第31話:なけないキミと誰がための決意
Part.00:イントロダクション
今日は4月26日(土)。
一足早く帰って来たアセナにとっては修学旅行明けの日だが、
アセナ以外の通常の予定通りの者にとっては修学旅行最終日だった。
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Part.01:彼の去来
「やぁ、マスター。予定は滞りなく消化して来たよ」
ダミーが『何か』を遣り切った笑顔で帰還の挨拶を述べながら部屋に帰って来た。
エヴァの報告でダミーが どんなことをしてくれやがったのかを理解しているアセナは、
痛む頭と苛立つ心を抑えながらダミーを迎え入れ、何の前振りも無く本題に入る。
「御苦労様。で、早速で悪いんだけど……『引継』をお願いしてもいいかな?」
ちなみに、アセナの言った『引継』とは口頭や資料などによる報告と言う意味での引継のことではない。
ダミーには「額と額を触れ合わせることで任意の記憶を共有する機能」があるため それを利用するのだ。
まぁ、自分同士とは言え男同士で額を触れ合わせることは できるだけ避けたい事態ではあるのだが、
口頭による報告だと認識に齟齬が生まれる可能性があるためアセナは記憶を共有する方を選んだのである。
「了解――と言いたいところだけど、お前 何か雰囲気が違くない? 微妙に違和感があるんだけど?」
ダミーは快く了承し掛けたが、途中で言葉を切って、訝しげにアセナを見遣りつつ疑問を口にする。
その目は「本当にマスターなの? 実は別のダミーなんじゃない?」と雄弁に語っていた。
つまり、ダミーが「オレじゃないみたいだ」と疑ってしまう程、アセナの雰囲気が変化しているのだ。
恐らくは、ナギの頃に纏っていた「どこか距離を置いている雰囲気」が霧散していることが原因だろう。
「……本山襲撃事件の時に那岐の記憶が蘇ってね。そのせいで那岐の影響を受けてるんだよ」
「へー、そーなのかー。そっちはそっちで いろいろと大変だったんだねぇ」
「うん、まぁね。想定外の事態に発展したし、想定外の事実も発覚したし、ね……」
ダミーの場合は多分に自業自得だるが、アセナは25話での対応を反省しているので、ダミーに皮肉を言うことはない。苦笑するだけにとどめる。
「ふぅん? あ、そう言えば、何で修学旅行を途中で切り上げて帰ったんだ?」
「……理由はいろいろあるけど、学園長と話したかったのが大きな理由だね」
「へぇ? 学園長と、ねぇ。つまり、修学旅行を切上げてまでする話だったって訳?」
「まぁ、そこら辺を疑問に思うのは尤もだけど……キミに説明しても仕方ないでしょ?」
「うん、まぁ、『引継』が終われば元の木偶人形に戻るのがオレの定めだらねぇ」
「だからさ、サクッと『引継』をしてくれないかな? 問題は山積みなんでしょ?」
「まぁ、確かに そうだね。丸投げする形になるけど……後のことは よろしくね」
ダミーは「面倒事は御免でござる」と言わんばかりの軽薄な笑み浮かべると、徐にアセナの額に その額を押し付ける。
その瞬間、触れ合った額を中心に幾何学的な魔法陣が展開され、僅かに淡い光が溢れ出す。どうやら、記憶の転写は無事に成功したようだ。
少しだけアセナは「完全魔法無効化能力が打ち消すのでは?」と危惧していたが、アセナが求めた魔法効果なので大丈夫だったようだ。
もちろん、ダミーの記憶を入手したアセナは「これはヒドい。いや、マジで」と涙目でOTZのポーズを取り、世の無情を嘆いたのは言うまでもないだろう。
ちなみに、ショックから立ち直ったアセナからの攻撃を恐れたダミーは『引継』が終わった瞬間に元の人形に戻ったとか戻らなかったとか。
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Part.02:避けては通れない道
ダミーから引継いだ記憶によって あやか から『招待と言う名の出頭命令』が出ていたことを知ったアセナは、大人しく あやかの家へ向かった。
別に拒否してもよかったのだが、いつかは対面するつもりだったので、大人しく出頭命令に従ったのである。
決して、その時の あやか の笑顔が穏やか過ぎて逆に怖かったからではない。単に予定が早まっただけに過ぎない。
まぁ、何の準備もしていないこともあって先延ばしにしたかったのが本音だが、予定が早まっただけに違いない。
客室に通されてから待つこと数分……重厚な木造のドアが開き、招待主である あやかが現れた。
その姿は制服から私服に着替えており、ちょっとした装飾の付いたシンプルだが上品な純白のドレスに身を包んでいた。
それは、アセナの記憶が確かならば「那岐が似合っている と評した服」の一つであり、あやか のお気に入りの一つだ。
……思い起こせば、あやかに『招待』された時、あやかは常に「那岐が似合っていると評した服」の いづれかを着ていた。
その事実に気付いてしまったアセナは、これから話そうとしている内容のこともあって心に鈍い痛みを感じざるを得ない。
「御多忙のところ御足労いただき、まことにありがとうございます」
あやかは優雅に一礼すると、心の籠もっていない労いの言葉でアセナを出迎える。
アセナには辛辣な皮肉にも聞こえるが、想定内の対応であるため特に気にしない。
いや、正確には、今のアセナは この程度のことを気にするような気分ではないのだ。
「いや、別に構わないよ。お茶とお茶請けくらい出れば充分さ」
憂鬱な気分を切り替える目的もあり、アセナは態とらしく持て成しを要求する。
招かれていないことはわかっているが、それでも招待客としての態度は崩さない。
最悪の場合の保険として防衛手段や脱走手段を持っていることもあるだろうが、
西での「下手すると命に関わる状況」を経験したためか、更に図太くなったようだ。
「……そうですわね。すぐに用意させますわ」
あやかが手元のベルを鳴らすと、幾許もなくしてドアがノックされ、メイドが現れる。
そして「紅茶と御菓子を……」と言う指示を受けると、優雅な所作で部屋を退出する。
一連の流れから察するに、傍に控えてはいたが聞き耳は立てていないようである。
だが、会話が筒抜けになっているのに聞こえていない振りをしている可能性もある。
とは言え、そこまで想定したものの筒抜けになっていてもアセナは別に構わないが。
「さて……途中で興が殺がれるのも何だし、お茶が来るまで雑談にでも興じようか?」
あやかの言葉の通り紅茶が供されるのならば、供されるまでに それなりの時間が掛かる。
客室に供するまでの間に茶葉を蒸らすと考えたとしても、最低でも5分は要するだろう。
そこに、湯を沸かす時間や客室への移動時間なども加味すると7分は見積もるべきだ。
それだけの時間で『本題』が話せるとは思えないし、話の途中で紅茶を供されるのも困る。
故に『本題』を話す訳にはいかない。だから、暇となった時間を潰そうと雑談を持ち掛けたのだ。
まぁ、あやかが指示する前から用意を始めており、あやかの指示で運ばれるだけなら話は変わるが。
「……せっかくの お誘いですが、生憎とそう言った気分にはなれませんので お断りさせていただきますわ」
あやかはアセナの誘いにハッキリと「雑談に興じる気などない」と言い切った。
準備が整っていて運んで来るだけだからなのか、それとも単に話すつもりがないのか?
前者だと希望を持ちたいが、紅茶の匂いが漂ってこないことから考えるに後者だろう。
「それは残念だね。でも、無言で待つだけってのも気疲れしない?」
あやかの立て板に水な態度に苦笑しながらも、アセナは会話を続けようと口を開く。
不機嫌な あやか と無言で見詰め合うのは精神衛生上よろしいことでないからだ。
まぁ、それがわかっているのなら最初から持て成しなど求めなければいいのだが……
アセナの目的は持て成しではなく『本題』の前に雑談を挟むことなので仕方がない。
相手が心構えをする前に題を振ることで意表を突くことをアセナは好んでいるが、今回は交渉ではないので その必要がないのだ。
「……では、今後の日本経済の動向について軽く見解を話し合ってみましょうか?」
「うん、望むところだよ――と言いたい所だけど、余計に気疲れしそうじゃない?」
「ならば、無理に話などせずに無言で過ごせば よろしいのではないでしょうか?」
あやかはアセナの狙いがわかっているのか、余計な気を遣わなくてもいい とばかりに にべもなくあしらう。
「うん、まぁ、それもそうだね。無理して話す方が気疲れすることもあるからね。
できれば『本題』を話しやくするために空気を暖めて置きたかったんだけど……
そっちが乗り気でないのなら、残念だけど それはあきらめることにしよう」
そんな あやかにアセナは如何にも「残念だ」と言わんばかりに言葉を垂れ流す。
その目的は実に単純だ。敢えて目的を話すことで、あやかの逃げ道を塞いだのだ。
アセナの目的がわかっていても、こう あからさまに言われては対応せざるを得ないだろう。
たとえ あやかが「話しやすい空気など必要ない」と考えていても、無視などできない。
歩み寄りを明言されたうえで無視しようものなら「話し合う気などない」と取れるからだ。
「……そう言うことでしたら、少しだけ お付き合い致しますわ」
あやかは話し合いそのものを潰したい訳ではない。よって、あやかはアセナの誘いを断れないのだ。
仮に ここで断ろうものなら、アセナは「話し合う気が無いなら帰るね」と切り返したことだろう。
あくまでも あやかが招待主でアセナが招待客なので、そう言った理論が成り立ってしまうのである。
「それじゃあ、修学旅行は どうだった?」
アセナは己の狙いが うまくいったことに少しだけ安堵しながら、あやかに問い掛ける。
そして、問い掛けた後に「あれ? 地雷じゃね?」と気付いたのだが、時は既に遅かった。
覆水は盆に帰らないし、口に出した言葉は引っ込められない。気付くのが遅過ぎたのだ。
「……神蔵堂さん? 貴方は喧嘩を売りたいのですか?」
言うまでもなく、あやかがアセナを『招待』した理由は修学旅行中の出来事であり、
アセナが『本題』と連呼していることから、それを自覚していることは推測できる。
それなのに、修学旅行を話題にして来たのだから、あやかが怒るのは尤もなことだ。
「あ、いや、別にそう言うつもりじゃなくてね? 思い付いた話題が それだっただけだよ?」
アセナは狙い通りの展開になった と気を抜いてしまったことを悔やみつつ必死に言い訳をする。
まったく言い訳になっていないが、焦ってしまって うまい言い訳が思い付かないのだ。
普段からいろいろと想定をして置く癖があるため不測の事態には弱いのがアセナなのである。
「たとえ そうだったとしても……もう少し話題を選んでくださると嬉しいのですが?」
あやかは にこやかな表情を浮かべているが、決して目は笑っていない。
それに、口調も丁寧ではあるが、その端端には怒気が滲み出ている。
ここまで来ると、普通に怒りを表現された方が「まだマシ」と言えるだろう。
「ですよね~~。自分でも言った瞬間に『ヤベ、地雷だった』って思いましたもん」
あやかの怒気に当てられたアセナは思わず微妙な敬語になって答える。
怒気に及び腰になっているようにしか見えないため、実に情けない姿だ。
だが、それは雑談中だからだ。『本題』の時は こんな醜態は晒さないだろう。
「……もういいです。やはり、余計なことは話さないでいただきたいですわ」
それを理解している あやかは嘆息を混じりに「お前、もうしゃべるな」と暗に伝える。
もしかしたら、先程までの張り詰めた空気が少々弛緩していたせいもあるかも知れないため、
あやかは「どちらにしろ、これ以上ペースを乱される訳にはいきません」と思うのだった。
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Part.03:魔法使いの弟子
一方、修学旅行から帰ったネギは と言うと、部屋に荷物を置いて着替えを済ませた後、
休む間もなく部屋を出て何よりも大切な少年の元に向かった……訳ではなく、
思い詰めたような表情で閑静な森に佇むログハウス――エヴァの家に訪れたのだった。
「エヴァンジェリンさん、お話があります……」
門番とも言える茶々丸はいたが、顔パスで通されたので問題なくリビングに向かい、
そこで緑茶を啜りながら くつろいでいたエヴァにネギは真剣な表情で話し掛けた。
「……何だ? くだらん用件なら後にしろ」
楽しい時間を邪魔されたエヴァは やや不機嫌交じりに興味なさそうに応じる。
決して京都旅行の余韻に浸りながらニヤニヤしていたのを見られたからではない。
旅の疲れを癒すために くつろいでいたのを邪魔されたから不機嫌な筈である。
「では、単刀直入に言います。ボクを弟子にしてください」
ネギはエヴァの様子に気付いていないか のように用件を端的に伝える。
まぁ、エヴァが自分で「くだらん用件なら後にしろ」と言っているので、
くだらなくない用件なら今でいい と言う詭弁が成り立つので問題ないが。
「……それは、『戦闘方面での弟子』と言うことか?」
エヴァは予想以上に重い話題に一瞬だけ呆気に取られたが、直ぐに冷静に戻るとネギに言葉の真意を確認する。
何故なら、エヴァはネギに魔道具製作の手解きをしたため(19話参照)、ある意味では既にネギは弟子だからだ。
それなのにネギが弟子入りを希望しているのは……時期的に考えて、京都での戦闘が原因だとしか考えられない。
「ええ。魔法使いの戦い方を学ぶならエヴァンジェリンさんしかいませんからね」
原作を髣髴とさせるセリフだが、『ここ』のネギはエヴァの戦いを見ている訳ではないので原作とは理由が異なる。
原作ではエヴァの固定砲台としての魔法を目にできたが、『ここ』ではエヴァの戦闘内容を伝聞でしか知らないからだ。
では、何故にネギはエヴァを頼ったのか? それは、『ネギが信用している魔法使い』がエヴァしかいないからである。
近右衛門はエヴァ戦で信用を失っているし、タカミチは魔法が使えないし、他の魔法使いは知り合ってから日が浅い。
それに対し、エヴァは初対面こそ最悪だったが、アセナ(とネギ)の護衛となってからは実績も含めて信用に足るのだ。
つまり、悪意のある言い方に換えると、消去法でエヴァしか残らなかったのでネギはエヴァを頼るしかなかったのだ。
「……貴様、正気か?」
エヴァは「ネギでは近右衛門の真意に気付けない」と判断しているため、近右衛門の評価が低いことはわかっていた。
しかし、それでも仮にも麻帆良(関東魔法協会)の長である近右衛門をまったく信用していない とは考えていない。
そのため、エヴァしか選択肢がないとは想定していない。それ故、エヴァはネギの正気を疑ってしまったのである。
「ええ、正気です。むしろ、本気です」
ネギは「って言うか、正気って……失礼な人ですねぇ」と思いつつもハッキリと意思を伝える。
エヴァしか選択肢のないネギにとってはエヴァに拒否されるのは何としても避けたいのだ。
もちろん、それをエヴァに悟らせるのは悪手なので、必死さ だけを伝えるにとどめているが。
「何故だ? 魔法使いとして師事するならばジジイに相談するのが筋だろう?」
魔法具製作に関してエヴァに師事したのは、パートナー関係の漏洩に繋がるため近右衛門達に秘密にして置きたかったからだ。
それはわかる。知らせなくてもいい情報を開示することは、情報操作を重視するアセナが嫌がることなど容易に想像がつく。
だが、魔法使いとして師事することは別に隠す必要はない。むしろ、魔法具製作の隠れ蓑になるので開示すべきだと思える。
いや、だからだろうか? 魔法具製作の隠れ蓑にしたいために――秘密で秘密を覆うために秘密裏に師事したいのだろうか?
しかし、監督責任者である近右衛門を蔑ろにするのは得策ではない。特に、秘密が露見した時などは面倒なことになるだろう。
その意味では、アセナが こんなことを許可するとは思えない。むしろ、これはネギの独断としか思えない。そうならば……
「確かに そうかも知れません。ですが、師事するなら圧倒的な強さを持つエヴァンジェリンさんしかいないって思ったんです」
思考に没頭するエヴァに「本山での顛末は聞きました」と付け加えながらネギは理由を答える。
もちろん、実際には「近右衛門が信用できないから」なのだが、そんなことを言う筈がない。
とは言え、ネギの語った理由は完全な嘘ではない。エヴァの実力を評価しているのは事実なのだ。
「…………ふむ、そこまで言うなら考えてやらんでもない」
考えが纏まったエヴァはネギの答えなど聞いていなかったが、
さもネギの語った理由に納得を示したような振りをする。
顎に手を当て軽く頷いて見せる、と言う小芝居までして。
「だが、一つだけ聞かせろ。何故、戦い方を――力を求めているんだ?」
そして、確認して置かなければならないことを確認する。
経緯はどうあれ『力』を求めるならば確認せねばならいことだ。
中途半端な理由では中途半端な力しか得られないのだから。
「それは、ボクが弱いから――いえ、反吐が出るくらいに弱過ぎるからです」
ネギは躊躇することなく『心の闇』とも言える「心の奥底に沈殿する、無力であることへの嫌悪」を吐露する。
通常なら目を背けたくなる部分だろうが、ネギは自分のドロドロした感情をキチンと自覚している。
あまつさえ、盲目的に父親を追っていたのは醜い自分から目を背けたかったからだ とすら気付いている。
何故なら、今のネギには『そんなもの』よりも大切なものが――アセナと言う『心の拠り所』があるからだ。
だから、ネギ・スプリングフィールドは『心の闇』を躊躇することなく吐露することができたのだった。
「弱くて弱くて……このままでは『また』守れないくらいに弱いから力が欲しいんですよ」
当然、ネギは本山で何もできなかったうえ敵に情けまで掛けられたことを悔やんでいる。
だが、それ以上に「故郷を失った時に味わった無力感」がネギの心を駆り立てていた。
いや、正確には、故郷を失った時のように『また』大切なものを失うのが恐ろしいのだ。
「つまり、ヤツを守るための『力』が欲しい……そう言う訳か?」
状況から考えるならば「本山で守れなかったことを悔やんでいる」と受け取れるが、
ネギの様子から「動機の根本は別のところにあるのだろう」と感じられたため、
エヴァは「『また』? 『また』とは、どう言う意味なんだ?」と疑問を抱く。
だが、同時に「今は そのことを言及すべきではない」とも思えるので、最低限の確認をする。
「ええ、端的に言うと そうなりますね」
ネギは先程の絶望 交じりの暗い表情から一変し、花が咲くような笑顔を浮かべる。
その笑顔は恋に恋する少女にも見えるが、盲目的な狂信者にも見える。
まるでアセナを守ることが何よりも素晴らしいことだ と誇っているようだ。
「……貴様、ヤツの言葉を忘れたのか? ヤツは『無茶をして欲しくない』と言っていただろう?」
しかし、エヴァは そんなネギの熱狂に水を差す。冷ややかにネギの考えを否定したのだ。
当然、エヴァとて無粋な真似などしたくない。だが、アセナの様子を見ている以上、言わざるを得ない。
ネギが傷付いたことを心の底から心配していたアセナを知るエヴァに止める以外の選択肢などない。
「ええ、ですから『無茶』はしません。つまり、無茶をしなくても『あの銀髪』を倒せるくらいに強くなりたいんですよ」
だが、ネギはエヴァの言葉を予想していたかのように、エヴァの言葉に反論する。
アセナが自分に無理をして欲しくないのなら、無理をしなければいい。ただそれだけだ。
それだけでアセナの望みも自分の望みも叶うのだから、それを成せばいいだけなのだ。
……それが どれだけ険しい道なのか? 『そんなこと』はネギには関係ないのだから。
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Part.04:彼の選んだ道
コンコン……
しばらくの沈黙が続いた後、部屋にノックの音が響く。大した音量ではなかったが、静寂を破るのには充分な音量だった。
そのため、アセナはコッソリと安堵の溜息を付く。あやかの纏う空気を僅かに緩和させることに成功していたアセナだが、
やはり僅かは僅かでしかなく、不機嫌な相手に無言で睨まれ続けるのは それなりの精神的負荷をアセナに与えていたのだった。
「失礼致します」
先程のメイドがティーセットと共に入室し、テーブルに紅茶とマフィンをセットしていく。
その姿を見るともなしに見遣りながらアセナは精神を徐々に尖らせ、ゆっくりと覚悟を決める。
これから話す予定でいる『本題』は、話すことにも話した後にも覚悟のいる内容だからだ。
「……それじゃあ、余計な前置きなどせずに、単刀直入に行こう」
アセナは紅茶を一啜りして口を湿らせた後、重い口を開く。
前置きとなる余計な会話は、先程の雑談で充分にした。
ここで引っ張ったら、あやかの空気はより険悪になるだろう。
「例の怪文書についてだけど……何も申し開きすることはなくて『事実だった』とだけしか言えないね」
だから、アセナは余計な言葉を挟まずに簡潔に説明した。簡潔過ぎて説明が不充分で、誤解を招き兼ねないくらいだ。
だが、いくら言葉を重ねて身の潔白を説明したとしても、のどか達(女のコ)と入浴した事実そのものは変えようがない。
言わば、重ねた言葉だけ言い訳をしたことになるため、言い訳をしたくないアセナは敢えて簡潔に説明したのだった。
……当然、あやかの機嫌は急降下で悪くなる。具体的に言うと、コメカミがヒクつくくらいだ。
まぁ、「女の子を侍らせて入浴してましたが何か?」と言っているようなものなので、あやかが怒るのは当然と言えば当然のことだろう。
だが、筋違いと言えば筋違いのことでもある。何故なら、あやかはアセナを那岐として認識いない――つまり、他人として認識しているのだから。
アセナを那岐(想い人)として認識しているならまだしも、アセナを他人として認識している以上アセナの人間関係に干渉するのは筋が通らない。
「でもさ、思うんだけど、そもそも『オレ』が『雪広』に申し開きをする理由なんてないんじゃない?」
もちろん、頭ではわかっていても感情が追い付かず、ついつい干渉したくなってしまうのだろう。
アセナも それはわかっている。だが、わかっているからこそ、敢えて彼我を強調して指摘する。
それは明確な線引き。自分は那岐ではないので、あやか とは他人でしかない、と言うメッセージ。
「だって、雪広とオレは『そう言う関係』じゃないんだから、責められる謂れはないよね?」
アセナは淡々と、まるで「太陽は東から昇り西に沈むんだ」とでも言うかのように、言葉を紡ぐ。
そこに特別な感情など一切 籠っていないかのように、当たり前のことを当たり前に告げるように。
内心で、声が震えなかったことを――動揺を見せなかったことを褒めながら、アセナは平静を装う。
「……ええ、確かに そうですわね。それは わかっているつもりですわ。ですが――」
あやかの声が僅かに震えたように感じたのは、決してアセナの気のせいではないだろう。
だが、気丈にも平静を装うとしている あやかに敬意を評し、敢えて気付かない振りをする。
「――那岐の顔で他のコとイチャイチャして欲しくないだけ、と?」
「え、ええ。こちらの勝手な言い分だとは存じておりますが……」
「まぁ、そうだね。実に勝手だね。反吐が出るくらいに勝手だよ」
「仰る通りですわ。貴方に私の都合を押し付けているだけですからね」
「そうだよねぇ。実に迷惑な話だよ。オレは那岐じゃないんだからさ」
あやかが傷付いていることに気付かない振りをしているため、アセナは あやかを責め続ける。
あやかを責める度に心が痛みを訴えて来るが、それを敢えて封殺してアセナは言葉を続ける。
「まぁ、オレが那岐であったとしても迷惑なことは変わらないけどね?
だって、雪広は那岐を友達以上に想っていたのかも知れないけど……
那岐にとっては、雪広は『単なる友達』でしかなかった訳だし、ね?」
そして、決定的な言葉を――那岐は あやかを単なる友達としか見ていない と言う『事実』を突き付ける。
「あ、これはオレの妄想じゃないよ? 那岐の記憶から推察した歴然とした事実だよ?
って言うのもさ、実を言うと、オレ、修学旅行の間に那岐の記憶が戻ったんだよねぇ。
それでさ、当然ながら雪広とのことも いろいろと思い出した訳なんだけど……
雪広には申し訳ないんだけど、那岐にとっては雪広は『単なる友達』でしかないんだよねぇ。
だって、那岐の記憶(心)を占めているのは木乃香との思い出ばかりなんだから、ね?」
あやか には残酷でしかない『事実』をスラスラと容赦なく述べるアセナ。
そのあまりにも衝撃的な内容に、あやかは言葉を理解するだけで精一杯になってしまう。
よく見れば、アセナの瞳が揺れていることや口元が引き攣っていることがわかるのに、
言葉に打ちのめされてしまい、それが「虚偽である」と言うサインを見逃してしまう。
「…………そう、ですか」
重い沈黙の後、あやか は それだけを搾り出した。そう、あやかはアセナの言葉を『事実』として認識してしまったのだ。
仮にアセナが「那岐の記憶が戻った」と言う言葉を含んでいなかったならば、あやかは信じることはなかっただろう。
また、話題が那岐からの評価でなかったならば ここまで言葉に打ちのめされることはなく、アセナの嘘を見抜けただろう。
しかし、最悪の条件が重なってしまったために あやかは嘘を見抜けず、アセナの言葉を『事実』として信じてしまったのだ。
「だからさ、正直、迷惑なんだよね? 気持ちを押し付けられるのとか、都合を押し付けられるのとかさ」
あやかの様子から自分の言葉を信じたことを理解したアセナは、泣きたくなる気持ちを抑え込んで あやかを追い込む。
もちろん、あやかを追い込む以上に自分自身の心を追い込んでいるのだが、まだ話は終わっていないので それは無視して置く。
ここでやめようものなら、今まで積み重ねて来た「あやかに吐いた嘘」や「あやかを傷付けた罪」の意味がなくなるからだ。
「……………………………………」
あやかの沈黙が心に痛い。泣きそうになるのを必死に抑えているのがわかるからこそ、より痛い。
そして、それがわかっていながらも更に傷付けることになるのがわかっているので、更に痛い。
人を騙すことを得意としていたナギの成分が入っているからこそ、どうにか耐えられる痛みだ。
恐らく那岐だけだったならば あやかを傷付けることに耐え切れず、彼は自身の言葉を撤回していたことだろう。大局を見失って。
「雪広――いや、ここは敢えて那岐らしく『あやか』とでも呼んであげるべきかな?
まぁ、とにかく、キミは那岐にとっては友達でしかないし、オレにとっては他人だ。
それなのに、人間関係とかにイチイチ干渉されるから鬱陶しくて仕方がないんだよ。
オレが言うのも変かも知れないけどさ、那岐が大切なら那岐の幸せを願うべきじゃない?
つまり、嫉妬して絡むんじゃなくて、逆に暖かく見守るのが好きってことなんじゃない?」
アセナは自身でも「勝手なこと言っているよなぁ」とは思うが、ここまで来たらやめられない。
アセナの言葉は「好きなら我慢しろ」と言っているのと同義で、単なる押し付けでしかない。
好きならば自身の幸せよりも相手の幸せを優先しろ、と言っているのと変わらないのだから。
それがわかっていてもアセナは話を続けるしかない。それがアセナの選んだ『道』だからだ。
「…………そうですわね。今までの私の言動は単なる『我侭』に過ぎませんわね」
あやかは過去の自分を振り返ったのか、しばらくの沈黙の後 自嘲気味に応える。
普段なら「ですが、そちらも我侭ではありませんか?」とでも付け加えただろうが、
今の あやかはアセナに与えられたショックから立ち直れていないため反論は一切ない。
それをいいことにアセナは あやかを責める言葉を更に吐き出す。
「那岐は優しかったから『友達』の我侭をきいてやっていたんだろうね。
それに、迷惑に思っていても悟らせないようにしていたんじゃないかな?
でも、生憎とオレは那岐じゃない。我侭をきく気もないし迷惑は御免だ」
恋とは我侭なもので、愛とは尽くすことである。これはアセナの恋愛観だ。
それ故に、本来なら那岐に恋する あやか が我侭であってもアセナに責める気はない。
だけど、アセナは責めない訳にはいかない。その我侭を受け入れる訳にはいかないのだ。
もちろん、アセナが那岐ではないから ではない。アセナは那岐でもあるので それはない。
では、何故アセナは あやかを突き放すような言葉を続けるのだろうか? 答えは単純だ。それが、ベストだ と信じているからだ。
「そりゃ、木乃香と『何でもない状態』だったなら、こんなこと言わないよ?
今まで通り、迷惑に思いながらもキミの我侭に付き合っていたと思うよ?
でもさ……もう木乃香とは『結婚を前提とした関係』になっているんだよ。
だから、もうキミの我侭には付き合えない。木乃香に誤解されたくないんだ」
「ま、待ってください!! 近衛さんとのことは学園長先生へのブラフだったのではないのですか?!」
あやかは驚愕を露に叫ぶ。それ程までにアセナの言葉は予想外だった と言うことだろう。
まぁ、アセナと木乃香が婚約したことは「近右衛門へのブラフだ」と説明され(11話参照)、
その後も特に情報の更新がなかったのだから、あやかの驚きは当然と言えば当然だろう。
だが、修学旅行を挟んで事情が大きく変わったのだ。木乃香とのことも、アセナ自身のことも。
「いや、まぁ、最初は そうだったんだけど……修学旅行中に諸々の事情が変わったんだよ。
って言うのも、修学旅行の行き先だった京都には木乃香の実家があったんだけどさ、
実は三日目の自由行動の時に、ホテルに残った振りして木乃香の実家に挨拶に行ってたんだ。
んで、紆余曲折を経て木乃香の父親に『正式な婚約者』として認められて来たんだよねぇ。
だから、突然かも知れないけど、修学旅行前と修学旅行後では事情が変わっちゃったんだよ」
裏にある事情を省いてはいるものの事実であることは変わらない。だからこそ、アセナは淡々と事実を語る態度を崩さない。
「そんな状況で、こうして『ここ』に来ているのは……言わなくてもわかるだろう?」
「……ええ。もう二度と貴方に干渉しません。それで、よろしいのでしょう?」
「ああ、そうしてくれると助かる。妙な誤解を受けて関係が崩れるのは御免だからね」
アセナは「そう言う訳で、用件も済んだことだし お暇させてもらうよ」と言って締め括ると、冷え切ってしまった紅茶を そのままに部屋を後にする。
そして、屋敷を出て(待機していた黒服達に寮まで送られ)自室に着いたところで、漸くポケットから左手を引き出す。
その左手は硬く握り締められており、血が滴っていた。そう、アセナは爪が皮を突き破る程の力で拳を握っていたのだ。
そうでもしなければ あやかを傷付けることに耐え切れず、平静を装うことも嘘を貫き通すこともできなかっただろう。
……あやかを傷付ける度に心が悲鳴を上げていたが、それでもアセナは あやかを傷付けざるを得なかった。
本当は、あやかの誤解を解きたかった。怪文書が事実なのは本当だが、自分の意思ではない と誤解を解きたかった。
本当は、あやかを大切に想っている。那岐が友達だ と思っていたのは事実だが、友達は友達でも一番大切な友達だった。
本当は、あやかが心を占めている。木乃香も大切だが、それは妹のような感覚であり、女性として大切なのは あやかだ。
それなのに、何故あやかを傷付けるような嘘をアセナは吐いたのか? ……それは、あやかを遠ざけるためだ。
アセナが これから進むであろう道は、死と隣り合わせの血に塗れた道だ。当然、その危険度は計り知れない。
そんな危険の塊である自分の傍にいたらどうなるか? 考えるまでもなく、危険に巻き込むことになるだろう。
それがわかっていて大切な存在を傍に置き続けるのは、自分の手で守ってやれる と思える程の自信家くらいだ。
だから、アセナは自分から彼女を遠ざけたのだ。危険に巻き込まないことで彼女を守るために、傷付けてでも遠ざけざるを得なかったのだ。
遠ざけるために――関係を断絶するように仕向けるために、アセナは彼女を傷付けながらも嘘を吐き続けた。
彼女が大切だから、彼女を危険に巻き込みたくないから、アセナは彼女を傷付けざるを得なかったのだ。
アセナは彼女の幸せを心の底から願っているからこそ、自分の「彼女の傍にいたい」と言う我侭を抑え付けたのだ。
……そう、アセナは彼女のため「自分から遠ざけることで守る道」を選択したのだった。
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Part.05:守ると言う言葉の意味
再び、舞台はエヴァの家に移る。
ここでは、テーブルを挟んで赤と金の幼女が――ネギとエヴァが無言で対峙していた。
茶々丸が用意したと思われる二人の前に置かれた緑茶は湯気が治まり、既に冷え切っている。
ネギが『無茶』しない云々と発言してから短くない時間を二人は無言で過ごしていたのだ。
ネギは語るべきことを語り終えたための無言で、エヴァはネギの黙考のための無言だった。
「……貴様がヤツのことを守りたいのも、ヤツの言葉を無視する気がないのも、よくわかった。
だが、残念ながら、貴様はヤツの言葉を根本的に勘違いをしている と言わざるを得ないな。
何故なら、ヤツは『戦って欲しくない』と言う意味で『無茶をして欲しくない』と言った筈だからな」
重苦しい沈黙を破って言葉を紡いだのはエヴァだった。
その言葉が意味しているのは「単なる否定」ではなく「諭し」である。
そう、エヴァはネギの気持ちを汲んだ上で説得することを選んだのだ。
何故なら、ネギが感情で判断する傾向があることを見抜いているからだ。
「……でも、それはエヴァンジェリンさんの解釈ですよね?」
エヴァの言に納得のいかないネギは弱弱しくはあるが抗弁をする。
これが頭ごなしの否定だったなら、ネギも強気で抗弁しただろう。
いや、エヴァの言に聞き耳を持つことすらしなかったかも知れない。
そう言う意味では、エヴァの狙いは正解だった と言うべきだろう。
「まぁ、ヤツに問い質した訳ではないから、確かに私の解釈でしかないな」
エヴァはネギの言葉を否定しない。いや、むしろ肯定した。
共感をすることで味方であることを暗に示す、と言う話法だが、
別にエヴァは技法として意識してやっている訳ではない。
直情傾向のあるネギに効果的だろう と思って肯定しただけだ。
まぁ、これから続ける逆説の言葉の印象を強くする目的もあるが。
「……だが、貴様は私の解釈がまったくの検討外れだ とでも思っているのか?
つまり、ヤツが貴様に戦って欲しいと考えている と思っているのか?
言い換えると、貴様が戦うことをヤツが喜んで受け入れる と言うことだぞ?」
「そ、それは…………で、でも、ボクはアセナさんを守りたいんです!!」
エヴァの問い掛けに狼狽するネギは、揺らぎそうになる自分の意思を言葉にすることで無理矢理に固める。
そう、ネギにもわかっているのだ。今のアセナが『そんなこと』を望む筈がない、と言うことは。
本山で抱擁してもらった時(30話参照)に感じたアセナの想いを――いたわりの意味を違えることはない。
だが、自分のせいで『危険』に巻き込んだアセナを守りたい と言う気持ちをネギは捨てられないのだ。
「黙れ小娘!! 貴様はヤツの何を見て来たのだ?!」
アセナの意思を理解していながらも、己の意思を押し通そう とするネギに思わず声を荒らげるエヴァ。
考え方によっては、エヴァもアセナの意思を押し付けていることになるが、その点をエヴァは気にしない。
アセナの『決意』や『覚悟』を知っているエヴァにとっては、ネギの意思よりもアセナの意思の方が重いのだ。
「ヤツは貴様が傷付いたことに傷付いていた。『自分のせいだ』と自分を責めていた。それなのに貴様は戦う道へ進むつもりなのか?」
ネギだけではない。刹那が傷付いたことを知った時もアセナは深く傷付いていた。
特に、『本来の姿』を露にした刹那を包むアセナの姿は見ている方がつらかった。
あの時ばかりはエヴァも心配だったからとは言え『遠見』していたことを後悔した。
そして、同時に思ったのだ。もう二度とアセナの『あんな姿』を見ないようにしよう と。
そのためには、ネギが傷付く可能性のある道へ進もうとするのは放って置けない。
「でも!! それでも!! ボクは もう守れないのが嫌なんです!! 『今度こそ』守りたいんです!!」
一体、ネギの言う『今度』とは どんな意味で発せられた言葉なのだろうか?
先程の『また』と関係しているのだろうか? ……エヴァの疑問は尽きない。
だがしかし、疑問に思っていてもエヴァの取るべき対応は何一つ変わらない。
「……ならば、せめて、ヤツに相談してからにするんだな」
本当は「『守る』と言う言葉の意味を履き違えるな!!」と叫びたいのを堪えて、エヴァは答えを保留にする。
これ以上は自分では説得できない、それが自分とネギの関係だ。そう、エヴァは理解しているのである。
ならば、取れる対応は保留しかない。保留してアセナにネギを説得してもらうしかエヴァの取れる道はない。
「…………ええ、わかりました」
ネギはエヴァの瞳を覗き込んだ後、エヴァを折れさせることができない と理解したのか、渋々と矛を収める。
まぁ、アセナに相談もせずに行動を決めてしまうのは不味いと(エヴァに言われて)気付いたのもあるのだろう。
とにかく、ネギは「戦闘方面でのエヴァの弟子入り」を一旦はあきらめ、意気消沈してエヴァの家を後にする。
その背を見送りながらエヴァは「同じ『守る』でも、ヤツは別の守り方を選んだのだがな」と悲しそうに呟くのだった。
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Part.06:間違ってはいない
アセナが自室に戻ってから しばらくの時が過ぎた。辺りは真っ暗になっており、既に夜の帳は落ちていた。
その間、アセナはベッドに寝転がり、自分の選択を正当化することに勤しんでいた。
女々しいとも取れる行動だが、それだけアセナにとって あやかは大切だったのだ。
まぁ、大切だからこそ ああ言う対応を取る選択肢しかアセナにはなかった訳だが。
「……オレ、間違っていないよね?」
誰もいない空間に向けて、言葉を投げ掛ける。
もちろん、誰かの答えを期待した訳ではない。
自分を納得させるために紡いだ独り言でしかない。
「うん、間違ってはいないね」
だが、期せずして答えは返って来た。しかも、欲しかった『肯定』の返事だ。
まぁ、その裏に「正しくもないけど」と言うメッセージが透けて見えるが。
動揺しているアセナは それに気付かず、慌てて声の発信源を探すのみだった。
「……タ、タカミチ? あ、じゃなくて、高畑先生、どうしてここに?」
アセナの視線の先にいたのは、白いスーツに身を包んだ中年の男性――アセナの保護者であるタカミチだった。
余程 慌てていたのだろう、普段なら『タカ』までで高畑先生と訂正できていたのに、完全に間違ってしまった。
しかし、タカミチは特に気にしておらず、むしろ「いや、タカミチでいいよ」と少し嬉しそうに返すのみだ。
そして、タカミチは「あ、ここにいる理由だったね」と前置きしてからアセナの問いに答え始めた。
「エヴァから雪広君との話を聞いてね、ちょっと様子が気になったから見に来たんだよ。
で、ノックはしたけど返事がなかったから、合鍵を使って部屋に入ったって訳さ。
一応、話し掛けようと思ったんだよ? でも、タイミングよく問い掛けられたからさ?」
つまり、「チャチャゼロ → エヴァ → タカミチ」と言う経緯で情報が流れたのだろう。
最悪の場合(あやかが逆ギレして黒服達に襲撃させる等)を想定して、防衛手段としてチャチャゼロを準備していたのだ。
チャチャゼロからエヴァに情報がもたらされるのは想定の範囲内であり、そこからタカミチに派生しても不思議ではない。
ただ、返事がなかったからと言って、合鍵(保護者なのでタカミチは合鍵を持っている)を使って進入するのは どうだろう?
「……まぁ、別に不法侵入とか言うつもりはないよ。むしろ、心配してくれて嬉しいし」
アセナの咎めるような視線で「さすがに勝手に入ったのは不味かったか」と気付いたのか、タカミチが気不味そうな空気を流し始める。
それを見たアセナは「それだけ心配してくれたのだろう」と解釈し、タカミチに気にしていない旨と ちょっと遠回しな礼を述べて置く。
それに対し、タカミチは照れ臭そうに「そうかい?」とだけ返す(呼称につられたのか、アセナの口調が違っているが気にした様子はない)。
「…………それで、本当にアレでよかったのかい?」
そして、躊躇したのか、少し間を置いてからタカミチが訊ねる。
アセナが敢えて嫌われたことを理解しているからこその問いだ。
だが、それがわかっているからこそ、実に残酷な問いでもあった。
「オレには、アレ以外の道を選べなかったんだよ」
アセナはタカミチが自分の覚悟を試すために問うたのだ と解釈し、自嘲的な笑みを浮かべて答える。
そう、本当は よくなどない。アレ以外の方法が思い付いたのなら、そうしたかったのが偽ざる本音だ。
もっとアセナが傲慢ならば「オレが守るから」と魔法や自分の事情を説明して『関係者』にしただろう。
もっとアセナが臆病ならば「嫌われたくない」と適当に誤魔化し、今までの関係を惰性で続けただろう。
しかし、アセナは傲慢と臆病の中間にいた。だからこそ、アレしか選択肢が思い浮かばなかったのだ。
「……とりあえず、オレは大丈夫だから心配しなくていいよ?」
もしかしたら、あやかを傷付けずに嫌われる方法があったのかも知れない。
だが、アセナには それが思い付かず、嫌われるために あやかを傷付けてしまった。
あやかを守るためだが、動機は どうあれ傷付けた事実そのものは変わらない。
それ故に自分を責め続けており、自己正当化をしよう と躍起になっていたのだ。
だから、全然 大丈夫ではない。タカミチを心配させないための強がりでしかない。
「キミが そう言うならば心配はしない。だけど、無理はしちゃダメだよ?」
タカミチは それがわかっているからこそ、敢えて理解を示すにとどめる。
心配だけど心配して欲しくないのなら心配はしない と見守るだけにする。
とは言え、心配しなくてもいいように無理はしないで欲しいことは告げるが。
「大丈夫だよ。むしろ、オレが無理なんてする訳ないでしょ?」
「そんな無理した表情(かお)で言われても説得力はないよ?」
「……これは、ちょっぴりセンチメンタルな気分になっているだけさ」
「センチメンタル、ね……まぁ、そう言うことにして置くよ」
無理して皮肉気な表情を作る被保護者の少年にタカミチは穏やかに微笑む。
「ああ、そう言えば、余計な御節介かも知れないけど、学園長に頼めば雪広君に関する思い出を消してもらえるからね?
もちろん、キミの体質(完全魔法無効化能力)なら気にしなくていいよ。キミが記憶消去を望むならば消せるからね。
まぁ、忌避観はあるかも知れないけど……どうしてもツラいなら その記憶を消してしまうのも一つの手だと思うよ?」
「……気持ちは嬉しいけど、遠慮して置くよ。それだと『幸せな記憶』も忘れてしまうからね?」
あやかに関する記憶を消したとしても、あやかを傷付けた事実そのものは何一つとして変わらない。
と言うか、あやかを傷付けて置きながら自分は それを忘れて過ごす、なんて卑怯な真似をできる訳がない。
むしろ、あやかの方の記憶を消して、自分が あやかを傷付けたことを忘れてもらいたいくらいだ。
まぁ、他人の記憶を勝手に弄る などと言う傲慢なことをアセナは決して許せないだろうが。
だが、よくよく考えてみれば、魔法を教えることで本人に記憶を消させるように仕向けられた可能性はあったのだ。
そうすれば、あやかを傷付けることなく あやかと距離を置けたかも知れない。可能性はゼロではない。
しかし、アセナは敢えて この選択肢を黙殺した。あやかを説得できる自信がなかった と言い訳して。
その奥底に「あやかに忘れられたくなかった」と言う自分勝手な想いがあったことを自覚しつつ。
何故なら「幸せな記憶まで消してしまう」と言うタカミチの言葉(27話参照)が心にあったから……
「……どうやら、本当に余計な御節介だったようだね」
タカミチは自分が語った言葉で返されたことに苦笑する。
だが、その目元は緩んでおり、喜びが隠し切れていない。
アセナが自分の言葉に影響されていたことが嬉しいのだ。
「ううん、そんなことはないよ。気持ちは嬉しかったのは本当だよ?」
アセナの言葉に嘘はない。タカミチが気遣ってくれたこと自体は素直に嬉しい。
タカミチが「記憶を消すのは卑怯な手段だ」と気付いていない訳がない。
つまり、そこには「卑怯者になってもいいんだよ?」と言う優しさがあるのだ。
「それよりも、このままだとオレは世界中を敵に回すことになると思うから……時が来たらタカミチもオレから離れてね?」
だから、アセナは忠告して置く。自分の傍は危険だから いつまでも自分の保護者をしなくていい、と宣言して置く。
アセナが これから歩もうとしている道は原作とは違う。つまり、原作のように「どこか安全」な道ではないのだ。
まぁ、既に『ここ』は原作との乖離が激しいので、原作通りに進めようとしても危険は溢れているだろうが。
「……それには頷けないな。たとえ世界中がキミの敵になったとしても、ボクはキミの味方であり続けるし、キミを守り続けるからね」
タカミチはアセナの気遣いを理解しながらも軽く一蹴する。守るべき存在(アセナ)に守られるなど、タカミチの矜持が許さないのだ。
たとえタカミチの力で守れる範囲など高が知れていたとしても、タカミチは その身が果てるまでアセナを守り続けるつもりだ。
だから、タカミチは優しい声音で「キミを守り続ける」と――「キミは守られる立場になってもいいんだよ」と婉曲的に伝えたのだ。
「…………ありがとう、タカミチ」
被保護者の少年は泣きそうな笑みを浮かべて素直に保護者の男性に礼を述べた。
その声は少しばかり小さなものだったが、それをタカミチが聞き逃す筈がない。
タカミチは「気にしなくていいよ」とだけ応え、ゆっくりと部屋を後にするのだった。
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『マァ、言ウマデモネーダロウガ……多分、御主人モ オ前ノ味方デ アリ続ケル ト思ウゼ?』
タカミチの背を見送っていたアセナにチャチャゼロが『念話』で話し掛けて来る。
その声音は「言わなくても わかっているだろうがな」と言う思いが滲み出ているが、
久々に話す機会が来たからか「だが、敢えて言おう」と言う雰囲気も醸し出している。
まぁ、それはともかく……チャチャゼロの語った通り、エヴァもアセナの味方であり続けるだろう。
契約の問題だけでなく、既に身内として認定しているアセナをエヴァが見捨てる訳がない。
いや、まぁ、サウザンド・マスターと天秤に掛けた時は どうなるかは定かではないが。
少なくともサウザンド・マスターが敵に回らない限りは、アセナの味方であり続けるだろう。
それに、ネギだってアセナの味方であり続けるのは想像に難くない。
しかも、エヴァとは違ってサウザンド・マスターと敵対してもアセナの側に付くだろう。
薄情かも知れないが、育児放棄した父親よりも愛しい男を取るのは仕方がないだろう。
いや、育児放棄をしたくてした訳ではないのだろうが、ネギはそんな事情を知らないし。
ちなみに、近右衛門と詠春だが、二人は木乃香の害にならない限りはアセナの味方をしてくれるだろう。
「……大丈夫、わかってるよ。エヴァが優しいってことは」
『ケッケッケ……御主人ガ聞ケバ、盛大ニ照レル ダロウナ』
「まぁ、そうだね。エヴァって『照れ屋さん』だからねぇ」
『照レ屋、カ……御主人ハ否定スル ダロウケド、ソノ通リダナ』
「素直じゃない と言うか、ツンデレと言うか、何と言うか……」
『アレデ600歳ヲ超エテル ナンテ信ジランネーヨナ?』
「精神は肉体に引っ張られるんだっけ? 中身も可愛いよねぇ」
『ホォウ? ジャア、ソノ言葉ヲ御主人ニ伝エテ置イテヤロウ』
「ああ、頼むよ。ついでに『慎みもあれば最高』って伝えてね?」
『…………イヤ、ソコハ照レルトコロ ジャネーノカヨ?』
「今更エヴァに可愛い と言ったところで照れたりしないよ?」
『……オ前、イツカ後ロカラ刺サレルゾ? イヤ、マジデ』
「え? でも、そのために護衛(キミ)がいるんじゃない?」
『イヤ、痴情ノ縺レニ関シテハ 関与スルツモリネーゾ?』
「そっかぁ。なら、もう少し言動には気を付けようかな?」
アセナはチャチャゼロと軽口を叩きながら、いつの間にか軽口を叩けるくらいに余裕が出て来たことに気付く。
そして、もう一度タカミチに感謝すると、ダミーから受け継いだ情報にあった『懸案事項』に意識を傾ける。
今までは あやかのことで いっぱいいっぱいだったので考える余裕がなかったが、対処すべき問題は多々あるのだ。
その中でも、のどかが進めている「あやかを正妻としたハーレム計画」は可及的速やかに対処すべき問題だろう。
それは、あやかを遠ざけたのと同様の理由だ。つまり、アセナの傍は危険なので『力なき者達』は遠ざけたいのだ。
そのためには のどかを止める必要があり、のどかを止めることで最悪の場合は のどかに逆上されて刺されるかも知れない。
それらがわかっていても、アセナは躊躇わない。あやかを傷付ける以上にツラいことなど今のアセナにはないのだから……
ちなみに、アセナにとっての『力なき者達』とは、一般人にとどまらない。中途半端な実力の関係者達も その範疇だ。
自身のことを棚に上げていることを自覚しつつ、アセナは「世の中には『力なき者達』に優しくないからねぇ」と自嘲的に呟くのだった。
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オマケ:ただ強くあるために
アセナの部屋を後にしたタカミチはエヴァの家に訪れていた。その来訪目的はエヴァに『別荘』を借りることである。
今回のフェイトとの戦闘の敗北で己の未熟を思い知らされたタカミチは修行の必要性を感じていた。
しかし、教師としての仕事と魔法使いとしての仕事の都合上、タカミチの自由時間は限られている。
そこで、修行時間の確保のために「外での1時間を中での24時間」にできる『別荘』を求めたのだ。
「今のボクでは守り切れない。ボクはもっと強くなる必要があるんだ。だから、『別荘』を使わせて欲しいんだ……」
タカミチは被保護者の少年について、彼が『黄昏の御子』であることや様々な勢力に狙われていること、
また、京都で戦った銀髪幼女(フェイトのこと)が『完全なる世界』の残党と見て間違いないこと、
つまり、彼の少年を守るには『あのレベルの敵』を退けるだけの力が必要になることをエヴァに説明した。
「……貴様もヤツを守るために『力』を求める と言うことか」
先程のネギとの会話を思い出したエヴァは「随分と人気があるじゃないか」と思わず苦笑する。
まぁ、エヴァはタカミチに『別荘』を貸したことがあるため『別荘』を貸すことに問題はない。
使用目的が気になるくらいだが、既にタカミチは説明しているので、別に断る理由などない。
そう言えば、前に貸した時は「守りたい子がいるから強くなりたい」とか言っていた気がする。
今になって思うと、その子とは彼の少年のことだろう。つまり、タカミチの動機は変わっていないのだ。
それを含めて考えると、ますますタカミチの申し出を断る理由はない。むしろ、手助けしてやりたいくらいだ。
もちろん、直接的に(指導するなど)の手助けはしない。せいぜいが修行のバックアップくらいである。
「貴様『も』? と言うことは、ボク以外にも誰かいるのかい?」
タカミチがキョトンとした顔で聞き返して来たのを見て、エヴァは内心で「余計なことを言ってしまった」と舌打ちする。
今のところネギの弟子入りを受けるつもりはないが、だからと言って秘密裏に頼まれたことを他者に漏らすことはしたくない。
これがネギの保護者であるアセナならば気にしないが、タカミチは話が違う。まぁ、タカミチなら誤魔化せるので大した問題ではないが。
「いや、何でもない。それよりも『別荘』を貸すことは構わんが『南国』と『城塞』は私が使うから他のにしろよ」
エヴァは失言を軽く流すと、話題を『別荘』の件に戻す。そして、タカミチの使用するエリアに制限を付ける。
そもそも、エヴァの『別荘』は五つのエリア(『南国』『城塞』『砂漠』『北極』『密林』)で成り立っている。
つまり、エヴァはタカミチに『砂漠』『北極』『密林』の いづれか(もしくは すべて)の使用を許可したのだ。
ちなみに、各エリアは それぞれ以下のような形容となっている。
『南国』:広大な海を持ち、プール付きの南国リゾート風の建物のあるエリア。
『城塞』:過去にエヴァが居城としていたレーベンスシュルト城のあるエリア。
『砂漠』:その名の通り広大な砂漠を擁しており、摂氏50度の高温を誇るエリア。
『北極』:これもそ の名の通り氷河のそびえる摂氏マイナス40度の極寒のエリア。
『密林』:高温多湿の密林が生い茂っており、多種多様な生物が跋扈するエリア。
余談となるが、タカミチに制限を付けた理由についてだが……エヴァの語った通り、エヴァが使用するからである。
ところで、エヴァの言う『エヴァが使用する』と言うのは、誰かを鍛えるために使う と言う意味もあるため、
現時点でネギを弟子に取る気はなくても ネギを弟子にする可能性をゼロとは見ていない、と言うことである。
それに、ネギが魔法具製作のために『別荘』を利用するのなら現時点でも貸すのは吝かではない のもある。
まぁ、タカミチとネギが鉢合わせしても問題はないのだが、タカミチの努力している姿を見せないための配慮だ。
「……ありがとう、エヴァ」
一から鍛え直す気でいるタカミチにとっては、苛酷な環境である『砂漠』『北極』『密林』は願ってもない環境だ。
むしろ、『南国』や『城塞』では生温くて困ってしまう。つまり、それくらいにタカミチは己を鍛え直したいのだ。
そう、タカミチは守るべき対象である被保護者の少年に気遣われてしまうくらいに弱い自分自身を許せないのである。
そんなタカミチの心情を理解したのか、エヴァは「まぁ、無理をしない程度に頑張るんだな」と優しい気分でタカミチを見守るのだった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「あやかとのお話、と見せ掛けて、あやかとの決別」の巻でした。
アセナの選択は賛否両論だ と思います。普通は「オレがすべてから守る!!」とか言うところでしょうからね。
それを熱血と取るか傲慢と取るかは受け手次第。まぁ、言った状況や言った人のキャラも関係しますが。
とにかく、『今のアセナ』には「危険から遠ざけることで守る」のが一番シックリ来る選択だと思ったんです。
まぁ、この作品はハッピーエンドを目指してますので、最終的には『幸せ』になるとは思いますけど。
ところで、Part.06の会話、実はプロットではタカミチではなくてエヴァが相手でした。
しかし、あまりにもエヴァがヒロイン過ぎたのでタカミチに変更しました。
ここでエヴァが活躍し過ぎるとメインヒロンである あやかが浮かばれないので仕方がありません。
しかし、今回は某ハヤテの如く言うならば「アニメだったらオープニングが変わりそう」な感じでしたねぇ。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2010/12/10(以後 修正・改訂)