<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

サモンナイトSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19511] 世界を巡る被害者と加害者の物語 2019/10/17 投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cb7abc4
Date: 2019/10/17 21:56
新元号になっても遅々として投稿が進まず、大変申し訳ありません。

どうも、普通のlifeです。

この話は、リィンバウム+αで起こる事件に、オリジナル主人公が関わっていくものです。話の大筋は変わりませんが、所々変わっていくと思います。


2014/6/6

PSP版『サモンナイト3』
PSP版『サモンナイト4』
PSPソフト『サモンナイト5』
小説版『サモンナイト―受け継がれし炎―』
小説版『サモンナイトU:X―界境の異邦人―』
小説版『サモンナイトU:X―黄昏時の来訪者―』
小説版『サモンナイトU:X―叛檄の救世主―』

発売おめでとうございます

待っていた人はたぶんいないと思うけど、お久しぶりです
ヤル気の問題で、更新が2年間滞りました。申し訳ございません

現在の話で納得いかない所があったから最初の話辺りを改訂したりしてました
全部はできませんでした

最新話はまだ書いてない第3章の執筆進行度と相談しながらアップします


2014/6/19

エラーを吐き出す文字を含んでいたようで、投稿に手間取りました

何回も投稿と削除を繰り返し、混乱させた事をお詫び致します


2014/6/20

書きたかった事を公開したいがために、早めに投稿。

ここからが本番であり、話の大部分が蛇足となります。

後、感想の返し方を考え中

2014/6/29

主人公が少年なのに、青年と書いてしまう時がある

感想返しはこのスペースに書こうかな、と思う今日この頃

感想はちゃんと見てます、答えも用意しています


2014/7/20

感想返しする決心をする。


2014/8/31

改訂してて忘れてたのを投稿。他はまったく改訂してない。
感想返しは最新話投稿のときに

2015/3/30

小説版『サモンナイトU:X―理想郷の殉難者たち―』

発売おめでとうございます(遅い)

2015/11/1

『サモンナイト6』

発売決定おめでとうございます(遅い)



長い空白の後、日時順に感想の返しを記入しています。
感想返しには話のネタバレが含まれている可能性があるので、
最新話を読んだ後にご覧ください































2014/7/20 感想返し

名無人 様

お待たせしてしまい申し訳ない。2章最終話がホントに鬼門で、ヤル気も出なく。気づいたらサモンナイト5まで出ちゃった次第です

主人公のエクステーゼ開始前~エンディングまではこんな感じです。

1.例のアレ(ネタバレ防止)と遭遇
2.レオンエイナ合体中に例のアレ足止め、氷魔召喚
3.レオンエイナ脱出、青年大ピンチ
4. 「自分を氷漬けに」という奇策で苗床化を阻止、氷魔をノヴァに託す
5.例のアレ消滅までずっと冷凍睡眠
6.氷がとけなかったので、そのまま転生の塔へ押し込まれる

事情を知ってる氷魔が最初から仲間、ファイファーの下にいるプニムの助力、などでエクステーゼ本編はイージーモードだった模様。

あと個人的な話、レオンとエイナは転生した方が良いと思っているので、この話では転生ルートです。本編には出ません。



MAC 様

主人公の召喚枠はかなり多く設定しています。ただし、マイナーだったり地味だったり

ラブコメ要素はなるべく期待しないでください。書いたことないので

スピネルはやきもち焼きな妹って印象ですが、ローラは「内助の功(笑)」といったタイプをイメージしています。



白い人 様

返信が遅れて申し訳ありません。もし今でも読んでいてくださるのならば、楽しんでいただけていると幸いです





2014/7/30 感想返し

名無人 様

本小説のテーマは『サモンナイトの話・世界観・設定をなるだけ逸脱しない』です。なので、キャラの生まれが変わるような改変はしないつもりです。

主人公の強さですが、あれはディアナが強いのであって、主人公が強いわけではありません。

ゲーム風に言うと、主人公は現在Lv1で、ディアナは『LvMAX』『暴走召喚(石割れなし)』『消費MP最大』といった感じです。

召喚されたディアナは主人公からゴリゴリ魔力を奪うので、切り札としてしか運用できません。

試験の際も、主人公は魔力全部奪われて、すってんてんになっています



2014/8/13 感想返し

k 様

世界に対してちょっと横紙破りしたので、主人公はとことん不憫なわけです


絵巻 様

おまたせして申し訳ありません。

細々と続けていきますので、よろしかったら御覧ください



2014/8/17 感想返し

MAC 様

タイトルは『再開』と『再会』というダブルミーニングです。

あのケーキ屋において、主人公は「ロリコン(天使分)でマゾヒスト(悪魔分)な、変な名前の召喚師」で定着することでしょう。

そしてヒトの口に戸は立てられぬ、といいますから……



名無人 様

目のハイライトは、再会前には消えていたと思います。

ローラはヤンデレというよりかは色ボケなんです。

会えない時間が長いと、嫉妬して怒って泣いて……そのあとべったり、という感じです。子どもっぽい感じをイメージしてます。

それに、女にウツツを抜かしたら背中から『グサッ』、その後冷たい目をしながら「癒してほしい?」なんて言う天使は……

ありかも



2014/9/20 感想返し

名無人 様

エルゴは言いました。「その名前を捨てるなんてとんでもない」

主人公にとってあの名前が『真の名』だったんでしょう。それで苗字も合ったものになる、という。



コロッケ博士 様

読みやすさは重視しているので、そう言っていただけるとうれしいです。

かわいいオンナノコを書けるように、がんばります。

目下の問題は、ろくに書いたことない戦闘シーンなんですけどね



2014/10/7 感想返し

名無人 様

「どうせ2次創作するなら、ほとんどの話を網羅したいなあ」と思ってはじめた今作。なので無印も『2』もやる予定でした。

執筆シロウト特有の計画性の無さが露呈していますが、とりあえずがんばります。

不幸ゆえ、主人公のフルネームがハヤトに露見する日も近いでしょう。

ただし、ハヤトは主人公を笑うのか? そこが問題



2014/11/3 感想返し

名無人 様

主人公は一応、食べられる野草やそうでない雑草、あるいは殻のついたアレコレを採集して、道中の上を凌いでいます。それでも極限状態なのは変わりませんが。

フラットへの仲間入りは、もうちょっと先でしょうか。



2014/11/24 感想返し

名無人 様

キメ顔で扉を開けただろう主人公、哀れ。カッコつけようとすればするほど、ミスったときの羞恥は大きくなるのに。

第1章の主人公と違って若くてノーテンキなので、いらない恥をかいたりします。



絵巻 様

みなさん「おかしな名前に笑ってしまう」と思っているようですが……。

逆に笑わないとしたら、それってどういうことでしょう?



七詩 様

家名は主人公が自分で考えています。「バカみたいな名前だから、せめて苗字くらいは自分で考えたい!」という思いがあったのです。

『タベルナ』とはイタリア語で『大衆食堂』の意味。別段変な言葉ではない。

『サイカイと旅立ち その③』のあとがきにチラっと書かれていますが、
主人公の後見人であり、本小説オリジナルキャラ『"チャー"ルズ・リース』『"ハン"ドラー・トランテ』が、主人公の名付け親です。ネーミングセンスが皆無な2人は、それぞれの名前からとって主人公に名付けました。

2人は本小説での出番はありませんが、一応設定の紹介だけしときます。



・チャールズ・リース

蒼の派閥の召喚師。現在40歳前後の、軽口の多い男性。トランテ家に婿入りしたため、現在はチャールズ・トランテ。

専門は鬼属性の召喚術。リース家は代々シルターンの『シノビの一族』と誓約、および主従関係を結んでおり、忍者・忍犬・忍鳥などを使役している。

要人警護や周辺調査の任務に就くのが主で、ゼラムを留守にすることが多い。

『寿限無タイプ』のネーミングセンスを持つ。「すごい+すごい=とてもすごい」が普遍の真理と信じて疑わない。

わりとマジで「じゅげむじゅげむごこうのすりきれ……」と主人公に名付けようとした。



・ハンドラー・トランテ

蒼の派閥の召喚師。現在30代の無口な女性。感じたままの言葉を、いかにも思慮深そうに呟くくせががある。

専門は機属性の召喚術。トランテ家は派閥のエンジニアであり、既存の機械のメンテナンスや、派閥内業務の機械化などに従事。本人は多様な機械人形を改良・使役している。

ネーミングセンスは『中二病タイプ』……というか全体的に『かっこいいモノ好き』。字ズラがかっこいい名前がお気に入りな様子。

被害者は主に彼女の召喚獣であり、戦闘用機械人形の『ぶらっく★さんだー (黒い電撃を放つよう改造済み) 』『ほわいと☆さんだー (白い電撃を放つよう改造済み) 』 などがいる。

切り札はフレイムナイトの『だーく・ばーすと』。無論、黒炎を放射できるよう改造されている。性能に差異はない。

ハンドラーの護衛獣、看護用機械人形『さいばーえんじぇる』は、「命名ならば、両人のお名前からそれぞれ何文字かずつ、とるのを推奨します!」と進言した少年の恩人ならぬ恩ロボット。この金言がなかったら、もっとひどい名前になっていた。



2015/1/24 感想返しは少々お待ちください



2015/3/30 感想返し

絵巻 様

あけましておめでとうございます。感想返しが遅れて申し訳ありません。

ユキは、かく乱および偵察、召喚師殺しが役目。あと癒し効果がある

貧弱な武器についてですが、主人公は武具に攻撃力を求めておらず、小型クロスボウは『旅のお供』として適切だった(コンパクトで、何より安い)ため装備していたまでです。1丁壊れたので後日、両手持ちのしっかりしたのを買う予定。

あとに愛剣も出しますが、たぶんこっちの方が変な武器です。



2015/4/21 感想返し

七志 様

ハヤトの初召喚術ですがあれは、ハヤトが誓約の刻印を石に刻めないので、術の後に石が使用不能になった(壊れた)という感じです。

ゲームではあの時点でリプシーの召喚石を作成できますが、ストーリー的にはパートナーに誓約を教えてもらうので、ああいうカタチがいいかなと。

魔力で強引に使った『パニック召喚』みたいなものです。


名無人 様

殲滅者アシュタルのことでしょうか。

召喚戦記の方は見たことがありますし、PS版の方でアシュタルも使ったことありますが……たぶん本小説にはでないでしょう。



2015/6/14感想返し

幻朧 様

パッフェルさんはこの小説におけるラスボスなので、現在、出番がほとんどありません。(彼女視点の話も書ける文才があればなあ)

合法的にドンパチできる機会が来るまで、お待ち下さい。



2015/8/15感想返し

絵巻 様

こういう前世ネタは、これからも挿む予定です。サイジェントには色々いますから



2015/11/1感想返しは後程



[19511] 第1章 忘れられた島 第1話 宣告は突然に 2014/6/6改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cb7abc4
Date: 2014/06/06 00:36

異世界『リィンバウム』。4つの異世界『機界・ロレイラル』『鬼妖界・シルターン』『霊界・サプレス』『幻獣界・メイトルパ』に囲まれた世界。リィンバウムは魔力の源『マナ』が豊富であるが、それ故に異世界から来訪する侵略者の標的でもあった。

長く苦しい動乱の後、『エルゴの王』という偉人の登場を契機に、異世界からの侵攻は沈静化する。エルゴの王はリィンバウムと4つの異世界の間に結界を張り巡らし、半恒久に異世界からの侵攻を防いだのだ。

しかし、それが平和に繋がったかと言えば「否」である。エルゴの王の死後、リィンバウムは3つの国に分断された。また異世界の存在をリィンバウムへと召喚し使役する『召喚術』の悪用もあって、リィンバウムで争いが絶えたためしは無い。



時代はエルゴの王から幾年月……リィンバウムの海に浮かぶ孤島において、世界の命運を左右するほどの闘争が始まろうとしていた。





……だがしかし、この物語の主人公は『世界のアレコレ』とかには興味の無い平凡な青年である。彼には『世界の変革・救済』という、ファンタジーの主人公が当然のごとく持ち合わせる気概はまるで持ちあわせていないし、持ちあわせる予定も無い。だが悲しいかな、彼は世界の命運を左右する闘争の中に巻き込まれる運命にある。



青年は理不尽な運命の中で一体、何を成すのだろうか。それとも、何も成せずに終焉を迎えるのだろうか。



~~~~~



「う……ううっ」

リインバウムの海に浮かぶ、誰からも忘れられた島。一見すると南国のリゾートにも思える島の砂浜に、軍服を纏った青年は流れ着いていた。砂浜のあちこちには木製の残骸やら物資やらが散乱している。

青年は『海難事故に遭遇した漂流者』であった。

「うあっ、いってぇ……」

意識を覚醒させた青年が、全身に走る鈍痛に顔をしかめる。荒波にもまれた身体は予想以上に大きなダメージを受けていたようだ。彼の着る軍服の内側には、痛々しい傷や痣があるに違いない。

青年は砂浜に伏したまま、自身の上着のポケットを弄る。しばししてポケットから紫色の石を2つ、やや大きいのと小さいのとを取り出した。マナを内包したその石は『サモナイト石』と呼ばれるシロモノで、異世界の存在をリィンバウムへと召喚する『召喚術』に用いられる。サモナイト石には召喚する存在を明確化し繋ぎ止める『誓約』が施されており、同じサモナイト石を使用すれば、いつでも同じ存在を召喚できるようになっている。

青年は2つのサモナイト石のうち、やや大きい方の石を握りしめ、召喚術を行使する。サモナイト石への魔力供給、呪文詠唱といった工程を踏み、青年は最後に「…召喚」と呟いた。すると、青年の頭上に淡く輝く光球――異世界とつながる門の出口――が出現し、異世界の住民がリィンバウムへと召喚された。

「…………」

召喚されたのは、あどけない少女であった。外見年齢は高く見積もっても十代前半。色彩鮮やかな衣服を纏っているが、明らかに彼女の身の丈に合っておらず、だぼだぼである。その様は「親の衣服を勝手に着た子供」のようで、どうしても彼女に対する『幼い』というイメージを加速させてしまう。

そんな彼女ではあるが、彼女もれっきとした異世界の住民、霊界サプレスの『聖母プラーマ』という『天使』である。天使は様々な奇跡の力――天使の持つ能力――を持つが、彼女が持つのは『癒しの奇跡』。文字通り他者を癒す奇跡の力である。それも、わりと強い力を彼女は持っている。

「…………?」
「……下だ、下」

左右を見渡しても召喚主が見えず困惑する上空の彼女に、地に伏す青年はあきれ半分で呟いた。するとようやく彼女は青年に気がついたようで、あわてて青年のそばへと着地する。

「言わなくてもわかるだろうけど……治療を」
「…………!」

彼女は大きく頷き、小さい手で青年の体にやさしくふれる。すると、彼女の癒しの魔力が光の粒子となり、彼女の手から青年の中へと流れ込んでくる。青年の身体を心地良い温かさが包む。

癒しの奇跡の効果は絶大だった。青年が癒しの奇跡の心地良さに胸を撫で下ろすと、しだいに全身を蝕んでいた痛みが引き、あっという間に消えた。

「ん……もう、大丈夫」

治療が完了し、ようやく青年は立ちあがることができた。まだ足元が若干おぼつかないが、『癒しの奇跡』といえど万能ではないのでしょうがない。体力は自前の生命力で回復しなければならないのだ。

自身の足で砂浜を踏みつけ、ようやく青年は自分が流れ着いた場所を見渡すことができた。前方を見れば木々が生い茂る森、後方を見れば水平線の先まで何も無い海、左右を見れば砂浜と様々な漂着物、といった光景。残念ながら、人影は見えない。

「一体自分はどこに流れ着いたんだ……?」

青年は首を傾げた。だが「自分の身の安全確保が第一」と思い直し、砂浜に転がる漂着物を調査してみることにした。

「これは船の破片。あっちの木箱も似たような箱を船内で見かけたし……やっぱり船は……んん?」

思考に耽る青年の服の裾を引っ張る者がいた。先ほど召喚された少女だ。

「…………!」
「なんだローラ、何が起こったのか知りたいってのか?」

『ローラ』と青年に呼ばれた少女はこくり、と頷く。彼女はニンゲンの言葉を喋れないが、ニンゲンの言葉を理解でき、かつ、青年とはそれなりに長い付き合いなので、意思疎通には苦労していない。青年は手は休めずに言葉を続けた。

「えと、自分が所属する『帝国軍海戦隊第6部隊』に任務が与えられたのは知ってるだろ。……そう、なんか『重要なモノ』の護送任務」

次に発する言葉を思案しながら、青年はつい先日の事を思い出す。いつものように軍服を身にまとい、部隊の仲間と共に『重要なモノ』を積み込んだとある客船に乗り込んだ。

あの時はまさか、こんな目に合うなどとは想像すらしていなかった。

「……で、海上で海賊に襲撃された。そう、確か『カイル一家』とかいう名前の海賊に。今思えばあの海賊達、自分達が護送してた『重要なモノ』を狙ってたのかな」

青年達の乗船していた船には一般客も乗っていた。しかし海賊達は一般客や、彼らの所持品には興味が無いように青年には見えた。

「そこからが問題でさ。海賊達との交戦中、急に空に暗雲立ち込めたと思ったら、突然嵐が発生して、それが船を襲った。あまりに強力で、あまりに突然の嵐だったもんだから、誰にもどうしようもなくてな。海賊・軍共に海に投げ出されちまった、ってわけ」

そこまで言って、漂着物をいじっていた青年の手が止まる。顔色が悪い。

「……自分は幸か不幸かどこかに漂着できたけど、自分が乗ってた船とか、他のヒト達はどうなったかな」
「…………」

ローラは青年の問いには答えない。しかし代わりに青年の手を両手でやさしく包みこむ。仄かなあたたかみが青年の手に伝わると、青年の顔色も心なしか良くなった。

「ああ、まあ、とにかくこの場所を探索しないとな。自分みたいに漂着している仲間がいるかもしれない」

青年は決意を新たにし、あらためて漂着物の調査に取り掛かった。



「…………?」
「え、……結局『重要なモノ』って何なのか、って? さあ、ブリーフィングとかでうたた寝してたから、よくわからん」
「…………」
「まあ、自分みたいな下っ端召喚兵が知っていようが知るまいが、大差無いって」

ローラのキツイ眼差しをスルーして、青年はそう言えば、と思い出す。青年が船から海に投げ出された時、彼の目は荒れ狂う海の中に碧色の光を見た……ような気がした。

その光が『重要なモノ』に関係しているのかもしれない……。なんとなくだが、青年はそう思った。



~~~~~



砂浜に転がっていた漂着物を物色した青年は『破れそうな布袋』と、『安っぽい弓矢』と『切れ味悪いナイフ』、それと多少の『まずそうな食料』を発見した。

「ダメ物資ばっかじゃないか」

ただ、比較的まともで味も保証できる飲料が1つだけ存在していたが、青年はソレを嗜まないのであまり意味はなかった。

青年が漂着したのは、何が起こるか不明の『未開の地』である。このような僅かで粗悪な物資だけではなんとも心もとない。

しかし物資が不足していても、むしろ不足しているからこそ、周囲の探索は実行しなければならない。海沿いを一通り見回ったが、これ以上の物資は期待できず、浜辺に自分以外のニンゲンの姿も無かった。となると、別のアプローチで探索を続行するしかない。

青年はそそくさと布袋に物資を詰め込み、お供のローラと前方の森へとアタックした。



「それにしても、何とまあ立派な木々だこと。これだけ雄大な森林は久しぶりだ。おいローラ、はぐれないようにちゃんとついてこいよ」
「…………!」

青年は軽快なステップで、森林浴を楽しむ余裕すら見せながら未開の森をサクサク進む。一方のローラは慣れない環境に四苦八苦しながら青年の後を追う。

「そんな不安そうな顔しなくても問題無いさ。滅多な事が無ければ、自分は森で遭難なんてしない」

後続の邪魔になる小枝や草を淡々と排除しながら、あっけらかんと喋る青年。その身体には先ほどよりも格段に活気に満ちているように見えた。

「よし、少し昔話をしようか。軍学校時代、つまりローラと出会う前の自分は、小さい村で農耕をして暮らす『ファーマー』の次男坊だった。次男坊は父に『馬車馬よりヒデェや』ってぐあいに働かされる合間に、ちょくちょく近隣の野山でサボリ……もとい、フィールドワークをするのが日課だった。だからかな、次男坊は自然と森林を歩く際のコツを習得していた。ぶっちゃけ海の上よりも森の中の方が動きやすいんだよな、海戦隊員だけど」

自嘲の笑みを浮かべた青年は、さらに回想を続ける。

「あの頃はまさか自分が帝国軍人になるとは思いもしなかったなあ」

青年が『ファーマー』からクラスチェンジした『帝国軍人』という肩書は、青年にとって偶然の産物であった。



***



きっかけは幼少期、現青年・元少年が稼業のサボリ中に偶然、森で見つけたキレイな石ころ。だがそれはただの石ではなく、本来召喚師が持っているはずのサモナイト石であった。

とは言え、サモナイト石は召喚術を使えない一般人からすれば、半透明のキレイな石でしかない。しかしこれまた偶然、元少年にはほんの少し召喚術の才があった。そういう理由もあって、元少年は偶然にも召喚術を発動させてしまった。

突然現れた未知の生物に目を丸くする元少年。しかし元少年は元々動物が好きだったため、未知の生物とあっというまに仲良くなり、その生物を村へと連れ帰った。

だが、元少年が村へその生物を連れ帰ったのが、幸か不幸か彼の人生を決める決定打になった。

「○○さん所の次男坊が召喚獣を召喚したらしい」

そんな噂があっという間に村中へと広まった。ちなみに『召喚獣』とは、召喚術によりリィンバウムへと召喚された生き物の総称である。

噂が広まっただけなら誰にも害は無い。だが、次第に元少年の進路に口出すニンゲンがチラホラ出始めた。元少年はそれを非常にウザがっていたが、すでに事態は元少年の意向を無視して、のっぴきならない方向へと進んでしまっていた。

「召喚術は人知を超えた力をもたらす奇跡の術。せっかくの天賦の才を潰すのは惜しい、帝国で唯一召喚術を学べる軍学校へと送り出そう」

「子供は、子供の生きたいよう奔放に生活した方がよい。あの子の判断に委ねよう」

そんなことをのたまいながら、元少年の元を訪れては去ってゆく大人達。元少年としては『後者に大賛成。誰が軍学校に行くもんか。僕は一生畑を耕して生きていくんだ』と思っていたが、子供の都合が通る訳も無い。

そして、元少年の進退を決める場は、元少年を置き去って村内会議へと移行した。明朗な声と仄かな打算、そしてほんの少しのやさしさが飛び交う戦場は、元少年の知る限り10日ほど続いた。



しかしこの不毛な会議は、元少年の父親の一言であっさり閉幕する事となった。

「お前には召喚術の才能があるんだから軍人になって稼いで来い」

実父から息子への、まさかの出稼ぎ命令である。父親が突き付けた理不尽な宣告をはねのける力を、元少年が持つはずも無かった。

……こうして元少年は渋々軍学校へ通うこととなり、そのままズルズルと軍人をやっているのである。



だが、元少年には希望があった。軍学校へ通い、あまつさえ軍人になったとしても、一生軍人でいる必要性はない。

「適当な時期に退役して村に帰ればいいや。あ、でも軍人は死と隣り合わせな職場なんだよな」
「……ま、ニンゲン死ぬ時は死ぬし、なんとかなるだろ」

元少年は父親ゆずりの楽観的思考でそう結論づけた。

しかしこの時、元少年は気が付いていなかった。『自分が死ぬ』以外の方法で、村に帰れなくなる場合がある、という可能性に。

元少年は当時の楽観さを、青年となってようやく後悔することとなる。



***



「……あの頃は農作業が死ぬほど大変ではあったが、毎日が楽しかったな」

故郷の村と同じくらい自然に満ち溢れたこの地が、青年のノスタルジアな心境を刺激する。
この場所が、自分の故郷であったらどれほどよいか……、と青年は思う。

言葉が青年の口から次々と零れて落ちそうになる。

「人生ってのはこんなにも――イタッ!?」

直後、青年の後頭部に衝撃が走る。

「こらっ、ローラ。突然召喚主の頭を叩く天使がいるか」
「…………!!」

青年の後頭部をペシリとはたいた犯人ローラは、勢い良く前方を指差している。

「んん……あそこに見えるは、もしかして」

ローラの指差す方向を注視する青年。その視界に映ったのは、林間に覗く『建造物』だった。そして青年の目に狂いが無ければ、その建造物の壁にはドアや窓が付いている。明らかに誰かの『住宅』であった。

住宅があると言う事は当然、誰か住んでいるはずである。青年の心に若干の安心感が芽生えた。

「よし、よくやった」
「…………♪」

頭をなでられ至福の笑みを浮かべる天使と共に、青年は住宅へと歩を進めるのであった。



~~~~~



「さて、喜び勇んで住宅のドア前まで来たはいいものの、だ」
「…………?」

青年はドアの前で悩んでいた。僅かな安心感をかき消すくらい大きな不安が、青年の中で渦巻いているからである。

近くへとやってきて初めて分かった事だが、住宅の建築様式は、リィンバウムではあまり見かけないモノであった。外観もそうであるが、特に屋根の上に敷き詰められている『カワラ』に青年は注目した。

「『カワラ』は、シルターンの建築物によく見られるんだが……まさかねえ」

異世界・鬼妖界シルターンは、ニンゲンと妖怪が境界を隔てて共存する世界。もちろんリィンバウムとは別の世界なわけだから、シルターン様式の住宅がココにあるのはオカシイ。

しかし、青年が最も奇妙に感じたのはソコでは無い。住宅が森のど真ん中にある、という現実そのものが青年の不安を増大させている。

「…………!」
「ローラ、待て。まだノックはしない方がいい」

青年は前方のドアに手を伸ばそうとする天使を諌め、トーンを落とした声で語る。

「この住宅は怪しすぎる。普通、こんな人通りの少なくて不便そうな場所に住宅は建てない。こんなヘンピな場所に1人、あるいは一世帯で住むような奴らは『変人』と相場が決まっているんだ」
「…………」

天使が「お前が言うな」とでも言いたげな視線を青年に送るが、青年はスルー。

「まあ、マタギとか農夫とか例外もいるだろうが、楽観はさすがにできない。……それに」
「…………?」
「なんだかこの住宅、まるで『ある日突然、森の中に出現した』みたいじゃないか? あまりにも、周囲の景観とマッチしていない……ような気がする」
「…………」
「そう、だよな。そんなはずないよな。うん」

頭に浮かんだある疑念を振り払い、青年は所持していた布袋に腕を突っ込んだ。そして布袋からオンボロナイフを取り出すと、背中に隠れるように、ズボンに差し込んだ。

「用心するに越した事はない。ローラは送還……されたくない? それじゃ、どこかに隠れてろよ」

ローラがドアの死角に消えたのを確認すると、青年は意を決してドアを2回叩いた。コンコンッ、と木材の小気味よい音が響く。

「……は~い」

大人の女性の、間延びした声がドアの向こうから聞こえた。予想外ではあったが、青年は気を緩めずに、相手の行動を待った。青年の頬に冷汗が伝わる。

しばしして、いよいよ住宅のドアが開いた。

「いらっしゃ~い」

鬼が出るか蛇が出るか……と待機していた青年。しかしドアから現れたのは、鬼でも蛇でもなく、シルターンのドレスを着た麗人であった。胸元を露出した真っ赤なドレスがよく似合っている。視線を上に移すと、鼻にかかる眼鏡や、髪を束ねているのであろう両即頭部の、いわゆる『お団子』が見て取れる。

そこで青年は違和感を感じた。おや、お団子から『角』が生えているぞ――と。もちろん、リィンバウムのニンゲンの頭に角は生えていない。とすると、結論は1つ。

この女性はいわゆる『召喚獣』だ。

その結論に到達するやいなや、青年は表情を強張らせた。なぜ召喚獣がココにいるのか、 ココは帝国のシルターン自治区みたいなトコなのか、相手は危険か否か……青年の頭に疑問が浮かんでは蓄積されていく。

「……あら」

一方、住宅の女性はまるでアテが外れたかのようにキョトンとした後、ズレていた眼鏡を整えて、青年の顔を凝視する。

「ん~~~?」
「……っ」

青年は気が気では無かった。シルターンには『呪術』という、相手に不吉を与える技術があるという。今、この瞬間にも自分に呪術がかけれられようとしているのではないか? 疑心暗鬼が青年の脈拍を加速させる。

「あのさぁ、青年」
「は、はい」

急に女性に話しかけられて焦る青年。次に女性の口から発せられる言葉はなにか? 青年は固唾を飲んで待った。すると……。

「どんな運命を背負っていても、希望だけは失くしちゃダメよ」
「……はい?」

あまりにも不吉な宣告をされてしまった。

「んじゃ、そぉいうことで」

伝える事を伝えて満足した、という面持ちでドアを閉めようとする女性だったが、青年には色々と用事がある。青年は閉じようとするドアに手を伸ばして強引にドアを開こうとする。

「なあに? メイメイさん、ちょっと調子が悪いからお店は休業中なんだけど」
「ああ、確かにちょっと顔色が良くないみたい……じゃなくて。貴女には色々と問い詰め……ちがう、お聞きしたい事がありまして。自分も切羽詰まってるんで、なんとかしていただけないでしょうかね……!?」

女性の名前が『メイメイ』だとか、この建造物が実は『お店』だとか、僅かながら情報を得ることができたが、今の青年を突き動かすのは憤りに近い衝動である。青年も短気ではないが、突然、初対面の相手に「近い将来、お前は不幸になる」と言われたら、激怒しないまでも気にはなる。

メイメイと名乗る女性は、青年の心境・態度を気にするでもなく、のんきに何事かを思案していた。

「そうね、ここで会ったのも何かの縁。店内へいらっしゃいな」

そう言うとメイメイは青年を店内へと手招きした。そして、ふと思い出したかのように青年に言う。

「でも、背中の物騒なモノはちゃあんとしまっておいてね」
「えっ」
「あと、物陰に隠れている天使ちゃんもど~ぞ」
「…………!?」

青年と、物陰からおずおずと顔を出したローラが顔を合わせる。

このメイメイという女性、ただ者じゃなさそうだ――彼らの心中は一致していた。



~~~~~



「さ、そこの椅子のお座んなさい」

そう促すメイメイの前には、机を挟んで向かい合う2脚の椅子がある。メイメイが片方の椅子に座ったので、青年もメイメイの言葉に甘えて、もう片方の椅子へ腰を下ろす。

青年は店内を見回す。赤を基調とした内装の店内には剣や杖といった武器、鎧やローブといった防具などが棚に陳列されている。他にも日用雑貨や薬草も豊富に取り揃えられており、なぜか海賊旗や用途不明なルーレット、よくわからない掛け軸まで存在している。何でも購入できそうな半面、底の知れない不気味さがあった。

「ローラ。お店の中を眺めるのは良いけど、モノには触れるなよ」

背後でウロウロするローラにくぎを刺すと、青年は正面のメイメイに向き直る。

「体調が良くないにもかかわらず、自分を招いていただいてありがとうございます」
「いいのよ。ココのところ水分を摂って無いだけだから」
「水は生命に不可欠ですよ。なんでまたそんな事を……?」
「……ちょ~っと、事情があってね」

新種のダイエットだろうか、と青年は首を傾げた。だが、メイメイもわりと元気そうだったので、青年は考えるのを止めた。

「それはそれとして、私に訊きたいことがあるんでしょ?」
「ああ、そうでした」

青年はコホン、と咳払いを1つした。そしてまずは自分の身に起こった出来事について掻い摘んで語りだした。

「なるほど。青年は船から落っこちて、気がついたら漂着していた、と」
「ええ、右も左も分からなくて困っているんです。ココはどういった場所なんですか?」
「ココはね、外界から隔絶された小さな孤島。特に決まった名前は付けられていないけど、『忘れられた島』と呼ぶこともあるわね」

『孤島』という言葉に、青年の心に影が差した。

「大陸……いや、帝国領の島へ行く客船・貨物船の類いは?」
「言ったでしょ、『外界から隔絶された』って。ヒトやモノの往来はできないわ」
「『できない』? 『しない』ではなく?」
「そう。青年にもいづれ分かるわ」
「(テキトーだな) ……この島に、貴女以外の住人は?」
「う~ん。そうね、ニンゲンは殆どいないかしら」
「それはつまり、こういう事ですか。……『ニンゲン以外はいる』」
「島の住民なら、そのうちイヤでも出会うでしょ。にゃははっ」

問いに丁寧に返答しているようだが、重要な部分ははぐらかしている。……というのが青年のメイメイに対する印象だった。胡散臭いが、少なくともウソは付いていないように感じる。なので青年は「情報を得られただけマシだ」として、さらなる追及はしない事にした。青年にはもっと気になる事があった。

「ところで、ですね」
「なにかしら」
「貴女が初対面で自分に言い放った事について、訊きたいのですが。『どんな運命でも、希望を無くしちゃダメ』とかなんとか……について」
「あら、気になる?」
「気にならない方がおかしいでしょう」
「……そう」

青年は「この話題についてメイメイから聞き出せれば、後はどうでもいいや」と思っていた。青年は結構、自身の不運に敏感なのである。

「メイメイさん、見ての通りこのお店の店主をやっているの」
「まあそうでしょう」
「だけど、私は『占い師』でもあるの。シルターン式のね」
「占いというと、『ラッキーカラーが~、今日の運勢が~』とか言って、主に女子が一喜一憂するアレですか」
「……その解釈はどうかと思うけど、大体合ってるからいっか。それで、私のお店では、お客様を占ったりするサービスもやってるってわけ」
「つまり、自分へのあの言葉は、貴女の占いの結果だと」

青年はあまり占いを信じていない。しかし、『機械兵士』『機械兵器』『鬼神』『龍神』『天使』『悪魔』『幻獣』『魔獣』が異世界で跋扈するこの世において、庶民である青年の常識外の技術があってもおかしくはない。

問題は、メイメイの占いに信ぴょう性があるか否かだった。

「占ってみる?」
「え」
「さっきは『人相占い』――顔のカタチで軽く占っただけなんだけど、もっと詳しく占うこともできるわ。そうね……この島に漂着した運にめんじて、今ならタダ!」
「……(あやしい)」

庶民――特に裕福でない層のヒトビトには、このような格言が伝えられている。『タダより高いモノは無い』。もちろん青年も、父親から口が血生臭くなるほど教えこまれている。いわゆる『愛の鉄拳』というやつだ。

……だが、これはメイメイの占いスキルをみるチャンスでもある。

「お願いします」

青年はあえて彼女の提案を受けることにした。

「んじゃあ、手を出して。手相を見るから」
「テソウ、ってなんです?」
「掌のシワを見て、そのヒトの過去・現在・未来を見る知る占いよ。青年は右利きかな? それじゃあほらほら、早く右手を出して」

青年はメイメイに言われるがまま右手を差し出す。するとメイメイはその右手を掴み、まずは掌全体を眺めた。

「ふむふむ、なるほど。青年は軍人さんをやる前は農家だったのね」
「えっ、あ、そう……です」

過去を言い当てられた事に、青年は少なからず驚いた。青年が農家であった事は、メイメイに話していないからだ。だが、もしかしたら農家特有の手のゴツさとか、手にできた農具ダコとか、あるいは店外での青年達の会話を聴いていたのかもしれない。青年には、メイメイが『占い師』か『詐欺師』かをまだ判別できない。

「軍人になったのは、こわ~いお父様に勧められたから。軍学校では問題児で、成績は召喚術以外は平均的……」
「う、うう」

だが、次々暴露されるのは青年の過去である。こうも事実を喋られては、青年もメイメイの占い師としての能力を認めざるを得ない。

「あら、軍学校を卒業する時に…………う~ん、過去を見るのはこれくらいにしときましょ」
「え? ああ。そうしてくれると助かります」
「(後ろの天使ちゃんがただならぬ雰囲気だし) 本題は青年の未来についてだっけ」

メイメイは青年の右手を持ち上げ、自身の眼前へと運んでいく。そして掌のシワ1本1本まで丹念に観察をはじめる。



……3分ほど経過しただろうか。ようやくメイメイが口を開く。

「初対面の時にも言ったけど、やっぱり芳しくないわねえ」
「……ホントですか」
「親指の付け根に沿ってあるカーブした線は『生命線』って言うの。名の通り生命や健康を表すシワなんだけど。けっこう手前でブッツリ切れてるでしょ」
「切れていると何か悪いんですか」
「かなり悪いわ。……青年、近いうちに死んじゃうかも?」
「げ」

青年は、自身の顔から急激に血の気が失せるのを感じた。目の前の女性は『有能な占い師』で、しかも青年は絶賛『遭難中』。死の宣告が実現する可能性は高い。

「でもぉ、それ以外の運勢はわりとイイのよね。『ヒトとの出会いに恵まれ、予想外の場所で意外なヒトと再会する』だって」
「死ぬかもしれないのに、ですか?」

太く短い人生という事だろうか、などと考えながら青年は釈然としない結果に首を傾げた。

「にゃはは。青年、そんな辛気臭い顔しないの。占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦……あんまり気にしすぎちゃあだめよ」
「はあ、そういうものですか」
「いいこと教えてあげる。青年はこれから人生の大きな分岐路に差し掛かる。道は2つあって、1つは平凡な人生を歩む道。もう1つは……」
「死ぬ、かもしれない道」

メイメイは無言で肯定した。

「でも重要なのは青年の決断よ。深く考えないで、青年がやりたいようにやりなさい」
「やりたいようにやる、か」

それができれば苦労はしないよな、と青年は思った。やりたいようやって生きているのならば、青年は軍人などやっていない。そして、本当にやりたい事をするには、もう遅すぎた。

「ま……未来の占いはこんなところなんだけど、どうする? もうちょっと占ってく?」
「いえ、もう大丈夫です。大変参考になりました。」

青年は会釈すると、椅子から腰を上げた。もうメイメイに聞く事はないな、と青年は思った。

「……やはり占い料『タダ』というのは自分の気が治まりません」
「別にいいのよ、お礼なんて」
「いえいえ。たしか、布袋の中にアレが……」

青年が、所持していた布袋に手を突っ込み、ガサゴソと何かを探す。そして、手に確かな手触りを感じると、目当てのモノを取り出した。

「そ、それは!?」
「『清酒・龍殺し』というお酒の一升瓶です。漂着物のなかに紛れ込んでたモノですが、間違いなく未開封ですので安心してください。貴女はお酒が飲め……そうですね。その緩みきった表情をみるに」
「うんうん。メイメイさん、お酒がだぁ~いすき♪」
「それはよかった。自分は酒を嗜みませんので。自分が持っていても『消毒用』とか『着火用』とか『護身用』とかにしか使えないので」

青年はメイメイに一升瓶を手渡すと、ローラを引き連れ今度こそ店外へと足を運んだ。



「あ、青年ちょっと待った」
「はい?」

酒と青年とを交互に見やりながら、メイメイが問う。

「そういえば、青年の名前まだ聞いてないわよね」

青年の身体がビクリ、と脊髄反射のように跳ねる。

「な、名前ですか。どうしても言わなきゃあいけませんか?」
「できれば知りたいな~」

なぜか青年はこの世の終焉のような顔をし、頭を抱え始める。頭を掻きむしる勢いで動く手とブツブツと呟く口からも、青年の心中のただならざる様子が見れる。

数分後、ようやく心中の葛藤から脱した様子の青年は、「笑わないでくださいね」と念を押した後、ようやく自分の本名を口にした。

「自分の名前は……『チャーハン』と言います」
「……? なんか、奇妙な響きの名前ね。ヒトの名前にしては語呂が悪いような」
「『名も無き世界』とか言う、リィンバウムや他の四界とは異なる異世界にある料理の名前なんだとか。『炒めたご飯』という意味の」

青年はとにかく自分の名前が嫌いらしく、尋ねてもいないのにさらに毒づく。

「ちなみに、名付けたのはこわ~いお父様です。友人がその世界出身だったとかなんとか。全く、炒飯を知っている奴が自分の名前を聴いたら、それこそまさに噴飯ものだっつうの」
「……あ~」

青年は名前で色々と苦労しているのだな、とメイメイは察した。そして、この話題を払拭するため、話を変えた。

「そうそう、言い忘れてたんだけど、『青年の現在』の占いの結果。店の出口から出て左へ行くとイイ事あるかも」
「そうですか、ありがとうございます」

青年とローラは、メイメイに対しお辞儀をひとつすると、今度こそメイメイのお店を後にした。



~~~~~



「あのヒト、ホントに何者なんだ」
「ん? どうしたチャーハン召喚兵、具合でも悪いのか」
「いえ、何でも無いですよ先輩」

メイメイの助言の通り左方向へと邁進すると、青年のようにこの島に漂着していた帝国軍部隊の一団があった。今は、青年が部隊で最も親しくしている通称『先輩』と情報交換中だ。

「ところで、自分を名前で呼ぶのはやめて下さい。いつも通りただ『後輩』だの『下っ端』だの何でもいいですから、そう呼んでください」
「いやすまん。運の無いお前の事だから、てっきりポックリ死んでるモノと思っとって、ホントにお前かどうか確かめたくてなあ」
「笑えない冗談です」

青年が部隊の仲間達を見まわす。仲間の殆どが何かしらの負傷をしているようだが、幸運な事に全員五体満足だった。その中には隊長の『アズリア』や副官の『ギャレオ』といった部隊のトップもいて、部隊にとってこれほど喜ばしい事は無いだろう。

「……だけどだいぶ、人数が少ないように感じます」
「ああ。だが海難事故、それも突然の嵐に巻き込まれたんだ。これだけいれば僥倖、ってものだ」
「そういうモノですかね」

青年は大きな溜息を1つして、ポツリと一言だけ呟いた。

「やっぱり自分には軍人向いてないな」

とはいえ、いまさら軍人を辞めるわけにもいかず、目の前の仲間達を見殺しにもできない。帝国軍人チャーハンと天使ローラは、召喚術による治療に奔走するのであった。



[19511] 第2話 彼の居場所 2014/6/6改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0003637c
Date: 2014/06/06 00:48
「ねえ、コイツどうしよっか?」
「どうってよお、そりゃあ縛り上げるしかねえだろ」
「そうねえ。ついでに身ぐるみ剥いでおきましょ」
「見たところ召喚兵のようですね。サモナイト石だけは取り上げておいた方がいいでしょう」

「……(上から、誰かの声がする)」

なぜか仰向けで地面に倒れる青年。青年がマブタを開くと、視界に4つの人影が映る。

「……(男2人と女2人……いや、男3人に女1人、か。見覚えの無い顔だ)」

彼らの後ろに広がる澄みきった青空を眺めながら、青年は考えた。

「……(自分はなぜこんな状態になっているのだろう?)」

頭はうまく働かないし、視界は霞む。何より身体が動かない。

「……(ええと島に漂着して、部隊に合流して……それから)」

青年の脳が機能を取り戻し始める。そして、現在に至るまでが、まるで走馬灯のように目前に映し出されていった。



***



青年と天使ローラによる部隊メンバーの治療作業は数日に渡った。それほどまでに、部隊の損害は甚大だったのだ。結果、作業末期には青年もローラも体力・精根・魔力が悉く限界にきていた。

そんなある日のことである。忘れられた島を探索していた軍の一団が、負傷者多数で野営地に帰還した。彼らが言うに、探索の途中ではぐれ召喚獣と遭遇し、そのまま交戦。最初こそ優勢であったが、増援に返り討ちにあったのだという。

……ちなみに『はぐれ召喚獣』とは、何らかの理由で召喚師の元を離れ、元の世界に帰還できなくなった召喚獣のことである。

「大方、ビジュ先輩が『この島化け物だらけじゃねぇかよ!?』とか言いながら暴れたんだろうなあ」

確証は無かったが、青年はぼんやりとそう思った。というのも、一団の中で指揮をとっていた『ビジュ』という男は部隊の中で最も捻くれて、かつ好戦的な性格をしているからだ。ビジュにとって命令違反はいつもの事で、敵を必要以上にぶちのめす事もあるし、キレると何をするか分からない。しかし実力はあるので、余計タチが悪い。

ともあれ島の住民との交戦があった以上、災いの火種が着実に蒔かれたのは確かである。青年は、忘れられた島で巻き起こるであろう厄災を予見し、身震いした。

「おいテメェぼさっとしてるんじゃねえぞ!」
「はいはい分かりました治療ですねビジュ先輩」

青年の思考が、負傷した探索班の治療へとシフトする。「仕事を増やしやがって」と心で念ずる青年には、遠い未来の嵐について考えるようなヒマはなかった。



~~~~~



治療作業にようやく一段落がついた頃、またしても帝国軍と島の住民との小競り合いが始まっていた。

きっかけは、森の中で発見・拘束された1人の少女。仕立の良さそうな赤い衣服と赤い帽子を纏ったブロンドの少女は明らかに『良家のお嬢様』という感じだった。その赤い少女も青年含む帝国軍と同じ船に乗っていたらしく、同じように嵐に巻き込まれ、同じようにこの島に漂着したらしい。

また、帝国軍の探索班は帝国軍以外にも数名、この島へ流れ着いたニンゲン達――海賊4人と一般人らしき男性、そして件の赤い少女を確認していた。彼らは仮に『海賊一派』と呼ぶ事にする。

帝国軍にとって、海賊一派がこの忘れられた島にいるというのは大した問題ではない。問題なのは、『島の住民』と『海賊一派』が手を組んでいるという事実だ。なぜそう言いきれるかというと、先日の帝国軍と島の住民との交戦において、島の住民に協力した増援というのが海賊一派らだったからだ。

こうなると軍は島の住民と海賊一派、2つの勢力を同時に相手せざるを得ない。人員、物資、地の利、情報……何もかもが不足している軍にとって、これは非常にマズイ。なので軍はなりふり構わず、発見した赤い少女を情報源あるいは人質として拘束したのは自然な流れであろう。

しかし少女を拘束して、彼女の仲間が黙っているはずもないのは自明。帝国軍は、いつ海賊一派が少女を奪還に来ても万全に迎撃できる場所に自陣を展開し、彼女を詰問することにしたのであった。



帝国軍が陣を展開した場所は、島の住民には『竜骨の断層』と呼ばれている地帯である。名の由来であろう巨竜の骨らしき残骸と、幾重の段差が印象的な場所だ。

竜骨の断層は非常に高低差が激しく、高所に陣取れば低所からやってくる敵に対して地の利を得られる。帝国軍は高所を占有、各層に部隊員を配置し、赤い少女の詰問を開始した。

しかし、赤い少女は頑なに口を割ろうとはしなかった。生来の気質なのか、それとも仲間への義理なのか……どうにも彼女から情報を得られない軍が痺れを切らしかけていたその時、とうとう海賊一派並びに島の住民達がやってきたのだ。

帝国軍の陣の下層に現れた、海賊一派の一般人らしき男性が、赤い少女――『ベルフラウ』という名前らしい――を解放するように、帝国軍に告げる。すると、部隊の隊長アズリアが前に出て、意外にもその男性と親しげに会話を始めた。というのも、男性は『レックス』という名前の元軍人らしく、彼とアズリアとは旧知の間柄だったらしい。

しかし、彼女と彼との会話は実に殺伐としたものであった。アズリアはレックスが海賊と共にいる事が不服なようで、彼に投降を促す。だがレックスにも彼なりの事情があるらしく、アズリアに対して一歩も引かなかった。

場はまさに一触即発。戦いは免れない。この場にいる全員が息を飲んだ時、部隊一の不心得者ビジュが暴挙に出た。なんとビジュはベルフラウを人質に、レックスへのリンチを決行したのである。

ビジュ曰く、彼は先日の帝国軍と海賊一派+島の住民との緒戦において、レックスに痛い目にあわされたらしい。そのためレックスを酷く恨んでいる様で、憂さ晴らしと復讐のために、ここぞとばかりにレックスを召喚術でいたぶっていく。

いたいけな少女を盾にして、大の大人に召喚術を放つビジュの姿は小悪党そのものであった。帝国軍と海賊一派、そして島の住民、その誰もが彼の凶行を嫌悪し止めようと考えた。しかしベルフラウが人質にされ、さらにはビジュに「(帝国軍を含め)動いたら、ガキを殺す」と宣言されては、誰もビジュを止めに動けなかった。

言いようも無い不快感が周囲に蔓延する中、ビジュがレックスにトドメをさそうとした……まさにその時。思わぬ反撃がビジュに襲いかかった。ベルフラウが召喚術を使ったのである。

彼女自身が意識して行使したわけではない。彼女の「レックスを助けたい」という思いが爆発した瞬間、身体から溢れだした魔力が彼女の持つサモナイト石に伝わり発動したのだろう。しかし偶発的なものとはいえ召喚術、召喚された召喚獣――空飛ぶ真っ赤な火の玉妖怪――には、ビジュを怯ませるには十分な力を持っていた。

「ビビビィーーッ!」
「へぎゃあ!?」

召喚獣は何なくビジュを弾き飛ばし、ベルフラウを拘束から解き放つ。そしてそれをいいことに、ベルフラウは召喚獣をお供に仲間の元へと走りだす。

だがこの竜骨の断層の特性上、彼女達はすぐに仲間の元へ行く事ができなかった。ベルフラウ達がビジュを振り払った場所は、彼女の仲間がいる下の層まで縦方向にかなり遠い。死を覚悟して断崖から飛び降りる以外の方法で、彼女が仲間がいる場所へと辿り付くには、層と層とを繋ぐやや長いスロープを下る必要がある。

しかし当然、スロープには帝国軍人が配置されており、ベルフラウの行く手を阻む。

だが、彼女は幸運であった。

なぜなら、その場所に配置されていたのは、表情に疲労の色が残る『チャーハン』という名の召喚兵だったからである。



~~~~~



「イヤ~な予感はしてたんだけどさっ」

赤い少女・ベルフラウが距離を詰めるのを目の端で捉えた青年がぼやく。

青年は下層の海賊達に向けていた弓矢を至急、ベルフラウの方へと向けようとする。だが、青年の体は思うように動かない。連日の治療作業による疲労が主な原因だ。また、突然自陣に現れた小さな敵に対する心の動揺も、少なからず影響していた。

「なんだってんだ、もう」

そもそも、ベルフラウが使用した『召喚術』という技術は非常に扱いづらいシロモノだ。召喚術の技量は、術者の才覚と鍛錬によるところが大きく、才無き者や未熟者が使おうとするならば術の不発や暴走を招く。つまり、誰もが――特に年端もいかぬお嬢様が、ポンポンと使用できるような技術ではないのだ。

それなのにベルフラウは、やや暴走に近いカタチだったが召喚術を使用し、ビジュをぶっ飛ばした。そしてそのまま青年の方へと迫ってくる。

青年は正直、少女のベルフラウが大人のビジュの拘束を振り切るのは不可能だと思っていた。しかし現実には、彼女は拘束を振り払う力を持っていた。自陣に突如現れた『敵』に、青年の精神は大きく揺さぶられたのである。

心中穏やかでない青年がモタモタしているさなか、ベルフラウは道すがら拾い上げたクロスボウに矢を装填し終え、なおかつ青年に照準を定めていた。

「くらいなさいっ!」

……そういえばあのクロスボウ、誰かが彼女から取り上げてそこらに置きっぱになってたやつじゃあないか。

青年がそんな事に気付いた瞬間、彼女のクロスボウから矢が射出された。かわす術は当然無い。

「あぐッ!?」
「あ、当たった」

彼女が無我夢中で放った矢が青年の左脚を打ち抜く。激痛に顔を歪める青年だったが、そこは腐っても軍人、戦闘意欲は失わない。逆に、矢が命中した事に安堵し呆けているベルフラウへの反撃に転じる。

「実戦は初めてなのか? 経験者からの忠告だけど……戦場は『油断禁物』だ」

青年はすでにポケットに納めている、サモナイト石を掴んでいた。『聖母プラーマ・ローラ』の石ではない。青年が所持する2つのサモナイト石の小さい方。それは青年と最も古い付き合いで、ローラとは異なる信頼関係で結ばれている、霊界の精霊『ポワソ』の石。青年が最も得意とする召喚術だ(というか、これら以外ほとんど不得意なのだが)。サモナイト石に魔力を込め、呪文詠唱し、異世界への門を開くのに3秒もかからない。

「…っ!?」

ベルフラウが危機を察知するが、もう手遅れだ。彼女にはクロスボウに矢を再装填する時間も、召喚術を妨害する時間も無い。

いける! ……そう確信した瞬間、青年は赤い少女の背後から飛び出した火の玉を見た。先ほど彼女が呼んで、ビジュを吹っ飛ばした召喚獣だ。

「オニビッ!?」
「ビイィーー!」

『オニビ』と言うらしい召喚獣が、召喚主を護るため、弾丸のごとき速度で青年に迫る。青年の脳裏に「召喚術を中断し回避する」という選択肢が浮かぶが、負傷した脚でそれは無理だ。オニビの攻撃が来る前に、召喚術で迎撃するしかない。

……だけど間に合いそうもないな、こりゃあ。

あまりにもオニビが速すぎ、あまりにも青年の体調が万全ではなかった。青年は早々に悟った。

「ビビビィッ!!」
「……ぶ、っ!」

オニビが、青年のボディにめり込んだ。思わず肺中の空気と共に、胃の内容物を口から吐き出しそうになる。しかし、青年は腹を押さえヨロヨロと後退こそすれども、ベルフラウの元へ返るオニビを睨む眼光は衰えていない。

「まだ、まだ……」

耐久力に関して言えば、青年は若干ヒトより勝っていた。幼少の頃の過酷な農作業や、実父の愛のムチの賜物である。

「今度こそ召喚術を」と、サモナイト石を握った手に力を込める青年だったが、意識と視界がグルグル回っていた。負傷した脚に力が入らず、ぐらりと身体が大きく傾く。

「えっ」

「ビッ」

「あ?」

瞬間、青年の身体は宙へと投げ出された。いつの間にか青年は崖の淵まで追い詰められていたようで、足が滑って崖から落ちたのだ。

「……やばっ」

前述したが、青年が先ほどまで立っていた場所から地面までは、かなりの落差がある。ニンゲンである青年に飛行能力は無いため、このままでは地面と衝突して死んでしまう。



――青年、近いうち死んじゃうかも?



先日出会った『メイメイ』という占い師の言葉が脳裏によぎる。しかし、青年とてそう安々と死ぬわけにはいかない。せめて頭だけは死守しなければ、と思い青年は身体をよじる。

そして数秒も経たず、青年は右半身から地面に落下したのだった。



***



「あ゛あ゛あああ!!」

覚醒し、全てを認識した青年の意識が、全身を襲う激痛を知覚した。特に矢が貫いた左脚と、地面と激突しボキボキに折れた右腕の痛みが酷く、患部は焼けたように熱く感じられた。

「う、あ……ッ」

そして激痛は許容量を超え、青年の意識は再び闇の中へと沈んで行った。



~~~~~



青年が次に目を覚ましたのは、側面と天井そして床に至るまで、金属や見知らぬ材質でできた部屋だった。そして青年はこの部屋のベッドに寝かされている。

「…………」

一体ここはどこだろうか? 青年はうすボンヤリと開いた眼で辺りを見渡す。部屋は『檻』と表現したくなるほど面白味の無い内装であったが、壁の棚には小瓶や真っ白な包帯のようなもの陳列されている。

「……ん?」

やがて、青年はベッドサイドに人の影を発見した。どこかで見たような、全体的に赤いシルエット。『赤』――青年にとってはあまり好ましくない色だ。鳩尾と左脚がズキリと痛んだ気がした。

「よかった、気がついたんですね」
「……」

赤いシルエットに両眼のピントが合っていく内に、青年はようやくシルエットの正体に気が付いた。それは竜骨の断層で見た、海賊一派の1人、『レックス』だった。『ベルフラウ』という少女でなくて、青年はちょっぴり安堵した。

「ラトリクスまで運ばれた時には本当に危険な状態で……命に別状がなくて本当によかった」
「……はあ」

『ラトリクス』ってどこさ? という疑問が青年の心中に浮かんだ。が、レックスがあまりにも真剣で真摯に青年の体調を気遣っているようなので、青年は質問しづらった。

「右腕が完治するまでには、まだまだ時間がかかるそうですが、脚の方は日常生活する分には問題ないみたいですよ」
「ああ、それは……よかった、ですね?」

そう言うと、レックスは満面の笑みを浮かべた。心の底から安堵している表情だった。青年も彼の笑顔につられ、思わず気が緩みそうになってしまう。

「もし。ええと、とりあえず貴方をレックスさん、とお呼びしても?」

だが、青年の『帝国軍人』としての立場は、それをよしとしなかった。青年は、自分が置かれている状況が、若干オカシイ事に気が付いていた。

「1つ質問してもよろしいでしょうか?」
「うん」

「この部屋は何なのか」とか「ラトリスクとはどういった場所なのか」とか……色々と質問はあったのだが、青年はまず、自分の立場がカンタンにわかる質問をレックスに投げかけた。

「帝国軍とレックスさん達は、和解したんですか?」
「え」
「いえね、お互いが和解したんなら、こんなに待遇が良いのもうなずけるんですが」

しかし、和解なんてしていなかったらどうだろう。その場合、帝国軍の青年が、軍と敵対関係にあるレックス達の手中にあるのだから、普通に考えれば、青年はレックス達に捕虜として扱われて然るべきである。

それに帝国軍は島に実害を与えている上、竜骨の断層ではいたいけな少女を人質にすらしている。もはや、レックス達の軍に対する心象がマイナスに振り切れてても不思議ではない。だがどういう訳か、青年は懇切丁寧に治療を施された上、ふかふかのベッドにまで寝かされている。青年にはそれが不思議でならなかった。

「和解は、まだです。竜骨の断層での戦いでは、ベルフラウを救出して、アズリア達を撤退させるのが精いっぱいでした」
「……ああ、やっぱり」

若干の後悔が見えるレックスを見ながら、青年は「それはそうだろうな」と思った。

青年はレックス達の事情と心情は知らないが、帝国の信条を知っている。そして隊長であるアズリアは、帝国軍人の規範のような女傑であるということも、青年は知っている。

帝国軍は実力社会だ。功績をたてれば誰であれ評価されるが、逆に失態を犯せば誰であろうと容赦なく切り捨てられる。万が一、『海難事故により任務を果たせなかった』上に『海賊やはぐれ召喚獣に敗北した』または『海賊や召喚獣と一時的とはいえ和解した』などという情報が軍上層部に伝達されれば、どうなることか。

青年は軍人としての地位や名誉に一切興味がないので『帝国での評価』などはどうでもいいのだが、アズリアは違う。彼女は帝国一の軍人の名門『レヴィノス家』の出で、病弱な弟の代わりに家をになうため、女性としては初となる上級軍人を目指しているのだ。

アズリア隊長なら、死に物狂いになっても任務を続行しようとするだろうから、和解は絶対ないだろう……というのが青年の読み。そしてその読みは見事当たっていた。

当たっても嬉しくも何ともないのだが。

「……それならなんで『捕虜』である自分に、こんな手厚い治療を施してくれたんです?」

打算か、謀略か、それとも虚言? レックスがどのような答えを示すのか、青年はあれこれと思案する。しかしレックスの口からは、予想外の言葉が飛び出した。

「俺達は、例えキミが帝国軍人だからって、『捕虜』として扱う気はないんだ」
「……は? いやいや待って下さいよ。帝国軍とレックスさん達は敵同士でしょう? 軍は貴方達や島にそれなりに損害を与えた、と聞いています。自分がいうのもアレですけど、そんな奴らの同胞に対して、被害者である貴方達が特に何もしないどころか、ってのはさすがに」
「確かに今、俺達と帝国軍は敵対してます。ですが俺は帝国軍とだって、きちんと話し合えば分かり合えるって信じています。だからキミにも酷い事はしたくないし、しません」

いやいや、ちょっと待てよ……と、青年はレックスに口を出そうとした。しかし、青年はレックスの表情に何の躊躇やウソが含まれていないのを感じ、愕然とした。少なくても、彼は本当に、対話による和解が実現すると信じているようだ。

「……(それができんかったから、戦ったんでしょうに)」

青年は墜落前、アズリアがレックスの言葉をはねのけていた光景を思い出し、至極当然な事を思った。

しかし同時に、レックスに対する別の感情が青年の中に芽生えはじめていた。

「レックスさんは、とても純粋なヒトなんですね」
「え?」
「きっと貴方がいたから、海賊も島の住民も、身分や種族の垣根を越えて協力できたんでしょうね」

少々薄汚れた青年には、子供のように真っ直ぐなレックスが、何だか眩しく見えた。



~~~~~



その後、青年はレックスから『青年が墜落して気絶していた間』の事を教えられた。要約すると以下のようになる。

青年がレックス達の元へ墜落し重症を負った後、レックス達は青年に最低限の手当を施した後、青年を戦闘に参加しない仲間に任せ、帝国軍と交戦した。そして当初の予定であるベルフラウの救出を成功させた。

また、事実上敗北した帝国軍は青年を残したまま撤退したそうだ。帝国軍は結果的に青年を見捨てて撤退したカタチになるが、軍も色々と切羽詰まる状態であるし、敗戦直後だったので、青年にかまう暇などなかったのだろう……というのはレックスの談。

戦闘終了後、青年の症状が悪化した(かるく生命の危機だったらしい)ので、本格的な治療が施せる『ラトリクス (機界ロレイラル出身者の集落) 』のリペアセンターという場所に運ばれ、治療され、現在に至ったようだ。

「先ほども言ったけれど、俺達はキミを捕虜とした扱う気は無いです。俺としては、キミを軍に返還してあげたいんですけど……仲間の中には反対するヒトもいて」
「まあ、そうでしょうね」

捕虜の返還には、どうしても「情報の漏えい」というリスクが伴う。とはいえ、返還しないのにも色々と面倒事はあるのだから、そこは一長一短として諦めるしかない。今回はレックスが『返還しない』という選択肢を選んだにすぎない。

「……まあやすやすと返還される気は自分にも無かったんだけど」
「何?」
「ああ、何でもありません」

石2つ分軽くなったポケットをさすりながら、青年は「コレを取り戻さなきゃあ、軍には帰れないな」と心中で呟いた。

「ところで、自分が捕虜として扱われないのならば、一体どういう扱いを受けるんでしょうか」
「あ……うん。それなんだけど、実はまだ決まってなくて。実は、俺がキミの病室に来たのは『キミはどうしたいのか』を訊きに来たんです」
「……自分に?」
「はい。最大限キミの意見は尊重するつもりです」
「お、おお?」

まさか、自分の処遇を自分自身で決める事になるとは。青年は酷く狼狽した。

『自分の処遇』……これは非常に発言の責任が伴う難題である。あまりに優遇が過ぎる提案をすれば、レックスの心象を悪くしかねない(というか軍人としてどうかと思う)。とはいえ、劣悪な処遇を自ら所望するほど青年はマゾヒストでは無い。良くも悪くも無く、ついでに青年にこっそり利のある提案をしなければならない。

「……前例はないんですかね? ほら、自分は島の環境治安について知らないですし」

数秒の内にあれこれ思案したが、面倒臭くなって青年は考えるのをやめた。

「前例? そうだ以前、俺達や帝国軍より前にこの島に流れ着いた『ジャキーニ一家』という海賊が、集落の食べ物を盗んでいたので懲らしめたことがありました」
「ああ、ジャキーニ一家なら知っています。『やたらと派手好きで豪快、しかし妙に弱い』とか『海賊のテンプレートみたいな奴ら』とか、軍ではしばしばウワサになってましたよ」
「……そうなんだ。あ、それで、懲らしめた後ジャキーニさん達にはユクレス村――メイトルパの住民が住む集落なんだけど、そこで畑仕事をしてもらっています。『盗んだ分は働いて返してもらう』という事で。現在も、ジャキーニさん達は果樹園で水やりをしたり、畑を耕したりしてます」
「……畑に果樹園」
「あまり参考にはならなかったかな。キミはケガを」
「それでいいです」

青年にしては、妙に明るい声だった。

「え。でも」
「それでいきましょう。農作業という肉体労働……敵側のニンゲンの扱いとしてはぴったりじゃあないですか」
「キミは腕を骨折して」
「大丈夫ですよ。こう見えて軍人の前はファーマーをやってましたから。知ってますか?ファーマーは、たとえアバラや腕や脚が折れていようが、たとえ高熱にうなされていようが、農期には強制労働させられる、タフなヒト達なんですよ」
「え。俺の村でも農耕はしていましたけど、そんな人はいなかったような」
「おかしなあ。『ファーマーたるもの、骨が折れてもヒザ折るな』という格言もご存じない? 『痛い痛いと言う暇があったら、1ヘクタールでも広く畑を耕せ』という意味なんですけど」
「いや、たぶんそんな格言は存在しないと思う」

青年は首をかしげる。どうやら青年の言うファーマーとは、世間一般のそれとはまったく異なる職種のようだ。



その後、レックスは青年の妙な熱意に根負け、青年は晴れて『ユクレス村での畑仕事』という絶好の待遇を得たのである。



~~~~~



「そんで、ワシらにその軍人を監視せいっちゅうんかいのう、先生」

場所は変わってメイトルパ出身者の集落ユクレス村。口髭を生やし、片目には眼帯、そしていかにも海賊という感じの衣服に身を包む『ジャキーニ』は、今日から村で働く青年の処遇についてレックスに確認した。

ちなみに『先生』というのは、ベルフラウの家庭教師をしているレックスを指す呼称である。

「監視ってほどじゃ。彼には脱走する気もないみたいだし、それとなく気にかけていてほしいんです」
「まあ、ワシらは海賊じゃ。帝国軍の奴らには何度もえらい目にあわされちょる。頼まれんでも脱走なんて許さんがのう」
「ありがとうございます」

ジャキーニ一家は海賊だが、意外と義理堅く憎めないヒト達である……という事を知っていたので、レックスは「彼らはキチンとやってくれるだろう」とひとまず安堵した。

「ところで、その帝国軍人はどこにおるんじゃい?」
「え、さっきは俺の後ろに……いない!? 」

まさか逃げたのか? レックスとジャキーニが辺りに注意を向けると、どこからか『ザックザック』と土を耕す音が聞こえる。

「イモ畑の方からじゃ。アソコには今誰もおらんはずじゃが」

2人がイモ畑に視線を向けると、そこには無心で畑に鍬を入れ続ける青年の姿があった。

「……左手1本で力強く鍬を振り下ろしちょるぞ、アイツ」
「しかも、すごい速さだ。わ、もう端から端まで終わったみたいだ」

ニンゲン業とは思えぬ青年の鍬さばきに、2人はただただ呆然とするしかなかった。



~~~~~



「ああ、癒される」

遠くでレックス達に奇異の目で見られているのを知らず、青年は淡々と鍬をふるう。鍬から手に伝わる土の感触が、青年にはなつかしく感じられた。

「しかし、この畑には妙な穴ぼこが多いな。まさか害獣でもいるんじゃ……」

ピョコン。

「あ?」

突然イモ畑の穴ぼこから姿を現したのは、球の体にトリの顔が付き、そして頭の上にヒモのような何かが1本生えた召喚獣だった。

「あ~、確か軍学校の教科書にこんな小動物が載ってたような」

ジ……。

「幻獣界メイトルパの『ペンタ君』だったっけ」

ジジ……。

「意外と柔らかい身体を持ち……いやいやそうじゃない」

ジジジ……。

「え~と、確かペンタ君は気を抜くと」

ジジジジ……。

「あ、そうだ『爆発する』」

ボンッ!!

「…………げほっ」

こうして、青年の捕虜生活初日は『爆発オチ』で幕を閉じたのであった。



[19511] 第3話 招かざる来訪者達 2014/6/6改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:72b817f4
Date: 2014/06/06 00:58
忘れられた島には4つの集落がある。機界ロレイラルの住民が暮らす『ラトリクス』、鬼妖界シルターンの住民が暮らす『風雷の里』、霊界サプレスの住民が暮らす『狭間の領域』、そして幻獣界メイトルパの住民が暮らす『ユクレス村』である。

青年が捕虜(仮)としてやっかいになるユクレス村は、島の末端からでも視認できそうなほど巨大な大樹『ユクレス』を中心に成立した緑の溢れる集落である。この集落では、メイトルパ出身の多様な動物と、半人半獣の『亜人』達が狩りや農耕をしながらのんびりと生活している。

青年はこのユクレス村で住民達の農耕を手伝う事になっている。しかし、ユクレス村の住民達は、青年を受けれるのに若干の抵抗があるようだった。

しかしそれは詮無き事である。集落へと侵入した異分子は往々として煙たがれるものだ。特にリィンバウムに召喚された者達は、ニンゲンに対し不快感を持っているから尚更だ。

ユクレス村には『ジャキーニ一家』という前例があるにしても、『忘れられた島を荒らした帝国軍のニンゲン』である青年が、村でそう簡単にうまくやっていけるとはとても思えなかった。

しかし青年はそんな心配などしていなかった。正確には「そういう問題もあるだろうな」と思いつつも、兎にも角にも農作業集に集中したいが故、他の事を考えたくなかったのである。

「それに周囲の評価は、日々の態度と過ごした時間で決まるものだ」

青年とて島の住民達に嫌われるつもりはない。だが、今のところサモナイト石を取り戻す以外に、青年が住民やレックス達からの信頼を勝ち取る意味がない。青年はのんびりゆっくり、高速で鍬をふるいながら事態の転機が訪れるのを待っていた。



~~~~~



青年がユクレス村で農作業をするようになって数日が過ぎた。青年は毎日、太陽が昇る前に起床して延々と働き、翌日の深夜に就寝する、という過密スケジュールで農作業に勤しんだ。もちろん、自主的にである。

本来なら一般人はおろか、ニンゲンより体力のあるメイトルパの亜人でさえ泣いて逃げ出すほどのオーバーワークなのだが、青年はソレをさらりとこなす。しかも片手で。

「仕事量が明らかに多すぎるのに、むしろ日に日に元気になっているのではないか」とは農場のベテランファーマーの談。



そんな青年が今日、仕事に来たのは『実りの果樹園』という場所である。その名の通り、年中何かしらの果実が実る、住民の手入れの行き届いた果樹園である。そして果樹園でやることとなれば果実の収穫である。

数多ある果実の中から、成熟した果実のみをもいで背負った籠へと納める。説明するのは簡単だが、実際はかなり首とか腰とか脚とかに負担のかかる重労働である。

果実は高い所にあったり低い所にあったりで首と身体をグルグル動かさなければならないし、果実の成熟具合を見極めるのもなかなか難しい。そして、収穫は果実に傷がつかないよう細心の注意を払わなければならず、収穫すればするほど籠は重くなる。

しかし経験者である青年には大した労働ではなかったようで、30分もしない内に果実100個は余裕で入る籠を1つ満杯にしてしまった。何度も言うが、青年は左手しか使用していない。ちなみに青年の作業を見ていた亜人の1人は、その様子を「変態」と評したそうだ。



「いやあ、やはり農作業は清々しい気持ちになれるね。……ん?」

労働者特有の爽やかな汗を流しながら、青年は新たな籠を背負って次の木に狙いを定めた。するとその時、視線の先にある木の根元に小動物がいる事に気が付いた。

「ムイ~」

ペンギンのような体に帽子を被せた姿の小動物は、なにやら哀愁漂う溜息を吐いて頭上の木を眺めていた。

「……あれは確か『テテ』とかいう名前の、メイトルパの住民だったか」

何をしているのだろう。気になって、青年が『テテ』の視線を追う。その先にある木には、たわわに実った果実がいくつも生っていた。

「ムイ! ムイ!」

『テテ』はその果実を取ろうとしているようで、何度かピョンピョン跳ねるが、いかんせんニンゲンの足先から膝ほどまでしかないその身体では、ジャンプしたところで到底届かない。

「……ムィ」

「お腹が空いているのかな」

『テテ』が非常に残念そうな鳴き声をあげると、何となく青年も悲しい気持ちになった。
青年も幼少期、何度も空腹に泣かされた事があるからだ。

「……そういえば、空腹になると森で『狩り』とかしてたな。その時に弓矢の扱い方も覚えたんだっけ」

青年はノスタルジアな気分にひたりつつ『テテ』の元へと歩を進め、彼が凝視していた果実を目の前もぎり取った。

「ムイッ!?」
「ふむ、程よく熟した旨そうな果実だ。オマエ、中々見る目があるじゃあないか」

『テテ』は激怒した。自身のエモノを新参の、しかもニンゲンに掠め取られたのだから当然だ。

「ムイムイ!!」

彼は訳するならば「何すんだコノヤロウ!!」という感じの鳴き声を発し、青年の脚部に狙いを定める。食料を奪った青年に、報復として体当たりを喰らわそうとしているのだ。

「ホラ」

しかしその凶行は、青年が『テテ』の眼前へと差し出した果実によって中断された。頭に血がのぼり、状況をうまく理解できない『テテ』は眼をパチクリさせながら、青年の表情を窺っている。

「食べたいんだろ? 実りの果樹園では基本『食べ放題』らしいから、遠慮することはないはずだが」

ようやく『テテ』は青年が果実を食べさせようとしているのを理解したが、彼は素直に受け取るかどうか戸惑った。というのも彼は、青年が島の安寧を脅かしている『悪いニンゲン(もちろん帝国軍)』の仲間――要するに島の敵であると知っていたからだ。敵に情けをかけられるのを『テテ』は良しとしなかったのである。

「……ムイ」

しかし『テテ』も腹が空いている。空腹とプライド、彼の心中ではその2つの言葉が飛び交っていた。

「いらないなら自分が食うが」
「ムイッ!?」

でもやはり空腹には勝てなかったようで、『テテ』は青年のその1言を聞くや否や、青年の左手から果実を掴み取った。そして『ダッシュ』でそそくさと青年の元から離れていく。

「やっぱり帝国軍……いやニンゲンは警戒されているのかな」

時折チラチラと青年の方を顧みながら去っていく小動物を見送りながら、青年はヒト知れず溜息をもらし、そのまま農作業へと戻った。



~~~~~



「ああ……暇だ」

『テテ』との邂逅から数時間、青年はユクレス村の農地からやや離れた場所を歩いていた。

「まさか『もう仕事をスルナ』と言われるとは思ってもなかったなあ」

残念そうな声をあげる青年だが、別に失態を犯して農作業からハブられた訳ではない。むしろ逆で、あまりに仕事のスピードが常人離れしていたために亜人達の作業をことごとく奪い、それが原因で仕事から干されたのである。誰だって、自身に任された仕事を横からホイホイ掠め取られれば、楽をしたと思う反面少し頭にくるものだ。

「まあ日々熱心に働く自分に気を使って休憩を入れてくれた、ってのもあるんだろうけど」

青年は丁度良さそうな木陰を見つけると、その下の天然の芝生に寝転がった。

「部隊の仲間の事も心配だし、あんまり休む気になれないんだよな」

島内に潜伏している帝国軍は今頃、慣れないサバイバルに四苦八苦しているはずだ。それなのに、自分はこんなにのんびりしていていいのだろうか?

「……はあ」

疑問が頭から離れないまま、青年はそっとマブタを閉じた。



***



「何と言うか、ムズムズするんだよなあ『軍服』ってのは。肩がこるったらありゃしない」

帝国の片田舎にある、こじんまりとした軍学校。帝都ウルゴーラにある軍学校とは天と地ほどの差があるが、それでも「ここらでは最良」と評されるこの学校の学生寮に、青年の自室はあった。青年はその自室で、帝国軍の一般的な軍服とにらめっこをしていた。

「身の丈に合ってないんだよ。自分にはもっと機能性とコストを重視した服の方が性にあってるんだ」
「…………!!」
「ハイハイ。無駄口叩かないでさっさと準備しますよ」

傍らに浮いている天使ローラに急かされ、青年は似合わない軍服に着替える。

青年は今日でカリキュラムを終了し軍学校を卒業する。卒業式では必ず軍服で出席するのが学校のならわしなので、青年は着たくも無い軍服を渋々着ているのである。

「しかし」
「…………?」
「いや、一介のファーマーがよく卒業できたなと思ってさ。色々あったよな……ローラに出会ったり、生徒を自主退学に追い込んだり、クスリで儲けたりさ」
「…………」

回想したくない思い出が多くローラは顔をしかめるが、青年は気にする様子も無く話を続ける。

「卒業から入隊までちょっと期間が空いてるし、さっさと式を終わらせて自分の故郷でも一緒に見に行こうか、ローラ」
「…………♪」

その時、突然入り口のドアがノックされた。

「ちょっといいか」

ドアの向こう側から聞き覚えのある声がしたので、青年は素早くドアを開ける。ドアの向こうにいたのは、青年が軍学校でお世話になった教官だった。青年は姿勢を正して尋ねる。

「何のご用でしょうか」
「お前は確か西方の辺境の村出身だったよな」
「はい。正確には『○○』という名の村ですが」
「……そうか」

青年がそう答えると、教官はバツが悪そうな表情で次の言葉を出し渋る。だが、意を決し青年へ視線を向けると、淡々と事実だけを述べ始めた。

「実は先ほど本校に、ある情報が伝えられた。軍から帝国全土に発信された確かな情報だ。我らの仇敵『旧王国』が帝国領土に進攻し、西方に被害があった。被害にあった都市や村、集落の情報も伝わっていてな……それによると」



「お前の村は……全滅、したそうだ」



「……え?」

その時、青年は自分の体と意識が崩れ落ちた音を聞いた。



***



「ッ!?」

夢から覚め、眠る前の木陰にいる事に青年は安堵した。木陰の外では燦々と太陽が照りつけているはずなのに身体の震えが止まらず、身体は寝汗でびっしょりだ。

「くそッ、久しぶりに見たな……あの夢」

軍入隊のちょっと前まで頻繁に見ていた悪夢だが、青年にとっては現実に起きた悲劇だった。あの日以来、青年は『帰るべき場所』と『軍人である理由』を喪失してしまったのだ。

「……あ」

無意識にポケットに手を伸ばそうとして、ソコに何も入っていない事を思い出した。

「随分と頼ってばかりだったんだな、僕……じゃなくて自分は」

だが、現在彼女達は傍にいない。青年はゲンナリしながら立ち上がる。

「何かしてないとイヤな事思い出しちまう。……農作業に戻るか」

震える左手を握りしめ、青年は来た道を逆に進み始めた。



「だからっ、陸に上がるのはイヤなんじゃあぁぁっ!!」

突然絹を裂くような、聞き覚えのあるオトコの悲鳴が何処から聞こえてきた。ユクレス村で農作業の罰を受けている海賊、ジャキーニのモノに違いなかった。彼はそうとう海が恋しいらしい。

「『なまけ者の庵』とかいう場所の方向から聞こえたような」

『なまけ者の庵』とは、ユクレス村のリーダー兼守護者の『護人・ヤッファ』という亜人が住む庵だ。ついでに『護人』は『もりびと』と読み、島の4つの集落それぞれの代表であり守護者を指す言葉である。

「ジャキーニさん、何かしたのかな?」

なまけ者の庵に行ってみようか、とも青年は考えたが、どうせ戻ってくるのだからと思い直しそのまま農場へと向かうことにした。



青年が実りの果樹園へと帰還すると、なにやら様子がおかしかった。いつものんびりと作業している亜人達は、慌ただしく動き回ってはどこかへと去っていく。

一体何が起こっているのだろうか? 青年が頭に疑問符を浮かべていると、1人の男が青年の元へ駆け寄ってきた。海賊ジャキーニ一家の副船長である『オウキーニ』という男だ。

「ああ軍人はん、戻っとったんか」
「オウキーニさん、この騒ぎはいったい何なんです?」

オウキーニはジャキーニの義弟である。しかし荒っぽい義兄と違いとても温和な常識人である。そのため人あたりが良く、帝国軍人である青年ともそれなりに友好的で、時たま会話をしている間柄だ。特にオウキーニは料理人として一流であるため、彼らは食材についての談義をよくしていた。

「もしかして、さっきのジャキーニさんの雄たけびと何か関係が?」
「う~ん、関係あるような、あらへんような……。実はな、何でもこの島に『ジルコーダ』っちゅう召喚獣が現れたそうなんや。えらい大っきくて凶暴な『アリ』で、見境無く木々や生き物を襲うとんでもない奴、ちゅう話や」
「そんな! なんでいきなりそんな生き物が」
「分からん。ウチらもさっき先生はんやカイルはんに注意されたばかりで、状況をよく把握しておらんのや。ちなみに軍人さんが聞いたウチの船長の声は、その時カイルはんに悪態ついて殴られたときの声やな」
「はあ(あのヒトはホント残念だな)」
「これから先生はん達がジルコーダの親玉の討伐に向かうんやけど、その分集落の守りが薄くなる。せやから、ウチら海賊が住民達の護衛を先生はんから頼まれたんや」
「なるほど、つまりみんなが慌ただしいのは、避難場所かどこかに避難するためですか」
「そういうこっちゃ。軍人さんもケガしとるさかい、はよう避難場所に行った方がええで」
「はは、そうですね。左手一本じゃあ戦うどころか逃げる事すら困難ですから」

青年はオウキーニに避難場所を聞くと、会釈してその場を離れた。



「あ、そういえば芋畑耕そうと思って芋畑に置いといた鍬が出しっぱなしだ。『農具は命よりも重い』……父から口が血まみれになるまで教え込まれたっけ」

ちょっと危険かな? とは思ったが、時間はかからないだろうと踏んだ青年は、芋畑へとより道することに決めた。

「あれ、この機に乗じて自分逃げられるんじゃ……いや、ないな。逃走中にジルコーダとやらに襲われる可能性があるし」

なにより、サモナイト石を取り戻さないまま帝国軍に戻れば、完全な足手まといになる事は目に見えていた。



~~~~~



「みんな、わき目も振らす避難場所へ向かったみたいだな」

果樹園から芋畑へと向かう道中は閑散としていた。そして青年が歩く道の周囲には住民が落とした、あるい忘れた品々が散乱していた。

「農具に果物入りの籠、ジョウロにステッキ……片方だけの靴まである。よほど大急ぎで逃げたらしいな。後は弁当箱に、一升瓶?メイトルパにも日が高いうちからこんなドギツイ酒を飲むようなファーマーがいるのか」

かつての親を思い出し感慨深くなった青年は、おもむろに地面に転がっている一升瓶(未開封)を手に取った。しかし直後、苦虫を噛み潰したような表情になって地団太を踏む。

「あ~~くそっ……夢にせいだな、どうも感傷的になっていけない。さっさと避難場所へ行かないといけないってのに……」



……Ghe。



「ッ!?」

木の葉が擦れ合う音にも劣る、ごくごく小さな音だった。しかし、青年の五感は確かにその違和感を感じとり、本能が身体の動きを止めた。

「……Gheee」

今度はより精確に聞くことができた。生物の唸り声が背後から聞こえる。青年はゆっくりと、首から上のみを動かして自分の背後を見た。

「Gheeyy」
「……」

青年の後方10メートルほど。そこにいたのは、簡単に表現するならば昆虫の『アリ』だった。しかし、体長1メートルで、毒々しい緑色をした表皮の鎧を纏い、強靭そうな大顎を持つ『アリ』がただのアリだろうか? 断じて否である。

青年は直感した。この巨大アリこそが、現在島の脅威となっている『ジルコーダ』なのだと。

青年は動きを最小限に周囲の気配を窺う。幸か不幸か、周囲に動物の気配は無い。つまりジルコーダの増援は無いが、青年への救援も見込めないということである。

「……(おいおい、ふざけるなよ)」

ジルコーダは、その複眼で青年を凝視したまま動かない。単純な好奇心から見ているだけなのか、それとも『獲物』の観察をしているのか。……圧倒的に後者のような気がするが、蟲ではない青年にはジルコーダの心中など分かる訳が無い。

青年も動けない。動いてヘタに刺激してしまえば、確実にあの強靭そうな顎でバラバラに惨殺されるのは目に見えていたからだ。

「……(何より、今の自分の状態が最悪だ)」

もし今の青年が身体も所持品も万全な状態ならば、いくら巨大で凶暴なジルコーダとはいえ1匹程度、軍人の意地で確実に退けられる(『逃げるが勝ち』も含む)。しかし世の中は無常なもので、青年の右手はギプスで塞がり使えない。ついでに言えば、左脚に受けたダメージも完全回復しておらず、いつもより走力は落ちている。敏捷さが未知数なジルコーダ相手に、どこまで逃げ切れるのか分からない。

所持品にしてみても武器もサモナイト石も無い今、持っているモノといえば、さっき拾った一升瓶だけである。ニンゲンならいざ知らず、一升瓶でジルコーダに立ち向かっても、返り討ちにあうに決まっている。

「……(避難場所に行くか? そこなら戦うヒト達もいる)」

ジルコーダはまだ動かない。このまま先手を取って駆け出せば、ジルコーダが自分に追いつく前に避難場所へと到着できる可能性は高い……と青年は思案した。

しかし、青年はその思考に自分で「ノー」を叩きつけた。自分のやろうとしている事は避難場所に『爆弾』を投げ込むような事だ、と思ったからである。避難場所には戦闘できるヒトもいるだろうが、戦闘できないヒトのほうが圧倒的に多いはずだ。そんな場所に凶暴な蟲を連れていくという危険は犯せない。

「……(くそ、詰んでるんじゃないのかこれは)」

青年が臍をかんだちょうどその時、ジルコーダの身体がピクリと動いた。青年の苛立ちを感じとったのかもしれない。少なくても、ジルコーダがそろそろ何らかの行動をとることは明白だった。青年に残された時間は少ない。

「……(こんな事になるのなら、芋畑に鍬を取りに行こうとしなければよかった)」

「……(あ)」

青年が過去の行動を呪ったその時、青年の頭脳はある画期的なアイディアをひらめいた。今まで重ねた思考を束ねた結果、たった1つだけ『ジルコーダを倒す可能性』に思い当たったのである。

「……(可能性は低いがやるしかないよな)」

思うが早いか、青年はジルコーダのいる方向とは逆方向へと走りだした。

「Gheya!?」
「この害蟲風情が、追いつけるものなら追いついてこい!」

面を喰らったジルコーダに対して挑発しながら、目的地を目指して青年は駆ける。

「Ghaaa!!」

ニンゲンの言葉は理解できないだろうが、バカにされていると感じとったジルコーダは、怒りをむき出しに青年の後を追う。青年の思惑通りだ。

ジルコーダの速度は青年と同じくらいのようだ。しかし油断は禁物。元来、昆虫のアリには小さい体で自重の何十倍の荷物を運べるパワーがあるのだ。昆虫のアリの特徴がそのままジルコーダに当てはまるかは不明だが、少なくても生身のニンゲンの身体的スペックは超えているだろう。だから、早急に決着をつけなければジリ貧で負けてしまう。

「チャンスは、一回だけ」

青年は決意を新たに、芋畑へと通じる道を駆け抜ける。



~~~~~



「はあ、はあっ」
「Ghesyaaaa!!」

青年は息をやや切らしながら、ジルコーダはがなりたてながら、1人と1匹は芋畑へと侵入した。青年は畑が荒れる事も構わず耕された土壌に足を踏み入れ、後にジルコーダが続く。

「くッ……しつこいんだよ害蟲が!」

怒号と共に青年は渾身の力を込めて、左手に持ったままだった一升瓶をジルコーダ目がけて投てきする。瓶は見事ジルコーダの頭部に直撃し、割れた。ジルコーダの表皮に中身が降りかかる。

「Ghy! ……Gheeeyaaaa!?」

ジルコーダは一瞬怯んだものの、青年を追いかけるのを止めなかった。むしろかなり頭に来たらしく、俄然殺る気を高めて青年に猛進する。

「やっぱり、酒瓶ぶつけた程度じゃあダメージにもならないか。なんて硬い表皮だ!」

そう悪態を吐く青年だったが、その表情にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。

「お前の表皮の硬さじゃあ、自分ではダメージどころか傷を付けることすら無理そうだ」

自嘲じみた溜息を漏らすと、なんと青年はその場で立ち止まった。そして体を180度ターンさせると、その瞳で液体したたるジルコーダを見据えた。

「Gheeeyaaashaaa!!!」

ジルコーダは歩みを止めた青年に、これ幸いと突撃してくる。1人と1匹との距離が5メートルを切った。

「そう、自分じゃあ無理。だが自分の足元の『コイツ』ならどうかな」

怒りに我を忘れたジルコーダは気付けなかったようだが、青年の足元には1つ、大きなボールが転がっていた。

だが、これはただのボールではない。トリのような顔があり、てっぺんには導火線のヒモのようなモノが生えている。そして何より、衝撃を与えると『爆発』するのだから。

「ゆるせ『ペンタ君』! あとでなにかやるからな」

青年は右足でもって、ジルコーダの方へとペンタ君を思いっきり蹴り飛ばした。



一瞬の後、ペンタ君はジルコーダの鼻先で爆発した。



~~~~~



「くっ……」

ペンタ君の爆発影響で、青年は地面に尻もちをついていた。青年は爆発の一瞬前に後ろに飛び退いたので大したダメージはないが、衣服やギプスが煤けてしまっている。

「Gyaaaaaaaaaaaaa!!!?!!!??」

一方、爆発の直撃を受けたジルコーダはというと、全身火だるまとなり、断末魔をあげて地面をのた打ち回っていた。

ジルコーダは、なぜ自身の屈強な体が火だるまになっているのか理解できなかった。確かにペンタ君の爆発は強烈だったが、ジルコーダの表皮を致命的に破壊したり、ましてや炎上させたりすることなど不可能である。

だが実は、炎上しているのはジルコーダの表皮ではなかった。

「害蟲は知らないだろうが、『酒』の中には燃える成分が含まれているんだぜ」

青年がペンタ君を蹴り飛ばす前に投げた一升瓶こそが青年の切り札だった。ジルコーダを酒塗れにし、ペンタ君の爆発による炎熱で燃やす。そうすれば後は熱により表皮の奥にある脳や肉や内臓が蒸し焼きになる、という寸法だ。

「ジルコーダの酒蒸しならぬ酒焼き、ってところかな」

作戦が完全に決まったことにより、張りつめていた青年の緊張の糸が切れ、安堵の表情をみせる。



しかし安堵するのはまだ早かった。青年が思う以上に、ジルコーダはしぶとかったのである。

「G……Syaaaaa!!」
「なっ!?」

これが本当の『火事場の馬鹿力』というやつだろう。炎に包まれたジルコーダが、最後の生命力を振り絞り、青年に突撃してきたのである。完全に油断しており、地面に尻もちついている青年は、満足に動く事ができない。

このままでは、青年はジルコーダにかみ殺されてしまう。いや、万が一組み合った直後にジルコーダが息を引き取っても、ジルコーダの纏った炎が青年を焼き殺すだろう。

もはやどうする事も出来ない。青年の脳裏に、焼け死んだ自分の屍の姿が浮かんだ。

「くそっ……」

除々に接近してくるジルコーダの姿に、青年は死を覚悟した。



ドガッ!



だがその時、にわかには信じ難い事が起こった。なんとバスケットボールくらいある石が飛んで来て、ジルコーダの横っ腹に直撃。ジルコーダは横転し、青年の目の前で停止した。

「G……e………」

ジルコーダは地面の上でもがき苦しんでいたが、しばしして動かなくなった。ジルコーダが息を引き取ったのである。

「……た、助かったのか?」

青年はジルコーダの死骸を見つめ、呆然としながら、誰に言う訳でもない言葉を漏らした。一体なぜ自分は助かったのか? なぜ石が飛んで来たのか? 青年の頭に疑問が渦巻く。

「ムイッ」

すると、まるで「その疑問を解消してやろう」とでも言わんばかりの鳴き声をあげ、1匹の小動物が青年のそばへと近づいてきた。それは、実りの果樹園で出会った『テテ』だった。

「『テテ』、助けてくれたのはお前だったのか? ニンゲンで、帝国軍人である自分を?」
「ムイ」

『テテ』が頷く。

「まさか、果実の礼に?」
「ムイ」

また『テテ』が頷く。ちなみにこの『テテ』は、避難場所に青年がいなかったので、ワザワザ探しに来たのである。

「……そうか、ありがとな」

青年は礼を言いつつ、『テテ』の頭を帽子ごしに撫でる。『テテ』は若干恥ずかしそうだったが、まんざらでもない様子だ。

「さて、2匹目に出会う前に、さっさとこの場を立ち去ろうか」
「ムイムイ」

一通り撫で終わると青年は立ち上がって尻についた土を払い、当初の目的である鍬を見つけるべく辺りを見回した。

「……あ」

青年が見たのは、青年とジルコーダが踏み荒らし、さらにはペンタ君の爆発でグチャグチャな芋畑『だった』場所であった。

「………………まったく、散々踏み荒らした揚句、ペンタ君で自爆してさらに芋畑をグチャグチャにするなんて、ジルコーダめマジ許すまじ」
「ムィ?」

死骸に口なし。青年はジルコーダに罪の全てをおっかぶせると、目当ての鍬を拾ってさっさと避難場所へと退避した。



~~~~~



その後青年と『テテ』は無事避難場所へと到着できたが、その後にも少々ハプニングがあった。ユクレス村の住民に、子猫くらいの大きさの妖精『マルルゥ』というのがいるのだが、なぜか彼女はいきなり「ジルコーダ討伐隊のヒト達のために宴会の準備をしよう(意訳)」と言い出したのだ。

マルルゥ曰く発案者は護人のヤッファらしいが、大多数は「それはきっとモノのたとえだろう」と思った。しかし誰もがマルルゥの熱意に負け、いつしかほとんどのヒトが意気揚々と宴会の準備に取り掛かった。一応、青年も手伝いはした。

幸い避難場所にジルコーダが出現する事は無く(親玉の危機を察知し、ほとんどがアジトに戻ったのかもしれない)、レックス達討伐隊が凱旋してくる頃には盛大な宴会の場がつくりだされていた。

そして、宴会の幕が開いた。討伐隊の面々と宴会の準備をした方々、その他色々なヒトがごちゃ混ぜになった楽しい宴会は、いつまでも続くのではと錯覚してしまうほど盛大だった。

しかし青年と『テテ』は、宴会の場に姿を現す事は無かった。



「『テテ』はいかないのか? 宴会」
「ムムイムイ?」
「ん~、自分はいいさ。だってあれは『ジルコーダ討伐お疲れ様会』だぞ。自分は一切関わりの無い会さ」
「ムィ~」
「はっはっは。……それに、自分は結局『帝国軍人』なわけだからさ、宴会に出席したら空気がわるくなるだろ? あと、自分の部隊の仲間にどやされる。『俺達がサバイバルしてる時になにのんきに宴会に出てるんだ』ってな」
「ムイムィ」
「ニンゲンってのはシガラミに囚われるヒジョ~にめんどくさい生き物だな。だけどさ、そのシガラミだって大切にしたいじゃないか」



[19511] 第4話 青年の想い その① 2014/8/31 改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:72b817f4
Date: 2014/08/31 19:38
「ああ、どうしよっかな」

青年は窓1つない個室でそう呟くと、近くに聞こえるさざ波に耳を澄ました。

「……そう言えば、海戦隊を志望した理由は『山はいつも見てるから、次は海だよな』ていう案着な理由だった。今思えば、あのとき陸戦隊か駐在軍人でも志望してればよかったなあ」

しかし後悔先に立たず、である。青年は無駄な思考を中断し、自分がなぜ密室で1人でボケっとするハメになったのか、改めて思い返していた。



***



ことの発端は、忘れられた島の実質的リーダー『レックス』と、青年の所属する帝国軍部隊の隊長『アズリア』とが、偶然にも島の森で邂逅したことから始まった。そこでどのようなやり取りがあったのか青年は知らない。が、なんやかんや言いあったり、レックスの仲間である海賊『カイル一家』が援護にやってきたりした結果、あやうく交戦一歩手前の状態にまで陥ったらしい。幸いレックスの仲介でその場は収まったが。

しかしレックスの説得を持ってしてもアズリアの敵対意識は変わらず、その姿はレックス達に帝国軍がいよいよ本格的に行動するだろう事を予感させた。

軍が動くのを静観するわけにはいかないカイル一家とレックス、ベルフラウらは急遽、海賊船の船長室で今後についての会議を開いたのだが……。



***



「まさか部隊の内情を知る証人として、自分が海賊船に連れて来られるとはなあ」

青年は今でこそファーマーという名の捕虜(仮)として島の住民と共に生活しているが、元々は帝国軍である。軍の情報を話させるためには適任であった。

そんなわけで、青年は日も暮れようかという時刻に海賊船へと引っ張り込まれた。そしてとりあえず船長室の向かいの物置き部屋に待機する事になり、レックス達からの呼び出しを待っているのである。

「しかしいつになったら呼んでくれるんだろうか」

前述のように、レックス達のいる船長室と青年のいる物置きとは通路を隔てて向かいの部屋同士である。そのため、耳を澄ませば漏れ出した会話の内容を聴くことも不可能ではない。青年はドアに耳を押しあてて船長室の様子を窺うことにした。


「びっくりしたよ……」
「びっくりしたよ…で、済むような……じゃ……」


青年の耳が船長室内の会話を拾った。しかし壁やドアに遮られてか、言葉の全てを理解する事はできなかった。


「俺たち…、ヤードと約束をしてるん…、2本の剣を……」
「剣の力のすさまじさ…実際に使って……」


「ふむ、一体何の話をしているんだろう」

聴きとれた断片的な情報からは「何かの『ヤバイ剣』の話をしている」ということしか理解できなかった。

「『剣』かあ。思い当たる事があるような、無いような」

もし、この場に青年の相棒である天使がいたならば「青年の部隊に下された『重要なモノ』の護送任務に関係あるんじゃないか」とでも進言できただろう。

「う~む、無いな」

しかし現実は非情である。青年は思考を放棄し、レックス達に呼ばれた時覚えていれば質問する事にした。

「それにしても、自分の出番はまだなんだろうか」

青年が痺れを切らしかけていた時だった。


「ちょっとみんな! これじゃまるで先生が悪いみたいじゃないのよ!?」


「うわっな、なんだ!?」

耳をつんざく少女の叫びが青年の鼓膜に突き刺さった。それは、海賊ソノラの心からの訴えだったのだが、青年には何が起こったのか分からない。

「……(どうやら仲間が『剣』に関する情報を隠匿しているのを、少女が責めているようだ)」

船外まで響くほどの声量が何度か聞こえた後、声は次第にトーンダウンして行き、最終的にはすすり泣きに変わった。続いてドアが開き、誰かが退出する音。

「……(この部屋、鍵は付いてない。眼の前の扉をちょいと開けて様子を見たいものだが、その時誰かと眼があったら面倒だよなあ)」

何があったのかは知らないが、青年はおとなしく自分が誰かに呼ばれるのを待つ事に決めた。

しかし、まさかレックス達に完全に忘れ去られ、狭い密室で待ちぼうけを喰らうなど、青年は知る由も無かった。



~~~~~



「まあ……レックスさん達もそれどころじゃあ無かったんだろう、うん。決して自分の影が薄い訳じゃあない」

しばらく後、海賊船内には自分にそう言い聞かせながら徘徊する青年の姿があった。

「さすがに何も言わずに帰るのはマズイよな。船長室には誰もいなかったし。あ~、さっきさっさとドアを開けて事情を確認すればよかった」

ヒトの気配を求めてさすらう青年は、とりあえず船の甲板を目指した。甲板に見張り役がいるかもしれないし、もしいなくても船の周囲を見渡せる。

「でも、誰かいたとして何て話しかければいいんだろうか。『夜になりましたから帰宅させてもらいます』とか? ……無いな。レックスさんならそれでいいだろうけど」

――自分はあくまで帝国軍人で、相手は海賊なのだ。情報が得られるまで返そうとはしないだろう。

青年は溜息を1つ吐くと、甲板に足を踏み入れた。



海賊船の外ではいつの間にか太陽は沈んでしまったようで、外は薄暗い闇に覆われていた。反対に空には月が浮かんでおり、月光が海賊船と近場の海、そして甲板にいる2人のニンゲンをぼんやりと照らしていた。

「ベルフラウ、どうしたんだい?」
「……聞かせてもらおうとおもってね」

「……(さて、レックスさんとベルなんとかちゃんを発見したはいいんだが)」

甲板、船首の方にレックスとベルフラウの姿を確認した青年。しかし2人がなにか神妙な話をしているようだったので、青年は近づこうにも近づけずにいた。

「……(やましい事は無いが、とりあえず物陰に隠れようか)」

青年が小高く積まれた資材の裏に身を潜めると、ちょうどベルフラウが口を開いた。

「あのアズリアって女、いったい貴方とどういう関係だったんですの?」

彼女の疑問は青年にも関心のある話題であった。青年は2人の会話に耳を傾ける。

「『アズリア・レヴィノス』。彼女は、軍学校で俺と同期だったんだ……」



~~~~~



「なるほど、そういうことか」

レックスの語る言葉によると、レックスとアズリアは軍学校の同期で、彼らは学業の首席を争う合間に友人となったらしい。
軍人として厳格であろうとするアズリアと、軍人に向かないくらい良くも悪くも純粋で甘いレックス。2人は対称的であるが、それゆえに親しくなれたのだろう。

しかしそれは軍学校卒業までの話。アズリアは海戦隊、レックスは陸戦隊へ入隊したため互いに疎縁となってしまった。

そして現在、アズリアは部隊の隊長、レックスは退役して家庭教師となり、奇しくも忘れられた島で再開したというわけだ。今度は敵同士として。

「なんだか、『運命』ってやつを信じてしまいそうになる話だな」

ポツリと呟いて、あまりに自分の柄じゃない発言に青年は苦笑した。

「……(まあこれでレックスさんとアズリア隊長との関係は把握した。把握したところでどうだ、という感じではあるが)」

「……(そういえば、今の話で他に気になった所があったな。隊長の『弟』について)」

気になったのは、レックスがアズリア・レヴィノスについて語る際に話題に上がった『ウワサ』である。

「…… (『アズリア隊長はレヴィノス家、つまり軍人の名門の跡継ぎ。本来なら彼女の弟が跡継ぎになるはずが、その弟が病弱なため彼女が代わりに……』)」

青年はそのウワサを軍内部で聞いた事があるし、部隊の先輩達にそれはほぼ事実だと教えられていた。

「……(だけどレックスさんは知らないようだ。このウワサの続きを)」

帝国軍の内部では日夜、多種多様なウワサ達が生産されては広がっている。もっともそれはどの組織にもありがちな現象であり、ウワサの大部分は

『帝国軍は機界技術で強化したニンゲン兵士を開発している』
『ビジュは元々爽やかな好青年だった』
『とある司令官の正体はゾンビ』

……など、荒唐無稽な話ばかり(特に最後のウワサは完全にデマだ)。

しかし、信憑性があろうが無かろうがニンゲンはやたらとウワサ話が大好き。面白味や現実味があるウワサは半日もたたずに拡散するし、時にはウワサに尾ひれがついたりする。

「……(まあ、『続き』は最近軍で聞くようになったから、退役して久しいレックスさんが知らないのも無理はない。知る必要もないだろうし)」

青年はそのウワサの続きを頭で反芻して、その内容のありえなさに辟易した。

「……(だって『アズリア隊長の弟らしき人物が軍に出入りしている』なんてなあ。病弱なのはどうした、って感じだ)」

自分の部隊の隊長に関わるウワサだったという事で、青年は調査まがいな事もしたのだが、結局ウワサの出所は分からなかった。

「……(おそらく隊長の弟さんと同じ名前のヒトがいて、それでこんなウワサが広まったんだろう。あれ、その弟さんの名前はなんて言ったっけ?)」

「さ、もう部屋へ戻って休もう?」
「……うん」

「あ、やべ」

青年がどうでもいい事を思案している合間に、レックス達は話を終えたようだ。青年は本来の目的を思い出し、資材の影から身を乗り出そうとした。



「動かないで」
「な……ムグッ!?」

突然のことだった。青年の背後から何者かの腕が飛び出したかと思うと口を塞がれ、そのまま資材の陰の中に引き戻された。

コツ、コツ、とレックス達が青年のいる資材の横を通り過ぎる足音が響く。青年は恐怖と動揺により何もする事ができず、ヘビに睨まれたカエルのように身を硬直させることしかできなかった。

やがて甲板からレックスとベルフラウが姿を消し、それに伴い、青年は今だ肉体を緊張させつつも腕の持ち主の顔を眼の端で確認した。

「ダメじゃない、男と女の逢引をジャマしちゃ」

それは紫髪の男性だった。整った顔立ちには、一瞬女だと勘違いするくらいの妙な色気を感じる。

「ムググッ(このヒトは確か海賊一味の。いつの間に背後に!?)」
「カイル一家のご意見番、スカーレルよ。よろしくね、軍人さん」

自己紹介を終えるとスカーレルは青年の口の拘束を解除し、青年と向き合った。

「ゴメンナサイね。物置きにいるはずの軍人さんが、なぜか甲板でセンセ達の話を盗み聴きしてたから、つい過剰に対応しちゃったわ」
「ははは……盗み聴きなんて滅相も無い。自分はただ、誰も呼ばないから物置きを出てヒトを探してて、それでレックスさん達を見つけて、そんでもって出るタイミングを計っていただけですよ」

空笑いと共に言い訳を口にする青年の背中には、ひどく冷汗が垂れていた。先ほどスカーレルに拘束された時、青年の中では言いようの無い恐怖が生じていた。

「物置きに放置していた点に関しては謝るわ。みんなウチの砲撃手の説教に圧倒されちゃって、アナタから軍の情報を引き出すどころじゃあなかったのよ」
「はは、そう、ですか」

スカーレルはにこやかに対応してくるが、青年にはその微笑みに一片の安らぎも感じとれなかった。むしろ青年を蝕む恐怖は増大していく。

「そうねえ。もう夜も更けてきたし単刀直入に訊くけど」
「え、な、なにをですかね」

言ってから、青年は自分の愚かさを嘆いた。普通に考えて、スカーレルが青年に訊くであろうことは1つしかないだろうに。スカーレルは若干あきれた様子で続けた。

「アタシ達に軍の情報を売る気はある?」
「ありません」



「「……えっ?」」

スカーレルと青年、双方は全く同時に驚きの声を挙げた。お互い、青年がこれほどまでに即答するとは思ってもいなかったのである。というか答えた本人が一番驚いている。

「あ、違います違うんです」
「あらあら、それじゃあ話す気があるってこと?」
「いや話す気は無いんですけど……ああそうじゃなくて」

青年の頭はひどく混乱していた。本来ならばとりとめの無い話をして結論を先延ばしにする予定だったのだが、自分でその予定を破壊してしまった。「スカーレルからの恐怖により、精神に余裕が無くなったのかも」と青年は自己分析した。

「よくわからないけど、要するに進んで話す気は無いって事ね」

ヤレヤレとわざとらしいジェスチャーをするスカーレル。その右手はいつの間にかナイフを握っていた。

「あ~あ、ホントはこんな事したくないけど、しょうがないわねぇ」
「な、何を」

そこまで口にして青年は動作を止めた。気が付いたらスカーレルの右手が、ナイフが、青年の首筋へと伸びていたからだ。そしてスカーレルは今までのおだやかな振る舞いとは打って変わり、冷徹な声で囁いた。

「10数える間に心変わりしないと、わかるわね」
「ひぃ!?」

冷たい刃がわずかに肌に触れる。明確な、それでいてネットリ絡みつくような『殺気』を含んだ言葉は、容易く青年を戦慄させた。青年の全身がガタガタと震え、呼吸も荒くなる。

「……(この人、絶対にタダの海賊じゃあない!)」

青年も一応軍属であり、戦闘訓練も実戦も一通り経験している。その中で相手に殺意やら殺気やらを浴びせられた経験も多々あったが、青年はスカーレルの纏うソレには他には無い異質なものを感じていた。

それが具体的にどういったものか青年には説明できないが、青年がスカーレルに感じた恐怖の原因がその『異質さ』であったことは理解できた。

「……(このヒトは、自分のような庶民とは全く異なる世界に生きているヒトだ! ひょっとすると海賊とも……!)」

青年の生存本能が警鐘を鳴らしている。

スカーレルはレックスとはまるで違う。自分が彼の意に沿わぬ発言をすれば、まず間違いなく殺される。青年はそう結論づけた。



スカーレルの無機質なカウントダウンを聞きながら、青年はある事を考えていた。それはスカーレルへの返答では無く、青年がこの島へ漂着した当初に出会った、とある占い師の言葉だった。

――青年はこれから人生の大きな分岐路に差し掛かる。

ここがその、人生にかかわる分岐路なのだろうか。しかし青年には、ここでの返答が『平凡な人生』に繋がるとは思えなかった。

――青年がやりたいようにやりなさい。

占い師はこうも言っていた。その言葉に従う訳ではないが、青年は少なくても今回に限っては自分の意思でモノを言うと決めていた。



そしてついにスカーレルが「1」をカウントした。青年は意を決して恐怖で震える唇を動かし言葉を紡いだ。

「た、たとえ、この身がどうなろうとも……じょ、情報を話す気はありまひぇん!!」

この時、青年は「死んだ」と思った。主に羞恥が原因で。

やっぱり気が動転していたのがいけなかったのか、バッチリ決めるべきところで思い切りどもったあげく、最後にセリフを噛んでしまった。血の気の引いた青年の顔に、わずかに赤みがさしたような気がする。

だが後悔は無い。青年は言いたい事は言ったし、これで仲間への義理は果たせるのだ。

「……(死ぬのは正直イヤだが、今まで苦楽を共にした仲間に迷惑はかけられない)」

青年はそんな事を思いながら「痛いのはいやだなあ」などと若干ズレたことを考えていた。

「ふうん、覚悟はできてるってことかしら」

青年の意思を感じとったスカーレルが、青年の首筋にナイフを強く押しあてる。このナイフがちょっと横にスライドするだけで首からは血が噴き出すだろう。

「……?」

しかしいつまでも血の噴出はおろか痛みさえも青年には感じられなかった。ある種の達人は一切痛みを感じさせずに相手を切る事ができるというが、そういう事ではないようだ。

「ふふっ」

呆然とする青年をよそに、スカーレルは笑っていた。悪意や殺意などが全くこもっていない、イタズラっ子のような笑みだった。

「な~んちゃって、冗談よ」

そう言ってスカーレルは右手のナイフを首から離した。青年は首を左手でなぞってみた(右手腕は骨折してる)が、そこにはキズ1つ無かった。

「は、はは」

過度の緊張から解放された青年は、もう笑う事しかできなかった。

「最初っから殺す気なんてなかったけど、ホラ、アタシたちって海賊だから軍人になめられないよう一応、ね」
「な、なるほど(おまけに自分から情報も引き出せるかも、って寸法なわけね)」
「そうねえ、アンタから情報は引き出せないってわかったから、今日のところは帰っていいわ。みんなには私から言っておくから。帰り道はわかる?」

青年が頷くと、スカーレルは踵を返して立ち去ろうとした。

「あの!」

「スカーレルさんは『ナニモノ』なんですか」青年はスカーレルの背にそう問いかけようとしたが、それを発するだけの度胸が無かった。

「あら、何かしら?」
「あ、いや……レックスさんによろしくお伝えください。あのヒトがいるから今自分はこうしてられますので」

スカーレルは了承のウインクを1つすると、夜の闇に溶けて見えなくなった。



「し、死ぬかと思った」

青年は過度の緊張で腰が抜けたようで、その場にへたりこんだ。青年がユクレス村へと戻ったのは、それからしばらくたってからの事である。



~~~~~



翌日、ユクレス村。相変わらず無心で農作業に勤しむ青年の元を、レックスが訪ねて来た。
青年は当初、先日の件で来たのかとも思ったが、どうやら別の深刻な件のために来訪したらしい。

「え、帝国軍が宣戦布告してきたんですか!?」
「うん。正確には他にも『降伏勧告』もされたんだけどね。俺達は降伏する気は無いから……」

いよいよこの日がきたのか、と青年は息を飲んだ。

「それで、レックスさんはどうするつもりなんですか?」
「……キミの部隊の隊長、アズリアと話をするつもりだよ。彼女が知らない、島や『剣』の事を伝えれば、彼女もわかってくれるかもしれないから」
「そう、ですか」

しかし、と青年は思う。アズリアが知らずレックス達が知る事実とやらがどのようなモノであれ、アズリアは方針を決して曲げないだろう。それは部下への示しをつけるためでもあるし、任務を全うするというのが軍人としては当然の思考だ。

一瞬レックスにそう進言しようとしたが、やめた。レックスと知り合って日が浅い青年に彼の『甘さ』が理解できるのなら、当然レックスの仲間もそれを理解しているはずだ。それでも今レックスがこう言うのならば、青年が何と言っても彼の心は変わらないだろう。

「ところで、もしかしてそれを自分に伝えるために、自分のところへ来てくれたんですか? だとしたらすごく申し訳ない」
「それもあるんだけど。実は伝令のギャレオさんはもう1つ、俺たちに提案をしてきたんだ。『捕虜を返還しないか』って」
「えっ」

レックスが言うには、当初レックスの仲間達は返還に反対していたらしい。軍に戦力を与えることになるのだから当然だ。
しかし、レックス側というか島側は青年の扱いについて手に余っているのも事実だった。なので色々協議した結果、青年は軍に返還した方がいいのでは、という結論に至ったらしい。

「……もちろんキミが同意したなら、だけど」
「まあ、それは。1つ訊きたいんですけど。返還の際、自分の『所持品』は返してくれるんですか?」
「ええと、軍服や武器はなんとかなると思うけど、サモナイト石はダメだと」
「ですよね」

1つのサモナイト石――もしくは召喚術が世界に与える影響は大きい。
もちろん召喚術の種類にもよるのだが、弱い術でもヒト1人に重傷を負わせたり、逆に重傷から回復させることができる。強い術ともなれば大地を揺るがし、凡人を超人に変貌させ、他者の心身をズタズタにする事も可能。

そのためリィンバウムでは召喚術、ひいてはそれを扱う召喚師は世間からは恐れられているのだ。当然、召喚術の要となるサモナイト石も同様。なので返還されなくてもしょうがない、と青年は理解していた。

「……すいませんが、ほんのちょっとだけ時間をくれませんか」



レックスに了解をもらうと、青年はユクレス村からちょっと外れた林の中へとはいって行った。

青年はその林の中に、ポッカリと開けた空間があるのを把握していた。座るのにちょうどよい切り株が1つと、涼しい木陰があるそこは青年のお気に入りの場所である。

「ムイ?」
「よう、『シュナイダー』」

お気に入りの場所に先客がいた。先日、青年を魔獣ジルコーダから救った『テテ』である。青年はこのテテを『シュナイダー』と勝手に名付け、友達としている。

どうでもいいことだが、青年は親しくなった生物に、テキトウな名前をつけるクセがある(名前がついて無い生物にかぎるが)。こういう所は、青年に『チャーハン』と名付けた父親とそっくりなのだが、青年は死んでもそれを認めないだろう。

「ムムイ」
「あ~その、ヒジョ~に言いにくい事なんだけどな」

頭を掻いて言い渋る青年だったが、やがて意を決して口を開く。

「お別れを言っておこうかと思って。……一応さ」



~~~~~



シュナイダーに色々と話した後、青年はレックスと共に『暁の丘』と島では呼ばれている場所へと赴いていた。

「……(うわ、両陣営そろってるよ)」

青年の目の前にはレックスをはじめとした海賊カイル一家+島の住民らの連合軍。そして丘の向こうには、青年には懐かしき帝国軍の部隊がそろい踏みである。部隊の戦闘にはアズリアも見える。

『帝国軍人』でありながら『不名誉な捕虜』でもある青年にとっては、居づらいことこの上ない。

「特に……この後の展開を考えると胃が痛くなってくる」
「どうしたの?」
「あ、レックスさん。何でもないですよ……イテテ」

腹部をさする青年を不思議に思いながらも、レックスは青年と共に、アズリアの元へと赴くのであった。



「……来たか」
「アズリア」

アズリアの鋭い視線がレックスと青年を射抜く。レックスはそうでもないが、臨戦態勢のアズリアが発する気迫に青年の身体が震えた。

そういえば背後からしか戦闘時の隊長を見たことが無かった、と青年は今更ながら彼女の偉大さを思い知らされた。

「さて、さっそく貴様達の答えを聞きたいところだが。……チャーハン召喚兵!」
「は、ハッ!」

アズリアの号令に反射的に応じる青年。やはり軍人の職業病は抜けないな、と青年は内心苦笑した。

「私の指揮が至らぬばかりに迷惑をかけた。これより私の指揮下に戻れ」
「アズリア隊長……」

情けなくも捕虜となってしまった青年を、アズリアは快く受け入れようと言うのだ。アズリアの恩情に、青年は感服した。



だが、しかし。

「申し訳ありません。自分は、本日を持って帝国軍を辞する所存であります」

青年は彼女の温情を受ける気は最初から――レックスから話を聞いたときから無かったのである。

「え」
「な……んだと」

レックスとアズリア、軍学校の同期同士が仲良く困惑している。やはりレックスさんには言っておくべきだったかな、と青年は思った。



***



「お別れを言っておこうかと思って。……一応。ヘタしたら死ぬかもしれないし」
「ムイ!?」
「はは、そんなに声を荒げるなって。ちょっと上司に『軍を辞めます』って言ってくるだけさ」
「ムイィ~」
「仕方ないだろ? 帝国軍に、仲間達に最低限の礼義を示すにはこうするしかない、って少ない脳ミソで考えた結果なんだから」

はにかんだ青年は、ポツリと呟く。

「自分はこの島が好きだよ。自然がいっぱいで、星空がきれいで、お前みたいな良い奴もいて」

「でも帝国軍の仲間だって大事だ。望んで入隊したわけではなくても、苦楽を共にした仲間をないがしろにするなんて、自分にはできない」

「それならいっそ、『戦いたくない』って言うレックスさんの意思にこの身を預ける。双方の被害が少なくなるように。……他にも理由はあるけど」



~~~~~~~~~~



この話の文章ファイルをみたら、最終更新日時が2013年の9月だった。



[19511] 第4話 青年の想い その② 2014/8/31 改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:acc97d42
Date: 2014/08/31 19:41
忘れられた島の『暁の丘』。海賊および島の護人の連合と、帝国軍の決戦の地に選ばれた場所に『チャーハン』という名の青年はいた。

そして青年は、戦場の真っただ中だというのに、帝国軍の部隊長で上司でもあるアズリアに「軍辞めます」とカミングアウトしたのだった。

「どういう事だ、チャーハン召喚兵。よもや海賊どもにほだされたのではあるまいな」
「言葉通りであります。自分は自分の意思で、軍を辞すると決めました」

青年の後ろにいるレックスを置いてけぼりにして、青年はアズリアと対峙する。

「……そうか」

単調な相槌だったが、それゆえにアズリアの内心が読み取れない。青年の頬を冷や汗が伝う。

表情を変えないまま、アズリアは一歩、二歩と青年に歩み寄る。そして彼女が腰に差していた剣に手を伸ばした瞬間、風切り音が鳴る。

「ッ!!」

気がつけば、抜刀されたアズリアの剣が青年の首筋に突きつけられていた。

「アズリア!」
「黙れレックス」

アズリアは青年から視線を逸らさずレックスを制す。

「これは帝国……いや、我が隊の問題だ。部外者のキサマが口出ししていいモノではない」
「……くっ」

有無を言わさぬアズリアの迫力に、レックスは静止せざるを得なかった。

「もう一度訊く。我が隊に戻る気は無いのだな」

発言内容によっては、容赦なく青年の首が飛ぶだろう。

青年は、ノドの水分が急激に喪失していくのを感じていた。隊長に対する不義理を悔やむ心と、未来の惨劇の予想に、青年の精神はギリギリと悲鳴をあげる。

いっそのこと、発言を撤回してしまおうか。そんなことまで考えてしまう。

しかしそれだけは言わねばならない……脅迫観念にも似た衝動に突き動かされて、青年は言葉を紡ぐ。

「は、い。二言はありません」

刹那、そういえばと青年は思い出す。昨夜のスカーレルとの邂逅でも、青年の首筋にはぎらついた刃物があった。

どうやら自分の首と刃物には、切っても切れない縁があるらしい。窮地のど真ん中でそんなどうでもいい事を考えながら、青年はアズリアの答えをただ待った。

「よかろう」
「え?」

そして意外な事にアズリアは、驚くほどあっさりと剣を引いた。

「私はレックスと話がある。下がっていろ」
「ハッ!」

軍人として最後の敬礼をしつつ、青年はアズリアに感謝した。

油断したスキにバッサリ……という事もなく、アズリアとの邂逅は終わった。



静々と後退した青年は、心配をかけたレックスに深々頭を下げる。

「突然こんな事してすいません、レックスさん。キチンと自分でケジメをつけたくて無茶しました」
「とにかく無事でよかったよ。でも、今度からはちゃんと事前に言って欲しい。……俺もヒトの事は言えないけど」

そう言ってはにかむレックスは、今度は自分がアズリアと対面すべく歩きだした。

「うまくいくと良いですね」

青年がレックスの背中にそう言葉を投げかける。しかし内心では「絶対うまくいかないんだろうな」と思っていた。



~~~~~



「総員、戦闘態勢! これよりこの2名を帝国の敵と見なす!」

案の定と言うべきか、レックスとアズリアの協議は決裂した。レックスは最後まで帝国軍との和解を諦めていなかったが、そんな甘っちょろい彼にアズリアが業を煮やしたカタチだ。

失意の中レックスは、彼の仲間達の元へ帰還した。

「ま、説得に失敗しちまったってんならしょうがねえ。しかしよ、なんでコイツが『こっち側』にいるんだよ?」
「そーそー、軍人は軍へ帰れー!」

そしてレックスと一緒にやってきた青年に対しては、こんな疑問やらがいくつも投げかけられた。しょうがないことである。

しかし青年には十分に彼らを納得させる話術が無く、また戦闘が間近であるために、青年の件は棚上げされた。レックスの仲間は「余計な事するんじゃあないぞ」と青年に釘を刺して、戦地へ行ってしまった。

「……余計な事なんてするつもりはないし、できないんだけどな」

青年の右腕にはギプスがはまったまま、今だ骨折は完治していない。こんな状態で戦闘に介入できるわけが無い。この戦いにおいて、青年は静観をしようと決め込んでいた。



~~~~~



戦場を傍観しながら、青年は先ほどレックスがアズリアに伝えたことについて考えていた。

「『召喚術の実験場』に『2本の魔剣』ねえ」

レックスの話によると『忘れられた島』は、召喚術の大規模実験場であったらしい。それが何らかの理由で破棄され、残された召喚獣達が住み着いた結果、今のような召喚獣だけの孤島が誕生したのだという。

問題なのは、この島に実験場をつくり上げた召喚師達の遺跡や資料が現存する事。島を丸ごと実験場にしてしまう技術力を持つ召喚師達の遺産だ。帝国のモノにしてしまえばどれほどの価値があるか、想像に難くない。過去に失われたはずの秘術・禁術でもあればもうけものだ。

だが反面、現在でも稼働している危険な遺跡もあるらしく(先日のジルコーダも遺跡のチカラにより召喚された魔獣だとか)、レックスは島の住民の安寧もふまえて、ニンゲンが島に関わらないことを望んだ。しかし、やっぱりアズリアは軍の利益として島を接収する事を望み、交渉は決裂した。

次に話題になったのが、2本の魔剣についてだった。ちなみに青年は知らなかったが、この魔剣こそが青年が属していた部隊により護送され、海難事故により行方不明となっている『重要なモノ』である。

どうやらレックスは魔剣の1つを所持していて、そのあまりの危険さ故に、帝国軍へ返還せずに何処かに封印するつもりらしい。もちろんアズリアに却下されていたが。

「魔剣て、そんなオソロシイ代物なのかね?」

青年に魔剣という武器についての知識はほとんどない。せいぜい伝説やおとぎ話の中で登場する『人知を超越したチカラを内包する武器』というくらいの認識で、実物を見たことがない。想像力豊かでない青年にとっては、紙面上の魔剣より、体験した自然災害の方がよっぽど怖いのである。

「できる事ならお目にかかりたくないけど。……さて、そろそろ戦いも終わりかな」

戦場に目を向ければ、帝国軍の兵士達はほとんど地に伏せ(気絶しているようだ)、残るは副隊長ギャレオと隊長アズリア、あと数名のみとなっていた。反対にレックス側は全員が戦闘可能状態であり、戦局は決定したとみていいだろう。

同僚の敗北に青年は思う所があったが、自分1人でこの結末を変える事は不可能だと思い直し、ココロの平静を保つ。『両陣営の被害の最小化』を目的とする青年にとって重要なのは、これからの未来なのだ。



「……ん?」

青年が将来の立ちまわりを考えていると、突然瞳に眩しい光が差し込んできた。この場に似つかわしくない、不可思議な現象だった。

「周囲に湖や金属はなかったはずだが」

光が差したであろう場所を注視する青年。すると、戦場から少し離れた小高い場所に、黒光りする塊を発見した。

「おいおい、ウソだろ」

よくよく見れば、ソレは――大砲だった。

戦場からは死角となるであろう場所。そこに鎮座する大砲は明らかにレックス達の方を向いている。あの大砲が火を噴けば、レックス達に甚大な被害が出るのは確実だ。レックス達の勝利を望む青年とっては非常にマズイ。

「くそっ誰だよあんなモノ持ち出したのは!」

大砲の方向が方向なだけに、それが帝国の誰かにより設置されたのは明白だった。青年にはその心当たりがあったが、そんな事は問題ではない。戦場が混乱し、事態が悪化してしまうのが問題なのだ。

しかし、今の青年に何ができるというのだろうか?

前述したように青年の片腕は折れ、装備は無し。大砲の破壊はおろか発射の妨害すらできない。レックスに伝えようにも、その結果一緒に吹っ飛ばされる気がしてならなかった。



――また、何もできないのか。



青年の脳裏に、かつての『悪夢』がよぎる。村壊滅の報せを、ただ聞いているだけだったあの時の絶望が、青年のココロを満たしていく。

「……うううっ!」

感情を振り払おうと頭を振るうが、そううまくはいかない。この合間にも、大砲が火を吹くかもしれないという焦りが、青年の精神を追い詰める。

「なんとか、しなきゃ」

「けど、どうや……って」

コツン、と青年の足が何かを蹴飛ばした。石ころかと思い目を凝らすと、なんとただの石ではなかった。青年が半透明なその石を手に取ってみると、石の中にあるマナと誓約の力を感じることができた。

「無色の、サモナイト石?」

サモナイト石は、マナが結晶化した鉱石を加工して製造される。加工の際、石は内包するマナの種類により5色(黒・赤・紫・緑・無色)に分別される。そしてサモナイト石は色により使える召喚術が異なる、という特徴を持つ。例えば『霊界・サプレス』の召喚術を使用するためには紫色の石を用いなければならない。

「…………」

無色のサモナイト石は、名の無き世界――リィンバウムを取り巻く4つの世界とは異なる世界――の召喚術に使用される。この召喚術ではほとんど無機物しか召喚できない。しかしそれ故か、使い方を知っていれば誰でも使用できるのだ。

もちろん、負傷した元軍人にも使える。

青年は、無意識に足を前に動かしていた。途中で、戦闘の終わりを告げるような爆発音が1つ聞こえたが、そんなことお構いなしに走り続けた。左手にサモナイト石を握りしめて。



~~~~~



暁の丘付近まで大砲を運んだのは、帝国軍のビジュだった。何を思い大砲を戦場までもってきたのかは知らないが、彼はアズリア達が敗北したのを見るや否や、レックス達に砲撃を一発オミマイした。

突然の奇襲に混乱するレックス達。それを見物するビジュはいたくゴキゲンだった。以前レックスに痛い目にあわされたビジュにとっては『自分の事をコケにした奴を吹き飛ばせるチャンス』であり、『口うるさい上司アズリア、ギャレオをワザワザ助けてやったんだ』という優越感に浸れる機会なのだ。

「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ!!」

彼にとっては言葉通り『笑いが止まらない』といった状態だ。

大砲の標準は、いまだレックス達に向けられている。1発目は外してしまったが、次は彼らの誰かに当てる腹積もりだ。

「手前ェはそっから動くんじゃねぇ!!」

撃つ事を躊躇うはずもないビジュは、レックスの僅かな挙動を口実に大砲を発射した。



「……ハァ!?」

その時、あり得ない事が起こった。本来、地面か何かにぶつかって爆裂するしくみの砲弾が、空中で爆裂したのだ。砲弾の破片が降り注ぐ中、ビジュは明らかに砲弾のものでは無い、純白の破片を発見した。

もう一度、上空を見る。青空の中、黒々とした爆煙のカタマリがあるだけ……では無かった。爆煙の中には破壊された1振りの剣と、それぞれデザインが異なる4つの剣が浮いていた。刀身は純白に輝いていて、高貴なイメージすら感じさせる。

「シャインセイバー……『打ち砕け光将の剣』」

ビジュが聞き覚えのある声に反応して、正面を見る。そこには先刻軍を辞めた青年が立っていた。左手にサモナイト石を持って。

次の瞬間、4つの刃が大砲に殺到した。



~~~~~



青年が大砲の近く――召喚術の射程――まで接近した時、大砲は2発目発射直前だった。そのため青年は刀剣『シャインセイバー』を射線上に召喚、そのままシャインセイバーを大砲に突っ込ませた。

その甲斐あって、2発目は空中で爆発、そして大砲の砲身をゆがませることに成功した。これでビジュは大砲を使えなくなったわけだ。

だが、問題はこれからだ。

「テメェ……!」
「……うへぇ」

怒り心頭に発するといった面持ちのビジュが、落下したシャインセイバーの余波にたじろぎながらも青年を凝視している。まるで害虫を見かけたときような、一切の情けも容赦も感じさせない眼だな、と青年は思った。(もっともビジュは仲間に情をかけることは元々ない。それにかつての仲間にジャマされたら、誰だってそーなるだろう)

ビジュの殺気を察知した青年は、瞬間的に踵を返した。しかしビジュが逃走を簡単に許すわけがない。

「逃がすかよォ!」

ビジュは自身の十八番、投げナイフを取り出し青年に投てきする。投げナイフは殺傷力こそ低いが、彼のそれには薬物が塗られているため、身体を掠めるだけでヤバイ。

「くっ!」

青年はむりに身体を捻りつつ、ギプスが覆う右腕を振り回してナイフをはじく。安堵もつかの間、防御によりよろけたスキを、ビジュが見逃すはずもなかった。

「イッヒヒヒヒヒ! 出てきなあ!」

ビジュの声に呼応して、召喚術の紫光が迸る。召喚されたのはサプレスの魔精『タケシー』。バスケットボール大の黄色いボディ、3対のコウモリみたいな羽、デカイ口が特徴の召喚獣だ。妙に愛くるしい外見だが、奴の発する電撃はあなどれない。

タケシーから、稲光とバチバチッという放電音が放出される。稲光と音はしだいに強く、激しくなっていく。

「……(アレを喰らったら、確実にオダブツなんだろうなあ) 」

青年とタケシー(とビジュ)との距離は4~5メートル。この距離なら、タケシーは雷撃を確実にヒットさせられるだろう。そんなことは青年にも分かっているが、青年のココロは妙に落ち着いていた。

「……(漂流、墜落、害蟲、スカーレルさん、隊長……生命の危機に瀕しすぎたせいかな。いや、どうだろ)」

ぼんやりとそんな事を考えている内に、タケシーは青年をブッ殺す準備を完了していたようだ。

「ゲレレエェェェェ!」

耳触りな奇声と同時に、眩い電撃が放たれる。青年を守るモノは何も無く、回避する術も当然ない。青年の眼前が閃光に埋め尽くされる。



しかし、その光の色は黄でも紫でも無く、碧だった。



閃光の正体は、膨大な魔力が込められた衝撃波だった。何処からか飛んで来た衝撃波は雷撃を簡単に飲み込み、ついでに地面を20センチほど抉りながら、青年の眼前を通りすぎたのだ。その衝撃は余波すらすさまじく、突発的暴風に煽られて青年は尻もちをついた。

圧倒的な破壊の後、残留魔力が碧色の粒子として空気中を舞う。

青年とタケシーは動作と思考を完全に停止していた。ただビジュだけは、恐怖に顔をゆがませてながらも、この不可解な一撃の実行犯を探していた。

ほどなくしてビジュが、続いて青年が、その実行犯を視界にとらえた。腰までのびる白髪を風に揺らす、長身の男がいた。

「なんだ、アレ」

青年が思わずそう呟いたのは、その男の膨大な魔力に圧倒されたからだ。距離があるにも関わらず、気を抜いたら魔力の圧力で押し倒されてしまいそうだった。

「ヒィ!?」

男がこちらに歩を進めはじめると、ビジュが情けない声をあげた。かという青年も、男の刺々しくも感じる魔力を肌で感じ、顔を引きつらせていた。

男は右手に、毒々しい碧に輝く長剣を持っていた。どうやらその碧色の長剣が、男に無尽蔵の魔力を供給しているようだった。

男はビジュに十分近付くと、碧の長剣を高く掲げた。長剣に魔力が集い、碧色の刀身が一層輝き出す。

「うおおおオオオォッ!」

そして剣が振り下ろされた。長剣に込められた魔力が解放され、衝撃波となってビジュと壊れた大砲を吹き飛ばした。



全てが終わった時、大砲もビジュもそこには存在していなかった。大砲は完全破壊され、ビジュは吹っ飛ばされた後に敗走したのだ。

「……(大砲は粉々になっているのにビジュ『元』先輩は生きてる。そうとう手心を加えられた一撃だったらしい)」

青年は正直なところ、ビジュは死んだのだと思った。ソレを簡単になせるほどの魔力を、白髪の男は持っていたのだ。

「やはり貴方はやさしいんですね、レックスさん」

青年が掛け値なしの賛辞を白髪の男――レックスの背中にかける。

「まったく」

レックスは溜息をこぼすと、握っていた碧色の長剣を手放した。すると剣は空中で溶けるように消え去り、それに伴ってレックスの長い白髪もどういう原理か短くなり、元の赤い髪に戻った。

「キミは、俺以上にムチャをするみたいだね」
「あ、あははは(やっぱり怒ってらっしゃる)」

レックスのたしなめるような視線に、どうにも居心地が悪くなる青年である。だが、そんな態度は一瞬だった。すぐにレックスは初めて青年と出会ったような柔らかい笑みを浮かべた。

「でも、ありがとう」
「え?」
「キミが砲撃を阻止してくれなかったら、俺達の被害はもっと深刻だったはずだから」
「どうでしょうね。レックスさんの『隠し玉』を見た後だと、自分のやったことなんて」
「いや、『碧の賢帝(シャルトス)』の力も万能じゃないんだ。……それに、この力はあまり使いたくない」
「……(なるほど、件の魔剣はシャルトスというのか)」

今更ながら、青年は自分達が護送していた物品の正体を知った。知ったからといって何かあるわけではないが。



「せんせぇ~!」

そんな時、甲高い少女の声が飛んで来た。

「ベルフラウ」
「……うわっ」

青年はこの声に覚えがあった。青年の脚を矢でぶち抜いた、赤い少女ベルフラウの声だった。ベルフラウはいち早くレックスの元へ向かおうと、懸命に足を動かしていた。

「戦闘の後だってのに元気だなあ……イテテ」

何となく、青年は鳩尾と脚に痛みが走った気がした。若干顔を青ざめながら、青年は「自分はココにいるべきか否か」と、レックスに視線で問う。

「……?」

レックスは、遠い目でベルフラウを見ていた。青年はレックスのその横顔に、憂いと悲しみがあるのに気が付いた。

「……(レックスさんは、戦うのだってイヤなんだ。なのに、旧友のアズリア隊長と戦って。心労は計り知れないんだろうな)」

気のきいた言葉でもかけようかと思ったが、よく考えてみれば自分にそんな資格はなかったので、青年はしばらく黙っていることにした。



~~~~~



その後、案の定青年にはレックスの仲間達の詰問ラッシュを受けた。しかし青年は話の大部分をスルーし、とにかく自分の功績を強調しまくった。本来ならそんな事はしないのだが、青年自身のサモナイト石を取り戻す口実にはうってつけだったのである。

その甲斐あって、後日レックスの立ちあいの元、青年に2つのサモナイト石が返還されることとなった。……若干周囲の評価が下がったような気もするが、背に腹は代えられないのである。



色んな意味で、青年はローラ無しでは生きていられないのだから。



[19511] 幕間
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c3955364
Date: 2011/03/06 11:26
「…スゥ~」

「ハァ~、…よし」

とある島、ジャキーニの畑から少し離れた、青年『チャーハン』がよく利用している場所。そこにはおあつらえ向きな切り株が二つ並んでいて、腰かけて休んだり誰かとナイショ話をしたりする場所としてはとても優れている。

青年は深呼吸をしたのち、手にした紫のサモナイト石に目を向けた。

「さあ、召喚するぞ…!」

サモナイト石をギュッと握りしめる。その表情は超が付くほどに真剣。

何故これほどまでに真剣なのか、時間はほんの少し前にさかのぼる。



   *



前回の一件により、島の住民達は青年を『帝国軍の味方では無い』と認識するようになった。あれだけの事をやってさらに死にかけた青年を『帝国軍のスパイ』と見なす事は無かったが、『島の仲間』とするほどには信頼できないという事である。

それはともかくとして、青年は仮にも帝国軍の大砲をぶっ壊した張本人である。その謝礼という意味合いも込めて本日、青年の所持品が返還されることになったのだった。

青年の元に所持品を持ってきたのはレックスだった。その顔には疲労が色濃く表れていた。前回の状況説明やら今回の返還のための説得やらは思いのほか大変だったらしい。青年はマッハで土下座した。


青年に返還されたものは3つ。

1つ、軍服。任務中の正装だが、軍を辞めた身ではもはや無用の物。後に雑巾として有効的に活用される。

2つ、弓と数本の矢。安全のためか、矢尻は抜かれている。これは拾いモノなので、青年にとって特に愛着は無い。

3つ、サモナイト石2個。別に1つだけでもよかったのだが、両方とも返してくれた事に驚いた。しかし今後は帝国軍に襲われる可能性もあるので、防衛手段が増えた事に素直に喜んだ。


荷物をすべて受け取った青年は、それらを切り株の上に置いた後、

「レックスさん、何が起こるかわからないので少し下がっていて下さい」

と言って大きい方の石を手にとった。

レックスはその言葉の真意を判断しかねたが、ただならなそうな雰囲気を感じ青年の言葉通り後退した。



   *



そして、冒頭に至る。

青年が呪文の詠唱を開始する。順じてサモナイト石に魔力を込めていく。

「召…喚ッ!」

最後の1小節を唱え終える。石が輝きを放ち、異世界への門が開かれる


「「………」」

…はずなのだが。

「「あれ?」」

青年、そしてレックスさえも首をかしげる。サモナイト石は輝きさえもしなかった。

「おかしいな」

青年がいぶかしんだのも無理は無い。詠唱に何ら問題は無かったはずだし、魔力もキチンと消費されている。なにより軍学校でみっちりと召喚術を学んだのだ。術が成功したか失敗したかくらいは青年だって感覚でわかる。本来ならば確実に成功しているはずだ。

「…?」

青年はもう一度、石をまじまじと見つめる。まぎれもなく青年が誓約したサモナイト石。ヒビや傷があるわけでもない。ではいったい何で…?


青年が思案しているその時、急に石から光が迸った。

「うわッ!?」

突然の発光は青年の目を眩ませた。彼としては、目の前で閃光弾が炸裂した様に感じただろう。そして次の刹那

「…ッ!!」

光の中から何者かが現れ、

「ぐへっ!?」

青年の左頬に『ぐーぱんち』をクリーンヒットさせた。決して『グーパンチ』では無い(重要)。

それほど威力のあるコブシでは無かったが、フラッシュ&パンチという巧妙なコンビネーションによって、青年は無様にももんどりうって地面に倒れ込んでしまった。

「…イッタイなぁ、何すん『ボスッ』がはっ!?」

仰向けに倒れた青年の上に、その何者かが馬乗りになるようにのしかかる。

ここでようやく、閃光にやられた目が正常に機能し出す。

青年の目の前には、明るい色調で纏められたダボダボな服を着た少女がいた。肩ほどまで伸びた金色の髪が風に揺れている。

少女――ローラと目が合う。目に溢れんばかりの涙を溜めたその表情は、悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。

「あー…その、何だ。心配かけた」

青年はローラに手を伸ばし、その頭を赤子をあやすように優しく撫でた。

「……」(むぅ~)

「まあでもこうやって自分は今も生きてるわけだし、結果オーライっていうことで『ムギュ!』イタタタッ、ほほをつねりゅなローリャ!」

まるで年の離れた兄妹喧嘩のような光景は10数分ほど続き、レックスはその間なんとも言えない時を過ごした。




「じゃあ、頼む」

何とかローラの気持ちが落ち着いた後、青年はローラに前にギプスの撒かれた右腕を突きだした。

ローラはコクンと頷くと、その右手に自分の両手を添える。ローラが目を閉じて集中すると、掌からあわい光が発せられる。『癒しの光』というやつだ。

ピキ…ピキと、急速に骨が結合していく音がわずかに聞こえてくる。不自然的な回復だが、青年に不快感は無い。むしろ心地良くすらある。

光はほんの10秒足らずでおさまった。青年は何処からか取り出したハンマーを使って、ギプスを取り外す作業にかかる。

ガンガンと叩いて硬質な部分を砕いて行くと、次第と肌に巻かれていた布があらわになって来る。

ギプス全てを砕き終え、布を解き、青年はしばらくぶりに自分の右腕と対面した。

「…えっと」

青年は右手を握ったり開いたり、折れていた箇所を叩いたりして治癒したかの確認をする。

「よし…完治」

右腕と左腕を見比べる。若干右の方が細くなったような気がするが、それは動かしていなかったせいなので大した問題ではない。

(本当は自然治癒の方がいいんだろうけど)

天使の奇蹟といえども万能ではない。確かに、癒しの奇蹟ならば例え肉体に多少の欠損があっても治してしまえるが、あまりに急速過ぎる治癒は人体に何らかの悪影響を引き起こす場合がある。本来ならあまり好ましく無いことだが、場合が場合だけにしかたない。

また、治せる限界がある事も忘れてはいけない。

「さて、この調子で真っ赤になってる左頬も頼もうか」

「……」(プイッ)

そっぽを向かれてしまった。

(まあ、いいけどさ)

青年は小さな溜息を吐いた。青年にとってはいつもの事である。


「…凄い」

感嘆の声を漏らしたのは、切り株に腰掛けていたレックスだった。

「?」

青年はその言葉に首をかしげた。

「クノンは完治まで最低一ヶ月半はかかる、って言ってたのに」

ちなみにここで言う『最低』とは、リペアセンターのような最高の医療機関で最適な治療を受けた場合の最短時間の事を指している。青年の骨は非常に難儀な折れ方をしていたようだ。

「ローラの治療は部隊の中でもトップクラスだったんですよ…何故か」

『不思議ですよね』と、青年が肩をすくめる。

「それにしても早すぎるよ。実は意外と優秀な人だったりするのかな…?」

レックスも元軍人。この島での戦闘経験もある。それらの過程で治療系の召喚術は何度も目にしているがこれほど簡単、簡潔に骨折という大怪我を治す術を見た事が無い。

「とんでもない! 自分、軍学校の成績も真ん中くらいでしたし、他の召喚術は苦手なんですよ」

事実、青年が人並みに扱える召喚術は手持ちの『聖母プラーマ(ローラ)』と『ポワソ(ポワソはポワソ)』、後は『シャインセイバー』などの非生物系だけだった。

ローラの件については、過去に『何故なんだ』と思わない事も無かった。しかし軍学校時代、そして軍役時代と周りに召喚術に詳しい(実用的な利用方法ではなく、召喚獣や術そのものに詳しいという意味)ヒトがいなかったため、結局今日までわからずじまいである。

(蒼や金の派閥の召喚師にでも見てもらえればいいんだけど、今までそんな暇は無かったし…)

結局、『何故ローラだけ治療スキルが高いのか』という疑問は『便利だし別にいいや』と言う理由で謎のまま長い事放置されてしまうのであった。



「とにかく、紹介します。相棒の『ローラ』。まあ、手のかかる妹みたいな『バシッ』イタッ…何がいけなかったんだよ」

「…、……。……!」(ばたばた)

ローラは身ぶり手ぶりで何かを伝えようとしている。しかし

(…全くわからん)

やはりヒトの言葉を話してくれないのは不便だ、と思う青年であった。










~おまけ~

青年チャーハンの使用できる召喚術


聖母プラーマ(ローラ)

慈愛に満ちた霊界の小さい聖母。青年の相棒であり、(多分)今作のヒロインの1人。
外見年齢は低く、ベルフラウらと同年代ほどに見える。しかし癒しの力は他の個体より高い。
…だが、彼女の治癒能力が総合的に高いのには他にも理由があったりする。

ポワソ

天使のお供役をつとめるかわいい聖霊。青年が少年だった頃からの友達。
基本的に人懐っこく可愛らしいが、戦闘になると容赦が無い仕事人。


~~~~~~~~~~
後書き

少し短いですが、キリがよかったのと長く更新しないのはどうかと思い投稿。
ギャグ回では無かったかな。



[19511] 第5話 教育者 前半
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c3955364
Date: 2011/03/25 01:12
青空教室。文字どおり、澄み渡った青い空の下で授業を行う教室である。

『忘れられた島』で青空教室が開かれるようになったのは、つい最近の事。長い間外の世界と隔絶されていたこの島に、外部からの来訪者が現れてからだった。

『いずれ、外の世界と交流を行わなければならない時が来る。だからその時のために外界の知識等を子供達に学んでほしい』…来訪者達の存在からそのように考えたとある人物が、来訪者の1人である家庭教師のレックスに頼んで実現したのだ。

とは言っても、授業ははじめからうまくいっていたわけではなかった。家庭教師としてもまだまだ新米であったレックスには子供達を完全に制する事は出来ず、記念すべき1回目の授業は散々たる結果に…という事もあった。

しかし、レックスの生粋の優しさと教室の委員長となったベルフラウのフォローとがあって現在、青空教室の活動は小規模ながら軌道に乗っていた。


太陽がまだ完全に昇り切っていない時刻、今日も授業が始まる。…のだが、1つだけいつもと違う所があった。


教鞭を振るうのは、レックスではなかったのだ。




「みんな~、こ~んに~ちは~! 今日はこのボク、チャーハンおにぃさんといっしょに明るく楽しくお勉強していきましょ~!」

「は~い!」

元気なかわいい声が返ってきた。声の主は『マルルゥ』。彼女はルシャナと呼ばれる花の妖精で、体長は仔猫くらい、ふわふわと宙に浮いている。

おにぃさん…もとい青年『チャーハン』は、その返事を聞いてにっこり笑顔で返した。

しかし、笑顔になったのはマルルゥの返事がうれしかったからでは無かった。

「「「……」」」

残り3人の生徒の引きっぷりがひどく、笑顔を貼り付けていなければ心がバッキリと折れてしまいそうだったからだ。青年の背中には、冷や汗がダラダラと流れている。

青年は後悔した。

今回こうやって教鞭を振るうにあたり、青年は島を駆けまわり(帝国軍から離反したことで行動規制は無くなった)様々な準備を行っていた。

しかし、授業は開始10秒で出鼻を挫かれてしまった。これでは今までの苦労が水の泡になる…のは青年としては一向に構わないのだが、協力してくれた方々に申し訳ない。

(しまった、対象年齢が低すぎたか……ッ)

これも全ては、生徒達をただ『子供』だと軽視し、特別講師としての自分のキャラクターの対象年齢を低く設定し過ぎてしまったせいだ…と、青年は考えていた。が、この思考は本質からズレていた。



「あやや? みなさん、どうしたのですか?」

マルルゥのその声に最初に反応したのは、シルターンの装束に身を包んだ、いかにもヤンチャそうな少年『スバル』だった。

「だってさ…アイツ、帝国軍の仲間だったヤツだろ? なんでそんなのが先生なんて」

スバルは青年には聞こえないように、小さい声で呟いた。尤も、聞こえないように話したところで聞こえるモノは聞こえるのだが。

「でも、レックス先生が悪い人を呼ぶ訳無いよ…。それに、帝国軍だってもう辞めたって村のみんなが言ってた…」

そう言ったのは、真っ白な毛皮に覆われた少年『パナシェ』。メイトルパの『バナウス』という犬型の亜人だ。

彼は青年が畑仕事に勤しんでいるユクレス村に住んでおり、青年の事は生徒の中では少し詳しい。詳しいと言っても、村の中で悪さをしていないという事を知っている、といった程度だが。

「なんだよパナシェ、アイツの味方するのか?」

「え? えっと、それは…」

どうやらパナシェも判断しかねるらしい。


「…私達で判断するしかありませんわ」

そう言ったのは委員長ベルフラウであった。彼女は青年とは多少の因縁があった。彼女にとって青年は、戦いの場に出て初めて応戦し、そして初めて打ち倒した人物である。

彼女はそこで大変怖い目に会い、さらには生徒4人の中では帝国軍の行いを身近に感じていた。

そのため青年に対し非常に懐疑的であり、ヒトのいいレックスが青年に騙されているのではないか、などとも考えていた。


ベルフラウがキッ! と青年を睨みつける。どんな些細なことでも見逃しません! といった感じだろうか。

彼女のそんな様子が周りに伝わったのか、他の3人も同様に青年を凝視する。…尤も、マルルゥは何をやっているのかよくわかっていないようだが。


「「「「………」」」」

四つの視線が青年に突き刺さる。

沈黙が続くので、ココでなぜ青年が教師まがいの事をしているのかを説明しよう。

話は、前話の後にまでさかのぼる。時間的には数日前の事だ。







「青空教室、ですか」

青年はレックスに、『もっと島の住人と交流したい』という考えを話した。そうして帰ってきた言葉がこれである。

「うん。オレが先生をやっているんだけど、そこに特別講師として呼ぶって言うのはどうかな」

島の住民との交友関係を深めたい青年としては願っても無いチャンスである。打算的な考え方だが、子供の信頼を得れば自然と大人の信頼度は上がるはずだ。

「とてもいいアイディアだとは思います。…でも」

しかし、青年には他に心配な事があった。

「自分、ヒトにモノを教えられるような学のあるニンゲンでは無いです。そりゃあ、レックスさんは軍学校を首席で卒業できるほどのヒトですから何とかなるんでしょうけど、自分の成績を鑑みると……なんとも」

「ちなみに、どれくらい?」

「上から数えても下から数えても大して変わらないくらいです」

「…大丈夫、そのくらいなら問題ないよ。あの子たちに必要なのは、頭がいい先生じゃ無くて、色々な人と触れ合う事だと思うから」

「(今、少し間があったような…?)それならいいですけど、問題は何を教えるかって事ですね」

レックスが頷く。

「やっぱりありきたりなモノじゃ無く、少し凝ったモノの方がいいですよね。そして生徒の将来の糧となるような、何か」

青年は顎に手を当てて考える。しかし、いいアイディアというものはそうそう出てはくれない。

「そんなに難しく考えなくても…。そうだ、何か特技はないかな?」

「特技、ですか。自分の特技…ねぇ」



「利き酒」

「き、キキザケ?」

「はい、一度飲んだ酒の味は絶対に忘れません」

「…他には?」

「酒の席で絶対に盛り上がる一発芸なんてどうでしょう」

「イッパツゲイ…」

「はい! 『一子相伝・究極腹芸』とか『怪奇! 火吹き男』とか、バリエーションには事欠きません。身につけておくといざという時に非常に便利…あれ?」

「………」

「もしもしレックスさん、眉間なんておさえちゃって一体どうしちゃったんですか?」

「………………」

「レックスさ~ん」

「………………………」

「……すいませんでした」

青年としては真剣に考えた結果の発言だった、という事を一応追記しておく。







そしてそれから必死に考えた結果、何とか授業足り得る特技が見つかり、準備の末に今日に至ったわけである。

話を戻す。青空教室では、未だにらみ合いが続いている。険悪なムードも漂っている。


「…フッ」

その時、ようやく青年が声を漏らす。

「タイム」

誰に言ったか定かではないその言葉を最後に、青年は近くの物影へと姿を消した。



~~~~~



「出鼻をくじかれた…もうダメだ死にたい」

「だ、大丈夫だよ。俺も最初はうまくいかなかったし、これからだよ、これから!」

「………」(よしよし)

物影の裏では、膝を抱えた青年、それを励ますレックス、青年をあやすように頭を撫でているローラがいた。レックスとローラはこの後登場予定だったのでスタンバイしてもらっていたのだ。

「自分なんかが教師のまねごとなんて、どだい無理な話だったんですよぉ」

ヒヒヒ…と、卑屈っぽく笑う青年。青年の周りには禍々しいオーラが出ている……ように見える。


「はは…、キミの主人はいつもこんな感じなのかな?」

「…!?」(ドキッ)

レックスにしてみれば何気ない会話だったのだが、とある単語を聞いたローラは顔を真っ赤にして黙りこんでしまった。

「あれ、ローラちゃん?」

「……」(もじもじ)

反応が無い。

「この召喚師にしてこの召喚獣あり…なのかなあ」

もはやこの場所にレックスと会話できる者はいない。とはいっても、2人を置いてこの場を離れることもどうかと思う。

結局、レックスはこの場で空笑いをするしかないのだった。



「そうだ」

ややあって、青年が口を開く。

「生徒に嫌われた所で別に問題ないじゃないか。誰に迷惑をかけるわけでもない」

「むしろダダ滑りだったとしても、『こういう大人になっちゃいけませんよ』といった反面教師になるじゃないか。十分生徒のためになる」

「え? いや…あの、ちょっと」

ククク…と、今度は邪悪っぽい笑みを浮かべる青年。周りが見えていない。

「そうと決まれば、授業を始めなきゃあはじまらない」

青年がスッと立ち上がる。

「何としても生徒に授業を受けさせないとなぁ」

そう言って、青年はズンズンと青空教室の方へと向かって行った。


「ああ…行っちゃった」

言葉の節々に一抹の不安を起こさせるモノがあったような気がするが、レックスは青年の自主性に任せる事にした。

『一番の問題児は彼かもしれない』……レックスはふと、そんな事を考えた。



~~~~~



「先ほどは失礼。それじゃあ授業を始めます」

教壇に舞い戻った青年の顔は、先ほどの貼りつけたような笑顔ではなく自然な表情だ。

「特別講師として呼ばれた自分にみんな驚いているようですが、こちらもヒトにものを教えると言うのは初めてなので、お手柔らかにお願いします」

一礼をし、黒板に何か書こうとした青年だったが、生徒の1人が挙手している事に気づく。ベルフラウだ。

「何かな」

「ひとつ、質問をしてもよろしくて?」

青年がどうぞと促すとベルフラウは咳払いをひとつした後、発言した。

「一体どういった目的があって特別講師なんてやっていらっしゃるのかしら」

「それは、もっと島のヒト達と仲良くなりたかったからです。とある人に相談したら、こうやって子供達と触れ合う場を設けてくれたわけです」

「そんな話、信じられません」


「…む」

そうだよな、と青年は思った。ついこの間まで敵対関係であったニンゲンをそうやすやすと信じられるヒトなどはそうはいない。

しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。友好的な関係を築くにあたり、重要となるファクターは『機会』と『時間』だ。

機会はレックスが与えてくれた。後は生徒らと向き合う時間を獲得しなければならない。

青年は、あまり使いたくなかった手を使う事に決めた。

「確かに、信じてもらえないのも無理はない。どうしても…というのならば帰っていいよ」


「まあその場合、キミたちは『昼食抜き』ということになるけど、ね」



「……え?」

「「「「えぇ~~~!!?」」」」

「ホ、ホントかよぉ!?」

最初に食いついてきたのは、やはりというべきか男の子のスバルだった。

「ホントです。ねえ、レックスさん」

「…え?」

突然のフリに、物陰から様子を窺っていたレックスは動揺した。

「先生! 本当なんですの!?」

「ええと…うん。だけど」

「ほら、ホントでしょう?」

何か言いたげなレックスの言葉を強制的に打ち切らせる。

実は『授業に出ないと昼食抜き』というのは語弊のある言い回しなのだが、今はあえてそれを訂正しない。多少誤解してくれていた方が都合いい。

「ちなみにレックスさんだけではなく、キミたちの保護者の方々にも了承は得てます。…もし、キミたちが授業に出なかったという事になると、残念がるだろうなぁ」

これまた語弊のある言い回し。だが、ウソは言っていない。

保護者の方々にはレックスと共に(流石に青年1人であちこち動き回ったところで限界がある)元帝国軍人である青年が授業をする事、授業内容について等々を伝えている。

残念がる、というのはおいおいわかるので今は説明を控えておく。

「そ、そんな…」

パナシェが、信じられないといったような声をあげる。

ほとんどの生徒はこう考えている。『青年は教師のみならず保護者まで味方につけていて、授業を受けない生徒に罰を与える事が出来るほどの権力がある』…と。

しかし、この思考は8割がた勘違いである。

保護者には理解を得てもらっただけであり、青年に罰を与えられるような権力は無い。むしろ罰を与える…いや、このまま生徒を返してしまうだけで大変な事になる。

要するに、青年はハッタリをかまして生徒にしっかりと授業を受けさせよう、というハラなのである。

「それで、キチンと授業を受けてくれるかな?」

「う、うぅ…」

青年が胡散臭い笑顔でそう言うと、生徒のほとんどが黙り込んでしまった。

しかし、委員長であるベルフラウだけは違った。

「…よろしくてよ」

ベルフラウが挑戦的な視線を向けながら言う。

「ただし、変なマネをしたらタダじゃあおきませんわ!」

バーン!という効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで青年に指を突きつける。

「…カッコイイ」

スバルが感嘆の声をあげる。

「で、でも…」

「心配無いわパナシェ。何かあれば私が倒して差し上げますわ。……以前のように」

「グッ…痛いところを」

青年が苦々しい表情を見せる。その件についてはあまり触れられたくないのである。



「委員長、ホントにアイツ倒したのか?」

「ええ」

「スゴ~イ!」

などといった声が聞こえてくる。先ほどまで黙りこんでいたとは思えない。

(…助かった)

青年は心の中で安堵の溜息をついた。青年の計画ではここでだいぶ落ち込んだ生徒達のテンションは、本格的に授業に入ってから上げる算段だったからだ。それが、ベルフラウの一言によって見事に活気を取り戻した。うれしい誤算である。

(まだ状況は敵対関係っぽいけど、後は授業で勝負するだけだ)

「さて、授業を続けます」

青年の言葉に、無言の頷きで返す生徒達。

「よろしい」

青年がカツカツ、と小気味良い音を響かせて黒板に文字を書いていく。

何人かの生徒の喉が鳴る。これからどんな授業が行われるのか、不安で仕方ないのだろう。


ややあって、青年が生徒達の方へと向き直る。

「今日の授業内容は……これです」

黒板をバンッ!と叩く。





そこにはデカデカと『調理実習』と書かれていた。




~~~~~~~~~~
後書き

作者です。

一応、「生きてます」と言っておきます。

遅筆な自分がイヤになります。

続きます。



[19511] 第5話 教育者 後半その①
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c3955364
Date: 2011/04/08 02:13
「え~~いッ!」

「ああっ、包丁はそない振りかぶって使ったらあきまへん!」

「…だって、固くてうまく切れないんだよっ」

「手の力だけを使おうとするからいかんのや。こうやって、体重を乗せるようにすれば…」



「へえ、けっこう上手じゃないか」

「当然ですわ。 お屋敷にいた時に一通り学びましたもの」

「そうなんだ。…ベルフラウはきっと、素敵なお嫁さんになるんだろうね」

「な…! と、突然なにをおっしゃいますの!?け、けけ結婚なんて私にはまだ早すぎます! そもそもマルティーニ家の事を考えたらむしろ婿を取る方がよろしいですし!? 全く、この先生は何を仰っているのでしょう?!」

「ベ、ベルフラウ落ち着いて…」



「…いたッ!」

「あ~、指切っちゃったか…ローラ」

「……!」(ハイ!)


治療中…。


「これで大丈夫だよ、パナシェくん」

「…あ、ありがとう」

「みんな、何かあったらローラが速効治療するからズパズパイッちゃってもOKですよ~」

「縁起でもない事言うなぁ!」
「縁起でもない事言わんといて!」
「縁起でもない事言わないでほしいですわ!」
「縁起でもない事言わないでほしいな」
「縁起でもない事言わないでよ…」


「…小粋なジョークのつもりだったんだけどなぁ」

「……」(ハア…)


引き続き青空教室。そこには先ほどまでとは違い調理台とまな板、包丁などの調理道具が運び込まれ簡易的な調理スペースとなっている。

現在、生徒には野菜のみじん切りをしてもらっている。みじん切りと言ってもただ野菜を細かく切るだけ、だが。

青年はやはり包丁を使うのだから、安全面を配慮しなければとマンツーマン体制を敷いたのだが、案外うまくいっている。

スバルにはシルターン料理が得意だと言うオウキーニ(アシスタントを買って出てくれた)、ベルフラウには当然のようにレックス、そしてパナシェには青年チャーハンがついている。

「まあ、みんな積極的に参加してくれてよかったよ」

実を言うと、生徒の中でスバルだけは調理実習という課題に対し難色を示していた。

以下はその顛末の一部である。







「調理実習…平たく言うと『お料理教室』。これからキミたちには、キミたち自身が食べる昼食の調理を手伝ってもらいます」

「キミたちの努力次第でおいしいお昼ご飯が食べられるか否かが決まるので、真面目に取り組むように」


「…なんだ、そう言う事でしたの」

ベルフラウが安堵のため息を吐く。

ベルフラウは、授業に出なければ『罰として』昼食抜きとなると思ってしまっていたが、本当は授業に出なければ『自動的に』昼食抜きになるという事だったという事に気付いたのだ。

まあ、だからどうしたという話ではあるのだが。(せいぜい、授業を受ける心構えが変わるだけである)


「そういう訳なんだけれど……で、なんでスバルくんは机に突っ伏してブーたれているのかな?」

青年は、調理実習の話題が出たあたりですでにスバルの表情からヤル気の色が失せていっていたのを感じていた。

「す、スバル…どうしたの?」

パナシェが友人のその態度に言葉を投げかける。

「……だってさ」

「料理なんて、男のするものじゃないんじゃないかなって…」

男女差別ともとれる発言だが、ある意味『おぼっちゃま』なスバルにとってはそれが当然の事だったのだろう。

しかし、それを聞いて黙っているベルフラウでは無かった。彼女は実力主義である帝国出身。先ほどの発言は多少なりとも気に障ったらしい。

「アマイな!」

「「!?」」

しかし、反論しようとしたベルフラウより早く、青年が口を開いた。

「断言しよう。『男は料理をしなくてもいい』…そんな考えをしているようじゃあ、将来料理に泣かされることになると!」

その妙に熱のこもった発言に、生徒一同ポカーンとなる。

「な、なんでだよっ!」

我に返ったスバルが、青年に噛みつく。


数秒の間。


「フ…知りたいかい?」

青年がニヤッと笑う。スバルにはその笑みが『何もかも知っているんだぞ』と主張しているように見えた。

「お、おう」



「それが知りたかったら、最後まできちんと授業を受けることだね」

そう言うと、スバルは若干気圧されつつも頷いた。

青年はそれを見届けると、

「それじゃあ今度こそ始めますか。準備お願いしま~す」

と、本日何度目になるかわからない授業開始の合図と共に、近くでスタンバイしていたオウキーニさん達と共に調理スペースの準備に取り掛かったのであった。

(授業が終わるまでに適当な理由を考えておかないと)

と思いながら。







…と、この様な事があったのだ。過程はともかく、結果的に生徒達は授業に意欲的になったので青年は満足した。

「したっぱさ~ん、こちらは全部終わったのですよ~」

マルルゥの声が聞こえる。彼女には野菜の皮むきをしてもらっていた。流石にマルルゥが使える包丁が無かったので、刃物を使わなくてもいいように考えた結果だ。

「ごくろうさま。それじゃあ、次のステップに移りますか」

青年側もほぼすべての野菜を処理できた所だったので、青年はいそいそと準備を進めた。

『したっぱさん』というのはもちろん青年の事だ。マルルゥはヒトの名前を覚えるのが苦手であるため、誰かを呼ぶ時には『○○さん』といった愛称で呼ぶのだ。○○に入るのは主に、そのヒトの特徴的な事柄。例えばレックスは家庭教師兼青空教室の先生なので『先生さん』、スバルは元気で活動的なので『ヤンチャさん』といった具合だ。

では、何故青年は『したっぱさん』なのか? これは簡単なことで、青年は何かにつけて自分の事を『したっぱ』と言っていて、それを偶然マルルゥが聞いていたからである。おそらくマルルゥは『したっぱ』という言葉の意味すら知らない。

青年は最初「したっぱはちょっと…」と難色を示していたが、よくよく考えれば本名で呼ばれる方がイヤなので、むしろありがたかったのかもしれない。



~~~~~



「みなさん、野菜のみじん切りご苦労様でした。一応全員見て回ったけれど初めてにしてはイイ感じでしたよ」

青年がそう言うと、「当然ですわ」と胸を張る子、「つかれた~」と細かい作業が苦手で苦労した子、「えへへ…」と少し嬉しそうな子、と反応は様々だ。共通しているのは、授業に好意的であると言う事だろうか。青年としては大変喜ばしい。

「しかし、野菜を切っただけでは完璧とは言えません。…まあ、生野菜をモリモリ食べる、というのもいいかもしれませんが」

青年は黒板に大きな円を3つ描き、その中に単語を書き入れていく。

「それでは栄養が偏ってしまいます。栄養バランスのとれた食事を取るためには、『主食』、『主菜』、『副菜』という3つを理解しなければいけません」

「副菜とは野菜を使った料理…サラダなどの事を言います。先ほどキミたちに野菜を切ってもらっていたのは、そのためですね」

「次に、主菜。これは肉や魚などといったモノを使った料理の事です。食事のメインとなるから『主』菜なんでしょうね、たぶん」

「さてそれでは最後、『主食』とは一体何の事でしょうか。わかる人はいるかな?」

すると、パナシェがおどおどした様子で答える。

「えっと…お米?」

「その通り! よくわかったね」

「そ、それは…」

パナシェは目の前の調理台に視線を移した。そこには、白米の入った金属製のボウルが5つ置かれていた。そしてその内の1つは妙に小さかったりする。あからさまである。

「主食とはお米やパン、あとはおイモさんといったようなものがあげられます。毎日食事のお供に食べるモノ…と言ったところでしょうか」

「…以上、これら3つをバランスよく食べる事が大事です。わかりましたか?」

生徒達から、大小様々な返事が聞こえてくる。どれも肯定の返事であり、青年の心は安心に包まれた。



「さて、それでは次の実習ですが、3つの内今度は主食について。…キミたちにはおいしいご飯を炊くためにお米を研いでもらいます」

「…まあ、そうだよな」

スバルが呆れた様子で相槌を打つ。

「お米を…研ぐ?」

ベルフラウが首をかしげる。シルターンの文化を知っているはずもない彼女にとっては未知の言葉であった。

青年はすぐさまフォローを入れる。

「お米を研ぐ、というのはお米の周りに付いている『糠』と呼ばれる部分を取り去る作業です。この糠というのはお米を炊くためには邪魔でしかなく、糠が残ったままお米を炊いてしまうとご飯の味が落ちてしまいます。そのため、この様な作業が必要になります」

「なるほど」

「お米は、シルターンでよく食されている主食です。この島では風雷の里で生産されているので比較的容易に手に入りましたが、島の外では貴重で贅沢品、嗜好品としての意味合いが強いです。スバルくんやパナシェくんは馴染み深いかもしれませんが、ベルフラウくんにとってはめったにない経験でしょうから、色々考えてお米を選択しました」


一通り話し終わると、青年は5つあるボウルの内の1つを手にとった。

「さ、キミたちもボウルを取って」

青年が促すと、次々とボウルを取っていく生徒達。

「ちなみに、この中でお米を研いだ経験がある人は?」

全員が首を横に振る。

「…そう、それじゃあ自分の手本をよく見て、後に続いてくださいね」


「必要なモノは『お米』、お米を入れる『容器』、あれば『ザル』、そして『水』です」

青年は、台の下から大型の水差しを取り出した。水差しの中には並々と水が入っている。

「ああ、始める前に一つだけ。お米を研ぐにあたって重要なのは『スピード』です。これから水を使ってお米の糠や汚れを取り去るわけだけど、手早くこなさないとお米が水と一緒に糠を吸い込んでしまい、ご飯が残念な味になってしまいます」

青年が水差しに手を伸ばす。

「では、よく見ててくださいね…」

「まず、水をボウルにたっぷりと注ぎます!」

青年が水差しを傾けると、水が勢いよく流れだしボウルの中に収まっていく。水の流れは激しいが、水滴1つ零れない。

「そして、手の平を使ってお米同士をこするようにして洗います。この時、弱すぎると糠がうまくとれず、強すぎるとお米が割れて味が悪くなるので気を付けて!」

青年の手によって、水の中で躍るように米が舞う。そして、あっという間にボウルの水が白濁に染まる。

「この白いのが糠です。このままではお米が糠を吸収してしまうので、手早く水を捨てる!」

ボウルを傾け、予め用意してあった容器に白濁水を流し込む。一緒に米粒も流れてしまう、などという愚かなことは起こらない。

「そして再び水をたっぷりと注ぎ、先ほどのように洗い、また水を捨てる! …これを水がほぼ透明になるか、やや白さが残る程度まで続けます。1回目は手早く、2回目からはほどほどの長さでおこなうといいようです」

口で説明をしながらも、青年の手は止まらない。ちなみに先ほどから1分と経っていない。

2回3回4回と、回数を重ねて行くごとに、目に見えてボウルの水の透明度が上がっていき、5回目になると、目安であるほぼ透明な状態になった。

「研ぎ終わったら、いったん水気を取るためにザルにあけます」

ザーッ!と言う音と共に、ザルの中に米が落ちて行く。極限まで糠を取り除いた米が水を纏ってきらきらと輝いている。まるで小さな真珠のようだ。

「ザルを数回振ってお米の水気を切ったら、お釜の中に入れて、水を入れます。水の量はお米の量によって変わるので、ちゃんと計ってから入れる事。わかりましたか?」

米研ぎを終わらせた青年が生徒達の方を見る。


「え~っと、お水を入れて…その後お水を捨てて……あやや?」

「違うって! まずお米を手を使って割るんだよ!」

「わ、割っちゃダメだよスバル」

「……速すぎて全く理解できませんでしたわ」

彼らは混乱していた。

「おかしいなぁ、ちゃんと遅めにやったはずなんだけど」

ちなみに、青年が水差しを手にとってからお釜に米が入るまでの時間は『3分ジャスト』であること、そしてこの島…もといリィンバウムには高度な精米技術など無く、名もなき世界の某国のように糠が殆ど無い米など手に入らない、という事を付け加えておく。



~~~~~



「なにはともあれ何とかみんな研ぎ終わりましたね、ご苦労様です」

10数分後、何とか全員米研ぎを終了させた。生徒達が研いだ米はみんな纏めてお釜に収まっている。

しかし、青年を含めた全員の顔に、疲労の色がうかがえる。

というのも、この『米研ぎ』という作業で、様々なハプニングが発生したからである。

例えば、ベルフラウが水を捨てる時に盛大に米をこぼしてしまったり、スバルが加減がわからず米粒をズタズタにしてしまったり、研ぎ終わったと思っていたら、パナシェの毛が混入している事が判明したり、マルルゥが結局研ぎ方をよくわかって無かったり、とにかく色々だ。

「つ、つかれた~」

「本当、意外と重労働ですのね」

「『料理は戦い』と言う人もいるからね。……オウキーニさん、後はよろしくお願いします」

「はいな!」

青年がオウキーニにお釜を手渡すと、彼はそのまま端の方に設置した簡易かまどの方へ向かって行った。

「後は、炊くだけでおいしいご飯が完成します。…とはいっても、中々大変な作業なので、シルターン自治区出身のオウキーニさんにやってもらいます」


「それで、いつになったら炊きあがるんですの?」

「おなかすいた…」

時刻はすでに正午を過ぎていて、生徒たちの空腹の度合いはMAXだ。

「あ~、本来ならお米を30分くらい水に浸してから火にかけるんだけど、今回はほどほどでいいから……ええと」




「うん、1時間くらい?」

青年はにこやかに言い放った。

「なッ……!」

生徒達は絶句した。いや、絶句せざるを得なかった。朝食抜き云々をチラつかせ、普段とは勝手の違う事をやらせ、なおかつ空腹時にあんな事を言われれば、誰だって思考が吹っ飛ぶ。

「……ッ! ……!!」

ベルフラウが怒りで唇を震わせている。おそらく今すぐ目の前の『バカ』を怒鳴りつけたいのだろうが、憤りを的確に表現する言葉が見つからなかったのと、空腹と疲労で大声が出せなかったのだろう。

「も、もうだめ…」

「…きゅう」

次々と倒れて行く生徒達。だが、青年は笑みを絶やさない。

「まあまあみんな落ち着いて」

「落ち着かずにいられますか!?」

「ご飯なら、ちゃんと事前に炊いてあるから」



「「「「……………」」」」



「「「「え?」」」」

「いや、キミたちが来る前に予め炊いておいたんだよ。…ほら」

青年は調理台の下から飯櫃を取り出すと、蓋を開けて中を見せた。

中にはこれでもかという位に白ご飯が詰められていた。

「流石に炊きあがるのを待つと時間がかかりますからね……って、あれ?」

その時、青年は『ブチッ』と何かが切れる音を聞いた…ような気がした。


「そ、それでは、先ほどのお米研ぎは、お昼ご飯には全く関係なかった、骨折り損だったという事かしら……!!」

「ん…まあ、お昼に関係ないと言ったら関係ないけど、それ…は……」

その時青年の目の前では、倒れていた生徒達が幽鬼のごとく立ち上がり、それぞれ手近にあった道具を持って、さらにぎらついた目で睨みつける、と言う光景が繰り広げられていた。包丁を持っているヒトがいなかったのは、不幸中の幸いと言うか、生徒たちの最後の良心だったと信じたい。

「あ~、キミたち? 空腹でイライラしてるのはわかるけど、ヒトの話は最後まで聴こうか、ね?」

青年のその言葉など耳に入ってこないのか、ベルフラウその言葉を無視して懐に手を伸ばし、赤色のサモナイト石を取り出した。

「ヤりなさい『オニビ』」

その言葉と共に召喚された召喚獣と共に、生徒達が一斉に青年に襲いかかってきた。

「ちょ、ちょっとまあああああアアアアアァァァァァ!!?」





この日、青年は『空腹の人を怒らせてはいけない』と言う事を心に刻んだ。

~~~~~~~~~~
後書き

作者です。

まだ続きます。

米やらなんやら余計な話をカットして、さっさとストーリーを進めた方がいいのかな?とこの頃思い始めています。



[19511] 第5話 教育者 後半その②
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:2eee962c
Date: 2011/05/18 00:46
「…ん」

「……あれ?」

私は一体どうしたのだろう、とベルフラウは思った。確か、チャーハンという変な名前の元帝国軍人と一緒に、不本意ながらお昼ごはんをつくっていて…そこから先の記憶がはっきりしない。

(何が起こったのかは思い出せませんが、どうやら眠っしまったみたい)

ベルフラウは、地面にしかれた薄いシートの上に横になっている。いったいぜんたいどうして眠ってしまったのか、彼女は思い出せない。

(…? 何かしら)

鼻をクンクンと鳴らす。何か、おいしそうな匂いが漂っている。

その、食欲を刺激する匂いに思わず腹の虫がなる。彼女は、自分が空腹であることを思い出した。

そうだ、確かとてもおなかが減っていて、それで…と何かを思い出せそうだ。…しかし、

「おはよう、ベルフラウ」

天からかけられた声に意識を奪われる。彼女の家庭教師、レックスの声だ。

「せ…先生!?」

ベルフラウはあわててとび上がる。レックスに寝姿を見られていたのが恥ずかしかったからだろう。

「あ、あの…先生、私は一体何でこんな風に…」

「あ。うん、ええっと」

レックスが返事に困っていると、背後から声が飛んでくる。

「いやあベルフラウちゃん、よかった~突然倒れたから心配したよ」

ベルフラウが声の発生源に目を向けると、そこには変な名前の元帝国軍人こと青年『チャーハン』がいた。いつの間にか設置された椅子に腰掛け、長机をフキン(どこかで見たような配色)で拭いていた。

「いや実はね、キミ達の空腹や疲労具合を考慮せずにいっぱい働かせちゃったから、米とぎの後にダウンしちゃったんだよ。そうですよね、レックスさん」

「え…ああ、ええと」

言い淀むレックスと白々しい青年にベルフラウの頭の中には疑問しか浮かばない。

「本当にそれだけですのね?」

「そうだよ。な~ポワソ」

「~♪」

いつの間にか青年が呼び出した召喚獣と顔を合わせながら、青年はしれっとウソをついた。

本当は空腹と怒りで襲いかかった生徒たちを、とっさに召喚したポワソの技『ドリームスモッグ』――文字通り相手を眠らせる霧、で眠らせて窮地を脱し、とりあえず無かったことにしたのだ。

「まあ、とりあえずこっちに座りなよ。お昼ごはんはできてるから」

ベルフラウがあたりを見渡すと、それなりに広い長机のまわりに並んでいる椅子にほかの生徒たちは全員座っている。

ベルフラウは青年に嫌疑のまなざしを向けるが「委員長はやく~」などとスバルらにせかされ、しぶしぶ席に着いた。

青年は全員――生徒たちはもちろんのこと、レックスなど、授業を手伝ってくれたヒトたちを含む、が席に着いたのを確認すると、あらかじめ皿によそっておいたモノを全員の前へと運んだ。

「……なんですの? これは」

「そりゃあ、お昼ごはんだけど」

「そうではなくて、どういう料理かと聞いているのです」

少し底が深い皿の上には、円形の山がそびえ立っていた。山の表面に小さな白い粒が敷き詰められ、ところどころに赤、緑、茶などのかけらが見て取れる。活火山のように白く立ち上る蒸気は、嗅覚と食欲を強烈に刺激する香ばしくて甘美な匂いを周りに振りまく。

「確かに、見たことない料理だね…おいしそう」

思わず、レックスの喉がごくり、と鳴る。

「そうでしょうね、名もなき世界の料理ですから」

「はあ~、ご飯を野菜と肉と一緒に炒めるっちゅうのは、確かにシルターン料理にはあまりない発想やわ」

「まあ、料理としては非常にシンプルですが、シンプルゆえに奥が深い。それがこの料理の特徴です」

「なるほど…具材と調味料、後は料理人のウデしだいで多種多様にその姿と味を変える、っちゅうことやね」

「ええ、自分の知る限りでも、この上にとろ~りあったかい『あん』をかけたり、スープを注いだり、本当にいろんな種類がありまして…」

料理をする者同士、青年とオウキーニの会話が他を置いてきぼりにして進む進む。

「それで、結局このお料理はなんという名前なんですの?」

しびれを切らしたベルフラウが、強めの口調でそう言った。

「ああ、そうだったね。この料理の名前は『チャ……』……!!?」

瞬間、青年はしまった!という顔をして、そのまま顔を伏せてしまう。

「…?」

この場にいる誰もが青年の奇行に疑問符を浮かべている。

やがて青年はゆっくりと顔をあげ、ゴホンと咳払いを一つした後、平静を装って言葉を口にする。

「…『白米と具材の炒め物』…です」



「「「「「…………は?」」」」」



「それは料理名とは違うんじゃあないかな」

「そうや。そんなん、コーヒーを『焙煎した豆のだし汁』て表現するようなもんや」

レックスとオウキーニから鋭い指摘が入る。しかし、青年は態度を変えずにいた。

「『白米と具材の炒め物』です。…自分は、そう聴きました」

「でも…」

「ナニカ…モンダイデモ?」

レックスは何か言おうとしたが、青年に何やら底知れない闇を感じ、これ以上追及するのをやめた。

「さあ、冷めちゃうといけないから食事にしましょう。スプーンで召し上がれ」

そう言って、スプーンを各人の目の前に置いていく。

「みなさん、スプーンは手元にありますね? それじゃあ『いただきます』」

「「「「「い、いただきます」」」」」

有無を言わさぬ『いただきます』に若干気圧される青年を除く全員。

(この人は、この料理に何かイヤな思い出でもあるのかしら)

ベルフラウは山型料理『白米と具材の炒め物』をスプーンでつっつきながら、そんなことを考えた。

突っついた山は、なるほど大部分がお米でできているのでパラパラと崩れていく。
ベルフラウは普通のご飯も見たことはあったが、その時のご飯は粘り気があった。炒めたことによってこのようにパラパラになっているのね、と思いながら山の頂をスプーンで掬い、口へと運ぶ。

「……美味しい」



青年の調理した白米と具材の炒め物…もとい『炒飯』は全員に好評となり、青年は心の中でホッと安堵した。




余談だがそう遠くない未来、青年がこの島からいなくなった後にこの料理が島の定番料理となる。その際青年の預かり知らぬところで彼の名前が料理の名称となるのだが、そのことをまだ誰も知らない。



~~~~~



「はい、みなさんおなかいっぱいになりましたね。それでは最後の授業です」

青年は食事を済ませた生徒たちを長机にとどまらせ、そんなことを言った。机の上にあった皿などはオウキーニさんたちに流しに運ばれ、洗われている。

「最初は食器洗いにしようかなと思っていたのですが、いろいろと都合があって…って、そんなことはどうでもいいですね。キミ達にはこれから、『おにぎり』をつくってもらいます。みんな、おにぎりは知っているかな」

「ええ。ご飯を掌などで握って、手頃な大きさに整えた携帯食のことでしょう?…しかし」

「オイラたち、もうおなかいっぱいだよ~」

スバルがベルフラウの言葉に続くように満足げな声を挙げた。

「…たしかに、自分も授業の最初に昼食をつくるのが授業の目的…みたいなことは言いました。しかし、自分が一番みなさんに学ばせたかったのは、実はここからです」

「どういうことなのですか?」

「キミ達には今まで、キミ達自身が食べるために料理の手伝いをしてもらいました。しかし、これからつくるおにぎりはキミ達のおなかには入りません」

「?」

「これから皆さんはおにぎりを握り、それを誰か…キミ達の親、仲がいい人、好きな人、誰でもいいので渡して、食べてもらってください」

「誰かに、食べてもらう…」

「料理っていうのは、自分でつくって食べることもありますが、やっぱり誰かに食べてもらうことが目的であり、喜びですからね。そこら辺を学んでもらいます」

そう言うと青年は、机の下から飯櫃を取り出す。

「使用するのは、キミ達が研いだお米で炊いたご飯。このために研いでもらったんです」

「あれ…?」
「何か…」
「忘れている…ような」

「気のせいですね」

青年はそれらの疑念をバッサリと切り捨て、説明を続ける。

「上手な握り方とか、美味しくなる作り方とか、小難しいことは一切教えません。ご飯はこの櫃の中にたくさんありますし、具材やらなんやらもいろいろ用意していますので、好き勝手にやってください…ただ」

青年は腕を前に突き出し、言った。

「たった一つだけ守ってもらいたいことがあります。それは、自分で作ったおにぎりに『愛』を込めることです」

「あ…愛?」

「そう、愛。相手を思いやる心、と言い換えてもいい。みんなにも日ごろ感謝しているヒトがいるはずです。そんな人に、これからつくるおにぎりを渡してほしいと思います」


生徒たちは、黙って何か――おそらく『感謝しているヒト』のことを思い浮かべている。

「相手のことを思って料理をすれば、まずい料理なんてそうそうできません。ぶっちゃけ、愛さえあれば多少見てくれ、味が悪くても問題はないですから」

「い、いいのかなぁ」

「いいんです。…まあ、『どうしてもきれいに、美味しくつくりたい』もしくは『どうしてもうまくいかない』ということがあったら、すぐに自分を呼んでくださいね。一応は先生ですから、何でも答えます」

「さあ、それでは作業開始!」

青年が両手を叩くと、生徒たちは一生懸命作業に取り掛かった。



~~~~~



「おつかれさま」

授業は何とか無事に終了した。オウキーニとともに流しで洗いものをしていた青年は、背後から声をかけられた。

「ホント、一時はどうなる事かと思いましたよ。教えたかったことはちゃんと教えられた……のかなぁ」

難色を示す。確かに、今回の授業は100満点ではなかっただろう。先生は胡散臭い、生徒は警戒、果ては思わぬアクシデント。いろいろと誤魔化してなんとか最後まで突っ走ったが、実際うまくいったかは生徒に聴くしか術はない。

「それは問題ないんじゃないかな。少なくとも、キミの目的は達成できたと思う」

青年が何か言いたげなレックスのほうに視線をやると、レックスの背後に小さなヒト影が見える。…パナシェだ。

レックスがほら、と後押しすると、パナシェはとたとたと青年の元へと歩みよってくる。

青年は慌てて手元のフキン(手作り)で手を拭い、パナシェに向き直る。

「どうしたの?」

そう尋ねると、パナシェは視線を泳がせる。

「あの、えっと…これ」

そう言ってパナシェは青年の前の両手を差し出した。掌の上には、1口サイズのおにぎりが置かれていた。

「…今日は、ありがとうございました」

弱弱しい声だったが、青年の耳には確かに届いた。

(そう言えば、ほかの子よりも多くつくってたよな、この子)

「パナシェくんは優しいね」

それほど感謝する人が多いんだなぁ、と思いながら青年はパナシェの頭を軽くなでた。

「く、くすぐったいよ」

「ああ、ごめんごめん」

思わず、『昔飼っていたイヌによく似てる』と言ってしまいそうになった。



「…食べていいかな?」

パナシェが頷くのを見届け、青年はおにぎりに手を伸ばし、それを口に運ぶ。

「ど、どう?」

パナシェがおずおずと青年の顔色をうかがう。正直なところ、青年の口にはちょっと塩辛かったが、そういうことは問題にはならない

「うん、おいしいよ」

青年が笑みを浮かべると、それにつられてパナシェも笑顔になる。

(島にいる全員がこの子みたいに純真なら、争いなんて起こらないのになぁ)

そんな夢物語を思い描きながら、青年は世間話を続けた。

「パナシェくんは、他にはどんなヒトに渡すのかな」

「えっとね、レックス先生とお兄さんにはもう渡したから、あとはお父さんとお母さんと…」

嬉々として話すパナシェになんだかほほえましい気持ちになる。



しかし、最後に放った一言で、そんな気分は一瞬で吹き飛んでしまった。

「…それと、イスラさん!」



「イス…ラ?」

突然、青年の胸に言いようのない感情が湧き出した。

『なぜ…?』最初に思い浮かんだ言葉がそれだった。イスラという名前を青年はこの島に到着してから聞いたことがない。今まで出会ったヒトビト――名前を知らないヒトを含めても、その中に『イスラ』に該当しそうな人物はいない。要するに、パナシェの言っている人物と青年とは赤の他人のはず。

それなのに、その名を聞いた瞬間から心臓の鼓動は不自然に早まり、頭の何処かでは警報が鳴っている。

「あ…、イスラはね、俺たちと同じ船に乗っていて、俺たちの少し後にこの島に流れ着いたヒトなんだ。体のケガは大したことなかったんだけど、記憶喪失で…」

島の人間に疎い青年に、レックスがすかさずフォローを入れるが、青年は心ここにあらずといった感じでその話を殆どを聞き流す。

「…どうしたの?」

「あ、いえ、なんでも」

「それならいいんだけど…。それじゃあ俺もイスラに用があるから、一緒に行こうか、パナシェ」

「うん」

そういって、レックスとパナシェはその場を去って行った。




「……」

なんとなく、レックスを引きとめた方がいいような予感がした青年だったが、根拠のない予感でそうするのは気が引けて結局引きとめることはできなかった。

(きっと気のせいだろう)

そう自分を無理やり納得させる青年だったが、彼は1つ忘れていた。








現実はいつだって非情だ、ということを。



~~~~~~~~~~
後書き

作者です。
もう一山越えれば、あとはスムーズに進む…はず。
自分の稚作を待ってくれる人がどのくらいいるかはわかりませんが、何とか早くUPするように頑張ります。



最後に予告。この先、青年には苦難しか待っていません。



[19511] 第6話 裏切者
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3ffccecc
Date: 2011/05/25 23:12
忘れられた島の、うっそうと茂る森の中に、20ほどの人影があった。帝国軍と、レックスの仲間たちだ。

レックスと、森の中を移動中だった部隊のリーダーアズリアは、真剣な表情で向き合っていた。

「アズリア、あちこちの集落に火をつけて回っていたのは、キミ達の仕業なのか?」



…ことの発端は、2つの集落で起きたボヤ騒ぎだった。1つ目は、風雷の里のワラ山が燃え、2つ目は、ユクレス村の果樹園の近く。どちらも大したものではなかったが、明らかに人為的なモノで、レックス達は、当然のように帝国軍を疑った。当然である。この島で火をつけて利益があるのは帝国軍だけなのだから。

そのため、彼らは森の中を移動中だった帝国軍を発見、そのまま対面したのだった。



「…道をあけてもらおうか。我らは急いでいる」

レックスの問いを全く意に介しないアズリアはさらに、「今すぐそこをどけ!」と一括する。

「…」

レックスの仲間たちの視線が、自然とレックスに集まる。島の住人の実質的なリーダーであるレックスの返答を待っているのである。




しかし、この森の中に1名だけ、レックスの味方でありながら彼に背を向ける男がいた。

「どうやら、隊長の指示ではない……みたいだな」

青年『チャーハン』は、帝国軍とレックス達の死角、少し離れた木の陰に隠れていた。

青年がここに来たのは件の火災が青年のかつての上司、アズリアの指示であるかどうかを見極めるため。

「……とすると、いよいよ厄介なことになってくるなぁ」

青年は木の幹に寄り掛かり、どうしたものかと思いをめぐらす。

火災の話を聞いたときから、青年にはその犯人におおよそ見当がついていた。

しかし確証がなかったのと、青年のことを信頼してくれていて、かつ青年が一番信頼しているレックスに会うことができなかったので、大した行動はできなかった。

しかし、今直にアズリアたち帝国軍の動向を見て、青年の考えは確信に変わった。

(隊長はかなりの人数を率いている。あれほどの人数では、こっそりと火をつけるのは不可能だ。それに彼らの行動は、どことなく不自然だ。まるで、見つけてほしい言わんばかり。……つまり)

火災、ひいてはこの場所に帝国軍がいること自体が陽動である、という結論に至った。

「火災に『スパイ』、ここまで容赦なくやる奴が次にしそうなこと……あんまり、考えたくないなぁ」

自分の考えが、ただ思い過ごしのであることを願いながら、青年はゆっくりと目を閉じた。

(考えすぎならそれでいい。骨折りだったとしても、疲れるのは自分だけ…だ。だが、もしも想像通りだったら、被害がさらに拡大するのは間違いない)

青年は、自分にはどうも運というものが無い、ということを悟っていた。

「~~!」

「…ん」

青年の袖が、弱い力で引っ張られる。

青年が目をあけると、そこには青年の友達ポワソが神妙な面持ちでいた。

「ポワソ、か。ということは、風雷の里で何かあったのか?」

ポワソはその問いに肯定の合図を示した。

青年は、何かあるなら風雷の里かユクレス村だと当たりをつけていた。ラトリクスは驚異の科学力で警備されているし、狭間の領域は攻めても旨みがあまりない。

なので、青年は手持ちのポワソと新たな友達シュナイダー(テテ)に協力してもらい、2つの集落を監視してもらっていた。もしものことがあれば、青年もしくはレックス達の誰かに知らせるように。



「まったく、どうしていつも自分の思い通りにはならないんだろうな」

青年の人生は、理不尽に溢れていた。小さい理不尽は数知れず、理不尽に軍学校に入学させられ、青年の村は理不尽に滅ぼされた。

誰かが『人生は理不尽の連続』と言ったが、自分に降りかかった理不尽は度が過ぎてるだろう、と青年は思う。


「…それでも生きて行かなくちゃいけないというのは、辛いところだな」

ポツリと呟いて、青年は誰よりも早く風雷の里へと向かった。



~~~~~



時間と場所は変わって、風雷の里、中心から少し離れた境内。大きな鳥居と、それに伸びるゆるい石段のあるそこには、帝国軍が陣取っていた。特に鳥居付近には軍人たちがひしめいていて、石段の上り口付近には人質と思わしき風雷の里の住人達と、それを取り囲むように軍人たちが配置されていた。

「最初の一件…ワラ山に火をつけたのは僕だよ。子供たちと遊びながら、こっそりとね」

駆けつけたレックス達にそう言い放ったのは、階段中央に立っている黒髪の男だった。周りにいる軍人よりも一回り小さく、顔にはまだ若干のあどけなさを残している。


そんな彼がこのような場にいるのはミスマッチのように普通は思うだろうが、彼の言葉には無邪気さなどはなく、彼の中の残酷さが垣間見える。

「本当は裏切者の仕業に見せかけたかったんだけど、あいにくどこにいるかつかめなくてね…。まあ、こうしてうまくいったんだから問題は無いけど」



「イスラ…!」

レックスは驚愕した。彼は、今まで共に戦うことはしなかったが、今まで仲間でと信じていた『記憶喪失の漂流者』だったのだ。

「ふふっ、みんななんて顔してるのさ。仲間同士疑うことをしないキミ達だからこんな不覚をとるのさ」

こうなることが必然さ、といった具合にイスラが続ける。記憶喪失はウソ。すべては今、このときのために仕組まれたワナだった。

人質をとり、軍の陣地におびき寄せる。そうすれば簡単に目的である『剣』を奪還し、あわよくば邪魔者を排除できる、という算段だ。

イスラがパチン、と指を鳴らすと、人質達の周りの兵が腰の剣に手をかける。

「イヤアアアアァァ!」
「助けてくれえェェ!」

恐怖に駆られた人質達の声がこだます。

あくまで威嚇のみ。しかし、効果は抜群。レックス達はその声に恟々としている。

「里のものたちに手を出すつもりか!?」

「目的のためなら手段なんて選ばない。敵の弱みをついて、いかに早く、確実に勝つかが大事なんだ」

キュウマの怒りに、ひどく残酷な言葉を返すイスラ。それができないアンタたちが悪い、と言わんばかりだ。




一方そのころ、コツン、コツンと階段を境内の階段を下りていく二つの影があった。

「くッ、離せよぉ」

「おとなしくしていろ。そうしていれば危害は加えない」

「お前たちの言うことなんて信じられるか!」

「…」

里のヒトたちと共に捕まったスバルは、他のヒトたちの捕まっている場所ではなく、イスラたちの近くに捕まっていた。それにはレックス達への威圧の意味があったのだが、現在は人質交換の材料として、レックス達の近くへと運ばれていた。運ぶ役には、30代半ばの帝国軍人が選ばれた。

帝国軍人はスバルを後ろ手に拘束しており、階段を降り切ると、階段上り口付近の人質達の前で足をとめた。そこは、レックス達のいる場所からも近い、いわば軍の陣地との境界線、といったところだ。

レックス達は、スバルが運ばれた意味を理解し、唇をかんだ。

イスラはそんな彼らを一瞥し、なおも続ける。

「…ねえそうだろ、姉さん」

イスラは、レックス達と同時に駆けつけ、ここにいた帝国軍と合流したアズリアに言葉を投げかけた。

「姉さん、って……まさか!」

レックスが叫ぶ。彼の頭に思い描いたのは、ここにいるはずのない、いられるはずのない人物だったからだ。

「そうさ…僕の名前は」

場の緊張が最大に高まる。ヒトビトの心情の違いはともかく、その場にいる全員がイスラ自らの口でその正体が暴露されるのを期待した。もちろん、イスラ本人もそのつもりだっただろう。



しかし、その場に水を差す奴がいた。



「『イスラ・レヴィノス』!」

一瞬、場が静まりかえる。

その声は、人質がとらわれている場所の隣、立派な竹の茂る竹林から聞こえた。全員の視線が竹林に集中する。

「…ッ、誰だ!」

一番の見せ場を潰され少々苛立っているイスラは、竹林に言葉を放り投げた。

すると、ガサガサという葉の擦れる音とともにヒトがそこから飛び出し、軍陣地の境界線へと躍り出た。

躍り出た人影は、世辞にも立派とは呼べない服を着ていた。その上、あちこちに土やら何やら汚れが付着し、肌には葉っぱで切ったのか浅い切り傷がいくつか見受けられた。

「…な、なんでここに」

この場全員の言葉を代弁するかのようにレックスがつぶやいた。今この場に現れたのは、ほとんどのヒトが知っている、ある意味で有名人だったからだ。

「アズリア隊長の弟なんだろ? アンタ」

帝国軍を辞めた『裏切者』、青年チャーハンはニヤリと笑いイスラをにらみつけた。

…雷が落ち、しとしと雨が降ってきた。



「…!」

レックス達をはじめ、帝国軍にも動揺が広がる。なにしろホントについ先日まで、青年は帝国軍人だったからだ。

「…それで、裏切者が何の用なのかな」

イスラが、あくまで冷静な口調で尋ねた。しかし、彼の頭には若干青筋が浮かんでいる。


その問いに、青年は「ああ…」と何か考えるそぶりを見せた後、口を開いた。

「いや、アンタには用も興味もないんだけど…」

真顔で相手の神経を逆なでさせる台詞を吐きだす。イスラの口の端がわずかに歪む。なぜか…言うのは野暮だろう。

「…少し、あそこでスバルくんと一緒にいるヒトと話がしたくて」

そう言って、スバルの背後にいる軍人を見る。見事に驚いている。

「何言ってんだお前!」

「……」

「おい!」

青年の背後で吠えるのはカイル。しかし、青年はそれを無視する。今の青年には返答している暇はない。




「…いいだろう」

場にどよめきが走る。

「よろしいのですか?」

イスラのそばに控えていた狙撃兵が小声で問う。

「かまわないさ。奴は所詮、後方支援しかできないような程度の低い軍人だったんだろ? 大したことはできないさ」

「はあ」


「…ただ、万が一ということもある」

「奴が何か妙なまねをしたときは…撃ち殺せ」

「!!」

たとえ裏切者だとしても、かつての仲間に引き金を引くのは相当の重圧がかかる。良心や仲間意識、といった重圧。

「できるだろう? 奴は軍を辞めてあちらについた裏切者なんだから」

イスラは狙撃兵にそれがあることを知っていて『殺せ』と命令している。…少なくとも、狙撃兵にはそのように感じられた。

「了解…しました」

狙撃兵は年下のはずのイスラの、言いようのない怖気に肝を冷やした。

「どうせだから、奴には島の奴らの恐怖と絶望を煽る役をやってもらおう」

イスラの独り言を、狙撃兵は聞こえなかったフリをした。



~~~~~



「不思議ですね。ついこの間話したばかりなのに、ずいぶんひさしぶりのような気がしますよ」

イスラから堂々と許可をもらった青年は、スバルに『静かにしててね』という合図を送り、一歩一歩、ゆっくりと指定した帝国軍人に向かって歩き出した。

「思い出したんですよ。自分の教育係だった先輩にしつこく連れて行かれた『教育という名の酒盛り』で、先輩が言っていたことを」

「『隊長の[イスラ]って名前の弟さんが、最近軍に出入りしてるそうだ』って。今の今までただの与太話だと思ってましたけど、まさか実際に会うことになるとは…思ってませんでしたよ。でも先輩から聞いてたおかげで、こうやって先回りできたんですけどね」

「…無駄話をしに来たのか? お前」

意図の見えない会話をする青年にしびれを切らした軍人――青年の先輩が初めて口を開く。

「いえ、そんなつもりは。ただ自分は、元同業者のよしみで先輩にお願いがあって来たんです」

青年は少し深呼吸をしてから、先輩にお願いをした。


「人質を解放してくれませんか?」


瞬間先輩と、ついでにスバルまでもがその突拍子の無い言葉に目を丸くした。しかし、先輩はすぐにギラッと鋭く目を尖らせ、「無理だ」と返した。

「人質なんてスマートじゃないやり方、隊長が指示するはずがない。どうせ、あそこのイスラ・レヴィノスの指示でしょう? そんなのに従うなんて、一体どうしちゃったんですか」

「…誰の指示とか、そんなことは関係ない。確かに彼は若いが俺たちの上官。軍人は上官の命令に従うのみ、だ。お前にもちゃんと教えただろ」

確かにとうなずきながらも、青年は先輩の言葉に含まれるわずかな言い淀みを見逃さなかった。

「それで、本当にいいんですか?」

「……どういうことだ」

「戦いに参加すらしていない子供を人質を取るなんてやり方をするのが、あなたの息子があこがれる『誇り高い帝国軍人』なんですか、ということです」

「!?」

いつになく真剣な青年の発言に先輩の顔が歪む。

「先輩は酔っぱらうといつも家族の話ばっかりしましたよね。できすぎた奥さんだの、優秀な息子だのと自慢してたじゃないですか」

「そんなあなたの家族に、『勝つために、目的を達成するために戦えない人たちを人質とった』なんて言えますか? 2人に胸を張れますか?」

「正直、自分には軍人の誇りとかはありません。しかし、あなたは違う。国民を…戦えない人たちのために戦える、これほど素晴らしい仕事はない、って言ってたじゃないですか」

「……」

あたりに雨音だけが響き渡る。青年は、黙ってしまった先輩をじっと見つめ、彼の言葉を待つ。



「言いたいことはそれだけか?」

先輩が、無機質な声で逆に問いかける。

「元教育係のよしみだ。物分かりが悪いお前に、俺が教えてやる。……いいか、もとより俺たちは剣を奪還しなければ帝国には戻れん。任務に失敗した部隊がどんな目に会うのかお前も知っているはずだ。それにだ、物理的な意味でも帝国に帰還することは現状不可能といってもいい。しかし…しかしだ、剣を奪還し、この島を制圧すれば島から脱出できる可能性は飛躍的に高まる。ならば、任務を全うでき、かつ確率が高い方法にすがるのは当然のことだ。たとえ意に添わなくても…な」

かたくなな先輩に、青年はなおも食い下がる。

「互いに手に取り合うという選択肢はないんですか? それなら、剣の奪還はできないかもしれませんが身の安全は保証できますし、帰還する方法だってわかるかもしれない」

「そう思うんだったら、お前が全員を説得してみろ。無理だろうがな」

「…それは」

今度は青年が黙ってしまう。

(そんなこと、できるならもうやってる。できないから、自分は今ここにいるんだ)

青年と先輩、2人の視線が交錯する。




やがて、青年はハアとため息を吐いた。

「やっぱり、情に訴えても駄目ですか」

そう言った青年は、うっすらと笑みを浮かべる。まるで、イタズラがばれた子供のような笑み。

「アホゥ、『やっぱり』なんて言うくらいなら始めからするな。時間の無駄だ」

先輩の顔が初めてゆるむ。今は敵同士だが、相性と仲はいいのだ。

「…そうでもありません。先輩の本心はなんとなくわかりましたよ」

先輩は、青年の言ったことに対して「無理」とは言ったが、『1つも否定はしなかった』。

「どうしても、人質は解放してくれませんか」

2回目のお願いに、先輩は無言でうなずく。

「そうですよね。命令違反なんてしたら軍に罰せられて、最悪、家族にも被害が及びますから」

先輩は口を閉じたまま。無言の肯定だった。

「任務の失敗は許されず、上官の命令には絶対服従、おまけに生き残る可能性を捨てて戦いに死ぬ。ホント、軍人ってのは難儀な職業ですよね。…やっぱり、自分には向いてません」

「そうか? こんな状況でさえなければ、お前にぴったりな職業だと思うがな」

「はは……。そうかもしれませんね」

空笑いする青年にぴゅうと風が吹き、髪をゆらす。


「ねえ、先輩」

青年は、ちらりとイスラの方を見る。声の大きさと雨音で何の会話をしているのかは聞こえてないようだが、痺れを切らしかけているようだ。

「自分はアナタたちに生きていてほしいんです。特に、帰りを待つ家族がいるヒトには…ね」

「…お前」


「そいつの言葉に耳を貸すな!」

突然イスラの怒号が響き渡り、先輩はハッとなる。無意識のうちにスバルを拘束している手の力を緩めていた。

「もう遅い」

青年は先輩たちの方へ一瞬で詰めより、スバルの肩をがしっ! と掴んだ。

「踏ん張って」
「えっ」

「何をッ…うおおおぉぉぉぉォォォ!!?」

先輩は青年に渡すまいと手の力を強めようとするが、それより一瞬早く吹き荒れた突風によって吹っ飛ばされ、スバルを完全に手放してしまう。

「グウッ!」

刹那、他の人質達を取り囲んでいた軍人たちも、内側から発生した風によってはじかれてしまう。

「これは、風の結界か!?」

一人が再び人質たちを捕まえようと手を伸ばすが半ばで風に押し戻されてしまう。

人質に手を出せないということは、人質としての価値を失ったのと同義である。


今この瞬間、帝国軍はアドバンテージだった人質を完全に失った。


「しっかり捕まって」

青年は返事を待たずスバルを抱きかかえると踵を返し、レックス達の元へと駆け出す。

「何してる早く奴を殺せ!」

背後からイスラの声が聞こえると同時に、ドオンという音が鳴り雷の閃光が辺りを包んだ。


「…このッ!」

青年は懐から無色のサモナイト石を取り出し、召喚術を行使する。

「『打ち砕け光将の剣』!!」

現れた4振りの剣『シャインセイバー』が軍の陣、その中心に撃ち込まれ、石段が破壊されるほどの衝撃が周りを襲う。


「ぐおおオォォォ!」
「この裏切者がぁァァァァ!!」

誰のものとも分からない叫び声たちが響く中、青年は全力でレックス達の元へ向かう。もう青年への追撃はない。


「とりあえず一安心だよ。スバルくん」

「…え……え?」

状況についていけず放心状態のスバルに、青年は優しい声を投げかけた。

「まあ、わけがわからなくなるのも無理ないか。…そうだね、簡単に言うと偶然出会ったキミのお母さんに協力してもらってキミと他の人質たちを助け出す算段をし、それが無事に成功したってわけさ」

「母さまが…」

スバルは自らの母『ミスミ』のことを思い出した。ミスミは風雷の里の実質的な統治者である鬼人族の姫君で、一児の母であるとはおもえないほど若々しく美しい。普段は里の城に暮らしているが、かつては『白南風の鬼姫』という異名をとった女傑である。
ちなみに彼女は風を操るのが得意であり、風雷の里の『風』の字の由来となっている。



そうこうしている内に、スバルを抱えた青年は、レックスたちと合流することができた。

「スバル!」

最初に声をあげたのは、レックスではなくいつの間にやら合流していたミスミだった。

青年は、抱きかかえていたスバルをおろし彼女の元へと送り出す。

「怪我はないかえ?」

「う、うん」

「そうか…よかった」

緊急時につき2人の会話は少なかったが、息子が無事だとわかったミスミの表情は母親の顔そのもので、青年はこそばゆくなった。

「おぬしも大義であったな。礼を言う」

青年に話がふられる。

「いえ、こちらこそ一歩間違えればご子息を危険にさらす作戦に協力していただいて。ありがとうございました」

「かまわぬ。わらわ自身が信頼に値すると思うたから力を貸しただけじゃ。…それに、『息子の手料理』の礼もあったからのう」

青年とミスミはこれで話をするのが3度目である。2度目と3度目は省略するが、初めて話をしたのは、『調理実習』の許可を取るため、レックスとともに風雷の里を訪れた時だ。何としてでも許可を取るため、青年が用意していた切り札の1つが『調理実習でつくられた息子の手料理』だったのである。


果たしてこの世に息子(娘)の手料理を喜ばない親がいるだろうか…という具合に好評だったというのは余談である。


「キミは…またこんな無茶をして…」

次に青年に駆け寄ってきたのはレックスだった。

「…あ、レックスさん。あとはよろしくお願いしますね。自分、かなりくたびれちゃったんでここらで失礼します」

青年は右肩を反対の手で撫でながらそう言った。

レックスは何か言いたげだったが、青年はそれを制止し、「アチラの戦力はできる限り削いであるはずなので」と言い残しその場をすぐに立ち去った。



~~~~~



一方そのころ帝国陣営のイスラ・レヴィノスは苛立っていた。協力者がいたとしても、現状は裏切り者1人に一杯食わされたということに相違ないからだ。

しかしまだ焦ることはない、とも彼は思っていた。多少兵に被害は出たが、それはわずかでしかない。人質も奪還されはしたが、もともと人質などいなくとも勝てるほどの兵は用意してある。あの剣は脅威ではあるが、戦えないわけではない…と。

イスラは再び、パチンと指を鳴らす。すると、鳥居の奥に控えていた兵たちが現れる…

「……」

はずだったのだが、誰を鳥居をくぐってこない。

イスラは大きな舌打ちをし、石段を登り始めた。



「これは…どういうことだ」

鳥居の先で、イスラは驚愕の光景を見た。待機させていた兵たちが縄でがんじがらめに縛られ、地面に横たわっていたからだ。

イスラは最も近くにいた兵を乱雑につかみ上げる。しかし兵には意識がないようで、反応がない。それどころが、幸せそうな顔で眠りこけているではないか。

この兵の顔面をぶん殴りたくなる衝動を抑えながら、イスラはあくまで冷静にあたりをうかがった。

すると、イスラの数メートル先に、倒れ伏す軍人のカゲでゴソゴソと動く小動物が2体いた。

1体目は、自らが『ドリームスモッグ』で眠らせた兵士の身ぐるみをはいでいる『ポワソ』。

2体目は、倒れている兵士を縄で縛りあげている『シュナイダー』。

「~~!」

「ムイ」

イスラの視線に気付いたポワソがシュナイダ―に合図を送ると、2体はスタコラサッサと逃げ出した。


そして残されたのは、イスラのやり場の無い憤りだけだった。






この後、帝国軍が撤退せねばならなくなったのは言うまでもない。



[19511] 幕間 ※短い
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3ffccecc
Date: 2011/09/05 04:27
「……?」(きょろきょろ)

青年の相棒ローラ(聖母プラーマ)が召喚されたのは、風雷の里から少し離れた森の中だった。青年『チャーハン』が帝国軍相手に無茶をした時刻からはそう経ってはおらず、小ぶりになったとはいえ、雨はまだ降っている。

「ローラ、コッチ…だ」

背後から、彼女の召喚主の声が聞こえる。ローラが慌てて振り向くと、手頃な大きさの石に座った青年が、右肩をおさえてうずくまっている。

「雨の中、悪いが急いで治療…を」

そう言って、青年は自分の肩を左手の指でトントン、と叩く。

見れば、青年の服は右肩が大きく破れ、肩が露出している。誰かに破られたのではなく、自分で破った跡。

「……!」(ぞわっ!)

いやな予感がしたローラが急いで青年の背後に回ると、右肩の背後からかなりの量の血が流れていた。よく見れば、肩には小さな丸い跡と、それを無理やり広げたかのような傷跡が見える。

「弾はポワソに抜いてもらったんだけど、出血はどうしようもなくて…さ」

まいったね、と言葉の上では強気を保つ青年だったが呼吸が荒い。

ローラは急いで右肩の治療に当たる。よくよく見れば、他にも葉っぱで切ったような跡など、細かい傷も確認できる。



「ホント、あの人いい狙撃手だよ。あの雨と雷の中で標的に当てるんだからさ」

治療が終わった青年が、独り言のように呟く。それは、相手に対してへの悪態ではなく、純粋な感嘆の言葉だった。

「……」(……)

「どうした、ローラ」

青年は、背後の相棒の様子がおかしいに気づき、声をかけるが反応はない。



「……」(ぎゅッ!)

一体どうしたものかと思っていると、突然ローラが青年の首に腕を回し、背後から彼を抱きしめた。長い間雨に打たれ、血の気の引いた青年の体が、やさしい温かさにつつまれる。

「あ…」

一瞬呆けてしまう青年。青年にはローラの顔は見えないが、付き合いが長い彼には、彼女がどんな気持ちでいるのか、よくわかる。

彼女は怒っていて、悲しんでいるのだ。

「ごめんな…もう、なるべく無茶はしないようにするから」

青年がローラの小さい手を自分の手で優しく握ると、彼女はゆっくりと腕を首から離す。

「ほら、行こう? こんなところにいると風邪をひくから」

そう言って、青年はローラの手を引いて歩きだした。



黙ってついていくローラ。彼女は天使ゆえ…いや、青年とは長い付き合いだからこそ青年の魂の機微…言いかえれば『心』が手に取るように分かる。

だから、青年が本当は『ドウナルコト』を望んでいるのか、知っている。

だけど、彼女はそうなることを望んでいない。

『私が止めないといけない』…彼女はいつだってそう感じている。しかし、人間の言葉を話せない彼女には青年を説得することはできない。力づくで止めようと思っても、非力な彼女には止められない。

彼女ができることは2つしかない。青年の負傷を癒すこと…そして『この人が無事でいますように』…、と祈ること。それだけだった。




~~~~~~~~~~
後書き

作者です。
次回は第一章完だったりします。あと、諸事情で話がだいぶ飛びます(具体的には9話と10話と11話)。

今回の話はノートに下書きした後に書いたのですが、やはり自分はこういうやり方が合っているようです。



[19511] 第7話 タソガレ 前半
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3ffccecc
Date: 2011/06/02 22:54
「最終決戦…か」

あれから……青年が帝国軍の前に姿を現わしてから、だいぶ時が流れた。あれから、レックス達と帝国軍とのイザコザや、島にまつわるあれこれがあった。しかし、青年『チャーハン』はそれらにはたいして関わらなかった。…いや、関われなかった、という方が正しい。

レックスは、あの事件での青年の無茶を心配し、以降、帝国軍についてのことを青年に話すことをしなくなった。

青年もできれば知りたいとは思っていたが、レックスが自分のことを思って口を閉ざしていることは分かっていたし、何よりそこまで積極的に戦闘に参加する意味がないので、深く聞いたりすることはできなかった。

目的はあくまで『帝国軍のイメージを極力悪くしないこと』、そして『死人を出さないこと』なのである。レックスの人柄の良さは、知り合ってまだ日が浅いがよくわかっているつもりだし、なれないサバイバルで徐々に疲弊していく帝国軍より、勢いを増しているレックス達の方が強く、戦いに勝利してくれるだろう、と半ば確信していた。


青年が帝国軍が最終決戦を挑んできたと知ったのは、ユクレス村で日課の畑仕事をしている時だった。島の住人のために集落を回って料理をふるまっているオウキーニが小耳にはさんだ情報を、うっかり口に出してしまったからだった。


最初、青年は悩んだ。『最終』とつくからには、お互い死力を尽くして…もちろん帝国軍は敗北したら死ぬ覚悟で戦うのだろう。

そんな中、自分のような未熟なニンゲンが行ったところでやれること、やるべきことはあるのだろうか? 行くのは、レックスの気持ちを踏みにじることに他ならないのではないか? …しかし、気になるのも事実。もともと自分は帝国軍人で、これから死力を尽くして戦うのはかつての…いや、今でも仲間と思っているヒトたちなのだ。

「やっぱり、見届けなきゃあいけない…かな」

青年はハアとため息をひとつし「後でまた何か言われるな」などと思いながら畑をこっそりと抜けだした。



そろりそろり、忍び足で進む。別に気付かれたところでどうとでもなるが、面倒事が起こるのはゴメンだった。
もう少しで農園を抜ける。青年がそんなところまで来た時、急に肩をガシリとつかまれる。思わずビクリと身が震える。青年は恐る恐る後ろを向く。

「…ローラ」

「……」(むう)

肩の向こうにはふくれっ面の、青年の相棒がいた。

「いいだろ? いつも『いい加減休め』って言われるくらい畑仕事してるんだから、少しくらい……」

「……」(ふるふる)

ローラは、かたくなにその手を放そうとはしない。

…思えばこのごろローラの様子がおかしい、と青年は感じていた。いつもは定期的に召喚と送還を行っているのだが、最近は送還されることを嫌がる傾向がある。サプレスほど魔力(マナ)の豊富ではないリィンバウムに霊的生命体である天使が存在することは、それだけで消耗することを意味するのに、だ。


「止めても、自分は行くぞ。行かなきゃあならない…そんな気がするんだ」

ローラは多少渋った後、ゆっくりと手を離す。しかしその眼は『一緒に行く』と語っている。

「…しょうがないな」

青年は相棒とともに、決戦の地へと向かった。



~~~~~



「……どうなってるんだよ、これは」

時間は夕暮れ時。青年はオウキーニから聞いた決戦の地へと到着した。勾配のやや大きい丘で、何かの施設があったと思われる残骸がちらほらと見える。

しかし、青年の目にそんなものは映らなかった。視線の先、戦場の中心ではいまだに戦闘が行われている。剣と剣とがぶつかり合う音、大勢のヒトが大地を踏む音…そして、聞き覚えのある断末魔。

それらの音を奏でているのはレックス達と帝国軍と、そして今まで見たこともない第3勢力とでも言うべき者たちだった。この島に突然現れたその第3勢力の者たちは、圧倒的な武力で帝国兵の命をひとつ、またひとつと刈り取っている。

帝国軍もレックス達も何とか応戦してはいるが、動きが鈍い。それもそのはず、彼らの命をかけた最終決戦がレックス達の勝利で終わった直後にその勢力は現れたからだ。みな…特に敗戦した帝国軍は疲労困憊で、応戦すらまともにできないありさまだった。



「…あれは」

青年は、すぐそばに倒れ伏している帝国軍人を発見した。周りに敵がいないのを確認すると、ローラを引き連れ急いで駆け寄る。

「大丈夫ですか!? 今治療…を……」

帝国軍人を抱えあげる青年だったが、彼の頭はだらんと下がり、瞳は光を失っていた。

「……」(ふるふる)

ローラが首を振る、ということは『もう助からない』ということだ。

「…ッ!」

青年が自分の無力をかみしめる間もなく、戦況がさらに悪い方へと変化する。

前方の空中に暗紫色の召喚光がほとばしると、辺りを汚染するかのようなどす黒い魔力をまとった棺の化け物が現れる。まるで死の化身のような化け物はその魔力をもって地上のニンゲンを薙ぎ払っていく。

「うああァァあアァァあァ!!」
「だずげでぐれえェェェエ!!」

絶叫とともに、人間の破片が飛び散るの。青年からも見えるくらい聞くことができるくらい、盛大に。

「あ、ああぁ…」

青年はその光景をただ見ていることしかできなかった。



「…どうして」

青年がぼんやりとつぶやいた。

「どうしていつもこうなんだ」

「自分の知らないところで…何もできないところで、みんな死んでいく」

「そんなのって、ないだろ…」



思い出したのは、軍学校でのこと。教官から『村の最期』を聴かされた時。その時、青年は『どうして』と思った。どうして滅ぼされたのかではなく、どうして自分はこんなところにいるんだろう、と。

自分がいれば、何かが変わったかもしれない。もちろん、1人でできることには限りがあることは青年だって知っている。けど、何か…たとえばたった1人でも、誰かを救えたかもしれない。

だけど自分は村にはいなくて、村のヒトとともに死ぬこともできずに、たった1人生き残った。

青年には、それが何より苦痛だった。



「……あ」

呆然とする青年の視界の端に何かが映った。

「せん…ぱい?」

映ったのは、青年が依然だまし打ちで吹き飛ばした(正確にいえば吹き飛ばさせた)部隊の先輩だった。全身血まみれで、誰かが突き倒してしまえば、もう2度と起き上がれなさそうなほど疲弊していた。


…しかし、まだ死んではいない。

そう認識した瞬間、虚ろになりかけていた目に活力が戻る。

先輩の周りに、第3勢力と思わしき敵は1人のみ。栗色、長髪の女。彼女は戦場から逃げた獲物を探しているようで、キョロキョロと当たりをうかがっているようだが先輩にはまだ気づいていない。

先輩との距離はそう遠くない。全力疾走なら、1分もかからず合流できるはずだ。
しかし、先輩の近くには敵である女もいる。気付かれれば先輩は確実に殺されるだろう。

(けど女が気付く前に、先輩の元にたどりつくことができれば…助けられるかもしれない)

青年はそう思考するとすぐに立ち上がり、駆け出そうとする。

「……!」(ガシッ!)
「!!」

しかし、ローラが青年の腕を全力で掴み、必死で引きとめようとする。

「離してくれ」
「……!」(ブンブン)
「…頼む」
「……!!」(ブンブン!)

ローラはポロポロと涙を流し、『いかないで』と訴えている。


「……ローラ」

ローラの頭を優しく、あやすようになでる。

「今度お詫びにお前の好きなケーキ、たくさん食わせてやるからな」
「……!?」

青年は直感していた。きっと、ここでローラの言うことを聴いておけば、自分は生きながらえることができるのだろう…と。この場から去れば、心に後悔の念は残るだろう。しかし、ヒト並みの人生が送れるんだろうと。

だが、それでも先輩を……目の前の助けられそうな命を諦めることなんてできなかった。


青年はサモナイト石を取り出し、涙に濡れるローラをサプレスへと送還した。


「……」

最後に見せたローラの泣き顔を振り払い、青年は仲間の遺体が所持していた剣を抜く。

「使わせてもらいます」

彼に一礼をし、青年は駆け出した。ただ前だけ見据えて、これから向かう場所で自分がどうなるかなど全く考えずに。



~~~~~



先輩まで後もう少し。しかしついに女が先輩の存在に気付く。女はナイフを抜き、先輩に迫る。先輩もそれに気付き、必死で逃げようとしているが負傷のせいで動きが鈍い。

(速く…速く速く速く!!)

急ごうとはやる心とは裏腹に、青年のスピードは変わらない。もうとっくに全速力だからだ。

(もう…少し)

あとほんの数秒あれば、先輩と女の間に割って入れる。しかし、女はすでに彼女の攻撃範囲内に先輩を迎え入れようとしていた。

女がこちらに気を逸らしてくれれば間に合うかも知れない…と思う青年だったが、女は青年のことなど目もくれず先輩にターゲットを絞ってる。青年が接近しているのを知っていてだ。完全になめられている。

「やめろォぉぉぉぉォぉォォォォォ!!!」

青年は渾身の力を振り絞って大地を蹴り、絶叫と共に一か八か女と先輩の間へと、剣を振るった。



ギインッ! という音とともに、確かな手ごたえ。

奇跡…としか言いようのないことだが、青年の剣は、今まさに先輩の命を刈ろうとした女のナイフをはじいたのだ。まさに完璧なタイミングだった。女は一瞬でヒトを殺すことができるほど卓越したナイフの使い手。あと数瞬遅ければナイフははすでに仕事を終えた後だっただろう。あと数瞬速ければ、剣が振り下ろされた直後に2人の命は無くなっていただろう。

ナイフを握っていた女の右腕は慣性に従い大きく孤を描き、少し体制を崩した。瞬時に体制を整えなおす女だったが、そのわずかな時間で、青年が先輩の前に立つことを許してしまった。

「ハア…ハア…。何とか間に合った」

青年は鋭い目つきで女を直視する。女の口元はマフラーで見えないが、小さく舌打ちしたのを青年は聞き逃さなかった。

「お前…なんで」

「先輩。あっちなら敵に会わずにこの場から逃げられると思います」

背後を向かず、先ほどまで自身のいた場所を指差す。

「なぜだ!裏切者のお前がなぜ…」

「邪魔」

先輩の言葉などまるで無視して、女は率直な気持ちを述べつつ切りかかる。

「このッ!」

青年はその剣戟をかろうじて受け止める。しかし、青年が1回目のソレに四苦八苦している内に女は2回、3回とナイフを振るう。

「グッ! ああぁァァ!!」

急所だけは最低限守るように体で斬撃を受け止め、こちらも剣で切りかかる。しかし女は華麗なバックステップで簡単にかわしてしまう。

「…まいったな。剣術は苦手なんだよ」

こんなことならもっと真面目に学んでおくんだった、と自嘲じみた笑みを浮かべる青年。その腕からドロリ、と赤黒い液体が流れ落ちる。

女は少し距離を取って、2人の様子をうかがう。どうやったら効率よく2人を殺せるかをシミュレートしているように見えた。


「今のうちです」

青年は小声で先輩に語りかける。

「…しかし」

青年に従うということは、一回り年の違う奴を犠牲にして逃げることと同値だと先輩は考え、答えを渋る。


そんな先輩の感情を背中で感じ、青年は言葉を紡ぐ。

「…家族って、いいですよね」

先輩がわけがわからない、といった表情をする。

「あったかくて、やさしくて、ちょっぴり厳しい」

「自分は家族を失う時、何もできませんでした。…そんな自分が、他人の家族を助けようっていうのはおかしいでしょうか?」

先輩は、事件の直後…青年が初めて部隊に配属された時の様子を知っている。表面的には平静を装ってはいたが、実は失意のどん底だったことは殆どの人が知らない。知っているのは青年の召喚獣と、先輩くらい。

「遠慮せず、逃げてください」

「……すまない」

先輩は青年の意をくみ、戦線から脱出すべく行動を開始した。


「逃がさない」

しかし、女はそう易々と脱走を許してはくれない。獲物を逃すまいと、猛然と襲いかかってくる。

青年は先輩の背中に「貴方の家族によろしく」と言葉を投げかけた後、襲い来る女の前に立ちふさがった。



「アンタをここから先には絶対に行かせない!!」



決意を胸に青年は女に立ち向かう。最初の打ち合いで自分と女の間に、天と地ほどの実力差があることを青年は感じていた。



そして同時に、運命めいたモノも感じていた。

きっとこれは界の意思『エルゴ』とやらが与えてくれたチャンスなのだ。誰も生き残れそうにない絶望的な戦場の中で、たった1人だけでも助けられるチャンス。


そして…かつて青年が願って叶えることができなかった願いを叶えることのできる、最初で最期のチャンス。

青年は手にした剣をギュッと握りしめ、無慈悲の刃を振るう女に果敢に立ち向かった。




~~~~~~~~~~

後半に、続く



[19511] 第7話 タソガレ 後半
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:d2f6044a
Date: 2011/06/28 05:00
「ハア…ハア…ハア……」

「……チッ」

青年と女が交戦し始めてまだ1分も経っていないが、どちらが優勢かは明らかだった。女が全くの無傷なのに対して、青年の体には10を超える大小さまざまな傷を負ってしまっていた。傷からは絶えず血が流れ出て、衣服や大地を深紅に染めていく。さらに遺体と一緒に転がっていても違和感がないほど顔面蒼白で、剣を構えて立っているのが不思議なくらいだ。

しかし互いの体調とは裏腹に、女はわずかにイラついた表情を、青年はニヤリと笑みを含んだ表情を浮かべていた。

「気でも狂ったの?」

女が初めて青年に問いかける。それは、まるで女をあざ笑うかのような笑みに若干ムカついたからであった。しかし、純粋に青年が何を考えているのかわからなかったから発せられた言葉でもあった。

「…いや、狂ってなんていない」

青年が、口から力強い言葉を絞り出す。

「アンタ…殺し屋かなんかだろ? ヒトを殺すのが仕事、みたいな」

まだ帝国軍人として任務にあたっていた時、青年はそのたぐいのニンゲンに会ったことがあった。もちろん、今みたいに実際に相手取ったことはないが、そのニンゲンがまとっていた冷え冷えとした殺気は遠目からでも感じることができた。

そして、今相対している女からもそれに近い雰囲気を感じ取っていた。

実際、青年のその読みは当たっていた。女は『紅き手袋』という犯罪組織に所属する暗殺者。多額の報酬と引き換えにどんなアクドイ仕事でもする組織の中で、女は数え切れないほど殺人を行ってきた。


「ただ単にうれしいのさ。アンタみたいな殺し屋の『仕事』を、自分みたいなペーペーの元軍人が妨害してるんだからね」

その言葉に、女は少し不快になった。既に死に体である青年の強気な発言が癇に障ったということもある。しかし実際に青年の言うとおりである今の状況が、暗殺という己の心を殺さなければならない仕事を遂行してきた女にわずかばかりの感情の揺れを与えた。

青年は異常にしつこく、しぶとかった。女が右に移動すれば右に、左に移動すれば左に移動し、時には避けられるはずの斬撃すらその身に受け止めて、女を宣言通り一歩も前へと進ませなかった。

これにより、女の予定は大きく狂ってしまった。本来ならば青年を適当にあしらい、逃げだした帝国軍人を先に殺してから青年を殺す算段だった。


女がそのような思考に行きついたのには、3つほど理由がある。

1つ目は、彼女の所属する『紅き手袋』が容赦のない組織だということ。紅き手袋では構成員は機械の歯車のような替えのきく消耗品同然の扱いで、不要と判断されればすぐに処分されてしまう。女は組織内で腕ききな方だが、それでも不要と判断されば即刻処分されてしまうだろう。
現在、女は手負いの帝国軍人の逃走をみすみす許してしまっているカタチになる。このままでは雇い主から何らかの罰があることは明白だ。女に好き好んで罰を受けるような性癖があるはずもなく、この場にいる2人を殺さなければいけない、と思うのは当然だった。

2つ目は、この場所が戦場の端だということ。これより先には女の仲間は存在せず、帝国軍人の脱走がそのまま成功してしまう可能性があった。そのため、女は青年より優先して逃げだそうとする帝国軍人を殺さなければならなかった。

そして3つ目。それは、女は青年など初めから眼中になかったことだ。確かに、彼女の必殺の一撃を防いだことには驚いた。しかしその後の打ち合いで、青年が女の圧倒的な実力差を感じたように、女も青年はとるに足らない、いつでも殺せる存在だと感じていた。そのため、今までの攻撃は青年を殺すため、というよりは青年の隙をついて抜き去るためのもの、という意味合いが強かった。

しかし、それが間違いであった。

女が読み違えたのは、青年のタフネスと死に臆さず目的を達成させようとする意思だった。

女の攻撃の中にはかわそう受け止めようとするとスキができる、という類の所謂フェイントも含まれていた。此処で言うスキとはほぼ、青年を抜き去るスキという意味だが、青年はそのスキをつくらないためにあえてその身に刃を受けあまつさえ痛みに動きを鈍くするわけでもなく女に当たらない攻撃を繰り返した。

そのため女はペースを乱され、今のようにまだ誰も殺し切れていないという屈辱的な状況が成立している。


「それともう1つ」

「………」

女は、青年の言葉など意に返さず、後方でみっともなく逃げている帝国軍人に目をやる。本来ならとっくに姿が見えなくなるほどには時間が経過しているが、疲労と負傷により足取りは遅く、まだ女の視界内にいる。

つまり、青年と帝国軍人はまだ女の射程範囲の中。しかし、もたもたしていれば帝国軍人はすぐに範囲外へと逃げ去ってしまうだろう。

女はゆっくりと息を吐き出すと、認識を1つ改めた。

今、目の前にいる男は『いつでも殺せる存在』ではなく『殺すべき存在』だと。

「あのヒトを助ければ、少なくても3人の人生を救えるんだ。…これがうれしくないわけがない」

女には、もう青年の言葉を聴く気などなかった。


女は手に持つナイフを構えなおすと、疾風のような速度で青年との距離を詰めていく。

彼女にしてみれば、死にかけの青年の命を奪うのに1秒もかからない。人間というものはそもそも、急所の1つでも刃物で突き刺せば死ぬのだ。そして、彼女には体の一点を正確に突き刺すことのできる確かな腕と、相手の反撃を許さないほどのスピードがある。

女は青年を攻撃範囲に入れると、躊躇なくガラ空きの左胸――心臓にナイフを突き立てんとする。




……しかし、あらかじめどこを狙ってくるのか見当をつけておき、相当のダメージを覚悟しておけば『致命傷による即死』を避けることくらいは、青年にも可能だ。

「なにッ!?」

女が驚愕の声をあげる。確実に心臓に刺さるはずだったナイフは、心臓からわずかばかりそれた場所に刺さったからだ。しかし、彼女が驚いたのはそこだけではない。

青年が攻撃の瞬間、持っていた剣を手放し気休め程度に身を軽くすると、まるで攻撃が心臓に来ることを知っているかの様に動いたのを彼女は確かに見た。

女は急いで青年からナイフを引き抜こうとするが、その腕はフリーになった青年の左手によって掴まれてしまう。

「ツカマエタァァァ!!」

ナイフによる激痛と異物感を絶叫で誤魔化している青年は、その手に渾身の力を込めて女を逃がすまいとする。

「思った通りアンタスピードは凄いけどパワーは大したことないな!」

「ク…ッ!!」

女は必死になって腕を振り払おうとするが、悲しいかな暗殺者とはいえ女は女。力ではやはり(畑仕事で)鍛えている男にはかなわない。

「最初の打ち合いでそれは分ったんだけどさあ! アンタのスピードが速すぎるのと殺しにきてないのとでどこ狙って拘束すればいいのか困ってさ! 一か八か急所を狙わせたらドンピシャだったよウレシイネェ!!」

「始めから、それが目的で…!」

ミシミシと悲鳴を上げる腕。その苦痛に顔をゆがめる女は思い出した。ナイフで狙った左胸は、今考えるとあまりにも不自然にスキだらけだった。

しかし、女は青年がこんな手を狙ってくるなんてことは思ってもみなかった。なぜなら『命をエサにして目的を達成させようとする』などという考え方は普通、暗殺者である彼女がする方だからだ。いきなり現れた年若い青年がそんな頭のネジが外れた考えをするなどと、誰が思うだろうか。



「…それでッ! この後どうするつもり?」

女は自慢の機動力を奪われてもなお余裕を崩さない。

実際問題、青年は両手をフリーにするために剣を手放してしまったから決定打に欠けるし、下手に攻撃しようとすると女に返り討ちにあってしまう可能性が高かった。それに青年の生命力にも限界がある。わずかずつだが、青年の手からは力が抜けていっている。このままでは、女が解放されるのも時間の問題だ。


女が勝ち誇った視線を青年に向けていると、チカリ、と彼女の目に鋭い光が飛び込んできた。

「ま…まさか…」

女の目が見開かれ、自身の血の気が引くのを彼女は確かに感じた。

青年の右手には、機能を全うせんと眩く輝く無色のサモナイト石が握られていた。

「『シャインセイバ―』」


青年がそう宣言すると同時に、女が天を見上げる。

空には純白の剣が4振り、2人を取り囲むように浮かんでいた。



青年と女、どちらにももう逃げ場はない。



「自分も…アンタも! ここでリタイアだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「キサマァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

絶叫と共に青年は掴んだ腕を引っ張り、女の体を引き寄せる。

そして、それが合図だったかのように空中の剣が降り注ぎ、2人の体を引き裂いた。










~~~~~



辺りに舞う砂ぼこりのせいで視界が悪いが、結論から言うと2人はまだ生きている。


剣が青年と女を引き裂く直前、青年は女に手を振りほどかれてそのまま突き飛ばされた。
そして女はシャインセイバーの落下地点から離脱を試みたが、完全に避けきる時間的余裕はなかったはずである。

「ゲホッ、ゲホッ」

青年は突き飛ばされたために落下地点から少しずれた場所でシャインセイバーを受けた。剣が肩を抉り、衝撃の余波を受けたせいで吹き飛ばされ、今は四つん這いになって咳込みながら全身の痛みに耐えている。しかし幸運というべきか、まだ死んではいない。

一方女はというと、青年から見てシャインセイバー落下地点を挟んで反対側の地面に座りこんでいる。彼女は直撃こそ避けたものの、その身に受けたダメージは無視できないほど大きかった。

女の左腕と右脚にはシャインセイバーによる裂傷が見て取れる。苦痛に顔をゆがめ、血の滴る腕をもう一方の手で押さえている。特に脚の傷は深く、もはや戦闘はおろかまともに立ち上がることさえできないのは明白だ。

「………」

か細い呼吸をしながら青年は自分の背後に目をやる。人っ子ひとりいない。帝国軍人――青年の先輩は逃げ切ったようだ。

青年は地に突き刺さるシャインセイバーの隙間から覗く女を見る。その表情には苦痛と屈辱に塗れていて、青年は大変満足した。

ローラを呼ぶ前に『まいったか』とでも言ってやろうか……などと思いながら、ポケットの中のサモナイト石に手を伸ばした。





しかし、何かがオカシイ事に気付く。


口から出るのは紅々とした液体のみで、肝心の声が出てこない。それどころか、呼吸がうまくできない。


青年ははじめシャインセイバーを受けたショックのせいだと思っていた。…しかし、そうではないようだ。


青年はポケットへ向かっていた手を引き戻し、首元へと運ぶ。


首にふれた手にベトリ、と生温かい粘着性のあるナニカが付着した。


イヤな予感がして、手をそのまま眼前に運ぶ。


多量の血で汚れた手を見た青年は、そのまま視線を胸元へとやる。ナイフは体に刺さったままだ。


(まあ、2本持ってても不思議じゃない…か)


喉元を掻っ切られたというのに、青年はノンキにそんなことを考えながらゆっくりとその場に倒れこんだ。





(ああ、死ぬんだな…自分)

体から熱と感覚が失われていく。もう指一本動かせない。

「……! ……………!?」
(…?)

閉じていく視界の中、青年には地に転がる血塗れのナイフと、その傍で何かを叫んでいる女が見えた。しかし相当耳も遠くなっているのか、何と言っているかさっぱりわからない。

(聴こえたとしても、それに応える口はアンタが封じちゃったんだけどねぇ)

とりあえず青年は『よくも! 私の体に傷を!?』とか、『どうだ!殺してやったぞ!?』なんて言ってるんだろうなぁ、と勝手に解釈した。





いよいよ、思考にも陰りが見え始めた。

(しかしフシギだ…ゼンゼンコワく、ない)

青年は、心の奥底では死ぬことを望んでいた。それも、ただ死ぬだけではない。誰かを守って死にたかった。たとえそれが心理学で言う『代償行為』という名の自己満足だったとしても、自分の人生が報われるためにはそれしかないと信じていた。

だから青年にとってこの『死』は、最高の終り方だった。

(……ろー…ら、ごめん…)

たった1つの心残りを除けば。

(…やくそく、まもれ、そうにな………)

(………)


(……)



(…)




こうして、不幸な過去を持つ平凡な青年は深い深い眠りについたのだった。















その後、帝国軍海戦隊第6部隊はたった3名ながらも帝国本土へ帰還を果たした。

隊長アズリア・レヴィノスと副官ギャレオは任務失敗と多大な損害の責任を左遷というかたちで執らされることとなり、最後の1名は軍を辞した。

しかしこの後2名は功績を挙げて返り咲き、1名は家族と共に慎ましくも幸福な人生を送ることになるのだった。



第1章『忘れられた島』 ―完―



[19511] 第2章 界の狭間 第1話 エピローグ ※タイトルのみ改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/09/05 04:25
「それにしても『運命』ってやつは残酷よねぇ」

ある時間、ある場所。異世界シルターンでよく見られる建築様式をした建物『メイメイのお店』の中で、店主がポツリと呟いた。

「何の話……ですか?」

店内にはもう一人いた。栗色長髪の女。彼女の左腕と右脚には痛々しい傷を覆う包帯が存在し、満足に動かすことが困難なので椅子に座っている。

店主は女のたどたどしい敬語に苦笑しながら、ゆっくりと言葉を続けていく。

「運命っていうモノはね、一本道じゃないの。選択次第で、大樹の枝葉ほどに分かれ変化していくもの。…でも、誰もが好き勝手に運命を変えられるわけじゃない。大きな運命を変えるには相応の大きな力が必要になる。それは『腕力』だったり『魔力』だったり『財力』だったり…先生たちみたいな『協力』もそうね」

店主はそこで話を区切り、真剣な声で告げた。

「先生達はこれから、あの島…ううん、世界の運命を賭けた戦いに臨み勝利するわ」

店主は先生――レックス達は勝利すると断言した。実際島では今、島に封印されていた『ディエルゴ』という負の存在が復活し、彼らはそれを打ち倒すために行動を開始している。しかし彼らは現在、ディエルゴとは相対すらしていない。なにしろ今しがた店主はレックスと別れのあいさつを済ませたばかりなのだ。今頃は遺跡へと向かう道の途中だろう。



「そしてこの未来はアナタがあの時に倒されていなくても起こりえた未来なのよ」

残念だけどね、と店主は付け足す。

「……ッ」

その言葉に女は顔を伏せる。その心中にあったのは、自身を戦闘不能に追い込んだ1人の青年の姿。そして、彼に対しての後悔の念だった。たった1人の仲間を助けるために命を賭けたその姿を、女は一生忘れることはないだろう。

「私が何を言いたいかわかるでしょ?」

店主は少し不快な表情をした。

女は店主の言わんとしていることが理解できた。


つまり……『救世』という運命において青年の死は全く意味のない、いわば『ムダ死に』だった、ということだ。彼が死のうが生きようが、レックスはディエルゴを打ち倒し、島に平穏をもたらすだろう、と店主は言っているのだ。


「やっぱり、普通のニンゲンには世界を変えることはできないのかしら」

店主がポツリと呟いた。

レックスは魔剣に選ばれた男だった。魔剣の強力な魔力と、その力を誰かのために使える強くて優しい心をもって、島の人々をひとつにまとめあげた彼は、もうすぐ世界を救うところまで来ている。

しかし青年は何かに選ばれることもない、少し不幸な過去を持つだけの普通のニンゲンだった。運よく暗殺者1人を戦闘不能にし、仲間1人を救助しただけで彼の命は終わってしまった。死力を尽くしていたのにもかかわらず、だ。

結局彼が遺したのは、世界にしてみればあまりにもちっぽけな変化ばかりだった。



「でもね、青年がもたらした小さな変化は誰かにとっていい方向に働くわ……きっと」

「そういう運命なんですか?」

「んにゃ、乙女のカンよ」

「……」

女が複雑な表情をする中、店主は店の戸棚に手を伸ばす。

「それ、先生から預かったんでしょ? 大事にしときなさい。そう遠くない未来、それを持つべきヒトがあなたの元にきっと現れるから」

店主の言葉に、女は右腕にかかえた紫色の石をギュッと抱え込んだ。

店主は女にやさしく微笑むと、戸棚から『清酒・龍殺し』とラベルに書かれた一升瓶を取り出した。

「さてと…」

店主は瓶を開封すると、虚空に向かって呟いた。

「まっ、次に会った時は『コレ』のお釣り分くらいは協力してあげるから、頑張んなさいな………青年」

ニャハハ、と笑うと店主メイメイは一気にその酒をあおったのであった。










~~~~~



「目が覚めると、そこは大草原でした」

誰かが聞けば、きっと何の事だかわからないと感じるだろう。しかし、自分に実際に起こった現実なのだからしょうがない。

気が付いた時、自分は右も左も前も後も草原な場所で寝転がっていた。空が青いのだけが救いだ、と感じるほど緑だらけだった。困惑混じりに起き上がった自分は、なぜこんなところで寝ていたのだろうか、ということについて考え始める。

「そう、たしかこうなる前は……あれ?」

一体自分は今まで何をやっていたのだろうか? なんか自分の怠慢を嘆く台詞のように聞こえるがそうではない。目が覚める以前の自分というモノが思い浮かばないのだ。

自分は今まで何をしていたのだろうか? わからない。

自分はどんなニンゲンだったのだろうか? わからない。

自分の名前は何だろうか? わからない。

頭にいくら問いかけてみても、わからないの一点張り。何度も何度も頭に検索をかけるが、さっぱり何も出てこない。

「これはもしかして『記憶喪失』というやつか?」



結局分かったことといえば、『記憶喪失』なんて小難しい言葉が出るくらいには学のある奴だった、ということだけだった。




「弓と矢ねぇ」

自分の記憶があやしいとなると、頼みの綱は己の所持品だけだ。

まず衣服について。上は動きやすそうな茶の上着、下は動きやすそうな茶のズボン、靴はこれまた動きやすそうなもの。記憶を失くす前の自分はどうしてこうも動きやすさ最優先のチョイスをしたのだろうか。

そして自分のそばに落ちていたのが先ほどの弓、そして数本の矢が入ったケース。それの他には食料はおろか、寝具の類も持っていない。

とりあえず試してやろうと思い立ち、自分はケースから矢を1本取り出すと、弓を構えた。標的は10メートルほど離れたところに生えている木の幹でいいだろう。…先ほど『前後左右草原』と言ったが、まばらながら木は生えている。

標的に狙いを定め、矢を射る。すると矢は幹の中心からそれなりに離れた場所に刺さる。自分の腕は中途半端という意味でそれなりのようだ。

木へと歩みより刺さった矢を回収する。まあ、ないよりはましだ。



「…ん、あれは何だ?」


此処よりはるかかなたに塔のようなものが見える。視点が変わったことにより、最初は見えなかったものが見えるようになったようだ。あまりに遠くて一本の針が生えているのようにしか見えないが、確かにそれは塔だった。

記憶を失くした代わりに目的地を発見した自分は矢のケースを背負うと、そこに希望があると信じてそこに歩を進めた。



~~~~~



「信じた自分がバカだった」

それが6時間ほど前の出来事である。歩けども歩けども風景は青と緑のデュエットで、塔は相変わらず小さいまま。まあ、針2本分くらいの大きさになったような気がする。存外、6時間通しで歩いても全くへこたれない体のスペックには驚かされたが、精神は別だ。早く何かを見つけなければ気が狂ってしまいそうだ。


そんな調子でスタスタ歩いていると、ふいに自分の視点が下へと落ちる。そして同時に浮遊感。イヤな予感がして下を向くと、自分は見事なまでに崖から足を踏み外していた。



―――【***】はホント、すごい【***】だよコノヤロウ。



頭の中に妙なビジョンが浮かび、自然と自分の口が言葉を紡ぐ。

「またか」

1度崖から転落したことがある。そんな思い出さなくてもいいことを思い出しながら、自分は崖を転がり落ちて行った。



~~~~~



ベシン、とカタイ地面にブチ当たり自分の体は停止した。思いのほか崖は浅かったらしく、死んではいない。

イテテ…と痛む体をさすりながら立ちあがり、辺りを見渡す。ヒトが数人余裕で横並びできそうな道が崖と崖の間に伸びている。舗装はされていない。おそらく自然が作り出した道なのだろう。

「今度は土色の景色か」

そんな風にボヤキながら空を見上げる。先ほど浅いと言った崖だが、ヒトがよじ登ることができないくらいには急で、高い。先ほどまで救いであった空が、今ではあざ笑っているように見えるのは気のせいだろうか。

此処から脱出するためには、やはりよじ登れるよう場所を探すしかないだろう。つまりやることは変わらない。ただひたすら歩むのみ。

「よし!」

頬を叩き気合いを入れると、第一歩を踏み出す。

ズウン!!

地鳴りが辺りに響く。それと共に振動が辺りを揺らし、パラパラと崖の一部が崩れ落ちる。

「…?」
 
2歩3歩と歩を進めると、ズンズン! とまたもや地鳴りが響く。確かに勢いよく大地を踏みつけはしたが、自分はこんなに脚力が強かったのか?



…などという現実逃避はおいといて、自分は地鳴りの発生源である後ろを振り向いた。

「……ゴゴゴ」

そこにはロボットがいた。

立方体に顔、手足を取り付けたロボット。黒光りするメタリックなボディはいかにも固そうだ。

「…ゴレム」

また1つ思い出した。こいつはゴレムという名前だった…はず。しかし、自分の思い描いた姿とは若干差異がある。自分の中では、ゴレムと言えば(金属特有の重量はともかく)両手で抱えられるほどの大きさのはず。

しかし、目の前にいる奴は道を埋めつくさんばかりに巨大なのだ。言わば『ビッグゴレム』。


「ハ、ハロー?」

とりあえず意思の疎通を試みる。色々とアレだが、目覚めてから初めて出会った知的生命体…もとい知的ロボットなのだ。このチャンスを逃す手は無い。

「ワタシノコトバ、ワカリマスカ?」

「ゴ…ゴゴ!」

しかし相手はロボットだ。何を考えているのか分からない。今のは返答なのだろうか。

「ゴゴゴ! ゴゴゴガゴッ!!?」
「!?」

そうこうしている内に、ビッグゴレムの様子がおかしくなる。いや、元々おかしかったのかもしれない。

「$%+¥%&+%&&¥$¥+$!!!」

ビッグゴレムは明らかに異質な音を出し始めた。そして、丸い目は紅色に輝きだす。

「ああ、具合が悪いようなら自分はここで…」

自分はそう言いつつズリズリと後ずさりする。

「&$%¥!!」

ビッグゴレムの体が震え、節々からは煙が吹き始めた。『何かヤバイ』…誰が見てもそう思っただろう。自分は急いで回れ右、脱兎のごとく逃げ出した。

「ゴゴゴォーーーーーッ!!!」
「うわあぁぁぁァァァァァ!?」

ビッグゴレムは唸り声を挙げ、猛然と襲いかかってきた。崖をゴリゴリ削りながら迫ってくるその姿は、悪夢以外の何物でもない。

「グゴォォォ!!」
「ひゃあ!?」

ビッグゴレムが文字通りの『鉄拳』を振るう。大地を穿つ拳の衝撃は、数瞬前まで自分がいた場所にクレーターを生み出す。気を抜いた瞬間ミンチになってしまう、そんな死の鬼ごっこ。

「チクショウ、こんなわけのわからない所で自分が誰かも分からないまま死ねるか!」

自分は肩にかけたケースから弓矢を取り出し弓を引く。そして、勢いを殺さぬようにターン。どデカイ的へ向かって矢を放つ。矢は一直線にビッグゴレムへと飛んでいき……そして甲高い音を響かせて鋼鉄のボディに弾かれしまった。

「ゴギャアァァァ!」
「ですよねー!!」

無理だ! 弓矢であのデカブツ倒すの無理だ! だって鉄だもの、硬いもの!

いよいよ自分の心に絶望のカゲがさし始めた。道は相変わらず一直線に続いているし、崖の高さも大して変わらないし。…そういえば、息も苦しくなってきた。体力もさすがに限界らしい。

「…ちくしょう」

自分は、ボードゲームで言う『チェックメイト』にはまったのではないだろうか? 体力はすでに底が見え始め、ビッグゴレムを撃退する方法は無いに等しい。それにあの巨体だ。この先何らかの障害があっても奴は何なく破壊して追ってくるだろう。

もう、自分にできることなどほとんどない。できることといえば脚の動く限り逃げ続けることと、存在するかも分からない相手にみっともなく助けを請うことだけだ。

「だ、誰か助けてくれェェェ!」

まったく、我ながらみっともないと思う。しかしこのみっともない叫びも、誰にも聞かれることは無い。



「まかせて!」



………え?

声の聞こえた方向――崖の上を見る。そこには、桃色の髪をなびかせたヒトがいた。




~~~~~~~~~~
後書き

作者です。諸事情で半端なところで終わっています。
第2章ですが、4話ほどで終わります。



[19511] 第2話 そして青年は思い出す
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/07/25 23:45
「力を貸して…『金剛鬼』!」

女性は軽やかな声と共に、手に持つカードのようなものを天に掲げた。すると、女性の魔力がカードに注がれ、宙に独特の輝きを放つ光球が現れる。


……なぜだろうか、あの輝きになんだか懐かしいモノを感じる。かつて…記憶を失う前にあれを見たことがある、気がする。確かあれは。


「…召喚術」


光球――異世界へと繋がる門から大きな影が飛び出すのを、自分はビッグゴレムから逃走している間に見た。影は見る見るうちに大きくなっていく。自分とビッグゴレムの元に落下してきているからだ。

「うおおッ!?」

ズシィィィィィン! と重低音と衝撃を伴い、自分の背後に着地した影。振り向くと赤褐色の肉の壁が視界一面に映った。うまいこと自分とビッグゴレムとの間に落ちてきたらしい。

「こいつは…鬼か」

目の前にありすぎて気付くのが遅れたがこの肉の壁、上の方へと視線をずらしていくとビッグゴレムにも劣らない体躯をしたヒト型の生物だということが分かる。額にある角は、鬼の特徴だ…ったと思う。手には鉄でできた金棒を持ち、荒々しい印象を受けるその風格は、今の状況では非常にありがたい。

「…オォォォ」

大鬼――金剛鬼と言ったか、は手おもむろに金棒を振り上げると迫りくるビッグゴレムへと振るった。

「ゴガァァァ!!」

ゴギィッ! と金棒と鋼鉄装甲とがぶつかり合う音。崖と金剛鬼との隙間から見るに、金棒がビッグゴレムの頭部左側を破壊したようだ。装甲がひしゃげ割れているうえ、その隙間を見ると中の回路がショートするさまが見える。ビッグゴレムは大きくたじろいたが、しかたないことだろう。

だがまだ動けるようで、鋼鉄の両腕を金剛鬼に伸ばしてくる。ロボットのパワーは侮れない。あの大きな手で体を掴まれてしまえば、生身の体を握り潰されてしまう。

しかし金剛鬼も黙って見ているだけではない。彼らにとっては非常に狭いこの道では取り回しずらい金棒を手放し、自由になった手でもってビッグゴレムの腕を掴んだ。

「ゴゴォォォオ!!」
「ウォォォォオ!!」

巨体を誇る二体の力比べが始まった。ビッグゴレムは相手の体に掴みかからんとし、金剛鬼はそうはさせないと掴んだ手に渾身の力を込め、腕の侵攻を食い止める。

「オ…オオ」

最初のうちは拮抗していた両者だが、次第に金剛鬼がおされ始めている。やはりパワーとスタミナはロボットに軍配が上がるようだ。



「…このままじゃあ」

金剛鬼が危ない。助けなければ…とは思うが、体格から何から殆ど劣っている自分に今何ができるだろうか?

「クソッ!!」

今の自分には何もできない、という虚しい結論だけが頭の中にある。今の自分には『力』も『装備』も『時間』も足りない。何か1つでもあれば場を変えることは可能だろうが、無いモノはどうしようもない。

…だが、何もかも足りないこの状況でも自分は何かしたい。金剛鬼、ひいては彼を召喚した女性は自分を助けようとしているのだ。そんな『良いヒト達』を放っておいて自分だけ助かろうなんて考えは始めからなかった。


自分が捨て身の手段を取ろうとした矢先再び崖の上から、今度は男性の声が聞こえた。

「後は任せろ」

見ると、崖の上から何者か――おそらく声の主が跳び落ちてくるのが見える。男性的なやや大柄なシルエット。手に持っているのは大剣だろうか。

ビッグゴレムもそれに気付くが、ゴレムの腕は金剛鬼にがっしりと掴まれている。道も狭く、もはや奴にはどうする事もできなかった。

男性はビッグゴレムの頭に着地すると大剣を逆手に持ちかえた。狙いは、あらわになっている弱点。

「うおおオオォォォ!!!」

雄々しい叫びと共に振りかぶった大剣が、ビッグゴレムの装甲の割れ目に突き刺さる。ゴレム内の回路やら回線やらが破壊され火花が飛び散る。

「%&%#$%%$%&#$!!」

音声機能も破壊されたようで、何の法則もない音を発しながらガタガタと震え、目がチカチカ点灯している。

「ガ……………」

しばししてビッグゴレムの目から光が消え、活動も停止した。



こうして、自分が記憶を失くしてから初めて巻き込まれた災難は去ったのであった。




「………」

戦いの終わりを察知した金剛鬼はビッグゴレムの腕を離し、自前の金棒を手にすると淡い光に包まれ消えてしまった。元の世界に還ったのだろう。

そしてこの場に残ったのは記憶喪失の自分、ビッグゴレムだったモノ……そしてゴレムの頭上で大剣を引き抜いているオレンジ色をした髪の男性だけだった。純白の鎧を纏ったその姿は勇ましい印象を受ける。

「……ん」

男性は何かに気付くと、ビッグゴレムから飛び降りた。すると次の瞬間、ゴレムの体は白く輝き、頭から崩壊していった。先ほどの金剛鬼のように元の世界に還る、ということではなく完全なる消滅。

男が地面に着地した時、ゴレムの姿は霞のように消え去っていた。


なんとなく、生物の死とは異なるモノをビッグゴレムの消滅から感じた。あいつは一体なんだったのだろうか ?あんなのが他にもいるのだろうか?そう思うとこれからの事が非常に心配になる。


「おい、大丈夫か?」

「…! あ、大丈夫です助かりました」

ネガティブな思考にかまっていて、目の前の恩人を無視してしまっていた。

思えば、記憶喪失になってから初めて出会ったニンゲンだ。色々と聞きたいこともある…が、まずは相手の自己紹介を待とう。本来ならこちらが先に名乗るのがスジだが、生憎自分は記憶喪失、自己紹介も行えない。

男性はそれを察したのか右手を差し出しながら口を開いた。

「俺は」
「レオン~、さっきの声のヒト無事だった?」

男性の声を遮る絶妙なタイミングで崖上から聞こえた声。先ほど金剛鬼を召喚した女性のようだ。

「「………」」

体は動かさず、自分達は顔だけを崖上へと向ける。

「ねえレオンったら!」

桃色長髪の女性がこちらを覗きこんでいた。

「………」

無言。男性の中途半端に差し出された右腕が物悲しい。空気読んでくれよ…とまではさすがに思えないが、声をかけるのを数秒遅くしてほしかった。

「…とにかくありがとうございました、レオンさん」
「…ああ」

変な空気の中、自分は男性――レオンと握手を交わした。



「後、あっちの騒がしいのが『エイナ』だ」
「ねえ、何か今失礼なこと言わなかった?」
「…別に」

男女2人の微笑ましいやり取り。それを見た自分は、記憶喪失ながらも何とかやっていけるような気がした。



~~~~~



「つまりキミは記憶喪失で、此処がどこかもわからないまま当てもなく歩いていたところを魔物に襲われた…ということでいいのかな?」

「後、崖から落ちました」

何とかよじ登って崖の上。共に登ってきたレオンさんと崖の上にいたエイナさん、それともう1人、『ノヴァ』さんと言う白髪と真っ白な衣装を纏った男性に自分のこれまでのあらすじを語っている。しかし自分で言うのもなんだがアレすぎると思う。

「何というか…運が悪いな」
「そうだね、この世界に来てすぐはかなりキツイよ」

レオンさんとエイナさんが気の毒な人を見る目でこちらを見ている……ような気がする。いいさ、自分の運が悪いことはなんとなく感じていたさ。


「…あれ?」

自分はエイナさんの言葉に変な言い回しがあることに気付いた。

「『この世界に来てすぐ』ってのはおかしくありませんか? 記憶が曖昧で自信は無いですけど自分の常識は『簡単に世界を行き来することはできない』って言ってます」

エイナさんの言葉を鵜呑みにすると、自分は記憶喪失になる前に別の世界にいたことになる。そうか、世界を移動したショックで記憶を失くしてしまったのか。そう考えるとまだ納得できる……って、そんなわけないか。ニンゲンはそう簡単に異世界に行けるようにはできてないんだから。

「エイナ」
「ご、ごめん」

「……えぇ」

なんか言ってはならないことをポロリと言ってしまったみたいな感じになっている2人。異世界云々の真偽はともかく、何か他人には言ってはいけないモノがあるのだけは確かなようだ。


「キミの記憶喪失だけどね、ココじゃあそんなに珍しいことじゃないんだ」

エイナさんの失態を取り繕うように(あくまで主観)ノヴァさんが語りだす。

「初めはみんなそうなんだ」
「全員が?」
「そうだよ、レオンもエイナも…そしてボクも。この場所にやってくる者達は全員来る前の記憶のほとんどを失っている」
「なんでそんなことに」
「……残念だけど、ボク達はその問いに答えることはできない。なぜ記憶を失ったのか、己は何者なのか、この場所は一体どういった場所なのか…すべての問いの答えは自身の手で探さなければならない。それがこの場所でのルールなんだ」



「釈然としないなぁ」

ノヴァさんの言葉を聴いた自分はポツリと呟いた。釈然とはしないが、きっとそれが正しい事だということは理解できた。きっとこのヒト達は今までそうやって生きてきて、それはこの場所では正しい事なのだろう。世界にはいろんなルールや事情があるのだという事はなんとなくわかる。

「私やレオンみたいに答えを探す旅をしているヒトをこのせか…じゃなかった、ココでは『放浪者』って呼ぶの」
「ついでに言えば、放浪者の中でも長くココに存在し放浪者に助言を与える存在を『導き手』と呼ぶ。ノヴァもその1人だ」

全員が全員、この場所についての情報をはぐらかしながら無知の自分にモノを教えてくれている。隠し事をしているのは気になるが、親切を受けている立場なのでそんなことはあまり気にならない。

もっとも重要な問題はこれからどうするか、ということだ。

「自分はこれからどうしたらいいですかね」
「キミはどうしたい?」
「それは、この場所はさっきみたいな…魔物って言いましたっけ、あいつらがいるみたいですし、自分の装備は不十分ですから町か村がある所まで貴方達と一緒に行動できれば、とは思っています」

正直なところ、今度1人であんな奴に出会ったら生き残れる気がしない。

「私は別にかまわないよ。困った時はお互いさま!」
「放っておくのも気分が悪いからな」


「…あ、ありがとうございます」

2人のやさしさに、涙ぐみそうになってしまった。何というか、人にやさしい言葉をかけてもらったのはずいぶん久しぶりな気がする。どんだけ幸が薄かったんだろうか、記憶を失くす前の自分は。

涙ぐむ顔を見せたくなくて自分は手で顔を覆い、天を仰ぐ。空は相変わらず青いままだ。目覚めてからだいぶ時間が経っているはずだが……もしかしたらこの場所には夜が来ないのかもしれない。まあ、いまさらそんなことで驚きはしないが。



「…あれ?」
「はい?」

気が付くとエイナさんが自分の顔…いや、首のあたりを覗きこんでいる。

「ねえ、この傷どうしたの?」

エイナさんが首を指差しながら問う。

「傷ですか? 怪我はしていないと思ってたんだけどな」

ビッグゴレムに襲われはしたがダメージ自体は受けていない。もしかしたら崖を転がり落ちた時に岩にぶつけたか擦れたのだろうか。首を手でさすってみる。

「…? 特に何も感じませんけれど」

首のどこに触れても痛みは無いし、手に血が付着した感触も無い。

「え~、でも確かに…」
「見せてみろ」

自分の顎がレオンさんによって無理やり持ち上げられる。何かこそばゆい。

「…これは傷というより傷跡と言った方が正しいな。どっちにしてもさっきついたモノじゃない。何か心当たりは…あるはずないか」
「傷、傷跡かぁ」
「とりあえず、見てみる?」

エイナさんは女性の必需品『手鏡』を差し出してくれた。自分はその手鏡を手に取りまじまじと眺めてみる。

そう言えば自分の顔を見るのは初めてだ。鏡の中には黒髪の…何と言っていいか、特徴が無いのが特徴としか言いようの無い顔がバッチリ映し出されている。不幸な人生を歩んでいそうな顔つきだと一瞬思ったような気がするが気のせいだろう。

おっと、顔は今はどうでもいい。本題である首元を映し出す。

「これは…ヒドイ」

2人は傷跡のカタチについては触れなかったが、首には右から左へ一直線に走る細くて長い傷跡が、手鏡にはっきりと映っていた。しかしこれ、まるでナイフで掻っ切られたように見えるんだ……が………。

ズキッ、と頭が痛くなった。



―――キサマァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!



突然、見たこと無い女の怒号が頭の中で響く。そのあまりのやかましさに自分は頭を抱えてうずくまざるをえなかった。

「あ…あああ?!!」
「おい!」
「どうしたの!?」

2人の声が聞こえるような気がするが、返事をしている余裕はない。



―――まあ、2本持ってても不思議じゃない…か



「ハア、ハァ…ッ!」

今度は自分の声が聞こえたと思ったら、頭以外にも変調がおき始めた。体が寒い、それに呼吸もうまくできない!

「何だよ…これは」



―――何故だ! 何故私がキサマのような奴に負ける!?



「オマエは一体誰だああぁぁぁァァァ!!!」

全身の不快感を口から吐き出すように叫んだ言葉を最後に、自分は地面に倒れ込んだ。


「おい、しっかりしろ!」
「ノヴァ!」
「わかった」




「いや、もう大丈夫です」
「「「!?」」」

3人の心配をよそにひょっこりと立ち上がる自分。先ほどの頭痛、寒気、呼吸困難は薬を飲んで爆睡した後のごとく消え去ってしまっていた。

「それよりもノヴァさん、1つ確認したいことがあるのですが」

しかし消え去った症状の代わりに、自分は1つ重要なことを思い出した。

「何かな?」

「もしかしたら、自分の勘違いであなた達の気分を害してしまうかもしれませんが、聞いてください」

自分は深く深呼吸をしてから、いまだに半信半疑な自分の記憶について彼に尋ねた。



「この場所…いや、この世界に来る前に自分は『すでに死んでいます』。ココはいわゆる『死後の世界』、ですね」

思い出したモノ。それは『リィンバウム』という世界で、自分はあの女に殺されたという記憶だった。


「…驚いた、まさかここにきて数時間足らずで『世界の真実』の一端に気付くなんて。ボクも長く導き手をやってきたつもりだけど、キミみたいな子は初めてだよ」

「ということは、やっぱりそうなんですね」

ノヴァさんが無言で頷く。




「…また、メンドクサイ事になったなぁ」

自分は3人に聞こえないように呟いた。

もしかしたら自分は不幸の星の下に生まれたのかもしれない……そんなことを考えた。勘違いであってほしいと思うばかりである。





~おまけ 『What's your name?』~



「ところで、名前は思い出せたの?」
「ナマエ…ですか」
「ほら、さっき言ってたじゃない。『名前も覚えていない』って」
「生前のことを忘れている奴は多いが、名前まで忘れている奴はほとんどいないんだけどな」

「ちょっと待ってください…えっ~と」



   *



まだ自分の一人称が『僕』だった頃の話だ。

「うう…グスッ、ねえおとーさん」

「何だ息子よ、グズグズと泣きよって。『ファーマーは強くあれ』と教えたはずだぞ」

「近所の奴らに『変な名前だ』ってからかわれたんだよ! ねえおとーさん、なんで僕の名前を『チャーハン』なんて変なのにしたのさ」

「ふむ、そうだな。そろそろおまえにも聞かせていい頃か。……いいか、心して聞くんだぞ」

当時の僕の心中では親父のかもちだす神妙な雰囲気と、それに伴う期待とが混ざり合っていた。名前の由来にいったいどのような重要な経緯があったのか? 父の口から発せられる一言一句を聴き逃すまいと、神経をすべて耳に注いでいた。

「あれはお前が生まれる数年前、この村に『名も無き世界』出身だという旅の男が訪ねてきた。私は宿を探しているというその男を家に止めてやったわけだが…。その時! 一宿一飯の礼として我が家の野菜と米を使用して作られたのが『炒飯』だったわけだ」

「…え」

イヤな予感がした。

「私はその炒飯をスプーンですくい、口に放り込んだ。するとどうだ! 口の中に香ばしい米と野菜のハーモニーが広がるではないか! 筆舌に尽くしがたい感動が私の心をうちぬいたのを、今でも鮮明に覚えている」

「え?」

イヤな予感がしたと思ったが、すまんあれはウソだった。イヤな予感しかしない。

「まあその後は当然のように私と男は酒を酌み交わしたわけだが…。その時、私は男に誓ったのだ。『次に生れてくる子供にはこの料理と同じ名前をつける』…とな」



「…それで?」
「それだけだが」
「もっと他に何かないの?」
「何かとはなんだ」
「例えばさぁ、『炒飯のようなシンプルだが奥深いニンゲンになれ』みたいな言葉の奥に隠された意味だよ」
「特に無い」
「トクニナイ?」

「息子よ、お前に1つ良いことを教えてやる。…名前なんてなァ、『いんすぴれーしょん』で決めればいいのだ! 真に大切なのは名前ではなく中身だからな! ガッハッハァ!」



「……はは…ははははは」

父の笑いにつられて、思わず僕も笑ってしまう。もっとも、僕のは頬を引き攣らせた空笑いなのだが。

「はは…なんだよそれ。じゃあ僕はそんなしょーもない理由でつけられた名前背負ってこれからも生きていかなきゃいけないの? 村中から『変な名前の子』って変に有名になってるのも、そんなしょーもない経緯があったからってか?」


僕は体からにじみ出てくる憤怒の情を、硬く握った右拳に注いでいく。


「あはははははは………。フザケルナこのバカ親があああぁぁぁァァァァァ!!」

「…フン、酒も飲めんガキが私に敵うはずがないという事を教えてやろう! バカ息子!!」



   *



「ギャァァァァァアアアアアアア!!」
「ちょっと! ホントに大丈夫!?」
「瓶はヤダ! 酒瓶でぶたれるのだけはヤダァァァァァアアアアアア!!!」
「おい、戻ってこい!」

「ハハハ、変な子だなぁ」

「ノヴァ! 笑ってないで抑え込むの手伝ってよ!?」




…なんやかんやあって、結局名前は思い出せない(という事にした)ので自分は『名無し』という事でこの場はおさまったのであった。




~~~~~~~~~~
後書き改め補足

・ゲーム内では金剛鬼は敵にダメージを与えられません。
・主人公の生前の家庭は家庭内暴力などない明るい家庭です。



[19511] 第3話 小さき者たち その①
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/09/05 04:26
錯乱騒ぎから数時間ほど経って、自分達はとある村に到着していた。

本来ならまず装備を整えたい所だったが、残念ながらココには武器屋だの防具屋などといったモノは存在しなかった。あるのは木造家屋のみで、村というより集落といった方がニュアンスが正しいのかもしれない、そんな場所だった。

到着のち、以上のような理由があってこの村で小休止してからもっと大きな町へと向かう、という方針が自分達の中で決定した。もっとも、自分がその後どうするかは今だに未定なのだが。

自分は道すがら教えてもらったこの世界の実態と、自分の将来について整理するために、3人と一旦別れて村を散策する事にした。



まばらに並んだ家、あまり整備されていない道路。近くに森や川といった資源が存在するようだが、川はともかく森には魔物もいるだろう。それらの相手もしなければならない事を考えると、生活するだけで手一杯であろう事は想像に難くない。

「おい、魚釣り行こ~ぜ」
「うん!」

「アナタ、魔物にはくれぐれも気を付けて」
「…わかった。行ってくる」

…こんな場所でもヒトビトは懸命に生きようとしているようだ。魚釣りへと向かう少年、食料を求め森に向かう男達、家事に精を出す女性。ほんの少し散策しただけで様々な生活模様を見る事が出来る。どれもこれも、記憶を失くした自分が見ても『日常風景』と断言できるモノばかりだ。



「こうして見ると、ココが死後の世界だとは到底思えない…な」

よく考えれば『生きようとしている』というのはおかしな言い方だった。なぜならばこの世界に存在するニンゲンは全員ココとは違う世界で、すでに生を終えているのだから。



レオンさん、エイナさん、ノヴァさんの3人に聴いた話では、この世界には三種類の存在がいるらしい。

1つ目は『放浪者』。ココとは異なる世界で命を落とし、何らかの理由で転生の環から外れた魂。そんな彼(女)らの中でこの世界の真実に気付き、転生の塔を目指す事を決めた者達。
塔へ向かう最中には様々な試練が立ちはだかっており、放浪者はそれらを乗り越えることによって魂の輝きを増していき、転生たりえる存在とならなければいけない。
放浪者の中には転生する資格を持ちながらもあえてこの世界にとどまり、他の放浪者の助力となる者もいて、彼らは『導き手』と呼ばれている…が、広義的には放浪者と同じ存在なのでココに入れておく。

2つ目は『魔物』。自分を襲ってきたビッグゴレムなどが該当する。奴らはこの世界にやってきた者達の記憶が創りだした仮初の存在だ。生前の恐怖や悲愴の対象だったモノ、またはその記憶自体が、狭間の世界の特殊な環境によって具現化し誕生するらしい。
魔物はこの世界の試練の中でも最も困難なモノとして放浪者を苦しめている。この世界での『死』とは『魂の消滅』を表しているのだが、放浪者が死に至る原因の殆どが『魔物に殺されて』なのだそうだ。

3つ目は『定着せし者』…こんな存在がいる事に、自分は衝撃を隠せなかった。定着せし者とは、この世界の日常に埋もれてしまった者、放浪者なのに試練を放棄してしまった者などが行き着く存在。練磨を怠った者達の魂は知らず知らずのうちにこの世界に取り込まれ、魔力(マナ)となり消滅してしまう。そして後に残るのは世界の一部と化し、一定の行動を周期的に繰り返すだけの抜け殻のみ。この抜け殻を『定着せし者』と放浪者達は呼んでいるそうだ。
さらに驚くべきことは、この世界へと迷い込んだ魂の多くが定着せし者となってしまうということだ。世界の真実に気付く事が出来なかった者、気付いたとしても試練を拒んでしまう者は意外と多いらしい。きっと先ほど見たヒト達の中にも、定着せし者が紛れ込んでるに違いない。

……まあ、彼らの気持ちも解らなくは無い。誰だって痛く苦しい事は避けたいと思って当然だ。オソロシイ思いをして死ぬのならいっそ、日常の中で次第に消えていく方がいい、という考えも間違ってはいないだろう。



「『キミはこれからどうするんだい?』……かぁ」

以上を踏まえ、道中『導き手』ノヴァから尋ねられた問いについて考える。『これから』というのはこの世界で何を目的をするか、という意味である。放浪者として試練に挑むのか、定着せし者となるのか……この2つのどちらを選ぶべきなのか?

大前提として自分は定着せし者にはなりたくない。自分という存在が無くなる事に恐怖を感じるのはニンゲンとして当然の思考だ。それに最悪魔物に殺されたとしても、魂の消滅という結果に繋がるという意味では定着せし者と変わらない。ならば自分は、少しでも未来の可能性がある方を選びたい。

とすると『放浪者』となるのが一番良い……はずなのだが、自分はそれを完全に肯定する
事が出来ない。

「本当にそれでいいのか?」

心から溢れた疑問が口から漏れ出す。

「自分は本当に『転生したい』と思っているのか? 『転生しなければいけない』と思いこんでいるだけじゃないのか?」

ノヴァさんが言うには、できる事なら定着せし者となる魂はあまり出したくない、とのこと。それはもちろん彼の道徳的な考えに基づくものでもあるが、他にもう1つ、この世界の存亡にかかわる事情も関わっている。

事情…それは定着せし者が増えると、魔物も同様に増えるという事だ。原理はよくわからないが定着せし者になったり、魔物に殺されたりして魂が消滅がするのが魔物の発生条件の1つとなっているらしい。
定着せし者が増えると魔物が増える。魔物が増えるとそれらに殺される放浪者、または放浪者になるのを拒む者達が増える。そしてまた魔物が増える…という悪循環がこの世界には存在し、それを解消するのが導き手の至上命題なのだとか。

転生を望む者の助力となるべく存在している導き手であるノヴァは、「転生してほしい」とは絶対に言わない。それがイニシエから続く導き手の掟だから。しかし、転生できない者達が増えるのを快くは思っていないのは確かだろう。

「転生を目指さない事は、この世界に存在する者達にとって迷惑極まりない。だから、転生は『必ず目指さなければいけない』と、自分は思いこんでいる………かもしれない」

断言はできない。なぜならこの世界で目覚めてからそんなに時間が経っておらず、自分自身の事ですらよくわからないからだ。しかし『しなければいけない』などという甘っちょろい考えではこの先魔物に殺されてしまうだろう事は確信している。ココはそういう、ある種自然界よりも厳しい場所なのだ。



「自分はなぜ転生したいのか?」

この問いに対する答えを見つけない限り、転生など夢のまた夢なのだろう。

「まずはそこから、だよな」

自分はこの世界の事も、自分自身の事もまだよくわかっていない。ならば、決断を下すのはそれらを知ってからでも遅くは無いだろう。

自分は両頬をパチンと叩いて気合いを入れると、ポケットからエイナさんに借りた『あるモノ』を取り出した。

「これが、自分を思い出すキッカケになればいいんだけど」

これが生前の自分にどうかかわっているのかは解らない。しかし、あの懐かしい感覚を信じてみたい。

「やり方はエイナさんに聴いたし、それほど危険なものじゃあないっていうから、まあ何とかなるだろ」

しかし万が一の事も考えて村の端っこでやった方がいいかな? と思い、移動を開始する。たしか川もあって綺麗だったし……うん、そこにしよう。




しかし楽観的な思考をする自分の頭は、とっても大事な事を忘れていた。いや、認めたくなかったのかもしれない。自分がとんでもない不幸体質だという事を。



~~~~~



この世界に迷い込み世界の真実の一端を知った時、真っ先に思い浮かんだ疑問がある。『なぜ魂だけの存在となり果てた自分がヒトの、おそらく生前の姿のままでいるのか? 肉体は元の世界に置いてきたのではないのか?』と。
その答えはこうだ。『それは魂の外層、魂殻(シェル)が生前の姿を模しているから』。おそらく、魂に最も負荷がかからないのが生前の姿という事なのだろう。世界の法則はよくできているなぁ、と素直に感心してしまった。

さて、前置きはこのくらいにして本題に入ろう。このシェル、元は魂の一部分なだけはあってスガタカタチに若干融通がきく。しかし、自在に姿を変えられるというわけではなく、ある一定の条件下であれば姿を変えられるのだ。そしてその条件とは『ある召喚術を使用する事』である。

ココまで言えば、なんでこんな説明をしているのかわかるだろう。



「な、な……!」

自分は清流を川岸から覗きこんでいる。水面は光を乱反射し宝石を散りばめたようにキラキラと輝いている。

…いや、今はそれはどうでもいい。問題は今水面に映っている像だ。ムカつくくらい青い空を背景に描かれた姿。それは黒髪で、特徴がないのが特徴の不幸そうな面をした青年の姿では無かった。

ぷにぷにした肌、そしてそれをうっすらと覆う茶色の毛、パッチリした2つの目、小さい手とは対照的に大きく発達した耳たぶ、そして尻尾。体長はニンゲンの足から膝ほどまでも到底無い、猫に似た小動物。『プニム』…と、知っているヒトは言うだろう。



「なんじゃあこりゃああぁぁぁ!?!!」



そう。それが今の自分の姿だった。



「う…うろたえるんじゃあない! ファーマーはうろたえたりなんかしないッ!」

口はそう言うが頭はパニックである。『召喚術で召喚獣を呼び出そうとしたら自分が召喚獣になっていた』のであるから頭がどうにかなりそうなのは仕方ないことだが。

「お、落ち着いて最初から工程を思い出すんだ。ま、まずはエイナさんから貸してもらったカード! これはショ、召喚術を使用するために必要なモノで、召喚獣のシ、真命の一部が記されている! 真命が記されたカードをすべて集める事によってハジメテ1体の召喚獣が呼べるようになるらしい! で、このカード達にはそれぞれ『プ』『ニ』『ム』と記されている! よって、カードには何の問題も無いィ!」

「次に使用方法! これは別に高度な技術が必要なわけではない! 『魔力を流し、異界への門を開く』、それだけ! よって何も問題ない! ハズ!」

あれ、何の問題も無いじゃあないか。なあんだ、混乱して損した……って。

「じゃあ何でこんな事になってるんだよ!」

小さくなった手で頭を抱える。何一つ事態が好転しないではないか。グググ…と唸り声を挙げてみるが、それに何の意味があるだろうか?


「なんで自分はいつもいつもこんな感じなんだよぉ…」

がっくりと肩を落として項垂れる自分。ココまでわけのわからない事態が続くと、この先やっていける自信が無くなるどころの問題ではない。

「……きっと自分は『界の意思(エルゴ)』とやらに嫌われてるんだ。いつか文句言ってやる」

責任転嫁である。もう誰かのせいにでもしないとやってられないのだ。



「マスター、あそこに不幸のどん底を味わっていそうな小動物がいます」
「ああ、そんな感じだな」
「撃ちますか?」
「引導を渡すようマネはやめとけ」
「……チッ」



「ひでぇ……とにかくひでぇ」

通りすがりのヒト達にまで同情された。目から頬へ液体が滴り落ちて行くのを感じる。

「ああ、川の水面がとっても美しいなぁ……」

現実逃避である。もう転生とかそんな事はどうでもいいや!



~~~~~



「ハア…」

それから30分ほど過ぎた頃である。ようやく調子が戻ってきた…というよりはこんな事をしても無駄だと悟った。

「3人の所へ戻ろう」

彼らに会えば何とかなるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて立ち上がる。

「…ん?」

その時、さらさらと流れていた川に1つの波紋が走った。なんだろう?自分は川をもう一度覗きこんだ。




だがそれがいけなかった。




「エサだあぁぁぁァ!!!」

波紋の中心から盛大に水飛沫をあげて巨大魚が飛び出してきた。ギザギザ歯のついた口の中を見せびらかしながらこちらへと迫ってくる。

「………は?」

状況が判断できない内に自分は巨大魚にパクリと咥えられ、水中に引きずり込まれてしまった。



[19511] 第3話 小さき者たち その②
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/09/20 00:29
「…ぷはぁ」

水の中から頭のみ出し、キョロキョロと辺りを窺う。どうやらダイブしてからだいぶ下流へと流されてしまったようだ。村は影もカタチも無く、川の周りにはうっそうと木々が茂っている。自分の体長が小さいせいもあってか、自分には巨木が乱立する大樹海にしか見えない。

自分は辺りを警戒しながら川岸を目指す。

「…お……あれ?」

水面と地上の間にある、普段ならなんて事は無くよじ登れる段差。そんなモノに苦戦してしまう…腹出しい。

「ヨッコイショ…っと」

何とか岸へと這い上がった自分は体を震わせる。纏わりつく水気がうっとうしくて仕方がないのだ。いつもなら服を脱げば幾分ましになるんだがそうもいかない。

「不便なんだよこのカラダ…」

水の滴る自分の体毛にうんざりしながら、自分は天におわすであろうエルゴに向かって、力の限り叫んだ。


「ドチクショウがあぁぁぁァァア!!!」


悪いのは自分じゃない、エルゴの方だ!! という清々しいまでの八つ当たりをしない事にはやっていけない、それが巨大魚との水中デスマッチに強制参加させられた今の自分の心境である。
なにせ『慣れない』『小さい』『息できない』という3つのハンデまであったのだから、肉体的な方はともかく精神的な疲労はかなりのものだった。

「いや、そもそもこいつが悪い!」

今度は川の方に向き直ると、大きく垂れ下がった自身の耳を水中に突っ込む。

この体…『プニム』の最大の特徴はプ二プ二した体…ではなく、手のように発達した耳だ。平べったく縦に長いソレの先は5つに枝分かれしており、ニンゲンの腕のように動かす事が可能である。尤もあくまで耳なので骨は無い、なので鞭のようにしならせて使用するのが良いようだが。

「んぎぎ……!」

耳に力を込める…という行為は人間の体ではめったにしない。そのため未だぎこちないが、使えない事は無い。

「どっせえぇぇェい!」

決して可愛らしい小動物が言わないであろう掛け声と共に、渾身の力を込めて水中の憎きアンチクショウを引っ張り上げる。

「オラアァァァ!!」

水中から飛沫と共に躍り出たソイツ。決して愛くるしい小動物が口に出す事は無い叫びと共に自分はその巨大魚を地面に思いっきり叩きつけた!

ビタン! と爽快な効果音を発して巨大魚が陸地に打ち上げられる。もはや『まな板の上のナントヤラ』だ。

「グウゥッ! ハア…ハア…まさか、『鋸歯』の異名を持つ俺様…がプニムなんぞに敗北するとは……グハアッ!?」
「人語を喋るな気持ち悪い」

大物ぶってきた巨大魚の腹に右ブロー。お前を食す時に「そういえばこいつこんな事言ってたよな」ってな感じで変な気持ちになったらどうするんだ。

「俺様を倒したところで第2、第3の兄弟がお前を…きっと……………」

意味深な言葉を残し、巨大魚はゆっくりと息を引き取った。……エラ呼吸だけど。

「逝ったか」


―――お前の兄弟、体が元に戻ったら根絶やしにしてやるから安心しろよ。


心でそんな感じの慈悲の言葉を唱えて自分は彼の冥福を祈った。



~~~~~



「さて、冗談はこれくらいにしておいて」

巨大魚の兄弟を根絶やしにするなんて事は現実的ではない。魚の兄弟なんて見分けつくわけが無いし。それに魚は1回の産卵で数百から数千、多いモノだと3億くらいの卵を産むのだ。とてもじゃないが採りきれない。まあ、受精しなかったり外敵に食べられたりして実際に誕生し成長するモノはかなり少ないのだが……いや待てよ。生前の世界の常識をこの世界に当てはめていいものだろうか? 食料となる動植物はどこからやってきているんだ? この魚が魔物じゃあ無い事は確かだ。魔物は死んだらぶわぁ~って感じで霧散するし………。

ホント、この世界はよくわからない。あちらこちらに疑問の種が溢れている。学の無い自分があれこれ考えても仕方のない事は理解しているが、気にはなる。

「…いやいや、今はそんな場合では無いだろう」

そう、問題はこれからどうするかである。とは言っても、村に戻るだけならば至極簡単。上流へとただただ歩いていけばいい。小さい体と短い足ではかなりの時間が掛かるだろうが、それは問題では無い。地面に倒れ伏す巨大魚にちらりと目をやる。今最も重要な問題はたった1つ。


「…やっぱり生はマズイかな」

『巨大魚をどう調理するか』である。他人からしたら「くだらねー」と笑うかもしれないが、自分が採った魚はやはり自分で処理したい。

ファーマーは生物を育み、生物と共に生き、時には殺していく…そんな職業だ。そうやって多くの命の元成り立ってる職業であるからこそ『命』を尊重して生きていかなければならない。かつて、自分は誰かにそう教わった……ような気がする。

というか自分は生前ファーマーだったのか? ……しかし何か違う気がする。もっとこう、生前はドロドロした環境にいたような…? 自分の事を思い出すのにはまだ時間がかかりそうだ。


…話がそれた。


そう、魚の調理方法である。新鮮なまま生で……というのが個人的には一番美味しい食べ方だと思うのだが、寄生虫が恐い。とすると焼くか煮るかになるわけだが、鍋が無い事には煮れない。火ならばどうとでもなるので、やっぱり焼くか。



………ん?

「誰だ!」

川の反対側、大樹海でガサリと何かがうごめく気配を感じた。…返事は無い。

慎重に、木々の間を見渡す。生物の姿は見えない。少なくてもニンゲン以上の大きさの生物はいなさそうだ。しかし油断は禁物。油断するとどうなるかはすでに経験済みだ。

このまま森の中に踏み込むか? 森の中なら負ける気がしない、なんとなく。

…いや、相手の目的、戦力が解らない以上はうかつに攻めるのはマズイ。デスマッチの疲労もある。今のところは『逃げるが勝ち』と言ったところか。自分は戦利品である巨大魚を持って逃げるべく振り返った。

「あ」
「あ?」

すると目が合った。プニムである。自分の事ではない。1匹のプニム――しかも珍しい純白の毛並、が魚の尾びれを掴んでいる。

これは…そう、あれだ。完全に窃盗の現行犯だ。

「…くっ!」

そう結論を下した自分の行動は速かった。ファーマーは寛大だが、窃盗犯には容赦しない。それが例え可愛らしい小動物であってもだ。

瞬時に地を蹴り、白プニムとの距離を詰める。そして右耳をギュッと握りしめ、相手の鳩尾に狙いを定める。

「オラアァッ!!」
「……!」

耳のしなりも加えた渾身の右ストレート! 完全に決まった…と思ったのだが。

「ふん、だ」
「何!?」

白プニムは器用に耳で大地を掴み、パンチを受けてなおその場に踏みとどまった。

いや、それは別にいい。問題は今の攻撃が全くこたえていないという事だ。

おかしい! この体、つまりプニムの体は小さくはあるが、発達した両耳の力はニンゲンとさして変わらないはず! 相応のダメージがあって然るべき「おりゃ!」しまった!

「グッ!?」

今度は白プニムのアッパーが自分の顎に炸裂。自分の体は仰け反りながら少し宙を舞い、背中を地面にしたたか打ち付けた。

「あてっ……あれ?」

変だ。思ったよりダメージが無い。ニンゲンなら今のでノックアウトされててもおかしくは無いのだが。


……まてよ? 『ニンゲンなら』か、そうか。

自分は即座に立ちあがり、相手を睨みつける。

「…理解した。プニムの体はあまりにプニプニしているから物理的なダメージが軽減されてしまうのか。巨大魚相手の時は必死だったから気付かなかった」

それに、プニムには相手の魔力やら精神力やらを削り取る不思議な力がある…という事を前世で学んだような気がする。

つまりだ。プニムVSプニムというこの戦いにおいて最も重要なのは『精神力』…言ってしまえば『気合い』だ。いかに多くの拳をぶちかませるか、先に心を折るか! それにかかっている!



………きっと!!



「いいか」

根拠の無い自信を胸に、再び白プニムへと駆け出す。そして大きく息を吸い、気合いの一言。

「その魚は…自分の物なんだよおぉぉォォォ!!」

両耳で振りかぶって迫ると、白プニムも自分に呼応するかのように叫ぶ。

「ぼくだって…負けられないんだあぁぁァァァ!!」


「「うおおおぉぉぉぉぉォォォォォォオオ!!!」」

プニムとプニム…2匹の野獣の咆哮が森の木々を震わせる。かたやプライドを、かたや大切なモノを守るために。渾身の力を耳の拳に込め、双眸で相手を見つめ、駆ける。

バヂィン! と苛烈な音を響かせて、互いの拳が互いの頬を撃ち抜いた。『クロスカウンター』…と知る人は言うだろう。

ニンゲン同士の戦いならば必殺となりうるこの技も、獣同士の決闘では決定打にすらなりはしない。2匹はニヤリと笑い、再び拳を振るった。

「まだまだァ!」
「てやああッ!」

2対の拳が舞い、互いの肉体を叩く。生々しい音を気にもせず2匹は攻撃を続ける。すべては相手を倒すため。


彼らの闘いは…まだ始まったばかりだ。








しかし、傍から見ればじゃれ合いにしか見えないのはナイショだ。



~~~~~



「ゼイ…ゼイ…」
「ハア…ハア…」

あれからどのくらい経っただろうか。10分か、30分か…あるいは1時間か。お互いの体力と精神力はすでに限界に近付いていた。地面に手をつかなければ経つ事すらままならない。それは白プニムも同じだろう。

…だというのに、自分の心には爽快な風が吹き込んでいた。互いの意地をぶつけ合って闘うのなどいつぶりだろうか? 少なくともこの世界に来てからは無かった。ビックゴレムに追い回され、巨大魚に引きずり込まれ…命を賭けた戦いに否応無しに巻き込まれてばかりだった。

つまるところ、自分はこの戦いに満足していた。そして、白プニムの事を気に入っていた。『負けてもいいや』…と思うほどに。

「なあ…もう止めないか」
「…え?」
「お前も引かない、自分も引かない…このままじゃあ共倒れだ。…魚の鮮度も悪くなるし」
「…むぅ」
「自分は別に魚を独り占めして食べたいわけじゃない。命を無駄にしたくない、自分が殺したアイツの末路を最後まで見届けてやりたいだけだ。お前が良いなら、半分こして食べようじゃないか……まあ、1匹当たりの量は減るけどさ」

そう言うと、白プニムはうつむいて何かを考えだした。そして、申し訳なさそうに口を開いた。

「…だめ」
「何故?」
「だって、ぼくには仲間がいるし……だから」

そう言ってモジモジし出す白プニムを見て、自分は安堵のため息を吐いた。

「それじゃあ、その仲間全員にも分けよう。自分はそんなに量はいらない」

そう言うと、期待と不安の混じった表情をしながら白プニムは「ホント!?」と尋ねた。自分はそれに大きく頷き、「ファーマーに二言は無い」と答えた。

すると白プニムは満開の花のような笑顔を浮かべ、仲間を呼んだ。

「みんな、ごはんだよ!」


「…ごはん?」

その呼びかけに森の中からおずおずと別のプニムが2匹ほど現れた。毛の色は標準的な紫と白。口周りと首周りそして尻尾の先だけ白く、後は紫だ。

「そうだよ、この魚!」

そう言って白プニムが魚を指差すと、2匹は顔をほころばせた。

「…あ!」
「ひッ!?」
「…?」

が、自分の顔を見るや否や物陰に隠れてしまった。…さっきの殴り合いで顔が腫れてしまって酷い事になってるのか? …とも思ったがそうではないようだ。

「もう…ホラ、運ぶよ!」

白プニムが急かすと2匹はビクビクしながら魚に駆け寄り、魚を持ち上げた。

一体何にそんな怯えているんだろうか? …というか。

「運ぶ?」

その言葉の真意が理解できず、白プニムの方を向く。すると彼は言った。

「行こう、ぼく達の村に招待する」

「村?」

イヤな予感がした。

「あのさ、その村にはまさか…」
「うん。仲間がいっぱいいる」
「あ~…そうですか」

今度は別の意味でため息を吐かざるを得なかった。

「あの…やっぱりダメだった?」
「いや、ファーマーに二言は無い。量が限りなく少なくなる事は別にいいんだ…ただ」
「ただ?」

なんとなく、この後に自分に起こる不幸に予想がつく。……それが何よりイヤだった。




その時、自分の腹の虫が小さく鳴いた。…魂だけの存在にも食事は必要らしい。




~~~~~~~~~~

補足

・この話の元ネタは『やなにおい』と言われレオン涙目(?)…のアレです。ただし、あの場所とは異なる場所です。

・オリジナルキャラの一人称について

主人公
少年期・『僕』
軍人期・『自分』(カタチから入るタイプなため矯正した)

白プニム
『ぼく』

ローラ(聖母プラーマ)・ポワソ・シュナイダー(テテ)・なし。(人語を話さない、または話す予定が無いため)


『ぼく』呼びが複数いたので一応のまとめ。たまに間違うかも?



[19511] 第3話 小さき者たち その③
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/10/07 01:08
白プニムと2匹の後を追って森に入る事数十分。巨大な木々(体が小さいためそう見えるだけだが)を横目に見ながらついて行くと、自分達は断崖絶壁がそびえ立つ場所に辿り着いた。

「崖…かぁ」
「どうした?」
「いや、何でも」

正直なところ、生前も死後も崖にはイヤな印象しかない。が、今そんな事は関係ない。

「それより…ココが村?」
「ふふん、見てて」

白プニムは得意げに鼻を鳴らすと、おもむろに崖の根元に生えている草を掻き分け始める。すると、数秒もしない内に、ぽっかりと空いた穴が出現した。あまり大きいとは言えないが、プニムや…例の巨大魚くらいは通れそうだ。

「なるほど……この先に村があるわけか」
「そういうこと」

白プニムがそう言うや否や、巨大魚を運ぶ他の2匹が穴へと進んでいく。

「なんか村というよりは隠れ家といった感じだな…想像してたのと違う」

自分的には、幻獣界メイトルパ出身の生物(もちろんプニムも含まれる)は自然の中で伸び伸びと開放的に暮らしている…というイメージがあった。そりゃあ弱肉強食の世界ではあるが、少しばかり警戒のしすぎではないだろうか。

「まあね。多くは無いけど、この森にも魔物はいるから」
「ふぅん、なるほど」
「……それに、ぼく達はこういう場所じゃないと安心して暮らせないんだ」
「ん? どういう事だ?」
「あ…。ううん、何でも無い」

そう言って白プニムはそそくさと穴の中へと消えて行った。



…今のはどういう意味だろう。一見聞き流しても問題ない台詞だが、何かが引っ掛かる。

「それに、何か…」

つらそうな顔してたな…と思った。

しかし疑問には思うが、自分は簡単に正解に辿り着くほど頭脳明晰なわけではない。とにかく白プニムの後を追う。



……あ、入口はちゃんと隠しておこう。



~~~~~



真っ暗な一本道の洞窟を進む。そのうち、自分には疑問が浮かんできていた。いや、好奇心と言った方が正しい。せっかくだから前方の白プニムに尋ねてみようか。

「なあ、その村っていうのはどんな所なんだ?」
「良いところだよ。住みやすいし、魔物もそう簡単にはやってこれないし、何より仲間がいっぱいいるんだ」
「仲間がたくさん…か。良い事じゃないか」

レオンさん、エイナさん、そしてノヴァさんは『仲間』と言うよりも『恩人』といった感じである。だから今、自分には仲間と言える奴は存在しないのだろう。だから少し、白プニムの事が羨ましくなった。


生前の自分にも仲間はいたのだろうか? 生まれ変わったらまた会えるのかな。…我ながら甘っちょろいが、そんな事を考えた。


「うん。この世界に来た時、ぼくの周りにはニンゲンしかいなかったから……。仲間と出会えたって事は、ぼくは運が良かった方なんだろうな」
「そうか、自分とは大違いだな。自分なんか大草原で魔物と追い駆けっこしてたぞ」
「よくやられなかったね」
「ホントだよ……って『この世界』?」

ココでそんな言い回しをするのは……まさか。

「もしかしてお前、『放浪者』なのか?」
「え?」

キョトンとする白プニム。少し考えた後、彼は口を開いた。

「…まあ、ぼくもニンゲンが言うところの『ほーろーしゃ』、かな」
「ああ、やっぱり!」

自分はこの世界にやってきてから何度目になるか分からない、驚愕の表情を浮かべた。そうなのか。忌々しい巨大魚に出会ってから疑問には感じていたが、白プニムの『この世界』という言い方からしてまさか、と思い聞いてみたがどうやら当たりのようだ。

「……この世界にはニンゲン以外の魂も迷い込んでくるのか」

白プニムに聞こえないような小さい声で、ポツリと呟いた。

よくよく考えると当然と言えば当然である。自然界において、ニンゲンだけが特別な存在なわけが無い。そりゃあ他の生物(召喚獣を除く)と比べて知能が発達しているのと、『召喚術』の力によって独自の文化を生み出している(と、あやふやな記憶が言っている)。しかし『1つの生命』という観点では、猫や鳥とさして変わらないはずである。ならば魂も同様の事が言え、ニンゲンの魂が迷い込む世界なら、他の生物の魂が迷い込んでも不思議ではない…きっと、そう言う事だろう。

「おい、どうした?」
「え…あ、イヤ何でも」

急に立ち止まった自分を心配して白プニムが顔を覗き込んできていた。

「何でもないならいいけど。…というかおまえ、なんか変なやつだな」
「ははは。よく言われるよ」
「……むぅ」

白プニムが疑いのまなざしでこちらを見ている。まずい…かもしれない。向こうは純正のプニム。そしてこちらはプニムもどき。


……とりあえず、自分が『プニムの姿になっているニンゲンである』という事は伏せておこう。別にやましい気持ちは無いが、説明が面倒くさそうだ。


「……」

しかし未だにジト~ッとした目つきで見てくる白プニム。マズイ、もしかして気付いたのか?

「なあ、おまえって」
「あれもしかして出口じゃないか!?」

どうしたものかと右往左往していた目が、道の先の光をとらえたのをこれ幸いとし、白プニムの言葉を封殺した。

「よっし、急ぐぞ白いの!」
「白いのって…おいバカ、押すなぁ!」

白プニムの苦言もなんのその。急かすように白プニムの背中を押して前進する。

「それにまだ話は」
「何か冒険みたいで楽しいなぁこういうの!」
「きいてよ!」

白プニムにとってはなじみ深いだろうが、自分にとっては初めて訪れる村。真っ暗な洞窟という冒険心をくすぐるシチュエーションのせいもあってか、演技でも何でもなく自分の心は有頂天だ。

「行くぜ白いのオオォッ!」
「うわああっ!? バカだ、こいつバカだああっ!」

何か叫んでいる白プニムを強引に押してガンガン進む。次第に強さを増していく光がまるで自分を誘っているようだ。ますます村に対する期待が高まる。

きっと出口の向こう側にあるという村は10人が10人、『すばらしい』と思わず言ってしまう村に違いない。そんな予感がした。




………あれ、これってもしかして全く逆の事が起こる前兆?




出口から飛び出し全身が光に包まれた時……自分はついそんな事を考えて、気分が萎えてしまった。同時に、周りに対する注意も散漫になった。

「あ」
「きゃっ!?」

その結果、絶妙な力配分によって保たれていた自分と白プニムとのバランスは崩壊し、1人と1匹はもみくちゃになって大地を転がった。

「「わああああッ!!」」

しばしの絶叫、そして当然のように地面に顔面をしたたか打ち付ける自分。プニプニとしたボディのおかげで痛くは無い。痛くは無いがマヌケである。

「くっそ…」

頭を上げて顔についた土を払う。…土の味がする。土は口の中にまで入り込んだらしい。『全くツイてない』なんて事を考えながら辺りの様子を窺う。一緒に転げ回った白プニムは?


「…きゅ~」

いた。目を回して倒れている。まあ目立った外傷は無いし、気絶しているだけのようだから大丈夫だろう。

「あ~、まだ目が慣れない」

先ほどまで暗闇を歩いてきただけあって、外の日差しはかなり眩しい。できるだけ早く『村』とやらを拝みたいのだが、今はごく近くしか見る事が出来ない。

白プニムから聞いた『いいところ』という前評判による期待と『不幸体質ゆえのネガティブな予感』による不安。相反する感情が渦巻いて心がはやる。しかし眩しくてどちらが正しいのか解らない。なんという生殺し。

自分はハア、とため息を吐いた。

「まあでも解ってますよ、どうせたいしたことないんでしょう、どうせ」

そんな中、圧倒的優位なのが不安である。今に至るまで様々な期待はことごとく粉砕されてきているのだ。そりゃあ、レオンさんやエイナさんに助けてもらえたのは良かったが、その他は散々である。
何も無い大草原に1人たたずみ、6時間無駄に歩かされ、ビッグゴレムという無茶な相手と追いかけっこ。その後助かったと思ったら体がプニム化して、巨大魚に捕食されかける……しかもそれらの出来事が(この世界に日にちという概念はなさそうだが)半日以内に起こっているのだ。卑屈になってもおかしくない、というかなってもいいよね? 自分で言ってて泣けてきたもの。

自分には都合良い幸運なんてやってくるはずが無い。ならば期待を限りなく小さくして、不幸のインパクトを軽減するしかないじゃないか。

「よしッ」

目はもう十分に慣れた。決意を固め、地面ばかり見ていた視線を持ち上げる。さあ、どんなヤバイ環境であっても耐えきってみせるぞ!

そして、自分は初めてプニムの村、その光景を目撃した。




「これは……!」

今、自分がみている光景が現実だとはとても信じられない。寝転んだらとても気持ちいいだろう芝生、咲き乱れる花と運ばれてくる香しい風。光を反射し煌く綺麗な池、青々とした葉を生やす木々と植物達。自生する木を利用した滑り台のような遊具や、集会場のようなところまである。

「何だ、何なんだ!?」

今度は村の外周に目を向ける。外周は小高い岩石の崖に囲まれている。おそらく上からなら、地面から円柱を抉り取ったような地形を見る事が出来るだろう。魔獣から身を守る、という観点ではこの地形は完璧だ。崖の高さを見るに上からの侵入はほぼ不可能だし、硬い岩石を掘って…という事も出来ないだろう。
そして崖に囲まれているといっても圧迫感は感じられず、空に向かって解放的、爽快感すら感じるほどだ。この場所でならあれほど憎たらしかった青空がやさしく微笑みかけているようにすら錯覚してしまう。あ、 向こうには滝があるじゃあないか! いいなあ、滝には心を落ち着かせる何かがあるんだよなぁ!

「なんだ! この楽しそうな場所は!?」

プニムの村は自分の期待を大きく裏切った。もちろん良い方にである。こんな素敵な場所はこの世界に来て初めてだ。いや、生前でもこれほどの場所はそうそう無かったに違いない。ついつい年甲斐も無く(推定20代前半)大ハシャギするのもしょうがない事だろう。

「すごいなあ、いろいろ見て回りたいなぁ」

喜びの感情が振り切れて、『町にやってきたサーカスを見に来たバカガキ』のように手がつけられないほど暴走しかかっている。「この感情の高ぶりを誰かに伝えたい」…そう思った自分が矛先を向けたのは、意識を取り戻しかけている白プニムだった。

「ん……、あ」
「おい白いの、白いの! すごいなお前んとこの村は! もうすばらしいとしか言いようが無いよ!」
「そう、それはよかった。ところで、1ついいかな?」
「え?」

瞬間、自分の中の高揚感は霧散し、ゾワリと全身の毛が逆立った。自分の心、魂が言っている……『これはマズイ』と。

「1回、おまえをなぐっても……いい?」

そう言って白プニムは右耳の拳を硬く、それはもう硬く握りしめた。

「ああ…やっぱり、さっきの事怒ってる?」

相手の返答はわかっている。自分がハシャイだのが原因だって事も理解している。これはもう粛々と受け入れるしかない。

「当たり前だあああああアアアアアァァァァァ!!!」



自分は空を飛んだ。



~~~~~



「すいませんでした」
「…まったく」

ややあって、自分は白プニムに頭を下げていた。しかもただ頭を下げているわけではない。地面に膝をついて前傾姿勢、両手を地につけて体を支える。そしてそこから地面スレスレになるまで頭を下げる。

これこそ鬼妖界シルターンに古くから伝わる処世術『ドゲザ』。これをすれば大概の事は許してもらえる半面、使用者のプライドを勘ぐり捨てなければならないという諸刃の剣だ。……というか自分はなんでこんなことばっかり知っているのだろうか?

「ほんとに反省してるの?」
「自分でもはしゃぎ過ぎたと思ってます」

地面に額をこすりつけながら反省の意を示す。どうやら自分はあまりにも不幸との遭遇率が高いために、ちょっと良い事があるとハメが外れて暴走ぎみになってしまうようだ。今後気を付けなければ。

「…はあ」

白プニムは自分の心情を察してくれたのか、やれやれと首を振った。

「ま、ゆるしてあげるよ。よく考えたらぼくもこの村を見つけた時はうれしくて、結構はしゃいでいたんだよね。だからおまえの気持もわかる」

でもおまえほどはしゃがなかったけどね~、と続け白プニムはにこりと笑った。

その顔を見た自分は安堵のため息を吐き、立ち上がる。そして白プニムに誘われるがままに集会場らしき場所へと導かれた。



集会場らしき場所は村の中央にある。そこは円形にならされた土の地面であり、現在そこにはあの巨大魚が運び込まれ、プニム2匹が何やら準備を始めている。

「「ごっはん、ごっはん」」

その2匹は歌いつつ巨大魚の下ごしらえをしている。…異常な喜びようである。もしかしてあの魚野郎はプニムの間では大変なごちそうなのだろうか? 白プニムに尋ねてみると、ちょっぴり意外な言葉が返ってきた。

「実はね、今ぼく達の村は食べ物がとれなくて困ってるんだ」
「食料がとれない? そりゃあおかしい。村をちょっと出れば緑豊かな森が広がってるし、近くには川だってあったし……」
「…うん。それにこの森には魔物はあんまりいないから、ちょっと前まではぼく達でも自力で食べ物をとることができたんだ。この村の住人全員がおなかいっぱいになれるくらいには」

白プニムはそこで話を一旦区切り、ため息を1つすると、話を続けた。

「だけどある日、この森に1匹の魔物が現れたんだ」

白プニムは忌々しい思いを我慢するように奥歯を噛みしめ、ゆっくりと、その道程を語り出した。

「その魔物は現れてすぐに森の食べ物を食い荒らした。最初のうち、ぼく達は『満足したらどこかへ行くだろう』と思って放っておいたんだ。しばらくは食べ物をとりに行けないけど、村にたくわえもあったから。だけど魔物は出て行かなかった。この森が気に入ったんだろうね、食べ物がたくさんある場所を縄張りにしちゃったんだ。だからぼく達は満足に食料もとりに行けなくて、蓄えもだんだん無くなっていって……」
「それで、魚を奪おうとしたってわけか」

白プニムはこくりと頷く。

「ぼく達だってホントはそんなことしたくなかった。だけどみんな困ってたから…その…」
「別にいいさ。むしろ困ってる奴の助けになるんだったら大歓迎だよ」
「…ありがと」

零れそうな涙を拭う彼を見ると、どれほど大変な日々だったのか、少しはわかるような気がする。

「その魔物っていうのは強いのか?」
「ぼく達なんかよりずっと大きくって、力もずっと強いんだ。それに口からは毒のブレス。かないっこないよ」
「村の仲間達と協力しても?」
「うん、きっと束になってもかなわないよ。……それに、村のみんなは戦ってくれない」
「え?」
「この村のプニムのほとんどは、この世界で苦しんで傷ついて…それでも奇跡的にココに辿り着いたやつばっかりなんだ。だからみんな魔物が恐くて恐くて…おくびょうになってるんだ。魔物以外にも必要以上におびえちゃうくらいに」

確かに。白プニムの後に出会った2匹のプニムの姿が思い浮かぶ。あれは自分におびえていたのか。同族にまで警戒するとは…相当なものなのだろう。

「おまえにもわかるかな?」
「え?」
「この世界は、ぼく達にとっては厳しすぎるんだ」
「それって……」

どういう意味だと聞こうとしたが、カンカンカンッ! というやかましい音に意識を持ってかれてしまった。見れば、魚の下ごしらえをしていたプニムの片方が、木の2本を叩き合わせて音を鳴らしている。

「な、何なんだ一体!?」
「ごはんの合図だよ」

しばしして木の根元、崖に開いた横穴、木の上などなどから一斉にプニムが飛び出してきた。なるほど、殆ど姿が見えないと思ったらそういう所に隠れていたわけか。

詳細な判別は困難だが、大きいのから小さいの、若そうなのから年老いたの、中には変わった毛並の奴も……とにかくたくさんのプニムが集会場、魚の周りに集まってくる。

「……おおぉ」

その光景は、まさに壮観と言える。その集団に飛び込んでもふもふしたい所だが、さすがに自重した。

やがて『いっただきま~す!!』という定番の掛け声が聞こえ、プニム達の食事が始まった。みんな喜び勇んで魚を口に運んでいく。ああいう姿を見るのが農家や漁師など、生産者の醍醐味であろう。尤も自分は本来ファーマーであり、巨大魚は捕獲しようとしたわけでなく、捕食されかけたから返り討ちにしたまでだが。



「…で、お前は行かないわけ?」

自分はあっちとこっちを見て右往左往している白プニムに声をかける。

「いや、元々おまえのだしぼくが先に行くわけには」

その時、くぅ~、と可愛らしい音が鳴った。

「あう……」
「ほら、自分はいいからさっさと行けって。自分はまあ……残飯でも漁るさ」

そう言うと白プニムはしばし何かと葛藤した後、プニム達の元へと駆け出した。

「おまえの分ももってくるからな!」
「期待しないで待ってるぞ~」



白プニムを見送って、自分は近くの木に腰掛けた。

「この世界にも色々な奴がいるんだなぁ」

突然プニムとなって非常に困惑したが、そのおかげで色々な事を知ることができた。そしてその色々な奴らは色々な問題を抱え、この世界で暮らしている。そういう所は生前の生活と全く変わらない。


……しかし、この世界にはこの世界のルールがある。


一抹の不安を感じながら、自分はプニム達の食事を眺めていた。ホント、嬉しそうにがつがつと食べるもんだ。



~~~~~



「ごめん」

先ほどとは逆に、白プニムが頭を下げる。自分の前には巨大魚……だったモノ。

「……まあ、予感はあったよ。『こうなるんじゃないかな?』って予想してたよ」
「みんなすごくおなか減ってて…ホントごめん!」
「いや、いいんだ。魚が骨格標本となり果てた事なんて別にいいんだ。問題は圧倒的な自分の運の無さなんだから」
「でも…」

食い下がる白プニムを制し、自分は言う。

「それにな……骨にだって色々と使い道があるんだぜ」

ニヤリと笑う自分を、白プニムは不思議そうな眼で見つめている。




変な奴だと思われただろうか? まあ、今更か。



[19511] 第3話 小さき者たち その④
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/10/15 21:47
農家にとって、土いじりは必須のスキルである。春先には種まきのために広大な畑を鍬で耕さなきゃあいけないし、土壌の様子によって作物の良し悪しが変わってくるから毎日管理しなきゃあいけない。時には地中深くに存在し、土の栄養を奪ってゆく植物の根をほじくり返して撤去する事もある。


……まあつまり何が言いたいのかと言うと『自分は穴掘りが大得意』だという事だ。



~~~~~



しばし休憩した後、自分は巨大魚の骨を手土産にプニムの村を後にした。それが結構前の事なのだが、自分は未だ森の中にいた。場所としては、プニムの村からそう遠くなく、ニンゲンが来やすいほどには奥ではない……そんな場所。そこで自分は一心不乱に穴を掘っていた。
穴掘りの道具と言えばスコップやシャベル、ツルハシのようなモノを思い浮かべるだろう。が、生憎今はそれらを持っていない。しかし棒状のモノさえあれば何とかなる。丁度ココには木の棒よりは硬い魚の骨があるので、それをプニム本来のモノと耳のモノ、計4本の手でもって一心不乱に土を削り取っていく。

「えっほ、えっほ、えっほ…っと」

もう深さはプニム2匹分くらいにはなっただろうか。地上からは手が届かないので、もちろん穴の中で作業をしているのだが……。額の汗を拭い一休み。土特有の香ばしいような匂いが懐かしい気がする。



「ねえ」
「ん?」

見上げるとそこには白い影――白プニムだ。出発した時、ちゃんと村にいたはずなのだが。

「こんなところで土遊びして楽しい?」
「割と楽しいぞ。なんか童心にかえったような清々しい気分だ。きっと生前は土をいじる職業に就いていたんだろうなぁ……あれ、違うかな?」

「もしかしたら、と思って来てみれば、おまえってやつは………」

やれやれと首を振る白プニム。

「それで、これは何の穴だ?」
「見て解んないかな。落とし穴だよ、オ・ト・シ・ア・ナ」
「落とし穴? 何のために」
「この森に住まう魔物をストーン、と落として退治してしまおう…という算段さ」

自信満々で答えると、白プニムは断崖よりも深いため息を吐いた。

「あのねえ、こんなので退治できるわけないだろ」
「そんなのやってみなけりゃあわからないじゃないか」
「いいか? 魔物は…そうだな、ニンゲンよりも3まわりくらい大きいんだぞ。力だって体重だってぼく達よりも比べモノにならないくらい……」

くどくどくど……と魔物の特徴について丁寧に語ってくれる白プニム。いくつになっても説教は慣れないもんだ。

「いや、な。確かにこの穴はまだプニム1匹を落とすくらいしかできないけど、それはこれからもっと大きく掘るだけさ。それにまだ……あ」
「どうした?」
「深く掘りすぎて出られない……。助けてくれ」

懇願すると、白プニムはしばし目をパチクリさせた後、穴の中にいる自分に手を差し伸べてこう言った。

「おまえ、やっぱりバカだね」

返す言葉が見つからない。



~~~~~



「いや~助かったよ白いの」
「全く…」

無事地上に帰還した自分は、体に付着した土を払いつつ礼をする。

「『白いの、白いの』って。ぼくには『ユキ』っていうちゃあんと名前があるんだぞ」
「そうだったのか。悪かったなユキ。自分の名前は……………………忘れちゃったから好きなように読んでくれ」

そう、自分は『チャなんとか』なんて言う面白おかしい名前では無い。絶対に、そのハズ!

「わかった。改めてよろしく、『バカ』」
「おいちょっと待て」

さすがにそれは酷い…が、『なんとかーハン』よりはましだと思える。不思議だ。



「それで、なんで急に魔物退治なんてしようと思ったんだ? ぼく達がかわいそうだとでも思ったのか? それとも、『定着せし者』をこれ以上出さないなんて言ってるニンゲンの一味の仲間なのか? ……どっちにしろよけいなお世話だぞ」
「いやいや、そんな難しい事じゃないさ」

白プニム…いや、ユキが首を傾げる。自分はそんな彼のビシッ! と指を突き付ける。

「ユキ、お前はとっても良い奴だ」
「い、いきなり何だ!?」

ユキが自分から顔をそむける。…何故顔を赤らめた?

「そんな良い奴が困っている。だから助けたいと思った。…こんな単純な理由だよ」


身の程を知っている自分は『世界を救いたい』とか『誰も傷つけたくない』なんて言う立派で贅沢な夢を見るのはとうの昔に諦めている。…ただ、せめて『良い奴』が『目の前』で困っているのならば助けたい。それくらいならば許されるんじゃないか…という淡い期待をいつからか抱いている。今となっては『いつか』は分からない。けれど、きっととても重大な事が起こったんだろう、という感覚はある。


「たったそれだけで危険なことも平然とやろうとするのか?」
「まあね」
「おまえ、やっぱりバカだよ。そんなんじゃあこの世界じゃ…ううん、どの世界でだって苦労するぞ」
「はは、そうなんだろうなあ」

首筋を撫でながらそう返した。きっとココにある傷は、そう言う事なんだろう。

「まあ、知らない相手と嫌いな奴には容赦しない自信はあるんだけどね」
「それはそれでダメだと思うぞ」
「そうか?」
「そうだよ」



その後、談笑して満足した自分は穴掘りの続きをしようかと地面の骨に手を伸ばす。しかし、ユキの言葉がそれを制した。

「なあ、まだ続ける気か?」
「もちろん。やると決めたらとことんヤるよ、自分は」
「今回は、今回だけはやめた方がいいよ。だってプニム何かがあいつにかなう訳…が………」

突然ユキの言葉が途切れる。はじめは置物のように硬直している彼であるが、次第に寒冷地にでも放り込まれたかのように体が震えだす。

「どうした?」
「あ…あわ」
「泡?」
「あわわわわわわわわわ」

ガタガタとわななくユキの姿に、自分は「ああ」と手を打つ。そう、こういう時は大抵後ろに何かいるんだよね。

背後をチラリと見ると、そこには当然のように魔物。左右に3つ、計6つの複眼を持ったカバ。プニムの全長と、カバの4本足の足裏から膝までの長さが大体同じだと言うと、その大きさがわかるだろう。ニンゲン時でもきっと『大きい』という単語を使いたくなってしまうほど大きいのだから、今の状態では……。

「ヴアアァァ……」

唸り声をあげ、ヒポスはその眼で自分を睨んでくる。巨大な口から呼吸と共に緑色の毒ガスが立ち上がっているのも見える。あの毒はどのくらい強力なのだろうか? …喰らいたくないものだ。そして、最も特徴的だったのはその目である。以前出会ったビッグゴレムのような、理性の無い凶暴な瞳。完全に自分をターゲットにしている。



「さて、困った……なッ!」
「ひゃあっ!?」

わざわざ相手の出方を待つ必要もない。自分は恐怖で硬直しているユキの手を引き、一目散に木々の中へと逃走を開始した。

「ヴゥ!? ガアアアァァァ!!」

やはりカバは逃走を許してくれないようで、地を震わすような咆哮と共にこちらへと向かってきた。スピードはそれほどでもない。しかし、一歩一歩重量感あふるるサウンドを響かせ走るその様は、オソロシイほどの恐怖とインパクト。まるで山が丸ごと迫ってくるかのようだ。


……と言うか、プニムなんてカバにとってはそんな旨くないだろうから、放っておけばいいのに。なぜこれほどまでに苛烈に襲ってくるのだろうか? もしかして自分達が放浪者だからだろうか。 魔物って元々はこの世界で散った魂達の記憶だって言うし、もしかしたら散ったモノ達の無念や絶望といったモノまで取り入れて具現化しているのか…? だから今でも存在し続けている放浪者を妬んで……って、まさかね。


「おい、おいってば!」
「…ん、ああ悪い」

考え事に熱中してまた自分の世界に入っていたようだ。ユキが話しかけているのに気付かなかった。

「どうすんだよこの状況ぉ!」

半泣きで怒鳴りつけてくるユキに自分は冷静に返す。

「本当だよ。お前が来ちゃったからややこしくなっちまったじゃないか」
「ぼくのせいだと!?」
「あ…いやいや、『お前のせいでカバに襲われてた』っていう意味じゃなくてだな、『2対1は想定してなかった』って意味で。ホラ、お前巻き込むわけにはいかないじゃん?」
「おまえあの魔物見てもまだ戦う気でいるのか!?」

「オオオオオォォォォォォッツ!」

ユキの怯えた声に呼応するかのように背後のカバが唸って、元気ハツラツ、発情したみたいに向かってくる。

「まあ確かにあのカバはデカイし強そうだ。今の小さい自分では圧倒的に不利。全く、理不尽もいいところさ。いい加減慣れたけど」
「だったら」

必死で引き留めようとするユキ。しかし自分はそれをスルーして、話を変える。

「ああそうだ。作業中ずっとお前の言った『この世界はぼく達にとっては厳しすぎる』の意味を考えてたんだけど、ようやく理解したんだ」
「い、今する話か?」
「まあ聴けって。要するに、『あんなデッカイ魔物うごめくこの世界ではプニムのように小さい種族は存在し続ける事すら困難だ』ってことだろ? ニンゲンと比べるとプニムは弱い。腕力は互角だとしても体力、体長、スピード、スタミナ等々では劣るだろうし、プニムは召喚術を使えない。これは自分の推測だけど、この世界に存在し続けている魂達の打ち分けで言うと、大部分はニンゲンないし『力』を持つ大きな種族。そしてプニム等の小さい種族の割合は圧倒的に少ないんじゃあないか?」

チラッとユキの方を見やる。…顔を伏せているあたり、当たりのようだ。話を続ける。

「想像するだけでツライ話だと思う。そういう小さい種族は群れをつくって外敵から身を守るっていうのに、この世界にはそれぞれの魂がバラバラにやってくるようだから群れをつくるのは難しい。仲間…いや、同胞を見つけようにも魔物に出会ったら弱い彼らはすぐにやられてしまう。そうして絶対数が減っていき、さらに同胞に出会う機会は少なくなる」

『負のスパイラル』とでも言うのだろうか? もしこの仮説が正しいのなら、この世界は生前のそれよりもはるかに過酷な場所と言える。転生のシステムから外れた魂に救いの手を差し伸べるだけマシ、と言う事なのだろう。



「……うん、きっとおまえの言うことは正しいよ」

話の間ずっと塞ぎ込んでいたユキが口を開いた。しかしその口調はかつてないほどに暗く、重い。

「『この世界に来た時、ぼくの周りにはニンゲンしかいなかった』って言ったよね? ぼく、出会うのはニンゲンと魔物ばっかりで、ぜんぜん仲間に出会うことができなかったんだ。1匹だけでいるのが恐くてさびしくて、仲間をさがし回った。…でも、出会うのはニンゲンと魔物だけ。ニンゲンは自分達のことで手いっぱいで助けてなんてくれないし、魔物はようしゃなくおそってくる。何度も泣いたし、何度も怒った。『なんでぼくはこんな世界にいるんだ』……って。死んじゃいたい、と思ったことだって何回もあるよ」
「……」
「でも、ぼくは運良く仲間を見つけることが、あの村を見つけることができた。その時ぼくはこの世界でもやっていけると思った。…けど、実際はそんなこと無かった。ぼく達は1匹の魔物さえ追い払えない弱い存在なんだ。……だから」

悲痛な叫びをあげるユキに、自分は決意を持った眼光で返した。

「『だから魔物と戦わずに逃げろ』……って? イヤだね」
「あ~もうっ!?」
「勝算はある……テイッ!」

走りながらその辺に落ちていた石を拾って、明後日の方向へポイっと投げ込む。何をしているのか解らないであろうユキが放物線を描く石を眺めて困惑している。

「な、なんだ?」
「スグにわかるよ」

カツンと石が当たった音を聞いてすぐ、自分はさっきとは別の方向を指差す。

「ユキはアッチ行っててくれ。あのカバの標的は自分だ……感覚でわかる。今のうちに安全な所へ」
「でも、おまえを置いては」
「大丈夫だって。ま、見せてやるよ」
「? って…、きゃあ!」

ユキを安全な方向へと強引に投げ飛ばす。そしてその後ろ姿に一言。

「たとえ理不尽なことに遭遇したとしても、力が無かったとしても、時間と知恵と勇気とど根性があれば生き残れるってことをね」

森の中にユキの姿が消えるのを確認すると、今度は後ろを走るカバを見る。今もアホみたいに突進して来ているみたいだ。

「ええっと、何だっけ。お前の名前に心当たりがあるような気がするんだよな。そう、確か『ヒポス』」
「ヴアアアァァァァァ!」
「あ~あ~そんな大声あげちゃって。周りの音が聞こえないよ?」

あのカバ、ヒポスには聞こえていないだろう。木とツタがこすれて合っている音に。そして気付いていないだろう、進行方向の上空に丸太が吊るされている事に。

「製作時間1時間。とどめ以外に使うのはちょっともったいないが、まあいいだろう」

丸太を吊っているツタは留め具を外すと10数秒くらいの間をおいて緩み、落下する。

「誰から学んだかは知らない。…が、とりあえず喰らえ」

落下した丸太は重力に従って落下、丁度下を通っていたヒポスの頭に生々しい音を立てて直撃した。ラッキー!

「ヴゥ…ッ!?」

ヒポスはその衝撃によろめいた。しかしそれはほんの少しの間で、首をブンブンと振ると再びバカの1つ覚えのように突進してきた。これは好都合だ。

この先には自分が数時間かけてしこしこ造った『森のトラップ天国』。アトラクションは土に埋め込んだスパイク付き遊歩道、石のシャワー、何とか仕込みのスパイクボール、木のしなりを利用した足払い、水バケツ……等々。数時間掛けただけあって広大で極悪な出来になっている。一度足を踏み入れると心身問わず大きな傷を受けることうけあいだ。

「慣れない体だから手こずったが、時間さえあればこんなもんよ」

森の中から「いや、おまえにしかできないぞ」という声が聞こえたような気がするが…気のせいだろう。自分は声を荒げ、ヒポスに宣戦布告する。



「さあカバ野郎! この自分…不本意だが、『バカ』と知恵比べといこうじゃないか!」



[19511] 第3話 小さき者たち その⑤ あるいは カバVSバカ
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/10/30 01:05
外敵に対して使用するトラップには、大きく分けて2種類あると自分は考えている。『外敵を殺すトラップ』と『外敵を負傷させるトラップ』だ。2つは似ているようでイモリとヤモリくらい大きく違う。(ちなみにイモリはカエルの仲間でヤモリはヘビの仲間)
前者はその名の通り一撃必殺。作動させた瞬間に終わらせるトラップ。威力を期待できる半面、高度な知識や機材が必要であり、設置に手間が掛かる。例を挙げるならば、地雷や毒ガスなどだろうか。
そして後者。これは外敵の戦力を削り取るためのトラップ。こちらは前者とは異なり単純で、場合によっては子供が考えたような幼稚なモノであってもいい。例をあげるならば落し穴や……そうだな、『バ~カ!!』と書かれた看板とかがそれにあたる。

「こんなトラップで敵を倒せるはずがない」……誰もがそう思うだろう。自分もそう思う。
しかし、しかしだ。例えば『バ~カ!!』と書かれたバカみたいな看板で相手を挑発して怒らせ、正常な判断力を失わせる。その後、単純なのを良い事に10個、20個、30個…とバカの1つ覚えみたいに量産したトラップの海に相手を招き入れればどうなるか? いくつかのトラップは失敗に終わるだろうが、他のトラップで手や足でも挫いてくれればしめたもの。相手を倒すのがグッと楽になることうけあいだ。

自分が今回設置したトラップのコンセプトは、もちろん後者のコレにあたる(さすがに看板はアホらしいのでやらなかったが)。というか、これしかできないのである。今の自分の『プニム』という体は色々な面でニンゲンよりも大きなハンデがある上、機材も現地調達なのでこればかりは仕方ない。それに大がかりなトラップで一撃必殺を狙って、万が一外したり効かなかったりしたらそれだけでジ・エンドなのだ。それならば小さいトラップを無数に仕掛けて相手の体力を削りつつ、運良く死んでくれる事を願う方が効率良い。

現にこの作戦は実にうまくいった。自分を殺す事しか考えていない愚かなカバ『ヒポス』は、拍子抜けするほど簡単にトラップ天国に突進してくれた。そして面白いようにトラップに引っ掛かってくれるのだ。


…ここで、その過程をすこし説明させてもらおう。


激情に身を任せて暴れ回るヒポスにまず襲いかかるのは、天から降り注ぐ泥水。陸上生物にとって、体に纏わりつく水分は鬱陶しいことこの上なく、また蒸発することで体温とスタミナを奪い取る。さらに泥水なので目潰しとしての効果も期待できる。次に相手の足を叩く。スパイクで足裏を、足払いで脛をネチネチといたぶる事によって機動力を削いでいく。最初は何事も無かったかようにトラップを蹴散らしていたヒポスだったが、次第にスパイクは一本、また一本と突き刺さっていき、脛には痛々しい痣を浮かべるまでになっている。ダメージが無いわけがない。そうして十分に機動力を奪ったところで、命中率が微妙な大型トラップ。360度、前後左右から丸太やら石やらが飛んでくる。
その他、細かいところでは水を撒いて土の泥濘を造り出したり、わざと壊れやすい障害物を設置して破壊させ、余分な体力を使わせることも忘れてはいない。


…そういった感じでトラップを2重3重に張り巡らせたおかげで、ヒポスにもようやっと疲労の色が見え始めている。口からはさっき以上に緑の毒ガスが漏れ出しており、体の所々には痛々しい傷跡で彩られている。機動力と生命力もだいぶ衰えているようだ。

「ヴヴウゥゥッ!!」
「…やれやれ」

だが自分を見据える眼光だけは衰えていない。疲労困憊のはずのヒポスは未だに自分を殺す気らしい。…普通の獣なら、相手を殺す事よりも自分が生き残る事を優先するものだ。その点であのヒポスが『獣』ではなく『魔物』だという事を改めて実感できる。まあ、相手が生き物らしい感情もクソも無い魔物だっていうのなら容赦はしない。しないが…だ。

「ホント、勘弁願いたい」

森の中を軽快に駆け抜けながら、自分はひとりため息を吐いた。先ほども思ったが、『こんなトラップで敵を倒せるはずがない』のだ。せいぜい逃げ出せるスキをつくるか、勝率を五分五分にもっていくくらいの効果しかない。



……そう。結局、あのカバの息の根を止めるには直接対決をする以外には方法が無いのだ。



~~~~~



「さて、森を一回りしたわけだが」

ヒポスとの遭遇地点……つまりはユキと雑談をしていた場所へと舞い戻ってきた。ここはちょっとした広場のように開けた場所になっている。障害物が無いので、一騎討ちにはおあつらえ向きな場所と言える。自分が持ち込んだ魚の骨もあるし。

「ヴガアアアァァァァァッツ!!」
「ご到着か」

歪な円を描く広場。自分が西側にいるとして、東側の森の暗闇からヒポスの巨体がゆっくりと姿を現す。しかし、最初に遭遇した時とは比べ物にならないくらい疲弊しているのが遠目からでもよくわかる。あの絶望的な圧迫感はなりを潜め、ボディは傷だらけ、息は荒く、若干ふらついてもいる。唯一足音だけは先ほど以上に激しいが、あれは逆に言えば足にいつも以上に力を込めていないと立っていられない事を表している。……まあ、相当ご立腹だからでもあるのだろうが。

自分は足元に落ちている中で最も長く鋭い骨を拾い上げる。どことなく生臭いが殺傷能力とリーチは申し分ない。

「おい、カバ野郎」
「ヴアァッ!?」

話しかけると以外にも反応があった。言葉が通じたのか、それとも自分のバカにした態度を感じ取ったのか。

「次の一撃で終わりにしてやる。……覚悟しろ」
「ヴウゥ……」

そう言って骨の槍を構えると、ヒポスも何かを感じ取ったのか臨戦態勢に入る。巨体を震わせ、地を蹴るような仕草をする。どうやら、次の攻撃にすべての力を注ぐようだ。


……奴の攻撃――おそらく巨体を生かした突進。それを避けて骨の槍でズブリ! 今の奴ならそれだけで死ぬ。


たった一撃。実に簡単そうに聞こえるが、手負いの獣への一撃ほど難しいモノは無い。いくら相手が満身創痍のヒポスだとしても、いや、だからこそなりふり構わない攻撃を仕掛けてくるに違い無い。
そして、自分の圧倒的不利も変わらない。一撃でも攻撃を受けてしまえば終わりなのはこちらも同じ。一撃目で殺される可能性が高い上、万が一死ななかったとしても、ダメージによる致命的な隙はヒポスの追撃を許してしまうだろう。

「ヴゥゥ……」

3対の瞳がこちらを睨んでくる。圧倒的な殺意のこもった視線に思わず身震いしてしまう。
正直なところ、こんな奴の相手などしたくはない。自分は闘争というモノが大嫌いなのだ。『できれば一生畑を耕して暮らしたい』と生前常々思っていたのは間違いない。

「けど、ユキにかっこいいこと言っちゃったからな」

ファーマーに2言は無い。……いや、それ以前にあんな良い奴を見捨てる事は男としてやっちゃいけない事だ。深呼吸をして、殺気に対抗するようにこちらも決意のこもった眼差しで相手を射抜く。



「来いよ……カバァ!」
「ヴオオオォォォォォォォオン!!」

プニムとなっている自分の挑発を受けて、森中に響き渡る唸り声を返して突進してくるヒポス。決戦の火蓋は切って落とされた。もはやこの戦いは、どちらかの『完全なる消滅』という結末でしか終わる事は無い。

相手の行動を確認すると、自分も駆け足で動き出す。決して速すぎず遅すぎず。柔軟に動けるスピードを維持しながら、特攻してくるヒポスにこちらからも向かって行く。勝負は一瞬。タイミングを逃してはならない。相手の攻撃を紙一重で回避し、すれ違いざまに突くのがベストだ。回避が速すぎればヒポスに再攻撃のチャンスを与えてしまう。かといって遅ければ自分は轢き殺されてしまう。

大砲の弾のように迫りくるヒポスに怯みそうになる心を自制し、あくまで冷静に距離を測る。ヒポスの足で後10歩といった所か。

「ヴアァァァア!!」

後9歩……8……7……もう少し……よし「危ない!」何だ!?

突然上空……木の上からか届いた声に困惑した。実際に振り向いて見る事は叶わないが、ユキの声に間違いない。逃げろと言ったのに……。

「はやく魔物からはなれるんだ!」
「は? 何を言って………!」

瞬間、自身の過ちに気付いてしまった。猛烈に突き進んでくるヒポス。しかし、奴の狙いは突進攻撃では無かったのだ。

「ヴォオオオオオォォォォッ!」

ヒポスは両前足を思い切り地面に叩きつけ急ブレーキを掛ける。そして大きく息を吸い込むと同時に、体を思いっきり仰け反らせた。すぐ目の前にいるヒポスの口の端がニヤリ、と吊り上がったのが見える。失念していた。このカバ『ヒポス』の専売特許はその巨体から繰り出されるパワーだけでは無い。

「毒のブレスだああぁぁぁ!!!」

ユキが叫ぶがもう遅い。今の自分ではこの広範囲に及ぶ汚染攻撃から脱出することはできない!

「オオオオオォォォォォッ!」

振りおろされたヒポスの頭。その巨大な口から放出された緑色をしたブレスは地面に衝突し、そこから吹きあがるように辺りに拡散した。ヒポスの肺活量も相まって、恐ろしいほどの面積を汚していく。



……もちろん自分がいた場所も、だ。



~~~~~



「ヴォウ……」

広場には緑色の毒ガスがもうもうと立ち上っている。この中で、動いているのはただ1匹、『ヒポス』だけだ。当然のことながら、ヒポスの毒が自身を害する事は無い。…しかし、プニムは別だ。幻獣界出身の生物は、同じ幻獣界出身の生物の攻撃に対して『耐性』を持っている(幻獣界以外の世界出身者にも同様の事が言える)が、ヒポスは自分の猛毒に対して絶対の自信を持っていた。現に、地面にうっすらと生えている雑草は毒に晒され死に絶えてしまっている。

あの生意気なプニムが万が一生きていたとしても、殺すのは赤子の手をひねるより簡単に実行できる。……魔物ヒポスはそのように考えていた。

「ヴァウ」

そう言えば、戦闘中にもう1匹のプニムの声が聞こえた事をヒポスは思い出した。広場を取り囲んでいる木々の上を眺める。

「あ…あああ……」

案の定、純白のプニムはすぐに発見されてしまった。毒のブレスの中に消えてしまった茶色のプニム『バカ(仮名)』の末路に愕然とし、その場から逃げる事もできずにいた。

「ヴァッ、ヴァッ、ヴァッ!」

ヒポスは愉快でしょうがなかった。自信をあの煩わしいワナ地獄へと誘い込んだ生意気な奴を殺す事ができ、さらにはもう1匹の獲物まで発見できたのだ。
ヒポスの体はボロボロ。恐らくは長い間体を休ませなければならないが、無抵抗のプニム一匹ならば容易に屠る事が可能だ。彼は己の内から溢れ出る負の感情に身をまかせる事にした。

……しかし、とヒポスは考えた。あの生意気プニムの死を見届けてからでも遅くは無いのではないか。それに、あのプニムは存外しぶとい。白い方にかまけて逃がしてしまったら面倒だ。
そう思い立ち、ヒポスはまずその辺に転がっているはずの茶色プニムの死体、または瀕死体を探した。

「ヴァ!?」

そこで、ヒポスはようやく重大で重要な事実に気がついた。そこに無残に転がっているはずのプニムの姿がどこにも見えないのだ。

いや、そんなはずは無い。必ずどこかにいるはずだ! 視界の邪魔をしている緑のガスを巨体で振り払いながら右へ左へ、と探すがやはりどこにも無い。

「……え?」
「ヴァ、ヴァヴァヴゥ!」

白いプニム、ユキもヒポスの様子がおかしい事に気付いた。彼女も木の上からバカ(仮名)の姿を見つけようとするが、やはり見つからない。

次第にヒポスも痺れを切らして、当たりをうろつきながら地団駄を踏んでいる。一体、彼はどこに消えたのか……? 種族も存在も違う2匹が奇妙にも同じ事を考えていたその時、ついに彼が行動を開始した。



グサリ。



「ヴァ……?」

ヒポスは腹部に違和感を感じた。こんな時に何だ? ……そう思った刹那、激痛が彼を襲った。

「ヴ、ヴオオオォォォォォォオ゛!!?」

違和感と激痛は引く事が無く、むしろ違和感の元はヒポスの腹をグリグリと抉り、痛みはさらに激しく彼の根幹を破壊していく。

自身の体の下で何かが起こっている事はヒポスにも理解できた。しかし、確かめようにもそこは死角で見る事は叶わない。移動しようとしても、腹部のナニカが取っ掛かりとなっていて動けない。

もはやどうする事も出来ないヒポス。その耳に声が飛び込んできた。

「いやあ、さっきの毒は危なかった」

その声はヒポスの腹の下…詳しく言えば、地面にポッカリと空いた穴の中から発せられた。

「ホントはお前を落とすために掘ったのに、まさか自分が落ちる羽目になるとは……まあ、おかげで助かったけどなぁ!!」
「ヴガアアァァァアア!!」

断末魔をあげるヒポスの腹を魚の骨で抉っているのは、やはりというべきか、青年『チャ……』もといプニム姿の『バカ(仮名)』であった。毒のブレスが吹き荒れる瞬間、近くに自分の掘った落し穴がある事に気がついた彼はその中に滑り込んだ。幸い、毒ガスは空気よりも軽かったおかげで穴の中にこもる事もなく、やり過ごす事ができたと言う訳である。

「お前の体力ももう限界だろ? とっとと成仏しろおおォォォ!」
「グヴアアアァァァァァァァァアア!?!」

ヒポスの巨体が大きくグラつき、ついに地面に膝をついた。それに伴って当然腹部も地面に接近、突き立てた骨もさらに深く侵入していく。腹部の傷からは生命の証である真っ赤な液体は流れ出ない。代わりに傷を中心にボロボロと体が崩壊していくだけだ。



「アア……ァ………」



ヒポスの目から色が抜け落ちていく。最後の抵抗すら行わず、全身から力が抜けたヒポス。その姿にはもはや、先ほどまでの殺気も、存在するモノ全てを恨んでいるかのような激情も存在しない。



…やがて、完全に沈黙したヒポスは崩れるように倒れ、気付いた時には、最初からいなかったかのように跡形も無く消滅した。



~~~~~



「し、死ぬかと思った」

へたり込んだ自分の第一声がそれである。実際、本当に危なかったのは確かだ。手に持った骨を穴の外へと放り投げ、数時間ぶりの安息を噛みしめる。

「あ~、くそ。かっこわるいな…自分は」

ユキのあの一声。あれが無かったら、行動が一瞬遅れて多少なりとも毒を喰らっていたはずだ。全く、あんな大口を叩いておいて、結局1人では倒しきれなかった。



…まあ、それはそれとして。



「ユキの奴、怒ってるかなぁ」

あれだけの無茶をしでかしたのだ。むしろ怒るなという方が……。

「怒ってるよ」
「…あ、やっぱり?」

穴の上を見るとやはり白プニム。…何処かで見たような構図だが、気のせいだろう。

「わかってるのか!? 運がよかったからいいもののヘタしたら……ううん、ヘタをしなくてもお前が消えちゃうところだったんだぞ!!」
「ううっ……返す言葉が無い」
「反省してるのか!」
「してる、してますとも!」



「ほんど……ジンパイじだんだがらなあ……」
「え? わっ、泣くなよ!?」

涙をいっぱい溜めるユキにさすがに当惑する。誰かに泣かれるのは何かイヤなんだよ!

「うわああああああああああん!!」
「うわああああああああああ!!?」

わんわんと泣くユキにアタフタしながら、そう言えば自力でココから出られない事を思い出した。この状況、どうすればいいんだよ…。




………とまあ、だいぶかっこ悪いカタチにはなったが、自分のこの世界初勝利はこうして幕を閉じたのであった。



[19511] 第3話 小さき者たち その⑥
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2011/11/11 23:53
「落ち着いたか?」
「……うん」

ヒポスを討伐してから少し時間が経過した。自分はようやっと泣き止んだ白いプニム『ユキ』に穴の中から引っ張り出してもらったところ。

「あ~こんなに目ぇ赤く腫らしちゃって」
「う、ウルサイッ、 元はといえばみ~んなおまえがバカなのがいけないんだぞ。 このバカ、大バカッ!」
「まあ、そうなんだけど。……でもバカバカ言われると自分だって結構傷つくんだぞ?」
「バカにバカと言って何がいけないんだよ、このバカぁ!」

そう言えば自分は現在、『バカ』という名前のバカなプニムである。……まあ、だからと言って『バカ』の意味は変わらず『バカ』と言われた回数が変わるわけでもない。

「とりあえず、自分がバカなことは分かったからさ…」

ユキに怒られてばかりでは一向に話が進まない。自分で言うのは自慢のようで少しためらいがあったのだが、話を切り替えるためにはしょうがない。

「魔物を倒した事については何かないわけ?」
「あ。うぅ、それは……その」

ユキは顔を果実のように真っ赤にし、ついでにしばし右往左往させた後、か細くはあるが確かにその言葉を口にした。


「……ありがとう」


別に自分は、誰かに褒められるために戦ったわけではない。あくまでユキのため、自分のための行動だ。本来ならばこうやってお礼を言われる事も無かったし、そんなモノ期待すらしていなかった。けれど、実際にお礼されると嬉しい……が、反面むずがゆくもある。

「やっぱり礼を言うのはこっちの方だ。ユキの一声が無かったら危なかったからな」
「なんだよ。『何かないわけ?』とか自分で言っといて」
「う、うるさいな恥ずかしいんだよ!」

自分の頭に急激に血液が昇ってくるのと、それに伴い、暑くも無いのに顔が火照るのを感じる。恐らくさっきのユキに負けず劣らず真っ赤になっているだろう。

「…ぷっ」
「わ、笑うなあああぁぁぁぁぁ!!」


ユキはその姿がえらくツボにはまったらしく、タガが外れたように笑い続けた。また話が進まなくなってしまったわけだが、今は別にこのままでいいと思う。なぜならユキは今まで、笑う余裕すらないような辛く悲しい日々をこの世界で過ごしてきたのだから。

自分がヒポスを倒した事によって彼の当面の厄災は去った。…しかし、転生を果たすまで彼の苦難は終わる事は無い。ならば今だけでも笑っていてほしい。

その後しばらくユキは笑い続けた。その姿が心に溜まっていた負の感情を洗い流しているように見えたのも、気のせいではないだろう。




「……そろそろいいか?」
「ごめんごめん」

笑い終えたユキの顔は、真夏の青空のように澄みきっていた。

「とにかくだ。ヒポスは自分が討伐したから、この森とプニム達の村は当分安全だ。これからは魔物におびえる事も無いし、前みたいに食料だって採れるだろ」
「…うん、そうだね。全部キミのおかげだよ」

憑き物の落ちたようなユキがハニカミながらそう言う。やはり恥ずかしい。

「…ゴホン! それで、自分はもうこの森に用は無いから元いた村に戻るつもりだけど…ユキはこれからどうするんだ?」

頭をかきながらそう問うと、少し意外な言葉が返ってきた。

「それなんだけど……ちょっとついてきてくれるかな?」
「ん? まあ、いいけど」

そしてユキに誘われるまま、自分は再び森の奥へと進んで行くのであった。



~~~~~



「それじゃあ、ちょっとココで待っててね」
「お、おう」

そう言われたのは、見覚えのある断崖絶壁の前だった。件のプニムの村入口である。ユキはそそくさと秘密の入り口から村へと向かっていく。「村に用があるなら自分も行こうか?」と尋ねると「ぼくだけでいい!」と返されてしまった。別に減るものでもないだろうに…。

結局自分は訳もわからず、村の入り口前で待ちぼうけをくらってしまったのである。




「おまたせ」と彼が戻ってきたのは数分後。なにやら木の皮でできた荷物入れを背負っている。その中には色々なモノが乱雑に収納されているようだ。荷物入れの口から色々とはみ出している。

「いちおう、キミの事と魔物のことはみんなに話してきたよ。『ありがとう』だって」
「状況説明ならなおさら自分も行くべきだったんじゃ…」
「それはいいの」

釈然としない。

「……ところで、その大層な荷物は?」
「『旅の荷物』に決まってるじゃないか」

ユキは胸を張ってはっきりと、確固たる意志をもって高らかに宣言した。


「ぼくね…今度は、ううん、今度こそ転生の塔を目指そうと思うんだ」


ユキの決意が宿った眼差し。そんなモノを見せられては、彼に「やめておけ」などと言えない。もっとも言うつもりもないが。


「キミのおかげだよ」
「え?」
「キミがぼくに教えてくれたんだ。体が小さくても、力が弱くても、一生懸命がんばればあんな大きな魔物だってたおせるんだ、って」

「まあ、ぼくはお前みたいなムチャするつもりはないけどな」と続けるユキに「もういいって」と返す自分。この調子なら、彼はもう大丈夫だろう。

「ところで村の方はいいのか? 村の仲間とは浅からぬ仲だろ」
「あ……う、うん」

ユキの表情にわずかばかりの陰りが見えたのを自分は見逃さなかった。そして次の言葉で、察しの悪い自分もようやくその理由が理解できた。

「みんなは…もう……」
「そう、か。……悪い」

自分は軽く頭を下げ会話を打ち切った。これ以上、ユキの口からその事を喋らせるのははばかられたからだ。


彼の仲間……村のプニム達はもう、『定着せし者』になってしまっているのだろう。

村にはこの世界での試練に挫折したプニム達が集まっている、とユキは言っていた。そんな彼らが、『理想』を絵に描いたようなあの村から離れることができるだろうか。…きっとみんな試練など放棄して、村に留まり続ける事を選んだんだろう。しかし、世界のルールはそんな彼らに残酷だ。先へと進む事を拒んだ彼らは除々に除々に世界に取り込まれ、やがて姿のみを残して魂は消滅してしまった……。そう言う事だろう。

…あの理想的な村はある種の『トラップ』だったのかもしれない。理想的な環境という『エサ』をちらつかせ放浪者を惑わせる、この世界が造り出した天然のワナ。もちろん、いくつもの偶然が重なった結果生み出されたモノではあるだろう。しかし、残酷であると言わざるを得ない。

そう言えば、ユキが頑なに自分を村に入れようとしなかったが、あれは彼なりに自分を気遣ってくれたのか。自分は定着せし者となって、同じ行動を繰り返すだけの人形になってしまった存在を未だ知らない。知らず知らずのうちに遭遇はしているだろうが、断定できる奴はいないし、行動を繰り返す様も見たことが無い。
その点はユキに感謝しなければ。そんな奴らを好んで見たいはず無いし、もしあの村の中でそういうプニムに遭遇してしまったら、やり切れないイヤな気分になっていただろう。


「……」
「……」

それはともかくとして、空気が重い。なんとかしなくては。

「よし、それじゃあ出発するか!」
「え、あ、うん!」

せっかくの旅立ちの時だ、清々しい雰囲気で出発したい。自分は必要以上に声を張り上げた。

「とりあえずは自分達が初めて出会った川へ向かうか。自分の目的地は川上にあるし、川伝いに行けば森の中でも迷わない」
「そうだね、そこまでは一緒にいこう」
「そこまでは?」
「うん。きみと一緒にこの世界を旅をするのも楽しそうだけど、ぼくは自分の力でがんばろうと思ってるんだ」

そうか。少し寂しいが彼がそう決意したのならしょうがない。



「それに、『ニンゲン』の力を借りるのはズルイ気がするから」
「あ……バレてた?」

一体いつ、自分がニンゲンだとバレたのか? ユキが可笑しそうに笑いながら、その答え合わせをしてくれた。

「まあ、最初に会った時から『変だなあ、おかしいなあ』とは思ってたんだけどさ、ケッテ~テキだったのはきみが穴を掘っていた時だね」

あの時? あの時は夢中で穴を掘ってる所に急にユキが現れて「土遊び楽しいか?」みたいな事を聞かれたんだよなぁ。それで自分はそれに答えて……。

「あ!」
「ふふっ、気づいたみたいだね」

しまった。生物に人並み以上に詳しいファーマーとしてはひどい失態を犯したものだ。

「うう……意外となりきれてるんじゃないか、って思ってた自分が恥ずかしい」
「いや、それを抜きにしてもかなりバカで変なプニムだったから」

自分はドンヨリと肩を落としながら、ユキはケタケタと笑いながら、自分達は川へと向かった。



~~~~~



「もうお別れか。……寂しいな」
「うん」

川辺に辿り着いた自分は、そこらに落ちていた石を拾い上げ、川に放り込んだ。特に意味は無い(川を見るとなぜか石を投げたくなる)。石はポチャリと着水し、生じた波紋もすぐに消えた。

「お前はこれからどこへ向かうんだ? 転生するにしても、『導き手』に会わないと色々と面倒らしいぞ」
「アテがあるからだいじょうぶ。この森からかなり遠くにある山にライオンの導き手がいるっていうのを聞いたことがあるから、そこに行ってみようと思うんだ」
「ニンゲン以外の導き手なんていたのか」
「そうみたい。彼はもう導き手を引退したみたいだけど、同じメイトルパ出身だから助けになってくれくかな、って」
「…………食べられないように注意しろよ」
「ひどい!?」

他愛無い会話をして茶を濁す。…が、いつまでもこうしているわけにはいかない。自分はいよいよ別れを切り出した。

「短い間で、しかもろくな目には合わなかったが……、ユキに出会えて良かったって思うよ」
「ぼくだって。……ていうかさ、『もう会えない』みたいな言い方やめてくれない?」
「ん?」
「消滅さえしなきゃいつかきっと、また会えるよ」
「どうかなぁ…」

自分はそういう楽観的な考えは好きじゃない。世界は時にはやさしいが、残酷でもある。この広大な世界で、ニンゲンとプニムという種族の違う者達が再び出会う確率はゼロに近いだろう。それに、転生してしまったらもう……。


「あ~もう!」

耳元で巻き起こった大音量に体がビクッ! と震えた。

「なんでキミはそういうところでいきなりネガティブなのかな!?」
「そんなこと言ったって…」

きっと生前からこうなんだからしょうがないじゃないか。

「それじゃあ約束!」
「へ?」
「『絶対消滅なんかしないでまた会う』ってぼくと約束して!」

そう言いながら、ユキは手を差し出した。突然のことで呆然となる自分。

「ヤク…ソク……か」

なんだろう、心――魂に引っかかるモノを感じる。この世界に来てからたびたび巻き起こる、生前の自分が喚起される感覚。自分は誰かと、何かを約束していたのだろうか?

ズキッ、と頭が痛くなった。



―――今度お詫びにお前の好きな………。



ああ、そうか。

「…そうだったよな」
「どうした?」

自分の記憶の大部分は未だ失われたままで、頭の中では今も自分であって自分でない誰かがいるような奇妙な感覚がある。この世界にいる間、この違和感は消えることが無いだろう。

「いや、何でも無い」

だがしかし、最も大切な事を思い出した……今の自分にはそんな確信がある。

「『約束』のために転生を目指す。……悪くないな」
「…?」

もう自分の中には転生への迷いは無い。自分は生前に交わした約束と、今交すべき約束を守らなければならないのだ。立ち止まってなどいられない。

意を決し、こちらもユキに手を差し出す。自分の小さい手はこれまた小さいユキの手をギュッと握りしめ…………られなかった。

「あ、あれ?」
「え?」

突然、自分の体が淡い発光に包まれた。…いや、それだけではない。自分の中にある異物が体外に放出されるような感覚。

「ダイジョブか!?」

ユキが声をかけるが返答はできそうもない。発光はさらに強くなっていき、あまりの眩さに自分は目を閉じた。

「!?」

それからすぐだった。自分が別のモノに変わっていくような、そんな不思議な感覚が全身を支配した。











「…ううッ」

瞼を襲う光が治まった時を見計らい、ゆっくり目を見開く。当然のことながら、周りは木々と植物がうっそうと茂る森なのだが……何かおかしい。

木々はあんなに背丈が小さく幹が細くなかったし、巨大魚との死闘を繰り広げた川の幅はあんなに狭くは無かった。少し前この森に初めて来た時、天を突くほど巨大な木々が並び立つ様に受けた衝撃を、今はこれっぽっちも感じない。まるで世界が自分をとり残して小さくなってしまったようだ。

「いや、待てよ………ひょっとして」

ある可能性に行き当たり、自分は自身を両の手でまさぐった。体を撫でたり、こすったりつまんだり、叩いてみたりもした。するとどうだろう。先ほどまでのフカフカした毛に覆われていたプニプニボディの感触はこれっぽっちもしない。手の平に伝わる感触はボロっちい布の何とも言えない触り心地や、ゴツゴツとした武骨な感触ばかり。
それも当然、自分の体は愛らしい小動物プニムの姿から、ボロい衣服を身に纏った20代前半のニンゲン(オス)の姿に変わっていたからだ。

…いや、戻ったといった方が正しいか。

「ようやくか」

安堵の溜息を吐き、ヤレヤレ…と自分の頭を掻いた。ゴワゴワした、良く言えば『男らしい』、悪く言えば『手入れが行き届いていない』髪の毛の感じが懐かしい。どういう訳で元に戻ったのかは知らないが(魔力切れとかそこらへんだろう)、戻ったのは喜ばしい。旅帰りの『我が家が一番』というのと同じで、やはり自分自身の体が一番だ。…まあ、若干惜しいとは感じているが。

「プニッ」
「…お」

喜びを噛みしめていると、ズボンのスソを引っ張られるのを感じた。足元を見やると、自分の膝まで届かないくらいの小動物がいた。もちろんプニムのユキだ。

ユキと会話しようとしゃがみ込む。しかしそれでも自分はユキを見降ろすカタチになる。プニムとはこれほど小さいのか…と改めて思い知らされた。

「よおユキ。これが自分の本当の姿だ。どうだ驚いただろ」

実は自分が一番驚いたのだが。

「プ二、プ二~ッ!」
「……………へ?」

今度は別の意味で驚いた。ユキは「プ二プ二」と鳴くばかりで、何を言っているのか解らなかったからだ。

「ひょっとして」

ズボンのポケットを漁り、3枚のカードを取り出す。『プ』『二』『ム』と記述されたそれは、今回の騒動の元凶なのであるが…。もしかしたら彼と会話できていたは、この召喚術のおかげなのかもしれない。召喚術は異世界の力を呼び出す術だ。何が起きても不思議では無い。特に今回のケースではなぜか自分がプニムになるという訳のわからない事態が発生したのだ。なら、自分が動物と会話できるということもなってもオカシクは無い。

「プ二ィ~……」
「まいったな」

勝気であるが思いやりのあるユキと会話できなくなったのは、寂しい。もう少し、なんて事の無い言葉を交して笑い合っていたかったのだが…。

「まあ、しょうがないな」

本来、ニンゲンとプニムが会話をする事自体がおかしな事だったのだ。別れのタイミングが来たと思って諦める事にする。



だけど、まだやり残した事がある。自分はプニムに向けて、大きくて武骨な手を差し出した。

「今、自分はお前が何を言っているのかさっぱり分からない。ユキも、自分が何を言っているのか分からないかもしれない」

……だけど、たとえお互いの言葉が分からなかったとしても、種族が違ったとしても伝わるモノがあると、自分は信じたい。

「お前だけ約束事を決めるのは不公平だからな…。自分も1つ、ユキに約束を守ってもらいたい」

自分はユキの瞳を見据えた。『届きますように』という祈りを込めて。

「今度は死者としてじゃあ無く生者として、こんなしみったれた『死後の世界』でじゃあ無く『リィンバウム』で……また、会おう」

ユキは目をパチクリさせている。伝わっただろうか。



ギュッ。



その時、ユキの小さくて可愛らしい手が自分の指を掴んだ。1人と1匹の間に言葉はない。だけどお互い考えている事は同じだと感じる。自分はもう一方の手でユキの手をやさしく握り込む。


「約束だ」
「プ二ッ」


その後自分は川上へ、ユキは川下へと、それぞれの旅を再開するために歩きだした。




結論から言うと、この世界でユキと出会う事は2度と無かった。

……だけど、存在さえしていればまた会える。自分にはそんな予感がしていた。



~~~~~



「なんだか、ひさしぶりな気がするな」

川沿いに歩いて1時間もしないくらいか。自分はようやく元いた村へと帰還する事ができた。現在、川へと向かったルートを逆に辿っているところだ。

「はたしてレオンさん達はまだいるのだろうか…?」

思えば、あの『小さな大冒険』は時間にしてみれば半日も経たない間に起こった出来事だ。実際に冒険していた自分には短く感じたが、待っている方にとってはあまりにも長い時間である。はたして彼らはまだこの村に滞在しているのか? 不安である。

「まあ、いなかったらいなかったで何とかするしかないか」

彼らの好意に甘えるばかりではいけない。例え1人になったとしても、約束のために前に進まねばならない。

「いなかったとして、まずは何をすべきか? とりあえず装備を整えて…あと他の召喚術も使えるようになりたいなぁ……そんでもって」

自分の頭の中に、1人用の冒険プログラムが着々と組み上げられていく。先ほどの経験で分かった事だが、自分には安易に希望にすがらず、今あるモノだけでなんとかしようとする気質があるようだ。




「あ、いた~!」

自分が物思いに耽っていると、少し遠くから聞き覚えのある女性の声が飛んできた。エイナさんだ。


「も~、こんな時間までどこ行ってたの。レオンもノヴァも何かあったんじゃないかって心配してたんだよ!」
「す、すいません」

猛スピードで迫ってくるエイナさんに狼狽してしまう。問い詰める迫力がユキとは段違いだ。さすが、この世界で長い間放浪者をやっていただけの事はある。

「見つかったか」
「あ、レオン」

この騒ぎに気付いたらしいレオンさんも合流した。彼は「何があったんだ」と自分に問うたが、簡単に話せるほど単純な話ではない。

「まあ色々ありまして、ご心配お掛けしました。……あ、体の方に問題は無いので」

詳しい話は追々にしよう。

「無事ならいいが、お前はこの世界に来たばかりだ。あまり1人で行動しようとしない方がいい」
「今回のことで骨身によ~く染みました」

少なくても装備をきちんと整えなきゃな……と思う自分は少し間違っているだろうか。

「行こう。向こうでノヴァが待ってる」
「今度からは勝手にいなくなっちゃだめだよ?」

やさしいお叱りが終わって、2人はノヴァさんがいるのであろう方向へと歩き出した。そしてそれについていく自分。





「おい、魚釣り行こ~ぜ」
「うん!」

「アナタ、魔物にはくれぐれも気を付けて」
「…わかった。行ってくる」

途中ドコかで聞いたような村人の会話を耳にしたが、気付かないフリをした。



[19511] 第4話 氷魔コバルディア その①2014/6/6改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0ee7eb46
Date: 2014/06/06 01:08
霊界サプレス。そこは肉体の無い精神生命体が住む異世界である。生命の魂の輝きを慈しむ『天使』と、生命の負の感情を糧にする『悪魔』――相反する2つの存在が、終わりなき戦いを続ける世界でもある。

そんな世界に、真の名を『氷魔コバルディア』という悪魔がいた。彼女は、霊界サプレスではある程度名の知れた存在である。天使との抗争は幾度となく体験しているし、名のある天使達を血祭りに上げたこともある。

……しかしいくら武功を立てようが、相手を絶望のどん底に叩き落そうが、彼女の心が、魂が満たされたためしは、一度として無かったのである。



~~~~~



「……はぁ、暇ね」

コバルディアは自身の住処で、ひとり暇を持て余していた。最近のサプレスは穏やかで、天使と悪魔の抗争はおろか、血気盛んな悪魔達の小競り合いすら、ほとんど発生していなかった。

「最後に戦ったのは、いつだったかしら」

サプレスの住民達は、時間に対して大らかな場合が多い。それは、精神生命体がゆえに肉体的限界――いわゆる寿命という概念が無いというのが大きな要因であろう。
彼女もそのクチで、彼女には空白期間が1カ月だったか1年だったか、それとも10年以上だったか……それすらあいまいだった。だが少なくても、彼女が飽き飽きするだけの時間が経過したのは確かだ。

「忌々し天使どもなら、安寧は大歓迎なんでしょうけどぉ」

負の感情を糧とする悪魔にとって、戦闘とは娯楽でありエネルギー源でもある。あり得ないことだが、この世に戦いが無ければ、悪魔達は衰退の一途を辿ることは間違いない。

とりわけ多くの悪魔は欲望に忠実なので、世に混乱を巻き起こす事になんら躊躇はしない。もしステレオタイプな悪魔が彼女のような状況に陥った場合、自らが騒動の火種となるべく行動するだろう。

「う~ん」

しかし彼女は、戦闘によって生ずる負の感情に食傷ぎみだった。それに他の同族とは少し『好み』が違うのである。もちろん『負の感情の好み』が、である。彼女も全ての悪魔と同じで、嫉妬・悲哀・憎悪・絶望などに染まった魂を見ると心が躍る。だが、それらは彼女が至高としている感情とは少しズレていた。

そういう事情も相まって、彼女自ら戦いに赴くのは億劫だと感じていた。

「あぁ、どこかで私の退屈を吹っ飛ばす事は起きないのかしら」

ご機嫌ナナメな彼女は、大きな伸びをした。



……そんな時である。突然、彼女の周囲に見知らぬ魔力が漂いはじめた。サプレスには存在しない、別の世界の魔力だ。それを理解した時、彼女はこの現象の正体を悟った。

「ニンゲンどもが使う『召喚術』ね。まさか私が召喚獣になる日がくるなんて」

諦めにも似た溜息が彼女の口から洩れる。彼女は悪魔仲間から、召喚術について聞いたことがあった。

――『誓約』が果たされると、高潔な天使も邪悪な悪魔でさえも、召喚術の術者に従う他なくなる、最悪の技術。中にはニンゲンに積極的に協力する酔狂なヤツもいるらしいが、大部分は強制的に異世界へ召喚され、労働を無理強いされる。かつては『兇嵐の魔公子』という大悪魔もその被害にあってる……とかなんとか。

そんな話を聞いたからには、悪魔コバルディアといえども召喚獣になるのはゴメンである。彼女は自身の魔力で召喚術に介入を試みる。だが介入を始めたとたん、彼女の体にイヤな不快感が走る。

「ちっ、ヘタに干渉するとこっちがヤバイか」

召喚術の、ある意味での完成度に舌を巻くコバルディア。彼女にはもはや、異世界へのゲートの開通を、ただ待つしかできなかった。

「でもムカつくから、とりあえず術者に一撃喰らわせてやりましょうか」

ゲートに引かれながら、彼女はそんな事を考えていた。



~~~~~



界の狭間の青年放浪者『バカ(仮名)』あるいは『チャーハン』は、恩人であるレオンとエイナ、そして導き手ノヴァとは別行動をとっていた。その理由は、青年の所持金が一定以上になり、「そろそろ彼らにおんぶにだっこはマズイ」と思ったからである。

放浪者の旅は、自身の魂の成長を促す試練である。なので、こういう困難もあったほうがいいのだろう。

青年はレオンらと合流する約束を交わして分かれた後、とりあえず商店で身支度を整えた。剣や食料(死者が食料を欲するのもオカシイ話だが)、その他雑貨を購入して「さあどうするか」と思った時、青年は道端で怪しげな女性の悪魔が商いをしているのを見かけた。

「さあ~そこの兄ちゃんなにか買ってかない? 買わなきゃ死ぬぜぇ~?」

紫の肌を惜しげもなく晒した露出の多い女性悪魔は、そんな物騒な売り文句で客引きをしていた。
青年は「正直客商売でそれはどうなんだ」と思いもしたが、とりあえず興味がわいたので店を覗いてみた。



……結局、店の商品は怪しさ満点、あるいは禍々しいモノばかりだったので、購入は断念した。しかし話を聞いてみると、彼女は行商人らしく、色んな情報を知っているとのこと。新たな召喚術を欲していた青年は、彼女に『召喚術のカード』についての情報を聞いた。

残念なことに有料ではあったが、こうして青年は召喚術のカードの情報を手に入れた。そしてカード集めに四苦八苦するのだが、そこは割愛しよう。

前振りが長くなったが、この話は『鬼岩洞』という洞窟で、青年が最後のカードを入手した所から始まる。



「今度こそ大丈夫、だよな」

洞窟内の若干開けたスペースで、青年は疑心暗鬼に陥っていた。原因は、手に持つ召喚術のカード一式である。
本来ならばとっととカードを用いて召喚術を使うべきなのだが、青年は以前に『召喚術を使おうと思ったら自分が召喚獣になっていた』という珍事を引き起こしていた。頭がどうにかなりそうだった。そのため必要以上に神経過敏になっており、傍から見れば挙動不審の変なヒトだった。

何十分かカードと睨めっこし、幾度と無意味な葛藤をくり広げたのち、ようやく青年は踏ん切りがついたようだ。カードを天に掲げ(洞窟内なのだが)、魔力を流し込む。そして期待と不安がないまぜになった声で、叫んだ。

「召喚、『氷魔コバルディア』!」

薄暗い洞窟に紫の閃光が迸り、霊界サプレスへと続くゲートが開かれた。後はゲートを潜った悪魔が姿を現すだけ、なのだが。

「あれ?」

どういう訳か、悪魔は中々こちらに来ない。術に確かな手ごたえを感じていた青年は、なおさら奇妙に思った。

「おっ?」

ようやく悪魔のらしき紫色の右手が、ゲートから飛び出した。しかし、なぜかその右手には冷気の暴風が纏わりついていた。

「『アイスストーム』」
「ちょ」

悪魔の右手から、獰猛な冷気の嵐が放たれた。正面にいた青年は避ける事も叶わず、冷風に煽られるまま吹っ飛んだ。

「ぎゃ!?」

数メートルほど宙を舞った青年は、洞窟内の壁にしたたか背中を打ち付けた。そしてそのまま、糸の切れた人形のように崩れて地面に倒れ伏した。青年の身体はそれっきり、微動だにしない。



「やりすぎちゃった。……そう言えば、術者が死ぬとサプレスに帰れなくなるんだっけ」

ゲートから全貌を現したコバルディアは、あっけらかんとした態度で、術者である青年の傍へと近寄った。青年の身体は冷気によって所々凍っており、肌色も死者でもOKなくらい青白い。

「生きてる?」
「………………」

コバルディアの問いに、青年は僅かに反応した。そして半冷凍された身体で地を這いつくばり、近くに置いてあったカバンを掴んだ。そのまま右手をカバンに突っ込んだ青年は、中身から『ポーション大吟醸』とラベルの貼られた薬瓶を取りだし、開封。薬をラッパ飲みした。コバルディアはその光景をニヤニヤしながら眺めていた。

薬瓶が空になる頃、忘却の彼方から帰還した青年がようやく口を開いた。

「死ぬかと、思った。……で、コバルディアさん? なんでいきなり自分は吹っ飛ばされたのかな?」
「ちょっと手が滑って得意技打っちゃたの。ゴメンネ」
「……えぇ」

悪びれもしないコバルディアに青年は頭を抱える。コバルディアはその様をまじまじと観察している。

「まあ、いいや。とりあえず貴女の質問に答える。生きてるか死んでるかと訊かれたら」

青年は苦々しげに言葉を吐き出した。

「死んでるんだよね」



~~~~~~



この世界のこと、そして自分の事……青年はコバルディアに大まかな状況説明をした。

「輪廻転生の輪から外れた魂が集う『界の狭間』……そんな世界があるなんて、オドロキね」
「全くだ。ほとんどの魂は転生の輪に還り、新たな命に転生するっていうのに。なんで自分はこんな場所にいるんだか」
「きっと最高に運が悪いのよ。もしくは生前の『業の深さ』ってやつのせいじゃない?」
「なあ、自分達初対面だよな。悪魔ってのはこんなに辛辣な会話をするもんなのか?」
「他のヤツの事なんて知らなぁい。それに私、アンタのことを褒めたつもりだけど」
「どこが!?」

悪魔の奔放さに当惑する青年をよそに、彼女はかなり上機嫌だった。あれほど召喚されるのを嫌っていたのにも関わらず。

だがその内面を青年に悟らせる気は無かった。術者には、召喚獣に対する『誓約』という絶対的な優位性がある。誓約には召喚獣の力を封印したり、召喚獣への命令を強要させるなどの効果がある。いくら青年が弱っちくとも、誓約1つであっという間に立場が逆転する。この状況で、相手に易々と自身の情報を渡すほど、彼女は愚かではない。

「まあ確かに自分は呪われてるレベルで運が悪いけど。ココに来るまでだって、間髪入れず魔物と遭遇するし、見つけた宝箱はほとんど空っぽ。アリ型魔物を見ると胃がキリキリするしさ」
「ご愁傷様ね」

逆に彼女は会話から、青年をそれとなく探っていた。その結果彼女の眼には、青年の姿は「最凶に運の悪いバカ」に映った。世間一般でいうとあまりよろしく無い評価だが、彼女にとっては別だ。少なくても、青年は彼女の欲するモノを、1つもっていた。

「そういうトラブルを除いたとしても、この世界に存在し続けるのは骨が折れるんだよな。……召喚術のカードを探したのは、生き残る可能性を少しでも上げたかったからだし」
「ふぅん。アンタ、私に協力してほしいんだ」
「ああ、そうだった。衝撃的な出会い(物理的)だったから忘れてた」

コバルディアは意味深な笑みを浮かべ、青年を見つめた。青年も、彼女の氷のように冷たい瞳を覗き返した。

「まあ、いきなりこんな辛気臭い世界に召喚されたトコ何だけど。貴女が良ければ、自分に力を貸してくれないかな」

青年が問うと、コバルディアはわざと、答えを言い渋るような仕草をする。

「そうねぇ。正直なトコ、力を貸すのは気が進まないのよ」
「え」
「私、アンタとは初対面だし。それに、私には私の都合があるの。今だって、サプレスで用事があったのに無理やりココに連れて来られて……」
「はあ」
「それに私、身内から召喚術のこと聞かされてたけど、あんまり良い印象がないのよねぇ。アンタが召喚術について誰からどう聞いたかは知らないけど、喜んで力を貸すもの好きなんて殆どいないわよ」
「……あーそうなのか、それは困ったなあ」

何か考えている青年をしり目に、コバルディアは内心ほくそ笑んだ。彼女の謀略は、所謂「アメとムチ」である。順番で言えば逆になるが。

拒絶の態度を示した後、甘い言葉で「妥協してやる」と手を差し伸べる。そうすると、相手は面白いようにその手を掴む。例えそれが悪魔との取引、破滅への引き金だとしても、だ。

特にニンゲンなんて強欲なモノで、一度望みを絶たれかけたとしても、そう簡単に諦める事ができない。むしろ、より一層渇望するようになってしまう。そこでチョイと、その欲望をつついてやれば、簡単に堕ちる。

コバルディアは、最初に否定的な態度を取った後、『しかたなく協力するフリ』をし、その後ゆっくり籠絡して、青年を自身の玩具にする腹づもりだった。そうすれば彼女の退屈はしばらく解消される。

「……ふふふ。でも、アンタはラッキーね」

コバルディアの口元に笑みが浮かぶ。
彼女には、青年がとても弱っちく見えた。そして弱っちいからこそ青年は力を欲しているのだ、と確信していた。理想と現実のギャップが激しいほど、欲望は強く根深い。



そういう思考、あるいは先入観があったから、だろう。



「私は寛大よ。アンタの態度次第じゃあ」
「うん、じゃあイイや。諦めるよ」
「………………………………え?」

『アメ』を放る前に交渉が打ち切られるなんて、彼女は想像だにしていなかった。

「ち、ちょっとアンタ、今のどう言う意味?」

内心の動揺を隠して、コバルディアは意味の無い問いを呟く。

「そのままだけど。貴女に協力する気が無いのなら、自分はそれ以上無理強いする気は全くないってこと」
「~~ッ(そんなのわかってるっての!)」

彼女は焦った。「誓約で従わされるかも」という想定はしていたが、唐突に「イイや」といわれるのは想定外だった。前者においては彼女にも対策はあったが、後者ではどうしようもない。

「えっと、そう! アンタの態度によっては、協力してあげないことも無いかな」
「譲歩してくれるのはありがたい。けど、貴女は召喚術自体が嫌いなんだろ? なら、嫌々協力してもらうのも忍びない」
「く、くううっ」

どうやら青年にはアメすらも通用しなかったらしい。

彼女は恐れた。もしこのままサプレスに送還されれば、また退屈な日々に逆戻りしてしまう。それ以前に、ようやく見つけた格好の獲物を逃したくはない。彼女の願望の問題というよりかは、悪魔としての本能の問題だった。

「というわけだから、貴女を送り還すよ。ホイ、送か……」
「ちょっと、待ちなさいっ!!」

慌てて青年を制したコバルディアは、内心非常に困惑していた。というか、彼女は青年の正気を疑った。何処の世界に、苦労して入手した召喚獣を容易く手放す召喚師がいるだろうか。

「ん? サプレスで用事があるらしいし、早く送還された方がいいんじゃないかな」
「よく考えたら大したことない用事だっような気がするわ、うん」

コバルディアは青年に送還されない方法を考えた。手っ取り早いのは、彼女が自身の発言を撤回し、青年に「力を貸すから送還しないで」と言うことである。しかしそれをすると自身が謀をしていたのが青年にバレてしまう。なによりニンゲンに協力を乞うなど、彼女の悪魔としてのプライドがゆるさない。

「それよりも、この世界にちょっと興味があるし、もう少し見て回りたいのよね。だから送還は後回しにしなさい」

結局こんなその場しのぎの言い訳しかできなかったコバルディア。しかし彼女の焦燥をいぶかしむ様子もなく、青年は簡単に了承した。

「だけどしばらくは洞窟一色だぞ」
「あら、なぜ?」
「洞窟の入口は自分が入った直後に落盤で塞がれたんだよ。だから、あるかもわからん別の出口探さなきゃいけない」

青年は深い深い溜息を吐いた。どことなく年季の入った溜息だった。恐らく『とんだ災難』は青年にとって日常茶飯事なのだろう。
荷造りする青年の後ろ姿をみやりながら、コバルディアは青年に聞こえないよう呟いた。

「やっぱり欲しいな、アイツ」



~~~~~



出口を求め鬼岩洞を練り歩く、青年の前途は多難だった。魔物という魔物が出るわ襲うわの大忙しである。
青年は時に戦って魔物を打ち倒し、時に戦術的撤退をしてその場をしのぐ(撤退の割合が大部分を占める)。だが魔物に遭遇する度、青年の肉体、精神的疲労は着々と蓄積されていく。

「うわあああああ!?」
「Gusyaaaaaaaッ!」

特に青年が異常なまでの精神ダメージを受けるのが、アリ型魔物に遭遇した時だ。体長1メートルを超えるアリ型魔物に遭遇すると、青年は一瞬で顔を青ざめ、次第に冷や汗が流れ落ち始める。そして常に顔面の筋肉を引き攣らせながら戦うのだ。

「……アイツ、ホントにアリが苦手なのねぇ。生前に何かあったのかしら」

そう呟くのは、アリとニンゲンの戦いを高みの見物しているコバルディアだ。彼女はピンチな青年を助ける気は特になく、慌てふためく青年を満足気に眺めていた。

「この害蟲がああぁ!」

青年の戦法はいわゆる「ヒットアンドアウェイ」だ。余りあるスタミナで相手の攻撃を避け、隙ができたらとりあえず攻撃してから急速離脱の繰り返し。傍目には、無様に転げ回っているようにしか見えない無様な戦い方だ。

彼女の目から見て、青年の戦闘力はお世辞にも高くなかった。スタミナや回避力まあまあなのだが、相手に致命傷を与えるパワーも、剣術の技量も、まるっきり欠けているように見えた。

「でも戦いの素人ってわけじゃあないのよね」

青年の剣を扱い方には、どこか手慣れた様子があった。おそらく生前に剣術をさわりだけでも学んだのだろう、と彼女は思った。

「どんな一生を過ごして死んだんだか」

青年に若干の興味がわいたコバルディアだったが、今重要な事は別だ。

どうやって青年を『都合のいい玩具』にするか。彼女の願望はそれである。先ほどは青年の突拍子のない思考で失敗を期したが、まだチャンスは残されている。そのチャンスをものにするための方法を彼女は考えるが、どうにも良いアイデアが浮かばない。

その時、ふとコバルディアの中に1つの疑念が芽生えた。

「……(アイツの『じゃあイイや』って、本当に本心だった?)」

先ほどのやり取りを回想していたコバルディアは、その時に少し違和感を覚えた。直感だが、青年の態度に芝居染みたモノがあるような気がしたのだ。

「……(まさか、謀られているのは私?)」

彼女に確証はない。それに……。

「アリは……念入りに殺ぉす!」

瀕死のアリ型魔物に必要以上の警戒心で攻撃する青年に、そんな度胸があると、彼女は思えなかった。

コバルディアの疑念が解消されるのは、もう少し先の事になる。



[19511] 第4話 氷魔コバルディア その② 2014/6/9改訂
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cdaeaf6
Date: 2014/06/09 00:05
「ほうほう、ふ~ん、なるほどね」
「コバルディアさん、そこらにある石碑ちょくちょく眺めてるけど、何か良い事でも書いてあんの?」
「べっつに。それよりアンタは後ろに集中なさい」
「ん?」

青年が後ろを振り向くと、ベロを出した提灯妖怪の魔物が飛びかかってくる所だった。青年は慌てて身をかわす。

「危ねえ、そして死ね!」

振り下ろされた剣の一撃で、魔物はあっけなく両断、霧散、消滅した。弱い魔物でよかった。

「これで何体目だっけぇ?」
「さあ。遭遇数50からは数えるのやめた」



界の狭間を行く放浪者、青年『バカ(仮名)』あるいは『チャーハン』と、女性型悪魔『氷魔コバルディア』の鬼岩洞探索は佳境に差しかかろうとしていた。今のような魔物との遭遇や、自然由来のトラップなどはあったが、青年達はなんとか無事に洞窟内を探索し続けている。

とはいえ未だに落盤で封鎖された出口の代替がみつからない。新たな出口を求めて洞窟の調査につとめてはいるのだが、そろそろ探索できる場所も限られてきていた。

そんな時である。青年にしてみれば、洞窟突入から数時間といったところだろうか。洞窟の深部で、少々開けたスペースと、そこに『いかにも何かありそうな扉』を発見した。

「……う~む」

しかしその扉の前方には、まるで封をするかのように『炎を纏う円柱状の祭壇』がせり上がっているのである。祭壇の纏う炎はそりゃもうすさまじく、熱気のせいで祭壇の周囲数メートル以内に近づけないほどである。

「行けるところは粗方探索したから、後はあの祭壇の向こうだけなんだけどなあ」

奥へ通じるわき道も探してみた青年だったが、そんなモノがあるはずもなく。結局のところ、前方の炎の祭壇をなんとかしないと、活路は開かない。

「どうしたもんかなあ。ねえ?」
「……さぁ」

投げやりに返した氷魔コバルディアは、明らかにゴキゲンナナメだった。表情にも、若干の陰りが見える。

「大丈夫か? やっぱり『氷魔』だから暑いところは苦手なのか?」

洞窟内ということもあって熱がこもっているのだろう。祭壇のある小スペースは、サウナでもかくや、というくらいに蒸し暑い。

「別にぃ、これくらいどうってことない」

口では強がってみせたが彼女だったが、実際の所は暑いのと熱いのが大キライだった。別に弱点とかではない。ただ氷と冷気を操る能力を持つ彼女にとって、過度な熱は本能的に受け付けないのである。

彼女としては、今すぐ自身の力で周囲を冷やしてやりたいところなのだが……彼女はそれが得策ではない、と知っている。
精神生命体である天使や悪魔は、肉体という「器」が無い。それ故に彼・彼女らはサプレス以外では、実体化のためにチカラの源であるマナを多量消費している。
現状、死者の魂だけ――つまりサプレスと近しい性質の『界の狭間』において、消費は他の世界よりもマシのようだ。しかし、供給のアテが無い今は節約するに越した事はない。

「もっとも、供給源があれば別だけどぉ」
「……?」

恨めしそうなバルディア。彼女は迷える青年を見やりながら、心に怒りを沸々と湧きあがらせていた。それに気付いているのかいないのか、青年は視線を祭壇に向けた。

「考え方を変えてみるか。そもそもなんでこんなヘンピな洞窟に、祭壇なんてあるんだろうか。それにこの炎、魔力めいた力を感じるな。ということは、放浪者を阻む試練なのか? もしくは封印? だとしたら何を封印しているんだ……」

別のアプローチを試みようとしても、青年の思考はあらぬ方向へ飛び火する。別の解決策などは到底思いつかない。そもそも、うまいやり方を思いつく頭脳を青年は持ち合わせていないのだからしょうがない。

結局のところ策を練ろうが、何をしようが、青年では炎の祭壇は絶対に突破できないのである。



あくまで青年だけでは、の話ではあるが。



「あ~くそっ。何か良いアイデアはないもんかなあ、コバルディアさん」

それはなにげない問いだった。自分がわからない問題を他のヒトに訊く……至極当然なことである。

「あ」

しかしコバルディアにとってその質問は、されるにはあまりにも不躾で、『侮辱』にも捉えられうるモノだったのである。青年も自分の失言に気が付いて口を手で塞ぐが、後の祭り。むしろ気付いてしまったという事実が、その時の青年の表情が、コバルディアの憤怒を助長させた。

「……あ゛ぁ!?」

この瞬間、コバルディアの堪忍袋の緒が切れた。先ほどまで練っていた、青年を理想の玩具にする姦計は遥か彼方へ吹っ飛んだ。そして彼女は自身のモットーが、『感情、欲望の赴くまま』であるのを思い出し、考えるのをやめた。
姦計なんてのは、リィンバウムに侵攻してボコられたどこぞの悪魔王に任せていればいい。彼女はそう考えて、悪魔らしく自身の憤りを直接、暴力に訴える事にした。

そうと決まれば後は簡単簡潔。手始めに、コバルディアは青年の胸倉を鷲掴みにし、そのまま宙に吊るし上げる。

「あぐッ!?」

彼女の手と腕は細くて繊細な女性そのものだったが、万力のようなパワーを発揮している。やはり彼女も悪魔、ニンゲンとは身体の仕組みが違うのだ。

「あら、アンタ。首元にデカイ切り傷があるの。……まぁ、それはいいか」
「ぐ、うう!?」

服の襟に首を締め付けられて苦しむ青年の呻きに、コバルディアは冷笑で返した。

「よりにもよってこの私に『炎の祭壇をどうにかする方法があるか』ですって? 『炎』に相反するのは『氷』って、エルゴが世界創造した時からの摂理でしょうが! 氷魔であるこの私ならあんなチャチな炎、指先1つで抹殺できるっての」
「く、苦しっ……」
「そしてぇ、アンタはバカだけどソレに気付かないおマヌケさんだとは、さすがに思えない。……というかさっき『しまった』って顔してたわね。しかも『これは言っちゃいけなかった』って言いたげな、イタズラがバレて焦る子供の顔だったわよ? 察するに、アンタの中には何らのの『ウソ』があった、ってことよね」
「マ、ズイ、って」
「あ~、思えば私に協力させない理由が『私が召喚術を嫌がったから』とか『協力の無理強いをしたくなかったから』っていうのが怪しかった。キレイごと大好きな天使とかならともかく、欲深なニンゲンが、そんな偽善的理由で行動するわけないもの。まぁ中にはいるかもだけど、アンタは違うわよねぇ? ん?」
「……ッ! ……!」

コバルディアの手は、彼女自身の不快感に比例して握力が増していた。すると青年の服、特に首回りが窮屈になっていき、当然気道も狭まる。

青年、彼女の腕を懸命にタップし、意識はおろか命が飛び立ちそうなのを懸命にアピール。
ここでコバルディア、ようやく青年の危機を察した。彼女としても、青年が2度目の死を迎えるのは都合が悪い。そう思って手を放す。自然落下した青年は、凹凸激しい地面に尻を強打した。

「~~イッ!? ェボッ、ゲボッ!」
「死人が息苦しくなるってのも、変な話」

尻の痛みを嘆けばいいのやら、呼吸をしていいのやら……青年はよくわからなかった。コバルディアはそんな青年の呼吸が整うまで、心に冷ややかな怒気を孕みながら、そしてどこかニヤニヤしつつ彼を眺めていた。



「さぁ、準備ができたらキリキリ吐いてもらいましょうか。ココは暑くてしょうがないし」
「ゲホ、あ~それって、自分が吐いてる『ウソ』について?」
「当然。まぁ、悪魔であるこの私にウソを吐いて白々しくする、その度胸は認めてあげる。それ以外は、今すぐ氷の工芸品にしてやりたいくらいムカついているけどぉ」

青紫の肌に青筋を浮かべるコバルディアの視線の先で、あまり悪びれる様子の無い青年は困った様子で頭を掻いた。

「言っておくが、自分の言葉に貴女への『ウソ』は1つとして無いよ(誰かさんとは違って)。ホントに、貴女に協力を無理強いする気なんて毛頭無いんだ」

そう断言した後、青年は大きな溜息を1つ吐きだして「……ただ」と続けた。

「貴女に協力を要請しない一番の理由は『言っていない』けれども」

一瞬の沈黙。

「はぁ?」
「だから、自分はウソツキではないのです。ただ隠し事をしていただけなのです。まずはそこん所をわかってもらわないと」
「結局似たようなモノじゃない」
「いやいや、イモリ(両生類)とヤモリ(爬虫類)くらい違う。例え軍法会議に訴えられても、勝つ自信あるよ」
「アンタねぇ……そういう話じゃないでしょうが」

青年の妙な自信とバカさ加減に、コバルディアは激怒を通り越して呆れかえってしまう。そしてそれを見越していたかのように、青年は話を進める。

「例えば、誰かに『召喚師が召喚術を使うにあたって、一番大切な事は何だ』と問われれば、自分は『信頼だよ』と答える。他のヒトはどうか知らんが、信頼に比べれば、強弱だとか種族だとかは問題じゃあない。召喚した相手に背中を預けても後悔しないか否か……自分が重視するのはソコさ」
「……ちっ」

コバルディアは、青年の顔から視線を逸らした。

「正直、貴女が自分に執着心のある眼差しを向けていたはわかっていた。かなり露骨だったし。ただ、なぜ自分に執着するのかどうしてもわからなかった。理由を聞いてもきっと貴女ははぐらかすだろうから、しばらく泳がせておいて機会を窺っていたわけ。ゴメンな、貴女を試すようなマネをして」
「最初っから私の思惑はバレてたってわけ」
「貴女はニンゲン……というか召喚主の事を舐めすぎたんだよ。自分はこれでも生前、サプレスの召喚術をかじってたらしいからね。悪魔が『負の感情』を欲する事を知ってたし、悪魔のやり口と対処も、だいたい心得てるつもりさ」

あっけらかんと答える青年に、コバルディアはすこしむかっ腹を立てた。

「私が痺れを切らして、アンタを殺害する可能性もあったはずけど?」
「貴女は召喚師が死ねば帰れなくなると知ってたみたいだし、特に問題視してなかったなあ。道中も自分に対して貴女は怒っていたみたいだけど、最後まで手は出してこなかったから、時間が経つほどにむしろ安心が増してた。
ま、その時はその時って感じかな。最後の宙吊りは死ぬかと思ったが」
「私のチカラがなきゃあ炎の祭壇は突破できないわよ?」
「そんときゃあ横穴掘って鬼岩洞脱出する」

自信満々に言い放つ青年に、いよいよもってコバルディアは自身の犯したミスと、青年のバカさ加減を痛感した。つまるところ最初の最初から、彼女の謀略は、青年に対して成立し得なかったのである。

そして彼女は悟った。自身の欲求のためには、このバカっぽい青年と正面切って話をしなければならないと。彼女としては、それは悪魔らしくない振る舞いなのでイヤだった。しかし嫌悪の感情以上に、彼女の本能が「欲求を満たせ」と求めてくる。それに逆らうことはニンゲンが呼吸をしないのと同様、悪魔として不可能なことであった。

「……ていっ」
「イデ!?」

とはいえ、本能と感情は別である。自身を謀り、あまつさえ試していた事実を、彼女は到底許せない。なので青年の頭頂部に拳骨をひとつ、振り下ろした。「この一発でチャラ」というわけらしい。

「あ~あ、せっかく慣れないマネまでしたのに、台無し。せっかく何も知らないアンタからマナやらなんやら絞り取る予定だったのにぃ」
「いてて……そりゃ残念。それでどうする? 本音で語り合うか、サプレスに送還されるか」
「前者でないと、問答無用で送還されるんでしょう? ここはオトナな私が折れてあげる。それで、話したら私と『契約』してくれるのかしら?」
「契約、ねえ。内容によるかな。待て、拳を振りかぶるのはやめてくれ。善処する、前向きに善処するから!?」

召喚術といえども、強大・強力な存在を従えるのはなかなか困難である。そんな時――特に悪魔のチカラを借りる場合、召喚師は悪魔に貢物をする事で、対価として悪魔の庇護を受けるということがある。これが『契約』である。
貢物の内容としては、一般的なもので『マナ』、ひどいものだと『魂』、変わり者だと『リィンバウムへ通じるゲート』など。ようするに、契約を交わす悪魔のチカラと趣向、目的に左右されるわけだ。

「別にアンタにはそれほど期待してないわよ。私が欲しいのはアンタの『魂の負の輝き、負の感情』なんだから」

青年は2つ目のタンコブに顔をしかめながら、コバルディアの身の上話に耳を傾けるのだった。



「悪魔は生命の負の感情を糧とする存在。だけどニンゲン個々の味覚に好き嫌いがあるみたいに、悪魔も負の感情に好みがある。もちろん私にも。
……結論からぶっちゃけちゃうと『不運なニンゲンの魂』が好みなのよ、私は」
「つまり『貴女のお眼鏡にかなった自分は最高の不運野郎』だと」
「自覚無いの?」
「…………ある」

星の巡りの悪さは、青年自身がよく知っている。鬼岩洞での様子にしても、青年は何度死にかけたことか。その内2回の実行犯であるコバルディアは気にする様子も無く、続ける。

「不運な目にあった奴の心ではね、実に色々な感情が生産されるのよ。『こんなはずじゃあなかった』『なぜこんな目に』『助けてくれ』そう叫びたくなるほどの後悔・憤怒・絶望・不安などなど。
……それだけなら戦場にでも行けば同じモノは得られるんだけど。不運な奴ってのは、原因が『運』なんて不確定要素だからね、それらの感情をぶつける相手を明確に定められないのよ。近場の奴か、エルゴへの八つ当たりがせいぜい。根っ子の部分は発散されない。
そうなると、負の感情はほとんど発散されずに心の中にどんどん貯蓄されていくわけ。そして貯蓄された多種多様の感情は、心という窯の中、憤怒の熱で渦巻き混ざって煮詰められ……最終的に深くて仄暗い魂の輝きとして現れる。その凝り固まったヘドロのような感情と、黒く鈍く光る魂の輝きこそが、私の至高とするモノ」
「うわあ」

コバルディアの語りに、恍惚の響きが混じっていた。いつかの昔に彼女が見た魂の煌きを回顧し、頬が緩んでいるようだ。青年はそんな彼女に内心ちょっと引いた。

「……でもさ、自分よりもひどく運が悪い奴も、探せば大勢いると思うんだけどなあ。いくらか運が悪いって言っても、自分がワーストではないだろ、たぶん」
「そこが泣きどころなのよ。そもそも全生命体のうち、幸運な奴と不運な奴とが半々いるわけでもなし。幸と不幸が入り乱れた生涯なんてザラ。だから幸運より不運が勝る奴を探すだけでもメンドクサイ。
そしてせっかく数少ない標的を見つけても、そいつらの大半は己が不運故、勝手に破滅しちゃう。そうなった奴の感情なんか、絶望一色ですぐ飽きちゃうからいらないし」

拗ねたように口をとがらせるコバルディアは、得てして子供っぽく青年には見えた。しかし欲望に忠実な故に自然とそうなるだろうし、話の内容は身勝手そのものだ。

「私、一回で極上の食事をするよりは、毎日朝昼晩と継続して上質な食事を味わい尽くしたいタイプなの。だからぁ、負の感情を遂次産み出す『不運を呼び込む体質』でかつ『心身共にしぶとい』奴を常々探してたんだけど、私の眼鏡に適う奴はほとんどいないのよねぇ。特に前者のハードルが高くて高くて」

コバルディアはわざとらしく首を横に振った。しかしその後、嬉々とした笑みをうかべると共に、青年の表情を除き込んだ。

「その点、アンタには及第点をあげてもいいわ。この洞窟での魔物との遭遇数、恨みったらしく延々と続く不幸自慢、魂が纏う鈍色のオーラ……それらを総合して判断すると、アンタは10年、いいえ100年に1人の『逸材』ね。
ついでに言うなら、アンタの一見特徴が無いように見える顔もグッド。……『あ、コイツ幸薄そう』って見ただけで直感的にわかるって、そうそうないわ」
「……(心が折れそうだ)」

自分の精神がガリガリと削り抉られている幻聴が、青年に聞こえ始めていた。しかしコバルディアは気にも留めずに饒舌に話し続ける。そもそも正面切って話し合うことになった要因は青年にあるので、彼女には遠慮する気がさらさら無かった。「むしろもっと鬱屈して、私に負の感情を献上しなさい」とさえ思っていた。

「あと、身体の方は問題無いでしょう。気持ち悪いくらい半無尽蔵のスタミナと、黒光りする節足動物並みのしぶとさは、素直に賞賛してあげる」
「それ絶対バカにしてるだろ。特に後半」
「なんのこと? ……ま、ここまではいいんだけどねぇ」

大きな溜息を吐くコバルディア。どことなく、末期患者に告知する医師のように見えた。

「問題は精神面ね。どうにもアンタは、ハングリー精神が欠けているというか『生きてやる』っていう意思に欠けているというか」
「そりゃ死んでるからな」
「わかってて茶化してるでしょ。そうね、一般的なニンゲンで言う所の『死んでたまるか』っていう気概、でどうかしらかしら。アンタには決定的にソレが欠如してる。自分を軽視している、と言い換えても良い。
とにかく、アンタは『協力の無理強いをしない』とか『悪魔に殺されてもその時はその時』とか、まるで自分を大事にしていない。別にニンゲンがどうなろうとかまわないけれど、私の食料たる者、他者を踏み台にしてでも命にしがみ付くようでないと。色々と困るのよねぇ、私が」
「……」

コバルディアの話はメチャクチャな部分もあるが、その言葉は青年の琴線に触れたようだった。青年にしてみれば身に覚えがありすぎるし、生前にも同じような事をしでかしていた確信があった。

「まあ、うん。それは確かに自分の欠点だ。だけど生前からこんな性質だからなあ。シルターンでは『三つ子の魂百まで』という言葉があって、生まれついての性はどうにも更生しづらく………………ん?」
「なに、どうしたの」
「な~んか、自分の言葉に違和感があるような、ないような」

青年は腕を組み、脳内(魂か?)に残留している自分の記憶のサルベージを試みる。

界の狭間へ紛れ込んだ死者の魂は、生前の記憶を忘却しているのがほとんどだが、重要な記憶やなじみ深い記憶を憶えているケースも少なくない。そう知り合いの導き手から聴いていた青年は、先ほど感じた違和感を頼りに、必死に自分の記憶を探る。

「生前……三つ子の魂……生まれついての性、サガ……『生まれついて』?」

なぜそこまで必死になるのか、青年自身も理解できなかった。自分の根幹に関わる問題だということを、本能的に感じていたのかもしれない。

「ああ」

瞬間、青年の脳裏に衝撃が走った。今回ばかりはコバルディアにぶたれたせいではない。
失われていた記憶が復旧し、それが自分の性質・行動の裏付けとしてがっちり歯車が噛み合ったのだ。今まで記憶喪失のために感じていた『自分なのに自分では無い部分』が、きっちり自分のパーツとして受け入れる事ができた爽快感が、青年の心を満たす。

「何よ、そのシンキクサイ顔は」

しかしその一方で、青年の顔色はどうにもすぐれなかった。「幸薄い」と評された表情に少し影が差し込み、目の下には若干のくまができた……ように見える。

「あー、あれだ、ヒトには思い出したくない記憶というのがあってだな。まあ、ソレを引き上げてしまったわけだ。うん」

青年は話をそれで打ち切り、それ以上口を開かずに虚空を見つめはじめていた。言葉は無いが、どうにも「これ以上語らせないでくれ」と良いたげな雰囲気がプンプンとにおっていた。

「話しなさい」
「うっ」
「まさか、いたいけな乙女の本心をあらわにしたあげく、自分だけ口を閉ざすなんて、そんな不義理なことないわよねぇ?」
「うううっ」

もちろんその程度の拒絶で怯む悪魔はいない。そして再三言うが、「腹を割って話そう」と持ちかけたのは青年なので、拒否権がないのである。

「さぁ、素直に語るか無理やり語らせられるか、どっちが好みかしら」




~~~~~~~~~~



幕間ができたので
正直この第4話が鬼門だった。



[19511] 第4話 氷魔コバルディア その③ 2014/6/19 投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cdaeaf6
Date: 2014/06/19 22:28
自分の故郷がある日、あっけなく壊滅した。それがいつ起こったのかはよく憶えていない。遠い昔か、高々数年前だった気もする。
自然災害でも起こったか? それともパンデミック? 軍隊の侵略とかだったかもしれないが、やっぱり思い出せない。

ま、いつとか原因だとかは大した問題じゃない。「自分の愛する故郷が、帰るべき場所が永遠に失われた」それだけで自分にとっては人生最大に最悪で最低な出来事だった。

その報せを、故郷から遥か遠い土地で知った。「故郷にいなくて幸運だった」と言うヒトもいたが……たぶん自分にとっては不運だったんだろう。



報せの後、自分は精神に致命的な変調をきたした。どのくらいかというと、末期には崩壊寸前の所まで追い込まれるほどだ。『誰か親しい奴』の叱咤激励がないと、まともに生活できないほどに。
そして時間にゆとりができると、いつも故郷のことを考えるようになった。思考のほとんどはネガティブなものさ。

自分は何で、故郷の窮地にその場にいなかったのだろう、と言う後悔が胸を締め付けた。故郷を滅ぼした元凶に、燃え盛る怒りを覚えた。もう二度と帰ることができない故郷を回想すると、心がノスタルジアでいっぱいになって、他の事などどうでもよくなった。故郷の家族・隣人・仕事仲間……彼ら彼女らの無念を思うと、涙が止まらなかった。「自分は何で生きているんだろう」とさえ思った。

そんな思考の渦の中で、特に嫌悪するモノがあった。それは「自分の故郷がヒトビトの記憶から、世界から消えてなくなってしまうこと」。

自分は、本当に故郷が大好きだった。小魚やカメを採取したキレイな小川、泥んこになるまで遊んだ田んぼ。煩わしい昆虫の鳴き声が響く林に、燦々と照りつける真っ赤な太陽。秋には山々が紅と黄のコントラストで美しくてな、果物もうまい。冬は除雪だなんだと煩わしかったが、天空からひらりひらりと舞い落ちる雪はやっぱりキレイでなあ……。



え、ジジ臭いからやめろ? ……わかったよ。



まあとにかく、他者に勧めても全く恥ずかしくないほど、自分は故郷を愛していたんだ。もちろん嫌な思い出もあるが……それを差し引いても「愛してる」と胸を張って言える。骨を埋めるのは故郷だと決めていたし、いづれ故郷に恩返しもしたいと思っていた。

だけどそれが叶わなくなってしまった。それどころか亡き故郷の痕跡さえ、時が経てば風化して、物体も記憶も消えてしまう。生き残りの自分だって100歳にもなれば死ぬ。そうなれば、世界ですら故郷のことなんて覚えてはくれまい。

自分にはそれがどうしても許せなかった。「この世に永遠に残り続けるモノなんて存在しない」そんな事は分かっている。ただでさえ小さな集落だしさ。

だけどこのままじゃあ『あっけなさすぎる』じゃないか!

遠い昔から受け継がれてきた集落が、田畑達があっという間に消えた。ヒトビトの命も思い出も全部だ! 故郷にあった良い所全部、誰にも知られぬまま消えていく。残酷すぎるじゃないか、未開の地を必死の思いで開墾してくれたご先祖様に合わせる顔がないじゃないか!

……こんな感情さえ、このままではすぐ世界から消えてなくなってしまう。

だからせめてほんのちょっぴりだけ、「なごり」だけでもいいから、だれかに故郷を憶えていてほしかった。その痕跡だけでも世界に遺しておきたかった。

そう思い立った自分は、故郷を遺す方法を色々と考えた。だけど、自分のおつむでは良いアイデアが浮かばないのもしょうがないよな。思考するほど自分のチカラの無さを痛感したよ。財力とか影響力があれば故郷の再建もできただろうが、いかんせん自分はそんなのと無縁だし。
「宣教師ばりに故郷の昔話をして回る」とか考えたけど、四方山話としてあっという間に忘れ去られるのがオチってね。そもそも自分が遺そうと思ってるのは「口では伝わらない良さ」だし。何と言うか、あったかさとか、やさしさとか……そんな感じ。

でだ。頭が良い具合になり始めた頃、ふと疑問に思ったんだ。「故郷の痕跡は何も残っていないのか?」って。
(理由は忘れたが)故郷には立ち入れなくなっていたし、生存者はいなかったらしい。やっぱり何も無いのか……そう思いそうになったけど、気が付いたんだ。「自分自身が、故郷の存在していた証明なんだ」って。
故郷が存在するから、自分は誕生することができた。生前の自分は、故郷の仲間と自然によって育まれた。故郷があるから、今の自分がいる……考えたら当たり前なことなんだけどさ。

そう思った時、現実で故郷は滅んだけど、自分と滅んだ故郷とは見えない糸でまだ繋がっているような気がした。いや、繋がっているんだ。偉い学者様風に言うと『因果律』かな?

自分と故郷との繋がりがあるのなら「自分を誰かが記憶に留めていれば、自分と繋がっている故郷も世界から消えない」。何時からか、そう考えるようになった。



それからの自分は、とにかく誰かを助けたいと思うようになった。自分が誰かを助ければ、助けられた誰かは自分を憶えていてくれるだろう、と思ったから。「善良な者達の悲劇が見過ごせない」というのもあるんだけどさ。
逆に、ヒトに頼ったり、迷惑をかける行動をしづらくなった。自分の評価は故郷の評価だ。ヒトに頼ればそれは自分の評価ではなくなるし、自分の悪さで故郷にケチをつけたくなかったから。それに結局は自分のわがままなんだ、他者を巻きこみたくはない。

そんなライフスタイルでしばらく生きていたら、ポックリ死んでしまった。その直前に、誰かを助けたような気がするが……いまいち思い出せない。

ただ「本当に救いを求めている者は、弱っちい自分では命を代価にしないと助けられない」なんて言葉が頭に残っている。



***



「というのが、思い出せるだけの生前の思考だ。……『故郷を遺すために誰かを助ける』か。聞こえはいいけど、死にたがっていただけ、なんだろうなあ」

長話を終えた青年『バカ』あるいは『チャーハン』は鬼岩洞の奥、炎の祭壇前で盛大な溜息を吐いた。なお青年の頭には2つのこぶができている模様。

「『故郷を遺したい』というのは真実なんだろう。だけど生前の自分は結局、故郷を失った悲しみにいつも押しつぶされそうだったんだ。死にたい、けど自殺はしたくない。自殺は命や家族に対する侮辱だから。
でも生きるためには目標が必要だ。『ヒトを助ければ故郷のなごりを遺せる』という思考は好都合だった。弱っちい自分が誰かを救助するには全力でなければならなく、誰かを助けて死ねば全ての目標を果たして安らかな眠りにつける。そう、生前の自分は『誰かを助けたかった』んじゃあない。『誰かを助けて死にたかった』んだ」

青年は生前の自分をそう分析し、「死後も自分はこうして存在しているけども」と付け加えた。

「今の自分が自身を軽視する要因はコレだな。どうにも生前その考えにあまりにも固執していたせいで、死んで楽になった今でも生前の悪癖が抜け切れていないらしい。
……そして厄介な事に、今でさえ生前の悪癖を否定できない自分がいる」

今の青年は、生きていた頃の――特筆すれば故郷壊滅から死ぬ直前までの青年、とは別の性質を持っている。今の青年はどちらかと言うと、故郷壊滅以前のそれに酷似した性質だ。

その相違点が記憶喪失により発生しているのは明白。だが生前の頃の因子が、今の青年の魂に残っているのもまた事実である。
もし、ふとした拍子に青年の暗黒時代の記憶がよみがえってしまったら? 死ぬ直前と完全に同一のメンタルを発現してしまったら? そりゃあもう面倒臭い事態になること請け合いである。

転生の輪から零れた魂の集うこの世界で、負の記憶を完全に消去する方法を青年は知らない。そのため上記の問題を解決するためには、青年の精神に根本的な変化が起こるしかないのだ。

とはいえ青年は「そううまく解決できるはずもない」と知っている。とりわけ内面の問題は、完治まで時間がかかるのが通例だ。

「……(ゆっくりと向き合っていこうかねえ)」

心の中でそうごちた青年は、自分の昔話に付き合ってくれた女性の悪魔『氷魔コバルディア』に意識を向けた。空中に浮かんでいる彼女は、目を閉じ腕を組みながら、何やら思案している。

「コバルディアさん。感想をどうぞ」
「ん、そうねぇ。ヒトコトで言うなら……」

彼女は視線を宙に泳がせながら唸ったが、そう時間もかからずに最適な言葉を見つけた。

「『くっだらない』」
「なあ!?」
「よくもまぁ、長々と退屈な話を口から垂れ流してくれたわねぇ。ヒマすぎて私まで死にそうよ」
「おま、お前なあ。一応にも1人の人生譚をくだらないで済ますか!?」
「くだらないと思ったモノをくだらないと言って何が悪いの? 『故郷を遺すために誰かを助けて死ぬ』? ハッ、ちゃんちゃらおかしいってもんよ」
「…………おい」

彼女の言葉を聞いて、青年の理性のタガが1つ外れた。そしてそれは青年の言葉含まれた『怒り』となって如実に現れる。視線も鋭く、すぐにでも殴りかかっていきそうな気配が体外へと滲みだしていた。

「まぁ、アンタのダメな部分が理解できたって所だけは有意義だったわ」

しかし百戦錬磨の悪魔を怯ませるには至らない。コバルディアは青年の新たな一面に内心嬉々としながら、冷静に語る。

「アンタの一番の悪癖は、アレコレとど~でもいい思考を延々と巡らせること、これに尽きる。
思考に思考を重ねるから行動を迷うし、好機も逃す。先の先まで夢想するから余計でネガティブな気持ちも呼び込んで泥沼にハマる。そうやってただでさえなけなしの幸運も飛ばしちゃってるのねぇ、カワイソウに」
「どうでも、いい? 故郷を思う事がどうでもいいってのか!?」
「落ち着きなさい」
「イデッ!?」

そう言いながらコバルディアは、動作不良の機械にそうするように、青年の頭頂部をどついた。

「別にアンタが故郷を愛そうが恨もうが勝手だけど、そうじゃあなくて。身の丈に合わない責任感と、勘違いも甚だしい使命なんて捨てちまえってことよ」

コバルディアは涙目の青年にビシッと人差し指を突き付け、青年の何がダメなのか語り始める。さながら説教だ。

「生前のアンタはがやりたかった事って、要するに『故郷をヒトの心に良い感じで遺すため、善行――主に人助けに自分の命を賭す』ってことよねぇ。
『故郷を遺すために善行をする』……これはおかしくない。悪魔社会でも悪魔王の眷属たる悪魔の功績は、そのまま悪魔王の評判アップに繋がる。ニンゲンにしても1人のポカのせいで、リィンバウム人が総スカンを喰らったって昔話もある。アンタの行動が、アンタのバックグラウンドの評価に影響を与えるのは然りよ」

ここまで滔々と述べた彼女は、今度は大きく息を吸い込んで、言葉の爆撃で青年をまくしたてる。

「だけど前提として、アンタみたいなバァカにそんな器用なマネできるはず無いでしょうが! ニンゲンなんて目的1個を成せるかも怪しいくらい脆弱なのよ? なのにあんたは弱っちい癖に『故郷の好評価』に『ヒトの命を助ける』なんて2つも高望みしちゃってさぁ。何様のつもりだったのアンタは!?」

「何様はこっちのセリフだ」と青年は思わず叫びそうになったが、現実への反映はされなかった。殴られた頭がズキンと痛んだからというのもあったが、彼女の話に引かれるモノを感じたからだ。どういうわけか。

「あと、そのための手段が『命を賭けた善行』ってのも気にくわない。別に『善行』がくだらないってんじゃあないわよ。悪魔の趣味嗜好をニンゲンのアンタに押しつける気はないもの。
で、どう気にくわないかっていうとぉ、『善行に命を賭けるなんてのはくだらなくて愚か』だから。言いたい事わかる?」

青年は素直に首を横に振る。

「例えば、悪漢に襲われているニンゲンがいたとする。その時、生前のアンタがその場にいたらどうする?」
「当然助ける」
「なるほど、とりあえずアンタは悪漢を撃退できたと仮定しましょう。助けられたニンゲンはアンタに大いに感謝するでしょう。さて、このケースでアンタは善行したと言えるでしょうか?」
「なんとなく嫌な予感がするが……イエスだと、と思う」
「ざぁんねん。正解は『この時点では分からない』でしたぁ」

コバルディアは満面の笑みで言ってのけた。

「まぁ、『アンタが助けたニンゲンは実はシリアルキラーだった。なのでたくさんのニンゲンが死んだ。そのためアンタの行動は悪行』とした方が私の好みではあるんだけど」
「何が言いたいんだお前は」
「要するに、良かれと思った善行も悪行になり得るし、逆もまた然りってこと。誰かを助けたからといって、それが世のためニンゲンのためになるかなんてのは、助けた瞬間にはわからない。後になって、かえって状況を悪化させることもあるし、思ったよりも大きな変化をもたらす時も無いわけではない」
「……シルターンで言うところの『塞翁が馬』ってやつか? 落馬して足を怪我したから、後の戦に行かなくて済んだとかいう」
「そぅ。だからぁ、命を賭けて善行・人助けする奴ってのは愚かだと、私は思うわけ。命を賭けて命を救っても、救った命が新たな厄災を招くことがある。亡くした命が思わぬところで誰かを傷つけることもある。
特にニンゲンは弱くて儚いからねぇ、恩人の死を眼前で見せつけられ、心と魂を負の感情で満たして、凶行に走ることだってある。それなのに恩人サマはやり切った顔をして現世を去ってしらんぷり。 自分勝手で自己満足だと思わない?
善行でも何でも、誰かがやりたいと言うならば勝手にすればいい。私には関係ないし。だけどそんな風にうそぶくんだったら、行動の結末を最低10年間は生きて観察してから死ねって感じ」
「ぐうぅッ」

コバルディアの言葉は、青年の精神にグサリ、と突き刺さった。青年は自分の死んだ時の状況を完全に覚えてはいないが、彼女の言う『愚か』の定義に当てはまっている確信があったからだ。

「……(なんで、小さな女の子の泣き顔が頭に浮かぶんだ?)」

そして青年の脳内にフラッシュバックされるヴィジョン。それはきっと現世に遺してきてしまった、大事な存在の姿なのだろう。そう直感したが、女の子の仔細を青年は思い出せない。それが腹立たしくあったし、何より悲しかった。

「……どうすれば、よかったんだ」
「ん?」
「なら一体、自分はどうすればよかったんだよ!? 寝ても覚めても故郷を亡くした日の事ばっかりフラッシュバックする! 辛くて苦しく後悔して、忘れたくても忘れられなくて。それでも生きて行かなくちゃあいけなかったんだ! 目的の1つでもないと自分を奮い立たてさせられなかったんだよ!
……どうやって、どうすれば、幸福に生きられたっていうんだ、答えてみろよ!」

涙を浮かべ、感情をあらわにした青年が、叫ぶようにまくし立てた。青年の怒号は洞窟の中で少し反響したが、すぐに聞こえなる。

しばしの沈黙。コバルディアはそんな青年を一瞥すると、深い深い、奈落より深い溜息を吐いた。そしておもむろに青年との距離を近づけると……。

「し・る・かッ!」
「ぶげら!?」

魔力を付加して強化した右のコブシで、青年の顎の下を的確に撃ち抜いた。俗に言うアッパーカットである。青年は涙と共に、見事に吹っ飛んだ。魔力にモノをいわせた、型も技術もあったもんじゃない一撃だったので、幸いにも致命傷ではなかった。

「アンタねぇ、頭脳がマヌケなの!? 私が最初に『アンタの悪癖は考えすぎる所』だって言ったのに、辛いだの苦しいだの愚痴愚痴グチグチ……まるで悪びれてないじゃない! そもそもアンタもう死んでるんだから、生前の後悔を引っ張り出すことがもうバカ!」
「……!……!?……」

地面に倒れ込んだ青年に今度はコバルディアがまくし立てる。しかし青年はというと、視界のあちこちに星やら光やらが散らばった錯乱状態であり、意識が朦朧としていた。

「いい? 『生きる目的』なんてのはシンプルに『欲望の赴くまま、やりたいようにやる』……これでOK。 なんでニンゲンってのは、そんな事も分かんないのかしらねぇ。
数多の因果の糸で紡がれ、複雑怪奇で摩訶不思議なのが『界の意思(エルゴ)』の創造した世界ってやつなのよ?。アレコレ策を弄したとしても、色んなモノに邪魔されて結末をねじ曲げられる。チカラの無いアンタみたいなニンゲンは特にね。
ならいっそのことやりたい事だけやってれば、成功確率も上がってストレスも軽減、両得なのに。後は自身の行動の結果をしかと受け止める心構えさえあれば、言う事無し。悪魔はそんな風に生きてるのにさぁ……」
「……(ああ、村の僕ん家が見える)」

話に熱中するコバルディアをおいてけぼりにし、青年にはついに幻覚まで見え始めていた。ぐわんぐわんと揺れる頭には割れるような痛みが走り、目の前の氷魔の姿すら霞んでいく。意識とカラダとの感覚が乖離し、指もまともに動かせなくなっていく。

しかし、なぜだかコバルディアの発言はしっかりと聴こえていた。彼女の言葉が耳を通して頭を通り過ぎ、どこにあるかもわからない魂の奥の奥を刺激していく。

「……(マズイ、幻聴まで聞こえてきた)」

だが実際には幻聴ではなかった。



***



それは『チャーハン』という変な名前の少年の、軍学校出発前夜。木造の実家で少年が名残惜しい夜空を眺めていると、少年の父が声をかけた。

「荷造りは済んだのか?」
「とっくの昔、3日前にはもう終わってるよ」
「なんだ、その辛気臭いツラは。軍学校へは行きたくないのか? ここいらでは一番良い学校だぞ。治安もしっかりしとるし……」
「あたりまえさ! 『キツイ』『汚い』『キナ臭い』の三拍子そろった軍人さんになんて、ぜったいなりたくなかったのに……僕はファーマーを継いで、おとーさんたちの田畑を耕すのが夢だって、いつも言ってたじゃあないか!」
「ふん、農作業はともかく、経理の『ケ』の字もままならんお前に、ウチの畑は任せられんわ!」
「うぐぐ……さ、3ケタのたし算ならできるようになったんだぞ」
「家畜のトリ肉が食卓に並んだくらいで泣きだすのもいかんなあ」
「あれは僕のかわいがってたピィ助を、おとーさんが勝手に絞めてソテーにしてたからだよ! しかも食べ終わってから『今の肉はあのピィナントカだからな』なんて言いやがって」

少年の悔しそうな表情を見た父は、豪快に笑った。

「ま……お前を跡継ぎにしてもよかったんだがな。お前は長兄のように何事もそつなくこなすのは無理だが、農具を持てばピカイチだった」
「なら!」
「だが、だ。ファーマーだけが人生とはかぎらん」
「?」
「お前を高い授業料払って軍学校に入れるのには、キチンと理由があるのだ」
「え、軍人さんになって仕送りしろってやつでしょ?」
「うむ、それが半分。あとは種まきのシーズンが来ているのに長々と会議する村の連中が鬱陶しかったのが……少し」
「ホントに少し?」

父親は咳払いを1つして、少年の2の手を封殺した。

「きっかけは、お前が連れて来たあの珍妙な召喚獣だった」
「『召喚獣』じゃなくて『ポワソししょー』」
「ああ、そうだったな。そのポワソなにがしを連れて来た時、お前は楽しそうに笑って……いや、ポワソと一緒に笑い合っていた。
あの時のお前は、どんな時よりも生き生きと輝いて見えた。家畜の世話をする時や農作業の時、山で弓矢の使い方を教えた時よりも、な」
「そうかな?」
「ああそうだ。私は、お前にはファーマー以外の未来があると直感した。だからお前に世界を見せることにした。軍学校へやるのもそのためだ」
「……ふ~ん」

良くわからない、と言った感じの少年の頭に、父のぶこつな手が覆いかぶさる。

「お前には私がイジワルしているように思うかも知れんが、ちゃんと心配もしているぞ。なにせペットが死んだだけで3日塞ぎ込むような泣き虫だからなあ」
「もうそんな子供じゃない」
「どうかな? ……ファーマーたるもの『命』を尊重するのはもちろんだ。その点お前は合格だが、いかんせん繊細すぎて余計なモノまでしょいこんでしまう。
図太く、ある意味鈍感でなければ、大自然を相手取る農業はやり辛い。そういうところも、お前を跡継ぎにしない理由なんだがな」
「う……」

何とも言えない表情をみせる少年の頭を、父親は乱雑に撫でる。

「いいか、バカ息子」
「なにさ」
「お前は村の外で、お前がやりたい事を見つけ出せ。お前が決めた道だったら、異界の存在と生きる道だろうが、帝国軍人になる道だろうが、私達は応援する。世界を見てなおファーマーになりたいのならば、それもよかろう。
ああ、家の事は心配いらん。お前がいなくとも回るようになっているからな」

「だが、これだけは言っておこう。『1つの道に全力投球』……それが、我が家の息子の生き様としてふさわしい。お前は器用ではないし、一所懸命にやりたい事やって生きた方が、人生楽しいぞ。
まあ時にはふらふら寄り道する時もあるだろう。いつか後ろを振り返ってみてもいいだろう。だが歩みを止めたり、道を踏み外すことだけはするなよ」

それが少年と父との、最期の会話らしい会話だった。



****



「くっくっくっ……、あッはははは!」
「な、何いきなり。 殴りすぎてついに頭イッちゃった!?」

青年は笑っていた。腹を抱えて、カラダから悪いモノを全て吐き出すように笑った。

「……(なんだ。答えははじめっから自分の中にあったんじゃあないか)」

死んでからではなく、生きている時から忘却していた父からの言葉。それを、青年は死後になってようやく思い出せたのだ。

「……(なんで忘れてたんだろう? やっぱり親父にとにかく反抗したかったから、かな)」

しかし数多くの挫折と失敗を繰り返し、若くして命を散らせてしまった今、父親が青年の事を誰より理解していたのだと思い知らされた。それは青年にとってちょっとムカつく事実だが、優れた助言でもある。

「いや、悪い悪い。自分のバカさ加減をようやく理解しちゃってさ。自分で自分が滑稽でしかたないっていうか……くくく」
「へ、へぇ」
「うん、コバルディアさん――あ、もう呼び捨てでいい? 全部コバルディアの言うとおり。どうもヒトの本質ってのは、自身よりも他者の方が容易に見抜けるらしい。『即断即決、目標に一直線』が自分の性に合ってるみたいだと、ようやっと理解できたよ」

ひとしきり笑い転げ、目元の涙をぬぐった青年は、ふらつく頭を支えながらゆっくりと立ち上がった。

「……(生前の自分がやった事なんて、結局は要らぬお節介だったのかもしれない。故郷の壊滅は、すごく辛かったし悲しかったし、怒りもした。けど、だからといって自分がやりたい事をやっちゃいけない理由になんてならない……いや、しちゃいけなかったんだな。家族が望むならなおさら。
でも故郷への思いはどうすればよかったいいんだろう? ……ああ、胸に留めておくだけでよかったんだ。自分でさっき言ってたじゃあないか、『因果律』。自分が行動するだけで、それはそのまま故郷の足跡となるんだから。どうしてこんな簡単なことわからなかったかなあ)」

揺れる頭を掻きながらそう結論づけた青年にはもう、迷いも強迫観念もありはしなかった。

「……(随分と遠回りになって、もう生きてすらいないけれど。今度こそ、次の人生ではきっとやりたい事を見つけてみせるよ、親父)」

あの世に一番近いであろう界の狭間で、青年はそう誓うのであった。



「なあ、コバルディア」
「ん?」
「ありがとう。貴女のおかげで、大事な事を思い出せた」
「げぇ!? やめてよ感謝なんてキモチワルイ」

青年としては精いっぱいの感謝を伝えたつもりなのだが、悪魔の彼女には逆効果だったようだ。

「はあ、わかったよ。それじゃとっとと本題に行こう」

そう言うや否や、青年はコバルディアに向き直った。そして彼女に右手を差し出しだして、決然とした意思を彼女に伝えた。

「『氷魔コバルディア』、どうかこの自分と『契約』をしてほしい」

真の名をの口にしたのは、決意と渇望の証である。

「ふぅん、どういう心境の変化かしら? 私なんて信頼に値しないんじゃあなかったっけ?」
「う、根に持ってるのか。悪かったよ。貴女は悪魔だけど、分別があるいい悪魔だってさっきの説教で理解したんだ。だから信頼することにした」
「いい悪魔って、ムジュンしてるんだけど」
「細かい事は置いといて。そうだな、契約してもいいと思うようになったのは……コバルディアの言う『悪魔の生き方』に興味があるってのもあるけど、『貴女に魅かれた』ってのが一番の理由かな」
「何ソレ」
「うまく言えないけど……。貴女と一緒なら、このしみったれた世界でも笑って歩ける、と思ったんだ。直感だけど」

「ダメか?」と小首をかしげる青年の魂には、ひとかけらの淀みも無かった。ただ純粋に、眼前の悪魔を欲しているというのが、コバルディアにも手に取るようにわかっていた。青年と悪魔、両者が初めて互いを必要とした瞬間であった。

コバルディアはあえて青年を試すように問う。

「私、高いわよ?この私と契約を結ぶ代償として、アンタは何を献上するのかしら」
「う~ん……とりあえずは『コバルディアが満足する程度の魔力』と、貴女の欲する『自分の負の感情、および自分の魂の負の輝きを全部』ってトコロかな。これらを貴女に献上すると誓おう」
「思い切ったこと言うじゃない。そういうの好みよ」
「貴女のチカラを借りるんだ、これくらいは当然さ。それに負の感情とか魂の輝きを喰われても、感情が無くなる訳じゃあないし」

あっけらかんと言い放つ青年だったが、悪魔相手にそう言えるのは相当な度胸が必要であるという事に、気付いていない。

「献上品はそれで結構。じゃあアンタは、私にどのような見返りを欲する?」
「気が向いた時にチカラを貸してくれればいいよ」
「はぁ? そんなのでいいわけ?」

「欲の無い奴ねぇ」と、コバルディアが呆れたように言う。

「だから、無理強いはしたくない性分なんだよ。罪の無い命に強制労働させるほど、自分は腐ったニンゲンじゃあないよ。それにその内容でも、自分にとって有利な取引だと思ってるからな。
……極端な話、助力を賜れなくても、傍らにいてさえくれれば満足だ。言っただろ? 氷魔コバルディアという悪魔に魅かれたから、契約する事にしたって。もちろん、チカラを貸してくれるんならそれに越した事はないけど」

告白にもとれる発言を平気でかます青年に、コバルディアもさすがに目を丸くした。だが青年の魂の機微を読み取れる彼女には、その言葉が浮ついた感情を元にしたものではないと、容易に理解できた。

一方が一方を従えるのではなく対等な『相棒』としての関係を、青年はコバルディアに求めているのだ。世界を乱す存在である悪魔の彼女にだ。
「ニンゲンごときが」とコバルディアは少し苛立った。しかしどういうわけかそれ以上の興味が、青年に対して芽生えはじめていたのは、彼女だけの秘密。

「安心しなさい。最低限、アンタがやられそうな時には助けてあげる。私もアンタにやられちゃったら困るし。後はそうねぇ、アンタの今後次第では、来世も同条件でチカラを貸してあげましょう」
「来世でまた会えたらな」

冗談混じりに青年と悪魔が笑い合い、やがて自然と2つの右手が握手を交わした。



――契約完了。



~~~~~



契約を果たし、改めて眼前に鎮座する炎の祭壇に向きあった青年とコバルディアは、たわいもない会話をかわしていた。

「なんというか、全く契約したって実感が湧かないんだが」
「ニンゲンには分かんないかもねぇ」

自分とコバルディアとが見えない糸で繋がっているような気がするような、しないような……その程度の違和感とも言えない感覚しか青年にはわからなかった。

「大丈夫よぉ。アンタの負の感情は大小問わず常に私に流れ込んでるし。魔力も私がアンタに触れれば、欲しい分だけ絞り取れるようになってるから」
「うわあい、清々しいほどコバルディア主導なんだね」
「自分で望んだことじゃない、何を今更。そうだ、これは契約記念のサービスってことにしてあげる」

そう言うとコバルディアは、パチンと指を鳴らした。すると彼女の魔力の一部が凍てつく吹雪へと変じ、炎の祭壇を包み込んだ。

青年の目の前で、冷気の猛獣は1つまた1つと炎の揺らめきを喰っていく。やがて観念したかのように炎の勢いが衰え、そして消えた。それに伴い役目を終えた冷気も霧散し、最後のなごりが暑苦しかった洞窟内を適温程度まで涼しくしていった。

「おおっ」
「ふふん」

否応無しに彼女のチカラを思い知った青年は、感嘆の拍手をす彼女に贈る。そして得意げになるコバルディアだったが、穏やかな時間はすぐに終わった。

急にガゴッ、っと仕掛けが動作する音がしたと思ったら、鎮火済みの祭壇が地面に沈み込んでいくではないか。そしてこれまたどういう仕組みか、祭壇が完全に埋没すると、祭壇向こうの扉がゆっくりと開いた。扉の奥は暗くてよく見えない。

「さて、この先は鬼が出るか蛇がでるか。ま、進むしかないか」

即決した青年は、迷うことなく歩き出した。

「……(生前も死後も色々とあったが、自分はこの一歩から、また最初からやり直すんだ。傍らの悪魔と共に)」

決意を新たに、青年は前へと進む。例え進んだ先が茨の道であっても、『堕ちたる理想郷』であったとしても、きっと立ち止まらないで。










だが、青年は全く気が付いていなかった。

「く、くくっ。ダメよ私、ガマンガマン……」

全幅の信頼を寄せる悪魔が、口を押さえ笑いをこらえている、という事実に。



~~~~~



「再スタートをしたと思ったらこれだよ!」

扉を潜った向こう……そこに待っていたのは、岩の巨躯を持つ鬼の魔物『岩鬼』だった。簡単に言えば、鬼岩洞の主である。めっちゃ凶暴である。

「ヒャハハハハハ! いやぁ、やっぱりアンタの不運は蜜の味! 契約したかいがあったってものだわぁ」

そして空中で満足そうに笑い転げるコバルディア。

「お前知ってたな!? 知ってたんだな、祭壇の向こうに何がいるのか!」
「知ってたもなにも、そこらに点在してた石碑に書いてあったんだもの。『凶悪な魔物を封印した』って」
「じゃあ何で自分に言わない!?」
「だって訊かれなかったしぃ、石碑を見なかったアンタのミスだしぃ。……それになにより言わない方が愉快な展開になって、面白くなるじゃない(私が)」

さも当然といった風に言うコバルディアに、青年は諦めにも似た溜息を洩らす。

そうこういっている間にも、岩鬼は炎の祭壇による封印を解かれた喜びからか、巨躯を震わせ唸り声をあげる。

「やばいよアイツ完全にヤル気マンマンだよ、勘弁してくれ」

青年は大型魔物討伐の準備はしていないし、何より長期間の洞窟探索により疲れが溜まっていた。どう考えても戦えるコンディションではない。

「よし、逃げよう」
「まぁまぁ、ちょっと待ちなさいな」

踵を返した青年の肩を、コバルディアがむんずと掴む。

「何のために私がいるとおもってるのよ。ココは私に任せなさいっての」
「……どうするつもりだ? コバルディアが代わりに戦ってくれるのか?」

怪訝な顔をする青年に、コバルディアは明朗に突拍子の無い事を言い始めた。

「せっかくだから『憑依』ってやつを試してみるわ」
「おい、最後の方に実戦で出ちゃいけない単語が出てるんだが?」

サプレスの精神生命体やメイトルパの精霊などは、肉体を持たないが故に他者に憑依することができる。
憑依された者は、憑依した存在に応じたチカラを得る。また憑依した者も憑依された者のカラダを仮の器とする事で、存在を維持するための魔力を節約する事ができる。

召喚師達の間では、対象に召喚獣を憑依させる、あるいは召喚獣のチカラの一部を譲渡させる術を『憑依召喚術』と呼んでいる。

「なぁに、ちょっと私がアンタのカラダを使って暴れ回るだけだから」
「カラダの主導権まで乗っ取る気かお前は!?」
「ニンゲンに憑依するのは初めてだけど……今のアンタは魂が生前の姿を模倣している状態。言わば私達精神生命体と近しい存在だし、肉体が無い分普通より憑依し易いはずよ。たぶん」
「おいちょっと待てやめろイヤホントやめて恐いから」

青年が懸命に頭を横に振り回している内に、コバルディアの腕は青年の体内にめり込んででいた。

「い、痛くはない、痛くはないがなんか……気持ち悪……」 

カラダの中を異物が這い回る不快感。それがしばし続いた後ついに憑依が完了したようで、青年のカラダのコントロールがコバルディアに譲渡されてしまった。青年はもう、自身のカラダを指先1つ動かす事もかなわない。



それからコバルディアは、青年のカラダなどを遠慮なしに酷使した。彼女自身の魔力によって青年の肉体は強化されていたが、無茶な動きをすればその分だけカラダは痛む。しかも彼女、痛覚は肩代わりしてくれなかった。なのでコバルディアがカラダを主導して戦う約10分、青年は節々に走る痛みや疲労感と格闘するはめになった。

「ヒャハッ! 魔力を気にせず戦うってのも悪くない!」
「グウオオオッ!!」

「……(コバルディアの奴、ヒトのカラダで好き勝手やりやがって)」

青年は心の中でヒトリ、そうごちる。しかし内心「まあでも、楽しそうだからいいか」とも思っているあたり、青年も大した奴である。



~~~~~



「あ~スッキリした。やっぱり戦いは良いわねぇ」
「う、うおおおっ、ヤバイ吐きそうだ……」

コバルディアの晴れ晴れとした笑顔とは対称に、青年の表情は蒼白だ。全く動かない身体の中、ロデオもかくやと言う感じに視覚を振り回されたあげく、戦闘後の疲労とダメージをおっかぶせられれば、こうもなる。

「しかも憑依を解く直前に、魔力をしこたま持っていきやがって……」
「ニンゲンで言うところの必要経費、ってやつよ」
「ウソつけ! 初対面の時より明らかに元気だろうが! 肌もなんかツヤツヤしてるし」

魔力の消費は肉体よりも精神にクる。苦悶の表情を浮かべる青年だったが、危機を回避できたと考えれば安いモノ……と、自分に強く言い聞かせた。

「しっかし、悪魔ってのはすごいんだなあ」

青年の目の前には、青年の3~4倍近くはありそうな氷塊があった。そしてその氷塊に中心部に、岩鬼の巨躯が封じられているのである。

「ん?」

青年が氷塊の中を眺めていると、岩鬼の眼がギョロリとこちらを睨み返してきた。

「なあコバルディア、こいつまだ生きてんの?」
「あぁ、途中でメンド……アンタのカラダを使ってじゃあ、氷で封印するのが限界だったのよ」
「……そう」

精神衛生上の問題を考慮して、青年は華麗にスルー。

「いいさ。後で『白夜』とかいう仕事斡旋所に討伐依頼を出しておこう」

荷物から取り出した『ポーション吟醸』を飲んで体力を回復させると、青年は意気揚々と立ち上がる。

「さて、出探索の再開だ。あのくそ忌々しい岩鬼の向こうにある道が、どうか出口に繋がっていますように」



しかし道の先へ行っても、探索済みのスペースへと繋がるワープゲートがあるだけだったりする。



~~~~~



結末としては、青年とコバルディアは辛くも鬼岩洞からの脱出に成功した。青年のカラダを乗っ取ったコバルディアと岩鬼とが洞窟内で暴れた結果、落盤していた入口がさらに落盤し、ヒトが通れる穴が開いたのだ。

「脱出できたのは素直に嬉しいんだけど、なんか納得いかねえ」
「別にどうでもいいじゃない。苛立つだけムダ。で、この後の予定は?」
「知り合いの放浪者御一行と待ち合わせ。待ち合わせ時刻は確か洞窟突入時の24時間後だったが……洞窟にどのくらいいたかわかんねえや。この世界はずっと明るいから時間間隔が鈍って困る。
まあとりあえず、待ち合わせ場所のツェーゼ村へ出発だ」

鬼岩洞からツェーゼ村へ行くには、間にある森を抜けねばならない。森の魔物の妨害も考慮して、早急に進まねば約束の時間に遅れるのは必須。特に、魔物遭遇率が群を抜いている青年ならば、特急で移動しても安心はできないのである。

「あ、そうだコバルディア。移動の前に疑問が1つ。自分はお前を『コバルディア』って呼んでるけど、『真の名』以外の呼び名ってあるのか? どうもコバルディアってのは呼びづらいんだよ」
「何、私の名にケチつけようっていうの?」
「違うって、言葉にするのがちょびっと難しいってだけさ。6文字もあるし。それに『真の名呼び』に抵抗があってさ」
「ふ~ん。……二つ名は色々あるけど、愛称とか通り名っていうの? 考えたこともなかったのよねぇ、メンドウだから。そうだ、この際だからアンタがつくりなさいよ」
「いいのか?」
「えぇ、もちろん。アンタは私の『マスター(笑)』ですもの」

そう言っておどけて見せるコバルディアだったが、言葉の奥には「変な名にしたらタダじゃあおかない」というニュアンスが露骨に含まれていた。

「村に着くまでには考えとくよ」

彼女のうっすらとした殺気に、青年は盛大に溜息を吐くのであった。




~~~~~~~~~~



簡単に言うと、青年が悪魔の説教で更生する話。

過去話とか内面描写に手間がかかったのが、時間があいた一因。

幕間を挟んで第3章へ続きます。



[19511] 幕間 プロローグ
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:9cdaeaf6
Date: 2014/06/24 18:41
その時、自分は天空高くそびえる塔の最上層にいた。

「でも、ちょっとだけ納得いかない。放浪者としては私達が先輩なのに、一緒に『転生の塔』にくるのってさ」

桃色の長髪を風にゆらす女性『■■■』さんが、オレンジ色の髪を持つ騎士の男性『▲▲▲』さんにそんな事を言う。

「『■■■』、再会するたびにズタボロになってるコイツを思い出しても、そんな事が言えるのか?」
「あ……ごめん」

謝る女性に、自分は「いいですよ」と告げる。どうでもいい話だが、自分は通常の放浪者の3倍は死にかけていたらしい。

「魂の成長には、時として時間は必須ではないんだよ。必要なモノがあるとすれば、それは切磋琢磨しあえる友人や、得難い経験だよ。
……キミの場合はツェーゼ村で合流した時から既に、ほぼ転生の資格を満たしていたと思うよ」

やさしい声で自分にそう言うのは、白い長髪の男性『●●●』さん。自分達をこの世界のゴールであるこの場所に連れて来てくれた導き手である。

「なごりおしいけれど、僕は導き手として3人に尋ねなけれならない。本当に、生まれ変わる事を望むのかい?」

生まれ変われば、この世界での記憶を全て失ってしまう。そしてなにより、この世界で出会った友人達との、永久の別れになるかもしれない。
それに自分達は、生まれ変わらない事もできる。放浪者でもなく定着せし者でもなく、ただ存在することだけを求める者も少なからずいるし、険しい修行の果てに導き手になるという選択肢もある。

こんな質問をしてくる『●●●』さんは、自分達を迷わせようとしているわけではない。幾人もの放浪者を導いてきたが故の悩み、そしてなにより彼自身やさしさの表れであると、
3人ともわかっていた。

『▲▲▲』さんと『■■■』さんは、確固たる決意で「転生する」と伝えた。

旅の途中で幾度と悩んだけれど、旅立ちの時の決意を果たしたい。
今離れ離れになったとしても、いつか必ず結ばれると信じている。

そう明言した彼らが自分には、夜明けの空にように輝かしく見えた。そんな彼らに負けないように、自分も続く。

「自分は最初から首尾貫徹生まれ変わるつもりですよ。そこのバカップルとは違って」
「ちょっと!?」
「…………っ!」
「それに相棒との挨拶はもう済ませたから、今引き返したら何言われるかわかったもんじゃない」

顔を真っ赤にする男女をよそに、自分は『●●●』さんに向かって笑ってみせる。

「……ふふっ、キミ達なら心配はいらないね。『転生の塔』への門を開こう」

その言葉を合図に、塔内部へ通じる門が上下に割れるように開いていく。門の向こうへ行けば、おそらくもう2度とこの世界へは来れない。しかし、迷いはない。

「それじゃあ自分はお先に。2人だけの時間は、少しでも長い方がいいでしょう?」
「ああ、そうかもしれないね」

自分と『●●●』さんが、そそくさと門をくぐる。

「…………あっ、もう! 『●●●』まで茶化さないでよ!?」

少し放心していた2人も、後から続いてくる。



「そういえばキミは、以前『生前に色々とやり残していた事がある』と言っていたね。よかったらどんな事か教えてくれないかい?」
「そうですね正直、やり残した事を正確には覚えてないんですが。1つ目は『誰か』との約束を守る事。生前とても大切にしていた、はじめての相棒との約束だったと思います。
そしてもう1つは……」

首元にある傷跡を撫でながら、何でもない事のようにポツリと呟く。



――復讐。



「……え?」
「あ、光が見えました! あの先に、転生するために装置かなんかがあるんですね!?」

喜び勇んで、自分は光の中へと飛び出して……次の刹那、信じられないものを見た。

前方に、赤黒いヘドロのようなナニカが空から落ちて来たのだ。ヘドロは地面に着地すること無く宙に浮き、やがて球をカタチどって静止した。

「なんだ、これ。魔物、か?」

しかしそんなはずはない。転生の塔は導き手が管理する聖地、魔物の入り込む余地はないはず。

「……サセヌ」

どこからか、声が聞こえてきた。男のようであり女のようでもあり、幼子のようであり老人のようでもある、不思議な響き。

「……サセル、モノカ」

しかしその声には、確固たる怒りと妬み、『怨念』が込められていた。

「転生ナゾ、サセルモノカアアァァァッ!」

……しかしなぜだろう、どこか寂しそうだった。



***



「……はっ!?」

機能美のみを追求したベッドの上で、少年は目を覚ました。荒い呼吸をしながら周囲を見渡せば、そこは暗闇の中ながら見慣れた自室だった。それに心底安堵した少年は溜息をこぼしながら、「いつもこうだ」と愚痴る。

今回のように少年が深夜急に目覚めることは、1回や2回に限った話ではなかった。特に近年、少年が成長するに従い頻繁になっていて、悩みの種になっている。

「……(とても、とても長い夢を見ていたような気がする。でも、夢の内容をこれっぽっちも憶えていない)」

少年がこう思うのも、もはやいつもの事。だがよほどインパクトある夢なのか、まるで体験したかのように錯覚するほどの喜怒哀楽を、目覚めた少年の心に残していくのである。

「いかん、眠れないぞこれは」

この病気ともとれる現象の後では、度合の違いがあれど気分がモヤモヤとするため、どうにも睡眠を再開できなくなる。そして日中に襲撃してくる睡魔に根負けし、派閥の先輩に怒られるのが少年の日常である。

少年はベッドから抜け出し、せめてもの気分転換に自室の両開き窓を開いた。涼しい夜風が、少年の顔をなでるのが心地よい。

窓の外を見上げると、星々の踊る夜空に見事な三日月がぽっかり浮かんでいる。

月光にあてられて、暗闇の中に少年の姿が浮き彫りになる。齢は20代手前、ミドルショートの黒髪。そしてこれといって特徴の無いのが特徴だが、どこか幸薄そうな印象を受ける顔つき。唯一顕著と言える特徴といえば、首元に横一文字に走る大きな『アザ』だろうか。
 
「……散歩でもしてくるか」

窓の外に広がる『聖王都ゼラム』の街並みを眺めると、どうにもそんな気分になってしまう。

夜になると「オトナの時間」になる繁華街まではさすがに行く気がしない。だけどゼラム中央にある『導きの庭園』という名の市民公園までならいい運動になるだろう。そう思って少年は寝汗まみれの寝巻を着替え、そのまま自室を後にした。

「……(そういえば明日――正確には今日か、何か朝から用事があったような?)」

少年は忘れっぽい性分で、こういう場合は愛用している手帳を見て、日程やら約束やらを思い出す事にしている。しかし軽い散歩のつもりで出かけたので、手帳はベッドの枕元に置きっぱなしだ。

だから「思い出せないんだから、大切な用事じゃなかったってことだな」と楽観的思考で済ませる少年。



だが『運命』というものは、常に突然やってくる。

この少年にとっての運命の瞬間が、あと半日もしない内に訪れる。

そしてそれは『過去に打ち勝て』という試練へと繋がるのだが……少年はそれをまだ知らない。



第2章『界の狭間』 ―完―



~~~~~~~~~~



実は筆者、投稿当初から読者の皆様に隠していた事があります。



この小説の主人公、実はWEB小説界隈で人気の『転生オリ主』だったんです!












……というネタを、執筆当初からやりたかった。



[19511] 第3章 聖王都~城塞都市 第1話 サイカイ その① 2014/9/29章の名前変更
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:832289bc
Date: 2014/09/29 22:36
深夜、僕はカンテラ片手に『導きの庭園』という名の市民公園をふらついていた。

少し疲れた僕は道端のベンチの端っこに腰を下ろした。そしてそのままボンヤリ、先の事について考えを巡らせていると……。

「んくっ、んくっ、んくっ…………ぷはあ~っ! やっぱり月見酒ってのは、風流でいいわねえ」

気が付いたら、隣で酔っ払いが酒をかっくらっていた。シルターンの赤いドレスをきた麗人なのだが、酔って緩みきった姿はちょっと見るに堪えない。

「どう、 一献?」

あまつさえ、酒でいっぱいの杯を僕の方へと突き出してくる。未成年なのでそれを丁重にお断りして去ろうとするが、どうにもこの酔っ払いは僕に食い下がる。

「そっか~、お酒はだめか~。……なら、こっちなら気に入ってくれるかにゃ?」

そう言って酔っ払いは胸元から紙と硬貨を一枚づつ取り出して、僕に手渡してきた。

「名っづけて、『メイメイさんのスクラッチカード』!特殊なインクで描かれた陰陽玉が紙にいくつもあるでしょ。そのうち3つを硬貨で削って、同じマークのペアができれば『大当たり』、ステキな景品をプレゼント!」

何が何だかわからないが、酔っ払いに促されるまま、僕は一番左下の陰陽玉を硬貨で削る。陰陽玉の下にあったのは……燦々と輝く太陽だった。

「お、1等賞の太陽マーク。さあさ、果たしてもうひとつの太陽マークを見つける事ができるか否か!」

実況まじりになってきた酔っ払いに辟易しながら、今度はさっき削ったところの隣の陰陽玉を削る。削った後に見えたマークは……太陽だった。

「大~当~り!」

芝居がかった大声をあげる酔っ払い。近所迷惑などお構いなしだ。

「見事1等を当てた方には、こちらを差し上げまあす」

酔っ払いは今度はポケットから何か取り出すと、今度は僕の首に両手を回してきた。自然と彼女の胸元が僕の顔面近くまで接近するわけだが、興奮のしようも無かった。

そして背後でカチッ、と何かがハマる音がして、酔っ払いは僕を解放した。何をされたのかと首回りを注視すると、黒い宝石付きのネックレスが首にぶらさがっていた。

「それは『常夜の石』」

酔っ払いが妙に真剣な顔で僕を見つめ、そんな事を言う。

「見えざる者達と対話するチカラを持った魔石。世界の狭間で苦しむ魂達の怨念を浄化し、世界に『夜明け』をみせた英雄達の所持品。1つのカラダに宿った2つの心を繋ぎとめた、絆の証」

当惑する僕はネックレスの黒い宝石を覗き込む。深い闇とまたたく光を湛えているその輝きは、雲1つ無い夜空のように美しかった。

「これからのながい旅路への餞別よ」

「……え?」

常夜の石とやらに意識を向けている間に、酔っ払いは何処かに消え去ってしまった。まるで初めからいなかったみたいに。

後には『清酒・龍殺し』と印字された年代物ラベル付きの一升瓶だけが、ベンチの上に残されていた。



***



「………………」

夜間の散歩から帰還してそうそう、少年はベッドに潜り込んで、そのまま二度寝に突入。それが、およそ5時間前である。今では天空に太陽がとって代わり、世界を明るく照らし出していた。窓の外に見える『聖王都ゼラム』、そこに生きるヒトビトが目覚め、日常生活をし始めている。

「…………ぐう」

そんな時刻にあいなったわけだが、少年は起きる気配を見せない。昼まで熟睡コースだ。

「…………ん?」

惰眠を貪り続ける少年だったが、彼が寝ているベッドに1つの白い影が降り立った。
猫に似たフォルムとぷにぷにした肌。小さな手足とは真逆に大きく力強く、ニンゲンの手ように使えるよう進化した耳。そして全身純白の毛並をした小動物。

『幻獣界メイトルパ』に生息する幻獣の子供、『プ二ム』だ。彼女は少年の友達で、少年は彼女を『ユキ』と呼んでいる。

「プ二」
「なんだいユキ、僕は今日変な時間に起きたから、もうちょっと寝てたいんだ」

しかしユキも引けない理由があるらしく、耳を振って少年を目覚めさせようと躍起になっている。

「というわけで、おやすみ~」
「プ二ィ!」

躊躇なく瞼を閉じる少年だったが、ユキはそれを許さない。ユキは大きな耳を巧みに動かし、少年のほっぺたを摘むと……思いっきり引っ張った!

「イデデデッ!」

悲痛な叫びがこだまして、たまらず少年はベッドから跳ね起きる。

「…… ったく、なんなんだよ」

いつものユキは、ただならぬ事態の時以外は、こうやって少年を叩き起こしたりしない。その行動を懸念した少年は、枕元に置いてあった手帳を開く。手帳には向こう数カ月の少年の予定や約束、あるいは各種お店のセール日時などが書き込まれているのだ。

「手帳によると今日の用事は……っと」

今日の分のページに手をかけた時、コンコンッ、と自室のドアがノックされた。そして間髪入れずに「はいるわよ~」という女性の声。

少年はこの声の主を知っている。なので例え「ダメ」と返事しても無意味であるとも知っていた。ドアノブが回転し、容赦なくドアが開かれる。

「『試験』まであと30分足らずだけど準備は当然……できてないみたいね」

無断侵入して邂逅一番そう言い張ったのは、『ミモザ』という名の女性。ミディアムショートの茶髪に丸眼鏡、丈の短い緑の縦じまセーターに短パンと、いかにも快闊そうな、少年にとっての先輩。

「まったく。遅刻したら落第どころか、派閥にもいられなくなるかもしれないよ? ただでさえキミは派閥の幹部方からの評判がよくないからね」

そう言ってミモザの背後から顔をのぞかせたのは、『ギブソン』という名の男性。首元まで伸びるブロンドと、白い肌。司祭服に近い白の衣装に茶のフード、いかにもインテリで神経質そうな、少年にとっての先輩。

「朝っぱらから何なんです、お2方」
「後輩が緊張してないか見に来てあげたんじゃない」
「え、この後なんかありましたっけ」

少年がポヤンとした表情をする。本当に心当たりがないって表情だ。

「あっきれた。バカだバカだとは思ってたけど……今日はアナタが、1人前の召喚師となるための試験当日じゃない」
「……ああ」

少年が手帳の中を見ると、確かにページすみっこに『朝:試験』と書かれている。

「お。ギブソン先輩、本日『大通りの洋菓子店:改装セールでケーキ全品半額』ですって」
「なんだって! 大通りのというと、赤い看板にロールケーキのイラストの……」
「そういう話は試験が終わってからにしてちょうだい」

ミモザに一括され甘いモノ好きなギブソンは申し訳なさそうに沈黙し、少年はそそくさと支度を始める。



「……(そうだ。今日の試験に合格すれば、僕は『蒼の派閥』の召喚師として、正式に認められるんだ)」

蒼の派閥――異世界の存在を呼び出す魔法『召喚術』による、真理の探究を目的とした学究的組織……少なくても建前上は。また、召喚師を統率するための組織という側面も持つ。
蒼の派閥は新人召喚師の育成にも力を入れていて、召喚師見習いは派閥の教育カリキュラムを受講し、最終的な試験に合格すると、1人前の召喚師と認められるのである。

少年は最近そのカリキュラムを達成し、ついに今日、試験を迎えることとあいなったのである。

「ほらあと25分!」

ミモザに急かされながら、少年は自室備え付けのクローゼットを開き、自身の一張羅を引っ張り出す。紺のズボンと、大きな紺の襟が特徴の白い上着、そして胸と背中に蒼の派閥のシンボルである『バッテン』……蒼の派閥における一般的な召喚師見習いの制服である。

少年は寝巻を脱いでちゃちゃっと制服に着替える。室内に異性がいるものの、お互い恥ずかしがるような間柄ではない。

鏡の前で「相変わらず制服似合わね~」と愚痴りながら、身だしなみを整える。髪をとかし髭を剃り、室内に備えた水がめを使って顔を洗う。

最後に、試験に必要な武具や道具のチェック。1人前になるための試験では、召喚獣との戦闘を行うのが慣例だ。
「蒼の派閥は学究的組織なのに野蛮だ」と思う人もいるかもしれないが、そもそもリィンバウムで召喚師がデカイ顔していられるのは、召喚術によって生ずる圧倒的な暴力を、非召喚師が畏怖しているからだ。そのため1人前の召喚師と認められるためには、最低限の武力が必須なのだ。

「ん、準備良し。後は……っと」

少年は学習机の上に置いておいた、『常夜の石』付きネックレスを首につける。これで本当に準備完了。

「ユキ、朝の水やりよろしく」
「プニッ!」

少年は自室の壁という壁に棚をいくつも増設しており、その棚の上に野菜や薬草、後はその辺の雑草などが植わったプランターを陳列している。少年の自室は召喚師見習い用の私室で、部屋の改造は本来NGだが、少年には知ったこっちゃないようである。

「あと15分か。それじゃあミモザ先輩にギブソン先輩、行ってきます」

そう言って頭を下げたあと、少年はそそくさと試験会場へ向かうのであった。



過ぎ去りし少年の背中を見ながら、ミモザが「大丈夫かしら」と呟く。

「確かに彼はおおよそ不真面目だし、召喚師としての才覚に欠ける部分はある。けれどあの試験はキチンと勉強していれば必ず受かる。何より私達がついて教えていたんだから、信じてあげよう」
「そりゃあ信じてるわよ。けどギブソンも知ってるでしょ? あの子は『トラブルの申し子』。何も起きないわけないじゃない」

大きく息を吐き出して、ミモザは「それに」と続ける。

「今日の試験監督、ギブソンも知ってるでしょ?」
「あ。……確かに、彼にはツライ試験になるかもしれない」
「ネスティの妹弟子も、季節が一巡りしたら同じ試験を受けるんだから。先に合格しないと示しがつかないわよ……『チャーハン』くん」

見えなくなった出来の悪い後輩の背中に、ミモザはエールを送るのだった。



~~~~~



「おい、『成り上がりの出来損ない』が珍しく制服着てるぜ?」
「一人前認定の試験のためだろ。まったく『変な名前の問題児』のクセに」

少年が試験会場へ向かう途中、通路を行き交う人々が、隠す気の無い陰口を少年に去っていく。しかし少年にとっては日常茶飯事なので、気にする事なく試験会場へ向かう。

少年に対する蒼の派閥の人々の態度は、一部を除きこれとさして変わらない。周囲の人々が少年に悪態をつく背景には、召喚師が根底に持つ『成り上がり』――非召喚師の家系に生まれ、召喚師としての才能を見込まれた者への侮蔑が深く関わっているが、今は割愛。

それにそもそも少年はとっても自由人。派閥の掟や召喚師見習いのルールに縛られるのを嫌い、あっちへフラフラこっちへフラフラ。おまけに行く先々で数多くのトラブル巻き起こしたり巻き込まれたり。
なので少年を知る者は誰もが、彼を『蒼の派閥きっての問題児』と認識しているのである。また『チャーハン』という血迷った名前も、悪名が知れ渡った要因の1つであると少年は思っている。



「……ここか」

試験会場のへ通じる扉の前で、少年は深呼吸を2~3度くり返した。いかに問題児といえども、緊張をせずにはいられない。

やがて少年は扉をきっかり2回ノックし、「失礼します」と扉越しに挨拶。そして意を決して扉を開く。

「蒼の派閥の召喚師見習いチャーハン。ただいま参上しました!」

扉を閉めてそう言い放った少年は、眼だけ動かし試験会場を見渡した。少年の自室(広さは安ホテル一室くらい)の10倍はあろうかというスペースで、天井も高い。床は全面石造りで、部屋の中心には魔法陣が描かれている。
おそらく本来は、召喚術を実践するための一室なのだろう。大型召喚獣を呼び出しても問題なく、万が一召喚獣が暴れても壊れないつくりの部屋だった。

「ふむ、開始10分前。関心、関心」

少年が入ってきた扉の向かい側、壁にはめ殺された窓の向こうから、誰かが少年を覗いていた。

「あ、あああ!?」

窓の向こう――試験会場の監視室にいるヒトを視認した少年は、まるで時が止まったかのように全身を硬直させた。そして少年は、緊張で胃と心臓が鷲掴みされたように委縮するのを感じた。なによりガラス越しに伝わってくる威圧感たるや、少年の背筋に止めどなく汗が吹き出す。

そのヒトは短い白髪と、深い皺をたたえた肌を持つご年配。少年は彼のヒトをよくよく、知っていた。
少年にとっての同い年の先輩『ネスティ』の養父で、ネスティの妹弟子の後見人。派閥内でも「公平公正な、みんなのお父さん」として有名なお方。

「ら、ラウル・バスク師範……ッ!」
「本日は私が、試験監督として君の合否を預かることとなった」

少年がリィンバウムで一番苦手とする相手だった。



[19511] 第1話 サイカイ その② 2014/7/20投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:28866954
Date: 2014/07/20 16:24
ある日、2人の孤児が召喚師見習い候補として蒼の派閥へやってきた。1人は無気力な女の子、もう1人は山で拾われた落ち着きのない男の子。2人は後日決まるそれぞれの後見人の元、派閥での生活を余儀なくされるのだが……。

その日の内に、男の子が忽然と姿を消してしまった。しかも召喚術に用いる触媒的アイテムと一緒に。

わりと大規模に、しかし事態を漏らさないためにこっそりと男の子の捜索は続けられたが、成果はなく。結局は半日後、無傷の男の子が自主的に帰還した事で事態は収束した。

だが事件の本番はこの後にあった。

捜索にあたっていた派閥の面々が男の子の周囲で困惑していると、突然「ばかもの!」という怒声と共に、1人の召喚師が集団から飛び出した。そしてその召喚師は周囲の視線に憚りもせず、男の子を叱りはじめたのだ。
「お前はしでかした事がわかっているのか!?」とか「派閥のモノを勝手に持ち出してはならん!」とか「心配をかけた者達に謝らないか!」とか……言ってる事は正しく説教なのだが、しでかした男の子の方が気の毒になるほどの剣幕で。

突然の事に衝撃をうける周囲の者達だったが、その説教してる召喚師の姿を認識してさらに驚愕した。その召喚師は温情溢れて慈悲深いと有名で、激昂する所を誰も見たことが無かったからだ。

召喚師による説教は10分、20分、30分と続き、男の子が泣きだしても続き……1時間後に他の派閥員が間にはいるカタチで、ようやく終結となった。



これが『蒼天の霹靂事件』――10年以上前に発生したにもかかわらず、今も蒼の派閥で語り草になっている「ラウル・バスクを怒らせたらどうなるか」という話である。

以来、男の子――若き日の少年『チャーハン』は、説教をした召喚師――若き日のラウルに頭が上がらず逆らえなくなった。そしてラウルを見かけるだけで、少年は心の古傷を抉られる思いをするのである。



***



「では試験を始めるとしようかの」
「は、はひい……」

そんなわけで、すでに少年のメンタルはクライマックスだった。

「これこれ、そんなに緊張することなかろうて。……ふむ、そうじゃな」

窓を挟んで試験会場の向こうにいるラウルが、手元に持つ資料をパラパラとめくる。

「試験内容は『召喚した護衛獣との共闘』だが、『護衛獣』とは何を指すか答えてみなさい」
「……ハッ、ハイ! 『護衛獣』とは、主に召喚師の護衛をするために召喚された存在の通称です。護衛獣はその役割上、元の世界へ送還せず、常に召喚師のそばにいさせます。あと護衛のみならず、護衛獣に身の回りの世話全般をさせる召喚師もいます」
「なるほど、まあよかろう」

その言葉に、少年は僅かばかりの溜息を洩らす。張り詰めた空気を吐き捨てたからか、緊張もだいぶマシになった。

「ではサモナイト石を用い、護衛獣を召喚して誓約を交しなさい」

ラウルが合図をすると、彼の部下がテーブルと共に入場した。そして4つのサモナイト色を等間隔にテーブルへ置くと、さっと部屋の端に寄った。

「……(さて、どうしたもんか)」

少年は石1つ1つに触れていく。

『機界ロレイラル』の召喚術に使う黒いサモナイト石――石の中でうすぼんやりとした光が揺らめいた。

『鬼妖界シルターン』の召喚術に使う赤いサモナイト石――さっきと同じ。

『霊界サプレス』の召喚術に使う紫のサモナイト石――やや小規模だが、力強い輝きが放たれる。

『幻獣界メイトルパ』の召喚術に使う緑のサモナイト石――光が弾けた。

「……(召喚術全属性との魔力適性は持ってるけど、苦手で使ってないロレイラルとシルターンはこんなもんか) 」

リィンバウムとそれを囲う4つの異世界において、魔力には4つの属性(機・鬼・霊・獣)があり、異界の住民は出身世界と同属性の魔力を持つ。しかし、リィンバウム人が持つ魔力属性だけは、なぜかヒトにより異なる。

そして召喚師は自身の持つ属性に合った召喚術しか使用できない。

例えばミモザは獣属性の魔力を持っており、メイトルパの召喚術を得意とする。ギブソンは霊属性の魔力持ちで、やはりサプレスの召喚術が得意。
しかし2人とも、自身の得意属性以外の召喚術は使用できない (ただし無色のサモナイト石を用いた『名も無き世界』の召喚術は例外的に誰もが使える) 。

2属性以上の召喚術と相性が良い召喚師は世界的に見ても希有であり、その上召喚師としての才覚もあるモノはそうそういない。
少年は全属性の召喚術を使えるが、その才能を派閥が公認する適性ランク『S(最上級)、A(上級)、B(中級)、C(下級) 』で表すと……

『ロレイラル:D(最低) 』
『シルターン:D』
『サプレス:C』
『メイトルパ:C』

となる。なお上記の値は少年の現在の能力ではなく、伸びしろ的な意味合いを持つ。

少年は「無理に冒険することもない」とそう思って紫のサモナイト石を握りしめる。サプレスの召喚術は、少年の魔力適性と最も合っているのだ。

ラウルの部下により机とサモナイト石が片づけられるのを見届け、いよいよ護衛獣を召喚する時となった。深呼吸を数回し、両手で頬を叩いて気合いをいれた少年は、ポケットから……。

「言い忘れておったが、教本等の閲覧は禁止としている」

護衛獣召喚の呪文が書かれた手帳を取り出そうとして止めた。

召喚師は普通、召喚術に関する基礎的な呪文は完璧に言えて当然である。しかし少年は、完璧にうろおぼえだった。

しかしその程度でへこたれる少年では無かった。召喚術、とりわけ護衛獣召喚にとって重要なのは、召喚対象を思い描くイメージ力なのだ。自分の欲するモノを明確に定義し強く欲する事で、護衛獣との運命的遭遇を引き当てるのだ。

もちろん呪文の方も大事だが、どうってことはない。少年は生来の楽観的思考でそう決断した。

「では、いきます」

意を決した少年は、自分に内在している魔力でもってサモナイト石を満たしていく。満たされるほど石は輝き、漏れ出た魔力が紫の粒子となり周囲を漂う。そうしてサモナイト石に十分魔力を充填すると、声に魔力を込め言霊として呪文を紡いでいく。

「古き英知の術と我が声によって、今ここに召喚の門を開かん……」

呪文に反応したサモナイト石が、眩いほどの紫光を周囲にまき散らす。やがて光は一点に収束し、空間を歪ませ、異世界との境界を取り払うゲートとなる。

「我が魔力に応えて異界より来たれ……」

わずかに開けたゲートから、サプレスの魔力が漏れ出してきた。空間の歪みを制御しながら、ゲートを少しずつ拡大していく。

空間歪曲の反作用で空気が荒れはじめる。懸命に姿勢を正す少年は、ゲートの向こう側に誰かの魔力を感じた。続く呪文を口ずさみ、ゲート越しに呼びかける。

「『イニシエの契約』の下に、チャーハンが願う……」

自分で詠唱した呪文に、ほんの少しの違和感があった。だが術の維持に手いっぱいで、気にする暇が無い。

ゲート向こうの気配が強くなってきた。刺すように冷たくて濃密な魔力が流入し、少年の身体を通り過ぎていく。髪や制服に霜が降り、耳や指先が凍えて痛くなった。

「……(なんだ?)」

だのに、少年は自分の身体の奥底があたたかくなっていくのを知覚した。この吹雪のような圧倒的な魔力が、どこか懐かしく思えたのである。

「……(ゲートの向こう側にいる誰かを、僕は知っている?)」

少年は産まれてこのかた、サプレス方面に知り合いをつくった覚えはない。あり得るはずがないデジャビュを、頭を振って打ち消す。

そうこうしている内に、ゲート向こう側の何者かが反応したようだ。吹き荒れる何者かの魔力が、サモナイト石の中に浸透していく。そして浸透した魔力がカタチを変えて誓約の印となり、石に刻みこまれる。

今ここに、誓約の儀式は成立した。後はサプレスにいる誰かを、リィンバウムに引っ張り込むだけ。少年は最後の一節を、声高らかに宣言する。



「呼びかけに応えよ、異界の『友』よ!!」



眩い閃光が、試験会場の隅まで埋め尽くした。



~~~~~



「やったか!」

光で正面をまともに見れなかったが、少年は自分の召喚術に手ごたえを感じていた。人生一番の出来だと確信していた。だから輝きがなりを潜めた後には「きっとまだ見ぬ異界の存在が召喚されているんだ」と思っていた。

しかしその思いは2つの意味で裏切られる。

「ん?」

光が止んだ。しかし試験会場には少年以外誰もおらず、少年がつくったゲートだけがぽっかり空いたままだった。

「これは……もしかして?」

少年の頬に冷や汗が垂れる。

「失敗、かの」

窓の向こうで、ラウルも残念そうに呟く。今回少年が試験に不合格ならば、また次の試験まで長い時を待たねばならない。それ以前に素行不良な少年には、次のチャンスがあるかも疑わしい。

「ウソだろ……マジかよ」

落胆を隠せない少年が、何者も現れないゲートを呆然と眺めた……その時。

ゾクッ!

……っと少年の背骨に走る悪寒。産まれ持っての不運により培われた生存本能が、突如少年に警鐘を鳴らしたのだ。

「何かわからんがまずいッ!?」

自分の感覚を信じ、少年は回避行動に出る。「悪い予感はイヤほど当たる」……数多の厄介事に関わってきた20年足らずに裏打ちされた、少年の経験則である。

傍から見ていたラウルには、少年が突拍子もなく横っ跳びをしたようにしか見えなかっただろう。しかしそれが最善の行動だったという事を、すぐに知る。

ゲートから右腕が飛び出してきた。ニンゲンのものでは無い。紫色の肌だったからだ。その腕が数瞬前まで少年の首があった空間を通り抜けた。細い指が何かを握るような動きをしてたため、首を鷲掴みにするつもりだったらしい。

「ちぃっ!」

ゲートから心底残念そうな舌打ちが聞こえてきて、右腕のみをゲートから突き出していた召喚獣がその姿を現す。

ゲートを潜ってやって来たのは、鋭い眼を持つ女性型の悪魔だった。ヒトのそれとは違う紫の肌を持ち、黒い衣服に青のマフラー。黒いオープンフェイスヘルメットで髪型は判然としないが、メットの首回りからは黒髪が飛び出している。

「なんか懐かしい魔力を感じたから召喚されてやったけどぉ。やっぱムカついたから首でも絞めてやろうと思ったのに、残念」

すごい身勝手を言う悪魔はきょろきょろ視線を動かして、自身を召喚した術者を探しはじめた。そして彼女は地面に転がっている少年に気付く。

「もしかして、アンタが私を呼んだ?」
「あ、ああ」
「……………へぇ」

生返事で返しながら立ち上がる少年を、悪魔は興味深そうに観察する。足の先から頭頂部、果ては首元にあるでっかいアザまで注視された少年は、まるで自分の内面まで見透かされているようで落ち着かなかった。

「余計な仕事頼んでそれっきりだったから、何してるのかと思ったら……こんな事になってたんだ」

悪魔はヒトリ頷く。そしてクックックッと含み笑いを零す。少年は、そんな彼女が不思議でならなかった。

「あのさ、何がそんなに愉快なわけ?」
「だってぇアンタ、相も変わらず不幸そうなツラしてるんだもの」
「……(この悪魔、ヒトが気にしてる事を)」
「せっかく苦労してリニューアルしたってのにさぁ。ちょっと若返ったくらいで全然変わってないじゃない!」
「さっきから何言ってるんだ。誰かとヒト違いしてないか?」

少年の質問に聞く耳持たず、悪魔は空中でゲラゲラ大笑いする。意思疎通の叶わない悪魔に、少年は異文化・異世界交流の困難さを思い知らされた。

「一時はどうなるかと思ったが。ほお、なかなかに強力な悪魔を召喚したようじゃな」
「……ラウル師範」

ゲンナリする少年にラウルが微笑む。

「ではさっそく実技に移ろう、と思うが……」

ラウルの言葉に、歯切れ悪いものが混じった。いぶかしむ少年だったが、その理由はすぐに分かった。

「ラウル殿。ここより先は私にお任せを」

ラウルの隣に、黄土色の髪を持つ、ほりの深い顔した男が躍り出た。そしてラウルと対称的なイヤミったらしい眼をしていた。

「げっ、フリップ・グレイメン……師範」
「何か言ったかね?」

少年は内心面倒に思いながら首を横に振る。フリップはラウルと同じく蒼の派閥のお偉い方。しかしラウルとは異なり利己的でイヤミ、そして特に『成り上がり』には異常な嫌悪を持っている。少年が派閥内で最もキライなニンゲンである。

「実は本試験にあたり『実技試験をぜひ任せてほしい』とフリップ殿が。私はヒトリだけでも問題無いと申したのじゃが」
「何をおっしゃる。多忙でいらっしゃるラウル殿の身を案ずればこその事。あのような問題児にラウル殿の労力を割くべきではありませぬ」

ねっとりとしたフリップの敬語口調に、少年は鳥肌がとまらなかった。

「……コホン。さて今しがた召喚した下僕と共に、私の課す試験に挑んでみせよ!」

「あ゛ぁ? 誰が誰の『下僕』ですって?」
「待て、話がこじれるから後にしてくれ」

キレ気味な悪魔をなんとかなだめる少年。今ここで彼女に暴れられると困るし、曲がりなりにもフリップはプロの召喚師、ケンカを売るには時期尚早だ。

一方、窓の向こうから少年たちを見下すフリップは、少年達の対戦相手を召喚しようとしていた。

「幻獣界の下僕達よ……誓約の名の下に命ずる」

フリップが召喚呪文を読み上げると、試験会場中央の魔法陣が起動し、メイトルパの魔力が漏れ始める。どうやらあの魔法陣、少年達の対戦相手を呼び出すためのものだったようだ。

「その不定なる姿にて、眼前の敵を覆い潰すがいい!」

魔法陣上空に召喚ゲートが出現した。少年がつくったのより大きく、安定度も抜群だ。
そしてまもなく召喚獣が、ゲートからぼたぼたと落下してくる。ベチャ、と濡れた服が地面に叩きつけられるような音がいくつもした。

「ヴオオオォォォォォ!」

最初の落ちて来た召喚獣が、少年の方を向いた。青いスライムでできた30センチほどの小山が、斜面についた2つの目玉で様子を窺っている。

「メイトルパの軟体生物『ゼリー』か。まあ雑魚だし、2,3匹なら僕だけでも問題ないかな」

そう思って見ていると「続け」とばかりに1匹2匹3匹……と、雨あられにゼリーが降ってくる。

「えっと……ひいふうみいよういつむうななやあこことお。……10!?」

きっかり10匹目が降ってきた所で、召喚ゲートは閉じられた。そして魔法陣の上の10匹は、俄然ヤル気マンマンで、少年を威嚇している。

「よく見たら毒持った緑のヤツもいるじゃないか!? どういう事だこらあ!」

憤りを込めた罵声を窓向こうのフリップに浴びせるが、フリップは知らんぷり。

「フリップ殿。この試験では召喚獣2匹程度が慣例では?」
「なあに、奴の実力を考慮したまでのこと。それに奴は派閥内での評価も成績もよろしくない。これくらいの試練を乗り越えられぬならば、一人前とはとても呼べないでしょう」

ラウルが今までのやさしいモノとは一変、鋭い眼光でフリップを睨むが効果はない。フリップは意地悪く口を歪ませ続けていた。



「あのフリップ野郎、アイツの授業を僕がほぼサボったのを絶対、根にもってやがる!」
「私もああいうニンゲンはキライだわぁ。凍らせていい?」
「どうせいつか失脚するから、その時な」

悪魔と他愛ない会話をしながらも、少年はゼリー達との戦いシミュレーションしていた。しかしそれでも10匹は多すぎる。スタミナも魔力も装備も、どうあったって足りなくなる。

「とにかく毒はまずいよ毒は。ゲドックーの葉なんて持ってきてないってーの(自室に生えてるけど)」
「今の状況がいまいち掴めてないんだけれど。3文で説明なさい」
「1つ、『今、一人前の召喚師になるための試験中』
2つ、『ゼリー全部倒せば合格』
3つ、『フリップ野郎はいつか〆る』」
「はぁ~、アンタが召喚師? 世も末ねぇ」
「召喚師『見習い』だって。あのゼリー軍団倒さなきゃあ最悪、蒼の派閥追放さ」
「ふ~ん」

悪魔は何かを思案し、やがてポツリと一言。

「召喚師にしてやる方がメリットあるかぁ」
「え?」
「よし、ここは私にまかせなさぁい」

そういって悪魔は、背後から少年の肩に手をポンッ、とのせる。すると少年の内蔵魔力が、みるみる内に悪魔に吸収されるではないか。

「な、お前一体何を!?」
「メンドウなのはキライだから、一瞬で終わらてやるってこと。ちょっと魔力を頂戴するわぁ」

少年から魔力を奪い取った悪魔は、宙高くへと飛び上がる。そして天井近くへと到着すると、今だ魔法陣付近で蠢きまわるゼリーたちに照準を合わせた。

「まぁ一ヶ所にワラワラと……狙ってくれと言ってるようなもんじゃない」

悪魔は冷気に変じさせた魔力を掌に凝縮し、愛用する製氷の双頭剣(グリップ両端に刀がついた武器)をつくり出す。そして剣に魔力を圧入、彼女は臨界寸前まで魔力を込めて込めて込め続けた。

「ふふっ、良い感じ」

封じられた魔力が双頭剣内部で暴れ狂う様子を、悪魔は満足気に眺める。やがて剣が軋みむ音が聞こえると共に、彼女は右手に持った双頭剣を天にかかげると、そのまま地上のゼリー達に向かって思いっきり投てきした。

「ヴオオォォォォォッ!?」

悪魔の腕力と重力による殺人的な加速で、双頭剣は1匹のゼリーの肉体を貫通し、石の床に深々と突き刺さる。貫かれたゼリーの断末魔が痛々しい。

同胞の無残な姿に驚愕する他のゼリー達は、2の太刀を恐れて四方八方へ散ろうとする。だがすでに勝敗は決していた。そもそも勝負にもなっていなかった。

落下の衝撃により崩壊をはじめる双頭剣を遠目で眺めながら、悪魔は死刑執行の言葉を述べた。

「『魔氷葬崩刃』」

瞬間、双頭剣は爆発四散し、内に封じられていた魔力が冷気の爆風となって吹き荒れた。爆心地にいたゼリー9匹は例外なく爆風に飲まれ、召喚された事を後悔する間もなく、意識を消失した。

ついでに爆心地からの距離があった少年も巻き添えを喰らった。



~~~~~



悪魔が生み出した吹雪の爆風が収まった試験会場は、元の面影が全く無くなってしまった。
部屋の中心には3メートル級の氷山が生え、その周囲には氷のオブジェと化したゼリー達。石敷きの床、および壁が氷雪に覆われており、室内にはちらほら雪が舞っている。

現在の会場の気温はマイナス40度ほど。これは温帯にある4000メートル級の山での歴代最低気温に匹敵する。局地的な瞬間最低気温ならばマイナス200度ほどの温度になっただろう。

「ぶえっくしょん! ……さ、寒い」

そんな真冬の雪山みたいな状況になった中、少年は身を震わせながらもかろうじて生きていた。双頭剣が爆砕する直前に生存本能が再び働き、かろうじて伏せ冷気の直撃をかわせたのが大きかった。
しかし余波を喰らったせいで髪はなびいた瞬間で時を止めているし、制服も鎧のようにガチガチに凍っている。なにより体温を奪われて顔面蒼白である。急いで暖を取らねばならないが、防寒性皆無である派閥の指定制服では取れるわけもない。

「あーあー、これは大変な事になっちゃったわねぇ」

少年の元へ戻ってきた悪魔が、そんな事を言う。

「お、おお、お前、やり過ぎ!」
「だってしょうがないじゃない。私としてはいつも通りにやったんだけどぉ、なんか調子が良くって加減を間違っちゃたのよ」

悪魔はそう言ってそっぽを向く。ウソをついているようには見えない。

「それと! 私は『お前』なんて名前じゃあないわ」
「え」
「私を呼ぶなら『ディアナ』と呼びなさい。氷魔コバルディアのディアナ、どこぞのバカが付けた名前よ」

そう言って悪魔――ディアナはうっすら微笑んだ。

「……ッ!」

少年は頭に鋭い痛みを覚えた。



~~~~~



時は過ぎて、場所は試験会場の隣室。ラウルとフリップの控えていた部屋である。試験会場が極寒の地になってしまったので、少年達はこの部屋へと移動することとなったのだ。

「体のほうは問題無いかの?」
「ふぁ、ふぁい。なんとか」
「あの程度の環境で根をあげるなんて、だらしないわねぇ」
「悪魔と一緒にするな。ニンゲンにはニンゲンの適温があるの」

凍りついた制服を脱ぎ捨て、厚手の毛布に身を包んだ少年が弱々しく返す。先ほどに比べれば、少年の顔にも赤みがほんの少し戻っている。

「では試験の結果だが……護衛獣のチカラを借りて、君は見事に敵を打ち倒した。少々のハプニングはあったものの、これならばフリップ殿も納得してくれるじゃろう。のう?」
「バカな、ありえん。成り上がり、しかもこの小僧があれほどの悪魔を従えられるはずが……」
「フリップ殿!」

ラウルの叱咤に、放心状態だったフリップがビクリと体を震わせる。そして少年を恨みがましい眼で睨みつけ、「フンッ」と鼻を鳴らした。

「この試験の監督は私ではない。よって、ラウル殿の判断に従いましょう」

そういってフリップは機嫌悪そうに退出してしまった。

「……(『合格』なんて言いたくなかったんだろうな)」
「うむ、フリップ殿のお墨付きももらえたようじゃ。試験監督として、召喚師見習いチャーハンを正式な蒼の派閥召喚師として認定しよう」

ラウルのねぎらいの言葉。しかし少年にはいまいち達成感が無い。

「派閥に名を連ねる者には、相応の任務をこなす義務がある。後日、任務に関する呼び出しをする」
「はい」
「それともうひとつ。護衛獣の使役では、信頼関係が最も重要になる。それに気付かぬ召喚師は信頼の構築を怠り、護衛獣の逃亡や反逆を許してしまう。そうなれば双方にとって悲劇的な結末が訪れてしまうじゃろう。
そうならないよう『召喚師と護衛獣は一蓮托生である』と思って頑張りなさい」

ラウルは少年とディアナを交互に見て、穏やかに微笑んだ。

「君達にはいらぬお節介じゃったな」
「……はあ」

顔を合わせながらそろって首を傾げる少年とディアナを残し、ラウルは部屋から出ていこうとして……。

「おお、忘れっとった。護衛獣の始末は召喚師がつける。試験会場の後片付けをしておくように」
「あ、はい」

最後に爆弾を投下していった。










~~~~~~~~~~



・氷魔コバルディア『ディアナ』

主人公の相棒。オフェンス担当。

サプレスでもかなり高位で、力の強い悪魔。

養分となる負の感情に枯渇していたため、伸び悩んでいた。だが自身は地位や実力に固執しておらず、「どぉでもいい」と思っている。

恰好のエモノと巡り合ったために悪魔の欲求がうずき、主人公と行動をともにするようになる。

現在は絶賛成長中であり、伴って主人公から吸われていく魔力量も多くなっていく。

生来のめんどくさがり。召喚された際、100の魔力を与えても50の仕事しかしない。



[19511] 第2話 サイカイと旅立ち その① 2014/7/30投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:c87a3a2e
Date: 2014/07/30 23:17
リィンバウム3国の1つ、『聖王国』。その首都『聖王都ゼラム』は、聖王国の統治者『聖王』の御膝元であり、蒼の派閥本部がある都市でもある。
ゼラムでとりわけ目を引くのが、切り立った崖と滝を背にした聖王の居城である。そしてその城下に、ゼラムの街は広がっているのである。

街は石やレンガでできており、もし名も無き世界のニンゲンがゼラムを見たのなら、中世の西欧をイメージするだろう。

ゼラムの主産業は貿易である。特にゼラム東のハルシェ湖は海へと通じているため、貿易の要として重宝されている。庶民の生活物資や召喚師・貴族用の高級品に嗜好品、あるいは聖王への献上品を積んだ船舶がハルシェ湖を往来する……それがゼラムでの日常だ。

さて貿易がさかんということは、輸入された品々を販売する店も様々あるわけで。ゼラムではそのような商店達はこぞって、ハルシェ湖を臨む『劇場通り商店街』に軒を連ねている。

この商店街は、ゼラムの定番買い物スポット。多様なジャンル、値段設定の商店が所狭しと出店しており、「お金と店を探すタフネスさえあれば、欲しいモノが手に入る」と、ガイドブックに記されるほど大規模な商店街である。

「うわぁ、ニンゲンが一杯ひしめき合ってて……なんだか臭いそう」
「率直な感想どうも。ヒト前ではそれ言うなよ?」

そんな劇場通り商店街に、1組の男女の姿があった。

男の方は安っぽい茶系統の服を着て、首に黒い石のネックレスを付けた、どこか幸薄そうな少年『チャーハン』。女の方は紫の肌を黒いフード付きローブで隠した、氷魔コバルディアこと『ディアナ』である。

時刻は試験翌日の正午。昨日いっぱい試験会場の清掃に使った少年は、ある事情のため買い物に来ていた。

「で、なんでこんなダッサイローブを着なきゃあいけないわけ?」
「いくらゼラムに蒼の派閥本部があるっても、庶民が異界の住民に慣れてるわけじゃない。奇異の目でみられるか、脅えられるか、難癖つけられるか……とにかく正体を隠し無用なトラブルを避けるためだ。
それに『ニンゲンの世界に若干の興味がある』と言ったのはディアナの方だからな、辛抱してくれ」

ぶぅたれるディアナを引き連れて、少年は馴染みの魚屋へと向かう。すると壮年でガタイの良い男店主が、少年を快く迎えてくれた。

「お、チャー坊じゃねえか! 今日はハルシェ湖の活きの良い魚が入荷してよお。勉強するから買ってくれよ」
「あ~、今日はいいや。繁華街のシルターン料理専門店にでも売り込めば」
「ちぇ。ところで今日はいつにも増して不景気そうな顔だなあ、うちの商品より眼が死んでるぞ」
「昨日、一日中保冷庫の大掃除をやっててさあ」

魚屋のおっちゃんと親しげに会話する少年は、魚介の干物や塩漬けを手に取っていく。

「保存食の貯蓄でも切れたのかい?」
「実は、明日にも遠出しなきゃあならなくなって。食料やら道具やらを買い揃え中なんだ」
「マジか、ついに派閥から追い出されたのかよ!?」
「そっちの方が面倒がなくてよかったさ」



***



時は本日の朝。疲労で爆睡する少年はインテリメガネの同い年に叩き起こされ、ラウル・バスク師範の執務室を訪ねた(この時ディアナは霊界サプレスに送還されている)。



少年が執務室に入場すると、部屋の中心には上質な木材で造られた仕事机。そして仕事机の向こうで、ラウルが椅子に座っている。

「召喚師見習い……改め召喚師チャーハン、参上しました」

ラウルと眼が合った瞬間、少年には嫌な予感がした。

「うむ、よく来てくれた。会場の方も普段以上にキレイになっておると聴いておる。御苦労じゃったな」
「……(貴方の義理の息子さんが『フレイムナイト』の召喚術を使ってくれたら、もっと速く終わったんですがね)」

フレイムナイトは腕に火炎放射機を装着した、機界ロレイラルのヒト型兵器――いわゆる機械兵士である。少年はシルターンの処世術『ドゲザ』を駆使してその召喚師に懇願したが、「キミはバカだな。『立つ鳥跡を濁さず』というシルターンの言葉を知らないのか?」と一括されて断られてしまっていた。

「昨日の今日で君も幾らか疲れているじゃろう。だが、早急に伝えねばならん事ができてのう。
君にとって『良い報せ』と『悪い報せ』が1つずつるあるんじゃが……どちらから聴きたいかね」

定型句くさいラウルの言葉に、少年は予感の的中を確信した。そして投げやりに「悪い報せからでお願いします」と返した。「上げて落とされるよりかは、逆の方が幾分まし」という少年の経験則である。

「うむ。実は昨夜開かれた幹部会議において、君の召喚師認定を否認する者がおってのう。このままでは昨日の試験が無効になってしまうやもしれん」
「……え? なんですそれ!」

うろたえる少年に、ラウルは困り顔で語る。

「その者達は『かつてこなした課題やレポートの出来が不十分』『授業出席率が悪すぎる』『召喚師としての品位に欠ける』などと君に難癖を付けたのじゃ。君が最終課題……つまり昨日の試験を受ける条件を満たしているのは、私も確認しておるのにのう。稀に見るギリギリのラインじゃったがな。
道理はこちらにあるので、多数決などで君の派閥入りを認めさせることはできた。じゃが否認する者達は、どうしてか発言力のある者ばかり。強引に承認させてしまえば波風がたってしまう。それでは君の今後に影響がでるし、派閥の秩序が乱れるのは避けねばならぬ。
……『無色』が不穏な動きをみせておるしの」

最後は小声で聞こえなかったが、それ以外の内容は、少年の苛立ちを助長するのに十分だった。少年にとっては、大変な苦労をしてようやく認可され、合格した試験なのだ。別に召喚師に固執してないけれど、当てにしていた結果を簡単に反故されてはたまらない。

「誰なんですその否認派は」
「それは言えん。会議による決定はともかく、議事録は一召喚師に公開してはならないのでな」

ラウルはそう言うが、少年には「たぶんフリップ野郎と、その傘下なんだろうなあ」と思った。ラウルの前で口に出しはしないが。

「それでじゃ。幹部らで協議した結果、君に1つ課題を与える事となった」
「はあ」
「課題といっても、君がするはずだった任務をやってもらうだけじゃ。そしてその任務の達成度によって、君を召喚師として派閥に迎えるか否かを決定する。それまでの間は……いわゆる仮免許扱いじゃな」

そう言いつつ、ラウルは机の引き出しから1つの封筒を取り出した。よくよく見ると、封蝋に蒼の派閥の刻印が押されている。派閥の正式な書類である証だ。

「任務内容はこの封筒の中に記されておる。『公平を期す』などという理由で、私は詳しい内容を知らぬ。しかし、どこか遠方に赴きその周辺を調査する任務、だと聞いておる」

常に穏やかにほほ笑むラウルが、めずらしく不服をあらわにしていた。今回の派閥の決定は、そうとう彼の腹に据えかねたようだ。

「言うておくと、今回の件は君に非はない。よって君がこの任務をつっぱねるならば、私は君の意思を尊重する。幹部会に断固抗議し、君の派閥入りを認めさせよう」
「それにはおよびません」

明朗にそうい言い放った少年は、ラウルの方へ歩み寄り、手紙を手に取った。

「この召喚師見習い、いや召喚師……でもない。『仮免召喚師』チャーハン、この任務謹んで受領いたします」

ラウルに迷惑をかければ同い年の先輩インテリメガネや、年下の同期にそのしわ寄せがいく。

そしてなにより、ラウルに「君の意見を尊重する」とまで言われたからには、少年もやらないわけにはいかないのである。



***



「……というわけで早急に任務地へいかなきゃならないわけ。おまけに任務こなすまで『蒼の派閥の召喚師』と名乗れなくなった」
「しょうがねえさ。チャー坊は威張ったお偉さんがキライだし、嫌いな奴はとことん嫌うタイプだしな。もし派閥を追い出されたら、うちの店で雇ってやるよ」

少年の背中をバンバン叩く魚屋店主に、少年は嬉しいような迷惑なような、複雑な表情をする。

「ああでも、喜ばしい事もあったんだ。一人前の召喚師は『家名』を名乗っていい事になってるんだけど。なんと今回の任務の前に、僕が名乗る新規家名を、ラウル師範が派閥に
認定してくれていたんだ」

召喚師にとって家名とは、自身の所属を示す身分証明のようなものであり、家ごとに積み重ね伝承されてきた秘術や地位を受け継いだ『力の証』でもある。

よって、家名は古い歴史を持っているからこそ意味がある。なので新たに生まれた家名などには特に意味も効力もないのだが……少年はすこぶる嬉しそうだった。

「僕はさ、召喚師になったら自分で考えた家名を名乗るのが夢だったんだ。名前が『チャーハン』なんて奇妙奇天烈だからさあ。『せめて家名だけは』って思ってたんだよ。
……そうだ。ホントはダメだけど、今度から名前を訊かれたら家名だけを名乗ろう。そうすりゃ名前を言わなくて済むわウソつかなくていいわで、両得じゃあないか」
「お、おう」

店主はゼラムで店を続けて長い。なので蒼の派閥の召喚師もいくらか見慣れているし、家名に固執した召喚師のウワサやその実物を知っている。しかしここまでしょ~もない理由で家名を欲した(仮免)召喚師を、店主は見たことがなかった。

「ということで、これから僕の事はチャー坊じゃなくてタ…………あれ? おっちゃん、ディアナ……コート着た女性は?」

少年が店を隅ずみ見渡すが、ディアナの姿はない。

「一緒にいた譲ちゃんなら、チャー坊の話の途中で出てって、向かいに入ってったぞ」

少年は魚屋を飛び出して、向かいの店舗にかけられた看板を凝視する。『ビーンズ~コーヒー豆専門店~』と、格式高い文字で書かれていた。少年の記憶によれば、結構な高級店だった。

店の中に視線を移す。ディアナが優雅にコーヒーカップを傾けていた。

「ん~、中々いい酸味じゃない。……なに、豆が100グラム5000バーム? えぇ、問題無くってよ。私の連れが払うから」
「問題大ありじゃあ!」

勢いのまま少年は店舗に飛び込んだ。

「派閥がケチってるせいで準備費用は限られているんだ。ウチには嗜好品を買う余裕なんてありません! そもそもコーヒー豆なんて買って、道中でどうやって淹れるんだ!?」
「そこにコーヒーミルもフィルターもサイフォンも売ってるじゃない」
「ええい、この悪魔は……僕にさらに出費しろと! 必需品買うだけでスッカラカンなの!」
「金が無い金が無いって……交通費があるじゃない、買え」
「ダメ!」
「ケチぃ」
「だめったらダメ」



「変人同士、ウマが合うのかねえ」

魚屋店主は、2人のから騒ぎを生温かい目で見守るのであった。



~~~~~



「それじゃあお願いします。ギブソン・ジラールさんのお宅で、はい」

その後つづがなく買い出しを済ませた少年たちは、配達屋に品物を託した。送り先を自室(蒼の派閥本部)の住所にしていないのは、召喚師見習い用である自室の撤去が着々と進行中だからだ。
ちなみに撤去の陣頭指揮者はプニムの『ユキ』とミモザである。今頃はギブソンとミモザが共同生活している邸宅に、少年が育てた草花が移送されていることだろう。

「まだ日も高い……これからどうするか」
「コーヒー」
「あの後結局ワイン買ったじゃあないか。それじゃ不満か」

ディアナの貪欲さに辟易しながら、ゼラムをぷらぷらする少年達。ふたりはやがて一軒の洋菓子店の前で立ち止まった。
その店の赤い看板にはロールケーキのイラストが描かれている。そして入口に『好評につき改装セール延長!』と書かれた紙が貼ってある。

「セールまだやってるんだ。そういえば『昨日は結局行けなかった』ってギブソン先輩言ってたな。休憩がてらケーキ買っておこうか、先輩へのお礼も兼ねて」
「ケーキぃ? 私甘いモノが大っキライなのよねぇ。見るのもイヤ」
「僕も甘味は苦手だ。お、『ケーキお買い上げの方は、当店オリジナルブレンドコーヒー無料。飲み放題』とな」
「何をしているのさっさと入店しなさい」
「……(ちょろい)」

少年達が洋菓子店の入口を潜る。するとすぐに、腰上ほどの大きさのショーケースと、中に山ほど陳列されたケーキが目に飛び込んできた。ケースから洩れた甘ったるい匂いと、どこからか漂うコーヒーの香ばしいかおりが少年の鼻腔をくすぐる。

店内は入って右側に壁、左側に開けたスペースがあり、椅子2~3個とテーブルのセットが10組ほど置いてあった。喫茶スペースといったところか。

「……(空いてるテーブルがほとんどない。それにお客は老若男女様々ときたもんだ。けっこう人気なんだな)」

「いらっしゃいませ」

ケース向こうで、白いフリル付きのカチューシャをした黒髪のウエイトレスが頬笑んだ。オレンジと白の、若干露出の多いフリフリした給仕服を着ている。

「『お持ち帰りケーキセット』を1つ……いや2つ」
「はい、お持ち帰りケーキセットお2つですね。こちらお持ち歩き時間はどのくらいになりますか?」
「1時間くらい」
「かしこまりました。本日、コーヒーを無料でお出ししております。お客様と御連れ様、コーヒーはホットとアイスのどちらでお出ししましょう?」
「ホットとアイス1つづつでいいわぁ」
「……僕に飲ませる気はないんだな」

会計を済ませると、ウエイトレスは「お好きな席でお待ち下さい」と言って、店の奥へと引っ込んだ。

少年は喫茶スペースの椅子に座ると、「ふ~、疲れた」とぼやいてテーブルにうつ伏せた。続いてディアナが隣の椅子に座る。

「この程度でへばるなんてだらしないわねぇ。体力落ちてるんじゃない?」
「何の話だ。昨日の大掃除が結構こたえてるんだよ。それになあディアナ、お前にガンガン魔力吸われててつらいんだぞ」

天使、悪魔をはじめとする精神生命体は、魔力で構成された体を用い実体化している。この魔力で構成された体は、燃費がすこぶる悪い。
そのためサプレス専門の召喚師は、魔力供給により召喚獣の消耗を補填しなければならない。つまり他の召喚術よりも、サプレスの召喚術は召喚師の消耗が激しいのだ。

しかも少年は知らぬことだが、ディアナは『契約』により、少年からの魔力供給量をある程度自由にできる。なので彼女は、少年に支障が出ないギリギリの魔力を常に奪いとっているのである。

「ディアナが氷を消せれば、掃除も楽だったんだけどなあ」
「相手を傷つけるチカラを持ってるからといって、癒すチカラを持ってるとは限らないでしょ? それと同じ、事象は大抵不可逆なものよ」
「ま、いいさ。疲れたけど万引きに悪漢、暴走馬車に巻き込まれない……それだけで良い日だ」

テーブルに自虐した少年は、「こんな日が毎日つづけばいいのに」と願った。



だが安息の日々が訪れるはずもなく。



「お待たせしました~。ホットコーヒーとアイスコーヒーお持ちしました」

先ほどとは違うウエイトレスの声が聞こえた。

少年がテーブルにうつ伏せのままでは、ドリンクを置けない。少年が急いで身を起こす。すると、お盆にアイスコーヒーのグラスとホットコーヒーのカップを乗せたウエイトレスが、まずグラスをテーブルへ。次にコーヒーカップを手にとって、丁寧にテーブルへ移す。

「あ」

コーヒーカップとテーブルが触れ合ってコツンと鳴ったその瞬間、少年とウエイトレスとの眼が合った。そのウエイトレスは先ほどのウエイトレスと同じ給仕服を着た、腰までありそうな栗色の長髪を首の後ろで束ねた女性。

「……(僕よりちょっと年上の美人さんだ。けっこうタイプかも)」

そう思った少年だったが、そんな感情はあっという間に彼方へ吹っ飛ぶこととなる。

「え」

ウエイトレスの顔面に張り付いていた営業スマイルが、剥がれ落ちていく。大きく眼を見開き、唇が震えている。震えはすぐ体中へ伝播したようで、震える指先がコーヒーカップを転ばし、テーブルの上に褐色の湖を生んだ。

「あっぢい!?」
「あぁ! もったいない」

そしてテーブルから零れた熱々のコーヒーが、少年の腹に降り注いだ。茶色の上着だったので、コーヒー跡が目立たないのが救いか。

「何すんだあ! このア……マ…………?」

少年の燃えたぎる激情が沈静化したのは、相手のウエイトレスの表情が冷え切って青ざめていたからである。ウエイトレスはお盆を抱えガタガタ震え、それでも少年から視線を切ろうとしない。

「……う、うそ」

震える両手で自身の口を押さえたウエイトレスが、悲痛な声を喉から絞り出す。

だが少年には何が「嘘」なのか皆目見当がつかなかった。しかしウエイトレスはこれ以上ない真剣な眼差しを向けている。なので怒ったらいいか困惑したらいいか、わからなかった。

「……(他の客の視線が痛い。ディアナはニヤニヤしてるだけだし、早くケーキを預かって帰りたい)」

少年がなかば投げやりになっているさなか、ウエイトレスはさらに爆弾を投下する。

「……おっ、おお、お」
「お?」



「オバケえええぇぇェェッ!!!?」



「…………………………はあ!?」



そこから先は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

泣き叫ぶ子供。

椅子ごとずっこけるカップル。

金切り声をあげる女性客。

腰を抜かした老人。

店内がパニックに陥る中、テーブル達が転げ回り、乗ってたケーキやコーヒーが宙を飛ぶ。そして1つのケーキが、少年のぼさぼさヘアに直撃した。今度はコーヒーじゃなくてよかった。

髪に絡みつくスポンジと肌を伝う生クリームの不快感に悶えながら、少年は「とりあえずこの女を一発殴ろう」と決意した。










~~~~~~~~~~



タイトルを変えたい(2回目)。



[19511] 第2話 サイカイと旅立ち その② 2014/8/13投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3b334d19
Date: 2014/08/13 01:12
一人前と認められた召喚師見習いは、私室を次の見習いに明け渡さなければならない。それは仮免中の僕とて変わりない。ラウル師範から封筒を受け取った後、僕は自室の片づけをはじめていた。

手始めに学習机の中を空にすべく、引き出しの中身を取り出していく。すると棚の奥から1枚の古ぼけた紙が見つかった。

「確か……『なにがしさんのスクラッチカード』だったか」

かつてのことを思い出しながら、手に取ったスクラッチカードをぼんやり眺めていると、ふと疑問が湧きあがった。

今スクラッチカードには2つの太陽と、削られていない10個の陰陽玉がある。はたして他の陰陽玉の下には、何のマークが描かれているのだろう? 太陽のマークはどのくらい用意されていたのだろう?

僕の人生よ~く思い返せば、クジで参加賞より上を出した事はほとんどない。どうにも僕は『運』と相性が悪いらしいのだ。なのにこのスクラッチカードだけは1等だった。

「このスクラッチで運を使い果たしたとか?」

そんな非現実的思考を口にしながら、取り出した硬貨でスクラッチの陰陽玉を削っていく。はたしてかつての僕にはどれほどの運が味方していたのか。

「……ん」

2つほど削った所で、妙な事になった。そして続けざまにどんどん削っていくと……スクラッチカードが、燦々と輝く太陽で埋めつくされてしまった。



どうやらあの日――つまり初めてゼラムに来て、召喚術の触媒であるカンテラを持って蒼の派閥を脱走したあの夜。僕が酔っ払いから常夜の石を受け取ったのは、仕組まれた必然だったらしい。酔っ払いと出会ったのも……。



いづれまた、あの酔っ払いのように『出会うべくして出会う者達』と遭遇するのだろうか。



***



聖王都ゼラムのとあるケーキ屋は、一時閉店となった。オバケ騒動により客が逃げてしまったからだ。その上あちこちに飛び散ったケーキやコーヒーを片づけなきゃいけないのだから、従業員達は悲惨だ。

従業員達がお掃除に追われる中。コーヒーと生クリームに塗れた仮免召喚師・少年『チャーハン』と、ケーキ屋の店長、そして少年をオバケ呼ばわりした栗色長髪のウエイトレスの3人が、1つのテーブルを囲んで座っていた。

「キミね、例えどのような悪漢・化け物相手でも、実害あるまでは聖人君子をもてなすよ
うに振る舞う。それがウエイトレスの心構えだろう。よしんば相手が『オバケ』であっても同様だ。わかるね?」
「……はい。すみません店長」
「店長、僕オバケじゃないです」

頭にこびり付いた生クリームをタオルで拭いながら、少年はぼやいた。

「キミが店で一番優秀なウエイトレスだというのは、みんなが認めている。だから今回の事だけで『クビ』になんかしないけど、今後こんなことがあっては困るよ」

店長は「店が潰れなきゃの話だがね」と頭を抱えた。

「お客様、このように彼女も大変反省しています。汚れた衣服のクリーニング代や、お買い上げになった商品の代金もお支払いします。なので、どうか」
「まあ……(この女を一発殴れれば満足なので)いいですよ」

少年が満面のスマイルでそう言うと、店長は丁寧にお辞儀をした。

「ありがとうございます。では私は雑務が残っておりますので失礼しますが……あとの事はこの者に対応させますので、なんなりと」

そうして店長は席を立った。「店長待って」とウエイトレスは懇願したが、店長は「今度こそお客様に粗相の無いように」と告げてバックヤードへ去ってしまった。

「あ………………」
「…………………」

店長の姿が消えると、少年は作り笑顔を止めた。そして不満と憤怒を織り交ぜた恨みがましい眼光で、ウエイトレスを睨む。

少年は怒っていた。今すぐ暴力行使するのもやぶさかではないくらいに、ハラワタが煮えくり返っていた。だが従業員達の眼があっては「ぶん殴ってもいい?」と言う事すらできないので黙っていた。

片やウエイトレスはとても居心地悪そうで、瞳を右往左往させ懸命に少年を視界にいれないようにしている。会話する余裕すらないようだ。

「……(気まずい)」

沈黙が続き、いいかげん少年もいたたまれなくなってきた。かといって自分から話題をふるのはイヤだった。なので少年は隣のテーブルに移っていた、氷魔コバルディアの『ディアナ』に助けを乞おうと視線を移すが……。

「この店で一番高級なコーヒーを所望するわ。私のマスター(笑)がおたくのウエイトレスに被害を受けたんだから、それくらいねぇ」

彼女は彼女で今の状況を満喫していた。少年と眼が合ってもニヤニヤするだけで、介入する気はさらさら無さそうだ。

こうなってはしょうがない。少年は深い溜息を吐き、先駆けとなるべく口を開いた。

「とにかくまず、僕を納得させろ」
「え?」
「お前がなぜ僕を『オバケ』だと思ったのか、きちんと説明して、僕を納得させてくれ。『納得は全てに優先する』とまではいかないけどさあ、納得いかないまま殴っても気分晴れないし」
「え、なぐ……?」
「拒否は認めない。『どうしても』って言うんだったら、この店のある事ない事拡散しちゃうぞ」

少年は、ウエイトレスに対し容赦なく毒舌だった。「腹にコーヒーぶちまけた上、オバケ呼ばわりしたニンゲンに遠慮はいらない」という明確な怒りの表れである。

「……(いや、本当にそれだけか?)」

眼前のウエイトレスに対する、現状への怒りと全く関係無い嫌悪。それが少年の心のどこかに存在していた。



「あなたは、とても似ているんです。私の……えっと…………そう、顔見知りの男性に」
「歯切れが悪い上ボンヤリしてるな」
「彼と私の関係は、私自身にもよくわかっていないんです。あえて言うなら『被害者』と『加害者』の関係ですね。
時間にして5分も無い、1回だけの邂逅でした。だけどその1回で、私は許されざる罪を犯しました。彼に、取り返しのつかない事をしてしまったんです」

ウエイトレスが『彼』に何をしたのか? 少年は気になったが、口には出さなかった。彼女は明らかにその内容を避けて話しているし、女性の後ろ暗い過去を探るのは野暮だと思ったからだ。

「ここだけの話、私は元々ヒトに言えない事を色々やっていたんです。だけど彼との邂逅のを契機に、私の人生は変わりました。その後に恩人――私に真っ当な道を歩むチャンスをくれたヒトに、出会うことができたんです」

そういったウエイトレスは、かなたの景色を眺めるかのごとき遠い目をしていた。感謝と悲しみが入り混じっている眼だな、と少年は思った。

「彼がその恩人と私とを引き合わせてくれた……のかもしれません。だから感謝と懺悔の意味もこめて、彼を覚えている事を決意しました。もっとも彼と対峙したあの日あの場所あの瞬間は、衝撃的すぎて忘れられませんでしたけど。今でもたまに夢に見るくらい、彼の姿は鮮明に覚えています。
あなたを見たときは本当に驚きました。だって本当に瓜二つなんですよ。当時の彼の方がもう少し年上でしたけど」
「ふうん。世の中には同じ顔のニンゲンが3人いるって言うが……」

「バァカねぇ。アンタみたいな幸薄そうな顔面、2人といるわけないじゃない。コーヒー追加ぁ」
「よし、そのままコーヒーに熱中しててくれ」

ディアナの茶々を軽くあしらい、少年は必要な事だけ確認した。

「その『彼』とやらは、やっぱりもう天に召されてるわけ?」
「…………はい」

言いよどんだウエイトレスのしぐさから、彼女が『彼』の死に何らかの関与していたのだろう、と少年は考えた。

「なるほど。お前の怯え様と、オバケ呼ばわりの根拠としては妥当だった」

そう前置きをした少年は、テーブルの縁からウエイトレスの方へずいっと身を乗り出した。

「だがそれを鵜呑みにできるかとなると、話は別だ。(ディアナとかならともかく)女の話と涙は、天気予報と同じくらい信用ならんからな。
お前が僕の同情を引くために、お涙頂戴の悲劇を演じてるだけかもしれない」
「そんな……」
「話に『証拠』が欠けているんだよなあ。雲の流れといった裏付があれば、天気予報にも信憑性が生まれるように。お前の話に何か物的証拠がありゃあ、信じられるんだけど」

嫌みったらしくそう言い放つ少年は「証拠などない、あってもすぐには出ないだろう」と確信していた。『彼』とやらが現世にいない以上、証人がいる可能性はゼロに近いだろうし、誰に話すでもない昔話の証拠を、常に持っているはずがないからだ。

わざとらしく椅子にふんぞり返る少年は、挑発めいた視線をウエイトレスにぶつける。ほんのりとした優越感に少年は大変満足した。

「さて、今ココで見せてもらおうか、証拠をよお」
「ありますよ」
「……ありゃ?」

少年は芸者のようにズッコケた。

少年が態勢を整える合間、ウエイトレスはポケットから掌大の石を取り出し、テーブルの上にそっと置いた。

「彼の、遺品ですね。私が持つべきではないんでしょうが、ある方のススメで預かっています。以来手放すこともできなくて、ずっと手元に置いているんです」

紫色のきれいな石だった。少年はその石を見て「見覚えがあるな」と思った。

「……」

だが、少年がその石に対して「見覚えがある」と思うのは本来おかしなことだった。

少年は生まれてから今日まで、眼前のウエイトレスと遭遇したことがない。よって彼女が常に手元に置いていた、その石を見ているはずがない。

ただし少年は、ウエイトレスが持っていた石と同質の石は見たことがある。彼女の石は、少年が派閥で日常的に使っている『サモナイト石』だったからである。

しかし少年は、彼女の石がサモナイト石だから「見覚えがある」と思ったわけでもなかった。
サモナイト石とはファーマーに対するクワと同義、召喚師にとって決して別つことのできない商売道具なのである。なのでサモナイト石を見て『見覚え』なんていつか以来見たことがないような表現が浮かぶはずがない。

少年が感じた『見覚え』とは、子供のころ大好きだった絵本を、大人になってから見つけたような……そんな温情と懐古が湧き上がってくるものであった。

だが、少年にはその気持ちの発生源がわからない。源泉を覗こうとしても、頭の中が霞がかって曖昧になってしまう。

彼女の石に関する記憶は絶対に無いはずなのに、今でもその石を憶えているような奇妙な不協和、あるいはデジャビュがあった。頭が痛くなった。

まるで自分の中にもう1人いるみたいだな、と少年は思った。

「何、してるんですか」
「え」

少年が正気に戻ると、なんと少年の左手が、テーブルに置かれたサモナイト石に伸びていた。というかしっかりと握りしめていた。

「あれ、いやあゴメン。つい」

簡素な謝罪を吐きつつも、少年の腕はまるで「自分のものだ」といわんばかりに、サモナイト石を手中に手繰り寄せる。

「ゆすり屋かかっぱらいか何かだったんですか、あなたは!?」
「ちがう、左手が勝手に。それに僕は仮免中の召喚師で……」

当惑する少年に追い討ちをかけるように、異変が起き始めていた。左手に握り締めたサモナイト石が明滅していることに、少年は気がついた。

「石が僕の魔力に反応している」
「どうかしました?」
「まずいこのままじゃあ……ああイヤな予感」

左手は相変わらず言うことをきかないので、どうすることもできず。少年が眼をつむり自分の無事を天に祈ったその直後、店内は紫色の光に埋め尽くされた。

「な、何が起こってるんです!?」

絶え間ない紫光に視界をくらませながらも、ウエイトレスが叫ぶ。対して少年は悟ったような穏やかな口調で返した。

「召喚術の『暴走』だ」
「暴走!?」
「この石の召喚術だが、どうやら誓約がずいぶんいい加減だ。だからなのか、僕の魔力に呼応して勝手に召喚術が発動してるみたい」
「私や他のヒトが使っても、反応なんてしなかったのに。そんな、じゃあやっぱり……」
「あ? この急場に何の話だ」

少年の的確のツッコミに、ウエイトレスの思考が過去から現在へ返ってきた。

「あなた召喚師なんですよね、何とかならないんですか!?」
「ムリムリ。もう止まらないし、僕ってば仮免中だしねえ」
「ああもう! でもそういえば、あの石は確か……」

よりいっそうサモナイト石が眩く輝いた時、少年は異界へのゲートが開いたのを感覚で理解した。



「せ、世界がチカチカする」

サモナイト石の発した閃光の直撃を受け、少年の眼は大きなダメージを受けていた。少年は終始目を瞑っていたが、膨大な光線のすべてをまぶたが防ぎきれるわけもなかった。

網膜に焼きついた光の明滅に辟易する少年だったが、眼を閉じる暇もなかった周囲のヒトビトに比べれば幾分ましではあった。

「……(空中に、何かいる?)」

修復されていく視界の中で、少年は宙に浮かぶシルエットを発見した。サプレスから召喚された何者かであることは、容易に想像できた。

「……(暴れたりしないって事は、友好的な奴なんだろうか。サプレスの召喚術ということはディアナと同じ悪魔とか……種族は何だ?)」

懸命に焦点を合わせていくと、シルエットに纏わりつく、白を基調とした明るい色彩の布が見えた。召喚された者の衣服のようだが、全体像に対する服の割合が大きいような気がした。要するに、本体を覆う服がだぼだぼなのであった。

次に、召喚された者の背中に純白の翼が一対、見えた。神々しい光を湛えた翼をクリアになった眼で見た少年は、その存在の正体を知った。

天使の女の子だった。

「…………」

何もせず虚空を見つめている天使。天使の佇まいには生気が感じられず、その瞳が曇っているように見えた。召喚されたこと気がついているのかも怪しいほど、心ここにあらずだった。

「キミは……」

天使のあまりにも荒んだ姿を気の毒に思い、少年が声をかける。すると天使は、わずかながら頭を動かして少年の顔を見た。

「…………?」

その変化は劇的だった。少年を一瞥するや、天使は目をくわっと見開いた。

「…………!」

そして天使は少年の顔・姿を、何度も何度も見返した。何かを確認するように。

「…………!!」

やがて何らかの確信に至った天使は、喜びと悲しみとがない交ぜになった表情で、ぽろぽろと涙をこぼしながら……。

「うお!?」
「…………っ!!」

少年の胸の中に飛び込んできた。

「な、なな何なんだ一体!?」
「…………!!?」

少年の胴に腕を回し、周囲の目も関係ないとばかりに胸中に顔をうずめる幼子の天使。そんなわけのわからん状況に、もう少年の頭脳はしっちゃかめっちゃかになっていた。

周囲にいるであろうケーキ屋従業員、あるいはウエイトレスに助けを求めようにも、みんなそろって召喚光に目をやられており、役に立たない。少年の相棒ディアナに至っては、光の災害を完全に回避しているのに、事の推移を見守っていた。

「あ~もう、とにかく早く泣き止んでくれ! 客観的に見たら色々とヤバイ状況だから!」

少年がそう言っているのが聞こえていないのか。天使はやはり泣き喚くばかり。少年はこのいたたまれない針のむしろの中で、天使が泣き止むまで待つしかなかった



「ああ、ちくしょう……なぜ泣いているんだ」

それは天使への言葉だったのか、あるいは自分自身への言葉だったのか。少年には、わからなかった。



~~~~~~~~~~~

タイトル回収が終わった。だから次の次くらいからタイトルを変更します。

たぶん



[19511] 第2話 サイカイと旅立ち その③ 2014/8/17投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:3b334d19
Date: 2014/08/17 02:09
「うん……まいった。お前の被害者とかいう『彼』の事は信じよう。証拠のサモナイト石に、証人の天使までだされちゃな」

ゼラムのとあるケーキ屋にて。椅子に腰掛けている仮免召喚師・少年は、テーブルに左肘をつきながら、投げやりに敗北宣言した。そしてテーブル向かいに座る栗色長髪のウエイトレスに、懇願するようなまなざしを向ける。

「だから何とかしてくれないかなあ、この子」
「…………♪」

少年の右腕に腕を絡ませ、一向に離そうとしない天使。さっきから天使は至福の笑みを浮かべたまま、少年を離さない。さらには時々腕に頬ずりしたり、愛しむ様に指を這わせたり……このまま1日中引っ付いていそうな雰囲気があった。かなり恥ずかしかった。

「無理ですよお。私はその子と初対面なんですから。……そりゃ、その天使ちゃんの事を話には聞いていましたけど。
その子は『彼』の昔からの相棒だったそうです。どうやらあなたを『彼』だと思っているみたいですね」

そう言うや、ウエイトレスは苦虫を噛み潰したような顔をして、視線をそらした。現実の直視をためらうかのようだった。

一方天使の扱いに困った少年は、しばし悩んだあと天使を見つめて言った。

「天使にも違いがわからないくらい似てるの? あのな。僕は、キミのご主人様じゃあないの。似ているらしいけれど別人なの」
「…………!?…………!」
「召喚術の言語翻訳機能がバグってるのか? ええい、ここではリィンバウムの言葉で話してくれ」

必死に首を横に振り、天使は何かを訴えている。だが、少年には彼女が何を喋っているのかわからない。

「こんな調子じゃこっちの言葉が通じてるのかもわからないじゃあないか」
「困りましたね」

実に幸せそうな天使をよそに、2人は揃ってさじを投げた。

「サプレスの召喚術に造詣が深いギブソン先輩なら、天使の言葉もわかるかもしれない」と少年は思った。その場合、派閥かギブソン邸へ行かなければだが、片腕に女の子を引っ付かせたまま街中を歩くわけにもいかない。それはとても恥ずかしい。



「サプレスの言葉に通じた悪魔なら、いるじゃない」
「ディアナ?」

気がつけば、さっきまでコーヒーを啜っていたはずの、氷魔コバルディア『ディアナ』が少年のそばに立っていた。ディアナは天使の服を摘んで引っ張って、少年と天使を強引に引き離した。摘まれたままの天使は、宙ぶらりん状態になった。

「このガキの世話は、私に任せてもらえる?」
「…………!?…………!」

天使は手足をばたばたして開放を試みているが、力の差は歴然だった。

「いいのか? 天使は悪魔の宿敵だから、頼んでもどうせ断ると思ってた」
「私もそのつもりだったんだけどねぇ。ちょっとコイツに興味が湧いて、ね。なぁに、悪いようにはしない」
「…………!?…………!?」
「……この天使、ちょっと頭おかしいんじゃない?」
「…………………!!!」
「あぁ? 誰がドロボーネコだって?」

「よくわからんが、ちゃんと意思疎通できるな。後は任せた。
……あ、すいませ~ん! 天使の女の子に適当なケーキやってください。代金はそこのウエイトレスの給料天引きで」
「ええ!?」
「かしこまりました」
「かしこまっちゃうんですか店長! いや、私が悪いんですけど」



ニンゲン達の茶番を捨ておいて、ディアナは天使を手にぶら下げて、元いたテーブルへと移動する。天使がひどく抗議しているがおかまいなしだ。そして近くの椅子に天使を投げ飛ばすと、自身も別の椅子に座った。

「…………!?」
「別にとって食おうってわけじゃあないわぁ。私、今生涯で一番満たされてるもの」
「…………!」
「アイツから魔力と負の感情を奪ってるって? ざぁんねん。私はアイツが望んだ契約を遂行しているだけよ」
「…………」
「しゃくだけど、私とアンタは同じ穴の狢よ。アンタだってマスター(笑)の独特な――絵の具全色キャンパスにぶちまけたみたいな――魂の色に惹かれたんでしょ」
「…………」
「その点に関しちゃあ、たぶんアンタが『先輩』ね。だからぁ、1万歩譲って『先輩』に聞きたいわけ」
「…………!」

先輩と呼ばれて天使が若干気を良くした隙に、ディアナは本題を突きつける。

「『前世』のアイツについて」



~~~~~



「う~ん、天使にまでお墨付きをもらったとなると、『彼』が気になってくるな」
「えっ」

呟いた少年の言葉に、ウエイトレスはドキリとした。

「なあウエイトレスさんよ。『彼』の家族は知らないか? 親とか子どもとか、親戚とかでもいい」
「え、えっと。人づてに聞いた話では未婚で、故郷と家族を紛争で失ったそうです。だからおそらく……」
「本当に? 家族が実は生きていたとか、遠くの町村に親戚がいたとかは?」
「私だって、『彼』の全てを知ってるわけじゃありませんよ!」
「む……シツレイ」

いったん落ち着いて、少年は姿勢を正した。

「何でそんな急に『彼』の事を知りがるんです?」
「僕と『彼』の間に関係がありそうだからさ。
僕は捨て子だったから、自分のルーツを知らない。幼い頃に捨てられたらしく、親の顔も正確な誕生日も知らない。……あ、同情はするなよ。
チャールズおじさんとハンドラーさんに拾われて、今でこそ召喚師なんてやってる。だけど時々『僕はどうやって生まれたんだろう、何者なんだろう』って不安になる。それに……」
「それに?」
「なんでもない」

少年は、昨日も見た『思い出せない夢』を思い出していた。

あんな夢を見るのは、生まれが特殊だったからかもしれない……可能性の1つだが、少年はそう考えている。

「とにかく、ありえないくらい僕と『彼』が酷似しているんだろ? なら、接点があるかもだろ」
「え、ま、そう言えなくも無いですが……。少なくても、近しい血縁だったり子孫ということは無いと思います。『彼』の故郷は帝国領にあったみたいでしたし」
「ふ~ん」

潮時を感じた少年は、ボンヤリと店の窓の向こうを眺めた。石造りの町並みの上で、空が赤らんでいた。

「……今、何時だ?」

誰にでもなく呟いた少年は、椅子から跳ね飛ぶと窓にへばりついた。景色は黄昏色に染まって、宵闇の接近を知らせていた。

少年は上着の胸ポケットから愛用の手帳を取り出して、中を改めた。

「今日の予定。『夕暮れからギブソン邸で、僕の壮行会』……完全に遅刻だ!」

今から全速で目的地に向かっても、日が没するまでに到着できるかあやしかった。

「というわけで、僕はこれでシツレイさせてもらう」
「は、はい」
「ディアナ、撤収だ!」
「ちぇっ。ちょうど今いい所だったのにぃ。コイツ(天使)のあるじが同窓生を陥れた話」
「『彼』ってのはとんでもねぇ奴だな!? 」

軽口を叩きながら、少年はテキパキと帰り支度を整える。

「ケーキセット2個、準備できてるのか?」
「ええ。……お客様がお帰りです!」

ウエイトレスが言うと、店のバッグヤードからケーキセットを携えた店長が出てきた。そして少年にケーキセットを手渡す。

「本日は誠に申し訳ありませんでした。それとクリーニング代ですが」
「ああ、面倒なので金銭はいいです。……その代わり、コレを頂きます」

少年はテーブルに置いてあった、紫色のサモナイト石を掴んだ。

「な!?」
「もちろん、天使が了承すればの話だけど」
「…………!」

少年が言い終わる前に、天使はひらりと宙を舞い、少年の傍らへと進み出た。

「…………!」
「『問題ない』ってさぁ」
「よし、これからよろしくな。……口にクリームついてるぞ」

少年は天使の口をタオルで拭ってやる。そして我が物顔で店の出入口まで歩いて、呆然とするウエイトレスに振り向いた。

「じゃあな、栗毛のウエイトレス。2度と逢うこともあるまい」

そう彼女に言い残し、少年はドアを開けてケーキ屋を後にしたのだった。



~~~~~



「……はあ」

天使と悪魔を引きつれた彼の姿が、ドアの向こうへ消えた。私の中で張り詰めていた緊張の糸が切れたのは、それと同時だった。たいした運動もしていない、ただお客様と会話していただけなのに、体力と精神力をごっそり持っていかれた。

「パッフェルちゃん、大丈夫だった?」

先輩のウエイトレスが、心配して声をかけてくれた。そんな彼女に、私は精一杯の作り笑顔で応じる。

「元はといえば、私がまいた種ですから」

そう、本当に私のせい。今日の事だけのじゃない。もしかしたらずっと昔、私が暗殺者をしていた頃に発生させた怨念が、今になって這い出てきたのかもしれない。

「そお? でもあの男もあの男よ。パッフェルちゃんのお守りを、勝手に持ってっちゃうなんて。本当にかっぱらいだったんじゃないかしら」
「あはは、どうでしょう? 案外、持つべき人のところに還っただけかもしれませんよ」
「?」
「あ……なんでもありません。さっ、明日のためにお掃除しましょ!」
「その前に着替えたら? 背中、すごい事になってる」
「え」

言われて始めて、背中が冷や汗でぐっしょり濡れているのに気がついた。彼と相対している間、冷や汗が絶えず流れていたらしい。

「それくらい緊張していたんだ」

彼――私があの『忘れられた島』で最後に殺した帝国軍人に、瓜二つだったあの人。あの人は一体何者だったんだろう? 他人の空似にしては似すぎていたし、声も体つきも何から何まで、死んだはずの彼にそっくりだった。それにサモナイト石を巡る奇妙な行動といい、私や他の召喚師にピクリとも反応しなかった石で天使を召喚した事といい、あの人には不可思議な点がありすぎる。

もしかしたら――あの人は『彼』が死して魂となった後、転生の輪を通って生まれ変わった姿なのかもしれない。

他の人が聞いたら、戯言と一蹴してしまうだろうその可能性を、私は否定できないでいた。おこがましくも必死に否定しようとしているのに、確信めいた気持ちがこびりついて離れない。

あの人と対面するだけでこうなってしまった私自身が、イヤになる。

暗殺者から完全に足を洗うと誓った時、今までの殺人に対する報いを、いつか受けると思ってたはず。なのにいざ殺した顔と再開すると、心の奥底がざわつくのを感じた。「怖い」と思った。そんな資格が私にあるはずないのに。

「大切なモノができて、弱くなっちゃったのかな」

かつては、死なんて怖くなかった。私は『紅き手袋』という組織の部品で、階級が上がろうが2つ名がつこうが、不要になれば捨てられる消耗品だった。そして消耗品であることを半ば諦めながら、当然だと理解していた。

でも今は……。

「いけない、いけない」

立ち尽くして呆然としている暇はない。私自身の失敗は、私自身で取り戻さなくちゃ。私自身に活をいれて、作業に取り掛かろうとすると……。



「そうそう、言い忘れていた」
「ひゃ!?」



帰ったはずのあの人が、出入口からひょっこり顔をだしていた。「2度と逢うことはあるまい」じゃなかったの!?

「実は、けっこうネにもつタイプでさ。された仕打ちはやり返すまで……絶対に、忘れない」

そう呟いたあの人を見たとき、体が震え上がった。

彼の瞳が、さっきまで苛立ちに満ちながらも活力に溢れた瞳が、黒いヘドロのように混濁して見えた。瞳孔も開きっぱなしだった。焦点が合っていなかった。
何も見ていないようで、瞳を覗いた者を呪って地獄に引きずり込んでしまうような、恐ろしい雰囲気があった。

かつて何度も何度も、その眼をした『ニンゲンだったモノ』を見たことがある。ニンゲンの眼がそうなるように、私自身が手を下したことがたくさんある。だから間違えようがなかった。



亡者の眼だった。



「今の自分は、蒼の派閥の(仮免)召喚師『チャーハン・タベルナ』」

そう言ってあの人は首元にある、横一文字に切り裂かれたかのようなアザを撫でた。

「いつか必ず、お前に『復讐』する」
「……ッ!」
「じゃあな」

それで彼は扉を閉め2度と顔を現さなかった。








「……そう、だったんですね。やっぱり」

止めようの無かった体の震えが、ぴたりと止んだ。きっと不安が確信に変わったからだと思う。

さっきまでの私は「間違いであってほしい」「間違っているはずだ」と思い込もうとして、現実から目を背けようとしていた。できるはずもないのに。

だけどこうも現実を突きつけられば、認めるしかない。

腹をくくるしかない。



~~~~~



「……(何であんなことワザワザ言ったんだろう?)」

しっかりと閉めたケーキ屋のドアの前で、少年は首をかしげた。しかし、考えるほど頭が痛くなってきたので思考を中断した。それに別の問題もある。

「見られてるな」
「…………!」

姿は見えなかったが、いくつかの気配と視線が周囲に点在していた。

「何々、カチコミィ?」
「発想がおかしい。……みんな店の方に意識が行ってるし、例の騒ぎの真偽・顛末を探ってるヤジウマだろ」

『オバケ』に『閃光大爆発』、そして『幼子のすすり泣き』。これだけの騒動が1日で起きたこのケーキ屋、大丈夫なんだろうか。少年は、自分が騒動の渦中にいる自覚なくそう思った。

だが少年は、個人はともかく店舗自体に恨みは無く。そしてケーキ屋が1つ潰れるということは、その分ギブソンが悲しむというわけで。

「まあ、あれだ。召喚師である僕が召喚した、サプレスの天使と悪魔を『オバケ』と勘違いするなんて。この店のウエイトレスも抜けてるよな!」

なので火消しに若干協力するのも、やぶさかではなかった。

「…………!」
「わっざとらし」

意図を汲んでうなずく天使と、あきれる悪魔。相反する2つの存在を引き連れて、少年は高級住宅街へと駆け出した。

「明日から長い旅になる。だからしっかり英気を養わなきゃな。行くぞディアナと……『ローラ』」
「…………!?」
「ア、アンタ。今このガキの事……」
「ん? あ~、昔読んだ絵本のヒロインに似てたから。気に入らないか?」
「…………♪」
「ガキが調子乗るのはあれだけど別にいいんじゃない」



少年達が明日向かうのは『城塞都市サイジェント』。

かの英雄の後継が誕生する街である。



~~~~~~~~~~



パッフェルさんの出番はずっと後



・蒼の派閥の仮免召喚師『チャーハン・タベルナ』

本作の主人公。どこぞの帝国召喚兵や、放浪者『バカ』との関係は不明。
イッタイナニモノナンダ……?

幼少の頃、聖王国北にある山に捨てられたのを、蒼の派閥の召喚師2名『チャールズ・リース』『ハンドラー・トランテ』(オリジナルキャラクター)に拾われる。

チャールズとハンドラーは、互いの名前からとって主人公に命名し、主人公の後見人となった。後見人達のネーミングセンスは、お察し。

正直ファーマーになりたいが、せっかくのチャンスだったので『手に職』感覚で蒼の派閥の召喚師を目指した。ネスティが聞いたら発狂ものである。

成り上がり故の風当たりの強さや、嫌みったらしい召喚師の嫌がらせ……時には罪深き召喚師の末裔に間違われたことで迷惑をこうむったが、特に気にせず自由に生きている。

甘い物と辛い物が苦手。ギブソンとミモザとの付き合いでたらふく食ったため。

ステータス系の話はまたこんど



・聖母プラーマ『ローラ』

主人公の相棒。彼女いわく不動のナンバーワン。回復担当。

某『豊穣の天使』に匹敵するくらいの癒しの力を持つ。退魔の力はあまりない。

しかし誓約の儀式をした奴がイイカゲンだったので、リィンバウムではその力を十全に発揮できない。力の大部分をサプレスに置いてきている状態なため、体が小さい。尤も本来の姿も……。

翻訳機能に一部欠損が生じているため、リィンバウムの言葉が話せない。やはり誓約がイイカゲンだったため。

千差万別な魂の輝きを持ち、動植物の命を尊重する主人公を好きになったらしく、主人公の「内助の功」として尽くすことを至上の喜びとしている。

色ボケ。



[19511] 幕間 2014/9/20投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:7af9eb38
Date: 2014/09/20 00:41
名も無き世界の1国家『ニッポン』から見れば、聖王国の治安は悪いと言えるだろう。

聖王国に点在する、街(領主が統治している集落)や町村(領主がいない集落)、その周囲はある程度安全が保障されてはいる。領主に仕える『騎士団』や、私設の『自警団』などが治安維持をしているからである。

まれに召喚師が治安維持に乗り出すケースもあるが、召喚師が出向くのはよっぽどの重大事件か、召喚術が関わる事件である。なのでやっぱり、聖王国の日常は騎士団と自警団に護られているのだろう。

しかし街や町村を少し離れれば、騎士団も自警団も当てにはならない。彼らは主君や集落の住民を護るのが任務なので、集落の外に手が回らないのだ。
特に騎士団は主に付き従い、あくまで主君の命で行動する。そのため命令外および集落外の活動に、融通がきかないのだ。



つまり極端な言い方をすると、集落から一歩出れば、そこはもう無法地帯なのだ。



リィンバウムの雄大な自然の、どこに悪党が潜んでいるかわからないのである。おまけに野生化したはぐれ召喚獣だっているのである。

未開拓の自然を悪用し、うかつに入り込めない山岳や密林をアジトにしている強盗・山賊が、たくさんいるのである。

そして貿易品などを運ぶ荷馬車や、リィンバウムを漫遊する旅人が、道中で襲われるなんて事件もよくあるのである。

今日もまた、聖王国のどこかで荷馬車が襲われる。数多いる荷馬車の中で、なぜその荷馬車が襲われるのか? それはやっぱり、相乗りしていた旅人の不運ゆえだろう。



~~~~~



「動くなよお、運ちゃん? 変なマネしたらグサリ、だぜ」
「ひいいぃ!?」

サイジェントへ続く、とある街道。引きずり降ろされた運転手が、荷馬車の横で屈強な強盗に後ろから羽交い絞めにされていた。運転手の首筋には、強盗の無骨なナイフが添えられている。

「手下を街道のど真ん中に寝かせておけば、うかつな荷馬車は勝手に止まっちまう」
「後は降りてきた間抜けをひっ捕まえるだけ! ほんとボロイ商売っすねえ、荷馬車強盗ってのは!」

強盗の背後で、その手下が顔面の土を拭いながらゲスな笑いを浮かべる。

「や、やや止めてくれよお。3日以内にサイジェントの領主様に届けないと、廃業どころじゃすまないんだよお」
「ほう、そりゃ運がいい。贅沢三昧とウワサの領主宛って事は、積荷は相当な値打ちもんだ。ほらぼさっとしてねえで奪ってこい!」

手下が荷馬車の荷台に近づいていく。荷台は上部と側面が雨風をしのぐ幌で覆われ、後ろに回りこまないと中身を確認できない。

舌なめずりをして進む手下はしかし、急に「ヒッ」と小さい悲鳴をあげて立ち止まる。

「親分! 中から物音が……」
「なにい? 他に誰かのってんのか?」
「た、旅のお方がヒトリ、荷台に。『サイジェントまで乗せて』としつこく頼まれまして……」
「余計なことまでくっちゃべてんじゃねえ! おい、用心しとけよ」
「アイアイサー」

手下は腰にぶら下げた長剣を引き抜き、荷台の側面を伝うように、慎重に後部へと歩を進める。そして荷台の曲がり角へ到着すると、深呼吸ののち、勢いよく飛びだした。

「おとなしくしやがれ!」

威嚇と共に、手下は荷台の中を凝視した。荷台の中は薄暗かったが、フード付きコートを纏った人型のシルエットを確認できた。長剣の切っ先がシルエットに向けられる。

「変な気おこすなよお? 俺たちゃ積荷がほしいだけなんだよお」

長剣はそのままで、手下は荷台の中を改める。木箱がところ狭しと納まっていた。

「いいねえ。んじゃあお前は、邪魔だからさっさと出ろ」

そう言われるとシルエットは抵抗する素振りすら見せず、おとなしく、ゆっくりと手下の方に向かってきた。

「良ぉお~~しッ。従順な奴は長生きできるぜえ? 後で所持品全部渡すんなら、半殺しにするだけで生かしといてやる」

汚く笑う手下は気づかなかった。

普通刃物を向けられたニンゲンは、恐怖ゆえその切っ先を避けようとする。しかし荷台の中にいたソイツは、なんでもないといった面持ちで、長剣との距離を最短経路でどんどん縮めていく。

「半殺し、ね」
「……あ?」

馬鹿にしたような独り言に、手下はカッとなった。

「ナマ言ってんじゃねえ……ぞ……」

傷の1つでも付けてやろうか、と手下は長剣を握る手に力を込めるが、そこで彼はシルエットのソイツの奇妙な行動を目撃する。

ソイツのコートから伸びた腕の先、指先が、長剣の上を這っていた。まるで「こんな物じゃ私を傷つけるなんてできない」とあざ笑うかのように。

なにより手下が奇妙と思ったのは、その指の色が、青紫だったからである。手下は一瞬、緊張で指先の血の気が引いているのだと納得しようとしたが、そんな時の肌ではなかった。明らかにニンゲンの肌ではなかった。

「ふふっ。コワイコワイ」
「てめえ……い゛ッ!?」

手に鋭い痛みを感じ、手下は握っている長剣を思わず手放しそうになった。しかし彼の手は長剣を離さなかった。いや、離せなくなっていた。

「い゛でえ! なんだあ手が、いや剣が……冷たい!?」

いつの間にか長剣が、急激に冷やされていた。氷よりずっと冷たくなっていた。そのため長剣に触れた掌が、正確に言えば掌に付着している水分が凍って、剣と手とをくっつけているのである。

そして肌が度を過ぎた冷気に触れれば、激痛を覚える。冷たくて焼けるような痛みに耐えかねている手下。

「オレに何したあ!」
「何『した』? はやとちりねぇ。これから『する』のに」

ソイツは長剣の切っ先に、ふっ、と息を吹きかける。すると吹きかけた場所に、氷がまとわりついた。そして切っ先からグリップへ、氷はどんどん面積を増大させていく。

恐怖ゆえの無意識か、あるいは目の前のソイツに一撃食らわそうと思ったのか、手下は長剣を握っている腕に力を込めた。長剣をがむしゃらに振り回そうとしたようだが、もう手遅れだった。

刃全体が氷に包まれたと思ったら、すでに手が凍っていた。手首まで氷がはびこり始めると、前腕からヒジ、上腕まで駆け抜けた。そしてあっという間に腕の付け根まですっぽり氷で覆われた。これでは腕はピクリとも動かせない。

「うわあああああ!?」

しかも氷の進行は止まらず。手下の体は氷に包みこまれていった。



「どうした!」

無様な悲鳴を聞いた強盗は、手下が抜き差しならない状況に陥っていると直感した。焦りの色を顔に浮かべ、強盗は荷台後部へ意識を向けた。それがいけなかった。

背後で大きな石を振りかぶる男に気づかなかった。

「ブゲガッ!?」

石が強盗の後頭部にクリーンヒット。彼は運転手を手放し、白目をむいて地面にぶっ倒れた。痙攣しているが、どうやら首の皮一枚で生きているようだ。

一方、開放された運転手は地に尻もちをつく。そして何事かわからぬまま、男が強盗を荒縄で縛り上げるのを、ただ呆然と眺めていた。

「拘束よし、ボディチェック……隠し武器なし。あ、おっさん大丈夫?」

そう言って男は運転手に手を差し伸べた。左手首にはめた、小さな黒い石付きの腕輪が運転手の眼に映った。

その男は、道中で乗り込んできた旅人――仮免召喚師・少年『チャーハン・タベルナ』だった。



~~~~~



「いやあ強盗が来て、すぐディアナ召喚して入れ替わり、馬車の下に隠れてたけど。正解だったな」

何を言っているのかわからない運転手を置き去りにして、少年は荷台後部を覗き込んだ。

「そっちはどうだ?」
「どうってぇ、私がしくじるとでも?」
「あ……あああ……」

女性型悪魔――氷魔コバルディアの『ディアナ』は、首から上以外をすっぽり氷で覆われた強盗手下を指差し、明朗に答えた。手下は顔と唇を真っ青にしながら、歯をガチガチ言わせている。

「いや、相手を心配してだな。これ、氷溶けるのか? 死ぬんじゃあないか?」
「さぁね。ダイジョウブよ、きっと」
「……ま、いっか。こうなったのも、シルターンの言葉でいう『自業自得』だ。強盗してたお前がわるい」

少年は手下に張り付いた氷を小突きながら、ため息をついた。

「ところで、これで何回目だっけ?」

強盗とその手下を荷馬車に縄でくくり付けながら、少年が呟いた。

「強盗は2回目ね。え~っと置き引き、自然災害が3回。獣とはぐれ襲撃が4回」
「我ながら、遭遇率がおかしい」

少年はゼラムを旅立ってから、だいたい1日に1件事件に巻き込まれていた。聖王国の治安がどうとか前述したが、この数値はあきらかに異常だ。

「厄介事に遭遇しては到着日がズレ、延びた時間内にまた厄介事に巻き込まれる……見事な悪循環。あ、私にとっては好循環かぁ」

態度よりずっと疲れ、やつれている少年から負の感情をいただきながら、ディアナはケタケタ笑った。

「しょ、召喚師様! なにゆえに、強盗を一緒に運ばなければならないのですかあ」

荷馬車の運転手が、怯えながら問う。少年が召喚師(正確には仮免中)だと知ったとたん、運転手はへりくだった態度になってしまった。
少年はそういう態度で接されるのがイヤだったが、どうにも直りそうも無いのであきらめている。

「こいつらけっこう前科がありそうだから。近くの騎士団や自警団に引き渡せば、金一封くらいもらえるかな~っと」
「金……一封」

運転手がゴクリと生唾を飲んだが、少年は気がつかなかった。

「金も食料もカッツカツなんだよなあ。滞在費もけっこう使い込んじゃったし……小金でも欲しい」

移動にかかる日にちが増えると、その分の食費や宿泊費、交通費などがかさむ。すでに少年の移動日数は予定日数の2倍近くなので、財政状況は火の車だった。夜には野営をし、道端に自生している野草で餓えをしのいでいるほど。

「はら、へったなあ」
「だっらしない。私はピンピンしてるのに」
「食事いらないだろうが、悪魔は」

乾いた苦笑いをうかべながら、少年はもくもくと作業を続ける。

「……」



どうやら少年達を襲った荷馬車強盗2人組は、そこそこ名の知れた小悪党だったようで。道中の村の自警団が快く金一封と交換してくれた。

しかし欲が出た運転手により金は奪い去られ、少年は村に置きざりにされてしまう運命にあった。



~~~~~~~~~~

主人公ステータス(仮)

名前:チャーハン・タベルナ(16~18歳)

クラス:仮免召喚師

武器:剣(縦)、弓

防具:ローブ

LV:1

HP:妙に高い、草いじりなら疲れ知らず
MP:わりと高いが、常に吸われている
AT:召喚師タイプより高い
DF:しぶとい
MAT:戦士タイプに毛が生えた程度
MDF:普通
TEC:そこそこ
LUC:低い
MOV:6 ↑5 ↓5
召喚ランク(C~S):機D 鬼D 霊C 獣C
召喚装備数:7/10
装備できる召喚術は、無生物および縁のある召喚獣にかぎる。

待機型:魔抗、ブロック(装備が剣の時)

アクセサリー:常夜の石(主人公専用)
マイナス効果の憑依無効など。誓約の儀式のキーアイテムに使うと、双覇竜とか連理・比翼の剣とかが飛び出すはず。
本編では絶対にキーアイテムとして使用することはない

特殊能力(オリジナル以外):ド根性、火事場のバカ力、ダブルムーブ、ダブルアイテム、アイテムスロー
 
オリジナル特殊能力:

誓約の儀式・全壊:全属性の召喚獣と誓約可能。教本片手におこなうため、戦闘時に使用不可

誓約の無効化:召喚可能な召喚獣は、誓約に縛られていない。なので相手が拒否すると、召喚術が失敗する

悪魔との契約:『氷魔コバルディア・ディアナ』を使用可能。戦闘時MP半減からスタート。ターン毎にMP減少。他の悪魔を召喚できない。ボーナスポイントをMPに振ることができる

?????:魂の奥底に眠る記憶。今の主人公とは縁のない技術や能力が使えたり、特定の人物に出会うとステータスが変化したりする



[19511] 第3話・表 ハヤト、最初の遭遇 2014/9/29投稿 10/24 誤字直し
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:d317210c
Date: 2014/10/24 04:41
聖王国の西の果て、城塞都市サイジェント。召喚師に与えられた異世界のチカラにより、発展と腐敗が進行する街。

ある日、サイジェント郊外の荒野に『新堂勇人(シンドウハヤト)』と名乗る……名も無き世界の国家ニッポンの高校生が召喚された。

学校の帰り道、ふらりと立ち寄った公園で、ハヤトは「助けて」と呼ぶ謎の声を聞いた。そして意識が遠くなり、気がついたら異世界リィンバウムへと召喚されていたのだ。

なぜハヤトが召喚されたのか? それは誰にもわからない。彼が何気ない日常に、漠然とした不満と不安を感じていたから、かもしれない。



リィンバウムでハヤトを最初に出迎えたのは、荒野を抉ってできたクレーターと不思議な輝きを放つサモナイト石、そして沢山のニンゲンの死体だった。

死体なぞほとんど見た事が無いハヤトは、何がなんだかわからなくなって、無我夢中でその場から逃げ出した。拾ったサモナイト石だけを持って。

息が上がるまで走り続け、ハヤトが辿り着いたのは、城塞都市サイジェントの南スラム――街の発展に置き去りにされ、見捨てられた者達が暮らす地域だった。

その南スラムで、ハヤトは彼と同年代の男『ガゼル』と、筋肉モリモリの半裸男『エドス』率いるゴロツキ達に襲撃された。

絶体絶命のピンチ……しかしハヤトはそこらで拾ったさびた剣をふるい、ゴロツキ達を蹴散らし、エドスを召喚術で吹っ飛ばした。ハヤトには実践経験などなく、召喚術の知識がないにもかかわらず。

いよいよ混乱の極みに達したハヤトを救ったのは、ガゼルとエドスの仲間、『レイド』という名の元騎士であった。

ハヤトはレイドの計らいにより、潰れた孤児院を拠点に生活するチーム『フラット』へ客人として招待され、そこで異世界最初の一夜を明かすことになった。



~~~~~



翌朝ハヤトは、赤毛の長髪を後ろで三つ編みにした少女『リプレ』と、少し和解したガゼルと共に、サイジェントの街に繰り出していた。リプレたちの計らいで、ハヤトの生活用品を買うことになったからである。

「歯みがきに替えの服に……めぼしい物は全部買ったかな。ハヤト、他にほしい物はある?」
「十分だよリプレ。ありがとう」
「そりゃあ、お前は恵んでもらってる立場だからな。欲張るなんてできねえよな」
「ガゼル!」
「……ケッ」

悪態をつきながらも押し黙るガゼルを見て、ハヤトは「フラットのボスはリプレなんだな」と思った。リプレは、大人2名(エドス、レイド)と少年少女(ガゼル、リプレ)、そして十にも満たない歳の子ども3名で構成されるフラットの、家事全般を担っているそうで。

どこの世界でも女は強し、というわけだ。

「それじゃあ今度は、街を案内するね」

そう言われて、ハヤトはサイジェントの街をねり歩いた。『キルカ糸』という織物を作っている工場区とにぎやかな繁華街、街のそばを流れるアルク川などなど。たちの悪いゴロツキがねぐらにしている北のスラムには行けなかった。

歩くたびレンガや石造りの建物、たまに通り過ぎるちょっと妙なデザインの建物がハヤトの興味を引いた。「歴史の教科書に載ってた、中世ヨーロッパの街並みたいだ」とハヤトは思った。

特にハヤトの目を引いたのが、サイジェントの領主が住む城だった。身の丈の何倍もある城門と、その向こうの西洋風の城は、最近改修されたらしく小奇麗だった。

「立派な建物だなあ」
「ハヤトのいた世界には、こういうお城ってないの?」
「あるにはあるけど、日本――俺の国では、こんなデザインの城は珍しいよ。それに日本ではもう誰も、お城には住んでないんだ」

興味津々と眺めるハヤトの横で、リプレ達は苦々しい顔を見せていた。ハヤトが理由を聞くと、「城を作り改修する金を誰が払ったか」とガゼルに返された。



~~~~~



昼前。繁華街で休憩をしていたハヤト達に、ちょっかいをかける男達がいた。北スラムを拠点とする不良少年チーム『オプテュス』の下っ端3人組だ。

彼らは新参者ハヤトに興味があったようだが、顔なじみであるガゼルを見かけると標的変更。そしてガゼルのみならず、ハヤトやリプレにちょっかいかける下っ端らに、ガゼルがキレて乱闘が勃発した。

「乗せられたのは俺だからお前らは逃げろ」というガゼルだったが、ハヤトはリプレに助けを呼ぶように頼んでその場に残った。ぶっきらぼうだが自身の事を信じてくれたガゼルを、ハヤトは助けずにはいられなかった。

「……(体の中からチカラがわいてくる)」

いざ戦う気になったハヤトは、昨日と同じ感覚を味わっていた。

護身用として腰にぶらさげていた長剣が、やけに軽く感じられた。相対した下っ端達の所作が、細部まで見て取れた。

「どけえ!」
「ぐぇ!?」

いつも以上に力がみなぎり、道をふさぐ下っ端をつき飛ばすのも難しくなかった。

「今のうちに!」
「う、うん。助けをよぶまで、2人とも絶対無事でいるんだよ!?」

去り行くリプレの背中を見送りつつ、怒りに燃える下っ端達に対して身構えるハヤトとガゼル。

「ったく、剣の振り方もしらないやつに何ができるってんだ」
「何か役に立つかもしれないぜ?」

恐怖と不安を強い言葉で打ち消し、ハヤトは腹をくくってオプテュスの3人組と対峙した。

「てめえガゼルの子分のくせに、ぶっ殺してやる!!」
「だから、こいつは俺の子分じゃねえって! ……ケッ。せめて関係ない奴らがいなくなってから、おっぱじめようぜ」

乱闘が始まる予兆に、周囲の部外者達が「巻き込まれたくない」と逃げていく。ある者は遠くへ、またある者は店舗の中に避難して、遠巻きに事の推移を見守っていた。



「……ん?」



そんな中、ハヤトは視界の端に逃げ遅れているヒトを発見した。

繁華街の通りに面するカフェ、そのテラス席にヒトリの少年が座っていたのだ。土色の衣服をまとったその少年は、椅子の背もたれに身を預けながら顔を伏せ、微動だにしない。その姿は動かないというよりは……。

「……(もしかしてこれだけの騒ぎの中、寝てるのか!?)」

愕然とするハヤトをよそに、他の面々も少年の存在に気がつく。するとハヤトに突き飛ばされた男――仮に下っ端Aとする、が青筋を立てて少年の元へ近づいていく。

「おい、お前らが用あんのは俺らだろうが!」
「知るかよ! オレはなあ、ナメた態度とるバカが嫌いなんだよ! 」
「……(寝てるのに気づいてないのか!?)やめ……ッ!」
「余所見かあ? チョーシのってるな」

止めに入ろうとするハヤトが、別の下っ端Bに行く手を阻まれる。ハヤトはすぐガゼルに助力を求めようとするが、ガゼルも3人目の下っ端Cと相対していた。

「ヒッヒッヒ」
「くっ、どけよ!」

ハヤトも対抗して長剣を構えるが、相手はへらへらと笑うだけだ。こうしている間にも、下っ端Aのいる方では、何かが落ちる音や割れる音が聞こえてくる。

じれるハヤト。そんな彼をみかね、ガゼルは声をかける。

「落ち着け、こっちは数で負けてんだ。今なら2対2、絶好のチャンスじゃねえか」
「でも元は、俺達がケンカを買ったせいで」
「さっさとぶちのめして、最後のヒトリをタコ殴りにすりゃいい話だろ」
「……! ああ、そうだな」
「できると思ってんのかよ! こっちこそ秒殺してやらあ!」

つばを撒き散らしながら威嚇する下っ端Bは、今にも飛び掛ってきそなほど怒り狂っている。いよいよ戦いの火蓋が切られようとしていた……はず、なのだが。



ぐしゃあ。



まな板に肉が叩きつけられたような、異音。下っ端Aが少年をいたぶる音か、とみんな予測したが違うようだ。下っ端Aの下卑た声が聞こえない。

みんなが妙な雰囲気を感じている間、ハヤトが目だけ動かし、問題の場所をちら見すると……。

なんと、テーブルに下っ端Aの顔面が叩きつけられていた。

「うわあ」
「……あん?」

ハヤトの呟きに異常事態を感じた下っ端Bが、テラス席へ視線を移す。するとやっぱり、テーブルに突っ伏する下っ端Aと、彼の髪をガッチリ掴んでいる少年の姿があった。

「ア、アンディィィィィッッ!?」
「……(あいつ、アンディっていうんだ)」

そして下っ端A――アンディに起きた悲劇は、すぐにガゼルと対峙する下っ端Cも知る事となった。

「な、なんであんな事に……いや、そんな事こたぁどうでもいい! ダチがやられたんだ!」

連鎖的にブチ切れた下っ端C。我を忘れ、捲し立てて叫ぶ。

「あの野郎にも必ず制裁ブギャア!?」

だが、彼の叫びが最後まで伝わることはなかった。下っ端Cの顎を、ガゼルの右コブシが打ち抜いたからだ。下っ端Cは頭を大きく揺さぶられ、ダウンした。

「へへッ、いっちょあがり」
「ガゼルこの野郎、不意打ちとは卑怯じゃねえか!」
「……俺も、さすがにちょっとズルいと思う」

下っ端Bとハヤトの非難もなんのその、ガゼルは口元に笑みを浮かべて「ケンカじゃあ、どんな手を使っても勝ちゃあいいんだよ。負けたら終わりなんだからな」と答えた。

「もう許さねえ、許す気なんぞもとから無かったが許さねえ。てめえらはもうおしまいだあーーっ!」

怒り心頭に発した下っ端Bが、猛然と襲い掛かってくる。

しかし残念ながら状況は2対1。下っ端Bに勝ち目は無かった。

だがわりと健闘した、とだけ追記しておく。



~~~~~


ハヤト達は勝利した。

「ちくしょう……ちくしょう」
「クソがッ、卑怯な手さえ使われなきゃオレ達だって」

しかし敗北した下っ端BとCは、「納得いかない」と言わんばかりにハヤト達を睨む。なので「そっちがその気なら、こっちもやってやるぞ」とハヤト達が意気込んでいると、にらみ合う両陣営の間に、割り込んでくる者がいた。

その者――某少年は背中に大きな荷物を抱え、右手に空のワインボトルを持っていた。そして恐ろしいことに、真っ赤にぬれた左手で、顔面が中破した下っ端Aを引きずりながら現れた。

「ひ、ひでえことしやがる」
「そちらさんのお仲間? コレお返ししますわ」

そういって少年は下っ端A・アンディを乱雑に放り投げた。すぐさま仲間に駆け寄る下っ端B、C。

彼らはアンディの生存と意識が無いのを確認すると、Bがアンディを担ぎ上げた。そして下っ端達は退却しながら、ハヤトとガゼル、少年に向かって吐き捨てるように言う。

「てめえら、特にアンディをボコった野郎! この借りはかならず返す」
「え~、やめてくれよそういうの。僕は地味に暮らしたいのにさあ」
「どの口が言う! ……バノッサさんに報告だ」

えっちらおっちら退散する下っ端たち。彼らが視界から消えたのを確認してようやく、ハヤトは自身の緊張を解く事ができた。それに伴い、カラダの内から溢れていたチカラも霧散し、戦闘中ずっと冴えていた頭も、平凡なそれに戻っていた。

「……(召喚術のチカラといい、俺に何が起こったんだろう)」

「異世界リィンバウム?」「サイジェント?」「なぜ召喚術を使えるのか?」「元の世界に還る方法は?」召喚されてから、ハヤトに課せられる疑問は増えるばかりだ。

そして今1番、ハヤトが疑問に思っているのは……。

「ところで、今のはどういう奴らなんでしょ?」
「いや、お前こそ誰だよ」

カフェのテラス席で寝ていただけだったのに、なぜかオプテュスの下っ端ヒトリをボコボコにした、謎多き少年の素性だった。

「もしかして、旅人か? ならさっさとこの街から出な。今のは『オプテュス』っつーたちの悪いゴロツキさ。
ヒトの事言えねえが今回の件で、奴らはお前を目の敵にするだろうよ」
「……………………マジ?」

少年が持っていたボトルは手から離れ、地面に落ちて割れた。たぶん少年の心もボトルみたいになってるんだろうな、とハヤトは思った。

「いや、いやいや。サイジェントから出て行くとか、無理だし、初日からコレって……ああ、もうだめじゃね?」

うわごと呟く少年の顔は、元々やつれて青みがかっていたのに、ますます青くなっていく。

見るに見かねて、ハヤトが声をかけようとするが、いよいよ少年にも限界がきたようで。

「え、ちょっとうわわっ!?」

意識を失った少年は、重力に従い前方に倒れ、ちょうど目の前にいたハヤトにもたれかかった。

「……きゅう」
「お、重い!」

少年は糸の切れたマリオネットのように微動だにしない。しかしなぜかハヤトをがっちりホールドしていて、ハヤトが力を込めてもびくともしない。

「辺りが騒がしくなってきたな。騎士達に目を付けられる前に、ソイツを置いてずらかろうぜ」
「でも、ぜんぜん振りほどけなくて……それに、気絶したまま置いてけない!」
「はあ!?」
「見ようによってはこの人、俺達を助けてくれたんだぜ?」
「ケッ、勝手にしろ。ただし、運ぶんなら1人でな」
「ありがとう……左手の赤いの、トマトソースだ」

ハヤトは少年を背負い、ガゼルと共に拠点に向かった。



『タベルナ、最初の遭遇』に続く



~~~~~~~~~~



エドスを『半裸男』としかできない表現力の無さ



[19511] 第3話・裏 タベルナ、最初の遭遇 2014/10/7投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:8995800f
Date: 2014/10/07 00:15
「ここは、リィンバウムですか?」
「…………………………はあ?」

『サイジェントの周辺調査』を任務とする仮免召喚師・少年『チャーハン・タベルナ』は、サイジェントへ通じる門に到着していた。

「長らくお飾りの門番をやっとるが、そんな質問する奴ははじめてだなあ」
「……違った。『ここはサイジェントですか?』って言いたかったんです」
「ここは確かに城塞都市サイジェントだ。お前さんは旅人かね」
「ええ、広義では。みな人生という名の旅をしてますから」
「かわいそうに、頭がやられとる」

今の少年はひどい有様だった。頭だけ見てもボサボサ髪に無精髭。森でも抜けてきたのだろうか、髪の中に葉っぱや小枝もまぎれている。ほほも痩せている。

着用している土色の衣服は泥でまんべんなく汚れ、どこまでが服の原色かわからない。

足元は生まれたての小鹿のようにおぼつかない。旅用の大きなリュックを背負っているが、その重さに耐えているのが不思議なくらいだ。

「あ~この先に、穴場だがいい薬屋があるんだが」
「薬で腹が膨れますか!?」

少年がそう言って力むと、腹がグゥ~……とむなしく鳴った。

「……繁華街にうまいオムレツを出すカフェがある」

門番は懐から地図を取り出し、地図にいくつか印をつけて少年に渡した。

「この中央の○がカフェだ。今なら開店直後だから、まあ席はとれるだろう。あと念のため、こっちが薬屋。
北と南のスラムには行かん方がええ。お前さんみたいな疲れ切った旅人はカモだ」
「ああ、なんておやさしいヒト。くそ運転手や強盗どもとは大違いだ」

少年が両手を合わせて拝みだしたので、門番はそれを必死に止めた。



門前でひと悶着あったが、少年はまっすぐ、足と体をよろめかせながら地図にあるカフェへと向かっていた。

――いやぁ一時はもうダメかと思ったけど、意外と何とかなるもんねぇ。

少年の頭の中に、少年の相棒たるサプレスの悪魔、氷魔コバルディア『ディアナ』の声が響く。周囲に彼女はいないが、疲労と空腹による幻聴ではない。

召喚師は誓約済みのサモナイト石を介することで、異世界にいる召喚獣との意思疎通ができるのだ。石に刻まれた誓約のラインを経由して、意思を相互交換するのである。

特に少年の場合「見えざる者達と対話する」というパワーを持つ、常夜の石の補助を受けている。なので誓約済みのサモナイト石が近くにあるだけで、少年は少年の相棒達と苦も無く交信できるのである。

「ディアナがさ……もうちょっと協力してくれたら、元気にサイジェント入りできたと思うんだけどなあ」

――私だって魔力やら貰えるモノ貰ってるわけだし、1回や2回なら喜んで力を貸すわよ。だけど毎日となると疲れ……「自分で何とかしなさい」って思うわけ。甘やかすとお互いのためにならないじゃない?

「平常運転だなあ。こっちは腹も減ってるが、歩きとおしで足が痛くて」

――メイトルパの、仲良しカバに乗ればよかったのに。

「ヒポスの『ヒッポ』ねえ。 確かにヒッポの背中はでかいし快適だが……毒撒き散らしながらサイジェント入りするのは、マズイ。目立つし、僕の正体は隠さなきゃだからな」

――『金の派閥』とか言うトコの召喚師が、サイジェントにいるから?

「そ。『蒼』と『金』は仲悪いからなあ」



金の派閥は、蒼の派閥と同じ召喚師達を束ねる組織である。しかし組織理念や召喚術の認識において、双方には大きな隔たりがある。

金の派閥は、召喚術による利益の追求を目的とした、実利主義的な組織である。召喚術や召喚獣を商品として金持ちを相手取り、政治・経済にも深く食い込んだ活動をする。

蒼の派閥は、言わずもがな召喚術により真理を探究する、学究的な組織である。そして表向き政治への干渉は避けている。

ここまで違えば、仲が悪いのも当然というわけだ。



さてサイジェントの領主も、金の派閥による恩恵を受ける顧客である。街では金の派閥の召喚師が、内政と工業化に従事している。

彼ら金の派閥の召喚師に、蒼の派閥の仮免召喚師たる少年が見つかってしまうと、どうなるか?

絶対に、少年はスパイか何かと勘違いされる。勘違いされなくても、退去命令やら妨害工作やらを受けること請け合いだ。そうなれば少年は任務失敗で派閥から追放、仮に任務を全うしても「いらぬ騒動をおこした」だのなんだの言われ、やっぱり派閥を追放されるだろう。

「いいか。僕はこの街で、擬態する昆虫のように地味~に暮らしながら任務する。身分を隠しトラブルを避け、術だってそう簡単には使わない」

――地味にねぇ……そううまくいくかしら。

「僕とてやる時はやる男だ」

――だって気付いてないからさぁ。

「何に?」

――心の声が駄々漏れてる。頭の中で私と話すの、念ずるだけでいいのに。

少年はあわてて口を塞いだが、手遅れだった。



「パパ、あのヒトだれとおしゃべりしてるの?」
「あれは『イマジナリーフレンド』って言ってな。ずっと遠い世界のヒトとお話しているんだ」



「……やっぱ薬屋行こうかな」

少年から距離を置く、サイジェント市民達。その奇異の視線を一身に受けた結果、少年の腹は食事よりも胃薬を欲するようになっていた。



~~~~~



とはいえ薬は食料の代替になりえない。迷いはしたが、少年は当初の目的どおり、繁華街にあるカフェへと到着した。

「……(ゼラムほどじゃあないが、やはり繁華街にはヒトが多い)」

カフェには店内の席と、通りに面したテラス席があるようだった。少年はテラス席に行くことに決め、背負っていたリュックをテーブルの横に置くと、イスに腰掛けた。

「い、いらっしゃいませ」

まもなくカフェの従業員らしき女性が、少年に声をかけた。若干ぎこちない声だったのは、少年の悲惨な姿に狼狽したからだろうか。

「オムレツとパンと……何かドリンク、以上」

少年は従業員の顔や、テーブルのお品書きを一瞥せず注文し、テーブルに多めのお金を置いた。

「ドリンクの種類は?」
「なんでもいいから早く持ってきてくれ」

お金をもって従業員が去ると、少年はようやく緊張を緩めた。旅に出てから初めての安堵だった。

「今日からしばらく、この街で生活するのかあ」

通りを往く住民達を眺めながら、少年はぼやいた。聖王都ゼラムで生活していた少年にとって、それ以外は馴染み無い土地である。新生活への不安は、当然ある。

「……(ゼラムではヤンチャしていたが、ヒトリで生きてたわけじゃあないし)」

ゼラムで生活していた時、少年の周りには後見人や、ミモザ先輩にギブソン先輩、ネスティとその妹弟子、ラウル師範などがいた。商店街の面々を加えると、その総数は両手両足では数え切れない。

今まで彼ら彼女らに良くしてもらったから、少年は生きてこれた。頼れるヒトのいないこのサイジェントで、やっていけるのか? それが少年には疑問だった。

――…………!

「うん、悪かった。僕はヒトリじゃあない」

だが少年はすぐに、その迷いは杞憂だと思い直した。

少年には召喚術がある。信頼できる相棒達と、頼れる仲間と友がいる。それだけいれば、恐れることなど何も無いではないか。

「……(僕ってば都会より田舎派だし、案外ゼラムより快適に過ごせるかも)」

生来というか、もっと根源的な楽観さで少年はそう結論づけた。

「……ふあ」

心配事が無くなって安心すると、睡魔が少年に襲いかかってきた。旅の疲れもあるのだろう、落ちてくる瞼は重く、少年には到底持ち上げられなかった。

なので従業員が起こしてくれるのを期待して、少年はそれまで惰眠を貪ることに決めた。



~~~~~



少年が目を覚ました時、テーブルには赤いソースがかかったオムレツの皿と、パンの皿、ナイフとフォークが置かれていた。そしてワインのハーフボトルとグラス。

「……(オムレツが冷めて、少し萎んでる。食べ頃に起こさないとは、使えない従業員だ)」

頭の中でぶつくさ言いながら、少年は手で目をこする。いくらかの仮眠では、体調は回復できなかった。少年の頭と思考は相変わらずボンヤリしているし、睡魔の攻撃は断続的に続いている。

だがそれは瑣末な問題だ。少年にとっては、オムレツの旨みが寝ている間に逃げてしまった事実の方が、はるかに重大だった。

鼻腔をくすぐる甘くて芳しい湯気、香ばしいバターの匂い、ふんわりとろりとした生地、なにより胃袋を暖かくしてくれる熱……オムレツが持つポテンシャルの悉くが、半減してしまっていた。これではうわさに聞いた味の真偽がわからないではないか!

「……(それになんだこのワインは。僕は酒を飲める歳じゃあないぞ)」

訝しげにハーフボトルを持ち上げた少年は、ふと違和感を覚えた。

太陽の高さから見て、今は昼時だとわかる。だと言うのに、他の席に客がいないのだ。飲みかけのグラスや食べかけの皿が、テラスのテーブル達に残されているのが一層奇妙だ。

それだけではない。雑踏に飲み込まれているはずの昼の繁華街なのに、妙に静かだった。加えて、張り詰め乾いたような雰囲気が周囲に漂っていた。

「兄ちゃんよお」
「ん?」

声に少年が見上げると、いかにも下っ端Aといった顔をしたチンピラが、テーブルの向こうに立っていた。下っ端Aは腰に剣をぶら下げていて、少年は「物騒だなあ」と他人事のように思った。

「てめえも、ここらじゃあ見かけない顔だな。なにしてるんだあ? こんなトコでよ!」
「何って……飯」

下っ端Aの言いたい事がわかっていない少年は、明朗にそう答えた。なので下っ端Aは「少年が素知らぬ顔をしている」と勘違い。コメカミに立った青筋をピクピクいわせ、ワナワナと肩を震わせながら苦笑する。

「くっくっくっく……ケンカを肴に、昼食、だと?」

少年が「頭大丈夫かな?」と自分の事を忘却して考えていると、それは起こった。

「ふっざけんじゃねえ!!」

下っ端Aが右腕を振り、テーブル上の物をすべてなぎ払った! オムレツやパン、食器がテーブルから叩き落とされ地面に衝突。オムレツが地に張り付く音や、盛大な破壊音が空しく響く。

「オレ達『オプテュス』が怖くないってのかあ? ……ああ、もしかして知らねえのか? なら教えてやる! この街でオレ達の気分を害すると、こうなるんだよ!」

そう言って下っ端Aは、足で皿やグラスを踏み砕き、オムレツやらパンやらを踏み潰していく。

「あ、ああ」
「あっははははは、分かったか! 今度ナメたマネしたり、楯突くようなことしてみろ。こんな風にしてやる!」

素面から驚愕の表情に変わった少年を見て、下っ端Aは満足そうな笑みを浮かべた。そして下っ端Aはその場を去ろうときびすを返す。

「おい」

だが少年が何事か呟いたので、振り返ったのが運のつき。下っ端Aは振り向きざま、少年の左手に前髪をむんずと掴まれた。そして掴んだ少年は……。



ぐしゃあ。



目前のテーブル目掛けて、下っ端Aの頭部を無慈悲に振り下ろした。鼻や歯がへし折れるような音がしたが、たぶん気のせいだろう。

「ふむ」

少年が下っ端Aの頭を引き上げると、下っ端Aは涙目になりながら、鼻と口から血を流して苦痛にもがいていた。

「う、うおおっ、何をアブべァ!」

下っ端Aがわめきそうだったので、少年は再び下っ端Aの頭をダイブさせた。今度は下っ端Aの後頭部をも少年は掴んでいたので、破壊力アップ。しかし中々活きがよかったので、少年はしっかり3回目も実行し、下っ端Aを黙らせた。

「……僕は今、とても怒っている」

沈黙した下っ端Aを地面に転がしながら、少年は冷徹に語った。

「疲労困憊で、何日も飯を食っていない極限状態。そんな時に、大事な大事な食事をジャマされたから怒っている……お前はそう思うかもしれないな?
確かに、食事を妨げるという行為は大罪だ。それこそ無条件でぶん殴られてもおかしくない。そうだろ?」

地に伏せる下っ端Aは、意識を朦朧とさせながらも困惑した顔をした。

「だが。さっき僕が言ったことなんて、今の怒りにくらべちゃあ歯クソほどの事もない」

少年はしゃがみ、持っていたボトルを置くと地面の『何か』を拾い始めた。それはグチャグチャで、砂と泥にまみれて混ざり、靴跡すらついている『オムレツ』だった。

「知ってるか? 鳥ってのは排泄物を出す穴と、タマゴを出す穴が一緒なんだ。だから、産みたてのタマゴってのは少々ばっちい。だからタマゴ農家さんは、産まれたタマゴを1個1個、きれいな布で磨いていくんだ。愛情を込めて、丁寧に。
そうやって綺麗になったタマゴが、選別と検卵を経て出荷され、コックさんの確かな技術によりオムレツとなる。つまりオムレツってのは、タマゴ農家さんの苦労と愛情、そしてコックさんの技術の結晶なんだねえ」

少年はオムレツの部品をほぼすべて拾い上げると、それをすべて左掌に持ち、下っ端Aの眼前へとつきつけた。

「その結晶を、お前は身勝手な暴力で台無しにした。オムレツを地に落とした時、オムレツを踏んづけた時。お前は、タマゴ農家さんやコックさん、あるいは食材を出荷した運送屋さん、卸業者さんらを足蹴にしたも同然なんだぞ?
それが許せない。僕はな、『食い物を粗末にする奴』と『暗殺者』が大っキライなんだ!」

そして少年は、割れた皿に残った赤いソースを掬って、見せ付けるようによごれたオムレツに塗りつける。

「だが僕は寛容な男だ。奢ってやろう、街自慢のオムレツを」
「~~っ!」

最後に、少年は下っ端Aの口を強引に押し広げ、よごれたオムレツを口内に突っ込んだ。

「食の大事さを知らないお前みたいなのは、よ~っく噛み締めてそれを実感しないとなあ!」
「ググ、ムグゥッ!?」

少年は下っ端Aの顎を手で押さえ、無理やり動かしてオムレツを租借させる。元のオムレツはさぞかし美味だったのだろうが、下っ端Aの舌に広がるのは土と泥、そして口内から溢れる血の味だけだった。さらに噛む度、歯と砂が接触して、ガリジャリと不協和音を奏でる。

下っ端Aとしては、口の中のオムレツだった物を吐き出してしまいたかった。が、少年にとっ捕まって吐くもできなかった。尤も吐いたら吐いたで、またそれを口に戻されるだけなのだが。

下っ端Aには終わりを切望しながら、喉に突っかかるオムレツだった物を懸命に飲み砕くしか、地獄から生き延びるすべはなかった。



「はあ、はあ」

オムレツを完食した時、下っ端Aの心では仕打ちによる憤怒より、生き地獄から脱せた安堵のほうが大きかった。「助かった」と下っ端Aは思ったが……。

「よし次はパンだ! お前の靴底の跡がくっきり残ったなあ」
「ひ!?」

少年は実は、寛容でもなんでもなかった。少年は下っ端Aの口にパンをねじ込み、邪悪な笑みを浮かべた。

「あ、水分無しでパンはきついか。 よし、ここはワインの出番」

少年はワインの封を開けると、その飲み口を当然のように下っ端Aの口に突っ込んだ。下っ端Aはどう見ても少年と近しい歳……つまり酒を飲めない年齢のはずだが、おかまいなしだ。

「がぼぼごぼ!?」
「オムレツやパンとは違い、一切のよごれがないワインだ。美味かろう!」

声を荒げ始める少年。それを見かねて、霊界サプレスから突っ込みがはいる。

――えぇとアンタ「地味に、トラブルを避けて暮らす」んじゃあなかった?

「辛いか苦しいかあ!? それはお前に虐げられた、食材の痛みと知れ!」

――あ、だめ。完全に理性がイってる。やっぱ相当疲弊してたのねぇ。

「あは、あっはははははは!」

――知~らないっ、と。

悪魔すらさじを投げた少年の蛮行は、ボトルが空になるまで続いた。



この後に少年は気絶する。少年が再び眼を醒ますのは、もう日も暮れようかという時であった。



~~~~~~~~~~



リィンバウムにはタマゴ洗浄機なんてないんだろうなあ。



[19511] 第4話 バノッサとの初戦 その① 2014/11/3投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:4d3283b7
Date: 2014/11/03 22:56
夜、サイジェントの南スラム。10名足らずの生活共同体・チーム『フラット』のアジトである、廃れた孤児院にて。

アジトの広間では、長机を囲んで5名の男が夕食をとっていた。フラットでは「夕食は全員でとる」のが常である。しかし今日に限って、リプレと子ども達は早く食事を済ませ、広間を離れている。

「う~む、まずいことになっちまった」

重い空気の中、1番に口を開いたのは筋肉質な半裸男『エドス』だった。

「まずいこと」とは、ハヤトとガゼルが、オプテュスの下っ端と交戦したことである。その場はハヤト達の勝利で収まったが……。

「オプテュスが俺らを目の敵にしてるのは、今に始まったことじゃあねえさ」
「だが今までは、それだけで済んでいたんだ」

ガゼルの軽口を、元騎士の青年『レイド』がいさめる。

「今日のことは口実になる。連中はこれから、直接こちらに手を出してくるだろうな」
「ワシらだけ狙われるなら、問題ないが。なにせオプテュスは女、子どもとて容赦せん奴らだ」

エドスの苦々しい言葉に、フラットにやっかいになっている異界の高校生『ハヤト』の心は騒いだ。そもそものはじめ、オプテュスの下っ端達に目を付けられたのはハヤトで、(ケンカを買ったのはガゼルだが)先に手を出したのもハヤトだった。

「自身の行動が原因で、ガゼル達に迷惑をかけてしまう」と思うと、ハヤトは心臓を締め付けられるような苦しみを感じた。自身を救ってくれた彼らを巻き込んでしまうことに、責任を感じずにはいられなかった。のしかかる重圧は胃痛に繋がり、ハヤトは食卓に並ぶパンやスープに、ほとんど手をつけていなかった。

そしてオプテュスについて何も知らないのが、ハヤトの不安を増大させていた。彼はそれを知らねばならなかった。

「すいません。そもそもオプテュスってどんな連中なんですか?」
「ああ、この街に来たばかりの君は知らなかったね。連中は『バノッサ』という男が頭目の、犯罪集団さ。北スラムでは、かなりのチカラを持っている」
「南スラムも縄張りにしたいらしく、よく俺達にちょっかいかけてたのさ」
「奴らは数がいる上、執念深い。標的にされると厄介この上ない。
街の兵士に助けを乞えればいいが、ワシらのようなスラム暮らしでは、それもかなわん」
「スープのおかわりをもらいたいんですが、かまいませんね!」
「そんなにヤバイ連中なんですか……って、え?」

レイド、ガゼル、エドスの返事に、関係ない声が混じっていた。ハヤト達は一斉に発声源を向いた。視線の先では、ヒトリの少年がパンをかじっている。

「あれ、やっぱり自分でよそわなダメ? セルフサービス?」

ボンヤリとした眼で言う少年は、フラットのメンバーではなかった。件のオプテュスとの交戦時、その場に居合わせていただけの少年。ハヤト達とはそれだけの関係のはずだった。

だがその時、少年はなぜかハヤト達に加勢し、オプテュスの下っ端ヒトリを叩きのめした。そして少年は真意不明なまま昏倒し、フラットの孤児院へ運ばれたのである。

「『このヒト、とってもお腹が空いているんだって』なんてリプレが言ったから、食わせてるけどよ、ちったあ空気読めよ。
こっちは大事な会議中なんだ、黙ってメシだけ食ってろ」
「まあ待てガゼル。餓えているのなら、周囲が見えなくなっていてもおかしくないさ」
「けどよお、エドス」
「パンうめえ」

一心不乱にパンに齧り付く少年を見て、ガゼルは口を噤んだ。そしてそんなガゼルを見て驚くハヤト。

「なんだ、その意外そうなツラは」
「ガゼルならそこは『空腹くらいガマンしろ!』って怒鳴りつけると思った」
「お前は俺をなんだと……いや、そうなんだけどよ。さすがに、な」

少年を親指で指すガゼルを見て、ハヤトは彼の言わんとしている事を理解した。

問題は少年の外見と腹具合が、誰もが理解できるほど酷かったことにある。

爆発したようにボサボサな黒髪に、豪快な無精髭。青くて白い肌と、痩せた頬。土と泥で汚れ、「もはや床拭き雑巾のほうがキレイなんじゃ」と思わせる土色の服。小さく唸る腹の虫、等々。ハヤトなぞ、少年の姿を浮浪者と重ねてしまった。

そんな貧相な弱者が目の前にいるのだ。悪者でないのなら、同情の気持ちがわいてもおかしくない。スラム暮らしのガゼルと言えど、根は良い奴なのである。

「あー、おぬし。食事中悪いが、少しいいかね?」
「……はい、なんですか」

齧りかけのパンを皿に置く少年に、フラットの面々は一先ず安堵した。少年は少なくても、話の通じる男らしい。ナリと中身はアレだが、れっきとしたニンゲンなのだから当然なのだが。

「ワシらは『フラット』。この孤児院に身を寄せ合って暮らす仲間、チームだ。
ワシの名はエドス。おぬしの名を聞かせてくれるか?」
「……『タベルナ』。旅をしている者です」
「食べるな?」
「そこのヒト、何か」

突然少年に指摘され、ハヤトはあわてて視線を逸らした。どうも少年・タベルナには、名前に対して過剰・過敏なまでの思いがある様子だ。

「なるほど、私はレイドだ。ではタベルナくん、キミは自分が置かれている状況を、正確に理解しているかい?」
「状況って……ああ! パンとスープご馳走様でした。このご恩は決して忘れません!」

満面の笑みでそう言うタベルナに、フラットの男衆はズッコケた。

「い、いや。そうではなくてね」
「ではお金の話? 食費に介護費、必要なら後でちゃあんと払います」
「……今、私達が話していた内容についてなんだが」
「あ~そういえば皆さん、何か神妙な面持ちで話し合ってましたね。食事に夢中で、聴いてませんでした」

タベルナがとぼけた笑顔でそう言うと、ハヤト達は困惑し、中には頭を抱える者までいた。

「正直カフェからこの孤児院? で目覚めるまでの記憶が、僕の頭からすっぽり抜け落ちてるみたいで」
「マジかよお前!? 絡んできたゴロツキ、顔面血だらけにしてたじゃねえか!」
「え、なにそれ怖い」
「……本当に何も、憶えてないんですね」

ガゼルは「理解できない」と漏らし、ハヤトは引きつり乾いた笑みを浮かべた。

「これは正直ワシにも予想外だ、抜けているというか楽天的というか」
「ああ、だが記憶の有無にかかわらず、知っておいたほうがいい。タベルナくん、キミは厄介な連中に目を付けられている」
「それってオプテュスとかいう……」



「あんた達、なんのつもりっ!?」



「……来やがったな!」

タベルナの言をかき消すリプレの叫びが、ハヤト達にオプテュスの到来を告げた。誰かが早く行かなければ、彼女に危害が及ぶかもしれなかった。

「エドス、みんなの武具を運んでおいてくれ。戦闘になるかもしれない」
「心得た!」

逸るレイド達に、動揺を隠せないハヤトが問う。

「あの、俺……俺はどうしたらいいんですか?」
「キミは……私達がリプレを下がらせるから、リプレや子ども達と一緒に奥に隠れていてほしい。タベルナくんもだ」
「ふえ?」
「でも、元はと言えば……」
「キミのせいじゃない。いずれにせよ、いつかこうなっていたさ。
それにいいかい、キミとタベルナくんは大切な客人だ。客人を私達の荒事に巻き込むわけにはいかない」
「お客さまに粗相をしたら、リプレにどやされるしな」

そう言ったきり、レイドとガゼルは玄関に向かって駆け出した。

「……(隠れているだけで、それで良いのか?)」

レイド達の姿が見えなくなった。タベルナと共に取り残されたハヤトの胸には、漠然とした不安が生じていた。

「……(みんなの言うとおり隠れていれば、きっと命は助かる。リプレや子ども達の傍にいることだって、大事なはずだ。
それに戦いになったらどうする。昼間はなんとかなったけど、戦いの素人の俺がでしゃばっても足手まといになるだけだ) 」

ハヤトはそうやって自身を納得させようとするが、心に芽生えたしこりは消えない。

「……(だけど!)」

意を決したハヤトは、座っていたイスを跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。

「俺、外の様子を見てきます!」

そしてタベルナにそれだけ告げると、レイド達のあとを追っていった。










――ちぇ、バレちゃえばよかったのに。オンナの叫びに紛れて、アンタの失言はウヤムヤになった。

「あはは、つい『オプテュス』って口走っちまった」

少年は、フラットの面々にウソをついた。少年は憶えているのだ、カフェテラスで自分がやらかした事を。そしてフラットの会議も、しっかり小耳に入れていた。

――それで「やる時はやる男」さん? 口を滑らすくらいなら、最初っから正直に言えばいいんじゃないかしら。

「う。知らず存ぜぬで通した方がいいと思ったんだけどなあ。しらばっくれたりできて便利だし、『頭がお花畑』だと思われて警戒されにくくなるし」

――いっつも咲き誇ってるくせに。

「それに僕自身、フラットとやらを信頼したわけじゃあないからな」

見知らぬ土地のスラムに暮らす面々を、無条件で信頼するほど少年は無垢ではない。

今のところ少年は、自分の相棒達以外の誰にも気を許さないつもりだ。それはリィンバウムでの一人旅の鉄則であり、道中の不幸なトラブルにより鋭敏となった、警戒心のあらわれであった。

「それじゃあ僕も動きますか」

――どぉするわけ? ニンゲンどもの言うとおり隠れているか、それとも騒ぎに紛れて逃げるか。

「んにゃ、レイドさん達に加勢する」

――言動と行動がムジュンしてるじゃない!?

「信頼してないが『一飯の恩』は別なのさ。さっき言っただろ『このご恩は決して忘れません』ってな。見ず知らずのニンゲンがどうなろうとかまわんが、食事の恩を仇で返しちゃ、末代までの恥さ」

――あぁそうだった。アンタってば生まれる前からそういうニンゲンだ。

「なんのことかわからんが、いざって時は召喚術ぶっ放して逃げるから、よろしく」

――ハイハイ、死なない程度にがんばってちょうだい。

「さて、部屋に戻って準備しなくちゃあ」

タベルナ少年は誰に話すでもなくそう呟くと、皿に残ったパンを口に詰め込んだ。



~~~~~



「新参者が2人いるんだろ、知ってんだぜ? ガゼルが引き連れてたのを見た奴がいる」

ハヤトが玄関の扉前に到着すると、扉の向こうからドスのきいた男の声が聞こえてきた。

「そいつらの片方は、俺様の子分に最初に手を出した。もう片方の奴は、子分の顔と心に一生消えねェ傷を残した。このままじゃあ親分である、俺様のメンツは丸潰れだ」

ハヤトが扉を少し開けて外を覗く。するとレイド、エドス、ガゼルらの向こう側に、病的なほど真っ白な肌をした白髪の青年が立っていた。子分であろう多数の下っ端を引き連れて。

白髪青年は襟に黒毛のファーのついたマントを羽織り、そして両肩に角のような突起が生えた赤い肩当て、という出で立ち。いかにも自己主張の激しいファッションだった。

「……(あいつ、あの白髪がバノッサなのか)」

「手前ェらがそいつら匿っているのもムカつくが……不問にしてやってもいい。そいつらを俺様に引き渡せばな。この一件は、そいつらの始末でカタつけようじゃねえか」
「先にちょっかいかけたのはお前らじゃねえか」
「きっかけなんざどうでもいいんだよ!」

赤い眼を血走らせたバノッサは、今にも襲いかかってきそうな迫力があった。

「その要求、断るとしたら?」
「わかるだろォレイド? ククッ、それなりの覚悟をしてもらうぜ」

「……(俺が出ていかないと、みんなが!)」

バノッサ達の前に出れば最後、ハヤトの人生は終わってしまうだろう。暗闇しか見えない未来を幻視して、ハヤトは震えた。

だが不思議と、ハヤトの体は前に進んでいた。まるで最初からそうするつもりだったように。

そもそも自身の身が大事なら、こうやってハヤトが危険を犯して盗み聴きするはずがなかった。

彼らが危機の渦中にいて、ハヤトだけ安全なところにいる。そんな事は、たえられない。

「俺だよ。あんたの子分に最初に手を出したのは」
「ッ!?」

扉を開け、前方のリプレやレイド達の横をぬけて、ハヤトはバノッサと対峙した。

「ほォ、確かに見かけん顔だ」
「サイジェントに来たばかりなんだ。だからオプテュスの事を知らなかった。
それと縁あってここに泊まっていたけど、フラットと俺とは無関係だ。始末するなら俺だけでいいはずだ」
「足が震えてるくせによく言うぜ」

バノッサとその取り巻きの嘲笑を受けながら、それでもハヤトは引かなかった。

「手前ェがそういうんなら、いいだろう。だがもうヒトリの男は別だ。奴はどこだ!」
「……あのヒトは、俺が逃がした」
「あ?」

ウソだった。タベルナは、孤児院の何処かの部屋に隠れているはずだ。

「ホントかァ? ……まァいいさ、ツラは割れてるしな。じゃあこっちに来な」

バノッサの手招きに、ハヤトは決意して一歩を踏み出す。



だが、そんな彼を放っておかない者達がいた。



「…待てよ、お前らだけで話すすめてんじゃねえ!」

ガゼルが、ハヤトの腕を掴んで強引に引き戻した。

「ワシらの客人を、無断で連れ出さんでくれるかな」

エドスが、ハヤトとバノッサの間に、庇うように体を割り込ませた。

「お前達の要求に応じるとは一言も言っていない。付け加えるならば、応じるつもりは毛頭ない!」

レイドがハヤトの隣に立ち、肩をやさしく叩いてくれた。

「みんな……」
「手前ェら、本気か? 本気で俺様達とやりあうつもりか!?」
「ケッ、最初から俺らを叩き潰すつもりだったんだろ? ケンカしたいなら、小細工抜でかかってきやがれ!」
「吠えやがってよォ、後悔させてやる!」

バノッサが合図すると、取り巻き達が一斉に武器を剣を構える。ナイフに剣に斧、彼らは持つ武器こそ三者三様だったが、みな加虐的な笑みを浮かべている。

これから剣と剣を交えるというのに、彼らには敗北への恐怖がカケラもないようだった。それほど自身の腕に自信があるのか、それとも、バノッサ率いるオプテュスのチカラに絶対の自信を持っているのか。

「リプレ、中に入って子ども達をたのむ」
「はい!」
「ココで戦うとアジトに被害が出る。まずこの先まで、連中を引き付けよう」

レイドの指示を仰ぎながら、エドスは持ってきた武器をそれぞれに手渡していく。レイドには重そうな大剣、ガゼルには小ぶりのナイフ。無骨な斧はエドスが使うのだろうか。

「あの……」
「ん?」

ハヤトはエドスに何か言おうとしたが、言葉に詰まった。「かばってくれてありがとう」とか「勝手な事してごめんなさい」とか……伝えたい言葉と気持ちは、ハヤトの中に沢山ある。しかし今、そのすべてを話している時間は無い。

だからハヤトは、エドスに1つだけ告げた。

「俺、戦います。俺自身のために、みんなのために」

そう決意表明したハヤトは、震えていた。いくら謎のチカラでパワーアップできるといえど、ハヤトは一介の高校生でしかない。命を危険にさらすのに、ためらいがあって当然だった。

ハヤト自身、先ほどバノッサと向かい合ったときの恐怖がぶり返すのを感じていた。

しかしだからと言って、男には引けないときがある。ハヤトはなけなしの勇気を振り絞り、視線鋭く、まっすぐにエドスを見つめ続ける。

そしてその意思はエドスに伝わったようで。

「さっきのような軽率な行動はもうゴメンだぞ?」
「はい!」

エドスはほほえみを浮かべ、長剣『ベイグナート』をハヤトの前に差し出した。

「……(勝とう。そうすれば感謝も謝罪も、いくらでもできる)」

ハヤトは震える体に活を入れ、ベイグナートを受け取った。



~~~~~



「……あれ」

玄関の扉を勢い良く開け放った少年は、そこに誰もいないことに愕然としていた。

「やっぱり準備に時間をかけすぎたか?」

携えた2丁の小型クロスボウをいじりながら、少年は脳内で悪魔の笑い声を聞いた。



~~~~~~~~~~



ゲーム中の台詞を、内容はほぼ同じにしつつ、多少もじって使っています (今更) 。

本当は全く使わないほうがいいんでしょうが……難しいところです。



[19511] 第4話 バノッサとの初戦 その② 2014/11/24投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:53d2c52c
Date: 2014/11/24 03:07
もう夜だというのに、静寂は未だ訪れない

南スラムに暮らすチーム『フラット』と、北スラムを根城にする犯罪集団『オプテュス』の抗争が、いよいよ本格的になっていた。

「うらあッ!!」

オプテュス下っ端が粗雑に振るう剣が、鎧纏う青年『レイド』に襲い掛かる。しかしレイドは冷静に、自らの大剣の腹で凶刃を受け止めた。2回、3回と下っ端は同様にして剣を振り下ろすが、レイドは難なく防ぎ続ける。

「うりゃ、ヒヒッ!」
「くっ……」

自身の攻撃が無意味と知っていながら、うすら笑う下っ端。逆に、技術も実力も数段上のレイドが、苦悶の表情。

このままでは埒が明かないと、レイドが攻撃に転じようとする。が、するとさっきの勢いはどこへやら、下っ端はあっさりと後退していく。重い鎧を纏うレイドでは、追撃は不可能だ。

「何人か攻撃してきたと思ったら、すぐ逃げる!」
「くそがっ、狡い戦い方しやがって!」

身を寄せ防戦一方な状況に、フラットの客人『ハヤト』は歯軋りをし、フラットの『ガゼル』が吼えた。

「バノッサめ、なかなかやる。数の利をうまく使った立派な戦術だ」
「関心してる場合かよエドス!」

フラットのアジトから、路地をくぐって広間まで、彼らはオプテュスを誘導に成功した。……だがオプテュスは、それをお見通しだったらしい。

広間へ侵入したオプテュスは、すぐさま散開。そして広間から3方向(南と東、西)に延びる路地の封じ込めにかかったのだ。

今、全ての路地にそれぞれ2名のオプテュス構成員が陣取っている。つまりフラットは広間に閉じ込められ、包囲されてしまったのだ。

さらにオプテュスはこの状態から、数名ずつでのヒットアンドアウェイを続けている。これによりフラットは、次第にスタミナをそがれていた。

「歯痒いのはわかるが落ち着くんだ。気が立てば私達の消耗が早くなって、連中の思う壺だ」
「けどレイドさん、これじゃあ埒が明かないです!」
「確かに。なんとか包囲を突破して、有利な状況を作りたい」

しかし突破は容易でない。例えば東への一点突破を試みるとしても、すぐさま西と南の4名が背後から襲い掛かってくるだろう。2名と4名の挟撃を受ければ、フラットは簡単にやられてしまう。

「個々人の力量ならワシらに分がある。……それだけが救いか」

「たしかにその通りだ」とハヤトは思った。

レイドは、かつてサイジェントを守護する騎士団の団長候補だったこともあるらしい。その評判に違わない流麗な剣さばきは、スラムのゴロツキ程度の攻撃では崩せるはずもないほど堅牢だった。

エドスは、重い斧を容易に振り回す力持ちだ。そして自他共に認めるほど頑丈な体をしているようで、まだまだスタミナも有り余っているようだ。

ガゼルには小柄な体を活かした敏捷さがあった。敵の攻撃を散々回避しながら、隙をみて手痛い反撃をお見舞いするのが得意で、昼間の戦いでもハヤトに披露してみせた。

そしてハヤト自身には……当人にも名状しがたい不思議なチカラが宿っている。リィンバウムの魔法『召喚術』に類するチカラらしいが、それで本当に正しいのかすら分からない。

ただ1つ言えるのは、このチカラには戦局を一変させるだけの威力があるということだ。実際、暴走したチカラの奔流でエドスを吹き飛ばしたこともある。

「……(チカラを使えばこんな奴ら。……いやだめだ、暴走でもしたら何が起こるかわからない)」

ハヤトの脳裏に浮かんだのは、リィンバウムに召喚された直前に見た光景だった。

荒野を抉ったクレーターと、数多転がるヒトの亡骸。それらがハヤトのせいあっても、違ったとしても。惨劇の引き金となりうるチカラに、一か八かを賭けられない。

「……おい、話聞いてんのか!?」
「あ。ご、ごめんガゼル、考え事してた」
「ったく、もう1度しか言わねえぞ。このままじゃあジリ貧になるから、やっぱり一点突破しかねぇ。そして突破するのは……あっちだ」

ガゼルは南の路地を指差した。

南の路地には、オプテュスリーダーのバノッサと、ソード使いの男が佇んでいる。彼らは他のオプテュスメンバーとは雰囲気が異なり、明らかに強そうだ。おまけに彼らは削り役を他に任せ、体力を温存している。

他の路地の方が、まだ容易に突破できそうだ。ハヤトがガゼルにそういった感じの目配せをすると、ガゼルはにやりと笑う。

「無茶なのは承知さ。だがこのケンカ、バノッサを仕留めなきゃ勝ち目はねぇ。オプテュスはバノッサ以外有象無象。頭を潰しゃあ、雑魚は勝手に戦意喪失さ」
「でもバノッサって強いんだろ?」
「ああ、ムカつくことにな」

ガゼルの返答に、エドスが補足する。

「タイマンでならワシやガゼル、レイドとも対等以上に渡り合えるだろう。バノッサも、伊達にゴロツキの頭じゃない」

エドスの言葉に、ハヤトは剣を握る掌に汗がにじむのを感じた。

「だがケンカをしている以上、必ず倒さなきゃいかん相手だ。レイド、どうする?」
「危険だがそれしかないな。ガゼルの作戦でいこう」

重い口を開いたレイドが、作戦の編成を下していく。

「しんがり1名に、ソード使いの引き付け役が1名……後はバノッサの相手だ。ハヤト、引き付け役を頼めるかい?」
「……」
「キミの戦う姿は、最初に会った時と今の戦いのものしか知らない。ソード使いも実力者のようだが……キミならできると、私は思う。
倒すのは2の次でいい。とにかく護りと足止めに徹してくれれば……」
「俺、バノッサと戦います」

レイドの台詞を遮って、ハヤトは言った。

「何を言っているか分かってるのか!? エドスが言っていただろう、バノッサは強敵だ。昨日今日剣を握ったばかりのキミが戦える相手じゃない!」
「わかってます。でも……なんだか、うまく言えないんですけど、バノッサと戦わなきゃいけないのは俺だと思ったんです」
「さっきの、玄関前での事を悔やんでいるのかい? 再三言うが、今回の事はキミの責任では……」
「まあまあ、いいんじゃないか」

ハヤト達の諍いに割り込んだのは、エドスだった。

「ハヤトはこの戦いに、並々ならぬ覚悟を持って挑んでいる。剣を握って間もないというのに、『戦う』とはっきり言えるのが証さ。ワシはその心意気にかけてもいいと思うがな」
「しかし」
「俺もそれで良いぜ」

エドスの援護射撃をしたのはガゼル。

「ハヤトの奴、けっこう強いみたいだしよ。ネタが割れてる俺らより、案外いい勝負するかもしれねぇ。それに、この強情っぱりを説得する時間が惜しい」
「はあ。みんな、彼は客人だということを忘れてないか」
「大丈夫だって、俺がきっちりサポートしてやるよ!」
「いてッ!?」

ガゼルがハヤトの背中を思いっきりはたく。ガゼルの活で前のめりになったハヤトは、不思議と体の緊張が吹き飛んだ感じがした。

「ならワシはソード使いの相手だな」
「まったく。わかった、しんがりは私が努めるから、みんな……特にハヤト、無理だけはしないように」
「はいッ!」










「見ろよ、奴らが南の路地へ突撃したぞ」
「バノッサさんがいるのにかあ? 死に急ぎやがって」

西の路地に陣取るオプテュスの下っ端2名が、勝利を確信して笑う。

「さあて予定通り、背後からの一斉攻撃と行くか」
「最後尾は……レイドの奴か。『元』とはいえ、騎士様が地に這い蹲る日がくるなんて、楽しみだなあ」
「ヒッヒッヒッ。騎士だろうが何だろうか、4人で袋叩きにすりゃあオシマイだ」
「なるほど完璧な作戦っスなあ。確かに4対1はキツイ」
「ああ……ん!?」

下っ端達の背後から、彼らの仲間のではない声が聞こえた(そもそも6人全員が戦いに出ている)。しかし下っ端達には、聞き覚えがある男の声だった。

「2対1くらいが、丁度いいと思わない?」

沸々とする感情に背中を押され、下っ端達が振り返る。

夜の路地は暗い。路地側面の廃屋から突き出した屋根が、月光を遮るからだ。屋根と屋根の隙間、もしくは屋根の破損箇所から漏れる月光が無かったら、路地は真っ暗になっていたことだろう。わずかな光をたよりに、下っ端達は路地の闇を覗く。

すると彼らから十数メートルほど先に、ヒトリの少年が見えた。

「てめえはアンディをボコりやがった……汚らしい奴!」
「おいおい、初対面の相手にひどくない?『初対面』の善良な庶民だよ、僕は」

やたらと初対面を強調したがる、その少年はご存知『チャーハン・タベルナ』だった。

「何が初対面だコラァ! オレはアンディのダチ、『ビリィ』!」
「同じく『コーディ』! 繁華街で会ったろうが!」
「え~そんなの知らないし。そもそも下っ端の顔とか一々憶えてられないし」
「このお!」

オプテュスの下っ端達……もとい下っ端B・ビリィと、下っ端C・コーディは、唾を撒き散らしながら吼えた。

「てめえを半殺しにして、バノッサさんに献上してやる!」
「おっと。それはごめんこうむる」

少年は、左右の手に1丁ずつ持っていた物を構えた。

それは小型クロスボウ。木製弓台の先端に小ぶりの金属弓、弓台下部にグリップと引き金が付いた、片手持ちできるシンプルなシロモノである。もちろん矢は装填済み。

「い゛っ!?」

唐突な飛び道具に、下っ端ビリィは慄いた。するとこれ幸いにと、少年は左手の小型クロスボウを彼に向け、照準を合わせる。

そしてあっけなく、少年は引き金は引く。

射出された矢はビリィの脇腹を掠め、ビリィの後方へと姿を消した。

「うおッ!?」
「……今のは威嚇。大人しくしなけりゃ、次は脳天だ。当たったらアレだぞ、シルターンの『鬼』みたくなるぞ? 一生うつ伏せに寝られなくなる (うわ、外れた) 」

まじめな顔で軽口を叩く少年は、右手に持つ小型クロスボウを見せつける。

しかしその余裕ある態度が虚構だと、下っ端達は確信していた。

見る限り、少年の装備は2丁の小型クロスボウのみ。他に身に付けているのは、やたらポーチのぶら下がった腰のベルト(ウエストポーチ?)くらい。帯刀はしていない。

つまり少年の武器は、2丁の小型クロスボウだけなのだ。しかも1丁使用したので、実質は1丁のみ。なので少年は、矢の1発でビリィ・コーディを相手取らなきゃいけない。

矢を再装填できれば話は変わるが……それは不可能に近かった。下っ端達から少年までの距離は、十数メートル。近くは無いが、数秒たらずで詰められる距離だ。

そして矢1本で倒せるのはヒトリだけ。仮にそれでヒトリ撃退したとしても、もうヒトリを撃退する術が少年にあるか?

おまけに、小型クロスボウには威力がない。矢が掠めたビリィの脇腹は、最初ヒリヒリしていたが、もう痛みはなかった。皮膚にはきっと傷どころか、アザすらできていないだろう。

なので万が一矢が額に当たっても、頭蓋骨を貫通するかあやしい。そう下っ端達は推察していた。

「……コーディよお、わかってるな」
「……ああ、撃たせてからだろ」
「お~いどうした、マジで撃っちゃうぞ?」

少年に届かぬ小さな声で、下っ端達は段取りを決める。

クロスボウ相手に、中途半端な接近は悪手。近づくほど矢の威力も命中精度も上昇するからだ。

ならばあえて最後の1発を撃たせ、万策尽きた少年を襲撃するのが、安全かつ確実だ。後は「逃げるなら追ってボコる、逃げなければそのままボコる」それだけのことだった。

幸い西の路地は、逃走者を追うには都合のいい立地である。路地の幅は狭く、2人が横に並べば通り抜け不可能となる。路地の奥はまっすぐ、枝分かれなく続いているため、少年の逃走経路も判然としている。

路地を囲う廃屋も、2階以上の高さがある。よしんば廃屋をよじ登って逃げようとも、突き出した屋根にジャマされる。

やっかいなのは、少年に逃げ切られた場合であるが……その時は本来の予定通りレイドの方へ行けばいいだけだ。

下っ端達の腹は決まった。

「撃てよ」
「……お?」
「ごたごた言ってねえで撃てよ、腰ぬけ」
「おいおいおい大人しくしとけって。当たり所が悪けりゃ死ぬぞ」
「飛び道具の1つや2つで、ビビるオプテュスじゃねえんだよ!」
「ダチのかたき討ちだ。命、かけてやらあ!」
「命ねえ、それは大事にしたほうがいいよ? 『死』の類語に『昇天』ってのがあるが、実際のアレは底無し沼に沈んでいくような息苦しさが……まあいいか」

少年は右手の小型クロスボウをきちんと構え直し、右手人差し指を引き金にかけた。

「じゃ、死ね」

拒否権なし、まるで害獣にでも告げるような物言いから、少年は満面の笑顔で引き金を引いた。



引き金が引かれた瞬間、下っ端達は頭や胸を、腕でガードした。仮に矢が外れなくても、これなら「もしもの最悪」を回避し、攻撃に転じられる。

「……?」

しかし行為は杞憂に終わった。腕どころか、下っ端達の脳天から足裏までのどこにも、痛みはない。

矢は外れたのだ。

ガードを解いたビリィは気がついた。少年右手の小型クロスボウ、その射線が、下っ端達のはるか上に向けられている。これじゃあ矢の終着点は下っ端達の頭上、廃屋から突き出した、屋根の裏あたりになる。

「はッ、とんだノーコン野郎だな!」

クロスボウの射線を追って、天を見上げるビリィ。そこで彼が見たのは、一部が大きく欠落している屋根、そして。

「あ」

彼目掛けて墜落する、屋根の破片だった。彼が破片を認識した時、もう全てが手遅れだった。

「ぶぎ!?」

重力の補助を受けた屋根の破片が、えげつない威力でビリィの顔面にめり込む。彼最大の不幸は、顔を上に向けたこと。その状態で顔面を打たれたので、曲げていた首に変な力が加わり、深刻な痛みが脊髄をかけた。

次いで鼻や歯がへし折れるような音がしたが、たぶん気のせいだろう。たとえ気のせいでなくても、友達とおそろいだから、ビリィもむしろ本望だろう。

「ビリィィィィィィィ!!」

激痛と脳震盪で崩れ落ちる友を見て、下っ端コーディは悲痛な叫びをあげる。

だが今は戦闘中。「意識を逸らした奴から倒される」という、戦いの鉄則をコーディは忘れていた。

「え?」

少年の方からコーディへ、クロスボウが飛んできた。矢が飛んできたのではない。少年が左手に持っていた小型クロスボウが、コーディ目掛けて飛んできたのだ。少年が投げたのだ。

虚をつかれたコーディの頭に、小型クロスボウはなんなく命中する。しかし彼はビリィのように倒れはしなかった。小型クロスボウの直撃だけでは威力が足りなかった。

まあ少年には、コーディがひるむだけで十分であったのだが。

投擲と同時に走り出していた少年は、あっという間にコーディの目の前まで距離を詰めていた。そしてコーディの顎に突き刺さる、少年渾身の左フック。たまらずコーディ、背中から地面に倒れこむ。

「ぐえッ!?」
「マウントポジション、いただき」

仰向けに倒れたコーディの上に、少年がまたがった。コーディは顎を打たれたせいで脳と視界がぐら付いていた。とてもじゃないが、彼に少年を跳ね除ける余力はない。

「狙っていたのか屋根を、屋根の破損部分を! 破片が脳天に落ちるよう計算して矢を撃ったのか!?」
「あ~……うん、そうだよ」

少年は容赦なくコーディの顔面を殴った。少年のコブシに鼻がへし折れるような感触があったが、たぶん気のせいだろう。

「ちくひょう。すまねえアンディ……かたき、とれなひゃった」
「僕が悪者みたいな物言いはやめろ」

そう言いながら少年は、コーディの意識を刈り取るべくコブシを叩き込んだ。その姿はどう見ても、善ではなかった。



~~~~~



「ふい~、拘束完了」

少年は腰ベルトに複数下げられたポーチの1つから、ロープを取り出して下っ端達を雁字搦めにした。

ちなみにこの腰ベルト、サモナイト石や雑貨の携帯用に少年が買った物である。腰ベルトには特殊な金具が10個ついており、その金具に専用のポーチを下げられるようになっているのだ。

「……(作戦成功。よくやった)」

一仕事終えた少年は、今回最大の功労者にねぎらいの言葉を送る。少年の念じた言葉は、首にさげた常夜の石と、ポーチの中のサモナイト石を介し、屋根の上にいる小動物に届く。

少年が天を見上げると、1対の大きな瞳がこちらを覗いていた。

月光に映える純白の毛並みと、手のように進化した大きな耳たぶを持つ、ネコのような小動物。幻獣界メイトルパに住む、幻獣の仔プニム『ユキ』である。

「……(明日はユキの好物、サカナの塩焼だ!)」
「プニ!」

先ほどビリィに降ってきた屋根の破片は、ユキが落とした破片である。

少年は姿を現す前、屋根の上に放っていたユキへ指示を出していた。「屋根を壊して破片を持っておく」「矢を上空へ撃ったタイミングで、屋根の破片を下っ端達へ投げ落とす」という2つ指示を。

あとはさっきの通りである。少年が引き付けて、ユキが潰す。

少年が当てる気のない2本目の矢を放ち、それを合図にユキが破片を投げ落とした。そもそも『うす暗い路地の中、真下にいる下っ端達に破片が落ちるように、屋根の破損箇所を正確に打ち抜く』そんな芸当が、少年にできるはずもない。

ちょっとメンドウな作戦だが、確実に奇襲を成功させるためしょうがなかった。「ホントは姿すら見せず倒したかった」というのが少年の本音だが、準備時間や隠密の技量が少年になかったので、急遽こういう作戦をとったのだ。

また、この作戦は少年が召喚師とバレないようにするためのトリックでもあった。実際、下っ端達は「少年が撃った矢が屋根に当たり……」と思いこんだ。

「…… (んじゃ、引き続きよろしく)」

少年がユキを召喚したのは、元々周囲の偵察をしてもらうためだ。少年は玄関に置いてけぼりにされたので、フラット・オプテュス抗争の状況を知らない。なので身軽なユキを廃屋の上へ送り出し、天から戦いの様子を探らせているのである。

「2対2、実に対等で公平な勝負だった」

そうのたまった少年は、フラットの面々の下へ向かった。



~~~~~~~~~~



・小型クロスボウ(AT+5)

主人公の武器の1つ。とにかく携帯性を追求した物で、威力がゴミ。『さびた剣』がAT+11(DSサモンナイト参照)である。1丁破損したので、今度しっかりした奴を買う予定。

元々は普通の弓を使っていたが、ある日、脚がうずいて「クロスボウの方が当たると痛くね?」と思い立って変更した。



・プニム『ユキ』

主人公の友達。ニュアンス的には『ダチ公』の方が近い。

ミモザとの訓練中に主人公が召喚した、世にも珍しい全身純白、白変種のプニム。メス。

主人公とは壮絶な殴り合いの末、互いを認め合った仲である。なおミモザには壮絶に呆れられた模様。

それ以降、しょっちゅう召喚されては主人公と行動をともにしている。

白変種ゆえ、派閥員にその身をよく狙われていた。しかしそういった手合いは『なぜか』悪夢にうなされ、白い毛玉恐怖症に陥ってしまう。そのため周囲からは『呪いのプニム』と恐れられている。

戦闘では、小さい体を活かした偵察や奇襲に従事する。殴打した相手の魔力を枯渇させる『精神攻撃』を持つ『召喚師殺し』でもある。

精神攻撃のルーツが『幻獣特有のチカラ』なのか『精神をかき乱すほどの可愛さ』なのかは判然としない。



[19511] 第4話 バノッサとの初戦 その③ 2015/1/24投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0a727f3d
Date: 2015/01/24 02:25
夜も深まった頃、一仕事終えた仮免召喚師・少年『チャーハン・タベルナ』が、サイジェント南スラムにある広間へ入場した。

「タベルナ君! 逃げたんじゃ……」
「あれ?」

元騎士『レイド』は、少年を認識するや幽霊でも見たような顔になった。

「ひどいなあ。僕ってばみなさんに楽させようと、2名ばかし潰したのに」
「あ、ああ。どうも人数が足りないと思ったが……君が」

レイドの足もとには、彼が撃退したオプテュス2名が転がっている。想定の半分しかいない敵は、レイドにとって取るに足らない相手だったらしい。

「その通りですよ。鼻っ柱をへし折って、縛りあげて、引きずってきました」

少年の手には、2本の縄が握られていた。その2本を辿っていくと、末端には気絶したオプテュス下っ端ビリィ・コーディがそれぞれ括りつけられている。猛烈な勢いで地面を引きずられたせいか、下っ端達の惨状は、無残である。

「……うん、ご苦労さま。後は南の路地、ソード使いとバノッサだけか」
「南?」

広間の南に延びる路地を見ると、その入り口で半裸男『エドス』と、オプテュスのソード使いが戦っている。双方に差し迫った雰囲気は感じられない。

そしてエドスらの向こう、路地のずっと奥に3つの人影が見えた。夜間で距離もあったので、仔細はわからない。

「……(『フラット』とやらの戦闘員は4名、だからまあ人影の3分の2がフラットだろう。確か僕と同い年くらいの『ガゼル』と……誰だっけ)」
「加勢に来てくれたのなら、頼みがある」
「ん、あ、はい」
「奥の仲間に手を貸してほしい。彼らの相手、敵のリーダー『バノッサ』を倒せば、全てが終わる」
「エドスさんに助太刀してから全員で行く、ってのはどうです?」
「バノッサは危険で油断ならない……彼らだけでは心配なんだ。一刻も早く、誰かが向かわなければ」

鎧纏うレイドに比べ、少年は軽装で身軽である。いの一番に出発すべき状況で、少年は適任だった。それに誰かが、エドスの手助けに行くべきだし。

「なんかよくわかりませんが、バノッサとやらを撃ちゃあいいんですね!」

そう意気込んで少年が小型クロスボウ2丁を掲げる。すると、その内1丁のグリップがぽっきり折れて、それ以外の部分が零れ落ち、地面と衝突してばらばらになった。

「……やっぱり組み立て式の安物はダメだな」
「と、とにかく頼んだよ。私もすぐエドスと向かう」

不安の混じったレイドの言葉を胸に、少年は駆け出した。



少年がエドスとソード使いの横を抜け、薄暗い路地の中を駆ける。路地のアチコチに廃材やらゴミが転がっていたが、それらに足を取られるほど少年も間抜けではない。

それに南の路地はずいぶんと広いので、少年はゆとりを持って移動できた。「ここなら西の路地と違って、思う存分剣を振るえるなあ」などと少年は思った。

さて、そろそろ少年にも人影らの仔細が見えてきてた。

まず目に飛び込んだのが人影の2つ、白髪の人影と、小さい人影だ。彼らは戦闘中のようで、闇に遮られて判然としないが、白髪の人影が優勢らしい。

フラットに白髪はいないので、それがバノッサだと少年は確信した。

そして彼らより離れた路地の端に、最後のヒトリがいた。彼は地面に座り込み、路地の壁にもたれかかっていた。

焦燥を覚えた少年だが、それよりも不思議なことがあった。

「……(彼の周りだけ、ぼんやりと明るいぞ? )」

座り込んだ彼の周囲だけ、他の場所より明らかに明るいのだ。月光は絶えず、路地の上から平等に降り注いでいるのに。

「まるでスポットライトを当てたかのようだ」と少年は思ったが、それは間違いだった。

座り込んだ彼自身が、光源だったのだ。



***



時間は少々巻き戻る。

「……このッ!」
「最初の威勢はどォした、新参者」

名も無き世界の高校生『ハヤト』が幾度と振るう長剣ベイグナートを、オプテュスのリーダー『バノッサ』は自身の得物で軽々と受け止め続ける。その得物は奇しくもハヤトの物と同じ、長剣ベイグナートだった。

双方の差異と言えば、ハヤトはセオリー通り長剣を両手持ちで、対して、バノッサは2刀流。

やがてハヤトの長剣とバノッサの右の剣、2本がかち合って鍔迫り合いが始まる。刀身が擦れ、甲高い音波が路地に反響する。

全体重をかけて剣を押し込もうとするハヤトだったが、右腕の1本で対抗するバノッサはびくともしない。それどころか、力負けしていたのはハヤトの方だった。

「てんで話にならねェ」

バノッサは右腕でもって、せり合う剣を力任せに薙ぎ払った。弾かれた剣を離すまいと、右手で強く握りこむハヤト。そうすることで剣に引きずられ、彼はぐらりと体勢を崩した。

がら空き・隙だらけになったハヤトめがけ、バノッサが左手の凶刃を振りかぶる。

「……チッ」

だが、それがハヤトを切り裂くことはなかった。

バノッサは迅速に攻撃を中断、バックステップでその場を離れる。するとさっきまでバノッサがいた空間を、投げナイフが通過する。

投擲者はガゼルだ。

「相変わらず、身の丈と同じちんけな戦法だなァ、おい」

バノッサの挑発に眉をひそめるガゼルは、かまわずハヤトの隣へ移動する。そしてガゼルは激しい剣幕でハヤトを叱る。

「真っ正直に、正面から挑むなアホ! 攻める時は背後か側面から、高低差がある場所では高い所から。戦いのキホンだろうが!」
「ご、ごめん」
「貸しだかんな。……だがまあ、これであの野郎のやばさは分かっただろ」
「ああ」

倒すつもりで剣を振るっていたハヤトに対し、バノッサの方は完全に遊んでいた。手数の多さが長所の2刀流なのに、大して攻撃してこないのがその証拠だ。

おそらく、バノッサは「オプテュス――というかバノッサ自身に歯向かう愚かしさ」とやらを見せつけたいのだろう。慢心と言えばその通りだが、余裕は強者に与えられた特権だ。そのくせハヤト達を逃がさない位置取りをきっちりしているので、なお恐ろしい。

そんなバノッサだが、次第にわずかなイラつきを見せ始めていた。

「くそ、手下どもはチンタラ何してんだ」

彼の予定では今頃、レイド・エドスを撃破した手下4名とソード使いと共に、ハヤト達を袋叩きにしているはずだったのだろう。しかしレイド達が頑張っているせいか、バノッサの手下は一向に現れない。

「ザコどもの相手も飽きちまったなァ」
「誰がザコだ!」

言葉で噛み付くガゼルは無視された。

バノッサはため息を吐くと、両肩や首をグリグリ回したり、1~2回小ジャンプしたりした。

そうして準備運動を終えると、彼は獲物を見つけた猛獣のような、獰猛な顔を見せる。

「嬲り殺すのを楽しみにしてたのによォ。しょうがねェ」

バノッサの瞳がハヤトを射抜く。その赤い瞳は、荒れ狂う炎に似ていた。内に秘める憤怒と殺意を燃料に、目に付くモノ全てを焼き尽くそうとしている……そんな感じだ。

そんな目を向けられたものだから、ハヤトは反射的に、長剣のグリップを握りこんだ。

「……(来るなら来い!)」

実戦で鍛えただろうバノッサの剣技は、速くて重い。しかし我流であろう彼の剣術には、相応の荒っぱさがあった。ハヤト達に付け入るスキがあるとすれば、ソコしかない。

バノッサの攻撃をハヤトが死に物狂いで耐え、ハヤトより戦闘経験豊富なガゼルが然るべきタイミングで一撃! アイコンタクトするまでもなく、作戦は決まっていた。

「さァ、簡単に死んでくれるなよ?」

ハヤトはバノッサの姿・一挙手一投足を注視する。バノッサがどんな斬撃をしかけようと、即座に対応できるように。

ハヤトにはバスケでならした反射神経と敏捷、そして不思議パワーによるブーストがある。おまけにお互いは10歩程度離れている。これなら格上が相手でも、ゆとりを持って対処できるはずだ。

「ククッ」

バノッサが上体を丸めながら、片足を力強く1歩前へ出す。顔はまっすぐハヤトを睨みつけ、長剣を握った両手はダランと垂らされている。その姿は腕を除き、いわゆるスタンディングスタートの態勢に似ている。が、ハヤトには獣の臨戦態勢のように見えた。

そのままバノッサは全身のバネにチカラを込めて、それが最高潮に達した時……全てを解き放った。



「え」



呆けた呟きも詮無きこと。

ダンッ! と地面を踏み抜く音が1つすると、ハヤトの目の前にバノッサがいた。十歩あった距離はすでに無く、バノッサの攻撃範囲がハヤトを侵食するまで、あと半歩の猶予しかない。

「……(な、んで)」

現実を受け止め切れなかった、ハヤトの思考が悲鳴を上げる。「1歩で、こんなに距離を詰められるはずがない!」……実際『ハヤトにそう錯覚させる勢いでバノッサが駆け抜けた』というのが真実なので、否定はあながち間違いでもない。

だがバノッサの歩みが1歩だろうが10歩だろうが、どうでもよかった。

問題は、バノッサの恐るべき膂力。そして『数瞬後にハヤトを斬撃が襲う』という未来。すぐ隣に佇むガゼルでも、この未来には介入できない。

ハヤト、絶体絶命の危機である。

バノッサは両腕を胸元でクロスさせ、必殺の構えで突っ込んでくる。もはやハヤトにはそれを回避できず、防御に費やす時間はない。

「ウオラアァァァッ!」

咆哮と共に繰り出される、薙ぎ払いの同時攻撃。しなる両腕のバネと、突進の勢いを余すことなく乗せた2つの鋼が、ハヤトの胴を抉り飛ばさんと迫る。

「……(くそ!)」

刃が届くまでの刹那、ハヤトは腕を動かしていた。持っている長剣の位置をわずかにずらし、凶刃が描くだろう斜め十字の交差点に、剣身を置くように。

そして3本の長剣がかち合う。「両手がもぎ取れる」……そう感じるほどの衝撃がハヤトの剣を押し込み、彼の腕を得物越しに痛めつける。が、それでもハヤトは両手をさらに強く握りしめた。ここで剣を手離せば、弾き跳んだ剣がハヤトの体に突き刺さる。

しかし、バノッサの腕一本に勝てないハヤトである。スピード・パワーを兼ね備えた斬撃2つは到底止められない。

だから、ハヤトは後ろへ跳んだ。

「わあぁぁァッ!?」

結果わずかに浮いたハヤトは、前方からの猛烈な衝撃に押し出されて吹っ飛ぶ。バノッサのダッシュに迫る勢いで、路地の地面を転がるハヤト。そこらに転がるゴミや小石にハヤトの体は苛まれ、最後に路地の壁と衝突した。



~~~~~



「う……」

うつ伏せていたハヤトが、目を開けた。少し意識を飛ばしてしまったらしい。その時間がほんの数瞬か数秒か、あるいは数分だったのか、ハヤトによくわからない。

体を走る痛覚に辟易しながら、ハヤトはなんとか上半身を持ち上げた。そしてそのまま、衝突した路地の壁にもたれかかる。

下半身と別れずに済んだハヤトだったが、右腕、右半身に強い痛みがある。壁と激突した部位がそこだった。しかし五体満足で、切り傷はどこにもなかった。

「……(我ながら、よく生きてる)」

どうやってバノッサの攻撃をしのいだか、ハヤト自身にもわかっていない。

死と隣り合わせになったあの瞬間、ハヤトの体は無意識に動いたのだ。思考を超越して肉体を動かしたのは、ハヤトの精神内に潜む爆発力か、あるいはもっと別の……?

しかしそんな事ハヤトにはわかるはずもなく、考えている暇もない。

疑問と苦痛を押し殺し、ハヤトは周囲へ意識を向ける。ほどなくハヤトからわずか離れた場所で、ガゼル達が戦っているのが見えた。

「生ぬるいんだよテメェらは!仲間も攻撃も、何もかも!」
「くそおッ!!」

「ガゼ、ルッ」

バノッサの猛攻が、ガゼルを窮地に追い込んでいる。バノッサの2刀流が暇なくガゼルに肉薄。ガゼルも反撃に転じようとナイフを振るが、その全てが空を切っていた。

「はやく、いかなきゃ」

ガゼルを苦境から、救わなければならなかった。それをハヤトの力量でできるかあやしいが、それでもハヤトは自身にできる精一杯をやるつもりだ。

幸運にも、共に吹き飛ばされた長剣『ベイグナート』は、彼のそばに転がっていた。ハヤトは痛む体に鞭を打ち、痺れの残る右手を伸ばす。

「ぐうッ!?」

長剣を掴んだ時、ハヤトの右手に鋭い痛みが走った。そのためハヤトは、長剣を取りこぼしてしまう。

右手首が、わずかに腫れている。

「……(壁に衝突した時、捻ったのか)」

とっさに左手で右手首を抑えてみたものの、ジンジンとした痛みが引くわけがない。むしろ患部が焼けそうなほど熱く、赤くなっていくのを痛感するだけだった。

ハヤトは以前――リィンバウムに召喚される前、ただの高校生だった時に、同じように手首を捻挫したことがあった。バスケの試合でのことだった。その時は怪我が軽度だったこともあって、テーピングだけして試合に復帰できた。

だが今回はそうもいかない。仮に雁字搦めにテーピングしたとしても、今の戦いで、もう右手は使い物にならない。

負傷したハヤトは、もう戦えない。

「……ちくしょう」

うなったハヤトの目には、涙がにじんでいた。それは痛覚に耐えかねた涙では無く、不甲斐ない自身に対しての、憤りの涙だった。

今回の戦いについて「キミの責任ではない」とレイドは言っていたが、それでハヤトは納得できなかった。決着は彼自身の手でつけたかった。

しかしみんなに大口を叩いた挙句、結局なにもできずにリタイア……そんな自身がたまらなく情けなかった。

フラットのみんなが、ピンチなのに(フラットじゃないヒトもいるけど)。

最初は敵対していたけど、後でキチンと話を聞いてくれて、ぶっきらぼうながら受け入れてくれたガゼル。

暴走した召喚術にやられても、なんでもないと接してくれるエドス。

厄介事を背負ってまで庇ってくれた、レイド。

身銭を切ってまで、おいしい料理で出迎えてくれたリプレ、そして無邪気な子ども達。

彼らに報いたい。そんな思いで戦いに挑んだはずなのに、現実が、体がそれについてこないで空回りしている。

「……(チカラが欲しい)」

己の無力に打ちのめされ、ハヤトは願った。

「……(バノッサを倒すために欲しいんじゃない。ガゼルを、みんなを護りたいんだ。そのためのチカラが必要なんだ!)」

生まれて初めて、全身全霊を込めて懇願した。「神様がいるなら助けてくれ」とも思った。

しかしリィンバウムに『神』はいないので、懇願も無駄に終わるが……。

ハヤトの非凡なる強い思念は、彼の体に眠るモノを呼び覚ます鍵となった。



――……チ…………。



「!?」

願うハヤトに『声』が聞こえた。バノッサやガゼルの声とは明らかに異なる、女性的で穏やかな声色だった。辺りを見渡すハヤトだが、なぜか声の主は発見できない。

――チ…………チィ。

また声が聞こえる。今度は、もう少し大きな音量で。

2つ目を聞いて、ハヤトはそれが『声』ではなく『鳴き声』だと気づいた。彼が今まで聞いたことも無い、おそらく彼の故郷のどの動物のモノとも合致しない、不思議な鳴き声。

なぜ、ここにいない動物の鳴き声が聞こえるのか? 奇妙に思うハヤトには、それよりもっと奇妙に感じることがあった。

「……(『手助けがしたい』って言ってるのか? 俺の?)」

鳴き声の意味が、彼には分かるのだ。何故かは不明だが、とにかく「感じたことが真実だ」という確信だけが彼にはあった。

まったく奇天烈な話である。だが藁にも縋る思いのハヤトにとって、理由なぞ問題ではない。

「キミの手助けがあれば、俺はまた戦えるのか?」

問うハヤトに対し、声の主は「はい」との鳴き声を発した。

「……ありがとう」

ハヤトは自然と呟いていた。

再戦のチャンスを得た……それも喜ばしかったが、なにより声の主の厚意・やさしさが嬉しかった。「異世界でひとりぼっち」という孤独を味わいながらも、フラットのみんなに救われたハヤトだから。声の主がくれた厚意も、フラットのそれと同じくらい尊く感じた。

「……(キミと、みんながくれたやさしさ。絶対に無駄にはしないから)」

みんながくれた気持ちを勇気に変えて、ハヤトは弱っていた心を再び奮い立たせた。まだ体のアチコチに痛みが残っていたが、もう「情けない」と嘆いたままではいられなかった。

もう一度戦う。そのために、ハヤトは地べたの長剣に左手を伸ばした。

――よんで。

長剣を掴んだハヤトに、再三の鳴き声が届いた。もはやハヤトには、その鳴き声がニンゲンの言葉に聞こえていた。

――『サプレス』からじゃ、助けられないから。

「……(よくわからないけど、そこって遠い場所なのか)」

『サプレス』とは、リィンバウムを取り巻く4つの異世界の1つ、『霊界・サプレス』のこと。つまりリィンバウムとは丸っきり違う、別の世界だ。

ハヤトと声の主、互いの間にある隔たりはとても大きかった。文字通り、それぞれが違う世界に生きているのだ。

その隔たりをぶち壊さなければ、ハヤトは助力を得られない。しかも例え隔たりをどうにかできたとて、その時ガゼルがやられていては意味がない。

つまり『物理的な距離』と『世界の境界』を無視しつつ、『一瞬で』声の主を手元に喚び寄せる術が、ハヤトには必要だった。

そんな常識外れな術は、『ニッポン』の知識を総動員しても見つからない。

しかしリィンバウムにはハヤトの常識から逸脱した技術が、物理法則すらも超越する術がある。

――ぼくを、『召喚』して!

つまりはそれが答えだった。

「!」

同時に、ハヤトに異変が起こった。今までも十分異変だらけだが、新たなる異変はハヤト以外にも認識できるものだった。

淡く輝く光の粒子が、ハヤトのまわりに漂っている。しかも1つや2つではない。

数えるのが億劫になるほど多数の粒子群。それらが黒・赤・紫・緑……それぞれ違った輝きを湛えながら、宙で妖しげに揺らめいている。

さらに驚くべきことだが、光る粒子の発生源はハヤトだった。滲み出るかのように、彼の全身から粒子が絶えず放出されている。

「……(不思議だ)」

光に包まれるほど、ハヤトの肉体は活力を取り戻していった。

どうやらこの妖しい光には、肉体活性化の作用があるらしい。戦いの疲労・負傷そのものは癒えないが、それらマイナスを打ち消すほどに体調や身体機能が上向きになっていく。

「……(それだけじゃない。何をするべきかが、わかる!)」

滾る肉体に後押しされ、ハヤトは立ち上がった。彼にはこれから行使する『術』への懸念があったはずだが、彼の肉体は淀みなく行動を続ける。

今の彼には、バノッサの斬撃に対処した時と同じ感覚があった。ハヤトの中にいる何かが彼に囁き、彼の肉体を突き動かすのだ。

「おおおオオォォッ!」

ハヤトは左手に握る長剣、その切っ先を天に掲げた。

するとハヤトを包み込んでいた光が、長剣に導かれるまま夜天へ昇る。

昇った光はしだいに渦を巻き、空間をねじ曲げながら星々の輝きを飲み込んで。

星空の中に生み出されたのは、闇夜よりも黒い穴――異世界へ通じるゲート。

ゲートの向こうへと、ハヤトは叫ぶ。

「来てくれ……『リプシー』!」

すると『召喚術』に応じて声の主、サプレスの聖精がゲートから飛び出した。



~~~~~~~~~~



あけましておめでとうございます

ハヤトの初?召喚シーンにチカラを入れようと思ったら、思ったより纏まりませんでした。

U:X4巻がでますね。



[19511] 第4話 バノッサとの初戦 その④+夜会話 2015/3/30投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:534f52af
Date: 2015/03/30 23:13
仮免召喚師・少年『チャーハン・タベルナ』の任務は、聖王国の僻地・サイジェントの調査である。

だが少年は、調査で最も肝心な『何を調査するのか』を知らない。

「詳細はこれじゃ」といった感じで少年がもらった封筒にさえ、指針を示すものはなかった。『サイジェント周辺を調査せよ』としか読み解けない書類1枚で、どうしろというのか。頭に「フ」のつく何者かの悪意を感じる。

だがいくら穴だらけな任務だとてやるしかない。それが下っ端のつらいところ。

「これなら『期限なしの諸国視察』という名目の、追放処分を言い渡された方がマシだ。派閥に執着はないし、この任務には自由がある」などと少年も思ったものである。



「まあでもこの初任務、まずは片っ端から見境なく調査する予定……だったんだけどなあ」

しかしサイジェントの南スラムで『眩いまでの光を纏った若者』を発見したとなると、予定は変わる。

あまつさえその若者は、纏っていた光を夜空に打ち上げて見せた。多彩に煌めく粒子をまき散らしながら、光の柱が天まで延びていくのだ。

「あは、はは」

夜中ということもあり、その光景は衝撃的で美しく、その場にいる誰もが光に目を奪われていた。南スラムではスラムチーム『フラット』・『オプテュス』が争っている最中だというのに。

「……(こんなモン見せられちゃあ、最優先に調査するしかないよなあ)」

完遂されつつある『召喚術』の神秘を眺めつつ、少年は確信する。

この若者から目を離してはいけない。彼こそが全ての根源であり、答えなのだ……と。



***



夜空に生まれたゲートから何者かが飛び出すのを、異界の高校生『ハヤト』は見た。

「天、使?」

その背には白い翼があり、頭上には光輪が浮かんでいる。ハヤトの知る天使の意匠と合致している。

しかし天使? がハヤトの目の前にふわりと降ってはじめて、ソレがヒト型でないとハヤトは気づいた。

ボディはバスケボールくらい大きい、青紫色した毛玉。それにつぶらな瞳と小さな口、翼っぽい耳と丸っこい手足、そして前述の白い翼と光輪がついたような感じ。ヒトというよりかは小動物。

彼を、霊界サプレスに詳しい者は聖精『リプシー』と呼ぶ。

リプシーはハヤトの周囲をくるくる旋回すると、やがてハヤトの右側に、寄り添うように静止する。リプシーの視線はハヤトの右手首――敵にやられて捻挫した、その一点に向けられていた。

そしてリプシーの小さな手が、ハヤトの患部に触れた。リプシーの手はひんやり涼しい感じ。彼が普通の生物でないことを、実感させる感触だ。

「……あ」

効果は劇的だった。

リプシーが触れたとたん、そこにある真っ赤な腫れが、みるみるうちに引いていくのである。さながら逆再生のビデオ映像のように。

しかもそれは見せかけではなく。神経を焼かれているかのごとき激痛と熱さが、しだいにかき消えて、癒されていくではないか。

この時よく注視すれば、リプシーの手元にある仄かな煌き――癒しの光が見えただろう。だがハヤト自身も光っているので、非常にわかりにくい。

リプシーが手を離したとき、ハヤトの右手首は通常の状態に戻っていた。完治してしまっている。

「チ?」

奇跡のチカラに呆然となったハヤトを見て、リプシーは小首をかしげて鳴いた。ハヤトにとって、聞き覚えのある声だった。

「キミが……」

キミが……俺に声をかけてくれた仔なのか、右手首を治療してくれたのか。

そんなことをハヤトは口に出しかけたが。

「っ!?」

ゾクリ、と彼の背を駆けた悪寒。殺気というだけじゃあ生ぬるい、尋常ならざる気配が迫りつつあるのを、彼の肌が感じ取った。

ハヤトが振り向くと、そこには2本の長剣を携えた『鬼』がいた。正確に言えば、それは般若のような顔をして迫り来る、オプテュスのリーダー『バノッサ』だった。

「離れて!」
「チィッ!?」

リプシーを背後に追いやりながら、ハヤトは左手に持っていた長剣を両手で構え直して応戦する。右手の痛みは、ない。

「オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォッ!」

バノッサは雄叫びとも悲鳴とも判断つかない音を鳴らしながら、振り上げた右手の剣を、躊躇なくハヤトにオミマイせんとする。

元々荒っぽかったバノッサの剣が、さらに荒々しくなっている。技術がない分、その剣には今まで以上のパワーと殺意が込められているはず。

一際大きい金属音が、路地の中で反響する。

「な、んだとォ!?」

反響が収まった時、バノッサは眼をひん剥いて、「信じられない」といった顔を見せていた。

殺意に満ち満ちた一撃がなんと、ハヤトの剣に受け止められていたのだ。余裕かましたバノッサとの打ち合いですら、ハヤトはチカラ負けしていたはずなのに。

ハヤト自身、狂気の剣を防御できていることに驚愕していた。己の纏う不可思議な光が、肉体を活性化している……そんな兆候を感じていたが、今まで以上に戦えるとは彼も思っていなかった。

「それも『術』のオカゲ、てかァオイ!?」
「なにを……」
「とぼけんじゃねェ!」

より一層チカラを強めながら、バノッサは喉の奥から搾り出しすかのように呟く。

「なぜだ、なぜ手前ェなんぞが……『召喚術』をッ」

もしハヤトに余裕があれば、バノッサの声に混じる感情を読み取れただろう。だがハヤトに余裕なぞ微塵もない。

何より「なぜ召喚術を使えるか」と問われて、ハヤトは心穏やかじゃなかった。召喚術のチカラは、彼にとっても未知のモノなので。

「そんなこと、知るかあ!」

ハヤトは芽生えた憤りを剣に込め、バノッサの剣を大きくはじいてみせた。

バノッサが冷静だったならば……付け入るスキなど与えなかっただろう。だがハヤト本体への憤怒が強すぎて、剣の方への警戒を怠ってしまっていたのだ。

ともかく体勢を立て直すことも、左手の剣で応戦することも忘れて一瞬だけ、バノッサが完全停止する。ハヤトにとって最初で最後かもしれない好機だ。

「……(この一撃で!)」

ハヤトを覆う光が流動し、上段に構えられた剣を包み込んでいく。まるで彼の決意に呼応するように。

あまりに現実離れした現象に、たまらずバノッサが再起動。両手の剣を交差させてガードの構え。

そんなバノッサ目掛けて、ハヤトは容赦なく。煌々と輝く剣を振り下ろす。



ハヤトの剣とバノッサの剣は、共に長剣『ベイグナート』。個体差や使用頻度などの要素で「同性能」とはならないが、互いの剣はほぼ同じ硬度、同じ切れ味のはず。

しかしハヤトの輝く刃は、防御側の剣を2本とも砕き折ってしまう。障害物なんてなかったかのように淀みなく、剣の切っ先がバノッサの眼前を通り。

そして、その軌跡をなぞるよう生じた衝撃波が、バノッサ目がけて放たれる。その衝撃たるや、猛牛に突き飛ばされたかのごとし。

「なァにイィィッ!」

愕然とするヒマもなく、バノッサは背後に突き飛ばされる。折れた剣も手放してしまう。

だが宙に舞ってもなお、バノッサの眼は死んでいない。

地面に背中を打ちつける刹那、彼は強引に体をひねって受け身をとった。それでも背面に多大なダメージを受けたが、憎い男に反撃するための経費としては安いもの。

バノッサはすぐさま反転、腹ばいになりながらも手放した武器を探し、見つける。全長が半分ほどになった剣が、跳び込めば届く距離に転がっていた。

剣に向かって前のめりに、バノッサがダイブ。

ハヤトが「しまった!?」と叫ぶが遅かった。今にもバノッサの手が、折れた剣に触れそうだ。

彼をジャマできるものは誰もいない……かに思われた。確かに、ハヤトにはバノッサをどうにかできない。だがなにもハヤトだけが、バノッサと戦っているわけではなかった。

スコンッ! と小気味好い音が聞こえたのと、バノッサの手が空を切ったのは同時だった。

勢いのまま地面に滑り込んだバノッサは、3つのモノを眼にする。

1つ目は、見つけた時の場所から若干移動している、折れた剣。

2つ目は、その剣の傍に落ちている、まるでクロスボウのグリップのような物体。

そして3つ目は、投球を終えたサウスポーみたいなポーズをとり、右手に小型クロスボウを持った、小汚い少年だった。

「ダレだ手前ェ!?」

伏せながらバノッサは叫んだ。折れた剣を弾き飛ばされた怒りもだが、見知らぬ珍妙な少年へのツッコミ、といった趣もある言葉だった。

何か言いたげに少年が口を開いたが、その言葉をバノッサは聞けなかった。

「グァッ!」

剣を拾うために伸ばされたバノッサの手を、誰かが思いっきり踏みつけたからである。彼が見上げると、そこには小生意気そうな小柄の男。

「……ガゼルゥ!」
「ケッ、ようやっと決着だな」

ガゼルは所持したナイフを、眼下のバノッサに突きつける。次いで、相変わらず光り輝くハヤトも駆けつけ、同様に剣先をバノッサへ。

「ここに2人……んでボウをお前に向けてる、よく分からん奴。 3対1だがよ、やるか?」
「オプテュスとやらのお仲間も、僕が潰した2名を含め、多分みんなやられたよ」
「ンだとォ!?」
「終わりだ、バノッサ」

ハヤトの宣告にバノッサはワナワナと震え、やがて路地中にくまなく響き渡るような、獣のごとき咆哮をあげた。

事実上の敗北宣言だ。



勝敗が決し心のゆとりができたハヤトは、視界の端にリプシーがいるのに気付いた。

「……(姿がぼやけて見える、ような)」

それは錯覚ではなかった。リィンバウムの住民でないリプシーが、在るべき世界に送還されようとしているのだ。

「ありがとう」

感謝の言葉を送られたリプシーは、ウインクを1つすると、その存在をリィンバウムから消失させた。

同時にハヤトのズボンのポケットから、何かが割れる音がする。

ポケットの中身は、ハヤトが荒野で拾った綺麗な石達。それらを取り出してみると、紫色の石が砕けていた。

またハヤトが纏う光も、次第に弱まり消え失せた。これらの事象は繋がっていたのか、ハヤトには分からなかった。










「このままじゃあ済まさねェぞ」と吼えながら撤退していくバノッサらを見送った後、フラットはアジトへ帰還した。

だがヒトリ、フラット所属でない少年だけは、こっそり玄関の外に残っている。その肩に純白の小動物、プニムの『ユキ』を乗せて。

「『12人』いたって?」
「プ、プゥニ」

戦いをずっと廃屋の屋根上から俯瞰していたユキは、不可解なモノを発見していた。

「そりゃあおかしい。フラットは4、オプテュスは6、戦場にいたのは僕を含めて11人のはずだ。ユキ自身とか、リプシーを勘定に入れちゃったとか?」
「ニ」
「……まあ、ユキもリプシーも『ヒト』じゃあないわな」

ユキ曰く……その者は『女性』で、仕立てのよい風変わりな服を着ていた。そしてこそこそ隠れながら、ただ1人――召喚術を使った彼の事だけを注視していた、という。

「僕、予想以上の面倒に巻き込まれたんじゃ」

手帳にユキの証言を書き加えながら、少年はげんなりとした。リィンバウムで仕立ての良い服を着てる奴なんて、貴族に連なる者か、あるいは……。

「タベルナさん、外にいる?」
「あ!?」

閉じた玄関の向こうから少女の声が聞こえたので、少年は慌ててユキを送還した。幸い少女が扉を開けるのと、ユキが完全にいなくなったのは同時だった。

「い、いやあフラットの家事を一手に担うリプレさん!」
「? 突然いなくなったって、みんな心配してましたよ」
「え~っと、ちょっと周囲の警戒をば。撤退したフリして奇襲、なんてよくある話ですから。まあ考えすぎだったようですね」
「あら。もうガゼルったら『なんか怪しいんだよな』なんて失礼なこと。アイツの明日の朝ごはん、減らしとかなきゃ」
「……(良心が痛む)」

実際、少年は怪しい上に隠し事満載なのだ。

「そうだ。今晩は家に泊まっていってくださいね」
「……は?」
「もしかしてお宿、決まってました?」

黙って首を横にふる少年。

「なら、お世話になったお礼ということで。ココ元は廃れた孤児院ですけど、お掃除はキチンとしてますから」

リプレに押し切られるカタチで、少年の今夜の宿泊先が決定してしまった。確かにフラットにやっかいになれば、目標とは接近できるし宿探ししなくていい。それになにより宿泊費が浮くし、いい事尽くし。

「いいのかな」

それはいかにも怪しい少年を泊めちゃう、フラットのおおらかさへの懸念であり、そんなやさしさに甘んじる資格が、自分にあるのかという自問。

……とはいえ。

「そうだお風呂頂いてもいいです? 最後でいいんで」

もらえるものは病気以外ならとりあえず頂く、厚かましい少年なのであった。



~~~~~



久方ぶりの風呂を堪能した後、少年は今夜だけといわず、しばらくフラットのアジトに宿泊することに決めた。理由は色々だが、1番は「金が惜しい」だったのは言うまでもない(生活費は払う)。

少年も「さすがに厚かましすぎるかな」と思ったが……リプレに提案するのは明日にして、休むことにした。悪夢なぞ見なければだが。

そんなわけで部屋へ戻ろうとした少年だったが、廊下でばったり誰かに出くわす。

それは数時間前に路地で光ったり、召喚術を披露したりしていた若者だった。ショートな茶髪で少し童顔だが、彼からは快活で意志の強そうな雰囲気を感じる。

リィンバウムで見かけない服を着ていたこともあり、彼のことは少年もよく憶えていた。そして彼は少年の最重要調査対象でもある。

「あの」

だがどういう訳か、彼はそれだけ言って口を閉ざした。そして怪訝な表情で、少年の頭上から足元までを眺め続ける。

やがて彼は唾を飲み込むしぐさを見せ、少年に語りかける。

「君は、誰?」
「…………………………は?」

あっけにとられすぎて、眩暈がしてきた少年だった。

「フラットのヒトじゃないですよね?」
「あー、確かにそうだけど。僕とキミは同じ鍋のスープを啜った仲じゃん。さっきの戦いにも参加してたのに」

言われても、彼は「本当にわからない」といった感じで悩む。そして十分な思考時間の後、彼は疑念交じりにその名を呼ぶ。

「もしかしてタベルナさん?」
「そうだよ! ついでに『さん』付けも敬語も要らないよ」
「ご、ゴメンなさい。 記憶の中の姿と全然別人だったから」

実際そう言われるのも無理ないくらい、入浴する前後で少年の外見は様変わりしていた。

入浴する前――つまりフラットの面々が思い描く『タベルナ』は、『年齢不詳の汚れた男』である。乱雑な髪、無精を超えた髭、ドロドロな服……とにかく異彩な風貌の奴と認識されている。

しかし入浴後――今の少年は、上記の特徴がすべて剥げ落ちいた。もはや個性もへったくれもない有様である。

「風呂入って髭剃って着替えただけなんだけどなあ」

少年は誰に言うでもなく呟いた。少年の下地が没個性的だったから、その上に乗った特徴ばかりが目を奪った、というところだろう。一応すっぴんの少年にも『首元に横一文字のアザ』という特徴はあるが。

「まあ、(釈然としないが)いいや。寝る気も失せた。少し僕の話し相手になってくれないかな……えっと。あ、ごめん」
「?」
「キミの名前知らないや」

実はその名前を、少年の前で誰も口にしていない。なのでしょうがない事であった。

「俺は……『ハヤト』。『新堂勇人(シンドウハヤト)』だよ」

決意のようなモノを込めて、彼――ハヤトは言った。



「ところでタベルナさ、タベルナ。今着てる土色の作業着みたいなのは? パジャマ?」
「普段着だよ」

「似合ってる?」と問われると、ハヤトは曖昧に頷いた。確かに『作業から抜け出して来たファーマー』といった感じで少年と服はマッチしている。

しかしハヤトが「普段着でそれはないな」と思っていたのを、少年が知りえるはずもない。ちなみに少年も「彼は変な服(学ラン)着てるなあ」と思っているので、おあいこである。



~夜会話~



廊下だろうと個室だろうと、夜に屋内で話すのはマズイ。うるさいし、フラットのアジトには子供もいるのである。

奥の上り階段から屋根上へ行けるようなので、少年とハヤトはそこで話をすることにした。夜風が涼しい屋根の上は、風呂上りの少年にとっては良い場所だった。

「んでさ……ハヤトってやっぱり召喚師?」
「え」

開口1番、相手の気にしている所を突く少年。

「だって『シンドー』って苗字だろ? 『リィンバウムで苗字――家名を名乗るのは召喚師』ってのが相場だし、召喚術っぽいの使ってたし」
「違うって! 俺は召喚師じゃない。苗字だって俺の世界……というか故郷では、みんな名乗ってるんだ」

それからハヤトは、彼自身の事情を語りはじめた。

ついこの間まで、ニッポンという国で平穏に暮らしていたこと。

謎の声に導かれるかのように、リィンバウムへと召喚されたこと。

フラットと出会って、ちょっとしたトラブルからオプテュスと敵対したこと (ここで少年との初遭遇にも触れたが、少年はすっとぼけた) 。

そして……皆が口を揃えて「召喚術」と呼ぶ、己に宿った謎のチカラのこと。

「出会って半日の僕に打ち明けていい話だったのか?」
「かまわないぜ。秘密にしてるわけじゃない」
「特に異世界から来たってくだりは……いや、とにかく事情はおおよそ掴めた。召喚師でないのも分かった」

ハヤトは安堵の表情を見せたが、「けど」と少年は続ける。

「リプシーを喚んだアレは召喚術だ」
「でも俺には召喚術なんてさっぱりなんだ。俺の世界では、魔法は本やゲーム……空想の中の技術さ」
「う~む、召喚術を『さっぱり』では使えないはず。
しかもアレは僕の知る術と、趣が違い過ぎる。前準備のようにキミが纏っていた魔力の光といい、魔力に物を言わせたかのようなゲートの開き方といい」

万物の根源『マナ』より生じる『魔力』の輝き――それがハヤトを覆っていた光の正体だと、少年には分かっていた。

魔力は万能エネルギーで、身体能力の強化などお手の物。戦いのさなかバノッサを吹っ飛ばした攻撃も、長剣に宿した魔力を衝撃波にして打ち出したものだろう。

「…… (問題はあの時感じた魔力の量が、ニンゲン離れしていたことだ。そして仮に魔力があっても、ノウハウがなければ術は成立しない。
ハヤトの言葉にウソがないなら『魔力』『知識』のどちらか、あるいは両方をハヤトに与える要因があるってことか)」

……などとヒトリで考えているから、少年はウソのない期待の眼差しに気づかなかった。

「タベルナって、術に詳しいのか!?」
「あ」

ハヤトに詰め寄られ、慌てた少年は視線を泳がせる。召喚術に詳しいどころか、少年は召喚師である。

「いや僕も、(人生という名の)旅して長いから。召喚師の知り合いに、術についてかる~く教えてもらったもんさ、はは」
「ひょっとして俺が還る方法とか何か……」
「それは、オホン。僕の知識なんて、キミらよりちょっと詳しい程度。申し訳ないが僕には、キミを元の世界に還すのは無理だ」
「……そっか」

ハヤトは残念そうに顔を伏せ、少年も困り顔になる。

少年はハヤトのような『良い奴』が好きで、そんなヒトが困っているのはイヤなのだ。遠い昔に困らせた誰かを思い出すから、かも。

「あ、方法があるとすれば」

立場と任務があるので、少年が召喚術について語るのはマズイのだが……少年は語ることにした。「相変らずアマイ」と頭の中で呟いた悪魔に、少年は「恩を売っておくのも悪くない」とあいまいに返した。

「近道は召喚した奴を探すこと。召喚された者を送還できるのは、召喚した術者くらいのもんだ。それに僕より術者の方が聡明だろう」
「俺を召喚したヒト達は死んでたんだぜ?」
「全員が死んだとも限らない」

生存者はいる、と踏んでいる少年。根拠もあるが、その入手経路が「召喚した友達が目撃した」なので話せない。

「とにかく術者だよ。召喚術はキホン術者主導、術者の都合最優先だから」
「そうなのか? 俺の時はリプシーから語りかけて来た」
「それはハヤトの方がオカシイんだよ。
世の召喚術をカンタンに説明すれば……相手に首輪つけて引っ張ってきて『元の世界に還してほしいか? 苦痛に悶えたくないだろう? だったら働け』って脅迫するのが召喚術だから」
「相手を奴隷にするってことじゃないか!」
「あくまで極端な場合の話さ。そうじゃない……契約とか信頼で結ばれた関係も、うん、一応」

煮え切らない言葉を吐いて、少年は続ける。

「でも異世界出身(よそもの)ってだけで『召喚獣』という名で一括りにされるし、『下等な奴』とかレッテル張りする奴もいる」
「俺、リィンバウムのこと分からないけど。それ絶対、変だよ」
「だよな、ニンゲンとか霊とか機械も召喚されるのに『召喚"獣"』なんてなあ」
「そこじゃなくて! 俺自身がそうだからなのか、リプシーに助けられたからなのか、召喚獣を無理やり従わせたり下に見るなんて、俺はイヤだってこと」

そう告げるハヤトの目には、理不尽に抗おうとする意思の光が宿っていた。まだ芽生えたてで、弱々しい光ではあったが。

少年もそれに気付いたが、なぜ気付けたかは分からない。かつて同じような目をした誰かに会ったからかもしれないが、頭が痛くなったので少年は思い出すのを諦めた。

「立派な考えだと思うよ。かの『エルゴの王』と同じだ」
「え……えるごの、おう?」
「大昔にリィンバウムを統一した英雄さ。王は異世界の者と心を通わせ、信頼でもって召喚術を行使したらしい。ハヤトとかぶるな」
「は、はは」

英雄と同一視されて照れているのだろう、ハヤトは歯切れ悪く笑う。

「話がそれたな。要するに『元の世界に還るまで気を付けて』ってことだ。さっきも言ったけどこの世界、キミみたいなのには住みにくいから」
「誰でも異郷の地では住みづらいと思うぜ?」
「そりゃあそうだ。けど少なくても『ニッポン』とやらよりは色々厄介だぞ。召喚術で発展もしてるけど、腐敗も同時進行している。例を挙げていくと……

その1、『夢は世界征服!』を地で行く悪の召喚師連合がある。

その2、大昔のニンゲンのポカで異世界から総スカンされている。

その3、解き放てば世界が滅ぶレベルの遺跡が少なからずある。

その4、異世界出身者や混血の扱いはぞんざい。

あと召喚術は関係ないが、くっそ汚い暗殺者とそれを束ねる組織は個人的に許せん!

……かつて王はリィンバウムを『理想郷』と称したけれど、あれはウソだな」
「自分の世界にそこまで言っちゃうんだ」

呆れを通り越してハヤトは同情してしまうが、少年はあっけらかんと続ける。

「でも僕は、この世界が好きなんだ。理想郷だろうが、あるいは牢獄だろうが関係ない。耕しがいのある豊かな自然が広がっているし、旨いメシもある。
それに召喚術も。イタズラの師匠・大切な相棒・恩獣。友達・頼もしい相棒。……あと色々、そしてハヤトも。召喚術がなかったら、出会えなかったモノが一杯だ」

指で首元をなぞった少年は、ハヤトに向き合う。

「来訪者には悪い所だけじゃあなく、この世界の良さをわかってほしい。だから事情が事情なハヤトに、誰も言わないだろうことを、あえて言うよ」

曇りない満面の笑みと共に、少年はこう言った。

「リィンバウムへようこそ!」



~~~~~~~~~~



ハヤト視点とか会話パートがすごく疲れた。

でも『サモンナイト』の主人公はハヤトなので、最初くらいはハヤト視点で書きたかった。

次は番外編。ギャグ、キャラ崩壊注意。



[19511] 番外編 エルゴの王とゆかいな仲間たち 2015/4/21投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:17fb9ebd
Date: 2015/04/21 00:27
※注意:初めに※

・『サモンナイト』開始の1年以上前、新堂くん視点、ニッポンが舞台のお話です。
・キャラ崩壊注意。『サモンナイト』の主人公ズが出ますが、樋口さんに顕著です。
・『サモンナイトU:X』のネタバレがあります。
・ギャグのつもりで書いたのにシリアスが多い。
・『サモンナイト』シリーズ、本小説のストーリーと、設定が異なる部分があります。

それでもよろしいという方はお読みください。



~~~~~~~~~~



「おーうキャプテン、対外試合のスタメン決めたか?」
「はい監督、大体いつものメンツで……あと1年の『新堂』を入れたいんスがね」
「新堂、新堂なあ」
「そうッス! 一通りそつなくいけますし、あのドリブルのスピードといったら……」
「あーいや、新堂は今回やめとけ。新堂は、ホラ『アレ』だろ?」
「確かに『アレ』ッスけど……それだけでスタメン落ちってありえないッスよ!」
「ワシだってそう思う。
しかし『新堂の対外活動は自粛すべき』っちゅう意見が教員の中であってなあ。今、賛成派と否定派で真っ二つだ……そんな時に試合に出してみろ、対立が激化して厄介になる」
「ええ~……」
「あいつのためでもある。それに教員全員、真剣に新堂のこと考えちょるのは事実なんだ。まあ空騒ぎも今年の大会までだろうさ。だからそれまで」



「くっ」

思わず隠れた体育館扉の影。そこでバスケ部キャプテンと監督の話を盗み聞きしていたが、それ以上は聴けなかった。

これから部活が始まるのに、俺は学校――那岐宮中央高校を後にする。もしキャプテンが「今回は監督の言うとおりにするッス」などと言い、それを聞いてしまったら。きっと俺はもう彼を直視できなくなってしまう。

「何で、何でだ」

呟くが、原因が俺にあるのは分かっている。しかし俺自身が悪いわけでもない、というのがこの問題のややこしい所だ。



校門から飛び出して、逃げるようにガムシャラに走った。視界の端を、公園やら電波塔やらが通り過ぎ……路上に掲示板が見えたあたりで、俺はようやく我に返った。家とは真逆の方向に来てしまったようだ。

「どうしたらいいのかな」

立ち止まって、深々ため息を吐く。

高校に通いはじめて、もうすぐ2ヶ月。そろそろ新生活にも馴染みそうなものだが、まだまだ俺は馴染めそうもない。

監督やキャプテンの言う『アレ』……物心ついてからずっと付き纏う『悩み』が、俺の心に影を落としている。さらに俺自身が多感な時期に突入した上に、進学で良き理解者達(要するに友達)も散り散りになったから、今まで以上に悩まされた。

そろそろ限界が近づいていた。『悩むくらいならまず行動』が取り得だけど、コレばっかりは行動でどうにもできない。

「相談相手でもいればな」

一番身近な候補は、やはり両親。……だがこの問題は親にだけは相談できない、というか相談するだけ無駄だ。

監督達の話を聴いたから、先生達に相談するのはイヤだ。部活の仲間・先輩、クラスメートに友達……に相談するのも違う気がする。

「……ん?」

ふと、路上の掲示板が目に留まる。その掲示板には、市内のイベント・企画を告知するポスターがいくつも貼られている。

『異文化交流の花を咲かせよう! 文化ホールにて』『バザーのお知らせ』などと書かれたポスター達の中の1つに、興味を引く記述があった。

「『現役の心療内科医・小児科医・内科医に悩みを打ち明けてみませんか? 少年少女の悩
み相談所/無料・5月末日まで』……つまり今日まで、か」

場所は『那岐宮市立病院』とある。急げば、受付終了までに到着できそうだ。俺は藁にも縋る思いで駆け出した。



~~~~~



「新堂さん?」

やっと到着した病院エントランスには、同級生で友人の『樋口』がいた。彼女は黒髪ロングで、ほんわかそうな図書委員の少女。

学校帰りのはずだが、彼女はなぜか私服だった。おまけに帽子&ダテ眼鏡といった、まるで変装のような装備。だから話しかけられるまで、彼女とは気付かなかった。

「え、なんで?」

俺の疑念に、彼女は『少年少女の悩み相談所はコチラ』と書かれた案内板を指差した。

「私は拒否したんですが、担任に勧められてしょうがなく。新堂さんこそ部活動はいいんですか?」
「あ……っと、ココに来たことで察してくれ」

俺と彼女は高校入学からの――要するに2カ月程度の付き合い。バスケ部でバリバリ体育会系の俺と、図書委員でおっとり文化系の樋口では、接点がないと思うだろう。

なぜ俺達が友人になったか、それは俺達が『同じ悩みを抱える』同志だから。皮肉にも、その忌々しい問題が俺達を引き合わせたのだ。

「樋口はわざわざ着替えてからきたのか?」
「はい、『こんな所』に来ていたなんて、知人には知られたくないですから」
「……(ホンモノの変装だったのか)」

同志とはいえ、悩みより生じた心の闇は樋口の方が大きくて深い。

友人の俺だから知っている。

パッと見すると温和な女生徒……だが、樋口のそれは外装だ。それに隠された彼女の本心は、邪念に囚われている。ときたま言葉の中に滲み出る悪意が、その証拠。愛読書も『復讐』『完全犯罪』をテーマとした本だし。

――世界なんて滅んじゃえば……あ、もちろんジョークです。

かつてそんなセリフを彼女がこぼした時、俺の全身から汗が噴出して止まらなくなったのは忘れられない。

「さあ早急に終わらせましょうか」
「あ、ああ」



案内板の通り院内を歩くと、すぐ『悩み相談所』は見つかった。相談所は、隣あう空き部屋を貸し切って開かれているようで。

『相談所入口』という紙が貼られたドアを、俺達はそそくさ開ける。

「いらっしゃい。あらカップルかしら?」
「違います」
「……(真顔で即答なのか)」

入場するとすぐに、俺達の前にオバチャン看護師が立ちふさがった。この看護師――『梅』と印字された名札を胸につけた彼女が、相談所の受付なのだろう。

……年齢もわからない年配の女性に「オバチャン」は失礼かも、と思った。だが彼女にはパンチパーマにデリカシーの欠如など、オバチャンを連想させる要素が多分にあったから、つい。

「こっちの部屋は受付と待合室よ。隣の部屋で先生が1人づつ問診しますので、呼ばれるまでココで待機してね」
「はい」
「じゃあ、この問診票に氏名・年齢・生年月日、電話番号とか相談したい内容なんかを書いてちょうだい」
「……え」
「電話番号や相談内容のトコは空白でもOKよ。お医者様以外には知られたくないって子もいるのよね」

重要なのはそこじゃないんだよな。

俺の気も知らず、オバチャン看護師は問診票を挟んだクリップボードを、鉛筆とセットで俺に押し付けてきた。もちろん樋口にも。

「……」
「とにかく待ってようぜ」

すでに心おだやかじゃない樋口を、部屋の中へと誘う。

そこそこ広い待合室には、パイプイスが北向き4行5列で並べられていた。あとは隣に通じてる奥のドア、カーテンが掛かった窓くらい。それ以外の物はない。

つまり、完全に待つためだけの待合室だ……いや、それで正しいんだけど。せめて他人から姿を隠す、仕切りみたいなものは欲しかった。他人の視線が気になる御年頃なので。

とにかく2人で最後列のイスに座り、周囲を見渡す。

俺達の悩みは、ふとした拍子にポロっとバレてしまう上に、バレると恥ずかしい類の悩みなんだ。だから悩みがバレやすい場所では、常に周囲を警戒している。……悲しい習慣だ。

待合室には3人の先客がいた。『少年少女の』というだけあって、みんな制服姿の学生だ。

制服からして1人は中学生の男子。後の2人は、北町の私立高校の男子と女子だろうか。今は受付終了間際だから、これ以上誰も来ないのを祈る。

中学生の彼は、パイプイスの群れの端っこに座って、ヘッドホンで音楽かナニカを聴いている。つまり耳が塞がっているから、誰かがマズイことを言っても聞こえないだろう。

問題は、イスの群れの最前列に並んで座っている、私立高校の男女だ。

もし、あの2人に俺達の悩みがバレてしまったら。あまつさえソレを、彼らが高校で広めてしまったら……最悪だ。想像しただけで鳥肌が立つ。

「手が止まってますよ新堂さん?」
「!」

想像に殺されそうになっていたが、我に返る。

そうだ、部活を無断欠席してまでココに来たのは、何のためだ? 積年の悩みを乗り越えるためだ! なのに相談前に疑心暗鬼になってどうする。彼らだって悩める少年少女なんだから、気にしすぎるのも失礼だ。

待合室への不満を言ったってどうにもならないし、悩みやら何やらは医者の先生にぶちまけるべきだ、うん。

それに「もし俺の悩みが待合室でバレたら」って考えてばかりだが、看護師や医者の先生を信頼しないでどうする。

彼・彼女はプロなんだ。問診票を見て察して、配慮もしてくれるだろう。うっかり漏らすなんてことはしないはずさ。

そう結論づけるなり、問診票を埋めていく。年齢と生年月日を書いて、電話番号はケータイのにして。『1日に何時間テレビを見ますか』みたいな選択肢にも、適当に答えていく。

相談内容は書かないことにして……最後、1番書きたくない欄を埋めていく。

「書き終わったかしら?」

最後の1文字を書いた時、ちょうどオバチャン看護師がやってきた。

「看護師さんこれを……っ」

問診票と鉛筆を差し出したとたん、俺の背を悪寒が駆けた。「このままでは取り返しのつかない事態になる」という予兆めいた警告を、第六感が発している。

俺の悩みが明るみに出る時、決まってこんな感じになる。

あわてて引っ込めようとするが遅かった。問診票が俺の手を離れて、オバチャンの手に。

「え~っと……」
「あ、やめ」

彼女は問診表をしげしげと確認して、口を開いた。










「『新堂 エルゴの王』くん?」

ボキリ、と何かが折れる音がした。たぶん、俺の心がへし折れる音だ。目の前が真っ白になった。しかし周囲の視線は、ひしひしと肌で感じた。

「これニックネーム? ダメよテキトーに書いちゃ」
「いや、それがほ、本名です」

頬が熱くなるのを感じながら、震える手で胸ポケットから生徒手帳を出した。

そして表紙をめくって、オバチャン看護師につきつける。開かれたページには俺の顔写真と共に、『氏名:新堂 エルゴの王』が記載されている。

「あ、そうなの」

彼女が申し訳なさそうに言うが、それに対してリアクションする気も起きない。



この『エルゴの王』という狂った名前が俺の悩み。

俺は「それニッポン人としておかしくね?」という名前を、親から与えられた子ども。巷で蔓延しているらしい『ドッカンネーム』だか『ピカピカネーム』だかといった問題の被害者だ。

この件について親に……

「なんで誰かに相談して決めなかったんだ」
「『~の王』なんて名前負け確実100%な言葉を、子どもの名前につけるな!」
「『エルゴ』ってそもそも何だよ!?」
「『もし子供の名前がエルゴのナニガシだったら』とか、手前ェらは考えなかったのかコラァ!」

……など、言いたい事は山ほどあるが、家で不満を言ったりはしない。言うだけムダだと知っている。

「どうして俺の名前はこんななの?」という問いに「タイトルロゴが緑だったから」という意味不明な返答をする親だ。議論が実を結ばないのは目にみえている。おまけに親は、俺の名前をいたく気に入っているので手に負えない。

そんな状況ながら、小・中学の時の俺は本当によくやったと思う。キツくなかったと言ったらウソになるが……何とか騙し騙しやっていけたんだから。9年かけて友達もたくさんつくれた。

しかし言ったように、高校はわけが違ったわけで。

今なら俺を対外活動に出すべきではない、と言った先生の意図が分かる気がする。

バスケの試合中、観客や対戦相手に「アイツ『エルゴの王』って名前なの?」と奇異の目で見られながら、まともなプレーができるだろうか、平静を保って心を護ることができるだろうか? ズバリ!できるわけがないッ!

たった3人ばかしに見られているのにも耐え難いのにぃぃぃっ! 心労を和らげるためワザワザ来たのに。そういう目的のための相談所なのに。なんで余計な心労と羞恥心を上乗せされなきゃいけないんだ!



「そっちの子は書き終わったかしら?」
「いいえ。書くのが遅くって」

微笑する樋口に「ウソつけ!」と言ってやりたかった。いつか勉強を教わった時に、F1ばりのスピードで授業ノートの清書してたじゃないか!? オバチャン看護師の口が軽いと分かって書くの止めただけだよ、この友人は!

樋口は佇んでいるオバチャン看護師に、笑ってない目で「あっちいけ」と訴えている。しかし相手が鈍感なのか効果はない。

オバチャン看護師が動いたのは、奥のドアが開いて医者の先生が顔を出してからだった。

「梅さん。ちょっと」

医者の先生に従うまま、オバチャン看護師がパタパタ歩いて遠ざかる。

「は~いはい何ですか」
「そろそろ時間だろう。すこし早いがドアの所に掲示を頼むよ」
「わかりました。……あれ、『本日は終了しました』の張り紙はどこでしたっけ?」
「む、私がこちらの部屋に持って行ったかもしれない」
「も~深崎先生ってばおっちょこちょいなんですから」

医者の先生とオバチャン看護師がドアの向こうに消えた。待合室に残ったのは、実にビミョ~な空気に包まれた面々と、表情の消えた樋口だけ。

「帰りましょう」
「え」

そう言った樋口の右手から、折れて2本になった鉛筆がこぼれ落ちる。立腹のあまり、手にチカラを込めすぎたのだろう。

俺だって、配慮に欠けたあの看護師は許せない。今すぐココから逃げ出したいとも思っている。

「確かに樋口は帰った方がいい。……けどさ、俺がここで帰ったら、なんか負けな気がする」

ココは勝負の場でないから「負け」ってのはオカシイか。だけど、バラされ損にだけはしたくなかった。

意地でも医者の先生に悩みをぶちまけて、『エルゴの王』とかいうよくわからん名前を克服する。そうしなければ絶対後悔する。

「だから俺は残……」
「少しいいかい」

声の方向に顔を向けると、私立高校男子がそこに立っていた。彼を初めて正面から見たが、大人びた顔だちにクールな目つきをしている。童顔な俺にとっては羨ましい。髪は黒のショートで、ちょっとだけ長い前髪を中分けにしている。

彼の隣に座っていた女子も一緒にいた。ミディアムショートの茶髪で、ボーイッシュな印象をうける少女だ。

「何の用だよ」

ぶっきらぼうに俺はたずねた。俺の名前がバラされた以上、それを知った奴らはみんな敵……とまではいかないが、『知りすぎた者』にはどうしても身構えてしまう。

「新堂くん、でいいのかな。君に3つだけ伝えたい。
1つ、『深崎』という医師は僕の父なんだ。まさかココにいるとは僕も思ってなかった」

自慢話か!?

「次は……うん。コレを見てくれれば分かると思う」

彼が胸ポケットからカード状の物を1枚取り出し、俺に差し出した。俺はカードを受け取って、覗き込んでくる樋口と一緒に内容を改める。

「学生証ですね」
「……あ」

気付いてしまった。

名前の欄に『深崎 さぶしなりを』とある。

さぶナニガシ……とはゲームでいう『サブシナリオ』のことか? しかしなんで平仮名? なんで『お』じゃなく『を』? なんで『メイン』じゃなく『サブ』なんだ!?

まあ、どっちみちニッポン人の名前としてふさわしくないんだけど。

「みんなからは『さぶちゃん』と呼ばれているよ」

言いながら見せた彼の笑顔は、いっそのこと「深崎スマイル」と呼称してもいいくらい特別爽やかだった。同時に漂う哀愁もあいまって、彼への不信感が吹っ飛んで、親しみすら感じはじめていた。

「俺のことは新堂でいいよ、俺も深崎って呼ぶ」
「ありがとう」
「深崎も、もしかして後ろの子も、名前のアレでココに?」
「ああ、けど帰るよ。相談相手が父だったから」

苦虫を噛み潰したような顔をして、深崎は伝えたいことの最後を告げる。

「父が考えたんだ……僕の名前」
「よし、みんなで一緒に帰ろうぜ」



~~~~~



「あら、4人足りない」

貼り紙を小脇に抱えた梅看護師が待合室へ戻る。しかし待合室にはもう、たったの1人しかいない。

その最後の1人はヘッドホンを外しながら、当惑している梅看護師に状況説明をする。

「他の人達、帰っちゃいましたけど」
「え、そうなの? 勝手に出てくなんて困った子達。……まあいいわ、アナタは次だから、ちゃあんと待っててね」
「はい」

貼り紙をしにいった梅看護師の背を見送りながら、ヘッドホンの彼は呟く。

「ああいう名前の人ってホントにいるんだ」

彼のヘッドホンは微小なケルト音楽を流すだけなので、待合室での会話はほとんど聞こえていたのである。

「お待たせ。それじゃあ望月くん奥の部屋へ」

ちなみに彼の悩みは「叔父との心の距離」である。



~~~~~



病院を抜け出した俺達4人は、こぞってファミレスに入店した。直後に俺のサイフの中身がピンチなのを思い出したが、わずかな所持金より、変な名前(と俺自身で言うのも悲しいが)を持つ4人が出会った奇跡を大切にしたかった。

深崎の連れの彼女は、『橋本 バンプレ石』というらしい。もはや意味すらわからない名前だ。

バレー部所属で、趣味は石集めらしいが「名前がアレだから石が好きなんじゃないよ!? あたしが好きだから好きなの!」らしい。……卵が先か鶏が先か、それは誰にもわからない。

樋口は頑なに「私はただの樋口です」と言ってばかり。けど彼女の気持ちもわかる。

なにせ彼女のフルネームは『樋口 まおう!』だから。魔王なんて……女性につけられていい名前じゃない。

念のため言うと、強調したいから『!』が入ってるわけじゃない。記号を含む4文字が、樋口の名前だ。『!』は某ヒーローの中の人の芸名についた『、』みたいなものなんだろう。

「あたし昔からいっつも、名前でからかわれてさー」
「わかります、私もしょっちゅう男子にイジワルされて。それで私がムキになって追いかけてケチョンケチョンにすると『やっぱり逃げられないのか』なんて捨て台詞を吐くんですよ」
「……? でも気を使われても、その気使いが申し訳ないっていうか、居心地悪くなっちゃうんだよね」
「確かに。俺も今日監督とキャプテンが色々言っててさ……居た堪れなくなって逃げちゃったんだよな。ああ、明日どうしよう」

自己紹介も終わって、自然と愚痴をこぼし合う流れになった。

「奇抜な名前だけど、良いこともあった。インパクトはあるからね、知らない人と話すきっかけに僕は使ってる」
「では深崎さんは、名前がアレでもかまわないと?」
「そんなわけないさ」

深崎は乾いた笑みを浮かべている。

「名付けた父を恨んだこともある。だけど家では、命名以外では本当に人格者なんだ」
「俺の親もそうだぜ、だから恨みきれない」
「あたしン家も」
「?」

話題は尽きない。俺達はいつまでもいつまでも、長居しすぎて店員に睨まれようとも話を続けた。携帯の番号やメアドを気付いたら交換していたくらいに、俺達は仲良くなっていた。

……そして。

「もし俺達が普通の名前だったら、どうなってたかな」
「それは、僕も心の奥でいつも思っている」
「考えるだけ空しいのは分かってるんですけどね。少なくてもこの4人が出会うことは無いんでしょうか」
「そだね。あたしと深崎くんはともかく、新堂くん達は違う高校だもん。
……ねえ、みんなは『こんな名前が良かった』っていうのない? あたしはとっておきのがあるんだ」
「僕にもあるよ」
「私も」
「え」

盲点だった。

いつも「こんな名前イヤだイヤだ」と愚痴っていたが、俺は今まで、理想の名前なんて考えもしなかった。悩みやイヤな思いは運動で発散してたから、そこにまで思考が到達しなかったのか?

「新堂さんには無いみたいですから、私達で考えちゃいましょうか」
「えっ」
「あたし賛成。やっぱ男の子はさー、いさましい感じがいいんじゃない?」
「えっえっ」
「そうだな……新堂は走りに自信あるみたいだから、軽快に響く言葉がいいかな」

目の前で3人の会議はトントン拍子に進み。

「んじゃ、ソレで決定ね」
「私達の間ではその名前と、私達自身が決めた名前で呼び合うことにしましょう」
「ああ。そういうわけだ新堂。たった今から君は……」



***



「俺は……『ハヤト』。『新堂勇人』だよ」

俺は決意を込めて、謎の少年タベルナに言った。召喚初日も、ガゼルに名前を聞かれてとっさに『ハヤト』と名乗った。みんな今頃どうしてるのかな。

召喚されて良かった、と思う数少ない事例の1つが名前だ。何かと本名が必要となるニッポンと違い、この世界では本名を名乗らなくていい。それどころか俺の本名なぞ誰も知らない、知るはずがないんだ!

「リィンバウムでは『新堂勇人』で通していいんだ」と思うと、ココが『楽園』というのもあながちウソじゃない気がしてくるから不思議だ。



フラットアジトの屋根の上で話していて、ニッポンに還れる望みが薄いと知って、ほんのちょっぴり安堵した俺がいた。

異世界は過酷なのも、いくつもの幸運と温もりが俺を生かしていることも理解している。だけどせっかく手に入れた奇跡、みんなが名付けた『ハヤト』という名を堂々言える機会なんだ。手放すのが惜しい。

そんな親不孝、友達不孝なことを考えていたからだろうか。

「ハヤトは立派だな。かの『エルゴの王』と同じ考えだ」
「え……えるごの、おう?」

不意打ち同然に本名を口にされて、頭が真っ白になった。

「大昔の英雄さ。既婚者なのに幼馴染に手を出した……」

タベルナがなにか言ってるが頭に入らない。思考をリブートするまで、歯切れ悪く笑っておく。



どうやらこの世界でも、あの名前から逃れられないみたいだ。





番外編:(新堂)エルゴの王とゆかいな(名前の)仲間たち

おわり

~~~~~~~~~~



・本小説のストーリーと設定が異なる部分があります。

大事なことなので。深崎医師の勤務先とか、わからない所は想像

感想返しで意味深な(わけのわからない)こと書いてましたけど、このネタがやりたかったんです。

元ネタはPS版サモンナイトの裏ワザ。コマンド入力後、特定の名前でスタートすると恩恵がある、という奴です。



キャラ概要

・新堂 エルゴの王:エルゴの王→最初からほぼ全ての召喚術が使える

未来のサイジェントの勇者様。大体話の通り。人と動物、果ては機械にまで信頼される『たらし体質』なのを本人は知らない。

そう遠くない未来……『再誕』したヤング大幹部やその主に「お前が『エルゴの王』の後継とかないわー」と言われマジギレする宿命。

・深崎 さぶしなりを:さぶしなりを→無条件でサブシナリオ発動

交友関係の鬼。名前すらネタにする話術と、さわやか『深崎スマイル』でどんな心の壁をも粉砕するナイスガイ。渋いあだ名と外見のギャップがうけて、女子には恐ろしく大人気である。

・橋本 バンプレ石:バンプレ石→各種サモナイト石30個所持

パワーストーンからその辺の石ころまで、『石』と付けば大体何でも好き。一押しの漢字は『磊』。当人は「嗜好と名前は別」と言ってはばからないが、どう考えても……。

・樋口 まおう!:まおう!→魔王EDまっしぐら

ガチ魔王になりかけた子に恋すれば、きっとキレイなまおう!になれる。



[19511] 第5話 その銘を知る者 その① 2015/5/15投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:34884a85
Date: 2015/05/15 01:08
オプテュス戦の翌日、そろそろ昼食が恋しくなる頃。

ニッポンの高校生『ハヤト』は、サイジェント北西を流れる川を目指していた。彼はリプレが仕立てたリィンバウム衣服を纏い、手にはカゴを持っている。

なぜハヤトが川へ向かうのか、それはスラムチーム・フラットの屋台骨『リプレ』にお使いを頼まれたからである。



***



時はわずかに遡る。

「なあ、タベルナは?」

アジトの台所にいたリプレに、ハヤトは問う。彼は午前中ずっとアジトをウロウロしたが、昨夜ここに泊まったはずの旅人(自己申告)『タベルナ』だけは見つけらなかった。

「タベルナならアルク川に行くって、朝一番に出かけたよ。倉庫にあった釣竿も一緒に」
「そうなのか……リプレって、タベルナには敬語で『さん』付けじゃなかったっけ?」
「『同い年くらいだからフランクに』らしいよ」
「へえ」

ちなみにリプレは17歳、ハヤトとも同い年である。

「そうだ1つ頼まれてくれない?」
「ん?」
「タベルナにお昼ごはんを持ってって欲しいの。『昼はサカナを釣って鉄板焼きにでもするさ』とは言ってたけど、お魚だけだとさびしいでしょ」
「いいぜ、俺も出かけようと思ってたから。俺の分も頼むよ、一緒に食べる」
「はーい」

リプレはエプロンの帯をきゅっと背中で締めなおし、作業に取り掛かる。

取り出されたのは一斤のパン(自家製)と、野菜やらビン詰めジャム。メニューはサンドイッチだろう。

「ケッ、あんなよくわからん奴のメシなんか心配するなっての」

パンを端っこから切り分けていくリプレに、たまたま通りすがったフラットリーダー『ガゼル』がぼやく。ただでさえ貧しいフラットに、他人の食に回す金なんてないのだ、と言っている。

「ガゼルぅ、そんな言い方失礼でしょ? これからしばらく、タベルナとも一緒に暮らすんだから」
「はあ!? 聴いてねえぞ!」
「そうなんだ。私とレイド、エドスには話してたけど……アンタ起きるのが遅かったから、」
「後回しにされたって? なんだそりゃ」
「……(ガゼルに話すと十中八九こじれるから、外堀からうめにかかったのかな)」
「私達のせいでタベルナもオプテュスと敵対しちゃったし、『宿泊費です』ってお金も貰っちゃったんだから。文句言わない!」
「へーへー」

そうこう言っている間に、リプレは美味しそうなサンドイッチを4つ完成させていた。そしてサンドイッチはキレイな紙でクルクル包装、カゴに入れられハヤトに託された。

「ついでにお魚を釣ってきてくれると嬉しいな」
「じゃあいってきます」

なにげなく「いってきます」と言える仲間がいるっていいな、とハヤトは思った。



***



移動していたら困ったが、タベルナはちゃんとアルク川にいた。例によって土色の作業服、たくさんポーチが付いたベルトを腰に巻き、黒い石のぶら下がったネックレスをしている。

タベルナは川辺に座って釣り糸を垂れていたが、ややあってハヤトに気付き手を振る。左手首にはめた腕輪が、日光を反射して鈍く光った。

「やあハヤト……襟にファーのついたコート、リプレが仕立ててた服か。これでキミもリィンバウム人の仲間入りだ」
「ありがと。そっちの釣果は?」
「全然」

タベルナは視線を川に戻しながら、隣に置いた金属バケツ(魚を入れる用だろう)を指差した。

にゃーん。

馴染み深い鳴き声がして、バケツから小動物が顔をだす。縦に割れた瞳孔を持った大きな目が、ハヤトをじいっと見つめる。

「……(ネコだ。おこぼれにあずかろうと寄ってきたのか? でもバケツの中で遊んでるくらいだから、1匹もつれてないんだな)」

ハヤトはネコ好きだった。

別にイヌやトリとかも嫌いじゃないが……撫でがいのある毛並みにピョインと跳ねたヒゲ、そしてツンとすました態度が大好きだった。『ネコのしぐさをレポートする』なんてバイトがあったら、真っ先に応募して一日中没頭する自信があった。

「よーし」

ハヤトはサンドイッチのカゴを置いて、ゆっくりバケツに接近していく。温厚なネコのようでハヤトが近づいても逃げず、むしろ「かまって」と言うかのように、肉球のカワイイ前足を突き出してくる。

「よしよし、イイ仔だ」

バケツの傍まで来たハヤトは、両手をネコの前足の下に差し込んで抱えあげる。

ざばあ。

「!?」
「にゃあ」

水を滴らせてたネコの下半身は……魚だった。ネコにあるべき後足も尻尾も無く、かわりに立派な尾ひれがピチピチしている。

「3時間粘ってニャン魚1匹なんて、あんまりだ」
「ニャン魚!?」
「ああ、ニッポンには生息してないのか」
「そもそも俺の世界に存在しないよ!?」
「ならば説明しよう……生態は、ネコとサカナをごちゃ混ぜにした感じ。特徴は生命としてのタフさ、かな。水中・陸地で呼吸可能、淡水・海水を問わず生きていける。
半獣半魚という種がなぜ誕生したのか? 有力な説によると、メイトルパの古き妖精の誕生にも見られる『魂の共鳴』によって、ネコとサカナの間に生まれた仔だとかなんとか。
でも僕としては『ニャン魚』という種がはじめにあって、より陸地に適応するよう進化したのが『ネコ』、より水中に適応するよう進化したのが『サカナ』じゃないかと思うんだ。そこのところ、ハヤトはどう思う?」
「う、うん。(どうでも)いいんじゃないかな」

ニッポンの常識からすれば「奇抜」なリィンバウムの生態系に、ハヤトは狼狽ぜざるをえない。

「せっかくの異世界の珍味、どうだ1口?」
「食えるのか!? というか食うのか!?」
「強要はしないよ。無理やり食わされる者の痛ましさは、辛いほど知っている。
まあどっちにしろ僕は食う。まさか『食べるな』なんて下らんこと言わんよね」
「いや、でも」
「食べるために釣りをして、食える魚が釣れたんだ。そりゃあ食うさ」

あっけらかんとタベルナは言う。

「その通り、だけど」
「に゛ゃ~……」
「~~~~~っ!」

大きな目を潤わせて、悲しげに鳴くニャン魚。「ぼく、たべられちゃうの?」と語っている……ように見えるのは、ネコ好きハヤトの罪悪感ゆえか。



ハヤトの脳裏に浮かぶのは、これから起こる惨劇のイメージ。

まな板の上のニャン魚と、その傍らに立つタベルナ。

ニャアニャア鳴く声もタベルナは気にせず、むしろ嬉々とした様子で、手に持つ包丁をニャン魚の首に……。



「ああっ!」
「はっ!?」

我に返ったハヤトは、ニャン魚が空を泳ぐ姿を目撃した。いや、ハヤトがニャン魚を川へと投げ込んだのだ。

やがてポチャンと着水。それでニャン魚は、2度と姿を現さない。

「僕の昼飯が……鉄板焼きが」
「お願いだから、後生だからアイツだけは食べないでやってくれ!」
「後生なんて知ったこっちゃない……今の空腹の方が大事だよ……」

2人は泣いた。互いに全く違う理由だが、涙がとめどなく溢れた。腹の虫も鳴いた。

「ホントごめん! 昼ごはんならリプレのサンドイッチ持って来たし、なんなら俺の分も全部食べていい! 魚もリリースした分俺が釣るから!」
「ニャン魚がダメで、他の魚は食べていい……そんなのおかしいよ」
「う」

恨めしい眼差しのタベルナに、痛い所をつかれてしまった。



それから釣竿を手にしたハヤトは、意外な才能を発揮する。

ものの数分で、1匹目を釣りあげたのである。しかも体長がニャン魚の倍近くある大物だ。

それからも入れ食い状態。タベルナがサンドイッチ2個を食べるより、魚のエサが切れる方が先だった。

「僕の3時間はなんだったんだろう」
「はは……運が良かっただけだよ」
「あるいはニャン魚の加護、かな。どっちみち僕に勝ち目はなかった」

金属バケツに収まらない釣果を見ながら、タベルナはため息をついた。



~~~~~



「買い取りならやってるよ。鮮魚は手に入りにくいからな」

ハヤトとタベルナは、街のとある魚屋へやってきた。

釣れすぎた魚の処理について「食う分と保存する分を持ち帰り、残りは売って金に換えよう。サカナの保存にも労力がいるし、金は必要だ」と進言したのは、他でもないタベルナだ。

「で、売りてえのは?」

タベルナは、金属バケツを店主の男に見せた。バケツの中には、魚が10匹ほど詰まっている。これだけでも釣果の半分くらいで、1番の大物やその他の魚は風呂敷に包んで、ハヤトが持っている。

「商品にならねえモンはタダでも引き取らんぞ。……ちょいと準備があるから、裏口で待ってろ」
「はい!」

タベルナの明朗な声を聞くと、店主は店内へ引っ込む。

「ホントに大丈夫なのか?」

いぶかしむ様子で、ハヤトはたずねた。

「ちゃあんと活き締め処理までしたんだから、売れないと困る」
「……アレはすごかったな」
「昔ちょっと魚屋でアルバイトしていてな。その時に教わったんだ」
「いやそうじゃなくて」

活き締めというのは、魚を即死(あるいは脳死)させた上で血抜きして、魚の鮮度を保つ手法。つまり血がドバドバ出るのである。

釣果がありすぎたので、作業中タベルナの手元とその周囲は大量の血で染まった。嬉々として作業をこなすタベルナとあいまって、「血祭り」と呼んでも遜色ないほど凄惨な光景だった。

「……(あの中にニャン魚がいなくて、ホントに良かった! その上目の前で鉄板焼きになんてされたら俺はもう……って、あれ?)」

疑問が1つ。

「……(鉄板焼きをするには、鉄板が必要だよな)」

しかし鉄板なぞ川にはなかった。当然、鉄板をタベルナが携帯しているわけない(そもそもクソ重い鉄の板を持ち歩く奴はまずいない)。

もちろん、彼の腰に巻かれたポーチ群に入ってるわけはない。魚を包んだ風呂敷や、活け締めに使ったナイフくらいの小物しか入らない大きさだもの。

「なあ、ところで鉄板焼きをどうやって」
「ホラ」
「え」

流れをぶった切るように、タベルナは金属バケツを渡した。

「こっからの交渉はハヤトに任せた」
「ええっ!? 無理だよ、やったことない」
「これくらいできなきゃあ、ココじゃあ生きていけないぞ」

そう言われるとハヤトは弱い。ニッポンの常識が通じないリィンバウムで暮らすのだ、未体験に慣れておく必要はある。いいように使われている気もするが。

それに「フラットのためになる仕事をしたい」とハヤトは思っていた。余分に釣った魚を換金できるようになれば、家計のたしになる。

モットーが「悩むよりもまず行動」だし、ハヤトは決意を固めた。



ちょうどその時。



「おっとっとと……」

タベルナの背後を、ヒトリの少女が通り過ぎようとしていた。それがただの少女なら、ハヤトも気に留めなかったのだが。

少女は大きな荷物を抱えつつも、急いでいるのか小走りしているのだ。大荷物が少女の視界を塞いでいるし、足元も少しおぼつかない様子だったので、ハヤトは見ていてとても危なっかしく思った。

「うわっ、わわわっ!?」

案の定小石にでも躓いたのか、あるいは体の支え方をミスったのか。少女はグラリと体勢を崩す。

持っていた大荷物は放りだされ、彼女そのものは前のめりに倒れこむ。

「あ」

飛んでいく大荷物と、倒れる少女が向かう先には……タベルナが立っている。どっちかは外れそうなものだけど、吸い込まれるかのごとく、両方がタベルナに襲いかかる。

「どいてどいて!」
「……?」

タベルナが振り返るがもう遅い。

「ぶッ!?」

まず顔面に、大荷物がクリーンヒット。ゴチンッ、と硬くて痛そうな音もする。

「きゃあ!」
「お゛う゛ぅッ!?」

そしてトドメとばかりに、少女のタックルめいた一撃が脇腹に突き刺さる! タベルナが踏ん張れるはずもなく。2人はもつれ合うように地面に衝突、そのまま倒れ伏す。大荷物は2人の足元に落ちた。

「……」
「……」
「……」

一瞬の静寂。ハヤトが声をかけるべきだろうが、突然の悲劇に呆ける他なかった。

「いった~……」

沈黙を破り、起きたのは少女。長そうな赤毛をかんざしでまとめていて、首に長いマフラーをはためかせている。

「あ、荷物!?」

彼女はタベルナをまるで無視して、放りとばした大荷物に跳び付いた。

「よかったぁ無事だ。……いそがないとお師匠にしっかられる!」

少女はピョコンと立ち上がろうとするが、直後「ぐえッ」と呻いて尻もちをつく。そうなった理由は、ハヤトの視点から容易にわかった。

うつ伏せたタベルナの手が、少女のムダに長いマフラーの先を掴んで引っ張っていた。

「おい」

ゆらり起きるタベルナは、少女のマフラーを握りしめつつ呟いた。

「ネエチャンのほうから激突しといてさ。シカトは酷いな、オカシイなあ」
「ぐぐぅ……ごめん謝るからマフラー離して! なんか生臭いしっ!」
「……(やばい)」

ハヤトが思い返すのは、タベルナとの初遭遇。タベルナにちょっかいをかけたゴロツキは、哀れオムレツを受け付けない体になった。
 
そう、激昂したタベルナからは「容赦」の2文字が抜け落ちるのだ。少なくともハヤトはそう認識している。

「イッテテテ……タックルされた脇腹スッゲエ痛いわ~、こりゃあ肋骨にヒビ入ってるわ。腕利きのストラ使いか、召喚師に治療してもらわんと」
「何、言ってんの?」
「慰謝料30000バームな」
「はあ!? それって聖王都でしばらく暮らしてける額じゃん!」

タベルナの言動が当たり屋めいてきた。過失があるのは少女だが、これ以上はハヤトも容認できない。

「さすがにやりすぎだ!」
「言うがなあハヤト、落とし前は大事さ」

そうやってハヤトとタベルナが、ちょっとだけ視線をそらした途端……

「あ!?」

少女が消えた。

さっきまで確かにいたのに、今はもう影もかたちもない。彼女の荷物もなくなっている。

タベルナの手に残ったマフラーの切れ端がなかったら、「狐か狸にでも化かされたんだろ」と言われれば納得したかもしれない。

「マフラー切断しやがったな」

言うようにマフラーの切り口は、それが鋭利な刃物の仕業であることを物語っていた。

つまり少女は、あの一瞬の内に刃物を取り出しマフラーを切断、大荷物を抱えてこの場から去ったということになる。しかも己の行動を悟らせないよう音を立てず、気配を殺しながら。

「只者じゃあない、が、あの大荷物だ遠くへは……」
「タベルナどこに行く!?」
「あのアマに報復せねば気がすまん! 執念深さで生きてるからな僕は」
「魚の交渉は!?」
「任せる。なあに、さっきの僕を交渉の手本にすればいい」

「『無慈悲に強気で』がコツだ」と言い残しつつ、タベルナは走り去った。


「いたな、待てゴラアッ!」
「ひいっ!? シツコイなもう!」


「恐喝の手本だよ、あれは」

遠のく少年少女の喧騒を耳にしながら、苦い表情でハヤトはこぼした。

「タベルナも悪い奴じゃない……と思う……思いたいけどなあ」



「ありがとうございました~。今後もぜひ当店をごひいきに」

交渉は終わった。キレイな女性店員の手引きもあって、素人のハヤトもなんとかかんとか できた。

「どうだった?」

意気揚々と裏口から出たハヤトを、タベルナが出迎えた。いつの間に戻ったのだろう。

「なんとかなったよ……1人で心細かったけど」
「う、ごめんなさい反省します」
「そっちは?」
「屋根へ飛び乗られちゃあ、さすがに打つ手なし」
「はは、冗談だよな」

2人は雑談を交わしながら帰路につく。早くしないと、おみやげ用の魚が悪くなってしまう。

「あ、タベルナに伝えることがあったんだ」
「?」
「朝方ガゼルに言われたんだ。街外れの荒野へ、俺が召喚された場所を探しに行こうって」
「元の世界に還る手がかりが見つかるかも、か?」
「うん。それで明日、みんなで出かけるんだけど」
「おお!」
「留守を任せていいかな?」
「………………おお」

露骨にガッカリ声を出すタベルナ。



こうして留守番をするハメになったタベルナは、幸運にもトラブルを回避するであった。

第5話『その銘を知る者』 ―完―










なんて、旨い話があるはずもない。



~~~~~~~~~~



正直すまんかった



[19511] 第5話 その銘を知る者 その② 2015/6/14投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0952713f
Date: 2015/06/14 14:15
「サイジェント南の荒野。行きたかったなあ」

少年『チャーハン・タベルナ』は嘆いていた。

数日前、その荒野で謎の儀式が行われた……というのは、儀式により召喚された『ハヤト』からの情報。

『サイジェント周辺の調査任務』のため、やりたくないのに、少年はその儀式について調査せねばならない。今回に限っては、任務だけが理由じゃあないけれど。

「……(儀式をした者達、ハヤトの未知のパワー、あとはハヤトが元の世界に還る方法とか。荒野を調査すれば、手がかりがあるかもなのに)」

もうすぐ例の儀式跡を見つけに、フラットの男達が出掛ける。それに同行できれば、少年も言う事はなかったのだが……。

「僕だけ留守番、運がないなあ」

――いくらアンタが薄幸だからって、ことごとく運のせいってのは早計じゃない?

少年の頭に響く茶々。少年の相棒・氷魔コバルディア『ディアナ』だ。

ネックレスに下がった魔石『常夜の石』と、ベルトに吊り下げたポーチに入った『サモナイト石』があれば、少年は異界の相棒達と脳内会話できるのだ。

「……(ううむ、それじゃあ『ハヤトの事情に巻き込むのは気が引ける』って感じかな)」

――違ぁう。調査に必要なのは何か? 発見から真実を解き明かす『賢さ』だから、ねぇ。

「……(どうせ僕はバカで学もないよ。あ~あ、『召喚術の知識がある』アピールをすれば、結果は違ったのかな)」

少年は最後に「やらないけど」と呟いて、ほくそ笑む悪魔との会話を打ち切った。

このディアナ、昨日の件で上機嫌である。昨日の裏話になるが、彼女の大笑いが頭に響いたからこそ、少年は気絶からすぐ復活できたのである。少年には迷惑極まりなかったが。

「次のチャンスを待つか……おや」

通りかかった部屋から、言い合う声が聞こえる。

少年の記憶が正しければ、その部屋は『子ども部屋』だ。



フラットのアジトには、3人の子どもが暮らしている。

多方向に尖がった茶髪と、額のバッテン傷が特徴のわんぱく小僧『アルバ』。

緑髪を頭の後ろで1本の三つ編みにしている、勝気な女の子『フィズ』。

ウェーブがかかった短め金髪でフィズの妹、いつもぬいぐるみを抱いている『ラミ』。

何故この子達がこんな所で暮らしているのか、少年は知らない。無理に聞きだすのは無礼だし、他人の身の上に関心があるわけじゃない。



「ハヤトお兄ちゃんのケチッ!」

姦しい声が聞こえ、ややあってハヤトが部屋から飛び出した。

「何かあったのか? 困り顔だ」
「あ、タベルナか。いやフィズがどうも、調査のこと勘違いしてるみたいでさ」
「ふうん。まあ子ども達と留守は任せて、そっちは調査に専念しなよ」
「ああ」
「何か分かったら教えてくれ。僕にも何かチカラになれるかもしれない」

――善人ぶっちゃって、情報が欲しいだけのくせに。

その通りだった。



場所はアジトの庭に移る。

「タベルナ兄ちゃん、遊ぼ! 海賊ごっこ!」
「お、いいな」

留守番中、少年は子ども達の遊び相手になることにした。相手はアルバである。

待機だけでは退屈、しかも懸念されるスラムチーム『オプテュス』襲撃の気配もないのだ。ちょっと気を緩めるくらいはいいだろう。

「じゃあ配役はアルバくんが海賊、僕はザコい帝国軍人だな」
「ちがうよ。兄ちゃんが海賊で、オイラはそれをやっつける騎士!」
「騎士か」

騎士といえば、リィンバウム男子が1度は憧れる職業。そう言う少年はファーマー一筋だったけれど。

「騎士、好きなのか?」
「うん! 大きくなったら騎士になって、リプレママ達をまもるんだ。騎士になるための素振りだってしてるよ」
「(騎士って高貴な家系と、実力とが備わってないとなれないらしいけど)なれるといいな」
「うん」
「よおし、さっそく将来にむけて練習だ」
「おお!」
「僕は海賊だったな……おほん、『わしは、タベルナ一家の船長じゃきに!』」

少年の中の海賊イメージ、訛り言葉とデカイ声。

「『騎士なんぞには負けん。野郎ども、戦争じゃあああ!』」
「あ、リプレママだ」
「に゛ゃ!?」

少年が振り向けば、言うとおりリプレの姿。少年の「ちょっとオーバーかな」ってくらいの熱演も、彼女に目撃されたに違いない。

少年は「後輩に鼻歌を聞かれた時くらい恥ずかしい!」と悶絶した。ちなみに後輩とは、とある見習い召喚師の少女である。

しかし顔を赤らめた少年を意に介さないで、リプレは言う。

「2人ともフィズを見なかった? どこにも姿が見えないの」
「オイラ知らなーい、兄ちゃんは?」
「えあ、僕も。ハヤト達が出掛ける前までは、部屋にいたけ……ど」

『フィズがどうも、調査のこと勘違いしてるみたいでさ』

ハヤトの言葉が、少年の脳裏にフラッシュバックする。どういう勘違いかは不明だが、間違いなくフィズは、ハヤト達に関心を示していた。

「なにか知ってるの!?」
「うあ、確証はないけど……心当たりを見てくるか。留守番を任せることになっちゃうけど」
「私なら大丈夫、それよりフィズを」

食い気味であるリプレに、少年は頷くしかなかった。

「じゃあアルバくん、騎士見習いとして、みんなのことしっかり護るんだぞ」
「まかせて!」

元気な声を受け止めて、少年はポケットから黒い腕輪を取り出した。

「厄介なことになりませんよーに」

祈るが、願いが成就した試しはない。腕輪を左腕に装着しつつ、溜息を吐く少年だった。



~~~~~



サイジェントは堅牢な城壁に覆われた街。……だが城壁の北と南、2箇所が壊れたままになっている。

南スラム住民にとっては、壊れた城壁から街外へ出れるので便利だ。しかし、(文字通り)防衛の要に穴がある現状、サイジェントの平和は大丈夫なのだろうか。崩壊の日は遠くないのかもしれない。

「どうでもいいけど」

壊れた城壁を抜け、大きくない平原を横切ると、荒れた大地が少年の視界いっぱいに映った。

「この荒野が……かつて緑豊かだったなんてなあ」

荒廃の原因は、紡績工場から排出される毒の水――工業汚水だとか。高級品『キルカ糸』のため建設された工場の汚水が川に流され、下流にあった緑はわずかを残し枯れ果てたという。

自然大好き少年にとっては心苦しいが、今はフィズの方が大事。幸か不幸か、荒野には多少の隆起と枯木くらいしかなく、見渡しやすい。

「もしハヤト達を追ったならば……うわあ、いたよ」

はるか遠くに見える、豆粒みたいなハヤトの一団。

彼らから隠れるように、ポツンとあった緑色。フィズの後ろ頭だ。

「まったく」

荒野で迷子になったらどうなるか……それは火を見るよりも明らかなことだ。早く彼女を連れ戻さなければならない。

それに、荒野に点在するイヤ~な気配を少年は感じとっていた。



~~~~~



「おい」
「ひゃあ!」

少年が覚られぬよう距離を詰め、一声かけたらフィズの体は跳ねあがった。

「『無断外出』『男の尻を追いかけ回す』……マセガキめ」
「た、タベルナなんで!?」
「胸に手を当てて考えろ。それと『タベルナさん』だ」
「うう、でもビックリさせることないでしょ!」
「ヒトってのは追われるとな……悪だくみ中なら尚更、逃げたくなる。だから気配を殺して近づいたのだ。
わざと驚かせたとか、面倒に巻き込まれた腹いせでは決してない」

少年は白々しく笑い、フィズに疑惑の目を向けられても笑い続ける。

「はっはっは……とまあ、時間稼ぎ完了だ」
「え!?」
「見ても遅い、ハヤト達は地平線の彼方へ消えた。目標を見失っては帰るしかないな」

イヤミに笑う少年を、フィズは睨みつける。その様子は「悪事がバレて動揺している」という感じではなく……「納得がいかない」といった感じ。

「帰る前に聞いておきたい。何故みんなの後をつけた」
「だって」
「だって?(それなりの勘違いじゃないと怒るぞ)」
「だってお兄ちゃん達、あたしにナイショで楽しいトコに行くんでしょ?」
「……ん?」

少年が首を傾げた。この子は、一体何を行っているのか。

「男ばっかで出かけてさ、しかもママやあたし達を置いてけぼり! 女こどもじゃ行けないトコで、楽しいことするんでしょ!?
みんなばっかりズルイから、あたしもいっしょにいくの!」

フィズが自信満々にまくし立てるので、さすがに少年も頭を抱える。

「子どもの想像力は豊からしいが、ヒデエ勘違いをしたな」
「ウソ!」
「マジだ! 『女子禁制の楽しいトコ』が、な~んにも無い荒野にあると思うか?」
「ある……かもしれないじゃない」
「言い淀んでいるぞ。そもそも、そういう場所は街の特別な場所にしか……あ、何でもない」
「?」
「忘れろ」

睨みをきかせ、フィズの言葉を封殺する少年。フィズも「触れてはいけない」と直感し、無言で頷いた。

「でも、だったらさ。な~んにも無いのに、みんなは何で荒野に来たわけ?」
「そりゃあ、ハヤトのためだ。仲間のためでもないと、フラットはこんな場所には来ないだろうよ」
「ハヤトお兄ちゃんのため?」
「ああ、ハヤトが故郷に還る方法とかを探すのが目的だ」

召喚術の仕組みを知らないフィズには、ピンとこない話だろう。だからと言って少年は説明しないが。

「あ、でも考えてみれば……証拠がない」

少年の知る情報は、ほぼ全てハヤトから得たモノ。少年としてはハヤトを信頼したいモノだが、彼の言葉が正しいという証拠はないのである。

「お前を納得させられる証拠もない。真実はお前の言う通りで、みんなが僕にウソを吐いた可能性もあるか」
「でしょでしょ! だからいっしょに、ホントのこと確かめに……」
「断る。何であろうと連れ帰るのが僕の役目さ」
「え~!?」

露骨にガッカリするフィズに、少年はウンザリする。

「仮にパラダイスが荒野にあっても、どうせ心の底から楽しめない。だから大人しく帰れ」
「え?」
「お前がリプレを心配させたままでも楽しめる、薄情者なら別だがね?」
「!」

珍しく怒気を含めた声で、少年は続ける。

「リプレは『凄い良いヒト』だ。フラットに住んで数日だが、それくらい僕にもわかる。
素性も知れない僕やハヤトを受け入れるほど懐が深く、フラットのみんなから慕われている。お前達に『ママ・母さん』と呼ばれているのも、その証。
家事、特に料理の腕だってハンパない。以前のスープとパン、昨日のサンドイッチ、素朴だけど美味しかったなあ。『おふくろの味』って感じで」

味を思い出しながら、確信を持って少年は言った。『おふくろの味』なんて、捨て子だった少年には想像すらできないはずなのに。でも今はどうでもいい。

「心の豊かさ、信頼、家事スキル……どれも簡単には習得できない。色々な困難を乗り越えたからこそ、今のリプレがあるのだろう。
しかしリプレは、積み重ねた苦労を感じさせないから凄い。彼女くらいの年頃の女性は、庶民でさえもう少し華やかに、楽に暮らすのにさ。まあ彼女は彼女で、今の生活に不満なんてないんだろうがね」
「……」
「そんなリプレが『フィズがいない』って動揺していた、新参の僕に分かるくらい。ゴロツキが攻めてきた時でさえ、彼女は気丈に振る舞っていたのに。
きっとリプレは、ラミちゃんやアルバくん・お前を大切に思ってるんだろう。本当の娘・息子のように愛おしく感じているかも……言わずもがな、だったか」

リプレのことなら少年が語るまでもなく、フィズの方が良く知っているはずだ。少年の推測が正しいかどうかも。

「さて、そんなリプレを……お前を1番大切にしているヒトを心配させたまま、平気な顔して楽しい思いができるか? 僕はそんなことできる奴にはなりたくないし、そんな奴は許せない」
「あ、あたし、は」

嗚咽し、フィズは顔を伏せた。

「迷うのは良い兆候だ。リプレに叱られる前に、いっぱい考えておくんだな」

無言で頷いたフィズに、少年は手を差しのべる。

「さあ帰ろう」
「……うん」



「ちょっと待ってください」

その時、第3者が語りかけてきた。少年とフィズはハッとして、周囲を見渡す。

話しかけられるまで、少年は第3者に気付けなかった。場所が場所でイヤな予感もあったから、アヤシイ気配がないか警戒していたのに。

「こんにちは」

声の方に視線を向ければ、チョイと離れた所に1本の枯木があって、その隣に誰かが立っている。

そいつの年齢はおそらく少年と同世代、緑がかったショートヘア、儚げな顔立ちに細い体躯……少女と見まごう『男』だ。

「何だアンタ」

彼の帯剣に気付き、少年は強い口調で質問した。彼がゴロツキの類ならば、やっかいなことになる。

「初めまして。ボクは『カノン』っていいます」
「え、えっとどうも。タベルナです」

意外! カノンが礼儀正しくおじぎをしたので、少年もペコリと頭を下げる。

「もしかして、あなたが『フラットの新入り2人』の片方ですか?」
「 (僕はフラットではなく居候だが) その認識でいい」
「やっぱり! ……でも、バノッサさんから聴いてた恰好と大分違うなあ」

カノンが零した『バノッサ』という名前に、少年の記憶が反応した。この間フラットと交戦した、犯罪集団のボスの名前がそれだ。

「アンタあの……オ……オプ……」
「『オプテュス』ね」
「ナイスフォローだフィズ。そう、オプテュスの仲間か」
「はい。こう見えてボク、バノッサさんの義兄弟なんですよ」

どこか誇らしげに微笑むカノンに、少年は呆気にとられた。

少年が遭遇してきたオプテュスのメンバーは「いかにも悪い奴」という雰囲気を持っていたが、カノンは違った。むしろそれと真逆の印象。

「……(アヤシイ奴には注意していたが、そうじゃない奴には気を配ってなかったなあ)」

少年のセンサー(ポンコツ)が機能しなかったのも、そういう理由がありそうだ。

「それでカノンとやら。僕らに何の用?」

それは実に愚かな問いだった。

「ええっと……フィズちゃんを渡してください」
「正気かてめえ」

オプテュスとは、戦わなければならないのだから。



[19511] 第5話 その銘を知る者 その③ 2015/8/15投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:0e637caf
Date: 2015/08/15 18:01
悪い子『フィズ』を連れ戻すため、荒野へ来た少年『チャーハン・タベルナ』。

なんとかフィズを発見・説得した少年だが、直後『カノン』という男に遭遇する。

オプテュスの頭『バノッサ』の義弟というカノンは「フィズを渡せ」と要求してきたのだった。



「正気かてめえ」

フィズを背後に隠しながら、少年は啖呵を切った。

「こんな手のかかるジャジャ馬! 引き取って何の得がイデッ!?」
「だれがジャジャ馬よ!」

少年の脚を鋭い痛みが襲う。フィズに蹴られたのだ。微笑ましい光景にカノンは苦笑し、続ける。

「平たく言えば『人質』です」
「イテテ、あ~、つまり金銭目的?」
「まさか」
「……だよなあ」

人質をとっても、貧乏からは金をせびれないという訳だ。

「実はボクら、フラットの皆さんを街から尾行してまして……まさか荒野に来るとは思いませんでした。
その途中でフィズちゃんを見つけて、バノッサさんが『使えるな』と」
「先日負けた腹いせに、子どもを盾にフラットをリンチってか」
「……はい」

カノンは歯切れ悪く肯定した。

「なおさら正気の沙汰じゃあないな。敗北の『復讐』は……いいとして」
「いいわけないじゃん!?」
「そうか? だがまあ、罪なき子ども利用した復讐なんて、許せないな」
「やっぱり、そう思いますよね」

カノンが良心の呵責に苦しんでいるようで……少年は意外に思った。少年の知るオプテュスは、みな良心のカケラもないゴロツキばかりだったから。

「捕まえられなかったことにして、見逃してくれないかね」
「それはダメです」
「なぜ?」
「……だって、バノッサさんの命令ですから」

はんなりとした微笑に、少年は危機感を強めた。カノンから、「己の本意でなかろうと、バノッサのためならどんなことでもする」という盲目めいた信頼を感じとったのだ。

「どうしよ、タベルナ」
「なんとかする。あと『タベルナさん』だ」
「でも剣もなにも持ってないじゃない。あっちは持ってるのに」
「……剣や弓だけが武器じゃあないさ」

少年最大の武器は、腰ベルトに吊ったポーチ群の中にある。召喚術を使うためのアイテム『サモナイト石』である。

左腕の腕輪を右手でなぞりながら、少年は考える。

「……(決断せねば。『素手』か『召喚術』、どっちで戦うか)」

威力を考えれば、召喚術を使うべきだろう。シルターンの鬼神などを召喚する才能なぞない少年でも、敵一体を追い払うほどのパワーは簡単に行使できる。

だが、相手と睨み合った状態で……そもそも術の発動ができるかが問題だ。

「……(ポーチに手を突っ込んで、石に魔力注入、呪文詠唱……まででも5秒。5秒といえど、実戦では侮れない)」

互いに距離があり、誰も少年が召喚師だと知らない(相手が用心していない)のを考慮しても、確保できるかわからない5秒。普段の少年なら逃げ回って時間を稼ぐが、少年の背後にはフィズがいる。

そもそも術を使うと少年の正体がバレてしまうし……となると。

「アナタもその子も、悪いようにはしません。素直に従ってください」
「イヤだね。なぜなら僕は正義感の塊のような男だから………………ん?」
「?」

会話の途中、少年があさってへ目を動かす。不用心この上ないが、それ故にカノンは不思議に思った、思ってしまった。

少年の視線を追ってみるカノン。しかし地平線まで荒野ばかり。

「何ですか……あ」

そして向き直ったカノンは、左拳を握って猛然と向かってくる少年を目撃する。カノンの視界から外れた瞬間から全速力ダッシュしたかいあって、少年はもうカノンの目前にいた。

相手の純心に付け込んで隙をつくる……かの極悪奥義『あっ!』にも似た、卑劣なだまし討ち戦法だ!

「くたばれ!」

およそ正義とかけ離れたシャウトで、少年は左ストレートをオミマイする。狙うは人中、十分な威力と完璧なタイミングでの一撃だ。



がしっ。



「……は?」

しかしパンチはカノンに届かなかった。

カノンの右手が、少年の拳を容易く掴んで止めたからだ。

「もう、ビックリするじゃないですか」
「ビックリで済ませる気は……いだだだだだッ!」

掴まれた拳がミシミシ音を鳴らし、激痛が少年を襲う。ボンヤリした表情とは裏腹に、カノンの握力は男性平均をはるかに超えている。

「……(隣に生えた枯木の枝みたいな、細い指と腕しやがって!?)」

万力のような握力から逃れるため、必死こいてもがく少年。しかしカノンの手や腕、眉の1つだって、少年のチカラでは動かすことが叶わない。

「ムダですよ」

残ったカノンの左手が、少年の左前腕をむんずと掴む。右手もようやく少年の拳を解放し、対の手と同じ場所を掴んだ。

「チカラ比べならボク……バノッサさんに負けないんですからッ!」
「ちょ!?」

そして彼は体を勢い良く捻って、掴まえた少年を振り回しはじめる!

カノンの規格外パワーにより発生した遠心力は、一呼吸する間に少年を宙に浮かせる。

しかし1回転2回転とスイングを続け、少年の目をグルグルさせるのがカノンの狙いではない。

弧の軌道の先には……全長2~3メートルの枯木が生えている。その枯木に――ニンゲンの首ほどに太い幹に、少年を叩きつけようというのだ!

「う゛え゛!」

3/4周近く振り回された末、少年が枯木と衝突。 脇腹を強か打った、少年の悲鳴が痛々しい。

しかしカノンの回転は止まらない。

半ば鈍器と化した少年が更に幹へめり込み……なんと枯木を破砕し、真っ二つにへし折った! 幹の老朽化を考慮しても、それがとんでもないパワーがあればこその結果であることに変わりはない。

「ぐっ!?」

さすがに勢いは衰え、元いた場所に少年は投げ出された。腕を掴まれてから解放されるまで、きっかり一回転したことになる。

「タベルナッ!」
「離、れ、てろ」

仰向けに倒れながらも、少年はフィズに警告する。脇腹のダメージは深刻で、立ちあがったりするには時間がかかりそうだ。

「ごほっ、僕は、伐採の斧じゃあないっての」

倒れた少年の傍にカノンが立っていた。彼の表情は申し訳なさそうというか、悲しそう。しかも演技や表面上のものだと思わせない……何かがあった。


「なんで、そんな顔かね」
「殺したりはしません。眠っててください」

カノンが剣を掲げた。なぜか鞘に納まったままだが……その剣で最後の一撃を与えようというのだ。

「ごめんなさい」

言葉と裏腹の無慈悲さで、カノンは剣を振り下ろす。

それを見ているフィズの悲鳴が少年の耳に届く。











……その時、少年が左腕にした腕輪――に填められた黒い小石が、キラリと煌いた。

「え?」

武器から伝わる硬い手ごたえ、鈍い音。明らかにニンゲンを叩いた時のモノではないので、カノンは困惑する。

眼下、叩いたのは100×30センチ・厚さ2ミリの『金属板』だった。よくよく見れば、金属板には木製の柄が後付けされていて、全体像は『デカイ菜切り包丁』のよう。

カノンの剣が振り下ろされる刹那、少年は何処からともなくこの金属板を出現させ、その柄を左手で握って防御行動をとったのだ。

「使いたく……グッ、なかったのになあ」

少年の気だるい声が、金属板の向こうから聞こえる。

「な、なんで。なんですソレ!」

その叫びも尤もだった。

「そんなものさっきまで無かったでしょう!?」
「ああ、だからワザワザ取り寄せた」
「どこから!?」
「この世界の外……ゲホッ、『機界・ロレイラル』から」

カノンの顔が引きつる。

「職業柄そういう事ができるんだ、召喚師なんでね」

すでに少年は、魔力で満ちた紫色のサモナイト石を右手に握っていた。

「!?」
「契約に従い顕現せよ――『絶対零度の魔戦士』」

唱える少年にイヤな気配を感じ、跳び退くカノン。しかしてそれは正解であった。

直後、カノンが直前までいた場所の頭上――そこにポッカリ空いたゲートから、青紫の影が落ちてきた。

「ぐえっ!?」
「チッ、カンのいい奴」

地面……ではなく少年の上に舞い落ちた影は、青紫の肌を持った女性。しかし肌色はもちろん、ネコや爬虫類を思わせる縦長の瞳孔、コウモリのような黒翼を持っている。ニンゲンの姿であっても、明らかにニンゲンではない。

「おい、なぜ僕を踏んだ」
「倒れてるアンタが悪い」

『ディアナ』という悪魔は気にした様子もなく、ふわり宙に浮く。

そしてディアナは召喚主の襟後ろをむんずと掴むと、少年をそのまま軽々吊りあげてみせる。カノンにも負けない恐るべきパワーだ。

「我がマスター(笑)ながら、情けないったらさぁ」
「わかってる」

少年が左手の武器を放り投げる。するとどうだろう、武器は淡い光を発し、空気に溶けていくように姿を消失させる。

「……消えた」
「元の世界に還ったのさ。ちなみにあれは僕の愛剣、銘を『グリドール』という」

左腕にある腕輪を見せつけながら、丁寧にも少年は語る。

「グリドールの(剣身と誓約した)召喚石が腕輪に填め込んである。魔力で起動する術式(プログラム)が刻まれた腕輪に」

そう言う合間に魔力を流したようで、腕輪の小石が煌き、腕輪から生えるようにグリドールが召喚、一瞬で少年の左手に納まる。

「術式は『グリドールを手元に召喚、手放すと送還』と単純。そして召喚対象が無生物――召喚しやすいのも相まって、詠唱なし、魔力供給から召喚まで0.5秒を切る」

少年が手放すと、グリドールは再び元の世界へと送還される。

「理解できなかった? まあ要するに、いつでも剣を出し入れできる便利な腕輪なんだ、これ」
「……」

マジックショーめいた光景に、カノンは驚きっぱなし。

しかし彼にもはっきり理解したことがある。

リィンバウムに存在しないモノを喚び、還す魔法は……召喚術をおいて他にない。少年が召喚師であると、カノンはようやっと実感したのだ。

逃げるべきか? 彼は迅速に判断せねばならない。

「召喚師には勝てない」というのが、サイジェント住民の基本認識だからだ。しかも少年は、いかにも邪悪そうな悪魔を召喚している。

チカラを足腰に回し、距離をとろうと試みるカノンだったが……。

パチンッ。

「あッ!?」
「動くと死ぬわぁ」

ディアナが指を鳴らすと空気中の水が凝固して、カノンの目前に氷の槍が創られる。その鋭利な切っ先が、カノンの喉元スレスレでキラリと光る。

氷の槍は地面から生えてるでもなく、ディアナや少年が持っているでもなく、糸もなしに宙に固定されていた。槍は奇怪なパワーで浮いていて、悪魔の思うがまま動かせるのだろう、とカノンは察した。

「カノン、とか言ったっけ? どぉでもいいけど」

ディアナが指を1つ鳴らす。氷の槍が1本、カノンの背後に出現する。

「アンタもさ、運がない」

ディアナが指を2つ鳴らす。氷の槍が2本、カノンの左右に出現する。四方を囲まれ、カノンは動けない!

「ここまでマスター(笑)を追い詰めなきゃ、私が出張ること無かったのにさぁ」

ディアナが指を何度も、何度も鳴らす。1つ鳴る度、カノンの周囲に氷の槍が出現する。その切っ先は全てカノンに向いていた。

「ぐ、う……さっさと終わらせろ」
「はぁい、はい」

槍が創られるたびに、目に見えて少年はやつれてきていた。

ディアナが腕を振り上げる。すると20近い氷槍全てが、バック転のように3回転、カノンと距離をとる。

「んじゃ、カワイソーだけど」

青ざめるカノンに、悪魔は笑みを浮かべる。

「死ねよ」

それを合図に、氷槍がカノンに降り注ぐ!

いくら異常な怪力の持ち主でも、反射神経がよくても、四方八方から来る氷槍全てを防ぐことはできない。

目を瞑るカノンの心に浮かんだのは……死への恐怖でも、悪魔と少年への畏怖でもなかった。

「バノッサ、さん……」



~~~~~



「あれ?」

グサグサ突き刺さる音に死を覚悟したが……なぜかカノンに痛みはない。

うっすら目を開けると、確かに氷槍は例外無く地面に突き刺さっている。

しかし、いくつかの槍はカノンの腕・脇・腿などを皮1枚で掠め、別のいくつかは肩の上、脇の下や股下などを通過して地面に刺さっている。つまり氷槍はカノンに1本も刺さっていないのだ。

「あ~っはっはっは!」

遠くからマヌケな笑い声が聞こえる。

「去らばだ! 2度と会うことはないだろう!」

見ると、少年が放心状態のフィズを小脇に抱え、氷魔をお供にサイジェントの街へと脱兎のごとく駆けているではないか。負傷しているというのにすごいスピードだ。

少年を追いかけようか? カノンは一瞬考えて、止めた。

返り討ちになる可能性もそうだが、最大の理由は、肉薄している氷槍達に動きを封じられているから。様々な角度で地面に刺さった氷槍らが複雑に組み合って、檻のようにカノンを捕まえていたのだ。

「ん~っ」

カノンがチカラを腕に込める。

すると氷の槍は飴細工のように砕け散るが、解放されたのは腕だけ。全部を壊すのは骨だ。

「はあ、バノッサさんに怒られちゃうな」

オプテュスの人質作戦は、召喚師というイレギュラーで失敗した。

失敗して少し安堵したカノンだが、彼の義兄にとっては苛立つ結果だ。特に『召喚師』というところが。

もうヒトリの召喚術使いを追っている義兄が、早まってフラットに戦いを挑みませんように……無理だと分かりながら、カノンは祈った。



~~~~~



一方少年は、サイジェントまでもう少しという所へ着いていた。街まであとわずか、カノンの追跡もないので、フィズを解放し一休みだ。

「え、えっと」
「ん~?」

回復したフィズに耳を傾けながら、少年はベルトに吊ったポーチの中を弄っている。

「タベルナ、さん、さ。ホントに『ショーカンシ』なの?」
「そうだ」
「ガゼルが『アイツらのせいでこの街はメチャクチャだ』っていつもグチってる、あの?」
「……うへえ。ま、まあ街の奴らの仲間ではないがな」
「そっか。あ、イヤそうじゃなくて、その」

やがて意を決し、彼女は頭を下げた。

「ありがと」
「はえ?」

思ってもない感謝に少年はバカ面を晒し、取り出した紫のサモナイト石を落しそうになった。

「なによ!」
「召喚師とバレて、てっきり怖がられるか、ウソツキとなじられるか。あるいは質問ラッシュか、と思っていたんだが」
「う~ん、そんな気持ちも、あるけど」
「……(あるのか)」
「『助けてもらったらお礼を言いなさい』って、ステキなママに言われてるから」

はにかむフィズに、少年は一種の安堵を覚えた。

そこにもう、家族を蔑ろにして私欲に走った子どもはいなかった。家族の大切さを思いだしたのなら、もう彼女は今回みたいな事しないだろう……たぶん。

「だが惜しい。お礼を言う相手が違う」
「へ?」
「僕は無様に負けただけ。カノンに勝ったのは彼女だ」

少年の指さした先には、テキトーに見張りをしているディアナがいた。

先ほど「死ねよ」などと口走り、凶器を乱舞させた悪魔が。



「たしゅけてくれてありがとうごじゃいます!」

あまりの恐怖で言葉と顔が少しヤバいが、フィズは見事ママの教えを貫いた。スゴイ!

対してディアナは、心底どうでもよさそうな顔。謝礼を貴ぶのは天使の方で、悪魔としてはお礼なぞ毒にも薬にもならないのだ。

「一応、悪魔に頭を垂れたのは褒めてあげる」
「わッ」
「脆弱なニンゲンのガキにしては度胸あるじゃない」

フィズの緑色の髪を、ディアナがワシャワシャ撫でる。その手はヒンヤリとして気持ちいい。

「それでマスター(笑)、アンタは余計な気ぃ使うヒマないでしょ」
「へいへい」

ふてぶてしく少年はいずこへ。

「ったく、いつもながら」
「……ねえ」
「あ゛ぁ?」
「ヒッ!?」

一睨みでブルっちまうが、それでもフィズは頑張った。

「さっ、きの、どういう意味?」
「『壊れた脇腹治せ』ってこと」
「え」
「肋骨の2、3本ヒビ入ってるかなぁ」
「そんな大けがしてるの!?」
「いやぁ(踏んだ時に冷やして)応急処置してやったし、 術で治せるからいいの、それは。
それよりアイツ、手当てより手柄の所在を優先したじゃない? それがムカつく」

ディアナは複雑な顔で「召喚獣の手柄を自分のものにしない。アイツなりの敬意なんでしょーがね」とぼやいた。

「甘いのよあの男。お気にの奴だと特に!
『フィズに何かあったらリプレに合わす顔がない』とか言って、アンタをオトリに時間稼ぐスバラシイ案をシカトするし」
「ヒドイことされかけてた!?」
「それで脇腹ぶっ壊されたのに、いざ攻勢になると『良い奴っぽいから殺すな傷つけるな』って指図して。イラッときたから、(少年の)ありったけの魔力でハデにやったけど。
んで終いにゃ、アンタに心配かけまいと隠して隠れて治療してんの。ブチッときたからバラしたけど! ざまぁ」
「変なの」
「でしょぉ?ま、もう茶飯事よ。メンドーな後始末までね」

少年だけが「変」の対象じゃあないが、フィズは口にしなかった。

「というわけで今回の件ヒミツにしない? 激甘のマスター(笑)に免じて」
「タベルナがショーカンシってことを?」
「そ。それがアンタの仲間に知れるとどうなるか、分かるでしょ。それじゃコッチとしても都合が悪いわけ」
「ああ……」

ただでさえ世間は召喚師に冷たく、フラットには召喚師が大っキライな男もいる。特に少年は作為的な身分詐称(ウソはついてない)をしていたわけで、即日仮宿を追い出されても文句を言えない立場なのだ。

「うん、いいよ。タベルナとディアナお姉ちゃんには助けてもらったから」
「よろしい。さっきの敵にもバレたし、アンタが喋んなくても近々バレるでしょうけど。それまでアイツをこき使ってやりなさい。
……ヒミツをネタに脅迫するとか、ね」
「うわあ。あ、でもお菓子をねだるくらいならいいかな」

邪悪な取引が成立した瞬間だった。



ちなみにこの時、少年は魔力の枯渇によってぶっ倒れている。

その要因が悪魔の魔力ドレインなのは言うまでもないが、トドメは天使の過保護な治癒によるモノであった。

「完治させる必要はないって言ったじゃん」というのが、少年最後の言葉だった。召喚獣が強いチカラを発揮すると、その分の魔力を召喚主が負担するのだ。



~~~~~



千鳥のような足取りだったが、どうにか少年はフラットアジトへと帰還。そして情報操作した説明の後、フィズをリプレに引き渡した。

「死ぬかと思った……しんどい」

説教の声を遠くで聞きながら、今、少年はアジトの居間でくたびれていた。椅子に掛け、上半身を長机の上に投げ出してピクリともしない。

「……(フィズの妙な勘違いのおかげで面倒に巻き込まれたし、それで召喚師だとバレちゃうし、なんか知らんがフィズには御菓子ねだられるし、散々だこりゃあ)」

サイジェントに到着してまだ数日だというのに、何度も襲いかかる難関と難題、厄介事。もう少年はヘトヘトだ。

「……(それにしても。魔力の消費は精神にクるなあ)」

体力を肉体のエネルギーとするならば、魔力は心の、魂のエネルギー。故に魔力の消耗は精神力の消耗である。今の少年は体力こそ残っているが、丸1日延々と3ケタの加算減算を続けたくらい精神がやられている。

「……(ハヤト達は大丈夫だろうか)」

ぼやけた頭で考えるのは、彼らがオプテュスに尾行されていること。

人質作戦は頓挫したが、「人質なんざ必要ねぇ!」と襲いかかってくるバノッサの姿が目に浮かぶ。

「……(様子を見に行きたいが、今の僕が行っても足手まとい。彼らの無事を信じるしかないな。『信じる』なんて、隠し事してる自分が言えた立場じゃあないけれど)」

「ん」

ウワサをすればなんとやら、玄関扉の開く音と、聞き覚えのある話声が聞こえた。

「ただいま……って、どうしたんだタベルナ! すごいやばい顔してるぜ!?」
「やあ。うん、ちょっと、色々あってな」

居間に顔を出したのはハヤトだった。荒野で何があったかは知るよしもないが、どうやら問題は起こらなかったらしい。彼の肩ごしに、残り3人も見えた。

「キミもフラットのヒト?」
「あ?」

ハヤトの後ろから、見知らぬ少女が顔を出す。外跳ね茶髪のミディアムショート、ピョコンとアホ毛が2本跳ねている。

「やっほー、あたし『カシス』。よろしくね」
「はあ」

快闊な挨拶に、少年は「誰だこの女!?」とも思ったが、ぼやけた頭が真っ先に連想したのは、フィズのとある言葉だった。

彼女が想像した、ハヤト達の行き先・目的についての発言。つまり……「女こどもじゃ行けないトコで、楽しいことするんでしょ!?」である。

「なあハヤトよ、その子よもや『女子禁制の楽しいトコ』なんて破廉恥極まりない所から、お持ち帰りしたなんて言わんよな?」
「そんなわけないだろ!? 帰る途中でオプテュスに襲われて、その時に助けてくれたのがカシスなんだ!」

詳しく聴くと、カシスは荒野で儀式をとりおこなった召喚師達の一員だったとか。

「……(真偽はともかく、また厄介な調査対象が増えるのか)」

少年は心で溜息を吐く。



~~~~~~~~~~



・召喚武器『グリドール』AT+1 DF+50 MDF+10 機耐性

少年の愛剣。『フライパンもどき』でも可。

ロレイラルの合金板(100×30センチ、厚さ2ミリ)に、少年が手作りの木製柄を付けたもの。召喚術としては剣身が本体である。

元々は機械兵器用に研究された合金の、開発サンプル。体積に対してベラボーに軽く、耐衝撃・耐魔力・耐蝕などに勝れる。しかし生産の際、機界では希少な『マナ』を使うのが問題になりお蔵入り。研究は凍結された。

剣としては1000年傷つかない頑丈さと、ペーパーナイフ以下の切れ味を持つ。だが頑丈すぎて研いだり打ち直したりできないので、剣として終わっている。そもそも刃にあたる部位があるかもあやしい。

召喚当初、少年はこの合金板をフライパンの素材として使うつもりだった。しかしあまりの耐久性に鍛冶師は皆さじを投げた。ワイスタァンの鍛冶師なら何とかなるかもしれない。

グリドールとは、調理用鉄板(Griddle:普通はグリドルと読む)の意味。旅では銘に恥じず、かさばらない調理器具として肉野菜を焼いて大活躍。

見るヒトが見れば機界の英知が詰まった研究対象なのに、どうしてこうなった。



[19511] 第6話 金の派閥にケンカを売る(仮題) その① 2015/11/1投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:40336108
Date: 2015/11/01 03:45
『カシス』。

スカート短い法衣を纏う、元気で明るい召喚師見習い。

サイジェントからほど近い、荒野で謎の儀式を執り行った者達の仲間。

儀式失敗による爆発から生き残った少女。

事故同然に召喚された、高校生『ハヤト』の監視者。

荒野に向かったハヤトらの前に現れ、スラムチーム『オプテュス』撃退のきっかけになった功労者。(オプテュスは人質なくとも強かった)

「ハヤトを元の世界に還す方法を見つける。それまで傍にいる」と、スラムチーム『フラット』のアジトに居候することになっている彼女。



「……(いつの間にかハヤトに宿っていた、召喚術のようなパワーについては知らないらしいが。彼女、あやしいんだよなあ)」

少年『チャーハン・タベルナ』は思案する。

荒野の調査の件、オプテュス襲撃の件、カシスの件――ハヤト経由で聴いた情報は有益だったが、少年を大いに悩ませる結果ともなった。

とりあえず儀式跡地の調査に進展がなかったこと、かつて白プニムが見た「ハヤトを見る謎の人物」がカシスと確信できたことが収穫だろう。

しかし疑問も多い。

カシスの属する召喚師軍団は何なのか?
儀式の本来の目的は何か?

……そこがはっきりしない限り、少年は彼女を疑わざるを得ない。

「……(失敗したら大爆発する儀式をやらかす集団がマトモだろうか)」

彼女への心証は最悪に近いが、決めつける材料があるわけでもない。フラットの面々もカシスを信じている(あるいは問題にしない)ので、それを尊重するべきだろう。今のところは。

「……(しかしなんで僕の周囲でばっかりメンドーが。調査は進むけど)」
「おい」
「え」
「聞いてたか?」

ぶっきらぼうな声を聞き、少年は思考の海から浮上する。そしてフラットアジトの自室で、フラットの『ガゼル』と会話中だったのを思い出す。

「あ、ああカシスの……歓迎会とかなんとか」
「少し違え。明日、カシスの歓迎を兼ねて、フラット総出で花見やるってさ」
「花見!」

少年のダルそうな眼が輝いた。

「良い場所があるのか?」
「アルク川の土手のアルサックが満開なんだと」
「アルサックかあ……『淡紅~濃紅色の花弁5枚からなる花を、枝いっぱいに咲かせる落葉樹。葉より先に開花し、花が散るまで10日と少々、満開期間はさらに限られる』だっけ。なるほど急な開催も頷ける」
「いや、急なのはエドスが妙にはりきってるせいで……つーか詳しそうだなお前」
「花に詳しい知り合いからね(ホントは異世界植物の専門家だが)」
「ふ~ん」

興味なさげなガゼル。

「とにかく。ここ最近で3人も新顔が増えたんだ。花見で親睦を深めるのも悪くねえ。
へへッ、オレは旨いメシさえ食えりゃなんでもいいがな」
「花を愛で飲食するから風情があって、いいんじゃあないか」
「そういうもんか?」
「昔、僕も分かってなかったけど……と」

余計なことを言う気がして、少年は話をかえる。

「で、僕がすることは? リプレの手伝いでも」
「あー、やめとけ。アイツは準備も含めてイベントを楽しむタイプさ。好きにさせときゃいいんだよ」
「はあ(ホントかね)」
「そうだな当日の荷運び……あと、何があってもいいような準備しとけよ」
「はあ?」
「ホラここんとこ、何度もオプテュスとやりあってるだろ。だから……」

ガゼルの言う『準備』とは『戦いの準備』を意味している。つまり「花見だろうがオプテュス襲撃を考慮して、対処できるように」と言ったのだ。

しかし想定外だったのは、少年が「バカ」であり、楽しい時は全開でハメを外すタイプだったということだ。

少年は……

何度もオプテュスとやりあった。

みんな心労が溜まってるんだろうな。

何があっても僕が盛り上げないとな!

……という思考リレーをしてしまったのである。

「なるほどわかったぜ、(宴会芸の)準備なら任せとけ!」

この判断違いでメンドーなことになるのを少年はまだ知らない。



~~~~~



そして花見当日。

敷物を背負った少年は、フラット一行(リプレ・子ども3名・ハヤト・ガゼル・レイド・エドス・カシス)とアルク川へ出かけた。

弁当など花見の必需品を持つ、リプレと子ども達。

そして彼女らと少年を除いた皆が、大きめの荷物(自衛用の武具)を持っていたが、少年は「みんなも芸をするのかな」くらいの気持ちでさして気にしなかった。

ちなみに少年の懐には小道具がしまわれ、服の内側……腹には愉快な顔が描かれている。『腹踊り』は少年得意の宴会芸の1つである。



さて揚々と目的地に到着する一行。

だがアルサックの周囲には先客がいた。庶民をしり目に豪勢に暮らす、サイジェントの貴族達だ。

彼らは一足先に満開のアルサック並木をテントやら慢幕やらで囲み、テーブルを並べて優雅なパーティを開いている! 間違っても「一緒に花見どーです?」などとできる雰囲気ではない!

かくして花見計画はとん挫し、少年達はアルサックから離れた川べりの原っぱに敷物をひき、穏やかなピクニックとしゃれこむことに。

「エドスさん、乾杯の音頭をどうぞ」

飲み物を配り終えた少年が言う。少年はこういった場になると、下っ端根性がうずいて雑務に走るのだ。

「よしきた。少々予定とは違うが、皆と花見……もといピクニックを共にできてうれしく思う」
「ケッ! 貴族はいっつも、オレらの楽しみを奪いやがる」
「まて待てガゼル。花はワシらだけのモンじゃない。先客がいたならしょうがないさ」
「けどよぉ」
「うまい料理があって、天気もいい。そして外で仲間とワイワイできるだけで満足さワシは。酒があればもっと……」

17歳のオカン『リプレ』と、10歳に満たない子ども達の視線に気付き、エドスは咳払いでごまかす。

「うむ。ではワシの急な思いつきに付き合ってくれた、皆に感謝。堅苦しいのは無しで、大いに楽しんでほしい。乾杯だ!」

宴がはじまった。

食事を楽しみながら、なんてことない話題で談笑する。特別なことなどないが、だからこそ新参者のハヤトやカシス、少年も自然と会話にまざることができた。

花見でないのを除けば、企画は大成功だったのである。



若者が多いだけあって、弁当が喰い尽されるまで時間は掛からなかった。終わりは近い。

「……(カシスとは殆ど話せなかったな)」

少年はカシスの様子を窺いながら、飲み物をチビチビやっている。

女子同士だからか、カシスはリプレと気が合うようだ。和気あいあいとする彼女達の周囲で、子ども達が仲良く遊んでいる。ほのぼのとした空間だ。

「……(このチャンスにカシスと仲良くなれば、彼女の正体に近づけたかも)」

そんな考えが少年の頭に浮かび、すぐ消えた。正体がどうとか、そんな考えは無粋だからだ。なにより今の少年には、任務よりも重要で急を要する問題があった。

「……(そんなことより雰囲気を壊さず、芸をねじ込むにはどうしたら)」
「タベルナは旅人だったな」

問うたのはエドスだった。彼と、元騎士の青年『レイド』の聞き役に徹していた少年は、話す役を振られ慌てた。

「あ、はい。(人生という道を行く)旅をしています」
「そうかそうか……で、旅の面白エピソードはあるかい? 」
「面白エピソード、ときましたか」
「遠出しないワシみたいなもんは、そーいうのに魅力を感じるのさ」
「私も興味あるな」
「レイドさんまで……僕は旅のニュービーで、訪れた場所は少ないし、楽しみよりも苦しみの方が多くて」
「かまわんさ。苦労は話して楽になるにかぎる」

やや釈然としないながら、少年は腰ベルトに吊ったポーチから愛用の手帳を取り出した。記憶力に自信のない少年は、過去の記述から適当な事件を思い出そうとしているのだ。

「僕ってば運がないようで……街に来るまで色々な奴に襲われました。野盗をはじめ、野生のイヌ・オオカミ・カボチャとか」
「……カボチャ?」

口をポカンと開けるエドスに、レイドが「食あたりのことかな」と耳打ちする。

「そういう困難を乗り越え、サイジェントまで後ちょっとって時の話です」
「ふむふむ」
「案の定、僕を乗せた荷馬車が悪党に襲われまして。
まあ、その時の悪党はザコだったので僕らで倒して。ちょうど近くに村があったから、そこの自警団に悪党を引き渡して……」



***



「いや~ッ助かりました召喚師さま!」

燦々の太陽の下、初老の男性がデカイ声で少年をねぎらう。彼は、村の自警団の団長である。

「『仮免』召喚師です団長。そこ、結構重要です」
「それは失礼……いやしかし、あの2名! これが村の近隣でばかり悪さする、しかもなかなか捕まらないハタ迷惑な悪党でしてね! 物流は滞り、村の評判も心なしか悪くなる一方で!
これから洗いざらい余罪を吐かせ、然るべき場所へ突き出してやりますとも!」
「お役にたてたのなら光栄です(声デカイ話長い)」

ボンヤリ遠くを眺める少年は、半冷凍された悪党と、それを解凍するのに四苦八苦する自警団員を目撃する。さすが悪魔の氷、太陽光でも全く動じない。

悪党がああいう状況だから、少年は自分の職業を名乗らねばならなかった。

「ところで団長、最初にお願いした件。
僕は……まあ『仮免』という単語とおり、色々面倒な立場でしてね。任務外の活動がバレるとマズイので」
「ええ、ええ! 貴方さまが関わっていたこと、ヒミツに致しますとも! 若者の未来を潰すようなことは致しません!」
「……(しかしバレるや否や、みんな妙におびえたり、畏れたり。『召喚師』という看板はスゴイが、煩わしい)」

少年は溜息を吐く。手に職感覚で召喚師を目指している少年なので、デメリットが大きいのは勘弁なのだ。

「では僕はこれで。荷馬車の運転手を待たせているので」
「お待ち下さい! 今、部下に謝礼を用意させていますので!」
「そんな悪いですよ(しめしめ)」
「良いのです! 元々、あ奴らに懸賞金でもと思っていたところ! 何より我々の気がすみません!」
「そうですか……う~ん」

少年は悩むフリをして金銭欲を隠す。

当時、少年の財政事情は困窮していた。トラブルによる日程のずれが主な原因。

派閥が支給した『ゼラム~サイジェント間の旅費』は消え、『サイジェントでの滞在費』も半分ほど使いこんでいる。まだ到着すらしていないのに。

それでも旅人が持つには多い金額が残るが、蒼の派閥から命じられた任務を遂行するための資金としては心もとない。調査しながらの生活が、今の所持金で何日できるか……。

よって任務遂行のため、明日を生き抜くため、そして何より沢山あっても困らないので、少年はお金を欲するのである。

「……(謝礼のいくらかは運転手に握らせるとして、残った分はどうしよう。サイジェントまでとっておくか、村で物資を買うために使うか。正直もう体がしんどいから、所持金と合わせて鉄道で……)」
「あ、召喚師様」

ようやっと団長の部下が出現した。

「まだいらっしゃったのですか」
「コラなんだその言い草は! そして彼は『仮免』召喚師さまだ間違えるでない!」
「はっ! 申し訳ありません」

デカイ声で『仮免』と叫ばれ、少年は微妙な気分。

「よし! では頼んでいたモノを出したまえ!」
「謝礼ですか? それならすでに手渡しましたが?」
「「は?」」

少年も団長も、喉からすっとんきょうな音がでた。両方ともブツを受け取った憶えなぞない。

「召喚師様のお連れに、確かにお渡ししました。
『これは私が召喚師様に渡しておく』『先を急いでいるのでもう出発する』と。てっきり、お連れと合流して村を発ったとばかり」



「この愚かものがあああああああああああッ!」
「金持って逃げたなクソ運転手うううぅぅッ!」



その絶叫と慟哭はどこまでも遠く、サイジェントまで届くほどに響いたという。



***



……などという事を『少年が召喚師』という点を伏せて少年は語った。

「そりゃ、なんというか大変だったのう」
「お金だけなら(許さないが)まだマシですが。逃げられたせいで、荷馬車で数日かかる道を徒歩するはめに。
元々ズレていた到着日がズレ、さらにトラブルに巻き込まれ、限界まで消耗してあの有り様でした」

少年はサイジェント到着以来、時間があれば荷馬車の運転手を探している。残念ながら成果はない。

「でも、良いこともあったんです。村でちょうど、幼馴染カップルの結婚式が開かれてて。団長から話をきいて、興味本位でちょっと見ただけですが。
オレンジ髪の花婿と桃髪の花嫁が……そりゃあ…………美しくて………………」
「タベルナくん?」
「あ、すみません涙が……寝不足だからかな」

顔を背けて目をこする少年。これも寝不足の影響か、頭がズキッと痛んだ。

「寝不足はイカンなあ。天気も良いし昼寝でもしたらどうだ。ワシらも付き合うぞ」
「う~……ん?」

涙の去った目が少年に見せたのは、2つの人影だった。

「……(あれはハヤトとガゼル。あんな遠くで何やってるんだ?)」

彼らは人目を忍び、なにか良からぬ相談をしている。

関わったらメンドーに巻き込まれる……そんな気配がしたので、少年は適切な手段をとる。

『ガン無視』である。せっかくのピクニック。メンドーに首を突っ込む気など、少年にはないのである。



「ねえ貴族達の方、騒がしくない?」

それから少ししてからだった。カシスがそんな事を言い出したのは。

彼女が指差したのは、貴族のパーティ会場。

確かに遠目から見ても、パーティの様子はおかしかった。

慌てる参加者、行動する兵士数名。優雅なパーティに相応しくない大きな声が聞こえたりもする。

「野良イヌでも紛れ込んだか? まあ僕らには……」

「関係ないだろう」と少年が言い終わる前に、それは起こった。

紫色の閃光がパーティ会場から迸ったのである!

召喚師のカシスが「召喚術の光ね」と呟いた。仮免召喚師の少年も同意見だ。わずかに感じるサプレスの魔力も、召喚術の存在を裏付けている。

やがて、その術に追い立てられた2つの影がとびだす。野良イヌではなかった。カシスや少年をはじめ、スラムチーム『フラット』が良く知る2名だ。

「ハヤトとガゼル、だよね。あたしの見間違い?」
「いやワシにもそう見える」
「奇遇だね。私もだ」
「……あわわ」

カシスは苦笑い、エドスは首をかしげ、レイドは溜息。

少年に至っては「やっちまった」という顔をしている。良からぬ場面を目撃していた少年が何らかのアクションをとっていれば……。



そんなこんなで始動する『ハヤトガゼル救出作戦』。

エドス、レイドが武具を装備していく。「召喚師が相手なら、あたしが必要でしょ」とカシスも同行の構え。ついでにハヤトらの装備を持っていく様子。

その中、少年は右往左往していた。

宴会芸の準備をしていた少年に、戦いの準備ができるはずない。というか「何故花見に武具を持ちこんでいるのか」という疑問で頭が一杯なのだ!

「あ!?」

少年混乱中に、レイド達はパーティに向かった。急を要する事態であるし、元々影が薄めな少年なので、置いていかれるのはしかたない。

レイド達の後をついて行こうとして……少年は迷った。道にではない。

パーティ会場にいる召喚師が問題だ。

サイジェント貴族のパーティにいる召喚師なぞ、『金の派閥』の召喚師に違いないからだ。その召喚師がパーティのお客様なのか、責任者なのか、護衛なのかはわからないが。

フラットと共に救出作戦に参加すれば、召喚師および、その関係者と遭遇するのは確実。それでは仮免とはいえ『蒼の派閥』に属する、そして(『金』と直接関係ないが)任務中である少年としてはマズイ。

「……(サモナイト石以外の武器を持っていないから、この場に留まってもいいはずだ。いやでもガン無視したのには罪悪感が。だがそもそもハヤト達の自業自得みたいなところがあるし、僕が行く義理は? それはそれで、フラットからの評価が下がる気がする……あああああ!)」

打算と感情がごちゃまぜになった挙句、少年は「……行くか」と結論を出した。結局のところ少年もフラットを気に入っているのだ。

ただ少年の正体を知っている子どもの視線も……決め手になったのかもしれない。



~~~~~~~~~~



ゲーム上のアルサックは設定がわからないので、本小説のアルサックはウィキペディアの記事『サクラ』『ソメイヨシノ』あたりの記述を参考に設定しています



[19511] 第6話 金の派閥にケンカを売る(仮題) その② 2018/7/14 投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:557afc21
Date: 2018/07/14 02:34
※前回までの『金の派閥にケンカを売る(仮題)』※

チーム「フラット」の花見は、ピクニックになってしまった。目をつけていたアルサック並木が、サイジェント貴族のパーティに占領されていたからだ。

まあ本命は親睦会だから!ということで皆でピクニックを満喫し、そのまま終わるはずだった。

ハヤトとガゼルが貴族のパーティに無断侵入するまでは。

そして彼らが、会場の召喚師やら兵士やらに追いまわされるまでは!

彼らを放っておくわけにもいかない。フラットの仲間といっしょに、少年『チャーハン・タベルナ』は会場へ急いだ。





ゲレゲレー!

晴天にブキミな鳴き声がこだまする、そしてカミナリが落ちる。はたから見れば、そこがパーティ会場だと誰も思うまい。

「タケシーかあ……なぜこんなことに」

貴族へカチコミだ!と意気込んだはいいが、少年『チャーハン・タベルナ』にだって不安がある。その1つがカミナリである。なぜかは知らないが、少年はあのカミナリ発生源が苦手だ。なぜかは知らないが。

そして装備が乏しいというのも少年の不安をかきたてる。サモナイト石はともかく、宴会芸の小道具で何ができるのか。素性を隠す身の少年としては、おおっぴらに召喚術を使えないのも問題だ。

このままでは足手まとい筆頭ではないか?少年でなくてもそう思う。

だが、カチコミに行くと自分で決めたのだ。こんなところで知り合いの人生がダメになってしまうなぞ、看過できないから。

そしてもう1つ。

「せっかくサイジェント……いや聖王国……むしろリィンバウムで1番の花見日和が、この瞬間にあるというのに。トラブルとは無縁でいたかったのにッ!」

心にわきあがる「花見を返せコノヤロー!」という怒りを抑えられないからである。




結果からいえば、会場入りした少年は、先んじる3名と合流できなかった。

「なにヤツ!」
「うげっ」

そればかりか、警ら中の敵兵士とばったり遭遇してしまう。他の兵士やパーティ客・スタッフがいないのがせめてもの救いか。

「まさか、新たな侵入者。またか!?
先ほども3名侵入したばかり……ハア、なぜこんなことに」

溜息まじりの兵士が、ジリジリにじり寄る。一方の少年は、周囲に打開策がないかを必死に探す。

どうにもこの一角はビュッフェのような食事スペースらしい。しかし戦場になったのか、客達がよほど慌てて逃げたのか、かなり荒れている。配置めちゃくちゃのテーブルたち、ズレたテーブルクロス、散らばる食器、給仕用の銀トレー、放置された料理、ドリンクのボトル、あとケーキを乗せる段になってるアレ。

「客人の避難誘導。会場の警備。召喚師様への増援……まったくもって手がたりないというに、侵入者はまだ増えるか!」

兵士は「せめて召喚様がカミナリを落とさねば、客人の避難はもっと迅速だったものを!」などとつぶやきながら抜剣。その刃には明確な敵意と、燃え上がるような怒りがこめられている。

「いいかげんにしろよ!」
「ぎゃあ!?」

切りかかりを、少年はめざとく拾った銀トレーでガード!

「まった待った!」
「命乞いなぞ無意味だ!」
「違う。僕は『花見』という、誰もが享受できたはずの平穏をとり戻したいだけだ!僕がパーっと元凶をしょっぴけば、ひとまず騒動は終わる。このまま争えば被害がでるだけだ!」
「最初に侵入してきたのはキサマ達だ。しかるべき報いをうけろ!」
「ですよねえ! いやでも」
「我々もなあ、諸々の失態を払拭するため必死なのだよ!」

激情に身をこがす兵士は、技術もあったものではない、チカラまかせのでたらめに剣を振るう。まるでシルターンの『鬼』が棍棒を振り回すがごとく!

「やめろっ!」

とっさに跳び離れる少年!雑な太刀筋をうけるほど、少年は弱くない(強くもない)。

しかし少年が危惧するところは、自分の安全ではない!

兵士の剣が、周囲のテーブルを叩きくだく!
兵士の剣が、テーブルクロスを引き裂く!
兵士の剣が、食器を粉砕する!
兵士の剣が、ケーキを乗せる段になってるアレをはじき飛ばす!

そして料理だったものが、残飯にかわっていく!

「ぐぬぬッ」

少年とて理解している。

ここの料理を客が食べることはない。多くのニンゲンが慌ただしく動き回り、埃、砂粒、汗や血なんかが降りかかった物を、貴族は口にしない。ここには破棄される運命にある食べ物しかない。

そして少年とて、兵士に同情している。ある種の同士、花見にトラブルを持ち込まれた者同士として、一方的なシンパシーすら感じている。

だが!

散らばるサラダ!潰れるサンドイッチ!慢幕にへばりつくケーキ!地におちたフルーツ!ころがる骨付きチキン!

「恨めしい!なぜマジメに警備していた我々が、うかれて酒飲んで職務放棄した同僚(バカ)どもの、尻ぬぐいをせねばならんのだあ!」

なにやら兵士が口走っている。きっとそれが事件の元凶の元凶なのだろう。

しかし、それより宙に舞うフィンガーフードのほうが気になっている少年は……キレた。










ゲレゲレー!

「ああ、にくい憎らしい……なぜこんなことにッ」

そうこぼしたのは30歳前後の男。茶髪のオールバック、鼻に丸眼鏡を引っかけ、仕立の良い服で着飾っている。その指には大きな石のついた指輪をはめている。

彼こそ金の派閥の召喚師『イムラン・マーン』。サイジェントの政務担当であり、悲しいかな、パーティの諸々の責任者である。

「……(右手に清きアルク川、左手に満開のアルサック並木、そして十分なスペース。ここはパーティの目玉スポットだというに!)」

イムランが相手をしているのは、客人ではない。かといって会場のスタッフでもない。

まさかの平民の小僧ども、招かれざる2名の客である。憎んでも憎み足りない『賊』どもだ。



今より十数分前、賊を発見してしまったイムランは、3名の兵士(手が空いてる兵士のすべて)とともに、逃げた賊を追いかけまわした。それは『時間』とか『労力』とか『客人の心象』とか、色々なものを犠牲にしながらの追跡だった。

やたらと運動神経がいい賊であり、やたらと人手不足であったりしたので、逃走劇は非常に長引いた。

しかしイムラン達も、ムダに苦労をかさねるばかりではない。

ここの右手側は、幅も深さもあるアルク川。そちらから逃げるためには悠長に泳ぐなりしないといけない。泳者は(幸いにもいた)弓兵やイムランの召喚術の餌食となる。

奥側は、幔幕で仕切られており、その向こうはパーティの備品置き場になっている。

つまり左手側、アルサック並木の方を固めておけば、逃げ場はなくなるということだ。

目玉スポットを潰すという苦渋の決断の末、ソコに賊を誘導したところから話は始まる。



「随分とてこずらせてくれたものだ、薄汚い平民風情が!」
「ケッ!その平民風情にこんな手こずるたあ、『ショーカンシサマ』ってのも思ったより大したことねえな。なあハヤト?」
「ガゼル……それは……色々と返答に困る」
「まだ減らず口をたたく元気があるとは、ますますもって憎らしい……イタタタッ!?」

顔をしかめ腹をおさえるイムラン。彼は、医者がさじを投げるほどの胃痛もちだ。元々、花見の準備や客人へのおべっかでストレスフルなイムランは、彼の胃は限界に足を踏み入れかけている。

「あのう、イムラン様」

アルサック並木のあたりをかためる兵士の誰かが、おそるおそる口を開く。

「あとは我々で捕縛しますので、イムラン様は休憩なされては?」
「断る」
「……しかし」
「私が直々に罰すると言った!」

一括してなお、兵士達は「イムラン様ホントに大丈夫かな?」という表情を浮かべている。それがまたイムランの胃を圧迫する。

たしかに賊は肩で息をするほど、目に見えて疲弊している。このまま兵士を突撃させるだけで、賊どもはたやすく捕縛されるやもしれん。

だがイムランはそれをしない。そもそも会場の警備が万全ならば、賊の侵入はなかったはずだ。警備をしてした兵士たちを、イムランは信用しがたい。

そしてなにより、相手は『つまみ食い』というくだらない理由でやってきた上に、イムランに「召喚師っぽくない」などと吐かした奴ら。小僧とはいえ、それをイムランは許さない。

よって賊を討つのは、イムランが最も信頼し、かつ賊が己の行動を悔やむほどの暴力でなければならない。

すなわち召喚術あるのみ。

「さあ、『タケシー』よ!」
「ゲレレー!」

イムランの背中から、黄色で丸っこい生命体が飛び出して宙を舞う。こいつこそがサプレスの魔精タケシー、カミナリの発生源たる召喚獣である。

ただでさえ電撃を得意とするタケシーは、術師からの魔力供給によってそのチカラを乗算的にはねあげる。

「さあ今までの無礼の数々、その身を焦がして……」



「は・や・とぉーーーーッ!」



「……んん!?」

降ってわいた少女の怒声が、イムランの左耳を叩いた。全員が、アルサック並木の向こうを見る。

するとなんとアルサック並木の向こうから、それぞれ大剣・斧・ナイフで武装した3名(男2・少女1)が爆走してくるではないか。

あからさまに凶悪な賊なのだ!

「兵士、これはどういうことだ!?」
「敵の援軍かと!」
「そんなわかりきったことを訊くわけがあるか!?
なぜ侵入者が次から次へとくるのか! 会場の警備はどうなっているのだ!?」
「あ。それは。その」
「ええい憎らしい!」

言い淀みぐあいが、警備のザル加減を雄弁に語っている。またしてもイムランの胃にダメージ。

そして兵士が行動をおこすより早く、混乱から回復したイムランが指示を出すよりもなお早く、動いたのはナイフの少女。

少女はナイフを左手に持ち替え、右手でポケットから『何か』を取り出すと――それを投げた。

投じられたのは何か?刃物・煙幕・爆薬・薬物……候補はいくつかある。しかしアルサックの枝をかいくぐるそれは、誰の目にも、ただの『黒い石』にしか見えない。

とすると原始的な石投げとしか考えられない……が、放物線の先にはイムランもタケシーもいない。となればイムランのすべきことは1つ。
「ちっ!兵士は新たな賊を討て!」

「うわっ!?」

イムランが指示をとばしたのと、ハヤトなる賊が顔面スレスレで石をキャッチするのとは同時だった。それが明暗をわけた。

「ふん、黒い石ころ1つ手にしたところで」

何ができる――そう言いかけたイムランが、とまる。

何もできないはずの小僧が、挑戦的な笑みをうかべているからだ。「やってやるさ」とでも言いたげな表情だからだ。

イムランは一抹の不安を覚える。なにかを失念している気がする。

たじろぐ彼の左手が『ソレ』に触れたのは、きっと必然だ。

それは右ひとさし指を彩る『指輪』だ。権力の象徴めいた、ハデな装飾のアクセサリ。

指輪につけた大ぶりの石は、職人の手で宝玉もかくやというほど美麗に加工された、そしてタケシーとの誓約を刻んだ、紫色の『サモナイト石』――!

「まさか」

イムランは思い至る。

己こそまさに、石1つですべてをひっくり返しうる魔法の使い手だということに。

そしてもし。もしも万が一、相手もまた使い手ならば?

恐ろしい想像だった。

「ちい、タケシーッ!」

怖気に駆り立てられるまま、イムランは速攻を仕掛けんとする。

彼がタケシーに命じるのは、ごくごく簡単で単純な、タケシーから相手へまっすぐ走る電撃。威力こそ最低、なれど最高の速度で飛んでいく電気の矢だ。

もともと攻撃待機中だったタケシー・誓約による強制力・そして何よりイムランの確かな技量……すべてを合わせた一撃が放たれようとしている。時間にして数秒後、彼の自己ベストを更新する速度で放たれるはずの必殺技は、しかし。

それでも――ハヤトを貫くには遅すぎた。

「俺の声に応えてくれ、『ウィンゲイル』!」

すでにハヤトの『召喚術』は完成している。

イムランとハヤトの中点、そこの地面がグニャリと歪む。異世界へつながる門(ゲート)が口を開ける。

「なッ」

歪んだ大地を突き破るように出現した『ウィンゲイル』は機界ロレイラル産、メタルボディの機械兵器である。

角ばった頭部・胴体・先端に巨大プロペラを搭載した2本腕、という姿。足がないのは、驚異の科学技術によって浮遊しているからである。

そんな機械兵器が攻撃の射線上で仁王立ちをし始めたのだから、イムランの心中と胃の中は穏やかじゃない。

止められない・曲げられない・さほど威力もないタケシーの電撃は放たれるや、文字どおり鉄壁のウィンゲイルへまっすぐ飛んで、その腕のひとふりによって弾かれる。

驚愕にフリーズするイムランの耳に、「ガシャン」という音が届く。それは振り上げられたウィンゲイルの2つの腕が、目標に狙いをつけた音。

腕が、巨大プロペラが、イムランの方を向いている。 

「コマンド・オン!『ダブリーザー』!」

プロペラが回転をはじめる。

「あ」

すなわちプロペラでかき混ぜられた空気が、暴風となってイムランへと襲いかかるということである!

「ああ……ああ憎らしい!私がなぜこんなことに!」
「ゲレゲレレーーーーーーッ!?」

暴風はうずをまき、アルサックから零れた花を巻き上げて、薄紅色の竜巻となって殺到した。










桜吹雪に飲み込まれ、召喚獣タケシーは彼方へ吹っ飛んだ。そして近くの術師は、どうなったかわからない。

その惨状の目撃者は、イムランと相対するハヤト・ガゼルだけではない。アルサック並木のふもとで戦う3名の賊と、3名の兵士も同じだ。

「イムラン様ああああああああッ!?」
「あ、おいアホ!」

そのうちのヒトリが、なんともなさけない絶叫をあげる。パーティ責任者であり上司であり、『召喚師』というリィンバウムの最強の代名詞がピンチなのだ。衝撃はどれほどのものだったのか。

しかそれは、敵へ向けるべき注意を疎かにするということで。

「スキあり『ロックマテリアル』!」

ナイフを持つ少女――『カシス』の目がキラリと光る。ナイフと逆の手には、無色透明のサモナイト石を握る。彼女もまた召喚師だと知っていれば、兵士の対応も違っただろうに。

カシスの頭上に現れるのは、こぶし大の石。かつて天より落ちた隕石のかけら。

それがまさに流星のごとく、アホ面をさらした兵士へ飛んでいく!

「あ゛っ!?」

隕石が直撃したのは兵士の足だ。鋼鉄のブーツがひしゃげる威力だ、数日は腫れが引かないだろう。

「いげ!?」

そして機動力を奪われた兵士の横っ腹を、大剣をもつ男――『レイド』の一撃が叩く。金色の鎧がひしゃげる威力を受けて、兵士はダウン。後日の叱責は免れないだろう。

ここぞとばかりに、残り2名となった兵士を、斧の男――『エドス』が、押し込みにかかる。

「兵士は我々が請けおう!」
「ハヤトとガゼルは任せた」
「うん!」

カシスは駆け出し、エドスがこじ開けた道を走る。追いかけようとしても、そこにはレイドが立ちふさがってどうしようもない。

カシスは無事、ハヤトとガゼルが避難している、ウィンゲイル背後へ滑り込んだのだった。

「もー、キミ達ムチャしたね」
「カシス、それにみんなも……みんな?」

刹那、ハヤトは「誰か足りない」気がした。しかしそれを深追いする余裕はない。カシスもカシスで、謝罪したげなハヤトとガゼルを「積もる話は後!」と制する。今だ敵陣の中なのだ。

「ウィンゲイルがいる間に早く逃げ……たかったけど、上手くいかないみたい」

カシス達が垣間見たのは、ヨロヨロになってなお立ち上がるイムランだ。地面に必死こいてへばりついていたのだろうか、暴風をかろうじて耐えたらしい。

「ぐ、うう」

しかし彼のダメージは大きい。おまけに体が花びらまみれで、色々だいなしだ。

「にくい……憎い!憎い!憎い憎い憎らしいッ!平民が召喚術なぞ、分不相応にもほどがある。憎らしいにもほどがあるぞっ!?」
「ここからが本番ってわけか。いくぞウィンゲイル!」

機械兵器がうなりをあげる。

「はい、ガゼルにはナイフ」
「すまねえ。くそ、オレも召喚術がつかえりゃあ、アイツにぎゃふんといわしてられるのによお」
「あー……頑張ればできるよ?相性や才能にもよるけどねー」
「はあ?召喚術は召喚師しか使えねーんじゃねえのかよ!?」
「それは思い込みっていうか、聖王国ではそういうことになってるというか」
「ええい私を前に雑談なぞしおってからに!」

イムランが顔を真っ赤にして怒っている。

「平民の小僧だと思い、命まではとるまいと情けをかけたというのに……無下にしおって」

ガゼルは「ウソつけヤル気だったじゃねえか」と野次を飛ばすが、それはイムランの耳に届かない。

「もう知らん。召喚師に楯突いたその罪、我が奥義でもって償ってもらおう!」

イムランに漲る魔力は、実際、ハヤト達の肌がひりつくほど凄まじい。それすなわち今までの攻撃が、彼にとってただの児戯であった証左だ。

「気圧されちゃだめだよ。気を強くもって、体に魔力をめぐらせて対抗するの」
「わかった!」



場の緊張感と魔力が最高潮に達したその瞬間――それはやってきた。



ファンシーな毛玉だった。バスケボールサイズの、いかにも柔らかな純白の球体。ハヤトにはそう見えた。

それが、無防備なイムランの後頭部をプニッと襲った!

「あばッ!?」

むろんイムランに大したダメージはない。

だが衝撃のせいか、つんのめったイムランは高めた魔力を霧散させてしまう。術は不発!そのまま毛玉は地面におちて、転がりながらどこかへ消えた。

「なんだ今のは!?」

それは、この場の全員の疑問だった。

まさか毛玉が意思を持って飛ぶはずがない。ハヤト達も、本気の召喚師に内心ビビっていた兵士達も、レイドとエドスでさえも手を止めて、「誰だ誰だ」と闖入者を探す。

「あそこだ!」

誰かが叫んだ。目撃者のいくらかが指さした。

背後をふり向いたイムランは、そいつを見た。

「もうやめにしよう」

男が、川べりを歩いてくる。いや背格好からして『少年』が正しいだろう。くぐもった声。首もとには、闇夜のごとく黒い石をつけたネックレス。上半身は肌着1枚。茶の作業着めいた上着を腰に巻き、そして質素なズボン。

もっとも特筆すべきは、少年の顔だろう。

赤ら顔に白ひげ、そしてニンゲンにあるまじき長い鼻があった。

視力に自信あるものは、少年が『仮面』をかぶっていることに気づいた。

知識あるものは、その仮面が鬼妖界シルターンの伝説的妖怪『テング』を模しているとわかった。

「これ以上のドンパチは、たとえ『界の意思(エルゴ)』が許すとも自分が許さん!」

少年の右手には、ベコベコに凹んでいる銀トレー。ソレには赤黒い液体がべったり付着しており、テング少年の激しい怒りと暴力性が垣間見える。

「誰だお前は!?」
「そんなことはどうでもいいんだよお!」

どうでもよくねえよ!――と、誰かが叫んだ。テング少年は無視した。

「良き花見の日。ハメをはずすのも良いだろう。多少のケンカもあるだろう。だが花見と花見料理を破壊するようなドンパチは……よろしくない!」

言い終わるとテング少年は、どこからか取り出した土まみれの骨付きチキンを仮面の裏にツッコミ、ムシャムシャと咀嚼しはじめた。怖い!

「……ん。重要なのは、今!パーティ会場の誰もが花見をしていないということだあ!」

ズバリと指差しする様は、あからさまに狂人だった。

「お前達だけではない。会場を歩けば、恐れ慄き逃げる客とスタッフばかり……そんな事態を終わらせるために、自分はここに来た!」

狂人を見たらそりゃあ逃げるだろ――というリアクションを誰もがした。



~~~~~~~~~~



お久しぶりです。大変おまたせ致しました。



[19511] 第6話 金の派閥にケンカを売る(仮題) その③ 2019/1/20 投稿
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:53f12a19
Date: 2019/01/20 12:08
「こんな花見日和には花見をする。それが絶対の真理と知れえ!」

そんな言葉を吐く、テングの面をつけた少年がやってくる。この花見パーティ会場に、まして戦闘の場には絶対ふさわしくない狂人のエントリーである。

みんなの視線は闖入者にくぎ付け。むろん、狂人から目を離せるわけがない。かといって狂人を相手にするのも遠慮したい。そんな奇妙な沈黙があった。

結果だけなら「戦いを止める」という誰かさんの目的は達成されているのがことさら奇妙だ。

「ぐ、ぐうう。まったくもって憎らしい……」

ズシンズシンと狂人が歩くたび、それを直視せざるをえない召喚師イムランの胃が、ズキンズキン痛む。狂人と関われば胃痛が限界突破するだろう、という予感がイムランを悩ませる。

しかし、イムランは会場の責任者だ。そして毛玉をぶつけられた被害者でもある。彼は何かをせねばならない悲しい定めがあるのだ。

「いったい何なのだ、キサマッ!」
「あえて言うなら『花見の使者』である」
「ん……んんんんん?」

わけがわからない。



一方そのころ、非常に気まずいのは、テング狂人の正体を察する者たちである。

「やべえタベルナの奴、まーたキレてやがる」
「でもきっと半分くらいは正気だぜ?顔を隠す理性があるから」
「えー……あれで半分なの?」

かわいそうな召喚師の後方にいるのは、ガゼル・ハヤト・カシス。チーム『フラット』若者トリオだ。
目の前に召喚獣・機械兵器『ウィンゲイル』、その向こうにイムラン……2つのクッションがある分、彼らの心には若干のゆとりがある。

「なぜ彼は、いつもまともな登場ができないんだろうね」
「むう……アヤツそこまで花見を大事にしておったか」

そして胃痛に苦しむ召喚師の右手側、アルサック並木の下にいるのはレイド・エドス。フラットの青年コンビだ。

年長者としては――レイドたちもまだまだ若いが――若者の破天荒ぶりに「どうしたものか」と頭を悩ませるばかり。

そして同時に、先ほどまで剣を交えていた敵兵士たちの、隙だらけな後姿を垣間見る。今なら簡単に倒せるが、それではあまりに相手が不憫だ。レイドたちはあえて見逃した。



「並木のそばで戦闘なぞ愚の骨頂。アルサックは腐りやすく、傷ついたり折れたりしたら一大事なのだ。大きな音だけでも幹に響くのだ!」

みんなの心境を知ってか知らずか、どちらにしても狂人は止まらない。

「おまけに雷撃をバカスカ打ちおってからに。木が炎上したら終わりだ。鬼妖界シルターンでいうところの『覆水盆に返らず』だぞ!」

イムランに向かって、狂人は左手の銀トレーを突き付ける。それには赤黒い粘りけのある液が付着している。そっちの方が一大事な気もする。

「そもそも雷の召喚術を、なぜ花見会場で使う!
雷の落ちまくる会場とか、そりゃあみんなパニックになるさ!タケシーに殺されかけた奴じゃなくても縮み上がるさ!
……ちょっとまて。タケシーに殺されかけた奴ってだれだよ」
「知らんわ!」

狂っている。

「ゴホン。とにかく現状はよろしくない。ヒジョーに嘆かわしい。ここから先の戦闘は、花見を破滅へ導くだろう。
それを承知で戦うというのなら、僕はひと思いに花見を介錯する」
「なんだと?」
「具体的に言うと、上半身ハダカで会場を駆け回る」
「何だと!?」

狂っている!

テングで半裸な狂人なぞ、目の毒なんてものではない。それを客の前に出したら、召喚師イムランの首とてトブやもしれぬ。そして狂人も社会的に死ぬ。なんとイヤな共倒れか!

そしてイムランは知らないが、狂人の腹には『口をすぼめ曲げたオッサンの顔』が珍妙なタッチで描かれている。シルターンの伝説的妖怪『ひょっとこ』を模したイラストだ。

肌着のベールで隠されているソレが解放されれば、もはやイムランの首1つではどうにもならない大惨事となる。そしてやっぱり狂人も社会的に死ぬ!

「に、にく……憎らし……ええい、それ以前の問題だヘンタイめ!」

歩み続けるヘンタイは、「いやなら何もするな」と言いたげな態度。

これにイムランも、憎しみ以上の名状しがたい感情を爆発させる。さらに万が一ヘンタイが暴挙にでたとして、それを今の警備体制で阻止できないだろう、という悲しい現実が感情に拍車をかける。

もともとイムランには暴挙を許す理由も、雷を打たない理由もないのであるが。

解き放とうとするのは、イムランにとって現状最高の召喚術。仮にそれでヘンタイがどうなろうが、アルサック並木が大破しようが、もはやイムランにとっては思考の外。

感情を噴出させるように魔力をも開放せんとするイムラン――だが、できない。

「がっ!?」

突如としてイムランを襲う異変。頭をハンマーでガツンとやられたかのように、思考が千切れてバラバラになる。

視界がブレる。足に力がはいらない。意識がもうろうとなる。肉体的ダメージはないはずなのに、なぜ?

「うまいこと脳を揺さぶるように毛玉をぶつけた。しばらく頭ぐらぐらで動けない。むろん召喚術なぞ使えない」
「なにを、ばかな」

しかし事実として、イムランは術を発動できない。そればかりか直立を維持するのも難しい。

「被害を最小限にするための、致し方のない暴力だ……こらえてくれ」

膝から崩れ落ちるイムランの横を、ヘンタイは悠然と通り過ぎる――かとおもえば直角に曲がる。イムランの背後を横切る。

「ではさらば。花見を蔑ろにする者あらば、第2・第3の自分があらわれるだろう!」

そしてテング仮面のヘンタイ・あるいは狂人・またの名を『チャーハン・タベルナ』は――清きアルク川へ、跳んだ。

ドボンと着水、そのまま対岸まで泳いでいったのである。

川にかえるのってテングじゃなくカッパだぞ――と、ハヤトは突込みを入れた。










「ぐうう、おのれえええ」

ドボンの後に残ったのは、なんともし難い空気と、地に伏せてうめくイムランだけ。

「兵士ども何をしてる、戦え。そしてあの……言葉にするのも憚られる大バカを私の前に連れてこいっ」

彼のまがまがしい恨み言は、アルサック並木にいる兵士たちにも届く。

しかし兵士たちは動かない、動けない。テング面のナニガシによって戦闘意欲をそがれたから、というのもある。だが実のところは、敵意をみせれば背後の敵にやっつけられるからだ。

「あー、ゴホン」

重苦しい沈黙をやぶったのは、その敵であった。

「これ以上の戦闘は止めたほうがよろしいでしょうな、イムラン殿」
「な!?その声、よもやレイドか!?」
「私たちも戦闘は避けたい。それにアナタが戦えない以上、このまま続ければどうなるか」
「なにを……まだ……ぐっ」

なんとか立ち上がるイムランだが、足が震えている。

「加えて、今は貴族への弁明を優先すべきでしょう。放置されている彼らが怒り出す前に。
賢明なアナタなら、どうするべきかわかるはずだ」
「ぐぐ、ぐ」

憎らしそうにレイドを見たイムランは、少し思考を巡らし、兵士に撤退を命じる。
弾かれたように兵士たちはイムランのもとへ駆け、彼に肩を貸す。

「なるほど、そうか!今日のことはキサマが謀ったのかレイド、そうであろう!?」
「何を言ってもアナタは信じないでしょう?時間を無駄にはしたくない」

そっぽを向いてしまうレイド。両者の間に埋められない溝があるようだ。

「ならばもしや……あの、妙な、狂人のヘンタイも」
「違います」

レイドは踵を返した。剣を正面にかまえる。

「この剣に誓って、アレは私の指示ではありません」
「む、うむ。そこまで言うならそう、なのだろう」

両者に少なくない交流があったのは確からしい。

そしてレイドは仲間のもとへもどり、みんなで花見パーティ会場を後にしたのだった。



結局フラットのピクニックは危険性ゆえに中止となり、即座にアジトへ帰還した。

「つまみ食いでお腹いっぱいだから、晩御飯はいらないよね。ハヤト、ガゼル?」
「そりゃねえよリプレ」
「返事は?」
「あッ……はい」

アジトでハヤトとガゼルを待っていたのは、リプレのこっぴどいお叱りである。勝手にピクニックを抜け出して、よそでつまみ食いをしていたのだから自業自得である。



「アレがキミなりの精いっぱいだったのは……最善かは別として、理解しているつもりだし、実際に助かったのは事実だけどね?けどもっとやり方というか、温和な手段があったと思うんだ」
「ハイ、スミマセン」
「召喚師にケンカを売るのは自殺行為で――あれはケンカどころの話じゃないが、もう少し先を考えた行動をだね」
「ハイ、スミマセン。腹芸も封印します」
「腹がなんだって?」
「くしゅん!」

その隣で、毛布に身を包んだ少年もレイドにたしなめられていた。当然だった。

こうしてチームフラットの花見の日は幕を閉じた。

カシスの歓迎会という意味では、なんだかんだ苦楽を共にして距離が縮まった。

花見の発案者だったエドスは、なんだかんだ大騒ぎとハプニングで楽しかったと、のちに語った。



~~~



毛玉が頭に直撃したからといって、相手のダウンをとれるだろうか。相当なラッキーボーイなら可能だろう。むろん少年は違う。

トリックのタネは毛玉の正体……『ユキ』という名をもつ、純白のプ二ムにある。今回最大の功労者である。

彼女のもつアビリティに『精神攻撃』がある。プ二ムのプニプニボディによる攻撃は、相手の精神を叩いて魔力を霧散消滅させてしまう。かわりに肉体へのダメージは通りづらい。

だから少年はイムランに向かって、ユキを投げたのだ。「一時的にでも敵召喚師が無力化すれば、早く戦いが終わる」と考えたために。

ちなみにこの「ユキを召喚して投げる」というコンビ技、見習いだったころの少年がよく使っていた手であったりする。コンビネーションの良さも相まって、召喚術の模擬戦で使えば負け知らず、という凶悪技だ。

かつて「初手に召喚封じは卑怯」と言われた禁じ手は、ひとまず実戦でも機能したのである。

加えてユキに魔力をごっそり削られ、それに気づかず術を使おうとしたのがイムランの失敗だ。

彼が強い眩暈のような状態に陥ったのは、空っぽの状態で膨大な魔力を使おうとした落差・反動によるものである。つまりは『精神のぎっくり腰』とでもいうべき現象だ。

仮にまともな状態ならば、イムランも己の魔力残量を察せたはず。しかし彼は、ヘンタイへの怒りに燃えていた。

つまり少年の暴虐も、イムランの思考を鈍らせる戦略的な狙いがあったのだ!(大嘘)



それはおいておくとして、くだんの功労者と、その召喚主であり友達は、アジトの裏手でこっそり再開。時刻は夜。ハヤト・ガゼル抜きの夕食を終えたばかり。

「で、これは?」
「プ二ッ!」

誇らしげなユキの隣には、白い布で包まれた荷物が置いてある。大きさはざっとユキの2~3倍――プ二ムの体躯はネコと同程度だ――だろうか。チカラ持ちのプ二ムなら楽々持ち運べるサイズだ。

「……(この布、見覚えがある)」

まるで花見会場にあったテーブルクロスのような。

少年は包みに手を突っ込んでみる。大小様々な手触りがある。硬くてツルツルしているもの、フカフカで柔らかいもの。

適当なものを取り出す。

ナウバの実だ。

「他は、ひしゃげたサンドイッチ……痛んだフルーツ……潰れたフィッシュパイ…………」

明らかに会場の、荒れ果てた食事スペースにあった物である。ドンパチの影で台無しになっていた食べ物である。

「ユキ、お前……」
「ぷに?」

どうにもユキは召喚師に一撃入れたあと、無人の食事スペースを経由して離脱したらしい。比較的状態がよい食べ物を「戦利品」とするため。

少年はそんなことを頼んでいない。ユキの独断だ。

幻獣界メイトルパでは、落ちている食べ物を拾っても問題ないかもしれない。しかしここはリィンバウムであり、拾い食いを「マナーが悪い」と思う者が大半である。それにこれらは、よその食べ物だ。

「泥棒」となじられても文句がいえない案件……だが。

「よくやった!」
「プ二プ二ッ!」

ヒトリと1匹はハイタッチ。「どうせ捨てられるならいただく」の精神が優先された結果である。今夜は秘密の2次会だ!

「……しかし、これはいただけない」

少年は包みからボトルを取り出した。未開封のワインボトル。ラベルから推察するに値打ちもの。

ワインは未開封で割れやヒビがなければ飲める。つまりは捨てないもの。前述の精神に反するもの。

「返してきなさい」

――いや、その必要はない!

「!?」

彼方の世界より、女の声が届く。

――考えなさい。あっちからすればアンタは『賊』。そんな奴が返却したワインなんて、怪しすぎて誰も飲まない。匿名で送っても同じぃ。

つまりは捨てられるもの、と声は告げる。少年にはわかる。「こいつ飲みたいだけだ」と。

――ワインを捨てるなんて、アンタにはできない。選択肢は限られてくる。

「ぐ、くうううッ」

頭を抱えてうずくまった少年は、絞り出すように言葉をはきだす。

「ユキ!このままじゃあ僕は、悪魔のささやきに耐えられなくなる。その前にワインボトルを持って、遠くへ逃げるんだ!」

ボトルを受け取ったユキは大仰にうなずき……荷物から何かを取り出した。

ワインオープナーだった。

――開いちゃったら売るか隠すのも不可能。とすると胃袋に収めて処分するのが楽だよねぇ。そしてアンタは飲めない。誰が飲むべきかしらぁ?

「な、んだと。どういう事だこれは」

――まぁつまり、ちびっ仔にワイン頼んだのは私ってこと。『常夜の石』を介してちょちょいっとね。ちび天使も「はしたないです!」なんて良い子ぶってないで何か頼めばよかったのに。

「お前たち、いつの間にそんな交流を!?」

――アンタだって今日楽しんだんでしょぉ?私たちも楽しまなきゃ不公平じゃない。飲ませて?

「ぐぐぐっ」

――のーまーせーろーよぉ!

「あ、悪魔めえええええええッ」

花見日和の夜はまだまだこれからだ。



[19511] 第6話後日談+番外編
Name: 普通のlife◆b2096bb9 ID:d19a8c0f
Date: 2019/10/17 21:50
~後日談~



「召喚師様が賊を退けたようだ」
「あの美しい薄紅の花吹雪も、きっとイムラン様の召喚術だろう」

パーティ客はそういう認識らしい――と、イムランは小耳にはさんでいる。

むろん事実は「賊の勝ち逃げ」という方が正しい。そして花吹雪にぶっとばされかけたのはイムランだ。

だが面子のため、イムランは真実を伝えない。客への弁明では「勝者はイムラン、戦闘時の不可思議現象はすべてイムランの召喚術によるもの」ということで押し通す。

そもそも召喚師としては、「賊が召喚術を使った」などと言えるはずがない。

それはイムランですら、直視しても信じ難いことだった。

「まったくもって憎らしい」
「え、あ。も、申し訳ありません」
「……キサマに言ったのではない」

会場のバックステージに、イムランは立っている。

彼の背後には女給仕――そこらでつかまえた奴――がいて、イムランの衣服に張り付いた花びらを掃除している。イムラン自身も、服のヨレやしわを賢明になおしている。

あれから数十分といったところか。なるべく早く、イムランは今回の騒動について客へ弁明しなければならない。

貴族を待たせすぎてはいけないが、召喚術をくらった後の、花びらまみれでヨレヨレな姿はさらせない。

じれったい時間の中でイムランは考える。

「……(賊どもの狙いはなんだったのか。まさか本当につまみ食いなわけがあるまい)」

本当につまみ食いだけなのであるが。

「……(そして、あのテング仮面のヘンタイだ!)」

イムランはすでに気づいていた。あの時、自身を襲った不調の原因は脳震盪じゃなく、魔力欠乏によるものであると。

「……(あやしい技を使いおって。何者なのだ?まさか奴も召喚師……いやいやあれがそうなら世も末だ。はぐれ召喚獣だったというほうが納得できる)」

とにかくイムランは、あのヘンタイを許すことができない。そりゃそうだ。

次に出会ったときには――だが、イムランの脳裏に疑問が浮かぶ。

次の機会に、あの『ヘンタイ』を『ヘンタイ』と認識できるのか?

よもやテング仮面をつけたまま、日常を謳歌しているはずがない。もしそうだとしたら、もはやヒトがどうにかできる存在ではない。

仮面、言動……これらインパクトある特徴は上っ面にすぎない。

それをすべて除けば、中肉中背、地味な服の若い男でしかない。声も仮面でくぐもっていた。素顔も見ていない。

イムランは必至で思い出す。

……切実に思い出したくない。しかし未来のために記憶を掘りかえす。テングのインパクトが邪魔をするが、なんとか思い出そうとする。

ヘンタイは血みどろの銀トレーをもっていた。奴と交戦した兵士が、顔を見ているやもしれん。しかし「なにも特徴のない男でした」となったらそれまでだ。

ヘンタイの首元には、黒い石の輝くネックレスがあった。むろんそれも、いつも付けているとはかぎらない。

そこで、はっとするイムラン。

「そうだ確か、彼奴の首元に『アザ』があった。横一文字に走るアザがッ!」
「ふえッ!?」

女給仕がビックリするが、イムランは気にしない。

「くくくッ、今度相まみえたときが最後だ」
「……え~っと」
「しかし……この騒動が最後とは思えない……我々に打撃を与えるのが目的とすれば、次はどこを狙ってくるのか」
「あのーイムラン様」
「ええいなんだ!?」
「お掃除おわりです。それと、これが落ちてまして」
「それは私の手帳だッ!もういい。もとの業務に戻れ」

女給仕から金カバーの手帳をひったくったイムランは、そのまま予定を確認する。そして「何か起こるとしたら納税日か?」などと言いながら、手帳に何か書きなぐる。

やがて満足した彼は、姿鏡で身だしなみ確認ののち、バックステージを後にしたのだった。



そう遠くない納税日、通常の2倍ほど増強された敵と戦うことになるなんて。

貧困にあえぐ民も、とある義賊も、革命を目指す者たちも、チーム『フラット』にも知る由もない。
















~番外編・とある超合金の話~



かつて機界ロレイラルに、合金研究に燃える若き技術者がいた。

硬い。軽い。腐食に強い。耐熱性が高い。劣化しにくい。

すぐれた合金が産まれ続ける。

しかし技術者は満足しなかった。自作物を「ゴミ」と称して研究を進める。




この技術者には夢がある。

あらゆる攻撃を弾く『最強の装甲』。
あらゆる防御を貫く『最強の武器』。

2つをあわせ持つ『最強の兵器』を完成させることである。

当時、技術者は『最強』という言葉に強く惹かれるお年頃だった。そして「机上の空論に挑戦する私、超かっこいい」などと思っていたようだ。

「『最強』を造るためには、その素材も『最強』でなければならない」

だから技術者は妥協せずに研究を続ける。妥協した合金は『最強』じゃあないからだ。

硬く軽く腐食されず、超高温と極低温に耐え、あらゆる溶液に溶かされず、できれば摩耗・劣化しない――あらゆる長所をもつ超常の合金をこそ、かの技術者は求めた。

……技術者はとんでもない『最強』のバカだった。





「常識的に考えてロレイラルの技術でも、そんな合金を造れるはずがない」

誰もが語るが、技術者は妥協しなかった。むしろ閃いてしまったようで。

「超常の合金を造るには、ロレイラルで非常識な技術を使えばいいのか!」

技術者は非常識なチカラ――魔法力『マナ』に手を出した。万物に作用し、時にその在り方すら変える神秘で、金属を都合のいいように変異させてしまおうというのだ。

それは無謀な試みである。そもそもマナを扱うという点で、ロレイラルは未熟だ。他の世界と比べ、マナが枯渇気味であるために。

しかし技術者は決して妥協しなかった。

「未熟ならば成熟させれば良い」

……そして技術者は、ソレができるほどとんでもない大天才でもあった。

「金属を高密度のマナに晒すのはどうか」
「金属をマナを付与した炎で鍛えるのはどうか」
「マナそのものを金属に混ぜ込むのはどうか」

思いつく限りのアプローチが試された。そして変異した金属を使って合金が産み出され続ける。

金属・非金属・マナ――その組み合わせは無限に等しい。何十日もかけて、貧弱な合金ができるなんてザラだった。

終わりの見えないトライアル&エラーは、技術者の心身を蝕んでいく。研究末期には「我は『界の意思(エルゴ)』、これ以上の研究はやめろ」などと、あまりに荒唐無稽な幻聴すら聞こえた。「もう研究なんて嫌だ」という心の弱さがまねいた妄想だろう。たぶん。

ともかく限界は近い。資源にも限度がある。

しかし技術者はそれでも、断固として妥協しなかった。



……マナを使い始めてから1000日後。

技術者はマナによる性質変異、その法則の一端を解明するに至る。それはすべての世界をひっくるめても、画期的な大発見だった。湯水のごとくマナを使ったかいがあった。

そして全てのノウハウと狂気を結集させた合金が創造された。それはあまりにも軽くて、「不変」という概念の化身ともいえる耐久力を秘めていた。

その合金でつくった1枚の装甲板サンプルは、造った本人すら「どうすれば変形するかわからん」と愚痴るほどに硬かった。

あらゆる耐久試験を「測定不能」でパスし、当時最先端の破壊兵器でもキズ1つつけられない。理論上1000年は摩耗も劣化も腐食もしないという。『マナ』を素材としたためか、魔法攻撃にすら耐性をもつ。

熱伝導率は鉄と変わらないなんて話もあるが……こうして『最強』に限りなく近い装甲は完成した。

このまま武器の研究がスタートすれば、それも完成しただろう。そして最強の兵器が『エルゴの王』を倒し、なんやかんやあって全ての世界が破滅しただろう。

しかしそうはならなかった。

「ロレイラルのマナ枯渇が危険域に達している」

そんな情報がまいこんだからである。有識者いわく、これ以上マナが減少し続ければ機界が崩壊するという。

十中八九、技術者のせいだった。

このまま兵器を造ろうとすれば世界が持たない――技術者は研究を断念せざるを得なかった。さすがに世界を犠牲にしてまで、最強を造りたかったわけではない。目が覚めたというか、大人になったというべきか。

技術者はサンプルを封印。2度とマナを素材として使うことはなかった。

それは後の世で「名匠」と称される技術者の、忘れたい歴史の1ページ。

これ以降、名匠は数々の傑作機をつくり、とある機械大要塞をも建造する。だが件の合金に関連する技術は、一切使わなかったという。



それから幾年月。

『ゼル000』という名前だけ与えられたサンプルは、倉庫の奥で眠り続けた。

もはや同胞が産まれることはなく、存在する意味もなく、かといって朽ち果てることもできないままに。



***



「機界召喚術は計算と同じ。最適解へまっすぐ進む」
「はい」
「無駄も、遊びも、回り道も、余剰魔力もいらない」
「……はい」
「最優先は『シンプル』」
「…………はい」

石造りの無機質な部屋にこだまする、淡々とした言葉、そして生返事。

淡々とした声の主は『ハンドラー・リース(旧姓トランテ)』という女性召喚師。短い黒髪、童顔、やや小柄。見た目は10代、実年齢30歳と少し。纏うローブは必要以上に黒い。

「……『シンプル』」
「はい!」

喚くのは、『蒼の派閥』の制服が死ぬほど似合わない見習い召喚師。その掌の上では、黒い小粒のサモナイト石が光を放つ。

その名を『チャーハン』という少年は、召喚術のレッスン中である。

「むむ、むむむ」

サモナイト石に魔力を込めつつも、少年は「なにが召喚されるんだろう」という雑念をまったく振り切れない。

この少年、召喚術に出会いを求めるタイプである。異世界は未知の宝庫だ。そういった者との出会いは、少年の心を弾ませる。たとえ不幸が襲うという結果が多くても。

「……呼びかけにこたえよ異界の『物』よ!」

サモナイト石がピカっと閃き、ガシャン!と何かが落ちてきた。

「!?」

現れたのは、率直にいえば『板』だった。正確に言えば100×30センチ、厚さ2ミリ、ふちに小さな穴やミゾのある金属板である。がっかりな結果である。

だが金属にしては『板』は驚くほど軽い。訝しむハンドラー。

彼女は即座に『板』のデータを収集し、然るべきヒトに解析を頼んだ。



数日後。



「結論から言えば、あれは未知の合金で造られている。バスク家のデータベースにも該当するものはなかった」
「ほう」

メガネをかけた召喚師『ネスティ・バスク』を前に、少年はテキトーな相槌を打つ。

「しかし提供されたデータだけ見れば……機界で最も頑丈な物質、かもしれない」
「へえ、それで?」
「『それで』だと。キミはバカだな」

晴天の中、少年は目の前の作業に執心している。それがネスティをいらだたせる。

「何よりも硬いとなれば価値は計り知れない。製法を解明して同じ合金、あるいは1・2段劣った合金でもだ、量産できればどうなる?リィンバウムを一変させる技術革新が起こるさ」

ネスティのため息。

「だというのに、それを『鉄板焼き』に使おうという奴をバカと呼ばずにどうする」
「シェフと呼んでくれ」

少年はおどけたようすで、装着したエプロンをポンと叩く。

2人の間には高足付きコンロがあった。火のついたソレの上には件の合金板が乗っている。

「それに僕だって好きで鉄板焼きに使ってるわけじゃあない」

少年は板に油をのばしながらぼやく。

「本当はフライパンに加工したかったんだ」
「はあ?」
「なのに鍛冶師が『加工できない』って泣くんだよ。そんなバカなと思ったが、最も硬いならしょうがない。
せいぜい鉄板焼きに有効活用させてもらう。もうちょっと厚みが欲しかったけど」
「本当にそれで良いのか?」
「良くはない。今すぐにでもフライパンにしたい」
「蒼の派閥の召喚師を志す者として、優れた研究対象をそんな扱い方して良いのかと訊いている」
「問題ない。そもそも研究なんて僕には似合わない」
「……キミは本当にバカだな」

少年がバカをやってネスティが呆れる。いつものことだった。

「ちなみにこれから僕の後見人、チャールズさん・ハンドラーさんの幹部就任祝いの花見さ」
「なるほど」

視線をずらせば、満開の木がある。そしてシルターンの『ござ』、日よけパラソル、テーブル・イスなどがセッティング済みである。花見の席に相違ないだろう。

「しかし、なぜ、よりにもよって『蒼の派閥の敷地内』でやろうと思ったんだ!?」

『超々希少品の無駄遣い』よりも重大な問題があるという事実に、ネスティは頭をかかえる。

「だって今日が絶好の花見日和で、ココが庭師しか来ない隅っこの死角で、最高の穴場だったから」
「見つからなければ良いという問題じゃない。この学究の聖域で肉を焼いて騒ごうなどと!」
「別に騒ぐ気はないって……それに許可とっているし」
「……なに?」
「ハンドラーさんがさあ、『臭いと騒音を外に逃がさない電磁フィールド発生器の実験』という建前で許可をもらったんだって。あ、噂をすれば」

ちょうどそのとき、漆黒ローブのハンドラーがやってくる。そしてポツリと一言。

「権力万歳」

イスに腰かけ微笑むハンドラー。そして満面の笑みで肉をやく少年。

蒼の派閥の変人トップ2を前に、ネスティはただ愕然とするばかりだった。



花見(結局ネスティとその妹弟子も参加した)のあと、合金板は『グリドール』という銘を与えられ、木製の持ち手を付け足される。

そしてハンドラー謹製の腕輪型召喚デバイスもあいまって、グリドールは調理器具および防具として活躍するのだが、それはまた別の話。



~~~~~~~~~~



・擬剣『グリドール』

剣ではない。摂理を捻じ曲げたかのごとき硬さ。

『とある魔剣鍛冶師の最高傑作』を持った『とあるヤングな大幹部』が、グリドールの破壊に挑んだとする。

先に大幹部のハートが折れるだろう。



・ハンドラー

蒼の派閥の機界召喚師。

黒が好き。闇も好き。天使か悪魔かと聞かれたら『悪魔』と答える派。堕天使も可。

黒炎を放つ漆黒のフレイムナイト、黒翼の看護用機械人形を護衛獣としている。なお黒炎にも黒翼にも特別な効果はない。

ネーミングセンスがない。語感がカッコいいなら何でもいいと思っている。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.52697896957397