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[43080] 『使い魔は鈴の音と共に』 【ゼロ魔×魔法少女すずね☆マギカ】
Name: Long◆bd6517ce ID:6bab6165
Date: 2018/05/20 22:40
 このSSは、『ゼロの使い魔』と『魔法少女すずね☆マギカ』のクロスオーバー作品です。稚拙な文章ですがよろしくお願いいたします。



[43080] プロローグ『親愛なる友へ』
Name: Long◆2cbc8889 ID:0a6d743d
Date: 2018/05/19 22:03
プロローグ『親愛なる友へ』

 天乃鈴音は、薄れゆく意識の中で多くの人のことを思い出す。両親、椿、そして今目の前に立っているだろう少女のことを。ああ、死ぬのだな、と鈴音は思う。同時に、このままでは終われないとも思う。多くの少女を殺してしまった。間違った正義に基づいて、偽物の正義に基づいて、無辜の少女達を殺してしまった。殺した少女の名前は全員思い出せる。反芻して、鈴音は少しだけ笑った。これが、償いか。

 でも、マツリ、あなたとは───

───もっと一緒にいたかった。

 鈴音の意識は光に飲まれていった。



[43080] 第一話『邂逅』
Name: Long◆32efee4b ID:0a6d743d
Date: 2018/05/21 23:13
第一話『邂逅』

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、二十五回目にしてようやく召喚に成功した。大きな爆発、けれど確かな手ごたえ。穏やかな風が黒煙を流して行く。そこに現れたのは、

「───うそ」

 全身の汗腺から汗が噴出するのをルイズは感じていた。少女が、倒れていた。全身を傷だらけにして、血を滲ませて倒れていた。ルイズは駆けて近づく。生きているかわからない、けれど、彼女は呼びかけに応えてくれた唯一の存在なのだ。ルイズは屈んで、コントラスト・サーヴァントのスペルを唱えると少女の唇を奪った。





 鈴音は夢を見ていた。幸せな夢だった。鈴音はベッドの縁に座っていた。椿が隣に座っていた。

───頑張ったわね。

 椿は、鈴音の頭を撫でながらそう言った。

───このままずっと一緒に居れる?

 鈴音は尋ねるが、椿は首を横に振った。

───どうして……。

───あなたは呼ばれているのよ。

───呼ばれている?

───もし困ったら、これを使いなさい。

 そう言って椿が渡したのは、鈴が付いたお守りだった。次第に椿の姿が薄れていく。部屋は輪郭を失って、同時に視界もぼやけて行く。

───死なないで。

 鈴音は、慣れないベッドの上で目を覚ました。ふと窓の方に目を向けると、赤と青の月が光り輝いている。美しい。いや、おかしい。月が二つ……。

「やっと目を覚ましたのね」

 ピンクブロンドの少女がベッドの側に立っていた。猫目で、明らかに気が強そうだ。一瞬だけアリサに重なってしまったが、なんとか押し殺して鈴音は、

「あなたは誰?」

「あたしはルイズよ。あんたのご主人様」

 少女は残念そうにそう言い放った。意味がわからない。キョトンとしていただろうか、ピンクブロンドの少女───ルイズと言ったか───は続ける。

「あんたを召喚したのよ。まあ、覚えてないのも仕方ないわね」

───あなたは呼ばれているのよ。

 夢の中での椿の言葉が脳裏をよぎる。確かにあれは夢だった。椿はいない。彼女は魔女になり、自分が殺したのだから……。しかし、鈴音の中で、その言葉は妙なリアル感をもって膨らんでいく。本当に、眼前の少女が自分を召喚したというのか。

「どうやって傷を治したの?」

 全身の傷は、まるで『何も起きなかった』かのように消え去っている。こんな芸当、自分の知る限り魔法少女にしかできないことだ。

「そんなの、魔法に決まってるじゃない」

 ルイズはあっけらかんと言ってみせる。『ここ』では、魔法は隠すべきものではないのか。赤と青の双月をちらりと見て、鈴音は小さくため息を吐いた。

「まあ前座はこのくらいにしといて、あんた何ができるのかしら? 見た感じ小柄だし、戦闘には向いてないでしょうけど……、はぁ」

 先ほどの鈴音よりも大きく、ルイズは大きく大きくため息を吐いた。腰に手を当てたまま項垂れる。『戦うことはできるわ』と言いかけて、鈴音はすんでのところで飲み込んだ。ソウルジェムがどうなっているかもわからない、魔法がどうなっているかもわからない状態で明言するのは危険だと判断したからだ。

「まあせめて、身の回りの世話ぐらいでしょうね」

「それなら得意」

 なにを言ってるのだろう、と鈴音は自分自身でも呆れかえってしまった。けれども、この世界を探るにはこの偉そうな少女の元につくのが一番かもしれない。鈴音はいつの間にか握りしめていたお守りをセーラー服のポケットにしまった。




 ルイズはしばらくこの学園や土地について説明していたが、本当にこの少女───スズネが聞いているのか、理解しているのかが不安になってきた。

「ねえスズネ、ちゃんと聞いてる?」

 コクリと頷く。うん、リアクション薄い。しかしどうやらちゃんと聞いているようだ。自分と同じぐらいの身長、まさかの歳下ときた。身の回りの世話をさせるにはなんとなく罪悪感が残るが、仕方ないことだ。驚いたのは、スズネはこの場所(トリステインやガリアなど、ひいてはハルケギニアそのもの)を全く知らなかったことだ。言われてみれば『スズネ』という名前自体ハルケギニアでは見受けられないものだし、貴族ー平民の関係もスズネ曰く『旧体制』らしい。どこから来たのかと尋ねると、『ニホン』という聞いたことのない国。まさか、とルイズは思う。スズネは、東方出身なのだろうか? それならば合点が行くが、外交問題になったりはしないだろうか……、スズネを取り返しにエルフの大群が押し寄せて戦争になったり……。考えすぎか、今は、召喚の儀式が成功したことを素直に喜ぶしかないだろう。果たして成功と言えるかどうかは謎だが。スズネをベッド横の藁のベッド(藁は多め。もし男だったら少なかっただろう)に寝かせて、ルイズは悶々としたまま中々眠れない夜を明かした。




 朝五時、鈴音は『ご主人様』に先駆けて既に起床していた。『ご主人様』───ルイズに仰せつけられた仕事をテキパキとこなしていく。やはり新聞配達で住み込みのバイトをしていたおかげか思ったより目覚めはよい。しかし……、

「(洗濯場所はどこだっけ?)」

 廊下で立ち尽くして首をひねる。いや、確かに昨晩ルイズは説明していたのだ。そして鈴音も覚えているのだ。けれど、想像以上にこの『トリステイン魔法学院』の女子寮は複雑で、早速迷い子になってしまったというわけだ。

「ねえ……、」

 都合よく通りかかったメイドに声をかける。黒い髪、大きくて丸い黒い瞳、可愛らしい顔立ちをそばかすが一層引き立てている少女(?)である。

「───うわっ!!」

 メイドは驚いて、両手いっぱいに抱えていた洗濯物を落っことしてしまう。そんなに存在感が薄かっただろうか……。

「ごめんなさい」

「も、申し訳ありませんっ! あなたは……、ミス・ヴァリエールに召喚されたお方ですよね。お名前を伺ってもいいですか?」

 と、話しながらもシュパシュパと手を動かしている。訓練されたメイドである。それにしても『ミス・ヴァリエール』……。日本では聞き慣れない呼び方である。

「天乃鈴音よ。あなたは?」

 鈴音はルイズから預かった(ルイズが脱ぎ散らかした)洗濯物を脇に置き、散らばってしまった洗濯物集めに協力する。こうやって『まともに』名前を聞くのは久しぶりだな、と感慨に耽りながら。

「シエスタと申します。アマノ・スズネさん、よろしくお願いします!」

 丁度全ての洗濯物を拾い終えて鈴音がルイズのそれを抱えて顔を上げると、そこには満面の笑みで右手を差し出しているシエスタの姿があった。なんだか照れ臭くなって、鈴音は少しだけ目をそらしてその手を取った。

「よろしく。鈴音でいいわ。それで、これを洗える場所を知ってる?」

「ああ、それなら───」






 ソウルジェムをポケットにしまい(昨晩ちゃんと装着されていることに気がついたときは安心したものだった)、二人は横に並んで洗濯物を洗っていた。冷たい水が肌に染みる。よく平気でいられるなと思ってシエスタの方をちらりと見ると、シエスタと目が合う。シエスタの優しげな目つきに椿の面影を思い出してしまって、鈴音はすぐに洗濯物に視線を遣った。なんだか、シエスタを目の前にすると目をそらしてばかりだと思う。いつの日か、椿みたいな魔法少女になりたいと願ったのに、多くの少女を殺してしまった。死を以てして償えなかったこの大罪を、この世界で償えるだろうか。

「不思議な方ですね、スズネさんは」

 シエスタは唐突にそう始めた。鈴音も手を動かしながら話を聞く。

「見た目は若そうですけど、スズネさんの眼を見てると到底同じ年代には見えないですもん。まるで何歳も歳上かのような……」

「そう」

 どう返事したらいいか、鈴音には見当もつかなかった。自分は、何も経験していないのだ。奪ってばかりだったのに失ってばかりで、何も得ていない。そんな自分が評価に値するなんて到底思えないからだ。何かを得るために『ハルケギニア』に来たのなら、一体なにをすればいいのだろう。なんてことを考えている内に、鈴音は洗濯物を全て処理し終えていた。

「じゃあ、戻りましょう! スズネさん!」

 どうやらシエスタはとっくに終えていたようだ。鈴音の何倍もの量があったはずなのに、感心するばかりである。



[43080] 第二話『ゼロの由来』
Name: Long◆07e0f6f8 ID:6bab6165
Date: 2018/05/21 23:29
第二話『ゼロの由来』

 洗濯から戻った鈴音は、ルイズと共に授業に出席することとなった。というよりも、一緒に出なければならないらしい。長い廊下を歩き、時々怪訝な視線を向けられながら教室に到着する。戸を開いたとき、鈴音は声には出さないまでも内心で驚いていた。伝承や神話でしかお目にかかれない伝説上の生き物の数々が教室をふわふわしていたのだ。本当に、自分がいた世界ではないのだな……と改めて思い知らされる。席に向かおうとしたその時。

「あらルイズ、寂しくなって実家からメイドさん連れて来たの?」

 やけに妖艶な声だった。振り向くと、褐色の肌。赤色の髪。大きくはだけた胸元がやけに扇情的だ。そこには、声にたがわぬ妖艶な女性が座っていた。彼女の横には、サンショウウオをモチーフにしたような使い魔。サラマンダーだろうか。尻尾の先からはライターの火が如く小さな炎が揺らめいている。

「キュルケ! スズネはメイドじゃない、私の使い魔よ」

「そういわれても、平民の使い魔ねぇ。ちなみに私の使い魔はこれ。さ、ご挨拶なさい、フレイム」

 きゅるきゅると鳴きながら、フレイムと呼ばれたサラマンダーは一歩前に出て頭を下げる。意思の疎通が取れているようだ。そして、フレイムと目が合う。一瞬の交錯の後、フレイムは蛇に睨まれた蛙のように固まり、急いでキュルケの後ろに隠れた。

「あら、ずいぶんと臆病な使い魔なのね」

 ルイズが笑う。その言い方にムッとしたのか。

「どうしちゃったのかしら、そんなにルイズの爆発が怖い?」

「なんですって!」

 キンキンと耳を劈くルイズの声が無駄に響く。二人の喧騒をシャットアウトしていると、チャイムが鳴り、教師と思しき人物が教室に入り、いがみ合いは自然と収まった。一息ついて、鈴音とルイズは隣同士で椅子に腰かけた。

「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですね」

 壇上に出たのは、紫色のローブをまとったふくよかな中年女性だった。彼女は人を安心させる柔和な表情をしていた。

「まあ、とっても変わった使い魔を召喚した方もいるのですね」

 侮蔑か、賛美か。聞きようによってはどちらともに解せる言い方だった。しかし、教師の言い方から察するに、今回は後者だろう。だが、それを理解できない人間もいるのだろう、あるいは理解しててもあえて捻じ曲げてくる人間もいるようだ。

「ゼロのルイズ! 召喚できなかったからってメイドを連れてきたのかよ!」

「でも水兵の服着てるぞ!」

「細かいところはどうでもいい!」

「うるさいわね! あたしだってこんな───」

 そこまで言いかけて、ルイズは言葉を飲み込んだ。そして、ちらりと鈴音の方を見て、何を思ったのか黙り込む。それでも喧騒は収まらず、ルイズを中心として起きた嵐はいつのまにか他の人物を中心として回っているようだった。結局、この嵐は教師が魔法でうるさい生徒に口に赤い粘土を貼り付けることで収まった。ルイズはそのまま授業に集中している。

 『土』属性に関しての授業だった。魔法は隠すべきものどころか、インフラだけでなく生活の隅々までも浸透している。これでは『貴族ー平民』という格差社会が生じるのも無理がないだろう。ここの魔法について全くの無知である鈴音にも非常にわかりやすい良い授業ではあるが、いかんせん、プライドの高さからか、自分の属性を持ち上げすぎているようにも見受けられる。そんな授業の途中。

「では、実践してみましょう。そうですね、ミス・ヴァリエール」

 途端に、教室内の雰囲気が一変した。

「ミセス・シェヴルーズ!」

「危険です!」

 怒号のような叫びが上がる。鈴音が訝しがる中、ルイズは顔を真っ赤にして立ち上がった。彼女は口から粘土を引き剝がしつつ叫んだ。

「やります!」

 そう答えると、杖を片手に、のしのしと、ずんずんと下りていった。 その様子を不思議に見つめる鈴音。そんな彼女に、キュルケが声を掛けた。

「使い魔さん」

「なんでこうなってるの?」

「スズネよね? 改めて言うけど、危険よ、スズネ。机の下に隠れていた方がいいわ」

 見ると、前方の席の生徒達が机の下に隠れ始めている。

「忠告はしたわ。さ、フレイム」

 そう言うと同時に、彼女も使い魔と共に机の下に隠れてしまった。 鈴音は再び視線をルイズの方に戻す。ルイズは目を瞑って石に向かって呪文を唱えている。

 刹那。

 光が瞬いた。

 考えるよりも速く変身し、鈴音は大剣を現出させて即席の盾とする。見かけよりも威力がなくて助かった。鈴音は変身を解除し、教壇へ向かう。

「大丈夫?」

「ちょっと失敗しちゃったみたいね」

「成功率『ゼロ』のくせに!」

 鈴音はちゃんと変身できたことに確かな手応えを感じていた。




 その後の授業は休講になったが、ルイズ達は爆発で被害を受けた教室の片付けを命令されていた。二人は黙々と片付けている。ルイズは倒れてしまった教卓をどけて瓦礫を部屋の隅に寄せている。スズネは床の汚れを掃いている。その沈黙に耐えきれなくなったのはルイズだった。

「わかったでしょ、これが『ゼロのルイズ』よ。あんなに魔法を使うのが貴族だって説明したのに、あたしは使えないのよ。失望したでしょ? こんなのに召喚されたなんて。こんなのの使い魔をやらなきゃいけないなんて」

「関係ないわ。あなたが魔法を正しく使えるかどうかなんてね」

 スズネはそう言い切った。思わず、ルイズも目を丸くしてしまう。

「ルイズが貴族だから、魔法が使えるから使い魔になってるわけじゃないのよ」

 それだけ言うと、スズネは作業に戻る。スズネが何を考えているかわからないが、ルイズは、心の中に激しい後悔がわき上がっていた。

「さっきはごめんなさい。ひどいこと言って」

『こんなのを召喚したかったわけじゃないわよ』───ルイズが言いかけたセリフだ。

「ひどいこと?───あぁ、あれね」

「いきなり見知らぬ土地に連れてこられて、文句も言わず使い魔になってくれたスズネを悪く言ってしまったわ」

「謝らないで。私だってルイズに召喚されてなかったら命はなかったから……」

「え? なにがあったの?」

「終わったわ。部屋に戻りましょう?」

 スズネはそう言うと、満面の笑顔を浮かべた。見たことのないような笑顔にギョッとしてしまって言う通りにしてしまったが、何やら煙に巻かれているような気がする……。




 男子生徒の怒鳴り声がうるさい。そして、それにかき消されるかされないかの程度で聞こえる女性の声───シエスタの声。なんとなく、鈴音はルイズの所に向かうはずだったが寄り道がてらにそこへ向かう。

 野次馬のように固まっている貴族の一人に話を聞くと、どうやら、その男子生徒が落とした香水をシエスタが拾ってしまい、彼の二股がバレたというのだ。謎展開である。

 ともかく、野次馬をかき分けて中へ入る。そこでは、目を疑う光景が繰り広げられていた。シエスタが、土下座させられていたのだ。なぜだろう。鈴音の心臓がどくりと蠢いた。腹の奥が熱い。脳がガチガチと音を立てている錯覚。

「土下座する必要なんてない。こんなくだらないことに」

 鈴音が割って入って、シエスタの頭をあげる。

「なに?」

「こんな二股野郎の自業自得に付き合う必要なんかないって言ってるだけよ」

「そうだぞギーシュ! 二股野郎!」

 その言葉に、野次馬はどっと盛り上がる。それにつれて、男子生徒──ギーシュの顔もより赤くなる。

「平民相手にムキになるなんて、貴族の誇りはどうなったの?」

「き、貴様! そうか、君は『ゼロ』の使い魔の平民か。君は自分の立場をわきまえてないようだな」

「す、スズネさん、もうやめてください!!」

 シエスタの必死の呼びかけを、鈴音は左手で制す。

「立場? 二股した情けないオトコがそれをいう立場にあるとでも? 貴族の風上にも置けない」

 言葉のナイフが、ギーシュの心に次々と突き刺さる。

「ふざけるな!! 『ゼロ』の使い魔のくせに僕を馬鹿にしやがって、決闘だ!」

 その瞬間、場が凍った気がした。

「相手は貴族様ですよ!? 殺されちゃいますよ! やめてください!」

 シエスタは鈴音に向かって懇願する。ギーシュも、この言葉で鈴音が謝罪し、平和に解決できればと思っていたのだが、思い通りにはいかないもので。

「受けて立つわ」

 野次馬のボルテージは最高潮に達した。

「スズネさんっ!」

 割り込んできたのはシエスタだった。野次馬がうるさくてよく聞こえないが、自分の名前を呼ばれた気がする。

「ダメですスズネさん、そんなことしたら、死んでしまいます!」

 今度は、スズネに向かってシエスタは頭を下げる。やめてほしい、胸が痛むから。

「私の決意は変わらない」

 スズネは自分の左手にピカピカのソウルジェムが装着されているのを確認して、シエスタに向かって頭をあげるように促した。ただ、あの貴族がシエスタに土下座させていたことに腹が立っただけなのだ。なぜだか、彼女の姿が椿を彷彿とさせるのは内緒だ。



[43080] 第三話『決闘』
Name: Long◆ebbd9ac8 ID:fe989775
Date: 2018/05/22 19:53
・第一話、第二話、編集して文章を追加しました。


第三話『決闘』

 誰かを殺したいほど憎んだことはあるか? という質問に対して、鈴音はどう答えるだろうか。鈴音自身も、わからないとしか答えようがないのだ。両親が魔女に殺された時、椿が魔女になって、そして自分が殺した時。彼女は己を憎んだ。己の運命を嘆いた。だが確かに、『あの時』、アリサは鈴音のことを殺したいほど憎んでいた。殺せるほど憎んでいた。ふと思い出して、再び罪悪感。反動だろうか、この世界で何か、守りたいと思うのは。椿のような魔法少女になりたいと思うのはその反動だろうか。帳消しにすることなんかできはしない。

「───そんなこと、わかってる」

 なら、なんでこんなことをしているのだろうか。シエスタが虐げられているから腹が立っただけなのか。わからない。色んな感情がごっちゃになって思考を乱している。全身を通る魔力の波動がいつもより何倍も濃いのだ。正常な判断は、できない。一閃。ワルキューレが地面に倒れる。切断面は空洞で、人が入れば丁度いいだろうなとなんとなく考える。野次、野次、野次。耳に悪い。左手に刻まれたルーンが光った気がした。

 後ろを見ると、先ほどまで焦燥し切っていたルイズの目は───変わっていない。泣き腫らしたシエスタの目はよくわからない。ワルキューレの一撃を躱し、その頭にハイキック。頭が吹き飛ぶ。思った以上の威力だ。野次が湧く。脚を使うなんて、初めてだ。あの時は躱すことができたが、もしアリサのハイキックを受けていたら自分もこうなっていたのか……。単調すぎるワルキューレの動きには飽きてきた。

「な、なんなんだ……」

 最後の一騎を袈裟切りで切断すると、もう、ワルキューレは出てこない。ギーシュは尻餅を付いている。杖を振っても魔法は発動しない。一歩、一歩と地面を踏みしめながら彼へと近づいていく。

「あなたの名前、教えて?」

「っ……、ギーシュ、ギーシュ・ド・グラモンだ……、やるなら一思いにやってくれ」

「苦しまないよう、一瞬でやってあげるから、安心して」

鈴音は剣を振り上げて、

「───さよなら」




 軍人貴族の出であるギーシュ・ド・グラモンは、怪物に喧嘩を売ってしまったことを禿げしく後悔していた。つまり、禿げ上がりそうなほど後悔していたのだ。最初の一体こそ弱かったものの、それが難なく屠られてからは全て全力。それが、敢え無く撃沈したというわけだ。あまりの恐怖に失禁しそうになったのは人には言えないが、尻餅をついてしまったのは恥ずかしい。

「あなたの名前、教えて?」

 この女、間違いなく強いヤツ。彼女は自分を殺す気だ。それはわかるが、逃げようとは思わなかった。本当は逃げたい、逃げ出したい。決闘を申し込んだのはどっちだ?

「っ……、ギーシュ、ギーシュ・ド・グラモンだ……、やるなら一思いにやってくれ」

 だが、大勢の視線がそれを許さない。尻尾を巻いて逃げ出すギーシュ、というのはギーシュ自身が許さない。こんな風に名前を聞かれては、尚更だ。この女、伊達にマントを羽織っているわけじゃなさそうだ。逃げたいなあ、死にたくないなあ。ふと、ルイズとアイコンタクト。ピクリとルイズの身体が跳ねる。

「苦しまないよう、一瞬でやってあげるから、安心して。───さよなら」



 あまりに、圧倒的。まるで、子供と大人のような。はじめ、ルイズは愕然としていたが、それはやがて恐怖へ転化する。ワルキューレを蹂躙し、一歩一歩、ギーシュへと歩みを進める。だめだ。このままではだめだ。ルイズにもわかるし、きっとそれは、周りの観客にもわかっているはずだ。それでいて、誰も、動けない。怖いのだ。標的が、自分に変われば?

 また一歩。スズネはギーシュの前に立つ。ルイズの足が震える。だめだ。だめだ。だめだ。だめだ────

 私が止めなきゃ。スズネを。

 足が震える。手が震える。

 スズネが剣を振り上げる。ギーシュと目が合う。

「スズネ……」

 だって私は、私こそが、スズネのご主人様なのだから!

「だめええええええええええええええっっ!!!!!」

 ルイズは走った。そして、杖をスズネに向けて、振り────爆発。ドォンと、空を揺るがせる爆音。同時、ルイズの意識は断絶した。



 一部始終を、遠くからマジックアイテムを通して覗いていた人物がいた。トリステイン魔法学院学長、オールド・オスマンである。そしてその横には、この決闘を知らせにきた秘書の女性、ミス・ロングビルが控えている。緑の髪の麗しい、妙齢の女性だ。爆発が起き、マジックアイテム───『遠見の鏡』はもくもくとした煙に包まれる。

「ふむ、なかなかじゃったの」

 オールド・オスマンはふっと息をついた。

「それは、どちらのことでしょう?」

「二人ともじゃよ」

 ギーシュを圧倒してみせた使い魔と、その使い魔を身を呈して止めてみせたルイズ。

「じゃが、あれは───」

 『メイジ殺し』か。普段の雰囲気からはとても窺い知れなかった殺意の放射であった。オスマンとて、ただセクハラして過ごしているだけではない。勿論セクハラも日課の一つだが、『人間を召喚したルイズと、その使い魔』を観察し、補助するのも学院長の役目である。決して乙女の私生活を覗き見していたわけではないのだ。決してないのだ。

 コンコン、とドアがノックされる。

「学院長、よろしいですか。コルベールです」

「入りたまえ」

 ドアを開けて入ってきたのは、やけに目を輝かせたコルベールであった。

「何事かね?」

「これを見てください」

 そう言って差し出されたのは、『始祖ブリミルの使い魔』というタイトルの本と、ルーンのスケッチである。コルベールはそのあるページを開き、指をさす。途端に、オスマンの表情が一変し、ロングビルに退出するよう促した。ロングビルが退室するのを見届けると、オスマンは、

「……大変なことになったのう。まさか、ガンダールヴとは」

 全くの予想外だったわけではない。オスマンだって、人間を召喚するという異例には何か裏があるとは思っていたのだ。しかし、それでもあの動きはガンダールヴの効果だけで説明できるものではないだろう。

「王室に報告しますか?」

「いや、せんでいい。あまり面白いことにはならないじゃろうからな。先ほどの決闘についてどう思う、コルベールよ」

「慣れているように見受けられました。まるでためらってない」

 コルベールの意見にオスマンもうんと頷く。そう、殺しに慣れているのだ。

「これから忙しくなるわい」

 オスマンは神妙な顔つきでそう呟いた。



[43080] 第四話『微熱』
Name: Long◆53c532fa ID:0a6d743d
Date: 2018/05/24 00:02
第四話『微熱』

 天乃鈴音は、今は亡きご主人様のベッドに寝転んでいた。天井のシミをぬぼーっと数えながら、昨日のことを考える。鈴音は魔法を使わなかった。正確には、固有魔法を使わなかった。カガリの魔法───精神系の一種だろう、記憶の改ざん。使おうと思えば使えたのだろう。ギーシュの記憶を改ざんして決闘をなかったことに、ひいてはシエスタとのいざこざをなかったことすることもできた(ただしそれを食堂でしか行えないだろう)が、あえてそれはしなかった。一つは、ソウルジェムの状態も確認できたし、自分の能力が『ハルケギニア』でどこまで通用するか試したかったから。もう一つは───これが最大の理由になるのだが───『カガリの』魔法を単純に使いたくなかったから。自分の記憶を改ざんし、マツリとの出会いも消去し、多くの少女を殺すよう仕向けた彼女の魔法を使いたくなかったのだ。それは子供の考えだろうか。

「ん……、っと」

 鈴音はベッドから降り、ベッドのシワを整えると、大きく伸びをした。ルイズは悪い人間ではないと、いや、良い人間だと素直に感じる。自分だってギーシュを殺すつもりはなかったのだが、身を呈してまで彼を救おうとしたのには目を見張るものがある。ただし、普段の不遜な態度には少しムッとするところもあるにはあるが……。それはおそらく、コンプレックスの裏返しなのかもしれない。プライドが天より高くて、それでも人を思いやることのできる彼女ともう少し一緒にいたいと鈴音は思った。

 気温も、窓から吹き込む風もいい感じだし、少し散歩でもして月光に当たるかと思ってルイズの部屋を出ると、二秒でキュルケに捕まった───いや、フレイムに捕まったのだった。きゅるきゅると鳴くフレイムを見ていると、どうやら着いてこいと言っている様子。なんだか嫌な予感がするが、踵を返したフレイムの尻尾を追う。すると、キュルケの部屋に案内された。ドアを開けると、蝋燭でできた一本道がキュルケのベッドまで繋がっていて、ぼうと揺らめくその炎はやけに妖美だった。そして、その先には、ラグジュアリー姿で、脚を組むキュルケ。

「私の二つ名は、『微熱』。恋の炎に、男も女も関係ないのよ」

 と、わけのわからないことを言ってみせた。

「……?」

「あぁん、つれないわね」

 確かに、彼女は魅力的だった。はだけた胸元から覗く双丘は、とっても柔らかそうだった。美しい曲線を描く腰も、フェロモンをじゃぶじゃぶ出している。男なら一発で落ちているだろう。よくわからないが。だが、鈴音は女なのだ。むろんそのような趣味を否定する気はないが、鈴音は確実に『そう』ではない。キュルケは立ち上がり、鈴音に迫る。

「あなた、可愛い割りに強いのね」

 キュルケは鈴音の正面に立って鈴音の腰に手を回し、体を密着させた。鈴音の方が二十センチ強低いので、自然と鈴音が包み込まれる形になる。

「む……」

 こんなのってないよ! 痴漢だよ! 痴女だよ! 聞いたことのない少女の声が聞こえた。……あ、でもいい匂い。キュルケの手が背中に回り、胸の方に近づいてきたところで───

「人の使い魔に何手ェ出してんのよぉおおぉおおお!!」

 バァン! とドアが力強く開かれた。




「う、う……」

 ルイズが目を覚ますと、そこは保健室だった。長い長い悪夢から覚めたような重苦しい気分を引きずったまま、ルイズは上半身を起こす。

「痛っ」

 全身が痛い。激痛というわけではないのだが、ピリピリとした痛みがあった。

「んー」

 なぜ、こんなところにいるのだろう。そうだ。スズネを召喚して、スズネがギーシュと決闘して、そして、そして。

「───スズネッ!!」

 私が召喚した親愛なる使い魔。白くて、赤くて、可愛らしい使い魔。たぶんだけど、すごく強い使い魔。はっとして、ルイズはベッドから飛び起きた。どれくらい寝てたろう。壁にかかったカレンダーに目をやると、それは一日の経過を示していた。

 保健室を出ると、シエスタとバッタリ遭遇。ベッドに戻ってくださいだの、心配そうな声をかけてくるが、拝み倒して強行突破。もはや這うように部屋までたどり着く。ドキドキする心臓を押さえつけながらドアを開ける。
 ひゅぅと風が通り、ルイズの髪を撫でる。───そこには誰もいなかった。

「うそ、なんで、なんでっ」

 なんで焦っているのか。ルイズにはわからない。ルイズの爆発で、スズネが死んでしまったとでも? あるいは、ルイズに愛想をつかして出て行ってしまったとでも? ありえない。わかっていながらも、怖いのだ。その姿が思い浮かんできて、足が震える。

「───ん?」

 違和感。なんか隣の部屋でなにかが起きているようだ。綺麗なベッドだが、誰かが使っていた形跡がある。おそらくスズネ。

「んー、」

 二度目の唸り。きっとそうだ。ふんふんと鼻息を荒くしながら、足の痛みを忘れてルイズはキュルケの部屋に向かった。少しだけドアを開けて中を覗く。はっきりとは見えないが、確かに二人分の影。よし、突入!

「人の使い魔に何手ェ出してんのよぉおおぉおおお!」

 引きちぎる勢いでルイズはドアを開けたのだった。



「あんたもなに着いて行ってるのよ!」

 バン、と机を叩いて立ち上がったのはルイズだった。机上に置かれていたコップが揺れる。逃げ回ったキュルケに宝物庫の辺りで爆発を起こした後、ルイズは鈴音に対しても激怒していたのだ。

「ねえスズネ、ちゃんと聞いてる!?」

「うん」

 空返事だ。ルイズがそこまで怒っている理由が鈴音には見当もつかなかった。

「不安だったんだから……」

 消え入りそうな声だった。鈴音がはっとして顔を上げると、ルイズは今にも泣き出しそうな表情をしていた。なにを言えばいいか、わからない。なにを言えばいいのか……。気まずい時間が二人を覆った。しばらくして先に声を発したのは、ルイズだった。

「次の虚無の曜日に、王都に行きましょう」

 『虚無の曜日』───こちらでいう日曜日のことだろうか。鈴音からは、彼女の顔色は窺えなかった。



[43080] 第五話『王都っと』
Name: Long◆fe1ee71c ID:9d0030d0
Date: 2018/05/29 15:22
第五話『王都っと』

 ルイズはついに、スズネを召喚してから初めての虚無の曜日を迎えていた。授業は全て休みであり、寮からの外出も自由な日である。この日の過ごし方は人によって様々であり、ある者は自室で寝て過ごしたり、またある者は魔法の鍛錬の費やしたりするのだが、ルイズはそのどれにも当てはまらなかった人間である。一日を、勉学に費やしていたガリ勉少女だったのだ。それはもちろんルイズの気質もあるのだが、『自分は魔法を使えない』という事実がルイズを座学へと駆り立てていたのだ。そしてついに、ルイズは殻を破ろうとしている。虚無の曜日に、王都へ向かおうとしているのだ!

 そんなこんなでルイズはスズネと『二人で』馬に乗って揺られているのだが……、

「い、いつまで着いてくるのかしら……?」

「たぶん、最後まで」

 スズネは上空を仰ぎながら素っ気なく答える。音こそ立っていないが、ルイズとスズネの上空を青い翼竜がぐるぐると旋回しているのだ。気付かないものは居まい。最初はバレないように着いてきていたのだろうが、おそらく馬の速度に合わせることができなくなったのだ。

「ス、スズネ、あんたまさか『アイツ』に言ったんじゃないでしょうね。今日のこと」

「言ってないわ。ルイズがあれだけ朝バタバタしていたら誰でも気づく」

 確かに、スズネの言う通りである。久し振りのお出かけにテンションが上がったことは否定できないし、朝、準備不足でドタバタしてしまったのも事実である。である、が、それを認めてしまうのは癪なので「ふん」とだけ息を吐いてルイズは青い翼竜───その上に乗っているキュルケとタバサを睨みつけた。するとキュルケがウインクしたような気がして、ルイズは足で鞍を蹴った。速度が上がる。ふと下を見ると、ルイズの腰に回っているスズネの腕が思ったより華奢で、なぜだかどきりとしてしまった。こんな腕で、ギーシュをワルキューレを切り刻んでいたのか……。そもそもである。ルイズとスズネはさほど変わらないどころか、なんとスズネの方が身長は低いのだ。そして若いのだ。ルイズの腰に手をやる自分より幼く、自分より小さいスズネの奥には、一体どんな力が秘められているのだろうか。






 馬で揺られること二時間で、一行は王都に到着した。これなら自分で走った方が速かったかもしれないと鈴音は思ったが、一人でできることはあまりない。まあ、都会では味わえない澄んだ空気を堪能できたから良しとしよう。

「スズネ〜、なんで言ってくれなかったのよ〜、言ってくれてたら乗せていってあげたのに〜。遅すぎよ?」

 そんな鈴音の心情をわかってかわからずか、キュルケは甘ったるい声でそう言った。

「私の使い魔」

 隣にいた青髪メガネの小さい少女───なんと言っていたか、確かタバサだったような───は小さく呟いた。そうか、キュルケの使い魔はサラマンダーだったか。そこまで考えて、スズネはこの環境に慣れてしまっていることにぞっとした。だが、今の鈴音に帰る場所などあるのか。

「な、なによ! 乗り心地でいったら負けてないわ!」

 ルイズが張り合う。通りかかる商人らしき男がちらりとこちらを見た。うるさい二人を置いて、鈴音はタバサと一緒に王都の中へと向かった。






 王都に武器屋は少ない。正確には、『戦争に使える』武器屋は少ないのだ。戦争になると、軍隊は自国の平民を吸い上げて兵隊を組む。もちろん軍隊支給の剣や防具もある。しかし、なにせ、普段そんなものを使わない貴族たちが戦争をしようというのだから、支給される武器は使い物にならないものばかり。だから、平民が自分を守るためには武器屋で買うしかない。だが、ここは王都で、国土の狭い、人口も少ないトリステインではめったに戦争は起こらない。起こさない。だから、王都に『使える』武器屋は少ない。装飾用の刀剣を扱う武器屋は存在するのだが、もはやそれは貴金属店であろう。本当に武器が欲しいのなら、郊外の治安が悪い土地に行くしかないのである。───が、ここにいるのは公爵の娘である。そんな武器屋を知るはずもない。買い物といえば王都で、もちろん王都のどこに武器屋があるかも把握していない。

「そもそもなんで剣なのよ? スズネには、あの珍しい剣があるんじゃないの?」

 素朴な疑問。キュルケが発した。ルイズがなにやら言おうとしたところ、

「あった」

 今度はタバサが割り込んでくる。一つはずれた路地の奥に、武器屋があるというのだ。外から様子を見てみると、どうやら装飾用の貴金属店ではなさそうだ。ここはいっちょ、入学して以来ほとんど使っていない貯金をはたいてやるか───とルイズは鼻息荒く扉をぶち開けた。

「へい……って、貴族様がなんのご用事で?」

「冷やかしに来たわけじゃないわよ。ちゃんと武器を買いに来たの」

「ほうほう、それはそれは。で、誰のための武器で?」

「この子よ」

 そう言うと、ルイズは胸を張ってスズネを指差した。ビシィ、とでも音がつきそうな具合である。

「一番高いのを見せてちょうだい」

「は、はぁ……、到底戦えるようにはみえませんが……」

 そこまで言うと、なにか思いついたように店主は目を見開いた。水兵の服を着ているだけに、元軍人の雇われだとでも思ったのか。あるいは、貴族にぼったくり剣を売りつけることを考えついたのか。後者ならば、重罪であるが……。奥に引っ込んで、金色に輝く一振りの豪華な剣を持ってきた。

「これならお付きのものでも振れそうですし、見栄えもいいですよ」






 鈴音の前に出されたのは、あちこちにルビーやサファイアなどの宝石が散りばめられた六十センチほどの諸刃の刀剣であった。明らかに戦闘向きではないが、キュルケは目を輝かせて『スズネにこれ買ってあげるわ!』などとほざいている。見た目だけで判断するのは失礼というものなので、一応持ってみる。瞬間、鈴音の中を巡る魔力の流れが一気に速くなった。左手を見ると、甲に刻まれたルーンが光っている。

「(ワルキューレと戦った時と同じ……)」

 一度剣を置く。魔力の流れは正常に戻る。剣を持つ───魔力の流れは爆発的に強化される。ルーンが光る。同時に、この剣の情報が流れ込んでくる。

「これおいくら?」

 固定化の魔法が薄くかけられているだけの剣である。あまり重くない。たしかに店主の言う通りだ。

「二千エキューですぜ」

 どういう振り方が一番効果が高いかが手に取るようにわかる。

「に、二千!? さすがに払えないわよ!」

 だが、不審な点が一つだけ。

「じゃあ私が買ってあげてもいいのよ?」

 鈴音は少しだけ考えると、

「ちょっとキュルケ、勝手に餌付けするのやめなさいよ!」

 剣の腹を、カウンターに思い切り叩きつけた。カウンターが揺れる、皆の視線が鈴音に集まる。

「うわああああああああっっ!」

 そして叫び声。ルイズと店主の叫び声が重なる。片方は悲痛な、そしてもう片方は歓喜の。「べ、弁償しなきゃ」と言っておよよと崩れ落ちる傍ら、店主は歓喜の表情でその剣を見つめていたのだ。剣は真っ二つに割れていたが、その中からは大量の宝石が溢れ出していた。これは剣ではなく、いわゆる宝物庫だったわけである。

「おでれーた! あんた使い手か?」

 ん? と鈴音は辺りを見渡す。明らかに店主の声ではないし、そこに崩れ落ちているルイズの声でもなく、キュルケの声でもタバサの声でもない。店の外には誰もいないし、そもそもその声は店の中から聞こえているのだが……。

「誰?」

 鈴音は声をかける。

「こっちだよ、こっち!」

 最初に見つけたのはタバサだった。無造作に放置されてある剣群から一つ抜き出した。それは、鈴音の身長ほどあるだろう長剣だった。見た目は錆びていてオンボロ。とても切れ味が良さそうには見えない。

「インテリジェンスソード」

 ただ特殊なのは、鍔の部分をかちゃかちゃと鳴らすことで喋る部分である。剣が喋るのは、さすがに魔法少女でも見たことがなかった。タバサが言うには、インテリジェンスソードとは意思を持った剣らしい。実際に受け取っても、それ以上の情報はない。面白そうではある。

「やっぱりあんた、使い手じゃねえか! 使い手と会ったのは久しぶりだぜ。なあ娘っ子、おれを買ってくれ!」

 ここで言う『娘っ子』は、おそらく鈴音を指したものではなく、ルイズを指したものだろう。ルイズは涙を拭きながら立ち上がる。

「一体なんなのよ……」

 思ったより重大になっていないことに気付いたルイズは混乱しているようだった。

「お礼でさあ、好きな武器一つ持っていってくだせえ」

「そ、そうなの?」

「そうさ! だからおれをもらってくれ! 娘っ子! 後悔はさせねえ!」

「こんなに主張するコイツは見たことねえや」

 店主は頸に手を当てながら首をひねっていた。

「けどこんなボロ剣をねえ、スズネはそれでいいの?」

 鈴音は考える。普通の剣を貰っても意味はない。その点において、このインテリジェンスソードは面白い。しかも、鈴音のルーンについて何やら情報を持っている様子。

「これにするわ」

 これが、鈴音とインテリジェンスソード───デルフリンガーの出会いだった。



[43080] 第六話『土くれのフーケ』
Name: Long◆35304d18 ID:0a6d743d
Date: 2018/06/12 02:21
第六話『土くれのフーケ』

───それは、突然であった。



 とてもではないが、落ち着けなかった。虚無の曜日にスズネと王都に行ってから、ルイズはスズネと同じベッドで寝ることにしているのだが、つまりスズネを自分のベッドに上げているのだが、それがまた落ち着けない。ここで誤解を解いておくと、決してスズネの寝相が悪いわけではない。むしろ、良い部類に入る。ルイズの邪魔をしないようにとなるべく端っこで横になっているし、寝返りを頻繁にして腕でバシバシ殴ってくることもない。端的に言うと、そんな訳の分からないことを考えてしまうほどルイズは寝不足だったわけである。ちいねえさまと一緒に寝た時はぐっすり寝付けたが、やはりこうなっているのは、やはりスズネの異質感であろうか。同じ土地で育っていないという、縁の遠さゆえだろうか。ちゅんちゅん、小鳥が木の上でさえずっている。

「もう朝なのね……」

 スズネはシエスタと共に洗濯にいっている。そろそろ洗濯もシエスタにやってもらおうか。隔週でやってもらうのもいいかもしれない。スズネの負担を減らしてやりたいと、ルイズは似つかないことを思った。寝ぼけ眼のまま着替え、歯を磨き、シエスタに用意させた温水を染み込ませたタオルで眼の疲れを取る。

「あぁ〜、効くわ〜」

 おっさんか。ルイズは一人で虚しいツッコミを入れて、頬を叩いて授業に向かったのであった。






 つまるところ、ご主人様は寝不足だった。自分がいるとどうにも落ち着けないようで、夜通し、夢と現の間でと頑張っていたことは鈴音も知っていた。鈴音はベッドの上でルイズに背中を向けながら、その様子を把握していたわけである。だから、鈴音は夜中にデルフリンガーに教えてもらった『ガンダールヴ』について調べていた。もちろん鈴音がハルケギニアの文字を解読できるわけではないので、タバサに横についてもらって翻訳してもらっている。かわりに今度『ハシバミ草』とやらをご馳走することになったが、その苦味や如何に……。

「結局、大体の話がおとぎ話にすぎないってことね……」

「そう。なんで伝説について調べてるの?」

 小さく項垂れる鈴音、タバサは無表情で見つめる。

「ただ、興味があるだけよ」

 嘘である。だが、嘘を見破られない自信はあった。相変わらず見つめ続けるタバサの視線を躱して、鈴音は考える。大抵の話はおとぎ話にすぎず、記述もバラバラで、当てにはならない。ただ、確かなのは───そのご主人様が『虚無』と言われる魔法の使い手であること。以前爆発で気絶してしまった先生の授業では一ミリたりとも触れられなかった伝説の属性である。それなら、ルイズの爆発も納得がいくのではあるが……。魔法を使えないのではなく、土のメイジが水の魔法を使えないように、四元素の魔法を使えないだけなのである。この話をしても、信じてはもらえないだろう。ルイズにとっては、鈴音が異世界から来たことと同じぐらい荒唐無稽な話なのだから。未だに異世界から来たことを信じていないのだから。

 タバサは浮遊の魔法で本を棚の上に戻してくれる。ありがとう、鈴音がそう言うと同時に、ずんずんと地面が揺れた。タバサの手元が少し狂って本がなかなか差し込まれない。二回ほど作業を繰り返して───その間にも揺れは続いて、なぜか爆発の音も混じってきて───ようやく収納される。

 どんどん。ばんばん。

「外がうるさい」

 相変わらずの無表情で、タバサはそう呟いた。




───『それ』は突然だった。

 突如、三十メイルほどの巨大なゴーレムが立ち上がり、宝物庫の壁をぶっ壊したのである。その場に偶然居合わせた人間で何とか対処しようとしたのだが、何せそこに居たのは、今度はスズネがいないと落ち着けないといって夜風に当たりにきたルイズとキュルケだけであった。ルイズの爆発があまり当たらないし、当たったとしても、ゴーレムの表面を削るだけ。キュルケの炎も強力だったのだが、ゴーレムの小指ほどの土を削るばかりで、効果があるようには思えなかった。

「メイジがもっといてくれたらっ」

「今は私たちしかいないんだから、やるしかないのよっ」

 ゴーレムの剛腕が迫る。ルイズとキュルケは慌てて後退する。その隙に、ゴーレムは踵を返して走っていった。

────スズネやタバサ、騒ぎで目が覚めた教員たちが到着したとき、すでにその後ろ姿は豆粒ほどになっていた。そして、宝物庫には、

『秘蔵の破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 という挑発じみたメッセージだけが残されていた。





 疲れ切ったルイズは、ゴーレム───『土くれのフーケ』という盗賊のものらしい───が去った後、気絶するように眠りに落ちてしまい、鈴音が彼女をベッドまで運んだ。翌日の十時過ぎになってようやく目覚めたので、着替えをさせて二人は教員とキュルケ、タバサと共にオスマンの話をきいていた。当直の教員がサボっていたが、それが常態化していたこと。王国への報告は控え、学園の内部だけで解決すること。そして、

「──────誰か、志願する者はおらんかね?」

 先ほどまで騒々しかった部屋が、すんと一気に静まる。杖を挙げる者は誰一人としていない。命のやり取りを行おうというのだから、当たり前といえば当たり前といえる。オスマンが見廻すと、

「……ほう」

 一本だけ、杖が掲げられる。俯いたまま、ルイズは杖を天井に向けたのだ。水面に小石を投げ込んだときのように、騒めきがルイズを中心に広がる。そして、

「『ヴァリエール』にいいとこ取られちゃったわね」

 キュルケは軽く笑って、杖を掲げた。続いて、この部屋で最も小さいタバサも杖を挙げた。俯いて震えているようにも見えるルイズの瞳には、決意の眼光が宿っていた。これが、

「『貴族様』、さすがね」

 ルイズに聞こえるように、ルイズだけに聞こえるように、鈴音は呟いた。鈴音には、人を殺してまで貫きたかった正義があった。それと同様に、ルイズは、己を擲ってでも貫きたい『誇り』があるのだろう。そんな彼女を馬鹿野郎と罵る気にはならなかった。ルイズと自分が重なって、鈴音の心臓が一回だけ大きく拍動した。驚いてこちらを見たルイズと目があって、鈴音はゆるりとオスマンに目線を向けた。



 途中で入ってきたオスマンの秘書───ミス・ロングビルの操縦で、ルイズ、鈴音、キュルケ、タバサの五人は森の中にある小屋とやらに馬車に乗って向かっていた。最初は開けていた明るい道だったが、次第に鬱蒼と茂る森に入っていく。

「きゅっ、怖いわ、スズネ〜」

 棒演技か。キュルケがスズネの腕に自分の腕を絡めると、即座に、ルイズが顔を真っ赤にして叫んだ。

「だからやめなさいよ! 人の使い魔になにするの!?」

 ご主人さまは変わらないようだ。先ほどの眼光は一体どこへやら。鈴音がため息を吐くと、ミス・ロングビルが到着を知らせてくれた。そもそも、彼女も怪しいものである。一体いつ調査する暇があったと言うのか。背中のデルフリンガーの感触を確かめる。皆で馬車を降りて少し進むと、大きく開けた土地に出た。およそ、魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。真ん中に、確かに廃屋があった。元は木こり小屋だったのだろうか。朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が隣に並んでいる。五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話です」

ロングビルが廃屋を指差して言った。人が住んでいる気配はまったくない。作戦会議をした結果、鈴音がまず小屋を覗き、誰もいなければ皆を呼び寄せて突入する流れとなった。

「では、お願いします」

 無音で、鈴音は小屋に近づく。気配を消すことには慣れている。汚れた窓から内部を観るも、誰もいない様子。鈴音は後ろを向いて腕でバツ印を作る。隠れていた全員が、状況を把握し、おそるおそる近寄ってきた。

「誰もいないわ」


 鈴音は窓を指差して言った。タバサが、ドアに向けて杖を振った。

「ワナはないみたい」

 そう呟いて、ドアをあけ、中に入っていく。キュルケと鈴音は後に続く。ルイズは外で見張りをすると言って、後に残った。ロングビルは辺りを偵察してきますと言って、森の中に消えていった。小屋に入ったタバサたちは、フーケが残した手がかりがないかを調べ始めた。そして、タバサが棚の中から、『破壊の杖』を見つけ出した。

「破壊の杖」


 タバサは無造作にそれを持ちあげると、皆に見せた。

「あっけないわね!」

 キュルケが叫んだ。鈴音は、その『破壊の杖』を見た途端、眉間にしわを寄せた。


「それ、本当に『破壊の杖』なの?」

「そうよ。あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」


 キュルケが頷いた。鈴音は近寄って、『破壊の杖』を観察する。

「これは……」


 そのとき、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。瞬間、小屋の屋根が吹っ飛んだ。屋根がなくなったおかげで、四角く切り取られた空がよく映えていた。そして青空をバックに、巨大な土ゴーレムの姿があった。


「ゴーレム!」


 キュルケが叫んだ。タバサが真っ先に反応する。自分の身長より大きな杖を振り、呪文を唱えた。巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムにぶつかっていく。しかし、ゴーレムはびくともしない。キュルケが胸にさした杖を引き抜き、呪文を唱えた。杖から炎が伸び、ゴーレムを火炎に包んだ。しかし、炎に包まれようが、ゴーレムはまったく意に介す様子がない。

「無理よこんなの!」

 キュルケが叫んだ。

「退却」


 タバサが呟く。キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始めた。鈴音はルイズの姿を探した。ルイズを外に立たせたのが間違いだった。自分の判断ミスを叱責する。だって、おおよそ見当はついていたことではないか。ルイズはゴーレムの背後に立っている。ルイズはルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざした。巨大な土ゴーレムの表面で、何かが弾けた。小規模の爆発は、ゴーレムの表面を薄く削る。ルイズに気づいてゴーレムが振り向く。小屋の入り口に立った鈴音は二十メイルほど離れたルイズに向かって叫んだ。

「逃げて!」

 しかし、全く退こうとしない。ルイズは唇を噛み締めた。


「いやよ! 私は貴族なのよ! こんなところで退いてられないわ!」

───これも、見当がついていたことではないか。ルイズは、鈴音とギーシュの決闘の際も命をかけて彼を救おうとした。それは鈴音のためでもあったかもしれないが、今はあまり関係ないか。鈴音は詳しくは知らないが、彼女は『貴族』なのだ。己を擲ってでも『誇り』を守ろうとする、仲間を守ろうとする。そういうもの。ならば。鈴音がやるべきことは、彼女を怒鳴りつけることではないだろう。

「───椿」

 ずっと前に、セーラー服のポケットに入れた御守り。夢の中で椿にもらった鈴のついた御守り。鈴音は変身する。ぎゅっと、潰れそうなほど御守りを握りしめる。鈴音が呼ばれたのは、何の為か?

「おかえりなさい、椿」

 鈴音は呟く。全身に魔力が滾る。髪の毛は鈴で結ばれていた。鈴音の周りには炎がゆらめていていた。彼女はかっと目を見開いた。しっかりとゴーレムを見据える。

「デルフリンガー」

 鈴音は呟く。剣を抜き、魔力を通す。まるで手の一部。どう使えばいいかがわかる。

「いけるぜ! 存分にやってくれ!」

 デルフリンガーの刃に線が通る。カッターナイフのように刻まれた線だ。デルフリンガーの錆が落ちていく。手に馴染むその武器に、鈴音のアドレナリンは一層加速。

「『炎舞』」

 その模様の中心あたりが赤熱する。いつのまにか、揺らめいていた炎は噴出するように天に伸びていた。それらが無数の炎剣に変化する。



───チリンと、どこからか、鈴の音がした。



 鈴音がデルフリンガーを振ると、無数の剣は飛翔し───ゴーレムをぐちゃぐちゃにした。土の塊になって地面に崩れていく。その元で尻餅をついて目をまんまるに見開いていたルイズが叫んだ。

「やった、やったわ! 勝ったのよ私たち! スズネ!」

 タバサとキュルケが駆け寄ってくる。

「あなた、炎の魔法も使えるの!? あんな魔法見たことないわよ!」

 キュルケだ。タバサは窺うように無表情でスズネを見つめてくる。

「まだ終わってないわ」

 鈴音が振り向くと、そこには、『破壊の杖』を持ったミス・ロングビル───フーケが立っていた。

「じゃあ、終わりにしましょう」

「ミス・ロングビル……なんのつもりですか!」

 キュルケが叫んだ。

「彼女がフーケ」

 タバサが呟く。フーケが杖を振る。

「『陽炎』」

 鈴音の姿が消える。刹那、彼女はフーケの隣にいた。腹を蹴りつけ、地面に引き倒す。鈴音は見下ろすように立っていた。フーケの首にデルフリンガーの切っ先を当てる。

「やっぱ敵わないねぇ。天性の『暗殺者』には」

「なに?」

「あんた、殺したんだろ」

 圧倒的に不利な状況にいながら、文字通り命さえ握られている状況にいながら、フーケは笑ってみせた。

「黙れ」

「また、殺すのかい? 昔みたいに」

「黙れ!」

 鈴音は堪らず、フーケの頭を剣の腹で殴りつけた。




 「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り返してきた」

学院長室で、誇らしげに、鈴音を除いた三人が礼をした。


「フーケは、城の衛士に引き渡した。『破壊の杖』も無事に宝物庫に収まった。君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」


 三人の顔が、ぱあっと輝く。

「本当ですか?」

キュルケの目がキラキラと輝く。

「君たちは、そのぐらいのことをしたのじゃからな」

 ルイズは、フーケを気絶させてから一言も発さなくなってしまった鈴音を心配げに見た。

「……オールド・オスマン。スズネには、何もないんですか?」

「残念ながら、彼女は貴族ではない」

「何もいらないわ」


オスマンは、ぽんぽんと手を打ち、

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。『破壊の杖』も戻ってきたので、予定どおり執り行う」


 キュルケの顔がぱっと輝いた。


「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」


 三人は、礼をするとドアに向かった。ルイズは、鈴音をちらっと見て、そして、立ち止まる。

「先に行ってて」


 ルイズはしばらく見つめていたが、やがて頷いて部屋を出て行った。オスマンは鈴音に向き直った。

「なにか、わしに聞きたいことがおありのようじゃな」

 鈴音は頷いた。

「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授けることはできんが、せめてものお礼じゃ」


 それからオスマンは、コルベールに退室を促した。鈴音の話を待っていたコルベールは、不承不承といった感じで部屋を出て行った。コルベールが退室するのを見届けて、鈴音は口を開いた。

「『破壊の杖』は、私の世界の武器よ」

 オスマンから話を聞いた鈴音は、しばらく考えこむと、目を伏せて部屋を出た。



[43080] 第七話『呪縛』
Name: Long◆30f5f3b7 ID:0a6d743d
Date: 2018/06/13 19:35
第七話『呪縛』
 
 土くれのフーケを捕まえてから一週間がたった。『フリッグの舞踏会』にスズネは顔を出さなかったし、それ以来、ほとんど口をきいてくれなくなってしまった。そもそも同じ部屋にいることがなくなってしまった。退屈な授業を終えて自室に戻ってきても、そこにスズネの姿はない。それでもベッドはわずかに乱れていて、どうやらルイズの授業中にスズネは部屋には戻ってきているようだ。朝は洗濯をしてくれているようだからシエスタにスズネの居場所を聞いてみたが、苦笑いするだけで答えてくれなかった。
 
「あーもう、いったいどうなっているのよ……」
 
 夕方、食堂でルイズは項垂れていた。右隣にはキュルケ、左隣ではタバサが黙々と食事を頬張っている。ルイズもよく食べるほうだが、ルイズより小さいタバサがこれだけの食事を摂ってどう消費しているのかは永遠の謎である。
 
「なんかしちゃったんじゃないの?」
 
キュルケであった。彼女に対しては普段とあまり態度は変わらないというから、薄々感じていたことではあるが……。ルイズは考え込む。
 
「ほら、なんか心当たりあるんじゃない」
 
「そ、そんな……、洗濯とかはさせてるけど……」
 
 それよ! キュルケはビシッとルイズに指を向けた。
 
「そういうのさせてるから嫌になっちゃったんじゃないの?」
 
 ううううう、とルイズは唸る。
 
「私だってやめようかなって思ってたわよ……ただ言うタイミングがなかっただけで」
 
「そう思うわよね、タバサも」
 
 同意を求められたタバサは、いつも通りの無表情で──だけれどもどこか苦々しい顔つきで頷いたのであった。
 



 
 
 土くれのフーケを憲兵に引き渡した夜、鈴音は『フリッグの舞踏会』には参加せず寮の上から双月を眺めていた。屋根の上に座って天を仰ぐ。月光には魔力を帯びているのか、月光を浴びていると全身をめぐる魔力の脈動が強くなるような気がした。そして考えるは、ルイズのこと、フーケ……ロングビルのこと、殺したこと。ロングビルは、鈴音が昔『暗殺者』であることを知っていた。鈴音の立ち回りから? それとも鈴音の殺意から? それとも、鈴音が殺した少女が、鈴音と同じく誰かに、虚無の使い手に『召喚』されたから? 最悪の想定。逃げられないのはわかっていた。どんなに時間がたっても、どんなに惨い死に方をしても償えるはずはないとわかっていた。けれども、こんなに早く、過去の残影が自分の後ろ髪を引いてくるとは思ってはいなかった。ふとソウルジェムを見ても、少し濁ったが、やがてその濁りは消えていった。
 
 背後に、人の気配。独特の気配。先ほどまでなかったはずなのに、急に存在感を示してくる。自分に似ていると鈴音は思った。振り返ると、そこにはやはりタバサが立っていた。
 
「舞踏会はどうしたの?」

「これから仕事だから」

 タバサはそれだけ言うと、鈴音の横に、スカートを尻に巻き込んで座った。仄かに香る、同業者の臭い。鼻の奥を刺す鉄臭さと、タンパク質の焼ける匂いだ。

「どんな仕事?」

「殺しに行く」

 彼女は短く答えた。鈴音は何も反応せず、ただ月を眺めている。そして、

「───私は人を殺した」

 まるで当然のように告げたのだった。






 食事の後何か知っているのではじゃないかとタバサを尋問すると、彼女は『私からは言えない』と答えてくれた。

「結局、自分でなんとかしなきゃいけないってわけね」

 溜息をついて、授業をサボって、ルイズは自室の扉を開ける。授業だから会えないのなら、授業をすっぽかしてしまえばいいじゃない! 悪いルイズがそう囁いたのだから仕方がない。それよりも、原因不明で離婚寸前の夫婦のような気まずい空気が耐えられないのだ。

「ルイズ……」

 扉を開けると、スズネは椅子に腰掛けて鈴のついた御守りを手に持って見つめていた。

「スズネ、話してちょうだい」

 スズネの正面にどかっと座る。スズネは気まずそうに視線を逸らした。ルイズは椅子ごと移動してその視線をキャッチする。

「私、スズネのこと信じてるのよ。───スズネが私たちとは違う世界からきたことだって、私のこと、一人の貴族として認めてくれてることだって、フーケから守ってくれたことだって。……それなのにズルイじゃない。スズネは私に何も言わないでどこかに行っちゃおうっていうの? 一人で何か悩んでるっていうの? そんなの許さないわよ。私が何かしちゃったならちゃんと言いなさいよ」

 ルイズは、自分ですら驚いてしまうほど饒舌になっていた。溜めていた感情が流れ出して行くような感覚だった。恐らく、涙さえ浮かんでいるのかもしれない。半ば息を切らしながらルイズが言い切っても、スズネは何も言おうとしない。

「私のこと、まだ信じてないの?」

 純粋な疑問。その言葉に反応してか、俯きがちだったスズネの唇が僅かに震えた。

「人を殺したことがある」





───たくさんの少女を殺した。

 スズネの独白は、ルイズにとって、まさに別世界としか思えなかった。

───たくさんの少女を殺した?

 わからない。

───たくさんの少女を殺した? 数えきれないほどの少女たちを殺してきたと?

 わからない。実感が湧かない。目の前にいる少女がヒト殺しだと? いや、確かに彼女の眼光にはナイフのような輝きもあるけれど、怒らせたらヤバイなとか、ギーシュが殺されるかもしれなかったとかそういう感覚はあるけれど、そういう話ではない。

 ルイズには、何もわからない。彼女は人を殺したことはない。彼女は人の『死』を目の当たりにしたことがない。スズネは糾弾されるべきなのだろうか? 彼女自身は自分の行動だと言っていたが、偽物の正義を植え付けられて人を殺すに至った彼女は非難されるべきなのだろうか?

 ああそうとも、通念で考えれば、スズネは非難されるべきだろう。だが、ルイズにとって、彼女のそれはあまりにも遠い話だった。

「わかんないわよ、そんなの……」

 ルイズは、絞り出すように呟く。しかし、それは蚊の鳴くような細い声だ。

「意味わかんない。スズネが人を殺したとか! 全然意味わかんないわよ!」

 それは次第に大きな声になっていく。

「そんなの関係ないじゃない! だって昔の話でしょう!? 今、スズネは私の使い魔なのよ! 私を助けてくれたじゃない!」

「……っ」

 ルイズの息はついに完全に上がり、はぁはぁと肩で息をしている。それでも、ルイズの目はしっかりとスズネを見据えていた。

「スズネが昔どんな人だったかなんて関係ない。今、私の前にいるのは今のスズネなんだから」

 暫しの沈黙。それを破ったのはスズネだった。

「……ありがとう」

 伝えたいのはそれだけだと言わんばかりに、スズネは笑顔を浮かべた。



[43080] 第八話『メイドの土産に』
Name: Long◆125771f7 ID:b394afac
Date: 2018/07/07 14:24
第八話『メイドの土産に』

「もうすっかり日課になりましたね」

 シエスタは笑いながらそう言った。早朝。まだ日も薄らとぼやけている時間に、鈴音とシエスタは水場で横に並んで洗濯物を洗っていた。この時代だからもちろん温水器などあるはずもなく、相変わらず手先は痺れるが、それにも段々と慣れて来た頃だった。一度何時頃に起きているのか尋ねたことがあったが、それはもう驚くような早さであった。学校が始まる前に全ての用事を済ませなければならないのだから、当然といえば当然である。

「慣れたわ」

 この不自由な生活にもね。と続きは心の中だけで呟く。───だが、それ以上に、シエスタは世話焼き(あるいは世話好き)のような印象を受ける。ルイズに対しても、そして鈴音に対してもだ。それゆえに、殊この異世界においては、その日本人然とした顔つきも相まって親近感が湧くというものだった。

「昔、シエスタに似ている人と住んでたことがある」

 ふと、口をついてそんな言葉が出ていた。

「そうなんですか。今、そのお方はどうされれたんですか?」

「いなくなってしまったわ」

「ああっ、ごめんなさい、野暮なことを聞いてしまって」

「謝らないでいいのよ」

 まだ朝だというのに、しんみりした気分になってしまったな、と鈴音は思う。

「その方に、私が似ているんですか?」

 申し訳なさそうに、シエスタは聞いてくる。余計な気を使わせてしまったかもしれない。

「そう。雰囲気とか、その世話好きなところとかね」

「そうなんですか……」

 明らかに、反応に困っている様子。

「椿はいなくなってしまったけれど、あなたのことは守ってみせるわ」

「あ、ありがとうございます……?」

 椿は、自分を守って魔女になった。死んでしまった。消えてしまった。だが、今の鈴音には力がある。積み上がった屍の上に成り立つ力がある。ハルケギニアに呼ばれた理由はわからないが、これが、鈴音に課せられた新しい『正義』なのかもしれない。

「考えすぎね」

 自嘲するように、鈴音は呟いた。シエスタを椿に重ねて、一体どうなると言うのだ?

 洗濯を終えた二人は少し移動して、昼過ぎから日当たりが良くなる場所に設置してある干し場に移動した。

「今度、私の故郷に息抜きにどうですか?」

「故郷?」

「はい! タルブ村なんですけど、『ヨシェナベ』っていう料理がとても美味しいんですよ!」

 どこかで聞いたことのある懐かしい響き。寄せ鍋を外国人が発音したときのような拙い日本語だ。まさか、と思って鈴音は聞いてみる。

「どんな料理なの?」

「鍋に、いろんな具材を入れて煮るんです。みんなで一つの鍋を囲むのは貴族様たちにはない習慣ですけど、楽しいんですよ」

 ふ、と鈴音の口から息が漏れる。まさに、鈴音が知っている通りの『寄せ鍋』だった。『破壊の杖』───ロケットランチャーといい、自分が居た世界の物や習慣がハルケギニアに来ることもあるのか。鈴音と同じく迷い込んできたか───

「今度行かせてくれる?」

「はい! もちろんです」

 『タルブ村』に行けば、何か得られるものでもあるだろうか。望郷の念はかつての友人に寄せられて、仮に帰られる状況になったとしても、鈴音は帰るべきなのだろうかと考える。向こうで間違いなく死んだ人間なのだから。そんなマイナス思考も、隣で笑うシエスタを見ていると吹き飛んでしましそうだ。彼女は平民だが、どこか魔法染みた力を持っているような気がするのは、鈴音だけだろうか?




「嬢ちゃん、やるねぇ。『漢』だねぇ」

 鈴音がシエスタと別れた途端、背中に背負っていた長剣デルフリンガーが、留め具をカチカチ鳴らしながら喋り出した。

「いきなりどうしたの?」

 『土くれのフーケ』を倒してから一度も使用していなかった剣であり、夜は、うるさいということでルイズに留め具を固定されていためフラストレーションがたまっているのだろう。

「本来はなぁ、オレだってお喋りなんだよ! それなのにあの娘っ子が……ってそうじゃねえ。あんた、可愛い顔して心の中は漢らしいじゃねえか」

「そう。ただ思ったことを言っただけよ」

 そんなことを言われたのは初めて、若干の困惑。が、思ったことを言っただけ、感じたことを言っただけというのは紛れもなく事実である。

「だけどな、あんなことあちこちで言ってたら娘っ子が嫉妬しちまうぜ?」

「誰にだって言うわけじゃないわ」

そう言うと同時に、鈴音はルイズの部屋に到着した。ルイズを起こして、身支度を整えると彼女を送り出した。



[43080] 第九話『戦地へ』
Name: Long◆d0c96e4d ID:0a6d743d
Date: 2018/07/16 22:07
第九話『戦地へ』



 戦争へ行けと、ルイズの『親友』であるはずのアンリエッタは言ったのだ。







 とある日の、半宵。

 ルイズとスズネは、『使い魔品評会』には出席しなかった。スズネは何も言わなかったが、明らかに乗り気でないは目に見えていたし、ルイズ自身も、スズネを衆目に晒そうとは思わなかった。楽しみにしてくれていたアンリエッタには申し訳ないけれど、後でこっそり紹介すれば筋は通せるだろう。貴族として、恥ずかしいことではないはずだ。

「というわけで、姫さまの所に行くわよ」

 ルイズは言うが、スズネの反応はない。ただ、

「外に誰かいる」

「なんでわかるのよ?」

 コンコンと、ドアが優しくノックされた。




 鈴音は、いち早く外に立っている人間の気配を察していた。敵意は感じられず、おそらく女性である。コンコンと二回ノックされ、続けて二回ノックされる。鈴音がドアを開ける。音を立てずに入ってきたのは、フードを被った女性だった。鈴音よりも5センチほど高く、フード越しでもわかる気品を放っている。ルイズの顔がパッと明るくなる。杖を振るうと、

「監視はないようですね」

「姫さま!」

 フードを取ると、端麗な顔立ちの女性が姿を現した。変装している意味などないのではないかと鈴音は思ったが、すんでのところで飲み込んだ。

「アンリエッタでいいのですよ、ルイズ」

 二人は久々の友情を確かめ合った後、アンリエッタは鈴音に視線を向けた。

「貴女がルイズに召喚された使い魔ですか……」

 くりくりとした大きな瞳が鈴音を捉える。

「スズネ・アマノです。ちょうど紹介したいと思ってたんです」

「スズネさんですか、噂には聞いていましたが……、意外な方でした。もっと屈強な人物を想像してましたので」

 そう言って、アンリエッタは手を差し伸べてくる。慣れないながらも、鈴音はその手を握った。アンリエッタはこほんと咳払いすると。

「では早速、本題に入りましょう───」

 姫さまが話したのは、至って簡単な話をだった。彼女はアルビオンと言う国の皇太子とかつて関係を持っており、その彼に渡した手紙が公にされると政略結婚が上手く運ばなくなるらしい。そこまではわかる。内密にしなければならないから王室の関係者は使えず、ルイズに頼むのはわかる。だが、問題は、その『アルビオン』が『レコン・キスタ』という歴史の教科書で聞いたような名前の組織と戦争状態にあるということだ。アンリエッタ 姫は、親友であるはずのルイズに、戦地へ赴けと言ったのだ。いつ攻め落とされるかわからない国に行くというのは、そういうことだろう。それだけではない。仮にルイズがアルビオンで『レコン・キスタ』に捕らえ、捕虜になったとしてもトリステインは何もしないということを意味しているのだ。鈴音は戦争に行ったことはないが、あまりにも危険なことだけはわかる。

「行きます! 私、行きます」

「危なすぎる。やめたほうがいい」

 何を舞い上がっているのか。鈴音にはわからなかった。ルイズには何処まで視えているのか。命の危険があることをわかっているのだろうか。戦争に巻き込まれることをわかっているのか。

「どこに行こうとしているのか分かってるの?」

「それは……」

「ルイズ、あなたに人を殺す覚悟はある? 殺される覚悟はある?」

 ルイズは黙り込んでしまった。それでいい、申し訳ないが、姫さまには他を当たってもらうしかない。鈴音がアンリエッタに視線を向けた時、

「ないわ。人を殺す覚悟も殺される覚悟もないわ! でもね、殺さない覚悟と殺されない覚悟ならあるのよ! 誇りのために死ぬ覚悟なんかないわよ!……それに、いざとなったら最強の使い魔が守ってくれるしね」

 そう言って、ルイズはにやっと笑った。

「……わかった」

「あなた方の勇気に感謝します」

 アンリエッタは頭を下げた。そして、もう一度ルイズと鈴音の手を強く強く握ると、ドアに手をかけた。そしてドアノブを引くと───

「───きゃぁっ」

 ドアに耳を当てていたのか、キュルケがなだれ込んでくる。後ろにはタバサが冷静に立っている。

「話は聞かせてもらったわ!」

 スカートの埃を払ったキュルケは、杖をビシィと掲げた。




 鈴音は、タバサやキュルケと一緒にシルフィードに乗ってアルビオンを目指していた。アンリエッタが派遣したというワルドとルイズはグリフォンに乗って下を移動している。

「あら、もしかして嫉妬?」

 鈴音が二人の様子を見ていると、後ろに座っているキュルケが笑いながら鈴音のお腹に手を回した。

「いまはルイズのことなんか考えなくていいのよ〜」

 そんなキュルケを振りほどき、鈴音は首を振る。ただ、きな臭いのだ。話を聞けばルイズが昔婚約を誓った(?)相手のようだが、どこか、彼女に良い影響を与えそうには見えないのだ。凛とした態度と輝かしい経歴とは裏腹に、目的のためなら手段を選ばない強引さを兼ね備えているようで。───暗い世界で生きてきた鈴音の勘違いだろうか。こうやって上から見ていても、怪しい雰囲気は出ていない。この不安が杞憂であることをキュゥべえに祈りながら、鈴音は澄んだ空気を堪能していた。辺りを見回して、ふと頬が緩む。

「あら、楽しそうね」

「私が生きてた場所に、こんな綺麗な空気はなかったからね」

 排ガスや化学物質に汚染された街で生まれ、死んだ。もし魔法少女たちがこの世界で生きていたならば、吸って吐くだけで肺が浄化されるようなこの空気に囲まれて生きていたならば、今よりきっと魔女化する確率は低かったかもしれない。

「まあ、あなた達にはわからないだろうけど」

 もしここに椿と訪れたら、どれだけ幸せだろうか。叶うはずのない IFを考えて、

「……わかる」

 タバサがぽつりとこぼした。

「息が詰まって、吸うだけで肺が穢れるような空気。私も知っている」

「タバサ……」

 二人がなにかを言う暇もなく、港町ラ・ロシェールが姿を現した。幻獣が闊歩するこの世界で、空飛ぶ船ごときでは動じない鈴音であった。



[43080] 第?話『復讐』
Name: Long◆f019b4de ID:0a6d743d
Date: 2018/08/30 03:28
第?話『復讐』

 痛い。

 痛い。

 身体が灼けつくような痛み。芯から燃え上がるような痛み。ひどい頭痛が眠らせてくれない。

 ちょっぴり説教多めだけど、私を救ってくれた親友が死んだ。千里が死んだ。殺された。冷蔵庫のプリンを食べたのは誰だっけ? 白い魔法少女。アマノスズネ。天乃鈴音。いじめられていた日々。力を手に入れた快感。キリサキさん。格闘ゲームにどハマりした。勝利の方程式。先輩が死んだ。みんな死んだ。ソウルジェム。魂。

 混濁する意識は、全身の激痛のせいで休息を許されない。何を考えているかもわからない。何を考えたいかもわからない。だた判るのは、怒り。深い怒り。いつだってそうだったが、今回のは訳が違う。ただイラついてるのではない。焼けるような。燃え上がるような。

 突如、あるはずのない視界が光で包まれる。激痛がふっと抜けていく。無重力。目を開けると、鈍色の空が醜く垂れ下がっていた。






 芯にあるのは怒りであると、桃色の髪の少女はそう言い切った。召喚され、間も無く十五人の盗賊を一人残らず殲滅した後、身長よりも長い丈の大鎌を振るう少女───ナルミアリサはそう宣言したのだ。

「───あたしはスズネを許さない」

 全てを奪い去ったスズネを、絶対に許すことはできないと。


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