ある日、2人の孤児が召喚師見習い候補として蒼の派閥へやってきた。1人は無気力な女の子、もう1人は山で拾われた落ち着きのない男の子。2人は後日決まるそれぞれの後見人の元、派閥での生活を余儀なくされるのだが……。
その日の内に、男の子が忽然と姿を消してしまった。しかも召喚術に用いる触媒的アイテムと一緒に。
わりと大規模に、しかし事態を漏らさないためにこっそりと男の子の捜索は続けられたが、成果はなく。結局は半日後、無傷の男の子が自主的に帰還した事で事態は収束した。
だが事件の本番はこの後にあった。
捜索にあたっていた派閥の面々が男の子の周囲で困惑していると、突然「ばかもの!」という怒声と共に、1人の召喚師が集団から飛び出した。そしてその召喚師は周囲の視線に憚りもせず、男の子を叱りはじめたのだ。
「お前はしでかした事がわかっているのか!?」とか「派閥のモノを勝手に持ち出してはならん!」とか「心配をかけた者達に謝らないか!」とか……言ってる事は正しく説教なのだが、しでかした男の子の方が気の毒になるほどの剣幕で。
突然の事に衝撃をうける周囲の者達だったが、その説教してる召喚師の姿を認識してさらに驚愕した。その召喚師は温情溢れて慈悲深いと有名で、激昂する所を誰も見たことが無かったからだ。
召喚師による説教は10分、20分、30分と続き、男の子が泣きだしても続き……1時間後に他の派閥員が間にはいるカタチで、ようやく終結となった。
これが『蒼天の霹靂事件』――10年以上前に発生したにもかかわらず、今も蒼の派閥で語り草になっている「ラウル・バスクを怒らせたらどうなるか」という話である。
以来、男の子――若き日の少年『チャーハン』は、説教をした召喚師――若き日のラウルに頭が上がらず逆らえなくなった。そしてラウルを見かけるだけで、少年は心の古傷を抉られる思いをするのである。
***
「では試験を始めるとしようかの」
「は、はひい……」
そんなわけで、すでに少年のメンタルはクライマックスだった。
「これこれ、そんなに緊張することなかろうて。……ふむ、そうじゃな」
窓を挟んで試験会場の向こうにいるラウルが、手元に持つ資料をパラパラとめくる。
「試験内容は『召喚した護衛獣との共闘』だが、『護衛獣』とは何を指すか答えてみなさい」
「……ハッ、ハイ! 『護衛獣』とは、主に召喚師の護衛をするために召喚された存在の通称です。護衛獣はその役割上、元の世界へ送還せず、常に召喚師のそばにいさせます。あと護衛のみならず、護衛獣に身の回りの世話全般をさせる召喚師もいます」
「なるほど、まあよかろう」
その言葉に、少年は僅かばかりの溜息を洩らす。張り詰めた空気を吐き捨てたからか、緊張もだいぶマシになった。
「ではサモナイト石を用い、護衛獣を召喚して誓約を交しなさい」
ラウルが合図をすると、彼の部下がテーブルと共に入場した。そして4つのサモナイト色を等間隔にテーブルへ置くと、さっと部屋の端に寄った。
「……(さて、どうしたもんか)」
少年は石1つ1つに触れていく。
『機界ロレイラル』の召喚術に使う黒いサモナイト石――石の中でうすぼんやりとした光が揺らめいた。
『鬼妖界シルターン』の召喚術に使う赤いサモナイト石――さっきと同じ。
『霊界サプレス』の召喚術に使う紫のサモナイト石――やや小規模だが、力強い輝きが放たれる。
『幻獣界メイトルパ』の召喚術に使う緑のサモナイト石――光が弾けた。
「……(召喚術全属性との魔力適性は持ってるけど、苦手で使ってないロレイラルとシルターンはこんなもんか) 」
リィンバウムとそれを囲う4つの異世界において、魔力には4つの属性(機・鬼・霊・獣)があり、異界の住民は出身世界と同属性の魔力を持つ。しかし、リィンバウム人が持つ魔力属性だけは、なぜかヒトにより異なる。
そして召喚師は自身の持つ属性に合った召喚術しか使用できない。
例えばミモザは獣属性の魔力を持っており、メイトルパの召喚術を得意とする。ギブソンは霊属性の魔力持ちで、やはりサプレスの召喚術が得意。
しかし2人とも、自身の得意属性以外の召喚術は使用できない (ただし無色のサモナイト石を用いた『名も無き世界』の召喚術は例外的に誰もが使える) 。
2属性以上の召喚術と相性が良い召喚師は世界的に見ても希有であり、その上召喚師としての才覚もあるモノはそうそういない。
少年は全属性の召喚術を使えるが、その才能を派閥が公認する適性ランク『S(最上級)、A(上級)、B(中級)、C(下級) 』で表すと……
『ロレイラル:D(最低) 』
『シルターン:D』
『サプレス:C』
『メイトルパ:C』
となる。なお上記の値は少年の現在の能力ではなく、伸びしろ的な意味合いを持つ。
少年は「無理に冒険することもない」とそう思って紫のサモナイト石を握りしめる。サプレスの召喚術は、少年の魔力適性と最も合っているのだ。
ラウルの部下により机とサモナイト石が片づけられるのを見届け、いよいよ護衛獣を召喚する時となった。深呼吸を数回し、両手で頬を叩いて気合いをいれた少年は、ポケットから……。
「言い忘れておったが、教本等の閲覧は禁止としている」
護衛獣召喚の呪文が書かれた手帳を取り出そうとして止めた。
召喚師は普通、召喚術に関する基礎的な呪文は完璧に言えて当然である。しかし少年は、完璧にうろおぼえだった。
しかしその程度でへこたれる少年では無かった。召喚術、とりわけ護衛獣召喚にとって重要なのは、召喚対象を思い描くイメージ力なのだ。自分の欲するモノを明確に定義し強く欲する事で、護衛獣との運命的遭遇を引き当てるのだ。
もちろん呪文の方も大事だが、どうってことはない。少年は生来の楽観的思考でそう決断した。
「では、いきます」
意を決した少年は、自分に内在している魔力でもってサモナイト石を満たしていく。満たされるほど石は輝き、漏れ出た魔力が紫の粒子となり周囲を漂う。そうしてサモナイト石に十分魔力を充填すると、声に魔力を込め言霊として呪文を紡いでいく。
「古き英知の術と我が声によって、今ここに召喚の門を開かん……」
呪文に反応したサモナイト石が、眩いほどの紫光を周囲にまき散らす。やがて光は一点に収束し、空間を歪ませ、異世界との境界を取り払うゲートとなる。
「我が魔力に応えて異界より来たれ……」
わずかに開けたゲートから、サプレスの魔力が漏れ出してきた。空間の歪みを制御しながら、ゲートを少しずつ拡大していく。
空間歪曲の反作用で空気が荒れはじめる。懸命に姿勢を正す少年は、ゲートの向こう側に誰かの魔力を感じた。続く呪文を口ずさみ、ゲート越しに呼びかける。
「『イニシエの契約』の下に、チャーハンが願う……」
自分で詠唱した呪文に、ほんの少しの違和感があった。だが術の維持に手いっぱいで、気にする暇が無い。
ゲート向こうの気配が強くなってきた。刺すように冷たくて濃密な魔力が流入し、少年の身体を通り過ぎていく。髪や制服に霜が降り、耳や指先が凍えて痛くなった。
「……(なんだ?)」
だのに、少年は自分の身体の奥底があたたかくなっていくのを知覚した。この吹雪のような圧倒的な魔力が、どこか懐かしく思えたのである。
「……(ゲートの向こう側にいる誰かを、僕は知っている?)」
少年は産まれてこのかた、サプレス方面に知り合いをつくった覚えはない。あり得るはずがないデジャビュを、頭を振って打ち消す。
そうこうしている内に、ゲート向こう側の何者かが反応したようだ。吹き荒れる何者かの魔力が、サモナイト石の中に浸透していく。そして浸透した魔力がカタチを変えて誓約の印となり、石に刻みこまれる。
今ここに、誓約の儀式は成立した。後はサプレスにいる誰かを、リィンバウムに引っ張り込むだけ。少年は最後の一節を、声高らかに宣言する。
「呼びかけに応えよ、異界の『友』よ!!」
眩い閃光が、試験会場の隅まで埋め尽くした。
~~~~~
「やったか!」
光で正面をまともに見れなかったが、少年は自分の召喚術に手ごたえを感じていた。人生一番の出来だと確信していた。だから輝きがなりを潜めた後には「きっとまだ見ぬ異界の存在が召喚されているんだ」と思っていた。
しかしその思いは2つの意味で裏切られる。
「ん?」
光が止んだ。しかし試験会場には少年以外誰もおらず、少年がつくったゲートだけがぽっかり空いたままだった。
「これは……もしかして?」
少年の頬に冷や汗が垂れる。
「失敗、かの」
窓の向こうで、ラウルも残念そうに呟く。今回少年が試験に不合格ならば、また次の試験まで長い時を待たねばならない。それ以前に素行不良な少年には、次のチャンスがあるかも疑わしい。
「ウソだろ……マジかよ」
落胆を隠せない少年が、何者も現れないゲートを呆然と眺めた……その時。
ゾクッ!
……っと少年の背骨に走る悪寒。産まれ持っての不運により培われた生存本能が、突如少年に警鐘を鳴らしたのだ。
「何かわからんがまずいッ!?」
自分の感覚を信じ、少年は回避行動に出る。「悪い予感はイヤほど当たる」……数多の厄介事に関わってきた20年足らずに裏打ちされた、少年の経験則である。
傍から見ていたラウルには、少年が突拍子もなく横っ跳びをしたようにしか見えなかっただろう。しかしそれが最善の行動だったという事を、すぐに知る。
ゲートから右腕が飛び出してきた。ニンゲンのものでは無い。紫色の肌だったからだ。その腕が数瞬前まで少年の首があった空間を通り抜けた。細い指が何かを握るような動きをしてたため、首を鷲掴みにするつもりだったらしい。
「ちぃっ!」
ゲートから心底残念そうな舌打ちが聞こえてきて、右腕のみをゲートから突き出していた召喚獣がその姿を現す。
ゲートを潜ってやって来たのは、鋭い眼を持つ女性型の悪魔だった。ヒトのそれとは違う紫の肌を持ち、黒い衣服に青のマフラー。黒いオープンフェイスヘルメットで髪型は判然としないが、メットの首回りからは黒髪が飛び出している。
「なんか懐かしい魔力を感じたから召喚されてやったけどぉ。やっぱムカついたから首でも絞めてやろうと思ったのに、残念」
すごい身勝手を言う悪魔はきょろきょろ視線を動かして、自身を召喚した術者を探しはじめた。そして彼女は地面に転がっている少年に気付く。
「もしかして、アンタが私を呼んだ?」
「あ、ああ」
「……………へぇ」
生返事で返しながら立ち上がる少年を、悪魔は興味深そうに観察する。足の先から頭頂部、果ては首元にあるでっかいアザまで注視された少年は、まるで自分の内面まで見透かされているようで落ち着かなかった。
「余計な仕事頼んでそれっきりだったから、何してるのかと思ったら……こんな事になってたんだ」
悪魔はヒトリ頷く。そしてクックックッと含み笑いを零す。少年は、そんな彼女が不思議でならなかった。
「あのさ、何がそんなに愉快なわけ?」
「だってぇアンタ、相も変わらず不幸そうなツラしてるんだもの」
「……(この悪魔、ヒトが気にしてる事を)」
「せっかく苦労してリニューアルしたってのにさぁ。ちょっと若返ったくらいで全然変わってないじゃない!」
「さっきから何言ってるんだ。誰かとヒト違いしてないか?」
少年の質問に聞く耳持たず、悪魔は空中でゲラゲラ大笑いする。意思疎通の叶わない悪魔に、少年は異文化・異世界交流の困難さを思い知らされた。
「一時はどうなるかと思ったが。ほお、なかなかに強力な悪魔を召喚したようじゃな」
「……ラウル師範」
ゲンナリする少年にラウルが微笑む。
「ではさっそく実技に移ろう、と思うが……」
ラウルの言葉に、歯切れ悪いものが混じった。いぶかしむ少年だったが、その理由はすぐに分かった。
「ラウル殿。ここより先は私にお任せを」
ラウルの隣に、黄土色の髪を持つ、ほりの深い顔した男が躍り出た。そしてラウルと対称的なイヤミったらしい眼をしていた。
「げっ、フリップ・グレイメン……師範」
「何か言ったかね?」
少年は内心面倒に思いながら首を横に振る。フリップはラウルと同じく蒼の派閥のお偉い方。しかしラウルとは異なり利己的でイヤミ、そして特に『成り上がり』には異常な嫌悪を持っている。少年が派閥内で最もキライなニンゲンである。
「実は本試験にあたり『実技試験をぜひ任せてほしい』とフリップ殿が。私はヒトリだけでも問題無いと申したのじゃが」
「何をおっしゃる。多忙でいらっしゃるラウル殿の身を案ずればこその事。あのような問題児にラウル殿の労力を割くべきではありませぬ」
ねっとりとしたフリップの敬語口調に、少年は鳥肌がとまらなかった。
「……コホン。さて今しがた召喚した下僕と共に、私の課す試験に挑んでみせよ!」
「あ゛ぁ? 誰が誰の『下僕』ですって?」
「待て、話がこじれるから後にしてくれ」
キレ気味な悪魔をなんとかなだめる少年。今ここで彼女に暴れられると困るし、曲がりなりにもフリップはプロの召喚師、ケンカを売るには時期尚早だ。
一方、窓の向こうから少年たちを見下すフリップは、少年達の対戦相手を召喚しようとしていた。
「幻獣界の下僕達よ……誓約の名の下に命ずる」
フリップが召喚呪文を読み上げると、試験会場中央の魔法陣が起動し、メイトルパの魔力が漏れ始める。どうやらあの魔法陣、少年達の対戦相手を呼び出すためのものだったようだ。
「その不定なる姿にて、眼前の敵を覆い潰すがいい!」
魔法陣上空に召喚ゲートが出現した。少年がつくったのより大きく、安定度も抜群だ。
そしてまもなく召喚獣が、ゲートからぼたぼたと落下してくる。ベチャ、と濡れた服が地面に叩きつけられるような音がいくつもした。
「ヴオオオォォォォォ!」
最初の落ちて来た召喚獣が、少年の方を向いた。青いスライムでできた30センチほどの小山が、斜面についた2つの目玉で様子を窺っている。
「メイトルパの軟体生物『ゼリー』か。まあ雑魚だし、2,3匹なら僕だけでも問題ないかな」
そう思って見ていると「続け」とばかりに1匹2匹3匹……と、雨あられにゼリーが降ってくる。
「えっと……ひいふうみいよういつむうななやあこことお。……10!?」
きっかり10匹目が降ってきた所で、召喚ゲートは閉じられた。そして魔法陣の上の10匹は、俄然ヤル気マンマンで、少年を威嚇している。
「よく見たら毒持った緑のヤツもいるじゃないか!? どういう事だこらあ!」
憤りを込めた罵声を窓向こうのフリップに浴びせるが、フリップは知らんぷり。
「フリップ殿。この試験では召喚獣2匹程度が慣例では?」
「なあに、奴の実力を考慮したまでのこと。それに奴は派閥内での評価も成績もよろしくない。これくらいの試練を乗り越えられぬならば、一人前とはとても呼べないでしょう」
ラウルが今までのやさしいモノとは一変、鋭い眼光でフリップを睨むが効果はない。フリップは意地悪く口を歪ませ続けていた。
「あのフリップ野郎、アイツの授業を僕がほぼサボったのを絶対、根にもってやがる!」
「私もああいうニンゲンはキライだわぁ。凍らせていい?」
「どうせいつか失脚するから、その時な」
悪魔と他愛ない会話をしながらも、少年はゼリー達との戦いシミュレーションしていた。しかしそれでも10匹は多すぎる。スタミナも魔力も装備も、どうあったって足りなくなる。
「とにかく毒はまずいよ毒は。ゲドックーの葉なんて持ってきてないってーの(自室に生えてるけど)」
「今の状況がいまいち掴めてないんだけれど。3文で説明なさい」
「1つ、『今、一人前の召喚師になるための試験中』
2つ、『ゼリー全部倒せば合格』
3つ、『フリップ野郎はいつか〆る』」
「はぁ~、アンタが召喚師? 世も末ねぇ」
「召喚師『見習い』だって。あのゼリー軍団倒さなきゃあ最悪、蒼の派閥追放さ」
「ふ~ん」
悪魔は何かを思案し、やがてポツリと一言。
「召喚師にしてやる方がメリットあるかぁ」
「え?」
「よし、ここは私にまかせなさぁい」
そういって悪魔は、背後から少年の肩に手をポンッ、とのせる。すると少年の内蔵魔力が、みるみる内に悪魔に吸収されるではないか。
「な、お前一体何を!?」
「メンドウなのはキライだから、一瞬で終わらてやるってこと。ちょっと魔力を頂戴するわぁ」
少年から魔力を奪い取った悪魔は、宙高くへと飛び上がる。そして天井近くへと到着すると、今だ魔法陣付近で蠢きまわるゼリーたちに照準を合わせた。
「まぁ一ヶ所にワラワラと……狙ってくれと言ってるようなもんじゃない」
悪魔は冷気に変じさせた魔力を掌に凝縮し、愛用する製氷の双頭剣(グリップ両端に刀がついた武器)をつくり出す。そして剣に魔力を圧入、彼女は臨界寸前まで魔力を込めて込めて込め続けた。
「ふふっ、良い感じ」
封じられた魔力が双頭剣内部で暴れ狂う様子を、悪魔は満足気に眺める。やがて剣が軋みむ音が聞こえると共に、彼女は右手に持った双頭剣を天にかかげると、そのまま地上のゼリー達に向かって思いっきり投てきした。
「ヴオオォォォォォッ!?」
悪魔の腕力と重力による殺人的な加速で、双頭剣は1匹のゼリーの肉体を貫通し、石の床に深々と突き刺さる。貫かれたゼリーの断末魔が痛々しい。
同胞の無残な姿に驚愕する他のゼリー達は、2の太刀を恐れて四方八方へ散ろうとする。だがすでに勝敗は決していた。そもそも勝負にもなっていなかった。
落下の衝撃により崩壊をはじめる双頭剣を遠目で眺めながら、悪魔は死刑執行の言葉を述べた。
「『魔氷葬崩刃』」
瞬間、双頭剣は爆発四散し、内に封じられていた魔力が冷気の爆風となって吹き荒れた。爆心地にいたゼリー9匹は例外なく爆風に飲まれ、召喚された事を後悔する間もなく、意識を消失した。
ついでに爆心地からの距離があった少年も巻き添えを喰らった。
~~~~~
悪魔が生み出した吹雪の爆風が収まった試験会場は、元の面影が全く無くなってしまった。
部屋の中心には3メートル級の氷山が生え、その周囲には氷のオブジェと化したゼリー達。石敷きの床、および壁が氷雪に覆われており、室内にはちらほら雪が舞っている。
現在の会場の気温はマイナス40度ほど。これは温帯にある4000メートル級の山での歴代最低気温に匹敵する。局地的な瞬間最低気温ならばマイナス200度ほどの温度になっただろう。
「ぶえっくしょん! ……さ、寒い」
そんな真冬の雪山みたいな状況になった中、少年は身を震わせながらもかろうじて生きていた。双頭剣が爆砕する直前に生存本能が再び働き、かろうじて伏せ冷気の直撃をかわせたのが大きかった。
しかし余波を喰らったせいで髪はなびいた瞬間で時を止めているし、制服も鎧のようにガチガチに凍っている。なにより体温を奪われて顔面蒼白である。急いで暖を取らねばならないが、防寒性皆無である派閥の指定制服では取れるわけもない。
「あーあー、これは大変な事になっちゃったわねぇ」
少年の元へ戻ってきた悪魔が、そんな事を言う。
「お、おお、お前、やり過ぎ!」
「だってしょうがないじゃない。私としてはいつも通りにやったんだけどぉ、なんか調子が良くって加減を間違っちゃたのよ」
悪魔はそう言ってそっぽを向く。ウソをついているようには見えない。
「それと! 私は『お前』なんて名前じゃあないわ」
「え」
「私を呼ぶなら『ディアナ』と呼びなさい。氷魔コバルディアのディアナ、どこぞのバカが付けた名前よ」
そう言って悪魔――ディアナはうっすら微笑んだ。
「……ッ!」
少年は頭に鋭い痛みを覚えた。
~~~~~
時は過ぎて、場所は試験会場の隣室。ラウルとフリップの控えていた部屋である。試験会場が極寒の地になってしまったので、少年達はこの部屋へと移動することとなったのだ。
「体のほうは問題無いかの?」
「ふぁ、ふぁい。なんとか」
「あの程度の環境で根をあげるなんて、だらしないわねぇ」
「悪魔と一緒にするな。ニンゲンにはニンゲンの適温があるの」
凍りついた制服を脱ぎ捨て、厚手の毛布に身を包んだ少年が弱々しく返す。先ほどに比べれば、少年の顔にも赤みがほんの少し戻っている。
「では試験の結果だが……護衛獣のチカラを借りて、君は見事に敵を打ち倒した。少々のハプニングはあったものの、これならばフリップ殿も納得してくれるじゃろう。のう?」
「バカな、ありえん。成り上がり、しかもこの小僧があれほどの悪魔を従えられるはずが……」
「フリップ殿!」
ラウルの叱咤に、放心状態だったフリップがビクリと体を震わせる。そして少年を恨みがましい眼で睨みつけ、「フンッ」と鼻を鳴らした。
「この試験の監督は私ではない。よって、ラウル殿の判断に従いましょう」
そういってフリップは機嫌悪そうに退出してしまった。
「……(『合格』なんて言いたくなかったんだろうな)」
「うむ、フリップ殿のお墨付きももらえたようじゃ。試験監督として、召喚師見習いチャーハンを正式な蒼の派閥召喚師として認定しよう」
ラウルのねぎらいの言葉。しかし少年にはいまいち達成感が無い。
「派閥に名を連ねる者には、相応の任務をこなす義務がある。後日、任務に関する呼び出しをする」
「はい」
「それともうひとつ。護衛獣の使役では、信頼関係が最も重要になる。それに気付かぬ召喚師は信頼の構築を怠り、護衛獣の逃亡や反逆を許してしまう。そうなれば双方にとって悲劇的な結末が訪れてしまうじゃろう。
そうならないよう『召喚師と護衛獣は一蓮托生である』と思って頑張りなさい」
ラウルは少年とディアナを交互に見て、穏やかに微笑んだ。
「君達にはいらぬお節介じゃったな」
「……はあ」
顔を合わせながらそろって首を傾げる少年とディアナを残し、ラウルは部屋から出ていこうとして……。
「おお、忘れっとった。護衛獣の始末は召喚師がつける。試験会場の後片付けをしておくように」
「あ、はい」
最後に爆弾を投下していった。
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・氷魔コバルディア『ディアナ』
主人公の相棒。オフェンス担当。
サプレスでもかなり高位で、力の強い悪魔。
養分となる負の感情に枯渇していたため、伸び悩んでいた。だが自身は地位や実力に固執しておらず、「どぉでもいい」と思っている。
恰好のエモノと巡り合ったために悪魔の欲求がうずき、主人公と行動をともにするようになる。
現在は絶賛成長中であり、伴って主人公から吸われていく魔力量も多くなっていく。
生来のめんどくさがり。召喚された際、100の魔力を与えても50の仕事しかしない。