第28話:逃れられぬ運命
Part.00:イントロダクション
引き続き4月24日(木)、修学旅行三日目。
ナギは本山にて特使としても婚約者としても『挨拶』を済ませた。
そんな彼を待ち受けている運命は、果たしてどのようなものなのだろうか?
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Part.01:運命との邂逅
「ところで、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……いいかな?」
楽しい楽しい男だらけのバスタイムを恙無く終えた後、ナギはタカミチと共に詠春の部屋に招かれていた。
ナギとしては襲撃までの時間を一人で過ごしたかったのだが、立場的にそうも行かないので仕方がない。
まぁ、『準備』は終わっているので問題は無い。問題はないが、気分的に一人で覚悟を固めたかったのである。
「ぶっちゃけ、君の本命は誰なんだい?」
本当に ぶっちゃけ ている。と言うか、ぶっちゃけ過ぎである。だが、これは文字通りの意味として捉えてはいけないだろう。
むしろ、言外に込められた意味を読み取るべきだ。詠春の「笑っている筈なのに目が笑っていない」表情が動かぬ証拠だ。
って言うか、ナギがフラグを乱立している現状を軽く非難したうえで「もちろん木乃香が本命だよね?」と言いたいに違いない。
「……すみません。若造に過ぎないオレでは誰かを背負うことは荷が勝ち過ぎるため、その答えは出せません」
本来ならば、詠春の期待通りに「もちろん、木乃香が本命ですよ」とか爽やかに答えるべきだろう。
だが、そう答えてしまうと厄介なことになりそう(西を引き継ぐとか)なので、ナギは敢えて答えを誤魔化した。
理由は それなりにあるが、結局は「尤もらしいことを言って煙に巻く」と言う お決まりパターンでしかないが。
「なるほど。つまり、誰と答えても死亡フラグが立つ状態なんだね?」
敢えて言うまでもないだろうが、詠春はナギの状況(フラグ乱立状態)をすべて把握したうえで質問している。
つまり、内心とは裏腹に にこやかな表情で――と言うか、実に いい笑顔でナギの心を抉って楽しんでいるのである。
それを理解しているナギは「立場的に考えても、似たような趣味をしていることを考えても、文句が言えない」状態だが。
「『若い頃の苦労は買ってでもしろ』とは言うけど、女性関係での苦労はしない方がいいと思――ッ!!」
詠春は実感の篭っていそう(あくまでもナギの感想だが)なことを言っている途中で言葉を切る。
その目は軽く見開かれており、口以上に雄弁に「詠春が『何か』に気付いたこと」を物語っている。
恐らく、フェイトが本山に侵入して来たのだろう。ナギは そう想定し、密かに気を引き締め直す。
「――障壁突破『石の槍』」
しかし、いくら想定の範囲内とは言え、突然の襲撃には驚かされたが。声を出さなかっただけ奇跡だと言える。
恐らくは『水のゲート』を使って近く(に置いてある風呂上りのコーヒー牛乳)の水面を通って来たのだろう。
ちなみに、ナギは冷静に分析しているように見えるが、ナギを巻き込み兼ねない奇襲に実は相当テンパっている。
だが、当然ながら その場で無様にテンパっているのはナギだけだった。つまり、詠春とタカミチは冷静だった。
詠春の方は言葉を切った直後に(床の間に飾られていた)刀を抜刀しており、突然 現れた石の突起物(石の槍)を切り刻んでいたし、
タカミチはタカミチで、揺らめくように光る右手と立ち昇るように光る左手を胸の前で掛け合わせて『咸卦法』を行い戦闘準備を終えていた。
さすがは『紅き翼』と言ったところだろうか? バリバリ現役のタカミチだけでなく、現場から離れたらしい詠春も 素晴らしい反応だ。
「――ッ!! やはり、アーウェルンクス!!」
初撃を難なく防いだ詠春が詠唱者の方を見遣ると、鋭い声を上げた。その言葉が正しいなら、やはり襲撃者はフェイトだったようだ。
しかし、何故に『やはり』なのだろうか? それでは、まるで詠春が「フェイトが襲撃して来ることを想定していた」みたいではないか。
いや、まぁ、アルビレオの手紙で示唆されていたので実際に想定していたのだが、ナギは それらの事情を知らないため、寝耳に水だ。
(あれ? 白ゴス剣士と小太郎は鶴子さんが回収して『然るべき処置』をしているから、銀髪幼女の存在とか襲撃とかを詠春さんは知らない筈だよね?)
ナギ達は『偶然にも』千草から情報を得られたため、フェイトの存在も本山襲撃計画も知っていた。
だが、ナギは情報を独占していると思い込んでいるため、詠春達はフェイト関連を知らないと思い込んでいる。
まぁ、長側であろう鶴子から情報が漏れた と見ることもできるが、ナギは その可能性は余り考慮しない。
(だって、今の鶴子さんは『オレの陣営』に加わってくれているから、現在の長にすら情報漏洩をする訳がないもん)
ナギが鶴子のことを見誤っていたり、鶴子がナギのことを見限っていたりする可能性もない訳ではないが、その可能性は敢えて考えない。
いちいち疑っていては進めないからだ。と言うか、今 大事なのは「詠春が情報を得た手段」ではなく「詠春が得た情報の内容」だ。
何故なら、ナギの『策』は「フェイトに目的がバレていない と思わせている」ことが前提だからだ。目的まで知られているのは不味い。
「『斬空閃』!!」
そんなことをナギがブツクサ考えている中、詠春は躊躇することなくフェイトに(技名を叫びながら)大きく刀を振るっていた。
ちなみに『斬空閃』とは斬撃を飛ばす技であるため、今の行動は「ただ叫びながら素振りをしてみた」と言うアレなものではない。
いや、平時ならともかく非常時(と言うか戦闘中)に そんなことをやられたら、さすがに脳の構造を疑いたくなる珍行動だろう。
ヒョイッ
しかし、詠春の攻撃は難なくフェイトに避けられてしまう。まさに「当たらなければどうということはない!!」と言う状態だ。
とは言え、詠春の攻撃が避けられることは想定の範囲内だったようで、避けて体勢が崩れたところをタカミチが狙っていた。
タカミチは大振り気味の正拳突きをフェイト目掛けて振り抜いた。ちなみに、両者の距離は5mはあり、余裕で拳は届いていない。
ドゴォォンッ!!
恐らくは『咸卦法』状態でのみ発動できると言う『豪殺居合い拳』だったのだろう。大砲のような破壊音が鳴り響いた。
まぁ、敢えて言うまでもないだろうが、破壊音が響いた と表現したように、タカミチの攻撃は命中『は』した。
ただし、フェイトに直撃したのではなく、フェイトの周囲に展開されているだろう『障壁』に命中したので、フェイトは無傷だ。
「……ふむ。やはり、君達は厄介だね」
フェイトは一連の攻防に何も感じていないのか、ケロッとした表情で余裕綽々にコメントをする。
言い換えるならば、詠春とタカミチの二人を前にしてもフェイトには余裕がある と言うことだろう。
原作のインフレ具合を差し引いて考えても、ラスボス的な扱いだったフェイトの武力は規格外のようだ。
(正直、オレと言う足手纏いがいる状態では勝ち目はないだろうね)
まぁ、ナギがいなかったとしても勝ち目は低いだろうが、それでも足手纏い(ナギ)がいないだけ勝率は上がる筈だ。
つまり、この場においてナギは邪魔者でしかないため、可能ならば速やかに場を離脱したい。いや、するべきだ。
それは「戦場と言う危険に身を置きたくない」と言う『逃げ』の思考ではなく「足手纏いになりたくない」と言う矜持だ。
ナギは、存在するだけマイナスでしかない現状を正しく認識しながら、何もできないことに歯噛みするのだった。
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Part.02:甦る記憶
まぁ、敢えて語ることではないかも知れないが、オレが足手纏いであることがわかっていながら逃げなかった理由を語ろう。
と言うのも、どうやら『転移妨害』が施されているようで『影のゲート』を発動できなかったので逃げられなかったのである。
それに、自分の足で戦闘区域(詠春さんの部屋)から脱出しようにも三人の戦闘が凄過ぎて下手に動けないため逃げようが無いのだ。
このままでは危険だ とはわかっているのだが、状況を打破できないのが――つまり、傍観するしかないのが現状なのである。
「ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。時を奪う毒の吐息を。『石の息吹』」
そして、そんなジリ貧とも言える戦闘の末、銀髪幼女は防御しながらも詠唱を完成させてしまった。
オレの危惧した通り、オレに戦闘の余波が来ないように二人は防御せざるを得ない時があるため、
二人が絶妙なコンビネーションで攻めるもオレを庇ったためにチャンスを逃さざるを得なかったのだ。
「危ないっ!!」
銀髪幼女の詠唱が完成した瞬間、タカミチは その魔法の危険性を悟ったようで慌ててオレを範囲外へ突き飛ばす。
勢い余ってオレは扉をブチ破り、部屋の外まで吹き飛ばされてしまったが。って言うか、かなり痛いんだけど?
だけど、オレには文句など言えない。だって、オレを突き飛ばしたタカミチは その姿勢のまま石化しつつあるのだから……
「……大丈夫だよ、こんなの何てこと無いさ」
タカミチは顔全体で穏やかな笑みを作ると、右手と左手を胸の正面で掛け合わせる。
きっと、『咸卦法』の出力を上げたのだろう。タカミチを蝕んでいた石化が止まった。
だけど、下肢が――既に石化している部分が、ピキピキと罅割れていくのをオレは見逃さない。
恐らく、石化した部分では『咸卦法』の出力に耐え切れないために起こった『罅割れ』だろう。
このまま『咸卦法』を使い続けたら間違いなく石化部分は崩れるだろうことはオレですらわかる。
「大丈夫だって。キミを守るためならば、こんなの屁でもないさ」
オレの視線から、オレがタカミチの身を案じていることが伝わったのだろう。
タカミチは罅割れた下肢など気にしていないかのように、穏やかに微笑む。
嘘の下手なタカミチにしては、非常にうまい演技だ。余人なら騙されているだろう。
だけど、オレには通じない。「無理してます」と言う笑顔は見慣れてるいるから。
特に、身を挺してまでオレを助けてくれる人の笑顔は見逃す訳が無いさ。
そう、『あの時』のガトウさんのような笑顔は、忘れたくても忘れられないから……
って、あれ? ガトウさん? ガトウさんって誰だっけ?
どっかで聞いたことのある名前なのは確かなんだけど……
何でオレは『その人』を『身近な人』のように語ったんだ?
あ、あれ? 意識が、段々と、薄れ、て……い、く…………?
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「よぉ、タカミチ……火ぃ、貸してくれないか…………?」
オレの目の前には、岩に凭れ掛かった中年男性がいる。その腹部は血塗れで、彼の座す地面は血で彩られていた。
考えなくてもわかる。彼が死に瀕しているってことは。だから、「最後の一服……って奴だぜ」って言葉は嘘ではない。
先の言葉の通り、本当に今から吸う一服が『最後の一服』となるだろう。そんなことくらいオレですらわかった。
カチンッ!! シュボッ……
オレの隣にいた若かりし頃のタカミチは、無言で男性が咥えていたタバコに火を付ける。
どうでもいいかも知れないが、ライターではなくジッポである辺りが雰囲気に合っていると思う。
いや、不謹慎だとは思うのだが、余りにもハードボイルドな空気が似合い過ぎているのだ。
特に男性は、あきらかに死に際なのに余裕に見える笑みを浮かべており、ハードボイルド過ぎる。
「あー……うめぇ……」
男性は肺いっぱいに紫煙を吸い込むと「フー」と言う音が聞こえる程の勢いで吐息を漏らす。
まるで、その一息に人生のすべてを込めているかのようで、言葉にも万感の想いが篭っていた気がする。
今更だが、この男性が『ガトウさん』なのだろう。今のタカミチに少しだけ雰囲気が似ている。
「……さぁ、行けや。ここは俺が何とかしとく」
ガトウさんは口元だけで笑みを作るろオレ達に逃げるように促す。だけど、今にも死にそうなのに、どうやって『何とか』するのだろう?
無粋なことだとはわかっているけど、どうしても止めたくなる。もうガトウさんに無理をして欲しくない。後は安らかに眠っていて欲しい。
オレ達は きっと大丈夫だから。オレは無力かも知れないけど、タカミチが何とかしてくれるから。だから、ガトウさんは安心して逝って欲しい……
「何だよ、坊主……泣いてんのか……?」
いつの間にか、オレの頬は目から流れ落ちる液体で濡れていた。
いや、これは記憶だからオレであってオレじゃないんだけど。
だけど、オレとコイツの区別は限りなく曖昧なので、もうオレでいいさ。
「涙を見せるのは……初めて、だな。へへ……嬉しいねぇ……」
ガトウさんは本当に嬉しそうに笑う。オレが感情を露にするのを心の底から喜んでくれていた。
こんな状況でもなければ、喜んでくれたことが嬉しくてオレは直ぐに泣き止んで笑っていただろう。
でも、状況が状況だ。オレは笑うことなく泣き続ける。この人と別れるのが苦し過ぎるんだ……
「タカミチ……記憶のコトだけどよ、俺のトコだけ、念入りに消し、といて、くれ。これから、の坊主、には、必要ない、モン、だから、な……」
ガトウさんは息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。本当は喋るのも辛いのだろう。
だから、紡がれた言葉は、どれだけ辛くても伝えたいことなのだろう。
つまり、それだけオレのことを大切にしてくれている と言うことなのだろう。
「…………ええ、わかりました」
タカミチは何かを言い掛けたが、結局は何も言わずにガトウさんの言葉に頷く。
記憶を消すこと自体は反対なのだろうが、ガトウさんの言い分も否定できないのだろう。
いや、そうじゃないな。ガトウさんの意思だから、納得できなくても従うのだろう。
だって、タカミチは詠春に言っていたからね。幸せな記憶まで消してしまうって。
その出来事は この出来事の後のことだろうけど、タカミチはタカミチだからね……
「やだ……ナギもいなくなって……おじさんまでいなくなるなんて……やだよ…………」
だけど、オレは納得できていないようだ。涙で顔面をグシャグシャにしながら、思いの丈を言葉にする。
もちろん、ここで言う『ナギ』とはオレのことなんかではなく『ナギ・スプリングフィールド』のことだろう。
そして、『ナギ』と面識があり、ガトウに死守され、タカミチを保護者に持つ『オレ』と言う存在は、きっと……
「幸せに、なり、な……坊主。オマエ、には、その、権利、が、あ、る…………」
オレの思考はガトウさんの声で中断させられる。これは追憶だが、それでも今は考えている場合ではないだろう。
ガトウさんはと言うと、死に際とは思えない程に穏やかで優しい笑みを浮かべて、泣きじゃくるオレの頭を撫で付ける。
その感触は無骨ながらも とても優しくて、否が応にも その手に守られて来たことが悲しいくらいにわかってしまう。
……だからだろうか? オレは「やだ、ガトーさん!! いなくなっちゃやだ!!」と、更に泣き叫んだのだった。
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Part.03:守るべきもの
実は、入浴前に詠春さんから『完全なる世界』の残党が今回の件に絡んでいる可能性があることを聞かされていた。
まぁ、今更『完全なる世界』については説明するまでも無いだろう。
大戦を裏から操っていた秘密結社にしてボク達『赤き翼』の宿敵だ。
決してザジ君の使ったアーティファクトによる脳内世界のことではない。
まぁ、それはともかく、本題――『完全なる世界』の残党への対策に話を戻そう。
可能性とは言え『完全なる世界』が絡むとなると、ここ(本山)も安全地帯とは言えないだろう。
何せ彼等は元老院議員に成り代わることすらできたんだから、ここに潜入するなど容易いだろうね。
だから、木乃香君の警備を刹那君に任せ、那岐君の警備をボクと詠春さんですることにした訳だ。
……正直に言うと、刹那君では力不足だから心許ないんだけど、木乃香君の警備は男では無理だからねぇ。
青山さんが頼れるならば是非とも頼りたいところだけど……残念ながら帰宅してしまったので無理らしい。
いや、「呼び戻せばいい」って話なんだけどね? 政治的な問題で それもままならないのが現状なのさ。
ちなみに、ネギ君についてだけど、本来なら木乃香君の警備をしてもらうのが諸々の意味で都合がいいんだけど……
相手が『完全なる世界』となるとネギ君もターゲットとなる可能性があるから、自衛に専念してもらう予定だ。
ところで、那岐君をボク達二人で護衛する理由は……言わなくてもわかるよね?
そうさ、それだけ那岐君と彼等を接触させたくない と言うことであり、ボク達二人の戦闘スタイルの問題もあるのさ。
何故なら、詠春さんは刀が無いと全力を出せないし、ボクはボクでポケットがないと攻撃手段が減ってしまうからね。
だけど、だからと言って、常に完全武装していると「気付いていることがバレてしまう」ので、二人で組むことにしたのさ。
ボク達二人ならば完全武装していなくても那岐君を逃がしたり、完全武装をする時間稼ぎくらいはできる筈だからね。
って訳で、ボク達は那岐君と共にバスタイムを満喫したって訳さ。
何故か那岐君が疲れたような顔をしてブツブツ言っていたけど……細かいことは気にしちゃ負けだよね、うん。
まぁ、それはともかく、風呂上りのボク達が詠春さんの部屋で談笑していると、詠春さんに変化があった。
考えるまでも無く、敵襲だろう。しかも、本山の結界を破ったことから察するに『完全なる世界』の手の者だろうね。
そして、その推測は現れた人物を見て確信に変わる。
その姿は忘れもしない。幼い少女になっているとは言え、コイツは『アーウェルンクス』の一人だろう。
あの時は青年の姿だったけど、見間違える筈が無い。顔の作りそのものは変化していないのだから。
それに、いくら隠そうとも『造られしモノ』特有の気配がする。間違いなく『完全なる世界』の手のものだ。
だから、即座に『咸卦法』を発動する。全力で行かないと那岐君を守どころではなくなるだろうね。
そして、詠春さんの攻撃を回避した後の僅かな隙を狙って『豪殺居合い拳』を打ち込んだ。
だがしかし、相手の『障壁』は予想以上に硬く『豪殺居合い拳』の威力を殺し切ってしまった。
言い換えると『障壁』を潜り抜ける詠春さんの『弐ノ太刀』系の攻撃の方が有効、と言うことだ。
ならば、ボクの役割は単純だ。詠春さんの攻撃を届かせるように相手の隙を抉じ開けること だ。
だが、『居合い拳』と『豪殺居合い拳』を織り交ぜて攻撃しても、相手は隙を見せてくれない。
ボクの攻撃は悉く『障壁』受け止められてしまい、詠春さんの斬撃は悉く回避されてしまう。
どうやら、ボクの攻撃が通らないことも詠春さんの攻撃なら通ることも見抜いているのだろう。
詠春さんの斬撃を回避させないためにボクが攻撃しているのに、それが意味を成さないんだ。
しかも、那岐君を巻き込むような攻撃も合間に挟んで来るので、更に攻撃しづらくなっている、
……実に厄介だ。見た目が幼女であるから弱く見えるが、戦闘力はボクを超えているのは間違いない。
クッ、このままじゃジリ貧だ。こっちは決定打があっても意味を成していないのに向こうは余裕すらありそうだ。
せめて、ボクにも『障壁』を超える攻撃手段があれば状況は変わるんだろうけど、生憎と持っていないのが現状だ。
ふと、詠春さんに現役時代と同等のキレがあれば とか考えてしまう。もちろん、無い物強請りしても仕方ないけど。
と言うか、手持ちの材料で どうにかするしかない。だから、(悔しいけど)ここはエヴァを頼るしかないだろう。
今のエヴァ――全力のエヴァなら、相手の『障壁』を突破する術を行使できるだろうから、充分に決定打と成り得る。
……そんなことに思考がいっていたからだろうか? 愚かにも、相手に詠唱の時間を与えてしまった。
しかも、この詠唱は『石化』の呪文じゃないか!!
相手の力量を考えると、きっとレジストし切れない。
そうなると魔法の直撃を許すのはかなりマズいな……
だからだろう、頭では「那岐君なら大丈夫だ」とわかっていても、ボクは考える前に身体が動いて那岐君を庇っていた。
その結果、ボクは避け損なってしまい、攻撃をモロに喰らってしまった。
このままでは石化に蝕まれて、最終的に石像になるのは明白だろう。
なので、無理矢理に『咸卦法』の出力を上げて石化の侵攻を食い止める。
まぁ、予想通り、既に石化してしまった部分は『咸卦法』の負荷に耐え切れなかったようだけど。
だけど、最早『そんなこと』なんて どうでもいい。今は那岐君を無事に逃がすことの方が大事だ。
そう、ここでボクが倒れる訳にはいかない。ボクが倒れたら、那岐君が危険に陥ってしまうからだ。
だから、ボクは足がもげようとも気にならない。拳さえあれば攻撃ができる……それだけで充分だ。
そんな訳で、ボクは那岐君を逃がす時間を稼ぐために全力で『豪殺居合い拳』を撃とうとした――のだが、那岐君の表情がガラリと変化した。
その表情は とても儚く、まるで昔の那岐君を見ているようだった。
それに、那岐君の纏う雰囲気は『あの頃』の那岐君のようだった。
そう、那岐君が『那岐君』になる前の『あの頃』のようだったんだ……
「タカミチ、いなくなっちゃヤダよ……」
那岐君は それまでの「どこか冷めた表情」から一転し、泣きそうな笑みを浮かべていた。
その表情は今までの「どこか作りものめいたモノ」ではなく、素の表情とも言えるモノだった。
言い換えるならば、それは『師匠』との別れに泣き叫んだ幼子の頃の表情そのものだった。
「いなくなるのは、ナギとガトウさんだけで充分だよ……」
え?! ま、まさか、『昔の記憶』が戻ってしまったのか!?
那岐君の口から予想外の言葉が――二人の名前が出て来たため、
ボクは最悪の想像をしてしまい、それ故に軽く混乱してしまった。
パシャッ
だからだろうか? 那岐君が瓶を手にしていたことに気付かなかった。
そして、何らかの液体を浴びせられているのに何の反応もできなかった。
ただ「何かが飛んで来る」と言う事実を理解することだけで精一杯で、
それを回避したり防いだりするまでには思考も行動も至らなかったのだ。
「な、那岐……く、ん…………?」
あ、あれ? おかしいなぁ? 何だか、すごく ねむくなってきたなぁ……
――ああ、つまり、さっきので ねむらされたってことか……
でも、なんで、ボクを ねむらせるんだろう? よく わからないや…………
…………そうして、ボクはゆっくりと意識を手放したのだった。
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Part.04:誰彼 ―たそがれ―
「……ナイトを退場させたのには、どんな意味があるんだい?」
タカミチが眠りに付いたのを確認したナギ――いや、自身をナギと認識していた少年は、タカミチを眠りやすいような姿勢に整えた。
そして、そんな少年の背に疑問を投げ掛けたのは、確認するまでも無い人物、フェイト・アーウェルンクスである。
その位置取りから、タカミチに意識を向けていた少年など余裕で不意打ちできたことだろう。それだけ少年は無防備だった。
だが、そもそも少年は不意打ちをするまでも無い相手でしかないため、フェイトは問い掛けるだけにとどめたのだろう。
ちなみに、少年とタカミチが会話をしている間、別にフェイトは空気を読んで待っていた訳ではない。
実は、フェイトは その間に詠春と戦っていたため、タカミチ(と少年)に手を出す余裕がなかったのである。
本来なら、詠春も石化に蝕まれていたため、詠春にもタカミチにもトドメをさすことなど容易い筈であった。
だが、石化しつつあるのにもかかわらず詠春の抵抗は激しかったため、フェイトには余裕がなかったのである。
それ故に、フェイトは詠春にもタカミチにも「一筋縄ではいかない相手」と評価を上方修正したのだが。
「別に深い意味はないよ。単に無茶をして欲しくなかっただけさ」
それらの事情を把握している少年は苦笑いを浮かべて答える。
その苦笑いには、自分が足手纏いでしかないことへの自責と、
相手が自分を警戒していないことを喜んでしまう自嘲が混ざっていた。
「……なるほどね。でも、キミを守る『駒』がなくなったんじゃないかい?」
フェイトは敢えてタカミチを『駒』と言い切った。これまでの少年の言動から少年が『そう捉えている』と認識していたのである。
だが、それは誤認でしかない。何故なら、今の少年にとっては、タカミチは『大事な人間の一人』であるからだ。
自分の身の安全を確保するためならば どんな存在ですら『駒』として扱えた『ナギ』は、もう『ここ』にはいないのだ。
「まぁ、確かにそうかもね。でも、そっちの目的は二人を無力化することだろう?」
フェイトの『駒』と言う表現に若干の苛立ちを感じていたが、それを表に出すような真似はしない。
表面では平静を装い、内心では腸を煮えくり返らせる。その程度の腹芸など少年には容易かった。
何故なら、少年はナギであってナギではなく、那岐でもあって那岐でもない存在になっていたからだ。
「……何が言いたいのかな?」
そんな少年の雰囲気を察したから……ではないが、少年の言葉にフェイトの表情が強張る。
フェイトは少年の言葉を「無力化するために石化させたんだろう?」と読み取っていたのだ。
だが、その強張りは雄弁に「君は警戒に値する存在だ」と語っているため、悪手でしかない。
「つまり、そっちに殺すつもりはない訳だから、タカミチに無茶をさせるよりタカミチを眠らせた方がリスクが少ないってことだよ」
しかし、そのことを認識しているにもかかわらず、今の少年は言葉を止めない。
あからさまに警戒されているとわかっていても、それを解消しようとしない。
いや、むしろ、更に警戒されることを承知したうえで自分の推察を述べたのだ。
「………………」
フェイトの様子を窺う少年に対し(肯定と受け取られてしまうことを承知の上で)フェイトは押し黙ることを選択する。
当然ながら、フェイトも否定の言葉を吐くべきだとは考えた。だが、確信している相手にそれは無意味でしかない。
むしろ、沈黙することによって「相手に言葉の続きを促すメッセージ」にもなるので、フェイトは沈黙を選んだのだ。
「そんな訳で、ここでの目的である『脅威の排除』が終わったんだから……『次の目的』に移ったらどうかな?」
フェイトの『無言のメッセージ』を汲み取ったのか、少年はフェイトの観察をやめて言葉を続ける。
その言葉は、言外に「オレなんか、排除するまでも無い存在だよね?」と自身の無力をアピールしつつ、
更に「最早ここに用は無いよね?」と言うニュアンスも込めて この場から去るように促すものだった。
それは自分がターゲットと認識されていないことが前提となっているが……その前提は間違ってはいない。
フェイトは確かに彼を「要注意人物」と評してはいるが、それは計画面での評価でしかないからだ。
実行面に事態が進行している現在においては、少年は何の役にも立たない。それが、フェイトの評価なのだ。
「フッ……確かに、近衛 詠春とタカミチ・T・高畑を無力化できた今となっては、この場に留まる必要は無いね」
仮に少年が動いたとしても、どうとでもなる。いや、どうとでもしてみせる。フェイトは そう結論付けた。
それに、タカミチが己の身を挺してまで庇った少年を無力化させる などと言う無粋な真似をしたくなかったのだ。
だから、フェイトは少年に何もすることなく その場を後にし、目的――木乃香の拉致を果たしに行くのだった。
……後に残された少年は泣きそうな表情を浮かべながらも無理矢理に「計画通り」と口元を歪めるのだった。
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Part.05:計画通り?
『……そうか、わかった。直ぐに駆け付けるので大人しく待っていろ』
予定通りホテルにて待機していると、神蔵堂ナギから『念話』による連絡が入った。
状況は こちらの予想通りとなっているようで、本山が反乱分子の襲撃を受けたそうだ。
まぁ、予想できていたのだから、私も本山で待機しているべきだったとは思う。
だが、私は良くも悪くも有名な西洋魔術師だからな、西が歓迎してくれないのだよ。
そのため、襲撃者を待ち伏せして叩く と言う作戦は使えなかったし、
西が迎撃に失敗した後でしかアイツ等を助けに行けないので、実に歯痒い。
……だが、文句を言っていても始まらない。状況が状況だ。
それに、予想外なことも起きた。それは、タカミチと近衛 詠春が無力化させられたことだ。
まさか、油断していたところを襲われたとは言え あの二人が揃ってやられるとはな……
想定外もいいところな話だが、今は この情報が手に入っただけマシだ と考えるべきだろう。
何故なら、下手人は予想以上の手練であることがわかったため心構えができるからだ。
言い換えると、何の情報も無く突入していたら足を掬われていたかも知れない と言うことだ。
その可能性を回避できただけでも、ヤツが無事であった意味はあるだろう。
だから、足手纏いになったことを悔やむ必要は無いのだぞ、神蔵堂ナギ。
貴様には貴様の役割がある。つまり、貴様は情報を伝えるだけでいいのだ。
だから、貴様は何も気にするな。貴様は充分に役割を果たしたのだ。
――ああ、くそ!! 『転移妨害』などと言う小癪な真似をしおって!!
これでは『転移』が可能な場所から『足』で移動せねばならんではないか!!
少しでも早く傍に行ってやり、あのバカをフォローしてやりたいのに!!
柄にもなく私に『泣きそうな感情』を伝えて来たアイツを慰めてやりたいのに!!
って、ち、違うぞ? 今のは言葉の綾でであって、ついつい口が滑った訳ではないぞ?
い、いや。こんな言い訳などしている場合ではないな。
今は一秒でも早く本山に駆け付けなくてはならん。
だから、もう実力を隠す真似などせず、一気に駆け抜けよう。
封印されていなければ、『虚空瞬動』の連続使用ぐらい朝飯前だからな!!
あ、いや、でも、『転移妨害』を『解除』してから全行程を『転移』した方が早いか?
だがしかし、『解除』に時間が掛かってしまうと、『転移』と『瞬動』の方が早いな……
う~~む、悩みどころだ――って、悩んでいる暇などないわっ!!
今は一刻も争う事態なのだから、悩む前に行動すべきだ。行動あるのみだ。
だから、確実に辿り着ける方法――つまり、『転移』と『瞬動』で行こう。
それに、気が急いているので『解除』に時間が掛かってしまう恐れがあるからな。
……だから、待っていろよ、神蔵堂ナギ。直ぐに駆け付けてやるからな。
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Part.06:過ぎたる力
「やれやれ……この程度なのかい? ネギ・スプリングフィールド……」
フェイトが「興醒めだ」と言う感情を隠しもせずに倒れ伏すネギに語り掛ける。
あきらかな挑発であることがわかっているため、ネギは敢えて何も反応しない。
いや、正確に言うならば、反応したくとも身体が言う事を利かないのだが。
……この様な事態に陥った経緯は非常に単純だった。
男達の入浴が終わった後(つまり、男達が歓談に耽っている頃)、ネギ・木乃香・刹那はバスタイムを満喫していた。
当初、刹那は木乃香と入浴することを「畏れ多いです」とか「護衛ですから」とか言う理由で断ろうとしたが、
木乃香が「せっちゃん、ウチとお風呂入るの嫌なん?」と潤んだ瞳で のたまったので、大した問題に至らなかった。
むしろ、問題は「さすがコノカさんです」と木乃香の嘘泣きを見抜きながらも木乃香を賞賛するネギかも知れない。
まぁ、それは さておき……そんなこんなでネギ達は入浴を楽しんでいたのだが、フェイトの襲来によって状況は一変した。
そう、木乃香を狙ったフェイトをネギと刹那が迎撃しようとしたのだが、大した抵抗もできずに瞬殺されてしまったのだ。
「……これなら、まだ一般人である筈の『彼』の方が手応えがあったくらいだよ?」
反応の無いネギに「本当に興醒めだよ」とネギの評価を下方修正したフェイトは、
そこで評価が上昇した人物――神蔵堂ナギと名乗る少年のことを ふと思い出したため、
何の気も無く口走ってしまった。それが、導火線に火を付けることとは想像だにせず。
「『彼』? ……まさか、ナギさんのことを言っているの?」
動きたくても動けない筈のネギだったが、何故か立ち上がった。フラフラして頼りないが、それでも立ち上がれた。
そして、口を開くことすら辛い状態の筈なのにネギは言葉を紡いだ。俯いたままとは言え、それでも言葉を発したのだ。
これらは あきらかに異常でしかないのだが、ネギが反応したことに意識が向いたフェイトは その異常性に気付かない。
「ああ、確か そう言う名前だったね」
ネギの異常性に気付いていないため、フェイトはアッサリとネギの疑問に肯定を示す。
それがネギを突き動かす原動力に決定打を与えることになるなど、露程も気付かずに。
そう、火にガソリンを注ぐどころかニトログリセリンを投下したことに気付かなかったのだ。
ヒュッ……ドゴォ!!
その結果、ネギの心の箍は外れ、ネギの中に渦巻いていた感情が堰を切って溢れ出た。
そして、その心の開放に引き摺られるようにネギの中で眠っていた魔力も放出された。
本来なら、心身の成長と共に開花すべき魔力が無理矢理に開放されてしまったのだ。
「『障壁』を破った……?」
当然ながらフェイトにはネギが猛スピードで突っ込んで来るのがハッキリと見えていた。
見えていたが「どうせ『障壁』に弾かれるだろう」と判断していたので避けなかったのだ。
だが、予想に反して『障壁』は破られたため、ネギの拳がフェイトに達したのである。
まぁ、そうは言っても、何の技巧も無い打撃でしかなかったため達しただけで余裕で防がれたが。
ズガガガッ
しかし、防がれたからと言って、それで止まるネギではない。いや、最早 防がれた程度では止まれないのだ。
ネギは暴走する感情の赴くまま力任せに拳を振るって券打の嵐とも言える怒涛の連撃をフェイトに浴びせる。
まぁ、もちろん、量で押したところで、接近戦での攻防技術を有するフェイトに すべて防がれてしまうが。
だが、そんなことは今のネギには関係ない。ネギにとっては、防がれるなら当たるまで撃てばいいだけなのだ。
「……どうやら魔力が暴走しているようだね? ボクと戦うには必要な力かも知れないが、過ぎた力は身を滅ぼすよ」
ネギがフェイトの『障壁』を破れたのは、溢れんばかりの魔力によって身体能力が著しく向上されたためだ。
まぁ、「今のネギが相手では、この程度で充分だろう」と言う慢心から『障壁』が弱かったこともあるが、
それでも、現段階のネギのキャパシティを超える魔力(によって上昇した筋力)が大きな要因であることは変わらない。
決して、ネギが『障壁突破』を行って攻撃を届かせた訳ではない。言わば、単なる力任せに過ぎない。
それを見抜いたフェイトは、このままではネギが力に耐え切れずに自滅することを予測し、敢えて それを告げる。
フェイトにとっては「期待外れ」なのもイヤだが「こんなところで潰れられる」のは もっとイヤなのだ。
「そんなの関係ない。『キミはナギさんを傷付けた』。それだけでキミを打倒するのに一切の躊躇は無い」
「へぇ? 今のキミでは、ボクの相手にならないうえに満身創痍だよ? それでも打倒できるつもりかい?」
ドガァ!!
「何か言った? こんなの、怪我の内に入らないよ?」
「……案外、血の気が多いね、ネギ・スプリングフィールド」
フェイトの忠告を挑発と受け取ったネギが遂にフェイトに打撃を当てることに成功する。
短い攻防の中でフェイトの防御パータンを学習し、フェイトの虚を突いたのだ。
そんなネギの評価を――激昂していながらも冷静に戦闘を分析していたネギの評価をフェイトは改める。
「――だけど、力任せの攻撃なんてボクには通じないよ?」
だが、ネギを適当にいなしていただけに過ぎないフェイトにとっては、まだまだネギは脅威ではない。
むしろ、圧倒的な強者の余裕として「まぁ、及第点くらいは与えてもいいかな?」と思うだけだ。
そのため、フェイトは「見るべきものは見たので、そろそろ本題に移ろう」とネギの意識を刈り取るのだった。
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Part.07:御せ無い力
御嬢様と(ついでにネギさんとも)一緒に入浴を楽しんでいたら、無粋な乱入者が現れた。
咄嗟に迎撃しようと無手ながらも攻撃するが、私の攻撃はアッサリと避けられ、更にカウンターをもらう始末だった。
その流れるような体捌きから(刀がなかったことを差し引いても)力量差があり過ぎることが理解できてしまった。
見たところ、ネギさんと同じくらい年の少女なのだが……見た目とは裏腹に強過ぎる。規格外と言ってもいい強さだ。
薄れそうになる意識を どうにか押し止め、必死に状況の把握に努める。
……どうやら、ネギさんが慌てて魔法詠唱に入っていたが、唱え切る前に潰されてしまったようだ。
そして、銀髪の少女は呆然としている御嬢様の方へ歩み寄る。最早 考えるまでも無く、狙いは御嬢様だろう。
だからこそ不味い。このままでは御嬢様が敵の手に落ちてしまう。それだけは防がなくてはならない。
ああ、だが、身体が動いてくれない。動かしたい と願っているのに、四肢が言うことを聞いてくれないのだ。
そうして私が動かぬ肉体に歯噛みしている間に、何事か会話を交わしたネギさんが立ち上がって銀髪少女に向かっていく。
その身に纏う圧倒的な『力』は、恐らく魔力の暴走によるものだろう。
溢れる魔力が本来なら動けぬ身体を無理矢理に突き動かしているのだ。
明らかに身を滅ぼすものだが、ネギさんは気にしていないようだ。
いや、むしろ、ここで何もできないことの方が耐えられないのだろう。
…………それは、私も一緒だ。
元師範代は言った。護衛に犬死は許されない、と。
ならば、犬死ではない死は許されるのだろうか?
いや、違う。護衛には守るための死しか許されないのだ。
だから、私も身を滅ぼす『力』でも行使してみせよう。
私が決意した頃には、ネギさんは倒れ伏していた。
経緯は見逃したが、敵にやられたのだろう。
できるだけ見られたくないので却って好都合だ。
「……で? キミはどうする気なの?」
銀髪少女は、私が『何か』をするつもりなのがわかったのだろう。油断なく私に問い掛けて来た。
しかし、訊かれるまでも無く答えは決まっている。御嬢様を守る以外に私のすべきことはない。
何故なら、私は『あの時』に誓ったからだ。御嬢様を守る と。何を犠牲にしても守ってみせる と。
だから、私も(ネギさん同様に)自らの身体すら厭わない。守るためなら、自分など要らない。
「決まっている。御嬢様は渡さない……」
だから、私は今まで抑え続けて来た『力』を開放する。
烏族と人間のハーフであるが故に生まれ持った『力』を。
人間とのハーフであるが故に制御できない烏族の『力』を。
恐らくは開放すれば二度と人間には戻れないだろう『力』を。
――私は御嬢様を守るために開放する!!
メキメキと音を立てて私の肩甲骨が盛り上がり、ビリビリと服を突き破って、終には灰色の翼を形成する。
続いて、腕も脚も骨格レベルで肥大化し、それに伴って筋肉も爆発的に膨れ上がり、まるで鎧の様相となる。
そして、四肢は灰色の羽毛に覆われ、頭部は鶏冠のように頭頂部の髪が伸び、顔には凶悪な嘴が生える。
「へぇ、烏族とのハーフであるとは聞いていたけど……まさか烏族の姿を真似るとはねぇ」
そう、この姿は烏族とは言えない。出来損ない もいいところだ。
烏族としては明らかに出来損ないで、人間としては明らかに異形。
言わば、私は『半端な化け物』に成り果ててしまったのだ。
……だけど、後悔はない。後悔などする筈がない。
私には、ここで御嬢様を守れないことの方が遥かに恐ろしい。
そう、ここであきらめることの方が私には辛いことなのだ。
あきらめたら、今までの『誓い』や『想い』が嘘になってしまう。
――だから、私は何の躊躇いも無く駆ける。
当然、狙いは銀髪少女……と見せ掛けて、銀髪少女の傍らで伏している御嬢様だ。『気』の量は爆発的に増えているが、それでも この少女には及ばない。
ならば、どうするか? 決まっている、『御嬢様を連れて逃げる』のだ。もちろん、剣士として敵に背を向けるなど恥ずべきことだろう。
だが、今の私は『護衛』だ。大事なのは『守ること』だ。他は『要らない』。だから、私は一切の躊躇なく御嬢様を連れて逃げ出そうと夜空へ駆け出した。
――しかし、御嬢様を抱えて空に飛び出そうとしたところで、不意に私は強い衝撃に襲われた。
「逃げるのは悪くない判断だ。勝てない勝負はするべきではないからね。
だけど、決断が遅過ぎたね。いや、行動ができなかっただけかな?
まぁ、どちらにしろ、ネギ君と戦っている時に逃げるべきだったよ。
だって、一対一の状態なら、その程度の速度など追い付けるからね」
そんな言葉が聞こえるなか、再び襲ってきた衝撃によって私は意識を手放さざるを得なかった……
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Part.08:それぞれの役割
本山から遠くない場所に『転移』したエヴァは、そこから遠くはないが近くもない距離を『虚空瞬動』の連続で駆けて来た。
本来、『虚空瞬動』は近距離を高速移動するための技術であるため、その連続使用はいくら高位の魔法使いたるエヴァでも無茶としか言えない行為だ。
だが、それがわかっていてもエヴァは『飛行』を使う気にならなかった。無茶でも『虚空瞬動』を連続使用することを選んだのだ。
つまり、それだけエヴァは急いでいた と言うことであり、神蔵堂ナギの弱気な姿はエヴァを そこまで急がせる原因となったのであった。
「まさか、タカミチと近衛 詠春がやられるとはな……」
力なく項垂れる少年の背にエヴァが「本当に想定外の展開だ」と言わんばかりに声を掛けた。
それは「お前の読み違いではない = お前のせいではない」と言うフォローが隠されていた。
だが、それがわかるだけに「この展開」を想定していた少年の心は より深く抉られる。
オレは全て想定できていたのにもかかわらず『この策』を選んだんだ と自身を責め立てる。
「まぁ、油断していたのもあるけど、何よりも『足手纏い』を庇ったのが大きかっただろうね」
少年は顔を上げて、泣きそうな顔に自嘲の笑みを張り付ける。
それは どこからどう見ても『空元気』でしかなかったが、
指摘するのも無粋であるためエヴァは気付かない振りをする。
「……ヤツ等は お前の護衛だろう?」
だから、エヴァは指摘する代わりに少年が辛そうにしている理由を推察して 不器用ながらもフォローを入れる。
つまり、遠回しに「護衛対象なので足手纏いなのは当然だ → だから気にするな」と言っているのである。
ちなみに、婉曲的な表現をしたのはエヴァがツンデレだから……ではなく、少年を気遣っているからである。
「そうだね。それに、そもそも『役立たず』に面倒事を押し付けた学園長が問題だよね」
少年はエヴァの気遣いがわかるため、敢えていつものような態度を取る。つまり、「オレのせいじゃない = オレは悪くない」と言い張ったのだ。
その眼が「それでも、オレのせいなのは変わらない」と語っているが、それでも、いつもの調子に戻った……ような態度を取ろうとしている。
言わば、それは「これ以上の慰めは逆に無粋でしかない」と言う態度だろう。それがわかるだけに、エヴァは それ以上のフォローができなくなる。
「まぁ、そうだな。人には向き不向きがあるからな――っと、そう言えば、話し込んでいる場合ではなかったな」
だからこそ、エヴァは態とらしくも少年のフォローを切り上げることにする。
そして、「では、後は手筈通りにやる」とだけ告げ、その場を後にした。
少年のことは気になるが、今は少年からの『依頼』を完遂すべきだと判断したのだ。
そのため、エヴァは後ろ髪を引かれる想いを振り払って木乃香のもとへ向かうのだった。
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エヴァが本山を発って暫くした後、少し落ち着きを取り戻した少年はネギと刹那のもとへ向かった。
もちろん、ラッキースケベを期待したのではない。二人を介抱するためである。
今の彼には下心などない。何故なら、今の彼は自己嫌悪に支配されているのだから。
自己嫌悪が強過ぎて、とてもではないがスケベ心を発揮できるような余裕がない。
「せっちゃん……無理しちゃダメじゃないか…………」
そして、二人のもとに辿り着いた少年が見たものは異形に成り果てた少女の姿だった。
現在の刹那は刹那と判別するのすら困難な程に変わり果てていたが、少年にはわかった。
翼を生えていようが、嘴が生えていようが、鶏冠が生えていようが、少年にはわかるのだ。
「本当、せっちゃん は いつも無理ばかりするんだから……いつも無理をして、いつも傷付いて…………」
刹那をここまで追い込んでしまったことに思わず泣き崩れそうになるが、そうはいかない。
今は気を失っているが、もしも刹那の意識が戻ってしまったら最悪の事態になってしまう。
今の刹那を見たことが刹那に知られたら、刹那の心が深く傷付くことなどわかりきっている。
だから、少年は自分の中に眠っているであろう『力』を引き出す。
少年の予測が正しければ、少年は「魔法や『気』を無効化する能力」を持っている筈だから。
造られた世界とは言え、一つの世界すら終わらせる原動力となる『力』を引き出せる筈だから。
刹那の身に起きたであろう「『気』の暴走による変化」など『無効化』できない筈がないから。
……だから、少年は ゆっくりと刹那を包み込むのであった。
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オマケ:その頃の変態司書 ―その2―
『アルよ。まさか、こうなることがわかっておったのか?』
同時刻、麻帆良学園の学園長室にて。『遠見の鏡』を覗き込みながらアルビレオ・イマと『交信』する近右衛門の姿があった。
その言葉は疑問の形をしているが、「わかっていたからエヴァを修学旅行に同行させたのだろう?」と言う確認でしかない。
そう、近右衛門がナギの要望(エヴァを護衛として同行させる)を受け入れた背景にアルビレオの進言があったのである。
ちなみに、この『遠見の鏡』はナギの使っていたネギ製作の物とは異なり、壁掛サイズで長距離を『遠見』するのに便利なタイプである。
『いえいえ。私としても、こんなことになるとは……まったく以って想定の範囲外ですよ?』
近右衛門の問いに対するアルビレオの反応は、言葉とは裏腹に実に愉快そうであった。
まぁ、内心では「『こんなことになる可能性』があったのは事実ですけどね」と考えているが。
もちろん、それに気付かない近右衛門ではない。そのため、近右衛門は別の角度で切り込むのであった。
『……なるほどのぅ。して、その想定を立てるに至った情報源は何処から得たんじゃ?』
『そんな立派なものじゃありませんよ。小耳に挟んだ情報から類推しただけですから』
『ほぉう? 御主に接触できる人間など限られておる筈じゃったと記憶しておるが?』
『まぁ、確かに仰る通りですが……現在はインターネットが普及していますからねぇ?』
近右衛門は遠回しに「ワシの管轄外から情報源を得られる訳が無い」と攻め、アルビレオは それをやんわりとかわす。
『はて? 以前、インターネットに落ちている情報など塵芥に過ぎない と言っておらんかったか?』
『まぁ、確かに言いましたね。ですが、アーウェルンクスの面影を持つ少女の写真くらい入手できますよ』
『……ならば、その少女が西の反乱分子と繋がっていることの確証は どうやって得たんじゃ?』
『彼女はイスタンブールからの研修生として入ったようですねぇ。そうブログに書いてありましたよ?』
『ほほぉ、ブログとな? 態々 自分から秘匿すべき情報を垂れ流す間抜けがおる訳がなかろう?』
近右衛門はアルビレオが惚けているのを理解したうえで粗を突いていき、そして遂に尻尾を――
『いえ、彼女のブログではありませんよ。西に所属する「紳士」だと思われる方のブログです。
そこには「今日、銀髪幼女が研修に来たんだお」と言う羨ま――いえ、頭の悪い記事がありました。
その記事に貼付けられていた写真はモザイクが掛けられているとは言え、彼女に相違ありません。
あ、ちなみに、タイトルは「美幼女は世界遺産にするべきだと思う」です。実に秀逸ですよね?』
遂に尻尾を掴んだと思ったのだが……残念ながら、それは最悪な方向で躱わされたのだった。
『……どうでもいいかも知れんが、そのモザイクとは目元を隠すためのものじゃろ?』
『当たり前です。幼女はチラリズムで愛でるものであることは世界の常識でしょう?』
つまり、アルビレオは「秘所をモザイクで隠している訳ではない」と言っているのである。
言わば、変態と言う名の紳士として「YESロリータ、NOタッチ」の精神は譲れない部分なのである。
まぁ、極めて流しても構わない部分であるとは思うが、大事なことなので敢えて説明して置いた。
『な、なるほどのぅ。大体の事情はわかったわい』
『そうですか。妙な誤解が解けてよかったです』
アルビレオは爽やかな笑顔で言うが、解いた誤解の方向が違うような気がするのは気にしてはいけない。
別な方向(主に変態としての意味)で誤解を招いたとしか言えない気がするが、それでも気にしてはいけない。
何故なら、アルビレオが変態なことなど周知の事実なので、今更『変態度』が上がっても誰も気にしないからだ。
『――つまり、那岐君を庇っとるのじゃろ?』
だが、近右衛門は やり手だった。アルビレオが変態的なネタで誤魔化そうとしたのに気付いていたのだ。
そして、そんな誤魔化し方をしてまで『情報源』を隠そうとしているのなら、思い当たる節は少ない。即ち、彼だ。
『……はて? 仰っている意味がわかりませんよ?』
『わかっておろう? 御主が庇う相手など限られていることは』
『しかし、彼しか選択肢が無い訳じゃないでしょう?』
『じゃが、今 庇う可能性が一番 高いのは那岐君じゃろ?』
……去年の夏以降、神蔵堂 那岐と言う少年は大きく変化した。当然ながら、それに気付かない近右衛門ではない。
そして、疑わしければ調べる(調べさせる)のが近右衛門であり、調べることを担当したのがアルビレオであった。
調査の結果、アルビレオは少年を「私が保証する」と評した。それ故に、アルビレオには少年を庇う義務があるのだ。
その様な経緯があるため、アルビレオが庇う可能性が高い人物として近右衛門は少年に目星を付けたのである。
ちなみに、アルビレオの調査方法は(言うまでも無いだろうが)『イノチノシヘン』を利用して記憶を読む と言うものである。
まぁ、アルビレオがどんな『記憶』を読んだのかは神のみぞ知る と言うかアルビレオにしかわからないが、
アルビレオの調査報告は「特に異常は見られないが、彼とは同志になれると思う」と言うものだったため、
近右衛門は「まぁ、思春期特有の症状かのぅ」と好意的に解釈して彼への疑いは棚上げされていたのだった。
余談だが、タカミチも彼の変化に気付いてはいるが、「成長したねぇ」と好解釈しただけだったりする。
『やれやれ、そこまでわかっていながら情報源を訊くとは……随分と意地が悪いですねぇ?』
『つまり、情報源は那岐君に関係しているため答えたくない と言うことでいいかのぅ?』
『まぁ、ぶっちゃけると そう言うことになりますね。ですから、追求はやめてくれませんか?』
『……ふむ。「那岐君を庇っている」と言う情報を開示しただけで満足しろ と言う訳じゃな?』
『さぁ、どうでしょう? 解釈はお任せ致しますけど、そう受け取っていただいて構いません』
アルビレオは素直に認めながらも「これ以上は踏み込むな」と伝える。
そもそも、その意図があったからこそ近右衛門が結論を得やすいように誤魔化したのだ。
ただ、これ以上は教える訳には行かない。彼の許可なく語れることではないのだ。
そのため、アルビレオはストレートに「追求するな」と『警告』しているのである。
『……わかったわい。御主が危険視しとらんのなら、今は様子を見ることにするわい』
近右衛門はしばし躊躇したが、アルビレオが彼を庇い続けている と言う態度から、
少なくとも危険人物ではなかろう と判断し、会話を切り上げるのだった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。
今回は「遂に彼が『自分が何者であるか』に気が付いた」の巻です。
あ、「彼が何者であるのか?」については おわかりですよね?
そうです。神楽坂さん家の明日菜さんのTS(性別反転)です。
思いっ切りバレバレだったでしょうけど、やっと明言できました。
しかし、本当に『やっと』です。やっと気が付かせることができましたよ。
実を言うと、当初はエヴァ戦で気付かせようとしたんですけど……
それだと修学旅行で無駄な足掻きをしてくれなさそうだったので、
修学旅行で気付かせることになり、やっと気付かせられた訳です。
ちなみに、詠春がフェイトちゃんに使った『斬空閃』ですけど、あれは『斬空閃・弐ノ太刀』です。
だって、態々 技名を叫ばなくても技を使える(と言う設定になっている)んですから、
『弐ノ太刀』だとバレないように『斬空閃』とだけ叫ぶ方が説得力あるじゃないですか?
まぁ、フェイトちゃんには見抜かれて避けられちゃった訳ですけど(あ、彼には見抜けませんでした)。
ところで、『転移妨害』が施されているのに彼がポケットから『睡仙香』を取り出せた件ですが……
小太郎戦で使った後、『蔵』には仕舞わずにポケットに入れていたから……と言うことにしてください。
いえ、この作品に そんな細かい部分の整合性などは期待していらっしゃらないでしょうけどね?
それと、『睡仙香』に関して他にも補足説明があります。
彼がタカミチを『睡仙香』で眠らせましたけど、本来なら『咸卦法』状態のタカミチには原液だろうと効きません。
ただ、今回に限っては、タカミチが石化に抵抗している状態であったので魔法抵抗力が落ちていたから効いたんです。
もちろん、彼がそこまで理解していたのかは不明です。不明ですけど、結果として彼は目的を達成した訳です。
相変わらず後書きで補足説明をせざるを得ない自分の文才に乾杯です……
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2010/8/6(以後 修正・改訂)