第22話:修学旅行を楽しんでみた
Part.00:イントロダクション
引き続き、4月22日(火)、修学旅行一日目。
ナギ達の乗った「ひかり213号」は不審な事故が起きたものの予定通りに京都駅に着き、
現在のナギ達はクラス毎に別れてバスに乗り込んでおり、次の目的地である清水寺への移動中であった。
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Part.01:ガイドさんは京美人
若かりし頃のタカミチの手に引かれ、オレは長い階段を上がっていた。
まぁ、手を引かれていたのは途中までで、途中からはタカミチに背負われる形になったのだが。
つまり、子どもの足では上り切れないくらい階段は長かった と言うことだ。
具体的には、100段くらいは自力で上れたが その時点で頂上は見えてすらいなかった感じだ。
そんなこんなで、幾つもの鳥居(その階段は踊り場ごとに鳥居を構えていた)を越えて上り切った先には大きな門があった。
その門は妙な威圧感を持っており、まるでオレ達の来訪を拒んでいるかのようだった。
背中から降りたオレは、その門を前に萎縮したのか、思わずタカミチの手を握り込む。
するとタカミチは優しく しかし 力強くオレの手を握り返すと、門の向こう側へオレを誘う。
そして、タカミチに手を引かれるまま門を潜ると、そこには広大な日本庭園が広がっていた。
「やぁ、いらっしゃい」
オレ達の来訪に気付いたのか、庭園の先――屋敷から人影が現れる。そして、その人影は軽く微笑みながらオレ達を歓待してくれる。
門から感じた拒絶感とは裏腹に住人(恐らくは、家主だろう)に歓待されたことに、本音と建前が見え隠れしている気がするが。
それはともかく、その人影は黒髪を逆立たせた男性で、眼鏡を掛けていて――って、あれ? この人どこかで見たことあるかも?
「お久し振りです、詠春さん」
「はじめまして、えいしゅんさん」
タカミチは懐かしそうに挨拶し、那岐は ぎこちなく挨拶する。どうやら、この人は『詠春』と言うらしい。
って、詠春? 確か、詠春って木乃香の父親の名前じゃなかったっけ? って言うことは、ここは木乃香の家なの?
いや、そうじゃないな。それも大事だけど、もっと大事なことがある。それは那岐が『はじめまして』と言ったことだ。
何故なら、雪の時(16話Part.01)に那岐と詠春は顔見知りみたいな話や詠春のところに行く話もしていたからだ。
それなのに、初対面であるかのように那岐は振る舞っている。つまり、明らかにつじつまが合わない、と言うことだ。
「……うん、『はじめまして』だね、那岐君」
詠春は寂しさと悲しさが混ざった様な表情で那岐に返答する。その内心には何が渦巻いているのだろうか?
仮に、那岐が雪の時から今までの間に詠春を忘れていたら、詠春の表情も頷けるし、つじつまも合う。
だがしかし、タカミチは苦々しそうな表情をしているので、その想定は恐らく間違っているに違いない。
「おとうさまー、おきゃくさまなんー?」
那岐は気付いていないようだったが、その場には微妙な空気が流れていた。少なくとも、大人二人は気まずそうな雰囲気だった。
だが、子どもには そんなこと関係ない。それを体現するかのように現れたのは、長い黒髪と幼いながらにも整った顔立ちをした幼女。
まぁ、間違いなく幼い頃の木乃香だろう。上質な日本人形を思わせる可愛さに、お兄さんは少しだけドキドキしてしまうくらいだ。
「ああ、そうだよ。ご挨拶なさい」
「はじめましてー、このえ このか ですー」
詠春に促され、ほがらかに自己紹介する幼女な木乃香。
うん、よくできたねー、とか言って頭を撫でてあげたいねぇ。
だから、麻帆良に帰ったら存分にココネを愛でようと思う。
「……はじめまして、かぐらどう なぎ ですj
しかし、それに比べて那岐は無愛想だよねぇ。可愛げってもんがないよ、可愛げってもんが。
まぁ、自分で自分を可愛いとか評価するつもりもないので、可愛げがなくても問題ないんだけど。
「ふ~~ん、じゃあ、なぎやん やな?」
「…………なぎやん?」
「だって、なぎっていうんやろ?」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃあ、なぎやんでええやん」
「……まぁ、そうだね」
うん、無邪気な木乃香と無愛想な那岐のチグハグさがいいねぇ。
「…………やはり、君は行くのかい?」
「ええ、それが『那岐君』のためだと思いますから」
「そうか。ならば、彼のことは任せて置きなさい」
「ありがとう、ございます……」
「気にしないでくれ、アイツとの約束でもあるのだから」
「そう、ですね。それでは、よろしくお願いします」
ところで、子供を放置して大人同士で会話しているけど……何か、那岐を木乃香の家に預けるって流れじゃない?
まぁ、それはともかく、やっぱり、雪の時と整合性が取れないな。
あの時の那岐は、詠春を知っていたけど、木乃香を知らなかった。
だけど、今 那岐は詠春と知り合うと同時に木乃香とも知り合った。
つまり、両者は相反する事象であり、どっちかが間違っている筈だ(まぁ、那岐が詠春を忘れた可能性もあるが)。
いや、記憶を夢見ている筈なのだから、整合性は取れなくても そこまでおかしくはないんだけど。
でも、整合性が取れないことに『何か重要なヒント』が隠れているような気がするんだよねぇ。
特に「那岐が詠春を忘れたと言う仮定」と「タカミチの苦々しそうな表情」が妙に引っ掛かるんだよなぁ。
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「――おい、神蔵堂、起きろよ!! 京美人だぞ、京美人!!」
フカヒレが妙に興奮した様子で京美人を連呼しながらナギの肩を揺さ振り、ナギを夢の世界から現実の世界へと無遠慮に引き上げる。
まぁ、毎度のことなので分かり切っていただろうが、先程のことは当然ながら夢である。と言うか、ナギ自身も夢だと認識していたくらいだ。
ちなみに、まだナギの頭は完全には覚醒していないため(起こされたのだから当然かも知れない)「え? 京美人?」と言った状態だ。
「オレ達のクラスのガイドさんが絵に描いたような京美人なんだよ!!」」
ナギの疑問を感じ取ったフカヒレが丁寧に説明してくれたので、ナギは眠い目をしばたかせながらバス前方(ガイドさんがいると思われる方向)を見る。
ガイドさんは端正な顔立ちと艶やかな長い黒髪を持っており、確かに(フカヒレの言う通り)見る者に完成された日本人形のような京美人を連想させる。
だが、彼女が京美人と評すべき美貌を持つこともバスガイドとして修学旅行に同行することも知っていたナギとしては、別に驚く程のことではない。
つまり「西から派遣された護衛の人が京美人でガイドさんに擬態しているだけ」でしかない(もちろん、擬態してもらったのはナギの趣味ではない)。
ところで、バスガイドな護衛の女性は「青山 鶴子(あおやま つるこ)」と言うらしく、刹那の話によると神鳴流の剣士らしい。
(……うん、まぁ、身も蓋も無く言っちゃうと、『うぶひな』に出て来た「素子さんの お姉さん」だね。
って、うぶひな? あれ? 今更 気付いたんだけど、うぶひなって『こっち』でも存在してなかったっけ?
ってことは『こっち』じゃ うぶひなってノンフィクションとして扱われているってことなのかな?)
情報を整理しているうちに疑問点が浮上したので、ナギは慌ててグーグル先生とウィキペディア師匠を駆使して その辺りの事情を調べ始める。
(へ~~、うぶひなって『雛見沢と言う寒村を舞台にした物語』で、『らぶ雛見沢』の略だったんだぁ。
しかも、主人公は『前原 圭太郎(通称 K太郎)』で、メインヒロインは『龍宮ナル』なんだぁ。
いやぁ、作品名が一緒だったから中身も同じだと思っていたけど、いろいろ違いがあったんだなぁ。
って言うか、「それって何て『ひぐらし』だよ?」ってツッコんでもいいところじゃないかな? ……かな?)
別に、ナギは らぶひな と ひぐらし が混ざっていることを問題にしたい訳ではない。
ただ、ナギは『ここ』を「ネギまに似た世界」だと認識していたので、実は『赤松ワールド的な世界』だったことに軽いショックを受けているのである。
さすがに取り乱す程の衝撃ではないようだが、それでも思わず「約束と違うじゃん!!」とか叫びたい気分らしい。まぁ、誰も そんな約束していないが。
と言うか、原作からして繋がっていたっぽいのだから想定していなかったナギが悪いだろう。むしろ、ネギまは赤松ワールドの一部ではないだろうか?
「……神蔵堂君、考え事は終わりましたか?」
ナギがどうでもいいことにショックを受け益体もないことを考えてショックから立ち直っていると、とても『いい笑顔』をした刀子が話し掛けて来た。
ちなみに、刀子の笑顔が どれくらい『いい笑顔』なのかと言うと、ナギ曰く「そんな顔で見詰められたら照れるどころかビビっちゃう」くらい らしい。
どう考えても恐ろしいけだけでしかないのだが、機嫌を取るために「照れる」と言う単語を挟んでいる辺りに涙ぐましい努力の跡が見え隠れするだろう。
「終わっていなくても『みんながバスから降りているのに何故かバスに居残っている愚か者』を私が粛清する前にバスから降りることを推奨しますよ?」
「す、すみませんでしたぁああ!! 素直に非があることを認めますし、心の底から謝罪を致しますので、
どうか、仕込み杖(さすがに日本刀は外に持ち出していない)に手を掛けるのは やめてください!!
男として重要な何かが失われそうな気がしてならないのはオレの気のせい と言うことにしたいです!!」
「……だったら、サクサクッと行動しましょうね?」
「サー!! イエッサー!! って、女性だから『サー』じゃなくて『マム』じゃん?!
痛恨のミスじゃん!! 『誰がサーだっ!?』って感じでイビられそうじゃん?!
そして、勢い余って仕込み杖を抜かれて『オレ』の一大事になってしまいそうじゃん!!」
「はいはい、そんなことはしませんから……これ以上ガイドさん(西)に麻帆良(東)の恥を晒さないでくださいね?」
「はい!! 了解です!! 不肖、神蔵堂ナギ、全力で頑張ります!!
生き恥を晒す日常を送るオレですが、それでも頑張ります!!
だから、粛清だけは勘弁して下さい!! いえ、本当にお願いします!!」
少々ビビり過ぎな気がするナギだが、ナギは後に こう語っている。「あの目は『本気と書いてマジ』だった」と……
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Part.02:清水の舞台から……
と言う訳で、危なく刀子に粛清されるところだったが、ナギは どうにか無事に清水寺を訪れた。
「ここが清水寺の本堂――いわゆる一つの『清水の舞台』ですね。ここは国宝に指定されている訳ですが、舞台と言われている通り、
本来は本尊の観音様に能や踊りなどを楽しんでもらうための装置なのです。また、有名な『清水の舞台から飛び降りたつもりで……』の言葉ですが、
実際、江戸時代には234件もの飛び降り事件が記録されていますです。ですが、生存率は85%と意外に高く、そこから察するに(以下略)」
言わずもがなだろうが、この長くて説明的なセリフは夕映のものである。
ちなみに、何故にナギが夕映の説明を聞いているのか と言うと、クラス毎の団体行動の筈がいつの間にかクラスなど関係なくなっていたからである。
いや、思春期(むしろ、発情期かも知れない)真っ盛りの中学生達なので、男女混合で回ることになるのは想定の範囲内と言えば範囲内だが。
むしろ、こうなることを前提で護衛プランを練っていたので、ナギとしては何ら問題はない。むしろ、男女で別れたままの方が都合が悪いくらいだ。
どうでもいいが、教師達も想定していたようで、特に何も言わない。せいぜい「周囲の迷惑になるような行動『だけ』は控えろ」と注意するぐらいだ。
「おぉ!! これが噂の飛び降りるアレか!?」
「よぉし!! 誰か飛び降りろーー!!」
「よっしゃーー!! やぁってやるぜぇええ!!」
ところで、「やぁってやるぜぇええ!!」と言うセリフで「どこの獣戦機隊の決め台詞だよ?」と突っ込んだのはナギだけではない筈だ。
と言うか、いくら何でもテンションが高過ぎやしないだろうか? 思わず「もう『若さ故の過ち』ってレベルじゃねーぞ」とか言いたくなるくらいだ。
しかし、夕映の言う通り生存率が85%もあるなら――つまり、死なないなら何とか『若さ故の過ち』で済ませられるかも知れない。知れないだけだが。
特に「15%は死ぬ」と言う事実には目を瞑って置こう。非常に気になる部分だが、そこは敢えてスルーして置くのが『大人の嗜み』と言うものだろう。
まぁ、大人の嗜み と言うか日和見と言う方が正しい気がしないでもないが。
「と言うか、そこは気にすべきところだと思うのですが……?」
「そうかな? 気にしない方が幸せに過ごせると思わない?」
「そうかも知れませんが、何だか物凄くダメな考え方だと思うです」
「まぁ、アイツ等の行動もダメだから お互い様ってヤツだよ、うん」
「いえ、それがわかっているのでしたら、止めるべきではないですか?」
「え? でも、そう言ったことは教師の仕事だと思うんだけど?」
「仰る通りですが、神多羅木先生が止めるのは絵的に問題があると思うです」
「うん、まぁ、確かに、止めているのに助長しているように見えそうだね」
「……誤解されやすい人と言うのは、いろいろと損だと思うですね」
確かにその通りだが、神多羅木の場合は誤解ではなくて見た目通りの性格(傍若無人)なので仕方がない。まぁ、教師としての職務は全うするだろうが。
「そうだねぇ。でも、人間と言う生物は視覚情報を重視する傾向があるから仕方がないさ」
「確かにそうですが……物事の本質と言うものは、外面ではなく内面にあると思うですよ」
「その通りだけど、場合によっては外にも中にもなくて遥か彼方に浮かんでいることもあるよね?」
「……確かに、本質などと言うものは『まやかし』に過ぎない場合もありますですね」
「つまり、本質と言うのは、見える訳でも見えない訳でも有る訳でも無い訳でもないんだろうねぇ」
まぁ、おわかりだとは思うが、敢えて言って置こう。ナギ自身も何を言いたいのかサッパリわからない。
だが、会話相手である夕映は「……そうですね。仰る通り、本質とは言葉遊びに過ぎないのかも知れませんですね」とか言っているので理解したようだ。
そのため、ナギは真面目な表情と声音で「だけど――いや、だからこそ、人は本質を追い求めるんだろうね」とか含蓄のありそうなことで締め括った。
ちなみに、それを どう受け止めたのかは謎だが、夕映は感心と満足が半々に混ざったような表情で「そうですね」と頷いていたとかいなかったとか。
ところで、ナギは夕映にガイド的なことをしてもらっていた訳だが、護衛的には鶴子にガイドをしてもらうべきだ とお思いになるかも知れない。
だが、近くで慣れないガイドの振りをしてもらうよりは、多少 離れていても警戒に専念してもらった方がいい と言う判断である。
と言うか、そもそもナギの周囲には夕映だけではなくエヴァや刹那もいるので、近くで護衛をする人材は充分過ぎるくらいだ。
まぁ、エヴァは切り札にするために封印状態のままだし、刹那は若干 離れているしで、充分と言えるかは少し微妙なところはあるが。
また、夕映がナギのガイドをしている理由だが、これには特別な理由がある訳ではない。単に「ナギが御相伴に与っている」だけだ。
と言うのも、夕映は留学生であるネギを気遣って(他意はないと信じたい)ネギのガイドを買って出てくれたからだ。
そう、最早 説明するまでもなく、ネギはナギに引っ付いているので必然的にナギも夕映のガイドを聞けたのである。
そして、これも説明するまでもなく、夕映の傍には のどか がいるため、周囲には不穏な空気が流れているのだった。
当然ながら、そんな二人をスルーするために ナギと夕映は雑談に興じていた気がするが、そこは敢えて触れてはいけないだろう。
「木で造った建物って凄くいいですねぇ。これが『趣深い』ってことなんですねぇ」
「あれー? ネギちゃん、趣深い なんて言葉、どこで覚えたのかなー?」
「ボク、古文とか日本の歴史とか好きですから、自然と覚えちゃいました」
「ふ~~ん? 自然と覚えた と言うことは、実は意味がわかっていないんじゃないかなー?」
「いえ、わかってますよ? 風情があるとか味わい深いとかって意味ですよね?」
「へ~~、ちゃんと勉強してるんだねー。日本のこと、気に入ってくれたのかなー?」
「はい、とっても気に入っています。もう、このまま永住したいくらいですよー」
「ふぅ~~~ん、じゃあ、その時は京都に住むといいよー? 歴史が深いところだからねー?」
「確かに、いいところだとは思いますけど……住むのとは別問題ですねー」
「そーかなー? じゃあ、ネギちゃんは どう言うところに住みたいのかなー?」
「そうですねぇ。やはり、利便性を考えると『首都の近く』がいいですねー」
「じゃあ、茨城とか栃木とか群馬とかがいいねー。とても住みやすいそうだよー?」
「貴重な意見ですけど……ボクとしては、もうちょっと都心に近い方がいいですねぇ」
「そっかー。じゃあ、千葉とか神奈川とかがいいんじゃないかなー?」
「そこも魅力的ですけど、やはり埼玉の方が魅力的じゃないでしょうか?」
「そうかなー? 永住するなら別のところがいいんじゃないかなー?」
「ですが、住み慣れてますし、埼玉が一番いいと思うんですよねー?」
「でも、住み慣れた とう言うことなら、住み慣れたウェールズに戻った方がいいんじゃないかなー?」
「仰る通りですが、ウェールズにはイヤな思い出もありますから、やはり日本がいいですねー」
何か漏れ聞こえて来た会話が とてもギスギスしているが……ナギは気にしない。むしろ、気にしないことに決めたのだ。
ところで、ナギと夕映 以外のメンツが何をしているのか と言うと、それぞれが思いのままに過ごしてネギ達をスルーしていた。
具体的には、木乃香と刹那は互いに様子を窺っている状態だし、ハルナは何やら「ラブ臭がハンパねぇ!!」とか喚いていてるだけだし、
エヴァは「うむ、京都はいいところだな」とか京都を堪能してるし、茶々丸は そんなエヴァを録画(むしろ盗撮)して堪能している。
(って言うか、エヴァは京都を堪能してないで この空気をどうにかしてよ!! ストレスで胃に穴が空きそうなんだけど?)
恐らく、エヴァがナギの嘆きを聞いても「胃の穴くらい魔法で簡単に直せるだろう?」と切り返すことだろう。
エヴァはナギ(とネギ)の護衛のために京都に来たが、損傷をすべて防ぐことまで護衛に期待してはいけないのだ。
ちなみに、「簡単に直せる」は誤植ではない。魔法による治療は「治す」よりも「直す」と言う傾向が強いのである。
まぁ、一応ナギは「助けてエヴァえもーん」的な『念話』を送ったらしいのだが……
当然ながら、返って来た答えは「後ろから刺されるような事態になったら助けてやる」と言う有り難いセリフだった。
それと、救援要請の『念話』をするついでに、天ヶ崎 千草から入手した情報の詳細な報告も頼んだらしいのだが、
にべもなく『報告は観光が終わってからだ』と断られたらしい(エヴァにとっては観光の方が重要だったのだろう)。
……すみません、ちょっと そこら辺で泣いて来てもいいですか? それが、ナギの率直な感想だったのは ここだけの秘密である。
ところで、砂糖に群がる蟻の如く女子に群がる筈の男子共が近くにいないことに疑問を持たれたかも知れないが、
実は、ナギの精神的負荷を懸念した瀬流彦と弐集院が気を利かせて それとなく男子達を別の方向に誘導したのである。
具体的に言うと、田中(と平末)や白井氏などのターゲットがわかっている男子は瀬流彦が亜子や鳴滝姉妹の方に誘導し、
フカヒレや宮元などのターゲットが不明で且つ厄介な男子は弐集院が「アレなゲームの話題」で釣って誘導した感じだ。
言うまでもなく、神多羅木は「面白そうなので傍観しよう」と言う「実にわかりやすい理由」で放置していたらしい。
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Part.03:これでいいのか?
(まぁ、これまでの傾向から展開は読めていたさ。ただ、読めていたからと言って回避できる訳じゃないだけだよ、うん)
と言うのも、ネギ達の不穏な会話が一段落した後、夕映が清水の舞台について再び語り始めたのだが、
そのついでに「そう言えば、ここから少し行ったところに恋占いで大人気の地主神社があるらしいですね」とか
原作にもあった気がしないでもないセリフを口走ってくれたことがキッカケで一騒動が起きたのである。
その騒動の内容については最早 語るまでも無いだろう。
そう、夕映から説明を聞いた乙女達(まぁ、敢えて誰とは言わないが)が、本気と書いてマジと読む目をして暴走してくれやがったのである。
具体的には、ネギが「へ~~、目を瞑って この石から あの石へ辿り着けばいいんですかぁ。へ~~」とか とても いい笑顔で呟いたり、
そんなネギれに対抗したのか、のどかが「では早速やってみましょー」と言いながら機先を制したり(と言うか、単なるフライングだ)、
何故か亜子とか裕奈とか まき絵とか美空とかも参戦したために ただでさえ混乱していた場が更に混乱したり(最早 乱痴気を通り越していた)
それぞれが足を引っ張り合った結果 全員が転倒してスカートが派手に捲れ上げてしまい、それを見てしまったナギが悪者扱いされた感じである。
(……すみません、やっぱり ちょっと そこら辺で泣いて来てもいいですか?)
とは言え、ナギも黙って流れに身を任せていた訳ではない。
コッソリと みんなの下着をチェックして脳裏に刻み付けていた。
今夜のオカズは決まりさ と言かう危険なネタをかませるくらいに。
(まぁ、こんなバカなことを言っている場合じゃないんだけどね?)
それでも こうしてバカ騒ぎができる と言うことに目を向けるべきだろう。
何故なら、西の勢力圏にいるナギ達は いつ何が起きても不思議ではないからだ。
だかこそら、普通に修学旅行を楽しめる今は、とても得難い時間なのである。
(いや、オレが割を喰っている気がしないでもないけど……それでも みんなが楽しそうにするのだから、これでいいと思う)
子供な自分を隠そうとして優等生の仮面を被っているネギも、普段から黒いものが滲み出るようになってしまった のどかも、
物事を小難しく考えてしまって小難しそうな顔している夕映も、のほほん としたポーカーフェイスに徹しているつもりの木乃香も、
本当は素直になりたいクセに素直になれない不器用な刹那も、麻帆良に閉じ込められていて鬱屈としたものが堪っているエヴァも、
愛と言う名の忠誠心を間違った方向に発揮しちゃっている茶々丸も、現状が割と危険な状況だと知らない裕奈も亜子も まき絵もアキラも……
みんながみんな楽しそうに笑っているのだから、これでいいに違いない。ちなみに、美空は普段と余り変わっていないように見えるのでスルーらしい。
「ちょっ、それヒドくないっスか!? 扱いの是正を要求するっス!!」
「でも、騒動をヒドくした美空には同情の余地はねーですよ?」
「何スかソレ?! そんなにアタシが参加したことが気に入らないんスか!!?」
「いや、だって、美空だよ? 美空が『縁結び』とか有り得ないじゃん?」
「うっわ~~、それは無いっスわ~~。乙女に対して あるまじき言い草っスね」
「え? いや、だって、美空も『神頼み』なんてしないでしょ?」
「……何を言ってんスか? アタシは これでもシスターなんスよ?」
「それはシスター・シャークティが美空の『担当』だからでしょ?」
「いや、まぁ、確かにそうっスけど。それでも一応はシスターなんスよ」
「それでも、美空が『神頼み』をするようなキャラじゃないのは変わらないって」
「そうかも知れないスけど、そもそも それと『縁結び』は別問題じゃないっスか?」
「そうかな? 『縁結び』って、縁を結んでくだちいって言う『神頼み』でしょ?」
「いや、まぁ、確かにそうなんスけど……ロマンもヘッタクレもないスねぇ」
「いや、オレは常に『萌え』と言う名のロマンを心の中心に掲げているけど?」
「いや、カッコイイこと言ったつもりかも知れないスけど、全然カッコ悪いスよ?」
「フッ……男のロマンを解せぬ輩に何を言われても痛くも痒くもないもんね!!」
「そースか。でも、涙目になって言われても全っ然 説得力がねースよ?」
ナギが「こ、これは心の汗だよ? それ以上でもそれ以下でもないよ?」と自分に言い訳をしたのは言うまでも無いだろう。
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―― 美空の場合 ――
相変わらず、ナギのバカは失礼な男っスねぇ。アタシも『縁結び』に興味がない訳じゃないんスよ?
でも「美空も『神頼み』なんてしないでしょ?」」って言葉には、ちょっと来るものがあったっスね。
特に、美空『も』って言う部分に、「オレと一緒で」ってニュアンスが含まれていた気がするスからね。
いや、別にナギが神頼みを肯定しようが否定しようが、アタシには どうでもいいことなんスけどね?
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「神への祈り、ねぇ」
これは、この前の日曜日(ココネをナギに預けた日っスね)のことだったんスけど、
ナギとの舌戦の後、せめてもの意趣返しに教会の掃除をナギに手伝わせたんスよね。
で、祭壇を掃除していたナギがポツリと自嘲を込めて言ったセリフが上の言葉だったんスよ。
「……何か文句でもあるんスか?」
アタシは敬虔なクリスチャンって訳じゃないスけど、一応はシスターっスからね。
ナギの性格からしたら「神などいるかボケ」とか言いそうなんで軽く咎めた訳っスよ。
これが教会の中じゃなければ、別に気にも留めないんスけどね(立場上ってヤツっスよ)。
「いや、掃除を手伝わされたことに文句はあるけど、信仰そのものに文句を言うつもりはないよ」
へー、意外っスね。てっきり、「宗教などクズだね」とか言うと思ってたっスよ。
あ、ちなみに、掃除云々については華麗に流すのが暗黙の了解ってヤツっスよ?
って言うか、イチイチ細かいことにツッコんでいたらナギとの会話は成立しないっス。
「いや、そんな意外そうな顔しないでよ。オレは押し付けられない限り『他人の信じているモノ』を否定したりしないって」
つまり、信仰するように迫られたら宗教を否定する訳っスか。
自分の領域に踏み込まれるのが嫌いなナギらしいっスね。
自分では平気で踏み込んで来るクセに――って、そうじゃないスね。
「……じゃあ、さっきの『神への祈り』をバカにしたような発言は何なんスか?」
ナギの信仰に対するスタンスはわかったっスけど、それだと最初の発言の意味がわからないっスね。
アレはあきらかに神を否定したようなニュアンスだったスから、宗教を否定しないのと整合性が取れないっスよ?
まぁ、ナギは基本的に整合性が取れない言動ばかりスから、別に整合性が取れなくてもいいんスけどねぇ。
「別にバカにした訳じゃないよ。単に、神へ祈ることが嫌いなだけさ」
それ、ほとんど一緒じゃないっスか?
まぁ、違うと言えば違うんスけど。
って言うか、何で嫌いなんスかね?
「……神へ祈っても現実は何も変わらないって身に染みてるからさ」
ああ、なるほど。だから、自嘲的に言った訳っスね。
自業自得なナギらしい――って、そうじゃないっスね。
シスターと言う立場上その言葉は受け入れられないっスよ。
「別に理解してもらいたい訳じゃないよ。訊かれたから答えただけだし」
うぐっ……確かにアタシが振ったネタっスけど。
でも、せめて、場所と相手を考えて答えて欲しいっスねぇ。
一応、ここは教会で、アタシはシスターなんスから。
「まぁ、場所をわきまえなかったことに関してはオレに非があるけど……相手は間違えたとは思っていないよ?」
…………それ、どう言う意味っスか?
アタシがシスターらしくないってことスか?
まぁ、自覚がない訳じゃないスけど……
「そう言う意味じゃないんだけど……まぁ、いいさ。オレが勘違いしていたってだけだからね」
むぅ、「勘違い」って言葉が「見込み違い」に聞こえるのがムカツくっスね。
って言うか、ナギは『勘違い』を標準装備しているバカヤロウなので、そんなの今更っスよ?
だって、アタシの照れ隠しを字面通りに受け取って勘違いしちゃうようなヤツなんスから。
そう、ナギがアタシなら理解すると思ってくれたから話したってことに気付かない振りしただけスよ?
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まぁ、そんな感じで終わると、ちょっといい話っぽい気がするっスけど、ここで終わらないのがアタシ達なんスよねぇ。
「って言うかさ、こんなことしている場合じゃなくね?」
「あっ!! そー言えば、まだ掃除の途中だったスね!!」
「まぁ、それもそうなんだけど……そうじゃないんだよ」
「はぁ? 何が『そうじゃない』んスか? 訳わかんないスよ?」
「いや、せっかくの休日なんだから、有効に使うべきでしょ?」
「いやいや、言っている意味がイマイチわかんないスけど?」
「だから、美空と話すよりもココネと話した方が遥かに有意義だって言ってるんだけど?」
「……つまり、アタシと話していることが『こんなこと』ってことっスか?」
「ん? そう言ったつもりなんだけど……そう聞こえなかった?」
「いやいやいや、念のための確認をしただけっスよ?」
「そっか。じゃあ、オレの言いたいことは伝わったよね?」
「そうっスね、『黙れ、この変態が!!』って言いたいくらいに伝わったスね」
「ハッハッハッハッハ……そんなの今更なことなんで痛くも痒くもないさ!!」
「開き直るなぁああ!! って言うか、ココネに近寄るな この変態ぃいい!!」
「だって、ココネは ある意味で『神の証明』だ と思うんだもん」
「いや、『思うんだもん』じゃねースから。って言うか、意味不明スから」
「いや、だって、ココネこそ神の作りたもうた至高の芸術品だと思わない?」
「思わねースから。って言うか、ナギが言うと、嗜好の芸術品って感じっスから」
「まぁ、そうかもね。ココネは『至高の嗜好』ってヤツかも知れないねぇ」
「いや、何で納得してるんスか? 本当に どうしようもない変態スね……」
本当に このバカはどうしようもないバカっスよねぇ。
「って言うか、ココネ!! こんな変態発言で嬉しそうな顔しちゃダメっス!!」
「だ、だって、そこはかとなく褒められてルような気がしたんだモン」
「いや、『気がしたんだモン』じゃないスから。ナギが付け上がるだけスから」
「フッ、何を言ってるんだい? ココネにはオレの高度なセンスが理解できるだけだよ?」
「いや、言った傍から付け上がるのは やめくれないっスか? いや、マジで」
「さぁ、ココネ!! 邪魔者――じゃなくて美空は放置して、二人で遊ぼうぜ?」
「う~~ん、それも楽しそうだけド……美空も一緒の方がイイかナ?」
ちょっ、ココネーー!! そ、そんな嬉しいこと照れ臭そうに言わないで欲しいっスよ!!
嬉し過ぎてヤバいと言うか、危うく踏み越えてはいけない一線を踏み越えちゃいそうじゃないっスか?!
って言うか、ナギが横で「ああ、もう、ココネは可愛いなぁ!!」って悶えているのに激しく同意っスよ。
ナギみたいな変態と共感しちゃうのは正直どうかと思うっスけど、今回ばかりは仕方が無いっスね。
それくらいにココネの可愛さはハンパないっス!! だから、変態(ナギ)から守らねばならないっス!!
むしろ、アタシが守らずに誰が守るんスか?! って気分スね。
「クッ……あ、危なく犯罪に走るところだったぜ!!」
「そ、それも、同感っスね……(口惜しいことに)」
「こうね、思わず地下室に監禁したくなる感じだよね?」
「そうっスね。更に言うと、瓶詰めしたくもなるっスね」
「うん、そうだね。フリーズドライ製法とかステキだよね」
「何かが微妙に違う気がするっスけど、言いたいことはわかるっスね」
「確かにオレも何かが違う気がしてたけど、言いたいことは一つさ」
「「すなわち、『ああ、もう、ココネは可愛いなぁ!!』」」
……あれ? もしかして、アタシも充分にバカっスか?
「えヘヘ……三人で『仲良く』遊ぼうネ?」
「うん、そうだね。仕方がないから、三人で仲良く遊ぼう?」
「そうっスね、本当に しょうがないっスけどね」
「……オレも断腸の思いで美空を受け入れるんだけど?」
「じゃあ、アタシの広過ぎる心に感謝して欲しいっスね?」
「うんうん、猫の額くらいに広いから、感謝感激だねぇ」
「ちなみに、ナギは腸じゃなくチン○を断つべきだと思うっスねぇ」
「…………いや、ココネの前でチ○コとか言うなよ。いや、マジで」
「い、今のは口が滑ったんス。って言うか、急に素に戻らないで欲しいっス!!」
「いや、でも、今のは さすがに聞き流せなかったんだね。良識的に」
「くぅっ!! まさか、ナギに良識を問われる日が来るとは……!!」
「しょうがないさ。何せ、オレは神多羅木並に『良識派』だからね」
「……いや、反応しにくいネタ振りはやめて欲しいんスけど?」
「だって、この前 学園長が神多羅木を良識派と評していたんだよ?」
「だからと言って、そんな微妙なネタを振るのはどうかと思うっスよ?」
って訳で、結局は いつものようなバカ話になった訳っスよ。
しかし、前半の方はマジだったようスから、ナギが「神に祈るのが嫌い」ってのは本当っスね。
だから、そんなナギの嗜好を思えば、ナギは「神頼みも嫌い」ってことになる訳で、
ナギはアタシがそれを理解している と思っているから、あんな言い方したんじゃないっスかねぇ。
……でも、神にでも頼みたくもなるのがアタシの現状なんスけどねぇ?
絶対、そこら辺を理解してないっスよね、あのバカは。
何せ、あのバカの意識には「そんなこと」ないっスからねぇ。
アタシだって乙女なんだってことを忘れてるっスよねぇ。
ある程度とは言え、思考を理解できてしまうのも考えものっスよねぇ?
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Part.04:適材適所
「フフフ……オレは燃え尽きたぜ……」
さて、簡単に現状を説明しよう。原作同様、「縁結びの石」の後は「音羽の滝」を訪れたのだが、
そこでも滝の水を巡る騒動が起きたのは最早 語るまでも無いのでサクッと割愛するとして、
実は、度重なる乱痴気騒ぎによる精神的苦痛のためにナギのライフは もうゼロなのである。
「……ふふふ、元気があって結構どすなぁ」
そして、そんな灰なナギ(決してHighではない、煤けている方向だ)に、鶴子が楽しそうに話し掛けて来たのである。
ちなみに、ナギは虚ろな瞳で空を ぼんやり見上げてブツブツ言っていた状態なので、傍から見ると実に危ない。
まぁ、傍から見なくても充分に危ないのだが……それは ともかく、抜け殻なナギに鶴子が話し掛けて来た訳だ。
「いやぁ、それには限度ってものがあるのではないでしょうか?」
元気じゃないよりは元気な方がいいが、元気過ぎるのも考え物である。
具体的に言うと、ナギに迷惑が掛かり過ぎるのはアウトなのだ。
何故なら、迷惑が掛かること自体はナギもあきらめているからだ。
ナギはあきらめが悪い方だが、迷惑を蒙ることに関してはあきらめたようだ。
「せやけども、先程は『若さ故の過ち』を容認するようなことを仰ってませんどしたか?」
「まぁ、何と言うか、若いので過ちは許すべきでしょうが、それでも限度があるでしょう?」
「つまり、具体的に言うと、神蔵堂はんに迷惑が掛かり過ぎない程度、と言うことですな?」
「まぁ、そうなりますね。ところで、話を変えますけど……先の会話、聞いてたんですか?」
「いやぁ、職業柄 耳が良いものでしてなぁ。偶然にも、一部だけ聞こえてしもただけどす」
ナギは軽く咎めるように言ったのだが、鶴子は特に悪びれもせずに平然と答える。
と言うか、鶴子は偶然とか一部だけとか言っているが、実際は意図的に全部を聞いていたのだろう。
むしろ、聞き耳を立てていたのだから必然的に聞こえた筈だ。偶然でもないし、一部だけでもない筈だ。
とは言え、ここで指摘しても無意味でしかないに違いないので、ここは軽く流すしかないだろう。
「そうですか。それでは、せめて気配もなく背後に立つのはやめていただけないでしょうか?」
そのため、ナギは会話を聞かれていたことよりも、気になっていたことを指摘して置く。
幸い『今のナギ』は接近がわかるので大した問題にならないが、それでも いい気分ではないのだ。
まぁ、美人に接近してもらえる と言う意味ではバッチコーイなのだが、そう言う問題ではない。
ちなみに、そんなことで喜んだのがネギのバレると怖い、と言う理由は ちょっとしかない。
「あらあらまぁまぁ……神蔵堂はん は意外とイケズな方どすなぁ」
「いや、あらあらまぁまぁって、貴女はどこのアリシアさんですか?」
「アリシアはん? すみませんが、心当たりがあらへんのどすが?」
「あ、すみません。そこは軽く流していただけると有り難いです」
余りにも反応がアレ過ぎたので ついネタを振ってしまったナギだが、常識的に考えたら『一般人』にネタを振ったナギが悪い。
ちなみに、説明するまでもないだろうが、ここで言う『一般人』とは「魔法関係者と そうでない者」と言う意味ではない。
どちらかと言うと「オタク関係の知識を有している者と そうでない者」と言う意味である。そう意味での『一般人』なのだ。
もしかしたら「オタクなネタを理解してネタに付き合ってくれる者と そうでない者」と言った方が正しいかも知れないが。
「では、軽く流して話を換えますけど……よくウチの接近に気付きましたなぁ?」
本当に流してくれたことには感謝するが、転換した話題には感謝できない。それがナギの本音である。
と言うか、その話題に触れられるくらいならば流してもらわなくてよかったくらいだ。
つまり、一般人にオタクなネタを説明する苦痛を味わった方がマシな程、接近云々には触れて欲しくないのだ。
何故なら、それはナギが『隠して置きたい切札』と密接に関係しているからだ。
「はて? 鶴子さんの接近にオレが気付いた? すみませんが、心当たりがないんですけど?」
「……ウチの接近に気付いとったから、ウチが声を掛けても驚かんかったんでっしゃろ?」
「いえいえ、驚きましたよ? まぁ、貴女の香りが漂って来た気がした と言う理由もありますけど」
ナギは、再び話題を変えるために鶴子のセリフを利用してみたのだが……残念ながら鶴子は乗ってくれなかった。
と言うか、鶴子の目が細まって殺気が滲み出ている気がするので、話題を逸らすことは難しいだろう。
それ故にナギは嘘とも本当とも判断が付き兼ねる言葉(『香り』云々)で逃げたのである。
まぁ、かなり苦しいが、この程度の状況を切り抜けられないようでは この先どうしようもないだろう。
「…………それは随分と鼻が利きますなぁ?」
更に増した鶴子の圧力に押されながらも、ナギは「犬並みとは いかないまでも人並みは外れてますからね」とか微妙なことを言った後、
冗談のように「それに、貴女の香りは とても魅力的ですから、気付き易いですしね」とか微妙過ぎることを付け加えたナギは健闘賞だろう。
まぁ、どう聞いても「オレは女性の香りに敏感に反応する変態です」とう豪語しているようにしか聞こえないが、そこは気にしてはいけない。
「あらあらまぁまぁ……せやけど、ウチの匂い袋は そこの柱に括りつけてありますえ?」
だが、どうやら余計なことを言ってしまったようだ。と言うか、思いっ切り鶴子に首を取られてしまった結果に終わった。
以前のナギならば「これは一本取られましたねぇ」とか言って笑って誤魔化すのだろうが、今のナギは そんなことをしない。
今のナギには覚悟がある。多少のリスクは負っても、最終的に守りたいラインは守る……そう言った覚悟をしているのだ。
「あらあら? それでは、どう返す気どすか?」
ナギが思い付いたのは「オレが嗅ぎ分けたのは貴女の香水ではなく貴女の体臭ですよ?」と言う変態発言である。
まぁ、さすがに「これはうまく切り返せたけど、別の意味で地雷踏んでない?」と気が付いたので言う気は無いが。
そのため、ここは無難に「禁則事項です」とか可愛らしくウィンクしながら言ってみようかなぁとか思ったらしい。
「……残念ながら、それはそれで充分に殺意が沸きますえ?」
まぁ、そうだろう。ナギとて「男がやっても気持ち悪いだけ」の仕草で誤魔化せるとは思っていない。
ナギがそれをやって誤魔化せるとしたらネギくらいだろう(それはそれでネギに火を点けそうだが)。
と言うか、仕草そのものに意識を向けるのが目的だったのだからイラついてもらわねば困るのだ。
「確かに、一瞬 疑惑を忘れてまいましたが……それでも、誤魔化し切れとらんどすえ?」
それもそうだろう。仕草に意識を向けさせることには成功したが、話題そのものは終えられなかったのだから。
答えを誤魔化す と言う観点では、ナギは失敗したことになる。そう、答えを誤魔化す と言う観点では、だ。
つまり、ナギの真意は別にある。それは、鶴子の意図を測ることだ。それができただけで、ナギは充分なのだ。
「ならば、そろそろ本題に入りましょう。いつまでも雑談に興じているのもアレですからね」
一見すると、鶴子の問い掛けに対してナギの答えは答えになっていないように見える。だが、ナギは これが正解だと確信している。
そもそも、鶴子が「接近に気付けた理由」を訊ねて来たのは、ナギの『人と形』を見るためだ(少なくとも、ナギは そう推測した)。
ナギの反応からナギを分析したいだけで、実際に答えなど求めていない。まぁ、答えを得られるに越したことはないだろうが。
そして、更に言うならば、ナギが答えたくないのを察した鶴子は「では、代わりに他の質問に答えろ」と本題に移る予定だったのだろう。
それらを鶴子の反応(値踏みするような視線など)から想定したからこそ、ナギはサッサと話題を切上げて本題に移ったのである。
「…………どうして、そう お思いになるんどすか?」
鶴子は相変わらず穏やかに微笑んだままだが、その目が少し見開かれた気がするのはナギの気のせいではないだろう。
つまり、爆弾を投下しようと準備をしていたら逆に爆弾を落とされたようなものだ。少しくらいは驚いても無理はない。
特に、これまでのナギは「どこに出しても恥ずかしい変態」としか認定できない言動を繰り広げていたのだから。
ちなみに、ナギは見縊らせるために変態の振りをしていたのではない。素で変態なだけである。そこは勘違いしてはいけない。
「オレの見たところ、鶴子さんってプロとしての自負を持っているタイプだと思うんですよね?
と言うことは、『仕事中に無駄な会話をする訳がない』と考えるのが普通ではないでしょうか?
で、それは裏を返すと、『仕事中である今の会話は無駄ではない』と言うことになる訳ですよ」
「ふむ……それでは、お言葉に甘えさせてもろうて、本題に入らせてもらいましょか」
ナギの推察を興味深げに聞いていた鶴は、少しだけ考え込むと、軽く居住まいを正して話題に応じて来た。
恐らくはナギのことを「本題を話すには足る存在」と評価したのだろう。少なくとも、ナギはそう判断した。
と言うか、鶴子は にこやかな京美人にしか見えないように擬態していたのをやめたので、そうとしか思えない。
「ウチの天ヶ崎が失礼をしたそうで……誠に申し訳ありまへん、心よりお詫びを申し上げます」
鶴子は深々と頭を垂れて謝罪し出した。『事情』を知らなければ、心の底から謝罪しているようにしか見えない、完璧な姿勢だ。
だが、生憎とナギは『事情』を知っている。そのため、それがポーズでしかないことを考えるまでもなく理解している。
むしろ、内心では「本題とは『そう言う話』ですか。でも、オレはそう簡単に尻尾を出しませんよ?」とか不敵に考えているくらいだ。
そう、これもまた『値踏み』だ。ナギが どの程度『事情』を把握しているのか、そして どの程度『コミュニケーション』ができるか、試しているのだ。
「丁寧な謝罪をしていただいたのに申し訳ありませんが……失礼ですが、天ヶ崎さんとは どなたのことでしょうか?
まぁ、鶴子さんが『失礼をした』と言う表現を取ったことと『謝罪を受けるような出来事』から事情を推察すると、
もしかして『爆発騒ぎを起こして警察に連行された女性が、実は蛙騒ぎも起こしていた西の構成員だった』と言うことですか?」
非常に持って回った言い回しだが、ナギは『天ヶ崎と言う人物を知らない』ことになっているので、こう表現するしかない。
「まぁ、ほんまに『爆発騒ぎを起こしたかどうか』は、確定してはおりまへんけど、
蛙騒ぎを起こして爆発騒ぎの重要参考人として警察に厄介になったアホのことですなぁ。
アレ、ウチ(関西呪術協会)の構成員でしてな? 監督不行届を詫びたいんですわ」
つまり「爆発騒ぎは千草のせいではないのでは?」と言いたいのだろう。そして、警察に連行される千草を助けなかった東を責めたいのだろう。
「そう言うことならば、素直に その謝罪を受け取りましょう。まぁ、あくまでも個人として、ですけど。
ところで、オレが聞いたところでは、例の爆発騒ぎは どうやら封筒が爆発したそうですよ?
天ヶ崎さんが爆発騒ぎを起こしたかどうかはともかくとして、その封筒とは何だったのでしょうね?」
要するにナギは「彼女が親書を盗もうとしたことが原因で起きたので言及はできませんよね?」と言いたいのである。
「……きっと不審物を見付けて処理しようとして失敗したんでしょうなぁ。
アホはアホでも、間の抜けた方のアホでもあったっちゅうことですな。
東の方だけでなく一般の方にも醜態を晒すとは……お恥ずかしい限りですわ」
だが、鶴子は「千草が親書を盗んだとは限らない」と言う詭弁を突き付けて来る。こう言われてしまうと、通常なら水掛け論にしかならないだろう。
「まぁ、確定できないことを ここでアレコレ言うのも何ですから、爆発騒ぎについては一先ず置いておくとしましょう。
それよりも、西の方々に動きがなかったとは言え天ヶ崎さんを西の方と判断できずに警察に突き出しまったのは当方の落ち度です。
ですから、個人的にではありますが、心より お詫びを申し上げます。機会があれば天ヶ崎さんにも伝えて置いてください」
恐らく鶴子の意図は「互いに爆発騒ぎについての言及は避けよう」と言う提案ろう。そう理解したナギは その提案を了承した。
一応、水掛け論を論破する根拠(記憶を読んだ)はあるが、さすがに それをオープンすることはできないので了承するしかないのだ。
だがしかし、了承するしかないからと言って、ナギがただで了承する訳がない。ナギは そんな殊勝な人間ではない。もっと強欲だ。
つまり、了承した その舌の根も乾かぬうちに「西の動きが遅かったから千草を警察に突き出すしかなかった」と非難したのである。
ちなみに、ナギが『個人として』謝罪したのは、組織として謝罪した訳ではないからだ(先程の個人的に謝罪を受け入れたのも同じ理由だ)。
「いえいえ、天ヶ崎が西の人間であると東の方々は『気付かなかった』んどすから、
神蔵堂はん を含む東の方々は何ら責を問われるような過失はありまへんよ。
ですから、お気持ちだけいただくとして、その謝罪は お受けできまへんなぁ」
鶴子の返答は裏返すと「東がボンクラなのを考慮しなかった西の過失なので東を責めるまでもない」と言うことである。
「そうですか。確かに我々は西の事情に疎いですからね、天ヶ崎さんを放って置いた『我々の知らない事情』もあるのでしょう。
それ故に、今後は西の方を警察に突き出すような『不幸な行き違い』が起こらないようにするため、事情を教えていただくか、
西の不始末は西で解決していただけるように一層の努力をしていただけますと非常に嬉しい限りなのですが、如何でしょうか?」
協力体制を敷いている以上、千草が蛙騒ぎを起こした時点で、西は千草を処理するか「こちらで対処する」と通達すべきだった。
それを怠ったのは西の落ち度であり、それに付け込んだのがナギだった。そう、問題となっているのは そこなのだ。
……恐らく、西は反乱分子を把握するのに千草を泳がせたかったのだろうが、そんなことナギが知ったことではない。
まぁ、西が動く前にナギが処理してしまった と言う側面もあるのだが、やはり そんなことナギが知ったことではないのだ。
と言うか、処理も連絡も遅れたことを棚に上げている段階でナギには「ちゃんちゃらおかしい」のである。
「そうどすなぁ。確かに、神蔵堂はんの仰ることは尤もなことどすなぁ。
せやから、事情についてはウチから上に報告して置きますわ。
そいて、不始末の解決については一層 気を引き締めさせてもらいますな?」
痛いところを突かれたからか、鶴子は艶然とした笑みを浮かべて語っているが……それは、笑顔だからこそ恐怖を煽る典型だろう。
「そうして いただけると助かります。やはり、情報の共有は連携には必要不可欠ですからね。
しかし、若輩者である私の言を聞き入れていただけるとは……実に懐が深いですねぇ。
正直、自衛のためとは言え西の方に危害を加えることに忌避感があったので助かりますよ」
だが、ナギは恐怖を押さえ込み、笑顔を浮かべたまま対応する。多少 引き攣ってはいるが、及第点の笑みだろう。
ちなみに、ナギの言葉に嘘偽りは無い。何故なら、西の人間に危害を加えたくないのは本当のことだからだ。
女性や子供を傷付けたくない と言う個人的な理由もあるが、これからの東西関係を良好にするために、だ。
何故なら、基本的に上層部は血を流さないので利権などが合致すれば比較的 容易に『仲良く』できるだろうが……
現場レベルで血が流れてしまうと感情が悪化してしまい、とてもではないが『仲良く』など できる筈がないからだ。
そのため、ナギは「買わなくてもいい不興」を買わないために、可能な限り西の人間に危害を加えたくないのである。
(だからこそ、西の問題は西で解決して欲しいんだよねぇ)
さすがに刹那に絶賛された「公権力を抑止力に使う」ことまではナギも(ちょっとしか)考えていなかったが、
最初から「組織内部の自浄作用を利用する」つもりはあったので、西にも護衛の人員を出させたのである。
と言うか、繰り返しになるが「身内の恥は自分達で処理して欲しい」と言うのがナギの偽ざる本音なのだが。
特使としての立場でも、木乃香の婚約者としての立場でも、ナギは可能な限り禍根を残さないことが求められているのである。
「…………ホ」
「ほ……?」
「ホーーホホホ♪」
「……はい?」
いきなり高笑いし始めた鶴子に、ナギは少し――いや、かなり呆気に取られてしまった。
「いやはや、噂は聞いておりましたけど、まさか『ここまで』とは思っておりませんどしたわ。
……いやぁ、近右衛門はんが『御嬢様の婿』として認めたのが よくわかる人物どすなぁ。
今の段階で これだけの『会話』ができるんですから、将来が楽しみどすなぁ、『ナギ』はん?」
恐らく『値踏み』が終わった と言うことなのだろうが、余りにも空気が変わり過ぎたのでナギは面食らってしまったのだ。
「すみませんが、何を仰ってるんですか?」
「またまた。本当はわかってますやろ?」
「まぁ、何となくは わかりますけど……」
鶴子からの呼称が『神蔵堂はん』から『ナギはん』に変わったことから察するに、鶴子の『御眼鏡に適った』と言うことなのだろう。
まぁ、途中から『値踏み』されていたことには気付いていたので、良い評価をくだされたことには問題ないが、
先程の反応――圧迫された後に高笑いされただけで鶴子の空気に飲み込まれてしまったことが問題なのである。
何故なら、これが試されたのではなく「ナギの油断を誘う攻撃」だったとしたら、ナギは惨敗していたからだ。
バトルでは役立たずなナギとしては『コミュニケーション』で負けることは存在価値の喪失と同義だ。つまり、由々しき事態なのだ。
「しかし、悔しいですね。最後の最後で飲み込まれてしまいました。と言うか、最初から『こうなる』予定だったんですね?」
「さぁ、どうでっしゃろ? ウチとしては、殺気まで放たならんとは思ってませんどしたから、想定の範囲外の事態どすえ?」
「そう仰っていただけるならば、オレの精神安定のために そう言うことにして置きましょう。まぁ、反省は必要でしょうが」
「せやけど、神多羅木はん から『ナギはんが爆発事件に絡んでいる』と聞いてなければ ここまで誘導できまへんどしたえ?」
「それでも ですよ。身内に売られる と言う『よくあること』でガタ付いていたのでは これから先が思い遣られますからねぇ」
言うまでもなく「って言うか、神多羅木ぃいい!! そんなイヤガラセをするなぁああ!!」と言うのがナギの内心である。
「まぁ、そう言うことどしたら、老婆心ながらに忠告して置きますけど……
相手の感情を動かして自分のペースに誘導するのが お好きなようどすが、
それが通じない相手も逆に利用してくる相手もいることを肝に銘じた方がええどすえ?」
「なるほど、そうですね。これからは そこら辺も気を付けます。オレの場合、小細工を見抜かれてはお終いですからね」
ナギの持つアドバンテージの中で一番大きいのは未来の情報(原作知識)であろう。
だが、時には それ以上に「小細工を弄することを厭わない狡い精神」が重要な時もある。
と言うか、原作知識を十全に活かすには、小細工を弄することも必要になるだけだが。
そう、情報だけでは意味が無いのだ。情報を十全に活かす能力も重要な武器なのだ。
「それでも、ウチの接近に気付いた小細工はわからんままどすし、小細工の御蔭で あのアホのこともヘタに触れられんようにされましたえ?」
「それらは過大評価ですよ。偶々、オレの思惑通りになっただけに過ぎません。貴女の空気に飲まれてしまった時点でペテン師としては失格ですから」
「あらあらまぁまぁ……ペテン師とは、また妙な自負をお持ちどすなぁ? 若い殿方ならば とかく直接的な武力に目がいくもんやないですか?」
「まぁ、そうかも知れませんね。ですが、海千山千の方の妖怪共と戦うのは英雄じゃなく、小細工を弄して相手を弄するペテン師だと思うんですよ」
つまり、ナギは英雄よりは政治家に向いているってことだな(一番向いているのはニートだとは思うが)。
「……ふむ。では、ウチは魑魅魍魎の方の妖怪共と戦うことにしますな?」
「ええ、そうですね。餅は餅屋ですから、『そちら』は貴女にお任せしますよ」
「ほなら、サクッと片付けて参りますな、ナギはん――いえ、『次期長殿』」
そんな訳で、鶴子は最大限の評価を投下しつつ「不穏な気を放つ輩」へと飛び掛っていったのだった。
まぁ、態々 説明するまでもないだろうが、説明して置こう。当然ながら、鶴子にも『不穏な気配』にもナギ自身で気付けた訳ではない。
身も蓋もなく種明かしをすると、ナギの鞄の中で待機しているチャチャゼロが気配を察知し『念話』でナギに知らせていたのである。
エヴァの魔力を制限している状態なのでチャチャゼロは動けないのだが、動けないだけで知覚は働いているので特に問題はないのだ。
ちなみに、これも説明するまでもなこといだろうが、チャチャゼロが『不穏な気配』を知らせたタイミングはナギが本題に入る直前である。
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Part.05:オレは那岐じゃないよ
さて、鶴子と別れた後のことについても、軽く話して置こう。
鶴子が『不穏な気配』に飛び掛ってから程無くして、チャチャゼロから『ドウヤラ終ワッタ ヨウダゼ』と言う『念話』が入り、
その直後に「ふふふ……『ええ汗』掻きましたわぁ♪」とか言いながら 爽やか過ぎる笑顔を浮かべた鶴んが戻って来た。
余談だが、それを見たナギが「オレ、何であんな危険人物と『お話』できたんだろ?」と先程の自分に賞賛を送ったらしい。
まぁ、そこら辺は深く気にしてはいけないので、忘却の彼方に棚上げして置くことにして本題に入ろう。
鶴子の話によると、どうやら『不穏な気配』は「悪魔のような形をした式神」だったらしい。
報告された形状から察するに、フェイトが京都で使っていた『ルビカンテ』とか言う式神(?)のことだろう。
つまり、フェイトに どんな思惑があったのかは定かではないが、式神(?)にナギ達を見張らせていたことは確かである。
(まぁ、それがわかったからと言って何の得もないんだけど……相手の思惑を予想するくらいならできると思う)
ナギ達を監視するだけなら『遠見』を使えばいい。それなのに、フェイトは態々 手札を切ってまで式神(?)見張らせていたのである。、
つまり、「こちらに隙があれば何らかの行動を起こそうとしていた」と言う可能性が導き出される(あくまでも可能性でしかないが)。
当然ながら、現状は「千草を捕まえただけ」でしかないため、警戒体勢は続いている。むしろ、千草のせいで警戒は強くなったぐらいだ。
(つまるところ、現時点では『想定の範囲を逸脱していない』と言うことになるんだけど)
だが、どうしてもナギは「何か重大なことを見落としている」気がしてならない。
鶴子の加入も考えると、戦力は充分過ぎる程だ。だが、それでも、ナギの不安は消えない。
ナギの想定していないような事態が起きそうな気がして不安を拭い去れないのだ。
(安全のために原作を無視しまくったのが仇になった、と言うことはないよね?)
安全を優先したために原作とは掛け離れた展開になりつつあるため、原作知識は絶対ではない。
ここまでが偶々うまくいっていただけに過ぎず、とんでもない失敗をしていまうかも知れない。
また、こちらの思惑通りに事が進んでいると思わせている と言ったトラップの可能性だってある。
(考え出したら限が無いな。それに、今は それどころじゃないのが、オレの現状だし)
何故なら、報告を終えた鶴子と「では、また後程」と別れた後で、何故か殺気を立ち上らせた あやかに捕まってしまったからである。
しかも、あきらかなジト目で見られながら「神蔵堂さんは、年上の女性が お好きなようですね?」とか言われるオマケ付きで、だ。
ナギが「それどころじゃない」と評したくなるのも頷けるだろう。未来の危険な予感よりも、現在進行形の危険の方が重要な筈だ。
「え~~と、まず最初に言って置くけど……鶴子さんとは仕事の関係で話していただけだからね?」
ナギは妻に浮気を咎められている恐妻家の夫の如く居住まいを正し、震えそうになる声を どうにか抑えつつクールを装って言い放った。
どう聞いても『浮気がバレた夫が よく使う言い訳』にしか聞こえないが、実際に そうなのだからナギに後ろ暗いことは何もない。
と言うか、そもそもの問題としてナギは あやかと『何でもない関係』なので、鶴子と浮気していようが咎められる所以などないのだが。
「仕事? 学生である神蔵堂さんが一体どの様な仕事の話をなさるのですか?」
正論である。魔法関係の仕事なので間違った表現ではないのだが、それは言えないので表現の選択ミスである。
ここは白々しいが「世間話をしていた」くらいにすべきだっただろう。どうやら、割とテンパっていたようだ。
とは言え、ナギは この程度のことで「詰んだ」とあきらめるような男ではない。ナギは あきらめが悪いのである。
「……知ってると思うけど、木乃香の実家が京都にあってさ。婚約者として挨拶に行くと言う『仕事』のために頼み事をしていたんだよ」
ナギは話せる範囲内で事情を話す。本当のことを隠しただけで嘘は吐いていないので、下手な嘘を吐くより万倍マシな対応だろう。
僅かな逡巡は見せたものの、咄嗟に吐いた説明としては悪くない。むしろ、悪くないどころか最善手かも知れないレベルのものだ。
まぁ、木乃香の婚約者と言う部分で あやかの機嫌は更に悪くなったような気がするので、最悪手としての要素も孕んでいたようだが。
「その割には随分と楽しそうに会話をなさっていたように見えましたが?」
「いや、あれは『値踏み』だよ。ほら、木乃香の家って結構 大きいでしょ?」
ナギと木乃香は婚約者だ。つまり、ナギと木乃香は結婚する可能性が高い と言うことである。
そして、仮にナギが木乃香と結婚した場合、まず間違いなくナギは西の上層部に押し上げられるだろう。
要するに、鶴子は「ナギが自分の上に『成り上がる』に足る存在かどうか」を測っていたのだ。
具体的には、鶴子の御眼鏡に適っていなかったら『不穏な気配』から守ってくれなかった可能性がある感じだ。
「で、では、葛葉先生とも仲がよろしいように見受けられる件については?」
「いや、どこら辺が仲いいのさ? 基本的にイビられているだけだからね?」
具体的に言うと、事情を知っている手軽さ故にストレス発散に使われているのである。
恐らくは教師と魔法使いの二束の草鞋でいっぱいいっぱいになっているのだろう。
もしかしたら、彼氏とうまくいっていないのかも知れないが、それは考えないのが賢明だ。
「そ、それでは、ウルスラの先輩との噂については どう釈明するのです?」
「いや、釈明って言われても……そもそも、あの人はオレを目の敵にしてるだけだし」
と言うか、ナギの中では「高音は百合の人」なので、そんな噂が存在することすら信じられない。
火の無いところに煙は立たないため、最初から眼中に無い存在との噂など流れる訳が無いのである。
ちなみに「義理堅いし反応も面白いので、百合じゃなければなぁ」と思わないでもないらしいが。
「って言うかさ、何でオレは責められているのさ? 雪広は、オレが那岐じゃないってわかってるんでしょ?」
あやか が那岐に特別な感情を抱いていることは知っているため、あやか の気持ちは わからないでもない。
頭では別人と割り切っていても感情では納得し切れず、ナギが相手でも嫉妬してしまうのだろう。
だが、気持ちがわかるからと言って、ナギが あやかの嫉妬を甘んじて受ける理由にはならない。それ故の反論だ。
「……正直に言うと、雪広あやか と言う女性にだけはオレと那岐を重ねて欲しくないんだよね」
タカミチや近右衛門や刹那や木乃香が「ナギを那岐として認識している」ことはナギもわかっている。
そのことに いい気はしないが、違いに気付かない相手に自ら説明することでもないので静観しているだけだ。
だが、あやか は違う。あやか だけが違う。あやか はナギと那岐の違い気付き、ナギに それを認めさせた。
それ故に、ナギは あやかにだけはナギと那岐を重ねて欲しくない。那岐のためにも、そして、ナギのためにも。
「だって、雪広あやか は『オレ』を那岐じゃないと見抜いてくれた唯一の人間だからね」
ナギ自身も勝手な言い分だとは思っている。
だが、それでも望んでしまうのだ。
あやか にだけは重ねて欲しくない と。
「……わかりましたわ。この度の非礼は お詫びします。そして、これからは気を付けますわ」
あやか は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。恐らく、理性で感情を押さえ付けるつもりなのだろう。
人間は感情の生き物だ。理性で感情を押さえ付けることは、本来なら歓迎されるようなことではない。
だが、ナギは無理をさせたくない と思うと同時に、それを喜んでもいる。それが、余計に腹立たしい。
それ故に、ナギは あやかに悟られぬように内心で「この救い難いクズめ」と己を唾棄するのだった。
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オマケ:千草への通達
薄暗い拘置所の中で千草は仲間からの連絡を待っていた。
普通ならば、大ヘマ(失敗しただけでなく捕まった)をやらかした千草は見捨てられるどころか切り捨てられるだろう。
簡単に想像できる末路としては、やってもいない罪を被せられて一生 塀の中、と言ったところだろう。
だが、今回の「計画」には千草が必要不可欠であるため、千草は仲間が救出してくれることを疑っていなかった。
『千草さん……聞こえますか?』
そして、そんな千草の考えは間違っていなかった。救出の糸は垂らされたのだ。
ゴボゴボッと言う音を立てて、千草の飲んでいた お茶が盛り上がり、
千草が『新入り』と呼ぶ人物から『言霊』による連絡が入ったのである。
『すみませんが、監視が厳しいため一方的な通達しか送れません』
現在、千草は西にも東にも厳重に監視されている。反上層部の勢力の尻尾を掴むためなので、当然の措置だと言えるだろう。
と言うか、ナギの小細工の御蔭で公権力に拘束されてしまったため、泳がそうにも泳がせないので厳重に監視するしかないのだが。
それ故、双方向回線を開くのは不可能に近く、『新入り』は一方通行の『念話』である『言霊』を送るしかできなかったのである。
「別に構へんよ――って言っても聞こえないんやけどな」
西も東も敵に回すような(傍目には)愚かなことをしでかした千草だが、
厳戒態勢が敷かれていることを想定できない程 愚かではないのだ。
連絡をくれただけでも有り難いと思うしかないのは わかりきっていた。
『「計画」の決行までには必ず救出しますので、それまで辛抱していてください』
明確な日時を告げていないのは、『新入り』が『言霊』を盗聴される可能性も考えたからだろう。
もちろん、千草は「計画」と言うキーワードだけで明確な日時を想定できたため、何も問題ではない。
むしろ、敢えて偽りの情報を出して傍受した者を霍乱するくらいのことをして欲しいくらいだ。
「……まぁ、助けてくれるんやから、文句は言わんけどな」
本音を言うならば一刻も早く こんなところから抜け出したい千草だが、
文句を言っても現状が変わらないことは悲しいくらいにわかるので、
仲間の救出と言う光明が見えこともあり、僅かに苦笑するにとどめた。
そして、ただの水面に戻った お茶を見遣ると、口の端を吊り上げながら歪んだ笑みを刻むのだった……
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。
今回は「普通に修学旅行を楽しむ予定の筈が、何故か黒い会話がメインっぽくなっていた」の巻でした。
いやぁ、鶴子さんとの会話が いつの間にか黒くなっていてビックリですよ。
どうやら、ボクは黒い方向に話を持って行かないと気が済まない人間なようです。
ところで、ネギと のどか の会話ですが……
ネギが埼玉以外を、そして のどか が埼玉を否定してるような表現になってますけど、
これは麻帆良が埼玉にあるからで、ボク個人の価値観の反映ではありません。
まぁ、こんなこと態々説明するまでもないでしょうけど、一応 念のためです。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2010/01/24(以後 修正・改訂)