ああ、ちくしょう。背中が痛えな。
叫んだその声は、やや遠いリターナーの面々にも届いていたらしい。一斉に振り返った彼らは、それぞれに表情を変えた。
俺にとってありがたかったのは、そのまま俺を待つようにこちらに体ごと向き直ったことで、レオ将軍への攻撃が中断されたことだ。
ゆっくりと雪道を踏みしめて、彼らの元へ歩み寄る。
もう、走る体力は残っていない。
「お、ひさし、ぶり、の方が多いですね。皆様、お元気そうで、帝国軍と、しては、困ったこと、です」
息が切れる。
めっちゃくちゃ疲れたぞこの野郎!
「君がいる、ということは、ケフカも近くに来ているのかな?」
最初に反応して声をかけてきたのは、フィガロ国王だった。
警戒した様子であたりを伺っているが、すぐに俺やレオ将軍たちへ攻撃するつもりはなさそうだ。
「ええ、来てます、が、あの人、は、当分、出てこないと、思い、ます」
「当分って、いつまでだ?」
バンダナ男は耳ざとい。
美人には甘くても、男には容赦が無いタイプと見た。
セリス将軍に誑かされた無能の癖に。
「そう、ですね。レオ将軍、が、やられるのを、待ってますよ。嬉々として」
不信感も顕わにこちらを見やるリターナーと俺の同期。
おい、お前まで睨むなよ。
「そうだ! 何でこんなことになってもケフカの野郎が出て来ない! 裏切ったんじゃないだろうな!?」
「裏切り? バカだろお前。そもそもあの人に仲間意識なんて高尚なものが備わってると思うのが間違ってるんだ。むしろドサクサに紛れてレオ将軍を暗殺しようとするのを必死で止めたぞ、俺は!」
あれ、何だこの生温かい空気。
やめろよ! そんな哀れみとか色々入り混じった目でこっちを見るな、リターナーども!
「と、とにかく。そういうわけで、あなた方がケフカさんにとって都合のいい行動を取っている間は、あの人は絶対に出てきません。部下の俺が保証します」
慌てて宣言した俺に、疑惑の目を向け続ける彼らは言葉も出ないといった様子だ。
分かるけどな。
でも本当なんだから仕方ねえよな。
どちらも口を開かず、ただ凍える空気だけが吹きすさぶ中、ようやく口を開いたのはセリス将軍だった。
「ならば、何故お前はここへ現れたのだ。まさか『私に』レオの命乞いをしに来たのではないだろうな?」
私に、と強調されて初めて、俺は重大なことを忘れかけていたことに気がついた。
ここでセリス将軍はこちらに戻ってくる予定だったはず。
どうしたものだろうか。
これほど会話に集中されている中で、疑われず、しかし的確に作戦の変更を伝えなくてはならない。
考える時間は、ないな。
「俺は――」
誰も口を挟んでこない。
さすがに、緊張するな、これは。
「ケフカさまからの任務を、果たしに来ました」
リターナーたちがそれぞれに武器を構える。
違うよ、馬鹿。だから体が痛くて戦えないって言ってんだろ。
「伝えることがあるんです。セリス将軍」
セリス将軍が筋肉男を制した。
大人しく拳を下げた彼に倣って、国王やカイエンさんたちも武器を下ろす。
「『ナルシェに入ってから』ケフカさまから聞きました。セリス将軍は我々を裏切り、リターナー側についた」
レオ将軍の表情が変わるのが分かる。
それまで淡々と俺の言葉を聞き流していた様子の彼が、初めて動揺した。
ケフカさん、レオ将軍に作戦の変更を伝えていないらしい。
「あなたは『今後も彼らに同行する』と。こちらの認識を伝えてくるようにとのことでしたが、『理解していただけましたか?』」
正直言って、不安だ。
リターナー側には、セリス将軍が裏切ったと確信させ、信頼してもらわなければならない。
それに加えてセリス将軍には、もうしばらくだけそっちにいて、後でまた帰ってきてね、と伝えなくてはならないのだが。
本当に切り捨てられたのだと、思い込んではしまわないだろうか。
ここは、セリス将軍の忠誠心や深読み能力に賭けるしかないところだ。
こっそり後ろの男を盗み見ると、ちょっと嬉しそうにも見えるから、リターナーに対しては意図した通りに伝わっているだろう。
しかしセリス将軍は相変わらず無表情のままで、どう感じているのかなんて到底推し量れない。
「私からも、いくつか聞こう」
「はい、なんでしょう」
「帝国は私を、殺しに来るか?」
これまた、微妙な質問だな。
何と答えれば、こちらの意図が伝わるのか。
これでもう少し俺がセリス将軍と親しければよかったのだが、生憎と彼女とはほとんど接点を持ったことがなかったから、非常に困る。
「うーん、わかりません」
ケフカさんが殺せと言うことはまず無いだろうが、帝国が、となると判断ができないところだ。
「なら、もう1つ。私の執務室は、どうなった?」
これは、いいことを聞いてくれたな。
思わず顔がほころびそうになるのを必死に押しとどめる。
意識して眉を寄せ、もう1度セリス将軍の表情を伺えば、そこには苦笑とも微笑とも付かない笑みが浮かんでいるのが分かった。
「最近は専ら、ケフカさまのクローゼットにされていますね。あの妙な服装にもこだわりがあるらしくて、最近また新調したところです」
怪訝な顔を浮かべるリターナーたちだが、レオ将軍とセリス将軍は納得したといわんばかりに頷いている。
「俺が生きて帰れたら、次の任務はその部屋の片付けだそうで。ポケットの中にメイク道具や紙切れがごちゃごちゃと入っているから俺としてはごめん被りたい限りですが、あの様子だと服も『紙切れ』もどんどん増える予定のようですよ」
言い終わると、セリス将軍は満足した様子で分かったとだけ答えた。
さすがにあの年で将軍になる人は違うな。
報告書を結ばれた伝書鳥はみな自分の巣箱へ帰っていくわけなのだが、セリス将軍がその巣箱を自分の執務室に置いていたらしいことを思い出した。
何のためにそんなことをしたのかと思ったものだったが、こういうときのためだったのかも知れない。
レオ将軍も、俺があえてケフカさんの、と言ったところに安心した様子だ。
自分が嫌われていることには今の彼は気づいているようだから、純粋にセリス将軍の心配だけをしていたんだろう。
セリス将軍への伝言がひと段落したところで、俺はティナに向き直る。
終始俯き加減のその少女は、同世代のはずのセリス将軍より幾分幼いように見えた。
うん、よく頑張ったな。
ひとまず任務は終わりだから、安心するといい。
「伝言はこれだけです。あとは、個人的な話、させてもらえますか?」
こう聞いたのは、俺がこの場にいるほとんどと面識があるからこそだった。
年齢も立場もさまざまな彼らだが、俺の知る限りでは彼らには共通点がある。
何事につけ、甘いんだよ。
見るからに不審なティナを随分と早い段階から連れまわしていたことといい、理由も分からないままにセリス将軍をあっさり戦力に組み込んでしまっていることといい、こうして俺やレオ将軍たちを、殺さずおいていることいい。
個人的には、そういう人間は嫌いじゃない。
ああ、善人なんだなと素直に思うし、俺だって初めは、正義の志を持って仕官した真面目男なんだ。
ただ彼らと違うのは、上官があまりにもあまりな人だったせいで染まっちまったこと。
お国のためなら卑怯なことでもできるようになった、そんな俺だからレオ将軍への尊敬は人一倍なんだろう。
なんにせよ、こうして許可を取ってしまえば、しばらくは邪魔をせずにティナと話ができるだろうと、そんな目算があった。
しかし。
「その前に、1ついいかな?」
口を挟んできたのは、イケメン国王だった。
「レオ殿の首にあるその環。ティナは見覚えがあると言うんだ」
ガストラ帝国の全軍人に告ぐ。
俺たちはたった今、果ての無い絶望のふちに立たされようとしている!!
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15話投稿です。
前回もコメントありがとうございました。
主人公はケフカじゃなくてレオ将軍の信奉者です。
コメントはとても励みになっています! 嬉しいです! そしてドMな作者は苛められても喜びます。
これからも読んでみてください。気が向いたらまた声をかけていってくれると嬉しいです。
最後に1言。
ビバ、ケフカ!