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[40487] ケイオス帝国、ハルケギニアへ進軍す
Name: 乾物屋 ◆d6c2482c ID:eac87027
Date: 2014/09/18 17:32
魔法と機械が共栄する世界。その世界の中軸であるケイオス帝国の若き皇帝ハー
ヴァイが突如姿を消した。原因は異世界による召喚魔法であった。この横暴に強
い怒りを持った帝国は皇帝奪還の為、異世界へと進軍する。それはやがて二つの
世界を巻き込む大戦争へと発展する。ゼロ魔に対してアンチ要素満載です。ご了
承下さい。


にじふぁん時代に削除された作品です。



[40487] 第1話 プロローグ
Name: 乾物屋 ◆d6c2482c ID:eac87027
Date: 2014/09/18 17:34
 ここは機械と魔法が共栄するとある世界。
その世界にケイオスという名の帝国があった。

強大な国力により他の国々を従え、急激に繁栄してきたケイオスは帝国の誕生から僅か十数年で世界の半分を手に入れた。
ケイオスによる支配は主に力による蹂躙で、初代皇帝であるザガンは血も涙もない鉄の皇帝と呼ばれ、人々に恐れられていた。
しかし時は流れ、ザガンは病魔に冒され、志半ばでその命を散らした。
彼の死後、息子であるハーヴァイが20歳という若さで皇帝の座に着くと、ケイオスは僅かに変化の兆しを見せる。
人格者で穏やかな性格のハーヴァイはその知略と手腕を用い、先代の王ザガンとは異なった融和による政策を行っていったのであった。
いくら皇帝が変わったとは言え、力による支配を行ってきたケイオスのあまりに正反対な動きに、始めは他国から懐疑の目を向けられていた。
だがハーヴァイはそれでも諦めることなく、自分の意志を貫いた。
その結果、少しずつではあるが、他国と手を取り合い、ケイオスは生まれ変わりつつあった。


そんなある日のこと、帝国全土を揺るがす事件が起きた。
現皇帝であるハーヴァイが突如姿を消したのである。

ケイオスに恨みを持つ者が拉致したのではないか、はたまた現皇帝の政策に反対する一派の強硬か。
上層部は騒然となっていた。

先代からの側近であったアーバンは機械の力と魔法の力を駆使し、ハーヴァイの失踪から二日もかからずに彼の居場所を特定するに至った。
ハーヴァイは召喚の魔法によりハルケギニアという異世界へと連れ去られていた。

「…何と、召喚の魔法とは」

アーバンはあまりのことに絶句した。
この世界にも召喚の魔法は存在する。
しかし、それはあくまで幻獣と呼ばれる精霊の一種を呼び出すものであり、しかも双方の同意を得なければ使用出来ず、一方的に使役することは出来ないのである。
だが、ハーヴァイを連れ去った魔法は彼らの常識の外にあった。
人間、それも同意を得ずに半ば強引に連れ去る。
最早、これは召喚では無く、ただの誘拐である。
アーバンは激情に駆られ、久し振りに殺意を抱いた。

「誰だかは分からぬが、若を攫うなど生かしてはおけぬ!」

世界を特定さえ出来れば、そこが異世界であろうと彼らには移動する手段がある。
その名はゲート。
この世界に古代から存在する謎多き存在。
人だけでなく飛空挺などの大型の乗り物でさえも望む場所へ運ぶことが出来る。
ケイオスが他国に対して、大きなイニシアチブを取れるのも、このゲートの存在が大きい。
無論、未だに判明しない部分がある為、易々とは使えないが、この存在がケイオスの繁栄を陰で支えたと言っても過言ではない。
そしてこのゲートはこことは異なる次元、要するに異世界へと繋がっていることも分かった。
それはこのゲートから異世界人が偶然やって来たことから判明したのである。
異世界への移動方法はその異世界人から教わったものの、実際に使用したことは無く、その為異世界へ行くことにどんな危険が伴うか、彼らには計り知れなかった。
だが、今はそれよりも現皇帝ハーヴァイを救うことが先決であるとアーバンは主張し、救出の為の部隊が急遽作られた。
その部隊は先代の皇帝の時代から活躍した帝国軍内の歴戦の勇士たちを中心に結成され、その中に若きルーキーたちを加えた混合軍となっていた。
アーバンの迅速な対応で即日中に彼らは一機の飛空挺とともにハルケギニアへ渡ることとなった。

そしてついに出発の刻がやって来た。
飛空挺に乗り込む彼らを見送りながら、アーバンは思いにふける。

(散々侵略し、簒奪してきた我々に奴らを罵る権利など無いのかも知れぬ。だが…)

アーバンの額に深い皺が刻まれる。

(若を攫った。その事実は事実だ。若を攫った奴らには相応の報いをくれてやらねばな!)

そんな思いに同調するかのように、飛空挺は展開されたゲートの中をくぐっていった。
そしてこれが、異世界間戦争の幕開けになるということをこの時点で想像していた人間はアーバンを含めて少なくな



[40487] 第2話 異世界の王の苦難
Name: 乾物屋 ◆d6c2482c ID:eac87027
Date: 2014/09/18 17:36
 ハーヴァイは身も心も憔悴していた。
力のない目で夜空に浮かぶ二つの月を見つめている。


突如目の前に現れた鏡。
何だと思う間もなくその中へ飲み込まれると、彼は見知らぬ土地へやって来ていた。
目の前にはピンク髪の少女とハゲた中年の男。
周囲には10代半ばと思わしき少年と少女たち。
ハーヴァイはこの場所が学校、またはそれに準ずる何かだと察した。
と、周囲の連中が突然笑い声をあげた。
どうやら目の前のピンク髪の少女のことを笑っているらしく、彼女はぷるぷると身を震わせ、ハーヴァイを睨みつけている。
そして口をついて出た言葉は罵倒と侮蔑であった。
これには流石のハーヴァイも怒りよりも先に戸惑いを見せる。
更には、散々罵倒と侮蔑の限りを尽くしたピンク髪の少女に無理矢理唇を奪われ、左手には激痛とともに謎の文字を刻まれた。
それを確認しに来た中年の男の言葉を借りると自分はあのピンク髪の少女の使い魔というのになったらしい。
納得がいく、いかないという問題ではなく、既に決定事項なのだという。
本人の意志に関係無く従属を決められたことに強い怒りを持ったハーヴァイではあったが、今の自分ではどうしようもないということも分かっていたので、せめて自分の身の上に何が起きたのかをピンク髪の少女に尋ねようとした。
しかし、ピンク髪の少女は対話の機会すら与えてくれないようで、再びハーヴァイに罵倒と侮蔑の言葉を放った。
与えてもらえないなら自分で考えるしかないとハーヴァイは思い、自分に起きたことを整理する。

見知らぬ土地に見知らぬ魔法形態。
そこから考えるに、自分はケイオスから遠何処かい場所へと飛ばされた可能性が高い。
それも下手をすれば別の国ではなく、別の世界であろう。
今思えば、あの鏡のようなものは、ケイオスにあるゲートのようなものだったのだろう。
ということはゲート絡みで何か事故が起きたのではないかと考えた。
しかし、そもそもゲートは先代の皇帝ザガンが他国から奪い去ったものである。
世界中を探しても他のゲートは見つからず、ケイオスが確保したゲート以外にその存在は無いと考えるのが妥当であった。
当然、ケイオスのゲートは自らが管理しており、その日は調査も実験も行わせてはいない。
故にゲート絡みで事故が起きたとは考えにくかった。
であるならば、自分を連れ去ったのは魔法、それも自分たちの知らない異なる形態の魔法だと考えるのが妥当。
そして、それを唱えたのはまず間違い無くこのピンク髪の少女なのであろう。
ハーヴァイは呆れるどころか恐怖すら抱いた。
自分たちの常識を押し付ける気は無いが、それでも召喚の魔法というものは片一方の同意だけで無理矢理呼び出されるものではない。
ずっと使役するのであれば尚更である。
だが、ハーヴァイにその選択権は無く、また周りに止めてくれる者もおらず、まるで奴隷のように契約を結ばれてしまった。
ハーヴァイの父ザガンは鉄の皇帝と呼ばれ、力により他国を奪い、支配して来たが、それでも常に相手へ選択を与えてはいた。
一方的に攻め込むような真似だけは決してしなかった。
それが故に、ザガンは恐れられる一方で尊敬の目を向けられることもあるのだ。
そして何よりも違うのは、父ザガンは例え奴隷だろうと一国の王だろうと人を差別、区別することはしなかった。
ここの連中は、自分をまるで家畜か奴隷を見るような目で蔑む。
耳に入ってきた言葉から察するに、どうやら自分は平民という、この世界においては下層に位置する身分だと思われているらしい。
社会を作っていく関係上、個々の身分に差が生じてしまうのは仕方がない。
大事なのは、上に立つ者がその差を埋めていくことだけではなく、差別意識を無くしていくことだとハーヴァイは信じている。
だが、この世界、もしくはこの地域にはそういったものが無いらしい。
僅か数時間この場にいただけで、上は上、下は下という社会構造が簡単に見えてきた。
それは目の前の少女――――彼女はルイズと名乗った――――も例外ではなく、寧ろ一層酷くその意識が根付いているとしか思えないくらい、自分に辛く当たってくる。
彼女の部屋へ無理矢理引っ張られ、使い魔の説明をする間もそれは収まることが無かった。
時には乗馬用の鞭で無意味に叩かれることさえあった。
だが、ハーヴァイは不思議とルイズを恨む気にはなれなかった。
様々な理不尽に対しての怒りは確かにあるのだが、何故かルイズにそれが向かないのだ。
ハーヴァイは穏やかな性格の人間ではあるが、流石に右の頬を叩かれたら左の頬を差し出すような神様じみた考えは持っていない。
そこまで出来た人間ではないことも自覚している。
それなのに何故ルイズに対して当たり前の怒りや激情を表すことが出来ないのであろうか。
まるで自分のものでは無くなっているような自分の心にハーヴァイは不安を抱いていた。



「ウッド隊長!もうすぐゲートを抜けます!」
「うむ」

次の瞬間、ハーヴァイ救出の為に急遽作られた、通称『名もなき部隊』を乗せた飛空艇は広い大空へと出た。
すぐに現在位置を確認すると、ここはトリスタニアという国らしい。
生体レーダーを確認し、この世界で唯一特定可能なハーヴァイを捜す。
そして、すぐにそれは見つかった。

「ウッド隊長、皇帝の居場所が特定出来ました!」
「全速前進!皇帝を迎えに行くぞ!」
「全速前進!」

飛空艇は高速で空を駆ける。
そして、あっという間にハーヴァイのいると思われる場所へと到着した。

「ウッド隊長!あそこです、あそこに皇帝がいます!」
「ふむ、まるで城のようだが…」

ウッドはそう言うと、顎髭をさすった。

(まあ、これだけ立派なところならば若もそんなに酷い扱いは受けてはいないだろう。一つ憂いが減ったと言えば減ったということか)

「ウッド隊長!準備が整いました!」

次の帝国を担う若き兵士たちが鎧や剣に身を固め、ウッドに向かって敬礼する。
ウッドはうむと頷くと、自らも剣を取り、彼らを率いる。

「今よりあの場所へ皇帝を迎えに行く。だが、まだ何も分かってはおらぬ。飛空艇は離れた場所で着陸させ、まずは私と少数の部下だけで行く。もしも我々がすぐに戻らなかった場合は力を以て、何があっても皇帝をお救いするのだ。いいな?」
「「「イエッサー!!!」」」

威勢の良い返事を聞いた後、ウッドは自身の横に立つ男へ視線を移した。

「…私に万が一のことがあったら、頼むぞジュール」
「ああ。心得たぞ隊長殿」

ジュールと呼ばれた短髪の大柄な中年はウッドの肩をポンと叩いた。
ウッドは再び頷くと、自分が率いる若き兵士たちへ向き直り力を込めて言った。

「ではこれより、皇帝の元へ行くぞ!」

 「オールド・オスマン。学院に訪問者のようです」

トリステイン魔法学院学院長付きの秘書であるロングビルが衛兵からの報告を間抜けな顔で鏡を見ながら鼻毛を抜いている老人…オスマン学院長へ告げる。
オスマンは鏡から僅かに視線をロングビルへと向けた。

「はて、事前に連絡もなしに学院へ訪問とは珍しいのう。で、その訪問者とは一体何処の誰なんじゃ?」
「昨日ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔の関係者と名乗っているようですが…」
「ふぅむ…」

遠見の鏡を使い、召喚の儀が行われた広場を密かに監視していたオスマンは、ミス・ヴァリエール…つまり、ルイズが人間の男を呼び出したことを知っていた。
その者は身なりこそ平民と変わらぬような格好をしていたが、その気品ある顔立ちや佇まいから、ただ者では無いと感じてはいた。
しかし、召喚の儀で呼び出された者は始祖ブリミルの思し召しであり、絶対の使い魔。
彼はルイズにとって、その絶対の使い魔なのであろうと半ば確信し、その素性には敢えて目を瞑っていた。
だが、召喚されてからまだそれ程日も経たぬ内にこうして彼の関係者らしき者たちが訪ねてくることになるなどとは、流石のオスマンも思ってもみなかった。

「…して、その者たちは何と?」
「彼の返還。それに学院の責任者と彼を召喚した者…つまり、あなたとミス・ヴァリエールとの会談を所望している模様です」
「ふむ…」

オスマンは遠見の鏡を使い、その訪問者たちの様子を伺う。
訪問者は初老の男と数名の若い男たちであった。
特に目を引いたのは初老の男で、長身でピシッとしており、遠見の鏡越しでも彼が並みの者では無いことが伝わる。
そんな彼がわざわざ訪問するくらいなのだ。

(やはり彼はただの平民では無かったか)

オスマンは思わず手で顔を覆った。
そして暫く唸った後、重々しく口を開いてロングビルへ告げた。

「…訪問者を待合室へ案内してあげなさい。それとミス・ヴァリエールとその使い魔をそこへ」




ウッドは衛兵から案内された部屋の中でまだかまだかと待っていた。
若い兵士たちも同様であった。
ここへ来る間に剣は取り上げられたが、密かに隠し持つナイフなどはそのままである。

(ざるだな…ボディチェックすら甘いとはな。ここの衛兵は警護する気があるのか?)

他国、それも自国の王を攫った相手の警備状況を気にしてしまうのは、彼の職業病みたいなものであった。
ウッドはハーヴァイの身を案じる。
ハーヴァイが掲げる融和政策をウッドは支持していた。
前皇帝であるザガンの元、その剣を振るい数多の命を奪ってきた彼ではあったが、その中で何処か虚しさと憤りを感じている自分がいることに気付いていた。
ザガン自体は勇猛果敢な一人の戦士として尊敬していたし、人間としても嫌いではなかったのだが、それでも何処かやりきれないものがあった。
やがてザガンが死に、その息子であるハーヴァイが皇帝となり、対話による政治を行っていくと名言した時、ウッドは心の中のしこりが取れたような気がしていた。
煤けた心に新たな光を灯してくれたハーヴァイをウッドは尊敬し、彼に一生を懸けて仕えることを決心したのであった。
そうしていると、部屋の扉が開かれた。

「若!」

部屋の中へ入って来たのは、白髪の老人とピンク髪の少女、そして浮かない顔をしたハーヴァイであった。
正装では無く普段着の姿である。

「若に敬礼!」

ウッドとその他一同は改めて敬礼をするとハーヴァイは弱々しく口を開いた。

「…ウッド、ウッドなのか?」

連れ去られてから、まだそれ程経っていない筈だが、ハーヴァイはやつれているようであった。
よく見ると、顔や手に何か痣のようなものを確認出来る。
ウッドはそれらを見て、ハーヴァイがどういう扱いを受けているかを察し、自分の認識が甘かったことを知る。

(…この小娘が若を!)

ウッドが、ピンク髪の少女を睨みつけると、彼女は何やら不満げな顔をした。
自分たちをまるで獣を見るように見下す目。
その目はまるで、かの伝説として語り継がれる傲慢が故に滅んだ王女シースリーズのようであった。

「…何よ?」

少女はウッドを睨み返しながらその口を開いた。
その口からついて出た言葉にも傲慢さが滲み出ている。
ウッドは怒りに震える拳を抑えるのに精一杯であった。
白髪の老人がそんな空気を破るかのように咳払いをした。

「オッホン。さて、君たちの要求だが…」
「我らの要求はただ一つ。若を返して頂きたい」

ウッドはハッキリ、そしてキッパリと言った。
ハーヴァイの奪還。
それこそがこの度の遠征の最大の目的であり、最重要任務である。
ハーヴァイさえ戻って来るならば召喚の件を不問にしてもいいとさえ考えていた。
無論、アーバンはそれでは収まらないだろうが、そこは時間を掛けて説得すれば大丈夫であろう。

「嫌よ、何でせっかく呼び出した私の使い魔を他人に渡さなければらないの?」

突然、ピンク髪の少女が声を上げる。
その言葉に思わずウッドは隠しナイフに手を伸ばし、ピンク髪の少女へ投げつけようとした。
すると、それに気付いたハーヴァイがウッドを止める。

「…止めるんだウッド」
「若!!」

ハーヴァイが何をしたのかピンク髪の少女は分かっていないようで、その顔を醜く歪ませながら「何勝手なことしているの!」と怒鳴り散らす。
ウッドは少女に真っ赤な殺意を抱くが、他の誰でもないハーヴァイが止める以上、何も出来なかった。
ふと見ると白髪の老人も額の汗を拭っている。
どうやらあの老人もウッドのしようとしたことを理解していたようであった。
ウッドは呻くようにハーヴァイへ言った。

「…若、どうか皆が待っております。若が一言『帰りたい』と仰られれば、きっとこの者たちも止めはしないでしょう」

しかし、ハーヴァイから返ってきた言葉はその場にいる誰もが予想だにしないものであった。

「…すまない、私は帰れない」

苦しい顔をしながらハーヴァイは言った。
あまりの言葉にウッドや彼の部下は絶句する。
ハーヴァイはそんな彼らを見ないように顔を手で覆う。
見ると、その手の甲に刻まれた文字のようなものが痛いくらいに輝いていた。




「ハーヴァイ様…」

誰もいない部屋で一人の少女が悲しそうに佇んでいる。
彼女の名はアディール。
ハーヴァイの妻であり、ケイオスの女王である。
まだ16歳と幼さの残る年齢ではあるが、夫であるハーヴァイを愛し、支えていた。
そんな彼女の目の前から突然ハーヴァイは消えてしまった。
アディールはハーヴァイの代わりに出来ることをしていたが、その寂しさを埋めることは出来ず、つい彼がいなくなった部屋へ足を踏み入れてしまった。

(ハーヴァイ様…あの時、私を襲った鏡。あなたが庇ってくれなければ今頃は私が…でも)

アディールは一筋の涙を零す。

(あなたのいない日々がこんなに辛いなんて…まだそれ程経っていないのに…ああ、ハーヴァイ様)

「こんなところにおられましたか、アディール様」
「アーバン。私決めました」
「…?何をですか?」
「私も…私もハーヴァイ様…いえ、夫の元へ行きます!」

月明かりが少女の強い決意を秘めた瞳を照らした。



[40487] 第3話 救出
Name: 乾物屋 ◆d6c2482c ID:eac87027
Date: 2014/09/18 17:38
 ウッドたちは憮然とした表情で学院を後にし、飛空艇へと戻っていた。
飛空艇へ戻るなり、ウッドはやり場のない怒りを壁にぶつける。
思い出されるのは、先程の胸糞悪くなるようなやり取りであった。




「僕は…ここに残る。残らなければならない」
「若!?」

そう叫ぶウッドの顔は見ていられない程に悲痛であった。
その様子をにやけた顔で見ていた白髪の老人は言った。

「当人もこう言っているのだし、今は彼の言う通りにしてはいかがかな?」

その言葉を聞いたウッドは衝動的に老人の首をはねてやろうかと思ったが、僅かに残った理性がそれを止めた。
引き続きハーヴァイの説得を試みようとするが、彼はこちらを見ようとはしない。
納得はいかないが、他の誰でもないハーヴァイの言葉である以上は仕方がなく、今のところは引き下がるしかなかった。




飛空艇の中でウッドたちは考えていた。
ハーヴァイのあの言葉が本心からのものであればウッドたちも多少は諦めがついたかも知れない。
だが、ハーヴァイが見せたあの苦しそうな表情。
そして、喉から絞り出したかのような声。
とても本心からの言葉とは思えなかった。

「若が、若があんなことを言う筈が無いのだ。国民や我々、それに何よりアディール様を蔑ろにするようなことなど…」

考えられるとすれば、脅迫…或いは洗脳。

(…そう言えば、若の左手。若が何かを言おうとした時に突然輝き出したが…まさか!)

ハーヴァイの不可解な言動と左手の輝き。
そこに何か関連があると考えるのは自然であった。
それに気付くと同時にウッドの心の中にどす黒い憎悪が溢れてくる。

(屑共が…若を連れ去っただけでは飽き足らず、若の意思まで奪ったか!)

何故に連中がハーヴァイを必要とするかは分からない。
だが、それが分かったところで「はい、そうですか」と差し出すことなどは有り得ない。
最悪、あの建物を強襲し、無理矢理にでもハーヴァイを連れ去る必要があるとウッドは考えていた。
先程のハーヴァイの様子から見ても、彼がろくな扱いを受けていないのは明白である。
最早、一分一秒たりともあの場にハーヴァイをいさせるわけにはいかない。

「ウッド隊長、アーバン様より伝令が!」

そんな風に思考を巡らせていると、通信士が声を掛けてきた。
ウッドは表面上は落ち着きを取り戻した風に取り繕う。

「…うむ、アーバン殿は何と?」
「アディール様が小型船にて、こちらへ来られるので総員をもって迎えたし。とのことです」
「何と!アディール様が!?」

ウッドは驚きを見せる。
アディールは芯こそは強いと思われるが、内向的な部分の強い少女で、まさかこのような行動を取るとは思えなかったからだ。
だが、すぐにこれは最後のチャンスではないかと考え直した。

(…いくら若が奴らに洗脳されていたとしても、流石に愛するアディール様を目の前にすれば何かしらの反応がある筈!)

ウッドとしては、やはり出来ることならば強引な手段を取りたくは無かった。
そういったやり方をハーヴァイ自身も望んではいないであろう。
出来うる限り、平和且つ穏便に。
そう思うからこそ、先も自分を抑えてきたのである。

「…分かった。部隊総出でお迎えしよう。して、いつ頃来られるのだろうか?」
「こちらの時間で明日の早朝には来られるとのことです」
「…そうか」

(出来れば早い方がいい。下手すれば若の心は消えてしまうかも知れん。そうなる前に…)




ハーヴァイは敷き詰められた藁の上で先程の自分の言動について考えていた。
ウッドたちの姿を見た途端、彼は純粋に嬉しかったし、これで帰ることが出来ると思っていた。
だが、それを口にしようとした途端、何かがそれを阻害した。
そして、気が付くと思ってもいないことを口にしていたのであった。

思えば、この世界へ連れ去られてからそういったことの連続であった。
自分を召喚した少女…ルイズといっただろうか。
自分は望む望まざるに関わらず彼女を守る行動を取っていた。
彼女が同級生に責められれば擁護し、彼女が落ち込めば慰め。
そこに彼の意思は介在してはいなかった。
更に悪いことに、鞭打ちされたり、罵詈雑言を浴びせかけられたりとあれだけ酷いことをされても尚、彼女を嫌うどころか寧ろ好意を抱く自分がそこにいた。
自分には大事に思っていた人がいた筈だが、今ではそれすらおぼろげになっている。
明らかにおかしいと分かっていながらどうすることも出来ず、彼は頭が狂ってしまいそうになっていた。

「助けて…助けてアディール」




「やはり彼は伝説の使い魔…」
「うむ…」

学院長室で、オスマンと召喚の儀の時に監督として居合わせたハゲた中年…コルベールが話している。
彼らはルイズが呼び出した使い魔の左手に刻まれたルーンについての見解を述べていた。
そして調査の結果、それは彼の伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印に酷似していることが分かった。

「…しかし、ミス・ヴァリエールの使い魔が『ガンダールヴ』とはのう。ということはあの子は」
「虚無の使い手…ということになりますね」
「…ふむ、このことはくれぐれも内密に頼むぞコルベール君。王宮の連中に知られたらどうなるか分からんからな」
「…心得ました」

オスマンはこくりと頷くと、先程のやり取りを回想する。

(…ふむ、これでまた彼を返すわけにはいかなくなったか。まあ、公爵家の娘に呼び出された時点でよっぽどのことが無い限りはそうなんじゃが。初めは何処かの有力貴族かと思ったが、彼らの言ったケイオスなどという名前は聞き覚えがない。恐らくは何処かの没落貴族なんじゃろうなあ。彼と彼の関係者には運が悪かったと思って諦めてもらうしかないのう)

オスマンは気の毒そうに遠見の鏡をチラッと見やった。

 アディールを乗せた小型船がやって来たのは予定よりも数時間遅れてのことだった。
ウッド以下の現地組は彼女の来訪を心より歓迎する。
小型船から降りたアディールはウッドたちに向け、寂しげに微笑んだ。
アディールの格好は正装であったが、この世界においてもハーヴァイやウッドたちのように浮いてはおらず、これならばどんな人間でも彼女が如何に身分の高い人間かが一目で分かると思われた。
何せ連中は普段着のハーヴァイはともかく、軍服のウッドたちを見てもその服の意味を理解せず、帝国の存在を信じようともしなかったくらいだ。
見た目からでも訴えかけるものがなければ、再び舐めた真似をしてくることは必至であった。

ウッドは再び学院を訪れるまでの間にこれまでのいきさつを説明した。
アディールは努めて冷静にそれを聞いていたが、ハーヴァイの異変について話が及ぶと流石に顔を曇らせた。

「ハーヴァイ様…」
「…連中は野蛮な猿ですよ。いや、猿ならばまだ良い。連中はもっと悪質な何かだ!」
「ウッド、他人を…それも異世界人をあまりそのように言うのは…」
「…そうですな。だが、ここまで話が通じない連中だとは思わなかった。言葉は通じている筈なのですがね」

この世界の存在を知った時にまず懸念されたのが言葉の問題であった。
事実、使われている言語や文字などは未知のものであったが、すぐに帝国内の優れた言語魔道師たちの魔法によってその日の内に解析された。
ウッドたちはこの世界を訪れる前に言葉と文字を理解出来るようにしてもらったのである。
無論、それはアディールも同様であった。

「我々は事細かに説明したのです。ハーヴァイ様が一国の王であるということも。しかし、連中は聞き入れなかった。…言葉が通じていてあの態度ならば、こう言っては何ですが連中の脳は腐っているとしか思えませぬ。ことの重要性がまるで見えていない…異世界の王など連中にとっては眼中にないのでしょうな」
「…」
「…すみません。少々口が過ぎましたな」
「いえ、ウッド隊長ほどの人がそこまで言うからには私も覚悟しなければならないかも知れませんね…」

そう言うと、アディールは気を引き締め、前を向く。
ウッドは部下二人を連れ、アディールを守るように歩を共にする。
きっとハーヴァイは戻ってくる。
そう期待を胸に一行は学院へと向かった。


そんな彼女たちの意気込みとは裏腹に学院側の対応は実に冷ややかなものであった。
連中は着飾ったアディールをまるで道化でも見るような目で見ている。
学院長と呼ばれた白髪の老人…オスマンと言ったか、その者にいたってはだらしなく鼻を伸ばしており、明らかにアディールを視姦していた。
アディールは決して発育がいいわけでは無く、かなり控え目な体型なのだが、オスマンにとってはそれがどうもたまらないと見える。
ウッドは改めて殺意を抱いたが、ハーヴァイのことを思うとここで問題を起こすことは出来ず、せめてもの抵抗として黙って自らを壁にし、オスマンのいやらしい視線からアディールを守った。
オスマンは舌打ちすると、一匹の鼠を放った。
鼠はアディールの足元へと行き、スカートの中へ入り込む。
アディールはそれに気付いてはいないようでただ粛々と歩いていた。
ウッドは不審に思いつつも、取り敢えずはハーヴァイのことが先とオスマンに尋ねた。

「…若は何処に?」
「ほほう…ええのう…」
「…オスマン殿?」
「…んん、ああ!ハーヴァイ君のことかね?」

(ハーヴァイ『君』だと…?この糞ジジイが抜け抜けと…!)

そう心に思いつつも、顔や態度には出さない。

「…ええ。『若』のことです」
「彼なら食堂…或いは厨房におるんじゃないかのう?何でも平民のメイドから施しを受けとるそうじゃし」

(施し?普通に食事を与えてもらってはいないのか?)

ウッドは先日のハーヴァイの姿を思い出す。
確かに顔は青ざめ、少しふらついてはいたが、それは空腹によるものだったのだろうか?
何にせよ、彼を奪還するのに猶予は無いと気付く。
そんなウッドを余所にオスマンは話しかけてきた。

「実は昔、君たちみたいな者に会ったことがあるんじゃ」
「!!…その者とは?」
「儂の恩人じゃ。彼も君たちみたいに変わった格好をしておった。今思えば彼は君たちと同じところからやって来たのかも知れぬなあ」
「その者も異世界人」
「君らが言う…その、異世界という奴じゃが」

オスマンは訝しげな顔でウッドたちを見やった。

「どうも儂には信じられんのじゃ。こことは違う世界がある。なんてのう」
「ですが事実なのです」
「ふむ、ハーヴァイ君が異世界にあるケイオスの皇帝…のう」
「ええ」
「ハッハッハッハ、やはり信じられぬなあ。ハッハッハッハ」
「…」

ウッドはこの時、完全に彼らを見限った。
最早、何を伝えたところで無駄。
思考、想像の放棄。
自分たちを理解してもらうことなど不可能なのだと確信した。
アディールもウッドと同じように考えたみたいで、より青ざめた顔で歩いている。

暫くして、アディールの足元から鼠が出て来て、オスマンの手へと戻っていった。
オスマンは何やらご満悦な顔で鼠の頭を撫で回す。
そうして歩いていると何やらいい匂いがしてきた。
どうやら厨房の近くまで来ていたらしい。
と、厨房の入り口からメイドと共にハーヴァイが出て来るのが見えた。
ウッドが呼び掛けるより前にアディールが彼の胸へ飛び込んだ。

「ああ、ハーヴァイ様…」

アディールはハーヴァイの顔を見て、少しだけ安堵を取り戻したようであった。
ハーヴァイの隣にいたメイドが何やら呆然としているみたいだが、これは捨て置く。
アディールは目に涙を浮かべながら言った。

「ハーヴァイ様…アディールは…アディールはあなたがいない一秒一秒が永久のように感じられました。ああ、ハーヴァイ様!」
「…」

しかし、当のハーヴァイは何やら戸惑ったような表情をしていた。
そして、アディールを自分から引き離し、こう言った。

「君は…誰だい?」

 ハーヴァイの言葉にウッド、二人の部下、それとアディールは凍り付いた。
ハーヴァイが奴らに洗脳を受けている可能性があるということは事前にアディールには伝えていた。
しかし、実際に彼の口からその言葉が発されると、言い知れぬ何かが胸に重くのしかかる。

「ハーヴァイ…様?」

アディールは先程の再会の嬉し涙とは異なる涙を浮かべていた。
そのアディールの姿を見てハーヴァイは改めて戸惑いを見せ、あたふたとしている。

「フォ、フォ、フォ、後は若いお二人に任せて、老人は去るとしますかのう」

オスマンはハーヴァイの様子を見るなり、安堵したような顔でその場から去っていった。

(くっ、この糞ジジイが!これを確認する為についてきてやがったのか!)

ウッドはオスマンの背中を睨み付ける。
その時、突如耳障りな金切り声が響き渡った。

「このバカ犬!!」

声のした方を見ると、あのピンク髪の少女が立っていた。
まるで嫉妬の神イヌヴィスのように醜い顔でハーヴァイを睨み付けると、ずかずかと近寄ってきた。

「アンタはまたそうやって見境もなく…この、犬!!」

そう吐き捨てると、何処からか乗馬用の鞭を取り出し、それを振り上げようとする。
と、二人の間にアディールが割って入った。

「何をするのです!?」
「ハァ?アンタこそ誰よ?私はそこの馬鹿犬に躾をしてあげているのよ!」

ピンク髪の少女はアディールに対して不満を隠そうともせずに言った。
アディールも決して引き下がろうとはしなかった。

「私は…私はハーヴァイ様のただ一人の妻です!」

普段のか弱さが嘘のように力強く、その目に涙をたたえながらアディールは言った。
唖然とするピンク髪の少女とメイド。
アディールは振り返ると、戸惑うハーヴァイに向かって言った。

「私を見てください、ハーヴァイ様。私はあなたの妻であり、家族であり、恋人であり、そしてあなた自身です!そう私に言ってくれたのはあなたじゃないですか!」

アディールの目から一滴の涙が零れ落ちた。
すると、ハーヴァイが突然頭を抱えて苦しみだす。

「うっ、ああ!!うあああ!!」
「ハーヴァイ様!?」
「あ…アディール…アディール…!!」
「アディールは…アディールはここです!」
「くっ、僕は…ケイオスの…いや、ルイズの使い魔…違う、僕は!!」

ハーヴァイの左手が今までに無いくらいに輝き出す。
まるで、世界の終わりに見る太陽のようであった。
ハーヴァイは半ば白目を向き、呻き声を上げている。
このままだと、精神が崩壊しかねない様子であった。
それを見るなり、ピンク髪の少女はアディールを睨み付ける。

「アンタ…私の使い魔に何をしたのよ!?」
「わ、私は…」
「こいつは私のものよ!それをこんな壊れ物にするなんて…絶対に許さない!!」

そう言って乗馬用の鞭をアディールへ向け振り下ろそうとした。
と、その時ウッドが乗馬用の鞭を持つピンク髪の少女の腕を掴んで止める。
ピンク髪の少女は暴れながらわめき散らす。

「無礼よ!離しなさい!この下郎!!」
「…!」

ウッドはピンク髪の少女の腕を掴む力を強めた。

「痛い!痛い!痛い!!」

あまりの痛みにピンク髪の少女は乗馬用の鞭を落とした。
それを確認したウッドがそのまま乱暴に腕を振り払うと、ピンク髪の少女はヒキガエルみたいな声を上げながらだらしなく地面へ倒れ込んだ。
そして、すぐに苦しむハーヴァイの元へ駆け寄る。

「…失礼!!」
「!!」

素早く正確にハーヴァイの延髄へ手刀を打ち込む。
すると、ハーヴァイは一瞬で気を失い、その場に前のめりで倒れた。
ハーヴァイの体を抱えながらウッドは険しい顔で言った。

「…最早一刻の猶予もない。ディセル!ウェイン!」

その言葉に頷いたウッドの部下二人はそれぞれ隠し持っていた武器を密かに構える。
その内の一人、ディセルが素早くアディールをお姫様抱っこで抱え上げた。

「失礼します!」

アディールはこくりと頷くと、ディセルにしっかりとしがみついた。
この一連の動きはほぼ数秒の間に行われ、彼らが何をしようとしているのか、ピンク髪の少女とメイドには検討がつかない様子であった。
間髪入れずにウッドが言う。

「緊急事態だ!若を力ずくでも連れて帰る!」
「「はっ!」」

ウッドはハーヴァイをディセルはアディールを抱えながら、その場を脱兎の如く駆け出す。
彼らが駆け出してから遅れてメイドが声を上げる。

「ハ、ハーヴァイさん!ハーヴァイさんが攫われる…」

それから更に遅れてピンク髪の少女が叫んだ。

「使い魔泥棒!公爵家の使い魔に手を出してただですむと思うの!?」

ピンク髪の少女はウッドたちの背中へ向け、杖を向けた。
次の瞬間、その手が宙を舞った。

「え?」

地面へぼたりと落ちたそれを見ても、ピンク髪の少女な自分に何が起きたのか分からなかった。

「あ、あああ、あああああああ」

メイドが青ざめた顔で指差すのを見て、ピンク髪の少女は地面に落ちたそれを見る。
そして、恐る恐る杖を持っている筈の手を見た。
すると、そこには手首から先が綺麗に無くなっていた。

「…ギィヤアアアアアアアア!!」

ピンク髪の少女はまるで獰猛な獣のような醜い声を上げ、水揚げされた魚の如く地面をのたうち回る。
隠し剣を手に持ったウェインはそれを一瞥した後、汚い血を振り払ってからウッドたちの後を追っかけていった。
残されたメイドが泣きそうな声を上げる。

「誰か…誰か来て下さい!このままでは…このままではミス・ヴァリエールが…」



オスマンが部屋へ戻ると同時にこのことが衛兵の一人より告げられた。
オスマンはしまったという表情で遠見の鏡を覗き込む。
すると、そこにはハーヴァイを抱え上げながら逃げるウッドたちが映し出された。

(くっ、迂闊じゃった!まさかこのような強攻策を取るとは…)

「あの使い魔をここから逃がしてはならぬ!教師一同総出で連中を捕まえるのじゃ!」

オスマンはそう告げた後、秘書であるロングビルを近くへ呼び寄せた。

「何でしょうか?」
「…宝物庫から眠りの鐘を出すのじゃ」
「秘宝を…ですか?」

オスマンはこくりと頷く。

(彼らには悪いが彼を…伝説の使い魔を逃すわけにはいかんのじゃ。最悪、彼らの口を封じる必要があるかも知れんな)



[40487] 第4話 皇帝の決意
Name: 乾物屋 ◆d6c2482c ID:eac87027
Date: 2014/09/18 17:49
 ロングビルは宝物庫へ向かう道すがらハーヴァイと彼を攫った者たちのことを考えていた。
ハーヴァイという青年とはそれ程面識は無い。
だが彼が召喚で呼び出されてから今に至るまで、主人であるミス・ヴァリエールから非人道的な扱いを受けてきたことは知っている。
まともな食事を与えては貰えず、何かある度に鞭打ちを受け、安眠の時間さえも無い。
人づてに聞くだけではなく、実際にその様子を目の当たりにしてしまったことから、彼女もハーヴァイに同情せざるを得なくなった。
更には、学院長であるオスマンが何やら彼にご執心なのもこっそり聞いていた。
このまま彼が再び捕まれば何されるかは分からない。
そしてそれに自分が間接的にでも関わるとなれば、何よりも自分が許せない。

「…流石にこれ以上は付き合いきれないねえ」

彼女は決心する。


ロングビルは学院長付きの秘書という顔以外にもう一つの顔を持っている。
それは巷で騒がれている怪盗『土くれのフーケ』という顔であった。
彼女は生きていく為にはどんな汚れ仕事もやっては来たが、それでも最低限の矜持だけは守って来たつもりである。
だが、今自分がやらされようとしていることは明らかにそこからは外れたものであると彼女は認識した。
更にはあの学院長にはことあるごとにセクハラを受けており、そういった意味でも我慢の限界はとっくに過ぎていた。

(…給料は悪くなかったけど、ここらが潮時だろうね。盗人にだってプライドはある。あの腐れ外道に加担して、これ以上の外道に堕ちるくらいなら、こっちから辞めてやるさ、こんな屑の溜まり場はね!)

彼女は宝物庫に入ると、適当に高価そうなものを物色する。

(…テファごめんよ。お姉ちゃんはまた暗い裏街道へ戻っちゃったよ。でも、分かっておくれ。お姉ちゃんは外道で最低な人間だけど、奴らみたいなゴミ以下の存在にまでは堕ちたくないんだ)

破壊の杖や眠りの鐘、その他高価そうなマジックアイテムを手に取り、彼女は混乱する学院を後目に、そのまま消え去ってしまった。




ウッドたちは学院の外へ向かって疾走する。
飛空艇まで辿り着けば、ステルス機能などで相手を振り切ることが出来る。
それまでの間さえ凌げれば…。
そう考えながら走っている彼らの前に気障ったらしい少年が立ちはだかった。
何やら薔薇のようなものをこちらへ向けている。

「…やれやれ、使い魔を攫われるなんて、流石はゼロの二つ名。ここで使い魔くんを奪還してヴァリエール家に恩を売るのも悪くない。…レビテーション!」

少年がそう唱えると、ハーヴァイの体が突如浮かび上がっていった。

(くっ、魔法か!)

ウッドはしっかりハーヴァイの体を抱え直すと、すかさず隠しナイフを目の前の少年に向けて投げつけた。
次の瞬間、ナイフの切っ先が少年の喉元へ見事に命中する。
少年は口から血を溢れる程に吐き出しながらその場にうずくまった。

「あ…が…」

声にならぬ声を上げ、少年はそのまま地面へ前のめりに倒れた。
と、ハーヴァイの体が浮かび上がらなくなった。
どうやら術者である少年は絶命したようである。
彼の死体を飛び越え、ウッドたちは更に走る。

走る。

走る。

そして、彼らは遂に表へと出た。
そのまま学院の外へ向かおうとした時、彼らの前に二人の男が現れた。

「待て、使い魔泥棒!」

傲慢そうな男はそう言って杖を向けながらウッドたちを止めた。
男はニヤリと余裕の笑みを浮かべている。
対照的に隣の頭の禿げた男は慎重な面持ちであった。
ウッドは思わず舌打ちする。

(くっ、この二人、中々やるようだ。特にあの禿げた方はかなりの使い手と見える。若にアディール様を抱えたままやり合って勝てるのか?いや、そもそも時間をかけるわけにはいかぬ…)

これ以上いたずらに時間を消費すれば更なる追っ手がやって来る。
そうなればハーヴァイ共々連中に捕まってしまうことは必至。
ウッドが思案していると、ウェインが二人の前へ飛び出し、隠し剣を構えた。

「ウッド隊長!ディセル!ここは私に任せて若と姫様を!」
「お前一人でかなう相手では無いぞ!?」
「承知の上です!!」

ウェインの顔は覚悟に満ちていた。
ウッドとディセルは彼の顔を見ると、二人同時に頷いた。
そして二人で別のルートへ迂回する。

「うああああああああ!!」

それと同時にウェインは叫びを上げながら目の前の二人へと斬りかかった。

(この命…散らすなら今!)

「馬鹿が!」
「くっ!!」

二人の男がウェインに向けて何やら魔法を放つと、それらは彼の体を無惨にも貫いた。
そのままウェインはバタリと倒れるが、最後の力を振り絞って胸から何かを取り出した。

(ウッド隊長…ディセル…若様と姫様を頼みます!)

ウェインがそれを空高く放り投げると、周囲が濃い煙に包まれる。
彼が最後に取り出したのは煙幕弾であった。

「くっ!平民風情が小賢しい真似を!」
「ミスタ・ギトー!大丈夫ですか!?」
「ミスタ・コルベール!取り敢えずこの邪魔な煙を払うぞ!」

二人の男が懸命に煙を払った時には、もうそこにウッドたちの姿は無く、彼らは既に学院の外へと出て行った後であった。




「…!眠りの鐘はどうしたのじゃ!?」

この様子を学院長室から遠見の鏡を通して見ていたオスマンは怒りに打ち震える。
秘宝である眠りの鐘さえ使えば、無法者たちの動きを確実に止められる。
そうすれば連中の始末だって容易い筈であった。

「ミス・ロングビル!ミス・ロングビルは何処じゃ!?」

ロングビルこと『土くれのフーケ』は既に秘宝のいくつかを盗み、学院から去った後であった。
オスマンはあまりの怒りに机の上を力の限り叩いた。

「くっ…どいつもこいつも儂の邪魔をしおってからに…」
「学院長!」

その時、中年の女性教員が学院長室へと入って来た。
オスマンは彼女を睨み付ける。

「何じゃ!こんな時に!?」
「ひ、ひぃっ!」

彼女はオスマンの形相に脅えながらもこの部屋へやって来た目的を話した。

「じ、実はミス・ヴァリエールが…その…」
「!!何じゃと!?」

オスマンは一気に血の気が引く。

(な、何ということじゃ…。ヴァリエール家の…公爵家の者を傷物にしてしまった!更に使い魔まで奪われ、これでは…)

 オスマンの中で何かが音を立てて崩れ落ちていった。
 そのままオスマンは気を失うようにその場に倒れ込んだ。

 ウッドたちが帝国に戻るなり、早速ハーヴァイに対する解呪の儀式が執り行われた。
国お抱えの優秀な解呪師数名が彼に刻まれたルーンの効果を打ち消そうとする。
しかし、それは難航した。
解呪師の中でリーダー的存在であるロハスはウッドたちに言った。

「…現状で出来る限りのことはしました。洗脳効果は何とか取り除けましたが、ルーン自体の除去はかなり難しいと思われます。何分、未知の魔術形態なもので」
「…そうか」

アーバンはそれだけ言うと、ベッドに眠るハーヴァイとその側で彼の手を握りながら祈るアディールを見た。
夫婦というよりも恋人。
それも付き合い始めたばかりの初々しさが漂っている。
この二人、実は一緒になってそれ程経ってはいないのだが、だからこそなのかも知れない。
愛の深さは時間では無いということだろうか。
普段なら微笑ましいこの光景も、予断を許さない今では痛々しく映る。

(若、お労しや…)

その時、ハーヴァイの瞼がピクリと動いた。
それは覚醒の前触れに他ならなかった。
その場にいた一同がハーヴァイに注目する。

「ん…」

聞こえるか聞こえないかくらいの声を上げ、ハーヴァイの瞼がゆっくりと開いていく。
そして、何度か瞬きを繰り返した後、ハーヴァイはアディールの顔を見た。

「…アディール」
「…ハーヴァイ様!!」

今まで泣きそうだったアディールの顔が一瞬で明るくなる。

「若!」

それは他の面々も同様で、すぐに彼の元へと駆け寄ってきた。
ハーヴァイはボーっとした顔で周りを見回した。

「…何だか長い夢を見ていたようだ」

ハーヴァイは呟くように言った。
それを聞き、その場に安堵のため息が漏れる。
アディールは涙を浮かべながらハーヴァイの手を強く握った。
ハーヴァイはにっこりと笑うと、もう片方の手でアディールの頭を撫でる。

「…アディール」
「…ハーヴァイ様」

アディールはボロボロと涙を零しながら、ハーヴァイの胸に顔を埋める。
ハーヴァイは微笑みながらそんな彼女の頭を撫でていた。

「…アディール様との一時を壊すようで申し訳ありません。ハーヴァイ様」

そんな中、厳しい表情をしたロハスが声をかけた。
一同が皆、ロハスに注目する。

「空気を読まないようで非常に心苦しいのですが、お伝えしておかなければならないことがありまして」
「…いい。話してくれロハス」

ハーヴァイは一転、真面目な表情に変わり、ロハスを見つめる。
ロハスは軽く咳払いをした後に話し始めた。

「…ハーヴァイ様に刻まれたルーンですが、完全に解除することは出来ませんでした。一応、悪質な洗脳効果だけは取り除きましたが…それも今後どうなるかは神のみぞ知るところです」
「…そうか」
「そして、もう一つ。これが一番大事なことなのですが…そのルーンがある限り、ハーヴァイ様が再びあの世界へ連れ去られる可能性があります」
「何だと!?」

そう驚きの声を上げたのはアーバンであった。
ロハスはこくりと頷く。

「そのルーンは召喚におけるマーキングのような意味合いを持っているものと思われます」
「…つまり、このルーンがある限り、再びあの鏡が現れ、またあの魔女の元へ連れ去られる可能性があるということか」

ハーヴァイの言葉にロハスは再び頷いた。
どうやら、まだあの世界との因縁は終わらないようである。

「少しいいか?」

すると、アーバンが口を挟んだ。

「若が初めて連れ去られた時はどうなんだ?あの時の若にはそんな穢らわしいルーンは無かった筈だ」
「…恐らくはハーヴァイ様に限らず、多くの人間がその因子のようなものを持っているのでしょう。そして、その中からランダムで誰かが選択され、以降はその選択された人物で固定される…そういう仕組みなのだと推測します」
「ふむ、何とも曖昧で何とも恐ろしいものだ」
「今、我々解呪師たちが総力をあげて調べておりますので、もしかすると他に方法が見つかるかも知れませぬが、今の段階で考えられる解除方法が二つあります」
「…それは何だ?」
「…術者を殺すか、ハーヴァイ様が死ぬかのどちらかです」
「何と!」

ロハスの言葉にその場にいた全員に衝撃が走った。
アディールなどはショックで気を失いそうになっていたのをハーヴァイが支えている。
暫くしてアーバンが吐き捨てるように言った。

「…若が死ぬなど有り得ぬ選択。その異世界の魔女を即刻殺すのだ!」




それから二時間後。
アーバンに疲れたアディールを彼女の部屋へ送らせ、ハーヴァイは一人になっていた。
無論、部屋の前には見張りがいて、宮廷魔道師に結界を張らせてはいるが、それでも彼はなるべく一人で考えたかったのだ。
この先のこと、そして何をしなければならないのかということを。
と、そんな折にドアを静かにノックする音が聞こえた。

「…失礼します」

声の主はウッドであった。
自分やアディールを守り、再びケイオスまで連れ戻してくれた恩人を無碍には出来なかった。

「入ってくれ」
「は!」

そう返事がした後、ドアがゆっくりと開かれた。そこには神妙な面持ちのウッドが立っていた。
ハーヴァイはウッドに声をかける。

「この度はどうも有難う。お前がいなかったら僕はきっとここにこうしてはいられなかっただろうね」
「…勿体無きお言葉」

ウッドは深く頭を垂れる。

「それで、何か用かい?」

ハーヴァイが尋ねると、突然ウッドはナイフを取り出し、自らの首に突き立てた。

「ウッド!?」
「若様!緊急時とはいえ、私みたいな者が若様に手を上げてしまいました!そのお詫びをこの命を以て…」
「止めろウッド!」

それまでの優しげな声とは一転、ハーヴァイはまるで父ザガンを思わせるような鋭く厳しい声でウッドを呼び止めた。
ウッドはハッとする。

「…この度のお前の機転、そして活躍は目覚ましいものであった。それをそんな下らない理由で不意にするのはそれを認めた皇帝である私に対する侮辱だ。控えろ!」
「!!も、申し訳ございませんでした!!」

ウッドはすぐさまナイフを仕舞い、再びハーヴァイへ向けて深く頭を垂れた。
それを見届けると、ハーヴァイは再び柔和な笑みを浮かべ、ウッドを見つめた。

「本当にお前はよくやってくれた。お前だけではない。微かに記憶に残っているが、ディセルにウェインもよくやってくれた。彼らにも後で褒賞を与えなければね。…どうしたウッド?」
「若様…ウェインのことですが…」

ウッドはウェインが討たれた旨をハーヴァイへ伝えた。

「そうか…ウェインが…」
「彼はまだ若く荒削りでしたが、将来有望な男でした。此度の任務も彼に期待してのことでしたが…」
「だが、ウェインはその時自分がやるべきことを見定め、そして行ったのだ。その結果、命を落とすことになろうとも」
「本来であれば、その役目はこの老いぼれが担わなければならなかったことです」
「それを言うな、ウッド。お前がそう言ってしまうと、ウェインも浮かばれまい」
「…そうですな。彼が紡いでくれたものを無駄になど出来ませぬな」




ウッドが部屋から去って、ハーヴァイは改めて考えていた。
自分がすべきこと。
成さなければならないこと。

(ウェイン…君は立派だ。咄嗟でもすべきことを見い出し、そして実行した)

若くして散った兵士のことを思いながらハーヴァイは密かに決意する。

(僕も君を見習おう。例え、今から行うことが自分の信念とは異なるとしても、僕には守らなければならない世界があり、そして人がいる。その為にはこれは邪魔なんだ!)

ハーヴァイは自身の左手に刻まれたルーンを睨み付けた。

(悪いが、僕の心を弄び、僕の世界をも壊そうとした君には同情の余地はない。君には死んで貰うよ…魔女ルイズ!!)



[40487] 第5話 帝国の進撃
Name: 乾物屋 ◆d6c2482c ID:eac87027
Date: 2014/09/18 19:20
 右腕を切断されたルイズは懸命な水魔法の治療により、なんとか繋ぐことに成功した。
今は満足に動かすこともかなわないが、時間が経てば日常生活に支障がない程度には回復すると言われた。
だが、その為に莫大な費用をかけてしまっていた。
聞くところによれば治療に中流貴族の一財産分はあったという。
だが、そんなものは公爵家の娘である彼女にとっては大したことはない。
ただ、実家の方から一言二言お小言を貰ったくらいである。
厳しくも甘い父は完全にルイズの味方で、彼女に怪我を負わせた使い魔に憤慨していた。
事態を静観しているように見えたルイズの母、カリーヌ夫人も内心はルイズ寄りであった。
所詮は悪習に満ち満ちた世界の住人、それも貴族側の人間である。
ルイズに非があるなど、微塵も考えてはいないのであろう。
また、実際にルイズに怪我を負わせたウェインの遺体は王宮に引き渡され、晒し首にされることとなった。
愚かな平民の末路。
貴族に逆らえばどうなるかの見せしめ。
遺憾なことに彼の遺体は平民の恐怖を煽るのに最大限に利用されることとなってしまった。

ルイズは医務室のベッドの上で怒りと憎しみに体を震わせていた。

(…何でよ!何で私がこんな目に!私が何したって言うのよ!?)

包帯が巻かれた自身の右手を見て、更に怒りを募らせる。

(平民のくせに!何よアイツ!許せない!絶対に許せない!!アイツの一生をかけて私に償わさせてやるんだから!)

「ちょっといいかしら?」

そんな彼女にかけられた声。
声のした方を見ると、そこには褐色の肌をした赤い髪の少女…キュルケがいた。
ルイズとご先祖絡みから長きに渡り因縁を持った彼女が何故ここに来たのか。
ルイズはすぐにピンと来た。

「…私を嗤いに来たのかしら?ツェルプストー?」
「…!」

真摯な面持ちだったキュルケはルイズのその言葉に明らかに不機嫌になる。
しかし、それでも一旦は自分を落ち着け、再びルイズへ声をかけた。

「ルイズ、右手のことだけど…」
「ほら!やっぱり!!」

ルイズはキュルケを睨み付けた。

「アンタはそうやって私の傷口を抉るのね」
「別に私は…」
「満足!?私がこんなんで嬉しくてたまらないんでしょ!」
「…!」

流石にもう我慢ならなくなったのか、キュルケはルイズをひと睨みすると、何も言わずに医務室から出て行った。
それを目で追っていたルイズはフンと鼻を鳴らす。

「人がこんなに苦しんでいる時に…本当にツェルプストーは最低の人間だわ!所詮はゲルマニアの野蛮人ね。繊細なトリステイン人の心の機微が分からないんだわ」

ルイズはそう悪態を吐くと、そのまま不貞寝する。
この日以降、キュルケとルイズは完全に絶縁し、視線を交わすことさえしなくなった。




先の騒動において、オスマンは監督不行き届きということでトリステイン魔法学院の学院長を解任されることとなった。
代わりに学院長となったのは彼の腹心的存在であったコルベールである。
彼はオスマンに対する恩情から、彼を自らの側に付けた。
その為、オスマンによる学院の支配は実質変わらなかった。
学院長付きの秘書だったロングビルは秘宝を盗んだ罪で早速お尋ね者となったが、未だその足取りさえ掴めていない。
事実、彼女はお尋ね者となる前にトリステインを出国しており、その行方は本人以外誰も知らない状態となっていた。

また、先の騒動で一人の少年が命を落としたが、平民に討たれた愚か者の死ということで、彼の死は寧ろ軽蔑の対象にさえなっていた。
その為、彼の死は彼と付き合っていた一部の少女たちを除いて誰にも惜しまれていない。
その後、学院内はまるで何も無かったかのように日常を取り戻していた。
これが束の間の平穏であるとは教師や生徒たちは知る筈も無く、ただ漫然と日々を過ごすだけであった。

 ロハスたちのルーンの解析は続いていたが、その解除方法については先日述べられたこと以上のものは発覚しなかった。
ただ、無闇に術者を殺せばもしかすると永久に解除出来ない可能性が僅かながらある。ということで、暗殺者を送り込んでルイズを抹殺するという案は一旦見送られることとなった。

ケイオス帝国は着々とハルケギニアへ進軍する為の準備を整えていた。
その間にハーヴァイは自ら進軍の指揮を執る為にベッドの上から起き上がっていた。
肉体的な衰弱はそれ程でもなかったが、洗脳されていたことによる精神的な衰弱は激しく、本来であればまだ休んでいなければならなかったが、本人たっての希望で療養を切り上げることとなった。
アディールが心配そうな顔でハーヴァイを見つめていると、彼はニコリと笑ってアディールの頬を撫でる。

「…心配しないでアディール」
「ハーヴァイ様…」
「…確かに、此度の進軍は少々大袈裟に見えるかも知れない。でも、これはそれだけのことなんだよ」
「…」
「この忌まわしいルーンが刻まれている限り、僕はあの魔女から逃げることが出来ない。そして今度捕まれば、次に僕は何をされるか分からない。下手をしたら、今度こそ全ての記憶を消され、二度とここへ戻ることさえ出来ないかも知れない。そうなったら、これはもう僕と彼女の個人的な問題じゃなくなる。国と国…いや、世界と世界の問題になる。そして、それもそんなに先のことじゃないだろう。僕らには時間が無いんだ」

ハーヴァイは厳しい表情で言った。

「…無論、最後の最後まで方法は探すさ。もしかしたら誰の血も流さずに済む方法が見つかるかも知れない。僕も出来るならその方法が一番だと思う」
「…良かった」
「え?」

アディールは少しだけ安堵したような顔になっていた。

「私が一番心配していたのは、ハーヴァイ様。あなたが変わられてしまうことでした。でも、今私の目の前にいるあなたはいつもと変わらない…出逢ったあの日のままのあなたです」
「アディール…」

どちらからともなく、二人は口づけを交わした。

「これは僕が僕を…ひいては君を守る戦いなんだね」
「ハーヴァイ様の勝利を祈っています」
「僕は負けないさ。世界の為にも、僕の為にも、そして君の為にもね」
「ええ」


そして、遂にケイオス帝国はその日を迎えることとなった。
ハーヴァイを筆頭に、先代の皇帝ザガン直属の精鋭だったウッドたちを始めとする兵士たちや魔術師たちが集められた。
最新鋭の攻撃型飛空艇も加え、小国であれば1日…いや半日もあれば制圧出来るメンバーである。

目標はトリステイン魔法学院。
そこにいるであろうピンク髪の魔女ルイズである。
彼女を捕らえ、ルーンの解除をして貰い、それが不可能であった場合や本人が拒否した場合は抹殺する。
全ての手筈が揃い、後は出発するだけであった。

その間際、ハーヴァイは少しだけ浮かない表情をしていた。
それを見て取ったアーバンが小声で尋ねる。

「如何されましたか、若?…まさか怖じ気付かれたので?」
「…そうではない。いや、ある意味そうかも知れない」
「…どうされまして?」
「…まるで父と同じだなって思ってね」

ハーヴァイはそう言うとフッと笑って見せた。

「僕は父を…皇帝ザガンを否定した。力で世界を支配することを否定した。だけど、今これから僕がやろうとしていることは正に父がやって来たことと同じじゃないか。そう思ってね」
「…なるほど」
「アーバン…僕は結局、父と、皇帝ザガンと同じ道を辿ることしか出来ないのかな?」
「それはどうでしょうか?」

アーバンはそれだけ言うと、それ以上は何も言わなかった。
まるで、その答えは自分で探せと言わんばかりに。
ハーヴァイは先程よりも多少晴れた顔で頷き、アーバンに言った。

「そのことは無事帰って来てから考えることにするよ。今は…」

ハーヴァイは彼の目の前に集った精鋭たちに視線を向け、胸を張る。
そして、高らかに声を上げた。

「聞け!我が剣、我が銃、そして我が杖たちよ!これより、我らケイオス帝国は異世界ハルケギニアへ進軍す!」
「「「「ハッ!!」」」」
「我々の目的は我が国、いや我が世界に害を及ぼそうとする魔女を捕らえ、その魔女が我にかけた呪いを解くことである!」
「「「「ハッ!!」」」」
「その目的を阻害するものは例外なく排除せよ!」
「「「「ハッ!!」」」」
「だが、我らは奴等のような外道ではない。罪無き者たちの命をいたずらに奪うような真似はするな!」
「「「「ハッ!!」」」」
「もう一度言う!我らケイオス帝国は異世界ハルケギニアへ進軍す!我に従う者はその拳を空高く上げろ!」
「「「「ハッ!!」」」」

一糸乱れぬ声と同時に彼らの拳が力強く上げられた。
ここに躊躇いを持つ者はいない。
ハーヴァイは自分も躊躇いを捨てることをここに来てようやく決意した。

(これからの未来の為に、僕は必ずこのルーンを解除する。結果的に君を殺すことになってもだ。そして、それを躊躇うことはもう…無い!)

「では、皆我に続け!!」
「「「「オオオオオオオオ!!」」」」

今、ここに開戦の幕が上がる。

 異世界へと行く最中、ハーヴァイたちはトリステイン魔法学院を襲撃する算段を立てていた。
これだけの実力者が揃っている上に最新鋭の戦闘用飛空艇まであるので余程のことがあっても負けるということは無いだろうが、だからといってバカ正直に真正面から挑むわけにはいかない。
より効果的に、より効率的に物事を運ぶ方法を模索するのである。

実際に連中と刃を交え、その実力を垣間見たウッドたちがその力を分析する。

「連中が使う魔法を私とディセルは少しだけ見ることが出来ましたが、その威力はもしかすると我々の知る魔法よりも上かも知れません」
「ウッド殿、それは確かなのでしょうか?失礼ながら、あなたはどうも相手を過大評価する癖があるようなので」

そう言ったのは、リー・ウー。
20代の若さにして先代の皇帝ザガン直属の部隊に配属された天才。
優れた剣術は元より、状況判断に優れ、いずれは優秀な指揮官になるであろうとザガン直々に言われた男である。
魔法にも造詣が深く、正に死角が無い。
ウッドはリー・ウーを一瞥した。

「…確かに私は相手の実力を必要以上に高く見積もることが多い。だが、相手を見くびり、舐めてかかるよりはマシだと考えている」
「それをとやかく言うつもりはありません。ですが、今知りたいのは正確な相手の実力なのです。高い実力の相手には相応の戦い方というものがあります。逆に言えば、大した実力も無い者に不相応な戦い方を仕掛ければ、それが失敗に繋がる可能性も少なくはない…ということです」
「う、うむ…そうだな」
「こりゃ、あんたの負けだなウッド隊長殿」

ジュールがそう言ってウッドの肩をポンと叩いた。

「若者と若輩者は違う。リー・ウーは立派な若者だ。老兵は大人しく若者の言うことを聞くとしようじゃないか」
「…ふむ、そう…だな」
「勘違いなさらないで頂きたいのですが、私は別にあなた方の前時代的な考え方を完全否定しているわけじゃありませんよ。ウッド殿の言うことは最もですし、見習うべき点もあります。しかし、我々はこれから確実に成功を収めなければならない戦いをするのです。不確定な要素は出来るだけ外したいですし、どうしても分からないのであれば最初から外して考えた方が良いと考えたまでのことです」

リー・ウーの言葉にウッドは頷いた。

「ならば見たままを説明した方がいいということだな。無論、それが連中の力の一端であるということは念頭において欲しいのだが」
「それでお願いします」

ウッドはトリステイン魔法学院で彼が見た魔法とその効果を見たまま説明した。
その説明が終わると、魔術師部隊を率いるヴァリスは「うーん」と唸った。

「ウッド殿の話を聞く限りですと、魔術の形態が我々と似通っているのではないかと思えますなあ」
「と言うと?」
「我々の使う魔法も系統魔法…すなわち火水風土からなる4つの種類となっています。ウッド殿の話の中に出て来た火炎を放つ魔法と風の刃を放つ魔法は我々が使う魔法の中にも似たようなものがあります。しかし、相手を浮かす魔法。これに至ってはどの系統にも該当するものがありません。強いて挙げるなら、風。またはどの系統魔法にも属さない特殊魔法に入るとは思いますが…」

「が?」
「特殊魔法というのは、本当に特殊な魔法なのですよ。他人を浮かばせるとかそんな単純なものではない。例えば相手を兎にしてしまうとかそのくらいとてつもないものなのですよ」
「ふぅむ、それでヴァリス殿の方で分かったことはありますかな?」
「まあ、単純な比較は出来ないということは分かりました。魔法に関してはウッド殿が最初に仰っていた通り、高く見積もっていた方がよろしいかと思われますね」
「…魔術のプロフェッショナルがそう言うのであれば我々は従おう」

リー・ウーは早速対高位魔術師相手の戦略プランを練っていた。
そこにウッドやヴァリスなども混じり、より穴の無い攻め方を思案する。
その間に、ハーヴァイは飛空艇技師エラルドを呼び寄せ尋ねた。

「この飛空艇に付いている武器を再確認したい」
「ハッ!」

エラルドは敬礼すると、何やら設計図らしきものを広げ、そこに描かれたものを一つ一つ指差しながらハーヴァイへ説明した。

「まずは機関銃。通常の銃に使用するものよりも大きめの弾を使用し、360°全てをカバー出来るように設置されています。敵に囲まれても問題ありません。次に、ミサイル。これも全方位に発射出来るように設置されています。次に、魔法力を圧縮してして放つレーザー砲。これは艦底に付けられていて真正面のみにしか撃てませんが威力は絶大です。しかし、魔法力は飛空艇のバリアーやステルス機能にも使用していますので、無駄遣いは禁物です」
「逆に言えば、バリアーやステルス迷彩を犠牲にレーザーを放つことも出来るということか」
「あまり推奨はしませんね。飛空艇の装甲は決して柔ではありませんが、万が一ということもありますので」
「了解した。済まないね、わざわざ」
「いえ、そんなことは…」
「ハーヴァイ様!もうすぐハルケギニアへ出ます!」
「…いよいよか」

ハーヴァイたちを乗せた飛空艇はゲートを抜け、ハルケギニアの空へと現れた。
すぐにステルス機能を作動させ、空の色に紛れた。


(ただの殲滅戦ならばこのまま強襲すればいい。だが、あそこには連中とは違う一般人もいる。なるべくなら無関係の人間は巻き込みたくはない…)

ハーヴァイは自嘲気味に笑った。

(今更何を言っているんだろうか、僕は…。だけど、僕は僕であり続ける。アディールの為にも、そして僕の為にも!)

そしてハーヴァイたちはトリステイン魔法学院の側にある森へ行くと、隠すように飛空艇を着陸させた。


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