第11話:月下の狂宴(カルネヴァーレ)
Part.00:イントロダクション
今日は4月8日(火)。麻帆良学園中等部の始業式である。
ナギは中三になり、所属するクラスが「2-B」から「3-B」になった(クラスの構成員は そのままだ)。
そのため、ナギの脳内に「3ねーんB組ー、神多羅木先生ー!!」と言うアホなネタが浮かんだのだが、
神多羅木と金○先生を一緒にしちゃいけないだろ と言う尤もな理由で自主的に規制されたのであった。
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Part.01:やっぱりオレは巻き込まれる
(あ、ありのまま さっき起こった事を話すぜ!!
『オレが積みゲーを崩しに興じようとしたら いつの間にか拉致られていた』
な、何を言っているのかわからねーと思うが――以下略)
そんな感じで二度目のネタをやりたくなるくらいに理解不能な事態がナギに起きたそうだ。まぁ、まずは順を追って話そう。
始業式を恙無く終えたナギは「さて、帰って積みゲー崩しでもするかなぁ」とか思って帰ろうとしたのだが、
校門を出て直ぐのところで黒服達に「お嬢様がお呼びです」と任意同行と言う名の強制連行をされたのだった。
そして、連れて来られたのが あやかの屋敷――の地下室(と言うか、拷問部屋にしか見えない空間)である。
(あれ? オレ、ここでバッドエンドですか?)
しかし、それはナギの杞憂だった。どうやら先方の手違いだったらしく、ナギは途中で客室に移管された。
ただ、その時に黒服達が「バカヤロウ!! まだだ!!」とか騒いでいたので、杞憂ではないかも知れないが。
まぁ、とりあえずのところは「空耳だったに違いない」と言うことにして置いたらしいが、油断は禁物だろう。
「……お待たせ致しましたわ」
そんなこんなでナギが客室でガクブルしながら待っていると、招待主である あやか が厳かに現れた。
ちなみに『厳か』とは述べたが、正確に表現すると「余りにも空気が重過ぎて平伏したくなる」感じである。
ナギ曰く「その表情は能面のように平坦で、下手憤怒の表情よりも薄ら寒いものを感じさせられた」らしい。
「い、いいんちょ……さん?」
ナギは精一杯の勇気を振り絞り、震える声を隠すこともできずに あやかに声を掛ける。
何故なら、あやかは入室した後ナギの対面に座るだけで、何も動きを見せなかったからだ。
無言の圧力に負けた と言うか、溢れる怒りに思わず無条件降伏したくなった結果である。
「……失礼ですが、今 何と仰いましたか?」
しかし、あやか から返って来たのは鋭い眼光と身を切るような怒気だった。
ナギの勇気は一瞬にして無駄になり、ナギは話し掛けたことを後悔した。
まぁ、あのまま膠着状態を続けたとしても余りいいことはなさそうだったが。
「えっと、いいんちょさんって――」
言ったんだけど、それがどうかしたか? そう言い掛けて、ナギは慌てて口を噤む。
何故なら、あやかが「ギヌロ!!」と言う効果音が付くくらいに睨み付けたからだ。
あやかのプレッシャーが強過ぎて、言葉を途中で切らざるを得なかったのである。
「――私『いいんちょさん』なんて名前では ございませんわよ?」
いくら残念なナギでも、あやか が「いいんちょさん」と言う呼称を気に入っていないことくらいはわかる。
ナギ的には馴れ馴れしくないが親しみが籠もっていて呼びやすかったのだが、本人が嫌なら変えるべきだろう。
しかし、ならば どんな呼称ならいいのだろうか? 当然、名前の呼捨は黒服達に教育されそうなので却下だ。
「え~~と、それじゃあ『雪広』でいいかな?」
ナギは無難に「雪広」と呼ぶことにしたのだが、あやかは少し気に入らないようだ。「……ええ」と不承不承 頷く。
その様子はわかっていたが、あやかさん とか あやかちゃん とか あやかたん とか とは呼べないので、他に選択肢がない。
意表を突いて ゆっきー とでも呼んでみようか? と一瞬だけ思ったナギだが、さすがに自重して置いたようだ。
「じゃ、じゃあ、話は戻るけど……そもそも、オレって何でここに呼ばれたんだ?」
さすがに「呼称が気に入らないのでフルボッコにするために呼んだ」とかは無いだろう。
その程度のことでイチイチ拉致されていては、言いたいことも言えなくなってしまう。
まぁ、ナギは もう少し言動に気を付けた方がいいので、言いたいことを言うべきではないが。
きっと、態々ナギを拉致しなければいけなかった程の用件に違いない。
「近衛さんとの噂を小耳に挟みましので、その真偽を問うために ですわ。
少々強引な手段でお呼び立てしたことについては、心より謝罪いたします。
ですが、近衛さんとの噂に対して納得のいく説明をしていただけませんか?」
だがしかし、あやかの語った理由はナギの予想を超えていた。ナギは てっきりネギ関連だと思っていたのだ。
だから、つい「え? 木乃香との噂? 何でさ?」とか聞き返したナギは悪くないだろう。
その言葉で あやかの機嫌が更に悪くなった気はするが、それでもナギは悪くないに違いない。
この後の対応をミスると死亡フラグが また立ちそうな気はするが、きっとナギは悪くない筈だ。
「まぁ、本当と言えば本当で、嘘と言えば嘘かな? って言うのも、実は木乃香が学園長に見合いをさせられてさ(以下略)」
ナギは あやかを刺激しないように細心の注意を払いながら ありのままを説明した。
木乃香が近右衛門に見合いを強制させられていて困っていたこと
見合いをやめさせるための方便としてナギが恋人役を演じたこと
そうしたら、何故か情報操作されて噂が広められしまったこと……などだ。
もちろん、ありのまま話したのは下手な誤魔化しだと看破されたうえに粛清されそうだったからだ。
「……そうですか、そのような事情ならば仕方がありませんわね。ですが、他に遣り様があったのではないですか?」
あやかは一定の理解を示しつつも不機嫌そうにナギの対応の甘さを責める。
まぁ、確かに 他に遣り様はあったかも知れない。その点ではナギの落ち度だ。
だが、あの時は思い付かなかったのだから仕方がない。責められても困る。
「まぁ、そうかも知れないけどさ……あの時は あの手しか思い付かなかったんだから仕方がないだろ?」
ナギは「過ぎたことなんだから今更 何を言っても変えられないじゃないか」と言わんばかりに「仕方がない」と簡単にあきらめる。
あまつさえ「それに、オレと木乃香が仲良くなれば、オレからネギを遠ざけられるんだから、むしろ好都合だろ?」とも付け加える始末だ。
ナギは何となく あやかが不機嫌になっていることはわかっているのだが、その原因まではわかっていないのだ。何故なら、ナギだからだ。
「…………はぁ、わかりましたわ」
ナギの残念さを見せ付けられた あやかは「何を仰ってますの?」と言う顔をし後、溜息とともに納得した。
いや「これだから那岐さんは困るのです」とかブツブツ言っていたので、実際は呆れただけなのだろうが。
その証拠に あやかは「もう少し節度を持って行動してください」と軽く説教しだけでナギを解放したらしい。
ちなみに、あやかの家から男子寮までの移動手段だが、来た時と同じ黒服達に車で送ってもらったらしい。
そんな訳で、ナギは生きている喜びを噛み締めながら「さぁ、今度こそ積みゲー崩しを楽しもう」と自室に戻ったのだった。
だが、ナギの不運は まだまだ終わっていなかった。いや、むしろ、今までは序の口に過ぎなかった。
何故なら、ナギが自室のドアを開けると「お待ちしておりました、神蔵堂 那岐さんですね?」とか、
サラサラした茶色いロングヘアでデッカい耳飾を付けたメイドさんが恭しく頭を下げて出迎えたからだ。
(いや、もう、ビックリしたとしか言えなかったね、うん)
玄関を開けたら見知らぬ他人が出迎えてくれたのだから驚くのも無理はない。
しかも、その不法侵入者はメイドさん――つまり、女のコだったので更に驚きだ。
何故なら、ここは男子寮なので女子がいること そのものが珍しいことだからだ。
(しかし、そんなことよりも大切なのは、デッカい耳飾を付けている と言う点だろう)
恐らく彼女は「絡繰 茶々丸(からくり ちゃちゃまる)」なのだろう。髪の色が違う気がする(緑ではない)が、耳飾が動かぬ証拠である。
そして、茶々丸が この時期(新学期早々)に訪れた と言うことは、エヴァ戦に巻き込まれる と言うことだろう。フラグ的に考えて。
と言うか、そうでもなければ茶々丸が不法侵入までしてナギの元に現れた説明が付かない(まぁ、説明が付いても現状は何も変わらないのだが)。
「……いや、人違いだよ?」
とりあえず、ナギは人違いと言うことにして その場からの離脱を図った。
何故なら、魔法使い同士の戦いになんて巻き込まれたくないからだ。
無駄だとはわかっていたが、何もしないよりはマシだ と足掻いたらしい。
「そうですか。それは大変 失礼 致しました」
だが、意外なことに茶々丸はアッサリと納得し、謝罪までして来る。
どうやら、無駄だと思っても悪足掻きはしてみるもののようだ。
ナギは意気揚々と「じゃあ、そう言うことで」と部屋から出て行く。
「――ですが、99.89%の確率で本人だと断定できますので、申し訳ありませんがマスターの命により身柄を確保させていただきます」
だがしかし、現実は無情だった。茶々丸は納得したのではなく流しただけだったようだ。
部屋から出て行く寸前のところで茶々丸に肩を掴まれナギは形だけの謝罪を受けた後、
何らかの衝撃(恐らく電撃)が全身を駆け抜けたのを感じたところで意識を手放したのだった。
そして、気絶したナギを荷物のように抱えた茶々丸は、窓を開け放つと月夜へと飛び出したのだった。
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以上のような経緯で、ナギは拉致られた――と言うか、エヴァ戦に巻き込まれたのだった。
ネギに懐かれた時点で こうなることはナギの運命だったのだろうが、ナギとしては微妙に納得できないものが残る。
ナギはネギに相談された訳でも ネギを助けた訳でもない。強制的に巻き込まれたのだ。それが納得できないのである。
と言うか、何故にナギが巻き込まれたのだろうか? 近右衛門が一枚 噛んでいるのだろうが、疑問は深まるばかりだ。
「おい、小僧……先程から随分と大人しいが、抵抗はせんのか?」
ナギが現状を嘆きつつ答えのない問いに頭を抱えていると、無遠慮にナギに話し掛ける声があった。
その声の主は金髪の幼女――展開的にわかるだろうが、3-Aが誇る「ロリ四天王」の最後の一人、
茶々丸のマスターであり『闇の福音』の異名を持つエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルである。
「しないよ。だって、何らかの目的があって拉致したんでしょ? なら、抵抗すべきじゃないだろう?」
ナギは内心で「誰が小僧だ、このロリババア」とか思いつつも そんなことは億尾にも出さずに答える。
理不尽な状況に苛立ってはいるが、危機的な状況であることも理解しているので言葉には気を付けているのだ。
エヴァは覚悟のない女子供を殺めるのを嫌う らしいが、ナギが その範疇に入っているか否か微妙だからだ。
ちなみに、ナギは尤もらしいことを話してはいるが、捕縛されているので抵抗のしようがないのが実情だったりする。
「……ふむ。どうやら、自分の立場は理解できているようだな」
「まぁね。つまり、サバトとか そう言った儀式の生贄でしょ?」
「なっ?! 違うわ!! 誰がサバトなぞやるか!? 貴様は人質だ!!」
黒いマントと黒いトンガリ帽子を装備したエヴァは「オカルトに傾倒しちゃったイタいコ」にしか見えないので、軽い皮肉だ。
「いや、軽いボケに そこまで過剰反応されても困るんだけど……」
「き、貴様、私をナメているだろう!? なぁ、ナメているだろう?!」
「別に そんなつもりはないよ(まぁ、微笑ましい とは思ったけどね)」
幼女にしか見えない相手に凄まれても、ビビるどころか微笑ましくなるのはナギだけではない筈だ。
(しかし、本当に何でオレは拉致られたんだろう? さっき人質って言ってたけど、人質ならオレじゃなくてもいいんじゃないかな?
十中八九ネギに対する人質なんだから、他に適任が――って、あれ? そう言えば、他の人質候補って女のコしかいないじゃん。
って言うことは、必然的にオレが人質になるしかないか。さすがに『オレじゃなくて女のコを人質にしろ』なんて言えないからねぇ)
よくよく考えてみれば、ネギの交友関係的に適任はナギしかいない。先程の疑問が解消された瞬間である(状況は一切 好転していないが)。
(まぁ、適任はオレしかいなかったんだから、人選については納得して置こう。
だけど、そもそもの問題として人質を取ること自体が間違っている と思うんだけど?
エヴァって『誇りある悪』を名乗ってるんだよね? それなのに人質って……)
人質を取るなど実に三下臭い。何らかの事情はあるのだろうが、それでも「さすが『誇りある悪(笑)』だなぁ」と評価するナギだった。
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Part.02:最悪の招待状
今日は いつもの場所をナギさんが通らなかったので「おかしいなぁ」とは思っていたんです。
でも、ボクより早く通った可能性もありますので、今日は あきらめて帰宅することにしました。
これまでも何度か擦れ違っちゃったことがありますんで、ちょっと残念ですが仕方ありません。
ちなみに、待ち始めたのが15:30で帰宅を決めたのが18:30です。
あ、わかっているでしょうけど、一連の行動をストーカー扱いしちゃダメですよ?
これは あくまでも『純粋な乙女心の発露』ですからストーカー行為じゃありません。
仮にストーカーだとしても、ストーカーと言う名の乙女です。多分、きっと、恐らくは。
「ただいま帰りました~~」
ボクは帰宅の挨拶をしながら玄関を開けました。
キッチンからは夕御飯のいい匂いが漂って来ます。
きっと、今夜はハンバーグですね。嬉しいです。
「お帰り~~ネギちゃん。今日は遅かったなぁ?」
コノカさんがキッチンから出て来てボクを出迎えてくれます。
笑顔で出迎えてくれるのは嬉しいんですけど……
包丁を持ったまま微笑むのは、ちょっと怖いです。
「すみません、今日はちょっと待ち惚けしちゃいまして……」
ボクは靴を脱いで家に上がると、コノカさんに遅くなった理由を簡単に説明しました。
さすがに、3時間も待っていたのは呆れられると思いますので、明かしませんでしたけど。
まぁ、帰宅時間から逆算すれば わかっちゃいますけど、それでも黙って置くべきです。
「そか。でも、これからは暗うなったら帰って来なあかんえ?」
コノカさんは「気持ちはわかるんやけどな」ってフォローを入れながら注意してくれました。
その様子から、本当にボクのことを心配してくれているのが伝わって来ましたので、
ボクは「これからは もうちょっと早めに切り上げましょう」と心に誓って置きました。
「はい、わかりました。これからは気を付けますね」
本音を言えば、ナギさんに会いたいです。ですが、コノカさんを心配させる訳にもいきません。
コノカさんは、その……日本での「お姉ちゃん」みたいな人ですから、心配を掛けたくありません。
まぁ、昨日「ナギさんと婚約した」って噂を聞いた時は、最大のライバルだって認識しましたけど。
でも、よくよく話を聞いてみると、それは「学園長先生へのブラフ」ってことがわかりましたので、
やっぱりコノカさんはネカネお姉ちゃんのように、大切な『家族』みたいな人だって落ち着きました。
「あ、ネギちゃん。そう言えば、手紙が来とったえ」
「手紙……ですか? ありがとうございます」
誰からだろう? ネカネお姉ちゃんかな? そんなことを考えながら、手紙を受け取ります。
差出人は…………書いてませんね。ん~~、誰でしょうか? まったく心当たりがありません。
でも、『封蝋』がされていますので、『ボクが魔法使いであること』を知っている相手からでしょう。
つまり、差出人は不明ですが魔法関係者である可能性は高いため、コノカさんに見せる訳には行きません。
ですので、まずは軽い『認識阻害』を張って、コノカさんの注意をボクから逸らして置きます。
これで、よっぽどのこと(大爆発とか)が起きない限り、コノカさんはボクのことを気にしません。
そして、『開封』の魔法を発動して『封蝋』を解きます。
ちなみに、『封蝋』とは手紙や箱などに施す魔法で、『開封』を使えない人(つまり一般人)に開けないようにするものです。
逆に言うと『開封』が使えれば簡単に解けますので、主に「魔法関係の物だ」と魔法使い同士でと暗示し合うのに使われています。
そのため、ボクは差出人のことを「魔法関係者である可能性が高い」と判断した訳です(単なる勘や思い付きではありません)。
と言う訳で、封筒の中身を確認しましょう。え~~と、中には「何の変哲もない便箋」しか入っていませんね。
一応、何らかのトラップがないか『探査』してみましたけど、特に問題は見受けられませんでした。
まぁ、ボクのレベルでは見破れないトラップが仕掛けれられている可能性もありますが……
それでも、こうして眺めていても何も始まりません。ボクは便箋を開いて その内容を確認しました。
「――え?」
内容を確認したボクは、その内容が想定外過ぎたためか、思わず間抜けな声を出してしまいました。
その内容は『神蔵堂 那岐は預かった。返して欲しければ一人で女子中校舎の屋上に来い』と言うもので、
読んだ直後は何が書かれているのか理解できない――と言うか、理解したくない内容のものでした。
ですが、呆然としている場合ではありません。ボクは直ぐに気を取り直しました。
まぁ、性質の悪い悪戯やボクを誘き出すためのブラフ と言った可能性もあるのでしょうが……多分、違うでしょう。
相手が魔法関係者であり、ナギさんが いつもの場所を通らなかったことも踏まえると、悪戯やブラフとは思えませんから。
言い換えるならば「ナギさんは拉致されており、ボクが行かなければ危険な目に遭うかも知れない」と言うことになります。
……当然ですが、そんなことは絶対にさせません。ボクのせいでナギさんが傷付くなんてこと あってはいけません。
相手が何者か とか どんな理由があったのか とか……わからないことだらけですが、そんなことは関係ありません。
たとえ どんな大義名分があろうともナギさんを巻き込んだ罪は変わりませんので、ボクのやるべきことは変わりません。
一刻でも早く指定の場所に赴き、一刻でも早くナギさんを救出することです。それ以外のことは最早どうでもいいです。
ナギさんは この身に代えても救出してみせます!!
決意を固めたボクは、今までインテリアとして飾って置いた「父さんの杖」を右手に持ち、
秘蔵の魔法具(マジックアイテム)を懐に隠し、ネカネお姉ちゃんから もらったマントを羽織り、
最後に『認識阻害』を強めてボクの格好に違和感を持たれないようにして戦闘準備を整えました。
そして、必死に感情を押さえ付け、何でもないような調子でコノカさんに話し掛けます。
「ボク、ちょっと出て来ますので、御飯は先に食べちゃってください」
「…………わかったえ。もう暗ぉなっとるから、気ぃ付けてな?」
「はい!! ありがとうございます!! 気を付けて行って来ます!!」
コノカさんは「え? こないな時間に?」って顔をしていましたが、ボクの決意を理解してくれたのか、何も聞かずに送り出してくれました。
……本当に「お姉ちゃん」みたいで、とってもありがたいです。
コノカさんへの感謝を胸に、ボクは女子寮を後にし、目的地を目指します。
そこにいるであろう『敵』を排除してナギさんを取り返すために……
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Part.03:捕らわれの子羊と闇の福音
「ところで、確認して置きたいことがあるんだけど……いいかな?」
それなりに状況を理解しているナギだが、その ほとんどが原作知識からの類推でしかない。
現時点で既にネギや明日菜に差異があるため原作知識が何処まで役に立つかわからない。
それ故に、情報収集は可能な限りして置くべきだろう。思い込みは自らの首を絞め兼ねない。
「……何だ?」
これまで何処か弛緩したところがあったナギだったが、今は 張り詰めた空気を纏っている。
その空気の変化を察したのか、エヴァは真剣な面持ちで訊ね返す。今のエヴァに隙はないようだ。
こう見えても(幼女にしか見えない)エヴァは600年以上を生きた古強者だ。当然の反応だろう。
「さっき、オレのことを人質って言っていたけど……誰に対する人質なんだ?」
まぁ、十中八九ネギだろう。だが、それでも一応は聞いて置かねばならない。
もしかしたらネギではないかも知れない。可能性はゼロではないのだ。
ネギだと思い込んでいたがネギではなくてテンパった なんて事態は避けたい。
日常ではテンパっても醜態を晒す程度の問題でしかないが、非常時だと致命的になり兼ねない。
「……貴様はバカか? ネギの小娘に決まっているだろうが?」
「いや、何でネギ相手に人質なんているんだ? 意味不明だよ?」
「そんなの小娘を誘き出すために決まっているだろうが!!」
「いや、決まっているって言われてもオレには意味不明なんだけど」
恐らくは魔法バトル的な意味で誘き出したいのだろう。
事情を知っていれば当然の帰結である。そのため、エヴァの小バカにする態度も納得だ。
だが、何度も言っているように、ナギは事情を類推できるだけで何も事情を知らない。
それ故に、ナギは――何も事情を知らないナギは、さも意外そうに問い返したのである。
事情を知らなければネギ呼び出すのに人質を取るなんて意味不明だからだ。
「って言うか、誘き出すって段階で疑問なんだけど? 普通に呼び出せばいいじゃん。
何で人質を利用して誘き出す必要があるんだ? お前ら、そんなに仲が悪いの?
だったら、オレが仲介してやるから、まずはロープを解くことから始めないか?」
何も知らない演技(実際に知らないのだが)に段々と興が乗ってきたのか、ナギは余計な御節介を焼きつつ捕縛を解くようにも求める。
「……貴様、まさか何も知らされていないのか?」
「ん? そんなに仲が悪いので有名なのか?」
「違う。だが、知らぬなら それはそれで構わん」
ナギを「関係者ではない」と判断したのか、エヴァは警戒を緩める。ついでに、ナギから興味も失ったようだ。
「意味不明だけど、つまり解放してくれるってことでOK?」
「そうではない……が、拘束を解くくらいはいいだろう」
「……まぁ、とりあえず、ありがとう とは言って置こう」
どうでもよさそうなエヴァが茶々丸に目配せすると、茶々丸はそれだけで指示内容を理解したようで、ナギの拘束を外す。
さすがに帰してくれる訳がないので、拘束がなくなっただけマシだと思って置くべろう。
ナギは「本当は そんなに感謝していないけどね」と思いながらも茶々丸に礼を言う。
ちなみに、エヴァへは礼を言わないのがナギのジャスティスだ。何故なら、元凶なのにエヴァは何もしていないからだ。
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―― エヴァの場合 ――
茶々丸に命じて「神蔵堂 那岐」と言うフザケた名前の小僧を捕獲したまではよかったのだが……この小僧、私をナメ過ぎている。
誰がサバトなどするか!? イヤな記憶(魔女裁判とか火炙りとか その辺りの記憶)が甦るだろうが!!
しかも、それが冗談だと?! 世の中には言っていい冗談と言ってはいけない冗談があるんだぞ!!
そして、何よりも許せないのが私をガキ扱いしていることだ!! 言葉にしてはいないが、態度でわかるわ!!
当初は、人質としての役割(ネギの小娘を誘き出す)が終われば解放してやろうと思っていたが……
ここまで愚弄されて黙っている程 私は温厚ではない。思いっ切り嬲って、回復して、更に嬲ってくれるわ!!
まぁ、ジジイやタカミチが文句を言って来そうだが、教育をして置かなかった奴等が悪い。つまり、私は悪くない。
私は あくまでも年長者に対して敬意を払わない餓鬼に躾をしてやるだけであり、私には何の落ち度もない筈だ。
「ところで、確認して置きたいことがあるんだけど……いいかな?」
小僧への躾方法をアレコレと妄想――もとい、想像していた私に、小僧が躊躇いがちに話し掛けて来た。
ナメた態度そのものは変わっていないが、これまでのフザケた雰囲気から真面目な雰囲気に変わったのは感じられた。
きっと、何らかの『交渉』をしたいのだろう。そう予想した私は軽く気を引き締めながら小僧に問い返した。
いくら相手がバカそうな小僧だったとしても、緩んだ気持ちのまま交渉をするなどと言う愚は犯さんさ。
「さっき、オレのことを人質って言っていたけど……誰に対する人質なんだ?」
は? 何を言っているのだ? そんなもの、ネギの小娘に決まっているだろうに……
だが、何らかの意図があって訊いて来たのかも知れないので、敢えて答えてやった。
ついでに小バカにした態度を取ってやったので、これまでの苛立ちが少しスッキリした。
「いや、何でネギ相手に人質なんているんだ? 意味不明だよ?」
だが、小僧が続けた言葉のせいで、その爽快感も直ぐに失われてしまった――どこらか、更にイラついた。
何故なら、小僧が「小娘を恐れているから人質を取ったのでは?」とも取れる言葉を吐いたからだ。
こちらの冷静さを奪うのが小僧の意図だったのなら まんまと乗せられた形になるが……それでも我慢できなかったのだ。
「いや、決まっているって言われても(以下略)」
だが、小僧は本気で疑問に思っていたようで、不思議そうな顔をして問い返して来た(しかも、ついでに捕縛を解くことまで求めて来た)。
この時になって漸く私は「とある可能性」に思い至った。それは、小僧は何も知らない一般人だったからナメた態度だったのでは? と言うものだ。
しかし、そんな筈がない。この小僧は『ジジイが指定して来た人質役』だ。関係者ではない訳がないじゃないか? と言うか、関係者に決まっている。
「知らない? そんなに仲が悪いので有名なの?」
だが、万が一と言う可能性もあるので確かめてみたのだが……結果は、万が一の方だった。つまり、小僧は何も知らないようだ。
その証拠と言うか、この小僧は未だに私とネギの小娘の関係を誤解している。と言うか、そこら辺のガキ共と同じ扱いをしている。
まぁ、小僧が惚けているだけ と言う可能性もあるが、どう見ても この小僧にそんな腹芸ができる訳がないので その可能性は有り得ない。
……だが、これはおかしい。
ジジイは確かに この小僧を指定して来た。部屋番号や近況報告まで付けられたプロフィールを渡されたので間違いない。
人違いと言う可能性もあるが、茶々丸が間違える訳がないし、プロフィールの写真と見比べてもあきらかにターゲット本人だ。
だが、それなのに、蓋を開けてみたら(ジジイの言葉とは裏腹に)小僧は何も知らない一般人だったのだから、実におかしい。
残る可能性としては、何らかの事情でジジイが小僧を巻き込みたかった くらいか?
そう言えば、ジジイは小僧を指定して来ただけで関係者だとは明言していなかった(私が 関係者だと思い込んだだけだ)。
つまり、私はジジイの思惑に まんまと乗せられて(意図せずだが)一般人を巻き込んでしまった と言うことになる。
今まで一般人を巻き込むことがなかった訳ではない。だが、その場合は巻き込むことを覚悟して――責任を意識して巻き込んだ。
ジジイが何を企んでいるのかは知らんが、このツケは支払ってもらうぞ?
ところで、まさか『正義の魔法使い様』であるジジイが一般人を巻き込むとは考えていなかったとは言え、下調べを怠った私のミスではある。
だから、私にナメた態度を取ったことも許してやるし、私をガキ扱いしたことも(この形だから仕方がないので)我慢してやろう。
私は『悪の魔法使い』だが、誇りを持っている。故に、自身に非がある場合は相応の謝罪をするさ。今回は それが無礼に対する許容なだけだ。
「意味不明だけど、つまり解放してくれるってことでOK?」
どうやら小僧は納得していなさそうだが、別に小僧を納得させてやる義理はない。と言うか、どう納得させればいいか わからん。
なので、要望通りに拘束くらいは解いてやろう。そう思った私は茶々丸に目配せをし、小僧を拘束していた縄を外させる。
その際、小僧と茶々丸が何やらゴチャゴチャやっていたが、別に気にすることでもないだろう。今は そんな場合ではないのだ。
……何故なら、小娘の魔力が私の探査網に引っ掛かったからだ。さて、とりあえずは『シナリオ』通りに小娘と戦うとしよう。
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Part.04:月下の決闘者
ナギの拘束が解かれてから程なく、空からネギが現れた。
ちなみに、拘束を解かれたナギが逃げ出さなかったのは、逃げ出しても無駄であることがわかっていたからだ。
一応「帰っていいのかな?」とは訊ねたのだが、返答が「小娘に会うまではいてもらわねば困る」だったので諦めたのだ。
エヴァとしては、人質のことを書いてネギを誘き出している以上、ナギの無事な姿をネギに見せないのは不味いのである。
(しかし、箒で空を飛んで来たってことは やっぱりネギは魔法使いなんだなぁ)
茶々丸に拉致された時点で半ば魔法が存在すると あきらめていたが、こうして目の前で魔法を使われるとショックも一入だ。
まぁ、もしかしたら魔法なんてなくて魔法関係で拉致られた訳ではないかも知れない と悪足掻きをしていたせいだが。
ナギ自身も「いや、それはねーな」と思う可能性だったが、それでも希望を捨てられなかったらしい。実に往生際が悪い。
(と言うか、何でオレの前で魔法を使っちゃってるんだろう?)
それだけ急いで駆け付けてくれたのだろうが、ナギとしては「秘匿義務はどうした?」と言う気分だ。
これでは、魔法を見てしまったことになり、済し崩し的に魔法に巻き込まれてしまいそうだからだ。
まぁ、茶々丸に拉致された時点で魔法に巻き込まれるのは確定していた気はするが……往生際が悪いのだ。
ここで、ナギが一般人であることがわかっていたのだから、エヴァが気絶させるなり何なり対処して置けばよかった と思われるかも知れない。
しかし、気絶しているナギをネギに見せたら面倒になりそうだ とわかっていたので、気絶させられなかったのである。
それ故にエヴァは無事な姿を見せてから気絶させる予定だった らしいが、ネギが空を飛んで来たので それも意味がなくなった。
ネギは『認識阻害』を施しているようだったが、あきらかにナギはネギを視認していたので ネギの技量が不充分だったのだろう。
つまり、ナギを巻き込ませた近右衛門も、ナギを拉致させたエヴァも、魔法を秘匿し切れなかったネギも、みんな悪いのだ。
さて、それはともかく、空から現れたネギだが、そこには幻想的な雰囲気は一切なかった。あったのは対極とも言える不気味な空気だけだ。
今のネギは幽鬼と言われても納得できただろう。身に纏う圧力は膨大であるのに、少し目を離すと見失ってしまいそうな程に存在感が希薄だった。
恐らく、何らかの魔法によって某狩人な作品の念能力の『陰』のような状態にしているのだろう。ナギは そう判断することで不気味さを受け入れた。
「……ナギさんを返してもらいます」
ネギの声はポツリとだけ告げられたものだったが、何故か耳元で囁かれたようにナギには聞こえた。
気が付けば周囲からは雑音が消えており、針の落ちる音さえ聞こえそうな程の静寂が場を支配していた。
これが「殺気に満ちた空間」と言うものなのだろうか? 傍観者であるナギは冷静に状況を観察していた。
「フッ、いいだろう。ただs「『解放』!!」なぁっ?!」
エヴァが何かをネギに話し掛けていたが、ネギが魔法で それを中断する。
掌から『雷の渦』が生まれたことから察するに、あれが『雷の暴風』なのだろう。
と言うか、エヴァの口上を無視して速攻で攻撃するのは主人公的にどうかと思う。
パキャァアアン!!
しかし、エヴァも伊達に『最強の一角』に列せられている訳ではない。不意打ちに近い攻撃だったが、咄嗟に張った『氷盾』で相殺したようだ。
確か『氷盾』は魔法を反射する効果があった筈なので、それが反射せずに壊れた と言うことはネギの『雷の暴風』は相当な威力だったのだろう。
つまり、エヴァが防御していなかったら今の攻撃で戦闘は終わっていた と言うことであり、それだけネギがキレている と言うことなのだろう。
「『魔法の射手・戒めの風矢』!!」
ネギは防御によって生まれた僅かな隙を見逃さずに追い討ちを掛ける。むしろ、タイミング的に防御されるのを見越していたのだろう。
ナギの記憶が確かならば『戒めの風矢』は、圧倒的な力量差があっても成功すれば問答無用で相手を一定時間 拘束できる魔法だった筈だ。
京都の時のフェイトにも効いていたのでエヴァにも効くだろうし、どのような原理なのかは不明だが拘束中は魔法も使えないようだ。
(と言うことは、今がチャンスだね)
もちろん、エヴァにトドメを刺すチャンス と言う意味ではない。ナギが無事に脱出するチャンス と言う意味だ。
そもそもの問題として、ナギの目的は現状の打破であってエヴァの撃破ではない。無事に逃げられれば それでいいのだ。
恐らく、それはネギも同じだろう。後顧の憂いを断つ必要はあるだろうが、優先順位を見誤るような愚は犯さないだろう。
(今までの傾向から、ネギにとってのオレの優先度が低い筈がないからね)
ただし、不安はある。キレていて敵を殲滅することしか頭にない状態にネギが陥っている可能性だ。
問答無用で魔法を撃ち放ったことを考えると その可能性が高い気はするが、ここはネギを信じて置こう。
それに、仮にネギがそんな状況に陥っていたとしても、ナギが自力で脱出すればいいだけの話なのだ。
(本当ならネギに助けられるべきなんだろうけど……最悪の場合は自力で脱出しよう)
そう決断したナギは、徐々に だが確実に、茶々丸に気付かれないように茶々丸から距離を取り始める。
別に拘束されていた訳ではない。(人質の役割を果たすまでは)逃がさないために牽制されていたのだ。
当初の予定では「茶々丸はエヴァのサポートに入っており、ナギは放置されている状態」だったのだろうが、
ネギが問答無用で攻撃を仕掛けたために、茶々丸がサポートに入る前にエヴァが拘束されてしまったのだろう。
「……甘い!!」
しかし、ナギが安全圏に脱出し切る前に、状況は大きく動いた。脱出に成功したエヴァがネギに攻撃を仕掛けたのだ。
ナギには経緯はわからないが、結果はわかった。ネギが蹴り飛ばされたボールのように吹っ飛んでいるのが見えたのである。
そして、ネギは壁(出入口のコンクリート部分)に叩き付けられたことで止まり、そのまま瓦礫となったコンクリートに埋もれる。
(恐らくは『障壁』などでダメージは緩和された筈なので大丈夫だとは思うけど……ちょっとヤバくない?)
瓦礫はピクリとも動かない。つまり、その下にいるであるネギも動いていない と言うことだろう。
コンクリートが瓦礫に変わる程の衝撃を受けた訳だから、そうなるのは当然の帰結かも知れない。
バトルに関わる気などないナギだが、目の前の惨状にネギを助け起こさなければ と言う気分にはなる。
「――ふぅ、今のは直撃していたら危なかったですね」
だがしかし、ナギが動き出す前にナギの行動を止める事態が起きた。瓦礫の下で倒れている筈のネギが声を掛けて来たのだ。
ナギはネギの無事を喜ぶと同時に何故ネギが自分の隣にいるのか 疑問を覚えた。そのため、ナギは慌てて瓦礫の方を確認する。
そこには、エヴァが「デコイか!!」と悪態を吐く光景が確認できた。恐らく、攻撃される前にデコイと入れ代わっていたのだろう。
ネギは激情に駆られているように見えていたが、充分に冷静だったようだ。であるならば、ネギはナギを連れて脱出を図る筈だ。
「――させません!!」
きっと、茶々丸もそれに気付いたのだろう。慌ててネギ(とナギ)を目掛けて突進して来る。
何も身を守る術のないナギとしては脅威でしかないが、ネギには充分に対処可能だったようだ。
ネギは迫り来る茶々丸を一瞥すると、徐に懐から球体を取り出し、その球体を地面に投げ付ける。
すると、球体から夥しい量の煙が吐き出され、周囲には煙幕が張られた。
突然のことに茶々丸は驚いたようで、一瞬だけ動きを止める。それだけで充分だった、
僅かにできた隙を活かしてネギは「何らかのアイテム」で茶々丸を捕縛したのだった。
ネギの一連の動作は一切の迷いがなく、実に鮮やかだった。思わずナギが目を奪われた程だ。
「さぁ、ナギさん♪ これで、もう大丈夫ですよ♪」
煙幕で よく見えないが、今のネギは満面の笑みを浮かべているだろう。むしろ、ナデナデしてください と言わんばかりに頭を差し出している筈だ。
信賞必罰の考えでいくならば、ここは盛大に褒めるべきなのだろうが……生憎と今は状況が状況だ。褒めたりするのは後回しにすべきだろう。
茶々丸は無力化できたが、エヴァは無力化できた訳ではない(煙幕と言う目晦ましで時間稼ぎをしているに過ぎない)。今は離脱が最優先だ。
「……安全圏に行けたら いくらでも褒めてやるから、まずは逃げようぜ?」
そのため、ナギがネギに離脱を促したことは間違っていない。間違ってはいないのだが……促すのが遅過ぎた。
何故なら、二人が離脱を始める前にナギ達は煙幕ごと凍らされた うえに何故か全裸に剥かれてしまったのだから。
ナギが「まさか、時間稼ぎにすらならなかったとは……さすがだねぇ」と開き直ったのは言うまでもないだろう。
と言うか、ネギの全裸を見てしまったことでバッドエンドを覚悟したナギは深く深く落ち込んだのだった。
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―― ネギの場合 ――
女子寮から女子中までは、本来なら電車を使う必要がありますが、
今は緊急事態ですので『認識阻害』を強めに掛けて杖で飛んで来ました。
その際に屋上の様子は確認済みです。
手紙の主は腕に自信があるのか、それとも何らかの罠を仕掛けているのか、それは定かではありませんが……
これ見よがしに、ボクを呼び出した屋上にナギさんを連れて来ていました(最初から屋上にいたのかも知れませんが)。
ところで、ナギさんの周囲には二人の人員が配置されていますので、ナギさんを見張りつつボクを待ち受けているのでしょう。
もしかしたら、見えない位置に他の人員が隠れているのかも知れませんが、差し当たっての脅威は屋上の二名です。
直ぐにでもナギさんを確保したいところですが、確保したところを狙われたら大変ですので、まずは二人を排除すべきでしょう。
……そのためには、奇襲・奇策を仕掛けるのが一番だと思います。
ボクはメルディアナで『天才』と評されていましたが、それは あくまでも『お勉強』での話に過ぎません。
現時点のボクは実戦経験がゼロに等しい『見習い』でしかないので、実際のところは戦力外と見るべきです。
そんなボクが正面から挑んで経験者に勝てる程 世の中は甘くありません。そんなのわかりきっています。
それに、今のボクに必要なのは「勝利」ではありません。ボクに必要なのは「ナギさんを無事に救出すること」です。
ですから、どんな汚い手を使ってでも、ナギさんを無事に救出してみせます!!
ボクは決意を固めると速度を緩めて屋上へ舞い降り、ナギさんを取り戻すことを宣言しました。
ちなみに、態々 相手へ宣言したのは、相手がボクの接近に気付いていたからです。
気付かれていなかったのなら、宣言などせず問答無用で攻撃を仕掛けていたでしょう。
ですが、ボクは奇襲をあきらめた訳ではありません。ボクには『遅延魔法』がありますからね。
相手に認識される前に攻撃するのも奇襲ですが、相手に察知されないように攻撃をするのも奇襲です。
「フッ、いいだろう。ただs「『解放』!!」なぁっ?!」
相手が何かを言い掛けていましたが、ボクは気にせずに攻撃を仕掛けます。
来る途中に『遅延』して置いた、ボクの最強魔法である『雷の暴風』を『解放』しました。
相手の予想を裏切って行動するからこそ、奇襲であり奇策である訳ですからね。
しかし、それは相手の張った『障壁』に防がれてしまいました。
咄嗟に張ったのにもかかわらずボクの最強魔法が防がれるなんて……実力が違い過ぎます。
ですが、それは想定の範囲内です。回避するにしろ防御するにしろ、隙はできますからね。
その隙を突くのがボクの本当の狙いです(初撃で片付いて欲しかった気持ちもありますけど)。
「ラス・テル マ・スキル マギステル!! 風の精霊11柱、縛鎖となりて敵を捕まえろ!! 『魔法の射手・戒めの風矢』!!」
幸いなことに相手の張った『障壁』は氷結系統でしたので、砕ける音が激しかったためボクの詠唱を消してくれました。
そのため、相手はボクの詠唱に気付かず、期せずして奇襲のような形となり、今度は狙い通りに相手の束縛に成功しました。
詠唱に気付かなかったのも原因でしょうが、ちょうど砕けた氷が目暗ましになったようですので、実にラッキーでしたね。
――ですが、ここで安心はしていられません。相手はそんなに甘くない筈です。
ボクは隠し持っていた魔法具の『身代わり君』を使ってデコイを作り、
最大出力で『認識阻害』を施し、コッソリとナギさんの救出に向かいます。
あくまでも、目的は相手を倒すことではなくナギさんの救出ですからね。
ドガァアアアン!!
って、あれ? デコイ君、凄い勢いで吹っ飛ばされましたよ?
……保険のつもりでしたけど、本当に拘束を解かれちゃったんですねぇ。
ですので、ついつい安堵の溜息を漏らしてしまいました。
まぁ、初めての実戦に緊張していたので仕方がないですけど……それは悪手でしたね。
だって、ボクの溜息でナギさんをビックリさせちゃいましたからね(ちょっと――いえ、かなりショックです)。
って、あれ? でも、ボクは『認識阻害』を最大で施しているんですよ? なのに何でビックリされたんでしょう?
普通、あの程度の声量では気付ける筈がないんですけど、何故かナギさんはボクに気付けたようです。実に不思議です。
もしかして、これが噂の『愛の力』ってヤツでしょうか? ……ごめんなさい、ちょっと言ってみただけです。
きっと『認識阻害』が働かなかったのは、ボクが無意識に「認識を逸らさせたくない」と考えていたからだったのでしょう。
「――させません!!」
って、ぼんやりしている場合ではありませんでした!!
何か突進して来る人がいます!! ヤバいです!! 危険です!!
こ、ここは煙幕を張って目暗ましをしましょう!!
ボクは慌てて懐から『けむりん』取り出して地面に投げ付けます。
すると、ボワァアアン!! って感じで、周囲に煙幕が張られました。
……ふぅ、これで一安心ですね。
いえ、そうじゃないですね。この程度の目晦まし、時間稼ぎにしかなりません。
僅かですが隙ができましたので、今のうちに攻撃すべきです。ボクは慌てて懐を探ります。
咄嗟に取り出せそうのは、一時的に相手を拘束するだけのアイテム『ばっくん』でしたが、
今の状況では有用なアイテムでしたので、自分の幸運に感謝しつつ『ばっくん』を使いました。
「さぁ、ナギさん♪ これで、もう大丈夫ですよ♪」
とりあえずの危機は去ったので、ボクはナギさんの元に行きました。
煙でよく見えませんが、きっと よくやったって感じで笑ってくれている筈です。
なので、ナデナデしてください と言うメッセージを込めて頭を差し出します。
実は、ナギさんって頭を差し出すとナデナデしてくれる癖があるんです。
ちなみに、これは ここしばらくの観察と実験により得られた確かなデータですよ?
「……安全圏に行けたら いくらでも褒めてやるから、まずは逃げようぜ?」
でも、ナギさんはナデナデしてくれることなく、離脱を促すだけでした。
非常に残念ですが、確かに未だ敵は残っていますから、安全圏じゃありませんね。
ですから、サッサと離脱して、思う存分ナデナデを堪能しましょう。
しかし、ボクが離脱行動を始める時には、相手の攻撃は終わっていました。
と言うのも、気が付けば「パキィィ……ン!!」と言う音を立てて煙幕ごと凍り付けにされ、
服は氷となって粉々に砕かれ、杖や魔法具は遥か彼方に弾き飛ばされてしまったのです。
今までの流れから察するに、恐らくは氷結系統の『武装解除』を受けたのでしょう。
と言うか、ナギさんに全裸を見られてしまったボクは、どうすればいいんでしょうか?
これって、もしかして「責任を取ってもらう」と言う形でのハッピーエンドへのフラグなんでしょうか?
ちなみに、ナギさんも全裸にされていたようでして、必然的にボクもをナギさんの全裸を見てしまいましたが、
それは「乙女の秘密」と言うことにして、その映像は心の奥底に保管して置くことにしようと思います。
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―― エヴァの場合 ――
小僧を拘束から解放してから幾許も経たないうちに小娘の姿を目視できた。
今の私は、全盛期と比べるまでもないが、それなりに魔力が回復している。
小娘の「ダダ漏れの魔力」など意識せずとも察知できるくらい容易いことだし、
それなりの距離が離れていようとも、察知できた相手を捕捉するくらい余裕だ。
なので、私は小僧を茶々丸に任せて小僧から離れる。
と言うのも、小娘は莫大な魔力を持ちながらも(魔法学校を出たばかりの見習いなので仕方がないが)魔力の制御能力は高が知れており、
魔法戦になった場合は被害が広範囲に及ぶことが予想できたため、小僧を近くに置いたままだと戦闘に巻き込んでしまうからだ。
本当なら小僧の姿を小娘に見せた後にでも気絶させたかったのだが……小娘が飛んでいるのを小僧が視認したようなので それも無理だ。
そんな訳で、せめて戦闘には巻き込まないようにするために、小僧のことは茶々丸に任せることにしたのだ。ただ それだけだ。他意はない。
スタッ……
そうこうしているうちに小娘が上空から降りて来た。
ふむ……なかなか静かな着地だ。そこだけは褒めてやろう。
接近を察知できていなければ気付かなかったかも知れんな。
「……ナギさんを返してもらいます」
小娘は感情を窺わせない、ひどく平坦な声で告げて来た。
恐らくは初の『実戦』で緊張しているのだろう。
新兵と同じで、見習い魔法使いにはよくあることだ。
しかし、極度に緊張されていては困る。
忌々しいことに、今回の『実戦』は出来レースに過ぎないからだ。
手加減してやるにも限度があるので、過度の緊張はいただけないのだ。
まぁ、仕方が無い。少し会話でもして緊張を解してやるとするか……
「フッ、いいだろう。ただs「『解放』!!」なぁっ?!」
何ぃいい!? イキナリ撃って来た、だとっ?! しかも、これは『雷の暴風』ではないか!?
さすがに『無詠唱』の筈がないから、恐らくは『遅延』なのだろうが……見習いのレベルではない。
見習いが『遅延』するだけでも異常なのに、あのランクの魔法を『遅延』するのだから凄まじい。
小器用なところが『あのバカ』とは似ても似つかないが、異常さについては血は争えんな。
まぁ、何にせよ、予想外もいいところな攻撃だった。
せっかく、人が気を利かせて「ただし、貴様の血と引き換えだがな」とか言うつもりだったのに、
人のセリフをすべて言わせることなく問答無用で攻撃してくるとは……随分と『ご立派』じゃないか?
立派過ぎて『正義の魔法使い』なんかよりも『悪の魔法使い』に向いている と評価したくなるぞ?
いや、そんなことを考えている場合ではないな。いくら『今の私』でも、このレベルの魔法の直撃は不味い。
「『氷盾』!!」
そのため、使い慣れた『障壁』を張ったのだが……それも「パキャァアアン!!」と音を立てて崩れてしまった。
まったく、つくづく規格外な小娘だな。『遅延』しただけでなく、なかなかの威力を練り込んである。
咄嗟に張ったものとは言え大抵の魔法なら反射できる代物だったのに、相殺されてしまったのだからな。
「『魔法の射手・戒めの風矢』!!」
おっと、ちょっと余裕を見せ過ぎたようだな。まさか、間髪入れずに攻撃して来るとは予想していなかった。
しかも、実力差に関係なく直撃すれば相手を拘束して詠唱魔法を妨害できる『戒めの風矢』を撃って来るとはな。
考えていると言うか、実戦的と言うか、大した見習いだよ。これで『実戦』が初めてだと言うのだから末恐ろしい。
……だが、相手が悪かったな。
今の私なら『無詠唱』でも影を利用して『ゲート』が使える。
つまり、拘束を解かなくても移動ができる と言うことだ。
あくまでも詠唱(口頭による呪文詠唱)を阻害されるだけだからな。
「……甘い!!」
私は自分の影から小娘の影(背後)に『転移』し、無防備だった背中に魔力を纏った拳を叩き込む。
小娘は反応すらできなかったようで真っ直ぐ吹き飛び、出入口の壁を崩したところで止まった。
って、しまった!!
今までの攻防で ちょっと興奮していたのだろう。つい拳に魔力を込め過ぎてしまい、予定より痛め付け過ぎてしまった。
大した『障壁』も張られていなかったので魔力を込める必要もなかったのに……これでは遣り過ぎ(オーバーキル)だ。
ジジイには「怪我くらいは構わん」と言われているが、それは裏を返すと殺してしまうのは不味い と言うことだ。
と言うか、ジジイとの『契約』を破ってしまうのも困るが、殺してしまっては血が採取できなくなってしまうのが問題だ。
クッ!! 生きていろよ、小娘!!
私は小娘を吹き飛ばした方向に向かって『瞬動』で駆け付ける。瓦礫が邪魔になって、遠くからでは安否が確認できないのだ。
だから、瓦礫をどけて確認したのだが……瓦礫だけ、だと? ん? 小娘はどうした? まさか、粉々になってしまったのか?
いや、違うな。血痕すらない。しかも、これは人形mだな。何で こんなところに こんなものがあるのだ――って、まさか?!
「チッ!! デコイか!!」
くそっ!! こんな簡単な手に騙されるとは!! と言うか、まさかデコイまで用意しているとはな……
先程も思ったが、戦い方が見習いらいくない。魔法をバカスカ撃つのではなく、巧妙に責めている。
ここは認識を変えるべきだな。もう小娘を見習いとは見なさん。これからは中級者程度に見て置こう。
と言う訳で、意識を切り替えた私は小娘を探して周囲を軽く見回す――と、煙幕が展開されているのが見えた。
ふむ……方向と位置から察するに、小僧と茶々丸がいる辺りだな。つまり、小僧を連れて逃げるつもりなのだろう。
恐らく、茶々丸に妨害されたので煙幕を張ったのだろう(まぁ、茶々丸に妨害されないようにかも知れんが、大差ない)。
一般人である小僧が張る訳がないし、茶々丸には煙幕を張る機能がないので、少なくとも小娘が張ったのは間違いないな。
と言うことは、小娘と小僧は固まって煙幕の中にいる と言うことだな。
本来なら煙幕など大した意味を成さないのだが、今は邪魔だな。視界が悪くて、下手に撃つと小娘以外にも当たってしまう。
ある程度 離れているのなら当てない自信もあるが……希望的観測はやめよう。ここは まとめて『飛ばす』しかないだろうな。
小僧と茶々丸を巻き込むので余り気乗りはしないが、小娘は何をするかわからんので無力化して置く必要があるから止むを得ん。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック!! 『全体 氷結・武装解除』!!」
そんなこんなで、非殺傷でありながら相手を無力化する『武装解除』を全体的に掛けた訳だ。
その結果、煙幕も武装と判断されたのだろう、奴等の武装と共に煙幕も晴れてくれた。
小娘と小僧のポカンとした間抜け面を拝めて とても気分がよかったのは、ここだけの秘密だ。
と言うか、よくよく考えてみると この状況っていろいろとヤバい気がしないでもないのだが?
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Part.05:想定外の展開に対する打開策
「……さて、チェックメイトだぞ、小娘?」
テンションが高かったのだろう、エヴァが不遜な態度で勝利宣言をした。だが、実は その内心では困っていた。
当初は「ネギと適当に撃ち合った後、頃合を見計らって茶々丸に介入させ、適当に切り上げる予定」だった。
これが近右衛門の描いたシナリオであり、エヴァは これを利用してネギの血を採取するつもりだったのである。
それなのに、何故か「適当に撃ち合った」だけで終わってしまった。実に不思議だ。
まぁ「茶々丸の介入」もあったかも知れないが、単に介入しただけで意図したものではない可能性が高いので 意味ない。
何故なら近右衛門は この戦いを通して「実戦を経験させると同時にパートナーの重要性を教える」つもりだからだ。
つまり、パートナーの重要性に気付かせていなければ「茶々丸の介入」は意味を成さないのだ(そして、実際に そうだ)。
(これは困ったな。これでは幕すら引けんぞ……)
実は、必ずしも今日パートナーの云々を教えなければいけない訳ではない。次の機会に回しても問題ないのだ。
だが、仮に「茶々丸の介入」を省いて「適当に切り上げる」にしても、ここから切り上げるのは 不自然過ぎる。
ここで誰かが助けに来れば流れも変わるのだが……生憎と そんな都合のいいキャストは用意していない。
(クッ!! タカミチめ!! こんな時に出張など行きおって……!! と言うか、保険くらい用意して置け、ジジイ!!)
自分がテンションに任せてシナリオを大幅に無視したことを棚に上げて、エヴァはタカミチと近右衛門に呪詛を唱える。
と言うか、仮にタカミチが出張に行かずに麻帆良にいたとしても、この場に駆け付けさせるのは酷と言うものだろう。
何故なら、現在のネギは全裸だからだ。駆け付けたタカミチ(ネギ的に肌を見られたくない存在)が焼かれるのは必然だ。
ちなみに、ネギの血を採取して「これで目的は果たした」とか言って引き上げる……と言うことはできない。
そもそも、エヴァがネギの血を欲していることを近右衛門が把握していない訳がなく、その対策を練っていない訳がない。
とは言っても、『禁止』されている訳ではない。近右衛門との『契約』を遂行することを『条件』に見逃してもらったのだ。
つまり、血を採取するにはパートナー云々を達成せねばならないため、今の段階で血を採取することはできないのである。
いろいろと手詰まりになったエヴァは自力での解決を諦め、一縷の望みを託して茶々丸に『念話』を送る。
『さて、予定よりも小娘を追い込み過ぎてしまった訳だが……この状況をうまいこと解決する案はないか?』
『そうですね、少しばかり武装解除の出力が高過ぎましたね。ちなみに、微妙ですが案ならあります』
『ほぉう? 一応は訊いてみるものだな。微妙と言う枕詞が気になるが、その案とは どんなものなんだ?』
『少々マスターに礼を失した行動をしてしまうため微妙なのですが、状況を打破することは可能ですね』
『……ふむ。この状況を改善できるならば、少しくらいの無礼など構わん。お前に任せる。存分にやれ』
『畏まりました。予め申し上げて置きますが、これからの言動は あくまでも状況打破のための演技ですからね?』
相談の結果 茶々丸の案に飛び付いたはいいものの、告げられた不穏な台詞に「何をする気だ?」と戦々恐々とするエヴァだった。
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オマケ:ぢ爺とゑ婆 ―その1―
これは、半年程前に学園長室で行われた秘密の会談である。
「なに? あのバカの娘が麻帆良に来る、だと?」
「まぁ、諸々の都合で半年程は後になるがのう」
「……それで? 何故『それ』を私に知らせるのだ?」
エヴァの確認の問いに近右衛門は顎鬚をさすりながら応え、その応えに対してエヴァは僅かに考えた後 再び近右衛門に尋ねる。
何故なら、この情報提供はエヴァにはメリットのあることだが、近右衛門(と言うか学園側)にはデメリットしかないからだ。
「隠したところで いつかは知られるじゃろう? それならば、正確な情報を教えて置いた方がマシじゃろうて」
近右衛門はエヴァの疑問を理解しているのだろう。学園側のメリットを教える。
状況をコントロールできるだけ教えないより教えた方がマシ と言うことなのだろう。
それは「嘘は吐いていないが、本当のことを言っていない」とも受け取れる言葉だ。
「……まぁ、確かに その通りではあるな」
近右衛門の言っていることは間違ってはいない。中途半端に情報を与えるよりは動きが掴みやすいだろう。
だが、近右衛門が それだけの理由でエヴァに教える訳がない。老獪な狸が そんな生ぬるい訳がないのだ。
そのため、エヴァは警戒する。近右衛門が示した以外のメリットがある筈だ と思考をフル回転させる。
(……この狸ジジイ、何を企んでいるんだ?)
エヴァは近右衛門の「老獪さ」を危険視しており、その点味では近右衛門に勝てないとすら思っている。
精神が肉体に引っ張られるため、600年を生きても「老獪さ」が足りない自分をよく理解しているのだ。
考え方によっては、600年を生きていても柔軟である と言えるのだが、今回の様な交渉時はネックになるようだ。
ちなみに、追われる生活が長かったため生きた年月にしては交渉の経験が少ない と言う側面については忘れて置くべきだろう。
「まぁ、これは独り言じゃから、別に聞かんでも聞いても構わんことじゃが……
御主の『登校地獄』を解くことは、ワシ(関東魔法協会の長)にもできんことじゃが、
その『内容』を誤魔化すことくらいは、ワシ(麻帆良学園学園長)にもできるんじゃよ」
エヴァが思考に没頭し掛けたのを遮るようなタイミングで、近右衛門が「エヴァに聞かせるための独り言」を言い始める。
そもそも『登校地獄』とは不登校児を学校に行かせるためのものであり、オシオキのようなものだ。つまり、構造としては単純な呪いでしかない。
しかし、エヴァの場合は、呪いを掛けた人間(サウザンド・マスター)が巨大な魔力で適当に掛けたため解呪が困難になってしまったのである。
関東魔法協会の長を勤める熟練の魔法使いである近右衛門や『闇の福音』と呼ばれて恐れられる強大な魔法使いであるエヴァですら解けない程に。
ところで、近右衛門の言葉(『内容』云々)の真意は「ネギの血を使って解呪をしようとするなら内容を重くする」と言う脅しだろう。
「つまり、『小娘の「血」はあきらめろ』と言う忠告のために小娘の来訪を教えたのか?」
「いや、ワシはそんなことは言っておらんぞ? ただ、少しくらいの融通が聞ける と言っただけじゃ」
「……ほほぉう? つまり、私に何かをやらせたい と言うことか。内容によるぞ?」
ペナルティを予想したエヴァは「だから、小娘が来ることを教えたのか」と納得しながら近右衛門に確認を取った。
だが、近右衛門はエヴァの言葉を軽く否定すると、ニヤリと笑ってエヴァに『メリット』を提示して来た。
そのため、近右衛門がタダで施す訳がないのを熟知しているエヴァは「呪いの内容を緩くする代償を払え」と理解する。
「ちなみに、これも独り言なんじゃが……実は、ネギ君に実戦経験を積ませたいんじゃよ」
「ふむ……で、その報酬に どのようなものを考えているのか、独り言を言ってくれんか?」
「そうじゃのう。週1回のサボりを認めようかと考えているのじゃが、それはどうじゃ?」
「……そうか。そう言うことならば、それで構わん。その話に乗ろう と独り言を言おう」
今度はエヴァの言葉を否定することなく、近右衛門はエヴァに要求を突き付ける。
その内容は「ネギに実戦だと思わせた訓練をしてやってくれ」と言ったところだろう。
そう判断したエヴァはメリットを確認し、近右衛門は「用意して置いた条件」を答える。
そして、エヴァは僅かに考えた後「それなりにメリットはあるな」と その条件を受諾する。
もちろん、内心では「どうにかジジイを出し抜いて小娘の血を得よう」と画策しているのは言うまでも無い。
「すまぬのぅ。せめて『実行するだけでいい』ように『御膳立て』は こちらで整えよう」
「そうか、それは助かるな。では、決行の時だが、必要と思われる魔力を貸してくれんかな?」
「……うむ。こちらが必要だと判断した量の魔力は、こちらで用意して置こうかのう」
エヴァの内心を読んでいる近右衛門は、遠回しに「余計なことをするなよ」と釘を刺す。
それを察したエヴァは、近右衛門の言葉を利用して『御膳立て』として『魔力供給』を求める。
近右衛門はエヴァの言葉からエヴァの意図を理解しているためエヴァの要求を飲む代わりに、
魔力を補充するために学園関係者から血を吸うなよ と言うメッセージを込めて承諾する。
「……ふむ。それでは、そちらの希望通り、安全を考慮したうえでキッチリと『魔法使いの戦い』と言うものを教えてやろう」
エヴァも近右衛門の言葉から自分が疑われていることを理解しているため、
近右衛門に要求すると同時に「小娘の安全のために魔力は多めに寄越せ」と伝える。
こうして、狸と狐の化かし合いは続くのであった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。
今回からエヴァ編スタートです。ですから、今回は「ちょっと展開を動かしてみた」の巻でした。
ちなみに、吸血鬼事件は起きていないのは、ネギが先生ではなくて生徒だからです。
教師でもない子供が「クラスメイトが襲われたから」と言う理由で吸血鬼退治するのは変だからです。
と言うか、普通そんな子供がいたら周囲の大人は止めますよね? むしろ、大人が解決しますよね?
ですので、吸血鬼事件など起こさずに、魔力は近右衛門から供給されたことにしました。
主人公の巻き込まれ方が無理矢理ですけど、物語的に仕方がありません。
魔法関連だとわかっていながら近右衛門やタカミチに報連相をせずに突っ込んだり、奇襲かけたり とネギが暴走していますが、
原作のネギも父親のことになると周りが見えなくなりますから、そう言う意味では『根本』は一緒だと思っています。
そもそもネギって「魔法使いとしての修行だから」って理由で『周囲の大人』を頼らないような責任感の持ち主ですからね。
まぁ、そんな訳で「ネギの乙女心が暴走している時の行動には一般常識が欠けている」と言うことで、これからもヨロシクお願いします。
むしろ、そんなことよりも、問題は「オリジナル設定のオンパレード」の方かも知れませんね。
ネギが骨董魔法具(アンティーク)のコレクターだ と言うことは、エヴァ戦での公式設定ですけど、
魔法にしろ魔法具にしろ、原作にないものやオリジナル解釈が含まれまくってますからねぇ。
でも、この作品にとっては、バトルはオマケみたいなものなので、それも「あり」ってことで お願いします。
……では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2009/09/18(以後 修正・改訂)