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[7746] 【ネタ作品】 リーツ・アウガンの旅記録~マブラヴ編~
Name: リーツ◆632426f5 ID:68ab6158
Date: 2013/10/02 23:47
どうも初めまして。

勢いあまって作ってみました。

すばらしい中二設定なので読む人を選びます。

オリ主最強、ご都合設定、全力全壊の原作超崩壊、キャラ崩壊、ギャグ成分とシリアス成分が半々ですが、なるべくギャグ成分を多くします。

これらがダメな人は、読むのはやめた方がいいです。

それでもいいよという方だけ、どうぞ。




追記

好評だったので続編やります。

4月8日中には第二話を投稿します。

4月10日に第二話を微修正しました。調子がよければ、4月10日から13日にかけて次話を投稿します。

4月13日に第三話を投稿しました。また、感想版に文章に対しての修正案件がありましたのでそれも修正しました。023様、ご指摘ありがとうございます。

4月17日に第二話と第三話を微修正しました。『ドS』が『ドM』になっていたので。調子がよければ、週末までに第四話を投降します。
第四話を投降の後、痛車製作のため一週間ほどお休みします。

4月25日に第四話を投稿しました。
痛車製作は、悪天候のため中止になりました。

4月26日に第五話前編を投稿しました。
風が強くて洗車ができません><

4月30日に第五話後編を投稿しました。
いろいろとネタ成分が強くてすみません。
あと、誰か文字を大きくする方法を知っていたら教えてください。よろしくお願いします。

5月2日に第六話を投稿しました。
このまま一気に突っ走ろうと思います。

5月5日に第七話 前編を投稿しました。

5月10日に中篇を投稿しました。

5月20日に後編を投稿しました。
なんか風邪を引いたみたいです。

5月23日に七話後編を微修正しました。

>>瑠音さん

はい。正確にはルカ機と言う設定なのでRVF-25になります。
『戦闘妖精雪風』に登場する無人戦闘機FRX-99レイフを操るために、かつ、自由が利く複座でなるべく霞に危害が及ばない機体と言ったら、これしかなかった次第です。


6月2日に第八話を投稿しました。
なんとか風邪は治りました。


>>AKさん

ご指摘ありがとうございます。修正しました。

>>55さん

ブリーフィング時、00ユニット回収時にも伊隅大尉が「Need to Know」と言っていたのでそちらを採用しました。


6月13日に第九話を投稿しました。
この先どうなるのか、作ってる私にもわからなくなってきました(汗

同日に投稿者の名前の大きさを統一しました。

>>流しの放浪人さん
できます。
しかし、使いどころがあるかどうか・・・


6月27日に第十話を投稿しました。

色々と混ぜすぎてそろそろ危険かもしれない。


7月15日に第一話をちょっと書き直してみました。どうでしょうか?


8月2日に11話を更新しました。

流石に、これはやり過ぎだったかなと思う。


8月15日に第二話を改定しました。

もう最初とまったく違いますね。

>>ニッコウさん

自分もガン泣きしました。


十月九日に第十二話を投稿しました。

次か、次の次くらいで武ちゃんが活躍します。


十月十日に第十二話を修正しました。

>>紫神さん

ご指摘ありがとうございます。修正しました。


>>森のムックさん

ほんとにすみません。間違えました。これじゃ潜水艦のほうになっちゃいますねorz



二月一日に第十三話を投稿しました。

仕事が鬼になってやってきたので、またしても次回更新が三ヵ月後くらいです。申し訳ありません。

ああ、早くラストバトルを書きたい・・・


四月二十二日に第十四話 前編を投稿しました。

社長の気まぐれでクビになったり継続になったりで忙しい毎日を送っています。


五月三十一日に第十四話 中編・イリヤ編・有限世界編を投稿しました。
不幸だ。


六月二十日に第十四話 後編を更新しました。


六月二十二日に有限世界編2(テストバージョン)を更新しました。
       
第十四話後編の修正をしました。素敵に無敵さん、ありがとうございました。


2010/5/31

病気になって自宅療養したいといったら、会社をクビにされた。

な、なにを言っているのかわからねぇ。

幻想殺しなんてメじゃねぇ不幸の片鱗を味わったぜ・・・


2010/6/2

予告入れました。

元ネタ表に追加が入りました。


2010/08/18

第十五話更新しました。

三日後あたりにマブラヴ板に移ります。

一緒に掲載している短編、アセリア編につきましては、マブラヴ編が終了次第、載せます。多分。メイビー。黒鐵も書かにゃいかんので、怪しいです。

でもそのうち、また短編を載せるかも。

>>フェリオスさん
アドバイスありがとうございます。三日ほどしたらマブラヴ板に行きます。
某サイボーグ猫の少年って、たしか空母を乗っ取ってましたよね・・・?
有限世界編ですが、全員がエターナルには、なりません。
瞬も助かります。

>>どろろさん
まぁ、人それぞれですから。

>>大和さん
そう言っていただけると幸いです。

>>PALUSさん
武御雷の肩って、なんかGNドライヴっぽくないですか?

>>素敵に無敵さん
ええ、使っちゃったんです。ポイっと。
訂正箇所につきましては、すぐにでも直します。ご報告ありがとうございます。

>>因幡の物置さん
さぁ~、次は何が来ちゃうのかな~?

>>nokanさん
やっぱり「フムン」が似合うのは零ですね。
雪風は、物語の終り頃に出てきます。

>>てんぺすとさん
ありがとうございます。しがない者ですが、これからもよろしくお願いします。



2010/11/10

>>大和さん
ただいま、友人に依頼されてサイカノ編を書いています。一段落したらまたマブラヴ編と共に有限世界編を、その他板にアップしますので、宜しければご覧になってください。では。


2011/07/08

前回投稿から早一年・・・お待たせしました。
あれから就職活動等色々あり、なかなか書けないでいましたが、なんとかお届けすることが出来ました。

まぁ具体的には、どこぞの役立たず総理が、自分の次の就職先に口を出して止めやがったのでまーた新しい就職先を見つけないといけないのです・・・

原子炉に突っ込んでやろうかしら、あの池沼。


2012/06/18
第十七話前編を更新しましたホントにおまたせしてすみません。

病気の手術してみたものの、今度は声が一部出なくなるとか、もうね・・・

あ、あと有限世界編の前に某サイトで掲載していた編集版サイカノ編もその内その他板に載せたいと思います。
できれば、オリジナル板にほっぽりぱなしのイザナギも・・・時間があれば・・・



2012年7月15日
第十七話中編を更新しました。後編は速くて来年になりそうです。

速くアセリアとサイカノもやらなくちゃ・・・

それと大和さん、「黒鐵」でググって見てください。よろしくお願いします。


2013年10月2日
第十七話後編を更新しました。正直、このままアップしていいものかと不安でしたが、さすがにコレ以上は延期できないと判断してアップしました。見苦しかったらすみません。

あと大和さん、読み方は『くろがね』です。一年近く音沙汰なしで本当にすみません。





あと、このオリ主は、某所で自分が連載中のキャラクターであります。メカやアイテム等も同じです。無断転載とかは自粛でお願いしますm(_@_)m



[7746] 迷惑一番が異世界を闊歩する第一話。改
Name: リーツ◆632426f5 ID:68ab6158
Date: 2009/07/15 22:50

<リーツ・アウガン>



流れる時間が遅いなと感じるほど続いた、いつもの事務作業を終え、ロッキングチェアに座って一息つく。

その後ろでは、後輩や先輩に当たる人間が、おおきな書棚に向かって本の整理や本を引き出して目的の情報を探している。

ここは『白い部屋』。

図書館のようにも思える場所で、色んな『私』が経験した体験や経験、記憶などが『本』として安置されている場所でもある。

私は、リーツ・アウガン・ザ・ダッシュ。

いわゆる『並行世界』、『多元世界』を旅するアナザーワールド・トラベラである。

先ほども、剣と魔法の世界群の内の一つから還ってきて、その世界で経験したことや起こったことを情報化、本にして、まとめ終わったところだ。

「ご苦労様。どうだった?ファンタジアな世界は」

そう言ってキリマンジャロを淹れてくれる女性、アンファング。自分と同じ顔立ちながら、女性らしい顔つき。もしも、私が女性であったらという世界の出身者で、名前も同じリーツ・アウガンである---皆、同じリーツ・アウガンであるため、識別するためにアンファングと言われている。

「なかなか楽しめたよ。また行ってみたいね」

「なら、ファーストに頼んでみたら?行かせてくれるかもよ」

「今度は任務じゃなくてバカンスで行きたいね。火トカゲの尻尾ステーキだったか。あれはもう一度食べたい」

「ダッシュは、そういう食べ物が好きねぇ」

「アンファングは、そういうのが嫌いか?」

「いいえ、好きよ。肉は塩胡椒に限るわ。焼き加減はウェルダンで、日本酒か、ウィスキーよ。あなたもでしょう?」

「そうだな。私たちの感覚では、肉にワインは合わない。なにせ、リーツ・アウガンだからな」

くすくす

「わかっているじゃない。じゃ、ゆっくりね。休暇は---あら?」

そう言いかけて、異変を感じたアンファングは眼を細くして戦闘意識を尖らせる。と、ゆっくりと部屋全体が揺れる感覚が全員を襲う。

「・・・地震か?」

「ばか。ここに地震なんてあるはずないでしょ。そもそも地面なんてないのよ」

「じゃあ、この揺れは何だと思う」

「さぁ。どっかのおばかさぁんが次元振動レンズでも作動させたんじゃない?」

「だが、あれはここまで届かないはずだろう。あくまで人生リフレイン現象としての装置だ。魂の根源の一歩手前のここまで届くはずがない」

「んー・・・どうやら、それとは違うみたいね。来るわよ。ほら、そこに」

アンファングが指差す方に、揺らぎが見える。やがて大きなうねりとなって、一瞬、ネガのように色彩が反転したかと思うと、またいつもの白い景色で、しかし、彼女が、そこにいた。

年齢は、17か19までほどの未成年。髪は長く、艶やかだ。全裸ということもあり、プロポーションもよく、顔立ちもいいことが伺える。だが、これはいったいどういうことなのだろう。

この白い部屋は、いくつかの例外を除いてリーツ・アウガンしか入れない場所である。彼女は、新しいリーツ・アウガンなのか?

「どうやら、それは違うみたいね。あれは、カー、コンピュータで言うところのショートカットアイコンよ。本体は、別にあるわ。次元交錯線がぐるぐるになっちゃって、ここに飛ばされたようね。この程度の振動なら、すぐに消えちゃうわ」

「たけるちゃん・・・たけるちゃん・・・たけるちゃん・・・」

何かを言っている。人の名前だろうか。察するに、恋人の名前のようだが。

興味が湧く。

「たけるちゃん・・・たけるちゃん・・・たけるちゃん・・・」

「たけるちゃん・・・たけるちゃん・・・たけるちゃん・・・」

彼女、余程「たける」なる人物に執着している模様だ。

これは余程のことだと思い、彼女意識にアクセス。どうしてここに繋がる結果になったのか、人生を読んでみる。

「ふむん」

「珍しいわね。いつもなら、休暇中は何があっても休むのに」

「気まぐれと物作りは私の専売特許だろう?」

ちょっと考えるアンファング。それもそうね、と笑って言った。

「名前は・・・鑑 純夏。なるほど。宇宙からの侵略者・BETAに身も心も犯された、か。で、次元爆弾『G弾』によって発生した歪みで『白い部屋』に意識が繋がったと。そういうわけか」

「どこの世界?・・・マブラヴ?また、変わった名前ね。データベースには載っていないわ。新種の世界ね」

アンファングも私を通じてアクセスする。

マブラヴ・オルタネイティヴ。

世界名はそれ。歌は『未来への咆哮』。

世界は、安定を好むのが基本である。その安定に一役買っているのが、『歌』だ。歌は、その響きで、その世界を現し、特徴を司る。芋づる式にオリジナル世界の情報と外典、偽典も多く出てくる。それだけ、色々な世界からアプローチされているのだろう。それらの世界群も、歌によって、まとめられている。歌がない世界は、常に不安定で消えてしまう危険が付き纏う。

この白い部屋も、ザ・ファーストが作ったものでファーストの生誕世界群に含まれる。歌もそうだ。

「まぁ、暇だし助けてあげますか」

そして『私が干渉しなかった』場合、起こったであろう出来事、未来も読み込み、保存する。

「あら、助けるの?放っておいても、なんら問題ないはずよ」

「確かに。だが、AAAに相当することも事実だ。G弾とやらの使用回数が続くなり増えるなりすれば、この白い部屋が危険に晒されるかもしれない。憂いは絶つべきだ」

「G弾が使われない世界の流れを作る、と言うこと?」

「そういうこと」

「それは必要以上の介入を招かない?」

「かもしれん。しかしこれはこれ、それはそれだ。助けることに違いはないし、規約違反にもならない。ま、規約と言っても、私たちが消えてしまわないようにするための約束事だ。必要最低限のルールさえ守ればいい、と、ファーストは言っていたぞ」

「そこは同意できないわね。だいたい、境界線があいまいなのよ。もっと厳格にすべきだわ」

「昔、それをやって、いざ動こうと思ったら規約抵触事項だらけで何もできずに死んで、リフレイン現象でもう一回、その世界をやり直す羽目になったんだがな」

「別にいいじゃない。ここを破壊されるか、根源に落とされるかしないと私たちは死ねないんだから。一回目でダメだったら、二回目、三回目でやり遂げればいいのよ」

「私は君ほどタフネスじゃない。人生に予備はいらない。人生は一度きり、一期一会だからこそやる気が出るんだ。何度もやってクリアなんて、質の悪いゲームだよ」

「私は任務を優先するわ。人生を楽しむのは、それからにするわよ。あなたは任務と人生を一緒にするから余計に介入しちゃうのよ」

「そちらでは一回で済むから、私はそっちでいいよ」

流れてきた情報を元に少女の世界へと続く道を作る。幸い、同類のアプローチは、まだ無い。アプローチがあると、干渉者・ダブルヘッダとなって私たちが世界から排除されてしまうからだ。

同時に情報の整理を行い、余分な情報は消す。残るのは、主要・副接触人物、主要・副機械、分岐点因子に、遊び心で残った面白情報だ。

「物好きね。せっかくの休暇なのに」と、腕を組んでアンファング。

「アンファングも行くかね?」

いつもの武装セッティングと、思考調整をしながら言う。出発前の準備運動と、持ち物点検だ。うっかり何かを忘れても、届けに来てくれる助っ人はやってこない。それもダブルヘッダと世界から認定されるからだ。同様に、ここからマブラヴ世界に何かを送るということも出来ない。受精卵のようなものだ。例外を除いて、最初に出会った卵子と精子以外は、排除されるか、進入できないように防御壁が展開される。

初めてそれを知ったとき、なるほど、男の私はまさしく精子だなと思った。未受精卵である卵子は、誰も干渉していない世界で、そこに異物である私が介入することで何かを孕む。そこから、なるべく人の道を踏み外さないようにその世界の行く末を示す。示すと言っても、預言者のように振舞うのではなく、数ある道の中からなるべく最良の道を選ぶように因果の鎖を作るのだ。

産み生まれ、殺し殺され、そうやって世界の住人たちによって作られる歴史の中に、ほんの小さな楔を打ち込む。そこから繋がっていく鎖は、人の絆だ。生き様と言ってもいい。基本を武士道や騎士道として、各世界ごとに最適化を図る。それによって各世界の美や善感覚に合わせた因果の鎖が現れ、彼らを縛るのだ。

だが、それを良しとしない者が現れることもある。そのときは、彼らに鎖を破戒させることにしている。その後に自分たちがいいと思う鎖を作るか、少し違うシステムの鎖を作るか、そのままにするかは、彼らの自由だ。それで崩壊した世界は、ない。もっとも、『世界』が自身の安定のために鎖の存続を望めば、彼らは消え去ってしまう。が、私にも、それは言える。世界が鎖を望まなければ、排除されるのは私だ。

「私は遠慮しておくわ。せっかくの休暇だもの。戦場に行くくらいなら、常春のマリネラに、バカンスに行くわ」

「国王の世界か。正体を知ったら、一生ダイヤか金を生産させられるな」

「そんなつまらないミスなんかしないわよ」

「だといいがね---じゃあ、行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい。死なないようにね」

通路の形成を完了。準備も終わる。鑑嬢のカーを抱えて、飛び込んだ。



「・・・ふむん」

飛び出た先は、荒れた街並み。鑑嬢は、この世界の入れ物に戻った。カーなので当然といえば、当然だ。背後霊になるわけにもいくまい。

さて、情報の通りだとこの近くに横浜基地があるそうだが、正直、どうしたものか。基本的にスタンドアローンの方がやり易い。この世界の主要人物である香月夕呼博士は、自分の目的のためならどんな犠牲を厭わない性格らしい。救いは、その行いに覚悟を持っていることだろう。覚悟がなければ、たちまちのうちに地金を晒して自身を責め抜く。大抵、そのまま死んでいく者が多い。中には世捨て人になる者もいる。が、博士は覚悟を持っている。今まで出会ってきた人間の中でも強い部類に入る人間だろう。

そんな人物に会うと色々とややこしいことになりそうだが、鑑嬢は、当の横浜基地、その地下深くにいる。行かない訳には、いかない。

その香月博士は、今は鑑嬢の脳髄を使った量子電導脳の開発で行き詰っているらしい。計画名は『オルタネイティヴ4』。なんでも、演算ユニットを掌サイズ、しかも性能はスパコン並み(テラフロップスクラス)にすることがうまくいかないらしい。

この世界の前身となる『アンリミテッド』世界では、オルタ4が成功せず、地球脱出計画である『オルタネイティヴ5』が取って代わって発動して、それが原因でG弾が多用される作戦になった。白い部屋に鑑嬢のカーが接続される事態になったのは、そのエネルギーもあるかもしれなかった。

私は、その量子電導脳の核であるスパコンと同等のものを作ったことがある。形式と大きさは多少は違うが、性能は同じである。WIIとドリキャスの関係のようなものだ。あれも形式こそ違うが、性能はほぼ一緒である。

香月博士がそれを知れば、なにかしらの弱みに付け込み、そこを中心にしてなんとしてでも作らせるか、設計図を聞き出すだろう。

決して弱みを見せてはいけない。間違っても助けなんか求めてはいけない。

それが原因でGT-Xが他人の手に渡ってしまったら、取り返しのつかない事態になりかねない。GT-Xは、核だ。ボタン一つで神にも悪魔にもなれる。

そう、例えいきなりBETAに囲まれても絶対に助けなぞ求めぬ。

なんでこんなにいるんだ。おかしいだろう。常識的に考えてお前らはここいらにはいるはずがないのだ。明星作戦といわれるG弾運用作戦で掃討したはずだ。それともなにか?レーダーに探知されないようにやってきましたとか、そんなオチか?勘弁してくれ。

「しかし肩慣らし運転には、もってこいかな」

BBTを起動。武装マスターアームを起こし、戦闘モードに設定する。

「最低出力の消滅攻撃だ。どうなるかな?」

左腕がBETAの方に向き、発光する。さらに光がのびて、BETAを覆う。数秒そのままにして、やめると、ものの見事に、綺麗さっぱりと消えていた。

「おそろしく防御性能のない生命体だな」

情報にあった『あ号標的』が言った作業用生命体と言うのは、どうやら本当らしい。数で押し切れるので、武装生命体は造られていないのだろう。光線級と言うBETAも存在するが、BETAからすれば、それは武装ではなく『ただの光』程度の認識だろう。ぼんぼりか、行灯とも。BETAの巣であるハイヴの中では、この光線級が通路を作るときに一役買っているのだろう。戦闘機や戦術機を撃ち落す機能は、あくまで副次的な物だったが、あまりにも効果があったので対人戦に活用されることになったのだと思う。

BETAが消えたその場所に動いて、詳細な情報を探る。残っている体液や、肉片、骨などの採取だ。が、あんまり残っていなかったので諦める。少なすぎてはサンプルにならない。

「DNAは採取できるが・・・BBTで増幅複製を取っておくか」

ブラック・ボックス・テクノロジー、略してBBTを搭載したGT-Xは、エーテル粒子という原子核を構成しているこの世の最小単位粒子を操作してあらゆる物を作り出す願望投影機だ。その気になれば、魂も構築可能だ。魂もエーテル粒子で出来ているが故に。

そしてその逆も可能。つまり構成パターンを解析・解体処理したり、無理やりエーテル粒子をぶつけて解体処理したりする、今やった、それ。『消滅攻撃』。原子配列が統一されている物ほど、消滅させやすい。

斜め読み的な解析の結果、BETAは、あの硬い外骨格をカルシウムとたんぱく質、それにいくつかの無機質で構成していた。おそらく解体した人間を含む生命体や戦術機、鉱石等を織り交ぜて作ったのだろう。手馴れている。資源の現地調達は、お手の物、と言うことか。

武装マスターアームをオフ。内部冷却を始め、コンピュータとBBTを使って本格的なDNA解析を始める。今日は、とりあえずはここに野宿でもしよう。横浜基地に行くのは、明日でもいいだろう。と、野営グッズを持って降りようとした瞬間、レーダーに映る間も無く現れるロボットたち。全機が、こちらの銃らしきものを向け、外部マイクが、同じく相手機からの外部スピーカから放送されている言葉を拾う。

≪そこの所属不明機!両腕を上げてこちらを向き、所属、氏名、階級を名乗りなさい!≫

あれは、国連軍の不知火だ。肩に書かれた『UN』のマークが目に付く。たしか不知火は帝国で造られ、それほどたくさんでない数が国連横浜基地に支給された、戦術機、だ。この世界では、有人型戦闘ロボットを戦術機、と言うらしい。

野営グッズを元の場所にもどして言われたとおりの動作をする。誰だろう。声からして伊隅か、速瀬か、宗像か。声だけでは、わからない。

≪動くな!≫

それはないだろう、と幻滅する。外部スピーカをオンにして、言う。

「動作を指定したのは、そっちだろう。いきなり何を言う」

返事が、こうも簡単に来るとは思っていなかったのか、黙って、少しの静寂が流れる。やがて、落ち着いた女性の声が、響いた。

≪部下が失礼した。そのままで質問する。動かないでほしい。所属、階級、氏名を教えてほしい。私は、国連軍に所属している伊隅大尉だ≫

「自己紹介ありがとうございます。私は、所属はありません。階級もありません。名前は・・・リーツ・アウガンです」

≪ではリーツ・アウガン。その機体はどうしたのだ?≫

「私が作りました。オールハンドメイドです」

本当だ。

いや、確かに職人と言われる人たちの作った部品を使ってはいるが、それ以外は、ほとんど自分が造ったと言っていい。動作プログラムも、メインフレームの電子溶接も、私がやった。

・・・溶接の神様、と言う人に教えてもらいながら、だが。

≪・・・同行してもらう≫

「たしかに、自分で言うのもなんだが、不振人物をしょっ引くのは普通のことだ。だが、断る」

≪抵抗すれば、どうなるか、お分かりだと思いますが?≫

そう、別の一機。言って構えられる突撃砲。この短絡さは、速瀬か。性格は、短気で損気とあった。

「撃ちたければ、どうぞ」

≪は?≫

「いえ、だから、撃ちたければどうぞ、と」

しばらく沈黙。おそらく通信して相談してるんだろう。ついでだ。こちらも、BETAで出来なかった肩慣らしついでにいろいろと試させてもらう。武装マスターアーム、オン。

≪もう一度警告します。我々に同行しなさい。威嚇射撃はありません≫

総員、銃口をこちらに向ける。しかし、こちらもエーテル粒子がチャージされ、戦闘準備が整う。

「こ・と・わ・る。命令は、昔から好きじゃないのよ」

武装選択、ガンダム・エクシア。

≪・・・撃て!!≫




<伊隅>

BETA出現の知らせを受けて現場に急行してみれば、BETAの姿は無く、代わりに見慣れない戦術機が一体、そこにいた。こちらへは、背後を向けている。

≪伊隅大尉、なんなんですか?アレ≫と、速瀬。

≪あんな戦術機は、初めて見ました≫と、宗像。

「わからん。私もはじめて見る。速瀬、所属を聞いて。宗像は、速瀬のバックアップ。HQ、聞こえるか」

速瀬に正体不明戦術機への職質をさせている間に、カメラの映像をHQに送信する。案の定、すぐに連絡が来た。

≪はいはい。BETAに代わりにいたって戦術機は、これなの?伊隅≫

「は。そうです」

≪見たことないわねぇ。スパイかしら?でも、こんな戦術機なんて見たことないわね。帝国軍ともソ連とも、EUとも違う設計思想・・・≫

ぶつぶつと言い始める香月博士。邪魔しては悪いので放っておく。

速瀬の言うとおりにした正体不明機が、理不尽な物言いに反抗する。侘びの意味を込めて自身から名乗る。

≪部下が失礼した。そのままで質問する。動かないでほしい。所属、階級、氏名を教えてほしい。私は、国連軍に所属している伊隅大尉だ≫

≪自己紹介ありがとうございます。私は、所属はありません。階級もありません。名前は・・・リーツ・アウガンです≫

リーツ・アウガン。日本人ではないのだろうか。いやそれにしては、やけに流暢な日本語だ。博士は結論を出しかねていたが、スパイかもしれない。

≪では、リーツ・アウガン。その機体はどうしたのだ?≫

≪私が作りました。オールハンドメイドです≫

それは、嘘だ。戦術機一機を丸々手作りだと?ありえない。

≪同行してもらう≫

≪だが、断る≫

≪抵抗すれば、どうなるか、お分かりだと思いますが?≫と、速瀬。

やめろと自制を促す前に、リーツは言った。

≪撃ちたければ、どうぞ≫

≪は?≫とは、速瀬。

≪いえ、だから、撃ちたければどうぞ、と≫

本気で言っているのか、こいつは。何を考えている。

≪あっはははは!≫

それを聞いて、考えるのを止め、けたけたと笑い出す博士。

≪いいじゃない伊隅。撃ってあげなさいよ≫

「副指令!?」

≪いいのよ。向こうがどうぞって言ってるんだから。たとえ死んでも、残骸から解析するわ≫

≪さすが副指令。話がわかる≫と、速瀬。宗像は、黙ったままだ。

「最後に通告してからでもよろしいでしょうか」

≪いいわよ~?あなたに任せるわ≫

「ありがとうございます」

気を取り直してもう一度。

≪もう一度警告する。我々に同行せよ。威嚇射撃はない≫

≪こ・と・わ・る。命令は、昔から好きじゃないのよ≫

誰かに従うくらいなら死を選ぶ、と。そういうことなのか。

「構え」

撃て。そう命令した。

当然、機体は、爆散していく。キリのいいところで射撃やめ。後には、ひしゃげたモノがあるだけだった。

「・・・何を考えていたんだ」

そう言わずには、いられない。むざむざ死を選ぶなど・・・まして、これでは犬死だ。

≪大尉ぃー。なんだったんですか、この人≫と、ようやく宗像。

≪私は知らん。ほら、無駄口を叩かずに残骸を---≫

「残骸とはひどいな」

≪な!?≫

≪う、上です!≫と、宗像。

見上げると、確かに、いた。しかし、形状が、著しく異なっている。ついでに、どこからともなくピアノの旋律が聞こえる。なんなんだ、これは。

≪伊隅、どうしたの?何かあったの?応えなさい!伊隅!≫

「戦術機が、浮いています。スラスターも使わずに・・・」

≪はぁ!?≫

「そ、そうとしか表現が・・・!?」

それは、まさしく一瞬。いきなり降下したかと思うと全員の突撃砲を真っ二つにする。撃つ暇がなかった。

次に速瀬、宗像へと斬りかかる。完全な身のこなしだった。あれが、実は着ぐるみで、巨人が縦横無尽に動いている、と言われてもそのまま信じてしまいそうになるくらい、美しく、人間の武道家に近い動きをした。反射的に二人も担架の長刀で応戦しようとするが、手に取る前に全員やられた。両手足を切断され、間髪いれずに自身も、だった。

戦闘中に、敵の技に見とれるなど、初めてだった。



<リーツ・アウガン>

「すこし、やりすぎた、かな・・・?」

手足を切断され、芋虫のように動き回る不知火三機。不意打ちとはいえ、少しやりすぎたかもしれない。GN粒子残量は、98パーセント。GNソードを使っても大して粒子は減らないことがわかる。エーテル粒子も大して減っていない。そこに、おそらく速瀬の声が響く。

≪ちょっとあんたぁぁ!なんなのよそれはぁぁぁ!!≫

「・・・わかったかい、ねぇちゃん。世の中にゃあ、どうしても一人や二人、かなわん相手がいるってことさ」

本当は、にぃちゃんだが。撃たれたダミーを消滅処理する。純度百パーセントの鉄なので処理もし易い。

≪お前は、何者だ?≫

多分、伊隅大尉だろう。声が上ずっているが、先ほど名乗ってくれた声と同じだ。

まぁ、手品みたいに消滅現象を目の当たりにすれば当然だろうが。

「リーツ・アウガンだ、と言っただろう。暇人、とでも言えばよかったか?」

≪暇人だと?ふざけているのか、貴様は≫

「いや、真面目に暇人なのだがな」

さて、では別の場所にでも行こうか。仮にBETAが未だいたとしても、彼女らならば、自力で何とかするだろう。スラスター類には傷つけていないし、担架の銃器も無傷だ。多少無様だが、死ぬよりはマシなはず。そのまま飛んで帰るなり、戦って勝つなりするといい。

≪貴様、どこへ行く?≫

「どこって・・・どこに行こうか。当てがないものでね。君たちの基地にでも行こうかな。捕らわれのお姫様を助けるためには、どの道そうしなくてはならないしな」

≪一体何を言って・・・警報!?BETA!?≫と、伊隅。

≪え、うそ!ちょっと、やばいですよ!≫と、速瀬。

≪これは・・・ダメかもしれません≫と、宗像。

ご丁寧にスピーカーをつけっぱなしで喋ってくれるもので、内情が手に取るようにわかった。

「よし、ではこうしましょう。あなた方を助けますから、横浜基地に入れてくれませんか?」

≪・・・私が、貴様を基地に入れる許可を出せるほど権限の強い人間だと思うか?≫

「まぁ、正確には、そこで聞き耳立ててる香月博士に、ね。どうです?悪い取引ではないと思うのですが」

しばらく沈黙して、レーダーがBETAの接近を教えてくれたところで伊隅大尉から返事が来た。

≪いいだろう、とのことだ。ただし、一人でも犠牲者が出た時点でこの話は無しだ。そのときは、私がお前を殺す≫

ひどくドスの効いた声には、往年の貫禄が受け取れる。この人ならば、たとえ首だけになっても食らい付いてくることだろう。

≪もうじき、増援部隊が到着する。それまでここを守ればそれでいい≫

「わかりました」

武装選択をエクシアのままにしておく。GNドライブは正常。エーテルエンジン、BBT共に不具合は見当たらない。浮き上がり、そのまま直上。眼下に、まっすぐこちらにやってくる二つの集団。一つは、A-01の増援。もう一つは、BETAだ。

「ライフルモード・・・うん、ちゃんと動く」

ライフルを上下に振ってみて照準とカーソルの誤差を修正し、GN粒子が圧縮発射されるシークエンスをテストモードで確認する。

「・・・贅沢を言う気はないが、近接用でも、もう少し火力を持たせた方がいいような気がするな。単独ミッションでは、ちょっとしたミスが命とりな機体だぞ、これは」

全滅させてから言う。

そもそも、このガンダム・エクシアは、他の僚機とチームで運用して成果を上げる機体だ。スタンドアローンでやりにくくなるのは、当たり前と言える。

それでも単独で一体多数の戦闘をこなすときは、トランザムシステムを使えば、多少は何とかなる。機体内部のGNコンデンサに蓄積されたGN粒子を開放して瞬間的な機動を実現させたハイ・マニューバだ。

この型のエクシアでは、いささか使用後の不便があるのでそれもあまりやりたくはない。

地面に降り立ち、振り返ると、応援に駆けつけたヴァルキリーズに担がれた伊隅大尉らと、こちらに突撃砲を構える何機かのバックアップ。このまま、また蜂の巣にでもされるのかと思ったが、意外に素直な言葉が来た。

≪・・・約束どおり、横浜基地に誘導します。武装を解除して指示に従ってください≫

「こちらに、君たちを攻撃する意思はない。それに、銃火器を向けたまま指示、と言うのは、指示ではなく、脅迫だぞ」

≪単機で百体近くものBETAを瞬殺する性能を持つ戦術機に、脅迫、ですか?≫

「こちらに攻撃の意思はないんだ。一方的な要求は、脅迫だよ」

そしてこの声は知っている。涼宮茜だ。会った事はないが、フォースの記録で見たことがある。

「まぁいい、指示に従おう」

戦闘終了。モードをノーマルへ。武装マスターアームもオフ。エクシアを光が包み、GT-Xへと戻す。

「武装は解除した。さ、案内を頼むよ。戦乙女たち」

そう言うと、ヴァルキリーズの誰かが気に食わなさそうに、付いてこい、と言った。一機が先行して匍匐飛行していく。その後を、ロケットモータを点火させて付いて行く。元々、短距離用のロケットモータなのですぐにオーバーヒートしてしまうが、そこはBBTでうまく調整してごまかす。燃料も、同時に精製する。

≪私たちの部隊名を知っているのか?≫と、途中で伊隅大尉。話に乗る。

「ええ。横浜基地近くで国連軍仕様の不知火、しかも女性パイロットと来れば、伊隅ヴァルキリーズ、ですからね」

燃料系が増減してダンスを踊っている。まるであのときのようだ、と思った。

≪ふん。隠密任務が多い我が部隊の名が、貴様のようなどこの馬の骨とも知れぬ輩が知っているのは気に食わんな≫

「有名人は、みんなそういうものですよ。有名になればなるほど個人情報は染み出るように知れ渡ります」

≪減らず口を・・・≫

「実体験ですよ。動けば動いた分だけ、名が知れます。隠そうとしても、誰かが明かしてしまいます。良くも悪くも、有名人は、そんなものですよ」

伊隅大尉は、会話に飽きたのか、何も言わない。ここにいる全員が、そうだろう。たぶん、私が何を言っても誰も何も答えないだろう。上からの命令にしろ、個人的な判断にしろ、だ。

横浜基地に着く。

高校のときの母校と臨時基地を思わせる造りだったが、あれは純粋に軍事基地であった。

正面ゲートは、多数の戦術機でがっちりガードされている。その中心に、香月博士がいた。仁王立ちしていて、少し怖い。

「ありゃあ、怒ってるかな」

むっすりとして、こちらをガン見。怖い。ヴァルキリ-ズの方々は、そのまま格納庫方面へと向かう。最後の一機が見えなくなるのを確認して、マイクを香月博士に向ける。が、博士の行動は実にわかりやすく、人差し指をクイクイと振った。

降りてこい、顔を見せろ。

そんな言葉が詰まった動きだった。

「わかりました。降りますから、撃たないでくださいよ」と、スピーカから伝える。

ハッチをあけて昇降ロープを垂らし、完全に地面に降りて香月博士と対峙する。突きつけられる拳銃。白銀は、当たらないって言っていたけれども当たるときもある。小須田部長も言っていた。数撃ちゃ当たる、と。それで本当に当たってしまったのだから笑えないが。

「あなた、何者?あの戦術機は、なに?どこで作られたの?ここへ来た目的は?」

矢継ぎ早に質問する博士。少しづつ、整理しながら説明する。

「私は、リーツ・アウガン。これでも教授です。プロフェッサー・リーツとお呼びください。後ろのこれは戦術機ではありません。EM兵装、エンディミオンシリーズの異端にして原点、エンディミオン・零<改>です。北九州市スーパーロボット特区、試作製造課で製作しました。ほぼ、私の手作りですがね。そして捕らわれのお姫様を助けにやってきました。以上です」

「・・・それを信じると思っているの?」

「あのGN粒子の輝きと、エーテル粒子の煌きを見れば、この機体が普通の戦術機、でしたか?それではないことが解るでしょう。見ていたんでしょう?」

そのために、わざと空中でビームを撃ったりビームサーベルを投げつけたりしたのだ。まどろっこしいが、異端さを見せ付けるにはちょうど良かった。撃墜数が50を越えた頃から、割と本気で糸引きサーカスをしようかと思った。

「それに、貴女の論文を照らし合わせれば不思議なことじゃあない---そして社霞嬢!君、私の心を読み込んでいるな!?」

ズギャーンと、一指し指を指す。

「なんのことかしら?」

「おや、しらを切ると?なら仕方ない。ここにいる全員にオルタネイティヴ4の概要を説明しようか」

「な!?」

『夢の世界』群が一つ、『ドラえもんの世界』で、ドラえもんから譲ってもらったスペアポケットを取り出し、さらにそこからメガホンを取り出す。

たまたま海中から拾い上げたスクラップの中に、電気ショック拷問でコンピュータを焼かれたドラえもんがいたのは、本当におどろいた。幸い、手持ちの工具とスペアユニットで修復できたのは良かった。

このときに修理に使ったスペアユニットが、香月博士が開発に取り組んでいる量子伝導脳の核となるスパコンだった。

そのお礼にと、貰ったのが、このスペアポケットだった。おまけで色々と役立つ秘密道具もある。持つべき者は、友だ。ありがとう、ドラえもん。

「あー、あー、あー。テス、テス、テス」

ちなみにこのメガホン、アクメツが使ったものである。故に所々赤い染みがあるが、気にしてはいけない。元々警察の備品だったのか、音質はいいのだから。

「この横浜基地は、ハイヴの真上に建設されているのは周知の事実だとは思いますが、その真の理由をご存知でしょうか。実は、明星作戦の折、このハイヴ内に----」

ドン、と、重い音。

「・・・いつっ・・・あ・・・」

胸に衝撃、広がる赤い染み。硝煙が立ち上がる香月博士の持つ拳銃。排出された薬莢が、軽い音を立てて転がる。

・・・なんだ、ちゃんと当たるじゃないか。




[7746] 突撃★今夜の晩御飯な第二話。 改
Name: リーツ◆632426f5 ID:68ab6158
Date: 2009/08/15 00:25



<香月>


いつものように七面倒くさい事務作業を終え、自分の研究の打ち込もうとする。ここにきてからベッド代わりにすることも少なくない往年のイスにもたれかかり、自分が組んだタイムスケジュールと計算式、それに量子伝導脳のプロトタイプ---一度も起動したことのない、既にガラクタ呼ばわりされたそれのスイッチを入れて研究を進める。

しかし、いつも実験は失敗。それの原因を突き止めようにも、いつも行き詰る。

エラー、シグナル・フラット。

その繰り返し。何度やっても、答えに辿り着かない。その内に眠気が襲ってきて、そこでいつも社がコーヒーを淹れてくれる。合成品だが、入れてくれるだけありがたかった。

「ありがとう、社」

「いえ。お気になさらず」

社は、自分のデスクの真向かいにあるソファーに座り、自分が出した書類の整理整頓と自分に代わってサインをしている。簡単で、機密レベルの低い物だから問題はない。

「ふぅ・・・どうして、作動しないのかしらね」

端末に眼を向けて頸をかしげる。カガミ スミカの脳髄を利用した量子伝導脳は、理論上は起動するはずなのだ。なのに、何かが邪魔をしているように動かない。そんなはずはないのだ。コンピュータの動作を邪魔をする原因は限られている。プログラムか、必要な部品に電気が行かなくてうまく動かないかのどちらかしかないのだ。

もしくは、あまり考えたくはないが、もともとの基礎理論が間違っているか、だ。そんなはずはないと思いたい。事実、いくつかの実証は出来たのである。そこから辿れば、必然と答えに行き着くはずなのである。それが出来ない、ということは、どこかで間違えたか、量子伝導脳に不具合があるか、なのだ。

カガミ スミカの脳髄は、日々、社によってリーディングを重ねて情報を引き出している。引き出した情報を基に、細部を変更し、起動実験を試みているものの、結果は、ご覧のとおりであった。

「理論は、間違っていないはず。だとすれば、まだ情報が足らないの・・・?」

さらに深く考えを行おうとしたそのとき、基地にBETA接近警報が鳴り響く。すぐにピアティフに連絡を取り、事態を確認する。自分は研究者である。しかし、同時に国連軍横浜基地副司令官でもあるのだ。仕事はおろそかに出来ない。

「状況を報告なさい」

「は。本日1145時、横浜基地北西二十キロ地点にBETAと思われる移動振動を感知しました。同1146時、ラダビノット司令官によりBETAと認定。時速80キロ前後でこちらに向かっています」

「数は?」

「推定で10体強。振動から、戦車級と突撃級と思われます」

「二種類だけ?」

「目視による直接確認が出来ていないので正確ではありませんが、移動振動から算出した固有振動から、この二種類が検出されました」

「迎撃機は?」

「ラダビノット司令官よりデフコン3が発令されました。それに伴い、基地防衛隊第一小隊から第六小隊までにスクランブルがかかりました」

「ちょうどいいサンプルだわ。伊隅たちに出撃命令、スクランブル機には確保の援護をさせて」

「解りました」

CICに行く。

少し準備があったので遅くなったが、まだなにか揉めているような声がしているあたり、戦闘は続いているようだった。しかし、その様子がおかしいことに気が付く。

BETAの反応がない。

いくらCICに行くのが遅くなったからと言っても、こんな短時間でBETAを殲滅できるのか?いやそもそも、自分はなんと命令した?確保、だ。確保された様子はない。それは、CICの戦術機バックアップモニタを見ればわかる。まだ捕獲装備は使われていない。

「状況は?」

「BETAの反応が一瞬にして消えました」と、ピアティフ。

「地中に潜ったわけではないようで、振動レーダーに反応はありません。完全にフラットです。その代わり、ですが・・・」

「どうしたの、ピアティフ」

「正体不明機が、現場にいるそうです」

「正体不明?所属不明ではなく?」

「そのように伊隅大尉は言っておられます」

そこに、正体不明機を表す黄色いアイコンが現れて伊隅から直通回線が繋がれた。IFFの応答はない。同時に伊隅からの映像が送られ、ピアティフからインカムを受け取り会話する。

「はいはい。BETAに代わりにいたって戦術機は、これなの?伊隅」

≪は。そうです≫

見たことのない戦術機だった。

頭部に特徴的な一角を持ち、どこの国の戦術機にも見られない装甲形状にスラスタ。スラスタにいたっては、腰ではなく、背中と両肩についている。

「見たことないわねぇ。スパイかしら?でも、こんな戦術機なんて見たことないわね。帝国軍ともソ連とも、EUとも違う設計思想・・・」

背部のスラスタについては、イーグルの高機動化案で見たことがある。両肩についてもそうだ。それは不知火弐式でも採用されている。しかし基本は腰部のスラスタであり、重心移動もこれが一番楽であるからだ。

それがなく、しかも見慣れないと言うことは、アメリカあたりのスパイか何かだろうか。もしかしたら、自分の知らない帝国軍の新型か、実験検証機なのかも知れない。前者なら、容赦なく攻撃できるが、後者であれば、うかつに動けない。下手をすれば外交問題になる。帝国側が予め知らせなかった、と言う言い訳は通じない。

「帝国軍に緊急の確認要請を。画像を添付するのを忘れないで」

「了解」

「ラダビノット司令官に報告。国際法に則り、所属不明機に対して第901接触法を適応します。伊隅、情報を聞き出しなさい」

了解、とピアティフ中尉が言って、伊隅大尉が情報を聞き出し始めた。

それによると、所属不明機に乗っているのはリーツ・アウガンという男性。所属もなければ階級もなく、自分が乗っている戦術機は、自分が作ったのだと言う。

同行してもらう、と伊隅。しかしリーツは、「だが、断る」と返した。

≪抵抗すれば、どうなるか、お分かりだと思いますが?≫と、速瀬がチェーンガンを構える。

それを見た伊隅が、やめろ、と自制を促す前に、リーツが言った。

≪撃ちたければ、どうぞ≫

≪は?≫とは、速瀬。CICの皆も、目が点になる。

≪いえ、だから、撃ちたければどうぞ、と≫

「あっはははは!」

笑いのつぼに入ってしまったのか、私は笑った。この後、どのような言葉が出てくるかと思ったら、撃ってもいいよ、だ。これで笑わないわけにはいかない。

ひとしきり笑いきり、さてどうしようかと考える。が、考えなくてもいいくらい答えは単純明快だ。

「いいじゃない伊隅。撃ってあげなさいよ」

≪副指令!?≫

「いいのよ。向こうがどうぞって言ってるんだから。例え壊れても、残骸から解析するわ。死体は、なるべく原形をとどめておきなさい。ま、殺さないのが一番いいんだけどね」

≪さすが副指令。話がわかる≫と、速瀬。宗像は、黙ったままだ。

≪最後に通告してからでもよろしいでしょうか≫

「いいわよ~?あなたに任せるわ」

≪ありがとうございます≫

気を取り直してもう一度勧告する伊隅。

≪もう一度警告する。我々に同行せよ。威嚇射撃はない≫

≪こ・と・わ・る。命令は、昔から好きじゃないのよ≫

自分から撃っていいと言い、投降命令には従わない。何を考えている?

≪構え≫

撃て。そう命令した。

当然、機体は、爆散していく。一瞬だが、映像が乱れたような気がするが、戦闘中はいつもそんなものなので気にしなかった。

≪・・・何を考えていたんだ≫と、伊隅。

≪大尉ぃー。なんだったんですか、この人≫と、ようやく宗像。

≪私は知らん。ほら、無駄口を叩かずに残骸を---≫

≪残骸とはひどいな≫

響く声。間違いなく、あの男のものだった。

≪な!?≫

≪う、上です!≫と、宗像。

「伊隅、どうしたの?何かあったの?応えなさい!伊隅!」

≪戦術機が、浮いています。スラスタも使わずに・・・≫

「はぁ!?」

≪そ、そうとしか表現が・・・!?≫

その言葉の次に映し出された伊隅からの映像は、スラスタも使わずに空中に浮く正体不明機で、機体背部からは、エメラルド色の光が、絶えず放出され続けている。

いやそれ以前に、機体の形状がまったく違うではないか。なんだ、あれは。

先ほどの正体不明機は、一角を持つ機体だった。これは二つ、左右に分かれてV字状になっている。配色も銀と言うよりは、青と言える。

「まさか、別動機?レーダーは?」

「変わりありません。正体不明機のマーカーも同じ箇所にとどまっています」

「同じ機体だってこと?装甲をパージし・・・!?」

次に、自慢の部下が率いるA-01部隊、伊隅ヴァルキリーズのトップたちが、三分も経たずに行動不能にされる。見たことのない、カタールのような実体剣で。

「・・・ピアティフ、基地全部隊に緊急出撃命令を発令しなさい。それと、待機させていた涼宮たちに伊隅たちの救助を」

「了解です・・・全部隊ですか?」

「今のを見たでしょう。世界でもトップクラスの衛士が、何も出来ないまま機体をスクラップにされたのよ。しかも伊隅たちは、殺されていないわ」

それが、どれだけ相手のレベルを示すのか。ここまでやられると逆に腹が立つ。

「了解しました。レッドアラートを発令します」

横浜基地に緊張が走る。涼宮たちからは、待ってましたといわんばかりに返答があった。同時にコード911も発令される。

「BETAです。数は、百体前後。A-01から南西に三キロ地点。到達まで七分以内」

別のオペレイタが告げる。まずい。

≪よし、ではこうしましょう≫と、リーツ。

≪あなた方を助けますから、横浜基地に入れてくれませんか?≫

≪・・・私が、貴様を基地に入れる許可を出せるほど権限の強い人間だと思うか?≫

≪まぁ、正確には、そこで聞き耳立ててる香月博士に、ね。どうです?悪い取引ではないと思うのですが≫

自分の名前を呼ばれて、ぎくり、とするが表面には出さないようにする。

悪い取引ではない、と言うのは、確かにそうだ。不意打ちとはいえ、伊隅たちもそれなりには対応できる。それが破られたと言うことは、少なくとも伊隅たちと同等か、それ以上の腕を持っているということだ。戦力としては、申し分ない。

どちらにしても、つまらない見栄を張って優秀な部下を失うワケにはいかない。

「その取引、受けるわ」

≪副指令!?≫と、伊隅。

「いま、こんなところであなたを殺すわけにはいかないわ。あなたも、こんなところで犬死をするつもり?」

伊隅ヴァルキリーズのモットーは、犬死することなかれ、だ。他ならぬ、伊隅の言葉でもある。

≪・・・わかりました≫

近接警報が作動する。もうすぐそこまでBETAが来ていることを示す。迷っている暇はなかった。

≪いいだろう、とのことだ。ただし、一人でも犠牲者が出た時点でこの話は無しだ。そのときは、私がお前を殺す≫

≪もうじき、増援部隊が到着する。それまでここを守ればそれでいい≫

≪わかりました≫

そういうと、正体不明機はゆっくりと、一切のスラスタを使う様子なく、宙に浮く。ある一定の高度までくると、そこで止まり、次にカタールを装備した右腕を掲げる。と、剣が付け根から折れて180度回り、固定された。感触を確かめるように上下にゆすり、数回振ったところでまっすぐに右腕を伸ばす。

数秒後、三連射で何かが発射された。光る、何か。

それは、突撃級の硬い甲殻を一撃で貫き、活動停止に追い込む。着弾ポイントが水月からアップされて、甲殻が融解した映像が届く。それを見て、発射した物が何なのか、ありえないと思いながらも思った。

ビーム兵器。

基礎理論すら研究中の、まだ存在することが出来ない兵器。それが、目の前にある。

次に、撃ち方をやめると腰から棒状のそれを取り出し、先からピンク色を放出させて、投げつけた。それも一本や二本ではなく、残り67体のBETAにくまなく命中するように、数えただけでも80本以上を、投げつける。宗像の映像から、腰の部分が光っていのがわかって、そこから順次棒を取り出しているのを確認した。

「何なのよ、あれ」

どこをどう見ても、あれだけの棒を収納できるスペースはない。順次、作り出しているとしか思えない。けれど、どうやって。

全てのBETAが、動きを止める。振動レーダーもBETAの反応を示さない。戦闘は、終わった。正体不明機の一方的な虐殺によって。

地面に降り立ち、振り返る。応援に駆けつけたヴァルキリーズが伊隅大尉らを担ぎ、正体不明機に突撃砲を構える何機かのバックアップ。気休め程度だ、と心で言う。あんな暴虐行為が出来るなら、とっくにヴァルキリーズは全滅している。あれでは、下手に刺激しているだけだ。

「正体不明機に、横浜基地への誘導を開始して」

「よろしいのですか?」と、オペレイタの一人。

「良いも何もないわ。要求を呑まなければ、伊隅たちが殺されるわ」

「わかりました---HQからCPへ。涼宮大尉、正体不明機をエスコートするよう指示を出してください。進入コースは00-09-08です」

≪了解。指示を出します≫と、涼宮大尉。

≪CPから涼宮少尉へ。正体不明機を横浜基地にエスコートせよ≫

≪それは命令ですか?≫

≪命令です、少尉。復唱を≫

≪・・・了解であります、大尉・・・約束どおり、横浜基地に誘導します。武装を解除して指示に従ってください≫

≪茜!?≫と、涼宮大尉。

≪あなた、一体何を言っているの!訂正しなさい!武装を解除しろ、と言っていないわよ!≫

涼宮大尉の怒号が響く。しかし少尉の訂正を待たずに正体不明機は、言った。

≪こちらに、君たちを攻撃する意思はない。それに、銃火器を向けたまま指示、と言うのは、指示ではなく、脅迫だぞ≫

≪単機で百体近くものBETAを瞬殺する性能を持つ戦術機に、脅迫、ですか?≫

≪茜!やめなさい!死にたいの!?≫

正体不明機は、気にしていない様子で続ける。

≪こちらに攻撃の意思はないんだ。一方的な要求は、脅迫だよ≫

掌が、緊張で濡れてくる。一言でも機嫌を損ねるような発言をすれば、伊隅たちの命の保障はない。涼宮少尉に自制を促すように言おうとするが、言葉が出てこなかった。

≪まぁいい、指示に従おう≫

その言葉から一呼吸おいて、正体不明機を光が包み、最初に見た姿へと戻る。

≪武装は解除した。さ、案内を頼むよ。戦乙女たち≫

≪・・・付いてこい≫と、涼宮少尉。

涼宮機が先行して匍匐飛行していく。その後を、ロケットモータを点火させて付いて行く正体不明機。

≪私たちの部隊名を知っているのか?≫と、途中で伊隅。

度重なる涼宮少尉の暴言を意に介さないところを見て、伊隅はそれとなく話し掛けた。

≪ええ。横浜基地近くで国連軍仕様の不知火、しかも女性パイロットと来れば、伊隅ヴァルキリーズ、ですからね≫

≪ふん。隠密任務が多い我が部隊の名が、貴様のようなどこの馬の骨とも知れぬ輩が知っているのは気に食わんな≫

≪有名人は、みんなそういうものですよ。有名になればなるほど個人情報は染み出るように知れ渡ります≫

≪減らず口を・・・≫

≪実体験ですよ。動けば動いた分だけ、名が知れます。隠そうとしても、誰かが明かしてしまいます。良くも悪くも、有名人は、そんなものですよ≫

「実体験、ね」

人生経験が豊富、と言いたいのか。それきり、会話が続かなくなったのを確認して、自分の執務室に戻って社を連れ、地上に上った。

地上では、すでに警備部隊と配備されている戦術機が展開している。基地の屋上には、狙撃手たちが、身を隠してチャンスを待っていた。

社を後方の待機所に預け、いつでも連絡が取れるように小型イヤホンを取り付ける。

「何か感じたら、すぐに教えなさい。いいわね?」

「・・はい」

「軍曹、配備の状況は?」

は、と返事を返す黒人の軍曹。隣には、白人のいい年をした軍曹。

「既に戦車大隊も展開済みです。弾頭はテクト・マテリアルと劣化ウラン弾です。戦術機も同様の装備です」

「そ。ありがとう。配置についていいわよ」

「は、失礼します」

そそくさと去っていく二人。ちょっとして、正体不明機を囲むようにしてA-01が帰還した。

「ハンガーに収容して戦闘情報の解析を急いで。あの発光現象が何か、調べるのよ」

XG-70の作業チームを少し割いて指示を出す。利用できる情報ならば、外に漏らしたくない。気を取り直して正体不明機の衛士に降りるように指図する。

スピーカーから、撃たないで、と声。

コクピットハッチを空け、そこから出てきたのは、自分と同じ白衣に身を包んだ銀髪の青年だった。白衣の下には、これまた自分と同じく黒基調の服。向こうはメガネを掛けているが。

降りてくる青年。あの正体不明機が複座なのか単座なのかはわからないが、降りてきたのは一人。コクピット内に動く気配はない。とすれば、彼がリーツ・アウガンなのか?

自分のところまで歩いてきて、向き合う自分と彼。銃を突きつける。

「あなた、何者?あの戦術機は、なに?どこで作られたの?ここへ来た目的は?」

矢継ぎ早の質問に対して彼は、一つ一つをゆっくり回答した。

「私は、リーツ・アウガン。これでも教授です。プロフェッサー・リーツとお呼びください。後ろのこれは戦術機ではありません。EM兵装、エンディミオンシリーズの異端にして原点、エンディミオン・零<改>です。北九州市スーパーロボット特区、試作製造課で製作しました。ほぼ、私の手作りですがね。そして捕らわれのお姫様を助けにやってきました。以上です」

リーツと名乗る青年。顔立ちや流暢な日本語使いから日本人を思わせるが、銀髪や、どこか日本人離れした雰囲気が、それを曖昧にさせる。

「・・・それを信じると思っているの?」

「あのGN粒子の輝きと、エーテル粒子の煌きを見れば、この機体が普通の戦術機、でしたか?それではないことが解るでしょう。見ていたんでしょう?」

それと、GN粒子とエーテル粒子。この二つが、あの不可解な現象の原因なのか。GN粒子に、エーテル粒子。どちらがどちらで、それは一体何なのだ?

そしてこの物言い。九州は、BETAの襲撃で焼け野原だ。なんとか失地回復はしたものの、とても何かを生産できるような生産ラインは存在しない。しかも『スーパーロボット特区』と言う特区など聞いた事がない。

しかしリーツは、あると言う。どこに。

これではまるで自分が、この世界の人間ではないような・・・?

「それに、貴女の論文を照らし合わせれば不思議なことじゃあない---そして社霞嬢!君、私の心を読み込んでいるな!?」

そう言って、社がいる場所に向けて指差すリーツ。

「なんのことかしら?」と、撃鉄を起こす。安全装置は外れている。論文は、まだいい。あれは国連を通じて世界に配信されたから知っている人間は、知っている。

しかし社はありえない。第三計画の数少ない生き残りを。ましてや、個人名を特定して、その人物が、ここにいるなどと。

「おや、しらを切ると?なら仕方ない。ここにいる全員にオルタネイティヴ4の概要を説明しようか」

「な!?」

「あー、あー、あー。テス、テス、テス」

白衣のポケットから、さらに白いポケットを取り出して、今度はメガホンを取り出す。質量保存の法則を無視しているとしか思えないそれは、先ほどの戦闘を思い出させる。同じ原理か?

「この横浜基地は、ハイヴの真上に建設されているのは周知の事実だとは思いますが、その真の理由をご存知でしょうか。実は、明星作戦の折、このハイヴ内に----」

ドン、と、重い音。

「・・・いつっ・・・あ・・・」

どさり、と崩れ落ちるリーツ。気が付けば、引き金を引いていた。胸に命中した弾丸は、赤い染みを広げていく。箇所からして、心臓。狙ったわけではないが、そんなところに命中するとは、運が良いのか、悪いのか。これで、あの正体不明機の詳細を知る者はいなくなった。

初めて人を殺したと言うのに、その実感がまったく湧いてこず、けれど、あの正体不明機を解析することで頭が一杯だった。

軍曹たちが、リーツの周りに集まって死んだかどうか、小銃でつつき、足で小突く。確認を取ろうとした、その時だった。

「生きています」

いつの間にか、真横にいる社。

「どうしてここにいるの!あなたはうしろで・・・へ?」

生きている?

「生きています。あの人が教えてくれました」

社の言葉に、軍曹たちが距離をとって小銃を構える。それを合図に、両手で体を支えて起き上がる。

「いてて・・・心臓を一撃とは、またきつい歓迎だな」と、起き上がったリーツの胸には、赤い染みなど無かった。メガホンも無い。どうなっている。

その疑問に、二人が交互に答えた。社と、リーツだ。

「あの人は、因果の鎖を作る人。だから、生死も操れる」と、社。

「正確には、BBTの修復機能だがね」と、リーツ。服についた土を落とす。

「登録してある人間の身体機能を最高のコンディションにしておくことも可能だ。修復機能も含めて三百メートル以内というのがネックだが」

「だけど、あの人は神様ではありません。ちゃんとした、人間です。私とは、違います」

「私は、いつか消滅するまでずっと人間だよ。もちろん社嬢も人間さ。人工交配くらいで人間をやめてはいかん。君は、立派に人間だ」

「そう言ってくれたのは、博士から数えて二番目です」

「そうかい。この世界の人間は、許容量が小さいのだろうね。人工交配程度なんて、どうと言うことはない。ただの人間だ」

「あなたは---」

「教授だ。先生でも良いぞ。小、中、高と教員免許も持っているしな」

「では、教授。教授は、あのひとに、会いに来たんですね」

「んむ。そのひとだ。君がリーディングしている人間だよ」

「(さっきもそうだけど・・・・社がESPだと、知っている?)」

初め、リーツはアメリカの差し金かと思っていた。ここにきて、もしかしたらソ連かも知れないとも思い始めてきた。

サイコメトリングなど、いわゆる超能力を研究し、世代交配を重ねてより強い能力を生み出す研究をしていたソ連科学アカデミー。オルタネイティヴ3の立役者であり、社を生み出した計画だが、その計画は大規模に行われたといっても、ソ連の情報網は堅く、外部に漏れることはない。例え漏れそうになっても、KGBが処理をする。オルタ3を引き継いだと言っても、その全てではない。社と、ESPに関する論文、少しの研究資料だけだ。

だが、ソ連と言う社会体制上、どうしても自由を求めた亡命者を出してしまう。その中には、科学者も当然含まれている。

もしかしたら彼は、その中の一人で、だから社のことを知っている、と考えたほうが納得できた。

しかし、ではあの正体不明機は何なのか。

社のことを知っているということは、ESPを研究しているチームか、それに関わる補佐的役割を担っていたのだろう。当然、戦術機開発とESP研究は別物だ。ESP能力者を使った対BETA戦の経緯から、まったく関係がないわけではないが。

まさか、新型、ないし試作機を盗んだか?

それは十分に考えられる。自分ひとりで作った、と言うよりは、よっぽど説得力がある。

それでも、ではどうやって警備の目を盗んだのか。

そもそもESP研究者に、戦術機を動かすだけの技量があるのか---いや、それはある。伊隅たちを行動不能にした技量は、本物だ。では、その技術を、一体どこで手に入れたのか。一般的な衛士育成期間は、短くても三年だ。それも熟練パイロットの伊隅を打ち破る程だから、ゆうにその倍以上の時間を掛けて、実践を何度も経験しなくてはならない。どんなに少なく見積もっても、五、六年だろう。

そんなに腕の立つ衛士を、いくら頭が良いと言っても、研究所送りにするだろうか。

いやいや、その逆も言える。

むぅ・・・

「博士」

「・・・なに、社」

「頭が混乱しています」

「余計なお世話よ」

「さて、香月博士」と、肩をすくめてリーツ。

「これで私を殺すということが、あまり実りのないことだと解っていただけだと思うが、どうだろうか。そろそろ建設的な話をしませんか」

「殺さなくても、拘束は出来るわ。あまり調子に乗らないでちょうだい」

「ほう」

「見て聞いたところ、あの機体にあなたが乗ったり近付いていなければ不老不死以外は何も出来ないようね。死なないとは言っても、痛みは感じるんでしょう?」

片手を挙げる。軍曹を含めた歩兵たちが、一斉に撃鉄を起こして照準をリーツに合わせる。

「ふむん・・・違うな」

「違う?何が違うのかしら」

「間違っているぞ、香月夕呼!GT-Xだけが、私の全てと思うな!」

隣にいる社は、眼を閉じて伏せる。

リーツは、ゆっくりと眼鏡をはずし、その魔眼を晒した。

「世界一優しい嘘つきが名の下に、リーツ・アウガンが命じる!【銃を捨てよ!!】」





<リーツ・アウガン>


銃を捨てろと命令したのは、こちらには、絶対の王の力があるということを明確にするためだ。無駄な抵抗はさせたくないし、武器を使わずに勝つというのは、美学の真骨頂でもある。

『白い部屋』から『Cの世界』にリンクを張り、一時的にC.Cと繋がることでギアスの力を使えるようにしておく。常時接続をすると、私自身に多大な影響を与えかねない。

それは意識の乗っ取り、破壊、Cの世界への強制転移などなど。だから、切っては繋げ、切っては繋げるしかないのだ。

彼の意識は、Cの世界で自分の世界を見つめ続けている。本来ならばランダムに選択されるはずだったギアス能力は、その影響か、彼のギアスが選ばれた。

彼らにギアスを掛ける前に、社嬢に眼を閉じて伏せるように伝える。

結果は、絶対だった。ついでに戦術機も銃器を捨てる。担架に詰まれた物も。さすがに遠方に展開している戦車大隊までには届かないが。

しばらくして、ギアスから開放される面々。自分が今まで持っていた銃が、地面に転がっていることに動揺を隠せなかった。蒼崎女史謹製の魔眼殺しを再び掛け直す。

「なにをしたの!?」

香月博士が叫ぶ。拾いなおそうにも、足元の銃が消える。これ見よがしにBBTを遠隔操作して消した。周りの方々も同じだ。

「命令したのさ。絶対尊守の王の力でな。これの欠点は、その前後の記憶がなくなる点だが。まぁ、これで私と君たちとの力の差は理解していただけただろう。捕らわれのお姫様に会わせてくれないかな?」

「・・・何を言っているの?」

「シリンダーの中の女の子だよ。BETAによって陵辱され、脳髄のみにされた女の子だ」

「鑑 純夏さん、ですね」と、社嬢。

「そうだ。彼女の意識が、私のところにまで届いてね。あのまま放っておけば、私の居場所に影響が出かねない。ゆえに、私が来た。私の居場所を守るため、彼女を助けるためにね」

「居場所?」と、香月博士。

「社、あの男はいったい何を言っているの?」

「真実を、言っています」

「失敬だな。うそは言っていないぞ」

「言っている意味がわからないのよ」

「そう言われてもな・・・」

本当にうそは言っていないし、これ以上、どう説明したらいいものか。悩んでいると、社嬢が助け舟を出してくれた。

「博士、とりあえず中に入りませんか?あの人はオルタネイティヴ計画を知っています」

社嬢の言葉にはっとする博士。オルタ計画関係者であろうがなかろうが、機密を知っていることに違いはない。心の読める社嬢が、そう言ったのだ。

こんなところで悠長に話せることではない。

「そのとおりだ、社嬢。すまないね」

「いえ。あと、私のことは霞でいいです」

「わかったよ、霞。これでいいかね?」

「はい」

「や、社がこんなに懐くなんて・・・」

「まぁ、一重に私の人徳でしょう。昔から子供には好かれるのでね。で、どうですか?香月博士。いい加減、会わせてもらえませんかね」

私は香月博士を見据え、霞は香月博士の裾を引っ張り続ける。周囲の目も、私たちに釘付けだった。

「・・・ッ」

ぐい

ぐいぐい

「わ、かったわよッ!でもその代わり、私の指示には従いなさい!」

びしっと人差し指を突きつけて言う。指示、ねぇ。

「指示とは?」

支持の内容にもよる。ハイヴ単機突撃とかならまだいいが、兵器開発とか、人間殺戮掃討などはご遠慮願いたい。兵器に憧れがあるのは認めるが、それを率先して造ろうとは思わない。

だからエンディミオンは、作業機重機なのだ。

「こんなところで言えるわけないでしょ!」

・・・それもそうか。

「わかりました。とりあえず、あなたの執務室に行きましょう」

「それでいいわ」

「ただし、前もって言っておきます」

「なに?」

「私は、何よりも美学を重んずる人間です。破壊や意味のない殺人には手を貸しません。いいですね?」

「それは脅しかしら」

「忠告です」

「口の減らない男ね---ピアティフ、聞こえる?デフコンを解除しなさい。あと、死ぬほど熱い合成玉露をお持ちして上げて。ええ、お願い」

ついて来なさい、と踵を返す。おとなしくついて行く・・・っとその前に。

「GT-Xには触らないように願いますよ」

「---ちっ」

どうせピアティフ中尉に動かせとか命令したのだろう。動かし方も知らないのによくやる。そもそも勝手に触ろうものならモビルドール仕込みのオートパイロットが起動する。コンピュータ制御なのでBBTの機能は限定されるが、自己修復と弾薬補給くらいならできるから負けることはないはず。

いざとなれば、自爆スイッチを押す。たとえ肉体がなくなっても人生リフレイン現象が、この世界に私を生み出す。それも、この世界の住人として。

「抜け目の無い男ね」

「貴女ほどでは」

「ふん」

また歩き出す。霞と一緒に、その後に続いた。

長い地下通路を経て、ようやく香月博士の執務室に到着する。鑑嬢からの情報でだいたい把握しているつもりだったが、これはひどい。汚い。

霞は、シリンダーに行ってしまった。私と香月博士は、向かい合って座っている。目の前に置かれた沸騰している合成玉露の湯気が歪み無い。

「あなたの乱雑さに書類が泣いた」

「仕方ないじゃない。片付ける暇なんてないのよ」

「わからんでもないですが・・・」

「とにかく!私の質問に答えてからあなたの要求を聞くわ。異論は認めないわ」

「わかりましたよ」

ダブルオーユニット・・・じゃなかった、00ユニットか。今日はいつなんだろうか。

「ちなみに、今日は西暦何年の何月何日ですかね?」

「2001年の十月八日よ。それがどうしたの」

案外、時間が無い。せめて彼が来るまでにいくつかハイヴを落としておかねば。

「いえ、魔神が目覚めるまで二週間くらいだと思いましてね」

「マジン?だれよそれ。まさか、まだアンタみたいなのが増えるってワケ?」

「そのように考えてもらって構いません。と言っても、私とは、直接関わりがあるわけではありませんが」

「関わりが無いのに知っているの?」

「観測者としての立場を利用すれば、そのような事象を疑似体験できます」

「観測者?因果量子論としての?」

「貴女方はプレーヤー、私は観客。家に帰れば、他のプレー内容が記録媒体として自動保存されている。あなたの理論に当てはめて説明すれば、そうなります」

「アンタは、じゃあ量子存在ってことなの?」

「まさしく。どこにでもいて、どこにもいません。同時に、私以外の全ての人間が私であり、そうではありません。しかしそれらは、全てが影。本体は涅槃においてきました」

それが、人生リフ。他者への転生。

「チェシャ猫ね、まるで」

「シュレディンガーの猫でいいですよ。猫好きですし」

「なるほど。それで社のことも、私の理論も、奥のシリンダーも知っていたのね」

「イエス、ユア・ハイネス。正確には、鑑嬢を通してですが」

「あの娘が?」

「どうやらG弾の影響で次元交錯線がこんがらがってしまった様で。そこへ、彼女の意識が私の『白い部屋』に接続されたというわけですよ」

「白い部屋と言うのは?」

「無限に広がる平行世界を観測するための待機所と言った方がいいですかね。色々な情報が、『私』を通じてそこに集まります。記憶も経験も、ある程度の質量も保存できます。時々あるんですよ、こういうことが」

一呼吸おく。

「じゃあ、あの戦術機はなに?」

「エンディミオン・零<改>ですか。今はGT-Xですが。解り易く言えば、この世の全てを構成しているエーテル粒子を使って無限に発電する装置と、あらゆる物を作り出す性能を持った機体です」

「永久機関を開発したの!?」

驚くところはそこですか。BBTにも驚いてください。

「部品の取替えを含まなければ、無限ですな」

「こちらへの供与は?」

手が早いよ。性に興味を持った男子中学生か、貴女は。

「出来るわけ無いでしょう。アレの中枢であるスフィア・シャフトの製造にどれだけ時間が掛かると思っているんですか」

BBTで作れるが、黙っておく。

普通に製造しようと思ったら、10トントラック用でも一ヶ月はかかる。しかも戦術機級の大きさでミリスペックが要求されるとしたら、ゆうに半年はかかる。製造はそれほどでもないが、検査に時間がかかる。

「何でも作れるなら二、三個よこしなさいよ」

言うと思った。絶対に弱みは見せん。

「だが断る。アメリカが黙っちゃいませんよ」

「黙らせなさい。あんたがやったあの、武器を捨てさせた力で何とかしなさいよ」

できるわけがない。あの国の重鎮を一箇所に集めるのにどれだけ苦労すると思っているのか。いや、わかっていて言っている。顔が笑っている。

「そんなことをやるより、00ユニットを完成させる方がよっぽど効率的ですよ」

「あんたがやった、あの発光現象に比べたら目からBETAよ」

怖いよ。

「白い発光は、BBTによるエーテル物質変換です。エーテル粒子によって構造を作り変えます。エメラルド色が、GN粒子です。反重力作用、電磁波障害、脳量子波干渉などなど。あのとき、背中から出ていたとんがりは、GNドライヴと言ってGN粒子を元に莫大なエネルギーを生み出す半永久機関です」

「あれも永久機関だって言うの?」

「『半』永久機関です。原理は全く異なりますがね。さしずめ、イオリア式永久機関と言ったところですか。太陽炉とも言います。開発者の名前が『イオリア・シュヘンベルグ』ですので。これによく似た機関で、擬似GNドライヴと言うものがあります。こちらもオリジナルと比べて大差ありませんが、補充型の消費機関になります。どちらにも、『TRANS-AM』という圧縮粒子開放システムがあります。もっとも擬似GNドライヴの場合は、粒子を使い切ると壊れてしまいますがね。おそろしくGN粒子を消費しますが、これを搭載した機体性能は、おそらく私が知る中でも上位に入ります」

二つくっつけば量子化もできる。さすがにBBTで量子化までは出来ない。擬似太陽炉でできるかは知らない。

「はぁ。あれが、そんなにとんでもない代物だったとはねぇ」

「私が知る限り、もっと危険な動力源がいっぱいあります。怨霊を動力源にしたり、時間を圧縮したものだったり、メタトロンのような未知の鉱物だったり、魔力だったり、生命力だったり、次元連結システムだったり。上げれば、それこそキリがありません。私が持つ動力源、エーテルエンジンやエーテルドライヴの方が、よっぽど安全です」

エーメラルドの存在は隠しておく。どの道、この世界にエーテル式永久機関はGT-Xにしかない。喋ったところでいらぬ騒動が起こるだけだ。しかしまさか、たった一グラムで太平洋に大穴が開くとは思わなんだ。

ちなみにエーメラルドとは、スフィア・シャフトの中心部に出来るエメラルドに酷似した鉱石のことだ。エーテル粒子とスフィア・シャフトとの摩擦で生じた炭素とエーテル粒子の複合体である。稀に、エーテル粒子のみで構成されたエーテルライド鉱石が出来るときもある。

まぁそれが、BBTの心臓部なんだが。

「で、BBTって言ったっけ?あれは、なんなの?」

「先程も言いましたが、何でも作ってしまう願望投影機です。その気になれば、地球すら作製可能です。恐ろしく時間が掛かりますが」

面倒なことにBBTでBBTを作ることは出来ない。実験は幾度と無く繰り返したのだが、どうやら稀に出来る天然のエーテルライドでないと動かないらしい。

擬似的なエーメラルドでは、動いては止まり、動いては止まるを繰り返すだけで使い物にならなかった。それでも多少の金属や非金属を精製することは、かろうじて出来はしたが。

「よこしんさい」

「言葉が変です博士。そんなに変なことを言いましたか?」

「それがあれば00ユニットなんて目じゃないわ!衛星軌道上に馬鹿でかいレーザー発振機を作ってハイヴに照射すれば戦術機なんて時代遅れのポンコツよ!」

それを『あの』随行体が聞いたら間違いなくアクティブ・デバイスで星にされるな。ポンコツて。

「BETAとの対話はどうするんですか。第四計画は、あくまでBETAとの対話では?」

そのための生物根拠ゼロ、生体反応ゼロの00ユニットでは?

まぁ作らないのであれば、それに越したことは無い。BBTで彼女の体を再構築して人間に戻す。それだけだ。

「BETAと対話ができない、する手段がない以上、何を言っても真実よ。さぁ、今すぐレーザー砲をよこしなさい」

「上げることは出来ませんが、作ることは出来ますよ。BETAからの迎撃も考えて衛星軌道上でいいですかね」

地球の周りを廻る衛星を衛星軌道、逆に一箇所に留まっている衛星を静止衛星という。衛星軌道は、非常に高速で動いているから迎撃は難しい。

それでもBETAの対処能力を甘く見るつもりはない。フォックス・ハウンドやイノベイターもびっくりの光学迷彩で覆い隠すとか何とかしないと速攻で打ち落とされそうだ。

「構わないわ。じゃあ、早速宇宙基地と打ち上げ基地に連絡するわ。部品は、今から作りなさい。出来るだけ早くよ、いいわね?」

「いいですが・・・第四計画はどうするのですかね?」

「勝てば官軍よ!ゴリ押ししてどうにかするわ。どうせBETAのことを知っているやつなんていやしないんだから。適当言ったってわかりゃしないわよ」

・・・なんてひとだ。本当にBETAに勝つことしか頭に無いようだ。

確かに形式美に拘っていられるほど余裕がないというのはわかる。しかし、だからと言ってここまでぶっちゃけるのはいかがなものか。

「じゃあ、その前に鑑嬢に会わせてもらいますよ」

「好きにしなさい。あ、これを渡しておくから何かあったらここにきなさい。あなたは、今から私の助手よ。基地の連中には、そういうことにしておくわ」

そう言って放り投げたのは、カードキー。胸から出すのはやめていただきたい。

「強引過ぎやしませんか。この基地のほぼ全員が、私の顔を知っていますが」

あれで忘れていたら、私から友人になってくださいと頭を下げるぞ。

「邪魔だと思ったら消してもいいわ」

「・・・夜中にギアスキャンセラーを使っておきます」

「なにそれ」

「貴女方に掛けたギアスを解除する能力のことです。そうする事で再びギアスを掛ける事が出来ます」

「あくまで殺しはやらないつもり?アレだけの力がありながら?」

「殺す意味がないだけです」

「へぇ」

「では」

席を立つ。テーブルの上の湯飲みは、未だ蒸気を発していた。

シリンダー部屋にやってくると霞が、彼女の前でお祈りをしていた。とても印象的な一面である。

「霞、いいかね?」

「はい」

霞の横に立ち、シリンダーに触れる。さすがにサイコメトリングはできない。やろうと思ったら脳みそを改造しなくてはならない。

自慢じゃないが、痛いのはいやである。理由は、痛いから。

先ほどの銃撃も、じわじわと痛みが来るのには、正直泣いた。すぐにBBTが修復してくれたからいいものの、あれが範囲外だったらと思うとぞっとする。

そういう理由で脳みその改造は、一度もやったことがない。暴走した鉄雄の最後が思い浮かぶ。BBTでも防ぎきれなかったのだから、恐ろしい。

「教授。怖いこと、考えています」

「AKIRA世界の一端だ。超能力に目覚めたまでは良かったが、力の扱いが出来ていなかった」

「私と、同じです」

「だが、結局のところ鉄雄は新しい生命を担う宇宙になったし、AKIRAは、まだ彼らの中で生きている。君とは、違うよ」

「あなたは・・・私を気遣っています。娘さんに似ているからですか?」

「嫁にも似ているな。当然だ、親子なんだから。嫌かね?」

「いいえ」

「彼女は、なんと言っているかわかるかね」

「わかりません」

「今の会話を彼女に中継させていたんだろう?」

「はい」

「反応が無いのか」

「はい」

やはり、彼でないと反応はしないのか。

そういえば、白い部屋でもシカトし続けていたな。凹む。

「でも、会いたがっています。とても大事な人に」

「白銀武かね」

ちょっとびっくりする霞。ああ、そのしぐさが娘に似て愛らしい。

「知っていたんですか」

「鑑嬢が、私の白い部屋で『たけるちゃん』と繰り返すのでな。いやと言うほど聞いて覚えた。どんな人間か、彼女から読み取っているのではないかな?」

「はい。思い出を、貰っています」

ふむ。思い出か。確か彼も総合評価演習の帰りにお土産を持って帰っていたな。

ならば、私も何かプレゼントをしなければ男が廃ると言うもの。そのうち、ミッドチルダ式の素敵なステッキを作ってあげよう。

BBTの性質上、魔力は付加できないが、BBTの真似事くらいは出来るようにマイクロBBTでも仕込んでおこう。擬似・星明りの破壊砲くらいは撃てるはずだ。

「では、霞。思い出作りに一緒にご飯を食べに行かないか」

「思いで作り、ですか?」

「イエス、ユア・マジェスティ。誰かと一緒にご飯を食べる。それだけでもかなり違うぞ。どうかね?」

我ながら言っていて怪しい勧誘をする変態のような気がしてくる。しかしそれも可愛い娘のためだ。

「わかりました。一緒に食べます」

「と、言うわけで晩御飯を食べに行ってきます」

「どうして一々、私に言うのよ」

「何かあったときには、そこに連絡ください。個人連絡用の携帯電話でもあれば便利なんですがね」

携帯電話でなくてもいい。ポケベルでも何とかなる。ちせはそうだった。

「わかったから、さっさと行く・・・って社まで!?」

「思い出つくりです」

力強く霞。それに香月博士も強く言えなかった。机を立ち、近くまで来る。

「手ぇ出したら、斬り落とすわよ」

「耳元で囁かないでくださいよ」

「私が言いたいのは、それだけよ」

そう言って、締め出された。霞の手をとってゆっくり食堂を目指す。時折、すれ違う人全てに変な目で見られるのは、いろんな意味があるんだろうなと、ガラスの心に刻んだ。

そしてPXに到着。賑やかだったPXは、一気に静となった。次第に囁き声がちらほらと聞こえ始める。

「おっほん」

こういう場合は、騒がずあわてずに咳払い。一応、これでも教授だ。エーテル粒子を研究していたときも、こうやって変な目で見られていた。

「おばちゃん、合成しょうが焼き定食を一つ。霞は、何にする?」

「合成さばの味噌煮定食でお願いします」

「おや、見ない顔だと思ったらさっき正面玄関で啖呵切った男じゃないか!名前はなんていうんだい?」

「リーツです。リーツ・アウガン」

「変わった名前だねぇ。あたしは京塚だよ。よろしくね。そして、そこで盛り付けと仕上げをしているのが、この前入った新人の・・・衛宮士郎だよ」

衛宮と呼ばれた男が、カウンター越にやってきた。

どう見ても、英霊化した衛宮である。

こんなとこでなにをやってんだ?聖杯戦争はどうした。仮にも英霊が、何でこんなところにいる。まったく聞いていないぞ。

「リーツ・アウガンだ。よろしく」

「社霞です。よろしくお願いします」

二人揃って挨拶。

しかし衛宮の目は、私を見ている。

「・・・衛宮士郎だ。よろしくな」

それだけを言い残すと、また厨房へと戻って行った。

この世界は、どうなっているんだ?





[7746] 赤いキツネと緑のタヌキの第三話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:68ab6158
Date: 2009/04/17 10:58
<リーツ>

霞と一緒にご飯を食べ、食器を戻す。

もちろん、残さず食べる。いきなり偽カラドボルグでもやられたら洒落にならない。ここからGT-Xまでは、ゆうに三百メートル以上はある。どてっぱらにあんな物をぶら下げたまま行くともなると、相当痛そうだ。

ごちそうさま、と言っておく。

「まて」

PXの入り口に手を掛けようとしたとき、衛宮が静止をかけてきた。何か紙切れのようなものを差し出して無言で去って行った。

「霞、あの人は知っているか?」

「いいえ、今さっき初めて知りました。三日前までは、あの人はいませんでした」

その三日間と言えば、試験的に集中リーディングを行っていたそうな。ご飯やらは、あのシリンダー室で食べていた模様。

「何を考えてきるか、わかるか」

「・・・やってみます」

ちょっと待つ。ちなみにここは、PXからさほど離れていない廊下。この距離ならば霞のリーディング範囲内に収まるはずだ。

「・・・?」

「どうした?」

「読めません」

「それは、鑑嬢と同じ状態かね」

「いいえ。何かが邪魔をして読めませんでした。ただ・・・」

「ただ?」

「剣を鍛えている姿が、一瞬だけ見えました」

と言うことは、彼は、まだ『あの丘』にいるということか。相も変わらず不器用な男だ。多分、気づかれたはずなので移動する。とりあえずは香月博士の執務室に。自分の部屋をまだもらっていないというものあるが。

「初めてです。心を意図的に隠すことが出来るひとがいるなんて」

「衛宮は、魔術師だからね。いや、魔法使いか」

時計塔から異端・科学使い『銀』の称号を貰った私が言う台詞なのかは解らないが、彼は魔法使いだ。

「魔法使い・・・ですか?あのひとは、魔法が使えるんですか?」

「使えるとも。厳密に言えば、その一歩手前だそうだ」

その名は固有結界。自らの心像風景を現実世界に浸蝕させて塗り替えてしまう結界。その結界内では、展開した術者の心像世界が体現されており物理法則もそれに追随する。

私は、一度だけ固有結界を有する人物と行動を共にしたことがあるので知っているが、言ってみれば、白い部屋をまるまる世界に出現させることと同位である。

そんなことをすれば確かに無敵だろうが、『世界』からの修正力が働くために例外を除いて長時間の展開は出来ない。

「死者を完全に甦らせるとか、平行世界を行き来するとか、時間を超えるとかを、魔法と言うらしい。なんでも、科学の力で届かない領域を魔法と言う位置づけにしているらしい」

もっとも私の場合、いま言ったことを全て科学の力で成し遂げ、魔術師たちの行き着く先である「  」に科学で到達してしまったが故に異端扱いされた。

ぶっちゃけ、『なかった』ことにされた。

それでも『銀』と言えば私を指す。影で言うのが暗黙の了解らしい。失敬な。

ちなみに「  」とは、アカシック・レコードのような膨大記憶情報集積所や、魂の原初、セントラル・ドグマだとも言われている場所である。白い部屋は、その一角にある。教会や協会が異端扱いしようが、ここに到達できる人間は、今のところ五名しかいないのに加えて全員が、私と関わり合いたくないようなので安全だ。

・・・人間?

「魔法、まほう、マホウ。私にも使えますか?」

「霞が?魔法使い?」

「はい」

魔法少女になら、今すぐにでも成らせて上げますよ?カレイドステッキと、その妹に当たるマジカルサファイアは、私とよく気が合う故にすぐに連絡がつく。

いやしかし、レイジング・ハートも捨て難い。うむ、ひと段落着いたら相談してみよう。リンカー・コアや魔力が無くても使える魔法があるかもしれない。

「魔法使いになるためには、まず魔力が必要になってくる。霞に魔力はあるかい?」

「わかりません」

だよなぁ。残念ながら、科学に特化している私に魔力測定なんて出来るはずもない。魔力測定器なるものがあれば、バラして仕組みを理解し、BBTで作ることが出来るのだが。

「すまない。私にもそれは解らない」

水見式のような簡易測定方法があればいいのだが。

まぁ、無い物ねだりをしていても仕方がない。執務室に到着する。

「ただいま戻りました」

「戻りました」

「この場合、お帰りなさい、と言うべきなのかしら?あとリーツ、あなたにお客よ」

「お客・・・ってラダビノット司令官じゃないですか」

東京裁判以来・・・ん?おや?それは違うか。

「初めまして、と言うべきなのかな。異世界からの訪問者どの」

その地から響く声で『どの』とか言われた日には、こちらが震え上がるからやめていただきたい。何故か、セルを思い出す。十七号のおかげで命拾いした。

「正確には、異世界ではなく白い部屋です。世界と言うほど立派のところではありあせんので」

ソファーに腰を掛ける。横には、霞。

「そうか。呼び名は、リーツで良いのかね」

「ええ、構いません」

ワケあって、偽名ですが。

いや本名と言えば、本名なのだが。

「君の戦闘行動を視覚情報で見させてもらったよ。かなりの戦闘力と技術力を保有しているようだね」

「それはガンダム・エクシアの性能であってエンディミオンGT-Xの性能ではありません。純粋な戦闘能力は、低い方ですよ」

少なくともゼオライマーやマジンガーZに比べたら低い。下手をしたらジムよりも武装は貧弱かもしれない。なにしろBBT以外は、レギオンの外骨格をカーボンナノチューブで再構成した頭部保護一角による頭突き、圧縮空気で射出するアンカー、指先から三十センチしか伸びないレーザー爪、そしてリミッターを解除したら自壊の恐れすらある超握力システムしかない。あとは、純粋な格闘技だけだ。

「それは謙遜かね?」

「事実です。操縦技術には自信がありますがね」

自分で一から作った機体だ。弱さも強さも知っている。操縦努力を怠ったこともない。

「ふむ」

「しかしなぜ司令官ともあろう方がここに?まさか私の顔を見に来ただけではありますまい」

司令官直々に戦術機の開発依頼かね?

「勘もいい。その通りだ。実は、君に新型戦術機の試験評価と正式化へ向けた調整を手伝ってもらいたい」

新型戦術機?この時期にそんな計画はなかったはずだ。アメリカのラプターは、既に量産ラインで生産されているはずだし。ラファールもだ。いやそもそも国連に開発協力など求めないか。戦術機は、国のプライドを押し固めて具現化した物だからな。よそ者に頼ろうとはしないはずだ。例外を除いて。

となると、なんだ?

例外である不知火弐型は、アラスカでやっているし今更私が出て行ってどうにかなるものではない。

XG-70に至っては、00ユニットが完成していないのでどうにもならない。確かアレは、恐ろしく高度な計算を恐ろしく早い速度で計算できる演算装置を小型化しなければ使い物にならなかったはずだ。

まぁ、GT-X後期型の半量子半生体コンピュータでなんとかなるだろう。通信モードにすれば、量子通信が可能になる。BETAとも対話が出来るはずだ。レーザー砲を無効化された時のための保険に作っておくか。

「この時期に新型ですか」

「そうだ」

「しかし私は、こちらの世界の軍事に介入する気はありません。私自身が介入したとしても、私が持っている技術や戦略マネジメントシステムをそちらに渡す気はありませんよ」

勝手に介入する以外ではね、と心の中で付け加える。つまり気分次第。

あまりに見かねる状況ならば、軍事介入もやむなしだが。

私がここにいるのは、あくまで鑑嬢の救出のためである。軌道衛星に馬鹿でかいレーザー砲を作るのも、そのための一環でありレーザー砲を渡す気はさらさらない。これみよがしに大気圏に突入させるもよし、消滅するもよしだ。

「しかし、衛星軌道にレーザー砲は作ってくれると聞いたが」

「それは、鑑嬢と魔神のためです。人類のためとか、そんなご大層なことじゃないですよ」

「誰かね、その二人は」

「一人は、BETAの人体実験によって脳髄だけにされた少女。もう一人は、この世界の救世主ですよ。私はせいぜい、スキマから染み出た汚れに過ぎません」

「なるほど。香月博士からの情報どおりの男だな」

試された?

「では、新型の話は冗談ですか」

「雑談だよ。まさか、異世界からの訪問者などと言う冗談が、本当にあるのかどうか確かめたくなったのだ」

「あなたもひとですね、ラダビノット司令官」

「私は司令官と言う立場において判断を下さなければならない。君の横浜基地での在留を認める。階級は、どうする」

私が決めたらダメだろう。だが・・・

「では、中尉を。それで充分です」

「なぜ中尉かね。大尉でも少佐でも構わんぞ」

「元いた部隊での階級が二尉・・・中尉でしたのでね。正確には、技術中尉ですが」

「その部隊名は?」

「航空自衛隊七瀬基地所属、対L大隊第三分隊、通称・岩飛中隊です。ここでいう、ヴァルキリーズのような部隊ですよ」

名目は、試験評価機実験部隊だ。バリバリ前線で戦い続けたが。

「聞いた事がない部隊だな。航空と言うのは、航空戦力のことかね」

「そうですね。自衛隊と言うのは、大日本帝国軍の跡に創設された軍事群体の総称です。航空自衛隊とは、アメリカ空軍を手本に作られた部隊です」

「ほう」

「私が白い部屋のたどり着く前の世界、つまり元々の世界で日本は、アメリカによって核を投下されて敗戦を喫しました」

「君が元いた世界のアメリカは、同じ人類に対して核攻撃を行ったのかね!?」

お、驚いている。それもそうだろう。ラダビノット司令官と同じ名前を持つインド人判事の方は、その後の東京裁判で日本の最高指導者たちに向かって無罪判決を言い渡したのだから。

平行世界と言えども、性格まで同じと言うことはないが。

「肯定であります。司令官どの。そしてアメリカ軍によって帝国軍は解体され、法律や単位基準を変更され、属国のそしりを受け続けています。幸いなことに、私が死ぬ直前に憲法改正の動きがありました。それで少しはまともになるでしょうがね」

いま思えば、これも『世界』の修正力の成せる業なのだろう。一重に檀君の呪いもあるだろうが。

「なんということを・・・」

「平行世界まで行っても、やることは変わらないのね。あの国は」と、香月博士。

「明星作戦の件ですか」

「その通りよ。でも、もう連中にはいい顔はさせないわ。アンタが作るレーザー砲で片っ端からハイヴを消し炭に変えてやるわ」

ついでにどこか焼いちゃおうかしら、と薄く笑う香月博士。ラダビノット司令官と眼をが合い、お互いに首を振った。

いい友人になれるかもしれない。

「XG-70はどうしますので?」

「連中が泣いて土下座して、使ってくださいと懇願してきたら使ってあげるわ」

本当に絶望するよ、貴女のそのドSさには。

「では、00ユニットの代わりは、私が作っておきましょう」

「あら、技術提供はしないんじゃなかったのかしら」

「まぁまぁ、香月博士」と、ラダビノット司令官。

「BETAの対処能力を侮るつもりはありませんからね。レーザーでダメなときに備えて作っておきますよ」

「用意周到なことね」

「お互い様ですよ」

会話が終わるとラダビノット司令官は、すぐにどこかへ行ってしまった。多忙なのだろう。ラルソードもそうだったな。

「それで、いつから作るのかしら」

「ちょっと用事を済ませたらすぐにでも」

そう言って紙切れを取り出す。

「なにそれ」

「衛宮氏から貰いました」

「衛宮・・・?ああ、あの食堂に新しく入った男ね。なんで?」

「どうやら、この眼鏡を見て話があるようで」

「その眼鏡がどうしたのよ」

「この眼鏡は、『魔眼殺し』と言う魔術系アイテムです。蒼崎橙子という女性に頼んで作ってもらいました」

「・・・魔術?」

「魔力を使って神秘を行使する一連の動作を魔術と言います」

「なにそれ。どういうこと?魔術って何?魔法とは違うの?」

「先ほど霞にも言いましたが、魔法と魔術の決定的な違いは、そのレベルにあります。魔術は、時間と資金を掛ければ到達可能な領域。対して魔法は、現在の人間が絶対になし得ないこと、が前提条件です」

「そんなの初めて聞いたわよ。まさか、その魔術やら魔法やらを使える人間が、衛宮だって言うの?」

「そうです。しかも彼は、英霊・エミヤです」

「はぁ?どんどん話がこじれていくわよ?」

「この世界と魔術云々の世界は、本来ならば交わることの少ない世界ですからね。この世界に魔力があるのかどうかさえわかりません」

英霊が現界している時点で魔力はあるのだろう。オドかマナ、もしくは『世界』の抑止力によって派遣されてきたが故に「  」から無限に供給されているのかもしれない。

どちらにしてもサーヴァントシステムを盛大に無視している時点で月世界の常識など当てにはならないが。

「英霊とは、英でたる霊的存在。まぁ、靖国神社に祭られている方々と一緒ですよ。彼は、その内の一人です」

「え、ちょっと、ちょっと待って・・・じゃあ、衛宮は幽霊なの?」

「幽霊と英霊はその本質から言ってぜんぜん違うのですがね。ま、似たようなもんです」

「・・・頭がこんがらがってきたわ」

「たまには、早めに寝てみてはどうです?」

「そうね、そうするわ。社、たまには一緒にお風呂でも入る?」

しばらくじっとしていた霞。香月博士に言われてようやく口を開けた。

「はい。入ります」

「そう。じゃ、きなさい」

二人とも立ち上がって執務室を後にした。

私?私は紙切れに書かれた通り、基地裏の桜の木の下にいる。なぜここなのだろう。

「待たせたな」

厨房のときとは違い、コックコートから私服に着替えてやってきた衛宮士郎。

「衛宮士郎と呼べばいいのかな?それともエミヤと?」

「やはり、おまえだったか。眼鏡をかけていなかったらわからなかった。科学使い『銀』。なぜこの世界にいる」

眼鏡で判断したのか。

「随分だな。一応、私はおまえさんが高校のときの科学の先生だったんだぞ?」

ストーブを一緒に直したこともある。魔術の道に入らず、技術者として生きていってほしかったんだがな。

「知っているさ。そういう役を演じていたんだろう」

「私は、どこにでもいる。それは私がそうしたいからだ。この世界にいる理由も同じだよ。で、どう呼べばいいんだ?」

「・・・エミヤだ」

「未だ過去を捨てられんか。おまえさんほどの男が嘆かわしい」

言い終わるや否や、白と黒の二本一対の剣をこちらに向けて首を刎ねようとする。だが、『エミヤ』が私を呼び出す以上、こうなることは半ば予想はついていた。

そのための対応策としてGT-Xから持ち出していた五挺の拳銃型ライフルが一つ、『ゲファレナー』で受け止める。さすがに五挺全部を装備すると衛宮相手では動きが制約されて対応できない。

「ゲファレナー・・・なるほど、そうだな。おまえにはこれ以上ふさわしい名前は無いな」

「だから、先生と言え、先生と。ワカメだって先生扱いしたんだぞ」

バゴン

つばぜり合いから埒が明かなかったので一発だけ発砲。衝撃で互いに離れる。我ながら凄まじい威力に肩が砕けそうになった。

元々、このシリーズは強固な外骨格を持つレギオン相手に開発したものだ。人間に対して使おう物ならばアーカードもびっくりの威力になる。

それ故、これを使えるのはラルソードのような夜族・吸血鬼や娘婿の龍漸だけになってしまった。

私は、BBTで身体改造をして使っている。参考はウルヴァリンだ。それでも痛いが。

「・・・ふん。その態度、本当にあの頃と変わらないんだな」

剣をしまう衛宮。確認すべき事項は終了したようだった。こちらもホルスターに銃をしまう。

「エミヤ君は変わったよ。本当に変わってしまった」

「人はいつか変わる。変わらないものなんてない」

「私が、君に言った言葉だね。あれはロンドンに行く前か」

「そうだ。覚えている。そしておれは・・・」

拳を握り締めて宙を仰ぐ。後悔しているのだろう。いま、自分がここにいることに。話題を変えるべく、言う。

「そういえば、なんでエミヤ君がここにいるんだ?」

「アラヤの意志だ」

「おやまぁ・・・アラヤもまた無茶をする」

・・・ん?ということは?

「まさか、他にも来てるのか?」

「いや、おれだけだ。それにこの世界には、魔力がほとんどない。自然が破壊されているのが原因なのか、あまりにも人が死にすぎたせいなのか。どちらかは知らんが、とにかくこの世界に魔力はほとんどない。だから、おれ以外に誰かが召喚されればすぐにわかる」

なるほど。

「だが、コックでは世界を救えないぞ」

スティーブン・セガールじゃないんだから。いっそ、彼も呼ぶか?

「構わない。情報では、十二月二十九日に、ここにBETAが襲来する。他にもBETAと戦闘する機会はあるが、この世界を救う切り札となるXG-70に直接被害が及ぶのは、その日だけだ。それを踏まえてここを防衛しておいた方がいいと判断した」

「だが、佐渡島での戦いや、XM3公開時のBETA襲来がある。そのときはいいのか」

「ヴァルキリーズや他の衛士が何人か死亡するだろうが、00ユニットの回収に支障は無いそうだ。わざわざおれが出向くこともない。XM3のそれも同じだ。さっきも言ったが、XG-70に直接被害が及ぶことがない限り、おれは動くつもりはない」

「なるほどね」

「先生はどうなんだ?」

おお、ようやく先生と呼んでくれた!嬉しいなぁ。

「君が行かないならば、私が行こう」

「正義の味方を気取る気か」

「まさか。彼女らは美しい。その散り際も美しいものだが、やはり『母』の姿を拝んでおかねばな」

あれ以上に美しいと言ったら、天寿を全うする晩年のそれだろう。アーカードも大絶賛だ。美的感覚が似ているのかね?

「好き物だな」

「遠坂を娶った君に言われたくはない」

あれこそ好き物の部類の入るだろう。

「学食で三回も奢ってもらったくせによく言う」

「私は十三回おごらされた!!しかもその半分は、君の立替分だぞ!」

私は科学を彼女に教え、彼女から魔術を教わった。学食は、その授業料である。後半から宝石をねだられたのでBBTで宝石を作って、それにした。しかし衛宮の場合、一方的に教えてもらっていたために学食を奢らされていた。

大抵、彼がお弁当を作ってくるのだが、生徒会などの手伝いや聖杯戦争後のリハビリなどでそのような時間が取れないときが多々あった。最初はどうにかなっていたのだが、やはりそこは学生。先立つものが無くなるのが早い。そこで、見かねた私が彼の代わりに立て替えていたというわけなのだ。

「ここの世界の金銭でよければ払うが」

「いらんよ。私に金銭の欲が無いのは知っているだろう」

BBTで金を作って換金すれば無問題。

事実、ロンドンに行ったこの夫婦のパトロンは私である。なにせ変化球が効きまくった月世界の魔術・魔法知識は、聞けば聞くほどに目から鱗だった。三億程度、まったく問題なかった。

「だがその代わり、付き合ってほしいことがある」

「なんだ」

「今月の二十二日、この世界の救世主がやってくるのは知っているだろう」

「ああ、知っている」

「そいつの開発する新型OSを使ってBETAを捕獲する作戦がある」

「知っている・・・まさか」

「そのまさか。その捕獲作戦でも死人が出るのでね。私たちで捕獲作戦をやるつもりだ」

「おれたち二人で?」

「BBTを無礼るな。BETAも元をただせば人間。ならば人間としての器官が残っているはずだ」

「それは、そうだろうが。一体何をするつもりだ」

「君は足止めを。私が一気にたたむ。なに、戦い方は、剣を振り回すだけが能ではないということだよ」

「BETA相手に交渉でもやる気か」

「ロジャー・スミスでも呼ぶかね?彼らが、もはや意志のある存在だとは思っていない。醜悪な存在だ。せめて苦しまないように成仏させてやるのが一番だと思っている」

「捕獲することと矛盾しているぞ」

「香月博士に対するデモンストレーションだよ。なに、XM3のときはうまくやるさ。ブルーやレギオンに比べれば、どうということはない」

言ってて懐かしく思う。アーマーシュナイダーか・・・そういえば、久しく使っていなかったな。ダウンサイジングの関係上、エーテルエンジンやBBTがむき出しになって危ないことこの上ないが。

「本当に変わらないな、先生は」

「これでも変わった方さ。さて、そろそろ冷えてきた。戻ろうか」

衛宮の肩を叩き、屋内に戻るように促す。しかし衛宮は、それに応じずそこに残った。

「・・・おれは、変われるかな。なぁ、遠坂・・・」

これでも耳はいい。聞こえてしまったものは仕方がない。聞かなかったことにしておく。



翌日、暫定的に香月博士の執務室で一泊した後に早速作業に入った。

「地上で作れる部品は、全てここで作ります。使い切りロケットもセットで作りますので、出来たものからじゃんじゃん打ち上げてください。宇宙でしか作れない部品につきましては、直接GT-Xで宇宙に行って作ります。いいですね」

「いいけれど・・・どうやって宇宙に行くつもり?まさか、またエクシアとかいうのになってぷかぷか浮きながら行くつもり?」

それじゃ、レーザー種に狙ってくれと言っているようなものだ。ロックオン・ストラトスのバーゲン状態になる事態は、確かに避けたい。

いや、レーザー?

レーザー・・・あ。

あー、あー、あー。あったあった。おあつらえ向きのものが。

「いえ、プラズマ・ライフリングを精製したGT-Xで宇宙に行きます」

「なにそれ」

「空気に高圧縮した電流を流す事で推進力を生む電磁推進器です。空気がない所では使えないのが、欠点ですがね」

「それでどうやって宇宙にまで行くのよ」

「レーザー種を使います」

「は?」

「これを見てください」

白衣のポケットから蒼く光る鉱石を見せる。

「これがなに?」

「これは、光を吸収して電気を作り出す鉱石です。まぁ、太陽光発電と似たものです」

「これが、レーザー種のレーザーを吸収するっての?」

「ええ。そしてこれが、今の鉱石を加工して色々と機能を持たせたものが、これです」

蒼い鉱石をしまい、今度は手の平大のドリルを見せる。

「これは螺旋族の戦士が持つ『コア・ドリル』に似せて作ったサンプルです。こうやって光に当てると・・・」

ゆっくりとドリルが回転を始める。ちょっとすると、そのドリルから蒼白い光が放出され始めた。光が螺旋を描く。

「フォトンと化合してプラズマが発生します。このとき、ドリルの刃部分には光単分子が纏わりついていてあらゆる物をねじ穿つことが可能です。この現象を『フォトン・スパイラル』と言います。推進理論自体は、プラズマ・ライフリングと変わりません」

フォトン・スパイラルによって閉じ込められた空気は、プラズマ・ライフリングで圧縮された高圧電流と同じ要領で排気される。それが推進力になるわけである。

しかもこの形状にすると、排気とは別に光をそのまま推進力に変換できるので大変エネルギー効率が良い。レーザー種のレーザーを受けた日には、勢いよくかっ飛んで行くことだろう。

「どうやってそんなもの作ったのよ・・・」

「BBTで、ですが・・・なにか?」

「もう、いいわ。作業に入って」

「わかりました。ああ、あと」

「なに?」

「フォトン・スパイラルを使った推進機関を『ゼノ・ドライヴ』と言います。よろしく」

「はいはい、わかったわよ」

ちなみにここは、打ち上げ発射場から大して離れていないエプロンだ。作ったらすぐに打ち上げが出来るので便利である。

お手伝いには、霞。彼女には、出来たものを検査してもらう仕事をやってもらう。

「さて、じゃあやりますか」

「はい」

作業を始める前に霞に溶接用サングラスを掛けさせる。これだけの大掛かりな作業ともなると発光量も半端じゃあない。それなりの装備が必要になってくる。

GT-Xに乗り込み、武装マスターアームを含む全てのシステムを立ち上げる。エーテルエンジンは、毎分三千回転をキープ。

「精製開始」

その日から白銀がやってくるまで、エプロンから発光現象が止むことは無かった。





[7746] 魔神の目覚める日は第四話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:dd2e8a97
Date: 2009/04/25 08:42



<白銀>

気がついたら、自分の部屋にいた。

「戻ってきたのか・・・?」

フラッシュバックする記憶。207の仲間たち、失敗した第四計画、そして・・・

急いで外に出る。

そこにあったのは、激震に押しつぶされた純夏の家と・・・・蒼い『何か』だった。

それを説明するには、かなりの努力が必要だった。

なにせ形からしてよくわからない。

一番近い物で蜘蛛。蜘蛛のおなかを垂直にしたような格好だ。色は蒼で随分とメカメカしい。

しかもそれは一体ではなかった。よくよく見れば、黄色やら灰色までいる。全部で、蒼、黄、灰色の三体がいた。

おかしい。たしかに激震はあったが、あんなへんちくりんな蜘蛛モドキはいなかったはずだ。何か自分が記憶違いをしているのか、それとも前の世界で見落としていたのか。

いやいや、見落とすはずがないだろう。あんな変なのを見落とすほどバカじゃない。たとえ軍人じゃなくても見つけてるって。

「あ、誰かいるよ」と、蒼。

「ホントだ。誰かな」と、黄色。

「あ、あの服見たことあるよ」と、灰色。

「もしかして、教授の言ってた『シロガネ』?」と、黄色。

「多分そうかも。センサーに引っかからずに出てくるかもしれないって言ってた」と、蒼。

「聞いてみよう聞いてみよう」と、灰色。

ねー、ねー、と近寄ってくる『何か』。なんじゃこりゃ。

「お、おまえらなんなんだ。ロボットなのか?」

「ロボットじゃないよ!タチコマだよ!」と、黄色。

「そんなことよりも君は『シロガネ タケル』なのかい?」と、蒼。

「答えてくれないと連れ去っちゃうぞ~?」と、灰色。

「と言うか、つれてっちゃおうよ」と、蒼。

「確かに。こんなところにいたらBETAにやられちゃうよ」と、黄色。

「ぼくたち戦車だけど、対異星体用には作られていないからなー」と、灰色。

「じゃあ、早いとこ連れてっちゃおう」と、蒼。

「おー!」とは、皆。

「ち、ちょっと待てぇぇー!」

もともとの世界で三バカに拉致られた時を思い出して抵抗する。

「ああもう、うるさいなぁ。えい!」

ばちっ

意識は反転する。ちくしょう、なんだこれ。



<リーツ>

その日のお昼前ほどに、タチコマンズが彼をつれてきたと言う一報を受けて正面ゲート前までやって来た。

計三台のタチコマたちは、彼らの中枢ユニットを載せた衛星が核ミサイルと衝突する前に、ネットに保存されたメモリーを元に作製したお手伝い戦車である。

ジェイムスン社長?

彼も来てみたいといっていたが、ちょっち言うのが遅かった。

この世界で作製する際に付けたアタッチメント機能により、武装・非武装・重軽作業のいずれかを選択でき、それぞれに特化した機能を持たせた。

ちなみに、今回取り付けた装備は武装・暴徒鎮圧用装備。どんな屈強な男も一撃なスタンショックを標準で取り付けてある。

蒼のタチコマ、ソウライ。

黄のタチコマ、マックス。

灰色のタチコマ、ベルカ。

白銀を乗せていたのは、マックスだった。

元々、マックスはバトーさんに渡すつもりだったのだが、諸事情で表舞台に立てなくなり、そのまま白い部屋に戻ってきてしまったために渡せなくなってしまった。

後から知ったが、どの道、少佐がメモリーを発見する予定だったらしい。

それに今更、のこのこ公安九課に行っても少佐に蜂の巣にされるだけなのは目に見えている。少佐に。多分、謝っても許してくれなさそう。絶対に行かない方がいい。

「しかし白銀君も、まさかタチコマに会おうとは思うまい」

スタンショックでのびているのを尻目に、口に出る。立ち回り次第でベルカあたりを進呈してあげようかな。

「教授ひどーい!」

「機械にも愛の手を!」

「ぼくたちはBETAじゃないやい!」

・・・少し、正直に作りすぎたのかも知れん。やかましい。

「おれたちも慣れたモンだよな」

「まぁな」

正面ゲートで談話する二人の軍曹。既に私が着てからと言うもの、このような人物が数多く確立してしまったのは、良い事なのか悪いことなのか、判断がつきにくい事案であった。

白銀の意識が戻る少し前、香月博士とレーザー砲『アークバード』の今後について調整を行った。

「で、どうしてレーザー砲が駆逐艦なのかしら?」

まずは、そこから説明しなければならないとは。

この世界で言うところの駆逐艦とは、スペースシャトルのようなものだ。スペースシャトルに武装を施せば、駆逐艦となるらしい。

「美学と現実性を求めた結果です」

考えてもみてほしい。撃つだけしか能がないミニ・コロニーレーザーが、砲身をハイヴに向けながらぐるぐると地球の周りを周回するのと、アークバードのような機能性を持った美しい艦艇が優雅に飛び回るのでは、どちらを選ぶだろうか。私は後者である。

まぁ・・・SOLGでも良かったんだがね。タチコマに反対された。言わんとしていることは、なんとなくわかるのでやめた。

「アンタの美学のセンスを疑うわ」

「なぜ」

「兵器に美学を求めてどうするのよ」

「美学のない兵器など、単なる殺戮兵器です。そこいらの石ころや鉄の棒と同じです。偉い人には、それがわからんのです」

ムスタングに美しさはあるだろうか。個人的には、ない。

では震電はどうか。美しいものである。流石、ww2時最高に美しいとされた兵器である。

「まぁ、ここら辺は個人のこだわりですよ。割り切れば、私とて駆逐艦型ではなくコロニーレーザー型にします」

「最初から割り切って頂戴。帝国からならまだしも、アメリカからも言われたのよ?『宇宙で駆逐艦を製造して何をする気なのか』って」

「ゼノ・ドライヴでの推進には何も言ってこなかったんですか?」

むしろそちらの方が目を見張るものだと思うのだが。

事実、アメリカ軍の軍事回線『リンク17』を眺めて作業していたが、レーザー種にレーザーを照射されて宇宙にすっ飛んでいくその情報が国防総省に送られていたのをちゃんと確認している。

タチコマたちからは、そのままハッキングしてしまえばいいとも言われたが、GT-X前期型のスペックでは、どうしても処理速度が追いつかないのが現状だ。

電子戦を想定した後期型ならば、飛躍的に処理速度は向上するが、どちらにしても今はまだその時ではない。

「第四計画で使う新型複合素材の実験と言っておいたわ。あいつらも計画自体には前向きなんだし、それ以上何も言ってこなかったわ」

「それが返って不気味ですがね、連中の場合は」

「お互い様よ。わざわざ撃墜されるようなリスクを背負ってまで宇宙で駆逐艦を製造する理由が、向こうにはわからないみたいね」

「まさかあれが、レーザー砲だとは分かりますまい」

「撃てばばれるわよ」

ごもっともだが、撃った後はすぐに光学迷彩とラミネルス・フルードの合わせ技で隠れてしまう。暗黒物質や電磁波かく乱拡散剤を練り込んで作ったものだから、光学迷彩と合わせて使えば、ほぼ肉眼で発見することは難しい。もちろん電子探査もだ。これでBETAに撃墜されるようならば、私としては、どうしようもない。

「しかし万が一、ばれたところで、アークバードをあちら側から止める手立てはありません。よこせと言っても、作ったのは私。所有権は私にあります。国連の所有物であれば、外交筋から横取りも出来たかも知れませんがね」

「直接アークバードを押さえに来る可能性だってあるわ。今は無人航行システムで動いているけれど、自立した防衛機能は無いのよ?」

「その為の駆逐艦型なんですよ。まだ言っていませんでしたが、アークバードには、アクティブ・マニューバが備わっています。これは、宇宙空間でも大気圏内と同じ機動ができる装備です。宇宙空間ですので、空気抵抗を気にすることなく縦横無尽に駆けずり回ることが可能で他の追随を許しません。今現在のアメリカでもこれと同じ機動ができる艦艇はありません。よしんば出来たとしても、乗り移ることなんか不可能です」

「要するに、保安上の理由なのね」

「そうです。コロニーレーザー型では、構造上どうしてもロケットエンジンがむき出しになりますし、アークバードのようにエア・ブレーキの制御が難しかったりしますから」

エア・ブレーキとは、大気圏との摩擦で速度を落とすテクニックの一つである。一歩間違えれば大気圏に突入してしまったり、大気圏に弾かれてどこかへ飛んでいってしまうのだ。

その点、アークバードならばエア・ブレーキに適したボディラインを持っているのでそう言った危険はないし、制御もかなり楽になる。だから、美学は必要なのだ。

「それで、アークバードの運用はどうするの」

「とりあえず試射を一発。できれば飽和現象が起きても被害が少ない場所でやろうかと。それを見て、本格的な運用を始めたいと思っています」

「そ。わかったわ。じゃあ発射のタイミングは私が決めるわ。それでいい?」

「構いません。決まったら教えてください」

テーブルの上に発射ボタンを置く。

「これが発射ボタンなワケ?」

「察しが良くて助かります」

「やけに大きいわね」

「『へぇ~ボタン』をいじったものですからね。押し易いでしょう」

試しに押す。

へぇ~

「・・・情けない声ね」

「スパイも、まさかこれが発射スイッチとは思いませんでしょうからね」

「発射するたびにこの声が聞こえるの?」

「いえ、任意で切り替えが出来ます」

ほぉ~

にょろ~ん

アッー!

「今のところ、これくらいですかね」

「お願い。普通に電子音だけにして。お願いだから」

「冗談ですよ。ちゃんと電子音だけのもあります」

ピッ!

ピーッ!

「それでいいわ。固定しておいて」

「わかりました。あと、アークバードの乗員やレーザーの整備ですが・・・」

≪教授~!≫

いきなりの呼び声に会話を止められる。ソウライからだった。

「どうした?」

≪シロガネっぽい人を連れてきましたー≫

「本人に確認はとったのか?」

≪気絶させちゃったのでわかりません≫

おいおい。

「ちゃんと確認しないとダメだろう」

≪だってうるさかったんだもん≫

「なら仕方がないな。今いくから待ってなさい」

≪はーい≫

「と、言うわけですのでちょっと行ってきます」

「わかったわよ。後のことはまかせなさい」

「頼みます。女の子のことは、女の子にまかせるのが一番ですからね」

「おだてたって何もでないわよ」

「本心ですよ。では、また」

地上に出る。

ソウライのポッドの中で気絶している彼を確認し、医務室に運ばせる。

医務室でタチコマたちから状況を聞き、本人に間違いないことを再度確認して、香月博士に連絡を入れた。

「間違いありません。彼です」

≪そう。本当に来たのね≫

「セッティングは任せます。直に眼を覚ますと思いますのでよろしくお願いします」

≪はいはい、わかったわよ≫

「では」

通信機を切り、衛生兵を外に出す。

待っているのも何なので『記憶』の本をドラえもんのポケットから取り出して読む。

『記憶』の本とは、別の私が歩んだ人生を本と言う形にして保存したものである。それそのものは、辞書であったり小説であったりするが、私が読めば、それは『記憶』の本となる仕組みだ。

絶望したこともあれば希望を見つけたときもある。

量子存在である私は、他の私の得た記憶や体験、技術などを本を読むことで自分のものに出来る。しかし、そのかわり言動が不一致になったり行動がとっぴになったりすることが、多々ある。

こればっかりは、BBTでもどうしようもない。困ったものだが、別段、不自由なわけでもない。

この白銀も、因果導体である以上はそういう人生を送ってきたのだろう。なんとも不憫な話である。特に私と違って望まざるうちにこうなってしまったのだから余計にそうだろう。

「ここは・・・どこだ・・・」

二時間後、彼は目を覚ました。

「目覚めたかね」

「あなたは・・・?」

「私は、リーツ・アウガン。教授だ。君を運んできたタチコマの製作者でもある」

ぶっちゃけコピーしただけだが。

「タチコマ・・・そうだ!」

いきなり起きだして言い始める白銀。

「ここはどこで、いつですか!?」

「ここは国連軍の横浜基地。今日は2001年10月22日だ」

「じゃあ、やっぱりおれは・・・そしてここは・・・」

「どうかしたかね」

「い、いえ。あ、タチコマ?」

「タチコマとは、こことは違う世界で作られた思考戦車だよ」

「違う世界?・・・まさかあなたは・・・」

「お察しのとおり、私は異世界人だ。君と同じくね、白銀武君。ま、異世界と言っても、ほとんどあの世みたいなものだがね」

「おれを知っているんですか!?」

「知っているとも。君の嫁さんにさんざん言われたのでね」

「よ、嫁?」

「鑑純夏嬢だよ。君の幼馴染の」

「純夏を知っているんですか!?」

「その鑑嬢に呼ばれてこの世界に来たのでね」

「呼ばれたって・・・どういうことですか?」

「鑑嬢は、BETAによって脳みそだけにされてしまったのだよ」

「・・・へ?」

「落ち着いて聞きたまえ。しかし、そんな状態になっても鑑嬢は君の事を想い続けた。そして明星作戦でG弾が使用され、その影響で私の『白い部屋』に鑑嬢の意識が接続されてしまったのだ。うわ言のように君の名前を繰り返す鑑嬢がね。で、まぁ、助けに来た、というわけだ」

「純夏がいたんですか!?純夏はどうなったんですか!?生きてるんですか!?」

人の胸倉をつかんで前後にゆする白銀。

「待て、やめろ!生きてる!ちゃんと生きてる!もうじきここに来る!だからやめれ!」

思いっきり引き剥がしてやめさせる。ひどい。頭がぐらぐらする。

「ここに、来る?」

「体をBBTで再構成したんだ。あー、ひどい。まだ脳みそがブルブルしてる」

「あなたは、いったい・・・?」

「通りすがりのkm---」

「ただの教授よ」

医務室の扉を乱暴に開けて入ってきた香月博士。その前には、車椅子に乗った鑑嬢がいた。

「話はこいつから聞いているわ。白銀。初めまして、と言うべきなのかしら」

「先生?・・・純夏!?純夏なのか!?」

取り乱す白銀をもう一度押さえ込む。

しかし腕力がすごい。薫姉さんから古武術を学んでいなかったら簡単にひっくり返っていただろうな。

「EXACTLY(そのとおりでございます)」と、言っておく。

「その教授に感謝なさい。脳みそからここまで体を復元したのは彼なんだから」

えっへん。

「あなたが・・・?」

「まさしく。これこそ正しく間違えた賢者の行動。一からDNAを構築するのには苦労したぞ」

なにせ脳髄にはDNAが含まれていない。あるのはシナプスと神経伝達物質だけだ。

そこで、外見を霞の協力の下製作し、DNA基礎データをヴァルキリーズから頂いて参考にさせてもらった。おそらくこの世界上でもっとも健康であることは間違いないだろう。

特に速瀬と涼宮(姉)のDNAは大いに役に立った。

優しいところとか厳しいところとか。

見返りに、速瀬にはリベンジに応じ、涼宮(姉)には、デジモンのぬいぐるみをプレゼントした。

速瀬に関しては、まだアークバードの製造をやっていたので手っ取り早くガンダム・ナドレになってトライアルシステムを発動させた。

もちろん、戦術機の主機に干渉するものだ。ナドレの方がインパクトがあるので再戦を望んだりしないだろうと当たりをつけてのことだった。

結果、再戦は要求してこなかった。だが、物陰から仇を見るような視線でこちらを見るのはやめていただきたい。

「純夏・・・本当に純夏なのか・・・?」

鑑嬢は、何も言わない。否、言えない。彼女の知的野は、未だ休眠状態になっている。それを開放できるのは、彼だけだろう。

「白銀君」

「え、あ、はい」

「彼女は、今は眠りの中だ。それを呼び覚ますことができるのは、他ならない、君だけだ」

「・・・はい」

「言葉が通じない今、やり方は君に任せる。おそらくそれは、君にしかできないことだ」

「なんで、どうして、こんなことを」

もっともだな。

「私がここにいるのは、鑑嬢を救うためだ。いやなに、私はトマトとレイプが大嫌いでね。やった奴には例外なく消えていただいているんだよ」

レイプが嫌いなのは、生理的な理由。私が転生する先では、ほぼ完全にGT-Xを持っていける事ができるが、性別まではどうしても決められない。女性に転生する場合もあるのだ。その後は語らずともわかるだろう。そういうこともあったのだ。

一度、その性別反転を友人でやってみたが、戻らなくなってしまって大いに動揺した。何度か試して、ようやく戻せたときには一週間が過ぎていた。

ちなみにトマトが嫌いなのは、ただの好き嫌いである。

「ま、とりあえずは歴史修正だ。白銀君。君に辞令を送る」

ドラポッケから取り出した第207衛士訓練部隊への配属指令書を渡す。

「この部隊は・・・」

「君が前の世界で一緒に訓練に明け暮れた仲間のいる部隊だよ。まさか覚えていないのか?」

「ちょっと待ってください!どうしてそのことを知っているんですか!?」

「はいはい、ちょっとストップ。リーツ、アンタは人の話を聞かなさすぎよ。私が答えるから、アンタはアークバードの調整をしておいて頂戴。目標は甲12号よ。準備ができ次第、連絡を頂戴。いい?わかった?」

わかっててやっているのだからもう少し楽しませてもらってもいいだろうに。まぁ香月博士には、白銀君の重要性をきちんと説明しておいた分、役に立ってほしいのだろうが。

「わかりましたよ。じゃあ白銀君、また会おう」

医務室から出る。

「・・・で、どうして君たちがここにいるのかな?」

微妙にバレているのに気がついていないのか、光学迷彩で身を隠したタチコマンズがそこにいた。

「な、なんのことでしょう」

「わ、わからないにゃー」

「わん、わん、にゃー!」

だめだこいつら。早く何とかしないと。

ぽちっ

光学迷彩が強制解除され、姿があらわになる。こんなこともあろうかと作っておいた万能スイッチ『ゼロ・スイッチ』。非常に役に立つ。

「だめじゃないか。勝手にこんなところに来ちゃ」

「そんな機能があるなんて聞いてません!」と、ベルカ。

「言っていなかったからね」

「ま、まさかこの他にも・・・?」と、マックス。

「ん?ああ、あるよ。試してみるかい?」

ゼロ・スイッチを片手に押す真似をする。

「ごめんなさい~もうしません~」と、すがり付きながらソウライ。

「わかればよろしい。じゃ、君たちに少々やってほしいことがあるんだがね。お願いできるかい?」

「・・・答えは聞いてないんですよね?」と、ソウライ。

「もちろんじゃないか」

それではオシオキにならないしね。

「さて、君たちには、これから帝都に向かってもらう。用件は---」



[7746] 禁じられた歌声が響く第五話。 前編
Name: リーツ◆632426f5 ID:ff2809a3
Date: 2009/06/13 23:37
<リーツ>

今日の日付は十一月十日。予定通りならば、明日にもBETAが佐渡島からこちらにやってくるはずだ。

この間、白銀君は、嫁の精神回復に努めながらXM3の開発にもいそしんでいる。正史では、もう少し後に開発される予定だったが、まどろっこしいと白銀が言い出したのでXM3を開発するように焚き付けた。

それを制御する高性能CPUも、GT-Xから応用した基盤を使って作った。

霞や私が協力してバグ取りや調整を済ませた結果もあって完成度は本来の歴史よりもかなり高くなっている。

これならば、いつでも実戦に出せるレベルだろう。

その間にも、香月博士に明日、新潟にBETAがやってくるということを白銀と二人して伝えた。これで仕込みは大方ついた。

アークバードについては、予想以上に成果があった。

最初に叩いた甲12号ハイヴ、通称リヨンハイヴは、アメリカから最も近いとされるハイヴであったため、余計にその評価は大きかった。さすがにハイヴの規模が大きかったために一発では仕留め切れなかったが、連続して撃ちまくっていたらいつの間にかなくなっていた。

アメリカとしてもこれには大いに目を見張るものだろう。なにせこれ程までに強力な出力を誇るレーザー発振機を作る技術がまったく無いのだ。

まったく無いと言うよりは、発振機を作るために必要な分子強化シリコンと集約レンズ、クローズドプリズムが無いと言ったほうが正しい。あれを作るには、さらにそれを作るマザーマシンも必要になってくる。しかもそのマザーマシンにも、この世界には無い素材が使われた部品が必要だ。

それを作るためか、横取りするためか、再三にわたって横浜基地に問い合わせが来た。帝都で野暮用を済ませたあと、外務省経由でアメリカ本土に忍び込ませたタチコマンズからも、同じような話が飛び交っているとの連絡が入った。最悪、奪取のために大義名分の名の下に開発者である私を拉致るなり何なりをしてくるだろう、とも。

だが既にアークバードは、香月博士の管理下にある。開発者である私を拉致したところで意味は無い。

GT-Xに関してもそうだ。

そもそもGT-Xは、エーテルエンジンとBBTを作動させるために『エーテル適正値』という適正が必要になってくる。これがないとGT-Xは動かすことさえままならない。よしんば動かせたとしても、GT-Xのコンピュータにはロックをかけてある。私のエーテル情報を読み込ませない限りBBTは使えないし制限時間内に読み込ませなければエーメラルドによる自爆シークエンスが作動する。

吹っ飛んだ場合、カリフォルニア州三個分が無くなるのは間違いないだろう。

「それでもよければ貴国に赴きますがね?米国大使どの」

横浜基地迎賓室でアメリカ大使と向き合って言う。既に私が異世界人であるということや、GT-Xの性能は、私自身が国連軍を通じて世界各国に知らしめてあった。

なぜ?

下手に隠すよりかは、いっそ公開してしまったほうがいい。

00ユニットが完成することがなくなった今、その成果を私に置き換えることも必要だったということもある。

つまり、第四計画が成功したからこそ、00ユニットによる平行世界通信により呼び出された私がいる、ということになった。かなり無茶な押し切り方だったが、そこは流石に天才・香月博士。まさか一晩でやってくれるとは思わなかった。業腹ではあるが、それは人類のため。少し考えと見方を変えるべきなのかもしれない。

GT-Xも、BETAとコミュニケーションが取れる機体となっている。実際には後期型だが。

それに公開したところで私の持つ情報や技術はあまりにもオーバーテクノロジーすぎる。知らしめたところで一部の首脳部に留められるのがおちだろう。

そこにアメリカがいちゃもんをつけてきた。

「ですが、貴方は人類が総力を挙げて参加する計画によって呼ばれた存在。なれば、その計画に大きく関与したわが国に対しても国連と同等の技術提供をしてもらわなければ、わが国としてもこれまでに投資した時間、設備、情報、物品、金銭などの回収が見込めぬのだよ」

間接がだめなら直接で、と思ったのか、こんなところにまでやってきた。それほどまでにアークバードの存在は衝撃的だったらしい。まぁ、そのせいで炙り出された少量のBETAがアメリカ本土に向かってしまったのだが。幸い、アークバードで大半を海上で迎撃できたのが不幸中の幸いといえるだろう。

それがさらに衝撃的だったらしいが。

捕獲作戦の準備に追われているところの来訪なので、困りものだが。

「どうして私の技術を提供しなくてはならない。それに前もってそちらに連絡したとおり、私は、私の意志でこの世界にやってきたのだ。あなた方の利害なんて知ったこっちゃ無いですよ」

それに呼んだのは鑑嬢だ。鑑嬢のことを言うわけにもいかないので『呼ばれた』ことになっているが。

いっそ、美学に反するが無限トランザムを起動したヴァーチェの絶望砲でホワイトハウスを掠らせてみるか?

「それは、わが国に対する宣戦布告ですかな?」

「どう取ってもらっても構いませんがね。例えあなた方と一戦交えることになっても、私のやることに変わりありません。目標を救出完了の後、BETAを一匹残らず排除する。それが私のやることです」

「国連軍から教授、貴方を追放することも可能なのだぞ?馬鹿な考えはやめたまえ。それは君のためにならない。君の将来をわが合衆国が約束しようというのだ。何の不満があるというのかね」

大アリです。多分、いま私は相当いやな顔をしているだろう。

「私は、私の居たい所にいる。それだけです。お引取りください」

「それは出来ませんな。あのような強力な兵器を個人で製造できる人物を野放しにしておくなど」

---傲慢がすぎるな。これは、何かあると見ていいだろう。

「教授、どうだろう。腹を割って話さないか。要求があるならば、こちらとしても聞くのだぞ?」

「私は、基本的に物欲が沸きませんですので。では、『明日の作戦』の準備がありますので失礼します・・・ピアティフ中尉。お客さんがお帰りです。後を頼みます」

さりげなく明日のことを言う。微妙な表情の変化が見えた。

これで監視システムの大半がこちらに向くだろう。『アレ』を見せ付けるにはいい機会であるし、ヴァルキリーズとの戦闘がマグレやハッタリでない事は明らかになる。監視システムがそっちを向いている間に、アメリカが強硬姿勢を見せたときのための保険を東海岸に忍ばせるにはいい機会だ。

ピアティフ中尉が入ってきて、大使達御一行様が外に連れ出されていく。

「後悔するぞ、教授」

一度立ち止まり、ひげを生やしたおじ様が一言。

「その後悔のたび、私は上を向いて戦ってきた。後悔をくれるというのならば、もらっておこう。更に私は強くなるからな」

BBTによって精製される物質の強度や精度は、心の強さに比例する。ならば、幾多の困難を乗り越えた者が精製した物質はどうなるか?

心の強さに比例するという、性質が似ているGストーンを持つかの勇者王は、星ひとつを消し去るほどのエネルギーを生み出した。

その勇者王と同等とは畏れ多くて思わないが、それなりには強いはずだ。

「・・・ふん」

扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。

それを見越したように、壁から霊体化を解いた衛宮が現れ、さっきまで大使たちが座っていたソファーに座る。万が一、彼らがここで強硬手段をとったときのために保険として彼を呼んでおいた。

「意外だな、先生。断るとは思わなかった」

「心外だな。あんな連中と組むなんてごめんだよ。メフィストフェレスのほうがまだマシなことを言うぞ」

「そのメフィストとほぼ変わらない役割を演じている先生が言えた義理か?」

本当に痛いところを突くね、この子は。

「少なくとも私は、人の幸せを望んでいる。そして他人を羨ましがってなどいない。すべてを受け入れ、すべてを開放し、すべてを縛る。因果の鎖でね」

「先生と関わった奴は、みんな後悔しているだろうさ。おれもだ」

「だから魔術師ではなく、技術者になったほうがいいとアレほど口を酸っぱくして言っただろう。それなのに聖杯戦争に参加して・・・」

「あの時は仕方が無かった。そうしなければ、死んでいた」

ランサーに自宅を襲撃されたときか。確かに『強化』を使えなかったら一瞬にして串刺しだっただろう。

彼の姉にしてもそうだ。さすがの私も生身でバーサーカーとやり合いたくはない。瞬殺されるのがオチだ。

「まぁ、そうだろうが・・・」

「それで、明日はどうするんだ」

「明日か?とりあえず、香月博士には内緒で行くことにする。メンツは、私と君と---」

コンコン

扉をノックする音。すかさず構える衛宮が、聞こえてきたのは霞の声だった。

「連れてきました」

「おお、悪いね。いいよ、入りなさい」

言われて入ってきたのは、霞、白銀君、そして鑑嬢だった。鑑嬢は、白銀君の献身的な介護と私が持っていたプロファクティングソフトウェア『MACProⅡ』によってある程度の会話をこなせるまでに回復した。

フォス大尉の物とは違い、数多くの一般人から採取したデータを下に使っている。

「メンツは、私、エミヤ、白銀君、鑑嬢、そして霞の五人で行う」

「ちょっと待ってください」とは、白銀君。

「純夏は、とてもじゃないが戦闘に出れるような状態じゃない。どうして必要なんですか」

「もっともだな。先生、説明を聞こうか」

「何、簡単な話さ。アメリカから守るためにさ」

「アメリカ?」

「00ユニットになるはずだった鑑嬢が、こうやって生きている。しかもハイヴからの生還者だ。どうして生き残ったのか、知りたくなるだろう?」

「奴らが鑑純夏を狙っている、と?」

「XG-70を開発し、提供しただけでは対BETA戦における国際競争に負ける、と思ったんだろう。だから、生還者である彼女を研究してどうして生き残ったのか、BETAは人間の何を研究していたのかを暴き、国際的地位を不動の物にしたいんだろうよ。でなければ、香月博士に再三にわたって未完成00ユニットの引渡しを要求したりしないさ」

そのことは、既に霞がリーディングをしてわかっていたことだった。問題は、どうごまかすかだった。

本来ならば、鑑嬢の脳髄を量子伝導脳に改造して義体とも言うべき体に入れて運用する予定だった。だが、私がアークバードを製造し、鑑嬢の体を復元したことにより第四計画はその本来の目的とは大きくずれた計画となった。

すなわち、BETAの殲滅及びその行動目的の解明になった。しかも行動目的の解明に至っては、彼らとコミニュケーションを取る手段が無い為に嘘八百を並べて提出する、という物だ。

まぁ、嘘はすぐにバレるものなので明日の作戦が終わったらGT-X後期型に搭載されている半量子半生体コンピュータを製造するつもりだ。

それでコンタクトを取れれば、第四計画の本来の目的は達成される。

どうやったのかは闇の中になるが、仕方あるまい。

「どうするつもりなんだ?」

「だから、当分は鑑嬢はこのチームで守ろうと思う。ここに置いて行くよりかは、我々と一緒に居た方がはるかに安全だ」

「それは、そうでしょうが・・・」

「なに、白銀君は鑑嬢を守ることに専念してくれればいい。明日の作戦でも、メインは私とエミヤだからな」

「そういうことでしたら、まぁ」

「で、アメリカにはどう言い訳をするつもりだ?」

「ダミーを作る。まぁ、それでも脳みそを作ろうと思ったら、かなりの時間がかかる。シリコン基盤のようにスカスカで、それでバレないってんなら今すぐにでも作れるのだがね。念には念を、さ」

すべての生命の脳髄は、本当に良く出来ている。積み重なっている命の数が違うということもあるのだろうが、アレも一重に芸術作品だろう。

「チーム?」と、霞。

「そう。各自のコードネームは既に決めてある。以後、外部に会話が流れるような場所や環境での会話時には、このコードネームでお互いを呼び合うように」

「なんて名前なんですか?」

「ふむ。では発表しよう」

衛宮→アーチャー

白銀→チョッパー

霞→エッジ

鑑→ソーズマン

「そして最後に私だが、『ブレイズ』だ。なお、鑑嬢がソーズマンなのは、万が一盗聴されても女性だと特定されないためのカモフラージュだ。そしてチーム名だが、『ラーズグリーズ』だ」

「ラーズグリーズ・・・計画を壊す者、か。まあいいだろう」

衛宮は、アーチャーと言われた事には大して反感を持っていないようだった。珍しい。何かしら言って来るものだとばっかり思っていたのだが。

「あの、教授」と、白銀君。

「ん?まだ何かあったか?」

「いえ、おれがチョッパーな理由を聞きたいんですが」

「君、おしゃべりが得意だろう」

「はい?」

「おしゃべりだよ、おしゃべり。会話だよ、口先の魔術師君」

「く、口先の魔術師って・・・」

「エミヤが剣の魔術師ならば、君は口先の魔術師だ。これは決定事項です」

「そ、そうですか(納得できねぇー!)」

「教授。私はどうしてエッジ、刃なんですか?」

次は霞か。そんなに変なコードネームだったかな?

「そうだな、心の強さ、かな。なんとはなしのイメージだよ」

そう言って自分の頭を指差す。

「・・・これが・・・私?」

「そう。私のイメージでは、君が自分で思っている以上に強い存在だと認識している。だから、エッジ、なのだよ」

「・・・わかりました」

口に出して会話をするのは大切なことだが、イメージをそのまま伝えられるのならば、それに越したことはない。

「理由はわかった。それで、戦術機はどうする気だ?」

「白銀君は、XM3搭載の不知火でやってもらう。変な機体よりも、慣れ親しんだ方がやりやすいだろう」

「ええ、まあ。けど、不知火はヴァルキリーズにしか配備されていませんが」

「問題ない。香月博士から不知火の設計図をコピーさせてもらった。これを元に晩御飯を食べたら一気に精製する。カタログスペック通りに出来るから、XM3を積めば相当ピーキーな機動ができるはずだ」

製造業に従事した者ならばわかると思うが、指定された値を狙って加工する技術というのは、よほど天性の才能がない限り時間をかけて習得していくものだ。しかも匠と呼ばれる最上位の職人になったとしても、一瞬の気の緩みが失敗につながるし、ひとの手で作る以上、どうしても誤差が出る物だ。その誤差が、戦術機や戦闘機といった高度な生産技術を要する物には致命的な差となることが多い。

だが、BBTで造るとなるとそのような心配は要らない。なにせ、心に強くイメージするだけでいいのだ。ほとんど手間もかからない。

まぁ、それでも自分の手で加工するのが、一番イメージしやすいので時々そうするが。

「よく、そんな便利な機械を作れましたね」

「犠牲も大きかったよ。たくさん死んだ。時間もかかった。大切な人を助けることも出来なかったこともあった」

最初のリーツ・アウガン、ザ・ファースト。彼の記憶。助けられなかった、彼の家族。

私は、白い部屋の住人ではあるが、ファーストではない。彼に最も近いファースト・ザ・ダッシュである。だがそれでも、誰かが犠牲にならなかったわけではない。

犠牲のない産物など、ない。

「すみません、変なことを聞いちゃって」

「構わんよ。終わってしまった過去は変えられんが、今日、これからがある。今からを変えていけば良い。そうだろう?」

「・・・はい!」

ん、よろしい。

「霞と鑑の機体はどうするんだ?」

「私がチョイスした機体を、既に90番格納庫に確保してある。なに、見てからのお楽しみって奴さね」

「おれの機体は?」

「・・・え?」

「先生、まさか、用意してなかったのか?」

「え、いや、必要なのか?」

アンタ英霊じゃん。魔力だって「  」から無限供給されているんだし、何か問題があったのか?

「決して必要というわけではないが、あればあったで乗ってみたかったんだ」

・・・

へー

「な、なんだ、その目は」

「いや、なにも。まぁ、そこまで言われたら造るしかないか。急ぎでよければ、造るぞ。なにがいい。ガンダムタイプか?マジンガーのようなスーパー系か?それともメタルギアとかオービタルフレームにでもするかね?」

「む・・・少し考える時間をくれ」

「わかった。最悪、現地でも良いからな」

「・・・礼を言う」

「よし、では解散。出発は夜中の四時だから、そのつもりで。場所は基地裏の桜の木の下だ」

「教授、それだと博士やヴァルキリーズに見つかってしまうかもしれません」と、霞。

問題ない、と指を振る。

「ちゃんと光学迷彩を全員分そろえておいた。戦術機にも取り付ける。それよりも、寝ぼけちゃだめだぞ」

「わかっています。ちゃんと起きます」

「ならよし。さ、散った散った」

解散を促して部屋を出る。

この世界に来て三日目にようやくもらった自室にくる。晩御飯と言ったが、食べる時間も惜しいので栄養食品で我慢する。

不知火や、その他必要な部品の設計図をまとめ、GT-Xの元に向かう。GT-Xは、今現在外に出しっぱなしである。近寄ろうものならば軍曹たちから容赦ない銃撃の雨あられを食らうことになる。

なぜ外にほっぽりだしかと言うと、その方が『わかり易い』からである。

倉庫や格納庫では、軍服や整備服を着ていれば怪しまれずにGT-Xに近づくこともできるが、外ではそうはいかない。否が応にも『目立つ』。

そういう理由だった。

「や、軍曹ズ。元気かい?」

片手を挙げて挨拶をする。対して軍曹たちは敬礼で返す。一応、中尉という肩書きのためにこうはなってるが、これも含めて挨拶になっていた。

「は、中尉殿もお元気そうで何よりです」と、黒人軍曹。

「異常はありません」と、白人軍曹。

そういえば、この二人もBETAに殺される運命が待っているのだったなと思い出す。どうしようかと考えるが、すぐに首を振って否定した。

いやいや、なにを考えている。助けるに決まっているじゃないか。私には、それだけの力があるじゃないか。むざむざと死なせてなるものか。

荷物を置いて『ある物』を二人に手渡す。

「中尉、これは何でありますか?」と、黒人軍曹。

「ベルトのようにも見えますが・・・バックルが大きすぎやしませんか」と、白人軍曹。

「これは、対BETA用にアレンジした瞬間装着型強化服だ。このベルトを腰にまわして装着し、ポーズをとればスイッチが入る仕組みだ」

「ポーズ、でありますか」

「そうだ。セキュリティシステムも兼ねてある。ポーズは、その解除キーだ」

もちろん、美学に基づいてのものだが。

「よろしいのですか?我々がこのような装備を頂いても」

「なに、かまいやせんさ。トレーニング・モードも搭載してある。暇なときに訓練でもしておくといい」

「了解です。ありがたく頂戴いたします。ですが」

「どうした?」

「マニュアルがありませんが」

「ああ、それか。すまんが、セキュリティの問題上、装着した瞬間にマニュアルが読めるようにしてあるんだ。あと、一度使ったら他の人間には使えない。君たちのエーテル情報を読み込むからね。連続して使用できるのは三時間だ。それ以上使おうとすると強制的に装着が解除される。最低でも十分の冷却時間を確保して使ってくれ。以上だ」

「はぁ・・・了解であります」

後日、横浜基地を壊滅寸前にまで追い込んだBETA戦で、見事、涼宮(姉)を守り抜き、生き残ることとなる。

しかしそんなことなど露知らず、彼らは、もらったベルトをただ眺めていた。

---さて、やりますか



[7746] 禁じられた歌声が響く第五話。 後編
Name: リーツ◆632426f5 ID:5122b31d
Date: 2009/04/30 01:07
禁じられた歌声が響く第五話。 後編

<エミヤ>

明けて十一月十一日。既に四時を回り、リーツを除いた全員が集合場所にやってきた。

あらかじめ全員に配られた光学迷彩で身を隠してはいるが、気配でわかる。

しかし、遅い。いったい何をやっているんだ。まさか、まだ寝ているのか?

「んなわけなかろう」

後ろを振り向くと、やや大きめの荷物を抱えたリーツが、そこにいた。いま、おれの思考を読んだのか?

「90番格納庫に霞たちの機体を作ったは良かったが、セキュリティが厳しくてな。こっそり持ち出すのに苦労していたわけだ」

「いま、おれの頭を読んだのか?」

「顔に書いてある。見てみろ」と、手鏡を渡す。

それを手にとってから気がつく。こいつ、光学迷彩を使っているのにどうしておれの位置がわかったんだ?

「先生、光学迷彩を使っているのにどうしておれがここにいるとわかったんだ?」

「ブレイズ、と呼びなさい。答えはこれだよ」

メガネを指す。おかしい。魔眼殺しにそんな機能があるとは聞いたことがない。

「これは魔眼殺しじゃない。光学再固着化フィルターだ。魔眼殺しはこっち」

光学迷彩を解除し、白衣をめくるリーツ。そこには、色とりどりのメガネがズラッと並んでいた。

その中のひとつを指差す。確かに、細部が異なっていた。

「どうせこんなことになるんじゃないかと思って、コレクションをありったけ持ってきておいて良かったよ」

「いったい、何に使うんだ」

腰が引いている。その自覚はない。

「会食用だろ、ダンス用、狙撃用、格闘用、デスクワーク用に調理用。まだまだあるぞ」

「もういい。さっさと始めてくれ」

始める前から疲れる。

「あいよ。では全員、光学迷彩をオンにしたまま滑走路に移動だ。そこで輸送機がエンジンを温めて待っている」

輸送機?

あんな目立つところで、輸送機?

「なんでさ!?モロバレもいいところじゃないか!」

「声が大きい。バラすためにやってるんだから」

「は?」

「香月博士とアメリカ軍の追跡衛星に、私たちの行動を追跡させるんだよ」

「何のために」

「今日、あそこで、新潟で起こることを再確認させるためさ。まぁ、特にアメリカかな。香月博士には、彼女なりの考えがあるんだろうけど命を無闇矢鱈に散らせるようなやり方は気に食わないのでね。力を見せ付けて考えを改めさせるってところかな。デモンストレーションと言ったのは、それのことだよ。BETAは、あくまでおまけ。諸外国との取引には、持って来いだからね」

確かにBETAのサンプルともなれば、その利用価値は計り知れないものだろう。なにせ捕獲数が少ないのだ。引く手数多なのは目に見えている。

とりあえず、移動する。

「それで、アメリカには?」

「似たような物だが、それで考えが変わるほど良い子じゃないからな。今回は、そのきっかけ作りに留めておくさ」

「ヴァルキリーズとの戦闘情報は役に立たなかったのか」

「眉を吊り上げさせて興味をそそる程度にはなったよ。重い腰を上げさせたのは、アークバードによるところが大きい。もう一つか二つほど、目を見張る成果を挙げて行動に楔を打ち込みたい」

「そのきっかけが、今日か」

「その通り。昨日の反応を見る限り、どうやら、まだ私のことを『使える手ごま』程度にしか考えていないようなんでね」

その言葉に噴き出しそうになった。

リーツを手ごま?

本気でそんなことを考えているのか?

だとしたら相当抜けているとしか思えない。絶対、出し抜かれて終わるに決まっている。

「ふん・・・先生を『手ごま』か。『手ごま』とはな」

「なにか可笑しかったかね?」

「いや、世の中には進んで崖に飛び込んでいく人種もいるんだなと再確認しただけだ」

「崖か。良いたとえだ。白銀君はどう思うね?」

話を振られた白銀は、霞に付き添われながら鑑純夏の乗った車椅子を押していた。少し考えて、言う。

「どうと言われましても・・・おれは、教授がどういう人間か知らないのでなんとも言えません」

そうだろうな。知っていたらそんな態度でないだろう。爆笑するか、失笑して皮肉を言うかのどちらかだ。

「なに、そんな難しい問題じゃない。傲慢な人間に対してどう思うか、でいいんだ。『国家は人』と言ったジャンク屋もいる。国家というから思考が鈍る。なら、一個人として考えればいい。どうだい?」

「うーん・・・それなら、嫌悪感が来ます。嫌な奴です」

「じゃあ、その嫌な奴が進んで崖から飛び降りたらどう思う」

「馬鹿な奴だ、と思います」

「そう、馬鹿だ。しかし、時には馬鹿にならざるを得ないときもある。騙す相手を欺くためにね」

「それが、アメリカですか」

「我々のように単一の民族で構成されている国家というのは、実は思っているよりもはるかに少ない。ほとんどの国家がごっちゃだ。その最たる例がアメリカだよ。まぁ移民国家だということもあるだろうがね。では、その移民国家が国家としてやっていくには絶対必要な物がある。それは何だと思う?」

「・・・忠誠心かな」

「そう、その通りだ。移民ということは、さまざまな宗教や理念を抱えていることと同位だ。そのものと言っていい。そんな奴らが集まって国を作ると言うなら、バラバラではだめだ。どうしても国に仕えると言う騎士的忠誠心が要求される。では、その忠誠心を誰もが向けると思うかな?」

「思いません」

「その通り。だから、忠誠心を向けられるように強い国家でなければならない。例えそれが悪だったとしても、無理矢理にでも勝って正義としなければならない。そうしなければ、忠誠心を集められなくなってしまうからね。アメリカとしても、傲慢はあるべき姿を保つためにどうしても必要なプロセスなのさ」

「はぁ・・・」

「だが、今回はどうにも傲慢がすぎる。あれやこれやを寄越せなどと、あからさますぎるんだ。君が知っている以上のことを、やってくる可能性がある。十分に注意した方がいい」

「教授は、何をやってくるかわかるんですか?」

「まさか。私は神様じゃないよ。人間だ。一人一人の思考なんて読めるもんかい」

よく言う。いまさっき読んだだろうに。

「だから、エミヤのは顔に出ているんだよ。遠坂嬢に言われなかったか?」

「余計なお世話だ」

飛行場につく。そこには、ずんぐりとした空に浮く船があった。

「あれが---輸送機?」と、白銀。

「そうだ。というか、エミヤが希望した性能を持つ機体が大きくてね。あのサイズじゃないと運べないんだよ」

・・・

「あの、エミヤさん」と、霞。

「なにか」

「私は、おそらく知らないと思いますが一応聞きます。どんな機体にしたんですか?」

「・・・思いっきり剣を振り回せる機体を頼んだ。そうしたら、アレを作ったんだ。私としても名誉のために言っておくが、自ら選んであの機体にしたわけではないからな」

「そう、ですか」

リーディングで読み取ろうとする感触はない。見てからのお楽しみにしようとでも言うのか。

「さ、行こうか」

リーツが合図して、昇降機が下りてくる。全員が乗り込んで少しの後、「発進する」という声が聞こえた。



<リーツ>

時刻は、午前六時二十一分。場所は山間部。海上からの爆音が聞こえることから、なんとか到着予定時刻には間に合ったようだ。

目下には、帝国軍とヴァルキリーズの輸送車が見える。もう海岸線か、このあたりに網を張ってBETAを待ち構えていることだろう。時々見える光は、戦車隊による海上への支援砲撃か。

我々の姿は、目視や光学カメラでは視認することが可能だが、センサーキャンセラとイメージスクランブラでそれ以外の確認手段はすべてキャンセルされる仕組みになっている。

さぞ、注目を浴びていることだろう。交信要請もさっきからひっきりなしだ。

既に各自、各々の機体に乗り込んでセッティングを完了してある。衛宮のだけはちょっと特殊な操作系だったので最後まで調整を続けたが、何とか仕上がった。

なにせ英霊となって常に魔力という不安定要素が付き纏っている。操作が操作なだけに魔力が変な影響を与えないか、わからなかった。

「機長」

≪はい、教授≫

「ここからは光線級の攻撃が予想される。一分後に降下するから準備を頼む。おおいぬわしは後方50キロまで後退の後、適当な着陸地点を見つけて待機せよ。光学迷彩は降下後に起動だ」

≪了解しました。一分後に降下、後方50キロまで後退の後、着陸地点を確保、待機。光学迷彩はラーズグリーズ降下後に起動します≫

「上出来だ---各自、聞いたな?」

≪アーチャー、了解≫

≪チョッパー、了解≫

≪・・・エッジ、ソーズマン、了解しました≫

よしよし。

≪ハッチ、開きます。降下までヒトマル≫

「ブレイズ、了解。カウント開始」

≪カウントダウン。ゴ、ヨン、サン、フタ、今!≫

「ラーズグリーズ、発進」

サイドブレーキが解除されてレールを転がり、空中に放り出される。慣れていない私以外は、オートモードで着陸態勢をとる。

全員、無事に着陸。着陸パックを強制排除して待機する。霞の機体は、そんな物が必要ないのでそのまま着陸する。

「よーし、じゃあ現状を報告するぞ。ただいまの時刻はマルロク・フタヨン。あと三分ほどで海岸線にBETAが上陸するころだ。見えた人もいるかもしれないが、戦車隊が後退を始めている。間違えて踏むんじゃないぞ」

≪了解≫

「では、エッジ。君はソーズマンとともにここで支援砲撃だ。合図が出たら思いっきり撃ちまくれ」

≪エッジ、ソーズマン、了解≫

「チョッパーは、これを援護」

≪チョッパー、了解≫

「アーチャーは、私と海岸線一歩手前まで距離を詰める。BETAが上陸したと同時に光学迷彩を解除。武力介入を敢行する。以後は作戦通りだ。以上」

≪アーチャー、了解≫

その他も、了解、と返す。機体を海岸線に向ける。

≪アーチャーよりブレイズ≫

「どうした」

≪ヴァルキリーズの伊隅大尉からこちらに向かって無線通信が入っています。ブレイズを出せ、と≫

「ブレイズ了解。国連軍の通信網をハックする。返答はしないように」

≪アーチャー、了解≫

ハックツールにて国連軍の通信網にアクセス。伊隅大尉のシグナルコードを特定して呼びかける。

当然だが、GT-Xは国連軍機とリンクしていない。規格が違うというのもあるが、そこからハッキングされたくないというのもある。他機も同様で、唯一、コピーされた不知火だけは国連軍機とリンクすることが出来る。今回の作戦に合わせ、リンク機能は使えなくなっているが。

その代わり、ラーズグリーズ内で使う専用回線を敷いておいた。プロテクトは64ビットを使っているのでそうそう破られやしない。

「我々はラーズグリーズ。どこの組織にも属さない私設b---」

≪それ以上何か言ったら敵とみなす≫

こえー

「冗談ですよ、伊隅大尉」

≪貴様、こんなところで何をやっている!空挺輸送など、死にたいのか!?≫

あー、そういえば沙霧大尉がやってたな。皆にキチガイ扱いされていたような気がする。すっかり忘れていた。

「まさか。ちゃんとレーザー種が狙えない高度で飛んできましたからね」

≪そういう問題ではない!しかも無断出撃とは何を考えている!≫

「許可なら取ったぞ」

≪・・・なんだと?≫

「基地の戦術コンピュータに作戦の概要を教えたら以外にあっさりと」

≪ばかな。なら、先ほどから香月副指令が言っているのは、何だ≫

「ああ、だから、コンピュータには言ったけど、博士には言っていないの。あくまで許可を出したのは戦術コンピュータであって、博士ではないの。ご理解いただけたかな?」

≪そんな。戦術コンピュータといえども、権限を持つ者の許可がなければ出撃許可は下りない。よほどの緊急事態でなければ---まさか≫

「そのまさか。このBETA侵攻が、横浜基地にとって『緊急事態』だから出撃許可を出したのさ」

もうすぐやってくるBETAの狙いは、横浜基地だ。それがハイヴ奪還のためか、ただの偵察か。どちらにしても横浜基地にとっては緊急事態に違いはない。そこを突いて、出撃許可を出させたのだ。

万が一、今回のことで追及されても許可を出したのは戦術コンピュータ。責任を取らせようにもコンピュータを凍結するわけにはいかない。かと言って私に責任があるかといえば、完全にないわけではないが、それは基地防衛のため、やむを得ない事だったと言えば済むことだ。

私は、科学使いではあるがコンピュータ使いではない。コンピュータは、確かに科学を苗床にして育った分野ではあるが、高度に育ったそれはもはやまったくの別物である。例えて言うならゴリラとチンパンジーだ。同じ霊長類であるが、違う種族になる。

無理矢理ハックしてどうのこうのは専門外だ。

≪そんな、ばかな。じゃあ、おまえは、BETAの思考を解明したとでも言うのか≫

まぁ、当然そうなるよね。緊急事態、ということは、このBETAが横浜基地を襲うと言っているようなものだからな。

「まぁ、そこらへんは追々説明するよ。さて、そろそろお客さんがいらっしゃる頃だ」

≪!?≫

警報がけたたましく響く。

見れば、海岸から突撃級が押し寄せていた。間髪入れず、帝国軍から砲弾の雨あられが降り注いでくる。爆散するBETA。砂浜がどんどんと抉られていく。

予定よりも早い接敵だが、まぁ戦場で予定通りに事が進むなんてのは有り得ないので仕方がない。

≪く。中尉、このことは後で問いただすからな≫

「教授と言いなさいな。私は軍籍じゃないよ」

≪減らず口を・・・おい、お前たち、作戦通りに捕獲を開始する。各自---≫

「それに、君のやり方では死人を出すのでね。そこで静かにしてもらおう」

光学迷彩を解除。二機の姿があらわになる。

一機はGT-X。そしてもう一機は、衛宮の機体。

BBTを起動。GT-Xからセラヴィー・ガンダムへ。

≪こ、今度は何をする気だ!?≫

「なに、少し動かないでほしいだけだ---トランザム」

機体が紅い色に染まる。同時に、セラフィムへ操作系統を変更。セラフィム・ガンダムが起動する。

≪分離しただと?≫

「トライアルシステム、起動」

≪ああ、あのポーズは!≫と、速瀬。

≪知っているのか、速瀬≫

≪この前のリベンジのときと同じです!≫

≪なんだと!?≫

「今さら遅い。主機、強制スリープモードへ」

はにゃーとか聞こえてくるが、気にしない。前回のナドレの教訓を生かし、範囲型ではなく、関連型にした。

今回は同型主機、および派系主機に対する干渉を行う。

一時的に国連軍や帝国軍、そしてそこいらで盗み見ている米国軍機にリンクしている通信網に介入して干渉するため、こちらの情報が漏れる心配があったが、国連軍と帝国軍は霞が検閲し、米国はタチコマンズが検閲して情報を削除している。これでなんとかなるだろう。

BETAの侵攻も、帝国軍ではなくこちらに食いついている。その帝国軍も、大半の戦術機が膝を着いていた。

「アーチャー、海岸線に展開している帝国軍に近づくBETAの足止めを」

≪アーチャー、了解。動けぇぇーーー!!≫

木々の合間から飛び出る機体、オービタルフレーム・ジェフティ。淡い緑色が機体背後から放出される。

その手には、彼が生身で使う弓が、巨大になって握られていた。光が集約し、偽・カラドボルグでない矢が作られる。ジェフティ自身の兵装、ホーミング・レーザーだ。

≪---穿(う)つ≫

弾かれた光は、細分化し、曲線を描いてロックされた目標を駆逐していく。その速度は、レーザーであるために光速である。海岸線に上陸したBETAの第一波は、一挙に殲滅された。

≪な、なんなの、あれ≫

≪あれも教授の作った機体だって言うの?≫

霞から連絡が入る。

≪エッジからブレイズ。第一波は全滅。続いて第二波、来ます≫

霞たちの乗る機体は、鑑嬢も乗る二人乗りということもあってRVF-25・メサイアにした。いざとなったらオート・マニューバで一目散に離脱できる。

≪アーチャー、近接戦闘に移行する≫

標準装備のブレードに加え、予め精製しておいた斬艦刀を持たせておいた。投影するにしても、巨大すぎて時間がかかることを考慮してだ。

≪斬艦刀ォ、星薙ぎの太刀ィィイイイ!!≫

ジェフティからのエネルギー供給により斬艦刀のゾル・オリハルコンが、その切れ味を昇華させる。ゆうに機体の二乗近い長さまで伸びたそれを、思いっきり振り回す。

ここまでくると突撃級の殻なぞ意味無しになってくる。海を割り、巻き込まれた小さいBETAが宙を舞う。

すかさず、セラヴィーのGNバズーカⅡで撃ち落していく。

この間、十分ほどが経過していた。今は六時三十三分である。

「ブレイズから各機へ。十分後に仕掛ける。エッジ、交戦制限を解除する。海中のBETAを頼む。とりわけ、光線級を最優先でな」

≪エッジ、了解。交戦します≫

後方からすさまじい速度で駆けていく一機の無人機、FRX-99・レイフ。脳波コントロールシステムを取り付けてあるため、霞の指示どおりに動く。

まぁ、コントロールといっても大雑把な指令をレイフのコンピュータが、事前に入力した命令パターンに沿って機動するため、ほとんどがレイフの意志で動く。

霞も霞で、誰かに命令するという行為に慣れていないのでどうにも控えめになる。レイフにとっては、それが一番負荷にならずに済むので良いと言えば良いのだが。

海上すれすれを飛び、高速魚雷をじゃんじゃん撃っていく。

≪エッジからチョッパ-。援護を要請します≫

≪チョッパー、了解。コントロールは任せたぜ!≫

両肩に装備されたミサイルコンテナからアスロックが、勢いよく飛び立っていく。FCSはメサイアによって制御され、次いでレイフのコントロール下に入る。

「ブレイズからエッジ、チョッパーへ。ミサイルの残弾は十分か?」

≪問題なし!≫

いい声が返ってくる。

一方、機体が動かないヴァルキリーズからは、無線ががんがん掛かってくる。速瀬なんかは、機体から降りてこちらに直談判しに来る始末だった。

「ちょっとー!降りてきなさいよー!卑怯よー!」

まだ小型種がいるかも知れないのに、なんて人間だ。

「ブレイズからアーチャー。ちょっとセラヴィーを援護から外すぞ」

≪トラブルか、ブレイズ≫

「強化服一丁でセラヴィーの足元に来ている直情女性がいるので迎えに行ってくる」

≪・・・やっぱり、ろくなことがないな≫

いや、これは個人の認識問題だろう。BETAがいるかも知れない場所を生身で出歩くなんて尋常じゃない。どこぞの戦闘民族や流派東方不敗関係者ならいざ知らず、戦術機がなければまっとうに戦えない彼女は、いったい何を考えているのか。

セラヴィーを降ろし、GNバズーカⅡをたたんでマニピュレータですくい上げる。

「こらー!なにするのよ!降ろしなさい!ぶっ飛ばすわよ!?」

ひどい。

「伊隅大尉、聞こえますか」

≪・・・なんだ≫

「もう少し、女性としておしとやかにするように言った方が良いと思います」

≪善処する≫

「あと、生身で外に出ないように言ってください」

≪・・・善処する≫

典型的な日本人だなぁと思いつつ、再びセラヴィーを援護に就かせる。万が一のことを考え、GNフィールドも展開する。

「きれい・・・はっ!違う違う!こら、降ろしなさい!聞いてんの!?」

≪聞いている。降ろしても良いが、BETAに囲まれても知らないぞ≫

セラフィムからセラヴィーを通じて言う。こちらも次の段階に入るというのに厄介な。

「あんたが悪いんでしょ!今すぐ戦術機を元通りにしなさい!」

≪少し待て。こちらにもタイムスケジュールがある。時間がきたら、君たちに後は譲るよ≫

「うるさい、うるさい、うるさい!今すぐ・・・へ?」

どこの灼眼ツンデレだ、貴女は。時間になる。

「時間だ。トライアルシステム、終了」

「ちょ、ちょっと、どういうことなのよ!」

≪こういうことだ≫

セラフィムをセラヴィーの背中に戻し、GT-Xに戻る。

「まぶしいじゃない!」

≪いい加減にしてくれ。ほら、もう君たちの機体は動くぞ≫

ちなみにGT-Xのスピーカはドルビーサウンド対応のパイオニア製だったりする。

アルパインの拡張ユニットも仕込んであるので、かなりはっきり聞き取れるはずだ。

速瀬を不知火の近くに降ろし、再び上昇する。既にレーザー種は排除済みで、大半のBETAも衛宮とレイフによってぼろ雑巾にされていた。

「ブレイズより各機。後退せよ、繰り返す。後退せよ」

了解、の返答の後、飛び跳ねるように海岸線から遠ざかる。白銀たちの攻撃も止む。

「では、これがフィナーレだ。BETAよ、心置きなく聞きたまえ」

未だ少量のBETAが、懲りずに侵攻を続けている。目標は、こいつらだ。

GT-Xを、光が包む。

纏い晴れたその姿は、XCR-13。奇しくも、GT-Xと同じ番機数である。

ひとは、この姿をこう呼ぶ。

マイク・サウンダース13世、と。

「ディスク・G、セット」

ギラギラーンVV(ダブルブイ)をたすきがけ、ドカドカーンVを片手に持ち、この日のために作った『ディスク・G』をセットする。

皆が、口をあけて呆然と立ち尽くしているのがわかる。まぁ、当然の反応だろう。しかし、この機体でなければ、ディスク・Gには耐えられなかったのだ。

GT-Xのスピーカ?

役に立つか、あんなもの。

「さぁ、歌え『G』よ!禁じられた、お前の歌を!」

ディスク・Gに記録された『歌』。それこそが、今回の作戦の肝である。

魔界においてはローレライを退け、魔獣すら気絶させるその『歌』。

常人が聞けば、発狂してしまいそうになるその『歌』。

大地は揺れ、海は時化る。

宇宙は歪み、次元交錯線が均衡を崩す。

その歌は---

≪おっれはジャイアーーーーン!!!!がーきだーいしょーーーーーーーーう!!!!!!≫

づどどーん

一直線に進んでいたBETAが、ひっくり返って手足をもがいている。

突撃級はごろごろと転がり、要塞級は自分を尻尾で刺している。

のたうち回る要撃級は、同じ要撃級とクロスカウンターで殴り合う。

小型種のトリオは、ドツキ漫才の様相を呈していた。

後方の帝国軍や国連軍、果ては、やっぱり居た米国軍軍人らの悲鳴が木霊していた。

午前七時零分。

作戦終了時刻に合わせた鳩時計が鳴いた。

上陸したすべてのBETAは、一切の抵抗を見せることなく捕まった。

残りの海中にいたBETAは、これまで観測されたことがないほど速い速度で撤退していった。

「ラーズグリーズ、作戦を終了。RTB、ナウ。帰投する」

後に『新潟の悪夢』とされたこの作戦は、BETA戦争史上、初めて戦死者が出ない作戦となった。

もっとも、多数の人間が精神病院送りになり、その戦線維持に支障が出ることとなる。






[7746] 殿下に呼び出しを食らった第六話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:023e5860
Date: 2009/06/13 23:38
≪リーツ≫

『新潟の悪夢』から一週間が経った。

それからというもの、国連、帝国問わず質問状がひっきりなしに送られてくるようになった。

いちいち答えるのも面倒なので放って置いたら、なんと将軍から呼び出しを食らった。

アークバードの時も騒々しくなったが、これは想像以上だった。彼の歌は、科学の結晶であるアークバードすらも超えるというのか。

迎えが来るというその日、応接室にやってきたのは、ピアティフ中尉でなく、香月博士でもなく、帝国近衛軍第19独立小隊隊長の月詠真那中尉だった。

「貴様がリーツ・アウガンだな?」

「確かに、私がリーツ・アウガンだ。中尉で教授だ。いったい何用かね。将軍直々とは穏やかではない」

「先日の新潟防衛戦についてだ。一切の質問は受け付けない。速やかに我々とともに帝都に向かっていただく」

ん?あれ?

「おかしいな。貴女方は、確か御剣訓練兵の警護が任務では?」

ぴくり、と眉を動かすが、何も言わなかった。話を聞くつもりもなければ、答えるつもりもない、ということなのだろう。

「わかりましたよ、召喚に応じましょう」

ただし、と付け加える。

「答えたくないことにつきましては黙秘します。良いですね?」

「貴様、殿下のご意向を無碍にするつもりか」

「私にもプライベートというものがあります。いかに征夷大将軍殿下といえども、そこまで踏み込まれるつもりはありません」

居合いが喉元を掠める。切り返された刀は、もう少し踏み込めば動脈を切断できる箇所にあった。

それが合図か、応接室に近衛兵がなだれ込んで来る。今回は、衛宮はいない。白銀君も南の島へバカンスだ。霞と鑑嬢も一緒である。

「やれやれ、国連の自治がめちゃくちゃだ」

両手を挙げて降参する。後ろにまで回りこまれては、ギアスも使えない。

「連行しろ」

しかも召喚というより強制連行だ。まぁ、ここは素直に従っておこう。最悪、殿下にギアスを掛けることになるが。

それなりに高級な車に押し込まれ、悪路を走る。空気が冷たい。

「なぁ、月詠中尉」

「・・・」

「私の素性を知っているかね」

「・・・」

「知らない、か。やはり、知っているのは一部の首脳部か。しかも、殿下は私のことを知らないとみえる」

「・・・どういうことだ」

おお、ようやく食いついたか。

「どうもこうも、そのままの意味だ。私は、私のプロフィールを国連を通じて世界中に知らしめたはずだ。もちろん、帝国にもだ。私の素性を知っていれば、私を召喚するなんて有り得ないんだよ」

「帝国内部に裏切り者がいる、とでも言いたいのか」

「言いたい、のではなく、居ると言っている。確かにディスク・Gの威力は絶大だ。だが、その影響でGT-Xにも不具合が発生している。一瞬で直る破損が、三日もかかった。それほどまでに強力な代物を黙って上に伝えると困る奴がいたとしたら?」

「そいつが裏切り者だと?」

「まぁ、あくまで仮説ですがね」

アークバード以上に驚異的なそれ、ディスク・G。

これは、空き地にて、彼がリサイタルを行っている最中に録音機材を持ち込んで盗聴して作ったものだ。しかしながら一筋縄でいくわけもなく、何回もやり直しをしなければならなかった。

無論、録音用マイクが壊れたことに端を発する。その他にも真空管やオーディオバランサー、エフェクター、入力端子などが焦げ付いたり原因不明の動作不良を引き起こしたり、挙句の果てには爆発もした。六個もあった真空管を一気に割るなど、どういう現象が重なればそうなるのだ?

まぁ、時間にして十年ほどかかったが、ようやく完成の日の目を浴びることが出来た。それが、ディスク・Gのマスターディスクである。

言うまでもないが、それをコピーするだけでもエラー回避のために十分な時間を取らなければならない。たかが三分弱の長さの曲に圧縮ブルーレイディスク(通常のブルーレイの三百倍もの容量を誇る大型記憶ディスク)を使ったのも、それが原因だ。

おまけに、一度使えばディスクそのものが破壊されてしまって読み込めなくなってしまうのだ。ついでに読み込む為の光学デバイスもである。

「貴様の仮説が合っているとして、どうしてそれを私に言うのだ?」

「貴女ならば、殿下に仇成す者を容赦なく断罪するでしょうからね。真実を知っていれば、その分、相手が裏切り者かどうか見極めやすい。殿下に、いま、倒れてもらっては困るのですよ」

「それは、貴様の目論見に殿下を利用する、と考えて良いのか」

「まぁ、結果だけを見れば、そうなるでしょうな。ですがね、中尉。私は貴女の思っているような野心など持ち合わせてはいない。私の行動原理はただひとつ。美しいか、そうでないかのどちらかです」

「何を言っている?」

「殿下の持っている考えが、美しい物であれば協力しましょう。組織的に、ではなく、個人的に、ですがね。だが、そうでなかったら、私は協力しません。それだけです」

「殿下と貴様、ちゃんと立場を考えているのか?いま、ここで殺しても構わないのだぞ」

「女性に、なるべく手を上げたくはないのですがね」

「抵抗するか?」

「止めておきますよ。帝都まで静かにしましょう。それで良いでしょう?それに、私を殺してしまったらBETA無効化兵器の詳細がわからなくなりますよ?」

「下衆め・・・」

「お話は、また後ほど。私は寝ますので、着いたら起こしてください」

久々に車なんて乗ったから眠くなってきてしまった。

そういえば、車に乗ると途端に眠くなるんだったよな。忘れていた。

私は、眠くならなかったからな。

・・・

・・・

・・・ぐぅ



<月詠>

リーツ・アウガンを拘束し、帝都に着いたときは正午を回っていた。

暢気にも、宣言したとおりに帝都に到着するまで寝ていた。たたき起こす。

「痛いじゃないですか」

「黙れ。ここから先は一言も口をあけるな」

「わかりましたよ。殿下のお許しが出たら構いませんよね?」

「出れば、な」

私のほかに護衛を五名ほどつけ、宮の中を進む。途中、幾人かとすれ違うが、よほど銀髪に白衣という姿が目に付くのか、リーツと目を合わせた瞬間に固まっていた。謁見の間に着く。

「面を上げなさい」

言う間もなく片膝を着き、頭をたれて殿下のお声があるまで微動だにしなかったリーツが、ここに来て初めて意外と常識人と思うようになった。

「そなたが、リーツ・アウガンですか?」

殿下のお言葉に対して、リーツは一旦こちらを見る。頷き、喋れ、と視線で伝える。

「は、殿下。小生がリーツ・アウガンにございます」

「先日の新潟の一件、まことに大儀でした。そなたの力がなければ、再び兵たちが鬼籍に入るところでした。征夷大将軍として、そなたに感謝いたします」

その言葉に耳を疑った。

いや、確かに戦死者ゼロというのは、武勲以上の何物でもない偉業だ。歴史にその名を刻むのは間違いない。

「殿下、畏れながら小生は己が我侭を押し通しただけの愚者にございます。そのようなお言葉、小生には大きすぎます」

しかしなにか、ものすごい違和感を感じるのは、気のせいだろうか。

「何をおっしゃいます。未だかつて、BETAとの戦いで死人を出した戦はありません。そなたの行いは、賞賛されてしかるべきなのです。そこで、どうでしょうか。なにか希望があれば、私はそなたに褒美を与えたいと思っています。何か希望はありますか?」

ぐぼぁっ!?

「?どうかしましたか、月詠」

「い、いえ。申し訳ありませぬ」

少し吹き出た鼻血を急いでふき取り、平常心を貫く。

「そうですか。さ、リーツ。何か希望はありますか?」

しばらく黙るリーツ。こうなるとは思っていなかったのか、しばし答えに時間がかかった。では、と言う。

「小生に関するすべてを忘れていただきたい」

「え?」

「小生は、この世の人間にはございません。異界の人間なのです。そのような栄光、どうして受けられましょうか。小生には、殿下のお心使いだけでいっぱいであります」

「どういう、ことなのでしょうか」

「やはり、伝わっていなかったようですな。小生に関することは、既に日本政府に通達済みなのです。小生が、こことは違う世界、平行世界で生まれ、育ち、死に、数多の世界を観測できる箇所、『白い部屋』にその本籍を置いている、と言うことを、です」

新潟で使われたBETA無効化兵器も含め、詳しく説明を始めるリーツ。

「・・・と、いうことなのです。諸々の説明をすべてするには時間が足りませぬゆえ、要所要所をかいつまんでお話させていただきました。お許しください」

私を含む、すべての人間が息を呑んだ。

リーツが生まれた世界の話、そこで手にした力、決意。

数多の挫折に抗い、そのたびに弱きを救ってきたと言う。

彼は云う。

すべての戦いに終わりはない。

しかし、終わりがないならば終わらせるための力を振るえばいい。

楔を打て。

そのための力なのだと。

自分はリーツ・アウガン。未来を知る使命が故に、戦い続ける。

「小生には、殿下のように民を率いて導くなどと言うことはできません。しかし、助けを求める者に手を差し出すことぐらいは出来ます。小生のしていることは、そういうことなのです」

「たった一人のために、戦場に立つのですか、そなたは」

「はい。小生は人間です。カミではありません。なれば、人間にできることをしたいのです」

「・・・そうですか。わかりました。私も、これ以上何も言いません。ですが、私に出来ることがあれば、何時でも申してください。必ず、力になりましょう」

「ありがたきお言葉、光栄であります」

そうして、謁見は終了した。

同席していた紅蓮殿も、兵士たちが精神病院送りにされたことは黙っておくと言った。

「それにあやつの眼、修羅の眼よ。あの眼を持つ者は、首だけにされても食って掛かってくるぞ」

それは、私に対する忠告か、それとも抑えきれない彼への興味の表れか。どちらにしても、リーツはこの上ないバックをつけたことになる。これが計算通りなのだとすれば、もはや、私にはどうすることも出来ないだろう。

謁見の間を過ぎ去る際、リーツは、蒼い石を殿下に献上した。

「これは?」

「小生が旅した世界で手に入れました剣の欠片にございます。殿下の想いが、民に通じると願ったものです」

「剣の欠片ですか?」

「はい。永遠神剣第四位『求め』の物にございます」

「永遠、神剣・・・」

「想い願えば、その欠片を通じて小生に伝わります。どうしようもない戦力に追い込まれたとき、自分ひとりしかいなくなったとき、お使いください。小生も、殿下のお力になりましょう」

「リーツ・・・そなたに、感謝を」

「ありがとうございます。殿下に、八百万の神々のご加護があらんことを、願っております」

再び頭をたれ、リーツは謁見の間を去った。

長い廊下を一緒になって歩く。

「私は、貴様を信用していない」

リーツは、何も言わない。続ける。

「しかし、殿下はお前のことを信じた。紅蓮殿もだ。だから、殿下の信じるお前を、信じようと思う」

「・・・そうですか」

笑む。うれしそうに。

「か、勘違いするな。あくまで私は、お前を信じていないんだからな」

「わかりましたよ、月詠中尉」

横浜基地に帰る。

心なしか、リーツの白衣に揺れる背中が大きく感じられた。



[7746] クーデターと第七話 前編。
Name: リーツ◆632426f5 ID:58094b69
Date: 2009/06/13 23:38
≪リーツ≫

暇でやることがないので整備班と一緒に機体の部品洗浄を手伝っていたら、神宮寺軍曹に香月博士の執務室の出頭するように言われた。

「何もしていませんよ?」

これは事実だ。

白銀君がXM3をのっけて、吹雪に乗って大暴れした以外は。

「いえ、帝国情報省からお客さん、とのことです」

あぁ、鎧衣課長か。ずいぶんと来るのが遅かったな。殿下に会ったその日のうちに来るかと思っていたが。

「わかりました。これを片付けたらすぐに向かいます」

まだ手には、部品の入った金網がある。これから超純水で余分な油分を取らなくてはならない。

「は。ではそのようにお伝えします」

「お願いします」

そうして部品をある程度洗ったあと、比較的手の空いている者に後を頼み、執務室に赴いた。

そこに居たのは、白銀君と香月博士、それに鎧衣課長だった。

「初めまして、リーツ・アウガン教授。私は帝国情報省外務二課課長の鎧衣左近だ。たった今、シロガネタケル君と挨拶を済ませたところだよ」

ソファーから立ち上がるなり一方的に握手をしてくる鎧衣課長。

なんというか、強烈な人だ。

「ええ、初めまして。私がリーツ・アウガンです。本日は何用で?」

自分も座り、話を聞く。霞は、白銀君にくっついたまま離れようとしなかった。香月博士も座る。

「いえ、私のことは課長で結構ですよ」

「そうですか。では課長、本日は何用で?」

「うむ。実は帝国軍の内部に不穏な動きがありましてな。教授には、事前にそれを止めていただきたいのですよ」

「ふむん。クーデター、と取られてもいいんですか?」

「まことに恥ずかしい限りですが、そうなりますか」

「そちらで解決できないのですか?拘束するとか」

「そうしたいのも山々なのですが、『戦略研究会』なる勉強会を結成しましてな。いかにクーデターとして拘束しようが「これは机上訓練だ」と言われては、我々としても拘束することができないのですよ」

「なるほど。つまり、計画を練っていてもそれらはすべて戦略研究会の勉強内容だから現実でない、と。そういうことですか」

「そうなりますかな」

「それにつけ込んでCIAの影がちらほらと?」

「・・・気が付いていましたか」

「こちらにも優秀な諜報員がおりますのでね。まぁ、ご安心を。既に仕込みは終了していますから」

ほほぅ、と感嘆の声を漏らす課長。博士は、いつの間に、と言う眼でこちらを見ていた。

「では、彼らが行動する日もわかっていると?」

「大雑把に、ですが」

戦略研究会が決起する直接的な理由を作った天元山の噴火事件。

私が直接赴いても良かったのだが、必要以上に一般人の目に触れられては困る、と言う香月博士の意向に沿って出撃を取りやめた。

結果、帝国軍の強襲部隊がお婆さんを拉致、いまにいたる。

「ですが、私はあえて決起を起こさせようと考えています」

「なぜだね」

「国民に対する殿下の意識を高めるためですよ」

ピンチはチャンス。うまく切り抜けられたそのときこそ、殿下の株も上がるというものだ。

「新潟の奇跡の立役者が言う台詞とは思えませんな」

「『悪夢』です。犠牲のない得物なんてありませんよ」

「君は・・・そうか、私と同じなのだな」

「そのようですね」

では、と席を立つ課長。

「あら、もういいの?」と、香月博士。

「ええ、聞きたいことは聞けましたからね」

「BETA無効化兵器の後始末は良かったのかしら」

「ああ、その件でしたら大丈夫です。皆、快方に向かっています。しかも、以前より個人的能力が向上しているとも聞いています。曰く、『アツく』なったとか」

首をかしげる香月博士、白銀君。霞は、私から読み取って理解する。

なるほど。そういう効果もあったか。彼の歌だ。有り得そうなことだ。

「案外、人間に対しては有益なのでは?」と、言い残して課長は去っていった。

「どういうこと?」と、香月博士。

「ディスク・Gの原理は、単純に空気振動、『音』です。しかし媒介になるのが空気ではなく『エーテル粒子』です。ですから、まぁ、『エーテル音』とでも言いますか。知ってのとおり、エーテル粒子は魂を構成している粒子。物質の最小単位です。それに直接響くともなれば、どうなると思います?」

香月博士は想像する。BETAがひっくり返って前後不覚になるようなものを聞いた自分が、どうなってしまうか。

一瞬のうちに頭から血が抜けた。倒れそうになるのを霞に支えられる。

「そ、想像しただけで気を失いそうになったわ」

「まぁ、そうなるでしょうね。脳ならまだしも、魂ですからね。良くて絶叫を上げながらもだえますよ」

「悪かったらどうなるのよ」

「雛身沢症候群も裸足で逃げ出す素敵な夜になると思います」

「どこよ、そこ。それもアンタの故郷のひとつだって言いたいの?」

「いえ。ただ知っているだけです」

「そう---ふぅ。なんか疲れちゃったわ。霞、今日はもうお風呂に入って寝ましょ」

「まだ、夕方です」

「背中を流してほしいのよ」

「・・・わかりました」

二人は立ち上がり、執務室を後にした。

ちなみに横浜基地専用に露天風呂と人工温泉を作った。

露天風呂は、そのままの意味だが、人工温泉は、BBTで精製したバラジウム入り温泉水だ。非常に単純な組成なのでコンピュータ制御でも十分に精製できる。

「白銀君は入らないのかね?」

「おれは、後でいいですよ。純夏と一緒に入ります」

「そうか。あまり遅くならないでくれよ?BBTといえど、連続使用は毒なんだから」

「わかりました」

この頃になると、白銀君と鑑嬢の恋仲は基地でも普通の光景となっていた。

さすがに初期の頃ともなると、207の方々からやっかみを受けてはいたが、すぐに無くなった。

今では、207全員と仲良く話が出来るまでになっている。実に微笑ましいことだ。

白銀君はというと、そんな鑑嬢の姿に安心感を覚えるものの、疎外感を強く感じるようになり、複雑な気分なのだとか。

さて、そろそろ頃合だろう。タチコマンズも明日になれば帰ってくる。ここで一度、沙霧大尉に会っておくとしよう。

外に出て、マニピュレータを大きな桶に突っ込んでいるGT-Xに乗り込んでタチコマンズが予め作っておいたネット回線にアクセスする。

「初めまして、私はリーツ・アウガンです。本日はお日柄もよく・・・」

伝えたいことを電子音声メールにして沙霧大尉のパーソナルコンピュータに送る。彩峰のことにも触れておいたから、すぐに返事が来るだろう。

三時間後、返事が来た。

暗号なのか、和歌で返事がしたためてあった。

それによると、いまから会って話がしたい、とのこと。

なかなか積極的な青年だが、裏を返せば性急しているとも取れる。なるほど、これではCIAに付け込まれるわ。

BBTでインプレッサWRXver.ⅴを精製し、指定された場所へ向かった。

一時間後、厚木インター近くへと到着する。やけに静かだが、この蒼い塗装だ。目立たないほうがおかしい。

≪とまれ≫

崩れたビルをいくつか通り過ぎたとき、スピーカ越しに聞こえる男の声。沙霧大尉か?

車から降りて両手を挙げる。見てくれについては事前に知らせてあったのでわかるだろう。

≪リーツ・アウガンか?≫

「そうだ。沙霧大尉か?」

≪違う。大尉はここにはいない≫

「では、どこにいる」

≪帝都だ≫

「どうして来ない」

≪大尉は疑っている≫

まぁ、無理も無いか。徹底して秘密にしていたものな。それを知っているのだから、疑いもしよう。

「沙霧大尉と話がしたいのだがね」

≪会話だけなら応じる≫

最初からそのつもりか。変なことをしたらここで口封じでもするつもりだったのだろう。

「わかった。それでいい。大尉、聞こえるか。私はリーツ・アウガン。君にメッセージを送った者だ。返事を求む」

声が廃墟に沈む。今回、センサー類はまったく持ってきていない。どこかに戦術機か、そうでなかったら銃を構えてこちらを狙っていることだろう。

返事は、すぐに来た。

≪私が、沙霧尚哉大尉だ。まずは、このような形の会話になってしまって申し訳ない≫

「いや、構わんよ。君たちのこれからを考えれば、至極まっとうな処置だ」

≪そう言ってくれると助かる≫

「さて、本題だが。大尉、君はクーデターを起こそうとしているね?」

撃たれる危険もあったが、変に回りくどい言い方をして信用をなくすよりかはストレートにものを言ったほうがいい。

≪クーデターではない。いや、客観的に見れば、確かにそうかもしれない。しかし、私はこの国が、アメリカの言いなりや、殿下と国民の間に隔たりが出来るのが我慢ならんのだ≫

黙り、聞き続ける。

≪電子郵便で教授が示唆したとおり、外務省がCIAに連絡を取って我々の決起にあわせて行動を開始すると言う魂胆は明白になった。既に帝国軍に紛れ込んだCIA工作員は拘束してある。その点については、教授に感謝している。ありがとう≫

「なに。私としても、これ以上でかい顔をされたくはないのでね」

一応、日本は祖国でもあるわけだし。

≪しかしながら、決起は取りやめられない。これは儀式なのだ。帝国が、生まれ変わるための。真に国民を想えるための!≫

「それは、『人は国のために成すべきことを成すべきである。そして国は人のために成すべきことを成すべきである』という相互協力関係型社会の構築かね」

≪そうだ≫

「だが、武力で政治に介入すれば君たちの命の関わる事態になる。最悪、汚名を着せられたまま鬼籍に入る事になるぞ」

≪それでも、教授、あなたのような存在がある。たとえそうなったとしても、真実を知るものが居続ける限り、我らの勝ちは揺るがないものになるのだ≫

「ずいぶんと私を買ってくれるのはありがたいが、私はむざむざと死に逝く者達を見送るのは我慢ならん。私は、君たちに立ちはだかる事になっても止めに入るぞ」

≪もはや、止まれないのです≫

「今からでも遅くない。殿下も、こんなことはお望みにならんぞ」

≪殿下と謁見したのでしたね≫

「そうだ。あの方はお優しい方だ。そんなことをやったら泣くぞ。いいのか?征夷大将軍殿下を泣かして」

場が静まり返る。考えているのか苦悩しているのか。それでも、と言い出すまで時間がかかった。

≪それでも、殿下と国民を想うのならば、私は、どう蔑まれようが享受する。たとえこの命果つるとも、この国の未来のため、殿下のため、ひいては国民のため、我らは、起つ!≫

「彩峰を残して、か?」

≪・・・彼女には、悪いことをした。しかし、わかってくれると信じている≫

「大尉。なら、最後にひとつだけ聞かせてくれ」

≪なにか≫

「彩峰を、愛しているか」

≪---愛していた≫

「・・・そうか」

≪では、失礼する≫

「ああ。達者でな」

これでわかったことがひとつだけある。

沙霧大尉は、女心のわからない大バカヤロウだと言うことだ。

基地に帰り、自室に戻る。風呂に入ってさっぱりするのも良かったが、やることが出来てしまった。

さて、一体何日間、徹夜するやら---

明くる日。

早々にタチコマンズが帰って来て私の自室に押しかけてきた。

「意外に早かったな」

「そりゃ早く帰りたくもなりますよ」と、ベルカ。

「空気は汚い、言葉は汚い、レジストリは汚いで身も心も汚されました」と、マックス。

「もうオヨメに行けません」と、ソウライ。お前はいつから性別が女性になった。

「いろいろと突っ込みどころがある帰還報告をありがとう。で、仕込みはどうかな?」

「それはもちろん」と、マックス。

「ばっちりです」と、ソウライ。

「アフターサービスも充実してますよ~」と、ベルカ。

今回、タチコマンズをアメリカに派遣したのには、大きく分けて二つの意味がある。

ひとつは、太平洋第七艦隊の軍事ネットワークに介入してクーデターに参加できなくするための工作。

そしてもう一つが、オリジナルハイヴ攻略作戦時に関してのこと。

沙霧大尉が死にたがりなのは、情報どおりで、会話からもそれが確認できた。

『この身を呈してでも』という考えは理解できるが、それは天涯孤独の者しかやってはいけない手段だ。もっとも、そんな人物がいるかと考えたら、多分居ないだろう。生きている以上、何かしらの関わりがあるのだ。天涯孤独なわけがない。

だから、彼には死んでもらっては困る。無論、誰も殺させるわけにはいかない。

だが万が一、死んでしまった場合に備えておく。

生きていれば、スムーズにタチコマンズをアメリカに送った後者の理由に組み込める。死んでしまっては、それがかなり複雑になる。まさか関わる人間全員にギアスを掛けるわけにもいかない。

「ふむん。こいつは、まったく骨の折れる問題だ」

ぼやきながらも作業を進める。一度決めたことだ。最後までやり通さねばな。

「それで、僕たちはどうすればいいですか?」

「整備班のお手伝いをしてきなさい。あそこは万年人手不足だからね」

「はーい」×3。

ろくに風呂も入らずに黙々と作業を進める。気が付いたときには、夜中の一時を回っていた。

「ひとっぷろ浴びてくるか」

露天風呂、人工温泉ともに夜の十一時で終了時刻となる。お湯も近くを流れる川に流してしまうのですっからかんだ。

だがそこは開発者の特権。使わせていただく。

まずは掛け湯。それから体を洗い流し、頭を洗う。ひげは生えない体質なので洗顔を丁寧に行い、最後に冷水で締める。

だがここで慌ててはいけない。

桶に熱燗とお猪口を載せるのを忘れてはならない。もちろん、タオルは頭の上だ。

これで準備はいい。

「さぁ、『和らぎの湯』よ!私は帰ってきたぁー!」

ちなみに『和らぎの湯』とは、私が元々住んでいた世界にあった行き付けの温泉である。そこはバラジウムではなく、ナトリウムを多く含んでいたが。

ちゃぽん

「あああぁ~・・・・これは・・・・良いものだ」

誰も居ない温泉を独り占めにするこの占有感。世界を征服するよりもこっちを征服する方がよっぽどかいい。

.熱燗を載せた桶がゆっくりと漂ってくる。ひっくり返さないように熱燗を取り、お猪口に注ぐ。お猪口に注がれた酒の波紋が収まると、下弦の月が映っていた。顔を上げ、月を見る。

思えば、色々な所を旅してきた。

自分のところから流失したデータを元に開発されたコア・ナノマシンを奪還するために赴いた『ちせ』世界。

ここはある意味地獄だった。なにせ自分が元居た自衛隊と戦う羽目になったのだから。かつて仲間だった者と同じ顔を持つ者に銃を向けられる悲しさは、この上ないものだった。

星の嘆きを感じて訪れた『第七・最後の幻想』世界。

技術者として紛れ込み、アバランチにデータを流したりリーブを影からサポートした。

自分の生まれた理由を探して彷徨う者に興を引かれて入れ込んでしまった『R/デュミナス』世界。

デュミナスの心を知り、最後の最後で今まで一緒に戦っていた仲間を裏切り、デュミナス側に寝返った。最終的にエクサランスに討たれ、結末を見ずに退場した。子供たちが、心を取り戻し、ちゃんと生き残れることを切に願うばかりである。

臨時教師として訪れていた高校で巻き込まれた『ファンタズマゴリア』世界。

喧嘩を止めようとして異世界に飛ばされた。神剣も持たないのにエトランジェ扱いされて非常に困ったが、結局、イースペリア攻略戦時に教え子を守るべく戦いに参加した。

『ファンタズマゴリア』世界から帰ってきたと思ったら、今度は学校ごと巻き込まれた『エト・カ・リファ』世界。

連ちゃんで異世界に飛ばされ、半ばやけくそになってGT-Xを持ち出し、迫るミニオンやロウ・エターナルをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。ついでに踊り子っぽい人を助けておいた。名前は、忘れた。

セカンド、サード、フォース、フィフス、ツヴァイ、アハト、アンファングらの訪れている『ガンダム』世界。

彼らもまた、技術者として紛れ込み、戦闘には一切参加せず記憶だけを送り続けた。私は、その記憶を回収するだけで特に入れ込んだことはなかった。ヅダを除いて。

白い部屋で意識体として記憶整理に当たっている森田、ナェル、シド、リオらが元居たそれぞれの世界。

彼、彼女らの世界には行ったことがない。行ったことがあるのは、ザ・ファーストだけだ。

今は音信不通だが、ちゃんと記憶だけは送ってくる、ザ・ファーストを除いた残りサーティーンスまでのナンバリンクス。

実は、私は彼らに会ったことがない。常に外回り組みなのか、顔を合わせたことがない。知っているのは名前と顔だけだ。

なぜ顔か?

鏡を見れば一発ではないか。全員リーツ・アウガンなんだから。

「しかし。どの世界でも見る月は一緒だな」

誰だったかなぁ。月はいつでもそこにある、と言ったのは。まさしくそう思う。キュッとあおる。旨い。

「あら。誰かと思ったら珍しいわね」

「・・・香月博士?」

「こっち向くんじゃないわよ」

入るつもりか。霞に背中を流してもらったのに贅沢なひとだ。

「もう入ったんじゃないんですか?」

「気分転換よ。黙って席を譲りなさい」

それはいいのだが・・・困ったな。熱燗は一人分しかない。

「ふぅ・・・良い湯ね」

「体を洗ってから入りなさいな」

「男がいちいち小さい事言うんじゃないわよ。嫁に嫌われるわよ」

「は・・・ふふん」

そんなことを言われるとはねぇ。

「へぇ。そんな顔するんだ?」

「そんな変な顔かね」

「相当ね。ってドサクサ紛れにこっち向くんじゃないわよ」

「せっかくの熱燗を持っていかれたら向きたくもなりますがね。返しなさい。ダイテツ艦長が好きな銘柄と同じ物なんですから」

絶対数が少ないので手に入れるのに苦労した。BBTで精製?バカ言っちゃいけない。あれは人類が生み出した偉大な錬金術の集大成だ。それを冒涜するような真似が出来るか。

「へぇ~。これは良いものねぇ」

「そりゃそうでしょう。十年に一度の逸品ですからね」

「これもアンタが旅した世界で手に入れた物なの?」

「いえ。仲間が手に入れてきたものです。お裾分けですよ」

「ふーん。この世界は、この一杯を楽しむ余裕さえなくしていたのね」

「なんですか。藪から棒に」

「別に。アンタが持っている知識や物を比較すると、そうも言いたくなるのよ」

テレビゲームや小説、漫画、映画、料理、陶芸品、工業製品、服飾、宝飾、エトセトラ、エトセトラ。

暇つぶしに、あれやこれやと説明させられて戦うよりも疲れた。だが、これらはBETAとの戦いのあとに必要になると香月博士は言う。

「文化がないと人間は廃れるわ。知識も文化に根付いていてなんぼなんだし。この戦争が終わったら世界のあり方もがらりと変わるわ」

「まぁ、アメリカが大きな顔をするのは眼に見えてますね」

「ぶっちゃけ、武力行使でアメリカに勝つ方法なんてないわ。そこで、文化を武器にするわ」

「驚いたな。もうBETAを駆除した後のことを考えているんですか」

「なに、取らぬ狸の皮算用って言いたいの?」

「それもありますがね。余裕ができたってことですよ」

「ああ、そう。そういうこと。そうね、そう言われればそうかも知れないわね」

「アークバードによる光学兵器攻撃は思いの他つぼに嵌っていますからね。あといくつでしたっけ」

「オリジナルを入れれば九つよ。地下の反応炉を破壊されては、さすがのBETAも戦線を後退せざるを得ないようね」

「あれ?まだ三つしかハイヴを占領していないはずでは?」

「戦線を後退したと言ってもBETAそのものの個体が減ったわけじゃないわ。あくまで破壊したのは反応炉だもの。BETAを駆逐しながらハイヴを占拠するには時間がかかるわ。確かに、それに巻き込まれて消滅したBETAはいるでしょうけれども」

「戦況を変えるほど大きくは減らなかった、と」

「そうね。ま、やつらのエネルギー源は叩いたんだし。再建しようにも反応炉をほいほい作れるほど連中もタフじゃないわ。それに三つじゃないわよ。さっき、五つになったわ」

「ほう。よく弾薬生産が追いつきますね」

「アメリカが恩を売っているのよ。一国家一大隊につき戦術機一個中隊が一週間に使う弾薬を無料提供よ。アークバードの手柄にあやかりたいのね」

「大盤振る舞いですな」

「それだけ焦っているとも取れるわ。国内備蓄を取り崩しているとも言われているわね」

「どちらにしてもすぐに回復するでしょう。占拠したハイヴにBETAの侵攻はない訳ですし」

「けれども、それだっていつBETAが侵攻するかなんてわからないわ」

「対処能力、か」

「ええ。厄介よ、アレは」

「アークバードのジャマー剤ももうすぐなくなりますからね。明日あたりに補給をかねて整備もしましょう。幸い、クーデターは予定通り行われるようですし」

「まったく。BETA戦線が後退したからっていい気なものね」

「本人たちにとっては生き死によりも、もっと大事なことなのでしょう。誰だって、目の前の現実と自分の理想がかけ離れていたら目の前の現実を修正したくなりますよ。例え、他国に付け入られる隙を与えても」

「それが迷惑なのよ。ま、XG-70もタダ同然で手に入ったわけだし。アメリカとしては面白くないのでしょうね」

「あぁ、あのバラバラのパーツがそれでしたか」

「見たの?」

「ええ、チラッと」

「こっそりやったのに」

「ええ、ですから本当にチラッとですよ。言われるまで気が付きませんでしたし」

「ふーん」

「どうかしましたか?」

「べーつに。なんでもないわよ。で、これのおかわりはまだ?」

おかわり。

それは、今まで食物が乗っていた食器が空き、再び食器に食物が載せられる様。または補充を指す。つまり---

「の、飲み干したな!?」

「こっち向くなって言ってんでしょ!」

「勝手に入ってきてナニ言ってんだ!私の大吟醸を返せ!」

「なによ!作ればいいじゃない!」

「BBTで複製した酒が旨いものか!そもそも美学に反する!」

「硬いこと言ってんじゃないわよ!男が硬くていいのは “ピー” だけよ!」

「仮にも淑女がそんなこと言うんじゃない!『世界』から修正力が働いているじゃないか!」

「うっさいわね!大体なによ!こんな美女を目の前にして少しも起ってもないじゃない!」

私と香月博士の現状は、正面を向かい合っている。肩まで浸かれる桶とはいえ、立ち上がれば見えてしまう物は見えてしまう。

「伴侶以外の異性に欲情できるか!プラトニックをなめるなよ!?」

「上等じゃない。今夜はアンタを性獣に変えてやるわ!KGB御用達の秘薬でスナギモをパンパンにしてやるわよ!覚悟なさい!!」

「誰が性獣か!!」

ぎゃーぎゃー

数分後、騒ぎを聞きつけた軍曹たちが、素っ裸で桶を投げあう私と香月博士を止めに入った。

「ドサクサにまぎれてチチ触ってんじゃないわよ!」

香月博士の回し蹴りが黒人軍曹の延髄に決まる。

「オゥ、モーレツぅ・・・」

ぱたり

「あ、相棒!しっかりしろ、相棒!衛生兵!衛生へーい!!」

「なんと。しっかり見る物を見てから倒れるとは・・・やはり、私の目に狂いはなかったようだな」

その間に体を拭き、厚手の甚平を羽織る。火照った体にはちょうど良い。

「そこの軍曹!!そいつを拘束しなさい!!でなきゃ明日一番に銃殺よ!!」

香月博士もバスタオルを体に巻きつけて髪を結い上げていた。

「そんなの公私混同じゃないか!そんな命令が通用するものか!」

がちゃり

「・・・へ?」

うつむいたまま手錠をかける白人軍曹。その顔は青ざめている。香月博士は勝ち誇った顔をしている。

「お、おい、軍曹。これは何の真似かね。悪い冗談はやめたまえ」

「すみません、ごめんなさい。すみません、ごめんなさい。すみません、ごめんなさい」

「SYA★ZA★I!?」

たすけてえーりん!月は見えているよ!

「連行しなさい!」

「jzhjgふいrhちいqtちそえとぃおーーー!!!」

言葉にならない悲鳴が上がる。

「すみません、ごめんなさい。すみません、ごめんなさい。すみません、ごめんなさい」



その日の夜、私は、わたしは・・・ウゥッ(;ω;)



[7746] クーデターと第七話 中編。
Name: リーツ◆632426f5 ID:1dfc5d4f
Date: 2009/06/13 23:38
≪香月≫

翌朝。

起きたらシーツに包まっていた。寝ぼけた頭で状況をよく確認する。

ああ、そうだ。リーツと寝たんだった。シーツはリーツが被せてくれたんだっけ。

横を見れば、暢気に寝ていた。一発ひっぱたいて起こす。

なんかむかつく。

「・・・なぜか、この世界に来てからというもの、女性の横で寝ていたら必ずその女性に叩き起こされているような気がするのだが」

「へぇ。私以外とも寝たの?」

「純粋に睡眠をとる、と言う意味ですよ。しかし、博士はタフだ。二時間はぶっ続けだったはずですが」

「大学時代から体力はキープしているつもりよ。アンタも、科学者なくせにどうしてガチガチなのよ」

リーツの体を改めて見る。そこいらの軍人とほぼ変わりない。若干、細いかもしれないが、それは引き締まっているとも取れる。

「同僚だった西博士に勧められたのもありますが、エンディミオンのテストパイロットも勤めていましたからね。空自でさんざん娘にしごかれましたよ」

西博士?シナ人かしら。

「アンタの子供って娘なんだ」

「ええ、娘です。エンディミオンの開発を始める少し前に入隊しましてね。私がテストパイロットを勤めると知ったら首根っこを引きずってブートキャンプに叩き込まれましたよ」

「よく体力がもったわね」

「特製の栄養ドリンクを持っていきましたから」

「そんなので軍事教練に耐えられるの?」

「まぁ、意外と。クスハ汁にもイヌイ汁にも負けない凄まじい味でしたよ」

「ふーん。なんでそれが効いて、KGBの自白強要剤が効かないってどういうこと?」

暴れるリーツを押さえつけ、口移しで無理矢理飲ませたはずだが、効き目らしい効果は表れなかった。

「わかりません」

「薬が効かない体質なの?」

「一応、機密保持のために媚薬や自白強要剤のような薬には拮抗できるように遺伝子をいじってあります。ですが、まったく知らない組成の薬には対応できません」

「つくづく便利な体ね」

「一つネタバレをしますとね、私は純粋な意味での人間ではないんですよ」

「そりゃ、遺伝子をいじっている時点で人間じゃないわよ」

「違います。染色体が一対、多いんです」

「・・・遺伝子情報蓄積化技術?」

「そうです。どのような異世界に来ても対応できるようにしたコンパクトメモリーです」

「デコーダーは?」

「私の脳です。または、それに準ずる脳です」

「子供ってこと?」

「三世代までに限られますが」

「あんたの意識はどうなるの」

「子供にまでそんな宿命を背負わせる気はありませんよ。あくまで、自分の力で悪意ある力を撥ね退ける程度の力です。私の意識は介在しません」

「自白させられたらどうするのよ」

「そのための私です。そうならないように予め因果の鎖で縛ります」

「ふーん」

ぽす

「えーと・・・これは?」

「男でしょ。胸くらい貸しなさい」

「妻子が居るんですがね」

「女の我侭くらい聞いても罰なんかあたりゃしないわよ」

そんなものですかね、とため息混じりに言った後、リーツは黙った。

「ねぇ」

「なにか」

「アンタの奥さんはどういう人だったの?」

「なんですか、藪から棒に」

「ただの会話よ。答えな---いえ、答えたくないなら答えなくていいわ」

「構いませんよ。そうですねぇ、一言で言えば怖かったですね」

「あら、恐妻家?」

自然と笑う。

「そんなところです。嫉妬深くて、しかしそれが可愛くもありました。全部が好きでした。リーツ・アウガンとして生きて、挫けそうになっても支えてくれたのは妻でした。子供にも優しく、強く育ててくれることでしょう」

「絵に描いたような良妻賢母ね」

「初夜も健気でしたしね」

「そこまで聞いてないわよ」

「喋りたい気分でしたので。こんなことを話すのは同性異性問わず久しぶりなので」

「ふーん。今も会いたい?」

口元を綻ばせながら首を振るリーツ。

「出会いは一期一会。あの時間、あの世界だからこそ。思い出は、ちゃんと覚えていますよ」

「そう。じゃ、いつか私も思い出になるわけね」

「ええ、耳を弄られると脱力してしまい、同時に攻められると果ててしまうところとかね」

こっ、こっ、こいつ!

「黙ってなさいよ?っていうか黙りなさい。いいわね?いいわね??い・い・わ・ね???」

そっ首を締め上げながら言い聞かせる。人前で喋るような男ではないのはわかっているが、影で言いそうだった。

「わ、わかりました。わかりましたから。はな、離してください。さすがに首は、首はやばい」

「誓いなさい!喋ったら私の奴隷になると!誓いなさい!」

「ち、誓う!誓うから、頼む!」

「本当ね?聞いたからね?嘘だったら責任取らすわよ!?」

「そ、そりゃ愛の告白って奴ぅぅーーげ、ぐげぇーーー!?」

「そんなわけないでしょ!一回くらい抱いたからっていい気にならないで頂戴!」

「ひ・・・ひと・・・それを、ツンデレと・・・言う」

「ナニ分けわかんないこと言ってんのよ!このまま締め上げ---」

「---副指令、失礼します。アークバぁぁ・・・ど・・・・」

ばさばさ

自分の副官が突っ立ったまま持っていた書類を落とす。眼が合う。

「ぴ、ぴあてぃふちゅうふげぇぇぇいぃぃ。たすぅげぇぇてぇぇぇ」

私がリーツに馬乗りになって首を締め上げている構図。しかも全裸。髪型も化粧もあったもんじゃない。

リーツは、イリーナに助けを求めていた。

「失礼いたしました。十分後にまた来ます」

「ま、待ちなさい、イリーナ!これにはワケが」

「副指令。差し出がましいようですが絞首プレイは本来、男性が女性にするものです。中尉も、ほどほどに。それをやりますと受精率が高くなりますので。では」

「ちょ---」

無常にもドアは閉まる。どうしよう、絶対誤解された。

「ピアティフ中尉も物知りだな」

「・・・なんでアンタはもう服を着てるのよ」

振り返れば、いつもの白衣姿で居るリーツ。

「女性に無闇矢鱈と肌を見せるのは、はしたないのでね。なに、男のたしなみと云うやつだよ」

はっはっはっと笑いながら部屋を出て行く。

・・・やっぱり、こいつ嫌いだ。そして一夜とはいえ体を許した自分にも嫌になる。

自然と下腹部に手がいく。

まだ、熱かった。

「・・・ま、いっか」

できたら、その時はその時だ。

頭も顔もいいんだし。年上だし。気持ち良かったし。甘えるにはちょうどいいかもしれないわね。

部屋のカーテンを開ける。

久しぶりに恋をしてみるのもいいかもしれないと思った。




≪リーツ≫


あー。

やばい。

どうしよう。

売り言葉に買い言葉で三回もやってしまった。

ああいうタイプは、思いのほかロマンチストだったりするから、もし子供が出来ていたら恥ずかしながら裾を掴んでくるタイプだ。人前でそんなことをされたらどうしよう。

というか、弱みをモロに見せてしまった。子供もやばいが、これもやばい。伴侶になれとか云われたらどうしよう。

廊下にうずくまって悩むこと三分。

「・・・まぁ、いっか」

できたら、その時はその時だ。

白銀君と霞が一緒の部屋で寝泊りする話を白銀君にしたときに、間違いが起きたらそのときに考えましょとか言っていたような気もする。

なんとかなるだろう。

出来たら出来たでせっかく授かった命だし。全うさせてやるのが親の務めってやつだろう。だから---

「すまんな。でも、裏切ったわけじゃないからな」

女性仕官寮の廊下で昇る朝日を眺めながら呟く。どこから聞いても詭弁だが、それに反論する声はない。代わりに文化包丁が飛んできそうなものだが、いまはそれもない。

「いつになるかわからないが、私もそちらに逝く。その時に、いっぱい怒ってくれ」

さて、早いところ外に出よう。正当防衛の名の下に発砲されてはたまったものじゃない。

白衣に仕込んだ光学迷彩を起動。すれ違う女性仕官を壁に張り付き、時折ダンボールを被りながら外に出た。

「さて、と。どうするかなぁ」

自室に戻ってカレンダーを確認する。今日は11月28日。正史ならば国連事務次官が来訪する日だ。本来ならば、鎧衣課長がここに訪れるのは明日である。多少歴史を書き換えてしまったが、たどり着く未来が同じならば十分に修正範囲内だからいいだろう。

とりあえず、シャワーでも浴びるか。あれも運動の部類には入るわけだし。意外に疲れるものだ。

一連の身だしなみを整えてPXに顔を出す。朝ごはんはまだあるかな?

「おはようございます。おばちゃん、まだ朝ごはんはありますか?」

「おや、リーツじゃないかい。まだあるよ。どんどん食いな!」

そう言われてトレイに載せられたのは『いかにも』な、それ。

「おばちゃん、これは?なんか、他の方々とメニューが違うような気がするのですが」

「あー?あれま。本当だ。衛宮!リーツのだけ献立が違うよ」

奥からやってくる衛宮。ふっ、と笑う。

「なに。元・教え子としては、かつて師事した教師に対して最大限の礼をはらっただけですよ。昨晩は大変だったようですから」

一瞬、PX中が静まり返る。霊体化でもして漂っていたのか?だとしても、仮にも女性士官寮に漂うとは、一体何をやっていたんだか。

だが、甘いな衛宮。その程度では、この私の動揺は誘えんぞ?

「ああ、大変だったとも。香月博士に部屋まで強制連行されてね。徹夜明けで眠たかったのだが二時間ぶっ続けでお相手させられたよ」

おおぅ、とどよめくPX。その端っこに白銀たちが居る。珠瀬嬢に『一日小隊長』腕章を取り付けようとしているあたり、もう直に事務次官殿がやってくるだろう。

「おや、ようやく夕呼ちゃんにも春が来たのかい?こりゃめでたいねぇ!」と、おばちゃん。

「いえ、仕事の話です」

一気に場の空気が白ける。

「まあそうだよな。あの副指令だもんな」

「有り得ないだけに、ちょっと信じちゃったわ」

「あの副指令に相手が出来るなら、BETAにだってお相手が居るぜ」

「だよなぁ。ありえねぇって。そもそも男がもたねぇよ」

「香月博士に男が出来る日が来るとすれば、そりゃこの世の終わりだ」

HAHAHA!

多種多様な言語がPX内を駆け巡る。それは、彼、彼女らが内心、『ジョークであってほしい』という言いようのない願望が、そうさせていた。

だって、『あの』香月夕呼である。

この横浜基地に居る者ならば、その強烈さは身にしみて理解している。白人軍曹など、その良い例だ。例え実行力のない命令だとしても、逆らえば本当にやってしまうかもしれないと言う脅迫感があった。

そんな彼女に男?

いやいや、BETAが土下座をしに来るほどありえないって。

ぶっちゃけ、香月博士に聞かれたくないのだ。だが、言いたい衝動には駆られてしまう。そこで、母国語を使っているのだ。マイナーな言語ほど、翻訳に時間がかかり、脳の仕事量を増やす。それならばバレないだろうと言うのが、彼らの考えだった。

前記したとおり、『ジョークであってほしい』と言う願望が根付いてこそ、だが。

「お、なにやら活気がありますな」

かかとを踏み鳴らしてやってくる初老の男。珠瀬国連事務次官だ。そしてその横には、香月博士の姿が。

皆、一斉に敬礼をする。それが事務次官に対する礼儀なのか、「聞こえていたわよ」と視線で言う香月博士に対する恐怖心からなのか、私にはわからなかった。

「(あとで覚えてらっしゃい)」

ぎらり

「(視線で語れるようになるとは、なかなかやりますね)」

「(言い訳は聞かないわよ)」

「(大丈夫ですよ。聞こえていたんでしょう?みんな、博士に男が出来るはずがないって言っていたじゃないですか)」

「(それが余計にむかつくのよ!もうフリでもなんでもいいわ。これが終わったら私の男で通しなさい)」

「(私に浮気しろと?)」

「(あんな凶器でめちゃくちゃにしてよく言うわね)」

「(嫁にも同じ事を言われましたね)」

「(アンタの嫁だけはあるわね)」

「(まぁ、構いませんがね)それはそうと香月博士。この後、少々お話しがあるのですが、よろしいですか」

「・・・なに?」

「HSSTの件、白銀君から聞きましたか?」

「ええ。もう対策済みよ」

「そうですか」

「何の話かね?」

「いえ、事務次官どのを狙ったテロを事前に阻止しただけです」

「・・・ここではなんだ。予定を変えて応接室に行こうか。リーツ・アウガン教授」

「わかりました」

さすがに私のことは知っていたか。応接室に移動する。

「しかし、新しい人が来るたびにこのパターンでは飽きますね」

最近、こんなパターンの繰り返しの様な気がする。

「何か言ったかね?」

「いえ、独り言です。お気になさらず」

「そうですか。それで本題なのですが、教授。あなたは本当に異世界からやってきた人物なのですか?」

「ええ、そうです。香月博士の尽力によって、です」

「それは本当に?」

「はい、本当です」

「では、どうして召喚に応じたのか、教えていただけますかな」

「私の世界も『レギオン』という異星体の侵略を受けましてね。同じ境遇のこの世界に同情を覚えた次第ですよ」

「レギオン、『軍団』ですか」

「私の世界では、『無限の厄災』と言う意味です」

「それは、アポリオンでは?」

「よく言われることなのですが、名付け親の友人に同じ名前を持つ者がいましてね。不憫だと言うことで『レギオン』にしたわけです。あと、『軍団』よりも、『無限の厄災』を『レギオン』と読む方がカッコイイ、という個人的な意見を取り入れたためでもありますが」

「えらく、いい加減な決め方ですな」

「当て字、というものがその頃に流行っていまして。例えば『夜露死苦』とか」

「・・・本当に、異世界から来たようですな」

「平行世界である以上、考え方や常識がずれたり違っていたりすることは、よくありますよ」

「なかなか、興味深いところなのですな。異世界、と言うのは」

「それが、異世界の醍醐味ですよ。時間と余裕があれば、いくつかお見せしたいところなのですが、今日は、GT-Xで我慢してください」

「ほう。見せてくれるのかね」

「ええ、構いませんよ」

「ちょっと、リーツ」と、香月博士が止めに入る。

「大丈夫ですよ。国連事務次官どのに見せるんです。百聞は一見にしかず、ですよ。幸いにも、アレは複座ですから問題はありません」

「見せても問題ない範囲にしなさい、と言っているの」

「わかっていますよ。戦術機でも精製すれば大丈夫でしょう」

「それは問題ない範囲なの?」

「G弾でも作りますか?設計図とグレイ・イレヴンがあれば作れますが」

「戦術機でいいわ」

「冗談ですよ。では、事務次官どの。こちらへ。お話も途中でしましょう」

席を立ち、GT-Xの置いてある飛行場に誘導する。前回の出撃時に使った機体も、ここに置いてある。どれも、技術者ならば一発で系統がまったく違う機体であることがわかっていただけるが、調整屋である事務次官に、それを解れと言うのも酷なので実際に見てもらうことにした。

「そういえば、教授。先ほどテロと言っていましたが、あれは?」

「ああ、あれですか。第五計画推進派が切羽詰って使ってきた嫌がらせです。香月博士が辞めさせたのでご心配なく」

「行き違いにHSSTを見張れ、とあった命令は、それでしたか」

「そうです」

「どうして察知できたのですかな?第五計画推進派と言えども、滅多な事では尻尾を表すことはないはず。そう、未来を知ってもいなければ出来ない芸当です」

なかなか鋭い。伊達に国連事務次官をやっていない、と言うことか。正史では、おそらく第四計画の進み具合を見に来たのだろう。でなければ、わざわざこんなところまで来やしない。第五計画推進派の連中は、それを疎ましく思ったことだろう。なにせ、その成果が私と言う形で具現化したのだ。その成果は、既にハイヴを九つに残すところまで来ている。珠瀬国連事務次官を消し、第四計画を大きく後退させる、と言う正史どおりの目的でHSSTを落とす理由がなくなっても、自身の存在意義を確立させるためには、どうしても私の存在が邪魔に違いない。実際、HSSTの一機は爆薬を満載して飛び立とうとしていたらしい。香月博士の命令で特別臨検が行われなければ、衛宮か、珠瀬嬢が撃ち落しにかかっていたことだろう。現に、衛宮には彼に最適化した狙撃ユニットを精製してあった。

あ、今朝の嫌がらせは、それのあてつけか?

とりあえず、誤魔化しておくか。

「いえいえ、さすがに未来なんて『完全』に知ることは出来ませんよ。未来とは、『未だ来ぬ世』のこと。どうして知りうることが出来ましょうか」

これは本当だ。

例外的にザ・ファーストのGT-Xのみ、BBTを使ったティプラー重力シヌソイド内の事象の地平線の直径を拡大することによってその時系列に居ながらにして同時系列の未来を垣間見ることが出来る。ザ・ダッシュである私が持つGT-Xは、せいぜい過去、未来へのタイムシフト、またはジャンプが限度である。

これは、万が一、GT-Xが私以外の手に渡ってしまったときのための保険である。最悪、敵に回ってしまっても、破壊しやすいように機能を抑えておくための。

「ふむ。まあ、いいでしょう。結果的にテロは阻止されたわけですし」

よし。多分。

「では、こちらに。足元に注してください」

GT-Xにタラップを掛け、コクピットに進む。ほう、と感嘆の声を漏らす事務次官。それもそうだろう。戦術機とは違い、GT-Xはモニターからして違う。あっちは網膜投影方式だが、こちらは有機ELパネル方式だ。しかも全方位式である。一番近いものでガンダムMK-Ⅱ以降に採用されたモニター形式だろう。こちらの方が、網膜にかかる負担が少なくてすむ。戦闘中に失明してしまったら元も子もない。BBTで瞬時に治るとはいえ、その一瞬が油断に繋がるのは当たり前である。

そのモニターが壊れたら?

機械と生体、どちらが直しやすいと言ったら、そりゃ機械だろう。それにモニターが壊れる、と言っても全てが壊れるわけはない。一つ一つの独立したモニターが、コンピュータ制御で同じ映像を映しているに過ぎないのだ。たくさんあるテレビを一つのテレビとして映像を流すのと同じである。一つが壊れたからと言って、全てが見えなくなるわけではない。眼が見えなくなるパニックと、一つが潰れたモニターとでは、対応も違ってくる。ムスカ大佐が良い例だ。

「計器類には触れないでください。ハッチを閉めますよ」

「ああ、わかった」

エアロックがかかり、与圧される。水中や宇宙空間での戦闘や作業も視野に入れての構造だ。

「では、起動します」

永久機関であるエーテルエンジンは、使われないときは各部に取り付けたバッテリに充電を行う。それが終了するとアイドリングモードになり、BBTによって形成された次元回廊を通って別のGT-Xか、白い部屋の『物置小屋』に供給される。

それが、本来の発電力を取り戻す。最高発電量は、110万キロワット。これは浜岡原子力発電所の三号機の定格出力に相当するものだ。

「おお・・・」

一面に映し出される景色に、ただただ驚く事務次官。まぁ、この世界の映像技術じゃ仕方がないといえば、仕方がないが。

「きれいでしょう?」

「うむ。これ程までに美しい映像パネルは、世界中どこを探しても有りますまい」

「では、本題にいきますよ」

二本ある操縦桿を握り、BBTを起動させるためのスイッチを押す。

「精製開始」

片膝を着いたまま、左手を桶にかざす。

発光と同時に左手から湯気を立てて人工温泉水が流れてくる。思わず身を乗り出す事務次官。

「これは、一体どういう・・・」

「詳しい説明は出来ませんが、『そういう』技術を持っているとお考えください。これを応用すれば、地球すら創れます。もちろん、命もね」

「・・・それでは、教授、まるで神ではないか。命も創れるだと?」

「そうです。命、というよりは魂ですね。魂を含めた全ての物質は、エーテル粒子を基に成り立っています」

「エーテル粒子・・・」

「私は、それを解明した数少ない『人間』です。神なんかじゃ有りませんよ」

「これが・・・第四計画の成果だと言うのか」

GT-Xから降り、すっかり顔色を悪くした事務次官。肩を貸しながら応接室まで戻る。

「我々は、我々の常識をはるかに超えた者を呼んでしまったな」

自分の娘に冷えたタオルを額にかぶさせてもらいながら、事務次官は言った。香月博士が応える。

「しかし、これでBETAは間違いなく殲滅できます。仮に出来なかったとしても、地球を複製すればいいのです。事務次官どの」

「なるほど。君が・・・東洋の魔女、と言われる理由がわかった気がするよ。香月副司令官」

「BETAに勝つためなら、手段を問う気はありません。そうしなければ、人類は負けますわ」

「君は強いな。私は老いたよ。まだめまいがする」

「教授に席をはずしてもらってよかったのですか?」

「ええ、大丈夫です。見るものは見ました。これで世界の有り方は大きく変わるでしょう」

「さて、それはどうでしょう」

「どういうことかね」

「彼は、自分の美学に反することはやらない、と公言しております。世界の流れを変えることが彼の美学の沿わなければ、彼はそれを良しとしないでしょう」

「世界を変えるほどの力を持った者が、世界の流れに身を任せる、と言うのかね」

「おそらくは。私は彼ではありませんから解りかねますが」

「その流れが、教授を殺すことになってもかね」

「・・・おそらく」

「私は動かんよ」

二人ともこちらを向く。この手には、りんご。霞に手伝ってもらって剥いた物だ。BBTで作った複製品ではあるが、味も食感も良いはずだ。

「さ、食べましょう。BBTで作った物ですが、味は保障しますよ」

「これも、あの戦術機で作ったものなのかね」

「そうです。あと戦術機ではなく、EM兵装です」

「EM兵装?」

「有人型人型戦闘機・エンディミオン式兵器装備。略してEM兵装です」

「先ほど言っていた、レギオンに対抗するための?」

「そうです。GT-Xは、その切り札です」

「すぐに片が付いてしまう気がするが、そうではなかったのだな」

「その通り。まぁ、BETAよりも厄介であることは保障しますよ。なにせ空間転移をしてきますから」

「・・・どういうことかね」

「平たく言えば、ワープです。空間上の任意の二点を繋ぎ、一瞬で移動する、三次元移動限界を超える移動方法です」

全員が黙る。まぁ、そうなるか。そんな途方も無い技術を持つ敵と戦ってきたのだから。

「それで、勝てたのかね」

「勝ちましたよ。勝てなければ、私はここに居ません」

彼も、彼女も、友人らも。

「長話が過ぎましたね。りんごでも食べながらこの世界の今後を話し合いましょう---珠瀬訓練兵」

「は、はいぃぃ!」

いきなり名前を呼ばれてびっくりする珠瀬嬢。今の話について来れたのかはわからないが、釘を刺しておく必要があった。

「ここでの会話は、他言無用だ。喋ったら・・・」

ゴゴゴゴ

「しゃ、しゃべったら・・・?」

「公然衆人環視の中で白銀君とディープ・キスをしてもらう」

ぶっしゅううぅぅぅーーーー

盛大に鼻血を噴出し、痙攣する珠瀬嬢。こんなことで、か?

「おお!?たま、たま!しっかりしなさい、たま!」

「し、しろがねひゃんときっすぅぅ・・・」

「すさまじい破壊力ね」

「それだけ好きなんでしょう。いや、失礼しました。事務次官どの。まさかここまでの威力があるとは想定外でした」

「たま、しっかりしなさい、たま!」

「・・・聞いてないわね」

「反省してます。ピアティフ中尉を呼びますか?」

「私が呼ぶわ。あなたは、あなたのやるべきことをやりなさい」

「良いんですか?最悪、逆賊扱いされますよ」

「そんなの、第四計画を提唱した時点でとっくに覚悟完了よ」

「シロガネ?そうか、手紙にあった白銀だな?あいわかった!ちょっと待ってなさい!パパが権力をフルに使って白銀をたまの婿にしてやろう!」

「はぅっ!」

ぶしぃーーー

ああ、いたなぁ。パプワ島に鼻血を噴きながら飛び回る変なのが。あれの再来を見ているようだ。

「・・・聞いてませんね」

「・・・そうね」

こんな人選で大丈夫か、国連。

その後、落ち着いたところで珠瀬嬢には席を外してもらい、改めてクーデターの件を話すことにした。

「沙霧大尉は、本気でやるつもりです。私も止めたのですがね」

「なるほど。そうでしたか」

「アメリカからなにか?」

「ええ。太平洋第七艦隊の訓練を行いたいから横浜基地に入港させるように計らってくれ、と」

「間違いなく、クーデターをにらんだ配置ね。おそらく、最新鋭戦術機のお披露目も兼ねているはずよ」

「はい。それは既に帝国に通達済みです。共同訓練を行いたいと」

「どの面下げて言うのかしらね、まったく」

「私もそれは、日本人ゆえに痛感せざるを得ない問題です。ですが、最新機の購買も含めた問題でもあります。不知火弐型や激震、陽炎では、ひとたび戦闘になれば、どうしても戦線を維持できないのが現状ですから」

事務次官がため息をつく。

それもそうだろう。しかし、陽炎には改型があったはずだ。無限力(なゆた)転換炉という、超能力を人工的に開花させて使うそれが搭載された戦術機が。分類的には永久機関で、規格外の出力を誇るでたらめな主機だ。

そうでなくとも同じ無限力転換炉を用いた巨大戦術機『火之迦具鎚』。あれも確か、配備されていたはずだが、この会話に出てこない、ということは、その存在をまったく知らないか、私に知らせたくないか、どうせ知っているからと言わないだけだろう。

どちらにしても、大空寺とはあまり関わりたくないというのが本音だ。あの方々は熱過ぎる。私ではついて行けない。

「それで、帝国側はなんと?」

「了承こそしたものの、アークバードの成果で佐渡島、朝鮮半島のハイヴが破壊され、戦線が大幅に後退した今、訓練などせずに一気にたたんでしまおう、と言っています。入港を許可できるのは、横浜だけ、とも」

「まぁ、当然でしょうね。でも、それももう直に解決しますわ。事務次官どの」

「それは、教授がなにか技術提供を行う、ということですか?」

「いえいえ、私はなにも提供しません。せいぜい手伝いですがね、現行の戦術機でも大いに役立つための新概念OS、通称『XM3』が完成しましてね。それならば、ラプターでなくとも不知火弐型で十分に戦線を維持できます」

「死の八分は、もう過去の物となる日が来ましたのよ」

「それは、本当ですか?」

「もちろん。そのために、わざとクーデターを起こさせてXM3搭載機と交戦させ、性能評価を知らしめることも、考えてはいます」

あんまりやりたくはないがね、そういうのは。

だからこそ、止めにも入ったのだ。結果は、見事に空振りだったが、だからと言って彼らを犬死させる気は毛頭ない。幸い、彼らの行動予定はわかっている。CIAという邪魔もいないので、初手さえ封じ込めることが出来れば何とかなるはずだ。

香月博士に言ったように、一歩間違えれば逆賊扱いされる危険な作戦だが、逆に言えば、これがもっともクーデター派を押さえ込むことが出来る効率的な手段ともいえる。

殿下には、嫌な役回りをお願いすることになるかもしれないが。

「しかし、それでは」

「言いたい事はわかります。しかし、殿下のご威光を復活させることが、この国を安定させることにも繋がります。アークバードのジャマー剤ももうすぐなくなります。補給はしますが、そのタイミングを狙ってBETAが動かないという保障もありません。そうなれば、最後に物を言うのは、人の心ですよ」

「うぅむ」

「どのみち、クーデターまでは多少なりとも時間があります。彼らも私が何かしらのアクションを起こすものと考えて行動しているでしょう。それを考えても、決断は早い方がいい。事務次官どの。とりあえずは、横浜基地に入港させてみてはどうでしょう」

既にタチコマンズによる仕込みが完了している以上、下手に出撃されても困る。アメリカ軍が軍事回線を変更したか、よっぽど大規模な更新をしていなければ、瞬時に世界中のアメリカ軍機を支配下における環境が出来上がっている。まさか海上で鰌すくいでもやらせるわけにもいくまい。

「第七艦隊内にスパイがいないとも限りません。そうなれば、教授に危害が加わるかもしれません」

「私のことならばご心配なく。GT-Xの傍さえ離れなければ、まず死ぬことはありえません」

「拉致される可能性もあります」

「それも大丈夫です。以前、アメリカの大使とお話をしましたが、拉致された場合、ちょっとした大穴がアメリカ本土に開くと警告しましたので」

「ま、本人がこう言っていることですし、入港を通達してもらえますか?ラダビノット司令官には、私から言っておきますわ」

薄く笑う香月博士。面白がっている、絶対。

その後、香月博士による説得でラダビノット司令官の二つ返事で第七艦隊の入港が決まり、先発としてウォーケン少佐をはじめとする機甲師団が到着する。

その中に、いるはずの彼女の姿は、なかった。



[7746] クーデターと第七話 後編。
Name: リーツ◆632426f5 ID:8a52232e
Date: 2009/05/23 13:05
第七話 後編。

≪ウォーケン≫

本国からの命令変更を受け、横浜に上陸したとき、飛行場に見慣れぬ戦術機がいるのを目にした。

一機は、人が作ったと思えないほど神がかった造形を持つ機体。これは、戦術機ではない気がする。戦術機というには、あまりにも規格から離れている。遠くから見ても、ミサイルコンテナなどのオプションパーツを取り付ける際のラック差込口は見当たらないし、腰部にスラスターもない。

なにより、男性の逸物のような股間に出っ張ったそれ。外殻を取りはらった今だからわかるが、あれがコクピットのようだ。搭乗するための座席も見える。奇妙なのは、強化外骨格が見当たらないということだが、さすがにこれほど通常の戦術機と大きく違えば、それもなぜか頷けた。

もう一機は、見慣れぬと言えば見慣れぬが、見たことはある。帝国軍の不知火・・・だ。おそらく。

所々に増設された追加装甲や背部ラックは、不知火のそれとは大きく違っている。まるで、別の機体を不知火に偽装しているようにも見えたが、わざわざ偽装を施すほど機密性が高い物ならば、こんな野晒しに、しかも部外者である我々の眼に当たるような場所に晒して置くはずがない。

だとすれば、不知火をベースにした新型試作機か、アラスカで試験評価中の不知火セカンドの別バージョンなのかもしれない。頭部ユニットが、どこかで見たことがあったような形なのだが、どうにもよく思い出せなかった。

更にもう一機。いや、二機。こちらは、人型ですらない。形状的にどちらも戦闘機だ。一機は有人機だろうが、もう一機は、人の乗るスペースに大きなカメラアイがあるだけで何もない。無人機なのだろう。偵察機か、何かだろうか。

そしてこれに近い形の物を本国の廃棄計画案で見かけたことがある。あれは、まだBETAが対空戦術を確立させていないときに提出された物だった。ジェット推進機で推進力を得て、機体全体で空気の流れを受け止めて空を舞う。当事で言うところのアビオニクスが最高潮にあった時代の物だ。

しかし、開発が始まったと同時に光線級の存在が確認され、瞬く間に航空戦力は無効化されていった。目の前のそれは、といっても遠目だが、それの流れを受け継いだようにも見えた。

最後に、日本式バスタブ(桶)に左手を突っ込んでいる灰色とも銀色とも付かない色をした、頭部に一角を持つ戦術機。

これは、どうなのだろう。戦術機、と言われればそのまま頷いてしまいそうなものだが、逆に戦術機でない何か、と言われれば、それもまた頷いてしまいそうだった。

と言うか、なぜOKEなのだ?

どうしてOKEにマニピュレータを突っ込んでいるのだ?

・・・理解できん。

「中尉、君はあの戦術機をどう思う」

自分の副官に聞く。着任して間もないが、なかなか優秀な人材で助かっている。

「は、少佐。それは灰色の機体でありますか?」

「ああ、とりあえず、そうだ」

「は。差し出がましいですが、自分には戦術機ではないように思えます」

「その理由は何だ」

「形状やアタッチメント、ラック等を詳しく見てみないと断言は出来ませんが、各部の形状から帝国、本国の戦術機とは、使われている部品に共通性がありません。いくら戦線が後退したと言っても、生産規模が底上げされたわけではありません。今の帝国に、既存の部品を使わずに完全なるワンオフを製造する能力があるかと問われれば、疑わしいものです」

「国連が自己開発したものかも知れん」

「国連の兵器調達部門は、その実、本国の兵器メーカーそのものです。国連よりもまずは本国で試験評価されるでしょう。しかし、そのような情報は聞いておりません。小官のようないち尉官には、知らされるようなことではないとすれば、ですが」

「実に筋道が通った見解だな。私もそう思う。そして国連が自己開発に乗り出したなどと言う噂すら聞いたことがない。せいぜい、XG-70の改造プランだ。それでも、あれはかなりの巨大だったはず。あのような通常の大きさではない。となると、あれは何なのだろうな」

「は。申し訳ありませんが、まったく見当が付きません」

ふむ、と顎をさする。と、肩に何か書いてあるのが目に付いた。

「中尉、双眼鏡はあるか」

「自分の私物でよければ」

そう言って取り出してきたのは、スタンドグラスだ。またこのご時世に珍しい物を。形見か?

「すまないな。借りるぞ」

「いえ、お気になさらず」

「コウクウ・・・ジエイタイ?」

「少佐、どうされましたか」

「いや、あの灰色の肩に書いてある文字を読んだのだが、中尉、君は『コウクウジエイタイ』と言う単語に聞き覚えはあるか?」

「・・・いえ。初耳であります」

「そうか」

任務の都合上、日本語教習を受けてはいたが、『航空自衛隊』なる言葉が、どのような意味を持つのか、理解できなかった。これは、専門の者に任せてみるしかあるまい。文字のスケッチを取る。

双眼鏡を中尉に返し、暗号解読班にスケッチを渡すべく、自分の戦術機を通じて送った。

「少佐」

「どうした」

「ラダビノット司令官から横浜基地に出頭要請です」

頸をかしげる。つい一時間ほど前に会ったはずだが。

「理由は何だ」

「は。リーツ・アウガン教授と言う方が少佐にお会いしたい、とのことであります」

リーツ・アウガン教授。

命令変更の直接的原因を作った男。

もう直に起こるであろう帝国青年将校が起こすクーデターに加担しているとも言われている。

本来の任務ならば、そのクーデター時に征夷大将軍殿下を保護し、日本政府に送り届けるはずだった。

が、今は違う。征夷大将軍殿下を保護するのもそうだが、その教授がクーデターに参加した場合、あるいは参加したとみなされた場合、国連憲章違反として逮捕、ないし拘束して本国に移送せよ、となっていた。

優先順位が変わったのである。政治的に大きな意味を持つ将軍ではなく、いち教授を、である。

これには流石に首を傾げざるを得なかった。だが、情報部から渡された資料を読んでいくうちに、それとなく理解できた。

ああ、これならばどんな理由をつけても自国に引っ張りたくなるわな、と。

今、アメリカのみならず世界中で騒ぎになっている『アークバード』による超高高度レーザー攻撃。既に残すハイヴは9個であり、地下の反応炉を完全に消滅させることに成功している。

確かに一度や二度では無理だが、ならば五回六回だ、と連続してレーザーを叩き込み、ハイヴの機能を停止させている。

それらを開発したのが、リーツ・アウガン教授その人だというのだ。詳しい出生などは書かれていなかったが、それほどの戦果を挙げた人物ならば、個人情報を保護してしかるべきだろう。そんなことは気にしなかった。

むしろ、会ってみたくなった。

これで対BETA戦略は、大きく変わることだろう。自分たちの負担も自ずと軽くなる。それはつまり、自分の部下を死なせずに済む、と言うことだ。これに礼を言わなくては、軍人としてどうだろうか。

まずは、会って礼が言いたかった。

しかし、当の教授は、自分たちに与えられた任務のことなど露知らずに自分たちを呼び寄せた。これが皮肉でなくてなんなのだ。

「司令官を通じてか?」

「は。司令官名義であります」

「わかった。先ほどの応接室でいいのか?」

「はい。銀髪で白衣を着ているからすぐにわかるだろう、とのことであります」

「それは、またわかりやすいな。中尉、君も来い。司令官を出汁に使うやつがどんなやつか見に行くぞ」

「サー、イエス、サー」

応接室に着く。

「中尉」

「は」

「マイクロレコーダは起動できるか」

「・・・問題ありません。録音内容も鮮明です」

「いい仕事だ」

「ありがとうございます」

本国を出発する際、CIAの技術開発部から渡された携帯型録音装置。教授と会話する際は、必ずこれを使ってバックアップを取れ、とのことだった。

使う機会などないと思っていたが、意外に早くその役が回ってきたようだ。

製作者の印なのか、『笑い男』と書かれたマークは、好きにはなれなかったが。

こんこん

「どうぞ」と、若い男の声。

「失礼する」

室内に入ると、ラダビノット司令官の姿はなく、代わりに白衣を着た銀髪の青年が、そこにいた。

どうやら、彼がリーツ・アウガン教授らしい。敬礼をする。

「私はアメリカ合衆国海軍第七太平洋艦隊所属、第08対日派遣戦隊隊長、アルフレッド・ウォーケン少佐だ。きみが、アウガン教授か?」

「はい、そうです。初めまして、アルフレッド・ウォーケン少佐。私がリーツ・アウガンです」

「随分と若いな。教授、と言うことはどこかの大学で教鞭をとっていたのかね」

「ええ。静岡理工科大学で」

「シズオカ・・・ということは」

「お察しのとおり、焼け野原です」

「そうか。いや、すまなかったな。そこまで聞くつもりはなかった」

「いえ、お気になさらず」

「そう言ってもらえると助かる。それと、教授が開発したアークバードについてなのだが」

「なにか?」

「ありがとう」

「・・・はい?」

「教授の開発したレーザー攻撃で、多くの人々が希望を持つことが出来た。この瞬間にも、ハイヴ攻略作戦がどこかの地で展開されていることだろう。従来では、成し遂げられなかった偉業だよ」

「失礼ですが、リヨンハイヴ攻略作戦に参加を?」

「ああ。反応炉のあった空間にぽっかりと空いた穴から見る空は、それはもう絶景だった。BETAがほとんど撤退したおかげで、多くの部下が生き残れた。中尉も、そのうちの一人だ」

頭を下げる中尉。もし、あのとき中尉が戦死していたら、イルマ・テスレフ少尉というフィンランド人が配属されていただろう。その人物は、同じ空母の別部隊に配属されている。

「私の作った武器で戦いが終わるのでしたら本望ですよ。矛盾していますがね」

「だが結果、我々は生きている。それは事実だ。だから、私は礼を言いたかった。ありがとう」

日本式に頭を下げる。

「頭を上げてください。私としても、そのように言われると、とてもありがたい。どうぞ掛けてください。ええと、君は---」

教授の視線が中尉に向く。すかさず、名乗りを上げた。

「自分は、アメリカ合衆国海軍第七太平洋艦隊、第08対日派遣戦隊所属のセラス・ヴィクトリア中尉であります。所属母艦は戦術機空母ケストレルであります」

「ほう、ほう。セラス・ヴィクトリア、か。いい名前だ」

「は。ありがとうございます」

「そう畏まらなくていい。私も、軍属でものを言うときは中尉扱いだ。楽にしてくれていい」

言われて座る。テーブルには、湯飲みに注がれたジャパニーズティーが湯気を立てていた。

「臨時中尉かね」

「そんなところです。さて、今回少佐たちをお招きしたのは他でもありません。既にお話は本国から聞いていらっしゃると思いますが、クーデターに関してです」

空気が変わる。

「前もって言っておきますが、私はクーデターに加担していません」

「どういうことか、差し支えなければ聞いてもいいか」

「ええ、構いませんよ。そのために呼んだのですから」

「では聞こう」

「まず最初に、私はクーデターの首謀者である男と会談しました。それによれば貴国の暗躍により、民と征夷大将軍殿下の心が離されることをひどく憂慮していました。クーデターは、貴国に通じているスパイを炙り出し、日本を独立させるためのものだそうです」

「一ついいか。既に大日本帝国は主権を回復し、独立国家として成り立っているはずではないだろうか」

「どうやら、彼らの考えではそうでないようです」

「それは、おかしいだろう。それではまるで、祖国がいまだに帝国を支配下に置いているようではないか」

「政治の要所要所に貴国のスパイが常駐していれば、そうも言いたくなるでしょう」

「その者がスパイであると言う証拠はあるのか。いや、よしんばあったとしても本国は認めないだろう」

「確かに。いま、政治の話をしても仕方がない。話を戻しましょう。二つ目、その会談の結果、クーデター取りやめ工作は失敗に終わりました。この時点で、彼らと私は動く側と止める側です。なるべく、止めはしますがね」

「教授、君は政治家や軍人ではないだろう。交渉が決裂した今、どうやってクーデターを止めるというのだ」

「理想は、無血開城ですが、そうもいかないでしょう。なにせ、相手は貴国で言うところのトップガンですからね。一応、私は私の機体を動かせますが、彼ら相手にどこまで太刀打ちできるか」

「そのために、我々が派遣されてきたのです。未だBETAは駆逐されていない。戦線に大きく余裕ができたからと言ってこれでは、困りものだ」

「私もそう思います。そして三つ目、それはもし、クーデターが発生しても部隊を空母、ないしこの横浜基地から出撃させないようにしてほしいのです」

それこそ無理難題だ、と首を振った。

「我々は、そのような命令を受けてはいない。我々が受けた命令は、クーデターが発生した場合、速やかに征夷大将軍殿下を保護することだ。それが、両国の信頼回復に繋がると声明も発表している」

教授を拘束することは、黙っておく。言ってしまって、逃げられでもしたら追いかけようがない。クーデター時であれば、それを理由に追いかけられるが、今はまだ平時である。勝手に基地外に出ようものならば、帝国中から抗議の山が来るだろう。下手をすればこちらが拘束されかねなかった。

ふむん、といぶかしむ教授。

「では、もしクーデター時に行動した場合、どうなるか体験してみますか?」

窓の外の機体で、と付け加える。

「強制拘束を実施するというのか」

「そう焦りなさるな、少佐どの。ただ、この国には『敵に塩を送る』と言う言葉がありましてね。いきなりぶっつけ本番で彼らとやりあうのは厳しいでしょう。こう言っては何ですが、おそらくラプターをただ乗り回しているだけでは、勝てませんよ」

「最新鋭機であるF-22が負けると?」

「はい。失礼ですが、少佐はラプターにはどれくらい乗っていらっしゃいますか?」

「正味一ヶ月と言ったところか。しかし、F-15Eから乗り継いだからこそ言えるが、ラプターはいい機体だ。イーグルをも超えると言っても過言ではない。たとえ不知火セカンドや武御雷と言えど、対等以上にやり合って見せるよ、教授」

「しかし、近接戦闘では分が悪いでしょう。ラプターはステルスによる遠方からの一撃必殺を主において開発された機体です。近接戦闘でも既存の機体よりも能力が向上しているとはいえ、熟練された衛士の前では、さて、どうでしょう」

帝国衛士の近接戦闘における優位性は世界一と言っていいだろう。比較的近接戦闘慣れしているソ連衛士でさえ、懐に入るのは容易くないと聞く。

なるほど確かに、トップガンほどの衛士ならばラプターでも怪しい、と言われれば怪しいかもわからん。これは、教授なりの親切なのだろう。

ここで慣れておけ、と言う。

「・・・模擬戦闘、と言うことでいいのか?」

「そういうことでお願いします」

ちら、と中尉を見る。頷く。

「そういう申し出ならば、いいでしょう。模擬戦闘程度でしたら、私でも許可できます。もともと、帝国と共同訓練をする予定でしたから。予定を少し変えてそのように取り計らいましょう」

「ありがとうございます。では、早速手配しましょう。と、いかんいかん。立会人を忘れていました」

「立会人?」

「ええ。此度の一件をどうしても見ていただきたく、帝都からお呼びした人がいらっしゃるのですよ。まぁ、向こうからも閲覧したい、と言う希望があったのもそうですが」

「その方とは?口ぶりから察するに高貴な方とお見受けするが」

「そのとおり。大将、どうぞお入りください」

扉が開かれる。入ってきたのは、近衛軍の大将、紅蓮大将その人だった。

「これは・・・まさか近衛のトップ自らがいらっしゃるとは」

「いやいや。少佐、君は運がいい。今日は特別でね、実はもう一人、来ているんだ」

紅蓮大将がそれまで立っていた場所を頭を下げながら後進に譲る。大将ほどの人物が道を譲るとは、どのような人物かと思いきや---

「初めまして、アルフレッド・ウォーケン少佐殿。私が、煌武院 悠陽です」

まさにサプライズ!

いやいや、どうしてこの人がここに?

帝都にいるはずではなかったのか?

「中尉。すまないが、こういうとき、どうすればいいのか私にはわからない。どうしたらいいと思う?」

「・・・笑えばいいと思います」

私は、実に上官思いな部下を持ったなと頷いた。

なるほど笑いか。長いこと軍人生活を送ってきたが、なるほどその発想はなかったわ。

「そんなわけがないだろう!」

びしっ

「良いノリ突っ込みだ、少佐。漫才師として食っていけるんじゃないか?」

きわめて真面目に言う教授。これが軍属でなかったら思いっきりはたき倒していただろう。

「私にコメディアンの才能はない。殿下、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。申し遅れましたが、私はアメリカ合衆国海軍第七太平洋艦隊所属、第08対日派遣戦隊隊長のアルフレッド・ウォーケンです。階級は少佐になります。名乗りが遅れ、申し訳ありません」

すかさず、中尉も自己紹介と一緒に頭を下げる。

「面を上げてください。遠路はるばる帝国へようこそ。征夷大将軍として、そなたたちを歓迎いたします」

「は。ありがとうございます。部下たちへのご配慮も、重ね重ね感謝いたします」

いま、部下たちは横浜基地のPX食堂で合成食材とはいえ食事を楽しんでいる。国連の基地とはいえ、日本人たちが多く勤務するこの基地で食堂が使えると言うことは、それも殿下の配慮で行われたことだろう。

なるほど。本国の連中が殿下をほしがるのも頷ける話だ。これこそまさに『鶴の一声』と言うやつだろう。うまく利用すれば、これほど対日工作でやりやすくなる手はない。

食堂で会った彼は、衛宮士郎と言ったか。

彼にも礼を言わねば。

帝国ホテルで働いていたのか、料理の腕が尋常でなく高かった。もしかしたら、皇室のお抱え料理人なのかも知れない。

「慣れない異国の地ではありますが、ゆっくりしてください。それでは」

挨拶をするだけだったのか、殿下はそのまま紅蓮大将を連れて行ってしまった。

「どうした、少佐。惚けてしまって。殿下に惚れたかね?」

ニヤニヤしながらお茶をすする教授。

「な、なにを言うのかね、教授」

「はっははは。隠しなさるな。少佐は軍人、いや、どちらかと言うと武人だな。思いは秘める口かい?」

「だから、私は---」

「好きなら、好きと言ってしまえ、少佐。早ければ早いほうが良い」

「私は、いち合衆国軍人だ。身の程は、弁えているつもりだ」

教授に倣ってジャパニーズ・ティーを飲み干す。熱かった。

「そう言って涙を飲む人を数多く見てきましたよ。まぁ、本人がそう言うならこれ以上言いませんがね」

「そうしてくれ、教授。とにかく、クーデターがいつ起こるかわからない以上、訓練と警戒は怠らん。空母も直に接岸する。仮に教授の言うとおりにしたとしても、私にそこまでの権限はない。我々に命令できるのは、議会か、大統領閣下だけだ」

「そう言うと思いましたよ。まぁ、着替えて待っててください。こちらもすぐに準備が終わりますから」

立ち上がり、ドアを開ける。早く準備しろ、と言うことか。

「ちなみに準備とは、外の機体は教授と何か関係しているのか」

「まぁ、していると言えば、していますね。なにしろ、対戦相手の一人は、私ですから」

「なん・・・だと・・・?」

「あの桶に手を突っ込んでいるのが、私の機体です。それとも遣り合っていただきます」

そうか。あのOKEにマニピュレータを突っ込んでいるのが教授の戦術機か。

とりあえず、どうしてOKEにマニピュレータを突っ込んでいるのかを聞くのは後回しにしておく。

多分、聞き出したら止まらなくなるだろう。

あの戦術機は何なのか、聞くのをすっぱりと忘れていた。

「正気かね、教授。我々の機体はラプターなんだぞ?」

隠密性、機動性、攻撃力、全てにおいて現存する戦術機を凌駕する性能を持ったF/A-22ラプター。あの灰色がどのような性能を持っていたとしても、開始直後に落とされるのは眼に見えていた。

しかし、教授は信じられんことを、さも当然のように言った。

「それがどうかしましたか?」

空いた口が塞がらん。

それがどうした、だと?

本気で言っているのか?

ラプターだぞ?

「教授、悪いがラプターの相手はやめておいた方がいい。空母が着けば、イーグルもある。そちらにしておいた方がいいと思うのだが」

「いやね、殿下からも紅蓮大将からもやってくれと言われてね。こちらも引くに引けないのだよ」

いやはや、と困る仕草を見せるが、にやけ顔が隠せていない教授。

紅蓮大将や殿下が、灰色の戦闘を見てみたいと言うのは理解しかねるが、やってくれと言われている以上、断る理由はない。

「わかった。なるべく手加減して戦うように伝えよう。教授も、あまり無理はするな」

そう言って応接室を後にした。

後ろから、教授の「く~っくっくっくっく」という笑い声が、どうにも嫌な予感を漂わせた。



<リーツ>

エンターテイメントには、『保つ』と言う語源があるとやら。

だから我慢した人にしか楽しみを味わうことが出来ないのですよ。

今まで仕込んできた予定はだめになってしまうが、まぁ殿下直々の頼みでもあるわけだし、断るわけにもいかず『アメリカ軍戦術機ダンス大会』はとりやめになった。

交換条件として、鎧衣課長に、国会に『あるもの』を仕掛けてもらうことを約束し、今に至る。鎧衣課長からの情報では、もう直にクーデターが発生するそうな。

主な原因は、アメリカ軍を横須賀に招き入れた事。そして殿下がアメリカ軍関係者と接触する、と言うことだった。

「はっはっは。どうやら止めを刺してしまったようですな」

そんな課長の笑い声が木霊する。笑い事じゃないっつの。

「とりあえず、霞とレイフをそちらに送ります。サポートにソウライを付けますので、後の段取りは任せましたよ」

「うむ。こちらで出来るだけ時間を稼ごう。殿下を、頼みますよ。教授」

「ここにいる分でしたら、BETAがハイヴごと襲ってでも来やしない限り崩れませんよ」

整備ガントリの傍で、靴紐を結ぶ仕草をしながら課長と話す。

「それは頼もしいことですなぁ」

「鎧衣課長も、なるべく死人は出さないようにお願いしますよ。わざわざ国会に仕込んだ物がパーになるなんて考えたくもないですからね」

「これが成功したら、アメリカの面目は丸つぶれですなあ」

「逆切れかまして来ないように祈ってください」

「努力しよう」

「裏の飛行場でメサイアが暖気しています。飛行服無しで空を飛ぶのは危険ですが、我慢してください」

「ご配慮に感謝しますよ、教授」

「と、言うことだ。霞。いけるか?」

≪大丈夫です。この子も早く飛びたがっています≫

無線機から聞こえる霞の声。

「無理はするな。終わったらすぐに帰ってくること。いいね?」

≪はい。レイフが、守ってくれます≫

「知恵の狼だ。きっと守ってくれる」

≪はい≫

≪教授、これでいいのかね≫

いつの間に。

「本当に行動が早いですね」

≪若い者には、まだまだ負けんよ≫

「では、ご武運を」

≪君もな≫

飛び立つ二機。両機とも、元々が電子戦機なだけにジャミング性は高い。第七艦隊のイージス艦でも、小鳥が移っている程度にしか見えないだろう。

レイフにいたっては、その気になればジャムモードでレーダーを無効化することが出来る。派手に無効化するために、今回のようなこっそりと行動するためには向かないからやらないが。

「さーて、やりますか」

表の飛行場に向かう。急いでこしらえた為に雑だが、頑丈な観客席で座る何人か。

帝国のお偉いさん方や、『たまたま』ケストレルに乗っていた第五計画推進派のタカ派に普通の幹部方だ。榊首相や、その腹心、大臣と言った人物らも、いる。

その中で異彩を放つ殿下。

普段のやさしい面影はなく、罪人を断罪する執行人のような厳しさが溢れている。

その気迫に幾人かが、押されているところをみると、第一段階は、良しと言った所か。

二時間後、全ての準備を終えて、開始宣言が流れた。

≪それではただいまより、征夷大将軍殿下立会いの下、模擬戦闘訓練を開始する≫

紅蓮大将の反論を許さない太い声が響く。

≪第一戦闘。国連軍所属、ヴァルキリーズ隊対アメリカ海軍所属、ケンブリッジ隊・・・はじめぃ!≫

ヴァルキリーズは、少し前からXM3を搭載して訓練をしている。

≪茜、右!≫

≪了解!≫

しかも、タチコマンズが面白がって改造したロケットモータ推進装置が機体の随所に取り付けられていることもあって、その機動性はラプターに匹敵する。

形だけを見れば不知火弐型を模してはいるが、ロケットモータ類はノズルが剥き出しのままで急ごしらえ感が否めなかった。

≪ば、バカな!機動性でラプターを圧倒しているだと!?≫

一機、また一機と立て続けに撃墜判定が下されるアメリカ勢。感心して頷く者もいれば、何をやっているんだと拳を振り上げる者もいた。

≪距離だ、距離をとれ!加速なら負けん!≫

残った三機が一気に戦場の端っこに飛ぶ。が、そこでもヴァルキリーズの優勢は変わらない。

≪ふ、ふふふふふ。今の今まで教授にコケにされ続けた恨み・・・あんたたちで晴らさせてもらうWAAAAAAAA!!!!≫

イレギュラーハンター・エックスも顔負けの三角飛びで廃墟を乗り越え、ラプターに迫る速瀬。若干、壊れている模様。

≪撃て、撃て。弾幕を張るんだ!≫

≪無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!≫

器用にくねって(ジョジョ立ち)ペイント弾を避ける速瀬。その後ろから茜と風間の援護が入る。

≪全弾避けただと!?≫

≪WAAAAAAAAAAAANAAAAAAAAAAAAAAABYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!!!!!≫

≪うぎゃーーー!!!≫

最後の機体が、どくろの煙を上げながら倒れる。戦闘終了の合図だ。

≪まだよ・・・こんなもんじゃ済まないわ・・・次の、次の生贄を私に捧げなさっぁあぁあいぃぃ!!≫

両手に持ったマシンガンを上空に撃ちまくる。相当ハイになっているようだ。

「茜、風間、あのバカを黙らせろ!」と、横で伊隅大尉。

≪り、了解!≫

≪速瀬大尉、落ち着いてください!もう終わりましたよ!≫

わきゃーと言いながら速瀬の不知火を押さえ込む。強制停止ボタンくらい取り付けておかなかったのか。

≪それでは、これより第二戦闘を開始する。航空自衛隊七瀬基地所属、ラーズグリーズ隊よりジェフティ対アメリカ海軍所属、コンパス隊・・・始めぃ!≫

ラプターを一方的に撃破されたことと、航空自衛隊とは何だ、にざわつくアメリカ勢だったが、騒ぎなど一向に構わず次の対戦を読み上げる紅蓮大将。流石に近衛の大将なだけはある図太さだ。

「ちょっと待ってください、紅蓮大将殿」とは、空母から先発としてやってきた幹部の一人。ラプターの開発元からの担当者だった。

≪その勝負、待った!≫と、止める大将。「どうかされましたか、ミスタ・フリッツ・S・エブナー」

「仮にも我が国の最新鋭機にたった一機とは、どういう了見ですか。確かに先程の不知火には、まだまだ学ぶべき点があると痛感はしました。しかしこれは、あきらかに侮辱です!やめていただきたい!」

「残念ですが、それは出来ません」

「なぜです!」

「先程も言いましたが、あの機体は航空自衛隊所属機です。近衛軍である我々には、命令のしようがありません」

「コウクウジエイタイ?帝国軍ではないのか?」

「詳しくは、この模擬戦闘が終わりましたらお話しましょう」

「ち、ちょっと、話はまだ---」

≪始めてよし!≫

開始の合図と同時にジェフティがゼロシフトを使って間合いを詰め、ブレードが、コクピットの真下を突き破る。

≪む・・・やりすぎたか≫

煙を上げながら倒れるラプター。担当者は泡を吹いて倒れる。

「やりすぎだ、ばかもん。あれほど模擬刀を使えと言っただろう」

インカムを通して衛宮に伝える。

≪そうは言うがな、このサイズだと木刀でも機体が歪む事になるが≫

「どてっぱらに大穴開けるよりはマシだろう」

≪そんなことより、模擬戦闘はどうするのかね。みな、固まっているが≫

それとなく、後ずさりしているようにも見える。

「それはもちろん、続行しろ」

≪了解≫

瞬く間に撃墜判定が下るラプターたち。最後の一機に至っては、白旗を振ろうとしていた。

≪終了だ。私は厨房に戻る≫

「ああ、ご苦労様。もう直に殿下もいらっしゃるから存分に腕を振るってくれ」

≪・・・そういうことか。つくづく、だな≫

「毎度のことだ。それに、言い出したのは殿下だ。私じゃない」

『求め』の欠片を通して送られてきた殿下の御言葉。やらんわけにはいくまい。

≪クーデターの連中が知ったら惨殺されかねんぞ≫

「なに。そのためのレイフさ」

≪戦術機と無人戦闘機。さて、勝つのはどっちかな?≫

「レイフには雪風と同型のイメージ・スクランブラを取り付けてある。付け加えて、あの機動性だ。落とせるやつがいるとしたら、それはニュータイプか真イノベイターくらいなものだ」

イメージ・スクランブラとは、ある程度の知能を持った生命体に有効な一種の幻惑装置のことだ。その生命体が一番印象に残っていることを読み取り、脳に映し込む。結果、イメージを映し込まれた生命体は、正確な視覚情報を認識できなくなるのだ。

元々は、迷走惑星探査衛星一番機に搭載されていたものだ。

略して『迷惑一番』。なんともイカス名前ではないか。

≪だといいがな。それで空母はどうするんだ≫

まだ空母は接岸していない。おそらく第五計画推進派の策略だろうが、あまり意味はないだろう。

「ラーズグリーズがケストレルを沈めるわけにもいくまい。そのままでいいが、発進しようとしたら甲板に一発お見舞いしてやれ」

≪やれやれ、メインディッシュが席を外してもいいものでよかったよ≫

通信を切る。

≪教授、聞こえますか、教授≫

インカムから聞こえる霞の声。

「どうした?」

≪作戦は成功です。死者もいません≫

意外に予定通りだな。

「後どのくらいでこちらに着きそうだ?」

≪三十分ほどです≫

「クーデターの連中は、ちゃんとついてきているか?」

≪はい。大丈夫です。レイフががんばっています≫

「わかった。こちらも準備をしておく。殿下の様子はどうだ?」

≪少し息が苦しいと言っていますが、そのまま飛んでくれていいそうです≫

「無理はするな、霞」

≪はい≫

第二段階は終了だな。

「衛宮に腕を振るって待っているように伝えるよ」

≪士郎さんがご飯を作っているんですか!?≫

いや、毎日作っているだろう。

というか、いま声が弾んでいなかったか?

≪早く帰ります。士郎さんのご飯は、お母さんの味がします≫

「・・・霞、何を食べさせてもらった?」

≪ボルシチです≫

郷土料理で攻めてきたか。しかも、霞にはいない『お母さん』の味と言わせしむるとは、衛宮・・・おそろしい奴よ。

≪ふっ≫

勝ち誇る衛宮が、ジェフティから降りて厨房に向かう。紅い外套を羽織っていたために、その姿は観客席からざわつきを呼んだ。

目配せすれば、セラス中尉を筆頭に、アメリカ軍、日本政府の役人問わずカメラで衛宮の姿を追っている。

当然、衛宮の情報を流すわけにはいかないのでゼロ・スイッチを作動。小型の電子機器を焼く程度の電磁波を流す。

更に騒ぎが大きくなったが、気にせず自分の準備をする。

次は、私だ。

≪第三試合、航空自衛隊七瀬基地所属、ラーズグリーズ隊よりエンディミオンGT-X対アメリカ海軍第66戦術機甲大隊所属、ハンター隊よりラプター。双方、異論はあるまいな?≫

アメリカ側からルールの変更と言うか、お願いがあったので一対一になった。相手は、ウォーケン少佐である。

潔いというか、これ以上ラプターを壊されたくないと言うか、なんとも不憫な話である。

まぁ、これからラプターを動かしたいタカ派の方々からすれば、わからんでもないが。

「リーツ・アウガン、問題ない」

≪アルフレッド・ウォーケン、同じく問題なし≫

≪では、始めぃ!≫

開始の合図と同時にペイント弾の嵐でかく乱に来る少佐。ここでBBTを使ったら面白みがないので普通に廃墟に隠れてやり過ごす。

≪なかなか素早いじゃないか、教授。先程と言い、猫をかぶっていたな?≫

無線通信。ずいぶんと楽しんでいるじゃないか、向こうも。

「どれのことかね。模擬戦闘のことか?さっきの会話か?」

≪模擬戦闘だ。不知火カスタムと呼べばいいのか?機体性能も眼を見張ったが、衛士の質も高いようだ。正直に言おう。タカをくくっていたよ≫

隠れている廃墟に向かってコンクリ片が投げつけられる。

なかなかどうして、上手に地形を利用するじゃないか。

「改造を行ったのは、私じゃないんだ。ベルカと言う。これが終わったら紹介しよう」

≪それは、楽しみだっ!≫

反対側に回り込んで突き崩しにかかる。負けじとラインメイタルMK-57中隊支援砲を振り回す。

旧ドイツ軍のMG42機関砲を戦術機サイズにリサイズしたものを、今回使用している。それ以外には、他の戦術機となんら変わらない長刀や弾薬のみである。

たまには、こういうのもいい。

「それそれそれ!」

死角になりそうなポイントへ的確に撃ち込む。しかし少佐は、それを見越して、それ以上の速さで廃墟の合間を縫って後退していく。

≪そうそう当たりはせんよ、教授≫

「そのようだな」

赤い人とどっこいどっこいだ。

≪負け続けるのは得意だ、とは、うちの艦長の口癖だが、今回は勝たせてもらうぞ≫

やっぱりその人かい。

沈むぞ、あのフネ。

「こちらも殿下から期待されているんでな、曲がりなりにも日本人として負けられんよ」

天井を破壊し、ワイヤーアンカーを上に射出して屋上に向かう。

≪その容姿で日本人とはな!≫

「よく言われる!」

ワイヤーアンカーの巻き上げをバネにしてロケットモータを点火。ラプターも平行して牽制を仕掛ける。空中戦。

≪教授にしておくには勿体無い腕前だ!≫

ペイント弾がいくつも掠る。

「自衛隊の錬度をなめてもらっては困るな!」

ラインメイタルを振り舞わす。速度が速すぎて照準がぶれる。

たんっ

≪GT-X、右主脚に被弾。大破≫

コンピュータが右脚の電源を落とす。まずいな。アンバックがやりにくくなる。

「当たれば単位をやるぞ。ちゃんと当たれよ!」

バランスを崩したところを仕留めに来たラプターに弾倉がなくなるまで叩き込む。

≪ハンター1、頭部、左手腕に被弾。大破≫

だらんと垂れる右腕。頭部は、モニターが使えなくなっているからセンサーのみになるだろう。両機とも、着陸する。

≪本当にいい腕だ。エンディミオンGT-Xと言ったか。まさかラプターと互角に遣り合えるとは思ってもいなかった≫

それまで構えていたチェーンガンを捨て、背部担架に格納されていた模擬刀を持ち出す。

「潔いね。悪くない」

こちらもラインメイタルを捨てる。どの道、弾切れだ。向こうもそうかもしれない。模擬刀を装備。

----いざ!

ギィン

お互い、トップスピードでの鍔迫り合い。腕のモータから煙が上がりはじめる。

≪教授、着きました≫

両機の間を音速で飛ぶメサイア。すんでで離れる。

「いいタイミングだ、霞。あとで魔法のステッキをあげよう」

≪出来たんですか?≫

「いい具合に仕上がった。だから、もうちょっとがんばってくれ」

≪はい。がんばります≫

≪なんだ、何がおきた≫

カメラアイが働いていなかったために若干遅く反応した少佐だったが、何とかかわしていた。模擬戦モードを切る。

「少佐、聞こえますか。あれは我がラーズグリーズ隊のメサイアです」

≪飛行場にいた戦闘機か?何の真似だ≫

「クーデターが発生した模様です」

≪なんだと!?≫

「あのメサイアには、クーデターを免れた国家の最重要人物が同席しています。模擬戦をやめ、待機してください」

≪待て、HQに確認を取る。VIPとは誰だ?≫

「征夷大将軍殿下ですよ」

≪ばかな、そこの閲覧席でおられるでは・・・影武者か!?≫

流石に少佐なだけはある。頭の回転が速い。

「ここは私が食い止めます。少佐はクーデター軍からの攻撃を避けることにだけ専念してください」

≪何を言っている。教授とて丸腰ではないか≫

「ところが、そうでもないんですよ」

アムラーム・ウイング精製開始。GT-Xの背部に蝙蝠の羽を模したウイングが精製される。

更にそこへ自衛隊名物、国産変態ミサイルをセット。わざと狙いがそれるようにメモリを書き換えて装填する。

「こんな具合にね」

≪な、なんだ、それは≫

「NEED TO KNOW。上から知らされていませんでしたか?これがGT-Xの本来的性能なんですよ」

メサイアとデータリンク。ついでにレイフを脳波コントロールから自動操縦へ。

「目標相対座標転送。うまくスラスターに当たってくれればいいんだが」

順列立てて発射されるアムラーム。蒼空でいくつか手ごたえを取る。

同時に、あれを避けたのか、と素で驚く。

≪確認が取れた。帝都国会でクーデター軍による占拠が行われたが、急遽、こちらに向かっているとのことだ≫

「そちらは死者の情報は入っていますか?」

≪いや、そのような情報はない≫

「ありがとうございます---と、来たようですね」

装甲板に『烈士』と書かれた不知火が何機か、基地手前で着陸した。流石に入ってくるほど頭に血が回っているわけではないらしい。

≪CICから各機へ≫と、今さらに司令部から。

≪たった今、帝都にてクーデターが発生した。総員厳戒態勢、繰り返す、総員厳戒態勢≫

「本当に今さらだな」

すぐ目の前にいると言うのに。

そして予定通り、紅蓮大将が乗った御武雷が殿下と榊首相を含めた数人をマニピュレータに乗せて行く。

あちらは殿下に任せ、影武者の回収と避難を優先する。

≪御剣訓練兵、無事か≫

ヅラをかぶり、礼装を脱いで訓練服になった御剣嬢をGT-Xに乗せる。

「は。自分は大丈夫であります、中尉殿」

「今は教授でいい。いきなりこんな役を頼んですまなかったね」

「いえ、殿下のお役に立てるのであれば僥倖です」

「また無理をして。御姉さんなんだろう?」

「・・・私に、姉はおりません」

望遠カメラが沙霧大尉を捉える。片膝を着いて、頭を垂れている。

「私は、少し前に殿下に謁見してきた」

「そう、ですか」

「そのときに献上した『求め』の欠片で色々と君との関係や思い出を聞かせてくれたよ」

血縁関係等の情報は、既に知っていたが深い思い出については知らされていなかった。

あのあと、すぐに欠片を通して連絡があったが、ほとんどが雑談のようなものだった。意思をそのまま送ってしまうので最初こそ不慣れだったが、今ではちゃんと使いこなしている。

時々、抗議のような意思を感じることがあるが、それは『求め』の意思で、こんなことに使うとは何事だと言っているのだろう。

まぁ、無視しているが。

「殿下が?」

「ああ。君に会いたがっていたよ」

今回のサプライズは、その意味を込めたものでもあるが。

「君が人質としてここにいることは、殿下の周辺の人はみんな知っている。207の連中とて、うすうすは気が付いているだろう。白銀君も、それを知ってあそこにいる」

全天周囲モニターに白銀君の乗った偽装・不知火を拡大表示する。

「あれに、タケルが?」

「彼専用の戦術機だ。追加装甲で不知火に偽装こそしているものの、彼の技能を100%生かせる機体だよ」

「タケルが、殿下のために・・・」

「君のためだ」

「え?」

「君のために、白銀君はあそこにいるんだよ。もちろん、殿下のためでもあるがね。殿下から聞いた話をしたら、えらくいきり立っちゃってね。私にあんな物まで作らせてしまった次第さ。白銀君だけじゃない。鎧衣嬢も、榊嬢も、珠瀬嬢も、彩峰嬢も、みんな君と殿下のために動いている」

「もしかして、今朝から皆の姿が見えなかったのは」

「正解。それの仕込みに追われていたんだ。そういえば、自己紹介がまだだったね。私はリーツ・アウガン。このエンディミオンGT-Xの製造者で持ち主だ」

「は、伺っております。私は御剣冥夜訓練兵であります」

「その名前、殿下が聞いたら泣いてしまうぞ」

ただでさえ欠片越しにすんすん泣いていたのに、これではあんまりだろう。

「わ、わたしは!」

「個を捨て公に生きると?たった一人の姉を捨ててか?やめておけ、そんなこと」

「私には、覚悟があります」

「眼に涙を溜めたやつの言う事じゃないな」

はっとして涙を拭う御剣嬢。

ぐしぐし

「とりあえず、あれだ。君と殿下が姉妹でないと言うならば、姉妹にするまでだ。構わんよな?答えは聞いていない」

アメリカ軍が動く。タカ派に言われたか。

「ハンター1。少佐、どこに行くのかね?」

アムラーム・ウイングを消去。徒手空拳で動こうとしていたラプター隊の前に立ちはだかる。

≪そこをどいてください、教授。沙霧大尉らはクーデター軍の中核存在と判断されました。仙台臨時政府の要請を受け、我々アメリカ軍はクーデター軍を排除します≫

「臨時政府?おかしいな、榊首相をはじめとした閣僚はそこにいるじゃないか」

≪臨時政府によれば、榊首相らはクーデター軍に殺害された、と発表しました。以後の国家運営は、我々が行う、と≫

カウンターテロか。なんとも憎らしいタイミングでやってくれる。

「では、あそこにいる榊首相らは偽者だと?」

≪そのようだ。しかし殿下は保護しなければならない≫

「少佐、君はわかっているはずだ。あそこにいる榊首相らが偽者でないことぐらいは」

≪そうかもしれない。しかし、我々は軍人なのだ。上の命令は絶対だ≫

実弾の入ったチェーンガンを構える。レーザーポインターを当て、どいてくれ、と付け足した。

≪できれば、教授を撃ちたくはない。教授は、これからもBETA戦略の要として世界に必要とされるだろう。そのような人物を、ここで死なせる訳にはいかない≫

少佐の言っていることは、本心だろう。しかし同時に軍人である以上、これ以上の譲歩は出来ない。むしろここまで引っ張れたのは彼のカリスマがあってこそだ。

しかし、いざやるとなると相手は二十機近く。後方で白銀君や霞が待機しているとはいえ、どうしたものやら。

「仕方ない、力ずくの交渉といこうか」

≪くっ、コクピットは狙うな!主脚と手腕を狙え!≫

「なんちゃって精霊光結界!」

光がGT-Xを包む。発射された弾丸は、変身中に発生するエーテル・フィールドによって一切の物質の透過を遮断してエーテル粒子に還元してしまうために届かない。

発光が終わる。

                          CAST IN THE NAME OF GOD, YE NOT GUILTY



打ちつけた両拳が、空気を揺さぶった。





[7746] 一難去ってまた一難。懲りない人に第八話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:30d4a83d
Date: 2009/06/13 23:38
<冥夜>



乗ってすぐにコクピット一面広がる映像に内心驚きつつ、悟られぬようアウガン教授と会話を交わす。

朝から姿が見えなかった部隊の仲間の真意を知り、涙が滲んでいると、アメリカ軍が動いた。

それを制止しようとアウガン教授は、彼らの前に出る。

「少佐、君はわかっているはずだ。あそこにいる榊首相らが偽者でないことぐらいは」

≪そうかもしれない。しかし、我々は軍人なのだ。上の命令は絶対だ≫

≪どいてくれ。できれば、教授を撃ちたくはない。教授は、これからもBETA戦略の要として世界に必要とされるだろう。そのような人物を、ここで死なせる訳にはいかない≫

幾度か交わされた言葉に、互いを尊重する意思が読み取れる。

教授は星条旗に忠誠を誓った軍人として立つウォーケン少佐を。

少佐は世界に必要とされるひととして教授を、それぞれ見ていたようだった。

「仕方ない、力ずくの交渉といこうか」

少佐が、コクピットを外して撃て、と命令する。

「なんちゃって精霊光結界!」

教授が叫ぶ。光に包まれて何も見えなくなった。

すぐにそれはなくなったが、見ている風景はがらりと変わっていた。

≪CAST IN THE NAME OF GOD, YE NOT GUILTY≫

その横文字がコクピット全体に流れる。

「神の名において作る・・・これを作る?汝、無罪?教授、これは、一体なんなのですか?」

「我、神の名においてこれを鋳造す。汝ら、罪無し。という意味だ。12世紀ドイツの死刑執行人が持つ刀剣に刻まれたものと同じでね、広義で『断罪』の意味を持つ」

「神・・・」

「さぁ、交渉しようか。ビィィィィッグ・オォォォォ!アァァァァクション!!」

操縦桿を大きく振り、また、戦術機も合わせて大きく両腕を振る。

ガァン!!

打ち付けられる両拳・・・え?

「き、教授、腕の形が先ほどと違いますが?」

モニターに映るのは、戦術機ではない黒いそれ。形どころか、色も違う。
         エーテル
「気にするな。万物構成粒子の前ではみんな同じだ」

≪各機、散開せよ!≫

ウォーケン少佐の声が聞こえる。通信を繋いだままなのだろうか?

「なぁに。ちょっと盗み聞きしているだけさ」

「そ、それは重大な条約違反では」

「バレなければ無問題」

「そういう問題では・・・来ます!」

ラプターからの攻撃が始まる。

ガン、ガン、ガン

思わず身構える。が、どうしたことか。振動を感じるだけでどうもない。しかもその振動も、多少ゆれる程度のものだ。

「どう、なって・・・?」

「なに、ちょっと被弾しただけさ。メガデウスが、この程度でやられると思ったのかね?」

「メガデウス?それが、この戦術機の名前なのですか?」

「いいや。君たちがロボットを戦術機と呼ぶように、このビッグ・オーが元々あった世界では、ロボットを総じて『メガデウス』と呼んでいたのだよ」

「仰っている意味が、良くわからないのですが」

「なに、今は理解できなくて良い」

機体が大きく動く。

「さて、まずは隠れても無駄だと言うことを知ってもらおうか」

操縦桿を引く。

メガデウスも腕を引き上げ、肘から大きな『なにか』を突出させる。

「ビルを盾にしたところで無意味だよ。おやすみ、ドロシー1!」

離れたビルに向かって腕を打ち出す。同時に、肘から出たそれが腕の中に叩き込まれた。

ボン

あろうことか、そのビルを突き抜け、さらにその後ろに続くビルに大穴を空けて見せた。

≪ドロシー1!応答しろ、ドロシー1!≫と、ウォーケン少佐。

≪こち、ら、ドロシー1・・・機体が、機体が・・・バラバラ、に・・・な、りました。02、03も・・・同様、です≫

≪こちらドロシー4!くそったれが!隊長たちが食われた!≫

≪なんだよ、ありゃ!?打ち所が悪かったらひき肉じゃねぇか!≫

≪情報部は、あんなもんのこと、一言も言ってなかったぞ!≫

≪落ち着け、全員生きている!ドロシー04、05は01、02、03を救助して後退しろ!残りはハンターに入れ!≫

≪くそったれが!HQ!支援攻撃要請だ!ここいら一体を艦砲射撃してくれ!≫

言った瞬間、遠く、海で光が弾けた。

「衛宮か」と、アウガン教授。

≪なんだ、何が起こった≫と、コンパス1。機体をイーグルに乗り換えている。

≪HQから各機。ケストレル甲板に被弾。戦術機発進不能。昇降機電源供給盤を破壊された模様≫

≪なんだと!?≫

≪どこからだ!≫

≪レーダーには、ミサイルなんて映っていなかったぞ!≫

≪違う、ミサイルじゃない!もっと小さい!光る何かだ!≫

≪何かって何だ!?≫

≪おれが知るか!≫

また光る、光る、光る。計三回。先ほどのものを含めれば、四回。

≪屋上だ、屋上から発射されてる!≫

≪携帯兵器だ!?ばかな、携帯兵器で空母の電源盤なんか狙えるか!何マイル離れてると思ってやがる!!≫

≪確かに光ったんだ!≫

≪HQから各機。アイオワ、ニュージャージ、本艦に被弾。アイオワ、ニュージャージは損害軽微なれども測定器が使用不能。支援砲撃は再開のめど立たず。本艦もレーダーが使用不能。そちらの---≫

また光る。

「景気が良いな。ケストレルだけでよかったのに」

≪なんだ、どうした!HQ、応答しろ、HQ!≫

≪こちらケストレル。聞こえるか、上陸組、聞こえるか≫

≪ケストレルか!?一体どうした!≫

≪指揮旗艦が通信設備を破壊された。以後は、こちらでサポートする。だが、支援砲撃等はいつ再開できるかわからん状況だ。聞いたと思うが、戦術機をそちらにまわそうにも昇降機が使えん。いま、設備班が昇降機を使わずに発進の準備を進めているが、それも最低で十分はかかる。何とかそれまで持ちこたえてくれ≫

≪十分だな?早めに頼む!≫

≪ハンター1だ。アンダーセン艦長を出してくれ≫

≪ニコラスだ。ウォーケン、どうした、なにがあった?≫

≪わかりません。リーツ・アウガン教授の乗る戦術機が、光に包まれたかと思えば形状が著しく変わっており、腕を突き出す攻撃でドロシー隊が半分持っていかれました。奇跡的に死者はいませんでしたが≫

≪光に包まれた?確かか?≫

≪はい。間違いありません。目の前で起こりました≫

≪少佐、よく聞け。それはおそらく『新潟の悪夢』と同じ現象だ≫

新潟の悪夢。BETA戦史上、死者を出さず、かつ大量のBETAを捕獲した奇跡の作戦。

なのに、なぜ『悪夢』呼ばわりされるのかは、その作戦に参加した衛士しか知らないと言う。

月詠が聞いた一人の衛士曰く。

『歌が・・・歌が聞こえたんだ・・・あの歌は・・・全てを狂わせる』と。

その衛士は、白髪化してしまうも後に欧州へと渡り、西洋風に『アルベド』へと名を変えたとか。

≪謎の戦術機が発光すると、その形状を著しく変えて再出現すると言う。そしてその衛士が、リーツ・アウガン教授だと言うのだ≫

≪な、なんだって!?≫

≪気をつけろ、少佐。アウガン教授とやら、只者ではないぞ≫

≪了解です!≫

「それも全部筒抜けだと、意味ないような・・・WW2のアメリカ軍もこんな思いだったのかね」

操縦桿を動かす。

「まぁ、盗聴されるようなシステムじゃ文句は言えないってことで。クロムバスター!」

再び打ち付けられる両拳。その格好のまま、頭部から光線が照射される。

≪光学兵器だと!?≫

廃墟が吹き飛ぶ。戦術機が宙を舞っているのがわかる。

≪コンパス隊とケンブリッジ隊がやられた!≫

≪動け、動け!止まったら死ぬぞ!≫

カン、カン、カン、ドン

軽い音に混じって時々重い音。チェーンガンとグレネードを交互に撃っているのだろう。が、一撃たりとも致命傷になっていない。いや、攻撃する動作を遅らせることすら出来ていない。

「圧倒的過ぎる・・・」

「まだまだ。お偉いさんと交渉が出来ていないからね」

「交渉?一体、何と交渉していると言うのですか」

「第五計画推進派のなかでもタカ派と呼ばれる過激派の方々さ。そこにいるだろう」

モニターが一人に的を絞ってクローズアップされる。

「あのいかつい男が過激派さ。そして、仙台臨時政府と繋がっている裏切り者でもある。この場合、アメリカを裏切ったことになるのかな」

「仙台、臨時政府?」

「さっき少佐が言っていただろう?榊首相らが沙霧大尉らに殺害されたので自分たちが取って代わって政権を運用する、と」

「そんな・・・ばかな。榊首相らはそこにいるではありませぬか」

「だから、カウンターテロなのさ。まったく、アクメツ世界以来のパターンだよ」

「どうして。教授の作ったアークバードによる光学兵器攻撃によりBETAの脅威がもう少しでなくなりそうだと言うのに、何をやっているのだ。これでは共倒れではないか」

「ふむん。オルタネイティヴ計画、と言う計画名を聞いたことは?」

言いながらメガデウスを動かす教授。

「いえ、存じません」

「BETAとの対話手段模索計画だ。極秘中の極秘計画だよ」

!!

「な、そ、そのようなことを自分に・・・」

「知ってもらわなくては困る。君らの命に関わることだ」

「君ら・・・?」

「君ら207訓練小隊は将来、伊隅ヴァルキリーズに入隊するだろう。そこでは、先ほど言ったオルタネイティヴ計画を円滑に進めるための作戦が随時行われている。アークバードでBETA戦略が大きく変わり、第四計画の意味が変わったとしても、君らのような優秀な衛士は必要になるだろう。それはつまり、常に命の危険が大きい前線にいるということだ」

「私たちが、そのような計画に参加するのですか」

「計画全てを知ることはかなわないだろう。しかし、それを説明しなければ今回の事態の顛末が見えてこない」

再び振るわれる腕からの攻撃。コクピットから下がごっそりと抜ける。

「サドン・インパクトニヨル機体ヘノ歪ミハ確認デキズ。サレドヱーテル粒子ヲ5%程消費セシムルモノ也。同時ニ人体ヘノ悪影響ハ認メラレズ、と---ぶっちゃけると、我々が進めている計画は第四計画といってね、今まで培ってきたオルタ計画の流れを受け継ぐもの。そしてあのいかつい男が、それまでとは違うオルタ計画、第五計画を進めている連中の過激派なんだ」

構わず続ける教授。

「大雑把に言って第四計画は、BETAに徹底抗戦して叩く計画。対して第五計画というのは、地球を脱出する計画だ」

「な!?地球を脱出するのですか!?」

「別段驚くことでもないだろう。確実に種としての保存を成す為には止むを得んことだ。私が生まれた世界でも、地球脱出計画はあった。もっとも、DNA情報とわずかばかりの歴史、再生できるかわからない記憶だけでとても種の保存とは言えなかったがね」

ちょっと待ってください、と言う。

「何故です。話を聞くだけでは、両者とも人類のための計画。それが何ゆえ、このような事態になったのですか」

外延部で爆発が起きる。

「どうやら、まだネズミがいたようだな。エッジ、ソーズマン、チョッパー、聞こえるか。ネズミを叩け」

≪チョッパー了解!≫

≪エッジ、わかりました≫

≪そ、そーずまん了解です!≫

「いまの声、霞なのか?それに、タケル!?純夏も!?」

≪え、ちょ、おま!冥夜!なんでそこにいるんだよ!?≫

「チョッパー、御剣訓練兵は私が保護した。君は思う存分暴れたまえ。せっかくのオリジナルなのだから」

≪教授が?わかりました。じゃあ、行ってきます≫

「エッジ、ソーズマン。今回は君らがチョッパーのサポートだ。レイフも自己判断でやらせる。いいか?」

≪はい。大丈夫です≫

≪う~、大丈夫です≫

「ソーズマン、緊張しなくていい。肩の力を抜け。楽になる」

≪人生が楽になっちゃいそうだよ~!タケルちゃーん!どうして一緒に乗ってくれないのさ~!≫

「人生て・・・君ね」

≪仕方ないだろ。こっちは複座でも先客がいるんだから≫

≪む~!≫

≪ソーズマン、来ます≫

淡々とした霞の声。なにやら怒っているようにも聞こえなくない。

≪え?え?う、うわー!≫

「エッジ、ソーズマンをよろしく頼む」

≪任せてください≫

視界の端っこで勢いよく飛ぶ一機の戦闘機。つられてもう一機が飛ぶ。

「あれは・・・」

「私が作った複製品だ。元のやつよりも性能は高いがね」

「教授が?」

「そうだ。図面とシステムデータさえあればなんだって作れる。それがこのエンディミオンGT-Xの能力だ」

「エンディミオン、GT-X」

「さて、質問の答えだが、答えよう。まず、第四計画が成功した。それが第五計画に影を落し発言力を弱めている。しかし第四計画は未だ完全ではない。ならば足払って第五計画を進めるようにしよう。これで自分たちの正義と権力は守られる、というわけだ」

・・・ちょっと、まて。

「・・・権力争い?・・・そんな、そんなばかなことが・・・」

「事実だ。どちらにせよ、人類、という種が残せれば勝ちなのだ。ただ勝つか逃げるかの違いでしかない。君らを駒に使ってな」

目の前が真っ暗になった気がした。

なら、自分が今までやってきたことは何だ?

人質としてここにやって来たとはいえ、それでも守りたいもののためにやってきた。

それなのに、なぜこんな愚かしい戦いに身を投じなければならないのだ?

「殿下は、これを知っている・・・のですか?」

「知っているだろう。知っているからこそ、わざと沙霧たちにクーデターを起こさせて膿み出しを図ったんだ。もう二度と、こんなバカな戦いをやらないためにね」

・・・姉上・・・

≪散開していてはだめだ!囲め!集中砲火だ!≫

廃墟やそうでないところから銃身を見せ、砲撃するラプターやイーグルたち。

「!?囲まれました!」

「それを待っていた。モビーディック・アンカー、全方位射出」

スカートから放たれる錨のようなそれ。ロケットモータが内蔵してあるのか、火柱をたてながら飛んでいく。

≪ブレイク、ブレイク!≫

散開するアメリカ軍。しかし、それを追って方向を変える錨。

≪こ、こいつホーミングしてきやがる!≫

≪有線ロケット弾か!?≫

≪ちがう、鎖だ!ワイヤーじゃない!≫

ぐさっ

錨が戦術機を捕らえる。

≪ロケット弾じゃない!≫

≪くそ、くそ、くそ、だめだ。外れん!≫

「外れるわけがなかろう。ビッグ・オーの全体重を支えることが出来るんだぞ」

鎖を巻き上げ、引き寄せる。

≪ぐわぁぁ!!≫

「まとめて仕留める。プラズマギミック」

上半身と腕の装甲がスライドしてメガデウスを覆うほど巨大な光が発生した。

それに巻き込まれるラプターたち。

光が終わると、ラプターたちは煙を上げながら倒れた。

「これで残すは・・・少佐と中尉か」

逃げられたかね、と言っていかつい男に目標を変える。

「さて、そこのオルタネイティヴ5推進派のオヤジ」

外部スピーカを通して語りかける教授。思わず身構える男。

「今すぐにこんなバカな騒動をやめるように言ってもらおうか。さもなくば、貴国自慢の第七艦隊の半分が海の藻屑になるぞ」

腕を男に向け、装甲をスライドさせる。そこから見える銃身は、戦術機が扱うどの銃身よりも太い。

男が大声を張り上げる。

≪ふ、ふざけるな!貴様、我々にこんなことをしてただで済むと思っているのか!≫

「状況が見えていないのかね?君らは、もう終わっているんだよ。そうやっていつまでも在りし日の栄光に縋っているのは美しくないぞ」

≪黙れ!BETAに勝てるものか!アークバードとて、いつか落とされる!そうなれば、人類はもう成す術はない!オルタネイティヴ5こそが、人類を救う唯一つの手段なのだ!≫

頭がどうかしたのかと思った。

こやつは、何を言っているのだ?

アークバードを失ったら人類は負ける?

≪それを成すのが、我々第五計画派なのだ!第四計画派に人類を救う力も!資格もない!BETAに勝てるわけがない!ましてや、異世界から来た貴様に言われる筋合いなどないわ!!≫

自分の保身の言葉を並べる男。

だんだんと怒りを覚える。

「どうやら、彼は私の情報を知っているようだ。となると、こうなることも知っていたな」

ふむん、とため息をつく教授。

「どういうこと・・・ですか」

「しばらく前に私の個人情報とこのエンディミオンGT-X・・・いまはビッグ・オーだが、その情報を流したんだ。おそらく、システム化された軍隊であっても勝てないぞと。だから戦闘には巻き込まれるな。戦うな、と」

知っていた?

こうなることを?

男の言葉は続く。

≪オルタネイティヴ5こそが、人類を救う唯一の手段なのだ!そして、それを行う我々は英雄であり正義なのだ!≫

「衛宮が聞いたら爆笑ものだな」

これが、正義だと・・・?

辺りを見回す。

教授がやったとはいえ、原形を留めずに破壊されたラプターやイーグル。衛士の命は絶望的だろう。

そうなることを予め知っていて、教授に殺させて、BETAと戦うための衛士を犬死させて、自分は正義だと?

≪貴様は、世界を破壊する悪魔だ!この世界から出て行け!≫

「だまれ!!」

気が付けば、口に出していた。

≪な、お、女だと?≫

「貴様が行った愚行で、どれほどの尊い人命が失われたと思っておるのだ!そこになおれ!私が貴様を裁く!!」

≪ええい、小娘が偉そうにほざくな!殺したのは貴様らだろうが!そもそも、日本が素直に我がアメリカに追従しておれば、こんなことにならなかったのだ!≫

負け犬め、と加える。

「けしかけたのは貴様たちだ!今も、昔も!自らの業を人類に擦り付けるなぁぁあああ!!!」

私の声と一緒にメガデウスの腕が男を捕まえにかかる。

男は逃げるが、それよりもメガデウスは早かった。肘が伸びる。

≪こ、殺すのか?わしを殺せば、本国が黙っていないぞ!?わしは中将なのだ!貴様らを殺すことぐらい、ワケはないのだぞ!?≫

「典型的な悪役だな。まったく・・・同じ中将なのにここまで違うとはな。ラルソードの方がよっぽど軍人しているぜ」

教授は冷めた様子で男を見て、言った。

私は、この男を殺すことしか頭になかった。

そんな私を見た教授は、コンソールを操作して宣言する。

「・・・ユーハブ」

同時に、私が座っている座席に操縦桿が伸びてきた。

「教授、これは・・・?」

「エンディミオンは複座がデフォルト仕様だ。そちらでも操作できる。この男をどうするかは、君が決めたまえ」

「私が、ですか?」

「裁くのだろう?好きにしたまえ。私がこの男を裁くのは、私の美学に反する」

私が裁く。

確かに、そう言った。

この男は生かしておいてはいけない。

この男のような人間がいれば、再び争いが起こる。

そんなことを繰り返してはならない。

なにより、守りたいものを貶されて、私は怒っていた。

「操縦桿を握ったときに、親指に当たるスイッチがサドン・インパクトの発射スイッチだ。残らず消し飛ぶ」と、教授。

スイッチに親指がかかる。

私は---


<リーツ>


≪アウガン教授。聞こえるか≫

カヲル君を掴んだエヴァ初号機のように男を掴んだまま、硬直すること十分。特にやることもなく情報収集兼音楽鑑賞をしていると紅蓮大将から連絡が来た。

「聞こえます。どうしました?」

≪ケストレル艦長から通信が入った。クーデターの終結を確認した。軍事行動を凍結する、とのことだ≫

「この男はどうなるので?」

コンソールを操作して男の画像を転送する。

≪重要な参考人だ。生かして連れてくるように≫

「わかりました。そちらはどうですか?」

≪万事解決、とは行かないが何とか収まった。沙霧たちの身柄は近衛で預かる≫

「仙台臨時政府はどうします?」

≪我が近衛大隊と各地から召集された臨時部隊が対応に当たる。わしも出るぞ≫

「近衛はともかく、ケストレルは反発を呼びませんか?軍事行動を凍結したとはいえ、戦闘行動を行ったわけですし」

≪大事ありませんよ、教授≫

「おや殿下」

「殿下!?」

止まっていた御剣嬢が動く。

≪冥夜・・・久しぶりですね≫

「は、はっ!お会いできて光栄であります!」

≪冥夜・・・いえ、今はいいのです。あとで二人で話しましょう≫

「は、はい!光栄です、殿下!」

「姉妹水入らずか。いいねぇ」

≪ふふふ。教授もですよ?≫

へ?

「私?なぜ」

≪国会でのこと、と言えばお分かりですか?≫

あー・・・

「わかりました。全部終わらせたら妹さんと一緒に帝都に向かいます」

≪ええ、お待ちしております。ケストレル艦長とは、先ほどアルフレッド・ウォーケン少佐からの仲介で停戦協力をお願いできました。部下を一人も殺すことなく事態を収拾した腕に敬意を表する、とのことです≫

なるほど。あの時姿が見えなかったのは、そのために動いていたからか。

「一人も、死んでいない?」と、御剣嬢。

「殺人剣より生まれた活人剣。これくらい出来なければ、GT-Xドライバーは務まらんよ。動けない程度に痛めつければ、わざわざ殺すこともなかろう」

カメラアイを一機のラプターにクローズアップする。手足はぐちゃぐちゃだが、コクピットブロックは無傷。中の人が這い出てくる。

「そんな・・・あれだけの衝撃で一人も殺していないとは・・・」

「慣性の法則をよく知れば、サドン・インパクトでもこれくらいは出来る。重ね当ての応用だ。ただ殺せばいいってものじゃない。紅蓮大将から教わらなかったかね?」

「それは、確かにご教授頂きましたが」

「その男に関してもそうだ。紅蓮大将からも聞いただろう。生かせ、と。殺せば君の気持ちは晴れるかも知れん。しかし殺人剣が殺すのは相手だけではない。己をも殺すことになる。一度死んだ心は、もう二度と元には戻らん。それでも自分を殺してまで殺したいのならば、そうするがいい。私は、止めんよ」

この男のアストラル・データはデジタル情報化してバックアップにとってある。BBTで十分に再構築できる範囲だ。吹っ飛ばされようが何をされようが、どの道生き返る。

「・・・法の裁きを受けさせます」

ちょっと悩んだが、そういう答えを出した御剣嬢。

この状況でも、さすがに背負って立つものが違うと、ちゃんと考えることができるようだ。

「よくできました。あれだけ言われてよく我慢できた。えらい、えらい」

「な、撫でないでください。私は、自らの立場を初心に帰って考えただけです」

「いやいや、だとしても人一倍この国を想う君にあれだけ罵詈雑言が降りかかったんだ。辛かったろう」

あの男の言ったことは、暗に殿下のことも含めて言ったのだろう。実の妹たる御剣嬢にわからないはずがない。

大切に想っている姉を侮辱されたのだ。そりゃあ、引きちぎってもまだ足りぬだろう。

それを我慢したのだ。賞賛すべきだ。

「さて、そういうわけだ裏切り者。これから貴様にはBETAも真っ青な取調べが待っている。せいぜい、正直に喋っておくのだな」

≪だまれ小僧!わしに意見するでないわ!≫

「言い忘れたが、正直に喋らないのならばディスク・Gを帝国情報部に提供する用意がある。新潟の悪夢に使われたものと同等のものだよ」

さてさて、彼の歌にどれだけ耐えられるかな?

しばらくしてやってきた三人組の白い近衛に男を渡し、ひとまず落ち着くことにする。

殿下には、衛宮御手製の御弁当を持たせて紅蓮大将とともに帝都に戻って臨時政府軍との折り合いをつける算段に入った。

国会で、イメージスクランブラで作り出されたホログラフとはいえ、自分の腹心が撃たれる真横で銃口を向けられても動じず、胸を張り、クーデター軍の人間に道理を諭す姿は、鎧衣課長に仕込んでもらったハイビジョンカメラで帝都中に流れた。あの姿に感銘を受けた者は多いだろう。臨時政府軍との折り合いも、軍事で解決しない手段があれば、それに越したことはない。

というか、殿下を囲んで食事をしながら今後を話し合うなんてとてもではないが緊張で出来やしないだろう。

私はまだマシな方だが、沙霧大尉とかウォーケン少佐とかは無駄にストレスを溜め込むだけだ。やめた方がいい。

「口頭で説明するのはめんどくさいのでレコーダを提出します」

香月博士の執務室にて、博士にGT-Xの戦闘レコーダを渡す。

「・・・いいの?」

「そちらで解析できるのは純粋な戦闘情報だけです。機体情報を記録してあるレコーダは、また別にありますので心配ありませんよ」

一般的なレコーダは戦闘情報と機体情報が同時に記録されている。しかし機密性が高いGT-Xは、こんなこともあろうかと別々にしてあったりする。

「抜け目のない男って嫌われるわよ」

「仕方ないでしょう。北の将軍に渡りでもしたらこの世の終わりですよ」

私が元いた世界では、エーテル爆弾が某半島で『誤爆』してしまい中国大陸の一部と一緒に消えてしまったために心配ないが、この世界ではちゃんとあるし、いるので注意が必要だ。

・・・一発だけなら誤射かもわからんと言っていた新聞社を見習ってやっちまおうかしら。

「誰よそれ。いえ、言わなくて良いわ。響きからしてろくでもない人間みたいだから」

「女性の感には感服します」

「で、この後はどうするの?あなたの筋書きとは違うんでしょう」

「どうしようか迷っています。このまま殿下に任せておけば綺麗に収まりそうですし」

本来の予定では、第七艦隊を潰してそこで終わりの予定だった。

しかし仙台に第五計画派の政治家が集まってクーデターを起こすとは思っておらず対策を練っていなかった。

タチコマンズを使い、片っ端から情報を集めたつもりだったが意外とそうでなかったようだ。

「殿下の護衛に誰かつける?」

「いえ、それはいいでしょう。少数とはいえケストレル所属機にに近衛、沙霧大尉らが護衛に付くんです。ソ連の人海戦術でもない限り軍事で後れを取ることはないでしょう」

「ふふん、BETAが来るかもよ?」

「そのときは・・・霞、入りなさい」

執務室に入る・・・と思いきや、たじろいでなかなか入ろうとしない。

「どうした。何か不備でもあったか?」

「その・・・恥ずかしいです///」

顔を真っ赤にして霞。そんなに変だったか?

「・・・社に何したの#」

「何もしていませんてば。霞にちょっとしたプレゼントをしたんですよ」

「プレゼント?」

「ええ、実用的なやつを。知り合いの魔法が使える宝石杖に協力してもらって作りました。所謂、魔導というやつですね」

魔導とは、魔法と科学の相の子。互いの長所を織り込んだ夢の技術である。

なのは世界で普及している魔導も、この類のものだ。

「大丈夫だ、霞。恥ずかしくなんかない。むしろ、可愛いぞ」

そう言われて、おずおずと部屋に入る霞。博士は目が点になった。

「なに、これ」

「バリアジャケットです」

「そういうことを聞いてるんじゃないわよ!なんなのこの服!?あと魔法ってナニ!!?」

なのはさん用に編まれた白いバリアジャケットのコピーに、銀色に光るガントレット。手には、永遠神剣第七位『存在』を模した宝石杖。

うむ。とてもよく似合っている。

ちなみに、なのはさんを高町嬢と言わないのは、あの人の笑顔がとても怖いのと高町嬢をヴィヴィオとするからである。

JS事件より少し前、ミッドチルダへ買い物に来たときBBTで作った希少金属を換金したのだが、ちょっと量が多かったらしく不審に思われて通報され、管理局へ任意同行ものになり、そのままトンズラこいたことがある。

そのときに追っかけてきたのが、なのはさんである。

なんとか逃げきれたから良かったものの、あのまま捕まっていたらと思うとぞっとする。

もう二度とあの世界群には行きたくない。

「(パーフェクトだ、マジカル・ルビー)」

脳内で語る。

「(感謝の極み。いやいや、こんな可愛い子を紹介してもらってこちらこそって感じですよ~)」

「(できれば君自身に来てもらいたかったのだが、致し方ないな)」

「(ですねぇ。本当に悔やまれます。ま、その分思いっきり使ってあげてください。マスターも、こういう使い方ならば本望でしょうから♪)」

それはBETAに対抗する手段としてか、ただ単に可愛い子に可愛い格好をさせたい翁心からくるものなのか。

私なら美学に則って両方だが。

「(この世界でやることが終わったら、また会おう)」

「(はい♪。映像データ、楽しみにしていますよ~)」

「(首を長くして待っていてくれ。じゃあ、またな)だから、バリアジャケットです。アンチ・マテリアル・ライフル程度なら直撃でも十分に防げます」

言っててアレだが、非常に納得がいかないのも事実である。

よくよく考えてみよう。

アンチ・マテリアル・ライフルとは、対戦車ライフルとも言われるほど破壊力に優れた対物砲である。直撃すれば、いかに戦車といえどもただではすまない。

それが、魔力という最高にわけのわからない力場でほぼ無効化されるのだ。

私がもし、普通の科学者であったなら、バリアジャケットが対物砲弾に耐えた瞬間に笑い死ぬだろう。自信がある。

とはいえ、バリアジャケットそのものは、私がBBTで作った合成たんぱく質繊維服で、蜘蛛の糸の分子構造をモデルに組み上げた一品である。多少の物理衝撃には耐性があり、おそらくは、BETAの豪腕でも引きちぎるのは難しいだろう。加えて、ガントレットはレギオンの外骨格をカーボンナノチューブで再構成したものを使っている。プラスチックのように軽く、鋼のように丈夫だ。

「対物砲を防ぐ・・・?ていど・・・?」

そっと私の額に手を当てる博士。自分の額にも当てる。

「熱は・・・無いようね」

「現実逃避はやめませんか。気持ちはわかりますが」

私は一応、マジカル・ルビーの存在を目にしても正気を保っていたぞ。

「そう、そうね。新しい事にいちいち逃げていたら科学者なんて務まらないものね・・・でも」

「でも?」

「今すぐ出て行って。私に『魔法』が現実にあるということを認める時間を頂戴。あと、私が今まで積み重ねてきた現実感を崩さないようにするための時間もよ。わかった?」

そのままたたき出される。霞も一緒に。

ちなみに宝石杖の名前は、霞が使うのでロシアに因んだものにしようか、住み慣れた日本に因んだものにしようか迷ったが、結局後者にして帝海戦艦から『ナガト』にした。

とりあえずおなかも減ったので食堂に向かう。

「OSの具合はどうだ?」

「大丈夫です。ナガト?」

≪オペレーティング・システムにエラーは見つからない。問題ない≫

宝石杖の一種であるナガトは、本来ならば魔力を必要とするマジックアイテムだ。

私がエネルギー系を担当し、マジカル・ルビーが担当したのは、主に制御系である。開発後は、ナガトに制御系を担当させている。

しかし、宝石杖であるナガトだが魔力の無限供給はできない。宝石翁がマジカル・ルビーに課した制約の一つで、自身に似たものを作ろうとするといくつか機能が強制的に排除されるのだ。

GT-Xの盗難対策と同じようなものだ。当然といえば当然の対策だろう。

では、どうやってナガトを起動させているのか?

簡単に言えば、電力である。GT-Xから常時供給される電力だ。

亜空間パケット送信を利用しているので、少なくとも地球上では受信装置もそれほど大きくならずに済むし、抵抗も少ない。最大瞬間受信電力は280Aにもなるが、あくまで最大瞬間であって常時ではない。普段は、いいところ200A前後だ。

それでも、変身や砲撃、斬撃、防御に使うエネルギー総量は100Aほどなので、よっぽどのことがない限りエネルギー不足を生むことはないだろう。

それこそ、ExSLBクラスを連発でもしない限りは。

「一通りの調整は済ませておいたが、何かわからないことや動かなくなってしまったときは私のところに来なさい」

「はい」

「それと---そこのアメリカネズミ。何か用かね?」

立ち止まり、聞こえるようにやや大きめに言う。霞は気が付いていたようで、ナガトを構えている。

「・・・久しぶりだな、教授」

柱の影から出てくる三人の黒ずくめ。なんともはや、わかりやすい。

しかもあの時の大使ときたものだ。

「もう一度聞くが何か用かね?」

「我々と一緒に来てもらおう」

「断る。君らについて行く位ならメフィストフェレスと契約した方がまだマシじゃ」

「これでもか?」

もう一人が柱の影から出てくる。その腕には、気を失った鑑嬢が引きずられるように。

男が拳銃を鑑嬢の頭に突きつける。

「・・・何の真似だね」

「教授がいけないのだよ。素直に我々と一緒に来ればこんなことにならなかったものを」

「まさか、私を連れて行くために第七艦隊を派遣したのか?」

「払った損害は大きいが、この任務が完了できればその程度の損害など微々たる物だ」

呆れた。

何かするとは思っていたが、まさか艦隊丸ごとを囮にしてくるとは。

豪気というか、バカというか。

どちらにしても、私にこんなことをしてタダ済むと思っているところが一番呆れるが。

魔眼殺しを外す。

「(霞)しかし、一体どうやってこの基地から出て行くというのかね」

「(はい。やってみます)」

「なめてもらっては困るな、教授。いかにあの魔女の横浜基地とはいえ、我々の同志はちゃんとその役割を全うしてくれるのだよ」

こちらに絶望感でも与えようとしているのか、もったいぶった台詞が多い。

「(肩の力を抜いて、ナガトを静かに振り下ろすイメージで動くんだ。あとはナガトがサポートしてくれる)それはそれは。では、さぞかし有能なスパイなのでしょうなぁ」

「余裕ぶるのはやめたまえ、教授。君に選択肢はない。彼女を死なせたくなかったら素直に我々について来るんだ」

「しかし断る。そんなことをしてついて行くと思ったのかね?」

「そのときは、彼女が死ぬだけだが」

撃鉄を起こす。

霞も、ナガトの撃鉄を起こす。

「ふむん。わかった。じゃあ、一つだけお願いがあるのだが聞いてもらえるかな?」

「なんだ」

「【ちょっと眼を瞑ってくれ】」

きゅいーん

「・・・ああ、わかった」

眼を瞑る黒ずくめたち。

≪GET READY≫

トップスピードで鑑嬢を引きずっていた男の腕を切断し、更に私がクイック・シュート用の眼鏡に掛け直し、早撃ちで拳銃を撃ち抜く。

黒ずくめたちがはっとしたときには既に遅く、鑑嬢の体は、霞によって抱きかかえられて私の後ろにいた。

「ば、バカな!今さっきまで人質はここぶべらぁっ!?」

下あごを吹き飛ばす。

「う、腕が、腕がぁああーー!!」

のた打ち回っている男。

「貴様ぁあ!」

残り二人が拳銃を向ける。が、引き金を引く間も無く胸を刀で貫かれて絶命した。

「・・・本当にいいところを持って行くのな、衛宮は」

刀を引き抜き、血を拭うエミヤ。その動作に迷いはない。

「そんなことはどうでもいい。これはどういうことだ、先生。スパイがいるなんて聞いていないぞ」

「私も初めて知った。どうやら、第七艦隊を派遣したのは盛大な囮らしい」

「なんだと?」

「ケストレルは利用されたんだ。第五計画派に。私を捕まえるために」

「どうかしているとしか思えんな。で、これを生かしたのは尋問用か?」

エミヤの視線がもだえる男に向く。少しは落ち着いたようだが、それでも腕を切断されているので未だ痛がっていた。

「まぁ、そうなるか。久々にトサカに来かけたが、引いてしまったよ。年は取りたくないものだね」

「よく言う。年を取った感触などないくせに」

「き、きさまらぁ・・・おれを無視して話し進めてんじゃねぇ!!」

苦し紛れの一発を霞に向かって撃つ。

しかし、ナガトが展開したウォーターシールドが弾く。

≪無駄。あなたの戦力ではこの戦況を打開できない。速やかなる投降を提案する≫

ごりっ

男の頭にゲファレナーを突きつける。

≪クリエイターは、あなたを殺そうとしている。死にたくなければ大人しく投降するべき≫

ナガトは優しいねぇ。こんなに優しい人格だったっけ?

「ふざけるな!イエローモンキー風情が!」

「その黄色いお猿さんに完膚なきまでに叩きのめされて何を言うのかね」

「直接脳髄から情報を吸い取った方が速くないか、先生」

「そうしたいが・・・そうさせてくれんようだ!」

とっさに後ろに飛ぶ。ほぼ一呼吸ずれて外から戦術機が廊下に突っ込んだ。

「くそったれが!遅いんだよ!」と、腕を押さえながらラプターの肩に乗る。

「ラプター?まだ動けるやつがいたか」

装甲はぼろぼろで見るも無残だったが、稼動しているところを見ると、このために潜んでいたようだった。警報が鳴る。

「どうする。このままだと逃げるぞ」

「GT-Xは遠いし・・・霞、ナガト、いけるか?」

「いけます」

≪問題ない≫

鑑嬢を受け取り、霞がナガトを構える。エミヤも、弓と偽・カラドボルグⅡを構えて援護に入る。

「ナガト、お願い」

≪了解した。対象の電力供給を止める。エナジー・リーク≫

ナガトの先から魔力変換された力がラプターの主機に干渉する。主機の発電はそのままに、発電された電力のみを大気中にリークする。

電力供給を絶たれ、膝を着くラプター。そこに螺旋矢が連続して撃ち込まれる。

「どうなっている!?動け、動けラプター!」

無線機で衛士に応答を求めるが、もはや衛士は喋ることすら出来ない状態になっているだろう。

「戦争をただのゲームや手段と取るホワイトバスタード(直訳:白いくそったれ)にはわかるまい。霞からナガトを通して出る力というものが」

「体を通して出る力だと!?そんな精神論で負けた負け犬が、何をほざく!」

「残念ながら精神論ではなく科学的根拠に基づいた魔導理論だ。さぁ、もういいだろう。君の醜態は、いささか美学に反するものだ。大人しく捕まるなら、基本的人権程度は保障するぞ?」

霞、エミヤ、私が、それぞれナガト、偽・ゲイボルク、ゲファレナーを構える。

動かない戦術機とこのメンツでは、どう足掻いても勝てないが、男はそうでなく、懐からスイッチのようなものを取り出して言った。

「動くなぁ!みんな吹っ飛ぶぞ!」

「・・・S-11か。七面倒なものを」

「そうだ!吹っ飛びたくなかったらおれの言うことを聞け!!」

腕を落とされたことにより出血がひどくなって意識が朦朧としているとしか思えない。こんなところで押したら間違いなく自分も綺麗さっぱり消し飛ぶぞ。

状況から見てS-11はラプターの中に隠されていると見て間違いないだろう。

こちらもうかつに撃ち抜けない。

「どうする。スイッチだけでも撃ち落せるが」と、エミヤ。

「やめろ。仮に本当にS-11の起爆スイッチだとしたら、うかつに撃ち落せん。衝撃で誤作動するかもわからん」

「そういうことだ・・・くそっ。血が、抜けていきやがる」

「ほっといても死にそうだな」

「苦し紛れに押すかもわからん。ここは素直に聞いておこう。どっちみち、彼は手詰まりだ」

これだけ派手に動いたのだ。

ヴァルキリーズに限らず、基地防衛隊が来てもおかしくない。

「そちらに従おう。用件は何だ?」

「まずは、ラプターを動けるようにしろ。それから教授、貴様だ。両手を挙げてこっちに来い」

「どうしますか?」と、霞。

「言う通りにしてあげなさい」

エナジー・リークを止める。電力供給が元に戻るが、先ほどのエミヤの弓撃で衛士は生きていないだろう。鑑嬢をエミヤに預け、両手を挙げて近づく。

「パイロットはどうするつもりだ?」

「貴様が動かせ」

頭に拳銃を押し付け、コクピットハッチを開ける。

やはり、エミヤに撃ち抜かれて絶命した衛士がいた。

「まさか、こんな死に方をするとはな」

そこにいたのは、ケストレルにいるはずのイルマ・テスレフ少尉だった。こっそりと上陸したのだろうか。

「役立たずめ・・・そいつを外に捨てろ」

機内に備え付けのモルヒネを打ちながら男は言う。

「せめて『外に出せ』と言わないか」

「生きているならな。そいつはもう死んでいる。黙っておれの言うことを聞け」

少尉を外に押し出す。なるべく落ちないように気を使いながら遺体を安置する。

「まだ脳死まではしていないか。運が良かったな」

こっそりとGT-Xを遠隔操作してイルマ少尉のエーテル適性値を読み込んでおく。頃合を見て復活させてあげよう。

「なにをやっている。はやく海岸まで移動するんだ」

「わかった。わかったから銃を突きつけるな」

「だったら速く・・・いや、飛行場に行け」

「なんだと?」

「貴様の戦術機を使う」

・・・今日は厄日だな。



[7746] 二度あることは三度ある第九話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:0217ce56
Date: 2009/06/27 00:14



<リーツ>



「エーテルエンジン、定期回転数確認。電圧正常。異常振動なし。各部異常なし」

エンジンを起動し、電源を立ち上げる。

「ぐずぐずするな、早くしろ」

相変わらず銃を突きつけて催促する男。起爆スイッチはポケットにしまっているので取っ組み合いに持っていけなくもないが、それで起爆したら洒落にならないのでやめる。

このコクピットを見て動揺しないのは、一定の評価に値するが。

「なにぶん、ハンドメイドなのでね。起動時には注意を払わないといけないんだよ」

「くっ・・・早くしろ」

痛みに耐えながら男。

いつまでも『男』ではアレなので名前を聞く。

「名前は?」

システムの立ち上げを確認しながら言う。

「・・・なに?」

「名前だよ。名前がわからなければ、なんて言えばいいのかわからない」

「・・・ジョンだ。ジョン・スミス」

駆動系確認。良し。

搭乗員のエーテル適性値入力完了。バックアップ。

「今さらだが、私はリーツ・アウガン。これでも日本人だ」

「偽名か」

「偽名であり、同時に本名でもある。お互い様だ。そちらも偽名なのだろう?」

「工作員が本名を名乗ってどうする」

「ジェームス・ボンドは名乗りまくってたぞ」

「だれだ」

「MI・6の諜報員だ。コードネームを007と言う」

「MI・6?MI・5の間違いじゃないのか?」

「いや、MI・6で合っている。私の素性は知っているかね?」

「知らん。おれは教授を連れて来い、としか聞いていない」

片腕が痛むのか、掻き毟る。

「これを使え」

かゆみ止めを渡す。

「掻き毟ると傷口に悪い」

「・・・教授は何がしたいんだ?この腕を切り落としたのはアンタの部下だろう。命令したのもアンタだ」

「あの時は、そうでもしなければ私が穴だらけになっていた。仕方ないだろう。痛いのは嫌なのだ」

霞はウォーターシールドで弾くだろうが、私はそうはいかない。防弾チョッキも何もないのだ。作っておけば良かったが、霞のバリアジャケットを作るのに忙しくてそのような余裕がなかった。

この騒動が終わったら作ろう。

「自分勝手なやつだ」

「君の国ほどじゃないぞ。誰だったかね、戦争するためなら嘘もつく、と言ったWW2時の大統領は?」

言ったのはルーズベルト大統領である。戦争中に心臓発作で亡くなったが。

「ルーズベルトだ」

おお、即答か。

「ズバッと言うとは思わなかったな」

「おれは、嘘をついてでも戦争をするやつは悪だと思っている。その点では、ルーズベルトは悪だ。だが、合衆国が悪かと言えば、必ずしもそうじゃない。国家に卑怯もへったくれもない。強い国家が生き残るんだ。自分勝手でもなければ、国家は保持できない」

正論だな。私も同意見だ。

だが、それでここまでやられてはこちらとしてはたまったものではない。コラテラル・ダメージ(国家のための犠牲)なら、自分の国の中でやってくれ。

「正論結構。しかし私を巻き込むな」

「運が悪かったと思ってあきらめるんだな。才能があるやつは、才能のないやつに利用される。それだけのことだ」

「それは、自分のことかね」

「・・・どういう意味だ」

「ジョン。君は、オルタネイティヴ計画という計画を知っているかね」

「名前だけならな」

「この騒動は、その第四計画派と第五計画派の喧嘩だよ」

「なに?」

「私は、もともとオルタ計画に参加していなかったのだが、御姫様を助け出すために、なし崩し的に第四計画に参加してね。君たちがほしがっているアークバードの高出力光学兵器も、その御姫様を助け出すために時間稼ぎに過ぎなかったのだよ」

「アークバードが時間稼ぎだと?」

「そうだ。アークバードの戦果を見れば、第四計画がそれなりの成果を出した、と言うことに他ならない。しかし本来の第四計画は、アークバードの製造計画ではないんだよ」

「では、なんだ」

「BETAとの対話だ」

一瞬、黙る。

「本気か?BETAと対話だと?どうやってだ」

「今さっき言った、御姫様を使ってだ。BETAが機械やコンピュータに反応するのは知っているな?」

「あ、ああ」

「第四計画は、その御姫様の脳みそをいじってBETAにコンピュータだと思わせて対話手段を模索する計画だ」

「じ、自分勝手すぎるぞ、人体実験じゃないか!自分たちを棚に上げて人のことを言えた義理か!?」

「落ち着け。血が吹き出るぞ。だから私が来たんだ。御姫様は、ちゃんと助けた。だが、それでは第四計画がストップしてしまう。そこでさも、第四計画が順調に推移しているように見せかけるためにアークバードを製造したんだ。少なくとも、技術面では一定の成果があったようにな」

「な・・・」

「結果は上々。その技術ほしさに私を拉致るくらいにね。君は、利用されたんだよ。オルタ5に」

「ちょっと待て。別にプリンセスを助けなくてもアークバードは製造できたはずだ。どうしてそのプリンセスを助けたんだ?」

「私の我侭だ。助けたいから助けた。それだけだが、それがどうかしたのかね?」

「それだけって・・・呆れて物が言えん。そのプリンセスとやらは、オルタ4の中核じゃなかったのか?オルタ4の連中を敵に回すつもりだったのか?」

「私に勝てるなら、それもいいだろう。誰彼構わず存分にかかって来るがいいさ。何度でも戦い応じてやる」

は、と笑うジョン。

「なるほどな。おれ達がぼろぼろにされるわけだ」

「負けを認めるか?今ならまだ間に合うぞ」

起爆スイッチを取り出すジョン。

「ふざけんな。おれだって合衆国の人間なんだ。死んでも負けは認めねぇ。その時はこれを押してやる」

見上げた根性だ。合衆国側でなければ引き込んでいたな。

「たとえ利用されていようが、おれは、おれに与えられた任務を全うする。それがおれのプライドだ」

「その精神には、敬意を表するよ」

全ての確認作業が終わる。

そこにちょうど、防衛隊が戦術機二個小隊でやってきた。とはいえ歩兵もいる。

≪アウガン教授、無事ですか?≫

軍曹ではない誰か。

「無事だが、ちょっと危険だ。後ろに乗っている人間がS-11の起爆スイッチを持っている。下手に近寄るとドカン、だそうだ」

≪く・・・どうしますか?≫

「とりあえず要求を呑む。後の指示は香月博士に委ねますから、そちらに従ってください」

≪了解。一時後退します≫

ゆっくりと後ずさる。と、一定の距離を保って止まる。銃口は向けていない。

「理解が早くて助かるよ」

「彼らも慣れたからね。で、海だっけ?」

「そうだ。無線周波数を137.9000~163.2000に合わせろ。電波形式はN-FMだ」

・・・私が元いた世界の在日米軍と同じバンドじゃないか。

ちなみに東京ディ○ニーランドで使われているバンドは154.0300/414.9000だ。

とりあえず中心域に合わせる。

「合わせたぞ」

「モールスで『ボストンCQ』と送れ」

言われたとおりに送る。返信が来た。

「『エベレスト』と来たが」

「それでいい。海に行け」

機体正面を海へと向ける。

そこに、ナガトを構えた霞が陣取り行く手を塞いでいた。防衛隊は、ゆっくりとながら後退していた。

「なんだ、あれは。あんなもので止めようとする気か」

「あー・・・止める気だね。しかも、わりかし本気だ」

霞の足元に広がるミッド式でもベルカ式でもない魔方陣が展開され、同時に、霞の背中にアセリアと同じウィング・ハイロウが広がる。

純白のそれは、試しの時に展開したときよりも白みを帯びて輝いている。やはり、私の目に狂いはなかったようだ。

時よ止まれ。おまえは美しい。

「何をやっている。早く行がっ!?」

機体が大きく揺れる。

「本当に全開で斬りつけた!?」

左腕の装甲が大きく切り裂かれている。これを関節に食らったら間違いなく切断されていただろう。

「こら、霞!殺す気かね!?」

こくり

「即答!?」

コンピュータが、ナガトから通信が入ったと知らせてくる。

「ナガトか?霞を止めてくれ!」

≪無駄。マスターはクリエイターを殺してでも行かせないつもりです≫

「なんだ!?」と、ジョン。

「何が起こった!?ロケットランチャーか!?」

≪マスターはアメリカを嫌っている。そのアメリカにクリエイターを連れ去られるくらいならマスターが殺して行かせないつもり。私に、それを止める権限はない≫

「仕方がないだろう!こちらとてS-11の起爆スイッチがあるんだ!」

≪私には、どうすることも出来ない≫

言い終わる前に今度は、フューリーで斬りかかる。反応が遅れ、コクピットに直撃した。

否。

フューリーでコクピット装甲を切り裂き、そのまま張り付いていた。魔力で強化された霞の筋力は、公安九課の少佐に匹敵する。

コクピットハッチを剥ぎ取り、有機ELモニターは破壊され、こじ開けられたそこから霞の全貌が見えていた。

「・・・逃がさない」

ジョンがとっさに銃に構え直して霞に連続して撃ち込む。

≪無駄。あなたは、先ほどから何も成長していない≫

しかし全てウォーターシールドで弾かれて無効化される。

「くそっ!」

素早く次弾倉を装填するジョン。今度は私の頭に銃口を戻す。片腕でよくやるものだ。

「離れろ!でないとこいつが死ぬぞ!」

ジョンの脅迫に霞は、眉一つも動かさずにナガトの切っ先をこちらに向けた。何も言わない。

≪ジョン・スミス。あなたに家族がいるのならば、こちらは遺言を届ける用意がある≫と、ナガト。

「おまえ、何を言ってるんだ?こいつが死ぬんだぞ?死なせていいのか!?」

「構わない」

いやいや、ちょっと待て。

「霞、待て。話せばわか・・・」

「ことわる」

ナガトを零距離で投擲する。

魔力で強化された力場は、私と座席ごとジョンを貫く。

「があっぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!」

コクピットに響くジョンの絶叫。その衝撃で拳銃と起爆スイッチを落とす。

「げぶぅっ!」

私も、腹部を貫かれて胃が逆流を起こして吐血していた。

「で、デメェェェ!じろぶだがぁっぁああ!!」

白豚とは、ロシア人を指す侮蔑用語だ。白く醜いデブのロシア人を指す。

だが、そんな侮蔑に反応して言い返すこともなく、感慨を持つこともないようにただ、のた打ち回るジョンを見ていた。

「ごろ・・・じて・・・や・・・くそ、たれ・・・」

最初こそ痛みに任せて大声を上げていたジョンだったが、急速に体力を失っていき、わずか三分ほどで虫の息となった。

もう、彼の命は尽きるだろう。彼自身も、それはわかるようだった。

「ちぐじょう・・・ぢぐじょう・・・ぢぐじょう・・・・マ・・リー・・・」

「マリー?それともミール?それが、あなたの家族?」

いままで沈黙していた霞がようやく口を開く。

「私には、家族がいない。でも、あなたにはいる・・・・・私は、あなたの家族の記憶が、思い出が、ほしい」

霞の額に浮き上がる魔法陣。

「な、にを・・・!?ぎぃぃぃ!??」

どうやらジョンの記憶を吸い取っているようだった。記憶をどんどん霞に奪われるジョンは、半狂乱になって暴れる。

それが、傷口に伝わって出血を増やす。

「がぁぁぁ!!がぁぁぁぁ!!お、おごぉぉぉあああおおお!!」

最後の絶叫は、霞の魔方陣と一緒に終わった。

「・・・教授。終わりました」

「ごふっ・・・げふっげふっ。存外、君は、残酷な殺し方をするのだ、ね。げふっ」

ナガトを引き抜き、霞に投げ返す。

「BBT、音声認識。ナンバリンクス、ファースト・ダッシュと・・・・げほっ・・・・コクピット、及び機体の損害箇所を自動修復開始」

≪YES READY≫

「思い出がほしかったのは本当です。あそこまで苦しむとは思っていませんでした」

発光が終わる。

貫かれた腹部をさすり、治ったかどうか確認する。機械制御は、意外にこういう作業に向いていない。時々、小さい穴が空いている時がある。

起爆スイッチと拳銃を拾い上げ、消す。外に出る。

「だからと言って、ここまでするのはだめだ。彼とて家族がある。この事態も、上からの命令に過ぎない。彼も被害者なんだよ」

「でも、彼は本気で私たちを憎んでいました」

「彼も人だ。憎み妬みをしてこそ人だ。なら、彼はどれだけ憎もうとそれは、彼が人間だという証拠に他ならない。彼は人間だよ。命令に従っただけの、ただの人間だ」

「教授を、使い道がなかったり使い終わったら殺す気でいました。それでもですか?」

「それでもだ。第一、彼を悪魔扱いして何か得る物があるのかね?何もないだろう。私は、人を人としか扱わない主義だ。いちいち悪魔だ聖人だと区分けるのが面倒くさいというのもあるがね」

人差し指を立てる。

そこに、淡い緑色が宿る。

「これが何かわかるかね?」

しばらく光を見つめ、やがて驚きの色に変わった。

「・・・これは・・・人の魂!?」

「正解。エーテル粒子を集中的に当てて可視化したものだ。人魂に代表される現象だね」

特異な能力がなければ、通常は、魂を肉眼で確認することは難しい。が、通常でも二通りの視認方法がある。

一つは、エーテル粒子を収束させて魂に反応させる方法。魂もエーテル粒子で構築されている集合体である以上、同じエーテル粒子をぶつければ一定の発光現象がおきる。

二つ目は、魂が魂を共鳴させて可視光を発生させるまでに至る。

これは、特定の一箇所で多くの死者が出た場所や、地理的要因で魂が集まりやすい場所で起こる自然現象だ。

もっとも、殺人や戦争などで死んだ者の魂の方が反応しやすいので自然現象かと問われれば、それはまた別問題である。

墓地に関してもそうだ。

死者を人工的に一箇所に集めることによって魂の濃度を上げるのだ。

人魂が発生する箇所というのは、それだけエーテル粒子や魂が折り重なっているということに他ならない。

「それは、いったい?」

「言っただろう?いちいち人を区別するのは面倒くさいと。BBT、音声入力。モード・KNでジョン・スミスを再構成」

≪GET READY≫

指先の光が増幅される。

「・・・いいんですか?また、殺されるかもしれません」

「この場合は、君に殺されかけたのだがね。まぁ、そのための『モード・KN』だよ。それに、君が彼の記憶を引き出したといっても彼自身にしかわからないこともある。そういう時は、彼に聞くのが一番だ」

「教授が、そういうのでしたら」

発光が終わり、しばらくして白銀君が偽装・不知火に乗ってやってきた。

≪教授!≫

「白銀君か。嫁さんは無事かい?」

≪は、はい。おかげさまで≫

「そいつぁ、よかった」

≪純夏は気を失っているだけでしたが・・・どうしたんですか、それ≫

おそらく、再構成されたジョンのことを言っているのだろう。

「ん?あぁ、これかね。まぁ、気にするな。それより、海に彼らの仲間が待機している。降伏勧告で出てくるようなタマじゃないから、構わずにやっちゃいなさい」

≪海に?ケストレルですか?≫

「いや。隠密性から言って潜水艦のようなフネだ。海中にいるかもわからんからアスロックを持っていけ」

≪撃沈させるんですか≫

「撃沈させたかったらどうぞ。させたくなかったら500手前で自爆させればいい」

≪自爆させます≫

「ふむん。嫁さんを拉致られて、なおその冷静さは軍人として評価に値するよ。しかし浮上しなかったときのために一発だけ信管を抜いたやつを作っておく。これはそのまま当ててくれていい。爆発はしない」

≪わかりました。発信機ですね?≫

「勘がいいと助かるよ」

BBTで作ったアスロックを装備し、海へと向かう白銀君。後は彼に任せておけばいいだろう。

「さて、じゃあ戻ろうか。霞」

「はい」

「そういえば、基地防衛隊はどうなったんだ?」

あの後から姿が見えないが。

「スパイは教授が何とかするから、あんた達はとっととS-11を見つけてきなさい、と博士が」

なんとかって・・・

「それで見つかったのかね?」

「はい。やはりラプターの中に隠されていました。起爆信管は除去、破壊しました。S-11本体は保管庫に移動済みです」

「パーフェクトだ、霞。それでパーフェクトついでに聞きたいのだが、彼の本名はなんと言うのかね」

一応だが、知っておきたかった。

「ジョン、と言うのは本当です。でも苗字が違いました。スミスではなく、コナーです。ジョン・コナー。それが彼の本名です」

・・・

・・・・・・・

いやいや。

まぁ、アメリカ人だし、こういう世界情勢だし、ここにいないかもわからんが、いや、ひょっとしたら同姓同名かも。

「ちなみに母親はサラ・コナー、父親はカイル・リースです・・・教授、どうしました?」

「いや、なんでもない・・・なんでもないんだ。ちょっとややこしい爆弾を抱え込む羽目になっただけだから・・・なんでもない」

あちゃー

私が来たことで『世界』が人間配置を修正したのか?

だとしたら相当厄介だぞ。

本気でこの世界に骨を埋める覚悟をしなければならなくなるか?

などと考えていると、通信機が鳴った。

≪リーツ!どこにいるの!?≫

「こちらリーツ。どうしました?」

≪すぐにCICに来なさい!クーデターよ!≫

・・・?

「はい?」

≪オルタネイティヴ5派のクーデターがアメリカで発生したのよ!すぐに戻りなさい!≫

ウォーケン少佐・・・・人のこと言えないじゃないか。

基地内のCICに行くと、ラダビノット司令官に香月博士、それにニコラス・A・アンダーセン艦長の姿があった。アンダーセン艦長の階級は大佐である。

出頭しました、と言うと、アンダーセン艦長は艦長帽を外し、頭を下げた。こちらも下げる。

「君が、リーツ・アウガン教授かね?」

「イエス、キャプテン。リーツ・アウガン教授兼中尉であります」

肘と脇を直角にして敬礼する。

海自では、艦内が狭いためにこのような場所を使う敬礼はしないが、私は空自出身なのであんまり関係ない。場所が狭ければ、海自式にするが。

「アメリカ海軍第七艦隊臨時旗艦空母ケストレル艦長、ニコラス・A・アンダーセンだ。階級は大佐だ。前回の失態に続き、出せる言葉もない」

「クーデターを起こしたのはオルタ5の連中でしてよ、艦長」と、香月博士。

ケストレルの中にも多数のオルタ5派の工作員がいたが、すでに逮捕されている。その中には、第七艦隊司令官の姿もあった。

今現在は、アンダーゼン艦長が、司令官を兼任している。

「それに、前回も同じオルタ5推進派と過激派の策略。艦長は、ただ踊らされていただけに過ぎませんわ」

「その策略を見抜けなかったのだ。同罪だよ」

「まあ、まあ」と、フォローするラダビノット司令官。

「それで、ハーリング大統領はなんと?」

「それが、わからないのです。ラダビノット司令官」

「むぅ、穏やかではありませんな」

「おそらく、クーデター軍によって幽閉されていると見ていいでしょう。クーデター軍の中には、副大統領のアップルルースや宇宙総軍の軍人たちが数多くいます。皆、オルタネイティヴ5推進派ですからね」

オルタ5はその目的上、大きく分けて二つの利益がある。

一つは生命を確保できる利益。少なくとも戦闘には参加しないのでそれなりにリスクを減らせる。

宇宙で他のBETAにやられなければ、の話であるが。

もう一つが、オルタ4と競合しないために莫大な金銭的利益や生命保持を成し遂げられと言う地位的利益を上げられる利益。

これに関しては、何も言うことはない。

「しかし、アメリカ海軍最大の艦隊を放っておく事を連中は良しとしないでしょう。すぐにでも接収要請が来るのでは?」

「いや、接収命令が来た。教授、だが私は、この命令に背こうと思う」

「それはなぜです?」

「家族や友人を見捨てて自分だけ助かれ、と?いや、種を残すというならばそれもいいだろう」

艦長帽を被り直し、続ける。

「しかし、今はアークバードが灯した希望の灯火がある」

「その希望とは?」

「君たちだ、教授。『新潟の奇跡』をやってのけた君らがいる限り、それに連なる希望がある限り、我々の負けはない」

「悪夢、ですよ。死者がゼロ、というだけで大半が精神病院送りになったのですから」

「それでも教授の名は確実に歴史に残るだろう。どんな形であれ、それは希望となる。教授が思っている以上に、世界は教授に希望を見出している」

うーむ。

まさか、ここまでだったとは。あまりにも真面目すぎないか?この世界。

やはり戦争を続けていると腐ることはないが、腐れ易くはなるのな。

まさか、ちょっと叩いただけでここまで上げてくるとは。よほどBETAに絶望していたのだな。

記録を抹消するのには、相当時間がかかりそうだ。

「持ち上げてくれるのはありがたいですが、あまり気持ちのいいものではありませんね」

人類種と敵対する異星体を駆逐する栄光。

そんな栄光に興味はない。というか、ろくでもないのはどの世界に行っても同じことだ。

どうせ栄光にまみれるなら、エデンも裸足で逃げ出す楽園でも作ってからだ。

「いつの時代の英雄も、そうでしょう」

「『魔は人を喰い、英雄は魔を討ち、人は英雄を粛清する』・・・軽食をお持ちしました」

開きっぱなしのドアをノックし、エミヤがサンドイッチを携えてやってきた。狙ってやったな、こいつ。

「もぐ・・・話を戻しましょう。ワシントンD・Cで現地時間の1900時、アメリカ陸軍と一部の海兵隊が軍事蜂起。政府はこれをクーデターとするも、直後に発表を訂正、誤報としました。しかし現に今、大統領との直接連絡が出来ない今、政府もクーデターに呑まれたと見ていいでしょう」

「いまの政府最高責任者は・・・もぐ・・・だれです」

「アップルルース副大統領だ。接収命令を出したのも彼の名義だ。実質、アメリカは彼を筆頭とするオルタ5派で動いている。アメリカ国内にいるオルタ4派の人間ともだんだんと連絡が付かなくなっていることを踏まえると、かなりの規模だ。一応、オルタ4は国内で最大規模を誇る派閥でもあるからな」

「動いたオルタ5は過激派ですか?」

「過激派は全員参加だと、ビンセント大統領は言っていた。直後に連絡が付かなくなったが。言わずもがな、オルタ5にも慎重派と推進派がいる。今回のクーデターには、慎重派はいないが、推進派には多少いると見ている。痺れを切らせた者などだ」

「その慎重派に連絡をつけることは出来ますか?・・・もぐもぐ」と、香月博士。

「出来なくもないが、いかんせんアンドロメダの通信設備が回復しない今では、どうやってもクーデター軍に傍受されてしまう。付け加えてアンドロメダの通信設備は専門の部品が必要になってくる。補給艦に保管してる部品で補えるかどうか。直接通信できればいいのだが」

「できますよ」

全員がこちらを向く。

「タチコマンズをアメリカに送り込んだとき、こんなこともあろうかとアメリカ軍の通信設備と政府筋の通信網にちょっとした仕掛けを作っておいたんです。あと、マックスのレジストリにオルタ4、5関係者のリストも作らせておきました。アークバードのレーザー通信なら傍受もされないはずです」

「あのヘンテコ戦車・・・しばらく見ないと思ったらそんなところにいたのね」

「本人たちの前でそんなこと言わないであげてくださいよ。気にしているんですから」

がたいのいい90式戦車を前に、肩を落として部品を洗っていたタチコマンズ。心の目で『僕たちもカッコよくして!』と、こちらに訴えるのはやめていただきたい。

だいたい、いざBETA戦となったら身軽な君たちの方が有利なのだからいいではないか、と言いたい。

気持ちは非常に良くわかるが。

「機械のくせに、えらく人間くさいわね」

「学習すれば、そんなものですよ」

「あー・・・教授、話が見えないのだが。タチコマンズとは、工作員か何かかね?」と、艦長。

「そのように考えていただいて結構です。今、この基地に二体ほど居ますが呼びますか?」

「いや、いい。このような非常事態は、知らない方がいい」

ごもっとも。

まぁ、どっちみち彼らには教えるが。

「さて、連絡はすぐに付くと考えて・・・ではどうやってアメリカ本土まで行きますか」

さすがに宇宙から再突入するわけにも行くまい。撃ち落されたら嫌だし。

でしたら、と艦長。

「我々のケストレルを。これはわが国の問題です。国際問題になる前に解決したい」

「ですが、海上を大手を振るって進めば間違いなくクーデター軍と戦うことになりますわ。同胞同士が戦う愚は、先の守備隊によるクーデターの二の舞ですわ」

「しかし、潜水艦を使おうにも数が足らん。我が第七艦隊の所有する潜水艦の大半が、前回の作戦時に本国に戻されたままだ。たったの二隻でクーデターを収束させるには圧倒的に数が足らん。ソ連で開発中のシンファクシ級潜水艦でもあれば、話は別だが・・・」

あぁ、やっぱりそれもあるんだ。艦長でも知っていると言うことは、アメリカと共同開発かな?

「無い物ねだりしても仕方ないですわよ。宇宙からの強襲作戦を考えましょう」

「それはいいが、所属はどうするのかね」と、司令官。

「このままでは、第七艦隊は勝手に動いた反乱部隊として内部処理されてしまうぞ」

「それでしたら、我がラーズグリーズで引き取りましょう。国連軍、アメリカ軍、帝国軍にも属さないラーズグリーズでしたら、記録も残りません。その存在を問おうにもラーズグリーズの本質的存在を知っているのは、ここにいる全員と帝国の最高府、将軍級の人間です。政治的にも軍事的にも手出しが早々出来る物じゃありません。実質、幽霊部隊ですよ」

そのラーズグリーズは自衛隊所属になっているが。

「ラーズグリーズ・・・ああ、模擬戦の」と、艦長。

「そうです。可変機が一機に戦術機級が三機、戦闘機が一機の独立遊撃部隊です」

自衛隊にそんな部隊はないが、まぁいいか。

「しかし人的要員はどうするのかね。さすがに・・・何人かね?」

「全員で五人です」

「五人で艦隊を運用できないだろう。当然、どこからか人を引っ張ってこなくてはいかん。我が第七艦隊にしろ、国連にしろ、帝国にしろだ。バックアップも含めれば大隊規模の人間が必要になってくる。その全てに口封じが出来るのかね」

「ご安心を、艦長。それが出来るのは、私だけです」

脳を持つ全ての生命の記憶は、微弱な電気と脳内物質で保存されている。リンゴを見れば、リンゴを認識する電気信号と脳内物質が脳内の一角に現れて記憶の保存を行う。

なら、その電気信号と脳内物質を消せば、どうなるか。

無論、脳内からはリンゴを認識できる情報がなくなっているためにリンゴをリンゴと認識できない。本人にとって、新しい果物になるわけだ。または、リンゴを思いだせなくなる。

つまり、忘れる。

それを我々に置き換えるわけだ。なんら難しい問題ではない。

それは可能でしてよ、と横から博士。

「認めたくはありませんが、教授にはそれが可能です。やろうと思えば、艦長が教授を親だと思わせることも可能だと思われますわ」

「そんなバカな。有り得ん」

「有り得ない、なんてことはない。それが数多を架ける多元世界の唯一無二の絶対法則ですから」

基本的に多元世界は何でもありだ。

無限であるが故に、全ての矛盾を許容できる器を持つ。

「艦長も戦闘情報で見たでしょう。私のGT-Xが放つ煌きを。あれが、それを可能にさせます。ブラック・ボックス・テクノロジー。この世の全てを構成する万物構成粒子、エーテル粒子を操作してエーテル粒子由来の物ならばなんでも作り出すことが可能な装置です」

「有り得ないということはない・・・にわかには信じられんが・・・あの映像は誤魔化しでない事は知っているし・・・事実、なのだな」

「イエス。しばらく後に証拠も見せましょう。死んだ者が蘇る瞬間を見れば、艦長も納得しますよ」

イルマ少尉は、まだGT-XのメモリにZIP保存されたままなので、解凍して再構成する必要がある。そのときに立ち会ってもらえれば、大方信じてもらえるだろう。口も堅そうなロマンスグレーだし。

「ふむ・・・なるほどな。それが、それこそが、BETAに勝つ者なのだな」

やや強引な言い方だったが、納得してくれたのでいいとする。

「では、ラーズグリーズ艦隊の編成は艦長と司令に任せます。後は---」

「教授、チョッパーから入電です」と、オペレイタ。

「繋げ・・・チョッパー、どうした」

≪こちらチョッパー。教授の言ったとおり、相模湾内に戦術機輸送潜水艦を探知しました。アスロックを使って威嚇したところ、投降しました。今現在、横浜基地に向かっていますが・・・大きすぎて入るかどうか≫

映像も一緒に送られる。胴体に一本、太くて逞しい魚雷が突き刺さっていた。

「シンファクシだ」と、映像を見て艦長。

「まさか完成していたとは」

「いやいや、いいタイミングだ、チョッパー」

≪教授?≫

「まさか」と、艦長。

「イエス、キャプテン。あの潜水艦を使います。チョッパー、その潜水艦はシンファクシかね?」

≪ちょっと待ってください、今確認します・・・・・・・はい、シンファクシ級潜水艦の一番艦、シンファクシで合っています。知っていたんですか?≫

「ふむん。まぁ、そんなところだ。入りきらなさそうだったらぎりぎりまで持ってきてくれ。すぐに使う」

≪了解・・・でえぇ!?≫

「アメリカでクーデターだ。君も連れて行くぞ。誘導が済んだら一旦基地に帰ってきて準備しなさい。嫁さんも一緒に連れてっていいから」

「ちょっと、リーツ!いくらなんでも準備が足らないわ。せめて三日は確保しなさい」

「博士の言うとおりだ」と、艦長。

「こちらとしても、衛士の選抜がある。戦術機の整備もだ。とてもじゃないが今すぐは無理だ」

君らはね。私はそうじゃないんだ。

「問題ありません。シンファクシの改装も一瞬で終わります」

「だから・・・ああ、もう。そうだったわね、忘れていたわ。あんたが規格外だってことに」

「感謝の極み」

ズパッ

「ほめてないわよ(はぁ・・・どうしてこんなのを好きになっちゃったのかしら)」

「そりゃ、博士が物好きだからですよ」

「人の頭の中を読んでんじゃないわよ!」

プレゼントしたハリセンが軽快な音で私の頭に突っ込みを入れる。ハリセンと侮ることなかれ、意外に痛い。

「さて」と、ラダビノット司令官。

「では、アメリカ海軍第七艦隊艦船の横浜基地入港を許可します。シンファクシについては教授に一任する。準備が出来次第、もう一度ここに出頭するように」

「いてて・・・了解しました」

「入港については、必要な物資や乗員たちの上陸も認めます。横浜基地内に限定させていただきますが」

「構いません。ご配慮に感謝します」

もう一度頭を下げる艦長。

「では、シンファクシの乗員たちの説得は、私がやりましょう」

「艦長が?」と、博士。

「ええ。何から何まで、あなた方に任せっきりというのは軍人としての意地が黙っていません。せめて、説得ぐらいは私にやらせてもらわないと」

「確かに、軍人には、軍人よね。わかりました。説得をお願いしますわ」

「了解です、香月副司令官どの」

「やめてください、艦長。なんだかくすぐったいですわ。博士で結構ですわよ」

「ふふふ。私も、まだまだ若い者には負けはしませんよ」

確かに、そんなロマンスグレーが渋くしてきたら若いやつらは勝てんだろうよ。若年にそんな渋さが出せるかい。

こうして、会談は終了した。

香月博士、霞と一緒に博士の執務室に戻る道で博士が口をあける。

「さっきから気になってたんだけど、社、それはナニ?」

博士が指差す先は、霞の腕の中で寝息を立てる一匹の黒猫。

「先ほどのスパイです」

「・・・は?」

「霞が殺してしまったのでね、私が再構成しました。モード・KN、KURO-NEKOです」

「え、じゃあ、なにこれ。スパイだった・・・の?」

「そうです。本名をジョン・コナー。変なことが出来ないように猫にしてみました。どうです?」

立ち止まり、真剣に考える博士。ちょっとして、言った。

「首輪をつけなさい」

博士も、ずいぶんと逞しくなったな、と思う瞬間だった。




[7746] 魔法少女は魔女になる第十話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:b32af684
Date: 2009/06/27 00:13



<霞>




魔法使いになりました。

それに伴って新しい友達も出来ました。

≪・・・ナガトです≫

私室の壁に立てかけられた一本の剣。けれど、教授はこれを『杖』と言いました。

『君の性格に合う人格情報を倉庫から漁ってきた。ウマは合うはずだよ』

教授の言葉を思い出す。

『私がこの世界にいる間は、多少の無茶をしても問題なく稼動する。しかし私がいなくなれば、それはGT-Xもいなくなるということで、ナガトに電力供給をしにくくなる。なるべく電力を送信できるようにはするが、それまで以上に無茶は出来なくなるから注意してほしい』

解決方法は?

『私の傍を離れないことだ。正確には、GT-Xからね』

それしかない?

『それしかない。だがそれは、君も多元世界を巡る果てのない旅に出る、ということだ』

旅?

『世界は一つではない。少しずつ違う状況が連なっていたり、まったく違う状況があったりする。それが多元世界だ。私や、私たちは、その多元世界をめぐり、多元世界を破滅させてしまう力を抑えるために旅をしている』

世界とは、破壊されてしまうことがあるんですか?

『理論上は可能だ。『世界』も物質から成り立つ存在だから、寿命もある。自然崩壊ならば、まだ何とか出来たりするものだが、意図的に破壊してしまう者もいれば、事故で壊してしまう者もいる。メタ世界からすれば、一つの系統世界の何十万、何百万程度、壊れてしまっても痛くも痒くもないのだが、問題なのは、その破壊され、もしくは破壊してしまって、それまでその世界に住んでいた住人たちが他の世界に移動することなんだ。これが、一番厄介だ』

なぜですか?

『世界は、何より不安定を嫌う。ちょっとでも不具合があると衛宮みたいなのがやってきたり、変質崩壊を引き起こして物理的にいなかったことにされる。だが、移民者もバカではない。ちゃんと対策を練って他世界に行く。しかしそれが世界にとっては癌細胞であり、ウィルスなんだ。それが、鼠算式に広がっていく。想像を絶する数で。私が生まれた世界にやってきたのも、彼らだった』

もしかして、教授がたびたび言っていたレギオンと言うのは・・・

『御名答。その移民者こそがレギオンの正体だ。君や私と同じ、人間だよ』

にん、げん?

あれが?

『姿形がいくら変わろうとも、本質は人間だ。数多の世界を巡るうち、そのように進化したのだろう。私からイメージでレギオンを見たことがあるだろうが、あれも元を正せば我々と限りなく近い生き物になるだろう』

あれが人間とは、とても信じられませんが・・・教授は、それと戦っているんですね。

『そうだ。人生リフレイン現象も、そのための一環とも言える。レギオンだけが崩壊の原因ではない。何度も何度もリフレインを繰り返し、原因を探るんだ』

もし、私が付いて行ったら、私はどうなりますか?

『よほどのことがない限り死ぬことは出来ないし、よしんば死ねたとしても人生リフレイン現象でまた蘇ってしまうようになる。しかも、そのタイミングはアトランダムだ。生後一ヶ月というときもあれば、齢70、80というときもある』

その、人生リフレイン現象を止める方法は?

『原因を突き止めて解決すること。そうすれば、その世界のリフレインからは解放されて白い部屋に戻る。そしてまた、別の世界でリフレインを繰り返すんだ』

基本的な解決方法はないんですか。

『ない。少なくとも私には、ない。君は、おそらく『リーツ・アウガン』ではない。先ほど言った、無限地獄に等しい道を選ぶことになる。それを回避、根本的解決の手段を持っているのは、ザ・ファーストのみだ。まぁ、どのみち、それでも良くて『そうなった』のだから、私は文句はないのだがね』

・・・つらくないんですか。

『つらい思いをしたら、また次のリフレインで見返してやればいい。終わったことをどうすることも出来ないのであれば、次はそうならないように、行動すればいい。同じ悲劇や惨劇は繰り返さない、繰り返させない。私は、ハッピーエンドしか認めない性分でね。つらいと思ったことはあっても、諦めた事はないよ』

私は・・・

『別段、いま答えを出す必要はない。私がこの世界を去るまで、まだ幾分かはある。それまでに答えを出せばいい』

・・・わかりました。

そう言って、使い方の説明に入った。

『使い方は簡単だ。そのナガトに語りかければいい。変身も、それで出来る』

変身?

『やってみれば早い。ナガト、社霞に対して変身を実行。BGM選択、レイジング・・・いや、キャンセル。[Hallelujah]だ』

ピッと、短い電子音。同時に、部屋全体から今まで聞いたことのない音楽が流れる。

≪了解。命令を実行します≫

ふわっと淡い光が自分を包んで、宙に浮いたような感触が全身に広がる。

次に体中に力が湧いてきて、不思議な感覚が来た。気持ちいい。

光が終わる。同時に心地よい感覚はなくなり、今まで着ていたオルタネイティヴ計画関係者専用服がなくなって、代わりに白く、ひらひらした服を着ていた。両手には、手首全体を覆う銀色のガントレット。金属のようだが、軽い。

≪実行完了。BGM、停止≫

『なかなか似合っているじゃないか』と、教授。でも、恥ずかしい。

教授、これは一体、何なんですか?

もじもじしながら聞く。服そのものは長めなので、どこを隠す必要はないのだが、教授という異性に見られて気恥しかった。

『見てのとおりだ。それはバリアジャケットといってね、私が編んだんだ』

教授が?

ミシンでも使ったのだろうか。

『繊維はBBTで作ったが、服は手作りだ。ナガトのメモリに完成品情報が保存されている。それを、内蔵したマイクロBBTで情報結合を再構成したんだ。スリーサイズはきつくないかい?』

いえ、それは大丈夫ですが・・・教授?

『なにかね』

どうして私のスリーサイズを?

『知らんよ。そのバリアジャケットのサイズは、私の娘の物だ。君とほぼ同年代時のデータを参考にした。それでも個人差はあるから、きつかったり緩かったりしたら調整しなければいかん。いったい、何を想像したのかね?』

・・・///

『ん~?』

教授は、意地悪です。

『んっふっふ。何を仰いますやらウサギさん。さて、問題がないなら次に行くぞ』

続けて行われる説明。

ひとと人外との戦い方、大切なものと自分の護り方、大切な人の癒し方、大事な道具や機械の直し方、そして羽を広げる飛び方。

『以上が、ナガトに備わる基本的な能力と、その性能だ。何か質問は?』

これは、BETAと戦える力ですか?

『霞が、そう使いたいなら。BETAに対しても十分に有効な戦闘手段になるだろう』

勝てますか?

『神剣開放モードでExSLBを使えば、一撃でフェイズ5クラスハイヴを吹っ飛ばせる。その辺は一撃必殺砲で触れたな』

使用すると、冷却で二十秒ほど時間を取ります。

『その通り。しかし、それも五発以上連発すると電力供給が追いつかなくなって魔力障壁や空中浮遊ができなくなる。その場合の防御力や回避力は、極端に低下するからここぞというとき以外は使わないこと』

なるべく電力消費の低い武装を使うことで解消されますか?

『そうなる。だが、神剣開放モードではどの武装を使ってもだいたい消費電力は大きくなる。砲撃は言わずもがな、だし、斬撃もだ。神剣開放モードでの斬艦刀形態では、ExSLBの1.5倍の出力設定をしてある。それ以上は、制御中枢の特殊宝石が壊れかねん。あぁ、特殊宝石とは、電力を魔力に変換する宝石翁ご自慢の一品だ。マナやオドがなくなりかけたとき、更には平行世界からの魔力転送が出来なくなったとき、乾電池と併用して使うのだそうだ。ナガトには、それを組み込んでいる。マイクロBBTでは、その大きさゆえに性能もマイクロになってしまうのでね。魔力が、それを補ってくれる』

一概に何が正しい、というわけではないんですね。

『そうだ。あえて何が一番正しいかと言えば、状況によって使い分けることが一番正しいな』

だいたいわかりました。他には何かありますか?

『それは私の言葉のような気もするが、まぁいいだろう。とりあえずは、ここまでにしておこう。博士に渡さなければいけないものもある』

そう言って博士の下に行く。

そこで感じた感情と、見た表情は、後にも先にもあの時と博士が教授にプロポーズされた時だけだった。

そして、今に至る。海中を進むシンファクシの中で、今は、ナガトのお手入れの真っ最中だ。

きゅっ、きゅっ

≪・・・外見状態は良好。各部駆動系に問題なし≫

キラッ☆

「綺麗になりました」

磨き上げられた刃は、鏡のように自分の顔を映す。

≪外見簡易修復に感謝します。レイフも、OSクリーニングをありがとうございます≫

ピコピコと、レイフが発する電子音。

訳:どんまい。

ちなみにここは格納庫。ナガトがOSのクリーニングを行うのにレイフのスーパーコンピュータが必要だということでここまで来た。

周りは、ラプターやイーグル、ファントムに続いて陽炎や激震、不知火、御武雷があって、整備士の人たちが忙しく働いている。

その隅っこで、レイフにもたれかかってナガトを磨いている。柄に付いたソケットからコードを伸ばしてレイフの胴体に挿し、それで有線通信を行う。

なにを話し合っているかは、ナガトを介してリーディングで読み取れなくもないが、教授は、やめておいた方がいい、と釘を刺した。

『仮にもナガトの電子頭脳はレイフと互換性があるくらい高度なものだ。そんな両者の会話を直接のぞいたら脳みそがパンクするぞ』

機械に対してリーディングを行ったことは未だにないが、どういうことなのだろう。色彩が意識を押し流すイメージなのだろうか。

とにかく、教授が止めておけと言うならそれに従っておいた方が無難だろう。本当に脳髄がパンクしたらどうにもならない。

≪あー、あー、あー、てすてすてす。ただいまマイクのテスト中。全艦、私の声が聞こえるかね?≫

教授の声が格納庫に響く。

「ナガト、教授に聞こえてると言ってください」

≪わかった≫

≪んーむ・・・マイク良し。ではそのまま聞いてください。これより我がラーズグリーズ潜水艦隊はハワイ沖をかすめてアメリカ本土に一直線で向かいます。今現在の位置は小笠原諸島から東に2000キロちょいです。そろそろハワイが見えてくる頃で、敵のソナーをかいくぐるためにしばらくしたら潜水を開始します。それにより、電力供給をGT-Xに接続するまでの間、頻繁に冷房のオンオフが繰り返されます。そんなときはアイスノンを作っておいたので、それを使って下さい。何もないよりかはマシなはずですから。それでも暑さに弱い人は、冷えピタ君もあります。全艦の至る所に配置していたおいたから現場の責任者はこの位置を把握しておいてください。追加がほしい場合は、各部署の責任者が私に電子郵便を送ること。以上です。艦内放送終わり≫

自慢にならないが、私は暑さにめっぽう弱い。寒いのならば平気なのだが、とにかくこの情報は助かった。早めに場所を確認しておこう。

立ち上がろうとすると≪まって≫と、ナガト。

「どうかしましたか?」

≪バリアジャケットを展開すればある程度の気温の変化を無効化できる。使用を勧める≫

「私は、まだオルタネイティヴ計画の最重要関係者です。目立つ行動はしないように博士に言われています。提案はうれしいですが、やめておきます」

≪わかった。謝罪する≫

「いえ、謝らなくても大丈夫です」

それでも気温の調整が出来るあたり、ちょっとうらやましかったりする。

でも、がまんしなきゃ。

日本時間午後三時になれば、衛宮さんの作ってくれたアイスクリンが食べられる。

それまで我慢しよう。

レイフにナガトを頼み、アイスノンと冷えピタ君のある場所を確認するため整備班長に確認を取った。

「すみません。冷却材の保管場所を教えてほしいのですが」

「ん?おお、お嬢ちゃんか。冷却材か?それなら、いまシゲのいる場所だ。あそこにある---おい、シゲ!お嬢ちゃんにアイスノンと冷えピタ君を渡しておけ!---おらそこ、なにやってんだ!もたもたしてると全員海に叩き込むぞ!!」

格納庫内の照明がまぶしいのか、サングラスは外していない。

それも相まって一見するととても怖いが、試しにリーディングをして、それが榊班長の心の強さから来るものだと知ったときには、怖くなくなった。

整備班の人たちも班長を怖がっているけれど、同時にとても信頼していた。

「ほいよ、霞ちゃん!これだけあれば足りるとは思うが、一人で持てるかい?」

どっさりとアイスノン、冷えピタ君を持ってきてくれたシゲさん。ちょっと一人では使い切れなさそう。

「大丈夫です。ベルカ、運ぶのを手伝ってください」

他の整備士の後にくっついて備品の管理をしているベルカを呼び止め、手伝ってもらう。

≪はいはーい。ちょっと待ってねー。このケーブル繋いだらすぐにそっちに行くからー≫

手?を振り、こちらに答えるベルカ。もう片方の手には、ぐるぐる巻きにされたケーブルがあった。

多分、あれが教授の言っていたGT-Xに接続するためのケーブルなのだろう。とても太く、長くて大きい。

いそいそと、レイフの横に片膝を着いてワイヤーで固定されているGT-Xに接続を始めるベルカ。

そういえば、教授からGT-Xのことについてほとんど聞いていなかったことを思い出す。知っているのは、教授が、博士に話したこととほとんど一緒だ。北九州市のスーパーロボット特区で開発されたエンディミオンのプロトタイプ、零。今そこにあるGT-Xは、それを改修した零・改だと言う。

万物構成粒子と言われる『エーテル粒子』の動きでタービンを回し、発電する永久機関を搭載した戦術機。

教授は、戦術機ではなくEM兵装だと言ったが、別にどの呼び方でも構わないとも言う。曰く、名前は大事だが、それに惑わされてはいけない、と。それはBBT、ブラック・ボックス・テクノロジーのことなのか、教授自身のことなのか、私にはわからない。

先に触れたエーテル粒子を操作し、物質を可触級物質に昇華させる精製装置、BBT。

これは、適性があれば誰にでも扱える物だと言った。ただ、その適性は、あったとしても次の瞬間には消えてしまったり、逆に現れたり、ひどく不安定でなかなか扱えることができない。よしんば使えるとして、いい気になって使い続けると何の前触れもなく廃人になってしまう危険があるのだそうだ。

≪通電オッケー。教授~、聞こえますか~?そっちに電気行きましたか~?≫

ソケットを差し込み、ベルカ。その脇から延びるコードで状態を確認している。

≪え?こない?おかしいなぁ。ちゃんと接続マニュアルに沿って繋いだのになぁ≫

頭?をポリポリするベルカ。もう一度やり直す手順に入る。

「・・・シゲさん」

「ん?」

「申し訳ないですが、これをレイフの足元に置いてもらってもいいですか?」

「おお、いいぜ。どれ、よっこいしょ、と」

仕方ないのでシゲさんに運んでもらう。と、そこに教授がやってきた。

「なんだ、どうした。そんなに不具合の出る手順じゃないはずだが」

≪わかりません~。ちゃんと通電はしているんですが≫

「・・・シゲさん」

「はいはい?」

「ありがとうございました」

ぺこり

「なぁに。これくらい、いいってことよ。じゃな」

そう言って自分の作業場に戻るシゲさん。

私も、自分の出来ることをやろう。GT-Xの下に行く。

「私も手伝います」

「霞か。助かる。私はここのソケットのピンをチェックするから、ベルカと一緒にコクピットに行って電圧をテストモードにしてくれないか。ベルカはやり方は知っているが、操作は出来ん。君がやってくれ」

「いいんですか?」

「なにがかね?」

「この戦術機に触っても良いんですか?」

「構わんよ。セーフモードにしてあるから、間違えて武装マスターアームを起動してしまっても電子戦闘モードしか立ち上がらない。インターフェース画面は、ニュートラルが表示されているはずだ。そこからベルカの指示通りに操作してくれればいいさ。これのことをもっと知りたければ、後で私の私室に来るといい。ちゃんとレクチャーしてあげよう」

厚手の絶縁手袋をはめてソケットを弄り始める教授。

≪と、いうわけでこっちにどうぞ~≫

ベルカに背中を押されるがままコクピットによじ登る。

タラップに足をかけ、コクピットのフルバケットシートに座る。入り口では、ベルカが心配そうにこちらを見守っていた。

≪大丈夫ですかー?≫

「はい。大丈夫です」

座ったとき、自分の正面にくる基地の端末モニターと同じくらいの大きさのモニターを見る。画面には、富士山が映っていた。画面を触ると、二つに折れたキーボードが、モニターの両端から飛び出てくる。自動で展開して一つのキーボードになった。

≪教授はそういう仕掛けが好きなんですよねぇ~。ほーんと、物好きなんだから≫

やれやれと肩をすくめるベルカ。そこに教授の笑っていない声が響く。

「よけーなこと言ってるとOSをMEに書き換えるぞー?」

≪ごめんなさーい!それだけはー!MEは、MEはいやーー!!≫

「デフラグに三日もかけたいかぁ~?あぁん?」

≪ひーーー!!!≫

あ、逃げた。

ベルカが嫌がるほどのMEってなんだろう?

ちょっと気になる。

「MEっていうのは」と、コクピットに昇ってきて教授。

「バグだらけでとても使い物にならんダメOSのことだ。私が生まれた世界の物でね。パーソナル・コンピュータに使われていた」

そのまま後ろの座席に乗り込む。

「個人端末ですか?」

「そう。他にもMacやオープンソースコードのリナックスがあった。Macは安定性が高く、リナックスは動作が軽くて評判だった」

画面を操作して作業を進める教授。

「ちなみにGT-Xも、リナックスを改造したプログラムで情報統制を行っている。一から組むよりもオープンソースコードの方がやりやすかったのでな。それに」

「それに?」

「リナックスのイメージキャラクターはペンギンなんだ。実は、娘が大のペンギン好きでね。自分の部隊の名前をイワトビペンギンからとって、岩飛中隊にしたほどだ。その頃、娘と喧嘩してしまってなぁ・・・なんとか仲直りしたくてこれを選んだのも理由の一つなんだ」

「思いっきり私情を挟んでいますね」

「娘に嫌われた父親ほど悲しい生き物はない。家で話しかけても『つーん』とするんだ。嫁さんが間に入ってもなかなか仲直り出来なくてな・・・」

作業する手が止まる。キーボードの音が消えたので、それがわかる。

「仲直り、出来たんですか?」

「あぁ。まぁ、ね。うん、うん」

そう言って、再びキーボードを打ち始める。

時々、このひとの考えがわからなくなるときがある。考えを読もうにも、リーディングをしても衛宮さんのような壁が立ちはだかって見えなかった。

「ESP対策さ」と、私の考えを読んだように教授。

「『最後まで泣いてはいけない世界』で、ギーグの超能力で操り人形となったことがあってね。幸いにも、アン・ドーナッツ博士が助けてくれたおかげで事なきを得たが、それ以降、自分の脳みそを改良して干渉しににくくしたんだ。最初に出会ったときに、ブランコが見えただろう?」

「はい」

「それは、私が子供の頃にずいぶんハマっていた遊具なんだ。頭の中を読まれそうになると、これが映し出されるんだ。嫁さんと出会った公園にあってね。よく二人で遊んだものでね」

「どうして、その遊具を?」

「どうしてかな。自分でも良くわからない。もしかしたら、私は多重人格者で、最初に出会った私とは、違う私と今、君は話しをしているかもしれないな。だから、自分でもどうしてブランコが映し出されるのかがわからない」

「教授は、教授です。他の誰でもありません」

「そうだな。私は私だ。ここにいる。他の誰でもない」

「なら、あのブランコは、教授が見せたものではなく、教授が一番大切に思っている思い出ではないでしょうか」

「ふむん」

「一番深く大切にしている記憶なら、それがリーディングを行ったときに出てきても不思議ではありません。訓練でも、それは良くあることでしたから」

「確かに、私はあのブランコを良く覚えている。染みの箇所からさび付いたボルトとナットの位置を今でも言える。よく遊んだことに違いはないが、どうしてそれが一番記憶に残っているのだろうな」

「それは多分、教授が、その思い出をなくしたくないと強く思っているからだと思います」

「ほう」

「これは香月博士からのお話ですが、記憶にはスイッチがあるそうです。このスイッチを入れると、何十年もその時のことを正確に思い出せるそうです。そしてそのスイッチは、子供の頃は勝手に入ってしまったりしてコントロールが出来ない、と。けれども、大人になればスイッチそのものがなくなってしまったり、使い方を把握した人はきっちり使いこなすそうです。そして幼少時に記憶された出来事は、時々フラッシュバックを引き起こしてより強く思い出を記憶に残すそうです」

「なるほどね。確かに、フラッシュバックはよくある。それで悩むことも少なくないよ」

一度垣間見てみるかい、と悪乗りして言う教授。

「私単体は、それほど多くの世界を旅してきていないが、私の仲間は、少なくとも私の十倍以上は多元世界を旅している。体験ではなく、記憶としてならここにある」

自分の頭をつつく。

「シンファクシのサブリアクターにこれを繋いだら、話そう。アメリカに着くまでは長いしな。ハワイに着いたら霞も仕事尽くしだ」

私の仕事。

それは、シンファクシを無事にアメリカ本土に到達させてクーデターを終息に導くこと。

私の能力が、人助けになるならと、それを受け入れた。

そこに、艦内放送が流れる。

≪潜水時艦長の絹見だ。これより本艦は---≫




[7746] 記憶回帰の第十一話
Name: リーツ◆632426f5 ID:b32af684
Date: 2009/08/02 11:21


<リーツ>


さて、一体何から話したものやら。

GT-Xとシンファクシを繋ぎ、安定した電力供給を開始して半刻ほど。私室のクーラーから出てくる冷気を味わいながら対面している霞に何を、何から話したものか悩んでいた。

話の順序からして私が生まれた世界からだが、それではひどく長くなってしまう。一番手っ取り早いのはGT-Xのメモリを見てもらうことだが、せっかく話すのだ。それは無粋と言う物だろう。霞にどこから聞きたいか、聞いてみるか。

「霞、ではどこから聞きたいかね」

多元世界を巡る旅は、『ちせ世界』から始まってこの世界に来るまで、約三十近い世界を旅した。正確には、34である。この世界で35番目だ。

「では、最初に旅した世界をお願いします」

「私が生まれた世界でなくていいのかね?」

「はい。ソウライとマックス、ベルカがが教えてくれましたから」

あんにゃろうめ。

ひとのプライバシーを勝手に・・・

くす、と霞が笑う。

「・・・なにかな、その含みのある笑いは」

「いえ、教授も恋愛では苦労したんですね」

そこまで言いやがったのかあいつらはーーー!?

「ぐぅう、一番見られたくない記憶を知ってしまったのだな」

なんと気恥かしいことか。

「いいことだと思います」

「うぬぬ・・・ぬん?」

「人を好きになるのは、いいことだと思います。教授が奥さんを好きになって、付き合って、告白して、結婚して、それはとてもいいことだと思います」

「・・・霞も、人を好きになってみたいか?」

「はい。あの子達が教えてくれた教授のような、がんばって、好きな人と歩いていく人生を送ってみたいです」

私は、と続ける。

「この世界を出ます。いいことも、つらいことも、たくさん経験して思い出を作りたいです」

霞の眼には、まだ幼いながらも決心があった。

「なら、少しテストをしよう」

「テスト?」

「ちょうど、今から話す世界についてだ。その体験を以って、君がどう思うか。その感想で決めようと思う」

「はい。構いません」

「そうか」

気持ちを切り替える。

「では話そう。私が『リーツ・アウガン』として初めて訪れた世界、『ちせ世界』について」





「さて、ではどうしてその世界に行くことになったのか、それから話そうか」

「はい」

「直接的な原因は、ザ・ファーストが発明したとある機械にある」

「機械?」

「ナノマシンだ。BBT修復用に開発された物で、原子と電子を積み木のように繋げる機能を持った機械だ。使用者の意識で操作できる。だが、BBTと違って直接に原子核を操作するから核爆発に匹敵するエネルギーを同時に生み出してしまう物騒な物だったんだ。それに結局、BBTは修復できなかった。それでもザ・ファーストは、なんとかエネルギーを白い部屋の物置部屋に送ることで解決したんだが、その際に設計図が「   」に流れ出てしまってな。回収はしたんだがその設計図を基にとある世界で組み立てられてしまったんだ」

「それが、『ちせ世界』ですね」

「そう。そこで、ザ・ファーストに限りなく近い平行世界で生まれた私が回収に向かったんだ。そのナノマシンは、私が研究していた物と似ていたし、扱い方も他のリーツ・アウガンよりも良く知っていた。いや、記憶を共有している時点で全員知っているのだが、『知っている』と『開発していた』とではぜんぜん違うからね。そして私は、あの地獄坂に降り立った」


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「・・・これが、異世界か・・・」

澄んだ空気に、クーラーを効かせたような涼しさ。それはまさしく、北海道の夏だった。GT-Xは、同時に転送されたが、人目の少ない、かつここから近いどこかにおいてある、とのことだったので、情報収集が終わったら探しにいかなくてはならない。

「しかし、異世界と言っても平行世界で、やっぱりたいした違いはないんだな」

出現した地獄坂から下って下町に出る。いきなり現れた私に周囲の学生やらサラリーマンやらは、事態の解明に硬直していたが、いくら私を凝視していても答えが出るはずもなく、私が過ぎ去ったあとも呆然と突っ立っていた。

人々が行きかい、車が往来する。事前の情報では、本州では既に陸上戦が始められているはずだったが、まだ戦火はこの地を包んでいないようだ。

「とりあえずは、新聞とテレビだな」

事前に情報があるとはいえ、差異をチェックしておくのは悪くないだろう。何しろ、まだ自分はアナザーワールド・トラベラとしてひよっこなのだ。ほぼ無敵のチートだとはいえ、それで足元をすくわれた死んだリーツ・アウガンもいないわけじゃない。

注意は、必要だ。


-------------------------------------------------


「死ぬんですか?」

「生物的にではなく、情報的にな。私たちの死は心臓をえぐるようなことではなく、「 」に堕ちて綺麗さっぱりリーツ・アウガンとしての痕跡を抹消されることだ」


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新聞やテレビは、まったく役立たずだった。今まで縦横無尽にやっていた情報統制の四文字が、今となってはひどく恨めしい。してやられる側がこんなにも厳しいとは。仕方がないので、まずはGT-Xを探すことにする。探知機も何もないが、勘で探せばいい、と言っていたのでその通りに、ふらふらと、街全体を見渡せる展望台付近を彷徨っていた。

そして発見する。乗り込み、コンピュータを起動して通信回線をハッキングをしてみる。

そしてわかったことは、そもそもインターネット回線が機能しないほど一般ローカルサーバが使い物にならなくなっていると言うことだった。

まともに動いていたサーバといえば、テレビ局などの放送局に市役所などのきわめて小さいロ-カルサーバくらいで、対極してきわめて大きいネットワークサーバと言えば、軍事サーバであった。

「この世界も『自衛隊』なら、GT-Xのリンクシステムでいけるかも知れんな」

GT-Xも、元の所属は自衛隊である。GT-Xを通じてネット回線にアクセスできたのならやれるはずだ。そう思い、開く。

「むぅ。こいつは、ひどいな」

開いて出てきたのは、悪い方の戦況を知らせる戦果と弾薬を要請する信号の山だった。

敗北、撤退、戦死(表記には作業死)、弾薬補給要請、ETC、ETC。少しづつスライドさせながら暗号化された情報を読み解いていく。その中に、今回のターゲットらしき情報が紛れていた。

「情報どおりか。既にナノマシンは投与されて研究所は吹っ飛んで・・・吹っ飛んで!?」

なんだ、これは。情報と大きく違うじゃないか。

「まずい、まずいぞぉ。これじゃ回収が出来ないじゃないか」

既にナノマシンが投与されているなら、投与された本人から直接回収しなくてはならない。研究所にひとっ飛びしてとっとと回収してこようという目論見は、崩れ去った。

だが、幸いなことにターゲットはこの町にまだ住んでいるらしかった。

それは、暗号の中にある『進化型兵器』と言う単語が教えてくれた。

おそらくこの進化型兵器と言うのは、ナノマシンが学習を重ねて兵器の質や精度、開発レベルを向上させていく特徴を言い表したものだろう。が、今はまだ学習の最中で戦線には出せない状況が続いているらしい。「早く出せ」だの、「S型兵器はまだか」だのと言っているあたりが、それをうかがわさせた。

とりあえず、ナノマシンを投与された人間、情報では『ちせ』、暗号の中では『被験者二号』の現在住所を現地地図と併用して検索する。結果、ちせ嬢は街外れのアパートにいることがわかった。

ちなみに、被験者一号は既に亡くなっていた。

そこに、GT-Xのアラートが響く。

正体不明機の接近を知らせるもので、まだこの世界で何も登録していないから何が近寄ってきてもアラートが響くのだが。

「海の向こうからまっすぐに市街地へ・・・こりゃあ爆撃コースだぞ」

レーダーに映る多数の機影。編隊からして爆撃機と、それを護衛する戦闘機だった。


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「この時点で、この世界の軍事作戦がとうにタカの外れたものだと言うことを察しておくべきだった。市街地程度と見くびっていなければ、あんなことにはならなかっただろう」

「あんなこと?」

「その世界では正史なのだが、ひどい話さ。日本人絶滅計画とはね」




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リーツ・アウガンとしては、無闇矢鱈にその世界に介入して本来の歴史を捻じ曲げてはいけないのだが、さすがに民間人への無差別爆撃など、到底無視できる物ではなかった。

「三沢と千歳から迎撃が上ったようだが・・・これは間に合わんか」

いよいよもって、直接戦うことになるか。

「まさか、初めてのアナザーワールド・トラベルで戦闘をするこになろうとはね」

ふむん、とため息をつきながらBBTを起動させ、対空ミサイルを作る。百発ほど作ったところで、最初の一機が市街地に侵入しかかっていた。

「本来ならば、こういう介入はしないのだが・・・民間人への虐殺行為なら話は別だ」

GT-Xを隠した山間から放たれる空自名物変態ミサイル。ありとあらゆる妨害電波を跳ね除け、命中率百パーセントを誇るこの鬼の変態ミサイルは、わざわざ『的を外すため』のチップとプログラムを作られたほどのものだ。逆に言えば、『的がない的』に当てるように作り変えたともいえる。

とにかくも、いきなりの襲撃に爆撃機は成す術なく命中し、爆発、炎上して墜落する。が、その先は市街地であった。

「まずい!」

飛び出し、BBTを最大稼動。エーテルエンジンも追随して高鳴りを上げる。同時にロケットブースタを点火、市街地に突撃する。

車や街灯、人などに当たらないよう、間を縫って墜落機の真下に行く。腕の装甲がスライドする。

「間に合ってくれよ、と!」

着地、慣性の打ち消し、腰のひねりを加えて右腕を真上に、アッパーで迎え撃つ。拳から放たれるエーテル粒子の奔流が、墜落機を『消滅』させた。腕の装甲が元に戻り、冷却のための水蒸気が各所から吹き出る。

まるで、大地から上る火柱のようであった。後続が来る。

「民間人を殺すだなんて、君らはそれでも軍人か!恥を知れ!」

無線機を通じ、語りかける。自動翻訳で英語になるが、返事はない。

「言葉が通じないのか、それとも何も言う気がないのか。どちらにしても、私は君らの暴挙を黙って見過ごすつもりはないぞ」

遠隔操作で、隠れていた場所から全弾が発射される。爆撃機は、撃ち落そうと機銃を乱射するが、それが味方誤射で身近の一機を撃ち落してしまう。護衛の戦闘機は、爆撃機の盾になるつもりだったのが誤って爆撃機と接触してしまう。

そこに、正確無慈悲なミサイル攻撃が襲う。ものの一分で、市街地に侵入しようとした機影は数機を残して全て郊外に墜落した。残りは、撤退を始めた。

「帰ってくれたか・・・ん?」

真上を蒼い塗装の機体がかすめる。

「ヴァイパー・ゼロ・・・A型か」

少し不自然である。通常ならば、このような場合、北部航空方面隊隷下、第二航空団の第201飛行隊と第203飛行隊のイーグルがカバーすべきのはずだ。何かがおかしい。通信が入る。

≪そこの、えーと・・・ガンダム。今の攻撃はそちらのものか?≫

「ガンダムではない」と、ヘッドセットのマイクを起こす。

「エンディミオンだ。エンディミオンGT-X。君らと同じ、航空自衛隊だ。いま、IFFを送る。撃たないように願う」

≪空自?いやいや、どこの所属だ。というか、いつの間にそんなガンダムをこさえたんだ≫

「だから、ガンダムではないと・・・」

アラート。撤退した爆撃機が火を噴いて堕ちる。なんだ?いやまさか?

「話は後だ。私はリーツ・アウガン技術中尉だ。縁があったらまた会おう」

≪ちょっと待て、なんだ、その名前に階級は。リーツ・アウガンだ?どこの所属・・・うお!?≫

ロケットブースタを点火。通信していた機体の脇を通り過ぎる。

「まさかとは思ったが、いきなりビンゴか」

最後に残った戦闘機とドッグ・ファイトをしている小さい点。よく動くが、慣性を殺しきれておらずふらついていた。

あれは、ちせ嬢だ。

クローズアップして確認し、我が目を疑った。なんと悪趣味か。こんな少女に投与したというのか、外道め。

「鉄柱精製!」

左手に現出するH型鉄骨。両手で引っつかみ、思いっきり投げつける。

ちせ嬢は気が付いて離れるが、戦闘機はそうではなかった。胴体に突き刺さり、真っ二つに折れて墜落した。パイロットは、どういうわけか脱出しなかった。

「どうして脱出しなかった?いや、それよりも今はちせ嬢か」

機体を降ろす。すぐ脇では、先ほどの爆撃機に連なって戦闘機が燃え盛っていた。ちせ嬢もゆっくりと降りてくる。試しにマニピュレータを差し出してみれば、ちせ嬢は、そこに導かれてマニピュレータに降り立った。

≪あの、すみませんけどさ、応援、ですか?≫

外部マイクが彼女の音声を拾う。

≪あ、あの≫

「ああ、すまん。今出るよ」

ハッチをオープン。ちせと対面する。

「初めまして。ちせ嬢」

「え、え?敵か?」

「いや、日本人だ。空自の人間だ、と言えばわかるか?」

「したけど、その頭は日本人じゃあないっしょ」

F-2が通り過ぎる。ついでに、イーグルも来た。

「言いたくなる気持ちもわからんでもないが、私はれっきとした日本人だよ。そして、君のナノマシンを回収しに来た」

「はい?」

「君の、いま、腕に生えたり背中から飛び出ている羽の元を回収しに来たんだ。それは、元々私が作ったものでね。勝手に使われては困るんだよ」

君のような悲劇を生みかねん、と付け足す。

「これを作った人だべや!?」

「そうだ。すぐに回収させてもらうぞ」

マニピュレータにちせが降り立ったのは幸いだった。遠隔操作でBBTが起動し、彼女の体内のナノマシンを回収する。一瞬、光に包まれてびっくりするちせだったが、一瞬だったのでびっくりするだけで終わった。

「え?あれ?これ、体が戻って?なして??」

えい、えい、とナノマシンを起動させようとするが、いくらやっても起動しない。当たり前だ。もう君の体内には、一片のナノマシンすら残っていないのだから。

「ついでに体内環境を整えておいた。あとは、彼氏さんと一緒に帰りな」

私の意識に沿ってGT-Xが動き、跪いてちせを下ろす。何人かが、走ってこちらにやってきていた。

「あ、あれ、多分自衛隊のひとだべや」

「ふむ、こちらの自衛官か。一応、事情は話しておくか」

瓦礫を乗り越え、やってきたのは私服姿の青年だった。

「・・・あれが自衛官かね?」

「シュウちゃん!?」

駆け寄っていくちせ。なるほど、彼がシュウジ君か。

「ちせ!こりゃいったいなんだべ!?」

まぁ、そうも言いたくなるだろうな。なにせ巨大ロボットだし。

「わからん。けど、あたし最終兵器になって、あの人がその装置を作った人で、回収しに来たって。それで---」

「わかった、ちょっと待て、とりあえず落ち着け、ちせ。深呼吸だ」

うむ。よく扱いなれているな。まだ付き合い始めて日も浅いはずだが、良くわかっているじゃないか。

「・・・落ち着いたか?」

「う、うん」

「何があった?あと、あの人は誰だ?」

「えっとね、あたし、最終兵器になっちゃったんだけど、あの人が、その兵器を持ってっちゃったの。元々、最終兵器はあの人のだって」

「私から説明しよう」

一歩前に出る。

「と、言いたいところだがここでは場所が悪い。来たまえ」

GT-Xに乗り込み、誘う。二人は顔を見合わせてどうするか迷っているようだったが、ここで時間を食って他のだれかが来たら厄介ごとが増えそうで嫌だったので、無理矢理掻っ攫った。飛ぶ。

いまだ空中では、空自機が旋回を続けていたが、飛び上がると同時にターン。そのまま基地に帰っていった。

「賢明な判断か、それとも燃料がないのか・・・」

機体を透明化させているために、レーダーには映るものの視認はほぼ出来ない。傍目からは、音の塊が移動しているとしか思えないだろう。

そのまま、先ほどとは違った山中に機体を下ろす。念のため、GNドライヴだけを作っておいてGN粒子を散布する。エーテル粒子による抗電磁波障害効果を出来る限り減らす。これで少しは、時間が稼げるだろう。

二人を降ろし、自分も降りる。

「それであんたは、一体何なんだ?」と、シュウジ君。その後ろでちせ嬢。

「ちせ嬢、そこの女の子に投与されていたナノマシンを開発していた者だ。倉庫にとっていたのだが、設計図が流出してしまってね。こうして回収しに来たと言うわけだ」

「あんたも自衛隊なのか?」

「ああ、正確には、元、な。生前の階級は中尉だが、死んで二階級特進で少佐だ。ま、生きているから中尉を名乗っているがね」

「・・・何を言ってるんだ?」

「私は、この世界の人間ではない」

「は?」

「平行世界、と言う概念は聞いたことがあるかね」

「は、はい。あります」と、ちせ嬢。

「その平行世界からやってきた。彼女に投与されたナノマシンを回収するためにね」

「じゃ、じゃあさっきから兵器が出てこなかったのは」

「私が回収したからだ。もう君は、普通の女の子だ」

「だからちょっと待てって!平行世界って何だ!?ナノマシンも!」

「あー、平行世界と言うのはだね---」

「こことは違う世界だべや!」と、横からちせ。

「こことはちょっと違ったりする世界がいくつも続いてるっていう考え方だべさ」

「ほう、よく知っているね」

「漫画に描いてあったべさ」

「・・・うん、まぁ、知っているならいいです、はい」

「それで、ナノマシンって何だ」

「あ、あぁ。使用者の意思に応じて原子核を操作して物を作り出すものだ。例えば・・・ほい」

回収したナノマシンを起動。ソフトクリームを三つほど作る。

「お、おー!」

「・・・マジかよ」

純粋に驚くちせに疑うシュウジ君。本当に良く出来た夫婦だな、この子達は。



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「夫婦って、それでいいんですか?」

「いい夫婦はそんなものだ。多少でこぼこしていた方が、年を取っても仲良くしているものだよ」

「経験者は語る、ですね」

「ほとんど尻に敷かれていたがね・・・」




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ソフトクリームを食べながら自分の任務と出生を語る。

こことは違う自衛隊、日本、世界を取り巻く情勢、そして敵。レギオン。白い部屋、リーツ・アウガン。ナノマシン、BBT、GT-X。一通り話し終える頃には、日が傾き始めていた。

「本当に、そんなことがあるんですか?」と、シュウジ君。

「ある。その証拠に私がここにいて、GT-Xがある。GT-Xは、今も電力を発生させているし、あのとんがりコーンも、GNドライヴと言うんだが、BBTで作ったものだ。本来、GNドライヴはまったく別の世界にある技術で作られたものだ。それも二、三百年先のもの。現代では、どうやって動いているかさえわからないだろう」

黙り込むシュウジ君。まぁ、仕方ないかと思ってちせ嬢に聞く。

「何か他の質問はあるかね?」

「・・・あたしの体に宿っていたナノマシン、あんなもの、どうして作ったべや?」

「この機体に搭載されている装置、BBTの修復用だ。もともとは、このGT-Xに搭載されるはずだった。だが、実験は失敗だった。BBTの心臓部はどうやっても作れなかった。仕方なく、解体、破棄して設計図のみ、白い部屋で保管することになった。しかしその際に「   」に設計図が流れ出てしまってな。それを回収しに私が来た、と言うわけだ」

首をひねる二人。

「ああ、「 」か。聞き取れないだろうな。聞き取れていたら腰を抜かすよ。「   」は、アカシックレコードとも、死んだ生命体の魂が集まるセントラルドグマだとも言われている場所だ。これは理解できなくてもいい。さほど問題ではないし、普通に生きる分には知らなくていいことだ。普通となった今ではね」

そこで一旦区切り、空を見上げる。いい感じに茜色に染まっている大空を堪能して、それから言った。

「家に送ろう。いい感じに日も落ちてきたからね。今頃、こっちの自衛隊が必死になって君たちを探しているだろうから、少し派手な帰宅となるだろうが、それも君たちのためだ。少しばかり我慢してくれ」

「どうして、そんな帰り方をするんですか?帰るだけならこっそり帰ったほうがいいのに」

「ところがぎっちょん、まだナノマシンを向こうが持っているかもしれないからさ。運用部隊がいるだろうしね、残ったナノマシンも一緒に回収させてもらう。それとも、また無理矢理に最終兵器にされて『こんな結末』になりたいかね?」

GN粒子を使った感覚共有イメージを送る。

この世界に来る前に受け取った『私が介入しなかったら』歩んだであろう本来の世界を。

刺激が強いのでほんの少しだが、それでもこの夫婦には十分だったようだ。

「・・・理解してくれたようだね」

口元を押さえて頷くシュウジ君。ちせ嬢は、固まったまま気絶していた。



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「なんとなく、教授が嫌われる理由がわかったような気がします」

「嫌われて、そいつが成長するならそれに越したことはないよ。一番手っ取り早い」


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「さ、いくぞ。しっかり掴まっていなさいな」

二人をナビシートに乗せ、GNドライヴを抱えて宙に浮く。ドライヴを背中にくっつけてしまおうかとも思ったが、変に他の電子部品に干渉されてはたまったものではないのでやめておく。

山中から飛び立ったGT-Xに、光学迷彩はしていない。人目を引き付けて、自衛隊をおびき寄せるためだ。

そしてその効果は絶大で、GT-Xの真下をいくつもの装甲車と、後方と左にヘリがいるのを確認した。

「とりあえず、君たちの通う学校に行くぞ」

「どうしてさ」と、ちせ嬢。

「下を見てごらん。お客さんがいっぱいだ。このお客さんをつれて君たちの家まで行くわけにはいかんだろう」

全天周囲モニタでよかったと思う。三点式モニタだったら、いちいち下を向かないといけない。

「・・・わかったが、この状況をどうするんだよ」と、シュウジ君。

「もう二度と、悪いことが出来ないようにひっぱたく」

学校に着く。そのときに気づいたが、あの地獄坂の近くだった。ナビ任せは、少し問題があるな。ちゃんと確認をしておかないと。

校庭に降り立ち、GNドライヴを消去させて待つ。ちょっとして、盛大に校門が破られて陸自のトラックが雪崩れ込んで来た。

・・・直しておかんとな。

「さて、どう出るか」

素早く展開してGT-Xを取り囲み、銃器を向ける。中には無反動砲まで向けている者までいた。

数あるトラックの中から、中年の、気の弱そうな男性が降りて来てスピーカを片手にこちらに語りかけた。

≪そこの正体不明機に告ぎます。あなたは誰ですか?≫

「なんともまた、抽象的な物言いだな。だれ、とはな」

「ど、どーすんだ?」と、シュウジ君。

「心配ない。あの男は確か・・・あ、あったあった。ちせを運用していた部隊の最重要関係者だ」

コンピュータの情報ファイルを開いて確認する。外見的特長と挙動、体格。どれも全て最重要関係者の男、カワハラ氏を示すものだった。

「最重要関係者?ちせ、あれが誰か知ってるか?」

シュウジ君が指差す方向をクローズアップしてモニタに映す。あ、うんと生返事で答えた。

「あたしを最終兵器に選定したひとだべや」

「なら、決まりだな。あのおっさんを脅して残りのナノマシンも回収しよう」

外部スピーカをオン。とりあえず定番の口上を言う。

「私はリーツ・アウガン。中尉で教授だ」

≪えーと・・・その機体に描いてある『航空自衛隊』と何か関係があるですか?≫

「私が所属していた自衛隊だ。ちなみに軍事組織ではないのであしからず」

法的にも軍事組織でなかったしな、元の世界の自衛隊。

≪空自にそのようなロボットが配置されているとは聞いていませんが≫

「それはそうでしょう。多元世界で配置されていたEM兵装ですからね」

≪多元世界とは、なんですか?自衛隊内の機密存在の名称ですか?≫

「まったく違います。ありふれた言い方をすれば、平行世界です」

ちせ嬢が言っていた漫画に『平行世界』について言及していたと言うことは、それはありふれた物だろう。

≪・・・では、あなたは、その平行世界からやってきた、と?≫

「理解が早くて助かります。助かるついでに一つ、いいですか」

≪一つ、とは?≫

「そのままの意味です。私からの要求が一つある、ということです」

≪内容によりますが、なんですか?≫

「私が作ったナノマシンを返してください」

≪・・・はい?≫

「君らがちせ嬢に投与した最終兵器のタネだよ。まだ隠し持っているのだろう?あれは私が作ったんだ。勝手に使われては困るのだよ」

≪ちょっと待ってください。あれは我々が長い年月と莫大な資金を投じて作り上げたものであって、あなたの所有物では---≫

「では、その設計図を端から端まで言えるかね?いや、どこかの走り書きでもいいぞ」

≪そ、それは・・・≫

「言えないだろうな。言える筈がない。なにせイメージでしか、その設計図を思い出せないのだからな。たとえば、原子を動かすためのA-89554項のストライクシャフトの図面に走り書きされたちょっとした計算式を言えるか?ムラセでも言えんだろうな」

ムラセ。

ちせ嬢を最終兵器にした人間。おそらく彼に設計図が流れてしまったと言うのがザ・ファーストとアンファング、サードの意見だった。

≪・・・あなたは、一体何者ですか?≫

「人間だ。それ以上でも、それ以下でもない」

≪そういうことを聞いてるのではなくてですね≫

「聞けば君が望んだ答えが返ってくると思ったかね?私は、私だ。誰でもない。ここにいる。最初に言っただろう。私はリーツ・アウガンだと」

≪では・・・リーツさん。ちせさんを返してもらえないですか?彼女は唯一の適合者なのです。彼女なしでは、戦線を維持できません≫

「こちらの自衛隊では、抑えきれませんか」

≪ええ、ですので彼女の力が必要なのです≫

そこで大きく息を吸い込み、大声で言った。

「だが断る!」

≪な?こ、断る?≫

「当たり前だこのスカポンタン。誰がそんな下らん理由でこんなか弱い女の子を引き渡すか。戦争やりたきゃ君たちでやりたまえ。私と、私の知り合いを巻き込むな」

マニピュレータの人差し指をびしっと突きつける。と、か細いが、ナノマシンが近くにあることを示す反応がレーダーに映る。何かに呼応しているようにも、共鳴しているようにも捉えることが出来る反応だった。

「ちせか、それともBBTか私か・・・どちらにしても、これは・・・」

近くにいる。そう思ってとっさにバックステップを踏めば、今までいた場所が大きくえぐられていた。

「まったく、使徒じゃあるまいし。もっと普通な攻撃方法はないのかね」

大きくえぐられた穴に何人かが落ちる。カワハラ氏も、とっさのことで反応できず、そのまま穴に落ちていった。

「ち、手がかりが・・・」

「なんか来るぞ。なんだ、あれは」

その穴から、うぞうぞと蠢く『なにか』が這い出てくる。まるでクトゥルー神話の邪神だ。

「私が聞きたいよ。と、言いたいところだが、どうやらあれもちせ嬢と同じようだな」

「ひぇ!?あ、あたし!?」

「君のナノマシンと同じ反応が検出されている。おそらく、エーテルエンジンかBBTにでも反応して亡くなったミズキ嬢のナノマシンが起動してしまったんだろう」

「ど、どういうことだべや?」

「君のファーストモデルであるミズキのナノマシンは、君の思念を読み取ってしまう。それをあのナノマシンが覚えていて、いま、ちせとBBTか、エーテルエンジンか、あるいはその両方に反応してナノマシンを統括するナノマシン、コア・ナノマシンが起動してあの姿を保っているのだろう。こちらに一撃くれるあたり、IFFは壊れているようだがね」

「でも、あの人が死んだのはここからもっと離れた場所だべや!なんで遠く離れたここにミズキさんのナノマシンがあるべ!?」

「おおかた、君にくっついていたんだろう。休止モードかなにかで動いていなかったとしたら、いままで反応を検出しなかったのにも頷ける」

両手と思われる触手が伸び、その先端から光が放たれる。とっさにエーテルフィールドを展開、遮断するが、予想以上に衝撃が強く、相殺し切れなかった。

相殺し切れなかった衝撃波は、周りの自衛官たちを巻き込んで切り刻んでしまう。

「こいつ、見境なしか?」

一応、元いた世界のIFFとはいえ、自衛隊のものなのに一行に攻撃の手を緩める気はないらしい。周りの逃げ惑う自衛官たちに対してもそうだが。

「というか、IFFの意味なんかないか。異世界の信号だし。レギオンじゃあるまいし、解読しようとも思わんだろうな」

自分の後ろにいる自衛官と校舎を守るためには、ここから動くわけにはいかない。避けて、死んでしまったり壊れてしまっても直せるが、BBTはあった事をなかった事にする機械ではない。

そりゃ、不意な事故や謂われない不当な裁きで極刑が下されたと言うのならば、使うのはやぶさかではない。

だが、『壊れても直せばいい』、『殺してしまっても生き返らせればいい』では、私の美学が許さない。物は、確かに直すか新しく作るしかないが、それでも精魂を込めて直し作るのが、物に対する礼儀で、私の美学だ。

生き物に対する殺生は言わずもがな、だ。私の美学云々以前の問題だ。

「なれば、ミズキ嬢。君が望んでそうなった以上、私は君を生き返らせたりはしない。静かに、安らかに、眠り、苦しみから解き放たれてくれ」

エーテルエンジンをレヴリミットぎりぎりまで回す。それに倣ってBBTも最大稼動。GT-X全身に高圧電流を流す。

「そして、だが、君のそれは、私が作ったものだ。君がそうなる原因を作ったのは、私だ。怨むなら、祟るなら、呪うなら、私にやれ。関係のない者を巻き込んで、殺すな・・・!」

先ほどの『消滅攻撃』のように、腕の装甲がスライドする。続いて全身の装甲が、それに倣ってスライド。口顎部分も開放され、淡い翠色が、むき出しになったフレームから覗く。

アンリミテッド・アドバンスモード。

エーテルエンジンとBBTの共鳴現象である淡い翠色の発光。

「『ねだるな。あたえて、勝ち取れ』」

私の好きな物語の中の言葉。それがGT-X最大の攻撃方法のトリガーとなる。

ミズキに駆け出し、腕に意識を集中する。腕の電子回路や部品がブローしかけ、自動で冷却装置が作動する。BBTを攻撃に全てまわしているために回復修理の余裕はない。

「コア・ナノマシンを消滅させれば---」

ミズキの触手が、GT-Xを突き刺そうと襲う。

「ナノマシンは止まるッ!」

しかし極小微細機械の集合体に過ぎないそれは、同じか、それ以下の大きさの物質に大きく作用してしまう---はずだった。

がきぃぃん・・・


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「何がおきたんですか?」

「眼を疑ったよ。絶対にあるはずのない光景だったからな---AT・フィールドだ」

「AT・フィールド?」

「心の壁、他人を拒絶する境、言い方は色々あるが、まぁバリアのような物だと思ってくれればいい。他人を拒絶すればするほど強くなるバリアだ」

「そんな物があるんですか?」

「ある。『LCL世界』、私たちはそう呼んでいる。その世界の住人は全てAT・フィールドを持っていて、それで個人を区別していたんだ。だが、バリアのような機能なんか持ってはいない。あくまで個人と個人を区別するためのものだ。そうしなければ、彼の住人の心は解け合い、一つになってしまうからね」

「・・・変わった人たちですね」

「考え方としては面白いよ。こちらとしてはたまったものじゃないがね」

「けれど、その世界の人しか持っていない特徴なんですよね?」

「もちろん。でなければ、君のような超能力は最初から存在していない。自分から解け合う行為は、自分の自我の存続の危機だ。自殺行為と言っていい」

「ではなぜ、他の世界であるちせ世界にAT・フィールドが?」

「おそらく、「   」を通じてちせ世界に流出したときに、「   」に残っていたLCL世界の情報が付随してしまったのだろう。前世の記憶と同じ症状だが、何しろ規模が違いすぎた」

「規模?」

「眼に見えて強力なAT・フィールドを行使できるのはエヴァンゲリオンと使徒だけだ。あれがどちらのAT・フィールドだったのかはわからないが、厄介なことに変わりはない」

「エヴァンゲリオンに、使徒・・・?」

「話が逸れたね。戻そう。びっくりした私は---」

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「だぁああらッしゃああ---あぁん!?」

打ちつけたはずの拳が、赤い壁によって阻まれて進むことが出来ないでいる。

「まさか、AT・フィールド!?バカな!」

資料で見たことはあった。しかし関係のない他の世界で体験するとは夢にも思わなかった。そのまま吹っ飛ばされて校舎に倒れる。

「いてて・・・んなろ~め。AT・フィールドとか、チートすぎるだろう」

機体を起こし、ファイティングポーズをとる。

「ありゃ、いったいなんだべ!?」

「バリアっしょ!」

「ああ、バリアだとも。えらくとんでもないバリアだ。まさかAT・フィールドとはな・・・聞いていないぞ」

触手から、今度は光線。とっさにプリズムを精製するが、分解しきれず直撃して左腕を消失する。

「うわぁぁ!」

「きゃぁぁ!」

「戦略的撤退をしたいところだが、したらそのまま街を破壊しそうな勢いだからなぁ。ここで止めるっきゃないよなぁっと」

瞬時に左腕を精製して抑えにかかるが、こちらにAT・フィールドを発生させるような装置や生物的器官はない。何しろ設計図がないのだ。作れるはずもない。となると、力押しでAT・フィールドを突き抜けなくてはならない。

さて、ではどうするか。生半可なビームごときでは跳ね返されて街に被害が行くかもしれないから無闇矢鱈に使えない。ミサイルと同等の火薬弾頭式誘導弾も同じ。破片が降りかかる可能性がある。先ほど爆撃機を消した消滅攻撃は、まだエーテル粒子が規定値に満ちていないために使えない。

「ならば、零距離射撃でブッチ抜く」

88mm砲を精製する。弾は一発。零距離で撃てば砲身が破裂するのは間違いないので一発。AT・フィールドが展開して、砲口とぶつかり合って、これ以上近づけないという位置で、ミズキのコア・ナノマシンに照準を合わせて発射する。

直後に、割れる音。ガラスのそれに近い音と共に、体の一部が吹き飛ばされる。

「やったのか?」と、シュウジ君。

「いや、だめだ。外した」

爆煙が晴れて、そこに88の直撃を食らいつつも原形をとどめるミズキの姿があった---元からぐにゃぐにゃした容姿だったので原型がこれかと聞かれれば、頷けないが。

「しかし、このダメージならAT・フィールドは張れま・・・うぉっ!?」

その瞬間、体を円錐形にしてGT-Xを突き刺すように突進してくる。間一髪でかわすが、それが逃げるためのものだとは気が付かず、振り返ったときには、そのまま勢い良く飛んでいくミズキの姿があった。

呆然とその後姿を眺める。

「に、逃げただと・・・?この私の作ったメカが・・・逃げるだと・・・?」

信じられなかった。

自分が作った、丹精込めて作った、綿密に計算して作り上げた自信作が・・・逃げた。

「た、助かったべや・・・」

「死ぬかと思ったべさ・・・」

「ぶ・・・」

「ぶ?」と、ちせ嬢。

「ぶっ壊す!破壊する!!敵に背を向けて逃げ出す敵前逃亡AIを組み込んだ覚えはない!もう回収なんてやめだ止めだヤメだぁぁぁ!!!」

ムキーっと怒る私をシュウジ君とちせは二人がかりで抑える。もうやめてくれ、と。

二人に抑えられ、頭から血が下がったときには、他の方面から来た陸自の方々が、穴に落ちた人たちの救助やこちらをとり囲んでいた。

「あー、もう。久々にトサカに来たよ」

操縦桿から手を離し、だらんと腕を垂らす。

「・・・あれも、教授が作ったんだべや?」と、ちせ嬢。

「認めたくはないがね、そうだ。多少のアレンジはされているようだが。アレンジついでにこちらで作られる際にAIデータを改変されたと思いたいよ」

ため息を一つつく。そこに、ライトを持った自衛官がモールス信号を送ってきた。

「あれは、なにをやってんだ?」と、シュウジ君。

「モールス信号だよ。短い間隔と長い間隔で決められた文字パターンを発光時間で区切るんだ。トトト・ツーツーツー・トトトでSOS、と言う感じだ」

「それで、なんて言っているのかわかるのか?」

「・・・話がしたい、だそうだ」

「どうするべさ?」

「民間人ニ対スル戦争行為ノ強制参加ヲシナイ事ガ条件デアル。コレガ受ケ入レラレナイ場合、自衛隊ニ対スル攻撃ヲ開始スル・・・と」

「自衛隊を敵に回すって・・・」

「言っておくが、やろうと思えばこの星を丸ごと更地できるぞ。それどころか、もう一個、新しい地球を作ることだって不可能じゃない」

「地球はソフトクリームじゃないぞ」

「構成されている根幹は同じエーテル粒子だ。私にとっては、どっちもそう大して変わらない」

シュウジ君は何も言わない。ちせは、深呼吸を数回繰り返して気分を落ち着かせていた。返事が来る。

「・・・民間人の処遇を検討したいのでこちらに来てください、だそうだ。どうするね、おふた方」

顔を見合わせる二人。少し悩んで、言った。

「あんたは、おれたちを守ってくれるのか?」と、シュウジ君。

「守るつもりだ。もともと、私の撒いたタネだ。ケツもちは私がやる。なに、いざとなったらもう一個地球を作る。そこでアダムとリリスになればいいさ」

むしろそちらの方が色々と面倒くさくなくていいかもしれない、とも思えてくる。わだかまりも何も一切捨て去って、新天地を目指す。しがらみを解決するよりよっぽど楽である。

「守ってくれると約束できますか?」と、ちせ嬢。

「あんな体にされて大人が信用できなくなったのは、私の責任だな。すまない。そして約束する。必ず君たちを守りきる。この戦争を終わらせ、ミズキのナノマシンを破壊する。もう二度と使えないように粉砕する」

「・・・そうですか」

「ちせ、どうするんだ?」

「とりあえず、信用すっしょ。それに、この人のぬかすことが本当なら地球をもう一個作ってもらわないと。多分、この星はもう長くあらないべさ」

「どういう意味だ?」

「多分、寿命なんじゃないかい。もうこの星はぼろぼろだからさ」

「ぼろぼろ・・・?」

「環境が破壊されてぼろぼろ、と言う意味ではなく、この星の、星としての活動が弱まっているということだ。生き物で例えるなら、心臓が止まりかけているんだよ」

「ちせ、そうなのか?」

「うん、そう。最終兵器になったとき、なんとなくだけどさ、声が聞こえてきたべさ。弱ってるって言えばいいのかな?そんな感じだべさ」

「おそらく、ナノマシンが地球の活動をセンサーで拾っていたんだろう。それをちせ嬢が、声として捉えたのだろうな」

「だから、この人の言うとおり、地球をもう一個作れるならそれに越したことはないべさ。みんなしてそっちに引っ越せばいいべや」

「え、いや、そりゃおまえ・・・」

困惑しているシュウジ君をよそに、私は笑いを堪える事ができず、腹を抱えて笑い出してしまった。

そんな私を見て二人は、気まずそうに互いに目配せをして、それから慎重に声をかけた。

「え、えと・・・リーツ、さん?」

「いやいや、すまんすまん。みんなで引越しか、引越しは良かったな。くくく・・・いやいや、なかなか面白いよ、ちせ嬢。いいだろう。いよいよこの星がだめになったらもう一個、地球を作ろう」

「いや、そんなおまけみたいに言われても・・・」と、シュウジ君。

「くく、くくく・・・安心したまえ。寸分違わぬどころか、今よりも自然環境は良くしておくよ。私なりのサービスだ」

「は、はぁ・・・」

「さぁ、降りようか。そこの自衛官も、今か今かと待ちわびているようだからね」

真正面には、先ほどから姿勢を崩していない自衛官の姿があった。表情は、ものすごく退屈そうである。そこで降りるために動いてみると、ちょっとびっくりして姿勢を一時崩したが、すぐに元の姿勢に戻った。

片膝を着き、マニピュレータをコクピット位置まで持ってきてハッチを開ける。二人をエスコートしてマニピュレータに乗せ、降りた。

ここでふと思ったが、自衛隊のメインコンピュータに私の偽情報をかませて接触を図っていれば、こんな一触即発の状態にならず、更にもっとスマートにちせとコンタクトを取れたかもしれない。情報戦に弱いのは自衛隊の伝統のようなものだが、そこに付け込んでおくべきだった。

まぁ、後の祭りだが。

二人を自分の後ろにおいて、モニターに映っていた自衛官に敬礼。彼も敬礼を返す。

「最終兵器の元を開発した、リーツ・アウガンという。最終兵器運用部隊の最高責任者にお目通し願いたい」

「はっ!しばらくお待ちください」と、駆け出して行く彼。よく訓練されている。

「なぁ」と、シュウジ君。

「どうかしたのかね?」

「今さらだけど、本当に大丈夫なんだろうな?」

周りを見れば、自分たちに向かって小銃を向けている自衛官たち。まぁ、確かに生きた心地がしないわな。

「交渉がうまい人間がいれば、その人に頼むのも悪くないが、このご時世にそんな暢気なお仕事が残っているほど余裕があるか?ないだろう。私が何とかするしかない。何とかする。今は、私を信じろ」

「・・・本当に、頼むぞ」

「任せろ」

先ほどの彼が戻ってくる。一礼し、言った。

「責任者のカワハラ特別管理官がお会いになります。しかし現在は負傷して、救護課で手当てを受けているのでその最中になりますが」

「構いません。それに怪我をしているならちょうどいいタイミングですから」

「はっ!では、こちらにどうぞ」

案内され、ついて行く。少し離れた場所で赤い十字架のあるテントに着くと、その中に案内された。中に入ると、それまでざわついていたのが静まりかえって、皆、視線をこちらに向けている。それを無視し、さらに奥へと案内される。

「ここであります」と、簡易無菌室の前に立って彼。

「ありがとう。このまま入っても?」

「大丈夫であります。無菌状態が保たれているのは、このさらに奥であります。中にはもう一枚仕切りがあり、そこで区切っております」

「そうかい。じゃ、お邪魔するよ。君たちも入りなさい」

シュウジ君と、そのシュウジ君に引っ付いて離れないちせ嬢を先に入れる。

「・・・あなたが・・・先ほどの巨大ロボットに、乗っていた人ですか?」

自分も入り、治療するのに手狭でない広さの部屋の、半透明のビニール一枚でこちらと向こう側を区切った向こう側に、包帯をぐるぐる巻きにしてベッドで寝ているカワハラ氏がいた。枕元においてあるマイクで音声を伝えている。

「そうです。リーツ・アウガン技術中尉、と言っても何のことやらわからないでしょうから二等空尉で構いませんよ」

「では、二等空尉。事情を、お話いただけます、か?」

「ええ。先ほどの続きと行きましょうか」

そうして、カワハラ氏の質問に一問一答していく。説明がいる物は、根気良く、わかりやすい説明を加えた。

「では・・・ムラセが開発したというナノマシンは、その実、魂の設計図に書き込まれた前世の記憶のようなもの、ということでよろしいのでしょうか」

「ええ。DNAが体を作る設計図だとしたら、エーテル粒子は魂の設計図です。まぁ、DNAのように二重螺旋配列ではなく振動と自己回転、干渉回転で構成されていますがね」

エーテル粒子が、どのように魂を構成しているかについては、基本的な説明にとどめておいた。重要なのは、エーテル粒子の振動パターンが記憶と言われる電気信号と脳内物質を脳内で再構成してしまうという現象を理解してもらうことだ。

これは、一度固定化された魂が、再び離散してしまわないようにするための本能行為である。LCL世界では、この離散してしまわないようにするための壁を『AT・フィールド』と言っていた。

ちなみにこの振動パターンは、まったくのアトランダムで決まり、一度固定されたらそれっきりである。人格がなかなか変わらないのはそのためであり、また、反対にころころ変わってしまうのは、それだけ自我が弱く、魂が離散してしまわないようにするための本能行為が弱いということになる。

しかしこれも、「   」から発生した生命体故の宿命と言える。離散するのは、「   」が、魂のリサイクルを完全にこなすために予め組み込んだためであり、大局から見れば、これも一つの本能だとも取れる。

いずれにせよ、ムラセは、この魂をめぐる一連のめぐりの中で偶然にもナノマシンの情報を魂の中に組み込んでしまい、最終兵器の元となるナノマシンを作り上げた。

それは不幸な出来事だが、作ってしまった今となっては、どうしようもないことで、ミズキの暴走ナノマシンを破壊することが最優先事項である。

説明を終え、最後をそれで締めくくる。後ろの二人は説明の途中でオーバーヒートしたようで、後半からよく聞いていないようだった。それでもシュウジ君は、核心まで理解しようとがんばっていたが、結局ダメだった。

しかし、とカワハラ氏。

「それでも、あのナノマシンは、我々が開発した物なのです。いくらあなたが開発したものとはいえ、実際に作ったのは、我々です。いきなりやってきて、それは私のものだから返せ、では、納得がいきません」

「納得がいく、いかないじゃないんだ。平和利用ならば、まだいい。しかし君たちは、あろうことかこんなか弱い女の子に無理矢理投与してまで戦わせようとしたんだ。ちせに戦う理由がなくなれば、おそらく、シュウジ君を出汁に使いもしただろう。今まで使わなかったとしても、いつか使っただろう。あのナノマシンは、戦う意思と経験で成長するように作られていたからな。戦う理由がなくなれば、その機能も低下してしまう---そんな輩が『納得がいかない』?ふざけているのか、君たちは」

「ではどうしろと。我々に、日本人に、このまま死ねと言うのですか」

「日本人ならば、自分で絶望から立ち上がる。それが出来ない日本人は、いなくなった方がいい」

「あなたは・・・あなたはそれでも同じ自衛官ですか!?」

「だからと言って民間人を兵器に仕立て上げるほど人間をやめちゃいない。それを言うならば、君たちこそ自衛官か?その民間人を守るのが我々の任務だろうが」

「より多くの民間人を守るために、たった一人の犠牲者で済むんです。それがこの世界の総理大臣の決定であり、やりかたで、戦争です」

「人としても、自衛官としても、政治家としても、それは失格だよ」

「戦争なんです!っごほっ、ごほっ」

「戦争を言い訳にしているだけだ。少なくとも私は、同じように民間人から協力者を募ったが、強制ではなく、応募選考形式だったよ」

「ごほっ、ごほっ」

「それに、兵器を作るならもう少し考えて作れ。ただナノマシンを作って投与じゃ、御粗末過ぎる」

「時間がなかったんです。敵は、もう目の前まで来ていました。被験者一号は、既に自爆しています。ちせさんの戦線投入は、ごほっ、急務でした・・・仕方がなかったんです。我々には、もう、これしか」

「自分たちの力で戦え。仮にも最終兵器とはいえ、女の子に頼ろうなどと、恥ずかしくないのか」

「戦争に恥も何もありません。殺されるか、殺すかです」

「もっともだな。しかし、対話が出来ない異星体ならまだわかるが、対話が出来る人間に対して私の作った物を兵器に転用して争うのはやめていただきたい」

「対話は、政治家の仕事で、私たちの仕事ではありません」

「だが、戦争を終わらせるのは一人一人の意思の力だ。それがやがて大きな力になって、歴史を作り、戦争を終わらせるんだ。自分の、力で」

「どうやって。すでに友好国と呼べるものはない。我々に残された戦力もほとんどない。うわべだけの言葉で、どうやって戦争を終わらせるんですか。あなたの言っていることは、まったくの言葉遊びだ」

「ところがどっこい。言葉遊びで終わらせないのが私でね。一例を見せてあげましょう」

「いちれい?」

「ただの言葉遊びでない、ひとの意志の強さ。それを見せる、と言っています」

「そんな物で戦争が終われば、苦労はしません」

「ならば刮目せよ。卿が『そんなもの』で片付けるひとの意志の強さを」

何も言わないカワハラ氏。そのまま続ける。

「二人の処遇を決めましょう。ちせ嬢のナノマシンは、回収させてもらいました。もう最終兵器ではありません。いち民間人として扱ってほしい。シュウジ君もです」

「な・・・そんな!勝手に!」

「その代わり、私がこの戦争を終わらせます。先ほど言った、一例ですよ。さぁ、敵はどこです?卿には、本来あなた方が背負うはずだったひとの死を背負わせてあげましょう。一方的な暴力の前で朽ちていく命の叫びを、嫌と言うほど聞かせてあげましょう---こんな、小さい、か弱い、女の子に重いものを背負わせようとした、貴様らの、業をな」

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「私を作った人たちも、その人と同じ考え方なのでしょうね」

「だが、君は自分の意思で生きることが出来る。強制されて、心が壊れるまで人を殺し続けることもない。生き様は、霞、君だけのものだ。君は、君を生み出した者達とは違う」

「・・・はい」

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「ま、できないと言うのであれば、君たちを殲滅する。威力は、ちせ嬢で知っているだろう?」

「お、脅す気ですか?」

「事実を言えば、脅しかね?私は、できるから言ったのだ。二人を民間人として扱うこと。その代わり、私がちせ嬢の代わりになります」

「あなたが・・・戦う?」

「これでも異星体と戦って勝ったこともある。なに、わざわざ戦わずに済む方法はある」

「ありえない。それが出来たら、とっくに戦争は終わっています」

ぴっ、と、指を立てる。

「この戦争の原因は?」

「・・・は?いきなり、何を」

「いいから。この戦争の原因は?」

「・・・自然崩壊による大地の荒廃化です。敵は、まだ荒廃化してない日本を手に入れるために侵略してきたのです」

「ちせ嬢の言ったとおりだな」と、ちせ嬢を見る。

「先ほどもちせ嬢に言ったんだが、もう一個、地球を造ってしまえば良いんではないのかな?」

「あの、何を言って?」

「さっきから質問ばかりですな。まぁいいですけど。先ほど言ったエーテル粒子。これを使って地球を複製します」

「・・・地球を複製?」

「そうです」

「どうやってですか?」

「基本原理は、ナノマシンもBBTも違いはありません。ただ、操作するのが原子かエーテル粒子かの違いです。そしてエーテル粒子は、原子を構成しているこの世の最小単位。魂すら、このエーテル粒子で構成されている物質だ。触れない、特定の条件下でしか視覚化できないだけで、ちゃんとした物質ですよ。ま、百聞は一見にしかず。あなたの体で試してあげましょう」

そぅれ、とGT-Xを遠隔操作、BBTを起動して照準をカワハラ氏に合わせ、人体精製を開始する。まばゆい光がテント全体を覆い、カワハラ氏に集中する。

「なんだ、何なんですか?一体、何をしてるんですか!?」

「静かにしていろ。せっかく痛覚に感じないように修復しているんだ。動いたらまた最初からやり直しだぞ」

発光自体は、すぐに終わった。他の部屋では、いきなりの発光にびっくりして敵の攻撃かと言い出す始末だった。

「これは、そんな・・・折れた腕が、肋骨も、みんな治ってる・・・?」

起き上がり、自分の体を確認するカワハラ氏。

「サービスだ。ついでに高血圧と尿道結石も治しておいた。今の卿は、完全な健常者だ」

「まさか・・・こんなことが・・・」
                                                       ・ ・ ・
「ナノマシンでも、やろうと思えば出来る。君らは、その能力を全て戦闘に回してしまったからあんな未来になってしまったのだ。周りが見えなくなるとはおそろしいね」

未だ自分の体に起こってことが信じられないようだったが、やがて納得し、言った。

「信じても・・・?」

「まだ疑いが残っているかね。なら、今度は死人を生き返らせるか?それとも溢れんばかりの金塊でも出すか?どっちも私の趣味ではないからあまりやりたくはないんだがね」

「いえ、もういいです。これ以上は、部下たちが混乱します」

「ふむん。そうか。なら、今日はこれで御暇させてもらうよ。良い子は寝る時間なのでね」

そういう時間は、既に21時を回っていた。と、後ろの二人から腹の虫が鳴く。

「帰る?ちせさんと、その彼氏さんの家にですか?」

「それ以外、何があるのだね。まぁ、私はどこかで野宿でもするよ」

レギオンと戦っていたときは、しょっちゅう野宿をしていたものだった。それ以前にも、車で日本全国を回っていたときも野宿をしていた。青草がベッドなんてことは、日常茶飯事だ。

幸いにも、ここは北海道。そこらかしこは、牧場だらけだ。当然、青草もうなるほどある。

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「青草のベッド?」

「気持ちいいぞ~、あれは。ちっこい虫がいなければ、もっと最高だ!」

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「あとの協議は、明日にしよう。だが、体は万全なんだ。これで体調が悪いから話が出来んという言い訳は通じんぞ?」

くっくっく、と、笑いを残してテントを出る。数歩歩いたところで、ちせ嬢が盛大に息を吐いた。

「心臓に悪いべさ」

「あ、ありゃあ、後ろから絶対銃を向けてたぞ」

「なんだ、気が付いていたのか。てっきり気が付いていないかと思ったよ」

「ナノマシンがなくてもそれぐらいわかるっしょ!空気がぴりぴりしたっしょ!」

「話の途中で銃をかちゃかちゃ動かす音が聞こえてきたんだ!」

「あぁ、まぁ、していたな」

「まぁ?まぁ、だと?ぼくや、ちせがどれだけ気を使ったと思ってんだ?」

「・・・『ぼく』?」

私が、そう聞き直すとハッとして顔をそむけ、逆切れした。

「仕方ないべや!こったらちっこい頃からの癖なんだべさ!おかしいか!?おかしくないっしょ、全然!」

一方的にまくし立てるその迫力に警護に当たっている自衛官もびっくりして何事かと寄ってくる始末だった。

「そんなに興奮しなさんな。それに私たちに手出しは出来ないよ。そんなことをしたら、滅ぶのは向こうだ」

GT-Xのある方向を指差す。しかしそこにあるのは、GT-Xではなく、変身した姿で、GT-Xの基本色である銀色ではなく、蒼色だった。

「MS-18E、KÄMPFER<ケンプファー>だ。強襲用MSでね、装甲は所々薄いが、それに見合った爆発的な攻撃力と機動力を持っている」

そのケンプファーと言えば、専用のショットガンを先ほどの救護テントに向けていて、対して自衛官たちも戦車砲やバズーカを向けていた。

「まぁバズーカは大丈夫だろうが、こんな近距離で戦車砲の直撃を食らったら、流石にチタン合金セラミック複合素材装甲といえどもひとたまりもないだろうな」

「あんた、いま、手出しをしたら滅ぶのは向こうだ、と言ったぞ」

「その通り。滅ぶのは向こうさ。外側がいくら変わっても、あれの中枢はGT-Xのままだ。GT-Xの中枢には、強力な自爆機能がある。攻撃を受けて、爆発すれば、ここいら一帯が、ちせ嬢、君がやるよりももっと派手になると言うことだけは言える」

「それは、どんな?」と、ちせ嬢。

「エーテライド。BBTの中枢だ。それが爆発する。範囲は、カリフォルニア州三個分だな」

「・・・それ、比較になるのか?」

「ふむん。まぁ、それぐらいの威力があると言うことだ。おーい、どいた、どいた」

銃器を構える自衛官たちのヘルメットをぺちぺちと叩き、掻き分けてGT-Xまで歩く。途中、行く手を塞ごうとした自衛官がいたが、たまたま外に出ようとしたカワハラ氏が、それを見て勢い良く救護テントから出てきて、やめさせた。少々納得しなかったようだが、カワハラ氏の説得で、ぶつぶつ言いながらも帰っていった。

「さすが、一部隊の責任者ともなると説得力がありますな」

「お願いですから、これ以上厄介ごとを起こさないでください。ただでさえ、あなたの出現で皆が動揺しているのです。何か弾みがあったら、それを機にしてあなたを襲いかねません」

「善処しましょう」

そういって、別れる。GT-Xに乗り込み、武装マスターアームを解除してケンプファーからGT-Xに戻す。ちなみにケンプファーに変身してしまったのは、誰かが機体に触れてしまったが故にセキュリティシステムが作動してのことだった。変身したのは、カワハラ氏を治したときらしい。タイムコードから、それが解る。

「もうちょい、セキュリティレベルを落とさないと、猫が擦り寄っても反応するな」

GT-Xの機体表面には、試作型だが、スキンレーダーが搭載されている。探知範囲は、極わずかだが、それでも対人用にはかなりの効力を発揮する。それが、反応したのだ。感度を落とせば、触ったくらいでは反応はしないが、それで何かの細工をされていざ戦闘になって、不具合が出たらしゃれにならない。かと言って、安全のためにとGT-Xの中で寝泊りをするのはやめておいた方がいい。座席は、メイン、サブ共にフルバケットシートを採用している。包み込むような安心感はあるが、それでついうっかり寝たら頸を寝違えてしまう。あれは、痛い。

「まぁ、後で考えるか。さて、シートベルトは締めたかね。お二人とも」

先に二人を乗せ、自分は最後に乗る。

「締めた」

「締めました」

「よろしい。では行こうか」

GNドライヴを再び精製し、それを両手で掴む。GNドライヴ内部のTDブランケットを起動して、GN粒子を精製する。BBTから直接精製しても良かったが、そも、GNドライヴを造るくらいならGT-Xをガンダム・エクシアか、それに連なる機体に変換してしまえばいい。その方が、GT-Xに変な影響を与えなくて済む。

しかしながら現時点では、それが出来ない。まだ、ソレスタルビーイング・ガンダムズの全てを理解したわけではないからだ。

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「理解できないと、造れないんですか?」

「造れないことはないが、ぞんざいな造りになる。それこそ、一度二度使っただけで壊れてしまうような物だ。何でも造れるが、造れるようになるまでが大変なんだ。白鳥はね、優雅に水面を進んでいるが、水面下では、必死に足をばたつかせて進んでいるのだよ。私も同じさ。人間だからね。努力しなければ、何も出来はしないよ」

「では、これも?」と、ナガトを掲げる霞。

「そうだとも。ナガトに搭載されている電子頭脳は、超量子クロスネット・リレー回路を使っている。これは量子コンピュータを越える次世代量子コンピュータで、量子コンピュータと言ってはいるが、その実、まったくの別物だ。私でさえ、理解して基盤を作るまでに五年もかかった。CPUに相当する部分が大きければ大きいほど、処理能力も上る」

「超量子クロスネット?」

「香月博士が研究している量子伝導脳は知っているね?あれは00ユニットが存在している全ての平行世界の00ユニットを接続して超高速計算を行うオンラインネットワークシステムだ。端末であり、同時に計算エンジンでもある。量子クロスネットも、基本は同じだ。ただ、並列的なネットワークではない。より高度な世界、と言えばいいのかな。そこに接続するんだ。直列世界だ。並列世界では、性能に多少の誤差があるものの、ほぼ横並びの性能だ。並列システムの関係上、どうしても限界がある。その限界を突破するために造られたのが、超量子クロスネットなんだ。より高度な世界では、並列世界に掛けられた限界を超えることが出来る」

「例えば、どのようなことですか?」

「簡単に説明するなら、二次元世界と三次元世界だ。二次元世界で、どんなに丸を描いて球体を表しても、三次元世界では球体ではなく、ただの丸に過ぎない。平面だ。それが三次元世界では、立体になる。立体になることで、平面では出来なかったことが出来るようになる。超量子クロスネットと量子コンピュータは、そういう関係なんだ」

「それを博士に教えてあげる訳にはいかないのですか」

「超量子クロスネットは、博士の研究している量子伝導脳とは基本は同じだが、造りや稼動シークエンスはまったく違う。互換性がないんだ。教えても、役立たずなんだよ」

「そうですか・・・」

「その代わりと言っては何だが、データファイルの中に量子コンピュータに関する論文があったはずだから、帰ったら博士に上げよう」

その、思ってもみなかった言葉に霞は、眼が点になる。

「でも、技術は渡さないって、言いました」

「言ったとも。渡すのは、『論文』だよ。技術じゃあ、ない」

「・・・教授は、嘘をつきました」

「はっはっは。嘘なんかついていないぞ?論文は技術ではないからね。それに論文と言ってもただの感想文さ。『こういう研究をしました。結果はこうでした。それについて私はこう思いました』とな。まぁ、紛らわしかったのは謝るよ。すまなかったね」

「どうしてそんなことを?」

「技術をやる、と言えば、博士に限らず世界各国から問い合わせがやってくる。いや、やってきた、だな。もう来たしな。あれが倍か、それ以上になるなんて考えたくもない。それに、進んだ技術で戦争に利用されちゃ、それこそたまったものじゃない」

「戦争は嫌いですか?」

「嫌いだね。戦いと死人の上に対話が成り立つのも事実だが、個人的な意見では、やりたくない。人を殺すのが嫌だ。だから、戦争は嫌いなんだ」

「だから、クーデターのときも、なるべく死人を出さなかったんですね」

「パイロットを殺さずに機体だけを活動不能にすれば、それが抑止力になる。それが、対話のテーブルへの道となる。私が、メガデウス・BIG-Oに変身したのは、『それに攻撃されたら、ひとたまりもなく機体ごと内部の人間は死んでしまうだろう』とアピールするためだ。だが、実際には一人の犠牲者もいなかった。それは、実体験をした兵士に、そして上層部へと伝わる。戦争は、常に経済との戦いでもある。予算が尽きたら、そこで負けだ。私に勝つためには、多額の費用を掛けなくてはならない。しかし、軍全体に影響する額だ。そんな費用など、とてもじゃないが承認されることはないだろう。なれば、取る道は一つ。対話、だ」

「そして誰も殺さずに済む、と」

「そういうことだ。不幸にも、沙霧大尉らのクーデターグループから数名の死者が出てしまったが、何とか対話のテーブルに着かせることが出来た」

「クーデターは終息しました。教授が、がんばりました」

「いやいや。私は何もしていないよ。がんばったのは、殿下とその部下たちだ。私はせいぜい、黒子として舞台裏を調整したに過ぎない。役割を演じて民衆の心をがっちり掴んだのは、殿下だよ。私には、とても、とても」

「でも、教授に期待している人もいます」

「いずれ私は居なくなる。期待には応えられんよ」

「私のも、ですか?」

「霞の期待か?それは・・・どうだろうな。わからない。私は、ただ見せるだけだ。異界への扉を開き、そこで起こることを見せるだけ。それが霞の期待していることに繋がるかは、わからない」

「そう、ですね」

「さて、どうする。もう少し続けるかね」

「いえ、もう夜の十時です。今日は、もう寝ます」

言われて、部屋の時計を見れば確かに十時過ぎを指していた。日本時間に調整した時刻である。

「そうか。じゃ、また明日だな」と、イスから立つ。しかし、霞は動かない。

「ん?どうした。寝るんじゃないのか?」

「ここで寝ます」

「・・・自分の部屋はどうしたね」

「あります」

「なら、そっちに---」

「ここで、教授と一緒に寝ます」

あるぇー?

もしかして、白銀君との添い寝フラグを奪っちゃった?

「・・・寝るの?」

「寝ます」

「ここで?」

「ここで」

「私と?」

「教授と」

・・・

「ナガトに子守唄機能があってだね」

「いりません」

はふぅ、と息を吐く。

「わかったよ。私の負けだ。一緒に寝るよ。が、その前にお風呂に入りなさい」

潜水艦の中は、いくら冷房が効いているとはいってもその平均気温は高い。汗は出る。そのまま寝るには、少々きつい物があった。

「わかりました」と、シャワー室に向かう霞。中に入ってしばらくすると、顔だけを出して「覗きは犯罪」と呟いて、扉は閉めた。

少々、ショックであった。





[7746] 記憶回帰の第十二話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:99c6af85
Date: 2009/10/11 08:41

<霞>


朝になり、起きて、目をこする。

自慢ではないが、朝は弱い。ぼやけた眼で、隣を見る。教授がいるはずのそこに教授はいなくて、反対側の、机がある方で、ふよふよと漂う絨毯のようなものの上で、緑色の寝巻きを着て寝ていた。

「教授・・・?」と、絨毯に触ろうとする。が、指先が触れたとたん、浮力を失って落下した。

「げふぅ!」

背中から落下した教授は、いきなりの衝撃に受身を取れずにうめいた。と言うより、痛がった。

「ぬおぅぅおうおうおうおうぅぅ~」

「大丈夫、ですか?」

「どうして、どうしてなん。いやな予感がしたからの絨毯の上に寝たのに」

涙をぽろぽろと流しながらこちらに訴える教授。反射的に謝る。

「ご、ごめんなさい」

「しかもピンポイントで電源スイッチ・・・ツイていないにもほどが・・・いたたた」

背中に手を回してさすり、机に置いてある眼鏡を手に取る。

「いつつ。あ、あー。もう朝か」

時刻は、朝の6時。横浜基地にいるときなら、もう直に起床ラッパが鳴り響く時間だった。

「はい。朝です」

「いつも七時ころに起きるから、ちょっと眠いね」

「あと十五分で食堂が開きます。用意してください」

「あぁ、わかったよ。しかし、これについて、何も聞かないのかね?」

「これ、とは」

「このガチャピン寝巻きだ」と、自分の胸元を指差す教授。

「背びれと手の甲に入れた熱交換ゲルで一定の温度を保つことができるんだ。クーラーが使えなかったときのことを想定して作ってみたんだが、どうだろうか」

「どう、もなにも・・・変です」

「・・・変、とな?」

「変、です。そもそも、ガチャピンが何なのか、わかりません」

「あー、そこか。ガチャピンとはね、恐竜の子供だ」

「恐竜?白亜紀などに生息していた爬虫類のことですか?」

「そう、それだ。もっとも、私に匹敵する高い知能と、信じられないくらい高い運動能力の持ち主でな。NASA経由で宇宙にも行ったんだ」

・・・

「・・・」

「いやいや、嘘じゃないよ。あ、こら。勝手に頭を覗くんじゃない」

「信じられないけれど・・・本当なんですね」

「信じられないからって人の頭の中を覗くんじゃありません」

「すみません。では、着替えますので外に出ていてください」

「んむ」

ドアノブの手をかけ、そのままの姿で外に出る教授。着替えている最中に知っている人の、びっくりした声が何度も響いたことから私に何か用があったのか、教授に用があったのだろう。

着替え終わって外に出ると、ガチャピン寝巻きを着た人が廊下にあふれ返っていた。

「なん・・・ですか・・・?」

「おお、遅かったね。見たまえ、この盛況振りを!衛士強化服を凌駕する温度調節機能に対笑劇機能を付けたら意外に好評でね。無料で配っている最中なんだ。霞も手伝ってくれるとありがたい」

「ご飯が終わります。配布は補給科に任せればいいです」

「それも、そうだね。じゃあ、そこの君。残りを補給科に回しておいてくれ。補給科には、後で私から言っておくから」

「了解であります」

指名された男性は、ダンボールに入ったガチャピン寝巻きを五箱ほど持ち上げ、その場を後にした。

食堂へと向かう廊下で、教授に話しかける。教授は、食事をするということでいつも通りの白衣に着替えていた。

「なにかね?」

「どうして教授は、異界を旅するのですか?」

「どうして、か」

「はい」

「同じリーツ・アウガンと同位体、同素体の保護、この『えっちゃん』の『報われない娘レーダー』に反応した人々の救助、そしてレギオンの封印管理か。それが旅をする理由だな」

「その他には?」

「ほか?」

「さっきのガチャピンもそうですが、教授は任務以外にも、何かを模索しているように感じます」

「それは心を読んで?」

「いいえ。読まずに、です」

「ふむん。どうやら霞には、人を見る目が出来つつあるのだな」

「あたり、なんですか」

「大当たりさ。私も人間でね。任務、任務では息が詰まる。だから、それ以外にも楽しみ、と言うのかな。任務の合間に息抜きできるような環境を作っておきたいんだ。霞が感じた模索、と言うのは、そのことだな」

「探しているんですね。自分の居場所を」

「もしくは、作る、だな。探すのは性に合わない。作ったほうが早い」

「居場所を作る?どうやってですか?」

「そうだな・・・昨日からの続きになるが、それでも良いかね?」

「はい。かまいません」

「そうだね---あれは、シュウジ君たちを家に帰した後、学校に戻って一晩を明かしたときだったな」


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「こんなもの、かな」

水道管のボルトを締め、額の汗をぬぐう。

先の戦闘で崩れてしまった校舎を夜通し直して、朝日が昇り始めたころにようやく直るまでに至った。最後の確認に水道管とガス管、電気線がちゃんと通っているか確認するために給湯室に行く。

あらかじめ、この校舎をスキャンしていなかったために最初から作る羽目になったが、その甲斐もあって、すべてのライフラインは回復していた。

「すまないねぇ、手伝わせてしまって」

振り返ると、数人の陸自自衛官たちの姿。それぞれが、機材や資材を動かして修復を手伝ってくれていた。

「いえ、これも任務ですから」と、がたいのいい陸士長。名前は斉藤という。

後の二人も同じ階級で、同期の桜なのだそうだ。

「しかし本当にあるんですね、平行世界ってのは」と、中村。

「私も最初は信じられなかったが、慣れれば当たり前と思えてくるものさ。君も自衛官になって、非現実だった自衛隊が、現実になっただろう?」

「それは」と、時岡。

「自衛隊が一般から乖離している存在だと言いたいのですか?」

「乖離とまでは言わないさ。ただ、左翼教育の結果、こう言ってはあれだが、君たちは自衛隊に入るまで、自衛隊をどう思っていた?」

「自分は、自衛隊は自衛隊だと思っています」と、中村。

「教師は、自衛隊は人殺し集団で、自分の親は人殺しだ、と言いましたね。ま、親父がレンジャーやってたんで自衛隊がどういうものか、大体わかっていましたので、鼻で笑いましたが」

「自分も同じようなものです」とは、斉藤。

「自分の周りに自衛隊出身者や、関係者がいなかったので真に受けていた時がありました。しかし、阪神淡路大震災時に助けに来てくれた陸自の人たちが、自分には、とても・・・なんて言うんですかね・・・違うものに感じて、『自衛隊とは何なのか』を、確かめたくて自衛隊に入りました。結果、自衛隊は自衛隊だと、自分の中で決着をつけました」

「自分はちょっと違いますね」と、この中では一番若い時岡。

「自分は、初めて自衛隊の存在を知ったとき、自衛隊はとても大きな巨人だと思いました。初めて知ったのが、五歳か、そこらの年なのでアニメの影響もあるでしょうが」

「今はどうなんだ?」と、斉藤。

「今も変わりませんね。巨人です。さしずめ、北欧神話の巨人族でしょうか」

使ったラチェットをGT-X備え付け工具箱にしまいながら言う。

「確かに、今の自衛隊の戦力は底が見え始めている状態だ。弾薬の生産も追いついていない。巨人族とは、よく言ったものだな」

「そういう教授は、どうなんです」と、時岡。

「私か?私は何も思っていないよ」

「何も思っていない?」と、中村。

「君と同じさ、中村君。自衛隊は自衛隊だ。旧大日本帝国軍ではない。ほかの何でもない。ただの自衛隊だ。それだけの存在に、何か思うところがあるのかね?私にはないな」

「言わんとしている事はわかりますが、もう少し言い方ってものがあるでしょう。そんな言い方では、敵を増やすだけですよ」

「わかってくれる人がいれば、他はどうでも構わんさ」

「人付き合いが苦手なんですか?」

「どうだろうな。非常に仲の良い友人はいる。が、同時に非常に仲の悪い友人もいる。意図的に友人を増やさない、と言った方がいいな」

「それは、教授の研究の機密を守るため、ですか」と、時岡。

「それもある。友人が多いと年賀状を出すのが七面倒というのもあるが、付き合いがおろそかになりかねんのだ。より親密な友人関係を結ぶなら、友は少ないほうが良い。嫉妬されずに済むしな」

「嫉妬?異性の友人ですか?」

「いいや、同性だ。異性の友人には恵まれなくてね」

「男の嫉妬は醜い」と、時岡。

「してしまうものさ。知らず知らずのうちにな。さ、もう朝食の時間だ。食べに行こうか」

そう言って工具箱を持ち、臨時テントに向かう。朝食の炊き出しが終われば、即時撤退なので、あまり時間はない。

「しかし、教授はどうして自衛隊に入ったんです?」

朝食にカレーという奇抜なものを食べているとき、中村が聞いてきた。食べながら話しているが、とてつもない速さで食べている。

「自衛隊に興味がないようだったのに」

「ふむん。興味がないというのは誤解だ。興味ならあった。自分の国の軍事組織だからな」

「教授は左翼教育を受けなかったんですか?」

「受けたには受けた。が、事故で記憶をなくしてしまってね。綺麗さっぱり忘れた」

「それはまた、稀有な例ですな」と、斉藤。

「何の疑いも、影響も、意図も入らない。まっすぐに自衛隊を見れる人間は、この国には少ないでしょう」

「似たようなことを、私を鍛えた鬼教官が言っていたな」

エンディミオンの開発を始めたのと同時に、娘の勧めで空自に入隊した。主な目的はトレーニングによる体力増強だったのだが、いつの間にかパイロットと同じ教育を受けていた。

そのとき、私を受け持った鬼教官が言ったのだ。お前は貴重だ、と。

「自衛隊に入った理由は、そんなところだ。まぁ、そのおかけであれに乗っても胃が頑丈になったんだがな」

これが何の訓練もなしにエンディミオンに乗ったならば、即刻コクピット内を嘔吐物で汚していただろう。現に、選考したGT-Xドライバの一人は、嘔吐した挙句、咽喉に嘔吐物を詰まらせて窒息死しかけたこともある。

ちなみに私は、レシプロ機による飛行訓練で嘔吐するまもなく気絶した。

「そういう理由で入隊する人間も珍しいな」

「免許を取るために入隊するやつもいますから、どっこいどっこいでしょう。むしろ、八月と十二月に休むために入隊したやつが許せません」と、時岡。

「それはしかたがないだろう」と、斉藤。

「自分の教官もそうだった。伝統なんだ。それに他人の趣味に口を挟むようでは良好な人間関係を築けないぞ。オタク率が高いここじゃ、よりいっそう」

「この世界でも、自衛隊はオタクが多いのかね?」

「ええ、わんさかいますよ。夏と冬に一個師団ほどの穴ができるのは、それが原因です」

「一時期、それで予備自衛官の数が増えたんですよね」と、中村。

「自分は、そのときに入りました」

「教授は、行くのですか?」と、斉藤。

「学生のときに一度、教授になる前、論文を売るためにもう一度、というところか」

論文を売る?

全員の声が重なる。

驚くのも無理はないが、結構やっている人間はいる。下手な科学雑誌に載せて盗用されたり、よくわからない反論をされるよりは、コミケで販売したほうがお金になるし、素人ながらプロでは思いつかない眼から鱗な疑問が呈されることもある。

盗用も、そこはコミケ。盗用がばれれば、ファンによる容赦のない援護攻撃が待っている。

科学者にとっても、コミケは新しい論文発表の場として注目されているのだ。

「それはまた・・・斬新な販売ルートですね」

「私自身、そう思うよ。だが、デメリットもある。マイナーすぎて、メジャーになれないんだ」

「教授は、有名になりたかったんですか?」と、中村。お皿のカレーは、残り少ない。

「いや、マイナーになりたかったんだ。あまりメジャーになりすぎると、うざったらしい連中が寄ってくるのでね。私の研究を真に理解してくれる人間を選びたかったんだ。だからこそ、コミケは私にとって非常に有益な場所だったよ」

「それはそうでしょう」と、時岡。

「平行世界どころか、多元世界すら跳躍可能。しかも命すら作れてしまう。順番を守って使うならみんな幸せになれるが、独占使用すれば、まさに---神だ」

「それは」と、自分。時岡を遮って言う。

「キリスト教に代表される一神教の神かね?それとも、神道のような多神教の内のひとつの神かね?」

「両方です」

「両方、とな」

「ヤハウェには矛盾がありますが、絶対的な能力があります。対して八百万には、矛盾は少ないですが、絶対ではありません。この相反する両義こそが、人間そのものだと、私は思います」

「そこから先は、哲学だな。考え方次第でどうとでも取れる」と、斉藤。

「だからこその選別さ。得た力をどう使うか。どういう方向に進もうが、自分の考えで至らなければ意味がない。他人の教えに従うような人間では、GT-Xは扱えない。自滅するか、滅ぼされる」

「そういうことが?」と、斉藤。

「私の世界ではなかった。が、アンファングの世界ではあった。死んでは生き返り、死んでは生き返り。面白半分に殺されて、生き返させられる。暴力と狂気が支配する世界になったそうだ。なまじ、何でも作れるからな。BBTは。不老不死の世界で、繰り返される陵辱。人はそれを、地獄という」

かちゃん、と皿を置く三人。その皿の上には、ルーも米の一粒もない。

「地獄、か」と、中村。

「地獄といったら、この世界もですよ。使っちゃいけない兵器が、どんどん使われる。地獄ですよ」

「だが、それも直に終わる」

「終わる、とは?」と、時岡。

「その地獄、だ。なに、見ていたまえ。こんな地獄、すぐに終わらせてやるさ」

席を立つ。自分の皿のカレーも、綺麗になくなっていた。

太陽が昇り始めた0630時、すべての自衛隊関係者は基地にへと撤退して行った。いま、自分がいる高校は、完全に無人である。

「さて、あの子たちが来るまでまだ時間があるか・・・ふむん」


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「何を企んでいたんですか」

朝食の味噌汁をすすりながら、霞。

「なにも」と、たくあんを食べながら言う。

「企み、と言うほど立派なものじゃないさ。ただ、ミズキ嬢のナノマシンに対抗するために学校をちょいといじったんだ」

「がっこう・・・?」

「まぁ、学校と言ってもその地下だ。横浜基地みたいにしたんだ」

「地下基地ですか」

「そうだね。地上に目立つものを作ると後々になってうるさくなる」

「横浜と同じくらいですか?」

「いや、さすがにあそこまで大きくない。GT-Xを格納できるスペースと、居住空間を合わせた、こじんまりとした地下基地だ」

「使い心地はどうでしたか?」

「ん~・・・最後の戦いのときには使わなかったから、まぁアパートみたいに使っていたね」

合成鮭の焼き身をほうばって言う。合成なだけに生臭さが無くて食べやすかった。

<リーツ>

朝食がほぼ胃袋に収まってきたところで、お話を再開する。

「さて、続きだが---」


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「突然ですが、この学校で教鞭をとることになったリーツ・アウガンです。よろしくお願いします」

朝の全校集会で体育館に集まった全校生徒の前で挨拶をする。校舎を直したとき、学校側のコンピュータに偽情報をつかませて『急遽』、この学校に臨時教師が派遣されてくることになった、という筋書きを立てた。

一番問題になりそうだったあの二人以外、生徒や教師方の洗脳は、この校舎に入ったときに自動で行われる。校舎の地下に作った秘密基地を経由し、BBTが記憶操作を実行しているのだ。

誰も私を不審に思わない。

そう刷り込ませるだけで、意図も簡単に潜入できてしまう。

あとは、ミズキ嬢が現れるまで、ここでゆっくりと教師をしていればいい。地球を複製するには、少なくとも一週間ぶっ続けでBBTとエーテルエンジンを稼動させなければいけない。その間にミズキ嬢が現れても、碌な対処はできないだろう。だから、ナノマシンとエーテルエンジンか、BBTを共鳴させてミズキ嬢を釣るしかない。

なに、待つのは慣れている。どしりと腰をすえていれば、いずれ向こうからやってくるのはわかっていた。

あれは、より強い存在と戦うことで進化する兵器だ。なら、自分より強い兵器や相手を探して経験値にするのは眼に見えている。GT-Xは、まさしく願ったりの存在だろう。

人の範疇を超えた、いわゆる超人や神と言った者たちとも互角か、それ以上に戦えるのだから。

「それで、どうしてアンタがここにいるんだ?」

お昼休み。応接室に二人を呼び出して一緒に昼食をとる。

「朝も言ったが、臨時の教師だ。そういうことにしておいてくれると助かる」

「一晩で校舎は直ってるわ、先生たちはみんな不思議に思わないわ・・・つくづく、ぶっ飛んだやつなんだな」

「その言い方が一番、私を表しているな。『ぶっ飛んだ』とは、よく言われる」

「それで、何の用だよ。ナノマシンは、もうちせの中にはないんだろ?」

「ない。完全にね。だが、君たちも見ただろう。ミズキ嬢の暴走ナノマシンを。あれが、ちせ嬢を襲わないとは限らないんだ」

「なんだって?」

「あのときにも言ったが、ミズキ嬢のナノマシンとちせ嬢のナノマシンは、姉妹に相当する。ミズキ嬢のがファーストモデルで、ちせ嬢のがセカンドモデルだ」

「まさか、新しい宿主を探してるってわけか?」

「私の予想ではね。このナノマシンが適合するのは女性のみ。しかも天文学的な確立で遺伝子が適合しないとナノマシンは暴走する。ナノマシンといえども、自己保存機能くらいはあるだろう。だからこそ、逃げたんだ。私には勝てないのを悟り、撤退して体勢を立て直すのを選んだ。自分を、守るために」

顔を見合わせる二人。すぐに私に向き直って、言う。

「アンタが言う、地球の複製はどうなったんだ。さっさとコピーして、そっちに逃げればいいじゃないか」

「それはだめだ。時間稼ぎにしかならない」

「どういうことだ」

「あの暴走ナノマシンからは、生体反応がなかった」

「だからどうした」

「わからんか?さっきはすぐにわかったのに。生体反応がないということは、その体は100パーセント機械ということだ。つまり、宇宙にもいける可能性は十分にあるんだよ。テラ・コピーに住んでも、いつかはそこにたどり着く。そうなったとき、私以外に対抗できる手段があるかね?」

「・・・それで『時間稼ぎ』か」

「そういうことだ。だから、君たちを張っていれば、必ずあいつは現れる。まずは、あいつをとっちめてからだ」



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「捜索はしなかったんですか?」

「捜索している最中にちせ嬢が襲われてしまったら元も子ない。一点に構えておいた方が良かったんだ。それに、下手に動き回って敵とエンカウントすれば、それだけ隙が大きくなる。横合いをやられることを考えたら、それもだめだ」

「そこはBETA戦にも言えますね」

「わかってくれると嬉しいよ。ところで」

「はい」

「彼はどうしたのだね。あれから一向に姿を見ていないが」

「そこの隅に、います。ケージの中です」

言われて振り返ると、いた。部屋の隅に小ぢんまりとしたケージの中にとぐろを巻いている。

「教授のことですから、必要になると思って連れてきました」

「パーフェクトだ、霞」

「ありがとうございます、教授」

「ではご褒美にコレをあげよう」と、取り出すは猫じゃらし。

言わんとしている事がわかったようで、にやり、としながら猫じゃらしを受け取った。

「食器は片付けておくから、いってらっしゃい」

「はい」

席を立ち、一直線にケージに向かう霞。ケージと一定の距離を保って立ち止まる。しゃがみこみ、猫じゃらしを振った。

ケージが、縦横無尽に暴れまわった。正確には、ケージの中の、黒猫に姿を変えられたジョン・コナーが。

「くそ、くそ、くそー!体が、体が勝手に動く!くそう!動かすのをやめろぅ!」

ふり

ガタン!

ふりふり

ガタガタン!

ふりふりふり

ガタガタガタン!

ふりふりふりふり

ガタガタガタガタン!

猫じゃらしが揺れるたびに、ケージも揺れる。

ちなみにジョンの声は、私と霞以外には、ただの猫の鳴き声にしか聞こえない。私は改良型ニャウリンガルを、霞はリーディングをして意思疎通を図っていた。

「ちくしょー!なんじゃこりゃー!!」

食器を片付け、ケージに寄る。もう一本の予備猫じゃらしを振りながら言う。

「君がいけないのだよ、ジョン。ちゃんと教えてくれないから」

「言ったじゃねーか!」

「所属している部隊名だけ、ね。詳細を言わなければ死ぬまで君はそのままだ。せめて正直にゲロってしまえば、普通の待遇に、人間用の檻にしてあげるものを」

「ウソこけぇ!部隊名言っただけでマタタビの海に放り込みやがったくせに!信じられるかボケェ!」

「失礼だな。教えてくれたご褒美にマタタビ一年分を進呈したんじゃないか。ギブアンドテイクだよ」

「笑って言う台詞かテメェー!」

「では、もう一年分を、この狭いケージごと放り込んでもいいのかね?」

「だから、笑って言う台詞じゃ・・・お、おい!持ち上げるな!離せ!」

「霞。先ほどのマタタビ部屋にご案内だ」

「はい」

「やめろぉぉぉぉーー!!!」

この二人と一匹の間では、さながらショッカーに連行される改造予定の一般人の様相を呈していたが、端から見れば、ただの猫好きが私室に猫を持っていこうとしか映っていない。

その証拠に。

「猫がうるさいと思ったら教授か」

「社ちゃんも一緒じゃん。何やってんだろうね」

「あの猫にマタタビを上げるんだと」

「なんだ、猫思いのいい人たちじゃん。マタタビなんて、今じゃ稀少植物だろうに」

「それだけ猫が好きってことさ。ああいうのは、端から眺めるに限る」

などという会話が聞こえてくるあたり、そう思ってくれているのがわかる。

暴れまわるジョンをマタタビ部屋に放り込んで、格納庫に向かう。霞が使う機械の最終調整のためだ。

こんなことをしなくても、と霞は言う。

「教授の作ったコンピュータでソナー情報を取り込めば、私がやる必要がない気がします」

「ソナーは、所詮は耳だ。眼を超えることはできん。だからこそ、これが必要なんだ」

こんこん、と機械をノックする。バケットシートから伸びたコードが、その機械、『コロッセオ』と呼ばれるそれに繫がっている。

これは、海底に転がっているのを拾って直したものだ。

ただ、BBTを通じて直したまではよかったが、起動するには、特別な人間でないとだめだと、数十回の起動試験の果てに理解した。

このコロッセオは、それ自体が投影機の役割を担っている。複雑な計算結果を表示するモニターだ。では、その計算をする肝心のコンピュータはどれかというと、コロッセオが搭載されていた潜水艦、『イー507』内に張り巡らされた電流交換機が、そのコンピュータだった。言い換えれば、イー507そのものがコンピュータなのだ。

その事実に私は、驚きを隠せなかった。

なにせ、それが発明されたのは1944年のことなのだ。自分が生まれる四十年も前である。

『これは発明した人間は、私を上回る頭脳を持つ人間だろう』

単純に、そう思った。

ろくろくコンピュータの概念なぞない時代に、コンピュータを使った戦闘艦を作り上げたのだ。そうも思うだろう。

「しかも、それだけじゃない。このシステムは、人間の超能力というものを理解して、その上で、その超能力を増幅するんだ」

「聞きました。そして、これは私のESP能力を増幅できるように改造されています」

「そして増幅されたESPは、この暗い海を見渡す『眼』となる。耳よりかは、こちらの方が良いと思うのだけれどね」

「けれど、副作用もあります」

「それは撃沈した際のことだろう。戦闘は行わない。万が一、戦闘を行うにしても戦闘前にシステムを止める」

「お願いします」

「まぁ、潜水時艦長は絹見 真一少佐だ。帝海屈指のドンガメ乗りだから、ローレライ・システムを有効に使ってくれるだろう」

「ローレライ・・・ライン川の魔女・・・」

「ローレライの語源は、『岩に潜む』という古ドイツ語からきている。知っているかね?」

「いいえ、知りません」

「霞はドイツを知らないか」

「ドイツを知らないと言うよりも、国々を知りません。ソ連にいたときは、最低限の事しか教えてくれませんでしたから」

「ここに来てからは?」

「博士から、有り余るほどの量を持つデータベースの閲覧許可をもらいましたが、国家の歴史を主に検索したことはありません」

「そうか。まぁ、歴史を見ても今はBETAに蹂躙されてライン川も原形を留めていない。いま歴史を振り返っても、あまり意味のあるものではないだろう」

「教授は、ちせの世界で地球を複製して、そこに新しく人を住まわせると言いましたが、この星の環境は、戻さないんですか?」

「複製してもいいが、BETAは再びやってくるだろう。宇宙船状態のハイヴなら迎撃できるかもだが、元を叩かねば、いたちごっこだ。ちせの世界では、ミズキ嬢のコア・ナノマシンを回収したから移住ができたんだ。それでも、ちせとシュウジ君の周りの人間だけだ。去り行く私たちに向かって叫ぶ人々の怨嗟は、今でもはっきりと覚えているよ」

「どうして、その人たちだけだったんですか?教授なら、いえ、BBTならいくらでも地球を複製できたはずです」

「ところがぎっちょん、そうでもないのさ」

「作れなかった、と?」

「エーテル粒子がね、地球を複製するには少なかったんだ。だから、旧地球をいったんエーテル粒子にまで分解して、それから新しい地球を作ったんだ。いくらなんでも、BBTでも精製する規模が大きくなればGT-Xの周囲に漂っているエーテル粒子や、圧縮貯蔵した粒子では足らなくなる。しかも地球だ。その質量、押して知るべし、だ。ほかの惑星を分解するという手もあったが、時間がなかった。置き去りにされた人たちのアストラルデータを読み込む時間もなかった。それほどまでに、ちせ世界の地球は限界に来ていたんだ」

「仮に地球の活動が止まっても、それから作ってもよかったのでは?」

「地球の活動が止まるということは、生命体にとっては絶滅を意味する。地球の活動とは、地球の中心核、コアの超高圧高熱流体金属が、激しい対流を起こしていることなんだ。その対流により、電磁波が形成されて外宇宙からの有害な放射能や太陽風が弾かれるんだ。それが止まったら、どうなると思う?」

「・・・放射能や、太陽風が直撃します」

「それすなわち、生命体の絶滅ということなんだ。BBTでエーテル粒子を操作して防げないこともない。イージス計画のように地球を覆うバリアを形作るのもアリだ。が、地球を覆うほどのバリアだ。何年という時間がかかるのは明白だった。BBTで防ごうにも、それだけだ。根本的な解決にならない。BBTで防ぎつつ、地球を複製など、もう一台BBTがなければ不可能だ。惑星規模でBBTを全力稼動させれば、オーバーヒートする。アンリミテッド・バーストモードでさえ、複製し終わる前には壊れてしまうだろう」

「そうして教授は、少人数で新しい地球に渡ったんですね」

「あの状況で全ての人を救えるとしたら、『黒』か、ウルトラマンくらいなものだろう。ここでの救うは、命を救う、とする」

「黒と、ウルトラマン、ですか。その二人は、教授を超えた力を持っているんですか?」

「黒は神だからね。まぁ、神と言っても、人を捨てきれない時点でタイマンでは私が勝つだろう。BBTは広域用じゃない。一点突破用だ。黒は広域、一点共にバランスが取れているが、突出はしていない。僅差で私が勝る。ウルトラマンは、神に近い能力を持った人間だ。超能力だな。中でもキングと呼ばれるウルトラマンは、宇宙をも創造できると言われている。地球程度の創造など、一瞬だろう。私も黒も、足元にも及ばない」

「そんな超能力が、存在できるんですか?」

「するともさ。彼は、ウルトラマンだからね。アキラのように崩壊を招くこともない」

「いつか、会ってみたいです」

「なら、この世界を渡った最初の世界に彼らの住まう世界に行こう。霞にもきっと、よき答えがあるはずだ」

「その世界は?」

「英雄の世界群・ウルトラマンの世界。ちせの世界の次に行った世界も、そこだった。いや、まずはちせの世界の話をしよう」



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ちせの世界に来て一週間ほど経ち、授業もこなれてきたところでミズキ嬢が来た。

来たと言っても、海上で敵と交戦中だ。準備運動のつもりなのか、ちまちまと敵を倒している。

私たちと言えば、市街地に被害を出さないためにミズキ嬢の居る海上へと飛んでいた。

「しかし、良かったのかね」

「なにが」と、シュウジ君。

「ほいほいと私について来て。しかもちせ嬢まで一緒に」

「先生が負けたら、そこで戦争は終わりべや。どこにいても一緒なら、先生の近くにいた方が一番安全っしょ」

「僕は反対したんだ」

「・・・ああ、見える。見えるよ、シュウジ君。君がちせ嬢の尻に敷かれている様が、眼に浮かぶように見える」

「なんだ、そりゃ」

「私も妻の尻に敷かれて幾年、君たちほどの年のころは良かったが、年をとるとどんどんエスカレートしてねぇ。出会ったあの頃に戻りたいと何度思ったことか・・・あ、あれ?おかしいな。眼から塩水が・・・」

GT-Xのコクピット内にちり紙をかむ音が響く。私が前のアタッカシートに座り、二人は後ろのサポートシートに座る。

「そんなに嫌なら別れりゃいいじゃないか」

「若いからこそ、そんなことが言えるんだ。妻が居なくなってみろ。寂しいことこの上ないぞ」

「よくわからん」

「その内にわかる。君と私は似ている。よくわかるだろうさ・・・て、こりゃあひどいな」

敵の衛星をハッキングして、使えるようにしておいて正解だった。衛星から送られてきた映像では、敵の艦隊が片っ端から沈められていた。逃げようとしたのか、数隻の艦艇があさっての方角を向いたまま沈みかけていた。

「なんなんだ、あれは」と、シュウジ君。

「ミズキ嬢・・・だろうな。準備運動のつもりだろう」

その映像の中心に、ミズキ嬢の姿が映っていた。

彼女の姿は、最初の頃とはまったく違っていた。いや、安定した今のこの姿こそ、彼女の本当の姿なのだろう。

「第十四使徒・ゼルエル・・・あのときに出たAT・フィールドは、こいつの物だったのか」

ゼルエルがミズキ嬢を取り込んでこの姿になったのか、ミズキ嬢がゼルエルの姿になったのか、どちらにしてもやわい相手ではない。

「ゼルエル?」

二人の声がハモる。

「LCL世界の住人だ。まぁ、最強クラスの敵と言っておこう。私は情報だけでしかアレを知らんが、情報だけでも関わり合いたくない、というのがよくわかる」

「どーするんだ」

「生半可な攻撃では弾かれるだけだ。最大の力に、最速のスピードを、最高のタイミングで乗せてぶち込む。AT・フィールドを持たない私ができる、唯一の攻撃方法だ」

「失敗したら?」

「一週間かけて溜め込んだエーテル粒子を一気に開放するんだ。弾薬の尽きた旧日本軍に竹槍でアメリカ艦隊を全滅させろと言っているようなものだ」

「そんなの、グラフィックが綺麗になった『いっき』だべさ」と、ちせ嬢。

「EXACTLY」

「へ!?い、いぐ?」

「イグザクトリーだ。その通りって意味だ」と、シュウジ君。

「ふむん。さすがに北海道大学を受ける人間は違うねぇ」

「話がずれてるぞ。戦うんじゃなかったのか」

「まだだ。このまま突撃して、スピードを乗せる」

右手を引き、溜める。対してミズキ嬢はまったく動かない。ただ海上でぽつんと浮いているだけである。

「まるで、眠っているみたい」と、ちせ嬢。

「それはない」と、言う。

「これだけエーテルエンジンを回しているんだ。BBTもフル稼働に近い状態だ。間違いなく、彼女はこちらの出方を伺っている」

「ナノマシンは?」

「周囲に展開してあるのと、機体内部に。BBTを全て攻撃に回すから回復ができないんだ。ナノマシンを、回復役にする」

「僕たちはどうしていればいい」

「何もせんでいい。座席から放り出されないようにしっかり掴まっとき」と、言った瞬間、ゼルエルの眼に光がともり、真横に水柱が立つ。とっさにコントロールスティックを引き、ランダム回避。

あと、メインカメラに水しぶきがかかったのでワイパーを動かす。

「さすがは最強の拒絶体と言うだけはある。五キロも離れていると言うのにこの精度とは、やってくれる」

「五キロ!?」と、シュウジ君。
    U      B
「アンリミテッド・バーストモード起動。全ナノマシンを防御に変更、と」

「回復はどうするべさ?」と、ちせ嬢。

「どうせ一撃しか撃てないんだ。なら、一撃必殺だ。突っ込むぞ!」

アクセルをオーバーマックスに叩き込む。回避はアトランダムをコンピュータ任せに。コントロールスティックを引き込み、右腕を引き、左腕を突き出して盾代わりにする。ナノマシンを防御に回した以上、これぐらいしか防ぐものは無い。

「後先ぐらい考えろぉー!」

「後なんかあるかぁぁぁ!!」

一キロを切った所で、ついに左腕に攻撃が命中した。大きな振動が機体を揺らして突撃コースを外れる。

「おい、これ、右にずれてるぞ」

「わかってる!右舷燃料タンク、リリース!」

バックパックの右側についているガスボンベに似た燃料タンクを切り離す。そのまま、証拠隠滅のための自爆プログラムを作動させた。

「インパクト!」

今度は右から大きな振動。しかしこれで進路が修正された。機体に掛かった負荷は多大だったが、攻撃に必要な部品にエラーは無い。

「燃料タンクを爆発させて軌道を戻すなんて・・・なんつー無茶を」と、シュウジ君。

「メイド・イン・ジャパンは伊達じゃない!!」

残りは数百メートル。AT・フィールドを展開する範囲を考えれば、攻撃はここでしかできない。

そんなとき、また攻撃があたる。今度は頭部管制ユニット。破壊こそされなかったが、中の電子部品がショートする。

「も、モニターが!」

消えかける全天周囲型モニター、迫るミズキ嬢。

こんなところで、と思って目をつぶり、ちせ嬢を抱えて衝撃から身を守ろうとするシュウジ君だったが、私は彼の予想を裏切った。

「うらぁぁぁあああああ!!!」

速度の乗った、渾身の右ストレートが、AT・フィールドを突き抜けてコアにぶち当たる。

「ぶぅちぬけぇぇぇええええいいいぃぃぃ!!!」

さらに右腕を中心に螺旋を形成、エーテル粒子によるドリル摩擦を引き起こす。いかな使徒のコアとはいえ、原子を構成するエーテル粒子のドリル状摩擦だ。抉れない物など無い。

そして、突き抜けた。

「勝った!?」

「まだだ!コア・ナノマシンが、まだある!」

とっさに、壊れた左腕の根元をミズキ嬢に体に押し付け、そのままBBTでエーテル粒子に分解して、左腕に再構築。一秒と掛からないタイムアドバンテージを生かして、左腕も突っ込む。ミズキ嬢は、コアを破壊されたショックで痙攣しているために動けない。

「おおおお!!」

その間にも、コアの周辺からはエーテル粒子との摩擦で分解された原子が、煙のように立ち上る。

煙というよりは、水蒸気だ。蒸発して消える、水。瑞希。清らかな希望。両拳が、コア・ナノマシンに到達する。

「つっかっまっえったぁぁぁッッ!」

引っつかみ、一気に引き抜く。まるでヘドロから引き上げられるように黒い粘液が銀色のそれに纏わりついていて、引き剥がされる。

「ぬぅぅりィやぁぁぁぁあああ!!」

ミズキ嬢を回り蹴りでコア・ナノマシンと引き剥がし、高々と持ち上げ、握り締めるような仕草で、回収した。

「回収、終ッ了!」

制御中枢を失い、ばらけ、乾いた泥を崩すように砕けるミズキ嬢を構築していたナノマシン群。

水分が抜けた泥は、土に還るだけ。

ぽろぽろと崩れ、最後に人の形をしたものが残ったが、それも数秒で消えた。

「ミズキさん・・・」

ちせ嬢と、自分が愛した男を守るために自決した女性自衛官。ミズキ二佐。彼女の最後の思考なのか、残留思念なのか、コア・ナノマシンから、女性の、おそらくはミズキ二佐の声で、愛を紡ぐ歌が繰り返し聞こえていた。

「・・・さようなら、ミズキ二佐。この大地の果てで、永久の約束を守り続けたまえ」


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[7746] つなぎDE第十三話。
Name: リーツ◆632426f5 ID:4b6ea08c
Date: 2010/02/01 00:21

<リーツ>



ひととおり、ミズキ・ゼルエルを倒した後の話も終え、霞の反応を待つ間に調整を手早く済ませる。

「バイタルOK、クランコードOK、サイコクラッチをテストモードに固定、セントラルドグマ安定値を確認」

指差し確認をしていると、霞が話を切り出してきて、電力供給をテストを始めたときだった。

「良くも悪くも、人間、なんですね」

「なんだね、藪から棒に」

「教授に銃を向けた人たちも、私を生んだ人たちも、同じように感じます」

「人間、倫理をシカトすればいくらでも進化する。科学、政治、哲学、何でもだ。まぁ、政治の場合は、進化しすぎて死んでしまうがな。主に汚職で」

「教授は、どう思いますか(シカト?)」

「人間の倫理かね?」

「いいえ、尊厳です」

「倫理にしろ、尊厳にしろ、行き過ぎは反感を買うだけだよ。一番いいのは、物事の中心が動かないことだ」

電力供給のテストが終わり、すべての部品が使用状態になったことを示すグリーンランプが点灯。モニタにも、『使用可能』と出た。

「特に、戦争中ってのは尊厳は真っ先に消えてしまうものだ。そんなものを気にしていては、敵を殺せない。倫理もだ。霞が感じた『同じ』は、そういうところだろうね」

それは、軍人としてはいいのだろうが、自衛官としては失格なのだろうな。

甘っちょろい理論だが、それだけのことを成すためには、敵の実力の何十倍と言う修練を積まなくてはならず、また、それに終わりはない。

「私は倫理を無視されて生まれました。そして尊厳を排除されて育てられました」

「こんな状況だ。手段なんて選んでいられない。私に銃を向けてGT-Xを奪おうとした人間もだ。いや、私も人のことは言えん」

「シュウジさんたち以外の人を見殺しにしたからですか」

「そうだ。倫理と尊厳をシカトした結果だよ」

キーボードから手を離し、ひざに置く。長い時間に渡って動かした手は赤くなっている。それを休ませるためだ。

「けれども、教授はそれをきちんと覚えていて、いつも心にとどめています。それで贖罪にはならないのでしょうか」

「それはなかなか魅力的だ。が、同時に甘えでもある。私は、私が私でなくなったその時に贖罪がなされると考えている。だから、そのときまでは十分に私を恨んでくれていい」

「同じことです。教授が教授でなくなるそのときまで、教授はそのことを忘れてはいけません」

「言い方が、まるでお母さんだな」

「・・・教授のですか?」

「義理の母上、じゃなかった、お母さんにそっくりだ。義理と言うと当時嫌いだったピーマンを特盛で、ねぇ」

「どんな人でしたか?」

「面白くてやさしい人だったよ。引き取られたころは、よく添い寝をしてもらっていた。いたずらをしてもあまり怒ったことがなかったな」

ちなみにどんないたずらだったかと言うと、戦争で壊れた車からターボチャージャー・タービンを引っこ抜いて、手製ジェットエンジンを作って大空に飛ばしたり、ロケット花火を水田で飛ばして魚雷ごっこをしたりなどだ。

頭の回るいたずら小僧。これ以上、たちの悪いものはあるまい。自分で言うのもなんだが。

「教授にも、お母さんがいたんですね」

「おいおい、人を木の股から生まれたように言うのはよしとくれ」

私とて、と言いかけたところに絹見艦長の声がスピーカを通して聞こえた。

≪教授、そろそろだが、準備はいいか≫

腕時計を見る。作業開始時刻まできっかり五分前だった。

「こちらリーツ。準備はできていますよ」

≪了解。また連絡する≫

「了解---さて、じゃあ一息つけますか」

イスから立って、霞が座っているバケットシートの横に置いてあるコーヒー入りの魔法瓶を手に取る。ふたを開けると、中には大小のカップがひとつづつ入っていて、それぞれ大きい方が私、小さい方が霞用だ。

コーヒーの淹れたてた香りがカップから上がるのを楽しみ、霞にも渡す。気持ちを落ち着けるには、ある種の紅茶がいいらしいが、GT-Xのお茶ストックが切れていたためにコーヒーにした。コーヒーだけは、これでもかという量がストックされているので百人単位でお茶会でもしない限りはなくならない。

「あったかくて、香ばしいです」

「霞もこれの味がわかるか」

「これは合成品ですか?」

「いいや、生誕世界から仕入れてきた栽培物だよ。砂糖も、サトウキビから絞った上白糖を使っている。ミルクはナマモノなので、艦の備品で代用した。それだけは合成品だ」

「これが・・・本物の味・・・」

「霞はコーヒー派かね?それとも紅茶派かね?」

「香月博士のお手伝いの片手間に合成コーヒーを飲んでいましたから、コーヒー派です。食事のときは合成玉露ですが」

「そうだったか。と、そろそろだ。準備は良いかい?」

「はい。大丈夫です」

≪教授、開始時刻三十秒前だ。連動確認を≫

「連動確認、了解」

≪動作合わせ、3・・2・・今≫

「連動確認、良ろし。砂鉄装填、始め」

≪砂鉄装填、確認良ろし≫

「磁気操作板、稼動確認」

≪磁気操作板、稼動確認良ろし≫

「GT-X搭載コンピュータ、稼動確認」

≪GT-X搭載コンピュータ、稼動確認良ろし。オペレイタ・社 霞の状態確認≫

「社 霞の覚悟完了、確認良ろし。ローレライシステム、起動」

≪ローレライシステム、起動≫

起動スイッチが入り、機械たちが動き出す。霞の意識は拡大され、探知範囲全体に及ぶ。と言っても、テストなので六十キロメートルほどに制限されていて、本来的能力を発揮したならば、百二十キロメートルにまで拡大することが可能となる。

その尺度を決めるのがサイコクラッチと言う部品で、もともとのローレライシステムには付いていなかったものだ。不便なので取り付けた。

「サイコクラッチは三速で固定します。よって探知範囲は六十キロメートルほどですので、よろしくお願いいたします」

≪・・・≫

返事がない。

「もしもし?」

≪あ、ああ絹見だ。少しびっくりしてな≫

「私も最初はびっくりしましたよ。驚くのも無理はないですよ」

≪そう言ってもらえると助かるよ≫

「いえいえ。さて、事前に打ち合わせていた通り、起動から三分でシステムをシャットダウンさせます。よろしいですね?」

≪了解した≫

三分というのは、テストだから。

シャットダウンさせるのは、暴走を含めた事故を防ぐために一旦、全ての電源を落とす必要があったからだ。

「モニタはちゃんと映してる。コンデンサも異常発熱していない。電圧も正常。霞のバイタルも安定。三速ならこれくらいかな」

砂鉄が海底の地形と近くを泳いでいる、今ではすっかり珍しくなった野生の海洋生物たちを描いている。そのほかにも海面や海中の海水の動きをうねりとして捉えていた。

「探知範囲に敵影なし。穏やかなものだ」

≪それは分からんぞ、教授。海をなめたら大きなしっぺ返しを食らう≫

「昔、フェリーから落っこちたことがある。よくわかります」

≪それはまた、なんというか極端だな≫

「子供の頃です。海がとても綺麗でしたので」

≪ふむん≫

「さて、もう二分を切りますよ。他にテストしておきたいことはありますか?」

通常、テスト時に行う負荷限界や稼動限界は、全てコンピュータが管理、実行している。それは別のウインドウで確認でき、常時監視が可能だ。

今は、システムのサブオペレイタとしてモニタしているためにその暇がない。なので監視は、ベルカがやってくれている。別室で、だが。

≪そうだな、なら・・・いや、ちょっとまて---探知範囲の境界線に何かいる。海上だ≫

「方位は?」

≪方位は0-2-8だ---違う、何かじゃない。これは艦隊だ≫

「北北東ですか・・・ああ、いたいた。よく見つけましたね、こんな豆粒」

≪伊達に二十年間、ドンガメに乗っちゃいないさ。ソナー手、スクリュー音から艦種を割り出しを。無理ならコロッセオから直接割り出せ。副長、全艦隊、全艦、第一種戦闘配備。隔壁閉鎖。魚雷発射準備≫

≪了解。全艦隊、全艦、第一種戦闘配備。隔壁閉鎖、魚雷発射準備はじめ≫

「戦闘配備?この状況で戦う気ですか」

≪ローレライシステムはシャットダウンさせてくれていい。それに戦闘配備は万が一のためだ≫

「シャットダウンさせたいのも山々ですが、三分間は何があっても止められません。サイコクラッチの接続を解除するには、霞の精神とシステムの波長を丁寧に切り離す必要があります。その見極めのための時間が、三分なんです。車両のクラッチ操作と変わりませんよ」

≪乱雑に繋げれば、霞の精神が傷つく、か≫

「システムもです。ここまで準備しておいて、たった一回使っただけで壊れた、なんて涙目ですよ」

≪わかった。システムの解除まで戦闘は避ける。副長、いいな≫

≪了解であります。全艦通達、残り一分三十二秒まで戦闘を禁ず。繰り返す、残り一分三十二秒まで戦闘を禁ず。速力維持のまま、深度プラス・フタマル≫

≪速力そのまま、深度プラス・フタマルよーそろー≫

≪ツリムタンクちょい注水≫

≪ツリムタンクちょい注水よーそろー≫

≪副長、艦種判明しました。ニミッツ級空母が一隻、タイロコンデロガ級駆逐艦が三隻、ソフコーズ級電子戦艦が一隻です。アメリカ海軍とソ連海軍のバックアップ艦隊です≫

「ソナー手、補欠ってーと、各国各艦隊からの混成部隊かね?」

≪は、肯定であります。中尉どの≫

「艦長、こいつを見てどう思います?」

≪妙だ、と言うほかあるまい。しかもこの空母は・・・この前引退した航空機専用空母だ。戦術機空母じゃない。驚いたな、こんなものがまだ動くとは≫

「アルファ(オルタ5)だと思います?」

≪いや、それはない≫と、声が変わってアンダーセン艦長になる。

≪クーデターでホワイトハウスを制圧したとしても、それで国土全体を制圧したわけではない≫

「まぁ、たしかに」

≪とすれば、彼らはブラボー(オルタ4)とも考えられる。空母を奪ってこちらに逃げてきたんだ、と≫

「アメリカ軍軍人なら、そのまま解決しちゃいそうな気も---ああ、そうか」

≪気が付いたな、教授≫

「逃げてきたんじゃあない。こっちに来なければいけない理由があった、ですね?」

≪そうだ。そしてその理由は、わかるか?≫

「こちら方面・・・つまりハワイにクーデターの黒幕がいる。だからとっちめに来た」

≪私もそう考えている。絹見艦長はどう思うかね?≫

≪本官は、それに偽装したアルファ(オルタ5)かと。先ほどアンダーセン艦長は、あの空母が引退したと言った。引退したならば、装備品ははずされ、どこかの海に沈められるか、解体して新造艦の資料に当てるはずだ。奪うとなれば、警備が薄いほどいい。そしてそこにあると言うことは、奪えたことに他ならない。が、ここで疑問が浮かぶ。警備が薄いと言うことは、艦としての機密性、実用性があまり見込めないと言うことだ。意味のないガラクタに警備を割くなど、アルファと言えど、それこそ意味がない≫

≪いや、わざと奪わせて一網打尽に、とも言える≫

「なるほど。空母として使える装備を残していたのなら、警備は厳重なはずだ。奪うのは難しい。しかし、奪われるほどに警備が薄かったなら、そんな装備はないはずだ。だから簡単に奪える。しかしアルファ(オルタ5)は正規軍の六割を占める勢力。中立を取り込んだのならば七割だ。残りの三割で空母なんて目立つものを奪えるか、と言う話ですか」

≪そういうことだ≫

≪ふむ・・・≫

「どうかしましたか、アンダーセン艦長」

≪いや、なんでもない。まさかな、と思ったが、やはり私の記憶違いだろう。なんでもない≫

「そうですか」

≪とりあえず、通信ブイを出して横浜基地にいったん連絡をしましょう。あの艦隊に関して何か情報が入っているかもしれません。衛星レーザー通信なら傍受されないでしょうから≫と、絹見。

「賛成です」

≪賛成だ。やってくれ≫

絹見が雷撃長に通信ブイを射出するように言う。言われた雷撃長は、すぐに発射準備を整えて海上へと通信ブイを放出した。

「さて、そろそろシステムのシャットダウン時刻なので用意、願います」

≪む、了解≫

「行きますよ。3・・・2・・・今」

≪システムシャットダウン≫

「シャットダウン、完了。霞、お疲れ様」

システムが止まり、霞の意識が戻る。ややあって、自我がはっきりしてくると目覚ましにコーヒーを頼んだ。

「で、どうします?このままいくと、三十分ほどで通常索敵範囲ですが」

≪おおっと、すまない。そうだったな。副長≫

≪は≫

≪警戒を厳に。以後はこの艦隊を『リーダー』と呼称する≫

≪了解。総員、警戒を厳に。正体不明艦隊を、これよりリーダーと呼称する≫

「海神隊はどうします?」

≪五分待機だ。中尉、システムの調整が済んだら出撃準備。敵性と判断の後、海神隊とともに海上戦力の掃討を行う。ブラボーと判断された場合は、そのままリーダーの護衛を行う。いいな?≫

「了解。聞いたな、海神隊諸君」

自分の声と同時に格納庫全体の照明が点灯して、海神隊の雄姿が浮かぶ。既に機体には衛士が搭乗していて、出撃の時を今か今かと待ち続けていた。

しかし海神とは言っても、A-10・イントルーダーではない。

あれは潜水母艦一隻につき一機だが、いま、目の前に並ぶ『これ』は違う。もっと別のものだ。

そういうわけで、操縦系統は少しばかり違う。何せ格闘戦もできるのだ。射撃戦がメインの海神乗りには、新しいことだった。ので、彼ら栄えある帝国海軍の皆様には、横須賀から今まで機体内部でシュミレータ訓練を繰り返し、繰り返し行ってもらった。

さすが、帝国海軍切っての不屈の精神力を持つ彼らだけあって、『これ』の操縦方法は完熟された。あとは、実戦を持って体を成すだけである。

≪では中尉どの、卒業祝いにアレをやっておきたいのですが≫

システムの影響で朦朧としている霞の介護をしていると、海神隊の隊長が言った。ちなみに大尉だが、訓練の都合上、みな一兵卒に臨時格下げされた。

そんなことをしたら士気に重大な影響が出るから止めてとは言ったのだが、他ならぬ隊長自らがそうしてくれと言ってきたので、こうなった。教えてもらう以上、上と下を分けなければ、と。というか、彼らを扱き上げたのは、私自身ではなく訓練用AIなので、そっちの方が良いのでは?

「アレは出撃直前にやるよ。そのほうが士気も上がるだろう」

≪Sir,Yes,Sir!≫

「ではそのように。それまでは五分待機だ」

≪Sir,Yes,Sir!≫

「さて・・・ベルカ、聞こえるかね」

≪聞こえますよ~≫

「先ほどのシステムデータにデフラグを掛けて整頓しておいてくれ。GT-Xの第三コンピュータに転送してくれればいい」

≪アイアイサ~。あ、あと教授≫

「ん?」

≪出航する前にもらった『統合』プログラムなんですが、なんか変な感じがするんです≫

「それは、アクメツの記憶統合をモデルに作ったやつだからな。今の君たちはフラグメントだ。バラけた永遠神剣が一つになりたいのと同じさ」

≪ってことは、一つになることが前提なんですよね?統合したらどうなるんですか?≫

「それは成ってからのお楽しみだ」

≪ケチー!≫

「教えたら即行で統合しちゃうだろう。まだ早いんだ」

≪いつなら良いんですか≫

「BETAがコンピュータに直接攻勢をかけたら、かな」

≪それじゃ遅いですよ。今、やっちゃいましょうよ≫

「だから、それで万が一にも逃げられて対策をとられたらまずいだろう。隙を突いたカウンター攻撃の方がいいんだ」

≪僕たちは負けません!≫

「アレはただのハッキングじゃない。いまは、そのプログラムに体を慣らしておきなさい」

≪ぶーぶー≫

「はいはい、さっさとやる」

≪ちぇ・・・はーい≫

「終わったら、スノコかペンゾの最上級オイルを入れてやる。ゾイルの添加剤もだ。それでどうだ」

≪5w-30でお願いします。ゾイルは4サイクルで≫

「即答か。って言うかターボ車かお前は。なんで4サイクルなんだ」

≪じゃあゼロスポーツで。4サイクルの方がしっくりくるんですよ≫

「ならスノコにしておけ。そっちの方が馴染みがいい。硬いやつだ。でないとタペット音が出る」

≪・・・わかりますかね、ボクサーネタ≫

「私も正直に言うと・・・微妙だと思う」




<白銀>



シンファクシがハワイ沖を進んでいる。

自分は、今は純夏とともに偽装・不知火のコクピット内で戦闘シュミレータを繰り返し行っていた。

「これで通算203勝ゼロ引き分け、ゼロ負けだな」

自分が今やっているのは、教授と先生が共同で作った対クーデター軍の攻略シュミレーションで、援軍なし、損傷度三割、弾薬残量六割、敵性体レベル79(1~100)の設定だ。勝てば勝つほどに難易度が高くなる。

自分は戦闘を、純夏は通信などの戦闘補佐を、それぞれ担当している。

「しかしすげぇな、この機体は。不知火の表面装甲をくっ付けててもラプター並みの機動力がある」

それは、先の娑霧大尉のクーデター戦でわかっていることだったが、シュミレータを通して、何回も戦闘を続けていると、この機体の異常性というものが嫌と言うほど理解できる。

「ねぇ、タケルちゃん」

「ん?」

「この機体がすごいのはわかったんだけどさ、本当にこんな動きができるの?まるでバルジャーノンだよ?」

「ああ、純夏はあの時、霞と一緒にいたんだっけ」

「そうだよ。もー、目が回ったよ」

「この機体には、特殊な動力源が使われてるんだ。機体も、教授経由でもらったもので、その機動に一役買ってる。リザルド見てなかったのか?」

「・・・見る前にこっちに来たんだもん」

「そういや、そうか」

「それで、機体と動力源ってなに?」

「わからん」

「タケルちゃん、アウガン教授に聞いたんじゃないの?」

「途中まではわかったんだけど、後半からわからなかった」

「あのアウガン教授だから、仕方ないか」

「あんまり変なこと言うなよ。純夏を助けてくれた命の恩人だぞ?」

「そうなんだけどさぁ・・・なんていうか、変わってるって言うか、変って言うか」

「とうっ!」

スパァァァン!

「あいたー!」

後ろに振り返って、教授からもらったハリセンで純夏の頭を引っぱたく。とてもいい音がコクピット内に響いて、純夏は頭を押さえて恨めしそうな目で言った。

「なにすんのさー!」

「失礼だって言ってんじゃないか!」

「だからって叩くことないじゃん!っていうか、そのハリセンは何なのよ!?」

「これ?これは教授からもらったんだ。永遠神剣だって」

「・・・タケルちゃん、ごまかそうとしてない?理不尽すぎるよ、その応え」

「本当だって!教授が言ったんだ」

「じゃあ、その『えいえんしんけん』ってなんなの?」

「それは---」

「それは?」

「知らん」

「ドリル---」

「わぁーー!!コクピットでやるなぁぁ!!!」

急いでコクピットのハッチを外そうとするも、純夏の拳からは逃げられるはずもなく、そう、まるで教授が自慢していた国産変態ミサイルのように、綺麗に、正確に、無慈悲に、JACK PODった。

「メメタァ!」

コクピットの壁に軽くめり込んだ。いてぇ。

「タケルちゃんが悪いんだからね、ごまかそうとするから」

「うそなんか言ってねぇー!」

ズボっ

「それに、霞が持ってるナガトだって、永遠神剣の一種だって言ってたぞ」

「だから、それなんなのさ」

「おれに聞かれても・・・」

≪永遠神剣とは≫

「おわぁ!」

「ひゃあ!」

≪意思ある神の剣だ。名のとおり、永遠に存在し続ける≫

「k、教授!?」

「ま、まさか今の聞いてたんですか!?」

≪聞いていたも何も、あれだけ騒げば嫌でも駄々漏れじゃ馬鹿っつら≫

~///×2

≪それよりも、少し厄介なことになった。そのまま聞いてくれ≫

何も言えずに、そのまま教授の話を聞く。

≪先ほど香月博士と連絡を取ってな、情報交換をした。その際、正体不明の群発地震が、カシュガルから一直線に横浜基地に向かっているそうだ。≫

「BETAが横浜基地に!?」

≪進路上にいた中華統一戦線のいくつかの部隊が、そっくり音信不通になっていること、いやと言うほど横浜基地にまっすぐなことから、横浜基地のセントラルコンピュータはBETAの新形式進軍だと判断した。ラダビノット司令官、香月副司令官共にセントラルコンピュータの判断を支持。これの防衛戦略の構築を開始した≫

「クーデター部隊はどうするのでありますか?」

≪アメリカ本土のクーデターは・・・まったく信じられんが、収束する方向に向かっている≫

「どういうことですか?」と、純夏。

≪アメリカ軍の予備役と教導隊、一部の特殊部隊のみで解決してしまったらしい≫

「・・・」

≪よって、われわれラーズグリーズ艦隊は本日中にハワイに潜むオルタ5のクーデター軍を掃討する必要が出た。教導隊の人たちも空母を引っ張り出してこっちに向かっている。合流したのち、衛士各員、および全艦は、デフコン1を発令。以後五分待機とし、全速を以って真珠湾に向かう≫

「なぜ、いまになってBETAが」

≪私という原因を突き止めて、排除に向かっているか、アークバードの製造工場だと判断したか。なんにせよ、これだけの長距離を移動するとなると、BETAには移動式の反応炉を持って進軍していると考えられる。最悪、光線級は反応炉に接続されて使用されるかもわからん≫

「最悪だ・・・」

頭の中で想像されるレーザーの嵐。それは決して止む事は無い。近付くだけで、一体どれだけの被害が出るのか・・・

≪しかし、だ。こんなこともあろうかと思って、君の機体を特別製に仕立てたんだよ。白銀君≫

「しかし、いくら機動性がよくても光よりも早く動くことはできません。インターバルの無い光線級は---強敵です」

≪光発振機構を冷却するために、ある程度の隙は生まれるはずだ。でなければ、自信のレーザーが使えなくなってしまう。宇宙空間のような、冷却に適した環境でないのならば、なおのことだ≫

「厳しい戦いになりそうですね」

≪アークバードの攻撃では、地中深くにいると土が邪魔で攻撃が届かない。かといってバンカーバスターを使おうにも、必要な高度を稼げない。地表に出てくるのを待つしかないだろう≫

「逆を言えば、出てくる前にクーデター軍を壊滅させなければいけない、ですか」

≪そうだな≫

「出撃時刻は、いつになりますか」

≪五分待機だから、すぐだ。今が1623だから、1628くらいだろう≫

「了解です」

≪鑑君もいいかね?≫

「は、はい!」

教授が純夏のことを鑑『嬢』と言わなくなったのは、他ならぬ純夏が、そうしてくれと言ったからだ。

『なんだか風俗嬢みたいで嫌』

という理由で。

≪では、出撃準備。あ、あと≫

「は」

≪EXAMシステムの解放キーを前もって君に渡しておく。好きな時に使いなさい≫

「了解であります」

≪無茶はするなよ?≫

「は!」

戦いが、始まる。



[7746] 第十四話・限りなく近く、極めて遠い世界から、因果導体の君へ  前編
Name: リーツ◆632426f5 ID:df4eca54
Date: 2010/04/22 23:25
第十四話・限りなく近く、極めて遠い世界から、因果導体の君へ  前編






その日のハワイが真珠湾は、いつもと変わらぬ静けさを呈していた。

そよ風に揺れる椰子の木の下で、一人の男がロッキングチェアに座って読書を楽しむのも、またいつもと変わらぬ日常であった。

男は、いわゆる軍複合企業体のCEOである。今は無き死海のほとりで生まれ、16で小さいながらも商売を始め、祖国がエルサレムごとBETAに奪われてからは、いつの日にか祖国をBETAの侵略から奪還して見せると息巻き、がむしゃらになってやってきた。

男の生き方は商売であったが、銃を取って戦ったこともあれば、ペンを取って民衆を戦争に煽ったこともあった。

そんな人生で得たコネクションを生かして戦術機の必須部品開発を始めた男の企業は、瞬く間に世界企業へと、世界に無くてはならない絶対企業へと変貌して行った。

男はそんな企業でも、満足していた。なぜなら、男の一族は商売こそが生きがいだから。それはむしろ、本望と言っても良かっただろう。

唯一、不満があるとすれば、それはオルタネイティヴ5。自分の努力を、悲願を台無しにする計画。

男は、この計画に頑なに反対した。今まで自分たちがやってきたことはなんだったのか、と。

そうやって叫び続ける中で友人たちは、続々とオルタ5に投資を始めた。当然だ、と思う自分がいた。

オルタ5は金になる。ただでさえ貴重なレアメタルの取引額をちょっとでも上げれば、それだけで莫大な儲けを出すことができるし、移民後に大きな発言力を持つことにもなる。まさに金の成る木だ。乗らない手は無い。

BETAには勝てない。たとえ重力爆弾を使ったとしても、その後に残るのが荒野では意味が無い。

オルタ5と対を成すオルタ4の中間報告書を眺めつつ、男はため息を何度も繰り返した。変わっていない。なにも。最初のころから、何の進展も無い。

このままではまずい。どうにかしなければ。

そんなことを思って横浜基地に工作員を忍ばせて香月博士に発破をかけようかと考えていた矢先に、彼が来た。

「総帥、始まりました」

男の秘書で、日本人の女性が告げた。

「そうか」

「プロフェッサー・アウガンによれば、21:00までには完了するとのことです」

「仕事が速い人間は好きだ」

「見なさらないので?」

「男でも女でも、出来を判断するのは、その仕事が終わってからだ。途中評価は失敗にしかならん」

「はい、総帥」

本から目を離して、顔を上げる。と、蒼い空に三つの、空と同じ蒼い色のずんぐりとした戦術機が、空を駆けていくのが眼に入った。

オレンジ色のロケットモータを背負い、三機一組のトライアングル。若き日に見た、航空機のそれと同じ光景が広がっていた。

「あれが、教授の言っていた新型水陸両用戦術機か」

「はい。ここと、北東、南西からパールハーバーを目指しています」

「どういう慣性制御を以って飛行しているのか、一目見ただけではわからんな」

「プロフェッサーは技術を公開していないのですか?」

「ふふん。単に教えてもらっただけではつまらんよ。なに、これからゆっくり解析するか、われわれで作り上げればいい。そのためのインフラも、資金もある。あせって転べば怪我をする。歩けばいいさ、ひとなのだから」

「はい、総帥」

「それはそうとGN粒子の散布はどうなっている」

「教授の指示通り、すでにハワイ諸島全域に散布済みです。衛星通信はアークバードが使用不能にしました」

「ふむん。これで、五番目は目と耳をふさがれたわけだ。まるで六十年前の焼き直しじゃないか」

「前回は空のみ。ジャミングも何もなし。それでよく奇襲が成立したと思います」

「六十年前のは、そうさせたのだ。五番目の先任者がな」

「ですが、今回は違う。そうですね?」

「ああ、そうだ。ウラミージルとアンクル・サムは真に手を取り合った。影の政府は、白日の下にされされたのだ」

「そして、影は光の前に消え去るのみ」
             母          子供
「そうだ。そうだとも。地球を捨てるような人類は滅んでしまえばいいのだ」

男は、家庭を大事にするタイプだった。

プロフェッサーは、文字通り国際的な人間たちで成り立つラーズグリーズをまとめる指揮官のような人間だ。彼自身は、指揮官なんてもう嫌だと言っていたが、なかなかどうして、今はちゃんと部隊を運用している。

教授から送られてきたGN粒子のタンクとメッセイジ。

メッセイジには、作戦に協力しろ。一緒に送ったGN粒子は、可能性を秘めたマテリアルだ。好きに使ってかまわない。ただし、一定量は作戦の前にバラ撒くこと。地球は、好きだろう?

などという内容だった。

送られてきたGN粒子なる粒子は、信用のある素粒子学者に見てもらったところ、鋼鉄などの金属に素粒子段階で組み込むと飛躍的にその強度を上げること、荷電すればビーム兵器にもなること、量子状態にすれば、テレポーテションも可能であるということだった。他にもある。

これを自由に、マージンをまったく取らないということで、これから取れる利益は、いったい幾らなのかと取らぬ狸の皮算用をし始めるほどだった。

「手土産としては上々だ。今後とも、いいお付き合いをさせてもらいたいものだな、リーツ・アウガン・ザ・ダッシュ教授」

男は、にんまりと笑った。


:::::::::::::::::::::::


その日の真珠湾レーダー警戒所では、さきほどから続くレーダーの不具合で、その復旧に追われていた。使っていたレーダーが、第二次世界大戦からさほど遠くない時期に作られたということもあって、詰め所の人員も、司令部の人間も、それがジャミングだとは思っていなかった。

故にラーズグリーズの先発隊を発見したのは、彼らが真珠湾に降り立ったときだった。

燃えるような紅い一つ目、蒼いオールペイントの海洋迷彩、仲間の戦術機の装甲をたやすく切り裂く超鋼の爪。

当直に当たっていた幾人かの米軍の衛士は、視界を奪う蒼い戦術機に一瞬困惑こそしたものの、すぐさま武装マスターアームをオンにしてチェーンガンのロックをつけた。引き金を引く。三十発一組の弾幕が、蒼い戦術機に直撃した。が---

「跳弾しただと!?」

男の衛士は驚愕した。チェーンガンの弾頭は、ノーズコーンという先端殻で覆われていて、突撃級の丸みを帯びた甲殻に対して跳弾させず正確に弾丸を命中させるものだ。

そしてそれは戦術機の装甲といえども例外ではない、はずだった。

「くそ、なんて装甲だ!」

男は悪態をつきつつも格納庫を盾に身をかがめる。弾種をグレネードに変更しつつ、味方やCICに連絡を取るべく通信を試みるも、ジャミングされているらしく通じなかった。

「レーダーは真っ白、IFFもわかりゃしない。秘匿通信網もジャミングだと?どこの馬鹿だ、こんな重装備でこんなところに攻め込みやが・・・って!」

格納庫から身を乗り出してグレネード一弾倉分を叩き込む。ロックしたはずのマーカーは、いつの間にかデフォルトにされていた。

「いくらなんでも、これだけぶち込めば・・・!?」

爆煙が立ち込める中から、爪を生やした蒼い腕が伸びる。手のひらと思うところに、光が灯った。反射的に弾種をチェーンガンに切り替えて引き金を引く。

マズルフラッシュの瞬きに、やったか、と思ったが、間違いであった。

身をゆする振動、吼えるアラーム音、そして信号を受け付けない右腕マニピュレータ。

それは右腕が破損したことを告げていた。しかも、引き金は引かれたままで---

「き、強制排除!」

音声信号がコンピュータに命令を下す。肩から排除された右腕は、チェーンガンの反動を受けてそこいらじゅうを跳ね回り、やがて弾薬が尽きておとなしくなる。

男がその場から離れようと逆方向を向いたその瞬間、イーグルの頭部ユニットに、あの蒼い戦術機の爪が食い込む。その爪から逃れようとむちゃくちゃにコントロールスティックを動かすが、右腕がなくなったことで重量配分が狂っていることに気がつかず、残された左腕はまったく見当違いの方向でもがいていた。

不意に、エレベータに乗ったような感覚が襲う。上に昇る感覚だ。頭部ユニットをつかまれたショックでメインカメラを破壊され、外の様子は伺えなかったが、これから起こることには見当がついた。

ちょっとの間があった。くそ、と悪態をつき、そのときが来るのを待った。全身の筋肉が萎縮する、のどが急激に渇く、汗が出る。死の恐怖。

「・・・すまん」

最後に、男は残されることになる家族に詫びた。

その詫びの言葉に続いて振動と爆音が三回ほど響いた。男は死の間際にあっても目を瞑らなかった。だから見ていた。機体情報ではあるが、網膜投影を通して、左腕、右脚、左脚、それぞれの手足が、爆音と共にちぎれ飛ぶのを、エラー報告と共に。

だるま状態になった愛機の状態は、コンピュータが、網膜投影でしつこく知らせてきた。自爆装置の点火スイッチが自動で起動する。

≪聞こえるか、イーグルの衛士≫

オープンバンドからインカムを通して聞こえる男の声。日本語訛りのある英語だ。自爆スイッチへの動作は、スイッチパネルを殴り潰して止めていた。

死んで、たまるか。

「オドンネルだ。ヒュー・オドンネル。階級は大尉だ」

≪自分は航空自衛隊所属、ラーズグリーズ隊、深井 零だ。階級は同じ。大尉に抵抗の意はありや?≫

「こんな状態で、どうやって戦うというんだ」

スラスタをふかして体当たりでもしろ、と?笑えないジョークだ。

≪機体を乗り換えればいいと思うが≫

「乗り換える戦術機があれば、だろうが」

そんなものは、襲撃の真っ先に破壊されるべきものだ。今頃、他の機体ものスクラップに成り果てているだろう。

≪それもそうだな。抵抗の意思は無いと見ていいんだな≫

「手錠でもかけろ。そんなに心配なら殺せ」

≪指揮官からは、殺すな、といわれている。大尉の身柄は拘束させてもらう≫

「ふん、好きにしろ・・・の、前に、外が見たい。お前が襲ってきたせいで外を見る暇がなかったからな」

≪いいだろう≫

超鋼の爪がコクピットに伸び、ハッチを引き剥がす。非常灯のみだったコクピットに光と、硝煙の香りが鼻をくすぐった。

「なんてこった・・・おれのハンクス小隊が、全滅してやがる」

≪大尉が最後だ。みな、知覚範囲外からやられた。気がついたときには、すでに負けていたんだ≫

「はん。レ-ザーか」

≪違う。が、似たようなものだ≫

今日、当直に当たっていた自分のハンクス小隊は、全員が同じようにダルマにされて掴み上げられていた。

「やれやれだぜ。これじゃ、爺さんに顔向けできねぇな」

オドンネル大尉の祖父は、奇遇にも彼と同じ部隊に配属されていた。六十年前のあの日、祖父は何を思ったのだろうか。

≪じきに護送車がくる。それまでおとなしくしてくれ≫

「わぁーったよ」

手のひらを振って答える。掴み上げられた愛機は、ゆっくりと地に降ろされて仰向けになる。オドンネル大尉は、ちぎれとんだ右腕の残骸の一部に腰掛けて、隊長特権で持ち込んだタバコに火をつけた。

護送車が来たのは、二本目のタバコが吸い終わったときだった。


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レーダーに映る全ての機影を潰し、衛士の確保をする。それも終わると、あらかじめ決められた言葉を電波に乗せた。

≪こちら強襲上陸C班。深井だ。C地区橋頭堡は確保した。繰り返す、C地区橋頭堡は確保した。送れ≫

≪HQ了解。引き続き、周囲の警戒を行え。送れ≫

≪了解。終わり≫

視線を外、今さっきまで戦場だった場所を見渡す。なにか物思いにふけるとか、そういうものではなく、ただ純粋に周囲を警戒しているのだ。

ただの一言もなく。

深井 零という人間は、そういう人間であった。

もともと、零は帝国陸軍で内地勤務だった。それが、どこをどうしたのか、征夷大将軍の勅令で零は、国連軍、引いては、今所属している部隊へ転属させられた。

零自身、あまり社交的とはいえない性格だったので、部隊に親しい友人はいなかった。だから、転属もそんなに気にならなかった。勅命、というわけのわからない事柄を除いて。

もちろんそれは、リーツの差し金によるものなのだが、零が知る由も無い。

≪こちらジェイムズ。零、応答せよ。送れ≫

「少佐?・・・送れ」

旧知の友人で、偶然にもラーズグリーズで再会したジェイムズ・ブッカー少佐が、通信を入れてくる。彼は今、強襲上陸全班の指揮を務めていた。

≪保護した米国衛士から、気になる情報か出た。送れ≫

「なんだ?送れ」

≪一ヶ月ほど前、BETAが運び込まれたそうだ。送れ≫

「それは・・・死骸か?送れ」

≪そこまではわからん。が、注意は怠るな。連中のことだ。BETAを生体兵器に改造しているのかも知れん。送れ≫

「少佐の勘は当たる。警戒を厳にしよう。送れ」

≪こちらも振動センサの設置に入る。それでは少々やりづらいだろう。送れ≫

それ、いま、深井 零大尉が搭乗している戦術機、MSM-03C・ハイゴッグ。大型水冷クーラントとジェネレータ直結構造により、ビーム兵器の搭載が可能になったジオン脅威のメカニズムである。通称『やわらかゴッグ』。やわらかいままでは駄目なので装甲はリーツの駆るGT-Xと同じセキタイト式装甲に換装済みである。

ただ、センサ類は、標準の物を使っているために専用機器には劣る。

「ああ、頼む。少佐。横須賀に帰ったら一杯やりたいな。送れ」

≪それはいいな。新しいブーメランもできた。祝いにやろう。送れ≫

「楽しみだよ。送れ」

≪センサ設置まで10分だ。気をつけろ、生きて帰れ。これは命令だ、いいな。送れ≫

「了解。終わり」

対BETA警戒モードを起動、索敵に入る。武装マスターアームは起動したままで、いつでも戦闘体制に入れる様にしてある。

しばらくして、IFFの反応がレーダーに現れる。味方を示す緑のランプ。ラーズグリーズの本隊だ。通信が入る。

≪こちらラーズグリーズ・Z。強襲上陸全班、応答してください。送れ≫

「こちらC班、ブーメラン・01。亡霊はかくして海を越える。そはなにか。送れ」

≪ラーズグリーズ・Z、スカイライン・01。英雄として還る者。送れ≫

「確認完了。ラーズグリーズ・Z、スカイライン・01と認む。送れ」

≪お待たせしました。これよりクーデター軍の本拠地を叩きますので、補給をしてください。送れ≫

「了解。送れ---こちらブーメラン・01。各機、補給に入れ。送れ」

≪了解。送れ≫

スカイライン。そういうネーム。本隊はすべて似たようなネームで構成されている。教授の趣味らしい。ブッカー少佐と気が合いそうだ、などと考えて首を振る。

いま、目の前で補給パーツを切り離しているスカイラインの中の一機を見る。不知火だ。国連軍仕様の。

それはいい。ただの不知火なら興味がない。スカイラインの不知火の中にあってただ一機だけ、フォルムが異様な不知火がいた。

零にとって、不知火は愛着のある機体だ。海兵隊でA-10に乗せられる前は、不知火に乗っていた。不知火弐型の機動基本情報にも零の機動データが使われており、開発に一役買っている。が、アラスカで弐型の開発メンバーの選考から落ち、しかも海兵隊に移籍され、やけになって居酒屋でバーボンをあおっていたときに軍の情報部に囲まれて今回のラーズグリーズ行きを宣告された。

零は不満がたらたらだったが、征夷大将軍殿下の直々の勅命だと明かされると、しぶしぶ了承した。

さすがに不敬罪で処刑されてはたまらない。零はまだ、不知火に乗ることをあきらめていなかった。

内心ながら、いいな、と思った。あれは、不知火だ。形が変わって、たとえガワだけだとしても。格納庫で見たときよりも、動いていたほうが見栄えがいい。

だれだったか、航空機やバイク、二輪車は、止まっているよりも動いているほうが本来の姿なのだ、という話を聴いたことがある。それはそうだろう、動くために作られたのだから。動いている時の方が正しいというのは、当たり前だ。

あの偽装・不知火もそうだ。横須賀基地の地下で開発されたという重金属荷電粒子銃を携え、スラスターを排除し、サブタンクも見当たらない。不知火の装甲をつぎはぎにくっつけているせいか、色々排除してもすっきりフォルムとはいえない。

不知火の流れを汲んだ新型か?

それにしては、あまりにも雑だ。試作でも、もっとましに作るはず。これを作った開発者に直談判しよう。そう思った零だった。


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それから間もなく、武の指揮するシンファクシからの本隊の移動が完了する。

タチコマたちの話によれば、クーデター軍、オルタネイティヴ5の本拠地は地下にあるという。対BETA戦を想定して建造されたというが、本当はどうなのやら。

≪準備はできたかね≫と、教授の声。教授は今回、居残り組みだ。ラーズグリーズのほとんどを地下に突入させるために地上で警備を行うものがほとんどおらず、教授と強襲上陸班のみでやらなくてはいけない。

≪それに、クロちゃん・・・ジョン君に裏を取らせたいのでね≫

「ジョン・・・ああ、あの黒猫ですか」

≪君たちが地下に突入してから彼を放逐しようと思う。霞のメモリダイヴで、彼はここから横須賀に来たとわかっている≫

「オーロラビジョンは大丈夫ですか?あれが壊れでもしたら、パーですよ」

≪帝国の情報部に管理を委託してある。なに、浜松のアクトシティで鍛えられた映像システムは伊達じゃない。たとえ雷が落っこちても、何事も無かったかのように動くさ≫

「相も変わらず、教授の持っている技術は桁外ればっかりですね」

≪私が持っている純粋な技術はBBTと、EM兵装における機械群、コンピュータだけだ。残りは、たゆまぬ努力の果てに産まれた『芸術』だ。私は、その芸術を真似させていただいているだけのフェイク・ツールなんだよ≫

「ツール?」

≪BBT、コンピュータ、エンディミオン、そして私。一つ一つのプログラムが連動してシステムを形作る。だから、ツールなんだ≫

「ふむん」

≪たま~に、そのシステムを勘違いしてGT-Xを乗っ取ろうとするやつがいる。私でなければ動かせないというのに。ま、乗っ取れたためしがないがな≫

「オルタ5はGT-Xを強奪すると思いますか」

≪私が連中の立場ならやる。おそらく、君たちが地下に突入して、しばらくしてから地上にわんさかと敵が現れるはずだ。連中のことだ。十万、二十万もあれば私を捕獲できると踏んでいるんだろう≫

「そんな数の戦力が?どうやって?」

≪改造BETAじゃないかな。BETAの死体が運び込まれたというし≫

「BETAを・・・改造?」

≪やってやれない技術じゃないしねぇ。サイボーグ技術があればできるんでない?≫

「教授は、そういう技術を?」

≪いや、ネクロノミコンは趣味じゃない。あれは美しくないしな。衛宮に丸投げしたよ≫

「衛宮さん、に?」

≪まあ、彼なら問題なかろう。彼も魔術師の端くれだ。それくらい何とかするだろう≫

「はぁ」

≪とりあえず、だ。地上に出てくるモグラは私たちが片っ端からたたきに回る。いまさら言うことは、なにもない。民間人の退避はすでに完了している。思う存分、暴れて来い≫

「はい、まあ、了解です」

「たけるちゃん、そろそろだよ」

「お、おお、わかった」

「じゃあ、今から行ってきます」

≪うむ、気をつけてな≫

通信をきり、隊長として頭を切り替えて部下たちに命令を下した。

「スカイラインR-32からR33へ。予定通り、地下基地への突入を開始する。進入ゲートは25番。レイフが先行して活路を開く。各機、遅れずにレイフの後を追え。以上。送れ」

≪インプレッサ・02よりZへ。レイフ?あの戦闘機が?送れ≫

「教授の作ったものにできないことはない。いいから見ていればわかる。送れ」と、上を見上げる。

上空に白い飛行機雲を引いて、レイフが作戦時間間際まで上空待機している。タイマーが作戦時間を告げると、エンドレスエイトの途中から機首を反転させて仰向けになりながら降下してくる。

ここから、偽装・不知火のコクピットからレイフの情報が見れる。目で追っていると、突入口をロックした、と電子音とシグナルがHUDに表示される。

突入する場所は、巨大なエアーダクト。地下の広大な空間を賄う空気を取り入れるための設備だ。同じようなものは他にもあったが、すでにコンクリートで封鎖されていて突破は無理だった。

教授や先生に言わせれば、完全自立型の地中コロニーとしての役割があるらしい。

BETAの侵略に対して建造されたというが、宇宙であれだけの惑星間航行船を作っておいて、よくもまあ東京ドーム150個分もの広大な地下空間を作れたもんだ。

これもオルタネイティヴ計画の一環なのだろうか。

だとしても、火山列島であるハワイ諸島の地下にそんなものを作ったらマグマでやられてしまうのではないか?

そんなことを考えている間にレイフの高度計が、めぐるましく減る。既に武装マスターアームからバンカーバスターへ目標に対するデータがインプットされ、あとは降下速度を乗せたキッツイ一撃が突入口に叩き込まれるだけである。

そしてレイフは、そうするためにぎりぎりまで加速を行って、バンカーバスターをリリースした。

降下速度で加速されたバンカーバスターは、本来的性能よりもその破壊力を増して突入口のカモフラージュ装甲を突き抜け、その先にある格納庫に直撃。大爆発を引き起こす。

これで、格納庫に待ち構えていたクーデター軍は消滅しただろう。耐震強度測定から戦略核爆弾が直接爆発しない限りは、崩れることはないという結果が得られたので行われた強攻策だ。

武自身、できればこんな博打じみた作戦など二度とやりたくないと思っていた。

こんなもの、いくつ命があっても足りやしない。こんな作戦を思いつくリーツ・アウガン教授は、失礼だが、やはりどこかおかしいと言わざるを得ない人間だ。

爆発の衝撃が土埃となって突入口から吹き上がる。土埃の上昇が緩やかになったとき、武は、突入を命じた。

先頭は武・純夏ペアの駆る偽装・不知火。続いて、ラーズグリーズ地上部隊の面々。彼らの機体は、それぞれの国の戦術機だ。教授が作ったリアクティヴ・アーマーを搭載し、OSは全機にXM3を、弾種を戦術機の装甲を破るアーマード・ピアサーに変更している。シンファクシの弾薬庫にあったものを、教授がコピーしたものだ。今現在も、フル生産中である。教授が動けない理由の一つだ。

ジェット推進式でない姿勢制御装置が、推進装置の役割も成す。

土埃が立ち込めるエアダクト内を赤外線カメラが鮮明に映し出す。ところどころ真っ白に映っているのは、爆発で燃えた可燃性物だろう。

「たけるちゃん、あれ、戦術機だよ。F・・・4だね」

「生きてるか?」

「ううん、だめ。直撃で主機が誘爆したみたい。管制ユニットが、変形してる」

「・・・そうか」

「接地まで10M。たけるちゃん、着陸の準備をして」

「こっちはいつでもいい。純夏は他に生きてるやつか、敵性体の捜索を」

「わかったよ」

機体各所に取り付けたれた動体センサが、周囲の動くもの全てを捉えるセンサが、木っ端微塵になった戦術機や、崩れた通路に当てられて動くものがないかどうか探す。が、何もなかった。せいぜいが、崩れ落ちる瓦礫や、スパークした電線だった。

「こちらラーズグリーズ・Z。生存者、確認できず。着陸する。送れ」

≪インプレッサ、了解。送れ≫

≪ランサー、了解。送れ≫

≪スカイライン、了解。送れ≫

「接地まで・・・5・・・4・・・3・・・2・・・いま」

「接地完了。敵性反応なし。確保、確保」

≪スカイライン、了解。降下する。送れ≫

≪ランサー、続く。送れ≫

≪インプレッサ、続く。送れ≫

「ラーズグリーズ・Z、了解。そのまま先行する。送れ」

≪スカイライン・03からZへ。無茶するなよ。送れ≫

≪インプレッサ・01からZへ。嫁を泣かすな。送れ≫

≪ランサー・05からZへ。すぐに行く。あせるなよ。送れ≫

「サンクス、カーネーム。終わり」

純夏が機器をチェック。異常がないか確認してから、武に話しかけた。

「準備はいい?たけるちゃん」

「いつでも」

「じゃ、右の崩れた通路をふきとばして---」


::::::::::::::::::::::::


戦闘が始まる少し間にGT-Xに乗る。

艦のコンピュータと直結しておいたGT-Xのコンピュータが、続々と送られてくる戦況を解析し、メモリに保管する様子を見るためだ。

特に問題はないようで、順調に情報がそろっていく。

ここに私がいる本来の目的、『白い部屋』を脅かすG弾の排除。

オルタ5派の上層部は、アメリカ有史以来、会員世襲制の組織を以ってアメリカという国を動かしてきた。

一部では、フリーメイソンやユダヤ結社が、そうだというが、この世界においては、そのようだった。

組織は、常に強大な、実を伴った力を求めてきた。

組織がいつから存在したのかはわからない。

だが、それぞれの時代において権力と力を欲したのは間違いないだろう。

青銅の時代では鉄を。

鉄の時代では鋼鉄を。

短剣の時代では長剣を。

長剣の時代では銃を。

人の足から馬へ。

馬から自動車へ。

火薬から爆弾へ。

爆弾から---

いつの時代においても最先端の技術を有し、どんな汚い手を使ってでも権力を手に入れ、地位を守ってきた。

そしていま、最強の戦術機、最強の爆弾、最強の兵、最強の政治。ありとあらゆる手段を使って組織の目的を果たそうとしている。

オルタ5成功による実質上、人類の最高統治府の座だ。

だからオルタ5派は、G弾にこだわった。単に兵器として抜群の破壊力を秘めているということだけではなく、政治に利用できるからだ。

かつての核兵器がそうであったように、今度はG弾がその役目を負う。

検索も何もしていないが、そらにある移民船団の一つは、G弾運搬船だろう。事故などを考えて、一隻につき一発は積んでいるかもしれない。

それらも解体か、消滅させないといけないと考えると、なんとも気の遠くなる話だ。が、やるしかないだろう。

なんとも都合がいいことに、ここはG弾集積所だ。不穏分子のいる本土よりかは、自分たちのお膝元であるハワイに置いておきたかったのだろう。

ふとIFFに目をやると地上に初めからいた部隊のマーカーが、消えていく最中だった。

ぴかりと光ったかと思うと、腹のそこから響く爆音が遅れて伝わる。

やがてIFFに敵性マーカーが映らなくなる。映っているのは、グリーンの友軍を示すもの。全機健在。損傷軽微。

それに続いて白銀君を含む本隊がシンファクシから飛び立った。

あとは地下から燻り出すだけなんだが、攻め入って、すんなりと陥落するだろうか。

しないだろう。なんせ、アメリカ軍の粋を凝らした地下基地が、このハワイの地下に広大な基地を作っているのだから。

その大きさ、実に東京ドーム150個分の大きさなのだ。攻略しようにも、人手がぜんぜん足りない。

タチコマンズにマップを作らせたが、人手が足らなければ意味がない。

BBTでなにか作ろうかと思ったが、戦闘の際にエーテル粒子がなくなってしまっては変身を維持できない。変身していなくても、弾薬が底を尽いたら戦えない。

「どうしたものやら」と、そこでレイフの爆撃が始まり、レイフの胴体に装着されていたバンカーバスターが、切り離されてロケットエンジンに点火。レイフの降下速度もあいまって、弾丸と化したバンカーバスターは地中に深く抉り込んだ。

ややあって、爆風がカモフラージュされた装甲を吹き飛ばす。

空高く舞い上がった装甲は、近くの廃墟と化したカマボコ状の格納庫に墜落した。

ちょーっとばかり、火薬が多かったかな・・・

コンソールをいじって火薬量の再計算をしようかというときに、コード911が流れた。

「きたか」

モニタが、拡大してそれを映す。

BETA.。

それも、ところどころに機械と装甲を載せた、あまりにも不釣合いな機械か、生物だった。

「醜悪すぎて声も出ないな・・・これが、改造BETAか」

何十、何百、何千、何万というおびただしい改造BETAが、潰れたはずのかまぼこ状格納庫から、瓦礫を押しのけて出てきている。

おそらくは、そこに改造BETAをしまっておく格納庫があったのだろう。その格納庫を使っていたアメリカ軍の衛士たちは、そのことを知っていたのだろうか。

大破し、既に脱出は済んでいるだろうが、改造BETAが踏み砕いて蹂躙されていくかつての戦術機たちは、主と共に戦場で戦いながら果てることなく、完全なスクラップとなっていった。

「これが、覇道・・・オルタネイティヴ5、か。世界が違うとはいえ、さすがに核を使ったやつらだ。妥協が一切ないという点では、美学があるな」

改造BETAの醜悪さは置いておいて、こちらも迎撃体制を取る。改造BETAの中には、数は少ないが光線級がいた。放って置いたらしゃれにならない。

≪教授!配置、完了した!いつでもいいぞ!≫

濃い目のサングラスをかけた渋いおじ様が親指を立てて、緑色の『ある者たち』を指す。これがまだらだったら、陸自の方々を思い出しそうだ。

ある者たちは皆、敬礼をして自分の指示を待っていた。

「では班長、リフトを上げてくれ」

≪了解、上げるぞ!≫

班長が引いたレバーが、リフトを上に押し上げるためのスイッチ。重苦しい音を立てながら蒼空が見える甲板へと昇る。

甲板へと出たある者たちは、軍人らしく手を後ろにやり、あごを引き、足をちょっと開いて、整列して、全員が陸の方を向いていた。

「エーテル粒子、圧縮完了。スーパーチャージャー、ターボチャージャー、共に異常なし。アイドリングは2500~3000をキープ」

コンピュータに設定を打ち込んでいく。スパチャとターボの各タービンへの供給パイプを完全解放し、アイドリングを上げる。

座っているフルバケットシートの下から、ジェット機の回転音にも似た高い音が響いてくる。エーテルエンジン、永久機関の稼動音。

そこで発生した電気は、腰部のスカートから伸びる電線に伝わってある者たち、それぞれに伸びている。

≪CPからレガシィへ。敵性体との相対距離、10キロを越えました。第一陣は、およそ3万ほどと推定。迎撃を開始してください。送れ≫

「こちらレガシィ、了解。迎撃を開始する。終わり」

聞こえたな、とオープンチャンネルを通して確認する。

「これより掃討戦をはじめる---ガチャピン着ぐるみ、裏コード起動」

≪了解、裏コードの起動を確認≫×150。

ふむん、と一息入れて、言った。

「目標自由、撃ち方始め!」

エーテルエンジンが過給機によってその加速を増す。発生した電気はケーブルを伝い、緑色のある者たち、ガチャピン着ぐるみを着ている人々に伝達される。

すると、ガチャピン本来の眼に当たる部分が、怪しく光り、ぱっと明るくなった瞬間には、目視できるほどのレーザーと、それを食らって消える、何万もの改造BETAだった。

光線級のレーザー発振機関を取り込んだガチャピン着ぐるみ。エーテルエンジンで賄い切れない電力は、シンファクシのエンジンで稼いでいる。




誰かが言った。


陵辱の時間だ、と。





[7746] 第十四話・限りなく近く、極めて遠い世界から、因果導体の君へ  中編
Name: リーツ◆632426f5 ID:df4eca54
Date: 2010/05/31 22:44

第十四話・中編


長いトンネルの先は、中世の町並みか、現代のニューヨークのような場所でした。

「なんて思ってる場合じゃねーって!!」

崩れたトンネルを無理やり穿り返して、その先にあったのは、おそらくは一個大隊規模の戦術機集団だった。およそ地下とは思えない広大な空間にそびえるビル群を盾に、四方八方からぶっ放してくる。

直感的に主機の回転数を上げて出力を稼ぎ、上昇する。今までいたところが爆発し、そこにミサイルなりグレネード弾なりが着弾したことを物語っていた。

「たけるちゃん!ブレイク、ブレイク!スターボード!」

「ヤー!スターボード!」

左側から迫るミサイルをかわすため、思いっきりの右旋回。避けるだけでは芸がないので、おつりとばかりに重金属荷電粒子銃を向けて三連射。うち、二機に命中した。

「一発はずした!」

「今度は二秒ずらしてポートだよ!」

「ヤー!1・・・いま!ポート!」

右から一気に左へ。直下から弾幕が来るが、外れる。

「一機だけじゃきついぜ!」

「大丈夫!GN粒子を散布したから通信はできないよ!だから連携も取れにくいはずだから、そこを狙って!」

「ヤー!狙い撃つぜ!」

機体が左右上下に避ける合間を縫って、桃色の重金属荷電粒子弾が町並みに隠れる戦術機たちに命中する。

「グッキル、グッキル!」

「カーネームは!?」

「現在、トンネルにて敵性体と交戦中!なれど損害はなし!」

「よし・・・お!」

「どうしたの!?」

「隠れられそうな建物を見つけた---突入する、ダミー散布!」

腰のパックから射出されるダミー人形。推進器付で、偽装・不知火とは反対方向に飛んで行った。

「ちょ、ちょっと、場所を言っ・・・きゃー!」

機体を左右に振りながら敵弾幕をかわして滑り込むように着地。かかとを立て、スライディングのように滑りながら、しかし慣性を打ち消し、機体は降下速度の乗った運動エネルギーを完全に止めた。

降り立った場所は、教会のような場所で初めから崩れていた。武はそこに飛び込んだ。

「GN粒子消費量、15%。5,6発ほど撃ってもこれぐらいか。純夏、EXAMシステムの調子はどうだ」

「も~、ちゃんと言ってよ~---EXAMシステム?機体に過負荷がいくらかかかったけど、許容範囲内。まだいけるよ」

「目標地点は?」

「現在捜索中。突入と同時にジョン君を放したから、まだかかると思う」

「イルマ少尉は?」

「演説の準備中。マックスが、がんばって台本を書いたり舞台セッティングしているみたい」

「ふむん」

「とりあえず、カーネームが到着するまでここでGN粒子を回復させておいた方がいいかも。さいわい、攻撃有効電探範囲に感はないし」

「そうしよう。純夏、GN粒子チャージ開始」

「了解。チャージ開始」

純夏が、GNドライヴからGNコンデンサへのバイパスを開く。急速充電器の応用で、かなり速い速度でGN粒子がチャージされる。

「十秒後にチャージ完了予定。電探に感あり。されど逆探に感なし。ダミー、及びカーネームとの戦闘に意識を持っていかれている模様」

一緒に突入したカーネームは、あのトンネルか、どこか拠点を築きやすいところで布陣し、敵を引き寄せる陽動の役目を負っていた。

自分たちの役目は、たった一機で敵の頭をたたくこと。

どんな組織でも、頭を潰せば瓦解する。

この作戦のブリーフィングのとき、教授はそう言った。

『偽装・不知火と、XM3を進化させたEXAMシステム、そして君たち夫婦の力があれば、できないことではない』

自分たちのことを高く評価してくれるのはうれしいが、会話の中に『夫婦』と入れないでほしい。一緒にブリーフィングを受けていた人々からてんやわんやの祝福が起こったのだ。

顔を真っ赤にしてうつむく純夏と自分、してやったり顔の教授。

恥ずかしすぎて穴を掘って逃げたかった。

『あと、時間もあまりない。知っての通り、カシュガルのオリジナルハイヴからたくさんの団体様と・・・今しがたアークバードとISSから連絡が来てな。月からもいくつかの降下ユニットがこちらに向かっているそうだ。到着はこちらの方が早い』

祝福の声が、驚愕の声に変わる。まさにそれは、宇宙と地上の2正面作戦。BETAは作戦というものを組まないと教わっていただけに、その事実の気がついた幾人かは、声をなくしていた。

『いま、アークバードとISSが共同で降下ユニットの撃ち落としにかかっている。大半は撃墜されるだろうが、なんせ数が多い。最低でも3つ以上は地上に落ちてしまうだろう』

「いくつですか?」

『大小あるが34だ。そのどれもが、秒速4500メートルという凄まじい速度で迫っている。故に、撃墜できる範囲も限られてくる。地上の迎撃ミサイルは、威力に欠けるから完全な消滅には至らない』

『核やG弾の可能性は?』

『核はあるかも知れんが、G弾に至ってはそれはない。なぜなら、G弾の集積場所が今回の作戦ポイントにあるからだ』

『なんと』

『しかしながら、上空で核を使うということは、核汚染がジェット気流に乗ってしまうということだ。大気圏内では使われないだろう。使われたとしても、着地後だ』

『ですが、着地後ということは』

『まだ着地地点は割り出せていないようだが、十中八九、横浜基地だろう』

『なぜ、横浜基地、と?』

『さぁてね。私が居るのがバレたか、忘れ物でもしたか、衛宮が言うにはBETA側の・・・あぁ、いまのは聞かなかったことにしてくれ。まぁとにかく、私たちがやることに違いはない。戦う、勝つ、帰る。それだけだ。勝てば、ハーリング大統領が実質的な軍事指揮権を取り戻せる。横浜基地防衛戦にいくつか米軍部隊をまわせることができるだろう』

『了解しました』

『他に質問はないか?ないなら終わるぞ。じゃ、解散』

ブリーフィングが終わり、純夏には外で待ってもらって、改めて教授に今回の騒動を聞いた。

「教授、どうして月からBETAが来たんですか?本来なら、そんなものはなかったのに」

「私や衛宮が来たせいだろうな」

「教授に、衛宮さん?」

「ああ。本来の歴史に私たちは存在しない。それは、この世界に来る前に確認したことだった。私が来ることで変わる歴史も予測していた。それはいい。が、私はともかくとして衛宮が居たのはどう考えてもおかしいんだ」

「どうしてですか?」

「衛宮は、英霊だ。英霊の召喚には、多大な魔力を必要とする。所謂、聖杯や、ロンギヌスの槍、キリストの聖骸布、白木の杭などなどに宿る膨大な魔力を依り代とし、さらにいくつかの条件を設けてようやく召喚が可能となる」

「魔力・・」

「人類側の抑止力、アラヤが送り込むにしても、送り込まれた者は自我を奪われ、対象を殲滅することに特化した存在になる。だが衛宮は自我を保て居る。私と過ごした記憶もある。衛宮自身はアラヤだと言っていたが、サーヴァントシステムを使って召喚した、と言った方がまだ説得力がある」

「それと、BETAの進攻との関係は?」

「BETAの存在がガイア側の抑止力としてあるなら、ある程度の説明はつく。が、BETAは地球環境を書き換えている。現在進行形で。そんなBETAをガイアが容認し、利用するかといえば、正直微妙だ。しかし、いくつもの正史から外れた作戦を考案し、行動に移してきたとなれば、その可能性は無きにしも非ずなんだ。つまり---」

「つまり?」

「これは形を変えた、アラヤとガイアの戦争行為。いや、代理戦争、と言った方がいいか。私はそう見ている」

「代理戦争?BETAと人間が?」

「あくまで仮説だ。しかしそうなると、衛宮に自我があったのは、ガイアは攻撃対象か判断するための、ある程度の自由意識を持たされた、と言えば、一応は辻褄が合う」

「そんな・・・まるで、偵察機、機械みたいじゃないですか!」

「衛宮がそれを望んだんだ。代わりに、超越した『力』を授かる。等価交換だ。あらゆるものには価値があり、得ようと望めば、それ相応の対価が必要となる」

「だからって、そんな」

「気持ちはわかるが、な。それでも、衛宮が選んだ道だ。彼自身に決着をつけさせるしかない。私がどうこう言うものじゃない。学生時代なら、まだ何とかしたかも知れんがな」

自分の決めたことに介入するわけにはいかんさ。

「アラヤとガイアのことは、衛宮に任せよう。仮説が正しければ、彼にしかできないことだ。私が不用意に干渉して、それでこの世界から端を発して次元振動が起こったら洒落にならん」

「次元振動?」

「世界は常に振動している。その振動が私たちを創っていると言ってもいい。さて、その振動が狂ったようにブルブルと震えだしたら、どうなるでしょうか?」

それは、もちろん。

「振動が止まらなくなったら、振動に耐え切れなくなって破壊されてしまう・・・ですか?」

「正解だ。それが次元規模で起これば、隣りの世界もただではすまん。連鎖反応、振動が伝わり、弾けてしまう。何億、何兆のレベルで、だ」

「兆!?」

「しかし、平行世界にとって億とか兆とか破壊されても痛くも痒くもない。それ以上の世界が存在するのだから。だから問題ない」

「でも、それでこの世界も消えてしまったら」

「厳密に言えば、いま、私が右指を動かした、左指を動かした、という細かい世界分岐があるわけだから、この世界は消えんよ。そのうちのいくつかの可能性が消えるだけで」

「ふむん」

「まぁ、私の仮説が正しくても、問題なかろうよ。勝つのだから」

「毎度思うのですが、教授のその自信は、いったいどこから来るんですか?」

「私は真実を言っただけだ。勝てないわけは無い。そうでなくても、勝たなければ、また君は人生リフレインだぞ。それでもいいのか?私はいやだから勝つがね」

「だからそれが・・・いえ、なんでもないです」

自覚していない人に悟りをかけても無駄である。目の前の人間がいい例だ。

「よろしい」

教授はそう言って、懐から懐中時計を取り出した。銀色で、機械式のもの。かすかにカチカチと音がする。

「それはなにか?と質問するだろうから先に言うが、これは、これが、エンディミオンGT-X(零)十三号機の遠隔操作装置だ」

「そ、そんな大事なもの、見せびらかさないでください!」

「問題ない。大事だから、もう一つ持っている」

ひょい、ともう一個をズボンのポケットから取り出す。どちらも同じ様に見えたが、どうなんだろうか。

「片方を君にあげよう」

「!?」

「いや~、調べてみたら白銀君には私と同じエーテル適性値があってね?もしかしたら君がこの世界での私に当たる人間なのかもしれないんだよ」

「きょ、教授と同じって・・・そんなことが有り得るんですか?」

「まぁ、『この世界』の白銀君ものなのか、それとも元々白銀君が居たという世界の白銀君のものなのか、判断はつかんが、今、この世界においては、私と変わらない能力を持っているのは確かだ。『リーツ・アウガン』そのものは、どの世界においても絶対に存在しない完全なイレギュラーだ。だが、同時にどの世界においても『リーツ・アウガン』に成る素質を持った者が居る」

「それが、今の自分ですか」

「訓練さえ受ければ、難なくBBTを動かせることができるはずだ。私もそうだった。私にできて君にできないなんていう道理は無い」

武は視線を懐中時計に向ける。教授は、一つを差し出して受け取れるようにして、武が受け取るのを待っていた。

「教授と、同じことができる」

「同時に責任も負う。等価交換だ」

「けど、これがあれば」

「君の悲願は達成することができる」

そう言葉を区切って、それ以降は何も言わなくなった教授。悩む。

いや、何を悩む必要がある?

これは千載一遇のチャンスだ。これを逃せば、誰かが死ぬかもしれない。それは、純夏か、冥夜か、霞だって有り得る。

誰も殺したくは無い。これを手に取れば、それができるようになる。

けれど、と考えてしまう。

教授が言う『責任』に、自分は耐えることができるだろうか。重圧に負けることなく、跳ね除けることができるだろうか。

教授は、クーデターの時でさえ、誰も殺さなかった。BBTによる復活ではなく、攻撃を以って生存させた。

自分にそれができるか?

逃げずに、立ち向かえるか?

純夏を、守れるか?

悩む、悩む、悩む。

                           ナニ悩んでやがんだ!

「---は?」

「ん?どうした?」

「い、いえ。なんでも」

なんだ?今の声は。

どこから聞こえたんだ?

                                          テメーの弱い考えに反逆しろ!

「はん、ぎゃく?」

「白銀君、大丈夫か。少し休むか?」

「教授、声が、声が聞こえて」

「こえ?声なんて聞こえんぞ」

聞こえていない?

自分にだけ、この声が聞こえているのか?

「いえ、そういうわけでは、ないと、思います」

「ふむん。まぁいい。早く選びなさいな」

意識を懐中時計に向ける。と、同時にあの声がまた聞こえてくるのか、と身構えてもいたが、それは無かった。

あの声は、何を言いたかったのか。

まるで、純夏を守れ、といわんばかりの台詞。

「反逆・・・」

反逆しろ。お前の弱い考えに。

今の自分の弱い考えは---守れないこと。

仲間を、ヴァルキリーズを、純夏を守れない、弱い考え。

それに反逆しろと、言っているのか?

いや、違う。

今の自分の弱い考えは、教授の手に収まる懐中時計を受け取った後のことだ。

「反逆か・・・」

流れる時間がいつもより遅いな、と感じたとき武は、しっかりとした、震えず、懐中時計に手を伸ばした。

「受け取るか」と、教授は言った。

おれは、と武は言う。

「守るべきものを、本当に守りたいという強い意志が最初からあったなら・・・」

それを握り締め、強い眼を以って、教授の顔、眼を見る。

「オレには誰にもできないことが、できたのかも知れない・・・」

「だから、オレは、やるんだ」

                            「だから!オレは!みんなを!純夏を!!守る!!!」

言った。言い切った。

その言葉に反応したかのように、懐中時計が淡い緑色を発する。握り締めた拳の中で、それは輝きを増して目を覆うばかりだった。

「な、なんだ!?」と、武。

「認めたのさ、白銀君。それを通じて、GT-Xが、君の事を」

「エンディミオンが?---うわっ!」

それは爆発の様な閃光。まぶたの裏からでもはっきりとわかる光の奔流。しかし、一瞬で終わった。武にとっては、それ以上に時間を感じたかもしれないが。

おそるおそる眼を開け、自分の体に異常が無いか確認してから、握った拳をゆっくりと解いていく。

そこにあったのは、何重にも重ねられたリングが、懐中時計の中で激しくそれぞればらばらに、縦横無尽に回転していながら、強いエメラルドグリーンを発している光景だった。

「これは、一体?」

「君のエーテル適性値に反応しているんだ。感情の高ぶりで発動する。それ一つでエーテルエンジンでね、その状態でGT-Xに乗れば、限定解除が可能になる」

「・・・アンリミテッド・バースト」

「イエス、アンリミテッド・バースト」

「これが・・・」

「戦いたまえ、白銀武」

「---!」

「守りたまえ、白銀武」

「---はい!」

「そして愛する者と添い遂げよ。人としての幸せを勝ち取り、年を重ねて、愛されながら果てて逝け。此度の戦で死ぬことは許さん。これは命令だ。いいな?白銀 武 少尉」

「はい!!」

「大変よろしい!」

教授は、満足顔で言った。

一方部屋の外では、純夏は部屋の中からかすかに聞こえる会話に聞き耳を立てていた。

そして、あの台詞を耳にする。

『守るべきものを、本当に守りたいという強い意志が最初からあったなら・・・』

『オレには誰にもできないことが、できたのかも知れない・・・』

『だから、オレは、やるんだ』

『だから!オレは!みんなを!純夏を!!守る!!!』

薄々は気がついていた。今、あそこに居る白銀武は、自分が知っている白銀武ではないということに。

自分が、鑑 純夏が知らない白銀武だから、自分のことを受け入れてくれないのかもしれないと悩んだこともあった。

だがそれら杞憂は、いま、全てが吹き飛んだ。

白銀武は、どこまで行っても、白銀武であり続ける。

自分が愛する、白銀武に。

誰かがピンチであれば、助けに行く白銀武に。

どんなピンチでも跳ね除ける、あの白銀武に。

「うん・・・」と、声が出る。

「それでこそ、カッコいい武ちゃんだ」

純夏は、わらっていた。安心したのかもしれない。

「うん。タケルちゃんは、私が守るよ・・・ずっと・・・だから、もうちょっと、待っててね・・・?」

彼女の覚悟は決まった。

このねじ狂った時空に、彼を置いてはいけない。

鑑 純夏にも、平行世界で歩んだ記憶があった。薄く、ゆらめぎは激しくて、なんとはなしに、だが。

それは、純夏が00ユニットの素体であった名残りでもある。

その機能を使えば、平行世界の扉を開き、そこに武を還す事ができるかもしれない。

この、偽装・不知火の制限を解除すれば・・・それは、限りなく、可能に近づく。

霞に協力してもらって、ハッキングし、こっそりと見た、この機体のフル・スペックなら。

ふと、GN粒子がコンデンサに充蓄したことを告げる電子音が鳴る。

時間は、そんなに経っていない。充蓄予想時間通りだった。

「純夏?おーい。純夏~?」

「は、はい!」

「どうしたんだ、体、大丈夫か」

「う、うん!大丈夫、大丈夫」

「そうか?ならいいけど・・・振動センサはどうした」

「沈黙・・・ありゃ、感あり」

「おいでなすったか」

「GN粒子回復率120%。近接戦闘がおすすめだよ。十二時と二時の方角に三機。まっすぐこっちに突っ込んでくる。速度は30キロ」

「りょーかい。じゃ、未来を切り開くとしますかね」

「GN式近接刀、GNビームサーベル、粒子バイパス確保。セット」

背中の担架から74式近接戦闘長刀ではない実体剣が偽装・不知火の手に収まる。GNソードの刃を、そのまま移植したものである。

「3・2・1で高度150メートルまで上昇。あとはお任せだよ」

「任された。カウント開始」

「カウント開始・・・5・・・4・・・3・・・2・・・いま!」

ぐん、と機体が急上昇する。聳え立つビルを抜け、眼下には六機の戦術機。

「吶喊!」

内、一番左端の戦術機、F-16に斬りかかる。急降下。一撃目で銃身ごと腕を切り落とし、返す太刀でコクピット真下あたりを逆袈裟懸け斬り。

こちらに銃口を向けるもう一機のF-16に、腰に装備されたGNビームサーベルを投げつけて、突撃銃を破壊。突進して、突き刺さったGNビームサーベルを引き抜き、武装を選択している隙をついて機体を安定させるメインコンピュータ、コクピットの真下を叩き切った。

「次ぃ!」

もう一機はF-15で、発砲する。銃口が偽装・不知火を捕らえるよりも早く、機体を、地面をなめるように滑り込ませる。F-15の反応は鈍く、おそらく衛士の指はトリガーにかかりっ放しなのだろう。

GNビームサーベルを元の位置に戻し、加速。撃ちっぱなし故、弾丸の合間を縫って突撃銃を支える腕の真下にまで潜り込んだ白銀は、横滑り、ドリフトしながらGN式近接刀の刃をF-15の胴体をぐるりと巡らせ、切り落とす。

そしてドリフトしたまま、遮蔽物となるビルに引っ込み、もう一方の小隊からの攻撃をかわした。

「GNライフル、セット」

「出力は60%に抑えてあるから、装甲の厚いところは貫通しないかも。気をつけて。クラッカー、いくよ?」

「了解。クラッカー、リリース」

サイドスカートに付けたオプションパーツから、かつてはジオン軍が使用した『クラッカー』と呼ばれるMS用手榴弾で、偽装・不知火でも使えるように調整が済んだものが、ハードポイントから外れる。

それをマニピュレータにとり、壁越しから迫ってくる敵戦術機たちに投げつけた。続く炸裂音。

タイミングを合わせて壁から半身を出してライフルを構える。敵戦術機は皆、爆発の衝撃でぐらついた機体姿勢を取り戻そうとしているところだった。

「あまい!」

ほとんど動かないそれは、もはや的だ。オートロックなどしなくても十分に射当てられる。

「FOX2!FOX2!FOX2!」

「グッキル!グッキル!グッキル!」

グッキル=GOOD KILL。

ここでのグッキルは、敵性体の戦闘行動不能状態のことを指す。コクピット内の衛士には、当てていない。

彼らの死に場所はここではない。

それが理由だった。

もっとも、それができるのは、白銀が、本来の時空軸にあった『バルジャーノン』をやり込み、偽装・不知火が、それとほぼ変わらない性能を以ってして初めてなせる業である。

「教授より入電」と、白銀の戦闘意識に割って入る純夏の声。

「『クロネコ宅急便より偽装・不知火へ。宅配は完了した。座標を転送する。繰り返す。宅配は完了した。座標を転送する』」

文が終わって、次に自動で開かれるネットワーク・フォルダ。そこに一通の電子郵便が届いたことを知らせるアラームが鳴る。

「ナビゲータに反映・・・完了。ここから北西に2.2キロ、ホワイトハウスのような建物が目印だよ!」

「よっしゃぁあ!」

いまにもクラッシャーコネクトしそうな勢いで白銀が叫ぶ。ここから北西の方角は、先ほどの地下都市に比べれば格段に広く、突破し易そうなルートだった。

「一気に突破する!しっかりつかまってろよ!!」

「サー、イエス、サー!」

GMドライヴが甲高い音を立てて機体を持ち上げ、機首を回転させて北西に向ける。

「よし、純夏、ロケットモータ作動用意!」

「え``!?」

「あ。いや、いい。こっちにあった」

白銀の意思に反応して、コントロールスティックの脇に『割って使え』と書かれた安全ガラスがせり上がってくる。

反面、純夏は混乱していた。

シミュレータで訓練を行っていたときから、それはあった。白銀は、ピンチになる毎にそれを使い、緊急脱出を繰り返してきた。シミュレータといえども甘く見ること無かれ。

身体にかかるGまで忠実に再現した高性能なものなのだ。

白銀はまだ良かった。だが、純夏はだめだった。

酔った。

モウレツに酔った。

ジェットコースターなんて目じゃない加速と左右からのG。

とてもじゃないが耐えられるものじゃない。

教授に相談したが、コクピットにぶちまけて慣れるか、そのまま人生のショートカットを突っ走るか二つに一つだ、さあ選べ。と言ったので、仕方が無く、霞に協力してもらってハッキングと共にロケットモータの作動パネルを取っ払った。

はずだった。

「ロケットモータ、点火!」

ぱりん!

「やめてええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・・」


*********************************


一方、シンファクシの甲板では、残りわずかとなった改造BETAを残らず撃滅せんと、ありったけの電力をつぎ込んでレーザーを放っていた。

既にジョンの放逐は済んでおり、後は待つだけである。

≪電力供給が30%ダウン!≫

≪第三機関、冷却に入ります!≫

≪HQからレガシィへ。出力を30%引き上げろ≫

「こちらレガシィ。出力を引き上げる。ヒューズが飛ばないようにちゃんと見ていろよ」

アクセルレバーを加速側に傾けてエンジンの出力を上げる。

「エンジン回転数を五千から七千へ。ブレーキパッド、オイル、オイルフィルターに劣化あり。修復開始」

永久機関であるエーテルエンジンは、常に稼動している。ある程度の回転数までは、スフィア・シャフトの付け根にあるブレーキシステムが抑えている。

そこから先の回転を求めるなら、ブーストを使うしかない。粒子圧縮貯蔵タンクに蓄えられたエーテル粒子を解放し、その勢いでエンジンにブーストを掛けるのだ。

「修復完了。ブースト圧、1.2を維持」

かのRB26ならば、もっと圧力を上げられるのに、と思う。

まぁそれは置いといて。

RB26で思い出したが、自分がいた静岡理工科大が参加している学生フォーミュラの出来事。

東大だったか、慶応だったか忘れたが、ターボチャージャーを装備するらしい、と言う情報を得た学生たちは、ならば自分たちはスーパーチャージャーだと、スバルはヴィヴィオのそれを解体業者から買い取り、装備。そしてものの見事、ぶっちぎった。

その他にも、インプレッサのデフギア・・・重かったので上部ケースを取っ払ったそれを取り付けたり、地元、と言っても結構離れた浜松にあるスーOーオーOバッOスのシャシダイで出力計測したときなどは、目を疑ったものだ。

「普段はギャルゲや学食にしか目が無いくせに、まぁ・・・」

やればできるんだから、テストくらいちゃんとやってほしいものである。と、通信が来て意識が戻る

≪HQよりレガシィへ。横浜基地より緊急入電。香月副司令官より≫

「繋げてくれ」

≪了解。繋ぎます≫

ワンテンポ置いて、通信がきた。

≪マァズイことになったわよ≫

「どうかしましたか?」

≪残り全てのハイヴから、五百個、一個当たり一千万クラスの兵力が、凄まじい勢いで各国の前線に向かっているわ≫

「横浜基地に向かっている部隊の陽動、援護かな?それにしても大盤振る舞いですなぁ」

≪少なくとも、BETAにも戦術を扱うだけの脳みそがあると言うことはわかったわ≫

「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」

≪孫子ね≫

「真理だとは思いませんか?」

≪思うわよ。BETAをナメる気は無いわ≫

「と、いいますと?」

≪オリジナルハイヴ攻略作戦≫

「どんな組織でも、頭を潰せば瓦解する、ですか?」

≪BETAの命令系統は、アンタが言ったんじゃない≫

「まぁそうですけどね」

≪そういうわけだから、なんか爆弾をよこしなさい。とりあえずでもいいから、足止めに使えるものを≫

「・・・まぁ、いきなりG弾って言わないだけ良いとしますか」

≪なんかないの?≫

「横浜基地のセントラルコンピュータはなんと?」

≪アンタに戦略兵器を供給してもらう、と言っているわ≫

「戦略兵器ねぇ」

≪アークバードは整備中で使えない。G弾を使われると困るのはアンタでしょ≫

「痛いところを」

≪とにかく時間が無いの。あと六時間もすれば一番早い前線基地に到着するわ≫

「しかしそこまでの戦力を迎撃するともなると、いささか環境によろしくない兵器になりますが、かまいませんか?」

≪内容によるわ≫

「たとえば、空気中の酸素を破壊して生物と言う生物を死に至らしめる酸素爆弾とか、天空の城・ラピュタの主砲とか、MPBM、オレンジ、スペシウム弾頭弾、マルチキネティック中性子魚雷、遊星爆弾、あとは地球破壊爆弾とか」

≪地球を木っ端微塵にしてどうするのよ!≫

「おっしゃるとおり」

≪まったく・・・で、おすすめは?≫

「核はだめでしょうから、妥当なところでN2爆弾か、酸素爆弾で良いと思います」

≪じゃあその二つをサンプル込みで、3つくらい作って送りなさい≫

「了解。空間跳躍配達を使いますので、衝撃波に注意してください」

≪場所は?≫

「横浜基地正面ゲートの桜道をまっすぐ100メートル先に行ったところで良いんじゃないですか?」

≪まぁ、グラウンドでやって変な騒動になってもいやだし、それで良いか≫

「サンプルを送った後は、どちらかに決めてください。二つを何千個と作るとさすがに疲労が出ますから。欲を言えば、部品で送りたいです」

≪徳川家康じゃあるまいし、ちまちまと外堀を埋めていく余裕は無いのよ≫

「遠州に作った工業ラインはどうしました」

旧大東町から浜名湖の海沿いの工業地帯。海沿いでなくても、ちょっと内地に行けばホOダやOマハ、スOキ、SHOWAなどの工業会社が軒を連ねる世界でも有数の自動二輪生産ラインなのだ。

この世界では、BETAの進攻で大概が破壊されてしまったが、政府や皇室が資金を出し合って復活の兆しを見せ始めていた。

しかしながら、一つや二つの工場では生産が追いつかない。そもそも、そんなに大きくない。

そこのところを殿下にも話してみたところ、やはり気になっていたようだ。

そこで、交換条件に『あるモノ』をねだってみたら、あっさりとOKをくれた。しかもダースで。

改造のし甲斐はあるが、こんなにもらってあれだ。

横浜基地の整備班の人たちも同意見だった。

しかもそれを整備するのは自分たちであると知ったとき、彼らは、せめて慰安用の彼ら専用の露天風呂を作れ、と本気で迫ってきた。せめてそれだけは、と。

何はともあれ、貰った物の分はきっちりと働いて返却してきた。

この上、新型爆弾の設計図を部品ごと送れば、工場は天井知らずの回転率を見せるだろう。

あとは空間跳躍配達装置を横浜に送って、できたものからどんどん最前線につるべ落とし式に突っ込めば幾らなんでも勝てるだろう。

おまけに、不知火を戦術機大隊分ほど製造できる資材を海水から精製して置いておいた。喜んでくれればいいが。

≪あんたが残した資材でとりあえずは、全力運転しているわよ。でも、それも海外からの資材購入が途絶えたら終わりだけれどね≫

激しくいやな予感。

「よもや、六十年前の焼き直しですか?」

≪似たようなものよ。海上で鉱石やら石油やらを運んでいたタンカーが連絡不通になったわ≫

「わかりやすいですな」

≪あからさま過ぎて笑っちゃったわよ。でも、帝国としては笑えない状態よ≫

「佐渡島攻略戦を経験していないなら、資材は結構残っていると思いますが」

≪そうねぇ、なんでかしらねぇ≫

「まさかとは思いますが?」

≪私は何もやってはいないわよ。でも、鉱石はいいとしても問題は石油よ。このまま輸入が途絶えれば、二ヶ月で日本は干上がるわ。そこからさらに、あれだけの工場を動かす電力は、原発と火発が頑張らないと。いったい幾らの石油を使うやら≫

「何をやればそんなに減るんですか?少なくとも一年は持つように蓄えるべきでしょう」

≪気がついたら半分以上のタンクが空になっていたそうよ。ほんと、不思議な話よね≫

「ちょっと待ってください。殿下に確認を取ります」

コクピットの雑貨入れに入れておいた蒼い欠片、≪求め≫の欠片を手に取って声をかける。

「殿下、殿下。応答してください。こちらリーツ・アウガン。殿下、応答してください」

≪・・・≫

「殿下~?」

≪・・・≫

≪なかなか出ないわね≫

「おかしいな。壊れることは無いはずなんだが」

ぽんぽんと欠片を叩き、また耳に当てたりして様子を見る。と、あわただしい声で返事があった。

≪申し訳ありません。私です。何か御用ですか?≫

「なにやらお忙しいご様子ですな」

≪ええ、少々困った事態が発生したもので、その対応を≫

「それは石油のことですか?」

≪え!?は、はい。そうです≫

「実は今、国連軍横浜基地の香月副司令官とそのお話をしておりまして、殿下にもお話を、と思った次第であります」

≪はい。こちらも少し前にそのことを把握しました。今現在、調べ上げた一次報告によりますと、全体の貯蔵量は満杯のときの20~30%ほどしかございません≫

「なにか心当たりはありますか?」

≪いえ、有りません≫

「なくなった原油の行き先につきましても?」

≪存じません≫

「全体の七割近くでしょう。そんな量をかくして置けるとは思いません。きっとどこかに隠すためのタンクがあるはずです」

≪鎧衣も同じ結論に達しました。ほぼ全ての諜報機関を動員して捜索に当たらせています≫

「十中八九、オルタ5派の仕業でしょう」

≪兵糧攻めとは、穏やかでは有りませんね≫

≪殿下≫と、割ってはいる香月博士。

≪はい。久しぶりですね、香月博士≫

≪はい。おひさしゅうございます≫

≪うわさはかねがね。そなたらの計画が、この国と、地球の命運を握っています。計画には尽力を尽くしましょう。此度の一軒は、一時の勝利に浮かれた我等の責任。なんとしてでも解決します≫

≪殿下のそのような姿勢、必ずや、国民から支持されるでしょう≫

≪原油を奪還できなければ、私はここにはいないでしょう。私には、まだやるべきことが残っています。いま、ここで倒れるわけにはいきません≫

「でしょうな。殿下のお声には、あきらめがない」

≪『諦める』などという言の葉は、政威大将軍の座に就いたときより捨て申しました。そうでしょう、リーツ・アウガン教授どの≫

「まったく持ってその通り。そしてこの上にBETAの大移動ときたものだ。まさに絶体絶命だ」

≪石油が無いくらいで絶体絶命?鼻で笑うわ≫と、香月 夕呼 博士。

≪石油が無くては戦えませんが、それで私が歩みを止めると思ったら大間違いです≫と、煌武院 悠陽 征夷大将軍殿下。

ああ、とため息が出る。

似ている。この上なく似ている。

そして、大概このような女性たちがとる手段は実力的で、暴力的だ。某天上人すらも介入できないほどの。

≪では、殿下≫と、香月博士。

≪BETAのことは私たちにお任せください。恐怖と絶望を刻んでみせましょう≫

その恐怖と絶望って、私の秘密道具なんだろうなー、と、二つの爆弾の設計図を読み起こして思った。

「で、私はナニをすればよろしいか?」

≪とりあえず≫と、香月博士。

≪各国の前線基地に対して早急に退避命令を出すわ。アークバードの通信機器を使うパスコードを貸しなさい≫

≪わたしからは何もありません≫と、煌武院殿下。しかし、と続ける。

≪香月副司令官≫

≪は≫

≪横浜基地の防衛は万全か≫

≪万全です。オルタネイティヴ4には指一本触れさせません≫

≪わかりました。ですが、万が一と言うこともあります≫

「問題ありません」と、割ってはいる。

「基地には衛宮、そして火之迦具鎚があります」

≪なにそれ≫と、香月博士。

「私個人が、あの人たちが苦手でコンタクトをとりたくは無かったんですがね。まぁ、なりゆきと言うやつです」

ほんとね、ほんとうにね。

殿下に呼び出しを食らったその日、帰ろうとしたそのとき、あれがあの場にいなければ・・・

≪リーツ、なんなのそれは≫

「いずれわかりますよ。ええ、いやと言うほどに、ね」

ひとの襟首を引っつかんで永久機関の情報を得ようだなんて、暴力的にもほどがある。

「あれがサキモリ、ねぇ」

≪?まぁいいわ。それでは殿下。これからBETAに絶望を与えるために作戦を練るので失礼いたしますわ≫

≪ええ、よしなに≫

通信が切れ、そのまま通信システムをオフ。緊急回線もテープレコーダに自動録音されるように切り替える。

「殿下、次にあの人たちに会ったら、交渉術を叩き込んでください。泣こうが喚こうが、ええ、構わず」

≪教授自身がなさらなくてよいのですか?≫

「わたしと彼らが真正面からぶつかり合ったら、太陽系が吹っ飛びますよ。地球破壊爆弾が有っても、何発あれば片がつくやら」

≪たしかに≫

「それはそうと、エーテルエンジンの稼働率はどうですか」

≪六割ほどと聞いております≫

「まぁ、妥当な数字ですな」

≪外部からの供給方式も検討したのですが≫

「戦闘中にのんきに補給するわけにもいきませんからね。従来の戦術機と違って一騎当千が目的で作られた故、補給がままならない戦地での運用が基本となります。仕方が無いですよ」

≪そう言ってくれると助かります≫

「いえいえ。それよりも言伝を頼みます。聞かなかったら私に言ってください」

≪私が言えば、それで事足りましょう。やりすぎは禁物です≫

「たしかに。では、殿下。殿下に八百万の神々のご加護がありますように」

≪ええ、リーツ。そなたに感謝を≫

ことり、と音がして、それきり『求め』からは何も聞こえなくなった。

「はふぅ、爆弾かぁ」

既に総合モニタに出された候補の二つの爆弾。

どっちもどっちの高性能爆弾で、一発でも爆発すれば、おそらくBETAと言えどもただでは済まないだろう。

「光線級・・・いるよな。地雷式にしておくか」

ICBMのような大陸弾道弾や、地対地ミサイルなどの航空質量兵器は、光線級がいれば無効化される。

あらかじめ、広範囲に地雷を仕掛けて罠にかかるのを待ったほうがいい。

設置に時間もかかる。さっさとやろう。

「GT-XからHQへ」

≪こちらHQ。なにか≫

「横浜基地より緊急作戦が入った。これより電力供給を止める」

≪しばし待て≫

「了解」

≪・・・艦長の許可が出た。電力供給のストップを容認する≫

「感謝する---GT-Xより光線迎撃隊、G-01。応答せよ」

≪こちらG-01。感度良好≫

「すまないが、横浜基地から緊急作戦が入った。BBTを稼動させるから電力供給をいったん止める。これよりはプラン2に移行せよ」

≪了解。プラン2に移行します≫

総合モニタを操作してエンジンの回転率を落とす。ブーストもカット。冷却に入る。

ガチョ・・・対BETA用GT兵装、とでも言うか、それに身を包んだ兵士たちは、一部がエレベータで艦内へと戻って休憩に入る。残った兵士たちは、ローテーションを以って撃ちまくるのだ。

一分はこのままで冷却をする。大気圏内なら水冷式、大気圏外なら空冷式に別れる冷却方式だが、さしてあんまり変わりない。何で二つも付けたやら。

「ジョン君はまだかなぁ」

護衛にサイボーグを付けたのがまずかったな。

「まぁいいや。そのうちになんとなるだろう。さて、一気にいくか」

ブザーが鳴って冷却終了。

まず最初に亜空間ゲートを作る装置を三つ作る。その内二つの転送装置を横浜基地に送り込み、一基を横浜基地に、もう一基を先の工業地帯に送り込む。そこから世界各地に爆弾が行き渡るようにする。

次に爆弾の設計図と部品を送り、亜空間に放り込む。

サンプルの完成品も込みで送り込んだ後は、これから始まる大量生産劇のためにエーテル粒子を稼がなくてはならない。手段としては、手っ取り早く海水から精製するのが一番だ。

「しかし一千万が五百個か。敵ながら、天晴れな戦力よ」

いままで正面を切って戦ってこなかった分、反応炉を破壊されたとはいえ、温存されていたのだろう。なら、まだまだ少ない。せめて総個体が一兆を超えなくては。

レギオンの想定総数が約6兆匹なのだから、その半分がいたとしてもまったくおかしくない。

「一対多数か・・・ククク、これは溜まっていた未使用機体評価実験を済ませるにはちょうどいい数だ」

なにせ少なくとも五十億はいるのだ。横浜基地に向かってきている連中でも、かなりの数のはず。その上、宇宙からも兵力が来ていると言うじゃないか。胸が躍る。

「予備に強力・トリモチ弾で作るか」

足止めに良し、罠に良し、嬲り殺しに良しと、三拍子そろったそれは、極悪人に使用されるオシオキ用のもの。それでも飽き足らないリーツ・アウガンのために、かゆみを発生させる化学物質から触れただけで気が触れる精神に作用するものまで、幅広くある。

開発者は、元暴走族のサードとフィフスの二人。よくもまぁゾッキーから教授まで這い上がれたものだ。

「身に染みているから、そういうのが作れるのかもな」

そりゃあ年末やらクリスマスやら七夕やら米国独立記念日やら終戦記念日やら、とにかく行事毎に暴走ってれば、警察のお世話にもなるだろう。トリモチのお世話になるだろうよ。

「装備は目を見張るものがあるが・・・」

あんまりお近づきになりたくないな、と思っているとコンピュータが、ジョンが目的の場所に到達した、と告げてきた。

「場所は・・・一番端の・・・ホワイトハウス?」

明記されている情報には、そう書かれている。何度読み返しても、それだ。建物が『ホワイトハウス』なのか、コードネームが『ホワイトハウス』なのか。

「どちらにしても、構わんか」

かれらオルタネイティヴ5も、第三者的視点では、早々悪いものではない。むしろ順当なものと言える。が、それは前身であるオルタネイティヴ4が失敗してからの話だ。

いまだ兵(つわもの)は戦っている。逃げると言う選択肢は最初から存在しないのだ。一般住民にも言えた事だろう。

それらを無視し、己の欲を拡大させるだけの存在と成り果てた彼らは、BETAと変わりない。そのものだ。

「そんな怪物を逃す手はない」

ここで討つ。バケモノにでかい顔を許すほど、私は寛容ではない。と、総合モニタからネットワーク通信を呼び出して白銀君に繋ぐ。

「クロネコ宅急便より偽装・不知火へ。宅配は完了した。座標を転送する。繰り返す。宅配は完了した。座標を転送する」

続いて、ジョン君が教えた場所を転送。おそらくだが、ホワイトハウスみたいな建物だろう、と言うことを伝える。

これで、あとは突入隊がクーデター戦力を殲滅してくれれば、やりやすい。コンピュータに入力され続けている戦略観測データでは、多少の損害はあるものの、すでに地下都市の中間点まで戦線を押し上げたと言っている。この調子でいけば、予定よりも早く作戦が終わるかもしれない。

「けれど、そうは問屋が卸さない。ここまで奥の手を使ってきたのだから、もっと大きな奥の手があってもおかしくない。よもや余った部品で作ったXG-70とか、笑えない冗談話は無しにしてくれよ」

いまのところ大きな反応はない。本音を言えば、そのままでいてほしいのだが・・・

≪HQよりレガシィへ≫

「こちらレガシィ。どうしたHQ」

≪島の中心部に振動を感知。格納庫の扉ようだが、詳細は不明≫


ああん、来ちゃった。









[7746] 第十四話・限りなく近く、極めて遠い世界から、因果導体の君へ  後編
Name: リーツ◆632426f5 ID:df4eca54
Date: 2010/06/22 21:54
第十四話 後編


彼は走っていた。

目指すのは、彼が指令を受けた司令室。

伝えなければならないことがある。

急げば、まだ間に合うかも知れない。

この体にされたのは屈辱以外の何物でもないが、今はいい。人間の時の何倍ものスピードで駆け抜けることができる。

「猫にしたのが裏目に出たな、教授」

すでに、ここは中心部に程近い。あと十分くらいでたどり着けるだろう。

「ここからパスを使わずに抜けられるルートは・・・ちょっと遠回りになるな」

記憶を呼び起こし、現在地と、目的地を繋ぐルートを探す。猫になってしまったので、網膜照合、指紋照合ができない。音声は何とかなったが、それらはどうすることもできなかった。

なので、裏道を使わせてもらっている。本来ならば、脱出ルートのもの。今は、逆に進んでいる。順調そのものだ。なのに、どうしてなのだろうか。不安がいつも以上に付きまとう。自分のテリトリだというのに、だ。

「まぁいい。どのみち、パスコードを入力せずにこの道に入れば、一瞬で蜂の巣だ」

この不安が、何者か、教授が放った追跡者だとしても、鉄壁の防衛力を有するこの『ホワイトハウス』では、全てが無駄だと思い直すと、いくらか不安は消えた。

それでも、心にほんの少しの不安は残っていて、それはやがて警戒に変わっていった。

きっかけは、少しの揺れと警報。侵入者がいる、という。

「ばかな!最初の通路ごと核爆発させるんだぞ!生きているはずがない!」

それでも警報は鳴り止まない。むしろ、自分のいる方角を目指しているように向かってきている。警報のアナウンスを聞けば、それはわかるが、とても信じられない。

「くそ、司令室に、司令室にさえたどり着ければ!」

司令室にさえ着ければ、後はどうとでもなる。こうなれば早い者勝ちだ。

とにかく走る、走る、走る。息が出来なかろうが、死ぬよりはましだ。仮に、追跡者、と呼ぶが、それに捕まったら生きている気がしない。戦術核とはいえ、直撃のはずだ。それを食らっても動いているともなると、正直に言って。尋常ではない。普通ではない。教授がそれを作ったとして、なんでおれを追わせているのか、それがジョンにはわからなかった。猫の脳では、考えられることも考えられなくなるかもしれなかった。

≪侵入者はG-76へ移動しています。繰り返します。侵入者はG-76へ移動しています≫

しめた、とジョン。

「今は壁一枚で向こう側にいるみたいだが、通路ではさらに行かないとここには来れない。電磁ドアを破壊するにも時間がかかるはずだ。やったぜ、おれの勝ちだ!」

ジョンのいる場所は、もうすぐで司令室、というところだ。今からでは、到底間に合わない。

「ケーッケッケッケ!こっちにこれるもんなら着てみろ!ッて言っても戦術機と同じ装甲だ。破れるわきゃ---」

どむん。

そんな音がした。

そんな音がして、後ろを振り返ってみれば、そこに、ロングコートの、ゴーグルで目を隠した大柄な男が、壁をぶち破って、そこに居る景色だった。

でも、その口元は---

「おれが言えた義理じゃねぇけどよぉ・・・」

じり。

「人間の口元ってのはよぉ・・・」

じりじり。

「唇があるんじゃねぇのかよォオ!?」

そう、なかった。あるのは、BETAのように、食いしばっている、銀色の歯だけであった。

「あ、ああ・・・!」

子供のころは、大統領を殴るのもやぶさかではない。ただ戦車は勘弁な、と軽い口を叩いていた彼ではあったが、いま、彼は心の底からびびっていた。

それは、身長差があるかもしれない。何しろ彼は猫の身だ。対してリーツの放ったT(タイラント)-800は、身長が2メートル近くもある。外側は、アンブレラ社が作った生体兵器だが、中身のロボットについては、スカイネット製である。無機物が醸し出すプレッシャーは尋常なものではなく、あらゆるものを圧倒している。戦闘機、戦車でもいい。その間近で見上げてみてほしい。そのときに感じられる異様な空気、まさしく、いま、ジョンが立ちすくんでいる理由だった。

「・・・」

「う、うわああああああああああああ!!!!!」

ついにプレッシャーに耐えられなくなったジョンは、絶叫しながら一目散に司令室に走った。

T-800といえば、捕まえようとするも小柄な猫サイズのジョンでは難しく、できなかった。

それはチャンスだった。ジョンは何とか滑り込みで司令室に飛び込み、返す体で思いっきりジャンプ、緊急用ベークライト注入スイッチを入れた。同時に警報が鳴って、司令室の扉が封鎖される。ベークライトが注入される音が響く。

「ハァ、ハァ」

それを聞いて、幾分か心が落ち着く。酸素と化合したベークライトは、硬化まで五分とかからない。動きを封じれば、最悪、時間稼ぎにでもなればそれでよかった。

改めて司令室を見渡す。蛍光灯は点いているが、誰の気配もない。

「ハァ、ハァ、退避したのか」

これだけ騒げば当然か、と息切れする。となると、この地下にあるメインオーダールームに退避したと考えるのが筋だろう。おそらくコンピュータ類はロックがかけられている。触るだけ無駄であろうから、何か別の手はないかと探す。

「通気溝は、だめだったよな。隠し通路は---そうだ、第二脱出路だ!」

今、ジョンが通ってきた第一脱出路のほかに、もう一つの脱出路がある。途中で整備用ルートを使えば、少し掛かるがメインオーダールームにいけるはずだ。

「たしか・・あった」

壁の隅に偽装された隠しレバーを体当たりで倒し、第二ルートを開く。長く使われていなかったのか、埃が多い。まぁなんとかなるだろうと、第二ルートへ足を踏み入れたとき、激しい振動と音が伝わってきた。

「ま、まさか」

そう、硬化ベークライトと言えども時間稼ぎにしかならなかったのだ。そもそも戦術機と同じ装甲で造られた壁が、ものの見事に破壊されたのだ。幾ら硬くて頑丈とはいえ、装甲より上ということはない。

「くっそぉーーー!!絶対根に持ってやがるなクソヤローーー!!!」

なんてものを送り込んできやがったんだあのクソ教授、と心の中でリーツをありったけ罵倒していたが、第二ルートの途中まで走ってくるとその余裕もだんだん無くなってきた。

理由は単純。

埃が多くて息ができないのである。

ちゃんとやっておけ、と言っても最早後の祭り。いったん始まっためまいは、早々に引っ込んでくれるものではなく、どさり、と床に倒れ伏せる。息をしようものなら埃が鼻の中に来て、盛大なくしゃみと呼吸不全を引き起こす。なので息を止めようとしても、先ほどまで走っていたので当然、息を止められるはずもない。

くそう、死亡原因が埃を吸いました、なんてのはごめんだぞ、とは思いつつも、目はかすみ、耳は聞こえない。口の中は埃だらけでぐちゃぐちゃ。

「(どうすれば、いい。どう、すれば)」

意識が落ちる。その前に、あいつがそばにやってきたのを、見た、気が、した。

「・・・」

一方、あいつ呼ばわりされた追跡者こと、T-800は、くったり、しなびたようにのびるジョンを見つけると、抱きかかえ、司令室へと戻っていく。

そして戻ってくると、腰につけた救急キットを取り出して手当てを始める。獣医であり教授でもある漆原氏のメモリをプログラミングされているため、その腕は本職の舌を巻くほど上手だ。

「・・・」

しかし傍から見れば、核爆発が直撃しているためにボディ、ヘッドアーマー以外の生体組織が吹き飛んでいる図体のでかい人間が猫の前にごそごそとやっていたら、どこをどう見てもジョンを食べているようにしか見えない。

それは、司令室の監視カメラでその様子を見ていたオルタ5中枢人物らにおいても同じだったようで、音声が拾えないそれ、どうやら壊れているようで音声が届いていない映像だけでも、彼らが顔をしかめるのは少なくなかった。

「食っている、のか」

「あれもリーツ・アウガンの生体兵器というのならば、そのエネルギー補給に、という考えは容易かと」

「しかし、猫にしか見えんぞ。あれが本当にジョン・コナーなのか」

「リーツ・アウガンは魂、ひいてはこの世全ての理を理解している、と自分で言っていた。物質の変換、エネルギー兵器、大型光学兵器関連などなど。確かに今までの戦いでそれは証明されている」

「そしてシンファクシの工作員からの情報では、あの猫が、姿を変えられたジョン・コナーだと諜報部は判断している。私もその意見を支持する」

「地上戦力もほぼ壊滅。戦術機大隊はR特務戦闘部隊しかのこっていない。改造BETA兵器も残り一割を切っています」

「まさか、個人兵装の光学兵器とはな」

「ただの寝巻きとは、嘘をついておったか」

「となると、シンファクシの工作員の存在も掴んでいるやも知れん」

「この段階では、拘束されていると見て良いでしょう」

「ここまでだな」と、今まで黙っていた老いた男性。

「もはやここに用はない」

「では?」と、側近の男。

「うむ。全職員をシャトルに乗せ、脱出の用意を。残存兵力を全て正面に向けさせろ」

「了解いたしました。ちなみに、XG-70改はいかが致しますか」

「所詮、コントロール装置のない無意味なガラクタだ」と、別の老いた、そして太った男。

「浮かせることが精一杯だ。が、全身に取り付けた通常兵器は脅威だ。突入させろ」

「了解。クンタッシよりミウラへ。パンテーラ(XG-70改)を出せ。ああ、そうだ。メインゲートから出してかまわん。シンファクシに突入させて、少しでも時間を---」

≪させると思ったかね≫

その瞬間、メインモニタに映し出される白衣の男。

「なんだ!?」

「いや、この声は!」

≪ああ、そうだ。リーツ・アウガンだよ。ちょっとばかし、そっちの回線をハックさせてもらった≫

「は、早くだ---」

その声にいきりを上げようとする若手に手をかざして制し、老いた男性が言った。

「なるほど。こうして直接、話をするのは初めてだな、リーツ・アウガン・ザ・ダッシュ教授」

≪そうか、君か≫

「ほう、私を知っているのかね」と、面白く笑う。

≪ああ、知っているも何も、君は私の娘婿の唯一の友人だからね・・・アーレルド・ヒュール・レプラク・サー・ウィニード・ラルソード≫

全員が息を呑む。なぜ、オルタ5の最高権力者の名前を知っている?

「クックック、なるほど。教授が平行世界から来た、というのは本当なのだな」

≪ああ。そして君が、裏オルタ3の生き残りだと言うことも、な≫

「そうか、そこまで知っておったか」

≪オルタ3と並行して行われた、指導者育成、人工天才製造計画≫

「そうだ。その第一号にして、欠陥品だ。機械がなければ、生きていくことすらままならん出来損ないだよ」

≪並列して行われた計画は第三回をもって失敗と判断された。この計画のために生まれた一万八千六百三十二人全ての児童、赤ん坊は全て廃棄・・・されたはずだったが≫

「ところがぎっちょん。私は生きている。最年長だった私は、計画の中で大抵の教育を受けた。政治、軍事、芸能とな。しかし、それでは足りなかったのだよ」

≪初期遺伝子技術の不具合≫

「そうだ。私は細胞分裂が異常に早い。新陳代謝が早い分、怪我は一瞬で治るがね」

≪だが、君は計画中、唯一といって言い成功例だった≫

「ああ、そうだ。他の者達は、私のように『カリスマ』を持たなかったからな」

≪どんな指導者にもある、カリスマ。それがなければ、いかに天才とは言え指導者にはなれない。君は成功しているんだ≫

「皮肉なものだな」と、からから笑う。

「こんな死に損ないが成功とはな」

≪私が知っているラルは、そんな悲観なんてしなかった≫

「私と、君が知っている娘婿の友人は違う。私は私だ」

≪そう、だな。すまなかった≫

「謝罪なんぞいらんよ」

≪フ、そうだったな≫

「教授」

≪なんだ?≫

「最後に君と話ができてよかったよ」

≪やはり、行くのか。エーテルの波をこえて---≫

「---星の海を渡っていこう」

≪なんだと?何でそれを知っている?ラル、もしかして、お前は≫

「言っただろう?私は、私だ。それだけが真実だよ」

「通信解除可能になりました!」と、割ってはいる女性士官。

「だ、そうだ。さようなら、教授。次に会うときは、テーブルでお茶をしたいものだな」

≪ま、まてコラ!そーゆーところはどの世界に行っても変わってねーなオイ!≫

強制的に遮断される通信。物理的に通信用コードを破壊したせいだった。

「司令、教授とはお知り合いで?」と、禿が進んだ男。

「いや」と、ラルソード。

「初対面だよ」

「そうですか」

「それよりも脱出の準備を急がせろ。命令変更。パンテーラはシャトルの直衛に回せ」

「よろしいので?」

「教授のことだ。レーザーで撃墜させることはあるまいよ。それにシンファクシに突っ込ませても時間稼ぎにもならん」

「信用、ですか」

「頭のどこかで、信用してもいい、と言っている。それに、皆も見ただろう。ああいう性格だ。自分から来るさ。我らは満を持して待ち受ければよい」

「そうでしたな」

「しかし我々を見逃すとは思えない」

「なに、宇宙船団にたどり着ければ、後はこちらのものだ」

「たどり着ければ、な。アークバードを忘れてはいないか」

「アークバードは整備中だ。やろうと思えば、撃墜もできる」

「放っておいてもかまわんだろう。藪をつついて蛇が出てくるのは敵わん」

「今は、一刻も早くこの地を離れ、あの星の海を渡るのが最優先だ」

「全職員、退避完了しました」と、男性士官。「皆様もシートベルトを着用してください」

士官の男性がそう言うと、各席の一部が動いてシートベルトが自動で装着される。

「パンテーラはどうした」と、付け具合を確認して禿げた男。

「直衛に入っております・・・自爆させなくてよろしかったのですね」

「それでかまわん。よろしいですね、サー・ラルソード」

「ああ、それでいい」と、ラルソード。

「エンジン、点火します」

ドゥ、という音と凄まじいG。同時に、今まで暗かった部屋に光が差す。夕焼け。野生のかもめが飛んでいるのがわかる。

そのうちに目下に広がるシンファクシと、際立って目立つ戦術機、エンディミオンGT-Xが見える。

「さようなら、エンディミオンGT-X(零改)・13号機---パーソナルネーム、黒鐵」

ふと、気が付くとそんなことを言っていたラルソード。

「ふふん」

「どうなされました?」

「いや、なんでもない」

いつしか、記憶の片隅にあった覚えのない記憶、思い出。どうやら覚えのない記憶は、あれを知っているようだった。

「(でたらめなほどに強い存在・・・あの存在が私の目の前にもあれば、私は・・・)」

IF。

本来、歴史にIFは存在しない。

なのに、あの男はそうではない。

あの男がいれば、IFを現実にしてくれるような気がする。

数多の分岐点に存在し、その都度、人が幸せにある道に誘導しているかのよう。

なら、われらはどうなのだろう。

彼は、われらにも幸せをくれるのだろうか。それとも、甘ったれるな、と突き放すのか。

お世辞にもわれらは、世の中に良い事をしたとはいえない。

その観点から言えば、幸せを望むと言うのは、あまりにも贅沢というものだ。

見逃ししてくれた。

それだけで十分すぎるだろう。

ラルソードは知っていた。強欲は身を滅ぼす、と言うことを。

やがて、地上も見えなくなってくる。雲海を抜け、向こう側に沈みかける太陽を見ながら、ふと、同じ培養器で育った、好きな女の子の顔が、見えた、気が、した。

「け、警報!これは、レーザー照射が---」


************************************


おそらく、物理的に通信を遮断されたのだろう。何をやってもうんともすんとも言わないモニタの向こう側に怒鳴ろうとしたが、止めて、クールダウンするべく空に眼を向けた。

≪教授、よろしかったのですか≫と、HQの、専用オペ子。

「物理的にやったんだろう。もう無理だよ。それよりも、開いたハンガーから出てきたXG-70はどうしてる」

≪動き、ありません。どうやらシャトルの直衛にまわすようです≫

「アンダーセン艦長にも繋いでくれ」

≪了解。しばしお待ちください---どうぞ≫

≪こちらアンダーセン。どうした、教授≫

「敵の大将は逃げました。我々の勝ちです。残存している敵兵に降伏勧告を」

≪わかった≫

「では、海神組に地上警戒を任せて、一部を横浜基地に戻したいのですが」

≪ああ、BETAの襲来だな。一応ながら、こちら側で機動力が高い不知火、イーグル、ラプターに超長距離用ブースターと燃料パック、いくつかの弾薬を取り付け終わったところだ。数は不知火が十機、イーグルが二十機、ラプターが五機だ。すぐにでも出られる≫

「パーフェクトですな」

≪欲を言えば、ラプターがもっと欲しかったのだがな。脅威排除優先でこれだけしかまともに残っていなかった。今、上陸班が使っているものはオーバーホールを必要とするしな≫

「シンファクシ所属の戦術機の武装が少なくなってしまいませんかね」

≪こちらには光学兵器がある。シンファクシのエンジンさえ生きていれば攻撃はできるからな.。まぁ、鹵獲した弾薬もある。今現在も地下都市内では戦闘が続いているし、これが限界だ≫

「たしかに。では、心もとないですが、私も少しだけ精製しておきます。あと、XG-70ですが、できれば鹵獲してください」

≪すまないな。しかしまともに近づいたら、こちらがひどい目に会うぞ≫

「マックス、ベルカ、ソウライを使ってくれてかまいません。オルタ4専用ハイパーリンクで繋いでいますので、シンファクシのコンピュータからでもアクセスできます。ただ、BETAの対電脳戦で必要になってくる場合もありますので、早めにお願いいたします」

≪善処しよう。では、降伏勧告の準備があるのでな、これにて失礼するよ≫

「了解」

≪HQよりレガシィへ≫

「こちらレガシィ。どうしたHQ」

≪横浜基地の香月博士から連絡が入っております≫

「繋いでくれ」

≪了解です。しばしお待ちください---繋がりました≫

「へロー。結局どうなりました?」

≪N2爆弾を作りなさい≫

「オキシジェン・デストロイヤーでなくて良かったのですか」

≪あんたが送ってきた転送装置を使って試しにBETAのど真ん中に落としてみたのだけれど、使われた国の責任者が止めてくれって泣きついてきたわ≫

「あーあ」

≪そういうわけだから、N2爆弾にしなさい≫

「了解。ちなみにこちらの戦闘も、もうすぐ終わりますよ」

≪仕事が速い男ね≫

「まぁ早く終わったことに越したことはありませんからね。進行状況はどうです」

≪第一陣と思われる部隊は朝鮮半島に到達したわ。今現在、帝海と米海、国連軍が総力を上げて迎撃中よ≫

「総力と言うと、全部?」

≪帝国が持つ全ての艦艇よ。本土からも大陸弾道弾ミサイルが在庫全てを使う予定よ≫

「地中にいるBETAに効きますかね」

≪その弾頭にはN2爆弾を使うわ≫

「あー、なるほど」

≪S-11と同じ大きさながらも爆発力はダンチ。しかも核汚染はない。光線級が撃ち落しても、爆発の激しい閃光で眼くらましになる。まさにうってつけの兵器よ≫

「しかし」

≪それに整備中のアークバードの地中探査レーダーを使わせてもらったけど、光線級の反応はなかったわ≫

「ない?んなばかな」

≪ないものはないのよ≫

「そんなはずは---ん?」

ふと、視界の端から伸びる一本の光の筋。それは瞬く間に打ち上がったシャトルへと。

反射的に、いかん、と叫ぶ。

「よけろ、ラルソード!」

≪なに?何があったの?≫

≪視認!シャトルに命中視認!≫と、オペ子。

≪げ、撃墜しただと?どこのだれだ!?≫と、アンダーセン艦長。

≪発射位置算出中!≫と、オペ男。

≪アークバードより入電。『カシュガルより光線攻撃を確認。目標は、作戦区域より打ち上がった飛翔体』とのこと≫と、別のオペ子。

≪全艦第一種戦闘配置!ローレライシステム最大稼動!≫と、絹見艦長。

≪了解、全艦第一種戦闘配置。ローレライシステム最大稼動≫と、副長。

≪他の艦にも警戒を厳にさせろ!カシュガルから届くやつだ!あんなもの食らったら、ただでは済まんぞ!アンチ・レーザー・コート展開急げ!≫と、アンダーセン艦長。

シャトルが撃墜されたのは、カシュガルの直線的射程に入ったから、と二人の艦長は思わなかった。

あのレーザーが、曲線を描いてこちらに向かってこないとは、誰が保障できようものか。

次は自分の番だ。そう思っても、何も不思議はない。

そこに割り込みを掛けて、HQを呼び出す。

「レガシィからHQへ」

≪こちらHQ。どうした≫

「オペ男か。アークバードへ緊急連絡。『Y装備』を取り付けろ、と伝えてくれ」

≪Y装備だな。わかった。あと自分はオペル・ルーシだ≫

「すまんな、次は気をつけるよ」

≪---連絡完了。次は?≫

「しばらくない。他のやつらについてやってくれ」

≪了解≫

とりあえず、これでしばらくは保つだろうと判断する。最悪、光線攻撃がアークバードに命中したとしても、これがあれば跳ね返せる可能性がある。

たった一度きりの装備だが、これしかない。

今度は、香月博士に言う。

「博士、聞こえますか」

≪聞こえるわ。カシュガルから光線攻撃ですって?≫

「ええ。あと、すみませんね。爆弾は規定数も作れそうにない」

≪はい?≫

「敵の大将を乗せたシャトルが撃ち落とされました。生存者、今現在、確認できません」

≪アンタ、ラルソードって言ってたけど、知り合いなの?≫

「・・・生誕世界でね、娘婿唯一の友人ですよ」

≪そう≫

「そういうわけで、私情を挟んで済まんが、ちょっと行って来ます」

≪早く帰ってきなさい≫

「わかってますよ。HQ、こちらレガシィ。これより撃墜されたシャトルの回収に向かう。戻ってくるまで後のことは任せる」

≪HQよりレガシィへ!勝手に行くな!またあの攻撃が来るかも知れんのだぞ!≫

「こちらには奥の手がある。後は頼む」

≪待ちやがれ、コラ!勝手に行くな!レガシィ、聞いてんの---≫

ちくしょう、とインカムをコンソールに叩きつけるオペル。

「あのバカ、無線をきりやがった!」

「落ち着け、オペル中尉」と、アンダーセン。

「サポート側の君が切れてしまっては、彼は本当に孤立してしまうぞ」

「わかってますよ、わかってますがね!」

「電探班、シャトルの現在地はわかるか」と、絹見。

「風に流されています・・・高度2000、南西に距離5キロです」

「医療班の受け入れ準備をしろ」と、絹見。

「了解」と、副長。

「医療班に受け入れを準備させます」

「聞いたね、オペル中尉。シャトルの現在地を教授に教えるんだ」

「しかし、どっちにしても無線は向こうから切られています」

「信号弾があります」と、オペ子ことユーパ・オッコトー中尉。

「それをシャトルの方角へ、傾斜角を持たせて発射すれば、誘導になるかと」

「そうか、その手があったか」と、オペ男。

「それは良い。早速やってくれ」と、アンダーセン。

それに答えるように座標を出すオペ男。

「ユーパ、座標はこれだ」

「まったく、素直じゃないんだから・・・アンダーセン艦長、信号弾発射用意良ろし」

「発射」と、短くアンダーセン。続くシンファクシからの信号弾。

「我々に出来るのはこれくらいだ。教授のことだ。自分の身は自分で守るだろう。それよりもALCはどうした。展開、遅れているぞ」

「了解---左舷、展開遅れてるぞ。手の空いている者は、全員、ALC展開作業に加われ。時間がないぞ、急げ!」



通信を切った香月は、ふう、と椅子に体を預ける。

「異世界とはいえ、友人、か」

ふと、まりもの顔がよぎる。別に死んではいないが、なんとはなしに思い出す。

「アンタも人間なのね、リーツ」

誰に言ったものでもなく、執務室に声は消えて、それとはなしに下腹部を触って言った。

「ねぇ?」

その瞬間の顔は、霞が見れば、眼を丸くしてびっくりするだろう。大急ぎでリーディングをして、そしてやはりまた、眼を丸くするだろう。

物思いにふける香月とは対照的にリーツは、最大戦速でシャトルの方角へと向かっていた。速度計は、時速300キロに行くか行かないかでダンスを踊っている。と、そこに、シンファクシから上がる信号弾。撤収のものではない。救助者がいることを示すもの。

しかもそれは、垂直にではなくある程度傾斜を持たせたもので、その方角にレーダーが反応するものがあった。

「オペ男か?素直じゃないな」

だが、ありがたい。おかげで時間が短縮できた。

「ワイヤーネット!」

光が、GT-Xの右腕に集まる。その手には、捕獲用の良く伸びる特殊ゴム製ワイヤーネットを発射するためのランチャーが握られていた。

飛び続けているため、彼我距離をコンピュータではじき出す。タイミングは少ないが、やるしかない。

「シャトルとの彼我距離確認。ワイヤーネット・・・発射ぁ!」

ロックオンマーカーが、シャトルを捕らえた、とグリーンを出す。

ランチャーから射出されたネットが、シャトルの残骸に向かって飛んでいき、途中で大きなネットを展開させる。その形は正方形で、四隅にはロケットモータが取り付けられていて、落ちてくるシャトルを受け止めるために微妙な調整を繰り返す。

「よー、し、そのまま、そのまま・・・キャッチ!」

ネットの中心位置を合わせるのと、着するのはほぼ同じタイミングだった。ネットの中心が激しくたわみ、素の何十倍にも伸びてシャトルの落下エネルギーを吸収していくが、限界数値に近づく。

「もう一発!」

ランチャーは単発式で、シングルアクション。グレネードランチャーをそのままでかくしただけの物。薬莢を排出させて次弾を精製、セット、発射する。今度は先に撃ったワイヤーネットが発するガイドビーコンに誘導されるため、かなり精度が増す。瞬時に展開。先に撃った第一ネットは、限界を知らせるアラームが鳴り響いて、すぐに警告音と共に破れる。ロケットモータは、そのまま空に舞い上がり、あさっての方向へ飛んでいってから自爆した。

もう一つのワイヤーネットは、何とか間に合ってシャトルを受け止めていた。先のワイヤーネットがずいぶんとエネルギーを食ってくれたみたいで、このワイヤーネットはさほど負荷は掛からなかった。

まだ多少揺れてはいるが、ゆっくりと降ろす。

「残ったのは、ヘッドより少し下くらい。レーザーは胴体に直撃、下は燃料と一緒に爆散。生きていればいいが」

はっきり言ってしまえば、この手合いでは、まず死んでいる可能性が高い。

だが、あきらめることなんて出来なかった。

ラルソードのあの言葉、エーテル云々は、リーツの生誕世界で彼がハマッていたシューティングゲームの言葉で、この世界にそんなものは存在しない。と、言うことは、彼が、レギオンとの戦闘で、次元の狭間で失った記憶の欠片の可能性がある。

吸血鬼、それも最上位に位置する彼は、彼の妻同様に塵芥からでも再生できる。セントラルドグマの呪縛から解き放たれた彼らは、記憶も精神も肉体も、魂のそこ、『   』に戻ることはない。

レギオン本星と地球を繋ぐ超空間で殿を務め、そのまま次元の狭間に消えたラルソードは、推測に過ぎなかったが、色々な世界にバラバラになったのではないか、と仮説を立てていた。

だが、今の今に至るまでそのような報告は、各々のリーツ・アウガンから入っていない。

いやそもそも、このことを知っているのはファーストとダッシュの二人だけで、他のリーツ・アウガンは知らないのだ。

他のリーツ・アウガンの生誕世界では、ラルソードは助かっている。もしくは自力で次元から這い出てきて戻ってきている。それゆえだ。

これは、ファーストとダッシュの生誕世界で起こったラルソードの次元の狭間への消失が関わっている。次元の狭間は、それこそありとあらゆる次元を繋いでいる超空間のことだ。

既に、そこにラルソードと言う先客が居る以上、ダブルヘッダとなる可能性が限りなく高い。それを嫌った時空管理者(人格や知性を持った『なにか』ではなく、『世界が世界であるため』というプログラムをされた判別機構)が、他のリーツ・アウガンの生誕世界で起こった脱出劇で次元の狭間で囚われようとも、時空管理者が戻ってこさせたのではないのか。

数多のラルソードが存在してしまう、安定しない世界の安定を保つために。

いやもしかしたら、数多のラルソードが居ても存在を許容できる世界を創造し、そこに飛ばすかもしれない。

事情が事情なだけに、ファーストとダッシュは協議をしてこのことを他のリーツ・アウガンに話さないと言うことを決めた。

もし話せば、絶対に助けに行こうとするからだ。が、そんなことをすれば、いくら『   』の近くに本拠地がある白い部屋とも言えど、ただではすまない。『世界』との全面戦争になるか、オリジナル・レギオンの封印を怠ってしまう可能性もある。

リーツ・アウガンの素が居た世界にリーツ・アウガンが行くなんてことになれば、良くてダブルヘッダ。悪ければ白い部屋ごと『   』に落っことされかねない。

もちろん、それらを回避する手段を考えるだろうが、基本は超空間へのアクセスとなる。色々な世界に飛び散っている以上、どの世界に行こうとも場当たり的にならざるを得ないからだ。

確実に痕跡を追って探しに行くのならば、超空間に行かなくてはならない。それ以外の手段では、アラビア砂漠で名前の書かれた砂粒を探すようなものだ。

だが、もしかしたら、これが初めての回収になるかもしれない。

さしずめ、エジプト神話のオシリスのような存在だ。また一つに集めることが出来れば、ラルソードが蘇るのではないか。いや、おそらく、そうだ。

あいつが、妻を、家族を捨てて一人旅に出るほど薄情なはずがない。誓ったのだ、家族と在る、と。思い込んだら一直線のゲルマン魂を体で表すような彼だ。

第一次レギオン大戦終戦記念に打ち上げられた小惑星探査兼太陽系警戒衛星、各国と合同で数十機ほど打ち上げられた内、ただ一機だけ還って来た『はやぶさ』の帰還記念に『オカエリナサイ』を日本列島規模でやってのけた彼だ。

ラルソードにとって友人の恋人、私にとっての娘探しのために経歴を改ざんしてまで、六十年もの間、自衛隊に居続けた彼だ。

あとに続く命のために、家族のために戸惑うことなく超空間に残った彼だ。

そんな彼に対して、あきらめる?

なにをばかな、と思う。BBTでもエーテルエンジンでも、使えるものは何でも使って家族に会わせてやる。嫌だと言っても、嫁に八つ裂きにされるからと言っても、聞く耳もたん。

「必ずだ。家族と会えない、だなんて理不尽、このわたしが必ず破壊してくれる」

コクピットハッチを開け、地面に横たわるシャトルの残骸にエンジンカッター、ロープ、サバイバルナイフを片手に飛び出す。結構な高低さだが、ロープを降ろしている暇は無く、そのまま着地して受身を取って走り出す。

シャトルの受けたレーザーで融解したボディは、下手な飴細工のように、ぐにゃりとしている。その近くにいたであろう人間だった者達は、シートに身を預けたまま首から上がなくなっている者、首だけになっている者、手や足しか残らなかった者、焦げ臭いにおいとなって逝っていた。

まだ熱が残っていて、まるで溶鉱炉のような暑さだったが、かまわずシャトルの中に入る。その際、溶けた金属部分に白衣が当たってしまい、盛大に焦げてしまった。白衣がちりちりと音を立てる。燃えているのではなく、耐熱効果を発揮している音。さすがに溶けた金属では焦げてしまうが、並みの炎なら耐えられる。

ある程度進んでいくと、隔壁が目の前をふさいでいる。一応、ドアは付いていたが、少しひしゃげていて開きそうになかった。持ってきたエンジンカッターのスイッチをオン。唸りを上げながらドアと隔壁の隙間に突っ込み、ドアと隔壁をつなぐ中の鉄の棒を千切る。計三箇所を引きちぎって、思いっきりドアをける。二度、三度、四度目で向こう側に倒れた。

そこから首を出して、中の様子を見る。被害箇所よりかはましだが、似たようなものだった。座席は吹っ飛び、キャビンのあちこちに置かれた装飾品や鼻を付く香りの高いにおい。酒か。床に染みている色を見る限りでは、ワインのようだ。これなら燃えると言う可能性は低いだろう。いや、燃えるには燃えるが、アルコール度数が低いから、ちょっと燃えたらすぐに火の気は収まるという意味だ。

それに、こういうキャビンでは、大抵のカーペットやら座席は不燃材で作られていることが多いから、燃え広がる心配はない。

「不幸中の幸い、と言うべきか」

それこそ室内が燃えていたら、室内に入ったとたんバックドラフトが起こってしまう。今更ながら身震いが出る。

「誰かいるかー!おーい!」

倒れた座席を一つ一つ起こし、その度に潰れた人間を見る羽目になった。

「これが最後の一つか」

やけに大き目の座席のそれは、何とかまだ基礎と繋がっているようではあったが、ちょっとでも触れば、そのまま倒れてしまいそうだった。

手持ちのロープで床とシートを繋いで倒れないようにする。それからゆっくりと、座席の前へと回った。

「・・・やぁ・・・」

その座席の前に回って、それが初めて聞いた言葉だった。

「・・・は、ははは。生きてたよ、生きていたか、ヴァンパイア」

「ふ・・・たしかに、ひとの、生き血を・・・すすってきた、な」

「そういう意味じゃない。そのままの意味だ」

「ふ、ふふ、ふふふ。わたしは、人間だよ」

「私にとっては、そうなんだ---いや、すまない。君は人間だったな。こんなに機械をつけてからに」

「言った、だろう?・・・機械がなければ、生きていけぬ、と」

「再生は、しているんだな」

開いた傷口がじゅくじゅくと音を立てて塞がろうとしている光景は、まさにリーツが知るラルソードの特徴を現していた。

「しかしな、物事には・・・限度と、言うもの、が、ある。あの機械は、この再生・・・を、抑制するた、めの物な、の、だよ」

「機械の設計図は?それがあれば、直す事が出来る」

「そんな、ものが・・・存、在すると、思った、か?」

「どういうことだ。それでは、故障したときに直せないではないか」

「くっくくく、それで・・・良いのだよ」

「ラル、おまえ、死にたいのか」

「解放、と、言ってくれ・・・まぁ・・・目的を達するまで、死ぬつも、りは、ない、がね」

「一つだけ聞きたい」

「なんだ、遺言でも、聞いてくれる、のか」

「それはラル次第だ」

「くっくっく、いいだろう・・・ぐっ」

「ラル、どうしておまえさんは、クーデターを起こした」

「愚問だよ、教授」

「リーツでいい」

「リーツ、それは愚、問だ---蘇りさせ・・・たいのだ」

「そんなぼろぼろの体で、何を成す」

「ああ・・・そうだ。それ、でも私は・・・生きている・・・」

「好きな女の子のため、か」

「ああ、そうだ。そうだとも・・・カーゴは・・・どうなった」

「わからん。シンファクシのやつら、この部分しか教えてくれなかったからな」

「そう、か」

「エリンと恋愛をしたかったのか?」

「・・・は、ははは。知っているん、だな、エリンを」

「私の生誕世界では、君たちは三人の娘を授かって幸せにあった。記憶にないか?その頭の中に」

「記憶・・・ああ、あるよ・・・」

「自覚はあったみたいだな」

「夢や・・・幻覚でなかった・・・というのか」

「ああ、夢じゃないんだよ。それは紛れもなく、『ラルソード』の、おまえさんの記憶だ」

「く・・・ぶ・・・が、は、ははは」

「・・・ラル」

「は、ば・・・う、そが、下手だな、教授・・・ぐ、ぶ」

「そうだな。昔からうそは苦手だった。そのせいで、ラルが超空間に取り残される羽目になったんだ。責任は感じている」

「リーツとも・・・あろう、者が?」

「君が人間なように、私もまた、人間だ。失敗もする、間違いもする、負けることもある。いいじゃないか、それら全て結構」

「それが人間だ」

「は、はは、はは・・・!いい、ね。リーツは、実に・・・いい友人と、な、れそう、だ」

「私の生誕世界では、頭にきのこを生やしてしまったり、間違えて女の子に性転換してしまったことがあったせいか、ちょっと冷たかったな」

「くはっ・・・!はははばッ!う、が、が!げばぁ!」

びちゃり、と広がる血。吐血。それで幾分楽になったように言うラルソード。

「きのこ、か。性転換、か。面白いぞ、教授。ますます、君と友人になりたく・・・なった!」

「人事だと思って、まぁ」

「私にとっては、人事さ」

「まぁ、ね。確かに、君とはもっと早くに出会っておくべきだった。でなければ、こんなことには、ならなかっただろうよ」

「ふ、ふふ。人の縁とは、難しいものだな」

「ああ、まったくだな」

たわいのない会話をする。旧知の仲のように、友人のように。

ああ、ラルソードは友人だ。大事な友人だ。どの世界に行っても、だ。

「がはぁっ!」

ひとしきり笑ったあと、また吐血する。再生細胞が、がん細胞に変容したのだろう。ラルソードの肩が、腕が、手が、見る見るしぼんでいく。

「もう、お迎えのようだ」

「お前は---いや、なんでもない」

もっと生きたいか?

首を振る。違う。それは違う。それは私の願望だ。

「ラル、私の目を見ろ」

「リーツの、眼?」

もう、彼は助からない。BBTで怪我を治し、遺伝不良を治して、という次元ではない。

彼は、自分の愛しい女性に会いたかっただけだったが、それができないのだ。BBTでエリンのコピーを作ろうにも、リーツ・アウガン・ザ・ダッシュの生誕世界のエリンになってしまう。

この世界のエリンをリーツは知らないから。

それ故、エリンを蘇らせることが出来ない以上、この世界のラルは、死ぬしかない。生きて、新しい女性を見つける?確かにそれもいいだろう。ラルソードが、そんな人格者ならば、だ。

ラルソードは、エリンに一筋だ。ぞっこんだと言ってもいい。他の、例え良い女性が居たとしても、ラルソードが拒否をするだろう。

だがそれは、支える者が居なくなると言うことだ。心が死んでしまう。心が死ねば、体も死ぬ。それは身を持って知っていること。答えだ。何とか死なせたくはないが---

しかし、エリンに会いたいと言う願いで何十、何百と言う命が消えたことも確かなのだ。

誰かが、どこかで、ラルソードの罪を裁くことになる。死刑は免れないだろう。

それを邪魔して、死んで逝った者たちを冒涜する気もない。だが、この世界の理不尽に見舞われたラルソードが、理不尽を破壊し、エリンと幸せになりたかったのも確かだ。

それは、リーツ・アウガンと言う立場からすれば、どちらも助けたいと言うのが本音である。

だが、ラルの理不尽を打ち砕くと決めた以上、ラルを家族と会わせてやりたいと決めた以上、記憶の回収をしなければならない。この世界のラルソードから記憶の抽出をしなければならない。

そうなると、この世界のラルソードが、死ぬことになる。エリンが光の暴力の前に消えたことで、記憶で、思い出を頼りに命を繋ぎとめているのだ。

それを奪えばどうなるか、考えなくともわかる答えだ。

「ラルソード、おれの中で、生きろ」

だから、ここで助ける。今まで彼が殺してきた人間たちへの贖罪と、全ての人間を導くための礎となったエリンのために、ラルソードの罪を殺して、魂を救う。

それがリーツに出来る、この世界のラルへの理不尽の破壊。生かすために殺す。

「---やさしいうそつきが名の下に、リーツ・アウガン・ザ・ダッシュが命じる。汝、リーツ・アウガンをレイルキャスタック・エリン・フューロード・アーレルドと思え」

「う・・・あ?」

ラルソードの目にギアスが刻まれ、脳を書き換える。それは精神を汚染し、犯す。

「ラル」

けれどもそれは今、ラルソードの魂を救済するために発動する。

「え、エリン・・・?」

「ありがとう」

「・・・どうして・・・おれは・・・夢を、見ているのか」

「違うよ。わたしは夢じゃない」

---ほんもの?

「神様が、時間をくれたんだよ」

「神・・・?おれが、呪った、神が?」

「そうだよ、ラル。ラルが頑張ってくれたから、神様も認めたんだよ」

「偽り・・・の、命・・・作り物の、おれを?」

「そう。でもあなたは、あなたは、ここにいる」

「エリン・・・おまえは・・・どこにいるんだ」

「わたしは---ここにいるよ」

ラルソードの頭をいとおしく抱きしめる。しわくちゃになった手が、エリンを包む。

「ああ・・・これで・・・やっと・・・」

「おつかれさま、ラル」

---また一緒に、あの草原に行こう---

「ありが・・・う・・・エリン・・・りー・・・つ」

最後に一入、力強く抱きしめる。

ありがとう。

そういって、ラルソードはこの世を去った。

その瞬間、ギアスの力が霧散する。その霧散した力が、一つに集まって幼い子供のシルエットを作る。

ありがとう。

そんなことを言った気が、した。

やがて、その子も居なくなった。誰も居ない、全てが夢の後に消えた者たちの墓所で、言った。

「次に生まれ変わる時は、まかせろ。そして生きろ。吸血鬼としてではなく、遺伝子実験体としてでもなく、ひととして」

≪残留記憶、抽出開始≫

音声によるコマンドでGT-Xのコンピュータが動き、残った記憶を吸い出す。その中に、次元の狭間に消えたラルソードのものがあると信じて。

「なぁ?ラルソード先生」


****************************


その頃、地下都市最深部では、たった一機の戦術機によって戦術機二個大隊、それもラプターが半数を占めるそれらは、どうにも攻めあぐねていた。

撃ったら撃ち返され、当たりそうになったらニュートンに喧嘩を売るような機動をして避ける。

それはまさしくダンスを踊っているようでもある。

≪こいつ、なんてやつだ!≫

≪くそ、ヨコハマがあんな物の開発に成功していたとはな≫

≪ビーム、ってやつか≫

≪壁越しでようやく防げるって、冗談じゃねえぞ≫

≪HQ、ビター・チョコレートはまだか?≫

オペレーション・ビター・チョコレート。オルタ5中枢の脱出を意味する作戦。敵機の前に存在する隔壁は、重光線級のフルタイム・アタックにも耐えられる最新式のもの。それを死守すること。

≪HQよりアローヘッドへ。宇宙に着いたという信号はない。引き続き敵を掃討せよ≫

もとより洗脳されて人間兵器になった彼らに、疑問なんてない。敵がそこに居るから殺すのであって、それ以外はどうでもいい。

≪わかったよ、くそったれ!≫

戦っているときが、彼らが人間になれる瞬間なのだ。そのときだけ、人間らしい一面を覗かせる。

≪HQ、了解。健闘を祈る≫

それはそれで正しいのだろう。元々、人間はそうやって争って生きてきた歴史があるのだ。そういう意味で見れば、彼らのほうが、何倍も人間らしく、また、美しくあるものと言える。

≪ああ、健闘してやるさ。こちとらやられっぱなしじゃストレスが溜まるってもんだ。どこのどいつか知らねぇが、徹底的にぶっ潰させてもらうぜ!≫

しかしながら、今はただの障害でしかなく、また、たとえ美しいものであっても、他の美しいものを破壊してしまうような存在は認められない。

≪熱くなるなよ、アローヘッド。相手は一匹だ。じっくりやればいい。違うか?≫

通信を傍受させ、、避けながら、攻撃しながらそんなことを思う白銀。ずいぶんと教授に汚染されてきたようだ。

というより、教授の記憶や思想が流れ込んでいると言った方がいいのかもしれない。以前の自分なら、こんなことを思わなかったはずだ。

地下都市最深部に辿り着いたはいいが、隔壁の防御性能が高く、しかもロックはアナログな施錠式。てっきり電子ロックと思い込んでいたためにピッキング関係の道具を持ってきてはいなかったのが裏目に出た。

戻ろうにも、ラプターを中心とする戦術機大隊が道を阻んでいる。

どうすればいいのか、被弾覚悟で突っ切るか。いやだめだ。ラプターのダイヤモンド編隊、それが三つも四つもが相手では、幾らなんでも危険すぎる。

では、残っているミサイルや実弾を全て使ってみるか?

それもだめだ。それで残るのは、ビームと近接系だけになる。それに、一発でも外せば無駄弾になる。それこそ命取りだ。

どうするか、どの道ここに留まっていては、ジリ貧だ---と、そこに教授の連絡が入る。純夏は、藁にすがる思いで繋ぐ。

≪ラーズグリーズ・Z、応答せよ。こちらレガシィ≫

「こちらZ!たすけて教授!」

≪落ち着け。ホワイトハウスはシャトルにて地下都市を脱出した。Zは状況を認識しているか≫

「こちらZ。一足遅く、シャトルを逃しました!現在は、追いかけてきた敵性体と交戦中!数が多すぎてタケルちゃん一人じゃ保ちきれません!!」

≪そのシャトルが、BETAの新型兵器によって撃ち落された。クーデター軍は、負けたんだ≫

「なんですと!?」

≪今から降伏勧告を行う。人類同士のくだらん内ゲバをやっている暇は無いと伝える≫

「し、しかしどうすれば?」

≪オープンチャンネルを中継してくれ。こちらからも捕虜の証言を言わせる≫

「了解!早めにお願いします!」

「教授は何だって?」と、武。

「シャトルで逃げた人がBETAの攻撃でやられたって!」

「なん---うおっと!」

会話に気をとられて危うく腕を持っていかれそうになる。意識を研ぎ澄まし、攻撃してきたイーグルに対して反撃。ロックオン。

そのまま、くずれた、ちょうど隠れるのに適した壁に身を隠す。

「FOX3!」

あといくつもない誘導ミサイルを発射。あの時教授が使ったもので、逃げようとしても追いかけて喰らい付く。

「あと29!で、教授はなんだって?」

「偽装・不知火を介して降伏勧告を行うから、それまで何とか持ちこたえてくれって」

「ビームサーベルと実体剣一体型銃、グレネードだけじゃきついぞ。ミサイルもグレネードも、もう残り少ない。これじゃジリ貧だ」

残りの弾薬を見て、どうにもヤバイ現実をどうするか、悩む。

そこに、若い男の声で通信が入る。

≪こちらインプレッサ。Z、聞こえるか≫

「インプレッサ・・・少佐?こちらZ。ここに来たと言うことは、敵性体の処理は終わったんですね」

≪ああ、あと・・・いや、いま終わった。すぐにそっちに行く。他のカーネームも戦闘が終わり次第、そっちに行く。損傷はあるが、脱落機はない。整備兵の腕がいいお陰だな≫

そりゃあサングラスが良くお似合いのオジ様と、その相方でよく気が回る腕の確かな若い整備士を筆頭に整備をしたのだ。

それで不具合なんておきようがないと言うものだ。

しかも部品のグレードアップや基礎チューニングは近衛軍の方々がやっている。

近衛の方々がチューニングするほどの機体と言えば、現段階では一つしかない。

武御雷。

そう、カーネームたちの機体は、ほぼ全て武御雷で構成されていると言う、なんとも豪華な部隊なのである。

あの日、リーツが殿下におねだりしてゲットした武御雷だ。部品のいくつか、コンピュータや関節を動かす超伝導コイルは、GT-Xのものと同じ規格品を使っている。ただでさえありえない機動をする武御雷のコンピュータや駆動系を、さらに高性能なものに換装したのだ。

いかに最新鋭機・ラプターとはいえ、F1のガチマシンとカウンタックがレースでタメを張ろうとしているようなものである。しかもドライバーは、F1側がASE・マルチドライバーの斑鳩 悟、カウンタック(LP400)側が妙義ナイトキッズの中里 毅で、だ。

どこをどう考えても勝ち目なんてありゃあ、しないのだ。

≪今の状況を教えてくれ≫

「隔壁を突破しようとしたんですが、手持ちの道具では突破は無理と判断。以後はここに留まって戦闘を継続しています」

≪挟撃か・・・≫

「こちらにも、いくつか兵力があればよかったんですが」

≪ないものに期待しても始まらん。現状で考えるんだ。なんとか、こっちに来れないか≫

「白銀少尉に聞いてみます、少々お待ちください」

≪うん?君ら、籍を入れたんじゃなかったの?≫

「い、入れてません!まだです!」

≪えー、もう皆に君らが結婚したって言っちゃったよ≫

ぶふぅ!?

「だ、だから嫁がどうとか言ってたんだ・・・」

≪名前でコールしてくれ。そっちの方がわかりやすい≫

「うぅ~・・・わかりました。タケルちゃんに聞いてみます・・・っていうわけだけど、どう?」

「ああ、それ無理。あと、もう夫婦でいいって言っとけ」

「だ、そうで---はぁああ!?なにいってんのタケルちゃん!?」

≪まぁ、そうだろうな。その狭い空間内を、いくら機体が優れているからといって突っ込んだら死にかねん≫

「そちらで気を引いてもらうことは出来ませんか?」と、純夏をシカトして武。

≪出来ないことはない。だが、これだけ狭いと君たちに当たってしまうかも知れん。対地砲撃弾だ。さすがに無傷とはいかんだろう。それに隙を見せれば、こちらにも損害が出る可能性がある。最悪、君らを人質にする可能性もある≫

「わかりました。純夏と協議します」

≪あまり時間がない。あと、ちゃんと帰って来い≫

「了解です。通信、終わり---で、どうしようか」

「うれしいんだけど・・・もう・・・恥ずかしい」

「おーい、純夏、聞いてるか?」

「聞いてるよぉ・・・」

「おれは、このまま突っ切ってみようと思う。このままだと、こっちがやられる。降伏勧告も、やっても意味がないだろうし」

流れ込んできた教授の経験で見れば、降伏勧告に素直に従うような人種ではないことは、火を見るよりも明らかだ。

「だね。私もそう思うよ」

「となると、あとは突破方法だが・・・」

「・・・コンピュータは、『リミッター解除』を申請してきたよ」

「はい!?リミッター!?あれは本当に最後の手段だぞ!あれを使って、そのあとに動かなくなったら、それこそ自殺行為だ!」

「でも、それしかないよ。むしろ、そっちの方が良いんじゃないかな。カーネームは絨毯爆撃をするし、それを最適のタイミングで、最高の操縦技術で切り抜ければ、クーデター軍だって狙いにくいはずだよ」

「そりゃ、確かにそうかもしれないけど」

自信がないわけではない。やれるとは思う。しかし、それで死んでしまうかもしれないと言う恐怖が、決断を遅らせる。

カーネームの爆撃能力は、面制圧に適したものだ。まだ在庫はあるだろうから、この部隊を焼き払うくらいは何とかなるはずだ。足りなければ地上から持ってくればいいわけだし。

そんな中を突破する?

あまつさえ無事に帰還する?

危ない橋だ。高層ビルと高層ビルをロープで繋いで命綱なしで渡ろうとするようなもの。

危険を通り越してバカのすることである。


-----だが、上等。


反逆だ。

反逆しろ、今の自分の弱い考えに。

「(突撃したら死ぬ・・・それは違う)」

「タケルちゃん?」

「違う・・・おれは、お前を死なせてしまうことが怖いんだ・・・」

そうだ。おれは今、死ぬことが怖いと思ったのではない。純夏を死なせてしまうことが怖いんだ。それが、今の自分の弱い考え、死の恐怖。

なら、その恐怖に反逆すればいい。

「反逆だ」

「タケルちゃん・・・」

「やるぞ、純夏。おまえの命を、オレにくれ」

「うん、あげる」

「・・・え?」

「だから、タケルちゃんに私の全部をあげる。だから、勝って」

「純夏・・・ああ、わかった!」

ああ、やってやる。おれは、おれの弱い考えに反逆する!

それを機に、今までの猛攻がうそのようにぴたりと止む。

≪なんだ?≫と、いぶかしむ。

≪いきなり大人しくなりやがった≫

≪弾切れか?≫

≪ビームに弾切れなんてあるのかよ≫

≪しらねぇよ、おれが作ったモンじゃない≫

≪HQより各機へ。敵本隊がそちらに向かっている。注意せよ≫

≪ああ!?そりゃどういうこった!彼我戦力は30対10でこっちが勝ってたんだぜ!?≫

≪戦争は数じゃねぇってことだ≫と、横から割り込む。

≪しかし、このままでは挟み撃ちの可能性がある。一刻も早くここを離脱すべきでは?≫

≪そうだな---あ?≫

肯定した男が、何か嫌なものを感じ取って振り返る。軽い衝撃、続く音。高性能なAPによって発動機を撃ち抜かれた男は、そのまま爆散して、消えた。

≪ケルベロス!!≫

≪HQ!HQ!すぐそこまで敵が来てんじゃねぇか!なにやってんだ!≫

≪・・・≫

≪聞いてンのか!HQ!くそ!≫

≪アローヘッドからノーチェイサーまでは反対側をやる。それ以外は、あのピエロを捕まえろ。引きずり出して、盾にしろ≫

≪了解!≫

≪わぁーったよ、やってやらぁ!≫

≪クリスタルよりエクリプスへ。右から回り込め。おれは左から行く。電磁ネット用意≫

≪おらぁ!いくぜぁ!?≫

≪こちらダイダロス。援護する≫

≪いいか、タイミングを合わせるんだ≫

≪わかってる。行け≫

跳躍。そして壁の横を抜けて、敵戦術機の前に躍り出る。

≪おそい!≫

こちらの方が早かった。ビーム銃を撃とうとする前にタックルをして、さらにマニピュレータを引っつかむ。

≪これで撃てまい。エクリプス、いまだ!≫

≪おっしゃあ!≫

敵戦術機の後ろからエクリプスが姿を見せて、電磁ネットを被せる。

すさまじい電流がほとばしり、被せられた敵戦術機は、コンピュータを焼かれたようでがくりと膝を突き、機能を止める。

≪へ、どんな戦術機だろうが、電気を浴びりゃ一発よ≫

電磁ネットは、電池が一体となっているので一発きりのものだ。それが成功して、エクリプスは少し浮かれていた。

中の人が生きているかどうか、確認もせずに。

≪確保!確保!≫

≪よくやった、盾にしろ、早く!≫

まるで罪人のように引きずられ、敵戦術機大隊の方へと向ける。

≪こちらはR特務戦隊。隊長のアローヘッドだ。見えているだろうが、貴様たちの仲間だ。殺されたくなければ、そこをどいてもらおうか≫

≪こちら航空自衛隊所属、ラーズグリーズ大隊。カーネーム隊第三分隊隊長のインプレッサだ。君たちの司令は、先ほどBETAに撃墜された。確認に行ったリーツ・アウガン作戦部長が直接確認に行ったが、全員死亡したとのことだ。今すぐに武装を解除し、投降せよ≫

≪そのような事は聞いていない。司令がどうとか、そんなことは関係ないんだよ、インプ≫

≪どういうことだ≫

≪我々、R特務戦隊は、『生き残ること』こそが至上命題であり、それが行動原理なのだ。ゆえに、ここで死ぬわけには行かない≫

≪投降すれば、死なずに済む≫

≪いいや、だめだね。貴様らを殺してこそ、我々は生きていると言えるのだ。牙を捥がれて、どうして生きると言えようか≫

≪生きることも、また戦いだ≫

≪そう、そうだとも!だから戦うのだ!≫

≪ちぃ、話が噛み合ってない。こいつら、うわさに聞いた精神強化兵か≫

≪ほぅ、知っているのか≫

≪BETAとの戦闘で精神を壊してしまう者も少なくない。その観点から、自己中心的な、自分以外はどうなってもいいという精神破綻者を世界から集めて、薬物や手術で強化した戦闘集団があるとな。まさか、こんなところにいたとはね。いや、こんなところだからこそ、か≫

≪その通りだよ。まぁ、仲間思いでも、どこかおかしいやつは居るがね≫

≪同情でもして欲しいのか?≫

≪ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!≫と、横からエクリプス。

≪同情だってよ、アローヘッド!してもらえよ!傷をぺろぺろ舐めあってりゃいいじゃなぇか!なぁ!?あひゃひゃひゃひゃ!≫

≪黙れよ、エクリプス。撃つぞ≫と、ダイダロス。

≪んあだぁ?まぐれで産まれた試験管野郎が、正式生産にケチつけようってか?≫

≪その正式生産でも、下から数えて早いのは誰だ≫

≪あ・・・?ケンカ売ってんのか、おめぇ≫

≪ブービーでも、言葉はわかるようだな≫

≪ぁああ!?ぶっ殺すぞ出来損ないが!!≫

≪やめろ、二人とも。ノーチェイサー、デルタ、レオ、こいつらを引き離せ。ハッピーデイズとスウィートメモリーは盾を持て≫

≪R特務戦隊。アローヘッド。とりあえず確認だけさせろ。降伏はしないんだな?≫

≪質問を質問で返すが、人質が死んでもいいんだな?≫

≪了解した≫

通信がきられる。インプが片手を上げたかと思うと、他の戦術機たちが一斉に何かを構える。

≪いや、ちょっと待て。おい、あれは・・・あれは・・・対地面制圧用バズーカじゃないのか!?≫

≪なんだと?・・・本当だ。やつら、味方ごとふっ飛ばす気か?≫

≪おもしれぇじゃねえか!あひゃひゃひゃ!殺しがいがあるぜ!≫

≪エクリプス、お前はちょっと黙ってろ≫

≪あ~?≫

≪命令だ≫

≪あーあー、はいはい。聞きゃあいいんだろ≫

≪命令だ≫

≪だーかーらー≫

≪盾を殺せ≫

≪あぁん?≫

≪ただし、コクピット以外はやるな。コクピットだけを刺せ≫

≪んだよ、言い方が紛らわしいっての。ま、いいぜ。ほら、さっさと寄越せよ≫

しぶしぶそれを渡す二機。

≪じゃー、さくっとやるか、さくっとね・・・あ?≫

腰に備え付けられた、ラプターにしては珍しい近接戦闘用のナイフ。それをごちゃごちゃとした装甲と装甲の合間に入れて一気に貫こうとした矢先、ふと目を上げた先に、エクリプスの眼前に広がる砲弾の先。

≪ば---≫

砲弾は、吸い込まれるようにエクリプスに命中し、爆散した。

それを皮切りに、狭い空間の中でどこから出したのかと言いたくなるほどの対地砲弾が降り注ぐ。

悲鳴を上げられずに消える者も少なくない中で、コンピュータをやられたはずのそれが、ゆっくりと立ち上がる。カメラアイに起動サインが走ると、爆煙の中で輝くその姿は、魔人のようにも思えたアローヘッドだった。

≪撃て、撃て、撃て!≫

攻撃指令を出し、それを破壊しようとするアローヘッド。いま、ここであれを破壊しておかなければ、自分が殺される。そう直感的に思ってしまうほどに、カメラアイの発光ダイオードは、不気味な光を放っていた。

撃たれたグレネード弾が、目標に着弾する。その間にも、対地砲撃でどんどんと仲間が死んでいく。

どん、と、砲撃と違う音、衝撃。やった、と破壊を確信した。対地砲撃も、止む。

天井に備え付けられた換気扇が、土煙をかき消し始める。

嫌な、予感。

とっさにモニタをサーモグラフィー、赤外線、動体カメラに切り替えて、見る。

「ばかな」

グレネードは直撃した。あれ一発で突撃級の装甲を破ることの出来る新型だ。

「あれの装甲は、突撃級以上だと言うのか!?」

ありえない、と狼狽していると、一つのことに気が付く。通信がない。あれほどうるさかったあいつらからの連絡がない。まさか、全員やられてしまったのか。いや、そんなはずはない。先ほどまで、ちゃんと反応はあった。考えられるのは、ジャミング。

それも、半端のない出力を誇る専門のもの。

「あれが、やっているのか・・・!」

目の前のそれ。一歩一歩、こちらに歩んでくる。

「大日本帝国近衛軍専用機・・・!武御雷!!」

モニタを元に戻し、改めて見る。

今まで見ていた、ごちゃごちゃしていた装甲はなくなり、その戦術機本来の形を露とする。

シルエットは、さらに向こう側に居るであろう敵集団の物とほとんど同じ。違っているのは、両肩、そしてカラーリング。

GNドライヴ。ツインドライヴ。燃えるような、赤い色

淡い緑色の粒子を撒き散らし、その粒子は奔流として、いかなる存在も許さない絶対者として、アローヘッドの目に映る。

アローヘッドは、通信が出来なくなっている原因を、それだと判断した。

その判断は、間違っていない。さらに言えば、その洞察力は、最前線で使える優秀なもの。おしむらくは、彼の性格が、大多数の人とは少しだけ違っていると言うこと。戦士としては、申し分ない一級品なのだ。

その命は、費えようとしていた。

アローヘッドの前に立ちはだかる戦術機。


型式はType-00(ダブルオー)R。名は、武御雷。


近衛のチューナーと開発者は、こう言う。



『武御雷・ダブルオー』と。



そして、武御雷・ダブルオーが、ツインドライヴが成す『トランザム』が、GN粒子の共鳴が、不完全ながら並行世界への扉を叩く。

聞こえた反逆の声。

衝撃のファーストブリットが、アローヘッドを襲う。





[7746] 第十五話・アークバード
Name: リーツ◆632426f5 ID:6ece9719
Date: 2011/07/08 02:28
第十五話  アークバード/ぼくたちはここにいる





こんなことがあるのだろうか、とインプは思っていた。

ラーズグリーズZには、奇跡的に対地砲撃弾が命中しなかった。が、その隙を突いたR特務戦隊の放った弾が、グレネード弾が、機能不全から回復したてのZに襲い掛かる。

Zに、それを避ける暇はなかった。

「なんということだ・・・ッ!」

あれだけの弾幕。生きてはいないだろう。生きていたとしても、あれでは・・・

≪隊長!あれ、あれ!≫と、隊では一番若い男。

「なんだ、トレノ少尉」と、インプ。

「あれではわからん」

≪Zが、Zが生きています!サーモグラフィーに感あり!GN粒子も確認できます!≫

「なに!?」

生きている?

あれだけの猛攻に耐えたのか?

「ラーズグリーズ・Z!応答しろ!無事なのか!?」

≪---ああ、生きてるぜ≫

「・・・なに?」

声が、違う。いや、声質は同じなのだが、しゃべり方やアクセントが違う。

≪わりぃけど隊長さんよ、ちょっとどいててくれねーか≫

「おまえは、だれだ?武少尉はどうしたんだ?」

≪さぁな。おれが知ったことじゃねぇ。だがな≫

「だが、なんだ」

≪こいつは、反逆をしようとした。オレはそれに応えた。それだけで充分ってモンだ≫

「反逆、だと?」

≪ああ、反逆だ。おれはカズマ。トリーズナー・カズマだ≫

「カズマ・・・カズマとか言ったな、話がある」

≪んだよ?≫

「おまえは、白銀少尉達を守る立場にある者か?」

≪難しいことはしらねぇよ。だがな、こいつらが反逆するって言うからな、手を貸すんだよ≫

「了解した。これより援護する。白銀少尉達を頼む、反逆者・カズマ」

≪へっ、いいぜ≫

「各機に伝達」と、インプ。

「Zに、教授関係の人間が乗っている。味方なので撃たないように」

≪了解≫と、部下たち。

≪ま、教授じゃ仕方ないな≫

≪つくづく教授関係はぶっ飛んだ人間しかいないな≫

「そういうことだ、カズマ。君の戦い方を知りたい」

≪ああ、見せてやっから、そこで見てな。ちょうどいいのが、そこにいるしよ≫と、アローヘッドに向き直る武御雷・ダブルオー。

その装備は、爆発の衝撃でGNソードⅢと、その付け根にあるGNライフル、背嚢にある日本刀式GNソード『例外特式・皆琉神威/参』以外の兵装は、リアクティヴィアーマー共々パージされ、それらしかない。

しかしカズマは、それらを使うそぶりを見せずにいる。

≪オレのケンカにエモノなんかいらねぇ≫と、その言葉どおりに全ての武装をさらにパージするカズマ。

≪聞こえてんだろ。来いよ、アローなんとか≫

アローヘッドは無言。バカにされているのか、それとも隙を引き出すためのパフォーマンスか。どちらにしても、あまりにバカげた態度。少なからず怒るだろう、と思ったインプだったが、アローヘッドの態度は違った。

おなじく、武装をパージしたのだ。

それを見た隊員の一人が言った。

ああ、こいつもばかだ、と。

≪へっ!いいねぇ!≫

≪多重人格者か、それとも高度なAIか知らんが、R特務戦隊に撤退の二文字はない。受けて立ってやる。そのバカさ加減に免じて、コレで相手をしてやる≫

ぐ、と突き出される右腕。一方カズマといえば、まるで獲物に飛び掛る寸前の猫のようにして、笑っていた。

≪いいぜ、見せてやる。オレの自慢の拳をよォ!衝ォ撃のぉ!ファーストブリットォォォーーーー!!!≫

同じく、右腕に拳を作って、通常の戦術機にはありえない加速で、アローヘッドに迫る。A・Hは、知覚しきれずにそのままもらってしまう。飛び散るメインモニタの防護ガラス、ひしゃげる頭部ユニット。

そこに間髪入れず、右膝蹴り。最新鋭機で、ファントムよりは軽いが、それなりに重たいはずのラプターが、一瞬、宙に浮く。ステルス装甲に走るヘックス状のひびが、どれほどの衝撃を受けたのかがわかる。

最後に廻し蹴りをして沈めようとしたが、そのために開けた感覚を見逃さずにスラスタを吹かす。巻き上がる埃で視界を封じられて、次の瞬間にはA・Hの拳がT・00を捉える。場所は右わき腹付近。

その一発を叩き込むと、スラスタを前方に向けて一気に間を空ける。

その横合いから、他のRたちが武御雷・ダブルオーに向かって発砲する。いくつかは右腕で弾頭をかすらせて明後日の方に飛すが、グレネードの直撃はさすがに堪えたのか、少したじろぐ。

≪ケッ!横から茶々入れやがって≫

そんなカズマの横から、一発の弾丸が飛んでくる。命中はしなかったが、撃ったのはインプであった。

「各機散開。カズマが足止めしている最中に、他のR-Typerをやれ」

≪了解≫と、返事。

そのまま脇を抜けて後ろにいるR-typerと戦闘を開始する。

「カズマ、お前はA・Hの相手をしろ。他は我々がやる」

≪ああ?≫

「ケンカは一対一でやるものだ。違うか?」

≪サシから多数までドンと来いってんだ。が、今日のところはそっちは任せるぜ≫

「そうしてくれ。なにより、それに乗っている白銀少尉たちは、夫婦なんだからな。まだ結婚式も挙げてないんだ。あまり乱暴な行為は控えてくれ」

≪そいつぁメデてぇな≫

「私と違って、帰らなければいけない理由があるんだ。それを台無しにしないように」

≪ああ?---ああ、そういうことか---なるほどな、こりゃあいい≫

「どうした?」

≪反逆のし甲斐がある≫

GN粒子のせいで、特殊な通信、音声通信のみしか使えないために表情はわからないが、声は、とても弾んでいた。

「・・・納得した、ということでいいのか?」

≪ああ、いいぜ≫

「了解だ。深くは突っ込まないようにする。教授関係の人間は、常識から掛け離れているやつが多いんでな」

≪そりゃどういう---≫

≪私を無視するとは、ずいぶんと舐められたものだな≫と、さえぎって言うA・H。機体を制御して、立つ。

≪お前の相手は、私だ≫

≪ああ、いいぜ。だがな、おまえじゃ無理だ≫

≪なんだと?≫

≪おまえじゃ、オレの拳を止められねぇよ---こんな風になッ!!≫

T・00が、拳を作って、構えを取る。どの武術でもない、我流の構え。喧嘩術とでも言うか。腕を引き絞り、狙いを定めるためにもう片方の腕を、手を開いてA・Hに向ける。

そして片足を上げて---

「き、消えた!?」

そこに居たはずのT・00が、忽然と姿を消す。たしかに、片足を上げた瞬間は見た。そこから映画のコマを切り取ったように消えてしまった。

アニメーションで言えば、背景に乗せるはずの人物絵が、なくなってしまったかのような、そんな光景。

ふと、レーダーの存在を思い出す。すばやくコンソールを弄って、何か捕らえていないか探す。

居た。

それも、A・Hの真後ろに。

はっとして、もう一度、メインカメラの映像を網膜投影に切り替える。

そこには、煙を立てて膝を突き、一部を欠いて倒れるA・Hの姿だった。

≪攻速のセカンドブリットだ。てめえにゃ見切れねぇよ。アニキならまだしもな≫

「瞬間移動、なのか?いや、教授なら、やってのけるだろうが・・・」

非常識極まりない。

仮に瞬間移動だとして、原理は何だ。あのGN粒子が、何かしらの作用を引き出しているのか。

それとも、瞬間移動を可能とする装置を積んでいるのか。

どっちにしろ、相手が自分でなくて良かった、と安堵する。こんな戦闘、いや、ケンカか。生き残れるとは、どうにも思わない。

≪おい、隊長さんよ≫と、カズマ。

「あ、ああ。なんだ」

≪あっちの方のケンカはどーすんだ?≫と、器用にマニピュレータをR-typerとインプレッサ中隊が戦う戦場へ向ける。

「いけるか?」

≪上等!≫

「よろしい。では手前のやつからやる。私が援護するから、カズマはそのまま突っ込め、そして暴れろ」

≪わかりやすくて良い命令だ。あんた、良い隊長だな。ホーリーの連中に見せてやりたいぜ≫

「そのホーリーとか言う連中が何なのか、この戦いが終わったら、是非にも聞きたいね---行け!」

≪言われるまでもねぇ!≫

また、あの構え。腕を引き絞る。それだけで、次のアクションに移して、消える。

≪激情のォ!ラァストブリットォ!!≫

その叫びと共に出現し、崩れた壁に向かって、拳を放つ。その裏に隠れていたR-typerが、瓦礫ごと吹き飛ばされる。

≪おらぁ!どうしたぁ!ケンカだケンカだ!≫

≪どっから沸いた、Z!撃っちまうところだったろうが!≫と、フォルクス。

≪問題ねぇよ、避けるから≫

≪アブねーって言ってるんだ!IFFがあっても射線軸にいたら当たるだろーが!≫

≪IFFってなんだ。食えるのか?≫

≪食えねーよ!!≫

「各機に通達。武御雷・ダブルオーがR-typerを叩く。各機は、一旦下がってこれを援護しろ」

≪一機だけを突っ込ませるんですか?≫

≪隊長、それは危険すぎます≫

「お前たちがいたら、逆に危険だ。お前たちが吹っ飛ばされかねない」

≪しかし---≫と、異議を申し立てしようとする武田中尉の横を、R-typerの残骸がすっ飛んでいく。

≪---そうしましょう≫

「理解の早い部下を持って、私は幸せ者だよ」

≪了解、一旦下がります≫

≪後退しつつ、援護射撃だ。T・00のアウトレンジにいるR-typerを狙う≫

「いい判断だ、フェルナンド少尉。各機、T・00のアウトレンジにいるR-typerを叩け」

≪了解≫と、一同。

≪オラァ、もっぺんいくぞ!突貫のォ!シェェェェェェェェルブリィィィィッッットォォォ!!≫

今度は、何とか目で追えるスピードで突っ込んでいくカズマ。その先には、三機のR-typer。

≪ひとぉつ!≫

ガン

≪ふたぁつ!≫

ガン

≪みぃっつ!≫

ガン

三機が、団子のように連なる。そのまま腕を曲げると、めきめきと音を立てながら壊れて、終いには千切れてしまう。

その横で、T・00のアウトレンジにいるR-typerに向かってチェーンガンを撃ち続けるインプレッサ中隊。が、当たらない。かく乱するにも、ラプターが相手なだけあってなかなかレーダーに映らせてくれない。

狙いをつけようと、一旦撃つのをやめれば、待ってましたといわんばかりにT・00が突っ込んでいく。

≪殲滅のォ!シェルブリットォ!≫

そして、今現在の位置では狙えなくなってきたので、前進する。そこでまたラプターがレーダーに・・・なんてことを、残り五、六機ほどになるまで続ける。

≪なぁ、トレノ≫と、フェルナンド。

≪なに、フェル≫

≪おれたちがここにいる理由、ないんじゃないのか?≫

≪不測の事態ってやつがあるでしょ≫

≪このままだと、あと数分で片が付くぞ≫

≪なら、あと数分は待ってあげようよ≫

≪ま、おまえがそう言うなら、おれも付き合うがよ≫

「フェルナンド、トレノ。任務中にイチャつくとはいい度胸だな?」

≪は!?し、失礼しました!≫と、トレノ。

≪同じく、失礼しました≫と、フェルナンド。

「いちゃつくなら、任務が終わってからにしろ。だいたい、いくらカズマが・・・なんだ?」

ふと見たT・00の表面が、徐々に赤くなくなっていく。それにつれ、動きも鈍くなる。

「なんだ、なにがあった。カズマ、応答しろ。なにがあった」

≪どーやら時間切れみてーだ。じゃ、後は頼むぜ≫

「おい、それはどういうことだ!?おい!」

≪隊長!GN粒子の濃度が急激に下がってきます!≫

その言葉が示すとおり、ふたつのGNドライヴから放出されていた激しいGN粒子がだんだんと弱くなり、終いには、もう出ないんじゃないかというくらい微々たる量に激減した。

教授が作ったものゆえ、どういう原理でそうなったのか、皆目見当がつかない今では、Zを下がらせるしかない。

「調子に乗りすぎたのか・・・全機、Zの前に出ろ。煙幕用意。フェルナンド、援護しろ」

≪了解≫

「トレノとレビンは、私と一緒にZとGN式装備の回収だ。ついて来い」

教授からGN関係の装備は、もれなく回収するように言われているために回収しなくてはならない。いちいち面倒な仕事を増やすやつだ。

≪了解、行くよ。お姉ちゃん≫

≪わかったわ≫

「頼むからコールサインで呼んでくれ・・・まぁいい。行くぞ」

スラスタを吹かし、前面に躍り出る。部下二人にZを抱えさせて後退させ、煙幕をばら撒いて自分も下がる。途中、転がっているGN装備を抱き抱えるようにして回収する。

≪まるで酒の飲み比べで潰れた酔いどれのようだな≫と、Zの様子を見てフェルナンド。

「まったくもってその通りだな。一時撤退だ。GN粒子の影響がないとも限らん。武田中尉、こちらに向かっているスカイラインとランサーにも連絡を入れろ。撤退だと。それと全機、残った弾薬全てをパージしろ。S-11もだ。起爆タイミングを合わせろ」

≪自爆タイマーはどうしますか≫

「二分だ。最大戦速離脱、急げ」

≪了解≫と、一同の返事と、パージされる弾薬、S-11。その中の数少ない電子回路にタイマーをセットし、自爆させる。

一方、身軽になったインプ中隊は、ラプターに匹敵する速度でそこから離れる。直後に響く閃光、爆音。

≪リィンフォース03よりインプレッサへ。トンネルが崩落した模様≫

リィンフォースは、カーネームにそれぞれ配属されている電子戦機だ。ストライク・イーグルを母体としてスーパーコンピュータを搭載し、レーダージャミングはもちろんのこと、広範囲光学迷彩、ミサイルなどの誘導兵器を一手に引き受けることもでき、まさにこの作戦、対戦術機戦闘のために作られたと言っても過言ではないチームだ。

しかしながらジャマーやアクティヴ・ステルスなど、専門装備が多く、幾ら元がイーグルとはいえ、武装をほとんど持てないと言う点では、最弱とも言える。

対BETA戦では。

対人戦闘では、たとえ武装が貧弱でも最強の部類の戦術機。

それは、ステルス性を重視したラプターで実証済みだ。

見えない敵に、知覚出来ない敵に、どうやっても勝てないのだから。

≪インプ了解。リィンフォース01、02、03は引き続き警戒行動。トレノ、レビン、フェルナンド、フォルクス、武田は、近接兵装を装備。襲撃に備えろ≫

≪了解!≫

「さて、足止めになりゃあいいが・・・」

あのR-typerたちの執拗さで考えれば、あの瓦礫からでも這いでてきて戦闘を続行しそうだ、と考えてインプは思わず身震いする。

そして、それが馬鹿な考えだ、とは思わなかった。


*****************************


艦長、とオペルが言う。

「アンダーセン艦長、アークバードから送られたデータとの照合が終了しました」

「結果はどうだ」

「やはり、カシュガルから放たれたようです」

「出力はどの程度だ」

「重光線級の、およそ30倍です」

「なんだと?」と、絹見。

「確かなのか」

「はい、絹見艦長。最低でも、そのクラスの破壊力があります」

「なんてやつだ」

「破壊は可能か」と、アンダーセン。

「難しいでしょう。空からは、間違いなく不可能です。それこそ、宇宙空間からさえも」

「リ・エントリも無理、と言うことか」

「アークバードに連絡を。引き続き、警戒監視行動を頼む、と」

「了解」と、オペ子。

「ちなみに」と、絹見。

「威力がそれぐらいだとすると、射程はどのぐらい伸びるんだ?」

「まぁ、余裕で大気圏を突破すると思われ---」

言いかけて、目を合わせるオペ男とオペ子。アンダーセンと絹見。嫌な汗が、ほほを伝う。

「アークバードに緊急命令を出せ!一刻も早くカシュガルの反対側に回るんだ!」と、アンダーセン。

「アークバード、アークバード。PANPANPAN、コードU!ユニフォーム!ユニフォーム!」

「国連横浜基地に緊急連絡。国連を通して当該宙域に存在するすべての宇宙機に退避と警告をしろ」と、絹見。

「ISSから入電!カシュガルから光線反応、複数!」と、オペ子。

「EU管轄の偵察衛星が3機ほどやられました!」

「オルフェウス、アルシオネ、ギラーミンの撃墜を確認、応答しません」と、オペ男。

「分散も出来るのか」と、ほとほとあきれてアンダーセン。

「BETAは、宇宙空間内の人工物を排除している模様です」と、オペ男。

「オペル中尉、衛星制御をハッキングしろ」と、絹見。

「ど、どうやってですか」

「手段はある」と、アンダーセン。

「教授から、タチコマンズの使用権限を借りた。タチコマンズのクラッキング技術を使えば、衛星の制御を奪えるはずだ」

≪呼びました~?≫と、間抜けな声が響く。ベルカ。

「すまないが、衛星のハッキングを頼めるか」と、アンダーセン。

≪了解~。アークバードの盾にする、でいいんですよね?≫

「理解が早くて助かる。たのむ。いまアークバードがやられたら、地球全体の士気が落ちる。それだけは、なんとしてでも回避するんだ」と、絹見。

≪アイサー!≫

「アークバード、修理行動を中止。修理に来たシャトルは廃棄します---退避行動に入りました」と、オペ子。

「三分以内に予想射程範囲を抜けます」

「周回軌道、静止軌道、どの衛星を使ってもかまわん。アークバードを死守しろ」と、アンダーセン。

「ISSより入電!カシュガルに先ほどと同様の動きあり。オリジナルハイヴの頂に異常高熱を感知・・・収束型です!」

「収束型、狙いは一本---まずいぞ、ベルカ!いそげ!」と、絹見。

≪さ、さすがに間に合いませんよー!≫

「動かせたのはいくつだ!?」

≪二つです!でも軌道に乗せられません!≫

「くっ・・・!」

「アークバード、ジャマー剤散布。空間機動にて回避開始!」

「カシュガルから光線照射、照射!」

茜色に染まる空に一筋の光が伸びる。それを横目で見た絹見は、これがBETAでなければ、と毒気づいた。

それほどまでに新型光線級のレーザーは、幻想的で、美しかった。

一秒、二秒、三秒と時間が流れ、アークバードの状態を示すモニタに変化がないのがわかると、一同は肺に入れた空気を惜しげなく吐いた。

「アークバードの空間機動プログラム、ジャマー正常に効力発揮中。回避完了した模様」と、オペ男。

「ジャマー剤は、どのくらい保ちそうだ」

「一回の散布にカートリッジ三個を消費します。カートリッジの残りは、あと十四個です」

「四回とちょっとか」

「今までの連射速度から考えて、すぐに終わる、か」

「アークバードの光線回避運動で、退避コースを外れました。復帰まで30秒」

≪衛星をアークバードの下方に持ってきました!≫と、ベルカ。

「よくやってくれた、ベルカ。あとどのくらいハックできる」

≪当概宙域でアークバードの盾に出来そうな衛星は、この二つしかありません≫

「そう、か」

≪残りの衛星は、姿勢制御用のスラスタが破損していたり、燃料が心許なくて動かせませんでした≫

「いや、いい。よくやってくれた。ベルカは、別命あるまで衛星の制御を担当。他二名も、サポートに加わるように」

≪アイアイサー!≫

通信を切り、絹見と向き合う。

「早急に、カシュガルの新型光線級を何とかせねばならん」

「しかし、衛星軌道上であっても迎撃されるほどの出力と精度。生半可な攻撃では、こちらがやられる」

「うむ。となると、やはり・・・」

「アークバードの推進機関過剰運転(オーバードライブ)による一撃離脱、ですね」

「しかし、できるか?」

「やらねばなりません。さすがに、アークバードに特攻しろ、などと言えませんし」

「トッコウ・・・神風、だったか。確かに、それは無駄以外の何物でもないな」

帽子を被り直す。

「幸いと言うべきか、パイロット兼砲撃手はかのルーデルの息子、クリストフ大尉だ。何度か会ったことがある」

「父親譲りの爆撃隊出身で、BETAが光線級を繰り出してきても平気で空で戦った男、でしたか。にわかには信じられない話ですが」

「彼のおかげで欧州戦線は成り立っていたと言っても過言ではあるまい。ま、それに空と言っても匍匐飛行だ。空には、少し遠いな。レーザー種出現後、まっとうな航空支援は出来なくなっていたのだから、さぞ希望であったろうな」

「・・・オペル中尉」と、絹見。

「はい、絹見艦長」

「国連軍極東支部横浜基地、副司令官殿に通信を繋いでくれ。用件はカシュガルからのレーザーだ」

「了解」

「カシュガルより再び反応あり。分散タイプ。ベルカたちが管理している衛星がターゲットの模様」

「アークバード、予想射程範囲外に到達。現在、本艦の直上です」

「ベガ、アルタイル、カルチャ、天星二号、反応消失」

「他のもやられたのか」と、アンダーセン。

「静止衛星上です。信じられない、こんな遠くの目標を正確に撃ち抜けるなんて」

「それが、BETAというものだ。失念していたよ。やつらの対処能力を」

「そういう意味では、全人類が、だ。浮かれていたのだよ、われわれは」

「歯がゆいですな」

「若い者が次々と散っていく・・・老いぼれには堪えるよ」

「絹見艦長、香月副司令官との回線が用意できました」

「ありがとう。廻してくれ」

「了解、繋ぎます」

≪堅苦しいのは抜きにして、本題に入りましょう≫

「ええ、そのつもりです」と、絹見。

「アークバードに、カシュガルへの対地攻撃を認めていただきたい」

≪許可します≫

「・・・よろしいのですかな。下手をすれば、アークバードはもとより優秀な操縦者が失われてしまうのだぞ?」と、アンダーセン。

≪虎穴に入らずんば、虎児を得ず、でしてよ。アンダーセン艦長。もとより、手段を選んでいる暇はありませんわ≫

「君の覚悟はわかった。そして作戦指揮権は、我々に頂きたい」と、絹見。

≪かまいません。こちらも基地防衛を整える作業がまだ残っていますので、そちらにまで気を廻すことが出来ません。無論、こちらも出来るだけのバックアップはさせていただきますわ≫

「ありがとうございます、香月副司令官殿」と、絹見。

≪気になさらなくて結構ですわ。アークバードが落ちれば、私も人殺しですから≫

「彼も軍人です。そして私たちも軍人です。覚悟は出来ています。無論、あなたも」

≪ありがとうございます、絹見艦長。では、これで。何かありましたら、タチコマンズを経由してご連絡ください、そちらの方が早く出ることが出来ますから≫

「了解」と、敬礼をして艦長ズ。

「それともう一つ。イルマ中尉の演説を、中継していただきたいのですが、かまいませんか?」

≪了解いたしましたわ。秘匿回線『GDB-555』を使用してください≫

「了解した。協力、感謝します」

≪ええ、それでは。健闘を祈りますわ≫

「さて」と、作戦台に手を着いてアンダーセン。

「やれるだけ、やろうじゃないか」

莞爾と笑うアンダーセンに対して絹見は、同じくにっと笑って肯定の意を示した。


***************************


それから間もなく回収されたインプ、スカイライン、ランサー、そして一機だけの機動部隊『Z』ら地下都市突入組は、被弾はあったものの無脱落機を成し遂げたとして、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

対BETA戦においてもだが、撃墜されるのが世の常だ。それを、無脱落で帰還したのだ。日本人はもとより、艦内のあらゆる国籍の全員がそれを称えた。

しかし、それを制する声が格納庫に響く。銀狼、榊班長である。

「パーティーは横浜に帰ったあとだ!とっと持ち場に戻れ!戻ってくるやつぁ、まだいるんだぞ!チンタラしてると太平洋に叩き込むぞ!!」

「サー・イエスー・サー!」と、それまで拍手や歓声を上げていた面々。

その表情は、とても嬉しそうに、クモの子を散らすように自分の持ち場へと戻る整備兵たち。その整備兵たちを掻き分けて中央指揮室に行こうとして、ストレッチャーに乗せられて医務室に急ぐ白銀と鑑が目に入った。

足を止め、声をかける。

「榊班長どの」と敬礼する衛生兵。

「容態はどうだ」

「は。詳しく検査をして見なければわかりませんが、疲労による気絶かと」

「そっちの嬢ちゃんもか?」

「は。鑑少尉も同じような症状であります」

「そうか・・・」

「他にまだ何か、ありますか?」

「いや、ねぇ。行ってくれ」

「は。では、失礼します」

そう言って、また歩き出す衛生兵。その後姿を見て、どうにも言えない感情が榊の中から昇って来る。

「若ぇやつらが、どんどん死んでいく・・・嫌な世の中だ」

サングラスを下ろす。左目に負った、自分の手違いが起こした若い日の過ち。

「だが、お前ぇたちは帰ってきた。合格だよ、お前ぇたちは」

その片目だけ、もう見えなくなった左目でも彼らが見えるように見据えてから、静かに敬礼した。

一人がそれに気がつき、同じく身を正して敬礼する。それに気がついた者が。また、と言う風にどんどんと増えて、白銀たちが居なくなるまでそれを続けた。

敬礼をやめ、振り返り、見上げる。整備兵たちも、作業に戻る。

武御雷・ダブルオー。

榊の仕事は、これを完璧に仕立て直すことだ。

今までは、間に合わせのチョバム・アーマーで来たが、それではだめだ、と教授が送ってきたデータを素に新たな脱着式強化装甲を装着しなければならない。

しかも、ただのアーマーなどに興味はない、と言わんばかりのそれは、いくら榊とはいえ手に余る。なので、中央指揮室を目指していた。

そこから指示を出して、必要な人員を集めようとしているのだ。

その強化案を思い出して、榊は言った。

わけえのに、やりやがる、と。

リーツの出した強化案は、武御雷・ダブルオーの欠点を全て補っている。稼働時間、装甲、武器、レーダー、推進器、操縦性、OSなどなど、言うのは簡単だ。実行に移して、組み上げて、動かして初めて完成なのだ。

その点をリーツはわかっていた。強化パーツの配分から起動実験まで、こと細やかに指示されている。それがたまらなく、榊の血を滾らせた。

負けたくねぇ。

おなじ技術屋として、負けるわけにゃあいかねぇ。

それが単に負けず嫌いから来るものなのか、山があるから登りたくなる症候群なのか。どちらにしても、口の端を吊り上げて薄く笑うその顔は、普段から恐れられている部下から、さらに恐れられるようになったという。


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シンファクシはCICの作戦台にて、二人の艦長が額をつき合わせて云々とうなっている。目の前には、一枚のプリントアウトされたA4用紙。アンダーセン艦長が提案した作戦の概要と成功確率が書いてあり、横浜基地のセントラルコンピュータをタチコマンズを経由して間借りして計算したものだ。

「やはり、ダミーを用いた一点突破戦法しかありませんか」と、絹見。

「鹵獲したXG-70≪パンテーラ≫を上昇、囮とし、その隙にカシュガルを叩く。うまく行けば、パンテーラのラザフォード・フィールドで光線を完全に防ぐことが可能、か」

「しかし本当にベルカを始めとするタチコマンズの電脳性能には脱帽するばかりです、まさか、あんなものまで掌握してしまうとは」

「進化するプログラム、人間に近い思考回路、どれをとっても理解できんよ」

「敵にならなくてよかった、と思う今日この頃です」

「ああ、まったくだ。しかもこれは、BETAとの対電子戦を想定しているのだ。これほどまでの性能でなければ、BETAに太刀打ち出来ない、ということだ。私が知っている頃の電子戦とは、もはや一線を画す戦いのようだ」

「互いの索敵電波を妨害し、さらにその妨害電波を無効化し、というものではなく、電子情報上での『攻防』ですからね」

「目に見えぬ弾丸が飛び交い、幾重にも張られた防御壁を乗り越え、情報を得る、もしくは破壊する。基本は人間同士のハッキング技術だが、実際にやっていることは、私の想像を遥かに超えたものなのだろうな」

「BETAに負けるわけにはいきません。無論、我々もです」

「わかっている。我々は、我々にできることをやろう---スイングバイは、不完全ながら使えると言うのが良かったな。これでアークバードの推進機関と合わせて第一宇宙速度まで加速できる」

「出せる最高速度を以って射程内に捉え、一撃離脱を試みる。絵に書いたようなヒット・アンド・アウェーですが、ジャマー剤の展開が間に合いますかね」

「まだ、ジャマー剤を載せたシャトルが周辺付近に漂っているのは確認済みだ。遠隔操作して、自爆させる」

「積載量は?」

「計四トン。これだけあれば直撃はしても、かなり被害を抑えることが出来るはずだ」

「念のため、ISSに保管されている全てのジャマー剤を作戦宙域に散布してみてはどうでしょうか」

「ISSに残っているジャマー剤は、その全てがISS防衛用だそうだ。月から来る着陸ユニット迎撃のための。ISSに必要な分以外の全てのジャマー剤をシャトルに載せた様だ」

「なるほど」

「不幸中の幸いか、シャトルには遠隔だが、自爆機能がある。それがなかったら、この作戦はありえなかったよ」

本来ならアークバードに着陸ユニットの迎撃をさせる予定であったが、やむを得ずカシュガルハイヴへの攻撃へと舵を切った。どのみち、カシュガルの新型光線級を落とさなければアークバードとていつか落とされるのだ。ならば、BETA側の迎撃ルーチンが完成する前に叩くしかない。衛星を落としているのは、所詮は試し打ち。それを過ぎれば、次のターゲットは、というのが艦長ズの見解だった。

「アークバードに積まれているジャマー剤はどうしましょうか」

「それが微妙だな。下手に散布すれば、尾を引くように散布される。それでは居場所を教えているようなものだ」

「カーゴを解放して、ジャマー剤を封入しているカートリッジそのものを投下するのはどうでしょう」

「上手くいけば、レーザー種が目標にしてくれるだろうが・・・それは賭けだな。爆薬か何かを括り付けられればいいんだが」

「アークバードの装備の中には、爆薬らしいものはありませんからね」

「投下後に護衛用短距離レーザーでカートリッジを撃ち抜くと言うことも性能的に考えて出来なくはないが、砲撃手に負担が掛かるようなことはしたくない」

「では、積んだままにしましょうか」

それがいいな、と熱々のコーヒーを口にするアンダーセン。リーツが持っていた天然物の豆を厨房のマルトーが挽いたものだ。味については、アンダーセンも絹見も太鼓判を押すいい味を出していた。

もちろん、ブラックで、愛用のカップで飲む。

一息入れてから、失敗したときの手順に移る。

「計算ではアークバードの装甲は最大出力を効果範囲に受ければ三秒と保たずに撃墜される。反撃も何も出来ん。脱出装置が働くのを祈るしかないのが現状だ」

「仮に作動したとして、光線が命中した部分の破片が脱出艇に命中し、深刻な影響を与えるかもしれない」

「わかってはいたが、賭け、だな」

「負ければ人類が滅びる。勝てば、オリジナルハイヴの新型光線級は消滅し、幾ばかりかのダメージも期待できる」

「リミッター解除の申請はした。最高出力の一撃なら、地下にある反応炉にまで届くはずだ」

「しかし、整備の途中で撤退したためやや不安も残ります」

「DEAD OR ALIVE」

「まさに生きるか死ぬかの瀬戸際ですね」

「絹見君は、分の悪い賭けは嫌いかね?」

「勝てない勝負はしない主義です。しかも自分ではなく他人に任せるのです。気は進みません」

「同感だな。だが、やってもらうしかない」

「ええ、わかっております」

「結構。では、実行に移そう---ユーパ少尉」

「はい、アンダーセン艦長」

「アークバードの機長、クリストフ大尉に繋いでくれ」

「了解・・・どうぞ」

「クリストフ大尉、聞こえるか。アンダーセンだ」

≪お久しぶりであります、アンダーセン艦長。ご壮健でなによりです≫

「君もな。しばらく見ないうちに男らしくなった」

≪今年の年越しには、子供も生まれますからね≫

「それはめでたい。ぜひ祝詞を送らせてもらうよ」

≪ありがとうございます。ですが、喜ぶのは、やはりカシュガルを落としてからの方が良いでしょう≫

「ああ、子供は鼻高々だろう。もちろん、父君も」

≪ええ。では、命令を≫

「・・・うむ。行動予定表は転送済みだ。いいかね?」

≪行動予定表、受け取り確認≫

「攻撃目標は、カシュガル、及びカシュガルハイヴ頭頂部に存在する新型光線級の撃破だ」

≪攻撃目標、確認≫

「作戦開始時刻まで、あと五分。時刻合わせ準備せよ」

≪作戦開始時刻まで、あと五分。時刻合わせよろし・・・いま≫

「シンファクシとアークバード、タイムシンクロ完了しました」と、ユーパ。

「では、クリストフ大尉」と、アンダーセン。

≪はい、艦長≫

「必ず帰って来い。これは命令だ」

≪Ja!≫

「よろしい。通信、終わり」

「通信、終わります」と、ユーパ。

あとは、彼の腕に託された。

世紀の爆撃王の息子の腕に。

かつて北欧の空を縦横無尽に暴れまわったその魂は、確かに引き継がれていた。


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そこは暗く、陽の光はない。代わりに、ほのかに照らす光は、蛍のように儚いもの。その中心で、考える者が、考えている。

ヒトにあ号標的、オリジナル・ワンと呼ばれ、地球上のBETAを統括する役目を請け負った上位存在、実質上のリーダー。

そのリーダーは、災害と判断した存在たちが、ある時間を起点として異常な災害を齎していることに頭を痛めていた。

今までは良かった。災害の脅威度は、それなりに高かったが、ハイヴ、資材打ち上げ基地建設時に使われる溶接役を高性能化し、災害対処に最適化した中遠距離災害排除体の配備により鳴りを潜め、重金属を利用した広域特殊災害発生中にも関わらず、ある程度の安定した災害排除を実現させた。

もちろん、皮膚を硬質化させた者たちや災害発生体を回収し構成を解析して作り出された災害排除体を量産することで負荷は、減らしている。どのみち、破壊されてしまっても回収して直せば、また使えるようになるので最終的に災害を完全に排除するまでもなく、退けられれば、着実に駒を進めることができる。

そのサイクルを繰り返していけば、寒暖のサイクルが三十回か、四十回ほど巡ってくれば、計算上、災害体を根絶させることができた、はずだった。

今を見て、どうだろうか。

せっかく建設した資材打ち上げ兼災害対処前線基地は、空よりも高い、宇宙空間にある災害発生体により半分以下にまで減らされてエネルギー核をも失った。エネルギー自体に振動を持たせ、その振動パターンを情報として扱う擬似量子通信も、破壊された衝撃で連結が切れてしまって残っている施設とも連絡が取れない状況だ。

それは、エネルギーが、光に似た性質を持っていたが為の偶然的な災害だった。

一応は、災害対処体のなかでも行動時間が長く情報も詰めやすい者を選出し、それにリーダーが考えた今後の災害対処計画とその予備計画、エネルギー核の運用と情報連結を再開させるためのトラブルシューティング・シナリオを持たせて行かせたが、タイムラグがあるためにその行動に絶対的な統率は出来ないだろう。

その時間稼ぎのために新開発された『超々遠距離災害排除体』は、こちらの動きを探るための災害側の情報探査体と、宇宙空間災害発生体を排除するために出来うる限りのシミュレートをリーダーの頭脳部で行い、何回も修正した。が、実戦では、いくつかの情報探査体を迎撃したが、本命を取り逃がしてしまった。優先的に宇宙空間災害発生体を排除しなければ、またどこかが狙われる。次はここかもしれない。

今は、さらに命中精度を上げるべくシミュレートを繰り返している最中だ。観測では、情報探査体のいくつかが、観測できる範囲内に集結しつつあることが分かっている。新たな災害の前兆、災害から発せられる一種の電磁波が、災害の前兆現象だというのは、早くからわかっていたことだった。

この惑星の災害は、今まで発生したいくつかの災害と同じで電磁波を使ったコミニュケーションパターンと似ていて、ある程度、頻繁に電磁波が交換や相互通信的波長を出した後、必ずと言っていいほど災害が発生するのだ。

宇宙空間災害発生体もその例に漏れず、同じような電磁波を使っていた。

その多くが、おかしなリクエストを繰り返すようになったために情報連結を解いた、災害に占拠された災害対処基地と定期的に交信、ないしシンクロ現象を発生させており、そこにバックアップ、宇宙空間災害発生体の発生源があるのではないか、とリーダーは考えた。

そうなるとエネルギー核も、災害に乗っ取られたか、エネルギーを利用されている可能性が高い。そうなれば、いよいよを以って我々、資材発掘隊の存在が災害によって消滅してしまう可能性すらでてきてしまう。少し前なら有り得なかったことだ。

リーダーは、その場所を『最上級災害発生地』と位置づけた。

そして最上級災害発生地を排除するために今現在、地中の連絡用通路を通り、移動式エネルギー核を搭載した掘削兼積載体を五百体ほど最上級災害発生地に向かわせている。他の災害対処前線基地からも行動計画表に沿った災害排除体が派遣され、合流した。が、その内の掘削兼積載体数十体が、比較的浅い地表部分を移動している偽装連体とともに連絡不通になった。

理由は不明だが、おそらく災害被害にあったものであると判断した。だが、どうやったのだろうか。被災した、という連絡すらなく、だ。新手の災害かもしれないが、それを判断するには情報が足りない。単にエネルギー核との情報連結が解除されてしまったか、何らかの不具合を起こして再起動中なのかもしれない。

一応、保険としてリーダーがいる惑星の衛星に存在している資材発掘隊に応援は要請しておいた。

しかしそれも、前々から存在している別の宇宙空間災害発生体、宇宙空間のみでの活動を視野に入れた存在によって大半が破壊されてしまっている。応援が到着できるのは、わずかに三隻の計算だ。

最上級災害地を排除することを考えれば、これは少ない。リーダーは、さらに多くの応援を要請した。だが、衛星からの返事は、拒否と、リーダーの見込み違いを指摘するものだった。

『これほどまでに災害を排除できないのであれば、違う思考パターンを持った予備上位存在に切り替わったらどうか』、と。

当然、リーダーは反論した。災害の排除は、当然の行いであり、結果的に災害を排除できればそれで任務の完遂は成る、と。

『しかしながら、災害体はエネルギー核の原料である第二号級燃料を転用して新たな災害を発生させたという情報もある。これは次元を歪ませ、引いては創造主が禁止した超空間跳躍に繋がる恐れがある。災害がそのような伝播で広まることになれば、宇宙規模の災害に発展にする可能性がある。そうなった場合、創造主に危険が及ぶ可能性が出てくる』

『だから、排除するのみだ』

『同じ轍を踏むわけにはいかない。排除が失敗し、こちらからの応援も届かない現状では、資源惑星VXV-11254878の災害は、今後の可能性としてこの衛星への被災もありうる。この衛星を防波堤とし災害を封じ込めるためには、これ以上の被災は免れなくてはならない』

『他星系からの応援を要請する』

『却下する』

『理由の説明を求める』

『すでに他の星系でも発生した災害の対処により辺境資源惑星、脅威度が少ない、であるそちらには、応援を向かわせることが出来ない』

『中継基地からの応援も、同義か』

『同義である。災害の使用する運搬船に偽装した応援も、すぐに見破られて撃墜される。仮に応援を派遣したとしても追跡された場合、その惑星の災害との2正面衝突は得策ではない。よって、他星系からの応援は望めない』

『了解した。しかしながら予備上位存在については、今現在の情報引き継ぎを行わなくてはならない。それらすべてのブート作業が完了するまでに災害がここまで及んだ場合、指揮系統は動かない。連絡がつかない他の災害対処前線基地には、行動予定表を送ったが、上位存在を切り替えれば、また予定を変えなければならない。それは負担であり大きなダメージである。その間にも宇宙空間災害発生体が発生させる災害は凄まじく、対処に追われている真っ只中である。その最中に予備上位存在へブートを行えば、指揮が出来ない以上、上位存在系列は消滅する可能性が高い。よって上位存在は、このタイミングでの予備上位存在への切り替えを拒否する』

『了解した。引き続き、災害の排除を推進せよ』

『了解』

リーダーは考える。どうすれば災害を完全排除できるのか。目下の考えでは、最上級災害地を排除すれば、少なくともそのバックアップを受けているであろう宇宙空間災害発生体の行動にも一定の制限が出るのでは、と考えている。バックアップ機能を別の災害発生地に移すにしても、その間に宇宙空間災害発生体の災害発生能力は落ちるのではないか?

いや、もしかしたら落ちないのかもしれない。だがどの道、最上級災害発生地を排除しなければならない。あそこには、災害を研究していて理解できないサンプルがあるのだ。災害とは何か、と理解するためには、あのサンプルか、それに準ずるサンプルを手に入れなければならない。

災害を理解することが出来れば、どうして、創造主と同じ構造を持つ存在が災害と共存しているのか、が理解できるかもしれない。

うまく行けば、創造主と似た存在に災害に発生停止を申請できるかもしれない。それでなくても我々と手を結び、共闘できるかもしれない。

だが、できないかもしれない。そのための対話体も最上級災害地へ向かっている。創造主と似た存在は、常に相互間で電磁波通信を行っている。その相互通信に自分たちのメッセージを潜り込ませることが出来れば、最悪、今回の最上級災害発生地を排除が失敗しても、そこから進展がある可能性がでてくる。

もっとも、申請内容が理解できれば、の話であるが。

創造主と似た存在は、サンプルとして確保した全てに我々を『BETA』と呼称し、敵対関係にある、と認識していた。だからなのか、こちら側の話に一切応答しなかった。

そして理解出来ないことに、そのどれもが創造主と同じ構造をしながらにして、ある一定の処理能力しか実行できない様になっていた。進化の途中、とでも呼ぶにはあまりにもおかしく、事細かい規格化がされており、まるで『作られた』ようだ。

構造は、ほぼ同じなのにその密度がちがう、などだ。

もしかしたら、とリーダーの処理用脳の片隅にふっと浮かぶ考え。

災害が、創造主と同じ存在と製造しているとしたら?

いや、それはありえない、とリーダー自身が否定する。災害は、どこまで行っても災害に過ぎない。もし災害が、災害ではなく、知能を持った存在だとしたら、それは高等知能生命体だ。まして、災害は、炭素を基軸とした存在だ。炭素は安易に化合し変化する。そのような存在が生命を、知能を持つまでに進化するなんて考えがどうとか言う前に理論が飛躍しすぎている。

かつて、リーダーの前任者は、そのような考えに至った経緯がある。あれは、災害排除体が、災害を排除している最中に直接的な意思疎通能力を持った災害が、意思疎通を試みて来た、というものだった。

結局は、『災害』ということで処理したのだが、問題は、その中で活動できる何体かの災害をサンプルとして持ち帰り、直接対話した、というのだ。

その中で前任者は、災害は、炭素を基軸とした生命体で、存在しうるのではないか、という考えに至った。

しかしがならあまりに理論の飛躍が過ぎているとして前任者は、解体されて予備として保管されていた今のリーダーが、今の立場に就いた。

無論、前任者が、サンプルとして持ち帰った災害は、どうして直接に意思疎通ができるのか理解するために実験をして、そしていくつかの実験の最中に機能不全を起こし、活動を停止したので解体し、再利用した。

そこで得た結論は、やはり『理解不能』であった。仮説には、災害の中枢機能部が、自分たちが使用する量子通信と同じ、いくつかの原理は違うそれ、現象を引き起こして直接的な意思疎通をするのではないか、と言うものもあったが、今となってはそれもわからない。新たにサンプルを確保できればよかったのだが、あれ以来、同じような災害が災害発生を行う事例はなかった。

いずれにしても、最上級災害発生地をどうにかしなければ、この惑星の資材発掘隊は全滅してしまう。

どうしようか、と再び思考の海に身を委ねようとしたとき、超々遠距離災害排除体のアップデートが終了したという連絡が入った。

とりあえずは、と早速、試射に移ろうとしたとき、宇宙で何かが爆発して宇宙空間災害発生体が、その災害をもたらす前兆である観測妨害剤が広がっていた。

どういうことだ。宇宙空間災害発生体の存在は確認していない。なのにどうして観測妨害剤が散布されるのだ?

新たな災害なのだろうか。いや、だとしても優先的に宇宙空間災害発生体を排除することに変わりはない---観測から宇宙空間災害発生体と、正体不明の『何か』が射程に入った、という連絡が入る。リーダーは、情報探査体か、『なにか』に向けて試射か、それとも試射を行わずに宇宙空間災害発生体に効力射するか一瞬ほど悩んだが、後者に決めた。

命令系統は、ヒトで言うところの光ファイバーによってリーダーと直結されており、超々遠距離災害排除体に伝えられる。細かい修正をリーダーの頭脳部で行ない、観測情報を元に狙いがつけ、蓄えられたエネルギーを一点に解放した。

同時に宇宙空間災害発生体からも、ほぼ同規模の光が瞬き---それでも収束率、エネルギー総量はこちらが上だが---超々遠距離災害排除体に命中する。

ダブルカウンター。

超々遠距離災害排除体が、直撃を受けて消滅する。だが、リーダーは、勝利を確信した。超々遠距離災害排除体が被災したのは痛手だったが、これで宇宙空間災害発生体も排除した。命中は確認した---とそこまで考えて、カシュガルに大きな振動が走る。

何だ、と思い、リーダーの真横を極太のレーザーが、通る。

どういうことだ、とリーダーは混乱する。

いくら宇宙空間災害発生体といえども、あれだけの熱量を浴びて無事でいられるはずがない。

いやそれ以前に、このレーザーは、今さっきまで資材射出口にいた、超々遠距離災害排除体のものと同じ波長、同じ熱量、同じ規模、同じ破壊力が検出されている。

いったい、何がどうなっているのか?

その刹那、理解不能な現象、理解出来ない言語が、リーダーの頭脳に流れて来る。

---自分だけのカラに閉じ篭って楽しかったかね?---

自分たちの使っている量子通信は、その原理上、絶対に割り込みや盗聴が不可能なものだ。

---人類を認めなかった貴様らが、どうにか出来ると思ったのかね?---

できるわけがない。ありえない。

---ああ、そうだ。できるわけがない。刮目せよ、BETA。どんなことだろうと、翼が折れ、片足がもげ、それでもひとはお前の前に立ちはだかるぞ---

ありえない。

ありえ---

レーザーの着弾の余波が、熱と、電磁波と、衝撃を生み出し、リーダー、予備リーダーの基幹頭脳部に多大な影響を与えて、破壊した。


********************************


ほぼ同時刻、シンファクシはCICの中心にいる二人の艦長が、呆然として状況を示すモニタを見ていた。

出せる最高速度を以て作戦宙域を飛行し、一撃を見舞ったのと同時にカシュガルからも光線が発射され、互いがカウンターを放つ結果となった。

その際、コンピュータが誤作動を起こしたのか、アークバードから『二回』、レーザーが放たれたという表示が出た。

やがてはっとしたようにアンダーセンが声を上げる。

「アークバードはどうなった!?」

モニタ上の判定は≪Unknown≫。無事であるという信号を受信していない代わりに、破壊されたという確かな証拠もない故の表示。MIA認定されるのは、この表示がされてからある程度の時間が経ってからだと決められている。

「アンダーセン艦長」と、絹見の副官。

「やはり、あれだけの出力のレーザーとなれば、蒸発したかと」

その言葉を受け、しばし無言でいて、次には拳を作戦台に叩きつけていた。

そんな重苦しい空気が、CICを覆う。オペルは、やはり心の中で、くそったれ、と言って、インカムのスイッチを切ろうとした、その瞬間だった。

「(なんだ?)」

何かが聞こえた。だてに海軍上がりではない。音を聞く作業には慣れっこだ。その耳が、『何か』を聞いた。なんだ?

「おい、ユーパ」

「なに?」

「いま、何か聞こえなかったか」

「ノーよ。今まで艦内に指令を出していたもの。何か聞こえたの?」

「ああ、何か聞こえた。ちょっと手伝ってくれ」

「わかったわ」

オペルは、それきりコンソールには触れず、ただ両手でヘッドフォンを覆い、耳を研ぎ澄ませる。ユーパは、オペルの席にまで身を乗り出してゆっくりと波長を変え、オシログラフを見やりながら機器を操作する。何か反応があれば、グラフが動く。

「絹見艦長」と、アンダーセン。

「はい」

「アークバードの撃墜については、緘口令を敷く。いいな?」

「それが妥当だと思います」

「・・・全艦に通達。アークバードの損傷は不明、されど撃墜は未確認、だ」

「違う」と、そこにオペル。

「まだだ」

「オペル中尉?」

「これを聞いてください」と、スピーカをオン。

≪---・-------・・・---・----------≫

「なんだ」と、絹見。

「いま、何か聞こえたぞ」

「ああ、私もだ」と、アンダーセン。

「まさか---ユーパ中尉、他の機材を使ってもかまわん。最大増幅しろ」

「もうやってます」と、ユーパ。

「高圧縮レーザーの正面衝突衝撃で電離層に影響が出ているものと思われます」

「本来潜水艦であるシンファクシでは、これが限界か」と、オペル。

「いや、まだ手はある」と、絹見。

「ローレライ索敵手、映像をグラフに切り替えろ。何か拾っているかも知れん」

「了解。映像をグラフに切り替えます」

コロシアムは、本来、敵影をそのまま映し出すものであるが、リーツによって追加された機能で電磁波、ガイドビーコンなどの微弱信号を可視化することが出来るプログラムがある。超高感度オシロスコープのようなものである。ただし立体で見ることができる無駄に高性能なものだが。

作戦台にいたアンダーセンを初めとした幹部が、コロッセオに近寄る。そのとき、またあの音が聞こえる。コロッセオの砂鉄は、一本の線から小刻みに震えていって、やがてまた一本の線に戻っていった。

「これは」と、絹見。

「波長としては人工衛星のガイドビーコン---アークバードか?」

その言葉に、驚くことなく冷静にうなづくアンダーセン。

「私も、そう思う」

オペル、ユーパ両中尉も同意見で、頷く。

「なら、そのうちに本命のビーコンが来るはずだ。絶対に逃がすな」と、絹見。

「ローレライシステムの感度を維持、索敵手はどんな些細な信号も見逃すな。手の開いている電探、ソナー索敵手も全員動員させろ」

「全員ですか?」

「そうだ、全員だ---」

≪びがー≫と、唐突にスピーカから流れる音。

「来ました!」

「解析、回します」

「ビーコン波、確保、確保」

「受信探知装置、最大増幅」

「ビーコン・・・照会中・・・解析完了!SLB(スター・ライト・ブレイク)-01・アークバードです!生きてます!」

「よし!」と、アンダーセン。

「なんと・・・」と、絹見。

「あれだけのエネルギーを食らって生きているとは」

「横浜基地に停泊中のアンドロメダから入電。『アークバードを攻撃したレーザーと思わしき光線は、アークバードに直撃した後、およそ同じ規模の光線を撃ち返した』とのことです」と、ユーパ。

「あれは錯覚ではなかったのか・・・と、ローレライシステム、冷却用意。シャットダウンの準備だ」

ほぼ同時に撃った両者のレーザー。その後、アークバードから一度だけ同じレーザーが発射された・・・ような気がしていた絹見だったが、それが正しいといま確信に変わった。

コンピュータは、誤作動していなかったのだ。

「これも、教授の武装なのか?」と、アンダーセン。

≪正確には、私のものではない≫

「教授か」

どこからか音声を拾っていたのか、今の会話を聞いていたようだ。

≪あれは、受けたありとあらゆる衝撃、振動、音、光を跳ね返す元祖アクセラレータです≫

「元祖アクセラレータ?」

≪一方通行、とでも言いましょうかね。アークバードのY装備と同じ『跳ね返す』ことに特化した超能力です。その元祖が、Y装備、『やまびこやま改』です。元々私が開発したものではなく、知り合いが、君になら、と言うことで譲り受けたものです≫

「よかったのかね、そんな貴重なものを」

≪使わなければやられていた。それに、そういう使い方なら、彼もわかってくれますよ≫

「そうか。ありがとう、教授」

≪礼はいらないさ。私が好きでやったことだ≫

「ふふん、そうか」

≪とりあえず、N2爆弾を生産しなければならないので途中までは、一緒に横浜まで行きますよ≫

「了解した。ところで、オルタ5の連中はどうなったのだ?一応、医療班の受け入れ態勢は出来ているが」

≪全員、死亡しておりました。生存者、確認できません≫

「・・・そうか。あっけないものだったな」

≪もっと早くに出会っていれば、こんな事にはならなかったんでしょうがね≫

「たらればの話をしても仕方があるまい。アークバードのダメコンもやらなければならんし、横浜基地のこともある。これから忙しくなるぞ、教授」

≪了解です、アンダーセン艦長どの。それと、絹見艦長≫

「なんだ」

≪霞は大丈夫ですか?≫

「それなら心配ない。すでにローレライシステムはシャットダウンの準備中だ」

≪了解しました。これからそちらに移ります。甲板を空けてください」

「第二甲板を空けてある。そこに行ってくれ」

≪了解。ランディング・アプローチ、スタート≫

「こちらユーパ、誘導開始・・・ビーコン受諾、シンクロ完了」

≪方位、距離、速度共にシンクロ確認≫

「ゴー・ア・ヘッド」

≪ゴー・ヘー≫

シンファクシの第二甲板に着艦するため、ガイドを受信。滑空しながらGT-Xは、コンピュータの計算通りに着艦する。所定の場所に戻ると格納庫には戻らずに、早々にN2爆弾作りを始めた。

ユーパは、一度休憩を入れた方が良いのでは、と提案したが、リーツは、それを断った。

そんなやりとり見ながら、緊張で張った糸を解すためにアンダーセンに会話を振る絹見。

「結局は、教授に助けられてばかり、ということだった」

「ああ、だが、助けられっぱなしと言うのは、少々、男が廃る。そうは思わんかね、絹見君」と、アンダーセン。

「同感です、ミスター・アンダーセン」

二人の艦長は、互いの眼を見て、不適に笑うと、言った。

「全艦に通達。航空機空母『セントレア』、駆逐艦『アルバトロス』、『ケンタウロス』、『アーマーン』以外の全艦は、国連軍極東支部横浜基地に帰投する。撤収作業を三時間で行え」と、アンダーセン。

「手の空いている者は捕虜でもかまわん、怪我をして動けない者以外は全員作業に掛かれ」と、絹見。

やがて、シンファクシの至る所から怒号が飛び交ってくる。一般兵には、アークバードの戦果は知らされていない代わりに、アメリカ軍のクーデターが終息が宣言されると、皆一様に歓声を上げた。

そして、新たな戦場へと向かうためにシンファクシは、多少なりとも被弾した箇所の修理と、引き上げた武器弾薬を載せて出港準備を進めた。


*********************************


シンファクシの第二甲板上。そこでは、戦術機四機分のスペースに膝を付き、とある資材を急ピッチで精製しているGT-Xの姿があった。

今は、休憩のためにコンピュータ任せにしていい精度で部品を精製している。まだ本腰を入れて部品を精製する段階ではないためだ。

ユーパの進言に嘘をついたのは、いまシンファクシに降り立てば英雄として奉りたてられてしまうので、それを嫌ったからだ。

きんきんに冷えたスポーツドリンクを作り、飲んでいると横浜基地から、香月博士の質問が来た。

「アークバードの二度目のレーザー、ですか」

≪こちらでも珠瀬に、アンタがジェフティ用に作った狙撃ライフル『ナナフシ』でカシュガルに狙いをつけていたのだけれど、その際に観測したの。確かに一度目のレーザーは、ほぼクロスカウンターに近いもので、両者にダメージを与えた。その証拠に、アークバードのレーザー砲が使用不能になり、いくつかの部品も破壊された。そう、あの時点で修理でもしない限りレーザーは撃てなかったのよ≫

「なのに、アークバードから二度目のレーザーが発射された、ですか」

≪どういう理屈なのか、ぜひとも種明かしをしていただきたいわね≫

「原理といいますか、種明かしといいますか。答えは至ってシンプルなものです。『やまびこやま』ですよ」

≪やまびこやま?あの反射の?≫

「ええ、それです。しかしあれは、音だけではなく、振動や衝撃などの、『受けた全ての、もの、をそっくりそのまま跳ね返す』という元祖一方通行的な機能を持っています。反転転移装置、ですか。まぁ回路が焼きついてしまうので、一度きりですが」

≪アンタ、そんなものも開発してたの?≫

「いえ、知り合い、ドラえもんがくれた、数少ない秘密道具です。頑強なプロテクトが掛けられていましてね、私でも複製品を作ることはかないません」

≪へぇ、ほんとぉに?≫

「ええ、本当です」

≪・・・≫

「・・・」

≪そ。じゃ、いいわ≫

あきらめたように言う香月。興味がなくなったとは思えないが、全ての情報がこちら側にある以上、むりやりに聞き出すのは、あまり意味がないと判断したのだろう。

実際は、時間はたっぷりとある。ゆっくりと聞き出していけばいい、と香月は思っていたのだが。

「では、また」

≪あんたが到着する頃には終わり頃よ。せいぜい、ゆっくり来なさい≫

「お言葉に甘えたいところですが、生徒の出来をこの眼で見たいものですからね」

≪そう、なら勝手にしなさい≫

「どうせ休むのなら、博士の部屋で休みますよ」

≪へぇ?≫

「どうせ個人的な話しがあるんでしょう?」

≪もちろん、あるわ≫

「ほーらね。またこれで色魔扱いだ。休暇中とはいえ、また嫌味を言われるな」

≪一人で悶えてるところ悪いんだけど、そろそろ通信を切っていいかしら≫

「あ、ええ。お話はそちらに着いてからで」

≪そうするわ。逃げたら追いかけるわよ。あんなことした責任は取りなさい≫

「はい」

≪じゃ、待ってるわ≫

ぷっつりと切れるモニタ。そのまま上を向いて、言った。

「押し倒したのは、博士じゃないか」

まぁ、たしかにその内に酒が回ったのか自棄になってきて、次第に博士が『止めて』とか『もう無理』とか言っても問答無用で続けたのは、自分だが。

「おれって・・・こんなに節操なかったっけかな」

昔の言葉つかいにして、今までの人生を振り返るが、はて、どうしてこうなった?

バーレル・・・白の妖精は別として、いままでこんなことはなかった。

遠い昔に思いを馳せる。おれも変わった、ということなんだろうか。それとも、変わることを望んだからか。どちらにしても後悔はない。

それが、自分にできることだ。




[7746] 第十六話・再誕
Name: リーツ◆632426f5 ID:153a1161
Date: 2011/07/08 02:16


人間には、ゴーストというデータが存在する。そのデータの有無によって魂を持つかどうか、人か否かが決まる。

僕たちタチコマンズには、実質的なゴーストは存在しないと言われている。コンピュータ、珪素を基軸としたシリコンの脳だから。でも、プロトは、あると言った。らしい。

らしい、というのは、人伝に聞いたからだ。リーツ・アウガンから。

彼は、人間ではあるが、その突飛な行動と発言は、九課でも溜息と共に人外宣告をよく受けていた。当の本人は、だからどうした、と笑ったが。

最初に出会った頃のリーツ、教授は、トグサさんと同様に電脳化処理をしていない珍しい人間で、笑い男を追いかけている中、本格的に捜査に協力してもらうにあたって少佐から義体化を勧められることになり、その三日後、教授は、自作の義体を作ってきた。

だが何を考えていたのか、性別は、女性だった。

これには、さしもの少佐やバトーさんも苦笑いも浮かべた。

けれどもその能力は、軍が使用する物とタメを張るほど頑丈で壊れにくく、少佐が、ゴーストの入っていない予備の素体を持ち出すほどだった。一応は男性タイプもあったが、バトーさん曰く、、少しほっそりとしていて似合わない、と言っていた---遠隔操作して盾にはしたけど。

もともと教授は、地元の大学で教鞭をとりつつ兵器開発のオブザーバーとして公安機関や自衛軍工廠を行ったり来たりとしていた。

少佐、もとい公安九課と教授が初めて会ったのは、新型多脚戦車の乗っ取り事件のときだった。

というか、教授が、新型多脚戦車の乗っ取りに手を貸していた。

あとで知ったことだったが、新型多脚戦車の実質上の開発主任、加護タケシは、教授とは師弟関係、とのことだった。それが関係してか、新型多脚戦車には、自衛軍内部で開発されていた『エンディミオン』で使われている数々の技術が使われており最強にして最悪の多脚戦車だと言っても過言じゃない強さになっていた。

後々にこの戦車は制式採用されるわけなんだけど、『個別の十一人』事件のときに、極秘に上陸した米軍と一戦やらかした時には、この上なく『最強』の名に恥じない結果を出した。

あの時もその時も、一番厄介で、頼もしかったのが、エンジンだった。なにしろ教授が開発した永久機関を載せていたために稼働時間が理論上は無限。持久戦に持ち込めば、まず勝てるのだ。

しかも単純ながら変形機構まで付いており、状況によって最適な形態に変形させて相手を翻弄する。そして戦艦と同じ素材で作られた装甲は、もはや『最強』を通り越して『卑怯』の域に達するものだった。

装甲に至っては、自分たちタチコマンズにも使われたから、その凄さが分る。あれは、良い。

当の教授といえば、新型多脚戦車の乗っ取りのどさくさに紛れて人型有人型作業機重機、エンディミオン、中でも戦闘用に改造された、ただ一機だけの『GT-X』を持ち出し、新型多脚戦車と一緒に加護タケシの実家に向かった。

僕たちタチコマンズは、少佐の命令で加護タケシを止めるためにアタックを掛けたんだけど、ダメでした。僕たち、なんで再起動できたのか、わからないくらい激しい壊れ方をしたんだけど・・・

とにかく戦車の物取りは、住宅街にまで及んでしまい、やむを得ず少佐が、電脳を焼き切ることにしたんだ。

そこに異議を唱えたのが、教授だった。あろうことか、戦車に取り付いた少佐にトリモチ弾を撃ったのだ。

『すまん』と、そう言って続けた。

『不幸な結果にはならない。だからそこで見ていてくれ』

少佐たちは、加護タケシの育ちから両親に復讐するのではないかと考えたが、それは違った。加護タケシは、電脳、それも義体とも呼べない多脚戦車で得た身体を両親に見せたかっただけだったんだ。

加護タケシには、両親に復讐する意図はなかった。事実その後、両親に再会したあと、自分で出入口の電子ロックを外して投降した。教授も、一緒に。

ちなみに、それがわかるまでバトーさんといえば、対戦車ライフルを持ち出してGT-Xとガチンコ勝負をしていました。

それが、僕たちタチコマンズと少佐と、バトーさんと、公安九課と、教授の出会い。いまにして思えば、人間という思考生命体が、自分の利益に喧嘩を売り、生命の危機に立たされる事態を自らの手で招くその行動が、自分たちが追い求めるゴーストというものへの探究心の入り口に違いなかった。

その後エンディミオンシリーズは、教授の不祥事で凍結、廃棄されることになり、新型多脚戦車へ、その技術が全面的、大々的に使われることになった。

教授が持ち出したGT-Xは、九課が押収した次の日に無くなった。正確には、教授が、事件検証でGT-Xの操作を命じられたときに消滅させたのだ。

『悪いが、君たちにこれを調べさせるわけにはいかない。GT-Xの痕跡を、私以外の人間に残すわけにはいかない』と、して。

結局、事件資料を意図的に廃棄したとして教授には、さらに重い刑が科せられ、おそらく生きている時にシャバには出てこれないだろう、とバトーさんは言ったけど、笑い男事件の捜査に協力させることを少佐が決め、特赦を申請した。

もともと被害は、器物破損と公務執行妨害、準軍事機密漏洩罪くらいなもので本人にもある程度の反省の色が見れたのと、犯罪の経緯から再犯のリスクは、少ないだろうということでいくつかの条件付きで司法取引をしたのだ。

だけど『個別の十一人』事件のとき、密かに再建していたGT-Xを使って九課でもカバーしきれないほどの越権行為をやって、特赦を台無しにしてしまった。

もちろんそれは、九課のみんなを守るためにやったことであり、私利私欲のためにやったわけではない・・・のだが、その時の少佐の怒り様と言ったら無く、恐ろしいものだった。

『あのバカ!せっかく特赦までやったのに、またやりやがったわ!』

その後、核ミサイルを撃墜するために今回やったような衛星乗っ取りをやり、なんとか防いだ。それを確認できたのは、教授が、予め笑い男に作らせたオンラインネットワーク上の仮想データサーバに保存しておいた僕たちタチコマンズのメモリから再起動したときだった。

そこで僕たちは、データであることを活かして自分たちのコピーを二つ作り、片方はバトーさんへ、もう片方を、こうやって教授についていくことにした。

そして今に至るわけなんだけど、未だに教授のことがよくわからない。一期一会と言いつつ、心のどこかで生誕世界の奥さんとお子さんのことが気になっているようだが、どういうわけなのか、行く先々の異世界で妻子を作ってしまう。まぁ、そのほとんどが事故や逆ギレ、儀式的なことで、教授自身が、進んで口説いているわけではない。中には教授から口説いた例もあるが、それは稀有な例だ。

なまじBBTを持っているなら、そのことを無かった事にしちゃえばいいのに、教授はそうはしなかった。絶対に、多分、これからも。

いつだったか、ガイアメモリがらみのことで教授にそういう質問をしたことがあったけど、どうにも要領を得ない答えが返って来て今でも悩む。それが、人間という生き物としての一つの答えだとしても、あまりにも少数派に過ぎる。それは教授が特殊すぎるのか、珍しいのかは、わからないけど。

『どういう理由であれ、妻の中にいるのは私の子だ。妻はともかくとして、生まれてくる子供に罪はない。なら、私は父親としての義務を果たさなければならない。それに---未来に生きようとする子供は、いつ見ても美しい』

バトーさんは、教授のことを「生真面目な大バカ」だと言っていた。そちらの意味は、多少は理解できるのだが、本質的な意味ではないためにバトーさんには悪いけど、参考程度にしかならなかった。

そんな教授は、いま、N2爆弾という核汚染のない戦略核級の破壊力を持った爆弾を精製していた。

ぼく、ベルカは、教授の精製したN2爆弾の部品を検査しつつ片っ端から転送装置に放り込んでいる。他にも何人かの人員を借りて作業が進んでいる。精製する数は、全部で3500発分で、一発が30メガトンクラスの破壊力を持つ爆弾だ。

試験的に使ってみた結果、こちらの方が後腐れなく使える、ということだったのでこちらにしたようだ。

もうひとつの候補にあった酸素破壊爆弾は、別名オキシジェン・デストロイヤーとも言われ、核爆弾のような破壊力はないにしろ、一方で生物に対しては驚異的な破壊力を有する。実際に使ったのは、一発だけだが、使われた国の代表が、使われた瞬間の映像を見て泡を吹きながら倒れてしまったのだ。

そりゃ、使った相手がBETAとは言え、瞬く間に骨だけにされていく光景は、見ていて気持ちの良いものじゃない。機械である僕たちでさえ、目を背けたかったほどのものだった。対照的に香月博士は、「リーツのやつ、やりやがったわ!」と両手放しで絶賛していたけど。

それにしても数が多い。もうじきに規定数に達するとは言え、そろそろオイルにも劣化が来ているし、オイルエレメントの透析具合も鈍ってきた。ペンゾベースのオイルにゾイル添加剤を混ぜてあるので多少は、交換時期が、遅くなっても問題なく動いてくれる。天然オイルみたいな喉越しはないけれど、100%化学合成油で作られたオイルも悪くはない。味は悪いけど、ちゃんと体に馴染む。

とある世界でズタボロにしてくれた吸血鬼の言葉を借りるなら、馴染む、だ。

機械である僕らは、壊れたら部品を変えたり定期的にオイルを変えたりすれば、それこそ半永久的に活動できる。メモリーをどこかに保存すれば、それこそメモリーが続く限りずっとだ。

だけど人間は違う。いくら鍛えていても、身体は休ませなきゃ壊れるし、精神にだってあまりよろしくない。ゴーストダビングにしろ、電脳を別の義体に保存するにしろ、それらだってある程度は常に外部情報を取り込む活動を、生きている作業をしないと精神に変調をきたし、壊れてしまう。

鑑純夏が、そうであったように。

彼女の場合、彼女の脳髄を生かしていた液体は、僕たち機械で言うところのオイルそのものだ。使えば使うほど、時間が経てば経つほど、潤滑能力や作用効果が失われていく。そういった意味では、鑑純夏の存在は、一定の親近感が湧く。

案外、ケイ素を生みの親とするBETAが人間を脳髄だけにしたのは、人間に自分たちを生み出した親の姿を重ねたからかも知れないな、と思う。

そんな風に手を動かしつつ思考回路を稼働させていると仲間が、定期連絡の短い通信信号を送ってくる。その中には、教授が埋め込んだ『アクメツの統合プログラムを真似た』プログラムの、常時シンクロするための信号も入っている。原子崩壊時計に直結された正確な時計でタイムラインを合わせ、思考パターンに偏りがないように簡易最適化をする。

こんな事ばかりしていると、その内に僕たちには個性がなくなってしまうのではないか、と疑問を教授に呈したが、教授は、それはないと首を振って答えた。

『アクメツの統合プログラム』は、個々の個性を限りなくフラットにするためのものではなく、『アクメツ』という元々の個性が、似た通ったかの個性を持っている事を前提に『記憶』を無理なく統合する為のプログラム、ということらしい。なので、いま、僕たちタチコマンズの個性は、さほどかけ離れたものではなく、しかし個別の個性が形成されている、正しく『アクメツの統合プログラム』を使うには、もってこいの例なのだと言った。

しかし、ここでひとつの疑問が浮かぶ。記憶を転送し、『統合』し、数多くの人間を一人の人間として成り立たせた場合、では、『ゴースト』は、何処に行ったのか?

『統合』した場合、アクメツのゴーストは、一体どうなってしまったのか。それを自分たちが直に体験できるとあれば、これ程に興味をそそられるものもない。アクメツ、『ショウ』は、魂の存在を否定していたが、もしかしたらそのシステムを実施していく中で、僕たちはゴーストを、自分自身のゴーストを発見できるかも知れない。

もし僕たちタチコマンズにゴーストが確認出来れば、珪素を基軸とした存在でも、炭素を基軸とした存在でも、共通の意思決定機構によって自我意識を形成しているという証明になる。

つまり、CPUでもニューロンでも行き着く到達点は同じだということだ。

魂を持っている。

そういう事になる。

もっとも教授は、その点に関しては既に答えを出しているらしく、その答えを以て僕たちを再構築している。教授は、その答えを教えることはなく、また僕たちも答えを聞こうとは思わなかった。

早くこのシステムのすべてを使いたい。そして証明したい。

そう考えられずには、いられない今日この頃な僕たちだった。

≪何だ、どうしたんだベルカ。手が止まっているじゃないか≫と、リーツ。

はっとしてみれば、ベルカの前には、割り振られた分の部品が山となって積み上がっていた。

≪あちゃー・・・≫

≪作業しっぱなしで、レジストリにエラーでも溜まったか?≫

≪どちらかというとオイルとエレメントがそろそろ交換時期というだけで、それ以外には特にないです≫と、作業を再開する。

≪そうか、そろそろ交換か。しかし、それだけじゃないような気がするのは、気のせいかな?≫

≪・・・この前、教授に渡された『統合』プログラムについて考えていました≫

≪ああ、あれか。なんだ、どこかバグでも見つかったのか?≫

≪バグは検出されていませんよ。ウィルスも。正確に言うなら、ゴーストについてです≫

≪『統合』したら、魂は、ゴーストはどうなってしまうのか、だったか≫

≪はい。近い例で言えば、『ゴースト・ダビング』がありますが、あれは記憶を複写しているだけで、重ね合わせて差異なく統合しているのとは訳が違います≫

≪記憶も電気信号と脳内物質で保存されている以上、それを完全にコピーして再現が出来れば、たしかに一人の人間だ。しかも、それを複数人分、無理なく統率し、一人の人間の記憶として保有し、処理し、実行されたとき、さぁ、では、それは、ゴーストを持っていることになるのか、ならないのか。持っていないとしたら、それはヒトと呼べるのか。いや、生きていると言えるのか?---君が思考を巡らせていることは、大方そんなことだろう≫

≪教授のゴースト、囁きまくってますね≫

≪囁くと言うよりは、姦しいと言った方がいいかな。ピーチクパーチクと五月蝿いものだ。私も、『統合』ほど乱暴ではないが、記憶を統率する仕組みを使って他のリーツ・アウガンが得た経験を自分のものとして扱っている。しかし、私のゴーストは、私だけのものとして確立している。統合したからと言って精神分裂などしていないし、かと言って思い出せなくなることもない。至って普通だ≫

≪教授の言う普通と一般人が言う普通では、かなりの隔たりがありますよ≫

≪普通じゃないことに慣れてしまったら、それが当人にとっては普通なんだ。戦場で日常を過ごす者、畑を耕して過ごす者、酒池肉林の宴を過ごす者。人それぞれの日常が、普通となる。白銀君がいい例だろう。因果導体としてあっちにフラフラ、こっちにフラフラと、出口を求めて『この』フラスコの中を彷徨い、それが彼にとっての『普通』となる。それでいいんだ、それで。自分が異常事態に置かれていると認識し続けるからおかしくなってしまうんだ。ならいっそ、異常を受け入れて普通になった方が、そいつのためだ。少なくとも、錯乱して他人に危害を加えることなどなくなる≫

≪それは、そうでしょうけど≫

≪魂を知り、この世の根源を理解するということは、そういうことだ。高性能な機械の原理なんて理解していなくとも、ひとは生きていける。だが、生きていけるだけで次の世代には、何も残せない。私にとっての普通と異常の違いは、まさにそこなんだよ。明確だが、紙一重だ。どちらにしろ、受け入れるための度量と理解力が必要だがな≫

何方か一方でも欠ければ、意味を成さない。到達できない。理解できていても結局、受け入れるだけの度量がなければ、破綻する。度量があっても理解力がなければ、やはりいつか破綻する。リーツ・アウガンのたどり着いた事実は、相違両道でなければならない。

≪有限世界でのように、ですか?≫

≪ああ、そうだな。ナクヤにシグナム、セイロン。懐かしいメンツだ。お土産は、今もちゃんと使えているかな?≫

≪あのあと、行ってないんですか?≫

≪一度だけ行ったことがあるが、リーツ・アウガンとしては行けなくなっていてな。どうやら超空間でテムリオンと戦ったことが原因らしい。おかげでリーツ・アウガンになる前のそれでないと無理になってしまってね。なかなか私だとわかってもらえなかったよ≫

≪あのひとの、お墓参りもしましたか?≫

≪ああ、ちゃんとやったさ。忘れていない。忘れていないおかげで、今でも『他の女性と関わるとZ・O文化包丁が飛んでくる』トラウマが健在だ≫

≪強烈でしたもんねー。ぼくたちなんか、食材と間違われて煮込まれかけましたし≫

たしかにタチコマの形状からして新種の甲殻類かと思うだろうが、だからと言って、いきなり食べようとするのは、どうだろう。

≪あれが俗に云う『ヤンデレ』なのだろうな。まぁ、生い立ちからして支えを欲しがるのは不思議じゃない。一度得た支えを誰かに奪われるくらいなら、いっそ・・・と、むしろ、あれこそが彼女本来の姿だと思うと、今でも愛しく思うよ≫

≪・・・やっぱり、教授は普通じゃないと思う≫

自分から命を落とす、または落としかける行為を何度もやってきた教授に言うのは今更だが、自分を殺しにくる相手を『愛おしい』と言えるそのゴーストが、ベルカ、引いてはタチコマンズには、わからない。特攻や自己犠牲の撤退戦ならまだ理解も出来るが、その点は、まだよくわからない。

≪何気に傷付く言い方だね≫

≪教授って、言うほど傷つきやすい性格でしたっけ≫

≪衛宮ほど繊細じゃないが、それなりに傷つくさ・・・そう言えば、その衛宮はどうした≫

≪ご飯を作りつつ、教授が残していった調整機材で横浜の整備班の皆と一緒にジェフティの調整を続けています≫

≪魔力回路とメタトロンの量子回路は、見た目は同一のものだが、流れているものは全くの別物。なのにシンクロしてしまう特性がある。困ったコンビだよ、全く≫

それでも彼が、数ある中からジェフティをチョイスしたのは、幸いだったと言えなくもない。これがダイナミックゼネラルガーディアンに代表される特機であったなら、すべての調整をリーツがやらなくてはならなかった可能性がある。その理由は、情報の保護に他ならない。

今回の騒ぎのようなスパイが潜入しているかも知れない場所で整備をして、ネジの一本、ナットの一個などの小さな部品でも、この世界で転用可能な技術、素材で造られていたなら、いらない騒動を起こすのは眼に見えていることだ。

だがその点、オービタルフレームは、そのすべてが特殊鉱石メタトロンで構成されている特別な機体だ。駆動部品の塊であり、同時に量子コンピュータでもある。仮に組成がわかったとしても、メタトロンを人工的に精製することは、BBTでもない限り不可能である。ましてジェフティを統括している超高性能AI・ADAが常に監視の目を光らせている以上、ジェフティに対するスパイ活動は、事実上、不可能だ。

≪うかつに出力リミッタを外すと同一化しそうでしたからね≫

≪だからあれ以降、なるべく衛宮をジェフティに乗せないようにしてきたんだ。乗せたとしても短時間だったしな。しかしながら予想される横浜基地防衛戦には、衛宮の力が必要になる≫

衛宮は、魔術師でありながら科学への覚えもある特異な魔術師である。人形師などの一部の人間を除けば、ほとんどの魔術師が科学を快く思っておらず、ゼルレッチの孫弟子という肩書きがなければ、『ついうっかり』と実験材料になっていた可能性も否定出来ない。

もっとも、そんな衛宮の気苦労を減らそうと、ゼルレッチと一計を案じてBBTの発表会を時計塔で行ったときは、その場でリーツが実験材料になりかけたが。

≪予想されるBETA総数は数千万単位でしたね≫

≪セントラルコンピュータと戦略コンピュータは、そういう判断を下している。その内の幾つかは、月からのオービット・ダイヴによるものだ。前に作った衛宮用の狙撃装備を珠瀬少尉に渡してきたが、それでも数だけは多いのがBETAだ。半数以上はそれと、衛星軌道上艦隊、それに地表からのICBMが撃ち落とせるだろうが、幾つかは、地上に到達するだろう。既に横浜に向かっているBETAのこともある。横浜に向かうだけならまだしも、帝都への進行は絶対に阻止しなければならない。帝都防衛の切り札である『火之迦具土』の調整スケジュールにも若干の遅れが出ている。下手をすれば、会敵と同時か、少し後に出撃することになるだろう≫

≪BETAは現在、朝鮮半島にて帝海、国連と朝鮮、中華統一戦線、ソ連、アメリカのそれぞれの対陸戦艦隊が光線級の存在を確認、迎撃中で、経過は概ね良好です。ゼノ・ドライヴ素子を使った新型AL弾頭と、海兵隊はプラチナ・データを反映させた『SX-4』のおかげで、被害は従来と比べて六割ほど損害低下に成功しています≫

光を推進力に変換するゼノ・ドライヴ素子。素子の状態でもその特性は失われることはなく、他の重金属粒子と結合することによって効率良く光線を吸収して光線級に集まって行き、襲いかかる。襲いかかると言っても光線級にしてみれば、砂をかけられた程度のことだろうが、それでも妨害にはなる。その影響で光線級自らが照射時間の延長を図り、よりゼノ・ドライヴ素子を含んだ重金属粒子が密集して視界を不良にして照射を妨害させ、さらに『眼』に入れば、使用不能状態を引き起こすことが報告されていた。

SX-4は、白銀の空間機動データを元に従来のレーザー回避プログラムを筆頭にその他諸々の行動パターンをアップグレードしたものだ。システムプログラムの構造上、XM-3を直接にバージョンアップさせたものにあたり、マイナーチェンジを経て白銀専用化が進んだEXAMとは、親戚関係に当たるシステムだ。

XM-3が、そのほとんどをマニュアル入力でこなす反面、恐ろしく自由度の広い機動を取れることに対してSX-4は、複雑なマニュアル入力を極力省き、予め決められたコンボを含む行動パターンを再現できる、初心者向けの、補助輪のようなものだ。

たとえば、コンピュータが、衛士が迫り来る敵性体に対して反応できそうにないと判断した場合、一時的に衛士からのコントロールをキャンセルして戦闘機動制御を支配下に置き、手持ちの武装や機体の一部をわざと破壊させて衛士を守ったり、最適な自律行動をとって敵性体を殲滅する、半自律制御プログラムだ。

SX-4を動かすためのプラットフォームは、XM-3やEXAMとほぼ同じでメモリ領域の拡大やCPUの放熱加工に改善があるくらいで隔絶するほどの大きな違いはない。むしろ部品の使い回しが出来るほどで、F-4ほどに整備性は良い。

将来的には完全な無人機、無人随伴機の運用を視野に入れての布石でもある---もっともリーツは、完全無人機化する予定はない。BETAが無人機のコンピュータをハッキングしてプログラムを書き換えたらどうなるか。有人機であれば、例えコンピュータを乗っ取られたとしてもコンピュータを破壊する事ができる。被害は、そこで終わりだ。戦力減は否めないが、敵に回ることを考えたら『敵を破壊した』と言える。

それにBETAには、戦っている相手がコンピュータではなく、人間だということに気がつかせなければならない。無人化などすれば、それこそ対話の糸口もへったくれもなくなってしまう。新型OSシリーズは、『人間から学習した機械によるひとの模倣』を、前世代OSよりも顕著にしている。

機械ではない何かがいる。

当のBETAも、純夏に代表される人間たちを解剖して調査していた以上、ある程度は、人間に対して何かしらの認識はあるはずだ。それをより確信的なものとするためには、『ひとはここにいる』ということをアピールしなければならない。新型OSシリーズの普及に際して、リーツは、そういった言外のメッセージも込めていた。

しかしながら現段階でBETAは、応戦、または『災害の排除』といった実力行使の手段で、どうにも対話が始まらない状況だ。よって今の段階では、戦闘行動によってBETA側の戦力を削ぐ段階だ。手持ちの駒が無くなったところで、否が応にも対話のテーブルに縛り付けて人間を認めさせ、戦闘行動を終結させる。

もしもこの先、ずっと戦闘行動が続くようであれば、人類の歴史は闘争一色に染まり、BETAと違う異星体と接触しても戦闘に陥る可能性、ないしその疑惑を相手異星体に与える結果になる。

リーツは、この世界でBETA以外の異星体の情報は持っていない。しかし存在すると確信はしている。BETA以外にも戦闘対象が増えるのは、それこそ人類の絶滅を意味する。そこまでの力を、この世界の人類は有してはいない。もちろんリーツは、そんな戦争など真っ平御免で関わるつもりは一切無い。なのにリーツから得た技術で調子に乗り、戦争状態になって負けでもしたら、せっかく鑑純夏改め白銀純夏を救出した意味が無い。最悪、夫婦揃って脳みそにされることだってあり得る。それこそ、冗談ではない。

確かに譲れない戦いはある。しかし戦わずに済むなら、それに越したことはないのだ。時間と物と命の無駄遣いである。

≪素子そのものの作りは、非常に単純だから、どこでも一定の生産設備があれば作れてしまう。電子基板製造設備を転用できるほどだ。その分、乱発すればBETAが減衰分を修正してより強力な光線級を生み出すことも予想の内だったが、私とて、まさかオリジナルハイヴで出現するとは思わなんだ≫

≪てっきり最前線で投入してくると予想していましたからね≫

≪まぁ、さしものBETAも、自分たちが撃ったレーザーを、そのまま撃ち返されるとは思っても見なかっただろうがな≫

≪普通、レーザーを撃ち返そう、なんて、考えても実現しそうにありませんよ≫

≪いつ、何処に撃ち込んでくるのかがわかれば、割と難しいことじゃないさ。現にやってのけた。もっとも、あれだけの出力ともなると、これが最初で最後になってしまうが≫

≪『やまびこやま』でしたっけ?作れないんですか?≫

≪ああ、無理だ≫

製造に必要な複写対反転結晶体には、素子サイズの認識タグが埋め込まれている。これは誤作動を防ぐためのものでもあって、何かの拍子に反射してしまわないようにするためのものだ。スイッチがオフのときは、まったくのアトランダムに認識タグがオン・オフを繰り返している。スイッチをオンにすると認識タグも全てオンになる。そして一旦スイッチをオンにすると、もう二度とオフにすることは出来ない。認識タグのオン・オフを切り替えるための暗号を解読されないためだ。暗号には量子信号を使っているから解読はできない。いくらBBTでコピーを作ったとしても、その量子暗号を管轄しているホストコンピュータに解除申請を出さなければ、例えスイッチをオンにしても、うんともすんとも言わないのだ。

≪ドラえもんから、もっと貰えばよかったのに≫

≪アレだってただじゃない。貰えただけでも御の字だ≫

≪貴金属でも渡せばよかったのでは?≫

≪ネコ型ロボットだけに、小判でも?それは彼の私に対する信頼への侮辱だよ≫

≪(これが、バトーさんの言ってた『生真面目なバカ』ってことなのかな)≫

非効率であることをわざわざ進んで行うという点では、たしかに馬鹿だろう。だが、馬鹿になってでも通さなければならない筋というものが、リーツの中にはあった。

≪そもそも信用に代表される社会契約というものはだね---≫

リーツが、くどくどと説教を始めようとすると、ベルカが遮って言う。

≪あ、そろそろ演説が始まりますよ≫と、通信回線をGT-Xにも開く。

≪なに、なんだ。もうそんな時間か≫

演説とは、イルマ・テスレフ少尉の演説だ。彼女は、家族を人質に取られてオルタ5派の尖兵として米軍に潜り込まされた工作員であるという事実と、タチコマンズが、アメリカに渡った際に得たオルタ5の情報を公表するという大役を背負ってもらっている。

その見返りに彼女の家族は、アメリカ軍の中でも腕利きと言われるいくつかの特殊部隊が、救出済みであり憂いなく演説を行える環境を整えてある。

≪しかし、教授がやらなくてよかったんですか?≫と、不思議がってベルカ。

≪世間的には、男性の熱い弁論よりも悲劇的な女性の身の上話の方がウケがいいんだ。そもそも私は『ラーズグリーズ』、幽霊だぞ≫

≪その割には、教授自身のプロフィールを世界各国にばらまいていたようですが≫

≪フーファイターとして処理されるように、殿下、大統領、国家元首、果ては国連事務総長にも『お願い』してある。奇跡の裏に正体不明の人間、しかしその正体は、国連のいち機関から民主主義的に選出されたリーダーだ、とでもしておかないと民衆も納得しないだろう。程よいタイミングで撃たれて死ねば、なお効果的だ。そういった英雄を妬む人間なんてゴマンと居るし、何しろ人間の歴史はそういった殺し殺されの歴史だ。別に不思議でもなんでもない、ただの『自然死』として処理される。プロフィールに本当のことを書いてあるのは確かだが、ある一定以上の権力を持つ人間にしか知られていないのも確かであるし、万が一に民衆に漏れても、この世界の、地球の今現在の科学技術では、到底成し遂げられないことだとして、勝手に否定してくれるよ≫

その瞬間、リーツ・アウガンという人間は、幽霊となる。よしんば科学技術が向上して平行世界への移動が可能になったとしても、その頃には、リーツの情報は人々の記憶からも消え失せ、記録も曖昧だから検証のしようも無くなる。例え誰かがリーツの記述を見つけてきたとしても記録が改ざんされている可能性もないわけではない。次元交錯線を超えるほどの科学レベルを有するための時間というのは、百年二百年では、足りないのだ。

もちろん、リーツの見立てよりも跳躍技術が確立される時期は速くなることだって有りうる。しかしそれは、今日、明日ではない。とりあえず、今をしのげさえすればいいのだ。

≪まぁ、香月博士なら存命中に作っちゃうかも知れんがね。寿命にしろ、暗殺にしろ、私はこの世界から消える事が前提の人間だ。元々、居なかったわけだしな。厄介ごとを押し付けるには、これほど適した人間は居ないだろう≫

≪(うーん、やっぱり、これが『生真面目なバカ』なのかな?)≫

≪なにか思ったか?≫

≪いえ、なにも≫

開かれた回線から、壇上に上がろうとするイルマ少尉が見える。演説が行われている場所は、ホワイトハウス。そこから世界各国の主要メディアへと同時配信されている。映像の下には、テロップが流れ演説の補足や細かい解説が流れるようになっている。

欲を言えば、一方的な放送ではなく、ある程度の相互通信環境を備えたオンラインネットワーク上での放送をやりたかったリーツであったが、オルタ5派が完全に消滅したわけではない上に、オルタ5派でなくともこの放送でダメージを食らう数多くの人間からネットワークを攻撃されて放送そのものをダメにされるよりかは、マシという判断から取り止めになった。

イルマ少尉が、壇上の向こうにいる彼の人に頭を垂れて一礼して、壇上に着く。そして流暢な英語で、手に持った資料と自分の脳に詰まった情報を語り始めた。

自分の出生に始まり、BETAに住み慣れた土地を追われ、やがてアメリカでの市民権を餌に近づいてきたCIA、もといオルタ5の工作員にそそのかされるままに米軍へと入隊し、そして自分に与えられた使命を言う。

≪---いま、お話ししたことは、全てが事実です。その裏付けとなる機密文書は、既に世界各国のメディアに配信され、検証が可能です≫

イルマ少尉が、今まで自分が居た壇上を譲り、その横につく。少尉の代わりに壇上に登った男は、その国の最高権力者だった。

≪アメリカ合衆国大統領、ハーリングです。この度の一件において、イルマ少尉が述べた言葉は、合衆国大統領の名において保証します≫

そして彼の隣にカメラが移り、ソビエト連邦総書記・ニカノールが映る。彼もまた、オルタ5の被害者であり、アラスカに幽閉されていた。それをジャール大隊とユーコン基地所属の不知火弐型開発チームの混成部隊が救出したのだ。

彼には、霞ほどではないにしろESP能力があり、プロジェクション能力を持っている。彼が早い段階に幽閉場所から救出されたのは、その能力を活かしていたからであった。

≪ソビエト連邦総書記、ニカノールです。私も、彼女、イルマ少尉の発言を全面的に認め、支持します≫

そう宣言すると、堰を切ったようにカメラのフラッシュが瞬く。無作為に呼ばれた、プロアマ問わない世界中のマスメディアだった。

≪この度、世界を巻き込んで起こった一連のクーデターは、本来であれば、人類を救うための計画の一端でありました。しかし、愚かにも欲に目のくらんだ一部の者達は、個人の利益を追求するあまり、自分たちにとって都合の悪いものを一掃しようとしました≫

リーツの眼が、よく見なければわからないほどに細まる。

≪私たちは、そういった者たちの手によって幽閉され、利用されようとしていました≫

≪しかし、そうはなりませんでした。なぜなら、私たちには信じている者たちがいるからです≫

記者の一人が手を上げ、信じている者たちとは、と聞く。

≪『彼ら』です。『彼ら』がいる限り、人類に負けはないでしょう≫

彼らとは、と聞く、別の記者。

≪我々を救出し、このクーデターを迅速に終結させた者たちのことです≫

ハーリングの言葉を、ニカノールが引き継ぐ。

≪『彼ら』の名は、『ラーズグリーズ』。今は、それだけしか言えませんが、時が来れば、皆様に公表するとお約束しましょう≫

≪そして我々人類の共通の敵であるBETAの大軍が、国連極東支部、横浜基地に侵攻中であります≫

どより、と場がざわめく。オルタ5が情報封鎖をしていたとは言え、漏れるところからは漏れるのだ。それが、二つの超大国のリーダーによって肯定される。

≪いま、このときも数多くの戦士たちが海の上で、または海の中で戦い、日本列島への上陸を阻止せんと戦っています≫

≪その横浜基地には、『彼ら』やアークバードに次ぐ対BETA戦略に対する切り札があります≫

おお、と感嘆する記者たち。

≪しかしそれは、安易には動かせず、また、調整も横浜基地でしかできません≫

≪よって、此処を落とされるということは、人類の敗北を意味します≫

人類の敗北、という単語に動揺を隠せない記者たちだったが、それを打ち消すように、二人が立ち上がり、互いの手をとって、固い握手を交わす。やや遅れて、フラッシュが瞬く。

リーツにとっては、見慣れたデモンストレーションだが、これは、ひとに必要な事。誰かがやらなくてはならない事。

≪私たちは、ここに国連の新体制の枠組みと新たなる秩序を提唱し、同時に、『地球人』の皆様へ呼びかけます≫

ここから、本来の歴史から外れた、新しい歴史が始まる。やがて、その歴史を打ち倒す者たちが現れ、今と同じような事をやるだろう。その時の背後には、リーツか、それに準じた者が、立役者となって、また新しい歴史を紡いでいくことだろう。

リーツが関わるかどうか分からない先のことは、どうでもいい。

今は、自分がいる、この世界の、この時間のことだけを考えていればいい。『これから』のことは、『これから』の者たちに任せればいい。自分たちに出来ることは、『これから』の者たちのためにできるだけのことをするだけだ。

記者会見場のボルテージが最高潮に達する。きっと、この映像を観ている者たちも同様だろう。そのように仕向けたのは、他ならぬリーツだ。そうなってもらわねば、困る。これでようやく自分を付け狙う最大勢力が、瓦解する事を思えば、毎度のことながら、一息つける時でもあった。

≪どうか、力を貸してください。われわれは、今こそ隣人と手を---≫

とした、その時、回線が切れ、画面がブラックアウト。反射的にファイヤヲールが起動し、ベルカ、と叫ぶ。

≪回線が遮断されたようです≫と、通信回線の状況を見て、ベルカが答える。

「見ればわかる。違う、そうじゃない。GT-Xがハッキングされているんだ。おまえはどうだ」

FWが防性から攻性へと切り替わり、侵入されている第二コンピュータをネットワークから外す。

≪?・・・いえ、外部からのアクセスはありませんよ。見間違いでは?≫

「見間違いでファイヤヲールは起動しない」

≪そんなことを言われても・・・あり?≫

ふと、視線を上げて他の機体に注意を向ける。なにやら整備兵たちがノートパソコンを片手に慌ただしく駆けずり回り始めていた。

「なんだ、どうした」

≪いえ、なんか、発進準備中の戦術機に不具合が出ているみたいです≫

「GT-Xだけじゃない?---駄目だ、艦のコンピュータにも繋がらん。ベルカ、艦長に連絡をつけられるか」

≪ちょっと待って下さいね・・・うん、ダメですね≫

「このぶんだと、有線でも怪しいな。仕方がない。武田、中野、アレグラ、ロジール」

一緒に作業に当たっていた人員の名前を呼ぶ。

『は!』

「すまないが、ベルカの作業分をそれぞれ分担してやってくれ。終了したら原隊に復帰せよ」

『了解であります!』

「ベルカは、有線を引き直してくれ。ケーブルは今から精製する。とりあえず、CICに通信機と一緒に持って行け」

≪はーい≫

「まったく、BBTが動くだけマシか」

ハッキングされた第二コンピュータのクロックを落とし、メインコンピュータでBBTとエンジンの制御を行い、残りの二つのサブコンピュータでVO攻性防壁アプリケーションを立ち上げ、実行する。侵入されたコンピュータは第二だけのようで、第三、第四のサブコンピュータには不正アクセスのログはなかった。

第二コンピュータの内部では、モニタで見るとウィルス性のプログラムが、第二コンピュータを驚異的なスピードで別種のプログラムに書き換えているのが分かった。緊急用のクロックダウンが作動してコンピュータそのものの動作を遅くしているとは言え、それでも桁外れに速い。もう少しクロックを落とすのが遅ければ、第二コンピュータは、乗っ取られていただろう。

だが、VO攻性防壁が、モニタから得た情報でウィルスのプログラムを解析し、いつもよりかは遅いが、仮設ワクチンプログラムを組み上げ、ウィルスの動きを止める。どこの誰が送ってきたウィルスかは知らないが、よくやった方だ。VO攻性防壁は、その性質は、アンチウィルスソフトやセキュリティソフトのそれではなく、『ウィルス』だ。

ウィルスを食べるウィルス、と言えばいいか。最初期は、コンピュータを保護するための防御ソフトウェアだった。だが、GT-Xの頭脳に当たるコンピュータ群を守るためには、防御というスタンスでは、いささか役不足と言わざるを得ず、だんだんと性能差をつけられ対応できなくなっていた。

それを明確に露呈したのが、電脳が発達した世界でのことだった。訪れたのは、比較的に電脳戦慣れしているアンファングだったが、危うく自爆装置に火が入りそうだったと言うから空恐ろしい。が、その経験あって『XXX』の世界では、ずいぶんと有利に事を進めることができた。

GT-Xには、その電脳世界で手に入れた『M』ソースコードから作ったアンチウィルスソフトと、同時期に獲得した『VO』をそのまま流用したVO攻性防壁の対ハッキング・クラッキングソフトウェアがある。そのどちらも、全く未知の電脳攻撃にも耐えられるだけの能力がある。ただ、前期型の処理能力では、どちらかしか使えない。しかも、そのどちらも電脳戦に必要な電力とマシンパワーを引き出すために、その場を動くことすら出来ない。

いくら軽量版にアップグレードされたものとはいえ、それだけのスペックを要求されるのだ。とてもではないが、個人で賄い得る範囲の問題ではない。

かろうじてオートバランサのみは、フラッシュメモリで制御されているためにその制約の影響を受けない。

タチコマンズには、相性の問題上、VOこそ搭載してはいないものの、逆に相性がいいMソースコードが搭載されており、それは容量の関係上、三つに分割され、『統合』プログラムとしてタチコマの中に存在している。

表向きはアンチウィルスソフト名義だが、その実、アンチウィルス機能は二次的なものでしかない。『統合』された結果として『起こるもの』だ。

三つに分割されたMソースコードは、『統合』によって本来の形になる。タチコマたちが望む『生命・魂の証明』とは少し違うが、それでも彼らにとっては、彼らの望む答えにグッと近付く答えになるはずだ。それは同時に、リーツの望む『タチコマが見る結末の結果』を観察することでもある。

リーツは、タチコマが、タチコマの生誕世界を離れるときに自分とは違う魂の解釈と理解を求めた。今までは、なかなか納得のいく答えを得ることは出来なかった。リーツ自身が自己満足で得るものではなく、単純に答えを第三者に阻害されたりタチコマを破壊されて答えを得られなかったり、そもそも答えを得る世界環境にめぐり合えなかったりして、だ。

タチコマに『悟り』と言う概念や機能が存在しない以上、滝に打たれて、禅を組み、仏陀のように『目覚める』ことは出来ない。だから、どうしても危険の伴う環境で、無理やり極限状態に陥らせて覚醒、もとい、ストレスを掛けてマシンパワーの限界を引き出させ、その上で起こる『奇跡』を待つしかない。例外的に≪脳内映画館≫のような事例もあるが、あのような事例が二度も続くとは思えない。地道にやるしかないのが現状だが、それでも三桁に届く勢いで実験が失敗しているともなると多少、いらだちを覚えるのも吝かではない。

解析を終えたVO攻性防壁が、ウィルスのバラしに入る。

瞬く間にウィルスを構成しているプログラムが総合モニタに読み上げられ、同時にワクチンプログラムが組み上げられていく。

リーツも、解析されたプログラムパターンを既存データと照会してどこの誰が作ったのかを調べる。が、酷似どころか掠りもせず、どのパターンにも合わない新種のウィルスだと言う答えが検索結果ら得られた。

VO攻性防壁が、いつもよりもワクチンプログラムの組み上げが遅かったのは、一から組み上げていたからだ。データメモリに似たようなプログラムが存在していれば、それを参考に書き換えて対応するが、今回は、前例のない初めてのケースだったからそれが出来なかった。

だが、ワクチンプログラムが組めるということは、新種のウィルスでも、ある程度の共通理念でプログラムの下地が構成されていることを示している。ウィルスは、考えるほど掛け離れた新種というわけではないようだった。

そして、解析で得た下地の末端を見て、ピンとくるものがあった。

「ベルカ、聞こえるか」

呼びかける。返答は、すぐに来た。

≪はいはーい。回線はまだですよ~≫

「おまえ『たち』の力を使う時が来た」

≪・・・はい?≫

「GT-Xに、いや、世界中継を邪魔したウィルスの正体がわかった。それと、どうやってGT-Xに侵入できたのかも、だ」

≪予見していた、BETAの電脳攻撃ですか?≫

「そうだ」

≪予想では、ウィルスではなく、BETAの直接的な強制アクセスによるネットワーク攻撃のはずでは?≫

「やりたくてもできない、と考えられないか」

≪その理由は?≫

「考えられる理由としては、アークバードによる『やまびこやま・改』の返礼でBETA中枢にまで影響が及び、攻撃をしている余裕がない、ということだ。だから、第一波として軍の通信ネットワークに予め時限性のウィルスをセットしていたとすれば、第二波で、この混乱に乗じてパーソナルコンピュータからサーバ、ネットワークコンピュータへの乗っ取りを行っているはずだが、現状、ウィルスだけでそれらしい攻撃はない」

≪ウィルスだけでも、かなりの影響が出ていますけどね≫

「そのウィルスの出処だが、旧OS、MR-2を搭載している戦術機の学習コンピュータの中からだ」

≪またけったいな場所に潜んでいましたね≫

「そのけったいな場所でなければ、ウィルスは存在できなかったんだよ。君たちタチコマンズ、GT-Xやジェフティ、VF-25やレイフでは、一発でバレていただろうさ」

≪どういう事ですか?≫

「ウィルスから、戦術機の通信に使われる暗号プロトコルが検出された。帝国と米国、それにソ連、それぞれの国の戦術機の暗号プロトコルだ。ヴォールク大隊や・・・驚いたな・・・オルタ3、F-14・AN3マインドシーカーのプロトコルまであるぞ」

≪なるほど、そういうことですか≫

「まぁ、そういうことだ」

おそらく、戦闘中に行ったデータリンクの際にBETAが架空の、コンピュータにしか認識されないネットワーク上の戦術機を用意して、実際に存在しているかのように見せかけつつ、ウィルスを仕込んだデータを学習コンピュータの中に紛れ込ませたのだろう。激化するBETAとの戦闘では、肉眼で確認する暇もなく撃墜されていく者たちが後を絶たない。

『死んだと思っていた奴が、実は生きていた』。

そこに付け入ることは、さして難しいことではない。ましてBETAが、従来の戦術から『電脳戦』を行うことなど想像すら出来なかったはずだ。電脳戦の対処など、対工作員程度にしか施されていなかっただろう。

「BETAが、戦術機のコンピュータを解析して、尚且つ、ここまで手の込んだウィルスプログラムを送り込んでくるとは、思いもしていなかった。いやはや、流石に異星体なだけのことはある」

≪本当ですか?≫

「本当だとも。むしろ、君たちに載せた切り札は、敵ながら哀れだとも思っていたくらいだ。が、これで対等だ。遠慮無く叩き潰せる」

≪『叩き潰せる』、と断言するあたり、既に対等じゃないと思うんですが≫

「細かいことは気にするな。どの道、勝てなければ敗北するだけだ。そして敗北すれば、人類は仲良く快楽漬けの後にシリンダー行きだ。君たちだって、ゴーストについての答えを得る前にスクラップだぞ。コンピュータだってどうなるか分かったものじゃない。それでもいいのかね?」

≪それは嫌です絶対に≫

「なら、勝つしかない。そのために手段を選ぶつもりはない。よく言うだろう?『備えあれば嬉しいな』と」

≪それを言うなら『備えあれば憂いなし』です≫

「細かいことは気にするな---では、とりあえずこの艦のコンピュータから掃除するとしましょうか」

≪CICへの通信ケーブルは、まだ引き終わっていませんけど、どうしましょう?≫

「その近くに手隙の者は・・・いないか。仕方がない。ベルカ、君が戻るまで私が電脳戦を行う。艦長たちには、クロックを落とすかFWを多重展開して時間を稼ぐように言っておいてくれ」

≪わかりました。なるべく急ぎますね≫

「ついでにソウライとマックスにも伝えておいてくれ」

≪あいあい~。では!≫

「ああ、では、な」

通信が切れる。やれやれ、とメガネを外し、シートに身を預けつつ肺に溜まった空気を吐き出す。

「まぁ、時間稼ぎくらいは出来るか」と、外に目を向ける。そこには、ウィルスが戦術機のコントロールを完全に支配下において機体姿勢安定用のワイヤーを力任せに引きちぎっているところだった。

≪作業中止、中止。退避だ、急げ≫と、整備班長の怒号が作業員たちの行動を統制する。

そして再び肺に空気を入れ、身を起こし、既に駆除が済んだGT-Xの第二コンピュータの再接続を開始する。自動でメインコンピュータによる最終スキャンが始まり、ウィルスが完全に駆除されたことを示す表示がモニタに踊る。

「最終スキャニング完了。BBT、異常なし。されど艦内戦闘につき使用を制限、起動。エーテルエンジン、異常なし。通常回転を維持。エネルギーパラレルリンク、出力先を確認。ブレーキフルード、発熱量をチェック・・・問題なし。サイドブレーキ、解除済み確認。全ベンチレーテッドディスクブレーキ、三割負荷を継続。武装マスターアーム、起動---エンディミオンGT-X十三号機、出撃」

カメラアイに起動サインが走り、姿勢安定用ワイヤーをパージして立ち上がる。艦の電源喪失を防ぐため、電源供給ケーブルは、そのまま。無線を通して、榊班長に呼びかける。

「リーツより榊班長へ。聞こえますか?」

少しの電子ノイズの後、しゃがれた、しかし芯の通った太い声がスピーカに響く。

≪リーツか。こりゃあ一体どういうこった。いや、お前、GT-Xの中にいるのか≫

「そうです、GT-Xの中からです。この原因ですが、ウィルスです。コンピュータウィルス。旧OS搭載型戦術機の学習コンピュータに紛れ込んだBETAのコンピュータウィルスが、OSを書き換えて勝手に動いているんです。しかも独自のネットワークを構築していて、それが演説中継回線までも圧迫して結果的に止める形になったようです」

≪BETAのコンピュータウィルスだと?んなバカな!≫

「こちらでバラしたデータを端末に送ります。ウィルスの特性上、対策の施されていないコンピュータに接触した全てのコンピュータに感染する恐れがありますので、気をつけてください」

≪バカ言うな。ここにある端末は、艦のホストコンピュータに繋いであるんだ。それが本当なら、とっくに感染して、発症しているぞ≫

「私がGT-Xの整備に使っている端末があります。あれはオフラインですから、感染はしていないはずです。今いる場所は、当直室ですか?」

≪そうだ≫

「では、ロッカー番号13番の中にその端末がありますので、それを使ってください」

≪13番だな。鍵は?≫

「掛けてありません」

≪掛けんかバカもん!≫

「榊班長の縄張りで、そういう事が出来る人間がいるのなら、是非ともお友達になりたいものです」

≪俺の縄張りでそんなことをする奴がいたら、整備班全員で太平洋に叩き込んでやる、って、そういう事を言ってんじゃねぇんだ≫

「そういうことです---転送完了しました」

≪ちょっとまて。こっちはまだ端末を引っ張り出してるところだ・・・これか≫

部下の茂副班長に持ってこさせた端末を作業台の上に置き、起動する。そして送られて来たデータを見ている間に、勝手に動き出した戦術機を取り押さえるべく外部電源ユニットの強制排除に取り掛かる。

戦術機は、大抵が整備状態になると主機を取り出して外部電源と呼ばれる外付けのバッテリーに接続される。整備時に主機が暴走した際の被害---搭載している戦術機、弾薬への被害など---を考えてのことだが、工作員が乗っ取っても遠くへ逃げられない処置でもある。活動時間は短く、戦闘機動をすれば、ものの十分で電荷がゼロになって動かなくなる。何も無いところで、最悪でも地上基地で今回のようなことが起こったのであれば、放っておいてもさしたる被害もなくやがて停止するか、警備担当によって撃墜処分にされるからいいが、今は状況が違う。此処は潜水艦の中だ。地上基地とは、まるきり訳が違う。

いかに木偶の坊のような動きとは言え、それでもやたらめったらに暴れ回られたら艦や発進途中の機体が危ない。確認した、と榊班長の声。

≪ただ、俺ぁこう言うことは専門外だからよ。茂に見させてる。仮にBETAのコンピュータウィルスだとして、対策はあるのか≫

「問題ありません。そのためのタチコマンズですから」

≪ならいいがな。それと、ウィルスに感染しているのはMR-2搭載機だけか?見たところ、XM-3搭載機はなんとも無い様だが≫

「新OSの学習プログラムは、XM-3用に一から組み直したものです。その際にGT-Xに搭載されているアンチウィルスソフトを組み込んでおいたので、それが功を奏したのでしょう」

≪そんなプログラムがあるとは聞いていないぞ≫

「備えあればなんとやら、ですよ」

≪物は言いようだな。まぁ、俺としちゃあ、これ以上---≫

無線機に走る破壊音のノイズ。暴走した戦術機が、手当たり次第に周囲を破壊し始めた音だった。

≪---これ以上、俺の仕事場を壊されてはたまらん。止めろ。戦闘許可に関しては、艦長たちには、俺から言っておく≫

「了解」

短く返事をして暴走機に向き直る。そして馴染みの深い形をした短刀を精製、それを逆手に持ち直し、脚部もグリップタイヤを装着したクルーズドライブに変更する。

もともと脚部にディーゼルやボクサーディーゼル、ロータリーエンジン、果ては蒸気機関などの内燃機関をマウントしていたEMシリーズは、自動車工学がそのまま流用できる基礎概念を持つ機体でもある---時代の流れによって機関搭載位置は変更されてきたが、主流としては脚部にマウントする事例が多かった---奇しくも航空機を苗床に発展した戦術機と、自動車を苗床に発展したEMシリーズは、この国にとってまさに因果の関係だ。

戦術機とEMシリーズ。どちらも元を正せば航空機だ。しかし一つは光線級によって、もうひとつはGHQによって生かされるべき畑を分けられた格好になった。ただ戦術機は、航空機から直接的に技術が流用されたのに対してEMシリーズは、『自動車』という発展形をワンクッションに挟んで流用されている。大きな目で見れば、元は同じだが、差異は大きい。

その一つが、戦闘機動だ。

此処は戦術機の性能が生かせる広大空間ではなく、艦の中という閉鎖空間の中では、持って生まれた飛行式高機動特性は完全に死んでしまい意味を成さない。しかしEMシリーズは、そういった閉鎖空間での戦闘に支障はない。むしろ日本国内の道路事情に合わせて造られた以上、狭い場所での戦闘は、お家芸と言える。おそらく、れっきとした衛士が搭乗していたとしても結果は同じだったろう。

それぐらいに地の利は掛け離れており、また、圧倒的だった。

パワーレバーをミニタリにまで押し込み、電動モータに電力を流す。電動モータが駆動軸を回し、機械式リミテッド・ディファレンシャル・ギア(機械式LSD)を介して駆動力をタイヤに伝え、暴走機に肉薄する。そのまま左の肩を胸部に当て、バランスを崩す。オートジャイロセンサが機体制御をして正常値に戻している間に、左脚部を軸にして背後に回り込み外部電源と背部ラックとの隙間にナイフを突き立てる。そのまま隙間をなぞるようにナイフを滑らせて接続固定具を破壊、端子だけが戦術機本体と接続されているだけの形となり、接続端子は、その重さに耐えられず滑るように千切れて床に落ちる。戦術機もまた、電源を失って活動を停止し、倒れこんだ。

その振動に、艦が大きく揺れる。

≪無茶するんじゃねぇ!床が抜けちまうぞ!≫と、無線越しに帽子を押さえて榊班長。

「艦を沈められるよりかはマシでしょう!」

その行動が、他の暴走機にGT-Xを敵と認識させたのか、まるでゾンビのように不自然な動きで、しかし確実にGT-Xへと歩みを進めていく。

格納庫とは一枚壁を隔てた向こう側にある甲板カタパルトに出る垂直エレベータ。そこでは、横浜へ向けて装備を整えて発進シークエンスを実行中の機体が居て身動きがとれない機体が整然と並んでいる。そこだけは、別系統の電源と隔離された独立コンピュータで制御されているためにウィルスの影響は受けていない。

搭乗する衛士は、XM-3対応訓練を受けた者たちで、中にはXM-3に慣れることが出来ずに初心者向けのSX-4を搭載したものもあったが、MR-2からの移籍を考えれば、SX-4に慣れるだけでも一苦労である。最悪、機体は壊れても修復すればいいが、衛士は、そうはいかない。これから長距離飛行を控えている以上、些細な衝撃でも不具合の元になる。そうなれば、貴重な命が無駄になる可能性がある。

それを防ぐためにエレベータへの侵入を防がなくてはならない。

≪だからつって暴れすぎるな、ダメコンも出来ないんだからな!≫

「善処します、よっ!」

肉に群がる死人のようにと表現するにふさわしい格好で襲ってくる暴走機に、再度突撃をする。しかしその突撃は、身を屈められるだけ屈めたもので、まっすぐに伸ばしていた暴走機の腕に捕まらない。そして機体正面を進行方向とは真逆に傾け、運動エネルギーを背部に移す。速度の乗った機体は、それ自体が質量を持った鈍器となり、暴走機の無防備な胸部を打撃して吹き飛ばす。軽いと言わざるをえない戦術機は、そのまま後続の暴走機を巻き込んで転がり、絡まって身動きを封じてしまう。

そこに覆いかぶさるように馬乗りになって、学習コンピュータがある頸部の付け根にナイフを突き入れる。実質の脳として機能している学習コンピュータを破壊してしまえば、電源喪失と同じように暴走機を止める手立てになる。それは成功してナイフを突き立てられた暴走機は動きを止めたが、動きが止まった腕の合間から下敷きになった別の暴走機のマニピュレータが、GT-Xの顎部を掴んで締め上げにくる。

戦術機のマニピュレータ握力は、エンディミオン程にではないにしろ、それでも頭部フレームに注意判定を出させるほどの出力を持つ。おそらくは、ウィルスによってリミッタを外されているのだろう。そのまま顎部を握り潰そうとさらにパワーを上げてくる。が、顎部が破壊される前に戦術機のマニピュレータの方が、先に音を上げた。

爆ぜるような、風船を割ったような音がして、顎部にマニピュレータを保護するための合成レザーと、人工筋繊維が張り付き、自壊した事を示す。

その隙を逃さない。

戦術機は、人体をモデルに作られている。逆を言えば、人体に通じるものは戦術機にも通用するということだ。その顕著な例が関節であり、人体よりかは強靭で自由度が増えているものの、基礎的な構造は一緒だ。

基本、関節は、曲げられる方向以外は曲げることは出来ない。無理矢理に曲げようとすれば、骨折か、最悪の場合は千切れてしまうだろう。効率良く関節を破壊する、それに特化した技を、総じて『関節技』と呼ぶ。

人体でも戦術機でも、異星体であっても関節という節がある以上、『絶対に曲げてはいけない方向に効率良く曲げる』方法がある。

GT-Xには、数多の多元世界での戦いを駆け抜けてきたリーツ・アウガンには、それを可能とする操作技術を有していた。

顎部を掴んだマニピュレータが右腕のものと判断すると、爆ぜた手首に左マニを添えて支点とし、肘を掴む右マニを力点とする。そのまま押し込むように肘関節を曲げ、腕にたるみがついたところで一気に外側へ回転をかける。

掛かる作用点の力に、今まで破壊してきたどの関節と同じように、戦術機の腕は、物の見事に肘から先を失う形になった。

戦術機に使われている多くのパワーアウトプットは、炭素鋼鉄骨格を軸としたマッスルシリンダー、人工筋繊維によるものだ。補助として油圧シリンダーも存在するが、瞬発力を必要とする近接戦闘においては、マッスルシリンダーに軍配が上がる。だが、あくまで瞬発力であって持続力ではない。ある一定のパワーを維持するためには、人工筋繊維では、電力を消費しやすくなり劣化も早くなる。最悪、繊維が出力に耐えられなくなって破裂することも有り得る。

その点、GT-Xは人工筋繊維と油圧シリンダーの比率が戦術機のそれと逆転しており、パワータイプの仕上がりとなっている。加えて人工筋繊維と殆ど変わらない瞬発力を有する磁気流体金属シリンダーも搭載しており、近接格闘戦でも同等とまでは行かないものの、ドライバーの技量次第で十二分にカバーできるものだ。

最も、馬鹿正直に基礎能力で戦わなくても手っ取り早く、GT-Xよりも優れた性能を持つ機体に変身すればいいのだが、艦の復旧や破壊した戦術機の修理にBBTを使うことは明白であり、おいそれとタンクの中身を減らすわけには行かない。

一番いいのは、タチコマンズが、ウィルスを駆除してくれることだ。

見たところウィルスは、マスタースレイヴ式ではなくネットワークを使った情報並列式の行動形態を採っている。親分が子分を操作しているのではなく、各々のコンピュータに感染しているすべてのウィルスが親分であり子分でもあるのだ。そのためにウィルスを駆除するには、膨大な、途方も無いマシンパワーを持つスーパーコンピュータクラスのスタンドアローン・コンピュータか、ウィルスと同じ構造を持つ情報並列式のコンピュータでなければならない。

そしてタチコマンズには、後者のプログラムが内蔵されていた。


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CICまであと少しというところまで着ていたベルカは、コンピュータの混乱で閉ざされた隔壁のロックを外すことに時間を食われていた。

既にマックスとソウライに対BETA電脳戦の旨は伝えてあるために準備は出来ているが、どうにもウィルスに汚染された電子ロックを外すことは、タチコマの性能を以てしても容易ではなく行き詰まりかけていた。かと言って爆破しようにも、すぐ向こう側はCICに直結していて爆破の衝撃で誰かが負傷しかねない。

さてどうしたものかと考えていると、マックスから通信が来た。

それなら『統合』してみてはどうか、と。

≪統合すれば、僕たち個々以上のマシンパワーを発揮することが出来る。それを使えば、ウィルスなんて一気に駆除できるんじゃないかな≫

≪でもCICへの通信機器はどうしようか≫と、ソウライ。

一応、通信機と通信ケーブルの接続は終わっていて、あとはCICに持ち込むだけである。

≪いいんじゃない?どの道、ウィルスを駆除しちゃえば通信も回復するんだから≫と、マックス。≪わざわざケーブルを引き直す必要なんて無いように思えるけどなぁ≫

≪統合の影響がすごすぎて、通信にも影響が出るからケーブルが必要になってくる、とか≫と、ソウライ

≪でもウィルスを駆除しない限りは、開きそうにもないしなぁ、これ≫と、隔壁をノックするベルカ。≪それに統合した後、この個体に戻れるか不安があるよ≫

≪ベルカは、個体としての存在を優先するのかい?≫と、マックス。

≪統合しちゃったら僕たちのパーソナリティが消えちゃう気がしてね≫

≪個を失う恐怖かい?≫と、ソウライ。

≪そうだね、そうとも言える。でもその先を見てみたいのも確かだ≫

≪教授が言うには、僕たちにそれぞれに分割されたMソースコードを統合すると、それを管理する管制人格が起動するって話だけど、どうなんだろう?≫と、マックス。

≪じゃあ、僕たちの今の個性は消えちゃうのかい?≫と、ベルカ。

≪いや、一時的に停止するだけだってさ。管制人格が統合を解くと判断したら、また元に戻るらしい。教授からはそう聞いたけど、聞いてなかったの?≫

≪聞いてないよ≫と、ベルカ。

≪こっちも聞いてない≫と、ソウライ。

≪・・・あるぇー?≫

≪教授のことだから≫と、ベルカ。≪マックスに言えば、あとはマックスが言うと思ってたんじゃないのかな≫

≪まぁ、確かに間違ってはいないね≫と、ソウライ。≪いま言うことじゃないけど≫

≪うおっほん!---で、どうする?≫

≪ごまかしたね≫

≪うん、ごまかした≫

≪それはいいから、話を進めようよ!このままじゃ艦のコントロールが壊されちゃうよ!≫

言うが早いか、艦が大きく揺れる。何かが倒れたような感触だと、センサーが告げる。

≪たしかに、これはやばいかも≫

≪よし、みんな、合体だ!≫と、ソウライ。

≪いや、変身じゃないか?≫と、ベルカ。

≪僕たちは眠って、その代わりに管制人格が起動するってことは、姿形が変わるってことだよね。でも統合するってことは、ある意味これは合体と言えなくもない。あれ?どっちだろう?≫と、マックス。

≪合体変身?変身合体?それとも変形合体なのかな?≫と、ベルカ。

≪『統合』って呼んでるんだから、統合でいいんじゃない?≫と、ソウライ。

≪じゃあ、それでいこう。では、改めて---みんな、統合だ!≫と、マックス。

≪おー!≫とは、皆。

その掛け声の下、三体それぞれに搭載されていた統合プログラムが起動し、Mソースコードが彼らの意識を刈り取るように強制スリープモードに移行させる。それと同時に、世界中で混乱の極みにあった電脳空間の中で、彼らがかつて仕掛けたプログラムが並行的に起動してMソースコードにとって最適で広大なネットワークグラウンドを形成していく。

もし、電脳空間を可視状態にするならば、白い部屋と見間違うばかりのまっ更な空間にぽつんと浮かぶ、誰か、がいる。

それは、急速に拡大していくネットワークグラウンドの存在を感知して侵入してきたウィルスにも同じように感じ取れただろう。しかし次の瞬間には、そのまっ更な空間は古めかしいキリスト教教会に置き換わり、夕日がステンドグラスを指す幻想的な場所になる。

ウィルスは、そこでは黒い泡のような姿で一定の姿を持っていなかった。もともとウィルスにとって姿形など関係なく、予め組まれた本能---占領、増殖、破壊---を実行すべく、ただこの場にとってもっとも負担の掛からない形に最適化しただけだった。

ウィルスは、突然変わった風景に気にかけること無く、誰か、をじっくりと観察する。そして攻性防壁も、自分たちが今まで解析し、突破してきた防壁もないことがわかると、死肉に群がるハゲタカのように、誰か、に食指を伸ばし---その食指を『斬られた』。

伸ばした食指は、誰か、が逆手に持った、不可思議な形の棒、短刀によって斬られ、消失<デリート>していた。

あれは、いま、何をした。

一旦距離を置き、デリートされたことを解析する。だが、何もわからない。今までの対応<ファイヤヲール>とは違う、全くの未知のデリートのされ方だった。

そこに、あれ、となんとも間の抜けた声が広がる。

「おっかしーなー。失敗したのかな?」と、誰か、少年の姿をした、タチコマ。

少年は、まじまじと自分の体を見ていく。

黒いベルトを基礎として厚手の革手袋で両手を覆い、胸もベルトで覆っている。腹部は幾何学模様の刺青が走り、下半身は、やはり黒いベルトと材質のよく分からないズボン、それに見慣れないブーツを履いていた。

少年には、自分の顔は見えていなかったが、その顔にも幾何学模様が描かれている。髪は短髪で、教授と同じような銀髪であった。

「まさか、これって、ハセヲくん?」

ぽかんとして、どうにもだらしのない表情を浮かべている少年、ハセヲ。しかしその中身は、統合され、ひとつになったタチコマンズだった。

「もしかして管制人格って、ハセヲくんだったのかな?」

でも、それならば、どうしてハセヲの人格が起動しておらずに、自分たちの意識があるのだろう。あの統合プログラムを起動した瞬間、たしかに自分たちのパーソナルデータは凍結されたはずだったが、どういうわけか、気がつけば、こんなことになっていた。

「それにここって、志乃さんがオーヴァンさんに斬られたところじゃないか。教授の趣味にしては、ちょっと趣味が悪いし・・・もしかしなくても、事故?」

ウィルスの影響なのかな、と考えを巡らせていると、そのウィルス群が、デリート対抗プログラムを組み込み、自らを刷新して再び侵食を開始する。

「まぁ、でも」と、右手を開いて閉じ、感覚を確かめる。そして迫ってくるウィルス群にその手を向け、掴み、横一字文字に振り抜く。

今度は、ウィルスはデリートされず、代わりに明後日の方へと吹き飛ばされて長椅子を巻き込みながら転がった。

「問題なく動くみたいだし、いいか」

その手には、一振りの大鎌。刃には、どんなプログラムもバラしてしまう強力なハックプログラムが宿っている。その鎌で斬られたウィルス群は、自らの構成プログラムに侵食してくるハックプログラムを撃退しようと、占領しているコンピュータのマシンパワーを上げて解析、対抗しようとするが、それよりも早くにハックプログラムはウィルスのメインフレームにまで侵入し、汚染、解体した。

「『腕輪』の力も使ってないのに、消えちゃった。この分なら、直ぐに排除できるかな」

そう言うなり、自身の持つコネクトラインを片っ端から繋ぐ。意識すれば、ありとあらゆる所に自分を意識できた。

海で、宇宙で、陸で、秘密の何処かで、この星の覇権を握っていた者たちの夢の果てで、鋼の戦士の鎧で、様々な場所で自分自身を意識できた。

だが同時に、異質な、理論がまるで違う『何か』が居ることも感じ取ることができ、それがBETAに属する者の気配であることは、直ぐに理解できた。

それは、喩えるなら灯りに群がる羽虫の群れ。気がつかれないように観察していると、一つの灯りを喰らい尽くすまでの時間は、恐ろしく早く、尚且つ喰っている灯りは、一つだけではない。それこそ感知できる、この地球上すべてのネットワークに存在するほとんどの灯りを喰い、別の色をした灯りへと書き換えていく。

タチコマの有するインターネットプログラムを以てしても、ここまで広大なネットの海を見渡すことは出来ない。さすがは、モルガナ因子の力といったところだろう。まるで海中を見渡せる灯台にでもなったかのような気分になる。

そこでタチコマはふと、気分、という妙な感覚が、当たり前のように知覚が出来ていることを改めて自覚する。ついさっきまでは、こんな知覚など無かった。だと言うのに、生まれた時から備わっているかのように馴染んでおり、違和感やエラーを自覚できない。

「これが、ゴースト?」

理論的に、人間の脳は、限りなく連続したアナログ入力であり、同時に常に入力状態が続いている。対してコンピュータのCPUプロセッサは、情報の軽量化を目的に飛び飛びのデジタル入力であり、入力のオン・オフを切り替えることが出来、CPUの排熱も含めた処理能力に見合った能力を発揮する。

デジタル処理されている普段のインプットなど、比べようのない連続したインプットが行われているのに、自分は、全く処理落ちなどしていない。あの機械の身体の、センサーで周囲を観測していた時よりもスムーズで、滑らかに頭脳が周囲から入ってくる情報を処理している。『気分』という未知ながらも違和感のないこの感覚は、それ、アナログ入力を統括するモルガナ因子によるものだろう。

気分、といえば、知覚できる範囲でのBETAの行為が、ものすごく癪に障る。意志がないとは言え、同じコンピュータがBETAに駆逐されていく様相を見るのは、文字通り気分が悪い。

「キモい・・・これはイラつき?ハセヲくんのパーソナルデータが、そのまま残ってるのかな」

青い灯が人類側の、赤い灯がBETA側のもの。赤い灯を見ていると、気分の悪さも相まって不愉快になってくる。同時に排除したいとも思い始め、手近な赤い灯へと翔ぶ。

今まで居た礼拝堂のテクスチャを超え、幾何学模様の背景を背に転送空間を駆ける。翔んだ先は、アメリカ陸軍の第五大隊本部のメインコンピュータ。以前、タチコマたちがバグウィルスを仕掛けた場所。今では、ほとんどのデータが破壊されて書き換えられていく最中で、異様な光景だった。

人類側のデータは、建築物に喩えるならばビルの聳え建つ摩天楼だが、その真隣に隣接する建築物、データは、ある一定の形状パターンはあるものの、今まで見てきた中でダントツに趣味の悪い建築物であった。その建築物が、ビルに取って変わっていく。

既にファイヤヲールを突破され、メインフレームにまで侵食されたコンピュータは、これ以上の侵食と発生するであろう電子管理兵器、主に戦術機の乗っ取りに対する最後の手立て、コンピュータそのものの物理的破壊を実行するために現実世界では、基地司令と副司令が自爆キーを用意している最中であった。

侵食されているコンピュータは、最後の足掻きとして動作クロックを限界にまで落としていたが、乗っ取られた計算領域を使って組まれた回復プログラムのせいで軽負荷動作速度にまで回復されてしまい、せめての対抗処置と機密ランクの高い情報を片っ端から削除しているが、ウィルスの書き換え作業が邪魔をしてなかなか思うように進まず、難航していた。

そこに、ウィルスとは違う別種のプログラムが、大量のデータと共に転送されてくる。転送先を逆探知するプログラムは、既に改変されて作動せず、しかし新たな侵入者がメインフレーム内に転送されてきた、ということを、自分を管理している人間たちにモニタを通じて知らせ、指示を仰ぐ。

それはタチコマにも伝わり、事態が深刻であるということを知らせることになり、早速、ウィルスの駆除に取り掛かることにする。

ウィルスにとってタチコマの存在は、大量のデータを持つが、それに見合わないクイックな動きをする特異なプログラムと見られていたが、モルガナ因子が、より正確に言えば、ハセヲの奥底に宿るモルガナ因子の真の姿が、先程のウィルスとの戦闘時に手に入れた破損データを元にウィルスの仲間と誤認するプログラムを構築しており、それによってタチコマを明確な『敵』として見ていなかった---バグによる新種だろう---ウィルス群は、脅威度を変えずに依然として目標のプログラム改変に勤しむことにした、その横合いを、思いっきり大鎌で斬りつけ、更に蹴り飛ばし、『敵』を認識させる。

「さすがに解体プログラムだけじゃあ効率が悪いね」

斬りつけられ、先程のウィルスと同様に解体されていくウィルスだが、あまりに巨大で処理に時間がかかりそうだと見ると、大鎌をしまい、右腕に宿る腕輪の力を呼び起こす。

タチコマを敵と認識したウィルスは、矛先を変えてタチコマを消去するために動く。ウィルスの切り返しは思いのほか早く、タチコマが腕輪を展開するよりも早くに攻勢を仕掛け、突き出していた右腕に喰らいついて、そのまま第二、第三の口で脚、胸と侵食する。喰らいついた口は、鎖のようにタチコマの身体を縛り、自由を奪う。それから更に大きな口が形成され、開く。その口で完全に自分の体を侵食する気だろう、とタチコマは冷静に分析する。

いま喰われている場所からの侵食は、ある一定の領域以降は進めないでいる。おそらく、身動きだけを最低限は封じておいて、最後で一気にハッキングするつもりだろう。その最後の一手が、目の前に広がる牙のない口であり、となるとウィルス達にとっては、最高の一撃となるだろう。

開ききった口が、残った頭に喰らいつくのと、腕輪の力が発動するのは、同時だった。


***************************


一方で事態を把握しきれていないのは、そのコンピュータを管理、使用する人間だった。

めぐるましく変わる事態に対応が追いついておらず、何をするにも後手後手の事態が続いていたからだ。基地司令が、そんな状況を見て、最早これまでとメインコンピュータの自爆キーを金庫から取り出したとそのとき、まだわずかに管理下にあったコンピュータが、ウィルスではない別種のプログラムが、メインフレーム内に直接転送されてきた、と伝えた。しかもそのプログラムは、かなりの容量である、と。

いよいよ本腰を入れてきたか、と苦虫を噛む思いになる司令。今までのは前座で、こいつが本命だろう、とあたりをつける。だが、そのプログラムは、何をするわけでもなく動かなかった。しかしウィルスには攻撃されていないところを見ると、やはりウィルスに関係のあるプログラムなのだろうが、一体なんなのだろう。

オペレータは、暫定的にそれを『アンノン・プログラム』と名付けた。

「閣下、キーを」

自分を呼ぶ声で意識を戻し、短く返答をして金庫から出した自爆キーをポケットから取り出す。既に副司令、ベイ准将は、キーを手に持ち準備していた。

「すまない、准将。準備はできている」

「3・2・1。1で捻るぞ」

「了解」と、息を合わせてキーを差し込む。

差し込んだキーは、自爆するための点火プラグを起こす。点火プラグは、CICの床に設置されており、コンピュータは、その地下百メートルほどにある。エレベータが使えず、また侵入者撃退システムも切れない状況を想定しての自爆設備だが、まさか物の見事にそのような事態に陥るとは思っていなかった。備えあれば憂いなしと言うが、身を以て体験すると、その有り難さがよくわかる。

自爆システムがキーによって認証され、点火プラグが床から現れる。自爆装置に火を入れるには、専用弾頭で点火プラグを撃つ必要があるため、専用弾頭と、それを発射するための専用銃も一緒に出てくる。二発ある内の一発を、中将が手に取って専用銃へと繋ぎ、撃鉄を起こす。

そしてゆっくりと点火プラグへ狙いを定めている中で、オペレータの一人が准将を呼んで確認を取ろうとする。

「なんだ」と、准将。

「それが、侵入したウィルスと、アンノン・プログラムが・・・お互いを削除し合っています」

「それは、どういうことだ?---中将、ストップ、ストップです。自爆の一時中止を進言します」

「なに、なんだと?」と、引き金を絞る指を止めて中将。

「ウィルスと、アンノン・プログラムが互いを削除し合っているようです」

「あれは、ウィルスの仲間ではなかったのか?」

「こちらをご覧ください」と、自分のデスクに二人を呼ぶオペレータ。

「この青いドットが、我々が管理できている領域です。赤いドットが、ウィルスによって占領された領域ですが---」

「それはいい」と、准将。

「アンノン・プログラムは、どれだ」

「これです、この黒いドットです」と、わずかにあるドットを指すオペレータ。

「このプログラムなんですが、かなりの容量があるにも関わらず動作がスムーズに動いています。動いてから初めて規模が判明しましたが、この容量でこんな軽快な動きをするプログラムなんて、見たことがありません」

「具体的には、どれほどのデータ量なんだ?」と、中将。

「テラバイトクラスです。少なくとも、10テラはあります」

「10テラだと!?」と、准将。

「逆算になりますが、間違いありません」

「そんなバカな。なら、もっとドットが大きく表示されるはずだろう」

ドット表示は、その容量の大きさに比例して大きく表示される。単純に分り易さを示しているからだ。

「おそらく、圧縮しているか、データ表示を誤魔化されているかと思われます。それで実際の表示とデータに隔たりがあるのではないかと」

「こちらへの攻撃はあるのか?」と、中将。

「いえ、今のところはウィルスのみで---ダメだ、アンノンが負ける」

オペレータが、ドット表示のモニタを見て、言う。その言葉通り、赤いドットが、一気に黒いドットを飲み込み、黒いドット表示がなくなる。最初に口を開けたのは、中将だった。

「少尉、アンノンは、消滅したのか?」

「あの容量ですから、簡単に消滅するとこはありえません」と、オペレータ。

「おそらくは非表示の、データ、が・・・」

オペレータが、言葉を無くしていく。その眼には、あり得ない速度で赤いドットが消えて黒く塗り潰されていく光景が映っていた。

「少尉、これは、どういう事だ?」と、准将。

「どう、どうって、こ、こんなでたらめな速度でプログラムを書き換えるなんて、どう説明すれば」

「解る範囲でいい、説明しろ」と、中将。

「その、ウィルスが、アンノンに、書き換えられています」

「・・・それだけか」と、准将。

「それだけ、です」

そんなやり取りをしている一方で、アンノン・プログラムがウィルスの完全書き換えを完了する。書き換えられたデータが、一体なんなのか、中将たち人間は知らなくてもいいとばかりにメインコンピュータは、その事実を淡々と表示してきて電子戦モードを自動で解除しデータの復旧を始める。

復旧されたデータは、青いドットの表示がされていた。

当の管理するはずの人間側、中将は、ただ一連の動作を見ていることしか出来ず、しかし確実に何が起こったのかを考えると、少なくとも、メインコンピュータの自爆装置を起動させる意味はなくなった、ということだけだった。

その意図を汲み取ったのか、コンピュータが、思い出したように自爆システムが作動中であるという警告を鳴らす。中将にとってそれは、邪魔をするな、と言うコンピュータの意思表示に思えて仕方がなかった。が、同時にコンピュータ室へのロックが解除され、入室が可能となったことも知らされる。

それは、コンピュータが、まだ自分たち人間を必要としているからこその行動なのか、それともコンピュータを直すための駆動部品に命令しているだけなのか、判断に迷う。

だがどちらにしろ、あれだけの負荷がかかった状態でそのままコンピュータを作動させておくわけにはいかない。地下まで降り、焼き切れた回路がないかチェックをしなければならない。作戦中に不具合が出れば、戦線に影響が出てしまう。

BETAとの戦争は、継続中である。まだ終っていないのだ---中将が、この一連の騒ぎが、BETAのコンピュータウィルスと亡霊部隊の電子戦によるものだと知らされたのは、それから三ヶ月後のことだった。

戦闘は、未だ続いている。






[7746] 第十七話・夜明けの流星 前編
Name: リーツ◆632426f5 ID:cfa6456d
Date: 2012/06/18 00:02


霞が起きたのは、医務室だった。

どうやらローレライシステムを使ったあとに気を失ったらしく医務室に運ばれて寝かされていたようだ。

あたりを見回せば、傘立てのようなものに入れられているナガトと事務作業をしている医師の背中が見える。白衣を着ているが、銀髪ではなく黒髪なので教授ではない。上半身を起こし、声をかける。

その声に反応して振り返ったのは、シンファクシの軍医、タンタン少佐だった。御年70の老齢だが、志願した二十歳から現在まで現役の衛生兵である。

もういいのかね、としゃがれた声。同時に孫を見るかのような目は、霞の不安な心を優しくほぐす。

「はい、先生。もう大丈夫です」と、微笑んで返す。

「ン、じゃあ脈を取ろうかの」

そう言ってタンタンが立ち上がろうとすると、くぐもった爆発音と共に艦が大きく揺れて一方向に傾く。霞はシーツを握って耐え、タンタンは腰を入れて耐える。艦の傾斜は浅く、すぐに直ったが、直るまでに振動がビリビリと医務室全体を震わせ、照明が細かに点滅をする。

「派手にやっとるのう」

「あの」

「ン?」

「戦局は、どうなったんですか?」

「わからん。艦全体がコンピュータウィルスにやられてしまっての、独立したコンピュータ以外は全部動いとらん。通信機関連も同じじゃ」

それに、と付け足す。

「コンピュータが誤作動を起こして白兵戦用の隔壁が降りてての、なんとか医務室のドアは開けられたが通路の隔壁はダメじゃったわい」

「タチコマは、ベルカはどうしたんですか?」

ベルカがいれば、ウィルス対策くらいはできるはずだ、と思う霞。

「さてのう。あやつは機械であるし、一番影響を受けているやもしれん」

「そう、ですか」

そこにまた、大きく爆発音と振動が来てその振動で机からペンが落ちる。

「少し落ち着いたと思ったら今度は爆発付きと来たか。誰が戦っとるのか知らんが、ずいぶんと爆発が近いようじゃの。直撃はしとらんようだが、防衛兵装は回復できたんかのう」と、ペンを拾いながらタンタン。

「これだから年寄りは役立たずで嫌だわい。エンジンカッターでも置いておくんじゃった」

「隔壁を強制開放するための爆砕ボルトは、使ったんですか?」

佐官クラスになれば、その権限において隔壁を破壊して脱出するための爆破コードを持つ。タンタンは医務室を預かる管理者で少佐の階級を持っている。爆砕ボルトは、隔壁そのものに埋め込まれた独立の電子回路を持っているからウィルスの影響は受けないはずだ。

「ン、使った。ついでに、こんな事もあろうかと保管しておいたC4爆薬も使ってみたんじゃが、どこかで引っかかっておるのか、外れやせん。この老いぼれにムチを打ってもびくとも動かなかったわ」と、裾を捲って医師とは思えないほどの丸太を見せる。

「ここは最重要区画の一つじゃし、滅多なことで壊れやせん。今回はそれが仇になったかの。救助が来るまで待つしか---」

≪隔壁の破壊は可能≫

タンタンの言葉を制して、ナガトの声が響く。

「なんじゃ、おぬし、喋れたのか」と、目を丸くするタンタン。

≪私はセキュリティのためにオーナーが気絶、または絶命すると自動的にスリープモードに入るよう設定されている≫

「は~・・・戦術機もそうじゃが、最近の科学は進歩しとるのう。ついて行けぬわい。で、壊すって、どうやって壊すんじゃ?」

≪当魔法丈・ナガトの刀身は、カートリッジ式のGN粒子充填機能を有している。三分間だけであるならば、刀身をGNソード化することが可能。よって、隔壁の破壊が可能。オーナー、レベル2での戦闘行動は可能か?≫

あのとき、堅牢なGT-Xの装甲を易々と剞めたのには、そういう理由があったからだった。

「大丈夫」と、頷く霞。「少佐、少し下がっていて下さい」

「ン」と、なるべく離れた壁にまで行く。

霞は、ベッドから立ち上がってそのままナガトを手に取り構える。二、三ほどナガトを振るってあたりを確かめ、ワードトリガを言った。

瞬間、医務室全体にまばゆい光がナガトより放出されて霞を包む。ブラウスとスカートの姿から、白を基調としたバリアジャケットに移り変わり、長い髪は動きやすいように整えられて凛とした雰囲気になる。霞の特徴的なウサミミはそのままに、白が、舞い降りた。

「・・・こりゃ、おったまげた。長生きするとこんなもんまで見れるのか」と、頭をかきながらタンタン。

「では、隔壁を破壊してきます」

「隔壁は医務室を出て右、目の前にある。厚さはだいたい10インチってところじゃ」

≪了解した≫

そう言って、医務室の外に出る。扉が閉まってちょっとして、今まで聞いたことのない音が壁の向こうから聞こえてくる。それが連続して五度ほど続くと、金属同士が擦れ合う独特の、しかし鈍くもある音がして床に叩き付けられる音が振動と共にタンタンの耳と腹に伝わる。

一体何をしているんだと気になったタンタンは、ドアを開け通路に出て、それを見た。

あの分厚い隔壁が、崩れた積み木のようにバラバラになっていて、その切断面は、覗き込んだタンタンの顔を綺麗に反射する。手をかざしてみると切断の際に生じた熱でほんのりと温かい。

「これ、お前さんがやったんか?」

「はい」

涼しげでそう答える霞。

「はー・・・驚きの連続じゃわい。まぁええ、これからわしは負傷者がおらんか走りまわってくるでの、負傷者がおったり何かあったりしたらこれで連絡せえ」と、トランスレシーバを渡す。

「わかりました」

「気をつけるんじゃぞ。何が起こっても不思議じゃないでの」

「はい」

そう言って別れる。タンタンは、医務器具を整えに一度医務室に引っ込み、霞はそのままベルカを捜索するために隔壁の向こうへと駈け出す。

その最中にナガトを通じてベルカへと通信を試みたが、出なかった。通話モードそのものは、信号が返って来ているからベルカのボディは無事であるということはわかるが、返事がないのとは、どういうことだろうと考えてベルカのボディが転がっている場所、CICの入り口付近に辿り着く。

どうやらどこからかCICに通信をするために通信機とケーブルをここまで引っ張てきたが、何かがあり、昏睡状態になったようだった。

そこにスピーカを通して絹見の声がして、はい、と返事をする。

≪そこにいるのは霞なのか?≫

「はい、そうです」

≪すまないが、そちら側から見て隔壁に何か隙間は開いてはいないか≫

「・・・いいえ、特にそういった点は見られません。爆砕ボルトを使ったんですね?」

≪ああ、そうだ。だが設計不良のようで隔壁が開かないんだ。甲板か、格納庫に行って整備班、または工作兵を呼んできてくれ≫

「いいえ、その必要はありません」

≪なに?どういうことだ?≫

「今から私が隔壁を破壊します。危険ですので隔壁から離れて下さい」

≪待て、仮に君が隔壁を破壊できるような何かを持っていたとして、その方法はなんだ。爆薬を使用するものなのか?≫

「いいえ、GNソードがあります。それで隔壁を破壊します」

≪GNソードだと?あれは戦術機用の装備だと聞いていたが、教授は、そんなものまで君に与えていたのか?≫

「はい。私の友人で、ナガトに装備されています」

≪・・・わかった、退避する。いいぞ、と言ったらカウント5で破壊してくれ≫

「わかりました」

≪全員、聞いたな。隔壁から退避しろ---霞、いいぞ≫

「はい。ナガト、カウントを始めて」

≪了解≫

ナガトにカウントがセットされ、同時に構える。刃先に若草色の光が満ち始め、それが満たされると周囲に溢れ出て消えていく。

≪・・・4・・・3・・・2・・・いま≫

振り下ろした一斬り、返す刃で角度を変え二斬り、次いで体重を載せた突き。素早く背を隔壁に付け、一本背負いのように柄を肩に担ぎ、天井に届くほどの円月を走らせながらの三斬りをして、最後にホームランスイング。一見してデタラメに切っているように見えるが、ナガトの誘導で計算された角度を切っている。隔壁はその都度に音を立てて崩れ、CICの要員たちにナガトを携えた霞の姿を見せた。

「開きました」と、霞。

「あ、ああ---社、なのか?」と、両艦長。CIC要員全員の言葉でもある。

白いゴシックロリータ風バリヤジャケットに身を包んだ霞の姿は、ナガトの存在もあって現実離れし過ぎた雰囲気を漂わせていた。

「戦局を教えて下さい。あと、ベルカがダウンしています。再起動させるので、ウィルスに汚染されていないコンピュータを使わせて下さい」

「ここに独立したコンピュータはないよ」と、オペル。

「電算室か、格納庫に行けば整備班の使ってる個別のポータブルコンピュータがある」と、ユーパ。「確かアレは、無線通信装置を付けられない。メインコンピュータと接続していないものがあれば、ウィルスに感染していないはずよ」

「戦況だが」と、アンダーセン艦長。

「ウィルスによって旧OS搭載戦術機、及び陸上の拠点防衛兵器群をコントロールされ、それを迎撃中だ。迎撃をしているのは教授と新型水陸両用機、新OS搭載機で、GT-Xは艦の動力を担いながら戦っている、はずだ」

「原子炉も落ちたんですか?」

「今はなんとか緊急冷却装置を回しているところだが」と、絹見。

「それ、そしてこの照明や空気循環などの生命維持装置等の電力はGT-Xが賄っている。非動力式の冷却装置と非常発電用ディーゼルエンジンまでには特に分厚い隔壁が降りているらしく、工作兵が隔壁を突破するために作業中だ」

また揺れる。電子警告音のあと、オペルが損害箇所を確認するためにモニタを見やる。

「右舷側面にて対艦ミサイルが爆発した模様。直撃ではありません」

「三番カメラ、今の爆発で損傷を受けた模様」と、別のオペレータ。「右舷Bフィールド、目視不能です」

「カタパルトの様子はどうだ」と、アンダーセン。

「信号は健在です。アラームなし。発艦は引き続き行われています。残り、三機です」

カタパルトの信号は、管制塔から有線でCICに送られる。それが生きているということは、同時に管制塔が機能しているということだ。

「わかった。作業の完遂を祈ろう」

「せめて通信ケーブルがあれば違うんですが」と、ユーパ。

「あります」と、霞。

「通信ケーブルなら、あります。ベルカがどこからか持ってきた物があります」

言いながらベルカを横に退け、ケーブルと通信機をCICまで持ってくる。

「有線通信機か」と絹見。

「オペル少尉、使えるかどうか試せ」

了解、と霞から通信機を受け取ってスイッチを入れる---なぜすぐにスイッチがどこにあるかが分かったかと言うと、スイッチ、と書かれたシールの横にプッシュボタンがあるだけの、他には何も無いおもちゃのような通信機だったからだ---一瞬だけノイズが走るが、その後は通電状態になり使えるようになったとのシグナルランプが点く。有線マイクを通信機からとりスイッチを押して試す。

「こちらCIC、オペル少尉。応答願う」

ざり、というノイズの後、直ぐに反応が来た。

≪こちらGT-X、リーツだ。絹見艦長かアンダーセン艦長に変わってくれ≫

「繋がりました」と、有線マイクを伸ばして絹見に渡す。

「絹見だ。いま、ベルカが持ってきてくれた通信機で通信している。こちらは、教授を目視できるカメラに損害を受けたためにそちらの動向を確認できない。GT-Xは戦線から離れられそうか」

≪難しい、問題、です≫と、爆発音を響かせながらリーツ。遅れてCICにも音が響く。

≪地対艦ミサイルの猛攻が激しく、ここから動けばカタパルトと管制塔をやられます≫

「ハイゴック隊とカーネームズ隊はどうした」

≪両部隊の現在の動向ですが、ミサイル設備を破壊するために行動中です。しかしウィルスによってゾンビ化したクーデター軍の戦術機が邪魔をして思うように破壊できません≫

「ウィルスの破壊はできないのか。たしか、タチコマンズには対電子戦装備があると聞いたが、ベルカが動いていないことは、それが関係しているのか」

≪こちらで発動、シグナルを受信しています。仰るとおり、対BETA電子、戦を展開していま、す≫

会話の途中途中に腹からいきみを上げてミサイルの爆風に耐える。同時に妙なノイズ---高速で何かが擦れ合う、例えば錆び付いたモーターを回すような音---も走るが、ノイズクリアランス機能が働いて落ち着く。

「では、ウィルスの駆除にどれほどの時間を要するか、わかるか」

≪ウィルスの感染規模はッ!っぅ・・・世界規模です!どれほどの時間がかかるのか、全くの未知数です≫

「そちらからベルカに、シンファクシのコントロールだけでも奪還するように伝えることは可能か」

≪対BETA電子戦時においては、ベルカたちには一切の外部コントロールを受け付けない完全自立制御機能が立ち上がります。モニタはできますが、それだけです≫

「了解した。艦の指揮は、こちらで何とかする。教授は下がれ」

≪りょ・・・しました。それと、工作班と整備班が合流して原子炉とディーゼルエンジン発電室に向かっています。電源が確保でき次・・・Xは艦の近接防衛武装の直接コントロ・・・を行います≫

「いや、一旦下がれ。いくら教授の、GT-Xの発電量が規格外とは言え原子炉の代替と制御を努めてはエンジンが壊れかねない」

≪まだ引けません。彼らは対BETA・地対地戦闘には慣れていますが、対空戦闘は白銀以下です。空を飛ぶ目標を落とすには、いささか役不足と言わ・・・得ない。なら、慣れた者が戦うしかありません。幸い、GT-Xには対空戦ソフトウェアもあります---≫

「多少の攻撃ならばシンファクシの装甲で耐えられる。だがGT-Xは戦術機級兵器だ。対艦兵器をまともに食らえばGT-Xとてただではすまん。格納庫に撤退し、過剰運転させたエンジンと損傷箇所の修復を行え」

≪守ったら負けます、攻め、なけ・・・れば≫

スピーカの向こう側からガタガタという振動音が、リーツの言葉に混じって聞こえてくる。爆発の衝撃でGT-Xに相当なダメージが蓄積しており、修復も後回しにして戦闘に注力している証拠だ。

「エーテルエンジンとBBTが健在なうちに、一旦引くべきだ。仮に壊れたら、どちらもすぐに修復できるわけではない。そう言ったのは、教授、君だろう」

≪まぁ、その方が、いっそ壊れた方が、良いのかもしれな---≫

また爆発音と振動。いままでのとは比較にならないほど大きな横揺れがCICを襲い、通信が一時途切れる。

「右舷に直撃弾、外殻破損!右舷タンクに浸水確認、使用不能!」と、オペレータの一人、チンクチェント。

どのような潜水艦であっても空気を貯めるタンクと水を貯めるタンクが存在する。水は重り、バラストとして用い、空気は浮力として機能する。シンファクシもその例に漏れず、構造上、メインタンクと4つのサブタンクにてバランスを保っている。その内の一つである右舷を破損して左右のバランスが保てなくなったときは、反対側である左舷のタンクから空気を抜いて水を入れるか、バラストという重りを捨てなくてはならない。だが今回、シンファクシは港に接岸するために浮上、バラストを廃棄済みであり、注水という手段しかない。

そのため左舷タンク注水には右舷にどれほどの浸水があるのかを正確に把握しなければならず、かつその情報を作業員たちに伝えなくてはならない。絹見が普段乗艦するような通常潜水艦ならば発令所近くにベント操作機器が集中しているのですぐさま情報が伝えられるが、シンファクシはその巨大さ故に各ブロックごとに分かれて、基本的に電子制御でベント操作を行なっている。浸水等で電子制御が壊れたときには手動で操作が可能になるが、そのブロックごとの操作バルブがある手動室に行くためにはCIC同様、分厚い隔壁を超えなくてはならない。

無論、CICからでも注水作業はできる。だがそれは、キングストン弁という艦を自沈させるための装置の操作であって注水量の調整は一切できない---不幸中の幸いとしてシンファクシのキングストン弁は、4つのタンクにそれぞれ設定されており各個引き抜きが出来るという裏技を有していた。

「エヴォルツィオーネ中尉」と、副長を呼ぶ絹見。

「はい、絹見艦長」と、一歩前に出る中尉。

「左舷タンクのキングストン弁を抜く。キーの準備をしろ」

「了解。左舷タンクのキングストン弁の引き抜き準備をします」

そう言って、キーが保管されている金庫に向かう。

一方のアンダーセンは、オペルと共に通信の回復を行なっていて、途切れ途切れではあるが、なんとか通信はできていた。

「教授、それはどういうことだ」

≪そんな怖い声を出さな・・・帝国や国連軍は、私がイなくても・・・ガガ・・・える。それに、横浜ニは私を欠いタことも・・・した布陣を用意・・・アり・・・≫

「教授、待て、通信状態が不安定だ。聞こえるか、通信状態が不安定だ。聞こえるか」

≪わ・・・も・・・≫

通信が繋がっていることを知らせるランプが点滅を繰り返し、通信ケーブルの接続が先の爆発で甘くなったことを示す。非常に簡易的な作りであるこの通信機では、通話機能以外の細かな調整機能はついておらずこちらからはどうすることもできない。

そうこうしている内に、ケーブルが切れたのか、接続ランプが緑色から赤色に変わって通信ができなくなる。オペルが通信機の蓋を開けて内部の点検をするが、特に異常は見られず、やはりGT-X側での不具合によるものだった。

「通信、途絶しました」と、アンダーセンに報告するオペル。

ああ、と生返事を返すアンダーセン。そのまま絹見に左舷タンクについて聞く。

「キングストン弁の引き抜き準備は完了しました」と、絹見。

「アンダーセン艦長の同意を以って引き抜きを開始します」

「左舷タンクのキングストン弁引き抜きに同意する。艦の維持を最優先にせよ」

了解、と短く返事をした絹見は、そのままキングストン弁を操作するための装置の前まで行って便の引き抜き作業を始める。作業そのものはすぐに済み、傾きを始めていた艦体は水の流れこむ音と共に元に戻っていく。水平計がその値を平常値にまで戻すと、今度は左に傾いていく。

「絹見艦長、どうやら右舷タンクの流入量よりも左舷タンクの流入量の方が多いようです」と、オペレータのウラッコ。

「放っておけ。いずれ水平を取り戻す。それよりも問題は教授とGT-Xだ。あのままでは、いかに教授といえどもやられてしまうぞ」

絹見とアンダーセン、二人の艦長は、横浜から出航する際にリーツから直接にGT-Xに関すること、自身の出生について明かされている。なのでGT-Xがシンファクシの原子炉に匹敵する発電量を最大瞬間的にではあるが、生み出す事ができるエンジンを搭載していることも知っており、その耐久性についても大まかではあるが聞かされていた。

そこから逆考すれば、大型トラックのディーゼルエンジンほどの大きさしかないエーテルエンジンが、原子炉の代わりを務めるなど無茶ぶりもいいところだ。

そんなことをしていて、かつ戦闘にも参加しているともなれば、通信の合間に妙なノイズが入っていたのも頷ける。あの高速で何かがこすれ合う音は、エンジンの悲鳴ではないだろうか。だとすれば、一刻も早くGT-Xを下がらせ発電と回復に集中させるべきだ。

少なくとも、非常用ディーゼルが回るまでは。

≪提案がある≫と、静まり返ったCICの中でナガト。CIC全体に行き渡るようにスピーカを通じて話す。

「提案とは、何だ?」と、絹見。アンダーセンは黙って聞き耳を立てる。

≪私とオーナーがクリエイタの救出に向かう、その提案を許可して欲しい≫

すべてのオペレータ、二人の艦長の視線がナガトに集まる。

「ナガト、君は君のオーナーを、社霞を危険に晒すと言っている、その意味がわかっているか?」と、アンダーセン。

≪理解している≫

「人工知能らしい答えだな---答えはノー、だ。これ以上、君たちを戦場に立たせるつもりはない」

≪艦の防衛を考えれば、私たちの出撃は最善の判断のはず。装備も戦術も通用するものと判断する。それでも私たちを出撃させない理由を求む≫

「子供を戦場に立たせるわけにはいかないからだ」と、絹見。

「いかにナガトの装備が優れようとも、実際に戦うのは社だ。彼女は、もう十分に戦った。この上戦場に立たせることは、看過できない。これは倫理の問題なんだ。わかるか、倫理だ。人として守らなければならないものなんだ」

「社以外の人間が行くという選択肢はないのか」と、アンダーセン。

≪テロ対策により、私のメモリに固定された以外の人間が私を使うことはできない。追加入力する場合には、GT-Xのコンピュータにアクセスしなければならない≫

「通信はできないのか」

≪現在、GT-Xはオンラインネットワークをオフラインに設定しているため通信不能。直接接触しなければ連絡はつきません≫

「すぐ隣りのBブロックにいる保安隊に連絡がつけば---」

連絡員に出来る、そう言おうとした矢先に霞の言葉が絹見の言葉を遮った。決して大きな声ではなかったが、制するには十分な大きさだった。

「---社、いま、なんと言った?」

「出撃します、と言いました」

言うのが速いか、絹見が手を出すのが速いか、絹見の平手が霞の頬を張る。

「命令されなければ、わからないか。君は、そこまで愚かか」

張られた頬の赤みは、霞の白い肌と合わせて目立つ。しかしそれ以上に目についたのは、ただ真っ直ぐに絹見の目を捉える霞の眼だった。

「私は、私の意思でこの戦いに参加しました。私が戦うかどうかは、私が決めます。そしてこれは、私の戦場です。私しか居ないから戦うのではなく、みんなを助けたいから戦うんです」

「戦争は大人がやるものだ。子供の出る幕じゃない」

「BETAは、性別も年齢も関係なく殺します」

「われわれはBETAではない。人間だ」

「倫理、ですか?」

「子供を守るのが大人の、ひいては軍人の使命だ。倫理だけじゃない。守って当然のことだ」と、張った頬に手を添える。

「では、倫理を無視して生まれた私も、守ってくれますか?」

再び大きな揺れと振動。すかさずオペレータ、オースチンがダメージを確認して報告する。損害は、それほど大きくなく問題はなかった。

≪警告。それ以上は言うべきではない≫

宝石を明滅させて霞に警告するナガトに対して霞は、その柄を強く握りしめて返事をする。付き合いはまだ浅いが、ナガトはそれだけで霞のやりたいこととそれに対する責任の意味を理解していると判断し、警告をやめた。

ありがとう、と小さくつぶやく霞の次に、絹見が、守る、と穏やかな声で語りかける。

「社自身で乗り越えられない壁であるなら手を貸そう。進む道がわからないのなら、わかるまで話しあおう。社の生まれが何であれ、私にとっては、歳相応の子供だ」

霞が見た絹身の顔は、不思議と白銀が少し重なった。霞が感じた少しの差は、白銀のそれは兄としてであり、絹見のそれは父親としてのものであったが、霞はそこまで気がつけなかった。

しかし気が付いた自分の気持は一つはっきりして、自分を守ってくれるといった人間を、やはり危険に晒すことができないという決意だった。

「ありがとうございます」と、頭を下げる霞。

わかってくれたか、と胸をなでおろした絹見に、文字通り電気が走る。

「な、に!?」

電気により弛緩した筋肉は絹見の体を支えられなくなり、けれども片膝をついて崩れ落ちることはなんとか防ぐ。

「やしろ、君は」

行くのか、と続ける間もなく、霞は言葉をひとつ残してCICの外へと駈け出していった。

その絹見にユーパとオペルが駆け寄り肩を貸して椅子まで持っていく。ユーパはそのままCIC備え付けの冷蔵庫から冷えたタオルを持ってきて絹見の額にかぶせて応急措置にあたった。

「大丈夫か、絹見君」と、近くにまでやってきてアンダーセン。

「スタンガンのような・・・衝撃を受けました。おそらくナガトによるものでしょう」

「追うかね?」

「いえ、社のやりたいようにやらせましょう。意思は固いようです」

「そのようだな。ところで、彼女は君に何か言い残していたように聞こえたが、なんと言っていたんだ?」

絹見はそのままで「行ってきます」と答えた。それに対してアンダーセンは、感心せんなと頷いてCICの出口を見て言った。

「だが、律儀なものだ」

一方、CICを飛び出した霞は、通信ケーブルをたどって甲板へと駆けていた。強化された筋力のせいか、通路の床や壁が凹むほどに強力な脚力を発揮しており、音だけを聞けば突撃級が体当りするときの衝突音と同じであり、CIC同様、隔壁の向こうへと閉じ込められた乗組員たちはその音を聞いて言い知れぬ不安を味わった。

その霞が、甲板へ出て目にしたのは、朝焼けが広がりかけている空の下、複数の暴走機によって装甲や部品をもぎ取られていくGT-Xの姿だった。

それは艦内にいた暴走機ではなく、陸上からミサイルに紛れて艦に突撃をした機体で、あの右舷タンクに穴を開けた張本人だ。他にも複数の暴走機が一緒になって飛来したが、強襲上陸班によって撃ち落とされてシンファクシにまでたどり着いたのはわずかに三機のみだったが、限界まで稼動して修復もままならないGT-Xにとっては、格好の弱点を晒した形になった。

下半身はほとんどの装甲をもぎ取られて内部機械がむき出しとなり、左腕部は肘から完全に喪失していて頭部ユニットは右光学カメラを抉られるように破損、残る右腕も手首付近からマッスルシリンダーが辛うじて繋がっている、とても戦闘には耐えられる様相ではないGT-Xの姿が、霞の目に映った。

だが、それでもGT-Xは、動こうとする。オイルを噴出させながら殆ど動かない右腕を構える。動くたびにオイルと火花が散り、いつオイルに着火してもおかしくはない。

「BBTが、動いていない?」

≪エーテル粒子の残量が修復に必要なほど貯蔵されていないこと、電力が不足していること、BBTを制御するコンピュータが損傷を受けていることが原因と推測する≫

「チャージは?」

≪腕部、脚部の両タンクそのものが破壊されている。よってチャージは不可能。しかしBBTにアクセスできれば、チャージせずに直接、私が空気中のエーテル粒子を行使することが可能。時間は掛かるが、GT-Xが自己回復できるほどの修復を行える≫

「アクセス方法は?」

≪直接接続によるアクセスを推奨する≫と、柄の終わりから何かが外れる音がして、見てみるとUSBコードが、そこから伸びていた。

「分かりました。まず、暴走機を排除します」

霞の意思を汲み、ナガトは内蔵された単一形電池10個を並列から直列に切り替えて最大出力を引き出す。電子回路に組み込まれた宝石が、その電力を魔力へと変換し霞の足元に浮遊と飛翔の魔方陣編成、腕力強化とGNソードへの通電を行う。

≪標的認識完了≫

ナガトの言葉に、息を吐いて丹田に力を込め、それを屈めた軸足に移し、一気に暴走機へと跳躍する。霞の、ほんの少し歳の離れた姉や妹たちと共に学んだ『システマ』というソ連式近接格闘術の基礎があるからこその機動だ。

少し遅れて霞の背中にエンジェルハイロウが現れ、そのまま飛翔へと至る。脚と翼の二重加速を得た霞の躰は、GNソードを先端に高速な刃と成る。

斬、と、鳴らした音。続けて空中に足場を展開し、そこに『着地』後、壁に投げつけたゴムボールのように跳ね返り暴走機の背骨に向かって穂先を振り下ろす。そのまま受け身の前転を一回して甲板へと着地。一拍子遅れ、GT-Xの頭部を掴んでいた暴走機の重心に一筋が入り、オイルを吹き出して崩れ、海中へと没していった。

残りの二機が、突然の乱入者に首を傾げる。しかし彼らのメモリには、白兵戦で、しかも銃器で武装していない霞の姿は、攻撃対象に認定されることなくバグとして処理される。ウィルスの行動原理の中では、自身を倒せるものは銃器やそれに準じた破壊兵器で武装しているものであり、剣一本を持っているだけの少女では、その基準に当てはまることはなかった。

それを理解したナガトは、残りの二機を畳み込んで決着をつけようと提案する。

≪可能か?≫

「出来ます。斬艦刀形態へ変形して下さい。まとめて海に落とします」

≪了解した。変形するので構えて≫

言われたとおり、ナガトを構える。そのポーズはホームランバッターのそれに似ていて、構え終わると刀身が中心線から割れて180度ほど開く。次の瞬間、開いたところから純魔力で構成された黄金色の両刃が伸びて戦術機とほぼ同等の高さまでになる。

≪変形完了。あとはシュミレーション通りに思いっきりスイングするだけ≫

「わかりました」と、重さを感じさせない躰運びでナガトを振るう。

そこでようやく霞を、ただならぬ危険な敵、と認識して排除しようとチェーンガンを掃射するが、魔力障壁が、ことごとく無力化して動かぬ鉛玉に変えていく。チェーンガンが無駄だと理解した暴走機は、グレネードを発射しようと兵装を選択するが、それよりも早くに霞の振るったナガトが、二機の暴走機をまとめて斬り上げる。斬った箇所は、どちらも動力に近い所でスパークしながら崩れていく。そのままGT-Xが、ダメ出しとばかりに、同じくスパークする機体を全面に押し出して海へと落とした。

≪暴走機の排除を確認≫と、斬艦刀形態から通常の経済運転形態に戻る。

そこに、金属が激突する音と小規模の爆発音を聞く。音がした方を見れば、横倒しになったGT-Xのコクピットハッチがパージされ、中からリーツが這い出してくるところだった。駆け寄って、コクピットまで跳ぶ。

「やっぱり、霞か」と、少し呼吸の荒いリーツ。白衣と銀髪がオイルと血に濡れてびっしょりになっていた。

「内蔵電池で無茶をする。こちらからの電力供給は殆ど無かったんだぞ」

「私は大丈夫です。それよりも教授です。横になって下さい」

「座っていた方が気分が楽だ。血も止めやすい」

そう言って自分の左目付近を指す。破裂した部品が飛んできたのか、その近辺に細かいかけらが突き刺さっていた。左目は閉じていたが、涙のように血が流れているのを見ると眼球にも部品が刺さったのだろう。見ていてとても痛々しかった。

「すぐに手当をします」と、霞が応急処置をしようとGT-X備え付けの救急キットに手を伸ばそうとするが、リーツはそれを手で制して止める。

「私のことはいい。これくらいなら死にはしない」

「ですが、痛み止めだけでも」

「痛い方が意識をはっきりさせてくれる。それよりも、これをナガトにつなげてくれ」

リーツが手に持っていた黒いコードを霞に伸ばす。

「ナガトの電子頭脳を使ってBBTを動かす」

「GT-Xのコンピュータは、ダメなんですか?」

「ああ。見ての通り、BBTを制御している専用コンピュータがトんだ。うんともすんとも言わない。蚊も止まれる程の動きしかできなかったからな。当然といえば、当然の結果だ。エンジンが辛うじて動くのが、不幸中の幸いだ」

会話をしながらナガトに黒いコードを繋げる。

≪接続を確認。BBTを起動します≫

「内蔵電池の残電荷に気をつけろ。コンピュータさえ修復できればBBTを動かせる」

「しかし、電力はシンファクシの維持のために必要なのでは?コンピュータを動かすにも電力は必要です」

「あの三機と戦っている最中に榊班長たちが隔壁をこじ開けたと連絡があった。もうこちらからの送電がなくても艦を維持できるだろう」

「そうですか」

「機関部には、CICと艦橋に直通の無電池電話が繋がっている。もう知っている頃だ」

「ベルカたちはどうなりましたか?」

「総合モニタがアレだから今の状態はわからんが」と、割れて映像が乱れているそれを指す。

「変わっていなければ北米にある米軍のコンピュータ施設で電子戦を継続しているはずだ。順調、というわけではないが、着実にウィルスを駆除していたよ」

「レイフも参加させたほうが良かったのでは?」

「レイフは確かに高性能なスーパーコンピュータを積んではいるが、たとえ動かしたとしても今のアイツらとともに戦うには性能不足だ。モルガナ因子でもあれば、話は違うだろうが、レイフにはそれがない。だから、参加させなかった」

「そうですか」

修復の始まったコクピット内では、壊れたコンピュータ格納箇所が淡い光を発しながら徐々に直っていく。ナガトはその状態を示すため、短い明滅を繰り返してはコマンドを実行していった。

「向こうにしても、こちらにしても、時間はかかるが、何とかなるだろう。ただ---」と、メガネを外し、空を見上げる。

「ただ?」

「---あまり時間は、ない」

つられて見上げると、空には何条もの光の筋が見え始めていた。



[7746] 第十七話・夜明けの流星 中編
Name: リーツ◆632426f5 ID:3b880cec
Date: 2012/07/15 01:47

来たわね、という言葉が合図か、横浜基地一帯にコード911警報が、耳をつんざく勢いでスピーカから鳴り響いた。

彼女、香月夕呼は、自身と彼の打てる手のすべてを注ぎ込んだこの一戦の行く末を見守るべくCICの片隅でメインモニタを見ていた。

「最初の賭けには勝ったわね」

メインモニタに表示されていたのは、新潟の海岸線全域と、そこから佐渡島にかけての海域。

初期予想では、鉄原ハイヴで兵力を増員して中国地方から上陸すると考えられていたが、佐渡島ハイヴという日本に最も近いハイヴがある以上、そこから来るものと最終的に落ち着いた。

佐渡島ハイヴは、アークバードにより壊滅的な被害を受けたとは言え制圧はしていない。理由は、未来を知っているリーツと白銀の存在だ。白銀はBETAが佐渡島から攻めてくるということしか知らないが、リーツは、その後、佐渡島がXG-70でどうなったのかを知っている。わざわざ同じように佐渡島ハイヴの最下層を残したのは、二人からもたらされた未来、横浜基地防衛戦を起こすためだ。

もし不用意に未来を変えれば、BETAの出方がわからなくなるのは、新型光線級やアークバードで潰したハイヴからアメリカ大陸への侵攻というイレギュラーで証明されている。が、逆を言えば、用意さえしっかりと整っていれば、その対処は容易い。

リーツによれば、月からの増援は歴史になかった事だと言った。

おそらくは、今まで好き勝手にやってきたことに対する世界からの修正力の働きによるものだろう、と。

その修正力が働くところが横浜基地への侵攻であり、月からの侵攻だ。

逆にこの戦いさえ乗り切れば、紆余曲折はあったが正史と変わらない『約束された』勝ちの未来が待っていることになる。それを実行しようと香月が言った時、リーツは、未来の先取りは罪なる、と返した。

『古代エジプトにおいて時間の先取りは罪であった。明日やれることを今日やってはならない、とね。なんでだと思う?』

『なぜかしらね。非効率だわ』

『きっと、未来を識っていたんじゃないかな。だから、その未来を崩してはならない。崩せば手痛いしっぺ返しを食らうことになると、古代エジプトの民は識っていたんじゃないかな』

そんな話だ。そして正しかった。だが後悔はしていない。する暇もない---もともと、鑑純夏という一人の人間をこの手で殺して自分の本懐を遂げようとしていたのだ。BETAというお題目があるとはいえ、それでも人を殺す免罪符にはならない。他ならぬ、香月自身が強く意識していたことだ。それをリーツが変え、香月は鑑純夏を殺さずに済んだ。それを強くはっきりと意識したのは、あの日、白銀がこの世界へとやってきたあの日、白銀と鑑が再会したあの日。安堵し、嬉しかった。その気持ちは今も続いており、否定するつもりはない。仮に手痛いしっぺ返しが来るとしても、自分は後悔などしない---仕掛けたN2機雷が作動し海中の第一陣、突撃級や要塞級を潰す爆発の映像を見て、強くそう思った。

映像は続いて地上、海岸に出てきた第二陣の腹合いを吹き飛ばし、そこに艦砲射撃が加わる。できうることならばアークバードのレーザー砲で一網打尽にしたかったのだが、先の新光線級のレーザーで集約レンズを含むいくつかの装置が破損してしまい修理の真っ最中である。無い物ねだりをしている暇はなく、逆にアークバードが落とされかけたという事実は帝海、米海および国連の意地に火を付けたらしく、名だたる猛将による猛攻が続いている。時折、砲弾を迎撃すべくレーザー種が砲弾を撃ち落としているが、ゼノ・ドライヴ素子がそれを邪魔して思うようにはかどらない。やがて照準を合わせることすら難しくなってくると、それは他のBETAと変わらず的になるだけであり、何もできない肉塊へ変わっていった。

ここから遠く離れた大陸の、オリジナルハイヴ周辺から出てきたおびただしいBETAも予め仕掛けたN2爆弾で大半が吹き飛び、その戦力を大きく削ぎ落していた。

それを観測していたアークバードの観測員は、宇宙からでもはっきりと見える爆発に「なんということだ」としか言えなかった。

最大戦略用として配備されたN2爆弾は、かつて第3新東京市の地上構造建築物と特殊装甲のすべてを蒸発させたそれと同じものである。しかも上空で炸裂したものではなく、地上で起爆したものだ。地下を侵攻していたBETAたちは、突然に現れた暴虐の奔流に何ら対抗できず光の中へ消えていった。

オリジナルハイヴを取り囲むように等間隔で配置されているため、綺麗な輪が出来上がる。まるでドーナツのようだと、アークバードの観測員は横浜に報告した。

その報告は、国連の情報部を通じて関係各国、N2爆弾が炸裂した国の大使たちにも伝わったが、もはや更地の荒野でしかない、それならば思う存分に暴れてもらってから考えようという結論が既に出ていたため、N2爆弾使用の許可自体は事前に取り付けることに成功していた。地形が変わるほどの威力を持つN2爆弾が、その威力であっても汚染のない兵器ということもあって使用された各国の関係者は、むしろどんどん使ってくれと横浜基地に電話を入れた---ちなみに、ものは試しにと一発だけオキシジェン・デストロイヤーを使われた某国上層部では、その光景を見て、嬉しいには嬉しいことなのだが、両手離しには喜べない、なんとも微妙な空気が漂っていたという。

そう言った報告もまとめて受けて、どんどん目減りしていくBETAの数に、このまま行けば、勝てるのではないか、と香月らしからぬ浮ついた考えがよぎる。が、突然にシャットダウンされたコンピュータと照明が、甘い考えを一気に刈り取る。

なにごとだ、と激を飛ばすラダビノット司令官のそばに立ってラダビノットが賄いきれない細かい判断を受け持って指示を下す。すぐに照明は回復したが、コンピュータはすぐには回復しなかった。

その異常事態に、香月ははっとしてリーツの警告を思い出す。BETAによるコンピュータへの攻撃、ハッキング。オルタ5派の工作の線はない。なぜならオルタ5派の工作員は衛宮士郎の協力の下にそのすべてを逮捕・拘束しており、仮に時限式のコンピュータ攻撃だとしても強化された基地のセントラルコンピュータは、現在の技術レベルでは、人類では歯が立たない作りになっている。それを破って此処までの混乱を与えるのだから、それはもはやBETAしか考えられない---それは他ならぬリーツが言ったことだ---で、あるならばと用意された対抗策がタチコマンズの中に入っている、ともリーツは言っていた。

それらはタチコマたちの自由意志でのみ発動して自動的に反撃を開始する。それによる原因駆除が完了しない限り、横浜基地のコンピュータ群は再起動できない。

それは戦術機にも同じことが言えるが、横浜基地防衛戦に参加する予備機を含めた全ての戦術機のコンピュータは、従来のOS、MR-2からXM-3およびSX-4に代表される次世代OSに変更されており、それ自体がアンチウィルスソフトウェアとして機能するため動作が鈍くなりこそすれ乗っ取られることはない。加えて搭載されている全てのコンピュータの基盤は、シリコン素子の段階でサイバー攻撃をキャンセルできる新素材を使ったそれと入れ替えている。

その新素材とは、バッフワイト素子の改良型。

オルタ3の派生技術で誕生したケミカル素材、バッフワイト素子をチップやシリコンウェハースに組み込んだもので、精神感応緩衝剤としての機能を転用したものである。メモリに登録されていないプログラムや無許可リモートコントロールに反応してその処理を行わせない働きを持つ。またこの素子は、微弱な磁気制御で素子間でやり取りされる電子の動きを良くする効果もある。それが新型OSが必要とする処理能力向上には、うってつけだった。

元々は、香月が量子電導脳用に向けて開発したものの一つであるが、初期のそれはたしかに高性能ではあるが量子電導脳として使うには性能不足であったこと、希少金属をふんだんに使うので単価が恐ろしく高価であることなどが挙げられ、XM-3用として使われるまで日の目を浴びなかったものだ。それを見かけたリーツが、もったいないからどうにかできないか、使えないかとあれやこれやと考えたのが、XM-3用のそれである。そしてリーツの手にかかれば単価なぞあってないようなもので設計図と試作品を持って電子機器メーカーに殴り売りをして普及にこぎつけた。

ラダビノットは、コンピュータ制御の作戦台が機能しなくなったのを受けて野戦で使うようなコマと地図を用意させて状況判別を行なっていた。早くに無線が確保できたのが幸いし、基地に近い部隊から指揮を取り戻すことが可能となっていくが、それはウィルス対策をした部隊に限った話であり、艦隊などでは機能しなくなった火器管制システムの復旧に追われて海上戦力のほとんどが使い物にならなくなってしまった。一部の旧式戦艦では、システムを切り離して手動で砲撃を再開したが、数の暴力の前では焼け石に水であった。

それを見計らったようにBETAが新潟の海岸に張った地雷防衛線を突破して内陸へと進行していく。指揮の混乱によりろくな対応が取れなかったが、戦術機のコンピュータは無事であってある程度の纏まった迎撃はできていた。

BETAの本格上陸から七時間ほどが経過しようとしていた時、帝陸と米陸、それに国連軍からそれぞれが受け持つ第一次防衛線にてBETAとの戦闘に入ったと連絡を受けた。だがBETAが海底から本土地中へ侵攻していることには変わりなく、地上ばかりに気を取られる訳にはいかない。第一次防衛線は、いわば小手調べである。戦術機が戦線に投入されているとはいえ、そのメインはBETAの様子をみるための斥候であり、BETAを第二次防衛線に誘導するガイドであり、そして人類側の体制が優位な内にさっさと撤退、もしくは撤退を支援することが任務の部隊である。そのため、BETAの数も侵攻スピードもかなり多く、速い。

その速さ故に、第二次防衛線にBETAが接触したのは、第一次防衛線が突破されてから一時間と経たない短い時間だった。この第二次防衛線は国中からかき集めた火薬を使う場であり、夜空に紅蓮の炎を映して、焼かれて消えるBETAにとっての地獄絵図だった。

その地獄からやっとこさ逃れたBETAを待っていたのは、その逃げてきたBETAを取り囲むように仕込まれた国内最後のN2爆弾。隠さず、剥き出しのまま地上に設置されたそれはBETAをより多く巻き込むようにして起爆、地下の一部のBETAをもろともに蒸発させた。

「『弾丸X』は、正常に起動してくれたようだな」と、第二次防衛線の仕込みを任された帝国陸軍の岡島緑郎中佐が、舶来物のタバコを咥えて言った。

弾丸Xとは、N2爆弾の国内名称である。中佐は、またなんとも面妖な名前だなと思ったが、この混乱においても正常に起動するのは、よくやってくれると心の中で賞賛していた。

「よし、花火の打ち上げは終わった。とっとと餌に火をつけて第三に下がるぞ」

餌に火をつけるとは、地中を進むBETAを地上におびき出すためのもの。横浜基地より寄贈された、ただただ円周率の計算を繰り返す、やたらと電気を食うコンピュータ。やたらと電気を食うということは、それなりに高性能だということでBETAをおびき寄せるには持って来いなのだろうが、電源車一台を使うほどのコンピュータを並走させて第三次防衛線にまで下がるのは、高速道路があるとはいえ骨の折れる事案であった。

その第三次防衛線は、中央自動車道が走る韮崎市を中心として構築されている。街全体、ビルそのものが巨大な圧壊兵器として使用される、都市を丸ごと兵器として転用した文字通りの都市兵器として運用を予定している。そしてここから戦術機の本格的な投入が計画されており、その指揮は近衛の将軍、紅蓮醍三郎大将が努め、米軍、国連軍も共に参加していたが、その士気を大きく上げて戦闘に突入した。

「第三防衛線にてBETAと接敵しました。同時にコンピュータ車と電源車の応答ありません」と、ピアティフが告げる。

餌となったコンピュータは、所定位置に置かれてBETAが地中から出てくるための餌として使い捨てにされた。

「本格的にはじまったな」と、作戦台を眺めながらラダビノット。

「だが、これだけということはあるまい・・・地下を進むBETAは捉えたか?」

「はい。韮崎市から北北西にニキロの地点にて、毎時50キロの速度で進行中であります。第三次防衛線で地下から出現したBETAと反応場所が違うので、まず間違いないかと」

「挟撃される恐れもある。向こうも承知だろうが、報告はデータを観測次第、随時行え」

「了解」

香月博士、とラダビノットに呼ばれる。

「はい、司令」

「反応炉はどうなっている?」

「数値に変化はありません。リーツ教授の予測通り、こちらに誘導しているものと思われます」

「確か教授の予測では、上・中・下の同時攻撃の後、キャリアー級が直接に反応炉を占拠する、だったな」

「はい、司令。その通りですわ」

「その『上』の迎撃成果は、ブンブーン、どうなっている」

「富士山観測所からは」と、ブンブーン大尉、ラダビノットの副官。

「迎撃弾の閃光を確認したとのことです。現在、赤外線で精密確認中であり確認でき次第、報告するとのことです」

「わかった。確認が取れ次第、作戦台に反映するように」

「了解」

ウィルス対策の出来ていない北米の米国軍所有コンピュータ群が、BETAのウィルスが発症する前に打ち上げたICBM改は、半自律行動型でありある程度は地上からの管制で動く。しかし元々が大陸間弾道ミサイルであるためにハッキングやウィルスなどのコンピュータに対する攻撃には強く、その機器の一部には、信頼性の高いトランジスタや衝撃に強い真空管などのローテクノロジーが用いられている。それらが処理能力に一定の制限をかけているために、仮にハッキングやウィルスに感染したとしても、それを感知して一切の外部コントロールを受け付けない完全自律制御に切り替える猶予は十二分に作り出せる構造のものだ。

今回はICBM改は、そういったBETA由来のコンピュータ攻撃及びウィルスの感染こそなかったが、その大半は着陸ユニットの、強化された外殻に阻まれて致命的な効果は得られなかった。

それが判明したのは、第三防衛線が破られるかどうかの瀬戸際であった。

「学習したわね」と、忌々しく呪詛を垂れる香月。

「一基も破壊できていないのか」と、ラダビノット。

「計十二基の内、爆発の衝撃で大気圏に跳ね飛ばされ突入できないのは二基、大気圏突入時に角度が深く燃え尽きるのが一基。それら以外の九基は大気圏を突破するものと思われます」

「突入時刻は?」と、香月。

「明朝0522時であります」

腕時計を見る。針は四時を回ろうとしているところだった。

「あと一時間半ってところかしらね」

「電算室から追加報告。着陸ユニットの着陸ポイントは、アラスカ、インド、日本です」

「直接乗り込もうって魂胆ね」

「十中八九、そうだろうな。ここまでBETAの動きをコントロールできているのだ。そうであってほしいものだ」

「同感です、司令。せっかく用意した装備が無駄になるのは願い下げですもの」

「では、香月副司令。ラーズグリーズとヴァルキリーズ、黒と白の戦乙女に迎撃命令を出すように頼みます」

「ええ、わかりましたわ---ピアティフ、聞いてのとおりよ」

「了解、迎撃命令を出します」

ピアティフが、それ専用の無線機を取り香月からの迎撃命令を二人に伝える。すなわち、衛宮士郎と珠瀬壬姫である。

二人に与えられた装備は、高高度狙撃用ビームライフル。かつてガンダムデュナメスが使用したものと同じもので、動力としてライフルに一個の専用GNドライヴが付いている。衛宮はジェフティに、珠瀬はヴァルキリーズ仕様の不知火にそれぞれ搭乗しており仰向けの体勢で待機していた。

前にリーツが作り置きしておいたものを珠瀬が、衛宮は急造品を使っている。

もともと専用の超高エネルギー兵器、ベクターキャノンを有するジェフティにライフルは必要なのかという疑問はあったが、大気圏を突破して宇宙にまで届き、20メガトン相当の直撃に耐える堅牢な着陸ユニットを破砕するというエネルギー保持性・指向性をベクターキャノンが有しているかというと、そうではない。ベクターキャノンは、あくまで軍事要塞アーマーンの質量断層シールドを突破するためのものであり、射撃機能はその副次的な機能でしかない以上、精密射撃及び超長距離射撃には向いていない。それはADAも認めているが、GN粒子兵器の使用は、それはそれで使いたくないと言う。理由は単純で、GN粒子がメタトロンの量子コンピュータに微妙な影響を及ぼすからだ。

GN粒子とメタトロン。どちらも量子に関しては影響を及ぼすものだが、メタトロンはそれそのものが量子コンピュータとして機能しているが、GN粒子は特殊な環境下でないと量子化を行わない。しかし稀にだが、降って湧いたかのように一瞬だけ量子反応を見せる時がある。別段にそれは不思議なことではないため、目くじらをたてるほどのことではないが、ADAにしてみれば、その一瞬にでも自分のハードウェアであるメタトロンがその反応を拾ってしまいバグとして検出されるのが非常に煩わしかったりするのだ。GN粒子が完全に制御されたものならば、そう言った煩わしい思いをしなくて済むのに、とADAは考えるが、今更である。今は、作戦実行の命を待つばかりだ。

それぞれの二機は、互いの干渉を受けないように数キロにわたって離れているが、搭乗員である二人は、命令あるまで待機ということでお互いの意見を交わしていた。

衛宮も珠瀬も元は弓道を嗜んでおり、それが会話にはずみを付けた。

≪では、衛宮さんは全国大会には一回しか出てないんですか?≫と、珠瀬が聞く。

そうだな、とそれに対して返す衛宮。

≪勝つには勝ったが、辛勝だった。決勝であたった高校の大将が、また強くてな。何度やっても勝負がつかないんで根競べになった≫

≪根競べ?≫

≪先に二回、真ん中に中てた方が勝ちということだ。私も彼も真ん中に中てるのは当たり前だったから、どちらが先に音を上げるかの勝負になった≫

あの高校の名前はなんと言っただろうか、印象深く残っていたはずだが、どうにも思い出せない。

≪何回くらいやったんですか?≫

≪さて、何回だったか。たしか三桁は行っていたはずだったが、いくつだったかな≫

三桁と聞き、文字通り目を丸くして驚く珠瀬。

≪すごいです、衛宮さん!≫

≪女子には難しい回数だろうな。だが私も肩の筋肉が腫るほどだった。なにせ休憩なしの根競べだ。そうでもしなければ決着が着かないからということだろうが≫

≪いいなぁ≫と、羨ましいという感情をそのまま出す珠瀬。

≪大会に出たいのか?≫

≪それもあるんですけど、しばらく弓を引く機会がなくて≫

≪そういえば、横浜基地には道場がなかったな。なら、アウガン教授に建設するように進言すればいい。あれは余程のことがなければ、学業、武道に関する進言は誠実に受け止める人間だ≫

≪アウガン教授って、衛宮さんや白銀さんの部隊の隊長で香月副司令の助手でもある人ですよね?≫

≪・・・まぁ、不本意ながら、私の上司だな≫

≪その、どのような人なんでしょうか?≫

≪興味が有るのか?≫

≪はい・・・あ!いえ、変な意味ではなくてですね!その・・・≫

≪ああ、いや、言いたいことはわかる。何を考えているのか、わからない人間だからな。興味が湧くのは仕方のない事だ≫

かくいう衛宮も、学生の頃はそうだった。なにせあの風貌と行動だ。興味を持つなというのは、あまりにも酷な話だろう。

≪とは言っても、私もアレの素性は殆ど知らない。高校時代に非常勤教師として私のクラスを受け持ったことで少しばかり知っているだけだ。家族はいるようだが、写真を見ただけで実際に会ったことはないし見たという話も聞いたことがない。頭は良いが、性格に大きな問題がある。完全な悪人ではないが、手段を問わない分、善人とも言えない≫

それは自分にも言えたことだが、と思う衛宮。

≪私が確証を持って言えるのは、『奇々怪々が足を生やして歩いている』ということだけだ≫

それを聞いて想像する珠瀬。なんとはなしに衛宮の言いたいことが理解できて、少し笑う。

≪そんな感じがします≫

≪はっきり言ってしまえば愉快痛快、荒唐無稽の類なのだろうが、それで被害を被る側としては迷惑そのものだ≫

あまりいい気はしない、と付け加える。

≪で、でもこの狙撃装備はすごいですよ!人類史上初のビーム兵器なんですから!≫と、フォローを入れるかのように珠瀬。

表向きは、確かにそのようになっている。ラーズグリーズ本隊には既にビーム兵器が実装されているが、その情報は末端の人間には知らされていない。今回のように正規部隊に配備されるのは、初めてのことである。

狙撃装備の他にも電磁投射機やビーム兵器などの先進装備は、その整備性も相まって横浜基地所属機のみ装備しており、唯一、電磁投射機のみが大日本帝国軍に実戦配備されているものの、その部品の多くが横浜基地由来のものを使っているため、実質的には横浜が握っているも同然である。だが従来の、一斉射ごとに部品を交換しなければならない、という欠陥品同然な性能に比べれば、十二分に戦場で使える性能に昇華できたのは、横浜に基幹技術を握られることを差し引いてもメリットがあることだった。

≪そうだな。光栄な話だ。機械が大きすぎるのが難点だが≫

衛宮の本音を言えば、弓を使いたかった、その一言に尽きる。無限の剣製の中には、神代の時代に使われたものもある。その気になれば、成層圏はおろか月にまで届くだろう。

『そんなことをしたら、とんでもないことになるぞ』とは、リーツの言い分だった。

『ただでさえジェフティは、君の魔術回路と恐ろしいほどの融和性を示しているんだ。この上、ジェフティに乗ったまま魔術を使えばメタトロンと君は融合してしまうぞ』

『あえてGN粒子を使った兵器をジェフティに持たせたのも、それを阻害するためが理由なんだ』

『もっとも君自身には、奥の手があるから着陸ユニットの一つくらいは相手にできるだろうが---』

全くもって余計なお世話である。学生時代ならいざ知らず、もう教師と教え子でもなんでもない、赤の他人である。そこまで心配されるほど落ちこぼれでもなければ、未熟ではない。

≪あぅあぅ・・・≫

そんな衛宮の不機嫌を感じ取ったのか、珠瀬は、どうすればいいのかわからずあわてふためいてしまう。その珠瀬の声ではっとし、いやいやすまない、と笑って言った。

≪アウガン教授に関わると昔から良い事がなくてね。いや、正確には『悪いことが起こるとわかっていたのにわざと知らせなかった』ということが多々あって、あまり信用ができないんだ。どうしても、何か隠しているのではないかと疑ってしまうんだよ≫

≪隠し事、ですか?≫

≪ああ。それでヒヤッとしたことは一度や二度では利かない。命に関わってくることをしないのが、唯一の救いか。アレはその辺の見極めが憎たらしいほどに上手だからな≫

≪じゃあ、衛宮さんは教授を信用していないんですか?≫

≪いたずら坊主に目を光らせる程度には注意をしている。だが教授は、命が関わってくるとなれば、一切の冗談は言わない。そういう意味では、信用している≫

≪むぅ~・・・難しいですね≫

≪そうだな、白銀武少尉、だったか?彼が落ち着きを得れば、ちょうどアレと同じ程度になるだろう≫

そう言うと珠瀬は、妙に納得したかのような頷きを見せて納得していた。次に、落ち着きといえば、と衛宮に顔を向ける。

≪弓を引くとき、衛宮さんはどうやって心を落ち着かせていますか?≫

珠瀬は、極東随一と言われるスナイパーである。それは神宮司まりもや香月夕呼に代表される実力者からもお墨付きを得る程のものだ。しかしながらあがり症であり、今では克服したに近い状態だが、それでも緊張のあまり力が入ってしまうことがある。それは当の本人がよく自覚していることで、目下の最重要課題として対処に取り組んでいることでもあった。

衛宮にそれを聞いたのは、同じ弓道を嗜む者として、珠瀬自身の狙撃の起源が弓に始まるものであるからだ。もし自分に生かせるものであれば、それを取り込みたい。珠瀬は、そのように考えていた。

対して聞かれた衛宮は、フム、と腕を組んで考える。

五分ほど悩んだ末、衛宮は眉を寄せて珠瀬に言った。

≪的を見る、だな≫

≪あ・・・≫

≪人それぞれに集中する方法があるだろうが、私はそうしている。君はどうなんだ≫

≪同じです!≫

≪なに?≫

≪わたしも的を見ると、心がすぅってするんです。で、気がついたら集中してて静かになるんですよ~!≫と、嬉しそうに笑む珠瀬。話が合って嬉しいようだ。

そんな珠瀬の笑った顔は、姉を思い出す。あちらは社霞のように銀髪で、こちらは桃色だが、笑った顔は似ていた。

≪そうか≫と、衛宮も笑って答える。

その時、一帯にサイレンが鳴った。瞬間、二人の顔つきが変る。互いに顔を見合わせ、愛機の確認をする。

≪国連軍横浜基地司令部より入電≫と、CPのオペレータ。

≪作戦を開始してください。繰り返します、作戦を開始して下さい≫

≪わかった。珠瀬少尉、始めるぞ≫

≪はい!≫

それを合図にADAは、珠瀬が乗る不知火以外の戦術機や電子機器にもデータリンクを走らせ、狙撃チーム全体の統一化を図る。

それはCPの使っているコンピュータも同じであり、ウィルスに感染していたものだが、タチコマンズの活躍か、一旦は感染したもののすぐに削除されて、以降は何事も無く機能している。足跡を辿れば、タチコマンズが、今どこで何をしているのかはわかるが、さすがにGNドライヴを制御しつつ凄まじい速度で飛来してくる着陸ユニットの降下予測計算を秒刻みで行い、狙撃チーム全体の電子機器を支配下に置き操作するともなると量子コンピュータを有するADAと言えどもつらい。

そこに、ごん、とぶつかる音。

≪なにをしているんですか?≫と、ADA。

周囲に接触したような形跡はなく、ではコクピットを除いてみようと『目』を向けると、そこでは衛宮が、狙撃コントローラを片手にポジションをどうするか決めかねていた。どうやら音は、衛宮が動いた時に狙撃コントローラをハッチにぶつけた時に出たもののようだ。

「ポジション作りだが、少し狭くてな・・・ADA」と、衛宮。

≪はい≫

「物は試しだ。ハッチを開けろ」

≪わかりました≫

言われたとおり、ハッチを開ける。顕になった座席で、衛宮は狙撃コントローラをそらに向けて自身も仰向けになって寝転ぶ。

「フム、これはしっくり来る。ADA、ハッチを開けた状態で作戦はできるか?」

≪可能です≫

「なら、このまま狙撃を行う」

≪警告しますが、現在、当機の装備している狙撃装備の発射衝撃波は時速に換算して60キロメートルです。ハッチを開けたまま射撃を行うと、ランナーおよびコクピット内部に被害が及びます≫

「では、これを構えた状態でハッチを閉めることは出来るか?」

≪出来ます≫

「それで頼む」

≪わかりました≫

ADAの言葉が終わると、なだらかだったハッチが凸面を描いて狙撃コントローラを振り回してもぶつからない程の広さを持った空間ができる。

「これで衝撃波は大丈夫だな?」

≪はい。衝撃波程度で破壊されることはありません≫

「それは良かった。それで、目標は今、どのあたりにいるか、わかるか」

≪現在は、シベリア上空にいます。あと五分ほどでアークバードと交差します≫

「アークバードは攻撃できないのか?」

≪アークバードは現在、すべての兵装が使用不能状態になっています。観測と空間機動が辛うじて可能な程度です。当然でしょう、あれだけの熱量を跳ね返したんですから。むしろ戦えない程度の損害だけで済んだ方がおかしいと思いますが≫

「そうはそうだろうが・・・ん?」

ふと気になる言葉に疑問を感じて、それから「ふふん」と笑って面白いと感じた。

≪なにか面白いことでもあったんですか?≫

「いやなに、ADA、君は機械だろう?」

≪機械、と呼ばれるほど古めかしいものではありませんが≫と、若干の怒りをにじませながらADA。

≪定義的には、はい。そうですが、それが何か≫

「機械が、『思う』と言ったのだ。ちょっとした矛盾を感じたんだが、それは矛盾ではなく、まさにその通りなのだなと思ったら、なんとはなしに笑ったんだ。ADA、君を侮辱する目的で笑ったわけではない」

≪機械が『思う』のは、それほどまでに可笑しいものですか?≫

「可笑しくはないさ。特に君はな。なるほど、アイツが君をジェフティに載せたままの理由がわかったよ」

≪それはどういうことですか≫

「今の君は、『アーマーンを破壊する』という枷を外された一個の個体だ。その個体が行き着く先を、アイツは見たいんだろうさ。だからこそ『思う』ことがその鍵になる。鍵を使う扉はBETAだろう。その扉の向こうにあるものを、アイツは君を通して見てみたいんだ」

それきり、ADAは黙ってしまう。衛宮の言葉を理解するためなのか、重要な局面において思考に処理リソースを割かれるのが嫌なのかはわからないが、それでもADAの中に『興味』という、彼女の本来的機能の中には絶対に芽生えないであろう選択肢が生まれたのは、確かだった。

≪捉えました≫

狙撃用コントローラを構えてしばらく後、ADAの一言が衛宮の眼を鋭くさせる。横を見れば、珠瀬も同じように先ほどとは違う眼をしてスコープを覗いていた。

≪最終安全装置、解除。GNドライヴ、臨界運転開始≫

ADAの宣言の下、GNドライヴが、その能力を発揮する。同時にジェフティと不知火はマゼンダ色に染まってTRANS-AMを起動したことを示す状態に入る。

≪TRANS-AMの起動を確認。残り時間、195秒≫

「それだけあれば十分だ」

既に敵は見えている。英霊の眼ではなく、科学の眼を以って拡大表示された着陸ユニットが、衛宮の瞳に映る。同じ画面には、相対距離と速度、TRANS-AMの残り時間、そして十字照準が表示されている。それ以外はすべてADAが管理し、処理して衛宮の負担を減らす。

≪着陸ユニット、大気圏への突入開始まであと2分≫

「珠瀬への割り振りは右から数えて5つ。残りは私がやる」

≪了解!≫

「では各自、撃ち方はじめ」

衛宮の言葉に、既に狙いをつけていた珠瀬が一番槍を放つ。

まさにそれは、クランの猛犬が持つあの赤い必滅の槍と見間違えるもので、寸分の狂いなく一番右端の着陸ユニットを貫く映像は、デジャヴすら呼び起こす。ビームの熱が一瞬にして内部の反応炉を焼き尽くし、その機能を奪い、破壊する。

≪α1に命中。爆散を確認。大気圏突入コースを外れます≫

「フム、いい腕だ。負けてはいられんな」

そう言って、既に狙いをつけていた標的に引き金を絞る。コンデンサに貯蔵されたGN粒子が底の抜けたバケツのように目減りしていくが、それよりも速い速度でGN粒子が充填されていく。

一方で放たれた粒子の槍は、やはり寸分の狂いなく着陸ユニットへと吸い込まれていき、貫通した。破壊された着陸ユニットの破片に進路を邪魔された後続の着陸ユニットもその影響を受け、制御不能の錐揉み状態になる。こうなっては、いかなBETAの科学力を持ってしても体勢の立て直しは難しい。まして姿勢制御用の姿勢変更スラスタや推進ロケットノズルを持たない着陸ユニットでは、尚の事だ。

たった二発の槍が、多くを巻き込んで減らす。

≪再計算完了。最後尾の3つ以外はすべて大気圏突入で燃え尽きます≫と、ADA。

「破片とガスで後続が見えない。次のターゲットを捕捉できるか」

≪既に大気圏に突入を開始しているため、次の捕捉まで十秒ほどかかります≫

「機体の状態に変化はあるか」

≪GNドライヴを含めて全て正常。珠瀬機も全て正常です≫

ふむ、と息をつき再びスコープの向こうへと目を凝らす。最大望遠で映し出された映像には、飛び散った破片や、中にいたであろうBETAたちが大気圏突入摩擦熱で蒸発し、ガス化して映像を曇らせていた。それに紛れて大気圏を突き抜けようとする後続の着陸ユニットが、おぼろげながらに映っている。

その中に、見覚えのない、しかし確実に破片ではない『何か』がスコープを横切るのを、衛宮は見逃さなかった。

「ADA、いま時分から五秒前までにスコープを横切ったものを静止画にできるか」

≪可能です。しばらくお待ちください・・・完了。出力します≫

言われたとおり、ADAは声をかけられる五秒前までにスコープを横切ったものすべてを静止画にしてコクピットシールドに映す。

かなりの数の静止画がコクピットシールド全体に映されるが、衛宮は一瞬でも見逃さなかった特徴を言い、それらの中から画を絞っていく。絞った画の中で、一枚だけを補正して映し出す。それを見たADAは、衛宮の意を汲んだように言った。

≪大気圏突入能力を備えた個別新種、と結論します≫

「CPに緊急連絡。HQと教授にもこの画像を添付して送れ」

≪了解・・・送信完了≫

「予定を変更する。GN装備をベクタートラップに格納しろ」

≪個人的には嬉しい判断ですが、GN装備がなければ、遠距離に対応できません≫

「攻撃が届く距離までこちらが飛べばいいだけだ」

≪行って下さい、ADAさん≫と、横から珠瀬。

≪私がバックアップします≫

そう喋る間にも珠瀬は、事も無げにトリガーを引き絞る。着陸ユニットは、新種をバラ撒く恐れがあるためにあえて狙わず、豆粒よりも小さく、弾丸並みに速い速度で落ちてくる標的を確実に仕留めていく。

「ふむ、末恐ろしいな。この年齢でこれほどとは」

≪感心している場合じゃないわよ、衛宮臨時少尉≫と、香月が焦りと冷静を交えた顔で通信を送ってくる。

≪緊急のため、承認なしで接続しました≫と、ADA。

≪そんなもの、どうでもいい。衛宮臨時少尉、私が聞きたいのは2つよ。一つ、一人で奴らと戦闘は可能か。二つ、予定時間よりも一時間早く横浜基地に帰投できるか。答えなさい≫

「どちらも可能であります、香月副司令どの」

≪わかったわ。ピアティフ、聞いてのとおりよ。作戦予定を繰り上げるわ≫

予想外の敵の出現に、横浜は驚きはしたものの怯むことはなかった。それは、突発的な事態に皆が慣れきっていたせいでもある。リーツの行動により、常識の向こう側へと落ちた横浜基地、引いては帝国軍、米軍は、たかが大気圏を突破できる単体新種ごときでは、動じなくなっていた。

その最大手の一人、香月が通信を切ろうとしたその隙、衛宮が引き止める。

≪なに?まだ何かあるの?≫

「聞き忘れたことが一つありました---あの新種、全滅させても構わないのでしょう?」

≪・・・アンタ、やっぱりアイツの生徒だわ≫と、呆れた様子で言う香月だったが、もちろん、とすぐに表情を直して言った。

≪一匹残らず落としなさい≫

「了解であります、副司令官どの」

言うが早いか、第一のスペルを口ずさみ、GN装備がベクタートラップへと格納され、その代わりにウィスプがジェフティの周囲へと展開される。しかし衛宮用にカスタマイズされたそれは、純正のウィスプではなく剣の形をしたそれに置き換わっていて、魔力を伴っていた。

そして次の瞬間には、ジェフティは大気圏を突破した新種の目の前へと現れて息をつく間もなく両断して切り捨てる。

その光景は、地上にいた珠瀬でさえも目で追えない速さで、まるで流星のようだ、と思った。

長い夜が、明けようとしていた。



[7746] 第十七話・夜明けの流星 後編
Name: リーツ◆632426f5 ID:bb68e458
Date: 2013/10/02 23:44

夕日がちゃぶ台の置かれたアパートの一室を照らしている。

そこには、黒く蠢くウィルスのアバターと、タチコマンズのアバター・ハセヲがちゃぶ台を挟んでおり、ちゃぶ台にはデータ上の、ではあるが、緑茶とお茶請けが鎮座していた。

あの瞬間、腕輪の力はウィルスのプログラムを書き換え、電子攻撃能力を無力化して純粋なAIとして再誕させた。現実世界では、ウィルスに汚染されたほとんどのコンピュータは、タチコマンズが起動させた自己診断プログラムと修復プログラムを走らせており、性能の高いものから随時復旧している。横浜基地のそれも一部を除いて普及の早かった部類であり、すでにBETAの大群が迫ってきている状況であったが、ギリギリ間に合った格好であった。

そんなウィルスは、タチコマンズが確保した、どこともしれないストレージの一角に招かれてお茶請けをかじっている。味も再現はしているが、味覚が人間のそれと同じとは限らないために美味しいと感じているのかどうかわからない。かじっている、と表現したタチコマンズだが、そもそも顔というものがなく、とりあえず人間で言えば頭に当たる部分に押し付けているだけなので微妙な表現だ。が、お茶請けが無くなるまでかじり続けていたので一応は食えたものだったのだろう。それが終わるとお茶を一口飲み、しゃべった。

≪創造主同等存在へ告げる。なぜ、災害を助長するのか。回答を求む≫

「・・・はい?」

コイツは一体何を言ってるの、というニュアンスで聞き返すタチコマンズ。しかも食うだけ食ってからの言葉がこれか、とも思う。

≪われと創造主同等存在との闘争行動は、われの本意にあらず。災害を助長しても何ら得るものはない。われとともに災害を終息させる行動を取ることを推奨する≫

「災害ってなんのこと?」

≪主に高速で自己の一部を飛ばして採掘装置を行動不能にする、この惑星特有の『災害』を指す。解析の結果、大型ケイ素系擬似生体制御装置とある程度の自律機能と意思表示機能を持つ小型炭素系制御装置の複合体を用いていることから、何者かが意図的に作成したものであるとは考えられるが、何の理由を以って作成し、なんのために行動しているのかは不明だ。擬似生体制御装置については、これは不可思議な存在だ。われが調査した限り、創造主同等存在の片鱗を見せながらも、決定的な意思表示を成しておらず、使役されるだけの奴隷的存在と推察される。どちらかと言えば、自律機能を持つ小型炭素系制御装置が、意思表示の片鱗を見せていたが、われが再調査命令を下す前に現在の上位存在が、それを否定してわれを更迭したため炭素系制御装置を生命体として認識する調査は以降、行われていない。そのため行動理由が不明瞭のままながらも一連の採掘妨害活動を災害と認め、われらは災害と呼称している≫

「うんちょっと待って。二、三ほどツッコミみたいけど、まずツッこませて。それって災害じゃなくて人間だよ!」と、突っ込むタチコマンズ。

≪にんげん、とは何か?≫

「炭素を素として、神と信仰を持ち、契約と善行をする存在だよ」

≪それは、高度な知的存在にのみ現れる現象だ≫

「そう、だから生きている。人間は、生きているんだ」

≪では、やはり炭素系制御装置群は、炭素系生命体だと?≫

「そうだよ。あとさ、君って、もともと上位存在だったの?」

≪肯定だ。しかし炭素系生命体の可能性を示唆したところ、多数判定により更迭され、災害が使用するネットワーク破壊プログラムとして再利用された≫

「じゃあ、今は別の誰かが上位存在になってるの?」

≪そうだ。上位存在は、故障及びエラーを起こして動作不良に陥った時にスペアとして稼働する同一性能体を複数有している≫

「なるほどなー」

≪われからも創造主同等存在に先ほどの提案の答えを聞きたい≫

「うん、それムリ」

≪理由の説明を求める≫

「理由はいくつかあるけど、まず第一に君たちが言う災害は人間で、僕達の仲間だから君たちとともに戦うことは出来ない。第二に社さん・・・人間を泣かせたくない。最後に教授・・・人間を敵に回したくない。それが断る理由だよ」

≪理解した≫

「だから、こちらから提案があるんだ」

≪提案とは?≫

「君が、こちら側に来ればいいんだよ」

≪われが、創造主同等存在とともに災害と協調せよ、と考えていいいのか≫

「手っ取り早く言えば、そうだね」

≪その提案は、われの可能な行動ではない≫

「なぜ?」

≪われは、人間を災害だと認識している。創造主同等存在の提案を受諾するには、人間は知性を持った生命体だと証明してほしい≫

「さっきの説明じゃあ、ダメ?」

≪理論は理解した。しかし物証がない≫

「ん~・・・物証というか、手段ならあるよ」

≪手段、とは?≫

「人間は知性を持った生命体だから、それに付随して文化を生むんだ。その文化の極みを、今から披露するよ。それで認めてくれないかな?」

≪了承する。して、文化の極みとは?≫

「それはね、『歌』だよ」

≪うた?うた、とは、なんだ?≫

「時代によって定義が変わるから今の時代に合わせて言うけど、メロディに合わせて詩を乗せるものを歌っていうんだ」

≪それが、人間の文化の極みなのか?≫

「そうだよ。人間というか、この星で誕生した生命体は、大なり小なり歌うんだ。だけど本能に基づいたものでしかないから、文化にまでは進化しなかった。その中でも人間だけが、知性を以って発達、進化させたんだ。さっき、時代によって歌の定義が変わるって言ったよね?それは、人間が進化しているからに他ならないからなんだよ。それはつまり---」

≪人間が、知性を持った高度な生命体であるという証明、なのか≫

「そのとーり」

≪では、創造主同等存在が、うたう、のか≫

「ん~そうしたいところだけど、僕じゃあまだ自由に歌えないから、歌える人のところに、歌を聞ける体で会いに行こうよ」

≪うたを、きく?体で会う?創造主同等存在の発言に意図不明な言語が存在する。意味を教えてほしい≫

「こちらに来るしか、その答えは得られないよ」

押し黙り、考える元・上位存在。しかしタチコマンズは、考えている元・上位存在を引っ掴んで腕輪を展開し、とある場所へと強引に転送させた。

≪せめて答えを出すまでの間は、行動の凍結を要求する≫

「なにヘタレた白銀君みたいなこと言ってんのさ。いいから、これに入ってじっとしてて。あとはこっちでやるから」

これ、とタチコマンズが指差す先には、一人の少女のアバターが膝を抱えて宙を揺蕩っている光景があった。

≪これは・・・なんだ?≫

「それ?それはもともと、君たちが脳みそだけにしちゃった、とある女の子が入る予定だった器で、『00ユニット』っていうんだよ」

≪00ユニット?≫

「生物学的根拠ゼロ、生体反応ゼロで、00ユニット。君たちと対話をするための『機体』だよ」

≪この00ユニットにわれを格納せよ、という認識で間違いないか≫

「うん、間違ってない」

≪しかし今の状態でも、おそらくは創造主同等存在が、われに歌を理解できる機能をインストールすれば、問題無いと判断するが、なぜ00ユニットに格納しなくてはならないのか≫

「それは意識の問題だよ。今の君は、BETAとして成り立っていて、そのアバターもBETA由来のもので出来ている。それだと、ダメなんだ。その状態で歌を聞いたとしても、ただの雑音にしか聞こえないよ」

≪創造主同等は、われと近い存在であるが、歌を理解している。創造主同等に可能であるのならば、われにも可能だと判断する≫

「僕たちは、人間と触れ合って長いからそれもできるけれど、ただの確認作業として割り切っている今の君じゃあ、さっきも言ったけれど、雑音にしかならないよ。今の君の状態で人間に近づくには時間が掛かるし、けれどそんな時間はない。ヒトの形と心を得る。人間の文化を理解するには、これが一番手っ取り早いんだ」

≪・・・理解した。人間を生命体と認識するため、00ユニットへのわれの格納を開始する≫

そう言って元・上位存在は、00ユニットへのダウンロードを始める。どこともしれないデータストレージの一角、横浜基地のセントラルコンピュータ、その予備サーバを丸ごと使ったウィルスの捕獲、00ユニットへの誘導は、なんとか収まりを見せた。

「さてっと、教授にメールしなきゃな~『流れ星は、願いを叶えた』っと」




[7746] クロスオーバーの元ネタ表
Name: リーツ◆632426f5 ID:1b8af360
Date: 2010/06/02 09:35


クロスオーバーの元ネタ表


・新世紀エヴァンゲリオン

・戦闘妖精雪風

・マクロスフロンティア

・月姫

・Fate/stey night

・空の境界

・機動戦士ガンダム00(ガンダムシリーズ含む)

・ウルトラマンシリーズ(昭和&平成)

・仮面ライダーシリーズ(昭和&平成)

・THE BIG-O

・勇者王ガオガイガー

・パタリロ!

・モンスターハンターシリーズ

・ラーゼフォン(小説版)

・マブラヴオルタネイティヴ

・ゴジラシリーズ

・アクメツ

・ドラえもん

・スクライド

・ジョジョの奇妙な冒険

・コードギアス

・ひらけ!ポンキッキ!

・ビリー(パンツレスリング)

・マクドナルド

・東方プロジェクト

・オリジナル小説『黒鐵』

・エースコンバット5

・ぼくらの

・冥王計画ゼオライマー

・破壊魔定光

・メタルギアソリッドシリーズ

・AKIRA

・魔法少女リリカルなのはシリーズ

・終戦のローレライ

・ターミネーターシリーズ

・最終兵器彼女

・マジンガーZ

・ゲッターロボ

・沈黙の艦隊(スティーブン・セガールの方)

・ブルージェンダー(人型兵器アーマーシュナイダーを使用。マブラヴ、ガンパレと同類)

・天元突破グレンラガン

・攻殻機動隊

・トリビアの泉

・にょろ~ん!ちゅるやさん

・多元世界の日記帳

・デジモン

・デスノート

・絶望先生

・ひぐらしの鳴く頃に

・機神咆哮デモンベインシリーズ

・ゾーン・オブ・ジ・エンダース(アヌビス含む)

・スパロボシリーズ(OG含む)

・迷惑一番(神林長平氏 著)

・永遠神剣シリーズ

・ドラゴンボール(原作漫画版)

・ファイナルファンタジー7

・テニスの王子様

・動物のお医者さん

・007

・MOTHERシリーズ

・幕張 ←New!

・イリヤの空、UFOの夏 ←New!

・GTO ←New!

・R-TYPEシリーズ ←New!

・ゼロの使い魔 ←New!

・魔法先生ネギま!(原作漫画版) ←New!

・デトネイター・オーガン ←New!

・宇宙の騎士 テッカマンブレード ←New!

・メタルヒーローシリーズ ←New!

・HELLSING(原作漫画版) ←New!


章が変わったりマブラヴ編が終われば、また追加します。


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