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[43252] 廻せ!かしまじょ ◇姦し娘達のドローン×部活モノ◇
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2020/01/13 00:35
2019/03/03(日)
0:26 投稿

概要

無線機械部という弱小部に所属する新一年生が主人公。
彼女はとある秘密を抱えて入部した。

辛うじて残った桜が散ってしまう時期になり部員達と親交を深めるにつれて、彼女は少しずつ変わっていく。

今、ドローン女子の青春の電動機が回転を始める。


2019/03/04
00:06
現在更新中の『ガールズ&パンツァー ~最期の日~(ガルパン二次創作)』が終了するまで、こちらの更新頻度は落ちます。

2019/04/13
00:55
概要追加
今、ドローン女子の青春の電動機が回転を始める。


2019/07/01
01:46
タイトル変更
姦せ!ドロン女(かしませ!どろんじょ)

姦せ!ドロン女!(姦し娘達のドローン×部活モノ)


2019/11/24
11:41
タイトル変更

廻せ!かしまじょ 〇姦し娘達のドローン×部活モノ〇


2020/01/13
00:34
タイトル変更
廻せ!かしまじょ ◇姦し娘達のドローン×部活モノ◇



[43252] 1 廃部を目指して
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/03/03 00:28
2019/03/03(日)
0:28 投稿



既に残った桜を散らすように春雨が連日降る。

そんなどんよりとした天気を吹き飛ばす表情をした新一年生が一人いた。

「そうだ、廃部にしましょう!」

新入部員の一輪久瑠芽(いちりんくるめ)が部長にそう元気よく、今、さっき思いついたかのように提案した。

「却下」

教壇のデジタル黒板を背にして作業をしていた三年生の部長が即答して、右手に持っている高温のハンダごてごと手首を左右に捻る。
久瑠芽よりも遥かに身長が低く一年生よりも一年生らしい少女は、顔を上げてその凛とした目つきで抗議の視線を向ける。

「またか……。
何度も言うが、私の目が黒いうちは首を縦に振ることはない」

半田ごてを立てかけた後、防護メガネ代わりに使っている伊達メガネのずれを直す。
その瞬間、手元を照らす照明の光を反射して光った。

ベリーショートだが前髪と横を長めに残したみどりの黒髪に包まれる丸顔は、桃色をしたハーフフレームのメガネと相まって柔らかそうな雰囲気を醸し出す。

しかし、目だけは野性的な眼光を放つ。
そのせいか一部から狂犬チワワと呼ばれている。

「我が部は幽霊部員50人、実質4人の弱小部だ。
がしかし、私(あたし)はこの部を守ってみせる!」

気丈に振る舞うが、今年の新入部員は久瑠芽一人になってしまった。
この学校の校則では部として成立するには最低でも5人が必要だと定められている。

「漫画やアニメみたいに同好会でゆるりとしましょうよ」

なだめるように柔らかく間延びした口調で廃部からのハードルを引き下げる。

久瑠芽は知っている。
当然部長も知っている。
何度も交わしたやりとりだから。
だが敢えて部長は指摘した。

「四月以内に活動している部員が5人いなければ、予算も部室も無くなってしまうじゃないか!」

同好会に部室は与えられない。
一つ一つ認めて与えていたら、部屋がいくつあっても足りないという理由からだ。

「もう四月も半分に差し掛かってますよ。
意地張らないで決断しましょうよ」

「まだ半分残ってるわよ。
ていうか一輪。
あんた入部してからずっとこの部を無くそうとしてるのは、奴らの工作員だからじゃないのか」

「私(わたし)はこの部活動が存続の危機に瀕しているのを憂いているだけです」

疑われているがバレていないので誤魔化すことにする。
部長の言う通り、一輪はこの無線機械部を廃部へと導く密命を帯びていた。

奴ら。
そう部長から呼ばれる組織は虎視眈々と牙を研いでいる。

「一輪がせっかく入ってくれたのに、いきなり廃部の危機で心配をかけてすまないとは思っている。
がしかし、例え廃部になってもAI部には絶対に入らん」

「いつもそう言ってますよね。
何でAI部をそんなに嫌がるんですか?」

自分のクライアントが嫌われている理由を知っておきたいがためにいつもよりも踏み込んで尋ねる。
部長は頬を、メガネのフレームよりも赤く染めて小さな唇を尖らせた。

「だって奴らは、人工知能をドローンに乗せようとするんだぞ!」

国立総合科学研究開発高等学校の敷地内第4校舎2階にある工作室。
そこを部室として使用している無線機械部。
放課後の現在、室内には2名の部員が活動を行っている。

そこに軽い足取りで訪れた2年生の部員が一人やってきた。
閉められた扉を引かず、漏れ聞こえる会話をドア越しに聞き耳をたてて内容を把握する。

「またやってる。
一輪ちゃんも熱心ね。
マシンにアニミズムを求めるなんてナンセンスですってのに……」

そう思いつつも呼吸を整えてから取っ手に手をかけた。


/////////////////

オリジナル作品

次回更新日
3月中旬予定



[43252] 2
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/03/24 02:09

2019/03/24(日)
02:09 投稿

「ヤッホーみんなぁ、おつかれーさまー。
はかどってるかぁい?」

ドアを勢い良く横へと動かして入った少女が、教壇付近にいる二人に声をかける。
反射的に部長と久瑠芽が会話を中断して振り向くと「おー、おつかれ」「こんにちは」という挨拶が返ってきた。

「遅かったな、いつもは一番乗りで居るのに。
何かあったのか?
あれか、彼氏とかか?
退部なんてしないよな?
がしかし、強制するわけではないぞ?
いっそのこと入部させたらどうだ?」

「(そういう尋ね方を誰にでもするから狂犬チワワなんて呼ばれるのよね)」

そう思いながらドアを閉めて愛想笑いで否定する。

「え!?
毛糸先輩、彼氏いるんですか?」

「もー、久瑠芽ちゃんも聞かないでよ」

口元に笑窪をつくるが、冷めたような視線がセミロングでふんわりとした赤い髪と相まって、軽い口調ながらも怒っているように二人には見えた。

「ごめんなさい。
ほら、やっぱりJKなら彼氏の一人や二人いるものでしょ?
だからつい恋バナに花を咲かせたくなってしまうの」

先輩を冷やかすのは良くない。
そう思い真っ先に誤り、どうしてそういった発言をしたのかをじっと相手を見て説明する久瑠芽。
近付いてくる先輩は、身長が高く肌は色白だ。
良く見ると顔が赤くなっていないので怒っているわけではないと判断できる。
どちらかというと後輩思いの人。
そんな人を騙しているのは心苦しい。

「愛する彼氏と一緒に登下校したり、運動部ならマネージャーになるのだってありでしょ?」

「おい待て、それは彼氏についていってここを退部させようとしてないか?」

「気のせいです」と墓穴を掘った久留米が目を逸らさずに部長を凝視した。

「何故目を逸らさない?」

「逸らすと嘘吐いていると思われそうだからです」

「んっふふ……(嘘つく時は目を逸らさないのよね、この子)」

思わず吹き出してしまった。

「け、毛糸先輩が笑っている」

「もー、私だって笑うよぉ」

バッグを空いている椅子に置き、中から魔〇瓶を取り出す。
まだ残っているダージリンティーを部費で買った紙コップに注ぎ、やはり部費で安く買った電子レンジで温め始める。
そして振り向くと、健気で嘘が下手でちょっと思慮が足りない後輩を見た。

目を逸らされた。

「一輪ちゃん、一つ聞いてもいーかしら?」

温め終了までおよそ一分。
それだけあれば十分だ。

「私の名前言ってみて」

「え?」

視線が絡み合い、後輩の顔に不安が広がるのが分かる。
部長さんは満面の笑みで観察用ムービーカメラを向けて赤ランプを灯らせた。

「(そうやって弱みを握ろうとするから強権チワワなんて私に呼ばれるのよ)」

撮られていることに気付かず、目が上下左右動かせながら短いスカートを両手で握る後輩は口をパクパクさせている。
見えちゃっているのは言うまい。

チンとタイマーが終わり音を立てた。
タイムイズアップ。

「け……毛糸さん……?」

申し訳なさそうに伏し目がちに言う後輩。
追い詰めているわけでも怒っているわけでもない。

「入部の時に『けいと』って呼んでねとは言ったと思うけど、ちゃんと聞いて欲しかったなー」

「ご、ごめんなさい」

目を逸らした。

「気にしてないわー」

近付いてしゃがみ込み、後輩の両手を上から優しく抑える。
見えないように。

「じゃあ、改めましてー」

息を吸って間をおく。
視線が交差した。
真剣な眼差しで。
「(おや、右と左の色の濃さが違うのに気付いたみたいだわ。
少しだけ瞼が上がったわね)」

部長を誘導して廃部に持ち込もうとして考えすぎている後輩をじっと見る。
意見が合わないからって廃部はやり過ぎよ?

「ケイトリン・ライアン」

この迷える後輩を、少しでも導きたい。
だからもっと仲良くなりましょう。
この部活を通して。

「改めましてー、よろしくぅね!」

右目が濃い青を隠すようにウインクをした。

「ケイトって呼んでね」

「……はい」

放課後の少しだけ紅茶の香りが漂う空間で、二人の少女が手を取りあった。
外からは絶妙な夕日が降り注ぎ、カーテンの隙間から光の柱を作り出して美しき演出を勝手にしてくる。
それを録画した部長は内心舌打ちする。

「(この位置からじゃ、どちらも見えない)」

二人の弱みを握ろうとしたがどう見ても青春の一場面になってしまい、疎外感を覚えた部長はカメラの停止ボタンを押した。

/////////////////////////////////////


次回更新日
4月初週予定



[43252] 3
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/04/13 23:50
2019/04/13(土)
23:50
投稿


部活が終了し帰宅の途に就いた私は、駅へのバスを待つ間に今日の出来事を思い返す。
如何(いか)にして廃部にするかが悩みだった。
さらにケイト先輩と少しだけ距離が近くなった気がしたことで彼女への罪悪感が増す結果となった。

もしも、廃部にしたらきっとケイト先輩は悲しむに違いない。
なんだかんだでずっと部活に来る熱心な人だから。

日が暮れるにつれて天候は回復し、濡れた地面には桜の花びらが張り付いている。
何枚かの花びらは水に流されて排水溝へと飲み込まれていくのを目で追ってしまう。

いけない。

息を吸って思考を切り替えよう。
何としてでも先輩達をAI部へと入れなくては。

先輩達を、だ。

最初の頃は、どっちにしろ4月中に入部者がいなければ廃部になってしまうのだから、AI部へ入ってとお願いすれば良いかと思っていた。
しかし部長は頑(かたく)なに首を縦に振らない。
ならばケイト先輩を味方につけて誘うのもありだ。
一年以上付き合いが長い先輩なら上手く説得できるだろう。

そう思ったが、むしろ丸め込まれそうで怖い。

私が廃部にさせたがっているのはお見通しっぽい。
改めて自己紹介をした理由は、そんな私を牽制しているのかもしれない。

あれこれ考えが煮詰まりつつある時、スマホの着信音が鳴り思考は中断された。
一瞬息をのんだ。

表示画面には公衆電話と表示されていたからだ。
あの人物からの連絡に違いない。
そう確信した。

連絡のタイミングはいつも放課後の大体同じ時間に一回くる。
正確には、私がバスを一人で待っている時に限って公衆電話からかかってくるのだ。

「もしもし……」

「……」

私は耳をすませる。
返事からの数秒間は沈黙になるのはいつものことだから確実にあの人からだ。

「私だ。
その様子だと計画は進んでいないようだな」

落ち着きのあるやや低い声がそう告げる。

その声を聴いた私は思わず身震いをしてしまった。
廃部後に部長をAI部入部への誘導を企む人物からの声はいつ聴いても慣れない。

「すみません。
私なりの努力はしていますが、どうかもう少しの猶予を下さい」

私は鼓動が速まるのを感じながらも、平静を装いながら声を出した。

「その言葉は以前も聞いた。
キミでは力不足なのかもしれないが、穏便に事を進めたから頼んだんだ。
そして、キミは自ら志願してその任に就いた」

「はい……。
私は自分から進んで協力を申し出ました」

身体が震え、頬や額からはほんのりと汗が滲んでくる。
私はスカートの左ポケットからハンカチを取り出して拭う。

「どうした?
何を動揺しているんだ?
別に私はキミを責めているわけではない。
寧ろ協力してくれて感謝しているんだよ」

「はい、でも力になれなくて--」

「大丈夫だ。
近々ある作戦を行うことになる。
キミにも是非とも変わらぬ協力を頼みたい」

私を責めずに逆に感謝してくるあの人。
嬉しい。
だから思わず声に力が入ってしまう。

「はい!
こちらこそよろしくお願いします!」

「うむ。
ではのちほ--」

そこで電話が途切れた。

「あ、まだ途中だったのに……」

私はもっとあの人の声を聴きたいと想い焦がれる。
これが恋する女の子の気持ち。

ケイト先輩や部長に白い目で見られてしまうかもしれない。
それでも良い。
愛の前には、どんな障害だって飛び越えてしまうものだから。

一人そんなことを考えていると、不意に隣に人が立った気配がした。

学ラン姿ですらっとした高身長の金髪の色白男性。
少し面長だが、彫りの深く鼻の高い青い目をしたイケメン。

私は、その人が近くの公衆電話から出てきてバスを待つために並んだと分かった。

「あの、さっきの電話は十円玉が無くなったからですか?」

どうしても確認したくて尋ねてしまう。

すると少しだけ頬を染めてその人は笑った。

私は耳をすませる。
返事からの数秒間は沈黙になるのはいつものことだから。

「キミと私は面識が無い。
いいね?」

私は鼓動が速まるのを感じながらも、平静を装いながら声を出した。

「はい。
でも、どうしても気になったもので」

「困った子犬ちゃんだな。
チワワに影響されているのかもしれないな」

そう言って話は打ち切られた。
丁度バスが到着したからだ。

私は身体が震え、頬や額からはじわりと汗が滲んでくる。
離れた位置に座ると慌ててハンカチで拭いながら思わずにはいられない。

「(イケメン過ぎる!
あのAI部部長は!)」

一輪久瑠芽は金髪白人系の男性がタイプだった。

/////////////////////////////////////

ガルパン二次創作の方は終わりが見えてきました。
そちらを先に完結したいので、まだまだこちらの更新頻度は不定期です。

次回更新日
4月後半予定



[43252] 4
Name: トドっち◆185f0676 ID:ce6faf66
Date: 2019/07/01 02:01
2019/07/01(月)
02:01
投稿

・・・



一輪久瑠芽が機械という物に興味を抱いたのは幼少の頃、クリスマスが近づいたある日のことだった。

自宅の二階建て和風一軒家の中でいつも通り一人でお人形遊びをしていたが、ふと飽きて曾祖父のいる作業部屋へと青い毛をして鈴の首輪を付けた猫の人形を抱きながらトコトコ歩いて行った時のことである。
普段は「危ないから」と言われて鍵を掛けられていたそのドアは隙間があり、廊下へと温かい風が流れ出ていて好奇心が沸き起こる。

そして機械の修理を請け負っていた曾祖父が修理しているロボット動物を、ドアの隙間から遠目で見て驚いた。
広い木製の作業台の中央に横たわる鈍く銀色に光る体。
それがはずされると中から良く分からない板に紐が繋がれていたり、棒のようなものに巻き付いている中身に。

あっという間にバラバラにされていく姿に目が釘付けになってしまう。

彼女は、動いているまたは動かなくなった姿しか知らなかった。
日本全国から修理の依頼が来て、かつて働いていた場所で培った技術によってかつて働いていた場所で送り出したロボット動物を蘇(よみがえ)らせる。
曾祖父の手にかかれば、立てなくなったとしてもすぐさま四本足で立てるようになれる。
そんな魔法みたいな手を持つ曾祖父がどうやって直しているのか知らなかった。

人形みたいに綿が入っているのではなく、得体のしれない物が入っていることを知った。
初めて知ったのである。

換気扇の音に混じり、鼻歌が聞こえてくる。
機嫌が良い時に口ずさむ曲だ。
一体、どこにある木のなのだろうか?
バラバラにされた四本の足が、尾が、胴が、頭が一つに組み上げられていく。
まるで音の魔法だ。

そう感じた時、魔法でもどうにもならないことがあることが脳裏をよぎった。
うろ覚えな記憶が断片的に組み合わさり、一つの光景を彼女へと蘇らせる。

車に乗せられて祖父と共にどこかのお寺へ行くと、動かなくなったロボット動物達がたくさん集められていた。
「ここは、この子達とお別れを言う場所なんだよ」
多くの人が手を合わせ祈るのを彼女は真似しながらそっと祖父を見ると、皺を横に伸ばすくらいに固く口を閉じていた。

人形から綿が出ればすぐに母親が縫ってなおしてくれる。
けれども、ここに集められた動かないロボット動物達は死んでしまったのだ。
だからお別れを言うのだ。

(じゃあ、あたしの大好きな縫いぐるみ達は動かないからもとから死んでいるの?)

そう感じたことを思い出した時、足に柔らかい物が落ちて鈴が鳴った。

「おや?
久瑠芽や、見ておったのか」

我に返った彼女は、数回首を縦に揺らす。
思い出した感覚が頭の中で尾を引いて言葉を発することができなかったから。

防護メガネ代わりの分厚い老眼鏡を外してゆっくりとした動作で彼女に近づくと、足元に落ちた縫いぐるみを拾い上げて数度軽く叩き埃を落とす動作の後に差し出した。

鈴の音と共にそれを受け取り再び抱きしめる。

「ありがとう」

そう感謝の言葉伝えると、曾祖父は皺だらけの顔を動かして微笑んだ。

「半田ごても冷めているし、もう組み立ても終わるから見ていくか?」

蘇る瞬間を見せてもらえる。
その言葉に彼女は目を輝かせた。

「ネジを口に入れてはいかんぞ」
などと注意をされながら、曾祖父の膝に乗り作業台を見る。

「この子な、比較的に直しやすかったのだが部品が足らんかった。
規格が古いもんで、他の子から部品を使ってなおしたのだ」

「他の子?」

彼女の心がざわついた。

「そう……。
憶えておるか?
以前、寺に供養するために連れて行ったことがあっただろ。
あの子達から部品を分けてもらっていたりするのだ」

電池を入れ終えていよいよ蘇る時がきた。
胸が高まり思わず唾液を飲み込んだ。

「この子は、皆によって復活する。
見ておれ」

電子の鳴き声が響き、四本足が動き出す。
今まで動けなかった時間を取り戻すかのように。
力強く。

彼女は縫いぐるみを強く抱きしめて思った。
生きているのだと。
目の前の動物は縫いぐるみではない、機械なのだ。

「そういえば、クリスマスプレゼントは何が欲しいのだ?」

唐突に、そしてわざとらしくロボット動物を彼女へと近付けながら尋ねる。

「うん!
決めた。
今決めたの!
ロボットの動物さんが欲しい!」

だから彼女は欲した。
機械を。

「おお!
そうかそうか。
ワシの古巣が新しいロボット動物を発売中じゃぞ」
曾祖父はそう言って皺だらけの顔を動かして微笑んだ。



・・・



「ということがあって、私は機械に興味を持ちました」

換気扇の音とバターの香りが舞う部室でケイト先輩に無線機械部に入った理由を聞かれた久瑠芽が、亡き曾祖父との思い出を伝えた。

「なーるほどぉ。
ロボット動物に触れて機械が好きになって、それで一輪ちゃんはここに入ったわけねー」

小さく息を吐き、隣りの椅子に座るケイト先輩が両手を濡れティッシュで拭う。
口元の艶を横に広げた笑みを浮かべながら。

「入部する時には、元々機械が好きだったからって言ってたから詳しく知れて嬉しいわ」

「そうなんです。
それなのに廃部の危機だなんて……悲しいです。
だからAI部に皆さんと一緒に入れたら嬉しいです!」

前のめりになってケイト先輩の両手を包むように両手で掴み上下に振る。

(さあ、首も縦に振れ)

しかし、困り気味に眉を下げて首を左右に振る。

「私はね、機械をこの手で操作できるこの部が好きなの」

「でも、AIも良いですよ。
AI部に入れば、きっとAIロボット動物とか、きっと好きになりますよ」

「そうかもしれないわねー。
一輪ちゃんの話を聞くと実際のペットも良いけど、ロボットのペットも良いと思えちゃったわ。
けれどもね、私は機械を機械として扱いたいの」

「で、でもこのままじゃ廃ーー」

食い下がろうとする久瑠芽に部長が「ちょっといいか」と声をかけてきた。

ドキリとした。
ケイト先輩から攻略しようとしているのを止められるのではないかと。
ちょっとばかり露骨に勧誘をし過ぎたかもしれない。

教壇に高出力な小型のIHクッキングヒーターを置き、その上でポップコーンを焼き膨らませている部長は曇ったメガネを上にずらして言った。

「貰ったのか?」

「え!?」

貰った?
AI部部長からは何も貰っていない。
キスだって未だあげられていない。

「も、貰っていませんよ?」

ヒーターへと視線を流しつつ、言い切れた。

「ん?
ああ、ケイトの分のポップコーンを貰ったかを尋ねたんじゃない。
久瑠芽、あんたの分は今作っているこれだ」

程良く膨らみ終えたアルミ製のフライパンをヒーターから持ち上げて上下に振った。

「あ、そっちですか……」

胸を撫で下ろす後輩を見ていたケイト先輩が眉を少しひそめた。

「一輪ちゃん、もう良いと思うの……」

「え!?」

(もしかしてバレている?
AI部とのつながりを白状しろと!?)

「お手々、ベタベタになっちゃってるわよ」

「あ、そっちですか……」

慌てて手を離すとそのまま勢いで額の汗を拭ってしまう。
何やらベタついた。
汗はかいてなかったのに。
額には本当に嫌な汗が滲んでいるのかのようだ。

「こっちでもあっちでもいい。
がしかし、どうしても気になるからな」

部長は久瑠芽達が座る場所の反対側に近付いた。
四人作業用の全国の学校の理科室にある大きな机に胴を乗せる形で背を伸ばしてアルミフライパンを久瑠芽の前に差し出す。

「い、いただきます」

お礼を言って有難く受け取り開くと新たに食欲を誘う香りが鼻孔をくすぐる。
一つ、また一つと口元へと運ぶ手が早くなっていく。

「ツテで貰ったやつだからタダだし、部活の合間には丁度良いだろ?」

そう言って部長がケイト先輩に問いかけると顔を上下に振った。

「そうねー、でも後は持ち帰ろうと思います。
兄弟に食べさせたいので」

半分以上残している理由を言い、口に合わなかったわけではないと伝えた。
すると部長が教壇を指差す。
そこにはヒーターから少し離れた場所に同じフライパンが複数重なっている。

「まだ8個ほど在庫があるから良かったら帰りに持って行ってくれ」

「んっふふ……(部長に変わった物を貢ぐ人って誰なのかしら?)。
いくつかいただきます」

「ああ。
で、だ」

話題を切り替えてじろりと久瑠芽を見据えると、先ほどの質問を繰り返した。

「クリスマスプレゼントは、何を貰ったんだ?」

ロボット動物に触れて、機械に興味を抱いた昔話。
そこで曾祖父と話したクリスマスプレゼントの希望した物が何だったのか。
部長はメガネをかけなおすことなくじっと久留米を凝視した。

当の本人は、ポップコーンを摘まみながら先輩二人を交互に見て軽く言った。

「ファ〇ビーです」

「AIB〇じゃないのか!?」

信じられないと言わんばかりに部長が叫んだ。

/////////////////////////////////////

時間が取れないのでスローペース。
ガルパンイラストは線画が完成しましたが、公開まで時間がかかります。

次回更新日
07月中予定



[43252] 5
Name: トドっち◆185f0676 ID:ce6faf66
Date: 2019/07/22 02:02

2019/07/22(月)
02:02
投稿

リチウムイオン電池から全個体電池が当たり前になった恩恵は、ドローンにも有効に活用されている。

さらに高性能大容量のバッテリーが実用化後に普及し大小様々なドローンという機械が縦横無尽に飛び回る現代。
配達は当たり前、過疎地域では人を乗せて移動する手段にまでなった。

無線機械部は、そんなドローンがまだリチウムイオン電池で動いていた時代から存在した。

「だから無くすわけにはいかない」
部長が熱弁する。
「何代にも渡りこの部は存続してきた。
それを無くして良いものか?
いや、良くない!」

といくら言っても廃部の危機には変わりない。
各部活に割り振る予算編成が新生徒会発足後に決められることになる。
その部活として認めてもらえるタイムリミットこそ4月いっぱい。
4月中に部活動として活動ができる人数が必要なのだ。
幽霊部員を除いて最低でも二人。

現状、部活動に参加している三人以外に新たに二人加えられなくては、顧問の先生による部員数確認が行えない。

「顧問が男だったらなぁ、私が目を瞑っている間に手はあったんだがなぁ」

そうぼやく部長。
その目、本気の目だ。
何故か私をチラチラ見ている。
チワワちゃん、自らの手を汚す気は無いようね。

「んっふふ……(一体どんな手を使う気か考えたくは無いわね)。
新入生が一輪ちゃん一人というのは残念だったわね」

その一年生もどうやらAI部に興味があるらしい。
彼女はロボット動物という物に愛着を持ち過ぎているのは、昨日の話から分かった。

「そういえば今日、遅いですねー」

話を逸らそうと話題を変えてみる。
部長のメガネがきらりと光り、顔が室内への前後の入り口へと向けられた。

「確かに、遅いな。
もしやAI部に浮気してるんじゃないのか?」

自嘲気味な笑みを浮かべながらの声は尻下がりに弱くなる。
飼い犬に手を噛まれるのではないかと不安になっているのかしらね。

部長が一輪ちゃんのことを部活動存続の駒とみなしているのか、それとも仲間として大切にしているのか?
その答えをここにいない彼女は知らないのが残念ね。

「大丈夫ですって。
あの娘(こ)はー、私達をAI部に入れたがっているんですよ?
一人だけで行くなら最初から向こうに入っていますよー」

「そう思うか?
がしかし、以前ケイに一輪がからかっていたように、自身が男に釣られたという可能性もあるぞ」

からかったのはチワワちゃんでしょ?
と内心ツッコミを入れたが、口にはしない。
部員が減ってしまうことに不安を抱いているのだから、気を遣っていかなければ。

「そーねぇ、確かに女ばっかりのこっちと違って大所帯な上に男の子だっているしーー」

「ケイは……」

私の言葉に被せるようにして、でも尋ねる勇気が途中で亡くなったみたいでその先が続かない。
それでも分かった。
だから答えることにしよう。

「部長さん、一年前から入部した理由は変わっていません。
何よりも、機械が人間らしくなってほしくない。
だからAI部ではなくこっちを選びました」

右目の濃い青を隠すようにウインクをした。

そうだ、機械は友達ではない。
友達というのは、人間同士にしかありえない。
それが友達というものなのだ。

初めての友達と過ごすこの世界を失いたくないから。

「よし!
分かった。
じゃあ一緒に頑張ろうな!」

にんまりと笑った狂犬チワワちゃんが息を吐(つ)いてメガネを外しすとそれごと私を指差した。
言質とった気になっているのね。
動揺しているから証拠用の録画をし忘れているみたいだけれども。

既に元気を取り戻したチワワちゃんは、どうやって部員を集めるか昔の案を再度引っ張り出しては私に提案し、その都度否決される。
そうこうしているうちに声が廊下から聞こえてきた。

「大丈夫大丈夫。
ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
怖くないよ。
一回だけ、一回だけ試してみよう。
一、二時間だけ部室で休憩するだけだから。
ね!ね!
撮影なんかしないから安心して。
いえなんでもないわ。
え?下心なんてないよぉ?
ほら!私の真剣な真っ直ぐな目を見ればわかるでしょ。
べ、別にあんたなんか入れたいなんて思っていないんだからね!」

ちょっと思慮が足りない子の声だ。
それとーー?

「遅くなりました!」

前の扉を開けて一輪ちゃんが挨拶をした。
しかし中には入らない。

口元をほころばせたまま右腕が扉の外へと伸ばされていて立っている。
ぐいと引っ張ると何かを掴む右手が見えた。
それはは男子生徒用の制服、つまり学ランの左腕だ。

そのまま勢いで両腕でがっちりと抱えて室内へと入る一輪ちゃんに対して、わずかに抵抗するように腰に力を入れていた生徒が両足を滑らせながら全身をあらわす。

学ランを纏い、私よりもやや高く細めな身長と茶色のベリーショートな髪がややパーマがかっている初めて見る人物。
眉は太目で、意志の強そうな黒い眼光が非難がましくこちらを交互に見る。

部長の方から軽い何かが落ちた音がした。
でもそっちを見ることはできない。
だって私は遅れて現れた二人に目が離せないのだから。

「紹介します!
つばきねめい君です」


/////////////////////////////////////

やっとドローンの話が書けました(汗)

次回更新日
8月予定



[43252] 6
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/08/02 02:40

2019/08/02(金)
02:40
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・・・

吐息は湿り気を帯びている。

一輪久瑠芽は自室のベッドに横になり壁側に向いて意識を一か所に集中していた。

火照りの残る指をゆっくりと這わせて触感を確かめる。
指先に伝わるごわごわとした草原をかき分けた先にあるのは突起した部分。
周囲を撫でまわし、ためらいがちに爪先で何度か弾く。
ややつるんとしたそこを優しく。
大切に、愛でる。

指の腹で押さえずに爪を使ってしまうのは、幼少期に触り始めてからの癖であり止めることはできそうにない。

「ん……」
くぐもった声が漏れてしまった。
心なしかいつもよりもそこが固く感じたからだ。

小さく息を吸い少しだけ力を入れて指の関節を曲げてみると、それは抵抗するように一瞬だけ押し戻された後に弾かれて動いた。

途端に電気が流れ、全身を駆け巡っていく。
あっという間の出来事。
毎日ではなく週に一回するかどうかの回数だからか、それとも日頃コットンの生地で大切に優しく包んでいるからかは分からない。
今は亡き曾祖父から教えられたことを忠実に守ってきたからかもしれない。

しげしげと眺めて良く見てみる。
脳裏には思い出が蘇り、再生され続ける中で。

しかし満足はできない。
原因はあそこだ。
どうやら潤滑油が足りないようだ。

お風呂上りな上に手にあれが付着するのは好きではないがそうは言ってられない。
体が震え、時間の経過に気付いた久瑠芽はゆっくりと体を起こす。

今度は勉強机の前に行き椅子に腰かける。
愛用する道具を机の上に並べてどれにしようかと思案し、そして決めた。

「ちょっとだけだからね?」

そう言い聞かせながら粘液を付着させたやや湿り気を帯びた綿棒を、目的の場所に差し込んだ。

「あ……」
思わず声が出てしまう。

小さくため息を吐いてから気を取り直して意識を研ぎ澄ませる。
指についてしまったが、もう仕方がない。
大切に、愛でる。

時を忘れ静寂に包まれる夜の中で、一人楽しみにふける。

やがてファ〇ビーのギアにグリスを塗り付け終えた。



・・・



「入部決定だな。
早速書類に名前を書いてもらおうか」

チワワちゃんはニヤリと口元を吊り上げて、胸ポケットから紙を取り出した。
膨らみが無いせいか、小さく折り畳まれたそれは皺無くきれいな状態だ。
一輪ちゃんが連れてきた男の子に勢いで入れてしまおうというのだろう。

「俺はこの部活に入るなんて一言も言っていない」

明確な拒否の言葉が室内にこだました。

「何?
どういうことだ、一輪」

「ラジコン好きらしいので一度見学にって誘ったんです」

めい君を教壇前まで引っ張り終えた一輪ちゃんが後ずさりながら意図を一言で説明した。
廊下での言葉から察するに無理矢理なのだろう。

「ラジコン好きなら入部決定だな」

ボールペンと広げた入部届を両手に持ち、目を輝かせたチワワちゃんが近付いていく。
しかし相手は距離を取る。

「おいおい、何でそうなる?
連れてこられただけだからな。
何が先っちょだけだ。
しっかり入れる気じゃねえか」

乱暴に言いながら一輪ちゃんを批判がましく見るめい君に対して、入ってきたドアを閉めてカギをかけた一輪ちゃんが涼しい顔で反論した。

「入部させたがっているのは部長よ。
私はあなたを連れてきただけ」

「目的は一緒だろ」

「話を聞くだけでいいから。
お茶飲む?」

「飲まないし、話を聞く気も無い。
強引に連れてこられたこっちは迷惑してんだ」

「そんなこと言って、私に触れられてちょっと嬉しかったんでしょ。
あと先っちょなんて言ってないけど」

「嬉しくないし、聞き間違えだ。
それと何故ロックをかけた?」

どうやら彼氏彼女の間柄ではなく、友人という距離でもない。
一方的に一輪ちゃんが引っ張ってきたのは確かね。

私は立ち上がり、後ろのドアに歩み寄りカギをかけた。
せっかくの来客だから、おもてなしはしておかないとね。

「おいおい、赤毛。
なんでそっちまでロックした!?」

「んっふふ……(ツッコミキャラなのかしら?)。
さて何故でしょう?」

私が微笑んでみせると、めい君が腕を交差させて自分の両肩を抱いた。
どこか女の子っぽい仕草だ。

「やっぱりそうか。
俺を監禁して裸にひんむく気だな。
残念だったな。
お望みのモノは見れないと思えよ」

頬を赤くして身を丸くするその姿は、凛々しい顔と弱弱しさのある線の細さとのギャップと相まって嗜虐心をくすぐられる。
しかしそんなことをするわけが無いでしょうに。
とは言っても年相応の相手に興味があるのは仕方がない。
けれども今の私には必要が無い。

「間に合ってるから」
そう遠慮した。

「え?
ケイト先輩ってやっぱり彼氏いるんですね?」

「一輪ちゃん、その話は前にしたでしょ?」

「全くなんなんだこの部は。
俺は帰らせてもらう」

私と一輪ちゃんの会話を聞いて話が逸れるのタイミングにめい君が高めの声でロックを外すために歩を進める。

何とか引き止めないと。
せっかく来たのだから少しだけでも話をしたい。
このチャンスを逃せば廃部は確実なものとなってしまうだろう。

女の子三人で懇願すれば、鼻の下を伸ばさない男子がいるだろうか?
いやいない。
少なくとも幽霊部員にならない程度には部員として活動に参加してほしいから頼んでみるのもありかもしれない。

強引な一輪ちゃんのやり方でここまで連れてこられたのだから、もう一押しできるかもしれないという希望を私は抱いた。

「安心しろ。
私の目が黒いうちは、あんたの身の安全を保障しよう」

力強く断言した部長が頼もしい言葉を述べながら生徒側の机に入部届とペンを置く。
私達のやり取りを観察していて、交渉に入る糸口を探っていたみたいだ。
部長が椅子に腰かけて、出入口付近の椅子を促した。

「別に入りたくないならそれでもいい。
がしかし、ラジコン好きだと言うのならこの無線機械部は最適だと思うぞ」

「そうは思えない。
この学校のラジコンに近い部活はこことAI部しかないのは知っている。
だがどちらも俺の求める活動はしていない」

「どういうことだ?」

前かがみになり答えを引き出そうと促す。

「無人ヘリコプターを使っていないだろ?」

釣られためい君がそう勝ち誇って尋ねた。







/////////////////////////////////////

念のためですが、
本作の主人公は、一輪久瑠芽(いちりんくるめ)です。

次回更新日
8月中予定



[43252] 7
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/09/15 10:14
2019/09/14(土)
13:17
投稿


2019/09/15(日)
10:14
改稿



・・・


「ほとんどお湯じゃねえか」
そう愚痴りながらゆっくりと手をかざすと、センサーが反応して水が飛び出す。
それが左右両手についていた石鹸の泡と共に排水溝へと流されていくのを眺めながら彼女は悩んでいた。
今時ちょっと珍しいだけだが言うべきかどうかを。

この高校に進学した理由は成績だけではない。
少子高齢社会の後の日本に残った多様性をさらに抽出するこの場所だからこそ、彼女は自分らしさを感じることが出来た。

それでもどこか居心地が悪いのは自身のせいなのか?
入学したことと教室で言ったことは後悔をしていない。
ただ期待し過ぎていた。

国立総合科学研究開発高等学校という良く分からない名前ながら名前の通り、科学的な面を強調した設備と授業内容には感心した。
問題は部活だった。

彼女は予めズボンの右ポケットから少し引っ張り出しておいたハンカチを引き出して濡れた両手を拭った。
それから正面の鏡をちらりと自分の姿を見やり出口へと足を向けた。

早く戻らなければ、置いてきたバッグに何かされてしまうかもしれないから。
焦燥感を薄い胸に抱きながら一呼吸おいてからサムターンを回した。

その先にケイトがいることを知らずにーー。



・・・



「知り合いから貰った賞味期限間近のティーパックセットがあるから、それくらいは飲んでいってくれ」

まずは少しでもコミュニケーションをとろうというのだろう。
めい君はあからさまに警戒をしているのだから、そこをどうにかしない限りは話は進まない。
だから温かいお茶を皆で飲み、身も心も暖めることで時間の共有を図るつもりだ。

頷き、ひとまずその提案を受け入れたのは、無人ヘリコプターの話を自ら出したからかもしれない。
青年の主張をしたい年頃だから言いたいことを言ってスッキリさせた方が、こちらとしても本心を知れて対応できる。
私が考えている内にお湯が出来た。
その間、めい君は話す気は無いようで窓の外を眺め続けている。
その視線の先には、空。

と、不意にめい君の視線がカップへと向けられた。

「あ、部長さん。
私が淹れてもいいかしら」
そう提案すると、一瞬首を傾げた後に合点がいったようで頷いてくれた。

「別に何も変なものは入れないのだがな……」

不満げに席を代わり終えると早速一つのティーパックを四つの紙カップに順番に入れて紅茶を作る。
パックの底が湯の表面から離れそうになりそうなところでいったん止めてから引き上げて、カップ間の移動時に湯が垂れないようにして別のカップへ浸す。
こうして熱い視線を受けながら熱い紅茶が出来上がった。

するとおもむろに立ち上がっためい君が近付いてきたので私は戸惑いを覚えた。

「これ……、にする」

四つのカップから一つを摘まみ上げ再び元の席へと腰を落とす。
そんな不愛想な年下の男の子。
中々の可愛げの無さに心がざわついてしまう。

「んっふふ……(手のかかる子っぽいわね)」

一輪ちゃんが部長(チワワちゃん)の分を届け、全員にカップがいき渡ったのを確認した部長(チワワちゃん)は満足そうに頷いた。

「では、楽しいお茶会といこうじゃないか。
つばきの入部を祝して!」

「入るなんて言ってねぇ!
それに“つばきね”だ」
そう訂正しながら眉間に皺を寄せ、ちびちびと紅茶を急いで飲もうとしている。

私も口をつけたが予想以上に熱いので湯気を吸いながらめい君チェックを続けることにした。

華奢な身体だ。
それでいて白いシャツ越しに丸みがあるのは、透けて見える黒いTシャツ分の厚みではない。
そんな二の腕の先にある白く細い指先にコップ上部を摘まむように掴まれたカップ。
紅茶を味わうことなく何度も傾けるカップの角度が徐々に大きくなるにつれて、一口当たりの量が増えていく。

「ちょっと便所に行ってくる」

空になったカップを握りつぶしためい君は誰に言うことなく立ち上がった。
ちらりと自分のカバンを見やるが、置いていくことにしたよで今度は私を見る。
そして、何か言いたいことがあるといった感じに口を開きかけたが止めて出て行った。

「(あれ?)」
めい君の足音が遠ざかる違和感に私は戸惑った。

「部長、チャンスですよ。
これはチャンスです。
カバンを漁って弱みを握りましょう!」

「んなことしたら入部どころじゃなくなるかもしれんぞ。
それに警戒されていただろ」

目的の為には手段を選ばないことを提案する一輪ちゃんに対して、机の上に置き捨てられた潰れたカップを指差す部長が反対した。
普段の言動の割に、今はチワワっぷりを発揮している。

「連れてきてくれたのは感謝する。
がしかし、私(あたし)はこの部を守ってお前達に引き継いでもらわなければならないんだ」

「そんな、弱み握らないなんて部長らしくないですよ。
この部が廃部にならないようにしないといけないから、頑張って連れてきたんです。
何回か他クラスを見て回って、そのたびにいつも一人でポツンと教室の中心の自席で雑誌を読んでいる背中をみてピンときたんです。
強引に押せばなんだかんだで落ちそうだなって!」

「だからって私にやらせるな。
そういう部外者に対する汚れ仕事は私の役割じゃない。
ましてや相手は男子だぞ。
チョモランマだ。
下手して恨まれたらナニされるかわかったもんだぞ」

「部長がやらずに誰がやるんですか。
去年の予算獲得だって生徒会の弱みを握ったから上手くいったらしいじゃないですか」

「待て、何処で聞いた?
まさかケイが言ったのか?」
不安げに瞳を潤ませて尋ねてきた。

それは疑惑。
あくまでも噂の範囲でしかない。
チワワちゃんが生徒会から予算をぶん取り、それが原因で今回の廃部騒ぎが起きているのだという。

「んっふふ……(教えた覚えは無いんだけどね)
違いますわー」

「そうか、わかった。
この際だから言っておくが、私は誰かれ構わず噛みついているわけではないからな。
去年の生徒会とのやり取りは、当時の副会長とのやり取りが主(おも)だったから上手くいったが、結果としてあらぬ噂がたってしまった。
がしかし、それをもって私を狂犬チワワだのと呼ぶ輩がいるのは頭が痛いのだよ」
メガネをずらし、こめかみを右手の親指と中指で押し大きな溜息を吐いた。

部長(チワワちゃんと心で呼ばないようにしようかしら)、気にしているのね。
小さな先輩が頑張っているのを見ると、私の心がざわついた。

「けど部長、念願の部員ですよ。
めー君はーー、実質チョモランマです」

「そうだ、念願だ。
分かっている。
チョ、チョモランマ?だろうと何だろうと入ってもらいたいのは同じ気持ちだ。
だから無人ヘリコプターの話を帰ってきたら皆で聞いた方が良いだろう」

「そうですね。
同じ気持ちです……みんなと」

一輪ちゃんは諭(さと)れて押し黙った。
その視線は部長へと頑なに向けられている。

話の区切りがついてこのタイミングで、私は違和感の正体を確かめることにした。

「ちょっと私もトイレいってくるねー」

部室を出て一番近いトイレである三人まで同時に使用できる(通称小トイレ)とは逆の方向へと歩き出す。
向かう先はバリアフリー化された自動ドア付き多目的トイレが併設されいる、五人使用可能な規模の大トイレへと。

小トイレがある廊下側から一輪ちゃんに引かれて来たのに、大トイレへと向かったのは何故か?
もしかしたら私達とは距離を取りたかったからかもしれない。
それ以外だったら……?

あれこれ考えている内に目的の場所へと到着し、疑問は深まった。

この学校の多目的トイレは緊急用のボタンを押すと入り口上部に赤ランプが点灯する。
プライバシーを配慮して、通常の使用時はスライドドアに取り付けられた小さなサムターンを回すだけだから、外の人は近付いて確認しないと分からない。
そのサムターンは、使用していないなら青色の表示板が見えるようになっている。
一般的なトイレや公共施設にあるのと変わらい。

ケイトの目の前にある多目的トイレのロックは赤色だった。

もしかしたら別の人が入っているのかもしれない。
そう自分に言い聞かせる。
第一、一輪ちゃんがチョモランマだと言ったではないか?
いや、明言はしていない。
今の日本では刺青と一緒で、見かけることはさほど珍しくないのだから。

思考がグルグルし始めた時、ドアがスライドした。
ロック解除に気付かなかったため、正面から鉢合わせてしまったのだった。

「キャッ……」

相対した華奢な身体の持ち主が、微かな悲鳴を上げて後ずさった。
咄嗟に両手を胸の位置に当て身をすくめたその仕草によってはっきりと凹凸が生まれた胸と、男らしさを失わせる赤面した可愛らしい表情がケイトの目に飛び込む。

「え?」

私は驚いてしばらく思考が止まってしまった。
一瞬の間にもかかわらず、ゆっくりと、非常にゆっくりながらも部長と一輪ちゃんの会話が断片的に思い起こされていく。

「チョモランマ……」
そして言葉が漏れた。

「チョモランマ?」

「あ、な……でも……い……」

何でも無いが言えない。
チョモランマが無いと分かり気落ちしたのが顔に出てしまったのだと気付いたが時すでに遅く、彼女は眉間に皺を寄せて察したようだった。。

「……俺は男だよ」

「そ、そうねー……。
じゃあぁ、二人とも待っているから、先に戻っててねー」

平静を装い、私は女子トイレへと逃げ込んだ。



/////////////////////////////////////

二頭がいいね!チョモランマ!




椿子愛依 (15)
好きなこと
ラジコンヘリのアクロバット操作
BL小説の読書
田んぼの様子を見に行くこと

名前の由来
“子”は男の意味が入っているみたいなので。
それと椿はちんとも読むそうですね。


次回更新日
10月予定
環境が変化しており更新ペースは遅くなっています



[43252] 8
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/09/22 19:09


2019/09/22(日)
19:09
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・・・



新しく淹れた紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。
ケイト先輩がティーパックを節約したためにとても薄い紅茶……というよりも白湯(さゆ)を飲み終えたものの物足りなくて淹れなおしたのだ。

息を吹きかけてからゆっくりと唇へコップの縁を近付けた。

「間違っていないならば、あの椿子(つばきね)とやらは女だな?」

部長の問いかけに思わず多めに口へとふくんでしまった。
熱い紅茶を無理矢理飲み込み、じんわりと喉から食道へ流れそして胃が熱くなる感覚に生唾を何度か飲み込んだ。

「分かっちゃいますか?」

辛うじてそう返すと、曇ったメガネをこちらに向けて頷いた。

「いくら何でも一輪のその胸を押し当てられているのに赤面すらせず、心底嫌がっている表情で来たからな。
ありえん。
男子高校生だぞ?」

「女の子に興味ないからかもしれませんよ」

多様化した日本では同性婚はかつてのようなニュースにすらならない。
一般的には異性愛が当たり前だが、同性同士に騒ぐ時代ではないのだ。
めーちゃんが男性であり、男性にしか恋愛対象にならない可能性だってある。
部長の曇りが取れ始めたメガネ越しに私と目が合った。

「それを確かめたかったからこうやって一輪に確認したんだ。
ケイはトイレに向かって確かめようとしているみたいだがな」

やっぱりそうか。
ケイト先輩がいつも向かう近場のトイレではなく、大トイレに向かったのでもしやとは思っていたから納得して頷いた。

つーちゃんは自身の心と体の女の部分に不一致を抱えている少女だ。
この学校でも珍しいのは、それをはっきりと公言し周りと距離を置いたことである。

「そういうの、嫌ですか?」
恐る恐る聞いてみる。

珍しくないとはいっても、それを受け入れられるかは人それぞれの問題だろう。
今は亡き曾祖父は同性愛に懐疑的な意見を言っていた気がするし、BLを嗜(たしな)む私は生で見てみたい。

部長はゆっくりと首を傾けて唸った。

「否定はしない」

一言。

それだけ言って、私が沸かした残り湯をカップに注いだ。
立ち昇る湯気に再びメガネを曇らせながら、浸(ひた)された新しいティーパックを上下に動かす。

何に対して否定をしないのか。
それを問いかける前に大きめの足音が近付いてきたので聞けずじまいだった。
乱暴に引き戸を動かしてめーちゃんが帰ってきたのだ。

腕に力を込めて肩で歩くといった風にして椅子にどかりと腰を落とすと私を睨みつけた。

「怒ってる?」
分かりきっているけど聞くしかない。
無言でいられても話しにくいから。

「ああ。
慣れてはいるけどな、性別を探られるのは好きじゃねえんだよ。
俺がいない間に色々聞いたんだろ?」
ぐるりと体をねじって部長に振り向きながら言う。

対して紅茶を飲み続けている部長はまだ曇りの取れないメガネのままだ。
ややあってからカップを置きめーちゃんに顔を向けた。

「つばきがそう望むのなら善処しよう。
ケイにもそう言っておく。
あいつは年下の男に弱いから気になってしまったんだろう」

「とんだ変態外国人だな」
鼻を鳴らして悪態を吐(つ)いた。

それに部長が噛みついた。

「お前は配慮を押し付けておいて、配慮をしないのか?」
少しずつ見え始めたメガネの奥で、鋭く目が光っている。

「俺の性別と赤毛の性癖を一緒にすんなよ。
それに、俺を勧誘したいんじゃないのか?
帰っても良いんだぜ」

自分の優位性を理解しての発言だ。
部の存続にはめーちゃん無しでは難しいと私は確信している。
入部しなかった時、私の計画は達成する。

達成するのだがーー。
この気まずさは計画に無い。

「もとから入る気は無いのだとしたら、何故一輪に連れられてきた?
腕を抱きしめられて嬉しかったからだろ?」

「違う」

「顔赤くして引っ張られて来たじゃないか」

「違う」

「図星だろ?」

「違う」

「男なのに女が好きじゃないのか?」

「ちが……」

めーちゃんが言葉に詰まった。

「男が……」

耳が赤くなっているのが髪の間から出ていて見て取れる。
めーちゃんが男なら、男が好きだと言えば同性愛になる。
めーちゃんが男なら、女が好きだと言えば異性愛だ。

では、女として男が好きならば?
そうじゃないというのなら、私に胸と腕で掴まれて嬉しくないのは、私が女の子として魅力がない……から?
そんな疑念が私の脳内に渦巻いた。

「私や一輪みたいに、男が好きなんだろ?
ケイだってそうだ。
じゃあケイのどこが変態なんだ?」

「てめえが言ったんじゃねえか。
年下男子趣味だって」

「言ってない」
部長が口元を歪めた。

「ケイは年下に弱いと言ったんだ。
あいつは長女で年下の弟達しかいないからな。
甲斐甲斐しく世話を焼きたがる」

「ケイト先輩、そうなんですか……」
初めて知った話で私は声が漏れた。
そういえば、ポップコーンを持ち帰っていたのは弟のために?

不意に、背後のドアの方から物音がしたような気がしたが、部長とめーちゃんから目が離せない。

「お前は勝手に他人の性癖を決めつけて悪口を言っているわけだ。
おまけに発想がエロ男子中学生並みだぞ」

「うるせぇ、そう取れるように言ったてめえが悪いんだよ」

「お前の思考回路の問題だ」

「下らねえ!
俺は帰るからな!」

声を荒げて死亡フラグを宣言したが、立ち上がるわけでもない。
一種の脅しだ。

でも部長は「どうぞ」とも「待ってくれ」とも言わない。
ただ、ただ邪悪にニヤついているだけだ。
それは私の脳裏にかつて起きた出来事をよみがえらせた。
「(あ、スカートめくりしてきた男子の表情に似てる)」
ちょっかいをかける嫌な眼差しだ。

私が軽く嫌悪感を抱いていたら、めーちゃんは壮大に舌打ちを響かせてバッグを乱暴に掴んで今度こそ立ち上がると、元来たルートで退室しようとした。
おまけとばかりに再び私を睨みつけてからドアに手をかけて勢い良く開く。
そしてーー。

「キャッ!」
良く通る悲鳴がめーちゃんから発せられた。

ドア越しに隠れるようにして聞き耳を立てていたケイト先輩がそこにいて、鉢合わせしたからだった。


/////////////////////////////////////

オチを前回と被らせました。

20回更新前後で終わる予定です。

次回更新日
10月12日(土)予定



[43252] 9
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/10/15 00:59

2019/10/15(火)
00:59
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つーちゃんの帰った後に残された私達は反省会を行った。

電子黒板を背にする部長を教壇で挟んだ反対側に私とケイト先輩が椅子を近付けて並べた。

外は春雨が始まり、それに混じって紅茶を淹れる音が静かに漂う。

それくらい無言のまま時間が過ぎていく。
そう、反省会は無言で進んでいた。

私が何か言うべきだろうかと自問自答し、その結果言わない方が良いと判断した。
二人もそうなのだろうか?

ケイト先輩はつーちゃんの性別を確かめるためにトイレへと向かってしまった。
部長はつーちゃんと口論してしまった。

私は第三者かな?
いやいやいや、そうじゃない。
無理矢理連れて来たの張本人だから。
勢いだけであとは先輩方に任せようとした。

廃部を免れるために何とか先輩達が説得をして、駄目だったら先輩達は諦めがつくだろう。
そうなれば晴れて計画は成就する。
実質4人しかいないこの部にとって、廃部阻止へと繋(つな)がる5人目の加入のチャンスを先輩方が逃すのだからショックは大きいに違いない。

この無言の状況は、落胆のそれも含まれているのではないのか?

横目でチラリとケイト先輩を見やると、時計を気にしているようでチラチラ見ている。
そういえば時々早く部室を後にすることがあった。
今なら予想がつく。
早く帰って弟達の面倒を見ているに違いない。

部長はというと、相変わらず紅茶を飲みながらメガネを曇らせている。
何杯目だろうか?
この人こそトイレに行った方がいいんじゃないのかな。
そうすれば、その間にケイト先輩と何か話せるかもしれないのに。

気まずい雰囲気だけがこの場を包み込んでいて、第一声をどうしたものかと再び思案した。

日本人お得意の“とりあえず謝る”をするべきか?
丸く収まるのかもしれない。
今の多様化した社会的価値観だと、謝ったら確実に非があるとして裁判で負けてしまう。
だから今の時代、何に対して謝ったのかを誤るわけにはいかない。

この気分を曾祖父が好きだった映画に例えるなら、『女子高生はつらいよ』だ。
まぁ元の映画は、ハリウッドスターのイケメン俳優が出ていないから興味ないけどね。

そんなことを考えていたら部長が口を開いた。

「タイムリミットは近い。
がしかし、諦めるつもりは無い」

私は訝(いぶか)しんだ。
入部シーズンが終わり始めた現状で、活動に参加できる生徒が今更いるだろうか?

校内掲示板には、ここと同様に入部を募集する張り紙がある。
この学校の学年学部別に分けられた下駄箱がある入り口にはどこもそんな感じだ。
入る人が中々いないから。

部活に入らず、外部の団体に入る生徒は多い。
スポーツ系だって学校ではなくプロを養成するスポーツクラブに参加しているのはおかしいことじゃない。
『我が校の生徒が〇〇全国大会に出場しています』というような大弾幕が掲げられるような部だってある。
それが全部ではないから。

「ケイトの取った行動が、つばきを傷つけた可能性よりも私がフォローを出来なかったことの方が痛い」
部長は深くため息を吐いた。
「我が部は今までドローンに力を入れてきた。
がしかし、本来は無線で機械を動かすという部なのだから、無人ヘリコプターの話をしようとしていたつばきを上手く取り込むことはできたはずだ。
一輪が連れてきた時、私は深く考えずに前のめりになってしまった」

徐々にくもりが取れ始めたメガネ越しに私と目が合った。
この反省会は、あくまでも入部させることへの対応についてである。
そんな意思が透けて見えた。

「最初あいつを見た時、一輪との距離感が近いと感じたことで勢いで押していけばと思った。
だがそうじゃなかった。
次の入部希望者には相手の興味関心と距離感を大切にしよう」

語尾を上げて締めくくった。
これでお終い。
そういった感じだ。

「今から追いかけてみようと思うの」

ケイト先輩が立ち上がった。
時計を気にしていたのは、つーちゃんがどこまで移動しているかを気にしていたのだ……。

「(そっか……)」
私は早く帰りたいと考えていると思っていたことを恥じた。
恥じてしまった。
私と同じく時間を気にしたのだと。
だからーー。

「明日、私から伝えます」
思わず声を出してしまった。

二人の視線が痛い。

「冷却ですよ。
少し時間をおいてから話しましょう。
元々は私が無理矢理引っ張ってきたんですから」

今から追えばもしかしたら追いつけるかもしれない。
けれども、つーちゃんが徒歩なのか、バスなのか、それとも別の移動手段なのか分からない現状で闇雲に動くことはしない方が良いのではないのか。

そう説明をすると部長は納得したように腕組みして首を縦に振った。
しかし表情は暗い。

「一輪が気に病んでいるのは分かった。
明日話をしたとして、部の為に嫌な思いをさせてしまうことになるかもしれないぞ」

「そうよ、一輪ちゃんは部活に入ってくれたし彼を連れて来てくれたでしょ。
それを私が好奇心を持ってしまったからいけないことになったのよ」

二人して気にしているのが分かる。
私に対して。

「……明日。
つーちゃんに今日のことを謝って、それでできればここに来てもらうように言います」

この部を廃部にしてやさしい二人の先輩をAI部に入れることが出来れば、私はあのイケメン部長に振り向いてもらえる。
下心は拭い去ることができないとしても、せめて上手く二人に部存続を諦めさせよう。

もしかしたらつーちゃんも分かってくれるかもしれない。

時計を見やり、私は帰る準備を終えた。

「もしもこの部が無くなったら……、AI部に行くのか?」

私は喉が詰まるような感覚を覚えた。
部長の眼光が私を射抜く。

「すまん、忘れてくれ」

すぐさま部長が問いを撤回した。

私はそそくさと帰ることしかできなかった。

/////////////////////////////////////

更新はあくまでも予定です。
遅くなることがあります。

タイトル変更するかもしれません。

次回更新日
10/27(日)予定



[43252] 10
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/11/09 20:12
2019/10/27(日)
16:35
投稿



・・・



腹の虫がおさまらない。
別にお腹に虫がいるわけではない。
あくまでも例え話だ。

俺は意識的に大股で歩き、男みたいに肩を揺らす。
己の怒りを表現する為に。

その勢いを保ったままに、第四校舎からのしのしと進み下駄箱がある昇降口へと向かう。
目指すは第一校舎。
俺を引っ張って連れて行った女と一緒の新入生だから、鉢合わせは避けたい。
怒りをぶちまけてしまうかもしれないから。

この学校は、学年別に一から三まで校舎は割り振られている。
北から南にかけて校舎が並び、一番南側が第四校舎。

つまり、第四校舎からだと一年生は一番遠い距離を移動しなければならない。

無駄な時間を過ごした。
そんな落ち込みも怒りの前には意味も無く、さっさと帰って本を読みたい。
天気が良ければ、無人ヘリコプターを飛ばしたいくらいだ。

昇降口に辿り着いたそこではたと気付く。
雑誌を自分の机の中に置いて来てしまったことを。
放課後、突然現れたあの女に連れて行かれた時、咄嗟にバッグを持っていくことはできたが休み時間に読んでいた雑誌を入れる暇はなかった。

舌打ちをしてから自分のクラスへと向かうことにする。
電子書籍ではなく、今時珍しく紙媒体の無人機特集を扱った物だから家に帰って良く読みたいから。

「(何がドローンだ。
だいたい何でもドローンドローンって言って騒ぎ過ぎなんだよ。
あんな触手が生えたみたいな機体のどこが良いんだ?
無人ヘリコプターの良さってもんをあいつらに教えてやろうとしちまったが、本当に時間の無駄だったな)」

階段を上り廊下を足早に歩いて行く。
教室の反対側から見える空からは雨足が弱まり、代わりに風が強まっていて、校舎から電柱へと伸びた何かのケーブルと私のズボンをやたらと揺さぶる。

自分の教室へと着くとまだ残っていたクラスメイト数人の視線が向けられたが意識して無視を決め込む。
自身のカミングアウトが距離を生み出したのは理解できているし、距離が取れて気が楽でもあった。

それでもあの女に無理矢理部活へと引っ張られたのは新鮮であり、えも言われぬ期待感があった。

机の中に入れっぱなしの雑誌をバッグの中へと慎重に入れてから電子黒板の上にある時計を見た。
しかしいつも乗って駅へと向かうバスの時間以外把握していないから、今見てもバスの来る時間が分からない。
それは癖になっていることだ。

小さく息を吐き、時計から視線を窓の外へと今度は向ける。
全生徒を集めても余裕の残る広いグラウンドと校舎との間を隔(へだ)てる杉並木が青々と枝葉を生やしているため、遠くを見たい時は強制的に空を見ることになる。

所々からレンブラント光が差し込み、その中をカラスが四羽飛び周っている。
さらに一羽がそこへと羽ばたき上っていく。

「(鳥のくせに、仲のよろしいこって)」
俺は内心毒づき教室を後にし地べたへと降りていく。

帰ったら無人ヘリコプターを飛ばそう。

そう心に決めると少しだけ心が空へと登っていく気分に浸れる。
小さな頃、俺がぶら下がれる程の巨体が田んぼの上を飛ぶそれに目を奪われた。
小さなラジコンから練習を始めて、家の農業を手伝いお金を溜めて今では5万円くらいのヘリを飛ばせるようになった。
しかし世間ではマルチコプターが市民権を当の昔に獲得したていた。
右を見ても左を見てもドローンが身近にある時代。

農業分野でもまた時代の流れの前に、ドローンがGPSで位置を正確に把握し自動で農薬を散布するのが当たり前となっている。
ヘリを飛ばす者も、オペレーターも役割が変化していく。
より安全に、より簡単に、より安く。
それでも、俺は苦労して扱えるようになったヘリから乗り換えることが出来ない。

無線機械部が、ドローンのみを愛している部なのか?
それともドローン以外も?
そう考えて、俺は首を小刻みに左右に振り思いを振り払った。

校門を抜けて約40m先にあるバス停へとゆっくり歩いていく。
女子生徒が一人だけで待っているようで、バスの音も姿も見えないなら急ぐ必要は無いから。

並んで待つのも今の気分ではないからと思っていたが、近付くにつれて生徒が誰だかが分かってしまいさらに歩みが遅くなってしまった。

誰かと電話中でこちらに気付いていないようだが、その姿はまごうことなくあの女。
いちりんとかいう奴だ。

電話が終わるのを待って、一言「よくも変なところに連れて行ったな」と言ってやろうと思ったが、いちりんのいるバス停の先にある電話ボックスが視界に入った時、ふと疑問に思った。

ハーフなど今時珍しくもないが、入学式で見た現生徒会長の女子受けは凄い。
その人が電話ボックスで電話をしているのだ。
今時珍しく携帯用のデバイスを持っていないのだろうか?

不可解だがもしかしたら今日はたまたま忘れてしまい、たまたま電話する用ができたのだと自分を納得させることにした。
全くの赤の他人だ。
そんなこと俺が知る必要も無いのだ。
いちりんの後ろに立つことにする。
電話が終わるった後に横に並ぶなり背後から声をかけるなりすれば不意を突けるに違いない。


俺がそんな計画を立てているとも知らずに、いちりんは電話に夢中だ。

「はい!
分かっています」

口調が固い、友人への電話ではないな。

「今日はちょっと……。
いえいえ別に調子が悪いわけではありません」

これから人と会うのを拒否しようとしているのか?
俺は少しだけ耳をすましてみる。
視線は道の先へと向けながら。

「先輩に全てを委ねました。
上手くいきませんでしたので今度は私が色々と誘って行くところまでいこうかと思っています」

一体何の話をしているんだろうか?
ちらりと横目で見やると耳が真っ赤になっている。
聞きようによっては色々と考えさせられる内容だ。

「先輩、反省していたみたいで私が上手くとりなせたら良いのですが……。
ええ、はい。
えへへ……」

どこか自分を売りに出すようで甘ったるい声色になっていくが、どうやら内容は今日の部活でのできごとを語っているようだ。

俺はまるであの赤毛女みたいな盗み聞きをしているな……。

そう気づいた時、バスがやって来る音がした。
視線を向けると確かにいつも乗るのと同じ車両らしき塗装のバスが向かってきている。
いちりんの横に並んで声をかけてやろうと思った時、電話ボックスにいる生徒会長と目が合った気がした。
そんなはずはない。
とはいえ距離があってはっきりとした確信は持てない。
なのにこちらを気にするように顔を向けた気がして仕方がない。

「お任せ下さい!
私が必ず、廃部に導いておみせします!」

ん!?
一気に私の関心が、いちりんへと引き戻された。

当の本人は電話を終了したようで、通信デバイスを両手で持ちながら胸へと押し当てている。
それは少女漫画みたいに。
恋する乙女のように。

丁度バスが到着し目の前の、前方の扉が開ききるといちりんが軽い足取りで乗り込んだ。
空へ上るように。
その後を付いていくことが出来ずに、俺は固まって動けなかった。

運転手の女性が「乗らないの?」という表情をしたので、ようやく、ぎこちなく首を振って無意識にバスの進行方向とは逆にある電話ボックスがあった方を見る。

ドアが閉まり発進する音が左耳から入ってきた。

ホッとした。
いちりんと話す心の準備が全くできなくなったからだ。

廃部にすると言うのは、俺を連れて行ったあの部のことか?
廃部させないために俺を誘ったんじゃなかったのか?

聞いてはいけないことを聞いてしまった。
そんな思いと共に冷や汗が背中をつたっていく。

眼前には、電話を終えた生徒会長が金髪をなびかせて私を直視しながら近付いて来ていた。


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2019/10/27(日)
16:41
誤字修正

2019/11/09(土)
20:12
一部改稿

次回更新日
11/10(日)予定



[43252] 11
Name: トドっち◆562b66af ID:ce6faf66
Date: 2019/11/09 20:09

2019/11/09(土)
20:09
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・・・


混乱が私の頭を占領する。

使命を持って取り組んでいた。
それが揺らいだのは部長とケイト先輩を見て後ろめたさが強くなったからだ。
入って間もない私と違って部活を長くやっている。
だから部活に愛着があって当然なんだ。
そんな二人から居場所を奪おうとしているのが私なんだ。

バスを待つ間の電話をいつもと違う気分で受けた。

「どうした?
いつもの元気が無いようだが」

開口一番で心配された。

「そんなことありません!心配してくれてるんですね!ありがとうございます!」

グッとくるイケメン生徒会長がグッとくるイケメンボイスで私を心配してくれた。
それだけで先ほどまであった自責の念がスカートを揺さぶる風と共に吹き飛んだ。

高鳴る心臓が口から飛び出しそうな気分を幸福だと味わいながら、早口で今日の出来事を報告する。
徐々に周囲が気にならなくなり、イケボを聴くために耳へと集中していく。

そして通話を終えてバスが来た時、初めて隣にバス待ちの男子生徒がいることに気付いた。
横目で見える範囲では細身で身長があることは分かるが顔までは見えない。

今の話を聞かれただろうか?
尋ねるわけにもいかず、けれども顔を確認したい。

そこで足早に乗り込んでバス停側の席に座る。
これで乗り込んだ瞬間に顔を確認できる。
さらにイケメン生徒会長も。
そう思った。
しかし乗り込んだのは私だけだった。
後は誰も乗ってこない。

咄嗟にバス停を見ると、乗らずに一点を見つめているめーちゃんが居た。
その視線の先には、歩み寄る私の思い人。

「え……」

高鳴る心臓が口から飛び出そうになり息が詰まる。
先ほどまであった幸福感は背筋につたう吹き出る冷たい汗と共に流れ落ちていく。
そんな私にお構いなく、バスは予定通りに発進して私を左右に揺らし続けた。



・・・



次の日の放課後、重い足取りで部室に向かう。
最近作られた新校舎である第一校舎が一年生に割り当てられているが、部室への道のりは遠い。
足取りは遅く、廊下へと吹き込む風にスカートが持ち上げられても気にしているのは昨日の出来事だけだった。

いつもはエレベーターに乗って一階へと降りてから部室に向かうが、今日は階段を降りることにする。
少しでも部室に着くのが遅れるように。

そうしてたどり着いた部室は明かりが灯っていなかった。
恐る恐る扉を横へ開き覗き込むと薄暗い室内には誰もいない。

いつもは部長が一番早く来ているのに、今日に限っていないのはどうしてだろう?

不安が増大していく。
あの泥棒猫が部長に接触しているのではないか?

イケメン生徒会長と泥棒猫がどういうつながりがるかは分からない。
それでも私が無線機械部を廃部にしようとしているのがバレてしまった可能性が高い。
いや、もしかしたら最初から泥棒猫は知っていて私を監視していたのか?

藪蛇になりそうで真偽を確かめることが出来ず、部長とケイト先輩に約束した泥棒猫への説得を私は放棄したのだった。

明かりをつけず、扉を背にして着席すると私は机へと突っ伏して震えた。

廃部活動がバレてしまうのは覚悟の上だった。
イケメン生徒会長に振り向いてもらえるのなら。

廃部回避してそのまま部員になるのは覚悟の上だった。
イケメン生徒会長に叱ってもらえるのなら。

今は-ー。

軽い足音が近付いてきて、引き戸が動く音が室内に響き渡った。
遂に来てしまった。
それでも私は頭を上げることができずに狸寝入りを続ける。
顔を合わせるのには躊躇してしまうから。

「どうしたんだ一輪?
具合でも悪いのか」

開口一番で心配された。

「そんなことありません!心配してくれてるんですね!ありがとうございます!」

私は背筋を伸ばして姿勢を正して窓を見た。
薄っすらと窓ガラスに反射するシルエットからは部長の顔を知ることはできない。

生唾を飲み込んでからたっぷりと時間をかけて首を捻じるようにして振り向く。

丁度部長は室内照明のスイッチを押したところで、またも顔を見ることができなかった。

パッと室内が白く照らされると、明かりがつくだけで気分は少しだけ上向きになった気がした。

「そうか、なら良いんだがな。
がしかし、風邪をひいてもらっては困るからな。
だいたい一輪、スカート短すぎるぞ」

いつもの定位置へと着席した部長が鋭く私を見つめる。

「大丈夫ですって。
部長ったら心配し過ぎですよ。
それよりも廃部!
廃部について考えましょう!」

努めて部長を凝視して口走ってから気付いた。
今、私の廃部活動を疑われているかもしれないしバレているかもしれないって不安だったのにさらに廃部の話をしてどうするんだ、と。

「さっきまで突っ伏していたのは、落ち込んでいたのか?
あいつは脈無しのようだな」

しかし部長は、私があの泥棒猫に手酷く拒絶されたと勘違いしたようだ。

そこへ「遅くなりましたー」といつものように柔らかめで上機嫌な口調のケイト先輩が最後にやってきて、部長は丁度良いと呟(つぶや)いた。

「これから忙しくなるぞ。
ドローンの整備をするからな」

「部長さん、どういうことかしら?
もしかしてアイちゃんから何か話があったのー?」

私は驚き、部長とケイト先輩を交互に見やる。

新入部員が決まったのだろうか?
3年、2年?それとも1年生?
名ばかり幽霊部員は生徒会に把握されて部員としてカウントされていない状態で、今更入部したがる人がいたというのか?
一瞬、泥棒猫の顔が浮かびあがりまさかと思った。

部長が両手を前に上げて、私達を落ち着かせる。

「部員については後回しだ。
ドローンは規制もあり飛ばす場所を選ぶ。
だから部員勧誘がし難いからな。
その救済措置としてある手段を認めさせた」

「手段?」
「手段ー?」

「部活存続の手段、それはーー」

部長は勿体ぶり、ちろりと口元を赤い舌で舐めながら綺麗な目を輝かせて話を始める。

「この学校でドローンレースを開催して、AI部に勝つことだ!」

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次回更新日
11/24(日)予定



[43252] 12 歓迎
Name: トドっち◆562b66af ID:849a1b44
Date: 2019/11/24 23:40
2019/11/24(日)
23:40
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・・・



蜂の羽音と似た音が閉ざされた部室内に響きわたる。
それは高くなったかと思うと低くなり、再び高くなるを繰り返す。
一昔前と違って、低音化されるマテリアルの部品が実用化されている現代ではあまり気にならない音量だ。
その発生源であるプロペラを四つ搭載した物体がフワフワと一定の地点で上下している。

「安定しないな……」
部長がマイクロLEDのディスプレイに表示させた黒いウインドウと白い文字列をメガネに反射させながら顔をしかめて呟く。

私とケイト先輩は、部長の持つ携帯電話機能付き端末をPC本体にして、ディスプレイと折りたたみ式キーボードをワイヤレスで繋いでドローン制御に使っている。
野外で急に調整するのに最適で、携帯端末に搭載されている積層化されたCPUの性能で申し分無いからだ。

それを使い、自動でホバリング(空中で停止)するようにプログラムを組んだのにドローンは上下している。

「プログラムは条件分岐して、飛行開始した地点から指定した1000mmの高さまでを維持しようとしているわー」
ケイト先輩は部長の端末と繋いだディスプレイを自席の前に置いて眺めながら問題点を探る。

私も自分の画面を繋いで文字列を見るが、一体どうやって確認をとっているのか分からず首を傾げた。
小学生の時からプログラミング授業を受けてきたからある程度は読める。
それでもこのドローンに使われているPythonの習得をし始めたのは入部してからで勉強に身が入らない。

「(どうせ廃部になった後にAI部に入れば、イケメン部長に手取り足取り教えて貰えるに違いない。
そしてそして、教えて貰ってあわよくばいい感じになって恋人になってーー)」

「一輪ちゃん?
どうしたの嬉しそうだけど」

「あ、いえなんでもありません。
私もプログラミング出来たらなーと思って……」

しどろもどろになりながら取り繕う。
私が廃部に導こうとしているなんて知られたくないから。

「何、慌てることはないさ。
AI部に勝って、新入部員が増えて部存続が確定したら嫌と言うほど教えてやるわっ」
部長が舌なめずりした。

「わ、わーいたのしみー……」

引きつった笑顔を作りつつ、私は昨日の出来事を思い出す。
泥棒猫に話をせず重い気持ちのまま部室へと行き、遅れてきた部長に伝えられたことを。

部長が生徒会長と無線機械部顧問に話をして、ドローンレースをこの学校を使って行う話。
相手はAI部。

勝てば廃部猶予期間が延び、予算も今年度予算編成から月割りで六月以降凍結以外許可される。
さらにレースを見た生徒が入部し人数を満たせるならば廃部は無くなる。

この学校の各部予算編成は五月。
その会議への参加も可能だという。

実質、部活存続前提の好条件だ。

どうしてそうなったか。

それは法律でドローン規制が強く、学校敷地内でも飛ばすのは顧問を通して学校側の飛行許可を得ないといけないという理由があるからだ。

飛行物体は危険だから、運用は慎重に行わなくてはいけない。
それ故に近年、伝統ある機械無線部は活動の範囲が限られて部活としての結果が出せずレースの凱旋も無く魅力が薄まり、やがて名前だけ在籍する生徒が増えてしまった。
中には三年前から大病を理由に来ない人もいたらしい。

実績の乏しい部活が大量の部員を抱えているからと言って予算を多めに要求するのはいかがなものか。
おまけに部員数が幽霊部員ならばなおさらだ。

噴出した批判に対して部長は、ドローンの魅力を伝える場を要求した。
校内レースの開催。
興味を持った新入生の入部か幽霊部員の復帰が実現すれば、活動していると認められる五人以上の人数要件を軽く満たせる。
そして類似した活動のAI部に勝つことで募集活動の猶予期間を得る。

いかに凶暴だと言われる部長でも、大風呂敷を広げるにも程がある。
そんな噛みつき方をして上手くいくなんて思えない。

試合はゴールデンウイークの最終日。
もう四月も終わりに近付いのに準備に時間はどれだけとれるのか?
それにコース発表は一日前だという。
機械無線部のドローンは人の手で操作する今時珍しいし危険なAI非搭載型だ。

対してAI部はその冠の通り、AIを搭載して飛行するドローンを運用しているのを私は知っている。

なのに部長は勝つ気でいる。
そんな自信はどこからくるのだろう?
生徒会長も顧問も、そして学校も良く許可を出せたものだ。

「部長、ゴールデンウィーク最終日に生徒がわざわざ観に来ると思いますか?」
回想を終えた私は、ディスプレイとドローンを交互に見る部長へと尋ねる。

「その懸念はある。
がしかし、この学校はマンモス高だ。
暇な奴の一人や二人はいるに違いない。
男が入部したらお前達も嬉しいだろ」

私は首を振りケイト先輩を見た。
目が合い、それから微笑みながら否定をする。

「んっふふ……遠慮します」

「まぁ、確かに邪(よこしま)な奴が入部されても迷惑なだけだな。
せっかく部活存続しても男女問題が発生して元の木阿弥なんて笑えんわ」

「んっふふ……横縞(よこしま)なのわー、部長さんのショーツだけでいいわねー」

「あの時のパンツの話は止めろ」
部長が声を霞(かす)めて苦しそうに顔を赤らめた。

私の入る前の、二人だけが共有する話が飛び出して私は思わず身を乗り出した。
部長の弱みが聴けるのではないのかと期待して。
聞いてはいけないと後ろ髪を引かれる気持ちで。

「ケイ、一輪に話すなよ?」
小さく呟く。
それも有無を言わせない声色で。

「YES」

「よし一輪、問題だ。
本題に切り替えろ」
即答を受け止めた部長は次に私を標的にした。

「はい……」
内心舌打ちをして、名残惜しいのでケイト先輩を見る。
……微笑み返された。

「プログラムに問題は見当たらない。
機体は前後左右に動かず、指定された高度を維持しようとしている。
なのに上下へとブレることなく飛行している。
何故だ?」

「物理的な問題がセンサーかモーターに発生しているんじゃないのでしょうか?」

「そう思う理由は?」

「プログラムの中にある、機体のエラー発生時に行う挙動の一つに該当するからです」

「機体が上下に動くのはエラーメッセージということか?」

否定されないということは合っているのか?
その判断はつかない。
それでも私はディスプレイにエラーコード一覧を表示して言うことにした。

「各プロペラにはそれぞれ一つずつ回転用のモーターが搭載されています。
どれか一つでも不調になると回転数を調整して姿勢を維持し同時に高度を一時的に下げてから、再び上昇するように指定されています」

「つまりー、物理的な問題ねー?」

「そうです。
だって、部長がプログラムに問題は無いって……」

そこまで言って私は慌ててプログラムを確認した。
プログラムに問題は無いーー。
なら正常な挙動をしているのではないのか?

「あ!」

時間経過で指定した1000mmの高さから-100mmランダム降下した後に再び元の高さに戻るように組まれているのを読み取れた。
騙された?
いや、嘘は言われていない。
私の思い込みと、プログラムを読めていないから……。

「ケイ、ヒントは禁止だぞ」

「んっふふ……私の時も、リリーナ副部長に助けていただいたのでー。
出血大サービスですよー」

「あの時の話も止めろ」
机に左手で頬杖をして横を眺める。

暫くしてから部長が深く溜息を吐いた。
それから私を見つめた表情は、どこか清々しさがある。
口から出した声にも力が入っている。

「一輪も知っている通り、我が部は機械を無線操作をする古めかしい伝統のある部だ。
そうは言っても現状我々が運用しているのは所謂ドローンと呼ばれる飛行物体だ。
ドローンは過去幾度となく規制強化されて安全対策されてきた。
今は姿勢制御の為にセンサーが働いて自動で姿勢を整えるようになっている。
だからプログラミング言語を知っていて損はない。
こんな感じに姿勢制御に変更を加えられるからな」

安定して上下に移動するドローンを右人差し指を向けて上下させる。

「……試したんですか?」

「私もケイも、そしてケイが言ったリリーナ副部長もそうだったらしい……。
古めかしい伝統のある部に伝わる新入部員歓迎会さ」

「一輪ちゃん、これはテストじゃないの。
だから間違っていても問題ないわー」

「でも……それ以上言えない。
私が騙す側。
そう思っていたのに。
この部の一員になった気になっていた。
してやられた。
仕返しに廃部にしてやる。

そう言った邪な気分は湧かないわけではない。
でも、それ以上にーー。

「来年はケイと一緒に一輪も歓迎してやれ」

この人は、自分が卒業した後も部活が存続していることを確信しているのだ。

私はドローンの見やる。
羽音を立てて上下する、私の肩幅も無い機械を。

「ところで部長さーん。
レース機の操縦は誰がするのー?」

「あーーー!
そうだ!
どうしたらいい?」

部長は声を上げて悲鳴を上げる。
その顔を笑顔だ。

「私も部長さんもプログラミング方面だしー、一輪ちゃんはー?」

「無理ですよ……機械いじりはしたいですけど」
首を振りながら脳裏をかすめる邪な考えを振り払おうとする。
操縦手になって墜落させれば廃部は確実だ。

イケメン部長ともっとお近づきになりたいのに。
でも、それ以上にーー。

その時、背後の扉が勢い良く開く音がした。
瞬間的に顔を向けると、電子黒板が近い部室前方側の出入口が開かれている。

「話は聞かせてもらったぜ」

引き戸を手にかけて、細身の綺麗な顔立ちをした男装生徒がそこにいた。



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やっとドローンさん出演。



題名変更しました。

変更前
姦せ!ドロン女(かしませ!どろんじょ)

変更後
廻せ!かしまじょ 〇姦し娘達のドローン×部活モノ〇
(まわせ!かしまじょ かしましむすめたちのドローン ぶかつモノ)

次回更新日
12/08(日)予定
時間が取れないので年内完結は難しくなっています。



[43252] 13
Name: トドっち◆562b66af ID:849a1b44
Date: 2019/12/09 00:26

2019/12/09(月)
00:26
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・・・



アメリカ政府によって戦後から続く少年法が日本から撤廃される前の話だ。
在日米軍基地へ基地反対を主張する自称高校生、ノワール君(ハンドルネーム)がドローンを飛ばすというテ■事件を起こした(通称“ノワール事件”の)せいでドローン規制が強まった。

その余波は全国の学校へと波及することとなる。
少年がとある学校でドローンを学び組み上げていたという新聞報道によって機械無線部も当然ながら活動範囲を狭められていくことになる。

世論に配慮した大会延期、仮想空間でのシミュレーション推進、学校側の責任回避による活動自粛。

それらを後押しする法規制によって、インターネット上のクラウド管理された行政システムに戸籍制度に代わるマイナンバーを使ってドローン操縦免許を交付された本人確認の後、飛行の許可申請をしなくてはならなくなった。

さらに責任能力の無い未成年の場合は、1等親による連帯保証が必要になる。
多様な家族が根付いた現代日本にとって1等親が連帯保証人になるなどとは、江戸時代の江戸で疱瘡(天然痘)にかかかったことがない人を探すに等しい。

仮に1等親がOKしても学生の場合、学校の許可が必要になる。

こちらはインターネット上での手続きではない。
書類を未使用のA4サイズの白い紙に決められた書式で決められた関係者によるそれぞれの署名と認印が必要なのだ。

子供と違って多忙な教職員業務中にわざわざ貴重な時間を割き、さらに身内ですらなく良く知らない今時の子供の為に責任を持つことができる聖職者は少ない。

ーーだから僕は、手を貸すことにした。



・・・



部室へと乗り込んできたつーちゃんは男らしく肩を揺らして部長の前へやってきた。
途中、一瞬私を見て目を細めたがすぐに視線はケイト先輩へ流れた後に部長へと行き着く。

「知ってるぜ」

そう一言う。
つーちゃんの言葉に私の心臓が止まるかと思った。
思わず息をのむどころか生唾まで飲んでしまったが、次のセリフで安堵した。

「操縦する奴がいないんだな」

「盗み聞きか?」
部長が挑発的な微笑を浮かべた。

それに対してつーちゃんの方はというと冷静そのものといった感じで部長を見つめている。

「声が大きかったからな」
チラリとケイト先輩を見るその表情に非難の色は無い。

昨日と違う。
そう直感した。
バス停で、つーちゃんと生徒会長との間に何があったのか?
否応なく不安になる。
私の前に浮かぶドローンの音を気にしていられないほどに。

そして、知っているというのは私の使命についてのことも言っているのではないのか?
どうもそんな気がして仕方がない。
女の直感というやつだ。

「……なら話が早い」
部長が右手人差し指で端末を操作してドローンを着地させた。
そのまま空いている席を指差し座るように促す。

「手伝ってもらえるということか?」

「そうだ。
俺がドローンを操縦してやるってことだよ」

ドカッと股を開き座り込んだつーちゃんは堂々と宣言した。

「でもって体験入部ってやつだ」

体験入部は、部活に入るかどうか決めるためにお試しで部活に参加できる期間限定の部活参加だ。
少しでも部活の雰囲気を知ってもらい、入部しやすくしようという狙いがある。
それを聞いた部長が声を少しだけ感心したように声を出した。

「入部するわけではなく、かといって今回の校内ドローンレースでは部外者でもない。
部員勧誘の一環だから参加して操縦しても問題ないといったところか?」

「流石部長だな。
話が早い」

「そしてレースで負けたとしてもおさらばできると?」

部長が鋭く射抜くような言葉を投げた。

その言葉に私の心臓が止まるかと思った。
思わず息をのむどころか生唾まで飲んでしまった。

「んなまどろっこしいことなんてしねえょ」

今度は安堵できなかった。
つーちゃんが言いながら視線を私へと向けたから。

「俺がドローンレースでの操縦担当だ。
んでもって負けたら責任を取って入部してやるよ」

レースに負けると入部する。
その条件の真意を図(はか)りかねたケイト先輩が戸惑い気味に口を開く。

「それなら、最初から入ってくれてもいいのよー」

つーちゃんは頭を振ってそれを拒否した。

「それじゃあ駄目だ。
勝った場合が重要なんだからな」

あくまでも視線は私へと向けてくる。
私が巻き込んだこと恨んでいるのか?
生徒会長とどんな関係なのか?
聞き出したいが口に出来ないことを見越している勿体ぶった口調だ。
でも、つーちゃんの条件を聞かないことにはどうしようもない。

「……」
考え込んでいた部長はゆっくりと口を開く。
「で、勝った場合を聞こうじゃないか?」

「大したことじゃない。
一輪だったな?を、AI部に転属させることさ」

「断る」

即答した部長の声が部室内にこだました。

私は嬉しかった。
部長は明確に私を部の一員として断ったのだから。

「そーよねー。
歓迎会しちゃったし、大切な後輩なのよねー」

ケイト先輩が大きく頷き、そしてはにかんだ。

「まさかレースの勝機をみすみす逃すのか?
勝たないと部員は増えないと思うぜ」

つーちゃんは自信に満ちたセリフで部長を揺さぶる。
現状、部員が増えるチャンスはレースで部を周知させるしかない。
勝てると踏んでいるのは大したものだけれども、私をAI部に行かせようとするのは生徒会長の計画なのか?
だとしたらこの部を廃部にし、残りの先輩二人をAI部に入れる方法が見つかったのだろうか?

それがつーちゃんだったのなら、私は……用済みなのかしら?

役目を果たせず、逆に部員数が増える可能性が高まった今回の校内レース開催。
私がこの部に愛着を持ち始めていることなんてお見通しなんだ。

つーちゃんによって、私の立場が強制的に変えさせられていく。
そんな中で何も知らない部長は、部だけでなく私も守ろうとしているのかと思うと、つーちゃんに何か言われる前に全てをバラしてしまおうかという気になってきた。

熱くなる目頭のままに部長を見つめた。
当人はつーちゃんを見つめたままでも構わない。

「条件は飲みかねる。
何せ勝って注目を集めて部員を増やすのが目的なのに、勝って一輪が抜けるたとして新しく入る生徒がいるか不透明だ」

「ん?」
私の目頭が急速に冷えていく感覚を覚える。

「負けたとして。
仮に負けたとして、部員が増えてもAI部に負けた不名誉など欲しくない」

だから嫌だ。

そう語気を強めた宣言を聞いた私は別の涙を流した。




/////////////////////////////////////

ガルパンで初めてWeb小説を書き始めて一年。
途中まで読み直してみたら分かりにくい文章だらけで修正したいくらい恥ずかしい><;


次回更新日
12/24(火)予定
クリスマスシーズン?
ただの平日ですな。



[43252] 14
Name: トドっち◆562b66af ID:7f536291
Date: 2019/12/30 17:38
2019/12/30(月)
17:37
投稿



・・・



僕は昔から計画を練り上げ、それを実行するのが好きだった。


学校のサーバーへアクセスし、他の生徒の成績や身長といった個人情報を収集し業者へと転売する。
学校の放送室を乗っ取って校内に好きな音楽を流す。
学校のトイレの電子ロックを掛けて中に入っている人を閉じ込める。
夜の校舎に侵入する。

僕は計画を遂行する。
完璧に。

ただし、一つだけミスを犯した。

それは学校外での出来事だ。
その一回が大事になる。

世間が騒ぎ、マスコミが見ず知らずの自称同級生やクラスメイトに台本を読ませては僕を笑いものにした。

けれども、今まで行ってきた計画が露見することは無かった。

だから、今回も計画を練る。
それから実行に移す。

あれから成長した僕。
僕の計画に抗える奴などいないのだから。



・・・



つーちゃんは唸り声を小さく上げる。

「俺がいないと困ることになるぜ?」

「構わん。
がしかし、どうして急に乗り気になったんだ?」

部長が問いただす。
そう、心変わりした原因は何なのか?
まさか、もしも、あのイケメンAI部部長との間に何かあったのだとしたら詳しく知らなくてはならない。
昨日の今日までにあった出来事に私の心当たりはそれしかない。

「簡単には言えないな。
時が来たら分かると思うぜ?」

簡単に口を割るつもりは無い。
意地悪なのか、言えないのかは判断できない口調な上に私を見ないのは意図的ではないのかと疑念が深まっていく。

そこへ、これまで首を傾げたりして聞いていたケイト先輩が、部長とつーちゃんのやり取りに初めて参加すべく口を開いた。

「それはいつー?」

「少なくとも今じゃない」
答えをぼかしてから、遂に私を見た。
視線だけ。

「一輪もこの部活を無くしたくないだろ?
なら部長を説得したらどうだ。
俺をここに連れてきた責任があるんじゃないのか?」

「それは……」
言葉に詰まってしまった。
連れてきたけど、今日のことは貴方の勝手だと言えばそれまでだ。
けれども言えはしない。
私がイケメンAI部部長と共謀して、この機械無線部を廃部へと導こうとしている工作員だとバラされてしまう危険性が排除できない今は。
散々廃部の提案をしてきたのだから、逆に二人に部長とケイト先輩に納得されかねない。

私の答えに窮する様を見たつーちゃんは鼻白んだのか目を細めて小さな溜息を吐いた。

「猶予をやる。
明日また来るから、その時に答えを聞こうじゃないか」

踵を返し堂々と出ていく後ろ姿を私は見送ることしかできなかった。
先輩二人もまた同じく無言だ。
廊下から聞こえてくる足音が遠ざかるのが分かるほどに静まり返った部室で最初に言葉を発したのはケイト先輩だった。

「どーするー?」

「入れるって話か?
抵抗があるぞ。
急に積極的にこの部に入りたがるのは不自然過ぎる。
アイツの裏に誰かが入れ知恵してるんじゃないのかってほどだ」

流石部長だ。
鋭い。
話題を逸らさなければ私に疑惑の目を向けられてしまうかもしれない。
どうにかしないと……。

「飛ばせる人材ですよー?
いないと試合すら出来ずに廃部になっちゃうのもー」

「分かっている。
がしかし、試合で何か問題を起こす可能性だってある。
そうなれば不戦敗よりも我が部の立場が危うくなるのだぞ」

「あの……」

私は話に割り込むことにした。

「明日に答えを出すと言っていましたけれども、つーちゃんはラジコンヘリの操作ができてもドローンレースに耐えられる腕を持っているのでしょうか?」

つーちゃんのドローン操作技術は未知数なのだ。
自信満々でやってきたから、私達はその点を突っ込むことをしなかった。

「勝った場合は一輪をAI部に、か。
仮に勝てる技術があるとして、部員が減る条件など飲めるわけがない」

「(そこは大切な後輩部員を渡したくないとか言って欲しい)」

「がしかし、何故だ?
何故一輪をAI部に行かせたがる?
勝ったら一輪を追い出して自分が後釜にってならわかる。
そうではなく、負けたら入り一輪もそのままなら負けた方がこちらとして人数が増えて得というものだろうに」

「本当は一緒に部活をしたいのに素直になれないのかもー?」

「最初から負ける気なら試合などしたくない」

頑なに勝ちたがる部長がAI部への対抗意識をあからさまに顔をしかめて表明した。

「負けるつもりでやるようには見えなかったわねー」

自信に満ちたつーちゃん、ドローン操作の腕はどれほどなのか?
ラジコンヘリ以外にドローンも操れるのか?

「ラジコンヘリが好きで操作しているだけではなく、ドローンの操作もできるのを黙っているのかもしれませんね」

「能ある鷹は爪を隠すってやつねー」

「爪だろうがなんだろうが明日聞くしかないだろうな。
体験入部で操作させるかどうかはそれからだ」

「時間もないですしね」

私は自分のデバイスでカレンダーを表示させて日数を数えてみる。

「アイツが市販のドローンを操作できるとしても、うちのドローンを操作できるとは限らないからな」

「テセウスの船じゃないけどー、代々カスタムしてきたドローンですよねー」

ケイト先輩の言うドローンは初耳だった。
思い起こせば入部してから廃部させようとしてきて知ろうとは思わなかったから、歓迎会用に飛ばしていた目の前にある小型のドローン以外見たことがなかった。

「この部活が持っているレース用?のドローンって一度も見たことないんですけど」

部長がそれを聞きメガネを光らせた。

「レースに、いや明日に備えて準備するべきだな」

部長がデバイスのディスプレイをタッチしてなにやら操作し始めた。

「一輪ちゃんも入学してからアプリ入れるように学校から言われているでしょー?
学校が提供するアプリを使って、科学準備室への入室許可申請を出しているのよー」

この学校は国立であり様々な生徒がいる。
問題が起きて大事になるのを防ぐために、廊下や教室には監視カメラが設置されているのはもちろんのこと、スマートフォンの発展型であるデバイスを生徒一人一台持つことになっており、その中に生徒がどこにいるかを常時学校が把握できるアプリを起動しておかなくてはならない。

さらに特定の部屋、例えば科学室の隣に併設された準備室には高価な顕微鏡等が保管されているのでオートロックになっている。
アプリで解錠時間と入室目的を記入して申請し、その申請内容を読んだ解錠権限のある教員から許可を得れば遠隔操作でロックが外れる仕組みだ。

因みに、遅刻早退欠席もアプリで行えるので結構楽だと保護者や生徒に好評らしい。

デバイスが軽快な音を鳴らし、ディスプレイを見た部長が立ち上がる。

ほぼ同時に、電子黒板が設置されている窓側の壁にあるドアロックが解錠されるアラームが鳴った。
廊下を出て隣の部屋、科学準備室に入らずともそのまま部室から行けるドアだ。

レバーハンドル式のドアノブを時計回りに回した部長、後にケイト先輩、そして私の順に隣へと移動した。

室内の壁にはステンレス製の棚が並び、ガラス張りの上段部分の中に顕微鏡や試験管等のセルロースナノファイバー製品が規則正しく置かれている。

部室のような黒い四人掛けの机が二台あり、その上に何かの薬品が入れられている段ボール箱が2、3あっただけで、あとは片付けられているらしく授業で使う教科書が何冊か置かれているだけで綺麗だ。

閉め切っている部屋の上部では、入室と同時にクーラーや暖房機能も兼ねた空気清浄機が静かに起動し始めた。
薬品臭さやジメジメとした湿り気は無い。

「確かここだったな」

部長が一つの棚の前に立ち下段部分の扉を横に開と、古びた段ボール箱が複数ぎっしりと詰められていた。

その中でも一番大きな箱を小さな両手で引っ張り出すーー。
と、箱ごと勢い余って尻もちをついてしまった。

「軽っ?」

部長が素っ頓狂な声を発し、ケイト先輩が部長を助け起こそうとした手を止めた。

「え?
どうして?」

「この箱に入っているのが、例のドローンですよね?」

私達は、倒れた段ボール箱を凝視して固まってしまった。

中には何も無い、空箱を。


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クリスマスは楽しみましたか?
私は2つ1パックのショートケーキを買って1人で食べました。

忙しくて時間が取れず更新が遅れました。
次回更新は来年です。

今年一年、読んで下さりありがとうございました。
かしまじょの完結後、別のオリジナル作品を作成する予定です。

次回更新日
01/5(日)予定



[43252] 15 ドローンはどこに消えた?
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2020/01/13 01:05
2020/01/13(月)
01:05
投稿

スカートであることを気にしない勢いで部長が立ち上がった。
何か悪態を吐いたかと思うと向きを変えて廊下への扉へと駆け寄る。
内側から開ける分にはロックは簡単に解除される引き戸が音を立てて開き切る前に出ていこうとした。

どこに行こうとしているのか、なんて分かりきったことだ。
ブルガリ

「まだバス停にいるかもしれません」

私がそう声をかけると、部長は前のめりに急ブレーキをかけて私を見た。

「よし!
一輪は椿のところに行ってくれ。
私は事務室に行く。
ケイは室内にドローンが無いか探してくれ」

指示を出すと脱兎のごとく走って行く後ろ姿を見てから、私も慌ててバス停へと向かうために反対方向の廊下を走る。
第4校舎から第2校舎へと2階の渡り廊下を進み、そこから1階へ向かう階段を駆け降りる。
早くしないと、つーちゃんがバスに乗って帰ってしまう。

焦りながら折り返して降りている時に、機械無線部顧問のブランド先生とバッタリ行き会ってしまった。
タイミングが悪い。
出先でトイレに行きたくなった時に限ってどこも混んでいるようなものだ。

「危ないじゃないか、一輪。
走りたいんだったら運動部に入りなさい。
それとさっき準備室のロック解除申請を許可したけれども急すぎるじゃないの」

注意を受ける間も、私は両足を交互に上げていつでも走れる姿勢を維持する。
少しだけ息が上がり始めていたからか一回に吸い込む空気の量が増えていて、先生から漂う香水の香りが鼻孔をくすぐってくる。

良い香りだ。
なんて思っている暇なんてない。

「すみません。
どうしても急いでいるんです」

再び階段を降り始めた私に後ろから小言が投げられてきたけれども今は無視するしかない。
ごめんなさい先生!

お叱りは後で受けようと心に決めて、1階の渡り廊下から第1校舎に入った。
下駄箱は1階中央にある。
眼前の突き当りの角を左へ、今度はスピードを落として誰かと鉢合わせしても大丈夫なようにして曲がる。
額に風を感じながら。

真っ直ぐ伸びた廊下、そして校舎を前と後ろに横断するように設けられた昇降口には誰もいなかった。

やっとこさ靴を履き替えて昇降口を出る。
つーちゃんは見当たらない。
それでも、と一縷の望みを持ちながら校門を抜けてバス停を見やる。

いた!
良かった。
まだバスは来ていなかったんだ。
笑い始めた膝を前へと動かして近付くと、つーちゃんが私を見た。

目と目が合い、無言で距離を詰めていく。
心臓が高鳴り、息は荒くなっているけれども、気にしていられない。
あと数歩で手が届く距離になる所で、私ははたと気付いた。

「(なんて声をかければ良いの!)」

つーちゃんを探すことばかり考えていてそこまで至らなかった。

貴方がドローンを隠したの?
単刀直入にそう聞く?
駄目だ。
いきなり疑ってかかるのは良くない。

部長が話したいことがある。
先程の提案の答えを言うから呼びに来た。
そういうことにする?
駄目駄目。
それはつーちゃんを騙すことになる。

考えが纏まらない内に私は対峙してしまった。

相手は私のことを目を細めたり首を傾げたりしながら見て、息が整うのを無言で待っている。

「わ、私は……」

どっと疲れが出てきた。
運動なんて授業以外していないせいだろう。
次の言葉を出そうとしても乾いた息しか出ない。

「言わなくたって分かるさ」

涼し気につーちゃんが言う。
どこか私を見透かしている風でちょっとだけ癪に障る。
やっぱりドローンが無くなったのに気付いて慌てて私が来たのを予想していたのね。
だんだんと息が普通になってきたから少しだけ問い詰めるのを試みた。

「それは認めるということなの?
今、部長は慌ててるのよ」

あの部長が、猛ダッシュするのを見たのは初めてだ。
まるでフリスビーを取りに駆けるチワワみたいだった。

「おいおい、余裕たっぷりに振る舞っててそれかよ。
張り合いねぇな。
だから言っただろう?
俺がいないと困ることになるって?」

「だからって……。
だからって私達が飛ばすドローンを盗むのはやりすぎでしょ!」

「何!?」

「操縦できる人がいないとせっかくの廃部阻止のチャンスを逃すことになるわ。
上手く飛ばせなくても精一杯頑張ってドローンを飛ばすことすらできなくして、そうまでして自分を売り込みたいの?」

「何言ってんだか分からないぞ?
それと、あの部活を廃部にしてAI部に入りたがっているのはいちりんだろ?」

やっぱり知っていたんだ。
足から力が抜けるような感覚に陥るのを堪えながら斜め上にある目と目を合わせた。

「言っとくけどな、いちりんが廃部を目指しているのを教えたのは、お前が恋してやまない生徒会長兼AI部の部長だぞ。
あんな奴のどこが良いんだ?」

「顔よ!」

後は二の次だ。
人の好みに口をはさんでほしくない。

「あの人の悪口を言わないで。
私が勝手にAI部に入る条件を課したのよ。
あの人は、部長とケイト先輩の機械へのスキルを欲しがっていたから」

AI部に体験入部した時だ、部長が不意に言っていた類似部活のスキルが高い話。
それを聞いたからこそ、先輩二人を連れてAI部へ入ればイケメン生徒会長とお近づきになれると打算した。

木乃伊取りが木乃伊になったけれども。

でも、それ以上にーー。

「とにかく……。
ドローンを返して」

「一体何の話をしてるんだ?」

非難がましい視線に私も負けじと眉間に力を入れる。

「とぼけないで、困ることになるって言ってたでしょ?」

「ちょ待てよ!」

つーちゃんが初めて焦りの声を上げた。
痛いところを突いた気になったが、次の言葉でそれが消し飛んだ。

「俺はドローンなんてもんを盗んじゃいない!」


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色々あって更新が途絶えがち。
でもエタらない。

次回更新日
01/19(日)予定

タイトル変更しました。



[43252] 16
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2020/01/27 01:10

2020/01/27(月)
01:10
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靴を履き替えて、風の吹き抜ける廊下を歩く私とつーちゃんは終始無言だ。

私が先を歩き一階のまま部室のある校舎へ向かうと、向こうも対抗してか知らないけれども早歩きで横を抜かして行く。
無言で。

恥したないけれども大股で抜かすことにする。
無言で。

早歩きで抜かれた。
無言で。

小走りで抜かすとさらに抜かし返してくる。
ここまでくるとどちらが早く部室へ到着するか競争になっていた。
階段を駆け上がり全力で走った。
私は本気だった。
しかし早々に決着は着いてしまう。
つーちゃんを探してバス停に走った影響が出ていたからだ。

急停止のごとく立ち止まり、部室の扉に手をかけながら私を一瞥したそのドヤ顔に飛び蹴りしたい気持ちが沸き起こるが、よろよろになり距離ができてて無理なのが余計に悔しい。

そんな私を尻目に扉を開けて室内へと視線を向けたつーちゃんの横顔が凍り付いた。

姿勢も固まったままなので追い付いた私は嫌な予感がしつつも覗いて見ることにした。

「廊下を走らないこと……。
何度注意すればわかるのかしら?
本当にそれでも現役JKなの?
高校を卒業すれば成人なのだから、昔の様に子供時代は長くはないのよ」

そう注意を発する先生が冷たい眼差しを私達に向けてくる。
つい先ほど廊下で鉢合わせたブランド先生だ。
教壇の前に立ち、全体的にウェーブのかかった長い金髪と昔流行ったという真っ赤な口紅をしたモデル体型で細身な女性教員。
常に高級香水をつけていて、小さなブランド物のバッグを持っている。
そのためかやたらとブランドに詳しいから女子生徒に人気がある。

但し、注意されると延々と非難の言葉を投げつけられるから大幅な減点になってしまっている。

そんな先生の正面の椅子に座った部長とケイト先輩が佇んで私達を見ていた。

平謝りをする私達に、先生は先輩方の近くに行くように言いつけてきたので素直に従うことにする。

椅子に座ろうとしたら「誰が着席して良いと言った?」などと言い出した。

「一輪はついさっき階段で注意したばかりだというのに、学習能力に問題があるのならそれ相応の下層高校に行くべきよ。
それが嫌ならば幼稚園生でも分かる注意を聞くこと。
いいな?
アンダスダン?」

ケイト先輩の「発音が……」という声を一睨みで黙らせながら私を標的にしてお小言を並べる続ける。
それから十分間は赤い口紅が変幻自在に動いている。
よくもまあそんなに滑らかな口を持っているものだと舌を巻いてしまうほどに。

やがてすっきりしたのか口角に溜まった泡を、肩に掛けていたブランドバッグから取り出したハンカチで拭った。

そのタイミングで部長が声を発した。

「先ほども理由を説明したように、不測の事態で一輪には椿子を連れてくるように急かしてしまいました。
部長として冷静さを欠いてしまい重ね重ね申し訳ございません」

部長、そしてケイト先輩は頭を下げる。

「一輪と椿子の二人よりも成人に近いのだからそれ相応落ち着きというものを身につけなさい。
で、何があったの?
顧問の私に報連相を怠る気はないでしょう?」

一通りお叱りを終えた後にブランド先生は本題の質問してきた。
静かに平謝りをしていた部長がすかさず口を開く。

「今度の校内ドローンレースに使う機体が無くなっていました。
顧問である先生に認可を得てから入った準備室に保管されていたはずです。
がしかし、見当たりませんので私は事務室へ行き確認をしようと向かい、ケイには室内を調べてもらいました」

「結局見つからなかったのー」
と肩を大げさに落としたケイト先輩のジェスチャーは様になっている。

「で、一輪は?
椿子は部外者じゃないの?
それとも、まさか入部するって?」

「そのまさかですよ。
バッキーは体験入部したいと熱心で、一輪と意気投合しているんです」

すかさず声を上げようとしたつーちゃんに私は慌てて抱きつき両手で頬を抑えた。

「そーなんです。
つーちゃんは素直じゃないところがあるからもーう大変で」

「誰ともつるまない椿子がねえ……」

全く信用していないという眉間の皺を露骨に作り疑いの眼差しを私とつーちゃんの交互に投げかけてくる。
そこへ部長は一気にまくし立てて説明を終えた。

「明日に詳しい返事を聞く予定で先に帰ったまでは良かったのですがしかし、ドローンが見つからない現状をより知ってもらおうと思いまして慌てて一輪に呼び戻しに行ってもらったという流れです」

連絡先交換していないのか、呼び戻さず明日話を伝えればいいのではないのかという疑問を投げかけられたが、レースや体験入部の話をしたのも今日だったから時間がなかったと部長は主張した。

何故そう話すのかというと、昨日今日の出来事を詳しくブランド先生に伝えるのは躊躇われたからだと予想はついた。

ブランド先生は去年赴任してきたが、この部活の顧問になったのは今年からだ。
しかし、顔を出す回数が少ないというやる気のない顧問で部員が増える話をしても嬉しそうな顔一つしない。

もしかしたら、この人がドローンをどこかに持って行ったんじゃないの?
やりたくもない顧問先が廃部になるはずがレースでチャンスが巡ってきたから。

部屋へのロック解除だって先生ならフリーパスだったはず。
それに部活としての申請は先生を通す。
現に先ほどのロック解除申請は顧問宛てなのだから。

「ドローンを移動させるなんてことは私みたいな教師か、権限のある人がロック解除申請を受理したかしかない。
それにーー」

先生が天井の隅を見上げた。
教室の窓側に設置されている、半球上のつるりとテカっている物を。

「監視カメラは学校中にあるからな。
それを管理しているのは学校の事務室だから行ったのね」

部長はこくんと小さな頭を縦に振った。

「分かったわ。
顧問の私への許可を得るように言われて今ここにいるわけね?」

再び頷く部長に対して、真っ赤な口が横に割れた。

「貴女、それでも高校3年生なの?
成人まで一年よ?
事務への用事だってアプリを通して顧問である私に用件を伝えるのは校則で決まっているのは知っているでしょ?」

そうだったんだ。
言われてみれば、申請はアプリを通すことように入学後言われた気がする。
でもそれは慌てたあの状況では仕方ないでしょ。

そう考えるけど……、押さえつけている両手をつーちゃんが力強く掴み引き剥がそうとするのに必死でそれ以外考えるのが大変だ。
ブランド先生の一言一言に反応して私の拘束を解こうとしてくるのは反抗心だろう。
私は体を揺すって堪えるように伝えるが分かってくれるとは思えない。

「御免なさい先生。
気が動転していたんです。
我が部が無くなるか無くならないかの瀬戸際なんです。
どうか助けて下さい!」

切れることなく部長は懇願した。
あの部長が!?
言い返さずに?

驚いた私の力が緩んだ瞬間すかさず拘束を抜けたつーちゃんは声を上げた。

「おい部長!
少しは言い返せよ!」

/////////////////////////////////////

現状、更新が二週間置きになります。

次回更新日
02/10(月)予定



[43252] 17
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2020/02/15 19:00

2020/02/15(土)
19:00
投稿


良く通る声が部室内にこだました。
込められた怒りの矛先は部長へだというのがつーちゃんの向きと内容から分かる。
それは昨日口論したばかりなのに、あの時の勢いがない先輩に対しての言葉なのだ。
そう思いたい。

言われた当人はあからさまに顔をしかめたが何も言わない。
それがつーちゃんの癪に障ったようで、身体を一歩前に進ませた。

「つーちゃん、抑えて……」
私が耳元で言うが暖簾に腕押し状態どころか腕を絡めた私が引きずられそうなほどの力を入れている。

「こっちは引き返して来たんだからさっさと監視カメラの映像を確認して犯人を特定して帰らせろ」

「椿子、部活入りたいんじゃなかったの?」
ブランド先生がツッコミを入れつつ、口元を歪めた。
眉間に皺を寄せて左眉を吊り上げながら怪しんでいると受け取れる表情をしている。

「ドローン見つけて飛ばそうとか、部活やろうって言わないのは変だ。
本当は数合わせの為に呼ばれたんじゃないの?」

「今日は予定があるからだ」

「言葉遣いが汚い。
女らしくしなさい」

「あ?」

つーちゃんのつっけんどんな態度がお気に召さないブランド先生の発言に態度がさらに悪くなり、場の空気がヒリヒリするのを私は当人の後ろに隠れながら肌で感じていた。

間に入って言わないといけない。
このまま言い合いが始まってしまってはドローンの行方どころじゃなくなってしまう。
そういう気持ちはあるが藪蛇になりそうで何を言えば良いか分からない。

そこへ声を発したのはケイト先輩だった。

「後輩には私達が必ず言って聞かせます。
ですから、頼れるのは顧問である先生だけなんです。
ドローンを見つけて廃部を回避するには先生の力が必要なんです。
私達を助けて下さい」

両手を組み、祈るようにするポーズはさながら絵画での一場面のようでどこか芝居がかっている。
その姿へと皆の視線が一身に集め沈黙が流れた。
やがて舌打ちの音がして今度は先生へと視線が集中する。

「申請を早くしなさい。
忙しいのに顧問としての仕事もしないといけないんだから」

力無く首を傾けて自分のデバイスを重い物を持つように取り出した。

部長も素早く申請を送り、程なくして溜息とともに承認が降りた。



・・・



私達は事務室へと向かった。
部長とケイト先輩が押し黙ったまま足早に進み、その後ろを私とつーちゃんが続く。
最後にブランド先生が置いてけぼり気味についてくる。

事務室の前に集まり、代表として部長が開き戸を叩くと中から「はい」という返事があり足音が近付いてきた。

「あら、大人数で来たのね」

応対に出てきたのは恰幅の良い初老の女性だった。
パーマをかけた明るめの髪は柔らかそうで、その前髪は目尻に刻まれた笑い皺を隠すかのように化粧が塗られている部分にかかっているからか、全体的に若く見えるおばさんだ。

部長が来訪の理由を告げると、おばさんは頷きながら中へと私達を通してくれた室内は生徒が授業する教室を二つ繋げた広さになったいた。
校舎内に事務室があるのだから造りは生徒が普段授業する教室と一緒だが、広めの白い机が向かい合った状態でそれが二列並んでいると流石に別の場所に感じられた。
どの机の上にもファイルやバインダーが並べられており、書籍や書類らしきものが積み上がっている。
それらをどけるように小型のノートPCが置かれており仕事の多忙さを見せつけられている気がした。

「ほら入り口で立ち止まらない、早く行きなさい」

ブランド先生にせっつかれた私は内心舌打ちをする。
「(本当に忙しいならついてこなくたって良いのに)」

不満を飲み込んで応接用の黒い革張りのソファーが置かれた正面窓際へ進んだ。

使い込んだ木製の分厚い四角いテーブルを囲むように一辺に一台あるソファーには本来三人が座れるようだ。
しかし部長とケイト先輩が座ると、真正面側にはつーちゃん一人で真ん中に座ってしまった。

何処に座ろうか?
迷いはあった。
先輩方の方か、つーちゃんの方か、それとも別のソファーか……。

しかし、背後からのブランド先生の気配が私を咄嗟に動かした。

「んだよ……、俺の隣じゃなくても良いだろ」

「今はしょうがないでしょ?
仲の良い一年生同士で座りましょう」

仲の良いという部分に力を入れたのでちゃんと意図が伝わったのかそれ以上拒絶することなく押し黙った。

余ったソファーの一台にブランド先生が座ると、それに対面する形でおばさんがノートPCを持って腰を下ろした。

「じゃ、これにサインしてね」

PC画面上にはプライバシー保護に関わる同意書が書類と、名前を書くウィンドウが開かれている。

「監視カメラはプライバシーに関わることだからお願いね。
教室で着替える生徒の映像とかが流出、何てことになったら大問題なのよ」

私達が名前を画面上に指で書き込み終えると、今度は別の書類を表示させた。
そこには、いつのどこのカメラに撮影された映像を見たいのかを部長が申請した内容が書かれていた。

「(昨日の夕方から今日の部活前まで……?)」

もっと遡って確認するのかと思ったが違った。
部長はその申請した時間分で大丈夫だと確信しているのだろう。

同じように名前を記入し終えると、おばさんが満足そうに頷いた。

「じゃ、対象の動画を表示するからちょっと待ってね」
そう言って老眼鏡をかけると、慣れた手つきでキーボードを素早く叩き始めた。
「監視カメラの映像データは専用の閲覧ソフトが無いと見れないのと、時間とカメラを指定しないといけないの」

おばさんが言うには、学校内にはいろいろな場所に監視カメラあり、その一つ一つが撮影しているデータから必要な分を観たいとしたらここまで手順を踏まなければならないのだ。
もし部長の指定した時間以外も追加で観ようとしたら、再び申請してサインが必要になるのだという。

これは中々言い出し難い。
ブランド先生が今度も申請を承認するだろうか?

「一応倍速設定でも観れるから、この部分をタッチしてね」

操作方法を主に部長とケイト先輩が教わり、それが終わるといよいよ再生を始めた。

「これで犯人が分かるな」

私はつーちゃんの誰に向けたか分からない言葉を反対の耳から聞き流し、画面に食い入るように見つめることにした。

カメラの設置位置は部室同様窓の端にあり、丁度部室と繋がっているドアの上にある。
室内を俯瞰して見渡せる位置であり、外からの光による逆光の影響も少ないので見やすい。

暫くは誰も映らず、外からの光だけがやすやすと部屋へと入っている。
それも徐々に暗くなり始めた時、ドアが開いた。
部室側と繋がったドアではない。
廊下側から入る出入口の引き戸だ。

光源不足だがシルエットくらいならわかる。
スカートで私よりも豊満な女子生徒……。

私は息をのんだ。
今、まさにドローンを盗み出した犯人が現れようとしているのだ。

「え……!?」

ゆっくりと確かな足取りで迷うことなくドローンをしまっている棚へと向かうその人は、ケイト先輩だった。


/////////////////////////////////////

やっと更新できました。

次回更新日
02/23(日)予定



[43252] 18
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2020/04/05 17:16
2020/04/05(日)
17:16
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乾きを覚えながらも、文字通り固唾をのんだ私は咄嗟にケイト先輩を見てしまった。
それは仕方のないこと。
大切なドローンが無くなり、それを持ち去った犯人を探して映像を観たら関係者が映っていたのだから。

しかし当人の表情はいたって平然としていた。
もしも自分が犯人だったら、この後にドローンを持ち去るシーンを皆と一緒に直視できるだろうか。
今まで私が秘密裏に廃部を目指していたことがバレてしまうよりも、映像によって悪事がこれから暴かれてしまうケイト先輩の方が遥かに悪質な行為だ。
部長と一緒に部の存続を目指して来た立場というものがありながら、その裏でドローンを隠していた。
味方の振りをしていただけなんて……。

だから自分だったら直視できない。
なのに、どうして涼し気に眺めていられるの?

「ほらっ。
私、私」

それどころか自らが、画面に映った姿を指差して皆に教えている。

「見てて見てて、さっき言った通りですよー。
一輪ちゃんも見ててね」

私が犯人だと思っている相手の、ケイト先輩のその笑顔は眩しかった。
この時にやっと自分が思い違をしているのではないのかと疑問を持つことが出来た。
小刻みに首を縦に振った後、改めて先輩が指差す自分が映る画面上を凝視することにする。
一部始終を確認していないのに勝手に犯人だと決めつけていた自分を恥じながら。

「私がー、小型のー、持ってー」

一挙手一投足口に出す本人の言葉は、映像と相まって理解できる内容だった。
要は、私が入部の歓迎会に使っていたあの小型のドローンを取りに来たというものだ。

他の箱が積み上げられた棚には目もくれず真っ直ぐに近付くケイト先輩の手には、何も握られていない。
それを、現在行方不明のドローンが入っていた段ボール箱の隣に置いてある小さな箱を手に取ると、中身を取り出して一仕事終えた感を出したガッツポーズをした後に廊下へと出て行った。
他の箱には一切触れることも無く。
興味関心が無いかのように。

その両手には今日使った小さなドローンが入った小箱が優しく包み込まれて、落とすまいという意思を感じられた。

「んっふふ……。
一度家に持って帰って、歓迎会用に細工をしたのよ」

私とつーちゃんがいない時にブランド先生に説明していたと、ケイト先輩は続けた。
良く見ると廊下側には男性教員らしき白衣の人影が浮かび上がっており、何やら先輩と話をしながらドアが閉じられた。
理系担当の教員なのだろう。
だから入り口のロック解除をして待っているのだ。

それっきり部屋は無人となり、時間だけが過ぎていく。

「おい……、もしかして」

映像が終わりに差し掛かり、つーちゃんは語気を強めて呟く。
私を含めた皆が思ったことを言おうとしていると察しているのか、誰一人として返事をすることはない。

「もっと前に無くなっているんじゃねえか?」

あるはずの物が無くなり、それを持って行った犯人が録画されていないのならそういうことになる。

「……だろうな」

そう淡白に返したのは部長だった。

指定した時間で停止した動画を眺める私達も停止したかのように、画面を見つめたまま息苦しさのみ周囲を包み込む。
事務仕事の職員達が動く衣擦れや椅子といった物音がうるさく聞こえるほどに。
大きい溜息を吐く音がブランド先生から発せられて「時間だなーー」と何やらお小言を言い始めても私は無視して部長を見た。

次はどうするのか?

もっと前の時間まで遡(さかのぼ)って映像を観るために申請し直すのか?
戻って、室内をさらに詳しく調べるか?
作戦会議をする?
新しいドローンの機体を用意する?
その場合、部活モノの漫画とかにある皆で買い出しに行く話みたいな展開になるのかな?

そんな夢見がちな恋多き女子高生の淡い期待をいとも簡単に打ち砕く発言を、部長が天を仰ぎながらサラっと言った。

「今日は帰るか」

抗議の声を発したのは、私とつーちゃんだけだった。
探すことを諦めたのかと。
レースを、しないんですかと。
無言を貫く部長に尋ねた。

「ごめんなさいね。
そろそろ時間なの」

話を遮るようにして声を上げたのは、PC画面を閉じた事務のおばさん……事務おばさんだ。

「これ以上は残業時間になっちゃうから、また明日にでも申請してほしいのだけど……良いかしら?」

部長の様に天を仰いだ先にある時計を見ながら半ば強制的に退室を促され、部長を先頭に謝辞を述べて廊下へと出ることにする。
私達に放課後があるように、大人にも仕事を終える時間があるのだ。

荷物を取りに部室へと向かう中で、ブランド先生だけは「残業代出ないこっちの身にもなれっての」と悪態を吐いて職員室へと離れて行った。
これ以上付き合う気は無いという態度だ。

私は内心ホッとして先輩の後に続こうとしたが腕を引っ張られたので振り向くと、つーちゃんが目で別の道へと私を指し示した。
どうやら私を別の場所へと連れて行こうということらしい。

「ちっとジュース飲んでくる」

先輩達につーちゃんは言葉を投げると、半ば強制的に私を同伴させた。
部長が最後に戸締りをするから買ったら戻れと言われて私だけが返事を返した。
わざわざ離れた自動販売機へと向かっているのだから、何か言いたいことでもあるに違いない。

強引な彼氏に引っ張られながら満更でもない気分で歩く彼女みたいなスピードで引っ連れていかれた時に、その場から反対側に位置する目的の場所へとたどり着く。

この校舎には一階左右に一か所ずつ校舎裏へ突き出る形で教室の半分くらいの空間が確保されている場所に自動販売機二台が設置されている。

ようやくつーちゃんは私の腕を離してから、その手を自分のズボンで拭った。

「ちょっと待って、何それ、人を汚い物扱いして」

「味方ぶって廃止を企んでいる奴に言われたかないな」

「汚い言い方ね」

「男らしいだろ?」

得意気にニヤつかれた私はありったけの表情筋を使って嫌そうな顔を作ってやった。

「良い顔だな」

「女に褒められてもうれしくないわ」

お互いに暫く睨み合ったが、私は大人な女なので先に折れてやることにする。
さっさと本題に入った方が早く部室に戻れるし、先輩達を待たせたくないから。

「んじゃあ聞くけどな。
お前、ドローンを盗んでいないんだな?」

単刀直入過ぎる物言いだ。
部員の中で、一番動機があるのは私なのだから仕方ないと言えばそうだが、つーちゃんに言われると苛立ちが再び沸き起こる。
それを聞きたいがために、私をここまで引っ張ってきたのかと思うと私への信頼はそうとう低いのだろう。

私は首を左右に振り「私じゃない」と口にも出した。
窓から見える外界は、天気と相まって灰色に見える。

「私も聞きたいんだけどーー」

「俺はやってないし、一番怪しいお前以外にドローンを奪った奴がいるってことになる。
誰か心当たりは無いか?」

「……いない」

先回りされた挙句に容疑者扱いを続けるつーちゃんの視線は冷めていて、見つめ合った私の嘘が見抜かれた気がして首筋に鳥肌が立ってしまう。

「あの生徒会長、いや、愛しのAI部の部長様はどうなんだ?」

「あの人はそんなことをする人じゃない」

つーちゃんの背後で、廊下の角から何かが動いた気がした。
誰か買いに来たのだろうか?
注視しようにも、潜めない声が私を追及してくる。

「根拠は?」

「イケメンだから」

空から差し込むレンブラント光をチラ見しながら、あの人の立つ背景に似合うなと思ったが口にはしない。

「アホか」

私よりも何倍も嫌そうな顔を向けられた。

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久しぶりに更新ができました。

手洗いうがいをしっかりして健康に気を付けたいですね。

次回更新日
04/19(日) 予定



[43252] 19
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2020/07/04 04:42
4:42
投稿

どうやらお気に召す答えではなかったようだ。
AI部部長の良さを知らないから私の好きな理由が分からないに決まっている。
一言で言い表すなら「イケメンだから」になるけれども、別に顔だけのことを言っているのではない。
もちろんイケメンで性格悪いのとブサメンで性格悪いのを比べればイケメンを選ぶのは当然のことだけれども、あの人は特別輝いているのだ。

「何も知らないくせに、人の好きな相手にケチをつける気?」

「お前にケチをつけてんだよ」

「同じ性格ならイケメンを選ぶでしょ?
つーちゃんはわざわざブサメンを選ぶの?
あの人は、金髪碧眼の色白長身美男子な上に電話口で私を気遣って優しい声を語りかけてくれるのよ」

「子猫ちゃん」なんて呼んでくれる純粋な日本人がどこにいるのよ?
私みたいな先祖代々日本人なんて今時マイノリティー女に優しくしてくれる白人系男性が顔良し性格良し。
だからイケメンなのだ。

「外見のことだけを言っているんじゃない。
内面のイケメンを言っているの。
つーちゃんだってイケメン好きでしょ」

「いや、俺は男だから女が良い」

「同性婚が認められているからって、男が女を好きになるのが当然というのは差別でしょ。
つーちゃんだって女の子扱いされるのを嫌がっているのに」

「差別云々は置いておけよ。
誰に聞かれるかわかったもんじゃねえから」

「う……」

確かに公共の場で話すことじゃなかった。
密告されて多文化共生収容所での思想教育なんて真っ平御免だ。

「……とにかく、私はAI部部長のことを総評としてイケメンと言っているのよ」

「あー、はいはい」

流された。
だから私は文句を言おうとした。
ーーのだが、つーちゃんが突然右手人差し指を私の口に押し付けてきて黙るように「し」っと小さく言った。

胸が高鳴った。
その人差し指をどうする気なの?
まさか間接キスでもする気!?

指をそのままにして、つーちゃんは体を捻じり後ろを振り向く。

「誰だ!
そこで盗み聞きしてる奴は?」

刺すような声色で廊下へつながる壁の角に向かって言い放った。

今の話を聞かれていたら、もしも密告された場合はまずい。
私は、小学生の頃に同級生密告を受けて収容所に入ったことを思い出す。
とても活発で言いたいことを言う娘だったが、収容所を模範生として卒業して帰ってきた時には物静かになっていた。

息を殺して私達は反応を待った。
本当に誰かいるのだろうかと疑問を持つくらいに。
しかし思返してみると、つーちゃんの背後で誰かがちらりと見えた気がしたのを思い出して背筋が凍りついく。

ずっといたとしたら、丸聞こえだったんじゃないの?
思わず声を出そうとして口を開きかけるが、つーちゃんの指がそれを邪魔してくる。

指に力が込められたのと同時だった。

「人聞きの悪いことは言わないで下さい」

抗議の声がした。
力を込められた落ち着いた高い声だ。
女の人に違いない。

一拍おいて床をゴムで擦る音と共に、静かな機械の駆動音が聞こえる。
爪先、膝、手の順にスライドするように現れたのは電動車椅子に座った一人の生徒だった。

座っているから正確な身長は分からないけれども160㎝以上はあるがとても華奢な体躯を背もたれに預けている。
その姿勢のせいか、育つところは育っているのが丸々と分かってしまう。
肩よりも短くて毛先がパーマがかった髪は、額までの長さと同じ様に横に切り揃えられた明るい栗色だ。
それと対照的に色白の肌と青い瞳、何よりも血の気の薄い唇が病弱さを強調している。

「ミネラルウォーターを買おうとしていたのよ。
でも、先客がいたから待っていただけで決して盗み聞きをするために隠れていたわけではありません」

芯のある断定した口調だ。
それは体調が良くないのに空元気をする病弱少女らしさがあり、どこか無理をしている感が漂っている。

「隠れてたんだから疑って当然だろ。
誰だあんたは?」

警戒心剥き出しのままで語気を強めるのは当然かもしれない。
けれども目の前の人は元々の白さのせいか青ざめている。
悪気がないのに因縁を付けられてつーちゃんに恐怖しているに違いない。

「一応上級生で……、貴女(あなた)方は一年生で合ってるかしら?
私(わたくし)は偶然居合わせただけで、詳しい話を聞いていません」

ゆっくりと近付きつつ、左手で優しく車椅子のコントロール機器部分を触りながら私達の方向を向いて1m手前で止まった。

「2年か?」

つーちゃんは目の前にいる上級生の正体を把握しないと気が済まないのか追及の手を緩めない。
首を横に振る車椅子先輩が三年生だと分かっても態度を改めず「名前は?」そして「何を聴いた」かを尋ねる。

相手は反発したりその場を離れることなく、深く頷き、それから私とつーちゃんを見比べてから口を開く。

「白真木百合菜(しろまき ゆりな)。
三年三組で、見ての通り車椅子が主な移動手段。
貴女方が三角関係にあるらしい修羅場に居合わせた間の悪い女よ」

「え!?」

「ちょっ、待てよ」

私とつーちゃんの声が重なった。

「男装の方の彼女さんが別のイケメン男性を好きになってしまって、ここで口喧嘩を始めてしまった。
そこに私はやってきて、思い人のどこが良いのかを伝えて別れ話を出しているところまでは読み解けたわ」

断言された。

「全く読み解けてませんよ!
つーちゃんが生徒会長を馬鹿にしているからーー」

ひどい誤解だ。
私が状況を説明しようと話始めたのに、今度は両手で口を塞がれた。
抗議の視線を向けるが力を入れられた手が顔に食い込むのを緩める気がない。

「貴女の思い人は生徒会長だったのね。
確かに彼は同級生でも人気が高いし、優しいから年下の貴女にとって王子様に見えるのかもしれないわね」

「ああ、そうだろうな。
俺はあいつは止めておけと諭してやってたんだ。
あと別に俺はこいつ(一輪)と付き合ってねぇからな」

分かったな?と念を押すように凄むと、車椅子先輩(白真木)は何度も小刻みに首肯する。

「読み間違えてしまったようね。
痴話喧嘩だったのね」

「違う!」

つーちゃんの怒りが私の顔を襲う。
不愉快だけれども今は耐えよう。
詳しく話して、車椅子先輩に性差別問題だと密告されるのも嫌だから。
それに、ドローンが消えた話をするわけにもいかない。
部の存続がかかっているのだから。

「青春よね。
好きになってしまったら仕方のないことでしょう。
でも生徒会長はーー」

言いよどむ瞳に一瞬影が差した。

「機械無線部の部長と出来ているって噂なの」

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某国のデモからの暴動ニュースを見て、作中の世界観変更を検討中です。


次回更新日
07月予定



[43252] 20
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2020/08/17 00:49

2020/08/17(月)
00:49
投稿

あり得ない。
と言いたかった。
顔を掴まれていなければ。

だってそうでしょう?
AI部に対して友好的ではないうちの部長が付き合っているなんて思えない。
でも入部して数週間の長さしかない関係から私の断言に説得力なんてない。
私の知らないことはたくさんあるのだから。
思い出話をする部長とケイト先輩を見た時みたいに。

「面白い話だな。
詳しく聞かせろよ」

食いついたのは、私の顔から手を離したつーちゃんだった。
意外に他人の噂を聞きたがる性格だったのか。
せっかくだから私も一緒に聴こうと一歩前に進み、白真木先輩に近付くことにする。

儚げな微笑みを浮かべた白真木先輩はつーちゃんに詰め寄られることに変わりはないものの、話題が変わったことへ安堵したようだ。
谷間に右手を乗せ小さく息を吐くと、左手で車椅子を操作して自動販売機の前へ移動を始めた。

私とつーちゃんは左右に分かれて道を開ける。
車椅子の人や子供でも押せる位置に設置されたボタンを押してからデバイスを取り出して電子マネーを払いカナダからの輸入飲料水を購入した。

ペットボトルの蓋を苦労して開けた後に両手でしっかりと掴み、大人びているが幼さのある横顔で一口飲む姿を見ると私も喉がカラカラだったから続いて買う。
青に白い波打ったラインが入った缶から喉へと流れ込む良く冷えたそれは運動後に最適だ。
同じような青い缶のスポーツ飲料を飲んだつーちゃんから「そんな甘いの良く飲めるな」と毒吐かれた。

「貴女(あなた)、人が美味しく飲んでいるというのに難癖をつけるのは良くないわ」

助け舟を出してくれたのは白真木先輩だ。

「同じように、誰が誰と付き合うのも、相手がどんな性別とかも……そうでしょう?」

「飲みもんの話と他を一緒にするなよ。
さっさとさっきの話を続けて下さいよせんぱい」

「そうしましょう」

人に尋ねる態度をされていないのに、さっき初めて会った時よりも落ち着きを取り戻したのかもしれない。
微笑を浮かべた白真木先輩は再度口を潤すと話始めた。

「あくまでも噂、貴方達二人とも生徒会長の話を誰かに聞いたことは無かったのね?
彼は元々生徒会長になる前は一緒の部活、機械無線部に在籍をしていたの」

「幽霊部員としてですか?」

「詳しいのね。
でも違うわ。
次期部長候補とまで当時……の部長達から言われていたから。
少なくとも本人がやりたくないと言っても部長からすればやってほしい程に熱心だったかと」

「生徒会に入るから退部した、訳じゃないようだな。
だったらAI部なんて作らないからな」

「貴女も詳しいわね。
……もしかして、貴女達はAI部関係者?」

私達が首を横に振り否定すると、露骨なまでに頬を緩められた。
それもそうだろう。
さっき知り合ったばかり、それも喧嘩腰の相手が他人のプライバシーに踏み込もうというのだから。
もしもAI部関係者だったら、イケメン生徒会長の耳に入ってしまう恐れがある。

同じ学年だし、相手に睨まれてしまうかもしれないから慎重になっているのだろう。

このまま聴くべきではない。
いや聴くべきだ。

そんな自問自答の沼に片足が入りそうになった時、それを察したのか話を打ち切る言葉を投げかけられた。

「壁にあり障子にメアリーっていうから、あまり噂はすべきじゃなかったわね。
そろそろ帰ろうかしら」

そそくさとといった感じに電動車椅子が動く。
が、その前に立ちふさがったのはつーちゃんだった。

「まだ話は終わってねえよ。
さっき話始めたばっかなんだからな。
あのいけ好かねぇ機械無線部や生徒会長の話をもっとして下さいよぉ」

あぁ、つーちゃんは相手の弱みを握ろうと少しでも情報を欲しているんだ。
いけ好かないと言いながら離れず拒絶せずに情報を集めようとしているのはそういうことだったんだ。

私はせっかくだから同席して話を聞くことにした。
何も知らない状況でイケメン生徒会長のハートを射止めることはできないし撤退もできないのだから。
それに、つーちゃんと同じ情報を持っておく必要が私にはある。
つーちゃんがイケメン生徒会長と何を話し、機械無線部に協力する気になったのか分からない中で、これ以上私が知らないことを増やしたくないから。

白真木先輩は私達を順に見つめ観念したように頷いた。

「実はね、AI部部長と機械無線部の部長は幼馴染なの。
お互いに意識しているのだけれども、はたから見てると仲が悪いような関係ね」

「あー、ツンデレってやつですね?
好きなのに素直になれずについついきつくあたってしまう。
そういうことですか?」

「そういう純潔な……いえ、純粋な可愛げのある関係ではない気がしているのよね。
二人は信頼というか、お互いを見極めている、把握し合っているといった言葉が似あうの」

「ツンデレだかシンデレだか知らんが、要は二人はグルだってんだろ?」

グル……。
何らかの意図があって手を組んでいるのではないかと言うのか?
私の質問に面倒臭いしかめ面をしてから口を開きかけて再び閉じた。

「せんぱい、その他に噂は無いんですか?」

「学校の七不思議の噂だったらいくつか知っているわ。
開かずの旧校舎資料室とか」

「はぐらかすなよ。
機械無線部が廃部になるかもしれないって時に、AI部部長兼生徒会長の金髪イケメン様がそれを阻止する流れを作っているんだ。
出来レースじゃないのか?」

「機械無線部の廃部の話は知っているけれども、レースをするのは知らなかったわ。
あくまでも知っている噂を貴女達に教えているだけなんだから。
それと出来レースだと言うのならば機械無線部が勝つということになるけど、勝てる見込みはあるの?」

そうだ、私達にはレースに出せるドローンが無い。
ついさっきそれで慌てていたばかりだ。

「レースをするには機械無線部側に操縦をする者が必要でしょう?
貴女達二人のどちらかがそうなのかは知らないけれど、出来レースだとしてもきちんと飛ばせないとレースそのものが成り立たなくなってしまうのよ」

「え!?
どうして私達が機械無線部の部員だってーー」
知っているの!?と、言い終わる前につーちゃんに頭を掴まれて引き下がらされた。

「簡単な『読み』よ。
AI部ではなく、機械無線部の事情を知っている者。
それも一年生なんだから、新入部員だって読み解けるでしょう?」

つーちゃんの手に力が入った。
頭が固定されていやでも白真木先輩を見つめてしまう。
いや、目が離せない。

そんな私へと笑いかけられたその目は、一切笑っていなかった。


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次回更新日
9月予定



[43252] 21
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/01/22 01:06

2021/01/22(金)
01:06
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生唾を飲んだ。
そんな私への視線を外し、飲みかけの飲料水の蓋を閉めてから椅子と腰の間に挟んで移動を始めた。
つーちゃんは今度は立ちふさがることはしなかった。
私の頭を掴んだままで咄嗟に動けなかったのだろうか。
一歩遅れて後を追う。
私は手を払いのけて白真木先輩を挟んでつーちゃんの反対側を歩くことにした。

「私は心情的には機械無線部の味方をしたいわ。
でもね、あなた達が本当に部員として部を守りたいのか気になるの。
大量に幽霊部員を抱えながら、誰かさんに廃部にさせられようとしていて、それを阻止しようというレースが達成するかしら?」

静かな廊下に澄んだ小声が淡々と響く。
この人は、私が廃部のために入部したことを知っているのだろうか?
それを聞くわけにはいかない。
だから、聴くことに徹した。

「レースに勝てるか分からず、勝ったとしてもそれをもって存続が確定するかしら?
人数は足りる?その後の活動はどうするの?今年度は乗り越えられても来年度は大丈夫?」

「んなの、分かるわけがねぇだろ。
今はレースに勝つしかねぇんだから」

白真木先輩もつーちゃんも言っていることは分かる。
優先順位の差でしかないのだから。
こうしている間にも、レースの日が近づいてきている。
そう、時間が無い。
私はデバイスの時計を確認した。
ちょっと飲み物を買いに行く時間どころの経過ではない。

私は慌ててつーちゃんの左手側の袖を引っ張った。
うっとおしそうに振り払われた。
乱暴なことをするのが男らしいとでも思っているのか、振り払った後にポケットに両手を突っ込んで大股で歩き出す様はワザとらしく見える。
仕方ないので画面を突き出して時計部分を指差して時間を教えることにする。

「そろそろ戻らないといけない時間ね。
部長に怒られてしまうでしょ?」

白真木先輩には後ろにも目がついているのか、私の行動を言い当ててきた。
まじまじと見ても後頭部は私を向いていて、当然ながら目はついていない。
髪の隙間から見えるのは白いうなじ部分だけだ。
「お喋り好きな先輩に捕まってしまっていたって言えば大丈夫だろ」

「良いけれけど、何を話したかって根掘り葉掘り尋ねられることになっても良いの?
あの娘はそうしてくるでしょ?
一部からは狂犬チワワなんて不名誉なあだ名で陰口まで言われているくらいだものね」

小さくて他者に噛みつく態度だからかな……。
何だか納得してしまう。

「お喋りついでに、お名前を教えてほしいかな。
また何かあったら話しましょう?」

ね?っと念を押された私は思わず「あ、はい」と返事をして名のった。
対してつーちゃんは拒否した。
白真木先輩が自身の名前を伝えているのに私達は言わないのは不公平だと諭しても、これ以上余計なことに首を突っ込みたくないからだと言って部室へと歩き出してしまう。

私はつーちゃんの名前を教えることにした。
今までの白真木先輩や私への態度に少なからず反発心があったからだ。
だというのに名前を口にする前に手を前にかざされて止めてきた。

「貴女も、急がないといけないのでしょう?
ほら、早く行きなさい。
また後でお話しましょうね、手伝って欲しいこともあるから……」

ね?っと念押しされた。
つーちゃんが隣の棟へと辿り着いてしまうくらい離れ始めている中で、気になってて質問する場合ではない。
軽く会釈してから追いかけるように小走りでその場を離れた。

車椅子のタイヤが擦れる音は聴こえなかった。



・・・



つーちゃんはわざとゆっくり歩いていたのか、私が追い付いてから大股で歩き始めた。
今度は競うことなく部室へと着く。
その間は何も話さなかった。
最後に何か話したかとか、名前を教えたのかとか詰問されるかと思っていた私は拍子抜けした。

ノックすることなくつーちゃんが後ろ側の引き戸を開けるて入ったのに続いて私は「遅くなりました」と一言添えて入る。
視線が交差したけれどもその目には苛立ちや怒りと言ったものは無く、部長とケイト先輩は教壇側で話をしているところだった。

「丁度いいな」

てっきり遅くなったのを咎められるかと思っていたけれどそのような素振りも無く、ただ何かを企んでいるようにメガネを指先で持ち上げた。
キラリと光が反射した後に覗かせる両目は輝いている。
反射的に私は身構えるも、つーちゃん共々近くに来るように促されたので近付くしかない。

「時間も遅いことだし今日は活動終了だ。
明日は忙しくなるからそのつもりで来てくれ」

忙しくなる?

「ドローンが見つかったんですか?」

「まさか、それはないだろう。
何か策が思いついたんだろ」

つーちゃんの言うことはもっともだ。
それでも、見つかってほしいと思うのは仕方がない。
レースで飛ばす物が無ければどうにもならないのだから、探し物が見つかった方が一番良い。

ケイト先輩が私を慰めるように「見つかったらよかったんだけどねぇ」と眉を下げた。

「我が部は、この学校で最も歴史のある部活の一つにして二番目に幽霊部員の多いのは知ってるか?」

昔からある部、幽霊部員が多いが活動している部員は少ないから廃部になりかけているのは知っている。

「埃がいっぱい積もってそうな部だな」

つーちゃんの言葉に部長はあっさりと同意するような頷きをして受け流すと、本題とばかりに「が、しかし」といつもより力を込めて言った。

「積み重なっているのは埃だけではない。
予備やいらなくなった部品もある。
それを発掘しに行く」

私は部長の背後にある電子黒板を、その壁一枚隔てた準備室を見た。

「そこじゃないのよー。
部室や学校の備品で廃棄せずに、かといって使用しているとは言えない古い物等を保管している場所があるのー」

古い、学校……何かが引っ掛かる。
そう、ついさっき白真木先輩から何か怖い話をされた時に言っていたようなーー。

「おい、まさか……」

つーちゃんは咄嗟に視線を遠くへと向け、それからケイト先輩を見た。

「んっふふ……」

「旧校舎だ」

/////////////////////////////////////

やっと更新が出来ました。

次回更新日
2月予定



[43252] 22
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/01/30 01:00

2021/01/30(土)
01:00
投稿

部長は力を込めて言い切った。

偶然だろうか?
旧校舎の話題をこうも連続して聞くことになるなんて。
白真木先輩が言っていた七不思議の一つに挙げられた場所。
それが何階のどこなのかは分からない。
それでも明日行く校舎内にあるのだ。

「放課後に全員が集まり次第向かうことにする。
旧校舎へ」

わざと旧校舎という単語を後にして語気を強める部長は帰り支度を始める。
私達も後をついていくようにスクールバッグを持つと廊下へと出ることにした。
歴代のドローン関係の部品もあるはず。
とケイト先輩が説明しながら渡り廊下と校舎を一つ二つと過ぎるにつれて空模様が悪くなっていることに気付いた。

まるで私の心の鏡だ。
などと今時の女子らしくないことを思うものの心の中で頭を振る。
むしろ、先輩達の方が暗澹たる気持ちだろう。

ドローンはどこに消えてしまったのか?

複数のプロペラを回転させて急上昇、急降下するドローンのように今日一日の出来事が起きている。
それでも私にとって、最も懸念していた、入部目的を先輩達にバラすタイミングをつーちゃんは失ったようで一安心だ。
当のつーちゃんはというとデバイスを片手に上の空といった状態で一番後ろをついてきている。

外履きに履き替えて、ケイト先輩が自転車を取りに駐輪所へ向かうので帰って来るのを待つことにした。
部長は学区内で徒歩での登校をしている。
そのためケイト先輩と一緒に途中まで帰るのがいつもの日常だ。
校門を出たら私とつーちゃんはバス停へと歩いていくことになる。

つまり、もう少しで先輩二人とは別れるのだ。
それまでにつーちゃんが黙っているか、部長が何か言うのではないか気にかかってしかたがない。

そんな思いが通じてしまったのか、部長は私を見て口を開いた。

「もしもだ。
もしもの話だが、機械無線部が廃部になったら次に入る部の候補とかはあるのか?」

何故今この時に聞くの?
いや、今だからこそ聞けるタイミングなのかもしれない。
ドローンレースに出場自体できないのなら廃部は目前に迫っているようなものだ。

部長と目が合った。
日暮れのせいか顔色は悪く、それでいて目が心なしか潤んでいる。
答えに詰まった。

脳裏には昨日の小型ドローンのことが浮かび上がり、嬉恥ずかしい気持ちが心に刺さる。
それがじくじくと胸を苦しめる。
私は部長を直視出来ず、それでも伝えたい気持ちだけは口にすることができた。

「……あります。
でも、廃部は嫌です。
それに辞めたくないって思っています」

肌寒い風が過ぎ去っていく。
その間、部長は「目にゴミが入った」と一言だけ発して押し黙った。
やがて自転車に乗ったケイト先輩が合流し校門まで一緒に歩くと、挨拶を交わして別れる。

「随分と静かだったじゃないの」

横槍や茶々を入れてくるものだと思っていたから拍子抜けだった。
当人はデバイスから目を離して私を見て軽く頷く。

「昨日交換した男からメールが来たからな。
どうしても早く返事しようとしていたんだ」

「男?」

もしかして、彼氏?
と聞こうとしたがじっと私を見つめる視線がどこか悪戯めいたもので、何かを私に伝えようとしている気がした。

「……誰?
昨日交換したって……」

つーちゃんに男の人との接点はあるのか?
だとしたらいつ?
ネット上で?
もしかして面と向かってあった?
私を見ながら男の話をしているの、私が知っている相手かもしれない。

「もしかして……」

それ以上言えなかった。
昨日、この場所で見た光景。
AI部部長という男とつーちゃん。
このタイミングで私に話す必要性があった?

「今から会うんだけど、時間あるか?」

「知らない人とは会う気ない……」

「じゃあ安心だな。
愛しの生徒会長だからさ」

聞きたくなかった。
何でつーちゃんは連絡先を交換していたのか?
どんな関係なの?
AI部部長が会いたがっている理由は何か?
ドローンが無くなったというタイミングが良いのは関係あるのか?

「もちろん来るよな。
近くにいい喫茶店があるんだよ」

断定口調に抗えない。
その喫茶店をいつ知ったの?
私は一度しか行ったことがないけれども場所は覚えている。
きっとそこでしょ?

まるで誰かに操られるように、それどころか決められた地点へと向かうように、“はい”や“いいえ”でも“true”や“false”といったものでもなく、分岐も選択も無い状態でつーちゃんの後ろについていく。



・・・



理由付けは何でも良かった。
それなりの適当で良かった。
納得を得られれば良かった。

何せ顔見知りの教員で私を気遣ってくれる存在だから。
あの人よりもよっぽど良い。
まさかこのような事態になっているとは思っておらず、それでも偶然あの子達を捕まえて話を出来たのは行幸だった。
だからこうしていつよりも遅い時間まで下校せずに残れた。

感知式の照明が黒々とした廊下を徐々に照らし出す。
その先には誰もいない。
いるのは私と、もう一人。
電気でも無く自分の腕でもなく、男性教員の優しくも力強い両腕が車椅子を押してくれている。
充電池が切れたわけでもない。
それでも押したがるのは男気を見せたいのかもしれない。
たわいもない会話は数年前なのにどこか大昔を懐かしむような口調に私(わたくし)は思わず微笑んでしまう。

「ケイトちゃんが貴方のところに来てドローンの箱を置いた時、それ以外の場所はさわっていないのですね?」

「間違いない。
必要とあらば監視カメラの記録を見れるように俺に申請してくれればいい。
しないだろうけど」

「当然ね。
プライバシーが強いご時世だもの、今日の今日で私が出向いても変な目で見られるだけですわ」

目的地へと到着し、背後から車椅子を押してくれていた教員がドアのロックを解除する。
電子音が鳴り、ロックが外れる音が混じる。
それを確認し、ドアを開けたあとに後ろに回り込むと再度車椅子を押し始める。
同時に天井の照明スイッチをタッチしたようで色温度の低い光が部屋から暗闇を奪う。

やや目をやらしているうちにドローンの置いてある箱の前に来た。

教員は無言で箱を掴むといとも簡単に持ち上げると、中身を私に見せる。
無い。
次の箱も、中身は無い。
その次も、次もーー。

小型ドローン以外、あの子達の言うようにドローンは無くなっている。

「いつ無くなったんだろうな……?」

「ある程度の時期は分かりますわ。
問題は無くなっていたことに気付かなかったことよ。
部長として大切な備品を紛失していたことに気付かなかったのは良くないこと……」

「そう責めるな。
しかし、監視カメラがあるのに良く盗めたな」

唸るように呟く。
しかめたお顔は自責の念が表れている。

「幽霊ですからね。
先立つにしてもお金が欲しかったのでしょう。
仏教では冥銭という物が必要なんですって」

「悪いが俺は、今や日本の四分の一にまでなったイスラム教徒でね」

「私もキリスト教徒だから仏教は良く知りませんわ。
それも先祖代々。
元々はWW2前にカナダへ移民し、戦時中忽然(こつぜん)と消えた日本人集落の唯一の生き残りのたいそう可愛らしい少女だったそうですわ」

多文化共生社会になり多様な人種の国になった日本ではよくある宗教対立をジョークにできる。
懐かしさに心が温まる。

「冗談は置いておいて、本当にそう思っているのか?
幽霊が盗むとか、ドローンが勝手にドロンとか」

簡単に煙に巻くことはできないようだ。
納得していないのは、ちゃんと私達を見ていてくれたから。
嬉しい話だ。
オヤジギャグは嬉しくないけれども。

「幽霊を捕まえたくても無駄だろうから余計に悔しいです」

あいつとあいつらへんだろうと勝手に予想し、卒業アルバムがあったら顔写真を指さしてしまいそうだ。
プライバシーがうるさくなる前だったならば卒業アルバムはあっただろうが今は無いのが残念。

「持ち去る映像が残っていても『卒業する前に部員として借りただけ』などと言われてしまえばそれまでで、部員間で貸し借りしているとか誰誰に聞けとかたらい回しにされて泣き寝入りでしょう」

「元顧問として力になれたら良いのだけれど」

「AI部の顧問として力を貸して下さっているのですから、そう責めないで下さい。
あの子達はあの子達で何とかするでしょう」

私はそう断言し、空箱を教員としまい始めた。



・・・



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キャンプがしたくなりました。

次回更新日
02月予定



[43252] 23
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/02/14 17:29
2021/02/14(日)
17:29
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「『純喫茶 tout va bien』」

「とぅばびあん?」

聴き慣れない言葉だったので私は聞き返す。

「万事快調だったか?
この店に来たことあったんじゃないのか?」

比較的真新しい立て看板に白いペンキで店名が書かれており、その下には白いチョークで商品名と金額が列記されている。

改めてつーちゃんと訪れたカフェの前に立ち、そこがカフェというよりも純喫茶を名乗っている店だと初めて知った。

「あの時は舞い上がっていたから……」

校内一のイケメン。
金髪先輩男子な上に生徒会長にしてAI部の部長。
その人に誘われるがまま入ったカフェ。
一度来た場所だというのによく覚えていないのは乙女だから仕方がないでしょ?
ドキドキで回りが見えなかったのだから。

「これだから女は」

まるで令和的な発言を平然とされて一瞬息が止まった。
元号廃止後の現代女子高生が言う言葉じゃないでしょ?
時代錯誤も甚だしい。

「いきなり性差別?
つーちゃんらしいね。
これだから障碍ーー」

「誰かに聞かれたらどうすんだよ。
夜道で襲われるぞ」

言い返そうとしたのに慌てて口を塞がれた。
大きめだけど柔らかい掌が両頬ごと唇に押し付けられる。
男装でも令嬢が言うなら問題ないキーワードと健常者の私が言うキーワードでは私の方が問題発言だと頭では理解している。

「壁に耳あり障子にメアリーって言われただろ」

「目・あ・り・でしょ」

両手に力を入れてつーちゃんの手を掴みどけようとながら訂正と抗議をしたが暖簾に腕押しだった。

しかたないので改めて周囲に誰もいないのを確認し、それから店を見る。
閑静な住宅街に溶け込むには少々古さを感じさせ、木の柱と白い漆喰の壁は日に焼けている。
窓は上がアーチ状で下は四角くなっていて格子状の木枠にガラスがはめ込められている。
どうやら中間あたりが前後に分かれていて、下を持ち上げると人一人くぐれるくらいは開けられるようだ。
それが一階部分の入店用ドアの右に一つ左には二つある。

それらの上に雨宿りが辛うじてできるくらいの軒先があり、二階部分の壁には均等に四つの窓。
一階と違い木戸が左右ぴっちり閉じられている。

全体がこげ茶色とクリーム色の二階建ての木造西洋風建築。
アクセントとばかりに緑青(ろくしょう)色になったアンティーク調の四角い電気ランプ(しかもフィラメント電球!)がドア横左斜め上に備え付けられ、同じく左側にある縦長な取っ手を薄暮れの中で照らしている。

この中にあの人がいる。
待っているんだ。

「ごめん。待った?」なんて彼氏とのデートの日に待ち合わせ時間ギリギリに言いたいセリフがつーちゃんさえいなければ言えるのに。
早めに待ち合わせ場所に行き、少し離れた場所に隠れる。
そして彼が私に会いたくて今か今かと待ちそわそわするのを眺めたい。
「いや、今来たところだ」と取り繕って「行くぞ」って私の手を握って千葉のランドに連れていく。

「行くぞ」

両手が引っ張られた。

「はい」

思わず返事してしまった。

「ん?」

「いや何でもない……先にどうぞ」

掴んだままだった両手を離してつーちゃんを見つめて入店を促す。
どんどん私のペースが乱される。
これでは万事不調だわ。

落ち込む気分な私に全く気にも止めない様子のつーちゃんがドアを押し開くと上部に取り付けられた鈴がチリンと鳴る。

それが合図だったかのように珈琲の香りが私を包みこむ。

ドアをゆっくりと閉めてつーちゃんの後を追うと、乾いた木の床がコツコツと心地良く足音を奏でる。
それはヴァイオリンのBGMと合わさって一体感を醸し出し、調和を乱さないように歩くことを意識させられるかのようだ。

入って正面壁と入り口とを隔てるように観葉植物と木の衝立が並べられており、右側は会計兼カウンター席と調理場になっていてテーブル席は左側にある。
窓一か所につきツヤが落ちた木製テーブルが一つ、それを挟むようにやはり木製で黒く塗られた重厚な壁。
壁側面は横長の木の板が縦に並べられて背もたれの席用にふんわりとした黒い革張りのシートが取り付けられている。

同じテーブル席が正面の壁に三つ、左壁側に窓含めて二つありその奥にお手洗いのドア。

「いらっしゃいませ」

優し気な声の女性店員さんへ会釈し空いている席へと向かう前に目的の人物を探す。
左の壁側は喫煙席らしくお手洗い近くの席には一人のスーツ姿の男性が電子タバコを吸いながらタブレットを見つめている。

正面の窓の無い壁側には三人のおばさんが一つのテーブルを囲んで話し込んでいる。店内の雰囲気のせいか大声ではなくヒソヒソ話だ。

ドア側奥にある角の席に私達は座ることにした。
前回もそうだったし、つーちゃんも真っ直ぐその席を選んだということは昨日も同じ席だった可能性がある。
席と席を隔てる壁が邪魔をしてどこかに座っているのではと思ったが、まだ彼は来ていなかった。

少しだけがっかり。

つーちゃんはテーブルの前に立ちどちらに座るか思案した。
紅く染まったかと思うともう暗くなった外よりも、薄暗いフィラメント電球の照明が垂れ下がり照らされた私達が窓ガラスに映る。
私が左側の席に座ろうとすると肩を掴まれ、「いざとなったら店員に助けを求められるよう右に座ろう」と促された。

「なんでそんなに警戒するの?」

「こんな時間に女を呼び出すんだぞ。
頼むから少しは警戒しろよ」

都合良く女と男を使い分けている気がしたけれども今は心の隅に置いておくことにした私を奥へと押し込めてきた。

座り終えると、そのタイミングを見計らって先ほどの店員さんが二つのコップを持ってやってきた。
氷の入った水を並べ、「ご注文が決まりましたらお呼び下さいね」と微笑む。

「待ち合わせです。
男が、一人来るはずです」

「分かりました。
その人が来たら水をお持ちしますね。
ご注文もそれで良いかしら?」

ケイト先輩よりは細身なそれでいてつーちゃんよりも身長のある大人の女性といった落ち着きを纏う店員さんが優雅に去っていく。

「あの男はな」

「え?」

「お前を呼んでたんだよ」

つーちゃんの視線が私を越えて外へと向けられている。
つられて見やると私達が映った窓ガラスの先の暗闇部分に動く人物がいた。
十字路の先、学校のある方角からその人はこちらに向かって歩いてきている。

時折LED街灯に照らされた頭が美しく金色に輝くその人に、その格好良さに私は息をのんだ。

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三十棺桶島、結構好きなんです。


次回更新日
02月28日(日)予定



[43252] 24
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/02/28 17:46
2021/02/28(日)
17:46
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「sorry.
待たせたようだな」

その人はあらわれた。

「いえ。
今来たところです」

そう口にしながら頬が熱くなるのを感じた。
直接話しかけられた上に謝られちゃった。
嬉しいな。

「おせぇよ」

同時に雰囲気ぶち壊すようにぶっきらぼうなつーちゃんの声。
でも私の声が勝った。
だから脇腹を「静かにしろよ」と言わんばかりに肘鉄されて思わず唸ってしまう。
授業中の教室じゃないのだから大声で騒ぐのはいけないことだと分かっているのに舞い上がってしまった。
だからといって強く当たり過ぎでしょ。

「複数要因はある。
だが、天気が悪くなったかと思い部室へ傘を取りに行こうとした影響が一番遅れた理由さ」

さらりとつーちゃんの暴言を受け流して遅刻理由を説明されて私は納得した。
天気と女の気分は変わりやすいことを分かっているから。

「だったら別の日にしろよ。
レース中の時間でも良いんだぜ。
そうすれば不戦勝だ」

「生憎だが、僕は正々堂々とレースに勝ちたいんだ。
そしてーー」

流し目で私を見られた。
え!?もしかして私に気がある?
胸が痛くなったが、次の言葉は思ってもいなかった。

「チワワに負けを認めさせる」

爽やかさを纏った真顔に意思の固さを見た。

おとこのひとのそれもきんぱついけめんのあおいめにはちからがやどり、めをあわせたわたしはきゅんきゅんしてどきどきしてまんがだったらはなぢをふいてるてんかいよ!

「何が正々堂々だ。
この馬鹿を利用して廃部にしようとしてる奴がよぉ。
昨日ははぐらかされてやったが今日は答えてもらうからな。
ドローンを盗んだのもこいつみたいにその辺で引っ掛けた女にやらせたんだろ」

「ねぇ私の扱い酷いんだけどさぁ、昨日知り合ったばかりでよくそんな暴言吐けるね。
せっかくの気分が台無し」

「子猫ちゃん、この熊ちゃんが怒っている理由を知っておいて損は無いだろう。
少々言葉は悪いが、友達を大切にしたいから悪役を買って出ているのだからね」

え?
そんな気全然しなかったんだけど、もしかして本当に?
驚いてつーちゃんの横顔を見た。
目が合ったが顔ごと逸らされた。

「べ、別に心配なんかしてねぇよ!」

「期待した私が馬鹿でしたー」

ほら、やっぱり私を心配なんかしていない。
別にちょっとだけ残念なんて思っていない。
憎いとか嫌いとかではない。
もう少し友達とか部活仲間くらいの間柄にはなりたい気持ちはある。
腹立つから言わないけど。

「もう少しお静かに、ね?
ご注文は決まっているかしら?」

先程の店員さんがやってきて水の入ったコップをAI部部長の前に置きながらそう言われそれぞれが謝罪の言葉を述べる。

私は慌ててメニューに目を落とすが夕食前であることと大人な私を演出するためにホットダーク珈琲を注文した。
つーちゃんはアイスココア、AI部部長は前回と同じダージリンティーと私達用にとフルーツサンドを選択。
それを店員さんは注文用紙に万年筆で記入して戻って行く。

私は後ろ姿を見送ってからつーちゃんに小声で質問を投げることにした。

「どうして不戦勝になるの?
レースにいないと駄目なの?」

呼び出すなら今日ではなくてレース当日だったら不戦勝になると言った意味を知りたいから。

「昨日ここで言われたんだよ。
レース中は解説要員として両部活動の部長が司会進行役と一緒に体育館の舞台で座っているってな」

「衆人環視の中で彼女に、いや、チワワに負けを認めさせる。
そして私に部長として戻ってきてほしいと懇願させる。
その後、AI部は機械無線部と統合して廃部騒動は終了だ」

「ちょっと待って下さい。
機械無線部の部長だったんですか?」

「臨時で2年の後半から今年の2月くらいまでの短期間だがね。
だが、その期間は紛れもなく僕が部長だった」

「初耳だったんですけど……」

AI部部長が眼鏡の眉間の部分に手を当ててズレを直した。

「部の統合への協力を頼んだ時伝えていなかったかもしれないな」

「どうせ舞い上がっていてほとんど聞いてなかったんだろ」

言い返せない。
ドキドキきゅんきゅんしていたんだから。

「もしかして、機械無線部を廃部にして部員をAI部に入れようとしているわけではなかったんですか?」

「誤解を訂正できなかったのをこの機会に訂正させてもらいたい。
子猫ちゃんは機械無線部の廃止と部員の移動がセットになっていたようだね。
だが、本来の趣旨は機械無線部の存続であり、部員の『選別』と確保だ。
そのため賛同者と共にAI部を作った」

選別という言葉に不穏な気配を感じさせられる。
目の前の彼は生徒の自治機関である生徒会のトップ。
私はAI部は活動内容が似ている機械無線部を廃部にして部員を迎えるつもりだと思っていた。

「回りくどいことやってんな」

「熊ちゃんは辛辣だな。
仕方ないのだよ。
僕は女性に人気があるからね」

「さんをつけろよ。
そもそも、今の時代『さん』付けが普通で『君』『ちゃん』はマナー違反だぞ」

呆れたというかのように溜息混じりに注意をする。
AI部部長に対する慣れ慣れしさが少しだけ羨ましい。

丁度そこへ飲み物とフルーツサンドを載せた銀の丸盆を両手に持った店員さんがやってきた。
私達は会話を中断し、注文品が並べられるのを見守ることにした。

久しぶりに見たフルーツサンドは相変わらずとても甘くて美味しそうだ。
四角いパンを対角線で切り、その切り口から見える大ぶりの苺や蜜柑が隙間を埋めるように純白の生クリームに包まれている。

「改めて、急に呼び出してすまない。
君達が食べ終わるまで少しの間だけ話を続けさせてほしい」

私は「はい」と返事をしてフルーツサンドを頬張る。
生クリーム自体はさほど甘くない。
糖度の高いフルーツと相まって絶妙の甘味を堪能できるのだ。
合間にカップを手に取り少量口にする。

「熱いし、にがい……」

「だから言葉に気を付けろって。
誰かに聞かれていたらまずいだろ。
肌色って言葉が使えなくなって何年経ってるか習っているだろうが」

私のつぶやきに敏感に反応するつーちゃん。
何だか躾をするために失言を待ち構えられている気がする。

「第二公用語なんだから仕方ないでしょ。
こっちは今時珍しい先祖代々日本語家庭なんだから」

抗議しながら角砂糖を三個連続でダーク珈琲に溶かして飲んだ。
母親は理解ある彼、つまり父と結婚して私は生まれた。
そして今は機械無線部の部員だ。

しかし入部したてだった頃は、AI部部長の格好良さに惹かれてどうせならみんな一緒にAI部に入ってしまおうなどと考えてしまっていた。
イケメン金髪のAI部部長もそれを望んでいるとばかり思い込んで……。

私の当初の目的である『機械無線部に入部すること』ができたから、一石二鳥だと打算的になっていた。

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次回更新日
03/13(土曜)予定



[43252] 25
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/03/13 19:00
2021/03/13(土)
19:00
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「私って、ほんとバカ……」

廃部を目指していた自分を恥じた。
だってそうでしょ?
AI部部長に操られるどころか勝手に暴走していたのだから。

思い起こせば、初めてこの場所で話をした時は舞い上がっていて話の断片しか覚えていなかった。
廃部、一つになる、幽霊部員の多さに問題だとかなんとかと聞いて私は早合点していた。
幽霊部員ではない機械無線部の部員をAI部に入れようとしているのだと。
私はAI部の女スパイとなって手引するれば、AI部部長に褒めて貰えてあわよくばーー。
などと思っていた。

「だろうな」

「子猫ちゃん、自虐的になるのは良くない。
誰にだってミスはある。
それを次の糧にしてより大人になって行くものさ」

つーちゃん!
見本となる良い男が目の前にいるよ!
少しは男を磨きなよ!

なんて言ったら性差別だって言い返されそうだからぐっとこらえた。
私、偉い!

「で、急に呼び出すなんてどういう用件なんだ?」

単刀直入に切り出したつーちゃんに対して、AI部部長は呼び出しの件を謝罪した。

「当然ながら、ドローンレースのことについて話がしたい。
急ぎの要件だったからね」

ドローンの話を出された私は咄嗟に、先に伝えたいことを口にした。

「あの、私は機械無線部の一員としてレースで勝ちたいと思っています。
だから私達の部は明日行動を開始します。
勝つために」

「旧校舎へ行くのだろう?」

私はつーちゃんを見た。
お互いに目が合って首を振り合う。

何で知ってるの?

「誰から聞いたんだ?」

「君達二人の知っている人物から」

誰から聞いたとは名前を教えてはくれないようだ。
でも、私とつーちゃんが知っている人でドローンが無くなったことを知っている人は限られている。

私とつーちゃん以外に、機械無線部関係者にAI部部長と繋がっている人物がいるなんて考えたくない。
私が勝手に機械無線部を廃止しようなどと主張していたことを、それが上手くいかないことを伝えられている可能性があるのだ。

「貴方が、貴方の仕業で……」

「僕はやっていない。
そして命じてもいない」

「ごめんなさい。
疑ってしまいました」

「気にしていないさ。
お互いにこうやって信頼関係を築いていくものさ」

寂しげに頬を緩めるAI部部長につられて私は微笑んでしまう。
ほのぼのとした雰囲気が漂い珈琲の香りと相まって中々大人の時間って感じがする。

「んな話簡単に信じんなよ。
少しは自分の身を案じたらどうだ。
今時の女子小学生だって、担任の教員による性暴行を警戒するのが常識の時代によぉ」

そこに水を差すのはつーちゃんだ。

「何だか、子供を心配する親って感じなんだけど」

「俺のどこがお前のパパだよ。
それに……べ、別に心配しているわけじゃないからな」

ママじゃないのはつーちゃんらしいね。

「性の多様性とはかくあるべきか」

そう呟いてうんうんと頷くAI部部長に対してつーちゃんが「さっさと本題に入れよ」と乱暴に言う。
了解とばかりに前のめり気味に両肘をテーブルの上に載せて体重をかけてきた。
つられて私も顔を近付ける。
コソコソ話の様相を呈してきた。

あ、まつ毛長い。
青い瞳が綺麗で、潤った目に頭上や周囲の暖色系照明が反射してまるで宇宙のようだ。
鼻立ちがスラっとしていてアジア系とは違う。
こんな近くで見れるなんて幸せだ。

「さっさと話せよ」

見とれた私の脇腹を小突かれて我に返った。
危ない危ない。
サンキューと目くばせした。

当人は、嫌々ながらといった雰囲気を醸し出している上に「お子様を早く返さないと危ないからな」と私に生暖かい目で見て言った。

「協力感謝する。
僕の目に狂いはなかったようだな」

「言っとくけど、こいつみたいに操られる気はねぇよ」

耳が痛い話を本人の前でしないでよ。
いや、いないところでされても嫌だけどさ。

AI部部長は、私とつーちゃんをを交互に目配せしてから「コホン」、と小さく咳払いをした。

「二人とも旧校舎の話を、非科学的な話を聞いたことはあるかい?」

入学前に学校の話を聞いた時に、今は旧校舎と呼ばれる建物が残っていることを話されたことはある。
入学後に、校内の設備説明では旧校舎は今は許可なくの立ち入りは禁止されていることを伝えられた。
でも、そういう一般的な話ではない。
非科学的な話なのだ。

「開かずの間、ですか?」

私がそう言うと、AI部部長は少し驚いた後にこくん、と頷いた。

「入学したばかりの一年生にまでも知れ渡っているのか?」

どうなのだろう?
少なくとも私は偶然知っただけだ。
不思議なことにタイミング良く。

「噂になってんだってなぁ」

つーちゃんは誰から聞いたとは言わずに、既知の話題であると装った。

「ならば話は早い」

AI部部長が気を取り直すように再び口を開く。

「旧校舎には開かずの間があるらしい。
二人にはそれを見つけてほしい」

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書いている途中でソフトがフリーズすることがあるので、こまめな保存は大切。

次回更新日
03/28(日)予定



[43252] 26
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/03/28 19:36

2021/03/28(日)
19:36
投稿

・・・

高校生になった僕は、彼女を助けようとした。
ノワール事件の影響で彼女の入部した機械無線部は学校敷地内を主な活動範囲となっている。
それ以外の許可を受けられないから。
それでも校内の許可を取るために生徒会という組織は良くやってくれている。
生徒の自主性を育むという文科省の謳う目的が達成されているのかは置いておいて、機械無線部のが活動停止にはならないように教員との間に立っているのだ。

僕個人として彼女の隣で支えたいが中学生時代の問題行動が尾を引いているのは入学してすぐに気が付いた。
国立総合科学研究開発高等学校は優秀で多様性に富んでいる生徒だとしても所詮は子供の集まりだ。
成績優秀な子供達でも大人の言いつけを二つ返事で全員が守るわけがない。

ーーだから僕は、生徒会に入った。

生徒会長以外のメンバーには選挙は無い。
現役メンバーの許可があれば生徒会に入ることが出来るのである。
僕は説得した。
中学生時代に問題になった、課金ゲームを不正にアクセスしてランク上位になったことを悔やんでいると本心から口にして。
メンバーとなった後、幼馴染であり心のどこかで惹かれる彼女を支えるために計画を実行する。

予算の便宜、活動への許可、廃部問題への対応。
生徒会長となってからは僕個人が贔屓しているように見えない程度に影から応援しし続ける。

あと1年。
卒業をもって僕の計画は完遂する。
あと1年。
彼女は僕の行動に気付いていない。
あと1年。
同じ大学へ進学したいという高望みは捨てきれない。
あと1年。

例年より遅く桜が開花する3年生に進級した春。
彼女は僕に話しかけてきた。
眼鏡の奥にはどこか不安げで潤んだ瞳が僕と周囲を行ったり来たりする。

僕の計画が彼女にバレた。

感謝の言葉を述べられ思わず照れてしまう。
薄々感づいていたが確かめるべきか悩んでいたらしい。
僕は知って欲しくて、感謝してほしくてやったわけではない。
支えたかったからだ。



・・・



AI部部長の言う意味が理解できなかった。
開かずの間?
何故それを探さなくてはいけないのか?
そう疑問に思い、レースや機械無線部にどんなつながりがあるのか問いたださないと答えは得られないと私は判断した。

「どうして探すのですか?」

「本当に開かずの間があるのか、あったとしてどの教室なのか、室内には何があるのかを調べるためだ」

「それをどうして俺達に依頼するんだ?
教員や生徒会のメンツで足りるじゃねぇか」

至極当然なつーちゃんの言葉に、私も同意の視線をAI部部長へ向ける。
レースの為に残された時間は少ない。
放課後に部活と関係ないことで旧校舎内全教室を調べるなんて時間は無い。
もしかして、妨害工作の一種なのだろうか?
いや、あり得ない。
AI部部長は勝ちたいと言っているのはレースでだ。
開かずの間を探して見つけても見つけられなくても機械無線部に害は無いはずだ。

「俺や一輪が別行動になれば、残りのチワワ達は二人でドローンのパーツやらを探くことになるな。
まさか人手不足になるのを狙ってるのか?」

「なら最後で良い。
君達の予定が終わってから旧校舎を出るまでに、開かずの間の候補を探してくれれば問題無い」

「ドアに鍵が掛かってて開かない教室を探せってことなら、別の奴に当たれば良いだろ」

「勿論調べているさ。
何度か調べ、開いている教室、閉まっている教室、廊下側に南京錠が取り付けてある場所でも解錠できるかをリスト化している。
その精度を高めるために君達も調べてほしい。
噂になっている程なのだから何かがそこにはあるはずだ」

AI部部長の真摯な態度に私は思わず首を縦に振ろうとして、またも脇腹を小突かれると直感し窓側に身体を反らした。
読み通りつーちゃんの肘が空を突いた。
舌打ちされたけれど心の中で右手をぐっと握り自分を褒めた。

「で、それが俺らにどんな得があるってんだ?
聞いた限りじゃあ俺らの部に関係があるわけじゃねぇみたいだな」

「歴代機械無線部の部室になっていた場所はドアロック以外にも廊下側、つまり外側に南京錠を取り付けている。
そういった教室は他にもいくつかある。
そして鍵は学校側や生徒会ではなく、部活道の部長が受け継いでいるもののため紛失して開けられなくなっているかもしれない。
そこが開かずの間である可能性が高い」

気を取り直してといった感じで質問を続けるつーちゃんに対してAI部部長は真摯に答える。

なんでも、令和の終わり頃に学生の自治権がどうたらこうたらで部室に学校管理用の鍵の他に生徒独自の鍵を取り付けたらしい。
この学校がここまで大きくなる前の話だそうだ。

耐震基準は満たしているし倒壊する恐れがあるわけではない。
でも当然のことだけれども、設備は遅れている。

ありえないほど遅い光回線。
ソーラー発電のできない普通の窓ガラス。
一部は蛍光灯がまだ取り付けられている。
防犯カメラが無い。
空調は古く故障しがち。
トイレは狭くて和式もある上に多目的トイレが無い。
エレベーターが無くて車椅子は階段昇降機が校舎の左右に階段があるのに片側にしか無い。

無い無い尽くしだ。

しかしそれも仕方がないことで、令和の時代ならそれが普通だっただけだと言う。
そういえばお母さんが通っていた頃は新校舎がいくつかあったって言ってたし、徐々に設備は新しくなりそうじゃない古い施設はそのまま残されていったのだろう。

開かずの間は取り残された側なのかもしれない。

「旧校舎の入り口は閉鎖されて入るためには手続きが必要になる。
君達が監視カメラの映像を見るために手続きをしたように申請と許可がなければ入れない」

「その辺は大丈夫だろ。
あんたの愛しのチワワがいるんだからな」

「彼女はしっかり者だ。
行き違いはあるかもしれないが部長と呼んだ方が良い」

AI部部長の声のトーンが下がった。
私はちょっとだけ部長に嫉妬しながらも、つーちゃんを肘で小突いた。

「ったよ」

睨まれたけれども理解してくれたみたいで反撃されなかった。

「ではやってくれるかい?」

「……まぁ探検がてらにーー」

「お断りします」

つーちゃんが受け入れようとしたから咄嗟に断った。
勢い良く怪訝な顔をしたつーちゃんと、驚いたようにAI部部長が私を見つめてきた。


/////////////////////////////////////

ガルパン最終章3話観たいです。

次回更新日
04/11(土)予定



[43252] 27
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/05/09 18:30
2021/04/24(土)
21:13
投稿


・・・



部の存続が危うくなるのは今に始まったことではない。
安定的な部員の確保は毎年の課題である。

彼女が部長になった時、当然のことながら部員数の確保に頭を痛めることになる。
幽霊部員ではなく、常に部活へと参加する生徒。
その人数が少なければ部活として認められない。
かといって活動の妨げになりそうな生徒を入れたいとは思っていないようだ。

僕は機械無線部の入部希望者に話を聞く機会を作ることにした。
個人が経営するレトロチックな喫茶店に連れたって本心を確認する。
最近は夜道が物騒だから早めに切り上げることを考慮しても、短時間で有意義に話をできる相手とそうでない相手がいるのは骨が折れる。

特に男子生徒の中には部活を不純な目で見る者がいて辟易することがある。
現在の機械無線部は女子生徒しかいないのがある意味悪い虫を寄せ付ける原因になっているのだろう。
同性として恥ずかしいのだが、人のことが言えない僕も自戒しなければならない。

「それはつまり、廃部にしたいということですね。
分かりました。
上手くやってみせます」

中には勘違いして上手く本心を聞き出せない者も出てくる。
何を思って入部を希望しているのか決して話そうとしない。

「まずは入部する。
それから内部の生徒に徐々にこちらに引き込む方が良いでしょう」

いや待ってくれ、機械無線部を廃部にしたいわけではない。
話を聞いてくれ。
連絡をしてくれ。
勝手にしてくれなどと言えない。

どうしたものかと彼女へと相談したら、怒られてしまった。
勝手に新入部員希望者を選別してほしくないと言われ、彼女のことを思うあまり、暴走してしまった自分を恥じた。
プログラムとは違う人間の挙動とは生徒会長となった今でも苦手だ。

手出し無用だと釘を刺されてしまったので彼女の手腕を見守ることにしよう。
勿論、問題が発生すれば生徒会として支援をするのは止めない。
部活予算の便宜や部員が足らないのならば融通が利く者を入部させて存続させる。

何故なら、僕は彼女をーー。



・・・



どうしてつーちゃんはそんな顔をするのだろうか?
あんぐりっといった口の開き方をして、何を言おうかと逡巡しているのが分かる。
AI部部長が機械無線部の部長にご執心していて廃部に否定的なのだから、私がやってきた廃部活動なんて何の意味の無い行為でしかなかった。

むしろ勝手に暴走して廃部工作していたなんて、はたから見ればピエロみたいじゃないの?

それに明日の旧校舎へ向かう話では、開かずの間を探せという理由すら分からないことをする時間はあるとは思えない。
旧校舎での探し物は優先順位があるのだから。

AI部部長が自身の眼鏡に指を掛けた。
別に眼鏡がズレたわけではないが、私が断ったことは驚きだったのだろう。
つーちゃんよりも先に気を取り直した。

「旧校舎への出入りは、デバイスを使い申請が必要だ。
許可を得ると、当日に事務員が入り口を解錠しその場で待機する。
その場といっても出入り口横の来賓者対応用の窓口がある旧事務所で、だが」

「つーことは、だ。
俺らが旧校舎内を歩き回るのに問題は無いってことだろ。
じゃぁ開かずの間を調べるのは簡単だ。
何せ、一つ一つ扉に鍵が掛かってるかを取ってに手をかけて動かしてみればいいだけなんだからな」

な?簡単だろ?と、念を押すように私に断言してくる。
妙に乗り気なのは何でだろう?
さっきまで私がAI部部長と関わるのを反対していたはずなのに?

「簡単かもしれないよ。
でもさ、部長やケイト先輩は一生懸命廃部にならないよう動いているのに、私達が足を引っ張るのはまずいと思うの」

「おいおい今更それを言うか……。
だがな、俺達新入部員ができることはせいぜいセンパイ達の探し物ってやつの邪魔をしないことくらいじゃねぇのか?
トイレ行くって言って、ついでに一緒に扉を確かめるだけだ。
物珍しくって見て回った俺にただついてくれば良いんだよ」

何だか亭主関白?みたいな言い方をするけど、やたらと積極的に誘ってくるのは明らかに不自然だ。

いや、思ってみたらずっと不自然なんだ。

昨日の衝突。
AI部部長との接触。
そして今日起こったドローン行方不明事件。

つーちゃんを機械無線部へ連れてきたのは私だ。
その時は嫌がっていた。
絶対に次の日は部活に来ないだろうと思えるほどに。

それからバス停でAI部部長と接触し、部活で助け舟を出して来た。
そして今はAI部部長の話に乗ろうとしている。

「つーちゃん……」
昨日、AI部部長と何があったの?
そう聞こうとして口をつぐんだ。

もしも昨日の時点でつーちゃんとAI部部長との間で何かやり取りをしていて、私や機械無線部への対応を取り決めしていたら……?

そんなことを考えてしまった。
途端に口が重く感じ開き難く感じる。
二人はグル?
疑った瞬間、急に喉が渇き始めだす。
咄嗟に冷えたコップを手に取り水を口に入れるが味が分からない。

つーちゃんが私の、機械無線部の味方ではなくてドローン行方不明事件の関係者の可能性は?
AI部部長は生徒会長でもあるのだから、どうにかしてドローンがしまってあった理科準備室へ入ることが出来たのでは?

そもそも事務室で監視カメラの映像を確認したのは『今日の部活を行う時間前の動画から』だ。
動画視聴時間の指定範囲までしか再生して観ることしかできなかった。
ならば、『私達が部活で部室にいる間』にドローンが盗まれた可能性だってある。

タイミング良くドアを開いて何食わぬ顔で私達の前に現れたの?

「つーちゃん……」
今日、部室に入る前に何をしていたの?
そう聞こうとして口をつぐんだ。
先ほどよりも固く。

何か飲まないと……。
咄嗟に自分のカップを手に取りイッキに飲み込む。

「ぬるくて苦い……」

珈琲が大人の味だとは到底思えないし今の気分と相まって美味しいとは口に出せなかった。
だからこそ、余計なことを言わなくて済んだ。

「子猫ちゃん、ミルクやシュガーを入れた方が良かったのではないかな?」

優しく、そして甘い笑顔を向けられた。

その笑顔は、私以外にも向けているのかな?
もしかしたら、部長へ向ける笑顔はもっと違うのかもしれない。

この場を逃げ出したいと思った。
そして気付いた。
気付いてしまった。

大人の味で、私は冴えてしまったのだろうか?

私は窓側に座っていることを。
その隣にはつーちゃんが塞がるように座っている。
前にはテーブルを挟んでAI部部長。

「(逃げられない)」

窓ガラスは、既に日の暮れた外よりも私を映し出す。
天井のからの薄暗い明かりに照らされた私の顔を。

泣きそうなくらい暗い顔をーー。

突然、胸のあたりから熱い物がせり上がってきた。



05/09修正
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次回更新日
05/9(日)予定



[43252] 28
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/05/09 18:32
2021/05/09(日)
18:32
投稿

ぐるぐる……ぐるぐる……ぐるぐる……。
お腹から喉に向かって渦巻いてくる。

ぐるぐる……ぐるぐる……ぐるぐる……。
頭の中で渦巻く疑念。

ぐるぐる……ぐるぐる……ぐるぐる……。
回って行く世界。

ぐるぐる……ぐるぐる……ぐるぐる……。
流されていく。
流れていく。
遠くへ。

私は膝立ちを止めてレバーへと手を伸ばす。
水が流れるのを見送くってから、備え付けの小さな洗面器で手を洗っているとドア越しに声をかけられた。

「大丈夫か?
体調が悪かったのに連れまわしちまったか」

私を気遣う声の主、つーちゃんだ。

「……今ドアを開けるからね」

一言断りを入れてからドアロックをはずす。

つーちゃんとAI部部長の二人は手を組んでいる。
私はまんまとその手に落ちてしまった。
そんなことを考えて吐き気が起きた。
突然だったけれども、私の顔色が悪いと気付いたつーちゃんは素早く立つとトイレへと誘導してくれたのだった。

(うぅ……あまり顔を合わせたくないな)

昨日、つーちゃんはAI部部長と何かを話したのは確実だ。
それが何だったのかは分からない。
でも、今日部室に来たのは何か理由があるに違いない。

「ん……。
ゆすげよ」

ドアの隙間から水の入ったコップを入れてきた。
お礼を言って受け取るとドアが閉められた。

小さな女子用個室トイレへ駆け込んだ私はギリギリセーフで便器内へ吐くことができた。
髪の毛が便器に触れちゃったかもしれないけど、トイレの床に膝立ちしてしまったけど、臭っているかもしれないけれども今はゆすぐのに専念した。

冷えた水が口の中で生暖かくなっていく。
洗面器外へ跳ねないように吐き出して、蛇口から出る水と共に流されていくのを数回繰り返した。

小さくため息を吐いた後にゆっくりとドアを開けるとつーちゃんの背中があった。
私が何か声をかけるよりも早く元の席へと戻って行くと今度は窓側に座った。

「ごめんなさい。
急に体調が悪くなってしまって」

コップを置いてつーちゃんが座っていた席へと腰をおろしてから謝罪の言葉を二人にかける。
無言でつーちゃんは頷いた。

AI部部長は少し焦っているのだろうか、しきりにハンカチを取り出して額にすっすらと滲んだ汗を拭っている。
心なしか頬が赤い。

「子猫ちゃん、気にしなくていいよ。
今時はこの年齢でも普通さ」

「え?
年齢ですか?」

AI部部長は「そうとも」と肯定する。

「移民社会になってから若者の妊娠年齢は低下の一途を辿っている。
かつては女子は16歳から結婚できたものの10代での結婚よりも晩婚化が問題視されていた。
今はその逆だ」

「いえ、つわりではありません……」

「おいおい、こいつがあんた以外に好きな奴がいるって言うのか?
ワザと気付かないフリをするのは止めるべきだろ。
だいたいセクハラだぞ、マタハラってやつだ」

「つーちゃん、あんまり大声だと聞いた人に変に誤解されちゃうよ。
急に吐き気……がしただけだから」

何で吐き気がしたのかは言えない。
言いたくない。
けれども、傍から見たら私達三人はどう見えるのだろうか?

イケメン男子と二人の女子。
片方は吐き気でトイレに駆け込んだ。
決して仲良し三人組とは見えない……。
修羅場じゃないの?

「おいおい、もしかして二股男に騙された女が二人って見えないか?
俺は金髪には興味ねぇぞ」

何故か私を睨むつーちゃんの視線から逃れるために他の客席へと視線を向けることにした。

「あ……」

衝立の向こう側にいるおばさん達のグループの誰かと目が合った。
隙間からこちらを覗いていたようだ。

「……もしも嫌なら、開かずの間を探さなくても問題ない。
生徒会の活動として申請をすれば旧校舎に入ることはできるだろうからね。
ただーー」

そこで言葉を切ると身を乗り出した。
聞かれたくない内容なのだろう。
私自身の臭いが気になってあまり顔を近付けたくないので少しだけ頭を下げる。
つーちゃんもあまり近付かない。

「僕が機械無線部に便宜を図っていると思われると予算の都合などで批判が起きる可能性があってね、あまり大っぴらに活動はし難いのだよ。
それと、明日君達は一人での行動は慎んだ方が良い。
ドローンが無くなったという問題で怪しまれるような真似は控えた方が良いからね」

そう忠告をしたAI部部長は席を立ち先に帰宅の途に就いた。
お金を払ってもらったことに謝意を述べると「気にするな」と言ってイケメンは去っていく。

残された私達は暫く無言になっていた。
窓からAI部部長の後ろ姿が見えなくなるまで眺めていると、つーちゃんが窓ガラスに映った私と目が合わせてきた。

「俺達と会っているが見られたら便宜図っていると思われるだろうにな。
それでもこのタイミングで開かずの間の話をしたがったのは何でだ?」

「明日、旧校舎に行くってつーちゃんが教えたからじゃないの?」

「俺は伝えていない。
メールで旧校舎に行くのかと尋ねてきたんだよ」

「知っていたってこと?
誰から聞いたの?」

「知らねぇよ。
ただはっきりしたことは、機械無線部関係者にあいつと繋がっている奴がいるってことだ。
じゃなければ知りようが無いだろ」

私とつーちゃんじゃないとしたら、恋愛関係疑惑のある部長かケイト先輩の二人しかいない。
そのどちらかが話した?
でも連絡をするとしたらいつ?
私達が自動販売機に行っている間だろうか?
いや、二人を疑うのは良くない。

「もしかしたらブランド先生かもしれないでしょ?
旧校舎に行くための申請を顧問であるブランド先生にしているのなら、申請を知ってからAI部部長に伝えた可能性だってあるわ」

「あの先生が生徒会長に連絡をすると思うか?
部活に全く関心を寄せない奴だぞ。
顧問として最低限のことならやってるだろうが、ドローンレースを進める奴にわざわざ教えないだろ」

『旧校舎に行く』それを知っている人物は限りなく限られている。
やっぱり先輩二人のどちらかなのかな?

疑念、疑惑、猜疑心といった負の感情が部の先輩二人に向いてしまう。

そもそもドローンはもともとあの箱には無かったんじゃないのか?
私達が開かずの間探しに行っている間に、旧部室でさも見つけたフリをするつもりではと予想までしてしまう。

私とつーちゃんはどっちが先かは分からないタイミングで席を立ち店員さんに「ごちそうさま」の挨拶をして店を出ようとした。
すると、「はいこれ」と言って店員さんから渡されたのは個包装された飴玉だった。

途端に私は吐いたことが恥ずかしくなった。
つわりだと思われているのか?
そんな関係になりたかったけどそうじゃない。

「違うんです。
吐いてしまったのは確かですけど急に来ただけで、トイレ汚していません。
つわりじゃありません。
ちょっとだけ不安になっただけで食中毒でもないですから」

しどろもどろになった私に、つーちゃんが「帰るぞ」と言って私の両肩に手をのせてドアへと向かわされる。
されるがままに店の外へと連れ出された。

「とりあえず、明日の旧校舎では俺と一緒にいた方が良いだろうな。
アリバイってやつだ。
あの先輩二人が何か企んでいても、一緒にいたならこっちに手出ししにくいだろ」

「でも、逆に私達がグルだったなんて思われたら?」

少しだけ思案したらしく、押し黙ったつーちゃんに掴まれた肩に指の感触が強まった。

「そん時は、一緒に疑いを晴らそうぜ」

街灯に照らされた表情は晴れ晴れとしている。
私とは違う。
そう思うと、再び吐き気がくる気がした。

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次回更新日
05/23(日)予定



[43252] 29
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/05/24 01:36

2021/05/24(月)
01:36
投稿

朝起きると一日の始まりを実感するために外へと出る。
履いた散歩用の軽い運動靴は俺の心をも軽くしてくれる気がする。
寝起きの急な運動は身体に負担だから控えているのと、家の田んぼの様子をゆっくりと見に行くという口実はいつの間にか当たり前の日課になった。

肌寒い薄暗い中、修繕されていない穴だらけの農道を歩く。
歩く。
雀、鶏、犬……動物達の活動が始まるようで早起きの合図が木霊する。
それもいつの間にか聴き慣れた音だ。

歩く、歩く。
戻ったらシャワーを浴びてから朝食とお弁当の準備、そして制服へと着替える。
今日は俺が当番だから夕食も用意するために早めに学校から帰らないとな。

歩く、歩く、歩く。
俺は、大黒柱になるんだから。

国際結婚後日本国籍を取り、俺を置いて蒸発した母親。
嫁に逃げられ後継者になりえないくらいに飲んだくれのギャンブルアル中になった父親。
懸命に俺を、家を支える祖父母。
同情と哀れみの視線を向ける近所の親戚連中。
俺達を田舎の娯楽にしているご近所連中。

苛立ちが朝の気分を暗くする。
良く晴れそうな朝日が俺の影を引き延ばす。
家への歩みは遅くなり、やがて立ち止まる。

はっきりとは覚えていない。
俺が男だと意識した日のことは。
考える度に、心がざわつく。

俺を女扱いする、元号が廃止されてもなお時代遅れの奴らはいる。
そういう奴らは昭和脳などと呼ばれるが昭和を知らない俺はどうこう言う気にはなれない。

多様な価値観を主張しても、俺の価値観に対しては受け入れようとはしない。
それでいて他人には、俺みたいな奴も受け入れられる社会は今の時代必要だと有り難いお言葉を口にする。

「……朝食は、だし巻き卵にするか」

再び歩き始めてから、今日の予定を思い浮かべる。
旧校舎へ行くことを。
放課後にだ。

先進的な教育を行っていることを謳い文句にする巨大な学校。
それでもそこにいるのはただの人間。
入学して感じるのは、俺の価値観との違い。
国旗掲揚国歌斉唱を拒否する教育者が校歌を歌えと強要する。
生徒に服装を正させているのに化粧香水まみれの女性教員。
体育館で校長の話そっちのけで、俺達が座る場所の前に立ちたがり下卑た目を下に向ける男性教員。
プライバシーの無い監視カメラだらけの箱庭だ。

息が詰まる。

早く卒業したい。
金のある奴を婿にして家を支えないといけない。
俺の予定はそこで終わっている。

なのに、ほんの些細な予定が大雑把な俺の予定表に書き込まれる感覚。
予定が無さそうな奴に予定をねじ込まれる。
危なっかしい奴だ。

昨日帰る時に、歩いて帰ろうと言い出した時は驚いた。
「吐き気がまだするから歩きたい」と言うから一人にするわけにもいかず付き合った。
でかい店に押されて寂れた商店街まで行くと雑貨屋へ連れ込まれ、さらには中華料理屋の近くを通ったら「部長の家だよ」と教えられた。

漂ってくる臭いは食欲をそそられる。
まさか入ろうとか言うのかと思ったが違うらしい。
お腹を鳴らしながら商店街を抜けた先の駅前まで俺を引っ張った。

「つーちゃんはさ、私の味方で良いの?」

面倒くさい質問がきた。

「そうだ」なんて言って肯定したら際限なく要求をされそうだ。
『女』の勘がそう囁く。

「俺はドローンレースに勝ちたい」

小さな頃、親父が飛ばしたラジコンヘリ。
俺はそれに掴まって空を飛びたいと近付いたらこっぴどく叱られた。

母親はそんな俺をかばい、そして『男らしさ』を褒めてくれた。

駅に入り、上りと下りで分かれる俺達は挨拶を交わす。
他愛のないただの言葉。

「絶対に、レースで勝ってね」

「当たり前だろ。
そのために旧校舎へ行くんだからな」

「つーちゃんらしいね」

そう言って階段へと向かおうとする時の顔が、心をざわつかせた。



・・・



足早に事務室へと向かう。
放課後、一目散に。
旧校舎へ行くためには予めデバイスで申請をしてから当日事務室で手続きをしなくてはならない。
もう慣れたものだ。
昨日、部長達と見に行った時はドタバタしてしまった。
でも、今日は大丈夫。
授業が終わってから真っ先に到着したのだから。

でも予想外だったのは、ノックに返事をして顔をだしたのは昨日対応してくれたおばさんではなかったことだ。

4、30代の男性だった。

「申請のことは聞いているよ。
ちょっと待っていてくれれば戻ってくると思うから」

それ以上対応をする気は無いようで、昨日のソファーへと座ることを促された。
早くきたので仕方がない。
きっとトイレに違いない。
旧校舎に行ったら缶詰状態になってしまうから?
旧校舎には水は止まっているのかな?
予め確認しておくべきだったと反省だ。

デバイスで、部長達に現状を伝えるメールを送り旧校舎昇降口前で待ってほしいことを伝え終えると改めて室内を見渡す。
資料が重なっている机、昨日と変わらない静かな空間だ。
ただし、今日はほのかに珈琲の香りが漂っている。
流し台には職員用のコーヒーカップが綺麗に並べられており、冷蔵庫には何かのメモがマグネットと共に貼り付けられているが見えた。
近くの壁にはコルクボードに刺さったフックに各種鍵がぶら下げてある。

(あの中のどれかが旧校舎の鍵かな?)

壁に掛かる時計へと視線を向けると予定時間が近付いていた。

やはり早すぎたのだろう。
そう合点していると廊下から話声が聞こえてきた。
おばさんの声だ。
予想通り明るめのパーマ髪の女性がドアを横へと開いた。

「あら、お待たせしてしまったわね」

いたずらっぽい笑みを浮かべて私と目が合うとそういった。

「すみません。
早すぎました」

「いいのよ。
ごめんなさいね。
待っていたのだけれども、急用だったから席をはずしていたの」

「急用なら仕方ありません。
申請時間までまだ時間がありましたし……」

室内へと入り鍵のあるコルクボードへと向かうおばさんを目で追おうとして、それができなくなった。

「こんにちは、一年生の部員さん。
こんなに早く再会できるとは運命かしら?」

おばさんはドアを閉めなかった。
何故か?
それは一緒に来た人が入室、または廊下側に待たせていたからだ。

電動車椅子に座るどこか儚げな先輩が口元を緩めている。

「こんにちは……白真木先輩」

私は辛うじて挨拶を返した。

/////////////////////////////////////

予想外の白真木先輩登場で内心どやんすどやんすの一輪。

次回更新日
06/13(日)予定



[43252] 30
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/08/16 23:36
2021/08/16(月)
23:37
投稿

電動車椅子はゆっくりと廊下から事務室へと移動し私のそばに近付いてきた。
微笑を乗せたまま、一輪の花がそよ風になびく様に髪を揺らしながら。
ソファーに座った私よりも白真木先輩の方が高かったので必然的に視線を上げることになった。
どの角度から見ても、その細い体躯は絵になった。
少女漫画なら、背景に白百合の花が咲くように。

「どうしたの?
こっちを見て固まって。
私はメデューサではありませんよ」

首を傾げるとつられてさらりとしたぱっつん前髪がなびき、それに沿って天使の輪をきらめかせる。
その怪訝そうな表情は私を戸惑わせた。

「ぼーっとしてしまいました。
何か私に用があるんですか?」

詫びを入れつつ質問すると今度は思案顔になった。

「正確にはこの場所に用があるというべきね」

身体を傾けて私へと身を乗り出したかと思うと、左手をローテーブルへと伸ばした。
その上には、万年筆が置いてある。

「良かった。
置き忘れてしまったの」

万年筆を手にしたままの手を小刻みに左右に振る。
同時に微笑まれたのでつられて微笑んでしまう。

私の中で白真木先輩は噂好きな人といったイメージになりつつあり、昨日の話の続きをされるのかと思った。

「そうそう昨日の噂ね、機械無線部の部長には内緒にしておいてね」

「え?」

「伝えちゃった?
一輪さんはお喋りさんね」

「めっ」と私の眼前に万年筆を掴んだまま人差し指を立てて前後に振られた。

「いえ、言ってません。
いきなり話を振られたので驚いただけです」

「驚かせてごめんなさい。
もしかして、あの子も?」

「つーちゃんもです。
先輩と廊下で会ったこと自体言ってません」

変な疑いをかけられたくないので念押しして否定した。
おばさんはまだこちらには来ず、男性職員と話をしている。

「昨日の今日で、思い返したらちょっと不安だったのよね」

運命と言ったのはこの偶然を利用して、私やつーちゃんが部長へ白真木先輩からの話を伝えていないか確認したかったからなんだ。
確かに初めて会った者同士でする会話が部長と生徒会長の噂話だなんて、本人に知られたら悪印象を与えかねない。
喧嘩になってもおかしくない。

「一輪ちゃん、入館名簿に名前書いてちょっと待っててね」

おばさんは足早にやってくるとB4サイズのバインダーに閉じられた紙と鉛筆を手渡して来た。
さっと身を翻して自分の席へと戻ると受話器を耳に当ててどこかへ電話を始める。

「事務員のあの方、随分と慌ててるわね」

「何でしょうね?」

そう返答しつつも私はバインダーを手に取り鉛筆で自分の名前を走り書きする。

「驚いたわ……」

記入が終わった時、突然耳元で囁かれた。
反射的に身体が跳ね上がり反対側へ身をよじりながら見ると、白真木先輩が私の手元を覗き込んでいる。

「ごめんなさい。
また驚かせてしまったわ。
私も『めっ』ね」

身を引くわけでもなく、潤いのある瞳を光らせて頬を緩め私を見て謝罪の言葉を口にしてきた。
昨日の今日で会ったばかりの間柄であるものの、声音や距離感は妙な近さを感じる。
初めてつーちゃんに声をかけて機械無線部へ連れて行った時の私もこんな感じだったのだろうか。
少々強引過ぎたと反省はしている。
後悔はしていないけどね。

「何が驚いたんですか?」

「今さっきまで一輪さんがしていたことよ」

そう言われて、今さっきの行動を思い出そうとして頭の中が熱くなるような感覚になる。

「名前……の記入のことですか?
字が、汚いとかですか?
先輩達も待たせているので走り書きしただけですよ」

速く書こうとしたから綺麗さは犠牲にしていたけれども、下手だと思われるのは心外だ。
小さな頃、文字がちゃんと書けるよう母から付きっきりで練習させられたことがあり習字だって得意であることを伝えた。
そのかいあって白真木先輩は納得してくれたようだ。

「そうじゃなくて、封鎖されている旧校舎へ入るための手続きが『代表者が名前を書くだけ』でいいなんて簡単過ぎるかなって驚いたの」

今度は私の頬が熱くなるような感覚になった。

「デバイスで入館希望者は個別に申請するので問題ないかもしれません」

「確かに、それなら一々全員が事務室に押しかけたりする必要も無くて確かな記録が残るものね。
その記入書には日付と名前以外書く欄がないから簡単過ぎるわけね」

「確かに簡素過ぎると言われればそうですね」

改めて灰色がかったバインダーを眺める。
落としたり擦ったりした跡が残る古さがあるが実用にはまだまだ耐えられそうだ。
クリップ部分のバネもかなりしっかりと機能していて複数枚の日に焼けた記入書を縦長にがっちり固定している。

記入書には『入館申請代表者の氏名を記入してください』と指示が書かれて日付と氏名を横書きするための枠が二つ列になっている。
今月は10日くらい前に一人の名前が記入されており、細く大人びたトメハネが印象的な『羽田天子』(はねだそらこ)と記入されている。
その前は3月1日、去年12月23日にどちらも同じ男性らしき名前があった。

恐らく重なっている下のページにも日付と名前が記入されているのだろう。
私は紙をめくろうとしたけど、白真木先輩に声をかけられたので中断した。
今度は電動車椅子にゆったりと腰かけている状態だった。

「鉛筆もバインダーのクリップに挟んでおいた方が良いかもしれないわね。
事務員さんが電話を終えたようよ」

目くばせされてつられて見やるとおばさんがこちらに歩いて来くるところだった。
私は立ち上がり鉛筆をクリップに挟むことにした。

「お待たせしてしまったわぁ。
建築業者からでね、旧校舎の件で連絡があったの」

「旧校舎で工事でもするのでしょうか?」

「そうよ。
別に隠しているわけでもないから言えるけれど、まだ使える建物だから補修とかの色々見積が必要になっているの」

「では、再び教室として?」

「そのあたりはまだ聞いてないの。
でも、私達の時はあっちでHRしていたから感慨深いのよねぇ」

「と言うことは、私達の先輩なのですね」

話に花を咲かせ始める二人をしり目に私はようやく鉛筆をクリップに挟み込んだ。
バインダーの向きを反対にして渡しやすいようにしようとして、不意に下に重なっているページをめくる。
何でめくってみようと思ったのだろう?
妙な胸騒ぎがした。
直感、女の勘なのかもしれない。
あるいは、何かが記憶の片隅で蠢いたのかもしれない。
だから名前を流し見した。

「ぇ……」

思わず息が詰まり、そして胸のあたりが熱くなるような感覚。
目が釘付けになったそこには予感が的中するかのように、昨日知り合い、今は隣にいる少女の名前が記載されていた。

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これからのオリンピックはドローンが当たり前になって行くのでしょうね

次回更新日
9月中予定



[43252] 31
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/10/03 13:32
2021/10/03(日)
13:32
投稿



・・・



事務室を出ても私の頭の中は混乱で渦巻いている。
努めて冷静になろうとしても廊下にこだまする足音が邪魔をする。
一緒についてくる事務員のおばさんがいなければこの場で問いただしたいほどだ。
そうしないとこの胸に蠢く感覚がいつまでも、いつまでも続いてしまいそうな気がする。

私は一人で突っ走ることがあると思う。
いや、自覚している。

だからつーちゃんはいつもツンツンしているのに妙に私を気にかけてくれているのだろうし、事実甘えてしまっている。
つーちゃんというあだ名も勝手に付けて呼んでいるのがその現れだ。
でも彼女……いや彼を「つーちゃん」と呼ぶと本人は苦笑いをする。

隣を並んで進む少女は私とつーちゃんを昨日見て声をかけ、そして今日再び現れた。
平静を装って。
気にも留めていないかのように。

外の青々とした桜の葉を見て、見る振りをして私は彼女を横目で眺める。
一輪の花。
百合の花が咲き乱れそうな背景が似合う少女。
同じ部活ではないのに、妙に関わってきている気がしていた。

「なぁに?」

目が合って尋ねられてしまった。
咄嗟のことで、事務室内のこともあり声を出せない私に彼女は悪戯っぽく笑う。
その目もとに憂いをおびながら。

「その……シャンプーとか何使っているんデスカ?」

どもってしまうほど、悲しい程に挙動不審になってしまった。
それでもこれはチャンスだ。
相手から尋ねてきたんだからこちらから堂々と質問ができる。

そう思って口を開きかけた時、おばさんが私に声をかけてきた。
タイミングの悪いこと、でも聞き耳を立てられるよりも良かったかもしれないと内心ホッとしてしまうのは、どこかで言い訳を求めていたのかもしれない。

「今度のドローンレース楽しみにしているわね。
機械無線部ここにありって感じで頑張ってね」

「……ありがとうございます。
私の役割はほとんど無いんですけど、昨日一緒に事務室に来た男らしい子のつーちゃんは喜ぶと思います」

「えっ」という言葉が漏れたのは隣からだった。そして続けざまに「どういうこと?」と天使の輪を動かしながら尋ねてくる。
良い香りがするのはシャンプーのせいかしら?それとも香水?

気が逸れたが、聞かないでほしいことをと内心思いつつ、私はややぶっきらぼうな返答をする。

「だって、プロポ(プロポコントローラ)は一つしかありません。
担当はラジコンヘリに慣れているつーちゃんが適任です。
他の部員の役割を考えると私が出来るのは、コースの外で故障対応時の待機くらいです」

私は自分の役割を理解しているし地味な裏方になっていることに不満は無い。
大切な歯車、潤滑油になれるならそれでいいんだ。

そして部外者からの応援の対象はつーちゃんにあるべきだ。
つーちゃんはつーちゃんらしいことをする。
ただそれだけ。
だから私に応援の言葉をかけられても、どこか一歩引いた気分になる。
つーちゃんの彼女だったら、我がことのように喜ぶのかもしれない。
今時普通の、大学生を彼氏に持つ女子高校生のように。
いや、私も今時の女子高校生なんだけどね。

異性愛が普通、ノーマル、ナチュラルだと言われた昔と違って、移民が増えたことで国と国民の姿かたちが変わっていく現代では同性愛や様々な性癖もまた普通という圧力がある。

なのにつーちゃんは苦しんでいる。

『普通の定義』が変わっても、『普通の接し方』は人それぞれだから。
そしてこの学校という子供社会での『普通』とは関わらないことなんだ。

閉じ込められた学校、教室という箱庭で大人達が普通を押し付ける。
電車という大人社会の箱の中で痴漢被害を訴えれば、簡単に冤罪でも男性を破滅させられる。

では子供同士なら?

問題を起こしたくない『普通の子どもたち』はお互いの価値観が合う子供達のグループを形成する。
ほとんど年齢の同じ子供達の小さな社会が生まれ、そして弾かれる存在が現れる。

先生ですら腫れ物を扱うように接する多様性の体現者。

……もしかしたら、私が「つーちゃん」とちゃん付けして呼んでいるのはセクハラ行為なのかもしれない。
民主主義や国民の『民』の字が『目に針を刺す様子』から来ているようにかつての意味と今の意味は違うとしても、私が親愛を込めた意味で呼んでいても、つーちゃんが不快に感じていたらそれはアウトなんだ。

もしもあだ名が嫌だったのならちゃんと本名で呼ぶべきかもしれない。
いや、でも今は本名を隠すのが当たり前になりつつあり、DQN親や毒親によって付けられた泡姫ちゃんやピ〇チュウくん、悪魔くん、邪神〇ゃんなどは通名で生活しているらしいってテレビの番組でやってた。

小さい頃、「親が付けた立派な名前だから多様性の今は他人がとやかく言うもんじゃない。堂々と名乗るべき」とコメンテーターが言っていた。
今では、本名を名乗りたくない人の多様な価値観も認めるべきだと言っている。

私はつーちゃんをどう呼ぶべきなのだろうか?

そう自問自答している間に目的の場所へとどんどん近付いてきている。

「そろそろ、部外者の私は退散するわ。
今度一緒にシャンプー買いに、二人きりでデートしましょうね」

そう言って離れ始めた悪戯っぽい笑みを浮かべた少女を私は見送る。
碌に返事も出来ず、聞きたいことも聞けずただただ昇降口へと向かう後ろ姿を眺めるだけの私を残して。

おばさんが「てっきり部員だと思っていた」とちょっと驚いていたけれども、気を取り直して私に言ってきた。

「予算が付けば、電子ロックの工事ができるんだけどね。
それまで今まで通り私達事務員が鍵を管理する場所があるから、一緒に歩くと生徒の話を聞いてしまうことがあるの。
大人としてアドバイスができるとしたら、悩みを打ち明ける人がいるならば相談してみた方が良いわ」

何かを察せられたのか、そう小声で囁かれた。

「え?」

聞き耳を立てられたのか真意を問いただそうとして口を開きかけた時、間が悪いのか「おーい」という呼び声を投げかけられた。
振り向くと、やや右腕を挙げて振りながら「おせーぞ」と男口調の男装の生徒が近付いてきた。

「つーちゃ……」

私はそこで口を噤(つぐ)んでしまった。

「皆待ってるぞ。
早く行こうぜ」

どうやら左右二つある渡り廊下の反対側から私と合流するために事務室へ向かったらしい。
棟が複数あるためすれ違いになったのだ。
ドローン規制の影響で鍵の管理は厳しいから、入り口で待っていて欲しかった気もする。

でも、それでも、来てくれたことがつーちゃんらしくて嬉しかった。


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次回更新日
10月中予定



[43252] 32
Name: トドっち◆562b66af ID:8f5162a9
Date: 2021/12/12 14:49
2021/12/12(日)
14:50
投稿

・・・



一般的な横長の校舎を縦に四棟並べ渡り廊下を真っ直ぐ左右一本ずつ突き通して建てられたのが新校舎と呼ばれ現在使用されている学び舎だ。
その前からある旧校舎は今は使われていない。
正確にはまだまだ使えるとして物置として使われている。

そんな旧校舎は第二校舎に並ぶ形でひっそりと佇んでいる。
第二校舎の側面に設けられた鍵付きの金属製観音開きドアの先には、屋根付きの1階渡り廊下が旧校舎側面壁から壁伝いに正面昇降口にまでつながっている。

私とつーちゃん、事務員のおばさんの三人で渡り廊下へ出ると間近で見える旧校舎の綺麗な外観の一部を見てつーちゃんは「まだ使えるじゃねぇか?」と感想を漏らした。
古い漫画や映画にあるような木造校舎ではなく、今と変わらない鉄筋コンクリート造りので古さを感じさせないからだ。

そこで私は聞きかじって知っていることを伝えることにする。

「国立化して規模拡大した時に、予算が沢山あったんだって。
だから新しい校舎を土地を増やしていっぱい建てることが出来たのよ」

「予算って今の消費税35%になる前か?」

「男女によらず多様性共同参画社会推進税が新しく作られてそこから賄われたから消費税とは別だよ」

私は中学生で進路に迷っている時期に、父親と母親が給与明細を眺めながら取得税に上乗せされていることをぼやいていたことを思い出す。
その時この学校の話題を父親が母親にしたのだ。
大量の生徒が通ういわゆるマンモス学校。
この学校は国立で学費が格安な分、相当額税金頼りらしい。

そんな話もあって、私が電車通学で通える距離であり学力にも問題がない。
さらに学費の不安がなければ万々歳ではないかと思い自身の発想力に惚れ惚れしたものだ。

「あー、何だか入学式の時に校長の金(キム)が言ってたな。
『地球市民として立派に地球社会に巣立つ為に国立になっているから頑張って勉強しろ』って」

「私はノイマン教頭先生の言ってた『光コンピューターや熱核融合炉の更なる小型化や発展に必要だから、文系なんぞよりも遥かに重要な理系の勉強を頑張りなさい』ってところは覚えているよ」

「……その時寝てたかも」とつーちゃんが数週間前のことを思い出そうとしながら鼻で笑って「卒業後は結婚だけどな」と呟いた。

「え?」

「いや、……何でも無い」

どっちと?と性別を尋ねようとしてそれを飲み込んだ。
だって二人で会話するわけでもない。今はもう一人いるのだから。
おばさんと言えども大人の人であり、学校側の人だ。
不用意な発言は控えたい。
どっちの性別と結婚する?なんてセクハラ発言だし性差別と言われれば差別主義者の仲間入りだ。

「一輪さんはお金に興味があるの?
将来は税理士とか?」

違うところに食いついてきた。

「ああ、だから雑貨屋で値段見比べていたのか」

違うのに妙な納得をされた。

「私も経験あるけれども、高校生になってお化粧とか交友関係で中学以上にお金が必要になるのはわかるわ。
でも犯罪行為とか危険なことは駄目よ」

私とつーちゃんの斜め前に歩み出て「めっ」と人差し指で交互に注意をしてきた。

「しねーよ」

つーちゃんが即座に否定して、それが何だか見ていてホッとする。
結婚の話を出した時、つーちゃん本人や家庭環境の問題を想像してしまったが杞憂なのだろう。

それにしてもつーちゃんの結婚式はどんな格好になるのだろうか?
ウエディングドレスかタキシードか?いやそれとも綿帽子?まさか角隠し?

軽やかや足取りで先導するおばさんの後を歩いきながら勝手な妄想をしていると部長とケイト先輩の声が聞こえてきた。
それからケイト先輩の声だけが段々と近付いてきて渡り廊下の曲がり角から顔を覗かせた。

「やっぱり。来てた」不安がなくなったのか一瞬覗かせた困り顔から笑顔になり「すぐそこにいるよ」と声高に言いながら顔を引っ込めた。
そしてその直後に「おそーい」との部長の声が響く。

私達は校舎の正面へ出てその場で待っていたケイト先輩と合流してから昇降口へと向かう。
左手側には校舎の耐震化用の柱が斜めに取り付けられて隙間から窓が見える。
残念なことにカーテンがどの部屋も閉めきってあり内部を覗き見ることができない。

この校舎のどこかに開かずの間があるのだ。
AI部部長の依頼を思い出すと、何故開かずの間を探しているのか?という理由が不明だったことを思い出した。
そして聞いても明確な答えは得られないのではないのかという予想はできた。

そんなことを考えている内に辿り着いた昇降口前には腕組をして仁王立ちする部長がいた。
遅れたのは私のせいじゃないと理由を言うつもりで「ちょっと立て込んでいました」と説明しようとしたが、「遅い」と一言だけ言ってからおばさんへ向き丁寧な挨拶と解錠の依頼を改めて口にした。

おばさんは「ちょっと待ってね」と手に持っていた鍵を二つ交互に見比べてから昇降口正面へと歩み出る。
やはりベニヤ板でガラス部分が塞がれてはいるが取っ手と足元部分にある鍵穴は露出していて鍵を差し込んで回すとくぐもった金属音がした。

「これで中に入れるわ。
一輪さん、この取っ手に手をかけて開いてね」

何故か私は指名されて近付くことになった。
先輩達は何も言わず、ケイト先輩にいたっては両手を左右に動かして促してくるので一抹の不安を抱えながらも両開きの引き戸の左側に手をかけた。

ゆっくりと開こうとしたが建付けが悪いのか上手くいかないので少し力を入れると砂利の擦れる音とともにガタガタと隙間ができた。

「おい、一輪。
何が見える?」

そう言われても外の方が明るくて暗闇に目が慣れない。
しかしそれでも
「予想以上に暗いんですけど、二階はカーテンで閉め切ってましたよね?」

閉め切って真っ暗な内部に私の開いた扉の隙間から差し込む光の先には複数の靴箱がありその先には廊下が左右に延びているようだ。
そして-ー。

「えっ……!?」

照らされた部分の陰、私が手をかけた引き戸の逆側に隠れるようにして人が立っていた。

心臓が止まるかと思った。

それは私の方を向いてじっとしていて、私はそれをやや上から見下ろす。
微動だにせずじっとしている。

私も動けない。
しかし心臓は早鐘のように脈打ち額に一瞬にして冷や汗が出たのに対して全く正反対だ。

なにせ、相手の心臓は見てわかる通りに動くことなくそのままなのだ。
裸でしかも左半身は皮膚が無く血管や筋肉が露になっているそれは、ただただじっと佇んでいる。

「……何ですか」

平静を取り戻ことが出来ずに、それでも非難めいた口調で絞り出せた。

「驚いただろ。
ある意味これも伝統だな」

部長が自慢げな声を背後からかけてくる。
ああ、だから私に引き戸を開けるよう促された時に何も言わなかったのか。
合点した私は尚も人体模型から目が離せない。
一瞬の驚きとそれからくる恐怖が足を竦ませて私の思考と行動を奪っていく。

こんな話聞いていない。
本当にびっくりしてちょっとちびったなんて誰にも言えない。

「大丈夫か?」と気に掛ける三人の声を掻き消すように、部長のチワワ声が入って来る

「これこそが、七不思議の一つ。
『暗闇で蠢く人体模型』だ」

その高笑いを聞きながら「七不思議なんて大っ嫌いだ」と声を震わせることしか私にはできなかった。

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時間が取れない状況なので年内あと1回更新できるかどうかです。

次回更新日
年末予定



[43252] 33
Name: トドっち◆562b66af ID:b9c938af
Date: 2022/01/15 20:04
2022/01/15(土)
20:04
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力を込めて戸を開き切ると、校内へ光が吸い込まれていき陰の残るぼんやりとした薄暗い空間が広がった。
静寂と共に開いていない反対の戸に隠れるように佇む人体模型。
その皮膚から露出した左半身がより鮮明に見える。

こんな七不思議なんて聞いたことが無い。
内心の薄暗い怒りの感情を抑えつつ、第一歩を踏み出して平静を装うことにしたが後ろから「一番に入ろうと思ったのに」と恨み節を呟く部長の声に少しだけ心が晴れた。

「ここは生徒用の出入口だったけど、今では唯一の出入口として扱っているの」

おばさんはそう説明し、以前不法侵入や鍵の紛失があって、この扉を左右に開く以外は内側からベニヤ板で塞いでいることを伝えてきた。

すると部長がそこで疑問を口にした。

「ということはだ、七不思議はここが閉鎖された後に生まれたことになるのですか?
私が一年だった時には既に人体模型は入り口に配置されていた。
がしかし、そうすると七不思議とは比較的新しいということになる」

「そうねぇ……」おばさんは思案気に呟き、全員が旧校舎内に入るとデバイスのライトを点灯するよう言い準備終えたのを確認してから扉を閉じた。

漆黒の闇……とまではいかないけれどもベニヤ板の隙間から差し込む光は面というよりも線のような照らし方しかできていない。
デバイスの光はそんな外光を掻き消す。

照らし出された靴箱が左右向かい合うように並んだ場所は閉め切っているせいかどこか埃っぽい。
出入口が決められているからだろう緑色の外賓用スリッパが複数多めに置かれていて私達はそれに履き替えた。

「少なくとも七不思議と言われるようになったのは3年前くらいね。
きっと誰かが、ここに人体模型が置かれていることに知って面白おかしく言ったんでしょうねぇ」

「こまったものね」と言うおばさんはやや楽し気に頬が緩んでいる。

「やっぱりそうか……」

一人合点がいったようで部長はそれ以降黙りこむと、しんとした時間が私達を包み込む。
それはほんの少しの時間だったにも関わらず、部長の深謀遠慮さを際立たせていて私は不安になる。ドローンの行方よりもこうやって余剰部品を確認し、現状の最優先であるレース参加に間に合うよう手を打つその行動力と判断力は私が何度も廃部を主張していた時も発揮されていたのではないのかと。

そんな私の心境をよそに皆はおばさんの後を追うように履き慣れないスリッパをぺたぺたずりずりと音を立てながら靴箱から離れると、昇降口に並行してのびる廊下に左折して歩きだす。

壁には電灯用のスイッチがあるものの誰も手を触れない。
不思議に思って押してみるもパチンという軽快な音以外は何も変化はなかった。

「一輪ちゃん、ブレーカーが落とされていて一括して操作ができる機械がこれから向かう事務室に設置されているの」

んっふふ……と笑われた気がしたが光が当たっていないので表情は見えなかった。

ケイト先輩と部長は何度か来ているのだろう、余裕さが感じられる足取りだ。

「ん?」

不意に私の左袖が引っ張られた気がした。

「(誰かが私を掴んでいる?)」

一瞬緊張が走り身体が強張るも、ふと誰かを忘れていたことを思い出して振り向いた。

「つーちゃん怖いの?」

「!
うるせぇ」

「睨まれた……こっちの方が怖いよ」

大人しかったつーちゃんがパッと私の袖を離すと大股で私の前を歩くがちょっとばかり前かがみでやたらと周囲をライトで照らしていた。
左側は今の学校と変わらない教室や職員室らしき引き戸があり、反対側は窓がやはりベニヤ板で打ち付けられて外側から塞がれている。
何だか微笑ましい気持ちになるものの必然的に最後尾を歩くことになってしまった。
後ろを振り返って暗闇にライトを向けるが光が拡散してしまい廊下の遠くまでは照らせないはずなのに、廊下の突き当りは突き当りであるとわかるようなぼんやりとした明るさがあった。
天井に備え付けられた非常口を表すピクトグラムの明かりではない。
それは2階からのカーテン越しに入り込んだ外光の影響だろう。

そんなことを考えながらもっと手前、薄っすら照らされた昇降口の壁の角から人体模型が覗いていたーーという怖いことを考えてしまう。
ハッとして皆の方を見ると私は離されてしまったと気付く。
暗さと4つの揺れる光が私を心細くさせもっと遠くへいるように思わせたが、慌てて駆け寄ると10mもせずに追い付けた。

「怖いんか?」

「つーちゃんじゃあるまいし」

薄明りの中でニヤつくつーちゃんに対して私は自分のライトを自分の顔の下から照らして皮肉った。

「!
うるせぇ」

「だから怖いって」

そんなやり取りをしていると「ここよ」と言っておばさんや先輩方が立ち止まった。
左側にある入り口には廊下に突き出る形で事務室と書かれている札があり、目的の部品などが保管されているかもしれない部屋へと行くためには必要な場所に到着したのだと分かった。

「それじゃぁちょっと待っててね」

おばさんだけが別の鍵を取り出して解錠して入室すると、私達は廊下に待つことになり、手持ち無沙汰な時間が生まれた。
開きっぱなしの室内は事務机が並び、その上には何かの書類や本が平積みされていて、いくら今よりも電子化される前と言えども量はあり人が物陰に隠れてそうな雰囲気を漂わせている。

静寂を破るようにブレーカーを操作する音が響き天井に備え付けられた蛍光灯が点灯し、暗闇に慣れきっていた私が目をしばたかせているとおばさんが近寄ってきた。

「お待たせ、私はこの事務室内で管理者として待っているからゆっくり探し物してきてね」

恐らくは教室用の鍵を部長は受け取ると「いつもありがとうございます」と部長が軽く頭を下げたので私達も頭を下げる。

「よし急ぐぞ。
ルールがあってな、いくらでも旧校舎に留まって良いわけではなく30分が上限だ」

「一応そうなっているけど、今日は特別ね。
何か切羽詰まっているようだからしっかり探して良いけど……」

「それはありがたい。
がしかし、ある程度探してそれでもなければ別の手を考えます」

「せめてパーツでもあると良いけどねぇ」

おっとりとしながらもケイト先輩は思案気に呟きながら、廊下の突き当りに向かう部長の後を私達を伴って歩き出す。
そこは私とつーちゃんとおばさんが渡り廊下を歩いてケイト先輩と合流した場所の内側だ。
左側に部屋は無くなり代わりに上階へと続く階段とトイレがあった。
旧校舎は正面から見て左右に同じくトイレと階段が配置されているのだそうだ。

「大抵は事務室で事務員と分かれてからだからこの階段を上ることになる。
3階の一番奥、つまり反対側の階段の隣だな」

「降りる際はどっちの階段で下りてもたいして変わりないのよねぇ」

2階に上がる頃には既に日が傾きつつあり徐々に本当の闇が迫っているのが分かった。
それでも、廊下側の窓はベニヤ板やカーテンは無いからか1階と違いどこか解放感を感じさせる。
そのまま3階へと上がり、廊下用の照明スイッチを入れると不安を掻き消すように光が灯った。
まったくもって人工太陽発電というかつて熱核融合炉と呼ばれた技術はすばらしい。

しかし、一番奥の蛍光灯は切れているのか明滅を繰り返している。

「あそこに行くんですか?」

「んっふふ……(やっぱり怖く感じるよね?)。
皆がいるから大丈夫よー」

「だってつーちゃん。
安心だね」

「後で覚えてろよ?」

「怖くなるのは仕方がない。
がしかし、接客中に尻を触ってきたり「俺の酒が飲めねぇのか」だのと言って口付けたコップを押し付けてくる男共よりは怖くないだろ?」

「んっふふ……(その怖い話とは別よ?)。
皆がいるから大丈夫よー」

私達は足早にチカチカと光る場所へと向かい、私とつーちゃんが気が逸れる暇もなくただ一か所の目的の場所へと目指した。
そのため、途中で音楽室や理科室と書かれた場所を過ぎたが開けるわけにもいかず黙々と押し黙ったまま歩くことになる。

どこに開かずの間があるのか?
各教室の引き戸には鍵穴があるのは分かったが、実際に触れてみないと施錠されているか確認しようがない。
第一、基本的に施錠されているのなら開かずの間なんて確認しようがないじゃないか?
限られた時間で全ての扉という扉を調べることは無理だ。

私がそういう結論に達した時に辿り着いた。
すぐ隣は階段だ。

「は?」

唐突につーちゃんが驚き声を上げた。

「普通の教室は前後に出入口があるだろ?
がしかし、旧校舎は新校舎がまだ足りない時代に、部室用にいくつか余った教室を半分にして部屋数を増やしたらしい。
だから出入口はこの階段側一か所だ」

部長が説明してくれてはいたもののつーちゃんが驚いたのはそこではないはずだ。
なにせ部室の入り口、一か所しかない出入口。
その引き戸には左右どちらにも南京錠が付けられていて動かせないようになっていたのだから。

「何でこんなに厳重なんだ?」


「これこそが、七不思議の一つ。
『開かずの間』だからな!」

AI部部長に言われて私とつーちゃんが探そうとしていた開かずの間が、今まさに目の前で開かれようとしていた。

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次回更新日
2月予定



[43252] 34
Name: トドっち◆562b66af ID:b9c938af
Date: 2022/12/30 16:37
2022/12/30(金)
16:37
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・・・



七不思議ーー。
その話を聞いた時はまさかと思った。
発端はこの学校の生徒が利用する中傷用SNS、所謂(いわゆる)バーチャル裏サイトというやつでの書き込みだった。

名指しを避けるのは当然ながら、アバターモデルについても何か言うわけでもない。
仲間内で言うキーワードや隠語で成立するそれは第三者が見れば何のことを中傷しているのかわからない。
例えば『トイレの花子さん』というワードは良くある都市伝説のことではなかったように。

僕はネットに詳しい弁護士を頼るのではなく昔取った杵柄とはいかないまでも、それを調べていくことにした。
なにせ中傷用SNSは、他ならぬ学校が運営する生徒用のVR空間なのだから。

七不思議などというカモフラージュでバレないとでも思っているのだろうか?
いや、バレても問題ないからと高を括っているのだろう。
浅知恵ながらも自分への被害は来ないようにしているからといってそれが有効な手段である保証はないのに。

だからこそ、ドローン部の部長を助けるには七不思議を利用した方が効果的だ。
トイレでタバコを吸う者がトイレの花子さんならば、開かずの間とは関係者以外を不可侵にする場所。
彼女を守り、そしてーー。

自分を守る。



・・・



旧校舎に降り注いだ西日が急速に失われていき廊下の照明は不安げに点滅を繰り返す。
部長が開かずの間だと言ったそれは入り口に南京錠が付けられただけの後は何の変哲もない教室の扉。
その内側がどうなっているのかは分からないが、鍵が掛けられて開けないならば開かずの間と強弁できる。

まずは引き戸の左右が交差する部分に元から取り付けられている鍵穴へと部長が鍵を差し込む。
それはおばさんから渡された鍵なのだろう。
特に手間取ることも無くすんなりと解錠された。

続いてスカートのポケットから取り出したのは小さな鍵。
南京錠用とみられるそれは小さなリングで二つの鍵をまとめていた。
それを右手に持ち、右側の扉に取り付けてあるラッチにぶら下がる南京錠を左手で掴む。
やや鍵は入りにくかったようだが、カチッと小さな音と共にこちらも簡単に解錠される。

部長は南京錠をラッチの輪から取り外して鍵と一緒にスカートの左ポケットへと入れ終えると取っ手に手をかけて、「開けるぞ」と私達を一瞥(いちべつ)してから一気に開こうとした。
しかし建付けが悪くなっているのか途中何度か引っ掛かりながら開き切る。

ベニヤ板が無いものの窓には茶色がかった薄いカーテンで閉め切っており、薄暗さの増していく時間から取り残されたような籠った室内の熱が私達へと降りかかった。
一瞬息が詰まり、目をしばたかせた。
その空間は、いつも私達が集まる場所と同じ感覚を初めて与えてくる。
新鮮な感覚だった。

やがて先輩達の後に続いて入室した後にドアを閉じる。
取って付けたような照明のスイッチを押すとすんなりと室内は明るくなり、置かれた荷物の多さが視認できた。

「物置部屋じゃねぇか」

つーちゃんの呟きは的確だ。
歴史ある機械無線部は現状専用の部室を持っていない。
しかし機材は溜まっていく。
すると当然置き場所を求められる。

狭い部室には所狭しと段ボール箱が積み重なっている。
みかんと書かれているものから野菜名まで大小様々な箱達。
その中には捨てるのは忍びないパーツが眠っているはずだ。

「探しがいがあるというものだろ。
とは言っても、必要な物があると良いのだがな」

「レース用のドローンのパーツがあってもそれで一台組めるとは限らないけど、できるだけ探しましょう」

先輩二人は早速山積みになったみかん箱や大小さまざまな箱に手を付ける。
一つ取っては床に置き中身を確認するためにしゃがみ込む。

「ジャージでくればよかったな、スカートが汚れそうだ」

腕まくりしながらぼやく部長に同意する副部長。
対して、つーちゃんは我関せずと言った涼しい顔で作業に取り掛かる。
ここで私が「ズボンで良いね」なんてからかおうものならセクハラ、差別認定くらってしまう。

「なんか失礼なこと考えてないか?」

つーちゃんと目が合ってしまい突っ込まれてしまったが、「考えてないよ」とちゃんと否定した。

「信用できねぇ」

「ひどい」

でも信用できないという信用は得ているみたいで嬉し悲しい。

私はそそくさと壁側の隅にある段ボール箱へと移動して中身を確認する。
つーちゃんの追及はこれで逃れることができたので、気を取り直して集中することにした。

ギア、基盤、お餅になったニッケル水素充電池、割れたメガネ、折れたシャフト等の歴代の遺産をかき分けて目ぼしいものを分別していく。
流石に電池は捨てた方が良いので残す物とは別に取り分ける。
探している物が明確なのに見つからない。
出来るだけ早く次の箱へと手を伸ばしていく。
しゃがみ込み、スカートの裾が床に擦れて汚れるのも気にならないほどに。

部室内は物を置く、動かす音が響く。
誰一人として口を開かずにただ黙々と。
時間の流れが速いのか遅いのか分からないほどに、きっと三人はパーツ探しを行っているのだろう。
私は室内を見渡せるように壁を背にして作業を進める。

部長は空になった比較的綺麗な段ボール箱を開いて内側を上にすることで座布団がわりにして胡坐をかきながらモーターを見ている。
すでに足元には必要なパーツを複数並べていて、不必要なものは離れた場所にまとめてあった。

ケイト先輩は書類関係の箱を開いてしまったようで、今では電子化されるような製品マニュアルや分厚い辞典、卒業アルバム、週刊誌、漫画雑誌を出して軽くしてからは箱ごと移動しては下の箱を開いて中を確認していた。
おや?
今は貧困女性救済や男女共同参画若年女性保護の観点から禁止された、グラビアアイドルという職業の少女達が表紙を飾ることができた週刊少年マ〇ジ〇などの少年誌をチラチラ見ている。
おや?
自分の胸に手を当てだした。
漫画の胸の大きなキャラが駅のポスター広告に平然と貼られている時代があったと友人から聞いたことがあったが、実在する青少年はもっと厳しい表現規制社会だから胸の大きなケイト先輩にとっては思うところがあるのだろう。

つーちゃんの方はと言うと、片膝をつきながら何故かラジコン用の内燃機関のパーツを並べて見比べていた。
今の環境保護時代、電池とモーターでドローンは飛ばすのだからエンジンは不要のはず。
それにもかかわらず真剣な眼差しを向けている。
それは趣味人の眼光だった。
かつて曾祖父がAIB〇を修理していた時と同じ眼差しだ。
それは絵になる職人の作業風景だった。
とは言ってもここに来た目的を忘れている気がする。

そんな私の視線に気付いたのかこちらと目が合い、そして睨まれた。
理不尽な思いを胸にしまいながら、私は私で目的達成のために黙々と、淡々と自分の周囲に積んである歪に歪んだ箱達を順番に見て回った。

パーツが多々あっても、レースに使用できそうなドローン本体は少なかった。


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