第30話:家に帰るまでが修学旅行
Part.00:イントロダクション
今日は4月25日(金)、修学旅行四日目。
本山襲撃事件から一夜明け、西側が事件の事後処理に追われた日。
原作では刹那が「翼」を見られたことを理由に皆の下を去ろうとした日。
そして、原作では詠春が一行にサウザンド・マスターの別荘を案内した日。
『ここ』では、一部分は重なるが大部分は別の結末となるのだった。
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Part.01:またもや妙な夢を見た
「ようこそ……御初に御目に掛かる。私はフィレモン、意識と無意識の狭間に住まう者」
いや、意識と無意識の狭間とか言われても反応に困るんですけど……?
って言うか、『御初』じゃなくて『二度目』じゃないですか?
オレの記憶が確かならば、以前にも(20話参照)お会いしていると思いますよ?
「……なに、ちょっとした御茶目と言うものだよ」
反応に困るので、本気かボケか判断に困るボケは やめて欲しいです。
って言うか、貴方って そんなに御茶目な性格してましたっけ?
何て言うか「使命に忠実です」ってイメージがあるんですけど?
「それは、『キミの知っている物語では』だろう?」
……ああ、まぁ、そうですね。確かに それは「ペルソナの中では」ですね。
考えてみれば『ここ』のネギ達が「ネギま の ネギ達」とは違うんですから、
『ここ』の貴方は「ペルソナの貴方」とは違う、と言うのは当たり前ですね。
「まぁ、そう言うことだね。何事も自分の尺度だけで決め付けるのはよくないよ?」
そうですね。世の中、オレの想像も及ばないことだらけですもんね。
それに、そのせいで手痛い失敗をしたばかりなんで身に染みてますよ。
『ここ』は物語の世界なんかじゃないって、泣きたくなる程にわかりましたよ。
「そうかね。それならば、私からは特に何も言うことは無い」
そうですか。ならば、オレから訊きたいことがあるんですけど……
もし時間があるのでしたら、オレの疑問に答えていただけませんか?
「……まぁ、私に答えられることであれば、ね」
では、遠慮なく質問させてもらいます。実は、この前の会話で気になっていることがありまして……
貴方、確か、オレに「『本当の名前』を持っている」って感じのことを言っていましたよね?
あれって「アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシアと言う本名がある」ってことだったんですか?
「それに答える必要は無いな。何故ならば、君は既に『答え』を出しているのだから」
答え……? それは一体どう言うことですか?
オレは前回「ナギの本名だ」と考えたんですよ?
ですから、オレは答えなんて出せてないんですけど?
「忘れたのかね? 君は『名前が変わろうともオレがオレであることに変わりはない』と断言してのけただろう?」
……ああ、確かに言いましたね。
そんな大層な事を言ったなんて……
恥ずかしながら、忘れていましたよ。
「思い出したのならば、君の質問に答える意味がないことはわかるだろう? 君がどんな名前だろうと君は君なのだから」
ええ、そうですね。自分で言ったんですよね。
オレが誰であろうと、オレはオレだって。
那岐であろうとナギであろうとアセナであろうと……
「そう、だからこそ、私は君に『力』を渡したのだよ?」
『力』……ですか。確か「心に潜む『もう一人の自分』を呼び出す『力』」でしたっけ?
それって「『那岐』や『アセナ』や『黄昏の御子』の記憶を呼び戻す」ってことですよね?
「まぁ、そうとも言えるが、そうとは言えないな。何故なら、君はやっと最初の扉を開いたに過ぎないからね」
なるほど。確かに、今のオレは那岐の記憶を取り戻しただけに過ぎません。
アセナの記憶も『黄昏の御子』の記憶も触り程度しか思い出せていません。
言わば、第二・第三の扉は その存在を認識したに過ぎない、と言うところですね。
「…………まぁ、そう言うことだ」
微妙に長い沈黙が気になりますが……まぁ、いいでしょう。
別に、どうしても思い出したい訳でもないですから。
それに、思い出したとしても、オレはオレでしょう?
「その『答え』は君自身が出したまえ。それが『力』を持つ者の義務であり権利さ」
ええ、わかっていますよ。貴方が『このタイミング』で現れた理由も含めて、ね。
つまり、オレがオレを――自分が何者であるか を見失っていたからでしょう?
ですが、御蔭で思い出せましたよ。オレは何があろうとも『オレ』だってことを、ね……
「……そうかね。では、また会おう」
そうですね、また会いましょう。
まか、その機会が来れば ですけどね。
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そして、オレは目を覚まし、視界に広がる「見覚えのある天井」に少し安堵するのだった。
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Part.02:少女の溜息
「やぁ、おはよう、せっちゃん」
少年――いや、せっかく己を定められたのだから呼称を変えるべきだろう。なので、『人』としての『最初の名前』に肖りアセナと呼ぼう。
本人は「日本人らしくなくて違和感がある」とか言うだろうが、もともと日本人ではなくウェスペルタティア人なのであきらめてもらおう。
と言う訳で、アセナが簡単に身支度を整えて寝ていた部屋を出ると、近くの廊下の縁に どんよりとした刹那が座っているのが目に入った。
恐らくは、木乃香を守り切れなかったことを悔いているのだろう。そう判断したアセナは、刹那を元気付けるために敢えて軽口を叩いた。
「……おはようございます、那岐さん」
しかし、刹那はアセナの軽口に応えることはなく淡々と挨拶を返すのみだった。
いつもなら「せっちゃん と呼ばないでください」と条件反射的に応えてくれるのに、
それすらしないと言うことは、どうやらアセナが想定した以上に重傷のようだ。
「え~~と、事情は聞いているよね?」
アセナの言う事情とは、昨夜 刹那が必死に守ろうとした木乃香はダミーだった と言うことだ。
つまり、ダミーだったので守り切れなかったとしても刹那が気に病む必要はない と言いたいのである。
と言うか、刹那にダミーであることを伝えてなかったアセナが全面的に悪い と暗に含んですらいる。
「……ええ。先程 長より伺いました」
どうやら刹那も事情は知っているようだ。つまり、アセナの言わんとしたことは すべて伝わった筈だ。
それなのに、刹那の表情は暗いままだ。まるで「自分がすべて悪い」と思い込んでいるような様子だ。
御節介かも知れないが、アセナとしては こんな刹那を見ていたくない。幼馴染としても加害者としても。
と言うか、今回はすべからくアセナに責任があるので、刹那は何一つとして己を責める必要はない。少なくともアセナは そう思っている。
「じゃあ、何で落ち込んでいるのさ? ここは、知らせなかったオレを責めるところじゃない?」
「ですが、那岐さんの策謀によって御嬢様は守られたのですから、責められる訳がありません」
「それでも、オレが知らせなかったばっかりに せっちゃんに掛けないでいい負担を掛けたんだよ?」
「確かに そう言った側面はあります。ですが、私では守り切れなかったことは変わりませんから」
刹那の言う通り、ダミーが本物だった場合、刹那一人では守り切れていなかった。エヴァがいなければ最悪の事態に陥っていたことだろう。
「……まぁ、確かに そうだけどさ。でも、それって せっちゃんが『一人で守る』ことを意識し過ぎてるんじゃない?」
「ち、違います!! 私は一人で守っているつもりなんてありません!! 自負はありますが、奢ったつもりはありません!!」
「でも、せっちゃんは『私では守り切れなかった』ことで落ち込んでいるんだよね? さっき、そう言ってたよね?」
意図せずに漏れた本音だったのだろう。刹那に そのつもりはなくても、そう言った認識があったに違いない。
「確かに、直接的な護衛は せっちゃん しか配置されていないね。麻帆良でも京都でも、それは変わらない。
つまり、せっちゃん が このちゃん を守ってきたことは否定しない。紛れもない事実だからね。
でも、麻帆良でも京都でも学園長や詠春さんを始めとした様々な人達が様々な方法で このちゃんを守っている。
それはわかっているよね? 当然、これも否定できない事実さ。と言うか、こっちの方が効果的だよね?」
「……ええ、わかっています。那岐さんの仰る通り、私の力など微々たるものです」
「そうじゃないよ。オレが言いたいのは、せっちゃんには せっちゃんの役割があるってことさ。
人間は万能じゃない。人間には、できること と できないことがある。それは誰も一緒さ。
だから、せっちゃんは せっちゃんにできることで、せっちゃん にしか できないことをすればいいんだよ」
「私にしか、できないこと……ですか?」
「このちゃんの傍で このちゃんを守ることは、家族とは言え大人の男性である学園長にも詠春さんにもできないことじゃない?
と言うか、同性で、同年代で、しかも このちゃんと個人的に仲がいいんだから、他の若い女性にもできないんじゃないかな?
このちゃんの護衛としてだけでなく、このちゃんの友達としても、このちゃんの心身を共に守れるのは せっちゃんだけの筈さ」
「……つまり、現在の様に御嬢様と『距離』がある状態は好ましくない、と言うことですか?」
「ああ、ごめん。そう言う意味じゃないんだ。せっちゃんには せっちゃんの考えがあって今の関係になっているんでしょ?
オレは単に思ったことを語っただけで、別に『そうすべきだ』とか言うつもりはないよ。まぁ、参考にしてくれたら有り難いけど。
とにかく、余計なことまで言っちゃったけど、単にオレは せっちゃんが不必要に一人で抱え込んでいるのを見たくないだけさ」
別にアセナは無理に刹那と木乃香の距離を縮めさせるつもりはない。本人達のペースで歩み寄ればいい と考えている。
刹那を元気付けるために ついつい「刹那にしかできないこと」を語ってしまったが、別に それを強制するつもりはない。
いつかは そうなってくれればいい とは思うが、直ぐに そうなることは期待していない。アセナは当事者ではないからだ。
二人の問題なのでアセナが割って入っても意味がない。と言うか、アセナの仲立ちなどなくても二人なら歩み寄れる筈だ。
「……ありがとう、ございます」
「こっちこそ、変な話を最後まで聞いてくれて ありがとう。二人の事情を詳しく知りもしない癖に、口出しするなんて失礼だよね?
それはわかっていたんだけど……せっちゃんが一人で苦しんでいるのが放って置けなかったから、ついつい口出ししちゃったんだ。
まぁ、悪気がなかったからと言って許されると思わないけど、それでも『幼馴染として』せっちゃんを頬って置けなかったんだよ」
「はぁ……あ、いえ、すみません。とにかく、私は別に気にしてはいませんから」
アセナとしては「オレ、少し いいこと言ったと思うんだけど、何で呆れられたような溜息を吐かれたの?」と言う気分であるが、
刹那としては「この人、何で乙女心を一切 理解してくれないんだろう?」と言う気分なので溜息の一つくらい吐きたくもなる。
自分のことを考えて苦言を呈してくれて喜んでいたら、それは『幼馴染として』でしかなかったのだから刹那の気持ちは複雑だろう。
「それよりも、那岐さんは御嬢様の婚約者でしょう? 私よりも御嬢様を気にしてください」
刹那の言う通り、アセナは木乃香の婚約者なので、幼馴染として とは言え他の女性を気に掛けるのは褒められたことではない。
アセナも その意見には賛成なのだが……にこやかに話している筈なのに刹那が不機嫌にしか見えないのが、妙に引っ掛かるらしい。
まぁ、不機嫌の理由を「もしかして、全裸を拝んじゃったことがバレてて密かに怒っていたりするのかなぁ?」とか考える始末だが。
「ち、違います!! あれは事故として納得しています!! ですが、蒸し返されるのは気分が よくありません!!」
どうでもいいが、想定した理由も酷いが、それを思わず口走ってしまうことも酷いだろう。どう考えてもセクハラだ。
……実は、昨夜の刹那は『変身』のせいで服がビリビリに破れてしまっていたため全裸に近い状態だったのである。
当然ながら、変態と言うアレな枕詞が付くが紳士を自称するアセナは、バスタオルを巻いてから刹那を布団に寝かせた。
だが、バスタオルを巻く前にコッソリと脳内メモリーに『絶景』を収めていたことは最早 言うまでもないことだろう。
(まぁ、どうやら「全裸を見られた」と思われている『だけ』みたいだから、これで善しとして置こうかな?
もしも『変身した姿も』見られていた ことが知られてしまったら、せっちゃんは傷付いちゃうだろうからね。
オレが せっちゃんから汚物のように見られるだけで済むのなら安いものさ。むしろ、御褒美とすら言えるね。
って、あれ? オレ、何かが微妙に変になってない? 今まで以上に変態になっている気がするんだけど……
もしかして、那岐の性癖とナギの性癖が合わさって素敵過ぎるハーモニーを奏でちゃっているのかな?)
「あの~~、那岐さん? まだ私の話は終わっていないんですけど?」
「え? あ、ごめん。ついつい思考に没頭しちゃってたよ。
んで、何だっけ? 全裸を見たことをトットと忘れろって話だっけ?
オレとしては今後の生きる糧にしたいから忘れたくないんだけど……」
「……はぁ、もういいです」
アセナの あまりにもなダメっぷりに刹那は色々とあきらめたようだ。先程よりも深い溜息を隠しもせずに披露する。
ちなみに、アセナは「二回も せっちゃんに溜息を吐かれました。本当にありがとうごさいます」とか考えいるので、
刹那の判断は英断だった と言えるだろう。と言うか、溜息を吐くだけでなく、汚物扱いしてもいいのではないだろうか?
どうでもいいが、刹那は相当に呆れたようで、その後は大した話もせずに会話は終了したらしい。
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Part.03:成果と報酬
「……そう言えば、ネギは?」
刹那と別れたアセナは巫女さん達の用意してくれた(ここ重要)朝食を美味しく いただいた。まぁ、朝食と言うよりも昼食と言うべき時間帯だったが。
ともかく、朝食を終えたアセナが腹ごなしに屋敷内をブラついていると、廊下の柵に腰掛けて足をブラつかせながら お茶を啜っているエヴァを発見した。
少々 気になっていたことがあったアセナは「おはようエヴァ、行儀悪いよ?」とか話し掛けた後 適当に会話を交わし、上の問い掛けに移ったのである。
「まだ寝ている。肉体の損傷は一番 酷かったからな、仕方がないさ。まぁ、昼には目覚めて、普通に動けるようになっているだろうが」
エヴァの説明によると、攻撃を受けた損傷よりも無茶な負荷を掛けたことによる損傷が酷いようで、筋とかがズタズタだったらしい。
そんな重態なのに一晩寝れば動ける程度には回復させてしまうのだから、魔法とは異常な技術だろう。怪我に関しては医者要らずだ。
もちろん、病気に関しては現代医療の方が優れているだろうから、魔法も科学も一長一短だ。弱点を補完し合えたら、理想だろう。
「何と言うか、損傷に関しては あの銀髪に感謝するんだな。深刻なダメージが残らないように、早々に無力化してくれた訳だからな」
どうやら、エヴァは「あれだけの損傷を負うとは どんな無茶をしたのだ?」とネギの戦闘が気になったらしく、ネギの記憶を『読んだ』らしい。
その結果 判明したのが、ネギの暴走が身を滅ぼすことを推察したフェイトが、最小限の被害で済むように速攻で沈めてくれた可能性、である。
目的(木乃香の拉致)を優先しただけかも知れないが、見方によってはネギを気遣った とも取れるのだ(まぁ、正確には刹那もだろうが)。
「……なるほど、事情はわかったよ。だから、ちょっと『お話』して来るね?」
敵にまで気を遣われる程 暴走したネギに軽く頭を痛めたアセナは、ネギと『お話』をするためにネギが休んでいる部屋に赴くことにする。
その心情は「このまま放って置くと悪化の一途だろうから、ここで ちょっと叱ってあげなければならないね」と言ったところだろう。
ちなみに、エヴァはアセナの心情を理解しているようで「まぁ、程々にな」と生暖かい声援を送りつつアセナを生暖かく見送ったらしい。
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「ってことで、ネギ。昨夜は御苦労だったね」
部屋に着いたアセナは「やっぱり、起こすのは心苦しいから、ネギが起きるまで待っているべきだよね?」とか思っていたが、
アセナの気配に気付いたのか、ネギはアセナの入室と ほぼ同時に目を覚ましたので、アセナの気遣いは無駄に終わった。
どうでもいいが、寝惚けていたのか素なのかは定かではないが、起き抜けのネギがアセナに抱き付く と言うハプニングが起きたが、
アセナは華麗にスルーし、アセナや木乃香が無事であることや事件はエヴァや西の方々が解決してくれたことを説明した後 本題に移った。
「だけど、無茶し過ぎ。その点については褒められないよ?」
まずは褒めるべきところを褒めて、それから叱るべきところを叱る。ただ叱るだけでなく、褒めながら叱るのがアセナの遣り方だ。
ちなみに、犬の躾ける時は褒めるべきところと叱るべきところを明確にしないと うまく躾られないらしいが、これとは関係ない筈だ。
いや、本当に、まったく関係ない話の筈なのだが、どことなく似ている気がするのは仕方がないだろう(まぁ、人間も動物だし)。
「ですが、ナギさんが危険だった訳ですし……」
アセナもネギの言いたいことはわかる。むしろ、アセナが危機に怒ってくれたことは素直に嬉しい。
だが、手放しで喜んではいけない。何故なら、ネギを そうなるように誘導したのはアセナだからだ。
正確にはナギの頃のアセナが、保身のためにネギの気持ちを利用したのだから、喜んでいい訳がない。
「ネギがオレを守ってくれようとしたことは素直に嬉しいよ? だけど、ネギには無茶をして欲しくない と言う気持ちの方が強いんだよ」
利用云々について話す訳にもいかない(と言うか、23話から考えると既にネギは それを承知している)ので、アセナは別の側面からネギの説得に掛かる。
23話でネギが語ったように、アセナはネギを利用するつもり『だけ』ではない。ネギのことを見捨てられないくらいには大切に思っているのも事実だ。
いや、正確に言うと、もうネギはアセナの大切な人間の一人になっている。だから(傲慢だと自覚しているが)アセナはネギが傷付くのを見たくないのだ。
(……正直に言うと、これまでは「魔法と言う厄介事」に巻き込まれたこともあってネギに対して少々の隔意があった。それは認める)
だけど、今となっては――アセナ自身に魔法と関わらざるを得ない理由があることを知った今となっては、
魔法に巻き込まれたことなど大した問題にならない。むしろ、そんなアセナを守ろうとしてくれたことに感謝すべきだ。
それに、纏わり付かれて少々ウンザリするところもあったけど、明け透けに慕われて悪い気はしていなかったし。
「だって、オレはネギが大切だから、ネギが傷付いたら悲しいから……ね?」
だから、アセナはネギを そっと抱きしめる。もちろん、ネギが拒もうとすれば簡単に拒めるくらいの強さで、だ。
と言うか、いくら(アセナにデレっている)ネギが相手とは言え、問答無用で抱きしめるんだから最低限の気は遣う。
ちなみに、もうアセナはフラグなど気にしていない。アセナ単体でも重大なフラグを抱えているのが判明したからだ。
むしろ、優先すべきなのは『ネギの心の支え』になってやることだ。それが、ナギではなくアセナの出した結論なのだ。
「ナ、ナギさん……?」
ネギから驚いたような反応が返ってくるが、どうやら嫌がっている訳ではないようだ。
嫌がられない自信はあったが、それでも嫌がられなかったことにアセナは胸を撫で下ろす。
今まで それなりにスキンシップはして来たが、こうして抱きしめたのは初めてだからだ。
アセナはネギが嫌がっていないことを確信すると、少しだけ抱きしめる力を強めて、その耳に囁くように言葉を紡ぐ。
「だから、もう無茶しないでね?」
「は、はい、わかりました……」
ネギの戸惑いを封殺した形になったが、どうやらネギは喜んでいるようなので問題ないだろう。
その証拠に、ネギの身体から強張りは完全になくなっており、アセナに身体を預けている。
脱力したネギはアセナの胸に顔を埋め、アセナは それを歓迎するためネギの頭を撫で続けるのだった。
……後になって自分の行動を振り返ってアセナは身悶えすることになるが、この時のアセナは全然平気だったらしい。
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「ところで、銀髪幼女には逃げられてしまった訳だけど、天ヶ崎 千草の方は どうしたの? 報告は受けてないよね?」
ネギとの『お話』を終えて部屋を後にしたアセナはニヤニヤしているエヴァに訊ねた。
エヴァがニヤけている理由は、アセナ達の様子を『遠見』で見ていたからだろう。
物凄く恥ずかしいが、ここは敢えて気にしない。下手に触れれば墓穴を掘るだけだからだ。
それに、昨夜(29話のオマケ)は忘れてしまっていたが、千草のことが気になるのは本当だ。
「ん? ……ああ、あの女か。確か、氷付けにしたまま放置して来た気がするな」
そーなのかー と納得しそうになるが、慌てて頭を振って自身を諌めるアセナ。常識的に考えて、これは流してはいけない。
と言うか、職務怠慢ではないだろうか? どう考えても こんなところでのんびり お茶を啜ってる場合ではないだろう。
それに、一瞬だけとは言えエヴァが「天ヶ崎 千草って誰だ?」と言わんばかりの顔をしていたのもアセナは見逃していない。
つまり、エヴァはナチュラルに流そうとしていたが、アセナとしては流せない事態だったのである。
「何て言うか、今まで忘れてたオレが言うのもアレだとは思うけどさ……」
「そう思うなら言うな!! 言われずともわかっている!! わかっているんだ!!」
「だが、敢えて言おう。まだ利用価値があるんだからウッカリで殺すな、と」
「こ、殺してない!! 氷付けにしたままだから、まだ殺してないもんね!!」
いや、何で幼児化するのさ? と言うか、幼児化して誤魔化そうとしてない? とか、アセナは内心で冷静にツッコむ。
「って言うか、どう言う原理かは知らないけど、普通は氷付けにされたら死なない?」
「大丈夫だ!! 魔法による不思議現象だから大丈夫なのだ!! ご都合主義なのだ!!」
「……これで死んでたら罰ゲームね? 具体的には猫耳スク水でオレに奉仕してね?」
もちろん、アセナも自分で言っていて「オレってどうしようもない変態かも知れない」とは思っている。だが、止められないらしい。
「信じてないな!? 私の魔法技術は超一流だから大丈夫なんだぞ!! って言うか、何だその罰ゲームは?!」
「生きているって自信があるんでしょ? それなら、その程度の罰ゲームなんて問題ないんじゃない?」
「……それならば、生きていた場合は貴様も罰ゲームをするのだな? そうでないと不公平だろう?」
「まぁ、構わないけど……オレに猫耳スク水で奉仕して欲しいの? それなら何時だって望むところだよ?」
「あれ? 私、何か間違ったか? 何か開いてはいけない扉を開いた気がするぞ? って言うか、断れ!!」
まぁ、変態にヘンタイなことを要求しても御褒美にしかならない と言う実例だろう。エヴァの選択ミスだ。
そんな訳で、茶々丸に確認してもらったところ(監視カメラを設置して来たらしい)、命に別状はないようだ。
そのため、約束通りにアセナが罰ゲームをすることになる――筈がなかった。普通にエヴァが拒否をしたのだ。
まぁ、罰ゲームの代わりと言っては何だが、詠春との待ち合わせまで京都観光を付き合わされることになったが。
当然、それはそれでアセナには御褒美なので何も問題はない。と言うか、WIN WINな結果に落ち着いた と言うべきだろう。
ところで、言うまでもないだろうが、詠春との待ち合わせ と言うのは、
原作にもあった英雄様の別荘の案内――などではなく、アセナとの話し合いだ。
ちなみに、そうなった経緯は単純で、ネギが英雄様に興味を示さなかったからだ。
詠 春:夕方からなら時間が取れますので、ナギ――サウザンド・マスターの別荘に案内しますよ?
ネ ギ:お気遣いは有り難いのですが、父には興味がありませんので、お気持ちだけいただいて置きます。
詠 春:そ、そうですか……ネギ君が そう言うのでしたら、案内は次の機会にでもしましょう。
アセナ:それでは、その代わりと言っては何ですが、オレと話す時間をいただけませんでしょうか?
詠 春:話、ですか? 別に構いませんが……その話と言うのは時間の掛かるもの、と言うことですか?
アセナ:ええ。『多少』込み入った話になると思いますので、できれば お時間をいただきたいんです。
詠 春:そうですか……わかりました。それでは、時間ができたら使いを出しますので、私の部屋に来てください。
いや、まぁ、ネギが興味を示さなかっただけではなく、アセナが割り込んだからなのだが……とにかく、経緯は単純であるのは間違いないだろう。
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Part.04:男達の対談
と言う訳で、時間はサクッと過ぎて詠春との話し合いである。
え? エヴァとのデート? ……そんなの、茶々丸とネギが乱入して来たので、いつも通りアセナが振り回されただけなので語るまでもないだろう。
と言うか、刹那や木乃香を屋敷に放置して行くのも気が引けたので最初から二人も連れて行ったため、そもそも最初からデートとは言えない状態だったし。
まぁ、楽しく京都観光ができたので善しとして置こう。ちなみに、詠春に話があるのはアセナだけなので、アセナ以外はホテルに戻ってもらったらしい。
「さて、話を伺う前に、こちらから お話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
どう話を切り出したものか とアセナが軽く悩んでいると、そんなアセナを見兼ねたのか、苦笑を交えながら詠春の方から話を切り出して来る。
態々 言うまでもないことだろうが、今回の話し合いはアセナから提案されたものなので本来ならアセナが話を切り出すのが筋である。
そのため、詠春から切り出すのは無作法と言えば無作法なのだが……この場合は、いつまでも切り出さなかったアセナに非がある と言える。
故に、アセナに断る権利はない。アセナは「ええ、もちろんです」と話を促すしかない。まぁ、これで切欠になるので何も問題はないが。
「この度は木乃香を助けていただき、まことにありがとうございました」
詠春は頭を深く下げて――二人は向かい合う形で正座していたため結果的に詠春は土下座に近い姿勢になって、礼を述べる。
西の長としても木乃香の父親としても詠春はアセナに謝罪をできる立場にいないため、これが詠春の精一杯なのだろう。
つまりは「偶然 土下座に近い形で礼をしただけに過ぎず、謝罪をした訳ではない」と言う形式を取らざるを得ないのだ。
「頭を上げてください、詠春殿。すべては、協力してくれた方々の御蔭でしかなく、私は大したことをしていないのですから」
アセナは やんわりと詠春の謝礼と謝罪を受け取ると、これ以上の謝礼も謝罪も要らない とばかりに詠春に頭を上げるように促す。
アセナとしては「すべて想定できていたうえでの結果」なので謝礼も謝罪も受け取れないが、詠春の気持ちを思うと受け取るしかない。
身内の問題に巻き込んでしまったうえ それを解決してもらったのだから、謝礼も謝罪も受け取ってもらわねば気が済まないだろう。
ちなみに、謙遜ではなく本当にアセナは大したことをしていない と、ネギや刹那やエヴァが奮闘してくれた結果でしかない と思っている。
「……ですが、その協力者に協力を取り付けたのは他ならぬ君でしょう?」
確かにそうだが、エヴァはアセナの安全のために用意しただけで、木乃香の護衛については鶴子に丸投げしたのが実情だ。
仮に鶴子の協力が得られなかったとしたら、木乃香は眠らせて『蔵』に匿う(ほぼ拉致監禁)くらいしか手立てがなかった。
また、ネギと刹那についてはアセナは余計なことしかしていない。アセナが何もしなかった方が二人は傷付かなかっただろう。
「確かに そうかも知れませんが……もしかしたら余計なことをしただけかも知れませんので、やはり大したことはしていませんよ」
と言うか、そもそもアセナと木乃香は婚約者なので、西の問題に巻き込まれるのも それを解決するのも木乃香を助けるのも当然と言えば当然だ。
また、このまま行くと将来的に詠春はアセナの『お義父さん』になるので、この程度のことで感謝されるのは他人行儀な気がしないでもない。
いや、まぁ、アセナと木乃香の婚約が このまま維持される可能性は そんなに高くはないだろうから、アセナの空回りと言えなくもない気もするが。
「……それでは、私が勝手に君の御蔭だと思って置くことにしますよ。それなら、構いませんよね?」
詠春はアセナの考えを察したのか「将来の『義息子』と言えども内心に干渉される謂れはありませんし」と付け加えて話を締め括る。
当然ながら、ここまで言われてしまったらアセナには何も言えなくなる。自分の功績だと称えられることに違和感はあるが受け入れるしかない。
それに、アセナの(ウェスペルタティア王族としての)立場を考えると、采配による功績を自分のものと認識する必要があるだろう。
賞賛を与えることだけではなく賞賛を受けることも、上に立つものには必要なことなのだから。
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「……それでは、今度は私の話を聞いていただきます」
仕切り直しとばかりに両者とも お茶を啜った後、アセナが徐に切り出す。先の会話を経たアセナが悩むことは もうない。
ちなみに、先程からアセナの一人称が『オレ』ではなく『私』になっているのは、今が真面目な話し合いの場だからだ。
二人きりでの対話と言う他者の目がない状況とは言え公的な話し合いをするので、ON/OFFの切り替えは必要なのである。
「そろそろ、木乃香に事情を教えるべきではないでしょうか? 教えないデメリットよりも教えるメリットの方が大きいと思いますが?」
原作とは違って『ここ』では、未だに木乃香は魔法関係のことを知らない(危険な目に遭う と言う知る機会を排除したので当然だろう)。
木乃香はホテルで誘拐されていないし、シネマ村での事件は そもそも起きていないし、祭壇に連れて行かれたのはダミーだった。
つまり、済し崩し的に知った訳ではないため、木乃香には改まって教えなければならない。いつまでも知らないままにして置けないからだ。
「……そうですね。君の言う通り、教えた方が木乃香のためになるでしょうね」
今回の件で、もう木乃香は「知らなければ無関係でいられる」と言う段階にいられないことが浮き彫りになった。最早 知らない方が危険な状況だろう。
どうやら詠春も それは同意見らしく、消極的だが教えることに賛意を示すと「ですから、後で伝えて置いてください」とアッサリとアセナに説明を託す。
あまりにも詠春がアッサリしていたので、アセナは「ええ、わかりました」とアッサリと頷きそうになったが、途中で その異常性に気付いて慌ててやめる。
アセナとしては「え? 何でオレが伝えることになるんですか? そう言うことは、親から伝えるべきじゃないですか?」と言う気分でいっぱいである。
「私は決めていたんです。木乃香に魔法関係を教えるのは、木乃香を任せられる人物が現れた時だ、と」
詠春は「父親としては寂しいけど、仕方が無いさ」と言わんばかりの『苦味のある笑顔』で語るが、アセナとしては非常に困る。
と言うか、それは つまり「木乃香のことを任せられる人物 → 木乃香の婚約者 → アセナ」と言うことだろう。
そして、それは「アセナを名実共に婚約者として認めた」と言うことであり、同時にアセナの目的は潰えた と言うことだ。
ちなみに、アセナの目的と言うのは、この対話の本題のことで、
木乃香に魔法関係について教えることで「将来は西を継ぐポジションである」と悟らせるので、
木乃香は「夫は魔法に詳しくて組織を纏めるに足る人物が相応しい」と思うようになる筈だから、
アセナは木乃香に相応しくない → アセナと結婚するよりも別の人物と結婚すべきである
と言う風に話を持って行くので、婚約の話は白紙に戻してもらえないか? と言うものである。
だがしかし、それも詠春がアセナを本気でアセナを婚約者として認めてしまったので水泡と帰したのである。
まぁ、西の重鎮達に浸透してしまった婚約話を破談にするのは困難だろうが、それでも詠春が本気なら可能だった筈だ。
本気で詠春が「アセナに木乃香を任せられない」と判断してくれていたら、破談は有り得たに違いない。
もちろん、アセナは木乃香と結婚するのが嫌な訳ではない。むしろ、他の男に渡したくない と思っている。
(他の男には渡したくないんだけど……何故か木乃香と結婚することをイメージすると あやか の顔がチラつくんだよなぁ。
って、そうじゃなくて、そもそもオレは『魔法世界』のことで精一杯なんで、西や東のことに構ってる余裕がないんだよね。
いや、この前までは放置する予定だったんだけど『自分』を知った今となっては『魔法世界の崩壊』は看過できないからね)
もちろん、安っぽい英雄願望などではない。単純に魔法世界の住民達を見捨てられないのだ。
顔も知らない『他人』でしかない魔法世界の住民達だが、それでも彼等を見捨てたらアセナは後悔するだろう。いや、必ず後悔するに違いない。
何故なら、アセナには彼等を救うことができるからだ。救えないのなら見捨てることを許せるが、救えるので見捨てることは許せないだろう。
極論すると、電車の座席と大差ない。座っている時に譲るべき相手に気付いてしまったら、譲らないと嫌な気分になる。それと根幹は同じだ。
救う手段を持っている時に救うべき相手に気付いたら、救わないと言う選択は選びづらい。しかも、対象が億単位なのだから、救うしかないだろう。
仮に「他の誰かが救ってくれる」なら見捨てることも可能かも知れないが、今回は その『他の誰か』に任せられない。アセナがやるしかないのだ。
何故なら、その『他の誰か』はネギとなる可能性が高いからだ。アセナには「ネギに任せて自分は放置する」と言う選択肢など選べる訳がない。
「……わかりました。ただし、教える内容や方法に関しては私に一存させていただきますよ?」
もしかしたら、魔法世界云々を盾に「申し訳ありませんが、東西のことまで面倒 見切れません」とか逆ギレ気味に断ることもできたかも知れない。
だが、詠春の想いも木乃香の気持ちも踏みにじれないので、アセナは木乃香も背負うしかない。と言うか、それ以外の選択肢はアセナが納得できない。
本当に嫌ならばアセナは幾らでも断ることができた。だが、それをしなかったのだから、アセナ『から』断る と言う選択は最初からなかったのだ。
今更だが、詠春から断るように期待していた と言うことは、裏を返すと アセナから断る気がなかった と言うことでしかないことに漸く気付いたようだ。
「ええ、構いません。木乃香のこと、よろしく頼みましたよ?」
実に『いい笑顔』を浮かべる詠春に、アセナは「ええ、もちろんです」と『爽やかな笑顔』で答えるしかなかった。
と言うか、詠春の「むしろ、場合によっては『仮契約』くらいなら構いませんよ?」と言う振りをスルーするのに精一杯だ。
木乃香のことも背負うことは決めはしたが、まだ そこまで踏み込む覚悟はできていないのだ(まぁ、ヘタレなだけだが)。
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「あ、そう言えば……もう一つだけ お訊ねしたいことがあったんですけど、よろしいでしょうか?」
諸々の話を終えたアセナは障子を開けて部屋を出ようとした――ところで立ち止まって振り返り、質問を投げ掛けた。
ノリとしては「ウチのカミさんは……」が口癖の某敏腕警部になった気分だが、あそこまで『うまく』はできていない。
現段階のアセナでは、あそこまで「これで話は終わりか」と油断したところに本命を投下する なんて真似はできない。
「木乃香と話す前に、子供の頃に起きた『木乃香が烏族に浚われ掛けた時のこと』を知りたいので、教えていただけませんか?」
アセナは「ちょっと忘れてしまったので……」と付け加えながら、それなりの威力を持った爆弾を投下する。
木乃香は この事件について『忘れさせられている』し、アセナにとっては思い出したくない筈の事件だ。
だから、本来なら無理に思い出すべきではないことだろう。だが、アセナは知るべきだと考えている。
いつまでも「何かの拍子で思い出されて『あの視線』に晒されるのではないか?」と怯えていたくないからだ。
「……それは、君が望んで忘れたことです。ですから、それを思い出すのも君次第だ と私は考えています」
確かに詠春の言う通りだ。魔法で忘れさせられたのではなく、防衛機制として自ら忘れたのだから、無理に思い出すのは控えるべきだろう。
だが、それは那岐だけだったら、の話だ。つまり、那岐でありナギでもあるアセナならば、思い出しても耐えられるのではないだろうか?
確証はないが、ナギは それなりに精神的にタフだった気がするので、無理に思い出しても どうにかなるに違いない。多分、きっと、恐らくは。
「ですが、あの時の出来事を乗り越えないと、私は木乃香と心の底からは向き合えない。そんな気がするんです」
木乃香に怯えられた事実を忘れていた頃は別に問題なかった。木乃香を背負う覚悟がなかっただけだった。
だが、思い出してしまってからは、木乃香と まともに顔を合わせられていない(雑談は可能だったが)。
那岐が木乃香に近付きたいのに近付けなかった気持ちが よくわかる。大切だから、怯えられたくなかったのだ。
だからこそ、怯えられた原因を知り、それを木乃香に思い出してもらい、そのうえでアセナを受け入れてもらいたい。
そうでなくてはアセナは ずっと「木乃香に怯えられる可能性」に怯えなければならない。そんな関係は残酷過ぎる。
「それならば――どうしても知りたいのならば、アルビレオ・イマの元へ訪れてください」
詠春は「アイツのアーティファクトならばキミの記憶を呼び起こせるでしょう」と付け加えながら、懐から封筒を取り出してアセナに渡す。
ちなみに、封筒の中身は『麻帆良学園地下の地図』と『通行証だと思われるカード』と『アルビレオ・イマ宛だと思われる書状』だった。
あきらかに最初から渡すつもりで用意していたクセに話題に出なければ渡さないつもりだった辺り、さすがは西の長と言うべきだろう。
「ありがとうございます……」
と言うか、ここまで準備していたことを考えると、アセナが記憶の話を持ち出すことを予想していた と言うことだろう。
つまり、仮にアセナが記憶の話を持ち出さなかったとしても、適当な理由を付けて渡してくれるつもりだったのかも知れない。
答えは今となってはわからないし、そもそも答えを知る意味もない。掌の上で弄ばれていても、アセナの目的は変わらない。
今のところは(婚約の撤回以外の)目的が達成できたことを、記憶の手掛かりを得られたことに満足して置くべきだろう。
ちなみに、木乃香への事情説明はアルビレオに会ってからする予定らしいので、しばらくは現状維持だろう。
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Part.05:東奔西走な事後処理
「すみません、遅くなりました。予想より話が長引いてしまいまして……」
詠春との対談を終えたアセナは、千本鳥居の中腹にある休憩所で待っていた青年――赤道に声を掛ける。
待ち合わせた時間よりは早いが赤道の方が早く着いていたため、呼び出した立場上 謝ったのである。
まぁ、心にも無い謝辞など必要ないとは思うが、そう言ったことを重んじる人もいるので言って置いたのだ。
「いえ、構いませんよ。私も今 来たところですから、何も気になさらないでください」
赤道は男のアセナから見ても『マジ爽やかイケメン』にしか感じられない笑顔を浮かべる。
まぁ、気にしていないと言うパフォーマンスなのだろうが、別の意味にも取れてしまうのが困る。
特に「今 来たところ」と言う表現が、デートの待ち合わせっぽくてBL臭い雰囲気が漂っている。
「それよりも、私に何の御用なのでしょうか?」
赤道は事後処理と言う名の証拠隠匿で多忙な筈なので、無理矢理に時間を作ってくれたのだろう。
つまり、それだけアセナと接触することに価値を置いている と言うことである。
言い換えると、これからの会話でアセナを見定め、身の振り方を完全に決めるつもりに違いない。
「――では、単刀直入に本題に入らせていただきます」
当然ながら、アセナは今回の黒幕が赤道である と言う確たる証拠を掴んではいない。状況的に そう結論付けただけだ。
つまり、今のアセナに赤道を断ずることなどできない。よって、話題は「貴方は怪しいので罰します」なんて流れにはならない。
と言うか、そもそも仮に赤道を処罰することが可能であったとしても、アセナが そんな『勿体無いこと』をする訳がない。
「ここだけの話ですが……実は、将来的には東西を統合したい と考えてるんです」
実にストレートである。しかも、かなり思い上がったセリフでもある。東も西も牛耳れる立場になれる とか勘違いしているようにしか見えない。
それに、赤道はストレートに行くと逆に深読みして「本当の狙いはなんだ?」と勘繰るタイプなので、妙な疑いを持たれるだけかも知れない。
だが、それでもアセナはストレートに行くことを選んだ。下手な小細工を廃することで、アセナが本気であることを見極めてもらいたいからだ。
「――だからこそ、西を任せられる人が欲しいんです」
アセナにとって赤道は優秀な人材だ。現体制に打撃を与えたことはマイナス評価せざるを得ないが、それ以外は非常にポイントが高い。
特に、燻っていた反乱分子を炙り出した手腕には脱帽だ。恐らく、反乱分子は利用するだけ利用して排除するつもりだったのだろう。
それは一見 外道の所業に見えるが、組織を運営する立場から考えると真っ当な判断だ。組織内の膿は定期的に処分するのが当然だからだ。
と言うか、新体制を築くためとは言え現体制を崩すような危険因子を野放しにして置くのは組織を存続するうえでは有り得ないだろう。
結果的には、計画は失敗してしまったし、西の権威が脅かされる始末だったが、それでも赤道は優秀な人材だ。そう、アセナは判断した。
(まぁ、木乃香を道具にしようとしたことは気に入らないけど……それくらいは目を瞑ろう)
アセナは西の実権を握ることに拘りはない。むしろ、以前から言っているように、然るべき存在に譲渡したい と考えている。
果たして赤道が『それ』に足る人物なのかはわからないが、今までアセナが見て来た西の人間の中では一番可能性が高い人物だ。
今回の事件も好意的な解釈をすれば、現在の長には西を任せて置けないので自分達で舵を取ろうとしただけ とも言えるし。
(だけど、この会話でもオレを信じられない程度の器なら、こちらから願い下げだけどね)
西を任せる腹心は欲しいが、別に赤道でなくてもいい。むしろ、詠春が推薦する人材を登用した方が円滑に進むだろう。
まぁ、現体制に不満を抱えている幹部(詠春に否定的な古狸達)を抑えるには赤道を登用した方がいいかも知れないが。
それでも、アセナを見誤るような人間を重用する などと言う愚をアセナは犯さない(最悪、粛清の嵐をすればいいだけだし)。
「……そんな話を『私に』してもいいのですか?」
赤道はアセナの真意を計るように訊ねる。まぁ、今回の黒幕だと思われる人物を味方に招き入れようとしているのだから疑って当然だろう。
と言うか、東の人間であるアセナが反東の陣営を味方に引き入れる訳がない と思っているのだろう。それは ある意味で正しく、ある意味で間違っている。
何故なら、アセナの考えでは、赤道は反長かも知れないが反東ではないからだ。それ故に、赤道を味方に招いても大した問題ではないのである。
(詠春さんが親東だから反東が反長を含むだけで、反長と反東はイコールではない筈だからね)
それに、反長と表現したが、それはあくまでも現在の長(詠春)と対立しているだけで、今後の長と対立するとは限らない。
つまり、赤道とアセナが対立する と決まった訳ではないのだ。いや、むしろ、アセナの対応次第で味方に引き込める筈だ。
今回のこと(現体制に打撃を与えた)で失点はあるが、それは現在の長が気にすることで、今後の長が気にすることではない。
「ええ、構いません。そもそも、貴方は『西のために行動しただけ』でしょう?」
もちろん、私欲もあっただろうが、私欲だけでなく「西のため」と言う気持ちもあった とアセナは判断している。
だからこそ、アセナは赤道を味方に引き込むことを考えた。西のためにも動く赤道なら西のことを任せてもいいと思えた。
そう、アセナとしては、西のために尽くしてくれるなら、アセナのために尽くさなくても「大した問題ではない」のだ。
(ちなみに、赤道さんが西のためにも動いた と判断できたのは、歓迎会の時の赤道さんが『不自然』過ぎたことに気付けたから、なんだよねぇ)
よく考えてみれば、それまで尻尾を出さないようにしていたのに(アセナに話し掛けると言う)尻尾を出したのだから実に不自然だ。
そのため、アセナは赤道の『思惑』を一歩 踏み込んで考えてみたのだ。そして、その結果、この『答え』に行き着いたのである。
赤道はアセナに疑われるために――いや、正確には赤道の『真意』に気付けるかどうか を試すために、敢えて尻尾を掴ませたのだろう。
そう言った目的がなくては、周囲を疑っているアセナに話し掛ける意味がない。アセナが疑わない と思う程、赤道は相手を低く見ない筈だ。
(仮にオレが真意に気付けていなかったら、この人はオレに――と言うか、オレが継ぐ西に失望して甘んじて処分されたんだろうねぇ)
赤道の真意は『アセナの見極め』だろう。一貫して「赤道が敢えて尻尾を見せたことの意味に気付けるか」アセナを見ていたに違いない。
そして、アセナが赤道を黒幕だと見抜くだけ『程度』ならば、頼りないアセナに自分を処分させることで「将来の礎」になるつもりだったのだろう。
また、赤道の真意にまで気付くのならば、赤道は何も心配せずに退場できる。つまり、どちらにしろ、赤道は西の将来に憂いがなくなる寸法だ。
だが、それは あくまでも計画が失敗した時の保険だろう。最初から失敗することを目指す筈がない。
もしも計画が成功していれば、赤道が西の実権を握ることになっていた。そう、赤道は自分で舵を取ればいいのだ。
つまり、アセナに西を任せる必要などなくなるのだから、赤道が西の将来を憂うことすらなくなる と言う訳だ。
失敗しても「西を存続させる」と言う目的が達成できるようにしていただけで、成功するのがベストな結果だったのだろう。
(ちなみに、このままでは西の存続が危ない と言うのは、オレの勝手な推測だけどね)
そもそも、東洋魔術師(呪術師)の成り手が減少傾向にあるため、このまま東(西洋魔術)と反目していては衰退するのは必然だ。
言い換えるならば、東洋魔術(呪術)にこだわらずに西洋魔術(魔法)を受け入れなければ、関西呪術協会に活路がないのである。
もちろん、だからと言って、魔法を無条件に受け入れる必要は無い。呪術を保ちつつ魔法を取り入れ、呪術と魔法を両立すればいい。
アセナ個人の考えでは、日本人は「外部から取り入れて昇華する」ことに秀でているので、その性質を発揮すれば活路は充分にある。
以上から、現在のまま組織内に反東の精神が残っていては西の存続は危うい と言うアセナの推測は、言い過ぎだが間違ってはいない。
(きっと、赤道さんも反東のままでは――魔法を拒否したままでは、西の将来のためにはならないって考えているんだろうなぁ)
東西の過去には割り切れない歴史があったことはアセナも知っている。だが、だからと言って、未来を見ないのは間違っている。
西洋魔術師が許せないなら、許さなくていい。魔法が嫌いなら、嫌いでいい。しかし、頭から それらを拒否するのは愚かだ。
言わば、臥薪嘗胆だ。西洋魔術師を見返すために、敢えて受け入れるべきなのだ。昇華してから拒否すればいい。それだけだ。
「……いやはや、そこまで『理解して』いただけているとは。貴方を評価していたつもりでしたが、過小評価だったみたいですねぇ」
赤道は嬉しそうに微笑むと「むしろ、こちらからお願いします。貴方の陣営に加えていただきたい」と続けた。
アセナは礼を言うことで肯定を示し、先程ネギに作らせた『強制証文(ギアス・ペイパー)』を『ポケット』から取り出す。
そして、契約内容を記したうえでサインをし、赤道に渡して内容を確認してもらったうえでサインをしてもらう。
ちなみに、『強制証文』は原作30巻で総督がネギに使おうとした物で、サインを以って『契約』を成すものである。
言い換えると、サインをしないと(しかも強制ではなく自らの意思で、だ)『契約』が成立しないため、少々 面倒な仕様なのだ。
そのため、アセナは本来なら『契約の鐘』を利用したかったのだが……残念ながら『契約の鐘』は使い切りなので 無理だったのだ。
しかも、『契約の鐘』の製作には かなりのコスト(ネギ一日分の魔力)が必要なので、時間の都合上 一つしか用意できなかったのである。
(まぁ、性能としては「言質さえ取れれば契約が結べてしまう」と言う極悪なので、仕方がないと言えば仕方がないけどね)
ちなみに、ネギが目覚めてから『別荘』に放り込めば製作可能だったが、良識的に不味かったので やめて置いたらしい。
いや、ネギは「ナギさんがお望みなら、今から麻帆良に帰って『別荘』に籠もることも辞しません」とか言いそうだが。
とにかく、『強制証文』なら割と簡単に作れるらしいので、今回は多少 面倒ではあったが『強制証文』を使ったのである。
そもそも、協力関係を結ぶための『契約』で楽をしようなんて考える方が問題な気がするので、今回は これでよかったのではないだろうか?
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「――と言う訳で、赤道さんも味方に引き入れました」
無事に赤道と言う優秀なカードを手に入れられたアセナは、鶴子に電話で連絡を取った。
まぁ、さすがに無いとは思うが、鶴子が赤道を処分してしまう可能性を潰すためである。
せっかく味方に引き込んだのに、味方同士で潰し合われたら堪ったものではないので念のためだ。
『そうどすかぁ。どうやら着々と地盤を固めているようどすなぁ』
そもそも、西は近衛家の当主が代々 長を務めて来たのだが……長い歴史の中には例外もあった。
その例外とは、近衛家に次ぐ勢力を持つ『四家』が近衛家の当主を長と認めなかった場合である。
ちなみに、その『四家』とは、青山、赤道、白川(しらかわ)、黒池(くろいけ)なので、
アセナは その中の二家(青山と赤道)を己の陣営に加えた、と言うことになっている訳だ。
つまり、鶴子の言うことは否定できない。アセナは着々と西での地盤を固めている とも言えるのだ。
(オレとしては「もしもの場合」のために対策を用意しただけで「木乃香と結婚して西を継ぐ」と確定させたつもりはないんだけどねぇ)
だが、周囲は『そう』は受け取ってくれない。間違いなく、アセナが西を手に入れるための工作をしている と受け取ることだろう。
まぁ、それは木乃香を『どうにか』しようとするよりも、アセナを『どうにか』しようとする輩が増える と言うことなので、何も問題はないが。
アセナを餌にすることで木乃香の安全性を上げられるのならアセナとしては文句などない。その程度の危険など、今更 問題にならない。
『ところで、西は赤道はんに任せるとして……東は どうなさるおつもりどす?』
確かに、立場的にはアセナが西の長になる筈なのに赤道に任せたのだから、東も誰かに任せないと不味いだろう。
この状況でアセナが東を纏めようものなら「アセナは東を優先している」とか邪推する輩が出るかも知れないからだ。
それに、東西の統合を考えるのなら、それぞれに纏め役を置いて その上にアセナが君臨するのがベストだろう。
と言うか、魔法世界のこともあるので「君臨すれども統治せず」と言う形に持って行かないとアセナがパンクしてしまう。
「ってことで、瀬流彦先生にでも任せようと思ってます」
もちろん、アセナにも「どう言うことなのか」は まったく以って わかっていない。ただ単に思い付いたことを勢いで口走っただけだ。
しかも、瀬流彦を抜擢したのは、赤道くらいの年齢(20代中盤)の「東の人間」で思い浮かんだのが瀬流彦だけ、と言う始末だ。
もしかしたらアセナが知らないだけで、麻帆良(東)に政治的な意味で有能な若い人材がいるのかも知れないのに、実に適当である。
と言うか、冷静に考えると、東も西もまったく把握していないアセナが両者を統合しようと考えること自体が間違いなのではないだろうか?
『そうどすかぁ……どなたか存じまへんが、ナギはんの眼を信じて置きますわぁ』
アセナの記憶が確かならば、話題には出ていなかったが瀬流彦も清水寺にいた(22話参照)筈なのだが……
それなのに、何故 鶴子は「どなたか存じません」と言う扱いをしているのだろうか? 実に疑問である。
まぁ、恐らくは瀬流彦の『影の薄いスキル』が発動したのだろう。普段は羨ましいが、こう言う時は悲しくなる。
「え~~と、今後の成長次第だと思いますので、もしかしたら別の方を頼るかも知れませんが」
アセナは瀬流彦の説明を敢えて避けて「まだ東は確定ではありません」と暗に言って置くだけに止めた。
まぁ、瀬流彦は元キャラ(某狂戦士の風使い)的に「実は有能」の筈なので適任に違いないが。
だが、万が一の可能性として、アレが演技じゃなくて本気だった場合、他の人材を探すしかないだろう。
その後、アセナはちょっとした確認事項をした後、「それでは『例の件』は手筈通りにお願いしますね?」と会話を締め括ったのだった。
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Part.06:オレはオレだから
「タカ――畑先生、何故ここに?」
鶴子への諸々の連絡を終えた後、詠春にも赤道の件を連絡したアセナは、
千本鳥居の一番下(つまり、本山の入り口のところ)でタカミチに遭遇した。
と言うか、本当に何故ここにいるのだろうか? ホテルにいる筈なのだが……
「まぁ、帰りが遅いんで心配になってね……」
言われてみれば、昨日の今日で西の本拠地に一人でいるのだから、心配されて当然である。
あれだけ護衛(エヴァ)の実力を見せ付けたのでバカな真似をする訳がない筈だが、
アセナだけならイケる とか考えて暴挙に出るバカがいる可能性は無きにしも非ずだ。
「御心配お掛けして申し訳ありません。少々、配慮が足りませんでしたね」
多少 御節介と言えなくもないが、心配してもらえたのは素直に嬉しい。
とは言え、面と向かって「心配してくれて ありがとう」と言うのは照れ臭い。
故に、アセナは心配を掛けたことを謝るだけにとどめる。礼は含ませる程度だ。
「ああ、いや、散歩のついでだから……その、気にしないでよ」
こことホテルの距離は散歩と言うレベルではないので、気にするな と言う方が無理だろう。
少なくとも、電車かタクシーを使わねば移動できない距離なので、どうしても気にしてしまう。
だが、アセナは敢えて気にしないことにする。気を遣う方がタカミチへの負担になるからだ。
「……ところで、お話したいことがあったんですけど、いいですか?」
アセナは「わかりました、気にしません」と言う枕詞を置いてから、やや強引に話題を変える。
まぁ、話したいことがあったのも事実なので、単純に話題を変えたいだけではない。
タカミチも それを察したのか、タカミチは「ああ、別に構わないよ」と快諾をしてくれる。
だから、アセナは遠慮なく単刀直入に切り込む。
「実を言いますと、昨夜の出来事が切欠となったのか、少しだけ昔のことを思い出したんです。
ですが、完全には思い出せていません。支離滅裂に断片的な記憶が浮かんで来た程度です。
ですから、オレが『アセナと言う名前だった頃』のことを話していただけないでしょうか?」
麻帆良に帰ってからでもよかったのだが、せっかくの機会なので話して置きたかったようだ。
ちなみに、アセナは『アセナ』と言う表現を取ったが、『アセナ』と『黄昏の御子』を分けているのはアセナの都合でしかないため、
タカミチが どちらと取るか、はたまた どちらとも取るか、それは定かではない。少なくとも那岐になる前とは受け取ってくれるだろう。
とは言え、那岐以前としてタカミチが受け取っれくれたところで、その頃のことを話してくれるか否か は、まったくの別問題ではあるが。
「……すまない。本当は話すべきだとは思うんだけど、ボクの言葉で語るよりも君自身が思い出した方がいい と思うんだ」
タカミチは「やはり、思い出してしまったか……」とでも言いた気な表情をした後、苦しそうな顔で 話すことを拒む。
まぁ、想定内だ。と言うか、タカミチなら『どちらのアセナ』についても話すことはない とアセナは半ば確信していた。
ガトウの話題に触れる『アセナ』のことを語るのは憚れるし、戦争の道具だった『黄昏の御子』のことは語る訳がない。
そう、アセナが訊きたかったことは『自身の過去』ではない。アセナは『自身以外の過去』を訊きたかったのだ。
「そうですか。なら、オレを取り巻いていた環境だけでもいいので、教えていただけませんか?
オレ、ガトウさんが命懸けで追手から逃がしてくれたことは朧気に思い出したんですけど、
追手については――『何に追われていたのか?』については、何も思い出せていないんです。
自然に思い出すのを待つべきなのかも知れませんが、事が事ですから そうも言っていられません。
いえ、むしろ、オレは『それ』を知って置かなければガトウさんに申し訳が立たない気がするんです」
アセナは身を挺して庇ってくれたガトウのためにも情報を知って置かなければいけない。原作知識との照合と補填をしなければいけならないのだ。
「……わかったよ。そう言うことなら、ボクが知っている範囲内のことを教えよう。
とは言っても、ボクは若輩者なのでボクの知識が間違っているかも知れないけどね。
だから、ボクの語ることを鵜呑みにせず、キミ自身が正否を判断してくれないかな?」
タカミチの言う通り、情報を判断するのは自分だ(情報を集めるのは他者でもいいが)。だから、アセナは首肯でタカミチに応える。
そして、タカミチによって語られた内容は、『大分裂戦争』や『完全なる世界』などの事情だった。
まぁ、明日菜とアセナが代わっていること以外は、特に原作と違う情報はなかったので詳細は省こう。
とにかく、アセナが『完全なる世界』にとっての『鍵』である と言うことは原作と変わらないようだ。
「……ありがとうございます。御蔭で『オレが何に気を付けるべきなのか』、なんとなくですが わかりました」
タカミチは語らなかったが、アセナは『世界の終わりと始まりの魔法(リライト)』の鍵となるに違いない。
言い換えれば、アセナは『完全なる世界』や『メガロメセンブリア元老院』に正体がバレてはいけない と言うことだ。
実に厄介極まりないが、アセナや大切な人達のことを考えると、やはりアセナは『動く』しかないだろう。
アセナは立ち塞がる障害の多さにウンザリとしながらも、昨夜から今までに考えていた『計画』の実行を決意したのだった。
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「あ、ところで、話は変わりますが……何でオレは『神蔵堂 那岐』と言う名前になったんですか?」
事情を聞き終えてから しばらく思考に耽っていたアセナだったが、思い出したかのように自身の名前について訊ねる。
明日菜のTSなのだから『神楽坂 明瀬那』と言う「わかりやすい名前」でもよかったのではないか と思ったらしい。
何故なら、それだけわかりやすい名前ならば、さすがのアセナでも憑依した段階で明日菜のTSであることがわかったからだ。
「ああ、それなら、師匠――『ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ』とナギ――『ナギ・スプリングフィールド』に肖ったのさ」
まぁ、ある意味では予想通りの返答だ。つまり、「ガトウ・カグラ → 神蔵堂」と「ナギ → 那岐」と言うことだろう。
と言うか、神蔵堂は ともかくとして、那岐は『ナギ』そのままで、肖っている と言うレベルではない気がするのだが?
アセナとしては、もうちょっと捻って欲しかったのが本音だ。御蔭で英雄様と混同しやすくて少し困ったのだから。
「いや、実を言うと『春野 蛮』と どっちにするかで迷って、最終的に『神蔵堂 那岐』にしたんだけどね?」
うん、まぁ、さすがに そのチートバッカーズみたいな名前は恥ずかしいので、神蔵堂 那岐でよかった としか言えないが。
恐らくは「スプリングフィールド → 春野」と「ヴァンデンバーグ → 蛮」と言うことなのだろうが、蛮は少し厳しい気がする。
と言うか、アスナは明日菜だったのだから、日本人的には微妙だが、アセナは普通に明瀬那で よかったのではないだろうか?
もしくは、セナだけを取って某アイシールドな光速のランニングバックのように瀬那とかでも いい気すらして来たくらいだ。
「余計な御世話だったかも知れないけど、『アセナ』を連想させる名前だと奴等に気付かれるかも知れなかったからねぇ」
もちろん、余計な御世話な訳がない。アセナの安全を考慮してくれたのだから、感謝してもし足りないくらいだ。
ただ、もう少しネーミングセンスが どうにかならなかったのだろうか と普通の名前を切望してしまうだけだ。
我侭かも知れないが「神蔵堂って名前自体が厨二臭いよな」と言う烙印を受けたアセナの身にもなって欲しい。
(まぁ、そうは言っても、今更 名前なんて どうでもいいけど。どんな名前だろうと、オレがオレであることは変わらないから、ね)
たとえアセナが那岐と認識されていてもナギと認識されていても、アセナ自身には些細なことでしかない。
アセナの自己認識が変わらない限り、誰が何と言おうとアセナがアセナであることは変わらないからだ。
そして、それは『アセナ』の記憶が戻っても『黄昏の御子』の記憶が戻っても変わらない。そうに違いない。
「ありがとうございます、納得できました。それで、他にも気になっていたことがあるんですけど……」
名前についての話題を自ら振って置きながら勝手に自己完結したアセナは、軽く話題の変更を持ち掛ける。
タカミチは気にしておらず「ん? 何だい?」と(シリアスっぽい空気を霧散させて)いつもの調子で了承をする。
この切り替えを狙ってやっているのだとしたら、タカミチのコミュニケーション能力は実は高いのかも知れない。
「――オレの記憶も名前も捨てさせたのは何故ですか?」
言うまでもないかも知れないが、実は これが本題である。今までの記憶の話題も名前の話題も前振りでしかない。
もちろん、先程タカミチが言っていた様に奴等から逃れるためだろう。訊ねるまでもなく、予想が付いている。
だが、それでもアセナはタカミチの口から答えを聞きたかったので、敢えて問うたのだ。ある意味ではアセナの我侭だ。
「それについては申し訳なかったと思っている。でも、それが奴等から逃れる一番いい手だと思ったから、そうするしかしかなかったんだ」
タカミチの口から語られた謝罪と理由に、アセナは心の底から安堵が広がる。それに、知らずのうちに握り締めていた拳からも力みが抜けた。
そもそも、記憶も名前も自己認識に深く関わる要素だ。それを捨てさせたのに罪悪感もなかったのでは、いくら守るためと言えども納得できない。
アセナは自覚していなかったが、タカミチを試していた。タカミチを信じられるか否か、測っていた。答えは もちろん『信じられる』だったが。
だが、だからこそ、浮かんでしまう疑問がある。守ろうとしてくれていたのに、何故それとは真逆に近いことをしたのか と疑問が沸いてしまう。
「……なら、何故オレを魔法に巻き込むように仕向けたのですか?」
図書館島の依頼(4話)にしても、エヴァ戦に巻き込んだこと(11話以降)にしても、タカミチは明らかにアセナを魔法に関わらせようとしていた。
原作でも思ったことだが、記憶も名前も捨てさせてまで守ろうとしたクセに魔法に関わらせようとするのが、どうも納得できなかったのだ。
魔法と――しかも英雄の子と関われば、奴等に気付かれる可能性は増える。そんなことは考えるまでもなく わかる筈なのに、何故なのだろうか?
信じていたのに と言うよりも、信じたいのに信じ切れない と言う気持ちに近い。タカミチの答え次第では、アセナはタカミチに心を閉ざすだろう。
「……キミの体質――完全魔法無効化能力の弊害でね、キミに悪影響を及ぼすとキミが判断した魔法の類には掛からないんだ。
だから、学園長に『嫌な記憶』を消してもらうこと自体は成功していたんだけど、いつ記憶が復帰するか は わからなかった。
たとえば、キミが『記憶消去』を『悪影響だ』と認識するだけで『記憶消去』が解けていく可能性もあったくらいに、ね。
つまり、いつかはキミの記憶が戻ってしまい、キミが魔法に関わらざるを得ないことになるのは予想できていたことだったんだ。
それ故に、ネギ君――英雄の娘のパートナーにすることで、それを『隠れ蓑』として魔法に関わらせることにせざるを得なかったのさ」
いつかは関わらせざるを得ないから『隠れ蓑』を使える機会を利用した と言うことだろう。まぁ、その理屈ならば、納得できる。
だが、魔法で忘れさせなくても、科学的な方法を使えばよかったのではないだろうか? そう、アセナは考えてしまう。
恐らくは、以前エヴァが語っていたように「魔法使いは科学を軽視する傾向」の弊害で、その思考がなかったのだろう。
魔法でできないのだから科学にできる訳がない と言う思い込みで、科学的な方法を選択肢に入らなかったに違いない。
そのことに寂しさは感じるが、タカミチが苦悩の末に苦渋の決断をしたことがわかるので、アセナは納得するしかない。
「……そうですか。そう言うことなら、仕方がありませんね」
多少 納得のできない部分は残るが、タカミチに悪意があった訳ではないことがわかったので充分だ。
昨夜の件(石化しながらも助けようとしてくれた)も考えると、タカミチは純粋にアセナを守ろうとしている。
遣り方に多少の問題があるように感じられるが、動機に問題はない。タカミチは心の底から信じられる存在だ。
この時、アセナは(無自覚だったが)憑依して以降 初めて心の底からタカミチを『保護者』として認識したのだった。
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オマケ:麻帆良よ、オレは帰って来た
タカミチとの会話を終えたアセナは、ホテルには戻らずに超長距離の『転移』によって一足早く麻帆良に戻った。
と言うのも「ダミーが意図的に面倒事を起こした(外伝その1参照)」と言う情報をエヴァから得たため、
このままダミーに代わりを続行してもらう(つまり、ダミーに自己責任を取ってもらう)ことにしたのである。
そして、アセナは荷物を置くためだけに自室に戻った後、女子中等部にある魔窟――学園長室に向かった。
「失礼致します。男子中等部3年B組、神蔵堂です……」
「おおっ!! 那岐君!! 無事に帰って来てくれて何よりじゃて」
「……ええ、皆さんの御蔭で、どうにか無事に帰って来られました」
「いやいや、話は聞いたぞい? 大活躍だったそうじゃの?」
「いえいえ、オレ自身は大したことしていませんって」
「いやいやいや、謙遜はよくないぞい? 婿殿も大絶賛じゃったぞ?」
「いえいえいえ、今回は偶々ボロを出さずに済んだだけですから」
アセナは帰還の挨拶とばかりに『いい笑顔』をしながら学園長と軽いジャブを打ち合う。
「まぁ、このまま其方の気が済むまで続けてもいいんですけど……そろそろ本題に入っていいですか?」
「何じゃ、つれないのぅ。もう少しくらい年寄りの楽しみに付き合ってくれてもええじゃろ?」
「では、本題に入りますけど……今回の旅行、木乃香に魔法を知らせるために仕組んだんですよね?」
「(軽く流されたーー!?)はて? 那岐君が何を言いたいのか、サッパリ意味がよくわからんぞい?」
少しくらいなら近右衛門の御茶目に付き合ってもいいとは思うものの、かなり疲れているためアセナは本題をサッサと切り出す。
「そう仰るのなら、そうなんでしょう。ですが、赤道さんの『思惑』を掴んでいたのでしょう?」
「はて? 誰のことを言っているのか わからんが、何を根拠にそんな妄想ができるのかのぅ?」
「……残念ながら、根拠ならありますよ? 鶴子さんからリークしてもらった情報ですからね」
少しでも会話を楽しみたい近右衛門は態とらしく惚けるも、サクッと会話を進めたいアセナは躊躇うことなくカードを切りまくる。
「ほほぉう――って、え? まぢ? それ、マジで言ってんの? マジで鶴子君が裏切ったの?」
「ええ、マジです。本気と書いてマジです。って言うか、オレと手を組んだだけなんですけどね?」
「はびょーーん!! 近右衛門、ショック!! ワシ、もう誰を信じていいかわかんない!!」
「オレとしては、そんな貴方の反応にショックですよ。と言うか、ふざけるのはやめてください」
あまりの事態に動転――したように見せ掛けて誤魔化そうとする近右衛門に対し、アセナは あくまでも冷静に牽制する。
「では、話を本題に戻しますけど……何故 木乃香に魔法を知らせようとしたのですか?
無理に教えなくても、詠春さんは『時が来れば』教えるつもりだったんですよ?
それなのに、木乃香を危険に晒す恐れがあったのに教えようとしたのは何故です?」
「……わかっておろう? 君が『現れた』からじゃよ」
追及を緩めないアセナを誤魔化すことはできない と悟った近右衛門は、軽く嘆息した後あきらめたかのように理由を述べる。
もちろん、近右衛門の言葉の意図は「那岐君が木乃香の婚約者となったから」であり、憑依の可能性を示唆した訳ではない。
それを理解しているアセナは「別の答え」を期待していたため「想定の範囲内の答え」に少しだけウンザリした気分になる。
つまり、アセナを婚約者として認めさせるために仕組まれたことだったのだ(それがフェイトによってアレンジされたのだろう)。
「図書館島に同行させた目的は『魔法バラし』だったとして……エヴァ戦に巻き込んだのは『布石』だったんですか?」
タカミチの話から、図書館島の件は自分への魔法バラしが目的だ とわかる(ついでに木乃香への魔法バラしも含まれていたのだろう)。
だが、エヴァ戦は魔法バラしだけが目的だと仮定するのには少し遣り過ぎだ。ネギに経験を積ませるためもあったろうが、それでも遣り過ぎだ。
圧倒的な強者に立ち向かう精神の育成があったとしても、もっとネギのレベルに近い敵と経験を積ませた方が「いい経験」になるからだ。
だから、エヴァ戦の目的は「『闇の福音』を撃退した」と言う『功績』を自分に与えるためだったのではないか とアセナは推測したのである。
「フォッフォッフォ……相変わらず聡いのう」
近右衛門の答えは、あきらかな肯定。こちらを称えながらも、上からの視線でしかない態度。
とは言え、近右衛門の『真意』を理解しているため、今のアセナは その態度に苛立つことはない。
むしろ、そんな近右衛門に感謝を禁じ得ない。気付いてしまったから、感謝しか抱けないのだ。
「まったく、一人で悪役になるなんて……ズルくないですか?」
そう、近右衛門は敢えて憎まれ役を担うことで、アセナのストレスを緩和していたのだ。
……何らかの外的要因はあったが結局は自業自得であったため、恨む相手は自分となる。
そこで恨みやすい存在、つまり近右衛門を与えることで、ストレスを緩和させていたのだ。
とは言っても、近右衛門がアセナを都合よく動かしていた事実は変わらない。
いや、正確に言うと、アセナだけでなくタカミチやネギやエヴァも、近右衛門は都合よく動かしていた。
アセナを木乃香の婚約者と確立するために、タカミチの思惑やネギの想いやエヴァの目的も利用した。
彼等(アセナ以外)の要望を満たす形になったとは言え、木乃香のために彼等を利用したことは変わらない。
だが、それでもアセナは近右衛門に感謝を禁じ得ない。
目的や方法は好ましくはないが、最終的には それぞれが納得できる結末となったのだから感謝するしかない。
自分が割を食った とも取れるが、自身が『黄昏の御子』でもあることを考えると、大したことではない。
いつかは魔法に関わらざるを得なかったのだから、協力者のいる現状は歓迎すべき状態なのだ。その筈だ。
「まぁ、その……ワシのせいにできた方が気持ちは楽じゃったじゃろ?」
「ええ、まぁ、そうですね。恨む相手が居た方が気持ちは楽になりますね。
ですが、そのカラクリに気付いてしまったので、最早 楽にはなれません。
ですから、恨みと感謝で最終的には差し引きゼロですよ、学園長先生」
近右衛門の本音にアセナは苦笑しながらも敬意を交えて応え、そんなアセナに近右衛門も苦笑で応えるのだった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、改訂してみました。
今回は「諸々の事後処理と見せ掛けて、実は味方を着々と増やしてた」の巻でした。
って言うか、やっと修学旅行編が終わりましたよ。いやぁ、本当に長かったです……
いえ、話数的には10話なので、そんなに長くは無いんですけどね?
ただ、執筆時間が長かったので長く感じた訳です(予定の倍は掛かりました)。
さて、話は変わりますが、今回から主人公の木乃香への呼称は『このちゃん』になります。
言わずもがなでしょうが、那岐君と融合した結果です。那岐君に影響されている、と言う表現です。
まぁ、もともと魂が肉体に引っ張られていたので、彼としては あまり違和感は無いように見えますが。
ですが、致命的なまでに好意に鈍いのは相変わらずです。刹那との会話は まさにそれですね。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2010/10/10(以後 修正・改訂)