時空管理局本局 食堂
いつもよりも多くの人が食事に来ていた。
しかし、誰も目の前の料理に手を出していない。
熱い料理や冷たいデザートを頼んだりせず、冷めても温くなっても食べられる物を用意して、その時が来るのを待っている。
そう、彼らは待っているのだ。 無限書庫司書長、ユーノ・スクライアがやって来るのを。
今では事実上彼の指定席となっているその椅子に座るのを!
そして、彼は来た。
その姿に、多くの会員が職場である無限書庫でしかフェレットでないという話が本当であるということを思い知らされる。
しかしその落胆を表には出さずに、彼らは食事を始めながら彼の様子を探る。
「『今日のおすすめ』を下さい。」
「はいよ。」
「はやっ!」
彼はいつものように注文した。
しかしコックが緊張から頼まれた瞬間に料理を出してしまった。
「その姿が普通になってからは、いつもそれを頼むからねぇ」
「なるほど…」
とっさにごまかした。
ナイス! 自分のミスは自分で取り返した!
そして彼がいつもの席に座る! さぁ、出番ですよ!
「相席してもいいかしら?」
「どうぞ? って、レティさんじゃないですか! お久しぶりです!」
「本当、久しぶりね? 最近調子はどう?」
レティ・ロウラン提督が親しげに会話しながら席に付くと、彼は提督の側にいる彼女に気付いたようだ。
「そちらの方は?」
「あ、この子はうちの新人なのよ。 私がこうやって本局内を案内するくらいの期待の星なの。 ほら、ユーノ・スクライア無限書庫司書長に挨拶して?」
「わ、私の名前は――
他の席が全て座られている状況にする事で違和感無く2人が相席できた。
計画の第一段階、『司書長との相席』はこれで終わった。 後はさっさと食堂から出て行けば会員の役目は終わりだ。
食事をしながら彼女と司書長を接近させ、様子を見て提督が「そういえば… 少し用事があったから、無限書庫にでも案内してあげてくれないかしら?」と言って2人きりにする。
そして今日、無限書庫の司書達の半分は有給を取っている。 残りの司書達も司書長が戻ったら食事休みを取る事になっている。 司書達が戻るまでに… 頑張れ女の子!
レティ・ロウランによる、無限書庫まで巻き込んだ『お見合いモドキ作戦』は順調に進んでいた。
・・・
無限書庫
「うわぁ…」
無限書庫のすごさに大きな口を開ける期待の星。
さっきまで居た司書達が食事休憩に行ったのでただでさえ広い空間がさらに広く見える。
「つれてきたのはいいけど… 提督が来るまで本でも読んで時間を潰すかい?」
「はいいいえ! できればユーノ司書長の事が聞きたいです!!」
「はい」と言いかけたものの、なんとかシナリオどおりに進めようとする。
彼女の任務は、レティやリンディなどの身内が聞いても『からかわれているだけ』だと思われるような事を聞き出す事にある。
これから徐々に親しくなって、はやてやフェイトとは違うタイプの友人関係、できるなら親友になって情報を定期的に仕入れるのだ。
「なりたいなら恋人でも良いわよ」という冗談で緊張を解そうとしてくれた上司の笑顔を思い出す。
空港火災の時も、つい先日のJS事件の時も大活躍した、『時空管理局の英雄』と『こいばな』ができるような親友に… よし!
ぐっと拳を握り気合を入れる彼女の姿に、違和感を持ったユーノはマルチタスクで会話と思考をする。
「僕の事?」
「はい!」
この子は一体なんなんだろう?
「僕の事といっても… 無限書庫で請求された資料を探したり魔法の研究をしたりトレーニングしたり… 楽しい話は無いよ?」
「何でも良いんです!」
レティさんの部署の子だから人事部なのだろうけど、食堂はともかく無限書庫に案内する意味って?
「資料の事は機密で話せない事とかあるし…」
それに折角連れてきても本よりも僕の事が聞きたいとか…
まさか、仕事しながらいろんな世界の娯楽書を読んでいるのがばれたのか?
「魔法の研究も共同開発者であるザフィーラさんの許可がないとなぁ…」
それとも、無限書庫よりも司書長に興味があるって事? 人事部だから物より人なのか?
「トレーニングもコレといって特別な事はしていな…」
まさか、レティさんは司書達の働きぶりを見せたかったのか?
「ああ、そういえば、ミッド式じゃないトレーニングについてココで調べた事なら」
しまった! なんでこんな時に皆いないんだ!? どうする? 査定だったら皆の給料がピンチになるぞ?
「ユーノ司書長」
「な、なんだい?」
「魔法とかトレーニングとかじゃなくて、『ユーノ司書長の事』が聞きたいんですけど?」
「幼馴染の友人達やその家族と遊んだりする事もあるけど、それは他人に話す事ではないし…
僕は基本的に無限書庫で仕事をしながら、魔法の研究とトレーニングをする生活しかしていないから、他人に話せるようなモノは他に何も無いんだよね。」
・・・
第97管理外世界 海鳴 ハラオウン家
「『他人に話せるようなモノは他に何も無い』か…」
「ええ、そう言ったそうよ。」
「『幼馴染の友人達やその家族』しか交友関係が無いって言い切れちゃうって…」
レティはリンディに今回の事を報告に来ていた。
そう、実はユーノの保護者はリンディ『だった』のだ。
「無限書庫という機密の塊で働いているからって事もあるでしょうけどね?」
「そうね、友人がいなければ『うっかり』情報を漏らす事もないでしょうし…」
「でも、あの年頃の男の子がそれでいいとは…」
机の上にはお茶とお茶請け以外に1つのストレージデバイスが置いてあり、空間にデータを映している。
ユーノ・スクライア
スクライアを名乗っているが、スクライア一族との縁は切っている。
9歳の頃から無限書庫で働き、14歳で司書長になる。
9歳の頃から『三種三重防御結界』などの強力な魔法を使いこなしていて、闇の書事件でも彼の助力が無ければ防衛プログラムを取り出すことは出来なかっただろう。
それだけの力を持っていながら魔法の研究とトレーニングを欠かさず、空港火災に巻き込まれた時にはその力で多くの人命を救った。
先日のJS事件では事件の首謀者であるスカリエッティと戦闘機人を数人捕縛している。
個人情報の漏洩ではないかと疑いたくなるデータである。
「彼がそういう『片寄った生活』をしていたからこそ、これだけの成果を上げている訳だけど…」
「これは、私が保護者でいた間になんとかすべきだったわね…」
「…見た目フェレットじゃ私達以外の友達なんてできなかったんじゃないかと思いますけど?」
「そうね、彼は『効率が良いから』あの姿でいたのでしょう? より効率の良い方法を示せない限りあなたが何をしても無理だったんじゃないかしら?」
「それでも、何かすべきだったのよ…」
リンディはうつむいて呟く。
それを見て「欲張って『恋人になれるかもしれない女友達』ではなく、『何でも話せる男友達』ををつくる作戦でいけば良かった」と思うレティ。
エイミィは「なのはちゃんが攻勢に出たらユーノ君は管理局から出ちゃうかもしれないなぁ」と人財(人材に非ず)の流出を危惧する。
「レイジングハートがフェレットになるのを止めさせている今がチャンスなんじゃないですか?」
「そうね、今が…」
「なんとかしないと…」
だが、一体何ができるのか?
3人よれば文殊の知恵と言うが、この件に関してはそうではないらしい。
090830/初投稿