子を見せず香月博士はしらばっくれた、まあ流石に最初にはそう言うだろうとおもってた。
しかしそうは問屋が卸さない。ここで香月博士の興味を引かなければ何も始まらない。

「確かにここにいるはずですよ?五体満足ではないと思いますが、地下のシリンダーで泳いでいるとおもいますよ。あと霞は元気ですか?閉じこもりっきりは体に悪いのでたまには外などに連れて行ってはどうですか?」

さすがの香月博士でもここまで言われると驚きを隠せないようだ。電話越しでも動揺が伝わってくる
さすがにこれだけ機密情報を話せば無視することはできるまい。

「ッ!そう、霞まで知ってるのね…いいわ、門番に替わりなさい」

さしもの香月先生も観念した様子。
まず最初の難関は上々だ。

「はい…はい、了解しました。入っていいぞ。だがまずは検査を受けてもらうぞ。」

伍長達はもう銃こそ向けてはいないが警戒している。
俺はまた数時間の長い検査を受けることがわかりこれは変えられないなと苦笑しながらも初めの関門である横浜基地の門をくぐった。




2015/06/13 改稿




[39693] 第二話 「第一歩」 2016年6月18日改訂
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/06/18 21:38
四時間にわたる検査を受けたあと俺は香月博士の部屋に通された。
流石に三度目だからこの身体検査にも慣れた。よくよく考えたら検査といっても体力測定をするわけでもないしただあっちへ行ってCTスキャンしたり、あっちに行って血液を採集したりするだけで気楽にやれば簡単なものだった。
そりゃ四時間も気を張ってればただ椅子に座ってるだけでも疲れるもんだ。

「四時間も検査を受けたのに随分けろっとしているのね?」

俺が居るのは香月先生の執務室。
香月先生はいつものように傲岸不遜に座っている。
さっきまでは病院の患者が着るようなだぼついた薄緑色の服を着ていたが今は着慣れた白陵高校の制服だ。
こっちも検査されたようで家のにおいはすっかり消えてしまい少しだけ寂しさを感じる。

「まあ慣れていますから」

「ふぅん?まあいいいわ」

興味なさげに返事をすると自分の机の引き出しから早速拳銃を取り出した。
そしてそれを真っ直ぐと俺を見据えて片手で拳銃を構えた。

…なんか早くないか?

「じゃあ情報の出所を話してもらいましょうか」

やはり初めに銃を突きつけられなければならないのか。
銃を向けられるのは伍長の時もそうだがいい気はしない。
いや銃の恐ろしさを身にしみて知った今の方が嫌悪感を感じる。
香月博士の片手の構えで当てられる可能性は低いが。
だってもうかすかに震えてるじゃん。気丈な顔して睨んでるけどすっごくつらそうじゃん
予定よりか幾分か早い気もするが武は元々話す予定だったので素直に本当のことを話そう。香月先生なら制圧するのは簡単だし。

「香月先生に教えてもらいました。」

「あたしぃ?いつ教えたっていうのよ、まさか心を読み取ったとか言わないでしょうね?」

「いえいえ、第三計画とは関係ないのでそんな霞みたいなリーディング能力は持っていませんよ」

霞と言うと武には条件的にあの別れの場面が思い出された。
あの坂の桜の前で薄れゆく世界の中でまたねと――。

「そこまで知られているなんてね…私の情報管理が甘いせいかしらね」

だが回想に浸ることはできず香月博士の言葉で現実に引き戻される。
せっかくの回想シーンで良い雰囲気にしようとしたのに。
だがこんなことでぼうっとするなんて少し感傷的になりすぎかもしれない。

「いえ、ここの警備と情報の秘匿性は最高レベルですよ。これ以上セキュリティを厳重にしたいのならば人が入れないようにすればいいかと」

横浜基地の地下施設の機密性はオルタネイティブ計画の最前線基地であるため最高レベルだ。
これ以上の機密性を持つところはそうそうないだろう。不審者が入れるはずはない。
まあ鎧衣課長は別だが…。

「ひとまず一つのおとぎばなしをきいてくれませんか?少し長くなるのでその重い銃は下ろした方がよろしいかと」

まずはこの話をしないといけない。たとえ信じてもらえなくても、いや相手はあの香月博士だ、きっと信じるだろう。
俺自身自分に起きたことを分かっていなかったのに因果量子論で説明したのは香月先生本人。俺なんかが作った言い訳より自分の中で結論を見付けてもらった方が信じてくれる。

「おとぎばなしですって?」

香月博士は拳銃を下ろさず構えたまま怪訝そうな顔をした。
どんなに省略しても長話になってしまうから椅子に座りたかったけども香月先生は座るのを許してはくれないだろう。

俺は香月博士の質問に答えることも無く半ば無理矢理語り始めた。

「―――それは とてもちいさな とてもおおきな―――とても、たいせつな―――あいとゆうきのおとぎばなし――――」




武はとても長いおとぎばなし、いや武の半生ともいえる数年間の話を大まかに話し終えた。

香月博士は最初こそ銃を構えていたが途中から銃を机に下ろして様々な可能性を思案しながら聞いていたようだ。
たぶん香月先生はもう因果量子論に乗っ取った理論的な説明を構築している真っ最中だ。

どうしよう、このまま数時間とかここのままだったら耐えられないんですが…。ていうか検査を含めて結構な時間歩き回ったりしたから足がしびれてきて…。

「その話の主人公があなたっていうわけ?」

話し終えて数分、香月先生はずっと閉じられていた口をやっと開いた。
そして紡がれた言葉は確信を含んだ質問だった。

「あっはい、自分で話すにはとても恥ずかしい話ですがね」

元の世界のこと、地獄のような世界への移動したこと、ループをしたこと、そして二度目のループ。
自分の半生について話しながら武は過去の自分のガキ臭さを痛感した。

それと足がつらいんですがそれは。
ちなみに香月先生は途中から座って居た。
ずるくない?こっちにはいすなんて無いのに。

「そんなおとぎ話よりまだあなたが第五計画推進派の工作員っていう方が信憑性が高いわね」

だがしかし確証は無い。一人の男のよく考えられた誇大妄想かもしれない。いまだ香月博士に信用されるものは提示できていない。
だが香月先生は自分の考えに確信めいたものを持っているはず。なぜならこれは因果量子論を証明しうる実証だから。

「霞に連絡をしてくれてかまいませんよ?あとループに関しては因果量子論で説明できるはずです」

そう言うと香月博士はパソコンを操作する。するとさも当然という顔をする。やはり霞にリーディングをさせていたようでいまその霞のリーディングの結果を聞いてほとんど話が本当だと確信していたようだ。

じゃあ少しいたずらをしてみようか。

「…あんた霞に何かしたわね」

「はて何のことでしょう」

いま俺の頭に強く思い浮かべているのはあるのは元の世界で見てきた様々なR18に属するものの数々。
さあ耐性の無い霞はどんな顔をしているか。いまごろ顔を真っ赤にしてうつむいているに違いない。

「今考えていつことを止めなさい?じゃないと…」

「分かりましたから本気で銃を構えないでください!?」

「霞の情操教育に悪いわ…。あの子はまだ幼いんだから」

香月副司令はおバカな生徒にやきもきする先生みたいだった。

「で、目的は何なのよ?まさか何度でもやり直せるから欲望のままに生きるなんていったらはったおすわよ」

「さすがにそんなことは思ってませんよ。俺だってまたやり直せたのは奇跡だと思ってますから」

「まあそうよね。あんたの話を聞く限り鑑と結ばれたんでしょ。それでもまだ満ち足りないなんてあんたの幼馴染みは相当強欲ね」

たしかに俺と純夏は結ばれた。あの丘の上で告白して身も心も一つになった。
桜花作戦で死に別れたてしまったがあいつは満足そうな表情で逝った。
そして何よりもあいつは俺がループで苦しんでいるのを知ってそれを心から悔いていた。

俺にはどうしても純夏が俺をまたループさせたとは思えないんだ。

「それなんですけど…俺自身が原因ってことはあり得ませんか?」

俺でも莫迦な話だと思う。だけどもこれが一番現実的だと思える。

「…また突飛の無いはなしね」

「俺は経験上三度、世界を超えました。一度目は元の世界からこの世界へ、二度目は未来から過去へ、そして今回。
もしかして俺は元の世界との関係が薄弱になったんじゃ無いでしょうか。伸び切ってしまったゴムのように。
それともう一つ、ループの原因は純夏とG元素なんでしょう?繰り返しG元素で繰り返すうちに俺自身が…」

「あなた今からでも遅くないから医者に見てもらいなさい。私の姉を紹介するわよ。外科だけど認知症でも真摯に向き合ってくれるはずよ」

「って俺は認知症じゃねーーー!」

「じゃああんた莫迦なの?そんなわけあるはず無いじゃ無い。あんたがG元素って言うなら凄乃皇の燃料にでもしてあげましょうか」

あっこれ完全に馬鹿にしてる表情だ。
物理の授業のあとに質問に来た生徒を見る目だもの。

「あんたの馬鹿話は生ゴミにでも出しておいて、あんたは今からどうするつもり?私としては拘束して人体実験をしてもいいのよ?」

生ゴミってあんた粗大ゴミぐらいでもいいじゃないか。

「俺が欲しいのは身分と香月先生との対等な関係です」

香月先生は俺の言葉を鼻で笑った。

「なかなかでかいものを要求するわね。この日本で死んだ人間を生き返らせることがどれだけ手間と人脈があれば良いのか分かる?しかも私との対等な関係?国連軍横浜基地副司令、天才物理学者の私と対等になりたいのなら政威大将軍にでもなったらどう?」

香月先生はこんなことを言っているが前者は香月先生ならばすぐに可能なことだ。
日本の戸籍を改ざんすることなんてすぐにできるはずだ。前は斯衞のデータベースまではいじれなかったそうだが鎧衣課長を使えばそれでさえ改ざんできる。
だが問題は後者。香月先生は肩書きなんてものは関係ない。問題にするのは人間そのものだ。

「夕呼先生のお手伝いならできますよ」

「資料の印刷とかの雑用ならできそうだけどそれなら誰でもできるんじゃ無い?」

「純夏の精神安定…手っ取り早いオルタネイティブ4の戦果…そして理論の提供」

夕呼先生は一度だけぴくりと眉を動かした。

「理論の提供ね、でも良いのかしら。その理論は00ユニットを完成させるためのものよ。つまりあなたが理論を持ってくることで鑑を殺すことになるのよ。前は知らなかったで済まされたかもしれないけど今回はあなたがあなたの意志で殺すことになるんだけど」

夕呼先生の言葉で血の気が引いていくのを感じる。足が震えなかったのは事前に自分に言い聞かせていたおかげだ。
そうだ、俺が渡すこの理論は純夏を生物学的に殺すものだ。
精神的に死んでしまった純夏にとどめを刺す。
一番好きな人にとどめを刺される、物語の中なら美談だろうが現実ならどれほどの悲劇だろうか。

だがもし俺がこの理論を提供しなければ人類が終わる。
そして俺が理論を提供しなければ夕呼先生が理論を完成して00ユニットを完成するかもしれない。
なら俺がやらなくちゃいけない。夕呼先生でも誰でも無い俺が、だ。

元の世界の俺なら激怒して幻滅するかもしれない。
「なんで愛した恋人を殺すんだ」って。

「それは俺自身が十分に理解しています。だからこそです。さっきいったじゃないですか。もしかするとこの世界は俺が望んだからやり直したのかもしれない。だからこそ俺は俺自身のしたいことをしたい。結果として純夏を殺すことになってしまっても俺はもう一度話をして告白した。」

「つまり自分がしたいから鑑を殺すってわけ?そんなの殺人鬼か狂人のそれと同じね」

どんな大義があろうとも殺人には変わりない。

「だけど俺は純夏ともう一度出逢って、そして自分の周りの人間だけでも救いたいんです。」

俺の吐露がとまり夕呼先生はじっと俺を見つめる。眉一つ動かさずにじっと。

山の端から朝日が顔を出すのを待つかのように、水平線の向こうから船が訪れるのをまつかのように。

言いたいことはいった。

最善は素直に俺を認めて近くにおいてくれること。たとえ夕呼先生が俺を狂人だと判断しても監視のために俺を近くに置いておくはず。

何秒たっただろうか、いや数分だったかもしれない。

夕呼先生は口の端をニィと釣り上げた。

「いいじゃないその覚悟。どこまでのものかは知らないけど合格点は出してあげましょう。」

張り詰めていた緊張が切れて肩でゆっくりと呼吸をする。

「でもまだあんたを対等だとは認めてないわ。やっと私の足下に来たって所ね。そこからはあんたの態度次第。行っておくけど赤点を取ったら即落第。自白剤でも何でも使って必要な情報を聞き出した後にポイね。」

香月先生はそこらにあった紙を丸めてゴミ箱に投げつける。
はいらなかったのはご愛敬。

「ひとまず何したい?さすがにまた訓練兵からやり直すのもつらいでしょう、まるで大学生が小学生をやるようなものね。A-01にはいってもらえれば階級とかをでっち上げるのが楽で良いわ。」

「たしかにA-01の底上げも念頭に置いているのでA-01にはいるのも良いですね。ですけど訓練小隊も強化させたいんですね。このままでは合格できても戦場でやっていけるか…」

「ちなみに聞くけどその訓練小隊の連中って元の世界ではクラスメイトだったんでしょ」

「そうですけど何か?」

夕呼先生は眉をひそめて心配そうな顔をしている。
夕呼先生がこんなに心配そうな顔をするのは珍しい。

「いやもしかして元カノがその中にいてそのことで鑑がキレてるとか無いわよね」

これには盛大にずっこけた。

「ははは、何言ってるんですか先生。そんなことあるはず無いじゃ無いですか?」

なぜか乾いた笑いしか出てこなかった。

「そう?それにしては随分と訓練兵を気に掛けるから。しかも元仲間の安全を思うなら試験に不合格にさせて戦場に出さなければ万事解決よね?つまりあんたはどうにかしてその娘らを自分の周りにおいておきたいってわけじゃない?じゃあ恋仲を疑うのがとうぜんよ」

確かに夕呼先生が言うことはもっとも。今回はA-01の底上げを念頭にして戦死者をなくそうとしているからわざわざ人員を増やすことも必要ない。
逆に増えると護るものが増えて苦労する。
だが果たして冥夜が、委員長が、彩峰が、たまが、美琴が総技演に合格できなかったからといってBETAと戦うことをあきらめるか?
鳥かごにいる鳥は鳥かごにいることを望んでいるか。

「恋仲になった女の子は純夏だけですよ。さっきも言いましたがあいつらはオリジナルハイブに突入した猛者です。今のままではそこらの衛士にも劣りますが成長すれば一騎当千の猛者になることが確約された宝くじですよ?夕呼先生にとっても使える手駒は多いことに越したことは無いでしょう。青田買いだと思ってください。」

「じゃあどうする?いっそのこと教官にでもなっちゃう?そうした方が教育もしやすいでしょ。」

「じゃあ教官をやりましょう。しかしまりもちゃんは?」

「そのままね。どうせアンタ座学とかはできない口でしょう?餅は餅屋へってもんよ」

「二人の優秀な教官が居ればあいつらは天井なしにのびますよ」

自然に顔がにやけるのが分かる。
まりもちゃんは良い教官で総計できる教官だった。だが苦渋をなめさせられたことは数えきれず。

白銀訓練兵、随分と余裕があるな。完全装備でもう十周!

おまえは体が軽そうだな。では私が上に乗ってやろう。さあ腕立て伏せあと百回!

おまえは鎧衣訓練兵がウサギ跳びで十往復する間に十五往復しろ!

訓練だからしょうが無いと自分の中で折り合いをつけていたがどうしても何で俺だけが、と思う時が多少あった。
その立場に俺が立つのだ。
つまりあいつらをいじ…訓練させ放題。たぶんいままで二回まりもちゃんの訓練を受けてきたことに対するご褒美だな。うん、そうだ。

「何気持ち悪い顔してんのよ。気持ち悪いわよ」

ちょくちょく夕呼先生がとげを刺してくる。
とげを刺してくるのはいつものことだが少し頻度が高くないか?
いや俺は慣れ親しんでいるけど夕呼先生にとってはまだ謎の人物だからこれが普通のなのか?

「教官をするなら階級は軍曹ね。あの部隊も私の子飼いだから根回しがらくでいいわ。」

うん、教官になるのは決定事項だ。
だがもう一つ、A-01の底上げもやらなくちゃならない。

「A-01にも入るっているのはダメですか?」

「教官をしながらA-01にも入るの?まためんどくさそうなことを。べつにそんなにはどうにでもできるけど折り合いをつけられるの?」

たしかに掛け持ちするのはつらそうだ。両方ともやっかいな奴らの集まり、とくに彩峰とか速瀬中尉、だがら精神的にも、体力的にもつらそうだ。
だがXM3を完成させるにはA-01で実験することが一番早いし、俺が居なくちゃXM3の正しい使い方を教えられない。

「そこの所は大丈夫です。体力はありますから。ほらさっきオルタネイティブ4の戦果っていいましたよね。それの関係でどうにかしてA-01にもはいっておきたいんですよ。」

「その戦果ってXM3ってやつでしょ?でもそんなOSが変わるだけで戦術機が劇的に変わるなんてにわかには考えづらいわ」

「俺の機動を見てくれれば分かりますよ。XM3は俺の動きたい動きをしやすくするものですから」

「チッ。なんか自信満々なところが気にくわないわね。もし私が見て使えそうもなかったら速攻で開発計画は破棄よ」

おうどんとこい。逆に夕呼先生の度肝を抜いてやるわ。
一文字さんとのカーチェイスでさんざん冷や汗をかかされたからその文をお返しだ。

夕呼先生は机の上にあったメモ帳を引き寄せるとすらすらと決まったことを書き出す。
俺の教官就任、A-01への入隊、XM3用のOSの製作などなど。

書き終えると電話に手を伸ばしてどこかに電話を掛けた。
話しぶりからピアティブ中尉だろう。なんかシミュレーターの使用許可とか言ってるしまた何かめんどくさいことが起きそうな。だがシミュレーターは他の部隊が訓練に使う予定だったらしくピアティフ中佐も大変だな。こんな上官を持って。こんど愚痴でも聞いてあげるべきだな。

「シミュレーターの使用許可を取ったわ。そこでさっそくXM3が使い物になるか聞かせてもらうわ。ちなみに理論とか過去のこと、私たちにとっては未来のことね、そういうのはレポートにして詳細に報告してもらうから覚悟しておきなさい」

おう。やっと黒歴史を思い出さなくてすむと思ったのにあとで報告しなくちゃいけないのか。でもレポートなら話している途中に夕呼先生に笑われたりすることもないし気が楽になるかな?

「シミュレーターが使えるまで一時間ぐらいあるから幼馴染みと霞に会ってきたらどう?あんまり会ってないと幼馴染みに愛想をつかれるわよ」

あの状態の純夏に会うのは随分とひさしぶりだ。
それとこんなに早く霞とであうのか。この世界に来ていろいろ早まって滑り出しは好調そうだ。
しかしまた一から霞と仲良くならなくちゃいけないんだよな。ゲームみたいにキーアイテムで一気に好感度が上がったりしたら楽なんだけど。

武は「思い出の貝殻」を使った!

霞の好感度は100上昇した!

「ほらこれ。借りのパスよ。これを使えば期間限定だけど最深部にも入れるわ」

俺は投げ渡されたパスを持って純夏と霞のまつ、あの部屋に向かった。

夕呼先生はパスをなげてきたがノーコン過ぎて落としそうになった。



[39693] 第三話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/03/23 00:15
武と香月博士はシュミレーター室についた。さすがに急な呼び出しだったのでまりもちゃんと伊隅大尉はまだついていないようだ。

「まりもと伊隅はまだついていないようだけど早速始めましょうか。小手調べと言うことでヴォールクデータをやってもらうわ。戦闘管制はピアティフにやってもらうから。」

「了解です」

「これである程度成績出さないと勿論XM3の開発なんてしないからね。私は多忙な身なんだから。」

「勿論ですよ、中層あたりまでは到達して見せましょう。」

言われずとも元からそのつもりだ。XM3を搭載していないのは不満だがやってやろう。
前に戦術機の乗ったのはいつだったっけなぁ…。
凄乃皇はでかすぎて戦術機とは呼べないから横浜基地防衛戦の時以来か…腕が鳴るな。
香月先生を驚かせてやる。
武は少しうきうきしながらタラップを上った。



「夕呼!!あれどういうことよ!!」

まりもちゃんが驚きすぎて伊隅大尉の前だというのに名前で呼び詰めかかっている。

「はかせ!!あれはどうなってるんですか!!」

伊隅大尉も驚きすぎて階級を忘れ詰めかかったいる。
この驚きようにはあの香月博士も慌てた。

「ちょっと待ちなさいって!今説明するから!」

三人の目の前の画面には一機の不知火が映し出されている。しかしその動きは異様だ、なんかこう…変態的だ。まるで新体操をするかのようにアクロバティックな機動を繰り返している。さらにこの変態的な機動をしながら的確な攻撃を仕掛けているのだ。前から突撃級が来れば側転で華麗によけた後通り過ぎる突撃級に36mm弾をたたき込む。要撃級がくれば後ろ飛びで回避するとともに36mm弾を。
このような変態的な機動をする衛士が今までいただろうか。人間にできる動きで戦術機にできない動きはないと言われている。戦術機の関節は人間のそれより自由だからだ。だがここまで人間の動きのようになめらかに動けるのはどれほどの練度であればいいのか。

「まりも、伊隅、あの機動は使えるかしら」

いきなり質問で返され二人は面を食らった。

「使えるかって…もし誰でもあの機動が使えたら相当戦死者が減るでしょうね」

「誰でもと言うことでしたら三割…いや四割は減るでしょう。戦力も桁違いでしょう」

だがさすがは現役の衛士、力量を素早く判断した。
香月博士は考え込んだようすをしている。

「…そう、じゃあ迷う必要はないわね」

香月博士は少し考え込んだ様子を見せたあとそうつぶやいた。
その様子をみた二人はそのようすを不思議に思った。

「なによ夕呼、どうしたって言うのよ」

まだ完全に驚きから抜け切れていないようで香月博士を名前で呼んでいた。

「あの機動を全衛士ができるようにするって話よ」

「「っ!!」」

本日二度目の驚愕。もう驚きは最高潮だ
ふたりは香月博士ののどを締め上げる。

「そそそそんなことが可能なの!?」

「そんなこと熟練の衛士でも困難ですよ!」

香月博士は苦しげにこたえる。

「だっだから落ち着きなさい!!」

二人ははっとしたように我を取り戻し、香月博士を解放した。

「はあ、苦しかったわ…。あいつは新OSの開発者兼テストパイロットよ」

「新OS?しかも開発者とテストパイロットの兼任ですって?」

「そう新OSよ、あの機動を完全に再現するためのね」



「ふう、まあこんなもんか…」

武はこんなもんと言っているが中層まで単機でたどり着くのはそこらの衛士では、そう紅蓮大将のような伝説級の衛士でなければできないのだが。

「お疲れ様、早速新OSの開発に取りかかるわ。あなたにも相当働いてもらうわよ。あと階級は…大尉ぐらいかしら」

「あれ?さっきまりもちゃんと伊隅大尉を呼んでいませんでしたか?見当たらないのですが…」

「まりもと伊隅はもう帰ったわ、しかし「まりもちゃん」とはね」

「すみません、癖でして…なかなか直せなくて困ってるんですけどね」

「この後は自由にするけどどうする?訓練小隊の所にでもいくの?」

「いやまずは純夏に会いに行きます、前の世界ではだいぶ寂しい思いをさせましたから。それから訓練小隊の方にいきます」

「そうじゃあこのパスを渡しておくわ。正規のパスはあとで渡すわ。あとまりもにも連絡しとくわ。」

「ありがとうございます。では失礼します」

武は香月博士に一言礼を言うとシミュレーター室から更衣室にむかった。



更衣室で強化衛士装備から国連軍の服に着替えた武は基地の地下を歩いていた。ここはたとえ爆薬を満載したHSSTの直撃を受けても耐えられるような通路だ。ここらは機密になっており普通の兵士では通ることすらできない。
武はある部屋の前にたどり着いた。
この部屋のセキュリティは最高レベルであり作戦司令室よりも高い。
パスをかざすとプシュゥという音を出して扉がスライドした。
そこには脳みそと脳髄の浮いた薄い青白い液体で満たされたシリンダーと霞がいた。

スタ…

スス…

スタスタ…

ススス…

スタスタスタ…

スススス…

「逃げるんじゃない!」

武が一歩歩けば霞が一歩下がり、武が二歩歩けば霞が二歩下がると言う風に逃げていく。それを見て突っ込んでしまった。

「俺は武だ、純夏に会いに来ただけだ。少し話していいか」

「…どうぞ」

武は返事を聞くと慈愛に満ちた目で見つめながらシリンダーの前に来て手を添える。
武は悲しみ、悔しさ、喜び、様々な思いを持ってその名前をつぶやく。

「純夏…」

つぶやいた瞬間武はすさまじい後悔と悲しみに襲われる。あんなにも自分を思ってくれていたのにも関わらず救うことができなかった…それどころか死の片棒を担いだ…気づいてすらやれず薄気味悪いとさえ思っていた…。
だがなき崩れそうになるがこらえた。
そして言った。

「ありがとう」

どんなになっても自分のことを思ってくれた。どんな姿であっても再び出会えた。そして皆を救うチャンスを与えてくれた。

「次こそは救う、皆救ってやるからな。毎日来てやるから待ってろよ」

武はそう言うとシリンダーに背を向けた。端から見れば数分に満たない短すぎる邂逅だった。だが武はこの数分ですべての思いを込めた。これ以上は蛇足だった。



「どうして…?」

霞は思わず声が漏れてしまった。
霞は武が入ってきた時からシリンダーに泣きついて許しを請うと思っていた。それほど武の心の中には後悔と悲しみが渦巻いていた。
しかし武は泣かなかった、あまつさえ感謝の言葉を言った。
心は読めているが読めない、こんなことは初めてだった。

「どうして泣かないのですか…?」



武は振り返ると少し離れた所に驚きの表情を作る霞を見つけた。

「ん?どうして泣かないのか?確かに俺は純夏に対して何もしてやることができなかった…いや俺が殺したんだ…だからこそ俺がここで泣くのは場違いだ、純夏は今憎しみだけで悲しむことすらできない。純夏を早くここから出して救ってやらないとな。泣くのは後ででもできる、だが今はこんなになってまで待ってくれている純夏を救わないとな」

武はさも当然のことを言うように霞の疑問に答えた。

「そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。俺は白銀武だ。まあ純夏からいろいろ聞いていると思うけど」

武は朗らかな笑顔を浮かべて快活に自己紹介をした。

「……霞、です」

霞は間を置いてうさ耳をピコピコと動かしながらおずおずと答えた。
この姿は見る者すべての保護欲をかき立てるほどの可愛らしい姿だった。
まあ武は今までの世界である程度慣れていたが。

「おお!またしても名前を聞けた!はい握手握手!

武は手をさしのべた。そして半ば強引に霞の手を握る。
霞の手はとてもとても小さく柔らかかった。

「あっ……」

霞は驚いたが嫌な気はせずなされるがままにしている。

「俺はこれでいくけどまたお手玉やあやとりしような、思い出もいっぱい作ろうな」

「思い出…ですか」

「そうだ思い出だ、霞だけのな」

「じゃあな、またな」

「……バイバイ」

「バイバイじゃない、またね、だ」

「またね…ですか」

「そうだまたね、だ」

「…またね」

「そうだまたな」

武は満足したような表情を作り、手を振りながら外に出た。



香月博士は部屋に武を監視していた。
ある程度できる奴だとしてもまだ完全に信用はできない。
生半可な覚悟の奴が重大な情報を知り得ているのはとてもやっかいだ。早めに使い潰すなりしなければ計画にも支障をきたしかねない。
だからこそ鑑純夏の脳の前でどうするか気になった。
これで分かるはずだこいつの覚悟が…。


「ふっ、あはははははは」

香月博士は笑いをこらえることができず、一人だけの自室で笑い出した。
武は脳の入ったシリンダーの前で「ありがとう」と言った。そうだ感謝の言葉を贈ったのだ。
武はループしているとはいえまだ若造だ。てっきりシリンダーのまえにひざまずき謝罪の言葉を繰り返すかと思っていた。
しかしこいつは感謝した、こんな地獄のような世界に連れてきた張本人を。
しかも優しげに慈しむような目をしていた。これから殺してしまう幼馴染みを見て。
このような覚悟を持つためにこいつはどれだけの地獄を見てきたのだろうか。

「あははははははは、いいわ認めてやろうじゃないのその覚悟!」

香月博士は初めて武をパートナーとして認めた。
今までともに歩ける者はいなかった、いかなる犠牲を払ってでも人類を救うという道を。だが画面のこの男は幼馴染みを殺してでも救うと言った。自分の手で人ではないものにしようとしているのに救うと言ってのけた。
こいつのすることは手助けして好きにやらせよう。

「せいぜい頑張りなさいよ、世界を救う英雄さん?」

満足した香月博士はそう言うとパソコンの電源を切り替えシリンダー室に残っていた霞を自室に呼んだ。






[39693] 第四話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/03/23 00:16
武がグラウンドに出るとそこには訓練にいそしむB分隊の面々がいた。
覚悟を気決めたいたものの死に別れもう二度と会うことがかなわないと思っていた仲間との再会に涙がこぼれそうになる。
そして更に皆を救うと誓った。
すると一人の訓練兵、冥夜が駆け寄ってきた。

「もしそこのお方、ここは関係者立ち入り禁止なのですが…」

自分のことを覚えていないことに一抹の悲しさを感じたが説明するために口を開く。

「いや俺は…」

しかしその言葉はこちらに気がついたまりもに遮られた。
先ほどまではなにやら電話をしていたようだ。
途中、夕呼!と言っていたためたぶん香月先生関連だろう。

「御剣!そのお方は新しくこの分隊の教官を担当する白銀大尉だ。すみません大尉、こちらもつい先ほど香月副司令から連絡を受けたばかりでして通達できませんでした。」

先ほどまでの連絡はこれだったんだろう。しかし香月先生の部屋を出てから結構たった筈なのにどうしてこんなに連絡が遅れたのか引っかかったが、香月先生も忙しいからだと結論づけた。
まさか監視されておりパートナーとして認められたとはつゆほどにも考えていなかった。

「小隊集合!」

考えにふけっているときにまりもが小隊に号令をかけた。

「小隊集合しました!」

委員長のこのかけ声も懐かしい。
そしてまりもが説明を始める。

「この白銀大尉は貴様らの新しい教官となるお方だ。しかし大尉は忙しい身であるためいつもいらっしゃるとは限らないそうだ。では榊から自己紹介をしろ」

「いえ、結構ですよ」

榊が口を開こうとしたが口を挟む。

「香月博士から先に資料を渡されていたので目を通した。左から榊、め…御剣、彩峰、珠瀬だな。あと鎧衣は入院中だそうだな。
本来教官が二人つくことはないのだがその背景には貴様らがあるプロジェクトの実験小隊に選ばれたことがある」

このことはまりもちゃんも聞かされていなかったようですこし驚いた様子だ。
勿論皆は当然驚いているのだが。

「なぜこの小隊かというと既存の戦術機の訓練を受けていないもののデータが必要だからだ。
まだ機密であるため詳細を話すことはできない。
しかし実用化されれば衛士の死傷者を半分に減らすことができる」

皆に更に驚きが広まった。
それもそのはず、死傷者の半数が減るなんて夢のような話だ。たとえ全衛士に武御雷が配備されても半数は難しいだろう。
だがまりもはすこし分かったような顔をした。
先ほど香月博士に見せられた戦術機の機動を完全に再現するためのOSの開発のことだと感づいたためだ。

「だがその前に貴様らに総技演に合格してもらはねばならない。
もしも貴様らが不合格になるようならこの開発は大きく遅れをとることになる。
貴様らの方には半分の衛士たちの命がかかっていると思い訓練をより一層励め、以上だ」

武は少しプレッシャーをかけすぎたかとおもうがこいつらなら大丈夫だと思った。
こいつらは人類の命運を背負い桜花作戦に挑んだ奴らだ、これくらいでひるんでしまっては困る。

「大尉はこれよりどうなさいますか。早速訓練に参加なさいますか」

言い終わったのを見計らってまりもちゃんが質問してきた。

「いや今は見物させてもらう。資料には目を通したがどのくらいできるか確認しておきたい。資料と現実は違うからな」

「では訓練を再開します。
小隊!訓練を再開しろ!」

冥夜達は訓練を再開した。
武は一度目、二度目の世界ではこの訓練に参加していたな、と懐かしさを感じながらグラウンドの脇の芝生に座りながら見学をしていた。






[39693] 第五話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/03/23 20:46

「これよりシュミレーターによる対人戦闘訓練のブリーフィングを行う」

夜のシュミレーター室では強化衛士装備に身を包んだA-01の面々がこれから行うシュミレーターによる訓練のブリーフィングを始めていた。
戦乙女の名を冠する日本でもトップクラスの衛士達だ。
しかしその名を知る人間は少ない。なぜなら彼女らはオルタネイティブ計画の直属の部隊だからだ。
オルタネイティブ計画では極秘任務を行う必要に迫られる場合が多いため部隊は秘匿されている。
もしもA-01に入隊していなかったのならば各戦線で名をはせていただろう。

「仮想敵は新任の若造が一人で行うらしい。敵は一人だがこちらは全員で戦闘を行う」

さすがにこの内容には面々も驚いたようだ。1対9なんていじめとしか言いようがない。
集中攻撃されて一瞬で終わるだろう。

「なぜこんなことを行うか不思議だろうがこれは香月副司令の命令だ。「いきがっている若造の鼻っ面をへし折ってちょうだい」だそうだ」

皆香月博士の名前が出ると納得したようだ。
香月博士はよく命令の分からない命令をすることは身にしみて分かっている。

「ただし油断はするな。香月副司令のことだ、裏があるに違いない」

一瞬うんざりしたような顔をしたが気を引き締め直した。

「そいつも伊隅ヴァルキリーズあいてに一人とはなめてるんですかね」

速瀬中尉は怖い笑顔をしながら伊隅大尉に問いかける。

「しかもそいつは自分からこの戦闘訓練に志願したらしい、ここまでなめられてはこちらも黙っている訳にはいかない。全力で伊隅ヴァルキリーズの力を見せつけてやれ!」

伊隅大尉も少しむかついているようだ。
しかし本当のところ武は一切このようなことを言っておらず、すべては香月博士のいたずらなのだが。

「そんな奴一瞬でかたをつけてやりますよ!」

もともと好戦的な速瀬中尉は挑発され早くもやる気十分のようだ。
そしてこんな時にいつもの小悪魔が現れる。

「速瀬中尉はいじめを喜ぶジャ〇アンのような方だと…」

「む~な~か~た~!」

「と築地が言っていました」

「ちげぇです!ちげぇです!いっでません!」

「多恵、また訛りでてるよ…」

今日の犠牲者は築地だった。
築地は天然なところがありよく宗像中尉のターゲットにされてしまう。

「遊びはほどほどにしろ。ではこれよりシュミレーターに搭乗し訓練を始める」

宗像中尉の築地いじりで場が和んだところで伊隅大尉が号令をかける。
築地以外は切り替えたが築地はまだ少し慌てているようだ。
まりもも伊隅もこの天然さを強制しようとしたが遂に直らなかった。これはいまも伊隅大尉の悩みの種の一つである。
しかしそれが築地の危機回避能力につながっていると思い皆見逃している。



「大尉、あいつはふざけているんですかね」

速瀬は訝しげな顔で伊隅に訪ねた。

「わからん、それほど自信があるのかはたまたただの莫迦か。まあ仕留めれば問題ないだろう」

伊隅ヴァルキリーズの目の前に広がる旧市街地の廃墟、その中心の交差点にたつ一機の不知火。
レーダーを見てもただの一機、その不知火も特に自分たちとの機体と違うところはない。
おかしい、一対多数の戦闘において正面からなぞ自殺行為に過ぎない。普通身を隠し奇襲をかけて敵戦力を削るのが常道だろう。
なのに堂々と正面にたつ不知火。
しかしこの圧倒的に有利な状況に関わらずあの不知火からはプレッシャーを感じた。

「速瀬、伊隅ヴァルキリーズのストームバンガードの力を見せつけてやれ!しかし油断はするなよ」

伊隅は不安を振り払い速瀬に命令を出した。

「了解!」

速瀬は突撃砲を構えながらフルスロットルで突撃をする。残りのメンバーもそれに続き前進する。
すると敵は背を向けて後退する。

「まちなさいよぁ!」

それを追う速瀬と伊隅ヴァルキリーズ。追いながらも36mm弾の集中砲火を浴びせる。
しかし待てといって止まる敵は古今東西探してもいないだろう。36mm弾の雨を回避しつつ後退する仮想敵。
ここで速瀬は一つの違和感に気がついた。
いっこうに距離がつまらないのだ。こちらは回避せずに追撃しているがあちらは回避しながら逃げているのに関わらず。
こちらは水平噴射跳躍で平面的に飛んでいるがあちらは回避のため見たこともないような立体的な動きで飛んでいる。勿論こちらの方が距離が短いしスピードも出るはずだ。

仮想敵の目の前にT字路が現れた。
速瀬は噴射を止め機体をわざと失速させて墜とすと着地する着地の瞬間に地面を蹴り機体を急上昇させる、すると速瀬の代わりに地面を滑るように巡航してきた小型誘導弾が追いかける。
後方から撃たれた小型誘導弾群、速瀬もただ追いかけていたのではなくT字路に追い詰めようとしていたのだ。

この時点で全員勝利を確信した。ビルとの衝突を避けて失速させると誘導弾群の餌食だ。もしも奇跡的に回避できても右の通路にも、左の通路にも待ち構えている。
完全に包囲されておりもう王手、チェックメイトだ。

突撃砲を構え様子を見る速瀬の上に突如影が現れる。

「なんですって!?」

そしてそのまま頭部ユニットをつかまれ投げられ訳も分からぬまま地面にたたきつけられた。

速瀬以外の8人はかろうじて見えていた。
仮想敵は小型誘導弾が着弾する前に跳躍ユニットによる噴射でスピードを殺し正面のビルを蹴りバク宙するように回避し、逆さまのまま噴射で加速しながら接近したのだ。
接近すると機体が逆さの状態で速瀬の頭部ユニットを両手で掴み、速瀬機でスピードを落とし着地するとバランスの崩した速瀬機を投げる。
コックピット自体は小破ですみ衛士は助かった。しかし頭部や四肢は真っ赤に染まって表示されている。

「は、速瀬機脚部、腕部、跳躍ユニットの致命的損傷により大破と認定」

「くそ~何が起こったって言うのよ!」

暗くなったシミュレーターの中で速瀬は叫ぶ。しかし答えるものなど誰もいなかった。



誰もが認める伊隅ヴァルキリーズのストームバンガードが一撃でしかも突撃砲も長刀も使わず格闘戦で打ち倒されたのだ。狼狽えるのも無理はないことだった。
いつも冷静に戦闘管制をする涼宮中尉でさえ狼狽えている。

「狼狽えるなヴァルキリーズ!全機一時退いて体勢を立て直す!」

さすが伊隅ヴァルキリーズ隊長、このような状況であっても素組み切り替えて命令を下す。

残り8人。

次に狙われたのは左で待ち構えて居た高原だ。仮想敵はいきなり急上昇しビルを飛び越えて高原機の真上に躍り出る。片手には突撃砲が構えられている。
しかし速瀬の撃墜に気をとられて高原は気づかない。
ロックオン警報が鳴ると同時に直上から36mm弾の雨が降る。その豪雨の中で不知火は崩れ落ちる。
「高原機胸部コックピットに被弾致命的損傷により大破と認定」

残り7人。

高原の後ろに構えていた茜は果敢にも36mm弾を撃ちながら噴射地表面滑走で接近をする。
目の前で為す術もなく高原が墜とされたからだろう。
しかし左肩部などに少しずつ被弾しているがお構いなしに追撃する。
自分に向けられた36ミリ弾が一瞬やみこれが好期とフルスロットルで一気に接近をしようとした瞬間に120ミリ弾ただ一発が吸い込まれるようにコックピットに吸い込まれ真正面から落とされる。
「涼宮機胸部コックピットに被弾、致命的損傷により大破と認定」

残り6人。

残り6機の戦乙女達が36mm弾の弾幕を張るが当たらない。ただ残り弾薬を示す数値が減るだけだ。
晴子や風間が狙撃を織り込むが行動がランダムすぎて当たらない。
右へ避け右へ避け、上に避け下に避け、今までこんな複雑な立体的機動をする機体を見たことがない。しかしもの凄い速さで距離を詰めてくる。
伊隅の脳裏に香月博士に見せられたあの複雑な機動を繰り出す凄腕の戦術機がよぎった。

「全員あの戦術機との接近戦は避けろ!接近戦で勝てる者はこの隊には居ない!敵を既存の戦術機と思うな、今までの機動とはまるで違う!」

もしそうであるならば最悪な状況だ。こちらは速瀬などの前衛を失いあちらは無傷。あちらは弾薬を殆ど温存し無傷。

「了解!」

だがどんな機動であろうと所詮相手は一機、数で押せば勝てないわけでは無いはずだ。

仮想敵を36ミリ弾でビルに縫い付けた。このまま弾幕で動けないようにして包囲すれば勝てる。
しかしもう少しで包囲が完成する時に突然動き始めた。
だが警戒していたヴァルキリーズは早かった。
宗像は狙われたと分かるなり全力で後退。
残り6人による集中砲火、しかも全員の狙いは少しずつずらしている。点を狙って当たらないなら網のように面で狙えばいい。
風間の狙撃が背中の担架ユニットに当たったのが致命的損傷にならない、宗像を撃墜すると同時に仮想敵は消えた。
「仮想敵機背部担架被弾により小破と認定、宗像機被弾により大破と認定」

残り5人。

レーダーに目をこらすが出てこない。
伊隅達は奇襲を警戒し決してばらばらにならない。ばらけた奴から墜とされるのがオチだと分かっている。
少しずつ前進していくとその影はいきなり後ろに現れた。
仮想敵は高層ビルの残骸にヤモリのようにくっついていたのだ。両手両足をビルにさして通り過ぎるのを待っていた。
36mm弾による一面の轟音と爆発がすると一気に風間、晴子、多恵が墜とされていた。
しかしこちらもやられているだけでなく残る麻倉と伊隅が反撃し左腕を奪う。
「仮想敵機左腕部被弾により中破。風間機被弾により大破と認定、柏木機被弾により大破と認定、築地機被弾により大破と認定」

残り2人。

ビルとビルの間に逃げ込んだ仮想敵はどこから来るかと思うと同じ所から現れに麻倉も長刀で撃破。
「麻倉機切断により大破と認定」

残り1人。

これでは栄光ある伊隅ヴァルキリーズがたった一機の戦術機で全滅かと伊隅は焦る。
焦る伊隅のレーダーに反応があった。
今まで奇襲をしていたが堂々と現れた。
そして飛んできたのは突撃砲。弾ではなく突撃砲自体だ。
敵を伺うと敵は長刀を地面に刺し右腕を長刀の柄にのせ立っている。
伊隅はふっと笑う。仮想敵は最後に長刀同士の戦いを望んでいると分かったからだ。
一機相手に中破しか与えられず8人が撃墜された時点でこちらの負けは決まっている。ならば最後は奴に正面から堂々と一矢報いてやる。
伊隅も突撃砲を捨てて長刀を構えながら正面に出る。
敵も地面から長刀を抜き構える。

「伊隅ヴァルキリーズ隊長、伊隅みちる、参る!」

ほぼ同時に噴射地表面滑走をして距離が詰まる。
日本刀は切れ味が特徴だ。しかしもろい。どんな名刀でも数人しか切れない。それは長刀も同様でつばぜり合いでもすれば一瞬で刃がつぶれ使えなくなってしまう。
だから勝負は一瞬。

伊隅は長刀を正面から振り下ろす。
武はそれ斬撃を機体を横にしてよける。
しかしこれは愚かすぎる行為だ。
正面から左に避けたため右手で長刀をふれない。対して伊隅はすぐに切り返せる。
だが敵は避けた後も突進をする。
伊隅は倒れてしまい自動で受け身をとる。
だが伊隅の上に倒れ込む敵の右手にはいつの間にか短刀が握られていた。
「仮想敵機衝撃で跳躍ユニットに損傷中破、戦闘続行可能。伊隅機胸部コックピットに致命的損傷により大破と認定。状況終了」






[39693] 第六話 (14年9月16日更新)
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/09/16 23:01
武は満足できる勝利をえて安心からため息を漏らす。
武の機体は中破、伊隅ヴァルキリーズは全機戦闘不能。
さすがの武といえど久々の対人戦闘で先鋭中の先鋭たる伊隅ヴァルキリーズに対してこれだけの戦果が上げられれば十分だった。
武は一仕事終えた後の満足感に浸りながらシュミレータの外の空気に触れる。すると下には整列しているヴァルキリーズの面々と香月博士の姿を確認した。
なにやら下の雰囲気に不自然な緊張感を感じながらタラップをかつんかつんと金属音を立てながら下りる。
タラップから地面に降り立つと伊隅の声でヴァルキリーズが敬礼をする。だがその敬礼から敬意よりも好奇心の方が表に出ている。伊隅、晴子などは全身を観察される。速瀬、涼宮からは恨めしそうな目で睨まれる。築地、高倉などからは尊敬の念が感じられる。居心地が悪いったらありゃしない。
香月博士はこの状況を楽しむかのようににやにやとこちらを見ている。
伊隅は一歩前に出ると目線を武の目にあわせる。その眼からは武の技術に対しての敬意と予想以上に若かったことへの驚き、あとなにか距離を作ろうとしているような感じが見受けられた。

「白銀大尉、対人戦闘をご教授していただきありがとうございます!」

伊隅から眼を話して香月博士を見ると先よりさらににやにやとしている。武はまた香月博士が何かしらの嫌がらせをしてきていると確信する。

「伊隅大尉、できればそんなかたっくるしい態度をしないでほしいのですが…。俺の方が17歳で年下ですし、階級も同じですし」

伊隅は自分をも打ち倒した実力の持ち主でとてもプライドの高い人物だと予測していたので少し面を食らったようだ。どうせ香月博士から根っからの実力主義で堅っ苦しい奴とでも言われていたのだろう。

「香月博士からの情報は忘れてください。いつものいたずらですから」

武は手振りを加えてやれやれ、としてうんざりとしたような態度をとる。だが顔は笑っていた。
そこに当の香月博士が口をへの字にして口を出す。

「なによ、それじゃあいつもいたずらしているみたいじゃ無い」

「どの口が言うんですか、どの口が」

伊隅は思わず笑ってしまいこんな香月副司令と白銀大尉のやりとりを見て白銀の認識を書き換える。
こいつはおもしろそうな奴だな、という認識にだ。
旗からこのやりとりを見るのも楽しいが本題が何も進まないので伊隅は武の要望を実行する。

「分かった。これでいいだろう?」

武は敬語なしの伊隅の言葉に満足したようだ。笑顔でうなずく。
だがこんなほのぼのとした会話の後ろではその後ろでは今にも爆発しそうな活火山が控えている。しかもこの火山は雲仙普賢岳のような溶岩ドームを形成して大爆発を起こすものだ。武が上官だということもありここまではうまく押さえられていたようだが武が予想以上に下手に出るものだからもう我慢の限界を迎えようとしていた。
そして爆発を起こした。

「伊隅大尉がため口でいいなら私もいいわね!?年下だしいいわよね!?」

今までにらみをきかせていた速瀬がついに感情を決壊させて白銀にまくし立てあげる。口からは溶岩のように言葉があふれ出す。

「いえ、ま、まぁ年下ですけど…」

さっきまでの恩師との再会という感動の雰囲気をぶちこわしにされ武はたじろぎ一歩身を退く。
だがそんな様子はお構いなしに言葉を36ミリのように連射する。
伊隅、まりもは驚きながらもまた病気が発症したとみている。

「あの機動はなんなのよっ!見た目は不知火だったけど中身は新鋭機ですとか言うわけ!?そもそも最初からあんなに堂々として挑発してきて楽しかったの!?どうせこんな簡単な誘いに乗ってこいつ莫迦だ、とでも」

速瀬の中にたまっていた溶岩という鬱憤が濁流のように口から流れ出す。
武やヴァルキリーズの面々はその気迫に押されて呆然と聞くしか無かった
だがその溶岩の濁流は全て流れきることは無くはすぐにせき止められる。

「速瀬!それ以上は侮辱罪だ!上官に対して口を慎め!」

伊隅の言葉で速瀬ははっと意識を戻す。そして自分の過ちに深く後悔する。武は年下といえど上官、冷静さをかいていたとしても上官に対する侮辱。しかも伊隅ヴァルキリーズは比較的階級に関して緩いところがあるが武はヴァルキリーズではない。もし階級にうるさい奴だったらこれからどうなるのか…。

「申し訳ない、速瀬が粗相をした。白銀のすさまじい戦闘を見て我を失っていたんだ、ここは寛大な判断をしてほしい」

大きな声で速瀬を制したが伊隅はそこまで申告に捕らえてはいなかった。
先の話から武がこんなことでとやかく言う人間では無く、しかも初犯なら大目に見てくれるだろうと武の人柄を判断したからだ。

「いやいいんですよ。そんな偉そうにするつもりもありませんし。そんな侮辱罪とか堅苦しいこと言わなくとの大丈夫です。香月博士のように階級はあまり気にしないでください。…速瀬中尉はその方が自然ですし」

伊隅を除く伊隅ヴァルキリーズの面々は胸をなで下ろし、伊隅はやはりと判断が正しかったことを確認し、まりもはまだまだ速瀬は鍛えたり無いかと速瀬の気の早さにうんざりとしている。
なので最後の武の懐かしさを含んだつぶやきを聞き取れた者はいなかった。

「ともかく自分は年下なので敬語とかはいらないですよ。俺もヴァルキリーズの一員になるわけですしそういう堅苦しい上下関係はなしで」

「は?」

武が皆知ってますよね、というような確認のために聞いたことは伊隅達には初耳だった。伊隅は突然のことに素っ頓狂な声を上げる。まあ突然自分たちが全力でかかって一方的に敗北した相手がいきなり仲間になるのだ。今日はなんて驚きがおおいのか。もう一週間ぐらいはなにが起きても驚きはしないだろう。
更にこの場合は隊長はどうなってしまうのか、伊隅ヴァルキリーズの名前はどうすればいいのかと言う様々な疑問が頭の中に飛び交う。

「あれ?香月博士から聞いていませんでしたか?」

武が伊隅の驚きを疑問に思い小首をかしげながら香月博士に視線を向けると香月博士は眼をそらそうともせず悪びれるも無く、

「なにばらしてくれてんのよ。そういうのは作戦当日に突然教えられた方がおもしろいのに」

などとのたうつ。武はその様子にうなだれて少し呆れるような、少し懐かしむような目で見ていた。
だがそんなことはつかの間、武はそんな香月博士から視線を伊隅に戻して真っ直ぐと直立してしっかりと敬礼し宣言する。

「白銀武、これより伊隅ヴァルキリーズに編入します」

「えっと…香月博士?これは」

なにも何も聞かされていなかった伊隅は困惑して視線を右往左往させた後何か事情を知っているであろう香月博士に目をつける。

「まあそういうことよ、白銀はこれから伊隅ヴァルキリーズに入ってもらうわ。ヴァルキリーズに男が入るなんておかしいけどね」

この間伊隅以外の伊隅ヴァルキリーズの面々は口を開いてぽかんとしていた。そしてやっとこさ意識を現実に引きずり戻して武の顔をみる。
武はそんな面々にいたずらが成功したというような顔をする。この香月博士のいたずらの被害者リストに武も入っているのだが。

「私はこれで帰るから後はよろしくね。白銀は明日から本格的に参加させるから」

香月博士は武をおいて白衣を翻しながら手をひらひらと振りながら颯爽と部屋を後にする。しかし武はその顔に嫌らしい笑みがあるのを見逃さなかった。このあとの展開がどうなるのか予測できた武は内心ため息をつく。

「白銀!あの機動は何だったのか答えなさい!」

武の予想通り香月博士が出て行くとすぐにくってかかる速瀬。
さっき武があんなことを言ったのだからもう速瀬を止めるものは無い。

「分かりました!分かりましたから!ぐえっ」

速瀬に襟を締め上げらあれて苦しそうにする上官の筈の武を伊隅達は遠巻きにおもしろいものを観察するように観ていた。



「速瀬中尉!ごり押し過ぎですもっと関節部をなめらかに!それだとすぐにだめにしますよ!」

武の指摘に対して以前の速瀬なら金魚にえさを与えたときのようにくってかかりそうなものだが。

「そんなこと言ったって…!はやすぎんのよ…!」

いまの速瀬にはそんなことをする余裕は無かった。
この訓練の内容は簡単。ヴォールクデータを行い戦闘でBETAを乗り越えていく武の後ろの切り開かれた道を進めというものだった。
XM3を手にしたため部隊の技術はうなぎ登りに向上した。もしXM3を搭載した伊隅ヴァルキリーズとXM3を搭載していない伊隅ヴァルキリーズとが対戦したら損害なしとはいかないものの前者が圧倒できるだろう。もともと突撃前衛で機動力をもっとも重視する速瀬は機動力を上げるXM3の恩恵を最も享受していた。だから訓練が始まる前には武にも今なら勝てるという自信があり武の後塵を拝さねばならないこの訓練に多少なりとも不満があった。
しかし訓練が始まると武と実力が同じだという自信は消し去った。

「伊隅大尉!先行入力を活用してください!このXM3の利点は即応性だけじゃ無いんですよ!」

速瀬の返事を聞かず白銀は画面の奥にいた伊隅の欠点を、めざとく発見して伊隅に対してXM3を用いた機動の指摘する。

「…分かった…!」

伊隅はただついて行くだけでもやっかいだというのに更にほぼ無意識で行っている操作を無理矢理修正せねばならぬから必死だ。XM3を使った機動ともともとの機動では戦術機の動きが大きく違うように操作も大きく違う。戦術機の訓練では操作が体に覚えるまで反復練習を行う。そして体が覚えたことを直すは並大抵の苦労ではない。伊隅は最も戦術機に乗った期間が長いので一応戦術機の速度は速瀬に次ぐがもっとも苦労している。
速瀬、伊隅でさえこの有様なのだから他の隊員の有様は言うまでも無いだろう。

「築地は…落ち着け…」

武は幾人か大破しているのに偶然からか生きのこっている築地に対して指摘をしようと観察したがこれしかいうことができなかった。
築地の機体は左右に大きく揺れ動いて安定していない。他の人間が次々と大破していったのだからテンパるのも分かる。だが戦場ではこんなことは愚の骨頂だ。しかし築地は持ち前の危機管理能力で全部避けているのだから恐ろしい。

「はいぃぃぃぃぃぃぃ!」

武は的確に敵を長刀、突撃砲を用いてなぎ払う。その動きはまるで舞踏のようになめらかだ。しかしこの後ろに付き従うヴァルキリーズはその舞踏に追いついていけていない素人のバレリーナ達のようだ。そしてまた一人、また一人と数を減らしていく。
武はヴァルキリーズ達が通るために道が大きめになるよう多くのBETAを攻撃したために弾薬を多めに消費してしまい単独で挑んだときよりもだいぶ手前で撃墜された。勿論武が舞台から下りるまで付き従うことができたバレリーナはいなかった。

「白銀機コックピット大破、戦闘継続不能。訓練を終了します」

赤い光で包まれたシュミレータに終了を告げる通信が流れ武は極度の緊張から解放される。



武はコックピットから下りるとそこには疲れ切った隊員達が折り重なって倒れていた。かろうじて武の姿を確認した数人が伝言ゲームのように伝え合いやっとこさで立ち上がる。もはや疲労を隠そうともしていない。
さすがに武も心配になりおそるおそる声をかける。

「皆さん大丈夫ですか…?」

「白銀、貴様は大丈夫なのか…?」

やっとこさで立ち上がり立っているが疲労を隠すことができていない伊隅は武がぴんぴんしているので逆に尋ねる。

「まあ疲れましたが…そこまででは…」

頭をかきながらけろりと答える武に皆ぐったりとしてしまう。
そして三人が全員の感想を代弁する。

「貴様…化け物か…」

「あんた宇宙人…?」

「白銀って宇宙人だったんだ…」

統一すると武は人間ではない、という結論にいたる。
この日本でもトップクラスの実力を誇る伊隅ヴァルキリーズであってもこの有様なのだからこの反応もうなずける。武の機体だけが数世代進んでいるものだったと言われても疑いはしないだろう。

「化け物、宇宙人っておれも傷つきますよ…」

人間扱いされていないことに肩を落としてしょんぼりとしている武は笑いを誘い皆が吹き出す。
武のこのような反応の滑稽さに皆が惹かれていくのだろうか。

「誰ですか今笑ったの!?」

笑い声に反応して武は笑った者を探す。しかし皆笑ったのだから犯人は全員なのだからだれも反応する者などいない。全員がそっぽを向く。築地でさえ武の扱い方が分かってきたようだ。

「宗像~、誰か笑った~?」

「いえ、誰も笑っていませんよ。檮子はそんな不届き者を知っているか」

「いえこの部隊にそんな人はいませんよ」

三人が息をそろえて反応する。さすが衛士、ここで衛士に必要となる反応速度と団結力が発揮された。最近は宗像、水月のみならず風間でさえも武いじりに対して楽しみを見いだし始めている。武に救いは無かった。

「いいですよ~どうせ俺は化け物ですよ~」

より本格的にいじけだしてしまった。地面にのの字を書き始めるという奇行に出始めた。
さすがに不憫に思い出した伊隅はやれやれと首を振ってやっと本題を持ち出す。

「ところで白銀、私たちの大まかな改善点は何だと思う」

この質問によって雰囲気はがらりと変わった。ここまで強くなれたと思っていた伊隅ヴァルキリーズの全員だが武の動きに対して全くついて行くことができなかった。完全に武の足手まといになってしまった。悔しいという気持ちはあるがそんなことを考える暇など無い。いつ死ぬかも分からない戦場だ。強くなる努力を怠ってはならない。死ぬ間際に後悔しても遅いから。

「全体的にXM3の練度不足です。まだ既存の動きにとらわれている気がします。今までもっと新しい機能を使ってください。新OSといえど完全に使ってこそ新OSですから」

辛辣にも聞こえる言葉だがこれはうまく言いつくろっても解決策にはならないし自分自身で問題に向き合わなければ解決できないのだ。逆に白銀はこの伊隅ヴァルキリーズに隊員達は対抗心をかき立てる方が早く成長すると判断した。

「だってあんたなんか昼間とかいないじゃない。手本がいないんじゃどうしようも無いじゃない」

速瀬は以前から疑問に思っていたがいつもはぐらかされてしまう疑問をまたする。
武とのXM3の訓練は必ず夜間に限られた。伊隅ヴァルキリーズの面々は昼間も武がいない中XM3の訓練を行うがXM3には武以外に見本になる人物はいないためどうしようもないのだ。

「うぐっ…それは訓練小隊の教官も兼任しているからですから勘弁してください」

速瀬中尉 の 的を射た言葉 に 白銀 は ひるんで 次のターン行動不能!

「え?あんた教官なんてやってんの?なんでそんなめんどくさいことを?」

更に 速瀬中尉 の 追撃 ! 白銀 は 更に 行動不能 !

「えーとですね…。そこはいろいろと事情がありまして」

武は以前から昼間のことを秘密にしていたが遂にぽろりとぼろを出す。もはや武に先の訓練中のような気迫は微塵も無く魚網に囲われて逃げ場を失った魚のようになっていた。だが地獄にも仏はいるものである。

「速瀬、本題から外れてるぞ。白銀、事情があることは分かるが確かにXM3を用いた機動をあまり知らないと言うのは真実だ。どうにかならないか?」

伊隅は個々までは楽しげにしどろもどろになる武を傍観していたがさすがに不憫になったようでやっと助け船をだす。いや傍観と言うより観戦
の間違いだろう。だがさすがに観るに見かねたのだろう。

「えーと…じゃあ俺のヴォールクデータの映像などを見れるようにしておきますのでそれでどうでしょう?」

伊隅の助け船に迷うこと無く飛び移る白銀。

「分かった。どうせ香月博士のことだ、何かしらの理由があるのだろう。これ以上は聞くまい。」

伊隅は話を締めくくる。さすが伊隅ヴァルキリーズの隊長、need to knowをわきまえている。
伊隅は香月博士のことと言ったが実際は白銀の意思だが武は別にわざわざ訂正する必要は無いだろうと判断する。

「では俺はこれであがりますので」

白銀はこれ以上聞かれまいとそそくさと逃げるように部屋を後にした。

みんな白銀がまだ何かを隠しているだろうと思ったがだれもそれ以上を追求するようなことはしなかった。




武は教官だが武自身は他人に何かを教えることは苦手に思っている。しかもまりもというすばらしい教官がいるのに。だから武から教えるのは無駄だと考えている。それでは武には何ができるのかというと。

「ふん!」

「うお!あぶねぇな…」

武の鼻先数センチを模擬刀といえどあたれば無傷ではすまないだろうという速度で通過する。

「これでも当たらぬか…」

「御剣は型に縛られすぎだ、戦闘じゃ敵は何をするかなんて決まってないからもっと臨機応変にしろ、っう!」

武の話の途中だがまたしても模擬刀がかすめる。

「御剣訓練兵?まだ話の途中なのだが?」

「実戦を考えれば奇襲も考えねばならないでしょう」

冥夜はにやりと武に対して笑いかける。
最初冥夜は武が上官であるという理由から手加減をしていた。だが武のプライベートでの朗らかな性格と武の実力から手絵加減を止めていた。いや実力からいうと手加減をする余裕など無くなったというべきか。
武はフェイントや相手の裏を着く攻撃を好む。一方冥夜は型にはまった故に極限までに無駄がない攻撃を行う。
武の本気と冥夜の本気、実力は同等。しかし長期戦になると体力が勝る武の方が有利となる。だが勝利に急げば負けるのは必至。冥夜が現状の打破を狙うも武の策略通りの長期戦に持ち込まれていった。


やはり最後は武に勝利で終わった。
冥夜が疲れから隙を見せたことが敗因だ。

「はぁ…はぁ…さすが白銀大尉…」

地面に腰を下ろして息も絶え絶えになっている冥夜。

「はぁ…さすがに教え子に負けるわけにはいかんだろう」

だがさすがの武も肩で息をしている。
だが武の教え子は五人、一人だけでは終わらない。

「白銀大尉、次は彩峰の相手をお願いします」

「了解です」

冥夜との戦闘が終わったことを見たまりもは一人で基礎訓練をしていた彩峰を呼び寄せる。

「彩峰は模擬ナイフでもいいぞ。そうしないと白銀大尉の相手はつとまらないだろう」

「…了解」

彩峰は少しだけにやりと好戦的な笑顔を浮かべる。
武はその笑顔に対して同じ笑顔で答える。たとえるなら虎と虎のにらみ合いか。
しかし武の脳内では余裕そうな顔とは違いどのように彩峰の裏をかこうかと必死に考えていた。さっきはまだ型を知っていたから戦う前に策を用意することができた。だがしかし彩峰は高い身体能力を用いた自由な動きをする。はて、どうしたものか…。

「白銀…手加減はしないよ」

「だから訓練の時はちゃんと大尉をつけろと…そんなにグラウンドで走りたいか、うおっ!」

武が離している間に彩峰が急速に距離を詰めて模擬ナイフで刺突する。

「ちっ…」

「だからおまえも御剣も人の話を聞と!」

武が回避行動をしながら必死にしゃべる。

「そんな話をしている暇があるの?」

だがそんなのは彩峰にとって関係ないようだ。

「問答無用、俺に負けたらグラウンドで走り込みだ」

「…負けない」

勝負はよりヒートアップして加速していった。



そんなこんなで数十分。両者が常に全力で戦った結果。ぎりぎり武が勝利を手にした。
だがしかし武も冥夜からの二戦目で余裕はない。もはや模擬刀すら手放し仰向けで倒れている。

「白銀大尉、次は榊との訓練を」

「そりはきついですってまりもちゃん…」

疲れ果てた武はつい大尉としての仮面が外れてしまった。これが武の運の尽き。

「まりもちゃん…?」

さあ武は火に油を注いだ。このあとどうなるかは…誰でも分かるだろう。
顔にわかりやすく青筋が立っている。

「榊!それと鎧衣!珠瀬!」

まりもはつぎに訓練予定だった榊のみならず他の二人も呼び寄せる。
だが疲れ果てた武は思考が追いつけていない。

「え?」

「訓練内容は敵の先鋭スパイを捕縛するという状況だ。勿論敵のスパイは白銀大尉がする。」

「ちょっと待ってください!さすがにあの二人の後で三人は…」

「始め!」

たまらずこえをあげるもまりもは無慈悲に訓練開始を宣言する。
鎧衣が模擬ナイフを構えて接近する。さらにその後に榊と珠瀬が模擬刀で斬りかかる。

「白銀大尉かんばってぇ」
「白銀大尉覚悟!」
「白銀大尉当たってください!」

いきなりにもかかわらずこの連携、この三人、ノリノリである。



訓練終了時、生き生きとした四人と疲れ果てて倒れた武。
あの後三人と訓練という名前のいじめをされた後さらに回復した冥夜、彩峰両名の相手をまたすることとなりこうなった。
だが何とか回復させて訓練を締めくくる。

「これで今日の訓練を終了する。明日明朝は強化服を着てシミュレーター室に集合しろ。詳しい内容は白銀大尉から説明がある」

まりもは一歩下がり代わりに武が前に出る。

「本来はシミュレーターを行うのは総技演の後になるのだが現在新OSの開発が急速に進んでいる。早期の実戦導入のためにも早く新兵のデータがほしくなったわけだ。総技演に合格するのも難しい訓練塀を実験台にすることに反対の声もあったが新OSの開発を何よりも優先した。では以上、解散」

武はつらつらと言葉を並べるとそそくさと質問を受け付けず足早に施設内に戻っていく。
残された四人は呆然とすると同時に「合格するのも難しい」という言葉を重く受け止めていた。




武は訓練では一応上官扱いをしろと言っているがそのほかの状況では上官扱いはしないでくれと言っている。なので訓練兵とため口で話しているため武を訓練兵と同期の新兵だと考えている者も少なくは無い。

「おっす、先に食ってるぞ」

シャワーから食事のためPXにきた四人は定位置に座って鯖の味噌煮定食をほおばりながら手を振る武を確認した。
四人は各自好きな定食を持って武のまわりに集まる。そして食事を始めるがいつもより会話が少ない気がした。全員が黙々と食べて定食を半分ほどになったとき辛抱できなくなったようで榊が口を開いた。

「武、質問していい?」

「何だ?」

榊はまじめな顔をして食器を置いて話し始めるが武は我関せずと気づかないふりをしていまだに定食をむさぼっている。
だがお構いなしに榊は話をし始める。

「訓練の最後に言っていた総技演に合格するのも難しい…と言うのは武はどう思っているの?」

話を聞き終わるとようやく武は食器を机の上に下ろして口を拭いて話し始める。

「俺も全くの同意見だ。現状での合格は難しい。」

まりもは合格できる可能性は五分五分といっていた。武の意見は合格はぎりぎりできる、しかし使い物にならないだろうというものだった。

「その理由を聞いていい?」

その返答をきき特に驚いた様子も無い。自分たちでも多少は原因を理解しているからだ。

「こういうのは自分たちで何とかしろ、と言いたいんだが…分かった。おまえら戦場で戦っている兵士の戦う理由で一番多いのを知っているか?」

こうは言っているものの武は事前からどうにかしなければと考えていた。自分自身で解決するのが一番いいものだがこれらの問題はもはや自分たちで解決できないほどに凝り固まってしまった。

「恋人とか大切な人のため…とか」

「国のためか」

前者の答えは榊の、後者の答えは冥夜の答えだ。二人とも性格をよく現した予想通りの答えだ。

「どっちも違うんだ。正解はとなりにいる戦友のためなんだ。確かに大切な人のため、国のため、と言う理由もある。しかし戦場に立つととなりにいる戦友が最も大切になるんだ。そしてその戦友だけはどうしても助けようと思うんだ。」

武がゆっくりと言い聞かせるように話すと話と呼応するようにだんだんとうつむいていってしまう。

「いまのおまえらにそう思える仲間がいるのか」

問いかけるも誰一人顔をあげる者はいない。

「どんな人間でも秘密がある。とくにおまえらのは大きいし隠したいというのは分かる。だけどもそれで戦友といえるのか?秘密があると分かっている人間を戦友だと心から信用できるか?」

「べつにそれで死ぬのもおまえらだけなら何の心配も無い。ああ、でも戦術機はもったいないな。だがもしそれで周りの人間が死んだら?どう責任をとるのか」

「この新OSの開発におまえらを選んだのもこの理由からだ。おまえらの個人能力はとても高い。個人能力なら総技演は合格できる。だからべつに連携がひつようない開発にぴったりなわけだ。」

「ともかく現状ではたとえ総技演を合格するのも危うい、もし合格しても他の衛士のためにも衛士にするわけにはいかない」

武が話を締めくくるもみな黙りこくってうつむくだけだ。
武はあらかた食べ終わった定食をもって去って行く。だれもその後ろ姿に声をかけられる者はいなかった。




武の話の翌日からすぐにXM3を搭載した戦術機の訓練が始まった。
すぐにXM3搭載した戦術機の訓練を始めたためとくに支障も無く進んでいた。元々古いOSでの操縦でならされていたためXM3に慣れるには体に染みついた古い操作技術を換装する必要がありとても最初はとても苦労した。
個人の能力はとても高いためすぐに戦術機を操縦できるようになった。

始まって約二週間、武は単独でのヴォールクデータに挑ませた。武の記録を見せていたため大変士気が高かった。勿論武の記録にはとうていたどり着けるものでは無いが。数回行ううちに若干楽しむようにすらなっていた。

ある日武がヴォールクデータではない訓練をするように命令した。

「今日はまたひと味違った訓練を行う。これより貴様らは小隊を組んでBETAに挑んでもらう。小隊の編成は…やってからのお楽しみだ。」

武は香月博士に似た笑みを浮かべる。まりもはあまり乗り気ではなさそうな顔をしている
武のその笑みに四人はどことなく不安感に襲われ顔を見合わせた。




はっきり言って驚いた。
初めは組む相手は誰でもいいと思っていたがこうなるとは思わなかった。

「どうしたんだ嬢ちゃん?遅れてるぞ」

通信画面に現れたのは小隊長、歴戦の衛士という表現が一番しっくりする。

「いや小隊長が早すぎるのでは無いかと」

次に現れたのは人の良さそうな中年衛士。

「おまえは着いてきてるだろうが」

「自分と小隊長は何年のつきあいだと思ってるのですか」

この私の言葉を理解して話をする二人はAIだ。さすがにこちらの言葉を聞いてから処理するのに数秒時間がかかりたまに聞き返してくるが普通の会話ができる。
そして二人は戦術機を駆っている。私よりも動きがはやい。多少のぎこちなさがあり動きが決まっているようだ。しかし今の私よりも速く匍匐飛行している。
だがこのようなAIがシミュレーターに参加するなんて聞いたことが無い。

「しっかりと着いてこい御剣訓練兵!」

「も、申し訳ありません!」

「もっと先の行動を予測して行動しろ!」

「了解!」

こうやって的確なアドバイスをするのだ。正直とてもためになるアドバイスだ。
もはやただの人間といっても差し支えない。




シミュレータ内で三機の戦術機が整列する。

「嬢ちゃん、今日はこれで仕舞いだ。しっかり休めよ」

小隊長が終わりを告げる。さすがに疲れを見せることはないようだ。

「だから嬢ちゃんってのはやめてくれませぬか?」

「俺にとっちゃ嬢ちゃんは嬢ちゃんだからしゃあないだろ」

冥夜はだいぶこの二人がAIだと言うことを忘れている。
冗句も返してくるしなんら普通の人間と変わりない。

冥夜が充実した気分でシミュレータから出てくると他の三人もちょうど出てきたところだった。
それぞれが充実したような良い表情をしている
それを武とまりもが出迎える

「この訓練はどうだった」

武は笑顔で皆を出迎える。

「すごいも何も…あれは何だったんですか」

榊は現実を捕らえきれずおそるおそる聞く。

「あいつら自身がAIだと自己紹介していただろう?香月博士が訓練用に開発したものだ。本物の衛士に比べて行動がある程度決まっている、発言をするまでタイムラグがある。しかし声は本物の衛士の声を合成し、貴様らの改善点をある程度指摘し、さらにギャグですら対応する。まだ実験段階だが使用できる貴様らは実に幸福だ。」

ともかく全員香月博士はすごい、と言うことが分かった。
武のとなりにいるまりもは少しうんざりしたような顔だ。



AIとのシミュレーターを初めて三日目、もはやAIを戦友として愛着ができはじめた頃、中間試験として対BETA戦闘が行われることになった。
訓練概要は、沿岸部に上陸した光線級を含まない混成BETA群を平野で待ち構える。同時刻に他の沿岸線でも上陸を開始したため支援砲撃、増援も期待できない。よってAIを含めた15機で殲滅しろ、と言う流れだ。
光線級がいないため自由にXM3の三次元立体機動を生かすことができる。

「これで合格すれば衛士になれると言うわけではないが全員気を引き締めていけ!」

「了解!」

皆の顔には自身があふれている。
武の目から見ても全員がこれを切り抜ける力量をもっている。だがその力量を生かすことができるのかと言うことを武は危惧していた。
戦闘は単なる個人成績の結果ではない。
そんな心配をよそに冥夜達はシミュレーターに入っていった。



「BETAが…!BETAが装甲を食い破って!うああああああっ!」

「こっちに来るんじゃねえぇぇぇぇぇぇ!」

「跳躍ユニットがやられて…」

「フレームがゆがんで脱出できない!だれか助け…」

訓練はもはや訓練では無く地獄と化していた。AIたちは次々と悲痛な叫びを残していなくなっていく。孤立したあとも粘っていた冥夜達も力及ばず次々と大破していった。



シミュレーターから撃破されたものから順に下りてくる。その顔には先のような自信は一切無く絶望に染まった顔をして瞳のうつろだ。
まあ無理もないことだ。このAIの声は「実際の衛士の声」を使っている。誰かが死ぬときに遺した生の叫びだ。これだけでも絶望に誘うには十分だがさらに二日の訓練でAIに対して愛着がわいていればなおさらだ。

「今からはまた新しいAIのデータを使って訓練を行う。三日後にまたこの試験を行う。勿論この試験は不合格だ。」

淡々と述べる武の後ろでまりもは少しうつむいて軽く唇をかんでいる。

「では各自シミュレーターに乗り込み訓練をやり直せ。」

各自うつむきながら話をすること無く重い足取りでシュミレーターに乗り込んでいった。




「白銀大尉、なぜこのような訓練を行うのですか」

新しい人格を持ったAI達と連携訓練を行う教え子達を見ていた武に同じくとなりで見ていたまりもが問いかける。
顔がまさに般若の面のようになっている。しかもいつもは白銀と呼ぶのにわざわざ大尉と階級をつけて口調もいかめしい。

「あいつらは五人でいるのが長すぎるんですよ。本来の戦場ではとなりにいる戦友は次々と変わるんです。一人、また一人と。だからこうやってAIを使っていつもと違う人格と戦わせているんです。」

白銀は訓練風景を見ながら淡々と述べる。その顔からはなんの感情も読み取れない。

「なら悲鳴を入れる必要は無いのではないでしょうか」

戦場で数多くの悲鳴を聞いてきたまりもは録音だと分かっていても虫酸が走った。
武は一度うつむいて少し考えるとまりもと正面から向き合う。

「神宮司軍曹、あいつらの欠点はなだと思いますか」

「その質問は私の質問に関係ありますか」

「大いにありますよ」

「…団結力…信頼…協調性だと思います。白銀大尉も資料でご覧になったと思いますがあいつらの出自は大変特殊です。だから各自が相手が極度に立ち入らないように遠ざけていると思います。」

「俺も同じ見解です。まりも軍曹は各自で解決するのが最善だとおもって放置していたのでしょうが自力ではこれ以上の進展は見込めないでしょう。」

これはまりもが考えていたのと同じだった。しかしまりもはその独特な距離感からどうしようもできなかった。

「だからこの訓練です。あいつらの組んでいるAIにはそれぞれ特性があります。榊には意見を聞かず独断専行をしようとするAI、彩峰には型にはまった作戦ばかりを行い柔軟性がないAI、冥夜と鎧衣には口喧嘩をする仲の悪いAI、珠瀬にはAIどうしでがんがん進んでいくAI。しかしこれらのAIはしっかりと説得すればそれぞれの意見に従うようにしてあります。問題はしっかりと話し合うことです。そのための訓練です」

「たしかに訓練の意味は分かりました。しかしまだあそこまでリアルな悲鳴を使う理由をきいていません。」

武はまた少し考えてからその重い口を開く。

「もうあいつらにはショック療法しかないと判断したんです。あいつらには早く強くなってもらは無いと…そのためなら俺はどんな憎まれ役でもします」

武は唇をかみながら決意のこもったその熱い炎が宿った瞳でまりもを見つめる。
正面から見つめ合うこと数分、まりもはやれやれと顔を振る。

「分かったわ…強引な手段だと思うけど早く改善するにはこれしかないのね」

まりもの口調はいつも通りの砕けたものとなった。
その言葉を聞いて武はふう、とため息をする。

「なにため息着いているのよ」

武は肩を下ろして疲れた様子だ。

「いやぁまりもちゃんの顔が鬼のようで…はっ!」

緊張がほぐれてつい本音が漏れてしまうがすぐにへまをしたことに気づく。

「まりもちゃん…?鬼のよう…?」

まりもの目がゆらりと赤い光をともす。そして口からフフフフと地獄にそこから出てきたようの声を出す。

「白銀大尉…あとで一戦どうですか?フフフフフフフ」

うつむいており顔を完全に見ることはできないが不適に笑ってるのが分かる。
赤く光る二つの目がゆらりと揺れる。

「いや、あの」

どうにかまりもをなだめようとするが言葉が見当たらない。

「ど、う、で、す、か?」

まりもの放つオーラは確実に強くまがまがしくなる一方だ。
真っ赤に光る双眸が武を見据える。

「はい…やらせていただきます…」

もういうことを聞くしか選択肢は無かった。




結局その日の訓練には皆集中できずに終わった。この訓練を生かすも殺すも彼女ら次第だ。

武は夕方に今後の訓練などを考えながらグラウンドの脇に座っていた。
するとそこに近づく四人の影。端から見ても目立つ鮮やかな色の服をまとった女性達だ。

「白銀大尉であらせられますか」

その声はりんと透き通っており、一本の信念を感じさせる。だが少しとげを感じる。
武の予想ではもっと後に来ると思っていた女性達だ。
武が振り返るとそこにはこちらを睨むように見ている赤い斯衛服を着た緑色の髪を持つ女性と、その女性の後ろに控えている三人の奇抜は髪の形をした女性達がいた。

「そうです、俺が白銀武です月詠中尉」

武は敬意を払うため月詠中尉の正面に立つ。

「ぶしつけながら一つ質問をしてもよろしいでしょうか。」

この質問はたぶん前の世界のと同じものだろうと予想する。

「はい、なんでも答えるというわけにはいきませんが答えられる限りの範囲で答えましょう。」

「「死人がなぜここにいる?」」

真那の質問に武が予測した質問をかぶせる。
真那は少し面を食らったようだがすぐに体勢を立て直す。

「自分の身の程をわきまえているではないか。では質問を変えよう、貴様は何者だ」

「国連軍のデータベースを改ざんしてここに潜り込んだ目的は何だ!?」

「城内省の管理情報にまで手が回らなかったか?まさか追求されないとでも思ったか!!」

ここまで完璧に前の世界でのことと一致している。
武はこのときのために前々から用意していた言葉を言い始める。

「月詠中尉、幽霊はどうして存在すると思いますか」

「ごまかすつもりか貴様!」

「止めろ巴、その答えは私の質問と関わりがあるのか」

「ある程度」

「…幽霊とはこの世に未練があった人間の魂が未練を果たすために体を失ってもこの世にとどまっている魂だと聞いている。」

「まさに俺はその幽霊ですよ、確かに一度俺は死にました。しかし俺にはやるべきこと、やらなきゃいけないことが残っているんです。ここにいるのはその未練を果たすためです。…冥夜達はその未練そのものだといってもいい存在です」

「まさか貴様冥夜様を利用する腹か!?」

「貴様ぁ!」

「いや、利用なんてとんでもない。ただ冥夜には生き残ってほしいだけですよ」

「質問を変えよう。なぜ総技演を通過していない冥夜様が戦術機のシミュレーターをしておられるのだ。貴様の魂胆か」

「そうです」

「それは冥夜様が前線にでる可能性が高まるということだ。これは貴様の未練に反するのではないのか」

「たとえ話をしましょう。あなたが鳥を飼っていたとします。あなたは鳥が大切だからといって狭い鳥かごに入れて鳥は幸せですか?俺は幸せで無いと思います。冥夜はこの国のため、あの方のために戦いたいと思っています。ならば俺は戦っても生き残れるように訓練をするだけです。たとえ俺が恨まれようとも」

月詠はじっと武の眼を見つめる武の真意を読み取ろうとする。その後ろに控える三人は依然として警戒している。
武の瞳は強い意志と切実な思いをはらんでいる。

「…分かった、この場は退こう。だがもし冥夜様が苦しむようであれば私たちは何かしらの行動に出よう」

一応この場を退く気になったようで身を翻し基地の方へ歩いて行く。だがその後ろの三人は納得していない。

「何をしている。この場は退くぞ」

月詠に促されしぶしぶという様子で月詠の後ろについて行った。
月詠達が基地施設に入っていくと武は誰もいなくなったグラウンドの隅でため息をつく。

「まさか月詠さんと3ばかが階級もお構いなく来るとは…」

月詠さんの階級は中尉、大尉の武よりも階級はひくい。さらにこちらは国連軍であちらは斯衛軍。所属の違う軍の上官にたてつくのは下手すれば問題にもなり得る。
だから武はもっと落ち着いて対応できると思っていたのだがその予想は大きく外れてしまった。月詠さんにとっては冥夜のことが行動の最優先事項なのだからよく考えれば分かっただろうに。

「まあ落ち着いて対応できたしまあいいか」

武は立ち上がり基地施設に帰ろうとする。
がしかしまた呼び止められる。

「白銀大尉」

さきの月詠とはまた違う透き通った女性の声。しかしそのこえは少しこわばっているように聞こえる。
月光のみが頼りの暗闇から出てきたのは冥夜だった。

「冥夜か、今日は遅かったんだな」

いつもならもっと早く来るのに今日は遅かった冥夜に声をかける。

「はい、すこし考え事をしていまして」

武は冥夜の口調になにか違和感を覚える。その違和感の正体にすぐに気づく。

「なんで今日は敬語なんだ」

いつも訓練を行う時は武は上官、冥夜達は訓練兵としての立場を厳格にしているがそのほかのプライベートは敬語はなしで気楽に接するように頼んでいた。最初こそ冥夜、榊あたりは上官に対してそんな態度はとんでもないと言い張っていたが彩峰、鎧衣、珠瀬は順応したためなし崩し的に全員が慣れてしまっている。

「今日の訓練に対して一つ質問があるのですが上官として答えていただきたいので」

武は冥夜の顔をじっと見つめ覚悟を確かめる。
武はため息をつき気持ちを上官に切り替える。

「…どんな質問だ御剣訓練兵」

武が気持ちを上官に切り替えたことを確認して冥夜は口を開く。

「なぜあのような訓練を行ったのですか。今まであのような試験があるとは聞き及んでいませんしあのようなAIが存在することなども聞いたことがありません。」

「前に言ったがおまえらは試験小隊となった。だから別に試験が新しくなってもおかしくないだろう。AIも概念自体はもとから存在するしただそれを試験に導入しただけだ。今までの総技演では生身で行っていたがそれに何の意味がある。座学でやったとは思うが戦術機が大破すればたいていは脱出できないし生身で戦場に出ようものならたいていは死ぬ。ならば試験も戦術機の訓練にした方がいいだろう。だがこれはこの部隊限りのものだ。この部隊生身での技能が十分だと判断したからだ。AIについてだが戦場では必ず部隊で戦う。それに慣れるためだ。…こんなもんでいいか」

冥夜はどうしても納得しきれないような顔をしている。
だがこれ以上どうすればいいのか分からないようだ。

「…じゃあおつかれ」

武はいつも通りの調子に戻ると冥夜の肩をたん、と軽く叩いて帰って行く。
冥夜は顔を向けることができない。

「最後にいっとくぞ。このままじゃ合格なんて夢だぞ。国だって…大切なあのお方すら守れやしない。」

冥夜はハッとして武を見る。武は冥夜に背を向けたままだ。

「元からすぐにあの試験に合格するとは考えてなかった。俺は最初から最低二回は必要だと思っていた。でも戦闘技術は二回じゃ上達しないよな。じゃあな」

武は一度も振り返らずに帰って行く。
冥夜は武の背を見つめながら武の言葉の真意をくみ取ろうとしていた。




「私は煌武院悠陽殿下の妹…だ」

次の日の昼のPXの片隅。いつもの場所に皆が座ろうとしたときに冥夜が話があるといって人の少ない端に集めた。そして怪訝に思う四人に自分の素性を暴露したのだ。皆がひとすら隠し通してきたものを。
皆がその素性とその素性を暴露したことに絶句していると冥夜はまた口を開く。

「別に全員の秘密を話せと強要している訳ではない。だが戦友になりたいのならこれは話さねばならんと思ったのだ。このような素性だが私は私、あの方はあの方。あの方とは私はなんの関係はない。ただそれだけだ」

冥夜はさも当然と理由を述べると食事を取り始める。
他の四人は戸惑いながらも冥夜につられて食事を取り始める。
だがいつものようにおしゃべりをすることはできなかった。




「私は榊首相の一人娘よ」
「私は…彩峰萩閣の娘」
「私の父は国連事務次官の珠瀬です」
「僕の父は海外勤務の商社マンなんだけどこのメンツだと…なんかやってるっぽいね」

冥夜が告白した翌日、打ち合わせた訳ではないのに打ち合わせたように皆が告白しようとしてPXの片隅に集まるとどういう順番にいおうかと一悶着がおきた。結局のところ同時にいってしまえということになってここに至る。鎧衣はついでだ。

「これが私が考えた結果よ。御剣と同じで私は私、父は父。」
「もう…なりふり構ってられない。シミュレーターじゃなくて本物の戦術機に乗るため」
「私も…私です!」
「僕は特に秘密は無いんだけど父に秘密がありそうだね~」




二度目の試験日、全員が前回とは違う何かしらの覚悟があると武は感じていた。そして試験の様子をモニタリングしているとその違いは顕著だった。
前回全員がAIに対してなにか遠慮しているようで意見具申をあまりしていなかった。だが今回は積極的に意見を言っていた。それだけで大きく違うことになる。やはり団結が生み出す力はとてつもない。一つの同じ目的にむかう部隊は完全にBETA群を殲滅した。




五人がシミュレーターから別々に下りてくる。全員が満足感に包まれている。
さすがにはしゃいでるわけではないが端から見ても分かるほどだ。
武もそれを配慮して整列をせかすようなことはしない。いつもより時間をかけてお互いにやりきったことを顔を見合わせて確認しながら集合する。
それを見る武も満足げでまりもは安心しているようだ。だが武は同時に何かを企んでいるようだ。

「これで試験は合格だ…といいたいのだがまだだ」

合格したのだと確信していた五人は一気に表情を凍らせる。
まりもですら聞いていないのか驚いている。
そんな六人の中で一人武だけがにやりと人の悪そうな笑顔をたたえている。

「安心しろ、今の試験は合格だ。明日またここに同じように集合しろ。質問は受け付けない。では解散。」

武はそのまま出て行く。まりももさっさと出て行く武の後に付いていく。
三人は武の言葉に不安感を感じながら取り残されてしまった。誰もがすぐに口を開くことができなかった。




「白銀大尉、この後に試験なんて聞いていないのですが」

これは鈍感な武でも分かる、怒っている。いつか見たように眼のあたりが暗くなってぼんやりと赤く光る眼が強調されている。やっと問題児達が合格してくれたと思ったのだがその気分をぶちこわしにしたのだが当然だろう。

「いやいや大丈夫ですから!もう合格は決まってますから!どうどう!」

たけるはまりをを暴れ牛のように両手で制す。
しかしまりもは武の言葉に引っかかり赤い眼が普通に戻り顔の影が消えて正気に戻る。

「は?合格してる?」

この瞬間が正念場とみた武は言葉を続ける。

「はいこれで試験は合格です。明日はただの俺との戦闘訓練です。しかしこれは教官として最後にあいつらの全力の実力と正面からぶつかりたいという親心からでして。もし合格だと教えると手加減をしてしまうだろうと思ったからです」

まりもは武の言葉に少しは納得したようだ
しかし次は恨みがましい眼で武を睨む。

「しかあしそれならいってくれればいいものの…それなら私も参加したいわね」

まりもは完全にプライベートに話を始めた。武はひとまず安心してため息をつく。

「事前に説明していなかったのは申し訳ないんですがまりもちゃんに参加されるのは…トラウマを作りかねないので」

「なにをいってんのよ。トラウマならもう白銀がAIで作ったじゃない。」

まりもはやれやれと首を振る。
だが武は自信満々に自分の正当性を話す。

「あれはあいつら自身の成長のためですよ。仲間を喪って仲間の大切さを確認するっていう

「それにしてもやり過ぎじゃない?」

やり過ぎだと武自身も感じていたらしくだんだんと声が弱まり自信を失っていく。

「たしかに…ですけど」

そんな武の様子をまりもはほほえみながらみる。そしてゆっくりとした足取りで近づき武の頭に優しく手をのせる。

「まああの子達の問題が解決したから白銀に感謝しないとね」

そのやさしげな表情と手つきは前の世界の先生をしていたまりもと同じだった。
不意打ちに前の世界のことを思い出してしまう武は涙腺が刺激されたのを感じる。だがここはこらえる。

「ははは、ありがとうございます」

まりもはそんな武の思いに気づくことは無かった。




後書き

ずっと後回しにしていて申し訳ありません。今回はA伊隅ヴァルキリーズと訓練小隊の話でした。ここらの話はたくさんの方が書いているためできれば二番煎じにならないようにと思いながら書きました。もし誰かが似た話を書いていたならすみません。なので結構ごり押しする羽目になりました。ていうかここら辺は書きにくいったらありゃしませんでした…なので次は新潟での話の続きを書きたいと思います。ぶっちゃけ早く話を進めたくてしょうがありません。まあHoI2とかTRPGのシナリオ作りが重なっているためまた更新は遅くなると思いますが。

では最後に、このようは拙い文章を読んでいただきありがとうございました。



[39693] 第八話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/03/30 14:04
宇宙戦艦ヤマトがイスカンダルからの旅路を終えてから約数ヶ月。地球ではまるで春につくしが生えるようにビルを建設し、著しい復興を遂げた。あの赤かった大地は青虫に食われる葉のように鉛色の版図を拡大している。
休憩時間に古代と島は係留されているヤマトから最も著しくビル群を形成している東京を見据えていた。

「はぁ~まだイスカンダルから帰ってきてから数ヶ月なのにガミラスに滅ぼされかけていたのは嘘のようだな…ほら赤いだけで何もなかった東京にあんなにビル群が」

古代はため息交じりに独り言をつぶやく。

「人間の一番の力は生命力だからな、本気を出せればどんなところでも楽園にするさ」

島は冷めた目で見る古代とは対照的な子供のように輝いた目で見ている。

「でも最近新聞やらでヤマトの名前が出ることなくなったな…」

古代はたった数ヶ月であの壮絶な戦いが過去のものになっていくのを感じてむなしくなる。

「…しかたがないさ、戦争の英雄は平和な世界では消えていくもんさ…」

島もつられてむなしくなってしまう。
著しい復興によりヤマトは記憶の隅に追いやられていた。さらに連日地球防衛軍ではヤマト並みの戦闘能力を持つ新鋭の宇宙戦艦を竣工させている。一部ではヤマトはもう過去の遺物で不要であるという意見もごく少数だが存在する。

「そういえば古代、帰還してから補充した乗員達の様子はどうだ」

東京を見ながら古代に問いかける。

「あいつらならもう大丈夫だ、確かに今までの連中のようにはいかないが…あとは実戦に耐えられれば…」

古代は手すりにもたれかかりながら遠い目をする。
島は古代の方向に振り向くとにやりと笑う。

「そう言うなよ古代、おまえだって最初に高速空母を撃墜したときは焦って間違えて沖田艦長にしかられたじゃないか」

古代は顔を若干赤くしながら手摺りを握りながら顔を島に向ける。

「それは言わないって約束だろう島!それならおまえだって初めてのワープでは冷や汗をかいていただろう!」

「あれはおまえがプレッシャーをかけるからで…」

古代の手痛い反撃でしどろもどろになる島

「なにを…」

「おまえだって…」

……………

「ぷっ……はははははははっ」

二人ともいがみ合っているうちにこのやりとりが可笑しくて笑ってしまう。
ヤマト艦内は今日も平和である。
ひとしきり笑いおえるとと艦内放送が入る。

「…古代戦闘班長、島航海長、至急第三艦橋に集まってください」

「なにかあったのかな」

古代は突然の呼び出しに心当たりがなく首をかしげて島に訪ねる。

「……あっ!そういや今日は0800から第三艦橋でミーティングじゃないか!」

「そうだ!今日はいつもよりは早いんだった!今何時だ島!」

「えっと……0755だ!」

あと5分、これでは当然5分前集合できないし0800に間に合うかどうかも怪しい。
二人は顔を見合わせる。その額に大粒の冷や汗がたらりと垂れる。

「急ぐぞ古代!」

「当然だ島!」

二人はまるでスターターピストルを鳴らしたように同時に駆け出す。
その速さはメロスにも劣らない速さだった。



「古代、ただいま到着いたしました。はぁはぁっ」

「島、ただいま到着いたしました。はぁはぁっ」

二人は第三艦橋の扉が開くと同時には息を切らしながらなだれ込む。
第三艦橋は薄暗くなっておりその中に人影が数人確認できる。
島が腕時計を確認すると時計は無慈悲にも0804を指している。
メロスは親友の処刑の時刻には間に合ったようだが古代達は間に合わなかったようだ。
雪や徳田機関長、真田さんなどの主要メンバーとともに待たされていた沖田艦長は二人の方向に振り向き口を開く。

「遅いぞ!古代、島」

戦闘の時の雷の落ちるような怒号に比べれば生ぬるいが古代達を萎縮させるには十分だった。

「申し訳ありません艦長」

背筋をぴんと伸ばし口をそろえて謝る二人。

「今回は不問とするが二度はないぞ」

少しあきれたような顔をしながら振り返る。

「はっ!」

二人は返事をすると駆け足でそれぞれの場所に行く。

「全員到着したな。これより今からのヤマトの行動について説明する。先日ヤマトは地球防衛軍指令本部より冥王星までの偵察任務を受けた。この作戦の主任務は先の大戦で散っていった乗組員の補充要員の初のワープ訓練だ。ワープ訓練以外は特に問題なかったため懸念することはないと思う。しかしワープに関して失敗は即時に乗組員の生命に関するため気を抜くな。
ワープ訓練が主任務だとはいえ偵察も疎かにしてはならない。この宇宙は広大でたくさんの生命体が犇めいている。しかしすべての生命体が友好的ではないとガミラスで実感したはずだ。第二、第三のガミラスが現れて侵攻を開始しても可笑しくはないはずだ。我々はいつでも警戒を怠ってはならない。
時間などの詳細は雪君が説明する」

雪は資料を手にしながら前に出て足下に地図を表示し説明し始める。

「はい、では説明いたします。
ヤマトは0900より機関始動、それと艦内のチェックを行います。1000時よりヤマトは月軌道に向けて出航。月軌道に到着し次第、中ワープを行い一気に冥王星まで飛びます。その後一週間をかけて銀河を一周します。一周したら火星までワープをして地球に帰還します。
以上です」

雪は資料を閉じて足下の地図を消し一歩下がる。
沖田艦長は質問する者がいないか一通り見回す。

「質問がないなら解散とする。…では解散しろ」

艦長が第三艦橋から立ち去る。それに続き他のメンバーも扉に向かう。

「いよいよ補充要員達の初めてのワープか」

古代が何気なくつぶやく。

「ああそうだ、しかし気負うことはないぞ島。いつも通りだ。」

真田が古代の言葉をつなげ島に声をかける。

「大丈夫ですよ、もう何度もやってますから」

島ははにかみながら答える。
メンバーたちは雑談をしながら第三艦橋を出て行った。
誰もいない第三艦橋は静寂に包まれた。



発進を控えたヤマトの第一艦橋は計器のなる音に満たされている。
そこに徳川機関長の声が加わる。

「補助エンジン動力接続、スイッチオン、補助エンジン定速回転1600、両舷推力バランス正常」

さらに島の声も加わる。

「微速前進」

「波動エンジン内エネルギー注入」

エネルギー注入の音がささやき始める。

「補助エンジン第二戦速から第三戦速へ」

「波動エンジン、シリンダー閉鎖弁オープン」

「補助エンジン、第四戦速へ」

「波動エンジン内圧力上昇」

ささやきは最高潮になる。

「波動エンジン点火5秒前、5,4,3,2,1,0」

声とともに波動エンジンがうなりを上げる。

「フライホイール、接続点火」

全員が発進の衝撃に身構える。
最後に沖田艦長が叫ぶ。

「ヤマト発進!」

ヤマトの船体は轟音を上げながら速度を急速に上げて離水する。
港の工員などそれを見るもの全員がこれを敬礼しながら見送る。
たとえ復興の波に流されて多くの人が忘れようとも軍関係者は絶対にこの英雄達の功績は忘れない。前線で戦っていたからこそヤマトの功績は忘れることはなかった。



「ヤマト月軌道に乗りました」

離水してから数分、島が声をあげる。
ヤマトの青い海ではなく幾多の宝石のような星々が煌めく星の海を航行していた。

「データ分析準備完了」

ヤマトの波動エンジンの音だけが満ちる艦橋に雪の華やかな声が響く。

「ワープ自動装置セットオン」

雪に続いて沖田艦長が命令する。

「ワープ三分前、全員ベルト着用」

「ワープ三十秒前」

何度経験してもこの時間には皆緊張する。

「二十秒前」

太田や相原は少しそわそわしている様子だ。

「スイッチオン」

ピコンピコンと断続する音の間隔が短くなる。

「ワープ!」

ヤマトはその巨大な船体をワームホールのなかに沈めていく。
しかしいつものワープとは違い、ヤマトが体験した最も初めのワープの時のように乗組員達は急に意識が薄らいでいった。

相原はその成功の裏でワープをする一瞬に通信装置が強力な通信電波をキャッチしたのを見逃していた…。



「古代…なんだあれは…」

その島の問いは答えを求めていない。その顔は呆然としてただただ前を見ている。
しかしその声で気を失って突っ伏していた古代は目覚める。

「うん……なんだ……?」

古代はゆっくりと立ち上がり島の見ているものを見ようと前を見る。

「ただの地球じゃないか…いや地球なのか…?」

古代達が見たものは7割を海がしめた青い地球、だが古代達が知っている地球ではない。

赤くなく土色の荒れ果てたユーラシア大地、地球近くの謎の大型宇宙船群。

あの広大な範囲のビル群も見かけない。他の面々も起き始めと古代達と同様に声を上げたりして狼狽える。

「狼狽えるな!」

狼狽える面々は沖田艦長の一喝でハッとする。そのあとの行動は駆け抜けるように迅速だった。

「雪!ここはどこか把握できるか」

「は、はい、座標軸から見てここは銀河系であり目の前の星は地球で間違いないようです」

手元のレーダーを念入りに確認しながら報告する雪。

「徳川機関長!エンジンに不調はないか」

「波動エンジンに問題はありません」

徳川機関長は手元のパネルを確認しながら報告する。

沖田艦長は報告を聞きうつむき考え込む。

艦橋には静寂が満ち、皆が艦長を見つめ命令を待つ。

「よし、あの星に調査隊をだす。古代、真田工場班長、コスモゼロにて調査に向かえ」

決断した沖田艦長は意思のこもった目で顔を上げる。

「はっ!」

古代と真田が待っていたかのように立ち上がり返事をする。

「ヤマトはここで待機する。その間相原は通信を試みろ」

「はっ!」

相原は命令を聞くと返事もしてすぐに通信機に向かい機器を操作し始める。

もう狼狽えていた時のような雰囲気は一切なく、イスカンダルに向かいガミラスと戦っていた時のようなまるで皆が一体となったような雰囲気となった。



古代と真田が出て行った後、暇となった島が太郎に話しかける。

「この星はいったいなんだろうな」

島は手を頭の後ろで組みながらその星を見つめている

「なんでしょうね、もしかしたら過去の地球かもしれませんよ」

太郎は笑いながら島に言う。

「そんなばかな、さすがの波動エンジンでも時間は超えられないぞ」

島はまじめに太郎に言う。

「いやだな可能性ですよ、可能性」

笑いながら言った太郎の後に黙って聞いていた沖田艦長が口を開く。

「だがワープでは異次元を通るためどんなことでもあり得る。どのような状況でも対応できるように準備をしておけ」

島や太郎達は顔を引き締める。

「了解」

相原は今も通信を試みてはいるのだが返信はまだ来なかった。



香月博士の部屋の電話がけたたましくなる。香月博士は座りながら片手で電話を取るとそのまま耳に当てる

「なにかあったの?」

香月博士の声色は一見するといつも通りのぶっきらぼうなものだがそれはまるで誕生日プレゼントを待っていた子供がプレゼントを見つけたときのようだった。

「香月副司令、副司令の言っていたように謎の通信を受信しました」

電話の主はピアティフだった。

「分かったわ、今すぐいくから」

香月博士はすぐに電話を戻すと立ち上がりと早足で司令部に向かった。

落ちていた書類に束にひっかかったがそんなことには一切気を止めないほど意識はその謎の通信に向けられていた。



「でその通信はどうなった?」

早歩きで司令部に入ってくるなり神妙な顔でピアティフに問いかける。

「あちらからは通信が入っていますが問いかけても返信がありません」

いつも通り淡々と答えるピアティフ。

「発信元は?」

「宇宙からとは分かりますが詳しい座標は分かりません。探知できないということはステルス迷彩を施しているのか距離が遠すぎるのかもしれません」

ピアティフは淡々と可能性をあげるがどの可能性も常識では考えられないものである。
大気圏を突破する物体をレーダーに探知されないようにするにはそれなりの形状と塗料、排気の処理などが必要だ。そもそも宇宙空間はこの横浜基地のような特殊な基地出なければ探知できるレーダーを持っていない。なのでわざわざステルスにしても無駄だ。
今の地球はBETAの戦争で月より外の宇宙には興味がない。そもそも人類が滅亡するかもしれない今地球よりも外に行っても意味がない。違う星に逃げられるほどの大型の移民船団があれば別だが。

このような無謀な予想が立てられるからこそピアティフは香月博士の直属なのかもしれない。いや、ならされたと言うべきか

「通信をスピーカーに出しなさい」

「了解」

香月博士の様子はいつも以上に急いでいるようだった。こんな香月博士はピアティフでも初めて見る様子だった。
この謎の通信の出所なんぞよりこの香月副司令の様子の方が驚きだった。
ピアティフは手元のキーボードを操作する

「……こちら地球防衛軍所属、宇宙戦艦ヤマト、人がいるのなら返信を求む。こちら地球防衛軍……」

しかしこの言葉の繰り返しだ。
しかもこちらから返信をしてもなにも応答はない。

「このまま全回線を開いておいて」

「了解です」

ピアティフはさらにパソコンをたたく。その後ろで香月博士は腕を組んで前を見据えながら何かを待っているようだった。

どうして香月博士が謎の通信があるのか予期できたというと鎧衣課長から報告があったからだ。その報告の内容は世界の研究機関に厳重に保管されていたG元素の一部が消失したからだ。一部とはいえすべての研究所からなくなった量を集めれば大量となる。
これと同じ現象は武が現れるときにも観測されていた。
つまり武と同じように何者かが世界を越えてくると言うことだ。
しかも今度の量は武の時に比べれば約3500000倍、この横浜基地だと武の時は0.01グラム程度だったので35キログラムだ。これで凄乃男を容易に稼働することはできなくなったが約170000トンのものがくると言うことだ。簡単に考えれば大和型戦艦の約三隻分。癪だが違う世界の戦力ならば凄乃男をしのぐ価値があるかもしれない。
だからいつでも異常を観測できるように計器をフル稼働し通信も常時開いていたのだ。
そしてその予想はどんぴしゃ、謎の通信がキャッチされた。あとは横浜基地が最初に接触しうまくこちら側取り込むだけだ。最初に接触できなくてもオルタネイティブ計画の権限で無理矢理取り込むことも可能だができる限り穏便にことが推移したことに越したことはない。

「香月副司令所属不明の航空機がこちらに接近しながら通信を求めています」

このタイミングで現れたのならたぶんそれはあの来訪者の関係者であることは間違いないだろう。

「つなぎなさい」

「了解、こちら国連軍横浜基地、応答せよ」

「…こちら宇宙戦艦ヤマト所属戦闘班長兼艦長代理の古代と工場班長の真田だ」



古代と真田を乗せたコスモゼロは地球で言うなら太平洋のような海の上空から大気圏に侵入した。理由はいきなり地上施設から攻撃されることを恐れたためだ。

「にしても真田さん海ですよね」

古代は下に見える青色と目の前の水平線を見て言う。コスモゼロはマッハ5ぐらいの速さで飛んでいるため詳しくは見ることはできないが。

「ああ海だ、古代よ通信電波を絶やすなよ」

だが真田はそんなことよりも知的生命体の存在の方が気になるらしい。確かに今の状況ではタイムスリップという荒唐無稽な可能性より知的生命体がいるかという方が重要だ。
相手に出方によっては戦闘になるやもしれない。

「分かってますよ」

古代達は日本っぽい島に向けて飛ぶ。コスモゼロの速度はだいたいマッハ5程度で巡航している。
するとようやく誰かから交信が入る。

「…こちら国連軍横浜基地、応答せよ」

古代達は耳を疑う。
国連軍とは地球防衛軍の前身となった世界の軍隊の名だ。古代達の世界では歴史の教科書に載っているような古い組織だ。
やはりここは通信で少し聞こえた太田の過去の地球であるという予測が頭をよぎる。
しかし冷静を装い通信に応える。

「こちら宇宙戦艦ヤマト所属、戦闘班長兼艦長代理の古代と工場班長の真田だ」





後書き
こんにちわ油揚げです。

前回の第八話は急いで書き上げたため修正いたしました。

今回はヤマトの登場編でした。次は新潟防衛戦となります。そしてここでマブラヴ世界での初めての戦闘を経験します。

とても拙い文ですが次回もよろしくお願いします。



[39693] 第九話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/04/13 23:42
「こちら宇宙戦艦ヤマト所属戦闘班長兼艦長代理の古代と工場班長の真田だ。そちらの責任者と話をしたい。そちらへの着陸許可を求む」

たぶん警戒されて着陸するまで時間がかかるだろうなと思いながらもだめもとで要請する。

「…了解、今すぐに着陸の準備をする。これより座標を送るので速度を下げ上空で待機せよ」

しかしあちらの対応があっさりとしすぎていて拍子抜けだった。
地球防衛軍所属とは言ったがあちらが国連軍と言っているならばヤマトのことを知っているとは思えない。しかも地球防衛軍のことを知っているのは古代達が来た時代の地球とイスカンダルとガミラスしか分からないはずだ。
ならばこちらは完全な不明機なのにすんなり着陸許可を出すのは可笑しい。護衛と称して完全武装の戦闘機をつけるほうが自然だ。
座標を送るというのも無警戒すぎる。もちろん古代達はレーダーで大体の位置は分かっていたのだが正確な位置が判明すれば誘導弾や主砲でで攻撃できる。
古代はこの国連軍と名乗る通信相手に対し警戒レベルをあげた。
だがこの何も分かっていない状況を打開するにはあちらの指示に従うのが得策だろう。古代達はいつでもヤマトと通信できるしもしもの時も対応できる。
古代はスロットルレバーをゆっくりと緩めスピードを下げる。それに比例し周りの景色が遅くなる。

通信から数分たったのだが古代のまえの計器に何かを受信した様子はない。

「すまない、受信に失敗したようだ。再度送信を頼む」

「…了解、再度送信する」

古代はただの装置の失敗と考えて再度の座標の送信を要請する。古代が要請をして通信を切ると真田は何かに気がついたようで身を乗り出し古代に提案する。

「古代よ、あちらの装置とこちらの装置がかみ合ってないんじゃないか。ならばいくらやってもだめだ。声による誘導にしろ」

「はい真田さん」

確かにと古代は納得する。無線は昔から殆ど基本的なものは変わっていないため機械が異なっても通信できる。しかし地図の表示などは似たような装置でなければ表示できない。
古代は真田の提案を受け入れ実行する。

「こちら古代やはり受信できないようだ。音声で誘導してくれ」

「………了解、そちらから12時53分の方向に約4260キロ、座標北緯――度――分、東経――度――分の位置だ」

返信までの間隔が少し長かったのはこちらの座標を正確に確認していたためだろう。

「了解、一度回線は閉じる」

通信を切ろうとするが遮られる。

「…こちら了解」

古代は通信を閉じるとまたスロットルレバーを押しスピードを上げる。

「それにしても真田さん、この指示された座標はちょうど横浜を指していますよ。これは偶然でしょうか」

古代は座標を指しながら訝しげに真田に言う。
横浜といえば古代達の地球でも大きな都市だ。しかも昔から基地がある場所だった。

「偶然にしてはできすぎだ、同じような地形であっても栄える場所は大きな理由がない限り異なるはずだ」

いつの時代でも栄える場所はその時代の為政者の思惑で変わる。家康が東京に幕府を作っていなければ首都は京都だったかもしれない。源頼朝が鎌倉に幕府を作らなかったら山に囲まれた鎌倉は発達しなかったかもしれない。

そのまま憶測を言い合いながらも一心に指示された座標に向かう。
水平線上に陸が見えてくるとピピピッと電子音がコックピットに鳴り響く。
通信が入った音なので通信回路を開く。

「こちら古代」

「…こちらの受け入れ用意はできた。そのまま侵入しろ」

これも古代からしたら早すぎる、まるで用意していたようだ。基地には様々な航空機が発着している。それらのスケジュールは決まっているため数十分では用意できないはずだ。
しかし従うしかなく応えるしかなかった。

「了解」

より接近すると着陸のために速度を落としていた古代達は基地の周りの惨状が目に入った。

たぶん元は住宅地で有っただろう廃墟。
それににつかわしくない大型の基地。

「戦争のあと…ですかねこれ…」

「それにしてもおかしい、あの基地は損傷の形跡が少ないから、少なくとも戦時にはなかったはずだ。住宅街があれほど滅茶苦茶になるほどの戦争なら基地がこれほどきれいなのはおかしい。ならばなぜあれほどの基地が建てられるのに住宅地を全く修復していないのか…」

真田はあごに手を当てて考え込んでしまう。こうなったらなかなか戻ってこないだろう。

「はぁ……真田さん、着陸しますから衝撃に気をつけてください」

ため息をつき、たぶん聞いていないだろうと思いながらも一応忠告はしておく。

「……………」

やはり真田は自分の世界に入り込んでしまい忠告に気がついていなかった。
だが古代は横浜基地に着陸を開始する。
古代の操縦技術はブラックタイガー隊の加藤にも匹敵している。なので限りなくやんわりと着陸できた。どれくらいかというと真田が着陸に気がついていないぐらいだ。いや真田が気づいていないのはただ考え込んでいるだからかもしれない。

古代がキャノピーの中から周りを確認すると三人が滑走路の脇に見える。
遠いためよく確認できないが二人はレーザー突撃銃に見えるものをもちヘルメットなどで武装しているようだ。しかしその間に挟まれた白衣をきている人間は武装していないようだ。それ以外の人間を確認することはできない。
少なくともすぐにこちらに危害を加えるつもりはないようだ。
しかし完全に安心してはならない。伏兵がおり降りると同時に攻撃をしてくる可能性がある。

「真田さん!真田さん!戻ってきてください。着陸しましたよ」

古代は真田の肩を揺らしながら言う。

「おっとすまない、考え込んでしまったな。もう着陸したのか?」

真田は本当に着陸に気づいていなかったようで驚いている。

「はぁ…、とにかくコスモガンは用意してください。もしかすると伏兵が待ち構えているかもしれませんから」

古代は腰のコスモガンのホルスターの留め金を外して外を警戒しながら真田に言う。

「分かった」

真田も腰のコスモガンのホリスターの留め金を外し、臨戦態勢をとる。

「ではキャノピーを開けますよ」

古代が外を警戒しながら真田に言うと真田は無言でうなずく。
古代がボタンを押すとキャノピーがゆっくりと口を開ける。



「香月副司令、あの速さだとあの不明機はすぐに到着しますが」

香月博士の様子を伺うようにピアティフが問いかけてくる。
もう香月博士の答えは分かりきっているのだが。

「今すぐ滑走路を開けて受け入れ準備をしなさい」

まあ当然の答えだった。香月博士のいつも通りの難しい命令だ。いや香月博士の権限があれば殆どのことは無条件にできるが。

「了解」

ピアティフはキーボードを叩いたり様々な場所に連絡し、ものの数分で受け入れ準備が完了する。

「受け入れ準備が完了しました」

「なら不明機にそう伝えなさい」

「了解」

ピアティフはキーボードを叩く。
こちらが要請すると不明機はすぐに回線をひらいた。

「…こちら古代」

「こちらの受け入れ用意はできた。そのまま侵入しろ」

「…了解」

「ピアティフはここに残って通信が来ないか警戒していなさい。私は二人ぐらい連れて出迎えるわ」

それだけ言うと足早に出て行こうとする。
しかしピアティフが引き留める。

「待ってください副司令。相手は正体不明です。いきなり副司令が会うのは危険です。様子を見た方がよろしいかと」

「別にいいわ、相手は英雄だからこちらから出迎えないとね。…それにあちらが協力しなければ地球はね…」

香月博士は足を止めて振り向くと口角をつり上げてにやりと笑いながらピアティフに答える。
答えるとまた早歩きで出て行ってしまう。
しかしピアティフには最後に何を呟いたのか聞こえることはなかった。



古代と真田はコスモガンには手をかけてはいないがすぐに銃を引き抜けるようにしながら警戒してキャノピーから飛び降りる。
周りを見回すがやはりあの三人しか見受けられない。伏兵が出てくる気配もない。
古代達は警戒しながら三人のいる方向に歩いて行く。
武装した二人は屈強な兵士だと見て取れた。真ん中の武装していない人は若い女性だった。しかも白衣を着ているため技術畑出身だろう。二人はこの女性を護衛しているのだろうからこの女性は相当な階級だろう。

古代達はこの女性の前に来ると右手の拳を左胸のまえに構えて敬礼をする。
すると三人はなぜか困惑した顔をする。
しかしすぐに護衛らしき二人は慌てて手を額の前に持って行き敬礼する。

「地球防衛軍所属、宇宙戦艦ヤマト所属戦闘班長兼艦長代理の古代であります。」

「同じく工場班長の真田です」

護衛らしき二人はなにか訳が分からないような顔をしていた。
しかし真ん中の女性はポケットに片手を突っ込みながら口を開く。

「私は国連軍横浜基地副司令の香月夕呼よ。ここで話を聞きたいのはやまやまだけどひとまず検査を受けてもらうわよ。あなたたちが工作員という可能性があるからね。銃は今その二人に預けてね」

そう言うと護衛らしき二人を一瞥する。

「………」

銃を預けていいものか古代は黙ってしまった。とりつく島がないくらいこちらを警戒しているかというとそうでもなく、歓迎しているかというと二人の目を見るとそうでもなく。しかしこの女性の言うことを信じるならば副司令直々の出迎えならば歓迎されているのか。でもこちらを工作員かと警戒しているし。
疑問が疑問を呼びどうしたらいいか判断できない。

悩んでいる古代の横で真田は一歩前に出るとホルスターのコスモガンを抜いた。

「了解です。一時的に預けます」

真田はそう言って二人にコスモガンを差し出す。真田が差し出すのを見て古代も慌ててコスモガンをホルスターから抜き二人に差し出す。
差し出すのを確認すると女性は満足したような顔をする。

「じゃあその二人についていき検査を受けなさい。話はそれから聞くわ」

「了解です」

古代達の返答を聞くとコスモガンを持っている二人の方を向く。

「二人、その銃は私が預かるから渡しなさい」

香月と言う女性は二人からコスモガンを受け取ると銃をしげしげと見る。
コスモガンを一通り見ると満足したように白衣のポケットに入れる。すると女性は白衣を翻し建物の方向に立ち去っていった。
その後ろ姿はまさしく女史というものにふさわしかった。

「では俺たちに付いてこい」

二人の男は親指を立て自分の後ろの建物を指し、振り返り歩き始める。
その後ろを古代達は警戒しながら追随する。
護衛らしき二人はこちらに背を向けてはいるが銃を両手に持ち警戒をしているようだった
古代は真田に向かい二人に男に聞こえないぐらいの小さな声で非難するように話しかける。

「真田さんどうしてあんな簡単にコスモガンを渡したんですか!?」

「もしあのとき渡していなかったならより警戒されていただろう。幸い俺たちはまだ敵と見なされたわけではないようだから警戒されないようにしてできる限り情報収集をするんだ」

真田の正論に古代は押し黙ってしまう。

「そう心配するな古代、もしもの時はこれがある」

そう言うと自分の両手を出す。一見すると生身の腕と変わりない義手が古代にイスカンダルへの道のりで戦った自動要塞惑星でのことを思い出させる。
真田の両手両足は幼いときに起こったジェットコースターの事故で義手義足になってしまっていた。真田はこの事故で最愛の姉を喪い心に大きな闇を落としていた。そこからだった。真田が科学の存在意義を探すため科学者を志したのは。
自動要塞惑星ではその両手両足の義手義足により撃破できた。義手義足には高性能の遠隔操作用の爆薬が内蔵してある。その性能は自動要塞惑星を一瞬で木っ端微塵にするほどだ。
これがあればもしもの時はこの基地ぐらいは爆破できるだろう、無事生き残れる保証はないが。
古代はいつもの戦闘の時のように覚悟を決め、顔を引き締める。これは紛れもない戦闘だ。主砲は言葉、ミサイルは表情だ。失敗すれば死もあり得る。



古代はヘルメットを抱えて軽く猫背になりながら疲れを隠そうともせず検査をしているときに常時監視していた兵士から伝言で指示された部屋への廊下を歩く。そんな古代に対して真田はいつも通り背筋が伸びており全く疲れを見せない。

「真田さん、よくあの検査で疲れませんね…」

声にもいつものような覇気と気合いがこもっていない。
戦闘に臨む覚悟をもって交渉をしようと入ったがそこから数時間にわたる検査を受けさせられたからだ。しかもここは敵地かもしれないためずっと警戒を怠らなかった。やっと監視がなくなったため疲れがどっと現れてしまったのだろう。監視カメラの目はいつもこちらを見つめているだろうが。

「気を抜くな…と言いたいがまあこのぐらいは当然だろう。俺もさすがに疲れた」

「疲れてるんですね…」

古代から見ると真田は全く疲れているようには見えなかった。
しかし注意深く観察するといつもに比べて足取りが重いようにも見えなくもない。

鉄でできたシェルターのようにも見える地下通路をあるく。
かつんかつんと言う二人の足音と話し声以外だけしか聞こえない。
兵士がいないのは検査で完璧に凶器がないと確信したからだろう。だがそれは完璧ではない。真田の義手義足は完全にばれていなかった。見ようが触ろうがX線で調べようが分かるはずがない。それほどに真田の義手義足は精巧で偽装も完全にされている。
これでこちらには真田の爆弾という切り札が残ったわけだ。こちらに敵対するようならばこれで脅迫すればいい。それでもだめなら爆破して逃げる。そうなればこちらも命の保証はできないが。
それと義手義足がばれていないと言うことはそこまでこの世界の科学技術が進んでいないと言うことだ。さすがに元の世界だと隠しおおせるものではない。
逆に分かっているのにそれを隠している可能性はなきにしもあらずだがわざわざ中心地に行く武器を持った者を見過ごす利点はない。

ともかく古代達は指示された部屋の前に来た。扉の前に立つとすぐにカシュッと言う音をたてて扉が勢いよくスライドする。

「古代進、入ります」

「真田志郎入ります」

香月副司令の部屋はこの基地の副司令の部屋かと疑うほど汚かった。部屋のあちこちに乱雑に書類がビル群を形成している。机の上もプリントの畑かと思うぐらいだ。
あとたぶん成人していないだろう高校生くらいの青年が奥に控えている。レーザー自動突撃銃のようなのもを両手に持っているため副司令の護衛だろうと推測できる。
この部屋は士官の部屋と言うより学者、研究者の部屋に近い。真田の名誉のために言うが真田の部屋はこんなに汚くはない。

古代と真田がこの部屋の有様に面を食らっていると奥の椅子に座っていた香月副司令は机に右手をかけて立ち上がる。そしてぶっきらぼうに言う。

「入りなさい」

「失礼します」

部屋に足を進めると後ろの自動ドアはすぐにしまった。これでこの部屋は密室となり退路はない。
古代達が部屋の中心まで足を進めると香月博士がぶっきらぼうに言い放つ。

「ひとまずここに来た目的を話してもらいましょうか」

古代達は相手の様子を見るためにも正直に話すと決めていた。ヤマトが構えているのは伏せておくが。

「我々がここに来た目的は状況確認のためです」

香月博士はあごに手を当てて眉をひそめる。

「状況確認?」

ここで古代達の頭にずっとよぎっていた一つの荒唐無稽な仮定を確かめるためにも真田が口を開いた。

「はい、つかぬ事を聞きますが今は何年の何月ですか」

すると机の上にあった机上カレンダーをこちらに向ける。

「2001年の11月10日よ」

その一言が示す意味は古代達にとってとても大きな意味をはらんでいた。古代達の荒唐無稽な仮定は真実だったと言うことだ。コスモゼロに表示していた日付は確かに2200年の12月だったからこちらが間違えている可能性はない。

「これが何だって言うのよ」

古代達はこの事実を伝えようかと考え込んでしまう。たぶんこれを話しても信じてもらえないだろう。実際に体験した古代達も未だ半信半疑なのだから。しかしそれ以外に説明しようがない。
古代は疑われることを覚悟する。

「…荒唐無稽な話とは思いますが我々は未来から来ました」

香月博士は未来から来たといったにも関わらず平然としていた。
しかし数秒たつとため息をつきこちらをキッと睨む。

「そんな夢のような話を信じるならあなたたちが工作員であるという方が信憑性があるわね」

香月博士はそう言うと後ろに立っていた青年に目配せをする。すると青年は銃を両手に構えてこちらに照準を定める。香月博士自身も机の上にあったハンドガンの片手で構える。香月博士は両手で構えていないし少し震えていることから素人だと古代でも分かった。しかし後ろの青年は構え方から正規の軍人だろう。

「本当の目的を話しなさい」

空気が一気に緊迫した。古代はとっさに腰のホルスターのコスモガンに手をかけようとするがその手は宙を切る。唯一の武器であるコスモガンは没収され、ヤマトとの通信手段であるヘルメットもつけていないためヤマトとすぐに連絡は取れない。そもそも救援を呼んでも間に合わないが。
古代がどう対処するか戸惑ってしまうが真田は平然として淡々と答える。

「本当の目的と言われましてももう言ったはずです。あと工作員が来る可能性があると言うことは、ここは平和ではないと言うことですね。まあそとの廃墟で分かっていましたが。しかしこの基地に大きな損害見られなかったし修復の後も見られないが建てられていてからある程度時間がたっている。つまり工作員は長らく来ていなくて最近理由ができたか、工作員の目的は基地の破壊工作のためではなく情報の奪取、要人の誘拐殺害などと言うことですね」

真田の口上に感心したような顔をする。

「分かってるじゃない」

「しかし我々を考えてみてください。情報の奪取、要人の確保ならこんな堂々と来るでしょうか。しかも破壊活動なら武器を取られた我々に何ができると?しかも爆薬も持たず銃しかない。要人を殺すのならもう出会い頭にあなたを殺しておくはずだ」

「でもそれであの法螺話を信じる理由にはならないのだけど」

「それならあの戦闘機と我々の持ち物を解析すれば分かることです。ざっと見るとあなた方の技術より格段に進んでいるはずです。しかもこちらを本当に工作員だと疑っているのなら最初から姿を見せないはずですよ、こちらが航空機で来ると分かっていたでしょうから戦闘機を発進させて監視するのが普通です」

部屋に数十秒の静寂が訪れる。しかし糸が張り詰めたように緊迫していることに変わりない。
真田と香月博士はともににらみ合っている。古代は後ろの青年を警戒している。

にらみ合っていると観念したように香月博士が銃を下ろして口を開く。

「……はあ、こちらが交渉で優位に立ちたかったんだけどね」

銃を机の上に置きやれやれ、と言うように両手を挙げる。
それに呼応して後ろの青年も苦笑しながら銃を下ろす。

「香月先生、相手の方が上手だったみたいですね」

「うるさいわねっ」

古代と真田はあっけにとられていた。先ほどの緊迫した雰囲気はどこえやら。ふたりとも銃を下ろしていたずらに失敗した子供のような表情で話し出したからだ。さっきまで神妙な顔をして銃を構えていたとは思えない。

「悪いわね、あなたたちの話は理解できるの、ここに実証した人間がいるしね。しかもそれを証明する理論もあるしね」

そう言うと後ろの青年を親指で指す。後ろの青年はなにか照れくさそうにしている。
しかし古代達は困惑から抜け出せない。

「えっとどういうことですか…?」

あの真田でさえ困惑している。こんな顔を見る機会は滅多にないだろう。

「こいつは違う世界から来たのよ。しかもそこから二度時間をさかのぼっているのよ。それなら未来から来てもおかしくなんかないのよ」

「つまり我々が元に戻る手段が分かっていると?」

真田は最も知りたい情報を聞く、すると期待通りの返事が返ってきた。

「そうよ、だからこちらは元に戻る手段を提供する。そしてあなた達は私たちの要求をうける。これでどう?」

これで元の世界に変える方法がすんなり聞ければ万々歳だ。しかしただ利用するだけ利用して捨てると言うこともあり得る。こちらには戸籍も何もないため殺したとしても簡単に隠蔽できる。

「…要求の内容は」

「こちらの指揮下に入って人類を救うのよ」

「すみませんが何が何だか……まず現状の説明を頼みたいのですが」

「そうね、じゃあこのスクリーンを見なさい、これで説明するわ」

そう言うとリモコンを操作すると壁の上から白いスクリーンが下りてくる。次はパソコンを操作すると机の上に不自然に置かれていた投射機が動き出しスクリーンにパソコンの画面を映し出した。

「なんか随分と準備がいいですね」

「分かってたもの」

「分かっていた…?」

「質問はこの映像を見てからにしてちょうだい」

古代達は香月博士の返答に疑問を覚えたがひとまずこの世界の現状の説明を黙って聞くことにした。




「どうだった今の現状は?」

「…すこし前の地球と同じ状況ですね。地球外生命体の攻撃を受け人類はあと少しの所まで追い詰められている」

「しかし我々が知っている歴史と大きく異なりますね。我々の歴史ではこの時代に地球外生命体が来たという出来事はなかったと記憶しています。人類が地球外からの生命体と初めて接触したのはほんの一年ほど前です。地球外生命体と言っても皮膚の色素以外に地球人と変わったところはありませんでしたし。しかも社会体制も変わっていて帝国制は第二次世界大戦直後には廃止されてその後はずっと首相制です」

真田の説明を興味深そうに聞いていた香月博士は一通り聞くと口を開く。

「そっちの世界でも地球外生命体と戦争をしていたって訳?まあそれは後で聞くとして、あなたたちは時間だけでなく世界も越えてきたってことね。白銀も時間と世界を越えているからなにもおかしなことはないわね。それで質問は順次受けるわよ」

香月博士は質問をしろと言うが古代は未知の世界の情報を効き過ぎたせいで聞き過ぎて口を開くことができない。真田も戸惑いでいきなり質問することができない。

「突然すぎてすぐに質問できないんですが…?」

「質問しないと何も始まらないわよ?」

真田は質問するべき事柄の中から今最も知りたい元の世界に戻る方法に関する事柄を聞くことにした。

「ひとまず我々は全世界の人々によって呼び出されて戻るためには人類を救わなくてはならない…ということですか」

真田の聞く言葉は半信半疑だ、理論的な行動をする真田にとっては願望によって世界を越えるなんて到底信じられる話ではなかった。

「そうねあなたたちは世界の世界の人々により呼び出されたはずよ。この白銀は三度世界を越えていると言ったわね、一度目は鑑純夏の願いのため、二度目の同様。その時には必ずG元素の消失が確認されているわ。しかしその消失は横浜基地周辺で起きている。しかし今回は鑑純夏に世界を越えて呼び寄せるほどの意思はないはずよ。
でも救世主を欲しているのは鑑純夏だけだと思う?救世主を欲しているのは全世界の人間よ。そこで全人類、もとい世界は救世主を近くから探すわ。白銀はちょうど世界を越えて戻るところでどの世界ともつながりが薄かった。だからこそ選ばれた。しかし一度目は失敗し、二度目も甲21号目標とオリジナルハイブしか落とせなかった頼りない英雄よ」

これでさっき香月博士が分かっていたと話した理由が古代達にも分かっただろう。

「頼りないって…」

話を聞き終わると白銀という青年が苦笑した。

「うるさいわね。つまりこの世界はもっと他の救世主を探した結果あんた達が選ばれたってことよ。今あなたたちをここに引き留めているものは全人類の救世主を欲する気持ち、つまり恐怖よ。だからこの世界を救い全人類の恐怖心が薄れれば引き留める力が弱まり元の世界に戻れるはずよ。だけどここに引き留められるってことは世界とのつながりが薄かったってことなんだけどね、この世界のつながりっていうのは認知度ってのも含まれるわ」

あの青年はすこししょんぼりとしたようで後ろに下がってしまった。

「それなら分かります。我々はワープ航法を行っていました」

「ワープ航法?」

香月博士は頭に疑問符を浮かべる。

「このワープ航法は艦の前に人工的にワームホールを作り光速すらも越えた速さで航行する方法です。つまりこのワームホールを通過する際に異世界につながります。と言うことは世界とのつながりが薄れると言うことでしょう。しかも復興の流れで我々忘れ去られました…」

「人工的にワームホールを…?そんなワームホールは一瞬で消えてしまうしそんな大質量は通過できないはずだし…。しかも人為的に出口を指定するなんて…。ワームホールを一定時間、かつ一隻の宇宙船が通れるほどのサイズのもので、さらに出口を指定する…」

香月博士は考え込んで自分の世界に完全に入り込んでしまった。しかし質問しなければ何も始まらないので真田は質問を続ける。

「香月副司令?BETAとやらですがその物量はどこからでてきているのですか?まさか土からできているなんていいませんよね」

自分の世界に入り込んでいた香月博士はハッとして質問に答える。

「えっと…そうね、それはないわね、BETAについて分かっていることは炭素生命体であること、八種類存在すること、人類を生命体として認知していないことなどよ。さすがに無機物から有機物はできないでしょう。でもBETAをつくるのにはG元素が必要だと分かっているわ。種類によって必要量がかわるようで光線級が一番消費するため一番個体数が少ないと考えられてるわ」

「そのG元素というのは?」

「BETA由来の元素の総称よ。グレイ博士が発見したためG元素ね。生成方法もどこから持ってくるかも分からないわ」

古代達の大まかな質問は終わった。

「そろそろあなたたちの世界とあなたたち自身について説明してもらえるかしら?」

「そうですね、じゃあガミラスとの戦いの発端から」




「惑星を股にかける帝国を敵に回して単艦で殲滅するなんて、まさしく英雄ね。敵さんからしたら悪夢そのものだけどね」

香月博士の顔は呆れたような、感心したような顔もしていた。

「こちらも地球の存亡がかかっていたんですよ、ガミラスもそうだったんですが」

古代の気持ちは沈んでいた。たくさんの人々の命を奪った完全な悪だと思っていたガミラスも自分たちと同じように存亡を賭けて戦っていたんだと思い出したからだ。もっと早ければ話をできたかもしれなかったけれども何もかもが遅すぎた。気づいた時にはもうすべて終わった後だった。

「敵からはともかくあなたたちは完全な英雄よ、その英雄がちょうど世界の狭間にいて、さらに世界の関心が薄れつつあった…、こんな格好の存在がいたのなら呼ばれるのも当然ね」

「英雄なんて…」

このあとに古代は否定したかったのだろう、ガミラスからすればただの虐殺だったからだ。

「そういえばあなた、えっと古代ね。あなたは艦長代理と言ったわね、つまり正規の艦長がいるということかしら」

「はい、そうですが」

「ならその艦長と会談させてくれるかしら?そちらにも今後のことがあるでしょう」

「…分かりました。じつはヤマトは地球の近くで待機しています。呼べば直ぐに来るでしょう」

「なら呼びましょう、でも少し少し待ちなさい、こちらにも準備があるのよ」

「了解です」

「…ピアティフ?今すぐに太平洋全域のレーダー網をハッキングしなさい…そうよ全域…私の権限で基地の設備と人員のすべてを使いなさい…三十分以内にね…。ひとまず私に付いてきなさい。白銀、あなたもよ」

香月博士はなにかパソコンで指示すると扉に向かう。慌ててあの青年もついて行く。
古代達は顔を見合わせ香月博士達の後ろについて行く。





後書き

どうも油揚げです。春休みで一度あげたかったのですがなにせ執筆速度が遅いためこんなに遅れてしまいました…。もっと早くかけるようになり

たいと日々思っています。今ほしいものは新しいパソコンと打つ速度です。

前回、この話で新潟戦まで書きたかったのですがたどり着けませんでした…。とても申し訳なく思っています。反省点ばかりですね。

次の話ではヤマトを横浜沖に着水させて会談、その後新潟戦に参加という流れにしたいと思っています。

今後もご指導ご鞭撻よろしくお願いします。



[39693] 第十話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/05/11 23:28
「香月博士、我々はどこに向かっているのですか?」

副司令の部屋を出てから少し歩いたが延々と続く無機質な廊下にはよく声が響いた。

「この基地の中央司令室よ」

古代の声よりも香月博士の高い声の方が良く響き古代の声の残響を打ち消した。

「なぜ我々をそこに連れて行くのですか、少なくとても今さっき出会ったばかりの部外者を連れて行ってもいい場所とは思えないのですが」

だが疑問が包まれた古代はその声に聞き惚れることはなかった。

「いいのよ、私はこの基地の副司令よ?この基地でできないことは殆どないわよ」

「それって職権乱用では…?」

あっけらかんに職権乱用をする基地副司令に古代と真田は呆れ気味だ。

「そんなことはないわよ、そんな些細なことはおいておきなさい。そんなことよりどうして司令部に行くのか理由を聞きたいんじゃないわけ?」

その香月博士の問いでハッとして本来の目的を思い出す。
ただ雑談を始めるために話しかけたのではなくもっと聞きたいことが二人にはあった。
真田は気を取り直して質問をする。

「はい、我々をこの基地の中心部に連れて行く理由をお聞きしたい」

古代達は未だにこの基地にとって不審者以外の何者ではない。
不審者でなくとも関係者以外がこんなにも簡単に司令部には人が立ち入ることはない。

「確かめたいことがあるからよ、それとこの場所が一番手っ取り早いのよ」

香月博士は足を止めずに片手間に質問に答える。

「手っ取り早い?」

香月博士は質問に答えているが二人に顔を向けずに歩き続ける。
香月博士の最優先事項は今司令部にあるようだ。

「そうあなたたちからの通信を受ける少し前から謎の通信をキャッチしているのよ、その通信の出所はあなたたちにも見当が付くわね。しかも地球防衛軍所属宇宙戦艦ヤマトと言ってるわ」

ヤマトの名前を聞き二人は納得したようなうなずく。

「ヤマトでしょうね、ではもうヤマトと交信をしているのですか」

香月博士との話し合いから未だにヤマトと接触をいていないと考えていたため意外そうな顔をする。

「いいえ、あちらの通信は届くのにこちらから通信しても何も返信が来ないのよ。そのヤマトって奴はどこに待機しているわけ」

真田の意外そうな顔が納得した顔に変わった。古代は未だに不思議そうな顔をしている。これが戦闘担当と技術畑の人間との違いだろう。
古代は戦闘担当、しかも基本的にはヤマト自体の戦闘を司る。ヤマトの搭載兵器関連の装置ならいざ知らずヤマトの通信関連は相原の担当だ。
真田はヤマトの技術関連の殆どを司る。逆にこの程度の問題を分からなければ問題だろう。

「金星あたりでで待機しています」

副司令はうなずきはしたが表情は変わらない。この程度の些事には関心ないようだ

「それじゃあ届くわけないわね。でもあなた達はどうやって通信するわけ?この機材をすべて稼働させても金星となんてつうしんできないわよ。あの戦闘機にはそんな高度な通信機器が搭載されているの」

香月博士は淡々と前を向いたまま質問をする。

「いや、このヘルメットで通信できるのですが」

古代は自分が持っているヘルメットに目を向けた。たしかに一見するとただのヘルメットだが科学技術の粋を結集したヘルメットだ。宇宙空間で短時間ではあるが活動できるような機密性、耐熱性、耐寒性、酸素ボンベ通信装置を備えている。この通信装置は元々広大な宇宙空間で使用する為のものであるので通信範囲は広大だ。

「そんな戦隊ヒーローのコスプレ衣装のようなヘルメットで月金星と通信!?未来の技術とは恐ろしいわね…分解したいわ」

香月博士は立ち止まって振り向く。古代はコスプレ衣装見たいという香月博士の評価に最初からそのように見られていたのかと心外に思う。
しかしその後に呟いたマッドサイエンティスト特有の好奇心に駆られた危険な雰囲気をまとった言葉を聞き逃すことはできなかった。

「コスプレ衣装って…正式な戦闘服なのですが…。ていうか分解したいって分解したら通信できないのですが…」

古代は戸惑いながらも至極まっとうな正論を呟く。

「そうね…今はやめておいておきましょう」

香月博士は怪しい言葉を呟くとまた歩き始める。
しかし「今は」という言葉は古代の恐怖心を駆り立てていった。

「今も後でもやめておいてほしいのですが…」

古代のその言葉に香月博士は答えなかった。やはり後で分解をすると言うことなのか…。

「ほら着いたわよ」

四人は一つの部屋に入っていった。

「ピアティフ、様子はどうかしら」

中央司令室に入ると直ぐにピアティフに問いかけた。

「あと二十分ほどで掌握できます。しかし隠蔽しなければならないとなると偽装できるのは三十分が限界かと」

ピアティフは淡々と質問に答えるが視線は画面に固定され両手の指もせわしなく動いていた。

「どう?ヤマトは二十分で発進準備をして三十分で月の裏側からここまでこれるかしら」

香月博士は中央のモニターから視線を動かさずに古代達に問いかける。画面には太平洋周辺、各地のレーダー施設が表示されている。端には人工衛星らしきものが表示させている。

「ヤマトにとってはそのぐらいの時間があればおつりが出るでしょう」

最高速度で光速すらも越え巡航速度でさえ光速の99パーセントの速度を出せるヤマトにとって二十分は多すぎる、おつりが出るほどだ。

「そう、じゃあ今すぐ通信してちょうだい、座標は通信で送れないから口頭で伝えるしかないわね」

「了解です」



「…こちら古代、ヤマト応答せよ」

「沖田艦長、古代さん、真田さんから通信です」

「通信をスピーカーにだせ」

「了解」

「沖田だ、そちらの状況はどうなっている」

沖田は席に座りながら通信機に話しかける

「…この星に存在する人類は皮膚の色、言語、性格などから地球人だと判明。さらに日付から今は2001年11月10日と判明。しかし歴史などから我々のいた地球とは別のものだと推測でました。よってここは異世界だと判断できました。よって早期に現状を把握することと今後のことを決めるためにもこの基地の副司令との会談を設ける必要があると判断したため今から言う座標にヤマトを着水させていただきたい」

要約すればここは違う世界であり、現地の指揮官が話を為たいと言うことだ。並の人間ならいきなり異世界だと言われても到底受け入れられるもので話ではないが沖田艦長は並の人間ではなかった。そもそも並の人間が未知の宇宙を航行するヤマトの艦長になる筈がない。

「分かった、そちらにヤマトの危険性はあるか」

「…信用に値するか確実な判断材料がないため判断しかねるます、しかし今すぐにこちらを攻撃する意思は見受けられません」

沖田艦長は人を見る目があり人を信頼に値すると思えばとことん信頼する。勿論古代と真田もその中の一人だ。

「分かった」

「…まず北緯―度―分、東経―度―分の洋上に大気圏を突破し突入、そこからできる限り低空を飛行し北緯―度―分、東経―度―分の洋上に着水し停泊。この行動を金星から二十分で行っていただきたい。この星にはこの大きさの宇宙戦艦は存在しないためヤマトの来訪が大きな政治的問題を引き起こす可能性があるとの副司令の判断です」

「分かった」

「…ヤマトはエンジンをかけ待機、こちらから合図を送るため合図と同時に行動を開始していただきたい」

「分かった、そちらに問題が起こった場合直ぐに報告しろ」

「…了解」

古代の返信を聞くと通信を切る。

「徳川機関長、波動エンジン始動」

「了解、波動エンジンを始動します」

徳川機関長は待っていましたという風に行動を開始する。

「森船務長、レーダーであの星の地表を走査し2001年の地形データと照らし合わせて指示された座標を割り出せ」

森も同様だ。

「了解です」

「島航海長、ロケットアンカーの切り離し用意をしていつでも発進できるようにしておけ」

島に至ってはもう準備をしていたようだ

「了解」

そもそも通信はスピーカーで行っているため周囲にダダ漏れだ。
第一艦橋にいる船員達は皆沖田艦長とともに約一年にわたり航海をした仲間達だ。沖田艦長の対応の仕方を理解している
だからこそ命令の前に自分から行動をしていたのだった。




「そちらの話はまとまったかしら?」

古代と真田が了解と返事をして通信を切るのを見計らって香月博士は声をかける。

「はい、発進準備は直ぐにできるようで合図で行動を開始します」

古代も返事をして先の内容を伝える。

「レーダーの掌握が完了しました。やはり三十分が限界です」

そこにタイミングを見計らったかのようにピアティフが香月博士に声をかける。

「そう、合図を送りなさい」




「…こちら古代、行動を開始せよ」

「古代戦闘班長から合図が来ました!」

古代からの合図を受け取った相原は待っていましたと返事をする。

「島航海長、ロケットアンカーを切り離し発進。最大戦速で突入」

「了解、ロケットアンカーを切り離します」

そしてそれに併せて第一艦橋が激しく動き出す

「機関最大、両舷全速!」

沖田艦長のかけ声とともに波動エンジンはうなり声を上げてヤマトは休めていた巨躯を動かし初めた。




「ヤマトが来るそうだからこっちから出迎えないとね」

古代が通信したことを確認すると口角をつり上げてにやりと笑う。

「白銀、ジープを取りに行って外につけておきなさい」

「はい」

香月博士の命令に従い武は駆け足で中央司令室を出て行った。




「合図より十分経過」

急げばヤマトはもっと早く進めるのだがヤマトは速度よりも隠密性を優先していた。
だからヤマトは小惑星をまとい惑星に偽装して速度を隕石より少し早いくらいにしていた。
まあこのサイズの惑星が墜落すると地球は滅亡するが。

「大気圏突入開始します」

ヤマトの巨躯が赤く赤熱し始める

「大気圏突入完了、高度8000」

ヤマトは逆進をかけながら落ちる。

「高度5000」

ぐんぐんと海面に近づいていく。

「高度3000」

逆進でだいぶ速度を落とせてきた。

「高度2000」

船体を緩やかに水平に戻していく。

「高度1500」

逆進に加えて空気抵抗が増えることでだいぶ減速する。

「高度1000」

もう殆ど水平状態だ。

「高度500、水平に航行します」

水平になると同時にタイマーが二十を示す。

「二十分経過」

森が経過時間を報告する。

「最大戦速で航行します」

ヤマトは第三艦橋が水面に着くか着かないかのぎりぎりを飛行する。できるだけ発見されるのを防ぐためだ。
このままぎりぎりを飛行することは至難の業だがここは島の操艦技術の見せ所だ。

「指定座標に到着次第コスモゼロを偵察に発艦させろ」

「了解です」




「坂本機、発艦準備完了」

コスモゼロに乗った坂本はヘルメットをかぶり通信をする。

「それじゃあちょっくら行ってくるぜ」

坂本は見送りに来ているブラックタイガー隊の連中に親指を立ててみせる。

「ふざけて落とされんなよ!」

ブラックタイガー隊の一人がジョークで返した。

「そんなことあるか!」

坂本はブラックタイガー隊きっての操縦技術を持っておりその技術を疑う者はいない。
だから皆は坂本がまた颯爽と帰還すること疑わなかった。




「指定座標まで五キロ、逆噴射」

陸地が眼前に迫りヤマトは逆進をかけて艦のスピードを殺す。

「指定座標に到着、着水します」

艦が停止するとゆっくりと着水していく。
そしてヤマトの船体が完全に水面に浮かぶ。

「森船務長、この空域に飛行物体の反応はあるか」

森は常時レーダーを見ていたため反応があれば直ぐに報告するはずだが一応聞いた。

「一切ありません」

しかしその答えは沖田の予想とは異なるものだった。
飛行物体がいないことはこちらにとっては好都合だが逆にいないことはおかしい。
沖田の記憶ではこのぐらいの時代には航空機が多く飛行していたと覚えていた。
沖田はこの世界はヤマトの世界よりも科学技術が発達していないかと推測した。

「古代から通信はあるか」

「ありません」

ひとまず古代達から反応がなければ動くのは得策ではない。

「偵察機を発艦させろ」

なので偵察機での偵察で情報収集が必要だと決断した。

「…坂本機発艦します」

坂本から返信が届く。

「戦闘配置を続行しろ」

ひとまず行動することができないため沖田艦長は背もたれに深く座り直した。

「了解」

船員達も戦闘配置に着きながらが一息をついた。




「白銀何やってんのよ」

香月博士達は横浜基地から海岸に向かう道を駆け向けるジープの中にいた。

「しょうがないでしょう!?戦術機ならまだしもジープが整備中だったんで他のも出払っていたんですから!行くんだったら先に準備させておいてくださいよ!」

白銀は香月博士に文句を言いながらもジープをとばしていた。

「もう沖に来ているのよ。つべこべ言わず行きなさい」

だがその文句を香月博士がまじめに受け取るはずもなく更にせかした。
その光景を見ていた古代はまじめに会談をするきがあるのか不安に駆られる。

「真田さんこの人達大丈夫ですかね」

こういうときは真田さんと冷や汗を浮かべながら真田に問いかける。

「…今は黙ってついて行くしかないだろう」

だが真田も冷や汗を浮かべながら口を引きつらせていた。

「…そうですね」

だが現状をどうにかできないのでついて行くしか為す術はなかった。





[39693] 第十一話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/05/11 23:38


横浜沖の指定された座標に着水してから数分が経過していた。
いままで何も動くものを表示していなかったレーダーが接近する陸上の物体を捕らえた。

「前方より小型の移動物体を感知しました。大型モニターに映します」

森が操作すると大型モニターが陸上を映し出す。
真ん中には一つの天井がない車両が映し出されている。

「古代さんと真田さんの他に四名います」

森が古代達の発信機との位置を照らし合わせて確認した。
さらに温度センサーにより人数までも瞬時に把握した。
森からの報告を受けた沖田艦長は艦長席から立ち上がる。

「大型発動艇を下ろせ、儂も出迎える。対空対潜警戒を厳とせよ」

大型発動艇はヤマトがイスカンダルへの航海の時には装備していなかったものだ。そもそも宇宙を航海するには必要ない。だが地球に帰還して海上に停泊することが多くなったヤマトは格納庫の片隅に搭載することになったのだ。




香月博士達を乗せたジープは行動であれば優に制限速度を越える速さで走っていた。ここには警察も何もないから捕まることはないが。

「あれが宇宙戦艦ヤマトね、あんな形状で飛行して大気圏を突破できるの?現代の航空力学を完全に無視しているわね、航空機開発の連中に見せたら卒倒するわよ」

香月博士の想像ではもっと航空機に近い形状だった。大気圏内を飛行する航行能力があるからだ。しかし目の前のものはそんなものではなかった。
殆ど戦艦と変わりがない。改大和級や紀伊などの戦艦との違いを挙げるならばハリネズミのような機銃群だろう。BETAとの戦闘では戦艦は面制圧などの後方支援に徹するため近距離防衛のための機銃を搭載していない。
ともかくヤマトは凄乃皇を実用兵器として採用している香月博士からみても想像を絶するものだった。

「現代の航空力学がどの程度のものかは知りませんが殆どの宇宙戦艦はもっと丸い形状です。ヤマトは古代の戦艦を元にしたためあのような形状になっています。反重力や下方への噴射を併用し飛行しています」

真田の言葉を聞いて香月博士はため息をつく。

「反重力なんてまだ研究の域を脱してすらいないわ、あと白銀落ち着いて運転しなさい」

白銀は凄乃皇も相当だよ!と心の中で突っ込んでしまう。そしてそのせいで車をぶらしてしまう。

「りょ、了解です」

ジープが落ち着いて真っ直ぐと進むようになった。するとヤマトのカタパルトから高速の何かが射出されたのを四人が捕らえた。

「ん…今ヤマトから何かが射出されなかった?」

香月博士が真田に向かって射出されたものについて問いかける。

「はい、あれはコスモゼロです。偵察のためでしょう。これがどうかしましたか?」

別に偵察のために偵察機が発艦してもなにも不思議はないだろう。しかしこの世界においてそれは危険な行為だった。話を聞いていた真田、古代の両名は気づいてもおかしくはないのだがまだ気づいていない。

「まずいわね、佐渡島方面に行くと迎撃されるわ。あいつらはマッハで航行していても意味ないわ」

いかにコスモゼロがこの世界の航空機に比べて遙かに高速、高機動であろうとも光線級は脅威となるだろう。過去どんなに高速の航空機を投入しても撃墜されてしまった。しかも囮を使う他に初期照射から免れるすべはない。
さらに香月博士は基地からの不明機の報告を受けていないためステルス機能を少なからず持っているのだろう。しかしBETAにとってそんなものは役に立たない。光線級の照準機能は未だに判明していない。

「まずいですね、今すぐに連絡します!」

真田もやっとことの重大さが分かったようだ。




山本の偵察機が発艦した直後唐突に古代からの通信が入った。

「…古代よりヤマト、応答せよ!」

その声色はとても焦っているようだ。しかし時間以内に指定座標に到着したし、できるだけ人目に付かないように飛行したし、戦闘も発生していない。相原にはどうして古代がこんなにも焦っているのか分からなかった。

「…こちらヤマト、問題が発生しましたか」

いつも通りの調子で相原は応答した。
古代は相原が応答したことを確認すると直ぐに応答を返す。

「…いまコスモゼロが発艦したか!」

コスモゼロが発艦することになにか問題でもあったのだろうか。もしかすると現在この空域に全く飛行物体がないことと関係があるかもしれない。しかし相原は自分の仮定はおいておいて自分の仕事を全うする。

「はい、今山本機が偵察のため発艦しました。十分ほど前にも加藤機も同様の任務で発艦しました」

「…二機の現在地は!」

「山本機は九州方面へ、加藤機は現在富山県の沿岸部に沿ってを北上しています」

「…まずい!早く撤退させろ!佐渡島には敵の前線基地がある!コスモゼロとはいえ危険だ!」

相原は加藤さんと山本さんならばたとえ敵の本拠地に突入しても問題はないと思ったが戦闘班長でありあの二人の技術を理解している古代さんがこんなにも焦っているのだからと直ぐに承諾する。

「了解、今すぐに撤退させます」

相原は古代との通信を切り加藤との通信に切り替える。

「ヤマトより加藤、応答せよ」

相原には古代達に危機感がそれほど伝わっていないため焦っておらず落ち着いて交信する。

「…こちら加藤、何だ問題でも発生したか」

加藤には特に何も起きていないようだ。だが一応戦闘班長からの命令を受諾したので伝える。

「そうだ、今すぐヤマトに帰投せよ。佐渡島近辺には敵の基地があるから決して近づくな」

加藤は物足りないのか少し返信までに時間が空いた。

「…了解、直ちに帰投する」

だが素直に帰投するようだ。




「もう少し見てみたかったけども命令なら帰投するか」

加藤はこの星にとても興味があった。なぜなら自然が多く残っていたからだ。この自然の風景は急速に建築物を増殖させているヤマトの地球では失われつつあるものだった
だがその雰囲気をロックオン警報がぶちこわした。

「ッ!警告だと!?補足されたか!」

その警報は唐突だった。加藤が瞬時に分かったのはレーダーに反応がないため敵はステルスか陸上だと言うことだ。

「くっ!振り切れないっ…!」

加藤は佐渡島から離れるため急速に機体を反転させて降下させるが警報は鳴り止まない。降下させても元々高度が高かったし速度もマッハだったためまだ佐渡島が確認できてしまう。

「加藤よりヤマトっ!現在攻撃を受けているっ!…うぉっ!」

ヤマトに交信をするも一筋の光がコスモゼロの右翼をかすめる。

「…こちらヤマト、どうした!」

ヤマトと交信をしながら内心とてもひやりとさせられていた。右翼をちらりと見ると融解して丸くなっている。もしもコックピットに被弾していたら今頃コスモゼロと融合していただろう。

「右翼に被弾した!右翼の一部が融解し機体の制御できないっ!緊急脱出するっ!」

だが落ち着いてはいれない。右翼が融解したため機体は制御できなくなってしまった。もともと急降下していたため機大はぐんぐんと高度を下げていく。
加藤は回転している機体から一か八か緊急脱出する。もしコックピットが下に向いて脱出したら間違いなく死んでしまう。かといって緊急脱出しなければこの機体は棺桶になるだろう。
しかし不幸中の幸い、座席は斜めに射出された。これで地面にたたきつけられて熟したトマトのように死ぬのはなくなった。しかしまだ安心できない。高度がとても低かったため地面が目の前というのにも関わらず十分に速度を殺し切れていない。

「…加藤!大丈夫か!」

通信が入っているがそんなことはお構いなしに地面がぐんぐんと加藤に迫る。

「低空飛行していたためパラシュートで落下速度が殺しきれない!落ちる!」

加藤は覚悟を決めて来たるべき衝撃に備える。もうなにをしても墜落を免れるすべはない。ならばできる限り被害を押さえるしかない。
だが運のいいことに一陣の風が吹き平野からそれて森側に流される。

「うおっ!」

木のおかげで完全に着地の衝撃をなくすまでには至らなかったものの、だいぶ衝撃が軽減された。だが着時時に衝撃で加藤の右足からおかしな音をたてた。
右足は動きそうもないがまずはヤマトとの交信を試みる。

「こちら加藤、ヤマト応答せよ」

さすが地球防衛軍のヘルメット兼通信機、この程度の衝撃では何の問題もなさそうだ。

「…こちらヤマト、加藤、状況を説明せよ」

加藤はこちらが九死に一生を得たと言うのに淡々と交信をする相原に恨み言の一つでも言ってやりたいが相原に言っても意味がないと考え直してため息をつく。

「右足が動かない、骨折したようだ。これでは歩き回ることはできないな…救助を要請する」


加藤は撃墜されてしまったのが申し訳ないのかすこし小声になっている。

「了解した、早急に救助に向かう」

だがそんな加藤とは違って相原は安心したようだった。
当然だ、コスモゼロとはいえ機体はいくらでも補充ができる。しかし優秀な搭乗員の替えはきかない。とくに加藤にようなエースパイロットの替えはない。しかも加藤ほどのエースパイロットは努力だけではなく才能も必要とする。
ともかく加藤の損失はヤマトにとっての多大なる損失となるのだ。




「加藤機が撃墜された模様、加藤は右足を骨折しており自力での行動は不可能です。救助を要請しています」

相原は加藤の生存に安心し背もたれに体重をかけ甲板に移動している沖田艦長に報告をする。

「加藤機が撃墜された地点は正確に把握しています。地形などのデータも収集中です」

相原の報告に続き雪も報告をする。

「沖田艦長どうしますか」

相原が艦長に指示を仰ぐ。

「…状況は把握した。ただちに救援部隊を編成し…」

数秒の間の後に艦長から指示が下る。しかしその指示は突然の割り込みによって中断されてしまう。

「…こちらは極東国連軍横浜基地副司令、香月夕呼です。そちらの艦長に緊急の話があります」

割り込みの主はなんと香月博士だった。本来通信に割り込みことは無礼に当たるが緊急の話ならば仕方がない。
相原はまず沖田艦長に報告をする。

「了解です、今すぐ沖田艦長につなぎます。沖田艦長、香月副司令からの緊急の話です」

こちらの返信は先ほどよりも早く返ってきた。

「…分かった」

相原は返信を聞くと素早く手元のキーを操作し古代の通信機と沖田艦長の通信機とをつなぐ。



古代と真田は移動中の車中で同時に加藤機撃墜の一報を受けた。
加藤をよく知っている古代の方が反応は大きかった。

「加藤が撃墜っ!?あいつほどの奴が…」

それはやはり加藤をよく知るものならば驚くべきものだった。

「だがそれが真実だ、だが艦長なら迅速に救助部隊を派遣するだろう」

しかし真田は技術屋で、更に開発するのは基本的にヤマト関連のものだ。なので古代ほど加藤に技量を知っていない。それに加えて彼の取り柄である冷静さを発揮し冷静に状況を受け止めていた。

「偵察機が撃墜されたの?ところでそのヤマトには陸上戦力が搭載されているの?」

そこの香月博士が割り込む。いきなりの質問に冷静であった真田が答える。

「いえ、ヤマトには航空戦力しか搭載されていません」

ヤマトは元々艦隊決戦のために開発された艦で陸上戦力を搭載していない。いつか空間騎兵隊を搭載してはどうかと軍司令部で上がったことはあるが、ヤマトは艦隊の旗艦でありそのような戦力は輸送船を随伴させればいい、と棄却された。

「それじゃあ救助部隊も航空機で行うつもり?また撃墜されるのが落ちよ。艦長につなぎなさい」

香月博士は眉をひそめて意見を言う。確かに加藤の操るコスモゼロが撃墜されてしまうならば救助船を近づけることは到底不可能だろう。
だが陸上戦力は皆無だ。果たして香月博士はどうするつもりなのだろうかと二人は思う。

「は、はい」

しかしふたりはあまりこの人に抵抗しない方が身のためだと誰かがささやいた気がして通信機を素直に渡す。




「…私は国連軍横浜基地副司令、香月夕呼です」

沖田は甲板への歩みを止める。

「儂は宇宙戦艦ヤマト艦長、沖田十三です。ところで緊急の話とは」

沖田艦長は冷静を保っているが内心救助のことを考えていた。今のところ加藤は生存しているがもしかすると撃墜地点に敵が来るかもしれない。すると安全は保証できない。いままで多くの海戦で数多くの死を垣間見てきた沖田だが無駄死にだけは許せなかった。

「…失礼ですがそちらの偵察機は撃墜されたと聞いています」

沖田は内心で考えていたことを言われてどきっとする。

「はい、いま撃墜の一報をうけました。しかし自力では行動できないようですが生命に関わりはないようです」

しかしそれを表に出すことなく受け答えをする。

「…不幸中の幸いですわね、ところで今そちらでは救助隊を組織していることと思います。しかし航空機による救助では偵察機の二の舞をふむことになるでしょう」

確かに航空機による救助は沖田が考えていたことだ。たしかに撃墜されるという危険はあるものの限りなく低空飛行しレーダー網にかからないように飛行すれば、と考えていた。しかし完全にその考えを香月博士に否定された。

「…たしかにそうですがそちらになにか提案がおありですかな」

航空機による救助を否定するならば他に案があるのかと問いかける。

「…佐渡島はハイブ、つまり敵の本拠地があります。なので佐渡島の対岸には今も警戒態勢の前線基地があります、なので直ぐにそこから救助隊を派遣して偵察機の搭乗員の保護をしましょう」

この提案は願ってもみないことだった。低空飛行し、静粛にするためにはスピードを落とすためそれなりに時間がかかる。さらに敵に陸上戦力がいるとなるとかなりやっかいでコスモタイガーを随伴しなければならない。しかし垂直噴射できる救助艇に比べコスモゼロでは低空飛行はかなり危険だ。しかし救助してもらえばこれらのリスクは無くなる。
しかし無償で軍を動かしてくれるなどと言う甘い話はないだろう。

「それの対価にこちらに何を要求するのですか?」

いつでもそうだ、すべてのものには対価が存在する。沖田はその対価によってはヤマトを守るために提案を蹴ることも覚悟していた。

「…撃墜された偵察機をこちらで回収させていただきます。それで結構です」

撃墜されたコスモゼロの機体の回収、それならば許容できるものだあった。機体は戦闘で必ず損傷するし破壊される。加藤の生命がそれだけで保証されるなら安いものだった。しかし沖田は一つの懸念があった。それはコスモゼロがこの世界ではオーバーテクノロジーであることだ。これにより各国には無かった兵器が生まれ戦争が起きるかもしれない。しかし背に腹は代えられない。

「分かりました。撃墜されたコスモゼロはそちらにお渡ししましょう。加藤の迅速なる救助をお願いします。座標はそちらの基地に送らせます」



「…了解しました。今すぐに。あと座標ですが口頭でお願いします。そちらの機器とうまくかみ合わないようでして」


「…了解しました」

相原の返事を聞いた沖田は一段落付いたとして話を締めくくろうとする。

「香月副司令、また後でお会いしましょう。会談を楽しみにしております」

沖田の声色には警戒心が込められていた。

「…こちらもですわ、沖田艦長」

しかし香月博士はそのような警戒に対して全く気にせず通信機の向こう側でにやりと口角をつり上げていた。




古代と真田は香月博士の邪悪な笑顔を目撃してSAN値をすり減らしていた。神話技能は獲得できないが…。
邪悪な笑顔を浮かべた本人はヘルメットを耳から離す。

「ヘルメット返すわよ」

香月博士はぞんざいにヘルメットを投げて返す。
古代はそれを危なげなく受け取る。

「もうよろしいのですか?」

ヘルメットを投げ返した香月博士は耳に通信機をつけ直す。

「もういいわよ。ピアティフ、今すぐに…」



香月博士一行は沿岸に止めてあった大発に乗り込む。勿論大発と言ってもウォータージェット推進により静粛性も速度も世界のものとは段違いだ。
その後間近で見たヤマトの大きさや館内の設備などに武が常時興奮していたがひとまず会談の席に着くことができた。
その様子をみた沖田は失った息子を見るような、古代を見るような目で見ていた。武の豊臣秀吉ばりの人垂らしスキルは常時通常運転だった。
そこから約一時間。両者ともざっと情報交換をしていた。

「そちらの現状は理解しましたわ」

「こちらもこの世界の危機的状況は理解しました」

両者とも完全に話を信用している訳ではないが敵対意識を取り除くことができたようだった。

「そちらが元の世界に帰れる方法は判明しております。詳しくはそちらに二人に説明したのでそちらの二人から話を聞いてください。こちらからの要求はヤマトがこちらの指揮下に入ることです。こちらの、いや人類の戦力となってほしいのです」

要求を言う香月博士の目は真剣そのものだった。

「そちらの指揮下に入ることによる我々の利点は」

その真剣なまなざしに答えるように沖田も視線を鋭くする。

「まず一つ目に指揮下に入ることでそちらの帰還が早まるでしょう。その理由はそちらの二人に。二つ目に指揮下に入ることでこの世界においてのあなたたちの地位が保証されます。国連軍という肩書きが得られれば各地である程度自由に活動できるでしょう。最後に、こちらで用意できる物資があれば提供しましょう」

沖田は三つに利点を言う香月博士から目線を下げて腕を組み考え込む。

「…分かりました。私はこの艦全員の命を預かっております。なのでこの場ですぐに返事はできません」

だが考え込んでもはいそうですかと返事をすることはできない。沖田はこの宇宙戦艦ヤマトの総員数百人の命を預かっている。判断一つで総員の命を奪いかねない。しかも戦力になると言うことは戦闘は避けられない。戦闘となれば必ず損害が出る。この世界の地球とはいえヤマトの地球とは関係が無い。この世界の地球が滅亡しようともヤマトの地球が滅亡する訳ではない。
香月博士は先ほど「帰還が早まる」といった。つまり指揮下に入らずとも帰還は叶うと言うことだ。
ヤマトは長期間航行できるように食料などは自足できるため戦闘を為なければ物資の提供を受ける必要も無い。

「勿論です。私たちは一度帰ります。明日にでも返事をいただければ」

香月博士は腰を上げる。それにつられて武も席を立つ。
沖田も席を立つ。

「了解しました。古代、香月副司令殿と白銀武殿をお送りしろ」

「了解です」

古代は命令を受領すると自動ドアを開けて先導する。
古代の後に続いて香月博士、武は部屋を後にした。




「白銀、すぐに明日の予定に付け加えるわ。越後川口に基地があるわ。そこに保護した撃墜された奴が輸送されるのよ。だからついでに護送為てきなさい」

自室に戻るなり香月博士は命令をした。
だがその命令に武は疑問を呈す。

「香月先生、どうしてその基地にとどまらさせるんですか?明日のこともありますし危険なのでは」

越後川口は明日のBETAの侵攻ルートにちょうど乗ってた。移動させ続ければもっと安全な地域まで輸送できる。

「あなたは黙って命令に従っていればいいのよ」

だが香月博士はあえて答えなかった。
だが武は香月博士の真意をある程度理解していた。

「了解しました」

だから素直に命令を受諾する。
敬礼をする武を香月博士は満足そうに見る。
そして口角をつり上げてにやりと笑う。

「それでいいのよ。まあ悪いようにしないわよ?」

その笑顔は武を恐怖させるには十分すぎるほどのデビルフェイスだった。




伊隅以外のA-01の全員は強化衛士服をきて格納庫に集まっていた。どこでかはしらないが初めてXM3を搭載した出動と言うことで期待していた。
そこに伊隅が現れた。

「A-01集合!」

全員がすぐさま整列する。

「これよりブリーフィングを始める。我々はこれより………」



「以上だ、質問はあるか」

作戦の概要を話し終えた伊隅は問いかけた。
みなBETAの進行の予測と言うことで驚きを隠せてはいない。

「BETAの侵攻を予測というのは本当ですか?」

その中でも速瀬が皆の気持ちを代弁した。

「香月博士によるとこの方法は一度しか使えないそうだ。詳しくは知らなくてもいいと言っておられた」

だが明確な答えは返ってこなかった。

「では護送する人物については」

二つ目の疑問を呈す。

「それも同様に知らなくともいいそうだ。しかし決して殺してはならないとおっしゃっていた。軍人である我々は香月博士からすれば手足当然だ。香月博士が脳で我々は手足。手足は脳からの命令道理に行動すればいいのだ。理由はいらない」

だが答えは返ってこない。

「了解です」

しかし伊隅の言うとおり命令の理由は知らなくてもいい。ただ遂行することだけが要求される。

「ではこれでブリーフィングを終える。総員戦術機に搭乗しろ」





後書き

どうもこんばんは油揚げです。前回に戦闘が始まると法螺を吹いて申し訳ありません。戦闘は次回となってしまいました。

今回は長くなってしまいましたので第十話と十一話は同時に上げさせてもらいました。なので次回はもっと早くあげる予定です。

次回は会談と戦闘が同時に始ます。ここで早くも世界に対してヤマトの影響が現れます。しかしその影響を打ち破るヤマトの戦闘力!

沖田艦長!存分にやってしまってください!!

と言う展開です。

最後にこんな拙い文章を読んでいただきました方々、ありがとうございます。



[39693] 第十二話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/05/22 20:19
時間は六時三十分、A-01は越後川口に基地付近で輸送トラックからすべての不知火を発進させて配置についていた。作戦としては十分なBETAを回収し戦術機の輸送トラックで輸送。例の人物はもう一台のジープで護送。A-01は基地で補給を受けた後に護衛をしながら帰還。
だがしかし何もかもはBETAの予想通りの侵攻が無ければ成り立たない。

「白銀~ほんとにBETAは来るの~?」

速瀬は武に尋ねた。武は香月博士の特殊任務に就いているし距離感としては伊隅よりも近いとされており何かを知っているかもしれないと踏んだためだ。

「んなこと知りませんよ。しかし香月先生が秘密にしていることを勝手に知ったら何をされるか知りませんよ?」

武は香月博士から受け継いだ(と言うより感染した)デビルフェイスを使い速瀬をだまらせる。
さすが香月博士の教え子。

「も~冗談よ」

冗談という速瀬の口はひくひくとして額には冷や汗をかいていた。
そこに宗像が割って入る。

「速瀬中尉にとっては逆に楽しみなのでは?」

速瀬はいつものように宗像を睨む。

「む~な~か~た~」

そしていつも通りなすりつけようとするが…

「と白が「と宗像中尉が言っていました」」

絶妙なタイミングで武が台詞を重ねた。今まで幾たびもいじられ続けてきた武に隙は無い。
そこで宗像は対象を転換する。

「築地が「そっそんなこといってねえべ!」」

だがしかしいつもいじってきた築地にも返されてしまう。
武を見習って成長したのだろう。

「…祷子、ついに築地までもが成長してしまったよ」

宗像はしみじみと話しかける。その言葉からは子供を見守る大人の哀愁が感じられた。

「それは美冴さんがいじるからでは」

風間はおもしろそうに笑う。笑い一つでも口元に手を添えてそこはかとなくお嬢様感を出し気品が感じ取れた。ここが舞踏場でも違和感は無かっただろう。

そんなこんなで実戦の恐怖を和らげながら過ごしていた。
戦闘まで残り三十分。


「CPよりヴァルキリーズへ、帝国軍日本艦隊所属の第34、第55、第56機動艦隊が戦闘を開始しました。さらに帝国本土防衛軍第14師団も臨戦態勢に移行。全機戦闘態勢に移行してください」


「CPよりヴァルキリーズへ、BETAの戦闘集団が上陸開始。帝国軍も水際作戦を開始しましたが数分で視認できる距離に到達する見込みです」


ヴァルキリーズの眼前に迫るのは木々をなぎ倒しながらただ前進する突撃級の戦列。各員の顔に緊張が見て取れる。しかし口元には獰猛な笑みを浮かべている。
脳裏に浮かぶのは初めての武との戦闘、ただの一機に敗北を喫した無様な戦闘。だが今は違う。損害が無く圧勝できるとは言わないが今ならば勝てるだろう。それだけのものを武からもらった。
武のXM3という刃が初めて実戦に使われる。この刃を用いればBETAを蹂躙することができる。それは各員を興奮させ、BETAへの復讐心をかき立てるのには十分すぎるものだった。

そして跳躍ユニットがうなりを上げ、戦闘が始まった。




雪はレーダーが爆発を捕らえているのを見つけた。しかもそれは断続的に続いている。
すぐにその位置を調べる。
するとそれは新潟付近で起きているのが分かった。


「なんだこの無線は?」

相原は6時に夜間担当の通信兵と変わって様々な方法で様々な通信を傍受為ていた。
相原が傍受したのは帝国軍日本海艦隊所属の第56機動艦隊の通信だった。
しかしそれは通信とはかけ離れたものだった。聞こえたのは大勢の断末魔の叫び声。しかし直ぐに途絶えた。

次に捕らえたのは帝国本土防衛軍の叫び。叫びが聞こえると声が一つ一つ確実に減っていく。
断末魔の叫び声、怒号、嗚咽。まさに阿鼻叫喚の嵐だった。


先に声を上げたのは雪だった。
緊急を考えて艦長席で座っている沖田に報告をする。

「艦長、新潟付近で断続的な爆発を捕らえました!撃墜地点の付近でも発生しています!」

この報告で艦橋が凍り付いた。皆の顔は驚愕に染まっている。
撃墜地点付近での爆発。ともかく危険が迫っていることは確実だった。

「艦長、通信を傍受しましたが戦闘が発生している模様です!しかもまずいことに帝国軍は押されています!」

二つに凶報が突然艦橋をおそった。この世界に来て直ぐにこれだ。あわてるのもしかたがない。
しかし冷静に報告を聞いている人がいた。

「相原、すぐさま香月副司令との回線を開け。直ぐにだ」

相原はすぐさま昨日の横浜基地司令室との回線を開く。
すると直ぐにあいては現れた。しかも通信兵が初めに出るかと思いきやいきなり香月博士がでてきた。

戦闘が発生したから司令室にいたのか、それともあらかじめこちらからの通信を予期していたのか。

「香月です」

戦闘が発生しているのにその声色は余裕があり待っていたようだった。

「沖田です。戦闘が発生している模様ですがこちらの搭乗員の加藤の安否をお聞きしたい」

「はい、把握しております。現在安全は確認できています。しかしBETAの侵攻は猛烈でいつまでも安全を保証することはできません。保護した基地は前線であるため余裕はありません。突破される可能性もあります」

昨日の説明を聞く限り人類の戦況は芳しくない。たしかに避難に回す余裕が無いかもしれない。しかし何か引っかかるものがある。
しかしこのままでは加藤が危険にさらされることは確実だった。

「…我々が出撃してBETAとやらを撃滅します」

香月博士はまるで用意していたように口上を述べる。

「それならまず我々の指揮下に入ってもらいます。いきなり所属不明の浮かぶ戦艦が現れたとなると戦線が崩壊しかねません」

「分かりました。一時的にそちらの指揮下に入ります。しかし我々は自分たちの安全を第一に行動します。なので危機的状況に陥ったりすれば独自の判断で撤退します」

沖田達の心の中にはどうにかしてこの世界を救いたいという気持ちが芽生えていたが、頼られすぎて乗員を危険にさらすことはできないので頼られすぎないように理由を述べた。

「わかりました。最後に通信で所属を聞かれた場合は極東国連軍横浜基地所属で質問は横浜基地にするようとだけに伝えてください。できるだけ情報は漏らさないようにお願いします。昨日装置の一部を改良しまして情報通信ができるようになったためBETA、戦術、兵器のデータを送ります。是非参考に為てください。ご武運をお祈りしております」

これはデータ通信ができるのは幸運だった。やはり戦闘では情報がものを言う。しかも下手をすると戦況を悪化させかねないからだ。
その情報はヤマトの中央電算室に送られて早急に解析され作戦が提案されるだろう。

「お心遣い感謝します。では通信を終わります」




沖田は耳に当てていた通信機を外し机に置く。
その様子を第一艦橋の全乗組員達は固唾を飲み込んで見つめていた。

「ヤマト乗員に次ぐ。これより現地の軍と協力し加藤の救助を行う。各員対砲雷撃戦闘用意!」

沖田は固く決意が込められた声で命令を下した。

「了解!」

乗組員達は待っていましたと作業に取りかかった。
全員の気持ちは一つ、仲間を救い、そして助けを求めている人々を助けることだった。

「島、ヤマト急速発進。目的地は新潟だ」

「了解!」


ヤマトの巨体がうなり声を上げ始めた。
そのうなり声はこの世界に存在するどのような音よりも大きく、獰猛で、頼もしくあたりに響いていた。

ここに着水したときは静粛航行をしていたため門兵たちはこの音を聞いていなかったが今回ははっきりと聞き取れて狼狽えていた。
どの戦術機とも大きさも音自体も異質だったからだ。

波動エンジンのうなり声は最高潮に達し船尾から光をはき出した。
その影響で大量の海水が押し出されて岸を襲う。
ヤマトは加速した。この世界に存在するどのような艦船よりも速く。その速度はもはや艦船の速度ではない。
船体は徐々に浮かび始める。
喫水線が露わになり、そして第三艦橋が露わになり。そして遂に空中にその姿を浮かべた。

門兵達は高速移動しながら徐々にせり上がってくる常識から外れたその物体を見ていた。
初めは航空機かと思ったがその姿が露わになるほどその目を疑わずにはいられなかった。
浮かんでいるには戦艦、戦艦とは海に浮かべ外洋を航行する船だ。船が浮かぶなど信じようにも信じられるものではない。
しかし常識外のそれを見ながらなぜかその二人は安心感を抱いていた。「これに任せておけば大丈夫」と。なにを任せるかは分からないがそう思った。
驚きと安心感は門兵の体の自由を奪い義務である異常事態の連絡を忘れさせた。

ヤマトは船体を旋回させて高速で横浜基地を越えて一路新潟へと進む。
その悠々と飛行する巨躯は見るものに畏怖と安心感を与えていた。




香月博士がちょうど建物から出てきたところをヤマトは通り過ぎていった。

「存分にやりなさいよ英雄さん?」

にやりと意地の悪い笑みを浮かべて左手を白衣のポケットの突っ込みながら右手でグーサイン掲げた。
この滅多に無い香月博士の行動を目にした者は誰もいなかった




加藤は基地から撤退する部隊に同行し関越自動車道を南下していた。
越後川口の基地に防衛戦が張られているが持ちこたえられないとして事実上放棄されたからだ。

A-01の達や輸送車両はそこから少し後方の山側に入りBETAの本流から離れたBETAを狩っていた。
BETAは前進し、さらに前進する。自分たちが死ぬまで走り続ける。
だからBETAが通りすぎたあとに撤退するという寸法だ。

誰も損害を出さず順調にBETAを捕獲しているさなか一つの通信が入る。

「こちら極東国連軍横浜基地所属宇宙戦艦ヤマト、これより光線級の狙撃と制圧砲撃を開始する。光線級の存在する地域一帯とBETAの中央卑近にいる者は直ちに撤退しろ」

この通信に武以外のA-01は疑問を覚えた。まず横浜基地に戦艦なんて所属していない。しかも「大和」は帝国軍所属だ。そもそも「宇宙」戦艦なんてふざけているとしか思えない。
更に光線級の狙撃と言った。戦艦の砲撃は敵との距離、風向、風力、地球の自転、レーダーなど様々な計算をして開始するが狙撃などという精密な攻撃はできない。そもそも戦艦の砲撃に求められるのは面制圧火力であって狙撃では無い。だからそんな精密射撃能力は二の次となっている。
ともかくこの話は疑問が多すぎるのだ。

「私は帝国本土防衛軍第14師団、第308中隊のものだ。この通信は何なんだ!?ふざけているのか!?」

A-01は機密なので通信に介入できないのだが、やはり疑問を呈すものがいた。
戦闘ではいつも虚偽の情報が出回る。しかもこれほど疑問が多い通信だ。直ぐには信用できないのはこの通信を聞いていたものすべてが感じていたことだった。

「我々は横浜基地所属だ。詳しくは横浜基地に問い合わせてほしい。だが信じても信じなくても攻撃は開始する。いち早い撤退を」

だが明確な答えは返ってこなかった。ただ横浜基地所属としか言わない。
だが通信の声は何とかして信じてほしいという必死さが込められていた

「…了解した」




通信が終わった後に一つの異常事態が起きていた。
光線級は絶対に目標を外さないと言われている。最もその通りで照射されれば光線は当然光速なので一瞬で必ず命中する。
なのに上空には何十もの光の筋が断続的に現れる。これで何機の戦術機か航空機が自殺したのか分からない。
誰かに光線級の恐ろしさは誰もが知っているのにと文句を言いたくなってしまう。
しかし異常事態はこれでは無い。異常事態とはこちらから青い筋が現れることだ。光線が照射されるより1テンポ速く飛んでいったそれは光線では無く彗星のように飛んでいくのが視認できて三本がセットで飛んでいく。その飛んでいく間隔はとても早かった。
BETAの新種かとも思われたが方向はBETAの進行方向と真逆だった。
しかし新種のBETAという可能性は消えた。その青い光が飛んでいくと徐々に光線級の光線が減っていくのだ。
一分ほどで遂に光線は無くなった。
光線が無くなると徐々に謎の轟音が迫ってきていることが分かった。
その轟音は今まで聞いてきたどの音とも違っていた。戦術機でも輸送機でも爆撃機でも無い。
音が天地を揺るがすほどになるとその姿を上空に現した。
下から見えたのは三連装の巨砲、大型の艦橋、ハリネズミのような機銃群、丸い胴体、艦艇のしたのなぞの物体。いわゆる戦艦だった。
A-01は言葉を失った。完全にこの飛行物体は常識の範囲から外れていたからだ。

「全員戦闘に集中しろ!BETAはまってくれはしないぞ!」

惚けている皆の耳に武の怒号が響いた。その怒号はあの轟音にも劣るものでは無かった。
そして一気に現実へと引きずり戻された。
そうだBETAは待ってくれない。いつも人間の都合などお構いなしに侵攻してくるのだ。

しかし不思議なことが一つ。
A-01が驚いているときBETAの動きが止まったのだ。まるで一時停止ボタンを押したかのように。
戦車級、要撃級、突撃級、要塞級。例外は一つも無かった。
いままでこんな行動が確認されたことは無かった。

武の怒号で現実に戻ったA-01が見たものは背中を見せて後退するBETAの姿だった。

「えっ?」

誰が漏らしたのかは分からない。いや皆が言ったかもしれない。
さっき言った通りBETAの戦術は前進して前進して前進して、そしてハイブを建設すると言うものだ。だからBETAが無防備な背後を見せて撤退なぞ見たことも無く、前例が無かった。

「何を惚けている!今が好機だ!」

また武の怒号が響いた。確かに背後を見せている今やっかいな突撃級でも難なく捕獲できる。

「了解!」

ひとまず疑問は脳の片隅に追いやり置いておいて任務を再開した。




こちらは帝国本土防衛軍第14師団、第308中隊。増援として到着して交戦を開始した。
交戦開始から少し立つとここ一帯の戦術機に通信が入る。

「こちら極東国連軍横浜基地所属宇宙戦艦ヤマト、これより光線級の狙撃と制圧砲撃を開始する。光線級の存在する地域一帯とBETAの中央卑近にいる者は直ちに撤退しろ」

戦闘中だがこの通信には疑問を感じざるを分かった。
だから戦闘中なのにも関わらず質問をする。

「私は帝国本土防衛軍第14師団、第308中隊のものだ。この通信は何なんだ!?ふざけているのか!?」

相手が分からないため丁寧に聞こうと思ったが戦闘中で気分が高ぶっていたためけんか腰になってしまった。

「我々は横浜基地所属だ。詳しくは横浜基地に問い合わせてほしい。だが信じても信じなくても攻撃は開始する。いち早い撤退を」

だがそのけんか腰にあいては気分を悪くするでも無く必死に言ってきた。
その声は真剣さと必死さが込められて虚偽のことを言っているとは思えなかった。

「…了解」

だから信じた。
ここで撤退すれば戦線が崩壊しかねないがこの男を信じた。

「第308中隊、撤退するぞ!各部隊にも撤退を促すんだ!」

「了解!」

これですべての部隊は最前線に集められた。
もしこれで砲撃が無ければ押し切られてしまうだろう。
押し切られればBETAは帝都にまっしぐらだろう。帝都にはたどり着かないだろうが甚大な損害となるだろう。
不安を胸の奥に押し込めながら戦っていると謎の現象が起きた。
BETAの進軍が止まったのだ。
戦闘から徐々にとまるでも無く同時に止まった。
そして困惑から両軍が時を止めたように固まるとBETAの奥に青い彗星のような光が向かって大爆発を起こした。
その光と同時に一斉にすべてのBETAが進軍を開始した。光線級は何かを一心に攻撃しているようで空には数十もの光の筋が消えては現れを繰り返しながら減少させていった。

「隊長…あれが…」

あれが宇宙戦艦ヤマトですか、そうつなげたかったのだろうがそれを言うことは叶わなかった。
戦いながらも光の根源をちらりと見るとそこには光をはき出し続ける鉄の塊がいた。
その光の爆発は艦砲射撃とは比べものにならないほどの威力をはらんでおり、なぜか迎撃光線級に迎撃されることは無かった。
全衛士はそのヤマトについて考えることは止めた。もし考えようものなら思考が停止してしまうだろう。
いま思考が停止しようものなら一瞬で殺されてしまう。だから今はヤマトをただの強力な新兵器と認識して考えることは後にした。

「ヤマト…あれがあれば人類は…」

隊長は期待を込めて呟いたが、その声はかき消されだれも聞く者はいなかった。




「こちら極東国連軍横浜基地所属宇宙戦艦ヤマト、これより光線級の狙撃と制圧砲撃を開始する。光線級の存在する地域一帯とBETAの中央卑近にいる者は直ちに撤退しろ」

相原は香月博士に言われていたとおり横浜基地所属と名乗った。これで少しは疑惑は減らせるだろう。
こちらもいち早くBETAを殲滅して坂本を救助しなければならない。
人間同士で争っている暇は無いのだ。

「私は帝国本土防衛軍第14師団、第308中隊のものだ。この通信は何なんだ!?ふざけているのか!?」

だがやはり疑われるだろう。これは当然のことだ。
しかし怪しくても信じてもらはねばならない。

「我々は横浜基地所属だ。詳しくは横浜基地に問い合わせてほしい。だが信じても信じなくても攻撃は開始する。いち早い撤退を」

相原は苦しそうな声で説得する。たとえここで真実を話しても信じてもらえないだろうし、そもそも口止めされている。
たしかに我々が本当に増援という証拠はどこにも無い。だが信じてもらはねば攻撃できない。

「…了解」

必死の思いが通じたか一応信じてもらえたようだ。
やはり異世界でも同じ人間だった。
これで心御来なく主砲をぶっ放すことができる。



「艦長そろそろ光線級の射線に入ります」

香月博士から手に入れたBETAの情報からヤマトの最優先目標は光線級だと認識した。
ヤマトは常時飛行している。対空能力を持たない光線級以外のBETAは敵とはならない。
しかし手に入れた情報から光線級の光線の照射能力は分からなかった。戦艦の耐久時間などのデータはあったがこの世界の戦艦の装甲、硬度などの情報は無かったためヤマトの装甲がどの程度通用するか分からない。
しかしヤマトは宇宙空間での砲撃戦に対した装甲を持っている。砲撃戦には大出力での光線による砲撃も考慮されている。今の時代光線は時代遅れで威力が低いため主砲として採用している宇宙戦艦は少ないが。
数メートルほどの生物の光線でヤマトの装甲をどうにかできるとは考えにくいが攻撃を受けないことが最善だ。
本来ならばアウトレンジ戦法を使いたいのだが地球が丸いためアウトレンジは使えない。

だからヤマトは一気に射線にでて照射される前に砲撃してできる限り殲滅する。

「一番、二番、三番砲塔砲撃準備完了。いつでも砲撃可能です」

「ヤマト射線に出ます!」

ヤマトは一気し光線級との射線を確保する。ヤマトは光線級は地上にいるため艦尾を少し持ち上げている。前からならいいが横から見るとなんとも滑稽な姿だった。

「発射!」

古代がレバーのボタンを押す。前方の第一、第二砲塔からショックカノンが発射された。その青い光は正確に光線級のいた大地を穿つ。
ヤマトの主砲は対地戦闘では無く対艦戦闘を考慮している。だから爆発力より貫通力を優先している。なので着弾地点には巨大な深い穴が出現した。落ちたら最後出てくることは不可能だ。着弾地点に生きているBETAはいないが。

ヤマトの主砲のすごさはこの威力だけでは無い。連射速度だ。一基の主砲から3、4秒で次弾が発射される。まさに豪雨、大地には次々に穴が穿たれる。しかもショックカノンは非実体弾、光線級に迎撃されることはなくすべて確実に着弾した。

だが光線級も負けじと照射を始めた。数十もの光線が絶えずヤマトに照射された。しかしヤマトに傷を負わせることは叶わなかった。
光線級のレーザーでは殆ど意味が無い。重光線級の照射で装甲がほんの少し変色した。しかしすぐに元に戻る。機銃に当たるとその機銃は少しの間オーバーヒートで使用できなくなるがこれも冷却装置ですぐに使用可能となる。

数分経ったか経たないか、ともかく光線級の殲滅はあっけなく完了した。
いままでこの世界の人類が空を奪われていたのはなんだったのか。たった一隻で、たった数分でその状況は覆った。
ヤマトは谷に沿って進撃を開始した。谷にそうと右にBETAの戦列が見えるようになる。
次は船体を右に傾けてすべての砲塔が右を向く。

「第一、第二、第三砲塔発射!副砲、パルスレーザーも各自攻撃開始!」

それはまさしく嵐だった。
三基九門の主砲が大穴を開ける、そしてそこに後続のBETAが流れ込み進撃速度を著しく低下させる。そこに副砲、パルスレーザーの嵐だ。戦艦相手にパルスレーザーは威力不足だが生物相手なら問題ない。たとえ要塞級の外殻であろうと突撃級の装甲であろうと、まるで紙のように点線を刻む。まるで赤いペンキをぶちまけたようにBETAの赤く染まった死骸が谷を覆った。





後書き

どうもこんばんは、油揚げです。

今回やっとこさ戦闘を開始しました。待ちに待った戦闘なので楽しく書かせてもらっているのですがとても気持ちよく書いているので誤字脱字が

多々あると思います。あともしかすると矛盾なども…。

次回も戦闘を続行します。今まで影の薄かったA-01の面々にも焦点を当てる予定です。

ここまでこんな駄文を読んでいただきありがとうございました。



[39693] 第十三話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/06/22 00:07
「あれのおかげで随分とぬるくなったわね~」

速瀬は突撃砲を撃ちまくり辺り一帯に36ミリ弾をばらまきながら呟く。
ヤマトの奮戦によりここに来るBETAの殆どは体液を垂れ流してどこか欠損している奴ばかりだ。しかも決定的に数が少ない。捕獲するのはできるだけ五体満足で被弾していないものがいいため損傷しているBETAをなぎ払っている。
だがダメージを受けていて数の少ないBETAなどこの伊隅ヴァルキリーズには恐るるに足らなかった。

「速瀬中尉、そんなこと言ってやられないでくださいよ?」

武はあのにくきBETAをいともたやすく倒せるので完全に調子に乗っていた速瀬をたしなめる。
戦闘開始時点ではヤマトは誤射を恐れてBETA群の中核から攻撃を開始したため五体満足の突撃級などがあふれていた。
だがその先頭集団はもうとっくに切り抜けた。
武は数少ない五体満足のBETAを選別して欠損しているBETAを一体一体確実に潰していた。もう五体満足のBETAが少なすぎて先頭集団を捕獲していれば良かったと思うほどだ。
なのでBETA対して武自慢の変態機動も生かそうにも機会が無かった。

「こんな程度でやられるもんですか!」

武は軽く緊張をほぐすため言ったのだが速瀬はむきになって返す。まあこれが速瀬の取り柄?か。
そしてどんな状況でもいじる機会を見逃さない生粋のいじり屋?が一人。

「速瀬中尉は逆境にこそ興奮する生粋のマゾヒストですから、いや逆にやられたいのでは」

「む~な~か~た~」

速瀬は目を見開いて画面越しに宗像を睨む。
ブリーフィングでは失敗してしまったが築地と同じように宗像も学習した。

「と茜が言っていました」

目標を茜に変えた。茜は今まで目標にされたことが無く更に初めての実戦で緊張しており格好の目標だった。

「えっ!?言ってません言ってません!」

そして案の上の反応。宗像は満足そうな笑みを浮かべる。

「宗像…今は戦闘中だぞ?いじるのは帰還してからにしろ」

本来ならば戦闘中にこんな会話は良いものでは無いが新任達の初めての実戦の緊張感を和らげるので良しとした。しかしさすがにこれ以上いじると戦闘に障害が出そうなので釘を刺しておくべきと判断した。

「了解です」

ここで今のA-01の編成を一度説明しておく。

突撃前衛の速瀬、武の両名は捕獲を邪魔するBETAの排除。強襲前衛の高原、麻原、強襲掃討の茜、築地はうち漏らしの排除とBETAの誘導。迎撃後衛の伊隅、宗像は現在実弾を装備していない後衛の護衛。砲撃支援の柏木、打撃支援の涼風、制圧支援の風間はBETAの動きを停止させる酵素を封入した弾をたたき込む。

この一番矢面にたっている速瀬が無駄口を叩くほどだ。実戦ということを抜きにして、難易度としてはいつもやっているヴォールクデータの改良版の比では無い。
ここで武は速瀬の実戦でのXM3の修練具合を見るために一つ提案をする。

「速瀬中尉、あれ、やりませんか?」

武が長刀でそれを指した。

「…あんたそれ本気?」

速瀬がそういうのもおかしくない。
それは非常に高い耐久力を持つ。それは全方向をカバーし死角が無い。それは酸性液をはき出す。それは体内の小型種を持つ。それは二人で立ち向かうようなものでは無い。それは現在確認されているBETAのなかでも最も大型の種。
つまり要塞級を捕獲しようと言うのだ。

「こんな時に冗談なんていいませんよ」

その要塞級は偶然にも無傷。周りのBETAの死骸を気にするわけでも無く悠々と戦場を闊歩していた。

「まだろくにXM3の性能を発揮していないでしょう。それとももう全力でしたか?」

誰でも分かる挑発。だが戦闘に飢えていた速瀬を飽きさせないためにはちょうどいいだろう。

「やってやろうじゃ無いの!白銀!早く行くわよ!」

速瀬は跳躍ユニットを全力で噴射して武を抜いて要塞級に肉薄する。一般衛士がやれば自殺ととられるだろう。
要塞級が急速に接近する無謀ともとれる戦術機を発見する。だが所詮は1機と思ったのか足を止めもせず触手のみが速瀬に肉薄する。
速瀬はまるで氷上でスピンを決めるように華麗に、そして確実に避ける。
避けると120ミリを触手の先端にあて反撃を防ぐ。
そして跳躍して脚部の間接部に120ミリ弾をたたき込むと足の一本がゆっくりと倒れぐしゃりと気持ちが悪い音を立てて死骸を押しつぶす。
要塞級はバランスを崩しそうになるが残った脚で持ちこたえる。
だが要塞級の進撃は確実に止まった。
そこに武装を下ろして予備の酵素弾を装備した武が到着した。
武はまるで触手が存在していないかのように堂々と真っ直ぐに接近する。
新たな敵の出現に要塞級は触手で攻撃を仕掛けるが要塞級の上から落ちてきた速瀬が長刀で地面に縫い付ける。
しかし触手内部を流れる溶解液で直ぐに溶けて外れてしまうだろう。
だがそれで十分だ。
武は跳躍して速瀬が120ミリをたたき込んだ傷口に接近して殆どゼロ距離で酵素弾を連射する。
すると酵素は傷口から全身にまわり要塞級も耐えきれず体勢を崩して倒れ込む。
まるで艦砲が着弾したような騒音をたててかろうじて生きていた下の小型種を巻き込んだ。

要塞級を捕獲、損害は長刀一本、人的被害なし。これほど鮮やかに要塞級を無力化する部隊はどこを探しても滅多にいないだろう。
だが難題が一つ残されていた。

「ところで白銀、この要塞級をどうやって持って行くつもり?」

そう輸送だ。全高66メートル、全長57メートル、全幅37メートル。不知火の三倍強。これほどのものを輸送するトラックなんて無い、航空機も無い、ヘリも無い。果たしてどうやって輸送するのか。

「…ひとまず香月博士に連絡しましょう」

武が一瞬考えて出した結論は香月博士への丸投げだった。




この任務も中盤、捕獲するBETAも目標数にかなり近づいた。
だがこの任務は突然の凶報と共に一変した。

「CPよりヴァルキリーズ全機、帝都方面に侵攻していた全てのBETAが「撤退」しました。帝国軍は次の防衛線に戦力が集中していたため多数のBETAが生存しています。帝国軍も追撃を開始しましたがなにせ速度が速すぎて有効な攻撃が加えられていません。よって多数のBETAがその地点を通過する予定です」

その通信の「撤退」の二文字に全員が絶句した。
BETAの戦術は進軍し進軍し前線にハイブを建設して進軍する。そう「進軍」ただそれのみ。
だがそのBETAが「撤退」したのだ。この新しいBETAの行動は今までの対BETA戦略に大きく影響を与えるのは明白だ。

皆はこの行動の原因を探る。皆の脳裏に浮かぶのはただ一つ。それの名前はただ一つ。「ヤマト」だ。
あの新兵器には何かがあるのか、BETAが特殊な行動をする何かが?

「ヴァルキリーズ狼狽えるな!」

さきに武が言ったことを次は伊隅が叫んだ。
こちらが狼狽えている間もBETAは絶えず行動をしている。

「我々は長い間BETAの動きを観測してきた、だが完全に行動を予測したことがあったか?答えは否だ!BETAがどのような動きをしようがなにもおかしくは無い!全機、実弾に換装し弾薬を補充しろ!
白銀、耐えれるか?」

BETA群は急速に接近してきている。できるだけ早く実弾を装備して補給をしたい。だがBETAもまとまってくるわけでは無くばらばらとくる。今も少数ながら眼前に迫っている。
だか補給にいている間もこの戦線を維持しなくてはならない。

「勿論ですよ」

武は笑って答える。
この部隊での一番の実力者は間違いなく武だ。
伊隅は信じている、いや確信だ。武ならこの程度ならば余裕であしらえるだろうと言う。

「じゃあ任せるぞ」

伊隅もつられて笑ってしまう。
この状況で笑わせるだけの安心感を武は放っている。

「白銀ぇ!ちったぁ残しときなさいよ!」

武にくってかかる速瀬。なぜ伊隅が自分を選ばなかったのかは分かっている。
だがその武の実力を知りながらもその後塵を拝することはやはり悔しいのだろう。

「大丈夫ですよ、BETAは腐るほどいますから。でも風間少尉の早飯ぐらい早く来てくださいね」

「…それはちょっと難しいわね」

速瀬はにやりと笑いながら答えた。風間少尉の早飯は隊で評判だ。気づくと風間少尉の前には空の皿しか残されていない。

「速瀬中尉!早く行きますよ!白銀大尉もそんな無駄口を叩いてていいんですか!」

風間少尉は顔を赤く染め早く行くように促す。

武をのぞいたヴァルキリーズは轟音を轟かせながら最前線を後にして輸送トラックの方まで後退した。
残されたのは武のみ。
本来ならエレメントが最小だが武の動きについて行ける者はいない。伊隅でも、速瀬であっても。ここにいても足手まといだっただろう。




ヴァルキリーズが戻ってくるとそこにはうずたかく盛られたBETAの残骸があった。

「早かったですね」

武は不知火を赤く染め上げながらもBETAの残骸の上で普段通りに答えた。
その姿はまさしく赤鬼か、いや鬼神だ。いまの武はいつもの人なつっこい様子は全くなく異様な雰囲気を放っている。

「白銀…まあいい。補給の長刀と突撃砲の弾倉だ」

伊隅は何か言いたそうだが言うのをこらえた。その後に紡がれるはずだった言葉は決して単なる賞賛だけでは無かったはずだ。

「ありがとうございます。要塞級に長刀を一本持ってかれまして」

武は涼宮から長刀、柏木から手に持っていた36ミリ弾倉を4つ受け取る。
担架は火薬式ノッカーを作動させたためもう長刀を搭載することは叶わない。だから受け取ると地面に突き刺す。
弾倉はまだあまりがあったらしく三つを腰装甲に収納、一つはまだ残っていたため一瞬ためらうが突撃砲に付け替えてもともと刺さっていたのは投棄した。

「これって白銀一人でやったの…」

伊隅達から武が補給物資を受け取った後涼宮は武の周りを見回した。
そこにあるのはBETAの死骸のみ。生きているのは今到着したBETA達だけだ。
状況を見れば一人でやったことは明らかだが聞かずにはいられなかった。
その顔には驚愕と畏怖、それと憧れが複雑に混ざり合っていた。

「よくもこんなにできたね~、まさか白銀って宇宙人か何か?」

柏木の口調は戯けているが口は引きつっていて額には大粒の冷や汗が光っている。
その瞳にはやはり驚愕と畏怖に満ちていた。
二人とも武と訓練を共にしてこてんぱんに撃破され白銀の実力を身にしみて実感していたつもりだがまだ認識不足だったようだ。

「涼宮に柏木…そこまで言われるとさすがに傷つくぞ…」

そんな鬼神のような実力を示しながらもやはり白銀は白銀だった。戦術機全身を使い気持ちを表現している。果たして戦術機はこんなにも感情豊かだったのか。
そんな武のいつも通りの態度にずっこけそうになる二人。ふたりとも毒気を抜かれて先は引きつっていた口元には自然と笑顔がほころんでいた。

「ヴァルキリーズ!これより輸送トラック護衛しながら波が通り過ぎるまで持ちこたえる!白銀はいったん後方支援に当たれ」

だいぶ緊迫していた雰囲気が適度のほぐれたところで伊隅は戦線を構築し直す命令を声にする。

「「了解」」

全員顔を引き締めて臨戦態勢になる。この姿こそヴァルキリーズ達の本当の姿だ。

「伊隅大尉、俺はまだ戦えます」

白銀はまだ戦えると進言する。
白銀の目的は仲間全員を誰一人失わないと言うこと。確かに武の指導とXM3によりヴァルキリーズはいつの時代のどの部隊にもひけをとらない。
だがしかし武に不安が無いと言う訳では無かった。

「いや、休め。おまえも一応人間だろう。これだけやってくれればもう私たちだけで十分だ。それにもう推進剤も半分を切っているだろう」

武は戦う意欲を見せるがばっさりと両断される。それはもうきれいにばっさりと。そして最後ににやりと笑う。
伊隅は武の心配を理解しているからだろう。伊隅も今までたくさんの仲間を喪ってきたのだから。
だが伊隅にも隊長としてのプライドがある。
たしかにいまでも武には遠く及ばないだろう。しかし守られているばかりでは無い。今こそ伊隅ヴァルキリーズの力を武に示すのだ。

「一応では無くまごう事なき人間ですよ…」

武はその気持ちを信じて戯ける。
器用にも不知火の体の全身を使って意気消沈する。誰が見ても戦術機がしょんぼりとしているように見える。ここまで戦術機で感情を表現できるのはXM3のおかげだろうか…?いやそもそもやろうと思った人間がいなかっただけだろうか…?

ともかくそんなコントをBETAが黙って観戦しているはずが無い。本当の新潟防衛戦は今開始された。




ヤマトは佐渡島のBETAを警戒して限りなく低空飛行しながら主砲と機銃を無制限に撃ち続けていた。
弾薬は波動エンジンから無尽蔵に供給されている。ミサイルなどの実体弾以外はどれほど使っても何ら問題は無い。

突撃級の36ミリをもはじく堅い甲殻に縫い目を刻み、要撃級の白い体から赤い噴水を作り上げ、光線級のいた場所にことごとく数十メートルのクレーターを発生させ、要塞級の関節部しか攻撃できないとされていた柔軟かつ強靱な皮膚を蹂躙した。

「艦長、後方から他方向に侵攻していたBETA群反転してこちらに接近してきています。友軍が追撃をしているようですが速度が早すぎてあまり効果をなしていないようです。横浜基地からの部隊はもうすぐにBETA本体と接敵しそうです」

「横浜基地の部隊は持ちこたえられそうか」

ヤマトがいかに空を飛ぼうとも移動に時間がかかることに違いは無い。
しかも低空飛行によりヤマトの高速移動も満足に発揮できない。
ヤマトがいかに最新技術に結晶といえどその巨体故の旋回能力の低さは否めないのだ。

「平均的な部隊だと考えると難しいそうです」

この平均的部隊と言うのはヤマトが戦場データリンクや各情報機関をハッキングして得たデータから計算した情報だ。
ヤマトの電算能力からすればこの時代のコンピュータなぞおもちゃ当然で一瞬のうちにハッキング可能だ。
しかも宇宙空間を安全に航海するために難解な計算を逐次行うことができるヤマトの電算能力からすれば計算もお茶の子さいさい。

「すぐに反転して友軍を支援に向かう。艦首回頭180度!」

ヤマトは艦首と艦尾の側面噴射をして回頭する。回頭までたった数十秒。その回頭するための風圧で周りの木々やBETAが吹き飛ばされる。
回頭すると目の前に広がるBETAの運河。こんな光景誰も見たことが無い。いや見て生き延びている者がいない。
だがそのようなすさまじい光景を目前にしてもこの巨艦が揺るぐことは無い。また先と同じように真っ直ぐと、平然と運河をさかのぼる。
前方の二基の六門のショックカノンがBETAの先頭集団とは距離があったため低い角度で着弾。貫通力の高いショックカノンは何の抵抗もなく赤い線を引く。もしもショックカノンが地面と水平に発射されれば地平線まで行くのでは無いだろうか。
偶然にも、奇跡的にも生き残ったBETAも豪雨のように降り注ぐパルスレーザーで全滅。
もともとBETAには空を飛ぶという概念は無く対空能力は無かった。いまでも対空能力を有するのは光線級のみ。だが頼みの綱の光線級もヤマトの敵とはなりえ無い。




「CPよりヴァルキリーズ全機。ヤマトが反転して攻撃を加えています。到着まで持ちこたえてください」

「「了解」」

伊隅ヴァルキリーズはちょうどBETA群の真ん中あたりにいた。
谷の真ん中から外れた脇におり、BETAは脇目も振らず一心不乱に後退しているとしてもそれなりの数と交戦していた。
その数は普通の部隊なら対処しきれる数では無い。

だがこの部隊はオルタネイティブ計画の直属部隊の伊隅ヴァルキリーズだ。

速瀬の前に突撃級が2体、その後に要撃級。
突撃級の堅い装甲に36ミリなぞ効くはずも無い。
速瀬は地面を蹴り空高く舞い上がる。その高さはゆうに突撃級を飛び越える。機体が回転していたためちょうど逆さまになった一瞬に空中から突撃級の柔らかい背面を攻撃。36ミリ弾は突撃級の皮膚を難なく貫通して突撃級は抵抗もなく崩れ落ちる。
燃料のお消耗を減らすため空中で噴射を停止していたため機体は回転しながら自由落下運動をする。
速瀬は回転しながら右の脚を前に出す。脚は的確にかかと落としとなり要撃級の感覚器官を捉えて嫌な感触を残しながらザクロのように砕け散る。
この空中での機体の操作はXM3のおかげであり、いままでのOSではできない機動だった。

高原と麻倉の前に要撃級が三体。
歯を食いしばったようにも見れ生理的嫌悪感を抱かせる感覚器官をこちらに向けて突進してくる。
二機は36ミリを撃つがそう簡単に死にはしない。ついに要撃級は二機の眼前まで迫った。
二機は重心を横に向けて回避を計る。片手を地面につきながらジャンプユニットを地面に向けて噴射して手の負担を少しでも減らす。
片手で倒立をしているような体勢になると噴射を止めて片手にもつ36ミリを放つ。そしてきれいな体勢で着地。
そして再度36ミリを放つとようやく要撃級は倒れた。
回避中の攻撃、これもXM3の恩恵だ。

武がこの隊に来てからヴァルキリーズの戦闘方法は一変した。武のXM3の有用性をいち早く認めたヴァルキリーズは貪欲に技術を取り込んだ。この戦闘にはその成果がまざまざと現れていた。回避運動の中止、動きのなめらかさ、XM3の模範的な使い方と言っても過言では無い。これがもしどこかから見られていたら問い合わせが殺到しただろう。だが惜しくもこの任務は極秘であるため誰も見る者はいなかった。

最後に白銀。突然と夕呼先生のつてで入隊して圧倒的技術を見せつけ、更にXM3を開発しあの政威大将軍であらせられる煌武院悠陽殿下と直接お目通りできる謎の存在。
やろうとすればこの戦線でも一人で持ちこたえるぐらいのことはできるだろう。いやヴァルキリーズを一人であしらった男だ。そのぐらいはやってもらわねばならない。だが白銀は常に援護に徹している。
装備自体は突撃前衛のものだ。しかしその突撃砲でうまく援護をしている。
伊隅ヴァルキリーズでXM3を搭載しているといえども所詮はただの人間。不注意も失敗もある。それは戦場では致命傷となる。
だが白銀はまるでこの戦場を衛星で監視しているように全ての行動を監視してまるで機械のように仲間に手に負えそうに無い量のBETAがくればうまく誘導、できるなら殺している。
突撃砲は弾をばらまくためのものなので精密な狙撃はできない。だから最前線の敵の目の前でこれを行っている。
そんな白銀をBETAが見逃すはずも無いのだがその攻撃は白銀を捕らえること叶わず空を切る。たとえるならひらひらと落ちてくる桜の花びらだろう。掴もうにもひらりひらりと突撃級の突進から、要撃級の前腕から逃げていく。掴めそうなのに掴めない。
しかし桜の花びらとは違い戦術機には重力の重さがある。着地地点にはうまい具合に要撃級がいる。それはまるで破裂した水風船のように赤い液体をまき散らせる。

白銀の心の中にはBETAへの憎しみが、怒りが、決壊したダムのように濁流となって渦巻いている。不幸自慢をするつもりでは無いがその流れは誰のものより激しく壮大だ。それをどうして押さえられているのか。それは仲間のために他ならない。BETAへの憎しみなら前回の世界でオリジナルハイブを殲滅することである程度果たした。
敵の頭をたたきつぶしたのだ、個人でできる最大の復讐を果たした。
だが白銀は三度目を願った。そうBETAをたたきつぶすだけでは無く仲間を救うために。

どんな戦果をあげてどんなに賞賛されどんな名声を得ようがその場所に仲間と共に立っていなければ意味が無い。

だがその望みをたたきつぶすかのように10体以上の要塞級や多くの大型BETAがヴァルキリーズに向かっていた。まだそんなに生存していたのか?いやそもそもどうして中央から外れたここにいるのか?理由は何もわからない。

白銀の脳裏に柏木の戦死の報告が浮かんだ。




ヤマトは順調にBETAの濁流を遡っていた。これまでたいした損傷は無い。細かいことを言うのなら二、三基のパルスレーザーが重光線級の照射を受けて砲塔の旋回がぎこちなくなった程度だ。

「こちら横浜基地所属伊隅ヴァルキリーズの白銀武だ!今すぐに砲撃支援を頼みたい!座標は今すぐに送る!今すぐにだ!」

相原にもこの声の必死さが伝わった。そしてその声の主が今救援に駆けつけようとしている部隊だと直感的に理解する。だが殲滅しながらたどり着くにはまだ時間がかかる。かといって今すぐに攻撃しようとショックカノンの射線をとれば佐渡島の光線級の射線に出てしまう。確かに重光線級の光線を受けても殆ど効果は無かった。しかし一部のパルスレーザーに障害が出ている。もしも一カ所にいくつかの重光線級からの照射を受けたら…?

「こちら横浜基地所属宇宙戦艦ヤマト。今そちらに向かっている。もう少し持ち……」

相原はもう少し持ちこたえるように言おうとした。だがそれは古代に阻止された。

「相原、待て」

古代は通信機を耳に当てる。

「こちら宇宙戦艦ヤマト戦闘班班長の古代進だ。白銀か」

そう、古代には白銀を知っている。たった数時間しか会わず多く話したわけでは無い。だが古代と白銀は不思議と気があった。

「はい白銀です」

白銀はヤマト艦橋に古代がいてこの通信を聞いていると思って通信をしてきたようだ。

「分かった」

古代は白銀に対して短い返事を返した。
了解とも拒否とも分からない短すぎる返事。だが白銀はこの返事がどちらか分かっていた。

「艦長!今すぐに上昇して射線をとります」

古代は通信機を置くと立ち上がりすぐさま艦長に即時攻撃を進言した。

「待て古代!そんなことして損傷が出たら…」

その進言を隣で聞いていた島が操縦しているため目の前を向きながらだが反論する。
いままでわざわざ低空飛行をして光線級の攻撃を避けていたが、射線をとってしまえば格好の的になってしまう。
たしかに光線級の攻撃は殆どヤマトの装甲には通じない。しかし戦場は想定外のことがよく起きる。もしも艦が甚大な被害を受けたときは我々はどうなってしまうのか?

「いまあっちは窮地に陥っていて救援を求めてるんだぞ!?いま助けられるのは俺たちだけだ!多少の損傷でどうこう言っている状況じゃ無いんだ!」

古代はいつも仲間を第一に行動する熱い男だ。初めてのワープ航行の時に乗り遅れそうになる山本を配置を離れて誘導しに行くようなおとこだ。
その古代が一時の友人であっても友を見殺しにできるだろうか。

「古代、今すぐに射線をとって砲撃支援を行え。今すぐにだ」

古代の思いを受け取った沖田は危険覚悟の砲撃支援を決断した。
この沖田も古代同様に熱い男だ。しかし古代と違う点はもしもの時には冷静な判断が行えることだ。
もしもの時なら次の反撃のために大切な戦友すらも犠牲に次へとつなげていく。

「支援感謝します!」

沖田のその決断を通信機の奥から黙って聞いていた白銀は感謝の言葉を残して通信を切った。

ヤマトは船底の噴射と反重力により艦首を急速に持ち上げた。急速な噴射により運悪くヤマトの下にいたBETAは宙にまう。
ヤマトの艦首を空高くあげて垂直になった。端から見ると垂直だが艦内は重力発生装置が働いているため何の影響も無い。突然戦場に現れた強大な塔。その高さは佐渡島ハイブをも越える。この塔はBETA群を後ろか追撃している帝国軍達からも確認でき、衛士達には人類の底力を誇示し戦陣を切る旗のようにも見えた。
装甲の厚い船底は佐渡島に向けられている。肝心の砲塔もヴァルキリーズに迫る要塞級に向けられた。後方の噴射口が下に向いているためちょう
そして予想通りに佐渡島から重光線級の集中砲火を船底に浴びる。

「船底に数十の光線を被弾!しかし影響はありません」

だがヤマトの船底は最も装甲が厚い。この程度の攻撃何のことは無い。

「目標補足!ショックカノン一斉掃射!」

ヤマトの第一、第二、第三砲塔から青白い光の束が九本発射される。その光は正確にヴァルキリーズに迫っていた要塞級達を中核とする集団にぶつかる。着弾地点にはキノコ雲こそは発生しないものの巨大な土煙が巻き上げられた。土煙が消えると残ったのは巨大なクレーターと赤い残骸。艦首をあげてから攻撃したといえども角度はさっきよりも低い。よって要塞級の後続のBETAも同時になぎ払われる。
さきのヴァルキリーズの危機的状況は一瞬で解決した。
ヴァルキリーズは常々ヤマトの戦闘力を見せつけられた。

ここで突如ヤマト、ちょうど船底付近で小規模な爆発が起こる。

「船底付近で小規模の爆発を確認!……船底のミサイル発射口に装填していたミサイルに誘爆した模様です!原因は三体以上の重光線級の照射を受けたことにより高温になったためです!……これによりミサイル発射口はしようできなくなりました」

重光線級の照射は装甲自体には殆ど効果は無かった。しかし装甲内部はそうはいかない。
ヤマトは佐渡島に存在する大量の光線級から絶えず照射を受けている。光線により吸収した熱も冷めぬほどに。そこに運悪くミサイル発射口に三体以上の重光線級のBETAの照射だ。
それにより船底側面に装填されていたミサイルに誘爆。
しかし不幸中の幸いでミサイルには誘爆対策が施されていたのでそれ以上は誘爆を防ぐことができた。
だがこれで一部の発射口が使えなくなってしまった。

「すぐに艦首を下げ装填済みのミサイルを全て格納庫に収納せよ!」

沖田艦長は立ち上がり叫ぶ。何にせよヤマトは初めての損傷らしい損傷を受けてしまった。戦果から見れば損傷は無いに等しいが補給もあるか分からないこの状況でこれ以上損傷を出してはならない。
その命令ですぐさま、一分もかからず船体を水平にして高度を下げる。ひとまず佐渡島からの攻撃は避けられた。

「このまま殲滅しながら横浜基地に帰投する。先のようなことが起きるかもしれない。警戒は怠るな」




「「……」」

戦場に残ったのは9機の不知火とできたてほやほやのクレーター群と赤い残骸。
さっきまで迫っていた要塞級達はただ虫や菌に食い荒らされて土に帰るのを待つのみ。
呆然とその惨状を眺めるしかできないヴァルキリーズ。
武でさえ唖然としている。
だが誰よりも早く隊長である伊隅が意識を取り戻す。

「全機これより残存BETAの掃討に移る!」

ヤマトはあくまでも面制圧のみ。完全に全てのBETAを殲滅できるとは誰も思っていない。そしてここからが戦術機の本領を発揮する。

「「りょ、了解!」」

ヴァルキリーズは一方的な残党狩りを開始した。




帝国軍がヴァルキリーズのいた地点にたどり着いたとき残っていたのはヤマトの砲撃とは違い、小口径の砲弾や鋭利な刃物により原型を保ったまま朽ち果てていたうずたかく積まれたBETAの残骸だけだった。





後書き

どうもこんばんは、油揚げです。最近どうも忙しくてぜんぜん書くことができませんでした…。だれか時間を…時間をください…。

今回についてですが、やっと新潟防衛戦を完結することができました!ここまでの道のりはとてもつらく厳しいものでした。(嘘♪)

てかやっぱりヤマト強い!強すぎる!今までの衛士の苦労は何だったのか!と書きながら常々思っていました。しかしヤマトの無双もこのぐら

いにしておきましょう♪無双しすぎるのはつまらないですし♪

なのでヤマト打倒のためBETAに頑張ってもらいます。これ無理じゃないか?とか思われるかもしれませんがしょうが無いんです。

ここから抜けていた話を書いていったり、修正したり、クトゥルフやったり次回の話はとても遅くなると思います。ご了承ください。

ここまで読んでいただきありがとうございました。






[39693] 第十四話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/10/05 11:23
ヤマト波動エンジンの重厚な音を轟かせては帝都上空を悠々と航行していた。
帝都の人々は道を歩く人々は立ち止まり、ビルで仕事をしている人は仕事をする手を止め、食事をする人はその箸起き上空を飛ぶその異様の航空機というのか戦艦といえばいいのか分からぬ現代の物理学を越えたヤマトを好奇心と恐れが混じった眼で見つめた。しかも多くの人々はカメラや携帯電話で写真を撮る。
しかしヤマトが通り過ぎるとすぐに自分の中断していたことを再開して先の喧噪は止みいつも通りの帝都となった。
なぜヤマトが帝都上空を悠々と飛び人々がこれほど落ち着いているのか、全ては香月博士の計画によるものだ。
発端はヤマトが新潟での戦いを終えて横浜基地に帰ってきてすぐに香月博士の発言からだった。

「三日後に帝都城に向かいなさい」

詳しい経緯はというと、新潟でのヤマトの戦いを見た帝都防衛軍の衛士達が映像を司令部に送信。更に上層部に届き波紋を広げる。広がった波紋は近衛軍にまで届き悠陽殿下にすら届く。悠陽殿下は国連軍横浜基地所属ということから香月博士のオルタネイティブ計画関連だと予測するもこのようなことは一切連絡されていないし建造費など謎が多く香月博士に直接説明を求める。そこで香月博士は全世界へのオルタネイティブ計画の成果発表をしてオルタネイティブ5の遅延のためにヤマトごと帝都城に持って行き説明する。こういうことだ。
帝都の人々にも事前に殿下からのテレビ、ラジオ、新聞などによる通達がされていたためいらぬ混乱は避けられている。

「目的地、帝都城まで数分です」

ヤマトのメインモニターには帝都城の様子が映し出されている。帝都には近衛軍の保有する紫、青はないものの、黄、赤、白、黒の武御雷が起動状態で整然と並ぶ。ここまで武御雷が集結したのを見る機会は殆ど、いやこれまでにあったのだろうか。
ヤマト艦橋でこの光景を見る香月博士を除く全員が息をのむ。白銀は勿論緊張しまくっているし、武御雷の色の理由すら知らないヤマト乗員ですらこの光景は感嘆している。

「ヤマト、帝都城上空に到達」

この報告を受け香月博士、白銀、沖田、古代、真田が格納庫に向かう。一行が格納庫に向かう間にブラックタイガー隊の選りすぐりの隊員が乗ったブラックタイガー三機が発艦して警戒を行う。武御雷達はその光景を身じろぎもせず見つめる。
ヤマトが上空に達して十分ほど、ヤマトからブラックタイガーに護衛された一行を乗せたシーガルが発艦して帝都城の本丸に着陸する。
着陸したシーガルから五人が下りるとそこには赤い近衛の服を着た二人と白の近衛の服を着た三人が出迎える。
一人は名前通りの深紅の服を着た紅蓮大将。緑色の髪を持つ白銀も何度も横浜基地で会ったことがある月詠中尉。そしてそれに付き従う神代、巴、戒。なぜここに月詠中尉と三人がいるというかというとただ横浜基地に駐屯している四人は香月博士に少なからず関わりがあると見なされたためだ。

「国連軍横浜基地副司令、香月夕呼です」

「国連軍横浜基地所属、白銀武です」

「戦艦ヤマト艦長、沖田十三です」

「戦艦ヤマト艦長代理兼戦闘班長、古代進です」

「戦艦ヤマト技術班班長、真田志郎です」

二人は頭にてをあて敬礼し、三人は胸に手を当て敬礼をする。
ここで宇宙戦艦ヤマト、といわず戦艦ヤマトと言ったのは宇宙なんてつけたらふざけているととられかねないためだ。
それに正面に立つ四人もそれに呼応する。

「近衛軍大将、紅蓮醍三郎です」

「近衛軍中尉、月詠真那です」

「近衛軍少尉、神代巽です」

「近衛軍少尉、巴雪乃です」

「近衛軍少尉、戒美凪です」

五人も敬礼する。しかし紅蓮、月詠は沖田達の敬礼にあまり興味は無いようだったが、残り三人はそのけいれいに隠すことの無い訝しげな目で見る。そして紅蓮は五人をまるでその人の性格、人生を覗くかのように観察する。特に香月博士、沖田はより詳しく見る。そしてにやりと口角をつり上げにやりと笑う。香月博士の奇抜な性格に笑ったのか、白銀の数機は人生に笑ったのか、沖田の古い海軍魂に笑ったか。その回答がもたらされることは無かった。
ここでなぜ月詠達がここにいるのかというと近衛軍のなかで最も香月博士に近しいと見なされたからだ。横浜基地で冥夜の警護が主任務で香月博士とあまり話したことは無いのだが他に者はもっと接点が無いのだからしょうが無い。

「ではこちらへどうぞ。もう謁見の用意はすんでおります」

紅蓮大将を先頭に武御雷で作られた花道を通って一行は帝都城に入る。




所変わってここは沖田、古代、真田がいなくなったヤマト艦橋。
上空で待機しているだけで周囲を警戒しているがやることが無い南部がモニターに写されている帝都城を眺める。

「はあ~まるで教科書だなこりゃ」

ヤマトの世界では江戸城なんて勿論無かったし現存していた城も遊星爆弾により全て消失したためもう実在する城を見ることは叶わない。見られるとすれば教科書か写真しか遺されていない。

「でも現代史と日本史が混ざってますよ」

モニターではなく直接帝都を見下ろしていた太田が言う。確かに帝都のビル群はガミラスの侵攻の前によく似ており現代史の範囲内だ。

「でもそんなことよりあのロボット軍団は何なんだ。アナライザーわかるか?」

南部が指さすのは帝都城でこちらをにらみつける武御雷だ。別に二足歩行するロボットは珍しいものではない。アナライザーがいい例だ。
しかしここまで大型の二足歩行ロボットがここまで大量にいるのは初めて見る光景だ。
本当は新潟の戦いで見ていてもおかしくは無いがあのときは忙しくことと遠くてごまのような大きさにしか見られなかったから見ていなくともしょうが無い。

「アレハ近衛軍デ採用サレテイル戦術機ノ武御雷デス。近衛軍トハ日本ノ全権代理者ノ直属部隊デ練度ニオイテハ世界一トモイワレテイマス。近衛軍デハ出身ノ家ヲ重ンジルタメ出身ニヨリイロガワケラレテイマス。紫ハ全権代理者、青ハ五摂家、黄ハ譜代トイウフウニナッテイルヨウデス。」

アナライザーつらつらと説明をする。この情報はどこから仕入れてきたかというとインターネット上からだ。この三日間アナライザーはネットからありとあらゆる情報を収集した。そこには各国の機密すら含まれる。この世界のセキュリティなど感情すら持つまで進化したアナライザーにとっては雪に対してアピールするよりも簡単なことだった。

「ふーんそんなもんか」

南部はあまり興味がないように返答した。




五人は帝都城に入る前にまず所持品を調査され危険物が無いことを確認してから入城した。だだっ広い帝都城を巡り殿下がおわす謁見の間に到着する。
謁見の間に入るとそこにはまだ殿下はいらっしゃらなかった。紅蓮、月詠やその他は段の下に侍り来客である四人は下座に座る。座ると奥のふすまが開きそこから殿下と月詠摩耶が現れる。本来は頭を垂れているはずの五人だが香月、白銀は以前きた時に免除されており沖田、古代、真田はその礼儀を知らないため正面から殿下を拝見する。初めて殿下を見る沖田達は殿下のお姿に息をのむ。ぱっちりと開いた瞼とこちらを見据えて優しさと信念を感じさせる瞳、すらりとした輪郭、真っ直ぐとして癖が無い黒髪。完璧で対抗心すら抱かせることの無い圧倒的な美しさ。ミケランジェロもピカソも裸足で逃げ出す美しさ。だが一切の下心を抱かせることの無い神々しさ。沖田は艦長として船員を率いるカリスマを備えているがこのお方と比べることはおこがましいと思わせるカリスマ。
殿下はゆっくりと上座に座る。その一挙一動にすら眼を奪われる。

「さて香月博士、新潟での出来事、そしてそこのお三方について聞かせてください。」

殿下が言葉を発し、沖田ら三人ははっと正気に戻る。真田、古代は見とれてしまったことを少し恥ずかしく思い視線を殿下から外す。沖田は二人と
逆に初対面の人にこれだけのカリスマを感じさせる殿下に対して少し警戒をする。
香月博士は正座を崩さず少し前に出る。

「その前に殿下、ここの人払いはすんでおりますでしょうか」

殿下と目を合わせて確認をとる香月博士。

「もちろんです。さきに言われたとおりここにいる人間はこの11人のみです」

殿下は確信をもって香月博士の問いに答える。

「分かりました。では沖田艦長、よろしくお願いします。紅蓮大将、警戒しなくても大丈夫ですよ白銀もいますから」

香月博士は殿下の返答を聞くと振り返ると沖田に何かしらをお願いする。すると沖田、古代、真田は立ち上がろうとする。それを見てすぐさま紅蓮、摩耶、真那、三莫迦はての刀を握る。しかし香月博士にいわれ白銀を見ると白銀は大丈夫だと言うようにゆっくりとうなずく。それを見て完全に気を許した訳では無いが六人は刀を放す。だか警戒はしているようだ。
三人は地球防衛軍式の敬礼を逸し乱れず行う。

「地球防衛軍宇宙戦艦ヤマト艦長沖田十三、地球より推参いたしました」

「地球防衛軍宇宙戦艦ヤマト戦闘班長兼艦長代理の古代、地球より推参いたしました」

「地球防衛軍宇宙戦艦ヤマト技術班班長真田志郎、地球より推参しました」

「とまあこのような事情がありまして。」

三人の本来の自己紹介を行い最後は楽しげに香月博士が締めくくる。
だがそれに七人はぽかんと理解できないような顔をする。なぜなら「地球防衛軍」など知らない組織だし「宇宙戦艦」の言葉の意味も分からない、この敬礼の仕方も見たことも聞いたことも無い。

「香月副司令…これは?」

ようやく香月博士に質問ができたのは殿下。しかしいまだなにも意味が分かっていないようだ。
それに対して香月博士はいたずらが成功したような微笑をたたえる。白銀は苦笑いを浮かべる。

「簡単に言えば沖田艦長が属する軍は日本はおろかこの地球上にも、この世界にも無いということですよ。

香月はにたりと迷い羊を囲む闇のような笑顔をする。
七人はここからまるでパンドラの箱の中身にふれるような寒気と不安感を覚えた。




「まさかそのような面妖なことが…」

こう呟いたのは紅蓮だった。ほかの六人はこの事実を受け止められず惚けている。

「紅蓮大将、白銀のときも説明しましたが今回はそれが大きくなっただけです。しかも世界を越えてこなくてはあのヤマトの存在は説明できません。宇宙を航行する航行力、あの現代の航空力学にけんかを売るような飛行能力、光線級すらものともしない装甲、恐るべき攻撃力と発射速度の主砲、そして何よりも波動エンジン。私も実物を拝見いたしましたが一切機構が分かりません。物理学者的な見解からあれはこの世界で開発されたものではありませんと断言できます。」

香月博士は紅蓮らに対してこう断言した。多少なりとも学者としてはなにも分からないというのが悔しくもあるが、これは違う世界のッ技術だからと割り切るしかなかった。しかし多少なりともヤマトの技術を手に入れると決意していた。

「香月副司令、すぐには理解できかねないと思います。我々もガミラスの侵攻により切羽詰まった状態でなければ殆ど原理が判明してなかった波動エンジンも開発にはこぎ着けなかったでしょう」

少しこの場に静寂が流れる。香月、殿下、沖田。三陣営とも両者の出方をうかがう。
このにらみ合いの状況を破ったのは殿下だった。

「沖田艦長、あなた方は私達に何を望みますか」

殿下は全権代理者として沖田に話しかける。そして沖田もヤマト艦長として答える。

「私たちはこの日本に停泊する権利、ヤマト停泊中の乗員の身の安全、それと物資の提供をお願いしたい。」

殿下は沖田の言葉を一言一言かみしめてゆっくりと理解する。そして頭の中で沖田の要求を答えるためにはどれほどの費用がかかるのか推測する。交渉は結局のところ等価交換だ。相手とこちらが同等だと感じれば交換する物は物から信用や借りでもかまわない。
粗方の推測ができた殿下はその瞳で沖田を正面から見据える。

「それではあなた方はこの日本に対して何を提供してくれるのですか」

「横浜基地の所属から日本にヤマトの戦闘能力を貸しましょう。我々の力はお世辞抜きで一カ国の軍隊にも匹敵します。」

沖田は元から力を貸すつもりだった。助けを求める人々がいれば手を貸す。これはヤマトの総意に違いない。しかし元から渡す物でも交渉の材料になれば御の字だ。

「しかし条件としてヤマト自体が危機に陥った場合はヤマトの安全を優先します。」

「はい、分かりました。あなたたちの戦力は新潟での戦いで実感しています。あなたたちならば日本の、いや人類の刃となり得るでしょう。しかしあなたたちのも守るべき物があることは分かります。だからもしあなた方が戦線を離脱しても我々は決してあなたたちを非難しません。しかし我々はあなたたちを救世の英雄だと感じて、いや信じています。勝手だと思いますがこの期待を裏切らないでいただきたい。」

殿下は先のような相手の心根を見透かすような目ではなく、希望を信じる、いや信じたいように見る三人を見る。

「了解です、我々が期待になりましょう」

沖田は胸を張り殿下の期待に添えることを誓う。ここに日本帝国との違う世界との協定が組まれた。これはまだ誰も知らないが後生の歴史に深く刻まれるものになることをいまだ誰も知らない。




「では話が付いたようですし我々は退散いたしましょうか」

殿下と沖田との口約束とはいえ協定が組まれたのち少し世間話などとりとめも無い話をした後一区切りがついたので香月が帰ることを沖田らに促す。

「あら、もうこのような時間でしたか。とても興味深い話ばかりでしたのでつい時間を忘れてしまいました。」

「いえいえこちらこそこの時代や文化、似て非なる地球。とても興味深い話でありました。」

沖田や殿下が外を見るともう空が赤く染まり始めている。ずっとあぐらで座っていたため武や古代はつらそうにしている。

「では真那さんこの五人を送って差し上げてください」

「了解です」

殿下と月詠真那以外は立ち上がり出口に近かった月詠を先頭に出て行こうとする。
そこで殿下も立ち上がり上座を下りる。

「白銀少しこちらへ、時間はとらせませんわ」

殿下は最後尾で出て行こうとする白銀を呼び止め少しずつ近寄っていく。
白銀は呼び止められる理由は無いはずだけど、と疑問に思いながらも立ち止まり正面から殿下を相対する。
だが距離にして一メートルもないぐらいに近づく。しかし殿下は止まらない。
そして武の目と鼻の先に殿下のご尊顔が近づき武がさすがに下がろうと右足を後ろに出すと。

「ご武運をお祈りしていますわ武」

武は一瞬何が起きたのか分からなかった。目の前にあった殿下にご尊顔が自分に向かって近づいてきてすれ違ったと思ったらほほに柔らかい感触が当たった。
殿下はまるで何事も無かったかのように何が起きたのか理解できていない武から離れる。
武の後ろにいた紅蓮はその様子をみて笑い真耶は絶句している。

「えええええええええっ!?」

武は口づけされたほほを右手でなでながら絶叫する。
紅蓮は声に出してわっはっはと豪快に笑う。
真那は絶句していたがはしたないと身なりを整える。
武の前を歩いていた人たちも武の絶叫と紅蓮の笑い声で振り向く。

「なに叫んでんのよ行くわよ」

香月博士は状況を飲み込めていない武の手をとって無理矢理連れて行く。

「…これはおもしろいことになったわね…まりももうかうかしてられないわね…」

無理矢理つれていかれる武は気づかなかったが香月博士は楽しいことを発見した子供のように目を輝かせていた。




真耶や沖田、武達がいなくなり殿下と紅蓮と真那の三人だけとなった部屋では殿下がうずくまっていた。

「わっはっはっは、まさか殿下がこのような強硬手段に出られるとは。この紅蓮も想定しておりませんでしたぞ!」

うずくまる殿下を見て実に楽しそうに笑う紅蓮。
月詠は目を伏せているだけで何も言わない。

「鎧衣が申すには白銀に思いを寄せる者は多いと聞きました。かの者も例に漏れずその中の一人だそう。どうしても会う機会が少なくなる私はできるだけアプローチしなければ振り向いてくれないと思いまして…駄目でしたでしょうか」

顔をあげてこういう殿下の顔が赤いのは夕日の赤い光だけのせいでは無いだろう。そして少しの不安も見え隠れしている。

「いえいえ、五摂家の貴公子にもなびかなかった殿下がついこの前会った白銀に恋するとは…実に恋はおもしろいと思いまして。確かにかの者が白銀に好意を抱いているというなら殿下の不利なのは事実。殿下のお考えは何も間違えては下りませぬ」

紅蓮は実に楽しそうな表情をしながら人生の先輩としてのアドバイスをする。

「真那さんはどうおもってますか」

「最初こそ驚きましたが、私には色恋とは無縁でして私が口を出すべきでは無いと」

「まさか殿下に比べ圧倒的に男の子に出会う機会が多い真那が先を越されるとは。いきおくれてあまり心配事を増やしてくれるなよ、真那」

紅蓮があごに手を当てて心配するようなそぶりをとりながら流し目で真那を見る。
真那は少し顔を赤くして反論する。

「べ、別にこれは勝負ではありませんから」

「ふふふ、ひとまずは成功としましょう。これで白銀の印象に残ったでしょう」

殿下はころころと笑いながら満足したようだ。

「殿下の初めての口づけを捧げたのですから忘れでもしたら儂がたたき切りましょう」

紅蓮はこう言うと物騒にも手に持っている刀の鯉口を切る。勿論本意では無いが。

「紅蓮もし白銀を切ったら私が許しませんからね?」

殿下も本意出ないことは分かっているのが紅蓮のその顔は冗句なのか本気なのか分からなかった。




こちらは白銀や香月博士がいない横浜基地。

「今日は皆どこか抜けているわね」

訓練小隊の五人はあのAIによる試験に合格になった後、未だどこかに配属されずに訓練を重ねてきた。理由はA-01に配属されると同時に新潟で実戦を行うのは時期尚早と考えたため。もっとも当の本人達はこのようは時期ですぐに配属先を決定することができないからと自分自身を納得させているが。
いまも武とA-01の訓練の様子を参考にしてヴォールクデータに挑んでいる。しかしいつもより進行スピードが遅い気がする。

「たぶん…白銀がいないせい」

「いつもの鬼教官がいないせいだね」

「武さんはいまごろ帝都城ですね~」

「まさか帝都城に召還されるとはな…さすがたけるだな」

訓練中だが武の話題が出るとさっきまでの消沈ぶりはどこへやら、一気に話が盛り上がる。
しかし皆もう血一人の存在を忘れていい無いか。

「少尉殿…私はいますからね?」

笑いながら自分の存在を主張するのはまりも。まりもは今回は管制として訓練の手助けをしていた。いまこそまりもの方が軍曹で四人が少尉で階級は逆転したが四人がまりもの教え子であったことはいつまでも変わらない。

「次は私と一対一で対人戦闘でもいたしましょうか」

まりもは声だけなのだが四人にはまりもの顔がありありと想像することができた。
マリモの対人戦闘はこの四人にとっては恐怖の象徴のようなものだ。以前四人でまりもに挑んだときは一人一人ゆっくりと撃破されていった。最後まで残っていた冥夜は一番恐怖を味わっていただろう。ひとり、また一人をだんだんいなくなっていく仲間、たまに現れるレーダーの点。始めに撃破されたたまが幸せだったろう。

「い、いえ…やはり対人よりも対BETA戦を主眼に考えなくてはならぬと考えています故…」

「それは立派な心がけで…では次は大隊規模のBETAにでも挑んでいただきましょうか?」

四人は押し黙って戦略的撤退を選択する。これ以上何かをいってももはや火に油をそそぐだけだと思ったためだ。




「白銀がいないだけでこれか…」

まりもはモニターを見ながらマイクから少し離して呟く。
モニターにうつる戦術機はまりもの経験からしてその中でも上位に属するのは確信するほどのものだが白銀がいた時よりも動きが鈍っているには明らか。

「はあ…白銀はなにをしているのだか…」

まりもはすごく遠く、まるで武がいるはずの帝都城を見透かすように見る。



[39693] 第十五話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/11/09 20:46
「そういえば古代~おまえなかなかのプレイボーイじゃないか」

ヤマトは帝都城から帰還して横浜基地に沖合に着水した。またしても沿岸に多大な被害をもたらしたのは言うまでも無い。
香月博士や白銀、古代、真田、沖田は古代が操縦する航空機で横浜基地に着陸した。とくに命令をしたわけでは無かったが滑走路には整備兵が待っており迅速に格納庫に運搬された。古代は多少なりとも面識があった整備兵達とハイタッチをしてタラップを下りていった。もちろん副司令である香月博士、歴戦の勇者と言う風貌の沖田艦長、形相が悪い真田達にハイタッチをしようとする猛者はいなかった。
エンジンを停止させて電源を切って処理をして古代はタラップをかけ下がる。古代は人が良さそうな外見をしているためハイタッチを試みるものは少しなりともいて古代はそれに答えてハイタッチをしていた。
古代はハイタッチに答えた後そのまま白銀に駆け寄り肩を乱暴にばんばんと叩く。

「白銀おまえ~なかなかプレイボーイじゃないか」

白銀は肩を勢いよく叩かれて肩をすくめる。どうしたらいいかと対応を悩んでいるようで満面の古代に対して白銀の顔は苦笑いを浮かべている。
鈍感な古代でさえも分かる殿下のアプローチに対して白銀が煮え切らない態度をしているので仰天する。

「あんなことされておまえ何とも思わないのか!?」

階級社会が殆ど撤廃されて自由になり、多くの移民などを受け入れ古い風習が無くなったヤマトのいた日本でも欧米の挨拶のキスなんてものは広まっていなかった。しかもこの世界では階級が明確に区別されており古い風習の多くが残っているこの世界では早々に、なんにも思っていない異性にキスなんてすることはまずない。
白銀はほほをポリポリとかき首をかしげる。

「いやあれって…挨拶みたいなもんじゃないか?」

しかもこんなことをほざいているのだからどうしようも無い。前述したように あ い さ つ て い ど で キ ス す る こ と は な い !ほんとこれは一種の病気では無いかとうすうす心配になる。そしてまさか自分もこんな様子では無かったのかと少し心配になってきてしまう古代。
そして殿下のこれからの苦労を考えるととても不憫になってくる。まあ見ている方がおもしろいので古代はさらさら手を出すつもりは無いのだが。
しかしこれぐらいは言ってもいいだろう。

「おまえな…はあ…殿下も大変だな…」

これに反応したのはとうの白銀では無く周りにいた整備兵など一般兵だった。そりゃいきなり殿下の名前が出てくれば何かとおもう。しかも古代の周りにはいつもおもしろいことが起きているため二人の会話を聞いていたものは文脈から帝都で何が起きたのか好奇心をかき立てられた。
しかしもっと話を聞こうと近づこうとするが一般兵はある五人の影を確認するとそそくさと離れていった。危険を悟ったからである。
ある五人は完全に気配を消してとある蛇の名を持つ伝説の傭兵顔負けのスニーキングで近づく。古代と白銀のふたりの戦士をしても気づかないのだから恐ろしい。
うまく遮蔽物を利用して接近する五人の雌豹はシマウマを狩るかのごとく獰猛に光るその双眸で白銀を見つめている。
そしてその中の一人が背後から白銀の肩に手をかける。武はなぜかしらとてつもない悪寒とをもたらしたその手にびくりと体を震わせる。

「武…少し話を聞いてもいいか」

その手の主を白銀はよく知っている。だが白銀はその声に底冷えする寒気と悪寒を感じてと決して後ろを振り向いてはいけない気がして振り向けない。白銀の背中に冷や汗が滝のように流れ出る。佐渡島で要塞級と対峙したときでさえこんな緊張はしなかった。
蛇に睨まれた蛙というのはまさしくこれのこと。

「…冥夜どうした?」

白銀はその手の主に声をかけるがうまくろれつが回らない。

「香月副司令から聞いた…」

返事をしたのは冥夜では無く彩峰。いつもの感情が薄い声色だがいつもとは何かが決定的に異なる。武は直感的に他の三人、たま、委員長、鎧衣もいると感じる。
武は二人にばれないように自分の体に力を入れて走れるか再確認をする。
よし、すぐにでも走れる。

「そう…かよっ!」

これは逃げ出すのでない。戦略的撤退だと自分に言い聞かせる。
白銀は後ろを見ずただ前へと走る。決して前を見ない。生きるために。メロスは友のために走ったが白銀は自分のために走る。
その後ろを今までいた二人とどこからともなく現れた三人。合計五人の雌豹が彼を追いかける。白銀のすばらしい速さだったがこの五人の前では時間の問題だろう。

「武も…難儀だな」

古代は白銀がどんな天国と地獄を味わっているのかしみじみと想像し同情しながらも顔は笑っていた。
その後そこからか若い男の悲鳴が横浜基地に響いたのは言うまでも無い。




ここは帝都のある旅館。由緒正しく長い歴史を持ち斯衛軍や帝都防衛軍の官僚などが極秘裏に会談を行うときによく使われている。その旅館の廊下を歩くふたりの人物。
そこにどこからどう見ても官僚や高官には見えない男がいた。
その男の風貌は歴戦の戦士と言うのが一番しっくりとくる。背は高く筋肉が付いたたくましい体。角張ったあごに無精ひげが生えている。
身なりだけはいっちょまえに紺色の第一種軍装だが絶対カーキ色の第三種軍装の方がしっくりとくるだろう。

「何かをしてしまったのではないでしょうか私は…?」

男は先導しているたぶん帝都防衛軍の大将だろうか、老練な感じを醸し出している。しかしかた苦しい官僚らしさも感じられる。
問われた大将は首を横に振りぶっきらぼうに言う。
この歴戦の戦士は帝都防衛軍の大佐程度。今まで護衛艦をのって新潟沖で戦っていた。しかしつい先日の戦いで長く乗っていた艦と多くの友人であり部下でもあった乗員を失った。
そこから今までいつになったら憎きBETAと戦えるのかとどす黒い感情をよどませて次はどこに配属されるのか待っているときにここに呼ばれた。
しかし大将が大佐の案内をするなんて聞いたことが無いし、とくに派手な武勲を上げたわけで無いためまるでケンタウロスの迷宮にでも連れて行かれるのでは無いかと先が見えない不安に襲われる。

「だまってついてきたまえ」

男はもしかしたら自分は何か重大な失態をしたのではないか、私は何か責任を負わされるのでは無いかとでかい図体に似合わず不安になりながらただ大将の後ろをついて行く。
そして大将はある一室の前で歩みを止める
いきなり止まったためその男は少し慌ててふらつくが年老いた大将とラッキーハプニングなんてだれも望んでいないからかろうじて転ばずに立ち止まる。
ぎりぎり立ち止まれたことに一安心して状況判断のために周りを見回すと後ろには美しい庭があり前には障子で閉ざされた一室が。風景からみてなかなか上等な部屋であることを推測する。そしてその部屋の中には数人いると気配で察知する。
すると大将は部屋をみようともせず振り向きもせず忠告する。

「儂はここまでだ。この中へは貴様だけで入れ。けっして無礼なことをするなよ。」

そう言い残して大将はくるりと回答して憎々しげな、うらやましげな目で男を見ると来た道をこの後起きることを見たくないかのようにスタスタと早歩きで戻る。残された男は大将が残したあの目の意味が分からず、この障子の先に何が待ち受けているのか不安になりながらもここで決心し無ければ帝国軍人の恥と障子をゆっくりとおそるおそる開く。決心した割にはとても滑稽なものだった。

「貴官が帝都防衛軍のーーー大佐ですか」

部屋を見るとふたりの女性が見えた。いま自分の名前を言ったのは赤い近衛服を着た鮮やかな緑色の髪を持つ意志の強そうな瞳を持つ女性だ。
もうひとりは赤紫色の髪を持つ国連軍のC型軍装の上に白衣を着た気の強そうな女性だ。しかしこちらの女性の瞳は何を考えているのかまったく
読み取れない。

「はいそうです」

たぶん自分が大佐であることをしって敬語を使っているのだろうが所属が違うし殿下の軍と言うことで一応こちらも敬語を使う。
こちらが敬語を使うことには何も感じるものは無かったようで特にリアクションは無かった。

「まあ立ち話も何だからひとまず座りなさい」

返事をしてから数秒、えっそれだけ?と思うともう片方の白衣を着た女性が座ることを促した。
階級も名前も全く分からない白衣の女性を警戒しながら座る。訳の分からないものを忌避し警戒するのは動物の本能によるもので全くもって普通の反応だ。逆に警戒しない方がおかしい。
警戒され慣れているのか女性は特に気にした様子も無く自己紹介を始める。

「私は極東国連軍横浜基地の副司令、香月夕呼よ」

女性の階級を嬉々少しだけ驚く。いきなり国連軍の幹部がいたのだから驚く。幸い普通の本土防衛軍の兵と違いあまり国連軍に抵抗はないが普通はここで嫌悪感を抱いてもおかしくない

「これは失礼しました。なにぶん礼儀をよくしらんのでして」

だからこうやって敬語を使わないのは使いたくないからでは無い、使い慣れていないからだ。
この男は大学を卒業していない。高校を卒業してからすぐに帝都防衛軍の海軍に入った。初めは下っ端だったがついに大佐にまで上り詰めた。特に人脈があったわけでも無い、ただ実力と人徳でたたき上げられた老練な大佐だ。
だから目上の人物にこびへつらうことも無く敬語なんてものは使う機会は殆ど無かった。このことについて腹を立てた悪辣な上官も幾人かいて昇進を妨害しようとする輩もいたが実力は必ず認められいつの間にかそのような輩の上に立っていた。

「別にいいわ。私たちがほしいのは無能なエリートのいい子ちゃんじゃないもの」

香月副司令はじっとその男の目をみて嫌悪感や悪意が無いことを確認する。
そして彼女は予想道理だったことに喜んでいるのかくくくと笑う。しかしその笑顔の中には単なる喜びだけでは無く幾重にも策謀が秘められている気がした。
香月副司令は机の下から小さいモニターのようなものを取り出す。
そして机の上に置く。三人の立ち位置は長い机の下座に俺がいて、机の脇に二人がいる感じだ。そしてモニターは上座に置かれる。
二人はおもむろに目を伏せる。なので何かもっと偉い人が現れるのかとおもい慌てて二人にならって目を伏せる。
そして一分ぐらい目を伏せるとさすがに気になってちらりとモニターを見てみる。
そこに映っていたのは女性。紫色の長髪を持ちとても端正な顔立ちをした白い服を着ているこの人は…。
えっと…。
テレビで何回か見たことがある…。

「煌武院殿下ぁぁぁ!?」

つい図太い大声で叫ぶ。
脇に控えている二人は軽く体を震わせる。二人の体のみならず部屋の調度品も震えたようだった。艦では一瞬一秒の時間が重要で命令が間違ってとられないように大声で命令をしているからこその大声だ。まるで電車がとおりすぎたような轟音だった。
しかしつい大声で叫んでしまったので殿下に対してとんだ無礼をしてしまったと後悔する。驚いて一度は顔を上げたが地面をかちわらんかの勢いで畳に額をこすりつける。
まさかモニターを介してとはいえ殿下の前であんな無礼を…しかしもしかするとモニターは出力できるだけでこちらの様子は何も映っていないかもしれない。そうだ殿下はなにも知らない。私が何をしたのか知らないはずだ。

「ふふふっ」

いや駄目だ。完全に聞いてしまったようだ。なぜならこんな自分を笑っているから。殿下にこんな醜態をさらすなんて穴があったら潜りたい…。

「面を上げなさいーーー大佐。それでは言葉を交わせないでしょう」

いやそんなことはできない。もう殿下を直視できる気がしない。鑑なんて無いが自分の顔が真っ赤に染まっていることが分かる。
このまま頭から地面に潜っていきたい…。
しかし殿下にこう言われたら顔を上げるしか無いでは無いか。
――はおそるおそる顔を上げる。そこには口元に手を添えてころころと笑う殿下のご尊顔が映されていた。
――は一介の軍人でしか無い。それが呼び出されてモニターごしとはいえ殿下からお声をかけられるなんてことは想像すらしていなかった。
まるでいつ怒られるのか恐れている子供のように震えているが、香月博士はそんな様子を気にするわけでも無く大まじめに口を開く。

「さて――大佐、私たちはあなたにある任務を任せたくて呼んだのよ。」

殿下や国連軍の副司令が直々に面会して伝える任務とは何だろうか。日本に存在する二つの軍隊の最高責任者と副司令官が介するこの状況。全く想像はできないがもしかするとこの国の将来に関わるものかもしれない。
――は震えそうになる体を無理矢理押さえつけて身を固くする。

「簡単に言えば私が開発している斯衛軍の最新鋭巡洋艦、それの艦長になってほしいのよ」

「国連軍」の副司令が開発している「斯衛」の巡洋艦?まさか国連軍と斯衛がこうやって手をつないでいるとは。しかも斯衛軍が巡洋艦を持っているなんて…しかも「帝都防衛軍」の自分が艦長だとは…。
実におもしろいでは無いか。
日本には現在三つの軍が混在している。それは国連軍、斯衛軍、帝都防衛軍だ。
国連軍の指揮権は国連が保有しているが緊急事態には基地の司令が自由に判断して攻撃してもいいことになっているからたいていの指揮権は基地司令のものだ。
斯衛軍の指揮権は勿論殿下にある。
帝都防衛軍の指揮権は帝都防衛軍司令部が持っている。
つまり指揮権がばらばらで連携がとりにくい体勢にある。このことについてはーーも常々改革した方がよいと感じていた。
昔のドイツ、まだ東と西に分かれドイツ本土を守っていたときが良い例だ。資本主義と社会主義がいがみ合いいたずらに犠牲を増やしていった。そのままではすぐに滅亡するかもと言われていたがしかしクーデターが発生して国が一つに統一されその後長い間BETAの最前線で戦い続けた。
もしあのまま二つのドイツがいがみ合っていたらもっと早く戦線が崩壊してヨーロッパが蹂躙されていたかもしれない。

「その艦の性能は………」

―――は三つの軍が協力するという理想ととてつもない破壊力を孕んだその艦の夢のような性能を聞いて新しいおもちゃも持たされた子供のようにうきうきと心を躍らせていた。
これで新潟沖に散った仲間と艦の仇をうってやれると。




横浜基地のサイレンがけたたましく鳴った。
そして新潟でのBETA上陸からまだ一週間ほどだというのにまたしてもBETAが新潟に接近しているとの報が横浜基地にもたらされた。

「香月先生!BETAがまた新潟に上陸したって本当ですか!?」

横浜基地全施設のこの一報がもたらされたとき武はちょうどPXで食事をとっていた。そして前回の世界では無かったこの出来事は全くもって武の予想外のことで食事を口に掻き込んですぐに副司令室へと走った。皆が警戒態勢をとる中一人立ち入りが制限される区画へ向かって昔ならば不審に思われるかもしれないが大尉の権限を持ついまならなんら問題は無い。
しかし慌てる武に対して香月博士は椅子にどっかりと座り落ち着いて書類を眺めていた。
武が問いかけてから数秒の間を置いて見ていた書類を置いて説明するのがひどく退屈そうに武を見る。

「ええそうよ。そしてここ横浜基地に直進して来てるわ。しかもまだ前回の上陸から時間がたってないから戦力の再編成もすんでないから今までならやばいわね。本土防衛軍も戦力をかき集めて戦線を構築しようとしてるけど戦線が完成する前にどこまではいられるか」

「なにか策をこうしているんですか」

すると退屈そうな顔から待ってましたとばかりに口をゆがめる。

「自分の予定にないことがそんなに不思議かしら。でもねBETAだって100パーセント同じ行動をするなんて誰が決めたのよ。私たちだっていつも朝食にご飯をたべるけど今日はパンにしようって言うのもあるじゃない。しかも私たちは今までとはちがうのよ」

「じゃ、じゃあヤマトに出撃命令を?」

「そうよもう沖田艦長に連絡してあるわ。もうそろそろ出撃するんじゃない。あとこの出撃を命令したのは殿下ってことになってるわ」

武はどうして殿下が命令したなんてややこしいことをするのか瞬時に理解した。
前の世界において沙霧がクーデターを起こしたきっかけは何だったのか。
それは噴火の際に政府が住民を強制的に退去させたからだ。その決断に対して武は正当だと思っている。しかし沙霧はそうは思わなかったようで殿下ならば住民の声を無視したりしない、これは政府が殿下の御心をないがしろにしている証拠だ、として殿下に権力を取り戻すためにクーデターを起こした。
ならばどうやって殿下に権力を戻すか。
そしてこの事件だ。
二度目の侵攻に対して危機に陥った帝都を、日本を殿下の英断により排除する。
これだけでは完全に権力を取り戻すことにはならないが国民は殿下をより強く感じるようになり殿下をより強く支持するし、何もできなかった国会も力を示して国民から強く支持される殿下をないがしろにはできなくなるだろう。
この事件により多少はクーデターの動きを牽制できる。
あともう一つ大切なことがある。
殿下の権力が強くなれば武を介して懇意にしている香月博士はもっと自由に行動できるし予算も取りやすくなる。まさに一石二鳥。
武は香月博士の考えに深さとしたたかさに改めて感心しっぱなしだった。




「ヤマト発進します!」

島が出力レバーを最大に上げて操縦桿をを一気に引くとヤマトの船体は水面から離水して宙へと浮かぶ。
ヤマトの強力な出力で押し出された波は沿岸の荒れた大地を襲う。もし沿岸に住宅があったら訴訟されただろう。

「目的地は新潟沿岸、目標は上陸するBETA群。この命令は殿下直々の命令だ。だからと言う訳では無いが気を引き締めてい向かえ!最大戦速!」


発進したヤマトは殿下の命令と香月博士の思惑を携えて一路新潟へと飛んでいった。
空には航空機も鳥も雲も無くヤマトだけがただ一つ飛んでいた。




ヤマトの眼下ではちょうど突撃級を先頭としたBETAが上陸を始めていた。前回の戦いで巡洋艦は沈んでしまったため海であまり減らせなかったし機甲部隊も砲兵部隊も再編がすんでいないため効果完全に発揮してはいない。散発的な砲撃によりBETAも多少は減っているだろうが遠目からでは全く減っている気がしなかった。まだBETA群の全体が見えたわけでは無いがある程度の規模がありそうだ。もしこのままヤマトが参戦しなければこのまま横浜基地にたどり着くだろう。

「全兵装の使用は自由とする、各砲門ごとに目標を撃て!」

「全砲門射撃自由!砲撃開始!」

沖田の命令を古代が中継して全砲門へと伝達される。
そして古代が言い終わると同時にヤマトのショックカノンが発射された。さらにそれに続けてパルスレーザー群も各自攻撃を始める。
船体を斜めにしての砲撃、全主砲を片舷の機銃の斉射。湾岸戦争時のロケット弾、ミサイルによる攻撃を鉄の雨と称したがこれは光の豪雨とでも称した方がいいだろう。
豪雨にさらされたBETAは赤い血でずぶ濡れになった。

「森船務長、中継はどうなっている」

「ばっちりです。無事帝都城へと中継できています」

森は機器を操作してヤマトの大型モニターに映っている映像が電波に乗っているか調べる。
この中継と言うのが香月博士の思惑だ。ヤマトの撮影した映像は帝都城へと送られそこから直接TVへと流されている。完全生放送だ。
今頃お茶の間でも駅でも仕事場でも、テレビを見られる環境であれば至る所でこの戦場こ映像が流されている。

「BETA群は未だ上陸を続けていますが戦車部隊、砲兵部隊への損害は皆無です。

戦車と砲兵による砲撃に加えて更にヤマトによる砲撃。浮かんでいる状態ではどうしても俯角がとれないため船体を左斜めにしているため左舷のみの砲撃だが効果は十二分に発揮している。もう二度とこの海岸では海遊びをするこのとのできない地形にしてしまうと言う代償を払っているのだが。
沖田は黙って一方的に蹂躙されているBETAを眺める。ショックカノンに跡形も無く吹き飛ばされる。ショックカノンにより宙を舞った後地面にたたきつけられる。パルスレーザーでミシン穴を開けられる。戦車砲で穴を開けられる。榴弾で四散する。ミサイルで砕け散る。事前に対BETA戦のことを調べて知っていた沖田はこれがどれほどの戦果なのかを理解している。
しかしここで一つに疑問が浮いてくる。
BETAとは本当に生物なのかと言う疑問だ。生物はどんなものでも生理的に危険から身を遠ざけようとする。しかし目の前にいるBETAはまるで自分たちから釜に飛び込んでいくように進んでくる。どんなに殲滅しようが関係なしに突っ込んでくる。どいつも真っ直ぐにだ。これは以上と言うほかに無い。沖田の他にも真田も画面に映るBETAを凝視しているがたぶん同じことを考えているだろう。

「第一陣の突撃級は粗方排除したようで要撃級を主軸とした中核が上陸を開始した模様。」

森の報告にモニターを見ると先までは濃緑に染まっていた沿岸はいま白色で染まろうとしていた。
だがやはりこの砲撃の嵐の中を越えられるBETAは一匹としていない。

ところでこのBETAを一方的に蹂躙する映像は帝都城から日本全体へと発信されている。公共機関でも会社でも、家庭でもこの戦場の映像は放送され多くの日本国民さらには他の各国でも放送されている。これは速報なので自分の見たかった番組が見れなくなってしまった人が多数だがだれも文句を言わずにただただこの今まで蹂躙する側だったBETAが蹂躙される様に見入っている。そしてこの映像を流すと同時に殿下直々の命令であることが報道されている。




横浜基地でもPXでヤマトが流す映像が放送され基地に所属する多くの人間がそれに見入っていた。
そして誰もがこれがほんとに戦場であるのかと目を疑った。

「これが宇宙戦艦ヤマトの戦闘か…」

これは武がなにも意識せず呟いた本心だった。
いままで戦場では血みどろの戦いが起きていた。
最初に艦船、戦車、砲撃を行い数を減らした後に戦術機が接近し近接攻撃で残存するBETAを殲滅する。
これが基本戦術だが現実は戦車部隊、砲兵部隊への接近を許し近接攻撃を考えていないため蹂躙され、殆ど数が減っていないBETAにたいして攻撃し囲まれ次々に食われる戦術機。
接近戦に持ち込まれてまるでけんかのような泥沼の戦いがいつもの戦場だった。

「香月副司令はこんな秘密兵器をここで開発していたとは…」

冥夜は香月博士の名前を関心と少しの畏怖を持って呟いた。

「まさかこんな兵器が存在するなんて驚きだわ」

「白銀はこの性能までしってたの?」

彩峰はこの場でもっとも話を知っていそうな武に声をかける。

「いや初めてじっくりと戦闘を見たがここまでとは…前回も見たはずだが改めてみると驚きとしかいえない。」

武も完全に性能を理解したわけでは無かったためどう答えようも無い。
そこに青いポニーテールをした勝ち気そうな女性人混みをかき分けてが近づいていた。

「し~ろ~が~ね~、ヤ・マ・ト・の・こ・と、教えなさい!」

速瀬中尉は後ろから武に肩に腕を回す。

「はっ速瀬中尉…」

「なにか知ってるんでしょ~教えなさい!」

速瀬は野次馬根性丸出しで武に聞く。しかし武もあんまり分かっていないのだからどうしようも無い。
そこに水月の後ろからやっと追いついたA-01の良心が助け船をだす。

「水月、白銀君のびっくりしているでしょう?」

しかしこれはほんとに助け船となったかと聞かれると怪しい。もしかすると新たな火種を振りまいただけかもしれない。

「白銀君?」

そう呟いたのはB小隊の五人。そして目を見開いてぎょろりと武を見る。

「白銀君だって、随分とこの人と仲がいいのね白銀君?」

さっきまで必死に画面を仰ぎ見ていた首だけをぐるりと振り向いて榊は武を見据える。

「白銀君少し話を聞いてもよろしいか、なに、時間はとらせん」

「ちなみに拒否権は…ない」

冥夜と彩峰は無言で徒手格闘の構えをとる。回りにもモニターを見るために多くの人がいるがもう目に入っていない。

武は身の危険を感じ取った。ここにいては危険だと本能が騒ぐ。ひとまずこの三人から逃げなければならない。このままいくとこの前のようなことになる。速瀬中尉はこういうのに積極的に参加するため敵に回るやもしれない危険人物。涼宮中尉は優しくて力ずくで止めるようなキャラで無いからこの雌豹達をとめられない。ならば!

「たま!美琴!」

一番まともそうな二人の名を呼んで救出を求める。

「えっと…私も気になります!」

「あはは~ごめんねたける、僕も気になっちゃってるんだよね~」

だが中立だと信じていたふたりはとんだ伏兵だった。鎧衣はそんなことを言いながらさりげなく退路をふさごうとしている。この場に武陣営は本人のみ。中立だと思われるのはふたり。敵対勢力は五人。これでは包囲殲滅される。ではどうすればいいのか、どんな兵法でもこういうときの対処法はただ一つ。

「撤退あるのみ!」

武は鎧衣が退路をふさぐ前に速瀬の手をふりほどくと人混みをかき分けて脱出する。まわりもなにか武の危機的な状況を察してかさりげなく退路を作る。
武は周りの人々の優しさに感謝しながら作ってくれた退路を、鎧衣をすり抜けて走り去る。

「待て武!」

「白銀!待ちなさい!」

「白銀…逃がさない」

「たけるさ~ん!」

「武逃がさないよ~!」

五人はそれぞれの音を出しながら逃走する武を追う。何とも騒々しい五重奏だろうか。
その喧噪に取り残された二人。

「は~青春ね~ってあいつうまい具合に言わずに逃げたわね!?」

うまく巻かれたことを悔しがる速瀬はその場で地団駄を踏む。それにふれたら危ないなと周りの人間は一歩ずつ速瀬から離れて遠巻きから早く静まらないかと観察する。

「白銀くんは忙しいわね」

「原因を作ったやつがなにをいうのよ」

この原因を作り出した遙は全くもって他人事のように楽しげに白銀が逃げていった方向を眺めていた。男がめっきり少なくなったこのご時世、こういう色恋沙汰も比例してめっきりと少なくなったからこういうのは久しぶりで少々度が過ぎたか。
速瀬はヤマトの行うこの一大ショーが見れなくしてしまうのは間が悪かったなと思う。

「そういう水月は追わなくていいの?水月もあっち側じゃない?」

しかし遙は懲りず目標を速瀬に代える。
速瀬は一瞬遙が何を言ったのか理解できずぽかんとしたがやっと理解して顔を赤くして取り乱す。

「ちょ、ちょっと!私はそんなんじゃ無いわよ!ただのライバルよライバル!いつかはあいつを追いぬかすんだから!」

遙が言うあっち側とは白銀のことを追っていった五人のことだ。
しかし速瀬は顔を真っ赤にして顔と手を振って全力で否定する。本人は否定しているつもりだが他人から見れば肯定ととれる。
遙は共通の思い人を失ってうちひしがれたときのことを思い出してクスリと笑う。

「そう?白銀君いいと思うけど」

昔はもう二度と人を好きになることはないと思っていたのに実におもしろいなと思うと同時に時間の流れに少し寂しくなる遙。しかしこんなことを思っている遙も白銀をまんざらでは無く思っている。
速瀬はどうにかして話題をそらそうと目の前のモニターを指さす。

「そんなことより今はこれでしょ」

モニターではいまのなお続く一方的な砲撃がうつされていた。




「くっ!どんどん上陸地点を広げていている!」

BETAは着実に上陸地点を広げて砲撃を拡散しようとしていた。ヤマトも主砲は9門、そして片舷のパルスレーザー群のみ。本来はさらにミサイルと航空機による攻撃も加えるところだが光線級や残りの資材を考えるとあまり易々と使えるものでは無い。
しかし今の攻撃がどれほどすばらしいものといえども現状は水が流れるのを手で止めようとするものだ。少しずつ戦車部隊にもにも被害が出始めている。
上空から見ているBETAが着実に浸透し始めている。安全地帯から高みの見物となっている古代達からすればこんな歯がゆいものは無い。
古代が独断専行してコスモゼロで攻撃しに行かないのは艦長代理としての責任の重大さを実感したからだろう。しかし逆にこれが古代の持ち味を損なってしまうのでは無いかと島達は恐れているのだが。

しかし浸透したBETAは小回りがきかない戦車では不利のなのは必至。しかしヤマトが攻撃すればもっと多くのBETAの上陸を許すこととなり被害はこんなものではすまなくなるし誤射の危険も発生する。古代は島でさえも歯ぎしりをする。
ここでやっと増援が訪れた。帝都防衛軍の戦術機部隊の登場だ。

「沖田艦長、通信の要請が来ています。発信元は帝都防衛軍戦術機部隊」

沖田は大きく首を縦に振り通信する意思を示す。

「こちら帝都防衛軍、戦艦ヤマト、取りこぼしぐらいは我々にやらせてもらおう!貴艦はこちらを気にせず攻撃を続行してもらいたい!」

戦術機部隊はその言葉に違わず後退しながらも果敢に砲撃を繰り返している戦車部隊を追い取り付こうとしている要撃級や戦車級を一掃する。なんと勇ましいことか。
戦術機にも多少は被害が出ているというのに誰も臆してはいない。これはヤマトという大きな希望を得たからだろうか。
ヤマトのイスカンダルへの旅路は孤独なものだったがここではたくさんの仲間がいる。そう感じさせた。

「こちらヤマト艦長、沖田十三である。貴官らの戦闘には感服するのみである。ヤマトは全力で砲撃を続ける。貴官らの健闘を祈る。」

沖田は敬意を払って返信をする。このような者達がいるならば地上では大丈夫だろう。沖田らはBETAへの攻撃に集中した。




結論を言えば戦闘は沿岸部だけにとどまり、戦車部隊戦術機部隊ともに被害は最小限に抑えられた。ヤマトの戦力が戦果の多くをしめていたのは間違いない。ヤマトの姿に鼓舞されて部隊も力を十二分に出していたのも事実だが。
ヤマトが横浜基地に帰還するとき戦車部隊や戦術機部隊から声援をうけ、更にヤマトの撮影した映像をテレビで見ていた一般の人々もヤマトが上空を通ると声援をあげた。まさしく英雄の凱旋と言うほかに無い。
ヤマトはたった二回の戦闘で日本の英雄として確立してしまった。
さらにヤマトに直々命令を出したと宣伝した殿下の立場も変化していく。次の日の新聞やテレビでは殿下の復権か!?という見出しが目立った。いや目立ったというか全部だった。これは国民の多くが殿下の復権を望んでいたのに他ならない。
国民の声がすぐに政治を変えるわけでは無いがこれで復権に近づいたのは事実だった。




新潟での二度目の防衛から数日がたった。古代と真田は情報収集と言うことで香月博士のつぎに関わりがある武が案内役として横浜基地の案内をしていた。

最初に訪れたのは食堂、横浜基地に来たのならまず横浜基地の母に会わなくてならないだろう。
食堂は今人がまばらな時間帯なので邪魔にはならないだろう。

「おばちゃーーん」

人がいない厨房で武が大きな声で呼ぶと厨房の奥から返事が返ってきてぱたぱたよ歩いてくる音が聞こえた。
そして白いエプロンを着けた横浜基地の母こと京塚のおばちゃんが出てきた。

「はいよなんだい、って武じゃ無いか。こんな時間なのに腹でも減ったのかい。」

京塚のおばちゃんは珍しい時間に武が来たもんだと不思議な顔をしている。本来ならいまごろ訓練の真っ最中だからだ。
そして武の隣に見慣れない服を着た二人の男がいることに気がつきその二人のことを聞こうとする。
しかしそれを言う前に武は紹介する。

「今日は案内役をやってるんだ、こちらは戦艦ヤマトの戦闘班長の古代と技術班班長の真田さんだ」

戦艦ヤマトの名前が出てくると京塚のおばちゃんは驚いた顔をする。防衛戦後、戦艦ヤマトは情報収拾や今後の方針のため大きな行動をおこしておらずヤマトの乗員が横浜基地に立ち寄ることも無いため彼らのことを知るものは誰もいなかったからだ。
最近ではヤマト乗員は機械なのではという噂すら立つ始末だ。
そしていきなり目の前に未だ正体不明だった英雄の一員が来れば誰でも驚くだろう。

「あんたらがあのヤマトの乗員かい!けっこういい顔をしてるじゃ無いか!そうかなんか食べていくかい?」

おばちゃんはどうにかもてなそうと何か食事を出そうと冷蔵庫に向かうがさすがに中途半端な時間なので三人は断ろうとする。
それでもなにか食べさせようとするおばちゃんに折れて昼飯時に来る約束をした。

「そうかい、じゃあ昼に必ず来るんだよ!たくさん用意しておくからね!」

おばちゃんは誰もが笑顔になるようないい笑顔で答える。二人はどうしておばちゃんが横浜基地の母と呼ばれているのかすこし分かった気がした。お節介だがけっして嫌なものでは無くむしろ心地よかった。とくに古代は小さいときにお母さんを失っているためとても懐かしく感じた。
しかし武だけはたくさん用意するとはどうなることか意味を知っているため二人の肩に手を乗せる。

「…二人とも、健闘を祈る…腹はすかせとけよ…」

二人はその武の反応に首をかしげる。理由を聞くも昼になれば嫌でも分かる、と教えてくれなかった。
二人は昼にどんな地獄が待ち構えているのか知るよしも無かった。




「ここがシミュレーター室だ。」

武につれられて二人が訪れたのは斜めの柱で持ちあげられているいくつもの箱が置かれた部屋に着いた。
いまでも数個の箱が激しく動いている。

「この箱みたいなのがそうなのか」

古代は今まで見たことが無い、稼働していないシュミレータに近づきまじまじと周りを見回る。しかし真田はまるで博物館の展示品を見るように興味深そうにまじまじと見物する。

「これはすごいな…まるで昔の航空機のシミュレータだぞ」

そうです、昔の航空機シミュレーターです。
真田の目は完全に研究者の目をしている。武はまるで新しい理論を見付けた香月博士を見ているようだった。

「えっ昔はこう言うのだったんですか」

「今では脳に直接つなげて仮想空間で訓練するのが普通だがここではまだそこまで進んでいないようだ。」

しかし香月博士より正常だ、ちゃんと古代に分かるように説明している真田を見てひとまずまた一人マッドサイエンティストが増えたわけでないことに安心する。

「ひとまず訓練している様子を見るか?今ちょうど向こう側ので伊隅ヴァルキリーズが訓練している所だから」

武は動いている箱と全ての戦術機シミュレーターをモニタリングして指示したりする管制室の方向を指さす。

「伊隅ヴァルキリーズっていうと武が所属していたところか」

「ふむこの世界の二足歩行ロボットの実物も興味があるがどのようなシミュレーションをしているかも興味深いな」

二人は興味津々で武について行く。




「激しいなこりゃ」

古代はモニターに映る戦術機達がせわしなく動く様子を見てため息を漏らす。古代はコスモゼロを駆る航空士でもあるため格闘戦である程度の激しい機動には慣れていると思っていたがこの激しさは全く違う。上下左右、しかも急停止急加速、しまいには着地。見ているだけで吐き気を催しそうになる。
隣の真田は戦術機の機動はそこそこでそこにある管制装置やボタンなどをまじまじと見ていた。
ここで古代は一つ疑問が生まれた。

「しかし新潟でみた戦術機とは随分と動きが違うな。こっちは切れが違うな」

古代が新潟でみた戦術機はなんだろう、ゲームと言うべきか。与えられたボタンによる操作をうけそれを実行して完全にそれを実行すると新しい行動を起こす。いつもコスモファイターを操縦するようになめらかなもんでは無かった。つまりかくかくしていたのだ。
するとその疑問をきいた武は自慢げに胸を張る。

「それは伊隅ヴァルキリーズの練度と新しいOSを使っているからだ」

「練度でこんなに変わるのか。いやOSもか。しかしなんであの新潟での部隊はOSは持っていないんだ。」

疑問を呈したのは真田。そうだここまでかわれるのならどうして全部隊が装備しないのか。
ヤマト工房では実験兵器の制作がすぐにできて実際に使い装備することができるため真田にとっては不思議でならなかった。

「このOSは香月博士と俺が開発した物でいまはこの部隊と斯衛でしか使われていないんだ」

真田は開発した武に素直に感心する。
真田は技術班なのでいつでも開発できるが武は戦術機乗りだ。実際に戦闘をしないものが作った兵器、実際に戦闘を経験したものの兵器。どちらがより優秀なのは明らか。しかも戦闘と開発を両立することはけっして簡単なものでは無い筈だ。

「武おまえ開発して戦闘にも参加しているなんてすごいな」

「ほうほうもっと褒めたまえ」

真田に褒められて天狗のように鼻を伸ばす武。A-01やまりもなど多くの衛士に褒められたがやはり何度でも褒められるのはうれしい。
しかし古代だけはリアクションが薄い。

「どうしたんだ古代」

「あ、いや…すごいな」

真田に声をかけられて何か言いたそうだが苦笑いで褒める。

「どうしたんだ古代、なんか言いたいことあるならいっちまえよ」

武は気になってしゃべるように促す。
古代は武にもう一回本当に言っていいのか聞いてみるが武の回答は変わらなかった。

「いやな、真田さんがいつも不利な状況を一変させる発明をさらりとしているからあんま凄そうに思えなかったから…」

武はたかーく伸ばした鼻を折られてずっこける。
そして真田を指さして聞く。

「え?真田さんってそんなすごいのか?」

「そりゃもう凄いぞ。岩盤で身をかくしたり攻撃する装置を開発したり、デコイを作ったり、ガミラスの必殺の兵器を跳ね返したり。」

古代の口ぶりからその兵器の実情は分からないがとんでもないものだろう読み取れる。
そしてさっきまでそんな人にたった一つの開発、しかも基本概念を出しただけで鼻を伸ばしていたのがとたんに恥ずかしくなる。

「真田さん…すみませんでしたぁぁ!」

「別にそんなたいしたことはしていないから顔を上げてくれ。」

真田もまんざらでは無いようで強く止めるように言わなかった。






「そうだ!ちょっと二人ともこのカメラの前に立ってくれ」

武が真田に平謝りしたあと、すこし落ち着いてから誰にも向けられないしてやられた感から何か悪巧みを思いついたようで二人をカメラの前に立たせる。
二人は言われるがままにカメラの前に立つ。
すると武はボタンを操作すると画面に冥夜たちB分隊を加えて再編された伊隅ヴァルキリーズの面々がのるコックピットの様子と戦術機が映し出される。
古代は不覚にも十人十色な美人達が突然映し出されたためどきりとしてしまう。
武はボタンを操作してたまと築地と回線を開く。
二人とも突然知らない人間が回線を開いてきたため不思議そうな顔をする。
そこで武は笑いを抑えながらアナウンスをする。

「さっきな…こちらの二人が一目惚れして是非食事に誘いたいって」

「えっ!」

二人とも、いや古代と真田もずっこける。たまと築地は驚いて機体操作を誤って墜落する。さてこれは伊隅大尉に怒られるなと人ごとに思いにやりと笑いながら回線を切る。

「武、おまえなかなかえぐいことをするな」

「武、覚えておけよ」

「何のことかな」

武は笑いながらしらばっくれて逃げ出すように次の場所へと向かおうとする。
このいたずらがこのあと問題を残すとはだれもおもわなかった。




後書き

最近ピクシブでも練習としてSSを書いているため投稿に間があきます。
ところでやっと原作では起きない事件が起きました。特に影響がなさそうなこの事件ですがこれがどんなことを引き起こすか…なんか起こします(何も考えていない)
しかしこれでやっと練りに練った独自シナリオが生きてきます。ひとまず次はクーデターですかね。さて香月博士の作戦で止められるのか。それとも武が何か策を講じるか。第五計画はヤマトという障害物にどう対処するか。
次の投稿をお楽しみに。



[39693] 第十六話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2014/12/09 23:05
日付は11月の14日、新潟での一件の落ち着きを取り戻していた。
いま武は香月博士に呼び出されて副司令室に参上した次第だ。
部屋は武がこの世界に来たときよりも壮絶な様子を呈している。紙の雪崩、山崩れ、洪水とかもし梅雨の季節ならキノコやカビの絶好の繁殖場になっていた。
その部屋の主たる香月博士はいつもの人をおちょくる悪魔のような表情では無く推測はできているが確証が持てずその事案をもてあましているような表情だ。

「ここにあんたを呼び出した理由はついこの前の新潟防衛戦でのBETAの異常行動のことよ」

新潟防衛戦でのBETAの異常行動……簡単に言えば二つ。
一つ目はBETAがヤマトに引き寄せられるようにUターンしたことである。
いままでのBETAの戦術は前進し前進し前進する。後ろなんてものや仲間など顧みない。そしてある程度進むとハイブを建設してそこを前線基地にする。
そんな単純なBETAがUターンしてヤマトを追うなんて前例が無い事件だ
二つ目は佐渡島ハイブからの二度目の侵攻だ。
一度目の侵攻は佐渡島ハイブに生存する個体量が満杯に近くなっていたのが後判明したのでいつも通り、理にかなった行動だ。しかし二回目はおかしい。その後の佐渡島ハイブの個体量の調査で通常よりずっと少ない量であることが判明。
いままで侵攻はある一定量の個体が繁殖するとハイブい収まりきらない余剰となったBETAが次のハイブを建設するために侵攻を行う、と考えられていた。しかし二回目の侵攻では余剰どころかもっと大量の、予想では通常のハイブの個体量の20パーセント、のBETAが侵攻してきた。
人間の戦争でたとえると城の守備隊を削って攻撃に当てたと言うことだ。
人間なら何らおかしいことは無いが戦術、戦略をもっていないBETAが防衛をすて敵が弱体化したところに奇襲をかける、これは対BETA戦術の根底から覆すような自体だ。
計画されている「次の作戦」を考えると結果的に好都合なことになったがもしヤマトがいなければ帝都にまで侵攻を許して日本を揺るがす大事件になっていたかもしれない。

こんな長ったらしく説明したが二度目の新潟防衛戦は異常づくしだった、と言うことだ。
武にしても今までの世界では体験したことが無かった事件に独自に調査していた。さすがにただの大尉の権限では個体量の調査資料なんて手に入れられなかったが。
武がふと視線を散乱している資料に落とすとそこにはここ数十年各地のBETAの行動、カシュガルハイブが建設されてからの各地のハイブの個体量の統計、それと衛士からの証言やそのたもろもろ、そう以前から増えていた資料はすべてBETAの行動をさらって以前に似た行動が無かったのか調べていたのだ。しかもできる限り詳細な情報を調べていたためこの枚数となった。
香月博士は新潟の後からこればかりを調べていたのだろう。

「たぶん先生と同じ考えだと思います」

武は香月博士も同じ考えであることに確信をもって答える。
香月博士も武が同じ考えだと口ぶりから知り、答え合わせをして友人と同じ答えだったことをうれしく思うように満足そうに笑う。

「でしょうね、あんたが言っていた前世界での出来事と今回の世界での相違点。今までのBETAの置かれた状況と今回のBRTAが置かれた状況の相違点。私がこんな詳細に調べるまでも無かったわね。莫迦でもチョンでもわかるってものね」

武も少しだけ笑う。まさしくその通り。対BETA戦を覆した誰もが予想だにしなかった存在。

「「ヤマト」」

二人の答えは宇宙戦艦ヤマトだ。今までの世界でも、今までのBETA戦では存在すら無かったイレギュラー。
そしてBETAを圧倒した英雄。
しかし原因になり得る存在は判明したが問題はどうしてそうなったかの経緯だ。

「あなた彼らと接してなにか気になったことはあるかしら」

武は今までの古代や真田と接したときのことやヤマトに乗艦したときのことを思い出す。
しかしヤマトでふれるものはすべてが見慣れないもの、しかもBETAが何に興味を持つのか考えたことも無かった。
だから白銀は数分考え込むも首をかしげる。

「はあ…なにも考えていなかったのね、一回BETAにでもなってみたら?」

香月博士は見下した、卑下したのではなく意地悪そうな声で白銀をののしる。

「香月先生がBETAになったら確実にあ号目標ですね」

「じゃああなたは要撃級の感覚器官部ね」

「もはやBETAの一部じゃ無いですか!」

「BETAだとしても天才である私とあなたが同じくくりであるはずが無いじゃないの」

そんな話は置いておいてと香月博士は話を切り上げて手を組み直す。

「私の推測を話すわよ。まず一つ目、ヤマトの持っている人工知能をBETAが生物だと認識して新たな生物との接触を試みたこと。まあそうよね、私たちの科学では認識すら危ういワームホールを的確な場所に発生させたり超遠距離にある移動目標に対して砲撃する能力。確実に私たちの科学の数世代、数十世代先を進んでいるわ。私が作っている00ユニット…」

白銀はこの世界にきた時どんなことが起きようとも受け入れる、純夏が00ユニットになったとしても愛すると心に誓っていた。しかし「00ユニット」を「作る」というまるでただの機械を作るような口ぶりで香月博士が言ったため無意識的に不快感を表してしまった。

「…悪いわね、嫌な言い方をしたわ」

「いいえ、俺こそ申し訳ないです。覚悟はきめて受け入れたつもりだったのですが」

この場に重苦しい空気が流れる。空気と共に口も重くなって呼吸すらしづらい。

「…じゃあ続けるわ。私が作ってる鑑の脳ね、あれも簡単に言えばスーパーコンピュータの一種なの。まだどこの研究機関でも
開発段階の量子コンピュータ。これがオルタネイティブ4の一番の難題だったの。でもヤマトならもっと高性能のコンピュータを作ってしかるべきよ。あとあなたは「アナライザー」会ったかしら。あの赤い二足歩行のロボット。真田技術班長に聞いてみたら恋をしたり怒ったり、心があるそうよ。ボトムアップ式かトリムダウン式か聞いてみたけど全く違うものだったみたいなのよ」

白銀は天才だと自他共に認める香月博士らしからぬ言葉が聞こえたきがした。

「だったみたい?」

香月博士は痛いところが突かれたという風にため息をつく。

「一応説明されたけど分からなかったわ、一応理論は紙面にして渡してくれたわ。まだ読めてないけど。ていうか黙って聞きなさい、質問はあと」

香月博士も茶々を入れられて憤りを感じたのかジトっと白銀を睨む。白銀もさすがに悪いなと思い刺激しないよう黙って刻々と首を縦に振る。

「つまりそのアナライザーって奴が生物として認められてそいつを追いかけていたと言うことよ。
二つ目、ヤマトのどこかにG元素かそれに似たなにかが使われていると言うこと。公表はしていないけどG元素を使った兵器を試作した結果その兵器に辺り一帯のBETAが飴に群がる蟻のように集まったことがあったのよ。G元素を使用した以外は普通の材料だしBETAは何らかの方法でG元素を探知してそれを追いかけていたと推測できるわ。私たちにはヤマトの装甲すらどのような金属かも十分に分からないのよ、ならどこかに
私たちが知り得ぬ元素を使っていても何らおかしくは無いわ。
三つ目、単に大型で大量に人と高度なコンピュータを乗せて飛行していたため最重要目標として認識された。でもこれは一番可能性が低いわね。飛行する高度なコンピュータに反応する光線級はまだしも対人認識能力が低い突撃級までもが反転したのだもの。
すべてのBETAが一斉に行動したことからBETA同士で何らかの意思交換ができると考えた方がいい。
まあこれが今までのデータ後あんたの言う前の世界の凄乃皇のデータから推測した結果よ」

白銀は手を組みながらあごに手を当てて考え込む。
一度香月先生の言った推測をすべて自分自身の中で考える。
そして結論に至る。

「結論はヤマトを調べれば分かる…ですね」

そうだ、簡単な話ヤマトからG元素に似た物質が発見されたり捕獲しているBETAとアナライザーを引き合わせて反応を調べさせればいい話。
だがこんな単純明快な結論には問題がある。
香月博士は難題を突きつけられたようにため息をつく。

「ほんとなら今からでもヤマトをくまなく分解したりアナライザーとやらの基板に電極をぶっ込んだりしていないわよ…」

武は結論を知っていたのにどうして行動に移さなかったのか不思議に思う。

「考えてもみなさい。沖田艦長は私たちに科学技術を提供することを拒んでいるわ。落下した艦載機は手に入ったけどそれ以外はからっきしね。たぶんオーバーテクノロジーを手にした人間がどうなってしまうのか考えた末のことでしょう。その沖田艦長が艦内の調査をさせてくれると思う?ヤマトの船体の表面すら調べさせてくれないわよ。それとヤマト乗員達はアナライザーを同じ仲間だと認識しているわ。調査するから貸してくれって言ったってその仲間をすぐに差し出すかしら
しかも食料や資材は提供すると言っちゃったし私たちが供給しなくても殿下から斯衛を通して手に入れることもできるわ。そもそも一年以上単独で航海する船よ?供給が必要かどうかも怪しいわね」

「では何らかの情報とか」

香月博士はため息をつく。

「あんたがとし相応の訓練兵なら及第点をあげてもいいけど私のパートナーとしては赤点よ?たぶんヤマトはこの世界のありとあらゆる情報、たとえば国家機密やオルタネイティブ計画のこともダダ漏れでしょうね。さっきも言ったけどヤマトのコンピュータはこの世界のものとは比較にすらならない性能なのよ?そんなものの前にこの世界のコンピュータが対抗できると思うの?物理的にインターネットの接続を切らない限りどんなに手厚く保護された機密でも筒抜けよ。私がそれに気がついたのはついこの前だからもうオルタネイティブ4のこともすべて知っているでしょうね。」

武はいままで良き隣人だと思っていたヤマトが恐ろしい存在であることを再認識する。逆になぜ簡単にヤマトが信用にたるものだと判断してきたのか不思議である。ヤマトはいまこそ国連軍横浜基地に所属していることにはなっているがこれは船を紙のひもで止めているようなもの、実質的には何の拘束力を持たない。この地球自体が後数年で終わりを迎える可能性が高いこの現状でヤマトが帰るためにどんなことができようか。さなにヤマトにはどの国も太刀打ちできない軍事能力とすべてのコンピュータを掌握する能力を持っている。沖田艦長は賢明な人物だからそんなことはしないとは思うがヤマトが第二のBETAとなったら?
すべての戦術機には上位機体からの行動停止信号があると機体が操作不能になる機能があるし、戦車や戦艦は電子演算装置で操作されるし衛星とリンクして自動で光線級を狙うシステムが搭載されている。もしそれらがすべてヤマトに掌握されたら…?

帝都には日本が誇る斯衛軍の全機体と帝都防衛軍の機体が突撃砲、支援突撃砲を構えて空を仰ぐ。
その後ろには野戦砲、高射砲群に戦車部隊。
海には日本帝国が有する戦艦紀伊を中心にした戦艦群。
しかしそれらはまるで竹取物語の一節、「内外なる人の心ども、物におそはるゝやうにて、相戰はん心もなかりけり。辛うじて思ひ起して、弓矢をとりたてんとすれども、手に力もなくなりて、痿え屈りたる中に、心さかしき者、ねんじて射んとすれども、外ざまへいきければ、あれも戰はで、心地たゞしれにしれて守りあへり。」
帝都のすべて、戦術機、戦車、戦艦、町から光が奪われる。しかし電子機器を介さない砲兵部隊は健在である。しかしそこにヤマトがまるで堕落した人間に罰を与えたもうたかの神のようにまばゆい光を落とす。その光はいかなる攻撃も届かない宇宙空間から放たれて人々は甘んじてそれを受け入れるしか無い。
そしてすべての抵抗する手段を奪われた帝都に悠々と、まるで神であるかのごとく舞い降りるヤマト。

武は頭に浮かんだ実にリアルな想像を振り払う。
そもそもヤマトが参戦してくれるだけでありがたい話なのだ。これ以上のものをヤマトに求めては罰が当たる。

「しかしヤマトのことだから大丈夫だと思うけどBETAが何を考えているのか全く分からなくなったのは気持ちが悪いわね…」

香月博士はヤマトが孕んだ危険性を振り払うかのように話を切り替えてヤマトと懇意にしている武から目を背けた。
武はさっき浮かんだ想像を振り払おうとこの部屋を出ようとした。




ヤマト艦内、格納庫にて。

「へっくしょん!」

格納庫で古代の大きなくしゃみの音が響いた。

「戦闘班長、風邪でも引きましたか?ここら辺の流行病でもかかったらめんどくさいですよ」

古代が整備するコスモゼロのとなりで同じくコスモタイガーの整備をしてた山本がコスモゼロの下から顔を出す。

「いやたぶん誰かが噂でもしてるんだろう」

古代はそのまま計器周りの整備を続ける。
整備と言っても使っていないのだから部品が損傷したり疲労している訳でもないからただ掃除をするしかない。

「しっかしこんなに整備ばかりしていたらこいつらも美術館に展示するようですね、でもそれと反対に俺らの腕はさび付きますよ」

「たしかにできるだけヤマトの技術を見られたくないから飛行できないからな、だが俺たちの腕はプラチナ製だぞ?簡単にはさびないさ。」

山本はおっ!かっこいいこと言いますね!なんて茶化しながら整備を続けた。すると格納庫の入り口あたりに角刈りの技術班の服を着た男がきょろきょろと誰かを探しているのが見れた。古代が訝しげによく見るとそれは真田だった。

古代は真田に向かって手を振るとこちらに気がついたようで古代の方へ歩いてくる。
そしてコスモゼロの翼に乗り古代のいるコックピットに顔を出す。

「古代、少し時間をとれるか。」

もちろん古代に急ぐ用事があるわけでは無いのでコスモゼロの整備を山本に任せて真田が先導する方へついて行った。
ついて行った先は技術班管轄のヤマト工房だ。
そこには大きな高さ2,5メートルほどの長方形の箱が置かれていた。
その箱の横には扉がついていることから人が入るものだと推測した。

「真田さんこの箱はなんですか?」

古代が真田に問いかけるとまるで発売当日にゲームをかってそれを回りに自慢する子供のようにまんざらでも内表情をする。
真田さんは普段は堅物のイメージだがこういうことになるとまるで子供のような反応を見せる。

「これは戦術機のシミュレータだ」

真田が言うにはこれは横浜基地で見た戦術機シミュレータを元に重力管制装置を備えリアルな操縦感を再現しさらに操作を極力簡略化したいわばゲームのようなものだと説明した。
古代もまえまえから戦術機に心惹かれており一度シミュレータに乗ってみたいと思っていた。

「真田さん!試験はしましたか!?」

もちろんこれは試験として乗ってあげてもいいんだからねっ!?という方便で簡単に言えば今すぐに乗ってみたいというものである。
真田もその気持ちが分かっていたらしくにやりと笑う。

「いやまだだ。重力にはリミッターがつけており人間が死ぬほどの重力がかからないようにしてあるし中の人間が気を失うと自動的に終了するように安全対策は完璧だが試験は行っていない。そこでおまえを呼んだわけだ。」

真田はいつも古代が持っていたヘルメットを持ってきてこれをつけて乗り込めと言う。
古代ははしゃぎながらヘルメットをかぶりそれに乗り込む。
乗り込むと予想以上にコックピットが広かった。いつもコスモゼロに乗っている古代からすればふたり乗れる戦術機のコックピットは贅沢。と言ってもいい。
シートに着席してベルトをしっかりと締め体をがっちりと固定すると真田からスイッチを入れてみろといわれてスイッチを押す。
スイッチを押すと機器類に命が吹き込まれて七色の輝きを発し、ヘルメットに埋め込まれたヘッドセットから網膜投影され仮想の訓練場の様子が投影される。古代は今まで知らなかった網膜投影に驚きながらも武達はこうやっているのかと感動すら覚える。
古代は真田の言われるとおりシミュレータを動かして試験を開始した。



「真田さんこれはたのしいですよ!」

古代は興奮冷めやらぬ様子で真田に叫ぶ。
ヤマトは戦闘艦であるため娯楽というものは限りなく少ない。ヤマトがこの世界にきてからというものヤマト乗員はむやみやたらに上陸することもできず戦闘も少なく発進することすら少なくなり暇をもてあますことが多くなった。旅でもっとも必要な技術は暇を食べる能力である。ともかく娯楽が欠如した今、古代は珍しく心地よい興奮を味わっていた。

「それは重畳だな、ではそいつから下りてきて改良点を書き出してくれ」

真田も古代の反応が想像以上でうれしかったのかとてもうれしげである。
古代は外に出て新鮮な空気を吸うと今までの退屈した重い空気では無く、心地よい軽やかな空気を感じた。
気分だけでここまで変われるのかと古代自身も驚きを感じる。



古代が改良点をつらつらと紙面に書いているのを真田はまじまじと見て改善点が書かれるたびに納得したように顔を振っていた。
古代はふとどうしてこんなことをまじめに開発しているのか気になった。
古代はふと熱心に考えている真田に問いかける。

「真田さん、どうしてこれを開発したんですか?」


真田は考えるのをひとまず止め、椅子に寄りかかって息をつく。

「古代、いまヤマトに悪い雰囲気が流れていることが分かるだろう、鬱憤のような不満のような。以前の旅は地球を、仲間を、家族を救うという確固たる目的があったからこそ戦えた。だが今はどうだ。この世界には家族も仲間もいない、しかも帰る手段が無くここにとどまるしかない。だが戦うときは命をかけなくてはならない。これでは鬱憤や不満がたまるのは当然だ。そこで俺はヤマトに娯楽を作ろうとしたんだ」

真田は最初にA-01部隊に注目した。隊員全員が見目麗しい女性でさらに鋼鉄のロボットに乗り込み戦う。美人であるためアイドルとしての一面もありさらに二足歩行のロボット兵器としてのアクション性もある。さらに戦うと言うことは賭け事もできる。娯楽としては十分。さらにこれでどのようにこの世界の人々が戦っているのかが広まれば戦う目的につながる。まさに一石二鳥。しかしA-01が毎日、一日中訓練をしているわけでは無いのでこれだけでは足りない。
そこでこのシミュレータ。
他人が目の前で乗っているものに乗りたくなるのは誰しもが持つ欲だ。これに乗れば素人の古代であっても楽しめた。対戦機能など娯楽要素をもっと増やせば行列ができること間違いなし。さらにこのシミュレータではBETAと直接戦うのでBETAという正体不明の敵を身近に感じることになり戦意高揚につながる。

「だから古代、白銀か香月博士にA-01の訓練映像を回してくれるように要請しておいてくれ。」

「えっ!俺がやるんですか!?そこは計画した真田さんがやってくださいよ!」

「古代…もうこれに乗りたくは無いのか…?」

さっきあれだけ楽しく乗っていたため真田のこう言われては古代に選択肢は残されていなかった。




武はあの後適当な雑談をして一通りいじられた後に彼女からか霞が寂しがっていると言われてあのシリンダー室へと向かっていた。
なんの躊躇も無く香月博士からもらったパスで部屋に入るとまず始めに純夏が入ったシリンダーと霞を発見した。
武はこのごろA-01の訓練、ヤマトとの交流、XM3の教導、帝都への召還など普通の人では過労死してしまうのでは無いのかという多忙さだった。なので忘れていた訳では無いがあまり顔が出せなかった。けっして忘れていたわけでは無い、けっして。
武は霞に対しておっすと声をかける。
すると彼女は初めて会ったときのようにすすすす…とシリンダーの裏へと隠れてしまう。
武としても隠れてしまう理由に心当たりがあるため強気で出られない。さてどうしたものか…。

「霞ぃ~~~…出てきてくれよ~」

殿下に対しても堂々と謁見した姿はいまや形無しである。武は情けない声で少女の機嫌を取ろうとしている。
霞は顔の半分だけ出して武を覗くが出てきはしない。
うーん困ったものだ。
武が困っていると霞はぴょこぴょこと出てきて武の頭に手を伸ばす。しかし霞の身長で武の頭に触るのは無理があるためぴょんぴょんと可愛らしく飛び跳ねても無理なものは無理である。この世界の神様がきわめて重度なロリコンで無ければ。
武は霞が何をしようとしているのかは知らないがひとまず霞の前に頭を垂れる。
霞は自分の目の前にきた武の頭を優しく、頑張った子供を褒める母親のように撫でる。
武は何とも心地よい気分に包まれる。
そして霞は優しく声をかける。

「白銀さんは頑張ったんですね、大丈夫ですよ…純夏さんも分かってますから。白銀さんは一生懸命皆を助けようとしているんですね。」

誰にも認められていないわけでは無かった。誰もが武の貢献を認めていた。しかしこうやって声に出して素直に褒められるのは今まで無かった。声に出さずとも伝えられることもあるが声に出さないと素直に伝わらないこともある。こんな風に。
武は撫でられて思わず足の力が抜けて膝を付いてしまう。そして自分の目尻に涙がたまっていくのを感じる。

端から見れば小学生に慰められる高校生の珍妙きてれつな光景だが武の緊張しきった心は確実に癒やされていた。



「だから築地とたまに古代と真田さんが一目惚れしたっていったらな、盛大にずっこけて…」

「白銀さん…意地悪は駄目です…」

武はこれまでに起きた生と死が渦巻いているこの基地での楽しい日々を霞にたくさん話した。この後武にはA-01の訓練に参加する予定だったが今は霞と話をする方が大切だと思って随分と長い時間話していた。
霞もだんだん顔がうれしそうになっていった。このまま行けばすぐに笑顔を見せてくれるのでは無いかと希望を感じる。

「でもあの二人…心の奥に青く濁った吸い込まれるような光が…白銀さんと同じでした」

俺と同じ…そりゃそうだ。戦闘に参加すれば必ず何かを失う。武は前の世界では人類の未来を得るために大切な仲間を喪った。生きのこった人々は必要な犠牲、英雄という。だが武にはやりきれない、悲しいような気持ちを持った。その感情があるからまたこの世界を繰り返すことになった。
二人は人類のためたった一隻、数百人で立ち向かった。勿論何の犠牲も払わなかった訳ではあるまい。

武が考え込むと霞が武の眉間に左手の中指で優しく撫でる。

「白銀さん…眉間にしわが寄って怖い顔になっています…」

白銀が自分の眉間を触ってみると確かに深い溝を刻んでいる。
武は無意識的に表情をこわばらせていたようだ。

「なんにもいないぞ、あいつらはいい奴だった…そうだ」

白銀は自分に言い聞かせるように言う。武は短いつきあいだが気心が知れた古代と真田を疑いたくは無い、人類を滅ぼす悪魔では決して無い。

「大丈夫です、あの人達は冷たい青色の上にもっと暖かい色で包まれています。古代さんには大切な人がいるようです…白銀さんで言う純夏さんのような…」

「そうか…古代のも好きな子がいるのか…今度はそれを餌にからかってやろう」

高校生の自分が霞に言葉を選んで励まされていることに対して恥ずかしさを感じて紛らわそうと笑顔を取り繕う」

「そろそろ俺は戻る、できるだけ時間を作るようにするから純夏と一緒に待っていてくれ。今度は古代や真田さんとも会わせてやるからな」

武は時計が八時を回ったことに気がつき部屋でようとする。
武が立ち上がると霞はかすかに寂しそうな顔をした。

「またね…」

霞は純夏のシリンダーの隣に寄り添うようにして手を振った。
武も手を振り替えしてまたな、と言って部屋を後にした。




霞と話をした後日。
武はA-01との訓練を行っていた。
やることは簡単、いつも通りのヴォールクデータ。ふつうならこんな頻度でのヴォールクデータは行わないが武は桜花作戦で体験したBETAの動きをヴォールクデータに取り入れて改良を重ねているためその実験という意味合いが強い。このまま続けて完成の域に達すればXM3を導入させた斯衛に提供する腹づもりである。斯衛には佐渡島にも出張ってもらう予定のため今まで地上戦になれた状態からハイブ戦にも慣れてもらう必要がある。

先頭を行くのは勿論武、しかしその後に速瀬や冥夜、彩峰の突撃前衛の任を任されている三人が追う。
そのまた後ろには茜、榊、伊隅、宗像、柏木、珠瀬、風間、鎧衣、築地、高倉、麻倉の11人が続いている。
未だに誰も墜ちた者がいないと言うのは快挙であるがこいつらは慣れすぎているしXM3の搭載機は斯衛以外にはいないため他人の機動を見る機会が無く自分たちがいかに高等なことをやってのけているのか自覚は無い。もし帝都防衛軍あたりに見せたら腰をぬかすこと間違いなし。
いまだメインシャフトに達していないため通路は狭い、狭い通路では物量と突撃級が実にやっかいとなる。
こういうことを説明していると丁度良く正面から突撃級の集団が現れた。通路をふさぐように来ているため正面から無視するとこは困難。
武の駆る不知火は急降下をして足を地面すれすれにしてホバー移動に移行する。
そして肩から長刀を抜きはなつ。爆砕ボルトが爆発して勢いよく長刀が拘束を解かれる。
左腕には突撃砲、右腕には長刀。
武は体を回転させて接近する突撃級に背を向ける。
背を向けたまま長刀を背中に対して斜めに構える。丁度横から見ると直角三角形になる。
直進しか能が無い突撃級は斜めに構えられ坂のようになった長刀に勢いよく突撃、直進しようとしていた運動ベクトルは斜め上に無理矢理変更される。
突撃級の甲殻には傷をつけることは叶わないが甲殻の下の胴や足を切断される。
武は機体を回転させながら突撃級の重みがかかった長刀を右に薙ぎ払う。
そして薙ぎ払った突撃級の胴体に120ミリ砲から徹甲弾を放つ。
薬莢から自由の身となった徹甲弾は拘束された鬱憤を晴らすがごとく横に並んだ突撃級数体の体を蹂躙する。
一発の砲弾で数体の突撃級の横隊を薙ぐ。実に繊細で普通の人間では考えない大胆な奇策。

「白銀おっ先~♪」

武の作った道を武と突撃級を避けながら速瀬が悠々と通り過ぎる。
この簡単な動きにもA-01の練度が良く現れている。
通路の中心には武、その右には死んだ突撃級が道をふさぎ後続の突撃級を押さえている。左には今なお突撃を敢行する突撃級の列。
死んだ突撃級を乗り越えようとする突撃級もおり道は今なお変化している。
速瀬はまず左から来る突撃級を
くるりと回転して避けそこから右の突撃級の壁機体を横に倒して高飛びのように越える。乗り越えようとしていた突撃級の上数メートル、まさに紙一重。

「武、いっておるぞ」

「お先…」

更にその後に冥夜と彩峰が続く。
武は頭上を舞うように飛ぶ戦乙女達を見上げた。
これだけやれていればもう俺が教えることももう少しぐらいか。
武の脳裏には始めにここに来てA-01と戦ったときのことを思い出された。あのときは苦戦しながらも勝利を掴むことができたが
今戦ったらどうなってしまうのか。たぶん教練を行うまりもちゃんもこんな気持ちで自分たちを見ていたのだろう。だがまだ開発者としての維意地がある。

「速瀬中尉に冥夜に彩峰!まだ勝負は付いてないぞ!」

武は先頭を行く三人に追いつこうとフルスロットルで飛び立った。




「沙霧大尉はこの大切な時期に帝都にいる旧友に会いに行くとは…何か起きなければ良いのだが…」

彼は帝都本土防衛軍帝都防衛第一師団、第一戦術機甲連隊に所属する衛士の一人だ。彼は光州作戦作戦にも参加した古強者。彩峰閣下の直接の部下では無かったが彼のことは尊敬に値する衛士だと思っていた。しかし光州作戦時の住民を思うがための行動が作戦の重大な欠陥を招き、そしてそれが原因で軍事裁判にかけられたのは甚だ遺憾出会った。日本に帰還するとまるで彩峰閣下が戦犯であるかのような風潮が流れたことには強い憤りを感じた。
貴様らは戦場の何を知っている。気持ちを押し殺さねばならない戦場で人間らしい感情を持ち続けて人間らしい行動をした彩峰閣下を何も知らぬ貴様らがなぜ愚弄できようか。
日本に戻っても日本になじめなかった彼が沙霧と出会ったのはそんなときであった。沙霧はとても聡明で彼は感心するばかりであった。彼が沙霧の下で戦うことになってからもその気持ちは変わらない。そして沙霧がクーデターのことを持ちかけてきたときも何も疑わず参加することをきめた。最前線だというのに不抜けた日本に活が入れられれば自分のことなどどうでもいい。
クーデターの予定日までもう二週間を切った。戦略研究会でもそわそわとした落ち着かない雰囲気が流れてきた。クーデターは秘密裏に行わなければ成功しない。より情報流出に気を払わなくてはと言う時期に突然沙霧大尉が副官の駒木を連れて帝都に斯衛との共同訓練というものが入り急遽向かうことになった。しかしなぜ今なのか。
彼は沙霧が自分の身に何があろうともけっして仲間を売るようなことをしないと心から信じているが沙霧のことをあまり知らない末端のものがこれを知れば計画が漏洩したのでは無いかという不信感をあおる結果になる。数で勝てないクーデター軍は統率力こそが要、少しのほころびで崩れてしまう。
彼は何事も無く帰ってくるように帝都城に向かって手を合わせた。



明朝、沙霧と駒木はいささか過剰ともいえる斯衛の部隊の73式大型トラックに黒の斯衛服を着たものが誘導して乗り込んだ。
その部隊をざっと見ると白の武御雷が三機の一個小隊が中心の沙霧達が乗り込んだ大型トラックとそのほかの二両の大型トラックに対して護衛を行っている。
この後ろには戦術機を輸送しているらしい大型トレーラが二両、残念ながら中身は見れなかった。前には軽装甲車両が二両。一介の兵士を迎えるには過剰すぎる、さらに稼働状態の白の武御雷の護衛など過剰にもほどがある。海外の要人並みの護衛である。さすがに帝都城内で訓練する訳には行かないため訓練場への移動も兼ねているとすればこの大部隊の移動も納得がいくが。

沙霧と駒木はトラックの内部へと入る。ここで二人はこの車両は普通のものでは無いと気がつく。普通兵員輸送のトラックは荷台に幕が張ってあるだけの粗末な作りであるのに対してこれは幕の裏側に頑丈そうな鉄の扉でできている。さらに外装は幕かと思ったらその中にはやはり鉄で囲われている。これはトラックと言うより装甲車両である。タイヤを見ると案の定片側六輪である。
重い扉を押し開けると中には厚い整備員用のコートを着て目深く帽子をかぶっている人物がふたり、片方の人間は膝に膝掛けを駆けて寝ているようにも見られる。もう片方の人間は整備員としては異常な背丈と肩幅を持ち腕を組んでいる。帽子を深くかぶっており顔はうかがい知ることはできないがその威圧感は整備員のそれではない。さらに壁には刀がおいてある。
沙霧はそれを見て少しは驚いたが、その後達観したような顔をしてトラックに乗り込む。ふたりが乗り込むとトラックはゆっくりと走り出す。
完全に鉄で囲まれたトラックの中はエンジン音も遠くに聞こえてどこか別の世界にいると思えてくる。
先客のふたりは走り出して数分、全く動かず気まずい本来なら22人が乗れるため広く感じられるトラックの中の空間に雰囲気が流れる。
沙霧は強い意志と少しばかりのあきらめの含まれた声で呟く。

「そちらの御仁、その振る舞いとたたずまい…さぞ高名な剣術家とお見受けする。本来ならば一度剣を交えたかったものだが私は今剣を持ち合わせていない。「海ゆかば水漬く屍 山ゆかば草むす屍 大君の辺にこそ死なめ 顧にはせじ」、賊となるこの身、殿下のためにと言うのは贅沢だったな。しかしこれは覚えていてもらおう、もう我々を止めることはできない。俺が死のうとももう変わらない。この国は殿下の元で生まれ変わるのだ」

駒木は沙霧の辞世の句ともとれる言葉を聞きながらあきらめたように眉をひそめる。
沙霧が言い終わると整備員の服を着た大柄の人物が目深くかぶっていた帽子をとる。
帽子を取ると特徴的な髪、左右に伸びた金髪がぴょこんと跳ね上がる。
更にめんどくさそうに上着を脱ぐとそこからは常人離れした、ローマの彫像が裸足で逃げ出すほどの彫刻美の体現かと思うような筋肉が現れる。勿論服を着ているが服の一枚二枚ではその筋肉を押さえられることはできなかった。
先鋭がそろう斯衛のなかでも抜きんでた才と経験と持ち沙霧はおろかその人物は世界各国の衛士が憧れと畏怖を持ってその名を呼ぶ。

「そうか変えられないか…対BETAの最前線であるこの日本の貴重な人材を失ってもやらねばならぬのか」

そうこの人物こそ斯衛軍で元帥を務める世界各国でも最強の衛士の一人として数えられる紅蓮醍三郎その人であった。
沙霧は目にもとまらぬ速度で頭を下げ土下座をする、駒木も一瞬呆けた後に沙霧同様に地に伏す。
沙霧の脳裏に最悪の想像が浮かぶ。
紅蓮元帥は斯衛の中で殿下に次いで二番目の権力者、そして殿下の幼いときからの師であり良き相談相手であると聞いている。それほどに権力者と言うことは末端の感覚器官、情報提供者からもっとも遠い立場にある。つまり情報の漏れは相当前から、そして確実性を確かめた上で報告されていた。そしてここからが問題となる。紅蓮元帥がこれを知ったらどうするか。勿論殿下に啓すだろう、近しい立場にある彼ならそれほど時間もかからず殿下の元へ届く。このクーデターは殿下の復権と言う大義名分の元で行われ、発生後殿下を擁して殿下から勅令をいただくというシナリオになっている。最悪失敗しても行動したことで目的の大半は達成されたことになるが。しかし殿下がご存じとならば斯衛が動き即座に鎮圧、もしくは行動を起こし前にクーデター部隊がばらばらになる可能性すらありえる。
沙霧は紅蓮の様子からなにか情報を得ようと顔を少し上げるとも沙霧にとって最悪な事実が待っていた。

「そなたのように国を憂うものの声に耳を傾けなかった私のふがいなさがもどかしい限りです。」

紅蓮の正面に座っていたもう一人の整備員の服装をした人が帽子を取る。
帽子が取れると帽子の中に隠れていた豊かな髪が重力によって流れるようにおちる。
彼女はそのつややかな紫の髪を一降りして髪を整える。
そしていずまいをただして膝の上で手を重ねる。

「でっ…でんかぁぁぁぁぁぁぁ!?」

密閉されたトラックの荷台に沙霧の叫び声が響いた。






後書き


どうも油揚げです。

今回は戦闘はなしで話ばっかりになってしまいました。

あと久しぶりに悠陽殿下が登場させることができてうれしいですね。できればもっと武と絡ませたいのですが身分差が邪魔するんです…。ああ、身分が恨めしい。

霞ですがあまり登場できていなかったため急遽登場させました。霞スキーの方々申し訳ありません…。霞と会わないと言うことは当然純夏とも会わないと言うことなのでそれは大丈夫なのか?と我ながら疑問に思います。

この次あたりで香月博士や白銀、殿下が考えるクーデターの対処法が明らかになり始めるので第十七話をお楽しみに。

疑問や質問、物申したいことなどがあれば率直な意見を感想に書いていただけると幸いです。できる限り早く返信させて頂きます。





[39693] 第十七話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/01/07 14:40
誰も居ない戦術機格納庫の外、夕焼けに照らされたその場所に風流を楽しむ様には見えない感情が希薄そうな男が通信機を耳に当てていた。

「では報告を聞こうか」

通信機の向こうからは年を取った男の声が聞こえる。
その男の声はまるで父親のような優しさに包まれているようだ。だが確実に相手に有無を言わせない強さを持ち相手の心を読み取るしたたかさを持ち合わせた声だ。普通の人間ならば自分の中身がまさぐられるような恐怖を駆り立てられるような声だがこの男には優しさしか感じない、まるで父親のような安心感しか感じない。そう洗脳されている。男はまるでテストで好成績をとり親に褒めてほしい子供のように嬉々として報告する。

「ヤマトへの物資の搬入ですがここ一週間全くされていません。燃料はおろか食料すらもです。ここに着水してごく一部の装甲の張り替えを行った筈なのですが…。人の出入りも少ないです。装甲の張り替え、点検のペースもヘリたまに甲板に出てくるものが数人居るだけです。しかしこれでヤマト甲板に存在する扉は粗方確認できました。後ほどその扉の位置を送信します。」

通信の相手は一言「よくやった」と言って通信を切る。男は功績を認められたことに喜びを感じていた。その表情は恍惚としたものでまともな人間がするものとは思えなかった。大事そうに通信機を懐にしまうといつも通りの仮面の表情をかぶり持ち場に帰っていった。




トラックに中で殿下の前に沙霧と駒木がひざまずいて地面に穴を開ける勢いで土下座を続けていた。
トラック内部はすべてが鋼鉄製で底面は地雷対策として壁面よりも厚くなっているというのにがんがんと額をぶつけるためへこんできた気がする
帝都防衛軍の大尉が一生懸命土下座をするのは一見笑いを誘うような光景でもあるのだが殿下と紅蓮は沈痛な思いでみていた。

「…私がふがいないばかりに国民の、国の血が流されるのですね」

重く沈んだ殿下のお声に正気を取り戻した沙霧はすかさず否定する。

「いえ、殿下のせいではありません。すべては国民と共にあろうとする殿下の御心をないがしろにした政府にあります!」

沙霧がこのクーデターを起こした最大の理由は殿下のもとに統帥権を実質的な意味で戻しこの国を殿下の英断により改革すること。
つまり殿下がこの国を変えてくれるという前提の元に成立する。その崇高な御心を曇らせるわけには計画においても沙霧の忠誠心においても看過できることでは無かった。

「今の政策は殿下の御心をないがしろにし、殿下と国民を隔離し殿下の存在を象徴としてのものだけのものにし、その威光奪い国民を殿下の名の下に私利私欲のために誘導しております。さきの噴火においても住民を退去という言葉を用いて実際には部隊を出動させて排除しています。彼らは戦場へと赴いた家族や親類達のために家を守ろうとしていました…、生死も分からぬもの達のために。彼らにとってその地に残ると言うことで征ったものたちの生を信じようとした。この絶望的な戦況の中そうしなければ信じることができなかった、自分の命よりも大切なものを失うという絶望に抗っていた。もしもその支えが無くなれば彼らはどうなってしまうのでしょうか、生きてきた支えを無くしたら。生きる支えを、生きる理由を奪われた人間は死人に成り下がってしまう、心臓が脈打っても心に血が通わなくなってしまう。榊首相はその支えを無慈悲に、いともたやすく奪い去った。これは死ねと宣告したことと同じ」

沙霧は我を失うほどの熱弁をする。けっして目線は上げないが地面をにらみつけていることはその立ち振る舞いからもわかる。
殿下はその沙霧を見て眉をひそめる。このような人物は沙霧以外にもたくさん居るだろう、自分の支えであった戦友、上官、家族、恋人。支えを失った彼らは殿下という支えにすがった。そのようなもの達を責めることはできない。縋ってくるもの達を支えることだけでは無く正しい道を指し示すのも役目。
殿下はためらいがちにだがはっきりと自分の意見を震えそうになる唇から紡ぐ

「私は…榊首相のご指示を支持いたしています」

沙霧は先ほどまで高ぶっていた血流が一気に冷えた気がした。
そして頭が真っ白になった、パソコンがシャットダウンしたように。
震えそうになる唇を精神力で押さえ込みためらいがちに問う。

「それは…なにゆえに」

沙霧は殿下のお言葉を疑った。殿下のお言葉を疑るなんて不敬も甚だしい。だがなんとしても殿下から否定の言葉を聞きたかった。いや聞かねばならない。

「私は神道ですが仏教には輪廻転生というものがあるそうですね。人間には生老病死が付きまとい生きていること自体が苦しみである。ですがはたしてそうでしょうか?生きているからこそうれしく思い、楽しく、思いやりを、そして悲しみや苦しみを背負う。ですが死んだらどうにもならない。うれしさも楽しみも、誰かを大切に思う気持ちも感じられない。それと国連軍らしく私らしくない考えだと思いますが生きて一時の恥に耐えることで次の作戦につなげ、誰かを守ることができる。誇りのために死ぬか、戦友や大切な人々のために生き残るか、今の私なら後者を選びたいのです。」

殿下は脳裏に白銀と沖田艦長の顔が思い浮かぶ。
白銀から話を聞いた。それはとても正気とは思えない信じがたい体験の数々だった。香月博士と接していてどんな常識外のことでも信じられると自負していたがこれはその枠から大きく外れていた。しかしその話をする白銀の顔は嘘をついているようには見えなかった。楽しい思い出の時は子供のような笑顔を見せ誰かが死んだときは…今にもこの世から消滅してしまうのでは無いかという絶望を浮かべていた。
彼の話の中の恩師が言っていた。「臆病でも良い。勇敢だって言われなくても良い。それでも何十年生き残って、一人でも多くの人を守ってほしい…」口伝で聞いただけだがそれは私の胸に引っかかった。今まではずっと家柄のため、名誉のためと追われていた自分に対しての言葉にも感じた。けっしてその言葉だけで今までの人生をすべて変えることはできないが私の中の何かが大きく揺さぶられた。
沖田艦長とは殆ど言葉を交わしたことは無い。だが古代から、古代は徳川機関長から聞いたそうだが「明日のために、今日の屈辱に耐えるんだ。それが男だ!」と言い放ったことがあるらしい。その時にああそうか、その目か、と思った。初対面で見せた沖田艦長の目。過去の戦友達の想いを背負いながらも大局を見据えてじっと我慢して生き恥をさらしてでも生き延びる。その生き方にもの申したいこともあるがその生き方を実践してきてそれをまざまざと見せつけられてしまってはどうしようも無かった。

「彼らは…今も寒空の下粗末なテントでの苦しい生活を営んでいるのですよ!?」

沙霧はどうにか反論しようとしどろもどろになる。殿下の言葉を完全に否定できるだけの言葉を沙霧は持っていなかったからだ。

「あなたは国家予算の目録を拝見したことがありますか?榊首相はぎりぎりの国家予算のなかで実に良くやってくれています。あなたたちの軍備もその国家予算から出ています。このBETA大戦の緊迫状況の中で難民対策を増やせば軍備が滞る。光州であと一小隊戦術機があったなら、あと一機戦術機があったならとお思いになったことはありませぬか。そしてもし戦線が崩れて光州のようなことがおきれば難民は今の数十倍、数百倍に腫れ上がります。確実な答えがあるわけでも無い、暗中模索の状態で予算の絶妙なバランスを保ってくれています。衛士が前線で戦うと同じように難民の方々には国のためを思いじっと我慢すると言う戦いをしてほしいのです。」

しどろもどろになって発した沙霧の言葉が殿下の言葉に砕けていく。これが小人と大人の違いだろうか。
だが沙霧は今まで榊首相が悪であると信じてきたことが間違いであったこと認めたくないが故にどうにか言葉を重ねる。

「ですが今の役人には横領や天下り、賄賂など救いがたいほどに腐りきっています!」

「それは私も感じています。ですが政府というものには数々の人間が居ます。たとえ木が立派で美しく育っていても根が腐り始めることがある。そして根が腐ればその木は実をつけることも叶わず倒れてしまう。政府も同じ、どんなに首長が立派な人物であってもすばらしい人材がそろっていてもすべてのものが同じように立派な人物だとは思えない。いまの日本政府もこれと同じなのです。榊首相がどれほど腐った役人を是正しようとも完全に取り切ることはできない。悪人もどうにか寄生し続けよう必死に隠れるからです。あなたは今責任をすべて榊首相に押しつけて解決した気になろうとしている。ですがそれでは雑草の根を残すのと同じように解決策になっていません。勿論このまま放置してはならないと分かっています。だから時間をください。腐った根は土で、石で自分の身を守っています。それらを取り払い腐った根にたどり着くには時間を要します。だけれどもあと少しで血を流さずに取り除けるのです。それまで私に少しばかりの猶予を」

殿下はそう言うと沙霧に向かって頭を下げる。
これには沙霧も驚いて慌てて地面に額をこすりつけて何に対してかも分からぬ謝罪を繰り返す。
沙霧ほど殿下を妄信していない駒木もこれには驚いて沙霧と同じように額をこすりつける。
この季節の鉄板はさぞ冷たいだろう。
数分間ほど両者とも頭を下げるというおもしろい状況が続いたがさすがに紅蓮が止めに入り沙霧と駒木はやっと一息つくことができた。

「ですが…しかし…」

沙霧はいままで妄信してきた数々のことにたいして徹底的に反論されて真っ白になる頭で必死に言葉を考え出そうとする。
殿下はその様子を優しげなまなざしで見ると戸惑う子供を諭す母親のような声色でしゃべり出す。

「あなたが国を憂いて行動を起こそうとしたのは重々分かります。しかしあと少しだけ、ほんの少しの猶予を私にください。今この瞬間でこの国を変えることは難しいですがあと数年でBETAに負けぬ国を作って見せましょう。きっと誰も血を流さずに。」

沙霧は勅令を受けたかのように殿下の言葉をかみしめる。その顔はクーデターの失敗の悲しみか、今まで信じてきたことが消えたことへの寂しさか、それとも天命を授かった予言者のような晴れやかな顔か。色は混ざり合うと汚い色になると暗い色になると言うが、様々な感情がいりみだれながらもその顔は今までよりもいい顔になった。
沙霧は万感の思いを持って拝命した。
殿下はその顔を、いや頭しか見えないが、見て安心した。そしてこれならば大丈夫だろうと確信を持って口を開く。

「今から言うのは私の独り言です。紅蓮も口出し無用です。」

殿下は紅蓮に目配せをする。
紅蓮も殿下が何をおっしゃるか分かったようで何も言わずただ御意、殿下の発言に口を出さないことを確約する。

「近々BETAに対する大規模作戦が決行されます。それは今までのどの作戦よりも大きな意味を持ち今後の人類の行く末とこの星の存続かけて行われます。そこに投入される秘密兵器は文字通り極秘事項、この国の威信とこの星の未来を担ったものです。あなた方にはただのハイブ攻略作戦としか知らされていませんがそれほどの重大なものなのです。それが失敗すれば…。その前に流さなくてもいい血を流すわけにはいかないのです。その先に見える未来を多くのもの達をともに。」

まだ沙霧には言葉の全容はつかめない。今までも数度のハイブ攻略作戦は失敗を重ねたしそれらも人類の行く末を左右するものだった。だからその作戦だけが特別に重大なものなのか実感はできない。
だが言葉の重みは伝わった。
もともと殿下のためにこの身を捧げると決意していた、ならば殿下のお言葉を疑うことなどあろう事か。
沙霧は顔を上げずにうなずいた。極秘であるものの話だけでも殿下が正直に打ち明けてくれたこと、わざわざ出向いてまで道を指し示してくれたことに涙を浮かべながら。
殿下はうなずいたことを確認すると息をつく。

「はぁ、これであのものと顔を合わせることができましょう」

殿下はため息と共に言葉を吐き出した。
いったん交渉というか説得は終わったようだ。
紅蓮も安心したようで自分の頭を撫でる。

「そうですな、白銀も一安心でしょう。では報告を兼ねて呼び寄せましょう」

「それは良い考えですね。早速香月副司令に連絡をいれましょう」

沙霧は殿下と紅蓮の話に出てくる白銀という人物が少しだけ気になった。
沙霧の脳内でもの凄い速さで人名のライブラリーが開かれて検索するも該当は無い。
知的好奇心から聞いてみようという気持ちもなきにしもあらずだが殿下に直接尋ねるなど言語道断。
あとからじっくりと調べてみようと脳内のメモ帳に白銀の名前を書き留める。

「そういえば駒木中尉。少しお話をよろしいですか」

突然名前を呼ばれた今まで影を失っていた駒木は驚いて肩をびくりと震わせる。
直接呼ばれるなんて何をされるかと背筋に冷や汗をかく。

「どうぞこちらへ、わたくし個人の話ですからそう肩を張らず」

そんなことを言ってもお相手は雲の上のお方。緊張で右手と右足が同時に出ているがやっとこさで殿下の前に出る。
片足座りをして決して顔は上げない。
殿下はもうこれ以上ラフな態度を求めることがかわいそうになり及第点をとる。
殿下は沙霧に聞かれないように駒木の耳元に顔を近づける。

「駒木中尉は沙霧大尉に好意を寄せているとお聞きしましたが是非その件についてお話を聞きたいのです。」

駒木はぴしりと氷のように固まる。
そしてロボットのような動きで唇と動かして言葉を絞り出す。

「な、なぜその件を…?」

駒木にしてみれば完全に隠蔽したと思っていたので殿下にそんなことを言われるとは思っていなかった。いやそんなことよりも殿下に伝わっていると言うことはどれほど広まっているのか。もしかしたら仲間達は皆知っていて必死に隠そうとしていた私を影から笑っていたのでは無いか。駒木の脳内に爆発的に嫌な想像が広がる。
駒木のために言うがこの件は殆ど広がっていない。事前調査として鎧衣課長を沙霧の元に派遣したがその時も駒木の好意についての情報を得ることはできなかった。鎧衣課長をもってしても知らないと言うことは全く広まっていないと言っていい。
ではどうして殿下の耳に入っていたのか。それは白銀というチートによるものである。しかしこれも確かな情報では無かったので殿下はカマをかけたのだがそれがビンゴしたわけだ。まさかこんな緊張状態で殿下に嘘をつけるわけが無い。
駒木中尉あわれなり。
だが殿下もただの戯れで駒木を呼び寄せたわけでは無い。

「ではわたくしの先人として好意を持った男性へのアプローチの仕方を教えてくださいな」

「へっ!?」

どんな恐ろしいことが待ち受けているのかと身構えていた駒木は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
その後ろでは沙霧がどんなことが起きているのか分からずそわそわとしている。

「えっと…え…その…」

駒木はどうにか殿下のご期待に応えようとするもうまく頭が回ってこない。
どんな熟練衛士でも色恋に関しては人並みの娘のだということだ。

「あまり考えて答えなくても結構ですよ。日常での些細なことを教えていただければ。」

「つまりですね…殿下にそのようなお方が?」

殿下はその問いにゆっくりと首を縦に振って答える。
駒木はまたしても驚くで息をのむ。殿下にはいままでそのような噂すら無かった。将軍という肩書きを取り払えばただの年頃の少女である殿下であるため五摂家の中の斑鳩家の御曹司と結びつけようとする動きがあったが今のところ不発だったと聞いていたが。

「今はまだ一部のものしか知りませんがあのものは私の力を得ずともいずれ誰もが知る人物となり得ます。あえて名前は挙げませんがいずれはあなたも知ることになりましょう。」

駒木は脳内で殿下が発した一言一言から情報を読み取る。
まず「一部のものしか知らない」だ。これで斑鳩の御曹司だという線は消滅した。
「いずれは誰もが知る」つまり作戦を立案する立場にあると言うこと。大きな発明で、という線は殿下と技術部との接点が少ないと言うことから除外。前線での功績で、と言う線は戦績が殆ど運によるもので決まり誰もが知る戦績を上げると確信を持っていえるものでは無いという線で除外。
駒木の中ではたくさんの人物像が行ったり来たりを繰り返す。
これが女子の恋に関係するととんでもない頭の回転になるという特殊能力である。
男にとってはなんとも恐ろしい能力である。

「えっとですね、たとえば………」

「ふむふむ、そういうことが…」

沙霧は駒木が一生懸命話をしてそれを殿下が一生懸命聞くという上下関係が逆転した不思議な光景を呆然と見るしか無かった。
駒木中尉の顔を見る限りクーデターのことではなさそうだが沙霧にとっては想像だにできない。

「沙霧よぅ、おぬしも苦労人よのう」

紅蓮から同情めいた目で見られるが沙霧はなんでそんな目で見られるのか想像できず頭に疑問符が浮かんでいた。





ヤマト艦内の食堂、ここの一角に大型モニターがいくつか設置された。そしてそのモニターでは戦術機がせわしなく動き回りその戦術機のコックピットの様子も映し出されている。その下に数十の整備員やパイロットなどの様々な船員がたむろって居る。みな興奮気味にモニターを指さしている。

「あの動きは凄いな。まるで人間のそれじゃないか」

目の前にうつされている速瀬機の不知火を指さしながら興奮気味に隣の男に話す。
隣の男はめがねをかけた冷徹そうな見た目をしているが興奮しているが冷静に戦術機の動きを観察する。

「いや人間よりも可動域が広いのかあんな動き人間じゃできないだろう。」

速瀬機の腕の動きを自分の腕で再現してみるが人間では可動域が足らず完全には再現できない。
男はまじまじと興味深そうに自分の腕を眺めてみる。冷徹そうな顔に露骨な知識欲が現れて口元がつり上がる。

「アナライザーの拡張パックにでかい二足歩行のロボットがあったろ。あれにロケットエンジンを…」

短絡そうな見た目に似合わない神妙な面持ちをしながら生徒に理論を説明する教授のごとく自信を持ってしゃべる。

「たぶんあれはロケットだけじゃ無いな、たぶんジェットとの複合かな」

冷徹そうな見た目に似合った無表情で深く考えを巡らせている。さながら考える人の彫像か、このままどこかの芸術家にたのんで彫像を作ってほしいほど形になっている。となりの男が何も考えていないかが見た目にも現れている。

「何じゃそりゃ?」

「ジェットエンジンとかロケットエンジンを知らないのか。教科書で習ったろう。」

男は呆れたように額に手を当てて頭が痛いのか顔を振る。

「そんな教科書に載ってるような前時代的なもの知らない方が普通だろ。むしろ知っているほうが不思議だね」

対してこの男、自信満々に知識が無いことを言い張る。
「無知の知」ととある哲学者言ったがこの男には適応できかねるだろうて。

古代は遠巻きながらそのモニターがうまく動作しているかと言うことと皆がどのような反応を見せているかと言うことを観察していた。
今のところ結果は上々、大成功ともいえる結果だ。
古代は自然に顔がほころぶのを感じた。

「どうしたの古代君」

古代の後ろから現れたのは雪だった。
古代が笑っていることがお気に召したようで雪もうれしそうだった。

「ほらあれ、みんな楽しそうに見ているじゃ無いか。皆鬱憤がたまってぴりぴりしていたのに」

古代に眼下には楽しげに話をしている船員達の様子が広がる。
少し前までのぴりぴりした様子はもはや感じられない。

「確かにそうね、最近出撃できないしヤマトからの外出も許可されていないからね。でもあれは何なの?」

モニターは今日導入したものでしかもすべての船員にまで設置の通達がとおっていないようだった。

「あれは横浜基地に所属している生え抜きの部隊の訓練映像だよ。やっぱり男ってやつはロボットにあこがれるんだ」

古代は目を輝かせて話す。機動戦士〇ンダムやマ〇ロス、ゲッ〇ーなど二足歩行ロボットは男の夢なのだ。アナライザーは置いておいて。
この古代も幼少期に見た〇ンダムは今でもあこがれる。巨大な二足歩行ロボットに乗り戦場を縦横無尽に暴れる。言葉にならないかっこよさを感じる。しかし古代達が居た世界ではその夢が叶うことが無かった。航空機で十分なのにそこに手足をつけて意味があるのか、ただ被弾面積と機動性を欠落しただけじゃないのか。
しかしこの世界では実用化された。航空機が無効化されたため低空での機動性、武器携帯能力、汎用性などこの世界だからこその戦術機。これを見て心躍らない男がいるものか。

「ふーんそうなんだ」

雪にはそんな熱い古代の想いは伝わらなかったらしい。とくに興味なさげな様子。
古代はそれを女だからしょうが無いと片付けようとした。

「でもどうしてコックピットの様子まであんな大画面で映しているのかしら。」

古代はぎくりと固まる。

「あのロボット、戦術機?がどういうものなのか分かれば良いんでしょ?なんであんな大画面で綺麗な人たちの様子を映しているのかしら。服もきわどい格好をしているし」

きわどい格好なら君もじゃないかと心の中で突っ込む。
強化衛士服と女性の艦内着、どっちがきわどいかと言われればどっこいどっこいだろう。

「だ、だってな、やっぱり操縦する人が居てこそのロボットだろ?〇ンダムだってコックピットの様子も書いていたし。あの部隊はそれが偶然女の人ばかりで綺麗な人ばかりだったんだよ。あの服は男も女もみんなあんな感じだそうだ」

古代はうまく心にも思っていなかったことを発する。このとっさの判断能力が古代が艦長代理に選ばれた大きな要因だろう。
古代のとっさの判断能力とひらめきによって何とか弁明は形になったのだが。

「綺麗なのは認めるんだ」

古代は内心どうすりゃ良かったんだと叫ぶ。
男がどんなに身体能力に優れていても言葉では女には勝てないと古代は悟った。
だがあきらめず頭の中で一瞬のうちに弁明を構築し始める。

「古代君」

だが雪に手を握られて必死に構築していた弁明はどこかへと飛んでいった。
雪は自分の手で古代の手を握り自分の前まで持ちあげる。

「こっちに来てから忙しくてかまってくれなかったじゃない。私たち恋人になったのよ?確かにヤマトのこと、ヤマト皆のことで忙しいのは分かるけどもう少しだけ私のことにかまってくれてもいいじゃない」

雪は艦長代理という重大な役職につきこの世界の住人との交渉を行うなど日々激務にさらされている古代を想い伝えられなかった本心を寂しそうに吐露する。
このような場所では雰囲気もくそったれも無いが雪の想いは確かに古代の胸には伝わった。

「すまない、雪。確かにヤマトのことで頭がいっぱいになってた。最近雪と話をする機会も少なかったし…。こんな情勢の中じゃ皆から笑われるかもしれないけどもっと会って話をする機会を増やせるようにするよ。」

古代は雪の腰に手を回して抱きしめる。
誰もが祝福する二人、こんな世界においても幸せそうだ。
だがそこに雑音が混じる。

「速瀬中尉、凜々しくて格好いいな~ああいう上官なら今の二倍がんばれるぜ」

人混みのどこから出た言葉かは人が多すぎてつかめない。

「いや伊隅大尉だろう、あの年齢で皆をまとめて信頼も厚い。しかも好みだ!」

興奮して我を忘れたような声だ。

「そこ断言しなくて良いよでも俺は御剣少尉かな。武人の心意気というのが伝わってくるし高貴さがにじみでている」

「ばっか彩峰少尉の不思議っ娘キャラがたまらん」

これはもう単純に男の欲望をさらけ出している。
雪の古代を抱きしめる力が強くなり古代の体を締め上げ鍛え抜かれた体が悲鳴を上げ始める。
古代は不穏な空気を感じてできるだけ平然を装う。

「やっぱり…こういう目的なのね」

古代には雪の顔は見えないが声色から分かってしまう。これはやばい奴だ。
できる限り沈静化させなければ命が無い。

「雪さん?なにか勘違いをしているんじゃ?」

男の人なら分かるだろう。これはもうどうしようも無いことが。

「何が勘違いかしら?じゃあ私は電算室に用があるからじゃあね」

雪は古代をぱっと離すと早歩きで歩き去ってしまう。
古代は雪を追いかけて走って行く。

その様子をちらちらを見ていたモニターを見ていたはずの数人の船員達。

「うまくいったな」

「おうよ、成功だ。古代さんは森船務長を独占してるんだ。おちょくるぐらいさせてももらってもかまわないだろう。」

男達は森ファンクラブ(仮)の男達。
そりゃヤマトの心のオアシスたる森を独占されたら怒りたくなるものだ。




所変わって艦長室。今ここには沖田艦長と真田がいた。

「いま食堂で実験的に行っていますがなかなか好評のようです。」

真田は戦術機の訓練映像についての報告をしているようだ。
沖田は神妙な顔をしてその報告を聞いている。

「ではその対価を聞こうか。香月副司令が何も要求してこないとは考えづらい」

沖田艦長はベットに寝ているがその威厳は決して損なわれては居ないし判断能力も健在。
人を見る目は経験からかなり確実なものでその見立てによると香月博士は狡猾で計算高い人物である。
情で動くことは滅多に無く自分の目的のためには自分の周りのことをすべて利用する。そういう人物だ。

「勿論対価を要求されました。それは船舶用の原子炉の建造です」

沖田はその対価に驚きもしない。
だがその顔は決して晴れやかなものでは無い。
それがヤマトの技術を奪う目的のものならば看過することはできない。
たとえばこの世界では未だに実験段階の域を脱していない核融合炉の建造など。

「その原子炉は艦船用の加圧重水炉です。設計図、資材はあちらから提供されるため建造するだけです。設計図を確認しましたがこの世界では標準的なものでした。これならば問題ないと私が判断しました。」

沖田艦長はやっとほっとした表情を見せた。

「そうかでは資材の搬入などはいつからだ」

真田は持ってきた紙を見て日程を確認する。

「建造自体が急ぎのものらしくて明日からにでも搬入して作業に入ってほしいようです。搬入に関わるものは全員NEED to KNOWをわきまえ身元がはっきりしている香月博士お抱えのもの達が行う予定になっております。」

「わかった。一応全船員に火器を配って武装させ一部のものには監視させておけ。何が起こるか分からん」

真田はその仏頂面をいちども崩すこと無く了解と言って部屋を後にする。
こちらの世界の人間と良好な関係を気づいている真田は武装しておくことに多少なりとも不快感を抱いたはずだが真田はけっしてその様子を見せなかった。やはりあのような男もこのヤマトに必要だと沖田は再確認した。




「そういえば武はヤマトのことを知っておるのでは無いか」

こんな話を持ち出してきたのは冥夜だった。
白銀はクーデターの一件のことを想定して対人戦闘を重視した訓練を多くこなさせるようにしていた。もちろんクーデター自体は抑止する予定だがどうなるかはその時が来ないと何ともいえない。
今は食堂で訓練が一段落して小休止を取っている。

「ああ、機密が多くてあまりしゃべれないがその船員と親友だしな」

ヤマトのことは基地のものに殆ど知らされていない。まあヤマトが違う世界から来たなんていえないし香月博士自体もヤマトのことを殆ど知らないのだから当然だ。

「たけるさんヤマトの船員さんと親友なんですか?」

たまは訓練の疲れから机に突っ伏している。

「おまえも知ってる奴だぞ。訓練中におまえのことが好きな奴と言って紹介した二人。」

いままで微睡みかけていたたまは一気に覚醒してネズミ取りのように跳ね起きる。

「ええっ!?あの人たちですか!?」

「珠瀬はその人達と面識があるのかしら」

「ああそうだ。一回視察や何やらで基地に来てな。その時に一回珠瀬と築地は顔を合わせてるんだ」

たまははうわうわ~と顔を赤くして顔を覆ってうなだれてしまう。
他の四人ははてなにかあったのか、と小首をかしげる。
武は笑みを浮かべながらたまに顔を近づける。

「今度あの三人とゆっくり話し合える時間を作ってやるからな」

武がこんなことを言うもんだからたまは顔から湯気が出そうだ。これで当分は行動不能だろう。
古代と真田の名誉のために言うが二人とも決してそんなことを行ったことは無い。すべては武のいたずらである。
恋人が居ない真田ならまだしも森というすばらしい恋人が居ると言うのに新しい恋人を探すほど古代は不誠実では無い。

「白銀…あの装甲って戦術機には転用できないの?」

こんな疑問を呈したのは珍しく彩峰だった。
彩峰の戦闘スタイルは敵陣に潜り込みかき回して混乱させるというもの。冥夜も相当の接近戦好きだが彩峰はそれを上回る。最近はBETA戦には無用なはずの戦術機を用いてのプロレス技なんてものをシミュレーターの時に練習しているから恐ろしい。まだうまくいかないようだがもし対人戦で使われたらと思うと背筋が凍る。
しかし対人戦闘ならまだしもBETA戦において敵陣に潜り込むときに一番恐ろしいには光線級である。正確には潜り込むまでだ。
BETAの一番槍である突撃級に正面から戦うと言うことはできないためどうしてもいったん突撃級を飛び越える必要がある。突撃級を飛び越えるため高度をとる、部隊の一番先頭となる。これほど良い条件で光線級が狙わないわけが無い。
今はXM3の力もあるがそれで絶対に当たらないことは無い。いままでも訓練でひやりとしたことは幾たびもあった。
だからあれほどの耐久力は必要ないとしても一度耐えられれば敵陣に乗り込む時の光線級の危険性がぐっと下がる。

「あの装甲に使われいる合金はコストが凄いらしい。あれを戦術機に使うと不知火が武御雷を遙かに超えるコストになるし比重が極端に重いから海神並の機動性になるんだってな」

白銀も彩峰と同じ発想をしたことがある。
しかし技術漏洩を恐れるヤマトがそんなことを許す筈がない。だから真田に直接聞いたことは無い。
コストだとか比重だとかは彩峰をごまかすために白銀がいま考えたでっち上げ。
彩峰はあまり期待を持って質問した訳ではなさそうであまり落胆した様子も無かった。

「でもあの装甲があればドリル戦車とかできるんじゃない?」

ドリル…!それは男の夢!
白銀の頭の中にゲッター2が出てきたかどうかは誰も知らない。

「いいなドリル戦車!」

白銀は脳内で巨大なドリルと携えた戦車が突撃級の壁に大きな穴を作りそこからハイブに一直線で向かう雄志が浮かんだ。
これはただの白銀の妄想です。

「鎧衣、良いセンスだ!」

白銀は白い歯を輝かせて親指を立てる。
どこぞの傭兵のようなセルフだがそれを鎧衣がしる所では無い。

「あれを一人で作るとは…香月副司令は底が知れぬお方だ」

「そうね…少し怖いわ」

榊は寒そうに自分の二の腕を撫でる。
変化を望まない故の未知のものに対する恐怖心、人間誰しもが持っているものだ。
しかしそれはたいていマイナスに働いてしまう。
榊同様に冥夜の心のどこかでは思って居るようで榊の言葉を否定することは無かった。
白銀は香月博士が一部のもの達からこの用に思われていたのか、と少し不憫に思った。香月博士にとってはそのような他人からの感情はそこらにおちている小石と変わらないだろう。だが、それでも白銀は香月博士が勘違いされるのが嫌だった。

「何言ってんだ。香月先生が怖いなら榊や冥夜の方がよっぽど怖いな。いままでどんだけ痛い思いをさせられてきたか…」

「何をしているあと数分で訓練を再会するぞ」

榊と冥夜と白銀の言い合いが始まろうとしていたときに丁度伊隅大尉が現れた。
少しタイミングが良すぎる様な気がする、たぶん少し前から様子を見計らって居たのだろう。
こういうとこの気遣いが人望を集めるゆえんだろう。

「何をしていらっしゃるのですかね?」

だができればもう少し早く呼んでほしかった。そうすればこのお方と会わなかっただろうに。

「まりも軍曹!?」

伊隅が驚いて敬礼をする。白銀達も驚いて敬礼をする。
まりもはため息をついてうんざりとした顔をしている。

「だから私はあなた方よりも下の人間ですから敬礼なんていらないと言っているでしょうが」

これももはや形式美になりつつある。まりもに毎度毎度言われているが白銀や伊隅に変えるつもりはさらさら無い。
それほどまりもちゃんが尊敬されているということの裏返しである。

「いえ、これは「軍曹」に対してでは無く「恩師」にたいしてですから軍の風紀を乱したりはしませんよ」

「白銀大尉、あなたに何かを教えたつもりはありませんが?」

「精神的な面で数え切れないほど学びましたから」

白銀とまりもちゃんは笑い会う。
冥夜達にとっては元教官同士こういう光景を多々見たことあるし特に驚くことでは無いが伊隅にとっては驚くべきことだった。
伊隅は昔に教えを受け、いまでは大尉という軍曹よりも遙かに高い地位に就いたが白銀のようになれなれしく話をすることはできない。それは訓練兵時代に植え付けられた恐怖心とまりもを恩師としてあがめている気持ちからである。
「狂犬」の異名を持つまりもとこのように話をする人物は上官といえども香月副司令しかしらなかった。
伊隅は改めて白銀の異質さを感じた。




横浜基地の演習場では三機の白い武御雷と一機の赤い武御雷が相対していた。
四機とも突撃砲を構えて臨戦態勢を取っている。
時刻を知らせる電子時計を搭乗者の心臓だけがせわしなく動いていた。
時計の一番右の数字が7,8,9と時を刻み遂にゼロをなる。
四機の武御雷はまるで時限式の爆発したかのようい動き出した。
白い武御雷が短距離ランナーのようにスタートダッシュを決めるかのように36ミリ弾をシャワーのように撃ちながら前進したのに対して赤い武御雷は散発的に36ミリ弾を撃ちながら上下左右、流れるように回避運動をしながら後退する。
白と赤の出力に差があるというども白三機は一挺の銃撃、赤は三挺の銃撃を回避しながらなので距離がどんどん詰まっていく。
すると赤はひょいと廃墟ビルに潜り込む。
一機は予想する通路に回り込み、一機は上空に、一機は正面から突撃して間髪入れず初動で120ミリ榴弾を放ちそのあと36ミリ弾をたたき込む。
激しく立ちこめる砂煙を目の前にして白の三人は赤はこれでは倒せないと思い突撃砲を左手に持ち替えて長刀に手をかける。
だが反応するよりも早く予想した通路に回り込んだ白に赤が襲いかかる。
銃撃地点よりも一番遠くに居たため赤は十分な滑走距離がとれたようで飛行しながら白に必殺の120ミリを二発打ち込む。
一発は肩を、一発はコックピットに受けて問答無用で行動不能に陥る。
三機の白にはどうやって赤が銃撃から逃げ延びたかは知らない、だが赤が動いているならば二機でどうにかしなくてはならないと再度追撃を開始。
だがもはや赤の姿は確認できずレーダーの赤い点も消え失せていた。



「よもや私が地べたに這いつくばって銃撃を回避したとは夢にも思うまい」

赤の搭乗者、月詠真那はコックピットで一人ほくそ笑んでいた。
角を曲がった瞬間赤の武御雷は両手を地面につき這いつくばる体勢になった。這いつくばったため後ろから来た白と回り込んできた白の二機からの銃撃を回避、更に上空に来た白の予想より進んでいなかったため的外れな所を撃っていた。
これは跳ね起きていきなり全力の噴射をしたり突撃砲を片手に持ちながら受け身をとるなどXM3が無ければ行うことができない動きだった。

「あいつらはまだ頭が固いな、私も人のことをいえないが」

少し前の月詠であるならこのような奇策を思いつかなかったに違いない。しかも天下の武御雷が地面に伏せるなど屈辱とすら思っていた。
三バカもそれが当然だと思っていた。
最近は帝都城に召還されていち早くXM3にふれた斯衛軍衛士として教練を執り行うことがありXM3の可能性を広げようとしなかったことの原因である。

「さあ形勢は一対二、自己鍛錬を行わなかったツケをどう精算してやろうか」

人間であれば眼球が入っている部分のセンサーが全身の赤い塗装と呼応して赤く光った気がした。

この後二人は嬲るように仕留められて三人は三日三晩ヴォールクデータに三機で挑むという鬼畜メニューを課せられた。
三人は涙ながらに「慢心ダメ、ゼッタイ」と言っていた。




ヤマトでの原子炉の建造が決定して数日後、予定通り資材の搬入が開始された。

「では私は予定通り潜入を開始します。なので数時間通信が途絶します」

搬入を行う作業員の服装をした男は建物の影で通信機を耳に入れていた。
通信機の向こうからあの声が聞こえる。

「はいもう一度任務を復唱します。戦艦ヤマトに潜入しできる限りの艦内の構造を手に入れること。戦艦ヤマトの装甲の修理に用いていた工具を手に入れること。ヤマトに使用されている技術を可能な限り収拾すること。以上です。」

男は相手の返信が来て通信が切れたことを確認するとヤマト船員に偽装するための服と自決用の拳銃がはいった肩掛けのバックをもち搬入を行う車両に近づいていった。




後書き

どうも皆様明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

毎回話を書くときはこの章ではこういう話を書く、と決めてから書き始めるのですが今回は予想以上にボリュームが多くなってしまいました。なので今回は前と後に分けました。なんで二話にしないのかというとあまり決めていたものを変えたくないので。更新が少し遅くなったのも予想以上に長話になったからです。主要キャラが多すぎて皆のことを取り上げるとどうしても。
更新が遅くなった理由にはもう一つありましてそれは悠陽殿下の短編恋愛もの構想を始めたからです。一般人のオリキャラを殿下のなんてこの無い日常恋愛ものを体が欲していたので。まあ上げるかどうかは未定なのですが。
そういえば宇宙戦艦ヤマト~星巡る方舟~を見に行きましたよ。もう最初の数分のダイジェストで泣きました。感無量という奴です。途中に戦艦大和を出したり、ヤマトがガミラスと共闘したり凄く感動しましたねえ。結構若い人たちも多くていろいろな年齢の方々がいてよく広まって良かったです。完結編では劇場に三人しかいないという過疎を経験しましたから…。こんな駄文でも宇宙戦艦ヤマトについて興味を持ってくれる人が増えれば幸いなのですが。


ご意見やご感想、説明がほしい部分などがありましたら是非感想掲示板に書いていただければ幸いです。



[39693] 第十八話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/03/08 11:07
12月4日深夜。誰もが眠りにつき月だけが寝静まる帝都を煌々と照らしていた。
榊是親も首相という激務から解放され疲れ果てた体を首相官邸に引きずっていった。
いまこの官邸で信用できるものは数人しか居ない。妻と幾人かのSPのみ。
このご時世、権力争いというものもあるが一番恐れているのはスパイだ。とくにソビエトとアメリカ。
ソビエトは日本の赤化と戦術機技術を望んでいる。日本は戦術機開発競争のスタートダッシュに遅れたが今では武御雷や不知火、吹雪などの先進的な戦術機を開発している。武御雷はせかいいでも最高峰の機体である。しかも近年XFJ計画での不知火弐型、電磁投射砲など著しい技術開発が進んでいる。対BETA戦争の最前線であるソビエトは戦術機の運用ドクトリンが日本と似通っておりほしがるのも当然だ。
アメリカは市場と傀儡政権を望んでいる。日本は西側諸国の盾でありそれだけ戦術機の消耗も激しい。アメリカは本土に侵攻されていないため戦術機の消耗が少なくいずれは生産が行き詰まる。欧州連合は独自の戦術機開発を行っているし輸入に限りがある。さらに欧州諸国の政治介入は非常に困難である。それで都合が良いのが日本だ。日本はアメリカ製戦術機の大手輸出先でありいまでも次期主力戦術機の候補にアメリカ製戦術機が残っている。次の主力がアメリカ機になればアメリカは大きな市場を得ることになる。
現在アメリカは国連でG弾運用によるハイブ攻略作戦を提案している。未だ極秘裏ではあるが日本が展開している第四計画が失敗に終わればアメリカが推し進める第五計画が発動してG弾大量運用によるBETA殲滅作戦が行われる。現在なぜG弾を使用してのハイブ攻略作戦が横浜ハイブの一つにとどまっているのは各国がG弾運用に反対しているからである。G弾は爆心地点に重力の異常という重大な後遺症を遺す。本土にハイブの無いアメリカは関係ないがハイブを抱えている各国はたまったものでは無い。各国の中でもっとも激しく反対しているのは他ならぬ日本。元々あった反米思想に横浜での二発のG弾投下が油を注ぎ猛烈なG弾反対運動を巻き起こした。ではもし日本がアメリカの傀儡政権となりG弾運用賛成派になったなら。即座に日本本土でのG弾運用が行われてその成果からG弾賛成派の国が増える可能性がある。そうなればG弾を使用したハイブ攻略戦が発動しG弾を保有するアメリカが戦後に莫大な権力を有することができる。しかも日本は政威大将軍、ひいてはその権限を引き受けている首相の権限が強くアメリカからすれば操りやすい国である。
このように地球上の一番と二番を争う二大国がこの日本を虎視眈々と狙っている。
官僚の中にも寝返ったものが居るだろうしこの官邸にいるものも何人がアメリカかソビエトの手先か分からない。殿下の近辺まではスパイがいないと信じたい。
私はどこで休めば良いのだ、と叫びたい時もあるが妻のため、娘のため、日本のためには私がやらなければならないと思わなければとっくに倒れているだろう。娘の千鶴は横浜の魔女の元にいるが無事生きていてくれればと切に願う。
夜遅くまで待って居てくれていた妻に感謝しつつ上着を渡してリビングにいって一息つこうとすると廊下から聞き慣れない足音が聞こえた。官邸で聞くことは無い軍靴の音。しかも数人程度では無いしできるだけ音を殺しながら歩いているように聞こえる。
軍靴の足音が扉の前で一斉に止まると扉がこんこんと音をはばかるように叩かれた。
流石に首相官邸まで武装グループが押し寄せてくることは無いだろうと無警戒にも妻は扉を開ける。
そこにいた男達は自動小銃を携えていた。
妻は思わず扉を閉めようとするも戦闘のものが軍靴を扉に挟み閉まらないようにしていた。
男は決意のこもった双眸に私を写した。

「榊是親首相であらせられますね」




突然のニュースが日本を揺るがした。

「私は日本帝国本土防衛軍帝都守備隊第二戦術機甲連隊所属、石沢大尉である。我々は今日未明に日本政府に対して反乱を決起した…」

パソコン、テレビ、ラジオなど情報が手に入るすべての端末ではクーデター首謀者である石沢がまるで独裁者の演説のように大げさな身振り手振りで叫んでいる。
人心を掌握し賛同者を増やすこと目的としたであろう演説は回りくどいため端的な内容をここに記す。
クーデターを決起したのは12月5日未明。
このクーデターの指導者であった沙霧尚哉大尉は日本政府の差し金により名誉の死を遂げたが私たちはその卑劣な行為に対するそれなりの報復措置を行う。
水道、発電、ガスなどのライフラインや一般市民には手は出さないため一般市民は安心して自宅で待機することを望む。
日本政府は即時に解体し政威大将軍に大政奉還すること。
日本政府の魔の手から政威大将軍の御身の安全を守ることを最優先目標とする。
冥夜達訓練小隊の五人はそのニュースをテレビの前の群衆の中で聞いていた。
こういう話を一番知っているのは武である。しかし今日、武は朝から居ないし先輩であるA-01の先任衛士も居ない。


冥夜は放送を聞きながら心の中で葛藤していた。
冥夜は生まれながらあのお方の影武者だった。いやあのお方の影武者として生まれたといっても過言では無い。もしもの時はあのお方の代わりに死ぬために生きてきた。私自身もあのお方にはそれだけの生きる理由があると思っている。つまり簡単に言えば滅私奉公といえる。
今回のクーデター、目的は形骸化してしまった殿下の実権を戻すこと。これも殿下のための滅私奉公。
つまり私の思いとクーデターの志は限りなく近しいものである。
だがあのお方は自分のために国民の血が流されることを良しとはしないだろう。
私の感情は日本国民にもまだあのような志を志士達が居たのかと感動しているが私の理性はもっと他の方法があったのでは無いかと武力ですべてを解決しようとしているクーデターを嫌悪している。
日本国内の事件であるため国連軍が行動することは最終手段となるだろう。だがこの内乱に帝国軍の多くが参加しているならば最悪帝国軍が機能しなくなり斯衛軍だけでは押さえきれなくなり国連軍が介入することになる。その時私はクーデター軍に刃を向けることができるだろうか。やり方は間違えたとしても自分と同じ志を持ったものたちに。


彩峰は不安感にさらされていた。
彩峰は定期的に送られてくる尚哉からの手紙と彩峰中将も部下だったものたちから送られてくる手紙から近々何か大規模な行動に出ると思っていた。それがクーデターだったとしても想定内。私自身それが成功しようとも失敗しようともどうなっても良いと思っていた。だからだれにも相談せず黙っていた。
政府の暗殺者によって尚哉が殺された。これによって自分の大切な人がふたりも政府によって殺された。
最初こそいがみ合っていて最近も口げんかが絶えないがやっと榊のことを仲間だと思える様になった。榊は榊首相の一人娘、父親と娘は違う。だが私はいままでと同じように榊と接することができるのだろうか。せっかく築き上げてきた関係が崩れてしまうのでは無いか。


「警備部隊は即座に戦術機に搭乗し出撃せよ。ただし相手が発砲するまで専守防衛に徹するように。そのほかの衛士は出撃に備えて自室で待機せよ。」

この基地内放送によりテレビの前に集まっていたもの達は蜘蛛の子を散らすように慌ただしく自分のするべきことを行い始める。

「ほらふたりとも早く行動するよ!」

それぞれの考え事によって行動が遅れた冥夜と彩峰は鎧衣にせかされて自室へと走り走り始めた。その足取りはいつもの訓練よりも重いものだった。




「いま香月副司令より極秘回線での通信があった。いま帝都で帝国本土防衛軍第二戦術機甲連隊所属の石沢大尉というものを主格としてクーデターが発生したようだ。今のところクーデター部隊は帝都中心に展開しているが戦闘行動は発生しておらず斯衛軍との膠着状態が続いているようだ。私たちは今日の正午に横浜基地に帰還するというプランAを破棄し命令があるまで塔ヶ島離宮で戦術機を隠しながら警備するというプランBに移行する。なにか質問はあるか」

塔ヶ島城内の一室、殿下から直接使用の許可を受けたA-01は強化装備に身を包み戦闘態勢で伊隅の話に傾注していた。
数時間前、通常のトラクターによる運送をせずわざわざA-01のみで極秘の内に城内に入っていた。
戦術機には白い布が覆われており雪とあい混じり雪山となっている。
命令の詳細は全員に知らされておらず詳しく知るのは伊隅と白銀のみであった。

「質問をよろしいでしょうか」

「良いだろう。言ってみろ」

「ありがとうございます。私たちはクーデターの鎮圧に向かわなくてもよろしいのでしょうか。プランBが存在すると言うことはこのクーデターはもとより想定されていた事態なのでしょうか。それとも…」

速瀬は言葉の終わりを濁らせる。だがその後に続くだろう言葉は影絵のようにはっきりと映し出されていた。

「そうだ。このクーデターはもとから懸念されていた事態だ。我々はこの最悪の事態を思案に入れて我々は行動している。だが安心しろ、我々はクーデターに組しては居ない。殿下からの許可があってこの塔ヶ島城に駐留しているから明白だろう」

速瀬は肩を下ろす。自分たちももしかするとクーデターに組しているのでは無いかと恐れていたのだろう。たいていの反乱は全員が自分の意志を持って行動している場合は少ない。たいていは上官も命令に付き従ったらそれが反乱でしたとなる。具体例を挙げるならば本能寺の変だろうか。
この懸念は速瀬だけでは無かったらしく皆も安心した様子だ。
しかし晴子だけは平然としている。

「柏木、おまえはやけに平然としているな。なにか理由はあるのか?」

「私は武を信頼していますから」

柏木ははにかみながらうれしそうに答える。

「へ~柏木は随分と白銀を信頼しているんだ、でもそれって信頼だけなの?」

「う~ん、信頼の他には…すこしの恋心かな」

突然の晴子の告白に驚いたのは質問した茜では無く築地だった。

「えっ晴子ちゃんって白銀君のこと好きなの!?」

「はっきりと考えたこと無いけどよく考えたらあの歳で大尉で強くて顔もそこそこでって嫌いになるところが無いじゃ無い?」

築地のみならず他の隊員にも動揺が広がる。白銀の正体についての話題が会話に登ることは良くあったが恋愛話が話題になるのは少なかった。
そもそもこの世界において男子と交わる時期が減少しているためそういう話題になれていない。

「確かに白銀ならそこら辺の男よりも優秀だな。祷子、嫁に行ってはどうだ?」

「美冴さんそれはちょっと…」

宗像は場を盛り上げるために風間に話を振ったのだがその振りは外れだった。いや大当たりか。
風間は顔をほんのりと赤らめてもじもじとする。
これまでずっと近くに居たというのにそんな様子を見せていなかったので宗像は不覚にも固まってしまった。

「は、速瀬中尉も嫁のもらい手が居ないなら白銀で及第点を取った方がよいのでは?」

宗像は速瀬がいつも通り「む~な~か~た~」と来るのを期待していたがその期待ははかなく潰えた。

「ちょっと宗像…それは…」

宗像は地面に倒れ込みたい衝動に駆られた。
まさか速瀬中尉まで白銀に惚れていたとは思いもしなかったのだ。しかも速瀬など昔の思い人を引きずっていると思っていた。

「ではもう質問はないだろうから解散とする。各自警戒を続けるように。」

「了解」

伊隅は解散と言ったが各自が解散したのは少し立ってからだった。



帝都城内はいままでない喧噪に包まれていた。
いまだに攻撃されては居ないとはいえクーデターを画策したものたちの戦術機と歩兵部隊が帝都城を包囲しているから当然である。
クーデター部隊は攻撃の意志はないと言っているがそんな話がいつまで通用するかは分からない。
帝都城内では様々な書類や貴重品が地下に運搬され、中庭には動員できるだけの斯衛軍が集結している。
すべての戦術機は実弾装備でいつでも攻撃できるように動力が入れられている。

「紅蓮、斯衛軍の状況は?」

「この帝都城に五割、仙台に三割、残りの二割は招集をかけていますがいつ集合できるのか…」

「帝国の戦艦は?」

「今さっき出航しました。クーデター部隊が紛れ込んでいる様子は今のところないのようです」

「…特務部隊は?」

「いまだ連絡はありません」

「分かりました。」

殿下は一息いれて背もたれに体重をかける。今のところすべてのことが当初想定していたとおりに回っている。
クーデターの情報は白銀から教えられておりその後鎧衣課長からより詳しい情報を聞き出した。
まさか鎧衣課長が意図的にクーデターの情報を止めていたのは驚きだったが私がクーデターのことを知っていたと知ると観念して話し出した。
クーデターの人員、日時、装備まで知っていたとは流石だと素直に感心した。




「私はこれらの情報を知っていたのにも関わらず意図的に止めました。私の行為はクーデターに与したものです。処罰は何なりとお受けいたしましょう。」

鎧衣課長はいつもの帽子とコートを脱いで殿下の前に平伏している。帽子を外した姿は殿下としても初めてのことだった。

「鎧衣、あなたがなぜクーデターに与したのか教えていただけないでしょうか」

「私は私情を捨てて任務に励んできました。家族であろうとも。しかしそれでもこの日本の現状について考えることを止めることはできなくなったのです。立場上私には数多くに政治家の裏の姿も知り得てきました。するとどうでしょう、白といえるのは一握りの政治家だけで他の政治家どもは灰色か黒色。だれもが他人を蹴落とすことと自らの保身しか頭に無い。思いは沙霧尚哉大尉と同じ。私は日本人、私も心の底からこの国を変えたいと思ったのです。」

殿下はじっと鎧衣課長の話に聞き入っていた。その顔は自分に戒めているようだった。

「私は決してクーデターを是とはしません。それは民の血が流れることを是とするからです。しかしその気持ちは何よりも尊いものです。しかし職務から逸脱した行為をしたことには処罰をせねばなりません。」

鎧衣は平伏しながらじっと処罰がどのようなものになるのか耳を澄ませた。
もとからクーデターが成功してもしなくても人知れずどこかへと去ろうと決意していたから今更死を宣告されようが牢に入れられようが変わらない。ひとつ残念なことを上げるならこの国が変わる様子をこの目で見られないことだ。

「罰としてもう一度、私に仕えてはくれませんか。あなたのその志、能力、どちらをとってもこの国には無くてはならないものです。そなたには私の目と耳となりそなたが見たこと聞いたこと、知り得たこと考えたこと、すべてを私に報告してもらいたいのです。けっして綺麗なことばかりでは
無いと思いますがすれすらも報告してもらいたい。」

鎧衣は殿下の言葉をかみしめる。だがその言葉の中に鎧衣が予想していた死刑や国外退去、終身刑の言葉はなかった。
そして言い渡されたのは殆ど今までの業務と関わりないもの。クーデターに与した処罰としては軽すぎる。

「そのようなことでよろしいのでしょうか…?」

殿下はおそるおそるな鎧衣を見て子供のようにふふふっと笑う。

「そのようなことでしょうか?私の目と耳になると言うことは私が死ぬまで生きていてもらはねばならないのですよ?私が死ぬまでそなたが死ぬことはなりません。そなたが死ねば私は盲目で聾になってしまいますから」

鎧衣もつられて笑みがこぼれる。その笑みには安堵も含まれている。鎧衣がどんなに任務や信条に忠実な人間であろうとも未練はあったらしい。

「私の命は御身のもの…これでは容易には死ねなくなりましたな」

「容易ではなく決して、です」

「分かりました。私の命をお預けいたしましょう。」

鎧衣はもう一度殿下への忠義を厚くした。だが決してこれが最善の処置とは思っていない。鎧衣は殿下を謀った。この事実はなにごとにも代えがたい。いつもこのように不穏分子を赦免していっては自らの首を絞めていくことに他ならない。

「では早速ですがクーデターの内部を調査していただきたい。あるものの情報によるとクーデター部隊の内部に彼の国のものが入り込んでいるようでありまして。」

「なんとっ!そのような情報が…鎧衣左近、未だ知り得ぬとは痛恨の極みですな。しかし白銀武…なかなかの切れ者」

鎧衣は楽しげに唇とつり上げた。
この時点で鎧衣は白銀の粗方の身辺調査を済ませており白銀がいかに奇異な人物であるかと言うことも美琴の思い人であることも把握していた。
白銀がどのように暗躍しているかは把握し切れていないがXM3やヤマトの件についても一枚かんでいると予測していた。
さらにこの情報収集能力。もはや恐ろしさすら感じさせる。
だがおとなしい牛でロデオするよりも暴れ牛の方がおもしろい。

「白銀の名を出した覚えはありませぬが?」

「白銀の名と身辺情報は存じ上げております。あれほどのイレギュラーを持っている者ならばどのような情報網を持っていても不思議ではありません」

「では私の思い人であることは?」

殿下は楽しげに口に手を当ててにこにこと告白した。
殿下にとっては鎧衣にたいしていつも上手を取られてどんなに隠し事をしていてもバレてしまう。国のトップの情報がこんなにしられてしまっていいものかと思う。

「なんとっ!白銀武は横浜基地の女性達のみならず殿下にまで手をつけていたとは。このままでは日本の美しい女性はすべて白銀の手中に落ちてしまいます。」

鎧衣はわざと派手に驚いてみせる。知り得ていなかったことが少し悔しいらしい。
しかし鎧衣の言葉に殿下の眉がぴくりと動いた。

「横浜基地の女性達?詳しくお教えいただけませんか?」

「詳しく知り得ていませんでしたか。いやはや白銀武、実におもしろい男だ。」

鎧衣は楽しげに笑った。
鎧衣は日本国民である、忠誠心は一心に殿下に注がれている。
いままで殿下に隠し立てしていることがどれほど重圧となっていたかは想像に難くない。
しかしその重圧を下ろすことができて屈託の無い笑いをすることができた。




「このまま事態が変わらないことを祈るのですが」

御身のおそばに控えていた紅蓮はため息と共に言葉を吐き出した。
しかし殿下のお顔は険しくなる。

「それは難しいでしょう。白銀の言葉によれば口火を切ったのは帝都城を包囲したクーデター部隊に潜り込んだ第五計画派のもの達。できる限りの密偵を送り込んで調査しましたが一人も捕まえることができませんでした。敵とはいえあっぱれです。沙霧大尉に成り代わった石沢という男。おそらく第五計画派のもの、沙霧大尉の仇討ちと言って無理矢理部隊を動かしたのでしょう。沙霧大尉を失った混乱の中でどれほどスパイを紛れ込ませたか。これならば沙霧大尉がのクーデター軍のほうが幾分かましだったでしょう。」

「その言い方は…」

紅蓮のが険しい顔をしたので慌てて前言を撤回する。
殿下の今のお言葉はクーデターを止めようとした白銀の心を無駄というもの。そのように言うつもりは殿下のも誰にもない。

「しかし突然頭がすげ替えられた組織は脆いものです。そこには隙が生まれます。そこをどうにかつければ良いのです」

「妙案がおありですか?」

「いえ、それは何とも…」

結論からしてみれば今は行動せず相手の出方を見るしかなかった。




ヤマト艦内では帝都でクーデターが勃発しているなんてつゆ知らず技術班が急ピッチで原子炉を製造していること以外はのんびりとしていた。新潟防衛戦での傷は完全に無くなり整備する必要もなく、かといってコスモゼロやブラックタイガーも秘密にしているため飛ばすこともできずただ暇をもてあましていた。
試験的に稼働していた戦術機シミュレータは十台まで増設されて戦うことに魅了された男達が行列を作っている。
古代や島もその中に一人だった。

「島、突撃するぞ!」

古代の駆る不知火はBETA群の第二陣、要撃級を中心とした中核の側面を突くべく山肌を滑るように駆け下がる。
いまの地形は日本のような温帯の山岳地帯、緑が生い茂り多種多様な生命が脈打っている。
その中を物言わぬBETAがとおりやすい谷沿いに侵攻してきているというシミュレーションだ。
この地形の特徴は山によってBETAの隊列が細くなり分断がたやすく奇襲がしやすいし光線級の射線もとおりづらい。しかし光線級が突如現れたときは逃げ場が制限されることだ。
古代と島は高さ2000メートル台の山の八合目付近でBETAを待ち構えていた。

「よしきた!」

先頭を走っていた突撃級がこのような細い道を逆走できるはず無く突撃級の脅威はない。
奇襲に気づいた要撃級が回頭するも既に手遅れで白い胴体に不知火の足が突き刺さる。
周りの要撃級が古代に向かって腕を振りかぶるがそこに島の砲撃が命中し沈黙。

奇襲は成功した。古代は目の前に要撃級をひたすら突撃砲と長刀で攻撃、島は古代の援護をしながら山を登ろうとしてくるBETAを突撃砲で突き落としていた。
古代は持ち前の航空機の操作技術からぎりぎりの格闘戦を望む。かわって島は大胆で繊細な操艦技術から精密射撃と得意とする。全然違う長所だがうまく合致し良いスコアをたたき出している。
ダメなところがあるとすると、

「要塞級だぜ、島!」

「この地形で要塞級が出てくるのは珍しいな」

「俺が行くから援護頼んだ!」

「待て古代!」

こういうことだ。古代には向こう見ずなところがあり一番のボスキャラである要塞級に突撃してしまう。
島も援護するも要塞級を仕留めるためにはどうしても機体を上昇させねばならず、そこを光線級に狙われる。
島は古代に初期照射をした光線級を優先的に攻撃するも限度がある。

古代が紙一重で迫り来る触手を避け要塞級の肩の露出した部分を狙う。
必殺の120ミリを連射するとあの要塞級もバランスを崩す。よろめいた隙に左の脚に砲撃を集中して行い遂に倒れ込む。
下に居た小型は上から倒れてきた要塞級に為す術無く潰された。

突然古代のコックピットにアラームが響き渡る。網膜投射システムが左脚部の損傷を示している。
最初の要撃級に脚を突き刺した時と着地したときのダメージがたたった。
しかも着地地点が悪かった、着地したのはBETAのど真ん中。古代の頭の中では着地してからいったん山側へと逃げ引きつけた数体の要撃級を迎撃する予定だったのだが脚が無ければ戦術機も砲台と変わらない。
古代の戦術機の反応が消えるまでそう時間はかからなかった。

「古代の奴無茶しやがって」

島は古代の救出をあきらめて最後のあがきを見せるがそれも風前の灯火。
戦術機という格好の目標を見逃すはずも無く要撃級を避けようと山の端から機体を出した瞬間光線級によって溶解した鉄の塊になりはてた。


「古代、今日は俺の方がスコアが高いな。これで俺がリードしたぞ」

「お、俺だってあんな時に脚部が破損しなければもっと稼いでいたんだ!それにリードしたのはたった一勝だろう」

「何を言うんだ。気体の状態をおもんばかって戦うのも技術にうちだ。しかも一勝は一勝だ」

「次は覚えていろよ島。ぎゃふんと言わせてやるんだ」

「おう、やってみろ。結果は分かっているけどな」

「古代戦闘班長に島航海長、後が詰まってるんですから早く」

古代と島がシミュレータのタラップの上から下を見下ろすとそこには長蛇の列ができていた。

「おいおい、こんな並んでてヤマトの運行は大丈夫なのか」

古代はタラップを下りながら周りを見回して代わりに登ってきたものに疑問を投げかける。

「大丈夫ですよ、今は暇を売って歩くほどですしこのシミュレータの順番は航海の支障が無いようにアナライザーが計算していますから。」

タラップを下り床に足をつけると艦内放送が響きわたりさっきまでの喧噪が嘘のように静寂へとかわった。

「古代戦闘班長、島航海長、真田工場長、徳川機関長は今すぐ第一艦橋に集合せよ。繰り返す…」

古代と島は退屈と打ち破ったその放送に喜びを隠せなかった。船員達も何か動きがあるのかと噂した。




「これより我々が置かれている現状に変化が起きたため報告を行う」

「はい、下のモニターを見てください」

森の合図と共に薄暗い部屋の床に日本の関東地方の地図が表示された。
そこには赤い矢印と青い矢印が帝都城で対立している。帝都城のみならず関東地方一帯に矢印が乱立していた。

「現在この日本帝国において大規模なクーデターが発生しています。この青い矢印が近衛軍、クーデターに加わっていないとされる帝国軍の勢力です。そしてこの赤い矢印がクーデター部隊です。クーデター部隊は帝都の主要な政府施設やライフラインを占領しています。小規模な小競り合いが各地で発生していますが全面的な衝突は起きていません」

「問題はこの内乱に参加するか否か、と言うことだ。」

事件の現状を明かした上で沖田艦長は艦橋員に決断を迫る。
昔イスカンダルへの航海の中でこのような事件に巻き込まれたことがあった。蟻のような生物が絶対王政を敷きガミラスに忠誠を誓ったビーメラ星。そしてそこで起きた内乱。あのときは船員数名を救うために反王政派に参加した。
だが今回はどうだろうか。
元の世界に帰るために必要なのは香月博士。彼女は国連軍。つまり日本帝国がどうなろうとも香月博士に問題は無い。
よってこの内乱にとって宇宙戦艦ヤマトは全くの無関係。

「参戦するべきです。確かに俺たちはこの内乱に関して無関係です。映像と資料から鑑みてBETAとの戦いは苛烈を極めています。G弾とかいう爆弾を大量運用すれば話は別ですが通常戦力のみでは数年が限界だとコンピュータがはじき出しました。このような現状で内乱など無意味です。」

古代が言うことは戦術的に見て正論。

「俺は反対です。この内乱の首謀者達も決死の覚悟をもって行っている筈です。それを突然現れたヤマトが妨害するなんてどうかしています。」

しかし島が言うことも正論。

「なんだ島。おまえは人間の身内で殺し合ってBETAに対抗できなくなってもいいって言うのか」

「そうはいっていないだろう。だが人間の覚悟を何も知らない俺たちが踏みにじっても良いというのか」

「BETAに対抗できなくなったら信条も組織も関係なくなるんだ。そんなことは後からでも良いだろう」

「いま起こすと言うことに理由があるのだろう。ともかく人道的に参戦するべきではない」

古代と島は決して結論が出ない討論を続ける。このまま行くとまるで平行線のようにこの世が終わるまで交わることはない。
平行線をどうやって交わらせるか。他の意見によってどちらか、もしくは両方を曲げれば良い。

「私は参戦することに賛成です」

ふたりを見かねて声を上げたのは真田。古代と島のみならず全員の視線が真田に集中する。

「今のヤマトは国連軍、斯衛軍と対等な関係を築いています。しかし政権が変わるとその関係が崩れるやもしれません。そうなれば戦線への参加を強要されたり技術を要求されるやもしれません。それとこれは討論が終わってからにしたかったのですが…香月副司令より参戦することを条件にBETAの核である反応炉の調査の許可をくださるそうです。この世界に来たことがBETAに由来するものなら何かしらの情報が手に入る可能性があります。」

各員からおお、と期待の声が上がる。

「なぜその話を始めにしなかったのじゃ?そもそもそういえば討論の意味もなかったじゃろう」

徳川機関長が言うとおりヤマトが元の世界に帰るためという大義名目があればヤマト乗員皆が参戦に反対することがないだろう。
皆が真田の真意を測りかねていた。

「現状では我々はどちらの味方でもありません。どちらにも信ずるものを持って決死の覚悟で行動しています。それを打算的な計算で破算させて良いものかとおもい今まで伏せていました。もしもこの討論で反対の意見で統一されたならばこの一件は伏せたままにし他の手段で調査を行いました。」

真田の意見に誰もが納得した。だがこれで場の空気は参戦ムードに染まった。

「これで参戦に決定ですね」

何がともあれ自分の意見が通った古代は嬉々とした声を上げた。対照的に島は唇をかんでいる。
これでヤマトは香月博士陣営、ひいては斯衛軍陣営に参戦することに決定した。




12月5日の九時半事態はやはりクーデター軍の発砲によって急展開した。






後書き

久方ぶりの投稿です。新年明けてからここまで音沙汰なしで「失踪したのでは?」と思ったかたもいらっしゃるでしょう。最後までの大筋は決まっているのでそこはご安心ください。多少不定期にはなりますが。
今回はクーデターの始め。クーデター部隊、煌武院悠陽殿下、香月博士、ヤマト、それと第五計画派の五陣営がそれぞれの思惑で行動を始めました。基本的にここからはヤマトと香月博士を中心に話を展開していきます。
あと初めは「皆助けるぜ!」とかほざいてましたがいろんな作品に触れるうちに死んじゃうのもいたしがたなし、と思い始めたので誰か死んでしまうかもしれません…。

時間が空いたので次の投稿は早くになりそうですので首を短くしてお待ちください。
ではここまで読んでいただきありがとうございました。




追伸 モバマスで悠陽殿下が実装されるのかいつになるのでしょうか…?



[39693] 第十九話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/04/08 09:12
ヤマト艦内に似つかわしくない火薬式の銃声と爆発音がとどろき渡る。
ヤマト乗員の銃はすべてコスモガンであり火薬の銃なんて言う旧式のものは配備されていない。
携帯式のロケット弾が煙と光の帯を引きながら宙を舞い隔壁の隙間をぬってもう一つ奥の半開きの隔壁に着弾して煙と光をまき散らす。
爆発を確認した奴らは骨董品のようなアサルトライフルから鉛玉をまき散らしながら突撃してくる。
「こんな骨董品をもって来やがって!」と悪態をつきたくもあるがここではこれが普通なんだよな。
怪我をしていないヤマト乗員は突撃してくる奴らをコスモガンで果敢に迎撃して必死に侵攻を食い止める。
コスモガンの貫通力、装弾数はこの状況で大きな利点で当たった敵はのたうち回っている。
まるで使い捨てのような突撃にいつもなら同情もしたが今は冷たい感情しか呼び起こさない。

ヤマトが白兵戦に持ち込まれたのはデスラーとの最後の戦い以来だという。その時は森雪船務長の機転によって撃退したと聞いた。だが先任士官に聞くとガミラス人は適度に放射能を含んだ大気の中でしか生きることができず森船務長がコスモクリーナーを起動して艦内の放射能を除去したので撤退したそうだ。
目前にいる敵はどう見ても人間だ。つまりその時のように一発で撃退できるものはない。
そもそも俺たちは白兵戦なんて専門外。俺だって弾薬を運ぶのが主な任務だ。
ていうかなんで俺はこんなに冷静に解説しているのだろうか。硝煙と血の香りが漂う艦内。落ち着ける理由なんて全くない。

ああ何かが飛んできたな…パイナップルか…最後に食べれたのはいつなんだろうか。

「グレネーーード!」

なんでそんなに叫んでいるのか?だって俺たちの敵はBETAなんだろ?あいつらは人間じゃ無いか。

ああ視界がにじむ。視界が真っ赤だ。非常灯が作動しているのかそれとも夜用の電灯になったのか…。

まあいい…もう寝よう…。




第一艦橋では怒号が鳴り響いていた。爆発音と共に襲いかかってくる奴ら。

「戦線が一ブロック後退しました!」

悲鳴じみた雪の声。

「畜生…ここまで侵入を許すなんて…!」

古代は唇を噛みしめる。
口いっぱいに広がる鉄の味。こうでもしなければ怒りでどうにかなってしまう。




三十分前の話。

包囲していた戦術機中隊を無理矢理突破したヤマトは帝都に向かうと見せかけて方向を一転させて遠回りぎみに塔ヶ崎離城に向かっていた。
本来なら高速の99パーセントの速力を誇るヤマトだがそんな速度で飛べば周りに重大な被害を与えるし存在感をまき散らすことになる。
人口の少ない山間部を選んで飛んでいるため日本を揺るがすような事件のさなかにいるとは思えない静けさだ。

「はあ~~…」

肺から、胃から、体の中にあるすべての空気を吐ききるような深いため息をつく。
背中を反らすと背骨からごきごきっと危ない音がする。
戦闘班長、艦長代理を任されている俺だが現状でできることは何も無い。つまり暇なのだ。

「そんなに気を抜くな。ここも戦場なんだぞ」

嫌みを漏らしてくる島はしかめっ面で操縦桿を握っている。

「そんなこといっても敵が居るわけでもないし…そういうおまえは随分大変そうだな」

「そうだ。速度を限りなく落としているが山に沿って飛んでるんだ。少しでも間違えたら墜落だ。しかし徳川機関長、今日は張り切っているな」

そうかとしかいえないな。操縦の苦労は戦闘しか知らない俺には分からないことだ。
そのかわり戦闘管制に関しては誰よりも自信がある。
ていうか徳川機関長が張り切っているって何なんだ?

ビュービュービュー

「っ波動エンジン推力急低下!補助動力の最大出力にします!ダメです!十分な推力を保てません、墜落します!」

島の叫びによってヤマトが大きく揺れて船体が急傾斜する。計器に手をつかないと席に座ることすらできない。

「どうした島!何があった!?」

「徳川機関長!?徳川機関長どうしたんですか!?」

島は俺のことなんてそっちのけ。通信機に食らいつく勢いで徳川機関長との通信を試みる。
だがその通信機から帰ってくるのは十数人の怒号だけ、意味を持った言葉は返ってこない。

艦橋の窓が地面でいっぱいになりジェットコースターじみた浮遊感が船員を襲う。
冥王星基地を撃破しドメル将軍を破ってガミラス本星を破って、ついにはイスカンダルにたどり着いた英雄が土にまみれた。

「状況を報告しろ!」

「波動エンジン0パーセント、完全に停止。補助エンジンは限界まで回してますが発進できる推力はありません!」

かすれた音声が通信機から漏れ出す。

「…第一艦橋…第一艦橋、こちら徳川」




機関室は異常な熱気に包まれて怒号が響いていた。
徳川機関長のはげ上がった頭に汗が垂れる。

「こちら機関室。密偵が見つかったわい。じゃがちいとおそすぎたようじゃ。波動エンジンが回りすぎているなと思ってみれば密偵どもがエンジンを暴走させおってな。密偵は処分したが…」

波動エンジンを制御するレバーの下には機関を担当する黄土色の筋の入った制服をきた死体が3つほど転がっている。
だれも血だまりをさける暇が無いから制御盤の周りの床が真っ赤に染まっている。

「エンジンが焼けてしもうた。動かせないことは無いが下手すりゃ爆発じゃ。具合は確かめている最中じゃから断言できんが直すには一度分解する必要があるやもしれん」

機関員が巣をつつかれた蜂のように動き回って修理しようと励むががエンジンが焼けているのだ。徳川機関長の見解通り分解でもしない限り完全修理は難しいだろう。
ともかく現状を確認しなければどうしようも無いから通信機から離れて老骨にむち打って機関に走る。
走りながら徳川機関長の脳内には二つの懸念事項が浮かんでいる。

一つ目、波動エンジンの修理するための金属がたりるだろうか。ある程度の備蓄はあるが無限にあるものではない。波動エンジンは地球外金属を多用しているため最悪他の惑星に取りに行く必要がある。

二つ目、奇襲を受けること。果たして密偵が無闇に破壊活動を行うだろうか?なにかの目的のためにわざわざこの瞬間を狙ったのでは無いか?

徳川機関長の懸念は一つだけ正解していた。




「高熱源反応っ!下からですっ!」

第一艦橋近くで二つの爆発が起きたのと雪の報告は殆ど同時だった。

「レーダーにミサイル命中、大破!周りの状況が一切分かりません!」

雪が悲鳴にもにた報告をする。

まさかクーデター部隊に先制攻撃を許すなんて…!
古代は唇を強くかむ。
クーデター部隊が攻撃をしてきたと確固たる確証があるわけでは無いが現状でもっとも怪しいのがクーデター部隊だ。ヤマトが停泊している沿岸に戦術機部隊を配備していたこともあり古代は殆ど確信していた。
だが状況は思考することすら許さないかのごとく濁流のように進む。
古代の視界に映ったのは大量のヘリコプターと戦術機だった。

「主砲前方の敵に対して斉射!パルスレーザーは各個攻撃!」

条件反射的に攻撃を命じたが時既に遅し。
主砲を斉射するも近距離の多数の目標には十分な効力を発揮できず、近距離戦のためのパルスレーザーもこうまで接近されては…。

もともと戦艦の主砲は遠距離を狙うもの、アウトレンジ戦法に則って射程距離を伸ばす方向に進化してきた。こんな近距離では照準が定められないし何よりも装填速度が遅すぎる。
航空機という小型目標の攻撃に特化したパルスレーザーも艦首、艦尾に対しては弾幕が薄くなってしまう。しかも敵が多すぎる。

不完全な弾幕を破ったヘリや戦術機がぶつかるぎりぎりまで古代の眼前に迫る。

だが古代はヤマトの装甲を信じている。確かにレーダーのように脆い部分はこの世界の兵器でも十分効果があるだろう。しかしそんなことではこのヤマトを沈めるほどのダメージを与えることはできない。絶対にヤマトは墜ちない。

古代はヤマトを過信している。一国を単艦で攻め落とせるほどの攻撃力と防御力を有するヤマトでも弱点が無いわけでは無い。

ヤマトに取り付いた戦術機はあろう事か突撃砲を捨て背中の長刀に切り替える。
戦術機、不知火の背中の二本の長刀の片方。大きく振りかぶって狙うのはパルスレーザー群。
むろんその程度で破壊できるほどパルスレーザーは脆くない。
振りかぶって長刀をたたきつけても壊れないことを知った不知火は子供のように叩き続けた結果やっと一つの砲塔が沈黙。

ヘリ、長方形の二つのプロペラを持った兵員輸送ヘリは戦術機が作った段幕の穴をかいくぐりヤマトに肉薄する。
ぶつかるほど近づいたヘリから蜘蛛の子供のように歩兵がヤマトに降り立つ。




古代も沖田艦長も歩兵が艦内に入るのは時間がかかると考えていた。艦内に入るには航空機の格納庫、側面の格納ハッチ、そして四つのドアしかない。どこも厳重であり外から入ろうとしても簡単には入れないはず。

「敵、艦内に侵入しました!」

「全隔壁閉鎖!すべての乗員に白兵戦用意!侵入経路をふさげ!」

早すぎる。まさか密偵がまだ居たのか?

「古代、すぐに白兵戦の前線指揮を執れ!島、徳川機関長と連絡をとれ!相原、香月副司令と極秘回線を開き任務の中止を進言しろ!雪は艦内の侵入者の動向を逐一報告!」

今はどうしてとかなぜとか考えている時間では無い。このヤマトが攻められているんだ。

「了解しました!」





古代は雪の誘導に従い最も激しい戦闘が行われているパルスレーザー群の裏あたりに来た。
敵の目的は第一艦橋、機関室、格納庫と思われそこに続く最短距離の廊下が主な戦場になっている。
古代の居るここには第一艦橋に迫る敵が殺到していた。
一度は全隔壁を閉鎖したものの艦内の移動のためアナライザーが隔壁を操作して最前線以外の隔壁は解放している。
壁が無い状態で戦線を保つことはできないから隔壁を半開きにしてたった十数人の必死の防戦が行われていた。

なんで隔壁をすべて閉じてしまわないかというと敵にとって隔壁が防壁たり得ないからである。
いま壁として使っている隔壁はさっきから鳴り響いている爆発でも相手の小銃の弾でもへこみすらしない。見えないから想像になるが傷すらもついていないだろう。
だが敵はヤマトの修理器具を盗んでいたようだ。
その修理器具とはヤマトの装甲を切断したり溶接したりするレーザー溶接機で最近紛失届が真田さんに出されたものだ。
つまりヤマトの分厚い装甲すら切断するような器具に対して隔壁ごときが抵抗できるものか。切断したいものの至近距離に近づかなければならないという欠点があるがそれにしても脅威になっている。

「どうだ戦況は!?」

「戦闘班長、あいつら手榴弾やらロケットやら…」

ドカンと壁の外で爆発が起きる。

「こうやって一気に片をつけるつもりだ。こいつらもそうやってやられちまった。」

新人の主計科員が指を指した先には生きているか死んでいるかも定かでは無い焼け焦げた服を着た男が四つ転がってる。

「武器は?」

「コスモガンが足りないからそいつらの奴を使い回しているような状況です。こっちも何か無いですか」

「ヤマトにそんなものは無い…あって対地ミサイルぐらいだ」

「さいですか…」

どかんどかんと鳴り響くこの状況で言葉を完全に聞き取ることはできなかったが男のうすら笑顔には絶望の色が浮かんでいる。絶望は感染して重苦しい雰囲気が漂う。

ヤマトの乗員は数百名、敵の規模は計りかねるが数十人では収まりきらないだろう。しかもこちらの数百名の内の殆どは艦の活動に関わる仕事を行っており無闇に持ち場を離れられない。外から救援も望めない。
古代の腹から何かイライラとした思いが沸き立ってきた。仲間が倒れているのに戦闘班長の自分が何もできない現状、BETAという敵が居るのに人間同士が戦っていること、そしてこの雰囲気に対して。

「馬鹿野郎!」

古代は握り拳でその男のほおを殴りつけた。
彼は突然衝撃に頭を回すが古代が胸ぐらをつかみかかって意識を無理矢理戻させた。

「敵が圧倒的だからなんだ!仲間が死んだからなんだ!おまえはこのヤマトを沈めたいのか!?」

古代が怒鳴りを上げると周りが一瞬静かになった。

「俺たちはガミラスを相手にしたんだぞ!ガミラスに比べてあいつらは何だ!?たった数十人、数百人だぞ!?ここはヤマトだ!地の利は俺たちにあるんだ!そんな目の前で仲間が死ぬことが怖かったか!?一年前絶望せず希望を追い続けていたんだ!別に俺たちが絶望することで地球が滅亡するわけじゃ無い、だけどここで絶望すれば隣の仲間は確実に死ぬ!そしてその穴から次々と食い破られるだ!」

銃声と爆音の戻った戦場で彼の胸ぐらを話すとすぐに指揮を執る。

「すぐにけが人を後方に下げるんだ。前線は決して身を乗り出すな!接近を許さなければ相手の勢いは止まる!そこまで耐えるんだ!」

数人がけが人を引きずるように後方へと持って行く。
古代自身は前線に加わってコスモガンで反撃を行っている。
男はショックからすぐに立ち直れそうには無い。

古代の脳裏にイスカンダルの帰路で同じように白兵戦を挑んできたある男の顔が浮かんでいた。
あのときに比べてコスモクリーナーのような切り札は無い。
だがその不安も銃声と爆発音によってかき消された。




ヤマトの極秘回線は直接香月博士に届けられた。
司令室でヤマトの現状を聞いた香月博士は体の力が抜けるのを感じて壁に寄りかかる。
ヤマトの技術は危険すぎる。

ヤマトの砲撃能力、ヤマトの推進機関、ヤマトの飛行能力、どれをとってもこの世界には無い技術でオーバーテクノロジーと呼ばれるものに分類される。人類の最終兵器たる凄乃皇が不安定なこの現状、ヤマトという戦力があるのは心強い。もしかするとヤマトのみこのBETA戦争を終結することができるかもしれない。
だがヤマトは人類の刃であると同時に爆弾でもある。しかも人類史に数十年の大穴を開けるかもしれないほどの。
兵器の開発、生産は社会力、資金力、技術力など人類の持てる力のすべてを総合したものである。社会力、兵器を扱う人間の能力や生産を良しとする法律や流通ルート。資金力、戦力になるだけの数をそろえるための金。技術力、冶金技術や生産技術。
たとえば数十人の大学生が無人島に流れついたとしよう。彼らはみな化学や工学に精通した人間だ。鉄を精錬する技術、加工技術、生産技術、身の回りにあるあらゆる道具を作れる能力を持っている。
では果たして彼らはその無人島で現代生活を送ることができるだろうか。
いや、できるはずはない。彼らは鉄がどのように精錬されるのかはしっている。しかし炉はどうやって作るのか、鉄鉱石はどうやって採掘するのか、どうやって加工するための道具を作るのか知らない。つまり技術だけがあっても一人歩きしてしまって活用するには至らない。

つまりだ。ヤマトの技術を手に入れてもこの数年で活用することはできない。
これはヤマトの航空機を手に入れて解析を行って得た結論。
だからヤマトに密偵を入れたり強引に技術を接収することを避けていた。
だがその技術がBETA大戦後の世界では恐ろしい武器になりえる。原子力、G元素、そしてヤマト。

ヤマトを第四計画の産物として発表することには二つの意味があった。
一つ目は第五計画を黙らせること。
二つ目はヤマト自身を守ること。
第四計画の産物という極秘性からどの国の諜報機関も手が出せない。もし手を出していることが分かったらどんな大国でも各国から非難を受ける。勿論表沙汰にはされないが。
だがこの現状ならばどの国が手を出しているのか国家権力を使って捜査するのが困難だ。現場によほどの物的証拠を残さなければ事実は闇の中に消えていく。残るのは大きな火種と残骸となったヤマトのみ。
この非常事態のなか横浜基地にも斯衛軍にもヤマトに救援を出す戦力も無いしヤマトの現状をしる手段も無い。
しかもヤマトが使えなくなると計画が崩れてしまう。

香月博士にはヤマトが無事であることを心の中で祈るしかできなかった。




帝都にある雑居ビルの一角。どこからどう見てもただの事務所にしか見えない一室にふたりの男性が居た。
ガラス窓を背にして座って居る男は金髪白人の男、張り付いたような笑顔を浮かべて黄ばんだ英語の古書をたしなんでいる。
デスクにいる金髪白人の軍人らしい屈強そうな男はイヤホンをしながらパソコンを叩いている。無骨な大きな手の前には一般的なノートパソコンが子供のおもちゃのように見える。
大男は仕事に一区切りがついたらしくエンターキーをタンッと叩いた。

「第一次報告の集計が終了しました。そちらのパソコンにデータを転送します。」

何の感慨もなさそうにしおりを挟んで古書をしまうとにこにこしながらパソコンを立ち上げてデータを確認する。
データの内容は損害報告と戦果報告、それと多少の留意事項。

「この戦果からすると破壊工作は成功したのかね?」

「はい成功いたしました。機関室に重大な被害を与えヤマトを行動不能に陥れているようです」

「その者らは?」

「戦果報告後に通信が途絶、破壊工作成功後に死亡したとみております」

もう一度損害報告を見直す。損害は大きく戦術機、対艦ミサイル発射機、輸送ヘリ、兵員に分けられ右側には数字が書かれているだけの簡単なもの。兵員の損害中のスパイとして送り込んだ者の数字を見ると5とだけ書かれている。

「それは良い知らせだ。引き続き集計を続けたまえ」

パタンとパソコンを閉じ男に向かってぞんざいに命令をすると古書を手に取り読書を再開する。
大男はぞんざいな扱いに表情すら動かさず命じられるままパソコンを叩き始める。

この男には実の息子は居ないしそういう関係になった女すら居ない。人生を祖国に捧げるために今も生きている。
感情すらも捨ててきたこの男に愛情なんてものは存在しない。事実この男も無いと自覚していた。
この男が所属している組織で、不動の忠誠心をもったスパイを作り出すため薬物と催眠による洗脳を繰り返して一人の男に上官が本当の父親だと信じ込ませる実験が昔に行われた。被験者の上官となる者は決して被験者に情を持ってはならず、しかもある程度は父親として接さねばならない。
その実験でこの男は適任だった。情を持たぬ生きたロボットと揶揄された男は即座に実験に加わった。
だがロボットにも人の心が芽生えていたようだ。

防音の壁や窓により外の喧噪と隔離された部屋にはぺらぺらと古書を眺める音とキーボードを叩く音だけしかなかった。




ヤマト艦内の戦いには終わりが見えず戦線の膠着が見え始めた。損害からしたら圧倒的に大和側の優勢だ。しかしそもそもの戦力が違うのだ。ヤマトが戦線にさける人員は百人程度。だが敵はすべての戦力を戦線にはさいている。この事実を鑑みるとヤマト側の劣勢だと見える。
しかも取り付いた戦術機がパルスレーザーを少しずつ落としているため相手側はどんどん乗り込んでくる。
このままではヤマトが本当に墜ちる。戦線の誰もがそんな不安をむりやりねじ込んで戦っていた。

「古代さん!至急艦橋に来てください!沖田艦長がお呼びです!」

毒ガス対策や頭部の保護を目的に装着しているヘルメットから相原の声が響いた。
戦線にさける人員が少ない現状でこの戦線から離れたくは無い。だが沖田艦長が呼んでいるならば向かわねばならない。

「すまない、俺は艦橋に行かなくちゃならなくなった。戦線の指揮は任せられるか?」

「勿論ですよ。俺たち主計がだってヤマトの一員ですよ。ここで踏ん張らなきゃ男が廃る!」

古代は防壁として使っていた隔壁と仲間に背を向けて艦橋に向かって走り出す。
古代がさっき怒鳴りつけた男の姿はそこにはなかった。逃げたのか、負傷して後方に回ったのか古代の知るところでは無い。

「さあこらえるぞおまえら!古代さんが何とかしてくれる!それまでの辛抱だ!」

「おおおおおおおぉ!」

「弾薬の扱いに関しては主計課にかなわないことを思い知られてやれ!」

「おおおおおおおぉ!」

たった十人ほどのときの声だがその声には数十人分の気迫を持っていた。
ちなみに主計課は弾薬の管理を行う部署で別に銃の扱いがうまいなんてことは無い。しかも戦艦に乗る彼らは銃をあまり使ったことが無い。
やけくそのときの声だがだれもそこに突っ込もうなんて無粋な輩は居なかった。




「古代戦闘班長、ただいま到着しました!」

戦線の慌ただしさと同じくらいに艦橋も慌ただしかった。
島は機関室に問い合わせたりどうにか発進して敵を振り切れないか試行錯誤し、雪は衛星情報から正確は敵勢力と地形を測っている。相原は敵の指揮系統の攪乱を行っているようだ。だがだれも有効打を行えて居ないことが艦橋の雰囲気からでも分かる。
だが沖田艦長だけはいつもどおり座って居る。この状況においても平然としていた。

「古代、今から艦舷から空間偵察機を発艦する。それに乗りこめ、今すぐにだ」

古代は突然の命令に驚いた。
そりゃコスモゼロじゃないのは少しつらいが航空機に乗れるのならば御の字だ。
現状でコスモタイガーやコスモゼロの運用ができないのには二つの理由がある。
一つ目はヤマトが着陸していること。右に傾いた状態とはいえ格納ハッチを開けようとすれば地面に引っかかる。しかも隙間からはっかんしたとしても発艦したその後木々が生い茂る森の中から十分な速度が稼げるはずも無い。
二つ目は格納ハッチがヤマトの重厚な鎧の隙間であること。格納庫には多くの艦載機、燃料、弾薬の詰まった弾薬庫なのだ。ハッチを開けた瞬間敵はなだれ込むであろうし爆破なんてされたらヤマトが吹っ飛びかけない。
その点において艦舷から発艦する100式空間偵察機は便利だ。側面から飛び出せることは勿論(格納ハッチよりは)高さがあるから搭乗員が強烈なGに耐えられればぎりぎり速度が出せるかもしれない。しかも形だけの武装を持っているしこんな状況では心強い戦力になる。
どうしてそれを今まで使わなかったのか、と思う方も居るかもしれない。だがそんな便利なものでも制限がある。
誰にでも分かることだけどもハッチが何者かに押さえられてしまってはどうしようも無い。外には数機の戦術機、もし押さえられているだけならまだしも発艦すると途中に見つかってしまったら艦内に侵入を許すし貴重な偵察機を失う。レーダーがあればどこに戦術機が居るのか精確なデータが得られただろうがレーダーは使用不能。簡単に言えば発艦の成否は運任せになるため使用できなかった。

「安心しろ」

不安になる古代に声をかけたのは角刈りの頼れる兄貴分の真田さん。

「発艦のタイミングに合わせて煙突ミサイルを傘状に発射する。ミサイルは回ってヤマトに向かってきて着弾の寸前で爆発させる。そうすれば敵の戦術機をヤマトから引き離せる。煙突ミサイルの軌道、時限信管による爆発タイミングは第三艦橋で計算しセット済みだ。おまえの命令でいつでも発射で得きる。だが一つだけ問題がある。煙突ミサイルは煙突によって覆われているので発射ハッチが紙なんだ。ミサイルが発射された後敵はミサイルの発射を妨害するために煙突ミサイルの発射ハッチを攻撃するだろう。下手するとミサイルが誘爆して弾薬庫ごと爆発するかもしれない。だから発艦したら煙突に敵を近づけないでほしい。」

「了解しました!」

古代は真田の言っていることを正確に理解して自分にヤマト反撃ののろしを上げろと言っているのだと分かった。
失敗する可能性もある重大な任務、だが古代の返事に焦りや不安は無い。ただ熱い闘志に燃えていた。
この肝の座り具合、向こう見ずとも言う、これが古代の古代たるゆえんかもしれない。
艦橋の焦りが少しだけやわらんだと皆が感じていた。




「ミサイル発射!」

通信機に向かって命令すると艦内の爆発音、外のエンジン音とは別の発射音が聞こえた。
煙突ミサイルの一斉射、ヤマト全体が揺れるような感覚を覚える。

数秒の間隔をあけて猛烈な爆発音が艦全体を揺るがす。
これがヤマト反撃ののろしとなる。

「ハッチ開け!」

ハッチが開くと隙間からミサイルによる煙が流れ込む。できることならこの煙でハッチの存在がバレなければいいのだと変な期待をかける。

ハッチが開ききると煙が晴れはじめ外の様子が目視できるようになった。
最初のような大量のヘリは無いが数機のヘリがヤマトから離れて飛んでいる。戦術機は損傷している機体が多いが見えるだけでも四機が稼働している。爆風にやられたのか隻腕の不知火と古代の視線が交わる。
こちらの正体に気づいたその不知火はそのハッチに突破口を見たのかハッチを閉めさせまいと動き出す。
だがもう遅い。古代を乗せた偵察機はアームによって完全に外にででいる。ここから発艦してハッチが閉まるまでは数秒しか無い。
ざまあみろ、と不知火を睨む。

「古代発艦します!」






次に話は本編からそれて番外編。
たぶんギャグ回の予定です。



[39693] 第十九・五話
Name: 油揚げ◆ce53145c ID:f1768497
Date: 2015/06/02 22:18
ヤマトのデビュー戦を飾った新潟防衛戦の少し後の話。
きっかけとなったのは真田が香月博士と科学に対する討論会まがいのことをしていた時だった。

真田はヤマトから戦闘用のにぎりめし持ってきていた。
横浜基地の京塚のおばちゃん合成定食とヤマトの艦内食の味はどっこいどっこい(ヤマトの合成食品の方が圧倒的においしいのだが調理で味の劣るこの世界の合成食品をどっこいどっこいまで持って行けるのは京塚のおばちゃんだけだろう)。
本来なら横浜基地の食堂でたべるのだが今日はちょうどヤマト農場(ヤマト艦内の植物工場)で米が収穫を迎えていたのでせっかくだからと主計課の人間がおにぎりを持たせていた。

討論が激しくなって食堂まで食事を取りに行くのがめんどくさくなった香月博士が食堂に宅配を頼み、真田がにぎりめしを取り出したとき香月博士がそれをめざとく見付けた。
この世界において工場とはいえ合成で無い食品なんてものはごく一部の人間しかたべられない貴重品。庶民は誕生日などの特別な日に口にする程度しか出回らない。
真田も事前調査でこの世界の食糧事情を粗方調べていたが実際に体験したわけでは無いため香月博士との雑談、というなの誘導尋問からヤマト農場での収穫量、品種、方法など粗方の情報をしゃべってしまった。

そして香月博士の発案から始まった「慰労パーティー」が開催されることになった。

慰労とはいっているが真実は香月博士がヤマトの食材をたべたいがための会だった。




~白銀、武~

二人はある料理の前でにらみ合っていた。

「とんかつにはソースだ!」

「いや醤油だろ!」

これはこの後ヤマト乗員、A-01に語り継がれるとんかつ戦争の始まりだった。



武は男友達が極端に少ない、ていうか居ないため唯一の男友達ともいえる古代とつるんでいた。
白銀としては久しぶりにたべる合成じゃ無い食品に感動すら覚え、古代は京塚のおばちゃんによっていつも以上においしくなった料理に舌鼓を打っていた。
二人はテーブルの上の料理を思うがままにたべて感想を言い合っていた。

「合成なのにこんなうまい肉が食えるなんてヤマトはずるくないか。でも結局は醤油の味だけど」

「いつも食ってるはずなのにどうしてこんなに柔らかく…。だけどソースもうまい」

「ん?」

古代はまるで食事中に砂をかんでしまったかのように、咀嚼をぴったりとやめてとんかつを飲み込む

「とんかつにはやっぱりソースだよな。そう思うだろ武。ところでそれにかかってるのはなんだ?」

「醤油だけど…何かへんか?」

「おまえとんかつには普通ソースだろ!」

「別にいいんじゃないか?個人の自由だろ」

「いーや、とんかつにはソースだ!」

白銀には「とんかつにはソースだよ!」とさけぶ声が聞けた気がしたようなしなかったような。
古代は武の隙を見て武の手元のとんかつにソースをぶっかける。

「てめっ!何しやがる!」

「ほれ食ってみろ!おまえの間違えた幻想を砕いてやる!」

「醤油の何が悪いっいうんだこの野郎!」

二人の周りには勿論たくさんの人間が雑談にふけっていた。だが二人の論争につられて話の焦点がとんかつになっていく。
ソース派が主流だが醤油派も存在している。そして二つの異なる意見を持つ集団が居れば当然起きることがあるだろう。

「日本人なら醤油だろうが」

「日本人と関係なくとんかつにはソース、当然だ。」

「勿論マヨでござる」

何か変なのが混ざっている気がする。
ともかくまだけんかには発展していないもののこの論争がいつけんかになるから火を見るよりも明らか。
香月博士のおいしい料理を食べたいという欲求から始まった慰労パーティーだが二つの団体の交流も兼ねた会。
けんかになるのは思わしくない。だがこんな時に男どもは流れに身を任せてしまって無力だった。

こういうとき血気盛んな男は無力、止められるのは女性だけだ。

「ほーら二人ともけんかはそこまで」

二人の近づきすぎた顔を押しのけて止めに入ったのは雪だった。

「二人とも何をやっているのよお祝いの席よ」

「雪止めてくれるな!これは男同士の戦いだ!」

古代はなんとしてもとんかつにはソースを掛けないといけないのらしい。果たして何が古代をそこまでかき立てているのか。
白銀には古代の後ろにピンク色のアホ毛をあらぶらせながら激高している少女が見えていたという。

「じゃあ戦術機シミュレータで勝負すれば良いんじゃ無い?古代君だって本物の衛士とやってみたかったんじゃ無いの?」

ヤマト乗員は娯楽として戦術機シミュレータまがいのものを行っている。
ヤマト杯なんぞという大会すら非公式に行われていて実戦経験が無いという点に目をつぶればヤマト乗員はこの世界の衛士の中でもそこそこの実力を有する。しかも正式に衛士のための教育を受けたわけでは無いからその動きは奇怪。対人戦闘なら一般衛士では勝つのは難しい。
本人達は本物の衛士と対峙したことは無いからそんなことは自覚していないが。

古代はコスモゼロの操縦で培った対G能力による高速での機動、さらにヤマトの火器管制能力による戦域把握と多彩な兵器の運用。
この二つによってヤマト杯でも一位の称号を奪い取った。
ヤマト艦内での頂点に立ったので次の目標は本物の衛士となった。

「…確かにそうだな」

「まてまて古代、俺だって戦術機で勝負するのは良いけどこっちが有利すぎないか?一応俺は衛士だぞ」

白銀の心配は道理。片やアマチュア、片やプロ。戦術機にはボクシングと同じようにまぐれはあり得ない。力の差ははっきりと現れる。

「大丈夫よ白銀君。古代君も戦術機シミュレータで訓練してるもの。最近なんて艦橋にいるときも戦術機の戦術を考えているぐらいよ。できれば艦内で一番になったからと行っても外にはもっと強い人が居るって教えてやってほしいぐらいよ。」

古代は頭をかきながら目線を落とす。

一時は周りに広まった二人の熱気だが問題の二人が雪によって落ち着かされたので周りも落ち着きが戻ってきた。

「じゃあ二人はシミュレータ室に行きなさい。許可は私がもらってくるから。」

雪に背中を押されながら二人は食堂から追い出されていった。
ちなみにまだ食い足りなかった白銀はそこにあった焼きそばパンをいくつか抱えていった。

そんな三人の背中を鋭い目線で見ていた者がいた。




二人はシミュレータの中で試合の開始を待っていた。
白銀はいつも通りの衛士強化装備を着ているが古代は着慣れたパイロットスーツを着ている。
シミュレータといえどもそれなりのGがかかるため白銀は衛士強化装備をつけるように古代に薦めたが恥ずかしいからといって頑として着ることは無かった。

オペレーター室には雪が準備をしている。こんな機械は操作したことの無い雪だがマニュアルを片手に何とか操作できていた。
だが機体の装備や環境の設定は困難でなかなか手間取っている。いまも機種と出力をどのくらいにセットすれば良いものかと困っていた。

一生懸命操作していて後ろで自動ドアがカシュッと音を出して開閉する音がするが慣れない作業をしている雪の耳には届かない。

はいってきた人物は慣れない作業に困惑している雪を確認するとゆっくりと雪に向かって手を伸ばす。

だがその手は雪をかすめて操作盤にたどり着く。

「……ここはこうする」

突然後ろから腕が現れたことに驚いた雪はぱっと振り返った。

「彩峰さん?」

彩峰はこくりと頷くと雪をどかして機器を操作し始める。
カタカタとキーボードが小気味のいい音を出しながら雪のやりかけていた調節を終わらせた。

彩峰は雪に分かるようにカメラを指さした。

雪は慌ててカメラの前、オペレーターの席に座ると髪を整えて映像をオンにする。

「よーい、はじめ!」




「彩峰さんはどうしてここに?」

雪の問いに対して彩峰は白銀が持ってきた三つの焼きそばパンの一つをくわえて無言で答える。
白銀はまさかかっぱらってきた焼きそばパンが獰猛なネコ科動物に良いようにされているとは気がつかない。

雪は彩峰のことを画面の中でしか見たことが無いがこんな子なのね、と少し笑みをこぼす。

彩峰は無言で焼きそばパンの半身ぐらいをたべるとやっと焼きそばぱんから口を離す。

「それと白銀と古代が戦うって言うから見に来た。」

彩峰が半身をくわえ直して画面に顔を向けたのを見て雪も興味を画面に映した。




白銀としてはこの模擬戦を早々に終わらせて焼きそばパンにありつく予定だった。古代に絡まれたせいでせっかくの料理をまだ十分に食い切れていない。
別にエリートのような尊大な自尊心があるわけでは無い、多少あるかもしれないけども、しかし相手が相手だ。古代は独学で数ヶ月練習しただけの素人、ヤマト乗員の中で一番を取ったからと行ってそれは井の中の蛙。訓練をうけた白銀にとっては赤子の手をひねるようなものだと楽観していた。
だが現状はそんな楽観を許さないものだった。
白銀が背中を預けていたビル、その上に黒い影が通り過ぎたことに気がつくとビルを蹴ってすぐに回避運動に映る。
誘導弾がほぼ上から飛来する。数は二発、その二発は間隔があって選考する誘導弾の後ろにもう一発が追従する。

回避行動のおかげで一発は白銀の不知火を捕らえることは敵わず地面にぶつかって爆発を起こしたがもう一発は回避した先の白銀を狙う。
今からでは加速が足らず巻くことはできない。この狭いビルの合間では誘導弾に対する回避行動を行えない。

つくづく対人戦闘に特化した戦い方だと白銀は感心した。

白銀の120ミリ砲から放たれた多目的榴弾がビルの壁面で爆発を起こす。
この多目的榴弾は紡錘形に整形された火薬を用いてモンロー効果によって貫通能力を向上した弾薬で単なる徹甲弾よりも多くの火薬を持っており大きな爆発範囲を持つ
その爆発半径に巻き込まれた誘導弾はその体を大きく揺さぶられて目標を失って地面に落ちて爆発する。

戦術機は対BETA戦を考えられて作られたものでその運用理念も対BETAである。対人戦闘に重きを置いているのはBETA大戦後の世界支配を目論む米国ぐらいだ。

白銀がもともとプレイしていた「バルジャーノン」は主に対人戦を行うゲームで白銀はBETAに対してもその知識を応用しているだけ。
つまり対人戦闘こそ白銀の変態機動の見せ所だ。

白銀は自分が笑みを浮かべているのが鏡を見ずに分かった。

「古代、もうおまえを初心者とは思わないからな。俺のやりこみ具合をなめるなよ?」




彩峰がわざわざ食堂を離れてここに訪れたの一つの理由があった。焼きそばパンでも無く、白銀と古代の戦いを見に来たわけでも無い。
だが今はわざわざみる必要も無いと思っていた白銀と古代の戦いに目が離せなくなっている。

「…凄い」

自分の口からこぼれたのは掛け値の無い正真正銘の賞賛の言葉。
たった数ヶ月しか訓練を行っていない衛士のものでは無かった。
古代達ヤマトの乗員は香月博士の直属の特務部隊で衛士では無い。片や古代は自分たちの師であり超えられない壁だ。
雪さんには悪いが古代はあっけなくひねられて終わると考えていた。この戦いを見るまでは。
空中戦の時、古代が白銀に追い立てられていた時、古代は左に急上昇した。九十度を超える方向転換。白銀にはまるで霧のように消えたように見えたのに違いない。さらに機体が上に向いた瞬間に噴射を止めて慣性と重力に身を任せて機体を回転させながら落下。白銀は噴射を続けていたので古代の真下を通過。回転しながら落下し始めながらも機体が一回転して正面が白銀の背中を捕らえるとロケット噴射をして急加速して白銀も真後ろを取る。一瞬の出来事、まさに神業と呼べる技術だった。
私には到底できる気がしない。

古代はこの技を形式的に「後ろひねり込み」と呼んでいる。発想のきっかけになっている航空機による大気圏内での格闘戦術「左ひねり込み」をリスペクトして名付けた。

更に純粋な機体の操作技術。
白銀はビルの間をビルと伝うようにあちらへとこちらへと縦横無尽な機動、変態機動を使う。だが古代はビルの隙間をトップスピードでまるで障害なんて無いかのように駆け回る。白銀を猿だとすると古代はツバメ。
さっき古代は白銀の上空を通って誘導弾を落としていったが古代は追撃を行わなかった。いや行えなかった。ほぼトップスピードで通過した古代を止まっていた白銀じゃ追いつけなかったし追いつこうにもビルに突っ込んで自滅。
あれほどの操作技術を潜在していた古代はどうして衛士にならなかったのだろう?あれほどの技術があったらテストパイロットでも指揮官でもどんなに高い地位でも保証されていただろうに。

「流石古代君ね。でもこれじゃより鼻を伸ばしちゃんわね」

雪さんの言葉で私は意識を取り戻した。

「どうかしたの彩峰さん?」

この質問をして良いのだろうか、野暮なんじゃ無いのだろうか。でも現状を打破するには雪さんが一番効果的。
私は意を決して最初の目的を口にする。

「古代とどうやって恋人になったのか教えてほしい」




彩峰さんがここに居る理由が気になっていた。
焼きそばパンなら食堂にまだたくさんあっただっろうし彩峰さんからすれば古代君は素人当然でわざわざここに来て見る必要も無いんじゃないのかな、と思ってた。
じゃあ他に何かある?
白銀君がここに居るから?でも白銀君は元教官の同僚、ただの同僚なのに自分の時間を潰してでも模擬戦を見に来るの?じゃあ白銀君が彩峰さんの気になっている人ならただのも尾栓でも見に来るんじゃ無い?
私ながらなかなか吹っ飛んだ考えだと思う。でもこれが正解だと確信を持っていえる。だって昔の私とおんなじ気がしたから。

「どこから話したら良いのかしら?私が好きになったきっかけ?アプローチの仕方?決定的になったこと?」

だから私は協力したいと思う。もし地球に着いていたときに奇跡が起き無くてそのまま目を覚まさなかったとしたら私は後悔しきれなかった。だから彩峰さんも後悔しないようにしてほしい。死なないのが一番だと思うけどそんな甘い世界では無いことは知っている。

「…じゃあきっかけから」

きっかけね、じゃあ冥王星での戦いの直後に火星から帰還した古代君と病院で出会ったときの話をしましょうか。
あの時には気にならなかったのに今じゃこんなに好きになって、ふふふっ、恋心って分からないわね。

私が話し始めようとしたときに扉がカシュッとスライドする音がする。

そちらの方を振り向くと四人の女の子がはいってきた。

「森雪さん。私は御剣冥夜と申す者です。できれば私たちにもその話をお聞かせ願いませんか。」

「私は榊千鶴です。」

「わっ私は珠瀬壬姫です!よろしくお願いします」

「鎧衣美琴です。よろしくです」

「あら、まさか皆も?」

まさか五人も?と若干困惑しながらの質問に五人ははっきりとうなずく。

画面に映っている白銀君の顔を改めてまじまじと見てみる。
たしかに二枚目と言われれば二枚目だが町中を歩けば二三回ぶつかりそうな…そんな感じの顔だ。
このの達五人を惹き付けるだけの魅力があるかな…と言えばなさそう。

雪はこんなにぼろくそ言っているがこれが一般の人の反応だから仕方が無い。
モテるかはモテないかは顔じゃ無い、内面なんだ。(若干作者のひがみも含まれています、若干)

画面から五人の女の子の瞳に視線を移すとはっきりと固い意志を見て取れた。
これだけ覚悟を持ってきているなら断るのは野暮よね。

「じゃあ少しだけ長くなるからそこに座ったらどう?そうせ古代君も白銀君もすぐには終わらないわ」

私の申し出を受け入れた五人は適当に椅子に座る。

「じゃあ私が従軍看護師で古代君が訓練兵だったときの話ね」




白銀と古代の戦いは雪の言ったお通り持久戦になった。
二人とも違う戦い方をする。白銀はビル群の中、古代は上空。
勝負は相手をどうにかして自分の領域に引きずり込むかというものになっていた。
だが二人とも相手の領域に入れば不倫になることは自明であるから踏み出さない。

古代の機体の燃料が少なくなって不利になるのを覚悟してビル群に突っ込まなければ埒があかなかった。
まあ当然のごとく古代が負けたんだけども。

白銀にしてみれば久々に本気を出しただけで、古代は本職の衛士と戦ったことが無かったのでたいしたことをした自覚が無くてやっぱり本職の衛士は強いな~と白銀基準に考えている。二人は今どれほど高度な戦いをしていたのか自覚が殆ど無かった。

戦い終わったあと古代は負けてしまったことを悔しがったが素直に負けを認めて握手を交わした。
戦って友情を深めるというのはテンプレだが確実な手だった。

そんな二人が雪への報告のために管制室に向かうとちょうどそこでは男にとってはあまり関わりたくない女子会が催されていた。




「それでね私は敵を追い出すために試験運用を待つばかりだった兵器を無理矢理動かしてね…」

「ほえ~、雪さんは凄いんですね~」

ほほう、知れば知るほどおもしろい。他人の恋愛経験をおもしろいと言っては失礼な気もするがまるで恋愛小説を読んでいるようなおもしろさがある。本当にそのようなことが現実に起きているとは…。まさに事実は小説より奇なり、だな。

カシュッ

扉のスライド音が聞こえてその扉の方を向くと古代さんと武が立っていた。画面を見ると見てみると戦闘が終わっていて戦闘の結果が表示されている。
やはり武が勝利したか、流石我らの教官だ。

ふふふ、最初は雪さんだけだったのに六人も見物していたのに二人とも驚いているようだな。

「あれ古代君終わったのね。昔の話をしていたら熱が入っちゃって」

「お、おう…しっかしたくさん居るな」

「おいなんでおまえらもここに居るんだ。慰労会はどうした?」

「ん…めんどくさいから抜け出して雪さんの話を聞きに来た」

「雪さんの話は結構おもしろいよ、武も聞いてみたらどう?

「雪、どんな話をしていたんだ?」

「私たちの昔話を、ね。ほらオリオン座の願い星にお願いごとをしたときのこととか」

「あのときか俺は最初にあったときに一目惚れしていたんだがまさか俺なんかがって思ってて分からなかったんだよな」

「でも私はあのときも楽しかったな」

「じゃああの時みたいに戻りたいか?」

「それこそ愚問ね」

二人の会話を聞いているとまるでここ一帯の空気が甘くなったような。
さっきは雪さんのことをうらやましく思って居たんだがなんだかこう…爆発してくださいみたいな?雪さんや古代さんにはヤマトの幹部と言うことと人柄から尊敬に値する人間だというのにこんなことを思ってしまうとはどういうことだろう。

「では是非とも私にもそのお話をお聞かせ願えませんか?」

甘ったるい雰囲気に突き刺さる凜とした声が管制室に響いた。




白銀は以前に煌武院悠陽殿下と直接会談を行ったことがあった。
あまり広くない空間での少数のみの会談だった。
それ故に殿下のご尊顔を間近で拝見した。あの距離で直接言葉を交わした人間は少ない。
だからこそ白銀ははっきりと分かってしまった。

「なっ!なん…!?」

だが白銀の口は突然さえぎられた。
月詠真耶さんだ。
真那さんが白銀の口を押さえ込んでいた。
入り口から白銀が居た所まで数メートル。この距離を言葉を発する前に接近したのだから達人級の足運びだった。

「おまえはこの帝国軍の技術大佐とは帝国軍の研究所で会った、OK?」

月詠さん目が笑ってないです。眼鏡越しでも殺意が伝わってきてるんで、いやマジで。

俺が口を押さえられながらこくこくとうなずくとさっきはそのままで悔しそうに離れていった。

離れていったから気づいたんだが月詠さん右手で俺の口を押さえていたけど左手で刀の鯉口を切っていた…。まじで殺す気だったよ…。

皆の様子は、と周りを見てみると委員長達は理性が思考を押さえ込んでいて理解していないよう。冥夜は…ご愁傷様というか。まさか生き別れた姉とこんなところで出会ったんだから。雰囲気ってもんもありゃしない。
しっかし古代と雪さんは凄く冷静だな。こればっかりは凄いと思う。

白銀は古代と雪はこんな時でも冷静を保てる凄い人だ、と勘違いしているが二人はこの世界の政威大将軍がどれほどの存在か理性的には理解しても本能的に理解できていないだけだった。
雪はどうしてこんな所にいらっしゃるのだろうかと冷静に考察しているが古代はお転婆姫様なんだな~ははは、としか考えていなかった。

「今日は香月副司令とXM3の件について話し合いに来たのですが興味深い模擬戦が行われていると小耳に挟みまして立ち寄ったのですが…それよりも興味深い話を聞いてしまいました」

悠陽殿下はにっこりと雪にほほえむ。
雪さんはえ?私?って驚いている。

「お邪魔で無いのでしたら私にも先の話をお聞かせ願いませんか!?」

「いっいえ、そんな大佐殿にお聞かせするような話なんて…」

「是非お聞かせ願いませんか?」

殿下、なんでそんな無言で雪さんに迫ってるんでしょうか?なんか笑顔なのに凄みを感じるんですがそれは…。

「はい、僭越ながら…」

ほら雪さん完全に引いてますよ。

「男の子のおふたがたはどうなさいますか?一緒にお話を聞かれますか?」

できれば早くここから去りたいのは山々だけど「あの」美琴がいるしまさかいつも通りの態度で接して失礼でも働いたら、な。
仕方が無い俺ものこる…ヒィッ!?

月詠さんなんでそんなに睨んでるんですか!?まるで邪魔なゴミを見るような攻撃的な目線。特殊な性癖を持つ紳士のお方ならご褒美なんでしょうが俺は一般人だから普通に恐怖しか感じないんですけど!?

「いや、俺たちはまだ食べ足りないのでせっかくのお誘いですけども断らせていただきます。ほら白銀も行くぞ」

仲間(主に美琴)が不敬罪になるかもしれないのに逃げるなんてことができるか!?

「まて古代俺はっ」

「はいはいとっとと行くぞ」

俺は古代に口をふさがれながら引きずられるように扉の外へと連れて行かれた。




「なんで俺を連れ出したんだ!横浜基地一空気が読めない美琴が一緒に居るんだぞ!?首が飛んでもおかしくないんだぞ!」

美琴の空気の読めない度は横浜基地随一だ。親が親なら子は子、しかも空気の読めなさについてはサラブレット。今にも殿下に向かって不敬なことをしているんじゃないのか。きっとそうだ。俺は仲間を守るためにここに居る。こんなことで仲間を喪うなんてことは許せない!

「落ち着け白銀。おまえは一回女心を勉強する必要がある」

何が女心だ!いまにでも美琴が!いや彩峰がやらかす可能性も!?

「おまえな、女同士の話に俺たちが居るのも無粋だろうが。ていうかおまえは悠陽殿下のことを何だと思ってるんだ。」

そりゃ政威大将軍で…。

「政威大将軍だからとかいう的外れな答えはなしだからな」

うぐっ、なぜバレた。

「おまえ政威大将軍とはいえ女の子だぞ?しかも悠陽殿下は身分を偽ってたしそれこそ直接危害を加えなければ悠陽殿下も分かってくれるだろう」

そういうもんか。

「あと俺が言うのも何だがおまえは女心をしれ。」

女心か…。昔っから女の考えることは分からん。いっそのこと教科書でもつくればいいのに。




白銀と古代が食堂に向かって歩いているとき、食堂はいろいろカオスなことになっていた。

「伊隅大尉!いつもしびれるような命令が格好いいです!これからも頑張ってください!」

「ああ、ありがとう」

「風間少尉はいつも冷静で落ち着いてて、凄くおきれいです!」

「そ、そう?ありがとうございます」

「つ、築地少尉!で、できればおおお、おつきあいっ!」

「おまえ抜けがけすんじゃねえ!あ、築地少尉、いつも応援させていただいています」

「ひゃあっ!あ、ありがとうどざいまひゅ!」

食堂ではアイドルの握手会みたいなものが行われていた。



この握手会が始まったのは十数分前だ。
A-01小隊の面々もヤマト乗員も満足に食べて落ち着き始めていたとき、一人のヤマト乗員がきっかけを作った。

「いつも訓練を拝見させていただいています!握手してください!」

彼は涼宮茜の熱心なファンだった。
かれらファン達の間には暗黙の了解があった。彼らのアイドル達は俺たちに見せるために訓練をしているわけじゃ無い。真剣に生き残るために訓練をしているんだ。だからけっして迷惑を掛けない。できるだけ接触をしない。
その暗黙の了解をかれは破った。
しかも茜は戸惑いながらも握手を受けてしまった。これが失敗だった。
これでみな思った、うらやましいから俺も握手してもらいてぇぇぇぇぇぇ!と。

そして今に至る。

だが暴徒のように一気に押しかけること無く列を作って秩序を乱さないようにお互いを監視しているという統率は流石ヤマト乗員。
ちなみに握手会を行っていない少数派の人間は食堂の隅っこに避難して仲間の変貌ぶりに若干引いていた。とくに女性乗員の引きっぷりは凄かった。

「茜ちゃあん、たずけて~」

築地なんてこんに人に好意を向けられたことが無くてテンパって目がぐるぐる渦巻いている。

「わ、私もどどうしたら良いか!」

握手は続けているが茜の芽もぐるぐると渦巻いている。こんな茜は珍しい。
茜は苦し紛れに助けてくれそうな人、伊隅大尉に助けを求めようとする。

「ありがとう。はい次の人」

なんだか凄くて慣れた感じ。いや心を無にしていた。
恥ずかしさ余って、余りまくった結果の無の心を会得していた。

じゃあ万が一つの可能性にかけて香月副司令は…。

なんか凄く楽しげに目つきの悪い角刈りと酒を交わしていた。
分かると思うがこの角刈りは真田さんだ。



「つまり因果量子論は理論的には証明できるが証拠が十分ではないのですね」

「そうよ!だから白銀を利用すれば証明できるかもしれないのよ!まあとにかく呑みましょう!こんだけ楽しい酒は久しぶりよ!」

「私もなかなか話をぶつけ合う機会に恵まれなくて、こういうのは楽しいですな!」

よく分からない方向に突き進む香月博士、結局は良い方向に転ばせるかいつもよく分からないものを開発している真田、ふたりはマッドサイエンティストどうしなにか通じ合ったのかもしれない。これが良い方向に進むか、悪い方向に進むかは神のみぞ知る。



この二人は当てにならない。あとでどうにかしないと…。
ともかく今は自分をどうにかしなければならない。
ならばヤマトを総括する沖田艦長ならば!



「儂には息子が居たんじゃがのう、真耶ちゃんみたいな娘も良かったか」

「ふふふ、沖田艦長の娘、というのも良かったのかもしれません」

「そうか、じゃあ昔の格好いい所を話そうか。あれは儂が兵学校に通っていたときに話だが…」

なんか孫と娘みたいになってるんですけど。
沖田艦長ってめっちゃ怖そうな感じだったのに今じゃただの好々爺じゃん。
しかも隣にいる斯衛の人は数回見たこと歩けどあんな顔見たこと無いんだけど…。

真那は途中までまじめに冥夜の護衛をしていたんだが香月副司令に勧められて酒を一杯。
べつにそれだけでは冥夜の護衛を離れるわけじゃ無いが沖田艦長が見た目や振る舞いから歴戦の志士だとわかったのでつい戦士の矜持とか指揮艦の心構えとか昔話を聞いていたら酔いも相まって心酔してしまったのだった。沖田艦長は人心掌握術レベルマックスだった。
興味津々に聞いてくる真那にだんだん沖田艦長も気をよくして今に至る。



茜は視界にちらりと狂犬の姿を見た。



ああここに救いは無いんですね。茜は感情を閉ざして機械になることにした。






こんなに更新が遅くなってしまってすみません。
これで次はやっと話が進む!とお思いの方重ね重ねすみません。
たまに一話とか振り返ると手直ししたい欲求に駆られていましてそろそろ一話から更新し直した方が良いんじゃ無いかと決意しまして、なので数話訂正してから二十話目を書くと言うことになります。
できればもう一度一話から振り返って生まれ変わった「英雄達の邂逅」見てもらいと思います。

ちなみに「マブラヴオルタネイティブ ネクストアンサー」で煌武院悠陽殿下を拝見できるのはいつになるのでしょうか(迫真)


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