第01話:神蔵堂ナギの日常
Part.00:イントロダクション
現在は2003年の2月7日(金)。
ナギが『ここ』で目が覚めてから、半年もの時が流れた。
その間にナギが如何に過ごしたのかは ご想像にお任せする。
まぁ、敢えて語るとしたら「無駄な足掻きをしていた」の一言に尽きるだろう。
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Part.01:ヒィッツに憧れる男
せっかくなので、これまでの経緯を軽く語ろう。
病院で目を覚ましたナギは、数日に及ぶ精密検査を受けた後「健康上の問題は特に無い」と言う診断が下され、程なくして退院した。
ここで溺れただけで精密検査を受けたことに疑問を抱くかも知れないが、実は目覚めるまでに10日も昏睡状態が続いていたのである。
ナギは「その10日の間に記憶や自我が『オレ』の情報に上書きされていたのだろう」と妙に納得したらしいが、その納得は どうかと思う。
まぁ、その辺りは深くツッコまないで置こう。と言うか、退院後のことに話題を移そう。
カルテの日付(7月)から だいたいの察し付くだろうが、ナギが退院した時には既に夏休みは始まっていた。
それ故に、ナギは夏休みをエンジョイしたのだった……と言う話だったら語るまでもないので、そんな訳がない。
ナギは憑依したことを誰にも知られたくないため、夏休みを使って那岐に擬態する練習をしていたのである。
端から見ると「バカじゃないの?」と思える行動だが、本人は至って真剣だった。
何故なら「実はオレ、憑依したんだ」などと他人に漏らそうものなら「ああ、中二だもんね」と生暖かく見られるだけだからだ。
肉体的には中二なので間違った反応ではないのだが、どう考えても厨ニ病患者として扱われているだけなので避けるべきだろう。
と言うか、仮に憑依したことを信じてもらえたとしても、そもそも他人に憑依したことを教えるメリットは何一つとしてない。
那岐と仲の良かった人間にとっては「那岐を奪った」と受け取られる可能性もあるので、むしろマイナスにしかならないだろう。
そんな訳で、ナギは至って真剣に那岐として振舞うように心掛けていたのである。
肉体(と言うか脳)に「那岐の記憶」が残っていたら、そんな努力をする必要などなかったのだが……
生憎と「那岐の記憶」は一切 残されておらず、脳内にあったのは「ナギの記憶」だけだった。
那岐が住んでいた場所すら生徒手帳を見なければわからなかった と言えば状況は察してもらえるだろう。
当然ながら、那岐の記憶がないため那岐がどう言った人間なのか、ナギにはわからなかった。
ナギが那岐のことでわかっていることは、麻帆良学園男子中等部に在籍していること、
また、溺れた子供を助けるために川に飛び込んでしまえるタイプの人間であること、
そして、目覚めてから退院するまでの数日の間に誰も見舞いに来なかった と言うことだ。
そこからナギが導き出した那岐の人物像は「いいヤツなんだろうけど周囲とはうまくいってない中学生」だった。
実に短絡的な推察だが、深く考えたところでナギには答えがわからないので、深く考えても仕方がないと言えば仕方がない。
それ故、ナギは那岐を「いいヤツだけど人付き合いが下手」と結論付け、周囲から そう思われるような人物を演じたのである。
しかも、演技を続けているうちに段々 演技と本音の境が曖昧になってしまったのだから最早 笑うしかない。実に無駄で滑稽だ。
何故なら、その程度の擬態なら してもしなくても「そこが麻帆良である」と言うだけで、少々の違和感など気にされないのだから。
普通なら不審に思われることでも、麻帆良では気にされない。世間の普通は麻帆良の普通ではないのだ。
普通なら疑問に思うべきことでも、麻帆良では「まぁ、そんなこともあるか」程度で片付けられるだろう。
そう、二次創作で よく言われているように、麻帆良には『認識阻害結界』が張られているのである。
まぁ、ナギも『認識阻害結界』が張られていることの確たる証拠を得ている訳ではない(と言うか、確証がないから無駄な努力をしたのだ)。
だが、麻帆良の人間は あまりにも「気にすべきことを気にしな過ぎる」のだ。そう仕向けられているが如く。
それ故、ナギは「疑問を持たないように認識が阻害されているとしか思えない」と結論付けたのだ。
そして、誰もがナギに違和感を抱かないのも『認識阻害結界』の御蔭であることも予想しているのである。
しかし、擬態がバレていない理由は それだけではない。幸い と言うと語弊があるが、那岐の人間関係が希薄だったのも関係している。
と言うのも(ナギの推察の通り)那岐の交友関係は狭かった。原因まではわからないが、交友関係が狭いのは間違いなかった。
孤児だったため家族がいないし、親しい友人もいなかった。唯一 親しい存在と言えるのは「保護者になってくれた男性教師」くらいだ。
しかも、その男性教師は出張ばかりで最近は顔すら合わせていない程度の関係性だったので、那岐の交友関係は皆無に等しい。
また、ナギが「那岐としての記憶がない」ことを医師に告げていたことも大きな要因だろう。
とは言っても、別に憑依云々を誤魔化すためにナギは記憶障害(記憶喪失)を装った訳ではない。当時のナギには切実な理由もあったのだ。
先述したように、住んでいた場所すら知らない状態だったので そのまま退院させられては文字通り路頭に迷うことになる、と言う理由が。
まぁ、溺れただけで頭部に強い衝撃を受けた訳でもないのに「昏睡状態が長く続いた影響だろう」と勝手に納得してくれたのは僥倖だったが。
そうでなければ、那岐の家庭環境を教えてもらうこともなかったし、ナギと那岐の違いを「記憶喪失だから」で片付けてもらえなかっただろう。
……ところで、先程 孤児であったことや保護者の男性教師の話をしたが、那岐の生活は男性教師に支えられている訳ではない。
那岐は特待生と言う立場であり、授業料を全額免除されているうえ小額だが奨学金の給付すら受けている。
通常なら奨学金だけでは生活できないが、幸運なことに麻帆良は全寮制であるため生活費は格安で済む。
贅沢をしなければ奨学金だけで充分に生活できるため、那岐の生活は麻帆良に支えられている とも言えるのだ。
当然、特待生と言うからには それ相応の優秀さが必要である。つまり、那岐は優秀な生徒だった と言うことだろう。
そして、これも当然なことだが、那岐の擬態を頑張っているナギも那岐の様に優秀な生徒を演じている。
そこで成績面を心配したくなるだろうが、幸いなことにナギ自身の成績は良い方だったので どうにか大丈夫だ。
さすがに『麻帆良最高の頭脳』と称えられる超と比べると見劣りするが、一般的に見るとナギも充分に優秀だ。
まぁ、いろいろな部分で抜けているので そうは見えないと言う難点はあるが……とにかく学業面では優秀なのだ。
閑話休題。本筋に戻ろう。と言うか、ここら辺で話題を現在の話にしたい。
いや、退院した後も夏休み中やら二学期やらに いろいろなことがあったのだが……
それらを語り出すと話が長くなるので、今回は退院前後の話だけで勘弁してもらいたい。
今は そんなに時間がないのだ。いつか機会があったら、続きは その時に語ろう。
と言う訳で、現在に話題を戻すが……現在、ナギは数学の授業を受けていた。
ちなみに、数学の担当教師はナギのクラス担任でもある神多羅木 秀治(かたらぎ しゅうじ)である。
神多羅木は、ヒゲグラと言う愛称(と言っていいか微妙な呼称)で親しまれている魔法先生の一人で、
オールバックと髭とグラサンと黒スーツが特徴的な(その筋の人にしか見えない)中年男性である。
ナギ曰く「某巨人ロボに出て来る『素晴らしきヒィッツカラルド』のように『指パッチンでカマイタチ』を使う男」らしい。
どうでもいいが、ナギはヒィッツカラルドが大好きらしく、「あのヒゲが『指パッチンでカマイタチ』を使うのが許せない」そうだ。
そのため、神多羅木に対して少々 反抗的な態度になってしまい、その結果、神多羅木から「コイツ面倒臭ぇ」と思われているようだが。
また、それが原因で神多羅木はナギに雑用を指示することが多く、ナギは それに対して(学園長に)抗議しているとかしていないとか。
「おい、神蔵堂……ちょっと この問題を解いてみてくれないか?」
そんな訳で あまり仲がいいとは言えないナギと神多羅木だが、周囲からすると「妙に仲がいい」とされている。
何故なら、ナギは見た目も雰囲気も怖い神多羅木に対して一切 物怖じせずに話せる唯一の生徒だからだ。
それに、基本的に生徒のことなど関心がない神多羅木が(悪い意味でだが)関心を持っている唯一の生徒だし。
「……どうした? まさか、わからない とか言わないよな?」
諸々のことに思いを馳せて授業をスルーしていたナギは、神多羅木の声が聞こえていなかった。
迂闊としか言えないが、ナギとしては既に修得している内容なので身が入らないのである。
まぁ、だからと言って神多羅木の授業で気を抜くのは命取りであることは変わらないのだが。
「いえ、わかりますよ」
ナギは問題を見ることすらせずに「どうせ中坊の数学なんて楽勝だろ」と判断して堂々と前に進み出る。
そして、黒板の前に立って問題に取り掛かろうとした段階で初めて問題を見て、そこで その悪質さに気付く。
何故なら、黒板に書かれていたのは中学二年生の履修範囲を逸脱した二次関数の問題だったからだ。
「……どうした? まさか、わからない とか言わないよなぁ?」
ナギが内心で「何を考えて中二のガキに こんなもんを解かせようとしてるんだ、このヒゲは?」と思うのは仕方がないだろう。
そして、その様子が傍からは「こんな難しい問題 解ける訳ねぇだろ!!」と狼狽しているように見えるのも仕方がないだろう。
それ故に、神多羅木がニヤニヤと笑いながら、同じセリフを厭味タップリにリピートするのも仕方がないと言えば仕方がないだろう。
そこには「こっちが仕事している時にボ~っとしやがって……この問題で恥を掻け!!」と言う思いが、見え隠れしているが。
大人げないと言えば大人げないが、神多羅木の気持ちもわからないでもない。やはり教師も人間なのだ。
一生懸命 仕事(授業)しているのに、それを軽く聞き流されたのだからイラッと来るのも頷ける。
特に神多羅木は教師をやりたくて教師をやっている訳ではないので、感じる苛立ちは より深いものだろう。
そう、麻帆良に配属されたために教師もやらざるを得なくなった神多羅木には、教師として仕事はストレスでしかないのである。
(やれやれ……どうやらオレが学園長に密告――じゃなくて、密かな抗議をしたことに気付いたようだね。
まったく、オレの何が気に入らないのかは知らないけど、少しは大人になってもらいたいものだねぇ。
あくまでもオレはイビられたことの報復としてやっているだけなんだから、オレは悪くない筈なのになぁ)
もちろん、ナギは自分から「先にヒィッツをバクりやがって!!」と神多羅木を目の敵にした事実はスッパリと忘れている。
実に都合のいい脳だが、人間の脳なんて そんなものだ。何故なら、人間は必要のない情報は忘れるようにできているからだ。
むしろ、事実を都合のいいように捻じ曲げて覚えるのが人間、とすら言える。それくらい、人間の記憶なんて曖昧なのだ。
だからこそ、記憶を誘導して都合のいい証言を作ったりすることもできるのだが……まぁ、そんなことは今まったく関係ない。
「……いえ、わかりますよ?」
確かに普通の中学二年生なら二次関数は難しい問題だろう。だが、ナギには大した問題ではない。
ナギは文系の人間だったが、このレベルの数学なら修得した範囲内だ。簡単に解を導き出せる。
そのため、ナギは仕返しとばかりにニヤリと笑みを浮かべながら先程と同じセリフをリピートする。
どうでもいいが、先程 神多羅木を大人げないと評したが、ナギも充分に大人げないのである。
まぁ、だからこそ、周囲は二人を「妙に仲がいい」と評するのだが……生憎と二人は それに気付いていないのある。
それ故に、今後も二人は「妙に仲のいい」と評されてしまう「大人げない遣り取り(≒ じゃれあい)」を続けるのだろう。
いや、もしかしたら気付いていながらも、敢えて直さないだけかも知れない。主に、ストレス発散に利用するために。
「…………先生、正解ですよね?」
ナギは悩みことすらせずに「カッカッカッ」と流れるようなチョーク捌きでアッサリと解を導き出した。
そんな想定外の事態に神多羅木は固まり、それを見たナギが「間違っている訳ないよね?」と言いたげ に問い掛ける。
そして、神多羅木の「……うむ、正解だ」と言う苦い声の後、クラス中で「神蔵堂スゲェー!!」と言う歓声が上がる。
(――あれ? オレ何してんだろ?)
クラス中の称賛を背に受けながら悠々と席に戻ったナギは、軽く悦に入った後で ふと我に返った。返ってしまった。
特待生と言う立場上 難問を解いても違和感は無いが、さすがに履修範囲外の問題を解くのは遣り過ぎだろう。
憑依したことを隠したい とか言っていたクセに、那岐と逸脱した行為を自ら披露しているのだから どうしようもない。
神多羅木の鼻を明かせてやりたい一心で問題を解いてしまったが、どう考えても あそこは耐えるべきだった。
クラスメイト達は先程の問題の難易度を深刻には理解していないので、大した問題ではない。
だが、神多羅木は違う。わかっていて出題したので、ナギの異常性に気が付かない訳がない。
ここで『認識阻害結界』に期待したいところだが、神多羅木は魔法使いなので それも期待できない。
だが、何故か神多羅木は「チッ、命拾いしやがったな」と舌打するだけで軽く流す。
そのことを「気にされなかった、ラッキー」で済ませてしまう辺りが、ナギのダメなところだろう。
後になって「あの時、真剣に考えて置けばよかった……」と思うのが、ナギのクオリティなのだ。
そう、ここで「気にされなかったこと」を気にして置けば、少しくらいは心構えができたかも知れない。
まぁ、心構えができる程度なので、そんなに意味はないかも知れないが。
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Part.02:楽しい楽しいランチタイム
キ~ンコ~ンカンコ~ン♪ キ~ンコ~ンカンコ~~ン♪
教室中に授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。時間は昼時、つまり昼休みだ。
授業から解放された生徒達は思い思いのランチタイムを過ごすために教室から出て行く。
それはナギも例外ではなく、学食へ行くために教室を出ようとした。まさに その時――
「おーい、神蔵堂ー」
ナギを呼び止める声があった。何の用件で呼び止めたのかは定かではないが、実にチャレンジャーだ。
満腹な猛獣は比較的安全だが、腹を空かせた猛獣は非常に危険だ。まぁ、つまり、そう言うことだ。
そんなナギに話し掛けるのだから、チャレンジャーとしか言い様がない。それだけ重要な用件なのだろう。
(え~~と、確かクラスメイトの……田中だったかな?)
前述した様にナギには那岐の記憶がない。つまり、クラスメイトの顔と名前などの記憶がなかったのである。
まぁ、二学期 早々に「記憶喪失であること」を伝え、改めて自己紹介してもらったのだが……実は うろ覚えなのだ。
人間、興味のないことは覚えないので、仕方がないと言えば仕方がないだろう。人として どうかとは思うが。
「……何か用?」
空腹状態で獰猛になりつつあるナギは「くだらない用件なら殺す」と言うメッセージを込めて尋ね返す。
一応 言って置くが、腹が減っているから殺気立っているだけで、普段のナギは好戦的ではない。平和主義者だ。
具体的には、某ソレスタル・ビーイングのように平和のためならば武力行使も厭わないレベルの平和主義者だ。
「悪いけどさ、ちょっと頼みがあるんだ」
どうやら くだらない用件だったようだ。そう判断したナギは僅かに殺気を叩き付けようとする。
だが、ふと「いや、待てよ? 頼みを聞いてやる代わりに昼を奢ってもらおう」と直前で思い直す。
しつこいかも知れないが、ナギは平和主義者なので無益な殺生も無意味な闘争も好まないのである。
まぁ、利益や意味があれば殺生も闘争も辞さない と言う意味でもあったりするが、気にしてはいけない。
「……オレ、腹が減ってるんだけど?」
ナギは言外に「奢れ、しからば話を聞いてやる」と言うメッセージを込めて返答する。
察しのいい人間なら気が付くだろうが……田中(で合っている)は気が付くだろうか?
ナギの殺気に軽く漏れていたことに気付かなかった件も含めて、気付かない可能性は高いが。
「いや、時間は取らせないから、話だけでも聞いてくれよ」
やはり伝わらなかったようだ。いや、もしかしたら、気付いていて流したのかも知れない。
前者ならば ただ鈍いだけでしかないが……もしも後者ならば かなりの大物かも知れない。
まぁ、どちらにしても、ナギは「いや、現在進行形で時間取ってるから」としか感じてないが。
「却下。何故なら『日替わり』がなくなっちゃうから」
なので、ナギはサックリと断ってトットと食堂へ向かう。ちなみに、人付き合いが下手な那岐を演じたのではなく、素である。
その頭には既に田中の存在はなく「確か、金曜日の『日替わり』はエビフライ定食だったよなぁ」とランチに切り替わっている。
むしろ「オレ、エビフライって好きなんだよね。あのサクサクとプリプリが最高さ」とエビフライのことしか眼中にない始末だ。
「だぁあああ!! 待ってくれ!!」
何やら田中が騒いでいるが、残念ながら今のナギには聞こえていない。そう、エビフライのことで頭がイッパイだからだ。
それに、安くてボリューム満点な日替わりランチは とても人気があり、グズグズしていると本当に売り切れる恐れがある。
つまり、これ以上どうでもいいことに時間を取られている暇などナギにはないのだ。タイミングが悪かった としか言えない。
「わかった!! 昼メシ奢るから!! だから、話を聞いてくれ!!」
だが、田中のこの一言で流れは大きく変わった。いや、むしろナギは この一言を待っていたのだ。
そのため、ナギは満面の笑顔で「しょうがないな。そこまで言うのなら話を聞こう」と鷹揚に頷き、
そして「じゃあ、日替わりがなくなるからサッサと食堂に行こう。話は食べながらね」と応えるのだった。
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「……で? 話って何?」
無事にエビフライ定食の入手に成功したナギは座席に着いた後、対面に座った田中に水を向ける。
ちなみに、田中は学食で一番安いがボリューム的に微妙な たぬきうどんだ。理由は察して欲しい。
「えっと、実はさ……その…………」
モジモジする田中。もちろん、男の娘でもない限り、男がモジモジしても非常に気持ち悪い。
それはナギも同感なようで、話が始まるまで食事に集中することにしたらしい。実に賢明だ。
まぁ、友人ならば ここで待つべきだろうが……クラスメイトでしかないので、問題ないだろう。
「か、神蔵堂ってさ、和泉と知り合いだよな?」
やっと搾り出されたセリフはナギの想定を軽く超えていた。てっきり、授業関連だと思っていたのだ。
だから思わず「お前イキナリ何 言っちゃってんの?」と言う目で田中を見たナギは悪くないだろう。
と言うか、それは噂のアレだろうか? 所謂 仲介の依頼と言う青春の甘酸っぱいイベントであろうか?
「え~~と、和泉って亜子のこと?」
仲介の依頼だと判断したナギは、まずはナギが「和泉」と聞いて思い浮かぶ人物を尋ねる。
仲介相手を間違えるのは他人事なら面白いが、当事者には堪ったものではないので確認は重要だ。
いや、勘違いから生まれるストーリーもあるにはあるが、それは何かが微妙に違う気がする。
「ああ、ウチのマネージャーのな」
ウチのマネージャー? 田中の心当たりの無い言葉に内心で疑問を浮かべるナギ。
しかし、直ぐさま「ああ、確か亜子ってサッカー部のマネ娘だったな」と納得する。
どうやら、田中の言っている人物とナギの思い当たった人物は同一人物らしい。
「なら、それなりの知り合いではあるかな?」
説明が遅れが、二人が話題にしているのは「和泉 亜子(いずみ あこ)」と言う少女だ。
麻帆良中等部2年A組に在籍しており、男子中等部のサッカー部のマネージャーをしている。
夏休みに ちょっとした事情でナギと知り合い、以降それなりの交友関係を保っている。
「なら……デートのセッティングをして欲しいんだ!!」
田中が座ったままとは言え頭を下げる。それには、テーブルに頭がガツンと ぶつかるくらいに魂が入っている。
ナギとしても、その気持ちはわからないでもない。確かに亜子は可愛い。色素が薄いのも実にチャーミングだ。
付き合いたいと言う気持ちは痛い程よくわかる。実際、とある事情がなければナギも付き合いたいくらいである。
「お前の気持ちはわかった。だから、顔を上げなよ」
ナギの優しげな声に、田中が「頼まれてくれるのか!!」と言う感じで顔を上げる。
実に嬉しそうな顔だが……まぁ、普通なら了承の意と捉えるので、田中は別に悪くない。
むしろ、ここまで期待させて置いて「だが断る」とか言っちゃうナギが圧倒的に悪い。
「なぁああ?!」
田中は大口を開けて驚愕した後「そんなぁああ!! 信じていたのにぃいい!!」と絶叫を上げる。
まぁ、気持ちはよくわかるが、ただのクラスメイトを そこまで信じるのも どうかと思う。
いや、人を信じる気持ちは大事だし、そのままで居て欲しいとは思うが……少しは人を疑うべきだ。
そんなんだと将来 保証人にされたり結婚詐欺にあったりして痛い目を見そうで気が気でない。
それはともかく、ナギが断った理由に移ろう。
もちろん、「だが断る」と言いたかったから ではない。本当に紹介したくないので断ったのである。
いくらナギでも、相手の純粋な気持ちを踏みにじってまでネタに走るような鬼畜な真似はしない。
だが、勘違いしてはいけない。紹介したくないのは、ナギが亜子を狙っているから とかではない。
ぶっちゃけると、亜子がネギクラス(ネギが赴任してくる予定のクラス)の生徒だからである。
では、何故に亜子がネギクラスだと紹介したくないのか?
答えは非常に単純なもので、ナギがヘタレでビビリであるため「魔法と関わりたくない」と思っているからである。
と言うのも、ネギクラスの生徒と深く関わったらネギとも絡む可能性があり、そこから魔法に関わるのを恐れているのだ。
神様からチート能力をもらったオリ主ならば「原作介入だぜ!!」とか喜んで関わるだろうが、生憎とナギはそうではない。
ナギにとっては、魔法とは『危険なもの』でしかないのである。
もちろん、ナギだって子供の頃は魔法使いに憧れていたし、黒歴史な厨二病全盛期にはオリジナル詠唱とかも考えてもいた。
だが、それらは絵空事や妄想でしかなかったからこそ楽しめたのであって、現実として考えると恐怖しか感じられないのだ。
基礎の攻撃魔法である『魔法の射手』ですら、見習いでも「岩を砕くレベル」なのだから、ただの一般人には脅威でしかない。
しかも、一般人には魔力が感じられないので「銃を突き付けられている」のに気付けない。つまり、脅威に気付けないのである。
ならば、魔法を習って脅威を取り除けばいいのだろうか?
しかし、それは泥沼への片道切符だ。上には上が居るし、原作と言う知識で英雄と言う規格外な存在がいることがわかっている。
ナギに どれだけの才能があるかはわからないが、どれだけ鍛え上げたとしても常に脅威となり得る存在は消えないだろう。
魔法に限らず、素人の生兵法はかえって危険だ。身を守るために魔法を修得した結果、より危険な状態になるかも知れない。
それならば、何もしない方がいい。いや、正確には、危険だとわかっていることに近づかない方がいいのだ。
「……わかってくれ、田中。オレには仲介なんて できないんだ」
「え? 神蔵堂……? って言うことは……お前、まさか…………?」
「ああ、そうだ(できるだけ関わりたくないんで仲介なんて無理なんだ)」
「そっか……わかったよ、神蔵堂。ヘンなこと頼んで悪かったな……」
そして、田中は颯爽と席を後にする。
あきらかに田中は別の解釈をした様にしか思えないが、きっと それは思い過ごしだろう。
颯爽と去った背中で何かを語っていた気がしたので今更「誤解だ」と言えなかった と言うか、
むしろ、誤解を解くのが面倒そうだったのでナギは敢えて気付かない振りをしたのだが。
(ところで、この残された うどんの器はオレが片付けるべきなのだろうか?)
いや、奢ってもらったのに何もしなかった手前、それくらいはすべきだろう。
と言うか、そんなことを考えるくらいなら、サッサと誤解を解くべきだろう。
まぁ、その辺りがナギのナギたる所以と言うか、ナギのクオリティなのだが。
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Part.03:でっかい荷物を背負った幼女
「わ~~、スゴいや!!」
改札口から外を見た「でっかい荷物を背負った幼女」が感嘆の声を上げる。
その目の前に広がるのは高層ビルに彩られたコンクリートジャングル。
ウェールズから来た彼女は「こんな街」を見たのは初めてだったのだ。
(あんな高層ビルを建てられるなんて……日本人ってスゴいです)
どうでもいいが、彼女が感心しているのは高層建築を建てられる「技術力」ではなく、コンクリートの街を許容できる「忍耐力」にである。
何故なら、彼女の故郷の人間達は「こんな街」など許しはしないからだ(むしろ、歴史の重みを感じない街並みなど彼等は鼻でバカにするだろう)。
だが、彼女にとっては「歴史に こだわっているだけ」とも取れるため、そんな彼等を「文化の違いを理解しようとしない偏屈屋」と捉えている。
そんな訳で彼女は日本との文化の違いを大いに感じ、「あぁ日本に来たんだなぁ」と感慨深げに日本を感じていたのだった。
何だか微妙に失礼な日本の感じ方かも知れないが、それでも彼女が日本に対していいイメージを持ったことは確かなようだった。
(え~~と、麻帆良へ行くのには どうしたらいいんでしょうか? 確か、道を知りたい時は『オマワリサン』に聞くのが正しいんでしたよね?)
彼女は瞳をキラキラさせながら、オマワリサンを探すために「オマワリサンが どこにいるのか」を道行く人に尋ねる。
……どうやら、彼女には「道行く人に麻帆良へのアクセス方法を聞く」と言う発想はなかったようだ。
シッカリしているようで、どこかで抜けている。それが、某幼馴染の彼女への評価だが、まさしく その通りだろう。
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(ついに、ここまで来れました……)
オマワリサンに麻帆良までのアクセス方法を聞いた彼女は どうにか「麻帆良学園中央駅」に辿り着くことに成功した。
これまで、彼女は何度も路線を乗り継ぎ、その度にエキインサンに その路線が合っているか確かめて来た。
その道中で「電車内でバランスを崩す」と言うアクシデントも起きたりした(それは優しき乗客によって助けられたが)。
そんな彼女の胸に去来するのは「自分の目的地に近づいている」と言う安堵感、そして目的地に対する希望だった。
「アレが有名な『世界樹』……」
そのため、彼女は「頑張るぞ!!」と決意を新たに改札口を出たのだが、そこから見えたものを見て思わず感嘆の声を上げてしまう。
それの本来の名は、神木『蟠桃(ばんとう)』。だが、それは「世界樹(ユグドラシル)」と言う俗称で知れ渡っている。
確かに、それは北欧神話に謳われる世界樹を彷彿とさせる威容を誇っており、そう呼ばれるのも頷ける程の巨大な樹木だった。
(ってことは、あそこが麻帆良学園なんだ……)
そして、その世界樹を中心に広がる西洋風の建物郡。
彼女には見慣れた風景だが、日本では異質な風景。
そこが彼女の目的地――これから彼女が通う学校がある場所だ。
(よぉし!! 頑張るぞぉ!!)
彼女は更に溢れんばかりの決意を固め、歩き出す。
目指すは、世界樹。その付近にあるらしい麻帆良学園だ。
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Part.04:夕日が差し込む教室で
(……あれ? 今って五限じゃなかったっけ?)
ナギに起きた現象を言語化すると「昼休み後の授業(五限)を受けているうちに いつの間にか放課後になっていた」らしい。
五限を受けている途中で寝た記憶はあるようだが、それでも放課後まで寝ていたことになるので普通に驚いているのである。
ナギは思わず「これが浦島効果なんだね?」とアホなことを考えて現実逃避するが、当然ながら そんなことをしても意味がない。
誰も起こしてくれなかったことは非常に心苦しいが、それがナギの人徳なので甘んじて受け入れるしかない。
ところで、特待生としての立場上(生活態度的な意味で)授業中に寝るのは不味いのではないかと思うだろう。
だが、『認識阻害結界』の御蔭で「そんなこともあるか」と軽くスルーされたので実際は問題ないのである。
ナギとしては「魔法使い達の勝手な事情で勝手に作られた『洗脳装置』みたいで気に入らない」ようだが、
擬態的な意味でも生活態度的な意味でも その恩恵を与っている身であるため、強く否定できない立場なのだ。
いや、気になるのなら麻帆良から離れればいいだけなのだが……それは『微温湯』に慣れたナギには できない相談である。
少し繰り返しになるが、ナギは麻帆良で特待生と言う立場を維持できれば高校卒業まで生活に困ることは無い状況だ。
そんな楽な環境にあり 且つ それを当然の如く享受しているナギが、その立場を捨てることなどできる筈ないだろう。
麻帆良には「魔法と言う危険」が潜んでいるが……それも「魔法に関わらなければ安全」とも言えるので問題ではないのだ。
むしろ、問題としては『ここ』の世界情勢も『向こう』の世界情勢と大差ないことだ(微妙なところで違いはあるが)。
半年も生活していれば『ここ』の世界にも貧富の差があることや小規模な戦争が世界中で勃発していることくらい、嫌でもわかる。
言い換えれば、魔法が有ろうが無かろうが、人間の住む世界と言うのは格差も戦争も生まれるようになっている と言うことだ。
そんな世界で、ナギは成績を維持しているだけで衣食住に困らないし、緊張感なく生きていても死ぬような危険は滅多に起こらない。
つまり、食うに困り今日の糧さえ手に入らない訳でもないし、銃弾が飛び交う戦場に放り出されて命が銃弾以下になる訳でもない。
……それだけ恵まれた立場にいるのに、それを捨てることなど人間にはできない。
意地の悪い言い方をすると、それがわかっている癖に現状の不満を言う方が痴がましいことになるのだ。
人間は慣れる生物なので、現状を当たり前だと感じるようになれば不平不満が出るようになるのは仕方がない。
だが、それでも、不満を言っていい立場の人間と不満を言ってはならない立場の人間に分けられるのだ。
そう、ナギは特待生として麻帆良に生かされているのだから、ナギは麻帆良(と言うか、麻帆良を支える魔法使い)に文句を言う資格など無い。
もちろん、問答無用で一般人に洗脳とも言える『認識阻害』を施すことに嫌悪感はある。
だが、それも魔法を秘匿することの重要性を考えたら、強くは非難できないことだ。
仮に魔法が広く一般人にバレたら……恐らく『魔女狩り(魔法使い狩り)』が起きるだろう。
何故なら、魔法と言う現象は魔法使いでなければ発動するまで認識できないからだ。
それ故に、魔法で攻撃される前に魔法使いを殺すべきだ と言う考えの下、魔法使いと疑わしき者は殺されることだろう。
しかも、一般人には魔法使いを見分けることなどできないので、一般人が冤罪で殺されることも多々あるに違いない。
疑心暗鬼に取り付かれた人間達が殺し合った果てに待つのは、どんな世界なのだろうか? 壊滅的な状況しか思い浮かばない。
……魔法使いは一般人を攻撃しない? だから、魔法使いは安全である
残念ながら、実際に魔法で攻撃するかしないかは大した問題ではない。
扱いは核と同じだ。核は持っているだけでも充分に危険と見なされる。
つまり、それが行える可能性があるだけで危険視さされてしまうのだ。
……魔法使いは世界平和のために魔法を使っている? だから、魔法使いは一般人の敵ではない?
確かに、魔法も他の武器と一緒で「使い方によっては」人を救える。そのことは間違いではない。
そして、多くの魔法使いは「そう言う使い方」をしようとしている。そのことも間違ってはいない。
だが、実際のところは、他の武器と同じように「戦いの道具」に成り果てているのも確かだろう。
ネギの父親がいい例だ。英雄だ何だと尊敬視されているが、所詮は戦果で名を上げた存在でしかない。
最終的には魔法世界を救ったが、その過程で 幾万もの屍を作り上げたことを忘れてはいけない。
言い換えるならば、それは「力こそ正義」と言う傲慢と何も変わりはしないのではないだろうか?
まぁ、それはそれで正しいのかも知れないが……それはあくまでも「有事の際のみ」だ。
平時には、制御できない武力を持つ者は邪魔でしかない(英雄が戦後に謀殺されてきた歴史が それを証明しているだろう)。
だから、武力を持つ者には『知力』が必要となる。その武力を「如何に使わないようにするか」を考えなければならないのだ。
そして、武力を使わざるを得ない状況になった時も、己の武力が「どんな影響を及ぼすのか」を考えなければならない。
まぁ、それはともかく、話を戻そう。大分 話が逸れた。
つまり、ナギは麻帆良に文句を言える立場ではなく、麻帆良の『認識阻害結界』は必要なものだ。
しかし、それだけを語る予定だったのに、何故か魔法使いや武力の在り方にまで言及してしまった。
魔法を秘匿する重要性を語っているうちに少々ヒートアップしてしまったようだ。以後 気を付けよう。
ガラッ
「――あれ? 神蔵堂? ボ~ッとして、どーしんだ?」
そんなこんなでナギが寝起きから復帰するのにグダグダしていると、田中が教室に入って来た。
ナギの名誉のために言って置くが、ナギはボ~ッとしていた訳ではない。グダグダしていたのだ。
大差ない気がするが、それでも微妙に違う。とは言っても、態々 田中に訂正することでもないが。
「…………もしかして、和泉とオレのことで悩んでいたのか?」
ナギの無言を どう解釈したのか、田中は神妙そうな顔で「ナニイッテンノ?」と言いたくなるセリフをのたまう。
恐らく「夕日の差し込む放課後の教室で物思いに耽る」と言うシチュエーションを見て妙な勘違いをしたのだろう。
青春ドラマとかで ありがちな「自分と同じ女子にホレた友人が友情と恋愛の板挟みに合っている」と言うアレだ。
まぁ、ナギは「さすがは現役の中ニ。そんなマンガみてぇな話が現実にあるワケねぇじゃん」と言う感想しか浮かばないが。
仮に悩んでいたとしても、その内容は「どうやって出し抜くか」とか「どうやって先に落とすか」を悩むのが現実だろう。
某志々雄様も言ってる様に、「所詮、この世は弱肉強食」なのである。世知辛いが、先に奪った者が勝ちなのである。
だが、ナギは そこまでわかっていながら、田中の勘違いを訂正しない。何故なら、田中の勘違いが愉快過ぎるからだ。
「フッ、アリーヴェデルチ(さよなら、だ)!!」
それ故に、ナギは軽くネタを披露して煙に巻くため、颯爽と席から立ち上がって爽やかな笑顔でキメた(つもり)らしい。
どう考えても、全然軽くないネタだが、ナギの中では軽いものだったらしい。実に不思議な思考回路をしている男だ。
しかも「フフッ……アイツ、マヌケな顔でポカンとしていやがったぜ」とか悦に入っているため、処置のしようがない。
一応「もしかしたら、オレを『ナニイッテンノ?』って見ていただけかも知れないけど」と言う現実的な思考もしているが。
だが、そんな現実的な思考も得意の『無理矢理な強がり』で誤魔化してしまうのがナギのクオリティである。
(べ、別に、オレの高度なセンスに着いて来れないようなバカ野郎にバカにされても、痛くも痒くもないんだからね!!
何だか知らないうちに目から心の汗が流れている気がするけど、これは心の汗だから ぜんっぜん平気だもんね!!
某甲殻類の名前が付いている強気なボクっ娘が某ココナッツにイジられている時のごとく ぜんっぜん平気だもんね!!)
ま、まぁ、そんな訳で、ナギは教室を出て帰路に着いたのだった。
ちなみに、勘違いされているかも知れないので敢えて言って置くが、ナギは別に田中のことを嫌っている訳ではない。
むしろ、ああ言う真っ直ぐなヤツは「どちらかと言うと好ましい」と思っている。だから、ついついイジりたくなるだけだ。
ナギはSっ気があるので「イジる = 好意的なコミュニケーション」と言う不思議な図式がナギの中で存在しているのだ。
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Part.05:交差する運命
(あぅ、道に迷っちゃいました……)
でっかい荷物を背負った幼女は途方に暮れていた。
言われた通りに世界樹を目指してテクテクと歩いて来たのだが、
いつまで経っても『目的地らしき場所』に辿り着けないのだ。
(うぅ、どうしよう……? 誰かに道を聞こうかなぁ?)
このまま迷っていては無駄に時間と体力を消費するだけだろう。そう考えた彼女は、道を訊ねてみることにした。
さすがに今度は「オマワリサンに道を訊くためにオマワリサンの居場所を通行人に訊く」などと言う真似はしないが。
この旅路の中で「別にオマワリサンじゃなきゃ道を訊ねちゃいけない訳ではないんだ」と言うことに気付いたのである。
……しかし、残念なことに人影が見当たらない。先程までは他にも通行人がいたのだが、タイミングが悪かったようだ。
そのため、彼女は「このまま立ち止まっていても仕方がありません。もうちょっと頑張りましょう」と再び歩き始める。
そして、歩き始めた直後、彼女は運よく通行人がやって来るのを発見した。当然、そのチャンスを逃すような真似はしない。
「あの~~、すみません。ちょっと道を お尋ねしたいんですけど……」
彼女が話し掛けた相手は、無造作に流した赤茶色の髪とオッドアイ(ブラウンとヘーゼル)を持つ整った顔立ちの少年――ナギだった。
ナギの容姿が今更になって語られたことに大した意味はない。ただ説明するのを忘れていた――のではなく、語る機会がなかったのだ。
どうでもいいが、オッドアイなら銀髪がテンプレだと思われるかも知れない。だが、テンプレを無視するのがナギと言う男なのである。
「……ん? 道? どこへ行きたいの?」
ナギは学校を出て麻帆良学園中央駅に向かっているところだった(寮と学校は かなりの距離があるので、電車を利用しているのである)。
実はと言うと、ナギは少々ロリコンの気があるうえ かなり目が良いので、でっかい荷物を背負った幼女がオロオロしているのが見えていた。
いや、別に「お持ち帰りのチャンスだぜ!!」とか考えていた訳ではない(少しは考えたが)。純粋に「どうしたのか?」と心配していたのだ。
そのため、道を訊ねられた時は「なるほど、道に迷っていたのか」と普通なら見ればわかることに納得し、行きたい場所を訊ね返したのだった。
ところで、せっかくなので、ここで幼女の容姿も語って置こう。幼女は真っ赤な髪と赤みの強い瞳を持っている(実にわかりやすい容姿である)。
「あぅ……えっと、麻帆良学園です」
「いや、既に ここは学園内なんだけど?」
「えぅ? 既に着いてたんですか?」
「まぁ、無駄に広い学園だからねぇ」
ナギの言う通り、ここは既に学園エリアだ。それ故に問題となるのは「学園の何処に行きたいのか?」となる。
ところで、どうでもいいかも知れないが……幼女が微妙に挙動不審になっているのには訳がある。
と言うのも、ナギの容姿が幼女が憧れている『とある人物』――ぶっちゃけ彼女の父親に似ているのである。
いや、似ていると言っても、そこまで酷似している訳ではない。髪の色と顔立ちが少々似ているだけだ。
夕日に照らされたナギの髪は いつも以上に赤く映えており、人によっては目の覚める赤を想起させる。
そして、幼女が父を見たのは命を救われた時――つまり、困っていた時だけだ。つまり、そう言うことだ。
「んで、学園の何処に行きたいのかな?」
そんな幼女の様子を「脅えられている」と受け取ったナギは「い、いや、きっと気のせいだ」と思い込んで誤魔化し、話を進める。
少々変わった性格をしているナギとは言え、幼女に脅えられるのは精神衛生上よくないのだ。地味に心にダメージを負うのである。
そして、折れそうになる心を無理矢理な言い訳で誤魔化すのはナギの常套手段とも言える(勘違いである、と言う発想はしないのだ)。
「あ、あの、女子中等部です」
最初の問答の際に目的地を明確に伝えていなかったことに気付いて それを恥じたのか、幼女は少々ドモりながら返答する。
もちろん、ナギがそれを「脅えられているからドモった」と受け取るのは言うまでもない。幼女の様子など気付かないのだ。
既に手遅れなナギは「だから、脅えていないんだってば。オレの気のせいなんだってば」と自分に言い聞かせるだけだ。
「女子中等部、ね。こっちだよ」
そんな訳で、ナギは幼女の様子を深くは気にしないことにしたようで、踵を返すと「付いて来て」と言わんばかりにテクテクと歩き出す。
案内をするために態々 先導までするのは充分に優しい行動なのだが……微妙に何かが足りていないように感じるのがナギのクオリティなのだ。
と言うか、そこまでの優しさを見せるなら、もうちょっと幼女の様子を見てあげるべきだし、先導する時に「案内するよ」くらい言うべきだ。
「えぅ!? あ、あの……」
当然、道を説明してもらうだけのつもりだった幼女は戸惑う。だが、ナギは特に気にしない。ここまで来ると、御節介を通り越して傲慢だ。
いや、ナギにだって言い分はある。「ここから中等部への道は ちょっとわかりづらいから先導する必要がある」と言う言い分があるのだ。
それに「幼女に こんなでっかい荷物を背負わせて放置する訳にもいかないって」と幼女の背負う荷物を持ってやるつもりですらいるのである。
だが、だからこそ事前に説明は必要だろう。傲慢なのはナギの自由だが、好意の押し付けは相手の負担となるのだから。
「まぁ、気にしないで。口頭で道を説明するのが難しい場所だから連れて行くだけだよ」
「そ、そんなの申し訳ないと言うか、そこまでしていただくのは悪いと言うか……」
「だから、気にしないでって。何て言うか、散歩のついでだから。何も気にする必要はないさ」
漸く説明の必要性に気付いたのかは定かではないが、ナギは微妙な説明をする(気にするな、で押し切ろうとするのは どうかと思うが)。
普通は そんな説明で納得できる訳がないのだが、幼女は「せっかくの好意を無碍にするのも失礼かな?」と納得して置くことにしたようだ。
あきらかに幼女の方が大人な対応だが、気にしてはいけない。ナギは「親切にするのが照れ臭い」と言う思春期男子らしさを発揮しているだけだからだ。
特に相手が幼女であるため、より照れ臭いようだ。と言うか、ロリコンの傾向があるのでクールを保とうとして結果的にこんなんになっているのである。
いや、本来のナギなら ここまで親切でもシャイでもないのだが……精神は肉体に引っ張られるのか、随分と親切でシャイになってしまったようだ。
「それよりも その荷物を貸して」
照れ隠しか、ナギは強引に幼女から荷物を受け取る。いや、了承を得た訳ではないので、正確には受け取ったのではなく奪ったのだが。
まぁ、ナギとしては最初から荷物を持ってやるつもりだったので予定通りの行動ではあるのだが、当然ながら幼女には想定外のことだ。
突然 軽くなった背中に一瞬だけ呆けた後、幼女は「はぅ!? あ、あの……!!」と荷物を返してもらおうとアタフタする。実に和む光景だ。
「だから、気にしないで。幼女がでっかい荷物を抱えてるのを見て放置できるほど落ちぶれていないだけだから」
ナギはSの気がある人間だが、それでも身の丈を越す程の大荷物を背負った幼女を放って置ける程ではない。
と言うか、こんな状況で荷物を放置して先導だけするとか、それは既にSとか言う以前に人として終わっているが。
それに、押し付けでしかない好意に対して どう対応すべきかアタフタしている幼女の姿を見るのも なかなか乙だ。
いや、別に嗜虐心がくすぐられたり性的な興奮を覚えたりした訳ではない。ただ微笑ましいなぁ、と思っただけだ。
何故か語れば語る程「アンタ、語るに落ちてるよ」と言いたくなるが、それがナギのクオリティなのである。
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オマケ:今日のヒゲグラ
神多羅木 秀治は、オールバックの黒髪に黒髭を蓄え、さらにサングラスを掛けて黒スーツを着た、コワモテの男である。
100人に聞けば99人が「その筋の人」と判断する彼だが、意外にも麻帆良学園中等部において数学の教師をしている魔法使いであった。
まぁ、魔法使いと言う人種も「その筋の人」と大差ないが、教師と言う肩書きは彼の発する印象とは大きく異なるものだろう。
そんな彼は、現在 男子中等部2年B組の担任も務めており、魔法使いとしてだけでなく教師としての仕事も大量に抱えて多忙な毎日を過ごしている。
そのためか、職員室で雑務をこなしている時など「何でオレ教師なんてやってんだろ?」とか考えてしまうらしいが、
まぁ、そんな文句を言っても詮無きことなので、神多羅木はストレスを溜めながらも黙々と雑務をこなすのが癖となっている。
ちなみに、そんな彼の無言の圧力はハンパない。そのため、彼の仕事を邪魔するような猛者は『職員室には』いない。
そう、普段は職員室に居ないような人間 且つ 彼の威圧感をものともしない人間のみが、彼の仕事を平気で邪魔できるのである。
……これは、そんな お話だ。
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「ヒゲグ――神多羅木先生~~~!!」
神多羅木が今日も職員室にて面倒な担任の仕事を(嫌なオーラを発しながら)こなしていると、
あきらかにニックネームと言うかションボリな二つ名である「ヒゲグラ」と言い掛けながら、
彼の担任するクラスの生徒(田中 利彦:たなか としひこ)が職員室に駆け込んで来た。
「どうした、田中?」
神多羅木は事務処理(担任としてのプリント作成)をやめ、駆け込んで来た田中の方を振り向き、用件を尋ねる。
ちなみに、その威圧感はハンパない。職員室に居た教師達は田中の無謀さに驚嘆しつつ事の成り行きを窺っている程だ。
「え……っと、今日も神蔵堂が してやらかしたんですよ!!
何か、教室でボ~ッとしてたんで呼び掛けたりしたら、
アレーヴェッチとか何とか奇妙なことを口走ったんですよ!!」
田中は、神多羅木の威圧感に慣れているため大して気にも留めず、先程 起きた珍事件を神多羅木に報告する。
その意味としては「神蔵堂のヤツが とうとう一線を超えちまいましたぜ。どうしやしょう、ダンナ?」である。
「あ~~~、気にするな。恐らく、ヤツは『アリーヴェデルチ』って言ったんだろう」
「田中の言わんとすること」と「問題視されている神蔵堂の言わんとしたこと」を理解できた神多羅木は、
「んなくだらんことで邪魔しやがって」と言う感情を押さえながら「まだ大丈夫だ、まだイケる」と言い切る。
「アリー? ヴェデ、ルチ……? え~~と、先生、その言葉を知ってるんですか?」
「ああ。イタリア語で『さよなら』と言う意味だ。だから、きっとヤツなりの挨拶なんだろう」
「あぁ、なるほど~~。そう言うことだったんですか~~。御蔭で謎はすべて解けました!!」
田中は神多羅木の説明に納得し「早とちりしちまったぜ」的な表情をする。
まぁ、相手に伝わっていなければ それはただの妄言なので、強ち早とちり とも言えないのだが。
神多羅木も それがわかっているようで、痛むコメカミを抑えながら自分を納得させてもいるし。
「さすが神蔵堂ですね。何でイタリア語なのかは知りませんけど、英語以外も使えるなんて凄いですよね」
「まぁ、使ったのは挨拶だからキチンと話せるかはわからないが……優秀ではあるな(忌々しいことに)」
「それでもイタリア語がサラッと出て来るんですから、凄いですよ。まぁ、変なヤツではありますけど」
神多羅木は心の中で「恐らくジョジョネタだったんだろうな」と思いつつも、無難に返して置く。
田中はジョジョを知らないようなので、神多羅木はネタの説明をする と言う苦痛を避けたのである。
「では、問題は解決したのでオレは帰ります。ありがとうございました、先生。アリーヴェルデッチ!!」
元気よく職員室を出て行く田中の背中に、神多羅木は「いや、アリーヴェデルチだよ、田中……」疲れたように呟く。
田中の問題は解決したが、神多羅木の目の前には片付けなければならない雑務が存在していることは変わらないからである。
むしろ、田中との どうでもいい会話(少なくとも神多羅木にとっては どうでもいい)で作業が滞ってしまったくらいだ。
(神蔵堂……もう少し自重してくれ……)
ネタを理解してもらえない同情も少しだけはあるが、面倒事を引き起こすストレスが多分にある神多羅木。
きっと、このストレスを発散するために、今日の授業(例の二次関数)の様にナギをイビろうと企むのだろう。
そして、今日の授業と同じ様に(大人げない)ナギにしてやられて、更にストレスを溜めていくのだろう。
……そんな神多羅木の道程に幸多からんことを祈ろう。
あ、ちなみに、神多羅木はナギのネタを ほとんど理解できるため、ある意味ではナギの理解者でもある。
しかし、ナギと神多羅木は互いに譲れない『何か』があるらしく、二人が理解し合う日は恐らく遥か未来であろう。
と言うか、どちらかが『大人な対応』をするまで、二人がいがみ合うことをやめることは無いに違いない。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年2月)大幅に改訂してみました。
今回は「主人公の日常の様子と その日常が変わっていく様を書いてみた」の巻でした。
まぁ、一気に半年も時間が飛びましたが、ここからは あまり飛躍させずに ゆっくりと進んでいきます。
ちなみに、夏休みや二学期などの飛ばした部分の「空白期間」のエピソードは折に触れて書きます。
ここをダラダラ書いちゃうと何時まで経っても本編が始まりませんから、気長に待って置いてください。
まぁ、何かの伏線となっているものとして考えていただけると、とても有り難いですが。
さて、今回 魔法についての文句をダラダラと述べてましたが、別にボクは原作アンチではありません。
と言うか、二次小説を書くくらいには原作が好きなので、アンチ気味になることはあっても全否定はしません。
原作キャラへの評価も辛口になる時があるかも知れませんが、アンチではありません。みんな大好きです。
あと、ヒゲグラですが、秀治って名前は勝手に命名しました。キャラも変わってると思います。
主人公のクラス担任として使ってみたら『ああ』なったんで、あんな感じを貫き通してみました。
本当はもっとカッコよく書きたかったんで、もう少しカッコよくなるように頑張っていきたいと思います。
あ、ちなみに、ヒゲグラはジョジョが好きです(もちろん、ジャイアントロボも大好きですけど)。
それと田中君なんですが……彼は青春真っ盛りの普通のサッカー少年です。それしか言えません。
主人公のクラスメイトとして、これからも ちょこちょこ出て来ると思います。
ちなみに、亜子を狙っていますが、それが何らかの伏線になる予定はまったくありません。
予定はありませんけど、そうなる可能性がないとも言えません。読んでのお楽しみです。
では、また次回でお会いしましょう。
……感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2009/07/19(以後 修正・改訂)