いつものようにクロノの頼みを聞いて残業を――徹夜をして時間間隔が狂っていると、さきほど帰ったはずの司書が近寄ってきた。
「あれ? 君はさっき帰ったばかりじゃなかったっけ?」
「は?」
「急な仕事が入って帰れなくなっちゃった?
あれ? でも、そんな緊急の仕事が入ったら僕の所にも連絡が来るはずなんだけど?」
「司書長…… 私は今出勤したばかりですよ。」
「え?」
呆れた様子の司書の言葉に、もうそんな時間だったのかと思うと同時に締め切りまでの日数を計算する。
「それよりも、司書長にお客様です。」
「うん?」
クロノや六課などからの依頼で忙しい時は他の仕事はなるべく僕の所に持ってこないようにと言ってあるのに……
「僕でないとできない仕事かな?
ほら、僕今日で徹夜みっ…… よ?」
「四日目です。」
「たぶん今日中にコレが片付くんだけど、それまで待ってもらえないくらいの相手なの?」
だとしたらクロノに今までに調べた資料を送っておかないといけない。
まだまだ半端な資料だが、全く無いよりはマシなはずだから。
「え?」
「どうなの?」
「これは『無限書庫司書長』という肩書よりも『ユーノ・スクライア』という個人に関わる事ですから、待てない事もありませんけどね。」
「シスター?」
シスターが持ってきた書類は来年度からヴィヴィオが通う事になっている学校に関係する物だった。
「ここに名前を書けばいいんですね?」
「はい。」
読書魔法で内容を全部理解した後、さらさらとサインをする。
「すいませんね。 本当ならシスターにこんな手間をかけさせるような物じゃないのに……」
「お気になさらないでください。
こう言っちゃなんですけど、ヴィヴィオちゃんは私たちにとっても重要人物なんですから。」
ヴィヴィオには『聖王教会や時空管理局とまったく無関係の仕事に就く』という未来は無い。
「なんなら、今から『検索魔法』や『読書魔法』を教えちゃいましょうか?」
「……そうですねぇ。」
この2つの魔法はマルチタスクの修練に使えるだけではなく、学校の勉強や調べ物にも使え、さらには無限書庫に司書として――という道すら生まれる素晴らしい魔法である。
「変な癖がついても困りますから、レイジングハートのデータを元にデバイスを作って渡せば魔法に関してはかなり良い成績になると思いますけど。」
「あら? インテリジェントデバイスに魔法を指導させるんですか?」
「シスター、僕が徹夜4日目だって知っているでしょう?」
「あ……」
ヴィヴィオの周りには優秀な人材がたくさんいるが、それゆえに皆忙しいのだと思い至る。
≪私のデータを元に……≫
「うん。 本当は人格の育ってない新品のデバイスと一緒に成長していくのがいいんだろうけどね。」
「そうですね。 レイジングハートを元に作られるのなら、私たちも安心できます。」
「それなら、私やアギトの様なユニゾンデバイスにしたらどうでしょうか?」
「え?」
「へ?」
はやてにお使いを頼まれたと思われるリィンがそこに居た。
「ユーノさん、これ、はやてちゃんからです。」
「追加の資料請求――だけじゃなくて、『機動六課忘年会のお誘い』?」
「スカリエッティの事件の後片付けも一段落着きましたし、その打ち上げも兼ねるみたいですよ。」
「なるほど。」
「部隊の設立目的も解決しちゃいましたし、はやてさんは暇なんですかね?」
ぶっちゃけた話し、機動六課はスカリエッティ対策の為の部隊だった。
スカリエッティを捕まえてしまった今はスバルやティアナ、エリオやキャロ、その他の後方支援の新人を鍛えるくらいしかやる事が無いのだ!
「シスター?」
「なんでしょう?」
「例えその通りだとしても、口に出してはいけない事ってあると思いますよ?」
「……確かに、失言でした。」
ユーノが検索魔法と読書魔法によって浮かんでいる資料の数々を指差しながら注意をし、無限書庫内で言って良い事ではなかったとシャッハも気づいて謝る。
「リィン、この資料請求は今やってるクロノの件が終わったら取りかかるってはやてに伝えて。」
「わかりました。」
「それと、ヴィヴィオのデバイスをユニゾン型にするのはなしね。」
「ええ~。」
「学校にユニゾンデバイス何て持って行ったら、目立ちすぎちゃうでしょうが。」
「ユーノさんの言うとおりですね。 インテリジェントなら、まだ…… 少し目立つくらいで済むでしょうが……」
学校に高価な物を持って行くのはあまり勧められる行為ではないのだ。
「でもでも、ヴィヴィオちゃんはユニゾンデバイスとの相性が良さそうですよ?」
「だったら、学校を卒業してからインテリジェントを改造したらいい。」
「ぅぅ~~。」
リィンはレイジングハートを元に作られるユニゾンデバイスなら自分と一緒になってアギトと戦ってくれると思っていたのだ。
(トリガーハッピーの可能性のあるレイジングハートに自由に動ける体を与えたらどうなる事やら……)
ユーノはユーノでかなり失礼な事を考えていた。
「あら、もうこんな時間。 それじゃあ私は戻りますね。」
「あ、はい。 お手数おかけして申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、ではまた。」
インテリジェントデバイスをユニゾンデバイスに改造できるのかどうか、かなり興味が湧いたがこれ以上此処に居るとヴェロッサを説教できなくなると思いカリムの下にシャッハ帰った。
「で、リィンははやての所に帰らないで良いの?」
「はいです。
はやてちゃんが『ユーノ君は忙しいやろから、お手伝いしておいで』って言ってました。」
「そう? じゃあ……」
・・・
「リィン曹長いいなぁ……」
「あんた、まだそんな事言っているの?」
午後の訓練を指導するはずだったフェイトに急用があったのでいつもよりも厳しい午前の訓練が終わってもまだそんな事を言える余裕のある相方を呆れ顔で見る。
「私も検索魔法と読書魔法が得意だったらお手伝いに……」
「それなら、午後頑張るしかないわね?」
「え?」
「私たち午後からは書類整理をする事になったでしょ。
その2つの魔法を駆使して早くノルマを終わらせれば無限書庫に行っても良いって言ってくれるかもよ?」
ノルマさえこなせば、隊長も許してくれるだろう。 あの人はそういう人だ。
「そっか! ティア、私頑張る!」
「はいはい、頑張れ頑張れ。」
「就業時間まで後5分よ?」
「ううう……」
張りきっていたスバルが自分のノルマを終わらせたのはそんな時間だった。
「あの……」
「スバルさん、元気出してください。」
落ち込んでいるスバルに声をかけたのはエリオとキャロだった。
「ううう…… 慰めてくれるの?」
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど。」
「あのですね、ユーノさんは多分ここの食堂に来ると思いますよ。」
「え? どういう事!?」
スバルが取り乱してエリオの首をガックガックしたりしたために話が進まなかったが、要するに
「つまり、リィン曹長を八神隊長に送り届ける為に此処に来て、ついでに食事をしていくと?」
「はい。」
「そっか、ユーノさんがくるんだ!」
こうしちゃいられない、食堂でお菓子作る許可を取ってこなきゃ!
そう叫んで走って出て行ったスバルの後姿を見送って、ティアナはエリオとキャロに確認をとる。
「本当に来るの? 来なかったら、あの子かなり落ち込むわよ?」
そして、その愚痴を聞くのは同室の私なのよ?
「来ますよ。」
「リィン曹長を送るからそっちで夕ご飯食べるって連絡がありましたから。」
「連絡があったならそう言えばいいのに…… って、なんであなたたちにユーノさんから連絡がくるのよ?」
「それは――」
ユーノは2人の事をとても良くしてくれていて、これまでもフェイトが仕事で帰れない時などは心配して様子を見に来てくれたりしたそうだ。
「へぇ……」
「機動六課に来る前から、私もエリオ君もユーノさんにはお世話になっているんです。」
ティアナはユーノについて新しい知識を手に入れると同時に、やっぱりユーノはスバルをこの2人と同じように子供扱いしているのではないかと思った。
「それに今はヴィヴィオの事もありますからね。」
「なるほどねぇ……」
「こんばんわ。」
「ただいまですー!」
ユーノがリィンと一緒に六課の食堂に来たのは20時頃だった。
「ユーノ君、いらっしゃい。」
「おじゃまします。 っと、はやてさん、これ今日頼まれた資料。」
「もうできたんか?」
「八神家の末っ子はなかなかに優秀でね? すごく助かったよ。」
「えへへ。」
ユーノがリィンをべた褒めし、はやてはそうやろそうやろと胸を張った。
「ユーノさん、こんばんわ。」
「こんばんわ。」
「ユーノさん、こっちこっちー!」
エリオとキャロとヴィヴィオの子供3人が元気よく挨拶し、同じ席に着くように促す。
「フェイトさんが居ないらしいけど、3人は大丈夫なの?」
「今日はザフィーラさんがお泊まりに来るの!」
「なら安心だね。
ザフィーラさん、この子たちの事よろしくお願いしますね。」
「うむ。」
ヴィヴィオの頭を撫でながら隣の席のザフィーラと雑談を始めようとしたユーノに、はやては受け取った資料を隊長室に置きに行くと言って食堂から出て行った。
「シグナムさんとヴィータさんは夜間勤務?」
「ああ、機動六課としてやるべき事はやった後だから、夜間勤務に余り意味は無いんだけどな。」
「ヴィータ……」
「わかってるよシグナム、仕事はちゃんとする。 でも、これくらいは言わせてくれよ。」
夜中にガジェット現れてどこかを襲うという事はもうないので、ヴィータの行っている事の方は正しいのだが……
「ヴィータさん、子供たちの前であまりそういう事は言わないように。」
「あ! ……配慮が足りなったな、すまない、悪かった。」
子供たちを指導する立場の人間が、その子供たちの前で仕事の事を愚痴るのはあまりよろしくないのだ。
ユーノの注意でヴィータはそれ気づき、謝罪した。
「ユーノ君、私には聞いてくれないの?」
「ザフィーラさんがハラオウン家にお泊りで、シグナムさんとヴィータさんが夜勤ならシャマルさんははやてさんとリィンと一緒でしょう?」
「それはそうなんだけどね。 そういう反応されるとちょっと寂しいわ。」
「あれ? ユーノ司書長、お食事まだなんですか?」
厨房でハイテンションなスバルの頭を何度か叩いていたティアナが、ひょっこりと顔を出した。
スバルが今作っているのは『食後のデザート』なので、出すタイミングを計る為だ。
「うん。 シグナムさんとヴィータさんは仕事があるからもういないけど、できれば皆一緒に食べたいって事になってね。」
シグナムとヴィータは食事をさっさと済ませて食堂を後にしたが、残りのメンバーははやてが来るのを待っていた。
「スバル―、デザートはもう冷やすだけでしょう?」
「うーん。」
「だったら、こっちに来て皆一緒に夕ご飯食べましょう。」
「わかったー。」
・・・
「それで、ユーノ君はどんな感じやった?」
明かりもついて居ない機動六課隊長室で、はやてはリィンにユーノの事を聞く。
「いつもと変わらない忙しさでしたよ?」
「いや、そういう事じゃなくて……」
「?」
リィンははやてがユーノの何を知りたかったのだろうと疑問に思う。
「まあ、ええわ。 私もあまりやる気無いしな。」
「ユーノさんに何かあるんですか?」
「……ちょっとな。」
無限書庫司書長がアルハザードの何について個人的に知りたいのか。
少し前に、それとなく調べてくれないかとレティに言われていたのだが……
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