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[41141] 空色の使い魔(ゼロの使い魔×灼眼のシャナ、サイト・原作キャラ 魔改造、独自解釈・オリジナル設定あり)
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:32c58ff1
Date: 2015/05/21 01:25
 平賀才人は、東京に住むごく平凡な一般人だった。厳しいわけでも、過保護なわけでもない普通の両親のもとで育ち、賑やかだけれど、素行に問題があるわけではない普通の友人に囲まれて暮らしてきた。よく周囲の人たちから、ヌケていると評されているものの、その性格が幸いして何事にも適応できる柔軟な性格を持ち、何事もなく日常を送っていた。

 日常は日常であり、たまに起きるアクシデントも、その適応力から非日常へは発展せず、何事もない日常が、死ぬまで続くと少しの退屈ささえ感じながら信じていた。


 しかし、ある日突然その日常は破壊され、才人の人生は非日常へと塗り替えられた。


 中学三年の修学旅行の時だった。才人の中学校は、旅行先の九州までフェリーに乗って向かうという、おかしな慣習があり、一部の生徒たちは船に酔ったり、新幹線や飛行機と比べてはるかに遅い移動時間に文句を言ったりしていた。そんな中才人はというと、人生初の乗船経験にはしゃぎっぱなしであり、周囲の先生や友人を呆れさせていた。

 その日は天気も良く波は穏やかで、船も順調に進んでおり、このまま何事もなく九州まで向かうもの思っていた。……あの惨劇が起きるまでは。

 

 それは突然の出来事だった。



 何かにぶつかったような揺れが起きたかと思うと、急に船が傾きだしたのだ。皆が慌てふためく船内から、才人は先生の制止を振り切り外に出ると……そこには怪物がいた。比喩でも何でもなく、まさに怪物という他ないモノが、船室を食らおうと大口を開けていたのである。


 まず目に入ったのは、その巨体。
 
 海面から出ている部分だけでも、30mはあろうかというその体は全身が鱗に覆われいて、原理は分からないが体中から土留め色の火の粉を散らしていた。

 次に目に入ったのは、その怪物の口。

 大きく開けられた口には、鋭い歯が円を描くように並んでおり、まるでドリルのように回転していた。

 あまりに現実離れした光景に、悲鳴も上げられず固まっている才人に目もくれず、その怪物はそのまま船室に齧り付いた。その際起きた衝撃で才人は海へと投げ出される。海面から顔を出した才人の目の前には惨劇が広がっていた。


 喰われていた。
 
 船が。

 喰われていた。

 人が。

 喰われてた。

 先生が。

 喰われていた。
 
 友人が。

 喰われていた。
 
 少し前までの日常全てが。才人の過ごした日常全てが。


 その時才人を埋め尽くした感情は一言では表せられない。

 親しい人を失った悲しみ。

 未知の怪物への好奇心。

 自分が辿るであろう運命への恐怖。

 残される家族への悔恨。

 降りかかる理不尽への怒り。

 理解を越えた状況への諦観。
 
 そして何より自身の世界を壊したものへの強い憎しみ。

 力が欲しかった。この状況を打ち壊す力が。

 力が欲しかった。目の前の怪物を打ち倒す力が。

 力が欲しかった。恐怖ですくむ体を動かす力が。



 その望みはすぐに叶った。

 声が聞こえたのだ。頭の中に。口汚い不敵な声が。
 
 「ずいぶん珍しいこともあるもんだ。海魔なんてとっくの昔に打ち滅ぼされたもんだと思っていたが」
 
 「にしてもお前はツイてねえな。封絶も張れない馬鹿な海魔に襲われて、気配も読めない馬鹿な海魔に取りこぼされて、食欲だけの馬鹿な海魔に人生滅茶苦茶にされちまったんだもんなあ」

 「どうするよ?復讐したいのなら手を貸すぜ。代わりに滅茶苦茶になったお前の人生をもらうがな。全てを捨てて、あいつを殺す力が欲しいか?」

 才人は迷うことなく頷いた。家族のことが頭をよぎったが、どうせこのまま喰われる位なら、せめて一矢報いたいと、才人の意地が決断させた。

 「それなら交渉成立だ。気張れよ坊主。前の腰抜けよりは根性見せろ。お前は今日から“觜距の鎧仗”カイムのフレイムヘイズ『空裏の裂き手』だ」




           ★★★


 「起きろ間抜け。仕事の時間だ」
 
 才人は胸のバッジからの罵声に起こされた。懐かしい夢を見ていた気がする。
 
 「お前相変わらず口が悪いよな。契約した時から思ってたけど」

 才人が契約したあの日から2年の月日が経っていた。あの後、苦戦しながらも怪物―紅世の徒、"呑舟渦"レヴィアタン―を倒し、駆け付けたフレイムヘイズに回収された才人は、東京の外界宿《アウトロー》に保護された。そこでフレイムヘイズに関して、この世界に関して説明を受けた。

 衝撃は大きかったし、落ち込みもした。与えられた部屋で丸一日ふさぎ込んだ。口の悪いカイムは「このヘタレが」と罵ったが、それ以上は何も言わず。そっとしておいてくれた。時間がたつと才人も自分に起きたことを受け入れられるようになった。職員からは「適応力が高い」と褒められた。
 
 「……契約した時のことを思い出してたんだ」

 「海魔に襲われたときのことか、それともその後みっともなく泣きはらした時のことか」
 
 「うるせー。……あれからいろいろあったよな」
 
 フレイムヘイズとして生きていくと決めた後、才人はあるフレイムヘイズへと弟子入りすることになった。“応化の伎芸”ブリギッドのフレイムヘイズ『骸軀の換え手』アーネスト・フリーダーが才人の師となった。フリーダーの課す修業は、効率的であったものの厳しく、また、理論派であるフリーダーと感覚派である才人は、なかなかそりが合わずしょっちゅう喧嘩を繰り返していた。しかしどこか息が合っており、お互いがお互いを決定的に嫌うことはなく、傍から見ていい師弟関係といえた。もっとも、お互いがそれを聞いたらむきになって否定するであろうが……。

 「目まぐるしかったのは確かだな。だがそれもお前の要領がよけりゃあ大分マシだったはずだがな」

 「お前はいちいち俺を貶さなきゃ気がすまねーのかよ。人が感傷に浸ってるって時に」

 「そんなことしてる暇があるなら戦いに集中しろ。これが終われば好きなだけ感傷に浸れるだろうぜ」
 
 「……それもそうだな」
 
 そう言って才人は眼下を見下ろす。そこには街を埋め尽くす徒たちがいた。

 才人は驚異的な成長を見せ、僅か2年で一人前のフレイムヘイズとなった。一人前になった後もフリーダーの副官として活動していたが、『仮装舞踏会』の大命宣布により大きな戦が開かれた。才人は一人前のフレイムヘイズとして、戦いに身を投じた。その戦いでフレイムヘイズの使命が揺らぐような事実が明るみになったが、才人が動じることはなかった。元々使命感が薄かった上に、復讐もすぐに果たしていた才人の戦う理由は「親しい人を守るため」であったからだ。
 
 フレイムヘイズとなって日の浅い才人は、人としての感覚が強かった。そのことでフリーダーから怒られることはあったが、今はその気楽ともいえる気性が幸いした。瓦解する戦線を維持し見事退却してのけた才人に周囲の人々は勇気づけられた。

 その働きから才人はフリーダーから重要な仕事を任された。

 3度目の大命宣布により街に流れ込む徒たちが増えた。それを『三神』と共に蹴散らすのが才人の仕事だ。

 「いくぜカイム。さっさと片付けて照焼きバーガーが食いてえ」

 「集中しろと言ったが調子に乗れとは言ってないぞ。気を抜くなよ間抜け」

 軽口を叩きながら二人で一人のフレイムヘイズは自在法『サックコート』を纏い戦場へと身を躍らせた。

 
 「“觜距の鎧仗”カイムのフレイムヘイズ『空裏の裂き手』平賀才人だ!てめえら覚悟しやがれ!」

 「祭りは終わりだ馬鹿共。さっさと紅世に帰るか討滅されるんだな」



           ☆☆☆



 シャルロット・エレーヌ・オルレアンは幸せな少女だった。優しい両親に育てられ、大貴族の娘として何不自由なく暮らしてきた。よく屋敷に来る伯父と従姉も優しく、シャルロットと遊んでくれた。

 そんな幸せな人生に、ただ一つ不満があるとすれば魔法が使えないことだろうか。

 シャルロットには、魔法の才能がなかった。両親は共に優れたメイジであったし、伯父も優れた水のメイジであり、その娘である従姉イザベラも水のドットであった。一族の中でただ一人シャルロットだけが魔法を使えず、どんな簡単な魔法を使っても爆発が起こり失敗に終わった。

 それでもシャルロットは幸せであった。魔法が使えなくとも周囲の人は優しく、いずれ魔法が使えるようになると励まし続けてくれ、そしてその言葉をシャルロットは信じていたからだ。傍から見れば無責任な励ましをシャルロットが信じたのにはわけがある。それは伯父ジョゼフの存在だ。

 今でこそ水のスクウェアとされる伯父であるが、若いときは今のシャルロットと同じように魔法が使えなかった。当時はそのことでずいぶんと騒がれたらしいが、時が過ぎジョゼフが水の魔法に目覚めると、悪評などすぐに無くなった。むしろ並のスクウェアを凌ぐ実力を見せたジョゼフを見て、幼い頃魔法が使えないのは、大きすぎる力を制御できなかったからだと考え、魔法失敗の際の爆発は大いなる魔法の才能の片鱗だとした。

 そのためシャルロットの才能に周囲は沸き立った。王族から二人目の大いなる魔法の才能を持つ者が出たと喜び、国家は安泰だと期待し、シャルロットもその期待に応えるよう努力した。



 しかし、その幸せも長くは続かなかった。



 始まりはガリア王であった祖父の崩御だった。優しかった祖父を喪った悲しみにシャルロットは打ちのめされるが、悲劇はそこでは終わらなかった。

 父、シャルル・オルレアンが暗殺されたのだ。それも現王に即位した伯父、ジョゼフによって。

 訳が分からなかった。シャルロットにとってジョゼフは優しい伯父であったし、父とも仲が良かった。ジョゼフが王位につくことは以前から決まっていたし、父も即位した兄を補佐するのだと誇らしげであった。決して王位継承の為に争いが起きるような状況ではなかったのだ。

 悲劇はそれだけに留まらない。

 母が毒を飲まされ、正気を失ったのだ。娘であるシャルロットをかばって。

 度重なる悲劇に打ちのめされ、憔悴したシャルロットは従姉イザベラを頼ったが、イザベラはそんなシャルロットを冷たくあしらい、キメラドラゴンの討伐を命じたのだった。

 未だ魔法の使えぬシャルロットにとってそれは死刑宣告と変わらなかった。

 任務は困難を極め、シャルロットは何度も自死を考えたが、恐怖から実行には移せなかった。

 しかし、大の大人でも命を落とすであろう試練にシャルロットは打ち勝った。ジルという協力者を得て、その術を学び、失敗魔法による爆発で何とかキメラドラゴンを討伐したのだ。

 そしてシャルロットは何も知らないお姫様から冷酷な騎士へと成長した。

 名をタバサと変え、北花壇警護騎士団に入り七号というコードネームを与えられた。

 そこに天真爛漫だった頃の面影はなかった。長く艶やかだった髪はバッサリと切り落とされ、朗らかに笑っていた口は堅く引き結ばれ、穏やかだった目には冷たい光を宿すようになった。


 「私はガリア北花壇警護騎士七号、タバサ。祖国ガリアとその王家に忠誠を誓います」
 


           ★★★


 シャルロットからタバサへと名を変えたその日より3年後。タバサはトリステイン魔法学院にいた。

 2年生に上がる春の使い魔召喚の儀のまっただ中であった。

 タバサは今も魔法が使えなかった。どんな簡単な魔法も失敗して爆発させ、周囲から『ゼロ』のタバサと揶揄されていた。

 北花壇騎士として危険な戦闘任務の際は失敗魔法が役立つ時もあったが、それでも危険は大きかった。今までは何とかなったが、これからもそうとは限らない。

 タバサは死ぬわけにはいかなかった。復讐を果たし、母の心を取り戻すためには。

 そのためには強力な使い魔が必要だった。タバサの剣となり盾となる使い魔が。幼い頃に読んだイーヴァルディの勇者のような使い魔が。

 「我が名はタバサ」

 願いを込めて詠唱をする。

 「五つの力を司るペンタゴン」

 目を瞑り、祈る。

 「我の運命に従いし、"使い魔"を召還せよ」

 詠唱を終え、杖をふるう。





 空色のフレイムヘイズと空色の少女。出会いはすぐそこまで迫っていた。


~あとがき~
今更ですがゼロ使と灼シャナのクロスです。書き溜めはないため更新はゆっくりですが、よろしくお願いします。
ハーメルンさんにも投稿してます。



[41141] 第一章 異世界、ハルケギニア 第一話 邂逅
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:32c58ff1
Date: 2015/05/21 01:22
 「あなた、誰?」
 
 晴れ渡った空の下、その空と同じ色をした髪の少女が才人に尋ねる。

 (え?どういうことだ、これ?)
 
 目の前の光景に才人は混乱した。才人は御崎市決戦後も旧世界に残り、フリーダーの補佐をしていた。そしてつい先程まで外界宿で、新世界への通信の自在式の実験の手伝いをしていたのだった。

 そして、その実験の途中現れた、光る鏡のようなものに不用心にも触れてしまったのだ。

 常日頃から相棒であるカイムや、師であるフリーダーに口を酸っぱくして「気を抜くな」と言われているため、才人自身も気を付けていたのだが、今回現れた光る鏡のようなものは不思議な魅力を放っていて、才人はそれに引き寄せられるように触れてしまったのだ。

 あまりに急なことだったので、カイムも制止できず、フリーダーに至ってはその場にいなかったため、誰にも止めることはできなかった。

 そのまま才人は光にのまれ、気が付くと草原の只中で、奇抜な格好をした者たち囲まれていたのである。

 (俺は今まで東京の外界宿に居たはずだ。周りの人たちも、こんなわけのわからない格好をした人たちじゃなかった。襲撃された?誰に?連れ去られた?どうやって?)

 (落ち着け、間抜け)

 混乱する才人の思考に、別の声が割って入った。口の悪いその声は、才人がその身に宿す紅世の王"觜距の鎧仗"カイムのものだ。

 (お前があの光る鏡に触れた途端に移動した。どんな自在法かは知らねえが、少なくともここは、外界宿でも東京でもなさそうだ。最悪日本でもないかもしれねえな。くそったれ)

 説明と共にカイムが罵る。状況は分からないものの、いつも通りの相棒の調子に才人はいくばくか冷静さを取り戻す。

 (油断した。ごめん。これからどうする?『封絶』張って『サックコート』で蹴散らすか?)

 (まったくだ。だが緩んでいたのは、俺も同じだ。あんな大きな戦いの後だってのに、いや、だからこそか。それと『サックコート』はまだ使うな)

 (どうして!俺をここに連れてきたのはこいつらだろ!?どう考えたって普通の人間じゃない!)

 (ああ、だが"徒"でもねえ。どうにもおかしな感覚だ。まだ『封絶』も張るな。しばらく様子を見ろ。逃げるのも蹴散らすのも、危険を感じたらでいい)

 (……それで間に合うか?)

 (馬鹿野郎が。俺とお前の『サックコート』をどうにか出来る奴はそうそういねえ。それよりも状況を正確に把握する方が先だ。わかったらさっさとしろ、間抜け)

 (わかった)

 思考で口早にやり取りを交わすと、才人は改めて周囲を確認し、その後目の前に立つ少女に目を向けた。年の頃は、今の自分の見た目と大して変わらぬか、幼いであろうことがその小柄な背丈と風貌から察せられる。眼鏡の奥の瞳は冷ややかな光を湛えており、少女の感情を読み取ることを困難にさせていた。そしてその手には、身の丈を超す杖が握られており、その姿はまるでとある"王"を彷彿とさせたが、才人はその"王"と面識がないため、思い出せずにいた。

 「誰って、俺は“觜距の鎧仗”カイムのフレイムヘイズ『空裏の裂き手』平賀才人だ」

 とりあえず才人はフレイムヘイズとしての名乗りを答えることにした。もし相手が敵で、才人のことを知っているのなら、何らかの反応を示すことを予想して、注意深く窺った。

 「しきょのがいじょう?ふれいむへいず?」

 「ああ、俺はフレイムヘイズだ」

 「どこの人?」

 しかし目の前の少女は、特に反応することもなく、続けて才人に尋ねた。
 
 どうやら本当に自分を知らないようだった。この様子だと紅世のことも知らないだろう。おまけに敵意もないようだ。手にしている杖も、何かの宝具であるようには感じられない。才人は拍子抜けすると同時に、ならばなぜ自分がこんなところに連れて来られたのかと疑問を抱いた。

 「タバサ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」

 才人が疑問を口にする前に、周りの変な服を着た人たちが、タバサと呼ばれた目の前の少女をはやし立てる。

 「ゼロのタバサ!また失敗したのか!」

 「そんな平民、いつの間に連れて来たんだい?」

 タバサと呼ばれた少女はそれらの声に応えることなく、周囲の人たちの中で最年長であろう、頭髪の薄くなった中年の男性の元へと行き、話しかけた。

 「ミスタ・コルベール」

 「なんだね。ミス・タバサ」

 「もう一度召喚を」

 「それはダメだ。ミス・タバサ」

 「なぜ?」

 「決まりだよ。座学の優秀な君なら、分かっていると思うが、一度呼び出した『使い魔』の変更は不可能だ。春の使い魔召喚は神聖な儀式だからね。君は彼を使い魔にするしかない」

 「前例がありません」

 「前例ならある。11年程前にね。その時もある生徒が人間を使い魔として召喚した。そして彼女はその人間を使い魔としたんだ」

 「……わかりました」

 「よろしい。ならば彼と儀式を」

 コルベールと呼ばれた中年男性に促され、タバサが戻ってきた。そして、才人の前に立つと身の丈を超す大きな杖を振るった。

 「何をする気だ」

 才人の問いかけにもタバサは答えない。

 「動かないで」

 タバサは短くそう言うと呪文のようなものを唱え始めた。

 「我が名はタバサ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 (カイム)

 (ああ)

 才人はカイムに呼びかけ、カイムもそれに応えた。

 何をする気か分からないが、何が起きてもいいように『封絶』を張る用意をする。そしてすぐさま動けるように体に"存在の力"を込める。

 詠唱を終えたタバサが、才人の額に置いた。

 それと同時に才人は『封絶』を張ろうとした。

 しかし、それは次にタバサがとった行動により失敗に終わる。

 なんとタバサは才人の唇に己のそれを重ねたのである。

 つまりはキスをしたのである。

 (えっ)

 (な……)

 才人たちは固まった。もしかしたら何らかの攻撃が来るかもしれないと予測はしていたが、キスされるのは予想外だったからだ。

 しかも才人にとってこれはファーストキスである。

 「なな、なにしやがんだっ!」

 咄嗟に才人はタバサと距離を取る。
 混乱しすぎて自在法すら使えなかった。

 「ふむ、『コントラクト・サーヴァント』も終わったようだね。君、今から体に熱が走るだろうが我慢してくれ」

 コルベールが才人に近づき忠告する。

 「は?あんた、何言って……ッ!!」

 瞬間、才人の体を焼くような熱が襲う。
 
 フレイムヘイズとして、怪我や痛みに慣れている才人でも一瞬苦痛に顔を顰めた。

 するとコルベールは才人の左手の甲を確かめる。

 「……今度はガンダールヴか」

 そう呟くと踵を返し、宙に浮いた。

 「よし、じゃあ皆教室に戻ろう」

 そして草原の向こうにある白のような建物に向かって飛んで行く。周りにいた人たちもそれに続く。

 才人は呆気にとられた。

 カイムも驚き、気を取られていることが神器から伝わってくる。

 自在法を使ったような気配は感じられなかった。故に彼らは自在法ではない方法で空を飛んだのだろう。その事実がますます才人たちを混乱させた。

 「タバサ、お前は歩いてくるんだぞ!」

 「あの子、『フライ』も『レビテーション』も使えないものね」

 そう言ってみんな飛び去って行く。

 残されたのはタバサと才人たちだけになった。

 「ついて来て」

 タバサは才人の方に近寄り、それだけ言うと城のような建物に向かって歩き出した。

 才人はそんなタバサを追いかけて、掴み掛らんばかりの勢いで話しかけた。

 「あんたら一体何なんだ!ここはどこだ!どうやって飛んだ!俺の体に何をした!」

 まくしたてる才人には目もくれず、どこから取り出したのか、本を読み始めたタバサは短くこう言った。


 「歩きながら説明する」




           ★★★



 「それは本当?」

 タバサは目の前の少年、紅世の王“觜距の鎧仗”カイムのフレイムヘイズ『空裏の裂き手』平賀才人と名乗った少年に聞いた。

 ここはトリステイン魔法学院のタバサの部屋。

 タバサはベッドに腰掛け、才人たちは椅子に座って話をしていた。

 「嘘じゃねーよ。というか、俺らからすればそっちの話の方が信じられないんだけど」

 「だが、事実こうして俺たちはこの世界にいる。信じないわけにはいかんだろうな」

 才人と、その胸につけられた鷲の頭を象ったバッジ型神器"ソアラー”から意思を表出させる紅世の王、“觜距の鎧仗”カイムはそう言った。

 遠くに見えた城のような建物は、トリステイン魔法学院というらしく、今タバサが通っている学校だと帰る道すがら聞いた。

 続けて、この世界のこと、魔法のこと、タバサたち貴族、『メイジ』のことも……。

 才人は、正直な気持ち、信じられるわけがなかったが、自在法もなしに、才人たちをここに呼び、その体に『ルーン』と呼ばれる文字を刻み付け使い魔にし、空を飛ぶ(タバサはどういう訳か飛ばなかったが)という尋常ならざる技術を見せつけ、そして夜になって空に浮かぶ二つの月を見せられた以上信じないわけにはいかなかった。

 そして学院に帰り、タバサの部屋に戻った後、今度はタバサの方から、才人たちのことを聞いてきて、その説明が終わったところである。

 「私は、まだ信じきれない」

 タバサも今の話を素直には信じられなかった。神器というしゃべるバッジは、インテリジェンスアイテムならあり得ることであるし、自在法も仕組みを聞いても理解しきれず、先住魔法の亜種なのではないかとの疑問が拭えなかった。

 そして何より、目の前で話す少年が、フレイムヘイズという人外の化物と戦う人外の戦士であるということが信じられなかった。

 タバサも、汚れ仕事専門の北花壇騎士であるため、そういった存在について博識であり、また、それを見抜く目にもある程度自信があった。タバサの信じるその感覚は、確かに才人が、他者とは一線を画す戦士であるということを告げていたが、どうにも垢抜けしきらない才人の対応が、その感覚をあやふやなものとしていた。

 しかし、それも無理からぬことである。超常の存在たるフレイムヘイズは、その誰も比肩し得ぬ力とは対照的に、精神は同じ年の人間に比べて、やや未熟であることが多い。それは不老の外見と、復讐者という境遇からなるものであるが、それ故に相対した時にちぐはぐな印象を与えるのである。もっとも、百余年を超すフレイムヘイズになれば変わってくることではあるが……。

 加えて、いまだ人間寄りな思考を持つ才人は尚更その傾向が強かった。

 「あー、まあ仕方ないよな。向こうの世界でも、常識的にはあり得ない話だし」

 「加えて異世界ともなれば、『この世の本当のこと』も本当のことか怪しいもんだ。仕方ないだろうよ」

 二人にして一人はそんなタバサの態度に、納得の姿勢を見せると立ち上がった。

 「百聞は一見にしかず。見せた方が早いだろ。いいよな?カイム」

 「不本意だがな。だがそれが一番手っ取り早いなら、仕方ない」

 そういいながら窓を開け、タバサの方に近づいてくる。

 「何をするつもり?」

 タバサが聞いても二人は答えない。無言で近づいてくるのみだ。

 咄嗟に杖に手を伸ばすがそれよりも早く、才人に抱えあげられてしまう。

 お姫様抱っこ、という形で。

 「よっ、と。ずいぶん軽いな。ちゃんと飯食ってんのか?ご主人様?」

 「馬鹿野郎。女に体重の話をするやつがあるか。そんなだから『輝爍の撒き手』にも毎回どやされるんだ」

 軽口を叩く才人にカイムが吐き捨てるように注意する。

 そしてそのまま窓際まで移動し、桟に足を掛け一気に窓の外へと身を躍らせる。

 「……ッ!!」

 タバサは思わず目をつむる。
 
 杖を持っておらず、たとえ持っていても『ゼロ』の自分では『レビテーション』を唱えられないため、このまま地面にたたきつけられると思ったからだ。タバサの部屋は搭の5階。まず無事ではすまないだろう。

 しかし、いくら待っても、地面にたたきつけられる瞬間はやってこなかった。それどころか、落下時特有の浮遊感すらもない。

 春の優しい夜風が、タバサの頬を撫でた。

 恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


 飛んでいるのである。


 誰が?


 自分と才人が。

 
 信じられない気持ちで才人を見上げると、才人は悪戯に成功した子供のような笑顔をしていた。そして、なんとその背中には空色の翼があった。

 「びっくりしたか?」

 「当然だ。何を考えているんだこの間抜けは」

 ニシシと笑う才人をカイムが罵る。

 才人たちは今、『空裏の裂き手』ご自慢の自在法、『サックコート』でトリステイン魔法学院の上空を飛んでいるのだった。

 「でも、これで俺の話を信じてくれるだろう?」

 羽ばたきを強め、更に上空、二つの月に手が届きそうなくらいに飛び上がりながら、才人は言う。

 「何の因果か知らねーけどさ、どうやら俺は本当に、あんたの使い魔になっちまったみたいだ」

 風を切って才人は言う。

 「どうやら、この世界は紅世とは関係ないみたいだし?元の世界に帰る方法もわからねえ」

 タバサはそんな才人の横顔を見つめる。

 「だったら、あんたの使い魔になってやってもいいかなって思うんだ。フレイムヘイズにとって、人の一生なんてすぐだ。それぐらい付き合ってやるよ。いいだろ?カイム」

 「ふん、好きにしろ。俺にしたって瞬きの間だ」

 「だそうだ。これからよろしくな。えーっと……」

 言葉を詰まらせる才人に、タバサは短く答える。

 「タバサ」

 「タバサ。あーっとご主人様って呼んだ方がいいか?」

 「タバサでいい。あなたたちは?」

 「俺は平賀でも才人でもいい。『空裏の裂き手』ってのはどうも長いしな」

 「俺はカイムで構わない」

 「よろしく。サイト、カイム」

 「こちらこそ」

 「ああ」


 そんなやり取りをしながら不思議とタバサは温かい気持ちに包まれた。

 双月の夜空を飛ぶという、幻想的な状況だからかもしれない。

 だが、これから何かが変わっていく。そんな予感だけは確かなものだった。

 『ゼロ』と呼ばれる自分が、タバサと名を偽る自分の何かが、決定的に変わっていく、そんな予感。

 それが良い結果となるか悪い結果となるかは分からない。そもそも、そんな予感も間違いかもしれない。

 しかし、久しぶりに誰かの手に抱き上げられるという感覚は悪い気はしなかった。

 今は、それでよかった。



           ☆☆☆


 「ふーん。あれがガンダールヴ、ねえ」

 空を飛ぶ二人を搭から一人、見つめる者がいた。

 「伝説に空を飛ぶなんてあったかしら?」

 桃色の髪を夜風になびかせ少女は一人ごちる。

 「まあ、なんにせよ、ガンダールヴを呼び出したってことは、あの子もお姉さまと同じなのかしら?」

 気品を感じさせる佇まいで窓の外を眺めるその姿は、まさしく深窓の令嬢というにふさわしかった。

 「虚無の担い手、なのかしら?」

 窓の外から部屋の中へ首を突っ込みきゅいきゅいと鳴く自らの使い魔の頭を撫でながら、少女は首をかしげた。


 風のトライアングル『爆風』のルイズ。

 彼女だけが遠く夜間飛行を行う二人を見つめていた。






[41141] 第一章 第二話 ゼロ
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:32c58ff1
Date: 2015/05/21 01:23
 草木も眠る丑三つ時、という言葉が異世界であるここ、ハルケギニアにも適用されるかはわからないが、夜も半ばのこの時間帯は静まり返っていた。夜行性の獣や、幻獣のみが活動する時間帯であり、他の生物は皆眠りに入っている。それはトリステイン魔法学院も同じことで、その学院の寮の一室、タバサの部屋にいるフレイムヘイズ、『空裏の裂き手』平賀才人とその契約した紅世の王“觜距の鎧仗”カイムだけが、その例外であった。

 「一体何のつもりだ。間抜け」

 「何のつもりって、何がだよ」

 カイムの問いに才人は何の事だかわからない、といった風に返す。

 「あの小娘の使い魔になると言ったことだ」

 「そのことか」

 才人はベッドで眠るタバサに目をやる。部屋に戻った後、一緒のベッドを使っても良いというタバサに、才人は、フレイムヘイズは特段眠る必要はない上に、眠るとしても床で問題はないと断り、部屋の隅で胡坐をかいていた。

 「俺にもわかんねえ」

 「わからんだと?考えなしに言ったのか馬鹿野郎」

 「あの時は気づいたらそう言ってた。なんでかな、そう言わなきゃいけない気がしたんだ」

 「惚れでもしたか、小娘相手に」

 嘲るような、からかうようなカイムに、才人はそんなんじゃねえよと返す。

 「忠誠心っていうのかな。あの時は心の内からそんな気持ちが湧いてきたんだ」

 「忠誠心?お前が?フレイムヘイズとしての使命の自覚もなかったのにか」

 「俺にもわかんねーよ。ただ、そう感じただけだ」

 「ふん。例の魔法とやらで操られているんじゃないのか」

 「そうかもしれねえ。ただ……」

 「ただ?」

 「悪くない気分だ」

 「ふん」

 カイムはそう鼻を鳴らすと『清めの炎』を使った。

 「うわっ!いきなり何するんだよ!」

 フレイムヘイズとして何百回も『清めの炎』を経験していたため、流石に慣れていた才人であったが、いきなり使われるのは心臓に悪い。
 
 才人の抗議の声を聞き流し、カイムは尋ねる。

 「どうだ?変化はあったか」

 「どうって、特に何もないけど」

 「精神錯乱の類ではないのか、それとも魔法とやらには効果がないのか」

 「まあいいじゃねーか。しばらくこのままでも。新世界が出来て、俺たちは殆どお役御免だ。焦ることはないさ」

 考え込むカイムに、才人は楽観的に返す。

 「間抜けが、お前は楽観しすぎる。そんなことだから契約とやらをされる隙を見せるんだ」

 「あれは仕方ないって。いきなりキスされるなんて思わねーよ」

 「何が仕方ないだ。あれが致命的な自在法だったらどうするつもりだったんだ」

 「それは、"徒"でもない普通の人間だと思ってたから……」

 「それを油断というんだ間抜け。フリーダーの奴に見られていたらまたどやされるところだったぞ」

 「その師匠とも当分は会うことはないさ。平気だって」

 「俺はそういう話をしてるんじゃない。お前の腑抜け具合を言ってるんだ」

 「わかってるって。悪かったよ。これからは気を付けるって」

 「ふん。だといいがな」

 「……」

 「……」

 そう言ったのち二人は黙る。

 夜の帳も降りきった今、聞こえるのは夜行性の獣の鳴き声だけだ。

 「なあ」

 沈黙を破り才人はカイムに話しかける。

 「なんだ」

 「怒ってるか?俺が使命を差し置いてタバサの使い魔になるって言ったこと」

 「ふん。別に怒っちゃいねえさ。ただ、お前の行動が突飛過ぎて付いて行けねえだけだ」

 「そのことなんだけどさ」

 才人は珍しく真面目な声色で語りだす。

 「これも何かの運命だと思うんだ。この世界に呼ばれて、タバサの使い魔になったのは」

 「運命だと?」

 「ああ、思えば、俺の人生ってそういうことばかり起こってるじゃんか。ある日突然"徒"に襲われて、そのままフレイムヘイズになって、かと思えば、すぐに決戦が起こって、使命も何も自覚のないまま、フレイムヘイズとしての役目も終わっちまった。そして今度は異世界に召喚されて、使い魔になれときたもんだ。これって何かの運命だと思うんだ」

 「驚いたな。お前はいつから運命論者になったんだ?そういうことをお前は嫌っていると思っていたが」

 「確かに前まではそうだったさ。でもな、ここまで来たらさすがに信じるしかないかなって」

 「ふん。それで大人しく運命に流されようって訳か。お前にしては随分と殊勝なことだ」

 「流されるんじゃねえよ。突っ走るんだ」

 「なんだと?」

 「ああ。もう運命に逆らうようなことはしない。かといって、ただ流されるだけなのはプライドが許さねえ。だったらさ、突っ走るんだ。俺を巻き込む運命を、突っ走って突っ切って、そんで、突き抜けてやる。俺に襲い来る運命を、俺は全部受け入れる。受け入れて、全力で楽しんでやる」

 「ふん」

 「呆れたか?」

 「まさか。ただ俺の契約者は、揃いも揃って使命とは別のことに心血を注ぐのかと笑っただけだ」

 「悪いな、付き合わせて」

 「……馬鹿野郎が。さっきも言っただろう、俺たち"徒"にとっちゃ、瞬きの間よ」

 「……ありがとな。相棒」

 「ふん」

 その後、二人は今後の行動について、夜が明けるまで語り合った。



           ★★★ 



 「あなたの力は目立ちすぎる」

 朝になって、起きたタバサと食堂へと移動しながら今後の方針を話し合う。

 目下最大の問題は、才人のフレイムヘイズとしての力をどうするか、だった。

 「やっぱそうだよなあ」

 「アカデミーに知られたら、厄介」

 「大抵の敵なら蹴散らせるぜ?俺」

 「私が困る」

 「……りょーかい」

 「当然だ間抜け」

 アカデミーに目をつけられないよう、異能をなるべく隠す方針となった。不承不承といった才人を、カイムが罵る。

 ちなみにカイムがしゃべることについては、インテリジェンスバッジということにしておけば問題ない、とのことだった。

 「ここでお別れ」

 食堂を前にして、タバサが切り出す。

 「どうして?中まで付いて行かなくていいのか?」

 「アルヴィーズの食堂には、貴族以外は入れない。あなたは厨房で食べて」

 「俺はフレイムヘイズだから、食わなくても大丈夫なんだけどな。けどまあ、食えるなら食っとくか」

 「また授業で」

 そう言って別れ、タバサは食堂へ、才人たちは厨房へと向かっていった。



           ☆☆☆



 「ねえタバサ?ちょっといいかしら」

 「なに」

 食堂へ入り、席に着き、本を読み始めたタバサに話しかけてくる少女がいた。ルイズだ。

 『ゼロ』と揶揄され、皆から敬遠されるタバサに、ルイズは何かと構って来るのであった。

 最初のころは、何が目的かと警戒していたタバサであったが、ルイズに悪意がないことを知ると、徐々に警戒を解き、今では普通に話を交わす友人といえる仲となった。

 「あなたの使い魔、なんて言ったかしら、えーと」

 「ヒラガサイト」

 「そうそう、そのヒリガル・サイトーン。彼はどこ?」

 「厨房。食堂には入れないから」

 「そういえば彼、平民だったわね」

 「サイトに何か用?」

 「用って程の事じゃないけど、ちょっと聞きたいことがあったのよ。まあ、居ないならいいわ、別の機会にしましょ。ところでタバサ、隣空いてる?よければ一緒に食べましょ」

 「構わない」

 そう言って隣へと座るルイズに、タバサは目もくれない。そんなタバサに気を悪くした風もなく、ルイズは話を続けた。読書中のタバサが、他人に目を向けることなど殆どないことは、短くない付き合いの中でルイズは学んでおり、気にしなかった。

 「あなたの使い魔ってどこにルーンが出たんだっけ」

 「左手」

 「そう、故郷はどこだって言ってた?彼、とても珍しい名前だけど、ハルケギニアの出身じゃないわよね?」

 「……東の方だと言っていた」 

 素直に異世界だとは言えず、タバサはそうごまかした。才人にも、出身を聞かれたらロバ・アル・カリイエだと答えるよう言っていた。

 「それってもしかしてロバ・アル・カリイエ?」

 「おそらくそう」

 「ふーん」

 「どうして?」

 「いえ、人間の使い魔なんて珍しいじゃない。だから気になったのよ」

 「そう」

 そんな二人の会話に割って入る者がいた。

 「あーら!お子様が二人並んでると思ったら、ルイズにタバサじゃない。おはよう、二人とも」

 「おはよう、キュルケ。何の用?」

 「……」

 赤い髪と豊満な体を持つ少女キュルケだ。
 
 投げやりに挨拶を返すにルイズに無言のタバサ。そんな二人の様子を気にもせずにキュルケは近寄ってくる。

 「そんなに邪険にしないでよルイズ。私とあなたの仲じゃない」

 「ヴァリエールとツェルプストーの間にあるのは因縁だけよ。それに私、ゲルマニア炎使いは品がなくて嫌いなの"微熱"のキュルケ」

 「あら、あなたの風もお世辞にも品があるとは言えないわよ?"爆風"のルイズ」

 「あんですって」

 「事実じゃない。何度杖を交わしたと思ってるのよ」

 「今からその回数増やしてもいいのよ、ツェルプストー」

 「望むところよ、ヴァリエール」

 そう言って火花を散らす二人の間に、実際に火花が起き、小さな爆発を起こした。

 「わっ」

 「きゃっ」

 「……貴族同士の決闘はご法度」

 タバサだ。自分を挟み言い合う二人にうんざりしたのだ。

 「いやねえタバサ。本気じゃないわよ」

 「そうよ、こんなの挨拶みたいなものよ。本気で決闘するわけないじゃない」

 「説得力がない」

 事実二人はこれまで何度も決闘騒ぎを起こしている。風のトライアングルと火のトライアングル、二人の決闘は毎度周囲に甚大な被害をもたらす。かといって二人は本気で仲が悪い訳ではなく、悪友のような関係だ。

 盛大に周りを巻き込んで、あっけらかんとしているトライアングル二人に、周りの生徒たちは何も言えずただ被害が来ないのを祈るばかりだった。

 「それにしてもタバサ。あなたその爆発使いこなしてるわねえ。ルイズよりあなたの方が"爆風"を名乗ったた方がいいんじゃない?」

 「ただの失敗魔法。今のはコモン・マジック。系統魔法なら威力も制御できない」

 「タバサの爆発は、わたしの爆風とは毛色が違うわよ。わたしのは火花散らないもの」

 「そうよねえ、そういえばあなたたち、使い魔は何を召喚したんだっけ?」

 「人間」

 「わたしは風竜よ。そういうあんたは?」

 「私は火竜山脈のサラマンダーよ。ねえタバサ、あなたほんとに人間なんて召喚したの?前からあなた変わってると思ってたけど、使い魔も変わったの呼んだわね」

 「余計なお世話」

 「タバサ、キュルケも悪気があって言ってるわけじゃないのよ。キュルケも言葉には気をつけなさいよ。あなたの悪い癖よ?それ」

 「あなたの説教臭さもね。ルイズ。まあ、私も悪かったわ、ごめんねタバサ、からかうつもりはなかったのよ」

 「別にいい」

 「さ、それじゃあ早いとこ朝食を食べちゃいましょ。じゃないと授業に遅れちゃうわ」


 

           ★★★


 
 「それでは今から皆さんに『錬金』をやってもらいましょう」

 教壇に立ったミセス・シュヴルーズという中年女性のメイジがそう言う。

 朝食が終わり、タバサと合流した才人は、一緒に教室で授業を受けていた。

 「いやあ、魔法ってのもすごいもんだなあ」

 「自在法とは大きく違うな」

 才人とカイムはタバサから系統魔法の説明を受け、シュヴルーズが行った『錬金』に目を丸くしていた。

 数々の自在法を目にしてきた才人たちにとっても、魔法はそのどれとも類することのないものであったため、新鮮な気持であった。

 「なあ、タバサもあれできるのか?」

 「私にはできない」

 「なんで?」

 「……」

 黙るタバサを才人は不思議そうに見る。

 「ミス・タバサ、私語が目立つようですね。それではあなたにやってもらいましょうか」

 話すタバサを見咎めて、シュヴルーズは指名する。

 「お、タバサ呼ばれたぞ、行って来いよ」

 「誰のせいだ間抜け」

 才人が促し、それをカイムが罵るが、タバサは立ち上がらない。

 「ミス・タバサ!どうしたのですか?」

 シュヴルーズが再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。

 「先生」

 「なんですか?ミス・ツェルプストー」

 「やめておいた方がいいと思いますけど」

 「なぜです?何か理由でも?」

 「あの子は『ゼロ』です」

 キュルケの言葉にシュヴルーズは息をのむ。

 『ゼロ』の二つ名に彼女はトラウマがあった。11年前、彼女が担当した生徒の中にもそう呼ばれた生徒がおり、その生徒に今回のような実演をさせてみたところ、散々な結果に終わったのだった。

 しかし、その子とタバサは別人だ。その子は最後まで普通の系統魔法は扱えず、学院長権限で特別に卒業していったが、タバサもそうとは限らない。自身のトラウマから、生徒の芽を摘むようなことはシュヴルーズはしたくなかった。

 「確かにミス・ヴァリエールの姉君、エレオノールさんは最後まで『錬金』もできませんでした、しかし彼女は彼女、ミス・タバサはミス・タバサです。失敗を恐れていては前へ進めません。さあ、ミス・タバサ、やってごらんなさい」

 「……わかりました」

 「不安なら俺もついてってやるよ」

 「お前がいたからなんになるんだ。間抜け」

 タバサは立ち上がり、教壇へと歩いて行った。才人たちもその後を付いて行く。

 途端に周りの生徒たちは机の下に隠れだす。シュヴルーズも祈るような面持ちでタバサを見つめる。

 「おい、何か変だぞ」

 「みたいだな」

 才人とカイムも、異様な雰囲気を感じ取り警戒しだす。

 「よいですか、ミス・タバサ。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです。肩の力を抜いて、決して緊張してはいけませんよ」

 こくりとタバサは頷くと、手にした杖を掲げた。

 そしてそのままルーンを唱え、杖を向ける。

 その瞬間、机ごと石ころは爆発した。

 「ッ!!」

 咄嗟に才人はフレイムヘイズの瞬発力で、タバサとシュヴルーズを抱え教室の後ろまで飛び退く。

 「   ッ!    ?」

 突然のことに才人は困惑するが、声が出ていないことに気付き更に困惑する。

 教壇周辺は大変なことになっていた、教壇は粉々になり、黒板は割れてしまっている。

 しかし、爆発の規模に比べて被害は少なかった。本来なら教室中が滅茶苦茶になっていても、仕方のないレベルの爆発であったにもかかわらずだ。思えば、爆音も聞こえなかったと才人は気づく。

 「         のか?あ、しゃべれる」

 才人は疑問を口にするが、その答えはすぐに返ってきた。

 「ふう、ナイスタイミングよキュルケ」

 「あなたもね、ルイズ」

 ルイズとキュルケだった。

 二人は結果を予想しており、ルイズが『エア・シールド』を、キュルケが『サイレント』をタイミングを合わせて使ったのだった。

 そのおかげで被害は最小限に抑えられた。

 「なるほどな。だから『ゼロ』か」

 納得したようなカイムの声に、タバサはわずかに顔を顰め、唇を噛む。

 才人も己の主人が何故『ゼロ』と呼ばれているのかを理解した。



[41141] 第一章 第三話 伝説
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:32c58ff1
Date: 2015/05/21 01:23
 ミスタ・コルベールは学院長室の扉の前に立っていた。先日行われた春の使い魔召喚で現れた、ガンダールヴについて報告するためだ。

 「学院長!入ります!」

 そう言ってコルベールは入室する。
 
 部屋には、このトリステイン魔法学院の学院長であるオールド・オスマンと、その秘書であるミス・ロングビルがいた。

 「何事かね、ミスタ・コルベール」

 椅子に座り、水ギセルをふかしながらオールド・オスマンが答える。

 「昨日行った春の使い魔召喚ですが、そこで大変なことが起こりまして……」

 口早にコルベールが説明を始める。

 「大変なことなどあるものか、全ては小事じゃ」

 「ミス・タバサが、ガンダールヴを召喚しました」

 ガンダールヴ、の単語が出た瞬間、オスマンの目の色が変わる。

 「……ミス・ロングビル、席を外してくれたまえ」

 「かしこまりました」

 オスマンの指示に従い、ロングビルが席を立ち部屋を出ていく。

 二人は扉を見つめ、話の聞こえない距離まで、ロングビルが離れるのを待った。

 彼女の足音が遠くへ離れたのを確認すると、二人は向き直る。

 「詳しく聞こうか。ミスタ・コルベール」

 


           ☆☆☆




 「しかし驚いたな、タバサは魔法が使えなかったのか」

 「……そう」

 壊れた教壇を片付けながら才人はタバサに話しかける。

 あの後、タバサはシュヴルーズから部屋を片付けるように言われて、才人はそれを手伝っていた。

 「だとすると妙だな。それならどうやって俺たちを召喚した?」

 疑問に思ったカイムが尋ねる。

 「……『サモン・サーヴァント』は成功した。他のコモン・マジックや系統魔法だと失敗する」

 「で、こうなる、か」

 「そう」

 才人は周りの惨状を見渡し、タバサは頷いた。

 「でも普通、魔法に失敗すると、何も起こらないだけで爆発まではしないわ。タバサのそれは特別なのよ」

 「そうね、戦闘に使えばそこら辺のドットよりは強そうよね」

 すると、二人の会話に割り込む者たちがいた。
 
 「タバサ、手伝いに来たわよ」

 「次のミスタ・ギトーの授業退屈だったしね」

 ルイズとキュルケだ。
 
 どうやら授業を抜け出してきたようだ。

 「……別にいい」

 タバサが断るも、ルイズとキュルケは、いいからいいからと気にしない。キュルケの方は明らかに授業をサボる口実のためのようだが。

 「えーっと、あんたたち、誰?」

 いきなり現れた美少女二人に、才人は若干ドギマギしながら訪ねる。

 「あら、自己紹介がまだだったわね。わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。タバサの友達よ、よろしく、タバサの使い魔さん」

 「私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。私は付添いってとこね。それにしてもあなた、本当に人間なのねえ」

 二人の名前の長さに才人は驚き、聞いた傍から忘れそうになるが、何とか名前だけは覚える。

 「ルイズとキュルケだな。こっちこそよろしく。俺は平賀才人。平賀が名字で、才人が名前だ」

 そして自分も自己紹介をする。

 「ヒラガ・サイトね。こっちだとサイト・ヒラガになるのかしら?ずいぶん珍しい名前ね」

 「ホントホント。あら、名字があるってことはあなたも貴族なの?」

 キュルケが疑問に思い、尋ねる。

 「いや、俺の地元じゃあ平民にも名字があるんだ。つっても、貴族自体ずいぶん前に居なくなっちまったけどな」

 才人の答えにルイズとキュルケは目を丸くする。

 「貴族がいないの!?じゃあ魔法はだれが使ってるのよ」

 ルイズの問いに才人は首をかしげながら答える。

 「えーっと、俺の地元には魔法というか科学というか、なんて言ったらいいのかな」

 「いい加減手を動かせ、間抜け」

 ぼろが出そうになる才人に、カイムが助け舟を出す。

 「!?今しゃべったの誰?」

 「サイトの胸のあたりから聞こえたわよ!」

 驚くルイズとキュルケ。二人に、そういやまだこいつを紹介してなかったと才人は話題を変えるために、二人に胸のバッジを示し、紹介を始める。

 「こいつはカイムっていう俺の相棒だ。こっちじゃインテリなんとかって言うらしいな。口は悪いけどいい奴なんだ」

 「一言余計だ間抜け」

 普段なかなか目にすることのないインテリジェンスアイテムに、二人は興味を惹かれる。

 「へー、ホントにしゃべるのねえ」

 「一説では水の魔法かエルフの魔法がかかってるって聞いたわ。本当なのかしら?」

 そう言ってきゃいきゃい騒ぐ。

 「……邪魔するなら帰って」

 騒ぐ三人を尻目にポツリとタバサが呟いた。

 もうすぐ昼食の時間になろうとしていた。




           ★★★



 「それじゃあまた後でな」

 あの後、しびれを切らしたタバサに杖で殴られた才人は、速攻で片付けを終わらせた。

 その後、三人と食堂前まで移動し、入り口で別れ、厨房へと向かったのだった。

 「いやー、それにしても賑やかだったな」

 「ふん。同じように騒いでたくせにどの口が言いやがる」

 「仕方ねーじゃねーか。タバサは普段無口だし、あんなかわいい娘と話せることってそうそうないし」

 「みっともなく鼻の下伸ばしやがって、情けねえ野郎だぜまったく」

 「そう怒るなって、っと、ようシエスタ」

 「サイトさん!」

 才人は厨房に着くと、中にいた一人のメイドに挨拶をする。

 厨房の中では、生徒たちの昼食を用意するため、大勢のメイドたちがあわただしく動き回っていた。

 才人が声を掛けたメイドはシエスタといって、朝、食事をもらいに来た才人に、賄いをくれた少女であった。才人は黒髪にアジア系の顔立ちをしたこの少女に親近感を覚え、積極的に話しかけ、打ち解けたのであった。

 シエスタもまた、メイジの使い魔という珍しい境遇に置かれながら、気さくに接してくる才人に好印象を持っていた。

 「ちょっと待っててくださいね」

 そう言ってシエスタは小走りで厨房の奥へと向かうと、お皿を抱えて戻ってきた。中には温かいシチューが入っていた。

 「お昼の賄いはシチューです。お口に合うといいんですけど」

 「朝の賄いもおいしかったし、大丈夫だよ。ありがとうシエスタ」

 礼を言う才人にシエスタは微笑む。

 「よかった。ゆっくり食べてくださいね」

 そう言って自分の仕事へと戻っていった。

 「いやあ、いいなあ」

 「また鼻の下が伸びてるぞ。間抜け」

 デレデレと相好を崩す才人を見て、カイムはため息をついた。

 「それにしてもみんな忙しそうだな」

 才人は周りを見渡し呟く。

 「ふん。そう思うなら手伝いでもしてやったらどうだ、無駄飯食らい」

 「それもそうだな、なんか手伝うか」

 カイムの提案に才人は賛成する。そして、シエスタを捕まえ何か手伝えることはないか聞くのだった。

 「それでしたら、貴族の皆様にお出しする、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」

 「わかった」

 シエスタはそう言うと、デザートの乗ったトレイを才人に渡し、才人もそれを受け取り、了承した。



           ★★★



 大きなトレイに、デザートのケーキが並んでいる。才人がそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつかみ、貴族たちに配っていく。

 すると食堂の一角に人だかりがあるのが目に入る。

 金色の髪に、フリルの付いたシャツを着た気障なメイジがいて、その少年を囲むように彼の友人たちが立っており、口々に囃し立てている。

 「おい、ギーシュ!お前今誰と付き合ってるんだよ!」

 「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」

 気障なメイジはギーシュというらしい。彼は気取ったしぐさで髪をかき上げ、胸元にさしてあった薔薇を抜き、もったいぶった調子で言う。

 「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 とんだナルシストっぷりである。見ているこちらまで恥ずかしくなる、と才人は目をそらした。

 その時視界の端に、ギーシュのポケットからガラスの小瓶が落ちるのが見えた。そのまま瓶は転がって、才人の足に当たって止まる。

 仕方ない、といった面持ちで才人はそれを拾い上げ、ギーシュに声をかける。

 「おい、あんた、ポケットからなんか落ちたぞ」

 しかしギーシュは振り向かない。

 聞こえなかったか、と才人はギーシュに近づき小瓶をテーブルの上に置いた。

 「落し物だよ、色男」

 するとギーシュは苦々しげに才人を見つめると、その小瓶を押しやった。

 「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」

 しかし、それに気づいたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎ始めた。

 「おお?その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

 「そうだ!その鮮やかな紫色の香水は、モンモランシーが自分の為に調合している香水だぞ!」

 「つまり君が今、それを持っているってことは、君はモンモランシーと付き合っているんだな!」

 「違う。いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」

 ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントを羽織った少女が立ち上がり、ギーシュのそばに歩いてきた。

 栗色の髪をした、かわいい少女だった。少女はギーシュのそばに立つと、ボロボロと泣き始めた。

 「ギーシュ様、やはりモンモランシー様と……」

 「彼らは誤解をしてるんだ。ケティ、いいかい?……」

 ギーシュは言い訳を始めた。どうやらギーシュは、このケティという少女と先程の香水の持ち主であるモンモランシー、二人と二股していたようだ。才人は付き合ってられないとため息をつき、その場を離れた。

 「大丈夫ですか?」

 シエスタは、戻ってきた才人に心配そうに尋ねる。

 「平気平気、浮気してたあいつが悪いよ」

 「ふん。いい様だな」

 才人が答え、カイムは、ケティにはり倒され、モンモランシーに香水を掛けられ振られたギーシュを見てせせら笑った。

 「さ、とっとと残りも配っちまおうぜ」

 「待ちたまえ!」

 シエスタを促し、残りの配膳を行おうとする才人を、ギーシュが呼び止める。

 そのままツカツカと才人の方まで近づいてくる。途端に強くなる香水の匂いに才人は顔を顰める。

 「なんだよ」

 「君のせいで二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」

 「二股かけてるお前が悪い」

 ギーシュの抗議に才人は呆れた声で返す。

 その返しにギーシュの友人たちは、たまらないといった風に笑いだす。

 「その通りだギーシュ!お前が悪い!」

 周りの爆笑にギーシュは顔を赤らめる。

 「いいかい?給仕君。僕は君がテーブルに小瓶を置いたとき、知らない振りをした。話を合わせるぐらいの機転があってもいいだろう?」

 「知らねーよ。二股なんてすぐバレるっつの。それと、俺は給仕じゃない」

 「ふん……。ああ、君は……」

 ギーシュは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 「確か、あのゼロのタバサが呼び出した、平民だったな。平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」

 才人はカチンときたが、我慢した。タバサに目立つなと言われているためだ。それに、フレイムヘイズである才人にとって、いくらギーシュがメイジであるといってもただの人間だ。

そんな人間相手にムキになるほど、才人は短気ではなかった。

 そうかい、とつぶやき踵を返そうとした才人であったが、そのとき胸元から声が上がる。

 「うるせえ気障野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ」

 カイムだ。

 「な」

 「ほう」

 才人は思わず声を上げ、ギーシュの目が光る。

 「どうやら、君は貴族に対する礼儀を知らないようだな」

 「貴族?爵位も持たない親の威を借るだけの小物がずいぶん偉そうじゃねえか」

 「……僕だけじゃなく、僕の家まで馬鹿にする気かい?」

 「腹話術だよ」

 変わらずギーシュを煽るカイムに、ギーシュはこめかみをひくつかせながら答える。才人は制止の掌を前に出す。

 「事実を言われて怒ったか?お前に名誉があるならかかってこいよ。そんな根性もなさそうだがな、アンサロ」

 「今の腹話術はなし」

 ひどい台詞だ、と『達意の言』を使った才人は即座に否定する。

 「いいだろう。君に礼儀を教えてやろう。躾のできない君の主に代わってね。それとも新しい使い魔を呼べるようにしてやった方がいいかな」

 やれやれ、と才人はため息をつき、返事をした。

 「わかったよ」

 才人の返事を聞くと、ギーシュは身をひるがえした。

 「どこ行くんだ?」

 「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終えたら、来たまえ」

 そう言って食堂を出ていく。後からギーシュの友人たちが、わくわくとした顔で付いて行く。

 一人はテーブルに残り、才人が逃げないように見張った。

 シエスタはがたがたと震えながら、才人を見つめている。

 「あ、あなた殺されちゃう……。貴族を本気で怒らせるなんて……」

 シエスタは、脱兎のごとく逃げ出してしまった。

 「あーあ、逃げちゃった。どうすんだよお前のせいだぞ」

 「……俺は気障野郎が嫌いなんだ」

 「完全に私怨じゃねえか!」

 「あんな小物、軽くひねってやれ」

 「目立っちゃダメって言われただろうが!どうすんだよ、ここじゃ『封絶』も使えないんだぞ!」

 そうである。この世界では『封絶』が使えないのであった。

 発覚したのは昨夜、二人で話し合っている時であった。疑問のきっかけは才人がタバサにキスされた時のことである。
 
 確かに急のことではあったが、才人とて経験を積んだフレイムヘイズ。そう易々と後れをとるはずがなかった。しかし、今回に限って何百回と繰り返した『封絶』に失敗した。正確には発動しなかった。

 このことについて昨夜二人は議論を重ねたのだ。そして結論として、「ここが異世界であるから」という答えに行きついた。

 元々『封絶』は“探耽求究”ダンタリオンが生み出した、内部の因果を世界の流れから切り離し、外部から隔離、隠蔽する因果孤立空間を作り上げるという、複雑で非効率的で不完全な自在式である。それを“螺旋の風琴”リャナンシーが改良し、誰でも扱える簡単な自在法へと昇華させたのだ。

 この自在法は、向こうの世界に合わせて作られた自在法であり、因果や世界の流れは向こうの世界の法則に従っている。

 しかし、ここハルケギニアは向こうの世界とは似ているようで違う。魔法があり、幻獣が生き、月が二つ空に浮かぶこの世界は、因果も、世界の流れも違うのだ。それ故に『封絶』はこの世界では発動できないのであった。

 確かに自在式の世界に干渉する部分を変えれば発動も可能だろうが、元々がダンタリオンの生み出した複雑で非効率的で不完全な自在式だ。自在師ではない才人とカイムでは不可能に近かった。

 言い合う二人に近づく影があった。

 「……何をしてるの」

 タバサだ。

 「あーっと、タバサ」

 「目立ってはダメと言った」

 「わかってるよ。だけどカイムの奴が」

 「ふん」

 タバサに叱られ、二人は言葉を濁す。

 「今から謝りに行こうか」

 「おそらく無駄。とても怒っていた」

 「だーよなあ。仕方ない、さっさと片付けるか」

 「くれぐれも目立たないように」

 「わかってる。適当にあしらってくるさ」

 「気を付けて」

 「はいよ」

 そう言うと才人は食堂を出て行った。

 
 「ところでヴェストリの広場ってどこだ」



  ★★★



 ヴェストリの広場は今、噂を聞きつけた生徒たちで溢れ返っていた。

 「諸君!決闘だ!」

 ギーシュが薔薇の造花を掲げ吼える。

 「相手はタバサの使い魔だ!あろうことか彼は僕と僕の家の名誉を侮辱した!ここで引いては貴族の名が廃る!」

 そうだそうだ!と野次が飛ぶ。才人はうんざりしていた。

 「なんだか大変なことになっちゃってるわね」

 そんな才人にルイズが声をかけてきた。

 「ルイズ」

 「あなた無茶するわねえ、ギーシュはドットクラスのメイジだけど、実家であるグラモン家は軍人の家系よ?あいつも訓練位は受けてるわよ。丸腰じゃあなた死んじゃうわよ?」

 「あー、多分そこらへんは大丈夫だ。俺は強いからな」

 「ずいぶんな自信ねえ、見たところそんなに鍛えてるようには見えないけど」

 「ほっといてくれ」

 「まあいいわ」

 そう言うとルイズは杖を振るった。

 瞬く間に、何もないところから剣が現れた。

 「うおっ、なんだこれ」

 「見てのとおり剣よ。『錬金』で作ったの」

 「すげーな。こんなことも出来るんだな」

 「貴族に挑むんですもの、武器ぐらいは持ってなさいな」

 「ありがとう、素手でやるよか目立たずに済みそうだ」

 「?、まあがんばってね」

 ルイズがそう応援すると、遠くで演説を行っていたギーシュがこちらに振り向いた。

 「ルイズ!君は何をしているんだい?まさか、その平民の肩を持つつもりじゃないだろうね!」

 「まさか、ただ、貴族が丸腰の平民を痛めつけようとするのが見てられないだけよ。私たちには魔法があるんですもの、だったら剣の一本ぐらい与えないと貴族の名誉に傷がつくわ」

 「ふむ、それもそうだな。平民!その剣を取れ!それを開始の合図としよう!」

 「平民平民うるせえな、言われなくてもそうするよ」

 そう言うと才人は剣を取る。その瞬間、左手のルーンが輝き、"存在の力"も込めていないのに体に力が漲り、感覚が研ぎ澄まされる。

 「ッ!?これは」

 「妙だな」

 才人とカイムは驚きを口にする。

 「――!―――ッ!」

 遠くでギーシュが西洋甲冑を従え、何か喚いているようであるが、気にならなかった。それよりも今身に起きてる異変の方が重要だった。

 (これも魔法なのかな)

 (左手のルーンとやらが光ってやがる。おそらくこれがそのルーンの力なんだろうぜ)

 (すげえな、並のフレイムヘイズ位ないかこの力)

 (ああ、それに奴を見ろ。あの甲冑、まるで"燐子"のようだ)

 (ドットメイジって確か一番下のクラスだよな、確か)

 (ふん。弱い徒ぐらいなら倒せそうだ)

 (ほんと凄いな魔法って)

 そうしていると、痺れを切らせたのか、ギーシュが甲冑を突撃させてくる。

 「行けっ!『ワルキューレ』!あの平民に力の差を見せつけろ!」

 才人に向かって突進してくる甲冑は、傍から見たら熟練の傭兵もかくやという身のこなしで近づいていくが、フレイムヘイズである才人には隙だらけに見え、ましてガンダールヴの力が発動している今は、あくびが出そうなほどゆっくりに感じられた。

 「よっ、と」

 才人はとりあえず脇に退き、突進を躱す。

 「ほいっ、と」

 そしてすれ違いざま逆袈裟で『ワルキューレ』を真っ二つにする。

 「やるじゃねえか」

 「ま、暇つぶし程度だな」

 才人とカイムがふざける。

 「な、な、な……」

 一方、ギーシュと周りのギャラリーは静まり返っていた。

 ただの平民だと思っていた才人が、すさまじい剣技でワルキューレを真っ二つにしたからだ。

 「くっ、僕の『ワルキューレ』を一体倒したからといって、いい気にならないことだ!」

 そう言うとギーシュは薔薇の造花を振った。花弁が落ち、地面につくと、そこから六体の甲冑のゴーレムが現れる。

 「全部で七体のゴーレム、『ワルキューレ』が僕の手駒だ!行けっ」

 ギーシュの号令に合わせ、六体の『ワルキューレ』が才人に向かって突進し、その周りを囲む。

 「全部で~とか、わざわざ手の内さらさなくていいのによ」

 「やはりただの小物か」

 そう言いながら才人はギーシュに向かって歩いていく。

 ガクン、と歩いていた才人の足が止まる。何事かと思って足元を見ると、地面から生えた手が才人の足をつかんで動きを止めていた。

 「『アース・ハンド』だ。『ワルキューレ』を全部出したのは、君の気をそらすためさ!」

 「いや、これは一杯喰わされた」

 「なんだ意外と頭が回るじゃねえか」

 ギーシュの勝ち誇ったような解説に、才人とカイムは賞賛を送る。

 「今更謝っても遅いぞ。かかれ!『ワルキューレ』!」

 号令と共に、一斉にワルキューレたちが才人に飛び掛かる。

 「だけど詰めが甘いな」

 「まったくな」

 しかし才人は、気にも留めないといった風に、無造作に足を引き抜く。そしてそのまま『ワルキューレ』たちを横薙ぎで撫で斬りにしていく。

 あっという間に、六体の『ワルキューレ』たちはただの金属塊となった。

 「やるじゃねえか」

 「ま、暇つぶし程度だな」

 またも才人とカイムはふざける。

 そのまま才人はギーシュへと歩み寄り、剣を弄びながら聞く。

 「まだやるか?」

 「ま、まいった。降参だ」

 そう言うとギーシュは腰を抜かし、地面に尻もちをついた。

 「おう、こっちも悪かったな、こいつ口が悪くてよ」

 そう言って、カイムを指ではじきながら才人はギーシュに手を差し伸べた。



           ☆☆☆



 学院長室で、オールド・オスマンとミスタ・コルベールはその様子を魔法の鏡で見ていた。

 あの後、騒ぎを聞きつけた教師から報告を受けたミス・ロングビルにより決闘騒ぎは二人の知るところとなっていた。

 「勝ってしまいましたな」

 「うむ」

 「どうしますか、王宮に報告いたしましょうか」

 「いや、その必要はない」

 「なぜ?」

 「ミス・ヴァリエールが騒ぎを見ておる。いずれ彼女から、直接『ゼロ機関』に報告が行くじゃろう」

 「ぜ、『ゼロ機関』……」

 王室直属の秘密機関である。権限は『アカデミー』を超え、所属するメイジたちはいずれも腕利きばかりだ。

 ルイズやオスマンもそこに所属していると聞いていた。国内における『虚無』に関する情報全てを収集し統制しているらしい。

 裏の実験部隊に所属していたコルベール自身さえも詳しくは知らぬ組織であった。もっとも、『ゼロ機関』の発足が彼が実験部隊を抜けてからというのを知らないからであるが。

 「しかし」

 重々しい口調でオスマンが口を開く。

 「これでトリステインに一つ、ロマリアに一つ、そしてガリアに一つの『虚無』が発現したわけじゃ」

 そう言うとオスマンは窓際まで歩み寄り、空を見上げる。

 「波乱の、予感がするのう」

 オスマンの苦悩をよそに、外は晴れ渡り、春の空色の空が広がっていた。




[41141] 第一章 第四話 買物
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/05/21 01:23
 ギーシュとの決闘から一週間と少しの日が経った。その間才人は特に問題を起こすこともなく、タバサの使い魔としての生活を送っていた。もっとも、タバサは自分のことは大体自分でやってしまうため、才人の仕事はほとんどなかった。なので、才人は日がな一日、ガンダールヴの力やこの世界のことを調べたり、"存在の力"を操る鍛錬を行ったりして過ごしていた。

 変わったことといえば、厨房に食事をもらいに行く度に、コック長であるマルトーをはじめとしたコックたちや、シエスタたちメイド一同から『我らの剣』と熱烈な歓迎を受けるようになったことと、キュルケから積極的にアプローチを受けるようになったことだろうか。

 魔法も使わずに貴族を倒した才人は、学院で働く平民たちから圧倒的な支持を得た。今では学院内で平民と会う度、尊敬の眼差しで見つめられる。才人は毎度、むず痒い気持ちになりながらやり過ごしていた。

 極めつけはキュルケだ。なんでも、ギーシュのゴーレムを事も無げに切り捨てた姿を見て、才人に惚れたらしい。決闘が終わった数日後の夜、キュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムに誘われて部屋に行くと、キャミソール姿のキュルケが才人を誘惑してきたのだ。突然のことに才人は戸惑い、キュルケに落ち着くよう求めたが、キュルケは止まらなかった。そのまま場の雰囲気に流されそうになった時、キュルケの恋人を名乗る男たちが現れ、争いを始めた。その混乱に乗じ、才人は逃げ出した。もちろんまんまと罠にはまった不甲斐なさに対するカイムの罵倒付きで。

 それ以外は決闘前と何も変わらなかった。決闘騒ぎを起こして、目だったことによるタバサからのお咎めもなしである。才人はそれが不思議だった。いつものタバサなら、言いつけを破ったサイトの頭を、己の杖で小突くぐらいのことはする。フレイムヘイズの才人にとって、そのことで痛みを感じることはないが、戒めに感じることはある。そのため今回も何発か殴られる覚悟ではあったのだが、決闘の結果をタバサに告げたら「……そう」とだけ呟き、あとは読書に戻ってしまった。もちろん異能を使わなかったこと、ルーンの力のことを説明したのだが、それでも特段変わった反応はなく、暖簾に腕押し状態であった。とうとう愛想を尽かされたのか、とサイトはなぜ自分がこんなにも焦っているのか不思議なほどにうろたえ、ここ数日悶々と過ごしていた。カイムはそんな才人を見て、己の契約者の不甲斐なさを嘆いていた。

 もちろんタバサが才人に愛想を尽かしたわけではない。これには訳があった。




           ☆☆☆



 タバサは悩んでいた。自分の使い魔の異世界人、平賀才人のことである。

 才人がギーシュとの決闘の時に見せた力について、決闘の後、ルイズから質問を受けた。

 彼はつい先日、『青銅』のギーシュと決闘し、勝ってしまった。決闘の前、自分は才人を叱り、彼が異能の力を使わないか監視するために、群集に混じって決闘を見ていた。結果、以前自分に見せた異能の力を使わなかったものの、剣一本で青銅でできたゴーレムを切り刻うという離れ業を見せた。そのことについて問い正すため、彼に近づこうとしたが、その前にルイズに捕まってしまった。

 ルイズに捕まり、そのまま彼女の部屋まで『レビテーション』で運ばれた。何事かと抗議する自分をあしらい、ルイズは決闘の時に見せた才人の力について質問を始めた。

 「ねえタバサ、あなたの使い魔の事なんだけど、さっきのあの力は何?」

 「……わからない」

 タバサは嘘をついた。異能の力こそ使わなかったものの、タバサは才人がフレイムヘイズとしての膂力で、あんな離れ業を行ったのだと考えていた。しかしその予想は半分正解で半分間違いであるのだが、タバサはそのことを知る由もない。そのためタバサはフレイムヘイズの力を隠すため嘘をついた。

 内心、いきなり核心について質問されたことに動揺していた。

 「そう。あなたは彼の主人だから、彼の力について何か知ってるかと思っていたけど、違ったのね」

 「そう」

 タバサは心底心当たりがないといった様子を取り繕い、心の内の動揺をいつもの無表情の下に隠す。

 「……この子はまだ力に目覚めきってないみたいね。今ここで説明してもいいけど、その前に姉さまに指示を仰いだほうがよさそうね……」

 そのため、ルイズが何事か呟いたのをタバサは聞き逃した。

 「なに?」

 「いいえ、なんでもないわ。それにしてもあなたの使い魔、すごいわね。ドットとは言えメイジに勝っちゃうなんて。もしかしてあなたの使い魔、噂に聞く『メイジ殺し』ってやつなのかしら?」

 「そうかもしれない」

 「それに剣を握った時、ルーンが光ってたわね。あれが才人のルーンの力なのかしら?」

 「ルーン?」

 「あら?あなた気づかなかったの?剣を握った時、わずかだけど左手のルーンが光ってたわよ?それにあの剣捌き、まるで伝説に出てくる『ガンダールヴ』みたいね」

 「『ガンダールヴ』……」

 「そっ。あなたも知ってるでしょ?始祖の使い魔。まあ、まだそうと決まったわけじゃないけど、とにかくすごい使い魔なのは間違いないわね。大事にした方がいいわよ」

 「わかってる」

 そう言って、タバサは黙ってしまった。それを見てルイズは微笑み、お茶にしましょ、と言って席を立った。

 そのままルイズの部屋でお茶をしてタバサは部屋に戻った。それから数日、ルイズに才人が『ガンダールヴ』みたいだと言われたことで悩んでいたのだ。そして、才人から説明を受けたことにより疑念は深まり、軽率な行動をした才人を叱ることも忘れていたのだ。

 そして虚無の曜日の前日の夜、鍛錬を終えて部屋に帰ってきた才人にタバサは切り出した。

 「明日、買い物に行く」

 「買い物?」

 「そう」

 「随分急だな。何を買うんだ?」

 「あなたの武器」

 「俺の武器?なんで?」

 「あなたは言った。武器を持った途端、身体能力が上がったと。そしてそれは恐らくルーンの力だと」

 「ああ」

 「なので、あなた専用の武器を買う。そうすれば、その力だけで戦っていける。あの力を隠したまま」

 「……それもそうだな」

 「明日は朝から馬で行く。今日はもう休む」

 「お、おう」

 「おやすみ」

 「お、おやすみ」

 怒涛の勢いでタバサは言い切ると、ベッドに入ってしまった。なんだかよくわからないけど、勢いに押し切られた才人は、部屋の隅に行き座り込んだ。

 しばらく、才人とカイムは何事か話していたが、どうやらすぐに眠りについたようだった。才人の寝息が聞こえるのを確認すると、タバサは目を開け、起き上がった。そのまま才人を見つめて、考える。

 思えば、彼を召喚してからの自分は変だった。誰にも頼らない、そう決めたはずなのに召喚当日から気を許しすぎているように思える。いくら自分の使い魔であるとは言え、少し軽率すぎる。今回の決闘だってそうだ。もっと厳しく言いつけないとダメなのに、叱るどころか、武器まで買い与えようとしている。ルイズに言われたことも関係しているけれど、それ以外の思いも、確かにあった。

 タバサはベッドから降り、忍び足で才人に近づくと、床に膝と手を付き、寝ている才人を覗き込む。

 「あなたは、何?」

 答えを期待しない問いを、タバサは漏らす。

 「あなたと私は、全然違うはずなのに、どこか似ているように思える」

 無口な自分と、明るい彼。昔の自分ならともかく、今の自分がどこか共感してしまうのは不思議だった。

 「フレイムヘイズって、何なの?あなたはなんで、戦士になったの?」

 フレイムヘイズについてタバサは、異界から来た化物と戦う戦士であり、復讐者だと教えられた。しかし目の前の少年が復讐者であるなんて、自分にはとても思えなかった。戦士だということは、このあいだの決闘でよくわかった。ギーシュを圧倒したあの剣技は、ルーンの力もあったとは言え、とても綺麗で、自分も思わず見とれてしまった。

 熱に浮かされたようにタバサは眠る才人を見つめ、知らず知らずのうちに、その顔に手を伸ばしていた。

 尋常ならざる力を持ちながら、自分とそう変わらないであろう年頃の、あどけなさの残る彼に、触れてみたいと思った。

 「何をしている」

 触れるまであと数サントというところで、眠る彼の胸元から上がった声にタバサは押しとどめられる。

 「ッ?!」

 「眠れないのか、この間抜けに何の用だ」

 「わ、たしは……」

 「ふん。さっきからブツブツと何か言ってたな。そんなにコイツのことが気になるか」

 「……」

 「なあ嬢ちゃん。お前が何かを抱えてるってことは、俺もこの間抜けもわかってる。だがそれを詮索するような真似はしねえ。個人の事情ってやつは、他人が軽々しく踏み込んでいいものじゃねえからな」

 「……」

 「だがな、それはコイツも一緒だ。フレイムヘイズってやつは、多かれ少なかれ、厄介な事情を抱えてる。しかもそれは、面倒誠な事にえらく繊細ときたもんだ。だから俺たちフレイムヘイズの間でも、契約時の事はタブーだ。いくら嬢ちゃんがコイツの主になったとは言え、そう易々とは答えらんねえ。納得いかねえだろうが、今日は引きな」

 「……そんなつもりでは、なかった」

 「だろうな。ああ、わかってるとも。だから今日は引け。このまま付き合いが続けば、いずれコイツから切り出す。それまでは嬢ちゃん、何も聞かないでくれねえか」

 「わかった」

 「この間抜けと違って、聞き分けがよくて助かるぜ。じゃあ今日はもう寝な。お前たち人間は、寝ないとロクに動けねえだろ」

 「そうする」

 そう言ってタバサは、立ち上がり、ベッドへと戻った。

 「ああ、それと……」

 ベッドに入り込むタバサに、カイムは、追って言葉をかける。

 「あんたの事情ってやつも、いずれ時が来たらコイツに教えてやってくれ。こう見えてコイツは、結構気にしてる」

 「……わかった。いずれ、時が来たら」

 「ふん」

 そう言って、カイムは黙ってしまった。

 そんなカイムを見て、なぜ才人が彼をいい奴と評したか、何となくわかった気がした。

 そしてタバサは今度こそ、眠りにつくのだった。



           ☆☆☆



 翌日、タバサたちが、朝早く起きて、学院を出立した後、それとは関係なく、趣味の編み物に興じていたルイズの部屋の扉を、慌ただしく叩く者がいた。キュルケだ。ルイズは、うんざりした顔をすると、『サイレント』を唱えた。しかし、キュルケは、ルイズが居留守を使っているのを察し、『アンロック』を唱えて、部屋に入り込んできた。

 ずかずかずかと、ルイズの目の前までやってきたキュルケは、ルイズの方を掴み、揺さぶり始めた。そしてパクパクと、口を動かす。何やら喋っているようであるが、『サイレント』が発動しているため、聞こえない。それに気づいたキュルケが、より一層揺さぶる力を強くする。流石にたまらなくなったルイズは『サイレント』を解いた。

 その途端、キュルケは早口にまくし立てる。

 「ルイズ!竜を出して!ダーリンたちを追いかけるのよ!」

 「あによ、ツェルプストー」

 「ルイズ、恋よ!恋なのよ!」

 「あんた年中発情してるじゃない」

 「発情じゃないわ!恋よ!ダーリンがタバサと馬に乗って出かけたの!あなたの竜じゃないと追いつかないのよ!」

 「なんでヴァリエールの私が、ツェウプストーのあんたの恋路を手伝わなきゃいけないのよ。余所でやって頂戴」

 「ルイズ?、あたしたち友達じゃない」

 「友達なら私の趣味の時間の邪魔しないで」

 「いいじゃない、小物入れなんていつでも編めるじゃない、今はあたしを助けてよ?」

 「帽子よこれ」

 「あら、ごめんなさい。てっきり小物入れだと」

 「帰って頂戴」

 「ごめんってば、今度編み物教えてあげるから」

 「結構よ、あなたに教わることなんてないわ」

 「そう言わずにお願いよルイズ」

 「あーもう、わかったわよ。わかったから離れて頂戴」

 「やった。流石ルイズ」

 そう言ってキュルケは離れる。そして解放されたルイズは立ち上がり、窓際に寄って窓を開け、口笛を吹く。

 すると、一頭のウィンドドラゴンが、窓際まで身を寄せてきた。

 ルイズの使い魔、シルフィードだ。

 シルフィードが来たのを確認すると、ルイズは窓際から、シルフィードに飛び乗る。その後にキュルケも続く。

 「いつ見てもあなたのシルフィードは素晴らしいわね」

 「当然でしょ。この私の使い魔だもの」

 褒めるキュルケに、なんてことはないとルイズが返す。

 「馬2頭を追いなさい。食べちゃダメよ」

 ルイズの命令に、シルフィードは一声鳴くと、空高く舞い上がった。



          ☆☆☆



 王都トリスタニア、トリステイン王国の中心地であり、街の中央部に座す王宮から、同心円状に建物が広がるトリステインで最も栄える街だ。

 タバサと才人はその街の中の武器屋にいた。

 「へえー、いろんな武器があるんだな」

 「キョロキョロしちゃダメ」

 二人が店に入ると、店の奥にいた店主が胡散臭げに見てきた。そしてタバサが貴族であることに気づくと、ドスの効いた声で話し始めた。

 「旦那。貴族の旦那。今日はどういったご用件で?」

 「武器を買いに来た」

 「へえ!?貴族が武器を!?こりゃおったまげた!」

 「なぜ?」

 「へえ、貴族は杖を振るもの、武器を振るのは平民と相場は決まってまさあ、それで、どのような武器が入用で?」

 「私ではなく、彼」

 そう言ってタバサは才人を指差す。

 指された先にいる才人を値踏みするように見た。

 才人はというと、棚に並んだ武器を、へーとか、すげーと言いながら見ている。

 「へえ、こちらの方が持たれるような武器を選べばいいので?」

 「そう」

 「では少々お待ちを」

 そう言って店主は店の奥に消える。

 「貴族の子供の道楽か、精々おだてて高く売りつけるとしよう」

 去り際に小声でそう呟いた。

 しばらくして戻ってきた店主は腕に細い剣を抱えていた。

 「このレイピアなんていかがでしょう?昨今では貴族様も下僕に剣を持たせるのが流行っているようで、そういった方々はこぞってこれをお買い求めになりまさあ」

 「どう?」

 店主の持ってきたレイピアを見て、タバサが才人に尋ねる。

 「うーん、ちょっと細身すぎるかな。俺としてはもっと取り回しのしやすい肉厚なのがいいんだけど」

 才人が難色を示す。

 「親父さん。もうちょっと短くて使い勝手良さそうなのない?」

 「はあ、少々お待ちを」

 そう言ってまた、店主は店の奥へと消える。

 「おい坊主。随分と注文付けるじゃねえか。お前さんに武器の良し悪しなんてわかるのかい?」

 突如聞こえた声に、才人とタバサは目を見開き、胸元のカイムを見る。

 「今のは俺じゃねえよ」

 あらぬ疑いをかけられたカイムが、抗議の声を上げる。

 なら誰だ?と周りを見渡す二人に、続けて声がかけられる。

 「ほーう!どうやらお仲間がいるみたいじゃねえか!おーい、こっちだこっち、剣が積んでる方だ」

 その声が聞こえた方へ顔を向けると、乱雑に積まれた剣の中の、錆だらけの剣から声が聞こえた。

 「何だあれ!神器か?」

 「ほお」

 「インテリジェンスソード?」

 才人が驚き、カイムが感嘆し、タバサが正解を言い当てた。

 「おう、そうだそうだ。オレっちはインテリジェンスソードだ。嬢ちゃんなかなか博識じゃねえか」

 鍔の部分をカタカタと鳴らし、剣が喋る。才人とカイムは、しゃべる武器という、前の世界では見慣れた景色に懐かしさを感じる。タバサはとても珍しい品に、興味深そうな目を向ける。

 「やいデル公!お客様にちょっかいかけるんじゃねえ!」

 すると、奥から戻ってきた店主が、剣を叱りつける。

 「っとと、失礼しやした。この剣、デルフリンガーというんですが、なにぶん口の減らないやつでして、手を焼いているんです」

 店主はそう言うと、手に持った幅広の短剣を勘定台に置く。片刃の頑丈そうな短剣だ

 「さて、旦那様方、このサクスなんてどうでしょう?鉈のように刃厚で幅広の短剣。全長40サントと小振りですが、その分取り回しやすく丈夫でさあ」

 「お、いい感じだな。これなら俺の体術とも組み合わせやすそうだし、『サックコート』と一緒でも使えそうだ」

 才人はそう言うと、短剣を手に取り軽く振る。そしてそのまま体を回し、その勢いに乗せて短剣を振るう。そして徐々にスピードを上げ、蹴りや突きとも組み合わせて短剣を振るう。洗練されたその動きは、さながら剣舞のようであった。

 「おお!」

 「……すごい」

 「こりゃおでれーた!あんた『使い手』か!」

 店主とタバサとデルフリンガーが、三者三様に驚きを示す。

 「これをくれ」

 一通り取り回し、短剣を勘定台の上に置くと、才人はニヤリと笑ってそう言った。



           ☆☆☆



 「いやおでれーた。現代にもまだ『使い手』がいやがったとは、こりゃおでれーた」

 「うるせえぞデル公。いい加減静かにしねーか」

 「うるせー!おめえだってさっきまであんなに騒いでたじゃねえか」

 「確かにそうだがよ」

 チンクエディアを80エキューで売り、タバサと才人を見送った後、店主とデルフリンガーは先ほどの才人の実力について興奮気味に話し合っていた。特に店主のはしゃぎようは凄く、こんな達人がうちの店の剣を買うなんて、と上機嫌であった。

 「こんにちはご主人」

 すると店にグラマラスな赤髪の美女と桃色の髪の美少女が入ってきた。どちらも貴族だ。立て続けの貴族の来客に、店主は目を丸くする。

 「おや!今日はどうかしてる!また貴族だ!」

 「ねえご主人」

 キュルケは髪をかきあげると、色っぽく笑った。迫り来るような色気に、店主は思わず顔を赤らめる。そのキュルケの隣では、ルイズがまたか、と言わんばかりの呆れ顔でため息をついている。

 「今の貴族が、何を買っていったかご存知?」

 「へ、へえ、剣でさ」

 「なるほど、やっぱり剣ね……。どんな剣を買って言ったの?」

 「へえ、チンクエディアという短剣を一振り」

 「短剣?どうして?」

 「お連れ様が大層気に入っていらして。へえ」

 「ダーリンが?ふうん」

 キュルケは、顎に手を当て考え込んだ。タバサは持ち合わせがなくて短剣を買ったのだと思ったが、どうやら才人は短剣を気に入っていたようだ。それならば自分はもっといい剣を買うべきだろうか?と考えた。

 「若奥様も、剣をお買い求めで?」

 「ええ、この店一番の業物を持ってきて頂戴」

 店主の問いに、キュルケは答えた。店主は少々お待ちを、と言って店の奥へと消えた。

 「どんな剣が出てくるのかしら?」

 キュルケは、待ちきれない、といった風にルイズに問いかける。

 「さあね、店構えを見る限り、期待しないほうがよさそうよ」

 肩をすくめてルイズが答える。

 「だっはっはっは!言うじゃねえか嬢ちゃん!まったくその通りだ!」

 ルイズの答えに、デルフリンガーが笑う。

 「何!?今の声!」

 「誰かいるの!?」

 二人はキョロキョロと店の中を見回す。

 「おーい、こっちだこっち。さっきもこんなこと言った気がするぜ」

 声の元である剣の山にルイズは近づき、錆び付いたデル不リンガーを引っ張り出す。

 「なにこれ、インテリジェンスソード?」

 「まあ、あたし、インテリジェンスソードなんて初めて見たわ」

 「おう、あんたらも詳しいな。なあ、あんたらさっきの嬢ちゃんと坊主の知り合いかい?」

 驚く二人に、デルフリンガーは尋ねる。

 「タバサと才人ね。ええ、私の友人よ」

 「そうかい、あんたらあの二人の知り合いかい。いやー、あの坊主すげーね。ありゃ結構な『使い手』だね」

 「ダーリンの事?そりゃそうよ!ダーリンてば剣一本でメイジに勝っちゃうんだから」

 我が事のようにキュルケは胸を張る。

 そんなキュルケを無視して、ルイズはデルフリンガーに尋ねる。

 「それよりあなた、だいぶ錆び付いてるわねえ、一体どれぐらい古いの?」

 「さあねえ、千だか二千だか、どれぐらい前に生まれたかだなんて忘れたよ。もしかしたら、六千年ぐらい前かも知らんね」

 「始祖ブリミルの頃じゃない!あなた、始祖ブリミルを知ってるの?」

 「ブリミル?あー、ブリミル・ヴァルトリ?そんな奴いたよーないなかったよーな」

 「こらあ!デル公!お前はまーたお客様にちょっかい出してんのか!」

 デルフリンガーがなにか思い出しかけた時、店主が大剣を抱えて戻ってきた。そしてそのまま、勘定台の上に置く。

 見事な剣だった。1.5メイルはあろうかという大剣だった。柄は両手で扱えるように長く、立派な拵えである。ところどころには宝石が散りばめられ、鏡のように両刃の刀身が光ってる。見るからに切れそうな、頑丈な大剣だ。

 「あら。綺麗な剣じゃない」

 キュルケがそれに興味を示す。

 「若奥さま、流石お目が高くていらっしゃる。この剣はかの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛えた業物でさ。『硬化』の魔法がかかってるから鉄だって一刀両断ですぜ」

 「いいわね。ゲルマニアの錬金術師が鍛えたってところが特にいいわ。さぞ頑丈な剣でしょうね。おいくらかしら?」

 「お安かあ、ありませんぜ?」

 「ねえ、ちょっと待って」

 二人がさあ値段交渉に入ろうという時に、それを遮る者がいた。ルイズだ。

 「なにようルイズ。あなたもこの剣が欲しくなったの?」

 邪魔されたキュルケが抗議の声を上げる。

 「そんなんじゃないわよ。ねえ店主?そちらの剣も売り物かしら?」

 そう言ってルイズは、デルフリンガーを指差す。

 「へえ!?デル公ですか!?それはもちろんそうですが、これまたどうして?」

 「欲しいのだけれど、おいくらかしら?」

 「ちょっとルイズ!」

 デルフリンガーを買おうとするルイズに、キュルケが声をかける。

 「あなた正気?いくらインテリジェンスソードが珍しいといっても、あんな錆だらけの剣買ってどうするのよ!」

 「錆だらけでも、あれは立派な業物よ。歴史的価値も高いわ。それに、ちょっと興味あるのよ。あの剣が知っているであろう知識にね」

 キュルケは、やれやれと肩をすくめた。ルイズは昔からこうだ。歴史的価値のあるものを、やたら集めようとする。ルイズがキュルケの気の多さに呆れるように、キュルケはルイズのこういったところに呆れていた。黙っていれば最上級の美人なのに、学者じみた好奇心のせいで、男を寄せ付けないのだ。キュルケはいつもそれを、もったいなく思っていた。

 「あなたの好みはわからないわ。勝手にやって頂戴」

 「ありがとキュルケ。それで店主?この剣はおいくらかしら?」

 「へえ、そいつなら新金貨で200で結構でさ」

 「あら?インテリジェンスソードにしてはずいぶん安いのね?」

 「へえ、そいつは口うるさいわ、他の客に喧嘩を売るわで辟易してたんでさ。いい厄介払いです」

 「そう、じゃあ200で買うわ。お世話様」

 「おう、嬢ちゃん。俺を選ぶたあ、なかなか見る目があるじゃねえか」

 ルイズはお金を払い、デルフリンガーを受け取る。

 「じゃあキュルケ、わたし先に外に出てるわね。いつものカフェで待ってるから」

 そう言ってルイズは先に店の外に出る。そして、行きつけのカフェまで移動して、好物のクックベリーパイを頼む。

 注文してしばらくすると、笑みを浮かべたキュルケが大剣を持って現れた。

 キュルケの笑顔にルイズはすべてを察し、買い叩かれたであろう店主の冥福を祈った。

 「いい買い物したわ。これでダーリンのハートもゲットね」

 「自分の鍛えた剣が、色恋沙汰の貢物に使われるなんて、シュペー卿も夢にも思わないでしょうね」

 「あら、騎士に剣を送るのは、女貴族なら珍しくもないわ。それにちゃんとお金を払って買ったんだから、どう使われようとシュペー卿も満足でしょう」

 「どうせ買い叩いたんでしょう。あーやだやだ。ゲルマニアの拝金主義にはうんざりするわ。格式ってものがないんだから」

 「格式にとらわれて古いものありがたがって錆びた剣買うようなトリステインの懐古主義よりはマシよ」

 「あんですって」

 「なによ」

 そう言って二人はお互いににらみ合う。そしてしばらくしてどちらともなく笑い出した。

 「やーれやれ、いつの時代も、女ってのは訳のわからない生き物だあね」

 そんな二人を見ていたデルフリンガーが、ため息をついた。




[41141] 第一章 第五話 盗賊
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/05/21 01:24
 「どういう意味?ヴァリエール」

 腰に手を当て、キュルケがルイズを睨みつける。ルイズも負けじと睨み返す。

 「どうって、そのままの意味よ。このデルフリンガーをサイトにあげるって言ってるの」

 ここはタバサの部屋。才人とタバサがトリスタニアから帰ってきて、部屋でくつろいでいると、ルイズとキュルケが部屋に押しかけてきた。

 何事かと才人が尋ねると、キュルケは豪奢な大剣を取り出し、それを才人にくれると言うのだ。

 才人が驚いていると、今度はルイズが近寄ってきて、あのしゃべる剣をあげると言い出した。

 それを聞いたキュルケが抗議の声を上げ、二人は今、睨み合っている。

 才人はめまぐるしい展開について行けず、二人のやり取りを眺めることしかできない。カイムも呆れてものも言えず、部屋の主であるタバサは、我関せずとベッドで本を読んでいる。今この部屋で騒いでいるのは、ルイズとキュルケの二人だけだ。ちなみに、ルイズの持ってきたデルフリンガーは、壁に立てられかけていじけている。

 「なんでえなんでえ、オレを買ったのは嬢ちゃんなのによ、すーぐ他の男にやるなんて、オレに興味があるっていうのはウソだったのかよ。オレ悲しい」

 「そうよルイズ。あなたこの剣に興味があるから買ったんじゃなかったの?それなのに、いきなりダーリンにプレゼントして気を引こうなんて、あなたちょっと姑息じゃない?」

 キュルケがデルフリンガーの言葉に同意し、ルイズを非難する。

 「そんなんじゃないってば、ただ、この剣は、わたしよりサイトが持ってた方がいいと思ったのよ」

 「それが気を引こうとしてるって言うんでしょ。正々堂々と出来ないから、そういう姑息な手段に走るのよ」

 「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!大体、プレゼントで気を引こうとしてるのはあんたじゃない!自分が姑息な真似してるって自覚があるから、他人もそうだと思うのよ!」

 「なんですって!陰湿なトリステイン人のくせに、言ってくれるじゃない!」

 「ゲルマニアの野蛮人には言われたくないわよ!なんでもかんでも色恋に繋げて!年中サカってるからそんなことしか思いつかないのよ!」

 「なによ!」

 「やる気!?」

 「おいおい、二人共、落ち着けよ」

 険悪になった二人の間に、才人が割って入る。
 
 「「サイト(ダーリン)は黙ってて!!」」

 しかし二人に締め出しを喰らう。

 「「決闘よ!」」

 そう言って二人は部屋から出ていった。

 「何なんだ一体……」

 「ふん。付き合いきれねえな」

 「……修羅場」

 取り残された才人たちは呆然と見送る。

 「どうでもいいけどよ、オレっち忘れられてねーか?」

 壁に立てかけられたデルフリンガーのぼやきが、虚しく響いた。



           ★★★



 ヴェストリの広場。先日、才人とギーシュが決闘した広場に、ルイズとキュルケの二人は居た。

 お互い距離をとって睨み合い、杖を構えている。

 「降参するなら今のうちよ?ヴァリエール」

 「冗談でしょ、ツェルプストーに降参したとあっちゃ、ヴァリエールの名が泣くわ!」

 「おーい二人共、やめろって!」

 一触即発な二人を止めるために、才人とタバサが塔から出てきた。タバサの方は仕方なくついてきた感じだ。現に今も、本を手放していない。タバサにとって、二人の決闘は日常茶飯事であるため、騒ぐようなことではないのだ。

 「「止めないで!」」

 熱くなっている二人は、才人の制止にも止まらない。

 「タバサ!合図をお願い!」

 「わかった」

 ルイズがタバサに合図を頼み、タバサはそれを了承する。

 「それじゃあ……」

 タバサが口を開くと、ルイズとキュルケ、二人の目が鋭さを増す。

 「始め」

 「『ファイヤー・ボール』!」

 「『エア・カッター』!」

 二人の魔法が、空中でぶつかり合う、風の刃が炎球を切り裂き、炎球の熱が風の刃を散らす。

 「大した熱量ね、わたしの風が散らされちゃった、わ!」

 「全くこれだから風使いは嫌なの、よ!」

 続けて『ウィンド・ブレイク』と『発火』がぶつかり合い、消える。乱れる気流が熱せられ、辺りに吹き荒れる風となる。

 「すっげえ」

 「これがトライアングルというやつか」

 才人とカイムが驚嘆の声を上げる。ドットのギーシュとは格の違う魔法に二人は目を見張る。

 その後も、二人は魔法を撃ち合うが、実力が伯仲しているのか、なかなか決着がつかない。

 「これならどうかしら!『フレイム・ボール』!」

 キュルケが先ほどの炎球より大きく熱い炎球を放つ。火と火のラインスペルだ。

 「くっ、『エア・シールド』!」

 堪らずルイズは防御する。

 しかし、『フレイム・ボール』が風の壁に当たって、炸裂する。

 軽いルイズは爆風に煽られ吹き飛ぶ。そのまま広場を転がり、土まみれになる。

 「おっほっほ!爆風に吹き飛ばされるなんて、『爆風』のルイズの名が泣くわよ!」

 それを見てキュルケが笑う。

 ルイズは転がったまま、なかなか立ち上がろうとしない。すわ決着か?と思ったが、どうやら違うようだ。倒れたままのルイズから、何やら闘気が立ち上っているかのように、キュルケは幻視した。

 「……いいじゃない。そんなに見たいなら見せてあげるわ。わたしの『爆風』を」

 そう言ってルイズは、ゆらりと立ち上がる。

 「イル・ウィンデ……」

 ルイズがスペルを詠唱し始める。

 「ひっ、まっずい!」

 キュルケは後じさり、本塔の方に向かって駆け出す。

 「逃げるなあ!『ストーム・ボム』!」

 ルイズがスペルを唱え終わると、ルイズの杖の先に、拳大程の風の球が生まれる。

 ルイズが杖を振るうと風の球がキュルケに向かって放たれる。

 「くっ、『ファイヤー・ウォール』!」

 本塔を背にしたキュルケが、地面から炎の壁を生む。

 「ふん!ツェルプストー!そんな壁でわたしの『ストーム・ボム』が防げると思ってるの!?」

 ルイズがそれを見て笑う。

 「防がなくていい、逸らすのよ!」

 「なっ!?」

 キュルケが炎の壁の熱量を上げる。すると、膨大な熱量により上昇気流が生まれ、ルイズの風の球はその気流に乗り、上昇する。

 瞬間、風の球が破裂する。

 「――!」

 「――ッ!」

 
 ゴッ!


 という音と共に、爆風が吹き荒れる。

 突然の爆発に、壁はひび割れ、土がめくれ上がる。

 キュルケは『アース・ウォール』で自身を覆い、『錬金』で鉄の壁にする。

 才人は、タバサを抱え、爆風を逃れるように飛び去る。

 『ストーム・ボム』、『ストーム』の吹き荒れる風を操り、冷やして小さな球状に押しとどめて放ち、対象物付近で、荒れ狂う爆風として解き放つ、風水火のトライアングルスペルで、『爆風』のルイズのオリジナルスペルだ。
 
 コントロールこそ難しいものの、その威力たるや、スクウェアスペルに匹敵し、大質量を操る相性の悪い土魔法の構築物すら破壊しうる、ルイズご自慢の魔法だった。

 しばらく広範囲にわたって暴風が吹き荒れ、立っているのも困難だった。

 ようやく風が収まり、キュルケが『アース・ウォール』を解くと、肩で息をしたルイズが、勝ち誇った顔で宣言する。

 「はあっ、はあっ、ど、どうよツェルプストー。これが本物の『爆風』よ」

 「何がどうよ、よ!ほとんど本気で撃ってくれちゃって!危うく死にかけたわよ!」

 「ふん、あんたが私を侮辱したからよ」

 「だからってこれはやりすぎよ!」

 喧々諤々と言い合う二人を、才人は遠くから呆然と見つめた。

 「何だあこりゃあ、ほとんど天災じゃねーか」

 「いつもこう」

 「ふん。なんともはた迷惑な魔法だな」

 腕の中のタバサが答え、カイムが感想を述べた。

 「しっかしこれどうすんだ?広場がめちゃくちゃじゃねーか」

 広場はひどい状態であった。ほとんどの芝生は剥がれ、上空で爆発したにもかかわらず、ところどころ堀り返されたように土がめくれ上がってる。壁際の木は無残にも薙ぎ倒されている。

 「おーい、これ後始末どうす……ん、だ?」

 本塔付近にいる二人に、呼びかけようとした才人が、途中で言葉を詰まらせる。

 「……ッ!!」

 「おいおい、こいつぁ……!」

 腕の中のタバサも目を見開き、カイムは驚きを口にする。

 才人たちの異常な様子に、言い争っていた二人も、喧嘩をやめ、不思議そうに才人たちを見た後、その視線の先、自分たちの向こう側、本塔の方を見る。そして二人同時に目を見開く。

 「なにこれ!」

 「ゴ、ゴーレム!?」

 そう、ゴーレムであった。しかもギーシュの『ワルキューレ』のような人間大のゴーレムではない。30メイルはあろうかという巨大な土ゴーレムであった。しかもそれは、こちらに向かって歩いてきた。

 「「きゃあああああ!」」

 二人は悲鳴を上げ、才人たちの方へ走って逃げてきた。

 ゴーレムはそのま、こちらへ歩いてくるのかと思いきや、本塔の前で止まり、ひび割れた壁に向かって、その拳を打ち付けた。何度か同じ動作を繰り返すと、壁に穴があいた。

 才人たちは、人影がゴーレムの腕伝いに穴の中へと入り、しばらくして出て行くのを見た。

 才人たちがしばらく呆然としていると、ゴーレムは歩き出し、城壁を越えて草原まで歩くと、人影は何処かへと飛び去り、ゴーレムはその場で崩れ落ち、土の山となった。

 「なんだったんだ、ありゃあ」

 才人の呆然としたつぶやきが、夜風に乗って消えた。



           ★★★



 翌朝、トリステイン魔法学院は、蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。何せ、最近巷を賑わす怪盗『土くれ』のフーケに、学院の秘宝である『破壊の杖』が盗まれたからである。しかも、学院の宝物庫に大穴を開けるという、驚くべき手法で。

 そして、才人たちは今、昨夜の事件の目撃者として、教師たちが集まる学院長室に呼ばれていた。もっとも、才人は使い魔なので、頭数に入っていないが、タバサの付き添いとして、付いて来ていた。

 「君たち、昨夜の状況を説明してくれんかね」

 オールド・オスマンが、タバサたち三人に尋ねた。

 「はい、いきなり巨大なゴーレムが現れて、宝物庫の壁を殴って壊したかと思うと、そのゴーレムの腕を伝って人影が中に入って行って、そのあとすぐに出て行ったんです。そしてそのままゴーレムが歩き出して、城壁を越えて草原まで歩くと、人影が飛び去っ

て、ゴーレムは崩れてしまったんです」

 「ふむ。他には?」

 「ありません。後には土しか残らず、人影は影も形もありませんでした」

 「ほう。手がかりなしという訳か」

 「はい。『破壊の杖』はそのままその人影に盗まれてしまったようで」

 「あー、その事なんじゃがな、ミス・ヴァリエール、『破壊の杖』は、実は盗まれておらんのじゃよ」

 「はあ、……は!?」

 「「「「えっ!?」」」

 オスマンの突然の告白に、その場にいた者たち、教師やルイズたち皆が反応した。

 「学院長!『破壊の杖』が盗まれていないとは、どういうことですか!現に書置きは残されており、『破壊の杖』は見当たりませんでしたぞ!」

 宝物庫の点検をしたコルベールが食ってかかる。確かに自分が点検した時にはあった『破壊の杖』が、今朝見た時には無くなっていたのを、確認しているからだ。

 「ふむ、ミスタ・コルベール。君が見た『破壊の杖』とは、どのような形状だったかの」

 「は、形状もなにも、見た目は普通の杖でしたが、タクト型の」

 「その隣には何があったかね」

 「確か、『ヴィルガ』という鉄のようなものでできた筒状の物でしたな」

 「実はその筒状の物こそが、『破壊の杖』だったんじゃよ」

 「なんですと!?」

 「以前宝物庫内の片付けを新任の教師に頼んだ時に、棚にぶつかってあそこら辺の物がとっちらかったようでの、慌てて直したらしいその時に、その二つは入れ替わってしまったようじゃ。なんせ、『ヴィルガ』の見た目はただの杖じゃからのう、そっちが『破壊の杖』だと思ったんじゃろう。まさか筒が杖だとは思わなかったじゃろうて」

 「なるほど、ではフーケが盗んでいったのは……」

 「『ヴィルガ』の方、だったわけじゃな」

 「その『ヴィルカ』とはどういった物なんです?」

 話を聞いていたルイズが、オスマンに尋ねる。

 「ふむ。『ヴィルカ』はの、込められた簡単な"自在式"とやらを、杖を振るだけで、無限に使うことができるというものらしい」

 「!?」

 「えっ!」

 「なんだと!?」

 「?、"自在式"ってなんですか?」

 自在式という言葉を聞いた、タバサと才人とカイムが反応する。ルイズは初めて聞く言葉に疑問を浮かべる。

 「わしにもわからん。ただあれを調べた者がそう言ったんじゃ」

 「その者の調査が間違っていた可能性は?」

 コルベールが尋ねる。

 「それはなかろう。なんせ、調べたのはミス・ヴァリエールの義兄君じゃ」

 「なるほど、彼ですか」

 「お義兄様が……」

 コルベールとルイズが納得したように黙る。

 「ちょ、ちょっと待ってください!今の話本当ですか!?」

 そこに才人が割って入る。

 「ふむ、君は」

 「俺は、平賀才人、タバサの使い魔です」

 「おお、君かね。噂は聞いておるよ」

 「そんなことより、今の話本当ですか?自在式がどうのって」

 「ああ、本当じゃよ、君は自在式とやらに心当たりがあるのかね?」

 「あ、いえ、ちょっと」

 オスマンに聞き返され、才人は焦る。頭の中で、カイムが罵る声が聞こえた。

 「学院長、ただいま戻りました」

 才人が返答に窮していると、ミス・ロングビルが扉から現れた。

 「おお!ミス・ロングビル!どこに行っておったのかね?」

 「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりました」

 「ふむ、調査?」

 「ええ、フーケの行方について聞き込みを行っていました」

 「して、結果は?」

 「奴の居所がわかりました。近くの森の廃屋に入っていく、黒づくめのローブを着た男を見た者がいます」

 「距離は?どのくらいかね」

 「馬で四時間といったところでしょうか」
 
 「すぐに王室に報告し、兵隊を差し向けてもらいましょう!」

 コルベールが叫んだ。

 しかし、オスマンは目を向いて怒鳴った。

 「馬鹿者!そんな悠長なことをしておったら、奴めに逃げられてしまうわ!しかもこれは魔法学院の問題じゃ!王室なんぞに立ち入らせん!我らで解決するのじゃ!」

 そしてオスマンは有志を募った。

 「捜索隊を結成する。我と思うものは杖を掲げよ」

 しかし、誰も杖を掲げない。困ったように顔を見合わし、中には顔を伏せる者もいた。

 「なんじゃ!誰もおらんのか!フーケを倒し名を上げようという貴族はおらんのか!それでも貴様ら貴族か!仕方ない、ここはわし自ら打って出て……」

 そこまで言ったところでオスマンは気づいた。

 ルイズとキュルケとタバサが、杖を掲げていた。

 「あなたたち!何をしているのです!あなたたちは生徒ではありませんか!」

 ミセス・シュヴルーズが慌てて止めに入る。

 「そうですぞ!君たちの身に何かあったらどうするのです!」

 コルベールも止める。

 「でも、誰も掲げないじゃありませんか!」

 ルイズが叫ぶ。

 「そうよ、それに責任の一端は、私たちにもあるようですし」

 キュルケが追従する。

 「荒事なら、得意」

 タバサも同意する。

 「そうか、では、三人に頼むとしようか」

 「オールド・オスマン」!私は反対です!生徒を危険にさらすなど!」

 「では、君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ」

 「い、いえ……わたしは、その、荒事は得意では……」

 「彼女たちなら大丈夫じゃ。ミス・ヴァリエールは、トリステイン有数の名門ヴァリエール家の息女で、優秀な風の使い手じゃ」

 ルイズは胸を張り、鼻を鳴らした。

 「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した軍門の出で、火のツェルプストーと言えば、知らぬ者はおるまい」

 キュルケは髪を誇らしげにかき上げた。

 「ミス・タバサは実技こそ振るわぬものの、座学は優秀であるし、ガリアでシュヴァリエに叙されておる。使い魔も、平民ながらグラモン元帥の息子と決闘で勝ったというではないか」

 一同は驚きの目でタバサを見た。まさか『ゼロ』のタバサがシュヴァリエに叙されていようとは、夢にも思わなかったのである。

 「本当なの?タバサ!」

 「本当」

 「だからあなたあんなに強いのね」

 「そう」

 ルイズとキュルケが口々に尋ねる。それに対してタバサは淡々と、誇る風でもなく答えた。

 「この三人に勝てるという者がいるのなら、一歩前へ出たまえ」

 誰もいなかった。オスマンは、才人を含む四人に向き直り、告げた。

 「魔法学院は、諸君らの働きに期待する」

 三人は真顔になって直立し、杖にかけて、と唱和した。




           ★★★



 タバサたちは、才人を含め、あの後、案内するよう命じられたロングビルと共に、馬車で、フーケの隠れ場所と思わしき場所まで向かっていた。

 ロングビルが御者を買って出て、あとの四人は、馬車の荷台で思い思いに過ごしていた。

 「ところでダーリン、あなた結局どっちの剣を使うの?」

 才人がボーっと景色を眺めていると、キュルケが話しかけてきた。

 「どっちのって言われてもなあ」

 「決闘は結局引き分けに終わっちゃったから、どっちの剣を使うかダーリンが決めてよ」

 「でも俺にはタバサからもらったこれがあるし」

 そう言って才人は、腰に挿していたサクスを抜き、キュルケに見せる。正直、体術主体の才人にとって、大剣より短剣の方が、扱いやすいのである。

 「もう、これからフーケのゴーレムを相手にするかもしれないのよ?そんな短剣だけじゃ心許ないわ。私の剣も持っておくべきよ」

 そう言ってキュルケは、持ってきた大剣を才人に渡す。それを見たルイズが、キュルケに注意する。

 「どっちにしろ、巨大なゴーレム相手に剣が通用するはずないじゃない。才人の好きにさせなさいよ」

 「そういう嬢ちゃんも、ちゃっかりオレっちを持ってきてるじゃねーか。人のこと言えないぜ」

 デルフリンガーが突っ込む。ルイズはうっ、と唸る。それを見たキュルケがここぞとばかりにからかい始める。

 「剣に言われちゃってるわよー、ルイズ。いい加減認めちゃいなさいな。あなたもダーリンにその剣使って欲しくて持ってきたんでしょ?」

 図星を突かれたルイズは、真っ赤になって否定する。

 「違うわよ!」

 「じゃあなんで持ってきたのよ」

 「これは護身用よ!」

 「風のトライアングルのあなたが?そもそもあなた、剣なんて使えたかしら?」

 「タバサのよ!」

 「私は剣は使えない」

 タバサが冷静に突っ込む。ルイズは、ぐぬぬ、と唸り黙ってしまった。

 「賑やかだなー」

 「ふん、やかましいだけだ」

 そんな三人を才人とカイムは他人事のように眺めていた。

 結局、二本とも才人が持つこととなり、キュルケの大剣と、ルイズのデルフリンガーを背負うという、なんとも物々しい格好となった。

 そうこうしているうちに、馬車は深い森に入った。森は鬱蒼としており、昼間だというのに、薄暗かった。

 「皆さん、廃屋の近くに着きました。ここから先は、徒歩で向かいましょう」

 ロングビルの一言で、四人は真剣な表情に戻り、馬車を降りた。

 馬車を降りた五人は、小道を徒歩で移動した。数分ほど歩くと、一行は、開けた場所に出た。

 薄暗い森の中の避難所のようなその場所は、魔法学院の中庭ほどの広さで、真ん中に木こり小屋のような廃屋があった。五人は身を潜め、廃屋を伺う。

 「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるようです」

 ロングビルが廃屋を指差して言った。しかし、人が住んでいる気配はなかった。

 才人たちは相談し、誰かが偵察として中を調べることになった。

 「で、誰が行くのよ」

 「俺が行くよ」

 キュルケの問いに才人が答えた。

 「大丈夫ですか?」
 
 ロングビルが心配そうに聞いた。

 「大丈夫ですよ、俺結構素早いんで、すぐに行って見てきます」

 才人はそう言って、タバサの方を見て、許可を求めた。

 「いいよな?タバサ」

 「気をつけて」

 タバサは短く返す。タバサは才人の実力を信頼しているため、心配はなかった。

 「それじゃ、ちょっくら行ってくる」

 そう言うと才人は、腰から短剣を引き抜き、ルーンを輝かせて一足跳びに小屋のそばまで近づいた。そのまま窓に近づき、中の様子を伺う。

 「誰もいないみたいだな」

 「見ただけじゃあわからん。『探査』を使え」

 カイムが念を押す。

 「俺あれ苦手なんだけど」

 「つべこべ言うな。さっさとしろ間抜け」

 カイムにせっつかれ、才人は渋々『探査』の自在法を使う。才人はこういった類の自在法が苦手なため、あまり広範囲は探れないが、それでも小屋一つ分ぐらいなら問題なかった。

 「本当に誰もいないみたいだな」

 「そうみてえだな」

 そうして才人は、隠れている四人に合図を送る。タバサがそれに気づき、他の三人を促し小屋に近づいてくる。

 「本当に誰もいないのね」

 「ああ、間違いないよ」

 キュルケの問いに答える。

 「罠はないようね」

 ルイズが『ディテクト・マジック』で小屋を調べるも、それらしい反応はなかった。

 「中に入る」

 タバサがそう呟いて、ドアを開けて小屋に入っていく。キュルケと才人はそれに続いた。ルイズは見張りに残り、ロングビルは、辺りの偵察のために森に消えた。

 小屋に入った才人たちは、部屋の中を調べ始めた、そしてタバサがあっさり盗まれたものを見つけた。

 「これが『破壊の杖』もとい『ヴィルカ』か」

 タバサが手に持つそれを才人はまじまじと見つめる。

 「ふーん、普通の杖みたいね。あたしが前に見た『破壊の杖』もこれだったけど、これは『破壊の杖』じゃないんでしょ?」

 「そうみたい」

 キュルケの問いかけにタバサは答える。

 「タバサ、その杖ちょっと貸してくれ」

 そう言って才人は、タバサから『ヴィルカ』を受け取り、調べ始めた。

 (なあ、カイム)

 (ああ、間違いねえ。これは『宝具』だ)

 (なんで『宝具』がこの世界に?)

 (それはわからん。だが今ここに『宝具』があるってことは、十中八九"徒"もこの世界にいるってことになる)

 (『宝具』だけがこの世界に来たって説は?)

 (なくはねえが、望み薄だな)

 (マジかよ)

 (そのことは今は置いておけ、まずは目の前の問題に集中しろ)

 (この『宝具』を盗んだ盗賊のことか)

 (ああ、それとその『ヴィルカ』の能力だ)

 (振れば無限に自在法が出るってやつか、破格だな)

 (問題はこれにどんな自在式が込められているかだ。簡単な自在式と言っていたな。調べてみろ)

 カイムに言われて才人は『宝具』に込められた自在式を探る。

 (これは……『気配察知』だな)

 (ふん、本当に簡単な自在法だな。これなら危険性もねえな)

 その時、外からルイズの悲鳴が聞こえた。

 「きゃああああ!」

 「ルイズの声よ!」

 キュルケが真っ先に部屋を飛び出す。

 「何があったんだ」

 「わからない」

 才人とタバサがそれに続く。

 三人は外に出て辺りを見渡す。

 「後ろよ!」

 ルイズが叫び、三人は小屋の方を振り向く。

 「ゴーレムだ!」

 才人が大剣を引き抜き、タバサが杖を振り、呪文を唱えた。ゴーレムの胸の部分で爆発が起こる。しかしゴーレムは少しよろめいただけでヒビすら入らない。爆発を受けたところは鋼鉄に変わっていた。

 「だめ、これ以上は制御できない」

 キュルケが胸にさした杖を引き抜き、呪文を唱えた。炎の竜巻がゴーレムを襲うが、ゴーレムはビクともしない。

 「私の炎じゃ、あの質量相手は無理よ!」

 キュルケが叫ぶ。

 「これならどう!」

 ルイズが叫び特大の『ストーム・ボム』を放つ。荒れ狂う爆風がゴーレムの肩を吹き飛ばす。

 「やったわ!」

 「いや、まだだ!」

 ルイズが喜ぶも、才人がそれを制す。ゴーレムは再生を始めていた。

 「退却」

 タバサが呟き、四人は一斉に逃げ出した。しかし、ゴーレムの再生の方が早かった。再生したゴーレムは、四人を追うように歩き出す。

 「シルフィード!」

 ルイズが使い魔の風竜を呼んだ。

 上空から飛んでくる。そのまま四人のそばに着地すると、背に乗せるためにかがむ。

 「早く乗って!」

 そう言ってルイズは皆を急かす。ゴーレムがすぐそばまで迫っていた。

 「タバサ、これ持ってろ、護身用だ。振ると炎の弾が出る」

 才人は『ヴィルカ』に『炎弾』の自在式を込めて渡す。

 「サイト、なにを……」

 珍しく戸惑ったような声を出すタバサに微笑むと、才人はゴーレムに向かって駆け出す。

 「俺が時間を稼ぐ!その隙にお前らは逃げろ!」

 「サイト!」

 タバサが叫び、追い掛けようとするがキュルケがそれを抑える。

 「危ないわよ!」

 「離して!」

 取り乱すタバサを無理やりシルフィードに乗せる。三人を乗せると飛び上がる。

 「どうするつもりだ」

 カイムが尋ねる。

 「まずはルーンの力で囮になる。あいつらが逃げたら『サックコート』を使っても大丈夫だろ」

 「ふん、それまでに潰されんじゃねえぞ」

 「わかってる」

 「来るぞ!」

 「ああ!」

 才人を潰そうとゴーレムが拳を鋼鉄に変え、振るう。才人はそれを大剣で受ける。その衝撃に任せて才人は後ろに飛び、体勢を立て直す。

 「やっべえ」

 「どうした」

 「剣折れた」

 見るとキュルケから貰った大剣は、根元からポッキリ折れていた。

 「当然の結果だな」

 「くそー、うまく受け流したと思ったのによ」

 「相手は超重量の鋼鉄だ。無理もねえ。次はうまくやれ」

 「ああ、わかってるよ」

 そう言うと才人は、折れた大剣を捨て、背中からデルフリンガーを引き抜く。

 「次ってオレか!?オレの番なのか!?」

 デルフリンガーが焦ったように言う。

 「そうだ。せいぜい気張れよ鈍ら」

 カイムがデルフリンガーに声をかける。

 「なまくらだと!てめえバッジのくせに偉そうにしやがって!」

 「誰がバッジだ!てめえなんかと一緒にすんじゃねえ鉄屑野郎!」

 「なんだと!」

 「あーあーやめろよお前ら、喧嘩すんなよ」

 言い争いをはじめるカイムとデルフリンガーを、才人が宥める。

 「っと、っぶねえ!」

 再びゴーレムの拳が振り下ろされ、才人はそれを躱す。

 「おら!」
 
 そしてデルフリンガーで腕を切りつけるも、すぐに鋼鉄に変わり弾かれる。

 「くっそ、やっぱダメか」

 「だが対応が早すぎる。間違いなく術者が近くにいるぜ」

 「わかってる、けどっ、こいつをどうにかしないと、探すのは無理そうだな」

 続けて振り下ろされる拳を躱しながら才人は言う。

 すると、次の瞬間、上空から飛来した数発の空色の『炎弾』が、ゴーレムを襲い、よろめかせる。

 才人が上を見上げると、シルフィードに乗ったタバサたちが、上空を旋回し、ゴーレムに攻撃を加えていた。タバサは、『ヴィルカ』を振るい、爆発ではなく、『炎弾』を放っている。

 「あいつら、まだ逃げてなかったのか」

 「ふん、お前の主人が、何か言ってるみてえだぞ」

 カイムに言われ、才人はタバサを注視する。何やら口を動かしているが、距離があるため聞き取れない。

 「何て言ってる?」

 「わかんねえ、ここからじゃ聞こえねえ」

 自分の声が、サイトたちに聞こえていないことに気づいたタバサは、再び『ヴィルカ』を振るう。そして放たれた『炎弾』を指差し、また何事か叫ぶ。その声はまた才人には届かなかったが、タバサが言わんとすることは伝わった。

 「お前の主人から直々に許可が出たようだぞ、どうする間抜け」

 どうやらカイムにも伝わったようだ。

 「どうするもなにも、命令だ。使い魔が従わなくてどうするよ」

 「違えねえ」

 そう言って才人はデルフリンガーを納刀する。どうする気でえ、とか騒いでいたが、気にしない。

 「こういうデカブツ相手はレベッカさんとかカルメルさんのが得意なんだけどな」

 「確かに『空裏の裂き手』の真骨頂はドッグファイトだ。だったら逃げるか?」

 「冗談、ここらで一つかっこいいとこ見せないと、ご主人様に愛想尽かされちまう」

 「なら根性見せろ間抜け」

 「わかってるよ、相棒」

 そう言って才人は『サックコート』を纏い、勢いよく飛び上がる。一気に上空まで昇り、シルフィードを追い越す。途中でタバサと目が合ったが、軽くウインクしておいた。

 そのまま滑空し、ゴーレムの遥か頭上に位置取る。

 「さあ、行くぞ!」

 そのままゴーレムめがけて、猛スピードで降下する。

 「どらぁ!」

 その勢いのまま、足を鷹の爪に変え、踵落としの要領で、ゴーレムの頭めがけて振り下ろす。ゴーレムの頭が鋼鉄に変わるが、空色の鉤爪は、意に返さずにそれを引き裂く。

 頭を裂かれたゴーレムは蹴り落とされた勢いのまま身を屈めた。

 「まだまだぁ!」

 踵落としで降下し、ゴーレムの腹のところまで降りた才人は、降下の勢いを真横に転換し、返えす刀で後ろ回し蹴りをゴーレムの腹に見舞う。

 体制を崩していたゴーレムはそのまま後ろに倒れこむ。

 「止め!」

 倒れたゴーレムに才人は特大の『炎弾』を、『爆発』の自在法を込めて放つ。『炎弾』は、倒れたゴーレムの上半身に当たり、爆ぜる。上半身を吹き飛ばされたゴーレムは、ただの土へと変わった。

 「ま、ざっとこんなもんかな」

 「久しぶりの実践にしちゃあ、まあまあだ」

 地面に降り立ち、才人とカイムが感想を言う。そして上空のシルフィードに乗るタバサたちに、親指を上げて笑ってみせた。




           ★★★




 「すごい!ダーリン魔法が使えたのね!今のどんな魔法なの!?」

 シルフィードから降りたキュルケが、興奮して才人に駆け寄る。

 「前もあれ見たけど、あなたこんなに強かったのね」

 ルイズも、以前才人がタバサを抱えて空を飛んでいたのを思い出し、感嘆する。

 「あー、えーと、あはは」

 誤魔化すように才人は笑う。そして輪の外にいるタバサを見つけ、声をかける。

 「どうだったタバサ、お前の使い魔もなかなかやるもんだろ?」

 そう言って笑いかける。

 「……ッ!」

 タバサは『ヴィルカ』を放り、弾けた様に駆け出すと、そのまま才人を抱きしめる。

 「あ、と、え、お、おいタバサ?どうした?どっか怪我したか?怖かったのか?」

 無言で抱きしめてくるタバサに、才人は戸惑って声をかける。

 「ふーん」

 「へーえ」

 ニヤニヤと擬音がつきそうな笑みを浮かべ、ルイズとキュルケが才人とタバサを見る。

 「おいお前ら!何とかしてくれ!」

 「あーらいいじゃない、主人からそんなに愛されて、使い魔冥利に尽きるってもんじゃない」

 「そうそう、ちょーっと妬けるけど、今日のところは譲ってあげるわ」

 「だそうだ、よかったな色男」

 二人に加え、カイムまでもがからかってくる。

 「ふざけんなおい、お前ら!タバサ?どうした?何もないなら離れてくれると助かる。あ!嫌とかいうわけじゃないんだ!嬉しい!嬉しいんだけど今はちょっとほら状況がな!ほら、あいつらも見てるしな!そ、そうだフーケ!フーケも捕まえないといけないし!ミス・ロングビルも心配だ!いやー、大変だ大変だ。やることがまだまだいっぱいあるぞー。大変だー」

 発育に乏しいものの、タバサは美少女だ。それもとびきりの。そんな美少女に抱きつかれ、フレイムヘイズといえども心は純情中学生のままの才人は大いに慌てた。

 アタフタと才人が慌て、ルイズとキュルケがニヤニヤと見守っていると、森の茂みから何者かが現れた。

 「皆さん、ご無事でしたか」

 ロングビルだ。

 「ミス・ロングビル!ご無事でしたか」

 ルイズが声をかける。

 「ええ、なんとか。咄嗟に茂みに隠れて助かりました」

 そう言いながらロングビルは、タバサの投げ捨てた『ヴィルカ』を拾い上げ、才人たちに突き付ける。

 突然のことに誰も動けない。

 「なーんてね。ご苦労様」

 「ミス・ロングビル!どういうことですか!?」

 キュルケが叫んだ。

 「さっきのゴーレムを操っていたのは、わたし。つまりわたしが、『土くれ』のフーケさ」

 不穏な空気に、タバサも才人から離れる。ルイズが杖を振り呪文を唱えようとした。

 「おっと。動くんじゃないよ。これは振るだけで『ファイヤー・ボール』が出る。あんたたちが呪文を唱えるよりも早く、あんたたちを焼き尽くすよ。わかったら全員、杖を捨てな」

 渋々、ルイズたちは杖を放り投げる。

 「そこの使い魔君は、武器を捨てな。そんで、あの妙な技も使うんじゃないよ。この距離なら、さしものあんたでも、無事じゃあ済まないだろう?」

 才人も言われたとおりにした。

 「なぜ、こんなことを?」

 タバサが尋ねる。

 「冥土の土産に教えてあげるよ。あんたが使うまで、この杖は全く使えなかった。振っても何してもウンともスンともいわなかった。それで学院に帰ってみれば、これは『破壊の杖』ですらないって話じゃないか」

 フーケが呆れたように肩をすくめる。

 「もう一度盗みに入ろうにも、流石に二度目は許しちゃくれない。だからあんたたちをおびき寄せて、人質にして奪おうと思ったんだけどね」

 フーケは杖を掲げる。

 「あんたたちがこれを使えるようにしてくれた。『破壊の杖』ってほどじゃないだろうけど、これも十分強力だ。今回はこれで満足することにするよ」

 フーケが笑った。

 「だからあんたたちも用済みだ。せめてもの情けだ。苦しまないようにしてやるよ」

 タバサとルイズとキュルケは、観念したように目をつむった。

 才人だけは、目をつむらなかった。

 「へえ、勇気があるじゃないか」

 「あんたに二つ、いいことを教えてやるよ」

 才人は突然語りだす。

 「一つ、それが出すのは『炎弾』だ。『ファイヤー・ボール』じゃねえ」

 話しながら、才人はタバサたちの前に出て、フーケに向かって歩き出す。

 咄嗟にフーケは杖を振るい、才人に向かって『炎弾』を放つ。

 空色の爆炎が、才人と、後ろにいたタバサたちを包む。

 「二つ、俺の『サックコート』に、『炎弾』なんか通じねえ」

 爆炎の中から、才人が、空色の衣を纏って現れた。後ろのタバサたちにかかる爆炎も、空色の翼が防いでいた。

 そして一足飛びにフーケに近づき、腹に拳をめり込ませる。

 うっ、と唸り、フーケは気を失う。

 才人はフーケを担いで、後ろのタバサたちに笑いかけた。

 「『土くれ』のフーケを捕まえたぜ」

 今度は、才人は三人に抱きしめられることとなった。
 



[41141] 第一章 第六話 説明
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/05/21 01:24
 
 「まさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったはのう……。人は見かけによらんものじゃ」

 学院長室で、四人から報告を聞いたオスマンは、そう呟いた。ロングビルが雇われた経緯を知っているコルベールは、呆れた目でオスマンを見ている。

 「ご苦労じゃったな、諸君。本来なら『シュヴァリエ』に叙されるべき功じゃが、今はちと基準が狭くてのう。代わりに精霊勲章を貰えるよう、宮廷に届け出ておいた。追って沙汰があるじゃろう」

 「本当ですか!」

 キュルケの顔が輝く。

 「ほんとじゃ。君たちは、そのくらいのことはしたんじゃから。本当なら、これでも足りんぐらいじゃ」

 そう言うと、オスマンはぽんぽんと手を打った。

 「さて、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、秘宝も戻ってきたことじゃし、予定通り執り行う」

 キュルケが、思い出したように驚く。

 「そうでしたわ!フーケ騒ぎで忘れておりました!」

 「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。目いっぱい着飾るんじゃぞ」

 そういうと、オスマンはルイズに目配せをした。

 三人じゃ、礼をするとドアに向かった。

 タバサは、才人見て、立ち止まった。

 「先に行ってていいよ」

 才人は促した。しかし、タバサは立ち止まったまま部屋を出ようとしない。

 「ふむ、ミス・タバサ、それに使い魔の少年も、少しここに残ってくれんかね」

 オスマンが言った。

 タバサは頷くと、才人のそばに駆け寄った。才人は元より尋ねたいことがあるため、残ろうとしていたので渡りに船だった。

 「なにやらわしに聞きたい事がおありのようじゃな。今日のお礼に、できるだけ力になろう」

 そういうとオスマンは、隣にいたコルベールに退室を促した。才人の話に期待していたコルベールは、渋々部屋を出て行った。

 コルベールが部屋を出て行ったのを確認すると、才人は口を開いた。

 「あの『ヴィルケ』は、俺が元いた世界で、『宝具』と呼ばれる物です」

 「ふむ。元いた世界かね」

 「ええ、俺は、こっちの世界の住人じゃない」
 
 「もしや君が元いた世界とは、地球という世界かね?」

 「ッ!?、ご存知なんですか!?」

 「……ッ!?」

 オスマンの言葉に、才人は食いつき、タバサは息を呑む。

 「知っておる、というには語弊があるな。正しくは、聞いたことがある、というとこかの」

 「そ、それはどこで!?」

 「まあ、落ち着きなさい。そうとなれば話は早い。ミス・ヴァリエール、入ってきなさい」

 「え?」

 才人を制し、オスマンは扉に向かって声をかける。オスマンの意外な言葉に、才人は扉を振り返る。

 「はい、オールド・オスマン」

 扉の向こうから声がし、本を抱えたルイズが入ってくる。

 「ルイズ!さっき出て行ったはずじゃ?」

 「ふん、どういうことだ?」

 才人とカイムが疑問を口にする。

 「ちょっと図書館まで『フライ』で往復してきたのよ。必要な資料があってね」

 「資料?」

 「そ、あなたたちに関係することのね」

 そう言ってルイズはタバサにウインクをした。タバサは呆気にとられ、状況についていけていない。

 「ふむ、どこまで話したかな。そうじゃ、確か地球の件だったかの。これは、ミス・ヴァリエールに説明して貰った方が良いの、ミス・ヴァリエール、頼めるかね?」

 「かしこまりました」

 ルイズは呆然とする才人たちに向き直ると、説明を始めた。

 「まずね、タバサ。人間を使い魔に召喚したのは、あなたが初めてじゃないの。11年前、わたしの姉、エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールも、春の使い魔召喚で人間を召喚しているの。それも……」

 ルイズはそこで区切ると。才人の方を見て、続けて言った。

 「異世界、地球からね」

 「それは、本当?」

 タバサが聞き返す。そういえばコルベールが前例がどうとか言っていたと、あの日の事を思い出しながら。

 「ええ、本当よ。当時はもうすごい騒ぎだったらしいわ。当然よね、『ゼロ』と呼ばれたエレオノール姉さまが、人間の平民なんて召喚するんですもの。ましてや、自分は異世界から来たー、なんておかしな事言う平民なら、尚更ね」

 「『ゼロ』?」

 「そうよ、タバサ。わたしの姉さまもあなたと同じ『ゼロ』だったの。そして召喚した使い魔も人間。刻まれたルーンは、これよ」

 そう言うとルイズは、手に持っていた本を広げた。

 「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』っていう本でね、本来は教師しか閲覧を許されない『フェニアのライブラリ』にあるんだけど、特別権限で持ってきたの。これを見て」

 本のページを指差してルイズは言った。言われたとおりに、才人とタバサが覗き込むと、『ミョズニトニルン』という字が書かれていた。本来、異世界人である才人に、こちらの字は読み書きできないが、『達意の言』を使うことで、読むことだけは可能だった。

 「『ミョズニトニルン』?なんだこれ?」

 「あらサイト、あなたこっちの字が読めるのね。そうよ、それが姉さまの使い魔に刻まれたルーン。すべてのマジックアイテムの名前と用途を知り、扱えると言われた『神の頭脳』もしくは『神の本』のことで、四人いる始祖ブリミルの伝説の使い魔の一人だったらしいわ」

 「つまり、ルイズのお姉さんに召喚された人は、ルーンを刻まれたことでその『ミョズニトニルン』になっちまったてことか」

 「そういうことね」

 「じゃあ俺もその『ミョズニトニルン』なのか?」

 才人の疑問に、ルイズは首を横に振る。

 「違うわ。四人って言ったでしょ。あなたはこれよ」

 そう言ってルイズは別のページをめくり、指差す。

 「『ガンダールヴ』?」

 「そ。あらゆる武器や兵器を自在に扱える『神の左手』もしくは『神の盾』。『ガンダールヴ』があなたのその左手に刻まれたルーンの正体よ」

 「だから剣があんなにうまく使えたのか」

 「そうね」

 納得した才人にルイズは同意する。

 「でも、なぜ?なぜサイトが伝説の使い魔に?私は『ゼロ』なのに」

 タバサが疑問を口にする。当然だ。何の魔法も扱えない自分が、始祖ブリミルの伝説の使い魔を召喚できたのは、どう考えてもおかしい。

 「そう。今度はあなたの話ね。と言ってもこっちが今回の本命なんだけどね。タバサ、あなた、自分の系統は何だと思う?」

 ルイズの質問にタバサは少しムッとしながら答えた。

 「分かる筈がない。私は『ゼロ』」

 そんなタバサの様子に、ルイズは申し訳なさそうに笑いながら言う。

 「ごめんなさい、タバサ。別にあなたをからかったわけじゃないの」

 コホン、と咳払いをしてルイズは続ける。

 「エレオノール姉さまも、使い魔を召喚するまでは何の魔法も扱えない『ゼロ』だった。でもとある事を切欠に自分の系統がわかったの」

 「とある事?」

 「ええ、そうなった経緯は省くけど、王宮にある『水のルビー』と『始祖の祈祷書』にタツト義兄さま、あ、タツト義兄さまっていうのは、エレオノール姉さまの使い魔のミョズニトニルンのことね、姉さまと結婚したからわたしの義兄になったんだけど、とにかく、その人がそれらに触れたことで、その用途が分かったの」

 ルイズは一拍おいて言う。

 「『虚無』の担い手を目覚めさせる。それが本当の使い方だったの。で、エレオノール姉さまが持ったところ、『虚無』の呪文が現れて、姉さまは『虚無』の系統に目覚めたの」

 「考えてみれば当然よね。『虚無』の使い手であった始祖ブリミルの、伝説の使い魔を召喚したんですもの。その主人が『虚無』の担い手でもおかしくはないわ」

 「ねえタバサ、信じられる?まさかあの伝説の『虚無』の系統が本当にあったなんて!あ、別に始祖ブリミルを信じていないわけじゃないのよ、わたしそんな不信心者じゃないわ、ほんとよ?でも神話の世界の話がまさか現実にあったなんて!しかもその担い手が姉さまだったなんて!ねえわかる?この気持ち。伝説と同じ時代を生きられるこの幸運。ご先祖様や子孫に申し訳なくすら思うわ!それだけすばらしいことなのよ!」

 「あー、ミス・ヴァリエール。少し落ち着きなさい。ミス・タバサも使い魔君も戸惑っておる」

 興奮してまくし立てるルイズをオスマンが諫める。

 タバサと才人は、ルイズのテンションに付いていけず、困惑していた。

 コホン、とルイズは再び咳払いをし、タバサたちに向かって言った。

 「つまりね、伝説の使い魔を召喚するってことは、その主人は伝説の、『虚無』の担い手ってことなの。だからね……」

 ツカツカと、ルイズはタバサの目の前まで歩き、目線を合わせて告げた。

 「タバサ、あなたは『虚無』の担い手なの。『虚無』が、あなたの系統よ」




           ☆☆☆



 タバサは何を言われているのか分からなかった。

 今まで自分はうまく力を扱えていないだけで、いつかあの憎き伯父のように何かの系統に目覚めるのだと思っていた。

 しかし、目の前の自分の友人は、それが『虚無』だという。御伽噺のような展開に、タバサは付いていけないでいた。こうなると最早、ルイズが自分を騙そうとしているのかとすら思えてしまう。

 「今はまだ信じられないと思うわ。まだあなたは力に目覚めていないし、突然こんなこと言われて、信じられるほうが珍しいもの。でも、覚えておいて、タバサ。これは本当のことなの。あなたは『虚無』の担い手なのよ」

 ルイズは言う。その目は真剣そのものだ。とても自分を騙そうとしているようには見えなかった。

 「……わかった。あなたを信じる」

 タバサは友人の言葉を信じることにした。ルイズの顔がぱあっと輝く。

 「本当に!?」

 「うん」

 「よかった。疑われたらどうしようと思ったの。今はまだあなたの使い魔が『ガンダールヴ』であること以外に、あなたが『虚無』だと証明する証拠がなかったから……。でも安心して、タバサ。今姉さまたちの仕事がひと段落付いたら、学院に来てもらえるよう言ってあるから、そうすれば、あなたも『虚無』の魔法が使えるようになるわ」

 ルイズは、嬉しそうにそう言った。そんな友人の様子に、タバサは僅かであるが微笑んだ。

 見目麗しき美少女同士の友情を、才人は隣で微笑ましく思いながら見ていたが、当初の目的を思い出し、再びオスマンに尋ねる。

 「そうですオスマンさん。あの『ヴィルケ』なんですけど、あれはどうやって手に入れたんですか?」

 才人の質問に、オスマンはそうじゃった、と言って答える。

 「実はの、あれをどうやって手に入れたのか、わしも良く覚えておらんのじゃ。気付いたら宝物庫に在った。そうとしか覚えておらん」

 「何ですって?じゃあ何も分からないって事ですか」

 「うむ。そうなんじゃ。じゃから以前、ミス・ヴァリエールの義兄君に見てもらって、ようやく用途が分かった程度での。その用途も、彼ですら詳しくは分からず、扱えなかったと言う有様じゃ」

 オスマンの言葉に、才人はカイムと声を出さずに会話する。

 (どういうことだと思う?カイム)

 (おそらくミステスがこの世界に来たんだろう。そのミステスは何らかの形でこの爺さんと関わり、『宝具』を譲渡して消えた。だからこの爺さんもそれを覚えてないってとこだろうぜ)

 (なるほど)

 (こうなっちまえば、後はもう何にもわからねえ。消えたトーチの痕跡を辿るなんてこたあ、一流の自在師でも不可能だ。これ以上あの『宝具』の出所を探すのは無理だ)

 ("徒"については何も分からず、か)

 (こればかりは仕方ねえ。後は地道に探すしかねえさ)

 (ま、タバサの使い魔もやんなきゃだし、気長に行くか)

 「ところでサイト」

 才人とカイムの思考を、ルイズの声が遮る。

 「どうしたルイズ」

 「わたしからも、あなたに聞きたい事があるの。あなたのあの力について」

 ルイズがわざわざ"あの力"と評するもの、当然『ガンダールヴ』の力ではないだろう。間違いなく、フレイムヘイズの異能のことだ。

 (どうするカイム)

 (何もかも今更だ。構やあしねえさ)

 カイムは投げやりに言う。

 続けて才人は、タバサに目を向ける。もっとも、あそこで自分に力を使わせた以上、話しても構わないと言うことなのだろうが……。

 「構わない」

 案の定、タバサは首肯した。

 「分かった。じゃあまずは俺の世界のことから話すぞ……」





           ★★★




 「"紅世の徒"と『フレイムヘイズ』ねえ……」

 才人が自身の知る地球のことを話すと、ルイズが感心したようにつぶやく。

 「なるほど、『自在法』と『宝具』か……」

 オスマンも納得したように頷いている。

 「信じられないか?」
 
 才人は尋ねる。

 「いきなり聞かされたらそうね、信じられないわ。義兄さまの話ともちょっと違うし……」

 「それは、ルイズの義兄さんが普通の人間だからだろう」

 「ええ、分かってるわ。だからこそ信じる。だってそのお陰で今まで分からなかったことが分かったもの。例えばあの『ヴィルケ』のこととかね」

 「うむ。『自在法』とは、我々の系統魔法や先住魔法とも違った魔法体系じゃと思っていたが……、異世界のものだったとは。これなら納得じゃ」

 二人の言葉に逆に才人が驚いてしまう。

 「そんなにあっさり信じるのかよ!」

 「そもそも、あんなもの見せられちゃあねえ、信じるしかないでしょ」

 ルイズは、フーケのゴーレムをあっさり倒した才人の『サックコート』を思い出して言う。

 「それに、この十年ほどでわしらの常識は大いに壊されておる。もはや何も驚くことなどあるまい。わしは明日大陸が空に浮かび上がっても、驚かんよ」

 オスマンも、年長者の風格を漂わせて言う。

 「そんなもんか」

 「そんなものよ」

 「そんなものじゃ」

 「あ、このことなんだけど、王宮にばらしたりは……」

 「大丈夫よ、一応報告の義務があるから知らせるけど、このことは本当に信頼できるごく一部の上層部にしか話さないわ。間違っても、あなたたちに手を出させるような真似はさせない」

 「うむ。君らの身の安全は、トリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンの名にかけて誓おう」

 「ありがとうございます」

 「ありがとう、ございます」

 二人の言葉に、才人とタバサは安心したように礼を言った。

 「では、話はこれで終わりじゃ。三人とも。『フリッグの舞踏会』を楽しみなさい」

 オスマンがそう締めくくり、三人は学院長室から退出した。




           ★★★



 「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~り~~~!」

 ルイズが、呼び出しの衛士の声と共に、ホールヘと入ってくるのを、才人とカイムとデルフリンガーは、ホールのバルコニーから眺めていた。

 サイトのそばの枠には、シエスタの持ってきてくれた料理と、ワインの瓶が置かれており、才人はそれでちびちびやっていた。

 「やっぱキレーだよなー、ルイズって」

 「ただの小娘じゃねえか」

 「いやいや、あの気品は並の貴族にゃ出せねーよ。流石オレの買い主」

 ルイズについて三者三様の感想を述べる。

 続けて才人は、多数の男に言い寄られてるキュルケに視線を移す。

 「エロいな」

 「品性の欠片もねえな」

 「人間の男ってのは、馬鹿ばっかりだあね」

 キュルケについても感想を述べる。

 「そういえばお前のご主人様はどうしたよ」

 抜身で立掛けてあるデルフリンガーが言う。

 「いないんじゃないのか?タバサってこういう場所苦手そうだし」

 そう言って才人はワインを煽る。無口な自分のご主人は、こんな騒がしいところで踊るより、部屋で読書する方を好みそうだ。

 「だがそうとも言い切れねえぞ。あの小娘は存外健啖家だ。ご馳走目当てに参加してるかもしれねえぜ」

 カイムがタバサを評して言う。

 「あー、それもあるな。ま、どっちにしろ踊りを好みそうには見えねえな」

 デルフリンガーもカイムの意見に賛成する。

 「おいおい、タバサは俺たちのご主人様だぜ。無礼にも程があるっつーの」

 才人がふたりを叱る。しかしその才人も、タバサが踊っている姿が想像できなかった。

 すると、才人は、何者かが、自分の方へ近寄ってくる気配を感じ取った。

 「誰だ?ここには酔っ払った平民しかいねーぞ。お貴族様はホールの中だぜ」

 才人は目を向けずにあしらう。

 「わかっている」

 しかし、聞こえた声に反応してそちらを振り向く。

 「あなたに、ダンスの申し込みをしに来た」

 タバサだった。しかし、いつものタバサの格好とは大きく違ったため、才人は一瞬混乱した。

 短くまとめた青い髪と、透き通るような碧眼はいつも通りだが、少し化粧をしているのか、西洋人形そのもののような造形と、透き通るような肌の、怜悧な美しさを際立たせていた。

 黒いパーティードレスは、飾り気がなく、タイトで、起伏に乏しいタバサの体型を、スレンダーという好印象に変えていた。

 才人は息を飲んだ。ホールで踊っている貴族たちとは、全く違う印象が、タバサからは感じられた。

 無駄なものを排し、鋭さ、冷たさで固めたような全身は、しかしてそれらが生み出す美しさに包まれていた。キュルケたちがシュペー卿の剣なら、タバサはさながら日本刀だった。

 才人は見蕩れていた。実年齢なら自分と同じぐらいの少女、見た目なら、中学生の自分と比べても幼く映る少女に。

 「驚いたな。そんなドレスを持ってたたのか」

 カイムが感嘆する。

 「これは、母様のお下がり」

 タバサは短く答えた。カイムはそうか、とつぶやいた。

 「私と、踊ってくれる?サイト」

 タバサは固まったままの才人を、再び誘う。

 才人は緊張して答えられない。

 「おい間抜け。女に恥をかかせるんじゃねえ」

 カイムに罵られて、ようやく才人は再生した。

 「よ、喜んで、レディ」

 才人は精一杯の背伸びをして答えた。

 そしてぎこちないながらも、タバサの手を取って先導し、ホールへと向かう。ちゃっかり『ソアラー』を外すのも忘れない。

 そして二人はホールへと行き、初々しさを感じさせるダンスを踊り始めた。

 バルコニーに残されたカイムとデルフリンガーがそんな二人を見つめる。

 「なあ、鉄っきれ野郎」

 「なんだなまくら」

 「相棒、てーしたもんだな。主人のダンスの相手を務める使い魔なんて、初めて見たぜ」

 「誰が相棒だ。だがまあ、ふん……」

 一拍置いてカイムは言う。

 「子供の背伸びにしか見えんな」

 いつもどおりの口の悪さだが、その響きには優しさが感じられた。




           ☆☆☆




 「こりゃ驚いたな」

 ヴァリエール公爵の屋敷の一角にある部屋で、蝋燭の明かりのしたにかざした手紙を読んで、一人の男がため息をつく。男は黒髪黒目という、この世界では珍しい容姿をしていた。年の頃は20代後半であろうその相貌には、確かな知性が感じられた。

 「どうしたの?タツト」

 タツトと呼ばれた男を背中から抱きしめ、メガネをかけた金髪の妙齢の美女が、尋ねる。

 「ああ、エレオノール。ルイズから手紙が来てね。新しい『虚無』の担い手と、使い魔が現れたらしい」

 タツトはエレオノールと呼ばれた女性の頭を撫でて答える。

 女性の名は、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズの姉にして『虚無』の担い手である。

 男性の名は、タツト・ル・ブラン・ド・ミヤモト・ド・ラ・ヴァリエール。エレオノールの夫にして使い魔。『ミョズニトニルン』である。ちなみに元の名は宮本達人というが、七年前、エレオノールと結婚した時に婿となったため、今はヴァリエール姓を名乗っている。

 「まあ、あの子ったら、ちゃんと監視の任をやってくれてるかしら」

 少々ルイズに手厳しいエレオノールは、心配を口にする。

 「何も心配することはないよ、エレオノール。あの子は君の自慢の妹だ」

 「そうね、あなたの義妹だものね」

 そう言って二人は微笑み合う。そしてどちらともなく目を瞑り、唇を近づける。

 「そうですわ。ルイズは私の可愛い妹ですもの。ちゃんとやってくれますわ。姉さま」

 そこに二人を邪魔するように闖入者が現れる。

 「「カトレア!」」

 突然現れた(義)妹に達人とエレオノールは驚く。

 「もう!カトレア、なんでいきなり現れるのよ!」

 夫との時間を邪魔されたエレオノールが怒る。

 ルイズに似た桃色の髪を持った女性は、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌといい、エレオノールの妹にして、ルイズの姉だ。

 「トーマとジローが寝付いたから報告に来たのよ。お姉様たちったら気づかないんだから」

 カトレアは、コロコロといたずらっぽく笑う。

 トーマとジローとは、どちらも達人とエレオノールの息子である。5歳と3歳の子供で、赤ん坊の頃から乳母のようなことをしていたカトレアに、エレオノールよりも懐いており、今も時々こうやって寝かしつけたり世話を焼いたりしている。「子供のしつけは厳しく」という方針をとっているエレオノールは、複雑な気分であるが、妹を信頼し、何かと不器用な自分ではできない甘やかしを、カトレアに頼っている。

 「ありがとうカトレア。体調はどうだい?」

 達人が礼を言い、カトレアの体調を心配する。

 生まれた時から謎の奇病に罹り、ろくに屋敷の外にも出れなかったカトレアだが、達人の『ミョズニトニルン』としての知恵と、父ヴァリエール公の水の魔法による秘薬で、今ではすっかり完治していた。それでも、達人はカトレアに無理をしないよう時々言い聞かせていた。

 「問題ないわ。お父様とお義兄様のおかげよ」

 そう言ってカトレアは達人に抱きつく。

 達人がカトレアの病気を治したのが十年前。その日からカトレアは義兄である達人にぞっこんなのだ。

 「カトレア!なに人の夫に抱きついてるの!」

 エレオノールが怒る。もちろんエレオノールはカトレアの気持ちを知っている。七年前自分が結婚して決着をつけたと思っていたが、義兄との禁断の恋、とカトレアに余計に火が付いただけで、何の解決にもならなかった。

 「お、落ち着いてエレオノール。隣の部屋の子供たちが起きてしまう。カトレアも、慕ってくれるのはありがたいけど、僕はエレオノールの夫で、君の義兄だ」

 「あら、何も妻にして欲しいとは言っておりませんわ。愛人でも良いのです」

 「もっとダメよ!」

 カトレアの言葉にエレオノールの怒りが増す。

 「エレオノール、落ち着いて」

 「あなたは甘すぎるのよ!」

 とうとう矛先が達人に向く。

 喧々諤々、あらあらうふふと、ヴァリエール家の夜は更けていく。




           ☆☆☆




 「誰か、誰かいるかい」

 トリステインの南西に位置する大国、ガリア。その首都リュティスの郊外に築かれた薔薇色の宮殿、ヴェルサルテル宮殿。その一角に桃色の壁で築かれた小宮殿、プチ・トロワの中で、その主たる少女の呼び声がする。

 イザベラ・マルテル・ガリア。ガリア王国の第一王女にして北花壇騎士団団長。タバサの従姉で、自称、"水"のライン。『水銀』のイザベラだ。

 「はい、殿下」

 「七号を呼んでおくれ」

 参じた侍女に、あくびを噛み殺しながらイザベラは言った。

 「は、この時間からですか?」

 「そうだよ、今から呼びゃあ明日の朝頃には向こうに着くだろ。そんなことも分かんないのかい?」

 「は、はっ、かしこまりました!今すぐ!」

 「さっさとしな。モタモタしてるとクビを切るよ」

 「た、ただちに!」

 バタバタと慌てて侍女は駆けていく。その様子を、イザベラはつまらなそうに見る。

 「少し、お戯れが過ぎませんかな?」

 イザベラの懐から声がする。

 「ふん、あんなの戯れの内にも入らんさ」

 その声にイザベラは答える。

 「左様で。しかし今回はどういったご用件であの方をお呼びで?」

 「ふん。仕事と、それに何やら使い魔を召喚したそうじゃないか、『ゼロ』のあいつが。どんな使い魔を呼んだのか、興味が湧いてね」

 「また酔狂ですか」

 懐の声に顔をしかめると、イザベラはそこに手を入れて一本のナイフを引き抜いた。

 「"地下水"、口が過ぎるようだねえ、溶かしてただの鉄くずにしてやろうか」

 「ご冗談を、わたしを溶かしたら誰が殿下の代わりに魔法を使うのですかな?」

 凄むイザベラを、"地下水"と呼ばれたインテリジェンス・ナイフは受け流す。

 ふん、と鼻を鳴らしてイザベラは彼を懐にしまう。

 イザベラが"水のライン"として魔法を扱えるのは、彼のおかげであった。

 そして窓際まで移動すると、窓枠に肘を付き、空に昇る双月を眺めた。月光を浴びて、王族特有の青い髪が輝く。そうしていると正しく深窓の令嬢であった。

 「まったく性にあっておりませんな」

 「うるさい」

 "地下水"がそれをからかい、イザベラは懐を叩いた。神秘的な雰囲気が、台無しであった。





~あとがき~
次話あたりで板移動します。




[41141] 第二章 土の国、ガリア 第一話 王宮
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/05/21 01:30
 『フリッグ』の舞踏会の翌日、才人とタバサは馬車に乗って遠出をしていた。いわゆるデート、といった甘酸っぱいものではない、仕事である。

 切っ掛けは朝、タバサの部屋に、鴉のガーゴイルが手紙を運んできたことにあった。それを見たタバサは、表情を固くし、才人に出立を告げた。才人が行き先を聞くと、タバサは短くガリア、とだけ答えた。

 そして今、二人は竜籠に乗り、ガリアの首都リュティスに向かっていた。

 「なあ、どうしてガリアに行かなきゃいけないんだ?」

 学院を出てから一言も話さないタバサに、サイトは尋ねる。いい加減、この気まずい雰囲気をどうにかしたかった。

 タバサは目を伏せ僅かな逡巡の後、意を決したように口を開いた。

 「王宮に呼ばれた」

 「王宮?ガリアの?」

 「そう」

 「それまたなんで」

 「私は、ガリアの王族」

 タバサの告白に才人は驚く。てっきり話して貰えないものと思っていたからだ。

 「あなたは、私の使い魔」

 タバサがサイトの顔を見つめる。

 「あなたはフーケと戦ったとき、私を守ってくれた」

 「ま、まあな。使い魔だし、当然だろ」

 真剣な様子のタバサに、戸惑いながら才人は答える。

 「私は、あなたを信じている」

 「だから、全て話す」

 そう言ってタバサは語り始めた。

 「私の、本当の名前はシャルロット・エレーヌ・オルレアン」




           ★★★




 タバサは、自分の生い立ちを話した。名前のこと、両親のこと、北花壇騎士団のこと、才人と出会う前の全てを語った。才人は黙ってそれを聞いていた。

 「それが、お前の抱える秘密か」

 タバサが全てを語った後、沈黙を破りカイムが尋ねた。

 「そう」

 「はー、嬢ちゃんも苦労してたんだなあ」

 才人の背中に差してあったデルフリンガーが感想を述べる。

 「それで、タバサのお父さんを殺したってのが」

 「現ガリア王、ジョゼフ」

 才人の問いにタバサは僅かに顔をしかませながら憎き仇の名を口にする。

 「どんな奴なんだ?」

 「おい、相棒」

 才人が踏み込んだ質問をし、デルフリンガーがそれを諌めようとする。

 「だっていずれ戦う敵だろ?聞いとかねえと」

 「だけどよ、遠慮ってもんがあるだろ」

 「いい」

 口論になりかける才人とデルフリンガーを諌め、タバサは答える。

 「ジョゼフ1世。『狂瀾』のジョゼフは水のスクウェアメイジ」

 「『狂瀾』だと?」

 「そう、それが二つ名」

 「ふん……そうか」

 カイムが聞き返し、タバサが答える。

 「スクウェアってことは、トライアングルの上で最上級のメイジだっけ?」

 「そう」

 「てことはあの二人やフーケより厄介なのかよ」

 才人は、天災じみたスペルを思い出し、うへぇ、と舌を出した。あれらより上、ということはそのものズバリ天災だろうと。もちろんどんなメイジであろうと才人の敵ではないが、未知の敵というのはそれだけで厄介だ。舐めてかかってはいけない、と師であったフリーダーからは、強く言い聞かされていた。

 「ジョゼフは、10年前まで私と同じ『ゼロ』だった」

 「え?」

 「ある日、水の使い手として目覚めてスクウェアになった異例のメイジ」

 「そんなのがいるのか」

 「推論として、大きすぎる力を制御しきれないから、爆発が起きると言われていた。だから私の力もそうだと思っていた。しかし……」

 「違ったわけか」

 「虚無だもんなあ」

 「そう」

 カイムと才人の感想に、タバサは同意する。

 「あー、魔法ってのはややこしいな。自在法のがいくらかマシだぜ」

 「自在師でもないくせによく言ったな間抜け」

 「うっせ。ところでタバサ、ジョゼフの性格ってどんなだったんだ?」

 「性格?」

 「そ、話聞く限りじゃ昔は仲良かったんだろ?ジョゼフと従姉のイザベラって奴と」

 「……子供っぽい人だった。よく屋敷に来ては父とチェスを打って、子供みたいにはしゃいでいた。イザベラ姉さまは、優しい姉様だった」

 「それが豹変したのか」

 「そう。祖父王が崩御して、ジョゼフが王位を継ぐと、乱心した。そのせいで父様が殺され、母様は毒で心を失った。イザベラ姉さまも、だいぶ変わった」

 そう言ってタバサは、唇を噛む。

 「そのイザベラって奴にこれから会いにいくんだよな?」

 「そう。『水銀』のイザベラ。北花壇騎士団団長。私の上司」

 「どんな奴なんだ?」

 「……」

 タバサは数秒の逡巡の後、答えた。

 「カイムみたい?」



           ★★★




 タバサの身の上話を聞きながらも、竜籠は進み、学院を出立してから半日ほどで、才人たちはガリア王国の王都、リュティスに到着した。

 竜籠から降り、地に足をつけた瞬間、カイムが唸り、才人が顔をしかめた。

 (ふん……)

 (おい、この気配は……)

 リュティスへと近づくほど、強くなる気配を、才人とカイムは感じていた。そして、到着して改めて感じることで、疑念は確信へと変わった。

 (なあカイム、こいつは……)

 (ああ、間違いねえ)

 心の内で、才人はカイムへ問いかける。

 ("徒"だ)

 それは才人たちにとって懐かしい、そしてハルケギニアにとって異質の存在の気配だった。

 (どこだ)

 (そこまではまだわかんねえ、だが、気配は街の中だ)

 「どうしたの?」

 街へ着くなり黙ってしまった才人たちに、タバサは不思議そうに問い掛けた。

 「いや、なんでもねえよ。大きい街だなーって呆けてた」

 誤魔化すように才人は笑った。紅世のことは話したが、タバサを"徒"との戦いに巻き込みたくはなかった。タバサが用事を済ましている間に、折を見て抜け出し、討滅するつもりだった。

 「それで、王宮はどっちなんだ?」

 「あっち」

 タバサは東を指差す。その遥か先に、薔薇色の豪奢な宮殿が見えた。

 「あれが王宮、グラン・トロワ。私たちが行くのはその離れにあるプチ・トロワ」

 指差された先の宮殿を見て、才人は更に顔をしかめた。なぜなら、"徒"の気配は、そちらから感じられるからだ。

 (なあ、どうしようカイム)

 (知るか、正直に話せばいいだろ)

 (タバサを巻き込みたくないんだよなあ~)

 (……この小娘は、お前を信頼して、身の上を話したぞ。お前もこいつを信じてやったらどうだ?)

 (……やけにタバサの肩持つな、なんかあったのか?)

 (別に、こそこそやるのは、もううんざりってだけだ)

 (そういうことにしとくよ)

 違う、だの間抜け、だの罵るカイムを無視して、才人はタバサに話しかけた。

 「なあタバサ」

 「なに?」

 「実はさ、この街来た時から気配を感じてたんだけどさ」

 「気配?私は、感じなかった」

 曲がりなりにもタバサは北花壇騎士である。襲撃者がいるのならその気配に気付けないはずがなかった。

 「ああ、しょうがねえよ、襲撃者とかじゃない。"紅世の徒"の気配だ」

 「"紅世"の?あなたの世界にいるという?」

 「ああ、それもただの"徒"の気配じゃねえ、こいつは"王"クラスだ」

 カイムが答える。才人もそれに頷く。タバサは驚き、息を飲んだ。"紅世の王"がどういったものかは才人から聞いている。メイジでは敵わないであろうことも。

 「どこ?」

 「ちょうどタバサが指さした方。王宮からだ」

 「そんな」

 「間違いない」

 「取りあえず嬢ちゃんは、俺たちがそいつを討滅するまで街の方に隠れてろ。ほとぼりが冷めたら呼びに来る」

 カイムの指示に、タバサは首を横に振る。

 「私も行く」

 「ダメだ危険すぎる。相手も『封絶』を使えないから被害は大きくなるんだぞ」

 才人が諌める。しかし、タバサは納得しない。

 「邪魔にはならないようにする。それに、私はあなたの主人、使い魔と主人は一緒にいるべき」

 「確にそうだけどさ、今回はやばいんだって」

 「死線なら、任務でいつもくぐってきた」

 「こっちの世界の怪物と"紅世の徒"じゃあ全然違うんだってば」

 才人の説得にも、タバサは固く譲らない。

 「ある程度なら、自分の身を守れる」

 「そのある程度を超えたらどうすんだ!怪我じゃすまないかもしれないんだぞ!」

 「大丈夫」

 「大丈夫って何を根拠に……」

 無謀としか思えないタバサの言葉に才人は呆れる。しかし、目の前のタバサを見て才人は押し黙った。


 「もし何かあっても、サイトは私を守ってくれる。絶対に」


 そう言って微笑むタバサ。

 「~~~ッ、……わかったよ、俺の負けだ」

 微笑むタバサの可愛さに目を奪われ、とうとう才人は折れた。

 結局、当初の予定通り、才人はタバサと共に王宮に向かうことになった。

 大通りを抜け、東へ向かい、才人たちは王宮の敷地内に足を踏み入れた。

 「どう?」

 「ダメだ。向こうも俺たちに気づいたみたいだ。気配を隠しやがった」

 「ふん。気配を消せる奴相手はなかなか厄介だな」

 「どうするの?」

 「取りあえず当初の目的を果たそう。イザベラ、だっけ?そいつに会って変わったところがないか探りを入れよう。うまくいけば"徒"の手がかりを掴めるかもしれねえ」

 「うまくいけば、だがな」

 「わかった」

 才人たちはグラン・トロワを素通りして、離れにあるプチ・トロワへと向かった。




           ☆☆☆



 「ふわぁああああ」

 プチ・トロワの中にある王女の部屋で、豪奢な椅子に座ったまま、イザベラは大きな欠伸をした。欠伸を終えると舌を出して唇を舐める。王女の品と容姿を損なう下品で粗野な仕草であったが、不思議とこの少女には似合っていた。そしてそのまま気だるげに椅子の肘掛にもたれ、頬杖をつく。

 「ねえ、用意は指示通り出来てる?」

 傍に控える侍女に尋ねる。

 「はっ、万事滞りなく」

 「あの子はまだ来ないの」

 「はっ、先ほどリュティスに竜籠が到着したとの由、もう間もなくかと」

 「ふん、いちいち呼びつけるのにも金のかかる子ねえ、いっそのこと竜でも召喚してくれてれば楽だったのに。ねえ」

 そう言ってイザベラは別の侍女へと話を振る。振られた侍女は緊張で身を固め、可哀想なほど畏まって答えた。

 「は、はいっ!そうですね!」

 「なんでも平民を呼びつけたって話じゃない。あの子って本当に才能が『ゼロ』なんじゃないかしら?」

 「は、はいっ!」

 「……随分畏まっているけど、あんた、新人?」

 「は、はいっ!以前は王宮に勤めておりまして!こちらには一昨日よりご奉公させていただいております!」

 「そうなの。別に取って喰いやあしないんだから、落ち着きなさいな」

 そう言われても無理な話である。なぜなら、王宮内では、イザベラは侍女を虐め、嘲笑うのが好きな小さな暴君と専らの噂であった。例に漏れずこの新人侍女も、前の職場の先輩たちにさんざん脅されてここに来ている。そう簡単に恐怖が拭えるはずもなかった。侍女はますます畏まるばかりである。

 「ふん」

 それを見てイザベラは、つまらなさそうに鼻を鳴らした。自ら望んで噂を野放しにしているのであるが、ここまで真に受け入れられてるのを見ると、流石にいい気分はしなかった。頬杖を付いたまま窓の外を眺め、タバサの到着を待った。

 「……ッ!チッ」

 しばらくそうしていたイザベラであったが、急に何かに感づいたかのように顔をしかめると舌打ちをした。周りの侍女は今度は何事かと戦々恐々とした。

 「申し上げます!到着なされました!」

 そこに、衛士がやって来て、タバサの到着を告げた。

 「通しな。例の使い魔も一緒にね」

 イザベラに命じられた衛士は、はっ、と敬礼を取ると扉から出て行った。

 「何事ですかな?」

 「大事だよ」

 懐から問いかけてきた"地下水"に短く答え、イザベラは頬杖を止め、姿勢を正した。これから来る者たちを迎え入れるために。




           ☆☆☆



 タバサと共に王女の部屋へと入った才人は、すぐにその部屋の主を見つけた。

 年の頃17~18歳であろうその少女は、細いつり目にタバサと同じ目と髪の色を持ち、髪は肩まで伸ばされていた。そして、前髪を持ち上げる豪奢な冠が、少女をこの小宮殿の主であることを物語っていた。タバサはこの少女のことをカイムのようと評していたが、何かの間違いであろう、そんな気品が漂っていた。

 しかし、そんな才人の評は容易く覆される。

 「ふん。来たね。人形娘にその使い魔の平民」

 イザベラの吐き捨てるような言葉に才人は我が耳を疑った。気品漂う王女から、まるで自分の相棒のような暴言が飛び出たのである。

 「それにしてもあんた、相変わらず小さいわね。きちんと食べてるの?」

 イザベラがタバサを睥睨する。

 「おまけに平民まで連れちゃって、みすぼらしいったらありゃしない」

 椅子から立ち上がり、タバサの傍まで近寄り、睨みつける。しかし、タバサの表情が変わらないのを見ると、つまらなさそうに鼻を鳴らし、手を鳴らした。すると、隣室から机と三人分の椅子、そして料理が侍女たちによって運ばれてきた。急な展開に目を丸くする才人を傍目に、侍女たちはてきぱきと

 「ふん。今日はあんたの使い魔召喚の報告も兼ねてるからね、会食形式で話をするよ。特別にその平民も卓を囲むことを許可してやる。海のように広い私の心に感謝するんだね」

 タバサは慣れたように、才人は目を白黒させながら着席する。それを見てイザベラも席に座ると、祈りもそこそこに食事を始めた。タバサも無言で食べ始め、才人もそれに倣う。静かな会食が始まった。

 (なあ、なんかイメージと違うんだけど)

 すっかり困惑した才人がカイムに尋ねる。

 (俺が知るか)

 (だってよ、お前みたいって言われた姫さんはなんか高貴っぽいし、かと思えばお前みたいなこと言うし、そもそもあいつタバサのお父さんの仇の娘なんだよな?もっとギスギスしてんのかと思った)

 (俺はあそこまでひねくれてねえ)

 (いや、問題はそこじゃねーよ)

 才人がこそこそとカイムと話していると、タバサがつついてきた。それに気づいた才人は小声で応える。

 「ど、どうしたタバサ」

 「どう?」

 「どうって?」

 「"紅世の徒"の痕跡」

 「あ、ああ、ここには痕跡がない。それに誰も襲われていないみたいだ」

 「本当?」

 「ああ」

 「良かった」

 小声でそう言うと、タバサは食事に戻る。またしばらく無言の食事が続いた。

 「ねえ」

 痺れを切らしたのかイザベラが口を開く。

 「あんたの使い魔、まだ紹介されてないんだけど」

 そう言ってイザベラは才人をちらりと見て、タバサに視線を移す。

 「彼はヒラガサイト。私が召喚した平民」

 「ヒラガサイト?変な名前ね」

 「サイトが名前」

 「ますます変ね。出身は?」

 「東の方」

 「ロバ・アル・カリイエ?」

 「おそらく」

 「曖昧ね。あんた何か隠してない?」

 「……」

 「ふん」

 イザベラは鼻を鳴らしたが、それ以上は追求しなかった。そうこうしているうちに会食は終わった。

 片付けを行う侍女たちを尻目に、イザベラは立ち上がると、タバサたちに告げた。

 「話があるわ。あんたたち、寝室に来なさい」

 そう言うと身を翻す。そして侍女に人払いを命じると部屋を出ていった。

 「なあ、どうしたんだ」

 「……わからない」

 今まで普段通りだったタバサが、珍しく困惑したような声を出した。いつもなら、ここで任務を言いつけられるため、それも当然であった。

 仕方がないので、二人共立ち上がり、イザベラの後を追う。

 イザベラの寝室に入ると、豪華な天蓋付きのベッドが目に入った。イザベラはそこに腰掛け、何事か集中するように目を閉じている。

 「……来たわね」

 二人が部屋に入ると、イザベラは目を開けた。そして手招きして二人を呼び寄せる。そして手に持った杖を振るい、部屋の隅にあった椅子を二脚、ベッドの傍まで呼び寄せる。

 「座りな」

 二人が椅子に座るのを見ると、イザベラは再び杖を振るい、今度は『ディテクト・マジック』を使った。

 「……何も仕掛けられてないわね」

 そう呟くと、イザベラは二人の方を向いた。

 「ねえ、あんたの使い魔。本当はどこから来たんだい?」

 「……」

 再度、イザベラが問いかけるも、タバサは答えない。

 「だんまりかい……まあいいさ」

 そして今度は才人の方を見る。タバサと同じ色をした瞳に見つめられて、才人は少しドキリとする。

 「単刀直入に聞くよ、ヒラガサイト」

 才人を見つめたまま、イザベラは言う。


 「あんた、人間じゃないだろ」


 瞬間、才人は腰の短剣を引き抜き、イザベラの首に突きつけた。隣でタバサが息を飲む気配がするが、気にしている場合じゃなかった。

 「あんた何者だ」

 気を張り詰めたまま、才人が問いかける。対してイザベラはというと、首筋に刃を当てられているのに少しも動じた様子がない、せいぜい刃の冷たさに顔をしかめる程度だ。恐るべき胆力であった。しかし、言ってしまえばそれだけだ。肝が座っているだけで、彼女は普通の人間であった。"トーチ"でも"燐子"でもなければ、ましてや"徒"でもなかった。だからこそ、恐ろしかった。この少女は何者なのか。

 「その反応、やっぱり図星かい」

 イザベラはそう言うと、今度はタバサを見る。

 「あんたの使い魔に剣を引くように言ってくれ、私は敵じゃない」

 「それを信じる証拠は」

 イザベラの言葉に、才人が食いつく。彼女がどんなことをしようとも、タバサを害する前に排する自信があったが、念には念を入れた。

 「ないよ。それよりも、私は今、この子に話しかけてるんだ。あんたは口を挟まないでおくれ」

 「悪いがそれは出来ない相談だ。俺はタバサの使い魔でね」

 「見上げた忠誠だ。羨ましいよ。ただ今はちょっと控えてな」

 そう言うと、イザベラは才人を睨めつける。

 「無礼だぞ。平民」

 その気迫に才人は僅かに気圧される。フレイムヘイズである才人が、ただの人間に過ぎないイザベラにだ。

 「引いて」

 緊迫した空気の中、タバサが才人に指示する。

 「……わかった」

 そう言って才人は、警戒を解かずに、短剣を鞘に収めた。

 「躾の出来たいい使い魔じゃない」

 それを見たイザベラが面白そうに笑う。

 「どうしてわかったの」

 タバサがイザベラに尋ねる。

 「ちょっとした勘さ」

 「嘘」

 「嘘じゃないよ」

 「どうして」

 「昔からね、人とは違った感覚があるみたいだ」

 「なるほどな。素質を持ったガキか」

 イザベラの言葉にカイムが反応する。

 「今のそのバッジかい?へえ、インテリジェンスバッジなんてあるんだねえ」

 感心したようにイザベラが言う。

 「俺が何者か、お前わかんねえのか」

 「なんだい、インテリジェンスバッジじゃないのかい?」

 カイムの問いに、イザベラは特に偽る風もなく答える。

 「……全て話してやれ」

 カイムが才人にそう指示する。

 「本気かよ」

 「ああ」

 才人が抗議するも、カイムは前言を撤回しない。

 「お前もわかっただろう。こいつは素質があるが、知識がない。今回の"徒"に何か関係してるかもしれねえ」

 「それはわかるけどよ」

 「ならさっさとしろ間抜け」

 カイムの指示に不承不承といった形で才人は従う。

 「なあ姫さんにわかには信じられないかもしれねえけどよ、今から言うことは全部真実だ」

 「……面白いじゃないかい。話してみな」

 才人の言葉に、イザベラは目を光らせて反応した。

 そして才人は、こちらの世界に来てから三度目になる説明を行った。





           ★★★


 
 「"紅世の徒"にフレイムヘイズねえ」

 才人の説明を聞き終わると、イザベラはつぶやいた。

 「どうだ?信じるか?」

 どうせ信じていないだろう、とタカをくくったように才人が聞く。当然だ。目の前の少女はどういうわけか素質があるようだが、異能を目にしたわけではない。こちらが誤魔化すためにデタラメを言っていると思われても仕方がなかった。

 「信じるよ」

 「は?」

 「だから、信じるって」

 イザベラの言葉に才人は目を丸くする。

 「本当か?」

 「なんだい、私を騙す気だったのかい?」

 そう言ってイザベラはタバサを見る。

 「違う、今の話は本当」

 見つめられたタバサが証言する。

 「ほらね?」

 「だからって、なんでそんな簡単に……」

 未だに信じきれない才人に、イザベラは笑って答える。

 「いやね、私も長年疑問に思っていたのさ。私のこの感覚を始め、いろいろとね」

 そう言うとイザベラは大きく伸びをした。背が反り返り、胸が強調される。目の前のそれに才人は思わず目を奪われ、タバサに杖で殴られる。そんなことも気にせずイザベラは言葉を続ける。

 「今の話でその長年の疑問が解けた。すべて合点が言ったよ。他にそれらしい答えがないほどにね」

 イザベラは伸びを終えると、姿勢を正し、改めて二人に向き直った。

 「あんたたちが全部話してくれたんだ。だから私も全て話すよ」

 イザベラは一拍置いて目をつむる。そして意を決したように目を開き、真剣な顔になると語り始めた。


 「今玉座にいるガリア王、ジョゼフ。あいつは、私の父上じゃない」
 

 衝撃の告白に、二人は息を飲んだ。構わず、イザベラは続ける。

 「というかね、そもそも人間ですらない。別の何かだ」

 衝撃が重なる。そして最後にイザベラは特大の爆弾を落とした。


 「あんたたちの話でようやくわかった。あいつは、私の父を騙り、国王を僭称するあいつは"紅世の徒"だ」


 今度こそ、才人たちは、何も言えなくなった。
 


――あとがき――
板変わりました。
PCも変わって無敵感。



[41141] 第二章 第二話 狂瀾
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/05/23 00:58

 プチ・トロワの一角、イザベラの寝室では今、緊迫した空気が漂っていた。その原因は先ほどのイザベラの衝撃的な告白にある。

 「それは本当か?」

 カイムが口火を切って尋ねる。今は驚きで沈黙しているが、才人とタバサも同じ気持ちであった。

 「嘘じゃないさ。おそらくあんたらも感じてるんだろう?王宮にいる"徒"の気配をさ」

 「ああ。でも俺たちが来たのを感じ取ったのか気配を隠しやがった」

 「そうみたいだね。いつもよりも薄まってる」

 「感じ取れるのか?」

 「まあ、長いこと感じてた気配だからね」

 こともなげにイザベラは言う。その様子に改めて才人とカイムは舌を巻く。

 「いつから?」

 「なんだい」

 「いつから知っていたの?」

 タバサがイザベラに尋ねる。当然だ、以前よりジョゼフが別の存在だと知っていたのなら、なぜ、それを今才人たちに明かすまでに他の者に相談しなかったのか疑問が残る。

 「そうだね、はっきり感じられるようになったのは五年くらい前かしらね」

 「ということは」

 「そう、三年前、あんたの父であり、私の叔父であるオルレアン公を殺したのは、本物の私の父じゃなく偽物ってことさ」

 「……」

 明かされる事実にタバサは黙り込んでしまった。

 「その偽物について詳しく教えてくれ」

 代わりに才人がその"徒"について尋ねる。イザベラは、そうね、と一言おいて語り始めた。

 「私が入れ替わりに気づいたのは五年前だけど、入れ替わりそのものは十年前に起こってたと思うわ」

 「ふん、その根拠は?」

 カイムが尋ねる。

 「魔法の才能よ。十年前まで私の父は魔法の才能のない『ゼロ』だったわ。それが十年前を境に凄まじい魔法の才能を発現させた。でも、おそらくそれは……」

 「自在法、か」

 「そうね。そう考えるのが妥当だわ。それでも三年前までは以前の父上のようにオルレアン公や、周囲の家臣とも普通に接していた。むしろ、家臣たちに関しては『ゼロ』だった頃よりも上手く接していたわ」

 「それが王位に就いた途端豹変したのか」

 「ええ、目的はわからないけど、急に狂ったような振る舞いを始めたわ。オルレアン公を暗殺したり、叔母様に毒を盛ったり、オルレアン公派の貴族を粛清したり、ね。お陰で狂王なんて呼ばれるようになったわ」

 「あんたよく無事だったな」

 才人が感心したように言う。傍若無人な"徒"の傍にいて、今日まで無事であることはまるで奇跡だった。自分が成り代わっている男の娘という真っ先に喰われても不思議ではない関係であるのにだ。

 「どうも奴は才能のあるやつを害するみたいでね、五年前、奴の正体にづいてからは努めて愚かしく振舞うようにしてたのさ。侍女を虐めたり、その子を北花壇騎士に入れて過酷な任務を受けさせたりね。狂王の娘にふさわしい、粗野で下劣な王女であるように周囲を騙していたのさ」

 「そうだったのか」

 「エレーヌを北花壇騎士に入れたのも、私の指揮下に置くことで、奴に余計な手出しをさせないようにするためさ。あいつの気をそらすため、わざと辛く当たるようにしてたのよ」

 そう言ってイザベラはタバサに向き直る。

 「ごめんなさいエレーヌ。私が今までしてきた仕打ちは、謝って許されるようなことではないけれど、全てあなたを守るためだったの。決してあなたが憎かったからではないの」

 タバサの手を握りイザベラは言う。憑き物が落ちたような、穏やかな顔のイザベラに才人は驚いた。最初見た時の意地の悪い雰囲気は消えていた。おそらくこれが本来のイザベラなのであろう。今までは無理して乱暴に振舞っていたのだ。

 「……知っていた」

 「え?」

 「あなたの振る舞いが昔とは変わっても、心までが変わったわけではないと、知っていた」

 「え、え?い、いつから?」

 「割とはじめから」

 「え、えぇええ」

 タバサは少し申し訳なさそうに言う。意を決しての懺悔を、あっさりと流されたイザベラは、困惑したように声を上げる。

 「う、嘘よ!私の演技は完璧だったわ!わざと口調を荒くして、なるべく下品に振舞って!暇を見つけては侍女をいじめるようにして、あなたにもひどい言葉を投げかけたわ!」

 「まあ、王宮ではともかく、プチ・トロワではバレバレでしたな」

 混乱するイザベラに、懐から声が投げかけられる。

 「"地下水"!どういうこと!」

 イザベラは懐から"地下水"を引き抜き、詰問する。

 「シャルロット様も、侍女たちも、あなたが本心からあのような振る舞いをしているのではないと、気づいていましたぞ」

 「そんな!でも今日だってあの新米は私に怯えていたわ!エレーヌも、私を嫌っているから私と会うときいつも鉄面皮なんでしょ!」

 「あの者は王宮上がりの新人でしたからな、噂を真に受けていただけでしょう」

 「……無表情はいつもそう」

 尚も主張するイザベラに"地下水"とタバサは容赦なく追い討ちをかける。鉄面皮と言われたタバサは少し不満げだった。

 「う、う、うぅぅううううううぅぅぅぅぅ」

 とうとうイザベラは、うめき声を上げながらベッドに潜り込んでしまった。"地下水"と冠はその際脇へ放り投げられた。

 「え、えーと、どういう事なんだこれ」

 状況についていけない才人が、ぽつりと漏らした。

 「つまり、あのデコ娘は、今までノリノリで周囲を騙していたつもりだったが、周囲も実はそれに気づいていて、気を使って黙っていたって事だろう」

 「あ、なるほど」

 カイムの解説に納得したように才人は頷く。

 「う"ー!う"ー!」

 改めて自分の痴態を解説されたイザベラは、ベッドの中でうめきながらジタバタと暴れた。よほど恥ずかしかったのであろう。

 「いやあ、真意を秘めて露悪的に振舞う私、と時々黄昏ていましたからな!」

 「言葉使いが悪くなっても私にご飯を食べさせたり、服にケチをつけて新しい服を渡してきたりと行動が伴ってなかった」

 床に転がった"地下水"と、椅子に座ったタバサが、更に死体蹴りを行った。

 「う"ぅ、うるさい!うるさい!うるさーい!」

 恥ずかしさに耐え兼ねたイザベラがとうとう叫び出し、、収拾がつかなくなった。



           ★★★



 数十分後、ようやく落ち着いた(それでも潜り込んだベッドから顔だけを出した状態であるが)イザベラを交え、話を再開した。外はもう日が傾き始めていた。

 「結局、その偽物はどんな"徒"なんだ?」

 才人が疑問を唱える。

 「あいつは水のスクウェアを名乗ってるし、水を扱う"徒"なんじゃないかい?」

 イザベラが半ば投げやりに言う。

 「水を使うってだけじゃなあ、そんなやつごまんといるし」

 才人がお手上げだ、という風に腕を組む。

 「おい嬢ちゃん、奴の二つ名はなんと言った?」

 カイムがタバサに尋ねる。

 「『狂瀾』」

 「水使いで"狂瀾"が真名の"王"は確かにいる。ああ最悪だ。くそったれ」

 「マジかよ」

 カイムの発言に才人が反応する。

 「ここ数年、外界宿でも名前を聞かないからとっくにくたばったものと思ってたぜ」

 「どんな"王"なんだ?"狂瀾"って」

 「"狂瀾"アナンシ。"狩人"フリアグネと並び、近代五指に入る強大な"紅世の王"だ」

 「うげ、"狩人"と同格かよ」

 「ああ、評に違わねえ厄介な"王"だ」

 「まいったな」

 「まったくだ。予想以上に大物が出てきやがった。こっちじゃ援軍も見込めそうにねえってのによ」

 「でも、そんな大物をこれ以上野放しにはしておけないな」

 「ああ、まったく、その通りだぜ。くそったれ」

 そう言って才人は椅子から立ち上がる。

 「どうするの?」

 タバサが尋ねる。自分を見上げるタバサの頭をなでると才人は笑って言い放つ。

 「今から打って出る」

 「私も行く」

 案の定タバサが提案するが、才人はそれを断る。

 「ダメだ。タバサはここにいてくれ」

 「どうして」

 言葉こそ先ほどと違わぬものの、そこに込められた意思は先程と違い頑なだった。食い下がるタバサを一顧だにしない。

 「嬢ちゃん、状況が違う。予想以上の大物だ。流石の俺らでも嬢ちゃん守りながら"狂瀾"を相手にするのは不可能だ」

 カイムが諌める。

 「そんな、でも……」

 「わかってくれタバサ」

 「……わかった」

 才人に見つめられ、ようやくタバサは頷く。

 「一晩待てば、私の騎士団を集められるけど?」

 イザベラがそう提案する。確かに北花壇騎士団が揃えばなかなかの戦力になるだろう。

 「ありがたいけど、それはダメだ。時間を食いすぎる。ただでさえこっち来て時間を使いすぎちまったのに、一晩なんて待ってたら逃げられちまうかもしれねえ」

 「ああ、まったくな。くそっ、最初から相手がわかっていればこんなに時間を食わせなかったってのに。……いや、相手が"王"と分かった時点で打って出なかったのが間違いだったぜ」

 悔しそうにカイムが言う。

 「後悔しても仕方ねえよ。なに、今からでも遅くはないさ」

 「だといいがな」

 「っと、そうだ忘れてた」

 そう言って才人は担いでいたデルフリンガーを下ろす。

 「ずっと静かだったから忘れてたぜ」

 「なんでえ、相棒がずっと鞘に入れてたんじゃねえか。ひでえよ」

 才人の言葉にデルフリンガーが鞘から刀身を覗かせ抗議する。

 「拗ねるなよ。まあいいや。お前もここで待っててくれ」

 そう言って才人はデルフリンガーをタバサに預ける。

 「おいおいオレっちも置いてけぼりかよ」

 「悪いな。どうも今回はマジでやんねーとダメみたいだ。お前担いでると動きにくいからな。今回は留守番だ」

 「お似合いだな、鈍ら」

 「なんでえなんでえ、ひでえやひでえや、オレもう知らないかんね」

 拗ねるデルフリンガーに苦笑すると、才人は扉に向かう。

 「イザベラ、気配はまだ玉座の間か?」

 振り返り尋ねる。イザベラは少しの間目を閉じると頷く。

 「ええ、何考えてるのかわからないけど、あいつはまだ玉座にいるわ」

 「そっか、わかった。ありがとな。タバサをよろしく頼む」

 「言われるまでもないわ」

 次にタバサへ振り返り一時の別れを告げる。

 「じゃあ、タバサ。ちょっと行ってくる」

 「……気をつけて」

 二人に見送られ、才人はイザベラの寝室を出る。

 プチ・トロワを歩き抜けながら、カイムと才人は相談をする。

 「おそらく既に罠を貼られているぞ。策はあるのか?」

 「ない」

 「どうするつもりだ」

 「いつもと変わらねえさ」

 「真正面から『サックコート』で引き裂く、か」

 「わかってんじゃねえか、相棒」

 「ふん、それしかないからな」

 「そうだよ。俺たちにはそれしかないんだ。敵も罠も正面から引き裂くだけさ。昔も今も、これからだって変わりゃしねえ」

 「そうだな、間抜け」

 プチ・トロワを抜け、前庭に出ると、才人は『サックコート』を纏って大きく飛び上がり、グラン・トロワを目指した。



           ☆☆☆



 「使い魔の彼が心配?」

 才人が出て行った後、扉を見つめ続けるタバサにイザベラが声をかける。

 「……」

 無言で頷くタバサを見てイザベラは微笑むと、ベッドの隣に垂れ下がった紐を引っ張った。

 すぐに一人の侍女が駆け込んでくる。

 「お呼びでございますか?殿下」

 「カステルモールを呼んでちょうだい」

 「かしこまりました」

 侍女が退室するのを見送ると、イザベラはタバサに笑いかけた。

 「動かせる騎士団は北花壇騎士団だけじゃないわ。忠義に篤い騎士団は他にもいる。あなたが協力してくれたらね」

 そう言ってイザベラはタバサの頭を撫でる。

 「さあエレーヌ。あなたのお父様の弔い合戦の準備をしましょう。何事もなければ重畳だけど、備えておいて損はないわ」

 イザベラはベッドから立ち上がり、寝室を出て侍女たちに指示を出し始めた。

 タバサは杖を握り締めると、従姉の後を追った。



           ☆☆☆



 才人はグラン・トロワの前庭に降り立つと、辺りを見渡した。

 「変だな、人がいねえ」

 本来なら、許可なく王宮の敷地内に入って来るものを取り締まるための衛士や、政治の中枢なら当然いるであろう大臣たちの姿も見当たらなかった。

 「"狂瀾"に喰われたか?」

 「大規模な捕食が行われたにしては"歪み"を感じねえ。トーチも見当たんねえ。その線は薄いな」

 才人の予想をカイムが否定する。

 「じゃあ人払いして何か仕掛けてやがるのか?」

 「だろうな。奴の『自在法』は規模が大きい分準備に時間がかかったはずだ。くそっ、ますますこっちが不利だな」

 「『ハイタイド』だっけ、どんな『自在法』なんだ?」

 「辺り一面の空間を水で満たす水の結界だ。捕まったら最後、奴の独壇場だ。絶対捕まるんじゃねえぞ」

 「わかってる。発動の気配を感じたら高速離脱。そうだよな?」

 「ああ」

 話し合いながら才人は玉座の間を目指す。その途中でもやはり誰とも遭遇しなかった。嫌な予感がますます高まる。

 やがて、才人は玉座の間の入口の扉にたどり着いた。意を決して開け放つ。

 扉を開けてすぐに、目当ての相手は見つかった。一人の男が玉座の前に悠然と立ち、こちらを興味深げに見つめている。

 「ようこそ!我が大望を阻む同胞殺しとその道具よ!歓迎するよ。私がこの国の王、ジョゼフ一世だ」

 青い髪に青い髭という、確かにガリア王族の特徴を持つその男は、両手を挙げて才人とカイムを歓迎した。

 「この国の王だと?抜かせ"狂瀾"」

 その男の自己紹介を聞いたカイムが吐き捨てるように言う。

 「おや、もうバレていたのか。では改めて、私が"紅世の王""狂瀾"アナンシだ」

 まるで劇を演じるかのような、大仰な手振りでアナンシは改めて自己紹介をした。

 「では君たちも名乗ってもらえるかな?舞台に上がるのにジョン・ドウでは味気ない。それでは語られる意味がない」

 そう言ってアナンシは才人に名乗りを求める。

 「“觜距の鎧仗”カイムのフレイムヘイズ『空裏の裂き手』平賀才人だ」

 淡々と才人は名乗る。その間も、アナンシの行動を注意深く観察し、おかしな動きがないか探る。

 「なんと、なんと、なんと!君が『空裏の裂き手』かい?ならば君たちは我が同志ではないか!」

 「どういう意味だ」

 アナンシの発言にカイムが食ってかかる。

 「どういう意味もあるものか!“觜距の鎧仗”。君の名前は我ら[革正団]の内に広く轟いているよ」

 「てめえ、まさか……」

 「いかにも!私も[革正団]だったのだよ!」

 「[革正団]は30年代に全滅したはずだぞ」

 才人が尋ねる。最も、彼が生まれる以前の話のため、師であるフリーダーから聞き齧っていたに過ぎない。もちろん、自分の先代がそれに所属していたこともだ。

 「全滅といっても、組織だった活動ができなくなっただけだ。私のように生き残ったものは幾ばくかいるさ」

 フフン、とアナンシは鼻で笑う。

 「だが妙だな。『空裏の裂き手』はサラカエル一派と共に死んだと聞いていたのだが」

 「二代目だ」

 アナンシの疑問に才人が短く答える。

 「そうかそうか。“觜距の鎧仗”、君は懲りずにまた契約したわけか」

 「うるせえ」

 「また[革正団]に入ってくれたのかい?」

 「んなわけねえだろうが、引き裂かれてえのか」

 「まあそう怒らないでくれたまえ。私は今とても嬉しいんだ。討滅の道具とはいえ、元の世界を知る同胞に会えたことがね」

 「そりゃどーも。こっちはあんたの面なんざ拝みたくなかったけどな」

 感激するアナンシに才人は邪険に返す。なぜアナンシがこんなに上機嫌なのかわからなかった。

 「聞いてくれるかい?私の目的を」

 「断っても話すんだろうよ」

 「まあそうだがね。なあ、君、私がなぜトーチを被り玉座についているのかわかるかい?」

 「さてね、悪趣味な『君主の遊戯』の真似事にしか見えないな」

 アナンシの問いに才人は投げやりに返す。

 「おお、なかなか鋭いじゃないか。確かにあの女はそのつもりだろうがね、私は違う。もっと崇高なる目的のためさ」

 (あの女?)

 「へえ、じゃあその崇高な目的ってなんなんだよ」

 別の存在を示唆する言葉に、カイムは疑問を覚えるも、とりあえずアナンシの目的について才人が尋ねる。その途端、アナンシの顔一面にに喜色が広がる。

 「物語だよ!」

 「へ?」

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりのアナンシの勢いに才人は虚を突かれて間抜けな声を出す。

 「私はね、物語を紡ぎたいんだ」

 「それは、本を書きたいってことか?」

 才人の問いに、違う違うと、かぶりを振って、アナンシは語りだす。

 「喜劇や悲劇、冒険活劇や恋愛譚!それら心躍る物語を空想ではなく現実で!この世の人間で!実際に演じさせたいのだよ!いつも書物を読み空想に耽るだけだった物語を!現実で紡ぎ、私がそれを鑑賞する!事実は小説より奇なりという格言の中に私は身を置きたい!心躍る物語の中で、語り部としてありたいのだよ!」

 「なるほど。そのための王位か」

 アナンシの熱弁を聞き、カイムは得心した。

 「そうとも!王という地位は実に便利だ。命令一つでどんなことでも起こしうる。ましてやこの大陸一の大国の王ともなれば、耳に入らぬ出来事はない!この幻想が息づくこの世界で!それが出来ることの何たる幸福なことか!君たちに分かるかい?」

 いっそ狂気すら孕んだ顔で、アナンシは言う。そのさまを見て才人は、なぜこの"王"が[革正団]に入っていたのか理解した。

 「なるほどな。だから人と"徒"の関係を断つ『封絶』が、気に食わなかったわけだ」

 才人の言葉に、アナンシは悲しそうな顔で同意する。

 「ああそうとも。『封絶』は史上最悪の自在法だ。我々と人間の関係を断ち、奇跡たる交流を無きものにする。まったくもって理解しがたいよ」

 そう言ってアナンシは項垂れる。しかし次の瞬間、顔を跳ね上げ、また喜色を張り付かせて語りだす。

 「だがもういいんだ。私はこの素晴らしい世界に見える事が出来た。無粋な『封絶』も使えず、幻想に満ち溢れ、人類がまだ未熟な文明を謳歌するこの素晴らしい世界にね。ああ、それだけで私を召喚してくれたこの男には感謝しているよ。おまけに玉座まで手に入れた。ここはもう、私のための箱庭だ。古に伝え聞く創造神の『大縛鎖』とて目じゃないよ」

 うっとりと、自身の演説に酔うようにアナンシは語る。それを見て才人とカイムは嫌悪感を露わにした。

 「世界のすべてが自分の玩具ってか。イカれてやがるぜ、てめえはよ」

 「"紅世"の恥さらしが」

 吐き捨てる二人に気を悪くした風もなく、アナンシは続けて語る。

 「まあそう邪険にしないでくれよ。紡がれる物語の醍醐味はね、読むことと語ることにあるんだ。最近は読むばかりで語る相手がいなくてね。是非とも君たちに聞いて欲しい」

 アナンシはもったいぶるように間を空ける。そして前置きを語りだす。

 「最近の私は悲劇に凝っていてね。無分別な輩は、三流の喜劇の方が、一流の悲劇より勝ると言うが、それはそいつが無教養だからだ。私のようにきちんと教養を身に付けさえすれば、悲劇の持つ上質なリアリティと、特有の深みから、秘められた真の幸福を感じ取り、喜劇以上に楽しめるのさ。と、話が逸れたね、というわけで私はここ数年、私が楽しむにふさわしい主人公を探していた。これがなかなか難しくてね、悲劇に最もよく映えるのは美しさと、高貴さでね、最高級の悲劇を紡ぐには、最高の美と気品が必要だったんだが、なかなか見つからなくてね、いや、苦労したよ」

 「何が言いたい」

 アナンシの長口上に焦れた才人が口を挟む。先程からずっと、アナンシの隙を探っていたのだが、さすがは近代五指に数えられるほどの"王"、話に熱中していても、全く隙を見せなかった。

 「まあ、待ってくれ、本題はここからだ。そしてね、私はとうとう見つけたのだよ。いや、思えば灯台下暗しだった。あんなに近くにいたのに気づかないとはね。あの娘こそ、私の望む悲劇の主人公にふさわしかった」

 一拍置いて、感極まったようにアナンシはその者の名を語る。

 「シャルロット・エレーヌ・オルレアンという、この体の男の姪こそが、主人公にふさわしい」

 その瞬間、空色の炎弾がアナンシを襲う。

 咄嗟に防御し、耐えるも次々とその身を炎弾が襲う。それらすべてを払い、躱し、防ぎ、それを放った相手を見た。

 「てめえか」

 空色の衣を纏った幽鬼が、そこにいた。

 「てめえのその下らない目的のために、タバサは苦しんだのか」

 『空裏の裂き手』その力の象徴たる自在法『サックコート』を纏い、才人は完全に臨戦態勢に入っていた。

 「絶対に許さねえ」

 最早罠など気にしていられなかった。有利不利さえもどうでもよかった。ただ目の前の"徒"を屠らねば気がすまなかった。

 「覚悟しろよイカレ野郎」

 契約者の行動にカイムは異を唱えなかった。掣肘することもなかった。元より短気なカイムは、既に我慢の限界であった。使命よりも情を優先するこの情け深き"王"は契約者と共に怒っていた。

 「今すぐその被ったトーチごと、薄汚ねえてめえの中身を引き裂いてやるよ」

 激情に駆られるカイムが、アナンシに向かって吐き捨てるように言う。

 激昂する『空裏の裂き手』という、並の"王"や"徒"ならしっぽを巻いて逃げ出す討ち手相手に、しかしアナンシは変わらず喜色を浮かべたまま相対する。

 「いいね。何が君の逆鱗に触れたかはわからないが、その表情は良い。実に復讐者らしい。これぞまさにフレイムヘイズだ」

 語るアナンシの足元から、ターコイズブルーの炎が溢れ出す。

 「久しくこの様なものは見ていなかった。復讐譚というのも実は私は嫌いではない」

 青々とした二つの炎が、玉座の間を照らす。

 「さあ、君の物語を見せてくれ!」

 二つの炎が激突し、戦いの火蓋が切られた。



[41141] 第二章 第三話 猛禽
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/05/27 01:35
 「おらあ!」

 才人は、『サックコート』で足を鷹の爪に変え、アナンシの頭にに向かって右足で飛び回し蹴りを放つ。高速で放たれるそれを、アナンシは身を屈め、既のところで躱す。躱された才人は、すぐさま身をひねり、振り抜いた勢いのまま今度は左足で後ろ蹴りを放った。身を屈めたばかりで、咄嗟に動けないアナンシは、腕を盾にしてこれを防ぐ。身を襲う衝撃から、腕が折れたことを感じるも、すぐさま反撃に転じようとする。しかし、才人は左足の爪をアナンシの腕に食い込ませ、その足を軸に体を持ち上げてひねり、右足をアナンシの脳天に蹴り下ろす。不可避のそれを、もう片方の腕で防ぐが、今度は腕が砕けるだけにとどまらず、頭から引き裂かれる。そのまま才人は身を翻して後ろに周り、アナンシの背中に向けて止めの『炎弾』を放つ。

 『炎弾』を受けたアナンシはたまらず吹き飛び、玉座の間の入口まで転がる。

 「やったか!」

 「いや、まだだ」

 渾身の一激を見舞った才人が、手応えから叫ぶ。しかしアナンシの様子を見たカイムがそれを否定する。

 その言葉を受けて、才人が倒れたアナンシをよく見ると、引き裂いた傷口から、ズルリと何かが這い出てくるのが見えた。

 「なんだあれ……」

 生理的嫌悪を起こす外見のソレを見て、才人はつぶやく。

 「今壊したのは奴の外殻のトーチに過ぎねえ、アレが奴の本体だ」

 カイムが才人に忠告する。

 這い出てきたソレはゆっくりと起き上がる。

 半魚人と呼ぶべき上半身と、蛸のような八本足の触手が腰から生えて体を支えている。そして、その全身が身体から出る液体で滑っていた。一言で言うならソレはスキュラであった。しかし、ソレはハルケギニアに住まうスキュラのように生易しいものではなかった。紛れもなく"紅世の王"である。

 「いやー参った参った。お気に入りのトーチだったのに、よくも壊してくれたね。存在の割り込みは既に済ませていたとは言え、落ち込むよ」

 おおよそ人とは思えぬ形をした者から、先程と変わらぬ明朗で快活な声が出ているのが、逆に不気味だった。

 「それがてめえの本性の顕現か」

 「そうだよ?私は『人化』はしない主義なんだ。姿が限られるからね。やはり物語の舞台に立つには、姿をいくつも持っている方が、"らしい"だろう?」

 カイムの問いに自慢げにアナンシは返す。

 「そうかい。そりゃよかった、なっ!」

 未だ余裕の態度を崩さぬアナンシに、適当に相槌を打ちつつ才人は攻撃を仕掛ける。今度は腰から短剣を引き抜き、『サックコート』でそれを覆い、腕を鞭のようにしならせて伸ばし、アナンシを狙う。

 「おおっと、危ない危ない」

 しかしアナンシはそれを難なく躱す。

 「づあっ!」

 初撃を躱された才人は、それで攻撃の手を止めることなく、二撃三撃と腕を繰り、続けざまに放つ。

 「おお、速い速い」

 しかしそれらも躱されてしまう。

 「どらあああ!」

 才人はさらに勢いに乗せて腕を振るう。目にも止まらぬ連撃がアナンシを襲う。

 しかしその全てをアナンシは躱す。まるで骨格など存在しないかのように体を畳み、伸ばし、反らして才人の猛攻から逃げ続ける。

 「いい加減目も慣れてきたよ、っと」

 そう言ってアナンシは触手の一本で才人の腕を掴む。

 「そうらっ」

 そして気合とともに才人を投げ飛ばす。

 「くっ」

 放り投げられた才人は、壁にぶつかる前に、空中で急制動を取り、なんとかとどまる。

 「いやあ、流石、音に聞こえた『空裏の裂き手』、二代目とはいえお強いお強い」

 それを見たアナンシは、大仰に賞賛の言葉を送る。

 「だがそれももう飽きた。そろそろ幕引きといこうじゃあないかね」

 「まずい!逃げろ!」

 アナンシの言葉を聞いたカイムが、焦った声で叫ぶ。才人も、膨れ上がる"存在の力"を感じ取り、カイムの警告に従い、全速力で上に飛んだ。王宮の屋根を突き破り、上空へと向かう。

 「『ハイタイド』」

 アナンシが宣言した瞬間。グラン・トロワのみならず、ヴェルサルテイル宮殿の殆どが、水に包まれる。そしてそれらを飲み込んだ水のドームが形成される。無事なのは、離れにあるプチ・トロワと、上空に逃れた才人のみであった。

 「間一髪だったな」

 「まったくな」

 ヴェルサルテイル宮殿の上空で、才人とカイムは胸をなでおろす。そしてヴェルサルテイル宮殿を包み込む水の結界を見る。

 「これが"狂瀾"アナンシの『ハイタイド』か」

 「ああ、超ド級の水の牢獄。捕まれば最後、水の中で奴に嬲り殺される。そうでなくても、身動きの取れない水の中でじわじわと果てるだけだ」

 「『滄波の振り手』みたいな奴だな」

 「ふん。アレと比べればこっち方が幾分か御し易い、が」

 「相性悪いことには変わんねえよな」

 「ああ」

 「こうなる前に速攻でケリをつけたかったんだけどな」

 「奴の本領はこの『ハイタイド』だが、体術だけでも相当だったな。くそっ」
 
 「おまけに奴の居場所もわかんねえ。気配もうまく感じ取れねえな」

 「それも『ハイタイド』の効果だろうぜ。全体に奴の気配が充満してやがる」

 「くそっ、せめて王宮の外にいれば目視で探せるのによ」

 才人が悪態をつく。アナンシの居場所がわからない今、迂闊に特攻を仕掛ければ、捕らえられて殺されるだけである。千日手であった。



           ☆☆☆



 「なんだい……あれは」

 プチ・トロワの中で、慌ただしく指揮をとっていたイザベラは、窓の外から見える光景に愕然としていた。

 「「「……ッ」」」

 カステルモールを筆頭に、イザベラとシャルロット、対立する二人の王族の連名の呼び出しという、驚愕の事態にこの場に集まり、事情を説明された各花壇騎士団の騎士たちも、皆一様に絶句していた。

 誰もが動きを止めていた。当然である。いきなりヴェルサルテイル宮殿の殆どが、謎の水の結界によって飲まれたのだから。

 「……サイト!」

 そんな中、タバサだけが動いていた。自分の使い魔の身を案じ、傍へ行くために駆け出した。

 「ッ!!その子を止めなっ!」

 それに気づいたイザベラが、タバサを止めるために騎士たちに命令する。

 「邪魔っ!」

 小柄なタバサは自分を捕まえようとする騎士たちの手をすり抜ける。騎士たちも、王族であるタバサに手荒な真似はできず、狼狽えるのみである。

 「シャルロット様、失礼致します」

 そんな中、カステルモールが杖を抜き放ち、『拘束』を唱えタバサを捕らえる。

 不可視の風の縄で拘束されたタバサは、そこから逃れようともがくも、風のスクウェアであるカステルモールの魔法からは逃げられない。

 「っ!離してっ!」

 「シャルロット様、ご無礼お許し下さい」

 「いいんだよ、カステルモール。今この状況で外に出ようなんて、魔法の使えないこの子にとっては自殺行為だ」

 必死にもがくタバサを見て、申し訳なさそうにするカステルモールを、イザベラが宥める。

 「いい?エレーヌ。今あなたが出て行ったところで、状況は変わらない。むしろあなたの使い魔の足を引っ張ることになる。わかったら、無茶な真似はよすんだ」

 「……わかった」

 イザベラに諭され、タバサはもがくのを止めた。大人しくなったタバサを見て、カステルモールも拘束を解いた。

 「さて、そうは言っても、いつまでも状況がわからず、手をこまねいているわけにはいかないね。カステルモール、水の使い手を数人見繕って偵察に出しておくれ」

 「かしこまりました」

 イザベラの命令を受け、カステルモールが集まった花壇騎士の中から優秀な水の使い手を数人引き連れ、外へと出て行った。

 「各騎士団長たちは私のところに来ておくれ。今後の方針を決めたい」

 そう言ってイザベラは、集まった各騎士団の団長たちを呼び寄せ、今後の対応について詰めていく。

 何もすることのないタバサは、窓の方へ寄り、展開されている水の結界を見て、使い魔の無事を祈った。

 「嬢ちゃん、心配することねえさ。相棒は強い。今回も無事帰ってくるさ」

 そんなタバサをデルフリンガーが慰めた。

 数十分後、偵察を終えたカステルモールたちが帰ってきた。

 「どうだった?」

 イザベラが尋ねるも、カステルモールはフルフルと首を横に振って報告する。

 「申し訳ございません。あの水は使い手たちの干渉を受け付けず、より大きな使い手の制御下にあるということぐらいしかわかりませんでした」

 「スクウェアの干渉も受け付けないってか、まいったね」

 「どうなさいますか」

 嘆息するイザベラに、老齢の騎士団長が尋ねる。現東薔薇騎士団長だった。

 「あの水の塊が、水の使い手でどうこうできるモノなら、そこから崩していこうと思ったんだけどねえ。仕方ない、次の手だ。打って出るよ。トレヴィル、アトス、ポルトス、アラミス、それぞれ騎士団を率いて付いてきな」

 「「「「はっ」」」」

 それぞれ東薔薇騎士団長、南薔薇騎士団長、南百合騎士団長、西百合騎士団長が応え、各々の騎士団に指示を出す。

 「……イザベラ姉さま」

 出立の準備をするイザベラにタバサが駆け寄る。

 「私も行く」

 杖とデルフリンガーを握りしめて言うタバサをちらりと見ると、イザベラは"地下水"を懐から取り出し、タバサに渡す。

 「その長剣は背中に背負いな。それで、この"地下水"を貸してあげる。こいつを持ってれば魔法が使えるからそれで身を守るんだよ」

 そう言ってイザベラはタバサの頭を撫でる。

 「北花壇騎士団長として命じる。北花壇騎士七号、私に従い付いて来な」

 「……はい」

 タバサの返事を聞くと、イザベラはニヤリと笑って集まった騎士たちへ振り仰ぎ号令をかける。

 「行くよ!私たちのガリアで好き放題してくれた偽王に目にもの見せてやれ!」

 「「「「はっ!!」」」」

 イザベラの号令にプチ・トロワに集まったすべての騎士たちが応じ、イザベラと各騎士団長たちに率いられ、出陣した。




           ☆☆☆



 時は少し戻る。

 ヴェルサルテイル宮殿上空で才人は悩んでいた。『ハイタイド』の突破口がわからないのである。『炎弾』を数発打ち込んでみるも、水に吸収されて終わった。

 「やっぱダメか」

 「ただ消されただけじゃねえな。"存在の力"を吸収しやがった」

 「攻撃するだけ無駄ってことか……」

 「それか大規模破壊系の自在法だな」

 「こういうのは『儀装の駆り手』や『炎髪灼眼の討ち手』向きだよなあ……。特にあの魔神の腕なら、こんな水一発で蒸発出来そうだ」

 「援軍が見込めねえ以上言うだけ無駄だ」

 「そうだけどよ……どあっ!」

 愚痴る才人に向けていきなり『ハイタイド』から水の触手が伸ばされる。

 「なんだこれ!?」

 間一髪で躱した才人が驚きを口にする。

 「自在法の形はある程度変えられるみてえだな」

 カイムが推測する。そうこうしているうちに、次々と水の触手や水弾が才人を襲う。

 「っと、っは、ますますっ、厄介な自在法っ、だなっ」

 それらを躱しながら才人が言う。

 「くそっ、さっきの炎弾で居場所がバレたな。だが、それまで何の動きもなかったことを考えると、奴も俺たちの居場所を正確に把握しているわけじゃなさそうだ」

 「じゃあ今のうちに移動を、っとなんだあれ?」

 触手から逃れるために移動をしようとした才人の目に、プチ・トロワから出てくる集団が映った。

 「小娘たちだな。後ろに大勢いるのはこの城のメイジたちか」

 「危険だって言ったのに、何やってるんだあいつら!」

 僅かにタバサたちへ気を取られた才人に、容赦なく水弾が襲いかかる。今度は躱せず、翼で打ち払う。途端、水が霧に変わり、才人の視界を塞ぐ。

 「なんだと!」

 「しまった!」

 急いで飛び去ろうとするが、遅かった。水弾の後、隠れるように伸ばされた触手が、才人を捕えた。

 そのまま水の触手は才人を覆い、『ハイタイド』の中へと引きずり込んだ。『サックコート』も引きずり込まれるのと同時に消えてしまう。

 (まずい、捕まった!)

 才人は、水から出ようともがくも、腕は水を切るばかりで、身体は進まなかった。

 「無駄だよ、いくら超人的な膂力を持つ君たちフレイムヘイズといえども、水の中ではろくに身動きも取れないだろう。ましてや、この私の『ハイタイド』の中ではなおさらだ」

 いつの間にか目の前へと来ていたアナンシが、もがく才人に向かって言う。

 (この野郎!)

 才人は再び『サックコート』を纏い反撃しようとするも、発動した瞬間、かき消された。

 「だから無駄だと言っただろう。君は存外に馬鹿だな。『ハイタイド』の中では、自在法は"存在の力"に変換されて私の力になる。君が抵抗すればするほど、君は消耗し、私は力を増す。そうやって君はじわじわと死んでいくんだ」

 心底楽しそうに、アナンシは自分を睨みつける才人を見る。

 「こんな状況になってもまだ諦めない強情さは評価するよ。すぐに止めを刺そうと思ったが、止めだ。このまま君が果てるのを、ここで眺めさせてもらうよ。ふふ、死が近づき、自分の無力さに打ちのめされた時、君がどんな顔をするのか、楽しみだよ」

 そう言ってアナンシは、才人の前に陣取り、言葉通り見物を始めた。どうやら本当に、このまま才人が死ぬまで手を出さないつもりらしい。

 (ちくしょう)

 (おい間抜け!こんなところで終わるんじゃねえ!)

 力を奪われ弱っていく才人を、カイムが叱咤する。しかし、どうしようもなかった。消滅は時間の問題であった。



           ☆☆☆



 「どうだいカステルモール。何が見える?」

 『ハイタイド』の内部を『遠見』の魔法で偵察していたカステルモールに、イザベラが尋ねる。

 「はっ!グラン・トロワ上空に、スキュラのような生物と少年の姿が確認されます」

 「なんだって?」

 報告を聞いたイザベラは、自身も『遠見』を使い、言われた場所を見る。確かにそこには、スキュラのような怪物と、タバサの使い魔である才人が見えた。怪物の方は初めて見るが、おそらくあれが、今まで父に化けていた"紅世の徒"なのだということを、イザベラは理解した。

 「捕まってるみたいだね。これはまずいね」

 「早く助けないと」

 イザベラの言葉を聞いたタバサが焦る。

 「言われなくても。トレヴィルッ!土の使い手たちにゴーレムを造らせな!精度は問わない、なるべく巨大なのを複数作るんだ!」

 「はっ!」

 指示を受けた東薔薇騎士団長が駆けていく。

 「アトス!風の使い手たちにゴーレムの動きを補助させな!他の使い手はそのサポートを!アラミスとボルトスはその指揮を取りな!」

 「「「はっ!」」」

 各花壇騎士団長たちも指示に従い散っていく。

 花壇騎士団の土の使い手たちが力を合わせ、瞬く間に100メイルに届こうかという巨大なゴーレムを完成させた。風の使い手たちがそれに『ライトネス』を掛け、他の使い手たちはゴーレムに『固定化』を掛けて補強していく。それをしばらく繰り返し、計五体の巨大ゴーレムが完成した。

 イザベラは、完成したゴーレムを見て頷くと、『ハイタイド』へと向き直り、号令をかけた。

 「突撃!」

 イザベラの号令とともに、五体のゴーレムたちが一斉に『ハイタイド』へと突撃した。



           ☆☆☆



 アナンシは、突然、『ハイタイド』の中に巨大な異物が入り込んだのを感じ、振り返った。

 見ると、プチ・トロワの方角から、巨大なゴーレムが五体、こちらへ向かってくるのがわかった。

 「なんだあれは!」

 慌てて"存在の力"を吸収しようとするも、魔法の産物であるゴーレムには効果がなかった。

 「くそっ」

 苛立たしげに吐き捨てると、アナンシはゴーレムたちへ向かって猛スピードで突進していく。

 勢いのまま一体のゴーレムへと突撃するが、水の中であるため、多少ぐらついたものの、倒れるまでには至らなかった。

 「愚鈍な土人形め!」

 アナンシは、そのままゴーレムへと攻撃を加えていく。しかし、『固定化』されたゴーレムは、なかなか崩れなかった。

 そうこうしているうちに、他の三体のゴーレムたちが、アナンシの左右後方を囲んだ。そしてアナンシを逃がさぬよう、包囲の輪を縮めていく。

 「小癪な!」

 アナンシは自身の周りに激流を発生させた。周りのゴーレムたちは激流に耐え切れず、徐々に崩れていく。数分もしないうちに、アナンシを取り囲んでいたゴーレムたちは崩れ去った。

 「ふん」

 崩れたゴーレムを眺め、鼻で笑ったところで、アナンシは、崩れたゴーレムの数が、最初のゴーレムの数と合わないことに気づく。そして感覚を走らせ、残りの一体を見つけた。

 残っていたゴーレムは、囲まれていたアナンシを無視し、グラン・トロワの傍まで来ていた。そしてグラン・トロワを崩さんとするかのように、腕を引いていた。

 「一体何を……ッ!」

 はじめ、ゴーレムの意図がわからず、疑問に思ったアナンシであったが、ゴーレムの向かう先に才人がいることに気づいた。

 「止めろ!」

 急いで止めようとするも、遅かった。ゴーレムが突き出した掌で、才人が『ハイタイド』の外へと押し出された。

 「おのれ、人間風情が!」

 せっかく捕えた獲物を逃がされたアナンシは、激昂して『ハイタイド』の外にいるイザベラたちへと水弾を放つ。

 外の騎士たちは、その攻撃に対応しようとするも、殆どの者が魔力切れで動けずにいた。

 「ッ!」

 咄嗟にイザベラが杖を引き抜くも、それよりも早くタバサが前に躍り出る。

 「『アイス・ウォール』」

 "地下水"を構えて呪文を唱え、巨大な氷の壁を出現させる。

 水弾は氷の壁に当たり、少し壁を穿つも、突き破れずに弾けて散った。

 「お見事!」

 タバサの手に握られた"地下水"が快哉を上げる。他の騎士たちも、タバサの勇姿に歓声を上げた。

 「イザベラ姉さま、大丈夫?」

 タバサは振り返り、イザベラの身を案じた。イザベラは、無表情の中に心配の色を滲ませたタバサを見ると、そのまま駆け寄って抱きしめた。

 「っ!」

 「エレーヌ!無事でよかった!」

 イザベラは、タバサが自分の前へと躍り出た一瞬、生きた心地がしなかった。魔法が失敗して従妹が大怪我をしたらと思うと、気が気ではなかったのだ。普段、タバサを危険な任務に投じる際には、他の北花壇騎士にこっそりと後を付けさせるほど、イザベラは過保護であった。

 抱き合う二人の王女を見て、周りの騎士たちは、未来のガリアの平和を確信し、喝采を上げた。



           ☆☆☆



 「生きてるか、間抜け」

 外へと解放された才人に、カイムが声をかける。

 「なんとかな」

 才人は、外に押し出されてすぐに意識を取り戻し、『飛翔』の自在法で宙にとどまっていた。

 「あの小娘たちに助けられたな」

 「ああ、それに、アナンシも引きずり出せた」

 そう言うと才人は、全身に"存在の力"を漲らせ始める。

 「みたいだな。逃すんじゃねえぞ」

 「ああ、一撃でカタを付ける」

 そう言って力の衣を展開して纏う。しかし今度は『サックコート』ではなかった。より大きく、より鋭く、力を纏う。空色の衣が才人の全身を包み、一頭の大鷹へと変える。その大きさ約5m、人が乗っても余りある大きさである。

 そして、未だこちらに気づかず、タバサたちへ追撃を加えようとするアナンシを捉える。

 「捕捉完了。いくぜ」

 「ああ」

 合図の後、アナンシめがけて突撃する。


 その瞬間、音速を超え、衝撃波が生まれた。


 超音速の大鷹は、『ハイタイド』を突き破り、中にいたアナンシを貫いた。

 「ッッ!?ッッッ!」

 アナンシは自身に起きたことさえ分からずに、引き裂かれ、消滅した。

 勢いのまま才人は反対側まで突き抜けた。『ハイタイド』の外に出たところで急制動をかけ、自在法を解く。

 「やったな」

 「ああ」

 『ラプター』。大鷹への変身と超音速の突撃を持って敵を引き裂く、才人が編み出した一撃必殺の自在法である。因縁の仲である『極光の射手』の"ゾリャー"を参考にし、それを超えんと磨き上げた当代『空裏の裂き手』の切り札であった。


 「"狂瀾"アナンシ。討滅完了」


 そう言って才人は、空に向かって拳を高く付き上げた。
 



[41141] 第二章 第四話 復讐
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/06/05 15:52

 アナンシが討滅されたことにより、主を失った『ハイタイド』が消滅した。それまで水の結界に包まれていたヴェルサルテイル宮殿は、水の底にあったことが嘘のように、戦闘の跡だけを残して元の景色を取り戻した。

 才人が地面に降り立つと、プチ・トロワの方からタバサがこちらへと駆けてくるのが見えた。

 「サイトッ!」

 「タバサ、無事だったか!」

 そう言って才人はタバサと合流すると、タバサに異常がないか確認した。

 「なんともないみたいだな。それにしても、なんであんな危険な真似をしたんだ!建物の中で大人しくしとけって言っただろ!」

 タバサの無事を確認すると、才人はタバサを叱った。

 「……ごめんなさい。あなたが心配だったから」

 「いいじゃないか、結果うまくいったんだからさ。あんただって、私らが助けに来なけりゃ、あいつにやられてただろう?」

 謝るタバサの後ろから、追いついてきたイザベラが口を挟む。才人はそちらへ顔を向けると、ムッとして言い返す。

 「そもそもお前たちが出てこなけりゃ、捕まることもなかったんだよ」

 「だが、あのままじゃあ、攻めきれなかったのも事実だがな」

 そんな才人をカイムがあざ笑う。

 「カイム~、お前どっちの味方なんだよ」

 「知らん、俺は事実を言ったまでだ」

 「~っ!……はあ、助かったのは事実だ、認めるよ。ありがとう。正直、あの時あんたたちが来なけりゃ、ヤバかった」

 カイムに言い負かされた才人は、少し唸った後、負けを認め、イザベラたちに礼を言った。

 「まあ、何の相談もなしに行動した私にも非はある。悪かったね」

 少しバツが悪そうにして、イザベラも謝った。

 「タバサもゴメンな。叱ったりして」

 「あなたが無事だったから、いい。それに危険なことをしたと自覚はしていてる」

 タバサに向かって才人は謝り、タバサもそれを許した。

 「しっかしまあ、すごいもんだねえ、自在法ってのは」

 イザベラが辺りを見渡して言った。

 「あれだけあった水がきれいさっぱりじゃないか」

 自在法によって制御されていた水は、主の消滅とともに消え失せ、今では花壇の花にも水滴一つついていなかった。崩れたゴーレムの残骸や、足跡のみが、ここで戦闘があったことを物語っていた。

 「この分だと復興もすぐに済みそうだねえ。問題は、空の玉座をどうするかなんだけど」

 そう言ってイザベラはため息をついた。

 「そういえば今回のパターンだとどうなるんだ?アナンシが喰ってたっぽいから、やっぱりみんな記憶がないのか?」

 変則的な状況に、フレイムヘイズとしての経験が浅い才人は、疑問を口にする。

 「"狂瀾"が喰ってた上に、その"狂瀾"も討滅しちまったからな。綺麗さっぱりだろうぜ」

 カイムがそれに答えた。その言葉にイザベラはため息をついて頷いた。

 「そうなんだよ。あんたがあいつを倒してから、騎士団はわやくちゃでね。今は各団長たちに任せているけど、それもいつまで持つか。大臣たちも状況が分からないだろうし、早急にまとめ上げる必要がある」

 そう言ってイザベラは頭痛をこらえるように頭を抑えた。

 「でも、玉座に就くには……」

 「ああ、継承権を持ってないとダメだ。つまり、私かこの子が王位を継ぐ必要がある」

 言いかけた才人を遮り、イザベラは自分とタバサを指差して言った。指されたタバサも、始めから分かっていたようで、特に驚く風もなく頷いた。

 「問題は、どっちが王位を継ぐかってとこなんだけど……」

 「お前、前王の娘なんだろ?ならお前が継げばいいじゃん」

 イザベラの言葉に、才人は何言ってんだ、という風に指摘する。指摘されたイザベラは首を振る。

 「ところがそう簡単に事がいかなくてね。今の家臣団の認識は、私たちの祖父王が身罷ったあと、玉座は空位ままらしい。オルレアン公は亡くなってるし、父上に至っては存在さえ忘れられてる」

 「そっか、ジョゼフは最初からいなかったことになってるのか。それもそうか……。あれ?それだと今イザベラはどういう扱いなんだ?」

 「そう、それが問題なんだ。どうやら私は、亡きオルレアン公の娘で、エレーヌの姉ってことになってるみたいでね」

 「あー、そうなってんのか」

 「この短時間でよくそこまで把握したな」

 才人が納得したように頷き、カイムが感心したように言う。

 「カステルモールと"地下水"から聞き出したのさ。というわけで、今、私とこの子は姉妹で、第一王女と第二王女ってことらしい」

 「でもそれなら、尚の事イザベラが王位を継ぐべきなんじゃないのか?第一王女なんだろ?」

 「まあ、そうなんだけどね……」

 「なんだよ歯切れ悪いな」

 煮え切らない態度のイザベラに才人は首をひねる。元々イザベラは第一王女である。血縁こそ変われどその地位は変わっていないので、なぜこんなにも躊躇しているのかわからなかった。

 「……私は、イザベラ姉さまが王になるのがいいと思う」

 「……エレーヌ」

 王位継承の話になって、沈黙を保っていたタバサが口を開いた。イザベラは気まずそうにタバサを見る。

 「いいのかい?本当のオルレアン公の娘はあなたなのに、私が王位に就いてしまって」

 「かまわない。元々第一王女はあなた」

 「それはそうだけど……。エレーヌが王位に就きたいなら、それでもいいんだよ?」

 「私は器じゃない。それよりもイザベラ姉さまが王になった方が、私は嬉しい」

 「……わかった。そこまで言われちゃしょうがない。私が王になるよ」

 そう言ってイザベラは小さく笑った。

 「よしっ!話はまとまったな!ところでタバサ、これから俺たちどうするんだ?学院に帰るのか?」

 そう言って才人はタバサに尋ねる。

 「もう日も暮れてしまっている。今からでは帰れない。今日はリュティスに泊まる」

 淡々とタバサが答える。

 「でも、今から行っても宿はあるのか?」

 「心配ないよ。二人共、しばらくプチ・トロワに滞在するといい。いろいろ後処理もあるしね。歓迎するよ」

 「……いいの?」

 「今更何言ってんだい。それに、あなたにもやってほしい仕事があるしね。あ、北花壇騎士団の仕事じゃないよ?王女としての仕事さ。オルレアン領も復興させる必要があるしね」

 「わかった」

 そう言ってイザベラとタバサはお互いに笑いあった。最早二人の間にわだかまりは感じられなかった。

 「そうと決まれば早く行こうぜ。流石に疲れた。休みたい」
 
 「なんでてめえが仕切ってんだ、間抜け」

 「うるせー」

 そこに才人が空気を読まずん割って入り、カイムに罵られた。それを見て二人は再び笑いあった。



           ★★★



 アナンシ討滅から三日が過ぎた。その間、イザベラとタバサはお互い忙しく動き回っていた。家臣団を取りまとめ、宮殿の修復を指示し、戴冠式の準備をして、諸外国へ向けて報せも出していた。そんな中、才人とカイムは、アナンシによる被害の調査をしていた。

 「やっぱりそんなに歪みが感じられないってことは、あんまり人喰いをしてなかったんだな、あいつ」

 「らしいな。奴の言う物語とやらが関係しているんだろう」

 「まあ、自分で喰って登場人物減らすような真似はしないか」

 「おそらくな。だがここら辺がそうってだけで、他も同じだとは限んねえぞ」

 「他の場所で喰ってたか。"燐子"に襲わせるっていう手もあるしな。それに、他の"徒"もいるか確かめないと」

 「ああ、奴の言っていた"あの女"ってのも気になる。『君主の遊戯』のことにも触れていた以上、"徒"どころか"王"の可能性もでけえ」

 「あれのプレイヤーたちは[革正団]にやられたんじゃなかったか?」

 「だがアナンシの例もある。討ち漏らしはありえることだ」

 「どうにも厄介だな」

 「ふん、厄介じゃねえ乱獲者がいるものか」

 「それもそうだな」

 宮殿の周りの森で調査を続けながら、才人とカイムは相談し合っていた。

 「サイト」

 するとそこに、来客があった。タバサだ。公務のため、普段の魔法学院の制服ではなく、王族らしく、青く豪奢なドレスを身に纏っていた。

 「タバサか、何か用か?」

 初日こそ、豪華に着飾ったタバサにドギマギしていた才人も、三日目ともなれば慣れることができた。それでも、まだ少し緊張してしまうが。しかし、それよりも、公務で忙しくしているはずのタバサが、宮殿の外にいることに疑問を覚えた。

 「明日の戴冠式の後、竜篭でオルレアン領に寄ったあと、学院に帰るから、それを伝えに来た」

 「そうなのか、わざわざありがとな。でもそれぐらいメイドさんとかに頼めばよかったのに。タバサ、忙しいだろ?」

 「私なら構わない。それに……」

 「それに?」

 「あなたと、少し歩きたかった」

 そう言ってタバサは少し頬を少し染めて俯いた。

 「お、おう。そうか……あ、あーっと、じゃあ、その辺り歩こうか」

 タバサの言葉に、緊張して、吃りながら返事をすると、才人は歩き始めた。しかし、タバサは付いて来ない。

 「どうした?タバサ」

 振り返ると、タバサがこちらに向かって手を差し出していた。

 「手」

 「て?」

 「手を、握って欲しい」

 頬を染めたまま、少し目を逸らして言うタバサを見て、才人は顔が熱くなるのを感じた。

 (か、かわいい)

 完全に見蕩れていた。顔を赤くしたまま、才人は固まってしまう。

 「……」

 「……」

 手を差し出したままのタバサと、硬直したままの才人。しばらく沈黙が流れた。

 (おい……おい!)

 「うわあっ!」

 (いつまでボサっとしてんだ。さっさと動け)

 (わ、わかったよ)

 カイムに叱咤され、才人は再起動を果たした。

 舞踏会の時のようにぎこちなくタバサの手を取った。

 「あっ」

 「じゃ、じゃあ行こうか」

 恥ずかしさでタバサの顔を見れないまま、才人はタバサの手を握って森の中を歩き出した。

 「……」

 「……」

 二人の間に再び沈黙が降りる。

 (やばい、何話していいかわかんねえ)

 (本当に情けない奴だな、てめえは)

 (だって、今まで戦いばっかりでこんな経験したことなかったんだぜ)

 内心焦る才人に、カイムは呆れる。顔には出さないが、冷や汗を書いている才人は、自分の手が汗で湿っていないか心配になった。

 「……ありがとう」

 「え?」

 そんな中、突然タバサからお礼を言われ、才人はポカンとしてしまう。

 「仇を、討ってくれて」

 「あ、ああ、そのことか。別にタバサが礼を言う必要はねえさ。"紅世の徒"と戦うのは、俺たちの使命だからな」

 特段、気負った風もなく、才人は答える。二年前から"紅世の徒"との戦いは、才人にとっての日常と化していた。"大命"が宣言され、新世界ができた後はしばらくそれから遠ざかっていたが、それでも、気持ちはあの頃と変わりなかった。

 大切なものを守るために戦う。それこそが、才人が自らに課した使命だった。

 「……私は、ずっと仇を討つことを考えて生きてきた」

 「……」

 ぽつぽつと、タバサが語り始めた。才人はそれを黙って聞く。

 「魔法は使えなかったけど、騎士団の任務をこなして、戦い方を学んでいたのはそのため」

 「……」

 「でも、学院に入って、ルイズや、あなたと知り合って、復讐以外にも生き方があるのではないかと考えるようになった……。でも私の生き方の根本には、復讐があった」

 「……」

 「今回、王宮に呼ばれて、姉さまから話を聞いて、私はどうしていいかわからなかった。復讐する相手が、全く別のもの、私では到底敵わない相手だったなんて……」

 「……」

 心中を吐露するようにタバサは話す。珍しく饒舌なタバサに、才人は口を挟む風もなく、黙って耳を傾ける。

 「でも、あなたが戦ってくれた。私の代わりにあなたが私の仇を討ってくれた。私の使い魔であるあなたが」

 「……」

 「私の復讐は、これで終わった。ずっと望んでいたことが果たされた。姉さまとも仲直りできて嬉しい、はず、なのに……」

 そこでタバサは言葉に詰まる。今のタバサは、自分の気持ちがわからなかった。念願であった復讐が叶い、母のことを除けば、憂うことがなくなったはずなのに、嬉しくないわけではない、しかし予想していたほどではなかった。自分で仇を取ったわけではないからか、心が晴れ切らず、むしろ空虚になってしまったようだった。

 「……フレイムヘイズってのはさ、基本的には復讐者なんだ」

 今まで黙っていた才人が口を開く。

 「もちろんそうじゃない人もいるけど、基本的には"紅世の徒"に自分の日常を奪われた人間が、契約してなるものなんだ」

 「……」

 タバサが才人を見る。召喚した日の説明以外、自分に元の世界の話をしてくれなかった才人が、急に話を始めたことに、僅かな驚きを覚えた。

 「俺もさ、復讐が理由でフレイムヘイズになったんだ」

 「……ッ!」

 隠しきれない驚きが、タバサの口から漏れる。話に聞くフレイムヘイズの成り立ちを考えてみれば、驚くようなことでもないのだが、タバサはなんとなく、才人は例外であるように感じていた。目の前の少年が漂わせる雰囲気には、復讐者特有の、張り詰めた気配を感じなかったからか、いつも陽気な自分の使い魔に、復讐という言葉はあまりにもそぐわなかった。

 「旅行中に襲われて、友達が喰われて契約したんだ。そしてその場で、敵を倒しちまった。復讐を復讐って思う前に、がむしゃらに仇を取っちまった」

 「……」

 今度はタバサが聞く番だった。

 「その後、この世の本当のことと、契約の意味を知った……。へこんだよ。まさか存在が無くなるなんて思ってもみなかった。父さんも母さんも、俺のこと覚えちゃいなかった。散々泣いたし、後悔もした。しばらくして立ち直って、周りからは適応力があるって言われたけど、どうかな、事実かもしれないし、慰めだったのかもしれない」

 「……」

 「まあ、そんなこんなで、復讐を果たした結果、俺には何もなくなっちゃったわけなんだけど、でも、そのおかげで築けた関係もあるんだ。師匠や外界宿の人たちとか、他のフレイムヘイズたちとかさ、それに、こいつとかさ」

 そう言って才人は胸のバッジを指で弾いた。普段ならここで罵るカイムだが、何も言わなかった。

 「復讐は何も産まないとかさ、復讐のあとには何も残らないとかさ、色々言う人もいるけど、結局は自分がどうしたいかなんだ。俺はあそこで戦わなかったら、自分で自分を許せなかった、もちろん後悔もしたけどな。戦わなくてもきっと後悔してた。色んなものを失ったけど、それと同時に色んなものを得た。何より、新しく自分を始められた」

 「……」

 「復讐せずにいたら、ずっとそのことで後悔して、過去に囚われたまんまだったと思うんだ。復讐を終えたことで、ようやく踏ん切りがついて、新しく生きられる。そう思うんだ」

 「……」

 「だからさ、タバサもこれからは自分がしたいように生きればいいんだ。今すぐには無理かもしれないけど、ゆっくりでもいいから、自分の人生ってのを歩めばいいんじゃないかな?」

 「自分の、人生?」

 「ああ」

 「私の、人生」

 「何がしたい?」

 「母様を助けたい。母様を助けて、昔みたいに一緒に暮らしたい」

 「他には?」

 「ルイズやキュルケと友達みたいに遊んでみたい。街に出かけて買い物したり、お菓子食べたり」

 「それで?」

 「魔法が使いたい。ルイズの言ってた虚無の魔法。使えるようになって、御伽噺のような冒険がしてみたい。他にも、たくさん」

 「じゃあ、全部しよう。タバサのやりたいこと全部やろうぜ」

 「全部?」

 「ああ、全部だ。せっかくの人生なんだ。欲張ろうぜ。あれもこれも全部だ。俺が一緒に居てやる。一人じゃできないことは俺も手伝う。だからさタバサ、悲しそうな顔をしないでくれ。タバサにはいつも笑顔でいて欲しいんだ」

 「本当に?」

 「ああ、本当だ。『空裏の裂き手』の名に誓って約束する」

 「絶対?」

 「絶対だ」

 「……嬉しい」

 そう言ってタバサははにかんだ。それを見て才人も笑った。

 「よし、それじゃあそろそろ帰ろうぜ。いい加減戻らないと、イザベラに怒られちまう」

 「うん」

 そして二人は来た道を戻り始めた。そこに来た時のような固さはなく、足取りも軽く少し駆け足で。

 いつの間にか、繋いでいた手のぎこちなさも、無くなっていた。



           ☆☆☆



 「なんだい、キスの一つもしないのかい」

 プチ・トロワの王女の部屋で、公務をさばきながら、ガーゴイルの目を通して二人の様子を見ていたイザベラがぼやいた。

 「せっかくあの子の仕事を代わってやって、行かせてやったのに面白くない」

 「一国の王女、いや、明日には女王になろうという御方が、出歯亀とはいただけませんな」

 机に置いた"地下水"が苦言を呈する。

 「うるさいねえ"地下水"。こっちは公務続きで退屈してんだ。このくらいの息抜き、多目に見るんだよ」

 「それにしてもいい趣味とは言えません。もっと自覚を持って頂けませんと」

 イザベラの裁可待ちの書類を手にしながら、カステルモールも諌める。

 「あんたも口うるさいね、カステルモール。なにさいい子ぶっちゃって、あんただって気になるくせに」

 「……そのようなことはございません。それよりも殿下、もう芝居を打つ必要もなくなったのです。言葉遣いを改められては?」

 「ふん、いらん節介だよ。こっちはこの言葉遣いを十年以上続けてるんだ、今更直せるものでもないさ」

 「そんなことをおっしゃって、本当は芝居を見破られていたのが恥ずかしくて、今更直そうにも直せないだけでしょう」

 「本当にうるっさいねえ"地下水"!今すぐ黙らにゃいと、溶かして鉄くずにしちまうよ!」

 「噛みましたな」

 「噛みましたね」

 「~ッッ!……私が即位した暁には、あんたらを即刻、侮辱罪で処断してやる」
 
 「おお恐ろしや」

 「それはそれとしてイザベラ様。追加のご公務をここに置いておきます」

 「はあっ!?公務はこれで終わりだろう!」

 「シャルロット様のご公務を肩代わりなされた分、増えております。それに明日が戴冠式ですので今日中にやる分も増えております」

 「……どれぐらいある?」

 「日付が変わる頃には終わるかと」

 「……王になんて、なるんじゃなかった」

 「そう思わぬ王はいないのです」

 多くの公務に苦しむイザベラをよそに、日は暮れていくのであった。



           ☆☆☆



 「つ、疲れた……」

 「姉さま、大丈夫?」

 なんとか日付が変わる前に公務を終わらせ、イザベラは寝室へと向かった。そこには既に寝巻きに着替えたタバサが先にベッドに入っていた。

 アナンシ討滅以来、二人はこうして、同じベッドで寝ていた。その姿はさながら本物の姉妹のようであった。

 「なんとかね」

 侍女を呼び出し、着替えをさせながらイザベラは答える。

 「よいしょっと、あー、ベッドってこんなに柔らかかったんだねえ」

 着替えを終えたイザベラがベッドへ入ってきた。二人で寝てもなお余るベッドに、並んで横になる。

 「明日は戴冠式」

 「そうだね、それが終われば私も女王だ」

 「……どんな気持ち?」

 「一国を統べる権力が手に入るんだ。悪い気はしないさ」

 「そう」

 「それよりあなたはどう?」

 「私は、これから私の生き方を探す」

 「そう。いいことだ」

 「姉さまは?」

 「ん?」

 「姉さまは、自分の人生を歩んできた?」

 「……何言ってんだい。芝居をしたのも、女王になるのも、全て私の意志だ。それが、私の人生じゃなくて何だって言うんだい」

 「そう」

 「……ねえエレーヌ」

 「なに?」

 「あなたのお母様の事なんだけどさ」

 「……うん」

 「どうやら、使われたのはエルフの毒だったみたいだ」

 「エルフ……」

 「そう、エルフの毒。だから国中の水のスクウェアを集めても、治せないみたいなんだ」

 「……そう」

 「すまないね、力になれなくて」

 「大丈夫。母様を治す方法は、絶対見つけてみせる」

 「そう、強くなったね」

 「姉さまと才人、それからルイズのおかげ」

 「ルイズ?」

 「私の友達」

 「そう、友達が出来たのか。それは良かった」

 「うん」

 「そうか、じゃあもう寝よう。明日は早いよ」

 「うん。おやすみなさい。姉さま」

 「おやすみ。エレーヌ」

 二人は挨拶の後、眠りについた。

 夜空に抱かれる双月の如く、二人の王女はベッドに抱かれて眠った。

 空位の玉座を抱くガリア最後の夜が、更けていった。




[41141] 第二章 第五話 戴冠
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/06/07 20:41

 グラン・トロワの一室に備え付けられた祭壇の前で、イザベラが始祖への宣誓をする。タバサは、王冠を手にその傍に控えている。新女王であるイザベラに、王冠をかぶせる役目を与えられたのだ。

 宣誓を終えたイザベラが、タバサの前に跪く。タバサは、差し出された頭へ、恭しく王冠をかぶせた。イザベラはそのまま立ち上がると、参列している貴族たちに向けて高らかに宣言する。

 「今日ここに、私は女王として即位した!空位の玉座を戴くガリアは、この時を持って終わる!これからは、私が君臨し、お前たちを導こう!」

 途端、貴族たちは歓声を上げ、新女王の即位を大声で讃えた。

 そのままイザベラは湧き立つ貴族たちの前を横切って外に出ると、豪奢な誂の馬車に乗り込んだ。これからリュティスをひと回りし、新女王のお披露目を行うのだ。東薔薇騎士団が馬車の護衛につき、出発した。

 「お疲れ、タバサ」

 役目を終えて戻ってきたタバサを、才人がねぎらう。タバサはそれに頷くと、侍女を呼び寄せた。すぐさま数人の侍女が飛んでくる。

 「こちらに」

 「私たちはオルレアンに寄ってから学院に帰る。竜篭の用意を」

 「かしこまりました」

 タバサの命令を受けて、すぐに侍女たちは駆けていった。

 「プチ・トロワへ、帰る用意を」

 「あいよ」

 そう言って踵を返し、プチ・トロワへと向かうタバサの後を、才人が付いていく。

 プチ・トロワへと着くと、タバサはドレスから制服へと着替えに向かった。才人はというと、もともと長居をする予定ではなかったので、纏めるような荷物も持ってきていなかった。その為、手持ちぶさたにタバサを待っていた。

 しばらく黙って立っていた才人だが、ふとカイムとデルフリンガーに声をかけた。

 「なあ、カイム、デルフ」

 「どうした間抜け」

 「なんだい相棒」

 「タバサって可愛いよな」

 「いきなりなんだ」

 「ヒッヒッヒ、確かに嬢ちゃんは可愛らしいな」

 「なんかさ、俺最近タバサを見てるとドキドキするんだよね」

 「ふん」

 「おー!いいねえ、相棒も色気づく年頃かい」

 短く鼻を鳴らすカイムとは対称的に、デルフリンガーは色めき立つ。

 「やっぱりこれって恋なのかな」

 「知らん」

 「そんなつれねーこと言うなよ、鉄片の。相棒取られそうで妬いてるのかい?」

 「んなわけあるか」

 「どうすればいいと思う?」

 「男は押してナンボだぜえ、相棒」

 「止めとけ、どうせろくな結果にはならん」

 「わかったような口ぶりだなあ、鉄片の」

 「わからんさ。だから止めておけ。人と、フレイムヘイズなんてのはな」

 「……やっぱそーかなあ」

 「ふん」

 「なんかよくわからねえけど、世知辛いねえ、相棒」

 ため息をついて、才人はまた黙っった。

 しばらくして、制服に着替えたタバサが合流した。

 「どうしたの?」

 なんとなく、おかしな空気を感じ取ったタバサが、才人に尋ねた。

 「いや、なんでもないよ」

 「……そう」

 誤魔化す才人に、タバサはそれ以上の追求をせず、竜篭を待たせている前庭に出る。タバサと才人が竜篭に乗り込むと、竜篭は飛び上がり、リュティスを離れ、ガリアとトリステインの国境部、オルレアン領へと向かった。



           ★★★



 「おかえりなさいませ、シャルロットお嬢様」

 夕方頃になって、オルレアン領にあるオルレアン公屋敷に着く。すると屋敷の中から老執事のペルスランが出てきた。

 「イザベラお嬢様が亡き旦那様のご遺志を継がれ即位なされたそうで、このペルスラン、感無量でございます」

 目尻に涙を浮かべながら、ペルスランは言う。

 タバサは、"没落しているわけでもにのになぜか寂れてしまっている"屋敷をしばらく眺めたあと、ペルスランを見た。

 「今日はここに泊まる」

 「かしこまりました。ではご用意を。と、その前にこちらの方は?」

 恭しく頭を下げたペルスランが、タバサの後ろにいる才人を見て尋ねた。

 「私の使い魔」

 「ははあ、最近では、人も使い魔になるのですな。かしこまりました。ではそちらの方のお部屋もご用意いたします」

 「お願い」

 そしてタバサと才人は、ペルスランに先導されて屋敷に入る。

 「はー、タバサの実家っておっきいんだなあ、俺ん家とは比べ物になんねえよ」

 「当然だ、間抜け」

 屋敷の中を見回し、感嘆する才人を、カイムが罵った。

 「それではお嬢様、わたくしめはお部屋の準備をしてまいります」

 「わかった」

 客間に着くと、ペルスランはそう言って部屋を出ていった。

 ペルスランが部屋を出ていったのを見ると、タバサは才人に近寄ってきて、くいくいと、袖を引っ張った。

 「付いて来て」

 そう言ってタバサは部屋を出ていく。そんなタバサに、いつもと違う様子を感じた才人は、大人しくそれに従った。

 しばらくお互い無言で屋敷の廊下を進んだ。しばらくすると、屋敷の一番奥にある部屋に行き当たった。タバサはその部屋の扉をノックすると、返事を待たずに部屋に入る。才人もそれに続く。

 大きく、殺風景な部屋だった。ベッドと椅子とテーブル以外、他には何もない。本棚の有無と部屋の広さを除けば、学院のタバサの部屋と似ていた。

 部屋の主である痩身の女性は、闖入者に気づき、怯えるように抱えていた人形をぎゅっと抱きしめた。

 「誰?」

 伸ばし放題の髪から覗く目に怯えと、病にによりやつれた顔に猜疑心を滲ませて、女性は問うた。

 「ただいま帰りました。母様」

 タバサはその女性に近づくと、深々と頭を下げて挨拶をした。

 しかし、その女性はタバサを娘と認めず、猜疑心をより強くして、冷たく言い放つ。

 「下がりなさい無礼者!どこぞの回し者ね?わたしから夫のみならず娘たちまで奪うつもりね!誰がさせるものですか!下がれ!下がりなさい!」

 タバサの母はそうわめき散らすと、テーブルの上のグラスを投げつけた。タバサに向かうそれを、才人はとっさに打ち払う。しかし、タバサは頭を垂れたまま動こうとしない。

 「おそろしや……、わたしたちが何をしたというのですか。わたしたちはただ静かに暮らしたいだけなのに」

 タバサの母は、抱えた人形に頬ずりをしておいおいと泣き始めた。

 「あなたの夫を殺し、王を僭称していた不逞の輩は討ち果たされました。いずれあなたの心も取り戻してみせます。それまでご辛抱ください」

 タバサは悲しそうな笑みを浮かべると、身を翻し部屋をあとにした。事情を察した才人も思案顔でタバサに続いて部屋を出た。

 客間に戻ると、二人はテーブルをはさんで応接用の椅子に腰掛けた。先ほどの出来事から、お互い表情は曇ったままだ。

 「なあ、タバサ」

 思案顔をしていた才人が、タバサに話しかける。

 「なに?」

 「タバサのお母さんってさ、確か毒を盛られたんだよな」

 「そう」

 「治せないのか?」

 「エルフの毒は、人間には治癒できない」

 悔しそうにタバサが唇を噛み締める。

 「そうか……。なあ、俺ならもしかしたら治せるって言ったら、どうする?」

 バッとタバサが顔を上げる。その顔には驚きと期待、そして不安と疑念が写っていた。

 「本当?」

 僅かに上ずった声で、タバサが尋ねる。

 「ああ、あくまでもしかしたら、って可能性だけど」

 「構わない」

 少し自信なさげにする才人に、食い気味にタバサは頷く。

 「どうするつもりだ?」

 胸元からカイムが声を上げる。常に共にいるカイムからしても、才人がそのようなことを可能にする方法や、マジックアイテムを持っているようには思えなかった。

 「いやさ、カイム、『清めの炎』って他人にも使えるか?」

 「……ああ、ああ、そうか、そうだった。その手があったな。くそったれ、当たり前のこと過ぎて気づかなかった」

 「じゃあ……!」

 「ああ、可能だ」

 「よっし!そうと分かれば善は急げだ。タバサ、もう一回お母さんのところへ行くぞ」

 そう言うと才人は立ち上がり、早足でタバサの母の部屋へと向かう。

 「……ッ!」

 それを見てタバサも慌てて立ち上がり、才人の後を追った。

 部屋の前に着くと、ノックもせずに扉を開け放ち、中へと押し入った。

 再び部屋へと入ってきた才人たちに、タバサの母は警戒をあらわにする。

 「無礼者!またやってきたのですか!何度来ようと娘は渡しません!」

 構わず才人はベッドへと近寄り、タバサの母に向かって手をかざす。

 「カイム、頼んだ」

 「ああ」

 「何です、何なのですか!」

 「母様、落ち着いてください」

 自分へと向かってくる才人に恐怖して、タバサの母はベッドの端まで後じさる。そんな母をタバサが必死でなだめる。

 瞬間、タバサの母の全身が空色の炎に包まれる。事前に分かっていたタバサも、目の前の光景に息を飲む。

 しかし、それも一瞬で終わる。空色の炎は一瞬で消え去り、後には呆然としたタバサの母が残される。

 一見しただけでは変化は見て取れない。しかし、その瞳には確かに正気の光が戻っていた。

 「あ……あ……」

 「母様?」

 「シャル……ロット……?」

 「ッ!!私です!母様!シャルロットはここにいます!」

 「ああ。ええ、わかる。あなたがわかるわ、シャルロット」

 「母様っ!」

 タバサは母へと抱きついた。母もタバサを抱きしめる。

 「母様、良かった……本当に良かった」

 「シャルロット、本当にシャルロットなのね。今までごめんなさい」

 感動の再会を果たす母娘を、邪魔しては悪いと、才人とカイムは黙って部屋を後にする。

 「よく気がついたな」

 廊下を進みながらカイムが才人に言う。

 「いやさ、『清めの炎』は普通の毒はもちろん、ピルソインの『ダイモーン』みたいな自在法も解けるだろ?だったらエルフの毒だかも解毒できるかなって思ったんだ」

 「間抜けらしいなんとも単純な思考だ。だが今回はそれが役に立ったな」

 「だろ?もっと褒めてもいいんだぜ?」
 
 「だからと言って調子に乗るんじゃねえ間抜け」

 「ちぇっ」

 「ふん」

 「……」

 「……」

 しばらく無言が続く。

 「でもさ、本当に良かったよ。うまくいってさ」

 安心したように、しかしどこか寂しそうに才人は言う。

 「親に自分がわかってもらえないって悲しいもんな」

 「自分のことか?」

 「ああ」

 「ふん、情けねえ」

 「悪い」

 「過ぎたことを悔やんでも仕方ねえ」

 「わかってる」

 「ならいい」

 素っ気なく返すかいむの言葉に、才人は苦笑する。なんだかんだ言って、この口の悪い相棒は、自分のことを心配してくれているのだ。それが分かっているから、才人も本当に落ち込まずにいられた。

 失ったものは大きいが、得たものも大きい。先日タバサに言った言葉を才人は改めて噛み締めた。



           ☆☆☆



 トリステイン王国、王都トリスタニア、王宮の一室にて、机を囲む幾人かの人影があった。

 「それでは報告いたします」

 人影の一人が立ち上がり、口火を切る。人影が一斉に視線を向ける。

 「今年度のトリステイン魔法学院『春の使い魔召喚の儀式』にて、『ガンダールヴ』の召喚が確認されました。召喚者はガリアからの留学生、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。学院ではタバサと名乗っているそうですが、間違いなく先日即位されたガリア女王の妹君です」

 「エレオノール殿、それは真なのですか?」

 報告者であるエレオノールへと、座っている人影の一人が尋ねる。その言葉にエレオノールが頷く。

 「私の妹であるルイズと、そちらの、学院長オールド・オスマンが確認しています」

 そう言って、エレオノールは座っている人影の一人を指す。指された先にいるオールド・オスマンは、頷いて同意する。

 「魔法の発現こそまだですが、これで、わたしと、ロマリアの教皇、聖エイジス32世に続き、三人目の虚無が現れたことになります」

 「つまり、トリステイン、ロマリア、ガリアの三国、四の四のうち、四の三までが揃ったことになりますね」

 先ほどエレオノールに尋ねた人影が纏める。

 「歴史上、四の四が揃う時は、ハルケギニアに大いなる災いが降りかかる時とされております。四の三までが揃ったのも、この百年は確認されておりませぬ。四の四が揃う可能性も高いでしょう」

 オスマンが報告する。

 「では、残りはアルビオンですか……。ですがアルビオンは……」

 人影が言いよどむ。

 「その件でしたら、わたしから」

 そう言って別の人影が立ち上がる。

 「タツト殿」

 「ガーゴイルを潜入させて調査したところ、現在、アルビオンの内乱は、『レコン・キスタ』を名乗る貴族派が圧倒的有利、王室含む王党派は、ニューカッスルまで押し込められている模様、陥落は時間の問題かと」

 「このままでは、現代の虚無の担い手はおろか、後の世に続くための始祖の血縁まで途絶えるでしょう。そうなれば四の四は永劫欠けたままになり、来る災厄にも対処は難しくなります」

 達人の言葉をもう一人の人影、カトレアが引き継ぐ。予想以上に深刻な状況に、皆息を飲む。

 「アルビオン王家の血は、トリステイン王家にも入っております。しかし、一国から同時代に二人の虚無の担い手が出るかどうかは、前例がありませぬ。楽観視は出来ぬでしょう」

 オスマンが進言する。残った最後の人影が頭を垂れる。

 「姫殿下、事態は予断を許さぬ状況にあります。ゲルマニアとの同盟の件にしても、お早いご決断を」

 オスマンの言葉に、姫殿下と呼ばれた最後の人影、トリステイン王国王女にして、『ゼロ機関』の長、アンリエッタ・ド・トリステインが顔を上げる。

 「ゲルマニアとの婚姻はまだ保留します。王族の血を、外に出すのは得策ではありません。そして、アルビオンには数人の手練を送り込み、虚無の担い手の保護、もしくはウェールズ・テューダー殿下の亡命の補助を行います」

 アンリエッタの言葉に、残りの四人が顔を見合わせ合う。

 「それは、姫様の私情では?」

 代表してエレノールが尋ねる。成せるのならば最上の策ではある、しかしまるで机上の空論、現実的に考えて、到底成せるはずがなかった。どう考えても、アンリエッタの暴走であるかのように思われた。

 「無理を言っているのは分かっています。私情も、無いといえば嘘になります。しかし国ではなくこの大陸の、ハルケギニア全体のことを考えれば、これ以外に取るべき策はありません」

 その言葉に四人は押し黙る。確かにそうなのである。国策の話ではなく、虚無の、この大陸に降りかかる災いに対処する『ゼロ機関』としての話ならば、それ以外の策は取りようがなかった。それもひとえに虚無が、王族の血にて継承される力だからである。庶子に流れた血はあれど、大本である濃い王族の血を、絶やしたり外に出したりするのは危険すぎた。

 「では、誰を向かわせますか?」

 達人が尋ねる。いざとなれば自分が行くとの覚悟を決めての言葉だった。

 「グリフォン隊のワルド子爵を、彼ほどの使い手ならば、此度の任務もこなしてくれるでしょう」

 アンリエッタが答える。若くしてトリステイン魔法衛士隊の一角、グリフォン隊の隊長にまで上り詰め、風のスクウェアであるワルドは、国でも指折りのメイジだ。これには誰も反論がなかった。

 「他には?他隊の隊長格も向かわせますか?」

 エレオノールの言葉にアンリエッタは首を振る。

 「そこまで重鎮を動かせば、事が敵に露見する危険性もあります。我が国からはもう一人だけ、ルイズを行かせましょう」

 途端、エレオノールとカトレアが立ち上がり、猛然と反対した。

 「危険すぎます!ルイズはまだ学生ですよ!内乱で混迷極まるアルビオンに向かわせるなど、極刑を告げるのと同じです!」

 「そうです!それにあの子はトライアングルです!せめてスクウェアを向かわせるべきです!私たちなら、その任に足りましょう!」

 二人の抗議をアンリエッタは退ける。

 「あなた方には、国境を固めていただく必要があります。同盟を申し出てはいますが、依然、ゲルマニアは油断ならぬ国です。あなた方に睨みを効かせてもらわねばなりません」

 「そんな、ならばせめて他の者を代わりに」

 「国内の貴族のうち、わたくしが最も信を置くのがルイズです。彼女なら、きっとやり遂げてくれるでしょう。加えて……」

 「加えて?」

 「国内から向かわせるのは二人だけですが、他国から応援を呼びます」

 「他国ですって!?どこにそんなアテがあると言うのです!」

 エレオノールが激昂する。そんなエレオノールを見て、アンリエッタは微笑む。

 「ガリアの新女王とは、わたくし実は以前から親交がありましたの。といっても今は文だけですが。彼女のお父君、オルレアン公シャルル様は、ガリアの虚無研究の第一人者でした。その娘である彼女なら、今回の任務の重要性を分かってくれるでしょう」

 「ですが……」

 「それに」

 尚食い下がろうとするエレオノールに、アンリエッタは彼女の言葉を切って続ける。

 「彼女の妹君が、今代の虚無の担い手なのでしょう?そしてその方は現在我が国に留学中。この国での虚無の魔法の習得に、便宜を図る旨を寄せて伝えれば、妹君を溺愛されている彼女のこと、きっと快く応じていただけることでしょう」

 そう言ってアンリエッタは微笑んだ。その顔からは、女の意地と、政治家の狡猾さがにじみ出ていた。



           ☆☆☆



 「へっくしゅ!」

 グラン・トロワの執務室にて、ガリアの新女王、イザベラがくしゃみをした。

 「お風邪を召されましたかな」

 執務机に置いた"地下水"が尋ねる。

 「いや、そんなんじゃないよ。ちょっと嫌な予感がしただけさ」

 イザベラは鼻をかみつつ答える。

 「国王が嫌な予感とは、喜ばしくありませんな」

 「そんな大したことじゃないさ、個人的に、嫌な予感がしただけさ」

 「暗殺ですか」

 「だからそんな大したことじゃないって」

 珍しく自分の心配をする"地下水"に、少し戸惑いながら笑って答える。そんな彼女のもとに、厄介な友人から、更に厄介な頼みごとが届くのは、そう遠くない未来の事だった。





[41141] 第二章 番外編 水銀
Name: アゾ茶◆2a7c8fc2 ID:6cfc24d3
Date: 2015/06/08 12:25
 夢を、見ていた。
 
 「わたくし、アンリエッタと申します」

 目の前の少女がドレスの裾をつまみ優雅に一礼をする。

 「私はイザベラだ。今更自己紹介なんかしなくても知ってるだろ」

 おざなりに返す。その時、私はとても退屈していたように思える。

 五年ぐらい前、どこだったかは忘れたが、トリステインとガリア、王族同士の交流ってことで園遊会みたいなのが開かれたのを覚えている。

 「あなたは、本当は寂しがり屋なのではありませんか?」

 「はあ?あんた、何言ってんだい」

 やけにこちらに構ってきた少女、隣国の姫。

 「お友達になりましょう?」

 「……勝手にしな」

 帰る日になって。文通だのなんだのいろいろ押し付けてきた少女。小国の王女。

 「イザベラって従妹想いなのね」

 「うるさいよ!」

 相手の心に無遠慮に踏み込んでくる少女。そのくせ、誰からも嫌われない反則のような女。傾国の美姫。

 「好きな人がいるのよ」

 「そりゃ結構なことで」

 手紙にあれやこれやと、読んでる方が恥ずかしくなるようなことを書き連ねる少女。色ボケ姫。

 「じゃあお互い秘密機関の長なのね」

 「まあ、そうなるね。でもいいのかい、そんなに軽々にばらして」

 「大丈夫よ。わたしたちの手紙には、わたしたちが以外が開けると燃えるように魔法がかかってるの」

 国の秘密を簡単に話す迂闊な少女。そのくせ抜け目のない女。政治家の卵。

 「わたしたち、友達よね?」

 「今度はどんな厄介事だい?」

 友情を盾に厄介事を持ってくる少女。厄介な依頼人。北花壇騎士を何度貸したことか。

 「この間はありがとう。とても助かったわ。心ばかりのお礼よ」

 「……なんだいこれ?」

 「面白いマジックアイテムよ。あなたそういうの好きでしょう?」

 見返りを惜しまない少女。太腹な顧客。

 「ねえ、イザベラ?」

 「なんだいアンリエッタ」

 私の友達。



           ☆☆☆



 「……夢か」

 グラン・トロワにある寝室で、イザベラは目を覚ました。

 「随分懐かしい夢を見たもんだ」

 伸びをしながらイザベラは独りごちる。

 「それもこれも、またあいつが厄介事を持ってくるからだ」

 イザベラは、この間自分の元に届いた旧友からの手紙を思い出してぼやく。内乱中のアルビオンに突っ込むから手駒を貸せだなんて、可愛い顔して随分な無謀家である。そして面の皮が厚い。

 「まあ、それで貸す私も私だけどね」

 自嘲気味に笑う。そこに記されていた情報と、見返りに心動かされたのは確かだが、それでもあの姫に対して自分は少々甘いという自覚があった。

 「さて、さっさと準備しないと」

 呼び紐を引き、侍女たちを呼んで、着替えさせる。今日も公務が溜まっていた。

 「全く、女王も楽じゃないよ」



           ★★★



 「不穏分子?」

 「はい」

 執務机で公務をこなしながら、カステルモールの報告を聞いていたイザベラが声を上げる。

 「どういうことだい」

 「陛下が即位されてからしばらく経ちましたが、その間陛下は古い因習の撤廃や、臣や官の刷新などの改革を進められてきました。どうやらそれを不満に思う者がいるらしく……」

 「ふん、旧態依然の澱んだ空気を一新しただけじゃないか」

 「その澱んだ空気の中でしか生きられぬ者もいるのです」

 「そいつらが私を恨んでるってことか」

 「はい」

 「いかがいたしましょう」

 「その者どもの所在は?」

 「南薔薇花壇騎士団の者たちが調査中です。八割程の者の所在が割れています」

 「随分仕事が早いじゃないか、いや、早々に突き止められるような、おざなりな企てしかできないから私を恨んでるのか」

 「そのようで」

 「しばらく泳がせな。全員の所在が割れたら一気に捕まえるんだ」

 「御意」

 礼をしたあと、カステルモールは執務室から出て行った。

 「失礼します」

 カステルモールと入れ替わるように、一人の侍女が部屋に入ってくる。

 「お疲れ、どうだった"地下水"」

 その侍女にイザベラは呼びかける。

 侍女を操る"地下水"がニヤリと笑って答える。

 「不穏分子の噂は本当のようですな。しかも最近暗殺者を雇ったとか」

 「暗殺者?そいつは穏やかじゃないね」

 「ええ、なんでも、巷では"隙間風"と呼ばれるメイジらしいですな」

 「"隙間風"か、あんたの親戚か何かかい?」

 「さて、それはわかりませんが、どうやら私が北花壇騎士団に入ったのを機に台頭し始めた、私の後釜のようなものですな」

 「それにしても随分行動が早いね。不穏分子って言ってもここ最近のことだろう?」

 呆れたようにイザベラがため息をつく。

 「思い切りだけはいいようですな」

 「その手腕をちょっとでも仕事に活かせば、重用だってしたのにねえ」

 「まったくですな」

 嘆息するイザベラに、"地下水"は同意する。

 「とりあえず、あんたはそのまま暗殺者についての調査を頼むよ」

 「はっ、その間御身の周りが手薄になりますが、いかがしましょう」

 「それについては心配いらないよ」

 イザベラはチチチ、と舌を打つ。すると、執務机の下から一匹のリスが現れる。イザベラの使い魔だ。

 「ラタトスクに周りを監視させる。だからあんたはしっかりと暗殺者のことを調べあげるんだよ」

 「はっ」

 "地下水"は一礼すると、カステルモールと同じように執務室から退室していった。

 「さ、て、吉と出るか凶と出るか、それとも鬼が出るか蛇が出るか……」

 イザベラ以外いなくなった執務室に、つぶやきが吸い込まれて消えた。



            ★★★



 不穏分子と、暗殺者の調査を始めてから数日、その間、イザベラの周りには特に目立った変化はなかった。

 料理の毒見も徹底したが、毒を盛られるような事もなかった。

 報告を受けてから三日後の夜、イザベラは寝巻きに着替えて、寝室で一人物思いに耽っていた。

 (カステルモールの報告によれば不穏分子は九割がた捕捉したとのこと、しかし"地下水"からの報告では未だ暗殺者は活動を止めていない、と)

 そのままベッドに倒れこみ目をつぶる。

 (暗殺者と繋がっているのは残りの一割、しかも、その一割が本命、あっさりと所在を割られるような雑魚とは格が違うってことね。いや、そいつらを隠れ蓑にして時間を稼いだってのが正しいか)

 倒れたままベッドを転がる

 (本当に無駄なところで優秀だ。お陰でこっちはろくに眠れやしない。我慢もそろそろ限界だ)

 そして片目だけ開けて起き上がる。

 「というわけで、さっさと出てきな、暗殺者」

 誰もいない寝室の一角に向かって声をかける。

 突然のイザベラの奇行であるが、その言葉に応じる声があった。

 「何が、というわけで、というのかわかりませんが、いつバレたのです?」

 暗闇から滑るように、人影が現れた。三十代ほどの、痩身の男だ。見破られた動揺など、露とも見せない穏やかな声音で問いかける。

 「今、私の目は使い魔とリンクしていてね。そいつを王宮中走らせて、監視させてたのさ。それで、あんたを見つけたってわけだ。でも途中で見失ってね。当てずっぽうに声をかけたら、当たったってわけだ」

 そう言ってイザベラがベッドから立ち上がる。いつの間にかその手には杖が握られていた。

 「なるほど、カマかけでしたか、これは引っかかってしまいました」

 一杯食わされた、という風に暗殺者は額を叩く。

 「あんたが"隙間風"だね?見失った時といい、今さっきといい、どうやってるんだい?姿が消せるのかい?」

 「簡単なことですよ、『ステルス』というわたしのオリジナルスペルで、姿を消していたのです」

 こともなげに"隙間風"は種を明かす。姿を消す、という反則のような魔法でさえ、取るに足らないと言わんばかりだ。

 「姿を消せる?そりゃあすごい魔法だ」

 「いえいえ、それほど便利なものでもないのです。わたしの技量ではどうにもお粗末で、夜の闇の下でなければ、すぐに見破られてしまうのです」

 「なるほどね、陽の光の下ではすぐにバレるのか。でもいいのかい?商売道具のことをそんなにペラペラ喋ってしまって」

 イザベラの問いにも、"隙間風"は少しも慌てる風もなく答える。

 「ええ、死人に口なしと申します。これから死にゆくあなたにはどのみち関係のないことです」

 そう言って"隙間風"は手に持った杖を構える。

 (まいったねえ、これじゃあ叫び声を上げたところで、誰かが来るよりも早く殺されちまう。一応ラタトスクをカステルモールを呼びに走らせたけど、それも間に合いそうにないな)

 死が間近に迫っているというのに、イザベラはひどく冷静だった。そんなイザベラを見て"隙間風"は感心する。

 「わたしが今まで殺してきた相手は、私が姿を現すと動揺して叫び、死の瞬間には泣いて命乞いをしたものですが、あなたはどうやら違うようですね。さすがは一国の女王といったところでしょうか」

 「そんなんじゃないさ。ただ私は死なないってわかってるからね」

 「この期に及んで助けが来ると?それとも私が情にほだされて暗殺を止めると?どちらにしても楽観が過ぎますな」

 「さあ?どうかな」

 呆れる"隙間風"に対して、イザベラは不敵に笑う。自分が生き残ることを、毛ほども疑っていない顔だ。

 「よろしい、では今に現実を分からせて差し上げましょう」

 そう言うと"隙間風"は『エア・ニードル』を唱え、イザベラに向かって放つ、高速で飛来する風の槍が、今まさにイザベラを貫かんとしたその時、何かがイザベラと風の槍の間に割って入り、風の槍を弾いた。

 「なにっ!」

 "隙間風"は驚くも、焦らず続けて『エア・ニードル』を放つ。しかし、それも防がれてしまう。

 「一体何が……」

 呆然とつぶやく"隙間風"。しかし、その疑問も次の瞬間氷解する。

 「ッ!」

 寝室の窓から月明かりが差し込み、イザベラの周りを照らした。そして、自分の攻撃を防いだ何かも。

 それは水銀だった。

 イザベラの周りを地面から立ち上る帯のように、水銀が囲んでいた。次の瞬間、イザベラの隣に球状に集まる。イザベラの腰の高さまである水銀の塊だ。湯船一杯分ほどであろうか。

 「なん、です、それは……」

 言葉を搾り出す"隙間風"に、表情ひとつ変えることなくイザベラは答える。

 「何って、『ドラウプニル』私のゴーレムさ、水銀のね。私の二つ名ぐらい知っているだろう?」

 何を今更、といった風にイザベラが答える。

 「ゴーレムですって?そんな馬鹿な、あなたは水のラインのはず……」

 信じられないという表情の"隙間風"を見て、イザベラは、そういえばそうだったと笑う。

 「いや、悪い悪い、それは嘘だ。どうにも私は嘘が下手みたいで、侍女たちにも演技がバレてたから、てっきりこれもバレてるものだと思ってた」

 すまなかった、と謝るイザベラ。しかし呆然としている"隙間風"には届かない。

 「私は本当は水のラインじゃなくてね」

 イザベラの横に侍る『ドラウプニル』が伸び上がる。

 「土のトライアングル、『水銀』のイザベラだ」

 その瞬間、伸び上がった水銀の触手は、"隙間風"の杖を、腕ごと切り落とした。

 「が、ぎ、ぎゃああああああああ!!」

 腕を切られた"隙間風"が切り口を抑えてのたうち回る。

 「本当を言うとね、あんたの使う『ステルス』のことはとっくに調べがついていたのさ。だから"地下水"に監視させてたんだけど……、あんたが私の前に来たってことは、あいつ私でも勝てると踏んでわざと通しやがったね。まったく困ったナイフだ」

 ぼやくイザベラであるが、その言葉は激痛に喘ぐ"隙間風"には届かない。

 「まあ、自分の身に降りかかる火の粉も払えないってようじゃあ、北花壇騎士団の団長は務まらないからね。これぐらいは嗜みさ」

 そう言ってイザベラはベッドに腰掛ける。カステルモールが駆けつけるまでの残り僅かな時間を、苦痛に悶える暗殺者の叫びを聞くことで、無聊の慰めとした。




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