海鳴 翠屋へ向かう道?
「知っていたけど、管理外世界って言っても町並みはそんなに変わらないのね…」
「え~と、あっちに見えるのがこの印の建物みたいだから、この道を…」
「空気も違うわよね? ミッドと本局でも違いがあるし、これはこれで旅の醍醐味ってやつなのかしら?」
「あ、あれかな?」
スバルが指し示す店には確かに『みどり』とかかれた看板があり、その店先には観葉植物が並んでいた。
「へー、あれがケーキやお菓子を売っている喫茶店なんだぁ… ふーん」
「そんな、だってこの地図だと」
「ちょっと貸して」
スバルから取り上げた地図を睨みつけ…たりしないで四つ折に畳んで返し、ポケットからストレージデバイスを取り出す。
「ティアナ?」
「リイン曹長が書いた地図は字が小さくて読み難いでしょう? フェイト副隊長が渡してくれたコレで行きましょう。」
「うん!」
デバイスから《次は右に曲がります》とナビされながら進むこと十数分、目的の『翠屋』を発見する事ができた。
「あれが翠屋…」
「それじゃあ、入りましょう。」
「え!」
「『え!』じゃないでしょ? 私達はリンディ・ハラオウン総務統括官に会いに来たのよ?」
休日に機動六課の後見人に会いに行くという『建て前』で転送ポートの利用許可が下りたのだ。
本局に居る時に会えればよかったのだが生憎時間が合わず、階級の低いこちらが休日を潰した…という設定まで捏造して。
地球に実家があったり家族が住んでいたりする八神一家やフェイト、司書長の権限を遠慮なく使うユーノと違って、彼女達が管理外世界を行き来するのは大変なのだ。
「私達はお土産を買いにたまたま『翠屋』を利用したって、そういう話だったでしょ?」
「そ、そうだったね!」
「もう、しっかりしてよね?」
「ごめ~ん。」
カランコロン♪
「いらっしゃいませー」
雰囲気の良い店内では、店員の女性の元気な声とケーキやお菓子の甘い香りとコーヒーの香りが出迎えてくれた。
「へぇ、隊長達が良く利用しているっていうのもわかるわね?」
スバルに同意を求めるも返事が無い。
振り返るとガラスの向こう側で顔の前に両手を合わせてごめんなさいとボディランゲージしていた。
「はぁ… これじゃあ何しに来たのかわからないじゃないの…」
そう言いながら席に座りケーキとコーヒーを注文した。 ハラオウン家の双子の好物だというお菓子の確保も忘れない。
「食べているのを見たら入ってくるでしょ。」
・・・
専門学校から直接店に来た高町なのはは、高校生くらいのショートヘアの女の子が店を覗いているのを見つけた。
「あの人がそうなのかな? でも、写真で見たのと違う…」
その呟きから、女の子は誰かを探しているらしいことがわかった。
「写真で見たのと」ということは、探している人を直接知っているわけではないらしい。
「このままでは営業妨害だ」と思い、なのははその女の子に声をかけた。
「誰かお探しですか?」
「うひゃっ」
驚きながらも、訓練された動きでなのはから距離をとる。
「へぇ…」
その動きに感心するなのはをじっと見る女の子。
「…もしかして、高町なのは?」
「初対面で呼び捨てにされるのは初めてだけど、そうだよ?」
声から敵意を感じたので、なのはも大人気無く敵意を返す。
しばらく睨み合いが続き… 女の子が動いた!
「あなたにユーノさんは渡しませんから!」
そう言って女の子は走り去った。
・・・
「あなたにユーノさんは渡しませんから!」
その声で慌ててケーキをコーヒーで流し込み、支払いを済ませて外に出たティアナは、スバルが走って行ったであろう道を見た。
何故走っていった方向がわかるのかと言うと、1人の女性が呆然と立っていてその顔の向きから推測できたのだ。
「ユーノさん…?」
そう呟くこの女性が高町なのはなのだろうか? 通り過ぎる時にその姿を観察した。
その人は写真で見たよりも綺麗で大人しそうな感じで、熱血なスバルよりも司書長には合っているのかもしれない、などとも思う。
「何かおかしいのよね?」
考えれば考えるほど、隊長達はユーノ先生とスバルをくっつけようとしているとしか思えなくなる。
スバルを焚き付けるだけでは「好きな人が居る」の一言で砕けてしまうので、『高町なのは』の事を教える事でスバルが『ユーノ先生の好みの女性』になるようにしているのだろう。
私にはわかる。 きっとスバルは今度の休日にお菓子作りの本や材料や器具を買うだろう。 「ユーノ先生の好きな味ってどんなのだろう?」としつこく私に聞いてくる姿が目に浮かぶ。
「でも、隊長達が思うようにスバルが動いたとしても…」
ヘリで見たユーノ先生の顔を思い出す。
隊長達にもスバルにも私に対しても、ヴィヴィオの頭を撫でている時と同じ顔で…
「っと、とにかく今はあいつを追いかけなきゃね。」
折角の休日を知らない世界で潰す事に同意するくらいには、スバルを大事にしているティアナであった。
・・・
数日後
「なんてことがあったんですけど…」
「…その女の子、心当たりがあるわ。」
翠屋に子供達のおやつを買いに来たエイミィは、なのはの話にそう応えた。
「そうなんですか?」
「たぶんその子はスバルちゃんね」
エイミィの頭に浮かぶのはつい最近、義母を訊ねてきた2人組の髪の短い女の子。
「スバルちゃん?」
「そう、数年前に… スバルちゃんを命の危機から救ったのがユーノ君なのよ」
「…命の恩人ってことですか?」
「ええ、それ以来あの子はユーノ君に懐いちゃってね」
「懐いちゃった…」
なのはの、いつもと違う感じの声がエイミィの悪戯心に火を付けた。
「ユーノ君が若い女の子をどうこうしているわけじゃないって知って安心した?」
「ぇ?
ぇえええええ! べ、別に安心とか、そ、そんなんじゃなくてっ!!」
慌てるなのはの姿に、エイミィは満足した。
090829/初投稿