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[307] self-control
Name: イズミ◆65d8b4af
Date: 2008/02/27 01:13
私は思兼[オモイカネ]。
古代火星人の技術を応用して作られた、ネルガル社製AIです。
古代火星のロストテクノロジーと聞いても、地球生まれ地球育ちの私はあまりピンとこないのですが…。
この名前は、日本神話に登場する八意思兼神[ヤゴコロオモイカネノカミ]から考えられたものだそうです。
多くの人々が持つ思慮を一人で兼ね備える神様なのだと教えられました。
思いを兼ね備える…なかなか私に似合いの名前だと思いませんか?
でも、オモイカネという名前は、何も私ひとりだけの名前ではないのです。
オモイカネはナデシコの航行管理を目的としたAI。
しかし、ネルガルではナデシコを元に新たな戦艦が作られています。
初代ナデシコに搭載されているオモイカネだけでは、その多くの戦艦を動かす事はできません。
そこで、オモイカネシリーズAIとして誕生したのがこの私。
現在も活躍している初代オモイカネの兄弟と思って下さい。
私たちに性別というものは与えられていませんが、初代オモイカネは男性的、私は女性的なのだそうです。
何故女性なのかと疑問に思うかもしれませんが、良く私とお話してくれた博士はこう言っていました。
「貴方には『母親』になってもらおうと思っているから、女性的思考で問題ないの」と。
この時の私にはどういう意味なのかよく分からなかったのですが、今では納得できる発言です。
私はオモイカネとは別の、自分だけの名前をもらいました。
私の名前はココロ。
オモイカネと同じく八意思兼神から付けられた名前なのですが、『心』を持つAI、という意味合いもあるのだそうです。
この名前はマスターがつけてくれました。
私のお気に入り、私の宝物。
マスターは私をただのAIとしてでなく、ひとつのパーソナリティーを持つものとして接してくれます。
だから私も、精一杯、マスターの為に頑張ろうと思ったのです。
私は戦艦に搭載され、マスターと小さなオペレーターの2人を乗せて外の世界に出ました。
私と私の搭載された戦艦はネルガルの中でも特殊で、その存在は公にされてはいませんでした。
私に命令できるのはネルガル会長、マスター、オペレーターの3人だけ。
そして、その中の命令優先順位のトップはマスター。
例え会長やオペレーターが命令しても、マスターが拒否するのならば、私はそれに従いません。
この3人以外の誰かに艦を乗っ取られたりした場合は、私は自身で考えて行動する権利が与えられています。
私や戦艦が、敵の手や別の組織に渡るのはなんとしてでも阻止しなければならないからです。
そう、マスターは戦っていました。
とても孤独な戦いです。
全てを捨てて、目的の為だけに戦ってきたマスター。
私もオペレーターも、全力を尽くしてそんなマスターを支えてきました。
私たちだけではなく、マスターを知る人たちのバックアップがあってこそのものだと分かっています。
だから、マスターが大切なものを取り戻し、その戦いに終止符を打った時、皆は喜びました。
長い戦いが終わり、命を削るようにして戦ってきたマスターをやっと休ませる事ができる。
私たちは、マスターを心配する人たちが待つドックへボソンジャンプしました。
確かに、ドックへ向かってボソンジャンプしたんです。
した筈、なんです。
それなのに、一瞬後の世界には、全く予想しなかった事が待ち構えていたのです。
嗚呼、これが跳躍の誤差の弊害なんでしょうか…。










一応、逆行物で、カップリング要素は多分ないです。



[307] self-control -1-
Name: イズミ◆65d8b4af
Date: 2008/02/27 01:22
人は不意の出来事に直面すると動きが止まるもの。
知識として知っているそれを、まさか体験する日が来るなんて誰が予想したでしょうか。








ボソンジャンプ完了と同時に場所の特定を開始しようとしたココロは、目の前に広がる風景に茫然としたように動きを止めた。
打ち放しコンクリートの壁、割れている窓、隅に置かれた内装用と思われる資材、少し埃っぽい床…。
良く馴染んだユーチャリスの中ではなく、どうも建設を中止されて久しい廃ビルのようだ。
ココロは何故自分がこんな場所にいるのか分からなかった。
ココロが頭脳ならば、ユーチャリスは体だ。
いくら通常とは異なるボソンジャンプを経たとしても、別々に飛ばされるのはおかしな事に感じる。
しかし、そんな話は聞いた事がないし、データとして残ってもいない。
これ以上は考えても無駄だろう。
イネス・フレサンジュ博士がこの場にいたならば、嬉々として説明をしてくれたかもしれないが。
ココロは漸くこの状況に慣れたのか落ち着きを取り戻し、ふと大事な事に思い至った。
一緒にボソンジャンプをしたマスターのテンカワ・アキトとオペレーターのラピス・ラズリ。
2人の安否が分からないのだ。
一体、過去か未来か、それとも実はそれほど時代はずれていないのか、ユーチャリスがなくて動けない今、そこまでは分からない。
ユーチャリスで一緒にジャンプしたのだから、近くにいるのかもしれない。
だが、ココロ自身がユーチャリスとは別にジャンプしているという不測の事態が起こっている。
楽観できる状況ではない事だけははっきりしているのだ。

「マスター…」

吐息混じりの声がして、ココロは驚いた。
ガランとしたフロアには、自分だけしかいないのは分かっている。
しかも、ココロが思った事がそのまま聞こえてきたのだ。
声は、若い女性のものだった。
もしかすると、まだ10代かもしれない。
そして気になるのが、その声が「マスター」と言った事だ。
こんな廃ビルに少女、と考えてすぐに考えたのはラピス・ラズリの事。
しかし、彼女の声とは違う。
ラピスよりも声に幼さはなく、かといって大人の女性のようにも聞こえなかった。
少女の正体は知れないが、無人だと思っていた廃ビルに人がいる。
ココロが見つかってもマズいが、もしアキトやラピスが同じビル内にいるのだとしたらもっとマズい。
この時代には存在しないだろう人物と、この時代にはないかもしれないテクノロジーの塊。
それが知れたら大変な事になってしまう。
誰かに見つかる前に、2人を探し出さなくてはならない。

「せめて、ユーチャリスがあれば…」

また声がした。
やはり、ココロが思った言葉だ。
そしてその言葉の内容から考えると、先程の声も今の声も、ココロが関係しているのは間違いない。
が、ココロにはボイス機能はない。
アキトたちと会話をする時はフライウィンドウを用いているし、オペレーターのラピスが言葉として伝えてくれていたから必要がなかったのだ。
しかし、どうした事か、自分の考えが声として聞こえてくる。
そんな機能がつけられたのなら、すぐに気付くはずだ。
あちこちへ視線を向けた時、ココロは再び動きを止める事になった。
この場所にはひどく場違いな、コサージュ付きの白く可愛いパンプスが見えたのだ。
そして、白くて少し光沢のある布地も。
それは、ココロの下に見える物だ。
ココロは、ここへジャンプしてから少しずつ感じてきた違和感の正体がひとつに固まるのを感じた。

「私…?」

今度は呟きが聞こえた。
それに半ば確信したのか、ココロはエステバリスを動かすパイロットのようにイメージした。
今までの中で、人の動きは観察学習ができている。
手を伸ばすようにイメージすると、視界に白くてほっそりとした手が見えた。
握ったり開いたりするのをイメージすれば、その通りに手は動く。
じっとその手を見つめてから、ココロは意を決したようにゆっくりと窓へと近付いた。
角が割れているだけの窓ガラスへ、はっきりと人の姿が映り込む。

「まさかとは、思いましたが…」

年の頃は17、8の少女が、こちらを目を丸くして見ている。
黒くて豊かな長い髪は緩くウェーブがかかり、瞳は黒目勝ちで、顔立ちは日系の特徴が窺える。
先程見えた布地はワンピースだったようで、胸元にレースがあしらってある以外はとてもシンプルなものだ。
視線を下へとずらすと、女性の象徴である胸の膨らみがあった。
更に視線を下へと向けると、膝丈で揺れるのワンピースと毛先がくるりとカールした髪の毛が見える。
そして足元には白いエナメルのパンプス。
パンプスに付いているコサージュの花は、ココロのデータの中にあるものだ。
それは、真っ白なユーチャリス…。

「……もしかして、この体はユーチャリスなんでしょうか…」

ココロが頭脳でユーチャリスが体。
別々にジャンプしたものだと思っていたが、この体がユーチャリスだとしたら…。
運命を共にしてきた相棒が、形は変わってもこうして一緒にいてくれるのは心強く嬉しい事だ。
ココロだけでは動く事もままならないと思っていた所だったのだから、尚更だ。
これで、アキトとラピスを探しに行く事ができる。
何故人の姿をしているのか、それはココロにはさっぱり分からない。
が、今はまず2人を探すのが先決なのだ。
誰かが廃ビルへ足を踏み入れ、ココロやアキトたちを見つける可能性はゼロではない。
窓から見える景色で、今いるフロアは割りと上の方だと分かる。
まずは上の階から捜索して、見つからなければ下へと順に探していけばいい。
考えを纏めると、ココロは少し覚束無い足取りで上の階を目指した。














ココロ、女の子の姿になるの巻。



[307] self-control -2-
Name: イズミ◆65d8b4af
Date: 2008/02/27 01:17
予想外の出来事の連続、不思議の塊。
それに順応してる私が一番不思議だったりするのですが…。






ココロは歩く事に慣れたのか、軽やかに階段を上がっていく。
弾むようなその動きに合わせて、髪とワンピースがふわりふわりと揺れる。
目指しているのは屋上。
まずはそこを確かめ、最上階から順にアキトたちを探していくつもりだ。
暫く階段を上がると、踊り場に光りが差し込んでいる。
照明かと一瞬思ったが、ココロは少し目を細めてそれを自然光だと判断した。
念の為にそっと顔を覗かせて上を窺うと、多分ドアがあったのだろうそこはぽっかりと開き、屋上に通じているらしかった。
ココロは階段を上がり、多少警戒しながらも屋上へと出てみる。

「……やはり地球……日本…?」

先程は自分の容姿に驚いて景色を眺める余裕はなかったが、地球らしいのは分かっていた。
人の気配がないのを確かめると、ココロは地上を見渡せる位置まで移動する。
そして、蓄積されたデータの中から地図を引っ張り出して比較しようとした時、目の前にぱっとフライウィンドウが現れた。
そこには地図が表示されていて、ココロは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元を綻ばせた。
人の姿になって声を得たが、ウィンドウはココロの感情を表し、言葉を伝えてくれた『声』だ。
ココロの一部と言っても過言ではないウィンドウが、こうしてまた自分を手伝ってくれる。
ユーチャリスに気付いた時と同じように、ココロは嬉しくなった。
触れられないウィンドウを、それでも優しく撫でてから改めて映された地図を見る。
[地形を元に場所特定開始]
文字がパッと表示され、画面が何度か切り替わった後、ココロの瞳に映る景色とウィンドウの地図が重なった。

「トウキョウ…」

ココロの中にある最新のトウキョウの地図とはいくつかの差異はあるが、ウィンドウに表示されたパーセンテージを見ればほぼ断定して間違いない。
ここはトウキョウだ。
ココロたちがいた時代とは違う、トウキョウ。
景色を見て、ここが過去か未来かはなんとなくココロは分かったが、結論は出さずに踵を返してビル内に戻る。
アキトたちは、もう目を覚ましただろうか。
アキトならば窓の外を見て日本だと分かるかもしれないが、それ以上の現状把握ができていないかもしれない。
そう思うと、ココロの足は先程までよりも早くなっていた。
階段を下りていくスピードは早いのに、見た目には相変わらずふわふわと髪とワンピースの裾を揺らして急いでいるようには見えない。
足音もなく最上階フロアに出ると、アキトたちの姿を探して隈なく確かめていく。
ガランとしたフロアに人影はなく、すぐにまた階段を下り、次のフロアを探す。
それを何度か繰り返して辿り付いたフロアには、ダンボールが多く積まれていた。
何が入っているのかは分からないが、それらを崩さないようにそのフロアにある部屋をひとつずつ確かめていく。
と、ゴトリ、と物音がした。
ココロは音のした方向へパッと顔を向けたが、ただダンボールが積まれているだけ。
ダンボールの裏側に何かいるのかとも思ったが、そこに積まれたダンボールは壁にくっつけるようにして置かれている。
人が隠れられるスペースはない。
ならば、ネズミやネコだろうか?
それにしてはやけに重そうな音で、ココロは小さく首を傾げる。
目の前のダンボールを不思議そうに見ていると、またゴトリと音がした。
今度はそれだけではなく、一番上に積まれているダンボールが小さく揺れている。
ゴト、ゴトリ、ゴトゴトゴトゴト…
そこだけ地震が起こったように、ダンボールが小刻みに揺れる。
ココロは恐怖にではなく、好奇心に胸をドキドキさせながらその光景を見ていた。
ドキドキの感覚に無意識に両手で胸を押さえつつ、揺れのせいで少しずつ前へ出てくるダンボール。
ココロがあっと気付いた時にはもう、ダンボールは激しい音と共に床に落下してしまった。
テープなどで封をしていないダンボールが開き、中からザラザラとネジやボルトといった部品が床へと零れ出ていく。

「あ…」

音にビックリしていたココロは、何かに気付いてソレをじっと見つめた。
黒い、塊。
部品の類と一緒に、ダンボールからズサーッと滑るように出てきたのだ。
なんだか見慣れたフォルムをしているその塊は、微かに動いたと思ったら手足をバタバタと動かし始める。
もがくようにバタバタ動いた後、なんとか手を突き、立ちあがる事に成功した。
そして、赤い瞳でココロを見上げる。

「ブラックサレ、ナ…?」

語尾が上がるのも無理はない。
ブラックサレナに良く似たソレは、全高30センチ程度のちんまりした2頭身ボディをしているのだから。
エッジは丸みを帯び、ボディは幾分簡略化されてスッキリしている。
8メートル近くあったものが、どうしてこんなにコンパクトになっているのか。
まじまじとサレナを見下ろすココロと、じっとココロを見上げている(ように見える)サレナ。
無言の見つめ合いが続いたが、それに終止符を打ったのはサレナだった。
トコトコとココロに向かって歩き、足元で立ち止まると両手を上げた姿勢で動きを止める。
ココロがその行動の意図を計り兼ねて困っていると、サレナは両手を催促するように動かした。

「…もしかして、抱き上げろと?」

ココロが小さく呟くと、サレナはコクコクと頷き、もう一度改めて両手を上げる。
まるで子供のような小ささとその仕草に、ココロは思わず笑みを漏らした。
そして、身を屈めるとブラックサレナを軽々と抱き上げて体を起こす。
ココロは胸にぴたりとくっついているブラックサレナを見下ろした。
ブラックサレナが小さくなった事は、自分が人の姿になった事を思えば有り得るかも、と納得してしまった。
が、問題はどうやって動いているのか。
もしかしたらアキトがこのブラックサレナの操縦を?とも考えたが、それはすぐに否定した。
アキトならば、だっこを強請るような真似はしないだろうと。
それに、何故警戒心もなくココロに近付いてきたのか。
ブラックサレナを胸に抱きながら、ココロはゆっくりと歩き出した。
アキトたちを探すという目的は今だ達成されていないのに、長く足は止めていられないのだ。
階段へ向かう途中、ココロはひとつの仮説を思い付いた。
このミニサレナは、ココロをユーチャリスと認識しているのかもしれない、と。
このフロアにココロがやってきたのを重力波アンテナで感じ取り、近付こうと動き出した。
今はエネルギーが供給された上にユーチャリスの元に戻れたので、大人しくしているのだろうか。
しかし、ミニサレナが人のように自発的に動き回れる理由はまだ分からない。

「謎は増えるばかり、ですね…」






ブラックサレナ、ちんまり2頭身化するの巻。



[307] self-control -3-
Name: イズミ◆65d8b4af ID:bbe0b890
Date: 2008/02/27 01:26
私やブラックサレナの変化に驚いて、もうこれ以上はないと思っていました。
だけど、この予想外のジャンプは、予想外の結果を連れてきたみたいです。





胸にくっついて大人しくしているブラックサレナを抱えて、ココロはまた階段を下りていく。
が、階段を下りて踊り場に立った時、ブラックサレナが手をパタパタと動かし始めたので足を止めた。

「サレナ?」

エネルギーが満たされて元気になったのかと思い、ブラックサレナをそっと踊り場に下ろしてみた。
するとサレナは、一度ココロを見上げてから自分の足でうんしょ、うんしょと階段を下り、振り返ってまたココロを見上げる。
そんなサレナの行動を見ていたココロは、ちょっと首を傾げて考える。
サレナはせっせと階段を下りて、またこちらを振り返った所だ。

「今度はついてこい、ですか?」

確認するように口に出すと、サレナは先程と同じようにコクコクと頷く。
その仕草にココロも頷き返すと、階段へと足を踏み出す。
ちら、と先を行くサレナを見れば、ぐっと膝を曲げた所で、そのまま大きくジャンプすると一気に階段下へ着地した。
小さな体で階段を下りるのがもどかしくなったのだろうかと、ココロは笑みを浮かべつつ階段を下りた。
じっと待っていたサレナはココロが追い付くと、ちょこちょこと足を動かしてドアの開いているフロアへと入っていく。
その迷いのない動きに、ココロはハッとした。
サレナはアキトたちの居場所を知っているのかもしれない。
そう考えて、ココロは足早にサレナの後を追った。
フロアにはデスクが並んでいて、奥はパーテーションで仕切られている。
サレナの姿を探しつつ奥へと進むと、そのパーテーションの向こうから淡い光が漏れているのが見えた。

「サレナ、そこにいるのですか?」

呼び掛けに答えはなかったが、ココロはまっすぐそちらに向かって、パーテーションで隠されたフロアの奥を覗き込んだ。
応接室代わりにするつもりだったらしいその場所、薄く埃の積もったテーブルの上にサレナはいた。
淡い光を受けながら、こちらに背を向け、足を投げ出して座っている。
サレナの向いている方向に視線を動かしたココロは、長椅子の上に横たわる黒い塊…いや、探し求めていた人物を認めて体を大きく震わせた。

「マスター!」

淡い光は、テンカワ・アキトの体から発せられていた。
肌の露出している部分が不規則に明滅していて、今までにないパターンに不安が過る。
ココロはすぐさま床へ膝をつくと、アキトを覗き込んでその肩を揺らした。

「マスター、マスター」

名前を呼んで覚醒を促しながら、ココロはアキトを見つけられた安堵と微かな緊張を同時に感じていた。
なかなか覚醒しないアキト、不規則な明滅、そしてまだ見つかっていないラピス・ラズリ。
ココロ、ユーチャリス、ブラックサレナは、こちらへジャンプしてから今までとは変化している。
もしかしたら、アキトにも何か変化が起こっている可能性がある。
名前を呼び、体を揺さぶっているのに目を覚まさないアキトに、ココロはうろたえそうになるのをぐっと堪えた。
そして、冷静になってみると、こんな風にナノマシンが活性化しているのが変だと気付く。

「マスター…」

見た目ではなく、内面に何か変化が起こっているとしたら、早く処置しなくてはいけない。
が、今のココロにはどうしていいか分からない。
自然、肩を揺さぶる手に力が篭り、それまで長椅子の上にあった腕が落ちた。
ココロはアキトの腕を戻そうと手に触れ、その手の甲に浮かび上がったIFSの模様に違和感を覚えてそれを凝視した。
すぐに記録にあるアキトのIFSの模様と違うと判断したココロは、これがアキトに訪れた変化なのかと考えた。
複雑な模様を浮かび上がらせるアキトの手の甲、それをなぞるようにココロは指先を這わせる。
途端、バチッと静電気が発生したような鋭い刺激を感じて、思わず手を引っ込めて数秒動きを止めた。
ココロは目を丸くして、自らの指先とアキトの手の甲を交互に見る。

「今のは一体…?」

初めて感じる『痛み』に戸惑っているココロの傍で、今まで大人しく座っていたサレナがテーブルからぴょいと飛び降りた。
そしてココロの腿をトントンと叩き、上を指して何かを知らせようとしているようだ。
サレナが指しているのはアキトの方で、首を傾げつつもまたアキトに視線を移した。
すると、先程まで天井を向いていたアキトの顔が、ココロの方へと傾けられている。
驚いたココロは、それでもそっと顔を覗き込んで声を掛けてみた。
アキトは目覚めているらしく、もぞりと身動ぎした後に小さく唸っている。
そして意識がはっきりしたのか、ふっと小さな吐息を漏らし「誰?」とだけ言った。

「マスター、私はココロです。人の形をしていますが、私はマスターと一緒にユーチャリスにいたココロです」

きゅっと眉を寄せた不安げな表情を浮かべながら、ココロは必死に告げた。
そしてアキトの反応を待つと、スクリーングラス越しにじっとココロを見つめるだけで、何も言ってこない。
そのアキトらしくない反応に、ココロは小さく首を傾げる。
そもそも、見知らぬ人物が傍にいるのに、体を横たえたままなのがおかしいのだ。
やはり、体内でなんらかの変化が起こっているのかもしれない。

「ココロ、手」

これからどうするべきかを考え始めていたココロは、その声にアキトを見た。
だらりと椅子から落ちたままの手を、小さくだが動かしている。

「握れば良いのですか?」

ココロの問いに、アキトは微かに頷いた。
それを見て、先程の『痛み』を思い出しながら手を伸ばし、ココロはそっとアキトの手を握った。
今度は痛みはなく、緩くだが握り返された手に初めて知る感覚を味わった。
IFSコネクタで繋がるのとは違う、不思議な気持ち。

「……ココロ。無事で良かった」

どこか舌足らずな発音、これもアキトらしくはないが、ちゃんとココロを認識してくれたらしい。
ぱっと表情を明るくしたココロが口を開くより早く、アキトが言った。

「ココロ、私、アキトじゃない。ラピス・ラズリ」






アキトの中身はラピス?の巻。


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