<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ナルトSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~(性格改変、TS、ネタ)
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:5194f762
Date: 2011/11/08 21:45
「今日で卒業、か……」

見上げる空には雲一つない。
満天のスカイブルー。
まったく、狙ったかのような天気じゃないか、神様よ。

そう心中で思いつつ、視線は再び前を向く。
周りには晴れてアカデミーを卒業し忍者となった少年少女と、それを祝福する保護者たち。
仕事の都合で私の親は来れなかったが、まあいい。
これだけ華やかなら、それだけで気分も盛り上がるというものだ。

……だが、それもどうやら、卒業生限定の話らしい。
ここはこんなに華やかだというのに、一人、離れた所で俯き、どんよりとした雰囲気を醸し出している奴がいる。

うずまきナルト。
何故か里総出でリンチにしている、私と同年代の少年だ。
大人たちはその姿を見て陰口を叩き、子供たちは石を投げる。
……まったく、暗い話だ。

そんな被虐待少年に向かって、しかし、私は話しかけようと歩き出す。
同情したといえばそうだが、一人ぐらい私みたいな奴がいてもいいだろ?

ナルトは、ブランコに座って項垂れていた。

「や。へこんでるじゃん、ナルト」

その言葉に、ナルトは顔を上げる。

「サ、サクラ……」

私の名前を口にしていくナルト。
……しかし、私の理性は次の瞬間に消し飛んでいた。

「……サクラ“ちゃん”……」

「“ちゃん”を付けるなァアアアアアア!!」

「ふぎゃ!?」

私の右拳がナルトの顔面に吸い込まれ、ナルトは悲鳴をあげながら吹き飛んでいく。
……自業自得だ。

私、本名・春野サクラ。
桜色の髪に、女性ものの服装。
アカデミーのクラスでもしっかりくの一クラスだった私は、しかし、ちゃん付けを世界中の何よりも嫌う。

私は――――――男である。



~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~



翌日。
私の足は、昨日卒業したばかりのアカデミーの教室へと向かっている。
任官し、晴れて忍者の卵、下忍となった卒業生が集められるのだ。

「……ああ、憂鬱だ……」

しかし、私の気持ちは下り続けている。
何故そんな気持ちなのかって?
それはこの、目の前にある教室の扉を開ければわかることだ……。

……ああ、憂鬱だ……。

「皆~、おはよ……」

扉を開ける。
その向こうにははたして、予想と寸分違わぬ光景があった。

「「「おはよう、サクラ“ちゃん”!!!」」」

「“ちゃん”を付けるなァアアアアアア!!」

春野サクラはモテた。
しかも、“同性”に。

……憂鬱だ……。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:23ed51ff
Date: 2008/11/08 01:48
ハローハロー。
皆は元気かい?
私は元気だ。

今、私こと春野サクラは教室で素数を数えている。
1·3·5·7·11·13……おっと、1は違ったな。
まあ、そんなことはいい。
問題なのは、何故私が素数なんかを数えているのかということだ。

率直に言おう。
上忍に放置プレイをかまされたのだ。

私の両隣には、今、二人の少年が座っている。

一人目が、金髪碧眼の少年。
虐待されても挫けません、勝つまでは! な意外性ナンバーワン忍者、うずまきナルト。
何故か卒業出来たらしく、ここにいる。
……まったく、ギリギリな奴だ。

そして二人目が、黒髪の少年。
いつも冷めてるクールガイ、ロンリーウルフは群れないぜ! な天才忍者、うちはサスケ。
……まったく、ギンギラギンな奴だ。

この二人に私を加えた三人、木の葉下忍七班は、教室でひたすら待機を続けている。
それは何故か?

……来ないのだ。
いつまで経ってもいつまで経っても、スリーマンセルに付くはずの担当上忍が現れやしない。
放置プレイと呼んでも、もはや差し障りなど皆無だろう。

この時、私は若干怒っていた。
時間にルーズな奴にロクな奴はいない。
そんな奴には天罰が必要だろう。
そう私は思っていた。

待つのに飽きたのか、ナルトが席をたち、黒板消しをドアに仕込む。
典型的な学校トラップ。
なるほど、憂さ晴らしにはいい考えだ。

「――しかし、甘い、甘すぎる! チョコレートよりも!」

「ふぇ!?」

突然の私の発言に、ナルトが肩をビクつかせる。

しかし、甘すぎるのは事実なのだ、ナルト。
そんな程度の罠では、この、明鏡止水されどこの拳は烈火の如く、なハートは収まらない。
私たちは忍、そして向こうも忍。
ここは是非とも、私たちの忍としての実力を見せるべきなのだ。

「そう思うだろ……お前も!?」

「……何を言ってるんだ、サクラ……?」

珍しく声をかけてきたサスケの声も無視し、私は早速、上忍撃退のトラップ作りにかかっていた。


◆◆◆◆◆


数分後。
廊下に人の気配と足音が現れる。
白髪を逆立てて顔に覆面をした、片目の男性。
七班の担当上忍、はたけカカシは、なんの気なしに教室への扉を開けていた。

ポフッ!

直後、その頭に黒板消しが落ちる。
見事にナルトの罠に引っ掛かったカカシは、しかし、それだけでは終わらなかった。

ヒュンヒュンヒュン!

「うおッ!?」

飛来してくるチョークの礫。
それを反射的に回避したカカシは、足元の作為的なデッパリに躓く。

次いで転倒。
頭の位置には水の入ったバケツ、しかも便所用。

「ぐッ!」

息をのみ、必死で上体をねじるカカシ。
何とかダイブを避けたカカシは、直後ずぶ濡れとなる。

ザバァー!

最初のデッパリに反応する仕掛け。
カカシの頭上には数多のバケツがぶら下がり、その中身を盛大にぶちまけていた。

全身に水をかぶったカカシが立ち上がる……と、その極点での加重に反応して床からカチッと音がなる。

直後、吊るされたバケツのさらに上から、そしてカカシの側面から、再びチョークの礫が襲いかかる。
今度はご丁寧にも、半粉末状だ。

「なッ!?」

360度からの全方位射撃。
濡れた全身にそんなものを喰らったカカシは、今、全身真っ白の白色人間になっていた。

「………」

無言で教室の中へと歩くカカシ。
と、

カチッ!

「ラストォッ!」

気合い一閃。
桜色の髪の下忍の言葉と共に、カカシの真上からタライが落ちてくる。
だが、

「ふッ……!」

ようやく上忍としての実力を発揮する気になったのか、カカシは超人的身体能力と反射神経でそれを受け止める。

が。

ズンッ!

(お、重い……!?)

タライは真鍮でメッキされただけの、鉄製製品だった。
そして、その中身は……

シュー……ボンッ!

……起爆札だった。

「………」

髪型をパンチパーマにさせるカカシは、依然無言。
タライを捨て、頭に乗っている黒板消しを取ろうとし……

ブチッ!

……毛も一緒に抜けた。
黒板消しに接着剤が仕込んであったのである。

「………」

カカシの視界。
手前の金髪の少年、ナルトは、どこかやり過ぎた感があるのか、やや申し訳無さそうにしている。

奥の少年、手を組んでいるサスケは、一見無表情。
だが、カカシの目には、それが嘘だと映っている。
コメカミがヒクついてるのだ。

……そして、最後の一人の少女。
春野サクラといえば……

「アッハハハハハハハハハ!!」

……腹を抱えて爆笑していた。

「……お前らなんて……お前なんて……」

直後、カカシが爆発する。
上忍といえど、人の子ということだった。

「大ッ嫌いッだァアアアアアアアアア!!」

はたけカカシの声が、空しく教室に響く……。

「アッハハハハハハハハハハハハ!!」

そして、笑い声にかき消された……。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:37f13dd9
Date: 2008/11/08 19:01
「パパー、どうして私はトリカブトを食べなきゃいけないのー?」

「それはね、サクラ。毒に耐性をつけてこっちが暗殺されないようにするためだよ」

「ママ~、どうして朝起きると、私の周りには赤いお目めやお手てにナイゾウがあるの~?」

「それはね、サクラ。戦闘や拷問で幻術をかけられても精神干渉されないようにするためよ」

「パパ~ママ~、どうしてウチにはいつも濡れた和紙が敷いてあって、歩く時に破っちゃダメなの~?」

「「それはね、サクラ。気配を断って、隠密術で確実に標的の息の根を止めるために、いつも訓練してるからだよ」」

……それは、遠い日の記憶。
まだ幼かった頃の、家族との風景。
その頃の春野サクラは、両親のやらせることをまだきちんとは理解していなかった……。

「「――サクラ。ちゃんと一人前の暗殺者になって、“ハルノ”の家を継ぐのよ」」

……いや、理解してたら嫌だけどね……。


◆◆◆◆◆


ハローハロー。
皆は元気?
私は若干空腹です。

さて、私たち七班の目の前には今、私たちの担当上忍のはたけカカシ先生がいる。
昨日の悪戯のことも寛容に水に流してくれたカカシ先生は、その手に二つの鈴を持ち、これからの試験の説明を始めていた。

「いいか、お前ら。これから昼までの間に、俺が持っているこの鈴を取ってみろ。出来なきゃそいつにはアカデミーに戻ってもらう」

脱落率66%以上の、下忍任官をかけたサバイバル演習。
どうやらそういうことらしい。
昨日朝飯を抜いてこいと言った辺り、かなりハードな試験になるのだろう。
さすがは上忍、忍者の世界の厳しさを教えてくれるということだ。

「あ~、ちなみに。鈴を取れなかった奴は、そこの丸太に縛り付けて、その目の前で俺が飯を食う。勿論そいつは昼飯抜きだ」

……前言撤回、やはりこいつは腐ってる。
そのための朝食抜け命令とは、やっぱりまだ昨日のことを根にもっているのだろうか?

……まったく、大人げない奴だ。

「さて、じゃあ始めようか……と思うが、ふむ……二つは多いな」

カカシ先生が何かを言う。
ふと、その手の鈴の一つを地面に落とし、そして……

パキャッ!

……自然な動作で踏み潰しやがった。

「「アァアアアアアアアアア!!」」

悲鳴をあげる私とナルト。
当然だ。
合格の鍵になる鈴を、ただでさえ人数分ない鈴を、何の躊躇もなく踏み潰しやがったのだ。
これが声をあげずにいられるか!

「カカシ先生、何やってんですか!?」

「そうだってばよ! 何踏み潰してるんだってば、カカシ先生!!」

「いやぁ、お前らには鈴二つもいらないでしょ。
何せ……特に誰かさんは、あんなに優秀なところを見せてくれたからねぇ……」

そう言うとカカシ先生は私に向かって視線を向けてくる。
誰かと言いながら、誰のことを言っているのかは明白だ。

くッ……!
やっぱりこいつ、根にもってやがる……!

加えて両サイドからはチームメイトの非難の視線。
何だよゥ、サスケはともかくナルトは途中までノリノリだったじゃんかよゥ……!
サスケだって見てて放置したんだから同罪じゃんかよゥ……!

「あ、じゃあ始め」

って、早いよ!
つーか軽いよ!
何そのやる気のないかけ声は!?
内勤の退役忍者だってもう少しは覇気があるよ!?

……ヒュンヒュンヒュン……!

……ん?
何だ、何か音が……。

直後、私の後頭部に丸太が激突する。
薄れゆく景色の中、背後を見やると……

「うわッ!? 何だってば!?」

「このバカッ……ウスラトンカチがッ! そんな見え透いたブービートラップに引っ掛かってんじゃねえ!」

そう言いつつ、サスケの力量なら弾けるはずの飛来してくる丸太を、サスケは弾かずにただ避ける。
そしてそれらは全て私の方に……。

貴様ら……覚えてろよ……!

ブラックダウン。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:5b07372b
Date: 2008/11/09 11:55
覚醒。

そんな言葉と共に、春野サクラは気絶から回復する。
まだ少し頭が痛むが、まあ、行動に支障の出る程ではない。
忍とは、堪え忍ぶ者のことなのだ。

……そんなことよりも、私にはやるべきことがある。
そう、一言でいうならば……“意趣返し”である。
私を気絶させてくれたナルトとサスケ。
そしてその要因を作ったカカシ先生……。

絶対にやり返す。
私を敵に回したことを後悔させる。

そんな決意も新たに、私はその場で身を起こす。
周囲に人影はなし。
どうやら他の面子は他所でやりあっているようで、今私を見る目はない。

……好都合だ。
思い、私は行動を起こす。
ここから先は、マジだ。

「――春野サクラ、“暗殺者”として、いざ参ります……」


◆◆◆◆◆


「テヤァアアアアアアアアアアアア!!」

「……ふん……」

開けた場所。
ナルトがひたすら影分身を発動させ、人海戦術でもって体術を仕掛ける。
それらの先のカカシは、右手に本『イチャイチャパラダイス』を持ったまま目もくれない。

事実、それで問題はなかった。
様々な角度から、または同一瞬間による一斉拳打から、カカシは本に視線を落としたままにそれらを捌き、往なし、かわす。
木の葉流禁術指定とはいっても、影分身とて分身の類い。
オリジナルの戦闘能力は超えられないのである。

「ぐわッ……!?」

遊ばれていたナルトの分身体は瞬く間の間にカカシによって消滅させられ、本体もまた見事なアーチを描いて吹き飛ばされる。
二回目のナルトの襲撃は、やっぱり失敗したのだった。

ヒュンッ!

「ッと……!」

瞬間、カカシに向かってクナイが飛んでいく。
カカシの後方、そこにいたサスケが投擲したのである。

危なげなくカカシがそれを回避した後、すでに肉薄する距離まで近づいていたサスケはカカシの頭部に向かって回し蹴りを放つ。

体術ならばいいところまでいった。
そんな思いが先の経験からサスケにはあったのだが、しかし、それははたして間違いであった。

「甘いよ」

「がッ……!?」

カカシに対して蹴りを放っていたのに、蹴りを受けたのは何故かサスケだった。

瞬身の術。
上忍の本気の速度は、たとえうちはの天才といえど、下忍レベルが太刀打ち出来るものではなかったのだ。

ナルトと同じく吹き飛ばされるサスケ。
両者が一ヶ所に集まったところで、カカシがいつになく真剣な顔で言葉をつむぐ。

「お前ら……忍者をやめろ」

「「!?」」

その言葉に、二人は瞬間息を呑む。
カカシは言葉を続けた。

「お前ら、忍者をなめてるのか? たった一人でかかってきて……何のためのスリーマンセルだと思ってる? 上忍相手に、下忍がまともに敵うわけがないだろうが。この試験はチームワークを見るためのものなんだよ。
鈴の数? そんなのは制約に過ぎない。どんな状況下に陥ろうと、仲間と協力できる奴が忍と呼ばれるんだ。
……いいか、ルールや規則、その他諸々を守らない奴はクズと呼ばれる。
だがな……仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ」

「「………」」

ナルト、そしてサスケ。
二人は沈黙し、ただ今の言葉の意味を噛み締める。

仲間を大切にしない奴はクズ。
気絶させ、あまつさえ放置してきたチームメイトのことも考えると、それは意味深だった。

なるほど、このままではいけない。
いてはいけない。
ナルトとサスケ、二人が初めて同じ意見を抱き、カカシはその光景に目を細める。

そうしてどこかシンミリとした雰囲気に場が包まれる、そんな時……

「――油断しすぎですよ、カカシ先生」

……ムードブレイカーが出現していた。

タンッ……!

「ッ!?」

行動する前に、思考する前に、カカシの首の裏、延髄に、そのか細い指が軽く叩かれる。
直後、カカシの視界は黒に塗り潰される。
意識が落ちかけているのだ。

いつ現れたのか、どうやって意識を落としたのか。
気になることは多々あれど、問いかける時間など残ってはいない。

……せっかくいいこと言ってたのに……。

そんなことを思いながら、その悪魔、春野サクラの言葉で、カカシは意識を失った。

「一撃必殺」


◆◆◆◆◆


……ふう、成功したか。
私が思ったとき、カカシ先生の身体はうつ伏せに倒れていた。
その向こうには、チームメイト二人の呆然とした顔がある。

……まあ、無理もない。
今の今まで気絶していたような奴が上忍相手に状況で有利になってしまったのだ。
放心するのも当然だろう。

「サ、サクラちゃん……今どっから……」

「カカシ先生の後ろから。気配遮断は得意なんだ、私。それと、“ちゃん”を付けるな、“ちゃん”を」

「……どうやって、カカシを気絶させた……?」

「教える義理なないな。背後さえとれば一撃で意識を失わせることが出来る、それだけだよ」

それぞれのチームメイトの質問に、私は誤魔化して答える。
別段隠す必要もなかったが、あまり手の内をさらすのも忍らしくない。
それがわかっているのか、サスケは以後口を閉じる。
ナルトは……相変わらず喧しかったが。

さて……ここで私、春野サクラの手持ちの術の解説を、皆にはしたいと思う。

まず、いつの間に現れたか。
その答えは、即ち、隠行の術。
暗部の斥候班なんかがよく使うそれは、現在春野サクラが最も得意とする忍術である。
幼い頃から鍛え上げてきたその技術は、たとえ上忍といえど警戒していなければほとんど気が付くことが出来ない代物。
こればっかりは下忍レベルではないという自負がある。
暗殺者としての隠密術その一だ。

次いで説明せねばなるまいのが、どうやってカカシ先生を気絶させたのか。
忍法·一撃必殺。
延髄に自身のチャクラを直接送り込み、意識を消失させる医療忍術の派生系。
発動には標的の背後をとることが絶対条件であり、それなりに精密なチャクラコントロールを必要とされるが、隠行の術とセットで使うことで問題解決となる。
身体能力も保有チャクラ量も並み以下な私は、チャクラ制御だけは人並み以上なのだ。
暗殺者としての隠密術その二。

理論上でいけば、この二つを組み合わせればどんな敵にも勝てることになる。
一撃必殺は、必殺というわりには相手を気絶させるのみだが、その分行動には殺気が全く生まれず、避けづらい。
そして、実戦において意識を失うということは致命的だ。
加えて使用チャクラは少ない部類。
まさに暗殺者の所業といえる。

正面戦闘では天地がひっくり返っても勝てない私が生き残るための、たとえ誰が相手でも負けない戦術。
卑怯?
……いい響きだ。
それに忍なんて、元々そういうもんだろ?
バカ正直なド突き合いなんて、サムライ連中に任せとけばいいのよ。

私の忍道とは即ち、暗殺道である。

……ま、勿論この戦術にも欠点はある。

一つが、これは完全な対人暗殺術だということ。
何か硬いもので首を覆われたらアウトだし、多対一戦闘ではまず使えない。
一度捕捉されてもまた逃げることは出来るが、多人数への対処の効率性が恐ろしく悪いのである。
各個撃破なんてしていたら日が暮れるし、その前にそもそも私がヘバる。
標的はあくまで一人、対軍としては使えない技術なのだ。

そして、もう一つの欠点。
それが……

「――ぐ、ぐう……まさか5秒も気絶しちまうとは……」

「カカシ先生、気付いたってば!?」

「………」

……気絶時間が、比較的に短いということだった。

ま、それはともかく……。

「お目覚めですか、カカシ先生? どうです、下忍でも並み以下の私“程度”に出し抜かれる気分はぁ~?」

そう言うと私は顔を思いっきりニヤけさせ、一撃必殺と共に取っておいた手の鈴を見せる。
うむ、悪役である。

「……サクラ、お前さっきどうやって……」

「そんなことはどうでもいいでしょう。結果として私は鈴を取った。それがどういう意味か、まさかわからないカカシ先生ではないでしょう……?」

我ながらイヤらしい言葉である。
だが、その通りなのだ。
私が言いたいことはただ一つ。

さっさと私(一人だけ)を合格にしやがれェエエエエエエエエエ!!

「……サクラ、聞いてたとは思うが、これはあくまでチームワークを図るための試験だ。確かに気絶は俺の落ち度だが、こういう結果は……」

あぁんッ!?
せっかく鈴取ったっていうのに難癖つけるのか、この変態マスクは!?
チームワークだか何だか知らないが、大切なのは個人能力でしょーが!

……しようがない……ここは、チームメイトの二人に、先ほどの謝罪の意味もこめて弁護してもらうとしよう。
これは私“一人”の成果で、確かに合格レベルだってね!!

「カカシ先生……言いたいことはわかります。しかし、その言はすでに意味を成しません。何故なら……」

言いながら、私は聖者の如き慈愛に満ちた笑顔をナルトとサスケに向ける。
勿論、その意味はこうだ。

『早く私を褒め称えろ! 春野サクラは自分らではとても敵わない優秀な忍です、となァアアア!!』

古来、恐喝には笑顔が一番の代物だって、確か誰かが言ってたのだ。
あれは……奈良さん家の奥さんだったかな?

まあ、いい。
ちゃんと意図が伝わったのか、二人は口を開き始めた。

Let's アイコンタクト♪

「ああ……サクラの言う通りだ。何故ならこれは…………“作戦”だからだ」

……は?
いやいや、何を言ってるんだい、サスケ君?
確かに君らを貶める作戦といえば作戦だけど、なんかその言い方だと……。

「ううう……サクラちゃん、俺らのために……」

何故泣く、ナルト?
何が俺らのために?
というか“ちゃん”を付けるなァアアア!!

「……そうか。そういうことだったのか。お前らは既に、チームになれてたんだな……」

「……え……?」

私がよくわかってない内に、カカシ先生はいつの間にかウンウンと頷いている。
というか、その顔はやめてくんない?
いかにも私はわかってますよみたいな顔はやめてくんない?
何だかムカつくんですけど。

「よーし、お前ら! これにて試験は終了! ナルトとサスケが俺の注意をひき、サクラが俺を狙う。見事な作戦だったあ! 三人とも、“合格”!!」

…………は…………?



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:a7bee6ac
Date: 2008/11/10 13:24
ハローハロー。
皆は元気?
私は元気です。

……ちくしょう……サスケの奴……。
あいつが何か変なこと言ったせいで、七班全員合格になったじゃねえか……。
私の意趣返しが……。

しかも後から聞けばあのクールボーイ、私の笑顔が仲間を助けるためのものだと思っていたらしい。

違ァアアアアアアウ!!

なに勘違いしてんのさ、あの子は!
しかもなまじ倫理的に良い意味をもってるから、強く責められないじゃないか!

サスケェ…………お前、けっこう良い奴だな。

そんなこんなで七班として任務に繰り出す日々の私たちは、今、里の外の街道を歩いてる。
ナルトが火影様相手にゴネた結果、Cランク任務を回してもらったのだ。
……まったく、チャイルディッシュな奴だ。

依頼人である初老の男性·タヅナさんを中心に据え置きながら、波の国までの依頼人の護衛任務を私たちはこなす。
暗殺者という性質上、私は護衛が不得意であるのだが……まったく、ついてない。

出来れば何もありませんようにと、裏通りの商人からノリで買った十字架を手に、どこぞの神様に祈っていたのだが……

ズザンッ!

「カカシ先生ッ!?」

「「……まず一人目……」」

……どうやら、その神様の恩恵とやらは売り切れだったらしい……。
あ、これ逆十字じゃん……。

里を出て早々、他国の忍が思いっきり奇襲をかけてきた。
洒落にならん……。
精々死なないようにさっさと隠行で逃げるとするか……。
正面戦闘は専門外なんだよねぇ……。

はあ……。

「「……二人目……」」

「……え?」

巻き付く鎖。
襲いかかる毒爪。
ため息なんぞついてる間に、どうやら私は襲撃者たちのターゲットにされてしまったらしい。

オーケー……まずは落ち着こう……。

そして叫ぼう。

「ヘルプミィイイイイイイイイイイイイ!!」

きちんと奇襲に対処したらしい天才でお強いサスケは、今はすっかり間合いの外。
ナルトは近くでへっぴり腰。
頼みのカカシ上忍はバラバラ死体……。

って、ヤバイよこれ、めっちゃヤバイよ!
私死ぬの!?
この年で殉職しちゃうの!?
二階級特進しちゃうの!?
イヤァアアアアアアアアアアアア!!

ザンッ!

「サクラッ……!!」

斬撃音。
そして、私の身体はゲシュタルト崩壊気味に切り裂かれた……。
まったく、洒落にならん……。

ボウンッ!

「「何ッ!?」」

だが、襲撃者の二人の目の前で私の身体は白煙と共に丸太に変わる。
あると安心、変わり身の術。
さすがに私程度の技量で遅延発動は無理だ。
敵の目を誤魔化すのは勘弁して欲しい。

だが、生き延びた……。
あ、危ない……。
本気で死ぬと思った……。
走馬灯がめくるめく駆け巡ったよ、しゃーんなろぉ。

「「……ならば……」」

私を始末し損ねたのは失態なのだろう、襲撃者の二人組。
しかし、さすがは忍、すぐに思考を切り替えて別のターゲットへと迫る。
敵ながらアッパレな判断だ。

「うおッ!?」

そして彼らの視線の先では、タヅナさんが悲鳴をあげていた。

……あれ?
この任務って、確か護衛…………。

ってしまったァアアアアアア!!
護衛対象おいて私、一人だけ逃げちゃったよ!
変わり身で街道沿いの林に逃げちゃったよ!
ヤバイよ、これ任務放棄じゃん!!
ボイコットじゃん!!

そうしてる間にもタヅナさんへ襲撃者たちは迫る。

逃げてェエエエ、タヅナさん!
じゃないと死ぬよ、アンタ!!

思って刹那。
考えてみれば一般人の老人が忍の速度に敵うはずがない。
私は速攻で依頼人の命を諦めた。

ああ……ごめんよ、タヅナさん。
どうやらアンタは惨殺される運命にあったらしい、諦めてくれ。
どうせすぐに寿命きちゃうんだから、別にいいでしょ。

……今日の晩御飯、何かな……。



結局この後、実は変わり身を遅延発動させてたカカシ先生が助けに入っていきました。

よかったね、ご老体。
老い先短い人生だろうけど、少しは長生き出来て。

「サクラァアアアアアア! お前は護衛対象放っておいて、何してんのォオオオオオオオオオオオオ!!」

「いや、晩御飯をちょっと……」

鉄拳制裁をもらいました。
ギャフン。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第六巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:5b07372b
Date: 2008/11/27 13:07
ハローハロー。
皆は元気?
私は顔面蒼白です。

「その命……もらい受ける!!」

国は波。
霧深き川沿いの道をタヅナさん家へと向かっていた七班は、やはりというか何というか、襲撃者の攻撃を受けた。
いきなり飛来してきた金属質は、血の匂いをたっぷりにさせた首斬り包丁。
次いで現れたのが忍、見るからに危なそうな雰囲気を放つ男、もと霧隠れの鬼人·桃地ザブザ。
『写輪眼のカカシ』などという大層な異名と共に担当上忍の凄さを知れたのは行幸だが、敵の殺気は段違いに凄まじいもの。
晒された私など、足がまるで生まれたてのバンビだった。

……そう、それだけならまだいい。
ビビってる間に事態が好転するなら、こんなに楽なことはない。

だが、どこぞの神様は本気で私のことが嫌いなようだ。

来たのである。
迫って来たのである。
そう、“鬼人”が。

カカシ先生は珍しくマジで戦っていたようだが、一瞬の隙をつかれて水牢の術なるものに拘束される。
そして私たち下忍の前には水分身体のザブザさん……。

これは何の冗談ですか?
どこぞの神様、逆十字はそんなにお気に召さなかったのですか?

オリジナルの十分の一しか能力値がないとはいっても、そこは上忍の分身体。
凄まじい脅威となる。

そんなものがこちらに向かって来ているのだ。
焦ったって無理はないと思うんだ、うん。
……まったく、洒落にならん……。

「ぐわッ!」

「がッ!」

走り出したザブザ(分身体)は止まらない。
抹殺対象であるタヅナさんへの障害、ナルトとサスケをあっさり地面にキスさせた後は、真っ直ぐこちらへと向かって来る。
絶対絶命だ。

(逃げようかな……)

かなり本気で迷っていたのだが、時間はそんなに残っていなかった。
目の前には口元を布で隠した鬼人の姿。
もはや纏うオーラから呼吸する空気まで違うのかのような次元の差だ。
ここまで段違いだと、恐怖を通り越して笑いさえ浮かんでくる。
いっそ清々しい。

タンッ!

「!? 嬢ちゃん何を……!?」

……ま、とはいっても、何もしないままというのも些か癪なのは事実だ。

後ろ手に突き飛ばしたタヅナさんが戸惑いの声をあげる。
私はその声を無視した。
たとえ嬢ちゃんと呼ばれようと、今だけは、今だけは構っている余裕など、断じて、断じてないのだ。
せめてアンタだけでも、何て美談を言うつもりではない。
ただ、背後に空間がないと動きにくいのだ。
いくら私とて、みすみす犬死はごめんなのである。

「……まあ、時間の問題だけどね……」

眼前の忍者に対して、自らが勝つイメージなど微塵もわかなかった。


◆◆◆◆◆


……こいつは一体、どういうことだ?

それがコイツ、桜色などという派手な髪をした餓鬼に対して抱いた、最初の印象だった。

最初見た時もそうだったが、戦いの場になって、改めて俺はこの下忍の異常性を感じる。
コイツは……どうしようもなく妙だった。

「うらあッ!!」

ヒュオンッ!

「うおッ!?」

……何せ、何故かコイツには攻撃が当たらないのだ。

「ちッ……!」

パアンッ!

「へぶッ!?」

突きの返しで放った平手が餓鬼の頬にぶち当たる。
こういう初速の速いものは当たるのだ。
しかし、力をこめた重い打撃だけは、どういうわけかさっぱり当たらない。
こちらが放つ直後には、向こうは既に攻撃不可能な位置にまで動いてやがる。
別段、さっきの黒髪の餓鬼みたいに体術が優れているわけでもない。
それなのに、結果の方はさっぱりだった。

「おらッ!!」

「ぬあッ!?」

ヒュンッ!

まただ。
また、かわされた。
決めの一撃だけは、どうしたって喰らいやがらない。

こちらが放つと決めた瞬間には、コイツは既に別の場所にいるのだ。

軌道がまるで読めない。
まるで暗部か何かを相手にしている気分だった。

(あ? ……暗部?)

ふと、思う。
最初から今まで、コイツの気配はどこか希薄だった。
そう、まるで暗部……“暗殺戦術特殊部隊”かのような。

目をこらして見る。
足捌き、重心の移動の仕方、体内エネルギーと精神エネルギー·チャクラの運用法。

……なるほど、よくみればそれらは独特のやり方を行っている。
この忍者もどきの餓鬼は、どうやら暗部の隠密術に通じているようだった。

「けッ、忌々しい……“隠行”かよ。どうりで気配が掴みづらいわけだぜ」

俺の言葉に餓鬼は表情を動かさない。
どうやら冷静でいるようだ。

……ますますもって忌々しい。
さっき向かった時にも、コイツはビビるどころか笑ってやがった。
生意気な下忍だ。
この鬼人に対して不遜も猛々しい。

……まあ、木の葉の餓鬼にしては、少しはやるようだ。
少しは認めてやる、隠行使いの“くの一”。

戦う内に、俺の表情は段々と笑みを浮かべるようになっていた。


◆◆◆◆◆


ヒュオンッ!

「うおッ!?」

ぎゃアアアアアアアアアアアア!!
死ぬ!
こんなの喰らったら死ぬって!
なんだよあの打撃!
タイミングずらさなきゃ絶対かわせないよ!
死ぬって!

パアンッ!

「へぶッ!」

痛エエエエエエエエエエエエ!!
ぶったね!?
親父にもぶたれたことないのに!!
刺されたことは何回かあるけど!!
というか、平手に何つう力とチャクラこめてんだあの野郎!?
奥歯がガタガタだよコンチクショウめ!!

「うらあッ!」

「ぬあッ!?」

ヒュンッ!

危ねエエエエエエエエエエエエ!!
かすった!
今のは少しかすったよしゃーんなろォオオオオオオ!

ヤバい、段々食いついてきてる。
隠行の術が近接戦闘の頼みの綱だっていうのに。
もともとの使い方じゃないだけに、これを破られたら非常にまずいことになる。
正面戦闘なんて暗殺者の領分じゃないのに、この状況……。
勘弁してくれ……このままだと、春野サクラなんていう無力な“小娘”は死んじゃうよしゃーんなろォ……。

……ん?
って違アアアアアアウ!
小娘じゃねえ、小僧だァアアアアアア!!
ちょっと幼少期に両親の悪ふざけがあったからって、私は違うことなき男だァアアアアアアアアアアアア!!

畜生……骨の髄まで女意識が染み着いてる……。
自分が悲しい。
そして憎い。
それでも私は生きていきます、クソしゃーんなろォ。

「けッ、忌々しい……“隠行”かよ。どうりで気配が掴みづらいわけだぜ」

私、死んだ、かも。

バレたァアアアアアアアアアアアア!!
チクショウ、もう感づきやがりましたよしゃーんなろォ!
これ絶対死んだよォオオオオオオ!!

いや、落ち着け、私……。
まずは落ち着こう……忍者は常に無表情で、感情を面に出さないものだ。

そこで私の精神は落ち着きを取り戻し、顔を動かさないようにする。
家でポーカーフェイスの練習はばっちりやっていたのだ。
私は今、クールである。

ニヤッ!

ってアアアアアアアアアアアア!!
笑った!
あの危険人物笑ったよ!
面白そうに笑ったよしゃーんなろォ!!

死ぬ!
何故だかは知らんが、何となく死ぬ予感がガンガンする!
私死ぬよ!!
死·ぬ·よ!
SHI·NU·YO!!
チェキラァッ!!

バシャッ!

「……へ?」

唐突に、水分身がただの水へと戻る。
霧の向こうに見えたのは水面に立つオリジナルザブザとカカシ先生。
どうやったのかは知らないが、何とか脱出し、拮抗しているようだった。
視界の端にはナルトやサスケが膝をついて息をしている。
どうやら二人が何とかしてくれたようだ。

アリガタイ。
ただひたすらに、アリガタイ。
今度何か奢ってあげよう。
ふむ、そうだな……ゲテモノ屋なんかいいかも。
マグロの目玉はトロより上手い。

そんなこんなで私たち下忍七班は、命を拾ったのでした。

……それにしても、最後に現れた追い忍の人。
どこか親近感がわいたなァ……なんでだろ?



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第七巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:37f13dd9
Date: 2008/11/18 22:34
ハローハロー。
皆は元気?
私は正直退屈です。



あの戦闘、サクラ的危ない人ランキングぶっちぎりの第一位にランクインした鬼人ザブザの襲撃から一夜明け。
私は今、目下建造中だという海峡大橋の作業現場にいる。
目の前には汗臭い男衆が絶版活動中。
一週間も直視していればちょっとした鬱病になること受け合いだろう。
ああ……鬱だ……。

「そしてそれ以上に退屈だ……」

襲撃の翌朝のこと。
朝目覚めて早々、ザブザを退けたのはいいが、やってきた追い忍って実はザブザの仲間じゃね? ということを、寝込み覆面探偵カカシが推理したのである。
追い忍とは抜け忍の死体をその場で処理するものだし、だいたい殺傷目的でセンボンなんて忍具はめったに使われない。
はたしてその現実味のある推理は、カカシの上忍としての面目躍如といったところであった。

……まあ、とはいえ……。
その優秀さのおかげで私にこんな退屈な役割が回ってきたのだが……。

ザブザがまだ生きているなら、そのターゲットであるタヅナさんには当然の如く護衛が必要となる。
ザブザが復活するだろうまでの一週間、その役割は面倒なことに私に回ってきたのだ。
本来やるべきカカシ先生は先の戦闘による負傷で療養中。
サスケやナルトは、私が容易にかつ華麗にクリアした木登り修行の真っ最中。
消去法で私がやるしかなくなったのだ。
……まったく、スローリーな奴らだ。

護衛とはいえ、やってくる刺客などはここ三日で皆無。
事実上、婆さんの日向ぼっこに等しい退屈さなのだ。
……あっ、婆さんじゃなくて爺さんだ。
危ない危ない。

「あ~……暇だ~」

暇だ。
暇すぎて暇だ。
橋の建設なんぞ目の保養にもならない。
ムサイ男ばかりの仕事現場など、暑苦しいだけだ。

「……修行、でもするか……」

どうせ暇なのだ。
何か有意義なことに時間を使うべきだろう。
ビバ青春。
ビバジャ○プ。

そう思い、私は懐から一冊の巻物を取り出す。
くたびれた、時代を感じさせる旧書物。
題は、『覇流之(はるの)流暗殺術極意』。
なんとも胡散臭さマックスなタイトルである。

「……ま、これのおかげで忍者やれてるんだけどね」

隠行の術、忍法·一撃必殺、前提となる体捌きや心構え、その他多くの暗殺に必要な技術が網羅されている巻物。
一応、我が“ハルノ”家の家宝である。
ひょいひょい持ち出せる辺り、やはり胡散臭いが。

「え~と……この前の次の章は……」

『第三章·風遁系忍術』
……風とは、これ不可視でインビジブルな存在SA!
木の葉とは風というビッグウェーブにのり、宙空、すなわちスカイという名の海を自在に舞うものだろうYO!?
まさに、ANSATU一直線な代物なのであるNE!!
修得すべし(笑)。

殺意がわいた。
だが抑えた。
春野サクラはギリギリだ。

「……えー、と……術、術……」

『風遁·九実裏羽羅部羅無(きゅうみりぱらべらむ)』
……風遁系のチヤクーラを使った連弾忍術DA☆ZO!
これを使えばキャバクラでばか騒ぎしてるターゲットも目撃者もろともにイチコロDA☆ZE!
俺に惚れるなよ、BABY……。

殺人衝動がわいた。
もはや暗殺じゃないと突っ込みたかったが抑えた。
春野サクラは限界ギリギリだ。

『風遁·七点六二実裏那刀(ななてんろくにみりなとう)』
……暗殺対象の頭を遠くから撃ち抜く長距離射撃忍術。
狙撃は暗殺の本懐。
各々、覚悟して修練に望むべし。

おいてけぼり感を覚えた。
急にマジメかよといいたかったが抑えた。
春野サクラは狙撃に関してはサクラ13(サーティーン)だ。

「……ま、やってみますか……」

究極的に巻物に関して胡散臭さを感じながら、私は修行にはいっていった。



……というか、この巻物、なんかラーメンの匂いがする。
ちなみに、私の両親はどっちもラーメン好きである。

反抗期や家庭内暴力について考察した。
喝。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第八巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:ffea852d
Date: 2008/11/22 00:11
ハローハロー。
皆は元気?
私は只今恐慌中です。



「また会ったなァ……カカシ」

視界が狭い。
見渡す限りが霧深き白。
数歩先すら見通すことの難しい、そんなところでオロオロしている私とタヅナさんは格好の抹殺の的だろう。
お強いカカシ先生やサスケがいるとはいえ、私の精神は錯乱寸前だ。
目の前にいる危険人物、ザブザと追い忍の仮面をつけたハク。
水分身とはいえザブザに殺されかけた先日の記憶が、私の頭の中でフラッシュバックするのだ。

「……ちッ、こんだけ殺気をくれてやってるっつうのに呑気に笑いやがって……気に喰わねえ餓鬼だぜ」

凄む眼前のザブザ。
その視線の先は……何故か私。

ホワーイ?

慌てて自分の顔を触ってみると、それはどうやら笑みを作っているように感じる。
どうやら私は恐怖が過ぎると、自然に笑ってしまうようだ。
自分の性質を軽く憎悪する。

「……死ね……」

ザブザが呟いた直後、私達の周辺に大量の危険人物らが出現する。
水分身のザブザ、大量発生。
その殺気がホントに何故か、私にばっかり向けられてくる。

……もう、勘弁してください……。

今や私の顔は笑みを通り越して狂笑。
一部のスカトロマニアにだって絶賛されるだろう失禁も可能なレベルだ。

……嫌だァアアアアアアアアア!!
もう色々と手遅れな感もあるが、それでも私は人としての尊厳は守りたいィイイイイイイイイイ!!
失禁は嫌じゃァアアアアアアアアアアアア!!

内心でそう絶叫していたその時。
ふと周りの水分身体が欠き消え、次いで水が路面へと落ちる音が響く。
どうやらサスケが高速の体術で失禁魔を撃退してくれたようだ。

「……見える……!」

カッケェエエエエエエエエエエエエ!!
格好良すぎるよサスケ君!!
今ならお前に抱かれてもいい!!

……いや、やっぱそれは無理!!

そうしている内に戦いはいつの間にか始まっていた。
カカシ対ザブザ。
サスケ対ハク(という名前らしい件の追い忍もどき)。

必然的に私は取り残され、タヅナさんと共に二人、呆然とそこに突っ立っている。

いくらか経った後、私の気持ちも大分落ち着いてきた。
正面から殺気を向けられない限りは、私も普通に動けるようにまでなった……と思う。
この霧も暗殺者にとっては便利な状況といえるし、やはり加勢した方が良いのだろうが……。
さて、どうしよう?


◆◆◆◆◆


魔鏡氷晶。
僕の体に流れる忌まわしい血が伝える、血継限界の術。
その本質は光の速度で結界内にいる敵を瞬殺にする、必殺の理。

目の前にある少年らは敵。
僕がザブザさんの便利な道具であるための障害。

殺さなければならないのはわかっている。
手にした忍具、センボンといえど、急所に打ち込めば人体は死に至る。
結界内には二人の少年忍者。
彼らは既に僕の抹殺可能範囲内に入っている。
殺せるし、忍という道具たり得るのならば、殺さなくてはいけない。

……しかし……。

どうしても躊躇してしまう。
殺意の具現である凶器を投擲しても、本能的に急所を外してしまう。

片方の少年、ナルト君との交流が生んだ躊躇か。
ハクという存在がもつ、根源的な躊躇か。

わからない。
わからないが、それがどうしようもなく厄介であることはわかる。

殺さなければいけない……。
相手は敵だ。
抹殺の対象だ。

殺せ……。
殺せ……!
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!

殺せッ!!

「………」

……それでも、放つセンボンは急所にいかない。
我ながら情けないと思う。

だけど、この状況を好ましいと思う自分がいることを僕の中に感じる。
少なくとも、今ならば殺さないで済んでいる。

だから。
願わくば。
今しばらくはこのままでも――

チュィインッ!!

「!?」

刹那。
鏡から一瞬出ていた僕の体、その頭部を狙って、何かが飛来した。

後頭部をかすり、髪を幾ばくか焼き切りながら、文字通りの間一髪で僕の体を通過していったそれは……風。
チャクラの性質変化によって質量をもたせた、風遁系の忍術。
弾道を推測してそれが放たれただろう射源を僕は見やり……そして、僕は驚愕した。

(あの子は……ナルト君達の仲間の……)

霧の中でもはっきりとわかる、桜色の頭髪。
緊張する素人かのようなその表情は、先のザブザさんとのやり取りで見せた凄惨な笑みを思えば、演技としか思えない。

ただ、その瞳には軽い驚きが浮かんでいた。
恐らく、僕が風の弾丸を運よくかわしたおかげで、自分の居場所がバレたことを悔やんでいるのだろう。
狙撃はワンショットワンキル、その発射元がバレた狙撃主は死を覚悟しなければいけない。

ここまで思考したところで、僕はようやく感情が理解に追いついたかのように目を開いた。
それが表すのは、ただただ感じるばかりの、掛け値なしの驚愕、それのみ。

信じられない……なんて子だ……。
この霧の中をあの距離から、それも光速移動中だった僕の頭部に向かって正確に、風遁の狙撃忍術を使ってきた。
並大抵の技量ではない。
もし僕が自分の考えを思って、少年達に視線を向けていなければ、頭を僅かに下げていなければ、確実にその狙撃の一発で僕は血に沈んでいた。

改めて思っても信じられない。
狙撃の超人的な技量もそうだが、何より恐ろしいのがそれを可能とする彼女の精神力、必殺を瞬間に決定させる度量の深さ。
僕にはなくて、彼女にはあるもの。
それがその、覚悟だった。

気付けばあの桜色の髪のスナイパーの気配は消えている。
そうだった。
彼女は隠行使い、暗殺のプロだ。
ザブザさんの霧隠れを逆に利用し、場所がバレた時点で直ぐ様気配を遮断する。
結界を維持させるためにここを動けない僕にとっては、敵として厄介なことこの上ない。

素直に恐ろしいと思う。
そしてそれ故に、僕は恐怖を、畏怖を、尊敬を感じた。
今の狙撃にも、躊躇のない鉄の覚悟にも、彼女であるならば不思議と合点がいく。
何故下忍などが、などといった考えは既にない。
彼女は紛れもなく暗殺者、類稀なる技量をもつ、必殺のプロ。

年も変わらない。
加えて向こうはくの一。
なのに、僕との差は無限とすら思えるほどに広がっている。

……彼女がああであるのに。
甘いと揶揄される木の葉の忍がああも覚悟を決めているというのに……。
僕は何をやっている?
何を躊躇している?
彼女が当然のようにしたことを、何故出来ないでいる?

この瞬間、僕は本物の忍となった。
目的のためならたとえ殺人すらも躊躇しない、道具としての存在。
もう、ハクという人間に迷いは……ない。

時間はあまりない。
忍として理想を極める彼女ならば、直ぐ様またあの精密狙撃で僕を狙ってくるだろう。
ならば、それよりも早く終わらす!

「終わりです……!」

そうして僕は、本物の道具となった。
黒髪の少年の命を代償として。


◆◆◆◆◆


チュィインッ!

「おッ!? まさか当たったのか!? けっこう適当だったのに!?」

視線の先、カカシ先生の言葉を盗み聞きする限りではどうやら血継限界らしい氷の鏡の結界、その中で、私の射った忍術『風遁·七点六二実裏那刀』が甲高い音をたてる。
性質変化で質量をもたせた風の弾丸は、どうやら金属並の硬度を誇るようだ。

それにしても、我ながら今の狙撃には驚いた。
術者を狙ったつもりは全くなかったが、忍術発動直前にクシャミをして手元が狂い、偶然近くを通ったようだ。
霧隠れの術って、けっこう肌寒いんだよね。
特に私みたいな低血圧には。
ああ……なんか女っぽくて鬱だ。

何気無く顔を上げると、驚いたことに術者のハクと追い忍の仮面越しに目があった。

ヤバい……。
殺害未遂しでかしたから怒っただろうか?
……うん、当然だな、そりゃ怒るよな。
何しろ殺されかけたんだから。

直ぐ様私は隠行の術を使い、その場を離れる。
サスケやナルトには悪いが、彼の怒りから私は逃げさせてもらおう。
何かああいう表情のわからない人を怒らせるのは恐いんだよ。
タヅナさんもカカシ先生やザブザの近くに放置したままだし。

……まあ、頑張れ。
私は逃げるけどな。

そこを離れる間際、何か肉を金属が貫く嫌な音が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
ハクかナルト逹が牛肉に串をさしてバーベキューの準備をしてるんだと、そう思い込むことにした。



……そういや、あの狙撃の術、威力や速度はかなり高いのに、射程はそこまで長くはないんだよなあ……。
改良の点あり、か。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第九巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:67a34888
Date: 2008/11/25 23:33
「ようし、お前ら……それまでだ!」

今しがたまで戦場だった場所。
血と殺意が乱れ飛ぶそこ、海峡大橋上に、一人の男の声が響く。
背はあまり高くない、小太りの、サングラスをかけたガラの悪い親父。
あまりお近づきにはなりたくないタイプだ……実際、その後ろに並ぶイカツイ人達はいかにもといった小者臭漂う方々だし。

「テメエ……ガトー、何しに来やがった」

ハクが身代わりになって何故か急にチート仕様となったカカシ先生にボコられていたザブザが、不機嫌な声で尋ねる。

ガトー?
ガトーって……ガトーカンパニーのボス、この任務の黒幕である、あのガトー?
部下を引き連れて前線にまでノコノコやってくるとは……。
ガトー、貴様もヤンチャな坊主だな。

「――漁夫の利を狙い、敵と使い捨ての手駒が疲弊したところで、数で一気に崩す。金のかからない、いい手だろう?」

だがなあ、ガトー。
やっぱ頭は前に出てきちゃいかんよ。
特に忍者みたいな連中を相手にしてる時は、お前、それ、油断しすぎ。
戦場って意味、わかってる?
……わかってないんだろうなあ……。

「お前らは捨て駒だ、ザブザ。それにこの小僧も。俺の腕を折ってくれたよなあ……」

ゲシッ!

「ちッ、もう死んじゃってるよ」

「テメエッ!」

「ナルト、よせッ!」

何やら周りが煩いようだが、まあ、どうでもいい。
むしろ好都合。
そちらに意識がいってくれるのなら、私も“仕事”がやりやすくなる。

……ガトーよ、恨むなら、迂濶な行動をとった自分の間抜けさを恨むんだな。

そうして私は、自らの気配を周囲へと溶かしていった。


◆◆◆◆◆


「ちッ、もう死んじゃってるよ」

ガトーの発したその言葉に、ナルトが激しく憤る。
あの直情的な性格を鑑みれば無理はないと思いながらそれをたしなめつつ、頭では別のことを俺は考える。
現れたガトーに雇われた侍クズレは大人数。
いくら木の葉の上忍である俺でも、ザブザとの戦闘で負傷した今の状況では、その全てを相手にするのはつらい。
逃げるにしても、タヅナさんや瀕死のサスケがいる以上、それはあまり現実的とはいえない。
思う以上にこの状況、対人を常にする忍者にとっては厳しいものだ。

「ではそろそろ、お前らにも死んでもらおうか」

ガトーが言うと同時に、後ろの浪人逹が一斉に戦いの気配を噴出させる。
個人個人の練度はともかく、こいつら全員、荒事に慣れている。
少なくとも多少の脅しでは素直に引き下がってはくれないだろう。

くッ……!
戦闘が避けられないとなると、俺達は全滅の危険すら出てくる。
何か、何かないのか!?
現状を打ち破る打開策は!!

ズドンッ!

「がはッ……!?」

そんな時。
突然、ガトーが間抜けな声と共に前に突き飛ばされる。
全くの無警戒だった背後からの衝撃。
浪人逹から、ザブザや俺のテリトリーに入ってくるまでの飛距離をかせぐには十分な威力。
ガトー自身あまり大柄ではないため、チャクラを扱える忍ならばわりと誰でも出来ることだろう。
一瞬呆ける俺やザブザを余所に高らかな声をあげたのは、やはりチャクラコントロールに秀でた忍だった。

「アッハハハハハハハハハハハハ!! ガトーさん、捕ま~えた~!」

膝をつくガトーの首にすかさずクナイをあてるのは桜色の髪の忍、春野サクラだった。

「お前らァアアア!! そこを動くなよ? 筋一本でも動かせば、貴方逹の大事な金づるが盛大に真っ赤な華を咲かせることになるよ~?」

………。
……我が部下のことながら、清々しいまでに悪役だった。

ニヤついた表情。
右手に持った斬殺5秒前のクナイ。
今の木の葉においておくには惜しいくらいの卑劣さだ。
良い意味でも、悪い意味でも。

「テ、テメエ! ガトーさんを放しやがれ!!」

「この糞餓鬼! いつの間に俺らの中に紛れ込んでやがった!?」

口々にサクラを罵る浪人逹。
だが、言葉とは裏腹にその足は一歩も動いていない。
案外、金を払う者に対しては義理堅いのかもしれなかった。

罵倒されるサクラ。
その表情は、しかし、余計に愉快そうなものへと変わっていた。

「バ~カ! 誰が放すもんですか。隠行も見破れないお前らは、目だけじゃなくて頭まで空っぽなんですかあ~?」

「「「テメエッ!!」」」

愉快そうに笑いながら人質をとる少女と、それに口でしか対抗出来ない浪人逹。
見ていて実にシュールな光景だ。

……というか、サクラの隠行が見破れないのは当然だろうと思う。
何せ、俺でも気が付かなかった程だ。

「……後悔するぞ、貴様……。俺にこんなことをして、タダで済むと思っているのか、“小娘”」

「黙れ、チン○ス野郎。これ以上その汚い口を開いてみろ、ケツの穴を溶接して新しい穴を額に作るぞ」

「ぐッ……! 貴様、ヒトじゃないッ!!」

いや、お前が言うな。
まあガトーが言いたくなる気持ちもワカランでもないが。

隣を見てみると、ザブザが目を丸くして目の前の光景を見ている。
さしもの鬼人も、サクラのこの行動は予想外だったようだ。

「……カカシ、木の葉の情操教育はかなり特殊みたいだな……」

「……ああ。今まで普通だと思っていたが、どうやら俺の勘違いだったみたいだ……」

後ろに目をやってみる。
そこではナルトがうわ言のように、何かをブツブツと呟いていた。

「……サクラ、ちゃ……サク、サクラちゃんが……あんな……」

どうやら抱いていたサクラのイメージが現在進行形で崩壊しているらしい。
アカデミーの頃の数少ない交流相手だったらしいから、余程良い印象でも持っていたのだろう。
ナルト……ご愁傷様だ。

「さて、と……じゃあまず貴方逹。金づるを五体満足で返して欲しければ、とっとと尻尾まいて逃げて。それが一番簡単」

「ざけんなッ! その間に金づるが殺されちまうだろうがッ!!」

「それじゃあ、何のためにそんなジジイの下についたかわかんねえだろうが!!」

浪人逹の言うことは正論だった。
彼らもまた、求めるものがあるから行動を起こしているのだから。
それにしても……金づるにジジイ。
ガトーも酷いいわれようだ。

「金? なら、ガトーさんが後で払ってくれますよ。ね? ガトーさん?」

「ふん、誰が貴様のような“クソアマ”のいうことなどに……」

ドドドドドゥンッ!!

「払え。風通しがよくなりたいですか?」

「ひ……ひあ……ッ!」

放たれる五発の風遁忍術。
それらはガトーの顔面を紙一重で通りすぎ、煙をあげながら地面に穴を開ける。
さぞ恐怖だったことだろう。

というか……サクラ、風遁が使えたのか。

「……よし、と。ほら~、貴方逹。この証明書があれば、ガトーカンパニーの資産がいつでもどこでも使い放題で~す。これで問題はないでしょう~?」

手にした一枚の紙。
それを手にした浪人逹は、全員が全員、さっさとトンズラをこき出した。
元々そういう関係であるとはいえ、現金な奴らだ。

後に残されたのはザブザやクナイを依然突きつけられているガトー、そして俺やサクラやナルトにサスケ。
修羅場は、いつの間にか終わってしまっていた。

「……おい、“メス餓鬼”。ハクから一つ、伝言だ」

ふと、ザブザが口を開く。
視線と意識はガトーに向いたまま、声だけをサクラに発していた。

「『僕は、結局貴方のように非情にはなれなかった。貴方は貴方の道を』だそうだ。聞いてんのか、“メス餓鬼”?」

「“メス”をつけるなァアアアアアアアアア!!」

サクラの叫びが、辺り一帯に響き渡っていった。

結局この後、ガトーはザブザが連れていき、この任務は達成となった。
ガトーがどうなったかは知らない。
ただ、あの日から数日後に、波の国で身元不明の死体が川からあがったということだけをいっておく。

……はあ……。
俺もまだまだ、修行が足りんなあ……。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:c43353a6
Date: 2008/11/27 13:08
ハローハロー。
皆は元気?
私は元気です。

頭上に広がる青空。
雲はゆっくりとした時間を象徴するかのように流れ、飛ぶ鳥の声は済みわたった空気によく響く。

晴れ。
それが今の、ここ、私がいる第八訓練所の天気である。

チュィインッ!

「――やや的からズレたな。次は少し、肩の力を抜いて撃て」

「ヤー、父さん」

返事と共に、私は再び狙撃忍術『風遁·七点六二実裏那刀』の印を結ぶ。
息を止め、私は指を、置いていた傍らの吹き矢のような“鉄製の筒”にそえる。
この筒は、私が特注で作らせた品で、狙撃忍術の射程距離を伸ばす役割をしてくれる。
いわゆるロングバレルだ。

酸素不足で視力が落ちる前に早く、しかし、それでいて焦らずに。
私は目と指の神経に意識を集中させる。
筒を先程よりもやや右へ。
口径を絞り、吹き矢を吹く要領で、私は数百メートル先の丸太に狙いをつける。
風向きは南、追い風。
風による軌道の修正は必要なし。
慎重にかつ迅速に思考し、そして……

ヒュオンッ!

私は吹いた。

次いで、訓練所に風の弾丸が丸太を穿つ音が響く。
うつ伏せの伏射した姿勢のままで不安げに見上げる私の顔を、隣で立って見ていた私の父は、グッと親指を立てて見返してくれた。

「命中! さすが俺の子だ、マイ リトル プリンセス」

「ありがとう、父さん。でも今度プリンセスなんて言ったら、その髭ひっこぬくよ?」

それでも父さんは笑っていた。
何だか言ってる自分が馬鹿に思えてくる。
外ではこのせいで散々迷惑してるのに、家では強く言えないのも、この両親の豪放磊落な笑い声があるからなのかもしれない。
……まったく、グダグダな奴だ、私は。



今日、任務のない、ある休みの日の木の葉の里にて。
私は自分の父と共に訓練所に来ていた。

その目的は二つある。

一つに、この間波の国で覚えた狙撃忍術を、凄腕らしい暗殺者の父に見てもらうためだ。
いくら奥義書といっても、それオンリーの我流ではツラい部分もある。
奥義書自体があんなふざけたノリなら、余計にそうなのである。

ちなみに、見てもらったのは純粋な狙撃の技術だけだ。
私の両親は叩き上げ精神が強く、忍術や隠密術のこと自体についてはあまり口を挟まない。
忍なら忍術は体で覚えろ、という考え方なのだ。
まあ、それで困ったことは今のところ何もない。
私が覚えたあの二つの風遁は印さえ覚えればわりと誰でも発動できる。
使いこなせるかどうかは、印の後、呼吸を止めて、いかに精密に射撃出来るか、という忍術とは離れた一般射撃の技術にある。
要はどれだけ弾を当てられるかなのだ。
当たればそれでいい、そういうこと。

二つに…………。
……あれ、何だっけ……?
……いいや、忘れた。
来た理由、一つでいいや。
ちょっと格好つけて二つ並べて言いたかっただけだ。
忘れて、フォゲット プリーズ。

「――よおし、サクラ。新術のお披露目や筒のテストも終わったところで、何かメシ食いに行くか!」

父さんが私に向かって笑ったまま言う。
こういうところは私を男として扱ってくれるので素直に嬉しい。
断る理由もなく、私はその申し出に二つ返事で答えていた。

「ガッテンだ、父さん!」

「サクラが狙撃を覚えた祝いだ! 今日は豪勢にいくぞ!!」

豪勢?
それは楽しみだ。
一体何が出てくるのか、少し私は期待する。

「それで、どこに行くの?」

「決まってる! 祝いといえばあそこだ! そう……」

寿司か? 焼き肉か? それとも……。

「“ゲテモノ屋”だッ! あそこのイナゴの佃煮に魚の脳ミソスープは絶品だからな!!」

「わーい、ヤッター! 私、あそこの料理好きだもん♪」

余談ではあるが、この前の任務の帰りに、カカシとナルトとサスケをそのゲテモノ屋に連れていった。
そこで旨そうに料理を食べる私を見て、何故か彼らは、川でシーラカンスでも見たみたいな顔をしていた。

何故だろう?
あんなに旨いものは、他にはそうはないのに……。
世の中は、不思議でいっぱいだ。


【おまけ】


「あっ、ヤベエ! 財布家に置き忘れてきちまった!!」

「ん? ダイジョブだよ父さん。ほらここに、ガトーカンパニーの無限借用書があるから」

「ガトーカンパニー? サクラ、何でそんなもん持ってんだ?」

「前にちょっと、ね。社長を人質にした時に部下を追い払うのに金が必要だったから、借用書を書かせたんだけど……部下逹に渡したのは、はたして偽物でしたのだ~♪」

「ハッハッハ! サクラも俺や母ちゃんの若い頃に似てきたなあ」

世の中は、間違ったことでいっぱいだった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十一巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:a7bee6ac
Date: 2008/11/29 17:39
ハローハロー。
皆は元気?
私は元気です。

『試験』

この単語を聞いて喜ぶ者は少ないだろう。
それが私のような少年少女ならば尚更だ。
いるとしたら、それは勉強に命をかけているようなガリ勉野郎orアマくらいに違いない。
そいつは絶対、友達が少ないだろう。
賭けてもいい。
絶対だ。

まあ勿論、私こと春野サクラはそんなガリ勉などでは断じてない。
むしろ、それは大嫌いな部類といえる。
アカデミーの頃、入学当初から隠行を使ったカンニングをしまくっていた私は、最終的には試験監督者であるイルカ先生に、私一人だけの教室で隣にマンツーマンで立たれるという、暗部も怯える監督のされ方をしたのだ。
おかげで座学の成績は急転直下のロールダウン。
流星並みの成績低下を経験した私が、試験を好きになれるわけがない。

だが、そんな私でも忍としての能力にはそれなりに自信を持っている。
忍とはすなわち、影に潜み、機を狙い、相手の思考を読む、斥候の役割が強い存在。
そういった隠密に関わることならば、私にも十分に素質はあると自負しているのだ。
忍者は戦士ではなく、間者に過ぎないのだから。

それ故に、私はカカシ先生から手渡されたその書類に、その場できっちりと書名して返した。

中忍試験。

忍としてランクを上げるための、いわば昇格試験。
新術のお披露目にはもってこいだし、何より面白そうだ。
正面戦闘は間違っても御免だが、こういう忍としての能力を試される試験ならそういうこともないだろう。

その時の私は、意気揚々とそれに思いを馳せていた。
それがアホ丸出しの態度であったことを自覚するのは、試験が終わってからのことである。
喝。


◆◆◆◆◆


翌日。

試験場の板張りの廊下を、私は七班の二人と一緒に歩いている。
その右手にはチェ○スの包み紙。
中には私の新兵器が隠されているのだ。

新兵器……ああ、いい響きだ。
何だかどこぞの、発動したら後数十年に渡り周辺住民を苦しめる、大量殺戮兵器を想像させる。
もっとも、ここにあるのはただの鉄棒だが。

狙撃風遁忍術の飛距離を伸ばす、件の特注鉄製ロングバレル。
普通に鈍器としても使える、私の相棒だ。
名付けて、『弩羅愚乃賦(どらぐのふ)』。
イカすでしょ?

ちなみに、チェロ○の包み紙に隠れてるのは擬態。
忍はあまり手の内を見せないものだからね。

「サクラ“ちゃん”サクラ“ちゃん”、そのお菓子って一体何々だってばよ?」

「非常食。後は……こうやって使う」

ゴオンッ!

「フギャッ!?」

刹那、手首のスナップで振り下ろされた弩羅愚乃賦は、狙い違わずナルトの脳天へと直撃する。
辺りには金属特有の間延びした音が響き渡っていた。

「何回言わせればわかるの。“ちゃん”を付けるな、“ちゃん”を。学習しない奴め」

「ふごオオオォォォ……そ、そのお菓子……何か、めちゃくちゃ硬いってばよ……」

「顎の訓練だよ。ちなみに味は、“鮮血”」

間違ってはいないと思う。
血だって鉄分タップリだしね。

ちゃん付けするようなクズ野郎共は、私の棒が容赦しないのさ。
硬いんだよ!
大きいんだよ!
暴れっぱなしなんだよォオオオ!!
……おk、少し自重しよう。
さすがに頭悪すぎた。

そんなこんなで階段を上がり、“二階”へとやってきた私達は、そこで何やら人混みを目にする。
聞けば、どうやら“三階への階段”の前に不良な受験生二人が陣取り、トオセンボして嫌がらせをしているらしい。
……まったく、グダグダな奴らだ。
どこにでもそういう虫はわくらしい。
汚らわしい!

不良青年二人は、他の受験生に対して暴力まで使っているようだ。
別に暴力を否定する気はサラサラないが、正直いって、この場でのそれは邪魔だった。
具体的には私の。

「――俺達がここで選別してやろうっていうんだ。優しいだろ?」

「――そうかい。確かにその通りかもな」

不良青年の一人に、サスケが何事か言っている。
だが、そんなことはどうでもいい。
むしろ余分だ。
ああいう社会のゴミは、問答無用でキルゼムオールと相場が決まっているのだ。
見敵必殺。
それこそ正義。

「だが、俺達は通らせてもらうぜ。俺達は“三階”に用が……」

ドドドドドドウンッ!!

「「「!?」」」

瞬間、周辺に轟音が鳴り響く。
風が風を切り裂くその音は、放たれた六発の九実裏羽羅部羅無。
不良逹に各三発、放ったその粛正の速射は、しかし、小賢しいことに直前で気付かれ、不良逹は瞬身で何処かへと消える。

外れるなど屈辱の極み以外の何物でもないが……まあ、いい。
目的は達成出来た。
邪魔さえ消えれば、それでよしとしよう。

……まあ、姿を見かけたらサクッと暗殺しちゃうかもしれないが。

「は~い、状況終了。さっさと“三階”行くよ~」

そういって私は目前の“階段”に足を向ける。
だが、

「ま、待て! サクラ、お前……“幻術”を見破ってたのか?」

サスケが珍しく慌てた様子で声をかけてきた。

幻術?
……ああ、そういえばそんな痕跡もあるな。
違和感が弱すぎて軽く無視するところだ。

「あ~……そういえば、何かキュンキュンきてるねえ。ところで、幻術で何が見えてたの?」

「……お前、幻術が効かないのか……?」

「効かない……っていうよりは、慣れてる、かな」

毒物や幻術への耐性は、小さい頃に両親に散々叩き込まれた。
麻酔用の痺れ薬から始まり、果ては即効性の猛毒薬まで。
幻術だって、毎朝毎晩くの一拷問班の母親にイヤというほど見せられてきた。
少々の認識阻害が私にかかるわけがないのである。

……ああ、憂鬱だ……。

「蛇の道は蛇……」

呟き、私は階段を上り始める。
その背中は、どこか煤けていたそうな。


◆◆◆◆◆


「――まったく、なんつう常識はずれのくの一だ。いきなり風遁ぶっぱなしてきやがって」

俺は愚痴ると、扉の向こう側を見る。
そこにはあの桜色のくの一が、何故だか背中を煤けさせていた。

あんな下忍程度に撤退させられるとは、無様もいいところだ。

「けど……あの子、幻術を見破っていたみたいだ。風遁の狙いも正確だったし、うちはと合わせて期待できそうだよ、コテツ」

俺の隣で、同僚のイズモが冷静な評価をしている。

そりゃあそうだろう。
知らないとはいえ、出会い頭にいきなり風弾を試験官に向けて撃ち込む受験生はそうはいない。
そりゃあ、期待も出来るだろう。

「……ったく、ついてねえよ、ホント。今からでも出ていって仕返ししてやろうか、あのくの一は」

俺の言葉に、しかし、イズモは何故か複雑な表情を作る。
その視線は、桜色の髪に向いていた。

「……やめておいた方がいい。あの桜髪……多分、“覇流乃(はるの)”の流れを汲む一族だよ」

「……“ハルノ”? ハルノって……」

昔。
木の葉隠れの火影には影武者がいた。
一応にもあの、忍里トップの火影の影武者、その実力は極まったもの。
その戦術は暗部の前身ともなったといわれる、諜報·暗殺に特化した存在。
その代々の者が継ぐといわれる名が、覇流乃。
その流れを汲む一族とは、つまり……

「……マジかよ。どうりであの性格か……」

「仕返ししにいって、逆に意趣返し、なんてことにもなりかねない。あの子の両親に暗殺されたくなかったら、大人しくしていた方がいいよ」

覇流乃の髪は、その隠密性を高めるために、逆に目立つ桜色にして常に鍛練するという話だ。

……まったく、恐ろしい。
イズモがそういった里の家系に詳しい奴じゃなかったら、俺は自分の命を捨てていたかもしれないというのだ。
まったく、だから忍という職は危険だ。
日常の中にすら危険が潜む。
俺も、まだまだ未熟ということか。

「……ま、精々期待させてもらうぜ。ハルノの“お嬢ちゃん”よ」

言って寒気と殺気を感じたのは、多分気のせいだろう。
多分。


【おまけ】


「――あの、そこのアナタ!」

「ん? あ、アナタさっき不良にボコされてた……」

「木の葉の蒼い野獣、ロック·リーといいます! サクラさん、といいましたね。サクラさん、僕と……」

「僕と?」

「僕と、お付き合いしましょう! 死ぬまでアナタを守ります!!」

「死にさらせェエエエエエエエエエエエエ!!」

ゴオンッ!!

「グハッ!?」

「貴様の、貴様のような奴がいるから私はァアアアアアアアアアアアア!!」

ドドドドドドウンッ!!

「グガガガガガガッ!?」

「腸を、ブチマケロォオオオオオオオオオオオオ!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴゥンッ!!!!

「ぐほォアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

「せめて死で罪をあがなえ……カスがッ!!」

(((……ヤックデカルチャー……)))

その後サスケと戦いに現れたリーの驚異的回復力に、面々が目を点にしたのは、まったくの余談である。

「愛の力です!!」

「死ねェエエエエエエ、ゲジマユゥウウウブラァアアアアアア!!」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十二巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:decbdc3f
Date: 2008/12/02 23:49
扉を開ける。
中忍試験会場へと続くその扉は、精神的なプレッシャーもあったのか、思いのほか重い。
まるで地獄へと続く裁断の門かと錯覚したのは……さすがに詩人過ぎだろう。

実際重かったのだ。
私は威力や装甲よりも速度を重視する。
腕力など、それこそ同年のくの一にも劣る程度なのだ。

貧弱貧弱ゥ!
……やめよう、なんか悔しくなってくる。

ギィイイイ……

ゆっくりと開いていく門。
その向こうに広がる光景は……

「「「…………」」」

………思わず顔を背けたくなる程の、受験生の視線の嵐だった。

うわあ……めっちゃ見られてるよお……。
これだから中途半端な時間に来たくなかったんだよお……。
何でこういう状況だと、皆、何か変化あったところに一斉に注視するかなあ。
そりゃ向けたくなる気持ちもわかるけどさあ、向けられるこっちは居たたまれないこと山の如しなんだよ。
人間の悪い習性だと思うんだよねえ、これ。

そうして私達はその部屋に入っていったわけなのだが……。
直後、その気まずい沈黙は破られることになる。
高い声のその、少女の叫びによって。

「――サスケ君、おっそ~い♪」

イノ、爆誕。
サスケ命なこのKY乙女は、やっぱり空気を読まなかった。

あ~あ……完全に受験生の方々がこっち見てるよ。
完全に目付けられたよ、これ。

特にあそこの……なんかモヒカンヘアーのヤンキー兄ちゃんがすごい勢いでこっち見てるよ。
ホント、勘弁してくれよ……。

「私、サスケ君のことずっと待ってたんだから~♪」

……未だにこっち見てくるよ、モヒカン兄ちゃん。
なんか、ダイヤの原石見つけた! みたいな視線してるけど……あれ?
なんかあの人、私を見てない?
ってか完全に私だけをガン見してない、あれ?
目つきがさっきのゲジマユ変態野郎に似てるんだけど……。

あ! なんかウィンクしてきた!
気持ち悪ッ!!

「私~、ホントにずっと待ってたんだよ?(チラッ)
私がこんなに想ってるのに、サスケ君ってば冷たいんだから~。でも、そんなクールなところが好き♪(チラチラッ)」

ちょッ、これ以上私見ないでくんない!?
だんだん悪寒してきたんだけど!?

って、アアアッ!?
あのモヒカン兄ちゃん、隣の木刀兄ちゃんに私のこと教え始めた!
指さしてこっち見てくるもん!
なんかモヒカン兄ちゃん、あの子可愛くね? とか言ってるもん!
布教してるもん!

「それでえ……(チラッ)私はあ……(チラチラッ)サスケ君のことがあ……(チラチラチラッ)」

うわッ、木刀兄ちゃんまでこっち見た!
って………頬を染めるなァアアアアアアッ!!
うぎゃあああ、信者が増えたァアアアアアアッ!!
お前ら、そんな目で私を見るなァアアア!
私は純然たる男児だ!
ちゃんと金的だって効くんだよ!

って……ゴルァアアアッ、モヒカン!!
お前それ以上布教するんじゃない!
爆発的に信者が増えてんじゃん!!

勘弁しろよォオオオ、このままじゃ私、完ッ璧にアイドルになっちゃうじゃんかよオオオ!
ごまえー、なんて言われたくないんだよォオオオ!

うがァアアアアアア!!
信者がどんどん量産されてるゥウウウ!
しかも、ちゃっかりそこにゲジマユがいたのが余計に腹立つわァアアアアアア!!

革命だ……!
こうなったら革命を起こしてやる!!
清教徒革命ならぬ、“性”教徒革命だアアア!

……いや、性は革命しちゃ駄目だな、うん。

「………」

……ん?
なんか、急に静かになったな……?
なんだ、一体何が……

「サクラの………バカァアアアアアアアアアアアアッ!!」

瞬間、世界が震えた。

痛む耳と頭をおさえながら、前を向くと、そこにはアカデミーで仲が良かった友達、山中イノの姿。
何故だか顔を俯け、手は前で組んでいる。
非常に女の子らしい様子である。

「なによォ……なんで無視するのよォ………私が他の男の子にくっついてるのに、なんで見もしないのよォ……」

涙声で口を開き始めるイノは、そりゃあもう、可愛らしかった。
普段が勝ち気なだけに、弱々しいその様子は保護欲をかきたてる。

「……なんで気付いてくれないのよォ……グスッ……」

終いには顔を真っ赤にさせ、嗚咽混じりに話し始めたがらさあ大変。
その様子は大変可愛らしいのですが………周りの視線が痛い。
とにかく痛い。
さっきまでのモヒカンや木刀すら比較にならない程の居たたまれなさだ。

イノにつられて集まってきた他の同期のルーキー達は………駄目だ、当てにならない。
無表情か、苦笑か、それかニヤニヤしてるだけの連中。
一番最後のが大多数という事実に、私は軽く殺意を覚える。

「なによォ……サクラのバカァ………」

「イ、イノ、まずは落ち着いて……それから泣き止んで……。
ほら、皆見てるからさ……」

「バカァ……バカァ……」

ただオロオロするしかない私を見て、ついにキバやシカマルが腹を抱えて笑い出す。
キバはともかく、シカマル……お前、そんなキャラだっけ……?

二人の名前をジャポ〇カ暗殺帳に書き込みつつ、私は右往左往するしかなかった。

「グスッ……グスッ……」

もう、ホント誰か助けて……。
これ以上、暗殺者を目立たせないでくれ……。

周囲の視線は集まるばかりだった。


【おまけ】


「おい、アレってもしかして“百合”じゃね?」

「ああ、紛うことなき“百合”だな」

ノーマルだボケェエエエエエエエエエエエエ!!



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十三巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:37f13dd9
Date: 2008/12/05 23:57
中忍試験、第一関門。
内容は……ペーパーテスト。

ヘイ、ミスターカカシ。
話が全然違うじゃないか。
どこが忍としての能力なんだ?
思いっきり鉛筆と紙じゃないか。
アカデミーの悪夢再来じゃないか。

ヘイ、ミスターカカシ。
私はやっぱり、今後あんたを信じないようにするぜ、クソッタレの変態覆面。

テスト用紙が配られ、霊魂が抜けかけている私のところにも紙束が回ってきた。
チクショウ、忍者試験のくせして筆記なんかさせやがって。
だいたい紙が悪いんだ。
木から紙なんて生み出されなければ、こんな忌まわしいものなんてやる必要もなかったのに。
古代みたいに石やレンガだったら、試験官がテスト問題配るのに四苦八苦したかもしれないっていうのによお……。

こうなりゃヤケだ!
後ろに回すテスト用紙に起爆札しこんで、試験そのものをぶち壊してやる!

懐から私は『爆』という字の書かれた札を取り出し……すぐにそれを元の懐にしまった。
試験監督の……森のイビキ? とかいう上忍と目があってしまったのだ。
クソ……眠たい名前なのに、しっかり監視しやがりまして……!

私は大慌てで起爆札をカバンの中にしまいこんだ。



テスト開始数分後。
私は問題を見て、内心で泣いた。
こんなの、解けるわけがないよ。
むしろ解ける奴が異常だよ。
私は友達少ないガリ勉じゃないんだから……。

数分後。
ヤバい……マジで解りません……。
一問たりと手のつけようがない。
何か、何か打開策はないのか……!?

3分後。
そうだ、カンニングしよう。
何だ、考えてみればすごく簡単じゃないか。
私の特技は隠密なんだから、それを活かさないでどうする、私。
幸い隣の奴は、さっきからカリカリうるさい奴だし、好都合だ。

おお、神よ!
今まで信じてなくてゴメンね。
これからは信心深くなるから。
毎日お祈りもします、逆十字で。

隠行の術、発動。
教室端で何やら椅子に座ってラインダンスする試験官方は全く気付いた様子もなく、私は隣の試験用紙を盗撮する。
古今東西、あらゆるカンニング技術を習得した私だ。
今さらこんな古典的なカンニングなど、疑われる隙すら窺わせない。
カンニングマスターの名は伊達じゃない!!

そうして順調に問題用紙を埋めていった私だったが……突然、視界が黒く染まる。
あれ……なんか……眠いよ、パトラッ〇ュ……。
私は直後、意識を落とした。


◆◆◆◆◆


心転身の術……成功。

今まで手がまったく動いていなかったサクラの手が、急に猛烈な速さで動き出した。
どこか気配も希薄になっていたし、恐らくカンニングにはしったのだろう。

……まったく、アカデミーの頃から変わってないんだから……。
当時から神業じみていたカンニング技術や隠行はどうやら健在。
忍としては好ましい隠密性とはいえ、何だか少々情けなくなってくる。

……べ、別に、サクラのことが気にかかるわけじゃないからね!?
ただちょっとそう思っちゃっただけなんだから!
勘違いしないでよね!

……誰に言ってるんだろう、私……。

とにかく、私は早いところ答えを覚えて、シカマルやチョウジにも心転身してあげなきゃならない。
今までサクラがカンニングして書いていた問題用紙に、私は目を落としていった。

……あ……サクラの匂い……。
そういえば、今私ってサクラの体なのよね…………って!?

「ッ……///」

軽く卒倒しそうになったのは……多分、勘違いよ。
そうったらそうなの!


◆◆◆◆◆


気が付いた時、どうやら試験は終了していた。

……って!?
しまったァアアアアアア!?
まさか私、ここで居眠りしちまったかァアアア!?

ああ……鬱だ……最低だ……死のう……。

「サクラちゃん、何してるってば? 俺達、試験合格したんだから、早く帰るってばよ?」

瞬間、覚醒。

さすがは私!
眠りながらでもカンニングをこなすなんて、まさに忍の鑑!
カンニングマスターから、新世界の神に改名するべきだろうか。

機嫌がいいので、ナルトの暴言は聞き流すことにする。
決して許したり、諦めたわけではない。
ただ単に、聞こえなかっただけなのだ。

そうったらそうなの!

……あれ、なんか変な言葉が……。
まあ、いいか。

「よーし、帰るか、ナルトー」

「おー!」

息巻いて私らが出口に向かう途中……

ドゴォオオオオオオオオオオオオッ!!

……起爆札が爆発した。

ひいふうみい……一枚足りない。
どうやら一枚、私の起爆札がどこかに紛れ込んでしまったようだ。

爆発して被害を被った受験生は、私の席のラインの最後席に座っている。
何だか蛇っぽいその人の名前は…………



草隠れの、オロ・チマル…………。



……あれ……?



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十四巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2008/12/19 22:55
ハローハロー。
皆は元気?
私は元気です。

辺りは暗い木々の群れ。
日はすっかり落ち、私達はすっかり暗闇に包まれていた。
夜の帳の中を照らすのは目の前で燃える焚き火だけ。

……敵に見つからないかな……?

そう、敵。
今は中忍試験二回戦、巻物争奪サバイバルの真っ最中。
ルーキーである我ら下忍七班が狙われるのは当然なわけで、私はこれから5日間、もはや片時たりと気を抜くことが出来ない。

先ほどだって、用を足しに離れたナルトが、帰ってきた時には偽物とすり替わっていた。
これははっきりいって脅威である。
小便どころか大便する時まで周囲に注意しなければならないなど、落ち着かない。
最悪、仲間の視界の中で排便しなければならない。
苦痛を通り越して、鬱だ。

……今、セクハラだとか思った奴。
“男子”三人にセクハラも何もあるわけがないだろ。
野外スカ○ロ視姦プレイとか思った奴、いっぺん死ね。

そんなわけで現在、私達はサスケ発案の合い言葉を検討中だ。
これならばたとえ仲間内の誰かが敵とすり替わっても、即座にわかる。

オーケーオーケー。
なら私がとびっきりのを考えようじゃないか。

「いいか、まず俺が忍規と問う。そうしたら答えは……」

「忍びは戦争が好きだ。忍びは戦争が大好きだ。
暗殺が好きだ。謀殺が好きだ。毒殺が好きだ。惨殺が好きだ。爆殺が好きだ。扼殺が好きだ。虐殺が好きだ。
平原で。市街で。水中で。空中で。森林で。教室で。アカデミーで。職員室で。火影執務室で。
この世のありとあらゆる戦争が、私は大好きd」

「サクラストップ!!」

サスケが急に大声で私の言葉を遮ってくる。
まったく、いいところだったのに……。

「何、サスケ? まだまだこれから、主に私を女と呼んだ奴をサーチ&デストロイする口上が残ってるんだけど」

「そんな長いもの俺が覚えられねえ!
だいたい有名過ぎて、かえって合い言葉の意味がなくなるだろうが!!」

「ソンナコトナイヨー。有名過ギテ逆ニ盲点ジャナイカナー?
というか有名とか言うの止めろ。この世界にヒラコー文化なんて存在しないんだ。ミレ○アムとかないんだ」

ネタばれはやめましょう。
読者が悲しみます。

「大丈夫だって、覚えられるよ。な、ナルト?」

「ふぇ!? え、えーと……し、忍びはラーメンが好きだ!!
メンマが!ネギが!ノリが!タマゴが!チャーシューが!スープとメンが!
忍びはラーメンが大好きだ!!」

「ツカミは悪くないかなあ……というか、列挙が具なんだな。種類じゃなくて。
ちなみに私はトンコツ派」

「俺もトンコツは好きだってばよ」

「お前ら……俺の話を聞けェエエエエエエエエエエエエ!!
…………醤油」

愉快な七班であった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十五巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2008/12/20 23:35
ビュオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

「「「!?」」」

と、突然の突風。
風に飛ばされる木の葉よろしく、私達は煽られ、みんな仲良くバラバラにどっかへと吹き飛んでいった。
視界の端では、強風に火が吹き消されている。

……焚き火の中に、サツマイモ放り込んどいたのに……。

滂沱の涙を流しながら、私は暗い木々の中に消えていった。


◆◆◆◆◆


「……痛い……」

ようやく体が地面に落ち、幹に頭突きをすることになったのは数秒後。
頭をさすりながら私は体を起こし、周囲に視線を巡らす。

あるのは木と木と木と、それから木。
当然のように近くにはナルトやサスケの姿はなかった。

「……怖いよマミー……」

呟いてみるが、ただむなしいだけだった。
幼少の頃から地獄もかくやといった幻覚を見てきた私が、そもそもこれぐらいで怖いと思うわけがない。
今ならジェイ○ンやフ○ディーが出てきたって、笑点のテーマを歌い続けられるだろう。

「……ま、さっさと合流しますかな」

先ほどの突風。
どう考えたって他の参加者の仕業である。
またややこしいことにならない内にメンツを揃えることが、現状での急務といえた。


◆◆◆◆◆


「あ、サスケ見っけ」

「サクラ……?」

視線の先には黒髪の少年が一人。
風で飛ばされたとはいえ、そんなに飛距離を稼がれたわけでもない。
もとの場所に戻ってくるのはそんなに難しくはなかった。

……って、

「……やっぱりか……イモがどっかにいってる……」

膝をつき、アウアウアウと泣き出す私。
だって仕方ないだろ……焼き芋、好きなんだから……。

「お、おい、サクラ……合い言葉……」

「戦争が好きだよー……暗殺が好きだよー……アウアウ……」

「……まあ、いいか」

何やら呆れた声音と共にサスケの体から力が抜ける。

ナンだよー、その呆れた声はよー!
どうせサスケなんかにはわからない苦しみだよーだ!
エリートのサスケは焼き芋なんて食べないんだろー!
屁の心配なんかしないんだろー!
フンだッ!
いいもんいいもん、私だけ庶民の味を堪能してやるよーだ!
生き残りを見つけてもサスケには分けてなんかやらないもーんだ!!

そうして私は頭を起こし、辺りに視線を配った。
風で吹き飛ばされた焼き芋の生き残りを見つけるために、その目は必死だ。

ガサッ

「「!?」」

ふと、藪の中から音をたてて何かが出てくる。
反射的にそちらに私とサスケは目をやるが、現れたのはさもありなん、橙黄色のジャンプスーツだった。

「なんだ、ナルトか……」

「心配かけてゴメンってばよ、サクラちゃん」

心配なんか欠片もしてません。
ちゃん付けするような奴は焼き芋の神様にでも天罰をもらえばいいんだ。

「待て、ナルト。先に合い言葉だ。……忍規」

サスケのその言葉に、ナルトが反応して言葉を紡いでいく。

「わかってるってばよ。私は…………
“美少年”が好きよ」

「「はい、ニセモノォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」

瞬間乱れ飛ぶ火遁と風遁。
ジャンプスーツはその全てをかわすために、後ろに跳びすさった。

「……あら、どこか間違ってたかしら……?」

「「全部だッ!!」」

……パピー、マミー。
私はどうやら、初めて女顔であることを感謝しそうです。

だからってくの一クラスに書類偽造して入れたのは許さねーぞコノヤロー。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十六巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2008/12/21 22:42
ナルトの変化を解き、襲撃者はその姿を現す。
蛇みたいに長い舌をもち、男なんだか女なんだかわからないような話し方をする忍び。
笑う顔が、最高に不気味な奴である。

「フフフ……まあ、私のことは別にいいわ。それより問題なのは……あなた達よ」

先程までのコメディムードもどこかへ吹き飛び、周辺には殺気と警戒が満ちていく。

ヤーバーイーヨー。
なんかあの人、危ない雰囲気だよー。

……って、あれ?
あの顔どこかで……?

「滅びた名家、うちはの名を継ぐサスケ君……。そして……こともあろうに私に起爆札を送りつけてくれた、“桜髪のアナタ”……。私の大事な髪、あの後直すのに大変だったのよォ~……?」

ああ、そうか。
誤って爆破しちゃった、草隠れの人か~。

ヤベー、殺される。

「フフフ……でも、たいしたものだったわ。仕込む素振りさえ見せずに起爆札を私まで届けるなんて。優秀な隠密術ねェ……」

そりゃあ気付かないでしょうよ。
持ち主の私だって気付かなかったんだから。

あれは事故なのよー。
だからそんなに持ち上げないでー!
誉めてくれてるみたいだけど、それ、勘違いだからー!!

……まったく、ドキドキな奴だ。

「ホントにすごいわ……さすがにあの、カカシのところの子達ね……」

目の前の襲撃者は尚も口上を続ける。
あれは多分、話し出したらペースを奪われるのを嫌うタイプだろう。
合コンとかで貧乏クジを引くタイプだ。
恐らく、話はしばらく続くだろう。

……なら、まあ、話に付き合ってやる必要もない。
アカデミー時代から偉い人の“お話”は全て、立ったまま眠るというサクラ流妙技でやり過ごしてきたのだ。
今さら素直に聞く気にもならない。

さすがにこの状況で寝るわけにもいかないので、とりあえず先程までやっていた焼き芋捜索に戻る。
襲撃者の忍び、オロ=チマルさんから視線をずらし、周囲へと目をやる。

と、次の瞬間。
急に体に寒気が走り、表情が笑みを作る。

過度な恐怖に対する笑みの表現は、もはや自動発動の領域にまである。
ここまでくるとむしろレーダーだ。
ピキューン。

「あら……あなたはこれで笑うのね……。フフフ……これは楽しみよォ……」

視界の中のオロさんが、何故だか私の方を見て不気味に笑う。

何が楽しみなのかは知らないが、とりあえずその笑みはやめて欲しい。
ただでさえ怖い顔が、辺りの暗闇と相まってさらに怖いのだ。

ホント、やめて欲しい……。
殺気がたくさんなのはわかったから……。

サクラ的危ない人ランキング、ザブザを抜いて、オロさんが一位になった瞬間だった。


◆◆◆◆◆


最初はただの小娘かと思っていたわ。
風遁は多少使えるみたいだけど、実戦の中にあればたちまち震え上がってしまう、所詮は一般人の女。

だけど、これがなかなかどうして面白い。

他の誰にも気付かせることなく、試験中に爆殺を企てる手腕。
そも、私を私だと理解した上でそれをとっさに遂行する観察眼。
他の誰もが夢想だにしなかったというのに、あの子は気が付いた。
これだけでも下忍には収まりきらない実力。

加えて、私の殺気を受けてのあの姿勢。
さしものサスケ君も恐怖の感情を色濃く表しているというのに……。
こともあろうに、笑み?
面白い……。
あの娘は予想に反して、本当に面白い……!

あの子なら、呪印に耐える可能性くらいはあるかしら。
試してみるも一興。
よくいうしね、下手な鉄砲数撃てば当たる、って。

ヒュンッ!

「「!?」」

首を伸ばし、その体に呪印を刻もうと、私は牙をたてる。
噛みついた先は……ただの空気だった。

「……なんだ、違ったか……」

しゃがみ込むことで避けたその子は、何やらブツブツと呟きつつ、しかし、確かに私の牙を回避してみせた。

いい……いいわ、この子。
ゾクゾクしちゃう!
あなたも私の目標に入れてあげるわ!

「ッ! サクラ!!」

声と共にサスケ君の放ったクナイが飛んでくる。
でも、それはちょっとした動作で簡単によけられる軌道。
普段のサスケ君なら絶対に犯さないだろうそのミスは、恐らくさっきの恐怖が未だに尾を引いているから。

メンタルが弱いのがあなたの欠点ね、サスケ君。
その点でいえば、この桜髪の子の方がはるかに優れている。
ますます楽しみになってきちゃう……!

この子の実力も、計ってあげなきゃね……。


◆◆◆◆◆


「「!?」」

瞬間、目を見開き、恐怖に弛緩していた私の体に力が戻る。
隣でもサスケが同じようにしている雰囲気があるから、奴も気付いたのだろう。

そう。
私達の目は、共に同じものを捉えているはずだ。
オロさんの後方の藪に見え隠れする、そのイモを!

私は即座にその場でしゃがみ、イモの正体を確認する。
そこにあったのははたして……黄色いイモの形をした枝だった。

「……なんだ、違ったか……」

落胆する私。
希望をちらつかされただけに、その反動の絶望も凄まじかった。
アウアウアウ……。

「ッ! サクラ!!」

と、同じように落胆していたと思っていたサスケが気の張った声を出す。

そうか……。
サスケ、お前は強いな……。
私はこれだけで駄目になってしまうよ……。
サスケはメンタルも強いんだな……。

しみじみと私が思っていた、その次の瞬間。
私のすぐ前からもの凄い殺気がシャワーの如く降ってきた。
イヤイヤ目を向けてみると、そこには……

「……や、やあ、オロさん……。オロさん、影分身なんて出来るんだ……すごいねえ~……」

刹那、二ヤッという擬音をつけて笑うオロさん。
ヤメテクダサイ、コワイデス。

「いい……いいわあ……。あなた、とてもいいわよ……!」

先程のオロさんの言葉を反芻。
オロさんの好きなもの、美少年。
私の顔、女顔は転じて整っている顔。
目の前にはニヤニヤしたオロさん。
……私の性別、バレた?
目の前にはニヤニヤしたオロさん。



サスケを見捨てて。
速攻で逃げました。
喝。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十七巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2008/12/25 18:33
ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

駆ける私。
追うオロさんの影分身。
両者の構図は明確で、それは先程から少しも変化していない。

オロさんが走りながら放つ、尋常でない数と精密さのクナイに、私、春野サクラは内心で絶叫してばかりだった。
ここが障害物の多い森林の中でなかったら、とっくの昔に私は蜂の巣だろう。

「フフフ……さあ、見せなさい! あなたの力を! あなたの本気を!!」

後ろを走るオロさんは依然笑ったまま私を追いかけてくる。
何がお気に召したのかこちらはさっぱりわからないが、奴はどうやら私に執心しているようだ。

……ホントにやめてもらいたい……。
あの不気味フェイスに追われるのは、最高に恐怖なのだ。

ヒュンッ!

「とッ……!?」

クナイが飛来し、私の頬をかすめながら木の幹に突き刺さる。
ダラリと流れる血の感触が……どうやらきっかけになったようだ。

「上等……! そんなに本気が見たいなら、見せてあげるよ……!」

傷を負ってようやく覚悟が出来る辺り、私にもどうやら主人公みたいなところがあるようだ。
なら、少しは主人公らしい熱血を見せることにしよう。
犬死は御免なのだ。

……ああ、少し間違えた。
私の場合、“熱血”じゃなくて、“流血”もしくは“鮮血”かもね。


◆◆◆◆◆


「むッ……!?」

断続的なクナイの投射で追い詰めていた桜髪の下忍の姿が、木の幹の裏側に入っていく。
それで死角に入ったつもりかと思いながら私もそこにクナイを構えながら追っていく。

だが、そこにはあの娘の姿はなく、そればかりか周辺に気配すらない。
まさしく消えたと思えるその現象は、暗部御用達の技術、隠行の術が導いた結果。
仮にも三忍と呼ばれた私の視界の中から、ほんの数瞬の間に消えてみせるその隠密の実力。
忍としてはまさに素晴らしいの一言に尽きる。

ますます感情を高ぶらせながら、私は周囲に視線をやった。
と、

ガサッ!

背後からの音。
体を向けてみれば、そこにははたして……何もない。

ブラフ。
この程度の罠に引っかかってしまう辺り、少し感情的になり過ぎたかもしれないと自嘲しつつ、手のクナイは次の瞬間はしっていた。

キンキンキンキンキィンッ!!

音がした方とは真逆の方向、そこから飛んでくる大量の手裏剣を、しかし、私は全て打ち落としていく。
起爆札付きのものもいくつか混ざっていたようだが、それらも全て切り裂くことで術式を無効化する。
腐っても三忍。
影分身とはいえ、この程度ではそも、罠として成り立っていない。

視線の先では、顔を蒼くしたあの娘の姿があった。

「あら……もしかして今ので終わり? だとしたら、私は少しあなたを過大評価していたのかしら……」

手にクナイを持つも、その足は震えている。
私が近付いても、彼女は身動き一つ取れていない。
とても弱々しく、とても女々しい。
目の前に私が立っても、未だに身体が死への恐怖で硬直している。

その様はまるで、“ただの小娘”だ。

カチッ

「……そう。今のあなたはまるで一般人。それだけに……“これで終わりじゃない”んでしょうね♪」

響く、過重によって作動したトラップのスイッチ。
桜髪の下忍には、“影”がなかった。

ドカァアアアンッ!!

刹那、起爆する罠、発動する起爆札の爆発。
一瞬前までいたそこは、まさに木っ端微塵だった。

爆破圏外まで離脱する私。
腕に刺さり、肌に血を垂らす木片が、今はとても嬉しく感じられた。

あの短時間で、あの質の仕掛け。
隠行の術が得意なら、工作作業も得手ときている。
やはり彼女は、素晴らしい素体だ。

「……ただ、欲を言うのなら、もう少し直接的な攻撃能力も欲しいわね……。間者としてなら、隠密・工作ときて、あとは、そう……」

タァンッ……!

直後、一つの音が森林に木霊する。
見下ろせば、胸の中心、心臓の位置に丸い穴が空いていて、そこから鮮血が吹き出している。

痛みを認識する前に。
何が起こったかを把握する前に。
影分身としての身体は、白煙と共に消滅していた。


◆◆◆◆◆


視界の先、肉眼で目視できる限界の場所。
そこにあった“標的”の、白煙と共に消滅を確認。

射程距離長化武装『弩羅愚乃賦』を用いた初狙撃ミッション……標的暗殺完了。

「――忍びとしての三大快挙。隠密・工作……そして、暗殺。暗殺者の家系にそれを訊くかい、オロさんよ……?」

ま、本来なら、分身を消しただけだと暗殺は失敗なんだけどね。

……いいよね……?
あの人、何か異常にヤバそうだったし。
うん、生存しただけで勝利条件は達成。

まあともかく……タバコを吸いたい気分だ。

タバコない?
タバコ。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十八巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2008/12/28 18:44
ハローハロー。
皆は元気?
私は正直、ダルいです。

主催地木の葉隠れの里、中忍試験第二回戦、死の森サバイバル。
猛獣やら猛毒な動植物が跋扈するそこで、私は今、再び素数を数えている。
1…3…5…7…11…13……おっと、1は違ったっけ、またやっちまった。
……え? 2が抜けてるって?
いいんだよ、2は。
なんか2って違うじゃん。
なんかこう、素数っぽくないじゃん。
何で素数っぽくないかというと……だって2じゃん。

まあ、そんな私の持論『2は素数っぽくない論』は措いておき、現状。
今、私は大きな木の根元の隙間に身を隠し、周囲に視線を走らせている。
背後には、絶賛気絶中のサスケとナルトがいる。
早い話が、私は今チームの番をしているのだ。

私がオロさんの影分身を狙撃した後、森の中を散々迷いながらやっとこの場所に戻ってきた時、そこには死体が二つとオカマが一人…………ではなく、オロさんにボコされたのか、気絶するチームメイト二人が無惨に放置されていた。

二人がかりで一人の敵に敗北。
死んでいた命を殺されずにおかれ、あまつさえ巻物まで奪われる。
ルーキーとはいえ忍びとしては無様なことこの上なく、普段なら私もそんな忍道不心得者は見殺しにするのだが……まあ、オロさんじゃ仕方がないかと、フォロー“してやって”いる。
寛大な私に感謝せよ。

そんな下りで警戒を続けている私だが、これが中々どうしてしんどい。
後ろの仲間は気絶しているわけだから、どんな脅威も近付けるわけにはいかない。
毒草、毒虫はまだいい方、物理的に対処できるのならまだ楽といえる。
大変なのが物理的に対処出来ない奴、つまり体の大きい子達で、彼らは鼻も耳も優秀だから尚更タチが悪い。

具体的にいえば、先程の例。
サスケとナルトの野郎二人の体をようやくここまで引っ張り、さて防御陣はどうしようかと考え始めた直後、“ソイツ”は現れた……。

ガサッ!

「何者ッ!?」

視線の先。
そこには、やたら体の大きい、四足歩行の、力持ちなあいつがいた。

「……クマ?」

やって来たソイツ、ヒノクニオオグマのオスは、しばらく私や後ろの二人を見ていたが、やがて私に視線を向け、一歩こちらに向かって踏み出す。

踏み抜かれた土にはその雄々しさが。
精悍な顔には威風堂々としたその姿勢が。

向けられる視線には、ただ純粋なまでの生気と闘気が感じられる。

私はその時、そのクマのことを悟った。
奴こそは、群雄割拠する死の森の主、全ての食物連鎖の頂点に立つ存在。
奴は……強敵こそを待ち望んでいたのだと。

私は、奴と同じように一歩踏み出した。
体躯は矮小、されどこの身は強靭に他ならない。
その意志をこめて、私は奴の視線を正面から見た。

奴もまた、目をそらさず、堂々の無敵の気配を漂わせながら見返す。
意志を受けて、それでも最強は我なりと、高らかに叫ぶように。
頂点は私と対峙する時間を許す。

どのくらい時間が経ったか。
始まりは唐突にして自然。
両者全くの申し合わせのないまま、しかし、同時に地を蹴り出す。
森には、二つの鬨の声があがった。

「うおォオオオオオオオオオオオオ!!」

「バオォオオオオオオオオオオオオ!!」

それからの戦いは熾烈を極めた。

片や、何百年と続く隠密の道を駆け上がる、若き忍びの一。
片や、本能こそをもって最強を成し遂げた、猛き猛獣の一。

両者は己の力を出し切り、ただ相手に勝つことを求めた。
理由などはない。
ただ、そうしたいから。
ただ、そうありたいから。
一人と一匹は、ただぶつかり合った。

「ぐわッ……!!」

その結末は、あるいは必然。
隠密とは、忍びとは、所詮“影”の存在でしかない。
猛威の絶えず襲い来る自然界を、ただその身一つで制覇した存在、最強の存在に、影が立ち向かうには、それはあまりに強大に過ぎる。
私は奴の前で、無様に地に這いつくばっていた。

「……お前の勝ちだ。好きにしろ……」

何もかもが曖昧になり、私はただ上を見続ける。
森の天井は木々に覆われ、そこは暗く閉ざされている。
だが、私はその向こうに確かに見ていたのだ。
蒼く澄み渡る空を。
無限に広がる、悠久の天を。

……走馬灯とは、どうやら私にはないらしい。
死ぬ間際になって見たのは、遠くへと続く、しかし私には届かなかった果てなき未来への鼓動。

最後になってようやく我が道の行く先を見るなど、笑い話にもならない。
私は目を閉じ、静かに最後の時を待った。

「………?」

だが、いくら待っても、勝者による敗者への裁断の時は一向に訪れない。
不審に思い、目を開ければ、視界の端には奴がいた。
背を向け、ただ奴の道を奴だけが見据えて、私から遠ざかっていく。

言葉にせずとも。
視線を交わさずとも。

最早、奴の背のみが全てを語っていた。

――また、再びまみえるその日まで……

最強の存在は、その名に相応しく、傷を負っても尚荘厳としたままで、そこを去っていった。

後に残されたのはこの身、ただ一つ。
消え入るような儚さで、私は一人、森林の中で呟いていた。

「……罠、仕掛けよ……正面戦闘は無理……」

台無しであった。
喝。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第十九巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/01/03 17:13
忍び。
その定義を彼らに問う時、返ってくる答えには数種類があるだろう。
曰わく、国のために動く剣である。
曰わく、忍び里を守るための盾である。

だが、そのいずれの答えにせよ、根底に通う概念はたった一つ。
それは、“堪え忍ぶ”ということである。

長く辛い任務にも堪え得る屈強な肉体。
どのような状況にあろうと決して冷静さを失わない強靭な精神。
忍耐こそが、忍びの本懐といえる。

そして、堪え忍ぶこととは転じて、現状またはある一点を維持するということである。
最も一般的な忍びの任務の例でいえば、隠密の時など。
状況を動かさないよう、忍びは他人にとっての無意識な存在、すなわち影でいなくてはならず、それを可能な限り持続させねばならない。
その行為は、忍びの性質である堪え忍ぶことと通じるものがある。

然るに、忍びとは総じて隠行を得意とするのである。


◆◆◆◆◆


「――見つけた」

木々の影。
暗い森の中ならば無数に存在する人にとっての死角。
その一カ所に、ドス=キタヌは顔に巻いた包帯の奥で、歪な笑みを作りながら前方を凝視していた。
視線の先は大木の根元、そこに横たわる二人の少年と、その前に座っている桜髪の少女に向けられている。

抹殺対象。
それが彼ら、ドスやその班員である音忍の、木の葉下忍七班の捉え方だった。
自分らの上司からの命令であることもそうだが、彼らが目前の対象をそう捉える最大の理由は、ただ単に彼らが木の葉を気に入らないからである。
大国の抱える最大の忍び里。
とはいえ、ルーキーである少年達はその本質で甘いことこの上ない。
個々の下忍の低能力や性格もまた卑下すべきものであり、その存在全てが気に入らないといっても過言ではない。
とにかく、木の葉の忍びは抹殺すべき対象、この事実はドス達の間で変わらなかった。

「はっ、何だよ。起きてんのはあのくの一だけか? つまんねえ殺しになりそうだぜ」

ドスの横で彼と同じ音忍、ザク=アブミが馬鹿にしきった声を出す。
今の木の葉七班の様子は、誰の目にも隙だらけだったのだ。

「ドス、わざわざ隠れて様子を見るまでもない。さっさと殺して巻物を奪おう」

同じく音忍のくの一であるキンが声をあげ、ザクがそれに笑いながら首肯する。
忍びとしては全員が身に付けている気配遮断をすら解いて殺そうという辺り、キンやザクの自信と卑下が見られる。
そして、ドスもまた二人と同意見だった。

「そうですね。では……殺しますか」

ドスの声と同時に、三人が立ち上がり、その姿を獲物へとさらす。
獲物である桜髪の下忍は……ドス達にすれば意外なことに、驚愕することなく、そればかりか全く反応すらしなかった。

「リアクションはなしかい。鈍いのか、それとも馬鹿なのか?」

見下しきったザクの言葉にも依然無反応。
少し苛ついた声で、再びザクが声をあげる。

「シカトかコラ。何とか言ったらどうなんだテメエ!」

しかし、座り込むくの一はやはり無反応。
あまり長くはないザクやキンの堪忍袋の尾が、徐々に千切れていく。

「テメエ……」

目の前のくの一を睨みつけるザクとキン。
次に声を出したのは、何故か笑いながらのドスだった。

「クックック……その余裕、自分は危険にないからという思い込みからくるものですか? だとしたら、あなたはひどく勘違いをしている……“こんなトラップ”に引っかかるとでも思っているんですか?」

しゃがみ、真下の地面をドスはすくい上げる。

「掘り返されたばかりの土……トラップというのはバレないように作るんですよ。君……はっきりいって才能ないよ」

ドスの言葉に笑いながら、ザクが桜髪のくの一のもとへと歩いていく。
その笑いは侮蔑と、これから起こる虐殺への興奮からくるものだった。

「そういうこった。諦めな」

言い、ザクは衝撃波のために掌を眼下のくの一へと向ける。
笑いは、最高潮だった。

「じゃあ……死ね、“クソアマ”」

衝撃波を放つ前に。
ドスやキンが嗜虐の笑みを浮かべる前に。
その一言、ザクが発したある一つの単語が空気を伝播した瞬間。

だが……ザク達は凶悪な悪寒を感じた。

ズドンッズドンッズドンッ!!

「「「!?」」」

直後、周囲で轟音が連続して響く。
それは地面に、幾本もの巨大な木の杭が穿たれる音。
一瞬の後に、音忍やくの一の周囲には木の杭による壁が出現し、内外を隔てるコロシアムが完成していた。

「な、なんだあ!?」

ザクの声とほぼ同時に、三人が立っている場所に向けて斜方から無数の手裏剣が降り注ぐ。
襲い来る脅威に、ドス達は跳躍してそれを回避する。

「こんなものッ、当たるわけが……」

呟くも、キンが視線をずらした瞬間、その不敵な笑みが凍りつく。
空中にいる彼らに向かって、大木がワイヤーにつながれたまま、振り子の要領で向かってくるのだ。
回避は、効かない。

「「ヤバいッ!!」」

焦るキンとドス。
しかし、直後にその声が余裕のあるものに変わったのは、“ドス一人だけ”だった。

「なーんてね」

ドスは腕を振り上げ、その仕掛け、音波と共に拳を木の幹へと叩きつける。
向かってきた幹は、粉々に砕け散っていった。
だが、

「ばッ……違う、ドス! “それだけ”じゃない!!」

「「!?」」

キンが真に表情を凍り付かせた理由。
それは……“全方位から複数の”大木が向かってきているからだった。

「う……うォオオオオオオッ!?」

慌て、ザクが衝撃波で周りをなぎ払おうとする。
だが、それはすぐに思いとどまった。
ただでさえ不安定な姿勢なのである。
そんな状態で大威力の風など使おうものなら、それこそトラップに突撃してしまう。

三人が極限の死地を感じた、その刹那。
大木が連続して衝突し、粉砕される轟音が鳴り響く。
三人は……はたして“無事”だった。

「なッ……!?」

その声は誰のものだったのか。
大木が目の前まで迫った瞬間、突如、幹が中ほどから弾け、三人の視界を飛散した木片が埋め尽くした。
顔を庇った腕にはいくつか破片が刺さっているものの、その命に別状はない。
恐らく大木に仕込んであった起爆札の拡散によって、三人は未だ息をしている。
起爆さえしなければ、大木の巨体によって圧殺出来たにも関わらず、だ。

一体……何故?

視界を舞う木片の嵐の中、三人が思考し始めた瞬間。

“風”が、吹いた。

ヒュガンッ!

「がッ……!?」

破片に曝される一人、キンのくぐもった悲鳴がドスとザクの耳に届く。
何か硬いものが骨を打つ音と、同僚の悲鳴。
確認したくとも視界を破片に奪われている二人には、何が起こっているのか見ることが出来ない。

ようやく木片の嵐が収まった数瞬後。
だが……“風”が、もう一度吹いた。

ヒュガンッ!

「ぐあッ……!?」

今度は見て取れた。
ザクの眼は、彼方から飛来してきた“風”……一発の狙撃忍術が、ドスの後頭部を“打った”ところを捉えていた。

“打たれた”キンとドス。
貫通はしないまでも、ゴム程の硬度をもつ風遁で頭部を狙撃された二人は、脳を揺らされ、軽い昏睡状態にあった。

(遠隔狙撃支援!? 馬鹿なッ! こいつらの他に仲間なんて……)

視線をコロシアム内に取り残された桜髪のくの一に向ける。
そこで、はたとザクは気付いた。
空中で拡散し、その後落ちてくる無数の木片が、くの一の体をすり抜けていくのを。

幻術……否、それならば幻術を多用するキンが気付くはず。
ならば、これは……

「――分身、だとォオオオオオオ!?」

「――御名答。罠の才能が何だって?」

直後、ザクは首に触れられ、意識が断絶していく。
背後の声の主は、その様を冷たい視線で見下していた。

「一撃必殺」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/01/03 17:15
「う……うぐ……」

縛り上げた気絶中の三人の中で、最初に目を覚ましたのはやっぱりザクとかいう下忍だった。
カカシ先生ならともかく、下忍のこいつにすら一分保たないってのも問題だよなあ……。

「ぐ……な、何が起き……」

「お目覚めかね? ファッキン糞野郎」

「! テメエよくも……!? クソッ、縄解きやがれ!!」

「解くわけないでしょ脳味噌空っぽ野郎。馬鹿なの? あなたは馬鹿なの?」

起きて早々、やかましい奴だ。
自分の立場わかってんだろうか。

「まあ、いい。他の二人は……どうやら起きたみたいかな」

地面に倒れている他の二人も、呻きをあげながら動き出す。
七点六二実裏那刀、硬度下げたっていっても、それでドタマ打ち抜かれれば、まあ痛いわな。

「起きたかい、ゴミクズ共」

「これは……ッ! なるほど、はめられましたか……」

「物分かりが早くて助かるよ。ゴミクズからミジンコに格上げしてやろう。喜べ、はれて生物の仲間入りだ」

「……それはどうも……」

ザクとは違い、このドスという奴は中々に冷静であるようだ。

……まあ、それでも腸煮えくり返ってるのか、隣のキンとかいうくの一に視線送ってたのがバレバレだったが。
キンが手の中に鈴を握ったのを、私はさり気なく見ていた。

「あなた達、音隠れの忍びだよね? 私一人にも奇襲かけといて勝てないって、弱くない? だいたいあなた達さあ、隠行下手過ぎ」

わりとひどいこと言ってるかと思ったのだが、今度はザクの玉袋野郎も黙ったままだ。
多分、余裕があるからだろう。
キンが何かをしているのは気付いてるだろうし。

……何というか、それはそれで不愉快な態度だ。
ぶっちゃけ、生意気。

「そうね……あんたのいう通り、隠行崩したのは失敗だったかも。
でもさあ……あんまり舐めるなよ、“クソアマ”」

瞬間、辺りに鈴の音色が響き渡る。
三人が勝利を確信したような顔をしているから、この鈴の音は……恐らく幻術だろう。

何というか、ホントに生意気。
よりにもよって幻術なんて、私の嗜虐心を煽るだけだというのに。

……ま、どっちにしたって、さっきのセリフで既に許す気はないけど。

私は、平然とした顔のまま、今まで通りにしてそこに立っていた。

「……で? それで終わり?」

「ば、馬鹿なッ!? 何で効いてない!?」

動揺する三人。
別に付き合う義理もないので、私はさっさと目の前の三人を処理することにした。
少なくとも、ザクとキンは徹底的に。

「くッ……! 何がどうなってる!? 答えろ、“クソアマ”!!」

ブチンッ

訂正……こいつら三人とも、徹底的に蹂躙する。

「おいテメエ!! 何とか……」

「五月蝿い。黙れ。喚くなゴミ共。お前らの苦悶が今、決定的になった。ただの死などまだ優しい。
貴様等は……生キタママ、ヒタスラニ苦シメ」

そう。
そのためにわざわざ頭部を貫通しないでやったのだから。
私の寛大さを考えない奴らなど……

「――未来永劫、苦シメ」

後方の木の杭、先程形成されたコロシアムの外沿部の上まで飛び上がり、眼下の奴らを見下ろす。
理性は死んだまま、感情はただ憎悪に支配されたまま。
私は、仕掛けの支えのワイヤーをクナイで切断した。

直後、三人の頭上でその“仕掛け”が解放される。
ばらまかれたものは、視界一杯を覆う無数の影。
それらはコロシアム全域に広がりながら、三人を呑み込んでいった。

三人は各々、悲鳴の声を上げる。
その顔は耐え難い恐怖に歪み、全身には怖気が躊躇なくはしる。

それは三人……特にキンにとっての、紛うことなき地獄だった。

「ギャアァアアアアアア!? 馬鹿やろ、こっち来んな!
って、アアアアアア!! 服入った! “ケムシ”と“ムカデ”が服の中に入ったァアアアアアアアアア!!」

「ぐうッ……!? こ、これしきのことで……グッ、グアァアアアアアア!! 体中に“ヒル”がァアアアアアア!!
!? や、やめろォオオオ! 顔の包帯の中にまで入ってくるんじゃ……グボォオオオオオオ!? グ、グビィゴガガビィイイイイイイ!?(く、口の中にィイイイイイイ!?)」

縛られてるだけに、三人は払うことも逃げることも出来ない。
ただ、その身を蹂躙されるのみである。

しかし、ザクとドスの二人はまだ良い方だった。
男なら多少は耐えられるし、寄ってくる虫の量も……まあ、“彼女”程ではない。
本当の意味での蹂躙とは、キンの場合であった。

「イヤァアアアアアアアアアアアアッ!!!! 来るなァアアアアアア来るなァアアアアアア!! こっち来ないでよォオオオオオオオオオオオオッ!!!!
ヒッ……!? キャアアアアアアアアアアアア!!? 足を上ってくるなァアアアアアア体を這いずるなァアアアアアア!! 髪に絡みつくなァアアアアアアアアアアアアッ!!!! クソォオオオ!クソォオオオオオオ!! “ゴキブリ”がアタシに触れるなァアアアアアアアアアアアアッ!!!!
ンアッ……!? ふ、服の中に虫が……イ、イ、イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

まさに“虫姦”。
発禁必至の精神的陵辱、肉体的屈辱。
フェロモンの関係か、野郎二人よりも明らかに多くの虫が湧いていた。

「――苦シメ、ゴミクズ共」

私を“クソアマ”と呼んだ罪は、とてつもなく重いのである。

三人はこの世の終わりを感じさせる絶叫を撒き散らしながら、虫の海に消えていった……。
ま、自業自得だけどね。
祝。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十一巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/01/06 19:22
ハローハロー。
皆は元気?
私は元気です。

さて、襲撃者も無事撃退できた私、春野サクラは、起きてきたナルトやサスケと今後のことについて話し合っている。

「……なあ、サクラ。俺、何か重要なイベントを忘れてる気がするんだが……」

「気のせいじゃね?」

「……そうか……」

何やらサスケの首筋にクールな刺青が見えるが、まあ、関係ないだろう。
何だか禍々しくサスケのチャクラが渦巻いてるようにも見えるが……まあ、関係ないだろう。
触れれば祟る的なオーラもあるし、ここはノータッチでいきたい。
所詮は他人事だしね。

「……で、だ。これからの方針だが、時間が思いの外残っていない。手元にある巻物は一つ。もう一つの巻物を短期間で手にいれる方法。それなんだが……」

「……イヤァアアアアアア……!!」

「いや、イヤァアアアじゃなくて」

サスケがナチュラルに言葉を返す。
私やナルトも至って平静である。

「……ふむ、やっぱりこの時期なら、塔に向かった方がいいんじゃない?」

「ああ、俺も同意見だ」

「?」

私の言葉に、だが、ナルトが頭上にハテナマークを浮かべる。
相も変わらず、鈍い奴だ。

「……期限ギリギリの今、未だにこの辺にいるチームなんてほとんど皆無。巻物を集めてとっくに塔に向かってるか、さもなきゃそういった既に巻物を集め終わった参加者を狙って塔の周りを張ってるか。他のチームの行動として考えられるのはそんなところ。
……こんな推測はわりと簡単なんだけど、勿論ナルトはわかってたでしょ?」

「……も、勿論だってばよ!」

予想通りの反応をするナルト。
馬鹿とハサミは何とやら、である。

「今ある巻物は地の書。天の書を持っている奴を探して奪うには、塔に向かうのが都合がいい。だから、俺らはこれからゴールである塔を目指す。反対はないな?」

「うん」

「おう!」

「……ウギャアアアアアアアアア……!!」

「よし、なら直ぐに出発だ」

言うと、サスケとナルトは直ぐに出発の準備をする。
戸惑いなんかは、やっぱりなかったりした。



「あ、そういえばサクラちゃん。この木の杭って何なんだってばよ?」

今更か、ナルト。
やはりこいつに頭脳労働を期待するべきではない。
ナルトに情報戦を理解させるのは、チンバンジーにジャズダンスを教えるよりも困難である。

「二人が寝てる間に、ちょっとお客さんが来てね。今、中で“遊んでもらってる”。それとちゃんを付けるなコノ野郎。いい加減暗殺しますよシャーンナロー」

「中、見てもいいのか?」

サスケの言葉に、私は首を振って否定する。

「やめといた方がいい。杭の上に油塗っといたから、十中八九すべって落ちる。落ちたら最後、しばらく食べ物が食べられなくなるよ。それでいいなら、どうぞ」

「……そうか、ならいい。醤油が食えないのは困る」

なかなか良い根性をしてきたサスケだった。


◆◆おまけ◆◆


「――ねえ、シカマル。あの木の杭って何かな?」

「あ? 俺が知るわけないだろ。多分、他の奴らが何かしたんだろ?」

「なんか悲鳴が聞こえてくるんだけど?」

「別にどうでもいいだろ。罠かなんかに間抜けな奴らがはまったんだろうよ」

「ふーん……でも、気にならない?」

「おい、やめとけよ。好奇心だけで行動したら痛い目見るだけだぞ」

「見るだけだって。すぐに戻るわよ♪」

「おいッ! ホントにやめといた方が」

ツルッ!

「って、キャアアアアアアア……!!」

「………」

「………」

「………」

「……ねえ、シカマル。僕、嫌な予感がするよ」

「奇遇だな、チョウジ。俺もだ……」

「「イヤァアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」(二重の声)

「……シカマル。イノが帰ってきた時が僕、とっても怖いよ」

「大丈夫だ、チョウジ。今回のこれはあいつの自業自得だから。俺たちに非はない」

「「服の中に入ってくるなァアアアアアアアアア!! あッ……いぎッ……うあ……そ、そこは駄目……!! あ……あ……ふあァアアアアアア!!」」

「……シカマル。何、前屈みになってんのさ?」

「……そういうチョウジこそ、何で体が後ろ向いてんだよ。こっち向け、こっち」

「ヤダ」

声だけだと、インモラル極まりない罠だった。


◆◆さらにおまけ◆◆


「ぐわァアアアアアアアアアアアア!!」

「どうしたの!? 何でいきなり叫びだしたの、ネジ!?」

「グアアア…………こ、声だけならともかく……クソッ! 映像を期待して白眼なんて使わなければ……ウォオオオ!! あの絵が目に焼きついて離れないィイイイイイイイイイイイイ!!」

「ネジ!? どうしたんですか、ネジ!?」

「リー……お、お前は……見るなよ……(ガクッ)」

「「ネジッ!? ネ……ネジィイイイイイイイイイイイイ!!!!」」

覗き放題の血継限界、ざまあwww



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十二巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/01/07 23:27
ハローハロー。
皆は元気?
私は元気です。


◆◆◆◆◆


走る。
跳ぶ。
鳥もかくやといわんばかりの速度で、忍びは木の上を駆ける。
訓練を重ね、チャクラの恩恵を受けた忍者にのみ許された、それは高速の移動手段。

向かう先はこの試験のゴールである塔。
“二人”、ナルトとサスケは、ただ無心に、森の中を走っていた。

「――こいつはラッキー……あの時のガキ共じゃん」

その二人の姿を、遠くから見る目がある。
雨隠れの忍び達。
先日、視界の中の少年達に辛酸を舐めさせられた、他里の実力者。
その実力に合わせ、プライドまで高い彼らが、偶然にも自らのテリトリーに入ってきたサスケ達に対して、雪辱を晴らそうとするのは当然のことだろう。

彼らは目前に現れた獲物に目をとらわれ、つい、“隠れていた木の影からその姿を晒してしまっていた”。

「おい、獲物だぜェ。幻術にかけるぞォ」

「ククク……あんなに堂々と動いちゃって。あれじゃあ、狙って下さいと言ってるようなめんだぜ」

「まったく、本当に……」

本当に、少年達を見つけたことは彼らにとって……

「――“アン”ラッキー………でしょ?」

「「「!?」」」

突然、彼らの背後から甲高い声が聞こえる。
気付き、振り向く前に、その声の主は彼らの首に触れる。

いつから居たのか。
何故接近に気が付かなかったのか。

いくつもの疑問を抱きながら、彼らは最後に、その桜色の髪を目の端に捉えながら、意識を落としていった。

「一撃必殺」


◆◆◆◆◆


「いや~、やっすいもんだね、ホント。自分達が狩る側だと思ってる奴らは隙だらけで、やりやすいことこの上ないよ」

高笑いしながら、私はその手に天の書を持つ。
先程“狩った”雨隠れの班から奪ったものだ。

意識を奪った後、彼らには緊縛状態で放置プレイをかましてある。
暗殺しても良かったが、血と死体の匂いで変な生き物が来ても困るし、何よりナルトが極端に嫌がる。
仲間といえど他人に気を遣うのは性に合わないのだが……まあ、これもチームワークとやらのためだ。
我慢するとしよう。

「にしても、その隠行の術ってやつ凄いってばよ! 餌に食いついた奴らがどんどん釣れてくってば!」

「入れ食い状態だねえ。ルーキー三人の無防備は、余程上手そうなんじゃない?」

狩ってきた獲物は、さっきの奴らで実に五組目。
しかも、どいつもこいつも背後から隠行状態で近付く私に隙ばっかりを見せる、恰好のカモ。
天の書が出てくるまで、けっこう働いた私なのである。

頑張ったぞ私、偉いぞ。

ちなみに、狩りをする度に敵を一々縛っているので、その度に緊縛の技術が上がっていっているのは……軽く自己嫌悪しそうになる。
男を縛る趣味なんて私にはない。
……いや、女も縛らないけどさ。

「そろそろだな……。おっ、ようやく着いたか」

サスケが声を上げた方を見ると……なるほど、塔の根元に入り口らしきものが見える。

やれやれ、ようやくこの森から出れるのか……。
そう思うと、意図せずともテンションは上がるというものだ。
ちょっとばかしはしゃぎたくなったとしても、私に非はないだろう。
ず~~~~~~っと狭苦しい森にいたのだ。
解放感に、思わず私は景気よく“花火”など打ち上げてみたくなる。

「よっしゃー、ようやく出口かシャーンナロー」

「疲れたってばよォオオオ」

「おい、お前ら……まだ試験場にいるんだ、あんまり大声は……」

「風遁・九実裏羽羅部羅無~♪」

「ってウ゛ォオイッ!!」

サスケの忠告も虚しく、放たれた風弾が森の木々を吹き飛ばしていく。
ノリでやったわりには、わりと綺麗に、かつ豪快に、そこは地面まで抉れていく。

いや、何ていうか……

「カ・イ・カ・ン♪」

「サクラァアアア!! 少しは時と場所を選べェエエエエエエ!!」

「堅いこと言わないで下さいよ、うちはの旦那~。やればけっこう、気分爽快ですよ~♪」

「そうじゃねェエエエ!! まったく! ホント、サクラはまったく! お前はホント、いっつもいっつも……!!」

サスケ、説教モードに移行。
この役がかなり板に付いてきてるあたり、そこはかとなく哀愁を誘う。
というか、怒り方がまんまオカンのそれである。

「ホントにもう……!! お前は駄目だな! 駄目中の駄目だな! キング オブ 駄目だな! どのくらい駄目かっていうと、目玉焼きにソースをかけて食べるくらい駄目だな!!」

「あ、俺、ソース派だってばよ」

「ヌァアアアルトォオオオオオオ!! 目玉焼きには、醤油だろうがァアアアアアアアアアアアア!!」

瞬間、周囲に凶悪なチャクラが満ちていく。

サスケ、呪印解放。

首筋には見るからにヤバそうな模様が刻まれてるが、しかし、サスケには苦しむ気配など欠片もない。
ナルトへの目玉焼きに関する怒りが、呪印を完全に支配していた。

「お、おおおおい、もちつけサスケ。なんか首に出てるぞ……!?」

「ああッ!? こんなオカマに噛まれた傷なんて、うちは特製アロエを塗っとけば治るッ!!
呪印? はッ! 我を染めたければ、その三倍は持ってこい!!」

完全に暴走状態だった。

そうして賑やかなまま、私達七班はゴールする。
塔に入る前に見た、吹き飛ばした木々の向こうから見える夕日が、何故だか無性に目にまぶしかった。
思わず、苦笑。
喝。


◆◆◆◆◆


塔の付近。
そこで、僕、薬師カブトは監視を行っていた。

発端は上司からの命令。
木の葉の三忍とも呼ばれる、オカ……大蛇丸様の直属の部下である僕は、かねてから目を付けていたうちはサスケ君や、今回見つけた春野サクラという子の力量を計るため、直々にその周囲での隠密行動を命じられる。
あの人の無軌道な命令は今に始まったことではないが……まったく、少しは自重してほしい。

まあ、とはいえ。
監視対象は、大蛇丸様のお気に入りとはいっても所詮は下忍。
そんな彼らの監視任務など、たかが知れてる。



そう思っていた時期が……僕にもありました……。



「ぜ……ぜえぜえ、ぜえぜえ…………し、死ぬかと思った……」

突如襲いかかって来た風遁忍術。
気配を完璧に消していたにも関わらず、その弾道は僕の体を精密に貫いている。

必死で逃げ出し、頭から流血しながら、それでも何とか一命をとりとめた直後。
僕の体を悪寒が貫く。
見れば、なんとサスケ君が呪印を解放していた。
常人ならば衰弱死、それに耐えても、しばらくは激痛が襲ってくるというのに……サスケ君はそれを完全に制御している。

あまりの異常な出来事に呆然としていると……視線の先で、サクラさんがこちらを木々の廃墟越しに見た。
途端、その女の子らしい整った顔が、不意に笑う。

僕はその時、戦慄を感じずにはいられなかった。
間違いない。
彼女は、僕の存在に気付いている。
気付いていながら、それでいて尚、あの桜髪のくの一は気付かないフリをしていたのだ。

何のために……?

決まっている。
僕のことを、笑うためにだ。
気付かれていないと思っていながら行動していた僕は、彼女からすれば実に道化だったのだろう。
風遁に曝されて逃げる僕の姿も、彼女の笑いを誘う光景だったに違いない。

くそッ、何が“所詮は下忍”だ。
とんでもない、呪印をこんなに早期に操ってしまうサスケ君、それにその体に尾獣を宿すナルト君、そして脅威的索敵眼と技量をもつサクラさん、この七班の連中はどいつもこいつも化け物、規格外な奴らばっかりだ。
僕ですら危うく死にそうになった。
まったく、大蛇丸様が気にかけるのもわかる実力だ。

一連の驚嘆すべき事実を伝えるため、僕もまた塔へと向かう。
彼らは、特にあの春野サクラという下忍は、もはや僕の中で大蛇丸様以上に警戒すべき人物となっていた。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十三巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/01/11 21:31
ハローハロー。
皆は元気?
私はちょっと、足が生まれたてのバンビ状態になってます。
こう、グァアアアクグァアアアクブゥウウウルブゥウウウル!! って感じで。



突然だが、忍とは一般大衆のイメージ通り隠れ潜む者である。
間者として隠密行動に特化した存在だから、そのイメージは確かに的を射ているのだが、そうある理由は実はもう一つある。

それは、忍が直前戦闘を好まないからである。
忍びの使用する忍術・幻術、一般人をして脅威といわせるこれらの術は、実は同じ忍者にしてみれば、その正体がわかっていれば大した脅威にはならないのだ。
例えば、相手の印から火遁を読み取れたのなら、その射線上に水場をおくなり、耐火の道具を所持するなり、対処法はけっこうある。
その術の攻略が終わっているのなら、はっきりいって忍術や幻術など、戦術上の問題にはならないのだ。

勿論、それは机上の空論といえるのかもしれない。
実際、上忍の繰り出す忍術を下忍が対処することなど、たとえその正体を知っていても困難だろう。

だが、それはひとえに上忍の使う忍術が脅威なのではない。
その術の印を結ぶ速度、その術を当てるための肉体運動、それらを高水準で行う、上忍の圧倒的な身体能力、つまり体術こそが脅威なのだ。

圧倒的な体術に敵わないのはいうまでもないことだろう。
そもその概念は、侍などに本来見られた、真っ正面からの戦闘を想定してのものである。
地力で負けていて、なお忍術・幻術を駆使する技術をもっているのだから、上忍が化け物じみているのも道理といえる。

つまり、忍びの戦闘力とは本来微々たるもので、規格外の体術を身に付けていないのならば、その力は直前戦闘において脆弱極まるのだ。
現在、忍びが国の主戦力足り得るのは、あくまで真っ当な他の武術から輸入した肉体運動にチャクラ運用を組み込んだ体術あってのものであり、忍術・幻術は一部の例外を除いて主戦力とはなり得ないのである。

今でこそ体術が推奨され、日向や犬塚を始めとした正面戦闘にも耐えうる多くの忍びが活躍の場を得たが、古来より忍者とは交戦を避けるのが大原則である。
手の内を晒す行為が死に直結するのも、この事実故だ。
忍びの戦闘とは、不平等状況こそが前提条件であり、必須条件なのである。


◆◆◆◆◆


「では、次試合。山中イノVS春野サクラ。両者、前へ……ゴホッ」

そう……そのはずなんだけどなあ……。

上忍のくせして病弱という甚だ矛盾した審判のコールを受けて、私、春野サクラは深く深くため息をつく。
その心中では、昨今の忍び状勢に対する不平不満が爆発していた。

そもそも、なんで忍びに直接戦闘力が必要なのさ。
昔っから忍者は偵察や斥候、暗殺といった間接戦術の舞台で行動する存在なんだから、こんな一対一のタイマン勝負なんていらんでしょう。

くそッ……生まれた時代が悪かった。
せめて忍大戦前に生まれていたなら、ここまで露骨な戦闘力の提示を求められることもなかっただろうに……。
私は暗殺者なんだから……古いタイプの忍びなんだから……こういうド突き合いの能力なんて皆無なんだから……。

私が世界を呪った瞬間だった。

「……えー、春野サクラさん。木の葉の春野サクラさん。対戦相手が待っていますので、早く降りてきて下さい。火影様や他里の忍びの前で恥はさらさないよう……ゴホッ」

う~あ~唸っていたら、なんか催促が来た。
この病弱上忍め……上忍なんだから少なくとも体術は凄いんだろうよー、お前に私の気持ちなんてわかんないよーだ……。

加えて、相手は同期で首席だったあのイノである。
全般的に好成績な彼女は、やっぱり時代に合わせて体術も日向一族のヒナタに継ぐ二位の成績。
ますますやってられないのである。

「あー、春野サクラさーん。早く降りてきて下さーい。もしかしてシカトですかー? もしそうなら私泣いちゃうので、早く降りてきて下さーい」

泣け。
もし泣いたら三両あげるから。
私はもう、棄権でいいよ、ホント。

「サクラさーん。春野サクラさーん。早く降りてきて下さーい。サクラさー……」

早く失格にすればいいものを、審判はしつっこく催促してくる。
いい加減やかましいので、仕方ないから棄権しようと口を開いた、その時。
今まで無言を貫いていた、イノが覚醒しなさった。

「――サ……サ、サ……」

「「「?」」」

「サァアアアクラアアアアアア!! さっさと降りてきてこォオオオオオオいッッッ!! コノヤロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

「ひィッ!? は、はいィイイイ!?」

それはもう、破壊的なビッグバンボイスで。
怒りと憎しみと苛立ちと、それからもう一つ怒りを混ぜてこねたような。
鶴の一声ならぬ、獅子の咆哮、いや、九尾の放屁の大爆音。

イノ神大明神様が、私の目の前に御降臨なされたのだった。



……あっ、初めて私単体で野郎呼ばわりされた!
ちょっと嬉しいかも……♪



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十四巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/01/16 15:05
「――はあァアアアアアアアアアアアア!!」

「くッ!?」

乱舞するイノの体。
乱打される私の肉体。
さすがはアカデミー二位、日向の柔拳にもくらいついた程の体捌きである。
みとれるぐらいに流麗な動きから繰り出される連撃は、その実、全てが有効打となるべく放たれた正確無比な打撃。
反撃する猶予など与えない、攻撃こそが最大の防御である、そういわんばかりにイノの拳打は止まることを知らない。

かけた努力と備わった才覚が最大限に発揮された、それは見る者に感動すら覚えさせる芸術の如き体術であった。

……もっとも、その矛先が自分に向けられている現在。
感動なんてこれっぽっちもわかないわけだが……。

「死ねェエエエエエエエエエエエエ!! サクラァアアアアアア!!」

「うおッ!?」

ビュンビュンとんでくる拳やら蹴りやらが私の体をかすめる度に、私は生きた心地を失っていく。
だって何だよ、あのデタラメな膂力と速度。
風圧だけで皮膚が裂けるって、どこのバーサーカー?
イノってホントはヘラ○レスに育てられたのではないかと邪推してしまう。

「うらァアアアアアアアアアアアア!!」

「危なッ!?」

さらに加速する打突。
何やら一撃一撃に怨念じみたものを感じるのは、はたして気のせいだろうか?
というか、気合いがもはや花も恥じらう女の子のそれじゃない。
さっきからずっと、私の背中は冷や汗かきっぱなしなのであった。

「ちいッ、相変わらず隠密使ってちょこまかと……! 忍びなら正面から堂々と戦いなさい!!」

「いや、あのね!? 忍びは普通、こんな薄皮がどんどんなくなっていく殴り合いなんてしないから!」

「問答無用! 塵は塵に! 塵にすぎないサクラは、塵に帰れェエエエエエエエエエエエエ!!」

と、攻撃の手数がさらに増加。
乱れ飛ぶクナイやら手裏剣やらが私の体をAmenする。
十字架……ちゃんと新しいの買っとけばよかった。

ヒュヒュヒュンッ!

「危なッ!?」

「ああッ、もう! 何で当たらないのよッ!?」

そりゃ当たったら洒落になりませんからね、イノさん。
こっちだって隠行使ってタイミングずらして必死に避けるよ……。

反撃?
そんな考え、頭をよぎった瞬間に串刺しにされる。
つくづく忍者の戦いじゃねえのである。

「だいたいイノ! 何かさっきから怒ってるみたいだけど、何でそんなにご機嫌ナナメなのさ!?」

「うるさァアアアイイイ!! ちょっと罠に引っかかって乙女の純潔が消えただけよ!!
ええ、そうよ! 罠に引っかかった私が間抜けなのよォオオオオオオオオオオオオ!!」

ドゥン!ドゥン!ドゥン!

「ギャアァアアアアアアアアアアアア!?」

ついに火遁忍術までとんできた、爆殺三秒前な私。
こうなったらこっちも手の内温存とかいってられず、飛来する火球を風弾で片っ端から撃ち落としていく。
威力では負けるも、初速と精密性に優れる風弾で、当たりそうな火弾だけを慎重かつ迅速に撃墜。
けっこう頑張っている私である。

まあ、でも……風遁、出来れば見せたくなかったのになあ……。

ドドドドドドドドドドドドッ!!

「ほう……」

「これは中々……」

何か、上階の奴らが呟いてる。
だから風遁は見せたくなかったんだ。
ほら、カカシ先生とかがさり気に自慢してるもん。
心なしニヤついてるもん。
うぜえ……。

あと、音忍が何か形容し難い顔をしてるな。
こう、蘇った屈辱と恐怖と、それ以上の凶悪極まりない憎悪と殺気、それらを足して二で割ったような。
そういえば……あいつら、よく合格できたな……。

あ、驚いた顔のヒナタ可愛い。

ヒュオンッ!

「くッ!? 風遁なんて……! サクラのくせに生意気ッ!!」

イノが相変わらず吠える。
その様はまるでどこかのガキ大将だ。
コンニャローテメーぶん殴ってやるー、みたいな。

「そんなジャイアニズムはいいから……早く映画版になってくれない!? 優しく頼れるガキ大将に早くなってくれない!?」

「断るッ!!」

言葉と共に乱れ飛ぶ忍具と火遁。
出し惜しみなどなしだ! といわんばかりなイノの思考が、私にとっての片道切符。
行き先は無論、地獄か煉獄である。
天国行きは何か売り切れてた。
世知辛え……。

「―――」

と、イノの動きが唐突に止まる。
あれだけ猛り狂っていた猪が、今じゃウリボウのような大人しさだ。
さしずめ名前は『ボタン』だろうか。
団子~大家族~。

……けっこう余裕あるな、私……。

「――今ッ!!」

「ッ……!?」

だが、イノが叫ぶと同時に、私は嫌な予感を感じる。
咄嗟に跳びすさろうとするも、イノの方が早かった。
動けと命じた足は、意思に反してピクリとも動かなかった。

「か、金縛り……!?」

見れば、足下に散らばるブロンドの髪。
いつ切ったのだろうか、気付けばイノは断髪式を終えた後である。
金縛りのチャクラはそこから送られていた。

「ぐッ……!? か、体が!!」

「よう~やく捕まえたわよ……サクラァッ!!」

吠えるイノの前には、指一本動かせずにいる無防備な私。
よくいう、ピンチという奴だ。

はあ……参った……。
この状況になった時点で、十中八九イノの勝ち。
こっちの隙をついた素晴らしい勝利である。

ここまで負ける要素があるなら……まあ、別に負けてもいいよね。
私だってけっこう頑張ったし、元々やる気あったわけでもなかったし。

うん、健闘健闘。
あとはもう、イノが勝利宣言もらうまで大人しくしてれば……

「さーて……散々手こずらせてくれたけど、これで終わりよ。
諦めなさい……“似非くの一”!」

ピキーン。

……うん、まあ……えっと……。
今までよりかははるかにマシだけど……。

まあ、とにかく……。
やっぱ……ねえ?
女に負けるのは、“男”として、やっぱマズいかなあ……?
格好つかないもんねえ……?

うん、やめた。
痛いかもしれないけど、やっぱ負けるのはやめて、勝ちにいこう。
私とて“男の子”なんだから、やっぱり負けるのは嫌だ。

そして何より……

「“似非”って何じゃアアア! “似非”じゃなくて、“非”だから! 完全なる“非”くの一だから! くの一に非ずだから!」

「ッ!?」

戦意復活。
今の私は、きっと阿修羅すら凌駕する存在だ。
ハ○ード=メ○スンンンンンンッ!!

復活して次に、私は体内機能をフル活用してチャクラを体外へと放出する。
無論、その行き先は足下から伝わってくるイノのチャクラではない。
チャクラをチャクラで押し返すなど、私にはどう頑張っても無理だ。

だから、行き先は足下ではなく、私の右手。
そこに握られている、私の相棒、弩羅具乃賦に向かって、私は全力でチャクラを流し込んだ。

「!? 何ッ!?」

慌て出すイノ。
想定外のことに弱いのは天才の性である。
勿論、私に説明する気など一切ない。

「フフフ……そう! こんなこともあろう~かと!!」

高らかに口上する私。
気分はどこぞの改造魔である。
ドリルにロマンを感じる忍び。

「くッ……! 心転身の……」

イノが急いで印を組む。
だが、

「速さが足りないッ!!」

直後、鉄製のロングバレルの表面でチャクラが暴発する。
イノに先んじて、過度なチャクラ刺激をトリガーとし、相棒の表面に貼り付けられたそれ……“起爆札”が爆発した。

ドカァアンッ!!

「きゃあッ……!?」

目の前で突如起こった爆発に、イノは顔を庇いつつ悲鳴をあげる。

だが、それは失態だよ、イノ。
顔を腕で覆ったりなんかしたら、視界が異様に狭くなるんだから……。
イノが再び顔を上げた時、チャクラもろとも吹き飛ばされ金髪が散乱するそこに、私の姿は無かった。

「! どこッ……!?」

すぐに辺りを探し出すイノ。
しかし、その行為が意味を為さないのは他でもないイノが一番よく知ってるはずだった。
一度見失った私をもう一度補足するなど、コメカミで煎餅を食べるくらいに困難なのだから。

「こ、これは……!」

それははたして、誰の発した言葉だったか。
桜髪の下忍の姿を探しているのは、もはや対戦相手であるイノだけではない。
会場にいる者達、火影や上忍も含めた忍び全員が春野サクラという下忍の姿を見失っている。
それはまさしく、異常中の異常といえた。

これだけの数の人の視線、それも忍者という鷹の目の視界の中で、爆発という事態が起こったにせよ、その存在が完全に消えた。
いくら探そうとも、あの目立つ桜髪はどこにも見えない。
死角などあるはずのないそこで、いるはずの姿が、何故か“認識”することが出来ないのだ。

さては、本当に逃げたか……?

皆がその思考を頭に浮かべた瞬間、その声が響いた。

「―― 一撃必殺」

「「「!!?」」」

直後、ゆっくりと崩れ落ちていくイノの体。
その背後には、さっきまでいくら目を走らせても見つけられなかった下忍の姿が、平然と、まるでそこにいるのが当たり前のように、一人立っていた。


◆◆◆◆◆


「――ば、馬鹿な……」

その場の一人が呆然としつつ呟く。
だが、そう言いたいのはその者一人だけではない。
この場にいる全員の、それは総意だった。

いつ消えて、どうやって昏倒させたのか。
そんなことはどうでもいい。
重要なのはその間の過程、“どうやって消え続けたか”ということなのだから。

隠密?
隠行の術?
ありえない。
そんなレベルの話で先程のように消え続けるなど、“存在を捕捉させない”など、一介の下忍に出来るはずがない。
否、それは熟練をほこる上忍にだって出来ないことだ。
無意識下での隠密ならばともかく、“意識下”での完全なる隠匿など、あっていいはずがない。

“在ると理解している”のに、“在ると理解できない”。
有意識の、無意識への強制的な割り込み。
常用される気配遮断、空蝉の術とて、本気の忍者には通用しない。
なのに、その常識をねじ曲げてでの存在の消滅、無我の極地。
それはまさに、人の手に余る技術。

気配遮断?
そんな甘いものではない。
いるとわかっているのに認識出来ないなど、もはや気配の断絶のレベルを超えている。

故に、あれは気配遮断に非ず。
存在を司る技の頂点たるあれは、即ち、“存在遮断”。
かの百鬼夜行の頭領が使用したという、まさに妖の技であった。

「――勝者、春野サクラ……ゴホッ」

勝利宣言を受けた桜髪の妖怪は、その端正な顔に不敵な笑みを浮かべる。

そうして妖怪は……直後、盛大に鮮血を撒き散らしながら、瞬く間に気絶した。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十五巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2009/06/24 17:55
「――いっつ~……」

そんな呻きと共に、私、春野サクラは医務室のベッドで意識を覚醒させる。
体には、全身至る所に包帯が巻かれていた。
所々の赤黒い染みが微妙に生々しい。

「医務室……ここは、医務室……」

呆然と、しかし、確認するように、私は自分の現在の位置を呟く。
寝起きはいい方なのだ、私は。

と、

「あんた……相変わらず自分のペースねえ……」

私が横になっている寝台の側にいたイノが、何故か呆れた口調で話しかけてくる。
少し、不服だ。

「常用的な精神安定は忍びの心得だよ、イノ」

「ここが戦場ならね。今サクラが言った通り、この部屋は医務室、非戦闘地帯よ」

軽く言葉のキャッチボールを交わしたところで、ふと、イノが盛大にため息を吐く。

何やら、「何でこんなのに負けちゃったのかしら……」などという呟きが聞こえる。
失敬な。
私はかなり頑張ったというのに。

「そもそも、勝者のあんたが何で敗者の私よりも重傷なのよ。あの鉄棒……どらぐのふ、だっけ? 起爆札の爆発でその武装もお釈迦にしちゃうし、至近にいたあんたは血だらけになるし……なんというか、すごくハイリスク決め込んでるわよ、サクラ」

……むう……。

イノのその言葉に、私は一つも言い返せない。
正論だし、何より私自身もそう感じているのだ。

泥臭いし、スマートな勝ち方じゃない。
実戦なら、私が金縛りに捕まった時点で勝負はついてるのだ。
忍び、特に私みたいなタイプのやり方ではない、漫画の主人公みたいな戦い方といえる。

「ま……これも一つの経験か」

「あんまり重宝しなさそうな経験だけどね」

ふと、イノがその場を立ち上がる。

「さってと……サクラも起きたし、アタシは会場に戻ろうかしらね」

「私が気絶してから、どれくらい経ったの?」

伸びをしながら、イノが私の問いに答える。

「ん~、だいたい半刻くらいじゃない? もしかしたら予選、もう全部終わってるかもしれないし」

「そっか……ありがとね、イノ。ずっと看てくれてて」

私のその言葉に、しかし、何故だか急にイノが慌て出す。
部屋の中が暑いのか、顔は真っ赤だ。

「べっ、別にアンタのためじゃないわよ! これは、その……敗者の義理というか……何というか……と、とにかく、アンタが感謝することじゃないわよ!」

「それでも。いてくれてありがとう、イノ」

少し笑みの形を作ると、イノの顔がさらに赤くなる。
イノはストーブか何かなんだろうか。
何だかこっちまで暑くなってきた気がする。

赤い顔のまま、背を向けて出口へと歩いていくイノ。
と、唐突にその足が止まる。

「……あと、サクラが試合で使った技だけど、あそこで見てた忍びのほとんどがアンタの異常な隠密性に注目し始めた。本戦もあるんだし、あんまり無茶するんじゃないわよ」

どこか真剣な声音のイノの言葉。
それに私は、苦虫を噛み潰したような顔をして答える。

「んー……やっぱ、目立っちゃうかあ……。あんまりマークされたくはなかったんだけどなあ……」

「アンタがあんな無茶な戦法とるからよ。効率優先のアンタらしくもない。
……そんなにアタシに負けるのが嫌だったの?」

イノの言葉に、私は間を措かずに答える。

「まあ、一応ね。イノは女の子なんだし、男の私が守ってあげないと」

「……馬鹿……」

扉を開けて、会場へ戻っていくイノ。
それを見送りながら、頭の中ではこれからのことについて私は考えていた。

存在遮断の露見。
隠してなんぼの奇襲奇策を得意とする私にとって、それはあまり喜ばしいことではない。
むしろ、大惨事だ。
奥の手とは、最後まで隠しておくからこそ、奥の手なのだ。
イノとのことがあったとはいえ、自分にとっての切り札の存在をバラしてしまうなど、愚策も愚策。
はっきりいって、自殺行為といえる。

「む~……弩羅具乃賦もお釈迦になっちゃったし……。
……やっぱ、“あれ”かねえ……」

現実に行き詰まった時。
越えられない壁が前に立ちふさがった時。
マンガの主人公が行うこと。
それは古今東西、たった一つのことしかないのだ。

「……“修行”……しますかねえ……」

切り札が売り切れたのなら、また新しい切り札を作ればいい。
足りないのなら余所からもってくればいいと、確かどこぞの魔術師もいっていた気がするし、なければ作るのは忍びとて同じ考え方だ。

必殺技の開発修行。
たまには主人公らしいこともしてみますかね。

「――あ。そういえば、本戦での相手って誰なんだろ……。いいや、イノに聞いとこ」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十六巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/06/26 23:18
「肉弾戦車ァアアアアアア!!」

術名の発声と共に繰り出される、肉達磨の猛進。
木の葉隠れが忍び、秋道一族に伝わる秘伝の忍術は、その圧倒的なまでの剛力を以て行く手に立ちふさがる全てのものを粉砕する。

その様は、まさに蹂躙。
木の葉最高の破壊力と突破力を誇る破城槌が、今、秋道一族がチョウジの手によって繰り出されていた。

「僕はデブじゃなァアアアイッ!! ポッチャリ系だァアアアアアア!! ポッチャリ系、万歳ィイイイイイイ!!」

「―――」

異様な咆哮と共に迫るその絶対粉砕の爆走を前にして、しかし、その者に恐れはない。
あるのは少しばかりの感心と、それ以上の絶対的な余裕である。

その者にとって、眼前の忍術は脅威とはなり得ない。
その爆走が木の葉最高の破壊力なら。
その者の技こそ、木の葉最硬の防御力なのだから。

忍者の体が、放出されるチャクラが、螺旋を描く。

「――回天!!」

瞬間、激突する両雄の最高と最硬。
ぶつかり合う境界面は火花をあげ、しかして尚もその威力を保ったままに拮抗を守り続ける。

最高の矛と、最硬の盾。
その存続力は両者共に互角であり、ぶつかり合ったところで力の均衡か、双方の衰退を促されるのみである。

故に――

「ぐゥッ!?」

天秤を傾けたのは忍術ではなく、それを扱う者達の差であった。

「せあッ!!」

「うわァッ!?」

刹那の均衡の後に生まれる、最高の矛の敗北。
せめぎ合いに勝ち、弾き飛ばしたのは、木の葉最強の体術流派である日向流柔拳術奥義・回天と、それを扱った日向流分家ネジだった。

ドカァアアアンッ!!

派手な音をあげて壁に埋もれる、チョウジの肉弾戦車。
相手が弾き出した威力と反射された自身の衝撃力、その二つが合わさって生み出されたダメージは殊の外大きい。

つい、肉弾戦車の回転を止め、動きを停滞させてしまうチョウジ。
その隙は、眼前の敵を相手にしていてはあまりに迂闊だった。

一足飛びに走り来るネジ。
直後、その右手が防御をも抜く最強の体術を発現していた。

「柔拳ッ!」

「ッ!?」

今までに感じたことのない、“内”から湧き上がる異様なダメージ。
ネジの放ったたった一撃の柔拳によって、未熟なチョウジは否応なく大敗を喫したのだった。

病弱な上忍審判、月光ハヤテの、やはり病弱な勝利者コールが響き渡る。

「――勝者、ゴホッゴホッ……日向ネジ」


◆◆◆◆◆


「んー……まあ、しょうがないのかなぁ……相手があのネジじゃ」

視線の先には完璧にのびているチームメイトの姿。
にく……にく……、と呻くその姿は、どこか哀愁を誘う。

つまりは、滑稽な様ということなのだが。

「まあ、焼き肉ぐらいは連れて行ってやるか……」

私達の担当上忍である猿飛アスマも、呆れ以上に諦観を表して呟く。

まあ、あの日向一族を相手にして、手加減されたとはいえ、特に重傷もなくいれたのは良いことだろう。
さすがに開始早々、瞬殺されるのは情けなくはないだろうかと、個人的には思わないでもないが……まあ、仕方ないのかも。

「――日向一族ってのは、本当に化け物なのねぇ……」

担架で運ばれていくチョウジを視界に映しつつ、近くの“その子”に向かって呟いてみる。

が、返事はなかった。

「――中忍試験予選最終戦……ドス=キタヌ対日向ヒナタ。ゴホッ……両者、前に」

いつの間にか始まろうとしている最終戦。
話しかけようとした“その子”、ヒナタは、既に下階へと行っていた。

素早いわね……。
相変わらず余裕を持たないクノ一だ。
私の言葉に答えていくぐらい、したらいいのに。

……まあ、さっきのネジの戦いも少しばかりは影響してるんだろうけどね。
日向分家があそこまで強かったなら、宗家のヒナタとて心構えも変わるだろう。
意識はずっと、対戦相手に向けられている。

本人はそれどころじゃないかもしれないけど、同郷同期の仲だし、私は声援を送ってみる。

「ヒナター、頑張れー! 音忍なんかに負けんじゃないわよー!」

「おいおい、イノ……なんかって……」

隣でシカマルがボヤいているが、特に気にしない。
そういう性格なのだ、私は。

「音忍なんかとは、また……僕も舐められたものですねぇ」

「―――」

対戦相手のドス、とかいう奴は視線をこっちに向けてきたが、ヒナタは反応もしないし、微動だにしない。
集中してるのならいいのだけれど、緊張してるのならばちょっと上手くないわねぇ……。

まあ、あの子に限ってそんなこと、“あり得ない”んだけど。

「――それでは予選最終戦、ゴホッ、両者用意……」

「ククク……貴方はジワジワと倒してあげますよ、そう、ゆっくりとね」

「―――」

一瞬の間が空いて、そして、最後の試合が始まった。

「――始めッ!」

「ッ!!」

直後、ドスが床を蹴ってヒナタへと迫る。

振りかぶった腕には何やら怪しい金属の機器。
中忍試験の前に見た光景では、あれはただの打撃ではなく、何らかの仕掛けが存在する警戒すべき攻撃だ。
マトモに受けるのはヤバい。

だけど、ヒナタは試合が始まった後も終始一貫して動かない。
傍観したまま、完全に相手の好きにさせている。

向こうの観覧席や隣で、何人かが緊張した面持ちを作る。
恐らく、そこで戦う者のことを心配しているのだろう。

心配。
それはわかる。
私だって心配だ。
この中忍試験は公開試験であって、負ければ自身の里にもいくらかの不名誉を負わせることになる。
そしてそれ以上に、この場では結果的な殺傷行為も、程度こそあれ、だいたいが許容されてしまうのだ。
下手をすれば殺人だって看過されてしまう。

故に、私達木の葉隠れの忍びは心配するのだ。
自身よりも圧倒的に強者たり得る者だろう相手に挑んでいく、その者の身を。



……下手な小細工を弄して無謀にも最強の存在に接近戦を挑んでいく、“ドス”の身を……。



「オォオオオオオオッ!!」

咆哮と共に振られる拳。
刹那、羽織った日向流宗家の“枯れ草色の半纏(ハンテン)”がはためいた。

「――ぬるいッ!」

ズドンッ!

「がッ……!?」

ヒナタがようやく動いたと思った次の瞬間には、ドスは既に壁まで吹き飛ばされている。

激突。
瓦礫に埋もれるドスは身じろぎもせず、白目を剥いていて、完全に気絶していた。

対するヒナタの姿勢は一方の掌を前方へと向けた、掌撃の構え。
即ち、木の葉最強体術・日向流柔拳。

仕掛けを出す暇もなく、ドスは日向流宗家が次代当主ヒナタに、速攻で負けていた。

「――楽な審判で助かります……ゴホッゴホッ……勝者、日向ヒナタ」

会場は、静寂に包まれていた。
その中で、木の葉の忍達だけは、一様に胸をなで下ろしている。
曰わく、「気絶で済ませてくれて良かった」と。
殺害はやはり、遠慮しておきたいところだったのだ。

「「「………」」」

他里の忍達は未だに呆然としているが、まあ、気持ちはわかる。
ネジのそれも圧倒的だったが、(木の葉側としては予想通りに)ヒナタはもっと凄かったのだから。

ただの一撃、それも初手からの瞬殺である。
使った技は基本体術の柔拳だけ。
音にきく日向の血継限界、白眼すら発動させていない。
完封試合もいいところだった。

「――その程度の腕で日向に挑むなど、一万年と二千年早い……出直して来なさい」

「………」

……まったくもって、日向一族は化け物ばっかりなのだった。


◆◆◆◆◆


日向流宗家長姉、日向ヒナタ。

二歳で白眼を開眼させ、五歳で柔拳を極め、その一週間後に奥義・回天を会得。
七歳には既に点穴を見切り、以後、一族において無敗をほこっている女傑。

数十メートルの巨岩を気合いだけで粉砕した。
暴走した口寄せ巨大猪の群れを、一人で殲滅した。
氾濫した大河の流れを、チャクラ放出の力技で強引に元に戻した。
森の主であるヒノクニオオグマと戦って、引き分けた。

打ち立てた伝説は数知れず。
体術最強流派、名門日向流の名に恥じぬ、圧倒的な戦闘能力。
人が彼女を神童と呼ぶのではない、彼女が人に神童と呼ばせるのだ。

絶対的強者。
近接最強のくの一。
その肩に羽織った半纏は決して伊達ではない。

そう。
彼女は目覚めていたのだ……体の奥底に眠る潜在能力、“宗家の血”に。



中忍試験本戦第二試合。
今期最強を冠する日向ヒナタの相手は……木の葉下忍第七班、桜色の髪の下忍である。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十七巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/06/26 23:05
誰もいない部屋。
物音一つしないそこは、完全に夜の静寂の中に溶け込んでいる。

人気のない一室、暗部御用達の情報保管庫。
そんな空間に、僕、薬師カブトという存在が音をたてずに降り立つ。

公的施設であるそこはさすがにセキュリティーが堅かったが……それでも、この程度では僕の障害とはなり得ない。
ここへの侵入は今後の僕にとって、いわば死活問題なのだから。

「さて、と……」

立ち並ぶ無数の書棚。
その膨大な情報量の中を練り歩き、目当てのものを見つけ出したのは実に侵入から二刻半後。
不法侵入している身としては幾分時間がかかり過ぎだが、この蔵書量を前にしてみれば早いともいえる。

見つけ出した情報は一つ。
里が開かれてからそれこそ無数に生まれてきた忍びの家、その内の一つ、“暗殺者”の家系が記された巻物が、今、僕の手の中にあった。

「“春野”家改め、“覇流乃”家……。まったく、こんな所まで来てようやくお目にかかれるとは……ここに情報が残っていたのも奇跡だな」

巻物が、ゆっくりと開かれる。
警戒も半ばに、そこにあった情報へと僕は意識を集中した。

其は、古来から続く、暗殺道の大家。
その一族は皆、隠行の極意をさらに極めるために桜色の髪をしているという、影に潜み、影に生きる、忍者としてのステレオタイプ。

五大国最強の忍び里、木の葉隠れのさらに影にある、最古の忍び。
先の中忍試験予選で見た、本来はルーキーという弱者であるはずの下忍、春野サクラの、それは正体たる情報。

粗方巻物に目を通し、しかして、僕は呟かずにはいられなかった。

「……なんてこった……九尾とうちはに付いてきただけの下忍かと思い込んでいたが……とんでもない、とっておきのダークホースだ……」

まさに影。
表向きは一般商家という皮をかぶった、その実体は瞬殺を極意とする間者の完成形、最悪の忍者、暗殺者の頂点。

藪をつついて蛇が出て来たどころじゃない、藪をつついて出て来たのは龍だ。
それも、気付いたら死んでいるという類の、自然災害にも似た防ぎようのない、影に潜む“陰龍”。

正面からならともかく、あちらが暗殺を謳っている以上、それはまずあり得ない。
たとえ腕に覚えがあろうと、僕では、気配探知に何か特技があるわけでもない薬師カブトという存在では、あの“少女”は甚だ脅威となり得る……。

「……どうする……目をつけられた以上、大蛇丸様が接触してしまった以上、待ちの構えでは確実に殺られる……」

いっそ、こちらから仕掛けるか……?
覇流乃が長けているのはあくまで隠密戦術だ。
正面戦闘では総じてこちらに分がある。
音忍四人衆を動員して包囲を固めれば、逃走を許さず、抹殺もまたそう困難な話ではない。

いざとなれば、“彼”も動員して……。

「……いや、早計だな……。今はまだ、派手に動き回る時じゃない」

中忍試験本戦に合わせた、木の葉崩し。
その前段階である今、迂闊な行動はとれない。
火影とて大蛇丸様の存在には感づいている。
軽挙妄動は慎むべきだ。

――不安ではあるが、今は静観を選ぶしかない、か……。

考えをまとめると、痕跡を消した後、来た時と同じく音をたてずにその保管庫から立ち去る。

辺りには立ち込める深夜の闇。
そこに何が潜んでいようと、その正体は容易には判別出来ない。
斬りかかってくる刃は見えても、潜み寄る毒の存在は目に見えないのだ。

「……一応、“彼”も待機させておくか……」

呟きつつ、体は夜の中を跳び進んでいく。
僕という存在もまた、静寂の闇へと消えていった。


◆◆◆◆◆


ハローハロー。
皆は元気?
私は現在、肉骨粉まっしぐらです。

予選も終わり、私は次の本選までの間に1億年と2千年ぶりくらいの準備期間をもらった。

相手の情報を得る期間、自身を高めるための準備期間。
今までの見えない敵を想定した戦闘とは違い、今度の本戦は公明正大をモットーにするための、双方を平等にするための期間。
どうやら、そういうことらしい。

正直忍者に正々堂々もクソもないと思うが、まあ、これも時代の流れだろうか。
手の内を盛大にさらしてしまった私としては文句はいえないので、素直にこれを受け入れることにした。

というわけで、現在。
満点の青空という清々しいくらいの好環境のもと、私はお馴染みの第八訓練所にいる。
目的は勿論“修行”のためだ。
必要なことだから、私も気合いをいれてそれをやるのである。

――ま、“悲鳴”と“絶叫”をあげながらだけどね……。

「いィイイイやァアアアアアア!!」

当たれば幸い、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、といわんばかりに、超巨大な木製の杭が私に向かって雨霰と降ってくる。

「ほらほらー、ちゃんと避けないと死んじゃうよ~」

遠くでニヤニヤと笑っている、師匠その一、春野ホウセン。
通称、サクラパパ。

ミッション1。
杭の嵐の脅威に耐えろ。

って無理じャァアアアアアア!!

「サクラ“ちゃ~ん”、ちょっと動きが鈍ってきたよ~?」

「朝からず~っとやってれば当たり前だァアアアアアア!! あとクソ親父、“ちゃん”を付けんじゃねェエエエエエエ!!」

「よーし、なら緊張感を出すためにバナナの皮追加」

「ちょ、おま……!?」

放り捨てられるバナナの皮。
すべる私。
目前には、迫る杭。

「……え……?」

ドグシャァアアアアアア!!

日中。
肉体修養。
結果、ミンチ。


◆◆◆◆◆


夜。

「こ~ろ~さ~れ~る~ッ!!」

「はいはい、サクラ。死ぬのはいいから、とっととチャクラ練りなさい。 串刺しになるわよ?」

視界は逆さま。
現在、チャクラ吸着によって私は天井にぶら下がっている。
体には超重量のおもり、しかもそれが三つも引っ付いている。
両手と頭に、やはりチャクラ吸着によって落ちないよう、私がそれらを支えているのだ。

天井がぶち抜けないのが不思議でしょうがない。

そして私。
重さとチャクラ使用による疲労で私の頭は重力に引かれ、ひたすら床に頭突きをしたがる。
だが、しかし、断じてそれは出来ない。
眼下、いや眼上には、床一面に敷かれた剣山のムシロがあるのだ。
落ちれば即、スプラッタである。

眺めるのは私の師匠その二、春野モミジ。
通称、サクラママ。

ミッション2。
現状を維持せよ。

「なんで!? なんで師匠は皆、修行にハイリスクを付けたがるの!? 安全に修行しようとか頭に掠りもしないの!?」

「それはね、サクラ。死への恐怖が人体の潜在能力を限界以上に引き出してくれるからよ。生かさず殺さず。それが拷も……修行の基本よ。
というわけで、重りもう一つ追加」

「い~~~~や~~~~ッ!!」

ちなみに、母は暗部拷問班の人である。
怖いね、うん。

と、

バキャァッ!

何かの破砕音。
働く重力法則。
動き出す私の肉体。
重り4つの重量に、さすがの春野家鋼鉄の天井も耐えきれずにぶち抜けたのだった。

よって、私、撃墜。

「「……あ……」」

二つの間抜けな声。
剣山は、痛そうだった。

ブラックサクラ、ダウン!
ブラックサクラ、ダウン!
ブラックサクラ、ダウ……

グシャァアアア!!

夜中。
チャクラ制御鍛錬。
結果、串刺し肉。


◆◆後日◆◆


「で、本戦の相手は誰なんだ?」

「ヒナタ」

「無理。絶対勝てないわ。修行、無駄ね」

オィイイイイイイイイイイイイ!?



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十八巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/07/01 16:15
「どうしよう……どうしよう……今日の本戦、ホントにどうしよう……。
正面戦闘じゃ絶対勝てない……隠密戦法も、日向の白眼相手じゃ分が悪すぎる……。
いっそ降参するか……? いや、それもやっぱり勿体無い……せっかく本戦行ったんだから、それなりにはやらないと……。
ああ、でも、実際どうやって勝てば……勝つどころか善戦するイメージすら微塵も……。
どうする……どうする……どうする……。

!!

……よし、“アレ”でいこう。
なんたって私は……“暗殺者”だしね……。
ククク……クハハ……アハハハハハハハハハハハハ!!」


◆◆◆◆◆


日向流宗家、日向ヒナタの一日は、屋敷周辺の林道を走破することから始まる。

道は捻れ、凹凸も激しく、上下に高低差のあるその道は、並みの者をしてその通過に困難を生じさせる。
まして最近の野生動物の活発化を考えれば、危険とさえ断言していい道程である。

そんな脅威に満ちる林道を、ヒナタは息一つ乱すことなく駆け抜けて行く。

時に駆け、時に跳び、時に現れる猪や狼といった野生動物の牙を一撃で叩き折っていく。
その様は、まさに自然体。
忍びとしての最強体術流派を継ぐ者として、この程度の困難は困難とはいえないのである。

(といっても……今日は妙に動物達の気が立ってるな……)

早朝。
それもこの後に中忍試験本戦を控える身では、やはり幾ばくかの緊張感をもっていて、そのことに気が付かなくとも無理はない。

林道を外れた森の中。
鬱蒼と茂る雑木林の中に、興奮剤が仕込まれた生肉が放置されていたことに、幸か不幸かヒナタは気付かない。
その傍らには、桜色の髪が落ちていた。


◆◆◆◆◆


数時間後。

ヒナタは今、商店街の通りを歩き、本戦会場である大規模練兵場へと向かっている。

傍らには人はなく。
親族達は皆、後から来る予定となっていた。
付き添いなどなくともその身は不屈であるという、一族からの期待と思いやりの証拠であった。

そのことに対してヒナタは、別段気負うことなく、ただ淡々と歩を進めていく。
肉体が屈強ならば、その精神もまた頑強なのだった。

と、

ガキャァアアアンッ!!

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

轟音や悲鳴と共に、それ、超重量の貯水タンクがヒナタの頭上へと落ちる。
何の因果か、狙いすましたかのような落下をもって、ヒナタはその“偶発的事故”に巻き込まれてゆく。

「危ないッ!?」

「逃げろ!!」

「―――」

周りの人々がヒナタを見て叫び声をあげる中、しかし、彼女は沈黙と共に不動。

直ぐ目の前に大質量の落下物が迫り、それでも尚、彼女はまるで蠅でも払うかの如く腕を一閃。

「フン……!」

バギャアアアッ!!

タンクを吹っ飛ばしていた。

「何とッ!?」

「す、すげえ……!」

「何者だ、あの娘!?」

「ご存知ないのですか? 彼女こそ、僅か十数年で日向一族に不敗神話を築きあげた、超忍者プリンセス・ヒナタちゃんです!」

口々に囁き合う商店街の人々。
彼らからの賞賛と憧憬の視線を受けてヒナタは、しかし、未だ警戒を解いていなかった。

ブチッ!

「ッ!?」

何かが千切れる、嫌な音。
視線を上に向ければ、そこには今の衝撃で支えのロープが切れかかっている店の看板が目に入った。
その下には、散歩途中と見える数人の子供達の姿。

瞬間、ヒナタは叫んでいた。

「逃げろォッ!!」

ガキャァアアアンッ!!
「「「!?」」」

直後、申し合わせたかのように落下を始める看板。
その再びの轟音に、子供達は慌てふためいてその場を離れようとする。
だが、

「うあっ……!?」

「す、滑る!」

先程の貯水タンクの被害か、そこはタンクの中身がぶちまけられ、一面水浸しとなっていたのだ。
土が濡れ泥となった足場に、子供達は足をとられて逃げることが出来ない。

まさに、絶体絶命のピンチ。
子供の内の一人がそう叫んだとしても、無理からぬことではあった。

「――誰か、助けてェエエエ!!」

「!!」

瞬間、ヒナタは駆け出していた。
後の事など考えず、目の前の小さな命を助けるために、ただ走る。

後の本戦。
中忍の資格。
一族の名誉。

それら全てがどうでもいい。
この瞬間、一番大事なのは踏み出す自らの足なのだから。

チャクラを足裏に。
爆発させるイメージで、それを一気に放出、前へと進む推進力へと変える。
大気を裂き、ヒナタは高速の動きを再現した。

「はッ!」

瞬間に肉迫し、恐怖で慌てふためく子供達をヒナタは次々と危険領域から弾き出していく。

突き飛ばし。
投げ飛ばし。
子供達は宙を舞っていく。

おおよそ通常の状況ならば信じがたい彼女の行動だが、しかし、この場合には彼らに命の危機が迫っている。
幸いにもぬかるんだ地面に落ちた子供達は皆、軽傷。
ならば、ヒナタが躊躇する理由もなかった。

「あと、三人……ッ!」

掌底で、手前の一人を後ろに押し出す。
押し出した勢いのまま、左側のもう一人を掴み、横へとぶん投げる。

あと、一人。

看板が崩れ落ちてくる最中、視線を奥へとやって、そして、ヒナタは不意に“それ”に気付いた。

(馬鹿な……!? 起爆札だと!?)

看板の裏。
そこに貼り付いた時限式忍具に、今、チャクラの気配がともった。

……ドカァアンッ!!

爆発する起爆札。
炸裂する看板の破片の嵐。

脅威に満ちた死の豪雨が、その直下、最後の子供へと降り注いだ。

「う、うわァアアアアアア!?」

悲鳴は、爆音に塗りつぶされていく。

大気が裂ける。
地面が抉れる。
空間を、圧倒的な大質量が次々に蹂躙していく……。

そうして数瞬の後。
降り注いだ死の雨が止み、場は唐突な沈黙に包まれる。

濛々と立ち上る土煙の向こう。
そこには子供の姿が……“無傷”な子供の姿があった。

「あ……ああ……」

怯える子供の視線の先。
そこにはその端正な顔を血に染めた、ヒナタの姿があった。

「大丈夫だった……?」

血染めの顔に笑みを浮かべながら、ヒナタは子供に問いかける。
その様に、周囲の人々は息を呑んだ。

「だ、大丈夫……だけど、お姉ちゃんが……」

「私は大丈夫……だから、早く帰りな? ご両親もきっと心配してるよ」

そうして、ヒナタは懐から手拭いを取り出し、顔の血を拭う。
拭った後、しかし、血はまた流れ、視界を再び赤く染めていた。

(眼球は大丈夫……だけど、瞼を深く切ってる……試合に支障が出るか)

上を向く。
看板に仕込まれた起爆札。
それが意味するのは、これが偶発的事故などではなく、悪意をもって行われた“必然的襲撃”だということ。

(私を狙うのは、別にいい。これも忍同士の勝負の延長だ……。
だけど、こんなにも多くの人達を巻き込んで……子供まで!)

周囲には、程度こそ軽傷で済んだ人々が、未だに今の“襲撃”に恐れをもってどよめいている。

一歩間違えれば大惨事。
こんなことをやってのける卑怯卑劣極まりない相手を、ヒナタは――

「――絶対に、許せない……!!」

その眼が、戦意に燃え上がる……。


◆◆◆◆◆


「ククク……よくやってくれたよ。まさに最高の“劇”だった。あんた達の仲間に、まさか子供までいるとはねぇ……」

「頼まれればどんな役でもこなす。どよめく民衆も、恐怖に怯える童子達も……それが俺達の仕事。
そんなことよりも、報酬の方は……」

「ああ、わかってるよ。はい、これ。ガトーカンパニーの無限借用書だ。もうじき新しい金銭制度があの会社にも適用されるから、使うならお早く」

「確かに……しかし、よかったのか、起爆札なんぞ使っちまって? このタイミングじゃあ、真っ先に疑われるのはあんただろ?」

「むしろ好都合だよ。怒りに燃える相手は行動を読みやすいからねぇ……それに、ただの崩落がヒナタに効くわけないし」

「おかげでウチらにも被害は出たがな」

「絡まないでよ。その辺まで織り込んでの報酬額だろう? 私はハッピー、あんたらもハッピー。これで世は事も無し、だ」

「ふん、“小娘”が……。
……わかった、わかったよ。わかったから、そんなに殺意に満ちた眼で睨むなって。訂正するよ、“お兄さん”。
……じゃあ、俺達はこれで」

「……ええ……また頼みますよ、“劇団”……」

影で一人。
桜色の髪の下忍が薄く笑みを浮かべるのだった……。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第二十九巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/07/09 00:04
ハローハロー。
皆は元気?
私は戦々恐々です。

遂に迎えた中忍試験本戦。
各界の要人や他国のお偉いさん、そして会場満員の大衆によって、場は熱気に溢れかえっている。
先の第一試合、ナルトVSネジの勝負も後をひいているのだろう。
余韻はざわめきとなって未だ会場に滞留している。

まあ、何がいいたいのかというと……

(……物凄く、出て行きづらい……)

前から云ってる通り、私は古いタイプの忍者なのだ。
わざわざ目立つような真似をするなんてサラサラ御免なのだよ、と。
中忍には、せっかく本戦まで来たんだから、主にお給料的な意味でなっておきたいけど……こんな衆目監視の中で間者の技を晒すのは、さすがにねえよ。

声高に叫んで、是非とも主催者に抗議したい。
時代が違うと一蹴されるのがオチだとは思うが。

「――えー、それでは只今より、中忍試験本戦第二試合、春野サクラVS日向ヒナタの試合を開始します。両者、ここに」

審判役の上忍がとうとう声をあげてしまった。

召集のその合図に、私はため息混じりに呟きを漏らす。

「所詮この世は、弱肉強食、と……」

その顔は……まあ、とはいえ、笑っていたと思う。
細工は流々なのさ、フフン。


◆◆◆◆◆


試合直前。
目の前には、片目を包帯で隠しているヒナタ。
ある意味痛々しく、それ故の凛々しい気配とのギャップに、観衆がわく。

「ヒナタちゃぁあああん、頑張れ―!!」

「そんな怪我なんか関係ないよー!」

「ヒナタちゃんには、俺達がついてるからー!」

「ヒナター、俺だー! 結婚してくれー!!」

瞬間、客席の方でファンの一人がボコボコにされる。
抜け駆けは禁止らしい。

観衆は、変態という名の紳士で一杯だったようだ。

ちなみに、その紳士(へんたい)共のグループ名は“地獄会”。
死神とか、フリッカーって呼んでもいいかな?

それはさておき……。

私は目の前に向かって、歪な笑みを作る。

「ヒ~ナ~タ~、その眼の怪我は“事故”~? 貴女もついてないねぇ~」

眼前の相手に向かって挑発の言葉を送っていた。

いやあ、何というか……こういうの、めちゃくちゃ愉しいわ。
向けられる憤怒の視線とか、特に。

「……なるほど。やっぱりそう……」

直後、その場が怒気で満ちる。

「――許さない……!
あの場で怪我した者達の怒りを知れ、この卑怯者が……!!」

どうやら彼女は、あの場の全員がグルだったということに気付いていないらしい。
いやはや、罠にはめといていうのもなんだけど、優しい娘だねぇ……。

反省はしないが。

「卑怯? ……いい響きだ……。
ま、そもそも私がヒナタに奇襲かけた証拠なんてないんだけどね」

「白々しいことを……! あんな真似、他に誰がやるものか!」

ニヤリ、と。
私は口元に笑みを刻む。

「ふーん……そう。それで? 家族にでも泣きつく? “危険を覚悟で参加した中忍試験の最中、忍者である自分は同じ忍者相手に不意打ちをかけられました。こんなのは反則です”……とでも?」

私に向けてガンッガンに怒りを叩きつけながら、それでも静かにヒナタは口を開く。

「……宗家当主には、何もいわない……片目の怪我は私の未熟の代償。本家の手を煩わせることは、日向にとっても私にとっても不名誉なこと……。
だから、私情はこの試合で晴らさせてもらう――手加減はなしだ、春野サクラ……!」

「アハハハ!! 恐い恐い……!」

かくして、体術格闘能力ランキング、今期下忍最強VS最弱の勝負が始まったのだった……。


◆◆◆◆◆


「それでは、本戦第二試合、日向ヒナタVS春野サクラ――試合、始め!」

瞬間、半纏の少女、日向ヒナタの姿が、私の視界からかき消える。

高速移動。
ただのチャクラ放出だけでさえ、この速度とは……さすがに私もため息しか出て来なくなる。

近接最強の日向一族。
無論、奇襲奇策をモットーにする私がそんな化け物じみた速度に反応出来るわけもなく……。

「ハァッ!!」

「ッ……!?」

背後に現れたヒナタの柔拳が、私の背中のチャクラ穴を寸分違わす正確に突いていた。

人体正中線に並ぶ、肉体運用において最も重要なチャクラ穴、急所の内の一つ。
隻眼になって尚のその正確無比は、怪我で多少なりと弱体化していることを望んでいた私にとっての凶報。
この化け物め。

……が、

「!?」

直後、ヒナタの顔には僅かばかりではあるものの驚きの表情が浮かぶ。
柔拳が、指の先が、背中まで伸びた私の髪の束を“すり抜けた”のである。

細工は流々なのさ、フフン。

かき消える私の“残像”、分身の術の分身体。
不利とわかってノコノコ出ていくわけがないのだ、この私が。

打撃直後のヒナタ。
それは明らかな隙で、私がそこを攻めるのはある意味で道理。
“あらかじめ隠密で隠れていた”試合場端の木の上から、本体である私は風遁を放っていた。

……反則?
本体はちゃんと試合場にいたじゃん。
客席から狙撃しなかっただけ、まだマシですよ?

「フッ……!」

印を組み、吹き矢の要領で術を発動。
一直線に飛んでいくのは、七点六二実裏那刀の狙撃風弾。
ロングバレルが無くても、この程度の距離ならば未だヒナタの位置は私の必中領域である。

風弾は標的の心臓を狙って飛来し、そして……

「――下らない」

バチュンッ!

……柔拳で、見事に弾かれていた。

風弾は軽く音速を超えていて、ついでに人体の死角である背後から撃ったにも関わらず、弾かれた。
それが指し示すことは、唯一つ。

ヒナタの眼、包帯で隠されてない方の眼が、遂にその真価を発揮していた。

「――“白眼”……!」

瞬間、歓声にわく会場。
音にきく日向宗家、一族最強の血継限界が、その力を遺憾なく発揮したのである。
ミーハーな観客達が奮い立つのも、無理はないだろう。

私も声をあげたくなる。
歓声じゃなくて、悲鳴を。

「そこか……!」

白眼ヒナタ、私を速攻で発見。
片目一つだけだろうと、白眼の視界に死角はないようだった。

とはいえ、それは当然のことなのかもしれない。
いくら隠行で気配を断っていようと、白眼の全方位視覚には私の姿が“既に”映っていて、尚、“常に”映っているのだ。
“気配遮断”なぞ、効くわけがない。

“存在遮断”ならどうかはわからないが……まあ、一度白眼で捕捉された以上、発動は無理である。
あれは一度、相手の視界から自分の身を消さなければいけないから。
つまり、既に手遅れ。

……うわーん、私の馬鹿馬鹿!
チャクラ消費ケチらないで、さっさと“存在遮断”しとけばよかった!

ちなみに、私の使う“気配遮断”や“存在遮断”は、チャクラを消費する歴とした忍術である。
ついでにいうと、“存在遮断”のチャクラ消費量はメジャーな能力である“気配遮断”の消費量の、実に二十倍。
私の保有チャクラ量じゃ十分で底をつきますよ、シャーンナロー!

「もう、逃がさない……!」

迫る最強。
焦る私。
その構図は両者の立ち位置を明確に表していて、実に正確。

寄るな、触るな、近寄るな、と。
私は風弾・九実裏羽羅部羅無をとにかくぶっ放す。
ヒナタ相手の近接戦じゃイノと違い、たとえ隠行使ってもほぼ100%の確率で速攻殲滅され得るからである。
日向一族、少しは忍べ。

「オラァッ!」

放たれる風弾。
だが、

「ムダッ……!」

弾かれる風弾。

でも、諦めない。
当たれば幸いと、私はひたすら撃ちまくる。
今必要なのは、“時間稼ぎ”なのだ。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」

「ムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダッ!!」

放った無数の風弾は、しかし、見事に全弾撃墜される。

最早止めようがないヒナタの疾駆。
経絡系への攻撃である柔拳が相手では、緊急離脱用の変わり身すら無効化される。
白眼が発動してしまった以上、最早分身も意味をなさない。

近付かれればアウト。
しかし、近付けてしまう。
それは揺るぎようのない事実。
春野サクラでは、この事実は覆すに絶対的に力不足。

予想出来たこととはいえ、私はこの状況にひどく焦っていた。
“まだ”、捕捉されるわけにはいかない。

「ちッ……“術”は……まだかかるか!?」

と、

「捉えた……!」

遂にヒナタが自身の攻撃範囲に私を捉える。
木の上の私は、ヒナタがその掌にチャクラを集めるのを見た。

「やば……!?」

「柔拳法――八卦空連掌!」

高速の手捌きで“撃ち出される”チャクラの塊、“飛ぶ”掌撃。
一斉に乱打される無数の空掌が、立木もろとも私というちっぽけな存在を豪快になぎ払う。

立ち込める土煙。
原型を留めない立木。
完膚なきまでに破壊し尽くされる、その場の環境。

土と木片にまみれて何とか立っている私は、しかし、既にその背後で最強の矛を向けられていた。

「終わりだ……!」

「後ろ……!? や、やめっ」

瞬間、はしる最強の矛、迫る日向秘伝の柔拳。
標的たる眼前の下忍、つまり私は……しかし、“笑っていた”。

「――なーんてね」

刹那。
私は自分の背後に、分身と幻術の応用で、一つの幻影を作り出す。

血を流し。
涙を流しながら必死で助けを乞う、一人の姿を。
日向ヒナタが実家にて溺愛している、“実妹”の幻影を……。

「姉様……痛い、痛いよ……助けて……」

「!? ハナビ……!?」

実妹、日向ハナビの無惨な姿に、ヒナタが攻撃の手をつい止める。
白眼なら幻影とわかるにも関わらずそうしてしまうのは、やはりヒナタもまだまだ少女という証。

ケケケ……実に青臭い。

そしてそれは大きな隙だ。

「ヒャハハハ!! 吹き飛びな!!」

「ッ!?」

幻影の足下。
そこに一枚、起爆札を投げ込んだ私を一体誰が責められようか、いや責められない(反語)。

ドカァアアアンッ!!

爆発に巻き込まれるヒナタの姿。
既に離脱した私にはそれは届かず、ただ、遠くからそれを見るのみ。
絶景かな絶景かな。

……ま、仕留められないのは、わかってるけどね。

「――柔拳奥義・大回天!!」

全身から放出されるヒナタの強大なチャクラ。
桁違いの容量と速度をもって渦を巻くそれは、最早竜巻、災害の一種。

先程ネジが見せた回天なんて比較にならないぐらい、巨大で、地面をえぐり出しクレーターを作り出す程の、そんなチャクラの螺旋が爆風を跳ね返す。
ハナビの幻影も一緒に消し飛ばし、全てが一瞬で吹き飛ばされる。

私がくらったら……人間ミキサーだろうなぁ、などと笑えないことを考えてる間に、大回天の余波が私にも襲いかかってくる。

ブオワァアアアアアア!!

トルネードォオオオオオオ!!
飛んできた砂が眼に痛かった。

「……私としたことが、あんな幻に気を取られるとは……少し、感情的になり過ぎたか……」

爆心地のようなクレーターの中心から、ヒナタは悠然と歩を進めてくる。
ダメージはなし、全くの無傷。
化け物め。

ヒナタの眼光が、再び鋭くなった。

「――もう、迷わない……!」

ヒナタが断言し、会場が再びわく。
その言葉は、つまり“最強”の宣言だった。

踏み出す足。
向けられる眼光。
最早一片の油断も躊躇もなく、彼女は覚悟を固める。

幻影など、もう効かない。
小細工など、とうに無意味。
見る者に畏怖と、そしてそれ以上の憧れを感じさせる程、その存在は“最強”。
圧倒的な雰囲気は、まさに覇者としての風格。

日向ヒナタにとっての真の意味での“勝負”とは、この瞬間から始まる。

試合場には二人。
視線の先の相手は黙したまま動かず。
桜色の髪がわずかに風に揺れるのみ。

春野サクラは。
暗殺者は。
その場を動かず、ただ不動。
それは圧倒的不利にして、不可解なこと。



そう……故にこそ、“終わり”だ。



「――“仕掛け”……完了。
忍術秘伝――影分身・桜」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/07/14 19:07
吹き上がる風。
形を成すチャクラ。
実に体内保有量の半分近いチャクラを使い、下忍、春野サクラはそこに一つの影を作る。

流れる頭髪は桜色。
整ったその容姿は、女と見れば流麗の一言に尽き、華奢な体躯がその儚さに拍車をかける。
唯一その双眸だけが、血を求めるようにして嗜虐の色が強く、自身は脆弱とは違うと見るものに認識させる。

サクラ本人を模した分身体、時間を多大にかけて具現化させた、それは実体をもつ“影分身”。
この一手こそ、春野サクラが最強・日向ヒナタに勝つために必要とした、勝利への布石。

この瞬間において、サクラは敵へと反撃の狼煙をあげる。

「――行け!」

「!!」

オリジナルの声に反応し、弾かれたようにして影分身は走り出す。
向かう先には唯一人、打倒すべき最強、日向ヒナタ。

「正面からだと……? 舐められたものだ!!」

構えるヒナタ。
眼前の分身体の突撃に対し、腰を落として迎撃の姿勢をとる。

縮まる距離。
分身体が手に持つクナイを振り上げ、今まさに対峙する相手へとその刃をたてんとした刹那。
ヒナタが動いた。

「柔拳法――破山撃!!」

紫電一閃。
掌撃の軌道が閃光となり、神速の打撃は過たず眼前の敵を討ち滅ぼす。

山をも砕く破壊の一撃。
体術最強・日向流の打撃を分身体は受けて……しかし、次に目を見張ったのは打撃を見舞った方、ヒナタの側だった。

「ぬ……!?」

突き出した掌。
それは確かに相手を捉えていながら、事実としてヒナタには“その手応えがない”。
これではまるで、真綿を殴っているかのような感触だった。

「“散華”……!」

不意の合図。
サクラ本体が発した言葉によって、瞬間、分身体の体がはぜる。

次にヒナタや観客が見たのは、会場を舞う無数の桜の花弁だった。

「これは……」

呟くヒナタ。
目の前の光景は優美であり、しかしてそれが全てチャクラによる具現化、影分身の派生だと、隻眼の白眼は看破する。

影分身。
実体をもち、それ自らが意思をもつ、多目的遠隔忍術。
そのことを正確に把握していたヒナタは、直後、巻き起こった桜の怒濤にも冷静に対処していた。

「標的包囲……切り刻め、“桜吹雪”!」

瞬間、巻き起こる怒濤。
数多の花弁が刃となり、渦巻く桜は標的を切り刻む斬撃の嵐となる。

回転する包囲、“桜吹雪”。
だが、これもまた悉く最強には通用しない。
回転現象において、一日の長があったのは日向の方だったのである。

「回天……!」

再び螺旋を描くヒナタのチャクラ。
その豪壮にして繊細なる回転を見せつける日向流奥義に、花弁の包囲は悉く吹き飛ばされていた。

「鬱陶しいわッ!!」

散り散りに吹き飛ぶ桜の花弁。
四方に飛び散った影分身は、その身が軽いことを吹き散らす者にこれでもかと示し続ける。

だが。

「かかった……!」

故にこその“秘術”。

サクラは既に知っていて、ヒナタは未だに知ることのない術。
吹き散らされてこそ、桜の花弁はその真価を発揮していた。

「影分身・桜――“一斉変化”!!」

ボボボボボボゥンッ!

「!?」

突如、地面に積もる四方の花弁が、白煙と共にその姿を変える。
それらの光景は、相対するヒナタに一つの感慨を抱かせていた。

(ああ、なるほど……こういうことか)

影分身とは実体をもつ忍びの分身、人の形を保つチャクラの在り様。
ならばその存在は、正しく“影分身”であることをヒナタへと理解させたのだ。

「――にしても……………………“小さい”な」

現れた影分身の新しい姿。
身の丈五寸(15cm)、体は二頭身、体重は子猫程もない軽量。

そこには誕生していた……無数の花弁が無数のヒトガタへと変化した存在、通称“チビサクラ”が。

「ふにゃーっ……ようやくの出番だじぇ!」

「あたちたちが出たからには、勝負はもう終わってゃもどうじぇん(同然)だ!」

「かきゅご(覚悟)しろよ、このあばじゅれ(アバズレ)!」

「ふりゅぼっこ(フルボッコ)にしてやんよ、ぼけなしゅ(ボケナス)!」

「………」

見回す。
周りを見回す。
隻眼の白眼の“広範囲”視覚でヒナタは、無数のチビサクラを遠方の本体と見分けながら(白眼でなくとも見分けられるが)、自身の周囲を見回す。

どの方位を見ようと目に入るのは、チビサクラであり、チビサクラであって、チビサクラであった……。
つまり、彼女は無数の分身体によって完全に包囲されていた。
それは、桜の花弁が吹き荒れていた時から、ヒナタがずっと敵の包囲網の中に捕らわれていることを意味する。
この意味においてのみ、春野サクラは日向ヒナタを支配しているともいえた。
実際にそれがヒナタにとって脅威たり得るかどうかはともかく、だ。

ヒナタがその顔を呆れの色に染める。

「……馬鹿馬鹿しい……」

溜め息混じりに呟く最強。
その眼は相手を見ているようでいて、しかし、相手を見てはいなかった。

油断はしないと誓った。
躊躇など以ての外だと断言した。
故に彼女は侮らない。
敵を見抜き、力量をはかり、その全力をもって対峙する敵を叩き潰す。

冷静なる観察眼。
その眼の血継限界は過たず相手と相手の技を、その力量を看破する。
最強の名を支えたのは何も腕っ節だけではない。
卓越した戦術眼、それもまたヒナタを最強の存在へと押し上げていたのだ。

彼女の眼が捉える事実には、真実、僅かばかりの狂いもない……。

「――故に、私の勝ちってねぇ……!」

ズドンッ!

「がッ……!?」

刹那、放たれた一発の“弾丸”が、ヒナタの胴を穿つ……。

ヒナタが捉えた事実に、間違いなどはなかった。
“あの分身体は日向ヒナタにとって脅威ではない”。
彼女の読みに誤りなど皆無。
そのことは、影分身がヒナタに勝てない現実は、厳然たる事実として確かにあった。

……ただ、分身それ自体の強さではなく、それらが複数であることの特性までを、ヒナタが単純に知らなかっただけのこと……。

単体ではなく、集団であることの優位。
皮肉にも、常に唯一人で最強をほこり続けた彼女では、下忍同士のスリーマンセル以外、それを知ることは出来なかったのだ。
そのスリーマンセルの経験でさえ、この大量の影分身の妙技には遠く及ばない。

ヒナタは気が付かなかった。
否、気が付けなかった。
無数の分身が作り出す、絶妙ともいえる唯一つの存在感の誤魔化しを。
寄り合うことで白眼の認識すらも欺く、ただ一体のみではある、その分身体を。
無数の分身体の中で捕捉を逃れたその唯一のチビサクラが、たった一秒だけ使った“存在遮断”の発動を。

完全に認識不可能となったチビサクラが、得た一秒間の間で断行した、自爆の突撃を……。

(く、そッ……! “右”の感知網の穴を抜けられた……! 片目の被害、ここで使われるか……!!)

至近距離で自爆した影分身からのダメージに耐えつつ、ヒナタは周囲への警戒に注意を注ぐ。
その視界では、しかし、“所々の箇所が見えていなかった”。

余談ではあるが、全方位視界をほこる白眼といえど、そこに死角が存在することはあまり知られていない事実だ。
たとえ両の白眼が揃っていたとしても、その一角には埋めようのない不可視領域が出来上がる。
いかな血継限界といえ、完全なる全方位可視は不可能だったのである。

まして、今のヒナタは片目を塞がれている。
死角は意志に反して無数。
これまでの試合内容でその事実を暴露させなかったことが、既に奇跡、最強たる日向ヒナタの力量である。

だが、そんな神業ともいえる奇跡も、先の影分身の突撃で崩される。
片目の白眼では捕捉仕切れない全方位。
そこにあるのは隠密を得意とする忍の無数の影分身。
そして不幸にも、突撃した影分身がいたのは隻眼が生み出した白眼の死角の最中。

様々な要素が重なり、ヒナタは遂にサクラの攻撃に当たる。

片目が万全だったならば。
無数の影分身にもっと注意を割いておけば。
ヒナタは後悔するが、しかし、そんな仮定に意味はない。
それらの事象を捻り出したのは他ならぬ怨敵、春野サクラ自身。
今の状況はあらゆる手段をもってサクラが作り上げた、サクラ自身の“暗殺者”としての戦場、それに他ならなかったのである。

結局のところ、限りなく無意識のレベルにおいてヒナタはサクラのことを、たとえほんの僅かとはいえど、見くびることをやめられないでいたのだ。
その慢心は、しかし、間違いではない。
実際のところサクラでは、たとえ天地がひっくり返ろうとも、“まともにやって”ヒナタには勝てない。
この状況はただ、“まともにやらずに”最強に勝つ、そういったための最弱の戦場なのだから。

四方のチビサクラ達は、ニヤニヤと歪な笑いを続ける。

「ばーかばーか! こっちはおんみちゅ(隠密)のプロだぞぅ!?」

「こんだけ一杯いれば、ごまかちゅ(誤魔化す)のは簡単なんだよー!」

「暗殺者舐めんにゃよ、このしゅっとこどっこい(スットコドッコイ)!」

かくして試合は意外な方向へと進む。

認識不可能の魔弾と化した影分身による特攻。
これこそ春野サクラが狙った、試合の流れ、すなわち勝機を掴むための乾坤一擲の一撃。
両目の白眼相手では通用しなかったこれも、今のヒナタならば打倒し得る手段となる。

桜色の髪の下忍は、その顔に凶悪な笑みを浮かべていた。

「――アハハハハハハハハハハハハ!! ショータイムの始まりだァッ!! Let's party!!」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十一巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/07/22 17:39
「姉様ァー! 遊ぼー!」

穏やかな空気。
照りつける陽の光を木々の葉が優しい雰囲気へと変える、季節が移り変わって間もない春の日和。

聞こえて来る足音と無邪気な声に、苦笑を浮かべたのを私は覚えている。

「こら、ハナビ! 修行中に入ってきたら危ないだろう!?」

片手にはクナイ、周りには散らばって放置されている手裏剣の数々。
まだ幼いハナビには危ないだろうそこを、しかし、私の言葉を聞いているるかいないのか、ニコニコと笑ったまま妹は駆け寄って来た。

「ハナビ、ホントに危ないから近寄っちゃ……」

「平気平気! ハナビだって日向一族なんだから、このぐらい……」

ハナビが踏み出した、その直後。

「きゃッ……!?」

「!」

手裏剣を避けて歩くために大きく踏み出したハナビの小さな体が、バランスを崩して後ろに倒れかかる。

全く……言わんことじゃない。

倒れ込むハナビを、チャクラ放出による瞬発力でその後ろに回り込み、抱きとめる。
この程度のチャクラコントロールは既に当時から習得していた。

「全く、だから危ないと……」

私が言いかけた、その瞬間。

「エヘヘー、姉様捕まえた~♪」

腕の中のハナビは、それはもう清々しいくらいの笑顔を向けてくる。
バランスを崩したのも、どうやらわざとと見える。

本来なら、ここで私はハナビの軽挙を叱るべきなのだろうが……その笑顔を見ていると、何故だか怒る気持ちが無くなっていく。
正味な話、毒気を抜かれた。

「……気を付けて。次からは私が行くから」

「うんッ!!」

……我ながら、妹に対して甘いことだ……。

そうして修行を早々に終わらせ、私はハナビに付き合って散々に遊び回った。

クナイを使った的当てをしたし、もっと一般的な鬼ごっこやかくれんぼもした。

まあ……その悉くで私が完全勝利を収めたことに、ハナビはいたく不満のようだが。
遊び疲れて、二人揃って木陰で大の字に寝ている最中、ハナビがふくれた声を出す。

「ムーッ! 姉様、大人気ないです! 少しは手加減して下さい!!」

「そんなこといわれてもなァ……それに、手加減したらしたで、ハナビはまた怒るだろう? ちゃんと全力でやれって」

「それはそれ、これはこれ、です!」

ひどい理不尽だ。
もっとも、それが子供というものの本質なのかもしれないが。

「だいたい姉様、どの遊びでもチャクラとか白眼とか使ってました! あんなの反則です! ハナビは姉様に対して、断固抗議します!」

「抗議は困るなァ……。まあでも、勘弁して。遊んでる最中でも修行は欠かしたくないから」

「ムーッ! 姉様はもう少し遊ぶべきです!
決めました! 姉様はもっとハナビと遊ぶべきなのです! 今決めました! ハナビが決めました!」

「ハッハッハ」

そうして暫く戯れた後。

会話が無くなり、辺りには静寂が漂う。
風が木々を揺らす音だけが心地よく耳に届く、新緑の静謐。

ふと、ハナビが静かな声で尋ねてきた。

「姉様は……なんで、そんなに強くなりたいんですか? 焦らなくても、姉様ならきっと強くなれるとハナビは思います」

「………」

その問いに答えるのに、少し間が空く。
そうして私の口から出てきた言葉は、どこか乾いたものだった。

「うん……何でだろう。私にも分からないや――」

嘘だった。
本当は他の誰よりも、私はその理由に気付いていた。

脳裏に、数年前の光景が去来する……。

連れ去られる少女。
追いかける自分。
そして、侵入者である忍びに完膚無きまでに叩き潰される日向ヒナタ。
父の到着がもう少し遅ければ、私は敵に殺されていたかもしれない。

そして極めつけが、その後の叔父の犠牲と、従兄弟からの憎しみの視線……。

嫌だった。
もうあんな思いは、二度としたくなかった。
そして、誰にもさせたくはなかった……。

「?」

ふと顔を上げれば、そこにあるのは不思議そうな顔をするハナビ。
過去を振り切るように首を振り、その時精一杯の笑顔で私はその顔へと応えていた。

「――強く、なりたいや……」

「――なれますよ、姉様なら! 何たって、ハナビの大好きな姉様ですもん!」

……それは遠い過去。
まだ駆け出したばかりの頃の、自身に誓いを立てた、ある一人の少女の話……。


◆◆◆◆◆


「アハハハハハハ!! 踊れ踊れ!! お楽しみはこれからだァアアアアアア!!」

高笑いする私。
自分でいうのも何だが、今の私の気分は最高潮、愉しくて愉しくて仕方がない状態だ。

目の前には信じ難い光景。
あの……そう、あのヒナタが、顔を苦渋に染めて必死に転げ回っているのである。
追い詰めるのは私の分身、小さいってことはいいことだよね、盛んに攻め立てるチビサクラ達。
放つ風遁は本来ヒナタに通用するものではないが……今この時ばかりは、それが最強を凌駕する脅威をもつ。

無数のチビサクラが放つ無数の風弾に、あの日向ヒナタが防戦一方。
これが笑わずにいられるか!

「ヒャハァー! ガンガン行こうぜ!!」

私の叫びに、分身体達も歓喜の声をあげる。

「キャハハハハハハ!! それそれ、もっと逃げちぇみろー!!」

「ちッ……!」

かすめた風弾が頬を裂く。

「背中がお留守でゃー!!」

「ぐッ……!!」

背後から飛来する風弾を捌き損ね、その体を風圧が傷付ける。

「もっと楽しまちぇろ、めすぶてゃ(メスブタ)がァアアア!!」

「ぐァッ……!?」

全周囲からの攻撃を見極めきれず、“右”の体側にヒナタは被弾する。

そう、“右側”。
先程からどうも、ヒナタは一部の角度からの攻撃を捌けずにいる。
察するにそれは、使えない片方の白眼の視界。
今の包囲射撃からも、それは明らかだ。

「――右側が見えてないじゃないかァ……!!」

嗜虐の呟き。
直後、チビサクラ達はヒナタが見えないだろう右側ばかりを攻め立てる。

「それそれそれそれそれそれそれェッ!!」

「ボラボラボラボラボラボラボラァッ!!」

「アリアリアリアリアリアリアリィッ!!」

「ッ!?」

焦るヒナタ。
視界をカバーしようと必死で動き回るが、そも、数が違う。
大量の移動砲台の前に、今のヒナタでは役者不足だった。

いくつもの風弾を受け、その端正な顔に苦悶を浮かべるヒナタ。
ああ、まったく、そんな顔しないでよ……益々苦しめたくなるじゃん!

と、

「このッ……!!」

追い詰められる事態に業を煮やしたのか、急所だけを守ったまま、風弾の嵐の中をヒナタがこちらめがけて強引に突っ込んで来る。

常ならば恐怖を感じるだろうその突撃だが……この状況では、ただの悪足掻きにしか見えない。
ヒナタの懐には、既に“存在遮断”を発動させたチビサクラの姿があった。

「ボディがガラ空きだじぇ!!」

ドカァンッ!!

「がはァッ……!?」

自爆したチビサクラの衝撃に、ヒナタは後ろへと吹っ飛ぶ。
面白いくらいの掌の上での踊りっぷりに、もう、私は爆笑を耐えることが出来ない。
忍者は耐え忍ぶものだが、今回は無理だ。

「アハハハハハハハハハハハハ!! 気持ちいい……!! 最ッ高!!」

風弾で追い詰め、特攻で決める。
チビサクラ達による一方通行の包囲処刑。
その名も『陣式・風闇子屡愚楼数多亜(ファンネルグロースター)』。
略して……

「風闇愚(ファング)なんだよォオオオオオオ!!」

「ぐアァッ……!!」

ギアを一段階上げる。
次々と殺到する風弾が、ヒナタの戦闘能力を確実に殺いでいく。
今や最強の名も廃れて久しいものだった。

攻撃を防ぐのではなく、そも攻撃をさせない。
打撃も、射撃も、飛び道具も。
させる前に潰す。
一度嵌めれば、ヒナタといえど所詮下忍の経験値、こんなものだろう。

私の顔には恍惚の笑みが浮かぶ。
だが、

「――テメエ!! 何だそのチキン戦法、卑怯だろうがァッ!!」

「そうだそうだ! ちゃんと正々堂々戦え!!」

「恥ずかしくねえのか、コラァッ!!」

ヒナタファンクラブ“地獄会”を始めとした観客席の愚民共が、何やら大音量のブーイングと共に怒りの咆哮をあげ始める。

前試合の試合内容も影響しているのだろう。
下忍の真剣勝負を見に来た大衆の大半は、真っ向からのぶつかり合い、力と技の正道なる競い合いを期待して会場を訪れている。

忍びとは国家の主戦力、いわば戦場での花形。
無知なる愚民がそのような認識を持っていたのだとしても、まあ、仕方ないのかもしれない。
いつの世も、民とは輝かしい姿の英雄をこそ望むのだから。

ああ、全く……心底“馬鹿馬鹿しい”。
その考え方、全く以て反吐が出る。

「――卑怯、だと? 正々堂々の戦いを、この私に、一端の忍者であるこの下忍に、よりにもよってこの春野サクラに、正々堂々の戦いをしろだと?
……クククククク……」

瞬間、狂笑が会場内の人間全員の鼓膜を打った。

「アハハハハハハハハハハハハ!! 馬ァ鹿か、あんたらは!? 戦いなんてものはなァ、要は勝てばいいんだよ勝てば! 正々堂々なんて武士道、そこらの犬にでも食わせればいいのさ! 糞の役にも立ちゃしない!!
忍者ってのはね、間者なのさ。暗殺者なのさ! 奇襲闇討ち大好き人間なのさ!! 長い平穏で平和ボケでもしたのかい? 忍者の戦いに正々堂々なんて要素は、欠片もないんだよ! そんな理由で死んでいくなんて、誰だって御免だからね!!」

一息に言い切った後、私は再び意識の大部分をヒナタに注ぐ。
私の顔はやはり、歪な形で笑っていただろう。


◆◆◆◆◆


その一喝の後、会場内には何やら不気味な沈黙が蔓延する。

所詮は一般人。
忍者の本質を知っている者など、その中の一割にも満たない。
まして今は一対一の個人間勝負である中忍試験本戦。
無知の勢いは止まることを知らず、加速して熱を帯びる大衆の頭は、ふと、桜色の下忍の実感を込められた言葉によって、まるで冷水を浴びせられたかのように冷やされていく。

そう。
それこそが忍びの本質。
影に潜み、機を狙い、持てるあらゆる手段を以て標的を抹殺せしめる、闇の中の戦闘者。

闇に生きるという実感が、足りなかった。
自らの流派がそうであるからといって、忍び全てにそれを求めることは愚劣の極みだった。

目の前の存在こそが、まさしくそれ。
潜み、騙し、敵を欺き、あらゆる手段を以てその眼前に立ち塞がる者を叩き潰す、真なる間者。

正直、侮っていた。
どれほど相手が奇策謀策に秀でていようと、圧倒的な力さえあれば切り抜けられると思っていた。
最強の名を冠するようになって。
周りに頂点だと持て囃されるようになって。
それで、姑息な手段を取る目の前の下忍を、結局最後になるまで侮っていた。
理性がどんなにそれを否定しても、日向最強という自らの感情がそれを決して認めようとしなかった。

なんて、無様……。
人は最強にはなれても、無敗には決してなれない。
どんなに頂点を極めようと、ふとしたことで忽ち立っていた場所から転落する。

それが、真実……。

「キャハハハハハハ!! どうちたどうちた、動きが鈍ってるぞォ!!」

「とうとう諦めたか、日向のちゃいきょう(最強)がァー!!」

「ぐァッ……!?」

被弾する風弾が増える。
焦らず決して侮らない包囲攻撃は、ジワジワと、だが確実に、私の戦闘能力を奪っていく。

個ならば容易い。
しかし、集まり全となったそれらの影分身は、私一人では対処しきれない。

一つを潰そうとしても、他の二つが。
二つを潰そうとしても、他の三つが。
三つを潰そうとしても、その他の全が、割り出したであろう私の死角を的確に突いてくる。

柔拳が潰された。
空掌が潰された。
回天の奥義すら、発動の際を読まれて潰された。
術者本体への攻撃も、放つ前の分身体の特攻によって悉く潰される……。

何という連携。
何という戦術。
協調性など皆無だと思っていた春野サクラが為す集団攻撃は、しかし、私一人が崩せる余地などどこにもない。

あらゆる手段。
あらゆる戦法。
味方を活用、いや、利用することさえ、目の前の存在は躊躇なく実行する。

(これが……本当の“忍び”……)

……勝てない……。

いくら強くても……。
いくら最強でも……。
目の前の下忍に、私では――



――勝てない……!



「諦めないで、姉様ッ!!」

「!?」

瞬間、響く声。
向けた視線の先の観客席には……多くの日向の系譜達が、座らず立ったままの姿でそこにいた。

「持てよ、ヒナタ! そんな所で止まっている暇など貴様にはないはずだッ!!」

「頑張れェ、お嬢! お嬢が努力してきたのは、日向一門全員が知ってますから!!」

「ネジからの伝言です! 『決まり切ったことなんて、この世のどこにもなかった! 蹴散らして下さい、ヒナタ様!!』」

「ファイトだ、お嬢ーッ!!」

厳格な父が、人目を気にせず大声をあげている。
普段、私の実力に恐縮していた一族の者達が、次々に声援を送ってくれる。

そして……

「――頑張れ、姉様!!」

精一杯に叫んでいるのだろう、ハナビの姿。
この広い会場でどうしてそんなに明瞭に聞こえるのかというくらい、その言葉は私の方へと確かに届く。
胸の内に響き渡る……。

「私が認める! 一族が認める! お前は日向の名を冠する最強だと!!」

「だから、姉様……!!」

「「「お嬢……!!」」」



「「「――勝って下さいッ!!」」」



……その言葉が、あまりにも温かった……。



惑うべきこと、最早あらず。
逡巡すること、最早あらず。

今はただ、前を向くのみ……!

私の強さは……。
目指した最強は……。



“大切な人達の笑顔のために……!!”



「――応ッ!!」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十二巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/07/29 17:07
「アアアアアアァッ!!」

弾く。
捌く。
咆哮と共にヒナタが、その身を風弾の嵐に晒しながらこちらへとにじり寄って来る。

執拗に続ける死角への攻撃を半ば無視しながら、しかし確実に急所への風弾だけは叩き落として、最強が淡々と歩を進める。

亀のように鈍いその歩み。
確実に増えていくダメージの中を、それでも堅実に、彼我の距離をヒナタは無くしていく。

愚直な進行。
非効率的な戦い。
実にハイリスクな手段。
大人しく包囲射撃の前に沈んでいればいいものを……全く以て、よく足掻く。

「いい加減、潰れちまいなァッ!!」

直後、さらに攻勢を増す包囲射撃。
急所こそ防がれているものの、殺到する弾丸は容赦なくヒナタの体を打ち据えている。

「――!!」

だが、止まらない歩み。
その行動を決定させているものは、果たして意地か約束か。

……ま、どちらにせよ、私が取る行動に変わりはないが。

「往生際が悪いんだよ! 風闇愚(ファング)ゥッ!!」

「ちね(死ね)エエエェ!!」

既に肉薄していたチビサクラ。
言葉と共に爆発するその特攻で、脳内には後方へと吹き飛ぶ最強の姿がイメージされる。

だが、

「ッ!!」

「何……?」

表情を苦しげにしながらも、しかし、ヒナタは吹き飛ばず、しっかとそこに立っていた。

目を凝らす。
既にボロボロなその全身には……しかし、肉眼で目視出来る程の濃密なチャクラが纏われている。

日向お得意のチャクラ放出。
目視出来る程に濃いチャクラの壁は、察するに最早鋼鉄の硬度、チビサクラの自爆如き威力では貫けない。

そんな無敵の壁が、今や全身に。
見えようと見えまいと、これでヒナタは全周防御を完全に果たしたわけである。

「――だから何!? そんな全力放出、いつまでも続くわけないでしょうがッ!!」

いくらヒナタといえど、あのペースでチャクラを放出し続ければいずれチャクラが尽き、限界が来るのは傍目にも明確。
確かに私からの攻撃ではあの装甲は抜けないが……それならそれで取る戦法もある。

要は、“時間稼ぎ”だ。

「風闇愚ゥッ!!」

「キャッハァー!!」

囲む包囲射撃の矛先を、ヒナタ自身からその進行方向の地面へと変える。
さすがに砕くとまではいかないが、それでも、ヒナタの歩みを妨げられるくらいに地面を悪路と化すくらいの威力はある。
まして、今のヒナタはダメージに加えてチャクラ全身放出までやっている満身創痍な状態だ。
常人なら意識が飛んでもおかしくない無茶な体である。
さぞや、その進行は苦痛に絶えないことだろう。

弾丸乱舞し、道とはいえぬ道、その隘路(あいろ)を、やはり愚直にヒナタは私へと進んでくるのだった。

「――届くものなら、届かせてみせろォオオオオオオ!!」


◆◆◆◆◆


「――ッ!!」

意識が飛びかける。
並の忍びよりはるかに多くチャクラを持していると自負するこの肉体を以てしても、そこを行くのは至難の極み。
吹き荒れる砂塵と疾風の衝撃が、今の私にはあまりにも大きい障害となる。

風弾が容赦なく私の体を打ち据える。
衝撃が体中を叩きつけ、舞い上がった砂埃が視界を奪い、加えて足場は劣悪に過ぎる。
チャクラ供給が僅かな今の白眼では見通すに厳しく、急速にエネルギーを失っていくこの身一つは踏破に難い。

追加されるダメージはない。
しかし、常時消費される私の中のチャクラと集中力を鑑みれば、果たしてどちらの被害が大きいかは判断に迷う。
全く以て、苦肉の策としか表現しようがない下策だ。

「リズムを上げるぜ、ヒャッハァー!!」

「「「イェエエエアアアアアアッ!!」」」

相対する敵は未だ健在。
それなりに術を使用し、私程ではないにせよチャクラを消耗しているはずだが、その愉快気な声音には疲労の色など欠片として聞きとれない。

チャクラ効率が良いのだろうか。
元来あまりチャクラ量を持たない暗殺者である彼女が編み出した、それは奇跡ともいえる程に効率的なチャクラ運用、精密を以て為すチャクラコントロール。
才を持たない者が磨いた、必死の努力。

ああ、ならば……目の前の忍びに日向ヒナタが勝てないのは至極当然のこと。
努力を以て表す知力の形に、才を以て表す剛力の形が敵う筈などあるわけがない。
いつだって、いつだって勝利は、長い時間をかけて極限に錬磨された、その者の修練の結果なのだから。

努力しなかったわけではない。
むしろ、その事実を厳と受け止めて、今まで修行に打ち込んできたつもりだ。

だが、自身と相手とでは、その捉え方に齟齬がある。
とても小さな些細なことで、そして、とても大きな絶対の違い。
厳然たる格差を生む、しかし、それはほんの僅かな違い。

日向ヒナタが“敵と戦っていた”のに対して。
春野サクラは“敵を倒していた”のだから……。

「―――」

痛みが増す。
考えれば考える程、この身の未熟が浮き彫りになる。
その暗鬱とした念に、遂には膝を折りかけてしまう。

――だが、

「姉様、頑張れェッ!!」

「ここが正念場ぞ。耐えよ、ヒナタッ!!」

「「「お嬢ォオオオッ!!」」」

風弾の嵐に紛れて聞こえてくる、こんなにも気力溢れてくる言霊の数々。
それらは全て、私が勝つと信じて止まない信頼の言葉。

負けられない。
ああそうだ、負けられない。
彼らの見る前で無様を晒す程、日向ヒナタはまだ弱くはない……!

「――倒れないッ!!」

踏み出す。

風が吹き荒れるのなら、その風ごと地へと縫い付ける。

「――退かないッ!!」

踏み出す。

足場が緩いのなら、この踏破で地を固める。

「――負けられ、ないッ!!」

踏み出す。

道なき道を、我が身一つと彼らの心で作っていく。

「――アアアアアアアアアアアアッ!!」

駆ける。
恥も外聞も捨てて、ただ心が命じるままに相手へと向かう。
誇るべき己が最強の矛を、日向が千年かけて磨いたこの柔の拳を、ただ相手に届かせるために。

ただ、駆ける……!

「アアアアアアアアアアアアァッ……!!」

「こいちゅッ……!」

「いい加減きゅたばれェ(くたばれ)!!」

そうして、ほぼ全ての分身体が同時に地を蹴る。
初動にして既に決め手。
不可視不可避の自爆特攻が、今度、その数と隠密性を捨てて真っ向から私を圧殺しに来る。

瞬間、本体(オリジナル)が言った……。

「――“百花繚乱撃”――」

分身体が、刹那輝く。
再びとった影分身の姿、無数の桜花の花弁。
それら一つ一つの輝きが、内包させたチャクラ、収束するエネルギーの一斉起爆を予感させる。

春野サクラの放つ分身技に、回避は許されない。

「消し飛べ……!」

「!!」

そして。
全てが、爆風に包まれる……。


◆◆◆◆◆


ドゴォオオオオオオオオオオオオンッ!!

鳴り響く轟音。
まき散らされる爆風と衝撃。
磨いたチャクラコントロールによって繰り出されるチャクラの爆発は、最小の労力で最大の成果を生み出す。

手応えがあった。
確信があった。
引き出せた暴発は間違いなく今試合最大の規模であったことに、その爆圧にはいかな最強といえど膝を屈するだろうことに、自信があった。

立ち込める土煙の向こうには最早何もないと、春野サクラはそう断言出来た。

――だからなのだろう。

“突如”土煙を突き破って現れたその手が、私には到底現実のものだとは思えなかった。

「――アアアアアアッ!!」

突き進む敵。
最強、日向ヒナタ。

あまりにあまりなその無茶ぶりには、さしもの私も呆れるより他にない。

爆発にチャクラの鎧を吹き飛ばされながら。
唯一使えていた片方の白眼に砂塵のダメージを受けながら。
ヒナタはその掌打の間合いに、私を捉えていた。

その右手に、その一指に、振り絞った最後のチャクラが宿る。

「――絶招・一門貫撃……!!」

迫る柔拳の秘奥を前にして、私はため息を吐いた。

「――この、化け物め」

必殺の指撃が、今、貫く。

そして、試合の勝敗は決したのだった――――










――――“春野サクラ”の勝利が。

最後のヒナタの一撃は、私の体に一歩程“届いていなかった”。

「……畜、生……」

呟いて刹那、ヒナタの隻眼から意志の光が消える。

攻撃を放ったまま。
手を突き出したまま。
彼女は、“立ちながらにして”気絶していた。

「―――」

無言のまま、私は立ち尽くす。
その視線は、私の目前まで迫った最強たる少女へと注がれていた。

気に入らない戦い方ではあった。
相容れない思想ではあった。

だが、ここまで戦い、争った相手を、私は嫌いになれずにいる。
むしろ、正道を貫いたその雄姿には憧憬すら覚える程だ。

認めよう。
私は、春野サクラは。
日向ヒナタを、その在り方を、貫いたそのままに受け入れよう。

「――見事……!」

その場が、会場にいたヒナタの雄姿をみた全員が、その思いに心打たれていた。
私の言葉が、染み渡るように静寂の中へと響いていく。

最早この場の全員が、日向最強、日向ヒナタを認めていた。

「……ヒナタの意志、確かに私に“届いてたぞ”――」

その在り方を、ただ美しいと感じていた……。




















「――な~んて言うと思ったか、バァーカッ!!」

ドゴンッ!

「「「!?」」」

気絶したヒナタを殴り倒し、ホントのホントにトドメを刺す。
忍者に限らず、トドメは戦闘の基本である。
敵を確実にぶっ殺すまでが戦闘です。

雄姿?
美しい在り方?
……まあ、感じなくはないよ、私も。

だが、

「勝たなきゃどっちにしろ、意味ないでしょうがッ!! アハハハハハハハハハハハハッ!!」

ちなみに、もう半歩ヒナタが踏み込んでいれば、彼女はそのままマキビシ一杯の落とし穴にゴーヘブンであった。
前試合でナルトが掘った穴、おいしく利用させてもらいましたよ?
笑。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十三巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/08/23 23:06
「――ほう……奴が勝ちやがったか……」

視線の先。
そこには不敵な笑みを浮かべながら佇む一人の忍びがいる。

桜色の目立つ頭髪。
端正な顔立ちに醜悪な悪意を潜ませた面持ち。
この俺がかつて手こずった、昨今平和ボケした木の葉の里にあるまじき下忍。

ああ、忌々しい。
過去を思い出してもその姿は見るだに腹立たしいが……しかし、不思議と嫌悪とかいった感情は抱かない。

恐らく、似ているのだろう。

あの遠い昔日の日々。
同じ志を持つ者同士で殺し合った、かつての記憶。
あの頃を彷彿とさせるものを、奴は持っているのだろう。

……あの頃の俺達に、似ているのだろう……。

「おいおい……下忍同士の勝負を見るのもいいが、あまり呆とするな。ヘマなんてされたら洒落にならんぞ」

「……わかっている。仕事はこなすさ。仕事はな……」

背後から聞こえる不意の声。
全く気配を感じなかったその隠密が、逆にそいつだと俺に確信させる。

今回の仕事の依頼人。
血の臭いをさせる、いまいち考えの読めない奴。

金のためとはいえ、最初はけったいな仕事だと辟易したものだが……成る程、こいつは中々面白くなるかもしれない。

「ククク……精々足掻くんだな、“クソアマ”」

皮肉気に、俺は奴に向けて愉悦の笑みを送る。
見る先の奴の顔にもまた、同じような愉悦の笑みが浮かんでいるのを視界に捉えながら……。


◆◆◆◆◆


「――勝者、春野サクラ」

熱気は過ぎ去り、不気味な沈黙が支配するその場。
会場に響く審判の声はどこか複雑そうで、事実、その言葉の後でも沈黙は続いている。

理に適った勝利。
だが、義に反した戦術。
民衆が紛れもない悪を受け入れることなど、歴史上にも稀なのだ。

そして。
この場での悪とは、正義とは、最早誰の目にも明らかである。

「――勝った? この私が、あの日向最強のヒナタに勝った……? 本当に……? 真実で……? Is this truth……?」

そう……。
この場での悪とは、正義の蹂躙者とは、この私、春野サクラのことである。

瞬間、爆笑。

「……ハ、ハハハ……アッハハハハハハハハハハハハ!! 勝った!? 最弱の私が最強のヒナタに勝った!? 有り得ない!! だが、だからこそ喜ばしい!!
アッハハハハハハハハハハハハ!! 気持ちいいのう!! 最高だのう!! 所詮、ヒナタなんて唯の剛力馬鹿だったってことだったんかいのう!? 日向一族なんて大したことはなぁいもんだぎャァッ!!
フヒャッハハハハハハハハハハハハァ!!」

眼前には倒れるヒナタ。
最弱である自身の最良の成果。
即ち、最強の打倒。

これが笑わずにいてたまるか、お隣の奥様ァッ!
最高だね!!
最高過ぎて御歳暮送っちゃうね!!
植物性油脂の石鹸を延々と送っちゃうね、お隣の奥様ァアアアアアアッ!!

いい加減笑いすぎておかしくなっちゃうねホント!!

「ザマァ見さらせ、ブァーッカ!!
シャハハハハハハハハハハハハ!!
ゼハハハハハハハハハハハハ!!
グララララララララララララララララララ!!」

「……おい、健闘した者をそんな風に罵るのは……」

審判の上忍が何事か言う。

だが、知ったこっちゃない。
今は究極に気分がいいんだから!
最ッ高にHIGHってヤツだぜェエエエエエエ!!

「おぉっと、足が滑りまくってスタンピングダンスしちまったわァ……!!」

ズシャッ!

「おいッ……!!」

踏みつける。
審判の咎めなど屁とも思わず。
倒れるヒナタの頭を躊躇なく、踏みつける。

この征服感、堪らないね。
そうか……これが勝利の美酒というものか……。
ヒャッハァ!!

と、

「――貴様ァアアアアアアッ!!」

轟く咆哮。
直後、試合会場内に進入してくる一つの影。
憤怒と憎悪に歪んだその顔は、名門日向宗家次女、日向ハナビのそれだった。

「その足をどけろォオオオオオオッ!!」

両の手に、チャクラが込められる。
幼いながらに才を感じさせるその身体能力とチャクラ操法は、真実、私のそれをはるかに上回る。

激情に駆られて突進するその怒りと憎しみは……ああ、何とも何とも心地が良い!
この気持ち、お前の命で受け止めてくれェエエエエエエエエエエエエ!!

「ったく、次から次へと……。
おい、君! 勝手に入ってきちゃあ……」

審判が止めに入るも、しかし、そんな程度ではハナビの激情は止まらない。

「どけェエエエエエエッ!!」

ズドンッ!

「ぐッ……!?」

強引しきりに審判を吹き飛ばすハナビ。
童女の姿に彼が油断しまくっていたとはいえ、その力量は素晴らしいの一言に尽きる。

いいね。
最高だよ!
最高の気分が降ってきたよッ!!

「お前は消えろォオオオオオオッ!!」

突進するハナビ。
その姿はまさに鬼神、修羅羅刹の如くであった。


◆◆◆◆◆


迫るハナビ。
その圧力は物理的な威圧となり、進行上の私を脅かす。
その膝は、恐怖でガクガクブルブルに――

「――ククク……クヒャハハハハハハ!!
なーんてね!! 今の私に恐いものなど、あるわけないだろうがァアアアアアアブルァアアアアアア!!」

日向が墜ちるとこ、も一つ見せてもらおうか!!

構えをとる。
全くといっていい程私が使わない、それは近接格闘の前傾姿勢。

直後。
ハナビの右手が動いた。

「消えろォオオオオオオッ!!」

一直線に繰り出される柔拳の掌底。

それを眼前にして私は――“同じ打撃でそれを迎撃した”。

「――『魔神拳』!!」

ドゴォオンッ!

「なッ……!?」

撃ち出された衝撃に相殺される幼い柔拳。
その顔には、紛う事無き驚愕の感情が浮かんでいた。

「……何だ、どうした? 白兵戦が出来ないとでも思ったか? 私程度ならお前でも倒せると、本気でそう思ったのか……?
ククク……クハハハ……!!
舐めるなよ、ベイベロンッ!!」

直後、上に跳ぶ。
連想される蹴撃は即ち、鷹の強襲である。

「『鷹爪襲撃』!!」

「がッ……!?」

脳天への狙いは外されたが、振り下ろされた蹴りはハナビの小さい肩を打ち据える。
強打の直撃は直接的にダメージの意味だ。

だが、まだだ。
まだ足りない!
もっとこの私を、楽しませろォオオオオオオ!!

「トバすぞ……!」

瞬間、私の右腕がはしった。

「『臥竜掌』!!」

「ぐッ……!?」

下方からの掌底に、ハナビの体が浮く。

「『閃光墜刃牙』!!」

「がァッ……!?」

拳を剣先に見立てて、打突が連続して相手を穿つ。

「ッ……!? ッッッ!?」

痛みに顔を歪めたハナビが、全く無防備なままに私の前へと落下してくる。
刹那、私は笑った。

「『剛招来』! さあ、いくぜェエエエエエエッ!!」

そうして。
様々な術技が。
幼い体を完膚無きまでに打ち据えていた。

「――ていッはあッそうりゃァッ! 捉えたそこだッ!! 『鳳凰天駆』!! 『迫撃掌』!!
逃がすかッまだまだッどんどんいくぞッ!! 『三散華』『時雨』『崩蹴脚』!!
『迫撃戦吼』!! 『八葉連牙』!! 『飛燕連脚』!! 『烈震天衝』!!
セイセイセイセイッ!! 連撃いくよ!! ていッはァッ『疾風雷閃舞』!!」

「ぐァアアアアアアアアアアアアッ……!?」

連撃は、はたして止まらない。
容赦なく、慈悲などなく、眼前の敵を叩き潰す。

肉体の高ぶりが、止まらない……!!

「何、でッ……!? 何で私が、手も足も出ないの……!?」

激痛と屈辱に歪むハナビの顔を見ながら、私は腕を振り上げた。

「――荒れ狂う、殺劇の宴……『殺劇舞荒拳』!!」

「う……うわァアアアアアアアアアアアア……!!」

トドメのラッシュ。
これを受けて、ハナビは断末魔の叫びをあげながら地へと伏していく。

その怒りと困惑にまみれた瞳はひたすらに問うていた。
ただ、何故……と。

「――教えてあげよう。お前が私に勝てない理由、それは…………

…………“白眼”を使ってないからだよ」

直後、ハナビの視界がゆっくりと闇に染まっていった……。


◆◆◆◆◆


「――ジャスト三分だ」

「ッ!?」

瞬間、はっとした顔になるハナビ。
その様は夢から醒めたばかりといった気配で、事実、意識が覚醒したという点では相違ない。

地面に両手をつき、冷や汗を垂らしながら、ハナビはポツリと呟いていた。

「……“幻術”……」

「御名答。今度からはもう少し考えてから来るんだな、“お嬢ちゃん”」

言い終わるや、私は背を向けて選手控え室の方へと戻る。
嗜虐の報酬としては、あの苦痛と屈辱に染まった表情と声で十分なのだ。

全く……私も丸くなったものだ。
というか、さっきまでのハイテンションが異常過ぎただけだが。

成程……これが、若さか……。

「―――」

ちらと、伏したヒナタにハナビが視線を向ける。
瞳には、屈辱の色が濃く残っていたことだろう。

去る私。
その心には最早何の未練もない。

だが、それはあくまでも蹂躙した側の都合だ。
蹂躙を受けた者は、到底納得がいかない。

「――まだ、だ……まだだァアアアアアア!!」

白眼の発動。
それと共に、ハナビの柔拳が背後に迫る。

やれやれ……背後からの強襲は、立派な外道技だ。
これは、正当防衛働いてもいいよね。

「――そのまま黙ってれば見逃してたものを……馬鹿がッ!」

「ぬッ……!? い、いかん……!!」

日向の所の当主が何か駆け出して来ているが、もう間に合わん。
目の前で娘が二人とも果てるところを指をくわえて見ているがいい。

「アァアアアアアアッ!!」

「ヒャッハァ!!」

振り向き様に腕を振るい、両者が交錯しかけた、その時。

「――そこまでだ、二人とも」

突き出した私とハナビの腕が、その乱入者に掴まれていた。
ったく、いつだってタイミングがいいんだよねぇ、こいつは……。

チームメイト、遅れて参上。

「……随分遅い登場じゃん、“サスケ”。醤油ラーメン修行は終わったの?」

「ああ、バッチリだ。コクと深みの真髄を会得してきた」

真顔で断言したよ、この人。
こっちは冗談で言ったのに、まさか本当に1ヶ月ラーメン修行したわけじゃないだろうな……。

「カカシ先生は……? 確かサスケを引率してたんでしょう?」

「新刊チェックがまだとか言って、書店に走ってった。帰るまでが修行なのにな」

………。
……もういいや。

で。

「遅刻してきといて、いきなり正義の味方ですか? 喧嘩両成敗とか言って聖人君子気取るんですか?
キャー! 仲裁するサスケ君かっこいー! わざわざ間に割り込むとか目立つ登場の仕方してる辺りがワザとらしくて、すっげえ馬鹿っぽ~い」

「煮込むぞ」

煮込まれたくはないので素直に謝った。
と、

「……うちは、サスケ……!」

もう片手で腕を抑えられている幼女が何やら唸りながらサスケのことを睨んでいる。

こういう光景、なんか新鮮だ。
一目惚れ乙女製造機のサスケざまぁ。

「……そうだ。君が日向でサスケが俺だ。ちなみにこいつはサクラだ」

「だから何だと?」

「何故、邪魔をする! そいつは姉様を……!!」

「そういう感情論には付き合わん。次の試合は俺だからな、さっさと出ていってもらいたいだけだ」

「おい無視か、無視なのかコラ」

「……私は、忘れないからな!!」

ダッ!

「……行ったか。全く、ああいう手合いは面倒だな。復讐や報復は何も生まないというに」

「どの口がそんなことをホザく。酒の席でお前が口走った野望を私は忘れないぞ。
後、いい加減無視はやめて。泣きそう」

春野サクラは寂しいと死んでしまうのだ。
迷信だがな。

その時、サスケが不意に指で上を指し示す。
別に雷とかは落ちて来たりせず、その指の向く先には一人の少年がいたのだ。
目の下に隈を作った、恐らく夜通し厨二小説の設定でも考えていて寝不足なのだろう、砂隠れの忍びである。

「―――」

「――早く降りてこい、瓢箪。さっさと決着をつけて醤油でも食おうぜ」

「――殺す……ッ!!」

瞬間、膨れ上がる我愛羅の殺意。

物騒極まりないその空気の何が面白いのか、サスケの顔には笑み。
当てられる桁違いの殺気に威圧されることもなく、その身は前へと踏み出す。

距離はあろうと。
その間にあるは対峙の緊張。
その肩で風を切り、二人はいざ前へと進m

ズボッ!

「「あっ」」

直後、間の抜けた声。
続く、マキビシ一杯の落とし穴への落下音。
そして、

グサッ!

「おできッ……!?」

「「「………」」」

………。

………。

………。

……私、知~らないっと。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十四巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/09/26 18:21
「――え~……では、気を取り直して。
これより中忍試験第二回戦、うちはサスケ対砂瀑の我愛羅の試合を始めます。両者、前へ!」

「―――」

審判の声に従い、我愛羅が音もなく会場の中に姿を現す。
その瞳は殺意にたぎり、戦気は遠く離れた観客席の大名達をも威圧する程。
砂隠れの里が送り出す、今期一番の忍びらしい雄姿だ。

対して、木の葉の里の忍び。

「ちょっ、おま……!? もう少し優しく抜けって! これ、地味に痛いんだぞ!?」

「男がギャアギャア喚くなや。猛毒塗ったマキビシに当たらなかっただけマシでしょうに」

「サクラァアアア!! てめ、そんなものまで普通落とし穴に仕込むか!? 死んだらどうしてくれんだァアアアアアア!!」

「墓には何を添えて欲しい?」

「縁起でもねェッ!!
…………鳳仙花」

「歪みないな」

凄く、グダグダだった。



閑話休題。



サスケと我愛羅。
下忍にあるまじき力量とセンスを持つ二人の忍びが、今、会場の中央で対峙している。

片や、不敵な笑み。
片や、殺意の笑み。

吹き抜ける木の葉の里の風までもが、その戦闘の始動を待っているかのようだった。

「――よう、待たせたな。これからお前に神を見せてやるぜ、覚悟しな」

「――殺してやる。殴殺して圧殺して刺殺して絞殺して惨殺して轢殺して、完全に息の根を止めてやる……!」

二人の間には何もなく。
しかしてそこには、鎬を削り合う猛烈な闘気の火花が散っている。

そして。
開戦の時が来た。

「勝負……始めッ!!」

「!!」

審判が合図を掛けた、その直後。
先手を取ったのは砂の飛礫、我愛羅の攻撃。
触れれば骨まで砕ける圧倒的威力を秘めた砂弾がサスケへと迫る。

だが、サスケはそれを前にしても不敵な笑みを崩さない。
その両手に“二刀”が握り込まれる。

「斬る……!!」

一刀両断、否、二刀乱舞。
襲いかかる無数の砂を、サスケはその手の二本のクナイで悉く切り裂いていく。

腐っても天才忍者、エリート一族うちはの一子。
相変わらず私からすれば忍びの戦い方では全くないのだが、まあ、その技巧は大したものだろう。

繰り広げられる二刀の防御を、我愛羅の砂弾は破れない。

と、

「鉄甲さにょッ!!」

サスケの両の手のクナイが投擲され、未だに不動の我愛羅に飛び道具の脅威を与えにかかる。
木の葉の攻勢だ。

ちなみに、サスケは多分“鉄甲作用”と言いたかったのだろう。
比較的真剣な勝負なのに噛んだよ、あいつ。

「ふんッ……!」

飛翔する二つのクナイ。
だが我愛羅は一瞥した後、鼻を鳴らしてそれらを無視する。

クナイの射線上には分厚い砂の壁。
絶対防御と名高い、自動発動の砂の盾である。

どうでもいいけど、あれって風呂入る時も付いてくんのかな?
銭湯とか絶対行けないよね。

「無駄だ……!」

我愛羅の言葉通り、クナイは砂の盾に阻まれてその刃先は相手に届かない。

無駄に終わった投擲。
しかし、サスケの顔には落胆や驚愕などはなく、ただ不敵な笑みのみが浮かべられていた。

「弾けて混ざれ……!」

「ッ!?」

瞬間、弾けるクナイ。
起爆札の巻かれたその二本は爆発し、衝撃によって攪拌、砂は空気と混ざる。

サスケの手は、既に寅の印を結んでいた。

「火遁・豪火球の術!!」

燃え上がる豪火。
放射された火炎は砂中の攪拌された空気を糧とし、その砂の盾ごと焼き尽くさんとする。

瞬間、爆発する我愛羅の砂。
自動防御が仇となったか、砂の盾自体が爆発の脅威と成り果て、至近の術者を襲う。

ドガァアアアンッ!!

「やったってば……!?」

私の隣でナルトがさえずる。
だが、その言葉は失敗フラグだ。

爆煙が晴れ、そこには我愛羅が……顔にヒビの入ったグロテスクな我愛羅が仁王立ちしていた。
気持ち悪ッ!

「砂の鎧……!」

「僕は、アレにやられたんだ……!」

後ろで激眉師弟が少年漫画の脇役が如きテンプレをのたまう。
声は屈辱に染まっていて、あれだ、実に私好みのネガティブ一色だ。

「―――」

だからってホモダチになる気はないぞ、ゲロハゲ野郎。
こっち見んな。

「――砂よ……!」

我愛羅が腕を掲げる。
全身のヒビが瞬く間に修復されていく中、手動で操るその砂がサスケの周囲を囲む。
そして、

「殺せッ!!」

ドパァアアアンッ!!

「!?」

一瞬で、砂が弾けた。
幾つもの砂の槍が降りかかり、三次元的全方位攻撃をもってサスケを空間ごと押し潰す。

僅かな隙間を縫ってサスケが駆けるが、それでも、砂槍の魔手は獲物を決して逃がさない。
殺到する砂が、全てを飲み込んだ。

「砂縛柩……!」

そのまま、大容量の砂塊が空中へと持ち上がる。
続く光景に、観客は息を呑んだ。

「砂瀑送そ……」

「――壊れろ!!」

瞬間、大爆発を起こす空中の砂塊。

何が起こったのかはわからないが、結果だけを見ればその爆発はサスケを救ったのだろう。
降りしきる砂の光景に観客達が辟易する中、忍びが持つ鷹の目だけがそれを捉える。
飛び出した黒い影が、我愛羅へと一直線に走っていったのである。

その両手には、再びの二刀が握られていた。

「はァッ!!」

「ッ……!?」

斬りかかるサスケ。
迫るその刃を前にして、我愛羅は驚愕の念を抑えることが出来ないでいた。
砂塊から脱出したこともそうだが、二つの刃が繰り出す斬撃が、あの強固を極める砂の盾を難なく切り裂いたのだ。
見てるこちらが驚いてしまう。

我愛羅の頬に一筋の血線を刻んだのは、装飾の施された二本の刀による斬撃であったのだ。

ってか、どっから出したんだよ。

「二刀流・羅生門……!!」

二つの刃の軌跡が眼前の砂を捉え、文字通り絶対防御の盾を真っ二つにする。
凄まじい切れ味だけど、お前、そろそろ自分が忍者だってこと忘れてるだろ?

目を見開いて驚くも、しかし、我愛羅とてさるもの、手動によって砂を操り、地面を陥没させることによって窮地を脱する。
足場を無くしたサスケは……そのまま、余裕の笑みのままに後ろへと跳ぶ。
その姿に、観客のご婦人方は大歓声をあげていた。

「キャアアアアアアッ!!」

「サスケ君カッコイイィイイイイイイ!!」

「頑張ってェエエエエエエ!!」

「「俺達の技の名前をパクるなァアアアアアアッ!!」」

全く、今更だがあいつの人気は凄いものだ。
大衆受けするヒーローの戦いなんて忍びとしてはアホらしいが、まあ、人気は出るのだろう。

会場の観客は欣喜雀躍。
私の隣りで叫んでる変な着物の人なんて、何でだか首が二つあるように見える。
いやはや凄い熱気だね、ホント……私、眼科か精神科に行った方がいいのかなぁ……。

「畳み掛けるぜッ!!」

試合場に目を向ければ、サスケが何やら叫んでいる。
その手に刀は既になく、代わりに取り出されたのはいくつもの風魔手裏剣――大型の戦闘手裏剣だ。

何度もいうのはアレだけど、ホント、どっから出してるの?
サスケは四次元ポケットでも持っているのだろうか。

「“手裏剣”に“炎”を加える力――火遁・火葬式典!!」

瞬間、サスケの持つ風魔手裏剣に赤色のチャクラ――恐らくは“火”の属性のチャクラが宿る。
あれは一体……

「――火遁のチャクラを忍具に纏わせて発火能力を持たせ、攻撃力を増大させる……サスケが修行で得た力だ」

「「「!?」」」

不意に、後ろから声が発せられる。
果たしてそこにいたのは……白髪覆面の変態上忍だった。

「カカシ先生ッ!!」

「よお、ナルト。それにサクラ。それにガイにリー君。遅くなって悪かったなぁ」

「カカシ、貴様教え子の試合にまで遅れるとは、熱さが全く足りていないぞ。いいか、青春とはな、青い春とかいて……」

何やら語り出した激眉師弟の師の方はおいておき、私は背後へと目を向ける。

「……で、今までのがサスケの修行の成果? 何か侍っぽい派手な戦い方になってるんだけど」

私のその言葉に、カカシ先生がやる気のない口調で答える。

「いやぁ、ねぇ……最初は俺も自慢の“雷切り”でも教えようと思ったんだけど、なんかあいつ、『ラーメン作りに電力なんか必要ない、必要なのは火力と切れ味だ!』みたいなことを言い出して……」

……あいつも大概だな。
確かに中華は火力だが、何か別のものと勘違いしてないだろうか。

「まあそれで、仕方ないから火遁関係を教えていって、後はずーっと剣術ばっかやってたな」

「剣術、ってば?」

ナルトの不思議そうな声に、カカシもやはり不思議そうな声で返す。

「そう、剣術。何かあいつ、刀に生きる道に目覚めたらしい」

「それでさっきの剣捌きですか……」

「付け焼き刃とはいえ、凄まじい威力だったな」

激眉師弟が感心したような顔をする。

確かにサスケの二刀の威力は凄かった。
我愛羅の砂の防御を切り裂く程なのだからその凄まじさは推して知るべしだろう。
さすがは戦闘民族、うちは一族だ。
かの有名な“かぐや一族”にすら、その才と力は匹敵するのだろう。

(……ただ、あれはどちらかといえば剣術じゃなくて……)

思案した、その直後。
試合場に轟音が鳴り響く。

「いくぜェエエエエエエ!!」

気合い一閃。
投擲された無数の火のチャクラを纏う風魔手裏剣が、過たず目標の我愛羅へと迫る。

瞬間。

「――皆殺しだァアアアアアア!!」

砂が、形を作る。
その外観を見て取るには一本の腕、何か動物の鋭利な爪と巨腕が圧倒的な存在感を放っていた。

「ぐウウウウウウゥゥゥゥゥゥッ……!!」

何故か急に苦しげに呻きながら、我愛羅本体が丸い砂の球体に覆われていく。
その硬度は見るにも高く、容易には破れないことは遠くの私達にも理解出来た。

そして、

ガキンッ! ガキキィンッ!!

球体から伸びるようにして形成されていた腕が、飛来した風魔手裏剣の幾つかをなぎ払う。
炎上する発火手裏剣など気にも留めない。
真実、恐るべき剛力だ。

「力尽くだってば……! あの砂の腕、速いし強いってばよ!!」

「はい……! それにあの球体、まだ何かあるようです!!」

左隣りの二人の言葉通り、球体からは他にも何本もの砂の腕が伸びてくる。

球体から伸びた八本の腕ならぬ脚。
グロテスクな光景だが、その脅威はありありと感じられる。
観客もその姿には戦々恐々だ。

「イヤァアアアアアア!!」

「気持ち悪いィイイイイイイ!!」

「怖いィイイイイイイ!!」

「蜘蛛キャラは俺だけで十分だぜよォオオオオオオ!?」

様々な叫び声があがる。
まるでホラー映画でも見てるかのような騒ぎっぷりだ。

私の右隣りの右隣りの人なんて、腕が六本、目が三つもあるくらいに叫んでる。
アハハ、あれは確かに蜘蛛だよなぁ、アハハハハハ……私、ホントに何かの病気なのかな……幻覚が見える……。

「――!!」

八本の腕が動き出す。
迫る風魔手裏剣を片っ端から弾き飛ばし、その爪が地面を削る。

掠っただけで肉塊へと変える砂の怒涛に、標的たるサスケは――

「フン……でかいだけか? 十年遅いぜ……!!」

――既に、その懐へと入り込んでいた。

ザシュンッ! ザシュシュンッ!!

「おおッ!?」

「何とッ!!」

試合場の宙を舞う四本の砂の腕。
信じ難いことに、それはサスケが再びの双剣によって斬り飛ばした、その結果の出来事らしい。

一刀二閃、計四つの斬撃。
宙を舞う四本の腕。
その両手には今度、何やらまた別の短剣。
見事であり、剣舞するサスケは優美だ。

そして間違いなく、お前は忍者をやめて侍になるべきだろう、ドラ◯もんよ。

場の空気は盛り上がる。

「す、凄い……!!」

「さすがはうちは、か……!!」

「ま、まあ、認めてやってもいいってばよ……!!」

「ナイスだぜよ!! これで奴は蜘蛛じゃあない!!」

「ついでに技名も別のものに……」

ドゴンッ! ドゴンッ!

「……ったく、どこにいるかと思えば……このゲスチン野郎共が」

会場内は湧き上がる歓声に溢れ返っていた。

ふと後ろを見る。
そこにはズルズルと二人の男を引きずっていく赤髪の女の人が一人いて、実に不機嫌そう。
その女の人もまた変な着物を着ていて……あれ、そういえばあの着物どっかで……。

「確か、死の森で誰かが着てたのを見たような……」

回想にふけようとした、だが、その直後。

私の目の前には、“白い羽”が降ってきていた。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十五巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/10/12 22:33
木の葉の里領域内――第29訓練場

「――フッ……フッ……フッ……フッ……ハァッ!!」

腕を振るう。
自分の制御を離れた鉄の塊は、しかし、狙い通りの軌跡を辿って空を切り裂いていく。

瞬間、幾つもの刺突音。
視線の先の丸太――通称『サクラ君十七号』は、手裏剣によって針鼠になっていた。

「フッ……フッ……フッ……フゥ」

息を整える。
手裏剣の次にクナイの投擲を行おうと、忍具ホルダーに手を伸ばそうとして――

「あらあら。イノちゃん、いい腕してるわね~」

――場違いな程に間延びした女性の声が、私の背後から聞こえてきた。

「うひゃうッ……!?」

驚いて、不覚にも奇声をあげながら後ろを振り向く。
そこには私の親友と同じ桜色の髪をしたニコニコ笑顔があった。

「お、おばさん!? 居るなら居るって言って下さいよ!!」

「御免なさいね~。でも、イノちゃんがあんまり一生懸命だったから、何だか声をかけ辛くって」

「……だからって、そんな気配を消さないでも……」

別段初めてのことというわけでもないのだが、それでも、何度体験しようとこの感覚は慣れない。
不意に後ろから声をかけられるなど、軽い恐怖だ。

「それよりイノちゃん、こんな時に訓練? 中忍試験、見に行かなくていいのぉ?」

そう。
今は中忍試験、会場ではその本戦の真っ最中のはずだ。
皆そっちの方を見にいっているのだろう、ここの訓練場は今、実に閑散としている。

それなのに何故、私がここにいるのかというと……。

「いいんです。興味ないから」

端的にいえば、そういうことだった。

「あらあら、本戦には同期の友達もたくさん出てるんでしょう? それなのに興味がないの?」

「他人を見てる暇があるなら、先ず自分を鍛えたいですから。
……それに、結果なんてのも大体わかりますから。サクラなんて、相手があのヒナタでしょう? 絶対勝てるわけがありません」

「あの子も酷い言われようねぇ。まあ、間違ってはいないんだけど」

事実は事実。
忍びは物事を客観的に見なければならないのだ。

「ところで、何か私に用ですか? おばさんは中忍試験、見たいんでしょう?」

「あらあら、話が早くて助かるわ~」

……どうにも気が抜ける口調である。
そのくせ実態は木の葉のくの一拷問班々長で、聞いた話では女暗部部隊の隊長なんて噂もあるのだから、人は見た目では判断出来ない。

「実はねぇ、イノちゃんにお願いがあって来たの」

「お願い?」

私が聞き返す。
だが、その瞬間――

「――そう、“お願い”……」

「!?」

――空気が、凍った。

空間を満たす濃密な気配。
肌が泡立つくらいに禍々しくて恐ろしい、負のオーラ。

おばさん――春野紅葉の雰囲気が、確かに変わった瞬間だった。

「この巻物をねぇ、試験場にいるあの子に届けて欲しいのよぉ……勿論、中は見ないままで、ね……」

「あ、あの子って、サクラのこと……? で、でも、それなら何でおばさんが届けないん、です、か……?」

その言葉に、おばさんは笑みを返した。

「ちょっと用事があってねぇ、今から忙しくなるのよぉ。私や私の旦那や……あと、色々と怖い人達もねぇ」

「こ、怖い人達……?」

「そ。具体的にいえばぁ……“ハルノの兵隊”、とかかしらねぇ……」

「!!」

瞬間、体中に電流がはしる。
おばさんの言葉は、しかし、私には衝撃であったのだ。

春野……否、覇流乃の家には、サクラとその両親以外に親族はいない。
それで尚、ハルノの兵隊とはつまり――覇流乃家と専属契約した歴戦の傭兵達のことであった。

正規の忍者ではない、にも関わらず特異な能力を操る集団。
戦闘のエキスパート、精鋭中の精鋭。

その彼らが、動く。
それは即ち、緊急時においてのみ運用が認められる戦闘集団、その動員に他ならない。
転じてそれは、今の木の葉の状況をも表していた。

「まさか……“十傑集”が、動くんですか!? ということは、今、木の葉は……!!」

問い正そうと私が叫んだ、その時。

「――“トラウマ”、もう大丈夫なのぉ……?」

「!!」

気付けば、私の全身はおかしい程に震えていた。

瞬間、過去の記憶が蘇る。

不快そうな表情の少年。
それを宥める幼い自分の姿。
桜色に輝く法衣を纏った自分と……その直後、血塗れで倒れている自分。

泣きじゃくりながら謝っている桜色の髪の少年と、やっぱり血塗れで倒れてその泣き顔を見ている自分。

あの光景を思い出して、耐えようとして……でも、震えは全く止まらなくて。

それでも、おばさんの手前、うずくまりそうになるのを必死に耐えながら、顔だけは笑顔を作ってみせた。

「……大丈夫、ですから……」

「……そう……」

しばらく続いた沈黙。
その内に時間に余裕が無くなったのか、おばさんがこちらに背を向ける。
羽織った外套の背中、そこに刻まれている“BF”の文字が、今の私の眼にはやたらと目についた。

「じゃあ……巻物、よろしくねぇ。辛いだろうけど、頼めるのは“十傑集”を知ってるイノちゃんだけだから」

そうして。
おばさんの体は、“何の前触れもなく唐突に”、その立っていた場所から消えた。

未だに未熟なサクラなどとは比べるべくもない、それは完璧な隠行。
気付かないのではない、気付けない、そして気付かせない。
隠密の頂き――暗部に君臨する夫婦二つの影、その内の一人の技量は、やはり凄まじかった。

「………」

しばらくをそこでうずくまって過ごし。
ようやく全身の震えが収まってきた頃、その視線の先に置かれた巻物を見る。

木の葉最強の戦闘集団、その動員。
そして彼らに唯一命令を下すことが出来る、覇流乃の当主自らの行動。
存在を知っている者を仲介しての、子息に渡される巻物。

子細はわからない。
だが、ただごとでないのは誰の目にも明らか。

こんな所で訓練など、ましてうずくまっている場合ではない……!

「くっ……! 急がないと……!!」

巻物と、あと忍具だけを急ぎ拾い集め、私はすぐにそこから駈け出す。
視線の先の試験会場では……やおら、黒い煙が幾本も立ち昇っていた。


◆◆◆◆◆


中忍試験本戦会場――観客席最上段

舞い散る羽は柔らかで、見るだにそれは人の心を弛緩させる。
見る者触れる者、皆々その悉くを睡夢へと誘うそこは、正しく涅槃の精舎、煩悩を散らす悟りの修験者達の空間。

悟り、そして人々は目を閉じていく……。

ま、だから何なんだって話しだけどね。

「何、この羽……? 誰か竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)でも使った?」

隣りを見る。
だが、いない。
その下を見ると、そこにはいびきをかきながら爆睡する、オレンジジャンプスーツの馬鹿一人。

さらにその隣りでは、車椅子に座ったまま何やら寝言を呟く、オカッパゲジ眉の変態一人。

「ムニャムニャ……サクラさん、僕と……僕と、セッ」

「フンッ!!」

ドゴォンッ!!

「ぐほォァッ……!?」

言わせねーよ!

私の放ったネオタイガーショットがコメカミに綺麗に決まり、変態は再び意識を失う。
放物線を描きながら変態は階下へと落ちていき……あ、木に引っ掛かりやがった。
畜生、どうせならいっそ永眠させにいくか?

本気でそれを考えながら、身体は現在の状況を把握しようと視線を周囲へはしらせる。

会場はどこからか湧いた大量の敵で溢れ返っていて、警備していた暗部や上忍がそれの迎撃に出ている。
恐らくは幻術だろう、先程の白い羽の術で眠った一般人や下忍は放置したままに、そこここでは忍術やらクナイやらが乱れ飛んでいる。
まさに、中忍試験本戦会場は戦場と化してしまったわけだ。

見える敵には音の忍びと、あと砂の忍び。
子細などは分からないが、まあ、十中八九中忍試験のドサクサで紛れ込んだ他里の侵攻だろう。
試験中で警戒が強い今をわざわざ狙ってくる辺り、敵の考えはよくわからないが、緊急事態には違いない。

私は背後を振り向く。
こういう時のための上忍なのだ。

「カカシ先生、激眉師匠、こういう時はどうしたら……」

言いかけて、止めた。
何故なら二人とも、既に襲いかかってきていた敵の忍びとバトっていたからだ。

「お前があの、木の葉の白い牙の息子かァアアアアアア!! 写輪眼のカカシを討ち取ったとなれば、俺の名声もレベルアップぜよォオオオオオオッ!!」

「うおッ!? 何だこの糸……!?」

「「何で俺の相手がテメエなんだよォオオオオオオ!! だいたいトランプのスピードで相手決めって、腕が六本もあるあいつの方が圧倒的に有利だろうがァアアアアアアッ!!」」

「むう……!! 二つの首とは面妖な奴め!!」

中々に手強いらしく、二人は苦戦していた。
というか、あの二人って敵だったんだ。
何か強いイメージが無いんだけどなぁ……。

まあ、それはさておき。

独りぼっちの国家間戦争最前線。
この状況で下忍一人に出来ることなんて、まあ、ない。
ならばこそ……私は自分一人でこの状況を乗り越えねばならないのだろう。

「……とりあえず、死んだフリを……」

血糊と刃先が引っ込むギミッククナイを準備しようとした、その瞬間。

「――何も言わない。ただ、死ねッ!!」

「!?」

私のLUCK(幸運)Eランクが発動したのだった。

突如としてわいて出た人影、音の額当てをした忍びの殺気。
その軌跡の先にいたのは果たして私で、そして、私の眼前にあるそれは見知った顔だった。

担当上忍に聞いた話では、木の葉の里への音からのスパイ。
サクラ的ヤバい人ランキングNo.1のオロさんの腹心。
即ち、薬師カブト。

……まあ、この状況でバリバリ意識のある私が狙われても、おかしくはないのか……。

「―――」

迫るクナイの一閃。
不意打ちな上に白兵戦がからきし駄目な私では、その侵攻は止められない。
頼みの上忍二人は、何故かオヤスミグッナイを地でいってるし、このままでは私は間違いなく死ぬ。

……イヤァアアアアアアアアアアアアッ!!

クナイが私の肉体を貫こうとした、その瞬間。

「――守護を強いては契約の儀!」

「――なれば我等も心せん!」

ゴキャアッ!!

「ぎッ……!?」

――閃いた交差する二つの棍が、薬師カブトの右腕を打ち抜いていた。

「ぐ、ァ……腕、が……ッ!?」

呻く薬師カブト。
その片腕は本来ならばあり得ない方向に曲がっていて、罅や打撲で済まないでいるだろうことは一目瞭然だ。

膝をつく奴と私の間には、二人の僧……否、二人の戦僧が立っている。
その腕には自在節棍、七節棍と呼ばれる武器を持ち、顔を編み笠で隠す二人の僧兵。
今し方、私へと迫った薬師カブトの右腕を粉砕した者達である。

二対四つの見えざる視線が、鋭く前へと向けられていた。

「――主の命により、この方の命運は我等が守護の下に!」

「――去れよ、隠者。隻腕になるは己が未熟の結露である!」

直後、二人の棍がガキンッと組み合う。

「「――もしこれ以上を押し通るならば、その命、諦められよ!!」」

二人が放つ常識外れの殺気に驚愕するのも束の間、薬師カブトの視線は彼らの首元、桜の花の家紋が刻まれた首掛けを捉える。

「!! その家紋、覇流乃の……糞ッ!!」

瞬間、薬師カブトの姿がそこから消える。
残ったのは私と、突然現れたその二人の戦僧だけとなった。

瞬間。

「――ご無事に御座いますか、覇流乃の次代の巫女よ!」

「――拝謁の聴を賜うことなく訪れたこの戦場、どうかお許しを!」

いきなり振り返ったかと思えば、唐突に頭を下げる二人。
そしてその、“巫女”という言葉。

「………」

怒りは、出て来ない。
私が男であることは目の前の二人も知っている。
形式的にそう呼んでいるだけだろう。

覇流乃の当主は、代々巫女。
男であろうと女であろうと、当主の座についたものはそう呼ばれる。
それが“彼ら”との、昔から続く取り決めだからである。

……そして、彼らに私が巫女と呼ばれることは、絶対に必要なことなのだから。

口を開く。
先ずはこの、見覚えのある連中の確認をする。
が、

「あんたら……“血風連”の?」

「「左様です!!」」

ものすごい剣幕だった。
珍しく真剣に向かった自分が恥ずかしい。

「そ、そう……あ、そういえば他にもいるの……? 確かあんたらってたくさん居たよね?」

「「召集!! 次代の巫女の御意志である!!」」

いきなり立ち上がり、大音量で二人が叫び声をあげる。
同時にその手の棍が打ち鳴らされ、戦場と化した会場には何故か不思議と金属音が鳴り響く。

その、直後。

「「「我等名前を“血風連”、総員参じて御前に!!」」」

「………」

実に総勢20人前後、編み傘の連中が一斉に私の前に姿を現していた。
少し、いや、かなりシュールである。

「……で、何であんたらが? 確か“十傑集”は緊急時しか……って、ああ、そうか。今か」

大方、私の両親が奔走してるんだろう。
愛国心の強い人達だ。
木の葉の里の最終兵器を真っ先に投入するなんて。

にしても、手が早いな。

……さては暗部の連中、この乱戦を予想してたか……?
何というか、準備のいいことで。
両親といい、暗部といい、木の葉思いの人達がこの里には一杯だ。
暗部って、そういう奴らばっかなんだろうか。

「それで、私の守護? 護衛でも任されたの?」

「「「然り!! 御身を保護した後に、その指揮下に入るようにと、我らが主“直系の怒鬼”様の命に!! 各国放浪中にて火の国を離れている“他の方達”への連絡役を除き、先ずは我等がはせ参じた次第!!」」」

「……そ。私の指揮下、ね……」

一介の新参下忍に、里のリーサルウェポンの末端部隊を指揮させる、か……。
いくら“十傑集”が覇流乃一族の命令しか聞かないっていっても、その指揮を私みたいな奴に普通任せるかねぇ……。
何というか、血筋って恐ろしい。

「じゃあ、“怒鬼”は近くにいるんでしょ? 何してんの?」

「今代巫女夫婦方と共に、国境周りを固めております!」

「次第に輪を縮め、敵を一網打尽にする策とのこと!」

「「「次代の巫女よ、どうか御指示を!!」」」

……何というか、熱い人達だなぁ……。
忍者なんかよりずっと強いだろうに、何でこんなに忠誠心あるんだろう。
弱みでも握られてんのか?
それともウチの両親が実は滅茶苦茶強いとか。

……まあ、別にいいけどさ。

「……じゃあ、あそこで交戦中の白髪覆面と激眉緑スーツの上忍二人に加勢してやって。あと、会場内の敵も適当に殺しちゃって。細かい指示はしないから。自由戦闘」

「「「御意に!!」」」

瞬間、放たれる編み傘、会場に飛び出る無数の人影。
戦闘を始める彼らの姿を見ながら、私は今更にしみじみと、今は緊急事態なのだなぁと実感していた。

「さて……私はどうするかな。我愛羅もサスケもいないし」

会場には既に交戦していた二人の姿はなく、まあ、こんな事態なら二人ともどっか各々抗戦にでも入っているのだろうと推測は出来た。
サスケはああ見えて正義感強いし、我愛羅はもろ砂の忍びだし。

……あの二人なら、別に放っておいても問題ないだろう。
忍者やめてる人達だし。

「とりあえず……馬鹿でも起こすか」

ズドンッ!

「ふぎゃあ……ッ!?」

一瞬の後。
私の足下から聞こえてくるのは、オレンジジャンプスーツの馬鹿の悲鳴と呻き、ただそれのみであった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十六巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/11/07 18:33
山の国・北部高山領――大陸最高峰『緒面嵐魔(ちょもらんま)』山頂

「――そうか。では、かねてよりの“あの作戦”を、我らが巫女殿は発動するつもりなのだな?」

「御意に」

瞬間、山頂であるそこに突風が巻き起こり、編み笠の男、血風連の体がよろめく。

空気は薄く、気温は氷点下のその場において、しかし、血風連に問うたその男は微塵も揺るがない。
自作のウッドチェアーに腰掛けたまま、優雅に紅茶を啜るその姿は場違いにもかかわらず、むしろ貴族のそれを彷彿とさせる。

「ふむ……遂にこの時が来たということか……」

男は視線を物憂げに空へと向ける。

異国の衣服、スーツと呼ばれるそれに多機能付眼帯を装着する男は、空に浮かぶ星の数を何とはなしに数えてみる。

1、2……100……1000……10000……100000000……。

2秒程経ち、66億6000万程まで数えたところで男は頭を振った。

キリがない。
そう、キリがないのだ。
いくら数えようとも限界には届かず、むしろ数えれば数える程にその総数は増えていくようですらある。

尽きることのない無限の数。
それはまるで人間の欲望のようではないかと、男は密かに溜め息を吐いた。

「これも運命(さだめ)か……意地も張れぬ繁栄などに意味はない。そういうことなのやもしれぬな……」

「……は……」

再び、突風が吹く。
今度は揺られぬよう足腰に力をいれた血風連は、吹き終わった後に視線を上げる。

紅茶を飲み干し、代わりにその口に葉巻タバコをくわえた“偉大なる十人の内の一人”が、威風堂々とした姿で血風連の眼前に立っていた。

「――ならばやむなし。この力、我らが“大いなる炎”のために使おうぞ。主のために敵を討ち、朋友と共に人道を踏破する……ついて参れ。ただし、お主の足に合わせはせぬぞ」

男が人差し指を葉巻へともっていく。
直後、膨大なエネルギーが圧縮し、弾けたかのような音がした後、男は葉巻の煙りをくゆらせる。
両腕を組み、そして、男――十傑集が一人、“衝撃のアルベルト”は口を開いていた。

「――では、宴へと参ろうか!!」

「くッ……!!」

刹那、二人の体がその場からかき消える。
血風連が多少、いや、かなり遅れながら、ハルノの最大戦力達は集まり始めるのだった。


◆◆◆◆◆


木の葉の里・中忍試験会場近辺

ハローハロー。
皆は元気?
私は現在、乾いた笑いしか出てきません。

森の中を疾走。
慣れた木の葉の森の中を木々伝いに行くことはそう難しいことではないが、その道中の侵入者共は少々目障り。
一体どれだけの戦力で木の葉隠れを攻めてきてるのか、その数は最早異常だ。
全く……サスケのおかげでえらく物騒な森林浴をすることになったものだ。

ナルトを蹴り起こしてしばらく。
血風連の内の一人が見てたらしく、どうやらサスケは逃げる我愛羅を追って会場の外まで行ったらしい。
それだけならあの二人のこと、別に放っておいても良かったのだが……運の悪いことにそれを、あの白髪変態覆面も見ていたらしい。

「追って連れ戻してこい」

「やだ」

「何で?」

「危なくて恐いから」

即却下、ついでに減給の脅迫まで。
くそう……権力の“正しい”使い方をしやがりまして……。
敵の蜘蛛野郎が撤退したの、誰のおかげだと思ってるんだ……。

……血風連のおかげか……。

そして現在。
ナルトと一緒に移動中である。

「……何で俺まで……」

「うっさい。チームだろう。大体私が働いてるのにお前が寝てるなんて許せない」

「っていうか、サクラ“ちゃん”一人だけなら隠密使った方が手っ取り早かったってばよ!」

「馬鹿言うなあっ! ヒナタとの試合後なんだぞぅっ!? お前じゃないんだから、そんなに早く回復するわけあるかぁっ!」

言いつつ、足下に起爆札を一枚ぽとり。
直後。

ドカァアンッ!!

「ふぎャアアアァ……!?」

響く爆音と悲鳴。
アフロで煤だらけのナルトが生まれたのであった。
“ちゃん”付け野郎、死すべし。

と、

「――いたぞ、木の葉の“桃髪”だ!!」

「カブト様の命令だ、最優先で排除しろ!!」

どこからか湧いてくる敵の忍び。
見つかる私ら。
起爆札は……ちょっと派手だったらしい。

「……見つかっちゃった。メンゴ」

「メンゴ、で済むかってばァアアアアアア!!」

珍しいナルトのツッコミ。
こいつにツッコミが出来るだけの知能があってなんて、私ビックリだ。
サクラ、ビックリ。

迫り来る音の小隊。
彼らの殺傷範囲に私達の体が入る、だが、その瞬間。

ズドドドドドドッ!!

「「「!?」」」

その走りは唐突に中断する羽目になったのだった。

さながら隕石の如く、天から一斉に降りしきる編み笠の男が三人。
A級犯罪者ともタメをはれる武芸者集団、血風連の強襲である。

護衛がついていてこその、先程までの私の余裕なのだった。

「――コロせ」

「「「御意!!」」」

そして、はぜる和装の群れ。
裂帛の気合いは空を裂き、哀れな獲物へと捕食者はその刃を向ける。

ワンサイドゲームの始まりだ。

「せ、戦僧……!? 何だこいつら……ぐ、ぐァアアア!?」

「馬鹿な、我々の目で捉えきれぬだと!? そんなことが……!!」

「ちィ……!? こいつら、見かけによらず中々……!!」

忍術を弾く。
刀を捌く。
乱射される手裏剣やらクナイやらを全て紙一重でかわし、自在節棍の一撃にて確実に頸椎をへし折る。
あまつ棍を頭上でぶん回し、まるで鳥のように宙空まで飛び始める。

彼らにとってはそんなこと児戯にも等しい行為のようで、私はただただ乾いた笑みを浮かべるばかり。
ナルトはナルトで、当然のように繰り広げられるその光景に唖然としていた。

「……これが、凄腕の忍びの戦い……」

「いや、違うから。全然忍びの戦いじゃないから。最早人外だから」

全くの事実である。





で、数分後。

「敵一個小隊の撤退を確認」

「追撃しますか?」

「当ぜ……いや、やっぱなし。私達の護衛を優先して」

「「「承知」」」

「……無傷だってばよ……」

物騒な森林浴である。


◆◆◆◆◆


「――うちは御剣流奥義・九頭龍閃!!」

合気と共に放たれる九つの斬撃。
眼前は一人へと向けて繰り出されるそれらは、その全てが人体の急所を狙い放たれる、必殺の一撃。

完璧にその斬撃の間合いに入った敵――砂瀑の我愛羅は、しかし、不敵に笑う。

「――舐ァアアアめるなァアアアアアアッ!!」

瞬間、我愛羅の背から伸びる砂の腕の一閃が六つ瞬き、それぞれが斬撃の威力を相殺する。

会場にてサスケに斬られ失った二本の腕。
残った六本は今全て使い、我愛羅本体へは三つの斬撃が迫る。

「フンッセァッ!!」

左右からの斬撃を両腕で弾く。
残りは一つ、脳天へと振り下ろされる唐竹割りの一閃。

「もらったァ!!」

「ブルァアアアアアア!!」

当たると予感したサスケ。

だが、惜しい。
刀の一閃は我愛羅へと吸い込まれ、その犬歯による噛みつきによって止められる。
直後。

バキャアアアンッ!!

白刃の刀身が、粉々に噛み砕かれた。

「影打を折った……!? なんて顎をしてやがるッ!!」

「舐ァめるなァと、言ったぞォオオオアアアアアアッ!!」

炸裂する砂の拳。
最早暴風といっても差し支えない衝撃は轟音をたてて迫り、剣戟後の無防備なサスケへと容赦なく打ち込まれる。

地から巻き上げ、周囲全てを吹き飛ばす怒涛。
その強烈な一撃にはたしてサスケは……未だ、息をすることを許されていた。
小柄な体が幸運だったのか、拳そのものよりも先に叩きつけられた突風によって、彼の軽い体は宙へと吹き飛ばされていたのだ。

「こぉん……のッ!!」

いい様に飛ばされる自身を恥じつつ、せめて一太刀とばかり、サスケは折れた刀の柄を捨ててその手にクナイを握りこむ。
無重力状態における手足の動き、質量のモーメントによって体勢を整え、同時に放たれた二本のクナイは、しかし無力にも砂の腕の一閃によって呆気なく弾かれていた。

「俺の渇きを……癒せェエエエエエエッ!!」

「!?」

襲い来る暴風、砂塵の竜巻。
舞い散る木の葉をまるで削岩機のように一瞬で粉砕しながら、死を誘うそれはサスケへと迫る。

――避けられない。

(“アレ”を使うか……!?)

逡巡するのも束の間。
次にサスケの耳に入ってきたのは、はたして……“同僚の嬉々とした声”だった。

「――ケケケ……や~られてら」

刹那。

「ぬォッ!?」

響く間抜けな声。
突然の衝撃に反応出来ず、サスケは引っ張られるがままに地面へと墜落する。

鼻の先三寸をよぎる暴風。
自身の服の襟を握る和装の男――血風連を視界に入れて、その直後、サスケは“その声”を我愛羅の背後に聞き取っていた。

「―― 一撃必s」

現れ、手にチャクラを集めるサクラ。

が。

「――俺の背後に立つんじゃねェエエエエエエッ!!」

「ぶべらッ……!?」

丸太のような太さの尾の一振りで、あっさり弾き飛ばされていた。

全く以て無様である。

「ハ、ハルノ様ご無事でッ!?」

「……笑えよ、血風連……」

「そ、そんな……笑うなどと……」

同情が心に痛いサクラであった。

涙目になりながらも桜色の髪の下忍は立ち上がり、そして、“逃げる”。

「撤収~!!」

刹那、血風連達の足下で地面が弾け、サクラやサスケを担いだ和装の姿が木々の間を駆け抜ける。

ケツまくって。
尻に帆をかけて。
まさに脱兎の如く逃げ出す、いっそ清々しいくらいに背を向けるサクラ達。

その姿を見て、当然、我愛羅が何も思わないはずはなかった。

「――お前らァアアアアアア!! 男に後退の二文字はねェエエエエエエッ!!」

凄まじい形相で追撃をかけてくる我愛羅。
その圧力に、サスケは薄ら寒いものを感じていた。

「――おいサクラ、俺を放せ! こいつは俺の」

「獲物って? 冗談はその“剣”だけにしとけ、ドラ○もん! こっちには減給の危機が迫ってるんだ! お前の都合なんて」

「知ったこっちゃねェエエエエエエ!!」

「お前が言うなァアアアアアア!!」

「……ふざけやがってェ……!!
貴ィ様ら纏めて、微塵切りにしてやるァアアアアアアッ!!」

遂にブチキレ、怒りの叫びを撒き散らす我愛羅。
その背、六本の砂の腕が眼前の敵を射殺そうと蠢いた、その瞬間。

ドガァアアンッ!!

その背が、突然爆発した。

「ブルァアアアアアアッ!?」

「はい、もう一個!」

パンッとサクラが手を打ち鳴らす。
瞬間。

ドガァアアンッ!!

今度、我愛羅の尾が爆破粉砕されていた。

「ゴファアアアアアアッ!?」

苦しむ我愛羅。
その背や尾には起爆札が貼り付けられており、加えて悪辣なことに、その内には細かい鉄球がいくつも仕込まれていたのだ。

サクラ特製起爆札『苦霊喪亜(くれいもあ)』。
尾で弾かれたあの瞬間に仕込む辺り、『転んでもただでは起きない』という言葉はサクラのためにあるようなものだった。

「ど、道具なんぞ使ってんじゃ……ねェエエエエエエッ!!」

「ナルト、今!」

「はいよッと!」

サクラの声に、予め潜んでいたナルトがワイヤーを切る。

その直後。
我愛羅の直ぐ目の前にある木々の間に、ピィンッと無数の鋼線が張られる。

我愛羅は急に止まれない。
過たず、我愛羅の巨体はそこに突っ込んでいった。

ザシュウンッ!!

「ぐおあァアアアアアアッ!?」

「ラストォッ! 血風連!!」

「これで仕留める! “金剛如意”!!」

頭上から襲いかかる護衛残り一の血風連。
振り下ろされる棍の一撃は全てを打ち壊す金剛の硬度、破壊の一手。
いくら頑強な砂の鎧といえど、その一打には耐えられない。

赤髪のその脳天に対し、自在節棍が触れようとした……だが、次の瞬間。





「――破滅のォ……愚乱刃弐狩(ぐらんばにっしゅ)!!」





「ぐおァアアアアアアッ!?」

「「「!?」」」

凄まじいチャクラと共に巻き上がる土砂流と血風連。

その目は既に……“人のそれではなかった”。



「俺の……本当の力を……見せてやる……!!」



――そうして、そこには現れていた。



「なッ……!? こ、こいつは一体……!!」



――その巨体で全てを圧し、全てを支配する蹂躙の権化。



「デ……デケえってば……!!」



――獣族最強の種族、尾獣の一にして一なる獣。



「「この圧力……“あの方達”と張り合おうというか……!!」」



――古来よりの天災、避けることは叶わぬ、破壊の頂点に立つ存在。



「――ブルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



―― 一尾、今、ここに顕現せり。



化け狸と恐れられる最強の一角。
その力が、解放される……。





「……そいやっさぁ……」

桜髪の暗殺者は、一言呟いていた……。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十七巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2009/11/30 21:35
――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい。



泣き顔が、目の前にあった。

桜色の髪が不思議と似合った男の子。
線が細くて、儚げで、どこか寂しがり屋だった、女の子よりも女の子らしい少年。
私の、昔っからの親友……。



――ごめんなさい……ごめん、なさい……僕のせいで、ッ……ごめんなさい……。



ボロボロと頬を流れる水滴。
その様が珍しくて、この子もちゃんと泣くんだなぁと、どこか他人事のように感じたあの時。
男の子が滅多に泣き顔を見せなかった子供の頃。

落ちて、“私”の頬を流れる水滴は……ただ“赤かった”。



――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。



事の起こりは、何て事はない、ただの子供の我が侭。
桜色の炎を模した綺麗な法衣、女性が使うようなその羽衣を着るのを男の子が嫌がったのが始まりで、覚えたての変化の術を試したいとも思っていた私は、頼まれてその男の子と入れ替わった。

バレない自信はあった。
認識阻害系の術は得意だったし、その子のことも小さい頃から知っている。
ちょっと男の子の両親を騙して、その日の“儀式”の間だけを入れ替わるつもりだった。
ほんの少しの悪戯でしかないと……そう、信じて疑わなかった。

羽衣を纏った瞬間、“彼ら”に殺意を向けられるまでは。



――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。



目の前で男の子が謝り続ける。
まるでそれしか知らないとばかりに、ひたすら謝り続ける。

麻痺した神経のまま、かろうじて繋がったままの意識で、私はその言葉を聞き続けた。

怒るでもなく、許すでもない。
茫漠とした世界の中で、その言葉だけが残響のように木霊する。

遠く水うち、近くに燃ゆる。

ひたすらに自我を侵食し、唯一つの忘我を促す、何もない虚無への誘惑がその時の世界の全てだった。

意識を、何とかここへつなぎ止める。



――ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。



遠くでは、言い争う二つの声が聞こえた。
いつでも優しかった男の子の父親と、少し怖いところがあった男の子の母親。
二人が共に恐い顔をして、何か私の方を指差して言い合っていた。

それを見て、喧嘩はして欲しくないなぁと、相変わらず他人事のように思った。
二人共が、夫婦揃って確かに悪戯好きだけど、なんだかんだで私に対しては優しかったから。

と。



不意に、“ソレ”が視界をかすめた。



膝をつく姿。
口論する夫婦へと垂れる頭(こうべ)。
殆どが色とりどりの異国の衣服に身を包んだ、“十人の男達”。

目に入って、知らず、体が震えた。

痛みなんか最早感じなくなって、死への強制力など突っぱねて、その癖わき上がる恐怖だけはどんどん強くなって、血まみれの全身が唐突に震え出した。

絶対的な力。
あれはまさに、絶対的な、人なんかものともしない、唯々大きくて強くて、そしてとても恐い力……。

敵わないと思った。
それは力量云々以前の問題。
その在り方が、一心に戦う強靭な意思が、本能が感じる生き物としての格の違いが、私にはとても怖かった。

……それが、私を赤く染めた当の存在なら、尚更に……。



――ごめんなさい……ごめん、なさい……ご、めん……なさい……ッ……!



遠い昔、あれは春が終わってまだ間もない頃。

気の早い蝉の鳴き声が反響する木々の群れ、遊び慣れたはずの木の葉の森の中。



私は……“災害”に見舞われた。


◆◆◆◆◆


木の葉隠れの里・中央区画――中忍試験会場出入口

「――はあ!? サスケ君と我愛羅を追って森の中に入ってったァッ!?」

素っ頓狂な声をあげて目の前の人物につかみかかるイノ。

その大声で敵を呼び寄せやしないかと怯え、掴み絞められている首下を必死にタップしながら、奈良シカマルは苦しげな声をどうにかあげる。

「ぐぇッ……! ま、マジだからイノ、手、話せぇ……!」

「本当にサクラ達は森に行ったの!? これじゃあ入れ違いじゃない!!」

「ほ、本当……だか、ら……手……!!」

表情が土気色に変わり、いい加減三途の川がチラホラと見え始めてきたところで、ようやくイノの手が離れる。

ブハーッゼハーッと息を吸い込み、吐き出し、己の人生がまだ続いていることを確かめ、存分に生の実感を噛み締めた後、シカマルはゆらゆらと立ち上がる。
目の前ではイノがまだウーアー呻いていたが、それに突っ込む余裕は最早少年にはなかった。

(あー……ったく、メンドクセー……)

心中で毒づく。
欲をいえばもう少し、このまま座り込んで休みを十分に取りたいところだったが、それは否と、シカマルの理性の部分が判断していた。

砂と音の忍びの侵入によってここは既に戦場、呆といることは何よりも危険。
何せ、会場の多くの下忍・観客同様に幻術で眠らされた(ふりをしていた)シカマルにさえ、流れ弾やらとばっちりやらが度々襲い掛かってくるのだ。
面倒拒絶、人生平凡を旨とするシカマルにとって、この区域の離脱は何にもまして優先すべき懸案なのである。

……優先すべき、懸案、の“はず”である。

(そう、俺はさっさと隠れて戦争をやり過ごさなきゃならねえんだ……これじゃあ、わざわざ動いた意味が……)

「――っていうか、何でアンタはこんな所にいるのよ? 他の皆は?」

「―――」

悩んだ。
悩んで悩んで悩み抜いた末、結局話した。
話せばイノがシカマルを解放しないのは間違いないだろうが、かといって、戦時中の味方に嘘情報を流すのは最大のタブーである。
面倒くさいとはいえ、さすがに仲間の命には変えられない。

で。
その結果。

「何、一人だけ逃げようとしてんのーッ!?」

「あべしッ……!?」

予想通り、シカマルが殴られていた。

「全く、アンタって奴は……いつもいつも面倒くさいって言ってばっかりで……たまにはちゃんと仕事しなさいよ、給料泥棒!」

「メ、メンドクセー……」

己の間の悪さを実感するシカマルであった。

余談だが、彼は会場から逃げ出す前、チョウジを始めとした比較的近くに居た人々を可能な限り多く影真似の術で動かし、特に危険な観客席最上段から会場屋内へと運んでいる。
ここにいるのも会場近辺で幻術の煽りを受けた一般人が居ないかを渋々ながら確認していたためであり、あながち彼のことを給料泥棒とは実はいえない。

……まあ、その後には結局自分も会場屋内に戻り、騒動が終息するまでは隠れているつもりだったので、プラマイ0のどっこいどっこいではあるのだが。

「……まあ、でも、ちょうどいいわね……。
シカマル、アンタは私に着いて来なさい。ちょっと私、サクラに用があるから」

「……メンドクセー……」

シカマルの受難は続く。


◆◆◆◆◆


木の葉の里領内・国境線近辺

忍び五大国の筆頭でもある火の国は、云うまでもなく大国である。
故にその領土は広範囲に渡り、いかに優秀な忍びが揃っている木の葉の里といえど、その国境全てを常時監視することは不可能に近い。

そこで初代火影は国を成した後、国境警備隊(後の暗部警邏班)を組織し、その監視領域を限定することで、国防の最前線を彼らに委ねた。

火の国は、その名に違わず巨大な活火山が幾つも屹立する火山地帯であり、木の葉の里を始めとした主要な都市は全て四方を険しい山峰と広大な樹海で囲まれている。
天然の要塞であるそれらを敵国が攻め落とすのに通過すべき経路は限られており、そういった戦略上重要な峠道などをこそ警備部隊は主な監視場所としたのだ。

連なる山々と広がる樹海こそが国の守護者であり、自然との調和と共存が古来より今まで火の国の営みを支えてきたのである。

「――さて、全員揃った……?」

その内の一つ、木の葉の里に一番近い重要通路である峠道、そこで女性――春野紅葉は一族特有の桃髪を風になびかせる。
その背では桜色の法衣“桜火の法衣”が吹く風によってそよいでおり、肩越しの彼女の言葉が空気の流れに乗って背後へと届く。

視線は前方、現在他国の侵略を受けているだろう自身の里へ。
その背中を、跪き、仰ぎ見るは、異国の衣服に身を包んだ“九人の男達”。

「――は。御身が僕、我ら“十傑集”、全員が召集に従い参上した次第です」

その中の一人、やはり異国の正装『スーツ』に加え肩から桃色の外套を羽織った壮年の男性が、顔を上げ、男達を代表して口を開く。
超人集団“十傑集”がリーダー、名を混世魔王・樊瑞(こんせいまおう・はんずい)といった。

「周囲の索敵を行っている“幽鬼”を除き、我ら九人、いつでも攻勢に出られます」

「重畳。そのまま現状にて待機せよ」

「承知」

会話が切れる。
と、まるでその時を計っていたかのようなタイミングで、紅葉の隣りに一つの人影で現れる。
彼女と同じ桃髪の、それは現ハルノ家当主・鳳仙の姿に違いなかった。

「――状況はどうだ?」

「悪くないねぇ……平和ボケしてるかなって思ってたけど、木の葉も意外と粘る」

鳳仙の問いに紅葉は不敵に答える。
彼らが配下であり戦友である忍び達の善戦。
砂と音の精鋭部隊を相手に、奇襲されてから始まったこの戦争の今の趨勢が、彼らには“意外”だったのだ。

「ほう……存外に頑張っているじゃないか。西区画の侵入口はとっくに落ちていると思ったが……成る程、“三忍”がいるか」

鳳仙の視線の先。
数多押し寄せる敵国の忍びと口寄せされた巨大蛇の戦列。
その直上に突如現れ、その巨体と自重で直下の蛇を敵兵諸共に圧し潰す、巨大蝦蟇の威容。

木の葉隠れにおいて有名な“伝説の三忍”の内の一人、“蝦蟇仙人”が発現させる『口寄せ・屋台崩しの術』に、それは他ならなかった。

「“自来也”様……大蛇丸の存在に感づいたのか、はたまた全くの偶然なのか……彼は今ここにいて、そして自分の母国に加勢している……。
全く以て、この世はままならないわねぇ……」

溜め息混じりの紅葉の独白。
そんな己が妻のらしくない姿に、夫は苦笑する。

「然りだ。ままならない世の中だからこそ、我ら“ハルノ”の存在もまたあり得る。“十傑集”や我らが神……“偉大なる炎”もまた、同様にしてあり得るのだ」

彼ら夫婦の後ろで、九人の男達が再びに畏まる。
彼らの意思はハルノと共にあり、そして、ハルノの願望は今より始まるのである。

瞬間、現れる無数の虫の大群。
気が付けばそこには一人の男、十傑集が一“暮れなずむ幽鬼”が跪いていた。

「偵察より戻りました……国境線近辺の敵は掃討、既に里へと向けて包囲網の輪が縮まりつつあります。
“巫女殿”、ご指示を」

「“巫女”、か……この呼ばれ方、悪くないね。
けどまあ、“巫女”は旦那のいうことに従うさ」

紅葉が、鳳仙を見る。
男達も、“巫女”の夫を見る。
鳳仙は己が妻が纏った“桜火の羽衣”を見て、数瞬、その命を下した。

「――これよりハルノが配下“十傑集”は此度の木の葉と音との戦へ参戦する。かねてよりの我らの願い……我らが神“偉大なる炎”のため、『ドミノ作戦』を現刻を以て開始する。
樊瑞(はんずい)、アルベルトとセルバンテスを連れて“依り代”――我が一子の下へ走れ。障害はいかなるものも排除せよ」

「承知」

「任された」

「心得ました」

「残りは紅葉と共に包囲網を縮めながら会場へと向かえ。
――では、後は頼む」

「ええ、任されたわ」

三人が頭を下げ、紅葉が答える。

直後、鳳仙の体が白煙と共にかき消え、その場から予兆なく消失する。
高速移動ではない、それは単純な“影分身の消滅”に他ならなかった。

「――それじゃあ、行くとしましょうか……向こうは鳳仙と“アレ”が上手くやるでしょうしねぇ。
じゃあ――“散”」

かき消える、その場の全員の姿。
紅葉は内一人の背へと乗り、十の人影が森の中、峠道を駆けていく。

疾走。
その速度はまさしく、音をも追い越す獣の如くであった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十八巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2010/01/03 20:40
ハローハロー。
皆は元気?
私は圧殺五秒前のネズミになった心境です。



「――ヒャーッハァアアアアアアアアアアアアッ!!」

ドゴグシャアアアアアアンッ!!

降り注ぐ岩盤。
吹き乱される大木と動物。
撒き散らされる暴力の大風雨は、そこに存在する全ての存在に死を強制する。

暴れる絶対死の化身、見上げる程に巨大なその狸の怪物は、ただひたすらに破壊的だった。
抗う術などなく、人間などという矮小な存在はその殺戮の嵐にただ翻弄されるのみ――

「――って、早い話が死にそうなんだよボケェエエエエエエ!!」

ドゴンッドゴンッと轟音をたてながら、我愛羅……らしい狸の怪獣がこっち目掛けて歩いてくる。

たかが歩行と侮るべからず。
あれが歩いただけで地表の私やナルト達は、

グラァアアアアアア!!

「うわ馬鹿揺らすな……って、アアアアアアァァァ……!!」

「サクラちゃァアアアンッ!?」

揺れに足を取られて木を滑り落ち、地面と盛大にキスをする羽目になったり。

ビュォオオオオオオオオオオオオンッ!!

「衝撃波ァアアアアアア!?」

「ギャアアアアアア!! って、ギャアアアアアア!! 毛虫! 一緒に毛虫も飛んできたァアアアアアア!!」

吹き飛んできたものにギャアギャア喚くこととなったり。

倒すどころか生き残ることだって危うい状況。
いくら何でも、あのビッグサイズは反則だろう!?
そろそろ云い飽きたが、いい加減忍びなら忍べェエエエエエエ!!

「ヘヘヘ……久々の外だぜェ。春巻き食って、しっかり暴れさせてもらわねえとなァ……!!
お前らァ、魔族の炎で那由多の彼方へ昇天させてやるよォオオオオオオ!!」

激しさを増す猛攻。
もうホントいい加減にしてくれといいたいぐらいに、彼我の戦力差は圧倒的。
例えるなら、その差は月とスッポン――

「喰らえ化け狸、愚理遍(ぐりぺん)の咆……!!」

「打倒してくれる、銅鑼倦(どらけん)の哮……!!」

「ブチ殺しァアアアアアアアアアアアアッ!!」

ゴォオオオオオオッ!!

「ウゥウウウトレンニャヤァアアアアアアッ……!!」

「ヴェチェエエエルニャヤァアアアアアアッ……!!」

――訂正、こちらの主戦力二人が“蒸発”したために、戦力差は“月の王様”と“ワカメ”だ。

「――煉獄より出でし絶望と破滅の劫火ァ……我は敵を欲し、我は敵を屠るものなりィ……影羅の名の下に、今、その強大なる無限悪魔(アンリミテッドデビル)の力を借り受けん……!!
こいつを喰らいなァ――“覇王炎獄殺(ヘルフレイムヴォルケーノ)”!!」

「メテオォオオオオオオッ!?」

終いには砂使いの癖して火遁まで使い始めた化け狸。
降り注ぐ火炎弾が私達の寿命をマッハの速度で削り飛ばしていく。

ってか長えよ!!
忍術に詠唱なんか必要あるかァアアアアアア!!

「――闇の炎に抱かれて消えろォ……」

うるせえよ厨二が。

と。
その瞬間。

「――口寄せの術ッ!!」

ナルトの掌から迸ったチャクラが渦を巻き、その眼前に巨大な陰影を作り出す。

現れる巨体。
半纏を纏い、長ドスを持った、それは巨大蝦蟇の姿だった。

「口寄せ……とな!?」

「アイツ、あんな術いつの間に……!?」

驚愕に目を見開く私とサスケ。
口寄せと云えば超高等技術、時空間忍術の代表格である。
そんなものをあの出来損ないが使ったものだから、驚愕も一入というものだった。

「蝦蟇オヤビンッ!!」

「――呼び出して早々、騒がしいやっちゃのォ……ッ!!」

ドパァアアアンッ!!

「……なん……だとォ……!?」

迫る炎弾を蝦蟇の水弾が相殺する。
どうやら、デカい見かけは伊達じゃあないらしい。
ナルトが口寄せしたあのガラの悪い蛙は、幸いにも頼りになるみたいだ。

「ナルト……お前は――」

隣で、何かサスケが呻きのような言葉を漏らす。

まあ、サスケは前から、プライドと自尊心の塊のような奴だったからね。
今まで格下だと思っていたナルトが急に成長し出すのは、納得がいかない部分もあるのかもしれない。
実力をひっくり返されたことを突きつけられているようで、その心中は果たしてどれほど乱れているのか。

サスケは忍びのエリート、誇り高きうちは一族の末裔。
その表情は、驚愕と困惑、そして嫉妬と焦燥感に満ち満ちて――

「――すっげェエエエエエエエエエエエエ!!
おい見ろよサクラ! ナルトの奴、何かすげぇ馬鹿でかい蛙出したぞ! アイツ、いつの間にあんな術覚えたんだ!? ああ~ッ、俺も口寄せしてえなァッ!!」

――全然、満ち満ちてなんてなかった。

その顔は満面のキラキラ笑顔である。

「なあなあサクラ、どうやったらアレ使えんだろう!? やっぱ修行とか要んのか!? 100倍重力の部屋で筋トレとかすんのかな!? 大変そうだが、俺はやりきってみせる!!
後、呼べる動物って決まってんのか!? それとも選べんのか!? 選べたらいいなぁ……もし選ぶんだったら、オマエは何にする? 俺はそうだな、やっぱり強くて格好良いヤツがいいな。体がでかくて、空も飛べて、火とか吹くんだぜ!?
ああ~ッ! 俺、ワクワクが止まんねえぞッ!!」

「……良かったね……」

後半へー続くッ。


◆◆◆◆◆


暗闇の奥から、声が聞こえる。

「――いいのか? オマエは本当にそれで」

遠くで落ちる水滴。
狭所における水音はひとえに残響を呼び、空気に静寂の波紋を浸透させる。

声が一つ、それに答えた。

「――構わない。俺一人が先行したところで確かに意味はあまり無いかもしれないが、今の木の葉だけで乗り切れるような話でもないだろう。
幸い、人数も向こうは限られている。足止めぐらいは出来るだろう。
今、“尾獣”と“人柱力”を失うわけにはいかない」

その言葉に、しかし、返って来たのは果たして溜め息。
クスクスと苦笑しながら、別の声が答える。

「違いますよ。ええ、それではなく。私達が懸念してるのは、他でもない貴方自身のことなんですから」

首を傾げる。
何のことだか、意味が分からない。

そう“見せるための演技”は、とはいえ、目の前の存在達には効果がなかったようだ。
ある者は目を眇め、ある者は笑い声を漏らす。

……我ながら、今のはかなりわざとらしかったか。

「――出立する。後は、頼む」

背を向ける。
歩き去る背後では、やおら沈黙が彼らという存在を覆っていた。

狭所。
周囲を岩石に覆われた、鍾乳洞の洞窟。
足下の水溜まりには、自身の双眸――“万華鏡”の魔眼が映り込む。


◆◆◆◆◆


「――圧(お)せ圧(お)せ、蛙!!」

「殺(や)れ殺(や)れ、蛙!!」

「「寝不足狸を永眠(ねむ)らせろ!!」」

取っ組み合う巨大蝦蟇と巨大狸。
その様はまさしく決戦、巨大な質量同士がぶつかり合う災害規模の激突である。

化け狸の上の我愛羅と巨大蝦蟇の上のナルト。
目の前で繰り広げられるリアル怪獣大決戦に、“無論のこと”私とサスケは手に汗を握る。

「ブロック! ブロックブロック!! ストレート!!」

「よっしゃあ! そこで右フック!!」

ブンブン腕を回しながら、はしゃぐ私達。
ちなみに、賭けのレートは3:7で蛙優勢である。

「舐ァめるなよォオオオオオオ!!」

「ぐおッ……!?」

水弾の防御を押し切り、我愛羅の風弾が巨大蝦蟇を捉える。
6:4で、レートが狸優勢になった瞬間である。

「ワレボケェッ!! “蝦蟇ドス斬”!!」

ズザンッ!!

「ぐォオオオアアアァ……!?」

あっ、5:5になった。
結構良い試合である。

と。

「――今じゃあ、ガキィッ!!」

再び取っ組み合う狸と蛙。
その一方、蝦蟇が纏う半纏の背中から、一つの人影が飛び出す。

人影が化け狸の体へと飛び移り、その頭部、交戦中だというのに何やら爆睡こいてる我愛羅に肉薄する。

人影、ナルトが拳を構えながら、声高に叫んだ。

「――いい加減、目を覚ませェエエエエエエ!!」

ドゴンッ!!

振り下ろされる拳。
頭を下へと向ける我愛羅。
一瞬の停滞が過ぎた後、場が、動き出す。

「……なん……だとォ……!?」

砂が、風にさらわれる。
急速に形を無くしていく化け狸の全容。
その様は、まさしく読んで字の如くの“風化”だ。

「こォ、のォオオオ……!? せっかく、せっかく久しぶりに、表に出て来れたってのによォオオオオオオ!!」

風化が、頭まで進む。
最後、口が砂と崩れる間際、狸が狂ったような笑い声と共に断末魔の叫びをあげていた。

「いい気になるなよォオオオオオオ!! この俺を倒したところで、直ぐに第二・第三の俺様がお前らを滅ぼしに来るゥ!!
守鶴は不滅だァ!! ヒャーッハハハハハハ……」

消える化け狸――守鶴? の姿。
落下するナルトと我愛羅の体は鬱蒼とした森林の木々によって支えられ、奇跡的に柔らかく地面へと運ばれる。

そこにはナルトの他、殴られ、意識も朦朧とした、ただ一人の赤毛の下忍の姿があった。

「……ブルァアアア……! 俺の眠りを妨げるのは……誰だァ……!?」

疲労困憊ここに極まれりといった程の我愛羅。
吐き出す言葉は未だに殺気伴う呪詛でありながら、そこに力強さは最早皆無であった。

「――最後まで見れんのは、ちと残念じゃのう……」

「蝦蟇オヤビ――ぐッ……!?」

ボウンッ!!

ナルトが呻いた直後、巨大蝦蟇が白煙と共にその姿を消す。

術者の様子からして、恐らくはチャクラ切れだろう。
ナルトの状態もまた、ボロボロの我愛羅と大差ないのだから。

怪獣大決戦はドロー。
賭けはオジャンか……。
ちなみに、サスケは蝦蟇、私は狸に賭けた。

と。

「ま、だだァ……まだ、俺の渇きは……俺の本能は……満たされて、ないぞォオオオオオオッ!!」

「―――」

振るわれる“尾”の一撃。
半人半獣の第二形態を維持したままの我愛羅が、文字通り気力を振り絞って目前の敵――ナルトを打撃する。

打撃……“しよう”とした。

「――サンキュー……“サスケ”」

瞬間、驚愕に瞳を染める我愛羅。
その頭上では、既に黒の人影――うちはサスケが、その手に柄を握り込んでいた。

「出でよ……『炎雷覇』」

その手に在るのは、一振りの宝刀。

刀身から立ち昇る紅蓮。
輝く灼熱の炎光。
火の粉吹き散らすその焔の一閃が、今、砂岩の鎧を切り裂く。

「――消え失せろォオオオオオオッ!!」

「ぐォオオオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!?」

溢れ出す猛炎。
サスケの一刀と共に出現した巨大な火柱が、砂の鎧ごと我愛羅を呑み込む。

圧倒的な火炎。
しかしてその炎は、我愛羅本人を“燃やしてはいない”。

我愛羅の中に潜む魔――邪な気配そのものだけが、清浄なる焔によって焼き消えていく。
これはまさしく……“浄化の炎”。
サスケの斬撃の炎が、我愛羅の中の邪悪なる部分のみを討滅したのだ。

炎が収束し、一線の煙となってたち消えた頃。
我愛羅は地に伏し、サスケとナルトはそれを見て目に安堵の念を浮かべる。

見ている私の顔は――しかし、“疑惑に染まっていた”。

「……サスケ……いくら何でもこれは、ギャグじゃ済まないぞ……?」

森の中で一人、呟く。

手の中に一瞬で武器を現す絶技。
それだけならまだしも、現したその刀の誇る超絶した炎、浄化の威力。
最早修行でどうこうなるレベルではない、人の出来る域を超えた、真実“神秘”を秘めた異能だ。

会場での試合から感じていた違和感が再燃する。
サスケ……その“剣技”は、否、現すその“剣”は、本当にお前自身のものなのか?

「――サスケ……お前は一体……?」

彼方ではサスケとナルトが視線を交わしている。
ハイタッチを交わし合うその光景――並外れた回復力とチャクラ保有量を持つ“ナルトをも含めて”――その二人の姿に、私は疑惑の視線を向けていた。










◆◆◆◆◆


「――あ……綺麗な“火”……“火”?」

微塵も焦げ跡のない気絶した我愛羅。
“弟”に立ち昇る紅蓮の火柱を見ていた“姉”が、その瞳に“魔”を映す。

其は邪なる気配――即ち『影羅』。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第三十九巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2010/02/03 00:01
「――アァアアアアアアアアアアアア!?」

「「「!?」」」

突如、辺りへと響く悲鳴。

顔を向けた先には地面に倒れた我愛羅と、その傍らで膝を付く砂のくの一。
頭を抱え、苦しげに悲鳴をあげていたのは、はたして女の方だった。

「アアアアアアアアアアアアァ……!!」

「な、何だ!?」

「一体どうしたんだってば……!?」

突然の悲鳴に面食らうナルトとサスケ。

だが、戦闘直後故に仕方ないとはいえ、二人の動きまでが止まってしまうのは頂けない。
この二人はどうも、正面衝突には専ら強いが、想定外の事態というものに弱い。

「そんなの私だって知るか! 何だかよく分からないけど、とりあえずあのくの一何とかするよ!!」

言って、返事を待たずに私の手は印を結ぶ。

どちらにせよ、あの女は砂の忍びで、今という戦時においては敵兵に違いないのだ。
我愛羅共々、早急に“処分”するべきである。

「死になッ!!」

ドドゥンッ!!

放つ二発の風弾。
風遁による射撃は一直線に最短距離をいき、一発は我愛羅、もう一発は悶絶するくの一へと直進していく。

二発が二発、共に心の臓を狙った速射。
一瞬の間をおいて二人は物言わぬ肉塊となる……“そのはずだった”。

バチュンッ!

「なッ!?」

「馬鹿な……!!」

「“砂”が!?」

放たれた風弾は、しかし、一瞬よりも短い極限の時間の中で生成された“砂の壁”により阻まれた。

射手たる私ばかりか、ナルトやサスケまでが驚愕するその事実。
それは即ち――

「――我愛羅の!?」

「――復活だァアアアアアア……!!」

直後、吹き荒れる砂塵の渦。
数瞬で収まった渦の中心跡には、唯一人轟然と立ち尽くす我愛羅の姿。
先程まで苦しんでいたくの一が地面へと無残に投げ出され、我愛羅はその顔に凄惨な笑みを浮かべる。

「フン……この体と血を分けた肉体とはいえ、素養のない者のチャクラは得てして運用し難いか……。
まあ、それでも今は十二分、か」

鋭く、獲物を見据えるようにして我愛羅は、眼前で佇む私達三人を順に見る。

憎悪と屈辱に染まり、濃厚な殺意に澱んだその双眸。
声の端々には敵意が滲み出ていて、その雰囲気はまさしく先程までの圧倒的化け物の気配。

溢れ出す脅威のオーラ。
生存本能が捉えるその実感こそが、私に一つの認識をもたらした。

――即ち、ヤバい……!

「危なかったぜェ……姉の体にも精神線(れいらいん)を繋いでなかったら、今頃俺は意思を丸ごと浄化されてこの世から消え失せてたところだ……逃げ道は、作っとくもんだなァ?」

「……燃やし、切れなかったか……!」

睨まれて、言われて、サスケがその顔を屈辱の念に歪める。

……だが、待て。
奴は今、何と言った?

「“消え失せる”だと……? 我愛羅の体は火傷一つ負わなかったはず……お前、まさか」

我愛羅の顔が、ニヤリと笑みの形に歪む。

「ヒャーハッハッハ!! そうだよ、今の俺は我愛羅じゃねえ、“守鶴”の方の人格さ!
どうやら宿主様はさっきの一撃が余程効いたみたいでなァ……心身共にノックダウン、只今絶賛気絶中だァ! そのおかげで俺は今好き勝手に出来るわけだから……まァ、お前らには感謝しないとなァ?」

「……野ッ郎……!」

どうやら奴は倒れてる砂のくの一 ――察するに、我愛羅の姉の体に意思を避難させて、事なきを得たようだ。
詰めが甘かったか……!

くそッ……サスケのビックリ魔法剣でも殺しきれなかった上に、我愛羅の野郎が引きこもったせいでさらにヤバい方が自由になっちまった!
全く以て、なんてしぶとい奴なんだ……!

加えて悪いことに……守鶴の奴、何だか先程のダメージが消えているように見える。

「気付いたか……? 元あった量に比べれば微々たるもんだが、そこの女からチャクラも頂いた。燃料さえあれば、肉体の自然治癒促進もわけはねェ!」

「……化け物が……!」

毒づいてみるも、しかし、事態は一向に好転しない。
守鶴は復活し、場には狩人と獲物の関係が出来上がる。
無論、狩生が守鶴で、獲物は私達だ。

畜生!
せっかく主人公特有の御都合主義でボスを倒したってのに、第二形態があるなんて聞いてないぞ!?
こんなの反則だ! チートだ! 魔王システムもいい加減にしやがれ!!

くそ……とにかく、状況は非常に拙い。
目の前には血風連ですら瞬殺した化け狸が一匹。
他の血風連は試験会場の方で敵を迎撃させてるし、国家間戦争中なんていうこの非常時に私達の所にだけ都合良く増援が来たりするはずもない。
頼みのナルトとサスケも、先程までの激戦が祟ったのか、肉体やチャクラの消耗が激しい。
とても連戦して勝てる状態じゃない。

どうする!?
いっそのこと二人を囮にして私だけその隙に――

『――さァてと……ではそろそろ……。
さしあたっての黄泉路への旅人はァ……貴様かァッ!?』

ゴキャアンッ!!

――瞬間、意識がとんだ。

次に目に映ったのは、はたして青い天空。
首を動かせば両腕はあり得ない方向へと曲がっていて、肩の裂傷からは……何か、“白い棒”のようなものが体内から突き出しているように見える。

全身が麻痺したような不気味な感覚の中、感じたものは……ただ、体が全く動かないという“事実”のみ。
痛みすら……感じない……。

「サクラ!?」

「サクラちゃん!?」

「ほほう……反射的に腕で胴体を庇ったか……巧い奴、いや、これではまだ悪運の強い奴、かァ……?」

歩み寄って来る守鶴の姿。
体は全く動かない癖に、意識だけはいやにはっきりとしている。

視線をズラせば、ナルトとサスケがこちらへと駆け寄って来るのが見えて、しかし、それでも事態は変わらない。

瞬間。

「貴様らの料理はァ……後だッ!!」

バキィンッ!!

「がッ!?」

「ぐあッ!?」

尾のたった一振りにより、長距離を弾き飛ばされる二人の体。
守鶴復活の驚きも手伝ってか、その一撃を二人は抵抗出来ずに受けてしまう。

奴は今……“目の前”だ。

「辞世の句は詠めたか? 詠めたのなら――“死ね”」

掲げられる片腕、砂で構成される巨腕。
先程もそれで殴られたのだろう。
今もう一度それを受ければ……まあ、まず助かりはしまい。

年貢の納め時、というやつか……?

振り下ろされる守鶴の腕。
肩の動きにより辛うじてその攻撃が判断出来ただけの、絶対なる死が決定された瞬間。

走馬灯の巡る時間すら許されずに、破壊の腕は私の頭蓋を粉々に打ち砕く――



「――脇が甘いわ……!!」



――そのはずだった。

砂の巨腕は、しかし、横入りしてきた“衝撃波”を纏う拳によってズタズタに切り裂かれる。

「何、」

だと、と守鶴が言葉を繋げる前に、その闖入者は神速を以て守鶴の懐へと肉薄する。

瞬間、その左腕が一閃。

ズドォンッ!

「ぐふァッ……!?」

轟音と共に鳩尾へと掌打が炸裂する。

衝撃に屈み込む守鶴の体。
下を向いたその顔面に、次いで、右拳によるアッパーが放たれる。

打ち上げられる守鶴の体。
闖入者は左腕を腰溜めに構え、直後、

「消し飛ぶがいいッ!!」

ビュゴォオオオオオオンッ!!

一切合切の容赦なく、放射される“衝撃波”が我愛羅の体を吹き飛ばしていた。

「ぐォアアアアアアアアアアアアァ……!?」

錐揉み回転しながら軌道は放物線を描き、全身を切り刻まれた我愛羅が彼方の森中へと消える。

手掌を戻し、直立する闖入者。
振り向いたその顔は、はたして私の知り及んだものだった。

「……“アル、ベルト”……」

「話さない方が良い。今、回復致しましょう」

その言葉と彼の視線に、私は背後で人の立つ気配を感じとる。

瞬間、

「――荒療治の方、御免ッ!」

ゴキャンッ!!

歪み折れていた全身の骨が、何か強い力で元在ったように矯正されていた。
が、それは当然、

「がぎャアアアアアアアアアアアアァッ!?」

激痛を伴うものだった。

この野郎……“念力”で無理矢理骨格を矯正しやがった……。
骨だけじゃなくて血管や神経、裂けた皮膚まで再生してくれるのは有り難いけど、だったら痛み止めくらい掛けてくれればいいのに……。

数瞬の内に肉体が回復した後、背後から声がかけられる。

「肉体の蘇生の方、滞りなく終了致しました、“サクラ様”」

「ぐうゥ……つ、次からはいきなりするのは止めて……“樊瑞(はんずい)”」

「御意に。
とはいえ……アレはあくまで荒療治。次からは“十常寺”にやらせましょう」

激痛の残滓に総身を震わせる中、背後を振り向けば、そこには桃色の外套を羽織った顎髭の壮年男性が一人。
色んな意味で目立つその姿は、一度見れば忘れ得ない、“十傑集”が現頭領たるの威風。
その名を呼ぶ私は、だが、次の瞬間に再び視線を前へと向け直す。

「――舐めるなよォオオオオオオオオオオオオ!!」

視線を戻して、そして驚愕。
そこにあったのは先程までと同じ化け狸たるの巨体。
元凶――守鶴が、その力を隠さず顕した証拠だろう。

「拙い……!!」

「あ、あんた達も早く逃げ……!?」

その巨体に対して恐怖を隠さず、サスケとナルトが声を発する。

警告の叫びは、だが、巨体が動く方が早い。

一瞬の内に練り上げられた膨大な質量の砂塊が頭上で浮遊し、直後、咆哮と共に地面へと加速する。

「固炉荷威落とし(ころにいおとし)ッ!!」

瞬間、轟音。
落下の衝撃によって砂塵が吹き荒れ、森林の大木が軒並み叩き潰されていく。

数瞬の後。
地面には地盤沈下とも見紛う程に巨大なクレーターが出現しており、そこに在った生命を圧倒的な力で呑み込んだ痕跡が明確な形をとる。
大地の大陥没という壮絶極まる惨状を見て、守鶴はその口端をニヤリと上げる。

朦々とした土煙が随所の視界を妨げる中……そう、その愉悦に満ちた笑みを、“私達は見ることが出来ていた”。

「――幻覚だよ」

「!?」

発される男性の声。

気付けば周囲に破壊の爪跡は残されておらず、守鶴の下方一部の視界には堂と屹立する私達の姿。

その中の一人、スーツという異国の衣服に身を包んだ男が、手を腰溜めに構える。

「“セルバンテス”、そいつを動かすなよ!?」

「承知した、我が盟友よ!!」

どこからか声が聞こえた、その瞬間。

「なァッ!? 動けな……ッ!?」

守鶴の動きが止まり、微動だにしなくなる。

横目に同僚二人の驚愕に満ちた表情を映す中、私は心中でその怪現象の正体を反芻する。

眩惑術。
その能力の応用、精神に働きかけることで肉体をも律する、これは精神捕縛の業。

直後、男の構えた手掌による一閃が、守鶴へと放たれる。
その様、まさしく爆裂なる力の嵐。

即ち――衝撃波。

「こォオオオのォオオオオオオ……!!」

直進乱舞するそれ――衝撃波を、守鶴がかろうじて砂の盾で防ぐ。

肉体は依然として不動を強制されたまま、その口からは怨嗟の叫びが漏れ出る。

「俺、はァ、尾獣ゥッ……俺、はァ、最強ッ……!!
貴様のよう、なァ……奴、なんぞにッ……この砂、の、盾がァ……抜かれて、たまるかァアアアアアアッ!!」

響く連続した爆音。
砂の盾は、しかし、猛る暴威の轟嵐によってガリガリと音をたてて削られていく。

「こォオオオのォオオオオオオオオオオオオ!!」

火花散り、余波がまた暴風を生む。
彼我の差は、悲しいまでに圧倒的であった。

――盾が……。

――遂に……。

――砕ける……!

「十傑集を――舐めるなァアアアアアアッ!!」

「ぐァアアアアアア!? そんな馬鹿なァアアアアアアアアアアアア!!」

守鶴の巨体がそのまま衝撃波の直中へと呑み込まれ、その全身が完膚無きまでに圧壊される。

収束し、その一直線に威力が凝縮される衝撃波。
その中において、強大な破壊力の瀑布に翻弄される赤毛の少年の姿を見て取った私は、溢れ返る戦慄と畏怖をとりあえず無視して、ただ叫ぶ。

「――駄目だ! そいつは宿主に巣食う負の怨念、守鶴の人格を滅ぼさない限りは何でも……」

「ご安心を」

だが、私の言葉を継いだのははたして私以外の人物。
いつ現れたのか、直ぐ隣には白のフードをかぶりサングラスをかける長髭の男――セルバンテスが仁王立ちし、私へと微笑みを向けていた。

彼の掌が守鶴の宿る我愛羅へと向けられ、

「これで……終わりです」

次の瞬間、我愛羅の体から臭気のような闇が噴出する。
衝撃波に吹き飛ばされる我愛羅の体はそのまま、離脱した闇だけが必死に叫ぶ。

『や……やめ……!!』

そして、握りこまれるセルバンテスの掌。
直後には跡形もなく、闇――恐らくは守鶴たる精神体だろうそれが、この世から永久に消え去る。

衝撃波もようやく収まり、そして、静寂。
目の前で屹立する3人の男達の姿が、3人の少年たる私達を見る。

余りにも呆気ない終わり。

少年3人がただ呆然とする中、私は、セルバンテスが笑いながら言葉を紡ぐのがかろうじて分かるのみだった。

「――『十傑集が集まれば、尾獣の一匹や二匹!』
さて、誰の伝言でしょうか……?」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2010/02/21 22:47
木の葉の里郊外・森林地帯

「――何でアンタまで吹き飛ばされてんのさ、カンクロウ」

「……さっきの物凄い風のせいじゃん」

守鶴の巨体を粉々に打ち砕く衝撃波。
その余波に巻き込まれ、鬱蒼とした森林の中に今、テマリはごっそりチャクラの無くなった自分の体を仰向けに横たえる。
その向かいには、何故か彼女の身内であるカンクロウの姿があった。

「だから、何でアンタが吹き飛ばされて、今も倒れてんのさ。さっさと起きなよ」

「……チャクラ切れ、じゃん……」

「……あの蟲野郎に負けたのか……」

「……面目ない……」

交わし合う言葉は静か。
それ以外しか出来ないチャクラを切らした二人の肉体は、感情を燃やして呪詛を紡ぐことを悉く放棄していたのだ。

「テマリは、どうしたじゃん? 今、我愛羅は……」

「……守鶴にチャクラを取られた。多分、この間の“行為”で、精神線を結ばされた」

途端、カンクロウの顔が呆れの一念に染まる。

「だから身内はやめとけって言ったじゃん……年下なら見境無くなるんだから、少しは自重するじゃん」

「だ、だって、我愛羅の方から言ってきたんだぞ……? あの我愛羅が。お姉ちゃんもう嬉しくて……」

「変態が」

「うるさい、エセ歌舞伎野郎」

一通り言い合った後、生まれる沈黙。

遠くでは相変わらず誰かと誰かが交戦していることを示す戦闘音。
残響のようにそれが響く中、ふと、カンクロウが口を開く、

「なあ、我愛羅は……」

瞬間。

ドカァアアアンッ!!

「「ッ!?」」

空から何かが、文字通り“降って来た”。

驚愕する二人。
土煙が晴れ、パチクリとした視線らが見る先には、はたして意中の人物。

落下の衝撃ばかりか全身至るところが破損し、それでも憮然とした表情を保っている顔。
大の字で横たわり、3人が頭を突き合わせて仰向ける最後の一人は、残る砂の兄弟に他らならない彼――我愛羅であった。

「――負けた」

一言。
我愛羅のその憮然とした声音に――だが、テマリとカンクロウはその首を傾げる。

「我愛羅……何か、良い事でもあった……?」

「……何のことだ?」

「だって……なあ?」

直後、二人が声を揃えて言う。

言葉は意外そうに、しかして表情は優しく、不器用な弟に対して言葉を掛ける。

「「――顔、笑ってる」」

「―――」

手が顔を触る。
触ればそこには、確かに笑顔らしきものがあり、我愛羅はその事実に戸惑う。

依然としてその声音は憮然としたもの。
表情は何だかよくわからない笑顔のまま、心身共に燃え尽きた感のある少年は……ただ、空を見上げた。

「――今日の俺は……紳士的だ」

木の葉の森の中、地面で仰向けに倒れる3人。
その中の一人、赤毛の少年の目の下のクマは、少し薄れていた。


◆◆◆◆◆


「―――」

沈黙。
満たす空気は静かであり、遠くに聞こえる戦闘音がどこか他人事のように感じられる。

十傑集。
目の前の三人の男。
頂点たる最強を目指して“作られた”、人体実験の成果、ハルノの道具。

現れた理由には、何となくだが察しはついた。
血風連の護衛がついていたとはいえ、私はハルノの一子――“悲願達成”のための重要な駒。
万が一にもあの両親は私を失うわけにはいかないだろうから、戦時下というこの時節に新たな護衛が来るのは、ある意味で自然であるといえた。
過保護なのではない、戦略上の問題。

……ま、もっとも、“彼ら”が三人も来るなんてことはさすがに思いもしなかったわけだが。

「――ご苦労様。
で、何か用? あの厨二狸を潰してくれたのは有り難いけど、今わざわざそんなことでアンタらが来るわけないでしょ」

十傑集たる彼らは、一人一人が忍一個大隊程度の戦力を保持している。
あまり表だっては活躍させてない、むしろその存在は他国には徹底的に隠蔽されているので、今まで彼らは自由にやってこれたが、国際忍規法に基づけば確実に封印対象に認定されてしまう。

故にこその緊急時のみの運用であり、戦時中の今、彼らの戦力は重要な存在であるはず。

私を護衛するだけなら、はっきりいって一人だけでも十分にお釣りがくる。

返ってきた答えは、だが、私の予想をはるかに超えるものだった。

「――“作戦始動”。期は熟せり」

「!!」

その言葉に、私の体は凍りついた。

今、この瞬間、このタイミングで、発動。
“作戦”……伝え聞いた、両親から魂魄に刻みつけられた、あの、“作戦”……。

「……?」

「サクラ……?」

「………」

再び、沈黙。
少しの間をおいて、短く、呟く。

「……連れてって」

「御意」

樊瑞(はんずい)が私をその背に乗せる。

連動するようにして後の二人もまた、わけの分かっていないナルトとサスケを強引に背負う。
そのことに、私は疑問を感じた。

「その二人も……?」

「対象は“全員”です故」

「……意味なんてないと思うけど……」

呟き、前を向く。
背後では二人の騒ぐ声が聞こえる中、私の意識はただ彼方へ。
“その場所”へ。

「“降臨”の場所はどこ?」

「一切合切の決着は……“中忍試験本戦会場”にて」

その事実に、思わず苦笑。

「せっかくそこから離れてきたのに……“またアンタらに連れ戻される”とは、ね。中々皮肉がきいてるじゃん」

「……定めにこそ、あれば」

淡々と、十傑集の長たる男は語るのみであった。

その事実――“依り代”たるを。


◆◆◆◆◆


景色が、高速で後方へと流れる。

木の葉の木々が。
鬱蒼とした枝葉が。

色の線となって、後方へと視界を流れる。

その、最中。

「む……?」

樊瑞が気付き、急遽その足を止める。

輪郭を取り戻し、再び形を成していく視界、周囲の光景。
その中に、轟然と立ち塞がる一人のくの一の姿があった。

「イノ」

言われて、その眉を八の字にしながら、少女――山中イノが溜め息を吐く。

「相変わらず、なんて走り方……腕組んで上半身が微動だにしないって、凄いを通り越してるでしょ」

苦笑。
私が苦笑して、イノも苦笑する。

その足が、微か震えているのに、密か気付く。

樊瑞や他の二人は、ただ沈黙を守るのみ。

「――ほら、届け物よ!」

強引に笑みを作り、私に向かってイノは巻物を一つ放ってくる。

樊瑞の背でそれを受け取り、視線をまたイノへと戻す。

「この非常時に、わざわざそれだけを?」

イノが、憮然とした表情を作る。

「しょうがないでしょう、頼まれちゃったんだから。アスマもどこ行ったか分からないって言うし」

その言葉に、再び苦笑。
視線をイノの傍らへとやる。

「……で、付き合わされたと。ご苦労様だね」

「……全くだ。メンドクセー……」

シカマルが、イノ以上に憮然とした表情を作り、愚痴る。

「何か言った?」

「な~んにも」

イノとシカマルの言葉。
仲の良いことだ。

苦笑しながら、私は巻物の紐を解く。
その中身を見ようとしながら、言葉はイノへと発す。

「で、誰からの届け物って?」

パラリ、と巻物を広げる。

「ああ、それは――」

背中から降り、両手で巻物を掴む。

視線を落とした、その瞬間――

「――“サクラの母さん”よ」

「!?」

――意識が、溶けた。

混ざり合い、攪拌され、収束。

“二つ”にして、“一つ”。
“一人”にして、“二人”。

事は一瞬。
その時を以て、私の意思から迷いが消えた。

ただ一つ。



――“私の、力”を。



「――ッ!!」

「「「!?」」」

地を蹴る。
ただの一蹴りが、今は体を数里先へと送る。

背後で驚愕の気配があるが、心遣いは無用。
またすぐ驚愕の念の後、その気配が追随してくる。

十傑集たる三人に連れられて、四人の声が運ばれる。
私もまた、そこへ自らを運ぶ。

早く。
速く。
迅く。

“私の力”を――

「――得んがために……!」

景色が、色の線と変わり始める。


◆◆◆◆◆


中忍試験本選会場――屋根上

「――この……クソジジイがァッ……!!」

言って、両腕を生気の無い色に染める音隠れの忍び――大蛇丸は、その顔を激痛と屈辱に歪める。

眼前には横たわる“屍”――彼の師であり、大国火の国を守護する木の葉隠れの里の長、三代目火影・猿飛ヒルゼンの亡骸があった。
その顔は満たされたかのような微笑みであり、死に際の表情は驚く程に穏やか。

その、事実に。
野望を邪魔し、無様な今の自分の姿を嘲笑っているかのように見えるかつての師の姿に、大蛇丸は例えようもなく際限のない憎悪を抱いた。

「大人しくくたばっていればいいものをォ……! 死に損ないの老いぼれがァ……、ッ!?」

と、その両の手に再び激痛がはしる。

封印術・屍鬼封尽。
三代目が散り際に放った魂魄への干渉行為であり、黄泉路への旅立ち際に残した最後の足掻き。
焼けつくようなその痛み――両腕への封印施行という術を奪われたも同然の事実に、大蛇丸はただただ激情を爆発させる。

と、

「――大蛇丸様!」

駆け寄る4つの人影、音忍“四忍衆”。
その内の一人、大柄な体躯を誇る次郎坊が、苦しむ大蛇丸の側に膝を付く。

「大蛇丸様、負傷を!?」

驚く次郎坊に向け、しかし、隣に立ったくの一・他由也が半ば怒鳴り散らしながら言葉を言い放つ。

「このクソデブが! んなの見りゃあ分かんだろうがよ!! とっとと大蛇丸様を担げ!!」

襲い来る木の葉の暗部。
それらの強襲を回避したいがためにも、他由也はいつにも増して怒気をまき散らし、急かせる。

言われて次郎坊は、戦時中ということもあり素早く、大蛇丸を支えるべく体を寄せた。

「――退くわよ……今は」

「「「はっ!」」」

大蛇丸の言葉に場の全員が返事を返す。

次の瞬間にはそこから去ろうと、次郎坊が大蛇丸の肩に腕を回す。

鬼童丸は前を、左近は右を、他由也は左を、それぞれが大蛇丸の周囲を固め、編隊を組む。

戦争の傷跡深い木の葉の里、それを横目に。

中忍試験本戦会場であったはずの建物屋根の瓦。

そこを。

全員が。

蹴った。



その瞬間。



「――な~んて、な」



ゴキャリ、と。

何かが砕ける音がする。

鬼童丸が後ろを、左近が左を、他由也が右を、それぞれが大蛇丸の方を見れば、そこには“首無し”の彼らがトップの姿。

驚愕に目を見開いたまま落ちる生首は、はたして――

「……大蛇、丸……様?」

――かつての伝説の三忍、音隠れの里の頭領であった。

「「「大蛇丸様ァッ!?」」」

「―― 一撃決殺」

動揺の叫びをあげる“3人”。
それらに対し獰猛な笑みを浮かべながら一人、“次郎坊”だけが素早く地へと降りる。

その手には大蛇丸の首が。
腕には全体にかけて、渦を巻くチャクラの流れが具現化している。

瞬間。

「さて、“芝居”は終わりだ」

ボンッという音と共に、次郎坊の巨体が白煙に包まれる。

次いで現れた姿。
黒を基調とした忍装束に、顔には特徴的な動物を模した仮面。
その長身から背にかけて流れるように波打つのは――“桃色の長髪”。

男――春野ホウセンは、見えないその顔と声音に不敵を表す。

「さあ……Show Time の始まりだァ!!」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十一巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2010/03/11 18:46
「テメエ……次郎坊、は、どうした……?」

見た目だけは静かな他由也の問い掛け。
予想のつく、最早答えの決まっているようなその質問を、あえて彼女は眼前の見知らぬ男へと投げ掛ける。
一見して冷酷非情とも見える彼ら音忍五忍衆は、しかし、身内や仲間に対する気持ちにおいて意外にも情厚かったのだ。

問われた男・当代春野家当主春野ホウセンは、その手を顎へと持ってくる。

「次郎坊? ……ああ、さっきまで俺が化けていた男のことか……」

顎鬚を撫でつつ、ホウセンは答える。
その声音は紛う事無き愉悦。
返される答えは、やはり予想と寸分狂いないものであった。

「あの男なら、無論のこと――“殺してやったよ”」

「「「―――」」」

言われて、音忍達には反応がない。
そのことが少しばかり気に入らなかったのか、ホウセンは顔に凄惨な笑みを浮かべて再度、“その事実”を言い放つ。

「“殺してやったよ”。デカい図体を横にして寝てたところをバッサリだ。呆気ないぐらいだった、あの大蛇丸の部下を標的にしたわりにはな。まるで家畜を処理するかのような手軽さだった。
そうだな……あれはまさしく――“ブタ野郎”を“屠殺”したようなものだった!」

残虐な声と笑み。
その言動により、三人の内の一人、北門の他由也が、遂にその我慢の糸を“プッツン”する。
視線には紛う事無き、猛烈な殺気が込められていた。

「――アイツを“ブタ野郎”と呼んでいいのは……」

直後、彼女の激情が爆発した。

「ウチだけだッ!!」

響く憤激、怨嗟の叫び。
視線の先には怨敵、桃色長髪の大男を捉えて、多由也の猛烈な怒気と殺気が噴出する。

その手に笛を、放たれる言霊には物理的威力を伴う呪詛が込められていた。

「――『超音波崩壊励起(はうりんぐぼいす)』ッ!!」

瞬間、轟音。
地を砕き空を裂きながら、あるもの全てを悉く粉砕する破壊の大音声が佇むホウセンへと襲いかかる。

受ける間際、大男はその手を横一線に凪ぐ。

ドゴォオオオンッ!!

爆破粉砕。
派手に余波を撒き散らしながら、音波が敵を仕留める――

「ッ!?」

――そのはず、だった。

驚愕する多由也の目の前には今、本来の桃色から赤色へと色を変じた長髪、それによる盾――“花弁七つの形の防御を展開する守護防壁”が頑と聳え立っていた。

「――『檻髪守式・熾天円冠』」

ニヤリと、ホウセンが笑う。
まるで子供の稚気が如く、あからさまにそうと分かる程の、挑発。
感じる戸惑いや動揺、さらには今まさに燃焼している激情すらもさらに吹き飛ばす、それは露骨極まりない、挑発。

元から直情径行の気がある多由也は、瞬間、その言動に我を忘れた。

「テメエ……テメエェエエエエエエッ!!」

「多由也!?」

「待て……!!」

他の者が止める間も無く、多由也は単身突撃を開始する。
性格もそうだが、この場合においては先の異常事態――“化け物じみた強さを誇るはずの上司の暗殺”という衝撃の事実、“既に殺されていた仲間の存在位置への潜伏”という屈辱の事実、この二つの事実への認識が彼女から一切の冷静さを拭い去っていたのだ。

依然として嗜虐の笑みを浮かべるホウセン。
迫る多由也を眼前にしてその紅の長髪が蠢いた、その瞬間。



「――殺った……!」



背後からの声。
現れる人影の片手にはチャクラ――医療及び戦闘用のチャクラメスが現出している。

現れた人物とは音の里の練達者、薬師カブトその人に他ならなかった。

発揮される知略、先見の明。
真実策士たる薬師カブトによって為された、それは突発出現者である暗殺者へのさらなる要撃。
隠密の腕では目の前の存在に遥か及ばずとも、その者の忍びたる才自体は超一流。
予めハルノによる奇襲を彼自身が予想していたこと、さらには迅速なる暗殺のための手際・度量も含め、その類い稀なる万能の才は、まさに伝説の三忍の右腕としての面目躍如であった。

(くたばれ、ハルノ……!!)

不思議とスローで流れる光景。
眼の前のホウセンは振り向かず、そればかりか反応すらもしない、全くの無防備。

相手がたとえ隠密を生業とする暗殺の達人であろうと、カブトの片腕が先の強襲で砕かれていようと、その一撃を逃れる術は獲物たるホウセンには果たして無かった――



「――殺っちゃいねえ。殺られたんだよ」



「!?」

ザシュンッ!

――故に、その一撃を獲物が回避し得たのは、新たに乱入した第三者による所業があってこそ。

はしる剣閃が空を裂き、横一文字、カブトの首を刹那の間で切断する。
大刀“首斬り包丁”の名に恥じぬ斬殺を成し遂げた、その刃の持ち主たる男は……はたしてホウセンと同じく笑っていた。
顔には歪んだ喜悦の笑み。
口元に包帯を巻く、元霧隠れの忍び――“鬼人・桃地再不斬”である。

「何、ぐァッ!?」

「「他由也!?」」

弾き飛ばされる他由也の体躯。
彼女の名を呼ぶ鬼童丸と左近の視線の先では、怪しげに蠢く赤色の髪。
自身が誇る攻防自在の特異忍術『紅赤朱』を手繰るホウセンは、不敵な笑みをその顔に浮かべたまま、背後の彼へと視線を向ける。

「再不斬か。仕事はどうやらこなしてくれるみたいだな」

「金さえ貰えりゃ、こっちに文句はねえからなァ」

一拍遅れて、ドサリと、ホウセンの背後で首無しの死体が地に倒れ伏す。
その光景に音忍達がただ絶句する最中、再不斬はブンとその手の刃を横に振り抜く。
こびり付く血をそれによって吹き飛ばした後、鬼人たる男はやはり喜悦のままに笑っていた。

「……さて。次はどいつの首を飛ばそうか?」

首斬り包丁を肩に担ぎ直す。
その眼は殺気に揺らめき、次なる獲物を真に望んでいた。

「「「―――」」」

再不斬の視線の先、そこには茫然自失して言葉一つ発することの出来ない音忍達の姿がある。
本来ならば計り難い実力を持つはずの彼らの現状は、しかし、一分と経たぬ今の時間で二人もの指導者を失い、さらに死亡が過去のものとなっていた仲間の存在があるのであれば、それはたとえ音忍五忍衆といえど無理からぬこと。
忍びとは常に冷静さを保つ者の意義でもあるが、この場合においては事情が大体において多分に異なっていたのだ。

音忍にとっての里の長・大蛇丸とは、敬愛すべき偉大なる師ではなく、畏怖すべき恐怖の絶対君臨者である。
常の忍びが憎悪や憤怒を冷静沈着で抑制するのに対し、彼ら音忍は冷静沈着を保とうにも元となる感情――恩師の死に対する憎しみや怒りといった負の情念が存在しないのだ。
力や恐怖で下を抑えつけてきた大蛇丸に対し、音忍達が仁義を感じるはずもない。

ただ虚脱が残るばかりのその事実の認識の後に、降って湧いた二つの衝撃、“仲間である次郎坊の死と偽装”と“実力では音の里トップクラスであった先達カブトの瞬殺”。
これにより音忍達三人は、最早何をしたらいいのか分からない一種の錯乱状態に陥る。

端的にいえば、彼らは今やその意思を向けるべき対象・目的を見失っていた。

「さて、だんまりか……無抵抗の奴を殺すのはあんまり面白くねえなあ……」

再不斬が口を開く。
その戦闘に対する愉悦を発揮した物言いは、真実彼の内心を表している。

即ち、我強者との死合いを臨む、と。

「だからよ……相手は“テメエ”に決めたぜ――出て来いよ、“かぐやの骨野郎”」

「「「!?」」」

その言葉に、三人がその眼を驚愕に満たす。

慌ててそちらを見やれば、“彼”は確かにそこに立っていた――滅んだはずのかぐや一族最後の生き残り、音忍五忍衆本当のリーダー、“君麻呂”が。

「き、君麻呂!?」

「お前が何でここに!?」

問われて、君麻呂は病を患った故に血色の悪い表情で音忍達へと答えを返す。

「……カブト先生の策だ。いざという時のために、今度の木の葉崩しでは僕も後詰に控えてた――まさか、こんな形で戦場に出るとは思わなかったが」

言って、直後、君麻呂の姿がその場から消える。
現れたのはホウセンの直前、いつの間にか手に取った骨刀と、間に割って入った再不斬の首切り包丁が鎬を削る、その最前線だった。

「随分ツレねえじゃねえか。テメエと会うのはこっち二回目だってのによ。どうせなら俺と遊んでくれや。
――霧隠れへの反逆で一族皆殺しにあった時の餓鬼が、中々どうして、心地いい殺気を出すじゃねえか」

その顔に凄惨な笑みを刻む再不斬。
伝わる愉悦の念を感じ、君麻呂の腕に力が、

「――ふざ、けるなァアアアアアアッ!!」

「!?」

グンと、急激に増していった。

「大蛇丸様が死に……! 五忍衆の一角が崩れ……! カブト先生も貴様に殺された……!
やり場のないこの怒り……! この、憎悪ッ!!」

「ッ!?」

鍔迫り合いが、再不斬の方へと一気に近付く。
技巧による攻防の結果ではない、力任せの一念によって、それ単身で剛腕を誇る再不斬の大刀が君麻呂の痩躯に圧されているのである。

しのぐ再不斬は、その君麻呂の姿勢に自然と必死さを感じるようになっていた。

「僕にはもう何もない……! するべきことも、目指すべき目標も、何も残っていない……!
だからッ! 僕は僕個人の感情に従って行動する……!! 今となっては次郎坊もカブト先生も関係ない……僕個人の、僕だけの理由……!!
殺された大蛇丸様に報いる、“復讐”をッ!!」

「ぐッ……!?」

瞬間、君麻呂の振り抜いた骨刀の衝撃、横一文字の薙ぎ払いによって、鍔迫り合った大刀ごと再不斬の長身が弾き飛ばされる。

次いで君麻呂がとった行動は再不斬への追い打ちではなく、“怨敵・春野ホウセン”への強襲であった。

「貴様が仇……! 大蛇丸様に捧げる、復讐の贄……ッ!!」

突き出される骨刀、刺突の豪雨。
君麻呂が誇る血継限界『屍骨脈』が武技『椿の舞い』。
その剣撃の数、まさしく無数。

「塵と消えろ……ッ!!」

直後、炸裂。
無数の刺突は破壊の壁となり、その数多の剣尖によって眼前の敵を貫く。
触れれば即死ぬ豪雨の最中、しかし、ホウセンは“笑っていた”。

「餓鬼が……やってくれるわ!!」

ギャギャギャギャギャンッ!!

展開する赤髪、その鋼鉄にも匹敵する硬度が繰り出される刺突と激突する。

無数にも及ぶ衝突音。
鳴り響く轟音、その音の全てがホウセンの眼前、彼を標的とする攻撃を“髪の壁”が防ぐことによって発されている。

刺突は防がれ、その骨刀は徐々にその刃に罅を刻んでいき。
しかして“髪”もまた、その防御を圧されて徐々にホウセンの体正面から弾かれてゆく。

――そして打ち合う事数瞬、遂にその時が来た。

ガギィンッ!!

「!!」

一際大きく響く轟音。
その刹那の時において、君麻呂は遂に防御の間隙、“髪の壁”の解れを見出す。

一瞬、否、それにすらも満たぬ極小の時間を経て、半ば崩れかける骨刀が前へと突き出される。
迫る剣尖は確かに必殺、対処出来ない斬撃の技巧は彼が即ち一流である証。

ホウセンは……“やはり”、笑っていた。

「――無駄よ」

瞬間、“錫杖”が振り下ろされた。

「!?」

バギンッ、と。
音をたてて骨刀は半ばから裁断される。
行った当人たる“編笠の武芸者”は、静かに前を見据えた。

「――割り込み御免ッ!!」

「チィ……ッ!?」

薙いだ杖の一撃を避けるため、君麻呂は後ろへと跳躍する。
着地した、その直後、君麻呂は改めて眼前の怨敵を侮蔑と共に憎悪した。

「また、不意討ち――それも、他人の手によったもの……ッ!!」

ギリッと、歯噛み。
眼前には、幾人もの編笠の男達『血風連』が間断なく君麻呂へと警戒の気を放つ。

ホウセンの顔には、当然の如く、笑み。

「隠密、工作、暗殺。忍びとしての三大快挙、これらは根幹。頼るべきはこれらの技術であるべきだ……。
だが、“それがどうした”? 殺しの技術に拘りなんてものは真に必要ではない。正々堂々も結構、一騎無双も大いに結構。殺せるのなら、それで何の問題もない。結果の前では、過程など、どうでもいいものだ。
故に……この世で最も確実な殺しとは、即ち――」

直後、ホウセンがその手を振り下ろす。

「――“数の暴力”だ」

ドパァアアアンッ!!

「ッ……!!」

弾かれたが如く、駆け出す幾数の『血風連』。
大挙して押し寄せるその光景はまさしく洪水、暴力の奔流。

察して、しかし、君麻呂はその警戒や退避の念を復讐の一念で圧し潰す。
仇討ちのためなら、復讐のためなら、彼はどこまでも無謀となれた。

「――君麻呂ッ!!」

「!?」

……だから、その行動も、彼にとっては本来ならば不本意。

気付けば彼は両脇を掴まれたまま、その姿勢“逃走”の体を成していた。

「他由也ッ!? 左近ッ!? 何を、している……!?」

左右で彼の腕を掴み、一目散にその場を離れようとしている、五忍衆の二人。
その顔は共に前を向き、何かを耐えるかの如く表情を歪ませている。

三人が駆ける後方、君麻呂の視界正面には、一人、鬼童丸がその特異的な術技を以て敵の追撃を防いでいた。

「――蜘蛛巣開!!」

「むッ……!?」

「これは……!!」

「動けぬ……ッ!?」

放射される蜘蛛が放つが如き糸、彼固有の術技。
粘着質のそれに『血風連』が足止めをくらう間、三人と君麻呂は会場の外へと駆ける。
その行動に、君麻呂は無論、反発する。

「貴様ら何をしている!? 何を、逃げ出そうとしている!?」

その言葉に、左で彼の腕を掴む他由也が返す怒声を浴びせる。

「この、クソ馬鹿野郎がッ!! あの人数相手にして無事に済むわけねえだろうッ! ウチらは“機を逃した”んだよ! そのくらい気付けッ!!」

「君麻呂、テメエが大蛇丸様の仇討ちに固執するのも分かるが、少し頭を冷やせ! こんな所で死んじまったら何にもならねえだろうが!!」

それらの抗弁に、しかし、君麻呂はその首を縦と振らない。

「黙れッ!! 大蛇丸様の力をただ恐れてただけのお前らに何が分かる!? ここで復讐を果たさずに逃げて、僕はどうしろというんだ!?
死ぬのが嫌ならその手を離せ!! 逃げるのなら貴様らだけにしろ!! 僕に、仇を討たせろ……ッ!!」

「このッ……!!」

叫ぶ君麻呂の言動に他由也が感情を爆発させようとした、その瞬間。

「――ああ、その通り、逃げたい奴だけ逃げればいい……!!」

「「「!?」」」

現れた長身、君麻呂が怨敵・春野ホウセン。
間髪おかず、その“赤髪”が空を裂く。

「もっとも……誰一人として逃がす気はないがな!!」

迫る殺気、繰り出される裂帛の一撃。
“髪”は槍の形をとり、その神速を以て君麻呂へと一直線に奔る。

誰もいないはずの空間。
そこから突如現れたその脅威に、隠密の頂点が繰り出すその攻撃に、君麻呂は不覚にも反応出来ない。

一瞬の後。
そこには、胴を確かに貫く、鮮血に染まった“赤髪”の存在が成立した。

「―――」

絶句する“三人”。
一拍の間をおいて、その光景を目前にする左近が、ただ呆然と口を開いた――



「……鬼童、丸……?」



――音忍五忍衆、鬼童丸の血濡れの姿を。

「鬼童丸ッ!?」

叫ぶ他由也。
驚愕に目を染める左近。
その二人の状態、そして一人の行動の結果に、君麻呂が信じられぬとばかり声を震わす。

「何故……何故、だ……? 何でお前が……僕を庇うッ!?」

その言葉に、体を貫かれたまま鬼童丸は口の端を上げる。

「……“仲間”、だからな……」

「……馬鹿、な!?」

呆然とする他由也と左近。
愕然とする君麻呂。
その視界の中では後方から『血風連』が追いつくのを捉え、しかし、その事実すらも理解出来ぬ茫漠とする時間が過ぎる。

直後。

「チッ、外したか……この雑魚がッ!」

ビュオンッと引き戻される“赤髪”。
鬼童丸の胸元から、その瞬間、大量の血液が噴き出す。
その出血量は、明らかに致命傷。

殺した。
そう断じるホウセンが、次に残りの三人をも抹殺せんと命を下す。

「殺せ――」

命を下し抹殺する、その筈、だった。

「――させねえ、ぜよ……!」

「!?」

弾け、乱れ飛ぶ糸。
それらは悉く粘着質の糸、束縛を相手へ強制する鬼童丸の術技。

口元には不敵な笑みを。
集結した『血風連』ごと追手を捕縛した鬼童丸は、薄れゆく意識の最中で言葉を紡ぐ。

「確かに俺らは、お前程に大蛇丸様を慕っていたわけじゃない……むしろ、恐れていた。仇討ちなんてもんが浮かばないぐらいに、あの方を恐怖してた。それは、否定……しないぜよ」

「……なら、どうして……ッ!!」

君麻呂が、その目を驚愕に見開く。
信じられなかった。
所詮は戦場での味方、敵ではないというだけの冷え切った間柄でしかなかった者に庇われたことが、君麻呂には不可解だった。

『血風連』達が糸に悪戦苦闘する最中、鬼童丸が弱弱しく、だが確かに口を開く。

「言ったぜよ……“仲間”だから、ってな……。
俺も、お前も……他由也も、左近も、次郎坊も……音の里の連中は皆、大蛇丸様が拾ってきた孤児ぜよ……。そんな大蛇丸様に、恐れてても、俺は一つだけ、感謝してる――」

鬼童丸の手に歪な剣――蜘蛛粘金と呼ばれる術により作り出した武器――が握られる。
瞬間、

「ぎッ……!?」

「ほう……俺の打ち込みに気付きやがったか」

鍔迫り合う鬼童丸と、出現した再不斬。
ギリギリと睨み合う両者は、しかし、再不斬が圧倒的に優勢。
急速に圧されていく最中、鬼童丸は言い続ける。

「――それが、“仲間”、ぜよ……友達も家族もいなかった俺らに、居場所をつくってくれた……“仲間”を、つくってくれた……そのことには心底、感謝してる……有難い、ぐァッ!?」

弾かれる。
振り抜くと共に大刀を構える再不斬は、瞬間、その顔を驚愕に満たす。
両足と大刀、それらと地面との間に粘着質の糸が絡みついていたのだ。

(今の一瞬で、だと……!? この野郎……!!)

憤るも、糸は切れず。
背後の『血風連』共々、再不斬は切れないその糸に一瞬一瞬を浪費する。

弾かれた後、やはり弱弱しく立ち上がる鬼童丸が、背後に向けて言葉を投げ掛ける。

「だから――“仲間”のためなら、こんな刺し傷ぐらい、どうってこと、ない、ぜよ……ここは、任せろ。時間稼ぎは、得意分野ぜよ」

「鬼童丸……!!」

震える言葉。
直後、他由也と左近の両足に再び力が入る。
跳躍と疾走の予兆であった。

「……この、クソ馬鹿野郎が……」

「……追いついて来いよ……」

言われて、拳を掲げる鬼童丸。
その様子に、ホウセンが声を荒げて叫ぶ。

「こいつら……! 畜生、逃がしたりするんじゃないぞ!!」

言って、しかし、糸は解けず。
依然として悪戦苦闘し続けるホウセン達の前方、そこには既に三人の姿は無く、いるのは唯一人、大量の血液を流し続ける鬼童丸のみ。

その彼は瀕死の傷を負って尚、その眼光には意思の強さが宿っていた。

「時間稼ぎ……ああ、でも――」

直後、その顔が笑みを刻む。

「――別に倒してしまっても、いい……な」

直後、薄れるその視界の中では、鬼人の両足と大刀が地面ごと引き抜かれていた。


◆◆◆◆◆


「――失態だな。よもや大蛇丸の腹心、その内の三人も逃がしてしまうとは」

言って、桜色へと色を戻した長髪の男性・春野ホウセンは傍らの存在へと話しかける。
話しかけられた男・桃地再不斬は、その言に込められた不愉快の念を鼻で笑い飛ばす。

「たかが三人、って言い方は出来ねえのか? 大蛇丸とカブト、この二人さえ殺せりゃ問題なんぞねえだろうよ。大体、俺がアンタに雇われたのはあくまでこいつらブッ殺すための駒として、だろう? 駒に標的以外の対象まで殺すのを期待すんのは、ちょっとお人好しが過ぎるぜ」

「……確かに俺が指示したのはその二人だけだが、それにしてもサービスしてくれたっていいのではないか? 五忍衆と衝突するのは分かり切っていたことだろう」

「だから、殺したじゃねえか。邪魔してくれた“蜘蛛野郎”を、きっちりな」

沈黙するホウセン。
同じく口を閉じる再不斬。

数瞬の後、ホウセンがその身を翻す。
彼の直属の部下たる『血風連』は、既に会場近辺の戦場へと戻していた。

「これだけは言っておく。俺がお前を雇ったのは、飽く迄木の葉の連中には秘密裏に動くためだ。今後も、目立つような行動だけは避けろ。戦闘時は特にだ。いいな?」

その言葉に、再不斬はニヤリと笑みを浮かべる。

「そのために、アンタの部下―― 十常寺とかいう野郎から“巫術”を習ったのさ。チャクラの内の精神エネルギーだけを消費する術。感知なんてされるはずがねえよ」

「………」

暫く再不斬を見て、その後、ホウセンがその姿を消す。
木の葉が誇る最高位の隠密術。
その完成度は、やはり忍びとして暗殺者として優れたもの。
伊達で、再不斬程の忍者が雇われているわけではなかった。

一つ息を吐き、再不斬はその顔を空へと向ける。
表情には、憂いの念が微かに浮かんでいた。

「胸糞悪い仕事だ……“お前”は、それでも付き合ってくれるのか……?」

数瞬の後、再不斬はその顔に今度、不敵な笑みを宿す。

「いつまでも共に、ね……今の“お前”が言うと、少し洒落にならんな。俺を殺せば、俺も“お前”も、多分ずっと永遠だぜ?」

すると、再不斬の顔が少し歪む。

「……ああ、ああ、悪かったよ。その手の冗談が“お前”は嫌いだったな」

視線を、再不斬は再び前へと戻す。
その手に首切り包丁を。
姿は以前より変わらず、しかして、その背後には彼を“守護するべき者”の存在があった。



「さて――行こうか、“白”」



――はい、再不斬さん。



かき消える再不斬の体、瞬身の術の発動。
姿は、もうどこにも見当たらない。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十二巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:4d83ba03
Date: 2010/06/26 22:10
物見は切り倒され。
家屋は炎に焼かれ。
そこここには無惨を刻む幾つもの戦火の傷跡が散在している。

依然として火の手は上がり、辺りには散発的に轟音が鳴り響く中……それでも、事態は確実に終息へと向かっていた。

音の忍びは指導者の不在に狼狽え、砂の忍びは少ない情報に辟易し、対して木の葉の忍びは、その底意地の高さを以て一気呵成と反撃の狼煙を上げる。

戦闘は既に散発的かつ局所的なものに。
中忍試験本戦会場から見える範囲には、今や静寂が舞い戻っていた。

「……存外に呆気ない……が、それはそれで都合に良いというもの――」

幾つもの屍が積まれ、抉れた地面を表面に露呈させる、会場中心の開けた闘技場部分。
一人、春野ホウセンはそこに屹立していた。

「――機は熟した」

瞬間、ホウセンの足下から周囲円形へと崩し字の結界術式が広がる。

縁は不気味に文字が蠢き、放つチャクラは不快に際立ち。
色は、燃えるような朱い紅い赤だった。

「術式構築――“神威召喚”。依り代における潜在意識を表層へと浮上、意識を固定」

声と共に、術式内の文字が蠢き、その紋様は次々に変わっていく。
流動する術式の様は、その色とも相まって、まるで表へと噴き出すのを待つ劫火のそれであった。

「作業行程を現状のまま待機――構成、完了」

ホウセンが言うや否や、術式は一瞬発光、直後には妖しくその紋様を地面へと刻む、降臨結界の陣が布かれていた。
色たる赤はやはり燃えるように激しく、見る者には畏怖と動揺を与える。

自らが布いたその陣を一瞥した後、ホウセンは一つ息を吐く。

「さて、これで後は“依り代”の到着を待つだけ、と……ふむ、言葉を交わすだけの時間はあるか」

ふと、ホウセンの視線が上方へと向けられる。

そこに立つのは二つの人影。
外套に編み笠を纏い姿形を判別し難く見せる、“それ故に”ホウセンには分かり易い格好の者達であった。

「わざわざ“根”の古衣装を持ち出してくるとは、昔を思い出させるな……“ダンゾウ”」

言われて、二人の内の一人が、編み笠を少しずらす。
中に見える老練の顔には、忍びとしての確かな覚悟と経験が窺える。

木の葉の重鎮、元“根”の長――ダンゾウの威容である。

「――お前も随分と、今日はその“赤”を見せるではないか。消耗が激しいのではなかったのか?」

「他国の侵攻がある今、悠長なことは言ってられまい」

「ふむ……まあ、いい」

ホウセンの言葉にダンゾウが一言を返す。

その、直後。

「そんなことよりも――先ずは“それ”だ」

「―――」

首の裏筋に押し付けられるクナイ。
身動き出来ないホウセンが視線だけを動かせば、ダンゾウの隣にいたもう一人は既にそこに居らず。
そのもう一人こそが今、ホウセンの背後を一瞬にして取り、その首にクナイを構え、隠密の完成形たる忍びを牽制しているのだ。

前に立つホウセンを無表情のまま見るその者の姿は、やたら幼いものである。

「――随分と、優秀な部下を持っているな、ダンゾウ」

「名をサイという。無論、一個人を言い表す本名というわけではないが、中々に使える」

そこまで言って、ダンゾウはふとその言葉の調子を変える。
淡々と言葉を綴る無感情の中に、一欠片の苛立ちが混じったのだった。

「それに引き替え――貴様の駒はそれか? 木の葉以外、それも抜け忍を使うなど、随分と堕落したものだ」

ダンゾウの視線はサイ……ではなく、ホウセンに刃を構える少年忍者のさらにその背後で、いつの間にか、サイの細首に大刀“首切り包丁”を当てている大男――ホウセンの雇った元霧隠れの忍び、鬼人・桃地再不斬へと向けられていた。

言われて、しかし、ホウセンは平然と言葉を返す。

「中々に、使えるからな」

「……昔のお前は、今よりも孤高であったよ、ホウセン」

「ほう?」

目を閉じる。
はたしてその瞼の裏側に映るのは遠き昔日の日々、三代目火影の座を相争ったこともある、木の葉での下忍時代。
名家猿飛出身の秀逸であったヒルゼンと、堂々卑怯といった隠密道を地でいくホウセン。
三人が三人共に、今やそれぞれ木の葉の重鎮となった現在、その姿から昔の面影を見出すことがダンゾウには出来なかった。

「変われば変わるものか……時代の流転、忍びの在り様というものは」

「何、人間というものはそうそう変わらんよ。根本が同じなのだからな」

「根本……だと?」

ホウセンが、不敵に笑う。
首筋にクナイを押し当てられていることも忘れ、彼は無造作に腕を広げる。
視線はダンゾウの方を向いたまま、意識だけが彼の足元、サイと再不斬をもその円内に収める地面の術式へと向けられていた。

「俺の野望を手伝え、ダンゾウ。
俺は今から――“この世全ての悪”を葬り去る」

「何……?」

ダンゾウが、その目を眇める。
先の質問、術式の正体に関する返ってきた答えに、老練の忍びはその意味を考えた。

「分からんか? ならば、こう言い直そう――尾獣をも上回るこの世究極の存在・“天上の魔神”を召喚する”、と」

「……ホウセン、お前まさか……」

ホウセンの言葉に、瞬間、ダンゾウが目を見開く。
その意味を、被る影響を、彼は一瞬にして理解したからだ。

「“偉大なる炎”を呼び出そうというのか……? 人間のお前が、あの悪魔のような化け物を」

「応とも。旧時代の世紀末に出現し、悪の蔓延るこの世を作り替えたという本物の神。俺はその神とやらを召喚し、悪行の蔓延する今の世の中を作り替える……浄化された不浄の世界だ」

その言葉に、ダンゾウが首を静かに横に振る。

「不可能だ。どこから見つけてきたか知らないが、そんな古い術式が起動する保証などどこにもない」

「見くびるなよ、ダンゾウ。ハルノ数千年の人体実験――『十傑集』の存在が、“偉大なる炎”の実在を証明している。失敗作ですらあれほどの力を誇るのだ。神なる存在は必ず実在する」

「……仮に召喚出来たとしても、神なる存在がはたして人間の言うことなど……」

「構わんさ、召喚さえ出来れば。後は神の裁量でこの世を粛清するのみ――“この世全ての悪”を消し去るのだ!」

高らかに、明確な意志を以てホウセンは断言する。
彼にしてみれば一族一党代々に伝導された悲願たる野望。
その成就の可能性を前にして、春野ホウセンという人間が興奮しないわけがない。

背後のサイと再不斬を完全に無視したまま、男は親友へと手を伸ばす。

「手伝え、ダンゾウ。後少し、依り代の到着さえ待てば悲願は叶うのだ。里の誰よりも木の葉の平和を宿願したお前なら……分かるだろう?」

「―――」

ホウセンの言に、恐らく虚言妄想の類は含まれ得ない。
それほどの明確な意志が、数々の言の葉には乗っていたのだから。

だから、親友のその言葉を、ダンゾウは最早疑う必要など無く。
真実親友は神を召喚し、“この世全ての悪”を消し去ろうとしている。
それを成す、意志がある。

数瞬の後、ダンゾウの意志が断を下した。

「ホウセン――」

ダンゾウの手がホウセンの方へと差し伸べられる。

そして、



ザクンッ!



その手が、勢い良く振り下ろされた。

「……何……?」

音は、ホウセンの体から。

呆とした様子で、ホウセンが“その胸に刃を突き立てられたまま”後ろを振り返る。
立っていたのはサイで無ければダンゾウでも無く、そこに居たのは、彼自身が金で雇ったはずの“再不斬”であった。

「……な、」

ぜ、と言葉を続けようとしたところで、再びホウセンの体に衝撃が走り、今度、男の首が宙を飛ぶ。
ゴトリと音をたて、困惑しきりといった表情のままの首が地面へと落ちた後、再不斬が静かに口を開く。

「ダンゾウも雇ってたのさ、この俺をな」

気付けば、ダンゾウの隣には再びのサイの姿があり。
当の本人たるダンゾウは――その顔を苦渋の一念に染めていた。

「いくら暗殺者が隙を見せないとはいえ、この俺が抜け忍を雇ってまで親友のお前を殺す――。
人は変わるんだよ、ホウセン。俺も、お前もな」

ダンゾウが、再び片腕を振り下ろす。
それに反応し、隣のサイが即座に印を形成、地面に転がるホウセンの首と体を火遁で焼き払う。

チャクラの炎と人の燃える臭いが空間に充満する中、ダンゾウは親友の考えを否定した。

「神など、まして“偉大なる炎”など呼び出したところで無意味なのだ、ホウセン……お前も、十傑集も、全ては泡沫の夢を追い求めるだけの夢想人に過ぎん。
何故なら――」

燃え盛る炎を見ながら、男は、その言葉を手向けとして言い放つ。

「――この世と悪とは即ち、」



瞬間、天地が動転し、裂けた地割れにダンゾウが呑み込まれた。



「―――」

何かを言う間も無く、一瞬後にはダンゾウの体は完全に地中へと消える。

直後、地割れによる裂け目が修復。
両側から地層の壁が迫り、そして――

ドシャァアアアンッ!!

ダンゾウを、その肉体を、完膚無きまでに圧殺する。
地表に残る地割れの痕跡たる線は、微か血色に染まっていた。

「……は……?」

誰が言ったのか、響く呆然の呟き。
不意に訪れた沈黙に、サイも、再不斬も、口を開けずにいる。

と、

「――ほ~んと、人って変われば変わるものよねぇ……ダンゾウったら、隙だらけ♪」

頭上からかかる、女の声。
二人がそちらに目をやれば、そこには桜色の羽衣を纏い、桃色の長髪を風に揺らめかせて屹立する、一人のくの一の姿が。
顔に愉悦の笑みを浮かべ、くの一 ――春野モミジは眼前の光景を嘲笑った。

「全く全く――全く以て、男って馬鹿よねぇ……♪」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十三巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2011/08/08 11:31
不敵に笑う。
凶悪に微笑む。
放つ眼光と伴う殺気が、その者こそこの場の絶対支配者であることを明確に表す。

ふと、無造作に外された仮面。
現れる嗜虐の笑顔が場に絶対零度を構成するのを余所に、仮面の持ち主は右手を振るう。

放られる仮面。
直後、それは何の前兆もなく木っ端微塵に砕け散り、恐慌の雰囲気に花を添える。

胡蝶の優美さと獅子の獰猛さを兼ね備えた、桜髪の女性、春野家現当主代行・春野モミジ。
その口が、おもむろに開かれる。

「――契約不履行。約束破棄。土壇場での掌返し。
ホウセンも死んじゃったし、そもそも先に裏切ったのはあんただし……まあ、要するにぃ……あなたはもう用無しよぉ、再不斬♪」

「!?」

モミジのその言葉に、再不斬は驚愕の表情を作る。
雇用違い、即ち明確な裏切り行為の宣言が、あまりにも堂々とし過ぎていた。

顔に依然として嗜虐の笑みを貼りつけたまま、モミジは無造作に言葉を放る。
まるで子供に買い物でも頼むかのように――

「――残敵を掃討しなさい」

――攻撃の意思を。

応じて、姿を現す人影。
その者が前傾姿勢をとった、直後、

「殲滅ッ!!」

モミジの声に、弾かれるようにして飛び出す影。
瞬く間に距離を詰め、再不斬に肉薄、その手の白刃が閃く。

「ッ!!」

響く金属音。
鍔迫り合いの忍者刀と首斬り包丁。
再不斬が視線に苛立ちを込めて、“その者”を見る。

「――ほう。今の一閃を受けるか。誉めてやろう、ゴミ」

「テ、メエッ……!?」

再不斬が視線を走らす。
眼前の敵の服装は、異国の装いであるスーツに首には赤マフラー、極めつけが目元を覆う馬鹿みたいに派手な仮面。
奇妙極まりない、ふざけているかのような格好。

故に、再不斬は苛つく。
“こんな者”との剣の拮抗を打開出来ない、今の現状に。

意に反して、鍔迫り合いは再不斬が押そうと引こうと全く崩れなかった。

「……“十傑集”ッ……!」

「ホウセン頭領から聞いていたか? ならば話は早い。人呼んでマスク・ザ・レッド。お前では勝てん。
――早々に殺されろ。手間をかけさせるな」

「舐めてんじゃねえぞテメエ……!!」

「それに……」

その者、マスク・ザ・レッドの口の端がつり上がる。

「今日は特別でね――もう二人来ているのだよ」

瞬間、轟音。
見れば会場の一角、サイの眼前で“真空波の衝撃”が駆け抜ける。

その下手人――白いスーツ姿の男が、さも楽しげに口を開く。

「――素晴らしきヒィッツカラルド。この名をもって、冥土の土産としようじゃないか!」

「ッ!?」

ヒィッツカラルドがその手の指を鳴らす。
瞬間、飛来する真空波。
その一撃を頬を切りながら何とか避けたサイは、その直後に目を見開く。

ヒィッツカラルドが、“踊っていた”

「宴の始まりだ…… レッツパーリーッ!!」


◆◆◆◆◆


「へえ――意外にもつじゃない」

モミジが、眼下を睥睨する。
繰り広げられる戦場の光景。
局所的に発生する轟音と爆発はその全てが十傑集によりもたらされる破壊の軌跡であり、掃討される木の葉・音・砂の忍び達が有象無象の区別無く断末魔の叫びをあげる。

ホウセンが死んだことによって結界忍術・人避けの陣が解除され、流れ込んできた両国の忍びは、無惨にもその悉くで命を散らせていく。

元々、再不斬を使い捨て、雑兵を殲滅するのはもう少し後――“依り代”が到着してからの予定だった。
だが、実際にはダンゾウの出現によってホウセンは死に、再不斬は春野が裏切る前に裏切り、結界に隠されるはずだった降臨術式は無防備に外界に晒されてしまっている。

現状、会場内部の“邪魔者”を連れてきた十傑集三人で殲滅し、残りを周囲の斥候・自由殲滅に回す、妥当の策がモミジによってとられていた。

「すぐに終わると思ったんだけど……再不斬も、あのサイって子も、なかなか死なないわねぇ……」

戦場を駆け回る忍び達。
その中にあって再不斬やサイ、その他名うての上忍達は未だに生き延びていた。
マスク・ザ・レッド、ヒィッツカラルド、さらに無言の武芸者・直系の怒鬼と彼に率いられる血風連。
並みの忍び以上の実力を誇る彼らを前にしての生存は、確かに評価すべきことだった。

「もっともぉ……殲滅も時間の問題みたいだけれどねぇ」

刻々と減っていく忍びの数。
モミジの言が正しいことを証明する、確かな光景であった。

会場上の屋根上。
そこにて思わずモミジが高笑いしかけた、その瞬間。

「――モォオオオミィイイイジィイイイイイイイイイッ!!」

「!!」

眼下からの声。
見下ろせばそこには、鬼神の如き勢いで迫り来る一人のくの一“特別上忍”の姿。

その者に対し――モミジは“嗤った”。

「――アァアアアンコォオオオオオオッ!!」

瞬間、激突する拳と拳。
ミシミシと音をたてる自身らの肉体を他所に、春野モミジとみたらしアンコ、両者は眼前の相手を殺気と共に睨みつけた。

「……なぁんでアンタがこんな所にいるのかしらねぇッ……特別上忍ってのはよっぽど暇なのかしらぁ!?」

「……その気にくわない面を殴りに来たに決まってるでしょうッ……十傑集が暴れてんの見りゃあ、誰だって気付くんだよカマトト女!!」

直後、アンコの眼がさらに眇られる。

「――モミジ、アンタ里を……木の葉を裏切ったわね!?」

その瞳に浮かぶもの、紛う事なき烈火の怒り。

「裏切るなんてまた、随分と軽い言葉で片付けるのねぇ!? 今私がやってるのは裏切りなんてチンケな行為なんかじゃない――戦争よぉ!!」

対し、モミジの声音にはいつまでも続く愉悦と嗜虐の念。

木の葉と覇流乃、二つの戦いの縮図が今の二人の攻防と同義であった。

「……昔からアンタは、同期の中じゃあムカつくクソアマだったけどね……今の言葉ではっきりしたわ。
モミジ――アンタは最悪に腐りきった最低のクズだよ……!!」

「あらあら、酷い言われようねぇ。平和ボケした木の葉のゴミに、たった今まで同期だと思われてたなんて、酷い侮辱だわぁ!!」

周囲眼下には尚も続く戦乱の阿鼻叫喚。
屋根上のそこ、三代目火影の亡骸が彼方に見えるそこで、また一つの戦いが始まろうとしていた。

「――アンタはアタシがこの手で殺すよ……モミジッ!!」

「――やってみればぁ、団子娘ちゃん……!!」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十四巻
Name: ガガギゴ◆1277f1fa ID:834c7e64
Date: 2011/10/05 09:44
轟音が、聞こえる。

家屋が炎に包まれる音。
衝撃に人がなぎ倒される音。

戦争の音が。
あの忌まわしい、戦争の音が聞こえる。

彼方には木の葉の里――過去に過ぎ去った自らの、故郷。

いくつもの噴煙が立ち昇るそこは――真実、己が棺桶、最後の領地。

(――間に合うか……?)

胸中では不安が過るも、歩は決して止めない。
足はより遠く、出来うる限り速く。

息をすら乱す程の最高速で、前へ。



黒の外套をはためかせ――“万華鏡”の輝きを秘める眼の男が、森を駆ける。


◆◆◆◆◆


「――火遁・火龍炎弾!!」

猛進する炎の龍。
有り余るチャクラと烈火を迸らせながら、みたらしアンコの繰り出す火遁の一撃が眼前の敵へと迫る。

「――五月田根(さつきたね)仙術、震・砕空波ァ……!!」

対し、その眼前の敵たる春野モミジ――旧姓・五月田根モミジがその拳を振るう。

瞬間、空間に“ヒビ”がはいる。
ヒビ割れは拡がり、断絶された空間が次元の壁となって迫る炎を遮る。

モミジが、再び拳を握った。

「震・砕空波ァ!」

バギンッと音をたて、また、空間にヒビがはいる。
今度は先程よりも一際甲高い音が鳴り響き、空間のヒビが直線を描いてアンコへはしる。

迫る震動の一撃を前に、アンコの両手が高速で印を組んだ。

「風遁・風障壁!」

アンコの眼前で、大気が歪む。
複雑に絡み合い異常な程の密度で対流する風の障壁が瞬間的に生み出され、突き進んできたヒビ割れと激突する。

一瞬の拮抗の後、互いに威力が相殺され、消滅。
場に静寂が戻る。

(震動――火遁という物理現象すら空間ごと断絶する断層の盾、接触面から侵食する防御困難の打撃震動の一撃……相も変わらぬ“地震の仙術”、面倒くさいッ……!)

(万能――震動の断層を越えることを考慮した熱による火遁の攻撃、震動の媒介となる空気を隔てる風遁の壁……師匠譲りの“五属性忍術(アベレージ・ワン)”、器用貧乏な女ねぇ……)

思考は一瞬。
次の瞬間には両者は肉薄し、その拳をぶつけ合う。

「――風遁・断空拳!!」

「――貫・螺旋連撃!!」

轟音が連続して辺りへと響く。
大気を裂く真空の拳と螺旋模様のチャクラを纏った拳がぶつかる度に、空間が軋む。
副次的に発生する衝撃波すら、薄皮を刻む殺意の奔流となって相手へと叩きつけられる。

両者が両者共に、退く気は一切なかった。

「アッハハハー!! こうしてると昔を思い出すわねぇッ!!」

「はッ! アタシにとっちゃ思い出したくもないけどね!! 人生の汚点よ!!」

言いつつも、乱打は決して止まらない。

断空の拳が相手の顔面目掛けて突き出され。
螺旋の拳が手の甲をあてることでそれをいなし。
カウンターとして繰り出された逆手の拳と、同じく逆手となった断空の拳が再度ぶつかり合う。

拳と拳。
打撃と打撃。
両者がぶつかり合う度に驚異的な衝撃が余波となって周囲へと吹き荒れる。

これこそがチャクラの暴風、猛る二つの打撃忍術が激突することによって発生する格闘衝撃の台風。
近接の距離をして二人の力量は拮抗、互いに退くことも進むこともなく、打撃の余波を生み出し続ける。

そして――

(埒が……ッ!)

(明かないわねぇ……ッ!)

――その拮抗が、今、崩れる。

「らァッ!!」

「ッ!!」

一際高い衝撃音。
過剰量のチャクラを纏った螺旋の拳の一撃により、アンコはその身を後方へと吹き飛ばされる。

屋根上から弾かれ、宙へと踊るその身。
だが、それは既に想定の内。
素早く印を組み、万能たる五属性忍術の冴えが発現する。

「雷遁・雷龍弾の術ッ!!」

瞬間、閃光。
発現した雷の龍はその顎を凶器と変えて開き、眼前の敵へと向けて飛翔する。

その速さ、まさしく雷の如く。
神速を以て、敵たるモミジを雷撃する。

(雷遁の速度での一撃……空気媒介とはいえ反応には難い、いけッ!!)

地へと落下しつつ、屋根上での落雷の如き雷光と雷鳴をアンコは感じる。

直後、空中で体勢を立て直し、チャクラ強化により足から何事も無く地面へと着地。
交戦していた木の葉の忍びと血風連が何事かと目を向ける中、アンコが再び頭上を見上げる。

瞬間。

「――土遁・心中斬首の術ぅ」

「ッ!?」

足首を、手が掴む。
そのまま地面へと引きずり込まれ、首だけを残してアンコの全身が地へと埋まる。

間髪いれず、“地面から現れた”モミジの裏拳が一閃した。

「五月田根仙術、震・砕空波ぁ!!」

裏拳が顔面へと、直撃。
グシャリという不快な音をたて、アンコの端正だった顔が醜く陥没する。

と、

「……相変わらず、逃げるのが上手いわねぇ」

潰れたはずのアンコの頭部が、次の瞬間、無数の蛇となって四散する。
今は地面へと立ち背後へと視線を向けるモミジの先には、殺意に瞳を滾らせるみたらしアンコ本人の姿があった。

蛇を媒介とした影分身。
そう断じた時には、既にアンコの手が前へと突き出されていた。

「潜影蛇手……ッ!!」

直後、召喚された無数の蛇がその牙をむき、モミジへと容赦なく襲いかかる。
その先端が触れようかという刹那、モミジの威圧が膨れ上がる。

「震・威地守(イージス)」

蛇が、その場にて停滞する。
無数の蛇の勢いは確かに高速で投射され続けているものの、その先端においては停止している。

何故か。
答えは単純、ただ単に迫る蛇の津波の先端を“震動破壊の壁が消滅させ続けている”だけなのである。

(震動の球壁……さっきの雷遁を防いだのも、アレか)

球体状の、震動による絶対防壁。
それを発生させたまま、大振りにモミジの拳が振り上げられ、地面へと打ち下ろされる。
同時に、術が発動する。

「五月田根仙術、陥・大沈下ぁ!!」

直後、拳の当てられた地面を起点に、周囲の地盤が陥没。
会場跡地を一瞬にして荒地へと変え、そこにいた有象無象の忍び達を敵味方の区別なく“震撃”した。

「うおッ!?」

「何だってんだ……!!」

「奥方様ッ!?」

そこかしこからの驚愕と悲鳴の声。
それらを一顧だにせず、モミジは高らかに術の完成を叫ぶ。

「土遁・岩石乱反射の術――潰れなさぁいッ!!」

そして、一掃される忍び達の声。
モミジの声と共に、陥没した地面の全域において岩石が噴射・乱反射を起こし、忍び達悉くを一瞬にして圧殺してしまったからである。

木の葉の忍びもいない。
編み傘の血風連もいない。
無双を誇った十傑集の三人すら、今やそこに姿は無い。

周囲は無人、最早地面とは呼べぬ程にまで破砕された会場跡地とそこここに広がる血溜まり。
唯一変わらずそこにあった“朱色の降臨術式”だけが、怪しく蠢いていた。

ふと、ホウセンの残したその術式が、不意に流動して術式部分を伸長させる。
伸長した術式は無数の血溜まりへと伸びていき――あろうことか、それらを吸収、まるで砂漠に水を染み込ませるが如く残らず吸い取っていく。

再び元の円形術式へと戻り、朱色のそれは沈黙を保つ。
おぞましいともいえるその光景に、モミジは高らかに哄笑した。

「アッハハハァ!! 戯れに作ってみた餌だったけど、よっぽどお気に召したみたいねぇ――」

直後、飛来してきた礫弾を、震動を纏った拳の甲でモミジは弾く。
視線は右側方、その先にいたアンコが、全身に切り傷・擦り傷を負いながら疲労困憊させ、それでも瞳にだけは少しも衰えぬ殺意を宿してモミジを射殺さんばかりに睨みつける。

「モミジ……アンタ、一体何がしたいの……? その胸糞悪い術式は何ッ!? 敵ばかりか味方まで殺して!?」

血反吐を吐くかのようなアンコの絶叫。
それに答えるが如く、モミジの表情が冷笑を形作った。

「――“神様”はどうやら、血がお好きなご様子よぉ?」

「一体何の話を、」

そこまで言って、アンコとモミジ、両者が同時に“そちら”へと目を向ける。
突然に、二人の視界において“一人の忍び”の姿が飛び込んできたからである。

桃髪の女顔。
付けられた木の葉の額当て。
眼に映すのは、最早空虚なる伽藍堂のみ。

“依り代”――春野サクラの姿が、そこにはあった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十五巻
Name: ガガギゴ◆1277f1fa ID:834c7e64
Date: 2011/11/09 20:31
――目の前が、暗く黒に染まる。

もう、何をやっていいのかが分からない。



恐怖の対象でもあった主が殺され。

間者として木の葉に潜んでいた先達の忍者も殺され。

仲間の一人が既に殺されていたと知らされ。

嵌められた罠から抜けるためにまた一人、仲間が殺され。


今や仲間はたったの二人。

こんな状況で、自分が何をしたらいいのか全く分からない。

こうなったのなら、もういっそのこと――



「!? 多由也、君麻呂、止まれッ!!」



「「ッ!!」」

前からの声に、多由也と呼ばれた少女と、彼女が肩を貸していた君麻呂と呼ばれた少年が、反射的に足を止める。

見れば、前には果たして誰もいない。
だが、生い茂る木々のどこかから放たれる濃密な敵意・圧倒的なまでの殺気。
何者か、自身らに対し敵意を放つ絶対強者の存在が近くにある証拠であった。

探し、探ってみるが、見つからない。
隠密に長ける忍びの類いだろうかと場の三人は瞬時想像する。

不意に、三人の視界にその姿が現れた。

「「「ッッッ!?」」」

全くの唐突にして、突然。
現れた影は、泰然たる挙動にて三人の視界内にそびえ立つ。

大地を踏みしめる巨躯。
大自然の厳しい環境で鍛え抜かれた鋼の体躯。
確固たる意志のこめられた視線には、ただそれだけで対峙する者を威圧し畏怖を与える。

――“森の主”ヒノクニオオグマが現れた。

「―――」

緊張する空気。
たかが獣と侮るなかれ、そのものが放つ存在感は圧倒的強者としての風格、強さの象徴。
感じる存在の巨大さは、問答無用で他者を圧倒する。

(……なんつークマだ……ただの野生動物じゃねえ)

(一瞬意識がとびかけた……このクマ、僕よりも強い、だと……?)

(存在感がデカすぎる……思わず視線を外したくなりそうじゃねえか――)

と、不意にそこで多由也は思う。
眼前のクマは、動く気配も、さらには“動いてきた”気配すらも欠片も無い。

“最初からそこにいた”のではないだろうか。

ただ、その存在の巨大さ故に、二人が目を背けてしまっていただけなのではないだろうか。

だとすれば――

(――化け物か、このクマは……)

よもや獣を相手にその存在の大きさをして畏怖するとは、まして視線を外してしまっていたとは。
信じ難いその事実に、多由也・左近・君麻呂の三人は驚愕を感じずにはいられなかった。

「―――」

絶対強者は、沈黙を保ったまま。
ただ目の前の存在達を睥睨するのみ。

三人にしても、応として行動に移ることができず、その場の拮抗をただただ維持する。

戦場と化した森の一角にて生まれた静寂と緊張の空間。

不意に、森の主が、動く。
ビクリと反応してしまう三人だが、森の主は踵を返し、木々の中へと姿を消していく。

消える間際、顔だけを背後へと向けて三人を一瞥する。
その視線にこめられたもの――果たして、紛れもない“強者の覇気”。



――強く在れ。



「「「―――」」」

三人は語らず。
ただ、今出会った絶対強者との邂逅の意味を、その意志を、心中において静かに反芻するばかりであった。


◆◆◆◆◆


気付けばそこに立つ、一人の下忍の姿。
血臭にむせ返る荒野の大地に悠然と立ち、しかして、その瞳は何がこめられているのか判別のつかない無光の暗闇に彩られている。

忍五大国の筆頭である火の国の隠れ里・木の葉の里の忍びにして、歴史四千年もの間“妄執”にとりつかれた暗殺道の筆頭・覇流乃家の嫡男、今代巫女。
虐殺者たる春野モミジの一子を前に、アンコは、果たして何も言えなかった。
その雰囲気が、挙措が、とても下忍とは思えない。
否、“人間”とすらも思えない。

その者――真実、化け物。

春野サクラが、静かに、無感情のまま口を開く。

「降臨の企図を確認、必要工程へと移行――」

どこまでも深く底なしの空虚を湛えるその声に、“桜花の羽衣”を身に纏った春野モミジが応える。

「――術式の提示を要求」

「――是なり。疾く」

サクラの眼が、“紅く”染まる。

「――戦乱の流血を要求」

「――是なり。紅く」

サクラの髪が、“赤く”染まる。

「――依り代の存在を要求」

「――是なり。御身に」

サクラの肌が、“朱く”染まる。

サクラが、俯く。
その挙動に連動するかのように、荒地にて蠢く朱色の術式も活性化、サクラの足下へと移動し、その流動をさらに激しくする。

今度その顔が前を向いた時、

「工程の完了を確認――“偉大なる炎”起動」

表情は“狂笑”に染まっていた。

瞬間、閃光。
否、光かと見紛う程のそれは濃密に圧縮された“赤いチャクラ”、その圧倒的な発散・瀑布。

肌に感じる熱さは、真実熱量、まがう事無き“炎の顕現”。
現れたる存在が放つ、その者としての特徴と威圧。

ただ、そこにあるだけで他を圧倒する。
ただ、そこにあるだけで他を討滅する。

誰も彼もが。
アンコも含めそこにいた者全てが。
当事者たるモミジさえもが。

その暴力的なまでの威圧と衝撃に曝され、問答無用で威圧される。

嵐のようなチャクラの開放がやんだ後、そこに漂うのは静寂。
果たして誰も口を開く気にはならず、ただ、目の前の存在を――先程までは確かに一人の下忍であった“元人間”を見つめる。

紅い眼。
赤い髪。
朱い肌。
加えてその者が放つ、圧倒的な存在感、周囲への威圧。

沈黙を保ち、不気味にその場が停滞する。

開口をもってその雰囲気を打ち破ったのは――やはり、その雰囲気をつくりだした者だった。



「さて――殺すぜ、全部な?」



◆◆◆◆◆


「――何だ、このチャクラはッ!?」

誰ともなく、もしくは、誰もが。
今この状況に対して困惑を示す叫びをあげる。

突如として出現した気配、圧倒的な存在感。
感じる物量としてのチャクラはあまりにも膨大で、その質は病的なまでに混沌。

彼方から届いたその気配は、里のほぼ全域にまで拡散していた。

「今度は一体何が出て、」

そこまで言ったところで、その者、木の葉の忍びは開口を中断する。
否、中断“させられた”。

瞬間的に空間にはしる二本の火線、円を描く猛火の軌跡。
それが一瞬にして木の葉の里を囲い込み、内部と外部とにその火線自体を境界線として分断する。



直後、それは起きた。



二の句を継げられぬままに、言いかけた木の葉の忍びが音も無く炎上した。
その忍びだけではない、周囲にはいくつもの炎上する人型が存在し、その悉くにおいて表情をただただ呆然とさせている。

―― 一体、何が起きたのか……?

思うは、やはり一瞬。
炎上する体はあっというまに燃え尽き、塵一つとして残さずに炎はその者の存在をこの世から消し去る。
辺りでは同じ現象が、無数起っていた。

一瞬。
そう、ただの一瞬。
火線がはしり、里が炎の軌跡に包囲されただけで、数えきれない程の人間が灰にすらならずに燃え尽きる。

異常としか思えない現象。
彼方では囲い込みが終わった火線が立ち昇る陽炎の壁となって内外を断絶しており、それが今の現象に関与しているのは最早明確。

唐突に終了したかつての世界が崩壊する様を、ただただ呆然と、“生き残った人物”自来也は見ていた。

「――何が、起きとるっていうんじゃ……」

その、背後。
彼方に佇む中忍試験会場跡で、今、一際大きな炎が立ち上ろうとしていた。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十六巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2012/02/15 09:00
「結界の展開を確認、っと……けっこうな数が残りやがったなぁ。燃え尽きない程に力のある奴ってなあ、そんなにはいないもんなんだが」

赤い、その男が、感心したかのように呟き、ついで嗤う。
こめられた感情は他でもない、侮蔑の念だ。

「まあ……どうせ皆殺しにしちまうんだけどな」

言って、その視線が不意に横を向く。

視線の先には一人の忍び。
先のモミジが放った岩石の嵐を回避し、間断なく状況を見据えていた複数の上忍の一人――月光ハヤテが、

赤い化け物と、

目が、

あった。



「とりあえず――死んどけ」



「がふァッ!?」

瞬間、ハヤテが吐血する。
原因は明瞭、その体幹・腹のど真ん中に――“焼け焦げた穴”が空いていたのだ。

「……は……?」

「ハ、ヤテ……?」

肉の焼ける嫌な臭いを嗅ぎつつ、側にいた夕日紅や不知火ゲンマがやはり呆然と呟く。

当人すらも、未だその光景は幻のように感じていた。

「……せっかく、高い薬を……買った、のに」

呟く程に、呆然。
そして、倒れる彼の体。

月光ハヤテは、もう、息をしていなかった。

「―――」

誰も彼もが、言葉を無くす。
それほどに自然で、当たり前のような気軽さで、流れるように容易く、赤い化け物は上忍を殺したのだから。

恐いほどに張り詰める場の雰囲気は、あくまで沈黙。
それが燃え上がるように爆発するのは、男が声を発してからだった、

「まず―― 一人目だぞ、っと」

激しい憤怒と憎悪に。

「き――」

瞬間、感情が場で爆発した。



「――貴様ァアアアアアアアアアアアアッ!!」

「うるせえよ、黙って燃えてろ」



直後、炎上。

叫び、我武者羅に特攻していった木の葉の忍びの体が、あっという間に火達磨になる。
苦痛を叫び、それでもなお這って前進しようとするその忍びに対し、化け物の言葉はあまりに軽かった。

「燃え残りは好きじゃねえんだよ、綺麗に消えな」

そして、さらに炎上。
一際大きく、それこそ天をつくほどに巨大で激しい火柱が立ち昇り、忍びの肉体が一瞬にして蒸発する。

巨大な大火と、空気を伝播して撒き散らされる高温。
その余りの熱量が、周囲に対して現実的な危機感を抱かせる。
これはまぎれも無く――“現実の光景”であるのだと。

「灰は灰に、塵は塵に、ってな。まあ、それすら残しゃしねえがよ」

物理的な熱と化け物が浮かべる嗜虐的な笑みに、とうとう、周囲が行動をおこす。



あの赤い化け物は――自分達の怨敵であると。


◆◆◆◆◆


「昔ね、火を神聖なものとして祀る宗教があったのよ。 彼らの神は火と光の象徴、この世での善性を司る神とされ、多くの人に崇められた存在。火の象徴たる善神――“偉大なる炎”なんて呼ばれ方もされていてね。
……もう、わかったかしら? 今目の前で猛威を奮っているのは、まさにその神――サクラっていう依り代を媒介に顕現した火と光の善神、“偉大なる炎(スプンタ・マユ)”」

言って、モミジはその瞳に眼前の神の偉容をまざまざと見る。

遂に成就した。
遂に完遂した。
彼らが一族の遠き悲願。
古来四千年より望み続け求め続けてきた目的への到達手段を、彼らは遂にその手にいれた。

これをどうして喜ばずにいられようか。

数瞬の後、モミジはその顔に歓喜故の狂笑を浮かべる。

「御身が使命――」

そして、彼女は――そう告げた。

「――果たされますよう」

言葉は、やはり、歓喜と愉悦の念に染まっている。
心から望んで、心から嬉しいと思い、そう告げる目の前のかつての悪友を、だが、アンコは到底理解することなどできなかった。
視界の中の光景を、認めることはできなかった。

「これが……これが、アンタがやりたかったことだって!? こんなことが神様のやりたいことだって言うのかッ!?」

炎弾が飛び、人が一人死んだ。
紅蓮の腕が突き出され、また一人死んだ。
振りの大きい動作から放射された巨大な火柱で、また一人、人が死んだ。

死んだ。
死んだ。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ――死んだ。

殺された。
そこはまさしく地獄。
一人の鬼が、一方的に人々を虐殺していく。
紅蓮に染まる火炎の地獄。
鬼を神とは、まして善神とは、忍びを殺す度に浮かべる獰猛の笑みを見れば、アンコにはとてもそうとは思えなかった。

「一体何がしたいんだ!? こんな殺戮が、アンタらの目的だっていうのか!?」

渾身の力をこめて、かつての同期へとアンコは叫ぶ。
言われて、応じたモミジはかつての同期へと笑いながら答えた。

「――そうよぉ。まったくもって、その通り……。
この場全て、この世全ての忍者を――忍者という“力”を殺し尽くし、何も脅威の存在しない世界で、私達が唯一絶対の“力”の行使者として君臨する。
これこそが悲願――届かないと戸惑いながらも、足掻き、もがき、苦しみ抜き、必死に手を伸ばし続け、遂には届くことのできたハルノ四千年の妄執にも似た願い。
アンコや火影の爺様、その他大勢の忍者達を、皆、皆、み~んな、皆殺しにすることよぉ~♪」

高らかに、モミジは笑い続ける。
依然として途切れることの無い断末魔の叫びと、噴き上がる血飛沫・立ち昇る火炎からの火の粉をそよと受け流し、高らかに笑い続ける。
最早一片の後悔や懺悔などなく、その狂笑と哄笑は目的を果たした歓喜に染まり切っている。

ここに至り、アンコはとうとう観念した。
かつての悪友は、もういない。
互いに殺し損ね殺され損ねされた同期の人影は、今は見るまでも無く歪んでいる。

目の前のくの一は――もう、自分の知る人間ではない。

アンコには最早、絶望という言葉ですら思い浮かぶことはなかった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十七巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2012/04/30 21:23
「――“悪意”、だな」

唐突に。
彼方で立ち昇る火柱の猛威と高熱、全身を突き抜ける波動じみた正体不明の衝撃波に、我愛羅が一言呟く。

その言葉で、瀕死の体に肩を貸すカンクロウやテマリ共々、やはり彼方に立ち昇る火柱を見る。

断続的に出現し、その度に肌で感じる負の感情は、はたして生まれ続ける断末魔の叫び故か。
判断するには状況はあまりに混沌としていて、砂隠れの誇る精鋭三人の下忍達はお互いの顔をみやった。

「まあ、嫌な感じがする、って意味じゃあ……あの火柱がロクなもんじゃないってことは確かに違いないじゃん」

「さっき奔った火線も、まあ何かの結界忍術なんだろうけど、規模がでか過ぎて何が起こってんのか分からないし……さて、これからどうしたもんかねぇ」

テマリの、これから如何をどうするかという問いの投げ掛け。

砂忍として、火の国は木の葉隠れに敵対する立場をとる国に所属する者として、木の葉の下忍と奇天烈なスーツ姿の男達に敗れた今の現状は極めて危険。
早急にこの戦域を離脱すべきであり、そのための逃走経路もあらかじめ決められてはいたが、そこに立ち塞がるのは先の紅の結界。
結界と見て取れるものに対し、はたしてそこを越えることが可能なのか、そも自分達は今何を指標として動くべきか、疑問と困惑はまるで尽きることを知らず脳内を埋め尽くす。
判断を仰ぎ窺うべき上忍とは既に別行動をおこして久しく、彼ら一同が自身の行動を選択するにはやはり難しい。
状況の混乱自体は逃走する側にとって好都合にも思えたが、同時に自分達の判断をも混乱させ、最悪の場合には逃走の手段自体を消滅させる要因ともなり得る。

やはり、行動の選択は難しかった。

「――行くぞ」

「?」

「我愛羅……?」

そんな逡巡の間を、しかし、我愛羅の呟きが吹き飛ばす。

視線は一心に彼方を――立ち昇る火柱の方角、“中忍試験本戦会場”の方に向けられており、どこに行くかは明確。
混乱の渦の中央部、現状を生み出したであろう災難の震源地。
意図はこれ以上ない程に明確であり、それ故、カンクロウとテマリ、彼ら二人は恐くも可愛い弟の決定に二の足を踏んだ。

「行く、って言っても……一応あたしらは今の木の葉にとって敵なわけで、しかもボロボロな今は恰好のカモでもあるわけで……」

「誰がやってて誰がやられてんのかは知らねえけど、あそこに行くのはやっぱマズイじゃん……?」

二人の、言ってみれば至極当然の意見。
状況相応でもあるその意見に、我愛羅ははたして、

「……俺、が、行きたい……行かなきゃ、ならない……そんな気がする」

二人の意見以上に、真っ直ぐな言葉を返してきた。

やりたい。
だから、やる。
およそ人間のとる行動の理由としては最も単純にして強いものであろう考えを、あの我愛羅が言葉にして他者へ訴える。

我のみを愛する修羅と化す。
故にこそ名付けられた我愛羅という名の少年が、自身の欲求に従って動くのは当然のこと。
元来において伝える意思が薄弱だった少年の、その訴える言葉に、二人は少し動揺しつつ、同時に納得もしていた。
実に、人間らしくなってきた、と。

そして――

「……それに、あいつらには借りがある……」

「借り……?」

「誰に?」

「……俺の中の澱みを燃やし尽くした奴ら……あいつらが、あそこにいる……一人は、苦しんでる……。



――“手を差し出すのは、駄目か……?”」



「「ッッッ!!?」」

二人は、驚愕した。
否、驚愕なんてレベルではない、驚天動地、スッポンが月に変化するぐらい、チンパンジーに高速ジャズダンスを1時間で覚えさせるぐらい、二人は衝撃を受けた。

あの。
あの、我愛羅が。
我のみを愛し、他者にとっての修羅であり続けた、冷酷非情、外道冷血、暴虐無尽の化け狸が、よりもよって、自身を打ち倒した者達である木の葉の忍びに対し――“手を差し出したい”といった。

驚愕だった。
そして、感激だった、感涙だった、号泣だった。
二人が我愛羅を、成長しつつある恐くも可愛くて可愛くて仕方の無い弟を、とても貴いものとして見る。

「ヴォオオオオオオォォォォォォ……ま、まさか、我愛羅がこんなことを言う日が来るなんてエエエェェェ……兄ちゃん、ちょっと、いや、モーレツに感動じゃァアアアアアアンンン……ッ!!」

「クッハァアアアアアアッ!? もう、駄目、可愛過ぎッ!! なんでこんなに可愛いの!? 私の弟がこんなに可愛いわけがないのに――食べたくなっちゃうじゃないのォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
ブッハァッ!? は、鼻血が、止まらな――ブヘラァッ!!?」

涙に沈む傀儡使い一人と、血の海に沈む危険人物一人。

突如降臨した修羅の巷を一瞥し、そして放置した後、我愛羅が彼方に視線を戻す。
抱く思いはただ一つ、自身の欲求に従うことをよしとする、修羅場での感情――すなわち、“焦燥”。

「――今が、選択の時だ……!」


◆◆◆◆◆


「――邪魔だ」

瞬間、炎上。
人型が一瞬にして形を失い、灰の一粒として残らず消え去る。
漂う肉の焼けた臭いと肌に感じる高熱だけが、存在の残滓だった。

「――うぜえ」

伸ばされた腕から、螺旋の渦をもって火炎が吹き上がり、宙から躍りかかってきた木の葉の忍びをまとめて焼き払う。
蒸発する肉体。
空気に染み渡るは怨嗟と憎悪の念。

感じる敵意が、殺意が、しかし、人の形をした火の化け物にはとても鬱陶しかった。

「憎い憎いと一つ覚えに吠えまくる……テメエら全員――」

直後、化け物の全身から炎が迸る。

「――むかつくんだよォオオオオオオッ!!」

立ち上る火柱。
周囲でそれぞれに臨戦態勢にあった忍び達が、まとめて薙ぎ払われる。

ある者は蒸発し。
ある者は炎上し。
またある者は全身に火傷を負い。

炎を纏う化け物は、やはり真実化け物。
人の身など欠片も省みない、絶対的な死を振りまく脅威の権化。
その姿に恐怖を覚え、徐々に戦意が喪失されていくのも、また当然の成り行きではあった。



「「――せーのっ」」



ただ、“その二人”を除いては。



「「このバカチンがッ!!」」

「ッ……!?」

繰り出される二つの鉄拳。
あやまたず命中した双の拳が赤く変色した髪ごしに人型の後頭部を打ち抜き、化け物を地へと這わせる。

為した二人の下手人――木の葉の額当てを付けた二人の下忍たるナルトとサスケが、眼下の人型へと呆れたように言葉を放る。

「サクラおまえ、何やってんだ? 火の精霊? 炎魔王? 中二病? 中二病こじらせちゃったの?」

「髪とか肌とか眼まで赤くしちゃって、まあまあまあ……サクラちゃん、イメチェンはもっとさり気なく、かつ計画的にやるべきだってばよ。正直ドン引き」

空気に伝播する言葉は果たして満ちる“悪意”を一顧だにしておらず、化け物をあくまでただの同期の下忍として扱う。
その言葉に、言葉を放った下忍の心胆に、

「……ク、ク……」

はたして化け物は、

「ククク……クハッ」

大声で、とても愉快そうに、

「クハハハハハハハハハハハハッ!!」

狂ったように哄笑した。



「――殺すッ!!」



そして、立ち上る火柱。
発現したが最後、人を人とも思わず、一瞬にして焼き殺す殺意の猛火は、

「~ッ! あっぶね!?」

「おいこらサクラッ! 火加減には気をつけろ! 麺の焦げる火力はご法度だぞッ!?」

二人の下忍を、焼き殺してはいない。
その事実に、他ならぬ化け物自身が一番驚いていた。

(……どういうことだァ……? “仕留めそこなった”だと……?)

化け物が、跳ね起きる。
次いで両の手に炎の螺旋が渦巻き、その高熱を内部へと凝縮させ始める。

(威力が足らなかったんだとしたら……)

次いで、放たれる螺旋の炎の噴流。
両の手一つずつ、計二つの猛火が螺旋の中で合流し、さらに大きな炎となって行く手へと迫る。
単純計算で2倍、相乗効果を鑑みれば、威力はそれ以上。

「――こいつでどうだッ!?」

炎が、佇む二人へとぶち当たる。
迸る火炎と高熱が渦巻き、絶対燃焼の炎熱圏をそこに形成する。

下忍二人は、

「――っの野郎! 今のはちょっと危なかったぞコラ!?」

「酷いってばよ! サスケが剣でガードしてなかったら、火傷じゃ済まなかったってば!!」

まだ、生きていた。
そればかりか、

「……“無傷”、だァ……?」

黒髪の少年が握る一振りの刀剣が、二人を襲い掛かる炎の脅威から余さず守護していた。
その結果に、化け物は正しく瞠目する。

(……威力が、足りてなかったわけじゃねえ……)

吹き荒れる猛火は、決して剣の一薙ぎ程度で防がれる程に弱いものではない。
事実、先程までは躍りかかってくる熟練の忍び達を火の海に沈めていたのだから。

それが意味するところとは、すなわち、

(――こっちの威力が、“下がってる”……だと?)

「もう鶏冠にきた……! そっちがやる気なら、こっちだって黙っちゃいないってばよ!!
一目惚れの初恋相手が実は男だったなんて、まずはその幻想をぶち殺す!!」

「サクラには前から言いたいことがあった――
――俺はお前と、戦いたぺッ」

化け物は、そこに佇む。
不可思議な現象に内心で疑問を渦巻かせ、右拳を突き出すジャンプスーツ姿の少年と、舌をかみ口元をおさえる黒髪の少年を、見る。

その視線、まさしく奇怪なものを見る目であった。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十八巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2012/05/24 22:21
「せあッ!!」

振りぬかれるサスケの刀。
その一閃は向かいくる炎の螺旋をいとも容易く切り裂き、その刃の切っ先を炎の向こうへと届ける。

迫る白刃を前に、化け物はその手に意識を集中する。

「――“炎剣”――」

次いで、辺りに轟音が鳴り響く。
サスケの握る大太刀と、化け物が片手に生み出した炎の剣が、その刀身部分を激突させたのだ。

鍔迫り合いにも似たその一瞬の拮抗にもちこみ、化け物が口元を再び笑みへと変える。

(馬鹿が! そのまま溶けちまいなッ!!)

高熱を発生させ続ける炎の剣と触れ合ったまま、サスケの大太刀はその刀身を熱され続ける。
刀身の形状は、はたして高熱により溶かされ歪められる、

「――うらァッ!!」

「ッ!?」

“などということはなかった”。

しっかりとした鋼の形を保ったまま、大太刀が力任せに振り抜かれ、炎の剣ごと化け物を弾き飛ばす。

驚愕する相手など一顧だにせず、追撃の手は緩められることがない。

「おらァッ!!」

背後から、ナルトの拳が化け物の背へと突きささり、追い打ちたる回し蹴りが綺麗にこめかみを打つ。

吹っ飛ぶ化け物の姿。
赤い体躯が地面に叩き付けられる、その間際、

「――調子に、」

眼光鋭く、二人の下忍を視線が射抜く。

「乗ってんじゃねェエエエエエエッ!!」

吹き上がる猛火。
腕を地面に猛烈な勢いで叩きつけ、その反動を利用してバク宙、足先から着地した後、間髪いれずに噴き上げた炎を前方広範囲へと放射する。
火に巻かれるその様、まさしく竜が火炎を息吹するかの如く、ナルトとサスケを余さず死の炎で包み込む。

その、間際。

「――“贄殿遮那”」

サスケが、その腕を一閃する。
直後、紙のように容易く寸断される炎上網。
腕には一振りの刀が握られており、その神通無比の大太刀は、今度その刀身に化け物の姿を映す。

「せあッ!」

神速の踏み込みで、瞬間的に近接し、大太刀が大上段から振り下ろされる。
唐竹割のその斬撃を――今度、化け物は受けず、後ろに避けた。

“その一閃は危険である”と、化け物の驚異的な戦闘勘が判断したのだ。
未来予知にも似たその危機判断は、直後にもまた、“その背後の危機”を感じる。

「そう何度も……」

背後には、一人の下忍の姿。
クナイを構えたまま腕を振りかぶる姿勢のナルトを視界におさめ、化け物は咆哮する。

「同じ手を喰うかァアアアアアア!!」

「うがッ!?」

高熱の炎を纏う裏拳が、カウンター気味に化け物の背後へと炸裂。
打撃直前であったナルトをまるでボールを殴ったかのように跳ね飛ばす。

同時、

「おまけだコラァッ!!」

「!?」

吹き飛ばされた際にナルトの手から離れたクナイを化け物が握り、脅威的な膂力でサスケの方へと投擲する。
咄嗟に大太刀の刀身で防御したものの、勢いまで殺すきることはできず、たたらを踏んでサスケは一歩二歩後ずさりした。

その間隙を、化け物は見逃さない。

「灰は灰に――塵は、塵にッ!」

交差した腕が、振りぬかれる。

「吸血殺しの紅十字ッ!!」

十字架を象る炎が、飛ぶ。
速度は目で追うにも難い程のものであり、対峙する者が反応することは至難の業。

間隙へと叩き込まれた炎は過たずサスケに衝突し、爆発炎を派手に発生させる。

「ぐうッ……!!」

サスケは、しかし、それでもまだ生きていた。
至難の業たる反応することをやってのけてみせ、神通無比の大太刀を盾として炎と自身の体の間に滑り込ませることに成功したのだ。

が、その代償はでかい。

「っのヤロ……! サクラてめ、刀が一本お釈迦になったじゃねえか!? 中二病で物壊しても後で黒歴史になるだけだぞコラァッ!?」

大太刀が、その刀身の半ばから破壊されていた。
いかにその刀が頑健であろうと、構造的な脆弱点を強撃されれば、破壊につながるのは至って自然なこと。

その、事実に。
“刀のみを破壊するにとどまった”ことに、化け物は眉をしかめた。

(……何だァ、この有り様は……)

明確な死をばら撒くはずの炎の前で、しかし、たかが下忍でしかないはずの少年二人は未だ盛んに息をしている。

拮抗した戦況。
故にこその、この“異常事態”。

化け物は、眉をしかめ続ける。


◆◆◆◆◆


「おい……あれって……」

「ああ……こいつは……」

「試験で見た、木の葉のルーキー……」

茫然自失から一転、目の前で展開される光景を食い入るように見ているのは、その場に居合わせた数々の忍び達。
皆がある程度の経験を積み、それでいて尚驕りはせぬと、研鑽をつみ努力を重ねた、歴戦の忍者達。
そんな彼らでさえも歯が立たなかった、炎の化け物に、未だ年端もいかない新人の少年達が拮抗している。

信じ難い状況であった。
その光景は、先程までの地獄めいた虐殺を明確に否定する、奇跡の具現である。

――絶望せずとも、木の葉に燃える火の意志は、やがては道を開く。

今は亡きかつての里の長の言葉を思い出し、直後、忍び達はその目に光を宿す。

士気を高揚させ、肉体の隅々にまで意識を巡らし、力をためる。
その行いは決して無駄ではない。
絶望に抗うことが決して無意味ではないことを、少しばかり癪ではあるものの、若き木の葉の芽が証明した。

――いける。

たとえ劫火が相手だとしても、だからといって、木の葉の意志は決して揺るがない。

――勝てる。

自身を信じ、仲間を信じ、この里を守らんと研鑽し続けた力を、今こそ発揮する。

――木の葉は……負けない。

それこそが、彼らにとっての真実。

そして、それを魅せた木の葉の下忍二人は、確かに“その資質”を持っていた。

「俺達も――続けェッ! 絶対に遅れるなァッ!!」

続く、鬨の声。

“その資質”――皆を奮い立たせ皆を先導する“火影”たるの資質を。

叫びは、今やあちこちから。
皆が皆、その全身から闘気を噴流させ、怨敵たる炎の化け物へと向かっていく。

恐怖はない。
何故ならば、木の葉の意志が折れることなど決してないのだから。

木の葉は、絶対に負けない――



「ところがどっこい、そうはいかない」



――その“十人”に、遮られるまでは。

「「「ッ!?」」」

突如、立ち上る暴風、否、これは“衝撃波”。
物理的破壊力をもつ絶対防壁が下忍二人と炎の化け物を囲い込むようにして出現する。

次いで、その周囲を、“十人のスーツ姿の男達”が取り囲んだ。

「――我ら十傑集、偉大なる炎のためとあらば」

「――その身を捧げることを決して躊躇しはしない」

「――しからば傅き目を見開いてしかと見聞せよ」



「「「ここから先は―― 一兵たりとも通しはしない」」」



忍び達の炎の意志が……今、暴風によって揺さぶられる。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第四十九巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2012/08/19 19:47
至近で撒き散らされる豪炎の煽り。
その高熱に辟易しつつ、自身を埋める瓦礫の一片を拳の一撃で砕き割る。

ようやく自由になった我が身。
そのことに対し、“その者”は僅かながらの安堵をつく。
が。

「ちッ……今度は何だってんだ?」

言って、瞬間――“ザブザ”は、背に担ぐその大刀を眼前へと突き出す。
高速で押し出された切っ先は迫りつつあった“忍者刀”の側面を叩き、斬撃の軌道を自身から逸らす。

直後、跳ね上がる首切り包丁。
その刃先が向かう先は、やはり正面、降ってわいた岩石乱射の嵐すらものともしなかった“眼前の敵”の首元。

眼前――“十傑集”が一人、マスク・ザ・レッド。

「しつけえんだよッ!!」

薙ぎ払われる大刀を、忍者刀が刃部の根本部分で受け止める。

「しつこいさ、忍者(ストーカー)だからね」

「てめえはアカデミー以前に常識を学べやッ!!」

ザブザが、瞬間、跳躍。
両手が今度高速で印を結び、術を発動、水遁の龍が眼下の仮面の男へと突撃していく。

轟音。
大容量の水が炸裂し、辺り一面に破砕音と水飛沫をまき散らす。

着地したザブザは、しかし、反射的に大刀を背後へと薙ぐ。
響く金属音。
再びの大刀と忍者刀の激突、鍔迫り合いに、いい加減ザブザはその内心を辟易に満たしていた。

「テメエはなんだ、あれか? そんなに首をぶった切られてえ自殺志願者か? それともホモか?」

「ああ、ホモだ」

「ッ!?」

刹那、大跳躍。
本能レベルでとった回避行動は、しかし、その後に飛来してきた無数のクナイ、手裏剣によって無駄と化す。
咄嗟に大刀を盾にすることでザブザは防御、はたして彼は事なきを得る。

瞬間的に反転、大刀を今度は“また”背後へと振り薙ぐ。
死角たる背後からの急襲はマスク・ザ・レッドの十八番。
その行動パターンは先程から一度も外れていない。

薙ぎ払われた大刀は――“しかし”、今度はその刃に忍者刀も生首も捉えることはなかった。
薙いだのは空気、ただただ空を切るばかりの無駄な攻撃。

フェイント、罠。
嵌められたと自覚しつつ、焦りを隠しながらザブザは再び前を見る。

そこには果たして――マスク・ザ・レッドの姿が、“ちゃんとあった”。
敵は、今の隙に対して全く反応していなかったのである。
反応できなかった、のではない、反応しなかったのだ。

「ケツの穴の心配でもしたか? 安心しろ――さっきの言葉は嘘だ」

「―――」

瞬間、沈黙。
ザブザは敵からの明確な挑発に反応することもなく、ただ口を黙したまま。

怒りが、臨界点を超えたのだ。
過ぎたる憤激は静寂をもって発露される。
今ザブザは間違いなく、遊ばれたことに対して、虚仮にされたことに対して、全身全霊をもって“ブチ切れていた”。

加えて、

「それにしても、貴様弱いな? “女の霊”なぞを連れているところからして、軟弱極まる。
その霊にしたところで――あれだ、“とても弱そうだ”。さっさと成仏すればいいだろうに」

「―――」

“キレる”ことすら、超えた。
現在の心情を表現する言葉は既になく、強いて当てはめるとすれば――ザブザは観念の世界において“相手を殺した”。

「――殺してやる」

その手の首切り包丁を、ゆらりと、ザブザは構える。
最早一片の容赦もかけようがなく、その身を斬殺し尽くすと、元霧隠れの鬼人は己が心に決定を下す。
観念だけではなく、現実の世界においても、同様に。

――誰が邪魔しようが、殺す。

――奴が誰と手を組もうが、殺す。

――俺が誰と手を組んででも、殺す。

あいつは必ず――殺し尽くす。

決意は変わらず。
ザブザは、“その力”を開放した。



「――手を貸せ……“白”」



◆◆◆◆◆



「っとによォ……なーんでとっとと死んでくれねえのかなァ、てめえらは?」

言って、化け物は己が眼前を少量の驚愕と多量の侮蔑をもって睥睨する。

視線の先にいるのは二人の少年――全身に火傷を負い、呼吸を乱し、満身創痍の体を表す、ナルトとサスケの姿。
周辺を衝撃波の壁に区切られ、轟音と風圧に身を揺らされ、前を見る二人の視線に力は最早幾ばくもない。

上忍須らくを相手に虐殺の限りを尽くした化け物を前にして、未だ息をしている現状は彼らが下忍であることを鑑みれば驚異的な成果ではある。
だが、当の本人達そんなことになど決して納得はしない。
彼らは化け物を殺すことも、その猛攻から生き延びることも目的としていないから。
彼らはただ――同期を諫めにきただけなのだから。

「サ、サクラ、てめ……いい加減目覚ましやがれ……あと、で、黒歴史に悶え苦しんでも……知らねえぞ、コラ……」

「火を見て、魔族の血が騒ぐとか……発想があの、“厨二狸”と一緒だってばよ……」

「――“狸”、ねェ……」

化け物が呟いた、その直後。

「尾獣――あんな“下等生物”と一緒にすんじゃねえよッ!!」

叩きつけられる、熱波と火炎。
その圧力におされ、少年二人の体が木の葉のように呆気なく吹き飛ぶ。

そして、

「がッ……!?」

「うぐッ……!?」

地面に叩きつけられる二人の体。
ダメ押しとばかりに後から降り注ぐ土砂が少年らの体を叩き、与えられたダメージの量に二人は動きを止める。

化け物は、それら己が行為の“不十分性”――肉体を引き千切る勢いで放った熱と火が二人を吹き飛ばすのみに終わったという事実――にやはり首を傾げる。
それでも、声音だけは悪意を全開に、朗々とした言葉を少年二人へ放り投げる。

「ようやく止まったなァ……何でか知らねえが、能力じゃ俺はてめえらを殺せないらしい。

だから――」

言って、その片手に“柄”を握る。
地面から拾い上げたそれは先程までサスケが握り振るっていた無数の刀の一つ。
それを、化け物は眼下で倒れ伏す少年らへと無造作に向けた。

「――こいつで、物理的に殺す」

頭上に広がる陽炎のドーム。
周囲を衝撃波の壁が猛烈な勢いで渦巻き、渦の中心の二人と一人を圧迫する。

化け物が、握る“刀”に力をこめた。
片手に掴まれるのは、長大な刀身をもつ、それこそ槍にも迫るばかりに長過ぎる刀。

長刀『物干し竿』は、その白刃を頭上の陽炎に煌めかせた。

「あばよッ……!!」

腕が、無造作に振り下ろされた。
その動きに追従して、白刃もまた振り下ろされる。

切っ先の行く手には地に付す少年が二人。
過たず、化け物の手繰る凶刃は二つの首筋を目指した。

「―――」

そして、白刃は血に塗れた。

布を裂き、肉を断ち、骨を切り裂きながら、刃は“一つの肉体”を造作もなく割断した。
刃は生き血にその刀身を染め上げ、“肩から肺の近くまで”と食い込み、“外套を羽織る青年”はその口から気泡混じりの赤を喀血した――

「……なん……だと?」

「え……な、何が……」

「……なんで……」

黒髪の少年が、瞳を動揺によって揺らし、己が声をかすれさせる。
その視線は、すぐ目の前に立つ人物ただ一人にのみ向けられていた。

「なんで……あんたが……なんでなんだよッ……!」

そして。
少年は眼前の現実へと言葉を投げた――。





「なんでこんなことになってんだよッ……!!

――“イタチ”ッ!!」





「―――」

青年――“うちはイタチ”は、その口から血を吐いた。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五十巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2012/12/17 14:47
「―――」

白刃は肩口から上体の半ば近くまで侵入していた。
見るだに惨たらしく凄惨な光景は、この場においてただ一つの事柄を表している。

“うちはイタチが、背後のうちはサスケとうずまきナルトを庇った”。

その事実に驚愕する者は恐らく大半。
木の葉を裏切り、うちは一族を虐殺した後、里抜けまでしたトップクラスの犯罪者をしてその行動は最早想像の埒外。

ことによれば目の前のイタチの行動に最も驚いているだろう少年――うちはサスケは、未だ言葉を上手く紡げずにいた。

「な……なんで、なんで……ッ!!」

「―――」

驚愕に行動を起こせずにいるサスケと、その前方で静かに佇むイタチ。
刃は確実にイタチの肉体を切り裂いているにもかかわらず、その氷のように無表情な顔はあくまで動かない。

ふと、イタチが片腕を顔の前に掲げる。
次の瞬間、彼の右目の瞳は“万華鏡の紋様”を表した。

「――“天照”」

「ッ!!」

直後、化け物が跳躍。
長刀をイタチの体から引き抜き、後方へと跳び退りながら、しかし、その表情は驚愕に固まる。

体が燃えていた。
通常ならばあり得ない炎色――“黒色”の炎により、化け物の肉体は音もなく炎上していた。

『天照(あまてらす)』。
三大瞳術・写輪眼の上位種である万華鏡写輪眼によって発動される、黒い炎の攻撃。
対象を焼き尽くすまでは決して消えることのない永劫不滅の焔であり、その威力の前ではいかなるものも炎上する運命を辿る。

そう――辿る“はず”であった。

「チッ……少し驚いちまったじゃねえか。髪が焦げんだろ」

無造作に、化け物が腕を薙ぐ。
ただその一動作だけで、消えることのないはずの黒い炎は――呆気なく鎮火した。

その、事実に。
自身の誇る秘術の圧倒的敗北に、イタチは右目から“出血”を行しながら、しかし、それでも冷静に目の前の出来事を客観視した。

「やはり……火では通じないか」

イタチの呟くような言葉に、化け物は一転、その顔に不敵な笑みを浮かべる。

「驚いたぜ……“岩戸隠れの女神”の炎なんて、見たのは久しぶりだ。

――人間如きがやるじゃねえか」

佇む化け物には火傷など一つとして存在せず、その身に負傷は欠片もない。

イタチが静かに言葉を紡ぐ。

「……人々の信仰と想念によって構成される最上位の霊的存在。
一度顕現すればこの世最強の尾獣すらも凌駕する、その名の通り“神代”に在った天上にいるはずのもの――“神霊”。
覇流乃がどこからその存在を知ったかは知らないが……その身はこの世にあってはならない存在だ、火の神よ」

「俺のことを知ってるんのかァ? ってことは……なるほど。“うちは”か」

化け物が、納得したように首を縦に振る。

「天津神の末裔の一族か。どうりで“かつて世界を暗闇につつんだ術”が使えるはずだ。
……まあ、“そっちのうちは”は知らなかったみたいだがな?」

言って、化け物は血のように真っ赤な瞳をイタチの背後へと向ける。

逡巡するばかりだった“サスケ”は、それと目が合った瞬間、内心において戦慄した。
深く、どこまでも邪な念が支配する瞳。
かつての同期の忍者とは比べるだにおこがましい、正しく格の違う在り様。

認める必要もないほどに異物だと、そう思ってしまうことにサスケは自身に憤りながらも、しかし、確実に抱いてしまう……恐怖を。
それほどの、邪悪。
同期を連れ戻しにきたにもかかわらず、その同期を排除したいと思ってしまう、矛盾。
自分自身に憤り、そこにきて突然現れた怨敵――復讐すべき相手。

最早何も考えられない。
サスケは今、頭が真っ白になってしまっていた。

茫然自失とする、そんなサスケを、しかし、イタチは背後におき続ける。
決して視線を化け物から外さないまま、うちは一族虐殺の実行犯であり……かつてサスケが尊敬したその実兄たる男は、両者の間に轟然と立ち続けた。
斬られた箇所からは、依然として血が流れ続けている。

その様は、“まるで背後の存在を守っているかのようであり”、背を見るサスケにとってはひたすら不可解であった。

「……サスケには、何も言っていない。言う必要もなければ、知る必要もない。これは“本来起こり得ないこと”だからだ」

「“本来”? 妙な言い方をするじゃねェか。何が言いたい?」

「――本来ならば、“神霊なんてものはこの物語には登場しない”」

その言葉に、化け物と、背後のナルトが疑惑の念を抱く。
ただイタチの背を見続けるサスケにかすか気を配りながら、イタチは言葉を続けた。

「本来ならば、“守鶴の意思が消えたりなんてしない”。
本来ならば、“木の葉崩しで大蛇丸は死んだりはしない”。
本来ならば、“十傑集なんて連中は存在しない”。
本来ならば、“春野サクラの家は暗殺者の家系などでなければ、そも忍びの家系ですらない”。

――本来ならば、“うちはイタチはこの時点で木の葉の里に戻っては来ていない”」

イタチは口上を続けた。
まるで他人事であるかのように、それこそが自然なことであるかのように、“本来の出来事”というものを怜悧な面持ちの忍びは語っていく。
その言葉には、淀みなど一つとしてない。

――さも、“本当に知っているかの如く”。

「……おまえ、本気で何言ってんだァ?」

化け物の言葉にも、イタチの態度は揺るがない。
負傷の気配など微塵も感じさせず、彼は涼しい顔を続けた。

「……俺は、ただキャラクターを演じられれば、それで良かったんだよ……イタチは好きなキャラだしな」

イタチが、不意に背後を振り向く。
そこにいる一人の少年の顔を、かつて殺し損ねたはずの弟の顔を、見る。
その言動に困惑しきりだったサスケは、突然向けられる仇の視線に――今度、体を緊張させた。
無意識の内にクナイをその手に握りこむ。
忘我から立ち直り、サスケの心には瞬間的ながらも再びの敵意が戻りつつあった。

臨戦を意識しつつあるその姿に、イタチは軽く頷く。

「……それでいい。うちはサスケとうちはイタチの関係は対立でなければならないからな」

言って、イタチはその視線を僅かにずらす。
視線の先の少年――ナルトは、向けられた視線に思わず体を震わせた。

「……九尾の人柱力。おまえはどうやらあまり変わってないらしい。どうか――そのままでいてくれ」

「……?」

一瞬きょとんと、ナルトが首を傾げる。
その挙措にさえ、イタチは“頼もしさ”を感じつつ、視線をまた前へと向けた。

イタチは前を、化け物を見据える。

「……本当はな、原作改変とか原作維持とか、どうでもいいんだよ。うちはイタチの設定とその設定が活きる大体の流れが残ってるなら、俺はいいんだ。イタチがイタチである物語なら、それでいい。
木の葉崩しでも、原作改変だろうがなんだろうが、介入する気なんてさらさらなかった。この時点じゃイタチはまだ出てくるべきじゃない。
が――それを崩したのは、おまえだ」

視線の先には変わらず化け物の姿がある。
イタチの言葉に、化け物は嗤った。

「何言ってんだかほとんどわかんねェが……別に俺はテメエに対して何かした覚えはねェぜ?」

「“これからするんだよ”……火の神たるおまえがな」

瞬間、化け物が口の端を限界までひきつらせて“嗤う”。

「――テメエ、分かんだなァ?」

「……暁の情報網も、大概役に立つ」

化け物はさらに笑みを深める。
己が正体を認識し、さらにはその真義を看破した相手に対して、化け物は喜びをもって許容した。
神とは、いついかなる場所の存在であろうとも、人々の信仰と認識によって構成されるものだから。
火の神たる化け物の存在を正しく認識したイタチに対して、化け物は歓喜する。

「その通り……俺は、俺こそが」

言いかけ、しかし、化け物はその顔に不愉快の感情を浮かべる。

「チッ、クソが……“横槍いれやがって”」

瞬間。



「――お話し中にごめんなさぁ~い」



イタチの心臓を、背後からの腕がぶち抜いた。

「「ッ!?」」

サスケとナルトが目を見開く。
肩口を斬られ血を流しながらも堂々として立っていたイタチの体からは、今、女の細腕が突き立っている。
掌には脈動する赤黒い心臓が握られ、イタチの顔からは生気が消えていた。

「男って奴はどうしてこう油断ばっかりするのかしらねぇ~……刺すことには慣れてても、刺されることは想像してなかったのかしらぁ~?」

ともすれば下種と思われる言葉を吐くのは、桜色の長髪の女。
顔に嗜虐の笑みを張りつけるくの一の姿は、悪の権化、春野モミジのものだった。

「アルベルトの衝撃波の壁を抜く奴だから誰かと思ったら――イタチ~、あんただったのねぇ」

残虐に微笑みながらの、その言葉。
心臓を抜かれたまま、かすれながらの声をイタチは絞り出す。

「……春野、モミジ……」

「そうよぉ。暗部時代に拷問技術を仕込んであげたモミジ先生よ~♪」

「……違うな……間違えてるぞ……春野、モミジ」

モミジが嗤いながら小首を傾げる。
イタチの瞳に――鋭さが宿った。

「あんたが仕込んだのは、拷問技術じゃない――“幻術の応用”だ」

瞬間、イタチの体が崩れる。

響く羽音。
握る心臓の手応えさえも消え去り、代わりにモミジの眼前を覆い尽くしたのは……溢れかえる黒鴉の群れ。
それら無数の鴉が突然に現れ、そして飛び散る頃、イタチの姿はそこにはない。

幻術の応用。
体を鴉の群れへと変転させ、さらに相手に対して幻術をかけ返す術――鴉返しの術。

一時飛び散った鴉は再び群れとなり、対象たるモミジの全身を覆い尽くす。
爪や嘴に身体中を切り裂かれる最中――モミジは笑った。

「幻術なんて拷問するためにあると私は思ってるんだけどねぇ……。
にしても、私に幻術かけるなんて――生意気になったじゃないのぉッ!」

両の指を、モミジが合わせた。
と、一瞬だけ鴉の群れが停止した後、それらは跡形もなく崩れさる。
幻術に精通する者だからこそイタチの術をしても容易に払える、幻術返しの術であった。

幻術であるが故に、モミジの肉体に傷は残っておらず。
不気味な挙動でくの一は背後を見やった。

「心臓を抜かれたまでは嘘……でぇも、スプンタ・マユに斬られた傷は本当なのねぇ~……♪」

地面に伏すナルトとサスケの直ぐ眼前。
堂々と立つイタチの体からは、しかし、肩口からの血が流れていた。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五十一巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2013/04/10 08:05
「――滑稽だな」

不意に、イタチが呟く。
血を流し、それでもなお鷹のように鋭く怜悧な視線の先には、首だけを背後へと向けて立つモミジの姿がある。
嗜虐の笑みが、言葉を紡ぐ。

「あらあらぁ、滑稽だなんて言われちゃったわ~……とてもとても、今までのあんたほどじゃないわよぉ」

「……何?」

「言って欲しいのかしらぁ? この場で?」

まるで、肉食獣が獲物を前にした時のように。
モミジの口端が吊り上がる。
上弦の三日月を描くその口元は見る者にとって不気味極まりなかった。

「イタチぃ、アンタ――ダンゾウを脅してたでしょう?」

「………」

愉悦の言葉に、イタチは無言。
しかし、その反応こそが肯定であることはその表情が物語っていた。
視線はさらに鋭く、眼前のくの一を射抜いていたのである。

その様子に気を良くしたのか、ひとしきり嗤い、モミジはイタチの背後へと声を放る。

「サスケぇ……アンタにとっては愛しい愛しい一族皆殺しのお兄ちゃんはねぇ、ダンゾウと取引をしてたのよぉ」

「……?」

サスケが不審げに目を眇める。
突如として乱入してきたサスケにとっての同期の母親の言葉は、今初めて、サスケ個人へと向けられていた。

「取引、その内容は……“うちは一族抹殺の理由、及び暗部やダンゾウの属する組織に関する情報を隠匿するかわりに――”」

モミジの声が、一段高くなった。

「クククッ……“――うちはサスケには手を出すな”」

「ッ!?」

サスケが目に見えて動揺する。
鉄をも貫かんばかりに鋭くなるイタチの眼光を、しかし、モミジは全く意に介さぬまま言葉を続けた。

「うちは一族はねえ……里への反逆を考えていたのよぉ」

そして、モミジは心底から絶望を期待して語り出した。

うちは一族の里への反逆。
それによる“二重スパイ”イタチへ下された一族抹殺の命令。
皆殺しの中で唯一サスケだけは殺せなかったこと。
サスケの身の安全のためにダンゾウを脅し、三代目火影に実弟のことを託したこと。

木の葉の暗部における自身の能力と権限によって得たイタチに関する情報の全てを、モミジは己が愉悦のためだけにサスケへと叩きつけた。
告げられた真実はサスケの感情を真っ向から否定する。
今まで抱いてきた仇への復讐心も、そのために犠牲にしてきたものも、全てをない交ぜにして台無しにする。
そうして生じる驚愕、絶望、虚脱、その他様々な負の感情を抱くことを、嗤うくの一は哀れな下忍に期待した。

目を見開くサスケは、はたして動かなかった。
否、動けなかった。
例えるならばそれは、己が生涯をかけて完成させた至高のラーメンを年端もいかない子供にまるでドブの水のような味だと批難される料理人の心境。
最早泣けばいいのか叫べばいいのか、はたまた笑い飛ばせばいいのか、どんな感情を浮かべればいいのか分からない真っ白な情念がサスケを満たしていた。

信用ならない敵からの情報だと、その真実を拒むことは本来ならば容易い。
しかし、今この状況においてそれは出来なかった。
何故ならば、それは――他ならぬ当事者の状況が真実を肯定したからである。

「――そうよねぇ、イタチ~?」

「………」

イタチは、何も言わない。
何も否定しない。
彼をしてその反応は、間違いなく真実なのだと、見る者全てに悠然と語っていた。
いっそ清々しいまでの、無言の肯定である。

「―――」

「サスケッ!?」

ふと、サスケの体が地に伏す。
慌ててナルトが駆け寄るも反応はなく、その目は光を失ったまま虚空を見つめていた。
その身に力が入ることは、はたしてなかった。

「あらあらぁ……随分と私好みの、可愛い反応してくれるじゃなぁい!」

嗜虐の声を高らかに、モミジは哄笑する。
その姿こそ求めていたものであると、くノ一の愉悦に浸る姿は伝えていた。
真実、悪魔の所業といえる。

「………」

イタチは、果たして無言。
ナルトのように駆け寄り呼びかけることも、ましてや一瞥をくれることすらもなく、ただその鷹の如き眼光は眼前を射抜いたまま。

ふと。
血濡れ姿の抜け忍は口を開いた。

「……滑稽だな」

「―――」

その、一言に。
モミジの哄笑はピタリと止む。
表情は依然として嗤ったまま、目だけがイタチに対して殺気を向けていた。

「――つまらないわねぇ、アンタ……もういいわぁ」

そして、モミジはその手を振り下ろした。
桜火の羽衣を纏った右手が、その背後の存在に行動を促した。

「スプンタ・マユ――殺しなさぁいッ!!」

背後――“化け物”にして“神霊”たる下忍の姿をとったその存在は、今までの無視を一切気にしないまま、その口をニヤリと歪めた。
モミジの行動によって、“嗤った”のである。

「了解――」

「!?」

瞬間、化け物の姿がかき消える。
人知を超越したその速度は鷹の目を持つ忍者といえど人間風情が反応できるものではない。
驚愕に値する結果がそこには現出していた――



――化け物の腕が、“モミジ”の胴から生えていた。

「……はぁ?」

モミジの口から、ともすれば間抜けともとれる声が漏れる。
何が起こったかわからないというような、嗤いと戸惑いが混じり合った表情である。

「――望んだ通り、殺してやったぜェ?」

直後。

「ガッ……ガファアッ!?」

モミジが、大量に吐血する。
臓器の機能不全と急激な出血に意識は混濁し、四肢は痙攣をおこす。
感覚は徐々に消えていき、燃えるような激痛が彼女の脳内を支配した。

――何故、こうなった?

激痛に疑問を押し流されそうになりながら、しかし、半ば本能によって彼女は行動する。
首を回すことによって背後を視界に入れ、その口からは擦れながらの糾弾の叫びを発していた。

「な、にを……何、をォオオオオオオッ!!?」

「“何を”? “何を”だって? お前は今この俺に向かって、しかもそんな悲惨な状況でそいつを聞くのかよ!? ハハハッ、そいつは中々素敵な言葉だぜ!」

今度は化け物が哄笑を辺りへと響かせる。

その嗤い声には、一つとして正の感情などなかった。
正しく、悪意の塊、その発露。
善神と認識されて降臨し、破壊をもってこの世全ての“力”を粉砕するはずのその『神霊』は――だが、その言霊に一つとして“善”など含めなかった。

「おいおい、本当に気付いてなかったのかよォ!? こいつは本当に“滑稽”ってやつだ! この俺が、よりにもよってこの俺が、『スプンタ・マユ』だとォッ!?」

モミジを貫く化け物の腕が、赤熱した。

「――虫唾が走るんだよ、人間風情が」

直後、モミジの体が炎上した。

否、それは炎上という事象すらも瞬間に通り過ぎ、肉体が刹那の間をおいて“蒸発”する。
行き過ぎた熱量は肉を融解させた後も逃げ場を求め大気を浸食し、結果としてそれは人の焼ける臭いを含んだ熱風として周囲に弾け吹く。
今となっては“覇流乃”一族最後の成人した忍びの、それだけが存在の残滓であった。

「誰が『スプンタ・マユ』――『この世全ての善』だってんだ。勘違いも甚だしいんだよ……人間がァ」

バサリと、化け物が手に何かを掴む。
それは今しがた“欠片も残さず消えたくノ一”の羽織っていた衣服であり、熱波に晒されようとも形を崩さなかった“覇流乃”の羽衣。
手にした『桜火の羽衣』を、化け物は快くその身に纏った。

「俺の名は『アンリ・マユ』――『この世全ての悪』を支配する絶対悪神だ」

不敵に、傲岸に、何より不気味に、化け物は嗤う。
この世全てを卑下し、この世全ての悪をもって世に悪をなす。
その存在を構成するものはすべからく悪であり、その行動や結果は終始悪に導かれる。

悪の塊、悪の頂点。
“覇流乃”が願った忍びという力の撲滅のために呼び出された神霊、世界に安穏をもたらし得る可能性をもつはずの善神とは、真向から相反する悪逆の神霊。

しかし、結果は違えどその過程において、二つの神霊のやることに実のところ大差はなかった。
善神による忍びという力の撲滅と、悪神による人という害虫の駆除は、本質的には同義であったからだ。

少なくとも――

「さぁてと……まあ俺様も神の一端だァ、人の願いってやつを叶えてやろうじゃねえの。
それじゃあまァ、殺そうか――まずはこの内の結界内の奴らを。次はこの国の奴らを全員を……最後には、世界全員皆々ことごとく平等に差別なく完膚なきまでに、殺そうか」

――この悪神にとっては。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五十二巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2014/03/20 22:29
それは、最早戦いとは呼べないものであった。

一方が一方を打ちのめし、叩き潰し、斬り殺し、焼き尽くす。
露ほどの抵抗は文字通り露ほどでしかなく、字義のままに虐殺は進んでいく。

「――死ね」

ある者の隣で、その同僚が炎上する。
声をあげることすら出来ずに蒸発し、その者の肌が炎上の熱気を感じる頃には、残る者も炎上した。
その光景を見ていた者は、次の瞬間、背後からの斬撃により即死する。
何者も、その空間で無事にいることはできなかった――ただ、虐殺を断行する者達を除いて。

「――もっと死ね」

言葉に合わせ、十の影が疾走する。
異国の洋装――スーツと呼ばれる類の衣服に身を包む彼らは、しかして無敵。
進行上にある障害をその全てを破砕し、断裁し、消滅させる。
悉くの忍びが塵芥と化し、悲鳴すらもあげず、残滓さえ全く残さずに消え去っていく。
十の影――悪神を模倣して創造された十傑集たる人影は、屠殺場と化した結界内部を駆け抜ける。
躊躇などなく、慈悲などなく、ただただ無作為に淡々と“作業”を敢行する。
それほどまでに、力の差は圧倒的であった。

衝撃波の仕切りは既になくなっていた。
それを維持する必要すらなくなったといっていい。
どうせ、死ぬのだから。
目の前の、二人の少年と一人の青年を殺すのに、断絶された空間など必要ではない。
どうせ死ぬのなら、血は派手に大気に撒かれるべきだと、化け物は断じた。

「――終わりだ。お前らはここで死ね」

化け物が腕を掲げる。
掲げた腕には刀が握りこまれ、眼前の少年二人へと切っ先が向けられる。
二人の内のナルトが警戒のためにクナイを構え、そこまでやってもサスケは反応しない。
今の惨状にナルトは何故か、“無性にイラついた”。

「何を……何をやってんだよッ、サスケェッ!!」

視線は前に固定しつつも、ナルトは傍らの同期へと叫んだ。
共に同期の目を覚ましにきたはずのサスケの体たらくに、ナルトはわけもわからず吠えた。

「サクラちゃんが目の前にいんだぞ!? 友達が、瓢箪野郎の時みたいな訳分かんねえもんに乗っ取られてんだぞ!? 何でいつまでも寝てられんだよ……サスケェッ!!」

「―――」

サスケは、答えない。
否、答えられない。
頭が、現実についていけてないのだ。
彼の思考はずっと堂々巡りに回り続けている。

――仇敵たる実兄が、実は自分の身を誰よりも案じていた。

受け入れられるはずがない。
父や母を殺したのは事実なのだ、たとえ里への反逆を企んでいようとも。
自分にとっての帰るべき家を滅ぼしたのは、確かに兄なのだから。

しかし、同時に思う。
受け入れてしまいたいと。
兄は優しく、常に自分にとっての憧れであった。
そんな彼が自身を案じ、人知れず守護してくれていたなど、望外な喜びである。

どうすればいいのか。
サスケはサスケに問いかけ、自問自答する。

――俺は、誰を怨めばいい? 誰にこの感情をぶつければいい? 今までの人生の歪みを、誰に叩き付ければいい?

――里だろうか? 一族に叛意を抱かせ、兄に過酷な運命を背負わせた、木の葉の里を憎めばいいのか?

――そんなこと、無意味である。だって、今の里はこんなにも絶望的で、炎上している。火影も生きてはいまい。里の主要人物も大半が死んだ。これ以上、どこを憎めばいい?

―― 一体、誰を憎めばいい?

答えは、全く見つからない。
憎む相手が、見つからない。
見つからないから、何もできない。
カラカラと虚しく、サスケは思考だけが回り続けていた。

「サスケェッ! いい加減目ェ覚ませ!! ショック受けてる状況じゃあないだろうが!? このままじゃあお前も死んじまうぞ!?」

ナルトの言葉は、しかし、サスケには届かない。

――死ぬかもしれない……けど、何もできないなら、死ぬしかない。それは仕方のないことだ……何もできないのに、生きていたってしょうがないじゃないか。

ふと、思う。
結論らしきものが、出たのではないかと。

(……何だ、死ねばいいのか……)

サスケが、上体を起こす。
そのことにナルトが喜びかけ、瞬時にその顔が落胆へと変わる。
眼前を見据えるサスケの目は、虚ろで、全く現実というものを見据えてはいなかったのだ。
彼は“死”を欲していた。
眼前に迫る“死”を、破壊の権化たる化け物の刃を。

ナルトの、クナイを握る手が怒りに震える。

「テメエは、テメエはッ、サクラちゃんに“友達殺し”をさせる気かァアアアッ!?」

裂帛の気合い、憤怒の咆哮。
ナルトの放つ叫びに、それでもサスケは反応しない。
彼は出た結論に納得していた。
死という帰結にサスケという復讐者は満足した。
それ以外のことは考えない、考えられない。

疾く。
早く。
殺せ、と。
サスケは念じるばかりである。

「――ここで“死”を選ぶ、か……原作では出なかった答えだったな……いや、あり得ないということもないのか」

当事者といえる一人、イタチは、独白する。
唱える言葉の意味は分からずとも、その語の平静さは聞く者に明確に伝える。
イタチは焦ってなどおらず、心乱してもいない。
守りたいと思っているはずの弟が死を望んでいるこの状況を、彼は冷静に見ていた。
その事実を、ナルトが糾弾する。

「おいアンタッ! よくわかんねえけど、アンタはサスケの兄貴なんだろ!? だったらこの馬鹿を止めてくれよ! こいつ、死にたがってる!!」

「……そうみたいだな」

「は……?」

返ってきた言葉は、一言だった。
その反応に、感情などこもっていないとすら思える言葉に、ナルトはブチ切れる。

「……ふざけんな……フッ、ざけんじゃねえってんだよォオオオ!!」

ナルトの構えたクナイの切っ先が、イタチへと向いた。

「兄貴なんだろ!? 家族なんだろ!? 守りたいと思ってるんなら、何でそんな反応しかしねえんだよ!? 死にたがってる弟にかける言葉はもっと別にあるはずだろうがァッ!?」

まき散らされるナルトの叫び。
それに答えたのは、やはり、イタチの素っ気ない一言。

「――死にたがりにかける言葉なぞ、持ち合わせてはいない」

「ッ!!」

ナルトは、その言葉が信じられなかった。

自分は確かに家族を知らないが、それがとても暖かいものであることは知っていた。
自分にとっての三代目火影やイルカ先生との関係が、そして同期との関係が、暖かいものであることを知っていた。
家族との関係はそれと同等か、もしくはそれ以上なのだろうということを、ナルトは確信していた。
ずっと見ていたのだから。
羨ましいと、自分も欲しかったと、思い、ずっと見ていたのだから。

それ故に、イタチの言葉は到底家族に向ける言葉とは思えなかった。

「……テメエは……」

ナルトの手に、瞬間、力がこもる。

「兄貴失格だァッ!!」

クナイが猛烈な勢いで投擲される。
向かう先にはイタチの背中があり、イタチはそれに無造作に反応した。

「……投げる相手を間違えているだろうに」

金属音。
投擲されたクナイは弾かれ、勢いそのままに今度はナルトの方へと飛んでいく。
ナルトが怒りに歯を軋ませる最中、

「――何だよ、邪魔すんじゃねえっつーの」

振り下ろされた刀の峰をクナイが叩いていた。

「!?」

慌ててサスケを抱え、ナルトは跳び退る。
先程までナルトやサスケの背後にあった場所にはいつの間にか化け物が立っており、上段からの振り下ろしによるものか、刀が地面を抉っていた。
ナルトが肩を見やれば、そこは僅かに切れている。
弾かれたクナイが当たり、斬撃の軌道が逸れたのだった。

「せっかく死にたがってるんだ。だったら殺してやるのが神様の仕事だろう?」

化け物がケタケタと笑う。
刀を肩に担いだその姿からは愉悦すら感じられ、その光景に、イタチは目を眇めた。

「……死を望んでいるのならば、神が死を与えてやる。なるほど、道理だな……」

「だろう? だからよォ――」

直後、化け物の姿が消える。
そして同時に、ナルトの内で警鐘が大音量でなった。

化け物はどこにいるか。
そんなことは考えるまでもない。
視界に映っておらず、だがサスケを殺せる位置。
そんな位置など、“背後”をおいて他にはない。

「――早く死になァッ!!」

新たに握ったクナイを手に、振り向きざまにナルトが迎撃しようとする。
だが、意味はなかった。
背後に隠したサスケと刀の間に身を乗り出してクナイを差し出したが、刀は硬質の忍具を食い千切るように切り裂いた。
同時、刀の振る速度から発生した衝撃でナルトの体は吹き飛ばされる。

後に残されたのは無防備にも死を望むサスケと、化け物の凶刃。
詰みのこの状況に、化け物はニタリと口の端を歪めた。

「じゃあなッ!!」

そして。
振り下ろされた刃は過たず標的を捉え、肉を斬り裂いた。
剣の技巧ではなく、ただ法外な膂力をもって為された斬撃は、切断面を醜く潰す。
細胞はグチャグチャに圧潰され、治癒や再生の障りとなり、血だけが激しく噴出する。

一切の躊躇なく、容赦なく、情けなく。
刃は左肩から右腰にかけてを割断した――



「死にたがりに言葉はいらない――ただ見せるだけだ」

「あ……?」



――“サスケ”、の前に立つ、“イタチ”を。

パタリと。
意外なほどに音軽く、呆気なく、二つに分かれた体は倒れた。
潰れた切断面からは勢いよく血が流れ出し、数秒の後には血溜まりが出来上がる。

「……イテえなぁ……」

ピチャリと。
音が鳴る。

イタチが身を震わせ、横に向かせた顔が血の水面を叩く音である。
真実驚異的なことに、即死しなかったばかりか、その意識は未だに残っていた。

「イ……タ、チ……?」

サスケの目に意思の光が戻る。
ただし、それは力強いものではなく、大きな衝撃からくる反動によって生まれた弱弱しいものだった。

目の前に、仇がいる。
厳格さの中に優しさを含んだ父と、鷹揚に自分を包み込んでくれた母を、愛しい家族を殺した仇がいる。
実は自分を守るために里を裏切ったという、愛しい家族で仇で兄が、そこにいる。

兄は、殺されていた。
意識は驚くべきことに未だある。
が、残された命が最早ないことは見るに明らかであった。
すなわち、兄は既に殺されている。

そのことが、サスケには心底不思議であった。

――死ぬのは……俺のはずだったのに。

「イ、タチ……何で……」

呟くように問うたのは、ナルトである。
サスケはまだ茫然としており、状況を理解したのは常とは違い、ナルトの方が早かった。

問うナルトと、見るサスケに、殺されたイタチが言葉を放る。

「……兄は、弟に……幸せになって欲しいと思う、ものだ……イタチに限らず、な」

言って、イタチはその手を伸ばす。
まだ残っている片腕を伸ばし、呆然とするサスケに指をかざした。

直後、サスケはその目に“過去”を映す。
懐かしい、憧れた、輝いていた――

――あの“言葉”と“表情”を。



「――“許せ、サスケ”」



トン、と。
イタチの指がサスケの額を突く。

瞬間、サスケの全身をチャクラが巡った。
ずっと昔から使われていなかった機械に電気を通すように。
その巡りは迅速かつ圧倒的に行われ、サスケの体を活性化させる。

説明されずとも、サスケは理解した。
これが本来の――“うちはサスケ”なのだ、と。

「――イ、タチ……」

呟いて数瞬、サスケは、それ以上言葉を紡ぐのをやめた。

イタチは笑っていた。
微笑んだ表情のまま、昔のような顔のまま――既に死んでいた。

何も言わずに、サスケが長年追い続けた仇敵は、あっさりと、サスケの眼前で逝った。
その事実を前に、サスケは頭を垂れる。

「何だよ、それ……散々、俺の人生滅茶苦茶にしておいて……」

呟くサスケ。
ナルトの位置からはその表情を読み取ることはできず、ナルトは不安げに見ることしかできない。

「最後がこれって……わけ分かんねえよ……やるだけやって自分はさっさと逝っちまうとか、自己中じゃねえかよ……」

独白。
言葉は暗く、語調は平坦であり、それ故に聞かせるものに不安を与えるしかない呟き。

その独白を、化け物は一笑に付した。

「ハッ、結局先に死んだかよ。つくづく意味分かんねえ野郎――」

唐突に、化け物の言葉が途切れる。
続き響く金属音。
化け物が手にもつ刀に、“二刀”を握りこんだサスケの一撃が繰り出されていた。

「分かんねえよ……分かんねえけど……」

直後、ナルトは確信した。
サスケの言葉を聞いた瞬間、今のサスケがどういう表情をしているのかを。

いつも通り、
クールで、
熱血で、
不敵で、
たまに抜けてて、
それでいてここ一番で頼りになる、

同期で仲間で親友の“笑った表情”である。

「言われて見せられちゃ、仕方ねえだろうが――“幸せ”に、ならねえとなあァッ!!」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五十三巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:5afb6c54
Date: 2014/11/26 20:37
一際強い音とともに、サスケの二刀が化け物を弾き飛ばす。

蘇った表情とその膂力に化け物が舌打ちする中、サスケが背後へと叫ぶ。

「ナルトォオオオオオオッ!!」

「サスケェエエエエエエッ!!」

叫びに呼応するように、ナルトの体が跳ね、サスケの隣へと肉薄した。
そして、

「手ェ貸せェッ!!」

「応ッ!!」

瞬間、ナルトの体から禍々しい色のチャクラが噴出する。
己が体に封印された尾獣・九尾の力、その一端の発露。
荒々しく禍々しいそのチャクラをナルトは半ば根性で制御しながら、指定する抽出先に誘導する。
暴力的で、それ故に圧倒的なチャクラの供給が激痛を与える中、サスケは前を見据えた。

「ーー体は剣で出来ている」

構えた二刀が、チャクラの光を帯びる。
その様に意味を見出した化け物は、直感に誘導されて地を蹴った。

「ーー血潮は鉄で心は硝子」

危機感に急かされるように行われた化け物の斬撃が、常識外れの膂力によって加速され、眼前のサスケに叩きつけられる。
直後、甲高い金属音が一つ鳴った。

「ーー幾たびの戦場を越えて不敗」

化け物の刀が、宙に静止していた。
否、静止させられていた。
サスケの右の一刀が、刀身にヒビを入れながらも、人外の斬撃を受け止めていた。
その結果に、化け物の表情が歪む。

「ーーただ一度の敗走もなく」

右の一刀が、瞬間、跳ね上がる。
化け物の持つ刀が弾かれ、その上体が仰け反る。
紛う事なき、防御の隙。

「ーーただ一度の勝利もなし」

間髪入れずに動く左の一刀。
放たれた猟犬のような獰猛さと正確さで、一閃は正しく化け物の銅を捉えた。

「ーー担い手はここに独り」

化け物はその顔に憤怒を刻み、直後に左半身が動く。
左肘による打ち下ろしと左膝による打ち上げとで行われる刀身への挟撃。
すなわち、変則の白刃取り。
今度接触箇所からは鈍い音が鳴り、サスケの斬撃は化け物へ届く前に止められた。

「ーー剣の丘で鉄を鍛つ」

右に続いて左の刀身にも穿たれた無数のヒビ。
その結果に嗜虐の笑みを浮かべた化け物が、そのまま、表情を凍らせる。
刀身のヒビ、そこから漏れ出るチャクラの膨張の気配。
化け物の持つ予知にも匹敵し得る直感が、それを危険だと断じた。

「壊れろ」

一言の直後、猛烈な閃光を撒き散らしながら刀が爆発した。
光に呑まれつつ、化け物が片手の刀を振るう。

「舐ァめるなァッ!!」

瞬間、超高速で振り抜かれる化け物の右腕と刀。
音速を凌駕するその振りの速度によって、化け物の前には瞬間的に真空の層が出来上がる。
それによって爆発の威力を大幅に減殺した化け物は、再度その表情を歪める。

「ーーならば我が生涯に意味は不要ず」

サスケの左手にあった刀が、既に化け物の方に投擲されていた。
刀身のヒビからは先の物と同じく、爆発の予兆たるチャクラの光が漏れ出ている。

過たず、爆発する刀。
第二波たるその爆発の衝撃を、化け物は再度真空の層を作り、受け切る。
しかし、先の化け物の右腕が振り下ろしの軌跡を描いていたのに対し、二回目のこれは振り上げであった。
ただでさえ渾身の振り下ろしという激しい動作の直後であることに加え、味方していた重力が振り上げは今度障害となる。
速度は否が応にも低下し、衝撃の一部は層を貫通して刀身に伝わった。

閃光と爆風が止んだ後、破砕され鍔のみとなった刀を握る化け物の姿があった。

「ーーこの体は」

屈辱に歪む化け物の眼前で、サスケは前を向いた。
背後のナルトが負担に汗を噴出させながらも笑う。
フッという吐息の後、サスケもまた不敵に笑みを浮かべた。



「ーー無限の剣で出来ていた」



瞬間、走る二つの火線。
左右から円を描くようにして境界を形成していくそれらは、内と外とを区別して世界を歪めるその切っ掛け。
最早廃墟といえる中忍試験会場の縁をなぞった後、“それ“は完成した。

「なん……だと……」

化け物は信じられないと云わんばかりの声と表情で、目の前の現象を捉えていた。
理性は既に、“それ“が何であるかを理解している。
化け物も現象としての“それ“は知っていた。
信じ難いのは現象を起こした術者の方、眼前の下忍二人。
起こせるわけがなく、それ故に、起こしたという現実の認識が化け物を打ちのめす。

“それ“は、一部であろうと、一時であろうと、明確に世界を歪める異界の現出。
術者の心象風景で現実世界を塗りつぶし、内部の世界そのものを変えてしまう結界。
名をーー

「ーー“固有結界“、だとォッ!?」

現れた世界は、果たして荒野。
幾つもの刀剣が突き立つ赤土の大地と、その頭上に広がる紅の空。
居並ぶ無限の剣を両手で誇るように示しながら、サスケは不敵な笑みのまま言葉を放った。

「いくぞ化け物ーー武器の貯蔵は充分か」

見渡す限りの剣の丘。
それらは全てサスケの味方であり、在り方であり、化け物を倒す牙である。

対し、強靭無敵の化け物はそこに独り。

サスケと、ナルトが、同時に拳を前に突き出した。

「「充分なわけがーー無えよなァッ!!」」



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五十四巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:8f84077a
Date: 2016/03/13 20:46
「――投影開始(トレースオン)」

瞬間、宙空に現れる無数の剣、剣、剣。
それらは全て作り物。
しかし、そこに込められた想念と意思は本物であり、剣先は全てが化け物に向いている。
必倒の剣群を維持しつつ、サスケの眼光は鋭く前を向いていた。



「――憑依経験、共感終了(ソウルリーディング・ノーブルファンタズム)」



「この期に及んでごちゃごちゃと……小っちぇんだよォオオオオオオッ!!」

印を組みチャクラの制御に集中するサスケを“当然”待たず、化け物は眼前の相手を強襲する。
振り抜かれる両手から投擲されるチャクラの炎、必殺の炎弾。
それらは果たして、

「“白 in 断刀首斬り包丁”――O.S(オーバーソウル)――」

着弾を待たずして“凍りつき”両断された。

「大紅蓮氷輪丸!!」

「ッ!?」

何物をも焼き尽くす筈の炎弾は、氷の竜によって凍結、粉砕された。
サスケとナルトの眼前に降り立つ、長身で片手に大刀を引っ提げる一つの忍びの影。
新たに現れたその人影は、圧倒的な氷雪系チャクラを纏い、その視線を眼前に向けた。

「――あの桜髪の人格じゃねえな、テメエ」

「“再不斬”ァ……テメエッ!」

その男――再不斬の不遜な表情に、化け物は心中で激昂する。

炎の化身たる自身に対して――“凍らせて動きを停めよう”などと不快極まりない。
それだけでも十分な罵倒であるが、加えて、再不斬の手に持つ大刀には“少年の霊”が憑依していた。
巫術――霊をもって具象化される術の行使は、即ち、霊的存在の最高峰たる自身への圧倒的挑戦。
やはり不遜なその顔面に燃やし尽くしてやりたいと、化け物は怨嗟の言葉を思う。

そして、さらにもう一つの理由。

「ぐゥッ!? 凍って、う、動けん……!?」

「“レッド”ォッ! このボケッ、邪魔だ!!」

猛る化け物の足元では、十傑集マスク・ザ・レッドが身体の大部分を凍りつかせていた。
再不斬よりもやや早いタイミングで吹き飛んできた仮面の男。
その五体には、再不斬の術を喰らって氷雪系のチャクラが纏わりついており、今まさに現在進行形にて化け物をも氷結せんと干渉を続けていた。

「依代は道具、道具に人格は要らねえか……“気に食わねえな”」

「お前、霧隠れのッ……!」

「――ぶった斬るぜ?」

は、と言いかけて、ナルトとサスケは再び口を引き結ぶ。
肩越しに振り向くかつての敵の瞳を、二人は見たからだ。

直感だった――“問題ない”と。

「「――応ッ! 斬れ!!」」

「ま……何とかなるだろうよ」

再不斬の視線が再び前を向く。
その手の大刀・首斬り包丁が、直後、氷気と共に勢い良く振り抜かれていた。

「変態(ストーカー)ごと凍って砕けろ、化け物」

「「ッ!?」」

「――氷天百華葬」

吹き荒れる氷雪が、化け物とマスク・ザ・レッドを覆い隠す。
濃密なチャクラはさらに凝縮し、それらは一瞬にして、舞い散る無数の粉雪となった。

雪の触れたものは全て、濃縮されたその氷気によって瞬く間に凍りつき、その命を停止させる。
百輪の凍結の華が咲き乱れる頃に相手は既に葬送されている――故に、氷天百華葬。

雪が、化け物とマスク・ザ・レッドの体に触れる、その瞬間、

「――舐ァめるなァアアアアアアッ!!」

化け物の全身から猛火が噴き上がる。
同時に、文字通り爆発的に膨張し拡散する熱風によって吹き散らされる絶対凍結の雪。

技術も相性も何もない、火力任せの単純な力押しである。
が、それによって化け物は状況をたった一手でひっくり返す。
再不斬の攻撃は無効化され、束縛する氷は瞬時に融解、蒸発する。

――足元の“仮面の男”諸共に。

「ぎッ、ガァアアアアアア!?」

最早爆発といって差し支えない猛火の噴上に、マスク・ザ・レッドは吹き飛び、地を転がる。
比較すれば再不斬による凍結よりも余程甚大なダメージを受けた“部下”に対し、しかし、化け物は一瞥もくれたりはしない。
化け物にとって“部下”とは即ち“敵ではない”だけであり、“攻撃してはならない相手”では全くないからだ。

「この、人間がァアアアアアアッ!!」

「おいッ、全然ダメじゃねえか!? ってか“斬る”って言っといて、お前今の斬ってないよな!?」

「細かいこと気にしてんじゃねえよ、何とかなるだろ」

「こいつってば何か性格が大雑把になってるってばよォ!?」

火線の境界によって切り取られた世界に、三人と化け物の声が響く。

再不斬は気付かない。
己が境界を越え、サスケの結界内に侵入できてしまっている、その事実に。
世界を侵食するサスケの心象風景に違和感なく溶け込めてしまっている、その現実に。

“そうあれかし”と願い憧れたサスケの結界は、人とのつながりとそこに在る日常の尊さを求めたもの。
まして今は、同期であり戦友でもある忍のチャクラによって維持されている。
九尾のチャクラは禍々しくも友のために循環し、サスケにとっての理想を実現させるべく起動する。

外を拒絶することなく、化け物となった友達を救うためなら、かつての敵さえ許容する。
孤高による排撃ではなく、協和によって願いを実現させる。

既に出来上がった世界ではない、“これから作っていくのだ”と訴える、少年達の共通の思い。
イタチの存在が切っ掛けとなって生み出された、復讐ではなく平穏な日々を求める心。

サスケが願い、ナルトが支え、サクラが試す、“やさしい世界を作り出す”結界。
侵食型ならぬ――創造型固有結界。

その真価は、加勢される人との絆にこそ存在する。



[4724] ~お隣さん家のサクラ“君”は、暗殺者~ 第五十五巻
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:834c7e64
Date: 2019/02/19 10:12
「――工程完了(ロールアウト)。全投影待機(バレットクリア)」

宙に浮かび上がる剣群。
切っ先の先で猛火を噴き上げる化け物に対し、

「――停止解凍(フリーズアウト)」

その全ての刀剣が射出された。

「――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)ッ!!」

充填され刀身を巡るチャクラが火花を散らしながら、空を裂いて突き進む。
迫る剣群は無数。
回避する時間などなく、即座にその場で迎撃する必要を化け物は認めた。

が、そこで気付く。
飛来する剣群――その全てに込められた、比類なき情念に。
友がために思う、強制的に平和になる、ナルトとサスケからサクラへのメッセージに。

全ての剣に込められた、幸せを強制させる想念に、化け物は気付いてしまった。



“当たれば負けて土下座させる剣。だから幸せになれ。”

“かすれば負けて鼻からパスタを食わせる剣。だから幸せになれ。”

“触れれば負けて裸かつ逆立ちで里を一周させる剣。だから幸せになれ。”

“刺されば負けて炭酸を一気飲み後に歌わせる剣。だから幸せになれ。”

“斬られれば負けて好きな人の名前を絶叫させる剣。だから幸せになれ。”



――これは、ヤバイッ!!



「盾になれェッ!十傑集ゥウウウウウウッ!!」

瞬間、絶叫。

固有結界において想念はすなわち現実。
術者が“そう”と決めたのならば、神が否定しようとも確実に“そう”なるのである。
故に、絶対に受けてはならない。

悪神の権能を全力で行使し、固有結界の領域を何とか貫く。
化け物は己が部下を眼前に召喚した。

十傑集が第一柱――

「――我が仙術の冴え、ここに!」

混世魔王・樊瑞(こんせいまおう・はんずい)。

その身が収めた仙術によって、彼の前に銅銭による壁が構築される。
たかが銅銭、されど銅銭。
樊瑞の強力無比な神通力は刹那の間も置かずに絶対防壁を成す。

「――仙法・五右衛門」

「!?」

だが、それが何するものぞ。

銅銭による壁が、蝦蟇油と混合した炎によって融解する。

そちらが仙術ならば、こちらは仙法。
化け物が部下を召喚できたのならば、ナルトやサスケとて仲間を求めることも当然可能。
絆を結んだ者達が手を貸すことは当然。

ナルトがその表情を喜色に染めた。

「エロ仙人!」

「ったく、こういう時ぐらいは師匠とか呼ばんか。かっこつかんじゃろうが!」

三忍、自来也。
里の内外にその名と武勇が知られる、最強の忍者の一角である。

銅銭の壁を剣群が突破する、その直前。

「――樊瑞に合わせろ!!」

「――応ッ!!」

融解する壁が、張り直される。
念動力によって操作された壁が、さらなる念動力の圧と蟲の加勢によって持ち直す。

十傑集が第2柱――激動たるカワラザキ。
同じく第3柱――暮れなずむ幽鬼。

実に3柱もの高位能力者によって強固となった壁に、剣群の第1波が弾かれる。
これを力にて打ち砕くのは至難であり、

「――こちらも合わせます。超人3人分の壁の点穴、見切りますよ、ネジ兄さん」

「――お、応ッ!」

故に、突き崩すのは剛なる力ではなく、柔の拳。
緻密極まる柔拳法の冴えが、強固なエネルギーの流れを遮断する。

「日向流奥義たる六十四掌――その3倍まで上げます!いけますね、ネジ兄さん!」

「――応ォオオオッ!!」

常の3倍の奥義。
これを2人で放てば、実に6倍。

壁に近接する――ここは既に“八卦の領域”。

「柔拳法・八卦六十四掌×3×2、すなわちッ――」

「「――八卦三百八十四掌ッ!!」」

柔拳が打ち込まれる。
点を突くことで、壁全体の構成力自体を雲散霧消させる。

まさに絶技。
命や精神をひり出したところで、このようなことができる者など、そうはいない。
まさしく――日向は木の葉にて最強。

「―――」

日向流宗家、日向ヒナタ。
一瞬、視線を前に向け、“その者”を見やる。
驚愕に満ちる、紅い赤い朱いその表情は――やはり、“あの時戦った顔”ではない。

あの一戦で、ヒナタが相手に思う所などない。
まして恨みや憎しみなど欠片もない。
結果として得たものは数あれど、相手を蔑むことなど、見下すことなど、何一つとしてないのだ。

あれが、忍びである。
陰に潜み毒を使う、真なる間者である。
たとえ力において弱者であっても、否、弱者だからこそ、あれはあそこまで忍びになれたのである。

繰り返す。
日向ヒナタは、春野サクラに対して、悪感情など僅かばかりも持っていない。いなかった。

だが、今はある。
変わったことに――否、“堕ちた”ことに対して、彼女は憤る。
あれの目を覚まさせることに対して、日向ヒナタという忍びに否やはないのである。



[4724] 設定その他
Name: ガガギゴ◆85749c93 ID:6486a8e6
Date: 2016/03/13 21:11
【主要人物紹介】

名前:春野サクラ
性別:男性。断固として男性。男性ったら男性。
属性:風
――主人公。
色々酷くて、最早オリ主。
隠密術という特技と外道な性格の設定は、当初NARUTO世界を忍者らしく描写しようというコンセプトだった、その名残。
まあ、結局はネタの寄せ集めになったわけですが。
狙撃バレルで打撃したり、あまつ爆破したり、狙撃屋としては実は三流だったりする。
≪覚醒後≫
――人称“化け物”。
どうSSを終わらせようか迷走している内にラスボスとして出来上がった奴。
属性は火。炎とか熱とか火属性っぽいのなら何でも使う。
正直グチャグチャ過ぎてカオスで分かりづらいこと山の如しだとは思う。
でも止まらない、この胸に小宇宙(コスモ)輝き続ける限り。

名前:うちはサスケ
性別:男性
属性:火
――チームメイトその一。
ある意味、壊れ系SSの汚染が一番酷い人。
どうでもいいけど、うちは一族って何だか江戸っ子なイメージがないだろうか?
剣の道に目覚めた人。
固有結界にも目覚めた。中の人とか言っちゃいけない。

名前:うずまきナルト
性別:男性
属性:風
――チームメイトその二。
原作主人公だけど、あんまり変化がない。
原作主人公はあんまり変えちゃいけないと思う。
だって、原作主人公だから。

名前:日向ヒナタ
性別:女性
属性:空
――同期体術最強。
体術というか、もう戦闘行為全般に関して、この人があらゆる意味で一番ぶっ飛んでる。
性格改変は実はこっちだったという話。
正統派主人公になれる人。

名前:桃地再不斬(ももち ざぶざ)
性別:男性
属性:水
――第7班の最初の敵。
ノリで生存させてしまったので、後に再利用。
十傑集指導でシャーマン修行したけど、得た能力は何かかませ犬臭のする氷雪系最強。
でも本人は霊と話せるようになったので、わりと満足。
持ち霊は、かつての部下。

名前:我愛羅
性別:男性
属性:土
――砂の最終兵器。
基本的に性格は変化ないけども、原作より少しだけメンタル成長するのが早い。
ただし、化け狸の影響か、右手が急に疼き出したり火を見ると食い方が汚くなる。
あと、ぶるぁあああとか余裕で叫ぶ。
姉からは時々鼻息荒く血走った目で見られるので、兄弟の中では兄が一番まともジャンとか思ってる。

名前:春野ホウセン
性別:男性
属性:火
――主人公パパ。
基本的には良い人だけど、仕事が絡むと極端に冷酷非道になる。
桃髪桃髭の長身ダンディであり、能力は『紅赤朱・檻髪』。
別に殺人鬼の兄さんとかはいない。
ダンゾウとは親友で飲み友達、だった。

名前:春野モミジ
性別:女性
属性:土
――主人公ママ。
悪戯大好き、虐殺大好き、腹の中真っ黒な根っからの極悪人。
桃色の長髪、能力は『仙術・震の理』。
前世は多分、壊し屋。
アンコとは同期で、顔を合わせる度に喧嘩(ころしあい)をしてる。

【十傑集】

――覇流乃4000年の歴史(仮)で生み出された、無数の人体実験の産物。
チャクラ運用技術を犠牲に超人的運動能力と固有能力を手に入れた、悪の一族・覇流乃の手下である。
とはいえ、普段はその存在は隠匿されており、平時は一人を除いて諸国漫遊の旅に、その一人や配下の兵達もそれぞれの趣味や生き甲斐を見つけているなど、割と自由に暮らしている。
出自はかなり悪辣非道なのに扱いは自由と、よく分からない人造超人達。

以下、名前と紹介。

『混世魔王 樊瑞』 ……十傑集のリーダー。ピンクマントに顎鬚の快速ダンディ。仙術使いだが、この人の場合は最早超能力である。

『激動たるカワラザキ』 ……前リーダー。老練の念動力使いであり、持ち手のいない凧で大空を自在に舞う。こう書くと、どっか行っちゃいそうな感じのする老人である。

『衝撃のアルベルト』 ……ある意味一番目立ってる人。ハート型のオールバックに葉巻、隻眼、CV秋元洋介。二つ名の“衝撃”は能力である衝撃波のことではなく、姿形のインパクトを表しているに違いない。

『眩惑のセルバンテス』 ……赤丸サングラスにナマズ髭、クフィーヤと呼ばれるフードを被る、アラブ人、みたいな人。でも十傑集では一番の常識人。掌から当然のように熱線を発射しても常識人。

『白昼の斬月』 ……最早筆舌に尽くし難き変態、もとい奇抜な格好の人。その設定年齢は成人前、十傑集では最年少であり一番の新参者。就活に失敗したものと思われる。

『暮れなずむ幽鬼』 ……元ヒッキー。能力のテレパシーで人間恐怖症に陥るも、激動の爺様に助けられた過去を持つ。でも能力を自分に使うとパピ☆ヨン。やっぱり十傑集。

『マスク・ザ・レッド』 ……忍者。誰が何と言おうと忍者。仮面にスーツに長マフラーでも、彼は間違いなく忍者である。だって原作主人公なんかジャンプスーツだし。NARUTOの世界観なら無問題。案の定、かませ犬ポジション。

『直系の怒鬼』 ……和服に精悍な顔つきの兄ちゃん。あらゆる武器の申し子、かもしれない人。血風連という直属部隊を従えていたり、直系だったり、色々特別な人。

『命の鐘の十常寺』 ……不死身のチャイニーズ。目が常に充血してるドライアイな人。十傑集で最も謎の多い人物だが、そもそもどいつもこいつも謎ばっかりなのであまり意味が無い。

『素晴らしきヒィッツカラルド』 ……素晴らしき脇役。指パッチンで真空波という斬新な能力を持つ。彼により指パッチンを習得した子供は大勢いるだろう。多分、かませ犬。

【オリジナル術技】
『気配遮断』
使用者:春野サクラ、その他大勢
――気配を消す技術、隠行の術。
忍者としては基本の技だが、同時に極め難いものでもある。
サクラのそれは上忍でも警戒してなければ気付けない。

『存在遮断』
使用者:春野サクラ
――隠遁の奥義。
気配遮断とは違い術者の“存在感”自体を隠匿するため、発動したが最後五感では認知出来ない。
サクラの場合は、発動に際して相手の視界に自分がいないという条件が必要。

『忍法・一撃必殺』
使用者:春野サクラ
――暗殺者としての技能。
首筋に触れ延髄にチャクラを流し込むことで強制的に相手を気絶に追い込む、医療系忍術の派生技。
精密なチャクラコントロールが必須となるが、戦場においての気絶は効果絶大。
ただし、気絶時間は相手の力量次第ではあるもののいずれも短時間。

『風遁・九実裏羽羅部羅無(きゅうみりぱらべらむ)』
使用者:春野サクラ
――射撃系忍術。
空気を圧縮し、連射性と速射性に優れた風の弾丸を撃ち出す。
射手はゴム程度から金属程度までの弾丸硬度の恣意的変化が可能。

『風遁・七点六二実裏那刀(ななてんろくにみりなとう)』
使用者:春野サクラ
――狙撃忍術。
精密性と直射性に優れる弾丸を撃ち出し、遠方の対象を狙撃する。
弾丸硬度の変化は上述の風遁忍術と同様。
狙撃補助具により、さらに飛距離が上昇する。

『影分身・桜』
使用者:春野サクラ
――任意で分裂する特殊な影分身。
発動には時間を要するものの、衝撃によって最大100体まで分裂し、包囲戦術の数の理で敵を殲滅する。
以下、包囲戦術のパターン。

『陣式・風闇子屡愚楼数多亜(ふぁんねるぐろーすたー)』
――基本の陣形。通称、“風闇愚(ふぁんぐ)”。無数の射撃砲台からの一斉射撃と自爆特攻により敵を完封・殲滅する。

『陣式・百花繚乱撃(ひゃっかりょうらんげき)』
――とどめの一撃。無数の影分身の一斉自爆特攻。練り上げたチャクラの連鎖爆発と狭所での一斉起爆という相乗効果により、幾何級数的に威力が増大する……らしい。

【総評】
プロットは出来てる、けど、絶望的に時間がない。
蒸発はする気はない、けど、更新は不定期。
絶対……終わらせ、る……。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.10110092163086