第97管理外世界 日本 海鳴市 ハラオウン家
ピンポーン♪
「はーい。」
その日は嫁であるエイミィを本局に帰艦した息子の下に行かせていて、久しぶりの夫婦水入らずとさせる為にリンディが双子と一緒に留守番をしていた。
「あ、リンディさん、お久しぶりです。」
「いらっしゃい。 ほんと、久しぶりね。」
訪ねてきたのはユーノ・スクライアであった。
実は3日ほど前に彼から相談したい事があると連絡があって、どうもエイミィやクロノには聞かれたくない様子だったので、これは一石二鳥だと考えたリンディはエイミィを上手く口車に乗せて家から出て行かせたのである。
「ささ、上がって頂戴。」
「はい。 失礼します。」
相談の内容は知らない。
「子供たちは今お昼寝しているから、こっちの部屋で話しましょう。」
「ぁ! ……はい。」
お茶の準備と和菓子を予め用意しておいた和室にユーノを案内する。
ユーノの顔が少しこわばった様な気がするが、それだけ深刻な悩みを抱えているということなのだろうか?
「どうぞ。」
「ぁ……りがとう、ござ、います。」
向こうでの生活が長いユーノに座布団を進めたのは悪かっただろうか?
しかし和室の畳の上に椅子を置きたくなかったのだから諦めてもらおう。
それに、時空管理局内の機密に関する事であった場合を考えると、盗聴器などはもちろん、魔法などでも盗聴などがされない様な場所は第97管理外世界にはあまりなく、そのうえ、管理局の施設を使うほどの無い様でなかった場合の事も考えると、相談を聞けるのはこの家くらいしかないのだし。
「それで、相談したい事って何かしら?」
時空管理局に必要不可欠と言われる様になった、もう1人の息子と呼んでもいいくらいに思っているユーノの悩み事を聞いてあげられるのが、エイミィやクロノ、フェイトに八神一家ではなく、自分である事が少し嬉しい。
嬉しかったのだが……
・・・
「忘年会の会場の下見?」
勤務時間が終わり、エリオとキャロと一緒にヴィヴィオの待っている家へ帰ろうとしたフェイトを呼びとめたはやてからそう提案されたのだが……
「うん。 1人で行くのは寂しいから、ちょっと付き合ってくれへんか?」
確かに、飲み会の会場になる様な場所に1人でいくのは寂しいかもしれないけれど……
「確か、人事部の人と無限書庫の人たちがすでに決めちゃった場所なんでしょう?」
「う、うん……」
ならば
「だったら…… そういうレクリエーションのノウハウの無い、私たちみたいな1年限りの部隊からしてみたら、人事部や無限書庫の人たちが決めてくれるなんてありがたい事なんだし、何より、私たちが下見した事が知られたら、あちらの気分を害する事にならない?」
機動六課のメンバーの殆どはすでに次の所属先が決まっており、それぞれが新しい魔法を覚えたり資格をとる為の勉強をしていたりするのに忙しい。
というか、ぶっちゃけた話、みんなバラバラになるので今さらレクリエーションをして団結力を高めたりする必要が全く無い。
だから、自分たち機動六課からしてみたら『忘年会』というよりも『部隊の設立目的を無事達成した事を祝う会』であり――『少し早目の卒業式』も兼ねているかもしれない。
「フェイトちゃん……」
「ん?」
「確かに、今回の話は私たちにとってはそんなに悪い話じゃない……様に思える。」
「うん?」
『様に思える』?
「でもな? 何か裏があるように思えてならんのよ。
なんか、こう、このまま話に乗っかると、そのまま行く予定の無かった場所まで――それも、悪い方向に連れていかれてしまいそうな、そんな気がしてならんのや。」
珍しく真剣な顔をしたはやてに、フェイトも少し眉間に皺を作る。
「う~ん……」
正直な話、部隊設立目的はすでに達成している自分たち機動六課を罠にかけて得をする人がいるのかどうか――と考えてしまう。
けれど、親友であるはやてにそこまで言われてしまうと、もしかしたら何かあるのかもしれないとも思えてきてしまう。
「別に、何も無いならそれでええんよ。
ただ私はやれる事は全部やっておきたい。 自己満足に付き合わせる事になるけど、『やれる事はやった』って思っておきたいんや。」
これは、もう、今回は折れてあげるしかないか。
「わかったよ。 それじゃあ、今夜そのお店に行ってみよう。」
エリオとキャロに一緒に帰る事ができなくなった事と、ヴィヴィオの事をよろしくと連絡しなければならないと考えながら、はやてに付き合ってあげる事にした。
・・・
「どうしたらいいのか、さっぱりわからないんです……」
天変地異の前触れかと思ってしまったほど、非常に珍しい事に、悩み事あると相談してきたユーノが持ってきた資料にざっと目を通してから、リンディは「う~ん」と唸った。
レイジングハートが展開した空間モニターにはユーノ・スクライアの――いや、『時空管理局の癒し系アイドル』の静止画とそれに関したコメントが幾つも付けられているという、どこかのサイトをコピーした物が映し出されているのだ。
「これは…… その…… う~ん……」
リンディとしても、何と言ってあげるべきなのかわからない。
「その、これを、無限書庫の司書たちが、その、当事者であるユーノ君に内緒で、作って、運営していたって事なのね?」
レティから組織の存在を聞いた後で、一応このサイトを確認――斜め読みした程度だが――したけれど、まさか、あれから1ヵ月も経たないうちに本人にばれるとは……
「いえ、これを――この『僕を盗撮した映像を集めて評価を付けるサイト』を作ったのはエイミィさんで、司書たちはそれに参加している。 と言う事みたいです。」
「は?」
息子の嫁がこの『組織』の創始者?
「そ、それは本当なの?」
「え? あ、はい。 確かに個人情報はどこにも載っていないんですけど……」
ユーノはそう言いながらレイジングハートに触れて
「ほら、これ、この静止画を見て下さい。」
1枚の静止画を映し出す。
「これ……? あっ!」
一見、可愛らしいフェレットがお昼寝しているだけなのだが
「これ、アースラで撮られた物ね。」
フェレットが寝ているその場所は、アースラ艦内であった。
「はい。 僕がアースラに乗っていた時にこんな写真を撮れる人は、1人しかいません。
もちろん、エイミィさんはこのサイトに投稿しただけという可能性もありました。 でも調べてみると、このサイトの製作者の――」
「なるほどねぇ……」
ユーノの話はまだ続きそうであったが、少し前にレティが訪れてこの事を教えてくれた時、エイミィの様子がおかしかった事を思い出し、その事と今回の事を考えると、ユーノの言っている事は間違いではないだろうと確信できた。
「ユーノ君が相談したい事があるって連絡が来た時、何で現場から離れた私なのかしらと思ったけれど……
この件が大事になって困るのは私たちの方だったからなのね。」
下手をしたらエイミィだけではなく自分やクロノの進退問題になりかねなかった。
「リンディさん…… 僕…… 僕は……」
本当、どうしたらいいのかしら……
エイミィや初期からの会員たちに説教をしてサイトを閉鎖させる事は可能だろうが、おそらく第2第3の組織が現れて、同じ様なサイトを作成・運営されてしまう、いたちごっこになるだけだろう。 ……あ、この場合はフェレットごっこか?
それに、レティや、その上の人たちと協力したら、エイミィが管理局に復帰できなくなる程度で片付ける事もできなくはないだろうが、それをした場合ユーノ君の気づかいを無駄にしてしまう事になる。
その結果「やっぱり相談しなければ良かったんだ。」と思われてしまった場合、ただでさえ内にこもり気味な彼の心が、さらに……
これは、かなり慎重に対処しなければならな――
「僕は、フェレットモードで仕事をするべきなんでしょうか?」
…
……
………
「は?」
今、何と言った?
「僕が、勤務時間中――ううん、プライベートな時間でも、フェレットモードで居る事で無限書庫の――時空管理局に勤める人たちの心の癒しになっていたのなら……」
《マスター!》
「レイジングハートには悪いけど、でも!」
《リンディ! どうか、マスターを! マスターに! 人間としての! ぅぅぅ……》
「……ぇ、えー、と……」
事態は、斜め上の方向で深刻な様だった。
・・・
人事部と無限書庫から何人来るのか知らないが、会場は広いし値段も――プランの組合せや交渉しだいでは安くすみそうだ。
残る問題は料理の味だったが、同じ物が食べられるレストランがあったので……
「結構良い店だね?」
食べてみたら、なかなか良い食材を使っているし料理人の腕も良い様だ。
「そやね。 ペットや使い魔の入店もOKっていうのも嬉しいわ。」
「そうだね。 はやての命令なら、ザフィーラは我慢してくれるだろうけど、やっぱり美味しい物を食べる時に何かを我慢させるなんて事はさせたくないものね。」
家族で外食をしようにも、女だらけの中に男が1人という状況になるのが余り好きではないザフィーラの事を考えると行ける店が少ないと嘆いていた事のあるはやての笑顔を見て、私もアルフ関連で知り合った使い魔持ちの人たちにこのお店を紹介しようかと考える。
「……うん。 やっぱり、美味しい物は笑顔で食べたい。」
ああ、この様子だと、八神家はこのお店のお得意様になりそうだな。
「キッズメニューも良さそうだし、エリオたちも楽しめそうだ。」
クロノたちにも教えても良いかもしれな――
「あれ? フェイトにはやて?」
「え?」
この声は
「エイミィ?」
「僕も居るぞ。」
「クロノも?」
なんで?
「エイミィさんもクロノ君も、久しぶりやね。」
「ああ、久しぶりだな。」
「今日は家族サービスなん? あれ? でも、子供たちは?」
ああ、突然の事で――ついでに、少しお酒が入っていたから頭が回らなかったけど、普段は地球に居るはずのエイミィがこっちにいたら、そう考えるのが普通か。
「地球でリンディさんが見てるよ。」
「へぇ…… じゃあ、家族サービスじゃなくて奥さん孝行って事か。」
なら、キリの良いところで2人きりにしてあえないといけないか。
そうすると……
「なんだ……」
「なんだって…… そんなに子供たちに会いたかった?」
「来ているんならエリオとキャロとヴィヴィオに会わせたかったなって……」
よし。 子供の話でエイミィの気を引いた!
これで、タイミングをみて子供たちを理由に帰る事ができる。
「ヴィヴィオちゃんに会った事はあるけど、元気いっぱいな良い子だったよ。」
「え? ヴィヴィオに会った事があるの?」
「うん。 ユーノ君が碧屋に連れてきた時に会ったよ。 子供たちも知ってる。」
「……ああ、ヴィヴィオがすごく美味しいケーキを食べたって言っていた事がある。」
そう言えば最近、なのはさんのケーキを食べてないなぁ……
「そうや! 今度の忘年会、クロノ君も参加しない?」
は?
私がエイミィと話している間に、いったい何を?
「うん? 機動六課の忘年会にか?」
「そうや。 クロノ君には課の設立とかで色々世話になったから、参加してほしいわ。 帰って来たばかりなら、1月くらいはこっちに居られるんやろ?」
「う~ん……」
「ユーノ君も参加するし、暇になる事は無いと思うよ?」
「ユーノも来るのか。 最近あいつとは仕事の話しかしないからな……」
はやて、まさか、クロノを巻き込むつもりなの?
確かに、クロノが居たらレティさんやも下手な事ができないかもしれないけど……
「なんなら、エイミィさんも来ます?」
「私も?」
「自由参加なんで集まりが悪いかもしれないけど、場所は此処ですし。」
「え? 此処で忘年会やるの?」
「はい。 レティさんや無限書庫の人たちから教えてもらったんです。」
嘘はついてない。 嘘はついてないけどっ!
「忘年会はこの日なんで、都合が合えばでええんよ。」
「その日なら開いているが……」
「私は無理、流石に何度も子供たちをお留守番させるわけにはいかないし。」
「あ、そうやね。 エリオやキャロがいるから、みんなお酒は控えてくれるやろうけど、それなりに遅い時間になるからなぁ……」
「そうか、なら僕も止めておこう。 たまには家族サービスしないと、な。」
「クロノ君……」
エイミィ…… 呼び方が昔に戻ってる……
というか、今の台詞の何処に頬を赤く染める要素があったの?
それに……
はやてがここまで不安がっている忘年会って、一体……?
110320/初投稿