第10話:木乃香のお見合い と あやかの思い出
Part.00:イントロダクション
今日は4月7日(月)。春休み最終日であり、アルジャーノンの定休日でもある日。
春休み最終日でもあることから おわかりだろうが、ナギは昨日でノルマ(春休み中の強制シフト)が終了した。
つまり、今日は「労働から解放された喜びの安息日」とも言えるため、自室でゴロゴロする予定だった。
いや、随分と怠惰な休日の過ごし方だが、ナギには今までのシフト(10:00~20:00)が過酷過ぎたので仕方がないのだ。
まぁ、言うまでもなく、今日もナギには安息など訪れないのだが。
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Part.01:突然の呼び出し
ナギはどちらかと言うとインドア派だ。と言うか、趣味はアレなゲームなので、どうしてもインドアになってしまうのである。
そんな訳で、休日である今日を有意義に過ごすため、ナギはパソコンを立ち上げてマウスをカチカチとクリックし始める。
最近のナギは「積みゲー崩し」に興じており、今日もインスコしたままハードディスクの肥やしになっているゲームを堪能する。
まぁ、ハードディスクの肥やしにするくらいならインスコするなよ と思われるかも知れないが、積みゲーとはそう言うものだろう。
(インスコする前はヤル気 満々だったんだけど……何故かインスコを終えただけで満足しちゃうんだよねぇ)
感覚としては本に近いかも知れない。誰しも、買っただけで満足して結局 読まない本がある筈だ。
と言うか、大掃除をしていて「あれ? こんなの買ったっけ?」と思うことが多々あるに違いない。
アレなゲームと本を同列に扱うのは何かが違う気はするが、情報媒体と言う点では同じなのでいいだろう。
カチカチカチカチカチカチ……
アレなゲームをプレイしている時のナギはヘッドホンを使用しているため、部屋に響くのは無機質なクリック音だけだ。
ヘッドホンの中では可愛らしい声でXXX版でなければ表記できない単語やら文章やらが飛び交っていることだろう。
ちなみに、ナギがヘッドホンを使っているのは周囲を配慮したから ではない。臨場感を求めた結果が高性能ヘッドホンらしい。
(ほほぉう、これはなかなかイイな。『こっち』のスタッフは素晴らしい仕事をしているようだ)
ところで、今まで話題にしていなかったことだが、実はと言うと『ここ』の創作物と『あちら(ナギがいた世界)』の創作物は大差がない。
だが、大差がないだけで多少の違いはある。言わば、両者は似て非なるものであり、実際に触れてみないと良し悪しが判断できないのだ。
そのため「積みゲー崩し」は、ある意味では「宝探し」のようなものなのである(玉石混交で、蓋を開けてみるまで結果がわからないからだ)。
(……しかし、週間少年マガジンがあったことにはビックリだったなぁ)
当然ながら『ネギま』は掲載されていなかったが、その代わりとばかりに『らぶひな2』が掲載されていた らしい。
ちなみに、『らぶひな2』だが、前作のK太郎とナルの間に生まれた息子が主人公で女子校を舞台とした学園ラブコメである。
まぁ、主人公が父親譲りのフラグ建築能力を発揮して担任のクラスをハーレム化する辺りが微妙に『ネギま』っぽいが。
(魔法バトルがないし、主人公がショタじゃなくて変態イケメンだけど……個人的には『ネギま』よりも好きかなぁ)
女子にゴミ扱いされて喜ぶ主人公は少年誌的にアウトな気はしたが、何故かナギは妙に共感を覚えたらしい。
どうでもいいが、ここで「いや、お前も同類だからだろ?」とツッコむのは控えてあげて欲しい。気持ちはわかるが。
ナギは変態であると言う自覚はあるが、フラグを建築している件は無自覚だからである(実に厄介極まりない)。
(ちなみに、オレが積む程にアレなゲームを所有している件だけど……これには深く触れないのが大人のマナーだと思う)
と言う訳で、話題を あやかが監視として付けた黒服達に変えよう。実はと言うと、ナギはそれなりに黒服達と仲良くやっていた。
最初の頃は「オレの生活が見張られてるぅうう!!」とか被害妄想過多な人間のようにビクビクして暮らしていたナギだったが、
三日もすれば慣れて来て監視されているのが当然になり、最終的には「むしろ、見られたいくらいだ」と言う境地に達している始末だ。
(……何だか、人として大事な何かを失ってしまった気はするけど、敢えて気にしないで置こうと思う)
人間、細かいことを気にしない方が幸せなことなど多々ある。バガボンド風に言うと「一枚の葉にとらわれては木は見えん」と言う感じである。
いや、まぁ、あきらかに違う気はするが、細かいことを気にし過ぎるのは悪手である。細かいことは気にせずにドンと構えて行くべきだ。
特に、黒服達が「今日も異常ですが、ある意味では異常ありません」とか報告していることなんか気にしてはいけない。気にしたら負けなのだ。
そんな訳で、ナギが「積みゲー崩し」に勤しんでいたら『デーデーデー デッデデー デッデデー♪』と言うダースでベイダーな着信音が部屋に響いた。
オレに電話って珍しいなぁ とか思いつつケータイを開くナギ。着信画面を見ると、どうやら発信者は木乃香のようだ。
ちなみに、ナギは木乃香の名前が見えた瞬間に「え? また死亡フラグ?」とか警戒して咄嗟に応答保留をし掛けたらしいが、
よくよく考えてみると木乃香はまったく悪くない(と思う)ので、少々迷ったが大人しく電話に出ることにしたらしい。
「あ、あ~~、もしもし? どーしたの?」
少し声が震えていたが、それは警戒をしているからではない。きっと、木乃香 とお話しするのに緊張しちゃったのだろう。
あきらかに そんな訳がないが、そうして置くと みんなが幸せになれるので、ここは敢えて そうして置くのが大人の対応だろう。
『な、なぎやん!! よかった!! 今、どこにおるん?!』
「え? 家だけど? 一体、それが どーしたのかな?」
『そ、そか。わ、悪いんやけど、学園まで来てくれへん?』
「ん? 学園? え? 何で? 電話じゃダメなの?」
何だか厄介事に巻き込まれる気配なので、警戒心をMAXにしつつナギは訊ね返す。
『その……ちょっと助けて欲しいんや』
「そっか、わかった。直ぐ行くから待ってて」
『あ、ありがとな。恩に着るえ……』
だが、切実そうな声で助けを求められたら、ナギに拒否する選択肢などない。
ちなみに、ナギが拒否できないのは相手が木乃香だから ではない。
たとえ相手が誰であっても、本当に困っていたらナギは助けただろう。
精神はナギでも肉体は那岐であり、精神は肉体に引き摺られるからだ。
だから、ナギはセーブをしてパソコンを切ると、速攻で部屋を出たのだった(着替えよりもセーブを優先するのがナギなのである)。
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(……ふぅ、ほんまに おじいちゃんには困ったわ)
木乃香は近右衛門に「お見合い用の写真を撮るだけじゃから」としか言われていなかった。
それなのに、何故か「せっかくじゃから お見合いもして行かんか?」と言う話になっていた。
ついついイラッと来て、思わずトンカチでツッコミを入れて逃げた木乃香は悪くないだろう。
(でも、黒服さん達が探し回っとるようやから、見付かるのも時間の問題やなぁ)
見合用の写真撮影のため、今日の木乃香は和服を着ている。そのため、走り回って逃げるのは少々厳しい状態だ。
まぁ、彼我の運動能力差を考えると、仮に動きやすい恰好をしていたとしても走って逃げるのは下策だろうが。
と言う訳で、木乃香は校内に隠れているのだが……包囲網を徐々に狭められているので、いつかは見付かってまうだろう。
(……はぁ、ほんまに どないしよ?)
このまま隠れていても見付かってしまう。かと言って、包囲網を突破するのは木乃香には不可能だ。
進むも地獄 止まるも地獄、だ。奇跡でも起きない限り、現状の手札では状況打破は無理だろう。
ならば、どうするか? ……答えは単純だ。現状の手札で無理なら、手札を増やせばいいだけの話だ。
(と言う訳で、なぎやんに助けてもらうのがええやろな)
他力本願? 確かに そうかも知れない。だが、他力本願の何が悪いのだろうか?
そもそも人間は完璧ではない。人間には できること と できないことがある。
だからこそ、誰かに頼るのも立派な手段だろう。まぁ、頼り過ぎは問題だろうが。
(……それに、なぎやんは「困った時は いつでも助けるよ」て言うてくれたしな)
言葉には責任を持つべきである。いや、正確に言うと、責任の伴わない言葉が空虚なだけだ。
空虚な言葉は戯言に等しい。言葉に重みを持たせたいなら有言実行――言葉に責任を持つしかない。
まぁ、この場合、言ったのはナギではなくて那岐なので、ナギには履行責任がないないのだが。
だが、木乃香は那岐とナギを同一視しているため、木乃香はナギなら助けてくれると信じている。
だからこそ、木乃香は迷わず『なぎやん』に助けを求めた。そして、その結果、ナギは それに快く応えた。
もちろん、木乃香も「いいんちょ の件(9話参照)で断られるかも知れない」と言う不安はあった。
だが、それでも木乃香は『なぎやん』を信じた。いや、信じるしかなかった。ただ、それだけの話である。
(……ほんま、なぎやんは変わっとるようで何も変わっとらんなぁ)
口では面倒事は御免だ とか言いつつも、困っている人間を見たら無理のない範囲で助けるだろう。
それが那岐の要素なのかナギの要素なのかはわからない。わからないが、紛れもない事実だ。
本人に その認識があるかは微妙だが、損な役回りばかりしてしまう『御人好し』なのは昔のままだ。
(もしかしたら……なぎやんは変わってへんから せっちゃんとも仲良うできるんかな?)
木乃香は邪推する。ナギが刹那と楽しそうに会話できるのは、ナギが昔と変わらないからではないか、と。
そして、木乃香が刹那と話すことすら儘ならないのは、木乃香が昔と変わってしまったからなのではないか、と。
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「やぁ、木乃香。待った?」
ナギが木乃香に指定された教室(女子中等部2-A)に入ると、木乃香が ぼんやりと窓の外を眺めていたのが見えた。
和服姿の木乃香は木乃香自身の容姿と相俟って日本人形を彷彿とさせ、実に絵になる(思わずナギが見惚れた程だ)。
まぁ、机に腰掛けていた点が実に惜しかったが、逆に日常を意識させるため より見る者の目を引き付けるのかも知れない。
(って言うか、問題はそこじゃないね。今の問題は「木乃香が和服を着ている」と言うことだよ、うん)
木乃香が和服を着ているのは、恐らく近右衛門の困った趣味である「木乃香のお見合い」のためなのだろう。
だが、その場合だとナギが助けに来た理由がわからなくなる。一体、何から木乃香を助ければいいのだろうか?
さすがに恋人の振りをして お見合いをブチ壊す、と言った展開な訳がないのでナギの頭は疑問でいっぱいである。
「あっ、なぎやん……」
ナギの呼び掛けで意識が戻って来たのか、木乃香はハッとしたような表情を浮かべつつナギの名を呼ぶ。
その声に艶があったような気がしたのは、朝からピンク色に脳細胞が活発になっていたせいだろう。
もしくは、着物と言う衣装が木乃香の色気を引き出しているのかも知れない。やはり日本人には着物だ。
「で、どうしたの 何か悩み事でもあるのかな?」
思わずピンクな方向に思考が行きそうだったため、意識を「呼ばれた理由」に持っていくナギ。
先程の「ぼんやり」は「物思いに耽っていた」とも解釈できるため、何かに悩んでいたのかも知れない。
だから、その相談に乗って欲しくてくナギを呼んだのではないだろうか? ナギはそう考えたのだ。
「あ~~、別に悩みはあらへんよ? ただ、ボ~ッとしとっただけや」
あきらかに怪しい対応をする木乃香。恐らく、悩み自体はあるのだろう。
だが、木乃香が否定したことから察するに、ナギには相談できないようだ。
つまり、悩みを相談するためにナギは呼ばれた訳ではない と言うことだ。
では、何故 呼ばれたのだろうか? 生憎と これまでの情報では皆目見当がつかない。
「そっか。それじゃあ、どうしてオレを呼んだの?」
「……ちゅーか、この格好を見て わからんのん?」
「とりあえず、和服も似合うね、と言って置こう」
そのため、ナギは単刀直入に聞いてみたのだが……木乃香から返って来た反応は呆れたような声だった。
ナギとしては「わからないから聞いているんだけど?」とか思ったらしいが、さすがに そんなツッコミはしない。
まぁ、だからと言って(ツッコミの代わりに)木乃香を褒めるのは何かが違うのではないだろうか?
恐らくは「とりあえず褒めて置けば問題ない」と言った浅い考えの結果だろう。だからフラグが立つのだ と言いたい。
もちろん、ナギ本人は何も狙っていないし、フラグが乱立していることにも気付いてない。実に残念である。
「それは嬉しいんやけど……ウチ、おじいちゃんに お見合いさせられて困ってるんよ」
「え? それじゃあ、まさか『お見合いをブチ壊すために恋人の振りをしろ』って話なの?」
「おぉっ!! その手もあったなぁ!! なぎやんも乗り気みたいやし、その方向性で行こか」
ナギとしては恋人の振り云々は冗談で言っただけなのだが、何故か木乃香は喰い付いた。どうやら薮蛇だったようだ。
と言うか、ナギは別に乗り気ではない。いや、むしろ避けたいと思っているくらいだ。
何故なら お見合いをブチ壊すなんてことをしたら各方面に迷惑が掛かるからだ。
そして、当然ながら その結果としてナギにも被害が及ぶだろう。そんな展開は容易に予測できる。
「いや、オレの提案はともかくとして……その手『も』ってことは、木乃香にも案があるんだよね? どんな案なの?」
このままでは好ましくない展開になる恐れがあるため、ナギは木乃香が考えていた案を訊いてみることにした。
まぁ、別の案をナギが提示できれば訊く必要はないのだが……残念ながら、特に案が思い浮かばなかったのである。
ナギの適当な案を速攻で支持したことから木乃香の案には不安しかないが、もしかしたら意外と名案かも知れない。
「へ? ウチは なぎやんに『黒服さん達の警戒網から連れ出してもらお』て思っとっただけやから、なぎやんの案に賛成やで?」
だがしかし、ナギの期待は脆くも崩れ去った。と言うか、あまりにも適当 過ぎてナギは言葉を失った。
まぁ、確かに今回は『どうにか』なるだろう。だが、そんなことしたら今後が面倒になるだけでしかない。
どう考えてもナギは黒服にマークされるので、ナギの案を実行した方がナギの被害は少なくて済む筈だ。
「……なるほど。つまり、オレの案で行くしかないってことだね?」
ナギは軽く嘆息して小さく頷くと、覚悟を決めたように苦笑を浮かべる。
ちなみに、内心で「ヤバい、超逃げたい」と思っていることは ここだけの秘密である。
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Part.02:自由への闘争
「おじいちゃん、ちょっと話があるんや♪」
扉を軽くノックした後、近右衛門の入室許可を待たずに木乃香はナギを引き連れて学園長室に押し入った。
その声音に妙なプレッシャーが籠もっているだけに、その表情が にこやかなのが薄ら寒い物を感じさせる。
「おぉっ!! 木乃香、いきなりいなくなったから心配したんじゃぞ?」
近右衛門は木乃香の圧力など気にしていないかのように、とても自然な振舞いで木乃香の無事を喜ぶ振りをする。
いや、実際この程度の圧力では何も感じていないのだろう。それだけの近右衛門には年季があるのだから。
少なくとも、経験と言う側面では、木乃香では近右衛門の足元にも及ばない。当然、それはナギも同様だろう。
だが、経験が及ばないからと言って木乃香に勝ち目がない訳ではない。木乃香には木乃香にしかない武器があるのだから。
「心配? ……黒服さん達から『発見』の報告は入っとった筈やろ?」
「確かにそうじゃが、見付かるまでの間は心配しとったんじゃぞ?」
「そか。そう言うことなら、心配を掛けたことについては謝って置くわ」
少なくとも、木乃香は気力では負けていない。近右衛門に流されずにいるのが その証左だ。ナギはそう判断した。
余談だが、近右衛門は実際には心配してはいなかっただろう。
心配していた と言うには、木乃香を探す人員が少な過ぎたからだ。
どうも「形式的に探している」と言う気がしてならない対応だった。
「……でも、ウチがいなくなった理由はわかっとるんやろ?」
木乃香は軽く頭を下げた後、近右衛門の瞳を覗き込むようにして問い掛ける。誤魔化しを許さない、と言うメッセージだろう。
しかも、問い掛ける前にチラリとナギの方に視線を送ることで、近右衛門の意識をナギにも向かわせることも忘れていない。
実に素晴らしいコミュニケーション能力である。伊達に「断ることが前提のお見合い」を何度もこなしていない と言うことだろう。
「ふむ……つまりは『既に意中の相手がおった』と言うことかのう?」
近右衛門は確りと木乃香のメッセージを受け止めたようで、ナギを値踏みするように見遣りながら顎鬚を弄りつつ口を開く。
その瞳が何を映しているのかはナギが知るところではないが、どう考えても好意的な解釈はされていないだろう。
何故なら、近右衛門にとってナギは「孫の見合いを邪魔する目障りな存在」でしかないからだ。それくらいはナギもわかっているのだ。
「そや。紹介する必要はないやろけど、なぎやん――神蔵堂 那岐さんや」
木乃香は近右衛門の評価など軽く無視してナギを紹介する。もちろん、ナギは気にしまくっているが。
と言うか、このタイミングで紹介した と言うことは「気にせずに自己紹介してな?」と言うことだろう。
辞退したいのは やまやまだが、それはできない。ナギは木乃香の斜め後ろまで進み出ると軽く自己紹介をする。
ちなみに、それまでナギはドア付近に待機したままだったので、これで やっと舞台に立てた感じである。
「只今 木乃香さんより御紹介に与りました、麻帆良学園 男子中等部 3年B組の神蔵堂 那岐(かぐらどう なぎ)と申します。
現在、御孫さんとは真剣にお付き合いさせていただいておりますが、私はまだまだ学生の身分であり若輩者にすら及びません。
そのため、貴方が『大切な御孫さんには分不相応だ』とお思いになられるのは至極当然のことですし、反論の余地もございません。
それ故に、私には『私達のことを認めて欲しい』などと言う厚顔無恥なことを申し上げるつもりなど毛頭ございません。
敢えて言わせていただけるならば『私と言う存在がいること』と『私達の想い』を気に留めていただけないでしょうか?」
勘違いされているかも知れないが、ナギはシリアスもできるのである。ただ、シリアスが長続きしないだけだ。
だが、近右衛門も木乃香も随分と意外だったようで、信じられないものを見た と言う顔をしている。
と言うか、それだけでなく「ほふぅ」やら「ほぇぇ」やらと気の抜けた溜息まで吐く始末だ。
実に酷い話だが、普段の言動がアレなナギのせいだろう。ナギは もう少し自重を覚えるべきなのである。
「あ~~、ゴホン。那岐k――いや、神蔵堂君。今の言葉、嘘偽りはないかの?」
年の功か、木乃香よりも早く復活を果たした近右衛門がナギに真偽を問い掛ける。
その口調は飄々としているが、その瞳は「虚偽は許さない」と語っている。
中途半端な気持ちでいたならば思わず屈してしまい兼ねない程の眼力である。
(これは……虚偽は許されないね。だって、この瞳は『孫を大切に思う者の眼』だから)
どこでいつ見たのか? 記憶は定かではないが、ナギには確信があった。
近右衛門の瞳は厳しいが、それは木乃香を案じているが故だ、と。
木乃香を大切に思っているからこそナギを試しているに過ぎない、と。
「……私は木乃香さんの幸せを心の底から願っています。それが答えでは不充分でしょうか?」
ナギが肯定せずに「肯定と受け取れる言葉」を述べたのは、真実で応えるためである。
見透かされるとか そんな問題ではない。嘘を吐くことも偽ることも躊躇われたのだ。
だから、ナギは言葉を選んで、嘘にも偽りにもならない言葉を心の底から述べたのである。
そう、ナギは木乃香と付き合ってはいないが、木乃香の幸福を望んでいるのは本当なのだ。
「…………うむ。ようわかった」
近右衛門がナギの放った言葉をどこまで「わかった」のかはわからない。もしかしたら、すべてを見透かされたのかも知れない。
だが、ナギが本心から木乃香の幸福を望んでいることは伝わったのだろう。それまでにあった圧迫感が和らいだのをナギは感じた。
そもそも、木乃香の幸福を望んでいるのは近右衛門も同じ筈だ。ただ、そのアプローチの仕方が木乃香の望みとは違うだけなのだ。
いや、もしかしたら、近右衛門も木乃香に見合いをさせたい訳ではないのかも知れない。
先程の黒服達の対応が形式的なものに見えたのはナギの勘違いなどではなく、本当に形式的なものだったのかも知れない。
何らかの事情があって木乃香にお見合いをさせざるを得ないから、近右衛門は あの程度の対応しかしなかったのかも知れない。
そう、近右衛門は待っていたのかも知れない。木乃香に見合いをさせなくて済む理由ができるのを。つまり、恋人役の登場を。
「ご理解いただけて感謝致します、近右衛門殿」
ナギの希望的観測を多分に含んでいるが、そうとしか思えないのだ。と言うか、そうでなければ おかしい。
近右衛門が二人の関係を見抜いていない訳がない――つまり、見抜いたうえで見逃しているとしか思えないのだ。
それ故に、ナギはただ謝辞を述べる。余計な言葉は要らない。と言うか、余計な言葉をしゃべるとボロが出兼ねない。
「いや、ワシの方こそ いろいろと すまんかったのう」
近右衛門も余計な言葉は発しない。きっと、それは謝罪の内容を曖昧にするためだろう。
木乃香に見合いをさせたからか? それともナギに茶番を演じさせたからなのか?
或いは まったく別のことなのか? それは、ナギにはわからない。想像することしかできない。
少なくとも、これでナギの出番は終わりだ。近右衛門にない木乃香の武器である『協力者』としてのナギの出番は終わったのだ。
「さて、お詫びと言うのも変な話じゃが……神蔵堂君が見せてくれた覚悟に対するワシなりの礼だと思ってくれればいい。
とりあえず、今回の見合いはワシの方から断って置こう。まぁ、それがそもそもの狙いなんじゃから、当然じゃろう?
それと、既に神蔵堂君と言う『立派な相手』がおる訳じゃから、今後は木乃香に見合いをさせないことも約束して置こう」
「…………ありがとうな、おじいちゃん」
やはり、近右衛門には すべてを見透かされたうえで見逃されたようだ。『立派な相手』と言う部分は皮肉なのだろう。
ナギは思わず苦笑したくなるが、木乃香は平常心のようだ。感極まったかのように間を置いて近右衛門に答える。
しかし、実は今まで「なぎやんが真面目なこと言うとるなんて有り得へん」とかブツブツ言っていたのをナギは忘れない。
つまり、あの間は敢えて空けたのではなく、反応が遅れただけだろう。だが、そこを敢えて言及しないのがナギの優しさである。
ところで、見合い会場に乗り込まずに学園長室に乗り込んだ理由だが、敢えて説明するまでもないだろうが説明して置こう。
見合いの現場で いきなり「その見合い待った!!」とか言って乱入したら、演出効果としてはバッチリなのだろうが、
現実的な問題として、断るだけでも相手の顔に泥を塗る行為なのに、更に乱入して場も潰してしまうのだからアウト過ぎる。
確かに見合いは潰せるだろうが、相手の面子も潰してしまう うえに己の評価も潰してしまうのだから、悪手としか言えない。
湾岸署で踊るように捜査をする刑事さんには悪いが、事件は現場で起こっていても解決は会議室で行われるのである。
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と言うことで、今回の見合いは流れ、そして 今後の見合いもなくなった訳である。
(いやぁ、いいことをした後は気持ちがいいねぇ。実に晴れやかな気分になったよ。
何か学園長がよからぬこと企んでそうな気はするけど、気にしない気にしない。
取り方によっては「お孫さんをください」的な挨拶になっちゃったけど、大丈夫な筈さ)
全然 大丈夫な要素はないが、きっと いつも通りナギの杞憂で終わるだろう。
(別に木乃香が嫌いな訳じゃないよ? むしろ好きだよ? でも、だからと言って、結婚は無理だよ。
好きとか嫌いとか そう言うレベルの話じゃなくて、木乃香の立場の問題で無理なんだよねぇ。
だって、木乃香って関西呪術協会の長の娘にして関東魔法協会の長の孫だから。どう考えても無理でしょ)
結婚は家も絡んで来るため、本人だけの問題ではないのだ。
(下手すると東西の権力闘争に巻き込まれて死にそうだよねぇ。毒殺とか狙撃とかでさ。
当然だけど、戦闘に巻き込まれて死ぬのもイヤだけど、暗殺されて死ぬのもイヤだよね。
今まで深く考えてなかったけど、木乃香は木乃香でネギ並に危険だったんだねぇ)
ナギは「ネギに関わる → 魔法に関わる」と言う発想でネギを危険視していたが……ナギは大事なことを忘れていた。
少し考えれば誰にもわかることだが、魔法関係に巻き込まれる原因となるのはネギだけではないのだ。
関係者の近くで生活している以上、ネギ以外の関係者が原因で魔法に巻き込まれる可能性もあるのである。
しかも、まだ関係者でなくても木乃香はネギ並に危険度が高いのだから、危険は そこら中にあるのだ。
今までナギは危険フラグを気にしていたが、気付かなかっただけで そんなものは どこにでもあったのだ。
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Part.03:凪と此の花
今更と言えば今更なことに気付いたナギは、軽く鬱な気分で学園長室を後にした。
しかし、木乃香に「お昼まだやろ? 御礼に御馳走するえ」と誘われただけで一気に復活し、ホイホイ付いて行ったらしい。
まぁ、木乃香が危険だと気付いた癖に その反応はどうよ? と思わないでもないが……ナギなので仕方がないだろう。
木乃香に「ネギちゃんがおらへんから、一人で食べるの寂しいし」とか潤んだ瞳でトドメを刺さされたので仕方ないのだ。
もちろん、ナギとてピンクな方向に行く訳がないとはわかっている。むしろ、ピンクな方向などまったく期待していない。
単に寂しそうな木乃香を放置できなかっただけだ。危険だとわかっていても、何故かナギは木乃香を放って置けないのだった。
ちなみに、何故ネギがいないのかと言うと、昨日から あやかの家に軟禁されている――のではなくて、逗留しているらしい。
言うまでもなく、ナギは冗談で考えた『いいんちょエンド』(1話参照)へ移行したのかと、かなりドキドキしたようだ。
まぁ、木乃香の話だとネギは「いいんちょさんの気が紛れるなら」とか言って自分の意志で留まっているとかいないとか。
何でも、この時期の あやかは『妹』を思い出してしまうようで、礼儀正しい幼女とスキンシップを取りたくなるらしい。
そんな訳で今のナギは食後の緑茶を のんびりと楽しんでいる。満腹で憂いがない、とても穏やかな時間である。
「なぎやん、今日は ほんまにありがとなぁ」
「別にいいって。こうして御礼もしてもらったし」
「せやけど、結局はウチが作ったもんやったやん」
「いやいや、木乃香の手料理ってだけで充分さ」
木乃香は「御礼やから何か奢るえ」と言っていたのだが、ナギの要望で木乃香の手料理となったのである。
「何て言うか、寮の食事もそれなりに家庭的なんだけど、どっちかって言うと大衆食堂 寄りなんだよね。
だから家庭料理に飢えているところがあってさ、そう言う意味では木乃香の料理は最高だった訳さ。
いや、そう言った背景がなくても木乃香の料理は最高だと思うよ? だから、何も問題ないんだよ?」
どうやら、木乃香はナギが気遣った と思っているようなので、ナギは「如何に木乃香の手料理の方が食べたかったか」を説明する。
「……そか。なぎやんが そう言うなら、そうなんやろな」
「そうそう。オレは嘘吐きだけど、今回だけは信用してよ」
「大丈夫やよ。真剣な時だけは なぎやんを信頼しとるから」
「ん? つまり、普段は信頼されてないってことかな?」
「むしろ、普段は真剣やないって自覚しとるんやね?」
「ハッハッハッハッハ…… 一本取られちゃったぜぇい」
木乃香は言葉通りナギの説明を受け入れたようで、気に病んでいる様子はなくなった。と言うか、とても意地の悪い笑顔を浮かべいる。
「しっかし、なぎやんも やっぱり変わっとるんやなぁ」
「ま、まぁ、そりゃ確かにオレは変人かも知れないけどさ……」
「あっ、ちゃうちゃう。昔とは変わったっちゅうことやよ」
変態と言う自覚はあるが それでも変人扱いされるのはショックだったようで、ナギは軽く落ち込んだのだが……木乃香のフォローで持ち直したらしい。
「あ~~、なるほど。そう言うことね。まぁ、それなら納得かな?」
「昔は ちょい頼りへんかったけど、今は頼り甲斐があるで?」
「そうかな? ありがとう。でも、それには理由があるんだよねぇ」
ナギはウッカリ忘れていたが、そう言えば木乃香は那岐を知っていた――どころか交流があった人物なのだろう。
これまで誰にも気にされなかったので本人も気にしなくなっていたが、ナギは那岐の身体に寄生しているに等しい状況である。
那岐を求める人物にとってナギは邪魔者でしかない。もちろん、そのことを考えなかった訳ではないので対策は練ってある。
問題は「憑依したことを打ち明けるか、それとも誤魔化すか」だ。それだけは相手や状況によって選ぶことにしていたのである。
「……実はオレ、去年の夏に記憶喪失になっちゃってね。それ以前の記憶が一切ないんだ。だから、昔のオレとは違っていて当然なんだよ」
今回、ナギが木乃香に対して取った方策は後者だった、今の木乃香には誤魔化すべきだ と判断したのだ。
と言うのも、木乃香が そこまで那岐を求めているようには見えなかった――ナギに満足しているように見えたからだ。
言い方は悪いが、木乃香はナギと那岐の違いを「変わった」程度にしか感じていないのが いい証拠だろう。
それ故、想定外の返答に目を丸くしている木乃香に対し、ナギは畳み掛けるように淡々と事実を述べていく。
「悪いんだけど、オレにとって木乃香って春休み前――図書館島に潜った時に会ったのが最初なんだ。
オレと知り合いっぽかったから本当は図書館島で このことを伝えて置くべきだったんだろうけど……
空気とかタイミングとかの問題で言えなくてね。で、そのまま今日までズルズル来ちゃったって訳さ」
記憶喪失になったことは虚偽だが、他のことは本当だ。夏以前の記憶はないし、木乃香とは4話で初めて会ったし、空気的に話せなかった。
「……ほんなら、何で今日は話してくれたん?」
「まぁ、言うべきタイミングだと思ったから かな?」
「そか。ウチが昔の なぎやんと比べたからやな?」
「いや、違うよ。オレが話すべきだと思ったからさ」
木乃香の指摘した通りだが、決断をしたのはナギだ。そのため、ナギは やんわりと木乃香の言を否定する。
「まぁ、それはともかく、オレ達って どんな関係だったの?」
「……所謂 幼馴染ってヤツやね。子供の頃からの友達や」
「へー、そーなんだ。なら、もっと早く話すべきだったね。ごめん」
木乃香の意識を逸らすために話題を換えようとナギは関係を訊ねたのだが……想定以上の関係だったので失敗だったかも知れない。
「別に謝らんでもええよ。幼馴染て言うても、中学に上がってからは疎遠やったからね。
ちゅうか、なぎやんが記憶喪失になったっちゅうことを気付かない程度の関係やで?
話してくれなくても しゃーないって納得しとる。今日 話してくれただけでも奇跡や」
そこまで親交のない相手に記憶喪失云々を話すのは微妙だろう。それがわかっている木乃香はナギを責める気がないようだ。
「でもさ、言ってしまえば、オレは偽物なんだよ? お前なんか消えろ、とか思わない?」
「別に思わんよ。ちゅうか、今まで気付かんかったウチには何も言う資格はあらへんて」
「それでも、昔のオレと今のオレは身体が同じなだけで中身はまったくの別物なんだよ?」
「ちゃうよ。少しはちゃうけど、まったく ちゃう訳やない。なぎやん は なぎやんやよ」
木乃香に責める気がないことがわかっていながら、ナギは確認してしまう。恐らく、確認せずにはいられないのだろう。
「オレはオレ? でも、オレには『以前のオレ』としての記憶はないんだけどなぁ?」
「それでもや。少しは変わっとるけど、根本的に なぎやん は なぎやんのままやよ」
「……そうなんだ。そんなこと、初めて言われたよ。でも、そうかも知れないなぁ」
言われてみれば、ナギは自分に違和感を覚えることが多々あった。
憑依する前の自分だったら まず取らない言動を取ることがあった(特に咄嗟の言動に その傾向が強い)。
ナギは それを若返った影響だと考えていたが、実際は那岐の身体にいる影響だったのかも知れない。
精神は肉体に引っ張られる と言う言葉を知っていたが……知っているだけで信じていなかったのである。
ちなみに、ナギのクラスメイト達はナギが記憶喪失なのを知っているが、関わりが薄いために こんな会話はなかったらしい。
(って言うか、田中とかを見ているとオレが記憶喪失だってことを忘れられている気がするんだけど?
まぁ、オレ自身も忘れていた節はあるし、ただのクラスメイトに多くを求めるのは筋違いかも知れないけどさ。
それでも、少しくらいは期待してもいいじゃん。特に田中は亜子関連の相談に何度か乗ってるんだし)
木乃香の言葉で少し救われたナギだったが、同時にクラスメイトの冷淡さに気付いてしまったので結果的にダメージを負ったのだった。
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―― 木乃香の場合 ――
なぎやんが帰った後、ウチは流しで食器を洗いながら なぎやんのことを何とはなしに考えとった。
なぎやんとは中学に入ってから全然 会わんようになり、いつの間にか疎遠になっとった。
そんな中、ネギちゃんが編入して来てルームメイト & クラスメイトになり、
いろいろと話をしていくうちにネギちゃん がなぎやんと知り合いやってわかった。
その時「なぎやんってロリコンやの!?」て疑ったのは、今では いい思い出やと思う。
だって、図書館島でのネギちゃんとの遣り取りを見たら「ああ、面倒見がええから放って置けんだけかぁ」てわかったもん。
せやから、その時に「なぎやんの御人好しなところは変わっとらんなぁ」て評価に変わった――いや、その評価に戻ったんや。
んで、ウチと深く関わらんようにしとったように見えたんは、きっと久しぶりに会うたから対応に困っとったんやと思っとった。
……でも、そうやって懐かしんどったのは勉強合宿までやった。
だって、勉強合宿では なぎやんとせっちゃんの仲がええところを見せつけられたんやもん。
二人ともウチとは余所余所しかったから、二人の仲がよかったのは かなりショックやった。
きっと、ウチは疎外感を感じたんや――ウチだけが除け者にされたように感じたんや と思う。
せやから、ウチは悩んだんや。ウチだけ除け者なんは、ウチが変わってしもたからなんかなって。
そして、その悩みは いつまでもウチの中で燻り続け、今日まで答えの出ない問いを一人で抱えとった。
誰かに相談すればよかったんやろうけど……残念ながら、ウチには相談相手なんておらんかった。
ゆえも このかも はるなも きっと相談すれば応えてくれたんやろうけど、相談できへんかったんや。
でも、それも今日でお終いや。
なぎやんは変わってない訳やなかった。むしろ、記憶がないんで変わってない訳がない状態やった。
それでも、せっちゃんと仲良うできたのは、根本的な部分が変わっとらんかったからなんやと思う。
ウチは「ウチだけが変わってしもた」て考えとったけど、それは間違いや。誰もが変わっとるんや。
なぎやんも せっちゃんも 変わったうえで「変わらんように見える関係」を築いとっただけなんや。
せやから、せっちゃんとは昔の関係に戻ることを目指すんやなくて、昔みたいな関係を築くことを目指すべきなんや。
ウチとせっちゃんが変わっとるんやから、二人の関係も変えなあかん。昔の関係に固執するのは悪手や。
きっと、ウチはせっちゃんと遠ざかってもうたことばかりに気を取られとって、大事なことを見失っとったんやろうなぁ。
昔の関係は忘れて、むしろ新しい関係を作るつもりで せっちゃんと仲良くなっていけばええんや。
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あ~~、それはそうと、いいんちょって なぎやんが記憶喪失なの、知らんのかな?
いいんちょ なら知っとってもおかしくあらへんけど……
この前の様子から察するに あきらかに知らんよね?
ちゅーか、知っとったら、あそこまで怒らんよなぁ。
まぁ、普通なら教えるべきなんやろうけど……
ウチから教えたら「何故、木乃香さんが先に知っていますの?」とか怒りそうやしなぁ。
いや、そこまであからさまやないとは思うんやけど、不機嫌になるのは間違いないやろな。
つまり、好意で教えたのにストレスが溜まる結果になる訳で、教えたくないんやよねぇ。
はぁ……もう少し なぎやんが乙女心を理解しとれば、こんなことにならんのになぁ。
でも、「乙女心を理解しとる なぎやん」なんて想像できひんなぁ。せやから、アレはアレで ええんやな。
ちゅーか、なぎやんは ダメやから なぎやん なんやと思う。ダメやない なぎやんは なぎやん やない。
……ちなみに、おじいちゃんと対峙した時のカッコよさと普段のダメさのギャップが個人的には ええと思う。
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Part.04:噂を信じちゃいけないよ
「え? それ、マジ?」
木乃香の部屋を後にしたナギだが、女子寮から出ようとしたところで美空に呼び止められていた。
何でも「耳寄りな情報があるんスけど」とのことで、ナギは とんでもない話を聞かされたのだった。
「大マジっス。このか とナギが婚約したって噂が昼くらいから そこら中で流れてるっスよ。
って言うか、さっき このかの部屋から出て来たから噂は更に過激になりそうっスねぇ。
このまま放って置けば、このかが妊娠したとかってデマが出て来ても不思議じゃないっスよ?」
その『とんでもない話』とは、美空が語った通りで、ナギと木乃香が婚約した噂が流れている と言うことだ。
どうやら女子寮内だけでなく、麻帆良学園内のSNSである『まほらば』でも流れているらしく、その伝達速度は異常に早い。
だが、逆に言うと、その伝達速度の異常さが情報操作された可能性を示唆しており、裏で糸を引く人物がいることも暗示している。
タイミング的に考えて、黒幕は近右衛門だろう。と言うか、ナギが危惧していた「近右衛門の企み」は『これ』だったのだろう。
(マズい。頃合を見計らって別れたことにしようとしていたんだけど……これで そんなことはできない状況に追い込まれてしまった)
実際に婚約した訳ではないのだが、周囲は噂に踊らされて「婚約までしたのに別れるとか有り得ない」とか言うに違いない。
ナギは周囲の評価など気にしないので問題ないが、今回は木乃香も含まれてしまうので周囲の評価を下げる訳にはいかない。
しばらくは恋人役を続けるつもりでいたが、簡単には恋人役を降りられない状況になってしまったのは想定外もいいところだ。
(しかし、妙だね。いくら木乃香が選んだ相手とは言え、オレは『どこの馬の骨とも知れないガキ』なんだよ?)
仲を裂くまではいかないとしても、普通なら「いい顔」はしないだろう。それなのに、近右衛門は積極的に話を進めてすらいる。
近右衛門がナギを「どこの馬の骨であろうとも構わない」と認めたならば理解できないでもないのだが……さすがに それはないだろう。
だからこそ、ナギは近右衛門の意図を「周囲を勝手に盛り上げることで、本人達の関係を微妙にするつもりなのかも知れない」と想定する。
(ロミジュリに代表されるように、恋愛と言うものは『逆風』な方が燃え上がる。つまり、逆に言うと『追風』だと盛り下がるんだよなぁ)
現在のナギと木乃香の関係がどうあれ、ここまで周囲が盛り上がってしまうと下手なことをできない。
恋人の振りをしている場合は恋人の振りを続ける必要があり、実際に恋人である場合は現状を維持させられる。
周囲からの勝手なプレッシャーによって、仲を進展させることも破局させることも難しくなるからだ。
(……さて、どうしたもんかねぇ?)
今更「見合いを断るための演技だったんだ」とか言っても どうしようもない。
周囲を黙らせることはできるかも知れないが、近右衛門の耳に入ったら不味い。
演技だったなら見合いさせても文句は言わんな? と今回の交渉の意味がなくなる。
それに「付き合っているけど、婚約はしていない」とか言っても大差ないだろう。
周囲を黙らせることができても近右衛門の耳に入ったら不味いのは同じだからだ。
「ってことで、どうしたらいいと思う?」
そのため、ナギは美空を連れて木乃香の部屋に戻り、ナギの推察も含めて木乃香に事情を説明した。
と言うのも、一人で考えても「いい案」が浮かばないので、二人に知恵を拝借することにしたのである。
ちなみに、美空を連れて来たのはノリだ。深い意味はない(『三人寄れば文殊の知恵」に肖ったらしい)。
「え? 別にええんちゃう? 噂なんて放って置けば消えるやろ?」
しかし、木乃香は大物だった。些事など気にしていない と言わんばかりに軽く切り捨てた。
まぁ、そう言ってもらえるのは有り難いが、もう少し危機感を持ってもらいたいのがナギの本音だ。
単なる噂なら その対応でもいいとは思うが、今回の噂は性質が悪いので慎重に対応すべきだろう。
「このかが そう言ってるんだから、それでいいんじゃないっスか?」
そのため、ナギは美空に「木乃香は こう言ってるけど、どーよ?」と意見を求めたのだが、
美空は「いや、どーせ他人事だし」と言う雰囲気を隠すことなくバッサリと切り捨てた。
まぁ、実際に他人事なのだから美空の反応は間違っていないのだが、あんまりと言えばあんまりだ。
「でもさぁ、木乃香にとっては消し難い汚点になるんだよ? なら、何らかの対応をすべきじゃない?」
ナギも二人の言い分もわかっているのだが、それでも木乃香が風評被害に遭うのは避けたいのである。
自分だけなら気にしないことでも他人が関わると気になってしまう。それがナギの精神構造なのだ。
他に気にすべきことがあるんじゃないか? とツッコミたくなるかも知れないが、ナギなので仕方がない。
閑話休題。ナギの精神構造を話していても仕方がないので、噂の対策に話を戻そう。
「ん~~、それがわからんのやけど……何で『ウチと なぎやんが婚約した』ってことが あかんことになるん?」
「いや、だって、オレだよ? 巷では『ロリペド鬼畜野郎』と噂だよ? そんな男と婚約したなんて汚点でしょ?」
「でも、それは噂に過ぎんやん。ウチは『本当のなぎやん』を知っとるから、そんな噂なんて気にせえへんよ?」
「いや、気にしようよ? 人の噂はバカにできないし、オレだけでなく木乃香まで悪く言われちゃうんだぞ?」
「ん~~、でも、どんな噂を流されてもウチは気にせえへんよ? 言わせたい人間には言わせて置けばええやん」
しかし、やはり結論は「気にしなくていい」と言うものから変わらなかった。
「……わかったよ。木乃香が そう言ってくれるのなら、オレも気にしない。
だから、噂は軽くスルーして置いて、適当に恋人の振りをして過ごそう。
人の噂も四十九日と言うから、相手にしなければ いつか沈静化する筈だし」
とは言え、ナギは木乃香に迷惑が掛かることを気にしていたので、木乃香が気にしないと言うならば それでいいのだ。
ちなみに、ナギが「恋人の振り」と言ったところで、木乃香が少し寂しそうな顔をしていたのだが、当然の如くナギは気付く訳がなかった。
また、木乃香が少し寂しそうな顔をする一方で美空が少し嬉しそうな顔していたりもしたのだが、やはりナギは気付く訳がなかったのだった。
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Part.05:雪広あやかの憂鬱
ふぅ……この時期はダメですわね。
どうしても『妹』を思い出してしまいますわ。
何よりも大切にしたかった大切な存在であり、
決して会うことのできない遠い存在である妹を……
……さすがに泣き崩れるような無様は晒しませんが、心はとても沈んでいます。
何かがポッカリと抜けてしまっていて、何をやるにしても心ここに在らず ですわ。
心配したネギさんが『代わり』を務めてくださっていますが、私の心は満たされません。
もちろん、心配していただいていること自体は感謝してもし足りません。
ですが、私の心を満たせるのは「妹の代わり」などではなく、むしろ…………
「――あの、いいんちょさん? 大丈夫ですか?」
私の憂鬱な思考は、ネギさんの気遣わしげな呼び掛けで中断されました。
はぁ、いけませんわね。考えないようにしていても、ついつい考えてしまいますわ。
ないものねだりをしても何も始まりません。そう、ねだっても仕方がないのです。
「失礼致しました、少々思索に耽っていたようですわね。ですが、もう大丈夫ですわ」
ただでさえ心配して駆けつけてくださったのですから、これ以上ネギさんに心配を掛けられませんわ。
たとえ、私の心が満たされなかったとしても、ネギさんの優しさは私の心に届いていますからね。
現にネギさんがいらっしゃる前よりは私の心は随分と軽くなっています。これ以上は望むべきではありませんわ。
そう、私は あの時『それ』を理解したのですから……
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あれは、7年前のあの日――「妹とは会えなくなった」と両親に告げられた日のことでした。
私は、麻帆良学園内にある森の中でメソメソと泣いていました。
幼いながらも「家人には涙を見せたくない」と言う意地を張ったのでしょう。
私は自宅ではなく、人が来ないだろう森の中を泣き場所に選んだのです。
「ねぇ……なんで泣いているの?」
そんな私に声を掛けて来た無粋な輩がいました。声から判断すると、相手は面識のない男の子でしょう。
……家人にさえ涙を見せたくないのですから、見ず知らずの男の子になど見せられる訳がありません。
ですから、私は相手を見上げることすらせず、無言で俯き続けることよって相手を拒絶しました。
「ねぇ、なんでさ? なんで、そんなに泣けるの?」
ですが、男の子は私の拒絶など気にしていないのか、近寄りながら尋ね続けました。
その声はとても平坦なもので、ただ「疑問に思った」ので尋ねていたようでした。
何故なら、そこには私の嫌いな同情や憐憫は一切 感じられませんでしたから……
「私に近よらないでください!!」
とは言え、同情も憐憫もないからと言って、相手が無遠慮なのが許せる訳ではありません。
私は心に土足で押し入られれたような気分を味わい、生まれて初めて激昂をしました。
相手の無遠慮が許せなかったのでしょうか? それとも、妹を失ったショックからでしょうか?
今でも判断が付きませんが、感情をストレートにぶつけたのはこれが最初だったと認識しています。
「じゃあ、なんで泣けるのか教えてよ? 教えてくれたらいなくなるから教えてよ」
男の子は私の激昂に怯んだのか、歩み続けていた足を止めて私に尋ねて来ました。
ですが、その声は最初と変わっていません。相変わらず、無感情そのものでした。
きっと、泣いているのが不思議で仕方が無い と言うだけの問いでしかないのでしょう。
「……教えたところで、あなたにはわかりませんわ!!」
泣いている人間を見て不思議に思うだけの人にはわかりません。
いや、そんな人なんかに私の気持ちをわかって欲しくありません。
ですから、顔を上げて相手を睨み付ながら『拒絶』をしました。
「さぁね。わからないかもしれないし、わかるかもしれないよ?」
男の子――赤茶の髪をした無表情な男の子は、ぬらりくらりと私の『拒絶』を躱わしました。
いえ、後になって思えば、男の子は躱わしたように『見せ掛けただけ』だったのでしょう。
その声音は、軽薄で嘲りすら感じられるのに、何故か悲しみや寂しさが含まれていたのですから。
ですが、この時の私は気付けませんでした。そして、そのために別のことに意識がいってしまったのです。
私が意識したのは瞳――私を映しているように見えて遥か彼方を見ているような『虚ろ』な瞳でした。
「妹を失った私の気持ちなど、あなたにわかるものですか!!!」
その瞳はブラウンとヘーゼルのオッドアイで、見た目はとても綺麗なものでした。
ですが、綺麗であるが故に『虚ろ』であることが無性に薄ら寒く感じました。
その寒さに対するためでしょう。私は、ついつい本音を曝け出してしまいました。
……恐らく、本音を曝け出してしまったのも、生まれて初めてだったと思います。
次女とは言え、雪広家の娘として自分を抑えることが求められていましたから。
「うん、そうだね。わかんないや……」
しかし、私が本音を――明かしたくない泣いている理由を曝したのにも拘わらず、
その男の子から返って来たのは、私から興味を失ったような淡白な反応だけでした。
その証拠に、瞳はより一層『虚ろ』になり、男の子は踵を返して去ろうとしました。
「…………なにか文句がありまして?」
相手が去るのは私の望みの筈でしたが、私は男の子を呼び止めるような言葉を発していました。
きっと、私は男の子の反応が――せっかく理由を話したのに興味を失われたのが許せなかったのでしょう。
誰にも触れられたくない部分に無遠慮に触れた癖に興味を失ったのですから、許せる訳がありません。
「べつに? ただ『人は必ず死ぬのに、なんでそんなにこだわるのかな?』って思うだけだよ」
男の子は振り返ると「つまんない」と言う感情を隠さずに言葉を紡ぎました。
今になって思えば、その言葉は達観とも諦観とも取れる悲しいものでしたが、
その時の私は「妹の死をくだらない」と卑下されたと感じ、再び激昂しました。
「私にとって妹は かけがえのないものだったのです!!」
だから、私は「どうせ理解されない」と思いながらも、力を込めて叫びました。
我ながら矛盾していましたが、少しでも理解させたかったので力を込めたのでしょう。
きっと、理解されたくないけど、理解されないのも悔しかったのでしょうね。
「……ぼくも父さんと母さんが死んじゃったけど、そこまでこだわってないよ?」
ですから、男の子の紡いだ言葉は、幼い私に衝撃を与えました。
同じ様な境遇なのに違う感想を抱いたのが不思議だったのでしょうね。
まぁ、今になって思えば、私の見識が狭過ぎただけなのですが。
「え?」
それでも、この時の私には男の子の言葉が理解できないのは変わりません。
同じ筈なのに同じじゃない。そのように感じたのを覚えています。
だから、目の前の男の子がとても「遠い存在」に感じたのでしょうね。
「こだわってないから、きみの気持ちはわからないや」
男の子はそう淡々と告げた後、ごめんね と言う『心にも無い謝罪』を告げて話を締め括りました。
そして、私に興味を失ったことを示すかのように、私を振り向くこともなく その場を去って行きました。
……私はしばらくの間『何か』に打ちひしがれていたため、その後姿を見ることしかできませんでした。
ですが、そのままそこに蹲っていても何の解決にならないことに気付き、私は慌てて男の子を追い掛けました。
「な、なんで!! なんで、そんなに平然としていられますの!?」
男の子に追い付いた私はその背中に向かって疑問を投げ掛けました。
恐らく、男の子の言葉を理解できなかったのが悔しかったのでしょう。
この時の私は、男の子のことを理解したいと考えていた気がします。
「だって、泣いていても死んじゃった人たちは帰って来ないじゃないか?
なら、死んじゃった人達が安心できるように『泣く以外のこと』をすべきでしょ?」
「ッ!! そう……ですわね」
男の子は「何を言ってるの?」と言わんばかりに不思議そうな顔をして説明してくれました。
今になって思えば当たり前のことしか言われていなかったのですが、当時の私にはとても鮮烈でした。
ですから、私は妙に納得してしまい、それまで持っていた複雑な感情を忘れて素直に頷きました。
「……きみ、お父さんとお母さんは?」
私が納得したのを受けた彼は、私の両親について尋ねて来ました。
恐らく「両親は生きているのか?」と言う意味で尋ねたのでしょう。
問い掛けの前の僅かな間が、聞くべきか否か迷ったのだと感じられました。
「ええ、生きていますわ」
本来なら、彼を気遣って正直に答えるべきか悩むべきでしょう。
ですが、彼は御両親の死を気にしていないと明言していたので、
私は彼のことを気にせず事実をありのまま答えることにしました。
「じゃあ、代わりに幸せにしてあげればいいんじゃない?」
ですから、この言葉も私を慰めるための『方便』なのではなく、彼が思ったことをそのまま伝えたのでしょう。
まぁ、彼としては、私の状況から推察した、私がすべき『泣く以外のこと』を具体的に上げただけだったのでしょうが、
その時の私には「君がすべきことは妹の分まで両親を幸せにすることなんじゃない?」と言われたようなものでした。
「ええ……そうですわね」
ですので、先程よりも深く頷いたことを今でもハッキリと覚えています。
そして、いつの間にか「泣くことを忘れていた」こともハッキリと覚えています。
そう、妹の死を悲しんで泣くよりも両親を幸せにすべきだと考えるようになったのです。
「……どうやら、泣けなくなったようだね」
そう言った時の彼の表情は忘れられません。それが初めて見た彼の『表情』だったのですから。
それは、「泣かなくなってつまんない」とも「泣き止んでよかった」とも取れる、不思議な表情。
妹の死を乗り越えた証明とも言える、思い出すだけで心が妙に浮き立つ、私のとても大切な思い出。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今でも私の心の奥底に大事にしまわれている大切な思い出です――って、そうではありませんわ!!
私は、あんな男のことなど、何とも思っていませんわ!! ましてや、大切になんか思ってません!!
あんな、人を「いいんちょさん」などと他人行儀に呼んだりするような、薄情な男のことなど知りません。
あんな、人を「関係ない」などと言い切ったりするような、失礼極まりない男のことなど知りませんったら知りません。
それに、ホワイトデーには何も返してくれませんでしたし、妹の命日である昨日は連絡もくれませんでしたし……
そう言う意味では、薄情や失礼を通り越して、最早 無情で無礼な男、略して無男(ぶおとこ)ですわ。
……昔はもう少し優しかった筈ですのに、どうして「ああ」なってしまったのでしょうか? 不思議でなりませんわ。
「い、いいんちょさん?」
はっ!! つ、ついヒートアップしてしまいましたわ。い、いけませんわね、ネギさんを怖がらせてしまいました。
……ふぅ、少し自制しなければいけませんわね。ネギさんを怖がらせても、何の意味などないのですから。
この怒りをぶつけるべき相手はネギさんではなく あの男です。むしろ、私が怒りをぶつけられるのは あの男だけです。
「大変失礼致しましたわ。ちょっと考え事ををしていまして……」
そう、私が本心を見せていいのは、この世でただ一人――あの男だけなのです。
あの男は、無遠慮でガサツで乙女心を理解していない、実に許し難き存在ですが、
それでも、私にとっては、他の誰よりも「掛け替えの無い存在」なのですから。
……悔しいですが、私に必要なのは「妹の代わり」などではなく『私自身』を見せられる あの男のようですわ。
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オマケ:今日のぬらりひょん ―その2―
近右衛門室からナギと木乃香が出て行った後、近右衛門は己の持つ情報網を利用して怪情報を流した。
その『狙い』はナギの想定したものも含んでいたが、その『真意』は別のところにあるのであった……
「フォッフォッフォッ……これで『なぎ×この』フラグが立ったのう。勉強合宿の時は失敗してしもうたが、これで結果オーライじゃ」
近右衛門は、いい感じに情報が錯綜している(ナギは悪名高いので、尾鰭と背鰭が付きまくりだった)のを確認すると、
机の上に両肘を付いて口元を隠すように両手を組み「シナリオ通りだ」と言わんばかりに「ニヤリ笑い」を浮かべていた。
言っていることも取っているポーズもふざけているようにしか見えないが、これでも近右衛門は大真面目なのである。
「……しかし、木乃香君を『西』の傀儡にしないために お見合いを計っていたのではないですか?」
そんな近右衛門の斜め後ろに電柱柱のごとく直立不動で待機していたタカミチは、
面倒ばかり押し付けよって と言わんばかりに不満を飲み込みながら近右衛門にツッコむ。
と言うか、タカミチ的には望まない方向なので そっちの不満の方が強いのだが。
タカミチの言う通り、近右衛門が木乃香に見合いをさせていたのは、木乃香の将来を慮っていたからだった。
木乃香は立場上 将来的に『西』に利用される可能性が高い。と言うか、ほぼ確実に利用されるだろう。
そのため、近右衛門は娘婿の親心を汲みつつ政治的判断を交えて、木乃香に『安全な生活』を送らせるため、
表の有力者と婚姻関係を結ばせることで間接的に『西』からの干渉を防ごうとしていたのであった。
それが木乃香の祖父であり関東魔法教会の長でもある近右衛門のできる『ギリギリの妥協点』だった(それ以上は越権行為になってしまう)。
そう、タカミチの言葉は「那岐君と婚約させても木乃香君を守れないのでは?」と言う意味だったのだ。
まぁ、他にもナギと木乃香に迷惑が掛かるような手段を取ったことを咎める気持ちもあったし、
那岐君はネギ君のパートナーになる予定だったのに何してくれてんだ と言う苛立ちもあったが。
「……はて? 何を言っておるのかのう? タカミチ君が何を言いたいのかサッパリわからんのう」
しかし、近右衛門はタカミチが言いたいことをすべて理解したうえで わからないと豪語する。
タカミチは、近右衛門の右手とも言える存在であるが、それでも部下に過ぎないからだ。
これはタカミチの権限の問題もあるが、タカミチの仕事を増やさないための配慮でもある。
「ふぅ……偶には本音を出してもいいのではないですか? 誤魔化してばかりだと木乃香君にも誤解されますよ?」
タカミチも近右衛門の意図がわかっているので、嘆息するだけで追求をあきらめる。
だが、それだけだと借りを作った気分になるので、借りを返すために忠告をするのだった。
タカミチには悪意がないのだが、余計な一言になってしまうのがタカミチなのである。
……ナギが残念になってしまうのは、保護者であるタカミチの影響かもしれない。
「いやぁ、既に那岐君から誤解を受けとる君から言われても、説得力はないんじゃないかのう?」
「なっ!? そ、それは言わない約束です!! って言うか、それは近右衛門だって一緒じゃないですかっ?!」
「なんじゃとっ!? ワシはまだギリギリセーフの筈じゃ!! まだ敬意を持たれておる筈じゃわい!!」
「どこがですか!? そもそも、那岐君をネギ君のパートナーにするように悪巧みしていたのは貴方でしょう?!」
「まぁ、確かにそうじゃが、アレは君も賛同したことじゃろ? それに、実際に動いたのは君じゃぞ?」
「確かにそうですけど……那岐君をナメちゃいけません。きっと黒幕は貴方だと気付いている筈です」
「じゃが、さっき(孫婿としての挨拶)の態度を見る限りでは、ワシって尊敬されているように見えたんじゃが?」
痛いところを突かれたらてスルーできないのが人間であり、親切心から言ったのに反論されたら気分を害するのも人間だ。
それ故に、近右衛門が「実行したのは君じゃ!!」とタカミチを責め、タカミチが「主犯はアンタだろ!!」と近右衛門を責めるのは当然だ。
何だか、精神年齢が著しく下がったような気もするが、こう言った遣り取りは いいガス抜きになるので、とても大事なのである。
ナギと神多羅木の関係を思い出していただけると納得……できないかも知れないが、それでも納得して置いていただけると助かる。
まぁ、とにかく、砕けた遣り取りをできるくらい、二人は仲が良いのである。
「もしかしたら――と言うか、十中八九、それは木乃香君の前だったからでは?」
「……うぐぅ。確かにそれは有り得るのぅ。それくらいの腹芸はできそうじゃ」
「と言うか、あんな噂を全校に流すなんて……ちょっと遣り過ぎではないですか?」
「い、いや、アレは『あの程度の試練など二人の愛で乗り越えるんじゃ』と言う応援――」
「――どこがですか!? 普通は逆効果ですよ!! どう考えても あれは失策ですよ!!」
「え? あれ? あれって遣り過ぎじゃった? じゃあ、もしかして、ワシ ミスった?」
「まぁ、そうですね。今回ばかりは頷かざるを得ないです。もう少し自重してください」
ちなみに、近右衛門の「うぐぅ」発言にイラッと来たので、タカミチは態とダメージを与えるような言い方にしたらしい。
ところで、近右衛門が『ミス』と評した今回の過剰とも言える噂だが……実を言うと態とであった。
と言うのも、これから先ナギ達の前に立ち塞がるであろう存在は『西』の海千山千の怪物達だからだ。
あの程度のことで消える関係なら、これから先『西』の政敵達にいいように翻弄されてしまうだろう。
そのために、近右衛門は「それなりの試練」を与えて、実際の政争に備えさせて置く腹積もりだったのだ。
もちろん、タカミチも近右衛門の『真の意図』には気付いている。気付いているが、立場的に気付かない振りをしたのである。
(ふぅ……今日の那岐君の態度を見る限りでは、それなりに『政治』もできそうじゃから、とりあえずは婿殿よりは大丈夫じゃろ。
それに『噂』によって木乃香との関係が『確固たるもの』になる予定じゃから、残る問題は『裏』に置ける確固たる地位じゃな。
那岐君には『表』での地位がないんじゃから、せめて『裏』でのネームバリューが無いと『西』のヤツ等の牽制ができんじゃろうて。
まぁ、木乃香の祖父としては木乃香を大切に想うとるだけでも充分に合格点なんじゃが……まったく、世の中は世知辛いのぅ)
そんなことを考えながら、タカミチとの『じゃれ合い』に興じる近右衛門だった。
************************************************************
後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年4月)大幅に改訂してみました。
今回は「木乃香のターンのつもりが、最終的には あやかのターンになっていた気がする」の巻でした。
前回に引き続き、不思議現象が起きています。さすがはメインヒロインです。原作主人公のネギ以上にヒロインです。
ところで、あやかのキャラですが……明日菜がいないし弟ではなく妹だしで、いろいろ変更された結果、こんな感じにしました。
ちなみに、主人公ではなく那岐の少年時代ですけど、次回からエヴァ編ですので しばらくは明かされません(バレバレでしょうが)。
あと、近右衛門おじいちゃんですけど、これからも あんな感じです。コメディとシリアスを難なく こなしてくれます。
……では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2009/09/11(以後 修正・改訂)