日の光が届かない鬱蒼とした森の中に三つの影が蠢いていた。三つの影の内、一つは凄まじい勢いで吹っ飛び一本の木をへし折り止まった。止まった影をよくよく観察すると地球の豹に似た姿をしていたが、豹と異なる点は鋭く延びた二本の牙だった。そんな豹に似た魔物(サーベルタイガーLV151)に近付く二つの影は、一つは180センチ近くの燃えるような赤毛と茜色の瞳の少年と190センチ越えの短髪の黒髪黒瞳の少年だった。二人の少年は、惑星グリモワールの統一言語で話し始めた。
「うっしゃあ。また、一丁上り。コイツの討伐部位って、牙だっけ」
「うん、そうだね。レベルは、どれ位になった」
「ちょっと待ってな。今、討伐部位を切り取ってステータスカードを見るから」
そう言って、腰に差したアダマンナイト製の採取用のナイフを抜いて牙を切り落とした。切り落とした牙を肩にかけた鞄に入れ、採取用のナイフを腰に差し直した後懐に手を入れて銀色に輝く名刺サイズの板を取り出した。取り出した板に視線を落とすとレベルを読み上げた。
「LV147だな。もう暫くこの付近でレベル上げか?」
「そうだね。暫くはここら一体で、レベル上げだね」
そんな風に、言葉を交わしていると森の奥からミスリル製の完全装備の170センチ前後の快活そうな少女と落ち着いた雰囲気のこれまたミスリル製の軽装に精霊剣アルシェリオンを装備した少女がやって来た。
「まー君、陸。そっちは、どんな感じ」
「みぃに実咲か。こっちは順調だね。そっちこそ、どんな感じだ」
「ミサちゃんも順調だよ。つい先刻LV146になったよ」
「よっしゃあ、俺の方がレベル高けぇ」
「何ですって?いったいレベル幾つなの?」
「LV147だぜ」
「たったレベル一差じゃないの。それで威張る事ないでしょ」
「たった一の差でも、レベルが高い事には変わりありません」
「むぅぅ、みぃと誠には負けてるじゃん」
「みぃと誠は、別枠だろ」
そんな風に、ギャァスギャァスと危機感無く騒ぎながら近くの城塞都市インヴォルグへの道を辿っていた。
◆◆◆
夕方のインヴォルグの冒険者ギルドには、クエスト帰りや夜間のクエストに備えて空腹を満たそうとする冒険者達で犇めきあっていた。
そんな時間帯に、平服を着た両腰に造りの立派な剣を引っ提げた180センチ近くの剣士とおぼしき少年と、腰に採取用のナイフとアダマンナイト製のガントレットとアダマンナイト製の胸当て、脚甲を装備した190センチ超えの少年と、170センチ前後のミスリル製の完全装備の少女と、170センチ超えのミスリル製の軽装に両手直剣の少女の四人組が、ギルドのスウィングドアを開けて入ってきた。入ってきた四人組に視線が集中して、ヒソヒソと会話が交わされる。
「スクワッドの連中が帰ってきたぞ」
「本当だ。今回は何を討伐して来たんだろう」
「って、言うか。相変わらず美少年と美少女だな」
「おっ、鋼の蛇がちょっかい掛けるみたいだぞ」
「全員で叩きのめされるのに、100ガルド」
「魔剣士に叩きのめされるのに、200ガルド」
「聖騎士に叩きのめされるのに、250ガルド」
「グラップラーに叩きのめされるのに、300ガルド」
「精霊剣士に叩きのめされるのに、1000ガルド」
「「「はぁ!?誰だそんな高額な賭けしたのは?」」」
周りのベテラン冒険者達が、各々好き勝手に無知な冒険者達が今後どうなるかを賭けの対象にするなか賭けの対象になった四人はというといたって普通にしていた。
少しだけ時間を遡って、鋼の蛇と呼ばれた男性六人組に四人組の少年少女が囲まれていた。
「おうおう、良い装備してんじゃねぇか?何処のボンボンか知らねえが良い装備してたからって、冒険者が務まるとは思わね事だな」
「そうそう。だから、その装備と女を置いてとっとママの元に帰んな。ボクちゃんたち」
「嬢ちゃん達には、夜の冒険者のいろはを一からたっぷりねっとり教え込んで遣るからよ」
「「「ギャハハハハ」」」
「野郎、ぶっ飛ばしてやる」
「陸、私が遣る」
「おっ、どうした嬢ちゃん。今から遣って欲しいのかい?積極的で良いね」
「うるさい、ドさんぴん。とっと掛かってこい、三下ども」
「なっ、嘗めやがって。顔が良いからって、下手に出てりゃあ優しくしてやんねえからな。お前らも手ぇ貸せや」
「ハッハ、全員で可愛がった後まわしやんよ」
「泣き叫んだって、手加減してやんねえからな」
「はぁ、御託は良いからとっと掛かってこい。こっちは、疲れてんのよ」
「何だと、手加減してやんねえからな。全員掛かれ」
掛け声と共に、三人が同時に三方から襲い掛かり残り三人が後方から襲い掛かるという二段構えで1陣を抜けても、第2陣で仕留める万全の態勢だと思う作戦を実行した。一瞬で六人全員の意識を刈り取った静谷 美琴はパーティーメンバーの龍崎 誠と松風 陸人と藤倉 実咲の三人に振り返った。
「お疲れ様、みぃ」
「そんなに疲れてないよ、まー君。陸とミサちゃんは依頼の終了をしてきたら?みぃとまー君は、買取カウンターで魔物素材の買取して貰ってくるから」
「おっしゃあ、依頼完了の手続きしようぜ。実咲」
「そうね、ここからは別れた方が良いわね」
「ちょっと待って貰おうか、四人とも」
「はぁ、レイザール。疲れてるから、早く換金して宿で寝たいんですけど」
「相変わらず連れないね、そんな所も良いんだけどね」
「いい加減にして、早く要件を言って」
「すまない、要件なんて分かりきってるだろう。今からでも良いからウチのクラン〈黄金の夜明け〉に入らないかい?」
「はぁ、またそれ。私達は冒険者を生業にするつもりは無いよ」
「金ランクになる程の腕前なんだ。ここに居る間でも良いから、ウチのクランに入ってクランの強化に手を貸してくれ」
「無理だな。陸と実咲の二人の強化に手一杯で他の人物の強化まで手が回せない」
「まー君……」
「マコト君、クランリーダーと副リーダーを譲ると言ってもかい?」
「クランリーダーや副リーダーになったら、クランメンバーの強化だけに専念出来なくなるだろう」
「そこはほれ、前リーダー達が実務をこなしてメンバー強化に専念させるのさ」
「それならリーダーに据える必要性が皆無だろ。それにパーティーメンバーの強化は、スキル 王たる器で陸と実咲のステータスを僕のステータスに上書きしてレベル上げを実行してるから、二人以外レベル上げを実行できないんだよ」
「何、そうなのかい?それじゃあ仕方ないね。大人しく諦めるよ。換金の邪魔したね」
「うん、邪魔」
「みぃ……」
「ハッハッハッ、邪魔者扱いされたのは初めてだよ。じゃあ、またね」
そう言って、二十代前半の金髪碧眼のミスリル製の完全装備の男性がギルドから立ち去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、誠と美琴、陸人と実咲は言葉を交わしつつ二手に別れた。
「みぃとまー君は買取カウンターに行ってくるから、陸とミサちゃんは依頼完了の報告に行ってきて」
「オウ!行くぞ、実咲。」
「また後でね、みぃと誠君」
「後でな、陸と実咲」
◆◆◆
買取カウンターでは、左目と右顎に刀傷がある青髪に銀色に輝く瞳の壮年男性が弾け飛びそうなギルド職員の制服を身に纏って誠と美琴の二人を待っていた。
「相変わらず仲が良いな、御二人さん」
「そうかな?それより1週間ぶりだね、リオンさん。調子はどうでしたか?」
「ぼちぼちだな。今日の素材買取は、何だ?」
「コカトリス54羽とバジリスク62匹にカトブレパス118かな」
「魔の森の深層部の魔物じゃねえか」
「みぃとまー君は、魔の森の深層部の魔物じゃないと経験値にならない」
「魔の森の深層部でないと、経験値にならないとなるとレベルは200オーバーなのか?俺が現役の時でもコカトリス1羽やバジリスク1匹で、フルメンバーのパーティーでも悪戦苦闘してたぞ」
「あははは、みぃと僕はLV250オーバーだよ」
「何だと、それじゃあ俺より強いのか」
「リオンさんのレベルは幾つなの?」
「俺のレベルはLV196だぞ。コカトリスの毒袋54個とバジリスクの毒腺62個とカトブレパスの瞳118個、締めて3000,000ガルドだ」
「ヘェ~、随分高値になったね。1個当たりの値段を教えて貰える」
「コカトリスの毒袋が1個8,000ガルド、バジリスクの毒腺が1個5,000ガルド、カトブレパスの瞳が1個20,000ガルドの査定だ。問題有るか?」
「ううん、問題無いよ。その査定額でお願いします」
「分かった。奥から金を取って来るから番号札を持って少しだけ待ってな」
「了解、番号札持って待ってます」
◆◆◆
その頃、陸人と実咲は受付カウンターで肩までの栗毛に菫色の瞳の二十歳前後の美人の受付嬢に話し掛けていた。
「シオンさん、サーベルタイガーの討伐依頼完了したから手続きお願い」
「はい、でしたら討伐部位のサーベルタイガーの牙を10本提出お願いします」
「あいよ、サーベルタイガーの牙10本だな。」
そう返事を返して、肩に掛けた鞄を漁りサーベルタイガーの牙10本を取り出してカウンターに並べた。
「はい、サーベルタイガーの牙10本確認致しました。依頼料200,000ガルドお支払しますね。番号札を持ってお待ち下さい」
「OK、飲み物飲んで待ってます」
◆◆◆
天ケ崎 佑斗と大神 虎太朗、彩羽間 美桜と高宮 咲耶、江上 禀と鈴倉 桜の六人組はグロリアース王国騎士団の精鋭十数名と、迷宮都市グランザに来ていた。迷宮都市グランザには、アトワイト洞窟、ニルヤ遺跡・グランザ迷宮の三つのダンジョンが有り、唯一未踏破じゃないアトワイト洞窟で実践訓練を行なっていた。
「はぁ!」
裂帛の掛け声と共に、グレムリンが魔素に還元されて消えた。佑斗は振り返り左右に声掛けした。
「虎太朗、咲耶。そっちは、どうだ?」
「オッス、此方は片付いたぜ」
「此方も片付いたわよ」
「良い感じだな。82層まで来たから、後18層だろう。余裕余裕」
「はぁ、そんな風に余裕かませていると痛い目見るよ」
「はん、何が来ようとも蹴散らして遣るぜ。咲耶」
「虎太朗君、油断大敵だよ」
「虎太朗っち、ただでさえ考え無しなんだから気を付けた方が良いよ」
「そうそう、禀ちゃんの言う通りだよ」
「なっ、考え無しってそんな風に思ってたのかよ。咲耶、美桜、佑斗、俺考え無しじゃないよな」
「無鉄砲よね、虎太朗って」
「あははは、ノーコメントで」
「虎太朗の良い所だろ、愚直な所って」
「オーマイガー、親友にすら考え無しだと思われてた」
「ドンマイ、虎太朗っち」
「皆、元気だな」
騒ぎながら、アトワイト洞窟の深層へと踏み入って行く勇者パーティーだった。