「あれ? あの子って……」
無限書庫の司書である――司書A(彼女の名誉の為に名前はあえて伏せる)はいつものように無限書庫のアイドルであるユーノ・スクライア司書長を隠し撮りしようとした際に、彼の側に普段見慣れない女性がいる事に気が付いた。
「ああ、『人事部の期待の星』だね。」
答えたのは司書Aと同じ様に隠し撮りをしようとしていた司書B(彼の名誉の為に以下同文)が彼女の問いに答えた。
彼は会員番号3309(人事部の提督)の作戦に参加しており、食堂で無駄な席を埋めるモブという重大な役割を果たした際に彼女の顔を憶えていたのだ。
「え? 『お見合いモドキ作戦』って続行中だったの?」
司書Aは驚いた。
なぜならば会員番号3309が主催したその作戦は大失敗してしまったと噂で聞いていたからだ。
「いや、彼女の今の作戦は『ユーノ司書長の好みを探ろう』じゃなかったっけ?」
『期待の星』が期待外れだった為に急きょ作戦を変更したと聞いていた司書C(前略以下略)が2人の会話に割って入る。
「あれ? 『お友達大作戦』じゃなかった?」
無限書庫と言う時空管理局内でも重要な場所の長である彼の意外に狭い交友関係に危機感を持った会員番号3309(以下某提督)が人事部の人材を使って彼の交友関係を広げようとしていると聞いていた司書Dも参加してきた。
「お友達かぁ……」
どちらの作戦であっても彼女――『期待の星』の役割が司書長の情報を収集することにあると考えた司書Bがある事を思いつき、にやりと笑う。
「なんだ?」
突然気持ち悪い笑みを浮かべた司書Bから少し離れて司書Dが尋ねる。
長い付き合いで司書Bがこんな笑い方をする時は何か良いアイデアが浮かんだ時だと知っている(それでも引いてしまうのをやめられない)からだ。
「ほら、これまで毎年、忘年会とか新年会とかやってきたけど、司書長って何を考えてか『20歳まではお酒を飲むつもりはない』って言っていたじゃないか。」
自分のやるべき事が終わるまで浮かれるつもりはないという司書長の気持ちを知らない彼らは、いつか彼と一緒に酒を飲む事を楽しみにしていた。
「言っていたな。」
アルコール度数の低い、殆どジュースと言っていいくらいの酒を飲ませようとして失敗した事のある司書は少なくない。
「あ! 司書長ってこの前20歳になったよ!」
「ああ! 今年の忘年会は司書長と一緒にお酒が飲めるって事だ!」
4人の聞き耳を立てていた司書E――他数名が会話に参加してきた。
「そうか、一緒にお酒を飲めば、司書長の本音が聞けるかも……」
司書Fが司書Bの考えた事に気付いた。
某提督にできなかった事を自分たちができるかもしれないという思いが、彼らの心を熱くしていく。
「ああ、上手くいけばあの子よりも先に司書長の好みその他を聞き出す事だってできるかもしれないぜ!」
司書Bは興奮している。
というか、こんな会話していても仕事は大丈夫なのか?
「それどころか、酔っぱらったフェレットモードを見る事だって可能かも……」
マルチタスクで会話に参加しながら司書長を隠し撮りし続けていた司書Aが、隠し撮りをしていたからこそ気づいた事を口に出した。
「おおおお!」
「うは! それって最高じゃね!?」
「見たい!」
その一言が司書Bの意外の司書たちのテンションを一気に上げた。
「おい、幹事は誰だ! 使い魔やペットOKの場所を抑えとけ!」
管理世界――特にミッドチルダでは使い魔の人権(獣権?)はある程度保障されているが、アレルギー体質の人からしてみたらやっぱり動物の一種であるわけで、不特定多数の人が出入りする場所ではアレルギー物質をださない状態――例えば人型でいるのが一般的であったりする。
しかし、使い魔と一緒に酒を楽しみたいと思う人はいるわけで、そういう主従は酔っぱらって獣形態になっても大丈夫な店へ行くのが普通なのである。
要するに、彼らは自分たちの上司が体調不良になった時にフェレットモードになる事を知っているという事であるというか、そこまで酔わせる気でいると言う事である。
「了解だ!」
そして、それがわかっていて幹事は良い返事をした――が
「あ!」
司書の1人がある事に気付いた。
「どうした?」
盛り上がっている所に水を差された形になった他の司書たちの視線が彼女に集まる。
「考えてみたら、司書長がお酒を飲むの初めてって事になるんじゃない?」
しかし、彼女は少しも動じずに気付いた事を声に出した。
十数人に睨まれるくらいの事で何も言えなくなるような精神の持ち主では無限書庫で司書をする事なんてできはしないのだ。
「ああ、そうか…… 急性アルコール中毒とか気をつけないとな。」
二十歳になったばかりの親戚が病院に運ばれたのを知っている――というか、その場に居た事のある者がこの場に居たのは幸いだったのだろう。
「だったら病院やホテルが近い場所がいいんじゃないか?」
……飲ませないという選択肢は無いらしい。
「そうね。 仕事が早く終わった人から調べて行きましょうか。」
「ああ、俺たちが司書長を酔い潰したなんて事になったら他の部署の奴らがどんな酷い資料請求をしてくるかわかったもんじゃないからな。」
現在会員数は6000を超えて7000台まで増えている。
それは無限書庫や食堂の他にも様々な部署に会員がいるという証であり、もしも司書たちによってアイドルである彼が倒れる様な事があれば――
「そうね……」
目も当てられないほどの、いや、見た瞬間に地獄に落ちたように感じる程の、必要以上の資料請求がなされる事になるだろう。
……各部署から。
「年始を徹夜で迎えたくはないものね。」
時空管理局は年中無休で動き続ける組織ではあるのだが、当然ながらそれは局員全員が年中無休と言うわけではない。
年始を職場で迎えるのは仕方ないにしても、地獄で迎えたくは無い。
それはこの場に居る全員の気持であった。
「そうだ!」
突如、司書の1人がまた何かを思いついた。
「どうした!?」
「俺、今の内に技術開発室にデバイスの改造頼んでおくわ!」
彼のデバイスは無限書庫での勤務に不自由しない――むしろ不必要なほどに改造されている事をこの場の誰もが知っていたが、その発言の意味するところを誰もが気付いた。
「今よりも高画質な画像が撮れるようにか!」
無駄な推理力である。
「それなら私のも改造してもらうわ!」
「いっそ全員まとめて――だめだ、それだと仕事に影響が出る。」
司書たちはデバイスが無くとも多少は魔法を使えるように自主的に訓練しているが、それでも忘年会を無事に迎える為にも支障をきたす様な真似をしたくない。
「慌てるな、忘年会まではまだ時間はある。」
「そうね、仕事に影響が出ないように班を決めて、班ごとに頼みに行きましょう。」
「ああ、あっちにも会員が何人かいたはずだから、事情を説明したら何とかなるだろう。」
酔った司書長の画像データが欲しければと頼みこめば多少の無理も効くだろう。
「それじゃあ、とりあえずあっちに友人の居る俺がデバイスの改造にどれくらい時間がかかるか聞いてくるわ。」
無限書庫にはあらゆる部署から資料請求がくる。
しかし無限書庫の中には部外者には見せてはならない物がある事が多い為、その請求された資料もまた機密の塊である事が多く、メール等で送るわけにはいかないので直接手渡しする必要がでてくる事もままある。
その際に知り合った者同士が友人関係になる事もある。
特に彼の場合は技術開発室に会員がおり、互いにデータのやり取りをするうちに仲良くなった友人がいるのだった。
「お願いね。 私たちは会場を探しておくわ。」
自然と役割分担ができていく。
「それじゃあ、お前たちの仕事が早く終わるように手伝ってやるよ。 こっちの資料は大体揃っているからな。」
サポート体制も万全に……
「本当!? それじゃあ、これとこれ頼むわ!」
「おう、まかせとけ」
「それじゃあ私はあなたの――これとこれをやっとくわ。」
「お願いするわ。」
「それじゃあ、こっちは班を決めておく。 マルチタスク開けておけよ?」
「ああ、頼む。」
「さあ、忙しくなるぞ!!」
彼らは意気揚々と仕事を再開する。
やる気を出した彼らを止められる者は誰も居ない。
しかし……
彼らは知らない。
彼らの愛するユーノ・スクライア司書長は、自分は彼らに嫌われていると思っており――彼らの邪魔をするくらいなら機動六課の忘年会に出たほうがいいかと思っている事を。
・・・
「なんだか騒がしいですね?」
「何か珍しい本でも見つけたかな?」
何も知らない2人は司書たちが一か所に集まっているのを見て不思議に思う。
「珍しい本ですか?」
「うん。 どんな本を見つけたのかな?」
後で調べてみようと彼は思った。
彼の権限を使えば今すぐにでも何が起こっているのか知る事が可能なのだが、それをしないのは接客中だからか、あるいは司書たちにこれ以上嫌われたくないと思っているからか。
「そう言えば、ユーノさんはお酒を飲まないって本当ですか?」
「うん? ああ、飲まないってわけじゃないよ。 ちょっと願掛けをしていてね。」
この子はなんでこんなにも話をコロコロと変えるのかなぁ?
最近、彼女が訪ねてくる度に尋問されている様な気分になる。
「願掛け、ですか?」
「うん。 叶ったから、もう飲んでも良いんだけど――暇も機会も無くてね。」
事実、つい最近4日連続で徹夜したばかりだ。
「それじゃあ、今度人事部のみんなと一緒に飲みに行きませんか?」
「え?」
「部署は違えど同じ職場に勤める者同士、親睦を深めませんか?」
突然の提案に驚きはしたが、友人を増やそうと思っている彼に取ってそれは魅力的なものでもあった。
しかし
「人事部の集まりに1人だけ参加すると言うのも、ね?」
「じゃあ、司書さんたちも誘いましょう!」
「う~ん。」
無限書庫で一番若いとはいえ自分は上司である。 それも嫌われている。
僕は嫌っている上司と一緒に酒を飲んで楽しめるだろうか?
「考えておくよ。」
楽しくない酒の場になるだろうが、それでも人事部との繋がりができる事は司書たちにとって損は――いや、むしろ得になる事だろう。
そう思い至った彼は彼女の提案についてもう少し考えてみる事にした。
「本当ですか!?」
彼女が彼と仲良くしようとしているのは上司からの命令とはいえ、自分の意志でもある。
その彼からこの提案に色良い返事をして貰えそうだと思った彼女が興奮するのは仕方ない事だろう――というか、彼女の頭の中ではすでに誰と誰を誘うべきか、誰と誰を誘わない方が良いのかを計算し始めている。
「え、ええ。」
本当にこの子は不思議な人だなぁと――少し鬱陶しいとすら感じ始めていた彼に、この女性から解放してくれる救世主が現れた。
「こんにちは、ユーノ先生!」
「こんにちは、ヴィヴィオ。」
最近読書魔法と検索魔法を教えるようになった少女である。
「こんにちは、ヴィヴィオちゃん。」
「え? あ、こんにちは。」
最近、人見知りが少しマシになったとはいえ、あまり付き合いの無い女性に少し――
「すいません。 先に言っていましたが、この子に魔法を教える事になっているので……」
「いえ、こちらこそすいません。 用事が済んでいるのに長々と……」
ヴィヴィオの様子に気づいたユーノは彼女を帰らせる事にする。
ヴィヴィオがこうなるのはいつもの事なので慣れているのだ。
「それじゃあ、また。」
「ええ、また。」
ユーノから彼女が離れた瞬間、ヴィヴィオは彼の背後に回り込んで彼女に手を振った。
「ばいばい。」
「ばいばい、ヴィヴィオちゃん。」
彼女はヴィヴィオに笑顔で返事をして、無限書庫を後にした。
彼女の姿が見えなくなると、ユーノがヴィヴィオにあの態度は失礼だよと教えた事は言うまでも無い事だろうか?
100516/初投稿