連合宇宙軍独立14艦隊、試験艦ナデシコBは、駆逐艦であるアマリリスと共に、ヒサボプランからのボソンジャンプを終えてターミナルコロニーのアマテラスへとやってきた。
「ようこそ、アマテラスへ。」
「艦の制御システムを譲渡、車庫居れ、お任せします。」
「了解。」
ウインドウに映るデジタルの人型へと返事を返して、ホシノルリ少佐は通信ウインドウでアマリリスのアオイジュン中佐へと繋いだ。
「で、今回の臨検査察にも。何か起こるわけですか?」
独自の秘匿回線を経由しての言葉は、直接的で威圧すら含んだルリの一言だった。
ナデシコBが就航してからはや一年が過ぎ去っていた。初めでこそブリッジクルーはサブロウタやマキビハリしかルリとの接点が無かったが、一年という時間は、ルリの親を無くしたという喪失感を僅かに忘れさせてくれるのには、充分であった。
もっとも、僅かとしか言いようが無いのは時たまナデシコAのライブラリーデータを彼女が閲覧していることがあるからだ。
そして、ナデシコBが臨検査察の名目でヒサゴプランのターミナルコロニーや中継コロニーを訪れるたびに何かが起こるのだ。
人体実験の施設や、登録されていない技術者と、機動兵器の稼動実験場など。特にボソンジャンパーの人体実験が発覚したときなどは、ナデシコBは問答無用の攻撃を受けた。
そして、すぐさまに生死を問わない逮捕要請がナデシコBに下されるのだ。
その為にナデシコBは就航一年を超え、生傷の絶えない戦艦の様を誇っていた。幾度かの強化工事や、装甲修理が行なわれ、ルリは其のたびに眉間に皺がよっている気がしてならないのだった。
「さあ、ともかく今回は全開の様には成らないことを祈るよ。」
アオイジュンがウインドウの向こうで答えた。アオイ中佐は駆逐艦アマリリスの艦長であり、ナデシコAの副長を務めたルリの旧知の人物であった。
先のシラヒメに置いてもナデシコBと共にコロニーに赴いて、激戦ともいえる実験場を隠蔽しようとする統合軍と戦った。
共に死んでもおかしくない戦闘であった。
圧倒的な戦力差。食料や兵器、人材が備蓄されているターミナルコロニーをたった2隻の戦艦で落とそうというと、条約違反を省みずに相転移砲を撃つという手段もとらなくては成らない。もしくは死をも覚悟して挑まなくてはならないのだ。援護や救援を待たずして戦うのは、死へと歩むことに相違ない。
だが、それを回避しているのは彼らアマリリスとナデシコBとは違う、もう一隻の戦艦の存在が大きく関わっている。
コードネーム「ユーチャリス」
部隊名「ファントム」
この二つの、決して表へと公表されていない戦力がジュンとルリの乗艦を救っている。そもそも、初めてのターミナルコロニーの臨検査察と共にナデシコBは奇妙ともいえる任務を請け負っていた。
ネルガルの試験戦艦との随行とテスト。それが任務の内容であった。
データハッキングの後に、ルリは撤収して何も無ければそのまま終了とするはずだった。だが、現実は理想道理に成らなかった。
ターミナルコロニーへの臨検査察にはルリだけではなく、ファントムと呼ばれるユーチャリス運用に携わるサクヤ・ヘミングという女性少尉が同行して行なわれた。
そして、サクヤと共にルリは人体実験区域へと赴いてしまったのだ。
周りを武装した兵士で囲まれた記憶は、ルリにとってなじみになりそうなくらい増えてしまった。つい一年でそのような出来事が四回も在ったのだ。勘繰らなければ馬鹿だろう。
最終的にルリはサクヤのボソンジャンプで脱出。
後に敵コロニーとの戦闘開始がここのところのお決まりだった。
「さて、どうなることやら。」
「まあ、酷くならないことを祈ろう。」
ジュンの通信ウインドウが消えて、ナデシコB中枢演算装置オモイカネが艦とコロニーの発着場とのドッキングが完了したことを伝える。
「艦長、行きましょうか。」
サブロウタがルリに声を掛けて、伸びをしながら立ち上がる。
「ええ、そうしましょう。」
ルリも答えてシートから立ち上げる。同じく伸びをして、身だしなみをウインドウで整えると自身の艦長席ボックスから通路に出る。
「置いていきますよ。ハーリー君。」
艦の制御を行なっていたマキビハリに声を掛けて、ルリは先に隔壁前で待つサブロウタの元へと向かった。
特務部隊であるファントム、そして試験戦艦であるユーチャリスは今回の臨検査察に同行していない。そして、世間と統合軍に秘された彼らが此処へとやってくるのか、もしくはやってこないのかは、ルリもジュンも、あるいはアマテラスに居る連合宇宙軍所属の兵士は知らないのだ。
「ユーチャリスが現れないことを祈りましょう。」
人知れずルリは呟く。
ユーチャリス、希望の剣が現れるということはアマテラスとの全面戦争を意味しているからだ。
アマテラスの通路もナデシコBの通路も大差は無かった。無機質な統一されたデザインは軍の施設にも通じる、何処と無く錯覚と迷いを誘うようなものだった。
やがて、ウインドウによる案内が終了する。
ルリとサブロウタとハリの三人はしばしの時間を掛けてアマテラス管理総司令の執務室に到着した。
「失礼します。」
断りを入れて入室。室内は地球上の企業にありがちな内装で、殺風景とも思える空間の中、脇に本棚と赤い絨毯のような箪物、それにお茶をするための小さなたんすがが置かれている。そして、執務用のデスクが入室者の正面に置かれていた。
「ふむ、アマテラスへよくきた。」
相手は統合軍の軍服を着た、禿頭に髭面の男だった。胸には階級賞が燦然と香上げられ、相手が准将であることを示していた。
「連合宇宙軍少佐ホシノルリ。」
「同じく大尉、タカスギサブロウタ。」
「おな「結構。私は統合軍准将アズマだ。」そんなぁ」
ハリの小さな不満の声は一切無視され、アズマは三人を値踏みするような視線で迎えた。
「このたびは、コロニーの臨検査察にやってまいりました。コロニー内部施設及び外部施設の検査、及び現場確認を行なわせていただきます。
准将の手の内を探ることに成りますが、ご了承ください。」
慇懃な口調でルリは礼をし、後ろにしたがっていた二人もそろって頭を下げた。
礼をして起立した三人をみながら、アズマは口を開く。
「コロニー管理法の臨検査察条項の適応はこちらでも確認している。だが、私自身コロニーのことはよくよく理解していると思っている。」
アズマの口から発せられた言葉は正直に言えば、宇宙軍の軍人として半ば驚きの発言だった。統合軍には努力家が多いし、元木連の軍人も多い。
そのなかで、重役ともいえる役職につくことは、自身の仕事を部下にやらせるものが多い。
書類や公的な手続きなどを主な仕事として、コロニーの管理まで手を伸ばすような将校が少ないからだ。
アズマの発言に、ルリとサブロウタの目元は鋭くなる。
「各コロニーでの不穏な動き、そして不定期にヒサゴプランの周囲3千キロメートル圏内でのボース粒子反応。まったく持って戦争が終わったというのに、この世界は忙しい。」
「それだけ、この世界は未知にあふれているだけです。結構では在りませんか。」
ルリは自身の考えを率直に言った。ボソンジャンプなど、相転移、ブラックホールなど宇宙は未だ知らないことが人類に多すぎる。未だに理解し終えずに使っている技術が人類には多々あるのだ。
全てを知っているという考えは傲慢他ならない。
「まあ、貴殿の言うとおりだ。臨検査察に関しては了解した。充分に第三者から、我がコロニーを見ていただきたい。」
アズマの鷹揚な答えにルリとサブロウタは安堵の表情を見せず、ハリは僅かに体の力を抜いた。
「コロニー落しの猛将。その目が確かなことを祈るよ。」
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「いやはや、疲れるねえ。」
ナデシコBに帰還したサブロウタは自分の席に座ってため息を着きつつ、両腕のひじを後ろへ突き出して、胸を張って見せた。
「そんな、愚直に現さないでくださいよ。」
ハリは自身の席に座って「はあ」とため息をつきながら、先ほど許可を貰ったパスを入力してアマテラスのシステムへとログインし。後に内部データのハッキングを開始した。
「まあ、いかついタコオヤジの相手なんて面白くない。艦に戻ってこれてよかったよ。」
「艦長にあんな役をやらせるなんて信じられませんけどね。」
「まあ、良いじゃない。」
現在ルリはナデシコBに帰還していない。彼女はアマテラスに訪れた民間人、それも子供。を対象とするアマテラスツアーに参加しているのだ。ハリは今までのターミナルコロニーでの戦闘を経て、得ることと成った技術を総動員しながらハッキングを行ないつつ、ルリの現在位置とライブ映像を表示させていた。
ルリが臨検査察を直接行なうことは今回で5回目。そして、過去の4回に置いて彼女は武装兵士に囲まれて、人質に成りそうになった。その経験から3度目からは艦長の位置と、ライブ映像をブリッジに表示することとしたのだ。
過去に置いて、ルリはA級ジャンパーと同行して臨検査察に赴いていた。そして、そのジャンパーとはユーチャリスを運用する特務部隊ファントムの少尉であり、今は此処に乗艦も部隊も無いサクヤ・ヘミングというなの女性だ。
切れ目で無愛想な彼女は、ナデシコBではルリと同等。もしくはそれ以上の無愛想で美人ながら結婚はしないだろうなと考えられていた。
女好きのサブロウタをルリよりも上手くあしらう、人間観察と対人のスペシャリストなのだ。そんな感想も出てくるだろう。
「俺の仕事は待機。お前の仕事はハッキング。それで、艦長の仕事は道化だ。お仕事やろうぜ。」
一息ついた席から立ち上がり、サブロウタは入室用エレベーターへと乗り込んで行った。
「じゃあ、お仕事頑張ろうか。」
「りょーかーい。」
格納庫へと向かうサブロウタ、その姿を振り返ることなくマキビハリ。通称ハーリーは片手を挙げて見送った。
助言に従い、移転いたしました。名前も正式に銘天へ・・・
感想プリーズ!それがオイラの執筆エンジン燃料