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[31899] Fate/zero 魔術師の聖杯戦争
Name: 融電社◆ac4b17f8 ID:95e64f2b
Date: 2012/03/09 16:44



                      アラヤ、何を求める? 





                    ――――真の叡智を――――






                      アラヤ、何処に求める?






                   ――――ただ、己の内にのみ――――






                      アラヤ、何処を目指す?







            ――――知れたこと。この矛盾した、螺旋≪世界≫の果てを――――










[31899] Fate/zero 魔術師の過去
Name: 融電社◆ac4b17f8 ID:95e64f2b
Date: 2013/01/14 21:12
 
人間を助けようとした男がいた。
 
 
 その理念の為。彼は「魔術師」という道を選び、数百年を生き続けた。
 
 
 人間に絶望してもなお、目的の為に、静止し続ける。
 
 
 台密の僧の一家の嫡子として生を受け、祈りと戒律が人を救うのだと教えられ鍛錬にいそしむ日々は、幼い心身を堅く、重く。鋼を思わせる頑健な体躯へと成長させていった。
 密教の道へと進むからには、心を鍛えなければならない。心を鍛えるには己の肉体を極限まで酷使し鍛えなければならない。
 過酷な日々に肉体が悲鳴をあげ、立つことも間々ならない日もあったが男の心は折れず、曲がらず。苦痛に耐えれば耐える程に鍛えられさらに頑強に、さらに強靭に。
 過度の苦痛に耐えられる理由は単純であった。
 人並み外れた自我。諦めという言葉はその男にとっての死語。たとえどんな難題であろうとも成し遂げるだけの不撓不屈の精神力を備えていたのだ。ゆえに、身体が心に合わせるようにして、強くなるは道理。
 心は体を支え、体は苦痛に対し適応する。幾たびの苦行に耐え幾日も、幾年もすぎた頃。幼く小さな体はいつしか青年のそれへと変わっていった。
 御影石を思わせる黒髪に、平均的な日本人を上回る体躯。苦行に耐える過程で表情を失くした顔付きからか、同門の者にすら、畏れられるありさまだった。
 
 ふと。
 木の影からこそこそと此方を覗き見る、童が数人。そちらの方へ目をやれば蜘蛛の子を散らすようにして逃げ去っていく。
 物珍しさからか、好奇心旺盛な子供のこと。男の噂を聞きつけて僧舎まで足を運んだのであろう。
 本人は気にもとめなかった。これからは己の手であの子等の笑顔を見守っていくのだと思うと、それで十分だったのだ。
 代々受け継がれてきた、内と外を分け隔てる秘術。結界造りにも稀代の才能を開花させ。いつしか自他ともに認める、礼節と教義を重んじる、一人前の僧となった。
 太平の世であったならば、男は極々平凡に生き、時間に老いて、人として死んでいっただろう。
 だけども、それは仮定の話。
 時代は巡り戦国の世。力は法であり、力が法であった暴虐の時代。
 貴族衆の貧弱な治政に不満をあらわにした、地方の力ある豪族達による反乱。だれもかれもが野心を宿し、くすぶっていた火種は日の本全土を巻き込む業火へとなる。
 
 武士の奇襲。税の強引な徴収。
 
       焼かれる村。みせしめの為。
 
             農民の悲鳴。無意味な殺戮。
 
                   消えていく平穏。荒ぶる戦乱。
 
 手の内で冷たくなった、幼い命。
 大きく、鋼のように強靭で、太い。それは男の手であった。硬い腕の中で、温もりが消えた骸を抱えながら。踏み倒され、手ひどく荒された田園の中で男は佇んでいた。
 暗い僧服に身を包み、その顔もまた暗い。戦火に怯えるようすは欠片も見せず。失った笑顔の為に悲しむことすらできない。
 あたりには首をへし折られ、鎧に風穴を開けられた死体が十数人ばかり転がっている。いまだ体温の残るそれは、一人の人間が産み出した惨状とは信じがたい。

 鍛えられた拳は紙細工をやぶる如く、鎧を穿ち。刀槍で武装した武士にも引けを取らず、度を越した鍛錬で己の命を拾うことはできる、秘術を使えば命を永らえることもできる。だがそこまでだ。
 殺すことでしか誰かを守れない。私は救いたかった、子供も武士も、全ての人間を。
 男は泣かなかった。修行の果てに感情は捨てていった。強靭すぎる魂が、折れることを許さない。
 
 男は全国行脚を始め、いたるところで人を救い続けた。それでも救えない、救いきれない。
 争いを止めない人間。戦いを求める人間。恐怖から人を殺す人間。餓えをしのぐ為に人を殺す人間。金の為に人を貶める人間。安全の為に嘘を吐く人間。嫉妬から謀略を練る人間。人を殺す――――自分。
 人を救おうとするたびに、それらが目に映る。耳に響く。心に残る。
 それでも助け続けた、それでも諦めきれなかった。人は救う価値があるのだと信じたかった。
 そして、男は人間を『止』めた。禁忌とされる法術に手を染め、いずれ滅びるであろう肉体を棄て、代替可能な人形を魂の憑代とした。
 
何度でも。助けた。
 
何度でも。殺した。
 
何度でも――――――。
 
 男は立ち尽くす、血臭の漂う戦場で何度目の――いや何百、何千と戦場へとおもむき。可能なかぎりの人間を助けようした男の終着点。
 
 薄闇が広がりつつある山々の中で繰り広げられた争いに、勝者などいなかった。ある者は槍ではらわたを掻き混ぜられ。ある者は流れ矢を受け眠るように。
 生き残りはいるのだろうが、落ち武者はいずれ小遣い稼ぎが目的の農民に狩られるのだろう。武具や鎧は高く売れるのだから、当然といえば、当然といえる。
 累々と死者が連なる。地獄とはこのような光景なのだろうかと、何故かそう思った。
 あてもなく彷徨い、目的の「者」だったモノを見つけた。
 一言で言えば若者。少年と青年の間ほどの年齢だろうか。神を信じ、人を信じ、私を信じてくれていた。
 餓えた農民に手を差し伸べ、神の道を説き。それは英雄とでも呼べばよいのだろう。
 力に屈さず、神に依る衆性の救済をと、そんな熱を帯びて語る一人の若者に。私は。
 一欠けらの希望と言うものを感じていたのだろうか。
 膝を突き、死の直前になにを見たのだろう。強張った形相のまま固まった表情に手を添える。
 死後硬直からか開ききった瞼を閉じてやることすらできない。
 もはや何も感じない。同胞を喪う悲しみに悲しまず。鎧を打ち砕き、内臓を潰す感触にすら思うことは何もなかった。
 ただ、戦場で人を殺し、人を救う。それだけのことなのに。
 いつも自分だけが生き残り、他人を救えず。自分の命しか救えない。先祖伝来の秘術を知り、鋼の肉体を持っていようとも。これは一体なんの冗談なのだろうか、滑稽にして度が過ぎているのではなかろうか。
 何度繰り返しただろうか、何度繰り返すのだろうか。人間という救いきれない存在を、救いきるには一体どうすれば、いいのか。
 殺戮の果て――――答えを得る。
 人は死ぬ。どのうような善行を詰もうと。どのような悪行を働こうとも。人は死ぬ。
 死を以てして人は完結する。それはいわば絶対。誰にも避ける事のできない終着点。
私に、人間を救うことはできない。ならば、せめて記録しよう。救えぬのならば。どのように生きたかでなく、どのように死に到ったかを。
 始めよう。死の蒐集を。
 
 
 
 
 
 



[31899] Fate/zero 人形師の邂逅
Name: 融電社◆80b40c8e ID:b6f73291
Date: 2023/07/24 21:18
 ただ一つの、圧倒的な事実。

 それを前に、あらゆる生物は例外なく膝をつく。

 どんな幸福な人生も。

 どんな名誉ある生涯も。

 それの前ではあらゆるものが等価値であり、無意味。

 
 ――それは、死。

 死ぬ、ということ。



 陽が落ちる、それはことわりの必然。幾度となく繰り返された、不変的な現象であり日常。
 大気は冷やされ、温もりを失い。北風はたちどころに人々の体温を奪い去る。無機物で構成された鉄筋コンクリートに暖かさなど望むべくもなかった。効率と便性。建設コストを突き詰めればそこに愛情などというものは存在せず。計算され尽くされた構造物としての付加価値が存在するのみだ。
 夜を恐れる人間は、科学の光が闇を取りさった現代となっては、数少ないのだろう。
 路地を歩くに、街灯やネオンの瞬きが眼に届き、僅かばかりの安心を提供し、雨に濡れたアスファルトは無機質にたまりきった水を排水溝へと流して、日々の生活を維持し続ける。
 
 時代を経るごとに、成長し拡大し、人間がより暮らし易く、より安全に、不自由なく過ごすことのできる、牢獄。
 文明が流入しようとも人間共は変わらない。何時の時代だろうとも、その本質は変わることはない。
 光の照らしだされる大通りとは違い、裏路地では薄暗い影がその主役の座に収まっている、光を好む人間もいれば、影を好む人間もいる。たとえば妖しげな薬を売り買いする若者の溜り場、人目につきたくない時にはそうした場所が必要になってくるのだ。絶えず人は、影を求め続けるものなのだ。本心を隠す暗がりを。
 光が射せば、影が伸びるように。その影もまた濃くなっていく。それでも、影の中にあっても覆い隠すことがでないものがある。
 例えば。硬い靴音を、響かせながら街を往く、一人の男のがその一例だろう。
 影に飲み込まれることなく、光を拒むわけでもない。その存在は人型のうろとでも呼ばれるべき、濃縮された闇。
 昔話に語られる魔法使いを思わせる装い。夜すら塗り潰せるほどの苦渋で染め上げられた丈の長い外套。上着、そして中着も同じく黒色、首元から掛けられた数珠。
 年は四十か、身の丈は二メートル近く、服の上からでも分かる鍛錬と調練の成果たる、頑健な身体。
 だが、それも仮初めの肉体にすぎず、元来の肉体を模した人形でしかなく、内包されたゴーストの有無だけが男を男たらしめている証左。
 そして。
 奈落の底よりもなお暗い、しかし何者にも負けぬ意志を宿した瞳。
 この世の苦悩を背負いながら瞑想をしている修行僧を思わせ。足取りは、急ぐでもなく。刻まれるはメトロノームの如く一定した歩み。
 一歩、一歩を踏みしめる。迷いもなく。高度成長期に建てられた高層建築群の残骸の合間を行く。
 必要以上に作られ、誰のためでもなく朽ちていく存在は、卒塔婆のようにも見えるのだが、そんなものを必要とする物好きな人間も、極わずかだがいるのだ。
魔術師と呼ばれる、今に魔導の業を伝える人種が。
 
その中でも極めつけの最異端。時計塔と呼ばれる学び舎で顔を合わし、共に学び、卓越した人形制作技術を持ち、凡庸な己と違いその血筋も受け継がれた純血種として申し分のないものを持ち合わせた。
 人間の肉体を通じて世界の真理へと到ろうとし、完璧すぎる人体を創り上げる事に成功。本人すらも望まぬ封印指定を受けるはめになろうとも、未だに研鑚を続けている。世界に五人しか存在しえない『赤』の称号を持つ魔法使い。
 黒が。歩みを止める。
 暗い視線の先には地上四階建ての、外装すら施されず雨ざらしとなった、なんのことはない外見からは単なる廃墟にしか見えない。
 秘術を隠匿し研究する為には相応の施設が必要だ。部外者を排除し、黙して研究に没頭することのできる自己の領地。それが魔術の工房。幾重にも張り巡らされたルーン文字による人払いの結界は、一般からすれば知覚するのは無論のこと、此処へ立ち寄る意識すらさせない。
 
 結界とは即ち己の心の魂の在り様を映す鏡。固たる意志を以て拒絶する、その概念で創り上げ、編み上げられた魔力の網。それが結界の本質だ。
 極論すれば、意志が強ければ、強いほどに結界の強度、密度は増すのだ。無論、術者本人の技量にも左右される。
 二世紀に及び結界術を研鑚し続けた僧の眼には、見事に研磨された宝石を思わせる、ある種の美しさに満ちていた。それは才能が産み出す美しさだ。
 
 己には望むべくもない、生まれ持った超人としての賜物。隔絶した越えようもない血。
 
 己には才能が存在しない。故に、積み上げ続けることに没頭し続けた。

 己には、それしかできない。それだけを、それをのみを。己を研磨し続けた。
 
 ――――カチン。
 
 扉を目前。
 独りでに、鍵が開いた。
 ゆるりと手を伸ばす。握り、真鍮製のドアノブは静かに金切り声を上げながら、捻られ、一歩。踏み入る。
 剥き出しの荒いコンクリートを。重く、確かな足取りで歩む。大きな靴が踏みしめる度。細かな砂利がすり潰される囁きにも似た軋みが、鼓膜を震わせる。
 眼を右へ、左へと回し、散在した人形たちが出迎えた。
 奇妙な来客を見入るかのように、魂のない瞳を向けてきた。どれもが精密。だれもが空洞。人の似姿を模しただけの、空の器。
 不足しているがゆえに、完成されている、不完全な肉体。
 いくつもの電源の切れたアナログのブラウン管が出迎えるも、興味はないと一瞥にされる。それもそう、今。この場所に興味があるのではない。
 視線の先には、工房をを占有する主。態度は不遜。雑多な書類、古書、珍妙な品々に不法占拠された業務机に両脚を乗せた、女。十代後半だろう、妖精の如き妖しさを含めた人形師は客人を出迎えるでもなく、依然、体勢を崩すことなくつろぎ白のワイシャツに、皮のパンツを着こなす様は見事に堂に入っている。学院より出奔した才女は口元に煙草を燻らせながら、久しき学友に言葉を告げた。
 
「来たのか、荒耶」
 
 生きることに飽いた、気怠さと。賢者が持ち合わせる思慮深さを足したならば、このような声が造られるのか。紅色の唇から伝わる呼気は静かに、大気を媒介に来訪者に向けられる。彫像の如く佇む男は、わずかばかりに顎を引き、その意に対して肯定する。
 それを見、女は僅かに誰彼にも聞かれるように溜息を吐いた。そうするのにも理由があるからだ。
 通常、魔術師と呼ばれる存在は生まれながらの異端だ。
 あるものは生まれながら殺人衝動を持ち。あるものは破壊のみに特化した魔法を駆使し。己の肉体を蟲へ換装し長寿を得るものもの。死徒とよばれる生きた死人に成り下がる輩――等々、例を上げればきりがないほどに他種多様だ。
 ひとつだけ、永久に変わらないルールがある。
 魔術の隠匿。「魔法」が人間へと手渡された時から続く、不文律。中世時代に魔女狩りと言う言葉が生まれたのは、戒律を破った魔術師のみせしめの意味を込めているのだと、今は亡き祖父が教えてくれた。
 神秘の源流から分かれた力の支流こそが、肉体に宿る回路を通して発現される。支流は太ければ、太いほどにその力を増していき。細ければ力を失う。かつて魔術は、魔法であったのだ。時代をへて魔法を知る人間が増えたことで、魔術へと格下げされたのだ。
 衰退を防ぐべく。設立されたのが学院と呼ばれる。魔術師による魔術の為の相互監視による管理体制を布いた。仮に、魔術の魔の字もしらない一般人が、魔術を目撃した時。彼――あるいは彼女――の運命は。
 処理だ。
 シンプル、そして確実。至極、分かりやすく、迅速。魔術とは神秘であり、神秘であり続けるから魔術なのである。
 
 白磁の指先に挟まれた、煙草に灯を燈す。肺を通して豊かな紫煙をゆるりと味わう。手製のものであるからひとつ、ひとつ僅かな違いを楽しめるのも密やかな楽しみだ。もっとも、目の前に在るこの堅物にとっては興味のない事。
 表情ひとつ、眉ひとつ動かさずに佇む男は、開口した。
 
「約定の儀、失念してはいないようだな。蒼崎」
 
 自分が諦めた道を、迷いもなく進む。意志の怪物に忠告など焼石に水。私が何をしようが止まらない、無駄だと知りながら、無意味と知りながら私は、知りうる限りの情報を擦り切れたテープレコーダーの如く、再生を始めた。
 
「荒耶、お前ほど根源を求め、お前ほど根源に嫌われた存在が、願望機たる聖杯に選ばれる――――皮肉にも程があろうよ」
 
 眼を細め、男の右手には確かに、聖杯に選抜された証。三画の令呪が刻まれている。
 渦を巻く螺旋、力を秘めた紋様は圧縮された、無色の魔力の塊。供する事でサーヴァントへの絶対的な命を下せる、三回限りの切り札。伝説の願望機が呼び出す、七騎の英霊を従える為の楔。
 
「名門アーチボルト家より『神童』ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。若年にして降霊科の講師も務める天才だ、お前も知らぬ名ではあるまい? 風と水の二重属性を持つその道のエキスパート、純粋な競い合いならば誰であれ引けを取るまい、参戦した目的はただ拍を付けたいがための名誉欲か」
 
 唯、頷き。脳裏へと焼き付ける。
 
「イタリア、イグナチオ神学校を主席で卒業した経歴を持つ、聖堂協会より言峰綺礼。異端殺しが専門の『第八』に所属していた元代行者、父親は言峰璃正、聖堂教会第八秘蹟部所属、第三次聖杯戦争に引き続き、第四次聖杯戦争の監督役を勤め、今現在では冬木の地の管理者。遠坂家当主、遠坂時臣の師事し鍛錬に励む――――か。」
 
 大凡の検討は付く。監督役ごと抱き込み表向きは敵対関係を装うのだろうが、手を結んでいる公算が高い。
 
 そして。
 
「始まりの御三家。アインツベルンの傭兵、衛宮切嗣」
 
 その名を口にした瞬間、僅かに眉間に皺が刻まれる、誰とは、言わない。
 すでに抑止力は働いている。一抹の慈悲もなく魔術師全ての望みを打ち砕いてきた、力。ある者は老いに。ある者は志半ばに凶弾に倒れ。ある者は目的を見失い、手段を目的と履き違える者。延命に明け暮れ、延命し続ける者。
 その力には決まりきった形は存在しない。この私でさえ辿り着けず『諦めた』のだから。それでさえも釈迦の手の平の猿のようなものだ。絶対に勝てないモノ。それが抑止力。
 高位魔術師、代行者、極めつけは魔術師殺し。未知数の魔術共全ては、荒耶という存在に対する力の具現だ。
 それでも尚、此奴は止まらない。度を越えて真理を求めた過程で得た、ほぼ不死身とでも呼べる肉体を以てして尚、敗北し続けるのだから。
 椅子へもたれ掛った体勢のまま、何処から出したのか手にした黒い匣を――――投げた。
 弧を描いて、飛ぶモノはいつか重力に引かれて墜ちていく。何であろうと覆すことのできない理。永遠に飛び続けられるとすれば夢物語に語られる魔法使いぐらいのものだろう。
 何処ぞの神話にこんな話がある。空を目指して蝋付けされた翼を手に入れた若者が、太陽に近づき過ぎた為に、地に落ちるという話。落ちるしかなく、落ちるしかない。終点の果てへと至る鍵を、太い指は確りと握りしめる。
 
「それならば、お前の望む英霊を呼べるだろう。お前に相応しい、最弱の英霊をな」
 
 最弱。

 それに付けられた忌み名。
 選ばれし七騎、その中で最弱と呼ばれる魔術師キャスターの座。
 魔術戦においては最高峰の腕前を保有しているが。白兵戦、肉弾戦については虚弱の一言。苛烈な戦闘に活用することのできない英霊。
 ホームグラウンドがものを言う陣地でこそ難敵だが、戦場が火力のぶつけ合いとなった途端にその脆弱性を露呈してしまう。脆い術師。
 三騎士のような火力はないが、その分魔力消費が少なく扱いやすいクラスと言える。
 
 何かと穴の多い能力を持つ荒耶の力量を考えれば、それが最適なのかもしれない。
 
 その解に返すように、男は語る。
 
「弱い英霊など存在しない、強い英霊もまた存在しえない。扱える者が弱いか、強いか。それだけでしかない」
 
 なるほど、確かに。この男ならば、どの英霊を招来しようとも同じことだろう。
 
 「荒耶、お前は聖杯に頼ってまで、一体なにを望む?」
 
 私は何も望まない、男は言った。人間に絶望し、誰ひとり救えず、尚も諦めきれない人間の成れの果ては、言った。

「私の行為が、無意味であることは知っている。行為が無に帰そうと、愚行であろうと、無為であることより私には耐えられる。抑止の力であろうとも、排除する」魔術師は断言する。己の勝利を。真理への到達を。

「ああ、そして。いつもの様にお前は負けるのだろうよ、荒耶宗蓮」人形師は予言する。彼の未来を。敗北への道を。
 
 自己矛盾の塊は踵を返し、背を向け、ただ、一言。
 
「――――――――――――勝とう」

 荒耶は静かに、低く言った。その声は重く、響き、どこまでも空虚だった。
 



[31899] Fate/zero 魔術師の召喚
Name: 融電社◆f1c5a480 ID:dddad5af
Date: 2023/07/24 21:29
 
 男のゆく道は、死に塗れていた。
 
 西に人が困っていると聞けば、助け。
 
 東に戦があると耳に入れば、単身で止めにかかり
 
 北に飢えが広がっていると知れば、手を差し伸べ。
 
 南に疫病が蔓延すれば、その死を弔った。
 
 男はゆく先々で、死に触れた。
 
 それは苦行であり、求道であり、愚直であった。
 
 助けられた者がいる一方、それに倍する者が死んでいった。
 
 助けられたのではないかと、苦悩が積み重なる一方で、未熟さゆえに、力量が足らぬ所為だと、己を戒めた。
 
 時が過ぎ、十年が過ぎた。段々と死が積み重なる
 
 男は諦めなかった。
 
 時が過ぎ、五十年が過ぎた。不毛なる死が、男を変えていった。
 
 男は諦めなかった。
 
 時が過ぎ、百年が過ぎたころ、既に男は人間を止めていた。
 
 男は、変わってしまった。
 
 累々と積み重なる死が、男の精神を蝕み、数百年がたった今も、男は生きながらえている。
 
 救えなかった者を弔う為に、救えなかった者を記録する為に。死が万民に訪れる、死が終焉であり、最後の安息である。
 
 先々を放浪し、各地を回り、人間の本質に触れた。
 
 欧州の最果て、英国を足を運んだ、そこには望むだけの知識があり、望むだけの蔵書があった。
 
 時が経ち。
 
 師が出来、友が出来、居場所が出来た。
 
 だが、男の出した結論は変わらなかった。
 
 救いようもない人間の価値とは、どう生きたかではなく、どう死んだのか、だと。男は結論した。
 
 そして男は、結論を求めている。
 
 六十年に一度行われるとされる、万能の願望機を賭けた、殺し合い。
 
 聖杯戦争と呼ばれている。英霊の座に導かれた、英雄傑物をサーヴァントとして召喚し、殺し合わせる儀式。
 
 それは人間世界の縮図のようであった、飽く事無く繰り返される、戦争と簒奪。願いを叶えられるのは、たった一人の祈りのみ。
 その戦いに、男は挑もうとしている、己の望む世界を叶える為に。
 
 
 ■  ■  ■ 
 
 
 男は、冬木の地を、訪れていた。
 
 深山町に存在する、霊山。
 
 すなわち――――円蔵山、柳洞寺。
 
 かつ、こつ、と石段を踏む音が、夜の山道へと明瞭に響いた。足元を照らすのは、満天の空に輝く月のみであろうか。
 
 歩みを進めながら、思考に耽る。
 
 予め、寺内の人間には暗示を施し、帰宅させてある。召喚の儀、そして聖杯戦争中は邪魔が入らぬという配慮の下に。
 
 聖杯戦争という殺し合いにも、最低限のルールが存在する。魔術師である以上、神秘の隠匿については今更語る必要もないだろう。基本的に、聖杯戦争は暗闘。人々から隠れ、目と耳を気にしながらの戦闘となる。
 
 サーヴァントという規格外の英霊を使役するその戦いは、言葉を失うに匹敵する。いや、常人がみたならば、速やかな『処置』が成されるだろうことは、想定の範囲内だ。
 
 目撃者は『いない』事となる。軽度な暗示程度ならまだしも、大量の人間の物理的な『処理』とまでいけば、聖杯戦争の根底が覆る事態と成りかねない。
 
 中立を標榜する、聖堂協会から監視兼、監督役が派遣される。魔術協会から派遣したのでは中立的な審判ができないからという理由でだ。
 
 元来、協会と教会は対立している組織体だ。方や異端を排する世界宗教の総本山、方や真理を追求する異端組織、水と油。火と水のように相容れぬ組織。
 
 根源の渦に至ろうとする事柄は魔術師の本能のようなものだ。求めずにはいられないもの、仮に、百人の人間を殺す事で根源の渦に至れるなら、迷うことなく、百人を殺してのけるだろう。
 
 犠牲を厭わず辿り着く、それが魔道というものだ。だが、大量殺戮と神秘の隠匿は矛盾するものだ、誰にも目を付けられず、誰にも知られずに、真理へ至る事は至難だ。単純な殺戮ではない。最小限の犠牲、最大限の隠匿を以てして、聖杯戦争は遂行されるのだ。
 
 石段を登りきる。静かな闇の中に佇む本堂と、その合間の広間。ここが私の召喚陣を刻む場所となる。
 
 青崎燈子から聖遺物を譲り受け、英霊の召喚を行うための準備に取り掛かった。
 
 自身の持つ魔力、結界魔術で陣を構築する、真円を描き、微細な文様を魔力の網が精緻な力加減を加えられる事によって、描かれていく。曲線を主体に、直線を足していく。
 
 消去の中に退去 過去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む、正確極まりなく。間違いなく。
 
 儀式の準備は、至極単純である。
 
 第一に、聖杯の選別に会い、令呪を宿している事
 
 第二に、呼び出した英霊に、供給できる魔力を有する事。
 
 第三に、英霊を呼び出す、召喚陣を描く事。
 
 これが全てだ。召喚の儀は荒耶の専門とする所ではないが、これほど簡略化された儀式ならば、荒耶でも行使は可能であった。
 
 古代から幅広く集められた英雄を、使役し戦わせる。にわかには信じがたい。
 
 これほどの大魔術を執り行うのに必要なのが、令呪と己の魔力、召喚陣のみであるということ。
 
 恐るべきは、根源の渦に至ろうする魔術師達の執念であろうか。百年以上昔の事。
 
 遠坂、マキリ、アインツベルン。御三家と呼ばれる魔導の大家が共同で構築した、大魔術の結晶、それが柳洞寺に眠る、大聖杯の力であろう。
 
 それぞれが得意とする分野、土地、魔術。互いに欠落していたモノを補いながら、それは完成した。すなわち、万能の杯、聖杯が。
 
 耳にした限りの情報では、聖杯が叶える祈りはたった一人のみ。それが御三家が分裂する切っ掛けだった、根源の渦に至ろうする魔術の執念は、尋常のモノではなく、結果、殺し合いに発展した。過去に、三度行われた聖杯戦争に勝者は無く。いまだ、祈りを叶えた者もまた、いない。
 
 改めて、己の手の甲を見入る。刻まれた令呪が、息づいている。
 
 何故、己なのか。何故、今なのか、答えはない。解かるのは、己が聖杯戦争に参戦するべく選ばれたという事。
 
 聖杯の託す望み、それは、最初から決まっていた。根源の渦に至る事、望みが叶う時が来たのだ。
 
 6人のマスターと、6騎の英霊を殺すだけで、だ。
 
 容易い道ではない。
 
 アーチボルト家9代目頭首、ロード=エルメロイ。天才の名を欲しいままにする、生まれついての『神童』術者としては稀な二重属性を持つ。
 
 遠坂家5代目継承者、遠坂時臣。宝石魔術を得意とする、セカンドオーナーとしての顔を持つ。
 
 言峰綺礼、聖堂教会所属の異端者狩りの達人、代行者であった経歴を持つ男。
 
 そして、魔術師殺し、衛宮切嗣。関門となるはこの男。
 
 曰く、常道の魔術師ではなく、魔術協会に雇われ、金と引き換えに魔術師を狩る事に特化した、魔術使い。本来の魔術師は根源の渦を目指し探求を続けるが、この男は違う。殺しとして技能として、魔術を使うのだ。例を上げるに、狙撃、爆殺、毒殺。挙句の果ては、旅客機ごと撃墜という惨事を引き起こした。尋常の手合いではない、常軌を逸している。
 どれだけの執念が、どれほどの妄念が男を突き動かすのだろうか。
 
 まともな殺害方法など、一度足りとも存在しない。
 
 私に恐れなど微塵も存在しない。これも、己の道を阻む抑止力であろうと。私は勝ってみせよう。そのための準備なのだから。
 
 霊地としては、冬木の地でも破格を誇り、加えて円蔵山は天然の要害である、霊体悪霊を寄せつけぬ、昔から強固な結界が張り廻らされており、陣を敷いてしまえば敵には攻めづらく、己には守りやすい。霊脈を流れる膨大な魔力は、自身の魔力供給を容易くし、回復を早める。
 
 その立地の良さから御三家が我先にと、居座ってる事を想定したが、それは杞憂だった、魔術師は影も形もいない。
 
 到着して半刻もせずに、自身の得意とする結界を張り、更に強固な守りを実現した。使い魔は入る事はおろか、視認する事すら敵わない。安心して召喚の儀を行えるというものだ。
 
 懐から黒い匣を取り出す、蓋を開け、目当ての物がそこに鎮座していた。
 
 かつて神代の英雄たちが冒険を共にした船、名をアルゴー号という。その船の一部の僅かな、木片である。これを鍵に目当ての英霊を召喚することができれば、晴れて聖杯戦争の始まり。
 
 頼れるのは、己の知識、力量、鍛えられた五体、身体を流れる魔術回路、そして自身が最も頼りにする結界魔術のみである。
 
 戦うに赴くことに恐れはない。真に恐れるべきなのは信念を違えた己のみである。
 
 結界にて、召喚陣が描き終わる。漲る魔力が湛えられた、古の湖面を思わせる風情。
 
 召喚陣のすぐ傍にに聖遺物を、置く。
 
 ここに召喚の準備が整った。後は、呪文を唱え、英霊を召喚するのみ。
 
 迷いなく、魔術師は脳に焼付いた呪文を唱える 
 
 みたせ みたせ みたせ みたせ みたせ
 
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
 
 繰り返すつどに五度。
 
 ただ、満たされる刻を破却する」
 
 全身の魔術回路が励起し、魔力を根こそぎに消耗し、食われていくという感覚。平均的な魔術回路しか持たない男にとってはそれは苦痛であり、焼き鏝を押されるに等しいが、男にとって耐える事は些事であった。
 
「――――告げる。
 
 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
 
 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 
 いつしか召喚陣は、僅かな燐光を帯びていた。閉じ切った夜に一陣の風が吹く。いつしかそれは回り、廻り、颶風となって陣の中心へと収束していく。
 続けて魔術師は唱え続ける。
 
 「誓いを此処に。
 
 我は常世総ての善と成る者、
 
 我は常世総ての悪を敷く者。
 
 汝三大の言霊を纏う七天。
 
 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
 
 マナの奔流が収束し、一瞬にして光が立ち込める。
 
 夜を切り裂く眩いまでの閃光と、巨大な風圧が一瞬だけ大きな身体を動かした。視線だけは動かさずに陣を見据えていた。
 
 いつしか風は止んでいた。
 
 月下の元、陣の中心に畏まる、影がひとつ。
 
 いや、影ではない。それは凡百の使い魔とは文字通り桁が違う、霊格を宿した、本物の英霊。本物の英雄。
 
 紫色のローブに身を包み、金の錫杖を抱えた、妙齢の女性。だが、弱さは微塵も感じられない。自身と誇りが、形作るのは歴戦の風格。フードにて目線は隠れているが、確かに此方を見据えていた。
 
 「――――問おう、貴殿が、私を召喚せしめしマスターか?」
 
 夜気を震わせる柔らかくも透明な声、常人ならば威容に恐れ、怯み、言葉をたがえるだろうが、魔術師は違った。
 
 「左様、私が召喚者だ」
 
 男は浪々と答える、迷いなく。恐れもなく。
 
 彼女は鷹揚に頷き、紫色に染められた唇が、微笑を湛え、静かに答えた。
 
 「契約は成立しました。この身、この杖、我が魔導の業を以て、聖なる杯は、我らの手中に入ることと相成りましょう」
 
 そして、さらに続けて。
 
 「それでは、魔術師殿。貴殿の名をここに問いましょう」
 
 これが最初の契約。
 
 男の名は。
 
 「魔術師――荒耶宗蓮」
 
 
 
 
 
 
 


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