海鳴 とある駅
「おはよう、なのはさん。」
「おはようございます、ユーノさん。 今日はこの店に行きますね。」
挨拶もそこそこに、なのはは持っていた雑誌を広げてユーノに見せる。
「苺のムースか… いいね。」
「ユーノさんと一緒だと1人の時よりもお店に入りやすくて助かります。」
「僕もなのはさんと一緒だとお店に入りやすいからね、お互い様だよ。」
今までの、基本的に無限書庫と司書長室の往復のみだった生活を変える為に、なるべく街に出るようにする事は決めていたが、「何の目的も無く外に出るのはなぁ」と思っていたのだ。
そんな時に機動六課の隊舎へ行って、ギンガとスバルに手作りクッキーの感想を聞かれて「おいしい」としか言えなかった事がユーノの魂に火をつけた。
「折角作ってくれたのに、きちんとした評価ができなかった。 今度同じ事があった時に備えて、少し勉強してみよう。」
そうして就業後に有名なお店を巡って味比べをしていると、ふと、翠屋で食べたケーキを思い出したので休日に行ってみたら、珍しくなのはがぐったりしていた。
なんでも、立派なパティシエになるには他所のケーキを食べる事も必要だとあちこち巡っていたら食べ過ぎてしまったのだそうだ。
そこでユーノは思いついた。
その食べ歩きに僕もついていき、半分ずつ食べるのはどうだろう? 食べる量もお金も半分になって2つの意味で懐に優しいのではないか? と。
なのはは驚きはしたがユーノの提案に乗った。 背に腹は変えられなかったらしい。
要するに、はやてとフェイトがギンガとスバルを焚き付けた事が、レティによる『お見合いモドキ』で交友関係を広げようとしていた事と複雑な化学反応を起こし、ユーノとなのはの仲がより近くなったのだ。
「(どうや?)」
「(2人、楽しそうに笑っています。)」
電車に乗る2人を監視していたティアナが念話ではやてに報告する。
・・・
私とアルフが探しても全然見つからなかったジュエルシードを簡単に発見していたのはユーノだった。
クロノと一緒に観光気分でひょいひょいと集めていく姿を見るたびに理不尽だと感じたものだ。
後で聞けば、ジュエルシードはとても危険な物だから特別に強力な封印魔法をかけておいたのだそうだが。
横取りするために攻撃を仕掛けた時、私もアルフもクロノだけを警戒していて、ユーノの事はちょっと邪魔なやつくらいにしか思っていなかった。
海の上で魔力を使い切ってクロノに拘束された後、母さんのあの魔法を簡単に防いだユーノを見たとき、私はユーノに負ける事はないが、勝つ事もないと思った。
だけど、それは間違いだった。
義母さんとアルフが、ユーノがヴォルケンリッターをたった1人で拘束した瞬間の記録を見せてくれた時に痛感した。
完全な不意打ちだったからとユーノは言うが、シグナムもヴィータも抜け出す事ができなかった事から考えると、クロノだけを警戒していた私とアルフを捕まえる事なんてユーノにとっては簡単だったはずだ。
捕まえなかったのは、私にジュエルシードの捜索を命令した黒幕、母さんの居場所を突き止めるためだったのだろう。
思い返せば、母さんの事や学校の事などで落ち込む私の側に居て、励ましてくれたのは、いつもユーノだった。
そして、そんな時は必ず「おいしいものを食べて元気を出して」と翠屋のケーキを持ってきていた。
そう、あの頃からユーノは翠屋の常連だった…
「恋人を作る気は無いとか言っていたのに、なのはさんとデートしているなんて…」
「フェイト、嫉妬しているの?」
「義母さん! …そんなんじゃないよ。 友達なのに嘘を吐かれたのが気に入らないだけだよ。」
「恐ろしい事に、ユーノ君はなのはさんを『ただの友達』だと思っているみたいだけど?」
「それはそれで、なのはさんが可哀想だよ。」
「なのはさんも『ただの友達』だと思っていそうだけど?」
「…あの2人って不思議だよね?」
車で先回りしている親子はそんな会話をしていた。
「あ! (はやて、ティアナ、2人を目視したよ。)」
「(了解、ポイントCで監視するで。)」
「(了解、ポイントAで待機します。)」
駅から出てきた2人は雑誌を見ながら目的の店へ向かう。
外からでは見えないが、きっといつものように1つのケーキを半分ずつ食べるのだろう。
はやては複雑な気持ちだった。
自分がこうして生きていられるのはユーノ君のおかげや。
ユーノ君がいなかったら、夜天の書は闇の書のまま暴走してしまったやろう。
フェイトちゃんと一緒に楽しい学校生活ができたんも、ユーノ君が翠屋につれてってくれたからや。
ユーノ君が翠屋の常連で、フェイトちゃんと一緒にケーキを食べに翠屋につれてってくれたから、なのはちゃんと仲良うなれた。
なのはちゃんと仲良うなれへんかったらすずかちゃんやアリサちゃんとも、親友と呼べるほど仲良うはなれへんかったかもしれん。
ユーノ君にもなのはちゃんにも感謝してる。 だから、本当なら2人が恋人なるのを祝福してあげたい。
せやけど、時空管理局でそれなりの階級を持つ者としてはユーノ君が出て行くのを黙って見ているわけにはいかんのや。
そのためにスバルを焚き付けたり、ギンガさんに身近なライバルになってもらったり…
「友達の幸せを素直に喜べんようになるなんてな…」
「(隊長、2人が店から出ました。)」
「(わかった。 次のポイントに向かうで。)」
「(了解!)」
「2人が急接近しそうになったら偶然を装って… はぁ…」
今はただ、『その時』がこないようにする事しかできない。
・・・
駅から高町家へ向かう道
「今日行った所はなかなか良かったね?」
「そうですね。 でも、3軒目のお店は雑誌に載っているのしか」
「確かにあれ以外は普通だったね」
「正直、もう一度行きたいとは思えないです。」
「…もう一度行くなら1軒目のお店がいいな。」
「そうですよね!」
ティアナは、歩きながら楽しそうに話す2人を監視していた。
「(隊長)」
「(なんや?)」
「(ユーノ先生が高町さんを選んだら、必ず管理局から出て行くんですか?)」
「(それがさっぱりわからんのや。)」
「(ユーノ先生が高町さんをこっちに連れてくるかもわからないんですか?)」
「…(ユーノ君は責任感が強くてな?)」
「(はあ)」
「(その責任感が管理局で働く事に向くか、なのはちゃんとその家族を安心させるほうに向くか予測できんのや。)」
「(隊長達が管理局に残るように説得する事はできないのですか?)」
「(ユーノ君の責任感は半端やないで? 輸送船の事故で自分が発掘したロストロギアが行方不明になった時、大人達の反対を押し切るどころか、一族と縁を切って1人で管理外世界にいくほどや。)」
「(なんですかそr あ、今高町家の玄関まで来ました。)」
「今日も楽しかったよ。」
「私も、楽しかったです。」
「休みが取れて、海鳴に来られるようなら連絡するね。」
まだ数えるほどしか2人で出かけていないが、これまではユーノのこの言葉になのはが「はい。」や「待っています。」と返事をして別れていた。
だが、今日のなのはは勇気を振り絞って行動に出た。
「あの…」
「うん?」
「今度はお出かけじゃなくて、その…」
「出かけない?」
「えと、」
「あ! なのはさんの作ったケーキの試食だね?」
「は、はい! お願いします!」
前は『おいしい』と『おいしくない』くらいしか言えなかったけど、今は少し語彙も増えたし…
「いいよ。」
「じゃ、じゃあ」
「期待しているからね?」
「せ、精一杯頑張ります!」
笑顔で分かれる2人を見て、フェイトは車のエンジンをかけた。
リンディはレティにメールでなのはが動いた事を報告した。
「なのはちゃん、ついに動き出したな。」
「そうだね… 翠屋で試食するなら私達も『偶然』立ち寄った事にできるけど」
「あ、ティアナはそこ右やで? 」
「わかってるよー。」
幻術魔法で姿を隠せるようになったティアナは、魔力を感知されないように気をつければ尾行にうってつけだった。
はやてとフェイトとティアナがハラオウン家でぐったりしていると、レティから返信が来た。
「『会員達との話し合いの結果、高町なのはとその家族に管理局の事をばらす許可が出ることになりそう。』 …会員?」
「会員? 何やそれ?」
「よくわからないけど、レティからそう連絡が来たのよ。」
「管理局の事をばらす許可が出せる謎の会… 捜査してみる必要があるかな?」
「どうかしら? こっちで言う『藪を突付いて蛇が出る』って事になるんじゃないかしら。」
「でも…」
「気になるな?」
「わかったわ、レティからそれとなく聞き出してみる。」
「うん。」
「よろしく頼みますわ。」
真剣な顔で会員とはなんぞと話す3人を、笑い声を出しそうな口を両手で押さえながら会員番号1が見ていた。
090905/初投稿